轟姓になりたくないのでヒーローになりました (紅ヶ霞 夢涯)
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プロローグ
という訳で次は、主人公のヒーロー名を募集です!
活動報告でも感想欄でもご自由に。最終的にはいくつかの候補でアンケートする予定です。
パソコンの画面から目を離して、壁に掛けてある時計を見た。そろそろパトロールの時間なので、パソコンででの書類仕事を保存してから電源を落とす。
クローゼットに仕舞ってあるコスチュームを取り出して袖を通した。初めの頃はコスプレ感があって少し気恥ずかしかったけど、高校三年間と二年間のヒーロー活動で流石に慣れた。
「さて、と。今日も行きますか」
自宅兼ヒーロー事務所の戸締まりをして、私は喧騒飛び交う街中へと歩いて行った。
(うんうん。今日も平和で何より)
予め決めてあるルートと時間に従って巡回しながら、時々のファンサービスも忘れない。といっても、私のヒーロー名を呼ぶ人に軽く手を振るだけだが。
「それにしても………」
毎日毎日、本当に代わり映えしない風景だ。私以外にも街をパトロールするヒーロー達に、出勤するサラリーマンやOLに、買い物中の主婦もいれば公園に向けて散歩する老人もいる。
それからーーー
「引ったくりだぁ!誰か捕まえてくれぇ!!」
ーーーほぼ毎日のようにどこにでも現れる、“個性”を持て余した
「アイス
ため息を押し殺して自分の個性を発動し、矛の形にした氷塊を走る
敵退治での街の被害で正面から文句を言われることはほぼないが、それを最小限に抑えるに越したことはない。
「朝っぱらから引ったくりなんて、暇な人ですね」
誰かから奪ったらしいバッグを拾い上げ、被害者に手渡し到着した警察に敵を引き渡す。ここまでが、基本的な仕事だ。
しかし、他の仕事が発生することもある。
「応援要請、ですか?」
「はい。隣街の方で敵とヒーローが交戦しているようですが、未だ取り押さえることが出来ず此方にまで要請が回ってきたようです」
珍しい。どこの街にも多くのヒーローがいるというのに、まさか隣街から応援要請が回ってくることがあるなんて。
「詳細をお願いします」
「敵と交戦しているヒーローは『エンデヴァー』。敵の“個性”は炎や熱に耐性を発揮するタイプという連絡が」
………本当に珍しい。
(ま、行こうかな)
あのエンデヴァーが応援要請を出す程に苦戦しているというのは、普通に少し見てみたい。
「分かりました。すぐに行きます」
なるほど。ヒーロー・エンデヴァーが苦戦する状況がどんなものかと思えば………うん、これは仕方ない。
(場所は大通りのビル同士の間にある細道。あそこだと彼くらい大柄だと、流石に動きづらいわよね。建物が近いから、火力を上げすぎる訳にもいかないし)
しかもどうやってかは知らないが、敵は『エンデヴァー』の炎やら熱を上の方に逸しているようだ。お陰で普段は熱気で遠ざける一般人が、あの『エンデヴァー』の活躍を間近で見ようと彼と反対側に集まっている。
『エンデヴァー』の
「応援要請を受けて来ました。通して下さい」
彼の相棒たちにそう言って、エンデヴァーの反対側から細道に入る。すると私に気づいたのか、僅かに目を見開く。そしてそれに敵が気づく前に、彼は瞬時に拳を握り必殺技を放った。
「赫灼熱拳っ!!!!」
こいつ正気か。
一瞬で凝縮された炎が敵を貫き、勢いよく私に迫ってくる。後ろに誰もいないなら避けるところだけど、生憎と野次馬が未だに屯していた。
(………仕方ないな)
持ち上げた片手で火炎放射と表現するには熱すぎるそれを受け止め、弾け飛びそうな炎を氷で相殺し続けること数秒。赫灼熱拳の直撃を喰らった敵は、当然のようにその場で倒れ伏していた。
「応援要請で駆け付けたヒーローに、この仕打ちは流石に酷くありませんか?」
「………ふん。貴様ならば防げると判断しただけだ………それにしても、久しいな。ざっとニ年ぶりといったところか」
「あら、もうそんなに経つんですね」
雄英高校ヒーロー科に在席している時からこの男のフォローをすることは多かったので、お互いにサラッと流した。今更こんなことを本気で責めたりしない。
「それでは敵の無力化も済みましたし、私はこれで失礼しますね。今後の活躍も期待しています」
相棒に敵を任せるエンデヴァーにそう告げれば、「おい」とどこか控えめな様子で呼び止められた。
「少し話がしたい。夜は都合が空いているか?」
(………応援要請、断れば良かったかも。手こずってはいたけど、苦戦はしていなかったし)
雄英高校を卒業してから、私はクラスメート達と意図的に連絡を断っている。去年に行われたらしい同窓会にも、出席していない。
しかもエンデヴァーこと轟炎司は、学生時代に………まぁ、かなり仲を深めたクラスメートの一人。
それが二年間も音沙汰なしで久々に会ったとなると、引き止めたくなるのも分からないではない。
ただ。
「私、隣街に住んでいるんです。夜間の巡回は他の人に任せてあるので、用事があるなら貴方から来て下さい」
こう一方的に言ってタクシーに乗ったので、何用か知らないがわざわざ隣街にまで足を運んで来ることはないだろう。そこまで彼も暇とは思わない。
ーーーーーーーーーあぁ、それにしても。
(どうすれば良いのかな)
私が『轟冷』にならない為の手段を、そろそろ本気で考えなければ。
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1話
主人公の名字は原作通りに「氷叢」で固定。
よって、主人公のヒーロー名を募集することにしました!これも氷をイメージできるような感じだと有り難いです。
轟炎司と初めて会ったのは、雄英高校のヒーロー科に入学した初日のこと。入試での筆記試験や実技試験では会場が別だったらしく、教室で彼の姿を見た瞬間には目の前が真っ暗になったりしたものだ。
ネットで『エンデヴァー』と検索しても何も出てこなかったから、かなり原作の前なんだなと思ってはいたが………まさか、よりにもよって同学年だとは。
(クラスが同じ、以外の関わりを彼と持つべき?)
そう少し悩んだけど、私は彼に話しかけて半ば強引に連絡先を交換した。原作に登場した時は人間性に欠点があるとはいえ、将来は確実に日本のNo.2に登り詰め、どんな形であれNo.1の座に至る男。
ヒーローとしての接点は、早めに作っておいて損はないと思った。
「これから三年間、よろしくお願いしますね。轟さん」
インターホンが鳴らされて、嫌な予感を覚えながら外を映すモニターを見る。するとそこには、ヒーロースーツから私服に着替えている轟炎司がいた。
(マジで来やがった)
「………本当に来たんですね」
『言った通りだ。お前と話がしたい………飯でも食べながら、どうだ』
渋々と応答ボタンを押せば、そう食事に誘われた。流石にこれを無下にする程、私は鬼畜じゃない。
「すぐに準備します。少しだけ待って下さい」
コスチュームを仕舞っているのとは別のクローゼットから、適当な服を取り出して着替える。
黒いTシャツの上から白い上着を羽織り、足首まである黄色のスカートを履いた。轟炎司がスーツとかならまだ考えたけど、あとは軽く化粧するくらいでいいだろう。
ハンカチやら貴重品やらを小さめの鞄に入れ、それを片手にぶら下げて玄関ドアを開けて外に出た。
「ごめんなさい。お待たせしました」
「………いや、俺が押しかけて来たようなものだ。謝罪するならこっちだろう」
そりゃそうだろ、とは言わないでおいた。代わりに夜ご飯は期待させて貰うとしよう。
〈轟炎司〉
久々に見たコスチュームでも学生服でもない彼女の髪色と、そこに留められた髪飾り型のサポートアイテムに、思わず歪みそうになる表情を押さえ込んだ。
(まだ、それを付けているのか)
彼女の髪を本来の色から黒へと変える、彼女が雄英高校ヒーロー科一年の頃から使い続けているサポートアイテム。
「ヒーローとしては銀髪ってプラスに働くかもしれませんが、普段から銀髪だと派手で目立ってしまいそうで………少し苦手なんです。それにほら、銀髪だと何だか老けて見えてしまいそうでしょう?」
そう言って、どこか儚げに笑う表情を覚えている。
そんなことないと、クラスの誰もが思った。彼女と仲の良い友人らは直接言葉にしていたし、遠回しにそう言ったり態度で示したりする者もいた。
「これから何処に?」
「…寿司だ。近頃、美味い店を見つけてな」
後部座席の扉を開けエスコートし、彼女の隣に座る。目的地を運転手に告げ、チラリと彼女に視線を向ける。
しかし視線がぶつかることはなく、彼女が口を開く気配もない。そして俺は、自分から他人に話しかけるのは苦手な部類だ。
結果、寿司屋に着くまで会話はなかった。
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2話
それからあまり長々とヒーロー名を募集するのも仕方ないので、もうアンケートに進みますね!!
轟炎司と正面から競い合うことになったのは、一年目の雄英体育祭でのこと。それまでは運が良いのか悪いのか、直接彼と競うような展開はなかった。
「やはり、決勝の相手はお前だったか」
「奇遇ですね。私もそんな予感がありました」
体育祭、決勝戦。私と轟炎司がお互いに何となくこの展開を予感していたように、クラスメートに普通科や経営科の生徒も、教師陣もそうだっただろう。
ーーー来年再来年は分からないが、少なくとも今年はこの二人だと。
『改めて、ルールの説明をさせて貰うのさ!』
まだ校長ではなかった根津先生が、マイクで声を拡大してそう言う。
『リングを真ん中で区切り、轟炎司くんと氷叢冷さんにそれぞれのフィールドを与えるのさ!そしてフィールド内には柱が10本ずつ。これを制限時間以内に、多く破壊した方の勝利なのさ!!』
(どこの○イス・ピ○ーズ・ブレイ○よ)
心の中で突っ込んだ私は悪くない。
ちなみにお互いのフィールドに入っていいし、何なら直接戦闘して相手を戦闘不能に追い込むのもありだ。
「双方、準備はいいか?」
彼が頷き、私もそうした。少しの静寂の後に、大きな声で合図が告げられる。
「始め!!!!」
そうして決勝戦が始まった。
回らない寿司とか、前世含めて初めて来たかもしれない。何だか少しばかり気遅れする。もうちょっと身嗜みに気を使えば良かったかも。
「それにしても、本当に久しぶりですね。壮健なようで何よりです」
ある程度の注文を済ませて、先に運んで貰ったお酒で乾杯し、私は轟炎司に話しかけた。話があるなら来いと言ったのは私だが、せめて車内でくらい彼の方から話を振って欲しかったものだ。
「あぁ、氷叢もな。お前の活躍は俺も耳にする所………流石、と言うべきか」
「轟さん程ではありませんよ」
まさしく破竹の勢いで名を馳せる、フレイムヒーロー・エンデヴァー。彼は経験を積む為に卒業後は相棒として就職したようだが、近い内に独立すると噂されている。
個人的に、卒業してすぐに事務所を作らなかったことに驚いた。
「その辺り、詳しくお聞きしても?」
「後で話す。それより聞きたいのは、お前のことだ」
「私の?」
「そうだ………………………卒業してお前がヒーロー事務所を開いてから、お前との連絡が一切途絶えた件についてを特にな」
あ、マグロ美味しい。同じのを頼むのは勿体ない気もするけど、これはもう一皿だけ頼ませて貰おう。
「おい、聞いているのか」
「………それって、そんなに重要な話ですか?高校までは仲の良かった友人も、卒業したら進学や就職で疎遠になる。よくある話でしょう?」
「………そうかもしれんが」
首を傾げる。
これで納得するとは思わないが、こう言えば深く尋ねられることはしないと思っていたけど………考えが甘かったか。
「何か?」
「………………………皆、心配していた」
当然、俺も。
そう小さく付け足した彼に、思わず珍獣でも見るような目を向けてしまった。
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3話
突然ですが主人公のヒーロー名は『グレイシア』で決定です!沢山の投票、ありがとうございました!!
先に仕掛けたのは私。それは轟炎司が先手を譲っただとか、そういう訳では決してない。
単に彼より私の方が、個性を発動する速度が速かったというだけの話だ。
「ふんッ!」
しかし流石は未来のNo.2と言うべきか。
彼はフィールド全体を覆わんとする氷の波を恐らくは現時点での最大火力で相殺し、私の氷の勢いが引くと瞬時に攻勢に転じた。
フィールド全体に広げた炎を両腕に集約して、二本の火炎放射を放ってくる。その狙いは柱のどれでもなく、私。
(強気ね………だけど)
「甘いですね」
眼前に分厚い氷の壁を作り出して防御する。 防ぐことは出来たが、予想以上に熱気が届いてきた。熱い。
「甘いのは貴様だッ!」
気づけば氷壁を挟んだすぐ向こう側に、轟炎司の姿があった。どうやら火炎放射を放ちながら、それに隠れるようにして近づいてきたらしい。
腕に炎を纏い、肘からも推進力のように炎を噴出。加速した拳が氷壁を軽々と破壊し、容赦なく顔を目掛けて振り抜かれる。
それを足元から作り出した氷を踏み台に飛び上がって回避し、さらにそこから近くの柱に飛び移った。
「そんなに遠くまで逃げてどうした!怖気づいたか!?」
「まさか。私は近接戦闘もそれなりに得意です」
しかしそれが轟炎司を侮る理由にはならない。しばらくはこの高さから、一方的に攻撃させて貰うとしよう。
「冬ざれ氷柱」
大小様々な無数の氷柱を、眼下の轟炎司に向けて放つ。勿論のこと氷柱の先は丸めて、大きいのは優先的に彼側の柱にぶつけてるようにする。
勝つまではいかずとも、柱を壊されることに対する焦燥感や、氷柱を防ぐことによる疲労感を与え優位に立てると考えてたんだけど………。
(………次々に溶かされてる)
けど無数の中の数本だけある回転を加えた氷柱は、その工夫のお陰か溶けきる前に彼に直撃している。それに向こう側の柱だって無傷じゃないし、悪くない感じだ。
「なるほど、回転か」
小さな声が届いた直後。
先程よりも勢いよく吹き出した炎が、私の乗る柱とその真後ろの柱をも破壊した。
「回転を加えて威力を上げるというのは、どこにでもあるような発想だが………だからこそ、その効果は実証されているというもの。お前の猿真似にしか、見えないかもしれないがな」
倒壊する柱とその破片を個性で凍らせ、氷で螺旋状にした滑り台を形成して滑り降りる。別の柱に飛び移っても、同じことの繰り返しになるだけだろう。
「ぶっつけ本番だが、この程度なら案外やれるものだな」
「………やりますね」
使い古しの発想を、ぶっつけ本番で出来る者がどれだけいるだろうか。恐らく同年代で全国を探し回っても、そうそういない。
「さぁ、第二ラウンドだ」
私を引きずり落とせて嬉しいのか、獰猛に笑う轟炎司。しかし、彼には悪いが………。
「いいえ」
短く口に出すのは、勝利宣言。
「私の勝ちです」
足元から生み出す氷で彼に攻撃を仕掛けながら、同時に後方へと移動した。距離を詰めようとする彼だが、割と勢いを乗せた氷で足止めしているので進めていない。
そして。
「
最大出力で個性を発動した。
「おい、何だその目は」
不機嫌そうな眼差しを向けられそう言われたけど、いやだってこれは仕方ないだろう。
この男からまさか、素直に他人を心配するような台詞が出てくるなんて。いくら原作前とはいえ、凄く意外だ。
「いえ、ただ………」
活躍が耳に届いていると、彼は言った。ならば他のクラスメート達も同様に、私の活躍を知っているということ。
(なら元気そう大丈夫って簡単に終わらない辺り、皆ホントに優しいな)
………………………………………仕方ない。
「何でもありません。今度、皆には私から連絡を入れてみます」
「そうしてくれ。今日の事がネットニュースになったみたいでな、俺に連絡が殺到して仕方ない」
ドンマイとしか言えないな。まぁ、私が原因なので軽く謝罪しておいた。
そこからは食事を楽しみながら、お互いの二年間を話し合った。どんな敵と戦っただとか、普段はどういう活動をしているとか。その中で彼は敵退治だけでなく救助にも力を入れていると言い、私は海難系のヒーロー事務所からのチームアップ要請が多いと言った。
「そういえば学生時代も、救助訓練の成績は良かったですね。あれは私も驚きました」
「ヒーローは本来、救助・避難・撃退。これら全てを一人で行える存在だ………自論だがな。しかしお前は海、か」
「えぇ。私の個性は基本的に、広範囲制圧向きですから。遮蔽物もなく一般人もいない海だと、かなり派手にやることも多いんです」
そんな風に会話をしている内に、腹も膨れた。デザートとか食べる空きもなかったので、会計をして家に送って貰った。
その道中。
「噂の件だが」
行きと違い、唐突に彼から話しかけてきた。
「噂………独立のことですか?」
「あぁ。俺はそろそろ、自分の事務所を建てる」
「そうですか。貴方がトップを務めるヒーロー事務所なら、あっという間に大手になるでしょうね。頑張って下さい」
ようやくエンデヴァー事務所が設立か。相棒として就職した所からスタートしたと考えれば、かなり早い独立だと思う。
「………それで、だ」
インターホンが鳴らされたとき以上の嫌な予感がした。彼が何を言おうとしているのか分からない、分かりたくない。
「………………………何でしょう?」
「相棒………いや。副所長として、俺の事務所に来ないか?」
きっとそれこそが今日、轟炎司が私を食事に誘った本題なのだろう。
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4話
〈轟炎司〉
氷叢冷が勝利宣言をした直後に放たれた、恐らくは彼女の現時点での最大出力。それは熱を溜め込む体質である筈の俺に、確かに冷たさを感じさせた。
(だが………)
炎を放出し続けながら考える。何故かは分からないが、この氷は俺のフィールドにある柱には向かっていない。
察するに、柱を壊すより俺を倒すことを選んだのだろう。
「舐めるなッ!」
真っ向勝負というなら望むところ。身体の芯にまで届きそうな冷気に、全力で放出する炎で対抗する。
最大火力で、最高温度。しかし、体を包む冷気を振り払えない。
(ならば、火力を上げるまで!!)
「うおおおおおおおおおお!!!!!」
そうして氷叢の個性を防ぎ続けて、どの程度の時間が経ったのか。五分………というのは言い過ぎかもしれないが、体感的にはそんな気がした。
やがて、攻撃の勢いが僅かに弱まった。その瞬間を逃さずに、防御中も右腕に溜め続けていた炎を即座に放とうとした直前。
俺の背後で、次々に柱が倒壊する音がした。
あのエンデヴァーから直々に、
「………何故、とお聞きしても?」
「食事の時にも言った、救助・避難・撃退。これはヒーローに求められる基本三項目だが、ほとんどのヒーロー事務所では一つに方針を定めている」
「そうですね。私も強いて言うならば、避難よりの撃退という感じですし」
私が最初に
そんな中で私がどうやって評価と儲けを稼いでいるかといえば、個人経営事務所な点と他所のヒーローが敵退治をしている最中の避難誘導を積極的にやっている点。
それから轟炎司との食事中にも言ったように、海難系ヒーロー事務所からのチームアップ要請。特にこれのお陰で私の活動範囲は広いので、様々な地域の人々から認知されている。
あと一つ主な活動に加える仕事もあるのだが、今は置いておこう。
「俺の事務所では、その三項目すべてを行う」
「………『つもり』や『予定』を付け加えない辺り、強気な発言ですね」
しかし、それがどうして私を彼の建てる事務所に誘うことに繋がるのか。
「社屋の場所は都心部を考えているが、他県への出張なども積極的にやっていく。そこで、お前だ」
どこでだ。首を傾げながら続きを促す。
「救助・避難・撃退。何をするにしても、お前がいれば活動の幅が広がる。その場でやれること、そして出張先の選択肢もな」
「………買い被りですよ」
それにしても、ちゃんと色々と考えた上での勧誘なようだ。けど。
(活動の幅が広がる、ね。それはエンデヴァー事務所のメリットであって、私にとってのメリットじゃない気がする)
既に私のヒーローとしての活動は幅広い。その分だけ忙しくはあるけど、一応は仕事を捌くことは出来ている。
(敢えてメリットを上げるなら、事務所に所属=人手が増える、くらいかな)
ただ事務所の規模が大きくなるのは確約されている訳だから、もしかしたら給料はかなり高いかもしれない。
(あ、いや違うか)
私の言う『活動の幅』は言い換えると『活動範囲』。現場でやることはほぼ変わらないが、彼の構想するヒーロー事務所なら『活躍の幅』も広がることだろう。
(何だろ。轟炎司の事務所であることを除けば、めちゃくちゃ好条件な気がしてきた)
デメリットがたった一つであるのに対し、メリットが多い。しかも就職した暁には、副所長ときた。
「それに貴方の事務所で副所長なんて、私に務まるとは………」
「買い被りなものか。謙遜も過ぎれば嫌味だぞ………二年間も個人でヒーロー事務所を経営してみせた手腕、ヒーロービルボードチャートでも上位に食い込む実力。並のヒーローには出来ん」
とりあえず謙遜すれば、即座に否定された。
別に自己評価を低く見積もっている訳ではないが、だからって『私TUEEEE!』みたいな態度は良くない。ので、程々な謙遜というか下手というか、そういう態度を忘れてはいけない。
「………光栄で、とても魅力的なお誘いです」
これは本当。これ程までの好条件で雇ってくれるヒーロー事務所なんて、そうそうないだろう。
「ですが、ごめんなさい。お断りします」
だが、断ることにした。それは勧誘してきたのが轟炎司だからというのが一番の理由だが、もう一つ。
(一度の拒否で引き下がる程度の勧誘なのか、それともそうじゃないのか気になる)
ーーーあと、たった一度の勧誘で頷いたら、何だか軽い女に見られそうで嫌だった。
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5話
一方では炎を、そしてもう一方では冷気を同時に発生させることより、。轟炎司の側のフィールドに彼が思っている以上の熱が流れるようにした。そしてその事に私が彼を冷やしていたので、彼は気づくことはなかったのだ。
というか、冷やしてなかったら危なかったように見えたのは気の所為か。
「つまり、氷叢さんの頭脳勝ちということなのさ!」
「………………………………………………なるほど」
首に掛けられた銀メダルを見ながら、根津先生の言葉に短く応える轟炎司。全く、決勝戦でのテンションは何処へやら。獰猛な笑みはすっかり鳴りを潜め、いつも通りの仏頂面がそこにはある。
「そして氷叢さん、優勝おめでとう!」
「ありがとうございます、根津先生」
根津先生は鼠であるためメダル授与が出来ないので、別の先生によって金メダルが首に掛けられる。
「決勝戦、見事だった。私も最後の技は途中まで、轟くんを狙った攻撃だと勘違いしてしまったくらいなのさ!」
「恐縮です。しかし、今回はルールに助けられたような形での勝利でしたので………次は、今度こそ正面から彼を倒します」
「既に次を見据えているのかい。素晴らしいのさ!!」
まぁ、向上心を表すような発言はしておくべきだろう。一応、ヒーロー科に在席している訳だし。
あと普通に、勝ってみたいとも思う。
横から「抜かせ!」とか「次は俺が勝つ!!」とか言ってくる轟炎司を無視して、その年の体育祭は幕を閉じた。
諸々と好条件が重なる勧誘を蹴った私を、轟炎司はしつこく誘い続けることはなかったが、別れ際にこう言ってきた。
「事務所の詳細を後日送る。それを見て考え直すなら、いつでも連絡してくれ」
そうして手渡されたのは、破られた手帳のページに書かれた彼の現在の連絡先。それを何となく眺めながら、かつてのクラスメート達に一斉メールを送る。
まず、二年間も連絡を断ったことに対する謝罪。そして軽い近況報告を書き、最後に多忙なので今後も連絡を取り合うのは難しいということを加えた。
それから今朝やっていた書類の仕上げを済ませ、寝る準備を終わらせてベッドに横になる。轟炎司との久々の邂逅のせいで精神的に疲れた感じはあるが、回らない寿司はいい気分転換になったと思う。感謝。
(一応、お礼とか考えた方がいいわよね)
不本意とはいえ、かつて手放したエンデヴァーとの伝手を再び得られるチャンス。適当に高級寿司屋と見合う物を送って、今後は程々な付き合いが出来れば万々歳だ。
そんなに都合よく事が運ぶかどうか微妙だが、車中での会話から轟炎司は私をかなり高く評価している。私からどんな風に接触するにしろ、無下にすることはないだろう。
(………そういえば)
カレンダーを見れば、もう七月末。夏真っ盛りということもあり、海難系ヒーロー事務所からのチームアップ要請が多い時期だ。
そして八月に入ればすぐに、轟炎司の誕生日がある。
(………………………いやいやいやいや)
何を考えているんだ、私は。というか、よく覚えていたな。最後に誕生日を祝った日は、もう二年も前のことなのに。
(でも、まぁ)
………それ以外にタイミングも思い浮かばないし、とりあえず八月八日の予定は空けれるように調整しよう。
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6話
体育祭が終われば、次に行われるのは職場体験。体育祭での結果を見たプロヒーローが興味を持った生徒に指名が入り、指名が入らなかった生徒は学校側がピックアップするヒーロー事務所から体験先を選ぶことになる。
「今年は轟くんと氷叢さんに、プロからの指名が偏ったのさ!」
根津先生の言葉は、当然と言えば当然のこと。今回の体育祭で、私と轟炎司以上に派手で目立つような活躍をした生徒はいない。
軽く根津先生から職場体験の説明がされた後、ヒーロー名を考案するプロセスに移った。それに特に文句はないが、何故に発表形式でやる必要があるのか。
「私のヒーロー名は『グレイシア』です」
サラッと書いてサクッと紹介した。私みたいに一発で決まった人は少ないが、それでも次々に皆のヒーロー名が決まっていく中で、難しい顔をしてペンを動かさない男が一人いた。
「意外ですね、轟さん」
昼休み。轟炎司の正面の席が空いていたので、彼と相席して話を振りながら昼ご飯を食べる。
「何がだ」
「ヒーロー名ですよ。貴方のことですから、既に決めているのかと思いました」
「やかましい………これからの自分を表す名だぞ。簡単に決められるものか」
「なるほど。確かに貴方の意見も、分からなくはありませんね」
しかし様子を見た限り、既にいくつか候補はあるみたいだが。その中に『エンデヴァー』はないのだろうか?
「折角ですし、見せてくれませんか?ほら、他人との意見交換で、何かいいアイデアが浮かぶかもしれませんし」
彼自身ピンとくるヒーロー名が浮かばなかったのか、渋々とだが一冊のノートを手渡してくれた。
それをパラパラと適当に捲り、どうにか苦笑することに成功。思わず真顔になるところだった。
(〇〇ヒーロー・誰それ、みたいな感じの構造はもう考えてる訳か。そんで肝心のヒーロー名だけど)
まず、〇〇ヒーローの部分から。
〇〇に入る言葉が色々と書かれていて、一番上に熱血。しかしこれは自分でもなしと思ったのか、線でかき消されている。他には燃焼、炎熱、火炎、業火、灼熱などがある。
そして誰それの部分。こっちも〇〇ヒーローと同じく、彼の個性を表すかのような文字が羅列されていた。が、その中にエンデヴァーはない。
「………個性は、イメージしやすいと思いますよ」
そう言った私の反応が我ながら微妙だったのは、『フレイムヒーロー・エンデヴァー』という未来の彼を知っているからだろう。
週末。私はとあるヒーローが所有している、巡視船のある港を訪れていた。
「よく来てくれたな!今回もよろしく頼むぜ、グレイシア!!」
「此方こそ。よろしくお願いします、セルキー」
ゴマフアザラシという個性を持つ、海難ヒーローの一人。彼とは独立してから
初めて会った時に彼の
(まだ、シリウスいないのね)
セルキーの放つ音響を聞き取る相棒、シリウス。セルキーとシリウスをセットで考えていたから、多少の戸惑いがあったものだ。
沖マリナーという船の操舵室に案内され、そこで今回のチームアップ要請について話し合う。
「今回、アンタにチームアップ要請をしたのは、ある敵を捕まえるためだ。………『クラーケン』、って敵名は聞いたことあるよな?」
「えぇ。ニュースで見聞きしましたし、資料も頂きましたから」
最近、巷を騒がせる自身をクラーケンと自称する敵。その個性は異形型と発動型が融合したような、巨大な蛸に変化するというもの。
そのクラーケンという輩は、これまで何隻もの旅客船や貿易船などを沈め、物的にも人的にもかなりの被害を出している。
当然、警察もヒーローも動いたが………捜査も難航しているようだ。
(まぁ、仕方ないのかもしれないわね)
何せ、海は広い。そしてクラーケンがそもそも、まだ日本の領海にいるかすら定かでない。もしかしたら、既に国外へ逃亡しているかもしれないのだ。
(かもしれないけど、流石にないか。すぐに国境の警備が固められたし、突破されたならHNに情報も載るだろうし)
さっき確認したが、そういう情報はなかった。まだクラーケンは国内にいるのだろう。
「そこで、俺の出番って訳だ」
得意気な表情をするセルキーに、頷いた。彼を単純に表現するならば、自由に動き回る音響探査器そのもの。その捜査可能範囲は、他の海難ヒーローと比べても突出していると言っていい。
それが私が彼の事務所から、チームアップ要請を受けている理由だ。
「それじゃ、俺は早速潜る。何かあったらすぐに連絡するから、いつでも動けるように頼むぜ!」
「はい、任せて下さい。索敵はお願いします」
セルキーはグッ!とサムズアップすると、甲板に出て海に飛び込んだ。
(さて、どう時間を潰すかな)
操舵室に待機してもいいが、私は巡視船の操縦など出来ないので、はっきり言って邪魔になる。いつでも動けるようにと言われたので、私も甲板で待機することにしよう。
(クラーケン、か。すぐ見つかればいいんだけど)
資料は見た。事前に蛸についてネットで調べて、どんな事が可能なのかもある程度の予想を付けた。未だに捕まってないことからして、並の敵ではないということも理解している。
ーーーそれでも、私なら会敵して三十秒程度で捕らえられるだろう。
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7話
職場体験。学生である自分達が、実際にヒーローの現場を文字通りに体験できる貴重な機会。
数多くきた指名の中から、私は見覚えのあるヒーローを選んだ。そして実際に職場体験に赴いたのだが。
(………特に、何もなかった)
いや別に、本当に何もなかった訳ではない。パトロール中はどんな事に注意しているかとか、敵退治以外にこういう仕事があるとか。それから毎日のように模擬戦をしてくれ、近接戦闘でのアドバイスも頂いた。
しかし
(近接戦闘の腕を磨けたことが、一先ずの収穫ね。考えなしの氷結ブッパだけじゃ、勝てない相手もこの先いるだろうし)
とりあえず近い将来に、轟炎司を相手にして接近戦で勝つことを目標に定めるとしよう。
「轟さんの職場体験はどうでしたか?」
あまり興味がないから忘れたけど、確か轟炎司はトップヒーローの事務所に行っていた筈。
「………大変だった」
「そうでしょうね」
それは見れば分かる。ボロボロな様子の轟炎司は結局いくら聞いても詳しく教えてくれなかったが、あの様子だとかなりキツイ職場体験だったのだろう。
(それにしても、夏休みには林間合宿か)
その前に実技込みの期末テストもあったけど、原作軸と違って敵が活性化している訳でもない。適当にロボットを壊して終わりだった。
「これで終わりか。つまらん」
とは、轟炎司の感想。全く同意する。こんなにイージー過ぎて大丈夫なのかと、こっちが心配になったくらいだ。
さて、職場体験に続いて期末テストも終わった。となると、林間合宿までに遊んだり合宿に要る物の買い物とかに行ったりしたい。
なので筆記の方で補習に引っ掛かった面々を除いて、夏休みの予定を立てることにした。海水浴に行く日と場所や、どこの夏祭りなら集まり易そうかだとかを話し合う。それから買い物の日取りも。
海水浴と夏祭りは帰省する人もいて全員で集まれそうにないので、そこは集まれる者同士で都合を合わせることに。林間合宿に向けての買い物は、クラスの全員で行くことにした。
セルキーが海に潜ってから、しばらく経った。まだ彼からクラーケンを発見した旨の連絡はないし、
(暇だなぁ)
クラーケンが見つかったら迅速に捕えるために呼ばれたのだが、見つかるまでが暇過ぎる。轟炎司から送られてきた彼の事務所の詳細を、もう三回は繰り返して読んだ。
(………どうしよう)
八月八日に轟炎司と会えるようにするつもりだが、まだ連絡の一つもしていない。予定を聞くなら早い方がいいのだろうけど、最近は何かこう………忙しくて。タイミングがなかった。
「………………………仕事中かもしれませんし、今は止めておきますか」
暇だからと轟炎司に送るメールを書いてみたが、保存だけして放置した。今は独立に向けて動いていて忙しいだろうし、それでヒーロー活動を休むとも思わないので流石に日中は宜しくない。
ちなみに当然だが、私は携帯電話を持っていない。持っていたら雄英高校在籍時のクラスメートや、他学科の友人からも電話が来る事間違いなしだから。
なのでこうした空き時間で情報収集やメール作成が出来るように、ノートパソコンを持ち歩くように心掛けている。
「それにしても、セルキーはどこまで行ったんでしょうか?」
シリウスがまだいない以上、専用のサポートアイテムがあっても、そんなに沖マリナーから離れないと思う。なら、一度くらい戻って来てもおかしくない筈だけど………。
「グレイシアッ!戦闘準備をッッ!!?」
甲板に出てきた船員が私を呼んだ次の瞬間、沖マリナーが大きく揺れた。宙に浮いたノートパソコンを掴み取り、海に落ちそうになった船員を船内に放り込む。少し雑になったけど、許して欲しい。
ノートパソコンを防水性の鞄に入れて、甲板の隅に氷で固定した。これで心置きなくやれる。
とりあえず。
「
右足の先に槍状の尖った氷を作り、私に向かって伸びてくる巨大な蛸の触手を横から貫き両断した。その作業を繰り返し、触手の一本に捕まっていたセルキーを助け出す。
しかし吸盤が貼り付いているのか、斬り落とした触手からすぐには抜け出せそうに見えない。
「悪い!助かったぜ、グレイシア!!」
「助かった、でいいんでしょうか?自力で抜け出せそうにないなら、
「…あぁ、頼む!」
………本当なら彼の性格からして、『すぐに行く』とか言いたかったのだろう。しかし、そう言わない辺り賢明だ。
(邪魔なだけですしね)
海に飛び降りた。着水寸前に海面を凍らせた簡易な足場に着地し、周囲の様子を確認する。
沖マリナーを包囲するように展開された、蛸の足。此方の様子を伺うためか、本体の大部分を海面から上に出している。といっても、かなり離れていて近づいてくる様子もないが。
(でも、良かった。十分に射程圏内ね)
揺れる海面に触れ、個性を発動する。間違っても逃げられることがないように、今回も少し派手にやるとしよう。
「
「………メール?誰からだ?」
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8話
クラスメート達と林間合宿で必要な物品を買い揃えようと、集合場所にしたショッピングモールの最寄り駅にやって来た。そこには既に、皆の姿がある。
「すみません。お待たせしてしまったみたいですね」
若干遅れて到着した私の服装は、夏らしさを意識したもの。
といっても、チェック柄のノースリーブに白いミニスカートを組み合わせただけ。しかし自分で言うのも何だが、素材が良いからこれくらいにシンプルでも悪くない感じだ。
「轟さんは………まだ来ていないんですね」
私が来た時点でもう集合時間の五分前だというのに、あの男はどこで油を売っているのだろうか。
皆と適当に駄弁って時間を潰す。何が欲しいとか何を買うつもりだとか、そういう内容。
ちなみに私は林間合宿に備えて、山用の服とか靴とかを買う予定だ。後は花の女子高生らしく、ウィンドウショッピングをしながら適当に。
ーーーその日、轟炎司は来なかった。
どこで情報を拾ったのやら、頭上を見上げれば幾つかの報道ヘリがある。ここまで陸からそれなりに遠いだろうに、わざわざご苦労なことだ。
「怪我はありませんか、セルキー」
「おう、見ての通りだぜ。しかし………また派手にやったな、グレイシア」
「………これでも、抑えたつもりなんですが」
セルキーが視線を向ける先には、物言わぬ氷像と化したクラーケンの姿が。そして少しその視線を下に傾ければ、クラーケンごと凍らせた海が目に入る。
こんな拘束の仕方をした以上、沖マリナーだけでは運べない。なので周囲には海保の船が何隻もあり、それらでどうにかクラーケンを運んでいる最中だ。
………………………うん。
(確かに少しばかり派手にやったかもだけど、今回は仕方ないわよね)
何せ物理的に大きい敵で、しかも単純な人型ではなく蛸。蛸の足をかなり広げていたし、一度で確実に凍らせようとすればこうなる。普段はここまでしない。しないったらしない。
「ところで、相談があるんだが」
「貴方と水中行動が可能な人か、貴方を補助出来るような人を探すべきでは?」
「やっぱり、そうだよなぁ………」
今回クラーケンに彼が遅れを取ったのは、沖マリナーの船員との連携不足が原因だろう。この問題点は以前から浮かんでいたので、そろそろ本腰を入れて相棒探しに努めて欲しい。
「貴方をサポート出来るヒーローが一人でもいれば、かなり良くなると思いますよ。まぁ個人事務所の私からしたら、相棒なんて縁遠い話なので、これ以上の助言は出来ませんが」
何かあれば呼んで貰うようセルキーに言い残し、私は船内に戻ることにした。我ながら久々の大規模な個性の行使ということもあり、少しばかり反動がある。
「………昔なら、特に気にならなかったんですけどね」
震える手先を眺めながら、そんな言葉を口に出していた。
(駄目ね)
最近、どうにも学生時代を思い出す。まだインターン生として現場に出て、あの男と共にプロ顔負けの活躍をしていた頃。
「そういえば」
あの男が職場体験で決められなかったヒーロー名を決めたのも、確かインターンの途中だったっけ。
その後。私は港で報道陣からの取材を適当に受け流し、自宅へと戻った。今日はパトロールもなし。クラーケン探しにどれだけ時間が必要か分からなかったから、今日はそれ以外の予定を入れていない。
夜にならない内に今回のチームアップについての書類仕事を終わらせておこうと、パソコンを立ち上げた。すると誰からか、メールの通知が来ている。
(誰からだろ?)
不思議に思いつつも、特に気にしないでメールを開いた。どうせ今日の活躍を詳しく聞きたがっているであろう、どこぞの記者から取材を求める内容のメールだろう。
そんな風に考えていた私は、そのメールがプライベート用のメアド宛に届いていることに気がつかなかった。
「え?」
ーーー特に予定はない。どうした?
送った覚えのないメールに、轟炎司からの返信が届いていた。
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9話
林間合宿の目的はズバリ、“個性”そのものの強化。私の“個性”は許容上限のある発動型なので、その上限を底上げすることが目的となる。
そしてそれは………体育祭で、優勝を競った男も同様だ。
「おおおおおおおおおおッ!!!!」
轟炎司とある程度の距離を保った状態で向かい合い、お互いに向けて最大出力で“個性”をぶつける。氷と炎が数秒だけ拮抗し、氷が僅かに炎を押し込んだ。
(現時点では、私の方が上…で、いいのよね?)
氷は炎、熱で溶ける。それは子供でも知っているような当たり前のこと。だが、しかし、現に私の氷は轟炎司の炎に負けていない。
けど、それは今は訓練中だという前提があるから。それこそ体育祭のような真剣勝負の場面であれば、この男は限界を超えるだろうという、確信にも似た何かがある。
(ーーー実際、体育祭の決勝戦で私の最大出力に耐えていた訳だし)
延々と、教師陣からのストップが入るまで同じことを繰り返す。やがて太陽が真上に登る頃に、ようやく休憩時間が与えられた。
その休憩時間でA組もB組も協力して、昼ご飯を作って食べて片付ける。そして本来は身体を休める時間に私は、ある一人の臨時講師として招かれたヒーローと、自主練習の為に移動した。
「全く、お前さんな………少しは俺も休ませろってんだ」
「横で見て、アドバイスしてくれるだけで良いんです。今日もよろしくお願いします」
そのヒーローの名は、『グラントリノ』。
あの『オールマイト』を育て上げた人物であり、私が職場体験先に選んだヒーローだ。
………クラーケンに、沖マリナーが襲われたときだ。そういえば、あの時メール画面を閉じた覚えがないような気もする。メールを送信した時間も、それくらいだと表示されているから、多分間違いない。
(………………………………………………仕方ない、か)
シンプルに、待ち合わせ場所とそこに私が行く時間を打ち込む。というか仮にも誕生日だというのに、『特に予定はない』とか、悲し過ぎないかあの男。
短い内容のメールを送って、そのままパソコンで検索画面を開いた。調べるのは集合場所にした所から近くの、ショッピングモールとその周辺の情報。
仮にも此方から誘った以上、その日の予定は私の方で組まないと。
「彼の誕生日を祝うのは、二年ぶりですか………」
(さて、どんな一日にしてあげようかな)
まさか再び、こんな内容で頭を悩ませる日が来るなんて思ってもいなかった。
〈轟炎司〉
携帯を開いて、メールの受信画面を開く。そこにある氷叢冷からの短いメールを、何度も何度も読み返して深々と息を吐いた。
そして向こうの気が変わらない内にと、急いで返信を送り携帯を閉じる。
(去年も一昨年も、そして今年も同じように、予定を空けていて正解だった)
正直………連絡先を渡したとはいえ、氷叢の方から進んで連絡をしてくることはないと思っていた。
何せ、二年間も音沙汰なしだったのだ。いきなり以前のように連絡を取り合うというのは、はっきり言って難しいだろう。
そんな状況で、向こうからのメール。しかも指定された日は八月八日ーーー俺の誕生日。何かしらあると、そう思わず考えてしまう。
例えば、そう。エンデヴァー事務所の副所長として勧誘した件に対する、前向きな返事とか………………………流石に都合よく考え過ぎか。どうしても、期待はしてしまうが。
「いや、ちょっと待て」
唐突に予定の埋まった俺の誕生日に思いを馳せて、ふと焦りが生じた。
ーーーどんな格好で行けばいいだろうか。
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10話
〈轟炎司〉
今は昼飯を食い終わり片付けも済ませて、午前中の“個性”強化の疲れを少しでも取り除こうと休んでいる最中。俺も俺以外も、ほぼ全員がそうしている。
そんな中で、一人のプロヒーローと共にどこかへ行った氷叢の姿は、嫌でも目に入った。
(何をしているんだ?)
合宿の初日は気になっても追う気力もなく、また尋ねる機会もなかったが………。
膝に手を当て立ち上がり、後を追う。そうして辿り着いた先は、断崖絶壁とまでは言わずとも、かなり傾斜のある崖の下。
適当な木に隠れて様子を伺っていると、唐突に氷叢がその場から飛び上がり崖を登り始めた。
「………速い」
思わず呟く。崖の上まで登る速度もそうだが、それ以外にも目に付く所が多かった。
手足を次に置く場所の判断。そこまで移動する速度。その速度を維持したまま、バランスを一切崩さない体幹。それらを全て、個性で補助することもなく行っていた。
仮に俺が同じことをして、同じ速度で出来るかどうか………そもそも崖登りなどあまりしたこともないので、何とも言えない。
というか、だ。氷叢はどうしてこんなことをしている?
「あら、轟さん?どうしてここに?もしかして、休憩時間が終わったりしましたか?」
崖を駆けるように降りてきた氷叢に、普通に見つかりそう声を掛けられた。
「まだ、全員休憩中だ。そういうお前こそ、休憩時間に何をやっている?」
それに答えたのは氷叢ではなかった。
「どんな状況でも、どんな足場でも動けるための訓練だとよ。雄英生ってのは、向上心の塊だな」
そう肩をすくめて言ったのは、確か雄英が招いたプロヒーローの一人。名前は聞いたこともないが………この場にいる以上、実力は確かなのだろう。
「余裕があるなら、轟さんもやりますか?勿論、無理にとは言いませんが」
返事は決まっていた。
八月八日、午前九時。私は轟炎司との集合場所に指定した、自宅から近い最寄り駅前の広場にやって来た。
(格好、変じゃないわよね…?)
家を出る前にも確認したが、近くのガラスケースの前に立って一応確認する。
白地に黒いボーダーの入ったノースリーブのシャツに、青と白で縞模様を象る膝丈のスカート。首元にはプロデューサー巻きにした薄手の白い上着があり、橙色をしたリボンを付けたバッグを肩に掛けている。
………ノースリーブはともかく、スカートはちょっと長めにした方が良かっただろうか?別に似合っていないとは思わないけど、今更になって少し悩んできた。
(まぁ、この格好で来ちゃったし仕方ないや)
「轟さんは………まだ、来てないみたいですね」
改めて広場の時計を確認してみれば、集合時間までは後一時間近くもある。私は何に焦って、こんなに早く来てしまったのやら。
(近くに本屋とかなかったっけ?)
流石に駅前の広場なのだから、探せばある筈。三十分くらい適当に時間を潰してから、また戻ってくるとしよう。
「おい」
広場の出入り口から一歩踏み出した瞬間に、ぶっきらぼうに声を掛けられたので足を止めた。後ろを振り返る。
「来る時間、間違えていませんか?」
「そう言うお前こそ早く………いや、何でもない。待たせたようで、悪かったな」
視線の先には、私服姿の轟炎司。黒いズボンを履いていて、それとは対照的な白いシャツの上から紺色っぽい七分袖の上着を羽織っている。
………………………………………………うん。
「普通ですね」
「それは流石に失礼過ぎるだろう」
やっべ。声に出てた。
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11話
雄英高校ヒーロー科としての学生生活も、早二年目に入った。そんな私の生活には、ある一つの習慣が生まれている。
「ロッククライミング、かなり慣れたようですね。隣で見ていても、危なっかしさは感じません」
今いる場所は、轟炎司がトレーニングによく使っているという瀬古杜岳ーーーで見つけた、崖の中腹。
「一年の合宿以来、これにも時間を割いていたからな。自分でも上達したと思っていたが………お前から見ても、そうか」
習慣というのは、ここ瀬古杜岳で行われる轟炎司とのトレーニング。平日は流石に厳しいものがあるが、土日のどちらかは来るようにしている。
「これなら、次のステップに進んでいいかもしれませんね」
「は?次、だと?」
「えぇ」
私と同じように崖の中腹で、若干だが口元を緩ませていた轟炎司。彼自身が言うように、去年の合宿時とは動きが別物だ。
卒業までに習得できれば儲けもの、程度に考えていたが………これなら次のステップも、仮免試験までに間に合うかもしれない。
「まぁ、それも………貴方にやる気があればの話ですが。どうします?」
半ば答えが分かりきっている問いに、やはり予想通りの答えが返される。
「やるに決まっている。で、どんな内容なんだ」
「そうですね」
丁度二人揃って、崖の上に登り着いた。ぐいっと組んだ両手を振り上げ、身体を程よく伸ばす。そして轟炎司と目を合わせて、こう尋ねた。
「フリーランニングって、知ってます?」
予定よりも早い時間に集まってしまった私達。
(まぁ、遅刻するとかよりはマシかな)
そのままショッピングモールに移動することにしたので、とりあえず今日の最初の予定を轟炎司に伝える。
「とりあえず、携帯が欲しいので付き合って下さい」
「まだ持っていなかったのか」
「どの機種が良いのか、あまり調べる時間がなかったので。店のオススメでも良いのかもしれませんが、どうせならヒーロー活動中も問題なく使える物を、轟さんから教えて欲しかったんです」
既に、独立間近だと聞いた。この男なら多分その辺りも考えて、色々と用意していたことだろう。
「………参考程度にしておけ。俺も、そこまで詳しくは知らん」
とか言っていたが、頼んだ私が引きそうになるレベルで詳しかった。何より驚いたのは、冷気に耐性のある携帯を勧めてきたこと。電気カイロみたいな機構でも、組み込まれているのだろうか?
「では、それで」
何故か支払おうとする轟炎司を携帯ショップから追い出し、当然だが自分で払う。自分の誕生日だというのに、どうして財布を出したのやら。
買ったばかりの携帯の初期設定も、店員に手伝って貰いながら済ませる。店の外に追いやった轟炎司に近づくと、彼は電話をしている最中だった。
聞き耳を立てるのも悪いと思い、少し離れて電話が終わるのを待ってから声を掛ける。
「意外に物知りなんですね、轟さんは。どれを選べば良いか分からなかったので、本当に助かりました」
「そうか………………………何も聞いていないだろうな?」
「?いえ、特に何も。盗み聞きするような趣味、私にはありませんし」
仮に私が聞いてヤバい内容だったのなら、ここで話す轟炎司が悪い。
(いや、でもちょっと気になるなぁ。わざわざ確認したくなるくらいに、私に聞かれたくないことって何?)
普通に考えれば独立関連のことだろう。流石に私がそれを聞くのは、確かによろしくない。
(まぁ、何でもいいや)
とりあえず、携帯を出しているなら丁度いいと、そのまま轟炎司とメアドと連絡先の交換を済ませる。
「連絡先なら、以前に貰ったぞ」
「以前に教えた番号は、家の固定電話の番号なんです。今、轟さんに伝えたのはプライベート用の番号ですよ」
「は?」
「今の所で知っているの、轟さんだけですから。変に広めたりしないで下さいね?」
身体を固める轟炎司に、私は軽い笑みを浮かべながらそう言った。
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12話
※ちょっとアンケートなかったことにさせて下さい。
二年になったので、仮免許を取得を目指すことになった。その流れで、必殺技の考案と習得とがやるべきことに浮上する。
「必殺技………必殺技ですか」
ON○ PI○CEの青○ジと、血○戦線のスティー○ンの技から仕上げるか。技のイメージもしやすいし派手だし、出来るようになれば凄い強いよね。多分。
(闇雲に手を出しても仕方ないし、優先順位を決めよう)
①氷河時代
広範囲に渡っての拘束、及び海上等での足場造りに最適。
②アイス塊“
普通に氷を飛ばすよりもヒーローっぽいし、中遠距離での攻撃に使える。
③絶対零度シリーズ
近接戦闘の要。
簡単にまとめたが、実際にはそう簡単にはいかないだろう。必殺技と言えるレベルでの発生速度に仕上げなければならないし、戦闘中に意図したタイミングで自在に扱えなければ意味がない。
「流石に氷河時代は………皆さんに迷惑を掛けますし、無理ですね。一先ず絶対零度から始めましょう」
という訳で、現在はロボット相手に格闘戦縛りで戦っている。やや大振りな動作が目立つが、ロボットには痛覚が設定されていないので攻めが苛烈だ。
適当に攻撃を避け、蹴りを入れて足から個性を発動する。
「
ロボットの内部から氷を形成し、内側からズタズタにする。当然、内側からの攻撃など防げる筈もなく、ロボットは見るも無惨な形に壊れた。
(うわー………これは、封印安定かなぁ。殺傷力が高すぎ。あ、いやでも障害物の除去とかには使えるかも)
そんな日が、数日続いた。必殺技もいくつか形になり、完成度が高まっていることは実感している。しかし、ロボットのみが相手ということもあり、どこか物足りないものがある。
という訳、で。
ある日の放課後、轟炎司を連れてグラウンドβにやって来た。根津先生はモニタールームに居てくれていて、適当にアドバイスをくれるらしい。
「それでは事前に決めた通り、お互い一個ずつ必殺技を披露する形でやりましょう。余裕があれば、戦闘訓練も行うということで」
「フリーランニングはしないのか」
「まだコンクリートの上でやれる程、貴方は上手くありませんから」
その段階でコンクリ上でのフリーランニングを強行して、万が一にも怪我をしてしまったら大事だ。しばらくは、瀬古杜岳での訓練に限定した方がいいだろう。
「それでは、そろそろ始めましょうか」
〈side轟炎司〉
氷叢の後ろを歩きながら、携帯をそっと開き連絡先の画面を見る。そこの上の方に表示されているのは、今さっき氷叢から貰ったばかりの電話番号ともう一つ。
それは学生時代に氷叢と特に仲の良かった、クラスメートの一人のものだ。急な連絡にも関わらず、相談に乗ってくれて非常に助かった。いや、本当に。今度また何か礼をしなければ。
(………しかし普通、普通か。変だと思われるよりもマシだが)
今日の服装も、相談の結果の一つ。恐らくは俺の勧誘に対する返答がなされるだろうからと、真面目にスーツで行くつもりだということを言って良かった。
「そうでなければ、俺は………」
かつてと同じような失敗をしていたかもしれない。
「何か言いましたか?」
「いや、何も。それより、この後はどうするんだ?」
「どうせ、今日一日は暇なんですよね?なら、とことん付き合って貰います」
具体的な予定を言わない氷叢の後を、俺は大人しく追う。どうせ今日一日は、彼女が言うように暇なのだ。
どこにだって、付き合ってやる。
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13話
「赫灼熱拳、ジェットバーン!」
そう叫んだ轟炎司の拳から、凝縮された炎が勢いよく私に向かって飛来する。なるほど。既に力の凝縮と放出というものは、とっくに習得済みであるらしい。
「
本来は氷の壁の中に敵を閉じ込める技を、防御に転用する。本来の使用方法が必要な場面もあるかもしれないが、なるべく少ないことを祈る。下手をすれば、相手を凍死させかねない。
「いい必殺技ですね」
「軽々と防いでおいて………馬鹿にしてるのか」
「まさか、本心ですよ。それでは次は、私から」
さて、どんな技を使ってみようか。彼が中遠距離用の技を披露したのだから、とりあえず私も似た用途の技でいいか。
「アイス
氷で象った大きな雉を飛ばし、その嘴で以て相手を穿つ攻撃力が高めの必殺技。しかし、それは再び放たれたジェットバーンで撃ち落とされる。
(あれ?)
その様子を見て、思い浮かんだ僅かな違和感。そしてその違和感がはっきりと形になったのは、何度かお互いの必殺技をぶつけ合った後だった。
携帯を買ってから、色々と見て回った。机や椅子などのインテリアに、ペン立てなどの小物類。轟炎司に会話を投げかけつつ、彼が気になっている様子の物を片っ端から………いや、嘘だ。財布と相談しながら買っていく。
そして事前に二人分を予約していた、昼前に始まる映画を見るために映画館に入る。
「どうして映画だ」
「知らないんですか?まぁ………私も見た訳ではありませんが。何でも、最近の流行りだそうですよ?」
「いや、流石にそれは知っているが」
ふむ。どうやら彼の好みではないようだが、今更キャンセルするのも勿体ない。悪いけど、今回はこれで我慢して貰うとしよう。
「ところで、轟さんはメニュー決まりましたか?」
「………決まっているなら頼め。ここは俺が持つ」
「え?いえ、自分で払いますよ。クーポンもありますから」
「………………………そうか」
そして「悪い。電話だ」と言って、轟炎司は映画館の外に出た。その背に向かって、「じゃあ、私が貴方のを決めておきます」と言った。
特に反論もなかったので、適当に選ぶ。確か学生の頃から、何故だか渋いものが好きだった。とりあえず、ポップコーンは外すことにする。
「それにしても」
独立が間近だと、やっぱり色々と忙しんだなぁ。まるで二年前に、私が個人事務所を建てるために奔走していた時のようだ。懐かしさすら感じられる。
(どの程度の規模で事務所を建てる気か知らないけど、ひょっとして急な予定ができたりするのかな?)
けどまぁ、彼の方から言い出さないなら問題ないだろう。
轟炎司がいない間に、注文と支払いを済ます。そして考えるのは、これまでの二年間とさっき彼に渡したプライベートの携帯番号。
………改めて言うようなことでもないが、私の目的は轟炎司との結婚を避けること。その為にヒーローを志し、しかし普通のヒーローでは箔が足りないと思い雄英高校に入った。
(まさか、肝心の轟炎司と同じ学年で、しかもクラスまで同じになるとか予想外過ぎたけど………)
そこはまぁ、臨機応変に。ヒーローとしての成功は確約されているような人物なので、彼から学べることは多いと思った。それに、将来No.2から頼りにされるヒーローという立場になれたなら、即ち私のプロヒーローとしての実力も立場もそれなりのものになるだろうとも。
ただ………まぁ、その。何だ。私としては、上手くやっているつもりだったんだけど。周りからはとてもそうは見えなかったらしい。
(せめて、もうちょっと早く言ってくれたら良かったのに)
何で指摘するのが、三年の半ばも過ぎた頃だったのか。いや、まぁ文句を言うのも筋違いな気はするけども。
「はぁ」
溜め息を吐く。
だから、二年間も離れた。しかし、再び私達は距離を詰めようとしている。しかも、今日の場合は私から。
………………………………………………いきなりプライベートの番号を渡したのは、流石にマズかっただろうか?
(けど、渡さない方が不自然だし仕方ないよね。うん、仕方ない仕方ない)
「悪い。待たせた」
そう結論付けたタイミングで、轟炎司が戻ってきた。彼の分の飲み物とかが乗ったトレーを渡す。
「いえ、大丈夫です。それより轟さんは、これから二時間近く平気なんですか?忙しそうに見受けられますが」
「問題ない」
「………そうですか。では、もう入ってしまいましょう」
彼の隣を歩きながら、思考は再び振り出しに戻る。
私の目標は、轟炎司との結婚を避けること。それは昔も今も変わらない。変わっていない。変わる訳がない。
(ーーーあぁ、けれど)
けれど、もし。もしも結婚さえ避けられるというのなら。
私は。
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14話
轟炎司との必殺技の応酬を終えて、運動場βから教室に戻って来た。そして彼と向かい合って座り、互いの必殺技について感想を言い合う。
「仕方ないかもしれませんが、轟さんは防御力に乏しいですね」
「大した問題ではない。避けるか、相殺すれば良いだけだ」
何度も彼と必殺技をぶつけ合ったが、彼は防ぐという行動をしなかった。轟炎司には少なくとも現時点で、防御用の必殺技はないのだろう。
それは私じゃなくても、誰でも気づく。つまり彼には、こんな言い方は何だが『数撃ちゃ当たる』の戦法が刺さる………かもしれない。
(そんな単純な手で、やられる男とは思えないけど)
それでも、可能性はなくはない。機会があったら試してやろう。
「相殺ばかりして、熱で動きが鈍くならないといいですね」
私の言葉に口を噤む轟炎司。自覚はあるようで何よりだ。まぁ、その辺は自分で頑張って欲しい。欠点はこれくらいにして、少しは褒めてやるとしよう。
「火力は十分だと思いますよ?私の防御技だって、何度も貫いてきましたし………秘訣は力の凝縮ですか。器用ですね」
「あっさり人の秘訣を見破るな」
「まぁ、それなりの数を拝見しましたから」
「………お前の必殺技も、かなり高レベルで仕上がっているな。威力は俺に劣るが、それを補って余りある汎用性だ」
そして彼には失礼かもしれないが、彼より技の種類が豊富だ。まぁ………色々と手を出し過ぎて、実戦レベルに仕上げられているか少し不安だが。
「全く………君たちは本当に、向上心のある生徒なのさ」
ガラッと教室の扉を開いて入って来たのは、担任である根津先生………………………今どうやって開けた???
「根津先生、お疲れ様です。先生から見て、私達はどうでしたか?」
そう尋ねれば、先生の目からしても高校生レベルは余裕で超えているそうだ。実感は沸かないけど、先生が言うならそうなんだろう。
「今はまだ不安に思うかもしれないが、もう仮免試験が迫っている。全国のヒーロー候補生と競い突破すれば、自信も身に付くさ」
加えて、根津先生曰く。私と轟炎司とが成長を実感しにくいのは、私達のレベルが同じくらいだからだそうだ………彼は先生からのその指摘に、どこか不満そうにしている。
しかし、そういうことなら轟炎司との戦闘訓練は一旦中止かな。偶には他のクラスメートとも訓練するとしよう。
「そういう訳で、今後は新しい必殺技に着手しようと思うんです」
「………そうか」
「そこで、一つ提案があるんですが」
提案とは言いつつも、拒否させるつもりはなかったりする。断りそうな雰囲気を出してきたけど、ゴリ押した。
映画の内容はあまり入ってこなかったけど、何だか頭は冷えた気がする。
映画の終盤で、手洗いと言って抜け出した。その足で向かうのは、このショッピングモールでブランド物の腕時計を扱う店舗。
「流石に高いですね………」
ここで買うのは奮発し過ぎ?いや、でも半端な贈り物はしたくない。それに以前からそうなのだが、轟炎司も時計の一つくらい身に着けないと不便だろうし。
そこそこ高めの買い物を終えて、映画館に戻る。すると予想より早く彼が出てきていた。多分、この男は本編だけ見てエンディングをしっかり見ない派だな。勿体ない。
「すみません。ゴミを任せてしまったようですね」
「気にするな」
彼に空腹かどうか尋ねてみれば、そんなに空いてないらしい。ならばと適当に食べ歩きしつつ、ショッピングモールを出て近くのアクティビティ施設へと向かう。
「アクティビティだと?」
「えぇ。お気に召しませんか?まだ着いてもないんですけど………?」
「俺は構わんが、お前の………その、服装でか?」
「着替えの貸し出しくらいやってます。何の心配してるんですか」
ハンバーガーの最後の一欠片を口に放り込み、クシャクシャと紙を丸める。しかし、こうして並んで歩いていると………高校時代を思い出す。
確かこの男と放課後に初めてバーガーショップに行った時、物凄い戸惑っていて面白かった。育ちが良過ぎると、ジャンクフードの類を知っていても触れたことがなかったらしい。
「ふふっ」
「………どうした、氷叢」
「何でもありませんよ?ただ、以前の貴方は可愛げがあったと思って」
世間知らずな辺りとか、特に。轟炎司が知らないような、色んな場所に連れ回すのが楽しかった。
「俺にそんなことを言うのは、お前くらいだ」
「そうでしょうね。貴方にそんなイメージを持っていたのは、私くらいなものでしょう」
少し根気強く会話すれば、彼に対するイメージも多少は変わるだろうに。まぁ、近づきにくい雰囲気があるのは否定しないけど。
「さぁ、着きましたよ。ここです」
私は轟炎司を連れて、スポーツジムの中に入って行った。
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15話
※感想への返信が済んでません。ごめんなさい!
「少し、私が想像していたのとは違いますね」
「そうか?」
「はい。私のイメージだと、もっと射程があります。軽く見積っても、ビル五つくらいですね」
「どんなイメージだ、それは」
そりゃ、もう………某海賊漫画に登場する、炎人間の代名詞とも言える技。彼には是非とも頑張って、それを再現して欲しい。
「なかなか、想像通りに行かないものですね」
私が轟炎司にした提案とは、必殺技の共同開発。私の使う技は基本的にアニメやら漫画やらの技を模倣したもので、当然だが覚えているのは氷系統の技に留まらない。
この知識を使い、轟炎司を強化する。まぁ、技をいくつか伝授した程度で、本当に強くなるか分からない。それに私が何もしなくても、彼は自力でこのヒーロー飽和社会を駆け上がる。
私がしているのは、恐らく余計なお世話だ。
「凝縮したものを拡散しつつ、放出。拡散という過程を挟むと、流石に射程が短くなりますね」
「近距離で多数を相手取るときに使えそうだな」
それは、そうだけど………やっぱり違うんだよなぁ。別にどんな用途を見出そうが、彼の勝手なんだけど。
いや、しかし。知れば知るほど、防御に向かない“個性”だ。確かに彼の場合は無駄に時間を掛けてそれの習得を目指すより、攻撃を優先した方が良さそうだ。
「それでは早速、次です。轟さんは炎の形状をコントロールできますよね?」
「………あぁ」
「でしたら、弾丸のようにしてみましょう。凝縮した炎を、さらに凝縮して指先から射出する感じで」
銃を構えるように片手を上げて、人差し指の先に小さな氷の塊を作る。そして、それを文字通り弾丸の如く射出した。こうした手本がある方が、彼もやりやすいだろう。
「その程度なら容易い」
言葉通りに轟炎司は、何の苦もない様子で火の弾丸を打ち出した。それから思案するような様子を見せる。
「氷叢、的を複数作ってくれ。多い方が助かる」
どうやら何か思いついたらしい。彼の言葉に従って、訓練場の半分を氷で埋め尽くす。ついでにサイズも色々と揃えてやった。
「少し離れろ」
言うと彼は両手を前に構える。そして全ての指先から炎を吹き出させる。
「ふんっ!」
そして計十本の炎の糸が、次々に氷を破壊した。
赫灼熱拳・ヘルスパイダー。そういえば、まだ見たことなかったっけ。初めて見るし彼も初めて試みる技なのだろうけど、それにしては完成度がそれなりに高い。
「………いいですね」
思ってたより順調だ。この調子でじゃんじゃん仕込むとしよう。
私が贔屓にしているスポーツジム。その一室にあるリングの上で、私は轟炎司と殴り合っていた。
(いやはや、しかし。こうして彼と拳を交えるのも久しぶりだなぁ………流石にもう、パワーじゃ太刀打ちできないや)
避けてカウンターを放つという単純な作業にも飽きたので、試しに彼の拳を受け止めてみる。
「っと、危ない」
軽く後ろにバックステップを踏んで、衝撃を殺す。“個性”なしでこの威力とか、果たして何を目指しているのやら………って。
(決まってるか)
彼がどこを目指しているのかなんて、とっくの昔に知っている。
五分後。互いに決定打を相手に与えることはできず、私たちはリングから降りた。彼の隣に腰を下ろして、用意していた飲み物を手渡す。
「どうぞ」
「悪いな」
「いえ」
リングで殴り合いをする前に、ランニングマシンを使ったりボルデリングをしたり色々としている。かなり汗もかいたし、疲れた。適度な運動しかするつもりなかったのに、この男はどうして全力で体を動かすのか。
「腕は落ちてないようだな」
「嫌味ですか。落ちてないだけ、みたいに聞こえますよ」
「………いや、そんなつもりは」
「分かってますよ。冗談です」
まぁ、彼にそんなつもりはないだろう。私が勝手に、そう思ってしまうだけ………それは高校を卒業して以来、強くなったという実感が特にないから。
(考え過ぎな気もするけどね………)
「並列して温泉宿が建てられているんです。借りた服は向こうで返せば良いので、移動しましょう」
「そうか。便利だな」
「えぇ、重宝してます」
そうして温泉宿に繋がる渡り廊下を彼と二人で歩く。
ひっそり立てられていた『本日貸し切り』の看板には気づかなかった。
また、新しいアンケートにご協力お願いします。
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16話
ところで某海賊漫画の炎人間の技名を誰かエンデヴァー風にアレンジしてくれませんか?助けて…。
轟炎司に必殺技やフリーランニングを仕込み、時には彼と模擬戦をしたりもした。模擬戦の結果は現時点だと私の方がまだ高いけど………彼の成長速度がえげつない。いつ追い抜かれるやら、本当に分かったものじゃない。
そんな風に日々を過ごして、しばらくが経った今日。
二度目の体育祭が行われていた。
「お疲れ様です、轟さん。お互い無事に一次予選は突破できましたね」
既に一次予選は終了し、今は二次予選に向けての準備中。今年の二次予選………チーム戦は棒倒し。棒倒しをするには少なく感じるが、三人一組の編成で二次予選を行うそうだ。
「嫌味か。一次予選程度で、落ちる訳がないだろう」
「そんな捻くれた返事ばかりしていると、人間関係に苦労しますよ?」
ただでさえ強面………は、言い過ぎかもしれないけど。仏頂面なのは間違いない。もう少し、人との仲を深める努力というものを………いや、体育祭に集中しよう。その辺は根津先生や、インターン先のプロヒーローに期待。
「ところで、轟さんは棒倒しって経験ありますか?」
「ない。だが、要は自陣の棒を守りつつ、敵陣のものを倒せばいいのだろう。問題ないな………本戦でお前を倒すのが、今から楽しみだ」
「あら?もう決勝戦のことを考えているんですか?余裕ですね」
「お前こそ、本戦どころか決勝戦のことを思い浮かべているではないか」
いやぁ、だって………ねぇ?
「貴方と同じチームですから」
(運営のくじ引きの結果だけど………ほぼ勝ち確で申し訳ないな)
ま、恨むなら体育祭の運営側を恨んで欲しい。
夕食も済ませる予定なので、予約してある部屋に荷物を置いてから温泉に向かう。その道すがら、この旅館の支配人である男性………時空軌跡に呼び止められた。
「お、いたいた。グレイシア、少しいいか?」
「軌跡さん。何か?」
隣の轟炎司の様子を伺いながら返事をする。話の内容にも寄るけど、彼の前だと少しばかり都合が悪い。
「ん?あぁ、何。別に大したことじゃない………ちょっと温泉周りを改修工事したからな。案内しようと思っただけだ」
「………………………そうですか、初めて聞きました」
そんなことをするなんて“聞いていない”。そういう視線を時空軌跡に投げ掛けるが、特に気にした様子はない。
(“立場”が分かっていないのかしら)
ため息を吐く。まぁ、わざわざ轟炎司の前で問い詰める必要はないし、後に回してやるとしよう。
「そういうことでしたら、案内を頼みます」
「おう………っと、其奴が言ってた連れかい。俺の息子にまるで靡かねーと思ったら、いつの間にこんな色男を捕まえてたんだ?ん?」
「轟さん。此方、この旅館の支配人の時空軌跡という方です。ご覧の通り、初対面であろうと人を揶揄せずにはいられない方なので、あまり軌跡さんの発言は気にしないで下さい」
「………轟炎司です。氷叢が世話になっているようで」
「ほぅ………アンタが。良かったら今後とも、ウチを贔屓してくれや」
そこからは雑談しながら、更衣室へと案内される。轟炎司は初対面の人が相手だと喋りづらそうだったから、積極的に間に入ってやった。
(二年経っても、まだ変わらないのね………)
そこが呆れるやら、微笑ましいやら。全く。
「それでは轟さん、また後で」
轟炎司が更衣室に入ったのを見送って、時空軌跡がいた場所へと視線を向ける。しかし、説教の気配を感じ取ったのか、もうそこにはいなかった。
(まぁ、後回しにするって決めたし。また今度でいっか)
とりあえず、汗を流そう。
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17話
半ば、本戦への出場を確信していた二次予選。しかし、始まってみると意外や意外。苦戦しているどころか、あまり勝ちの目が見えなかった。
「さっきから轟さん、私の邪魔しかしてませんね!協力っていう単語を知らないんですか!?」
「そっちこそ俺の邪魔ばかりしていることに気づいていないのか!?無闇矢鱈と氷を出すな!炎の勢いが削がれる!!」
思えば彼とこれまで、共闘の訓練をした覚えがない。それでも戦闘訓練やら必殺技の開発やらで、十分に彼のことは知っている………つもりだ。だから、合わせられると思っていた。彼の実力に、私なら。
(………甘い考えだったのね)
本当に、甘く見ていた。彼ーーー轟炎司が実戦になると、普段より数段は上のパフォーマンスを発揮することは知っていたけど………私の想定を軽く上回っている。
二次予選が開始して直後に、私達は複数のチームに囲まれた。それを氷の壁で押し返した瞬間に、轟炎司が“個性”を発動。しかし、私の氷の防壁を溶かして、敵側に有利となっただけだった。
その時点で嫌な予感しかしなかったし、実際にそこから先は散々なものだった。
とにかく互いが互いの邪魔。氷は炎で溶かされるし、彼の言う通りに氷が炎の勢いを削いでしまっている。
(どうしたものかしら………とか、言ってる場合じゃないわね)
まだ披露するつもりはなかったけど、新技を使うとしよう。
身体を洗ってから、露天風呂に向かった。中の大浴場も悪くないのだけど、流石に熱くて長く浸かっていられない。こういう時ばかりは、“個性”と体質が恨めしい。
「あ〜」
気持ちいい。体から力がすぅっと抜けていく。自宅の風呂じゃこうはいかない。足も思いっきり伸ばせないしね。
「………それにしても」
今日、一日。久々に轟炎司と過ごした訳だけど………正直、悪い感じはしなかった。いや。はっきり言うと楽しかったし、こんなに楽しい時間は二年ぶりとさえ思えた。彼と過ごす時間は、こんなにも心穏やかなものだっただろうか。
「やっぱり、さ。私………アイツのこと」
別に嫌いな訳じゃ………そう、別に嫌いじゃない。それだけ。
(どうしよっかなぁ)
彼の事務所で副所長をするのも、良いかなとは思っている。そうしたからって即結婚になる訳でもないし、普通に好条件な職場だし、大手ヒーロー事務所になるのは間違いないし。
ただ………あと一歩。ほんの少しだけ、まだ迷っている。何かしら背中を押してくれるきっかけでも、その辺に転がっていて欲しいんだけど。
「そんな都合のいいこと、ないですよね」
そう呟いた時、誰かが近づく気配を感じた。それに私はこの旅館で、すっかり馴染みの世話役となった少女の姿を思い浮かべる。肩まで浸かっていた露天風呂から立ち上がった。
「丁度よかった、ミカ。少し聞いて欲しいこ、と………が」
そこにいる筈もない人物がいた。
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18話
〈轟炎司〉
二次予選のチーム編成が発表された時、勝ちを確信したのは俺だけではなかっただろう。むしろ、俺と氷叢が組んで負ける姿など思い浮かぶ筈もなかった。それは氷叢も同じだったと思う。
互いに互いが足を引っ張ってしまっている現状。しかし、周りからそう見えているのだとしても………俺はそうは思えなかった。
(俺だけが何も出来ていない!)
攻守と補助にも優れる氷叢の“個性”と違い、俺の“個性”は攻撃特化。今のように防御に回らざるを得ない状況だと、必然的に後手となるし出来ることも限られる。
「クソっ」
どうする。もう防御………いっそ、この状況の打破を氷叢に丸投げするか?馬鹿な。ジワジワと削られるだけだ。攻勢に転じる必要がある。
(B組め…去年に引き続き、今年も結託するとは)
卑怯と言うつもりはない。そういう戦法があるのは十分に承知しているし、それだけの相手と思われていると考えれば悪い気はしない。
だが………こうも上手く向こうの思い通りだと、はっきり言って腹が立つ。どうにか反撃しなければ。
(どうする?どうすれば現状を引っくり返せる?)
「ーーーそのまま。炎を絶やさないで下さい」
背中から聞こえた言葉の意味を問う間もなく、氷叢は空中へと飛び上がった。
〈轟炎司〉
サッと体を洗い終えた俺は、サウナの中で過ごしていた。“個性”柄、熱に耐性があるが同時に熱を溜め込む体質でもあるせいか、昔からサウナには長く入る。
「悪くない」
一人、そう呟いた………いや、それは一先ず置いておくとしよう。感想は後で氷叢に直接伝えるとして。
「このままでは、マズイ」
今日は俺の誕生日で、氷叢がそれを祝おうとしてくれていることは分かっている。十分にそれは理解している。………だが。
(だからといって、甘え過ぎだろう)
飯やら施設の利用料やら全て、氷叢が支払った。それとなく欲しいものを聞き出すことには成功したが、何を勘違いしたのか………俺がそれを、氷叢に隠れて購入する前に。
「意外と少女趣味?いや、まさか。でも轟さんに妹なんて………親戚の女の子用でしょうか」
などと独り言を呟いて、俺が止める前に買い物を済ませてしまっていた。多分、あれらは俺の家に配送するつもりだろう。頼むから止めてくれ。
このままでは、相談に乗ってくれたアイツにも何を言われるか分かったものではない。
「どうにかせねばな」
とはいえ、今日中にどうにかするのは無理難題。それが出来るのなら、とっくにやっている。氷叢は俺を頑固者だと評したことがあるが、氷叢にも間違いなく同じ一面がある。絶対にある。
「また今度、今日の礼がしたいとでも言って呼び出すか」
そうすれば、自然に誘える筈だ。今の氷叢の好みを探ることも出来たし………大丈夫だ。問題ない。何とかなる。
………さて。勧誘の件を、どのタイミングで切り出すべきか。俺から切り出すのは答えを急かすようで、氷叢から言い出してくれないかと期待していたのだが。
「それにしても」
正直、氷叢がいない状況では独立にも手間取ると思っていた。しかし予想に反して、独立の準備は順調だ。それでも、どこか漠然とした不安があるのは。
「それをいつだって拭ってくれた、お前がいないからなのか」
いつだって俺が気づいていないことを指摘し、俺に足りない部分を当たり前のように補ってくれた。戦闘面は勿論、それ以外でも。
「………………………そうか」
今日を氷叢と過ごして、久しぶりに色んな表情を見た。それを二年前、雄英高校を卒業した日に失ってしまったもの。氷叢に俺と再び会うつもりがなければ、恐らく二度と俺の視界に入らなかった光景。
それを俺は、もう一度………当たり前にしたい。
(これ以上、待ってどうする)
既に二年前に、そうして失敗している。それに俺から切り出すのが、筋というものだろう。
サウナから出て水風呂に入り、露天風呂へと向かった。吹く風がどことなく心地よい。
ふと、湯気の向こうに人影が見えた。まぁ、さっきまで誰とも遭遇しなかったことが不自然だ。誰かしらはいるに決まっている。
何も言わないのも失礼かと、軽く頭を下げて口を開こうとする。
「丁度よかった、ミカ。少し聞いて欲しいこ、と………が」
あまりにも聞き馴染みのあった声音に、思わず顔を上げた。
………………………上げて、しまったんだ。
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19話
違和感を覚えたのは、去年の体育祭決勝戦。轟炎司に対して、その当時の最大出力で“個性”をぶつけた時だった。
私があの時に
ーーー結論から述べる。
私は氷から発生した冷気さえも操ることができ、その結果………私は、こんなことも可能になった。
『と、飛んだああああ!!??』
実況している先生の言葉と同時に、会場中がどよめく気配を感じた。新技のお披露目でここまで注目が集まると、なかなかに気分がいい。
(さて、とりあえず)
私達を囲んでいる、B組連中を蹴散らすか。
氷の剣を無数と表現できるまでに生み出していく。まぁ、流石に当たっても痛いで済むようにはしてあるけど。轟炎司と違って、最悪でも貫通しない程度に調整するだけだから簡単だ………骨折くらいは、するかもだけど。
「ヴァイスシュナーベル………頭上注意です。気をつけて下さいね」
そして一斉に、眼下へと射出した。
「嘘っ!?」「避けろ避けろ!」「足動かせ!!」「流石にやり過ぎだろっ!」「言ってる場合か!!」「ヤバいって!」「棒を守れ!!」
悲鳴が上がる。慌てふためき逃げ惑う者、棒の周りで防御を固める者。果敢にも私を撃ち落とそうと試みる者。B組の行動は、大まかに別れる………どうするのも、まぁ自由だけど。
「ーーー赫灼熱拳」
轟炎司がフリーだ。
「フレイムヘルズナックル!!」
炎が巨大な拳の形となり、B組に襲いかかる。ジェットバーンを警戒して直線上から外れた者も、それは容赦なく巻き込んだ。
(すっご。手加減を忘れてないといいけど)
見た感じ、火力がエグい。あの技、少し前に教えた技よね………いつの間に完成させてたんだろ?
「包囲の一掃は完了ですね。なら、次は………」
B組の頭を叩く。
割りと大雑把に射出していた氷剣の切っ先を、一人の男子生徒に向けた。そして一気に片を付けるべく、容赦なく殺到させる。
しかし、その大半は空中に現れた糸によって絡め取られた。そして届きそうだった何本かの氷剣は、男子生徒の傍らに立っていた女子生徒により、砕け散った。
「まぁ、流石に防ぎますよね。この程度で倒れられても、興醒めですが」
B組の委員長、
(まぁ、誰でもいいけど)
「覚悟して下さい。今度は此方の番です」
〈轟炎司〉
視線の先には、男風呂にいる筈のない女の姿がある。
「なっ!?」
驚愕し、広がる光景にそこから先の言葉が出ない。普段は黒く染められている銀色の髪が月明かりに照らされ、白い肌は湯気でしっとりとしている。その美しい肢体から目が離せなかった。
「あっ………えっ?」
ようやく目の前にいるのが、俺だと氷叢は認識したらしい。温泉の熱のせいなのか、どこか蕩けていた瞳が大きく見開かれた。そして慌てて胸を両手で隠し、しゃがみ込む。
「違っ、これは!」
だが、氷叢が今更そうしたところで………その、何だ。もう、色々と………ばっちり、見てしまった訳で。今、氷叢が抑えている胸は小ぶりではあるが形が良くて………その先端にある桜色の突起も、見えてしまったし…って。
(何を考えているんだ俺は!!? )
とにかく、何か言わなければと口を開く。しかし、上手く言葉が出て来ない。何を言えばいいのか分からない。あっという間に、顔を赤く染めた彼女から目を離せない。
「………綺麗だ」
やっと出た声は掠れていて。その小さな呟きが聞こえたのか、彼女の肩が小さく跳ねる………………………俺は今、何を口走った???
「あぁっ、いや違う!俺はちゃんと男風呂の方に入ってだな!!?」
思わず大きな声で言い訳をする。そうして今度は自分が赤面する番だった。
「………違うんですか?」
顔は伏せられていて、表情が分からない。それでも、どこか残念そうな響きがあった。聞いたことのない声音と言葉づかいに、また息を詰まらせる。
(なん、だ。それは)
それでは、まるで。
まるで、お前が………俺のことを。
「いや、その………」
「いつまでも見ないでっっっ!」
乱れた口調と共に、巨大な氷塊で視界が覆われた。
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20話
〈繰糸琉生〉
僕は雄英高校ヒーロー科、B組で委員長をしている。学年で見ても成績、実力共に秀でているという自覚はある。そもそも雄英高校のヒーロー科であるという時点で、優秀さは証明されているというもの。
(けど、まぁ………)
上には上がいる、というか。やはり高い壁というものはある訳で。
轟炎司と氷叢冷。A組の中心である彼と彼女は、突出した実力を持っている。あの二人が同じチームとか、ふざけるな………と、思ったけど。連携が苦手なのは驚いた。
「でもさぁ」
その連携が十分に出来てないときに、周りをB組で結託して囲んで袋叩きにしていた筈なのに………攻めきれなかった。地力の差というものなのか、本当に嫌になる。
しかも、どういう原理なのか氷叢冷は空を飛び始めた。そのせいで、轟炎司の枷がなくなった。氷と炎の広範囲攻撃により、既にB組の連携は崩された。もう轟炎司と氷叢冷の相手を諦めた奴らは、早々に自陣の棒を守りに行くか別の相手を探して突撃している。
「で、どうするの繰糸君?完全にアタシ達、ロックオンされてるけど?」
B組の副委員長である、宝玉魔里香が尋ねてくる。それは逃げるか、それとも攻めるかという問い掛け。当然、答えは決まっている。
「相手してやるさ。さっきの一斉攻撃で、あいつらが一番多くポイントを持っているだろうし。全部掻っ攫って、僕らが一位で二次予選を突破だ」
それに、ここで逃げ出すような格好悪いヒーローなんて目指してない。
(Puls Ultra………乗り越えてやるさ)
「君も、それでいいよね?」
もう一人のチームメイトに声を掛ける。
「えぇ、構いません。彼ら程の実力者であれば、相手にとって不足はない」
システィリア・サーシス。ヒーローの本場、アメリカ合衆国からの留学生。
(見ていろ、轟炎司に氷叢冷)
今日、ここで僕らが勝ってやる。
動悸が激しい。頭の中がぐるぐる回っている。“個性”で身体を冷やしているのに、火照りが収まりそうにない。心臓がうるさい、いっそ止まれ。止まってしまえと、そう思う。
(なんで、どうして)
女湯の筈なのに轟炎司が、とか。その………何を、どこまで見られてしまったのだろう、とか。色々と気にすることはあるし、頭に浮かんできてはいるけど………だけど、それ以上に。
「なんでっ、私っ」
私は悲鳴をあげなかった?あまつさえ、私は何を口走った?
(だって、だって轟炎司が………急にっ)
綺麗だ、なんて。本音が溢れてしまったように言うから。それを、慌てて彼が否定するから。
ーーー違うの?
思い出して、また顔に熱が集まってきた。もう足を動かすことも億劫で、廊下の壁にもたれて蹲る。
「はっ………」
彼の裸体が頭から離れない。別に雄英高校で一緒に訓練していた時にも、彼の上半身裸くらい何度も見た。二年の時も三年の時も、海に行って互いに水着姿も見せあった。だっていうのに………本当に、どうして今更。
「こんなに、ドキドキしているの」
しばらく顔の赤みが引きそうにない。
「ーーーよぅ。お前さんにしては、風呂を上がるのが早かったな」
その声が聞こえた次の瞬間には、もう攻撃を仕掛けていた。“個性”を発動し、先を尖らせた氷柱を複数飛ばす。
その全てが、時空軌跡に届く前に粉々となった。
「………今の、もしかして本気だった?」
「本気でやられる心当たりがあるのでは?」
冷汗を流す彼に少しだけ溜飲を下げる。まだまだ八つ当たりには足りないけど、今はそれどころじゃない。
「どうして、こんなことを?それに改修工事の件、事前に報告がありませんでしたが?」
「そう細かいことを気にするな。老人のお節介だ」
私は時空軌跡を………元指定敵予備団体『月鬼會』の會長である男を睨みつけた。
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