agglescent ―アグレセント― (にっぱち/たそがれ)
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第一章 無冠の英雄は失った青春を謳歌する
第一章第1話 【引き金を引くのは誰の為に】
1.はじめに
1.1本計画の趣旨
1.2計画期間等
2.地球外生命体対策部隊設置に際する自衛隊部隊の再編成
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1.はじめに
1.1本計画の趣旨
2024年(令和6年)8月15日に、地球外生命体(以下「アントル」と呼称する。)による世界同時襲撃事件が起こった。
これを受け、世界中でアントルに対する攻撃行動を開始。本国も緊急事態措置として自衛隊及び駐屯アメリカ軍兵士を直ちに出動し、本国のアントルに対する攻撃行動を開始、約2年近くの歳月を経て、2026年(令和8年)11月24日、地球に上陸したアントル全ての撃退に成功した。
アントルによる世界同時襲撃事件に伴い、令和9年1月25日に行われた国際連合総会にて「各国への地球外生命体対策部隊の配備及びその人員育成」(第17回緊急特別会期決議資料参照)に関するガイドラインが制定、加盟国全193ヶ国がこのガイドラインに従って自国への軍整備へと動き出した。
本国においても、アントル課の設置に伴いアントルへの対策部隊に準ずる自衛隊の配備を進めていくとともに、隊員の配備の為の準備を日々進めてきた。
本計画は、2025年(令和7年)に改正後の自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織及び編成、自衛隊の行動及び権限、隊員の身分取扱等を定めることを目的とする法律(昭和29年6月9日法律第165号。以下「自衛隊法」という。)に基づき、本国における陸海空自衛隊に準ずる新たな「特別自衛隊」の編成、及び特別自衛隊に所属する人員の育成を目的とした教育施設の建設を進めるとともに、特別自衛隊に所属する人員を急速かつ計画的に確保する為に制定するものである。
本計画に記載された施行の方向性自体は特別自衛隊の編成後においても変わるものではなく、より強力に推進していくべきものである。ただし、本計画にはアントルやAssistAntolEleminateSystem(以下AAESと呼称する。)について未だ不明瞭な部分に関する記述も含まれるものであり、全容が解明された暁には、改めて本計画の見直しを検討する。
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令和10年6月25日 改定
西暦2024年
突如、人類は地球へと急速に接近する未確認飛行物体を確認。直ちにこれの調査を進めると、何らかの意思を持って地球に向かってきている宇宙船であると判明した。
人類はこの宇宙船に対し通信を試みるも、船はこれ無視して大気圏に突入、世界各国の上空に停泊する事となる。
何気ない暮らしを過ごす人々、その安寧に異物が飛び込んできた。空を見上げると、異質と言わざるを得ない物体が存在している。あまりにも現実感のない『それら』に人々は不安を覚えるが、そんな不安など知らない異質物はただ悠々とそこに存在するのみであった。
* * * * * * * * * * * *
俺たちが現場に到着したとき、そこは既に阿鼻叫喚だった。
地面に降り立つ無数の化け物どもと、そいつらから逃げようと鼻水を垂らしながら走る愛すべき
俺たちの任務は、いきなりやってきた化け物どもの対処だ。逃げ惑う人々の波をかき分け、化け物どもの前へと躍り出る。
化け物どもは、映画の撮影かと錯覚するほどしっかりと化け物だった。俺は大の映画好きだが、まさか生きているうちにこんな奴らをお目に掛かれるとは思わなかった。
化け物どもは皆、俺たち人間よりもでかい。四足歩行の奴もいるみたいだけど、そいつらもでかい。どいつもこいつも筋肉のようなものが露出していて、それがより一層気持ち悪い。しかも姿は個体によってバラバラ。尻尾が生えている奴や翼を持った奴、口が大きく裂け、びっしりと細かい牙が生えている奴、腕の部分が鎌のようになっている奴……。
ただ、共通しているのはそのどれもが嫌悪感と恐怖心を駆り立てるような見た目をしていること、そして頭部と思しき部分が半透明になっていて、そこから脳のようなものが見えるようになっているということだ。
『――――――!!!!』
鼓膜をつんざくような
俺たちは、それを威嚇と捉えた。
銃を構え、いつでも発砲できるようにセーフティを外す。
「止まれ!」
上官が叫ぶ。すると、化け物が道を開けるように横へとずれていった。
その中から、一体の化け物が俺たちの方へと歩いてくる。
そいつは人類と同じく二足歩行で歩いている。手には杖のような武器を持っていて、身体は鈍く光る甲殻のようなもので覆われている。他の個体は筋肉のようなものがむき出しになっているからこそ、そいつの身体を覆う外殻は鎧のようにも見えた。頭部の半透明の部分は触手で覆われていて、中の脳らしきものが見えなくなっている。
『―――――――』
また
……そもそも、さっきの音も本当に威嚇か?
俺たち人間を襲いに来たなら、とっくに襲っているはずだ。それなのに、街の建物には破壊されたような痕跡は一切ないし、死傷した人間も今のところいないと報告が上がっている。
しかし、化け物どもの振る舞いに疑問を持つ俺とは異なり、他の仲間たちは引き金にかける指に力を込めている。
「なあ、あいつ何か言っているんじゃないか?」
どうしても気になった俺は、思わず隣の仲間に尋ねる。
「は? こんな時に何言ってんだお前。任務に集中しろよ!」
強張った表情の同僚。やっぱり俺が間違ってるのか……?
「止まれ!!」
更に大きな声で、もう一度静止を促す上官。化け物は同じように
徐々に近づく化け物と俺たちの距離。無防備すぎるその姿からは、どうしても俺たちを取って食おうとしているようには思えない。
「なあ、やっぱり―――」
バン―――
仲間の一人が構える銃から、薬莢が飛び出す。ビビり散らかした仲間がその恐怖に耐え切れず、上官の指示も無視してぶっ放しちまった。
銃弾は化け物の頭部にある触手へと飛んでいき、触手を貫通することなく化け物の足元へと落ちていった。
『―――――!!!!!!』
直後、化け物が甲高い
同時に、後ろで大人しくしていた他の化け物どもも、一斉に俺たちへと襲い掛かってきた。
なんだ
やっぱり化け物は化け物か
* * * * * * * * * * * *
―――2032年3月 東京
「いや~、君のおかげで予定よりも早く完成した。協力感謝するよ、
日本某所、周りを山々に囲まれた盆地の一角に建設された巨大な施設『外隊学園』。その理事長室に、二人の男が机を挟み、相対して座っている。
片方は髪をオールバックにまとめ上げ、ネクタイを崩すことなくしっかりと締めている。顔はとても堅気とは思えない程強面ではあるが、現在その男の顔には柔和な笑顔が浮かんでいる。
身に着けているスーツはブリオーニの超高級品、時計や靴も例外なく、高級なものを身に着けている。
別に彼が富豪自慢をしたい訳でも、こういった趣味があるわけでもない。彼にとって品のある身だしなみをすることは『仕事』のうちの一つなのだ。
彼の名は
染岡は笑顔で目の前のカップに注がれたコーヒーを一口啜る。
そんな染岡の姿を不愉快そうな顔で見つめる男。
「国からの要請って言われたら、従うしかないでしょう」
男は自分の前にあるコーヒーに目線すら向けず、呑気にしている染岡を睨みつけている。
男の格好はきっちりとした染岡への当てつけのように、寝起きそのままで寝癖のついた天然パーマの髪、上はTシャツに白衣、下はジーパンというほぼ寝巻のような恰好だった。
とても要人に会うような恰好ではないが、この場にこの男を咎めるような人物は誰もいない。染岡の秘書も、給仕をしている女性も、出入口を守っているボディーガードも、勿論染岡自身も。
それはこの男が、8年前にいきなり地球へとやってきた地球外生命体『アントル』を倒した、八英雄の一人だからだ。
8年前、突如地球に襲来した生命体、アントル。
彼らは地上に降り立つと、次々と人々を虐殺していった。
人類はこれを『地球外生命体による侵略行為』と判断し、全勢力をもって応戦。しかし2024年の軍事技術ではアントルを倒すことはほぼ不可能だった。
世界中でアントルによる侵略行為が行われている中、どこからともなく現れた八人の英雄。
彼らは皆、全身を鎧で包み込み、剣や拳で次々とアントルたちを倒していく。
圧倒的な力の差を感じ取ったアントルは、乗ってきた宇宙船に戻って地球を脱出していった。
この男――
しかし、この事実は世間には秘匿されている。世間一般的には、アントルの殲滅はあくまでも各国の軍隊が総力を結集して行ったことになっている。
八英雄の存在を世間に対して公表する場合、八人の謎の英雄がアントルを次々と倒してくれたおかげで地球は守られました――なんていう中身のない話では何の意味もない。必然的に悠馬たちが扱う武器や、彼ら自身についての情報も併せて公表しなければならない。
それをしたときの彼らにかかる負担や世間からの目、そのプレッシャーなどを考慮した結果、政府の人間や軍に所属する人間のみにこの情報をとどめておくということで世界的に合意された。
「別に僕らからのお願いは強制ってわけじゃないんだよ?」
コーヒーカップを音を立てずに皿の上に置き、膝の上で手を組む染岡。
「国の人間からの呼び出しに強制力が無いって、誰が信じるんすか」
苛立ちを隠そうともせず、染岡に突っかかるように話す悠馬。しかし染岡は、そんな悠馬の態度もどこ吹く風とばかりに、余裕な態度を崩すことなく悠馬との話を続けている。
染岡にとって、悠馬のこうした態度は寧ろかわいいものとしか思っていなかった。
「一応僕個人からのお願い、って形なんだけどなぁ」
そんな染岡の言葉を、悠馬は鼻で笑い飛ばす。
「冗談きついっすよ、染岡さん。
というか、そろそろ本題を話してくれませんか? わざわざ俺とお茶するために呼び出したわけじゃないんでしょう?」
「そんなに急がなくてもいいだろうに、仕方ないな……」
苦笑いを零した染岡は、目線で横の秘書にタブレット端末を持ってくるように指示しつつ悠馬に問うた。
「悠馬君、戦い始めたのって中学一年生の頃からだっけ?」
「? ええまあそうですけど」
「じゃあ、まともに学生生活なんて送れてないんじゃない?」
タブレット端末を受け取ると、幾つか操作する染岡。そしてひとつの画面をずい、と悠馬の前に持ってきた。
「……そういうことっすか」
タブレットの画面には大きな文字で『外隊学園入校のご案内』と書かれていた。
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第一章第2話 【外隊計画と外隊学園】
「僕は思ったんだよ。最終学歴が小卒ってのは、日本社会的にまずいんじゃないか、って」
演技がかった態度でそう言う染岡は、ちらりとタブレット画面を呆れ顔で見る悠馬に視線を移す。
確かに、悠馬はアントルを殲滅した後は俺の存在を諸外国やら世間にバレないように政府が囲ったり、AAESやアントルの研究に協力したりと何かと忙しい6年間を過ごしていた。その為、中学校や高校にはまともに通えていない。
AAES――【AssistAntolEleminateSystem】とは、8年前に八英雄の元へと突然降ってきた黒い箱、及びその中にあったスーツやら武器やらの総称を指す。
スーツには『自己修復機能』や『装着者の修復機能』『強制戦闘機能』『自動戦闘機能』『微粒子化機能』と、現代の科学技術では再現不可能な機能ばかりが搭載されている。これだけの機能が実現できる理由は、スーツの細部に搭載されたナノマシンがそれぞれの機能を手分けして発動させているからである。
ただこのスーツ、若干……というには多すぎる欠陥を抱えている。今は大したことないが、過去に悠馬はその欠陥のせいで何度もこのスーツに殺されかけた経験をしているが、それはまた別の話。
「俺の将来を案じているなら高卒認定くらい出して下さいよ」
「いやまあそれくらいの学力は君にはあるんだけど、さすがにそんな不正はできないよ」
今更不正とか何いい子ぶってるんだ、とキレそうになる悠馬だったが、何とかその衝動を抑えて話を続ける。
「俺を囲っておきたいだけでは?」
「本音を言ってしまえばそうだね。そもそもこの学園って、君の為に作られたみたいなところがあるし」
6年前、八英雄の活躍によって一度は地球から撤退したアントル。しかしもう二度と来ないという保証はない。そこで緊急で開かれた国連総会にて、以下の内容が決議が出された。
①加盟国全193ヶ国に『地球外生命体対策部隊』の設置とその人員の育成を目的とした施設の建設すること。
②アメリカ、イギリス、エジプト、ロシア、中国、オーストラリア、ブラジル、そして日本の八ヶ国にはアントルの生体及びAAESのシステム解析の為の施設を追加建設すること。
この八ヶ国は、悠馬と同じようにAAESを装着した人間が最初に現れた国なので研究機関の設置が義務付けられた、というわけだ。
すなわちこの外隊学園は、日本で編成する地球外生命体対策部隊のメンバーを育成する為の施設兼研究施設、という位置づけになる。
「勘弁してくださいよ、今更学校なんて」
自嘲気味に笑う悠馬に、染岡は語り掛けるように言う。
「でも、また部隊に所属させられて訓練の日々よりはマシでしょ?」
「ここでだって変わらないでしょ」
「周りの子たちは同世代が多いんだし、こっちの方が青春もできて楽しいでしょ」
「……俺より下ばっかりじゃないですか、手術を受けられる子たちってことは」
悠馬が言った"手術"という言葉に、染岡の眉がピクリと動く。そして苦笑いを浮かべながら
「それは言わないでくれよ」
と言った。
『地球外生命体対策部隊の配備及び人員育成に関する実行計画』――通称、外隊計画
先に出てきた国連総会の決議内容に基づき、日本で立案されたアントル対策の計画書。
内容はアントルに対応するための特殊自衛隊を新たに編成すること、そこに所属する人員を育成する為の施設を建設することと、概ね国連総会での決議内容と変わらない。
しかし、この計画に含まれる内容はそれだけではない。
悠馬が生け捕りにしたアントルを解剖しそのDNA情報や生体を調べた結果、アントルと人類の間に非常に高い親和性があることが判明した。
そこで研究者たちは、アントルのDNAを人体に取り込み人間のDNAと融合させ、更にアントルの細胞を筋肉や皮膚など所々の部位に移植することで、人間態とアントル態を自分の意志で変身できるように身体を作り変えられるのではないかという仮説を立てた。
そこから行われた度重なる研究と実験の末、手術の成功率が最も高い年代が16~19歳の間だという結果が出た。
この計画は、特殊自衛隊に所属する人員に対し、アントルへの変身を可能にする手術を施すことでより強力な部隊を編成することを最終目標としたものなのである。この計画内容は日本以外にも、研究所の設置を許可された八ヶ国で行われているものであり、研究内容に関しては八ヶ国以外の国に一切共有されていない。
「俺の不甲斐なさを見せつけられながら生活しなきゃいけないのはきついっすよ」
「不甲斐なさって……寧ろこれは君が守り抜いた証だろう?」
「俺は本来こんな戦いに巻き込まれるはずの無かった人たちを巻き込んでしまった時点で、不甲斐なさを感じていますよ」
八英雄などという仰々しい名前が付いているが、所詮は人間でしかない。当然、一人一人が守り抜ける範囲には限界があるし同時に複数個所を攻められれば被害0という訳にはいかない。そこで組織されたのが、この『改造人間』の部隊なのである。
「君たち八英雄の負担を減らす為、そして次にアントルが攻めてきた時に、8年前みたいな被害を出さない為の計画だ。それは君が一番よくわかっているんじゃないのかい?」
「分かってます、分ってますよ…………」
自分自身の限界は、8年前に嫌という程思い知らされた。この計画に賛同するのは、悠馬にとっても苦渋の決断だったのだ。
「別に悔いることはない。君は八年前、13歳というまだ若すぎる年齢でありながらその使命を十二分に発揮してくれたんだ。
寧ろ、反省しなきゃいけないのは僕ら大人の方だろうね。あの時僕らは、何もできなかったわけだし」
銃やミサイル、核爆弾などの現代兵器はアントルに対して一切の効果を見出すことは出来なかった。アントルの殲滅は、文字通り悠馬に任せきりにすることしか染岡たちには出来なかった。
「本当なら、今度こそ僕ら大人が立ち上がって戦わなきゃいけない。子どもを戦場に出すなんてもってのほかだからね。
でも、現実はそんなに優しくは無かったわけだ。僕ら大人に出る幕なんてないと、実験結果に言われてしまっては流石にどうしようもないさ」
アントル細胞との融合実験は、当然大人も対象に行われた。しかし20歳を超えてから、実験の成功確率は急激に落ちているという結果が出てしまった。
そして仮に融合に成功しても、自我を保てなかったり人間態に戻れなかったりと様々な『不具合』が確認され、最終的に20歳以上の人間をこの計画に使用することは国内で禁止される運びとなってしまった。
「……別にそんなに気負いすることはない。何度も言うが、今こうして僕たちが生きていけるのは君が守ってくれたからだ。
だからそんなに思い詰めずに、もう少し軽い気持ちで学園に来てみないかい?」
悠馬に向かって手を伸ばす染岡。思いつめていたような表情をしていた悠馬だったが、染岡の最後の言葉でスン、と表情が抜け落ちたように真顔になった。
「……そんなに俺を学園に入れたいんすか?」
「そりゃあ勿論」
「…………」
暫く染岡の笑顔と差し出された手を交互に見やる悠馬。そして大きなため息を吐くと、諦めたようにその手を握った。
「分かりましたよ、俺の負けです」
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第一章第3話 【立場と感情の板挟み】
「……あ、そういや仕事の方はどうすればいいんすか?」
染岡に流されるまま、必要書類にサインを終え晴れて来年度から外隊学園の生徒になることが決まった悠馬。いいように話を持っていかれたと思わないところも無いが、それでも自分で納得したことだと自分に言い聞かせながら部屋を出ようとしたところで、思い出したように染岡に聞いた。
悠馬は現在、日本の名だたる研究員と一緒にアントルの生体に関する実験やAAESを量産する為の技術協力者として様々な項目に協力している。今悠馬が白衣姿なのも、ついさっきまでアントルの解剖に協力していたからだ。
「そっちに関しては僕の方で話を付けておくよ。今後は学生になるから今みたいに積極的に協力を仰ぐってことはなくなると思うけど、たまに力を貸して貰うことにはなるかな」
「ああ、出入り大変っすもんね」
外隊学園は周りは、生徒が安易に外に出られないようにするために、また外部からの侵入を防ぐためにその周りを40m近い壁で覆っている。その性質上学園が存在する壁の中はその中だけで生活が完結するように区画が設計され、学園及び生徒たちの住まいが存在している『居住区』、スーパーやコンビニなど、生活に必要な物品を販売している店が立ち並ぶ『生活区』、そして様々な娯楽施設が乱立する『娯楽区』に分かれている。
つまり、学園の生徒たちは壁の外にお出かけ感覚で出ていくことは不可能な状態にある。それは壁を挟んですぐ近くに設置されている研究施設も例外ではなく、そこまで行くためには染岡と現内閣総理大臣の許可が必要となる。
「用があったら呼ぶって言いましたけど、そんな簡単に総理の許可取れるんすか?」
「君の場合は特例が出てるから、僕の許可だけで出られるよ」
「はは……そりゃどうも」
あれだけ厳重に囲っておいて自分だけは特例で実質出入り自由というのはどうなんだと思わなくもない悠馬ではあるが、それで自分に不利益があるわけでもないので黙っておくことにした。
「ふぅ、疲れた……」
悠馬が出ていった後の扉を暫く眺め、染岡は先ほどまで自分が座っていたソファに崩れ落ちるように座った。背もたれに自分の重さを預け、胸ポケットからお気に入りの煙草を取り出す。
「この学園は全室禁煙じゃなかったのか?」
そんな染岡の様子を見て、秘書を務める染岡の元同僚の
染岡はそんな隈井の言葉を無視して煙草を口に咥えながら火を灯し、その煙を肺いっぱいに吸い込む。
そしてゆっくりと吐き出すと、隈井の方を向いて安堵した表情で言った。
「世界を救ってくれた英雄の一人に『監獄に自分から入ってください』って言うんだぞ? それだけの大役をやってのけたんだから、
外隊学園の生徒は、許可が無ければ外へ出ることが出来ない。果たしてそれは監獄と何が違うのだろうか。染岡はこの計画が決まった当初から、それをずっと思い悩んでいた。
染岡にだってこうして生徒を閉じ込めていかなければならない理由は十二分に分かっている。この学園の生徒になった時点で、彼らは国家機密の塊だ。もし他国のスパイに連れ去られでもしたら……
それを考えれば、こうして囲っておくことは自分たちの為にも、そして生徒たちの為にもなる。それは染岡だって理解しているつもりだった。
ただ、
「息子のように可愛がってた奴に言うのとは訳が違うか?」
染岡の心の内を見透かしたかのように、隈井がぽつりと問いかける。
「……そうだな、きつい」
ゆらゆらと揺れる煙を見上げながら、染岡は小さく呟いた。
* * * * * * * * * * * *
―――2032年4月
新たな年度の始まり、そして出会いの季節。子どもたちは新たな環境に胸を躍らせ、新社会人はこれから始まる新たな人生に緊張しながら迎える始まりの日。
それはここ、外隊学園も例外ではない。
「皆さん、ご入校おめでとうございます」
何時ものように髪をオールバックでまとめ上げ、ネクタイをきっちりと締めた染岡が、体育館の壇上で挨拶をしている。
染岡は対策課の課長を務める傍ら、この外隊学園の理事長も兼任している。『君以外に適任者はいない』と上司に半ば押し付けられる形でやらされた仕事ではあるが、当の染岡にとってそこまで嫌な仕事ではなかった。
きっちりと着こなしたスーツ姿で、笑顔を携え新たに入校した生徒322人を見やる。
皆が皆、不安や緊張を露わにしていた。しかし、それも仕方の無いことだろう。検査を行い、適性があり、手術に成功したものだけがこの場に座っているが、彼らのうちの9割近くはこの学園に望んで入ってきたわけではない。
「ここにいる322人は『ポストヒューマン』へと進化を遂げることができました。私たちは、皆さんの進化を喜ぶとともに、本校への入校を心から歓迎いたします」
ポストヒューマン。それはアントルの細胞を体内に取り入れ、アントルへの変身を成功した人類に対して付けられた呼び名。『進化した人類』という意味を持ち、まさにこの場にいる生徒たちにピッタリな言葉だとその名が付けられた。
(ポストヒューマン……はっ、化け物と人間を区別したい奴らが付けた蔑称だろうに)
新入生に向けたスピーチの最中、自分の発言に心の中で悪態を吐く染岡。染岡はこのポストヒューマンという呼び方が、彼らを人間とは別物として扱っているような気がしてあまり好きではなかった。
「この学園に入校できた皆さんには、この国の未来を守る義務がのしかかってきます。しかし、私は皆さんにはその義務を背負えるだけの素質があると思っています」
強い口調で言う染岡。『国を守る』という言葉に、生徒たちの表情が引き締まる。
「この学園は皆さんが世界で活躍する為に、そしてこの国を守る重大な役割を担えるだけの人材になる為に教えられることを最大限教えていく為の施設です」
嘘は言っていない。それでも染岡の心には罪悪感が押し寄せてくる。
「この学園で自らに与えられた使命について十分に学び、そしてこの国のために各々が持つ力を存分に発揮して下さい。私たちは、皆さんの成長を全力でサポートします。
恐れず、互いに切磋琢磨して頑張ってください」
手元の紙を折りたたんで端に置き、一礼して壇上を降りる染岡。それに合わせて、生徒たちは静かに拍手を送る。
(我ながら嫌な役回りを押し付けられたものだ)
式を見守る染岡は、心中でそんなことを呟いた。
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第一章第4話 【初登校、初邂逅】
入校式が終わり、各クラスとの担任との顔合わせがあると言うことで生徒たちは各々の教室へと向かって行った。
悠馬のクラスは一年八組。四階の一番端に位置する教室に入ると、そこには既に到着していたクラスメイトがいくつかのグループを作って仲良さそうに話していた。
教室の中は一般的な大学の講義室にかなり近い作りになっている。特定の席などはなく、各々が好きな席に自由に座って授業を受ける形だ。
悠馬のクラスメイトは、悠馬以外の全員が16~19歳までの未成年。自分一人だけ20歳を超えているという現実に、少なからず居心地の悪さを悠馬は感じていた。
そわそわと教室内を見渡し、端の方に空いたスペースを発見した悠馬はそこに腰を掛ける。誰とも喋りたくない訳ではないけど、自分だけ大人だとばれた時に仲間外れにされたくないから目立たないようにしたい。そんな思いが悠馬の中にはあった。
「隣、いい?」
そんな悠馬に、話しかけてくる人物が。
悠馬が声のする方に視線を動かすと、そこには短い髪を鮮やかな赤に染めた男子生徒が悠馬の方を見ながら立っていた。
ツンツンとした短い髪の毛を赤く染め、サイドはかっこよく編み込まれている。ワイシャツのボタンを二つ開けて大きく鎖骨を露出させた姿は、その整った顔立ちも相まって独特のエロさを醸し出している。
長方形の飾りがついたシンプルなネックレスを首から下げ、耳には3つほどピアスが光っている。『校則なんて知るかボケ』と言わんばかりの豪快な気崩し方だ。
「…………どうぞ」
その見た目に委縮した悠馬は、一瞬言葉に詰まってしまうが何とか言葉を返す。男子生徒は「ありがと」と無邪気な笑顔を浮かべて悠馬の隣に腰を下ろした。
「僕
僕、と言われた瞬間に先ほど以上の驚きを見せる悠馬。目を見開き、口をぽかんと開けて雲雀の顔をまじまじと見つめる。
「え、っと……何?」
「――いや、何でもない」
その恰好で僕なのかよ、と心の中でツッコミながら視線を前へと戻す。そんな悠馬に対して、雲雀は積極的に話しかけていった。
「名前はなんていうの?」
「三井悠馬。…………21歳だ、よろしく」
本当は年齢までは言うつもりが無かった悠馬であったが、雲雀が自己紹介の時に年齢まで言ってしまったので名前の後に付け足すように小声で言うことにした。
しかしそんな抵抗は隣にいる雲雀には何の意味もない。年齢を聞いて、今度は雲雀の目が大きく見開かれる。
「にじゅう、いち……珍しい、ですね。志願ですか?」
(こうなるだろうから言いたくなかったんだ)
自分の年齢が上、しかも成人しているとなれば気を遣われるだろうことは悠馬でも簡単に想像できた。案の定少し距離を置いてきた雲雀に対して、悠馬は苦笑いを交えて出来る限り気さくに話す。
「いいよ、さっきまでと同じタメ口で。ここで距離置かれる方がちょっとキツイ」
そう言うと、雲雀は「それなら」とまた笑顔で悠馬との会話に興じる。
雲雀は悠馬に、好きな雑誌やファッションに関すること、別に不良に憧れているとかそういう訳じゃなくただこうしてコーディネートを考えるのが楽しいということを話した。余りにも楽しそうに話す雲雀の姿に、自然と悠馬の顔にも笑顔が浮かぶ。
「おーい席つけー」
暫く二人で色々な話をしていると、ガラガラと教室の扉が開けられる。そこから子どもと見違うほど身長の低い男性と、逆に本当に日本人かと疑いたくなるほど身長の高い男性の二人が入ってきた。
二人はどちらも白衣を身に着け、その手にタブレット端末を持っている。背の低い男性が教卓前まで歩くと、下から台座を取り出してその上に立った。
悠馬はその二人を視界に捉えた瞬間、雲雀と話している最中にも関わらずフリーズしかけてしまった。
「――悠馬? 悠馬?」
悠馬は二人に見覚えがあった。何なら、つい最近まで一緒に働いていた。
「えーと……よし全員揃ってるな。
改めて、入校おめでとう。俺はこのクラスの担任の
小野は、29歳という若さでアントル対策課AAES部門にある研究チームの統括主任を務めるとんでもない人物。背の低さから周りにはよくかわいいかわいいと弄られるが、彼の閃きやセンスの高さは他に類を見ない程と言われている。今や小野なしにAAESの研究は成り立たないと言われている程だ。
そんな研究チームのブレインと言っても過言ではない人物がなんでここに? と悠馬は思わざるを得なかった。肩を叩く雲雀の声も、思考がショートしかけた悠馬の耳には届いていない。
「僕は
そして小野の隣に立っている背の高い男性。彼もまた、32歳という若さで研究チームの統括副主任にまで出世した実力の持ち主。小野とは違い閃き力やセンスは無いが、その分析力と情報精査能力は他の追随を許さないほど。
小野の右腕として、遺憾ない仕事力を発揮している。
クラスメイトからしてみればただ単にこのクラスの担任の先生が顔を見せに来た、という程度でしかないが、悠馬からしてみればAAES研究部門のツートップが仕事をほっぽり出して目の前に立っている、という状況になってしまう。
八英雄としての立場を隠している都合上何とか声を上げることまでは抑えているが、流石に表情まで押し殺すことは出来ない。悠馬の顔には、驚きの表情がありありと浮かんでいた。
「……悠馬、どうしたのその顔? そんな漫画みたいに目が飛び出てる顔、僕初めて見たよ」
雲雀の声にも悠馬は一切反応できない。知り合いどころの騒ぎではない二人の登場に、悠馬の頭は処理落ちしてしまった。
「あの……『流石にそんなに目は出ないだろ』ってツッコんで欲しかったんだけど……」
気まずそうに言う雲雀だが、その声すら悠馬には届いていない。流石に心配になってきた雲雀が、悠馬の肩をゆすって無理矢理意識を呼び戻す。
「ねえ、さっきからどうしたの? 急に固まって大丈夫?」
「…………え!? あ、何どうした!?」
「どうしたはこっちの台詞だよ。話の途中なのに先生が来るなり急に固まって、僕の話も全部無視しちゃって……。もしかしてあの二人と知り合いだったりする?」
「いやいや、そんなことあるわけないだろ!?」
何とか正気を取り戻した悠馬が雲雀の追及を否定する。もう大分アウトな気もするが、ここでボロを出しては元も子も無いというのが悠馬が辛うじて考えた結論だった。
「でも先生たち入ってきた瞬間に急に固まってたし……」
「知り合いに似てて、勘違いしただけだ。名前聞いたら全然知らない人だったから完全に人違いだったけど」
冷や汗をダラダラと背中に流しながら何とか誤魔化そうと嘘を重ねる悠馬。そんな悠馬に対して訝しむような視線を向ける雲雀であったが、自分の中で落としどころを見つけたのかそれ以上の追及が飛んでいくことは無かった。
「んじゃあお前らの方で勝手に自己紹介を始めてくれ。俺はその間に授業の準備してるから」
自分の簡単な自己紹介が終わるや否や、いきなり進行を投げる小野に困惑の色を隠せない生徒たち。静まり返った教室の中で、皆きょろきょろと周りを見ながら互いの出方を伺い始める。
「小野さん、流石にそれは投げやり過ぎじゃないですか……?」
見かねた間山がフォローに入るが、小野は間山を一瞥するとタブレットに視線を戻したまま間山に指示を出した。
「それなら進行頼む」
「え、ちょ……! はぁ、分かりましたよ」
こうなった小野が他人の意見を聞かないことを、間山はよく知っていた。そしてそんな小野のサポートの為に自分がこのクラスの副担任になったことも。
「うーんと、多分今は名簿順には並んでいないと思うから……じゃあ僕から見て左の一番前に座っている
「あ、はい」
名前を呼ばれた小谷が立ち上がり、自己紹介を始める。
「小谷
名前を言った後に、中学の頃にやっていた部活だったり趣味だったり、一言追加されて次に回る。一人が終わる度に、まばらな拍手が起こる。そんな形で無難な自己紹介がひたすらに続いて行った。
そして、自己紹介も殆ど終わりかけ遂には雲雀と悠馬を残すのみとなる。
「鶻骨雲雀です。見た目で委縮してとっつきにくく見えちゃうかもしれませんが、こういった服が好きなだけなのであんまり気にしないで貰えると嬉しいです。
僕としては寧ろいろんな人と友達になりたいと思っているので、仲良くしてほしいです。皆さん宜しくお願いします!」
悠馬に見せたような、格好に似合わない程無邪気な笑顔で自己紹介を締める雲雀。終わると同時に、今までと同じようにまばらな拍手が起こる。
「あー緊張した……」
席に座った雲雀が小さな声で独り言ちる。そんな雲雀に、悠馬は意地の悪い笑みを浮かべて話しかける。
「そんな派手な格好で緊張とか冗談きついぞ?」
「僕はこう見えても小心者なんです~」
「小心者は耳にそんなガッツリピアス開けねーだろ」
「それ偏見だよ?」
「正論の間違いだろ」
次第に堪えきれなくなったのか、どちらからともなく小さく吹き出す二人。知り合ってからまだそんなに時間は経っていないが、この時点で互いに仲良くなれそうな気がしていた。
「それじゃあ最後、悠馬君お願いね?」
間山が悠馬の名前を呼ぶ。そこで漸く、雲雀の次は自分だと言うことを思い出した悠馬は顔を引き攣らせて立ち上がった。
「……三井悠馬です。あー、えっと……料理とか好きです。宜しくお願いします」
雲雀を弄ることに意識が向いていたせいで自分の挨拶を全く考えていなかった悠馬は、無難を通り越して無味な自己紹介を展開してしまった。
当然、そんな自己紹介を雲雀が弄らないわけがない。先ほど悠馬がやっていた顔と全く同じ意地の悪い笑みを浮かべ、悠馬へとつっかかる。
「悠馬、緊張しすぎじゃない? 大人の余裕とかないの?」
「てっめ……!」
「はい。それじゃあ自己紹介も終わったところで、授業に移りたいと思います」
雲雀に対する悠馬の攻撃は、間山による授業開始の合図でかき消されてしまった。
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第一章第5話 【What is AAES?】
間山に振られた小野は、眠そうな顔で「んあ?」と小さく唸る。いつの間にか教室の端へと移動した小野はそのまま椅子の上で眠りについていたらしく、大きなあくびをかましてゴシゴシと目を擦ると、再び教壇の前へと戻る。
「さて、授業を始める前にまずはお前らが聞いているであろう常識の訂正からしていく。
お前らは恐らく、アントルを殲滅したのは各国の軍や自衛隊だ、と聞いていると思うがあれは真っ赤な嘘だ。実際は、『八英雄』と呼ばれるたった八人の人間だけで、万近い数のアントルを撃退した」
第一声から、衝撃的な事実を口にする小野。教室中に激震が走る。
「ちょ、ちょっと待って下さい先生。軍隊は……自衛隊は何をしていたんですか?」
一人の女子生徒が信じられないといった顔で小野に質問を投げる。小野はそれに対し、あっけらかんとした口調で答えた。
「別に何もしていなかったわけじゃないぞ。逃げ遅れた人々の救助に防衛戦線の設置、避難場所の確保に食料の調達。戦うことは出来なかったが、自衛隊や各国の軍隊の活躍が無ければ被害はもっと大きなものになっていたと言われている」
「あの、なんで自衛隊や軍隊は戦いを放棄したんですか?」
更に別の生徒から上がる疑問の声。それに対しても、小野は普通に答える。
「放棄したというより、せざるを得なかったというのが本音だな。現代兵器はアントルに対して一切のダメージを与えることも叶わなかった。あらゆる手段を尽くしても、俺たち人類の力でアントルを倒すことは出来なかったんだよ」
「じゃあ、その八英雄って言うのは何者なんですか……?」
「それについては極秘事項なので伏せさせて貰う。
……と言っても、どうせお前らも一緒に戦うことになるだろうしいずれ分かることだとは思うけどな」
平然と、そして淡々と生徒たちの質問に答えていく小野。新たな事実が出てくるたびに、生徒たちの間に衝撃が走る。そんな姿を、悠馬はぼーっ眺めていた。
(流石に驚くふりをするのばかりは、無理あるよなぁ……)
生徒からしたら未知の事実でも、悠馬からしてみれば既知の情報ばかり。役者でもない悠馬に驚く演技をするのは幾ら何でも無理だった。
「すごい衝撃的なことばっかりで、何て言ったらいいか分からないね、悠馬……」
「そうだな」
隣の雲雀が心底驚いたという顔で悠馬へと話しかける。そんな雲雀に対しても、悠馬は小野のように平然と答える。
「……なんか、そんなに驚いてない?」
「え? いやいや驚いてるぞ。驚きすぎて表情が固まっただけだ」
「ふぅん……?」
腑に落ちてはいないようだが、一応は納得の形を取る雲雀。そんな雲雀を見て、悠馬も何とか難を超えたと胸を撫でおろす。
「――さて、質問はそんなところか? じゃあ授業に移らせてもらうぞ。
と言っても、今日は初日だし触り程度にしておくから肩の力抜いて気楽に聞いてくれ」
そう言うと、小野が手元のタブレットを操作し始める。数度の操作の後、小野の後ろに設置されたモニターに映像が映し出される。
映し出されたのは、全身を艶やかな黒に染め上げた人型の鎧、そしてこちらも全長を黒く染め上げた一本の大太刀だった。
「これはAAES、正式名称をAssistAntolEleminateSystemと呼ぶもので、アントルに対して唯一有効とされている武装のことだ。
こっちの鎧も刀もそうだが、どちらもアントルの外殻を素材に造られている。詳しい話はまた後日にするが――まあこれを使って戦うしか今のところアントルへの対抗手段はないと思って貰っていい」
小野がタブレットの画面をスワイプすると、連動して後ろの画面も次のものへと変わる。
次の画面には、八種類の武器が映し出されている。全ての武器が全く同じ色合いをしているが、その形は全く異なっている。
「次に、これが現在確認されている武器型AAESの種類だ。左上から太刀、槍、銃、斧、直剣、扇、籠手の七種類。これらを駆使して、八人でアントルの撃退に成功したという訳だな」
「…………『八』英雄なのに、『七』種類?」
「それは俺たちにも分からん。二人の英雄が全く同じ武器を使っていた、としか言えないからな」
誰かの独り言を捉えた小野がそれに反応するように答える。そこまで大きな声ではなかったはずだが、小野の耳にはしっかりと届いていた。
小野は頭をガリガリと掻きながら、悔しそうに続ける。
「現状、AAESに関する研究もアントルに関する研究も、発展途中であるという状態だ。
そもそもここら辺のテクノロジーが、俺たちにとっては未知のものばかり。AAESだって俺たち現代の人類が開発したものじゃない。いきなり現れたものだ。全貌だって一切見えていないんだ、不甲斐ない話だがな」
今日初めて感情らしい感情を見せた小野に対し、生徒たちは意外そうな顔をする。それに気づいた小野もまた、一つ咳ばらいをすると授業へと話を戻した。
「ンン……。まあそんなところで、AAESにはまだまだ謎が多い。昨日言っていたことが明日にはもう違うものになっているなんてこともあり得る。
無責任な話ではあるが、最前線ってのは常にそんな感じだ。お前らも頑張ってついてきてほしい」
キーンコーンカーンコーン――
「――終わりか。んじゃあ今日はこれで終わり。明日から本格的な授業を開始するから予習復習はしっかりと行うように。
教材は学内ネットにあるから、それを使ってくれ。次回からその教材を使うから先に目を通しておくと理解が多少は楽になるかもしれん」
小野はタブレットと後ろのモニターの接続を切ると、それを小脇に抱えてそそくさと扉へと移動する。
「じゃ、お疲れ」
簡潔にそう述べると、小野は間山さえも置いてさっさと教室を出て行ってしまった。
「え、あちょ、小野さん!?」
一拍遅れて、間山が慌てて小野の後を追いかけようと教室を出ていく。
かと思ったら、何かを思い出したかのように教室へと戻ってくる間山。
「皆、明日は支給されたタブレット端末、忘れないで持って来てね!」
そう言うと、再び走って小野の後を追いかけていった。
「慌ただしっ」
そんな二人を呆れながら眺める悠馬。この光景を、悠馬は研究室で何度も目撃していた。いつもと変わらぬ二人の姿に、呆れながらも笑ってしまう。
「厳しそうだけど、賑やかな先生だったね」
「厳しいってか、あれは無関心、って気がするけどな」
「言えてるかも」
小野と間山についての感想を言い合いながら、雲雀と悠馬は笑いあう。そこには既に初対面特有のぎこちなさは無くなっていた。
「あ、そういえば今日これで授業終わりだけど、悠馬はこの後何か予定ある?」
帰り支度をする最中、ふと雲雀が悠馬へと問いかける。悠馬は今日の予定を思い出すように顎に手を当て数秒思案すると、そのまま雲雀の方へと視線を向けて答えた。
「いや、今日は特に何もないな」
「じゃあさ、カラオケ行かない?」
「……カラオケぇ?」
突然の雲雀の提案に怪訝な顔をする悠馬。しかしそんな悠馬を構うことなく、雲雀は更に話を続ける。
「そう。僕と悠馬以外にも何人か誘って、親睦会みたいな感じで!」
「いや待て待て、俺ら以外にも誰か誘うのか?」
「いきなり二人でカラオケは流石にハードでしょ」
「それはそうだけど……」
悠馬にとって、今日初めて会った人とカラオケに行くこと自体が十分ハードな話ではあった。ただでさえこの八年間、同世代とは殆ど関わることなく過ごしているのに、いきなりカラオケに行くのは幾ら八英雄の一人とは言え、不可能なミッションと言える。
「カラオケかぁ……うーん…………」
悠馬がカラオケについて思案している間に、雲雀はクラスメイトの何人かに話しかけてカラオケに行く約束を取り付けていた。
「皆行くって」
「うーん。――って、え、早くね!?」
「ほら、もう皆行く準備できてるから、悠馬も行くよ」
「いや待て。俺まだ行くとは一言も……」
雲雀の行動力の高さに驚く悠馬は、そのまま雲雀に連れていかれる形で教室を出ていくことになった。
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第一章第6話 【こうして友達は増えていく】
「……何この面子」
半ば強引に雲雀に連れていかれ、悠馬はカラオケに行くことになった。メンバーは悠馬と雲雀の他に女子が三人、全員悠馬たちと同じクラスの生徒だ。
しかし悠馬にとっては雲雀以外全員初めまして。女子三人を見た悠馬は若干の疎外感を覚えながら、雲雀に小声で質問した。
「皆入校式の前に仲良くなった友達なんだ」
そんな悠馬に優しく説明してくれる雲雀。その回答を聞いて、悠馬は更なる疑問を抱いた。
「入校式前って……どうやって知り合ったんだよ」
「どう……って、普通にメッセで」
ほら、とスマホの画面を悠馬に見せる雲雀。そこには何人かとやり取りされたメッセージの履歴と、一年八組の全員が所属しているグループが表示されていた。
「これって……
「それ以外に何があるの」
学園内の生徒には、政府から専用のスマートフォンが支給されている。これは情報漏洩防止を目的としたもので、各種SNSへの書き込みや動画やブログの投稿、果てはコメントの書き込みすら出来ないようになっている。反対に閲覧は自由に行うことが出来、これは動画だろうとSNSだろうと一切の制限が設けられていない。
そして学園の生徒には、学内独自のSNSアプリが提供されている。その一つが今雲雀が見せている『RIIMO』というメッセージアプリで、これは学園外部の人間と連絡を取ることは出来ないが学園内部の人間となら通常のメッセージアプリと同様にやり取りを行うことが出来るようになっている。
当然悠馬のスマホにもRIIMOはインストールされているが、そこに登録された友達の数は一人もいない。
「……何でもう友達登録されてるんだ、お前のRIIMOには? これって自動登録機能なんてあったっけ?」
「そんなわけないでしょ。入校式前にクラスは分かってたから、その時に誰かがグループを立ち上げたんだよ。僕はそれに誘われただけ」
「よくあるやつよ。それで仲良くなっただけ」
雲雀の脇からにょきっと顔を出して追加の説明を施してくれる女子生徒。雲雀と同じ赤色の髪で、肩口くらいまでの長さのものをポニーテールにして後ろに纏めている。この女子生徒も雲雀と同じく制服を改造していて、スカートの丈が指定のものよりも若干高くなっている。
「あ、あたし
手をひらひらと振って悠馬に自己紹介をする赤髪の女子生徒。稔莉は自身のスマホを操作すると、QRコードが移された画面を悠馬に向けて差し出して来た。
「悠馬君、だっけ? めんどくさいから悠馬でいい?」
「……お、おう」
「私も稔莉でいいよ。
それより、悠馬のことも登録していい?せっかく知り合えたんだし」
グイグイと押してくる稔莉のペースに逆らい切れす、あれよあれよという間に稔莉と友達登録をすることになった。
悠馬のRIIMOに表示された『友達の数』が0から1へと変化する。
「あー! 僕が最初に登録しようと思ってたのに!」
「早い者勝ちでしょ、雲雀」
子どものように稔莉を責める雲雀に対して、どや顔でスマホの画面を見せびらかす稔莉。二人でじゃれ合っているその姿は、普通に仲良しというにはどうも行き過ぎているように悠馬には感じられた。
「お前ら、昔からの知り合いか何かだったりするのか?」
「? お互いここで知り合ったけど、どうして?」
「……いや、何でもない」
自分が無知で最近の子にとってはこれくらいが普通なのか、それともこの二人がおかしいのか、悠馬が持つ知識では判別することは叶わなかった。
「大丈夫よ、あの二人の距離感がバグってるだけだから」
悠馬が二人を遠い目で眺めていると、まるで思考を読んだかのようなタイミングで横から声を掛けられる。振り返ると、そこには顔が似通った女子生徒が二人、悠馬と同じように雲雀と稔莉のじゃれ合いを遠い目で見ていた。
「えっと……」
「私は
稔莉とは違い、淡々とした口調で自己紹介を済ませる鈴。その横で、雫がぺこりと小さくお辞儀をした。そんな双子を、悠馬はまじまじと見つめる。
「…………何?」
「いや、双子の割には結構違うなと思って」
鋭いつり目の鈴に対して優しいたれ目の雫と、よく見てみると細かいパーツに違いがみられる。最大の違いはその髪型だろう。姉の鈴は茶髪のロングヘアなのに対して、妹の雫は黒髪のボブカット。大半の人間は、それを見て姉と妹を判別している。
「まあ、一卵性双生児でも結構違いは出るって言うから。――というか、見すぎ」
「すいません」
悠馬へ冷ややかな目を向ける鈴。それを受け、悠馬は肩を窄めて小さく謝罪の言葉を口にした。
「悠馬さんはグループ入ってないんですか?」
「稔莉みたいに悠馬でいいよ。
俺はそもそもそんなグループがあることすら知らなかった」
雫の問いに悲しそうに答える悠馬。それを聞いて、鈴が思い出したかのように話し始める。
「そういえば親睦会にもいた覚えが無いわね。参加しなかったの?」
「……親睦会?」
そんなもの、悠馬は存在すら知らない。大体入校式まで殆ど期間は無かったはずなのに、いつの間にそんなものが行われていたのか悠馬には甚だ疑問だった。
「ちょっと待って。親睦会は学内ネットで出欠席のアンケートを取っていたはずだから知っていないとおかしいはずなんだけど……悠馬、ここに来たのはいつ?」
「いつって、昨日?」
悠馬の発言に、鈴と雫だけではなく二人で言い合っていた雲雀と稔莉さえも唖然とした顔で固まった。
「昨日って――え、昨日?」
「逆に皆はいつからここにいるんだよ」
「遅くても一か月前くらいにはここにいるよ。学園内での生活に慣れるためと、生徒同士で交流して早いうちから仲良くなるためにって……」
「一か月!!?」
雲雀の発言に、今度は悠馬が唖然とした表情になる。一か月前と言えば、まだ悠馬は研究者としてアントルやAAESについての解明を進めていた頃。入校の話すら昇ってきてはいなかった。
(染岡の野郎、いつもギリギリすぎるんだよ……!)
眼鏡でニコニコと微笑む役人の顔が悠馬の脳裏に浮かぶ。染岡がもう少し早い段階で話を持って来てくれれば、こんな風に一人ぼっちにはならなかったはずだ、と心の中で悪態を吐く。
「寧ろ昨日って、よく間に合ったわね……」
「手続きやらいろいろとギリギリになったせいでそうなったんだよ。俺は悪くねぇ」
「手続きなら明らかに自業自得でしょ」
鈴の冷静かつ的確なツッコミが悠馬を襲う。心に傷を負わされた悠馬を他所に、雲雀が腕を組んで何やら考え始める。
「……悠馬、昨日来たばっかりなら引越し作業がまだ終わってないんじゃない?」
雲雀に問いかけられた悠馬は、胸を抑えながらも脈略の無い質問に答える。
「まあ流石に終わってないけど、それがどうした?」
その発言に目を光らせたのは、雲雀ではなく稔莉だった。
「それは大変! 明日から授業が始まるのに、私たちとカラオケになんて行ってたらいつまでたっても引っ越しが終わらないわね!?」
アメリカの通販番組かよ、とツッコミたくなるほどわざとらしいリアクションを取る稔莉に、悠馬は訝しげな視線を送る。
「……なんだその反応?」
「だよね稔莉! でも僕らは仲を深めるために一緒に遊びたい。何かいい案は無いだろうか……!?」
稔莉に乗っかるように、雲雀もわざとらしく大げさに話し始める。
「……嫌な予感しかしないわね」
「あはは……」
そんな二人の様子を見て何かを察したのか、鈴は頭を抱え雫は苦笑いを浮かべる。そんな双子の様子にまで気を配ることの出来ない悠馬もまた、雲雀と稔莉の胡散臭い態度に何か嫌な予感を感じていた。
「……何が言いたいんだ?」
「あ、そうだ! いいこと考えた! 僕らで悠馬の家の引っ越し作業を手伝ってからそのまま遊べばいいんだ!」
「それはいい考えね雲雀! ナイスアイディアよ!!」
「…………」
二人の言葉を聞いた悠馬の反応は、怒るでもツッコむでもなく、呆然とする、だった。
何も言葉が出てこず、ただ呆然と二人の様子を眺める悠馬。そんな悠馬を置いていく形で、二人の会話はどんどんと進んでいく。
「それなら早速悠馬の部屋に行かないと!」
「そうね! 早く終わらせればその分遊べるもんね!」
「雲雀、お前はそんなアホな奴だったのか……?」
これが辛うじて、絞り出すように悠馬の口から出てきたツッコミの言葉だった。
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第一章第7話 【最近の子は早い】
「――本当に何もないぞ?」
部屋の前で再度四人に向けて念押しする悠馬。渋い顔の悠馬から、四人は悠馬がこの部屋に自分たちを入れたくない理由があるのではないかと勘繰った。稔莉はそんな悠馬に対して、笑顔で
「そんなこと言ってもここまで来た時点で逃げる術はないわよ」
と答える。その笑顔を見て諦めた方がいいと悟った悠馬は、人差し指をドアノブにあるタッチパネルに押し当て、鍵を開けた。
悠馬たちが今いるのは、学園の生徒寮。生徒には一人につき、この寮の一部屋が与えられる。寮は普通のアパートと殆ど同じような構造で、2DKと一人暮らしには余りあるスペースと部屋数。一階には24時間営業のコンビニエンスストアが設置されている。
1~3年生の全員が同じ寮に住んでいて男女で寮が分けられているという、学生に対しては考えられないほどの好待遇となっている。
「…………どうぞ」
扉を開くと、一人用のアパートにしては少し広めの玄関が五人を出迎える。昨日越してきたばかりという話の通り、玄関から見える部屋には最初から設置されているデスクトップのPCがちらりと顔を覗かせるだけで、それ以外には何も見えない。
「「お邪魔しま~す!」」
我先にと部屋に入っていく雲雀と稔莉。一応履物を揃えるくらいの常識はあるが、家主よりも後に入るという遠慮は持ち合わせてはいなかった。
「同じ部屋なのに、なんでそんなに楽しそうなんだあいつら……?」
全ての部屋の構造は同じはずなのに何が二人を駆り立てるのか、悠馬にはてんで理解できなかった。
「自分以外の人が住んでるところだと、生活感とか出るでしょ。やっぱり『人の家』だから、二人ともワクワクしてるんじゃない?」
脱いだ履物をきちんと揃えながら話す鈴。
「……そういうもんか?」
「そういうもんよ」
そう言って、リビングの方へと向かって行く鈴。そんな鈴の後ろ姿も、どこかワクワクしているように悠馬には見えた。
「……あの、本当に大丈夫でしたか? いきなりお邪魔して」
最後に入ってきた雫が、悠馬に向けて申し訳なさそうに言う。
「ああ、別にいいよ。正直見られて困るようなものとか何もないし、大体俺持ってきたものとか殆どないし」
研究所暮らしが長かった悠馬にとって、私物らしい私物は殆どない。大体のものは社外秘のものばかりなので研究所に置きっぱなしにしてあり、尚且つ研究漬けだった悠馬にとって趣味らしい趣味もないのが原因ではあるが。
「でも悠馬さ……悠馬、にもやっぱりプライベートとか……」
「――ぷっ、あはは。呼び捨てが無理そうならさっきみたいにさん付けでいいよ。呼びやすいように呼んでくれ」
『悠馬さん』と言いかけてわざわざ言い直す雫に、思わず吹き出してしまう悠馬。そんな律儀すぎる雫の性格が、年上の変わり者とばかり接していた悠馬にとってはとても新鮮だった。
「それじゃあすいません、悠馬さんで……」
「うん。それで俺のプライベートだっけ? 本当にないから気にしなくて大丈夫よ」
「……そう言ってもらえると助かります。なんだかんだ鈴ちゃんも楽しそうですし」
「あ、やっぱり?」
さっきの自分の考えが当たっていたことに、また面白くなって笑ってしまう悠馬。そんな悠馬を見た雫もまた、頬を綻ばせる。
「よく笑いますね、悠馬さん」
「そう? 面白いと思ったらそりゃ笑うけど」
「それって、私たちと一緒にいるのが面白いと思ってくれてるってことですか?」
どこか悪戯っぽい笑みを浮かべる雫。小首を傾げて、見上げるように悠馬へと問いかける。
「……まだ会って間もないけど、俺は楽しいと思ってるよ」
「それなら良かったです」
年下の何気ない仕草に若干ドキッとしながらも、なんとかそれを表に出さずに答える悠馬。それを聞いた雫は満足そうに笑うと、リビングの方へと歩いて行った。
「今どきなのか……?」
最近の子どもの成長ぶりに驚きつつ、悠馬もリビングへと向かって行った。
「悠馬、エロ本どこ?」
「あるわけねーだろバカか!」
リビングに着いて早々、悠馬は四人を――正確には稔莉を部屋に入れたことを後悔した。
先にリビングに行った雲雀と稔莉は、悠馬の私物が入った段ボールを勝手に開けて中身を確認していた。
雲雀は取り出したものを自分なりに整理しようと、棚に置いたりクローゼットに閉まったりしていたが、稔莉は引っ張り出してそれが面白くないと思うや否やぽいと後ろに放り出していた。
「一応、引っ越しの手伝いっていう名目で来てるんだからそれはやってくれませんかね稔莉さん?」
「あんなの方便に決まってるでしょ」
「だとしても散らかしてんじゃねーって言ってんだよ! あまつさえエロ本って何だよ! そんなもん持ち込むわけねーだろ!?」
これ以上散らかされると片づける手間が増えると思った悠馬は、稔莉が持っているものを無理矢理取り上げて適当な棚に放り込む。
「ああ~! ……ケチ」
「そう言うなら働け」
「えー……」
渋る稔莉とは対照的に、他の三人は引っ越し作業をちゃんと手伝っていた。
「悠馬、服の類は適当にクローゼットに閉まっちゃったけど大丈夫?」
「ちょっと確認してみる。―――うん、俺がやるより完璧だわ、ありがと」
「悠馬ー、この変な置物ってどこに置けばいいの?」
「あーそれ貰いものだからPCデスクの上あたりに置いておいてくれ。後で俺が直すから」
「悠馬さん、この本って棚に置いちゃっていいですか?」
「ええと? ―――うん、本自体そんなにないし適当に纏めて入れて大丈夫」
稔莉を他所に、段ボールの中身を片付けていく四人。元々物が無かったということもあり、片づけはあっという間に終了した。
「ふぃ~、三人ともありがとな。おかげで大分早く終わったわ」
「あれ、私は?」
「お前は散らかしただけだよな?」
「うっ……」
ジトッとした目を悠馬に向けられ、言葉に詰まる稔莉。
「よし、それじゃあ遊ぶか――と言いたいところだけど、時間も結構遅くなっちゃったし腹も減ったし、せっかくだからご飯でも食べるか?
悪戯っぽい笑みを浮かべて言う悠馬に対して、泣きながら抱き着く稔莉。
「ごめんて悠馬! 私が悪かったから! 仲間外れだけはどうか! どうか!!」
「……なら買い出し行くぞ。お前も少しは働け」
「ははー、仰せのままに」
わざとらしく土下座をする稔莉。そんな稔莉の姿に、笑い出しそうになるのを悠馬は必死に堪える。
「まだ17時だし、スーパーは開いてるだろ。何作ろうかな……」
「あれ、悠馬料理出来るの?」
「それなりにだけどな」
研究所暮らしの時はたまに自炊はしていた悠馬だが、自分が食べられればいい所謂『男飯』しか作っていなかったので誰かに振舞えるほどの料理を作ったことは無い。それでもこの部屋の家主だし、年長者でもある一応自分がやるのが筋かなと思った悠馬は作ったことのある料理の中から比較的マシなものを思い浮かべていた。
「せっかくだし、皆で作らない?」
そう提案したのは鈴。それはそれで楽しそうだと思った悠馬は、すぐさま鈴の提案に乗っかった。
「それいいな、面白そう」
「ならいっそ買い物もみんなで行かない?」
「いいですね」
「一応買い物は働かない稔莉への罰みたいなもんだったんだけど……まあいいか」
悠馬の一言を聞いた稔莉は、ぱあっと顔を輝かせると膝立ちで鈴へと擦り寄りそのまま腰に抱き着いた。
「ありがとぉ鈴~! 危うく悠馬の慰みものにされるところだったよ~」
「お前は俺を何だと思ってんだよ!!」
悠馬と稔莉の初めましてとは思えないボケとツッコミに、周りの三人が爆笑し出す。悠馬も悠馬で、稔莉の距離感の詰め方に驚かされながらもそれに順応している自分にも同時に驚いていた。
* * * * * * * * * * * *
「「「「「ご馳走様でした」」」」」
夕食は『友達で集まってやるならタコパでしょ!』という稔莉の発言からたこ焼きになった。危うくロシアンになりかけたが、雲雀と鈴の奮闘もあり何とかそれだけは回避することに成功した。
「意外と難しいのね、たこ焼きって」
「ね。僕何回も崩しちゃった」
「雲雀は下手くそすぎるのよ。それに比べて雫ちゃんの綺麗なピック捌きと言ったら……」
「え!? いえ、私はそんな……」
「いや、上手かった。正直この中で一番じゃないか?」
「そりゃあ悠馬より上手いのは当たり前でしょ。この中じゃワーストじゃない?」
「んだと? そういう鈴だってそんなに上手くなかったじゃねえか。双子なのに」
「双子だからって何でも同じだと思わないで頂戴」
思い思いにタコパの感想を述べ合う五人。形が崩れたり生焼けだったりと小さなハプニングはあったものの、それも含めて五人とも楽しむことが出来た。
「あー、でも良かった。友達ちゃんと出来て」
ふと、稔莉がそんなことを呟く。大きく伸びをする稔莉を見て、隣に座る悠馬が茶化すように言った。
「お前のそのノリで友達が出来るか心配だったのか?」
「そりゃ心配だよ。好き嫌い別れるからね、私のノリって」
表情は笑顔だが、どこか悲しさが混じる声で話す稔莉。その声色から、過去に色々と苦労することがあっただろうということは四人とも容易に想像が出来た。
「良かったな、お前のノリが好きな奴が四人も集まって」
だから悠馬は、あえてまた冗談めかしく稔莉を見ながら言った。他の三人も悠馬の意図を察して、口々に稔莉へと笑いかける。
「ほんとほんと。最早奇跡と言ってもいいかもね」
「奇跡で収まればいいと思うけど」
「奇跡の上って何だろう……神業?」
そんな四人の顔を見た稔莉もまた、安心したように笑って答えた。
「そうね、奇跡通り越して神業かもね」
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