異世界転生して騎士になった僕(男)は、メスオークどもからくっころを強要されていた。  (寒天ゼリヰ)
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第一章 リースベン戦争
第1話 くっころ男騎士とオーク山賊団


 緑色の肌の筋骨隆々な女たちが、下卑た目つきで僕を見ながら言った。

 

「ほら言えよくっ殺せって!男騎士なんだから言えよ!」

 

「くっ……」

 

 それは女騎士の台詞だろ常識的に考えて。そう言い返したいところだったが、残念なことにこの世界ではメスオークどもの言い分の方が正しいから困る。なにしろここは貞操逆転世界、つまりは女が男の尻を追いかけまわす奇妙奇天烈な場所なのだ。

 ついでにいえば、この世界のオークはメスしか存在しない。オークだけではなく、ゴブリンなんかの定番竿役モンスターもそうだ。僕は額に汗を垂らしつつ、連中を睨みつけた。肌の色を除けば、たんなるやたらマッチョな大女にしか見えない。服装はぼろきれじみた蛮族ファッションで、肌の露出はびっくりするほど多かった。前世の価値観を残した僕から見ればかなりスケベに見える。眼福と言えば眼福なのか?

 

「早くしろ! こいつがどうなってもいいのか?」

 

 そんな僕の内心には一切気付かず、オークはロープでグルグル巻きにされた革鎧姿の少女に汚らしいナイフを突きつけた。猫耳みたいなモノを頭に生やした、やたらとファンタジックな少女だ。オーク討伐をしにやってきた僕が、案内役として雇った冒険者だった。

 かわいらしい顔を真っ青に染めつつ、猫耳少女はあうあうと言葉にならない声をあげている。嗜虐欲をそそる表情だが、残念ながらオーク共の獣欲は僕にしか向いてない。

 

「くっ……殺せ!」

 

 なにがくっ殺せだよ。死にたくはねえよ。くそ、エロゲは前世でさんざんプレイしたけど、まさか自分がこれを言う側になるとか思ってもみなかっただろ……

 

「ギャハハ! 本当に言いやがった!」

 

「まさか生きてるうちにナマでくっころ聞けるとはなあ!」

 

 オークどもはもう、大盛り上がりだ。この世界では戦士と言えば女というのが常識で、男騎士なんてものはほとんどいない。そんな希少種を前にして、オークどもはずいぶんとテンションが上がっているようだ。

 気持ちはわかる。僕だってオークに転生していたら、女騎士のくっころで大興奮していた自信がある。そして欲望にギラついた目でじろじろ見られるのは、正直結構興奮しちゃうんだよな。僕は前世でも今世でも、童貞だった。ぶっちゃけ相手がオークでも、あんまり抵抗感はない。

 

「オラッ! チンコ出せチンコ!」

 

 いよいよとんでもないことまで要求されてしまった。露出狂のケはないので、勘弁してほしいんだけど……

 

「あんまりチンタラしてると、このガキの指を一本ずつへし折っていくぞ」

 

 ひぇっ……そういう痛そうなのはマジでやめてほしい。仕方がないので、装着しているプレートアーマーの腰回りの装甲をめくる。難儀してズボンをずらすと、露わになったパンツにオーク共は歓声を上げた。

 

「へっ、見ろよあの飾り気のない下着を」

 

「男なんて捨てましたってかあ? ギャハハ、これから自分が男であることをしっかり教育してやるから安心しろよ!」

 

 僕が女で、オーク共が男なら、エロゲの一場面にありそうなセリフだ。でも、現実は逆なんだよな。オーク共ははもちろん、人質の猫耳少女まで僕のパンツに視線が釘付けになっている。

 この世界の女性にとって、男の下着はかなり興奮するモノらしい。僕だけパンツ見せるのは不公平だろ! お前らもパンツ見せろよ!! いや、オーク共はパンツ丸出しよりも恥ずかしい格好だったわ。

 

 

「おいおい。テメーまでなんで見てるんだよ!」

 

 下卑た笑みを浮かべつつ、オークが少女を小突いた。小さな悲鳴が上がる。その声で、僕の頭も正気に戻った。

 

「やめろ、その子には手を出すな」

 

「はっ、お優しいことで」

 

 ポーカーフェイスだけは得意なので、オークどもは僕の動揺に気付いていないようだ。バレたら間抜け極まりない上に快楽堕ちルート一直線なので、密かに胸を撫でおろした。

 ニタニタと笑いつつ、オークは少女のほっぺたをナイフの腹でぺちぺち叩く。オークというよりは、チンピラのやりくちじゃないのか、それは。

 

「そのすまし顔も、いつまで続くかな? じきにヒィヒィ言わせてやるからよ」

 

 卑猥に腰をグラインドさせつつ、オークは凄む。

 

「オークの締め付けはすごいぜ? 只人(ヒューム)やら獣人やらじゃ、満足できない身体にしてやるからよ」

 

 男女逆転しても、やはりオークは性的強者らしい。エロゲよろしく、僕も最終的にアヘ顔ダブルピースとかさせられてしまうのだろうか?

 自分のアヘ顔なんぞ想像もしたくもないが、その過程はかなり興味がそそられる。童貞のサガだ。しかし、しかしだ僕も伊達で騎士をやっているわけじゃない。そう簡単に屈してやる訳にはいかないだろ。

 

「……」

 

 とはいえ、人質を取られた時点で武装解除させられたので、僕に出来る抵抗と言えば睨みつけることだけだ。しかし、オークどもからすれば、それですら興奮のスパイスになっているようだから手に負えない。

 

「へへ、いつまでそんな強気でいられるかな? ほら、さっさと出すんだよチンコを。もったいぶるんじゃねえ」

 

「くっ……」

 

 人質を取られている以上、こちらに拒否権はない。それこそエロゲの女騎士みたいなセリフを吐きつつ、僕はパンツに手を添え……。

 

「うわっ!」

 

 乾いた銃声と共に、人質を取っていたオークの頭が弾ける。それと同時に、「突撃ー!」という掛け声が響き渡った。剣やマスケット銃で完全武装した十人以上の騎士たちが、こちらに殺到してくる。別行動をしていた、僕の部下たちだ。

 油断をしていたオークたちは、あっという間に騎士団に蹴散らされていく。どうやら、僕は助かったようだ。

 



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第2話 くっころ男騎士の叙爵

「大儀であったな、アルベール・ブロンダン」

 

 玉座に収まった老女が、僕を見ながら言った。アルベールというのはもちろん、僕の名前だ。前世はなかなかひどい名前だったので、今の洒落た名前はなかなか気に入っている。

 いま、僕が居るのはガレア王国の謁見の間だ。若干華美なほど豪奢な内装や調度品に囲まれ、おまけに後方では楽隊が荘厳な音楽まで奏でている。

 

「はっ、有難き幸せ」

 

 老女の前で跪きながら、僕は畏まった声で答えた。彼女はこの国の女王だ。しかし、今はその偉い人のことよりも、周囲からの視線の方が気になる。痛いくらいの非友好的な視線が、ビシビシと僕に突き刺さっているのだ。

 なにしろ周囲に控えた官僚や貴族は女ばかり。おまけにその大半が頭にツノが生え、爬虫類のような尻尾と瞳孔を持つファンタジックな人種と来ている。一般的な人間の容姿をしている者はごく少ない。

それだけでも萎縮するには十分だが、おまけに大半が侮蔑や嘲笑の表情を浮かべているのだから堪ったもんじゃない。孤立無援、四面楚歌って感じだ。

 

「これでローザス市近辺のオークは完全に駆逐されたと聞いている。わずかな手勢でよくも成し遂げられたものだ」

 

 内心で冷や汗をかきまくっている僕の心境を知ってか知らずか、女王は曖昧な笑みを浮かべつつそんなことを言う。

 とはいえ実際、今回の任務は自分でもよくやったと思っている。事前情報が不十分だったせいで、わずか騎兵二個小隊で総勢百名以上のオーク山賊団と戦う羽目になったのだ。最後の最後で分断され危機に陥ってしまったが、なんとか無事に任務を終えることが出来た。

 

「今回の任務のみならず、卿の活躍と忠誠は並々ならぬものがある。それなりの褒章をもって報いる必要があろう」

 

 その言葉に、周囲の貴族たちが目を見合わせた。とうとう来たか、と言わんばかりの表情だ。王に取り入る奸臣が、という言葉も微かに聞こえてくる。

 確かに僕は血筋はよろしくないし、おまけに若い。小規模とはいえ部隊を任されるような立場にある方がおかしいのだ。保守的な貴族からすれば、面白くはないだろう。

 

女爵(じょしゃく)に叙したうえ、開拓区の代官に任じるようと思っているが、どうか?」

 

 女爵というのは、前の世界で言うところの男爵に当たる位階だ。下っ端と言えば下っ端なのだが、今の僕は単なるヒラの騎士。それが世襲貴族になれるのだから、かなりの出世と言っていい。内心ガッツポーズをしながら、僕は恭しく応えた。

 

「もちろん、異論はございません。有難き幸せに存じます」

 

「陛下!」

 

 しかし当然、それが気に入らない者も居る。豪奢な礼服を纏った中年女が、激しい口調で叫んだ。保守派貴族の重鎮である。

 

只人(ヒューム)の、それも男を叙爵するなど、前代未聞ですぞ! わたくしはそのようなことを認めるわけにはまいりませぬ!」

 

 そうだそうだという同意の声が、あちこちから上がった。

 

「しかし、ブロンダン卿が実績を上げているのは事実」

 

 そう反論したのは、この場において数少ない僕と同じような容姿……つまりは只人(ヒューム)、地球人と大差のない姿をした妙齢の美女だった。

 

「これに報いねば、我が国のコケンに関わるというもの。ガレア王国は有能な騎士に冷や飯を食わせる愚か者だと、神聖帝国の連中に笑われてしまいますぞ?」

 

 そう言って彼女はこちらに視線を向けた。その目つきは、あのオーク連中と比較しても勝るとも劣らないほど好色だ。自然と、背中にぞくりと冷たいものが走る。

 彼女はこの国の宰相だ。助け舟を出してくれるのはありがたいのだが、目つきや表情をみればそれがどういった目的で発されたものなのかは明白である。

 

「ふん、好色狸が何を言うかと思えば。それこそ、男なぞを神輿に祭り上げていると思われる方がよほど恥だろうに」

 

 はっきりとした侮蔑の表情を浮かべつつ、保守派重鎮は吐き捨てた。男を馬鹿にした言い草だが、半数以上の貴族たちは同調して頷いている。こういう考え方は、この世界ではごく一般的なものだ。

 

「錆びついた価値観を経典のように後生大事に抱え込んでいる連中の言いそうなことですな。愚者の嘲笑など、気にする必要がどこにあるのかわかりませぬ」

 

「貴様、愚弄するか!」

 

「よさぬか」

 

 険悪な空気の中、女王が重苦しい声で二人を諫めた。

 

「とにかく、事実としてブロンダン卿は赫々(かくかく)たる実績を上げているのだ。信賞必罰を徹底せねば、貴族の統制が乱れてしまう。オレアン公がなんと言おうが、余はこの判断を翻すつもりはない」

 

 オレアン公というのは、先ほどから文句を垂れている重鎮貴族のことだ。彼女は皺の増えた顔を一瞬ゆがめ、そして侮蔑的な笑顔を僕の方へ向けた。

 

「信賞必罰。なるほど、それは確かに重要ですな」

 

 特に"罰"の部分に力を入れた言い方だった。何かを企んでいる様子である。

 

「オレアン公……」

 

 そんな彼女に、司教服を着た女が何事かを耳打ちした。名前は知らないが、その顔には見覚えがある。重鎮貴族の腰ぎんちゃくの一人だ。

 

「……なるほど、それは良い考えだ」

 

 ニヤリと笑い、重鎮貴族はごほんと咳払いをする。

 

「陛下、リースベンという地域をご存じでしょうか?」

 

「……南方の僻地(へきち)か。たしか、貴殿が随分と出資していた場所だな」

 

「その通りでございます。ブロンダン卿の任地には、そのリースベンを推薦いたしましょう。いかがですかな?」

 

「……」

 

 明らかに怪しい。女王は周囲を見まわした。しかし、異論がありそうなものはほとんどいない。重鎮だけあって、オレアン公の影響力はなかなかのものだ。女王とはいえ、独断だけで突っぱね続けるのも難しい。

 一瞬だけため息を吐いてから、女王は僕に向けて申し訳なさそうな表情で軽く頷いた。下っ端の僕からすれば、女王もオレアン公も雲の上の存在であり、彼女らの判断に口を挟むことなどとてもできない。仕方なく、頷き返して見せた。

 

「良いだろう。それらの手続きは後ほど行うとして、まずは叙爵の儀式に移ることにする……」

 

 そういう訳で、僕の行き先は波乱が約束されたものになってしまったようだ。



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第3話 くっころ男騎士とセクハラ宰相

 それから数時間後。叙爵やらなにやらのもろもろの儀式を終え、僕は王宮のむやみやたらと広い廊下を歩いていた。

 お偉方の長話やら保守派貴族からのやっかみやらに長時間晒され続けた僕の精神は、すっかりヘロヘロになっていた。こんな敵ばかりの場所からはさっさと抜け出して、自宅のベッドでゆっくり休みたい気分になっている。

 

「おや、おやおやおや」

 

「んげ」

 

【挿絵表示】

 

 しかし、そんな僕の望みは無残に打ち砕かれた。長い黒髪の女と出くわして、僕は潰されたカエルのような声を上げた。宰相である。彼女は無駄に整った顔をにたりと好色にゆがめ、僕に向かって大股で歩み寄ってくる。

 

「ずいぶんと酷い対応じゃあないかね? ええ、アル君?」

 

 笑みを顔に張り付けたまま、宰相は馴れ馴れしく僕の肩に腕を回した。豊満な胸が背中に押し付けられ、甘美な感触をもたらす。そのまま流れるような動きで、僕の尻を撫でまわした。言い訳のしようのないセクハラムーブである。

 宰相の熱い吐息が耳にかかり、背中にゾワゾワとした感覚が走る。尻を撫で続ける手つきはひどくイヤらしい。何しろ相手はとんでもない美人なので、興奮するなという方が無理だろう。何といっても僕は前世でも女性経験は皆無だから、耐性などあるはずもなく……。

 

「宰相閣下……ご勘弁を!」

 

 が、この世界の貞操観念は僕が元居た世界とは男女が逆転している。しかも、かなり古い価値観で、だ。

 女性が男性にセクハラするのはなあなあで済まされるのに、男がそれに乗ってしまうと淫乱扱いされてしまうのだから恐ろしい。いくらなんでも理不尽にもほどがあるだろ。ヤられたらヤりかえして何が悪いんだ。いや、やり返すほどの根性はないけどさ。

 

「また君は閣下だなどと……気軽にアデライドと呼べと言っているじゃないか、ねえ?」

 

 粘着質な笑みと共に、宰相ことアデライド・カスタニエは僕の頬を指先でなぞるようにして撫でた。もうこの人ルートに入って(ゴールして)いいんじゃないかという気分になってくるが、何しろ相手はお偉いさんで、僕は下っ端のクソザコ貴族だ。向こうは完全に遊びのつもりでコナをかけているに違いない。

 いくら童貞でも……いや、童貞だからこそ、飽きたらポイと捨てられてしまうことがわかっている相手とは付き合いたくないんだよな。僕の前世がヤリチンの類なら、割り切ることもできたんだろうけど。

 

「あ、アデライト……とにかく、皆見ています。どうか許してください」

 

 ポイ捨てされるのもビッチ扱いされるのも勘弁願いたいので、なんとか宰相の身体を引き離そうと抵抗してみる。もちろん相手は偉い人なので力ずくとはいかないが、幸いにも宰相はあっさりと(しかし名残惜しそうな表情で)僕から体を離した。

 

「まったく、相変わらず身持ちが固いねえ? 私と君の仲じゃないか、少しくらいサービスをしてもいいと思うんだがねぇ」

 

 どういう仲かと言えば、債権者と債務者である。僕は彼女に多額の借金をしているのだ。大半は、僕の部隊の装備を整えるために使った。質の良い軍馬やら新方式の銃やらを用意できるほど、貧乏貴族出身の僕の財布は大きくないのだ。残念ながら。

 

「いえ、その……しかし……」

 

 そういう訳で、僕は彼女には強く出られない。いや、正直に言えば、彼女のような美人からセクハラされるのはむしろだいぶ興奮する。しかし、この世界の貴族の男としては、貞淑アピールをしないわけにはいかない。ひどいジレンマだ。いい加減自分に正直になりたい。

 とはいえ、ただでさえ男騎士などという珍妙な役職についているわけで……この上淫乱などという風評が流れれば、いよいよ結婚相手が居なくなる。そうなれば貴族としてはオシマイだ。跡継ぎを残すのも貴族の重要な仕事の一つであるわけだし。

 

「ふん……まあ今日のところは許してあげよう。ついて来きなさい、話がある」

 

 面白くなさそうな顔で肩をすくめ。踵を返して歩き始めた。僕はセクハラから解放された安堵感と美女からのボディタッチが終わってしまった悲しみを同時に味わいつつ、彼女に続く。債務者が来いと言っているのだ。僕に拒否権などない。

 

「……」

 

 まったく、厄介なことばかりだ。僕は宰相の背中を眺めながら、内心ボヤく。こんな苦労をしているのも、僕が男だてらに騎士などやっているせいだ。しかし、ではなぜ騎士になったかと言えば、僕の選択のせいである。自業自得ということだ。

 僕の前世は、タチの悪いミリオタだった。それを拗らせすぎて、日本を飛び出し他国で軍人になった。そのまま大尉までスマートに出世できたのは良いのだが、平和維持(PKO)活動に参加していたある日、テロ組織の自爆攻撃を喰らいあっけなく死んでしまった。

 あのまま行けば佐官に、そして最終的には将官に上がるのも不可能ではなかったはずだ。そのリベンジを果たすべく、転生後も軍人を目指したのだが……。

 

「ここだ」

 

 過去に思いを馳せていた僕の思考は、宰相の声で現実に引き戻された。彼女はちらりとこちらに目を向けてから、廊下の片隅にある部屋へと入っていく。少々怖いが、僕に拒否権はない。警戒しつつ、部屋に入る。

 品のある装飾が施された小さなテーブルと椅子が置かれた、小さなティールームだ。宰相はにたにたと笑いながら椅子に腰を下ろし、体面の席を指さして僕の方を見た。

 

「はあ、ご相伴させていただきます」

 

 僕が席に着くと、給仕服の男性使用人が慣れた手つきで香草茶の入ったカップを宰相と僕の前に置いた。この世界では、メイドは男の仕事である。王宮で働く彼らは、侍女ならぬ侍男(じなん)などと呼ばれている。

 

「用意がよろしいのですね」

 

 湯気を上げるカップを一瞥してから、僕は言った。どう見てもお茶は淹れたてだ。僕がこの部屋に入ってくる前から準備していたに違いない。

 

「アル君を待たせたくはなかったからねえ」

 

 キザな伊達男のようなセリフだが、宰相が言うとなんだかやたらと下心が透けているように感じるから不思議なんだよな。黙ってさえいれば美人なのに……普段の言動のせいだろうか。

 

「それはありがとうございます……で、話というのはやはり?」

 

 さすがに、単なる世間話のために呼んだわけではないだろう。僕が切り出すと、宰相は呆れたように肩をすくめた。

 

「相変わらずせっかちな男だ。少しくらいは会話を楽しもうという気はないのかね?」

 

「申し訳ありません、そういうタチでして」

 

 この女のペースに乗っていたら、いつまたセクハラされるかわかったものではない。これ以上ベタベタされたら、いよいよ僕の自制心が吹っ飛んで軍人ルートから淫乱ルートへ転落待ったなしだ。

 やれやれと肩をすくめつつ、宰相は使用人たちに退室するよう命じた。あまり多くの人間に知られたい話題ではないようだ。

 

「まあ、アル君もだいたいは予想できているだろう? 話というのは、あのオレアン公についてだ」

 

 あの鬱陶しい保守派重鎮の名前を出しながら、宰相はひどく苦々しい表情を僕に向けた。

 

「やっぱり……」




しげ・フォン・ニーダーサイタマ先生にアデライド宰相のイラストを頂きました。感謝!


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第4話 くっころ男騎士と目に見えない首輪

 オレアン公。この国、ガレア王国最大級の貴族にして、保守派貴族たちを取りまとめる政界の重鎮でもある。当然、僕のような貴族社会の逸脱者は、彼女らからは目の敵にされている。

 

「連中がアル君の叙爵(じょしゃく)に反対するのは予想の範囲内だったが、まさか手のひらを返して君の任地を斡旋(あっせん)してくるとは思わなかったよ。わかっていると思うが、確実に何かの陰謀を仕掛けてくるだろうな」

 

 先ほどまでのスケベな顔からは一転、ごく真剣な表情で宰相は僕に語り掛ける。なんだかんだといって、宰相は僕の支援者には違いない。こういった状況では、親身になって対応してくれる。こういうところがあるから、彼女のことは嫌いになれなかった。童貞特有のチョロさというヤツだ。

 

「それはまあ、確実でしょうが。しかし問題は、何を仕掛けてくるのかわからないという点にあります。リースベンなんて地域、今まで全く聞いたことがないですし」

 

 リースベンは僕の任地になる予定の地域だが、南方の開拓地であるということ以外の知識はまったくない。僕が特別不勉強な訳ではなく、中央に勤める貴族のほとんどが一度として聞いたことがない名前だろう。つまり、それほどの辺境というわけだ。

 

「リースベンはわが国南部の半島にある開拓地でね。半島自体はそこそこ大きいが、エルフをはじめとする蛮族どもがウヨウヨしているから、入植はあまりうまくいっていない」

 

 とはいえ、このアデライド宰相はこの国の外務・内務を取り仕切る人物だ。当然、知識面では非常に頼りになる。

 

「おまけに、神聖帝国と国境を接しているのだからタチが悪いぞ。我が国ガレア王国と神聖オルト帝国という二つの大国に挟まれ、現地は蛮族だらけと来ている。いわゆる火薬庫といっていい場所だ」

 

「それは、また……」

 

 僕は顔をしかめた。エルフが居る、というのが特に聞き捨てならない。連中は森に潜み、優れた魔術と弓術で平原の民を襲い、食料や男を略奪していく。先日交戦したオークよりもよほど厄介な蛮族だった。

 この世界にはエルフをはじめ、様々な異種族がいる。ガレア王国は爬虫類の特徴を持った種族、竜人(ドラゴニュート)が多いし、お隣の国である神聖帝国は獣人(セリアンスロープ)、つまり狼や獅子などの特徴を持った種族が統治している。

 

「つまり、僕は厄介な情勢にある辺境へ島流しになる、という訳で?」

 

「まあ、そうなる。早馬を使っても、王都からリースベンまでたどり着くには半月以上の時間がかかるんだよ。何か異変が起こっても、助けを寄越すにはかなりの時間が必要になってくる」

 

「暗殺だの襲撃だの、やりたい放題ができそうですね」

 

「流石にそこまで直接的な手段には出てこないと信じたいんだがねえ」

 

 香草茶で唇を湿らせつつ、宰相は遠い目で窓の外を見た。

 

「そもそも、アルにそのような遠方に出向かれるのは困るんだよ、分かっているのかね? 私の日々の癒しはどうなるんだね、キミ」

 

「ハハァ……」

 

 そんなもんは知ったこっちゃない。いや、美女からのセクハラがなくなることには若干以上の残念さを感じるが、本気になるにはあまりにも相手の地位が高すぎる。本気になってはいけない相手に誘惑されるくらいなら、いっそ付き合いを断った方がマシだというのが童貞の思考回路というものだろう。僕の忍耐力にも限界がある。

 

「厄介な案件を僕に押し付け、わざと失敗させる。やはり男の騎士など役立たずだと喧伝し、僕を失脚させる……向こうの狙いは、こんな感じでしょうかね」

 

「おそらくは。しかし、向こうも腹の黒さには一家言ある政治屋だ。さらに厄介な陰謀が隠れている可能性も、十分にあると思うのだよ」

 

「でしょうね」

 

 腹の黒さならば目の前の女も負けていないだろうが、まさかそんなことを口に出すわけにもいかない。僕は神妙な表情で頷いた。

 事実として、オレアン公は海千山千の高位貴族だ。油断をすればあっという間に足をすくわれてしまうだろう。

 

「部下たちにもそれとなく伝えておきましょう」

 

 幸いにも、任地には今の部下をそのまま連れて行っても構わないことになっている。完全武装の騎士が二十四名と、それを補佐する従士たちだ。圧倒的な数のオーク山賊団を蹴散らして見せたように、練度は極めて高い。頼りになることこの上ない連中だ。

 

「それがいいだろう。……確か、オレアン公にあの生臭司教が入れ知恵をしてから、突然リースベンを勧めはじめていたな。聖界も一枚嚙んでいる可能性もある。教会には私もツテがあるから、少し調べてみよう」

 

「助かります」

 

 セクハラ女には違いないが、こういう部分では宰相は頼りになる。僕は深々と頭を下げた。彼女は鷹揚に手を振ってそれに応え、こう続けた。

 

「しかし、情報は出せても流石に兵力までは貸すのは難しい。そして、君の手持ちの戦力は騎兵が二個小隊と、あとは現地の衛兵程度。緊急時には平民から兵を徴募する余裕もないだろう。少々、心細いのではないのかね?」

 

「……」

 

 そう言われれば、僕は黙るしかない。いかに精鋭であっても、それを無力化する手段などいくらでもある。"敵"がどういう手を打ってくるかさっぱりわからない以上、警戒はいくらしても足りないくらいだ。

 

「そこで、だ……」

 

 ニンマリと笑って、宰相は懐から紙切れを取り出した。笑顔を顔に張り付けたまま、それをテーブルの上にそっと乗せる。

 

「特別に、利子は格安にしてあげよう。なんといっても、私とアル君の仲だからねえ?」

 

 思わず、顔が引きつった。差し出されたのは、小切手だった。目がくらむような桁の額面が、そこには書かれている。有難い。本当にありがたい。これだけあれば、万全の準備を整えることが出来る。

 が、これは借金である。そして、利子もある。さらに言えば、僕はこの女から既に結構な額を借り入れている。このままでは、借金で首が回らなくなる。ヤバイどころの話じゃあない。

 

「……いつもありがとうございます」

 

 が、僕にはこれを受け取らないという選択肢はなかった。なにしろ、リースベンへの赴任はすでに決定している。退路は断たれている、というわけだ。まったく、やはりこの女も相当にタチが悪い……。

 

「まあまあ、そんな顔をするものじゃないぞ。無理に返済を迫るようなマネはしないからねえ? 安心するがいいさ、くくく……」

 

 宰相はニタニタと笑いつつ、いやらしい手つきで僕の首筋を撫でた。



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第5話 ポンコツ宰相とガバガバ計画

「さて、と……」

 

 退室していくアル君の背中を見送ってから、私、アデライド・カスタニエは大きく息を吐いた。

 

「今のは良かった! なかなか格好良くキマったんじゃあないかね? えっ?」

 

「どうでしょうか?」

 

 そう言い返したのは、アル君と入れ違いにティールームへ入ってきた小柄な騎士だった。彼女……ネルは私の護衛であり腹心でもある人物だ。

 

「無駄に格好をつけた挙句、やったことと言えば借金を増やしただけ。どこにキマったと言える要素が」

 

「あくどい貴族の陰謀を察知し、クールに助け舟を出す。これをイケてると言わずになんというのだね、君は」

 

「はっ」

 

 鼻で笑いながら、ネルは私の対面の席へと腰を下ろした。直接の上司相手に、なんでこんなに辛辣なんだよこいつは。

 

「じゃあせめて、あのお金は借金ではなく無償という形で渡すべきでしたね。向こうからすれば、オレアン公もアデライド様も大して印象は変わらないと思いますが」

 

「そ、そんなわけないだろぉ……あんな腹黒ババアと私の印象が同じだなどと……」

 

 なんてこと言うんだ、この毒舌騎士は。お前じゃなければ、クビにしていたところだぞ。

 

「だいたい、どうやったら借金以外の方法でアル君を攻略できるのかね? あの男はなかなか身持ちが固いのだぞ。いや、チョロすぎても興ざめだが」

 

 そう。この私、アデライドはアル君に惚れているのだ。なんとかヤツを自分のものにしようとアプローチしているのだが、なかなかうまくいっていないというのが現状だった。

 

「返済不能になるまで借金を膨らませ、担保としてアル君自身の身柄を頂く。私は可愛い婿を手に入れてハッピー、アルは借金がチャラになってハッピー。誰も損をしない最高の計画ではないかね?」

 

「娼館と普通の恋愛をゴッチャにしていませんか、ご主人様は」

 

「う、うるさい! 普通にコナをかけても、まったく釣れないのだからしょうがないだろう! もうカネの力を使うほかない!」

 

 仕事に情熱を注ぎ続けた人生だった。男と付き合った経験などあるはずもなく、なんだか怖くて娼館に行くこともできなかった。私の恋愛スペックがやたらと低いというのは事実ではあるが、今さら意中の男をあきらめる気にもなれない。

 私の武器と言えば、資金力だ。ほとんどこれ一本で、ガレア王国の宰相に上り詰めることが出来たのだから、同じ戦術が男にも通用するはずだ。

 

「はぁ……」

 

 しかし、ネルはやれやれとでも言いたげな表情で肩をすくめた。キレそうになるが、相手は既婚者。二十代後半になっても処女を捨てられない私がどう反論したところで、敗北感が増すだけだ。

 

「まあ、それはよろしいんですけどね。どうするんですか、意中のカレは随分と遠方に行ってしまいますが」

 

「それだ! それなんだよなあ……本当だったら、王都から三日四日でたどり着ける場所の代官に任じるつもりだったのに、あの腐れ公爵めが……ッ!」

 

 このままでは、アル君とは年に一度会えるか会えないかの関係になってしまう。そんな事態になればアプローチどころではないし、第一私の精神が持たない。

 

「遠距離恋愛だけは嫌だ、なんとかならんかね?」

 

「遠距離には違いありませんが、恋愛ではないですよね? 一方通行の関係では」

 

 ネルは半目になってため息を吐いたが、こいつの毒舌にいちいち反応していては話が進まない。無言で睨みつけると、彼女はもう一度ため息を吐いた。

 

「まあ、浮ついた話を抜きにしても、アル殿は有能な騎士です。部下も優秀で、我々の派閥の荒事担当としては最も強力な駒の一つ……そんな彼らと分断されたのですから、確かにあまり状況はよろしくありません」

 

「個人的には、あまりヤツには危ないことはしてほしくないが……」

 

 まあ、武器というのは持っているだけで意味があるものだ。人材にも同じことが言える。ネルの言いたいことは理解が出来た。

 

「個人的な嫌がらせと同時に、対抗派閥である我々の力を削ぐ。オレアン公はやはり油断のできん女だ」

 

「アル殿に対する嫌がらせは陽動で、本命はご主人様の方かもしれません。警戒が必要です」

 

 個人的な願望と、政治家・派閥の長としての論理。その両方を頭に浮かべながら、自分の取るべき手段を考える。

 

「オレアン公に気付かれないよう、翼竜(ワイバーン)を調達できないか?」

 

 翼竜(ワイバーン)は空飛ぶトカゲのようなモンスターで、飼いならすことが可能だ。わが国では、貴重な航空戦力として国を挙げて飼育が奨励されている。もっとも、育てるためのコストが極めて高いため、大国とはいえ保有できる数には限界があるが……。

 

「数騎であれば、なんとか」

 

「よろしい。リースベンが遠いと言っても、それは山やら森やら河やらのせいだ。空を行けば、そう時間はかからないはずだ」

 

「承知いたしました、お任せを」

 

 ネルは真面目な顔で深々と頭を下げ、それからニヤリと笑った。

 

「ところでご主人様。翼竜(ワイバーン)を使って、時々アル殿に会いに行こうと思ってらっしゃるでしょう?」

 

「まあ、それはな。お忍びで視察に来たと言えば、名目も立とう」

 

 アル君にも翼竜(ワイバーン)を渡すつもりだから、王都に呼びつけるのもまあ可能だろう。だが、流石にそれをやると印象が悪い気がする。どうしても、という時以外は私自身が出向いた方が良い気がする。

 

「空の旅はなかなか過酷ですよ。お覚悟を」

 

 そう言って、ネルはニヤリと底意地の悪い笑みを浮かべた。



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第6話 くっころ男騎士と辺境への旅程

 リースベン赴任が決定してから、一週間の時間が経過した。慌ただしく旅装を整えた僕は、部下たちと共に王都を出立、街道の上を黙々と進んでいた。

 

「……いい天気だなあ」

 

 石畳の街道の左右には、広大な草原が広がっていた。瑞々しい色合いの背の高い草を、晩春の穏やかな風がさわさわと撫でている。聞こえてくる音と言えば風の音と鳥の声、そして僕たちが乗っている馬の蹄の音くらいだ。

 視線を後方に向けると、そこに居るのは僕の部下たちだ。全身鎧(フルプレート)を身にまとい、体格の良い軍馬に跨っている。竜人(ドラゴニュート)の女ばかりで構成されており、男は僕だけだ。

 若干の居心地の悪さを感じるが、それよりフル武装の騎士たちが板金鎧に太陽の光をギラギラと反射させつつ隊列を組むさまは、僕の心に抑えようのない興奮を呼び起こす。前世から続く、ミリオタの悪い癖ってヤツだ。

 

「油断してはいけませんよ、アル様。どこにオレアン公の手の者が潜んで居るかわかりません」

 

 そんな苦言を呈したのは、特徴的な蒼い髪をポニーテイルにした竜人(ドラゴニュート)の女だった。背は高く、同じくらいの体格の馬にまたがっているというのに僕より頭一つ分視線が高かった。

 

「一理ある」

 

 まさか王都を発ってそうそうにちょっかいを出してくるというのは考えづらいが、万が一ということもある。なにしろ、前世はそういう油断を突かれた結果無様に爆死する羽目になったくらいだ。流石に二度目は勘弁願いたいだろ。

 

「そうでなくとも、このごろ物騒だからな。モンスターなり何なりの襲撃がある可能性も十分に考えられる。ソニアの言う通り、警戒は怠らないように」

 

 ソニアというのは、僕の副官だ。この隊の副隊長でもある。彼女の方をチラリと伺うと、ニコリともせず静かに頷いた。

 

「ウーラァ!」

 

 僕の命令に、部下たちはそう元気よく返答する。ウーラァとは、了解の意味だ。騎士と言っても職業軍人には違いないので、この辺りのノリは前職で培ったものがそのまま通用する。

 

「……それで、アル様。リースベンとやらの情報は、どれほど集まったのでしょうか」

 

 僕の方へウマを寄せてきたソニアが、周りの部下たちに聞こえないような声で聞いてくる。騒動があることがほぼ確定している土地なのだから、当然そのあたりが気になっているのだろう。もちろん、僕も出立までの時間を無為に過ごしていたわけではない。

 

「まあ、ある程度は。山と森しかない土地で、数代前から入植がはじまったらしい。けど、南部にはエルフだの鳥人(ハーピィ)だのの蛮族がひしめく大きな半島があって、そこからちょくちょく略奪の被害を受けているらしい」

 

「典型的な辺境開拓地ですね。だとすると、当然モンスターの類も?」

 

「まったく駆逐が進んでいないらしい」

 

 エルフだのオークだのが居るだけあって、この世界にはモンスターと呼ばれる異様な獣たちが多く生息している。狼や虎といった普通の猛獣よりなお危険な生物なので、恐ろしいことこの上ない。

 

「なるほど……さらにはあの(・・)オレアン公の肝いりで開発が進んでいたと。蛮族やモンスターのみならず、現地の人間にも警戒が必要かと思われます」

 

「ほとんど敵地のようなものか。まったく……」

 

 僕の仕事は単なる駐在武官ではなく、現地の代官だ。実質的な領主と言っていい。大きな権限を持っている一方、領地をしっかりと統治する義務もある。

 僕は前世も今世も軍人で、この手の仕事は完全に初めてだ。オレアン公の妨害などなくても、うまくやっていけるか不安な部分がある。

 その上、行政面でサポートしてくれるハズの現地の職員たちまで信用できないとなると、流石になかなか厳しいものを感じずにはいられなかった。

 

「……まあ、アデライド宰相閣下も出来る限り協力してくださるとのことだ。不安要素ばかりというワケでもない」

 

「いや、あの女もあの女で全く信用なりませんが」

 

 ソニアのクールな表情が、一瞬だけひどく不快そうに歪んだ。彼女とアデライド宰相は、ほとんど犬猿の仲と言って差し支えないほど相性が悪い。僕は思わず苦笑いした。

 

「ああいった卑劣で破廉恥な手合いとも状況によっては手を組まねばならない、ということは理解しております。しかし、やはり彼女だけに頼りきるのもまた危険でしょう」

 

 あの人は僕を借金漬けにしようとしているわけだし、そりゃあもちろん危険だろう。

 

「我が母も協力を申し出ております。いや、ハッキリ申し上げれば、こちらも宰相と大差ないような腹黒い油断ならぬ女ですが……」

 

 ソニアの実家は、かなり大きな貴族だ。彼女とは幼馴染のような関係だから、当然その母親とも浅からぬ付き合いがある。確かに、宰相と甲乙つけがたい一筋縄ではいかない人物なのは確かだった。

 そんな大貴族の娘がなぜ僕の副官なんかに収まっているのか自分でもよくわからないが、本人は文句の一つも言わずに粛々と仕事をこなしてくれるので、どうも聞きづらい部分がある。

 

「しかし、宰相のみに依存するよりはマシでしょう。バランスを取って、うまく利用するべきです」

 

 実の母相手に、随分と隔意のある言い草だ。なんだか母娘仲を心配せずにはいられないんだけど……。彼女が僕の隊に居るのは、そういう部分も関係しているのかもしれない。まあ、しかし、同僚のプライベートにあまり首を突っ込むのも良くないだろ。僕はあえてスルーした。

 

「辺境伯様が協力してくれるってんなら、確かにありがたいさ。この手の仕事なら、専門家と言っていいだろうし。悪いけど、協力を要請する手紙を出しておいてくれ」

 

「承知いたしました」

 

 ソニアは瀟洒な態度で一礼して見せる。本来ならこういった要請は僕がやるべきなのだろうが、家族のコネなら本人にやってもらう方がいいだろ、たぶん……。

 

「しかし、やはりリースベン領は遠方。不測の事態が起こっても、対処できるのは我々だけでしょう。やはり、油断するべきではありません」

 

「一応、敵国とも国境を接しているわけだしな。蛮族やモンスターだけに気を取られるわけにもいかない。これは、ハードな任務になりそうだぞ」

 

 僕は小さく息を吐きながら、視線を街道の先へと向けた。



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第7話 くっころ男騎士と怪しげな代官

 やたらと峻険な山脈に、巨大な急流。リースベンにたどり着くために、様々な自然の要害を突破する必要があった。一か月近い旅程を終えた僕の鎧は、砂塵を浴びてすっかりくすんでいた。

 

「やっと着いたか……」

 

 城壁というよりは土塁に近い、簡素な壁に覆われた小さな城砦都市を眺めつつ、僕は感慨深く呟いた。ここがリースベンの中心都市、カルレラ市だ。

 城砦都市といっても、所詮は辺境。現代人の目から見れば、町だか村だか判断が付きづらい規模でしかない。それでも、いつモンスターの襲撃があるのかわからない山道や樹海を超えて来た訳だから、随分と安心を感じる。

 

「予想よりも随分と栄えていましたね。てっきり、掘っ立て小屋が立ち並ぶような開拓村を想像していましたが」

 

 街は背の高い土塁に囲まれているため、外からはあまり様子がうかがえない。それでも教会の高い尖塔やら物見やぐらやらは目にすることが出来る。一応、都市としての体裁は整えているようだ。

 カルレラ市は山の中腹に建設された都市で、すぐ隣をそこそこ大きな川が流れている。視線を南の方へ向けると、農地と森がモザイク状に入り混じった開拓地を目にすることが出来た。煮炊きのモノと思わしき煙も上がっているため、農村もいくつかあるようだ。

 

「最悪馬小屋みたいなところで寝起きするのも覚悟していたが、これなら大丈夫そうだ」

 

 そう言って、僕も胸を撫でおろす。野営などには慣れているけど、流石に普段の生活はしっかりしたベッドで眠りたいからな。

 そんなことを話しているうちに、僕たちは街の正門の前までたどり着いた。巨大な丸太で作られた門は、素朴ではあるが非常に丈夫そうに見える。モンスターなどの襲撃に備えているんだろう。

 

「その旗は……アルベール・ブロンダン様ですね」

 

 門から飛び出してきた衛兵が、隊員の一人が掲げている紋章入りの旗をみて深々と頭を下げる。

 

「そうだ」

 

 僕は頷き、下馬する。部下たちもそれに続いた。相手は下っ端の衛兵だが、騎乗したまま過剰に偉そうな態度をとっても心証が悪いだろう。

 

「……驚きました、本当に男性の騎士様が来られるとは」

 

 衛兵は僕の顔をまじまじと見ながら、若干困惑したような声で言う。まあ、男騎士なんてものはどこへ行ってもレアキャラだから、この程度の反応は慣れたもんだ。

 

「よく言われるとも。……で、だ。陛下からの書状を預かっている。代官どのに取り次いでもらえるかな?」

 

 僕がそういうと、ソニアが背嚢から封書を取り出して衛兵に渡した。衛兵は封蝋に王家の紋章が捺されていることを確認してから、「確かにお預かりしました」と敬礼の姿勢を取る。

 

「すぐに代官が参ります、少々お待ちを」

 

「もちろん」

 

 先触れは出しているから、出迎えの準備はできているはずだ。向こうが嫌がらせをするつもりがなければ、大して待たされることもないだろう。

 その予想は、裏切られることはなかった。十分もしないうちに、正門から妙齢の女騎士が現れる。

 

「やあやあ、お待たせした!」

 

 女騎士は上機嫌な様子でズカズカと僕の前まで歩いてくると、ニコニコと笑いつつ握手を求めてくる。

 

()代官のエルネスティーヌ・フィケだ。リースベンへようこそ!」

 

「アルベール・ブロンダンです」

 

 握手を返すと、エルネスティーヌ氏は笑顔のままブンブンと腕を振った。上機嫌すぎて逆に怖い。

 

「お噂はかねがね! お会いできて光栄だよ」

 

「どんな噂なのかはあえてお聞きしませんが、ありがとうございます」

 

 なにしろ僕は王宮でも浮いた存在だから、妙な噂も出回っているようだ。『貞操を売って昇進した淫売』なんているのが典型的だな。童貞のまま貞操が売れるとは思わなかったよ。詐欺の類か?

 

「ハハハ……正直に言えば悪い噂も聞いたことがあるがね、こうして顔を合わせてみれば、そんなものは根も葉もないデタラメだと理解できたとも」

 

「それは重畳」

 

 エルネスティーヌ氏は僕の背中をバンバンと叩きながら、ゲラゲラと笑った。騎士の清掃ということで僕も板金鎧を着用しているから、特に痛くはない。とはいえ、驚きはある。なんでこの人はこんなにハイテンションなんだ。困惑していると、頼りになる副官(ソニア)がずいと前に出てくる。

 

「元、と代官殿はおっしゃいましたが、まだ引継ぎは終わっておりません」

 

「いや、確かにその通り。まだ(・・)一応私が代官のままだね。さあ、さっさと交代の儀式をやろうじゃないか。さあさあ、さあさあさあ!」

 

 手を振り回しながら代官は踵を返し、正門の中へと戻って行ってしまった。衛兵たちに一礼しつつ、慌てて僕たちも後に続く。やはり代官のこの態度は何かおかしい。ちらりとソニアの方に視線を飛ばした。

 

「あの女、消しますか」

 

「いきなり物騒すぎる」

 

 ボソリととんでもない発言をするソニア。何でいきなりそんな発想になるんだよ。こっちもこっちで、何を考えているのかさっぱりわからない。

 

「何か企んでいる様子ですので」

 

「だからと言って直情的過ぎる……」

 

 普段はクールなのに、なぜこういうときは突然物騒な手段に出るのだろうか、この副官は。正直、本気で理解が出来ない……。

 

「とにかく、今のところはただ怪しいだけだ。何か仕掛けてくる可能性もあるが、それまでは手出ししない事。命令だぞ、分かったな」

 

「……了解いたしました」

 

 ため息を吐きつつ、僕はカルレラ市の中へと入っていった。



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第8話 くっころ男騎士とカルレラ市

 木組みの正門を越え、市内へと足を踏み入れる。目の前に広がるのは、未舗装の大通りとその左右に連なる木造家屋だ。

 

「ほう」

 

 昼時だけあって、大通りには多くの住人の姿がある。注意深く、それらを観察する。通りに出ているのは、ほとんどが若者だ。辺境とはいえ、開拓に参加しようという人間は大半が若者だから、これはまあ当然か。

 しかし、見る限りほとんどの住人が竜人(ドラゴニュート)で、多少獣人が混ざっている程度。彼女ら亜人と呼ばれる種族は基本的に女しか生まれないため、繁殖に只人(ヒューム)の男を必要とする。

 男どころか只人(ヒューム)の姿すら見えないほどだから、この町はとんでもない女余りの状況と見てよさそうだな。これはちょっとよろしくない状況だな。若者ばかりの今は良くても、次世代が生まれてくれないと町は衰退していくばかりだ。

 

「良い町だろう?」

 

 そんな僕の心境を知ってか知らずか、現代官のエルネスティーヌ氏が振り返って聞いてきた。相変わらずのニコニコ顔だ。何が楽しいんだろうな、本当。

 

「ええ。正直なところ、驚いていますよ。思っていた以上に活気がある」

 

 まあ、嘘はついていない。確かに今のところ、町には辺境とは思えないほど活気がある。無骨な木造家屋も未舗装の道路も、みすぼらしいというよりは発展途上の逞しさを感じるほどだし。

 馬を連れ、全身鎧をまとった一団が入ってきたのだから、住民たちの方もこちらに注目している。とはいえ、遠巻きに眺めているだけで、近づいて来ようともしない。興味半分、警戒半分といったところだろうか?

正直なところ、あまり好意的な視線は感じない。この街では、住民と代官の関係はあまり宜しくないのかもしれないな。

 

「そうだろう、そうだろう」

 

 だからこそ、満面の笑みでこの町をほめたたえるこの代官は不気味だ。

 

「せっかくですから、この町についていろいろ教えてもらってもよろしいですか?」

 

 しかし、まさかソニアの主張するような先制攻撃を実行するわけにもいかない。とりあえず、情報収集がてらジャブを打ってみることにする。

 

 

「かまわないとも」

 

 頷く代官だったが、すぐに困ったように頬を掻く。

 

「……とはいっても、流石に王都のような大都市ではないからな。やっと教会の工事が終わったとか、パン屋のパン窯が新しくなったとか、その程度の話題しかないが」

 

「結構なことではありませんか。大きくない都市だからこそ、為政者の目も細部まで届くというものですし」

 

 代官という役職は、王や領主に代わってその地を統治するのが仕事だ。いきなり大都市を任されても、僕では手に負えないだろう。というかそもそも、武官がそのまま統治を担当する封建制という制度自体が、元現代人である僕から見るとだいぶ無理があるように感じるんだよな……。

 まあ、とはいえしかし、郷に入っては郷に従えという言葉もある。この世界で軍人としての栄達を目指すなら、この手の仕事は避けては通れない。

 

「ハハハ……一理ある」

 

 苦笑とも愛想笑いともつかない表情で、代官は空虚な笑い声をあげた。

 

「とはいえ、決してこの町を治めるのがラクというわけではないぞ。何しろ町としての機能はまだ未完成だ。喧嘩や盗みは日常茶飯事、蛮族どもは嫌になるくらいちょっかいをかけてくる……」

 

 その言葉だけは、やたらと実感が籠っていた。いままでのむやみに明るい口調からは考えられないような暗い感情を感じる。これが代官の本音らしいな。

 

「ええ、ええ。肝に銘じておきます」

 

 頷きつつも、周囲の警戒は怠らない。代官の仕事が大変なのは事実だろうが、何らかの陰謀に巻き込まれる可能性も極めて高いわけだからな。それらを同時進行しなければならないと思うと、若干憂鬱な気分になってくる。

 見た限り、住民たちの中に怪しそうな連中はいない。とはいえ、手練れの諜報関係者ならば軽く観察しただけでしっぽを出すような雑な変装はしていないはずだ。万が一誰かが襲い掛かってきた時にどう対応するかを、頭の中でシミュレートしておく。

 

「まあ、そんな話は落ち着いてからすればいいか。……そう大きい町ではないんだ。代官屋敷は、この通りを抜けてすぐだ」

 

 土がむき出しの大通りの向こうを真っすぐ指差し、代官が言う。その指の先には、小さな堀に囲まれた石造りの屋敷があった。砦と家を混ぜたような、ひどく無骨な施設だ。

 代官の住居兼仕事場となるこの施設は、いざとなれば町を守る最後の砦となる場所だ。モンスター、蛮族、敵国といった様々な脅威にさらされている辺境らしく、実用一辺倒の荒々しい雰囲気を放っている。

 

「ぜひぜひ、いろいろと聞かせていただきたく。見ての通りの若輩者でありますから」

 

 表面上だけは和やかに、僕はそう言った。この代官がどういうつもりなのかはわからないが、あえて喧嘩を売るような態度は避けたい。このリースベン地方をつつがなく治めるというのが僕の仕事なのだから、出来るだけ波風を立てないように気を付けなければならない。

 もっとも、僕の後ろに控えるソニアたちは全員臨戦態勢だ。ちらりとそちらをうかがうと、完全に目が据わっている。厄介なことになりそうだなあと、僕は内心ため息を吐いた。

 




しげ・フォン・ニーダーサイタマ先生にアデライド宰相のイラストを頂きましたので、第三話で挿し絵として使わさせて頂きました。


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第9話 くっころ男騎士と夜逃げ

 その後僕たちは代官屋敷へと案内され、代官交代に関わるもろもろの手続きを行った。これで、僕は晴れてこの地の代官となったわけだ。その後は歓迎会を兼ねてちょっとした酒宴が開かれ、久方ぶりのご馳走を味わうことが出来た。

 何か仕掛けてくるのではないかと警戒していたものの、この日は何事もなく過ぎていった。事件が発生したのは、翌日の早朝のことだった。

 

「前代官殿が消えた!?」

 

「はい……」

 

 顔を真っ青にした使用人が、ひどく困惑した様子で頷く。太陽が地平線から顔を出すにはやや早い時間に、僕の部屋のドアがやたらと乱暴にノックされた。そして聞かされたのが、この眠気も吹っ飛ぶようなとんでもない報告だった。

 

「お部屋にも、練兵場にもいらっしゃらない様子で。その上、(うまや)の馬もごっそりいなくなっておりまして」

 

「馬まで……いや、その言い方だとまさか、僕たちの馬も?」

 

「はい。アル様が乗られていたウマも、それどころか荷運びの駄馬までおりません」

 

「……なるほど、話は分かった」

 

 頭がくらくらしてきた。軍馬は調達するにも維持するにも滅茶苦茶コストがかかるんだよ。それに、戦いや訓練で何度も苦楽を共にした相棒でもあるわけ。それが突然居なくなったんだから、ショックは計り知れない。

 とはいえ、指揮官としては混乱して醜態を見せるわけにはいかない。何度か深呼吸をして精神を落ち着け、使用人に頷いて見せた。

 

「消えたのは、エルネスティーヌ氏と馬だけか?」

 

「……わかりません。急いで報告に上がったものでして」

 

「なるほど。いや、それでいい」

 

 申し訳なさそうな使用人を安心させるように、僕は笑いかけた。状況確認のために報告が致命的に遅れるくらいなら、多少確度が低くても急いで第一報を持ってきてくれる方が助かるからな。

 

「とりあえず、急いで僕の部下たちを広間に集めてくれ。並行して、他に異常がないか確認を頼む」

 

「承知いたしました」

 

 小走りで去っていく使用人の背中を見送ることもせず、僕は部屋に引っ込んだ。壁際にひっかけてある剣帯を引っ掴んで腰に巻き、愛用のサーベルを差す。そして、枕元においていた拳銃を手に取った。

 

「……よし」

 

 僕の拳銃は、いわゆるリボルバー式のものだ。もっとも、前世の世界で普及していた現代的なリボルバーとはかなり見た目が異なる。パーカッション・リボルバーと呼ばれる、レンコン型の弾倉へ直接火薬と弾丸を装填する、古いタイプのものだ。

 それでも、銃は単発式が常識であるこの世界では、最大六連発の火力は圧倒的だろう。前世の知識をもとに設計図を引き、腕のいい鍛冶師に作ってもらったものだ。現代知識チートってやつだな。その拳銃にしっかりと弾薬が装填されているのを確認してから、剣帯に付属しているホルスターに納めた。

 

「しっかし、エルネスティーヌ氏はいったいどういうつもりだ……?」

 

 リースベンはオレアン公の肝いりで開発されていた地区だから、その代官であるエルネスティーヌ氏もオレアン公の息がかかっていると見て間違いない。だから、僕たちになんらかの嫌がらせをしてくるというのは、予想の範囲内だ。

 しかし、突然蒸発するとは流石に思わなかった。いったい、何を企んでいるんだ? なんにせよ、馬を奪われたことによる機動力の低下が深刻だな。

 いろいろな思考が頭の中でぐるぐるするが、どうも冴えた考えは浮かんでこない。まあ、情報があまりに足りないしな。

 

「とりあえず、情報収集が先決か」

 

 小さく息を吐いて、寝ぐせのついた髪を乱暴に整える。そのまま、ドアを開けて部屋の外に飛び出した。

 

「アル様!」

 

 すると、目の前にいたのは頼りになる副官、ソニアだ。彼女もまた事情を聴いて飛び出してきたのだろう。ラフな寝間着の上から最低限の武装をした、僕とそう変わりのない格好をしている。

 表情はいつも通りのクールなものだが、眉間にはわずかな皺が寄っていた。ひどく不機嫌な時、彼女はこういう表情をする。

 

「あの女、やらかしてくれたものですね」

 

 やはり殺しておけばよかった、とでも言わんばかりの口調だな。騎士の魂の一つともいわれる愛馬を狙われたのだから、この怒りは理解できる。

 

「僕たち本体ではなく、足を狙ってきたのが嫌らしい。将を射んとする者はまず馬を射よ、ってヤツかね」

 

「馬……? ああ、ええ。なるほど、その通りです」

 

 一瞬妙な表情をしたソニアだったが、すぐに神妙な顔になって頷く。

 

「相手の目的はまだよくわかりませんが、これほど明白にこちらに敵対してきたのです。馬以外にも、何かしら仕掛けてきている可能性が高いのでは」

 

「それはあり得る。というか、確実だろう」

 

 嫌がらせが馬を隠すだけで終わるはずがない。こちらが馬泥棒としてエルネスティーヌ氏を追求すれば、彼女とてただでは済まないからだ。向こうは、この事件が中央に露呈するより早く、こちらを仕留めにかかってくる可能性がある。

 

「急いだほうがよさそうだな。対応策を考えようにも、向こうの出方がわからないことにはどうしようもない」

 

 何はともあれ、状況を明らかにしなくては対応策を考えることもできない。こんなところで話し合っていても仕方がないので、僕たちは代官屋敷の広間に向かうことにした。



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第10話 くっころ騎士と元代官蒸発事件

「代官どころか、行政の実務を担っていた役人がたまで軒並み蒸発しているとはな。びっくりするくらい徹底してるじゃないか……」

 

 それから約三十分後。代官屋敷の大広間には、僕が王都から連れてきた部下たちの大半が揃っていた。

 調査結果については、ソニアが手早くまとめてくれていた。それがまた、聞いているだけで頭が痛くなってくるような内容だったからたまらない。なんと、元代官のエルネスティーヌ氏はもちろん、末端の役人まで姿を消しているというのだ。

 屋敷に残っているのは僕たちと、現地で雇用された使用人たちのみ。完全に異常事態だな。

 

「さらに書類庫が荒らされており、裏庭で大量の書類を焼却した跡も見つかりました。行政文書の大量破棄が行われたものと思われます」

 

「……」

 

 ヤバイ。いや、本当にヤバイ。何がヤバイって、必要な書類や資料はほとんど焼失し、一切の引継ぎを行わないまま実務者が蒸発した状況で、今日から僕がこの町を統治する必要がある、という部分だ。正直かなりヤバい。

 市民からしてみれば、役場の職員がいきなり夜逃げしたような状況だろう。大変どころの話じゃないだろ。

 

「なるほどな。それを一夜で実行できたってことは。この件は前々から計画されていたものだと判断していいだろう。案の定、謀られたな」

 

 重要書類を軒並み焼却し、少なくない数の人間をこっそり屋敷から逃がす。事前準備がなければ、とてもじゃないが実行不能だろう。

 

「馬と書類以外の被害はあるか? 武器弾薬や、こちらの軍資金までもっていかれていたら、もうどうしようもないぞ」

 

「そちらについては無事です。ご指示の通り、しっかり監視をつけていましたから」

 

 ソニアの報告に、胸を撫でおろす。まあ、こちらに仕掛けてくるならまず武器かカネに細工をするだろうと予想してたからな。対策くらいは打ってある。

 もっとも、そちらの警戒に集中していたため、集団夜逃げを察知できなかった可能性もあるが……。

 

「ソニア、連中はまだこの町に残ってると思うか?」

 

「いいえ、その可能性は低いかと。おそらく、すでに町の外へ逃亡済みではないしょうか」

 

「同感だな」

 

 奴らは人間だけでなく、馬も大量に連れている。こちらに気取られることなく、それらを養えるだけの飼い葉を調達するのは難しいはずだ。殺すにしても、馬の死体を人知れず処理するのは極めて難しいものと思われる。

 

「隊長! 遠くへ逃げられる前にさっさととっ捕まえましょう!」

 

「我々にケンカを打ったことを後悔させるべきです。拷問の上、さらし首にするべきかと!」

 

 怒りの形相の部下たちが、口々に物騒な言葉を吐く。晒し首云々はともかく、エルネスティーヌ氏を捕縛したいというのは僕も同感だ。何を思ってこんなことをしでかしたのか尋問したいところだからな。でも、そういう訳にもいかないのが現実だ。

 

「いや……そういう訳にもいかない。悠長にエルネスティーヌ氏の捜索なんかしてたら、行政機能が麻痺したままになってしまう。そうなれば、市民生活に与える悪影響は甚大だぞ」

 

 僕の任務は、あくまでこの地を穏当に治めることだからな。目先のことにとらわれて、本来の目的を見失うわけにはいかないだろ。

 

 僕の手持ちの人材は、剣を振り回したり馬に乗ったりすることに特化した連中と、それを補佐するための従士たちのみだ。行政官よりはまだ、警官の真似事のほうが得意だろう。しかしそれでも、今は慣れない仕事を頑張ってもらう他ない

 

「……こんなこともあろうかと、マニュアルを用意してある。とにかく今は、手分けをして行政機能の復旧に努めよう」

 

 まさかここまで派手に夜逃げされるとは思わなかったが、現地の役人が非協力的であることは予想していた。なので、アデライド宰相に頼み込み、僕の手勢だけで何とか代官業を回すためのマニュアルを作ってもらっていた(そしてその代償に僕は尻を揉まれた)。それで最低限はなんとかなるはずだ。

 

「しかし、大丈夫でしょうか? どうも、向こうの動きは我々を拘束することに主眼を置いているように見えます。別に本命の攻撃があるのではないでしょうか?」

 

「十中八九、そうだろうな」

 

 ソニアの指摘に、僕は顔をしかめる。ここまで派手な嫌がらせをしてくれたのだから、このことが中央に露呈すればエルネスティーヌ氏もタダでは済まないはずだ。

 もちろん、飼い主であるオレアン公の手引きで高飛びする可能性もあるけど……こっちのバックにも、アデライド宰相がついている。僕たちがそう簡単に泣き寝入りするとは、向こうも思っていないはずだ。

 

「あのオレアン公は、反撃を許すようなヌルい嫌がらせだけで満足するようなタマじゃないだろ。こちらが再起不能になるような何かを仕掛けてくる可能性が高いはずだ」

 

「ええ、その通りです」

 

 憎々しげにソニアが吐き捨てた。

 

「とにかく、どんな手を使ってくるのかが予想できません。隠密部隊で襲撃をかけるなら、昨夜がベストタイミングでしょう。それをしてこないとなると、もっと大掛かりな策を仕掛けてくるかもしれません」

 

「書類を焼いたのも、役人を連れて行ったのも、時間稼ぎのためと見るのが自然だからな。そこまでして稼いだ時間で、何をする気だ……?」

 

 唸りながら、部下たちを見回す。何か冴えた意見が出てくればよかったのだが、全員難しい顔で首をかしげるばかりで発言を返すものは一人もいなかった。

 なにしろ情報が少なすぎるし、情報収集に人手を振り分けるだけの余裕も奪われてしまったからな。手も足も出ない、というのが正直なところだ。

 

「……いや、人手が足りないなら人を増やせばいいのか」

 

 そこでふと、王都から出る前にアデライド宰相からもらった……もとい、借りた小切手の額面を思い出す。あれだけあれば、何とでもなるはずだ。

 

「よし、傭兵を雇おう」



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第11話 くっころ男騎士と方針決定

「傭兵、ですか」

 

 感心したような表情で、ソニアが僕を見る。

 

「いざというときは、肉盾として使えば良いわけですしね。なるほど、さすがはアル様。いいアイデアです」

 

 いや、その……もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかな……ソニアの発言が物騒なのは今さらなので突っ込まないけどさ。

 

「……まあ、盾にする云々はさておき、このままじゃ索敵や情報収集すらままならないからな。"敵"に対して受け身のままってのも、よろしくないだろ。出来るだけこちらからアクションをしかけられるよう、体制を整えよう」

 

「ええ、その通りです。急いで傭兵を手配しましょう」

 

 にっこりと笑って頷くソニアだったが、部下の騎士の一人が片手をあげて質問する。

 

「しかし、隊長。こんなド田舎……いや、失礼」

 

 使用人たちの方をちらりと見て、騎士は発言を改める代官屋敷に残った使用人は、この町で雇用された人々だ。その目の前で故郷を馬鹿にするのは無思慮というものだろう。いや、そこまで配慮が出来るなら、最初からド田舎なんて言わないでほしかったけどさ。

 

「もとい、開拓地で、手ごろな傭兵が雇用できますかね? 手足として使うつもりならば、それなりの規模の傭兵団を雇いたいところですが」

 

「この町で、というのは難しいだろうな」

 

 カルレラ市はまだまだ町としての規模が小さいし、その上ほかの地方へのアクセスが悪い。傭兵団からすれば、あまりうまみのない土地だろう。

 

「なので、傭兵は別の場所で雇う」

 

 そう言って僕が取り出したのは、この地方の詳細な地図だった。この世界において正確な地図というのはまだまだ貴重なものなので、騎士と言えどそう簡単に手に入るものではない。これも、アデライド宰相に無理を言って用意してもらったものだ。

 そしてその代償にやはり僕はセクハラされた。地図を貰えるうえ、美女に体中をまさぐられるとか、むしろご褒美なんじゃないだろうか。いや、その先の関係性に発展する目が皆無なのがかなりツライところだけど。

 

「北の山脈を越えた先に、レマ市という街がある。往復で一週間かかるかかからないかくらいの距離だな」

 

 地図をテーブルに乗せつつ説明すると、興味深そうな様子で騎士たちがワラワラと集まってきた。その様子を見るに、彼女らの士気は十分高い様子だ。

 何しろ今は、そうそうないくらい厄介な状況に陥っている。そんな中でも混乱することなく士気を維持してくれているのは、有難い限りだ。心の中で、そっと安堵のため息を吐く。

 

「ここはそれなりに発展した街らしいし、その上領主はアデライド宰相の派閥だ。使者を送って事情を伝えれば、腕のいい傭兵をあっせんしてくれるはず」

 

 馬をはじめとした足りない物資も、レマ市ならば補充できるはずだ。今後のことを考えれば、レマ市に使者を送るのは確定路線と考えていいだろ。

 

「……宰相派閥ですか。協力を要請するのは致し方ありませんが、アル様は絶対にその街に近づかないようお願いします」

 

 やたらと警戒した表情で、ソニアがそんなことを言う。宰相の仲間は全員セクハラ魔か何かだと思っているんだろうか、この副官は。いや、僕を心配してくれているのはわかるけどさ。

 

「まあ、そもそも僕によそ様の領地へ行くだけの余裕ができるのは、しばらく先になるだろ。たぶん」

 

「ならば良いのですが……」

 

 安心したようにその豊満な胸を撫でおろすソニアだったが、今日から馬鹿みたいに忙しくなることが確定している僕からすれば、たまったもんじゃない。思わず顔が引きつりそうになった。

 

「とはいえ、レマ市も結構遠い……傭兵が到着する前にコトが起こってなきゃいいけど」

 

 そもそも、レマ市までは一本道だ。僕がオレアン公なら、その道に刺客を配置しておく。エルネスティーヌ氏の行為が中央に知られると、向こうもかなり厄介なことになるだろうからな。対策はしっかり打ってるだろ、流石に。

 

「やっぱり、馬がほしいな。オレアン公の手のものに使者が襲撃された場合、徒歩じゃあ強行突破さえおぼつかないぞ」

 

 護衛を大勢連れて行けばなんとかなるかもしれないが、今の状況じゃあ送れて一人か二人だろう。

 

「奪われたのは我々の馬のみです。町で使えそうな馬を探して、徴発してしまいましょう」

 

「背に腹は代えられないか……」

 

 強制徴発するからには、普通に売買するより多くの謝礼を持ち主に渡しておく必要がある。強盗じみた手段を取って住民に嫌われるのは、代官としては致命的だからな。

 とはいえ、傭兵を雇う以上出費は多くなる。軍資金は借金が原資であり、補充されるめどは立たない。出来るだけ節約していきたいんだけどなあ……

 

「ケチっていい状況でもないか。よし、そこらで暇そうにしてるやつをとっ捕まえてきて、馬を持ってる人を探してきてもらえ」

 

 僕は腰に下げている巾着から銀貨の入った革袋を引っ張り出し、部下の一人に投げ渡した。カネで買える労働力は、積極的に活用するべきだ。今は節約のことは考えないようにしておく。

 最悪、コトが終わったらアデライド宰相のオモチャとして自分の身体を差し出せば、追加融資の一つや二つしてくれるかもしれない。……なんだか楽しみになって来たな。黒髪美女のオモチャ、悪くないぞ。

 

「そっちは任せた。僕の方は、町の参事会へ事情を説明しに行く。僕たちは行政に関しては素人ばかりだからな……そっちに協力を頼まなきゃ、まともに仕事を回せないだろう」

 

 参事会というのは、いわば市議会のようなものだ。とはいっても、ここは封建制が現役のファンタジー世界。選挙でえらばれるわけではなく、職業ギルドのギルド長をはじめとした町の有力者たちで構成されている。

 彼女らにも思惑やプライドがあるだろうから、ハードな交渉が予想される。気が重いが、こればっかりは他人に任せるわけにもいかないからな。僕が頑張るほかない。

 

「ほかの連中は、マニュアルに従って役人どもが抜けた穴を埋めてくれ。慣れない仕事でなかなか大変だろうが、お前たちだけが頼りだ。よろしく頼む」

 

 僕の言葉に、騎士たちは「了解(ウーラァ)!」と元気な声を上げた。

 



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第12話 くっころ男騎士とカルレラ市参事会

 部下たちに仕事を振ったあと、僕は急いで身だしなみを整えた。都市の自治を担う市参事会は、時には領主を相手にしても一歩も退かず対抗してくることもあるような、一筋縄ではいかない組織だ。

 そんな連中に協力を依頼する必要があるのだから、こちらも当然戦場へ出るくらいの気合をいれておかないと押し負けてしまうかもしれない。愛用の板金鎧を纏い、ソニアとともに代官屋敷を後にする。

 

「たんなる代官の交代でなぜそんなトラブルが発生するんだ!」

 

「中央は何を考えているの? お貴族様の政争にこっちを巻き込むのは勘弁してほしいんだけど!」

 

「そもそも、なぜ男ごときが代官に任命されたんだ。我々をナメているのか?」

 

 三十分後、僕は小さな会議室で市の参事たちに罵倒を投げつけられまくっていた。参事というのは市の有力者たちであり、行政機能が麻痺すれば真っ先に被害を受けるのが彼女らだ。まあ、文句を言いたい気持ちはわかる。

 うるさい、僕だって被害者なんだが!? そう言い返したい気分もあるが、そんな無責任な言葉を吐けばその場でなけなしの信用がすべて吹き飛んでしまう。我慢だ、我慢。

 肝心なことは、彼女らの信用を得ること。僕に代官を任せても大丈夫だと納得してもらうことだ。醜態を見せて参事たちから見放されれば、この事件が穏便に解決されても、今後の市の運営に著しい悪影響を及ぼすのは確実なワケだし。

 

「前任者がなぜこんなことをしでかしたかについては、後ほど調査をする予定だ。しかし、今は……」

 

「聞いたところによれば、衛兵隊も機能不全に陥っているらしいじゃないか! 悪党どもがそれに感付いてみろ、盗みも殺しもやり放題になるぞ!」

 

「その通りだ! 代官殿は、一体どう責任を取るおつもりか!」

 

 とにかく場を治めようとするが、参事たちはまったく僕の話を聞こうとはしてくれない。これでは、協力を要請するどころじゃないな。

 

「何人か見せしめにしましょう。それでいう事を聞くようになるはずです」

 

 ソニアが、耳元でぼそりと呟く。その目は、先ほど「男ごとき」と言い放ったガタイのいい竜人(ドラゴニュート)の参事に向けられていた。

 

「駄目に決まってるだろ」

 

 まあ、男だてらに騎士などやっていればナメられることなんて珍しくもない。こういう事態は想定済みだ。僕は腰のホルスターからリボルバーを引っこ抜き、銃口を天井に向けて発砲した。

 乾いた大音響が会議室に響き渡る。ほとんど全員が反射的に耳を押さえ、一歩下がった。

 

「――いったい何をするんだ! いきなり!」

 

 参事の一人が顔を真っ赤にして吠えたが、僕は気にせず撃鉄を起こし、もう一発撃った。参事は赤かった顔を青くして、腰を抜かす。

 剣も魔法もあるこの世界じゃ、銃を使う人間は少数派だ。まして相手は一般人、銃声など聞いたこともないハズ。効果は抜群だった。

 実のところ、僕が撃ったのは空砲だ。実弾をぶっ放したら、天井に大穴が空くからな。大音響で一時的な難聴になられでもしたら話し合いどころではなくなるので、装填する火薬量も減らしてある。僕は最初からこういう手段に出るつもりだった、ということだ。

 

「失礼」

 

 先ほどまでの喧騒から一転、シンと静まり返った会議室の中、僕は参事たちに笑いかける。前世でこんなことをしでかしたら大変なことになっただろうが、この世界なら問題ない。そう思うと、なかなか愉快な気分になれた。

 

「事態は一刻を争う。あなた方の言う通り、この町の秩序は破壊されようとしているわけだからな。余計な問答で時間を浪費している余力などない」

 

「き、貴様……」

 

 参事の一人が非難がましい声を上げた。しかし、その視線は僕の右手に握られた拳銃に釘付けになっている。

 

「もちろん、現状がかなり不味い状況にあるのは事実だ。しかし、この町に襲い掛かる災難がこれで打ち止めだという確証もない」

 

 拳銃をホルスターに戻しながら、僕は前へ一歩踏み出した。参事たちは何かを言いたげな様子だが、すくなくとも先ほどまでのようなマシンガンじみた文句は言ってこない。銃から吐き出された濃密な白煙を手で払いつつ、僕は言葉を続ける。

 

「混乱に乗じてゴロツキどもが騒ぎを起こす可能性もあるし、あるいは蛮族どもが略奪にやってくるかもしれない」

 

「……」

 

 もともと不安定な情勢下にあるド辺境だ。僕が語ったような出来事が実際に発生する可能性はかなり高い。参事たちの表情が露骨に強張った。

 

「それに、北の山脈の向こうにある国は、ガレア王国だけじゃない」

 

「神聖帝国……」

 

「そう、あの獣人たちの国だ。天性の狩猟者である彼女らの目の前で隙を晒したらどうなるか……想像する間でもないだろう?」

 

 リースベン領はあまり魅力的な土地という訳でもないが、それでも敵が汗水たらして切り開いた農地を簡単な労力で奪えるとなれば攻撃をためらう理由はないはずだ。

 

「カルレラ市、そしてリースベン領は、極めて危険な状況にある」

 

 念押しするかのような口調で、僕はそう言い切った。



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第13話 くっころ男騎士の協力要請

 銃をぶっ放したおかげで、今のところ参事たちは僕の話を聞いてくれる状態にはなった。でも、これはあくまで銃声を利用した動揺に付け込んでいるからに過ぎない。正気を取り戻す前に、ちゃんとした危機感を持ってもらわないとな。

 

「あなた方が血の滲むような努力をして築き上げたこの都市に、不埒な輩の魔の手が迫っている」

 

 舞台に立つ役者のような声音と身振りで、参事たちに語り掛ける。前世にしろ今世にしろ、軍人であれば演説を聞く機会はいくらでもある。それらの記憶から参考になりそうなものを思い出しつつ、言葉をつづけた。

 

「店や、家や、あるいは家族。あなた方には、守るべきものが沢山あるはずだ。侵略者どもは、それを虎視眈々と狙っている! 破壊の限りを尽くし、財貨を奪い、家族や友人を殺し、恋人や夫を犯そうとしている! そんなことを認められるか?」

 

 まるで激怒しているような口調で、僕は叫ぶ。怒りはもっとも伝染しやすい感情だ。相手の不安に付け込むように怒って見せれば、大概の人間は簡単に乗ってくる。まあ、これはどちらかといえば詐欺の手口だけど……

 案の定、ただ困惑するばかりだった参事の目に光が宿った。一人の恰幅の良い女がこぶしを握り締め、首を左右に振る。

 

「認められない。……そんなことは絶対に!」

 

「その通りだ!」

 

 よし、かかった。心の中で安堵のため息をつく。怒りを煽るのは簡単だが、場合によってはその矛先がこっちに向かってくることもよくあるからな。もしそうなれば、どうしようもない。人狼ゲームの人狼よろしく吊るしあげられる前に、尻尾を巻いて逃げ出す以外の選択肢はなくなってしまう。

 

「我々は、団結せねばならない! 内紛などしていたら、奴らの思うつぼだぞ。少しでも隙を見せれば、敵はそれに付け込んでくる!」

 

 腕を振り上げ、僕は叫んだ。これがペテン以外の何だというんだと、僕の中の冷静な部分が毒を吐く。冷静な説得よりは、感情に訴えかけた方が手っ取り早いからな。

 やり方は詐欺的でも、危機に備える必要があるというのは事実だ。自己嫌悪を押さえつけつつ、僕は続ける。

 

「前任者は明らかに、人心の乱れを狙ってこの事件を起こしている。どういう目的があるのかは不明だが、ろくでもないことであるのは間違いない」

 

 荒々しい口調から静かな口調に切り替え、僕は参事たちに語り掛けた。おそらくは彼女もオレアン公の駒の一つにすぎないのだろうが、ここは彼女に泥をかぶってもらおう。

 

「たんなる嫌がらせのために、ここまでのことをするはずがない。何者かが狙っているんだ、この町を!」

 

 実際のところ敵の狙いが何なのかはまだ不明だ。しかし、ここはあえてこの町が狙われていることにしておく。出来るだけ危機感をあおってやらないと、彼女らの協力は得られそうにないからだ。

 

「そういえばあの女、ことあるごとに辺境に飛ばされたと文句を言っていたな……」

 

「まさか、左遷されたことを不満に思って……?」

 

「神聖帝国のスパイにそそのかされたんじゃ……」

 

 参事たちの間に、ざわざわと疑念が広がっていく。やはりエルネスティーヌ氏は、この街の住人とは不仲だったみたいだな。

 しかし、寝返りか。完全にオレアン公の陰謀のつもりでコトにあたっていたが、そういう可能性もあるか。あくまで脅威の一例として挙げた神聖帝国だが、そちらの方も警戒しておく必要がありそうだな。厄介ごとが多すぎて、胃が痛くなりそうだ。

 

「何にせよ、我々が脅威に備えねばならないということには変わりがない。人心の乱れを防ぎ、治安を維持する必要性がある。もちろん、こんなことは言われるまでもなくあなたたちは理解しているだろうが……」

 

「あ、ああ。そうだな。それは確かだ」

 

「町中で強盗が横行するようになったら、商売あがったりだ。神聖帝国だの蛮族だの以前の話だな」

 

 神妙な表情で頷く参事たち。彼女らも本業は別にある。商人にしろ職人にしろ、町が荒廃すれば仕事どころじゃなくなるからな。それは何がなんでも避けたいところだろう。

 

「とりあえず、自警団を強化して町の巡回に当たらせよう。代官様も、それでいいね?」

 

「ああ。本格的な武装も許可する。こちらも出来る限りの協力はするから、どうか自体が落ち着くまでは協力していただきたい」

 

 ガレア王国の法律では、武装は貴族か特別な認可を得た者以外には許可されていない。町の自警団のような人々は短剣やこん棒のような非力な武器しか装備していないわけだ。

 しかし、非合法な武器が裏社会に出回っているのは、前世の世界も今の世界も同じだ。それらを制圧しようと思えば、武装を強化するほかないだろう。正直、後々のことを考えれば本業の衛兵でもない連中に武器は渡したくないが……。

 

「それから、代官屋敷のほうにも人手を回してほしい。何しろ、僕の手勢以外には使用人連中くらいしか残っていないからな。このままでは、行政を回すどころじゃない」

 

「確かに、それは困るねえ……仕方がないか。わかったよ」

 

 不承不承と言った様子で、老婆が頷いた。それを聞いた周囲の参事たちも、協力を申し出はじめる。よかった、これで何とかなりそうだ。

 

「待ってくれ」

 

 そう思った時だった。一人の参事が、僕を睨みつけながら言った。「男ごとき」と発言した、あの女だ。

 

「なるほど、確かに皆が協力してコトに当たる必要性があるのはわかったさ。だけどね、それを男が差配できるはずがないじゃあないか。男は貧弱だからね。そんなヤツをアタマに据えていたら、あたしらまでナメられることになる……」

 

 傲然とそう言い放った女の声には、明らかに僕を馬鹿にする色があった。



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第14話 くっころ騎士の説得

 男に代官などできるわけがない。まあ、言われるだろうなと予想していた発言だった。男は家庭に属するべしというのは、この世界ではごく一般的な価値観だ。そんな風潮の中でいきなり男が自分の上役になったら、そりゃあ反感を覚えるやつだっているだろう。

 

「男は貧弱、ねえ」

 

 一番の問題は女しかいない種族、つまり亜人たちが明らかに僕たち只人(ヒューム)より露骨に高性能な生き物だという部分だ。この国の支配層である竜人(ドラゴニュート)は体格に優れ筋力も極めて高いし、エルフは魔法を扱う能力、つまりは魔力に優れている。

 その点、どうも只人(ヒューム)はぱっとしない、身体は貧弱だし、魔力をまったくもっていない者も多い。それでも、商人や技術者として大成する只人(ヒューム)はそれなりに居るのだが……なにしろ亜人たちの性質上、社会は女系中心にならざるを得ないからな。男はなかなかに肩身が狭いんだよ。

 

「そうさ。そもそも、どうやって男が騎士になったんだ? 上官に竿でも売ったか?」

 

 下卑た笑みを浮かべてそんなことを言う参事。竿竹屋かな? 内心ちょっとウケたが、僕の後ろで「……すぞ」などと呟いているソニアが非常に怖い。刃傷沙汰になる前に、どうにか場を治める必要があるな。

 

「確かめてみるか?」

 

 だから僕は、あえて挑発的な笑みを浮かべて言い返した。情けのない対応をすれば、それこそナメられっぱなしになってしまう。封建主義全盛のこの世界においては、もっとも貴族に求められる要素は武力なんだよ。それを示してやれば、向こうも表立って文句は言いづらくなる。

 ま、こういう感覚は感情的なものだから、内心では納得できないかもしれないけどね。多少の陰口くらいは我慢するほかないだろ。

 

「ようするに、男の騎士は弱いからいけない。そういうことだろう?」

 

「……そうさ。アンタなんかが戦場に出ても、蛮族につかまって『くっ殺せ!』とか言いつつ犯されるのがせいぜいだろうさ」

 

 くっころならすでにオークを相手に発言済みだ。残念ながら……もとい、幸いにも犯される前に助けてもらったけどね。

 そういう意味では、確かにこの女のいう事には一理ある。人質さえ取られなければ、とか、あるいはそもそも分断さえされなければ……とも思うが、そもそもあの作戦で指揮を執っていたのは僕だからな。すべての責任は、自分自身に返ってくる。

 

「本当にそうなるかどうか、試してみればいいさ」

 

 そう言って僕は、ソニアにちらりと視線を向けた、彼女はコクリと頷き、背負っていた二本の棒を差し出してくる。それは、打ち合いの訓練に使う木剣だった。刃にあたる部分には分厚いフェルト布が巻かれ、衝撃を減らす工夫がされている。

 

「くちでどうこう言っても、納得してもらえる話じゃないだろ? だったら、きちんとした方法で実力を証明するまでだ」

 

 ソニアから受け取った木剣のうちの一本を参事に差し出す。彼女は困惑したように、それと僕の顔を交互に眺めた。

 

「い、いや、アタシはたんなる職人だからな……それに、代官殿にケガをさせたりすれば、面倒なことになる」

 

 自分から喧嘩を売って来たくせに、なに日和ってるんだよ!! 正直結構腹が立つが、ここでそれを態度に出せば指揮官失格だ。士官たるもの、そう部下の前で感情を露わにしてはいけない。ニッコリ笑って、「それは残念」と言い返す。

 

「しかし、僕の実力が不明なうちは、あなた方の不安も払拭されないだろう。今後のことを考えれば、僕がどれだけ戦えるのかを一度くらい確認してもらった方が良いとおもうんだが。もちろん、その結果こちらがどんな損害を負ったとしても、そちらにその責任を求める気はない」

 

 僕が舐められたままだと、僕自身はもちろん部下たちも動きづらくなる。町の有力者である参事たちに僕の騎士としての力量を認めてもらうのは、どうしても必要な過程だと最初から考えていた。だからこそ、わざわざ木剣を持ってきたわけだが……。

 

「それはその通りだな。そういえばランドン殿は先日、腕の良い用心棒を雇ったと自慢していたではないか。力試しならば、そちらにやって貰えばよかろう」

 

 参事の一人が愉快そうな表情でそんなことを言う。ランドンというのは、どうやら僕にイチャモンをつけてきた参事のことのようだ。

 

「確かにそうだな。腕利きとはいえ用心棒ごときに敗れたとあっては、騎士としてはあまりにも力不足だろう。試金石とするのは、ちょうどいいかもしれないな」

 

 自分が戦わなくてよいとなったとたん、ランドン参事は元気になった。なんて現金なヤツだ……。

 

「ここまでナメられたら、もうこれは決闘案件ですよアル様。木剣なんてヌルいことを言わず、真剣でやっちゃいましょう」

 

「代官就任そうそう刃傷沙汰は不味すぎる。抑えてくれ」

 

 耳元でボソリと物騒なことを呟くソニアを、僕は引きつった表情で止めた。そして表情を何とか笑顔に整え、ランドン参事に向き直る。

 

「用心棒だろうがなんだろうが、相手になろう。しかしこちらが勝ったのなら、ちゃんと僕を代官として認めるように」

 

「いいだろう」

 

 ランドン参事はニヤリと笑って頷いた。……しかし自分で仕掛けておいて何だけど、戦闘力を示すことが代官として認められる条件になるだなんて、ほんとうにこっちの世界は物騒だな。いや、蛮族だのモンスターだのが跋扈している場所なのだから、それも仕方ないんだろうが……。

 



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第15話 くっころ男騎士と用心棒

 そういう訳で、腕試しをするべく僕たちは野外へ出た。道場じゃあるまいし、屋内で木剣を振り回すわけにはいかないからな。

 

「へえ、男騎士か。実在してるんだな」

 

 例の用心棒がニタニタと品のない笑みを浮かべつつ、舐めまわすような目つきで僕を見る。ランドン参事が連れてきたのは、熊獣人の大女だった。デカいといえば僕の副官のソニアも大概だが、この熊獣人は彼女よりも背が高い。

 熊獣人は鎖帷子(チェーンメイル)の上から鉄製の胸当てをつけるという一分の隙も無い戦装束だった。しかし、何より目立つのは、頭に生えた熊の耳だ。これが獣人の最大の外見的特徴になっている。竜人(ドラゴニュート)が主体の我が国では、少々珍しい人種でもあった。

 

「僕も自分以外の男騎士は見たことがないな」

 

「そりゃ、男に騎士なんてムリだからよ。お前らの仕事なんか、女相手に腰を振る事だけさ」

 

 こっちも女相手に腰を振りてぇよ! 好き好んで童貞やってるんじゃねえぞ!

 内心キレそうになる僕だったが、僕よりもっとキレている奴がいた。ソニアだ。僕の真後ろに控えた彼女が周囲に聞こえないような声で「ミンチにしてやろうかあの女……」などと呟くものだから、かなりの恐怖を感じる。

 

「僕に騎士が務まるだけの実力があるかどうかは、これからわかることだ」

 

 あからさまに馬鹿にされてはいるが、彼女を打倒しなければ参事会には認めてもらえないんだ。むしろ甘く見られているのはこちらに有利ですらある。

 ……だから用心棒に飛び掛かっていきそうな表情をするのはやめてくれ、ソニア。僕の代わりにお前が戦ったら、話がややこしいことになる。なので、僕は一歩前に踏み出して挑発的な笑みを返した。

 

「随分と生意気な男ッスねえ! アネキにボコボコにされてヒィヒィ泣いてるのを見るのが楽しみッスよ!」

 

 そう言って騒ぐのは、熊獣人の腰ぎんちゃくの少女だ。耳やくるんとカールした尻尾を見るに、こちらはリス獣人のようだ。小動物めいた外見で、おもわずホンワカしてしまう。かわいいね。

 

「そりゃいいな。……よし。おい、男騎士さんよ」

 

「なんだ?」

 

 熊獣人がニヤリと笑い、こちらを見る。その目つきはひどく好色だ。聞き返してみたものの、何を言い出すのかは予想がつくな、これは。

 

「お前、童貞か?」

 

「……そうだが」

 

 寄り合い所の前は、大通りになっている。そのため通行人も多い。そんな公衆の面前で童貞をカミングアウトさせられるとか、どういう罰ゲームだよ。とはいえ、誤魔化すのもそれはそれで向こうの思うつぼだ。何も思っていない様子を装って、頷く。

 しかし案の定、通行人や参事たちがセクハラ親父のような目つきで僕を見てきた。なんだかゾワゾワするので、やめてほしい。

 

「へえ、いいじゃないか。アタシが勝ったら、一晩抱かせろ」

 

 いや、僕にとってもご褒美なんだけど、それ。なにしろ、この世界の顔面偏差値はやたらと高い。スケベなことを言い出したこの熊獣人も、かなりのワイルド系美女だ。僕はどちらかといえば小柄な女性が好みなんだけど、それはそれとして彼女に抱かれるならアリよりのアリなんだよな。

 

「……ッ!」

 

 一瞬『試合が始まった瞬間降伏しようかな』などと考えていた僕だったが、無言でブチ切れたソニアが自分の剣の柄を引っ掴んだものだからたまらない。あわてて前へ出ようとした彼女をブロックする。

 

「抑えろ抑えろ!」

 

「しかし……!」

 

「これは命令だ。……いいな?」

 

「……はっ!」

 

 短気ではあっても、ソニアも軍人だ。命令と言えば、不承不承でも従ってはくれる。凄まじく不本意そうな表情で、彼女は敬礼をした。

 ほっと胸を撫でおろし、用心棒の方へ向き直る。とにかく、今はこのいかにも強そうな戦士を、僕が倒すというデモンストレーションが必要なんだ。

 いかにも一流の騎士と言った様子のソニアでは、熊獣人に勝ったところでインパクトはない。それに、部下を代わりに戦わせる軟弱者だ、やはり代官にはふさわしくない……という風評が僕に付きかねないからな。ここは彼女に任せるわけにはいかないだろ。

 

「いいだろう。その条件を認めよう」

 

 万一負けても、ご褒美があると思えばなんだか嬉しくなってくるんだよな。専用CG見たさにエロゲでわざとバットエンドルートに入りたくなるような、危険な魅力を感じる。

 とはいえ、僕は転生者であってループ能力者じゃないからな。ルート確認のためにわざと負けるような真似は、流石にできない。滅茶苦茶残念だ。

 ……いや、童貞歴が長すぎてちょっとおかしくなってないか? 僕。結婚適齢期に入ったのに、全然お相手が見つからないからストレスが溜まっているのかもしれない。身体目当てのヘンな奴らは集まってくるのになあ……。

 

「その代わり、こちらが勝ったらしばらく僕の部隊の手伝いをやってもらうぞ。なんといっても、ウチは人手不足だからな。荷物持ちの一人でもいれば、大助かりだ」

 

「荷物持ちだと? ナメやがって……いいさ。だが、このアタシを馬鹿にした報いはベッドでしっかり受けてもらうよ」

 

 僕、負けたらどんな風になるんだろうね。すごく興味があるんだが。

 

「ヴァルブルガくん、君は私が大金を支払って雇っているんだぞ! 勝手によその荷物持ちになって貰っては困る」

 

 そばで見物していたランドン参事が文句を言う。しかし、その口調は冗談めかしたものだ。自分の用心棒が負けるとは、全く思っていないのだろう。

 

「ははは、まあ見といてくださいよ、参事殿。この調子に乗った男に、身の程ってヤツを理解(わか)らせてやりますから」

 

 ニタニタと笑って、片手に握った訓練用木剣を軽く振った。標準的なロングソードサイズの木剣ではあるが、彼女が持つとショートソードのように見えるからすごい。

 

「しかし、裏族(りぞく)の男を抱くのは初めてだ。なかなか楽しみだな」

 

 裏族というのは、亜人貴族に養われている只人(ヒューム)の一族のことだ。この一族に男が生まれると、貴族はこれを自身の養子として迎え入れる。

 いわば、貴族の夫として相応しい男を安定供給するためのシステムだな。政略結婚のためにも、貴族は身元のはっきりした男を手元に置いておく必要があるんだ。

 とはいえ、裏族はハッキリ貴族と区別されている。あくまでウラの存在、表舞台に立たせてはいけない、ということだ。

 

「僕は裏族じゃない、貴族だぞ」

 

 しかし。僕は一応裏族ではなく貴族の出身だ。只人(ヒューム)の貴族は珍しいが、それ故に裏族扱いするのは最大限の侮辱となる。現代人の価値観を引きずった僕ですら多少カチンと来るのだから、これが母上なら試合なんてことを忘れて(ドタマ)をカチ割りに行っているだろう。

 とはいえ、こんなあからさまな挑発に乗るのは流石に避けたい。あえて余裕ぶった表情で言い返す。

 

「そうかい。ま、裏族だろうが貴族だろうが、抱けるんならなんでもいいけどよ」

 

 僕が否定しても、用心棒はニタニタ笑いを止めない。そのまま木剣を振り上げ、その切っ先を僕へ向けた。

 

「一応、名乗りをしておこうか。アタシはヴァルブルガ・フォイルゲン。流しの用心棒だ」

 

「……アルベール・ブロンダン。騎士だ」

 

 僕も名乗り返し、木剣を構える。切っ先を真上に向け、顔の真横で柄を握る独特の構えだ。

 

「両者、よろしいですかな?」

 

 立会人役の理事が、僕とヴァルブルガ氏に確認する。僕はコクリと頷いて見せた。

 

「よろしい。では、勝負はじめっ!」

 

 立会人の号令と共に、僕は息を限界まで吸い込んだ。それと同時に、前世では存在しなかったチカラ……魔力を、自らの手首へ刻んだふたつの魔術紋へと流し込む。一秒もしないうちに、戦闘準備は完了。肺にため込んだ空気をのどへ流し込み、あらん限りの力を込めて叫ぶ。

 

「キィエエエエエエエエッ!!」

 

 猿のごとき絶叫。突然のことに、ヴァルブルガ氏の動きが止まった。それに構わず、僕は全力で地面を蹴った。弾丸のような加速。困惑するヴァルブルガ氏に向かって、猛然と剣を振り下ろした。

 

「……チッ!」

 

 しかし、ヴァルブルガ氏も素人ではない。大上段から振り下ろした僕の木剣を、自身の木剣でうけとめる。フェルトが巻き付けられた日本の木の棒がぶつかり合い、砲声と聞き間違えそうなほどの大音響が大通りに響き渡った。

 しかし、防御された程度では僕の剣は止まらない。相手の木剣を押し切り、思いっきり彼女の胸当てを打ち据えた。衝撃で木剣がへし折れ、ヴァルブルガ氏が吹っ飛ばされていく。彼女は空中で三回転半し、土煙あげながら地面に転がった。

 

「……え、ええと……気絶していますね。しょ、勝負あり、ということで……」

 

 慌ててヴァルブルガ氏に駆け寄った立会人が、彼女の頬をぺちぺちと叩いて意識を確認しつつ言った。たしかにヴァルブルガ氏は白目を剥き、気を失っている様子だ。

 

「という訳で、僕の勝ちだ」

 

 折れたままの自身の木剣を掲げつつ、僕はランドン参事にドヤ顔を向けた。



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第16話 男騎士と悲しい現実

 文句の付け所がない完璧な勝利を達成したというのに、大通りにはシンと静まり返っていた。参事たちも、そして見物していた通行人たちも、あっけに取られた様子で僕を見ている。

 唯一の例外はソニアだ。彼女は拍手をしてから、僕からおれた木剣を受け取る。付き合いも長いのながら、まあこの辺は慣れたものだ。

 

「お疲れさまでした。相変わらず、素晴らしい腕前です」

 

 しっかりヨイショもしてくれるんだから、本当にいい部下だよまったく。

 

「君らの指揮官として、まあこれくらいはね」

 

 軽く手を振ってこたえてから、いまだ倒れたままのヴァルヴルガ氏のもとへ歩み寄る。未舗装の道路で転がりまくった結果、ギラギラと輝いていた鎖帷子(チェインメイル)はすっかり埃で汚れていた。清掃が大変そうだな、なんていう場違いな感想を覚える。

 

「大丈夫か?」

 

「し、死んではいないようです。まあ、獣人どもの生命力は尋常ではありませんからね。大丈夫でしょう」

 

 立会人がドン引きしたような表情で僕を見つつ、説明する。その口調には、明らかに獣人に対する侮蔑の色があった。

 まあガレア王国は竜人(ドラゴニュート)の国で、我が国と伝統的不仲なお隣の神聖帝国は獣人の国だからな。獣人に対して差別意識を持っている人間(主に竜人(ドラゴニュート)だが)は多いんだよ。

 正直、只人(ヒューム)の僕から見れば竜人(ドラゴニュート)も大概な生命力してるように見えるんだけどな……。

 立会人がどうも信用ならないので、僕もヴァルブルガ氏の様子を確認する。脈拍も呼吸も問題ないようだ。頭も強打した様子はないし、大丈夫……かな?

 

「アル様が勝った証拠として、写真を撮っておきましょう」

 

 スススと近づいてきたソニアが、背嚢からテッシュ箱くらいの大きさの木箱を取り出していった。その木箱には、大きなレンズがくっついている。

 これは幻像機という魔道具(マジックアイテム)で……まあ、いわゆるカメラだ。ソニアは写真撮影が趣味なのか、よくこのカメラを持ち歩いている。

 

「悪趣味じゃない? さすがにそれは……」

 

「首級を取るよりはよほど平和的です。では一枚」

 

 ソニアは気にせず、倒れたままのヴァルヴルガ氏と僕にカメラを向け、ボタンを押す。前の世界のカメラと違い、シャッター音は鳴らなかった。どういう原理で動いてるんだろうな、あれ。ちょっと気になるが、カメラはびっくりするほど高価なのでとてもじゃないが分解しようという気は起きない。

 とりあえず、撮影も終わったので仰向けに倒れているヴァルヴルガ氏の身体をなんとか横向きにして、回復体位を取らせた。死なれても困るしな。

 

「う、うわあ……鉄製の胸当てがひしゃげてる……」

 

 そろそろと近寄ってきたランドン参事が言った。彼女の言うように、ヴァルヴルガ氏の胸当ての肩口の装甲は、戦闘用ハンマー(ウォーハンマー)が直撃したかのように完全にへこんでいる。

 

「そ、その……騎士様? 本当に木剣を使ったんですか? 実は鉄の芯とか入ってませんでした?」

 

 完全にビビっているのか、ランドン参事の先ほどまでの蓮っ葉な口調は鳴りを潜め敬語になっている。

 

「ソニア」

 

「はっ! ……そら、確認しろ」

 

 不正を疑われちゃたまらない、実物を見せてやることにした。半ばからへし折れた木剣を受け取った参事は、巻き付けられているフェルト布を剥がして見分を始めた。

 

「本当にただの木の棒……ですね?」

 

「アル様が卑怯な手段を使う必要がどこにある? あの程度の図体の大きいだけの輩など、アル様にとっては脅威にすらならん」

 

 なぜかドヤ顔で語り始めるソニアだが、流石にそれは言い過ぎだ。だいたい、根本的に只人(ヒューム)という種族は亜人の下位互換みたいなスペックしてるからな。普通なら、まともに勝負にならないんだよ。だからこそ貴族は亜人ばっかりな訳だけど……

 じゃあどうしてこうもアッサリ勝てたのかというと、僕の剣術が初見殺しに特化しているからだ。最短で最大の攻撃を叩き込むことに特化している。さらに言えば、魔術の力もある。身体能力を底上げする魔術に、効果時間を短くして出力をアップする調整を施しているんだ。

 この魔術が効果を発揮している三十秒の間だけは、僕は亜人の戦士に匹敵する筋力や速度を手に入れられる、という訳だ。身体能力で並べば、あとは技量勝負になる。

 

「いや、それは違うぞ。二回、三回と繰り返せば結果は変わってくるはずだ」

 

 最初の一太刀に全身全霊を込めてるわけだからな、これを防がれると非常に厳しくなってくる。そうなれば、時間制限のあるこちらが圧倒的不利だ。特に実戦では慢心すればあっという間に戦死か捕虜にされてチンコ奴隷堕ちの二択だからな。油断はできない。

 

「また謙遜されて……」

 

 ソニアは本気で呆れている様子だからたまらない。滅茶苦茶優秀だけど、なんか信頼が重いんだよな、この副官……。

 

「まあ、それはさておき」

 

 話を逸らすべく、僕はわざと足音を立ててランドン参事に近寄る。そしてその肩を(彼女も竜人(ドラゴニュート)なので僕より背が高い。結構悔しい)、籠手に包まれた手でやや乱暴に叩いた。

 

「これで僕が騎士として、そしてこの地の代官として相応しいと認めてもらって結構だな?」

 

「うっ!?」

 

 ランドン参事は顔を真っ青にして、ほかの参事たちに助けを求めるような視線を送った。最初は喧嘩腰だったくせに、ずいぶんと臆病だな。

 こういう手合いを制御するためにも、やはり初手でこちらの戦闘力を誇示するのは有効な手だった。貴族の商売は舐められたら終わり、というのはこういうことだな。

 

「も、もちろん! いやいや、わたくしは最初からアルベール殿が素晴らしい騎士であることには気づいておりましたがね? 目の曇った者もいたものですな、ハハハ……」

 

「ぐっ! い、いやあ面目ない。ハハハ……」

 

 ほかの参事に速攻で裏切られたランドン参事は、青筋を立てつつも頷いた。ここまで来たら、首は左右に振れないだろう。そんなことをすれば、約束を破ったことに怒った僕が暴れだしてもおかしくないからな。

 実のところ、僕はもう暴れられなかったりするけどな。魔術を使って強引に身体能力を押し上げると、反動で凄い筋肉痛になるんだよ。今も全身がメチャ痛い。涼しい顔をしているが、これはやせ我慢だ。そういう訳で、暴れるならソニアに担当してもらうしかない。

 

「そういう訳で、我ら参事会は代官アルベール殿にご協力いたしましょう」

 

「よろしい。では、詳細を詰めよう」

 

 自警団の強化や指揮系統の変更、行政機能の回復・維持など、参事会の協力をが必要な仕事はいくらでもあるからな。相手がビビり切っている今がチャンスだ、どんどんこっちに有利な条件をのんでもらおう。

 

「……ところで」

 

 そこで、僕は視線を遠くに向けた。そこには、呆然とした表情で僕を見るリス獣人の少女が居た。あのヴァルヴルガ氏の腰ぎんちゃくだ。

 

「兄貴分……じゃないや、姉貴分がやられてショックなのはわかるがね、そろそろ彼女を介抱してやったらどうだ? 子分だろう?」

 

 この国では差別されがちな獣人ということで、参事会の連中もヴァルヴルガ氏の手当てをしようとはしていない。僕たちも忙しいので、流石に彼女のほうまでは手が回らない。できれば、このリス獣人の子にヴァルヴルガ氏の処置を頼みたいのだが……

 

「治療費がないなら、僕が出そう。彼女には僕らの部隊で荷物持ちをやってもらう必要があるからな」

 

 冗談めかした口調でそういって笑いかけ、リス獣人の子に近寄る。いや、本当にかわいいな。もとになった動物がリスだけあって、マスコット的な可愛さがある子だ。自然と表情も緩くなる。

 

「そ、そんな……」

 

 しかし、リス獣人はそのままペタリとへたり込み、ひどくショックをうけた様子で呟く。

 

「嘘だ……まさか、男騎士がこんな……」

 

「……えっ?」

 

 どういう意味だ? よくわからないので、周囲を見まわす。それを見たランドン参事が、それ見たことかと言わんばかりの口調で言った。

 

「そりゃあ、物語に出てくる男騎士と言えば麗しさと凛々しさを兼ね備えた人物と相場が決まっておりますから」

 

「その手の物語は読んだことがないが、まあそうかもな。で?」

 

 おおむね、こちらの世界での男騎士の扱いやイメージは前世における女騎士に準じている。前世では女騎士もののエロゲもさんざんやったから、まあ理解できなくはない。

 

「しかし、現実の男騎士はサルのような奇声をあげつつ熊獣人を一撃で殴り倒すようなゴリラ……もとい、豪傑だった。……それはもう、ショックを受けるなという方がムリでしょう。子供の夢を壊してしまいましたな、アルベール殿」

 

 ……言いたいことは分かるが、理不尽すぎるだろ!!



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第17話 くっころ男騎士と舎弟

 その後、僕は参事たちと本格的な打ち合わせをした。事務系人材を借りたり、衛兵の代わりにするために自警団を強化したり、今後に備えて必要な物資を調達したり……やるべきことは、いくらでもあった。

 ヴァルヴルガ氏との試合が効いたのは交渉自体は比較的スムーズに進んだが、相手も海千山千の商人や職人だ。隙あらば自らの権益を拡大しようとグイグイ突っ込んでくる。それらを躱しつつ話をまとめ終わったのが、昼過ぎのことである。

 

「いやー、兄貴には失礼なことをしてしまいやした。本当に申し訳ねぇ」

 

 精神的にひどく疲弊しながら寄り合い所を出た僕を出迎えたのは、ヴァルヴルガ氏だった。彼女はぺこぺこと頭を下げながら、謝罪をしてくる。いや、兄貴ってなんだよ。

 先ほどまでとの態度の違いに困惑するが、それはさておきその元気そうな様子にほっと息を吐いた。流石に心配してたんだよ、結構派手に吹っ飛ばしちゃったから……。

 

「よくあることだ。態度を改めてくれるならそれでいい」

 

 手を振りながら、少しだけ笑う。本当にもう、行く先々でこの手のトラブルは起きるんだ。めちゃくちゃ舐められるからな、男騎士ってやつは……。いちいち憤慨していたら、胃に穴が空いてしまう。

 

「ありがてぇ……!」

 

 そう言ってまた、ヴァルヴルガ氏は深々と頭を下げた。びっくりするくらい素直に謝って来たな、しかし……なんだか強情そうな雰囲気だったから、またひと悶着あるんじゃないかと心配してたんだが。疑問に思って、ちらりとソニアの方を見る。

 

「獣人どもは野蛮な連中ですが、それゆえに力が強い者を尊敬するという性質を持っています。ヤツもアル様を認めたのでしょう」

 

「なるほど」

 

 向こうに聞こえない程度の声でそんなことを教えてくれるソニアは、やはり出来た副官だ。礼を言って、視線をヴァルヴルガ氏の隣に向ける。

 

「あ、アネキィ……」

 

 そこに居たのは、例のリス獣人の子だ。彼女は目尻に涙を浮かべながら、ヴァルヴルガ氏の鎖帷子(チェインメイル)を引っ張っている。尊敬していた姉貴分の変節に、ショックを受けているのかもしれない。

 

「おいロッテ、お前も兄貴に失礼なことを言ったんだ。少しくらい謝ったらどうなんだ」

 

「え、ええ……」

 

 ロッテという名前らしいその子は、ヴァルヴルガ氏と僕を交互に見た。その表情は、ひどく悔しそうだ。しかし何しろ小動物的な可愛さがある少女なので、そんな姿を見ても腹が立つより先にほほえましさを感じる。可愛いのって卑怯だよな。

 

「ご、ごめんなさいッス……」

 

 あからさまに納得してない表情で、ロッテは少しだけ 頭を下げた。ま、所詮は生意気呼ばわりされただけだ。許す、そう言おうとした。しかしそれより早く、ソニアがズイと前に出る。

 

「随分とナメた態度だな、ええ? 本当に謝る気があるのか」

 

 ヴァルブルガ氏ほどではないにしても、ソニアも随分とデカい。それが凄んでいるものだから、ロッテは完全にビビっていた。ぴゃあと悲鳴を上げながら、ヴァルブルガ氏の後ろに隠れる。

 

「やめんか」

 

 慌ててソニアを止める。貴族は面子商売だから、侮辱されたのならそれなりの対応を取らねばならない。しかし、過剰な謝罪を要求するのも、またよろしくない。

 あんまり詰めすぎると逆ギレして反撃してくるヤツも居るからな。隙を見せた瞬間後ろから刺される、なんてことを避けるためには、ある程度なあなあで済ませるのも大切なんだよ。

 

「とにかく、もうこの件はこれで良しとする。いいな」

 

「了解しました」

 

 ピシリと敬礼するソニアに、僕はため息を吐きつつ返礼した。だいたい、他に忙しい事がありすぎるんだ。こんな大したことのない案件に、あまり時間を取られたくないだろ。

 

「しかし、立場を弁えたというのなら、約束はきちんと守ってもらおう。わかっているだろうな?」

 

「へい、もちろん」

 

 ソニアが厳しい表情で聞くと、ヴァルブルガ氏は神妙な表情で頷いた。

 

「このヴァルヴルガ、女として約束を違えるわけにはまいりません。荷物持ちだろうがなんだろうが、使いつぶしてやってくだせぇ」

 

「今は人手がいくらあっても足りないからな、助かるよ」

 

 相手は熊獣人、体力は無尽蔵だ。ほんの少し前まで気絶していたとは思えないほどケロリとした彼女の表情からも、それはうかがえる。

 なにしろ、動力付きの機械なんか存在しない世界だからな。何をするにも、体力がいる。そういう面では、ヴァルブルガ氏は非常に頼りになるだろう。これは、言い拾い物をしたな。

 

「とりあえず、代官屋敷にでも送りますか?」

 

 ソニアが提案する。確かに、代官屋敷に残った部下たちは今、慣れない仕事に悪戦苦闘しているはずだ。それは手伝ってやりたいところだが……。

 

「いや、慣れないヤツを連れて行ってもかえって邪魔になるだけだろう」

 

 ただでさえ、代官屋敷にはこれから参事連中が事務員を送ってくれることになっているんだ。これ以上人を寄越したら、混乱のもとになる。

 だいたい、ヴァルブルガ氏は事務のできるようなタイプには見えないからな。別の仕事を振った方がよさそうだ。

 

「とりあえず、僕たちもまだ町の方での仕事が残ってる。そっちについて来てもらおうか」

 

「へい」

 

「はいッス」

 

 ヴァルブルガ氏とロッテは、神妙な顔で頷いた。



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第18話 くっころ男騎士と痴女

 その後、町へ出た僕たちは衛兵詰め所へ行って事情を説明したり、商人に必要な物資の調達を依頼するなどした。

 世にも珍しい男騎士である僕はここでもいくつかのトラブルにも見舞われたが、驚いたことにこれはヴァルヴルガ氏のとりなしで簡単に解決することが出来た。どうやら彼女、この町ではそこそこに顔が効くらしい。

 

「なるほど、やっぱりか……」

 

 やっとのことで必要なタスクを終えた僕だったが、そこへ厄介な報告が入ってくる。新たな馬の調達に失敗した、というものだ・

 

「まあ、もともとこんな田舎ですからね。常用馬なんてほとんど必要としていませんから」

 

 そう説明するのは、ラフな格好の町娘だった。なにしろ人手がまったく足りないので、情報収集をするにはこうした一般人をカネで雇うほかない。

 

「その数少ない常用馬も、一週間ほど前に全部前の代官様が徴発しちゃったみたいで」

 

「随分と徹底してるじゃないか……ああ、助かった。ありがとう」

 

 そう言って、僕は町娘に小ぶりな銀貨を一枚投げ渡す。彼女は片手でそれをキャッチすると満面の笑みを浮かべ、「またご贔屓(ひいき)に!」と言って去っていった。その背中を目で追いながら、僕は小さくため息を吐く。

 

「計画的な犯行ですね。向こうは最初からこちらをハメるつもりだったのでしょう」

 

「どうやら連中は、どうあっても僕たちをこの町に閉じ込めておきたいらしいな。これじゃ伝令も送れやしない」

 

 やはりどう考えても、前代官とその一味は僕とこの町を孤立させることを目的に動いているとしか思えない。

 で、あれば、当然この現状が中央に露呈しないように手を打っていることだろう。この状況で伝令を送るのは、敵が準備万端罠を張っているとわかっている場所に無策に部下を突っ込ませることと同じだ。少なくとも今は、そんな勝ち目の薄そうな博打に出るわけにはいかない。

 

「一応、鳩は出したが……」

 

「当然、()も伝書鳩対策は打っているでしょう。一羽たりとも届かないものと想定して行動した方が良いかと」

 

「だろうな」

 

 ファンタジー風味なこの世界では、鳩に手紙を持たせて放つ伝書鳩がもっとも高速な通信方法だ。残念ながら、通信魔法のような使い勝手の良いものは存在しない。

 しかし、鳩はしょせん鳩。大量の猛禽を放つなどの方法で、容易に妨害することが出来る。その上、飛行型モンスターなんかが存在するこの世界の空は、前世の空よりも随分と物騒だ。平時であっても、鳩が無事に目的地に到着する確率は低い。

 

「……」

 

 やはり、現状はかなり不味い状況と言わざるを得ない。ここまで無茶な真似をして僕たちをこの町に拘束しているのだから、この後仕掛けてくるであろう本命の攻撃も当然大規模なものになるのは確定だ。

 僕のやるべきことは二つ。現状報告と共に増援を要請し、それが到着するまでこの町を守る事。それに尽きる。一番肝心なことは、民間人に被害を出さないことだ。くだらない権力闘争で無関係な一般人に被害を出すなんて、あってはならないからな。

 

「とりあえずいったん代官屋敷に戻って、事務処理の方を手伝おう。目の前のタスクを終わらせないことには、動くに動けない」

 

 迫りくる脅威に対抗しようにも、目の前にそびえたつ仕事の山がそれを許さない。まったく、敵ながら上手い手を打ってきたもんだ。

 そんなことを考えていると、こちらに向かって真っすぐに歩いてくる女を見つけた。フードを目深にかぶっており、顔は見えない。いかにも怪しげだ。

 

「……」

 

 ソニアの目つきが厳しくなり、剣の柄に手を当てた。近くに控えているヴァルヴルガ氏も、警戒を露わにする。

 

「……ちっ」

 

 あからさまに剣呑な雰囲気を放つ二人に気圧されたのは、フード女は僕の十メートルほど手前で立ち止まった。

 

「一つ、質問がある」

 

 小さな声で、フード女は聞いてきた。騒がしい街中では、やっと聞き取れるかどうかという声量だ。しかしこの声、なんだか聞き覚えがあるような。

 

「……なんだ?」

 

「パンツ何色?」

 

「おい、痴女だ! 捕縛、捕縛ー!」

 

 思わず僕はそう叫んだ。獰猛な猟犬のような勢いでソニアが突撃し、フード女に体当たりをかます。

 

「うわーっ!」

 

 フード女は悲鳴を上げて地面に転がったが、そんなことで攻撃の手を緩めるソニアではない。そのまま女の腕を掴み、ギリギリと締め上げた。

 

「痛い痛い痛い! やめろぉ! この私を誰だと……」

 

「この女、卑猥なことを叫ぶつもりですよ。黙らせます」

 

「もがもがっ!」

 

 片手で関節技を仕掛け、もう片手で女の口をふさぐソニアの格闘能力はかなりのものだ。

 

「た、たんなる痴女だからね? もうちょっと優しくね?」

 

「いえ、コレは危険な痴女です。わたしは痴女の生態に詳しいのでわかります」

 

 そんなことを言いながら、まったく関節技をかける手を緩めないソニア。そんな彼女を見て、ヴァルヴルガ氏が腰に下げていた戦棍(丈夫な木の棒の先にトゲ付き鉄球が装着された見るからに物騒なヤツだ)を引っ張りぬき、言った。

 

「ええと、とりあえず大人しくなるまでシバいときますかね?」

 

「駄目に決まってるだろ!? と、とにかくその人を代官屋敷にお連れ……じゃないや、連行するぞ! 早く!」

 

 いくらナメられがちな男騎士な僕でも、白昼堂々下着の色を聞いてくるような脳みそピンク色の知り合いは一人にしかない。なんでこの人がこんなところに居るんだ……?

 



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第19話 くっころ男騎士とセクハラ宰相再び

 現行犯逮捕した痴女を連れ代官屋敷に戻った僕は、彼女を尋問室に連れ込んだ。明り取りの天窓しかない小さな部屋なので、人目をはばかるような話にはぴったりだからな。

 ヴァルヴルガ氏にはいったんお帰り願ったので、部屋にいるのは僕とソニア、そして例の痴女だけだ。

 

「で、なぜあなたがこんなところに?」

 

 古ぼけたフードを脱いだ女に、そう話しかける。案の定、フード女の正体はアデライド宰相だった。この国の宰相であり、僕の後援者(?)でもある人物だ。

 王都に居るはずの彼女が、なぜこんなところに居るのか? まったく理解が追いつかない。リースベン領は気軽に来られるような場所じゃないからな。国の重鎮である彼女が、中央を長期不在にしてまでやってくることは絶対にないだろうと思っていたのだが……

 

「ははは……さすがに驚いているようだな。その顔が見たかったのだ、わざわざ私自ら足を運んだ買いがあったというもの」

 

 そう言って、アデライド宰相が愉快そうに笑った。気分を害したのか、ソニアが憎々しげな舌打ちをする。

 

「何しろこんな遠方、その上ほとんど敵地のような場所だからな。アル君が苦労しているのではないかと思ったのだよ。そこで一つ、プレゼントをしてあげようと思ってね」

 

「……と、言うと?」

 

 やたらともったいぶった口調のアデライド宰相に、続きを促した。ほかに聞きたいことはいくつもあったが、ソニアが無表情で青筋を立てている。マジでキレる三秒前って感じだ。

 この人とソニアは相性がやたら悪いからな。出来るだけ話を早く終わらせなくては、大変なことになってしまうかもしれない。

 

翼竜(ワイバーン)さ。こいつがあれば、このリースベン領からもひとッ飛びで王都に行くことが出来る」

 

「……マジすか?」

 

「本当だとも。腹心である君と分断されるのはいろいろと困るからねえ、一騎渡しておこうとおもったのだよ。決してこれは、めったに君と会えなくなった私が寂しさに耐えかねた訳ではなく……」

 

「最高! 宰相最高! うおおおっ!」

 

 思わず僕は歓声を上げた。翼竜(ワイバーン)が居れば、いくつもの問題が簡単に解決する! 最高のプレゼントだ!

 

「ははは、いいぞ! もっと褒めたたえろ! 感激のあまり抱き着いてもよいぞ!」

 

「よろしい、抱き着かせてもらおう」

 

「ウワーッ!」

 

 無表情のまま、ソニアが宰相に抱き着いた。彼女も板金鎧を装着している。おまけに|竜人(ドラゴニュート)だけあって、只人(ヒューム)の宰相よりもかなり体格がいい。

 そんな相手に抱き着かれたのだから、痛いどころの話じゃないだろう。宰相は顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。

 

「ぬおおおお、離さんか!」

 

「ソニア、ステイステイ!」

 

 せっかく貴重な航空戦力を持ってきてくれたのに、この副官はなにをそう荒ぶっているんだ。あわててソニアを引きはがす。

 

「ヌウ……いつものことながら、この女は私のことを何だと思っているのか。私、宰相だぞ? 偉いんだぞ? そんな態度をとって大丈夫だとでも?」

 

「私は辺境伯の娘なので問題ない。宰相の権力と言えど重鎮貴族をどうこうすることはできないというのは、今回の件でハッキリしたからな!」

 

 この副官、宰相相手だと敬語すら使わない。なんでこんなに敵視してるんだろう……・

 

「お、お前実家から半分絶縁状態だろぉ……」

 

「手紙のやり取りくらいはしている」

 

 腕組みをしながら、ソニアはそう言い放った。無表情ながら、なぜかドヤ顔のようにも見える。

 

「まあ、それはさておきだ。翼竜(ワイバーン)の件は承知した。しかし公衆の面前で騎士に卑猥な言葉を吐いたという事実は変わらんぞ。神妙にお縄に着け」

 

「あっ、あれはスムーズに収監されるための方便だ! 普通に接触していたら、敵に怪しまれるからな」

 

 それはまあ、予想していたことだ。カルレラ市内には、敵のスパイが紛れ込んでいると考えるのが自然だからな。人目のない所で会合するには、収監するのが一番だ。

 

「じゃあアル様の下着の色は気にならないんだな?」

 

「なるに決まってるだろ!」

 

「馬脚を露わしたな」

 

 気になるんだ……。

 

「あわよくばナマで見たいとか思ってるんだろう?」

 

「当然だ!」

 

 いやらしい笑みを浮かべ、アデライド宰相は僕の方を見る。

 

「カネならいくらでもある……! 銀貨を何枚重ねればパンツを見せてくれるんだ? ええ?」

 

「やはりこの女は危険です。ここで消しておきましょう」

 

「やめんか!」

 

 アデライド宰相はアデライド宰相だし、ソニアもソニアだ。どうして僕の周りにはヘンな女しか居ないんだろう。

 

「ま、まあそれはさておき……翼竜(ワイバーン)を頂けるのであれば、非常にありがたいことです。しかし、なぜアデライド宰相自らリースベンに?」

 

 確かに、翼竜(ワイバーン)を使ったのであれば王都からこの町までそう大した時間はかからなかったはずだ。それでも、ガレア王国の重鎮の一人であるアデライド宰相が、一人でノコノコ辺境にやってくるのはおかしな話だろう。影武者だと言われても納得するレベルだぞ。

 

「それは、まあ……なんというか……」

 

 引きつった作り笑いをしつつ、アデライド宰相はそっぽを向いた。下手くそな口笛まで吹いている。

 

「アル様にセクハラしに来たんですよ、この女は。どうしようもないセクハラ中毒なのでしょう」

 

「さ、流石にそれは言いすぎだろ……」

 

 いくら温厚なアデライド宰相でも、これは気分を害するだろう。おそるおそる彼女の方をうかがうと……バレちゃあしょうがないと言わんばかりの表情で頷いた。脳みそと下半身が直結していらっしゃる?

 

「こう見えて一途な女なのだよ、私は。そこらへんの侍男(じなん)などで無聊を慰めるような真似はしない」

 

 そりゃ、王宮で働いている男性使用人……侍男(じなん)のほとんどは、貴族の養子だからな。いわゆる行儀見習いってやつだ。これに下手に手を出すと、なかなか面倒なことになるだろう。その点、僕は木っ端宮廷騎士の息子なのでやりやすいはずだ。

 

「は、はあ、ありがとうございます……しかし、お供もつけずに一人で辺境にやってくるなど、危険ではありませんか?」

 

 この人も敵が多い身だからな。隙を見せれば暗殺される可能性も十分ある。

 

「大勢の供を付けるのは、防諜面から考えても逆に不利だ。こちらの動きを向こうに察知されてしまう。アル君に翼竜(ワイバーン)を渡したことは、向こうに知られたくないからね」

 

 ……こういう機転は、流石だよな。いずれは露見することだろうが、短時間でも敵の裏をかけるというのは非常に魅力的だ。

 

「それに、護衛はネル一人で十分だ。今もこっそり、代官屋敷の外で待機してくれているはずだよ」

 

「なるほど、彼女も連れてきていたのですか。それは安心だ」

 

 アデライド宰相の懐刀、ネルは王国でも十指に入る剣士だ。なまじの騎士が五、六人ついているよりよほど安全だろう。

 

「そしてもう一つ……できれば直接会って知らせておきたい重大な情報がある。いくら翼竜(ワイバーン)が早いとはいえ、使者を介して手紙のやり取りをしていたら、間に合わなくなりそうな話がね」

 

 先ほどまでのふざけた表情から一転、アデライド宰相は極めて真面目な顔でそう言った。 

 



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第20話 くっころ男騎士と戦略資源

「重大情報……と言いますと?」

 

 姿勢を正して、僕は聞き返した。宰相自ら直接伝えなければならないと判断するような案件だ。そうとうの大事なのではないだろうか。

 

「ミスリル鉱山だ。このリースベン領で、ミスリルの鉱脈が発見された……」

 

「う、うわあ……」

 

 ミスリルというのは、まあ……この世界特有の金属だ。銀によく似ているが軽量で強靭。通常の金属は魔力を通さないが、例外的にミスリルは良く通す。この特性から、魔道具(マジックアイテム)の作成には必須の素材となっている。

 しかしミスリルは、なかなかに貴重な素材だ。ミスリル鉱脈など、めったに見つかるものではない。それがこの辺境で発見されたということは……つまりでかい火種になるってことだ。

 

「この情報は、女王陛下にすらご存じなかった。オレアン公め、こっそり試掘していたのだ」

 

「利益を独占するつもりでしょうね」

 

 何かを思案している様子のソニアが、静かな声で言った。

 

「ああ。このリースベン領はオレアン公が出資しているとはいえ王領……ミスリル鉱山が出来ても、それは女王陛下のものとなる。オレアン公としては、ぜひとも横取りしたいはずだ」

 

 ものすごくきな臭い話になって来たな。地下資源利権が発見され地域情勢が一気に悪化するというのは、前世の世界でもよくあった話だ。

 

「とすると、僕は……生贄(いけにえ)の羊に仕立て上げられたわけですか」

 

 女王の土地が欲しければ、戦果をあげてその報償としてもらう他ない。しかし、今のガレア王国は比較的平和な情勢だ。戦果をあげるには、まず戦争を起こさねばならない。

 

「そうだ。試掘の際には、鉄鉱脈も発見されたらしい。推測になるが、オレアン公はこの情報を神聖帝国に流したものと思われる。鉄山なら、餌としてちょうどいい規模だからな」

 

「ミスリル鉱山があるとバレれば、相当の大軍を送ってくる可能性もありますからね。そうなれば、オレアン公本人にも収拾不能になってしまう」

 

 しかしオレアン公、とんでもないヤツだ。思いっきり外患誘致罪じゃないか! 自然と、拳に力が入る。国民の安全と財産を守るべき立場の人間が、いったい何をやっているのか。宰相の話が本当なら、即刻逮捕するべきだ。

 

「しかし、そこまでわかっているわけですから……オレアン公本人を叩くわけにはいかないのでしょうか? 家はお取り潰し、本人は死刑。そういうレベルの悪行ですよ、これは」

 

「そうしたいのはやまやまだが……向こうも巧みだ。状況証拠はあっても、物的な証拠はほとんど掴めなかった。前代官の馬泥棒や公文書破棄の件で追及はできるだろうが、それも誰か適当な部下に責任を被せて本人は逃げ切るだろうな」

 

 こちらの現状については代官屋敷に帰ってくる道すがらに説明していた。アデライド宰相にはなんとかこの件を立件して、オレアン公に対処してもらいたかったのだが……なかなか難しいようだ。

 

「悪知恵ばかり働く……!」

 

 悪態の十や二十は吐きたい気分だが、今はそれどころではない。隣国の脅威が現実化してきたわけだからな。現場指揮官の僕には、これに対処する義務がある。

 

「……いや、とにかく今はやるべきことをやっていきましょう。アデライド、一つお聞きしたいのですが」

 

「呼び捨て……」

 

 ソニアがボソリと呟いたが、この人は敬称をつけると文句を言い始めるから仕方ないんだ。好きで予備シテにしているわけじゃないから許してくれ。

 

「アデライドは、翼竜(ワイバーン)を使ってリースベン領に来たわけですよね」

 

「うむ、そうだ。流石に馬車でのんびり旅をするような暇はないからな。正直もう乗りたくないが……」

 

 ひどく青ざめて、アデライド宰相は背中を震わせた。高所恐怖症だったのだろうか?

 

「では当然、乗ってきた翼竜(ワイバーン)は」

 

「郊外の森に隠してある」

 

「現状、何騎居ますか?」

 

「三騎だ。アレは二人乗りが限界だからな。私とネルを運ぶための二騎と、ここへ残していく一騎というわけだが……」

 

 三騎か。軽飛行機相当のユニットが三つ手に入ったと思えば、非常にありがたい。これだけあれば、何とかなる。

 

「では、その翼竜(ワイバーン)を使って、レマ市への伝令と神聖帝国の国境当たりの偵察をお願いしたい。構いませんか?」

 

「レマ市というと、山脈の向こうにある街だな。あそこの領主なら、確かに信頼できる。伝令は確実に送ろう」

 

 レマ市の領主は宰相派閥の人間だ。ちょうど宰相が居るのだから、協力を得るのはたやすいだろう。

 

「しかし偵察の方は大丈夫かね? 神聖帝国には、あの高名な鷲獅子(グリフォン)騎兵が居る。わが精鋭の翼竜(ワイバーン)騎兵とはいえ、少数で突っ込ませるのは危険なのでは……」

 

 王国の空中戦力といえば空飛ぶトカゲである翼竜(ワイバーン)だが、神聖帝国にも同じように鷲獅子(グリフォン)が配備されている。これはワシとライオンの合成獣(キメラ)で、なかなか強力なモンスターだった。

 

「問題ない。鷲獅子(グリフォン)は低空での格闘能力こそ翼竜(ワイバーン)に勝るが、速度に関しては大したことはない。逃げに徹すれば、そうそう捕まりはしない」

 

 そんなことも知らないのかと言わんばかりの口調でソニアが言った。この副官、僕が宰相を呼び捨てているのを聞きとがめた癖に自分はタメ口なんだよな。何度も注意しているが、改める様子はない。

 まあ、彼女も重鎮貴族の娘だ。宰相もあまり咎めない辺り、何かあるんだろうな。あんまり詮索すると、藪蛇になりそうで怖い。

 

「ふーむ……なるほど、良かろう。確かに、リスクを取ってでも敵の情報は欲しい。今日は……もう遅いか」

 

 ちらりと天窓の方を見て、アデライド宰相はため息を吐いた。そこから差し込む光は、すでに赤く染まっている。翼竜(ワイバーン)は夜目が効かないので、夜間飛行は不可能だ。

 

「出発は明日明朝だな。それまでに、レマ市へ送る伝令に持たせる書状も用意しておこう。向こうで調達してもらいたいものをリストアップして桶」

 

「了解です」

 

 僕は深々と頭を下げた。状況は悪いが、宰相のおかげで最悪の事態は避けられそうだ。いくら感謝しても足りないくらいだな、これは。

 

「ところで……ここまでしてやったんだ。私にも何か、役得があってもいいと思うのだがね?」

 

 ところがこの宰相、見直したばかりだというのに好色な笑みを浮かべてそんなことを言い放ちやがった。やっぱりセクハラ宰相はセクハラ宰相だな……。



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第21話 盗撮魔副官と夜の楽しみ

 わたし、ソニア・スオラハティは、自室に戻ると同時に大きなため息を吐いた。長時間にわたる打ち合わせのせいで、あの不愉快なセクハラ宰相と夜中まで顔を合わせ続ける羽目になったからな。泥のような不快感が、精神に絡みついている。

 なにしろあの色ボケ宰相、会議中でも構わずアル様の尻を揉もうとしてきたからな。そこらの一般人なら半殺しどころか九割殺しにしていたところだ。しかし宰相相手にそこまですると流石に問題になるので、頭突き一発で勘弁してやるほかなかった。悔しくて仕方ないが、いずれ借りは返してやる。

 

「まったくあの年増は度し難い……」

 

 いや、宰相だけではない。バカげた陰謀を仕掛けてきたオレアン公も、軍人としての本分を投げ出してその陰謀に加担した全代官も、すべてが腹立たしい。今すぐ死んでほしいし、出来ることならこの手で葬りたい。

 辺境勤務と聞いた時は、邪魔の入らない環境でアル様を堪能できると喜んだものなのに……なぜこんなことになってしまったのだろう? 本当に不愉快だ。

 

「……いけない」

 

 士官たるものはいつでも平常心であれ。アル様の教えだ。考えても仕方ないもので心乱されていては、肝心な時に力を発揮できない。深呼吸をして、精神を落ち着ける。

 ああ、しかしアル様。アル様は素晴らしい。一人も見せしめに殺すことなく三次会の愚か者どもをまとめ上げ、不愉快な熊獣人に立場を弁えさせた。わたしと同い年とはとても思えない鮮やかな手並み。本当に惚れ惚れする。やはり、実家を捨ててでもついて行くべきお方だ・

 

「アル様……」

 

 アル様のことを考えていたら、身体が熱くなってきた。もう一度深呼吸して、落ち着けようとする。だが、無理だ。アル様への想いは、この十数年積み上げてきたものだ。そう簡単に鎮まるものではない。

 それに、最近はしばらく行軍続きだったからな。天幕や安宿の大部屋で雑魚寝が普通という環境では、とても自分を慰めることなどできない。半月分以上の性欲が腹に溜まっているんだから、簡単におとなしくなってくれるはずがない。

 

「仕方ないか……」

 

 ため息を吐き、すでにひどい状態になってしまっている下着を脱ぎ捨てる。スカートはこういう時に楽でいい。下半身がフリーになった解放感を覚えつつ、部屋の隅に置いている木箱へ歩み寄る。ペンダントのように下げたカギを使って錠前を開け、ゆっくり慎重に蓋を上げた。

 

「……大丈夫」

 

 蓋と箱の間に張っていた髪の毛は、切れていなかった。これが切れていたら、私以外の誰かが箱を開いたということだ。下手人は確実に始末しなくてはならない。

 

「ふふふ……」

 

 箱の中身は、大量のアルバムだ。そのうちの一冊と取り出すと、自然に笑みがこぼれる。そっと、アルバムを開いた。

 そこにあるのは、大量の写真。もちろん、被写体はすべてアル様だ。ほかに撮るべき価値のある被写体なんてない。甲冑姿で軍馬に跨るアル様、お風呂に入るアル様、自室でアレをするアル様……。刺激的な写真の数々が、わたしをさらに熱くさせる。

 

「そういえば、出来るだけ早くこの屋敷でも撮影の準備をしなければ……」

 

 王都にあるアル様の自宅の屋根裏は、ほとんどわたしの巣のようになっていた。だからお宝写真も撮り放題だった。

 しかしこの代官屋敷では、そうはいかない。しかし、この有り余る撮影欲を抑えるのはムリだ。わたしにはアル様のお姿を後世に残す義務がある。……いや、この写真はわたしだけの物だ。ほかの誰かに見せてやることなど絶対にない!!

 

「……」

 

 いけない、性欲で頭が茹で上がっているせいか、思考がおかしくなっている。頭を振って、頬を叩く。冷静に、冷静に。

 

「でも、近日中に覗き穴はあけよう」

 

 副官特権で、わたしの部屋はアル様の部屋の隣にしてもらっている。壁に穴をあければ、向こうの部屋は覗き放題だ。

 しかし、撮影までするとなると、開ける穴はレンズが入るくらいの大きさにしなくてはならない。アル様に見つからないように加工するのはなかなか骨が折れるが……そこはわたしの腕の見せ所かな。

 

「しかし、今日のところは……」

 

 そんなことは後回しにすればよい。今肝心なのは、自分の昂りを治めてやることだ。アルバムをめくり、今夜のオカズを探し始める。

 

「どれだ、どれが一番いい……?」

 

 半月以上も我慢してきたのだ。適当な写真で致すのは勿体ない。リースベン領についたら好きなだけセルフプレイができると思ったのに、あの腐れ元代官を警戒していたせいで昨夜は結局何もできなかった。お預けを喰らった分、余計に開放には慎重になる。

 

「……これだ!」

 

 選ばれたのは、サウナに入るアル様だった。この時は他に人も居なかったので、腰に手ぬぐいすら撒いていない。素っ裸だ。

 わたしの尊敬する主の身体は、外見からは考えられないほど筋肉質で古傷だらけだ。なよなよした男を好むものが多いこの国ではあまりウケはよろしくないだろうが、わたしからすればヨダレが出そうな……いや、口元がヨダレまみれになるご馳走に見える。早く食べてしまいたい。もちろん性的な意味で、だ。

 

「だめ、だめ。我慢我慢」

 

 残念ながら、アル様は只人(ヒューム)貴族。結婚相手は只人(ヒューム)でなくてはならない。わたしは竜人(ドラゴニュート)だから、その子供も竜人(ドラゴニュート)になってしまうからな。アル様の実家、ブロンダン家はこれを絶対に認めないだろう。

 アル様には適当な只人(ヒューム)の娘と結婚していただいて、手を出すのはそれからだ。寝取られてしまうようで業腹だが、別の女と婚前交渉をしていたとなればアル様の経歴に傷がつく。副官としてのわたしは、それを容認できない。

 

「……」

 

 少し悲しい気持ちになったが、仕方ない。アル様が結婚されるその日までは、自分で自分を慰めて我慢しよう。初夜は絶対に譲れないが……。

 

「はあ」

 

 ため息をついて、アルバムを持ったままベッドに寝転がる。左手が無意識に体の横を探ったが、そこに愛用の抱き枕はない。致すときには、アレに抱き着きながら……というのが習いだったのだが、ない物はしかたない。早く新しい抱き枕を調達しなくては……。

 

「写真を抱き枕に張り付けられないかな……」

 

 そんなことを呟くが、無理なことは分かり切っている。写真を複写できるのは魔力転写紙だけだ。悲しい。

 

「……まあいいや」

 

 ない物ねだりをしても仕方がない。今は手持ちのモノで出来るだけ気持ちよくなることを目指すべきだろう。

 



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22話

 翌朝。夜明け前の薄暗い時間に、僕たちはこっそりと街を抜け出した。やってきたのは郊外に広がる鬱蒼とした森だ。そこに、アデライド宰相らが乗って来たという翼竜(ワイバーン)が潜んで居る。

 

「ほう、ほうほうほう! いや、やはり翼竜(ワイバーン)はいい!」

 

 翼竜(ワイバーン)とその騎手……竜騎兵たちと合流して早々、僕は歓声を上げた。翼竜(ワイバーン)は全長一〇メートルほどの翼をもったトカゲで、大きさのわりにほっそりした身体をしている。灰色のうろこが、黎明の光を浴びてギラギラと輝いていた。

 しかもそれが三頭もいる。見通しのきかない森の中とは言え、なかなかに壮観な光景だ。ちょっとした直線があれば離陸でき、小回りも効く。非常に使い勝手の良い航空戦力である。指揮官としては、こんなにありがたいものもない。

 

 

「でしょう? 翼竜(ワイバーン)より素晴らしい生き物など、この世にはおりません!」

 

 そう答えるのは、竜騎兵の女性だった。軽量・強靭な魔獣革の鎧をまとい、大きなゴーグルを額に乗せている。地上の騎士とは明らかに異なる格好だ。

 挨拶といくつかの社交辞令を交わし、さっさと本題に入る。迅速果断を旨とするのが竜騎兵だ。話が早くて助かる。

 

「宰相様方をレマ市へ送り、並行してソニア殿を連れて神聖帝国の国境地帯に偵察をかけると……なるほど」

 

「可能だろうか?」

 

 昨夜の話し合いの結果、そういう事になった。なにしろアデライド宰相は極秘にリースベン領を訪れているわけだから、彼女の名前で書状を出しても偽物だと思われる可能性がある。本人が出向いた方がよほど手っ取り早い。

 偵察をソニアに頼んだのは、彼女が写真撮影技術に優れ、さらに地図を製作する技能も有しているからだ。

 航空写真を撮れば言葉で説明されるより敵情がわかりやすいし、もし実際に紛争が発生すれば主戦場になるであろう場所の地図は絶対に必要になってくる。あのあたりの地図はまだ僕も持っていないので、一石二鳥というヤツだ。

 

「前者は簡単ですが、後者はなかなか危険ですな。しかし、私も誇りある竜騎士の一人。不可能とは申しませんとも」

 

「ありがたい!」

 

 オレアン公の陰謀が順調に動いているなら、そろそろ向こう側も何かしらの動きを見せているはずだ。その辺りを調べ上げないと、対応策を練ることが出来ない。

 

「本当に私が行かねばならないのか? もう翼竜(ワイバーン)にはあまり乗りたくないんだがねえ」

 

 アデライド宰相が不満の声を上げる。話し合いの時から、彼女は自分がレマ市へ出向くことを嫌がっていた。どうやら、翼竜(ワイバーン)に乗りたくないらしい。

 僕としては、せっかくファンタジー世界に転生したのだから一回くらいドラゴン(まあこいつらはどちらかというとトカゲだが)に乗ってみたいわけで、どうにも羨ましい。立場を代わってくれないものだろうか。……無理だな、現場指揮官が現場を離れるわけにはいかないだろ。悲しい。

 

「初日なんか、竜騎士殿の背中にしがみついてびえびえ泣いてましたからね、ご主人様。そりゃあいやでしょうね」

 

 そんなことを言うのはネル氏だ。宰相の懐刀である彼女とは、当然僕も面識がある。しかし、主にやたら辛辣なのは相変わらずだな。

 

「な、泣いてないぞ! 風が目に染みて涙が出ただけだっ!」

 

「ゴーグルをつけてたのに?」

 

「……」

 

 黙り込むアデライド宰相に、ネル氏はニヤニヤ笑いを見せた。上司で遊んでやがる……。

 

「……く、くそお……泣いてなどおらんからな!」

 

「ならば、こんな簡単なお使いを断るような真似はしませんよね?」

 

「……わかった! わかったとも! やればいいんだろうが、やれば!」

 

 ヤケクソになって叫ぶ宰相。ネル氏がこちらを見て、ウィンクしてきた。僕としては、苦笑いをして頷くしかない。いや、協力してくれるのは非常にありがたいんだけどね。

 オレアン公の策さえ破ることができれば、逆にミスリル鉱山をこちらのものに出来る可能性も出てくる。そうなれば、宰相も大儲けが出来るはずだ。なんだかんだ言いつつもここまで親身に協力してくれるのは、これが理由だろう。

 

「申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 

「う、うむ……しかしこれは貸しだぞ。わかっているな?」

 

「はあ、もちろん」

 

 借りを作りたくない相手に、山のように借りが出来ていく。まったく世の中ままならないものだな。このまま返済不能になったら、僕はいったいどうなるんだろうか。普通に怖い。

 

「ところで、このお使いが終わったら宰相はどうするんだ? そのまま王都に帰るのか?」

 

 突然、ソニアが聞いてきた。相変わらずのタメ口だ。

 

「いや、長期出張ということにしているから、まだこちらに滞在できる時間は残っている。手伝えることもあるだろうから、いったん戻ってくるつもりだが」

 

「チッ……」

 

「ええい、どいつもこいつも! 私、宰相だぞ! 偉いんだぞ! みんなして態度が悪いんじゃないかね!」

 

「申し訳ありません、うちの部下が……」

 

「い、いや……こいつらの性根が曲がっているのは生まれつきだ、アル君は悪くない」

 

 慌てたように、アデライド宰相が首を左右に振る。偉そうではあっても存外に寛大なのがこの人の長所だ。

 

「しかし私の心はいたく傷ついた。それを癒すためには何が必要か……わかってるね、君」

 

 が、見直したばかりだというのにアデライド宰相はスススと寄ってきて僕の尻を撫で始めた。今日は鎧を突けていないので、ズボンの上からダイレクトに嫌らしい手つきで触ってくる。

 

「教育が足りないようだな」

 

 止めてください。僕がそういうより早く、ソニアが宰相の胸倉を掴む。彼女は只人(ヒューム)女性としては一般的な身長しかないから、大柄なソニアに迫られるとまるで子供のように見えた。さすがの宰相もこれは恐ろしかったようで、涙目になりながら小さく悲鳴を上げる。

 

「ひん……」

 

「ソニア副官、気持ちはわかるけど、その人を苛めるのは私の専売特許よ」

 

「おっと、失礼……」

 

 ネル氏に窘められて、ソニアは胸倉を離した。半泣きのまま、宰相はネル氏の背中に隠れる。彼女はやや馬鹿にした様子で「おーよしよし」と彼女の長い黒髪をワシワシと撫でた。

 

「ところでご主人様、あまり時間を無駄にしている暇はありませんよ。あまり時間が経つと、街道に人が来るかも」

 

 ネル氏がたしなめた。翼竜(ワイバーン)は前世の飛行機ほどの長大な滑走路は必要としないが、流石に垂直離陸は無理だ。森ばかりのリースベン領で離陸するためには、街道で助走をつける必要がある。

 この辺りの街道は農民と行商人くらいしか利用しないが、それでも人通りが皆無というわけではない。どこにオレアン公や神聖帝国の目があるかわからないので、発着はできるだけ人目につかないよう行いたいところだった。

 

「む、むう……」

 

 宰相は唸りながら物欲しそうな顔で僕を見たが、すぐにソニアの方に視線を移すと慌てて両腕を組んだ。

 

「い、いや、そうだな。うん。では、行こうか」

 

 ソニアが居る限り、積極的なセクハラはできない。ここは退散したほうが吉と判断したようだ。ソニアはクールな表情のまま宰相へ向けてピースサインをした。こいつ……。

 

「よろしくお願いします。……ソニア、そのくらいにしてくれ。それより、偵察のほうは任せたぞ」

 

「もちろん。完璧な成果を御覧に入れましょう」

 

「……無理はするなよ、情報は大切だがソニアの命はもっと大切だ」

 

 自国領であるレマ市へ向かう宰相たちと違い、こちらは明白な領空侵犯だ。危険度は段違いだろう。私人としても公人としても、ソニアの死は絶対に避けたい。

 

「お任せを」

 

 胸に手を当て、ソニアは深々と一礼する。どこへ出しても恥ずかしくない騎士らしい動作だ。

 

「しかし、任務が任務ですので、帰投には数日以上かかるでしょう。アル様も、十分ご注意を」

 

 はっきりと宰相の方を見ながら、ソニアはそう言った。

 

 



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第23話 くっころ男騎士と敵情視察

 アデライド宰相やソニアを見送った僕を待っていたのは、忙しくも退屈な仕事達だった。参事たちが応援を寄越してくれたとはいえやはり人手不足には変わりないし、この仕事に慣れている人間も一人もいないと来ている。自然と、僕はつまらない仕事に忙殺される羽目になった。

 代官や領主の仕事というのは、ヤクザによく似ている。暴力を背景に縄張りの中のトラブルを解決し、よそのヤクザ(別の貴族)の暴威から住人を守る。そしてその対価としてショバ代(税金)をもらう。ショバ代だけ受け取って、自らの義務を果たさないものもそれなりに居る、という部分もヤクザと同じだ。

 そういう訳で代官である僕の元には、

 

「裏路地で勝手に野菜を栽培しているヤツがいる」

 

 だの

 

「放し飼いにしていたブタを隣家が勝手に食べてしまった」

 

 だの

 

「レマ市へ向かう街道に盗賊が出現し、通る者を見境なく襲っている」

 

 だの、しょーもないものから早急に対処すべきものまでさまざまな陳情が上がってくる。小さな町とはいえトラブルの種は尽きず、僕の胃はキリキリと締め上げられた。現実的な脅威が目の前に迫っているというのに、日々の業務で手一杯になってそれらへの対応が遅れるのは、ひどく苦痛だった。

 溜まったストレスはヴァルヴルガ氏の子分……リス獣人のロッテに餌付けすることで解消していたが(両手でクッキーをもってカリカリ食べてる姿が滅茶苦茶かわいいんだよ、この娘)、それにも限度がある。

 

「そうか、帰って来たか!」

 

 三日後、部下からの報告を聞いた僕は飛び上がらんばかりに喜んだ。偶然にも、二人(とネル氏)はほぼ同時にカルレラ市に帰還した。

 偵察任務のソニアはともかく、宰相たちの行ったレマ市は翼竜(ワイバーン)であれば余裕をもって一日で往復できる程度の距離なので、むこうでいろいろやっていたのだろう。

 とにかく早く報告を聞きたい僕は、やっていた書類仕事を急いで片付けると尋問室へと向かった。

 

「只今戻りました、アル様」

 

 尋問室へ入ると、即座にソニアが立ち上がって一礼した。その胸には、ヒモでつられた幻像器(カメラ)が揺れている。

 

「ああ、よく無事に戻ってくれた、感謝する。……アデライド、大丈夫ですか?」

 

 ソニアに笑顔を向けてから、アデライド宰相の方を見る。彼女は、テーブルの上にでろんと身を投げ出していた。顔は真っ青で、プルプルと震えている。

 

「大丈夫ではない……やはり翼竜(ワイバーン)は嫌いだあ……」

 

 どうも、翼竜(ワイバーン)酔いのようだ。着陸してからすぐにこの代官屋敷へ直行してきたらしい。翼竜(ワイバーン)の方は、相変わらず郊外の森へ隠しているのだろう。

 

「ええと、その……落ち着かれるまでちょっと待ちましょうか。先に、ソニアの方の報告を聞いていますので」

 

 今のアデライド宰相には、喋っているとそのまま胃の中身をぶちまけてしまいそうな危うい雰囲気がある。若干心配だが、それよりも偵察の結果が早く知りたい。今はそっとしておこう。

 

「上司が苦しんでおるのだぞ、背中くらい撫でてくれんのかね、君ぃ……」

 

「はいはい、もちろん謹んで撫でさせていただきます」

 

 苦笑して、その通りにしてやる。筋肉がついていないのがはっきりとわかる、すべらかな背中だった。そのまま、ソニアの方へ視線を向ける。

 

「偵察の結果ですが」

 

 宰相を恨みがましい目で見ながら、ソニアは口を開く。こちらは顔色一つ変えていない。三日に渡る偵察任務の直後だというのに、疲れた顔ひとつしていないのはさすがというほかないな。

 

「やはり、戦争準備を始めているようです。具体的に言えば、我がリースベン領に隣接した領地をもつ、ディーゼル伯爵家の軍ですね」

 

「さすがに皇帝軍は出てこないか」

 

 お隣の神聖帝国は、僕たちのガレア王国以上に地方領主の力が強い事実上の連邦国家だ。全面戦争などの余程の事態が起こらない限り、皇帝は出張ってこない。

 

「はい。何人か捕まえて尋問しましたが、ディーゼル伯爵は同盟した領主や皇帝にはこの件を知らせていないようです。おそらく、リースベン領など自分だけで攻略できると思っているのでしょう」

 

「パイを分配する相手は少ないほどいいだろうからな」

 

 オレアン公も、神聖帝国軍の主力が出張ってきたら自分の陰謀が滅茶苦茶になってしまうことは分かっているはずだ。戦争を起こすにしても、地方領主同士の小競り合い程度で終わるよう調整しているだろう。

 というか、尋問とかやったんだな。危険な橋はあまりわたってほしくないが……流石に上空から見ただけではわからないことも多いだろうから、これは仕方がないか。

 

「飼い葉や食料品を運ぶ荷馬車を大量に目撃しましたので、戦うつもりがあるのは間違いありません。近日中に準備を終え、こちらへ進軍してくるものと思われます」

 

「予想通りと言えば予想通りだが、あまり良くないな。早急な対処が必要だ」

 

 向こうは伯爵様だ。こちらのまともな戦力は騎兵二個小隊(馬無し)とその従士隊くらいしか居ないので、対策なしでぶつかれば一瞬で摺りつぶされる。特に馬を奪われたのが厳しい。これを見越して、前代官エルネスティーヌ氏はあんな事件を起こしたのだろう。

 

「とりあえず、撮れるだけの写真はとってありますし、簡単な地図も作っておきました。ご活用を」

 

「助かる」

 

 アデライド宰相の背中を撫でる手を止め、ソニアから何枚もの紙を受け取った。地図が手に入ったのは非常にありがたい。これがないと、まともな作戦すら立てられないからな。簡単な地図でも、あると無いとでは大違いだ。

 

「写真の方もすでに現像に回しています。明日の朝には出来上がっているでしょう」

 

「よくやった、流石ソニアだ」

 

 僕の言葉に彼女は珍しくにっこりと笑い、深々と頭を下げた。

 

「もちろん、貴方の副官ですから」



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第24話 くっころ男騎士と増援要請

 真っすぐに「貴女の副官ですから」なんて言われると、照れすぎて顔がくしゃくしゃになりそうになる。自分の頬をぺちぺちと叩いてから、「ありがとう」とだけ返した。

 そのまま、視線をアデライド宰相の方へ向けた。照れ隠しもあるが、彼女の方の首尾がどうなったのかも非常に気になる。

 

「アデライド、お加減はいかがでしょうか?」

 

 彼女は相変わらずテーブルの上でつぶれていた。いまだに顔色は悪いが、さっきよりはマシになっているようだ。

 本当ならば休んでもらいたいのだが、ディーゼル伯爵とやらが戦争準備を始めている以上こちらには一刻の猶予もない。申し訳ないが、少し頑張ってもらおう。

 

「あ、ああ……すまないが、水を一杯貰えるかね?」

 

「はい、ただいま」

 

 こんなこともあろうかと用意していた水差しからカップへ水を注ぎ。アデライド宰相に渡してやる。彼女は憔悴したような笑顔を浮かべ、首を左右に振った。

 

「出来れば口移しで飲ませてもらいたいのだが」

 

「アル様、こいつ元気ですよ。頭から水をぶっかけてやりましょう」

 

「や、やめんかっ、調子が悪いのは本当だぞ! ジョークだジョーク! 本気になるな!」

 

「たとえジョークでも気持ちが悪すぎる」

 

「うぐぅ……」

 

 またも、アデライド宰相はテーブルに突っ伏した。話が先に進まないのでふざけるのは後にしてほしい。口移しの提案には若干魅力を感じなくもないけど。

 

「で、傭兵団の雇用はどうなったんですか?」

 

 僕は一番肝心なことを聞いた。もし伯爵軍の攻撃が始まった場合、現在の僕の手勢ではまともな抗戦すら難しいからな。

 リースベン領は辺境だから、本国へ増援を要請しても到着にはかなりの時間が必要だ。ガレア王国側の領主も、自領を手薄にすれば帝国側領主の侵略を誘発しかねないので積極的な協力はしてもらえないだろう。ならば、僕が戦力を強化する手段は傭兵団の雇用しかない。

 

「そのあたりは、完全にうまく行った。一個中隊ぶんの傭兵団と契約してきたぞ。アル君の注文通り、銃兵隊を保有した傭兵団だ」

 

「素晴らしい」

 

 僕は思わず、椅子を蹴っ飛ばすような勢いで立ち上がってしまった。歩兵一個中隊は今回の防衛作戦においては必要最低限の戦力だが、銃兵が居るというのが気に入った。

 

「とはいっても、三十名ほどらしいがね。しかし相変わらず銃が好きだね、アル君は」

 

 この剣と魔法の世界にも、銃はある。とはいっても、日本の戦国時代に使われていた火縄銃とほぼ同じものだが。射程も命中精度も極めて劣悪な使い勝手の悪い兵器である火縄銃は、攻撃魔法や弓矢の下位互換扱いをされておりあまり普及していない。

 

「剣と同じかそれ以上に使いなれていますので」

 

 銃に関しては、前世からの付き合いだから、そりゃあ使い慣れているに決まってる。銃のグリップを自分のチンコ以上に握り慣れておけ、というのは訓練兵時代の教官が言い放った言葉だ。

 問題は火縄銃特有の使い勝手の悪さだが……このあたりは小手先の改良でかなり改善することができる。前世から古式銃にも興味があり、いろいろ集めていた。まさかその経験が役に立つ日が来るとは自分でもびっくりだ。

 そうやって作った新式銃は、こういう事態にそなえてある程度の数を用意している。いまさら新しく発注したり改造したりしている時間はないので、傭兵団にはそちらを使ってもらう。

 

「それに白兵で寡兵が大軍に勝つのは奇跡のようなものです。今回のような状況では、防衛陣地を構築して射撃戦を挑むのがもっとも勝率が高いように思われます」

 

「なるほど。ふん、私にはよくわからんが、アル君が言うのならそうなんだろうな」

 

 アデライド宰相は本気でよくわかっていない表情で頷く。この人は商業振興の功績で貴族に叙爵された異例の家の出身だからな。戦争に関しては素人同然だったりする。

 

「とにかく、軍事に関しては君に一任するほかないからな。だからこそ、バックアップは任せてもらいたい。傭兵団以外の要望もおおむね通すことが出来たから、安心してくれ」

 

 そう言って、アデライド宰相は一枚の紙を手渡してきた。僕が事前に渡しておいた、必要なものリストだ。軍馬や火薬など、この町では手に入らない物品ばかりが記載されている。

 

「文官の方も無理を言って融通してもらった。傭兵団と一緒にこちらへ派遣してもらう予定だ。これで、行政面でも一息つけるだろう」

 

「ああっ、それは助かります」

 

 素人ばかりで行政を回すのもそろそろ限界が来てたからな。文官たちが到着すれば、僕も軍事面の課題へ集中できるだろう。現状では、とてもじゃないが迎撃の準備など始められない。

 

「ははは、そうだろうそうだろう。なんといっても、親愛なる君のためだからねえ? もちろん、投資した分はいずれ返してもらうがねぇ……」

 

 アデライド宰相は目を細め、僕の身体に舐めるような視線を向けた。背中にゾワゾワした感覚が走る。異性からの性的な視線って、ここまでハッキリわかるもんなんだなあ……。

 

「オレアン公の策略を逆手にとれば、ミスリル鉱山をこちらが手に入れられる可能性もある。そうなれば、宰相も大儲けできるだろうな。それで十分だろう?」

 

 しかしこの場にはソニアが居る。彼女に睨みつけられたアデライド宰相は、冷や汗をかきながら目をそらしてしまった。

 

「いや、それはそうかもしれないが、ねえ? カネよりも先に欲しい役得があるというか……」

 

「うるさい。貴様にとっても悪い話ではないのだから、馬鹿なことを言っていないで粉骨砕身働け。色ボケしている暇はないぞ」

 

「くっ……」

 

 悔しそうな顔で歯ぎしりするアデライド宰相。どうやら、ソニアは彼女のセクハラを断固阻止する腹積もりらしい。僕としては、助かったような残念なような……どうにも複雑な気持ちになってしまった。

 とはいえソニアの発言には一理ある。今はオレアン公やディーゼル伯への対処に集中するべきだろう。……年がら年中こうやって仕事に追われてるから、僕はいつまでたっても結婚できないんだろうなあ。



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第25話 くっころ男騎士と傭兵団

 翼竜(ワイバーン)の活躍のおかげで事態は随分と進展したが、傭兵団と文官が到着が到着するまでは何もできないという点はどうしようもない。おかげで僕は、それからさらに一週間以上もカルレラ市で待機し続ける羽目になった。

 レマ市からリースベン領へ来るには山脈を越えねばならないので時間はかかるのは仕方がないが、予定日を過ぎても傭兵団が現れないのでひどくやきもきした。

 しかし、指揮官としてはその不安を表に出すわけにはいかない。僕は表向き平然としつつ、代官としての日常業務をこなしていった。その間、出来たことと言えば神聖帝国との国境付近に監視を派遣することくらいだ。現状では、何をするにも人手が足りない。

 

「ようこそカルレラ市へ」

 

 待ちに待った傭兵団の到着の報告を聞き、僕は居てもたってもいられず町の正門前で出迎えた。どうして遅くなったんだ、とは聞かない。遅れた理由は、傭兵たちの姿を見れば一目で理解できたからだ。

 軍装に真新しい返り血の跡を残した傭兵が大勢いる。むっとするほどの血の臭いも感じられた。本格的な戦闘があったのだ。

 

「アンタが依頼者か? はは、本当に男騎士じゃないか」

 

 そんなことを言うのは傭兵団の団長だ。目鼻立ちのはっきりした妙齢の竜人(ドラゴニュート)で、濃い色の長い金髪を飾り紐で無造作に結んでいる。

 ワイルドさとスマートさを兼ね備えた美女といった風情だ。立派な板金鎧をまとったその姿はまさに女傑と言ったところか。ソニアと並んでも、決して見劣りはしない。この世界、どっちを向いても美男美女で困るな……。

 

「そうだ、僕がこの町の代官……アルベール・ブロンダンだ」

 

「ヴァレリー・トルブレ。見ての通り、この傭兵団の隊長をやっている」

 

 ヴァレリーと名乗った傭兵隊長が差し出してきた手を、僕はしっかりと握り返した。すると彼女はニヤリと笑い、僕の肩を叩く。

 

戦場(いくさば)帰りの兵隊を前にして、顔色ひとつ変えないとはな。そこらの男なら、吐いてるかもだぜ」

 

 返り血を浴びた挙句、まともに水浴びもせず行軍をつづけた人間の臭いだ。悪臭というより、もはや異臭と化している。

 もちろん、そんな状態なのは隊長だけではない。彼女の部下である一個中隊……つまり、百人超の兵員たちも同様だ。おかげで正門前は慣れていない人間なら涙と鼻水で顔が滅茶苦茶になりそうなほどの異臭が滞留している。

 

「同じような状態になった経験が、両手と両足の指を全部合わせても足りないくらいにはある。慣れてるよ」

 

「聞いたか、お前ら。どうやらこの方は、剣と鎧を付けてはしゃいでるだけの騎士もどきとは違うようだぜ。賭けはアタシの勝ちだな」

 

「くそ、隊長丸儲けかよっ!」

 

「絶対悲鳴上げて逃げると思ってたのに!」

 

 傭兵たちが何やら騒いでいる。……どうやら、僕の反応をダシにして賭けをしていたらしい。いや、別にいいけどね。

 苦笑しながら、傭兵たちの様子をうかがった。大半が防具はハードレーザーの兜だけ、武装も簡素な槍や戦斧など。数少ない鎧姿の兵士も、ほとんどは革鎧や鎖帷子(チェインメイル)などの安価なものをつけている。板金鎧を着用しているものは、隊長含めて数人程度といったところか。

 装備だけではなく、姿勢や立ち振る舞いからみても精兵からは程遠い連中であることが推察できた。まるで愚連隊のような独特の倦んだ雰囲気がある。ババを引いたかなと内心ボヤいたが、もちろん口や態度には出さない。

 

「で、一応聞いておきたいが……諸君らは何と戦ったんだ?」

 

「盗賊……みたいなヤツらさ。妙に装備は整っていたがね。事前に警告してくれてなかったら、アタシらでもヤバかったかもしれない」

 

「やっぱり出たか」

 

 レマ市とカルレラ市を繋ぐ街道に盗賊が出るようになったという報告が上がってきたのは、ごく最近のことだ。とはいえ事前に予想していたことだったので、アデライド宰相に持って行ってもらった書状には『重装備の部隊に襲撃される可能性あり。こちらに訪れる際には注意されたし』と警告をしていた。

 もちろん、武装勢力の正体は盗賊などではない。おそらくは、オレアン公の手のものだ。彼女としては、僕が中央や他の領主と連絡を取るようなことは絶対に避けたいはずだ。なので、絶対に街道封鎖を仕掛けてくると思っていたのだが…案の定だった。

 

「で、結果は?」

 

「襲撃があるとわかってるんだから、怖い事は何もなかったさ。装備も練度も盗賊離れした連中だったが、逆奇襲を仕掛けて殲滅した。同行してきたお客人たちも全員無事だ」

 

「素晴らしい成果だ。ありがとう」

 

 確かに、傭兵連中に大きなけがを負った者はいないように見える。前哨戦で戦力をすり減らしたくはなかったので、非常にありがたい。

 敵の規模がどの程度だったのかはわからないが、この愚連隊を率いて襲撃を楽にやり過ごしたのなら、この隊長はなかなかの指揮官かもしれないな。

 

「行商人がそいつらに襲われて、すでに馬鹿にならない被害が出ていたんだ。手早く討伐してくれて助かった。報奨金を出そう」

 

「どうぞ」

 

 すかさず、ソニアが中身がたっぷり入った革袋をヴァレリー隊長に手渡した。彼女は受け取ったそれの重さを確認すると、口笛を吹いた。

 

「話が早くて助かる。物分かりのいい依頼者は好きだぜ」

 

 そりゃそうだ。しっかり金を渡しておかないと、あっという間に盗賊へジョブチェンジするのが傭兵って奴らだからな。下手な扱いをすると、援軍どころか敵が増える羽目になる。

 

「僕も腕のいい兵隊は好きさ。……親睦を深めたいところだが、君たちも疲れているだろう? 残念ながらここにいる全員が泊まれるほどの宿屋はこのカルレラ市にはないが、その代わりに民家を寝床に使えるよう手配している。とりあえず今日のところは、ゆっくり休んで欲しい」

 

 本音を言えば、さっさと神聖帝国との国境地帯に派遣したいところだが……残念ながらそうはいかない。兵にあまり無茶をさせ過ぎると、いざ戦いとなった時にまともに実力を発揮できなくなるからな。精神的にも肉体的にも休ませて、英気を養って貰う必要がある。

 街へ到着して早々金を渡したのも、そういう狙いがある。ぱーっと散財して、気晴らしをしてもらいたいところだ。そうなれば地元にこの金が還流してくることになるから、一石二鳥だ。

 

「……いや、あんた。本当に男か? 物分かりが良い依頼者が好きとは言ったが、ここまでは予想外だぜ」

 

 若干困惑した様子で、ヴァレリー隊長は首を傾げた。太っ腹の領主でも、ここまでやることは稀だろう。僕はわざと悪そうな笑みを浮かべ、言い返した。

 

「もちろん、払った分は働いて返してもらう。期待しているよ、優秀な傭兵隊長殿」



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第26話 くっころ男騎士と歓迎会

 諸注意・報酬の分配などをしたあと、傭兵たちはすぐに宿営地がわりの民家へ向かってもらった。傭兵団は兵員だけで百人以上、サポートの人員も入れると結構な数になる。この数の人間を屋根のある場所で寝泊りさせようと思えば、民間人に協力を頼む他ない。

 泊めてもらうための謝礼金、傭兵たちが問題を起こさないよう衛兵を集中配置する手間……ずいぶんとコストがかかったが、テント暮らしを強いた場合に想定される士気の低下を思えば、必要経費と割り切るほかない。

 

「いい湯だった。ありがとう」

 

 傭兵たちを宿営予定の民家へ向かわせた後、僕は傭兵隊長ヴァレリーを含む傭兵団幹部を代官屋敷へと案内した。流石に士官待遇の人間を麦藁の即席ベッドで寝かせるわけにはいかないからな。

 せっかくなのでついでにちょっとした着任歓迎会を開くことにしたが、なんといっても彼女らは戦場帰りだ。血と汗のにおいを流すため、風呂に入ってもらった。有難いことに、この屋敷にはそこそこ広い浴場が備え付けられてる。

 

「気に入ってもらってよかった」

 

 ほかほかと湯気を上げるヴァレリー隊長に、僕はにっこりと笑い返した。傭兵団側の幹部連中は五人程度。この人数なら、代官屋敷の狭いダイニングルームでもなんとかもてなすことができる。

 

「ちょうど料理もできたところだ。フルコースとは行かないが、楽しんでもらえると有難い」

 

 ダイニングテーブルを指し示しながら言う。皿の上に乗っている料理は、ブタの生姜焼きだ。とはいっても、味付けの方はこの国特有のものだ。なにしろガレア王国には醤油がないからな。庶民のご馳走、くらいのポジションのメジャーな料理だったりする。

 代官が客人をもてなす料理としては若干貧乏くさいメニューなんだが、なにしろこちとら金がない。戦争準備で大散財しているので、見栄に回す金すらケチる必要が出てきた。貴族はメンツ商売なので、かなり不味い状況だ。

 

「石みたいなビスケットやかびたチーズに比べればなんだってご馳走さ」

 

 そんなこちらの内情が推察できたのか、ヴァレリー隊長は思ったよりも好意的な表情で頷いた。そのまま席に着くと、給仕が現れて盃にワインを注ぐ。

 

「では、勇猛なる傭兵諸君の着任を祝って」

 

「乾杯」

 

 乾杯のあとはしばし、当たり障りのない話をしながらの食事が続いた。誰も彼もが、食事中に景気の悪くなるような話はしたくないのだろう。まあ、気分は分かる。僕もワインをちびちびと舐めながら、傭兵たちの話を聞いていた。話題は主に戦場の武勇伝だった。

 状況が動いたのは、宴もたけなわになったころだった。酒瓶を片手に近寄ってきたヴァレリー隊長が、僕の隣の席へ腰を下ろす。

 

「代官殿はなかなかいける口みたいだな。良い酒があるんだ、一杯どうだい?」

 

「ああ、いいじゃないか。お付き合いしよう」

 

 前世も今も、僕は酒が大好きだ。おまけに最近はいつ有事になってもおかしくない状況だったから、一滴もアルコールを摂取しない日々が続いていた。さすがに酔いつぶれるほど飲むわけにはいかないが、多少ならいいだろう。

 

「アル様」

 

 ソニアがちらりとこちらを見た。その目には、若干の懸念の色がある。おそらく、毒を警戒しているのだ。アデライド宰相が手配した傭兵とはいえ、オレアン公の息がかかった人物が紛れ込んでいる可能性もある。向こうが出してきたモノを飲食するのは危険だと言いたいのだろう。

 

「……」

 

 大丈夫だと、ソニアに視線だけで答える。毒を盛るつもりなら、もっと手っ取り早い方法があるからな。なにしろ、この屋敷で働いている使用人は前代官時代から変わっていないからな。毒を仕込むなら、そちらにスパイを紛れ込ませておくだけで済む。

 幼馴染だけあって、この辺りは以心伝心だ。ソニアは軽く頭を下げ、使用人に新しい杯を二つ用意するよう申し付けた。すぐさま、僕とヴァレリー隊長の前に真新しい銀杯が置かれる。

 

「アヴァロニアから取り寄せた逸品だ。気に入ってもらえるとおもうが」

 

 そう言って、ヴァレリー隊長は二つの杯に琥珀色の液体を注ぎ、さらに卓上の水差しをとって水を追加する。酒と水が一対一の割合の、いわゆるトワイスアップというやつだな。軽く乾杯して、それを口元に運んだ。花と洋ナシの香りの混ざったかぐわしい芳香が鼻に抜ける。口当たりはなめらかで、喉にスルリと入ってくる。

 ……割ってなお、アルコール度数はかなり高そうだ。味からして、おそらく熟成の進んだウィスキー。ストレートでもかなり飲みやすいタイプに思えるが、水で割っているせいでさらにアルコールのトゲがなくなっている。いわゆるレディ・キラー……いや、こちらの世界で言うならボーイ・キラーか。

 

「これは美味しいな。なかなかいい趣味をお持ちだ」

 

「そうだろう? 私のお気に入りでね」

 

 にこにこ笑いながらヴァレリー隊長は杯を掲げ、ぐっと一気に飲み干した。勿体ない飲み方をするな、こいつ。しかし、一気飲みをした割りに、顔色に変化はない。なかなか酒に強いタイプなのだろう。

 つられたフリをして、自分も杯をあおる。ニヤリと笑ったヴァレリー隊長は、即座に僕の杯に新しい酒を注いできた。

 

「さあさあ、どんどん飲んでくれ」

 

 ……どうやら、彼女は僕をべろべろに酔わせるつもりらしい。おそらく、酔って口が軽くなるのを期待しているのだろう。こちらの弱みを探ろうというハラか。よろしい、受けて立とうじゃないか。



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第27話 くっころ男騎士と酔っ払い

 前世のぶんも合わせれば、僕の人生経験もそれなりに長いものになる。こちらを酔いつぶそうと目論んでいるアルハラ野郎(今回は女郎か)を逆に潰す方法も、それなりに心得ていた。

 おだてて相手の警戒を解き、水や食べ物などの酒以外のモノを口にする隙を与えず、お酌と酒を飲んでいるフリで飲酒ペースを崩す。こうするだけで、結構な酒豪でも意外と簡単に撃沈してしまう場合は多い。

 

「キスしようぜ~。なあいいだろう~キスしてくれよ~」

 

 そうやってヴァレリー隊長にがぶがぶ酒を飲ませ続けた結果、彼女はすっかり駄目な酔っ払いと化していた。「熱い!」とかぬかしてパンツだけになったあげく、僕に抱き着いて無理やり唇を押し付けようとしてくる。

 この人、酔うと露出魔兼キス魔になるのか。腕に押し付けられる生乳の感触におののきながら、僕は驚いた。前世でこういう経験をしようと思えば、高いカネを出してそういうお仕事をしているお姉さんに頼む他ない。

 いや、人生の春を謳歌している陽キャ連中はそうではないのだろが、残念ながら腐れキモオタの僕にはこういう機会は一度足りもなかった。なので、酔っ払い相手とはいえほぼ全裸の美女にベタベタされるのはむしろ嬉しかったりする。

 

「頼むよ~キス~! 減るもんじゃないだろ~」

 

「いや、ちょっと……」

 

 唇を突き出し、ヴァレリー隊長は強引に僕に迫ってくる。相手は竜人(ドラゴニュート)だ、只人(ヒューム)の僕ではまともな抵抗などできない。つまりここでキスされても不可抗力って事だ! 貞淑な男騎士という評判を落とさずに美女にキスしてもらえるぞ!

 

「駄目に決まっているだろうが、この特級馬鹿め」

 

 が、非常に残念なことにこちらには生真面目な副官が居た。無表情のまま額に青筋を浮かべたソニアが強引にヴァレリー隊長を引きはがし、投げ飛ばしてしまう。

 

「なんだこの女郎! やってやろうじゃねえかよ!」

 

 しかし泥酔しているとはいえヴァレリー隊長も素人ではない。床に転がると同時に受け身を取り、バネ仕掛けのおもちゃのような勢いで立ち上がる。そのままファイティングポーズを取ると、ソニアを威嚇した。

 

「どうやら教育が必要なようだな。……アル様、ここはお任せを」

 

「あ、ああ。任せた」

 

 ソニアとヴァレリー隊長の殴り合いが始まった。血の気の多い兵隊ではよくある話だ。僕の配下の騎士たちも、傭兵団の幹部たちも、酒を片手に応援を始める。

 しかし、普通に残念だな。くそ、仕方ないか。そのうちヴァレリー隊長とサシ飲みできないかな。いや、サシ飲みだとキス以上のことを求められても抵抗しきれないぞ。私人としてはむしろ行けるところまで行きたいけど、公人としてはマズイ。

 この世界においては、童貞にもそれなりの価値があるからな。場合によっては恋人や婚約者との婚前交渉すら責められるのに、そういう相手ですらない女性とヤッたら僕は淫乱扱いだ(そりゃその通りだが)。ただでさえマトモな相手にはモテないのだから、これ以上モテない要素を増やしたらいよいよ結婚の目がなくなってしまう。

 

「君たち、分かっているのかね? 未婚の貴族の男にあんなことをして……」

 

 殴り合いの音を背に、アデライド宰相がひどく不満げな様子で言葉を吐いた。その目は完全に据わっている。

 

「も、申し訳ありません」

 

 そう言って頭を下げるのは、傭兵団の副長だ。自己紹介によれば、名前はマリエル・ル・ジュヌ。眼鏡をかけた若い竜人(ドラゴニュート)の女性で、立ち振る舞いから見るに貴族階級の出身だろう。

 

「謝罪をするにしても、それなりの誠意というものが必要だ。わかるね? 男一人を傷物にしかけたわけだからな。それなりの責任が生じるわけだよ」

 

 どの口でアンタがそれを言うんだよ! だったらアンタも責任を取ってくれよ! 内心そう叫んだが、まさか本当に口を出すわけにもいかない。僕は何とも言えない表情で、杯のウィスキーを口に流し込んだ。

 

「まあ、まあ。酒の席での多少の醜態は、見逃してやるのが情けというものですから」

 

「なに? じゃあ私が酔ってアル君にあんなことやこんなことをしても許してくれるのかね? ええっ!?」

 

 アデライド宰相は、その長い黒髪を振り乱しながら僕に詰め寄った。許すよ! ウェルカムだよ! というか宰相は素面でもいい加減やりたい放題しているような気がするよ!

 

「あの、ところでその……その方は」

 

 若干引いた様子のマリエル副長が聞いてきた。こんなところに宰相が来ていることをバラすわけにはいかないので、彼女の紹介はしていなかった。しかし代官である僕よりあからさまに偉そうなのだから、疑問を持つのも仕方のない事か。

 

「気のせいかもしれませんが、そのぉ……アデライド宰相閣下では?」

 

 バレてるじゃねえか! テレビやネットのない世界だから、宰相とはいえ顔を知ってる人は政界関係者しかいないと思ったのに! いや、貴族出身なら知っててもおかしくないか。油断したな……

 

「気のせいだ。私は単なるアドバイザーに過ぎん。それより慰謝料をだな」

 

「そうだ、せっかくだから仕事の話をしましょうか。酒宴でするにはいささか面白みに欠ける話題ではありますが」

 

 ここで傭兵団との関係がこじれても困る。僕はアデライド宰相の言葉を強引に遮った。彼女は不満げな様子で僕の脇腹を突っついてくるが、当然マリエル副長の方はこれ幸いと乗ってくる。

 

「ええ、ええ。我々も別に、お酒を頂きにまいったわけではありませんからね。よろしくお願いします。……ところで」

 

「はい?」

 

「……その、ずいぶんとお酒に強いんですね。ヴァレリー隊長も大概ザルみたいな飲み方する人なのに……」

 

 そりゃ、半分くらい飲んでるフリしてただけだからな! せっかくの酒宴なのに、酒を楽しめないというのは不幸なことだ。好き勝手飲むのは戦勝パーティーまでお預けだろうなと内心ぼやきつつ、ぼくはしらっとした表情で答えた。

 

「まあ、それほどでも」

 

 



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第28話 くっころ男騎士と傭兵団副長

「結局……何を一番お聞きしたいかと言えば、我々はどういう理由で雇われたのかという部分なのですが」

 

 ワインの入った酒杯を手の中で弄びつつ、マリエル副長が聞いてくる。何しろ、依頼を出した段階ではまだこちらも情報が不足していらからな。詳しい依頼内容については、まだ決まっていなかった。

 

「護衛? 他領の威圧? 訓練の相手? まあ、報酬さえもらえれば、我々は大概のことなら出来ますが」

 

「ディーゼル伯爵を知っているか?」

 

「山脈向こうの神聖帝国側、ズューデンベルグ伯領の領主ですね。……まさか?」

 

 相手も戦争を生業にする人間だ。領主の名前を出しただけで、打てば響くように理解してくれる。話が早くて助かるな。

 

「たぶん、想像している通りだ。偵察の結果、ディーゼル伯爵は戦争準備をしていることが分かった。おそらく、目標はこのリースベン領だ」

 

「……なるほど」

 

 マリエル副長は口をへの字に曲げて唸った。

 

「ズューデンベルグ伯領は、南方との貿易で栄えている土地です。なかなかの強敵ですよ」

 

「らしいな」

 

 そのあたりの調査は代官着任前にやっている。周辺情勢の調査は基本だからな。ディーゼル伯爵はこのカルレラ市とは比べ物にならないほど栄えた都市をいくつも抱える大領主だ。当然、保有す軍隊もなかなかのものであることが予想される。

 

「中央からの増援が到着するまで、一か月以上かかる。その上、周辺地域の王国側領主の協力はほとんど期待できない。つまりディーゼル伯爵軍は、僕たちと君たちだけで対処する必要がある」

 

 だいたい、封建領主同士はたとえ同じ王に忠誠を誓っていても、仲間という訳じゃないからな。たとえ他領が侵攻を受けていても、同盟や主従を結んでいない限り援軍を出す義理は無いわけで……周辺領主からの救援は、最初から期待できないものと割り切っておくほかない。

 現代人としての価値観を引きずっている僕としてはどうも馴染めないが、そういうことになっているのだから仕方がない。そもそも、国家という枠組み自体がぼんやりしているような有様だ。

 

「それは……」

 

 さすがに渋い顔になって、マリエル副長は考え込んだ。彼女らの傭兵団は、一個歩兵中隊に相当する戦力だ。一方ディーゼル伯爵軍は、歩兵だけでこの倍以上は用意できるだろう。まともにぶつかれば勝ち目などない。

 しばし、僕たちの間で沈黙が流れた。聞こえてくるのはソニアとヴァレリー隊長が殴り合う野蛮な音と、野次馬たちの管制だけだ。……随分本格的な喧嘩になってるな。なにやってるんだあいつらは……。

 

「できれば、もっと多く傭兵を集めたかったんだがねえ。傭兵が入用なのは、我々だけではない。なにしろ、一か所で戦火が上がれば他へ燃え広がっていく可能性は大きいからね」

 

 沈黙に耐えかねたらしいアデライド宰相が腕を組みつつ言った。彼女とてこの地をディーゼル伯爵やオレアン公に渡したくはないわけで、できれば十分な戦力を用意したいとは思っているだろう。

 だが、地域の緊張が高まれば当然防備を固めるべく傭兵を雇用しようという領主は増えてくる。リースベンが燃えかけていることは、周囲の領主たちも感付いているだろう。結果傭兵団の奪い合いが始まり、用意できた傭兵団はヴァレリー傭兵団のみだった……という説明を、僕はアデライド宰相から受けていた。

 

「無論、我々もプロです。不利な戦いでも臆したりはしません。しかし……」

 

 負けるとわかり切った戦いには付き合いたくない。そういうことだろう。いくら金を貰っても、死んでしまえば元も子もないからな。彼女らの言いたいことは理解できる。

 

「安心してほしい。僕だって、負け戦はご免だ」

 

 ニヤリと笑って、僕は言い返した。負け戦だとわかっていても戦わなくてはならない時があるのが軍人ではあるが、だからと言って唯々諾々と敗北の運命を受け入れるわけにはいかない。

 

「リースベン領とズューデンベルグ領を繋ぐ街道は、わずか一本。そしてその街道は、山岳部ではひどく狭くなっている……つまり我々は、寡兵にとって有利な地形で待ち構えることが出来るというわけだ」

 

 極小人数ならまだしも、軍隊規模となると道を通らずに山越えするのは不可能だ。そして、山岳部のような局地戦では、大軍の有利は生かしきれない。

 

「しかし、そんなことはディーゼル伯爵も理解しているはず。対策を打ってくるのでは?」

 

 そう言ってマリエル副長は反論した。もちろん、ディーゼル伯爵も無能ではないだろうから(実際はどうかわからないが、敵は有能だと仮定して行動するべきだ)、閉所の優位をこちらが一方的にとれるとは思わない方が良い。

 

「当然、そうだろうな。白兵戦では兵士個人の装備と練度がモノを言う。いかに歴戦の傭兵団とは言え、完全武装の騎士と正面からやり合うのは避けたいところだろう」

 

 

「その通りです。我々は決して烏合の衆などではありませんが、装備の差はいかんともしがたい。全身鎧をまとった騎士が騎馬突撃を仕掛けてきたら、止める方法は多くありません」

 

 マリエル副長は神妙な表情で頷いた。彼女らも命がかかっているので、出来ないことははっきり言う。彼女らの傭兵団の大半は武器・防具共に簡素なものしか装備していない。銃兵は居るだろうが、火縄銃が十や二十あったところで騎馬突撃を止めるのは極めて難しい。

 なにしろこの世界には魔法がある。防御力を上げる魔術紋を刻んだ魔装甲冑(エンチャント・アーマー)は銃弾すら弾き飛ばすからな。これを装備した騎士は騎士は、前世の世界の騎士の比ではなく強力だ。

 

「そう、そのとおり。こちらの戦力は軽装備の歩兵が一個中隊に、騎士が二個小隊。まともにやりあっても絶対に勝てない……」

 

 そんなことは最初から分かっている。だが、僕は笑みを深くしつつさらに続けた。

 

「だが、僕は敵とまともにやり合う気はない。要するに、敵の攻勢をとん挫させればいいわけだからな。やりようはあるさ」

 

 そう言ったところで、後ろの方からバタンと大きな音がした。振り向くと、床に転がったヴァレリー隊長が白目を剥いている。その隣で、ボロボロになったソニアが肩で息をしつつも僕にVサインを向けていた。

 

「当然の勝利です。ぶい」

 

「あ、ああうん、そっか……うん……」

 

 向こうの責任者が気絶しているような状況では、とても作戦の詳細を説明するなんてできないな。作戦会議は明日に回すほかないか。ゆっくりしてる時間なんかないんだけどな……本当に困る……。



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第29話 くっころ男騎士とライフル銃

 翌朝。僕たちはカルレラ市郊外にある草原に集まっていた。傭兵団側からはヴァレリー隊長と銃兵隊に来てもらった。ほかの兵隊はまだ休暇中だ。余計に働かされる銃兵隊には申し訳ないが、ちょっとしたボーナスも出すので許してほしい。

 

「銃兵隊、といっても、あくまで実験的に採用しただけだからな。数はそう多くない。二個分隊二十名。それがウチの抱える銃兵のすべてだ」

 

 そう説明するのは、あちこちに傷を作ったヴァレリー隊長だ。泥酔していたせいか、昨夜のことはぼんやりとしか覚えていないらしい。醜態を見せてしまったようで申し訳ないと、朝に会って早々謝罪された。

 

「中隊に二十名なら、かなり比率は大きい方だろう。十分だ」

 

 火縄銃なんて代物は集団運用してナンボの代物だが、鉄砲が不人気なこの世界でこれだけ銃兵を抱えている傭兵団は貴重だ。有難く運用させてもらう。

 そう思いながら、銃兵隊を見回す。だけを火縄銃を抱えた彼女らは、革鎧すら装備していない軽装な姿だ。身なりもお世辞にもよいとは言えないが、姿勢だけはキッチリしている。訓練はちゃんとしているようだ。

 

「マリエルから聞いたが、山間の閉所で大軍を迎え撃つ作戦らしいな。確かにそういう戦場では銃兵は有効だが……」

 

「普通にやれば、一回射撃しただけで壊滅しかねない。いくら閉所でも、流石に二十名では有効な弾幕は張れないからな。わかっているとも」

 

 ヴァレリー隊長の言葉に僕は頷いた。実際のところ、火縄銃……というか、銃身にらせん状の溝、ライフリングを刻んでいない滑腔銃の命中精度は、信じられないほど悪い。少し距離が離れただけで、弾丸があり得ない方向へ飛んでいく。そのため、敵の白目と黒目が区別できる距離まで近づいて撃てというのが、この手の古式銃の基本的な運用だ。

 更に、銃口から弾を込める先込め式(マズルローダー)であるため、連射速度も極めて遅い。熟達した射手でも、一分で三発から四発撃てたらよい方だと言われている。弓とは比べ物にならない遅さだ。もちろん、戦闘中などの劣悪な条件下では連射速度はさらに低下する。

 

「しかし、手はある」

 

 ニヤリと笑って、僕は銃兵隊のほうへ近寄った。

 

「諸君、あの標的を見てくれ」

 

 僕が指さした先には、麦藁の束で作った雑なカカシがあった。ヘルメットのように、古い鍋が頭に被せられている。距離はちょうど三〇〇メートルほどだ。

 

「この距離から、あれに命中弾を出せるか?」

 

「極めて難しい……と思います。分隊全員で射撃しても、一発も当たらないのでは」

 

 銃兵の一人が答えた。他の傭兵たちもうんうんと頷いている。確かに、三〇〇メートルという距離は火縄銃で狙うにはあまりにも遠い。まぐれ以外で命中することはまずないだろう。

 

「僕なら簡単に命中させられる。見てろ」

 

 そう言うと、僕は背負い紐(スリング)で肩にかけていた愛用の銃を銃兵たちに見せた。オーク材の銃床(ストック)騎兵銃(カービン)特有の短い銃身で構成されたシンプルな小銃で、見た目は傭兵たちの持っている火縄銃とそう変わりはない。

 唯一異なる部分は撃発に関する部品で、傭兵たちの銃はレバーを押し込んで火口に火縄を押し当てる、クロスボウに近い構造になっている。しかし、僕の銃には備えられているのはシンプルかつ無骨な形状の撃鉄(ハンマー)引き金(トリガー)だった。

 軽く構えて、撃鉄(ハンマー)を半分だけ上げる。その下には、細い金属製のパイプが頭を出している。腰の袋から出した勾玉型の入れ物を使って、そこへ真鍮製のキャップをはめ込む。

 

「火縄がついてない……?」

 

 その様子を見た銃兵のひとりが、ぼそりと呟いた。僕は軽く笑って、勾玉型ケースを袋へ戻す。そして撃鉄(ハンマー)を一番上まであげてから、銃をしっかりと構えた。

 銃床(ストック)に頬付けし、カカシの頭を狙う。呼吸を一瞬止め、引き金を引いた。撃鉄(ハンマー)が墜ち、真鍮キャップを叩く。撃発。猛烈な白煙とともに、銃口から弾丸が飛び出した。甲高い音を立てて、カカシの頭の鍋は吹っ飛ぶ。

 

「おおっ!」

 

「嘘だろ……!」

 

 銃兵たちが、一斉にどよめいた。期待通りの反応に僕は嬉しくなったが、努めて平静な表情で打ち終わった小銃をソニアへ渡す。彼女は恭しい態度でそれを受け取り、スッと後ろへ控えた。

 

「これは何も、僕が諸君らと比べて特別技量が優れているという訳ではない。武器の差だ。この新式銃を用いれば、諸君らもすぐ同じことが出来るようになる」

 

 僕が使った銃は、前世の世界ではミニエー銃と呼ばれていたものだ。銃身にライフリングが刻まれており、従来の銃に比べて極めて高い命中精度を誇る。これも、愛用のリボルバーと同じく自分で設計図をひいて銃職人に作ってもらったものだ。

 

「聞いたことがある。ライフル、というやつだな」

 

「流石だな。その通りだ」

 

 それを見ていたヴァレリー隊長が、額に指をあてながら唸った。この世界でも、ライフルの理論自体はすでに発見されている。しかし銃という武器自体が日陰の存在なので、そのことを知っている人は極端に少ない。

 やはり、ヴァレリー隊長はそれなりに優秀な人物らしいな。自分の部隊で使っている武器についてしっかりと情報収集を行っている。僕は感心しながら、彼女に頷いて見せた。

 

「しかし、そのライフルとやらはなかなか使い勝手が悪いと聞いたぞ。銃弾と銃身の間にほとんど隙間がないから、装填の際には強引に押し込むしかないとかなんとか」

 

 ヴァレリー隊長の言葉は事実だ。ライフルの理論が発見されているというのにまったく普及していないのはそれが原因だったりする。銃身の口径ぎりぎりの大きさの弾を無理やりねじ込むため、装填にひどく時間がかかってしまう。

 一発撃ったら再装填に一分も二分もかかる、なんていうのは使い勝手が悪いとかいうレベルじゃない。実用性は皆無だ。せいぜい、指揮官の狙撃くらいにしか使えないだろうな。

 

「その問題も解決済みだ。この銃弾は球形弾と変わらない速度で装填できるが、発砲の際の爆圧を受けて尾部が膨らむようになっている。それによってしっかりライフリングにかみ合うようになっているんだ」

 

 ポケットから出したミニエー銃用の弾丸を、ヴァレリー隊長に見せる。ドングリのような形状のそれは、ミニエー銃の本体といっていいほど重要な代物だ。

 

「この銃と弾丸を、今回の作戦の間に限り諸君らに貸与する。……ジョゼット、みんなに銃を配ってくれ」

 

「はっ!」

 

 配下の騎士に、銃の分配を命じた。彼女は神妙な顔で頷き、持ってきた木箱の中からいくつもの銃を取り出す。その様子を見ながら、僕はヴァレリー隊長へ言った。

 

「これが秘策その一だ」

 

「……なるほど。だが、これだけで勝てるほどディーゼル伯爵は甘い相手じゃないぞ。わかっているのか?」

 

 残念ながら、ヴァレリー隊長の表情は優れなかった。そりゃあ、そうだろう。新兵器の一つくらいで無邪気に勝利を確信するような指揮官は無能だ。僕はむしろ安心した。ヴァレリー隊長は現実が見えている。

 

「ジョゼット、銃を配り終わったら傭兵諸君に向こうで使い方をレクチャーしてやってくれ。僕はヴァレリー隊長の作戦の方を詰める」

 

 もちろん、僕の方も策はこれで打ち止めじゃない。部下にそう命令したあと、ヴァレリー隊長へ挑戦的な笑みを向けた。

 

「そんなことはもちろんわかってるさ。作戦は用意してある、まあまずは話を聞いて欲しい」

 

 



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第30話 くっころ男騎士と作戦会議

 銃兵隊はライフルを受け取り、試射を始めた。発砲のたびに前世の現代銃とは比べ物にならないほどの白煙がもうもうと上がる。弾けるような重々しい銃声が、耳に突き刺さった。

 周囲の一般人たちには、演習をするからこの辺りには近寄るなと布告を出している。なので、余計な被害を気にすることなく好きなだけ実弾演習ができるってわけだ。前世と比べればあまりにも簡単な手続きだけで演習が出来るのは、とても有難い。

 

「今の手持ちの戦力では、ディーゼル伯爵軍と正面からぶつかれば絶対に勝てない。そのことは僕も認識している」

 

 銃声響く中、草原の隅に立てた陣幕の中で僕はヴァレリー隊長にそう行った。彼女は頬に出来た小さなカサブタを爪で搔きながら(どうやら昨夜のソニアとの殴り合いでできたもののようだ)、しばし思案する。

 

「あそこは確か、常備軍だけでもそれなりの数を抱えていたはずだ。しっかりと準備しての侵攻なら、それに少なくない数の傭兵部隊も追加されているはず。それに対して我々の戦力が歩兵一個中隊に、そちらが騎兵二個小隊……まあ、無理だな」

 

 傭兵団には、レマ市から軍馬を連れてくるように依頼していた。そのため、なんとか僕と配下の騎士たちは再び騎兵に戻ることが出来た。とはいえ、だからといって事態に光明が差したわけじゃない。騎兵の突撃は強力だが、それだけで勝てるほど戦争はラクじゃないからな。

 

「そうだ。とにかく、普通の野戦になったら負ける。だから、野戦はやらない。攻城戦だ」

 

「……は? 確かあの街道、砦の一つもないだろ? 野戦を仕掛けるしかないんじゃないのか?」

 

 ヴァレリー隊長が目を見開く。確かに、リースベン領とディーゼル伯爵のズューデンベルグ領を繋ぐ街道には、監視用の関所しかない。立派な砦を建てる計画はあったという話だが、予算不足により無期限延期になってしまったようだ。

 敵国との国境にまともな防衛施設の一つもないというのは非常に不用心だが、鉱脈が見つかるまでのリースベン領は侵略するうまみのほとんどない土地だったからな。油断してたんだろうな……

 

「確かに砦はない。砦はないが……ないなら作るほかない」

 

「つ、作る? そんな悠長なことしてて大丈夫なのか?」

 

 額に冷や汗を垂らしながら、ヴァレリー隊長は困惑する。……うん、まあ大丈夫じゃないよ。彼女の言いたいこともわかる。

 

「調べた限り、時間的余裕はない。近いうちにディーゼル伯爵軍は進発してくるだろう」

 

「間に合わないじゃないか!」

 

「間に合わせるしかない。国境の山岳地帯で伯爵軍を止められなかった場合、リースベン領内で戦闘することになるが……リースベンは森ばかりの土地だ。土地勘のない我々では、まともに戦えない」

 

 森林を利用したゲリラ戦は一見有効に思えるが、僕たちもヴァレリー隊長たちもリースベンへ来てからまだ日が浅い。無線もGPSもないような環境で慣れない森林戦をやるなんて、ほぼ不可能だ。

 

「現実的に考えて、この手しかないんだ。……砦と言っても、そんな大層なものじゃない。塹壕、土塁、馬防柵、鉄条網……野戦構築でなんとかなる範囲だ」

 

「……」

 

 ヴァレリー隊長は眉をひそめ、しばらく考え込んだ。このプランが実現可能かどうかを検討しているのだろう。

 

「アタシとしては、正直勝ち目が薄い気がするんだがな。というか、なんだ鉄条網って」

 

「有刺鉄線……ようするに、トゲ付きの針金だな。それを使って作るバリケードだ」

 

 針金自体はこの世界でも普及しているが、有刺鉄線はみたことがない。まだ発明されていないのだろう。

 

「そんなもんで敵が防げるのかね……」

 

「正直に言えば、実戦のデータがないので確たることは言えない。しかし、簡易的に構築できる防御設備としてはかなり効果的だろう」

 

 兵士に対しては不安にさせないために景気のいいことを言うよう心掛けているが、ヴァレリー隊長は士官相当の人間だ。懸念点は正直に共有する必要がある。

 鉄条網は日露戦争や第一次世界大戦で大規模に使用され、機関銃や塹壕との組み合わせですさまじい防御効果を発揮した。でも、それはあくまで前世の世界の話だ。魔法のようなイレギュラーのあるこの世界で、どの程度の効果を発揮できるかは未知数だ。正直、僕も不安を覚えている。

 

「……ま、やるしかないか。準備はできてるんだろうな?」

 

 ヴァレリー隊長は苦しげな呻き声を上げたが、ここまでくればもう否とは言えない。もう前金は渡してあるからな。これでバックレたら傭兵としての信用を失う。

 

「陣地を構築するための資材の調達は終わっている。食料、弾薬、飼料……このあたりも、今の部隊規模なら一か月は継戦できるだけ集めた」

 

「準備が良い事で」

 

「戦争の結果は、事前の準備で八割がた決まる。そういうもんじゃないかね?」

 

 小さく笑って、僕はヴァレリー隊長に聞いた。勝つべくして勝つ、というのが僕の主義だ。そのための準備を怠る気はない。この町に着任する以前から、僕は有事に備えてそれなりの手を打っていた。

 

「……いや、驚いたよ。確かにその通りだ」

 

 ヴァレリー隊長はヤケクソになったのか、愉快そうな表情で僕の肩を叩いた。ソニアが冷たい目つきで彼女を睨む。

 

「で、人足のほうはどうなんだ? 大規模な工事をするなら、結構必要だろう」

 

 人足……いわゆる日雇い労働者だな。工事をするなら、確かに必要だ。

 

「それなりには雇った。……でも、人手はいくらあっても足りない。君たちにも頑張ってもらうから、そのつもりで」

 

「……えっ!?」

 

 え、じゃないよ。当然だろうが。自分の身を守るための設備だぞ。……と言いたいところだが、この世界の兵隊は穴掘りをやらない。塹壕なんか、攻城戦でしか使わないのが普通だからな。嫌ってほどタコツボ(個人用塹壕。ようするにたんなるデカイ穴)を掘らされる前世の兵隊とは違うんだよ。

 隊列を組み、行軍し、戦うまでが兵士の仕事である……というのがこの世界の常識だ。こんなことを命じる僕の方が間違っている。間違っているが、背に腹は代えられない。リースベンは開拓地で、人が少ないんだ。そう簡単に暇を持て余した日雇い労働者は集まらない。

 

「むろん、貴様らだけに工事を任せるつもりはない。我々も可能な限り協力する。……まさか、騎士に穴掘りをさせておいて、自分たちは戦闘が始まるまでのんびりしているつもりではあるまいな、傭兵」

 

 ソニアが冷徹な声でそう言った。この世界の兵隊は穴掘りをしないといったが、こいつらは別だ。ソニアをはじめ、配下の騎士たちはほとんどが僕とは幼いころからの付き合いだ。野戦構築やら何やら、こちらの騎士が普通は習わないような事も叩き込んである。

 

「あ、ああ……うん、了解した……」

 

 何とも言えない表情で、ヴァレリー隊長は頷くのだった。



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第31話 くっころ男騎士と土木工事

 方針が決まったら、あとは行動するだけだ。休暇の終わったヴァレリー傭兵団を補給物資を満載した荷馬車隊や防衛線設営に必要な技術者たちとともに国境地帯へ送り出した。

 僕たちのほうも、ノンビリしているわけにはいかない。レマ市からやってきた文官たちに行政業務を引き継がせると、即座にヴァレリー傭兵団を追いかけた。

 とはいえ、僕たち騎士隊はアデライド宰相の尽力により軍馬を再び手に入れることが出来ていた。当然、徒歩で移動する傭兵団に途中で追いついてしまった。状況が状況だけに、合流はせずそのまま追い抜くことになる。

 

「やあ、早かったな」

 

 頬に付いた土をぬぐいつつ、僕は到着したヴァレリー隊長らを迎えた。場所は、峻険な山脈の谷間に築かれた粗末な街道の途中だ。未舗装の荒れた路面に野良着姿の騎士たちがエンピ(関東ではスコップ、関西ではシャベルと呼称される土木用品)を突き入れていた。

 

「雇い主ばかりを働かせてちゃ、傭兵の名折れだからな」

 

 にやと笑ってから、ヴァレリー隊長はあたりを見回す。

 

「なるほど、ここに防衛線を引く訳か。確かに守りやすそうな立地ではある」

 

 周囲の岩山は非常に険しく、騎兵はもちろん歩兵でも突破は難しい。街道を通過した蹴れば、正面から平押しするしかないということだ。

 

「とはいえ、この狭さではこちらも満足に動けない。ここはいわば、第一関門だな。射撃戦である程度敵の数を減らしたら、そのまま放棄して後方に下がる予定だ」

 

 なにしろ、この場所は街道ぶんの幅しかないからな。戦場に設定するにはさすがに狭すぎる。すくなくとも、白兵戦は無理だ。

 

「妥当だな」

 

 ヴァレリー隊長は頷き、それから後ろを振り返る。並み居る傭兵たちは、ほとんどが顔に疲労の色を浮かべて汗まみれになっている。山間部とはいえこのあたりはそう標高も高くないので、非常に気温も高い。服を脱ぎ、半裸になっているものまで居た。僕にとっては非常に目に毒だ。

 

「荷下ろしが終わったら、いったん小休止! その後は騎士様方を手伝って差し上げろ」

 

「こ、このクソ暑い中穴掘りッスか?」

 

「あたしら、傭兵であって人足じゃないんスけど……」

 

 当然の如く、傭兵たちから不満が上がる。ま、傭兵なんていってもそこらのゴロツキとそう変わらないような連中だからな。真面目な働きぶりを期待しても仕方がない部分がある。

 

「るせー! テメーら穴を掘られるのは大好きだろうが! 立場が逆転したくらいで文句言うんじゃねえ!」

 

 とはいえ、ヴァレリー隊長も伊達で隊長をやっているわけではない。迫力のある声でそう叫ぶと、傭兵たちは仕方がなさそうに散っていった。

 

「……っと、失礼。紳士の前で言うような内容じゃなかったな」

 

 顔をこちらに向けたヴァレリー隊長が、若干申し訳なさそうな様子で言ってきた。穴というのは、つまりあの穴だろう。猥談が好きなのは、どこの兵隊も一緒だ。正直、全く気にならない。何しろ僕自身、前世では卑猥な替え歌を歌いながらのランニングをやらされたりしてたからな。

 

「気にしなくていい。僕も伊達や酔狂で騎士になったわけじゃないんだ。今さらこの程度のことでどうこう言うほどうぶ(・・)じゃあない」

 

「お労しや、アル様」

 

 後ろの方で、ソニアがボソリと呟いた。……たしかに、こんなことだから僕はモテないのかもしれない。貞淑な紳士としては、顔を赤らめて恥ずかしがるのが正しい反応だろう。なんか一気にテンション下がって来たな……。

 

「そ、そりゃあよかった、ウン」

 

 微妙な空気を感じ取ったのか、ヴァレリー隊長はバツの悪そうな表情で頬を書き、視線を部下たちに向けた。

 

「マリエル! アタシは代官殿と打ち合わせに入る。アホ共の監督は任せたぞ」

 

「はーい」

 

 どうやら、部下はともかく自分は休む気はないらしい。有難いことだ。こっちも正直、余裕があるとは言い難いからな。無茶ではない程度には頑張ってもらいたい。

 彼女の肩を叩き、街道の道端に立てた天幕へ案内する。簡易の指揮所だ。天幕の中には簡素な指揮卓と椅子、軍用の無骨な茶器などが並んでいる。

 

「ズューデンベルグ領に偵察を送ったが、まだ向こうは部隊編成が終わっていないようだ。だから、時間的にはギリギリなんとかなりそうだ」

 

 椅子に腰を下ろしながら、現状を説明する。翼竜(ワイバーン)を使った航空偵察なのでそこまで正確なところはわからないが、それでも隊列を組んで進軍を始めれば察知できない道理がないからな。

 とはいえ、偵察に使える翼竜(ワイバーン)は一騎士のみ。残りの二騎はアデライド宰相らが王都に帰還する足のため使えない。戦闘の結果が出るまではリースベンに滞在したいと言っていたアデライド宰相だが、万一僕らが負ければ彼女らにも危険が及ぶ。騎士隊の進発に合わせてお帰り願うことになった。

 

「それは助かるな」

 

 指揮卓に頬杖を突きながら、ヴァレリー隊長がため息を吐いた。卓上の地図を見ながら、小さく唸る。

 

「準備万端で迎え撃っても勝てるか怪しいんだ。いわんやまともな用意もなしで開戦、なんて事態は考えたくもねえ」

 

「そりゃ、僕も一緒さ。……ソニア、悪いがヴァレリー隊長に香草茶を出してくれ」

 

「はっ!」

 

 慣れた手つきで茶瓶を引っ張り出すソニアから意識を外し、ヴァレリー隊長の方を見る。足を組んで頬杖をつくその態度は悠然としているが、その内心はどんなものだろうか? 優秀な士官ほど、演技がうまいものだ。果たして今の状況をどう思っているのやら。

 

「最悪でも、中央からの救援が到着するまではここで持久しなくてはならない。気合を入れて作戦を練ろうじゃないか」



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第32話 くっころ男騎士とダラけた傭兵

 それから、数日が経過した。傭兵団が到着したことで工事は本格化したが、ここで問題が発生した。工事に遅れが発生し始めたのだ。理由は簡単、傭兵側のやる気のなさである。

 

「連中、隙を見つけてはサボってますぜ。まったくロクな連中じゃありやせんな」

 

 指揮用天幕に入ってくるなり、ヴァルヴルガ氏が憤慨した。約束通り、彼女には部隊の手伝いをやってもらっている。膂力に優れた熊獣人は、土木工事のような重労働ではちょっとした重機くらいの活躍を見せてくれる。

 

「みたいだな。……まあ、一杯飲んでいきなさい」

 

 僕は小さく唸ってから、カップに香草茶をいれてヴァルヴルガ氏へ差し出す。「こりゃどうも」と受け取った彼女は、憤懣やるかたないようすで椅子に腰を下ろした。

 

「本来なら、今日中に第一塹壕線と物見やぐらが完成する予定でしたが……この様子ならおそらく明日にずれ込む可能性が高いものと思われます」

 

 そう報告するのは、ソニアだ。彼女は唸りつつ、天幕の外へ視線を向ける。外では、傭兵たちがいかにもやる気の無さげな動きで作業を続けていた。

 

「こういう遅れは、どんどん積み重なっていきますぜ」

 

 副官と熊獣人の意見は一致しているようだ。敵がいつ来るかわからない状況なのだし、工事は予定より早く終わらせたいくらいだからな。未完成の中途半端な防衛線で敵と相対する羽目になれば、こちらは間違いなく壊滅する。

 

「連中にやる気を出させるかなんとかしないと、取り返しのつかないことになるんじゃありませんかね?」

 

「そりゃ、その通りだがな。傭兵共は土木工事なんてのは兵隊の仕事じゃない、くらいに思ってるだろうな」

 

 前世の古代ローマ兵は自前で道を舗装たり建築したりしていたらしいし、前世の僕が所属していた軍隊でも穴掘りは兵士の基本的な仕事の一つだった。しかしこの世界では、その常識が通用しない。

 攻城戦以外で塹壕などを構築することがまれだという事情もあるし、土を操る大地属性魔術師なる存在が居るのも原因の一つだ。ちょっとした工事くらいなら、この大地属性魔術師が一人いれば終わってしまう。

 

「だいたい、このままじゃうちの大地属性魔術師……ロジーヌに負担がかかりすぎる」

 

 とはいえ、本格的に魔術を修めた人間はそう多くない。僕の部下にも、この手の魔法が使える人物は一人きりだ。この防衛線の構築はなかなか大規模な工事になる予定なので、流石に魔術師一人きりで作るのは無理がある。手が足りないぶんは、人力でなんとかするほかないんだが……。

 

「人足を増やすわけにはいかんのですかね?」

 

「補給体制がギリギリすぎる。荷馬車が少なすぎて、食料をここまで輸送するだけでも大変なんだ。このあたりは小さな川しかないから、船も使えないし……」

 

 この後持久戦をすることを考えれば、正直傭兵たちの食べる分だけでカツカツ、というのが実情だった。防衛線が完成しても、兵士が腹ペコではまともに戦えないからな。

 だいたい、辺境開拓地であるリースベンは人口自体が少ないからな。募集をかけてすぐ人足が集まるほど、労働者は余ってないんだよ。

 

「現状の人員で対処するしかないというのなら、仕事をしていない傭兵は見つけ次第半殺しにするのはどうでしょう? 恐怖を覚えればこちらのいう事に従うはずです」

 

 相変わらず、ソニアは物騒だ。僕は小さく息を吐いて、香草茶で唇を湿らせた。

 

「半殺しほどじゃないだろうが、向こうでもサボっているのを見つけたら鉄拳制裁をしているようだからな。それで効果が薄いんだから、罰則を強化しても仕方がないように思える」

 

 下士官が兵を殴っている姿は、工事現場のあちこちで見かけることができた。末端はともかく、傭兵団の管理者層はこの工事の重要性を認識してくれているようだ。とはいえ、それで統制が執れているかといえば怪しいものがある。

 ……しかし、鉄拳制裁か。僕はあんまり好きじゃないな。殴るくらいなら、腕立て伏せなりランニングなりをやらせた方が効果的だ。とはいえ傭兵団はあくまで臨時雇いであり、気に入らないというだけでその方針に口を出すわけにはいかない。

 

「結局、一番の問題は当事者意識の無さだ。不利になれば自分だけ逃げればいいと思っているから、やる気が出ない。だから、罰則が鉄拳から半殺しになったところで、脱走兵が増えるだけだ」

 

 まあ、傭兵と言っても給料は大したことがないという話だからな。そういう面でもやる気が出ないのは仕方がないし、圧力をかけ過ぎれば連中は躊躇なく現場を放棄してどこかへ消えてしまうだろう。こちらに脱走兵を取り締まるだけの警察能力がないのだから、なおさらだ。

 

「そりゃあまあ、その通りなんですがね。ここが敵に抜かれれば、リースベンが滅茶苦茶にされるわけでしょう? 連中には頑張ってもらわにゃ困ります」

 

 一方、ヴァルヴルガ氏のほうはそんな気楽なことも言っていられない。なにしろリースベンは彼女の故郷だ。そう簡単に捨てるわけにはいかない。当然、作業にもずいぶんと身が入っていた。成り行きで部下になった彼女だが、今となってはずいぶんといい人材が手に入ったと満足してたりする。

 

「そりゃ、僕も一緒さ。敵軍の捕虜になればロクなことにならないだろうし、命からがら中央に逃げ帰っても敗北の責任からは逃れられない。リースベン領と僕は一蓮托生と言っていい」

 

「兄貴……!」

 

 ヴァルヴルガ氏は感激した様子で身を乗り出し、そしてカップに入った香草茶を一気に飲み干した。

 

「わかりやした。このヴァルヴルガ、ひと肌脱ぎやしょう。あの腑抜け共のケツを蹴り飛ばして……」

 

「だからそれでは駄目だとアル様が先ほどおっしゃっていただろうが!」

 

 目をギラギラさせながら立ち上がった彼女を、うんざりとした様子のソニアが止めた。

 

「余計なことをするな。アル様に任せておけば万事うまく解決してくれる。貴様は言われた事だけをやっていれば良い」

 

 ……信頼が重いぞ、この幼馴染!

 

「ですよね、アル様」

 

「アッハイ……」

 

 なんだろうなあ。悪い子じゃないんだけどな……。必要ならば、自分から泥をかぶるくらい平気でしてくれるし……。でも重いんだよな性格が。そこに目をつぶれば真面目で有能な、僕にはもったいないくらいの友人で副官なんだけども。

 

「ま、まあ手を打っているのは確かだ。荒っぽい方法に出るのは最終手段にしてくれ」

 

 額に滲んだ冷や汗を拭きつつ、僕は言った。実際、この手のトラブルには前世でも現世でも嫌になるほど遭遇している。今回もこういうことになるだろうなと最初から分かっていたので、事前に準備はしておいたんだ。

 

「少し待っていてくれ。明後日の朝には、連中もそれなりにまじめに仕事をやってくれるはずだ」



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第33話 苦労人傭兵団長と詐術

 アタシ、傭兵隊長ヴァレリー・トルブレは、自分の部隊のあまりの士気の低さに辟易していた。

 

「そこ、ダラダラするな!」

 

「うぇーい」

 

 しゃがみ込んで煙草をふかしている部下に注意するが、返ってきた答えはいかにもやる気のない物だ。まだ半分ほど残った煙草の火を靴底で摺り消し、傭兵はいかにもダルそうに作業に戻っていく。

 ため息を吐きたくなった。あのソニアとかいう副官に、毎日のように文句をつけられている。三日目に完成するはずだったやぐらが、四日目の今日になってもまだ半分しかできていないのだから口を出したくなる気分はわからないでもない。

 

「とはいっても、うちらは土木屋じゃねえしなあ……」

 

 周囲に聞こえないような声で呟く。こういうのは、専門家に任せた方が良いに決まっている。なんで傭兵の自分たちにこんなことをやらせるんだと反論したくなったけど、相場より上の報酬をすでに貰ってるからな……。ちょっと文句は言いづらい。

 それに、進捗が遅いのはアタシらが素人だからというより、兵たちにやる気がないという理由の方が大きい。最初にもらった計画表では、ずいぶんと余裕が取られてたからな。クライアント側も、ある程度こちらが手間取るのは計算済みだったんだろう。

 

「どうすっかな……」

 

 傭兵団なんて気取って見せても、ウチの構成員の大半が傭兵にならなきゃスラムの裏路地で野垂れ人でいたであろう筋金入りのロクデナシどもだ。ハッキリ言って、まともに働かせるのはなかなか難しい。傭兵教育のおかげで短時間の戦闘ならばなんとかこなせるようになったが、娑婆じみた仕事となったとたんこれだ。

 残念なことに、クライアントが男というのも悪い方に働いているのだろう。男にアゴで使われるなんてゴメンだ、なんてことを大っぴらに語るヤツもいる。もちろん、その都度口止めはしている。万一あの狂犬じみた副官に聞かれたら、血の雨が降りかねない。

 とある領主貴族の三女だったアタシが、領地のロクデナシどもを更生させようと傭兵団を立ち上げた結果がこれだ。自分で引き入れた苦労だといえばそれまでだが、本当にもうちょっと真面目に働いて欲しい。

 

「隊長!」

 

 そこへ、副長のマリエルがやってくる。その表情は明るかった。

 

「どうした? 兵どもが突然奮起して作業効率が三倍になったのか?」

 

「い、いえ、そういうアレじゃないんですけど……」

 

 マリエルは表情を引きつらせた。

 

「カルレラ市からの幌馬車隊が到着したみたいです。酒も持って来たって話ですから、有難くいただいちゃいましょうよ」

 

「酒か、気が利いてるじゃないか」

 

 出来ることなら、あの男騎士殿にお酌をお願いしたいところだ。いや、記憶は残ってないがあの人には酒で醜態を晒したらしいからな。無理かな。残念だ。顔が結構好みだからって、ワンチャン狙ったのが宜しくなかった。

 今から考えると副官だのなんだのが見ているあのタイミングで仕掛けたのは失敗以外のなにものでもないが、戦闘と遠征のせいでムラムラ来てたので仕方ない。

 

「結構大規模な荷馬車隊だな」

 

 マリエルと共に向かった先では、何台もの幌馬車が止められ荷下ろしを始めていた。数からみて、カルレラ市にある荷馬車のほとんどを動員してるんじゃないか? 小さい町だからな、荷馬車だって大して無いだろうに。クライアント……アル殿はかなり兵站を重視するタチにみえる。

 (エロ)本の中から飛び出してきたようないかにも男騎士然とした華麗な容姿のアル殿だが、そのやり口はかなりの堅実派だ。野戦構築で砦を作ると言い出した時は正気を疑ったものだが、計画を見てみればかなり現実的にまとめていた。正直、かなり驚いたね。

 

「ウィスキーやブランデーとは言わんが、それなりのワインの一本でも貰えれば有難いんだが」

 

「薄めたビールもどきじゃ気晴らしにもなりませんからね」

 

 なんてことをマリエルと話しながら荷馬車隊の止まっている場所へ向かう。周囲にはすでに、物資を受け取ろうとアタシの部下どもや騎士隊の連中も集まってきていた。ちょっとしたお祭り騒ぎの様相を呈している。そこで、ふとあることに気付いた。

 

「男……?」

 

 荷馬車隊に混ざって、何人もの男が働いていた。それも、若くてきれいな男だ。これから戦場になるであろう場所で何をやっているんだろう、あいつらは。

 

「おい、誰か気の利いたやつが男娼でも呼んだのか」

 

 手近なところに居る部下を捕まえて聞いてみた。バカでかいパン籠をかかえたそいつは、でれでれと笑いつつ答える。

 

「いやいや、最初は私もそう思ったんですがね。どうも、カルレラ市の男たちのようです。『町を守ってくださる兵士様がたを、少しでも応援したい』だそうですよ? 殊勝なことじゃないですか」

 

「へ、へえ……」

 

 言われてみれば、うちの傭兵どもと楽しそうに話をしている少年たちの姿もあちこちで見られた。……しかし、どうもきな臭い。傭兵なんてものは食い詰めたゴロツキの集まりでしかない(その中でもウチは大概だが)。そんな連中に好き好んで近づいて来ようなんて男が、そうそういるもんかね。

 

「こっちに頑張ってもらわなきゃ困るからでしょうね、ちょっと水を向けたら夜の誘いにも簡単に乗ってきますわ。ここだけの話、すでに隠れておっぱじめてるヤツもいますぜ」

 

「……」

 

 これ、完全にクロじゃねえか。どう考えてもそいつらは普通の男じゃねえぞ。男娼だ。

 

「隊長もよさげな男を見かけたら確保しといたほうがいいですぜ。こういうのは早い者勝ちですからね」

 

「お、おう。ま、考えとくわ……」

 

 男娼に一般人のフリをさせて傭兵と寝させる。なるほど、考えたな。いくらうちの傭兵がクズの集まりでも、戦士である以上ベッドじゃ景気のいいことを言いたがる。防衛線が完成してなきゃまともな抗戦ができないのはわかりきってるからな、有言実行しようと思えば工事を頑張るしかない。

 タチの悪い策だ。あの頭の硬そうなソニアがこんな手を思いついたとも考えられないので、発案者はアル殿しかないだろうな。うちの連中は男だからとナメてるやつが多いが、とんでもない。

 

「頭がカラッポのアホに指揮されるよりはよっぽどマシだが……油断ならねえな。熟練の老将軍を相手にしてるくらいの気持ちで相対した方が良いぜ、あの男騎士様はよ」

 

「まさかそんな……ははは、相手は男ですよ」

 

 そう言ってマリエルは愉快そうに笑う。駄目だこりゃ……。

 

「うおー! これがはちみつ飴ッスか! うめー!」

 

 なんて考えていると、妙な声が聞こえてきた。そちらに目をやると、ちっこいリス獣人が手をブンブン振りながら大喜びしている。その隣には、当のアル殿がいた。慈愛に満ちた表情で、リス獣人に菓子をやっている。いや、孫娘をかわいがるおじいちゃんかよ。本当に何歳だよ、あの人は!

 なんだか毒気を抜かれて、アタシは大笑いした。ま、裏切られないぶんには味方は有能なほうがいいしな。悪い人間には今のところ見えないし、そこまで警戒しなくても大丈夫……か?

 

 



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第34話 くっころ男騎士と言い訳

 僕の作戦は見事にうまくいった。一般人に扮した男娼たちにそれとなく促された傭兵たちは一斉に奮起し、工事の進捗は一気に進むことになった。もっこやエンピを担いでキビキビ歩いている傭兵たちをみて、僕は笑みを押さえられない。

 

「バッチリだ」

 

 人間、異性の目があるところではついつい無駄に気合を入れてしまうものだ。男娼たちには、しばらく現場に逗留してもらうよう依頼している。そうしないと、傭兵たちはあっという間になまけ始めるだろうからな……。

 しかし、なんとも複雑な気分だ。僕が童貞をいつまでも捨てられない一方、傭兵たちは仕事が終われば天幕でオタノシミをしているんだからな。もちろん、そうなるように手配したのは僕なんだけど……。

 

「……」

 

 ため息を吐きたくなったが、ぐっと我慢。指揮官は兵の見ている場所で下手な態度を取ってはいけないんだよ。真面目くさった顔をしながら、仕事を続ける。

 指揮官とは言っても、椅子にふんぞりかえって部下をアゴで使っていればそれでヨシ、とはいかない。物資の調達、人員の配置、傭兵や騎士たちの間で発生したトラブルの仲裁、各部隊に割り振る仕事の調整、進捗の確認……やるべきことはいくらでもある。落ち着いて食事を取る時間すらない。

 

「なんとかなりそうだな……」

 

 しばらく続いた激務の日々だが、その甲斐あって防衛線はおおむね完成といっても構わないくらいの状態まで持っていくことが出来た。街道を割るようにジグザグの塹壕が掘られ、土塁が積み上げられている。グルグル巻きになった有刺鉄線も縦横無尽に張り巡らされていた。見れば見るほど、壮観な景色だ。

 

「ああ、アル殿。お疲れ様」

 

 防衛陣地を確認していた僕に声をかけてきたのは、ヴァレリー隊長だった。彼女も僕と同じようにあちこちを駆けずり回っているのか、顔には明らかに疲労の色がある。服も土埃まみれだ。

 

「そちらこそ。いや、助かるよ。君たちの頑張りのおかげでなんとかなりそうだ」

 

「最初はひどいもんだったがな」

 

 ヴァレリー隊長は薄く笑い、小さな声で言った。

 

「あんたが男どもを手配してなきゃ、どうなってたことやら」

 

「さすがにバレたか」

 

 僕は肩をすくめた。男娼を呼ぶのはにわか仕込みの応急策だ。多少のボロが出るのは仕方がない。わかる人間ならばすぐに気付かれてしまうだろう。

 傭兵たちの士気は下がっているようには見えないから、ヴァレリー隊長はまだこの事実を部下に伝えていないようだ。少し笑って、岩陰を指さす。

 

「まあ、言い訳させてほしい」

 

「別に、アタシはあんたを追求しようとは思ってないがね」

 

 皮肉気な笑みを浮かべつつも、ヴァレリー隊長はおとなしく僕についてきた。掘り返して出てきた土やら岩やらはその辺に適当に捨てているので、身を隠せそうな場所はいくらでもある。

 

「一つ聞きたいんだが、この策はあんたが考えたのか?」

 

 岩陰に腰を下ろしつつ、ヴァレリー隊長が聞いてくる。僕は、何と答えるべきか思案した。彼女は騙されたことに憤慨している様子はないが、内心不愉快に思っている可能性は十分ある。なにしろ詐欺みたいな真似をしてるわけだからな、こっちは。

 

「……ありていに言えば、そうだ。はっきり言って外聞が悪いからな、こういう手は。部下たちにはちょっと知られたくない」

 

「まあ、そりゃそうだよな。アタシみたいなのならまだしも、アル殿は男の騎士だ。男娼なんかに仕事を頼んだってだけで、口さがない連中は大騒ぎするだろう」

 

 訳知り顔でヴァレリー隊長は言う。女性優位社会であるこの世界では、当然女性に一夜の夢を提供するサービスも広く普及している。小さな町にも、売春宿のひとつや二つはあるものだ(今回僕が仕事を依頼したのもカルレラ市のそう言ったお店だ)。

 とはいえ、性風俗業が卑賎な仕事扱いされることは、この世界でも珍しくはない。男騎士というお堅い仕事をしている僕がそっちの業界に関わるのは外聞が悪かったりする。風俗通いしてる騎士なんて珍しくないのに、ひどいもんだよな。この辺は、男と女で扱いが大きく違う。

 

「とはいえ、ほかにいいアイデアもなかったんだ。許してほしい」

 

「だから、あんたを追求する気はないって言っただろ」

 

 ヴァレリー隊長は苦笑して手をひらひら振った。

 

「確かに町息子が応援に来たってのは噓かもしれないが、要するにタダで男娼をおごってもらってるようなもんだろ。これに文句をつけるなんて、贅沢だぜ」

 

 町息子……ようするに、町娘の男バージョンだな。僕としては、いまだにこの辺りの言い回しには違和感を覚える。

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

「それに、男のあんたにはわからないだろうが、女ってのは性欲がたまってくるとロクなことをしないんだ。粗暴になったり、問題行動を起こしたりな。そこらの一般人を襲い始める前に、しっかりとしたプロに処理してもらった方が後腐れがなくていいさ」

 

 いや、わかる、わかるよ。すごくよくわかる。

 

「食事、睡眠、男……この辺りは特に、出来るだけ抑圧しないほうがいい。臭いものに蓋をして解決した気になっても、いずれ内圧が高まって爆発する。これを管理できる形で解消してやるのも、指揮官の仕事だと思ってるよ」

 

 兵隊やってる限り、シモの問題からは逃れられないからな。ここから目をそらしてはいけないというのは、前世の将校養成課程でさんざん念押しされた。貞操観念が逆転したこの世界でも、そのあたりに変わりはないだろう。

 

「……驚いた。アル殿、あんた実はめちゃくちゃ若作りだったりしないか? あんたくらいの年齢じゃ、普通そこまで頭が回らねぇと思うんだが」

 

「に、二十になったばかりだが……」

 

 さすがにちょっとドキリとした。前世も合わせれば、僕の人生経験もなかなかに長い。残念ながら女性経験の方は一回もないが。まさか転生者であることがバレたわけでもないだろうが、ズルをしているような気分がして落ち着かない。

 

「それが本当なら、あんたはなかなかの傑物だ。誇っていいぜ、先輩であるアタシが太鼓判を押してもいい」

 

 ニヤリと笑って、ヴァレリー隊長は僕の肩を叩いた。

 

「気の利いた上司ほどありがたいものはない。あんたがアタシらを裏切らない限り、こちらも誠意をもって仕事をしよう。極星に誓ってな」

 

 極星というのは、まあ文字通りこの世界における北極星だ。この大陸における最大宗教、星導教の信仰対象となっており、彼女の言葉はいわば「神に誓う」と言っているようなものだ。

 

「それはありがたい。せいぜい、見限られないよう頑張らせてもらう」

 

 そう言い返した時だった。遠くから「アル様! いらっしゃいますか!? アル様!」という大声が聞こえてきた。ソニアの声だな、これは。ヴァレリー隊長に会釈してから、岩陰から出ていく。

 

「こっちだ!」

 

 めったなことでは大声をあげないのがソニアだ。軽い要件ではないだろう。案の定、走り寄ってきた彼女が口にしたのは、重大な報告だった。

 

翼竜(ワイバーン)が帰還いたしました。ディーゼル伯爵軍らしき隊列がリースベン領に向かっているのを確認した、とのことです」

 

「来たか……」

 

 僕は唸った。いよいよ、開戦の時が近づいているようだ。 



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第35話 メスガキ騎士と野蛮な約束

「おいチビ、聞いたか?」

 

「だれがチビよ、母様」

 

 私、カリーナ・フォン・ディーゼルは、うんざりした声で答えた。口から出た不機嫌そうな声音に、自分でびっくりする。まあ、今日は丸一日行軍を続けて疲れているから、仕方ないのよ、うん。決して私が自分の身長に劣等感を覚えているからではないわ。

 

「ははは、すまんすまん」

 

 母様は豪快に笑い飛ばした。牛獣人の一族である我がディーゼル家は、獅子獣人や竜人(ドラゴニュート)にも負けない体格に優れた武人を輩出することで知られている。母様もその例にもれず、身長は二メートル近い。

 それに比べて私はどうだ。頭のツノと尻尾、胸囲を除けばほとんどハーフリング族扱いされそうなほど身長が低い。……で、でもまだ成長期だし、そのうち伸びるでしょ……。

 

「それで、どういう要件なの?」

 

 考えれば考えるほど落ち込みそうなので、私はすぐに話題を変えることにした。

 

「いやな、これから攻めるリースベン領なんだが」

 

 母様はニヤニヤ笑いつつ街道の先を指さす。そう、私たちは今、山脈向こうのリースベン領を攻撃するために一族郎党を引きつれ進軍している。戦闘要員だけで五百名を超える大所帯が、縦列を作って街道を進んでいた。私たちが居るのは、その最先頭。ド田舎の警備兵に差し向けるには、あまりにも過剰戦力ね。本当、敵が可哀想すぎて笑えて来ちゃう。

 

「どうもそこの代官、男騎士がやってるらしいぞ」

 

「えっ、本当なの!?」

 

 男騎士なんて、ご都合主義の娯楽物語か(エロ)本の中にしかいない存在じゃないの?

 

「マジもマジだ」

 

「バッカみたい。男の癖に騎士なんて」

 

「だよなあ」

 

 母様はまた、ゲラゲラ笑った。

 

「なんでも、只人(ヒューム)の貴族家で女の跡取りが生まれなかったんだと。まったく、そもそも只人(ヒューム)風情が貴族をやるのが間違ってるんだ」

 

「貧弱で軟弱な只人(ヒューム)が戦場に出たところで、ねえ?」

 

 私は小柄だけど、それでも只人(ヒューム)相手ならどれだけ体格差があっても負ける気はしない。簡単に押しつぶす自信がある。只人(ヒューム)がどれだけ鍛えたところで、獣人に筋力で勝つのはムリだもの。当たり前よね?

 

「そうさ。只人(ヒューム)なんて種族は、あたしらに種を差し出す以外に使い道はないのさ」

 

「ひどいわよ、母様。小間使いくらいには使えるわよ!」

 

「それもそうか! カリーナは賢いな! ワハハハハ!」

 

 そう言って母様は私の肩をバンバン叩いた。板金鎧(プレートアーマー)をつけているから、痛くもかゆくもないけどね。生身でも平気でやってくるから、正直止めてほしい。乱暴なのよ、母様は。

 

「そういう訳で、王国の男騎士殿には身の程を理解(わか)らせてやる必要がある。……どうだ、カリーナ。お前もそろそろ成人だ。手前でなにもかも片付ける気があるなら、くれてやってもいいぜ?」

 

「ほ、本当!?」

 

 心臓がドキリと跳ねた。来月で、私も十五歳。騎士見習いから正騎士に格上げだもんね。それくらいの役得があってもいいかも! 男娼やそこらへんの侍男で処女を捨てるよりは、よっぽど刺激的で面白そうね。

 

「とはいえ、お前も大人になるんだ。何もかも親が手伝ってやるつもりはないぞ。やるなら、自分の手で押し倒して屈服させろ。戦場で味わう男の味ほど素晴らしいものはないからな」

 

 つまり、私の手でその男騎士を倒せってことね。まあ、男相手に負けるはずもなし、警戒すべきなのは周りの護衛くらいかな?

 しかし、母様も凄いことを言うわね。母様は私くらいの年齢の時にはもう戦場でハルバードを振り回してたって話だし、占領地の男を相当泣かせたんでしょうね。商社の権利ってやつ?

 

「大丈夫! 私もディーゼル家の女よ。男の一人や二人くらいなんとでもなるわ!」

 

「ほほーう、言ったな?」

 

 母様は愉快そうに口角を上げた。

 

「そこまで言うなら、任せてやる。ヘマするんじゃねえぞ」

 

「もちろん!」

 

 にっこり笑ってそう答え、ふと不安を覚えた。もちろん、自分が勝てるかどうかじゃないわ。むしろ、相手が弱すぎた場合が不安なのよ。だって、相手の指揮官は男な訳でしょう? 臆病風に吹かれてもおかしくないわ。

 

「よく考えたら、リースベン程度の居る警備兵なんか大した数じゃないでしょ? 戦う前に降伏してくるんじゃない、あいつら?」

 

 そうなったら、せっかくの機会を逃しちゃう。それだけは避けたいところね。

 

「べつに、私はそれでも構わないがな。……というか、情報元もどうもキナ臭いし。初戦くらいは被害なしで終わらせたいくらいだが」

 

 後半の言葉は、ひどく小声で聞き取れなかった。どうしたんだろう、難しい顔をしてる。

 

「母様?」

 

「いや、なんでもない」

 

 母様はすぐにいつもの自信ありげなニヤケ面に戻り、肩をすくめた。

 

「確かにお前としちゃそれは困るだろうが、白旗上げてる相手に襲い掛かるのも外聞が悪い。そこでだ」

 

「うん」

 

「リースベンの警備兵には、戦う前に降伏を勧告するつもりだ。その軍使にお前を任命する」

 

「私を?」

 

 どういうつもりだろう。私、いままでそんな仕事をやらされたことなんて一回もないのに。

 

「で、だ。降伏の条件として、男騎士殿に一騎打ちを申し込め。向こうが勝ったら、敵軍の貴族は捕虜にせず放免してやる、なんて条件でな。そしてお前が勝ったら……わかるな?」

 

「な、なるほど!」

 

 さすが母様、賢い! 見た目こそ山賊の頭目みたいな荒々しさだけど、その実頭も凄く回るのよね。まったく、自慢の母親だわ。

 

「そういうことなら、このカリーナ・ディーゼル……軍使の任を謹んでお受けするわ!」

 

「全く現金なヤツだ」

 

 また、母様はゲラゲラ笑って私の肩を乱暴に叩いた。



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第36話 メスガキ騎士とくっころ男騎士

 私たちがリースベン領との国境地帯に到着したのは、それから一週間後のことだった。母様との約束通り、私は護衛の騎士たちとともにリースベン側の陣地を訪れた。

 偵察によれば、こいつらは後方でなにかを作っているみたいだけど、流石にそちらを見せるつもりはないみたい。私たちが案内されたのは、敵の本営から随分と離れた場所に建てられた粗末な天幕だった。

 

「あんたが噂の男騎士? へぇ? ふぅん?」

 

 迎えに出てきた騎士を眺めながら、私は内心ほくそ笑んだ。噂の通り、リースベンの警備兵を率いているのは男騎士だった。短めの黒髪に、ヘーゼルの瞳。生真面目な表情を浮かべた顔は人形みたいに整っている。凛々しい容姿をしているからか、男なのに全身甲冑が良く似合ってるのがニクいわね。物語に出てくる男騎士がそのまま現実に現れたらこんな感じになるんじゃないかしら?

 私は一目見てその男が気に入った。表情が良い。この『男であることを捨てて剣の道に生きています』と言わんばかりの表情がぐちゃぐちゃに蕩けるまで犯してあげたら、きっととても気持ちがいいでしょうね。想像するだけでちょっと濡れてきちゃった。

 

「私はカリーナ・フォン・ディーゼル。栄えあるディーゼル家当主、ロスヴィータ・フォン・ディーゼルの三女よ」

 

「アルベール・ブロンダン。リースベン領の代官だ」

 

 一応礼儀だから、挨拶を交わす。握手をしたアルベールの手は籠手に包まれていたので感触がわからなかった。残念ね。剣の握りすぎでカチカチになってるのかしら? そっちのほうが、剣一本で生きてきた男を蹂躙する感じがあって好みなんだけど。

 

「……どうぞ」

 

 アルベールの副官らしい女が、ひどく不機嫌そうな様子で香草茶の入ってきたカップを差し出してきた。……でも私、正直香草茶は嫌いなのよね、なんか臭いから。そもそもコレ、もとは竜人(ドラゴニュート)の文化だし。

 

「豆茶はないの? 礼儀がなってないわね」

 

「……」

 

 副官の表情は変わらなかったが、目には明らかな殺意が浮かんだ。……いや、余裕ぶってたけどかなり怖いわね、コレ……。この副官、母様ほどじゃないけどかなり体格がいいし……。もし戦うことになったら、アルベールを押し倒す前になんとか分断しないと不味いわね。こんなデカ女と正面から戦っても絶対に勝てないわ。

 とはいえ、それは私とこいつが一対一で戦った場合の話。私のバックにはディーゼル伯爵家がついているのだから、私がちょっとくらい偉そうにしても向こうは文句を言えないわ。案の定、副官は不承不承新しく茶を入れ始めた。

 少し待つと、黒々とした液体の注がれたカップが私の前に差し出された。香ばしい香りが鼻孔をくすぐる。これよこれ、香草茶なんかよりよっぽどいいわ!

 

「それでいいのよ、それで。ところで、ミルクは?」

 

「ここは戦地だぞ、新鮮なミルクが手に入るはずがないだろう。頭にタワシでも詰まっているのか?」

 

 副官は表情も変えず、そんなことをのたまった。こ、こいつぅ……!

 

「そもそも貴様らは牛獣人だろう。その無駄に大きな乳から自前のミルクを絞り出せばいいのでは?」

 

 思わず腰の剣の柄を掴みかけたが、それより早くアルベールが制止した。

 

「やめないか、敵手をむやみに罵倒するのは騎士の振る舞いではない」

 

「……失礼しました」

 

「謝罪するべき相手は僕じゃない。わかるな?」

 

「…………申し訳ございませんでした」

 

 口をへの字に結んでしばらく黙り込んでいた副官だけど、やがて不承不承という感じで頭を下げてきた。いい気味よ!

 しかしこの男騎士、見た目通り中身はなかなか高潔みたいね。ますます興奮してきた。綺麗なものほど汚したくなるというか……ま、性癖よね。こういう男を腰を振るしか能のない馬鹿に墜とす、みたいなシチュが好きなのよね。好きな(エロ)本のシチュエーションを現実に出来そうだと思うと、もうたまらなくなってきちゃった。

 一回犯して終わり、なんてあまりにももったいないわ。領地に連れ帰ってペットにしたいところね。今のところ私には許嫁もいないことだし、母様が許せば私好みに育てて夫にするのもいいかも。

 

「……にっっっっが!!」

 

 ヒートアップする頭を冷やすために豆茶を一口飲んだら、とんでもなく濃かった。滅茶苦茶ニガいわ! ミルクが入っていないというのもあるけど、それ以前の問題。わざとね、あの副官!

 男の前で無様な姿は見せたくないけど、これはさすがにムリ。あわててアルベールの前におかれた香草茶のカップを奪い、口へ流し込む。臭い香草茶も、この苦くてドロドロした豆茶モドキよりはよっぽどマシよ。

 

「ふう、はあ……」

 

「……大丈夫ですか?」

 

 何とも言えない表情で心配の言葉を口にするアルベールを見て、私は顔を真っ赤にした。よくも私に恥をかかせてくれたわね、あのクソ女! 絶対八つ裂きにしてやる。

 

「……ふ、ふん。問題ないわ。それより、いい加減本題に入りましょう」

 

 なんとか呼吸を整えて、平静を装う。もう、早く本陣へ帰りたい気持ちでいっぱいになっていた。こんなところに居続けたら、あの腐れ副官にどんな嫌がらせをされるかわかったもんじゃないしね。無礼討ちしようにも、あの副官は私と護衛の騎士が束になってかかっても勝ちそうなほど強そうに見えるし……。

 

「自分たちに勝ち目がない事位、いくらおバカなあなたたちでも理解できているでしょう? 特別に私たちへ頭を下げる機会を作ってあげる。喜びなさい?」

 

「ありていに言えば、降伏勧告ですか」

 

 アルベールは腕を組み、苦々しい表情で言った。そりゃ、この段階で軍使を立てるなんて、降伏勧告以外にないもんね。

 

「まあ、とはいえあなたも一戦もせずに私たちに下るのは不名誉でしょう? アルベール殿と私で一騎打ちをすればいいわ。それで最低限の名誉は守られるんじゃないの。私が負ければ、とりあえず貴族だけは無傷で王国へ帰してあげる」

 

「僕が負けたら?」

 

「そうね、全員捕虜ということでいいわ。それでも、処刑まではしないから安心しなさい」

 

「それは慈悲深い事で」

 

 肩をすくめるアルベール。芝居がかった動作だけど、この男がすると妙に似合うから不思議ね。

 

「そうよ、私たちは優しいの。ああ、不安に思うことはないのよ? もちろん男相手に本気を出すような真似はしないわ」

 

 そこまで言って、ふと私は疑問を覚えた。この男には婚約者や妻がいるのかしら? 容姿から見て、そういう相手が居てもおかしくない年齢に見えるけど……。

 

「そういえば一つ聞いておきたいんだけど、あなた童貞?」

 

 初モノなら初モノで嬉しいし、そうじゃなくても特別な相手がいる男を蹂躙するのは楽しいから、どっちでもいいけどね。でも、気になるじゃない? やっぱり。

 

「……」

 

 さすがにこれは、アルベールも黙り込んだ。ちょっと恥ずかしそうにしてる、可愛いわね。捕まえたら羞恥攻めするのもいいかも。

 

「……童貞ですが」

 

「へえ。じゃ、恋人や許嫁は?」

 

「いませんが」

 

「へ~え? そのトシで? なっさけなーい。男の癖に騎士なんかやってるから婚期を逃すのよ、ばっかじゃないの?」

 

 副官の方をチラチラ伺いながら(挑発しすぎて襲い掛かられたら流石にマズイもんね)煽ってみると、アルベールは何とも言えない表情で口をつぐんだ。うーん、楽しいわ!

 

「ま、喜びなさい。あなたの童貞は私がもらってあげる。一騎討ちで私が勝ったら、その場で犯すわ。勝者の権利ってやつよね」

 

「……犯す?」

 

「当然でしょ。あなたは男なんだから、負ければそうなるのが普通なのよ。さんざんに打ち負かした後、部下の前で滅茶苦茶にしてあげる。楽しみでしょ?」

 

「……」

 

 何とも言えない顔で、アルベールは黙り込んだ。そりゃ、そうよね。初対面の女にここまで言われて嫌悪感を覚えない男なんていないもの。そうやって嫌がる男を無理やり屈服させるのが良いのよ。

 

「ちなみに、降伏を選ばなくても結果は同じよ。今すぐヤられるか、後でヤられるか。二つに一つってワケ。男風情が私の前に立ちふさがったことを後悔しなさい」

 

「そうですか」

 

 微妙な表情のまま、アルベールは唸った。副官なんて、今すぐ私に飛び掛かってきそうな雰囲気を出してる。話を聞いているアルベールの配下たちも、明らかに殺気立っていた。おお、怖い怖い。

 

「ま、部下のことを思えば、降伏の方をお勧めするわ。どうかしら?」

 

「……ええ、まあ。結論は出ました。こちらの返答ですが」

 

「ええ」

 

「一昨日きやがれ、バカヤロー。以上です。では、お帰りください」

 



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第37話 くっころ男騎士と演説

 カリーナ氏が去った天幕では、ひどい罵声が飛び交っていた。もちろん、その矛先はカリーナ氏とディーゼル伯爵家だ。

 

「あのクソ牛女、うちのボスを何だと思ってやがる!」

 

「望み通り血祭りにあげてやるぞ!」

 

 気炎を上げているのは主に僕の配下の騎士たちだが、ほかの傭兵たちも明らかに怒り心頭と言った様子だ。あのカリーナ氏の態度は、お世辞にも尊敬できる敵手とは言い難いものだったからな。あそこまで格下扱いされれば、だれだって怒りは覚えるだろう。

 一方、僕はといえば少し困っていた。なにしろ、カリーナ氏は童顔で低身長、それでいて胸囲はソニア並みかそれ以上という刺激的な容姿だったからな。そんな彼女に犯してやる宣言をされたものだから、「マジか……」という感想が強い。正直かなり魅力的だろ。

 い、いや、しかし僕はロリコンではない。大丈夫だ。ちょっとデカすぎる胸にぐらッときただけだから問題ない。前世では好みの異性のタイプを聞かれると『千歳以上の抱擁力のあるお狐ロリババア』と答えていたが、あくまで二次専門なので絶対にロリコンじゃないんだ。

 

「アル様、申し訳ありませんでした」

 

 僕のそんな思考をソニアの声が遮った。彼女はひどくシュンとした様子で、深々と頭を下げている。カリーナ氏に対する態度のことを言っているんだろうな。確かにアレは少しマズかった。

 

「無様な姿をお見せしました……」

 

「うん……何が悪かったかわかるか?」

 

 周囲に聞こえないよう小さな声で僕は聞いた。注意や叱責なんてのはできれば他に人の見ていない場所でやるべし、というのが僕の主義だった。とはいえ流石にこの状況で彼女を人気のない場所に連れて行くのも難しいしな。

 カリーナ氏の前でソニアを謝らせたのも、正直言えばやらせたくなかった。礼儀として、こちらの誠意をカリーナ氏に見せなければならなかったので仕方なくのことだ。

 

「向こうに要らぬ警戒心を抱かせました。いっそ馬鹿を装って、油断をさせたほうがマシだったように思います。寝首を掻くのが難しくなりました」

 

「……うん、まあそうだね……」

 

 僕の言いたいことはちゃんと理解しているようだけど、やっぱり表現が物騒なんだよな……。いや、確かにその通りなんだよ。せっかくカリーナ氏はわかりやすく油断してたんだから、そのままの気分で本陣に返したかった。それでこっちの戦力を過少報告でもしてくれれば万々歳だったんだけど。

 そのために、わざわざ防衛線を敷設した場所よりもかなりズューデンベルグ領寄りへ交渉用天幕を設営したんだ。迎撃準備をカッチリ整えているところなんか、敵に見せるわけにはいかないからな。斥候相手にも見られないよう、警戒網はしっかり敷いている。

 そういう訳で、ソニアの反省点は全く間違っていない。間違ってはいないが、できればオブラートに包んで欲しいよな。いや、気分的にさ。

 

「わかってるならいい。もうすぐ戦闘も始まる、あんまり気にするな。好き勝手言われた恨みは戦場で晴らしてやれ」

 

「了解」

 

 ソニアは小さく頷いた。あんまり悪い気分を引きずってほしくないからな。さっさとこの話は切り上げることにした。

 

「諸君、ディーゼル伯爵の娘のあの振る舞いを見たか!」

 

 その代わり、口々に文句を言っている配下の騎士や傭兵たちに、大声で語り掛けた。せっかくテンプレみたいな悪役(ヒール)ムーブをしてくれたんだから、せいぜい士気向上に役立ってもらおう。

 

「やつは男をおもちゃくらいにしか思っていない! そんな女に率いられた兵士たちが、占領地でどのような振る舞いをするか……もはや、考える必要もなくわかることだ! そうだろう?」

 

 まあ、実際そうだろう。戦場の兵士なんてのはむやみやたらと気が荒くなるものだ。その熱を引きずったまま町や村に突入すれば、そりゃあ惨事も起こるというものだ。

 

「あのような連中に、我々のリースベンで好き勝手やらせていいのか? 否、断じて否である!」

 

「そうだ!」

 

「牛女どもめ、皆殺しにしてやる!」

 

 僕の言葉に物騒な叫び声を返しているのはなにも騎士たちだけではない。傭兵もだ。なにしろディーゼル伯爵軍が町で狼藉を働いたら、傭兵の恋人(・・)たちもタダじゃ済まないからな。いやが上にでも戦意は上がるだろう。

 男娼たちを町息子に扮させたのはこれを狙ってのことだ。一夜限りの恋人でも、相手に情を覚えてしまうものは少なくないだろう。そういう守るべきものを作ることで、リースベンを傭兵たちの"帰るべき場所"に仕立て上げる。効果は一時的なものだろうが、一戦の間士気が維持できれば十分だ。

 

「あの驕りきった態度を見たか! 奴らは我々をナメている! 許せるか、これが!」

 

「許せない!」

 

「殺す!」

 

「よろしい、結論は出た! 伯爵軍は確かに強大だ。しかし、諸君らの勇戦があれば必ず勝てると僕は確信している! どうか僕に力を貸してほしい、常に忠誠を(センパ-ファイ)!」

 

 僕の言葉に、部下たちはそれぞれ「ウーラァ!」だの「ウオーッ!」だのと気炎を上げている。士気は十分だ。若干ほっとするが、交渉用天幕に連れてきた部下は少人数のみ。本営ではほかに戦闘員だけで百人以上が待機している。

 こちらの戦意を煽るのはカリーナ氏の協力もあって楽だったが、本営の方はどうだろうか。演説の文面は考えてあるんだが、上手くいくかどうかどうも不安だ。

 

「……」

 

 そこまで考えて、僕は自分の手が少し震えていることに気付いた。そう言えば、前世・現世を通して自軍より装備・練度の勝った相手と正面から戦うのは初めてだった。前世の敵は反政府ゲリラやテロリストだったし、現世になってからも主な敵は盗賊や領内に侵入した蛮族どもが中心だ。

 むろんそれらも決して油断のできる相手ではなかったが、ディーゼル伯爵軍はその上を行く。カリーナ氏やその護衛が身に着けていたのも最高クラスの魔装甲冑(エンチャントアーマー)だった。決してたやすく勝てる相手ではない。

 そうはいっても、負けるわけにはいかない。カリーナ氏のお仕置きは魅力的だが、その結果部下が殺されリースベンが蹂躙されるのであれば絶対に容認ができない。僕は、自分の不安が部下に伝わらないよう、ぐっと手を握り込んだ。



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第38話 くっころ男騎士と新兵

「総員、配置が完了したとのことです」

 

 駆け寄ってきた伝令が大声で報告する。軍使を門前払いした以上、いつ戦端が開かれてもおかしくない。臨戦態勢を整える必要があった。

 僕が居るのは、塹壕の中だ。連発銃で戦うことを前提に掘られた前世の塹壕よりも、ずいぶんと幅が広い。銃口から弾を装填する前装銃や槍、投石紐などをスムーズに使うための設計だった。その代わりあまり深くまで掘っていないが、土塁を持ってあるため少ししゃがめば全身を隠すことが出来る。

 

「了解」

 

 端的に堪えながら、塹壕から頭を出して望遠鏡を覗く。ちょうど、この防衛線はやや小高い場所に設置してあるため、伯爵軍が進軍してくるであろう場所を見下ろすことが出来る。とはいえ、まだ敵の姿は見えない。脳髄を焦がすジワジワとした焦燥に、いっそ早く来てくれと叫びたくなった。もちろん我慢するが。

 そのまま、しばらく何もない時間が過ぎていく。ひどく退屈だった。空は雲一つない快晴で、これから戦争が始まるとはとても思えないほどのどかな陽気だった。それが逆に神経を逆なでする。周りの傭兵や騎士たちも同じ気分のようで、むやみやたらと煙草を吹かしたり激しい貧乏ゆすりをしたりしている者が大勢いた。

 僕も煙草が吸いたくなったが、我慢する。紳士はタバコを吸うべきではない、という風潮がガレア王国にはある。当然、一応は貴族である僕は生まれてこの方ずっと禁煙状態だ。煙草より戦争の方がよっぽど身体に悪いんだから、許してくれよと思う。

 

「代官様、代官様」

 

 そんなことを考えていると、突然話しかけられた。そちらに目を向けると、二人の傭兵が居る。片方はいかにも下士官然とした革鎧姿の狼獣人で、もう一人は野良着の若い竜人(ドラゴニュート)だ。若い方は、十代中ごろといったところだろうか? ひどく怯えた表情をしている。

 

「どうした」

 

 戦闘配置中なんだから私語は避けてほしいものだが、僕もいい加減気分転換がしたかったので聞き返す。まあ、まだ敵の姿すら見えてないんだから構わないだろう。

 

「仲間から聞いたんですが、代官殿が童貞って話は本当ですか?」

 

「ッ!?」

 

 思わず吹きそうになった。この緊急事態に何を言っているのだろうか? 近くにソニアが居なくて助かった。もし聞かれていたら、血の惨劇が起こったことは間違いない。幸いにも、彼女は別の場所へ配置している。

 いきなりなんてことを言うんだ、そう言い返したかったが、古兵のほうの表情は真剣だった。一応、話を聞いてやることにする。

 

「突然なんだ、一体。事と場合によってはただじゃおかないぞ」

 

「いや、本当に申し訳ないんですがね。見ての通り、こいつは新兵なんですが」

 

 古兵は何とも言えない表情で頭を下げ、視線を新兵の方へ向けた。彼女は顔を真っ青にしてガタガタ震えている。目はうつろで、こちらの会話も耳に入っていない様子だった。

 

「そうみたいだな」

 

 それを見て、僕も怒りが萎えてきた。情けないヤツ、とは思わない。大の大人だって、戦場を前にすれば平静でいられるヤツの方が少ない。いわんや、彼女はまだ少女だ。こんな子を戦場に連れ出して、という自己嫌悪の方が先に来る。

 

「こんなんじゃ戦うどころじゃないんでね……もし代官様が童貞ってんなら、キスをお願いできないもんかと」

 

 そこまで言って、古兵ははっとなった様子で狼耳をぴんぴんさせた。

 

「いやね、兵隊のジンクスなんですが……戦いの前に童貞にキスしてもらえれば、その戦いでは戦死しないってのがありまして。まあ、気休めなんですが」

 

「あ、ああ……そういうの、あったな」

 

 そういえば僕も、この世界での初陣前には幼馴染の弟(もちろん相手は亜人貴族なので、義理の弟だが)にキスさせられそうになったことがある。もちろん、丁重にお断りしたが。

 

「大それたお願いってのはわかってるんですがね。なんとかお頼みできないもんかと」

 

 ……うーん、言いたいことはわかる。兵隊ってのは、ことのほかジンクスを大切にする生き物だからな。僕自身、同じような気分になったこともある。

 とはいえ、僕は貴族で相手は平民だ。僕自身が構わなくても、周りはそうは言わない。貴族にとって、体面というのは命より大切なものだ。僕自身、ブロンダン家の看板に傷をつけるわけにはいかないという事情がある。

 

「協力してやりたいのはやまやまだが、貴族ってのはいろいろと面倒な所があってな」

 

 まあ、しかし。しかしだ。このまま彼女を放置するというのも、あまりにも哀れだ。僕自身初陣の恐怖はよく知っている、なんなら今だって職務を投げ出して実家へ帰りたいくらいの恐怖心は抱いている。

 なので、僕は震える新兵の前で片膝立ちで跪いた。そのまま、彼女の右手を取る。茫然としていた新兵もこれには驚き身体を固くしたが、気にしない。

 

「あっ、えっ……」

 

 手の甲に軽く口づけをすると、新兵は真っ青だった顔を一瞬で真っ赤にした。「は、はわ」などと訳の分からないことを言いながら、一歩下がる。

 

「これで許してもらえるか?」

 

 前世の僕なら訴えられてたな、これ。などと思いながら新兵に聞く。それなりのイケメンに生まれてよかったよな。その分体力はだいぶ下がった気がするけど。

 

「ま、不味いですよ! 代官様!」

 

 しかし、古兵は慌てた様子で手をブンブン振った。

 

「そういうのは、女が男に対してやるヤツです! 男女逆転なんて、倒錯的過ぎる! こいつの性癖が歪んだらどうするんです!」

 

「え、ええ……ごめん」

 

 どういうことだよ、と思いつつも僕は新兵の手を離した。彼女は両手で顔を押さえてあわあわ言う。

 

「べ、別に嫌じゃないですけどぉ……その……ごめんなさい!

 

 顔を真っ赤にしたまま、新兵は走り去ってしまった。……いかん、調子に乗りすぎた。こんなんだからモテないんだよなクソッたれめ……。

 

「……本当に申し訳ない。状況が落ち着いたらちゃんと謝ると伝えておいて欲しい」

 

「い、いや、まあ、喜んでたみたいなんで、謝る必要はないと思いますがね?」

 

「喜んでたの? あれ……」

 

 やっぱり女の人ってよくわかんないな……などと考えていた時だった。ポンという気の抜けた音が塹壕線に響き渡る。慌てて空を見上げると、パラシュートに吊られた赤い信号弾がピカピカと輝いていた。敵確認の合図だ。

 

「来やがったな。おい、急いで配置に戻れ。合戦用意!」



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第39話 くっころ男騎士と開戦

 土塁からそっと頭だけ出し、望遠鏡を覗く。遠くに、隊列を組んでこちらに進軍してくる全身鎧姿の集団の姿があった。掲げられた旗は牛の頭蓋骨を図案化したもので、貴族の家紋というよりは海賊旗の類に見える。

 

「銃兵隊に伝令。命令があるまで絶対に発砲するなと伝えろ」

 

「はっ!」

 

 今のところ、敵軍に騎兵の姿は見えない。ここは山岳地帯の隘路だからな。下手に馬で突っ込んできても効果が薄いことは向こうもわかっているんだろう。

 代わりに差し向けてきたのは、強固な甲冑を装備した重装歩兵だ。まだ遠いため望遠鏡を通してもよく見えないが、おそらくあの甲冑は大半が魔装甲冑(エンチャントアーマー)だろう。魔力の込められたこの鎧は、ライフル弾すら通さない。射程外からむやみやたらと発砲したところで弾薬の無駄だ。

 

「ソニア様から連絡です。砲兵隊、いつでも発砲可能とのことです」

 

「よし!」

 

 銃弾すら通さない鎧を着た相手に銃で攻撃したところで効果は薄いし、白兵戦を挑むのはもっと不味い。なにしろこっちの主力は魔装甲冑(エンチャントアーマー)どころか普通の鎧すら来ていない奴らが大半だからな。

 銃も剣も効果が薄い上に、うちには高位の攻撃魔法を使いこなす人材もいない。じゃあどうするのかと言えば、大砲を使うしかないだろう。

 

「……問題なさそうだな」

 

 この指揮壕は周囲を一望できる場所に設けているので、砲兵隊の姿も視認することが出来る。そちらに望遠鏡を向けると、広くて深い塹壕の中に安置された大砲の周りで何人もの騎士たちが動いていた。鋳造されたばかりの青銅の砲身が、陽光を浴びてピカピカと輝いている。

 ……実はこの大砲、レマ市で雇った鐘職人にこの場で鋳造してもらった急造品だ。魔法があるこの世界では銃と同じく大砲もあまり人気の兵器ではないので、当然職人もほとんどいない。一方、教会の鐘なんかを作る鐘職人ならそれなりの規模の都市にはかならず居るからな。鐘と大砲は構造的に似ているため、技術の流用が出来る。

 とはいえ、やはり急造品。おまけに運用しているのは正規の砲兵教育を受けた人間ではなく僕の部下……つまり騎士だ。正直、どうにも不安がある。しかし状況が状況なので仕方がない。

 

「軽臼砲、青の信号弾を用意しておけ」

 

「はっ!」

 

 軽臼砲……木製の樽にしか見えない大きな筒の横に居る部下へ、僕は命令を出した。これは打ち上げ花火の発射機とほとんど同じもので、信号弾を発射することが出来る。青の信号弾は砲兵隊へ射撃開始を指示するものだ。

 

「さて、と……」

 

 僕は小さく息を吐いて、再び望遠鏡を敵の方に向けた。全身鎧の重装歩兵たちは、悠然とした足取りで接近を続いている。前進を指示する軍鼓(ぐんこ)(連絡用の太鼓だ)の音が、こちらにまで聞こえてきていた。何とも不安をあおる音色だ。

 

「ふん……」

 

 しかし、指揮官たるもの悠然とした態度を崩すわけにはいかない。小さく息を吐いて、自分を落ち着かせる。じりじりと近づいてくる敵から目を離さない。そろそろ大砲の弾が届く距離に入ったが、発砲指示はまだ出さない。ライフリングもついてない滑腔砲じゃ、遠距離で撃ったところでまともに当たるもんじゃないからな。ましてこちらの砲を運用しているのは素人の集団だ。

 

「後方に弓兵が控えていますね」

 

 僕と同じく望遠鏡を覗いていた騎士の一人が呟く。たしかに、重装歩兵隊の後ろでは弓兵が隊列を作っていた。前衛を射撃で支援するつもりなのだろう。

 

「道が狭いせいで、真後ろにつくしかないようだな」

 

 射撃兵科は白兵兵科の左右を固めるのがセオリーだが、この隘路ではなかなかそういうわけにもいかないのだろう。下手をすれば味方の背中に矢をぶち込みかねない危険な配置だ。それを避けるには、矢を急角度で放って曲射を狙うしかない。

 

「こっちからすれば、都合のいい話だ」

 

 なにしろ、重装歩兵隊の退路を塞いでいるわけだからな。うまくいけば厄介な敵を一網打尽に出来る。

 そんなことを考えているうちに、彼我の距離は一キロを切った。大きく息を吸い、叫ぶ。

 

「青色信号弾、放て!」

 

 ぽん、と気の抜けた発砲音が指揮壕に響いた。マグネシウム粉末の燃焼音がハッキリ聞こえたのとほぼ同時に、大砲の前方を守っていた簡易的な城門が開かれる。そして、銃や軽臼砲とは比べ物にならない発砲の轟音。

 放たれたのは、鉄製の球形弾だ。鉄球は地面をバウンドしながら重装騎兵に襲い掛かり、兵士数人を跳ね飛ばす。榴弾ならもっとたくさん巻き込めるんだが、この世界ではまだ発明されていないので仕方がない。

 

「やっぱりこの程度では臆さないか。いいぞ」

 

 味方を吹っ飛ばされたというのに、重装歩兵隊は勇敢だった。大声で鬨の声を上げながら突撃を開始する。大砲が連射できないというのは、むこうの指揮官も理解しているだろうからな。下手に退いて再装填の時間を稼がせるより、一気に距離を詰めて白兵に持ち込むべし、という考えだろう。

 こちらの大砲は一門のみ。その判断は、間違いなく正しかった。しかし正しい判断だからこそ、簡単に予想することが出来る。

 

「見てろ。連中、月までぶっ飛ぶぞ」

 

 そう言って僕が敵を指さした瞬間だった。疾走する重装歩兵たちの足元で、複数の大爆発が起きる。耳をつんざく轟音に顔をしかめつつも、僕の目は何人もの兵士が空中に吹き飛ばされる姿を捉えていた。

 あの地点には、大量の埋火(うずめび)……つまり原始的な地雷が大量に埋設されている。連中は、地雷原に全力疾走で突っ込んできたわけだ。当然、その被害は甚大なものとなった。



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第40話 盗撮魔副官とにわか砲兵隊

「撃て!」

 

 わたし、ソニア・スオラハティの号令と共に、大砲が轟音を上げた。ここは防衛線最前衛の

砲兵壕。ここではわたしは砲兵隊の指揮を任されていた。

 

「再装填、急げ!」

 

 跳ね上げ式の簡易城門がうなりをあげて閉まる。現在、敵は組織だって反撃できるような状況ではないが、弓隊がいる以上あまり油断はできない。再装填作業中に矢を射かけられたりすれば大惨事になってしまう。

 金色に輝く大砲の砲口に巨大な房のついた棒が差し込まれ、ガチャガチャと前後させて内部の煤を払う。しかしその手付きはどうも不慣れで危なっかしい。

 

「く……」

 

 砲兵を担当しているのは、我々騎士隊だ。普段は馬を駆り剣を振り銃を撃つような訓練ばかりしているような連中だから、砲兵隊としての仕事に慣れていないのは仕方ない。それでも、埋火(うずめび)とかいう地中爆弾が爆発する音が間近で響きまくっているような状況なので、早くしろと怒鳴りたくてたまらない気分になっていた。

 それでもなんとか、騎士隊は麻袋に入った発射薬と鉄球弾を方向から詰め込み、再装填作業を完了した。大砲の台車を二人がかりで押して、反動で後退してしまった分を前進させた。

 

「発射準備よーし!」

 

「城門開け!」

 

 あのヴァルヴルガとかいう熊獣人が、滑車付きのロープを力づくで引っ張る。木製の城門が素晴らしい勢いで開いた。その向こうでは、全身鎧を纏った重装歩兵たちが右往左往している。撤退しようとしている者もいるが、後方は弓兵隊が塞いでいる。そして前進しようにも、埋火(うずめび)と大砲が怖くてにっちもさっちもいかない。まさに混乱のるつぼだ。

 そうこうしているうちに、埋火(うずめび)を踏んで周囲を巻き込み爆死する。なかなか痛快な光景だ。でも、残念ながら埋火(うずめび)は物資の問題であまり多く敷設できていない。そのため、敵が混乱している今のうちに戦果を拡大しておく必要がある。

 

「撃て!」

 

 再度の射撃命令。もちろん、まともな照準などつけてはいない。にわか砲兵に急造砲の組み合わせではどうせ弾はまっすぐ飛ばないんだから、適当にぶっ放して構わないとアル様はおっしゃっていた。

 先端に火縄がついた棒が砲の火口に差し込まれると、轟音とともに鉄球が撃ちだされた。その砲弾は地面でバウンドし、重装歩兵へ襲い掛かる。照準をつけていないとは言っても、狭い街道内で敵は密集している。そうとう運が悪くない限り外れたりはしない。ライフル弾をも防ぐ魔装甲冑(エンチャントアーマー)を身に着けていたところで、質量の暴力には敵いっこない。即死だ。

 

「いいぞ、次だ!」

 

 熊獣人が急いで城門を閉鎖する。わたしは壕から頭だけをだして、さらに敵軍の方をうかがった。敵はかなりの距離まで接近してきている。銃兵隊の射撃がそろそろ始まるはずだ。

 そう考えていると、案の定ライフルを斉射する耳慣れた音が聞こえてきた。砲兵壕を挟んだ左右の塹壕から、噴煙のように真っ白い煙が上がった。

 しかし、一斉射撃で倒れた敵は一人のみ。弾丸が外れてしまったわけではない。命中精度の高いライフル銃だ。半分くらいは命中したように見えた。しかしほとんどの弾丸は、魔装甲冑(エンチャントアーマー)の装甲に弾かれてしまったのだろう。いくら破壊力の大きいライフル弾でも、重装歩兵を倒すには非装甲部にうまく当てるしかない。

 

「素人どもめ! 間合いが近いんだ、後ろを狙え、後ろを!」

 

 思わず罵声が口から飛び出る。甲冑でガチガチに固めた相手に銃は効きづらいなんてことは、銃兵であれば皆知っているはずだ。本来なら、せいぜい鎖帷子くらいしか着ていない弓兵を狙うべきだったんだ。

 そうしなかったのはたぶん、弓兵が遠すぎて狙っても意味がないと考えたからだろう。傭兵団の銃兵は、火縄銃の低い命中精度を補うため出来るだけ敵を引き付けて撃つよう教育されている。その悪影響が出ているのだ。一応ライフル銃を扱うための指導はしたが、所詮は付け焼刃だったということか。

 だが、ライフルの扱いに慣れた私にはわかる。あのくらいの距離なら、ギリギリ有効射程内だ。しっかり狙えば、十分命中が期待できる。

 

「伝令を出すか?」

 

 銃兵が潜んで居る塹壕はすぐそこだ。伝令を出せば、すぐに攻撃対象を変えるよう命じることが出来る。

 

「……おい、銃兵隊に弓兵を狙うよう伝えろ」

 

 おそらく、アル様も同様に考えて射撃目標を変えるよう指示を出すだろう。しかし指揮壕に居るアル様より、前線に居るわたしのほうが早く命令を出すことが出来る。

 こういう時のために、アル様はわたしに前線の指揮を任せてくださったのだ。その期待を裏切るわけにはいかない。小姓に指示を出し、銃兵壕に走らせた。

 

「再装填完了!」

 

「城門開け!」

 

 機械的に号令

を出す。城門が開くと、射撃命令。耳をつんざく轟音とともに射出された鉄球はしかし、今度は誰にも命中しないまま山肌にぶつかって岩を粉々にした。舌打ちが漏れる。

 

「これではこけ脅しにもならないぞ」

 

 大砲を向けられて平常心でいられる人間はそうはいない。我々砲兵隊の仕事は敵兵の殺傷ではなく、脅威を感じさせて前進する意欲を挫くことだ。とはいえ、当たりもしない砲弾では脅威にならないのではないだろうか。やはりできることならもっとまともな大砲と砲兵が欲しい。ない物ねだりをしても仕方がないが……。

 そうこうしているうちに、銃兵隊が再び射撃した。指示通り、今度狙ったのは弓兵たちだった。遠くに見える弓を持った人影がバタバタと倒れた。あちこちから歓声が上がる。私自身、無意識にぐっと拳を握り込んでいた。

 

「銃兵どもに負けていいのか? 気合を入れろ、再装填!」

 

 戦いの興奮が全身を駆け巡るのを感じつつ、私は大声で叫んだ。



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第41話 メスガキ騎士と予想外の悪戦

「被害状況を知らせろ」

 

 部下にそう聞く母様の声は、少しだけかすれていた。篝火(かがりび)に照らされたその顔は、私が今まで見たことがないほど厳しい表情を浮かべている。

 戦端が開かれてから、半日が経過していた。すでに日は暮れ、周囲は真っ暗になっている。竜人(ドラゴニュート)は牛獣人よりも夜目が効く。夜戦は不利だということで、攻撃はいったん中止されていた。

 

「死者は三十名、重傷者七十名です」

 

「……つまり、何か。半日で一個中隊が完全に消し飛んだわけか?」

 

「はい……」

 

「こんな馬鹿な話があってたまるか!」

 

 母様は、激憤のまま地面の小石を蹴り飛ばした。岩肌に小石が当たって弾ける音が聞こえてくる。そんな小さな音も聞き逃さないくらい、陣幕の中は静かだった。誰も彼もが、沈痛な面持ちで口をつぐんでいる。私たちが受けた被害は、それくらい衝撃的なものだった。

 

「倍数の精鋭部隊とぶつかっても、こうはならないぞ! なんなんだあいつらは!」

 

「相手は妙に射程の長い銃を持っていたわ。ディーゼル家自慢の弓兵隊が反撃もできないまま一方的にやられるなんて、おかしいわよ!」

 

 射程と速射性に優れた長弓は、魔法を含めたあらゆる遠距離攻撃手段の中でも最優の武器だと言われているわ。そして私たちディーゼル家お抱えの弓兵は、長い時間をかけて育成した精鋭中の精鋭。それが銃ごときに一方的にやられるなんて、向こうがタチの悪い悪魔と契約してるとしか思えないわ。

 

「それに、地中爆弾の件もあります。あんなものを仕掛けられては、まともに進軍などできません!」

 

 騎士の一人がそう叫んだ。この辺りの山は峻険で、小人数ならまだしも軍単位となると街道に沿ってしか動けない。そんな大切な街道に爆弾を仕掛けられたら、もうどうしようもないわ。もっと広い場所が戦場なら、カンタンに迂回できるのに……。

 

「そうだ、地中爆弾だ。いったいどういう代物なんだ? 踏んだら爆発する仕組みのようだが……」

 

「兵に掘りかえさせて、ひとつ回収することが出来ました。木箱に火薬と鉄クギを詰めて、着火した火縄をくっつけた薄板で蓋をする構造のようです。この薄板を踏み抜くと、火縄が火薬に触れて着火する……という仕組みのようですね」

 

 軍に同行している技官が説明した。説明を聞いただけの私でも、簡単に同じものが作れそうな単純な構造ね。でも、こんな兵器、私は今まで一度も聞いたことがないわ。まさか、あのスケベな男騎士が考案したのかしら? ……まさか、さすがにそれはないわね。むこうに天才的な錬金術師でもいるのかしら?

 

「構造はわかった。対策は?」

 

「火縄が燃え尽きるまで待てば、踏んだところで着火はしません」

 

「どれくらいで燃え尽きるんだ、その火縄は」

 

「どうやら特別製の長期間燃え続ける火縄を利用しているようで……あと二、三日は待たないと危ないでしょう」

 

「なんだと……!」

 

 母様は額に青筋を浮かべたけど、怒鳴るのはぐっと堪えた。悪いのは説明した技官じゃなくて、こんなものを仕掛けた敵軍の方だものね。母様は乱暴者だけど、そのあたりの道理は心得ているわ。

 

「あまりノロノロしていたら、敵の増援が到着してしまう。それはマズイ……」

 

 本来なら、リースベンの警備兵なんて一日二日で片付ける予定だったわけだし。それが予想外に長引いたら、そりゃあ面倒なことになるわよね。眉間に皺を寄せる母様を見て、私は小さく唸った。なにかいいアイデアは思いつかないものかしら?

 

「とはいえ、これ以上の強攻を続けるわけにもいきません。はっきり言えば、すでに今回の遠征で受けた被害は許容量を超えておりまする。私としては、いっそ撤退も視野に入れるべきではないかと愚考いたしますが」

 

 そう語るのは、ディーゼル家に長年勤める老家臣だった。母様は腕を組み、考え込む。

 

「貴様のいう事はわかる。しかし、相手は同格ではなく格下の代官風情だ。しかも男だぞ! そのような相手に退いたとあっては、周りの領主どものナメられる!」

 

 神聖帝国(うち)はお隣のガレア王国以上に領主同士の結束が甘くて、年がら年中内戦が起きているような土地柄だもんね。近所の領主たちも、味方いう訳ではないわ。ディーゼル伯爵は弱い、なんて評判になったら必ず戦争をふっかけてくるバカが出てくるでしょうね。

 

「撤退という選択肢がないのは分かり申した。しかし、ではどういたします? 明日も強攻を続ければ、爆弾が埋まった地帯を突破することは可能かもしれませぬ。今日の戦いでも、何人かは向こうの塹壕までたどり着いた者がおりましたからな」

 

「たしか、トゲ付きの針金に阻まれてモタついているところを、槍で突き殺されたそうだな。……針金くらい、無理やり突破できんのか?」

 

「戦斧で振り払おうとしたり、攻撃魔法を撃ち込んだりするものもいましたが……どうも突破はムリのようです。工兵に除去させるしかありませんな」

 

「銃と大砲の射撃を浴びつつか?」

 

「……」

 

 敵の銃の性能は異常だもの。魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んだ騎士以外を前に出せば、全滅必至よ。その騎士ですら、鎧の隙間に銃弾を喰らって死傷したヤツもすでに何人もでてるわけだし……。それがわかってるから、周囲の騎士たちもみな黙り込んでしまった。

 

「こうなると、緒戦で精鋭を摺りつぶしてしまったのがあまりに痛いな……」

 

 騎士の一人がぼそりと呟いた。最初の戦いで前衛を務めた重装歩兵は、下馬させた騎士の部隊だった。うちの軍では、まちがいなく最精鋭にあたる連中ね。集中射撃を受けた弓隊ほどじゃないにしろ、彼女らもひどい被害を受けてる。戦線復帰はしばらく無理でしょうね……。

 

「とにかく、今は手持ちの戦力で何とかするほかない。少し時間をやるから、一人一つずつ何かアイデアを出してこい」

 

 そう言って母様は、集まっていた配下たちを一時解散させた。そして残った私を呼び寄せ、耳元でささやく。

 

「いよいよもってこの戦いはキナ臭い。どうやら、あたしは敵の罠に嵌まっちまったみたいだ」

 

 私はびっくりした。お母様がここまで言うような事態なんて、初めてよ。

 

「だいたい、敵の動きが全部ヘンだ。戦術も武器も、見たことのないようなやり方をしてきやがる。まるで、名前も聞いたことのないような異国の軍隊と戦っているみたいだ」

 

「確かに……」

 

 わたしは唸った。歩兵は強固な戦列を組み、騎士は堂々たる突撃を敢行する。それが正しい戦場のあり方という物よ。それに比べて、リースベン軍はなんなの? 今日一日戦って、まともな白兵戦すら起きていないというのはあまりに異常よ。

 

「今までのセオリーが通用しない相手だ。負けてやる気はないが、お前も十分注意しておけ。男のケツを追いかけることに熱中しすぎるなよ」

 

「わ、分かってるわよぉ……」

 

 そう言いながら、私はあの憎らしい男騎士の顔を思い浮かべた。真面目そうな顔をして、なんて汚い手を使う男かしら。やっぱり、出来ることなら身の程ってやつを理解(わか)らせてやりたいわね……

 



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第42話 くっころ男騎士と腹ペコ新兵

 日暮れに伴い戦闘は自然に終結したが、だからといって指揮官はすぐには休めない。被害状況の確認や消耗した物資の確認、戦闘詳報の作成など、やるべきことはいくらでもあった。なにしろこれらの仕事を補佐できるような人材は僕の部隊にはソニアを含めた数名程度しかいないで、とにかく処理に時間がかかる。

 

「んーっ!」

 

 指揮卓に散乱した書類を前に、僕は背中を伸ばした。すでに周囲は真っ暗になり、小さなオイルランプのささやかな明かりだけが僕を照らしている。天幕を張っているので、星の光すら指揮卓の周りにははいってこない。

 

「お疲れ様です、アル様」

 

 そう言うソニアの顔にも、疲労の色は濃い。彼女は最前線で指揮を執って貰っていたので、比較的後方にいた僕よりよほど疲れているはずだ。雑務につき合わせてしまって、どうも罪悪感を覚える。

 

「ソニアもな。悪いね、手伝わせて。人手が全然足りないもんだからさ」

 

「いえ。アル様の補佐は副官たる私の本来の任務ですので」

 

 クールな表情で答えるソニアは、まさに軍人の鑑だ。まったく、僕にはもったいないくらいの人材だな。

 

「あまり僕を甘やかしてくれるなよ。お前たちが居ないとまともに仕事ができない身体になってしまう」

 

「つまりアル様の部下として永久就職できるってことですか。そりゃあいい、どんどん甘やかして差しあげましょ。ねえ副長」

 

「ははは、それは良いな。アル様、どうかお覚悟を」

 

「参ったね、まったく」

 

 部下の騎士たちの言葉に、僕は思わず苦笑した。こいつらとはもう随分と長い付き合いになる。ほとんど家族のようなものだ。言われなくても、本人が望まない限り手放すつもりはなかった。

 

「夕餉をお持ちしました!」

 

 そんなことを話していると、指揮壕に入ってくる者がいた。寸胴鍋やらパン入りのバスケットやらを抱えた兵士だ。そこから漂ってくる香りが鼻をくすぐり、今さらながら空腹を自覚する。忙しくしていると、つい食べるのを忘れちゃうんだよな……。

 

「ああ、助かる。おい、テーブルを開けるぞ」

 

 手分けして指揮卓の上に散らばった書類やインク壺を片付け、なんとか食事ができるようにする。荷物を減らしたいので、食事用のテーブルを別に用意するようなことはしていなかった。組み立て式でも、結構邪魔になるからな……。

 腹が減っているのはみな同じだ。整理はすぐ終わり、夕飯が配膳された。とはいっても、大したメニューではない。カチカチの丸パンに、同じくカチカチのチーズ。そして申し訳程度にベーコンが入った乾燥野菜のスープ。なにしろこの世界には缶詰もレトルトもないので、こんなものばかりの食卓になる。

 

「今日の糧を得られた感謝を極星に捧げます……」

 

 手早く食事前のお祈りをして(なにしろ宗教社会なので、これをやらないと不信心扱いされる)、食事にありつく。味気ない保存食でも、空腹は最高の調味料だ。パンを薄いスープに浸してかじると、薄味ながらなかなか美味しい。

 

「お前たちはもう食事は終わっているのか?」

 

 食事を持ってきた兵士がこちらをじーっと見ているので、僕は聞いた。その視線はパンに固定されている。……そういやこいつ、例の新兵だな。ケガもしてないようだし、童貞のキスなしでも初日は無事に切り抜けることが出来たようだ。よかったよかった。

 ………しかし、童貞のキスという響きがもうなんかそれでいいのかお前感があるな。そんなもんを有難がるのは、やっぱり僕にはよく理解が出来ない。

 

「はい、少し前に……」

 

「ふうん」

 

 それにしちゃ、腹をすかせたような顔してるけどな。配給された食事だけじゃ足りないんだろう。とはいえ、初陣の直後にこの態度はなかなか大物だ。丸一日なにものどを通らない、みたいなことになる兵士も多いんだが。

 

「まあ、座れ」

 

「え? ……はっ!」

 

 パンの切れ端を見せると、新兵は目を輝かせて指揮卓の横に置かれた椅子へ座った。パンをやると、竜人(ドラゴニュート)のくせに飢えた子犬のような顔でそれにかぶりつく。こんな石みたいなパンをよくそのまま食えるもんだ。

 

「またアル様の悪い癖が出ましたね……」

 

 それを見たソニアは半目になって言った。僕は人に飯を食わせるのがとにかく好きで、こんなことはよくやっている。飯屋でおごるくらいならまだしも、戦場で自分のメシを兵に分け与えるのは確かに統制上よろしくないんだよな。ソニアが呆れるのもまあ理解できる。

 

「こっそりだよ、こっそり。おい、他の連中には秘密にしておけよ。誰も彼もからたかられたら、僕は餓死しなきゃいけなくなるからな」

 

「はい、はい、もちろん」

 

 あっという間にパンの切れ端を食い終わった新兵は、こくこくと頷いた。僕がにやりと笑うと、ソニアはため息を吐いて肩をすくめた。

 

「……」

 

「おい、そんな目をしても駄目だ。僕だって腹は減ってるんだからな」

 

 残りのパンにまで物欲しそうな目を向けてくるのだからたまらない。これ以上は駄目だ。すきっ腹じゃまともな指揮ができなくなるからな。流石に自分の趣味のために部下に迷惑をかけるわけにはいかん。

 

「戦いに勝ったら、腹いっぱいになるまでごちそうを食わせてやる。それまで我慢しろ」

 

「マジですか」

 

「嘘は言わん。期待しておけ」

 

「やった!」

 

 新兵は大喜びした。十代半ばと言えば、育ち盛りだもんな。そりゃ、腹も減るか。……こんな子供を戦場に連れてこなきゃいけないんだから、本当に嫌な気分だよ。



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第43話 くっころ男騎士と腹ペコ新兵(2)

 なにしろ皆腹を空かせていたから、料理はあっという間になくなった。デザートなど無論あるわけないので、僕は小さくため息を吐いた。砂糖のタップリかかったドーナツが欲しい。レーションに付属していたゲロマズのチョコレートでも許す。

 

「そういえば……」

 

 使い終わった食器を片付ける新兵に、僕は話しかけた。

 

「お前、名前は?」

 

「コレットです。……姓はありません、親に捨てられた身の上なんで」

 

「あ、そう」

 

 突然ヘビィ級の答えが返ってきたが、まあ若い身空で傭兵なんかやってるわけだからそれなりの事情はあるだろう。僕は口をへの字にして腕を組んだ。

 少し考えてから、片づけを止めて座るよう指示する。コレットはちらりとソニアの方を見た。彼女の厳しさはすでに傭兵団でも知れ渡っているみたいだからな。サボっていると思われたくないのだろう。しかし、別にソニアも隙あらばイチャモンをつけるクレーマーじゃないからな。平気な顔で頷いて見せた。ほっと息を吐き、コレットは先ほどまで自分が座っていた椅子へまた腰を下ろした。

 

「何歳だ?」

 

「十五です」

 

「へえ……」

 

 うーん、嫌な感じだな。少年兵(こっちの世界風に言うなら少女兵か)ってヤツは、やっぱり嫌いだ。前世では何度も爆弾抱えたガキが突っ込んでくるのを目にしている。僕自身がアレを指示する立場になってしまったような感覚になるんだよ。

 できれば何だかんだと理由をつけて後方に送りたいところだ。でも、戦力不足の現状ではなかなかそうはいかない。前世の反政府ゲリラやテロリストの指揮官もこんなことを考えていたんだろうか。まったく嫌になるね。

 まあ、僕自身現世では十五の時には戦場に出ていたが、外面はガキでも中身はオッサンだからな。それはそれ、これはこれ。ダブルスタンダードってヤツだ。

 

「初陣はどうだった?」

 

 そこが一番気になる結果だった。なにしろこの新兵、戦闘前はあんなに怯えてたくせに今はケロリとしている。砲声やらなんやらで神経がマヒしているんだろうか?

 

「えーっと、よくわかりませんでした。敵はほとんど銃やら爆弾やらにやられてまともに前進すらできない有様じゃなかったですか。塹壕に隠れてたら、それで終わりでした。伯爵軍の兵士のツラすら拝めなかったですよ」

 

「まあ、そういう戦場になるよう工夫したからな」

 

 敵は遠距離で倒すに限る。敵兵の大半を砲爆撃で倒し、歩兵部隊は制圧のためだけに投入するというのが僕の理想だ。それが兵隊の命と精神を守ることにつながる。

 地上攻撃機や戦闘ヘリはなく、長射程の野砲もない(なにしろこの世界の大砲の射程は傭兵たちに支給した歩兵用ライフル銃と大差ない)この世界ではそんな理想は実現しようがないが、それでもできるだけの努力はしている。

 

「とはいえ、向こうも何かしら対策は打ってくるはずだ。ずっとうまく行き続けるはずがない。油断はするなよ」

 

「そ、そうですか……」

 

 戦場の恐怖を思い出したように、コレットは背中をぶるりと震わせた。

 

「よろしければ、むこうがどういう手を使ってくるのか教えてもらいたいんですが。心の準備が……」

 

「そんなことは僕が知りたいよ」

 

 それがわかればもう勝ったも同然なんだけどな。向こうだってひとかどの封建領主だ。救いがたい無能とは考えづらいので、そうは問屋が卸さないはずだ。

 

「いろいろ考えられる。被害を恐れず強引な攻撃を続けるというのもまた一つの手だし、魔装甲冑(エンチャントアーマー)をつけた巨人兵士に突撃させるとかそういう方法で無理やりこっちの防衛線に穴をあけてくるかも」

 

 巨人といっても、せいぜい身長二・五メートルくらいの超大柄な人種だ。それでも、体力や膂力は一般的な力自慢の亜人種族を片手でねじ伏せるほどのものだ。それが重装甲を纏って突撃してきたら、早々止められるものではない。

 頼みの綱は地雷と大砲だが、地雷はそう大量に埋めているわけではないし初日で随分と消耗してしまった。生き残っている地雷はそう多くはないだろう。起爆装置が火縄なので、二日目あたりからは不発率も増してくる。大砲に至っては、まともに照準をつけることができないのだから期待するだけ無駄という物だ。

 

「あるいは、少数の精鋭部隊に山越えをさせ、こちらの側面や後方に攪乱攻撃を仕掛けてくる可能性もあります」

 

 ソニアが補足した。確かに、峻険な山岳地帯とはいえ少数ならなんとか突破することはできるだろう。攻撃が来るのは前方のみだと思い込むべきではないな。

 

「それなら逆に、こっちから仕掛けるってのもアリじゃないですか? 牛獣人は夜目が効かないって話ですし、迂回して夜襲をしかけてやれば……」

 

「悪くないアイデアだな」

 

 僕がそういうと、コレットは自慢げに鼻を掻いた。

 

「しかし、現有戦力ではなかなかそれも難しい。お前たちヴァレリー傭兵団は、山岳戦の訓練なんか受けてないだろ?」

 

「ええ? ああ、そうですね。確かに……基本、戦場は平地ですし」

 

 山岳で戦うのは非常に難しい。前世の僕もアフガニスタンでひどく難儀した。食い詰め傭兵の彼女らに山岳戦がこなせるとは、ちょっと思えないんだよな。正直に言えば、夜戦能力についても疑っている。いくら竜人(ドラゴニュート)が比較的夜目の利く種族とはいっても、暗視装置を付けたほどにバッチリ見えるわけじゃないし。

 もしどうしても夜襲を仕掛けなければならない状況になれば、僕は直属の騎士だけを選抜して作戦に当たるだろう。夜間の山岳地帯で戦うというのは、本当に難易度が高い。相当大きなメリットがなければやりたくないというのが本音だ。

 

「それに、明日も戦いは続くんだ。疲労を考えれば、夜襲に出せる人員は多くて三十人程度。対する敵はおそらく数百人はいるだろう。嫌がらせ程度の腰が引けた攻撃だって、この戦力差では逆襲を受けて壊滅しかねないぞ」

 

「う、確かに……」

 

 コレットは嫌そうな顔をして唸った。まあ、そもそも竜人(ドラゴニュート)が比較的夜戦を得意としていることは、むこうも理解してるだろうからな。歩哨を増員したりして、対策はとっていると考えるのが自然だ。やはり、積極的に夜戦を挑むメリットは少ない。

 

「まあそういうわけだ。僕はお前たちに無謀な戦いを挑ませるつもりはない。昼の戦いで堅実に勝つつもりだ。あえて忠告しておくが、お前も無茶をするなよ? せっかく慎重策を取ってるんだから、できるだけ安全に戦ってくれ」

 

「ええ、はい」

 

 照れたようにコレットは頬を掻いた。

 

「しかし変わってますね、代官様は。なんとなく、死ぬ気で戦え! みたいなことを言われるかと思ってました」

 

「新兵が死ぬ気で戦ったところで死体が増えるだけだ。流石に任務を放棄して逃げ出されるのは困るがね。死なない程度に頑張って、経験を積んだ古参兵になってもらったほうが助かるんだよ、こっちとしては」

 

 まあ、こいつらは傭兵だから、僕の下で戦うのは今回限りという可能性も十分にあるけどね。まあ、死んでほしくないというのは本音だ。自分が死ぬのも嫌なもんだが、部下が死ぬのもしんどい。どちらとも前世で経験済みだ。

 

「そりゃ、いいですね。古参兵になって戦果をあげたら、こんどこそ代官様のちゃんとしたキスが貰えるかも」

 

「馬鹿、調子に乗るんじゃない」

 

 思わず笑って、コレットの頭をガシガシ撫でた。彼女は照れた様子で鼻をこすっていたが、若干怖い顔をしているソニアを見て「ひぇっ」と声を上げた。

 

「すんません! 殴られる前に退散します!」

 

 慌てたコレットは食器の入ったバスケットや空になった鍋を引っ掴み、逃げ出していった。

 

「肝の据わった新兵ですね。案外、将来は大物になるかもしれません」

 

「だな」

 

 僕とソニアは顔を見合わせ、また大笑いした。

 

 



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第44話 くっころ男騎士と鉄条網対策

 翌日。伯爵軍は日の出とともに攻撃を再開した。兵士たちの遺骸が横たわる街道を、全身鎧をまとった重装歩兵たちが進軍する。

 

「むこうは持久戦に持ち込む気はないようだな……」

 

 望遠鏡を覗きながら、僕は唸った。初日の被害にビビって攻撃を控えてくれるのではないかと期待してたんだが、どうやらそんなに都合のいい話はないみたいだな。王都へ帰還するアデライド宰相に増援の要請を頼んでおいたから、それがリースベン領へ到着するまでにらみ合いを続けることができれば大した被害もなく勝てるんだが。

 まあ、時間が経てばたつほど不利になることは、ディーゼル伯爵も理解しているだろうからな。とにかくこちらは、向こうの意志が折れるか増援が到着するまで死体の山を築き続けるしかない。

 

「とはいえ、流石に向こうも初日ほど無謀な攻撃はしてこないようだな」

 

 伯爵軍は重装歩兵(装備から見ておそらく下馬騎士だろう)を前に出し、銃撃に対して無防備な弓兵や軽装歩兵は後方に控えさせている。初日の攻撃で大勢の弓兵が死傷したからだろう。

 

「うーん……」

 

 鼓膜を殴りつけられるような轟音が響いた。ソニアの指揮する砲兵隊が発砲を開始したのだ。猛烈な勢いで発射された鉄球弾はしかし、一人の敵も巻き込まず明後日の方向へ飛んでいく。敵の隊列は初日の密集陣から打って変わってかなりまばらな横隊だ。これでは、命中精度も攻撃範囲も狭いこちらの大砲ではなかなか有効弾を出すことが出来ない。

 

「対策を打って来たな。無駄弾を撃つくらいなら、射撃を控えた方がましかもしれない」

 

 こちらの弾薬にも限りがあるからな、浪費はできるだけ抑えたい。弾頭に使う鉛や鉄はともかく、火薬に関しては供給量が限られているからな。あまりたくさん用意することができなかった。火器弾薬さえ揃っているのなら、いくらだって持久する自信があるんだが。

 

「牛獣人なら牛獣人らしく、猪突猛進してくればいいものを」

 

 部下の騎士がぼやいた。まあ、気分はわかる。無為無策に平押ししてくるような手合いなら、それはそれで助かるんだが。

 

「赤い布振り回せば突進してくるんじゃないっすか」

 

「馬鹿言え本物の牛じゃあるまいに」

 

「そんなもん振り回すくらいならアル様のパンツでも振り回した方がまだ可能性があるぞ」

 

「駄目だ駄目だ、敵どころか味方までつっこんでくるぞ。先鋒はソニアだ」

 

 人が真剣に方策を練ってるときに勝手なこと言いまくるんじゃねえよ! 騎士どもはほとんどが幼年騎士団、つまり年少の騎士見習いを集めて行う集団訓練以来の仲なので、発言に遠慮という物がない。全く困った連中だ。……というか、あの真面目なソニアがそんなことするはずないだろ!

 

「むっ」

 

 そんなことを考えているうちに、戦場で動きがあった。重装歩兵たちが穴を掘り始めたのだ。よく見れば、彼女らが携えているのは槍や戦斧などではなくエンピ(穴掘りに使う土木用品)だった。

 

「地雷を撤去するつもりか」

 

 埋火(うずめび)は撃発に火縄を使う都合上、使用の直前に埋める必要があるからな。当然、地面にはまだ埋めた跡が残っている。よく観察して掘り返せば、素人でも撤去は可能だろう。

 

「銃弾を浴びながらよくやる」

 

 当然ながら、地雷原はライフル銃のキルゾーンと重なるよう設置してある。銃兵隊はすでに発砲を開始しており、さかんに銃声が響いている。敵の重装歩兵隊は、ライフル弾の嵐を浴びながら作業を続けていた。魔装甲冑(エンチャントアーマー)ならライフル弾も弾けるとはいえ、なかなかの根性でできることではない。

 

「狙撃兵が欲しいな。この距離なら、十分装甲の隙間を射貫けるはずだが」

 

 思わずぼやきが出る。しかしライフル初心者の傭兵団銃兵にそこまでの腕前を求めるのは酷だし、僕の配下の騎士たちにもそこまで射撃に特化した訓練を受けた者はいない。ない物ねだりをしてもしかたがないか。

 

「精度の低さは数で補うしかないか……右翼に攻撃を集中するよう伝えろ!」

 

 下手な鉄砲数打ちゃ当たる、というヤツだ。敵全体に散漫な射撃をしかけるよりは、一方に射撃を集中したほうが良い。いくら魔装甲冑(エンチャントアーマー)とはいえ大量の銃弾を浴びればタダでは済まないだろう。

 

「……」

 

 命令を出してしばらくは、戦場は膠着し続けた。集中射撃を受けてなお、伯爵軍の重装歩兵たちは地雷撤去作業を続ける。掘り出し中に銃弾を浴びて爆死する者も居たが、誰一人として戦線から逃げ出す者はいなかった。敵軍の士気はすさまじいものがある。

 

「敵もなかなかやる……」

 

 こんな相手と白兵戦はしたくない。練度も装備も低いこちらの傭兵たちとぶつかれば、一方的にやられてしまいそうだ。現状はアウトレンジ攻撃に徹しているため、こちらに大した被害は出ていないが……。防衛線が食い破られる事態になれば、攻守は完全に逆転するだろう。

 

「手の空いている奴は、銃兵隊の援護に行け。射程の短い騎兵銃でもないよりはマシだ」

 

 指揮壕に居る騎士たちは、連絡員や指揮の補佐などをやってもらっている。しかし今は少しでも敵を阻止するための火力が欲しい。どうしても残しておかなければならない人材を除き、前線に回すことにする。

 

「しかし、敵は埋火(うずめび)を撤去してどうするつもりでしょうか? ただ単に肉薄攻撃を仕掛けてくるだけなら、鉄条網と塹壕で持ちこたえられると思いますが」

 

「鉄条網の隙間から長槍で突っつかれるだけでも、敵からすればかなり厄介だろうからな。これを突破しない限り、向こうは得意の白兵戦に持ち込めない」

 

「逆に言えば、かならず敵は塹壕戦の突破を図ってくるはず……」

 

 参謀役の騎士が唸った。あの豪快な牛獣人たちが、鉄条網に取り付いてちまちま鉄線を除去なんて地味な真似をするだろうか? 何かもっと、ド派手な手段を取ってきそうな気もするが……。

 

「アル様! 左翼に新手が!」

 

「何?」

 

 見張りの報告に、急いで望遠鏡を覗き込む。そこにあったのは、後面に大量の鉄板を張り付けた大型の荷馬車だった。

 

「戦車モドキか……」

 

 僕の額に、冷や汗が浮かんだ。




なぜ夜襲をしないのかというご指摘があり、43話にそれについての説明を追加しました。わかりづらくて申し訳ありません


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第45話 くっころ男騎士と鉄馬車

 敵重装歩兵による地雷撤去は粛々と進んだ。銃弾、砲撃、そして地雷。様々な攻撃により少なくない数の兵士が倒れたが、その作業の手が止まることはなかった。敵ながらほめたたえたくなる勇猛ぶりだが、こちらとしてはそれどころではない。

 

「予備兵に手榴弾をありったけ持たせて前に出せ!」

 

 すでに血路は開かれてしまった。戦車モドキ……鉄馬車が突っ込んでくるのは時間の問題だ。馬車の車輪では塹壕は乗り越えられないだろうが、鉄条網は突破されてしまうだろう。この段階で第一塹壕線に敵の浸透を受けるのは面白くない。

 

「昨日の今日であんなものを用意するとはな」

 

 コレットの言うように、夜襲を仕掛けていれば馬車の改造も妨害で来たんじゃないだろうか? そう考えたが、やはり手持ちの戦力で夜襲を行うのは無謀だ。防衛戦なのだから、戦力の浪費は絶対に避けなければならない。

 

「大砲を命中させればあの程度の馬車は粉砕できるんですが……」

 

 騎士が唸った。まあ、鉄板を張っていると言っても所詮は木造の馬車だからな。銃弾は防げても砲弾はムリだろう。しかしそれは当たればの話だ。

 

「あの砲じゃムリだな」

 

 なにしろまともな照準器もついてない急造砲だ。しっかり狙っても移動目標に当てるのは不可能だろう。何か代わりになるようなものは……脳裏に浮かんだのは翼竜(ワイバーン)だ。あれで近接爆撃をかければ撃破できるのでは?

 

「いや、駄目か」

 

 翼竜(ワイバーン)には五〇〇ポンド爆弾も空対地ミサイル(マーヴェリック)も搭載できない。手榴弾や火炎瓶を空から投げ落とすのがせいぜいの貧弱な対地火力しか持っていないんだ。退陣攻撃ならまだしも、対物攻撃には使いづらい。

 まあ、しかし翼竜(ワイバーン)を攻撃に使うのは悪いアイデアではない。今は偵察にしか使っていないが、すぐに攻撃に転用できるよう準備させておくことにしよう。とはいえ、まあ今は鉄馬車の対処に集中すべきか。

 

「アレは肉薄して吹っ飛ばすしかないか」

 

 砲兵も航空機も頼りにならない以上、歩兵で対処するほかない。背負った騎兵銃を確認した。場合によっては鉄条網が破られ、塹壕内部に敵の侵入を許す可能性もある。白兵戦の準備はしておかないとな。

 

「来るぞ……!」

 

 そうこうしているうちに、鉄馬車が動き始めた。鉄板の張られた後面を前にし、馬を繋ぐ(くびき)の部分を牛獣人の重装歩兵二人がかりで掴んで突進し始める。ちょうど、馬車が前後逆になって走っている状態だ。

 

「迎撃急げー!」

 

 傍らの真鍮製メガホンを引っ掴んで叫ぶ。銃や砲の発砲音が響く戦場で前線まで声が届くかは怪しいところだが、僕の意をくんだ伝令が弾かれたように指揮壕から飛び出した。

 もっとも、前線も鉄馬車の突撃を許せば不味いことになるというのは理解している。即座に銃兵隊がライフルを馬車に向けて斉射した。

 

「やはり小銃では効果が薄いか……」

 

 しかし、案の定銃弾は馬車の装甲板に弾かれ大した効果を発揮しなかった。……しかし、銃弾を弾けるほどの鉄板となると相当重いはずだよな。それをたった二人で動かすなんて、一体どういう筋肉をしてるんだ。クソ、羨ましい。

 そんなことを考えているうちにも、鉄馬車は着実にこちらとの距離を縮めていく。どうやら、前線部隊によって地雷の撤去が済んだルートを選んで進んでいるようだ。掘り返されてデコボコになった路面に車輪を取られ、車体がガタガタと揺れる。

 

「そのままコケちまえーっ!」

 

 こちらの陣地で誰かが叫んだ。僕もまったく同感だったが、残念ながらそんな幸運は訪れなかった。前線に張り巡らされた鉄条網に向け、鉄馬車がぐんぐんと加速していく。

 

「死にさらせー!」

 

 そんな叫びとともに、塹壕から次々と手榴弾が投げられた。手榴弾と言っても、鋳物の鉄球の中に火薬を詰め導火線をくっつけただけの簡素なものだ。導火線から火を噴き上げながら転がったそれは、馬車の直前で連続爆発する。

 

「うわーっ!」

 

 さすがにこれにはたまらず、馬車はバラバラになりながら横転した。魔装甲冑(エンチャントアーマー)のおかげか馬車を押していた兵士は無事で、ふらつきつつも慌てて逃げようとする。しかしそこへ銃兵の射撃が浴びせかけられ、二人の重装歩兵はあっという間に血塗れになり動かなくなった。いかに強固な甲冑でも、装甲の隙間を狙われてはひとたまりもない。

 

「見たか帝国の野蛮人共!」

 

「一昨日きやがれ!」

 

 こちらの兵士が快哉を叫ぶ。しかし、敵陣にはさらなる動きがあった。二台目の鉄馬車の突撃が始まったのだ。望遠鏡を覗いてよく確認してみると、三台目四代目の鉄馬車も用意されているようだ。

 

「用意できた手榴弾は、確か全部で五十発だったな?」

 

「はい、それ以上は火薬が足らず……」

 

「そうか、わかった」

 

 僕は内心眉をひそめた。さっきの迎撃だけで、少なくとも十発以上の手榴弾が投擲されたはずだ。すべての鉄馬車を迎撃するには、手榴弾の量が足りないかもしれない。

 

「白兵戦にもつれ込む可能性が高い。傭兵団の連中に前衛を任せるわけにはいかないから、場合によっては僕たちが前に出るぞ」

 

 装備の行き届いた重装歩兵を相手に軽装備のヴァレリー傭兵団を矢面に立たせたりすれば、結果は火を見るよりも明らかだ。前衛は僕たち騎士隊が務めるほかない。指揮はできるだけ落ち着いた場所でやりたいところだが、まあ戦力が足りない以上仕方がないだろう。

 

「いつでも第二防衛線へ撤退できるように準備をしておくんだ。後衛戦闘は僕たちが受け持つほかないから、撤退の指揮はヴァレリー隊長に任せる」

 

「了解!」

 

 僕の命令に反論する者は一人もいなかった。いささかタイミングは早いものの、撤退自体は作戦を立てた時点で計画されていたことだからだ。もう一日か二日くらいは持久したかったが、陣地に固執して余計な被害を被るわけにはいかない。

 第一防衛線での作戦目的はあくまで敵の前衛を疲弊させることだ。弓兵にも十分なダメージを与えることができたことだし、今はこれで満足することにしよう。

 

「ま、鉄馬車をすべて防ぎきれるというのなら、それが一番なんだが……」

 

 僕は小さな声でぼやいた。鉄条網さえ破られなければ、これまで通り一方的にアウトレンジ攻撃を仕掛けることが出来る。装甲化した部隊以外は接近すらままならない。そんな戦い方をずっと続けれることが出来れば万々歳なのだが……まあ、そう都合よくコトは進まないだろう。そんな予感があった。

 



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第46話 くっころ男騎士と白兵戦

 その後も、ディーゼル伯爵軍は鉄馬車による突撃を繰り返した。四台目まではなんとか阻止に成功したものの、手榴弾の在庫が尽きてしまったためとうとう五台目に至って鉄条網への突入を許してしまう。

 

「今だ、突っ込め!」

 

 鉄馬車に踏みつぶされ、滅茶苦茶になってしまった鉄条網を踏み込めて伯爵軍の兵士が殺到する。勝機と見たか、後方からも次々と増援部隊が現れた。

 弓兵部隊も再び現れ、矢を盛んに放っていた。しかしこちらに関しては、塹壕と土塁のおかげでほとんど有効弾は出ていない。逆にこちらの銃兵の反撃を受けてジリジリと後退している始末だ。

 

「砲兵隊は慎重に射撃を続けろ。不味いと判断したらこちらの命令を待たずに撤退していい」

 

 大砲は小回りが利かない。アレにもまだ役割があるからな、放棄するわけにはいかないんだよ。僕は大声で命令を出しつつ、塹壕内を走る。傭兵隊では敵の精鋭を防ぎきれない。僕直属の騎士隊で対処する必要がある。

 

「傭兵隊は後方から援護! 騎士は敵の出鼻をくじけ!」

 

 狭い防衛線だ。あっという間に鉄条網の破られた区画へ到着する。すでに敵兵は塹壕内に侵入していた。傭兵たちが槍や剣を振り回して応戦しているが、明らかに旗色が悪い。すでに血塗れになって地面に転がっているものもいる。

 

「傭兵共はいったん退け! 射線に入るなよ」

 

 命令を出しながら、騎兵銃を敵兵へ向けた。一瞬、身体強化魔法を使うべきかと逡巡する。しかし、アレは効果時間が三十秒しかない。その上、使用後には体中が痛くなる副作用付きだ。ここぞという時のために温存しておくべきだろう。雑兵が相手ならば、只人(ヒューム)の貧弱な身体能力でもなんとか戦える。

 

「射撃の(のち)吶喊、行くぞ!」

 

「ウーラァ!」

 

「撃て!」

 

 叫びながら、引き金を引く。配下の騎士たちも同時に発砲した。黒色火薬特有の猛烈な白煙が立ち込め、煙幕を焚いたように視界が遮られる。そのせいで、弾が当たったのかどうかすら視認できない。

 

「突撃―!」

 

 号令と同時に兜の面頬を降ろし、自らも走り出す。すでに騎兵銃には銃剣を装着済みだ。切っ先を真っすぐ前に構え、敵部隊へ突っ込む。

 

「キエエエエエッ!」

 

 剣術の癖でそう叫びつつ白煙の帳を走り抜けると、すぐ前に面食らった様子の重装歩兵が居た。その隙を逃さず、兜に付いた面頬のスリットを狙って銃剣を突き出す。相手はガチガチの重甲冑だ。銃剣が通用する部位は多くない。

 

「うわっ!?」

 

 慌てて体を逸らして刺突を回避する敵兵だったが、僕は即座に銃から手を離して相手へ飛び掛かった。胸元の装甲を引っ掴み、足を引っかけて地面へ引き倒す、柔道の要領だ。

 

「グワーッ!」

 

「チェストーッ!」

 

 背負い紐で体に引っかかったままの騎兵銃を再び引っ掴むと、地面に転がる重装歩兵の首元の装甲の隙間へ銃剣を付き込んだ。くぐもった悲鳴と共に血が噴き出す。

 

「やりやがったな!」

 

 戦斧を大上段に構えた別の敵兵が、そう叫びながら突進してくる。牛獣人らしく、ソニアにも負けないような大女だ。それが野蛮な叫び声と共に全力疾走してくるのだから、凄まじい迫力だ。

 

「キイエエエエエエエエッ!!」

 

 しかし気合で負ければ勝負にも負けるのが戦場の常識。こちらも負けるわけにはいかない。騎兵銃を構えて自らも吶喊する。

 

「ヌオオオオッ!」

 

 唸りをあげて地面に叩きつけられる戦斧を紙一重で躱し、カウンター気味に敵の面頬のスリットへ銃剣を刺し入れた。敵兵は悲鳴を上げながら地面に転がる。

 

「代官殿、お任せを!」

 

 傭兵たちが叫ぶと、転げた敵を手に持った長槍であっという間に突き殺した。

 

「いいぞ、その調子だ!」

 

 いちいちトドメを差していては、その隙を敵につかれかねない。ここは連携して対処に当たろう。

 そう考えつつ、周囲に目を向ける。敵増援はまだ続いていたが、軽装の歩兵が中心になっていた。防衛陣地両翼に配備した銃兵隊が猛威を振るい、突進する敵を片っ端から射殺している。大砲も射撃を続けていた。これだけ敵が多いので、流石に鉄球弾に巻き込まれる兵士も多い。

 塹壕に突入済みの重装歩兵たちも、僕の騎士たちが抑え込んでいた。敵も精鋭だろうが、こちらも精鋭。勝負は互角か、こちら優位に見える。

 

「銃を再装填する。援護を」

 

 いったん後ろへ引き、腰の弾薬ポーチから白い紙製薬莢を引っ張り出した。これ幸いと攻撃を仕掛けてくる敵兵も居たが、味方傭兵が長槍を突き出して威嚇する。

 その隙に面頬を少しだけ開け、紙製薬莢を嚙み切る。中身の火薬を銃口から流し込み、紙に包まれたままの鉛玉で蓋をした。その紙を破いて弾頭の先端だけを露出させると、銃身下に装着された棒を引き抜いて鉛玉を銃身奥へと突き入れる。最後に火口のニップルへ雷管を装着すると、再装填作業は完了。

 慣れた作業なので、三十秒とかからない。それでも、戦場ではたった永遠に近いほど長く感じる。やはりせめてボルトアクション銃が欲しい。そう思いながら、面頬を再び降ろした。

 

「覚悟―ッ!」

 

 そこへ、またも斧を構えた敵兵が突っ込んできた。本当に闘牛じみた連中だな。そんなことを考えながら、即座に騎兵銃を構えて引き金を引いた。湿った銃声と共に、敵の構えていた戦斧の柄が吹っ飛んだ。分厚く重い斧頭が明後日の方向へ吹っ飛んでいく。

 

「アッ!」

 

 敵兵がうろたえるがもう遅い。剣や手槍を手にした傭兵たちが即座に飛び掛かっていった。あっという間に鎧の隙間に刃を突き入れられ、短い悲鳴を上げながら絶命する。

 

「……」

 

 その様子を視界の端で確認しながら、せっかく再装填したのにまたやり直しだと僕は内心ボヤいていた。戦闘の興奮のせいで、血なまぐさい光景を目にしても心にモヤがかかったように何も感じない。でも、後で思い出して気持ち悪くなるんだよな、こういうのって。まったく、実戦ってやつはこれだから嫌いだ。

 

 



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第47話 くっころ男騎士とわからせ

 私、カリーナ・フォン・ディーゼルは息を切らせながら走っていた。リースベン側の陣地からは、火山の噴火のように絶え間なく生えクエンが上がっている。大砲や小銃の砲煙だ。

 狭い街道には何人もの伯爵軍の兵士が横たわっている。とうにこと切れている者も、血を流しながら呻いている者もいた。ありていに言って、地獄みたいな光景だった。

 

「ひうっ!?」

 

 私の真横を、銃弾がうなりをあげて通過した。魔装甲冑(エンチャントアーマー)をしっかり着込んでいるから、直撃を受けても大丈夫。そう頭でわかっていても、背中がぞわぞわする感覚は抑えられない。

 

「ハッ、クソガキめ。ビビってんなら帰ってパパに抱っこしてもらったらどうだ?」

 

 そんなことを言うのは、私の前を走る騎士だった。母様にも負けない立派な体格を禍々しい装飾の施された魔装甲冑(エンチャントアーマー)に納めた彼女は、私の従妹のミヒャエラだった。

 正直、彼女とは仲が悪い。一方的に下に見ている私がディーゼル家当主である母様から可愛がられているのが面白くないんでしょうね。いちいちチビだの臆病者だのと罵倒してくるんだから、堪ったものではないわ。

 

「う、うるさいわねっ! ビビってなんかないわ!」

 

 それでも、この女は騎士としては十二分以上に強い。この地獄みたいな戦場で生き延びるためには、コイツの後ろにいるのが一番なのよね。……いや、ビビってなんかないのよ? ただ、死なないために必要なことを冷静に実行してるだけなんだから。あれ、私誰に言い訳してるんだろ……。

 とにかく、私は憎まれ口をぶつけられつつも、なんとかトゲ付き鉄線の張られた場所まで無傷でたどり着くことが出来た。ムチャクチャになった鉄線フェンスの向こうには、ボロボロになった鉄馬車が塹壕に擱座している。

 

「どけ、雑兵ども!」

 

 敵陣地内になだれ込む兵士や騎士たちを押しのけ、ミヒャエラはぐいぐいと前に出ていく。実戦慣れしているだけあった、この辺りの動きは堂に入っている。

 塹壕の内外は、乱戦の様相を呈していた。敵味方の兵士が入り混じり、白兵戦を演じている。銃声、剣戟の音、怒声、悲鳴、様々な音が混然一体となって私の耳を叩く。私は一歩退きかけたが、それよりはやくミヒャエラが斧を掲げて叫んだ。

 

「我こそはディーゼル家の一番槍、ミヒャエラ・フォン・ディーゼル! ガレアのトカゲどもの中に名をあげたいものは居るか! この私が相手になってやる!」

 

 肝が据わってるってレベルじゃないわねコイツ! でもアンタの得物は戦斧であって槍じゃないわよ!!

 

「ディーゼル家の者か。よくまあノコノコ出てきたものだ!」

 

 敵軍から返ってきた声は、聞き覚えのあるものだった。戦場には似つかわしくない、涼やかな男の声。

 

「男だァ? するってぇと、お前がこのリースベンの代官か。男の癖に騎士をやってる身の程知らず! ハハッ、面白くなってきやがった」

 

「マ、マジでぇ……」

 

 思わず声が出た。何で男がこんな最前線にいるのよ! 馬鹿じゃないの? おかげでミヒャエラに見つかっちゃったじゃない!

 コイツはとんでもないスケベ女で、領地でも好みの男を見つけたら手籠めにしようとするような筋金入りの色情狂よ。戦場で男なんか見つけたら、絶対に犯そうとするわ。アイツは私の獲物なのに!

 

「おい男騎士! 出てきやがれ! 私が戦場の怖さってやつを教育してやるからよぉ!」

 

「や、やめてよ! アイツは私のよ! 母様だって……」

 

「ああ? ガキにゃ過ぎたおもちゃだ! テメェは引っ込んでろドチビ!」

 

「チビじゃなくて成長期!!」

 

 なんて言い合ってたら、むこうから塹壕を乗り越えて出てくるヤツがいた。面頬付きの兜を付けているから顔はわからないけど、あの古臭いデザインの甲冑は間違いない。アルベール・ブロンダンだわ。ヤツは持っていた小銃を近くの兵士に預け、腰からサーベルを抜いた。

 

「教育か、結構! では、胸を借りさせてもらおうか」

 

「へっ! 一騎討ちでもしようってのか? 気に入ったぜ。おい、手ぇだすなよ、お前ら! こいつは私の獲物に決めた!」

 

 だから私の獲物だって! そう言う間もなく、ミヒャエラは戦斧を握ってズンズンと前に出てしまった。

 

「負けても『くっ、殺せ!』なんて言うなよ? その兜の下がどんなツラか知らねえが、チンコがついてりゃとりあえずどうでもいい。飽きるまで滅茶苦茶にしてやるからよ」

 

「好きにしろ」

 

 そう言い捨てて、アルベールは両手で握ったサーベルを大上段に構えた。……サーベルを両手で? よく見ると、そのサーベルは護拳が取り外され柄が延長された妙な代物だった。雰囲気だけは、東方のカタナとかいう剣に似ている。

 

「その言葉、忘れんじゃねえぞ!」

 

 そう叫びながら、ミヒャエラは戦斧を構えながら突進した。

 

「馬鹿! バカバカバカ! さっさと逃げなさいよ!」

 

 思わず私はそう言った。クソ従妹のお下がりで処女卒業なんか絶対いやよ! せっかく極上の獲物を見つけたってのに!

 

「キエエエエエエエエエッ!!」

 

 なんて心の中でぼやいていたら、猿のような叫び声が聞こえた。それと同時に、アルベールが地面を蹴ってミヒャエラに突っ込む。えっ、あれアルベールの声!?

 面食らっているうちに、アルベールはミヒャエラの懐に入っていた。戦斧が振り下ろされるより早く、大上段からのサーベルがミヒャエラに襲い掛かる。彼女はそのまま、縦に真っ二つになった。

 

「……は?」

 

 一瞬、何が起こったのか理解できなかった。だって、あの女は銃弾をも弾く魔装甲冑《エンチャントアーマー》を着ているのよ? それも、魔剣の類でも傷をつけるのが難しい最高級品のハズ。それが、なんで……。

 

「そこに居る小さいのは、カリーナ・フォン・ディーゼルか」

 

「ひっ……!?」

 

 返り血で甲冑を真っ赤に染めつつ、アルベールがこちらを見た。思わず小さな悲鳴が出る。面頬のせいで、その表情はうかがえない。逆にそれが不気味だった。

 

「ディーゼルの縁者が二人。なんとも都合がいい、首だけにして当主に送り返してやる」

 

 そう言って、アルベールはまたサーベルを構えた。その瞬間、下着に暖かい感触があふれる。脚甲を伝って黄色い液体が足元に流れ出た。

 

「キエエエエエエエッ!!」

 

「ぴゃああああっ!?」

 

 その絶叫を聞くと同時に、私は踵を返して走り出した。

 

「母様! 母様! 助けてぇ!! ぴゃああああああっ!!」



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第48話 くっころ男騎士と進退

 泡を食って逃げ出していくチビっ子の背中を見送りながら、僕はこっそり安堵のため息をついた。騎士とは言え年端もいかない子供を殺すのはとても気が重いし、身体強化の魔法もすでに効果が切れている。

 この魔法、短時間で再使用すると反動で体が動かなくなるんだよな。戦場で行動不能にはなりたくないし、さりとて「復仇だ!」と言って勝負を挑んでくれば騎士としては受けざるを得なくなるなる。ビビらせて逃がすのが最適解だったってワケ。

 

「見たか帝国の野蛮人!」

 

「代官様万歳! ガレア万歳!」

 

 一方、こちらの傭兵たちは大盛り上がりだ。竜人(ドラゴニュート)に対してトカゲは禁句中の禁句だからな。まっぷたつになった例の騎士はガレア人の地雷を踏んでしまったわけだ(もっとも、ヴァレリー傭兵団は獣人の比率が比較的高いが)。

 ちなみに、傭兵団と言っても、彼女らはガレアの国内で結成・活動している集団だ。当然、ガレアとは歴史的に仲が悪い神聖帝国を嫌っている者は少なくない。

 

「代官殿に遅れるな、押し返せー!」

 

 そう叫んだのはヴァレリー隊長だった。傭兵たちの先頭に立ち、長剣を振り回して指示を飛ばしている。堂に入った指揮姿だ。対する伯爵軍の兵士たちは、明らかに腰が引け始めている。ディーゼルの姓を名乗る騎士があっけなく敗れたのだから、そうもなるだろう。

 

「むっ!」

 

 しかし、油断はしていられない。特徴的な高音を発しつつ、風の刃が僕に襲い掛かってきた。即座にサーベルを振るい、叩き落す。敵魔術兵の攻撃魔法だ。ここは塹壕の外であり、ボンヤリしていたら敵の射撃を一身に浴びる羽目になる。

 さっと身をひるがえし、塹壕に身を隠す。血塗れになってしまったサーベルを布で拭い、一応点検しておく。魔装甲冑《エンチャントアーマー》をぶった切ったというのに、その刃には欠け一つない。母上が戦場で神聖帝国の大貴族からかっぱらってきたという曰く付きの代物だが、その切れ味は本物だ。

 おそらく、相当良い強化魔法がかかっているのだろう。普通の甲冑ならまだしも、魔装甲冑《エンチャントアーマー》を相手にするならそれなりの業物が必要になってくる。

 

「はー……」

 

 サーベルを鞘に納めつつ、僕は小さくため息を吐いた。動けないほどではないが、全身がダルくて痛い。身体強化魔法の反動だ。只人(ヒューム)が亜人相手にフィジカルで勝つには、なかなか無茶な強化をする必要があるんだよな。

 

「帰って酒飲んで寝たい……」

 

 自分にしか聞こえないような声でそう呟いてから、僕は身体に力を込めた。もうだいぶウンザリした気分になっているが、指揮官たるものそれを態度に出すわけにはいかない。あと一息で防衛線内から敵を押し返せそうだ。もうひと頑張りすることにしようか。

 

「アル様、翼竜(ワイバーン)騎兵から連絡です」

 

 そこへ、一人の騎士が駆け寄ってきた。手には小さな連絡筒が握られている。翼竜(ワイバーン)の騎手が手紙を入れて空中投下するのに使われているものだ。

 

「西側の斜面に敵の別動隊と思われる集団を確認。数、半個中隊程度。以上です」

 

「なるほどな」

 

 なんでもないことのように、僕は言った。あくまで演技だ。内心はそうではない。いよいよ酒が欲しくなってきた。相手の指揮官はそれなり以上に有能なようだ。打てる手はしっかり打ってくる。

 現在、こちらの正面に居る敵戦力は二個中隊ほど。ただし戦場の戦闘正面幅が狭く、塹壕等の効果もあってこちらが有利に立ち回ることができている。

 しかし、反撃に転じたとはいえ鉄条網が破られた状況で横から攻撃を受けるというのは面白くない。うまくしのげたとしても、それなりの損害は出るだろう。

 

「会敵までそう時間はかからないでしょう。いかがいたしますか?」

 

「……」

 

 本当にどうしよう。銃兵隊を再配置すれば、まあ半個中隊程度なら問題なく対処できるはずだ。しかしそれでは正面の敵への圧力が大きく下がる。今まで以上の数の敵が流れ込んでくることになるということだ。

 急いで第一波を塹壕からたたき出し、傭兵たちに投石で攻撃させる……? アリといえばアリだ。一応、こういう状況になることを想定して、投石紐や手ごろな大きさの石つぶての準備はしている。頑張れば、今日一日くらいの持久はできそうな気がした。

 

「撤退準備だ。事前計画に従い、第二防衛線へ後退する。各員に連絡を」

 

 しかし、結局僕はいったん戦線を整理することにした。敵は予想外の痛撃を受け、正面の圧力が下がっている。あえて正面を捨てることで、別動隊を落ち着いて処理できるというのも大きい。こうなれば、敵の指揮官はこれまで好き勝手やられたぶんをお返しをしてやろうと必要以上に攻撃的になるはず。さらなる罠に嵌めるには絶好のタイミングという訳だ。

 この第一防衛線は、あくまで緒戦で敵の数を漸減するためだけに設置してある。なにしろ、街道は狭すぎて自分たちも身動きがとりづらい事この上ないからな。ちょうどいいタイミングで敵に明け渡し、後方の第二防衛線を決戦場にする予定になっている。

 

「撤退指揮は予定通りヴァレリー隊長に任せますか?」

 

「そうだ。殿(しんがり)をやれるのは我々だけだ」

 

 敵に背中を向けているときが一番損害を受けやすいわけだからな。まともな甲冑も来てない連中に最後尾を任せることはできない。

 

「……敵の第一波は跳ね返せそうだな」

 

 塹壕からちらりと外をうかがう。ヴァレリー隊長率いる槍兵たちが伯爵軍を押していた。やはり一騎打ちを仕掛けたのは良かった。敵前衛の士気は明らかに挫けている。

 

「鉄条網の外へ押し出したタイミングで撤退開始だ。ソニアを呼んできてくれ」

 

「了解。ソニア副長をお連れします」

 

 僕の命令を復唱した兵士は、駆け足で砲兵壕のほうへ駆け出した。事前計画では、砲兵はイの一番で撤退することになっている。そこにソニアを張りつけ続けるわけにはいかない。

 殿は難易度が高いうえに危険な任務だからな。万一僕が戦死した時には、ソニアに指揮を引き継いでもらわなきゃいけない。

 ……しかし、総指揮官が一番危険な場所で直接指揮しなきゃいけないのは本当に非効率的だな。銃やらなんやらの兵器の運用に一番熟達しているのが僕だから、仕方ないんだけどさ。まともな士官が僕とソニア、そしてヴァレリー隊長しかいないんだから、本当に人手不足も甚だしい。あと二人くらい居れば、もっと柔軟に部隊運用できるのに。

 

「ま、ない物ねだりをしても仕方がない」

 

 この世界へ転生してからなんど呟いたかわからない言葉を口にしてから、僕は塹壕から飛び出した。ヴァレリー隊長にも撤退開始を伝えなくてはならない。



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第49話 くっころ男騎士と遅滞戦闘

 傭兵たちは思いのほか素直に撤退の指示に従った。今のところ優勢なわけだし、現状維持を主張されるんじゃないかと思っていたんだが……どうやら先ほどの一騎討ちが効いているらしい。あれがなかったら、単にビビッて逃げ出そうとしてるだけだと思われたかもしれないな。結果オーライだ。

 

「急げ急げ! 忘れ物はするなよ!」

 

 伯爵軍を鉄条網の外へ押し返すと、第二波が来襲するまでの僅かな間を縫って僕たちは撤退を開始した。武器や物資はもちろん、戦死者の遺体も後送しなくてはならない。こっちの世界じゃ敵兵の遺体なんかゴミみたいな扱いをされかねないからな。まともに弔いたければ自分たちの手で回収する必要がある。

 

「新手が来ます!」

 

 物見やぐらの見張りが警告の声を発する。流石に早いな。撤退中の味方の背中に攻撃をさせるわけにはいかない。僕は塹壕に身を隠したまま、騎兵銃の撃鉄(ハンマー)を上げた。

 

「とにかく、傭兵どもが陣地転換する時間をなんとか稼がにゃならん。クソみたいな戦いになるだろうが頑張ってくれ」

 

 僕は周囲の騎士たちに言った。すでに後衛戦闘に参加予定の人員は全員集合している。主力は騎士隊だ。伯爵軍の精鋭に対抗できるのは、装備や練度に優れた僕の騎士たちだけだ。

 

「問題ありません。いままで白兵が出来なかった分、存分に暴れさせてもらいましょう」

 

 ソニアがクールな表情で言い切った。しかしその頬は紅を差したように赤い。戦闘の熱気で興奮しているのだろう。

 

「お前はできれば傭兵たちと一緒に後退してほしいんだが。二人そろって戦死したら、指揮を執れる人間がヴァレリー隊長だけになるぞ。そうなったらもう勝ち目なんかない」

 

 指揮ぶりを見るに、ヴァレリー隊長は十分以上に有能な士官だ。しかし彼女はあくまで雇われにすぎない。雇い主が死ねばさっさと降伏してしまう可能性が高い。

 

「ご冗談を。わたしはともかくアル様が戦死されるなど、ありえません」

 

 だから信頼が重いんだよ!! こちとらすでに一回前世で戦死済みなんだよ、無邪気に自分だけは大丈夫なんて考えにはなれない。まあそんな能天気な考えをしている奴に指揮官は務まらないが。

 

「それに、わたしはあくまで副官です。あなたのお傍にいるのが自然なことではありませんか」

 

「しかしだな……」

 

「アル様、ソニアは筋金入りのフリークなんですから問答するだけ無駄ですよ。さっさと戦いましょう」

 

 うんざりした様子で別の騎士が言った。ソニアは『命令』すれば大概のことは聞いてくれる。しかし根がとんでもなく頑固なので、納得ずくで説得するのは非常に骨が折れる。今回は僕が引くしかないか。

 ……だいたい、指揮官が最前線に立たなきゃいけないのが一番の間違いなんだよな。僕だってできれば安全な場所に居たいよ。痛いのも怖いのも普通に嫌だし。ここで負けたら全部オシマイの大一番じゃなきゃ、もっと安定した作戦が取れるのにさ。

 

「そうだな……」

 

 敵の間近でやる話でもない。僕は小さく息を吐いて、敵の出方をうかがった。数は相変わらず多い。しかし流石の伯爵軍も装甲部隊の在庫が切れてきたらしく、兜以外の防具を付けていない軽装の兵士の姿も確認できる。これならある程度は戦えそうだ。

 

「よし、交互射撃で弾幕を張る。射撃準備!」

 

「ウーラァ!」

 

 騎兵銃を土塁に乗せ、照準をつけつつ僕は命令した。まだ敵兵は豆粒くらいの大きさにしか見えないが、ライフルの精度なら十分に命中弾を出せる。

 

「撃ち方はじめ!」

 

 銃声が耳朶を叩く。銃口から吐き出されたすさまじい白煙が僕たちの視界を遮り、敵兵の姿を覆い隠した。本当に黒色火薬ってのは使いづらいな。さっさと無煙火薬を実用化しなくては……。

 

「次、撃て!」

 

 そんなことを考えつつも、口は機械的に次の命令を発していた。自分自身も引き金を引く。銃床を伝わる鋭い反動が肩を叩く。白煙はますます濃くなり、敵兵が完全に見えないほどになってしまった。

 

「風術!」

 

 しかしここはファンタジー世界、対処法はある。傭兵団の魔術師が歌うような声音で呪文を唱えると、どこからともなく大風が吹き煙を散らした。

 僕たちの射撃はそれなり効果があったらしく、何人もの兵士が地面に倒れていた。しかし、それでも敵の前進を無理やり止めるほどの打撃力はない。軍靴が地面を踏みしめる音が、こちらにまで聞こえてくる。

 

「この狭さでは散兵になって射撃を避けることもままならんだろうな。敵ながら哀れだ」

 

 狭い街道内には、敵兵の死体や鉄馬車の残骸などが所狭しと並んでいる。おまけにまだ地雷も残っているとあれば、敵は身を寄せ合って狭いルートを通るしかない。射撃側からすればいいマトだ。弾薬を棒で銃身の奥へ押し込みつつ、僕は小さく笑った。

 

「第二小隊、装填完了しました」

 

「よし、撃て!」

 

 再度の射撃。敵前衛がバタバタと倒れた。騎士の一人が口笛を吹いた。

 

「へっ! カカシどもが、いい気味だぜ」

 

 他の騎士も口々に軽口をたたく。しかし再装填を続けるその手付きはいささかも遅れない。流石の練度だな。やはり頼りになる。

 

「報告!」

 

 そこへ、伝令が飛び込んできた。敵兵から目を向けたまま、僕は「どうした?」と聞き返す。

 

「例の別動隊と撤退中の部隊が会敵しました」

 

「正面はこちらが受け持つから、そっちはそちらの敵へ集中しろと伝えろ」

 

 側撃を受けるのは痛いが、相手は現状半個中隊程度。おまけに足場の悪い街道外から攻撃を仕掛けてきているわけだ。正面の敵と合わせて半包囲状態になりさえしなければそこまで恐ろしいものではない。

 

「了解!」

 

 走り去る伝令を見送りもせずに、僕は敵に銃弾を撃ち込んだ。とにかく、今は手勢だけでここを抑える必要がある。白兵戦の距離まで接近される前に、できるだけ敵の数を減らしておく必要があった。

 



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第50話 くっころ男騎士と催涙弾

手違いで51話として書いていたエピソードを50話として投稿してしまい、削除いたしました。
混乱を招くような真似をしてしまい、申し訳ありません。


 それから三時間は本当に地獄だった。戦力を後方に下げたため別動隊は問題なく撃退できたものの、そのぶん増した正面の圧力が直接僕たち殿(しんがり)部隊に押しかかってくる。一時間もしないうちに鉄条網直前の第一塹壕線は奪取され、僕たちはジリジリと後退し続けた。

 今は何とか、街道の極端に狭くなった場所を利用して遅滞戦闘を行っていた。まともに横隊も組めないほどの狭さだから、敵も大戦力は投入できない。少数で敵を足止めするにはピッタリな地形だ。この辺りの山道には、地形の問題で道幅がやたらと狭い場所が沢山ある。

 

「キエエエエエエッ!」

 

 叫びながら銃剣を敵兵の腹に突き立てる。血を吐きながら苦悶の声を上げるソイツを蹴り飛ばし、その勢いを利用して後ろに下がる。

 

「男風情がッ!」

 

 斧を振りかぶった別の敵兵が突っ込んでくる。僕は急いで騎兵銃から手を離し、リボルバーを抜き撃った。ほとんど同時に二発の銃弾が発射され、その兵士の腹と胸に当たる。引き金を引いたまま指で複数回撃鉄(ハンマー)を弾くファニングというテクニックだ。

 鎖帷子(チェインメイル)を撃ち抜かれて地面に崩れ落ちる敵兵からすぐに視線を外し、リボルバーをホルスターに戻す。それと同時に突き出されてきた槍の穂先をステップで回避し。騎兵銃を引っ掴んで銃剣で刺突し返した。

 

「うっ……この!」

 

 なんとかその一撃を籠手で防いだ敵兵だったが、そこへソニアが突っ込んでくる。大上段から振り下ろされた両手剣(クレイモア)を回避しきれず、肩口を切り裂かれたその兵士は絶叫しながら転倒した。ソニアはなんの躊躇もなしに首元に切っ先を突き入れ、とどめを刺す。

 

「助かる……!」

 

 荒くなった息をなんとか堪えつつ、僕は礼を言った。体力的にかなりしんどくなっていた。敵はほぼ全員僕よりフィジカル面で優秀だからな。まともにぶつかり合うのは、本当にしんどい。前世での蓄積がなければとうに死んでただろう。

 

「副官の職務ですので」

 

 そう答えるソニアの表情は、あくまでクールだ。うーん、フィジカルお化け。全く羨ましいもんだ。

 

「進め進め! 敵は追い詰められているぞ!」

 

「ガレアの魔男がそこに居るぞ! 叩きのめして犯しちまえ!」

 

 伯爵軍の方からは物騒な叫び声が聞こえてくる。いや、魔男ってなんだよ。魔女的なアレか? なんだか響きが間抜けだな。しかし、今日だけで何回「犯してやる!」って言われるんだろうな。童貞としては、なんだかなあと思わざるを得ない。

 

「うちのアル様を犯すだぁ? 出てこいコラ! ぶっ殺してやる!」

 

「牛女のガバガバの穴なんか、アル様も願い下げだっての!」

 

 敵の罵声に、こちらの騎士も闘志を燃やして対抗する。うん、士気が高いのは結構なことだし、僕に対する誹謗に対して怒ってくれるのも嬉しい。でも牛獣人はアリアリのアリだと思います。胸はデカイしちっちゃいツノも可愛いしな。平和的にアプローチされたら一瞬で堕ちる自信がある。童貞のチョロさをナメるなよ。まあ、今は殺し合うしかない関係なのが悲しいが。

 

「牛共が……ステーキにされたいようだな……!」

 

 一番怖いのはソニアだな……憎しみの籠った唸り声と共に、敵兵をバッタバッタと切り倒している。まさに豪傑のような戦いぶりで、敵も前に出られなくなっていた。

 

「無茶はするなよ!」

 

 あくまで今は時間が稼げればそれでいいのだ。敵を倒すのは二の次で良い。僕は部下たちに忠告しつつ、ちらりと懐中時計を確認した。予定通りなら、そろそろ後方の再配置が終わるはず……。

 

「緑色信号弾確認!」

 

 そこへ、見張りの声が飛び込んできた。僕は思わず「よしっ!」と大声で叫んだ。緑色信号弾は準備完了の合図だ。あとは僕たちが撤退するだけで、敵を殺し間に誘導することが出来る。何しろこの街道は一本道だ。

 

「撤退準備!」

 

 とはいっても、正面からガンガン敵が来ている状態ではそうそう後退できるものではない。どんな精鋭でも背中を攻撃されたらひとたまりもないからな。そういう訳で、敵の攻撃を一時的に止める必要があった。そのための準備も、もちろんしている。

 

「煙幕を焚け!」

 

 そう叫ぶと、後方の傭兵たちが大きなタルをいくつも街道に並べ始めた。タルの蓋へ取り付けられた導火線に火をつけ、叫ぶ。

 

「準備完了!」

 

「よし、やれ! 総員、撤退開始!」

 

 合図と同時に、タルがこちらに向かって転がってくる。下り坂だから、かなりのスピードだ。そしてそのタルの中からは、猛烈な勢いで白煙が吐き出されていた。街道内はあっという間に一メートル先も見えないような濃密な煙に包まれた。

 このタルには、遅燃性の火薬と数種類のスパイスが詰められている。当然、そこから発生する煙は目や鼻の粘膜を刺激する成分がタップリ含まれている。原始的な催涙弾というわけだ。

 

「なんだこれ! なんだこれ!」

 

「ウッ、ゲホッ!」

 

 煙をモロに浴びた敵兵たちはさかんに咳き込み始める。催涙弾による攻撃など、この世界ではまず行われることはないだろう。未知の感覚に襲われた彼女たちは、もう戦うどころではなくなっている。

 もちろん、催涙弾を喰らったのはこちらも同じだ。僕も顔中涙と鼻水まみれになり、酷い有様になっている。それでも、全く慌てることなく全速力で後退する。仲間たちもそれに続いていた。

 なにしろ、僕たち騎士隊は定期的にこの催涙煙幕を浴びる訓練をしていた。涙や鼻水は生理現象だから抑えられないが、冷静に行動することはできる。慣れというのは偉大だな。この手の訓練がいざという時非常に有効であることを教えてくれた前世の教官には感謝感謝だ。

 

「ウェーッホ!」

 

 しこたま咳き込みつつも、僕たちはなんとか狭い街道を抜けた。涙に歪む視界の先に映るのは、広い台地だ。ここに引いた第二防衛線によって敵の主力を撃滅するのが、僕の建てた作戦の第二段階だった。



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第51話 猛牛伯爵とアリ地獄

「ヌゥ……」

 

 あたし、ロスヴィータ・フォン・ディーゼルは迷っていた。撤退したリースベン軍に、どう対処するのが正解なのかがわからない。姪のミヒャエラを一騎討ちで倒したリースベン軍は、勢いに乗っていたはずだ。このタイミングで撤退するのは不自然が過ぎる。

 

「報告。前衛部隊は敵軍の猛烈な射撃を浴び、台地への侵入に失敗したそうです」

 

「やはりそうなるか」

 

 事前偵察で確認済みだが、この街道の先には広い台地がある。大軍であるこちらに有利な地形だ。台地内に突入さえできれば、少々の武器の差なら問題なく覆すことが出来る。

 しかしそれは、むこうも理解しているだろう。リースベン軍は台地の入り口付近に再布陣し、こちらの侵入を防ぐ構えを見せていた。

 訳の分からない煙に巻かれ、敵の殿(しんがり)部隊と一緒に台地内へなだれ込むことが出来なかったのが悔やまれる。敵の背中を盾にすれば、銃兵の攻撃は避けられたのに……。

 

「……」

 

 口には出さないが、非常に困った。こちらの士気はもうひどい有様になっている。異様な被害を被っているということもあるし、ディーゼル家の若衆の中では屈指の騎士として知られるミヒャエラが討ち取られてしまったことも大きい。おまけに、当主(あたし)の実の娘であるカリーナが敵前逃亡したとあっては、もうどうしようもない。

 

「しかし、ミヒャエラがやられたか」

 

 素行は良くなかったが、騎士としての腕は折り紙付きの女だった。まだ、あたしはその死を受け入れられない。男にやられるような女ではなかったはずだ。

 聞いたところによると、ミヒャエラは鎧の上から一刀両断されてしまったらしい。力自慢の獣人が常識外れの巨大戦斧を全力で振り下ろしたところで、両断まで行くのはムリだ。それほどまでに魔装甲冑《エンチャントアーマー》の防御力は高い。

 そんな化け物じみた相手と愛娘であるカリーナが戦わずに済んだのは、不幸中の幸いだった。ミヒャエラには悪いが、あたしは内心そう思っていた。

 

「……」

 

 カリーナ。そう、カリーナだ。本当にどうしよう。まさか、こんなことになるとは思わなかった。当主の娘とはいえ……いや、当主の娘だからこそ、敵前逃亡なんて真似をすれば甘い処分は出せない。まだ見習い騎士なのだから、死罪は避けられるだろうが……。

 結局今すぐ判断を下すことはできず、とりあえずカリーナにはあたしの傍仕えを命じていた。事実上の謹慎のようなものだ。馬に乗ってあたしの横で立ち尽くす彼女は、ひどく憔悴した様子でうなだれていた。慰めの言葉をかけてやりたいが、やったことがやったことなので厳しい態度を取らざるを得ない。

 

「ロスヴィータ様、騎兵を使いましょう」

 

 配下の騎士の言葉に、あたしは小さく唸った。今は娘のことを考えている暇はない。はやくリースベン軍を撃破しないと、ガレア王国の救援部隊が到着してしまう。その前にリースベン領を制圧し、ガレア王国側の山道で敵増援を迎撃するというのが当初の作戦だった。

 時間は敵だ。持久戦はできない。被害を覚悟で強引に責めたのは、そういう理由だ。もはやリースベンなど諦めた方がマシだというのは理解しているが、ここで退いてしまえばわが軍の将兵の死が無駄になってしまう。それに、メンツの面でも不味い。戦いを継続する以外の選択肢は無いわけだ。

 

「歩兵での突破は難しいか」

 

「はい。こちらは狭い街道に押し込められ、前進と後退以外の動きはできません。一方、敵軍は台地側にいるため自由な布陣ができます。この不利は覆しがたいでしょう」

 

 街道内の戦闘では、わが軍はもちろん寡兵である敵軍ですら全戦力を前線に集中することができなかった。戦場が狭すぎるからな。台地の入り口を封鎖されると、今度はリースベン軍のみがその制限から解放されることになる。

 

「対騎兵構築物を回避できない街道内ならともかく、台地であれば騎馬突撃も可能でしょう。ここは騎士たちに頑張ってもらうのが一番かと」

 

「ふむ……」

 

 配下の騎士たちは、昨日今日とずいぶんと消耗している。なにしろ、重装歩兵の半数は下馬騎士だからな。地中爆弾だの妙な銃だので尋常ならざる被害を受けた彼女らに、これ以上の負担を強いるのは心苦しい。

 

「騎兵の機動力であれば、射撃を受ける時間も短くなります。銃は装填に時間がかかりますからね、これまでの戦いよりも被害は少なくなるのではないかと」

 

「確かにな」

 

 まあ、これまでの戦いで異様な被害を被ったのは、歩兵の進軍速度が遅かったからというのは事実だ。こちらの武器が届く距離まで接近するのに時間がかかると、それだけ敵軍の射撃機会も増えるからな。

 その点、騎兵の突撃であれば一射目か二射目あたりで槍の届く距離までたどり着けるだろう。それに、銃弾は鎧で防ぐこともできる。やはり、現状では騎馬突撃が最良の選択か。

 

「よし、軍馬の準備しろ」

 

 そう命令しつつも、あたしの気持ちは晴れなかった。奇抜な武器や戦法を抜きしても、敵将は尋常な指揮官ではない。あたしがここで騎兵隊を持ち出すことなど、とっくに予想済みだろう。このタイミングで一度撤退したことから考えても、何かしらの罠が待ち受けているのは確実だ。

 それでも他にいいアイデアがない以上、部下を信じて命令を出すほかない。あたしは心の中で、これ以上酷いことが起きませんようにと極星に祈った。



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第52話 くっころ男騎士と対騎兵戦

「敵騎兵隊確認!」

 

「よし来た」

 

 伝令の報告に、僕は会心の笑みを浮かべた。この戦いに勝つ気概があるのなら、敵はここで騎兵隊を使うほかない。たとえ罠とわかっていてもだ。

 

「本日最後の大仕事だ! 気合入れていくぞ!」

 

「ウーラァ!」

 

 配下の騎士たちの元気な声に、僕は嬉しくなる。キツイ殿(しんがり)任務に、味方からの催涙攻撃。もういい加減に休ませてくれと言いたい気分だろうに、まったくそんなそぶりを見せない。流石の精鋭だ。

 まあ、僕自身そろそろ体力の限界なんだけどな。催涙弾のせいでまだ目も鼻もクソ痛いし、体は滅茶苦茶ダルいし、頭もなんかフワフワしている。可及的速やかに実家に戻って丸一日惰眠を貪りたい気分だが、指揮官が一番最初にヘタれるわけにはいかないんだよな。やせ我慢あるのみだ。

 

「兄貴―! お待たせしましたッス」

 

 リス獣人のロッテが、(くつわ)を引いて軍馬を連れてくる。もちろん、その後ろには馬丁係の従者たちが全員分の軍馬を集めていた。

 騎兵には騎兵をぶつける。それが僕の作戦だ。敵の騎兵隊はそれなりの規模であることが予想される。数少ない銃兵だけでは大量の騎兵には対処できないし、槍兵なんかを直接ぶつけたところで蹴散らされるだけだ。

 第一防衛線みたいな強固な塹壕と鉄条網で四方を囲んでおけば、そもそも騎馬突撃なんて許さないんだが……そこまで大掛かりな陣地を構築をするには、流石に時間も資材も、そして人員も足りなかった。防御構築物があるのは正面だけであり、このままだと迂回を許してしまう。

 

「おーし! んじゃ、行ってくる」

 

 ロッテの頭をわしわしと撫でてから、馬に跨った。味方陣地からは発砲音が盛んに鳴っていたが、軍馬はおびえる様子を見せない。

 馬は本来大きな音を嫌うものだが、発砲のたびに怯えられては僕の部隊では使い物にならない。この軍馬はレマ市で調達した時点で銃声に対して反応が鈍い個体を選別し、さらに陣地構築の合間に特別な調教も施してある。対策はバッチリだ。

 まあその分調達費用はかさんだが、カネを出しているのは僕ではなくアデライド宰相閣下なので何の問題もない。さんざんセクハラされているんだから、こういう時くらいタカってもバチはあたらないだろう。まあ最終的に僕の借金になるわけだけど。

 

「ご武運をッスー!」

 

 手をブンブンと振るロッテたちに見送られつつ、僕たちは馬を進めた。台地内は背の低い草が生えているだけの平坦な地形であり、騎馬で移動する分には快適その物だ。

 台地と言ってもそう広いものではない。すぐに岩山を切り開いて作られた切通が見えてくる。この切通を通らなければ、台地内に侵入することはできない。

 

「アレですね、敵は」

 

 馬を寄せてきたソニアが言う。切通の中ほどには、騎乗した騎士たちの姿があった。切通の出口付近には先ほどから牽制射撃を仕掛けているので、飛び出すタイミングをうかがっているのだろう。

 こちらの塹壕線と出口までの距離は五〇〇メートルほど。軍馬の全力疾走なら三十秒もかからず踏破できる。先ごめ式ライフルの装填速度を考えれば、射撃機会は一回のみ。銃兵隊の数の問題から、ライフルのみでの騎兵突撃の阻止は難しい。その分僕たち騎兵が頑張る必要があるということだ。

 

「……」

 

 シビアなタイミングが要求される作戦だ。背中にじっとりとした冷や汗が浮かぶ。僕は意識して呼吸を整えた。この攻撃の成否が戦争自体の趨勢を決める。緊張するなという方がムリだ。

 

「来ますっ!」

 

 ソニアが鋭い声を上げるのと同時に、敵騎兵隊が突撃へと移った。土煙をあげながら大量の騎馬騎士が切通から出てくる。数は五十騎程度。こちらの騎兵の倍以上だ。

 

「突撃開始!」

 

 叫ぶと同時に拍車をかけた。敵騎兵隊の横腹に、こちらの全騎兵戦力である十七騎が向かっていく。それとほぼ同時に こちらの塹壕線から一斉に白煙が上がった。牽制射撃には旧式の火縄銃を使い、敵が突撃を開始するのと同時にライフルへ持ち替えるよう命令してある。

 精密かつ濃密な弾幕を浴びた敵騎兵隊は五騎以上が一挙に落馬し、凶弾を逃れた騎兵も馬の動揺を抑えるので精いっぱいになる。突撃隊列が乱れた。

 

「殲滅だ! いくぞクソッたれども!」

 

「ウーラァー!」

 

 そう叫びつつ、出鼻をくじかれて怯んだ様子の敵騎兵の軍馬へ拳銃を撃ち込んだ。騎士本人は全身を鎧で固めているため、射撃の効果は薄い。しかし、馬が相手なら問題ない。馬鎧なんてものもあるが、流石に全身はカバーできないからな。

 

「うわーっ!?」

 

 銃弾を浴びた軍馬は痛みのあまり暴れだし、騎乗していた騎士は落馬してしまう。それに構わず、僕は別の軍馬に銃弾を叩き込んだ。すぐに弾切れになるが、悠長にリロードしている時間はない。二挺目の拳銃を引っ張りぬき、攻撃を続ける。

 僕の他の味方騎兵も、同様の戦術を取っていた。敵騎兵隊には既に大量の落馬者がでている。僕の取った作戦は、『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』の格言をそのまま適用したものだ。

 こうした戦術を取ることが出来るピストル騎兵は、従来の槍騎兵を駆逐できるだけの対騎兵能力を備えている。数の差があるとはいえ、こちら側の優位は明らかだった。

 

「騎士ならば槍を持たんか、槍をッ! この卑怯者どもが!」

 

 敵の騎士が長大な馬上槍を掲げながら吠える。僕は「やかましい!」と叫び返しつつ、鞍に固定してあった投げ縄をその騎士へと投げつけた。カウボーイがよく使うアレだ。

 

「グワーッ!」

 

 ロープに絡めとられ、強引に鞍から引きずり降ろされた敵騎士は苦悶の声をあげつつ地面に転がった。

 

「それ以上はやらせんよ!」

 

 そこへ、馬上槍を構えた別の騎士が突っ込んでくる。かなりのスピードだ、回避は間に合わない。

 

「ちぃっ!」

 

 二挺目のリボルバーもすでに弾切れだ。使える武器はサーベルのみだが、これで馬上槍とわたり合うのはなかなかに辛い。これは不味いぞと背中に寒気が走った瞬間、一騎の騎士が相手騎士へと突っ込んでいった。

 

「ソニア!」

 

 彼女はすれ違いざまに大剣を振るい、一撃で敵の騎士の首を刈り取った。即席のデュラハンと化したその騎士は、噴水のように血を噴き出しつつ地面へ転がり落ちた。

 

「助かった! 流石だな、やっぱりお前ほど頼りになる副官は居ないよ」

 

「もちろんですとも。あなたにふさわしい副官はわたし以外おりませんから」

 

 何でもない風に応えるその様は、まさに歴戦の騎士。やはり、僕にはもったいないくらいの部下だな。

 

「それより、そろそろ歩兵を出しても大丈夫なのでは」

 

 ソニアは周囲を見まわしながら言った。予想外の攻撃を受け、すでに敵騎馬隊の突撃隊形は完全に崩れている。落馬を逃れた騎士たちも、こちらの騎士隊との交戦で精いっぱいの様子だ。これでは歩兵陣地へ突撃するどころではない。

 

「そうだな、頃合いとしてはちょうどいい」

 

 腰に付けたホルスターから、大型の信号銃を取り出す。野球ボールほどの大きさの信号弾が取り付けられた銃口を真上に向け、発砲。空砲の爆圧で撃ちだされた信号弾は空中でパラシュートを開き、赤い閃光を発した。

 

「さあ、決着をつけるぞ」



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第53話 くっころ男騎士と騎兵殲滅陣

 信号弾の赤い光が空に瞬くと同時に、塹壕から味方歩兵がワラワラと飛び出してきた。壮絶なまでの鬨の声が暴力的に耳朶を叩く。

 

「騎兵を相手に密集陣も組まぬとは! ナメられた……」

 

 槍を振り上げて憤慨した伯爵軍の騎士は、再装填を終えた銃兵隊の集中射撃で即死した。それに勢いを得た味方歩兵隊は落馬した敵騎士に殺到し、手にした長槍でめった刺しにし始める。

 いくら魔装甲冑(エンチャントアーマー)で身を固めた騎士も、落馬の衝撃で動けなくなっているところを襲われてしまえばひとたまりもない。戦闘というよりは虐殺と言った方が良いような光景が、戦場のあちこちで展開されていた。

 

「キエエエエエエエッ!」

 

 とはいえ、敵騎兵も全滅したわけではない。歩兵隊に襲い掛かろうとする生き残りの騎兵にサーベルで斬りかかり、牽制する。歩兵と騎兵の戦闘力差は歴然であり、放置していれば逆襲を受けてこちらが壊滅しかねない。

 本来であれば、歩兵による対騎兵戦は密集陣で槍衾を作って敵騎兵を迎え撃つのがセオリーな訳だが……なにしろ密集陣は機動性がよろしくない。今回は迅速に敵を殲滅する必要があるため、あえて密集陣は採用していなかった。足りない防御力はこちらで補ってやる必要がある。

 

「ちぃっ!」

 

 サーベルによる一撃は、籠手によって防がれてしまった。今は身体強化魔法を使っていないため、流石に鎧を切断するのはムリだ。致命傷を与えたければ、鎧の隙間を狙うほかない。

 

「その声、例の男騎士か! 男を斬っても誉にはならんが、貴様は別だ! ここで果ててもらう!」

 

「果てるのは貴様だバカヤロー!」

 

 敵騎士は近接戦に不利な馬上槍を投げ捨て、代わりに長剣を抜いた。襲い掛かってくる白刃をなんとかサーベルで受け流し、叫び返す。

 しかし、やっぱり亜人のフィジカルは凄いな。身体強化をせずに正面から戦うのはだいぶしんどい。たんなる兵士ならなんとかなるが、戦闘のプロである騎士ともなれば一筋縄ではいかない。

 

「代官殿!」

 

 しかし、これは戦争だ。別に一対一で戦わねばらないというルールがあるわけではない。すぐに近くに居た歩兵たちが、長槍を手にして集まってくる。

 

「ぐっ……雑兵どもが!」

 

 慌ててその場から離脱しようとする敵騎士だが、そうはいかない。進路をふさぐように馬を進め、サーベルで斬りかかる。

 

「邪魔だ……うわっ!」

 

 サーベルを払いのけようとした敵騎士に長槍が襲い掛かる。穂先で殴られ、落馬した騎士は歩兵たちの手によってあっという間にぼろ雑巾のような姿にされてしまった。

 

「いい手際だ! 覚えておくぞ、お前たち」

 

 傭兵たちに称賛を送ってから、馬を進ませる。この後のことを考えると、敵騎兵隊は迅速に仕留める必要がある。

 

「アル様! 新手です!」

 

 そこへ、従士がひどく慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「増援か。歩兵、騎兵、どっちだ?」

 

「騎兵です! 数は二十騎!」

 

「まだ騎兵が残ってるのか!」

 

 最初の五十騎だけでも多いのに、この上さらに騎兵おかわりか。本当に有利な戦場で戦えてよかった。向こうに主導権が奪われた状態で交戦していたら、こちらは一日と立たずに壊滅していたに違いない。

 

「よし、ここは歩兵隊に任せる。ラッパ手に通達、騎士隊集合!」

 

 まもなく、戦場に信号ラッパの音色が響き渡り、乱戦中だった配下の騎士たちが集まってくる。手早く点呼をとり、部隊を再編成する。

 

「銃兵隊にも切通に突撃破砕射撃を仕掛けるよう連絡しろ。騎兵に続いて歩兵も突っ込んでくるだろうが、これは絶対に阻止する必要がある」

 

「了解!」

 

 しかし、新手か。もう、僕を含めて騎士隊は満身創痍だ。なにしろ、今日一日ずっと戦いっぱなしだからな。いくら精鋭と言っても、体力は有限だ。そろそろ限界が近い。おまけに、これまでの戦闘で拳銃もすでに撃ち尽くしているはずだ。先ほどの圧勝は、あくまで銃ありきの結果だからな。こんな状況で同数の敵相手にまともにぶつかったら、普通に負けかねないぞ。

 せめてリロードする時間があればいいのだが。金属薬莢式ならその場でぱぱっと再装填できるのに、先ごめ式はこれが面倒だ。

 そんなことを考えているうちに、敵の新手はすぐそばに迫っていた。牛の頭蓋骨を意匠化したディーゼル伯爵家の旗が見える。こっちもキツイが、向こうはそれ以上にキツイんだろう。指揮官自ら先頭に立つ必要が出てきたわけか。

 

「アルベール・ブロンダン! 出てこい!」

 

 騎士の一団の中でも、一際大柄な女が巨大な戦斧を振り上げて叫んだ。

 

「あたしはロスヴィータ・フォン・ディーゼル! 姪と娘が随分と世話になったようだな、一族の汚名は当主であるあたしの自らの手で雪がせてもらうぞ!」

 

「御大将自ら首級を献上しに来るとは、なかなか見上げた心意気だ!」

 

 疲れ切った身体に喝を入れつつ、憎たらしい口調を意識して言い返す。士気の維持を考えれば、指揮官同士の舌戦で負けるわけにはいかない。……近代戦になれている身からすると、いまだにこういうやり方には違和感を覚えるけどな。

 

「しかし貴様がこの場に出てくるはるか前から、僕は前線に出て伯爵軍の騎士を殺していたぞ! 一体その間、貴様は何をしていたんだ! 男に敢闘精神で負けて恥ずかしくはないのか、臆病者!」

 

 指揮官がほいほい前線に出てきていいワケないだろ。僕が前に出てるのは単なる戦力不足のせいだよ! 自分自身に内心ツッコミを入れるが、まあ挑発の材料に出来るならなんでもいい。

 

「な、なんだとぉ……!!」

 

「格好をつけて出てきたが、負けそうになって尻に火がついているだけだろう! 戦は下手だが体面を取り繕うのだけは上手だな、ええっ!?」

 

「ふっ、ざけるなッ! 男風情が! 身の程を教えてやる!」

 

 ディーゼル伯爵は戦斧をブンブンと振り回して激高した。よしよし、イイ感じだ。一騎討ちを仕掛けて相手の進軍を阻止しつつ、こちらのリロードの時間を稼ぐ。そういう作戦だった。

 もちろん、こうしている間にも歩兵隊は落馬した伯爵軍の騎士たちを介錯している。そちらはさっさと終わらせて、作戦を次の段階に進ませなければならない。

 

「貴様が怯懦の輩ではないというのなら、まさか一騎討ちを拒むような真似はせんだろうな? 姪や娘の汚名を雪ぐというその言葉、嘘ではないのだろう?」

 

 そういえば、その娘の方はどこへ行ったんだろうか。探してみると……居た。隊列の後ろの方に、やたらと小さな騎士の姿がある。ションベン漏らしながら逃げ出したばっかりなのに、存外ガッツのある奴だな。

 

「良いだろう! 相手になってやる!」

 

 ディーゼル伯爵は怒り狂いながら馬から降りた。……案外、冷静さは失ってないのかもしれないな、こいつ。騎馬のままの一騎討ちなら、またピストルで落馬させる作戦が使えたのに。仕方がないので、僕も下馬する。

 

「アル様、これを」

 

「ン、助かる」

 

 従者がピストルを差し出してきたので有難く受け取り、弾切れ状態になっている自分の拳銃と交換する。普段使っているリボルバーではなく旧型の単発式だが、これでもあると無いとでは大違いだ。

 

「それじゃ、あとは任せた」

 

 ソニアに向かってそう言うと、彼女は兜の面頬を開けてニヤリと笑った。そして腰のホルスターを叩きつつ、しっかりと頷く。

 

「ご武運を」

 

 普通に敵の騎兵隊とぶつかるくらいなら、一騎討ちをやったほうが被害が少ない。僕が勝てば敵総大将が討たれたことでほぼ勝ち確定になるし、負けても銃兵隊や騎士たちの銃をリロードする時間を稼ぐことが出来る。集中射撃さえできれば、二十騎の騎士程度なら十分に対処可能だ。

 しかし、この疲労困憊の状態ではほぼ間違いなく伯爵殿に後れを取るだろうな。大丈夫か? 百歩譲って一騎討ちで敗れる分には問題ないが、普通にそのまま殺されそうでコワイ。さっきから博打みたいな戦い方ばかり強いられるので、だいぶ気が滅入っていた。それもこれも、こちらの戦力が少ないせいだ。



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第54話 くっころ男騎士と猛牛伯爵

 でっっっっか。

 ディーゼル伯爵と向かい合った僕の脳内は、その言葉で満たされていた。まず第一に、体格がデカい。ソニアよりも明らかに背が高いので、おそらく二メートルオーバー。ついでに言えば、甲冑の胸部装甲も凄まじい膨らみだ。いや、本当にすごい。

 

「今さら怖気づいても、もう遅いぞ。分かっているのか?」

 

「今の今までビビって出てこなかった女のいう事か? 大きいのは図体だけで、脳みそも肝も随分と小さいようだな」

 

「……貴様も図体のわりに口はなかなかにデカいじゃないか? ええ?」

 

 低い声でディーゼル伯爵は唸った。大貴族というのは伊達じゃないな。そこらのヤクザも尻尾を巻いて逃げそうなほどの迫力がある。戦争中じゃなきゃ「調子乗ってすいませんでしたー!」つって逃げたいくらい怖い。

 まあでも残念ながらそういう訳にはいかないんだよな。今は戦争で、僕は軍人だ。『我らの生涯における多くの戦いの中で、我らが勇気を失ったことは一度たりともなかった』と謳われるに足る振る舞いをしなくてはならない。

 

「口も頭も腕も貴様より優秀だとも。負けているのは身長だけだ」

 

「ほざけ、青二才が!」

 

 叫びながら、ディーゼル伯爵は巨大な戦斧を構えた。あのサイズの武器に、異様なまでの体躯。うーん、僕も魔装甲冑(エンチャントアーマー)は着込んでいるけど、普通に真っ二つにされそうだな。こりゃマジで怖い。

 本来なら囲んで銃や砲を撃ち込みまくるのが正しい攻略法だろうな。おお、いやだいやだ。もっと早く出てきていたら、一騎討ちなんか仕掛けずに済んだものを。

 まあ、ぐちぐち言っていても仕方がない。僕は口を一文字に結び、サーベルの柄を両手で握って顔の真横で構える。切っ先は真っすぐ真上だ。

 

「では、いざ尋常に勝負――!」

 

「キエエエエエエエエイッ!!」

 

 ディーゼル伯爵が言い切るのと同時に、僕は奇声を上げて飛び掛かった。先手必勝、剣術勝負ではこれしか知らない。身体強化魔法のかかった脚で地面を蹴り、一瞬でディーゼル伯爵に肉薄する。

 

「話通りの戦法だな、男騎士ィ!」

 

 相手の言葉を無視して、全身全霊でサーベルを振り下ろす。それに対し、ディーゼル伯爵は迎え撃つでも防御するでもなく全力で回避を図った。岩のような巨体に見合わぬ俊敏さで、真横へ飛ぶ。

 

「グッ!?」

 

 僕の渾身の一撃は、ディーゼル伯爵の籠手に包まれた左腕を切断することに成功していた。二の腕から先が何かの冗談のような勢いで吹っ飛んでいく。だが、それだけだ。強靭な生命力を持った亜人は、腕一本切り落とされた程度では戦闘不能にならない。

 

「やあっ……てくれるな、男騎士!」

 

 バイザーの奥に見えるディーゼル伯爵の目がギラリと輝いた。右手で握った戦斧が、ギロチンめいて僕へ襲い掛かってくる。

 

「ヌゥッ……!」

 

 迫る分厚い刃を前に、僕の脳裏に前世の剣の師匠の言葉がフラッシュバックした。『初太刀さえ凌いでしまえばチ言われるがは一門の恥ぞ! 命ある限りチェストばし続けて必ず仕留めい!』

 

「キエエエエエエエエエエエエエッ!!」

 

 防御? 回避? しゃらくさい! 全力で攻撃あるのみ! 即座に剣を翻しつつ、さらに一歩踏み込む。戦斧が僕の身体に届くより早く、僕のサーベルがディーゼル伯爵に襲い掛かる!

 

「な、にぃ!?」

 

 さすがのディーゼル伯爵もこれには面食らったようで、反射的に身体を逸らして避けようとする。しかし、間に合わない。横にそれた戦斧が地面に叩きつけられるのと同時に、真下から振り上げられたサーベルの刃が甲冑の腹部装甲を切り裂いた。

 

「チィッ!」

 

 が……浅い! 感触からして、筋肉と装甲板しか切れていない。肝心の内蔵には刃が届いていないということだ。これでは殺しきれない!

 

「二の太刀で駄目ならァ!!」

 

 次の攻撃でチェストするのみ! すでに剣の間合いというには接近しすぎている。躊躇なくサーベルから手を離し、代わりに腰からピストルを抜く。短剣めいた動きで、銃口をディーゼル伯爵の面頬のスリットへ押し付けた。

 

「チェスト!!」

 

 躊躇なく引き金を引く。頼もしい破裂音と反動。が、それと同時に銃身が花のように裂けた。銃弾がスリット部を貫通できず、異常腔圧状態になって銃身が破裂したようだ。くそ、無駄に丈夫な兜をつけやがって!

 心の中で悪態をつきつつも、動きは止めない。ディーゼル伯爵は腕と腹を切り裂かれた失血性ショックに加え、さらに頭部に着弾の衝撃を受けたことで一瞬意識が吹っ飛んだようだ。この隙を逃す手はない。

 

「ウオラアアアアアアアッ!!」

 

 ディーゼル伯爵の腰帯を引っ掴み、投げ飛ばす。腰がイカレそうな重さだが、身体強化魔法の補助があるのでギリギリ大丈夫だ。耳障りな金属音を立てて地面に転がる彼女の巨体を目で追いつつ、腰から短剣を引き抜く。

 

「これで終いだッ!」

 

 叫びながら、伯爵に馬乗りになる。抵抗の隙を与えず、首の装甲の隙間に短剣を突き立てようとした時だった。

 

「母様―!」

 

 鎧に包まれた小さな体が、砲弾のような勢いで突っ込んできた。意識が完全に伯爵へ向いていた僕は、それを回避しきれない。

 

「グワーッ!」

 

 跳ね飛ばされた僕は、ぶつかってきた少女と団子になって猛烈な勢いで地面に転がる。その勢いで手の中から短剣が吹っ飛んでいった。

 

「今だ! 総員、攻撃開始!」

 

 ソニアの声が遠くで聞こえると、連続した銃声が鳴り響いた。しかし、そちらに意識を向けている余裕はない。僕に飛び掛かってきた少女……カリーナが、目をらんらんと光らせながら僕に馬乗りになって来たからだ。このままではとどめを刺される!

 

「キエエエエエエッ!」

 

 魔法の効果が切れはじめ、萎えそうになる肉体に鞭を打ちつつクルリと身体を回す。カリーナは筋力こそ尋常なものではないが、組打ちの実力は大したことがない様子だ。「ぴゃっ!?」と叫びながら無様に転がされる。

 その隙を逃さず、僕は彼女の兜を投げ捨て首筋に腕を回した。もう数秒で完全に身体強化魔法が切れる。今日はだいぶ肉体を酷使したから、このままではそのまま行動不能になってしまう可能性が高かった。その前に、せめてこの少女だけは仕留めておく必要がある。

 

「きゅっ!?」

 

 頸動脈を締め上げると、カリーナはあっという間に白目を剥いて気絶した。前世でも現世でもこの手の訓練は飽きるほどやったから、手慣れたものだ。

 

「ッ……」

 

 カリーナを倒したはいいが、僕もいい加減限界だ。視界が明滅し、全身から力が抜けていく。気合で持ちこたえようとしたが、駄目だった。連続使用じゃなければ意識が飛ぶまではいかないだろと思っていたが、甘かったな。連戦に次ぐ連戦で疲労しきった身体では、身体強化魔法の反動を受け止めきれなかったらしい。まあ、あとはソニアに任せておけば大丈夫か……。



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第55話 くっころ男騎士と激戦の後

 その後、ソニアは僕の期待通りの活躍を見せてくれた。ディーゼル伯爵が倒れた隙に乗じて、ソニアは全面攻勢を仕掛けた。騎兵隊の主力壊滅と総指揮官の敗北に動揺する伯爵軍はその攻勢を受け止めきれず、全面的な潰走状態に陥った。

 しかしここで問題が発生した。街道が狭いため、後退に手間取ったのだ、おまけに、無線機などない世界である。撤退指示が後衛部隊に伝わらずもたもたしているうちに、全力で撤退しようとしている前衛部隊との間で地獄のおしくらまんじゅうが発生した。これにより、伯爵軍では多数の圧死者が出たという。僕はその時気絶していたので、この辺りの事情はすべてが終わってから聞かされた。

 まあ、実のところこれを狙って敵を誘導したんだけどな。なにしろ、敵の数は弾薬をすべて使い果たしても殲滅できないほど多い。火力や白兵に依らない方法で敵戦力を間引いてやらないことには、いずれ数の力で押し切られてしまう公算が高い。最初の五日以内に敵戦力を半減させ、あとはじっくり腰を据えて持久する。それが僕のたてた作戦だった。

 

「あー……」

 

 そういう訳で、翌日。嫌になるような晴天の中、僕は重い体を引きずりつつ仕事をしていた。身体強化魔法の副作用はまだ残っていて、非常にしんどい。どれくらいしんどいかというと、調子に乗ってウィスキーをひと瓶開けてしまった日の翌朝くらいのしんどさだ。つまり死んだほうがマシってレベルということだな。

 とはいえ、ただでさえ肝心かなめの決戦前に気絶して戦線を離脱してしまった身の上だ。休むわけにはいかない。なにしろ、指揮官のやるべきこといくらでもあるからな。

 

「こちらの被害は?」

 

「ヴァレリー傭兵団の死者が十四名、重傷者が三十名。我々騎士隊のほうは、ダニエラが死亡。マガリ、モニカ、ピエレットが重傷です」

 

「そうか、ダニエラが死んだか……」

 

 騎士隊の連中は、幼年騎士団以来の幼馴染ばかりだ。だから、その人なりも良く知っている。ダニエラは貧乏騎士家出身の癖に男遊びが大好きで、娼館に通って財布をカラにしては僕に金の無心をしに来る筋金入りのカスだった。……でも、あいつと飲む酒は美味かったな。

 まるで足元の地面が崩れ去ったような浮遊感を覚える。まったく、最悪の気分だ。……それでも、部下を失うのは初めてではない。前世でも現世でも、少なからず経験している。嫌な話だが、慣れがあった。

 目をしばし閉じて、黙とう。それでなんとか、気分を切り替える。まだこの戦争は終わっていない。指揮官が動揺していたら、勝てる戦も勝てなくなる。

 

「戦傷組は大丈夫か?」

 

「ええ、命の別状はありません。とはいえ、この戦いの間に戦線復帰は難しいでしょうが」

 

「生きてればそれでいいさ」

 

 僕はほっと息を吐きだした。

 

「で、敵の損害は」

 

「正確な集計は終わっていませんが、死体だけで二百以上あるようです」

 

「大漁だな」

 

 伯爵軍はまともに戦線を立て直せるような状態ではなかったため、僕たちは第一防衛線まで再び前進することが出来た。しかし、取り戻した塹壕には、大量の死体が落ちている。

 撤退中に圧死した者たちや、翼竜(ワイバーン)騎兵が投下した火炎瓶で焼死した者たちだ。戦火拡大のチャンスということで、僕はそれまで偵察に専念させていた翼竜(ワイバーン)騎兵を攻撃に転用するよう準備していた。ソニアはそれをずいぶんと有効活用してくれたようだ。

 第一防衛線は塹壕やら鉄条網やらの障害物が大量にあるため、撤退の際には大渋滞が発生したものと思われる。敵ながら、随分悲惨なことになっていた。

 

「つまり我々は一人の犠牲で十人の敵を倒したわけだ」

 

「古今の戦史を紐解いてもそうそうないような圧勝ぶりだな。戦争というより虐殺って感じだ」

 

 となりで聞いていたヴァレリー隊長が、紙巻きたばこを吹かしながらつぶやいた。僕も吸いたくなるので、喫煙するならどこか別の場所でしてほしい。せっかく転生してからずっと禁煙に成功してるんだからさ……。

 

「おまけに、敵の総大将……とその三女も生け捕りだろう? この戦争、勝ったも同然だな」

 

 伯爵軍はディーゼル伯爵を回収できなかった。僕との一騎討ちで倒れた彼女は、現在わが軍の捕虜となっている。治療に当たった衛生兵曰く、重傷ではあるものの命に別状はないとのことだ。まったく、獣人ってやつは丈夫だな。

 

「どうだろうな。軍事的に見れば、もう伯爵軍に挽回の目はほとんどないだろうが……」

 

 だからといって、すぐに白旗を上げるとも思えないんだよな。負けすぎると、かえって終戦は遠くなる。なんとか一戦くらい勝ってから講和しないと、どんな条件を付きつけられるかわかったもんじゃないからな。博打と一緒で、負ければ負けるほど泥沼にはまっていくのが戦争という物だ。

 ディーゼル伯爵の身柄と交換という条件を出したところで、果たして向こうは飲むだろうか? それで終戦したところで、伯爵家に安寧が訪れるわけではない。男騎士風情に一矢すら報いることもできずに敗北したという風評は、貴族としては致命的だからな。向こうとしては、一度だけでも勝利の実績が欲しいはずだ。

 

「これではい、終わり……とはならない気がする。警戒は続けてくれ」

 

「オーケイ、了解しましたよ」

 

 神妙な顔で頷いてから、ヴァレリー隊長は破顔した。

 

「しかし、なかなかデキる奴だとは思っていたが……全く驚いたよ。実は軍神の生まれ変わりだったりするんじゃないのか? アル殿」

 

 単なるいち大尉だよ、前世は。勲章はそれなりにもらってたけどな。

 

「僕がやったのは指図と事前準備だけだ。実際に頑張ったのは前線の兵士たちだよ」

 

「アタシの兵隊どもが、知らないうちに神話の英傑と入れ替わっていたとでもいう気か? はは、こいつは傑作だ」

 

 何とも言えない表情で吐き捨てたヴァレリー隊長は、苦笑しながら靴底で煙草をもみ消す。

 

「しかし、冗談は結構だがね。我々には現実的な問題が立ちはだかっている。つまりは、死体の山だな。いったいこれを、どうやって処理するつもりだ? 燃やすにしても燃料が勿体ないが」

 

「そんなもん、向こうに押し付けるほかないだろ」

 

 季節は初夏、死体なんかその辺に放置していたらあっという間に腐乱する。疫病の温床にしないためにも可及的速やかに処理する必要があるが、なにしろ敵兵の遺体はこちらの全戦闘要員より多いわけだからな。いちいち埋めたり燃やしたりするには時間も物資も人手も足りない。

 

「降伏勧告のついでに、戦死者の回収を頼んで来い。『主君に忠を尽くして殉死した者たちをないがしろにするなど、ディーゼル家は誉という概念を持ち合わせていないのか?』とでも言っておけば、向こうも嫌とは言えんだろう」

 

 向こうが諦めるとも思えないが、総大将を確保した以上一応降伏勧告をしておく価値は十分ある。そのついでに戦死者の処理も頼んでしまおうという算段だ。

 

「……エッグイこというねえ、アル殿も。今は向こうもそれどころじゃないハズだが」

 

 まあ、伯爵軍もひどい有様だろうからな。初日の戦果と合わせれば、兵員の反芻以上が死傷してるんじゃないだろうか。軍事的な基準で言えば、壊滅的と表現しても構わない損害だ。おまけに総大将まで敵軍の捕虜と着ている。伯爵軍の幕僚陣の顔色は真っ青だろう。

 

「だからさ。敵が嫌がることは率先してやった方が良い」

 

「おっしゃる通りで。それじゃ、そのように手配しておく」

 

「任せた」

 

 投げやりに手を振ると、ヴァレリー隊長は苦笑しながら頷いてどこかへ走り去った。敵味方の遺体の処理は喫緊の課題で、とにかく迅速に処理する必要がある。ヴァレリー隊長もそれはちゃんと理解しているようだ。

 

「アル様。敵は今のところ、宿営地を動く様子はありません。時間的な余裕もありますし、少し休まれては?」

 

 心配そうな目で、ソニアがこちらを見てくる。確かに休みたいのはやまやまだが、ソニアもヴァレリー隊長も疲れているのは同じことだろう。僕だけ楽をするわけにはいかないじゃないか。

 

「大丈夫だ。このくらい、慣れてるさ。体は動く」

 

 ま、死ぬほど疲れるのは日常茶飯事だからな。伊達で厳しい訓練をこなしているわけではない。こういった体調でも、十分に働くことは可能だ。……今回の戦いでは、体力配分をミスったが。だいぶ反省が必要だな。気を付けねば

 

「……話は変わりますが、ディーゼル伯爵はさておき娘の方はどうしますか?」

 

 気を利かせてくれたのか、ソニアはふと思い出したかのような顔でそう聞いてきた。

 

「あいつか……」

 

 僕は唸った。あの、カリーナ・フォン・ディーゼルとかいう娘。敵前逃亡に、一騎討ちの妨害。騎士としてはあるまじき行為ばかりだ。彼女はもう、伯爵軍には戻らない方が良いかもしれない。どう考えても、不満のはけ口にされるだろうからな。

 

「あんな奴でも、なにかしら使い道はあるやもしれません。せっかく生け捕りにしたわけですしね」

 

「一理ある」

 

「そうだ、今からあの女に会ってみては? 顔を合わせてみたら、何かしらいいアイデアが出るかも」

 

 ……まさかソニアが捕虜なんかを心配しているはずもない。こりゃ、遠回しに追い払われてるな。どうでもいい仕事を回して、僕を休ませるつもりだろう。ソニアらしい気の回し方だ。せっかくだから、ここはお言葉に甘えさせてもらうか。

 



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第56話 メスガキ騎士と捕虜虐待

「おい、これで全部か?」

 

「怪しいな、どこかに金目の物を隠してるんじゃないの」

 

「ぴゃあ……」

 

 私、カリーナ・フォン・ディーゼルは、リースベン軍の兵士たちの手によって裸に剝かれていた。

 

「ほかに何か隠し持ってるんじゃないかって聞いてるんだよ!」

 

 その狼獣人の兵士は、手槍の石突で私をつっついてくる。なにしろ下着すら奪われているので、その程度でも凄く痛い。目尻にジワリと涙が浮かんだ。

 

「も、持ってないわよぉ……アンタらに取られたので全部だって!」

 

「嘘つけオラァ!」

 

「ぴゃあああっ!」

 

 蹴り飛ばされて、私は地面に転がった。足に重り付きの枷がつけられているから、抵抗することもできない。土まみれになりながら、私は昔のことを思い出した。

 従士として、初めて母様に戦場に連れて行ってもらった時のことだ。母様の活躍もあってあの時は完勝し、たくさんの騎士を捕虜にした。

 捕虜になった騎士は甲冑はもちろん下着まで、身に着けている物すべてを戦利品として奪われていた。さらに、身代金が払えない者は容赦なく処刑されている。あの時は「可哀想に」なんて他人事に思ってたけど、自分が当事者になってみるととんでもない。歯を食いしばったけど、耐えられずに涙がボロボロ出た。

 

「も、もう何も持ってないです……ゆるぢでぐださい……」

 

「ああ? 泣きやがったこいつ! ははははっ! 開戦前にはあんな大口叩いてたのになあ!」

 

「たしか、代官様を犯すとか言ってたのよね。騎士の称号がもったいないくらいのクズじゃない!」

 

 兵士たちは嘲笑を浮かべながら私を槍の石突でつっつく。痛みと、そしてディーゼル伯爵の三女である私が平民どもに好き勝手嬲られている屈辱感で、いよいよ涙が止まらなくなってきた。悔しくて情けなくて、ぎゅーっと拳を握り締めたけど、駄目だ。

 

「ごべんなざい……ごべんなざいぃ……」

 

「はー、馬鹿らし。こんなゴミみたいなのがデカい顔してたのか」

 

「許せないよねえ? 骨の一本や二本くらいへし折っても許されるんじゃないの」

 

 兵士の言葉を聞いて、寒くもないのに私の歯ががちがち鳴り始める。しかし、そんな私の様子にリースベン兵はかえって面白そうな顔になって――

 

「やめんか」

 

 だが、そんな彼女らを制止する者がいた。戦場には似つかわしくない、男の声。慌てて声の出所に顔を向けると、案の定そこには平服姿のアルベールが居た。

 

「ぴゃっ、ぴゃあああああっ!!」

 

 兵隊なんかよりよっぽっど怖いのが来た!! 私は頭が真っ白になり、ひっくり返りそうになった。股からちょろちょろ音がして、尻のあたりの土がドロドロになる。無意識に失禁してたみたいだけど、私はそれどころじゃない。

 だって、魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着込んだ人間を真っ二つにするなんて、もう人間じゃないのよ! しかもそんな化け物の一騎討ちを邪魔してるんだもの、今度こそ殺される!!

 

「こっ、殺さないでぇ! 謝るから! 許してぇ……」

 

「捕虜を無意味に殺すような真似をするわけないだろ……」

 

 しかし、予想に反してアルベールはひどく微妙な顔でそう呟いた。今のところ、腰のサーベルを抜くような素振りもない。……え、もしかして助かった?

 

「ああ、代官様! ひん剥いた戦利品はそこの籠にまとめておきましたよ」

 

「こいつを倒したのは代官様ですからね。その権利はすべて代官様のものですから……ブローチ一つポケットに入れてませんよ、安心してください」

 

「あ、ああ、そう。ご苦労、助かる」

 

 ひどく困った表情でそう言ってから、アルベールは兵士たちの前に歩み寄った。そして私の方をちらりと見てから、続ける。

 

「それはいいんだが、僕の部隊に居る時は捕虜はそれなりに丁重に扱ってくれないか? こういうのは、あまり気分が良くない。気晴らししたくなる諸君らの気分はわかるんだが……次の補給で酒や煙草を多めに持ってくるよう頼んでおくから、そっちで我慢してほしい」

 

「ああ、こりゃ失礼しました! よく考えりゃ、ションベン垂れたきたねえクソガキの裸なんか、紳士に見せるもんじゃあありませんしね」

 

「すみませんねえ、戦場暮らしが長いとどうもデリカシーが……ははは」

 

「別にそういう訳じゃないんだが……」

 

 げらげら笑う兵士たちに、アルベールは何とも言えない顔をした。戦場で鬼神のように大暴れしていた姿からは想像できない、どこにでもいる普通の男のような表情だった。

 

「まあ、いい。確かにいつまでも裸にしておくわけにはいかないな」

 

 そう言って、アルベールはもう一度私を見た。そして、顔を赤らめてすぐに目を逸らす。

 ……何それ! やめなさいよそういうエロい仕草をするのは! こんな時なのにムラムラするじゃないの!

 ヤバイヤバイ、まだ命の危機は去ってないのに、なんだかびっくりするくらい興奮してきた……。そういやあの腐れミヒャエラが『死にそうなくらいボロボロになった状態で男を犯すときが一番気持ちが良い』とかほざいてたけど、それってこういう事なの!?

 

「もともと着てた服は……ドロドロだな」

 

 そんな私の様子に気付かず、アルベールは私からはぎ取った戦利品が納められた籠の中を覗いて呟いた。甲冑を取られた段階で随分と兵士たちにいじめられたから、服の方はそりゃあもうひどい有様よ。ただでさえ、汗でベチャベチャだったわけだし。

 

「予備の服は……あるわけないか。しばらくこれで我慢してくれ。いや、先に水浴びか?」

 

 そう言ってアルベールは、自分のシャツを脱いで私に寄越した。肌着だけになった彼の上半身と、渡された肌着から立ち上るかぐわしい男の汗の香りが私の情欲をさらに刺激した。

 誘ってるのか、この男は!!!! 押し倒してやろうか!!!! そう思った瞬間、近くに居た兵士が叫んだ。

 

「アーッ! いけません代官様! 紳士がこんな場所で肌を晒されては!! おい、お前も何興奮してるんだクソガキィ! 代官様に指一本触れてみろ、晒し首じゃ済まさんぞ!!」

 

「ごめんなさいぃ!!」

 

 生殺し!!

 



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第57話 メスガキ騎士と篭絡

 その後、私は水浴びを許可されて身を清めることが出来た。服に関しては、残念ながら従士がどこからか持ってきただぼだぼの平服を着ることになってしまった。正直、普通に残念なんだけど……。

 いや、いや。いつ死ぬかもわからない状況でなんでムラムラしてるのよ、私は。我ながらちょっとおかしいでしょ。そう思いながら、自分の頬をぺちぺちと叩く。

 

「食事はとっているのか?」

 

 こちらの気分も知らず、アルベールは穏やかな口調で聞いてくる。本当になんなんだろう、コイツ。戦場でわけのわからない奇声を発しつつ暴れまくってた人間と同一人物とは思えないわ。

 

「……それより、母様は。母様はどうなったの?」

 

 一番気になってるのはそこなのよ。一騎討ちの妨害なんかした以上、もう私の騎士としてのキャリアは終わったようなもの。ただでさえ、敵前逃亡の前科があるわけだし。誉を投げ捨てたものとして、貴族社会の爪弾きものになってしまうでしょうね。もう終わりよ、終わり。

 それでも、後悔はない。……いや、正直後悔はしてる。でも、でもでも、母様が殺されるより余程マシ。『騎士らしい、勇ましい最期でした』なんて胸を張っていう事なんて、とてもできないわ。

 

「生きてるよ。お前と同じように、うちの捕虜になってる。やれ酒だ、飯だと大騒ぎしてるみたいだ。まったく、結構な重傷のはずなんだがよくやるよな」

 

「良かった……!」

 

 自然と、目尻に涙が浮かんだ。歯を食いしばって、袖で拭う。これ以上、この男の前で涙を見せたくないし。

 

「まあ、そういう訳だからお前の献身は無駄にはなっていない。安心しろ」

 

「……うん」

 

 なんだろう。なんだろう、ホント。この男。私を蔑むでもなく、馬鹿にするでもなく、なんでこんな態度をとるんだろう。全く分からない。戦場では、あんなに無慈悲なのに。

 とにかく、母様が無事だとわかって私は安心した。それでも、こいつがミヒャエラの仇であることには変わりはないけど……ぶっちゃけ、あいつのことを滅茶苦茶嫌っていたせいか、そこまで恨みは持てなかった。我ながら、薄情ね。

 

「で、食事は? 食ってないのか」

 

「……食べてない」

 

「食欲は?」

 

「……」

 

 どう答えるのが正解なんだろう、これ。「減ってない!」って答えたいところなんだけど、コイツにはおしっこを漏らしてる所を二回も見られてるのよね……。うわ、思い出しただけで恥ずかしすぎて死にそう……。今さら意地を張っても無駄よね、完全に。

 

「お腹……減ってる。食べたい」

 

「よし。あんまり上等なものは出せないが、腹いっぱいになるまで食わせてやろう」

 

 そう言ってアルベールはニッコリ笑った。

 

「はふはふ、んぐ、むぐ」

 

 それから、三十分後。私は宿営地の片隅にある天幕で麦粥をかき込んでいた。乾燥野菜のスープに堅パンを入れて煮込んだだけの簡単な代物だけど、なにしろ空腹だからすごくおいしい。

 

「ところでアニキぃ、なんスかこの牛女?」

 

 給仕服姿のリス獣人が、いぶかしげな様子で私を見てくる。このリス獣人が私に麦粥を持ってきてくれたわけだけど、配膳が終わってもそのまま下がるどころかアルベールの隣の席に座って馴れ馴れしくぺちゃくちゃお喋りを始めたものだから、私は面食らってしまった。

 

「足枷つけてるってことは、ホリョっスか?」

 

 当然だけど、私の足にはまだ足枷が嵌まっている。両足のリングが短い鎖で連結されている構造のもので、ゆっくり歩く分には問題ないけど走るのはちょっとムリ。正直、かなり鬱陶しい。

 

「ほら、あの……ディーゼル伯爵の三女の」

 

「ああ、いきなり喧嘩売ってきた軍使っスか! アニキ、一体なんでそんなのを!?」

 

「いきなり喧嘩を売ってきたのはお前の姉貴も一緒じゃないか? いや、あれはお前らの雇い主のせいだが」

 

 アルベールは何か言っていたが、私はそれどころじゃない。ほんの数日前の出来事だけど、もう思い出したくもない。あれだけの大言壮語を吐いておいて、この現状は何?

 

「ぴえ……」

 

 また涙と鼻水が出てきた。まだ半分以上残った麦粥の腕をぎゅっと両手で包んで我慢する。そんな私を見て、アルベールは苦笑した。

 

「まあ、そういじめてやるなよ」

 

「いや、アニキがいいってんなら自分が文句を言う筋合いはないっスけどね?」

 

 そう言ってから、リス獣人はぽんと両手を叩いた・

 

「ああ、そういえば聞いたッスよ! 敵前逃亡した挙句親の一騎討ちを邪魔したアホが居るって! そんなんじゃ身代金も出してくれないでしょうし、処刑前にちょっとはいい思いをさせてやろうって優しさっスね!」

 

「ぴゃあああっ!?」

 

 えっ、何、そういう事!? よく考えたら、絶対本家は身代金なんか出してくれないわ! いや、出してくれたところで、どのツラ下げて戻るんだって話だけど……。でも、たしかに身代金を払えないってことは、私ってば処刑されるほかないじゃない!!

 

「処刑なんぞせん。だからいじめるのはやめろと言っているだろうに」

 

「あだっ!」

 

 アルベールのチョップがリス獣人の頭に直撃した。といっても、その手つきはひどく優しいもの。リス獣人も口では痛いなんて言っていているけど、顔が笑顔なものだから説得力は皆無だった。

 

「貴重なロリきょ……じゃない、将来有望な騎士を殺すなんてもったいないことはせんよ。身代金が出ないというのなら逆に都合がいい。うちで働いて、稼いだぶんを自身の身代金に充てればいい。それでお前は自由の身だ」

 

「……え、いいの」

 

「ああ。お前が突っ込んで来てくれたおかげで、僕もお前の母親を殺めずに済んだ。まだ、関係改善の余地はあるだろう。どうだ?」

 

「……ありがとう」

 

 ……こいつ、本当になんでこんなに私に優しいの? 正直、嫌われたり軽蔑されたりしそうなことしかしてないような気がするんだけど、私。

 まさか、まさかだけど。実はコイツ、私に惚れてたりする? いわゆる、一目ぼれというヤツ。それ以外に、私に優しくする理由なんて思いつかないんだけど。いや、流石に無いわよね? 流石にね? ……でも、もしそうだったらちょっと嬉しいかも。



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第58話 盗撮魔副官と寝返り工作

「あれは堕ちたな。想定通りだ」

 

 アル様たちの様子を遠くから眺めつつ、わたし、ソニア・スオラハティは呟いた。視線の先には、まんざらでもなさそうな表情を浮かべるチビ牛騎士の姿がある。

 わたしは今、指揮官用天幕で報告書を読むフリをしつつアル様とチビ牛騎士の観察をしていた。一応ヤツも捕虜なので、いきなり暴れだす可能性も考えられた。いつでもアル様をお守りできるよう、剣の準備はできている。

 

「まあ、あのくらいの年齢だからね。アル様みたいなイイ感じのお兄さんに優しくされたら、あっという間にコロリでしょ。戦場とのギャップもあるから、特にね」

 

 同僚の騎士、ロジーヌが香草茶の入ったカップを片手に応えた。昨日の戦闘の疲れが残っているのか、その表情はひどく眠そうだ。

 

「でもさあ、あんなチビ助を味方にして、なんかいいことあるの?」

 

 お優しいアル様のことだ。捕虜を手ひどく扱うことはまずありえない。そしてチビ牛騎士はチビ牛騎士で、こちらに憎悪を抱いている様子もあまりなかった。ならば、二人を会せれば自然と懐柔ができるのではないかとわたしは考えたのだ。

 そのための策も、事前に打っていた。兵たちに金を渡し、捕虜虐待を控えめ(・・・)にしてやることで、こちらへの憎悪を過剰に煽らずにアル様に助けられた経験をさせる。あとは勝手に向こうがアル様に惚れるという寸法だ。

 雑なやり方だが、まあ別に失敗しても大したリスクがあるわけでもない。成功した場合のメリットは大きいから、やらない理由はないだろう。個人的にあのメスガキは嫌いだが、それがアル様の利益になるのならば多少の不愉快は飲み込める。

 

「ディーゼル家の内情に詳しい人物が手元に居るというのは、大きなメリットだ。アル様がリースベンで働く限り、奴らとの付き合いは続く。そうでなければ困る。せっかく苦労してここまで叩いたんだからな」

 

「確かにね。こっちはダニエラまで失ってるわけだし」

 

 戦争は外交の延長である、というのがアル様の教えだ。ここまで被害を与えたのだから、ディーゼル家の人間がアル様や我々を舐めることは金輪際あるまい。今後の外交は随分とやりやすくなるはずだ。

 これでディーゼル家が倒れて別の家の人間が隣国の領主になったりしたら、また外交関係の構築がやり直しになってしまう。それは非常に困る。アル様が男というだけで舐めてくる(やから)はいくらでも居るからな。立場を弁えさせるために、また一戦しなくてはならないかもしれない。

 

「そうだ。この戦いが無駄だったなんてことになれば、奴に申し訳が立たない」

 

 ロクデナシではあったが、それでもダニエラは我々の仲間だ。その死を無駄にするような真似はできない。

 

「まあでも、よく我慢できるよね。恋敵が増えるんじゃないの、アンタにとってのさ」

 

 重くなった空気を振り払うようにして、ロジーヌはニヤリと笑った。は? 恋敵……?

 

「何を言っているんだ、お前は。あのチビがアル様に好意を抱いたところで、何の問題がある?」

 

 わたしが欲しているのは、この戦争の間だけ利用できる即効性のある情報ではない。あくまで、ディーゼル家と継続した外交関係を結ぶ際に必要になる、長期的な情報源だ。だからこそ、こんな迂遠な策を取っている。恐怖で縛るより好意で縛った方が、離反される恐れが少ないからだ。

 

「あんなチビで雑魚で馬鹿で頭の中に性欲しか詰まってないようなガキがいくらアル様に懸想したところで、わたしにとってはなんの脅威にもならん」

 

 なにしろわたしはアル様の幼馴染で、無二の友人で、最高の副官で、最強の護衛でもある。とてもではないが、あんなクソガキ程度では対等の敵手にはならない。

 ヤツが発情してアル様に襲い掛かるリスクはあるが、それに関しては注意さえしていればどうということはない。体格も未熟なら、技術も未熟な三下騎士だからな。わたしであれば一秒未満で制圧できる。

 

「頭の中に性欲しか詰まってないのはアンタも似たようなもんでしょ」

 

「違う、私の頭に詰まっているのはアル様への尊敬と親愛の情だ」

 

「最後にアル様の写真を撮ったのはいつ?」

 

「今日の未明。悪夢に歪むアル様の寝顔も美しかった。お労しかったから、こっそり添い寝もしてあげた」

 

 いや、添い寝と言っても別に夜這いという訳ではない。断じて戦闘続きでムラムラ来ていたからではないし、バカな妹分が死んだせいで妙に寒々しい気分になっていたせいでもない。あくまで、悪夢を見られていた様子のアル様をお慰めするためだ。抱きしめて頭を撫でて差し上げたら、寝顔も穏やかになっていた。だからわたしは間違ったことはしていない。

 

「早朝からわざわざ人払いしてたのはそういう理由か……」

 

 呆れた表情のロジーヌだが、添い寝はしても手は出していないのだからいいではないか。本人にバレるといけないので、起床される前に撤退したし。こっそりキスくらいはしたが。

 うん、しかしアレはよかった。しばらくオカズには困らないな。いや、自室に帰ればすでに一生かかっても使いきれないくらいのオカズはあるのだが。まあ、多くて困るものではない。

 ああ、しかし……この頃まともに自分で発散する時間すらないのは不愉快だな。本当に。あの牛共、さっさと降伏すればいいものを。

 

「アンタさあ……ホントさあ……そのうちバレてひどい目にあわされるよ。百キロの荷物背負わされて百キロランニングとか」

 

「アル様の命令というのなら、その程度のことは喜んでこなそう」

 

「馬鹿につける薬はないなあ……」

 

 幼馴染になんてひどいことを言うのだろうか、この女は。友人でなければ、泣くまで叩きのめしていたところだぞ。



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第59話 くっころ男騎士と猛牛伯爵

 それから三日がたった。伯爵軍は予想通り、降伏を受け入れなかった。ディーゼル伯爵の身柄を交渉カードにしたのだが、返ってきたのは『伯爵様は名誉の戦死を遂げられた』という無情なこたえである。

 予想通り、戦争はまだ続きそうだ。これ以上戦い続けるのは損だということはもちろん向こうもわかっているはずだが、メンツという物もある。まったく、難儀なものだ。

 とはいえこちらもこれ以上攻勢を続けるだけの余力はない。二日にわたる激戦によって、弾薬を随分と消耗していた。アデライド宰相の増援が到着するまでは、防備を固めて持久体制を取るほかない。

 

「そうかそうか! あたしは戦死したのか!」

 

 酒杯を片手に、当のディーゼル伯爵はげらげらと笑った。全身包帯グルグル巻き、眼帯(ピストルの弾丸の破片が眼球に刺さったらしい)、隻腕というまさに満身創痍の状態だが、その顔色はすこぶる良い。

 とりあえずそれなりに状況が落ち着いてきたため、僕は伯爵軍との交渉の結果を捕虜のディーゼル伯爵に伝えに来ていた。なにしろ、わが軍も敵軍も戦闘後の再編成や戦死者の処理などが忙しくて戦うどころではない。ここ数日、戦場に響き渡っているのは鬨の声や銃声ではなく鎮魂の鐘と従軍司祭の祈りの声だけだった。

 

「うちの連中はバカじゃないからな。ああ、たしかにこの期に及んではあたしは死んでいた方が都合がいい。うん、うん、あたしが幕僚どもの立場でも、同じ判断をするだろうな」

 

 そう言ってディーゼリ伯爵は酒杯に満たされていたウィスキーを一気に飲み干し、おかわり! とからっぽになった酒杯を差し出してきた。僕も伯爵も酒飲みだ。最初は真面目な話し合いだったのだが、気付いたらこんなことになっていた。いろいろと緩いこの世界ではよくあることだ。

 でもそれ、そうやって飲む酒じゃないんだよ。僕の秘蔵の高級ウィスキーだぞ。そうやって飲むならウォッカか焼酎にしていただきたい。いや、この世界で焼酎を見たことは一回もないけど。

 

「……どうぞ」

 

 僕はこんなこともあろうかと用意していたやっすいワインをビンのまま渡した。

 

「ワインなんてもんは酒じゃねえ、単なるブドウ水だ!」

 

 そう言いつつも、ディーゼル伯爵はビンを受け取り一瞬で飲み干した。豪快だなあ……。僕もこんなふうに飲みたいときはよくあるが、生真面目な男騎士のイメージを保つために我慢している。『キエエエエッ!』なんて叫びつつ敵に襲い掛かってる時点でそんなイメージ吹き飛んでしまっているかもしれないが。

 

「で、指揮を引き継いだのは誰だ?」

 

「ルネ・フォン・ディーゼルという人物が臨時の伯爵名代として指揮官になったとか」

 

「あたしの妹だな」

 

 唸りながら、ディーゼル伯爵は酒杯をくいくいと突き出してくる。あんた捕虜なんだけど……。仕方ないので、ウィスキーを注いでやる。伯爵はストレート派のようで、テーブルに置かれた水差しには手も触れない。

 

「自分から喧嘩を売っておいて、ボロ負けして、一騎討ちに負けて、華々しく戦死もできずに捕虜になるときた。もうあたしの権威はボロボロだ。生き恥を晒すくらいなら、とっとと死んでくれというのが部下共の総意だろうなあ」

 

「そうですね」

 

 事実なので、否定しない。澄ました顔で、自分のぶんのウィスキーを舐めるように飲んだ。強烈な煙の臭いが心地いい。この世界で飲んだウィスキーの中でも、三指に入るほど好みの銘柄を今日は持参していた。

 

「こういう時こそあたしは言うべきなのかもな。くっ、殺せって……」

 

「ゴフッ! ゲホッ! いったぁ!!」

 

 思わず吹き出して、鼻にウィスキーが入り込んだ僕は涙目になってもだえ苦しんだ。そんな僕の様子を見て、ディーゼル伯爵は涙が出るほど爆笑している。こ、こいつ……!

 

「いや、言わねーよ? くっころは男騎士の専売特許だ、それを横取りしちゃ悪いだろう」

 

「嫌な専売特許もあったもんだなあ」

 

 僕はどっちかというとくっ、殺せ! じゃなくてくっ、殺す! のほうが好みなんだけど。

 

「まあ、冗談はさておきだ。こちらの軍があたしのことを完全に無視する作戦に出た以上、あたしにゃそれほどの価値はないと思うが。どうするつもりだ? できれば、殺すのは勘弁してもらいたいが」

 

「殺しはしませんよ」

 

 いろんな意味で立場のヤバいカリーナと違って、ディーゼル伯爵の方は十分利用価値があるしな。前者を殺さない以上、後者を殺すこともあり得ない。

 

「じゃあ、こういうのはどうだ。男騎士殿の夜の手管であたしをメロメロにして、そのまま解放する。これで伯爵家はあんたの傀儡ってわけだ」

 

 色っぽい流し目で僕を見ながら、伯爵はそんなことを言う。今までの豪放磊落な態度からは考えられないほどの艶やかな仕草だった。目の前で揺れるクソデカおっぱいに目がいきそうになったが(何しろ僕も随分溜まっている)、なんとか我慢する。なにしろ相手は人妻だからな。性癖的に不倫とかNTRはNGだ。

 

「童貞にそんな手管求めないでもらえます?」

 

「童貞! 童貞か! そりゃあいい! ハハハハ! 負けたのが殊更悔しくなってきたな、勝ってりゃあたしも味見をしてたところなんだが!」

 

「ご夫君に申し訳ないですよ、そりゃ」

 

「そりゃあそうだ、シバかれるじゃ済まんわな! おお、怖い怖い。ガハハハッ!」

 

 酔ってるなあ。というかあんな大けがしてるのに、こんなに酒飲んで大丈夫なのか? 只人(ヒューム)なら普通に致命傷レベルなんだけど。

 亜人、特に一部の獣人や竜人(ドラゴニュート)の生命力は尋常じゃないからな。正直かなり羨ましい。この鬼耐久があれば、前世の僕も死ななくて済んだかもしれない。いや流石に無理か。普通に体の半分ミンチになってたし。

 

「しかし、童貞か。うーん、一生の頼みがあるんだが、そいつをカリーナにくれてやってもらえないか? あいつも捕虜になってんだろ」

 

「嫌です」

 

 嫌じゃないです。でも駄目なんだよな。女の娼館通いは許されるのに、男は妻以外と性交するのはふしだらだと強く戒められるのがこの世界の貞操観念だ。陣中なんていうどこへ行っても人の目がある場所でセックスしてたらバレないはずがない。

 相手が誰であれヤッてしまったらもう手遅れだ。僕には淫乱という評判が付きまとい、一部のスキモノにしか相手をされなくなってしまう。そうなればもはや結婚の目はない。貴族としては、それは絶対に避けなければならない未来だ。

 

「そりゃあそうだろうがなあ。あいつもあんなことをして、しかもあたしもこんなことになった。もはやあたしが庇ってやることはできないから、あいつの貴族としての将来は閉ざされたも同然だ。たとえこの後、わが軍がミラクルめいた逆転をしてもな」

 

「でしょうね」

 

 敵前逃亡だけでも不味いどころじゃないのに、一騎討ちの妨害までやってるからな。もう手の施しようがない。良くて勘当、普通に考えれば死罪。そういう感じだろう。

 そんな有様だから、こっちで引き取ること方向で話を進めているわけだが。母親の危機を前に、自分の命やキャリアを投げ捨ててでも助けに行けるというのはなかなかのガッツだ。騎士には向いていないかもしれないが、兵士には向いている。有能な人材は出来るだけ手元に集めておきたい。しかもあの娘の場合、目の保養にもなるし。

 

「とはいっても、あたしもあの子は可愛い。なにしろ、捨て身になってもあたしを助けに来てくれたわけだからな。貴族家の当主としては厳しい態度を取らざるを得ないが、母親としては感動してるんだよ。なんとか幸せにしてやりたい」

 

「気分は分かりますよ」

 

「で、だ。あんただよ。これまでの戦いで、あんたがとんでもない天才だということはわかった。そして、この虜囚生活であんたの性格が良い……いや、皮肉じゃないぞ、そのままの意味だ」

 

 少し笑って、ディーゼル伯爵は酒杯に口をつける。

 

「とにかく、非道なやつでないことも分かった。もはやカリーナは貴族として婿を迎えることができる立場じゃないから、嫁に出すしかない。この戦争があたしらの勝ちになるにしろ負けになるにしろ、あんたにはカリーナを貰って欲しいんだが」

 

 将としての矜持か、ディーゼル伯爵は負けるとは明言しなかった。まあ、こちらが極めて優勢なのは確かだが、まだ勝負は決まっていない。

 というか、個人的にはかなり不安なんだよな。経験上、勝利を確信すると逆にマズイ。前世の僕が戦死した戦いも『勝ったな、風呂入ってくる』みたいな状況から一瞬で最悪の事態に転がっていったんだ。ましてここはファンタジー世界。敵軍から突然とんでもない切り札(ジョーカー)が飛び出してくる可能性もある。

 

「僕はそっちの人間を随分と殺したはずなんですがね、恨みとかないんですか?」

 

「そりゃあ、あたしの大切な兵士や家族を殺めたんだ。何も思っていないわけじゃない。でも、そりゃあこっちも同じことだ。あたしが今まで何人の敵兵や敵将をひき肉にしてきたと思う? 今さら被害者ヅラはできん。特に今回はこちらから仕掛けた戦争でもあるわけだし」

 

「それは、そう。うん…」

 

 敵を殺した数と味方を殺された数の比率なら、僕も大概殺した方に偏っている。何をされようが被害者ヅラをできないのは僕も同じことだ。もちろん、必要な報復はするが。

 

「で、どうなんだ。貰ってくれるか、あたしの娘を」

 

「貰えるもんなら貰いたいですけどね。男騎士なんてやってると、結婚相手を見つけるのも難儀しますし。でも、只人(ヒューム)の貴族である以上、妻も只人(ヒューム)じゃなきゃ駄目なんですよ」

 

「じゃあうちの裏族(りぞく)の女も――」

 

「話がそれてますよ、アル様」

 

 それまで黙って僕の後ろに控えていたソニアが、突然口を出した、彼女は不愉快そうな表情で、僕の隣へ座る。

 

「伯爵殿には、聞かなくてはならないことがいくらでもあります。この戦争の経緯とかね。無駄話をしている暇はありませんよ」

 

 なるほど、それはその通りだ。オレアン公がなんらかの情報をディーゼル伯爵にリークしたのがこの戦争の始まりだったはず。どういう情報がどういう経路をたどってディーゼル伯爵の元にやって来たのか、よーく調べておく必要があった。

 



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第60話 くっころ男騎士と悪い予感

 それからしばらくの間、伯爵軍とにらみ合うだけの日々が続いた。時おり小部隊が威力偵察を仕掛けてくるものの、その他に大きな動きはない。

 

「指揮官が変わった影響ですかねえ。敵軍からやる気を感じませんよ」

 

 指揮壕で、騎士の一人がぼやく。退屈さを隠しもしない表情だ。この頃じっと敵の出方を見続けているだけで一日が終わる生活をしているのだから、そりゃあ退屈だろうな。

 

「進めば苛烈な迎撃を浴びて地獄、退けば男に一勝もできなかった軟弱者とそしられて地獄。進も退くもできないなら、その場で足踏みし続けるしかない。そういうことだろう」

 

 僕が口を出す前に説明したのはソニアだ。僕もおおむね彼女と同意見で、伯爵軍は今後の方針を決めかねているように見える。動きに一貫性がないのだ。

 

「中央からの増援が到着すれば、こちらから積極的に攻勢が仕掛けられる。それまでの我慢だ」

 

「うーらー」

 

 何とも言えない表情で、騎士は頷いた。

 

「で、いつ頃来るんですか、その増援は」

 

「あと二週間くらい」

 

「……そっすか」

 

 嫌そうな顔をする騎士だが、そりゃしゃあないだろう。王都からこのリースベンまで、どれほど離れていると思っているんだ。

 中央に帰ったアデライド宰相とは、翼竜(ワイバーン)を使って定期的に手紙のやり取りをしている。そのため、中央の情報はある程度こちらにも入ってきていた。

 実のところ、本来ならばもっと早く増援が来る予定だった。なにしろオレアン公は僕たちが壊滅したタイミングで増援を差し向け、リースベン救援を自分の手柄にするつもりだったようだからな。リースベンにほど近い場所に領地をもつ自分の派閥の領主に、即応兵を用意させていた。

 

「頼りにならない味方なら、すぐ来られるみたいだけどな」

 

「えっ?」

 

「いや、なんでもない。忘れてくれ」

 

 オレアン公の息がかかった増援なんか、呼べるはずもない。どう考えてもシャレにならないような嫌がらせを仕掛けてきそうだし、オレアン公に僕の手の内を見せる気にもならないからな。敵だとはっきりわかる敵より、味方ヅラした敵の方がよほど厄介だ。

 そのあたりはアデライド宰相も心得ているので、その領主の派兵を全力で妨害してくれていた。僕が待っているのは、宰相派閥の将軍が指揮する王軍だ。そっちなら、ある程度安心して背中を預けることが出来る。

 

「……ちょっと傭兵共の様子を見てきますわ。あいつら最近たるんでるみたいだし、一発気合をいれてやります」

 

「ン、頼んだ」

 

 きな臭さを嗅ぎ取ったらしい騎士が、表情を真剣なものにして指揮壕から出ていった。状況はこちら優勢だが、油断は絶対に出来ない。オレアン公の陰謀はまだ終わっていないだろうし、伯爵軍に関しても予想不能な一手を打ってくる可能性がある。追い詰められた軍隊はとても怖い。

 

「……そう言えば、ディーゼル伯爵の調書を読みました。やはり、情報漏洩をしていたのは前代官のようですね」

 

 ソニアがするりと寄ってきて、耳元で囁いた。ややハスキーな声が耳に心地よい。

 

「みたいだな」

 

 ミスリル鉱脈の試掘のため、前代官エルネスティーヌ氏は採掘用の資材を集めていた。そして彼女は、意図的にそれをディーゼル伯爵家のスパイへリークしたようだ。

 リースベン領で何かしらの鉱物資源が発見されたことを知ったディーゼル伯爵は、鉱山の存在が公表されて守備兵が増える前にこれを奪取すべく、出兵を決意。そういう流れで戦争が始まったらしい。

 

「僕への妨害の件といい、情報漏洩の件といい、エルネスティーヌ氏ばかりが働いている。陰謀が失敗したときに、彼女にすべての罪を被せるためだろうな」

 

「エルネスティーヌを神聖帝国のスパイだったということにでもしておけば、オレアン公本人が問われる責任は最小限に抑えられるでしょうからね」

 

 いわゆるトカゲの尻尾切りというやつだな(ガレアではトカゲはセンシティブワードなのでこの例えは使えないが)。それでも任命責任があるだろと僕は思うのだが、相手は海千山千の大貴族だ。責任逃れの腕前なら世界トップクラスである。そう簡単には失脚してくれない。

 

「しかし、政治屋の権力闘争となると、末端の僕たちでは手出しができない。歯がゆいが、アデライド宰相に丸投げするしかないな」

 

 当然だが、ディーゼル伯爵やその他の捕虜から聞き出した有用な情報はすべてアデライド宰相へ送っている。それを使ってなんとかこちらへ降りかかりそうな火の粉を払ってもらいたい。

 

「アル様、翼竜(ワイバーン)騎兵から報告です!」

 

 そこへ、通信筒を持った騎士が走り込んできた。ひどく慌てた様子だ。僕はソニアに頷いてみせてから、騎士から受け取った紙へ目に通す。そこには、無視できない情報が書かれていた。

 

「敵領内に新たな部隊を確認。数、二個中隊。伯爵軍への増援と思われる……」

 

「増援ですか。やはり、敵もただ無為に時間を浪費していたわけではないようですね」

 

 厳しい目つきで、ソニアが呟いた。

 

「二個中隊。対処できない数ではない、が……」

 

 普通に考えれば、この程度の増援ならまったく怖くない。伯爵軍の受けた被害は甚大で、二個中隊程度が増えたところで戦力は開戦前のレベルまで回復しないからだ。弾薬はかなり消耗しているが、あと一回程度の防御戦闘ならこなせる。先日と同じように、弾幕を浴びせかけて撃退してやればよい。

 しかし、妙な胸騒ぎがした。なにか不味い事が起きる、そんな予感だ。この手の感覚は、おおむね的中するんだよな。

 

「ヴァレリー隊長を呼んできてくれ。防御計画の再確認をする」

 



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第61話 貧乏くじ伯爵名代と怪しい傭兵

 ひどい貧乏くじだ。わたし、ルネ・フォン・ディーゼルは心の中でぼやいた。リースベン軍の攻撃により、ディーゼル伯爵軍では半数近い兵員が死傷した。残った兵士たちも、もはや士気も規律も吹き飛んでしまっている。脱走、喧嘩、窃盗……そんな報告が、ひっきりなしに上がってくる始末だ。こうなればもう、戦闘集団としてはおしまいだ。

 

「……」

 

 おしまい、そうなにもかにもおしまいだ。こんな有様でリースベン軍に勝てるはずもないし、何もかにも諦めて領地に帰ったりすれば誰が敗戦の責任を取るのかで大揉めするだろう。そうこうしているうちに、周辺の領主がなにかに理由をつけて我らがズューデンベルグ領へ侵攻してくる。

 神聖帝国などといってまとまっているように見えても、実態は独立領主の寄り合い所帯だ。隙を見せれば、当然のように侵略の矛先を向けてくる。それが何より恐ろしい。

 

「伯爵名代様、ヒルダの中隊でまた脱走が……」

 

「またか」

 

 頭を抱えそうになった。戦わないまま、どんどんと戦力が低下していく。このままでは、近いうちに軍としての体裁すらとれなくなりそうだ。

 なにが伯爵名代だ。わたしは姉のロスヴィータを補佐するのが仕事だったはずだ。一家をまとめていくだけの器量などない。おそらく生きているであろう姉には早く戻ってきてほしいが、軍の規律崩壊を防ぐには戦死したということにするほかなかった。

 

「くっ……」

 

 歯を食いしばる。わたしも兵たちと同じように、いっそ逃げ出してしまいたい。しかしそういう訳にもいかない。領地にかえれば夫も子供もいる。ディーゼル伯爵家が奪うものから奪われるものに転落すれば、わたしの家族はどうなってしまうのだろうか? それを思うと、どんな最悪な状況であれあがき続けるほかない。

 

「名代様」

 

「なんだ。脱走か? 喧嘩か? それでも反乱でも起きたか?」

 

 半ばヤケになりつつ、兵に笑いかける。わたしもいい加減ギリギリだった。

 

「いえ。クロウン傭兵団が到着したとのことです。代表者が挨拶に参っております」

 

「ああ……そんなのも呼んでいたな……」

 

 当初の計画では、リースベン領の制圧後国境地帯の山道でガレア王国軍を迎え撃つ予定だった。その際の戦力の補強として、傭兵団を使うことになっていたのだ。それが逆に我々が山道で迎え撃たれ、壊滅的な被害を被っているのだから皮肉というほかない。

 募集をかけていた傭兵部隊は、二個中隊。正直に言えば、今の状況でその程度の増援を得たところで焼け石に水以外の何物でもない。とはいえ、貴重な戦力には変わりがないか。攻めるにしろ退くにしろ、少しでも戦力が多いに越したことはないからな。

 

「いいだろう。通せ」

 

「はっ!」

 

 兵が頷き、指揮用天幕から出ていく。しばらくしてその兵が連れてきたのは、二人の傭兵だった。片方は我が姉にも負けないような偉丈夫で、漆黒の鎧をまとってる。兜の面頬を降ろしたままなので、顔は見えない。いったい何の獣人だろうか? いや、もしかしたらそれ以外の種族かもしれない。

 雇い主の前で顔を隠すというのは不遜極まりない行為だが、わたしはそれどころではなかった。問題はこの黒騎士ではなく、その隣にいるヤツだ。魔術師と思わしきローブ姿のその只人(ヒューム)は、なんと男だった。線の細い、見惚れてしまいそうなほど容姿の整った美少年である。

 

「このようなナリでの挨拶、申し訳ない。かつての戦傷で、とても人に見せられないような顔になっていてな。我はクロウン。傭兵隊長のクロウンだ」

 

 面頬をあげないまま挨拶をするクロウン。まったく、怪しいどころの話ではない。大丈夫なのだろうか、こいつは。戦傷云々も本当かどうかわかったものではない。

 とはいえ、状況が状況である。下手なことを言ってへそを曲げられても困る。わたしは不承不承頷いて見せた。

 

「ズューデンベルグ伯名代のルネ・フォン・ディーゼルだ。状況は聞いているな?」

 

 あえて男の存在は無視して、わたしはクロウンに聞く。どうせ、この女の愛人か何かだろう。戦場にそんなものを持ち込むなど、不愉快極まりない。極力視界に入れないよう意識する。

 

「ああ。リースベン軍は随分と難敵のようだな。我々の派遣した先遣隊も壊滅したと聞いている」

 

 クロウン傭兵団は、事前に半個中隊ほどの戦力をわたしたちに貸し出していた。先日の攻勢の際、姉はそれを敵の側面を突くための遊撃部隊として利用した。しかし結果は無残なものだった。帰ってきたのは、僅か十数名である。

 

「敵は塹壕と妙なトゲ付き鉄線で守られた陣地に籠り、大砲と異様に射程の長い小銃を利用して防衛戦を展開している。おそろしく強固な防衛陣だ。突破は極めて難しい……」

 

「先遣隊の生き残りから報告は聞いている。なかなか面白い敵手だとな」

 

 なにが面白いだ。ふざけやがって。こんな状況でなければ、一発殴りつけているところだぞ。

 

「なまじの手段では攻略できない相手なのだろう? よろしい、相手にとって不足はない。お任せあれ、名代殿。貴殿は見ているだけで構わない。我々が見事、あの陣地を突破して見せよう」

 

「……は? ふざけているのか? 伯爵軍の総力を挙げても突破できなかった防衛陣が、僅か二個中隊程度で……」

 

「突破できるとも。なぜなら我々には、彼がいる」

 

 そういって黒騎士は、隣にいる男の肩を叩いた。



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第62話 くっころ男騎士と対空攻撃

 戦線に異変が発生したのは、伯爵軍陣営に傭兵団が到着した当日だった。

 

鷲獅子(グリフォン)二騎出現! わが軍の翼竜(ワイバーン)を追い回しています!」

 

 伝令が血相を変えて指揮壕に飛び込んでくる。僕の心臓は跳ね上がった。鷲獅子(グリフォン)は鷲の上半身と獅子の下半身を持ったキメラの一種で、神聖帝国でもっとも利用されている空中戦力だ。

 ガレア王国の翼竜(ワイバーン)に比べスピードこそ劣っているものの、パワーや低空での格闘能力は際立っている。極めて危険な相手だ。

 

「今さら鷲獅子(グリフォン)? この段階でか……」

 

 騎士の一人が呟く。この戦争が始まって以降、鷲獅子(グリフォン)が確認されたのは今日が初めてだ。こんなものを保有しているのなら、初日の段階で翼竜(ワイバーン)の排除のために投入していなければおかしい。

 

「新手の傭兵団が保有している個体かもしれん」

 

「そりゃ、相当の金満傭兵団ですね」

 

 翼竜(ワイバーン)もそうだが、この手の騎乗用飛行型モンスターの飼育にはかなりのコストがかかる。傭兵団風情がそうそう簡単に保有できるものではないのだが……。

 とはいえ、今はそんなことを考えている余裕はない。敵は二騎、こちらは一騎。放置していればあっという間に翼竜(ワイバーン)は撃墜されてしまうだろう。

 

「何にせよ、こちらの翼竜(ワイバーン)が墜とされる前に対処しなくては。青色信号弾を撃て!」

 

 一応、こういう時のための作戦は周知してある。僕は命令を出しつつ、傍らにおいていた騎兵銃を引っ掴んだ。

 

「第二種待機中の騎士は予備指揮壕に集合! 急げ!」

 

 そう言ってから。僕も予備指揮壕へ急いだ。騎士たちも、あちこちの塹壕から集まってくる。

 予備指揮壕は、土塁に囲まれたそれなりに広い壕だ。メインの指揮壕が使われている今は天幕ひとつ立っておらずガランとした印象を受ける。そのド真ん中で、僕は騎士たちに方陣を組ませた。

 

「対空戦闘用意!」

 

 叫びつつ、腰のポーチから金属製の小さな物差しのようなものを二つ取り出す。それらをそれぞれ、騎兵銃の照門(リヤサイト)と照星《フロントサイト》へ取り付けた。同様の作業を、周囲の騎士たちも行っている。

 

「対空射撃は実戦じゃ初めてですね。うまく行きますか?」

 

「お前たちならやれるさ」

 

 これらのパーツは、対空射撃用の照準器だ。歩兵銃を用いた対空射撃は、前世の世界における第二次世界大戦やベトナム戦争でさかんに行われていた記録がある。それによって撃墜された航空機も一機や二機ではない。

 といっても、僕たちが使っているのは単発式の先ごめ銃だ。連射能力など皆無に等しいこの手の銃で対空射撃をしたところでどれだけの効果があるのかは不安だが、ほかに対空攻撃の手段などないので仕方がない。剣と魔法の世界と言っても、自動追尾式のマジックミサイルみたいな便利な魔法は存在してないからな。

 

「来ました!」

 

 見張りが叫ぶ。北の空に、鷲獅子(グリフォン)二騎に追い回される翼竜(ワイバーン)の姿が見えた。さすがに一対二は辛いのだろう、まさにほうほうの体という表現が似合いそうな逃げっぷりだ。これは早めに対処しないと不味いかもしれない。

 対空照準器を取り付け終わると、ニップルへ雷管を被せる。ハーフコック状態だった撃鉄(ハンマー)を最大まで上げ、射撃準備完了。周りの騎士たちも全員準備が終わったことを確認してから、僕は叫んだ。

 

「もう一度青色信号弾!」

 

 打ち上げ花火発射機めいた軽臼砲から発射された信号弾が、空中で青い光を発する。それを見た翼竜(ワイバーン)が猛烈な勢いで加速し、こちらへ向けて急降下してきた。鷲獅子(グリフォン)が現れた場合、銃で対処することは事前に翼竜(ワイバーン)騎兵にも伝えている。今の信号弾は対空射撃準備が整った事を知らせるためのものだ。

 

「引き付けるぞ、早まるなよ!」

 

 遠距離で撃ったところで絶対に当たりはしない。僕は部下たちに注意しつつ、翼竜(ワイバーン)鷲獅子(グリフォン)の動きを注視していた。逃げる翼竜(ワイバーン)を追い、競うように二騎のグリフォンが後方に食らいつく。

 あっというまに、彼我の距離は羽音がはっきり聞こえる距離まで近づいた。対空照準器を通してその様子をながめつつ、僕は小さく息を吐く。まだだ、まだ早い。

 

「……狙いは先頭の鷲獅子(グリフォン)だ」

 

「ウーラァ!」

 

 風切り音を残して、翼竜(ワイバーン)が僕たちのすぐ真上を通過した。突風が全身を叩き、照準がぶれる。鬱陶しい! そう思った瞬間、鷲獅子(グリフォン)の巨体が目に入る。

 

「撃て!」

 

 反射的に僕は叫んだ。銃声の多重奏。一頭の鷲獅子(グリフォン)が数発の銃弾を浴び、空中で姿勢を崩す。そのまま立て直せず、轟音をたてつつ地面へ叩きつけられた。

 

「相手は鷲獅子(グリフォン)だ! 銃の一発や二発で死ぬようなタマじゃないぞ! 歩兵隊、とどめを差せ!」

 

 命令を出しつつも、視線は残る一騎へ向けられていた。突然僚騎を失った鷲獅子(グリフォン)とその騎手は動揺し、挙動が乱れる。

 翼竜(ワイバーン)騎兵はその隙を見逃さなかった。翼を折りたたみ、空中で急ターン。鷲獅子(グリフォン)とすれ違いざまに、手に持っていた細長い槍を鷲獅子(グリフォン)の鼻先へ突き刺した。

 悲鳴じみた咆哮が、戦場に響き渡る。さすがの鷲獅子(グリフォン)もこれはたまったものではない。もんどりうちながら地面へ墜落する。すぐさま歩兵たちが殺到し、苦しむ鷲獅子(グリフォン)にとどめを刺した。

 

「騎手が生きているようなら回収しろ! 所属をはっきりさせたい」

 

 そう命令する僕の頭上から、パラシュートのついた通信筒がひらひらと舞い降りてきた。翼竜(ワイバーン)騎兵が投げてよこしてきたものだ。急いで回収し、中から手紙を引っ張りぬく。

 

「敵陣に攻勢開始の兆候あり? やっぱりか!」

 

 翼竜(ワイバーン)を狙ってきたのは、攻勢に先立ってこちらの目を潰すためだったわけだ。翼竜(ワイバーン)による偵察はこちらが優勢を取れた大きな要因の一つだからな。

 今回は何とか手早く敵航空戦力を始末できたが、また鷲獅子(グリフォン)が出現したらしっかりと対応できるだろうか? 戦闘中に対空射撃陣形を取るのは簡単ではないが……。心配だが、考えていても仕方がない。その場に応じてベストな判断を下すしかないだろう。

 

「ここは歩兵隊に任せる。騎士隊は総員、持ち場に戻れ!」

 

 しかし、ここにきてまた攻勢か。愚直に突っ込んで来ても無駄なことは、向こうもよく理解しているはず。いったいどう言う手を使ってくるつもりだろうか? 自分も指揮壕に急いで戻りつつ、僕は思案した。



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第63話 くっころ男騎士と戦術級魔法

 指揮壕に戻ってきた僕は、望遠鏡で敵陣を観察していた。ライフルの射程外、望遠鏡で見えるギリギリの距離に全身鎧の重装歩兵たちの姿が見える。掲げる旗には剣と盾の紋章が見えた。伯爵軍とは別口の連中だな。

 

「増援に来たって言う傭兵団か、あれは」

 

ヴァレリー傭兵団(うち)よりだいぶ強そうですね」

 

 近くにいた若い傭兵が呟く。例の新兵、コレットだ。彼女の言うように、敵傭兵団は並みの正規兵よりも上等な装備を身に着けているように見える。ピカピカに磨かれた甲冑が、陽光を反射してギラギラと輝いていた。大半が革鎧すら持っていないヴァレリー傭兵団とは大違いだ。

 

「進軍のラッパや太鼓が聞こえてこないな」

 

 とはいえ、コレットの言葉に素直に頷くのも気が引ける。僕は素知らぬ顔で話を逸らした。

 

「今すぐ突っ込んできそうな陣形に見えるが」

 

 ここから見る限り、敵は突撃陣形を組んでいる。合図があれば、いつでも一気呵成に突っ込んできそうな構えだ。しかし今のところ、傭兵団は一歩もその場から動こうとしない。

 

「新手とはいえ、こっちのやり口は伯爵軍の連中に聞いてるんでしょうね」

 

 騎士の一人が呟いた。現在、第一防衛線は破れた鉄条網などを補修しある程度当初の防衛能力を取り戻している。鉄条網の前に小さめの塹壕を掘ることで、鉄馬車による突破を防げるよう改良も施してある。火薬不足のせいでさすがに地雷の敷設はできなかったが、ただ愚直に突っ込んでくるだけなら対処のしようがあった。

 

「ただにらみ合いをするだけなら何日でも付き合うが……」

 

 しかし、相手は突撃陣形を組んでいる。いったいどういうつもりだろうか? 射撃による援護を受けないまま突撃をしたところで損害ばかり増えるだけだ。

 そこでふと、敵部隊の様子に既視感を覚えた。突撃陣形を組んだまま、敵は待機している。何かを待っているように。そういう状態の兵隊を、僕は見たことがある。現世ではない。前世でだ。

 

「攻撃準備射撃……!」

 

 前世世界の軍事的な常識として、歩兵は砲爆撃で敵陣をめちゃくちゃにしてから突っ込ませるべし、というものがある。彼女らの様子は、その事前攻撃を待っているようにしか見えない。これは不味い、不味い気しかしない。

 

「総員に通達! 攻城魔法クラスの攻撃が飛んでくる可能性がある、防御態勢を取れ!」

 

 伝令が慌てて走るのとほぼ同時に、敵の隊列の中から地味な色合いのローブを纏った魔術師らしき人間が出てくる。

 

「魔術師が一人?」

 

 城壁を打ち崩すような攻城魔法は、複数人の魔術師が力を合わせて術式を組む合奏(ユニゾン)という手法が使われるのが普通だ。そうしないことには、魔力が足りなくなる。ただでさえ貴重な魔術師を複数人運用しなくてはならない攻城魔法は、なかなかに扱いづらい代物なのだが……。

 何にせよ、ひどく悪い予感がする。今すぐ対処しなければいけないが、手持ちの戦力で今すぐあの魔術師を排除する方法はない。ライフルの命中が期待できる距離ではないし、大砲はどこへ弾がとんでいくのかわからない代物だからだ。下手に阻止攻撃を仕掛けて防御が間に合わなくなるくらいなら、一発喰らう前提で動いた方がマシだろう。

 

「来るぞ、総員対ショック姿勢!」

 

 そんなことを考えているうちに、魔術師が手に持っていた杖を掲げた。次の瞬間、凄まじい閃光が走る。

 

「うわっ!?」

 

 それと同時に、重砲の至近弾を喰らったような衝撃が僕を襲った。轟音、閃光、衝撃、熱風。あらゆるものが僕に襲い掛かり、吹き飛ばされそうになる。そこへ何かが飛び掛かってきて僕の身体を抑え込んだが、衝撃のあまり頭が朦朧としてそれどころではない。

 

「被害報告知らせ!」

 

 衝撃がおさまると同時に叫んだが、自分の言葉が聞こえてこない。強力な耳栓をねじ込まれたような不快な感覚がある。大音響を喰らったせいで聴力がマヒしているのだ。いや、鼓膜がやられている可能性もある。

 

「ぐ……」

 

 ひどく重い体を動かし、口の中に入った土を吐き出しつつなんとか起き上がる。僕の身体に覆いかぶさっていたモノが、ゴロンと転がった。

 

「コレットか? お前が助けてくれたのか?」

 

 それは、新兵のコレットだった。どうやら、敵の攻撃と同時に僕に覆いかぶさり、かばってくれたらしい。彼女は血塗れで、ひどく憔悴した表情で口をパクパクしていた。何か言っているのだろうが、聴力が死んでいるせいでさっぱりわからない。

 心臓が、ぎゅっと握り締められたような感覚を覚えた。いくら謝っても足りない気分になる。こちとら人生二回目だぞ。まだ十数年しか生きてないガキの代わりに生き延びるような価値なんかないだろ、僕に。

 

「大丈夫か、おい!」

 

 飛び散った石礫(いしつぶて)に全身を打ち据えられたのだろう。彼女の身体は散弾を撃ち込まれたようにボロボロだった。大きな石が当たったのか、右足は明後日の方向に曲がっている。

 

「何言ってるのかわからんが軽傷だぞ! 気弱になるなよ、オイ!」

 

 もちろん嘘だ。足の骨折は以外にも、前進あちこちから出血している。どこをどう見ても重傷だ。しかし、経験上大けがしてるヤツに「不味い状態だ!」なんて言ったらショックでよりひどいことになるからな。大した怪我じゃないと嘘をついた方がマシなんだよ。

 コレットは心配だが、それだけに気を取られるわけにはいかない。僕は指揮官で、味方の全軍に対して責任を負っている立場だからだ。深呼吸とともに、「常に忠誠を(センパーファイ)」と呟く。自分を落ち着かせるための魔法の言葉だ。

 

「被害は、被害はどうなってる!」

 

 周囲を見まわしながら、叫ぶ。だんだん聴力が戻ってきて、あちこちから上がるうめき声や叫びが聞こえるようになっていた。指揮壕の中はひどい有様になっていた。半ば、生きながら土葬されたような有様になっている。騎士の一人が叫んだ。

 

「味方右翼が蒸発しました!」

 

「なにっ!」

 

 あわてて壕から頭をだして確認すると、確かに右翼の塹壕線が隕石の直撃を受けたようなクレーターへと変貌していた。あそこには銃兵を十名と歩兵を多数配置していたが、あの様子では間違いなく全滅しているだろう。

 右翼からそれなりに離れた場所に設置してあった指揮壕ですらこの被害だ。最前線の砲兵壕に居るはずのソニアは大丈夫だろうか。胸がざわざわする。僕は歯を食いしばって、そして無理やり笑顔を浮かべた。

 

「……なかなか愉快なことになって来たじゃないか」

 

 こりゃ、不味いどころじゃない。視線を敵陣に向ければ、案の定鬨の声を上げながらこちらへ突撃を開始している。今の僕たちの状態で彼女らと交戦を開始すれば、赤子の手をひねるように簡単にやられてしまうだろう。

 あの魔術師、たった一人で戦局をひっくり返しやがった。この威力、おそらくは一〇〇〇ポンド爆弾以上の破壊力だ。一流の魔術師が十名集まって、なんとか発動できるレベルの戦術級魔法。それを一人で扱うなんて、とんでもないチート野郎じゃないか。ふざけやがって。

 はらわたが煮えくり返りそうになったが、拳を握り締めて耐える。兵は常に指揮官を見ている。無様な姿を晒せばあっという間に士気崩壊だ。

 

「動けるヤツは動けないヤツに手を貸してやれ。いったん態勢を立て直す、プランCだ!」

 

 砲爆撃によるショックは兵士の士気を著しく減退させる。練度の低い傭兵どもでは、このショック状態から迅速に立ち直るのは不可能だ。おまけに戦力の要である銃兵隊の火力も大幅に低減しているわけだから、今までと同じような防衛行動をとるのは無理だ。

 幸いにも、ライフルによる攻撃を避けるためか敵の突撃開始地点はかなり離れた場所だった。敵がこちら側の陣地に到着するまで、いくばくかの余裕がある。

 

「緑色信号弾を可及的速やかに発射しろ」

 

「了解!」

 

 一応、こうなった時のための計画も事前に準備してあった。騎士たちが土に埋まった軽臼砲を掘り出し始めるのを一瞥してから、視線をコレットの方に向ける。

 

「おい、悪いが手当はあとだ。ちょっと痛いが我慢しろよ」

 

 そう言って彼女の手を取ろうとすると、コレットは顔を涙でぐちょぐちょにしながら言った。

 

「行ってください……」

 

「なに?」

 

「足が、足が動かないんです……今のわたしじゃ足手まといにしかなりません……」

 

「見たらわかる。それがどうした」

 

 それこそ、早く後送して適切な治療をしないと骨が変な形でくっ付いてしまうかもしれない。こんなところでグズグズしている暇はないんだよ。

 外から見る限り重い外傷は足の骨折のみで、他はかすり傷だ。致命傷には程遠い。しかし、ここで捨て置けば彼女は確実に死ぬ。身代金もとれないような平民の新兵なんか、捕虜には取らないのが普通だ。

 

「こんな足になっちゃったら私はもう、代官様のお役に立てません……親に要らないと言われた私が、代官様のような方のために死ねるなら……本望ですから」

 

「ッ……!」

 

  反射的に怒鳴りつけそうになったが、堪えた。その代わり、無言で彼女の唇に自分の唇を押し付ける。

 

「童貞にキスを貰えば、その戦いじゃ戦死しないって話だったな?」

 

「えっ、えっ!?」

 

 青くなっていたコレットの頬にさっと朱が差す。……自分でやっといたなんだけど、これ後でセクハラで訴えられないかな? いや、いや。今はとにかくこの新兵に気合を入れてもらわねば困る。生きる気力を失った人間が生き残ることが出来るほど、戦場は甘くない。

 

「いいか? お前は絶対に死なない」

 

 そう言って、僕はコレットの身体を抱え上げた。いわゆる、お姫様抱っこの姿勢だ。十五歳にしてはひどく軽い。栄養が足りていないのかもしれない。そう思うと、もうたまらないくらいに嫌になった。戦争が終わったら、腹がいっぱいになるまで飯を食わせてやろう。

 

「なぜならマーリンは戦友を決して見捨てないからだ」

 

 僕が前世で所属していた軍隊は、仲間を見捨てないことを誇りとしていた。たとえ生まれ変わったとしても、その誇りを捨てる気はない。

 

「僕はお前が死ぬのを許さない。わかったら大人しくしろ、抵抗は無意味だ」

 

「は、はい……」

 

「よろしい!」

 

 僕が頷くのと同時に、緑色信号弾が空へ上がった。撤退の合図だ。第一防衛線から退くのは二回目だが、最初の撤退は攻勢のための前準備だった。しかし今回は、防御のための撤退である。戦いの主導権を握っているのは敵の方だ。とても面白くない。

 とにかく、今の状態でまともに敵とカチあったら瞬殺される。精鋭部隊で時間稼ぎを行い、その隙に本隊を台地まで撤退させて部隊を再編成する。それ以外に活路はない。肝心なのは、兵士たちをいったん冷静にさせることだ。

 

「覚えてろよ、神聖帝国のクソッたれども……」

 

 周囲に聞こえないよう、僕は小さくつぶやいた。

 



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第64話 くっころ男騎士と立て直し

 第一防衛線からの撤退は二度目ということで、比較的スムーズに進んだ。僕はコレットを抱えたまま、なんとか切通を超えて台地まで後退することに成功する。

 

「ソニア!」

 

 そこで頼りになる副官の姿を見つけた僕は、大きな声を上げた。ピカピカに磨いてあったはずの全身鎧は土まみれのひどい状態になっているが、動きから見て大きな怪我をしている様子はない。安堵のあまり身体から力が抜け落ちそうになるが、なんとか堪える。本当に無事でよかった。

 

「ご無事でしたか」

 

 ソニアのほうもそれは同じらしく、いつものクールな表情を崩して目に喜色を浮かべた。そしてちらりとコレットの方を見る。

 

「そっちは?」

 

「僕を庇ってこんな有様だ」

 

「ほう」

 

 感心した様子で、ソニアはニヤリと笑う。

 

「新兵の癖になかなか根性が入っていますね」

 

「ああ、ここで失うには惜しい人材だ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 コレットは顔を真っ赤にしていた。男にお姫様抱っこ(この世界風に言うと王子様抱っこか)された状態でここまで連れてこられた彼女は、周囲から注目の的になっていた。この世界の価値観としては恥ずかしくてたまらないだろうが、緊急避難なので許してほしい。今さらだが、抱っこより背負った方がよかったよな絶対。本当にすまない。

 

「代官様! そいつを預かりましょう」

 

 傭兵の一人が出てきて言った。よく見ると、以前僕の前にコレットを連れて来た狼獣人だ。彼女に任せておけば大丈夫だろう。

 

「任せた。お前は後方に下がっていい、手当てしてやってくれ」

 

「ええ、任せてください。衛生兵に預けたら、すぐに復帰しますんで」

 

 頷く傭兵をコレットを押し付け、僕はソニアに視線を戻した。彼女のことは気になるが、今は敵を押さえるのが最優先だ。

 

「とにかく、現状そのままではなんともならん。戦いの主導権は明らかに向こうが握っている」

 

「砲兵隊の撤退指揮にかかりきりになってしまい、現状の把握があまりできていません。説明をしていただけませんでしょうか?」

 

 ソニアは自分を恥じるような口調で言った。とはいえ、最前線に配置していた砲兵壕から人員と大砲を無事に撤退させるというのは、かなりの難事だったはずだ。特に大砲は、今僕が考えている作戦では絶対に必要になる要素の一つだ。彼女を責めることなどとてもできない。僕は軽く笑って頷いた。

 

「今のところ、騎士と傭兵の混成部隊に防御を行わせている。早めに増援を寄越さないと、突破される可能性が高い。騎士隊はそちらに全力を投入するほかないな」

 

 どうも敵の練度は伯爵軍の重装歩兵部隊よりも高いようで、ずいぶんと苦戦している。今は地の利と残存する銃兵隊の支援によってなんとか持久しているものの、放置すれば一時間もせず壊滅する可能性もある。精鋭部隊には精鋭部隊をぶつけるほかない。

 しかし、あの傭兵団はいったい何者なんだ? 鷲獅子(グリフォン)の運用といい、異様な練度の兵士たちといい、明らかに普通ではない。

 

「よろしくないですね。騎士隊を防御戦闘にかかりきりにさせると、こちらが取れる選択肢が大幅に制限されることになります」

 

「ああ、まったく愉快なことだ」

 

 本音で言えば、愉快どころかまったく面白くない。許されるなら、クソッたれめと大声で叫びたい気分だった。

 序盤戦で大勝できたのは、新戦術や新兵器を用いることで伯爵軍に受動的な対応を強い、能動的な行動をするためのリソースを奪っていたからだ。それに対して、今はこちらが受動的な動きしかできない状況に追い込まれている。これは非常にマズイ。

 

「とはいえ、今は耐えるしかない。台地に引き込んで逆襲、なんて手はもう使えないからな」

 

 ライフルの射程を知っていたあたり、敵傭兵団は伯爵軍と戦訓の共有を行っているはずだ。敗北したパターンをそのままなぞってくれるはずがない。その上、こちらはライフル火力が著しく減退しているからな。あの時と全く同じ作戦を取るのはこちらの戦力的にも無理だ。

 

「だからこそのプランCだ。僕はまだ勝利をあきらめていない。だいぶ分の悪い賭けになるが、付き合って欲しい」

 

 プランCは、もうにっちもさっちもいかなくなった時に一発逆転を狙うために立てた作戦だ。当然、成功率はあまり芳しいものではない。すべてをあきらめて白旗を上げるよりはマシ、程度のものだということだな。

 

「ええ、もちろん。わたしはアル様の副官、凱旋パレードだろうが地獄だろうが、どこへでもいつまでもお供いたしますので」

 

「……ふん、嬉しいことを言ってくれる」

 

 やめろよそういうの。ちょっと泣きそうになっちゃっただろ。この副官は、まったく……。

 

「よし、じゃあすまないが総指揮はお前に任せた」

 

「……えっ?」

 

「いや、本当に悪いと思っている。しかし、何が何でも排除しなきゃいけない敵が一人いる。わかるな?」

 

「……あの魔術師ですか」

 

「そうだ」

 

 口をへの字にして腕を組んだ。

 

「ヤツのせいで戦局が逆転したんだ。あのクソデカ攻城魔法をもう一度撃たせるわけにはいかない。僕がヤツを排除する」

 

 あんなのがまたブチこまれたら、今度こそ僕の部隊は潰走以外の選択肢を失ってしまう。あんな大魔法はそうそう連発できないと思うのだが、戦闘が二日三日と長引けば戦線復帰してくるだろうしな。それに、万が一ということもある。ヤツの排除は必須事項だ。

 

「……わかりました、お任せください」

 

 こういう時に、打てば響くようにこちらの意図を察してくれるのがソニアの素晴らしい点だ。彼女は決意に満ちた瞳で頷く。

 

「ちなみに、一応お聞きしますが……いったいどういう手段で魔術師を倒すおつもりですか? ヤツはおそらく、敵の後衛にいるはずです。肉薄するのは非常に難しいと思うのですが」

 

「もちろん、肉薄なんかしない。正攻法で行くよ、狙撃だ」

 

 僕は戦略級魔法なんて使えないが、銃ならこの世界の誰よりもうまく扱える自信がある。ひと一人を殺すのに、大威力の魔法なんか必要ない。銃弾が一発あれば十分だ。



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第65話 くっころ男騎士と狙撃

 攻城魔法を暗い、第一防衛線が失陥してから半日が経過した。その間、ソニアに指揮されたわが軍は類稀なる奮戦を見せ、なんとか台地内への敵侵入を拒んでいた。狭い山道内で、一進一退の攻防戦が続く。

 しかし、敵の戦闘力は異常だった。装備・練度ともに大国の精鋭兵と遜色ないレベルであり、真正面からぶつかれば一方的にやられてしまう。それでもなんとか持久戦ができているのは、ソニアの指揮の巧みさあってのことだ。

 

「……」

 

 戦いの喧騒を聞きながら、僕は歯を噛み締めた。部下たちが戦っているというのに、僕はただ待機していることしかできない。魔術師は、まだ出てこなかった。魔力の回復を待っているのだろう。

 僕は、部下の一人を引きつれて戦場からやや離れた山中に潜んでいた。服装も、普段の甲冑姿ではない。周囲の岩肌に馴染む色合いのローブを着用し、顔にも土を塗り込む徹底ぶりだ。なにしろ、味方陣地から離れて単独行動しているわけだからな。敵に見つかれば、あっという間に囲まれて死、あるのみだ。

 

「風向きが変わってきました。移動しましょう」

 

 観測手(スポッター)役の部下の騎士、ジョゼットが提案する。なにしろ、敵は獣人国家だからな。狼獣人のような鼻の利く種族が混ざっている可能性は高い。常に風下に居続けなければ、臭いで居場所がバレてしまう。

 

「了解」

 

 このあたりは下草すら生えていない岩山ばかりだから、移動すると言ってもノコノコ歩くわけにはいかない。そんなことをすれば一瞬で敵に見つかってしまう。岩陰に隠れるように、匍匐前進。それしかない。硬い岩や砂の上を長時間這って進んできたわけだから、全身がこすれて滅茶苦茶痛かった。

 

「……」

 

 ずりずりと匍匐前進しながら、やはり狙撃兵という連中は尋常ではないなと思う。辛いしきついし、何より孤独だ。味方部隊から離れ、少数で敵陣に接近するというのはかなりのプレッシャーを感じる。

 実際のところ、僕は狙撃兵としての正規の教育を受けたわけではない。しかし、狙撃兵を指揮した敬虔ならある。そこで見たり聞いたりした知識をもとにすれば、なんとかスナイパーの真似事なら出来るはずだ。……正直不安は感じているが、ほかに方法が思いつかないんだからしょうがない。

 そうこう考えているうちに、次の待機ポイントへ到着する。大きな岩と岩の隙間に身体を押し込み、敵から身を隠す。ジョゼットが無言で望遠鏡を覗き込んだ。僕もそれに倣う。

 

「……だいぶ辛そうだな」

 

 この地点は戦場を横から俯瞰できるため、戦況が良く見て取れる。まさに威風堂々といった風情で侵攻する敵傭兵を相手に、味方兵は長槍やライフル射撃を組み合わせることでなんとか対抗している。しかし、やはり分が悪い。地面に転がっている遺体は、明らかにこちら側の兵士の比率が高かった。

 今すぐ持ち場を投げ捨て、味方に合流したい。あいつらは死力を尽くして戦っているのに、お前は何をしているのか。士官としての義務を果たせ。そう言って僕を責める声が、頭の中で鳴り響いている。

 僕の判断は正しいのだろうか? いくら狙撃兵の真似事が出来そうなのが自分だけだとは言え、総指揮官が現場を投げ捨てて単独行動するなんてあり得ないのでは。……じゃあどうやってあの腐れチート魔術師を仕留めるんだよ!

 そう心の中で吐き捨てた僕の脳裏に、ふと前世の剣の師匠の鬼瓦めいた顔が浮かんだ。『あれこれ考えるんはチェストした後で良か!』……その通りだ。今はあのクソ魔術師をチェストすることだけに集中しなくては。

 

「……ッ! 敵隊列後方、例の魔術師です」

 

 頭の中で問答をしていると、ジョゼットが緊迫した声を上げた。僕はあわてて望遠鏡をそちらに向ける。あの地味な色合いのローブは、確かにターゲットの魔術師だ。その隣には、漆黒の甲冑で全身を固めたやたらとデカい騎士がいる。二人は、泰然自若とした足取りで前線に向かっていた。

 ……戦線復帰早くないか? 最悪、数日間は出てこないものと思っていたが。ターゲットが早く出てきてくれたのは嬉しいが、もう例の戦術級魔法が再使用できるようになったのだろうか? もしそうなら、恐ろしすぎる。絶対に放置できない敵だ。

 

「良かったな、今日中にカタがつくぞ」

 

 今日中に魔術師が前線に出てこなかった場合、夜闇に紛れて敵の宿営地に接近する手はずになっていた。これならばほぼ確実に敵魔術師を捕捉できるだろうが、危険度は今の比ではない。戦術級魔法のクールタイムが異常に短い可能性があるという懸念点は出てきたものの、狙撃自体の難易度は下がった。僕は密かに安堵していた。

 

「接近するぞ。ここから撃っても絶対に当たらないからな」

 

 安全を考え、僕たちは敵から一キロメートルほど離れた場所で待機していた。この距離からの狙撃は、一流の狙撃兵であっても専用の特殊なライフルを必要とする。ましてや、僕の腕前では撃つだけ無駄だ。

 二人して、慎重に前進を始める。もちろん匍匐前進だ。芋虫のような動きでじりじりと敵との距離を詰める。客観的に見たら、そうとうダサい姿だろうな。映画に出てくる特殊部隊みたいにスタイリッシュにはいかない。

 

「……」

 

 歩けば数分もかからない距離を、長い時間をかけて詰めていく。腕や腹、足などの地面と擦れる部位に滅茶苦茶な痛みを感じる。たぶん、血も滲んでいるはずだ。血の臭いは目立つ。鼻のいい敵に感付かれるのでは? いや、死臭に満ちた戦場でそんな判別が出来るはずがない。大丈夫だ。そう自分に言い聞かせる。

 しばらくして、やっと匍匐前進を止めた。敵との距離はもうかなり縮まっている。剣戟の音や悲鳴、怒声が鼓膜を揺らす。迷彩で偽装しているとはいえ、まじまじと見られたらすぐ気付かれるであろう近さだ。

 

「やるぞ」

 

 敵の魔術師は、前線に到着していた。歌のような呪文の旋律が、微かに聞こえてくる。女にしては低い声だった。もしかしたら、男かもしれない。自分以外の男が戦場に居るというのは、僕も初めての経験だ。でも、そんなことを考えている余裕はないので完全に無視する。

 連続した銃声が聞こえた。銃兵隊が魔術師へ向かって発砲したのだ。しかし、その銃弾は魔術師には届かない。巨大なタワーシールドを構えた黒騎士が魔術師の前で仁王立ちになり、あらゆる攻撃を弾いてしまう。まるで生きた城壁だ。銃撃を受けてなお、呪文の詠唱は止まらない。

 

「風向、北北西。風速、弱。目標まで距離五百メートル」

 

 指をぺろりと舐めたジョゼットが小さな声で報告した。この世界には風速計もレーザー測距儀もないからな。狙撃に必要な情報はアナログな手段で集めるほかない。風向・風速は肌感覚だし、距離は目測だ。

 

「……」

 

 背中に背負っていた銃を取り出し、巻き付けてあった迷彩布を外す。出てきたのは、普段使っている騎兵銃ではなく長い銃身を持つ猟銃だ。貴族のたしなみである狩猟には僕もよく参加しているが、この銃はその際に使用しているものだ。弾の飛び方などの癖は熟知している。

 意識して呼吸を整えながら、猟銃に雷管を装着。そしてゆっくりと構えた。残念なことに、その銃身の上についているのは光学照準器(スコープ)ではなく物差しのような見た目のアイアンサイトだ

 望遠鏡こそ存在するこの世界だが、そのレンズに正確な十字線(レチクル)を刻むのにはなかなかに難しい。不正確なスコープを使うよりは、使い慣れたアイアンサイトのほうがマシだった。

 

「……」

 

 撃鉄(ハンマー)を上げ、あの魔術師へ向けて照準を定める。幸いにも黒騎士は目の前の攻撃を防ぐのに夢中で、こちらから見れば魔術師の全身が露わになっている。頭だけとか手足の先だけとか、そういう針の穴を通すような正確な照準はする必要がない。体のどこかに弾が当たれば、もう呪文の詠唱どころではなくなるはずだ。

 しかし、この銃も当然単発式だ。再装填している時間はないだろうから、初弾でかならず命中させる必要がある。おまけに照準器はアイアンサイトと来ている。五百メートルという距離は、アイアンサイトで狙うにはかなり遠い。

 

「さあ、神仏照覧あれ……!」

 

 いや、当てる。何が何でも当てる。万一外したら……ソニアには敵に肉薄したりしないと言ったが、あれは嘘だ。全力で突撃してサーベルでチェスト、これしかない。総指揮官としては最悪の振る舞いだが、もし本当にあんな魔法を半日程度のクールタイムで再使用できるのだとしたら、相打ち覚悟でも仕留めなければならない敵だ。何が何でもチェストしてやる。そう思いつつ、僕は呼吸を止めて照準を定め、引き金を引いた。



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第66話 チート男魔術師と狙撃

「ニコラウスくん、悪いがまた仕事だ。出られるか?」

 

 天幕の隅で横たわっていたぼく、ニコラウス・バルツァーは、その言葉に一瞬顔をしかめた。攻城魔法《プロミネンス・ノヴァ》を敵陣に撃ち込んでから、まだ半日しかたっていない。身体は鉛のように重く、ひどい頭痛もする。魔力欠乏症の典型的な症状だ。戦場に出るどころか、身じろぎすることすら煩わしい。

 

「ええ、問題ありませんよ。クロウン様」

 

 それでも、ぼくは体を起こすと柔らかな笑みを浮かべてそう答えた。拒否をしてクロウンに失望されたくなかったからだ。彼女はひどく人使いが荒いが、ぼくの身体を求めてくることは一切ない。その一点において、事あるごとにおぞましい行為を強要してきた今までのパトロンたちより余程マシだ。

 僕は魔術師だ、男娼なんかじゃない。何度そう主張して、踏みにじられてきたことか。飢えたケダモノどもめ、決して許しはしない。内心ではドロドロしたものが渦巻いていたが、もちろん態度には出さない。

 

「それでこそ我の部下だ。リースベンの守備兵ども、なかなかにやる。大きいのを一発喰らわせてやれば、腰砕けになると思ったんだが。敵の指揮官はなかなかの傑物だぞ」

 

 クロウンは相変わらずフルフェイスの兜をかぶっているため、その表情はうかがい知れない。しかし、声は明らかに弾んでいた。彼女は極端な人材マニアで、有能な人間と見れば誰彼構わず自身の手元に置きたがる。敵の指揮官とやらをどうにか勧誘できないか考えているのだろう。

 

「クロウン様。申し訳ありませんが、《プロミネンス・ノヴァ》はしばらくは使えません。魔力量から考えて、対人魔法が限界です」

 

 まあ、そんなことはどうでもいい話だ。所詮クロウンなんて、都合のいい踏み台に過ぎないわけだし。彼女の嗜好なんか、なんの興味もない。彼女の下にいれば、身体を売らずに済む。ただの魔術師として戦える。そして何より、その人脈を利用して自身の名を売ることが出来る。とても便利な雇い主だが、それでもぼくはクロウンのことが嫌いだった。

 

「もちろん、心得ている。後方から適当に見た目だけ派手な魔法を撃ち込んでくれればそれでいいのだ。先ほどの攻城魔法で、ニコラウスくんの恐ろしさは敵に刻みつけられているはずだ。君が前線に出るだけで、敵の士気を挫くことができるだろう」

 

 要するに、カカシというわけか。屈辱的だな。でも、パトロンの命令だ。従うほかない。僕は頷いて、クロウンに従い天幕を出た。近くにいた全身鎧姿の女たちが、無言で僕たちを囲む。クロウンの護衛だ。

 戦場となっている山道にはあちこちに深い穴が掘られていているため、馬は使えない。そのため、前線には徒歩で向かうほかない。ふらつきそうになるが、根性で堪えた。無様な姿を見せれば、「これだから男は」と嘲笑されてしまう。そんなことはぼくのプライドが許さない。

 

「そういえば聞いたか? 敵の指揮官は男騎士だそうだ」

 

「そうですか」

 

 ぼくはわざと、興味のなさそうな声で答えた。実際のところ、驚いている。僕以外に戦場に出ようだなどという奇特な男がいるとは……。

 女たちの社会の中で男が生きていく辛さを、ぼくはよく知っている。その男騎士殿とやらも、さぞ苦労していることだろう。これはちょっと、方針を変えるべきだな。ぼくの目的(・・)を話せば、同志になってくれるかもしれない。間違っても殺さないようにしないと。

 

「……捕虜にしても、乱暴はしないであげてください」

 

「ハハハ……我の栄えある親衛隊が、そのようなことをするはずもないだろうが。淑女だよ、我々は」

 

 クロウンは笑い飛ばすが、なんとも胡散臭い。いや、ぼくに夜伽を命じたりしないあたり、淑女なのはたしかなんだろうけど。彼女の言動はいちいちぼくの気に障る。何一つの不足もなく生きてきた者特有の傲慢さが見え隠れしているせいかもしれない。

 そんな話をしているうちに、前線に到着した。革鎧すら着ていない粗末な装備のリースベン兵が隊列を組み、押し寄せるこちらの部隊をなんとか押し返している。よくもまああんな装備で戦えるものだと、敵ながら感心した。

 

「……」

 

 いや、まともな鎧を着ていないのはこちらも同じことだ。金属は魔力を遮断する。そのため、基本的に魔術師は金属鎧を着用することが出来ない。例外は、自分自身の肉体に作用する内系と呼ばれる魔法を扱う術者だけだ。

 僕は攻撃魔法を得意とする外系魔術師であるため、ハードレザーを縫い込んだ魔術師用ローブが唯一の防具だった。こんなものでは、槍も矢も防げはしない。

 

「君には神聖帝国最強の騎士たちがついている。かすり傷一つ負うことはないだろう」

 

「安心しました」

 

 ニッコリ笑ってそう返したが、内心全く安心などできなかった。それでも、我慢して足を進める。僕は、男であっても戦えることを証明したい。そうして、男なんてただの種馬だと蔑んでくる連中を見返すんだ。

 

「この辺りでいいです」

 

 立ち止まってそう言うと、クロウンは頷いた。僕の前で堂々と立ち、巨大な盾を地面に突き立てる。僕は朗々とした声で呪文を詠唱し始めた。

 

「おおっと!」

 

 そこで、破裂音と盾の装甲を何かが叩く音が連続して聞こえてきた。ぼくは肩をびくりと震わせたが、呪文の詠唱は精神力を総動員して続行する。

 

「これは凄い! あの距離で撃って、ほとんど命中か! あの新式銃、ぜひとも手に入れたいものだが……」

 

 クロウンの恍惚とした声が聞こえてくる。気持ちが悪い奴だ。しかし、銃。初めて見る武器だが、なかなか恐ろしい。あんなものが普及したら、攻撃型の魔術師は駆逐されてしまうのではないか。

 そう思った瞬間だった。突然片足に力が入らなくなり、僕は崩れ落ちた。一瞬遅れて、銃声が一発だけ聞こえてくる。

 

「えっ……」

 

 地面に転がりつつ、ぼくはあわてて周囲を見まわした。そして、ヒトの足らしきものが一本、すぐ近くに落ちていることに気付く。それを見た瞬間、下半身に激烈な痛みが走った。まさか、あの足はぼくの――



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第67話 くっころ男騎士と血濡れの帰還

「ターゲット、ダウン!」

 

 ジョゼットがそう叫んだ時は思わずガッツポーズを取りそうなほど興奮したものだが、その後がまずかった。黒色火薬特有のバカみたいな量の白煙のせいで、僕たちの居場所は即座に敵に露見した。

 あとはもうひどいものだ。大勢の追手に追い回され、死を覚悟するような状況にも五回ばかり遭遇した。それでも生きて味方陣地に帰って来られたのは、敵魔術師が倒れた隙を見計らって反撃を開始したソニアの的確な指揮あってのことだ。

 

「代官殿! 姿が見えないと思っていたら……あの魔術師を撃ったのは代官殿だったんですね!」

 

 ボロボロの姿で帰還した僕たちを出迎えた傭兵が、目を見開きながら叫ぶ。

 

「ああ。あんなヤツに我が物顔で戦場をウロチョロされちゃ困るからな」

 

 ニヤリと笑ってそう答えるが、内心は若干不安だ。なにしろ、銃弾が当たったのは足だからな。追撃しようがかなり迷ったが、結局僕が選択したのは撤退だった。足を奪ったわけだから、強靭な亜人でもしばらくは戦場に出るどころではない。最低限の目的は果たしたのだから、それで良しということだ。

 ましてあの魔術師が本当に男だとすれば、種族は僕と同じ只人(ヒューム)だろう。亜人ならともかく只人(ヒューム)にとっては足一本でも十分致命傷(手足には太い血管が通っているため、そこが傷つくと失血性ショックを起こす可能性が高い)のはずだが……もう戦線復帰とかしてこないよな、流石に。頼むからもう出てこないでくれ。というかそのまま死んでくれ。

 

「しかし、指揮官先頭にも限度がありますぜ。しばらく姿が見えないもんだから、負傷でもされたんじゃないかとハラハラしてましたわ」

 

 驚嘆とも呆れともつかない複雑な目つきで、傭兵は僕たちを眺めた。せっかく用意した迷彩ローブは返り血で真っ赤に染まり、肩から下げた猟銃は銃身が半ばからへし曲がっている。銃身を握ってこん棒代わりに敵兵をブン殴ったせいだ。ジョゼットのほうも大差のない格好をしている。まさに激戦の後、という風情だ。

 しかし、前線にいなかった理由が逃げたからではなく負傷したからと思われていたのは嬉しいな。部下を見捨てて逃げるような人間ではないと思ってくれているのだろうか。この信頼だけは裏切っちゃだめだな。

 

「この人がムチャするのはいつものことだ」

 

 そう言ったのは、台車を引いてやってきた騎士だった。その荷台には僕とジョゼットの甲冑一式が乗せられている。

 激戦の後なんて言ったが、前線ではまだバリバリに戦いが続いている。もう今すぐベッドに倒れ込みたいくらい疲れているが、残念ながら休んでいる暇はない。すぐに戦線復帰しなければ。

 ……まともに人員交代もできないなんて、本当に人材不足が著しいなあ。この戦いが終わったら、なんとか増員できないものか。いや、増強中隊一つだけでこんな過酷な戦場を回してるほうがおかしいんだけどさ。

 

「それじゃ失礼しますよー」

 

 従士たちが出てきて、手早く僕に甲冑を着せていく。一人でやるとなかなか時間がかかるんだよな、これ。おまけに天幕用の布を使って簡易の更衣室を作り、僕の着替え姿が周囲から見えないようにする配慮っぷり。手厚いってレベルじゃないな。僕としてはそこまでやってもらわなくてもいいんだが。

 そうこうしているうちに、着替えはあっという間に終わった。しかし従士の一人がニヤリと笑って、何かを取り出した。

 

「それから、こんなものも用意してみたんですけど……どうします?」

 

 それは甲冑の上から着る外套、サーコートだった。日本で言うところの陣羽織だな。白地にブロンダン家の家紋である青薔薇の紋章が刺繍されたそれは、一見普通に見える……が、その裏地を見て僕は思わず笑ってしまった。

 

「面白い仕掛けだな。お前が考えたのか?」

 

「ええ。先日の一騎討ちもそうですが、アル様は組打ちされることが多いので、いざという時にこういうのがあると便利そうかなと」

 

「確かにな」

 

 僕は苦笑した。別に好きで肉弾戦にもつれ込んでるわけじゃないんだけどな。

 

「どうやって使うんだ?」

 

「左の袖に短い紐が通してあるでしょう? それを引っ張ってください」

 

「なるほど、使ってみよう」

 

 頷いて、サーコートを着込む。天幕で周囲の視線を遮っていた従士たちが、さっと散っていった。僕か彼女らに礼を言い、自分に気合を入れるために叫んだ。

 

「よーし、行くぞ!」

 

 萎えそうになる手足に喝を入れ、前線に向かう。魔術師を撃たれた動揺で、敵はやや後退していた。狭い山道に立ちふさがるようにして味方歩兵隊が槍衾を組み、敵を牽制している。後方の物見やぐらの上から、銃兵隊が盛んに射撃を浴びせかけていた。

 

「アル様、よくぞご無事で!」

 

 ソニアが出迎える。別れた時点で土まみれのひどい格好だった彼女だが、現在は返り血やらなにやらでさらに汚くなっている。彼女もなかなかの激戦を潜り抜けたようだ。

 

「そっちもな」

 

 肩を叩き合って笑顔を交わすが、今はのんびり再会を喜んでいる暇などない。すぐに面頬を降ろし、聞く。

 

「で、状況は?」

 

「味方を摺りつぶしながらなんとか耐久している状態です。……今日一日はなんとかなりますが、明日か明後日には我々は戦闘力を喪失するでしょう」

 

 後半の言葉は、僕にしか聞こえないような小声だった。敵傭兵団はほぼ全員が魔装甲冑(エンチャントアーマー)を着用している。射撃は効果が薄いため、鎧の隙間を狙いやすい白兵で戦うしかないが……こちらの傭兵たちは練度が低い。かなりの被害が出ただろうな。

 緒戦でこいつらが出てきていたら、もうちょっと安全に戦えたはずなんだがな。手榴弾も地雷もとっくに尽きてる。本当に腹立たしい。

 

「とはいえ、アル様が例の魔術師を討ったこともあり、士気は下がるどころか上がっています。戦闘力はまだ十分残していますよ」

 

 ソニアはそう言うが、被害のわりにこちらが元気なのは彼女の頑張りのおかげだろう。攻城魔法を受けてボロボロの状態だった味方部隊を手早く立て直したのは僕じゃなくてソニアだからな。

 しかし、戦況は本当にギリギリのようだな。このまま戦っていたら、間違いなく負ける。その前になんとか敵の攻勢の意志を挫く必要がある。……いい加減勝負に出る必要があるな。一か八かの賭けになるが、やらないよりマシだ。

 

「ふむ……」

 

 僕は腰のポーチから懐中時計をとりだした。日没まで、あと二時間ほど。夜になれば、敵は退くだろうか? ……微妙なところだな。できれば夜戦に持ち込みたいが、向こうの指揮官が安全策を取る可能性もある。そうならないよう、わざと弱みを見せてやることにするか。

 

「よし。プランCを次のフェイズに移行する。大砲の準備はできているな?」

 

「ええ、もちろん」

 

「よろしい。では、今日中に決着をつけようか」



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第68話 くっころ男騎士と敵の正体

 それからは僕も戦闘に参加し、敵兵と押し合いへし合いを続けた。敵傭兵団は、やはり手強い。練度としては伯爵軍の精鋭部隊にすら勝っているように思える。おそらくは、どこぞの大貴族の子飼いだろう。なんでそんな奴らがこんな田舎の地域紛争に……オレアン公の差し金か? などと思ってしまうのだが、今はじっくり考え事をしている余裕はなかった。

 何しろ敵は数も質もこちらに勝っている。伯爵軍と戦っていた時と違い、こちらの戦死者もジリジリと増えていく。極端に戦場が狭いので、なんとか戦えているだけだ。広い場所に出たら、一瞬で摺りつぶされるだろう。

 

「……後がありませんね」

 

 長槍兵に襲い掛かる敵兵に銃弾を浴びせていた僕に、ソニアがそっと呟く。正面からの圧迫を受けてジリジリと後退していた僕たちの部隊だったが、とうとう切通のある場所まで押し込まれていた。

 この切通の向こうは二日目に伯爵軍を迎え撃った台地がある。そこまで押し出されたら僕たちはおしまいだ。攻城魔法によって銃兵隊の半数が死亡している。あの時の戦術を再現するには火力が足りない。もっとも、一度成功した戦法をそのままなぞったところで、敵はある程度対策してくるに決まっているが……。

 

「あと何分持たせたらいい?」

 

「十五分」

 

「よろしい」

 

 キッツイなあ。今までは後退しながらの戦闘だったから、それでも被害は抑えられた。しかし、その場を動かずに堅守するとなると、どれだけの味方がやられるやら見当もつかない。こちらは既にボロボロで、その十語分のうちに致命的な損害を被る可能性は非常に高い。

 ……本当にどうしようか。攻勢に転じられるだけの戦力を保ちつつ、あと十五分持久し続ける。だいぶキツイ。正攻法は思いつかないな。僕が前に出て敵を挑発しまくったら、また一騎討ちに応じてくれるかな? ワンチャンあるような気がするが、一騎討ちでの時間稼ぎはすでに一度やってるしな……

 

「しょうがないか」

 

 まあ、最悪僕に攻撃を集中させ、それで隙を作るという手もある。何しろ僕は激レア職、男騎士だからな。割と殺さずに生け捕りにしようとする敵が多い。そこに付け入る隙がある。

 そんなことを考えていると、いつの間にか戦場の喧騒が消えている。敵陣に目を向けると、兵士たちが潮が引くように後退していた。はて、と悩む暇もなく一人の偉丈夫が前に出てきた。特徴的な漆黒の鎧。あの黒騎士だ。

 

「アルベール・ブロンダンは居るか? いるのであれば、我の前に出てくるがいい!」

 

「ほう、ご指名か」

 

 ソニアに目配せすると、彼女は静かに頷いた。敵の方から時間を浪費してくれるなら、こんな有難いものはない。長槍を構えて警戒する歩兵たちを押しのけ、前に出る。

 

「僕がアルベール・ブロンダンだ。何用か!」

 

「もちろん、降伏の勧告だ。貴殿らはもう壊滅を待つだけの身だ。まさか、最後の一兵まで戦うつもりでもあるまい」

 

 朗々とした声で語る黒騎士。こいつがこの傭兵団の頭だろうか? そうではなくとも、態度から見れば幹部級なのは明らかだ。こいつをおちょくれば、時間は稼げそうだな。

 

「断る。こちらは小さな傭兵団と貧乏騎士の寄り合い所帯だ。身代金を払えるものなど、片手の指で数えられるほどしかいない。降伏したところで、大半が殺されてしまうだろう!」

 

「無論、そんなことはしない。諸君らの安全は我の名誉をもって保証する」

 

「名も名乗らん相手の名誉など、信用できるものか!」

 

 いや、本当にお前は誰だよ。あれだけの装備と人員を持つ傭兵団だ。只者じゃないのは確かだろうが。

 

「おっと、失礼した。我はクロウン。この傭兵団の長だ」

 

道化師(Clown)? 露骨な偽名だな」

 

「ハハハ……いかにも、その通り。本名はみだりに名乗らぬことにしているが、信用できんというのなら仕方がない。きみはこんな戦いで殺すにはあまりに惜しい人間のようだからな」

 

 黒騎士が後ろに目配せする。すると、大きな旗を担いだ兵士が現れる。兵士は竿に巻き付けられていたその旗を解くと、高々と掲げて見せた。旗に描かれた紋章は、金獅子。見覚えはある。いや、この大陸西方地域でこの紋章を知らない貴族など存在しないだろう。

 

「リヒトホーフェン家の家紋……!?」

 

 リヒトホーフェン家。それは、二百年にわたって神聖帝国の皇帝位を独占し続ける名家中の名家だ。僕たちガレアの騎士からすれば、宿敵と言っていい手合いである。こんな辺境で目にすることなどあり得ない紋章を前にして、僕の背中は粟立った。

 

「我の本名は、アレクシア・フォン・リヒトホーフェン。神聖オルト帝国の先代皇帝である」

 

「……」

 

 おいマジか、という目をソニアに向ける。彼女は無言で頭を左右に振った。これが嘘なら、彼女はタダでは済まないはずだ。先代皇帝を名乗る不埒な輩が傭兵団を率いている。そんなことが神聖帝国の帝室に露見したら、どう考えてもそのメンツにかけて全力で潰しに来るはずだ。

 そんなリスクを背負って、僕たちにわざわざ先代皇帝だと詐称するメリットは流石に無いのではないだろうか。おまけに、あの異様なまでに高い練度と上等な装備。さらには戦術級魔法をたった一人でぶっ放す魔術師……詐欺目的にしては気合が入りすぎだ。……非常に残念ながら、自称アレクシア氏の発言は真実であると考えた方が自然だった。

 

「ふざけるなよ……」

 

 僕は思わずうめいた。ディーゼル伯爵家だけでも厄介極まりないのに、なんでこんなことになるんだよ。



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第69話 くっころ男騎士と逆襲の狼煙

「そちらが先帝陛下であるというのは承知した。しかし、なぜそのような尊き身分のお方がこのような場所におられるのか!」

 

 仮想敵国のことなので、僕もある程度は神聖帝国の動向については把握している。アレクシアという名前も記憶にあった。幼くして皇位を継承し、軍部改革で辣腕を振るった人物だ。数年前に妹へ皇位を譲った後、動向がつかめなくなっている。

 詐欺師が騙るにはちょうどいい名前ではある。鷲獅子(グリフォン)だの戦術級魔術師だのが飛び出してこなきゃ、僕も鼻で笑ってただろうな。

 

「聞きたいか!」

 

 兜の面頬を上げると、アレクシアはニヤリと笑った。凛々しさと美しさを兼ね備えた、高貴な顔だった。……この距離ならなんとかヘッドショットを狙えるんじゃないか? やっちまおうか……。

 

「やめておいた方が良いでしょう。アレクシアは神聖帝国でも並ぶものがないほどの剣士だと聞きます。銃弾を防ぐ自信があるのやも。今は時間稼ぎの会話に徹するべきです」

 

「そうだな……」

 

 あの魔術師が狙撃されたのはすぐ近くで見ているはずだろうしな。それでもあえて素顔を晒すというのは、銃弾程度なら防ぐ自信があるということかもしれない。

 

「我には夢がある! この神聖帝国を統一するという夢がな!」

 

 僕たちがこそこそ話しているのは見えているだろうに、アレクシアは気にすることもなく話し続ける。我の強いやつだな。

 

「きみもよくわかっているだろうが、今の我が帝国は数多の領邦領主の寄り合い所帯にすぎない。領主の独立権を盾に皇帝の命令を平然と拒否し、獣人の同胞同士相争う始末! 領邦同士の垣根をなくし、真に統一された国家へ再編成されない限り、我が帝国に未来はないと我は確信している!」

 

 なるほどな。要するにこの人は、近代的な中央集権国家をつくりたいわけか。それに関しては僕も理解している。でも、じゃあなんでお前はクソ田舎でプラプラしてんだよおかしいだろ。

 

「なるほど、なかなか壮大な計画をお持ちのようだ。しかし、僕の問いの答えにはなっていないように思えるが?」

 

「無論、これも我が帝国の統一のための前準備である。諸邦を巡り、その現状をこの目で確かめる。争いあらば我らも介入し、その実力を持って帝室の威光を示す!」

 

 なるほど、水戸の御老公ごっこね。つまり僕たちは、悪代官に雇われたゴロツキみたいなものか。

 

「つまり、この戦闘に介入したのは偶然だと?」

 

「男が軍を率いていると聞いて、興味を覚えてな。まあ、理由としてはそれだけだ」

 

 そんなのアリかよ! そう叫びそうになった。ゴブリン退治に行ったらドラゴンがいたくらいの理不尽さだ。大国の元元首がそんなホイホイ気軽に地域紛争に介入するんじゃないよ! 心底腹が立つ。恨むべきは自身の不運だろうか、この女の理不尽さだろうか。

 いや、敵の発言を鵜呑みにするべきではない。そんな下らない理由で気軽にpopしていい存在じゃないだろ、先代皇帝なんて。ただでさえ、リースベンはミスリル鉱脈という爆弾を抱えているわけだし。……しかし、裏があろうがなかろうが今はどうでもいい話か。現状を打破しない限り、政治レベルの話は考えている余裕すらない。

 

「我が部下は、帝室の近衛隊から選抜した猛者ばかり。降伏したところで、不名誉にはならん。むしろ、これほど善戦したことをほめたたえられよう」

 

「なるほど、近衛隊ね」

 

 そりゃ、強いに決まってるわな。……中指おっ立てたい気分になって来たぞ。腐れファッキン道楽女が……。

 いや、いや待て? 大国の最精鋭部隊が、こんなド田舎のせせこましい戦闘に参加している? 逆に光明が見えてきた気がする。敵は装備と練度に慢心し、なんの策もなしに平押ししている。それに対し、こちらは最初から敵を迎え撃つべく入念な準備をしていたんだ。むしろこれは、敵精鋭を一気に殲滅するチャンスなのでは……?

 

「この旅には、各地の有能な人材を見つけ出して登用するという目的もあるのだ。我はきみを高く評価している。降伏し、そして我のモノになれ、アルベール・ブロンダン。とりあえずは、宮中伯の地位を用意してやる。どうだ?」

 

 先帝陛下から滅茶苦茶な高評価を頂いているが、僕はそれどころではない。脳みそは全力回転していた。この戦いに大した意味はないことは、敵もよくわかっているはず。伯爵軍と違って、彼女らは戦いの当事者ではないからな。それでも、勝っているうちはいい。しかし、負けるかもしれないという不安が出てきたら? 士気は絶対にガタ落ちするだろう。この敵の弱点はそこだ。

 実際に優勢を取る必要はないんだ。あくまで、精神面で圧倒すればよい。そのための準備は、すでに終わっている。相手をビビらせて士気を下げるという要素は、最初から作戦に組み込まれているからだ。

 肝心なのは落差だ。勝ったと思わせてから、死の恐怖を味合わせる。いくら精鋭でも、状況が突然最悪な方向に変われば精神の切り替えが間に合わない。その間隙を突く。

 

「お断りします」

 

 方針は決まった。あとは勝利に向けてレールを敷くだけだ。頭の中で段取りを組みながら、僕は答える。

 

「ほう、なぜ?」

 

 心底不思議そうな表情で、アレクシアは聞いた。

 

「無能とわかっている人間に仕える気はないので」

 

「無能? 我がか」

 

「そう。無能も無能、ド無能です」

 

「そうか、我は無能か! ハハハハッ!」

 

 挑発のつもりだったが、アレクシアは心底愉快そうに笑った。予想外の反応だが、まあいい。別にこいつがどういう反応をしようがどうでもいいからだ。肝心なのは、彼女の後ろにいる連中。つまりは神聖帝国の最精鋭、近衛隊だ。

 

「後学のために聞いておきたいが、なぜそう思った?」

 

「簡単なことです。貴殿の部下は、近衛隊から選抜された精鋭。そう仰いましたね?」

 

「そうだ。それがどうした?」

 

 僕は面頬を上げ、精一杯真面目腐った表情を作ってアレクシアを睨みつける。……弓やクロスボウで狙撃されそうだから、前線じゃ顔を出したくないんだけどな。向こうが顔を見せているのに、こちらは隠したままというのは不味い。こちらにもメンツがある。

 

「そのような精鋭を、このような名誉も誇りもない戦場に連れ出している。……この戦いで戦死した貴殿の騎士の墓碑には、こう刻まれるわけです。『食い詰め傭兵を率いた男騎士に殺された無能な騎士、ここに眠る』……あまりにも哀れではありませんか? 有能な士官のやることではありませんよ」

 

 アレクシアの背後の騎士たちが、かすかに身じろぎした。被害はこちらの方が多いが、向こうも無傷というわけではない。すでに少なくない死者が出ているはずだ。この世界では男騎士なんてのはエロ本に出てくる存在というイメージがついてるからな。そんなのにやられたら末代までの恥になるだろうよ。

 

「男の身ではありますが、僕も騎士です。誉ある死は喜んで受け入れましょう。しかし、この戦場に誉はありますか? あるのは屈辱と後悔だけです。そんなものにまみれて死ぬのは、僕はごめんだ。帝国の騎士殿がたも、それは同じことでしょう」

 

 格下と思っている相手に殺される屈辱は、僕もよく理解している。前世の僕をぶっ殺したのは、まともな訓練も受けていないであろう反政府ゲリラだった。まったく、情けなさ過ぎてマジ泣きしそうになったね。生まれ変わった今でも頻繁に夢に見るくらいだ。

 

「あの凶弾に倒れた魔術師殿も、このような場所で死んでいい方ではなかったはず」

 

「彼なら生きているが。手当が間に合ったのでな」

 

 クソッ、やはり足一本ではチェストが足りなかったか! ……というか彼って言ったか? マジで男なのか。びっくりだよ、僕以外にも男でありながら戦場に出るようなスキモノがいるなんて。

 

「とにかく。貴殿は大勢の部下を不名誉な戦死に追い込んだわけです。これを無能と言わずになんと言いますか?」

 

「いや、言いたいことは分かるが。大勢というほど、死者は出ておらんぞ」

 

「これから出ますよ。いっぱい出ます。最低でも半分は殺すつもりなので」

 

「は?」

 

 アレクシアが首を傾げた瞬間、耳をつんざくような轟音が響き渡った。敵部隊の背後で巨大な火柱が上がり、吹き上げられた小石が周囲に降り注ぐ。身体を襲う地震のような振動に、誰も彼もが唖然とした。

 

「……ナイスタイミングだけど、なんか早くない?」

 

「予定では、起爆まであと五分というところなのですが」

 

 懐中時計を確認しつつ、ソニアは申し訳なさそうに言った。

 

「導火線の調整が甘かったようですね」

 

「今回に限って言えば好都合だ」

 

 僕は少しだけ苦笑すると、面頬を降ろす。眼前の敵は、明らかに動揺していた。なにしろ彼女らは、あの魔術師の放った攻城魔法を間近で見ていたわけだからな。自陣の方から巨大な爆発音が聞こえてくれば、さぞ嫌な想像が脳裏に浮かんでいることだろう。攻めるなら今だ。

 

「プランC最終フェイズだ。馬車爆弾、突っ込め!」



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第70話 くっころ騎士と最後の攻撃

 爆発の正体は大砲を改造した簡易爆弾だ。火薬を限界まで詰め込み、砲口を塞いだだけの簡単な代物だが、なにしろ大きいので威力は抜群である。僕はこれを、擱座したフリをして第一防衛線の途中へ配置していた。

 いわゆる路肩爆弾というやつだな。前世の僕はコイツにさんざん悩まされたが、いざ自分が使う側になってみると本当に扱いやすい兵器だ。アレクシアも含め、敵兵は爆発の音と衝撃にびっくりして動きが止まっている。ちょうど、攻城魔法を撃ち込まれた時の僕たちと同じだ。

 

「馬車、行きます!!」

 

 そんな叫びとともに、数名の兵士が馬の繋がれていない馬車を押しながら突っ込んできた。切通は下り坂になっており、兵士たちの手を離れても荷馬車はぐんぐんと加速していく。その進路上にいた味方兵があわてて道を開けた。

 

「ウワーッ!?」

 

 勢いのついた荷馬車はそのまま敵陣へ突入した。不運な敵兵が数名跳ね飛ばされたが、悲劇はそれで終わりではない。馬車の荷台に満載されていた火薬ダルが一斉に爆発したのだ。その爆発力は、凄まじいものがあった。なにしろ備蓄してあった火薬をすべて投入したからな。

 爆発に巻き込まれ、幾人もの敵兵が吹っ飛ばされるのが見えた。爽快な気分だ。……でも、アレクシアは巻き込まれてないよな? あいつを殺して、近衛兵たちに仇討の名目を与えるわけにはいかない。そこが一番の不安要素だ。

 とはいえ、深く考えている暇はない。プランCは持久戦を投げ捨て短期決戦を図る乾坤一擲の策だ。使えるリソースはすべて投入してしまうので、この作戦が終われば僕たちの継戦能力は完全に失われてしまう。敵が体勢を立て直す隙を与えるべきではない。

 

「これより逆襲に移る。総員、我に続け!」

 

 僕は大声で叫ぶと、銃剣装着済みの騎兵銃を構えて駆け出しだ。突撃ラッパが鳴り響き、周囲の兵士たちが一斉に鬨の声を上げる。

 

「代官殿に遅れるなーっ!」

 

「帝国のクソどもが、舐めやがって! ぶっ殺せ!」

 

 一方、敵陣はいつの間にか白煙に包まれていた。馬車には爆薬だけではなく、煙幕弾ものせてあった。視界はまったく効かなくなっている。

 

「喰らえ!」

 

 敵陣に突入する寸前、一部の兵士たちが腰の袋から出した何かを前方に投げ込んだ。耳をつんざくような破裂音が連続して鳴り響く。投擲物の正体は、爆竹だ。当然殺傷力はないが、威圧効果は尋常ではない。特に今は、敵は視界を封じられた状態なのだ。

 案の定、情けのない悲鳴があちこちから上がった。敵からしたら、銃声も爆竹も区別がつかないだろうからな。マシンガンじみた連続射撃を喰らったように誤認してくれれば、万々歳だ。

 

「キエエエエエエエッ!」

 

 白煙の中であっけにとられる敵兵を見つけ、その喉元に銃剣を突き入れる。湿った悲鳴を短く発して、その女は地面に倒れ込んだ。

 爆竹の爆発音。本物の銃声。突撃ラッパ。そして剣戟の音や罵声。戦場は完全に混沌に包まれていた。

 

「ヌウーッ!」

 

 煙幕を切り裂くようにして、大柄な重装歩兵が剣を構えて突進してくる。僕は即座に騎兵銃をそいつにむけ、引き金を引いた。銃弾は肩に命中するが、魔装甲冑(エンチャントアーマー)に弾かれてしまう。しかし、姿勢を崩す程度の効果はあった。

 

「やらせんっ!」

 

 その隙を逃さず、ソニアが弾丸のように飛び出していった。クレイモアが閃き、敵兵の首を飛ばす。

 

「お見事!」

 

 僕は称賛しつつも、周囲に視線を走らせた。煙幕にさえぎられてよく見えないものの、いまの敵兵のように積極的に僕たちを迎え撃とうとする者はかなり少ない様子だった。むしろ、かなり逃げ腰になっているように見える。

 事前の精神攻撃が効果を発揮したのだ。『男騎士に率いられた食い詰め傭兵に殺された無能な騎士、ここに眠る』というアレだ。帝室の近衛隊。たしかに精鋭中の精鋭なのだろう。しかし、優秀な騎士である者ほど名誉を重んじる。

 こんなところで死んだら、彼女らには末代まで消えない不名誉が降りかかることになるだろう。男騎士風情に殺されるというのは、そういうことだ。いくら死も畏れぬ勇猛な騎士とはいっても、これは絶対に避けたいはずだ。同じ不名誉でも、死ぬくらいなら逃げて生き残った方がマシ。そういう判断をせざるを得ない状況を強いるのが、僕の作戦だった。

 

「手柄首がより取り見取りだぞ! 突っ込め突っ込め!」

 

 味方の戦意を鼓舞するべく叫び、僕自身も新たな敵を求めて走り出す。半分殺すと宣言したのは脅しではない。二度と僕たちに手出しする気を起こさないよう、彼女らには見せしめになって貰う必要があった。

 

「アルベール! そこに居るか!」

 

「むっ!」

 

 喜悦すら浮かんだ声が耳朶を叩き、背筋に冷たいものが走る。そちらに目を向けると、案の定そこに居たのはアレクシアだった。漆黒の甲冑は煙幕の中でもよく目立つ。かなりの威圧感だ。

 ちょっと脅かしたくらいで逃げるタマじゃないとは思っていたが、案の定か。どうしたものか、判断に悩む。こいつを殺したら、近衛隊は退くに引けなくなるはずだ。それは非常に困る。手持ちの戦力でこの精鋭部隊に勝利するには、逃げる背中に噛みついてやる以外の選択肢はないんだ。

 

「貴様か、アレクシア! その首級、頂いていく!」

 

 腕の一本でもぶった切れば、流石に退いてくれるだろう。本人が継戦を望んでも、周囲が許すまい。そう判断し、騎兵銃を投げ捨てサーベルを抜いた。

 

「キエエエエエエエエエエッ!!」

 

 即座に強化魔法を使い、突進した。アレクシアはそれを悠然と待ち受ける。大上段からの振り下ろし。彼女はそれを、腰から抜いた剣で受け止めた。

 

「のわっ!?」

 

「ぐえっ!」

 

 その結果、二人して同時に悲鳴を上げる羽目になった。アレクシアは防御のために構えていた自らの剣が肩口に激突し、吹っ飛ばされる。一方、僕の方もタダではすまなかった。なんとアレクシアの剣が突如バチバチと放電し、サーベルを通して僕を感電させたのだ。どうやら魔剣の類だったらしい。

 

「男の剣技か、これが! ますます欲しくなった!」

 

 空中で身を捻り、アレクシアは見事に着地した。胴鎧はへこみ、剣は半ばから折れている。だが、それだけだ。中身の方はピンピンしている。電撃のせいで途中で力が抜け、刃筋が通せなかったのだ。対する僕の方はひどい有様で、身体がしびれて剣を構えなおすことすらままならない。そして、その隙を逃す彼女ではなかった。

 

「グワーッ!」

 

 猛烈なタックルが僕を襲う。もともと、体格ではアレクシアのほうが圧倒的に優れているのだ。僕は抵抗すらできず吹っ飛ばされ、地面に転がった。いつの間にかサーベルも手から離れている。

 

「ぐっ!」

 

 不味い。そう思うより早く、アレクシアは僕に馬乗りになった。いつの間にか面頬が上がり、素顔が露出している。酷く興奮したような表情だった。

 

「こんな奥の手を隠し持っていたとは! どうやら我はきみを過小評価していたようだ。宮中伯程度の地位では確かに足りぬな!」

 

 彼女は僕の面頬を押しあげ、顔を近づけた。獣のような吐息が僕の頬を撫でる。

 

「ならば、我の夫になるというのはどうだ? 君にはそれだけの価値がある! 共に神聖帝国統一の礎になるのだ!!」

 

 そう叫ぶアレクシアの目はらんらんと輝いていた。



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第71話 くっころ男騎士と終局

 わーい、生まれて初めてどころか二度の人生を通して初めてプロポーズされたぞ! なんて喜んでいる暇はない。いくら顔が良くて地位が高くても性格がイカレポンチすぎる。普通にノーセンキューだ。

 

「くっ……殺せ!」

 

「ははは! どこかで聞いたセリフだな。しかし、キミほどの男を殺すなど……」

 

「……とでもいうと思ったか! 誰が死ぬかよバカヤロー!」

 

 もちろん、死ぬ気なんかない。勝ち戦で死ぬことほど馬鹿らしいことはないからな。僕は叫びつつ、サーコートの左袖から生えた短い紐を引っ張った。すると、突如として服の表面が爆ぜて連続した爆発音が響く。このサーコートの裏地には、大量の爆竹が縫い込まれているのだ。

 

「ンンッ!?」

 

 さすがのアレクシアも、これには面食らう。動揺して身を固くした隙に、体をひねって強引に拘束から脱した。押し倒されているうちに、体のしびれはだいぶ回復していた。

 

「よくもアル様に! 許さんッ!!」

 

 慌てて僕の腕を掴もうとしたアレクシアに、ソニアの飛び蹴りが突き刺さる。先帝陛下は地面をバウンドしながら十メートルは吹き飛んだ。

 

「うっ、この……ッ!」

 

「うちの代官様になんてことしやがる!」

 

「殺せ! いや、生け捕りにして生まれてきたことを後悔させてやる!」

 

 ふらふらと立ち上がろうとしたアレクシアだったが、そこへ長槍を手にした歩兵隊が殺到してくる。いかに優れた剣士でも、徒手空拳で長槍兵に勝てるはずもない。何本もの槍の穂先で殴られ突っつかれた彼女は、流石に悲鳴を上げた。

 

「痛っ、あだっ! この、やめんか! 我を誰だと……」

 

「極上の手柄首に決まってるだろうが! 首よこせ首!」

 

 一人の兵士が拾ってきてくれたサーベルを構えつつ、僕は大声で叫んだ。

 

「お引きください、陛下! もうこの戦いは駄目です!」

 

 槍兵から逃げ回るアレクシアの肩を、ひどく焦った様子の帝国騎士が引っ張った。それに続いて傍仕えと思わしき騎士が集まり、槍兵隊からアレクシアを庇う。

 

「こんな首狩り族みたいな男と戦っても、百害あって一利もありません! ここは退くべきです!

 

 首狩り族と来たか。まあビビってもらえるんならなんでもいいや。サーベルを振り上げ、威嚇してみる。帝国騎士は明らかに警戒した様子でもう一度アレクシアを引っ張った。

  しかし、敵も明らかに焦っているな。完全に思考が撤退の方向へ傾いている様子だ。正面から戦えば絶対に勝てないような精兵でも、こうなってしまえば対処は容易い。戦闘において最も重要なのは、装備でも練度でもなく士気なのだ。

 

「あの爆発も気になります。もしかしたら、ニコラウス殿と同じクラスの魔術師が敵方に居るのやも……」

 

「う、うむう」

 

 アレクシアは唸った。まあ、敵としては一番気になるのはそこだよな。この世界では爆弾という概念はあまり普及していない。手榴弾レベルの小爆発ならまだしも、大きな爆発なら魔術を用いた方が手っ取り早いからだ。そのため、先ほどの路肩爆弾も魔術によるものだと誤認しているようだ。

 爆弾は一発限りだが、魔術は術者の魔力さえなんとかできれば再使用できる。またあんな攻撃を受ければ……という恐怖は、僕たちもつい先ほど味わったばかりだ。帝国兵の肝もさぞ冷えていることだろう。

 

「万一前後から挟み撃ちでもされたら、いかに我らと言えど……あなた様は、このような場所で果てて良いお立場ではありません! ご決断を!」

 

 じりじりと距離を詰める長槍兵たちを剣で牽制しつつ、帝国騎士は嘆願する。長槍兵の後ろには、小銃を構えた銃兵隊や騎士たちも居る。主君を守らなければならない立場の彼女たちからすれば、さぞ胃の痛む光景だろうな。

 

「……致し方ないか。ミスリルはともかく、アルベールの方はまた今度勧誘すればよい話ではあるし」

 

 ……今、ミスリルって言ったか? やっぱりバレてるじゃないか! いったいどこのどいつがおもらししたのか、戦争が終わったらキッチリ調べなきゃならんな。オレアン公の配下にスパイが紛れ込んでいる、というのが一番妥当な線だろうが……まったく、頭が痛くなってきた。

 

「よし、総員一時撤退せよ! 態勢を立て直す!」

 

 僕はその言葉を聞いて頬が緩んだ。アレクシアは判断を誤った。この状況での正着は、こちらの攻撃を正面から受け止め逆襲することだ。一時的に押されるかもしれないが、こちらの兵力は限られている。いずれリソースが尽きて戦況は逆転するだろう。近衛隊は、あくまで一時的な混乱をきたしているだけなのだ。

 そんなことはもちろん、アレクシアも理解しているだろう。しかし彼女はその判断ができない。なぜなら、後方で起きた爆発の正体がまだわかっていないからだ。居もしないこちらの戦術級魔術師を警戒しているため、積極策は選択し辛くなっている。

 

「撃てーっ!」

 

 この隙を逃せば勝機はない、僕は叫んだ。一斉に銃声が響き、近衛の騎士たちの甲冑に銃弾が命中した。しかし、倒れる者はいない。本当に丈夫な甲冑だよな……。

 とはいえ、撃たれた方も平静ではいられない。彼女らは悲鳴こそ上げなかったものの、慌てた様子でアレクシアを後退させ始めた。ここまでくれば、あとはグイグイ戦線を押し込むだけだ。態勢を立て直す隙なんか与えない。

 

「帝国の腐れ外道どもにはここで引導を渡す! 総員、突撃!」

 

 これまでの防戦でフラストレーションがたまり切っていた味方の兵士たちは、獣のような叫び声をあげて敵陣へ殺到した。当然、敵も精鋭。反撃は苛烈で、こちらの兵は次々と切り殺される。しかしそれでも傭兵たちは怯まなかった。戦友の屍を踏み越え、槍や剣を振るう。なにしろ相手は帝国最高峰の騎士たちだ。それを倒したとあれば、騎士身分へ取り立ててもらえる可能性すらある。

 対する帝国兵は、明らかに動きの精彩を欠いていた。何しろ敵は男騎士、死ぬまで奮戦したところで得られるのは栄光でも名誉でもなく嘲笑なのだ。何が何でも死守してやるという気概が沸いてくるはずもない。それどころか、隙があればあわてて撤退しようとする者すら居る。士気の差は歴然だった。

 

「殺した敵兵の戦利品はすべてお前たちの物だ! ボーナスタイムだぞ、気張って行け!」

 

 最前線のすぐ後ろで、僕は傭兵隊へハッパをかけた。その声に背中を押されるようにして、傭兵たちは攻め手をさらに激しくする。結局、三十分もしないうちに近衛隊の撤退は潰走へと姿を変えた。

 



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第72話 くっころ男騎士と終戦

  逃げる近衛隊の背中を追い回し、僕たちは攻勢を続けた。アレクシアは途中で反転攻勢を仕掛けてきたが、すでに期は逸していた。攻勢に次ぐ攻勢、双方の兵士の命を石臼に投げ込んですり潰すような悲惨な戦闘の末、僕たちは伯爵軍の本営直前まで迫っていた。気づけば日も暮れ、真夜中と言っていい時間になっている。

 

「いったい、敵はどう出てくるかね」

 

 かがり火一つ焚かれていない敵陣の様子を見ながら、僕は呟いた。今夜は満月、明かりがなくとも敵の様子は丸わかりだ。敵兵たちは身を寄せ合い、戦斧や槍を構えながらこちらを睨みつけている。

 ライフルで一斉射撃すれば一網打尽に出来そうな密集陣だが、こちらにはもうほとんど弾薬が残っていない。それどころか、戦闘可能な兵員自体が五十名を割り込む始末だった。危険な攻勢を続けた結果がこれだ。

 こうなることは、プランCの実行を決心した時点でわかっていた。当たり前だが、守るより攻める方が被害が大きくなるものだ。だからこそ、守勢中心の立ち回りが出来るよう作戦を立てていたのだが……アレクシアの参戦によって、その目論見は完全に崩れた。

 

「降伏か、徹底抗戦か……それが問題だな」

 

 そう言ったのはヴァレリー隊長だ。土や血にまみれ、生傷だらけで軍装もボロボロになった彼女の姿はほとんど敗残兵のような有様だった。もっとも、それは僕を含めて全員同じことだ。しかし、皆一様に目だけはギラギラと輝いている。物資が尽き兵員も大幅に減少した以上、この機を逃せば敗北は必至だ。勝利を望むなら、相打ち覚悟でも突っ込む他ない。

 

「相手は夜目の利きにくい牛獣人。突撃をかければ、敵将を討ち取ることは可能だろう。もっとも、こちらも反撃でどれだけ死ぬやら分かったもんじゃないが」

 

「今さらですぜ、代官様」

 

 兵士の一人が蓮っ葉な口調で吐き捨てた。

 

「あとひと踏ん張りってところでイモ引くようなヤツはうちには居ません。あのお高く留まった帝国の騎士どもに一泡吹かせないことには、死ぬに死ねませんからね」

 

「一泡どころか十泡くらい吹いてそうだけどな、すでに」

 

「ハハッ、違いねえ」

 

 くぐもった笑い声が、部隊中に広がった。こんな状況なのに、士気は落ちていない。頼もしい限りだ。しかし、突撃はかけたくない。この攻撃を最後に、我が部隊は戦闘能力を完全に喪失するだろう。本当に相打ちになってしまう。

 一番の問題は、アレクシアの部隊だ。彼女らは完全に敗走し、数十の首が討ち取られている。それでも、まだ戦闘力は残しているはずだ。現在はどこかに潜んでいるようだが、戦闘中に漁夫の利目当てにまた前に出てくる可能性も十分にある。そうなったら僕たちはもうおしまいだ。

 

「しかし、一応礼儀として降伏勧告はしておこうじゃないか。むこうも、開戦前に淑女的な降伏勧告をしてくれたわけだからな」

 

「ああ、ありゃあ傑作だった! ハハハ……」

 

 笑う兵士たちに手を振ってから、僕は兜の面頬を降ろした。月明かりが照らす山道をゆっくりと歩き、敵陣の前に出る。

 

「これ以上の戦闘は無意味である! 武器を置き、白旗を揚げよ! 我々は投降者をむげには扱わない」

 

「ふざけるなー! 王国の魔男が!」

 

「そんな小勢で何が出来る! 降伏するべきなのは貴様らだ!」

 

 当然、敵陣からは猛烈なブーイングが返ってきた。しかし、その声は震えていた。彼女らも、自身がのっぴきならない状況に追い込まれていることは理解しているだろう。まあ、やせ我慢だ。もっとも、やせ我慢をしているのはこちらも同じことだが。

 

「一週間以内に、本国からの増援が到着する。まずは、一個連隊。さらに後詰で三個中隊。奇跡的に我々を打ち破ったとして、諸君らにこれだけの戦力を相手に戦闘を続行できるだけの戦力が残されていると思うのか?」

 

 僕はそう言い返した。もっとも、発言の半分は嘘だ。増援が到着するには二週間近くかかる。しかし、戦場にいる彼女らにそれを確かめるすべはない。案の定、敵の間でざわめきが広がった。

 こちらの増援のことは、考えないようにしていたのだろう。危機的状況に陥った人間は、つい目の前の問題に対処することだけに集中してしまいがちになる。一種の現実逃避だ。

 

「次の戦場はリースベン領ではない、ズューデンベルグ領だ。想像してみるんだ、諸君らの故郷や領地の田畑が王国兵の軍靴で踏みつけられている様を。この期に及んで戦いを続けるのは、無益を通り越して有害である!」

 

 しばらくの間、これといって反応はなかった。ただ、ざわめきだけが増えていく。しかしそのうち、敵陣の一角で松明が点火された。やがて、数名の女たちが前に出てくる。シーツか何かの切れ端で作ったと思わしき急造品の白旗が、松明のぼんやりとした明かりに照らされていた。

 

「武装はしていないようですね」

 

 僕の傍らに控えるソニアが、小さな声で報告した。たしかにその一団は誰一人として剣も斧も携えていない。軍使としての体裁は整っている。

 

「とはいえ、油断は禁物です。ご注意を」

 

「もちろん」

 

 窮鼠猫を噛む、というのはよくある話だからな。油断させて短剣で一突き、なんてことも考えられる。

 

「こちらはズューデンベルグ伯爵名代、ルネ・フォン・ディーゼルである。降伏の条件に付いて話し合いたい!」

 

「承知しました。ゆっくりとこちらに歩いて来てください」

 

 口調がぞんざいにならないよう気を付けながら、僕は言い返した。僕自身、ずいぶんと疲労困憊しているからな。気を抜いたらボロを出しかねない。しかし、相手は伯爵名代。僕より貴族としての格は高い。敗者と言えど、丁重に扱う必要がある。

 白旗を掲げたまま、伯爵名代たちは指示通りゆっくりこちらへ近寄ってきた。たしか、彼女はディーゼル伯爵……ロスヴィータの妹だったか。姉妹だけあって、巨躯なのは同じだ。しかし面頬を上げて露わになったその顔には、隠し切れない疲労と不安の色がある。

 

「リースベン代官のアルベール・ブロンダン男女爵です」

 

 名乗っておいてなんだが、よくわからん称号だよな、男女爵。いや、前世の世界にも女男爵とかいたけどさ。

 まあ、それはさておき伯爵名代と握手を交わす。体格通りの大きな手だったが、微かな震えがあった。

 

「単刀直入に聞きますが、降伏の条件は?」

 

「無条件降伏とは言いません。しかし兵員に関しては、すべて領地へ帰していただきたい。こちらは寡勢、軍がにらみ合ったままでは安心して眠ることもできませんから」

 

「……武装解除を求められなかったこと、感謝いたします。他には?」

 

 そりゃあ、僕の手勢はもう五十人ばかりしかいないからな。まだ数百人は残っているであろう伯爵軍の武装解除を監督するのは並大抵のことじゃない。それならば、いっそ帰ってもらったほうがマシだ。

 ……アレクシアの一味に関しては、そうもいかないだろうが。本当にどうするかね、あいつら。さすがに名目上の雇い主が降伏した以上、戦闘を継続するのは名目が立たないだろう。しかしあの先代皇帝のマッドっぷりを見るに、あまり安心はできない。

 

「あの傭兵団に関しても、幹部級以外はいったんズューデンベルグ領で預かっていただきたい。連中が何かをしでかしたら、降伏を反故にしたと判断させていただくので、ご注意を」

 

「ずいぶんと警戒されていますね。たしかに、尋常の傭兵ではないようですが……」

 

 伯爵名代は不思議そうに小首をかしげた。彼女はあの傭兵団の正体を知らないのだろうか? シラを切っている可能性もあるが……今はまあいい。話を本題に戻そう。

 

「連中には、随分苦労させられましたので……それはさておき、です。和平交渉のため、ルネ伯爵名代殿にはリースベン領に来ていただきたい。もちろん、護衛の同行も許可しましょう」

 

「承知いたしました」

 

 無念そうに、伯爵名代は頷く。まあ、この辺りが落としどころだろう。あまり多くの要求をして、やっぱり降伏やーめた! とか言われたら困る。

 

「実際の和平交渉については、自分ではなくガレア本国から担当者が来る予定です。……現状、こちらからお伝えできる情報はこの程度です。いかがされますか?」

 

「……致し方ないでしょう。ここまでくれば、もはや我らに選択肢はありません。どうぞ、寛大な処置をお願いしたく」

 

 口を一文字に結んでから、伯爵名代は深く頭を下げる。それを見た僕は、一瞬意識が遠のくほどの安堵感を覚えた。これでやっと戦いが終わる……。



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73話 くっころ男騎士と和平交渉

 やっとのことで戦闘が終わったが、僕に休む暇は与えられなかった。降伏した伯爵軍の監視や死傷者の計算、戦闘詳報の作成、戦場の後片づけなど、やるべき仕事はいくらでもある。そしてその中で最も大きな仕事と言えば……和平交渉である。

 

「では、賠償金はこの金額で妥結ということで」

 

 ニヤニヤ笑いでそんなことを言うのは、アデライド宰相だった。『私は戦場では役立たずだが、机上の戦いでは誰にも負ける気はない。万事任せなさい』と大言壮語を吐くや否や、ディーゼル伯爵側の担当者が顔色が真っ青になるほどの素晴らしい交渉術を見せつけた。勝ち取った賠償金の額は、リースベン領なら丸一年以上無税で運営できそうなほどのものだ。

 

「は、はあ……わかりました……」

 

 伯爵側の交渉担当者が、うなだれながら蚊の鳴くような声で答えた。彼女もずいぶんと頑張っていたのだが、流石にガレア王国でも屈指のやり手政治家を相手にするには流石に力不足だったようだ。

 交渉は、すべてアデライド宰相に任せて大丈夫そうだ。やることがなくて退屈をしている僕は、香草茶で唇を湿らせつつ周囲を見回した。

 

「しかし、よくもまあこの狭い会議室にこれだけのメンツが集まったもんだ……」

 

 和平交渉が行われているのは、リースベン唯一の都市カルレラ市の代官屋敷だ。つまり、僕の自宅だな。零細開拓都市の代官屋敷の会議室だ。当然、やたら狭いし備品も粗末だ。会議室としては最低限の機能しかない。

 だが、そこに詰めているお歴々はなかなか錚々(そうそう)たる面子だった。まず、王国側の代表はアデライド宰相。役職としては、王国側の全権大使ということになっている……らしい。彼女の他にも、王軍の将軍(宰相派の法衣貴族で、リースベン救援軍の総指揮官だ)やら、司教様やら、いろいろ居る。

 対するディーゼル伯爵側の代表者は、例の伯爵名代だ。あとは騎士やらディーゼル家の主計係やら……正直に言えば、王国側に比べると格の落ちる連中が多い。しかし、一人だけVIP中のVIPが居た。もちろん、アレクシアだ。

 

「……」

 

 アレクシアの方に視線を向けると、彼女は挑戦的な目つきでこちらを見返してきた。もっとも、戦場でもかぶっていたあの真っ黒い兜を着用しているため、スリットから除く目元以外の様子はさっぱりわからないが……。ちなみに服装は普通の礼服である。それにフルフェイスの兜を被っているわけだから、もう完全に不審者の装いだ。

 どうやら彼女は、先代皇帝アレクシアではなく傭兵団長クロウンとしてこの場に参加しているらしい。それはどうなんだ、と思わなくもない。とはいえ、下手につついて神聖帝国の帝室が出てきても困るからな。

 それに、向こうも向こうで最初から顔や所属を活動していたのにはそれなりの理由があるはず。いわゆる不正規部隊みたいなもんだろう。あまり表舞台には出てきたくないと見える。じゃあ軽々しく所属を明かすなという話だが。

 

「続いては、そのほかの要求だが……」

 

 僕とアレクシアに流れる微妙な空気に気付きもしない様子で、アデライド宰相は熱弁を振るっていた。この手の交渉事に関しては彼女に丸投げしておけば問題ない。頼りになるうえ、ボディタッチまで激しいと来た。理想的な上司すぎて真面目に泣きそうだよ。

 しばらくの間、粛々と会議は続いた。ケツの毛までむしる勢いで、アデライド宰相はディーゼル伯爵家に要求を突き付けていく。向こうの担当者が拒否しても、口八丁で強引に要求を通すのだから恐ろしい。

 まあ、伯爵軍の主力は壊滅してるからな。向こうもあまり強く出られないというのもある。それに比べてこちらはリースベンの救援にやってきた大部隊が無傷で残っている。結局援軍は戦闘には間に合わなかったが、交渉ではとても役に立っている。こちら側の残存戦力が僕の部隊だけだったら、こうもスムーズに交渉は進まなかっただろう。

 

「結構結構、有意義な取引だった」

 

 一通りの要求を通した後、アデライド宰相は満足そうに頷いた。しかしすぐに厳しい表情になり、伯爵家側を睨みつける。

 

「しかし、空手形を渡されても困るからな。契約の確実な履行を保証するためには、担保が必要になってくる。わかるね、君たち?」

 

「人質、ですか」

 

 伯爵名代が難しい表情で唸った。この世界では敗戦側が戦勝側に人質を差し出すことはよくあるが、その人選はなかなか難しい。下手な人物では人質にならないし、有力な人材を差し出せば家の運営に支障が出る。

 未成年の嫡出子がいれば話が早いのだが、ディーゼル伯爵の娘はカリーナ以外成人済みだったりする。じゃあカリーナでいいじゃん、という話になるはずなのだが……

 

「カリーナは勘当済みですから、人質には出せませんし」

 

 残念ながら、彼女は勘当されてしまったらしい。まあ、敵前逃亡に一騎討ちの妨害だからな。そんなことをしたヤツを人質として差し出した日には、舐めていると判断されても仕方がない。……いやーしかしラッキーだ。勘当されたということは、現在カリーナの身柄はフリーってことになるからな。大手を振って味方に取り込むことができる。

 

「……そこで提案なのですが。姉を、ロスヴィータを人質にする、というのはどうでしょうか?」

 

「ディーゼル伯爵を?」

 

 僕は思わず聞き返した。彼女は一応、捕虜交換で伯爵家に戻っている。伯爵家はディーゼル伯爵の戦死を発表していたが、結局戦いには負けてしまったわけだからな。今さら見栄を張っても仕方がないということで、発表は取り消しとなった。現在は敗戦の責任を取り、謹慎中とのことだが……。

 

「こんなことになってしまった以上、姉は当主の座を降りざるを得ません。近いうちに、姉の長女が伯爵家を継ぐ予定となっています。領地に居ても針のむしろでしょうし、いっそそちらで引き取ってもらった方が……」

 

 なるほど、一理ある。事実上の追放だな。とはいえ、人質としての価値は十分にある。そりゃあ、元当主だからな。自分の家の内情は誰よりも詳しいだろう。伯爵家が彼女を裏切った日には、それらの不都合な情報がこちらに暴露されるリスクがある。

 

「ふむ」

 

 アデライド宰相が、こちらをちらりと見る。僕が頷くと、彼女は視線を伯爵名代に移した。

 

「よろしい。そちらの案を受け入れよう」

 

 和平交渉は、これで終了の運びになった。僕たちが手に入れたのは今後十年の相互不可侵、多額の賠償金、リースベンから伯爵領へ入国する商人に対する関税・通行税の撤廃、そしてデコボコ親子が二名……上々の結果である。

 領地は得られなかったが、伯爵領から土地を切り取っても山脈の向こうだからな。実質的な飛び地になるので、統治が難しくなる。そんな土地なら最初から貰わない方がマシだ。

 

「……」

 

 伯爵側に対する交渉は、これでヨシ。しかし問題はアレクシアである。あれほど戦場を滅茶苦茶にしておいて、まったくお咎めなしというのは頂けない。彼女の命まで要求するのはムリだろうが、カネくらいはむしり取らなければ。



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第74話 くっころ男騎士と責任問題

 交渉を終え、ディーゼル伯爵家の者たちは会議室を後にした。しかし、アレクシア……もといクロウンをはじめとするクロウン傭兵団のメンツは部屋に残ったままだ。彼女らも、何事もなかったかのようにこのリースベンを去る気は流石にないらしい。

 

「出来ればアルベールくんと……アデライドくん以外は退出してもらいたんだがな。駄目だろうな」

 

「無論、よろしいわけがありませんな」

 

 渋い顔で将軍がピシャリと拒否する。当然だが、クロウンの正体はアデライド宰相たちには全員伝えている。今さら隠そうとしてももう遅い。

 

「そうだろうな。致し方ないか」

 

 ため息をついてから、アレクシアは兜を外した。中から現れたのは、あの端正で高貴な顔だった。その頭には、ライオンめいた耳がついている。彼女は獅子獣人だ。礼服の腰の部分からは、先端に房のついた長い尻尾も飛び出していた。

 彼女の美しい金髪はふさふさとしており、見ようによってはライオンのタテガミにも見える。タテガミといえばオスライオンの特徴だと思うのだが、こちらの世界のライオンはメスにタテガミがあるのだろうか?

 

「……本物のアレクシア陛下だな。相当出来の良い影武者でなければ」

 

「ハハハ……きみとは二年ぶりになるか、アデライドくん。相変わらずの辣腕ぶり、感心したぞ。どうだ、神聖帝国に来ないか? きみのために帝国の宰相の席は開けているぞ」

 

「どうやら影武者ではないようだ。もちろん、お断りする」

 

 苦虫をダース単位でかみつぶしたような顔をして、アデライド宰相は首を左右に振った。どうやら彼女らは顔見知りらしい。まあ、隣国の重鎮同士だからな。外交の場で顔を合わせる機会はいくらでもあるか。

 

「なかなかエキセントリックな方だな」

 

 将軍が僕の耳元で囁いた。ドン引きといっていい表情をしている。こんな状況で勧誘を始めるなんて、確かに正気の沙汰ではないだろう。

 

「僕も帝国に寝返らないか聞かれましたよ。もちろん拒否しましたが」

 

「いい判断だ。裏切り以前にあの手の上司の下で働くとろくな目に合わないぞ」

 

 ずいぶんと含蓄のある言い草だった。僕も完全に同感である。

 

「今さら前置きなど必要ないでしょうから、さっさと本題に入ることにいたしますが……そちらはいったいどういうおつもりでこの戦争に介入を?」

 

「アルベールくんに語った通りだ。旅先で偶然ガレアの男騎士のうわさを聞いてな。どれほどのものか確かめたくなった」

 

 そんな理由で参戦されちゃ困るんだよ。お前のせいでこっちは想定の三倍近い損害を被ったんだぞ! ムカムカしてくるが、表には出さない。我慢だ。

 

「戦場でミスリルがどうのとかおっしゃっているのを聞きましたが」

 

「耳ざといな。我が未来の夫よ」

 

「夫じゃないです」

 

 宰相の目がすっと細くなった。なんだか雰囲気が怖い。

 

「聞かれていたのならしょうがないか。ミスリル鉱脈がリースベン領に存在することは、そちらに潜り込ませた間者によってすでに調べがついていた。戦略物資を辺境領主だけに独占させることは我の構想にも反するのでな、一枚噛ませてもらおうと参戦した」

 

 やっぱり裏があったか。まあそりゃそうだろう。偶然出てきていい地位じゃないだろ、先代皇帝とか。

 

「情報の出所に関しては……」

 

 不審そうな目つきで、将軍が聞いた。ミスリル云々は、ほんの先日まで僕たちも知らなかった案件だからな。それが敵国にダダ漏れになっているのだから、恐ろしいことこの上ない。

 

「もちろん、黙秘する」

 

「でしょうな」

 

 頷く将軍だが、その表情に落胆の色はない。アレクシアがこの情報を知っていたという事実だけで、ある程度の容疑者の特定はできるからだ。オレアン公を追求するネタに使うには十分だ。

 

「まあ、何にせよだ。我々は負けた。それなりの責任はとらねばらない」

 

 アレクシアは僕の方をちらりと見てから、腕組みをした。立派な体格に負けない立派な胸が腕の上に乗る。思わず「でっか……」と呟きそうになる。

 

「とはいっても、先帝アレクシアではなく傭兵団長クロウンとして責任を取るのが精いっぱいだ。我がガレア国王直属の代官と戦い、そして敗れた事実が公表されれば……お互いにとって不都合な結果を招く。違うか?」

 

 何しろ皇族案件である。下手をすれば王国と神聖帝国の全面戦争になる。地域紛争レベルならともかく、全面戦争となると得られるものより失うもののほうが圧倒的に多いからな。両国とも、それは避けたいだろう。

 

「でしょうな」

 

 対抗するように、アデライド宰相も腕を組んだ。アレクシアがバカでかいので目立たないが、彼女もかなりのモノを持っている。……いかん、思考がスケベなほうへスケベなほうへ流れていく。戦場じゃ自分で解消するのもままならないからな……。

 

「出せるものと言えば、慰謝料くらいか。それも非公式のな」

 

「妥当と言えば妥当でしょうね」

 

 僕は頷いた。命はカネで買えないが、貰えるものは貰っておきたい。戦死者遺族への弔慰金や、戦傷を受けた兵士への年金の種銭になるだろう。

 できれば首が欲しいんだけどな。特にあの魔術師。足が飛んだのならもうまともに戦える身体ではないと思うが、万一ということもある。恨みから自爆テロめいた攻撃を仕掛けてきたりすれば、シャレにならない被害が出そうだ。

 事前にそれとなく提案したのだが、当然のように猛烈な勢いで首を左右に振られてしまった。残念だが、仕方あるまい。

 

「悪いな」

 

 頭を下げてから、アレクシアはさらに続ける。

 

「いや、本当に悪いと思っている。この件で、我もきみもずいぶんと多くの有能な部下を失った。これは耐えがたい損失だ。きみの言うように、我は無能とそしられても仕方がない人間のようだ」

 

「ほう」

 

 もう一度深々と頭を下げるアレクシアに、僕は少しだけ彼女を見直した。案外、殊勝な所も……

 

「まあ、過ぎてしまったものは仕方がないので、この経験は次に生かすことにするが」

 

 いや、やっぱり駄目だわ。切り替えが早すぎる。将校としては切り替えが早いのは美徳だけど、それはさておき普通になんか嫌。

 

「とはいえ、流石にそれだけというのも困りますぞ。誠意はカネで買えませんからな。それなりの態度という物を見せてもらわねば」

 

 アデライド宰相が注文を付けた。言い草が完全にヤクザだな……。

 

「ふむ、一理ある。いや、その通りだ。きみたちとは、これからもそれなりに友好的な関係を保ちたいからな……」

 

 どうやらこの女、まだ僕たちの勧誘をあきらめていないらしい。いい加減諦めてくれ。

 

「では、こういうのはどうだろうか。私人としての我が、きみたちの願いを一つだけ叶える。殴らせろと言われれば無抵抗で殴られるし、頭を下げろと言われれば頭を下げよう」

 

 ぽんと手を打つと、名案だと言わんばかりの態度でアレクシアは立ち上がった。

 

「公人、つまり神聖帝国の先帝・アレクシアとしては、国家に対して不利益になるような要求は聞けない。しかし私人として対応できる範囲であれば、どのような願いも聞き届けよう。どうだ?」

 

 どうだ、じゃないよ。微妙に対応に困る条件を出してくるなっての。

 



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第75話 くっころ男騎士と先帝陛下のケジメ

「どうします? アデライド」

 

 いきなりなんでもいうことを聞いてやる、なんて言われても困ってしまう。ストリップショーをしてくれと頼んだらやってくれるんだろうか? ……やってくれそうだな。こっちの世界の女性は割と気軽に脱ぐからな……。男は肌着姿になるだけでアレコレ言われるが。

 先帝陛下のストリップショーに興味があるかないかで言えばもちろんあるが、そんなことを堂々と頼んだら僕が変態扱いされてしまう。だいたい、この人で興奮したら謎の敗北感がありそうなんだよな。顔は良いけど性格がアレすぎる。

 

「ふーむ……」

 

 アデライド宰相はなんとも難しそうな表情で唸った。そして僕の耳元に口を寄せ、先帝陛下に聞こえないような声で聞いてくる。

 

「正直なところ、私はこの方は嫌いだ。この機会にひとつ、嫌がらせでもしておきたいが」

 

「それは同感ですね。この人、撤退する時ですらなんか余裕ブッコいてましたし……なんかこう、この得意満面の顔が歪むところが見たい」

 

「キミも随分とフラストレーションが溜まっているようだねぇ……」

 

 かわいそうなモノを見るような目でアデライド宰相は言った。……しょうがないじゃないか、こいつのせいで僕の部下が何人も死んだわけだし。おまけにこの人、負けてもまったく悔しそうにしないし。勝ったのに勝った気がしない。これは非常に気に入らない。

 

「まあ、気分はわかるがね? いい機会じゃあないか、一発カマしてみるのも悪くない」

 

「殴っても効果薄そうな気がするんですよ、この人」

 

 ソニアの飛び蹴りくらってピンピンしてるようなヤツだからなあ。強化魔法かけてブン殴ったところでどれだけの効果があるやら。……ここはむしろ、ドン引きさせる方向性で行ってみるか。

 

「私人として出来ることなら、何でも聞いてくれるんですよね?」

 

「無論だ。我に二言はない」

 

「じゃ、指を一本自分で落としてください。利き腕じゃないほうの薬指でいいです」

 

 ジャパニーズ・ヤクザ・スタイルだ。ケジメをつけるというのならこれが一番だろう。隣のアデライド宰相が「ひん……」と小さな悲鳴を上げた。いい反応だ。さすがのアレクシアもこれには余裕顔を保てまい……。

 

「親指は論外だし、小指も剣が握りにくくなる。その点、薬指であれば悪影響は限定的だ。公務を理由には断りづらい……なるほど、考えたな」

 

 そう思ったのだが、なぜか先帝陛下は弾んだ声でそうお答えになられた。……は?

 

「自ら指を落とすという自主性、それに欠損という不可逆性……責任の取り方としてはなかなか理想的だ。薬指一本できみたちとの関係を修復できるというのなら、安いものだ。いいだろう、短剣を用意してくれ」

 

 こいつ無敵か? アレクシアのニコニコ顔を見て、僕はそう思った。王国側も傭兵団(近衛隊)の幹部たちもざわざわとしている。彼女の表情からは、見栄や虚勢の色はまったくうかがえない。本心からの発言だろう。思惑が外れてしまった。滅茶苦茶腹立つなあ! やっぱりコイツ、嫌いだ。

 

「……いえ、その言葉だけで結構です。先帝陛下の誠意は伝わりました。試すような真似をしてしまい、大変に申し訳ない」

 

 精神面で優位に立つために極論をブチかましたのに、それがノーダメではこちらの負けだ。むしろ余裕の態度を崩さなかったアレクシアの評価が上がってしまう。それでは駄目だろう。僕は即座に自身の提案をひっこめた。敵味方の双方から、安堵のため息があがる。しかし当のアレクシアは不満顔だ。

 

「しかし、責任を取るといったのは我だぞ。罰が何も無しでは収まらん。早く短剣を持ってきてくれ、指の一本くらいなら今すぐくれてやる」

 

「うわあ」

 

 僕の負けでいいから、勘弁してくれ。向こうの幹部級が、余計なこと言いやがって! みたいな顔で僕を睨んでいる。立場に守られてるから指一本程度で済んでるんだぞ、お前ら! 本音を言えば、お前ら全員の首を要求したいくらいだよ!

 

「……要するに、あの女が悲鳴を上げるような要求がしたいわけだろう?」

 

 困り切っていた僕に、アデライド宰相が囁いた。

 

「私に考えがある」

 

 そう言って、宰相は自身のアイデアを僕に聞かせた。

 

「そんなことで、効果があるんですか?」

 

「わからん。だが、私が飼っている猫には効果がある。ヤツは獅子獣人なんだから、猫の仲間だろう?」

 

 猫飼ってるんだな、アデライド宰相。王都へ戻ったら触らせてくれないかな……この頃精神が荒み気味だから、アニマルセラピーを受けたい気分だ。

 

「耳と尻尾と体力以外は只人(ヒューム)と大差ないでしょ、獣人……」

 

 僕は唇を尖らせたが、他にいいアイデアがあるわけでもない。仕方がないので立ち上がり、こほんと咳払いする。

 

「……ええと、それでは当初のご提案通り、殴らせていただく方向にいたしましょう。そのほうが遺恨も残りにくいはず」

 

「指落としの件を聞いた後では、なんとも責任の取り方としてヌル過ぎる気はするがな。しかし、きみがそれで構わないのであれば何も言うまい」

 

 困ったような表情でそう言ったアレクシアは、僕の前まで歩み寄った、そのまま、両手を広げる。

 

「さあ、いつでも来るがいい」

 

「では、失礼して」

 

 僕はニヤリと笑い。彼女の真後ろへするりと回った。アレクシアの礼服のズボンからは、ライオンのものと同じような尻尾が生えている。そのすぐ上、背中と尻の間に当たる部分を、僕は平手でシバいた。

 

「ア゛ッ!」

 

 アレクシアが奇妙な声を上げる。痛いほど力は込めていないはずだが……。

 

「効いてるぞ、もっとだ!」

 

 宰相が嬉しそうな声で叫ぶ。まあ、効果はあるようなのでもう何発かやってみるか。

 

「ンッ、あ、あ、あ……」

 

 トントンとリズミカルに叩いてやるたび、アレクシアの腰がぐ、ぐ、と上がっていった。まるでもっと叩いてくれと言わんばかりの動きだった。アデライド宰相曰く、猫の尻尾の付け根を軽く叩いてやるとこんな感じになるらしい。

 面白くなって先帝陛下の腰をシバき続けていた僕だったが、耐えきれなくなったらしい彼女がクルリと身体を回して僕の肩を掴む。その腕には、ちょっと痛みを感じるくらいの力が込められていた。

 

「も、申し訳ないがそれくらいにしてもらえるだろうか。このままでは我慢ができなくなる」

 

 そう言う彼女の顔は真っ赤で、唇の端には唾液まで垂れている。息遣いはひどく荒い。先ほどまでの余裕顔は完全に吹き飛んでいた。……目的は達成したけど、何かヤバそうな雰囲気だぞ。目なんか、完全にトロンとなっている。今さらだが、こんなところでやっていい行為だったのか? 腰叩き……

 

「は、はあ……申し訳ありません。調子に乗り過ぎました」

 

「いや、そんなことはない。しかし、貴様(・・)が望んだことだ。もう我は止まる気はないぞ」

 

 僕に対する呼び方が、きみから貴様に変化していた。流石に怒ったのだろうか? そう思ったが、先帝陛下はそのまま何も言わずに自分の席に帰ってしまった。……その周囲の近衛隊幹部たちが、『こいつマジかよ』と言わんばかりの表情で僕を見ている。しかもその目つきには、若干情欲のようなものが感じられた。……僕はいったい、何をしてしまったんだろうか?



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第76話 くっころ男騎士と襲撃

 その後、会議は微妙な空気のまま終わった。流石に疲労を覚えた僕は、代官屋敷の裏庭でぼんやりしていた。堀と塀に囲まれた裏庭はまったく人気がなく、ゆったりするにはもってこいの環境だった。まあ、元代官のエルネスティーヌ氏がもともといた役人たちを連れて行ってしまったせいで、屋敷自体人が少なくてガランとしてるんだけどな、普段なら。

 

「……」

 

 エルネスティーヌ氏といえば、どうやら捕まったらしい。裁判にかけられ、その日のうちに斬首刑が執行されたとか。我が国がいくら人治国家といっても、即日処刑なんて普通じゃない。どう見てもオレアン公による口封じだ。

 まったく、こういうことに限っては手が早いから困る。エルネスティーヌ氏の直属の上司から結構な額の詫び金が届いちゃったのが憎いね。雀の涙みたいな額だったら、そこから追及できたはずなんだが。

 

「はあ……」

 

 戦争は終わったというのに、懸念事項はまったく減らない。近日中に今回の件を報告するためいったん王都に戻らなくてはならないが、とても気が重い。実家でゆっくりできそうなのは、嬉しいんだが。

 

「見つけたぞ」

 

 そんなことを考えていると、突然後ろからのしかかられた。背中にむやみやたらとデカい胸が押し当てられる感触があった。のしかかってきたヤツはとても大柄で、そのまま押しつぶされそうになる。

 

「げえ、アレクシア!」

 

 横を見ると、絵画みたいに整ったあのクソ女の顔があった。しかしその頬は紅潮し、息は荒い。明らかに興奮している。即座に逃げようとしたが、身体をガッチリ抑え込まれているので動くことすらままならない。

 

「げえ、とはひどいじゃないか。誘っておいて」

 

「誘って?」

 

 何の誘いなのだろうか。少なくとも、食事やランニングのお誘いではないのは明らかだ。というか、どう考えても夜のお誘いだろ。いくら僕が童貞と言っても、顔や雰囲気でそれくらいはわかる。

 

「そうだ。あんな公衆の面前で……流石に面食らったぞ。だが、悪くない。むしろ好みだ。受けて立ってやる」

 

「公衆の……面前? あの腰叩きか!」

 

 ああ、やっぱりアレ、そういう反応だったのか! あの時感じたヤバそうな雰囲気は、勘違いじゃなかったようだ。僕は虎の尾を踏んでしまったというわけだ。まあこの人は虎じゃなくて獅子獣人だが。

 

「なんだ、知らなかったのか? 虎や獅子の獣人は尻尾の付け根を叩かれると発情するからな。つまり、交尾をしたいので襲ってください。そういう意思表明として使われている」

 

 艶っぽい声で交尾とか言わないでほしい。こいつは性格はカスだが顔と体は極上なんだ。ただでさえ戦闘明けでムラムラしてるのに、このままではシャレにならないことになってしまう。

 

「そうです、知らなかったんですよ! なので勘弁してください!」

 

 こちとら竜人(ドラゴニュート)国家のガレア王国出身である。もちろんガレアにも獣人は多く住んでいるが、ほとんど平民だからな。僕も一応貴族階級の末席に居るので、その手の情報を耳にする機会はない。

 

「貴様が知ろうが知るまいが、そんなことはもうどうでもいい。我はもう止まる気はない、そう言ったはずだ……」

 

「ひっ……」

 

 アレクシアは突然僕の首筋に鼻を当てて深く息を吸った。しばらくクンカクンカし続けた彼女だが、やがて鼻を離すと陶然として息を吐いた。

 

「ふっ、だがおかしいな? 発情の匂いがする。貴様も興奮しているんだろうが、このドスケベ騎士め」

 

「ひぇっ」

 

 そういう彼女からも、むっとするような濃いフェロモンの香りが感じられた。いや、興奮するなってほうがむりでしょ。デカくてアツアツの豊満な肉体が背中にぴったり押し付けられて、艶めかしい声で耳元にささやき続けられてるんだぞ。無理。ヤバイ。不味い。

 

「流石に今から始めると邪魔が入りそうなので抑えるが……夜を楽しみにしておけよ? 朝までよがり狂わせてやる……」

 

「まずいですって。陛下、既婚者でしょ? 人妻はマズイ!」

 

 世継ぎを作るのも貴族の大事な役目の一つだからな。大国の元皇帝である彼女に配偶者がいないというのは、ちょっと考えづらい。

 

「陛下ではない、アレクシアと呼べ」

 

 拗ねたような声でそう否定してから、彼女は首を振る。

 

「貴様を夫にすると言ったはずだ。我にはまだ夫はいない。……軟弱な男の子なぞ孕む気はないと縁談を断り続けていたら、妹に国を追い出されてしまったのだ。そんなにえり好みをするのなら、自分で婿を見つけてこいとな。帝冠はしばらく預かっておくから、世継を作るまで帰ってくるなと言われてしまった……」

 

「ええ……」

 

「まあ、正直婿探しなどついでの仕事だと思っていたが……運命というやつはあるものだな。これほど極上のオスが見つかるとは」

 

 そんなことを言いながら、アレクシアは僕の襟元から手を突っ込んでくる。

 

「ニコラウスくんはいささか筋肉が足りず、どうにも抱く気になれなかったが。ハハハ、その点貴様はいい。我の情欲を煽るために生まれてきたような体つきだ……」

 

「チェストォ!!」

 

「ぬわーっ!!」

 

 ムラムラ来ていた僕だったが、ベタベタくっ付いてきてるのがあの(・・)糞女であることを思い出し、猛烈に腹が立ってきた。油断しきっていた彼女の袖口を引っ掴み、ブン投げる。土煙を上げながら地面にたたきつけられた彼女へ間髪入れずに飛び掛かり、関節を極める。

 

「捕食者気取で一方的に好き勝手抜かしやがって! そんなんだから足元掬われるんだぞこのボケナスが!」

 

「ぐぬっ……!」

 

 なんとか拘束から抜け出そうとするアレクシアだが、膂力に優れる獣人とはいえ関節を極められてしまえばどうしようもない。暴れれば暴れるだけ苦しくなるだけだ。

 

「オラァ往生せェ!」

 

 暴れる彼女を抑え込み、僕は叫ぶ。

 

「ハハハ……! まったくどれほど我を興奮させれば気が済むんだ、貴様は! ますます欲しくなった!」

 

 が、アレクシアは抵抗を止めるどころか全力で暴れ始めやがった。なんとか抑え込もうと格闘する僕だったが、やがて耳障りな音とともに彼女の右肩の関節が抜ける。

 

「貴様を犯すためなら腕の一本や二本程度……!」

 

「グヌーッ!」

 

 さすがにそこまでやるとは予想外だ。脱臼した拍子に拘束から半分逃れられ、思わず力が緩む。こうなるともう駄目だ。体重も筋力も違いすぎる。あっという間に逆転され、今度は僕が地面に押し付けられる側になった。

 

「夜まで待つと言ったが、もう無理だ! なあに、初体験が野外というのも趣があっていいだろう!」

 

 性的にマウントを取られるのは嫌いじゃないが、相手が不味い。キチンと禊を済ませたのならば宿敵とでもトモダチになってやるが、彼女はそうではないのだ。なにしろ、無為に人死を出した責任を取ると言ったその日にこの有様なわけだからな。断じて許せるものではない。この状況から逆転するには……喉笛を噛み切るくらいしか思いつかないな。流石にそこまでやったら強靭な獅子獣人でも致命傷だろう。

 ……サラエボ事件みたいになったらどうしよう? しかし、このまま唯々諾々とヤられるのも嫌だ。そう悩んでいると、脳裏に二人の人間の顔が浮かび上がって来た。前世の剣の師匠と現世の母上である。師匠は言っていた。『迷った時はまずチェストじゃ!』母上は言っていた『相手が誰であれ、舐められたら殺せ!』……方針は決まった!

 

「ウオーッ!」

 

 とはいえ只人(ヒューム)と獅子獣人の身体能力の差は絶対的で、チャンスがあるとすれば身体強化魔法の一瞬のバフのみ。しかも、そこまでやっても正面からぶつかれば力負けしてしまうのが只人(ヒューム)の悲しい所だ。暴れることで何とか隙を作ろうとする僕だが、片腕だけで抑え込まれてしまう。アレクシアの端正な顔が近づき、僕の唇をふさいだ。

 

「んっ……ふふ、ハハハ! 甘美な味だ。すばら……」

 

「何をやっているのですか、アレ……クロウン様!」

 

 唇を離すなり哄笑を上げ始めるアレクシアだったが、そんな彼女を咎める声が上がった。あわてて声の出所を見ると、そこには木製の車いすに座った男がいる。その人形のように整った顔には、はっきりとした怒りの色があった。

 

「こういう手段に出ないのが、貴方の最大の美点だと思っていましたが……どうやらぼくの買い被りだったようですね……!」



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第77話 くっころ男騎士とチート男魔術師

 男魔術師は戦場慣れした僕ですらちょっとびっくりするような怒気を放っていた。鋭い目つきで、僕に馬乗りになったアレクシアを睨みつけている。

 

「それ以上狼藉を働くようであれば、ぼくとて容赦はしません。いかな陛……団長とはいえ、魔装甲冑(エンチャントアーマー)もなしにウィンドカッターなりファイアボルトなりを受ければタダではすまないと思いますが?」

 

 やめろよ! 僕まで巻き込まれるだろ! 助けたいのか殺したいのかどっちかにしろよ!

 

「そちらの方も、敵にその身を汚されるくらいなら殺される方がマシだと思っているはず。男騎士とはそういう生き方だと聞いていますので」

 

 そう語る彼の目はマジだった。さしものアレクシアも若干ビビった様子で身を固くする。男魔術師殿の車いすを押している侍男(侍女の男版にあたる使用人)が、不安そうな様子で僕たちと男魔術師の顔を交互に見ていた。……うちの代官屋敷に男の使用人はいなかったはず。こいつもアレクシアの部下だろうか?

 

「……い、いや、すまない」

 

 しばらくにらみ合った後、折れたのはアレクシアの方だった。慌てたように立ち上がり、僕に手を差し伸べてくる。僕は彼女の手を取らず、自分だけで立ち上がった。唇を念入りにぬぐいつつ、彼女から距離を取る。アレクシアは露骨にショックを受けた表情になった。……戦場でシバきまくられてもヘラヘラしてた奴がなんでこれでショックを受けるんだよ!

 まあ、正直キスに関しては若干役得だったような気はするんだけどな。とはいえ犯されかけたのは事実なので、清純(・・)な男騎士としては嫌悪感を覚えているポーズは崩すことはできない。貴族社会を生きる男として、淫乱扱いされるわけにはいかんからな。

 

「助かりました、感謝します」

 

「ぼくは自分の良心に従ったまでです」

 

 僕をちらりと見ながらそう言う男魔術師殿の口調は冷たい。まあ、こいつの足をブチ抜いたのは僕だからな。そのことを知らないにしても、自分から足を奪った連中の首魁ってだけで反感はモリモリ湧いてくるはずだ。

 

「……なんというか、その」

 

 アレクシアの方も、冷静になってきたらしい。彼女にしては珍しく、ひどくバツの悪そうな顔で何かを言いかけた。しかしそれを、男魔術師が「言い訳無用!」と遮る。

 

「とにかく、今はアルベール殿も貴方の顔は見たくもないでしょう。正直に言えば、ぼくもです。言い訳をするなら、お互いが冷静になってからの方が良いはず」

 

 いや、個人的にはアレクシアが動揺している今がチャンスな気がするんだけどな。グリグリ責め立てて、いろいろと要求を通したいところだ。とはいえ、状況の主導権を握っているのはこの男だ。助けてくれた恩もあるから、好き勝手には動きにくい。

 

「……そうだな。押し倒したのは、流石にやりすぎだった。すまない」

 

 頭を下げてから、アレクシアは脱臼した右腕をプラプラさせつつ裏庭を後にした。どことなく、シュンとしているようにも見える。思った以上にしおらしいな。……性欲に引っ張られて行動したあと、ひどい後悔に襲われた経験は僕にもある(一時の気の迷いでつい性癖にマッチしてないお高めのエロゲを買っちゃったときとかな)。今の彼女も似たような心境なのだろうか?

 

「はあ……あんな人だとは思わなかった。淑女的なところだけは高く評価してたのに」

 

 男魔術師殿は、アレクシアを見送りながら深いため息をついた。

 

「ああ、自己紹介が遅れました。ぼくはニコラウス・バルツァー。クロウン殿の傭兵団で魔術師をしています」

 

「アルベール・ブロンダンです」

 

 視線をこちらに戻した男魔術師殿……改めニコラウス氏と握手を交わす。柔らかい手だった。剣の握りすぎでカチカチ手のひらがになっちゃった僕とは全然違う感触だな。顔も美しいし、さぞモテることだろう。

 

「……戦地帰りの兵士は、どうしても粗暴になってしまうものです。理性の働きが鈍くなったり、過剰に暴力的になったり……心の防衛作用ですから、本人にはどうしようもない部分があるんですよ」

 

 アレクシアに対する嫌悪感を隠しもしない彼の顔を見て、僕は言う。ひどい目に遭いはしたが、彼女も戦場から戻ったばかりだからな。ある程度は仕方がない部分がある。それに、あの人の発情スイッチを押したのはどうやら僕自身らしいしな。一方的に被害者ヅラもできないだろ。

 僕もそうだが、戦地から返って来たばかりの人間は平和に適応できないんだよな。どうしても問題行動を起こす可能性は高くなる。そういった事態を起こさないためには、軍や政府による十分なバックアップと周囲からの理解が必要だ。それが欠けると、有名な映画のベトナム帰還兵のようなことになってしまう。もちろん、だからと言ってなんでも許してやれるわけではないが。犯罪を犯せば裁きは必要である。

 

「……冷静ですね、貴方は。あんなことをされたのに」

 

「ひどい目にあうのは慣れていますから」

 

 そう言うと、ニコラウス氏の視線から感じる険が若干和らいだ。

 

「……実は、ぼくは偶然ここに通りかかったわけではありません。あなたに会いに来たんですよ」

 

「ほう」

 

 なんだか、突然雲行きが怪しくなってきたな。この男とはこれが初対面のハズである。それがわざわざ会いに来たとなると……足の復讐? 不味ったね。講和会議中は非武装というのが慣例だから、今の僕は帯剣していない。アレクシアの件もある。会議中はともかく、休憩中くらいは武装しておくべきだったか。

 

「男の戦闘職は希少です。だから、貴方も僕と同じ境遇なんじゃないかって……」

 

「境遇?」

 

 どうやら、物騒な方向の話ではないようだ。僕は内心安堵する。

 

「いろいろ、あるでしょう? 出世をしたければ身体を差し出せ、とか」

 

「ああ……」

 

 まあ、ぶっちゃけある。ケツを撫でるだけで満足してくれるアデライド宰相など、淑女的なほうですらある。直接的に「おい、セックスしろよ」と言われたことも一度や二度ではなかった。それでも僕の貞操が無事なのは、アデライド宰相やソニアの実家……スオラハティ辺境伯家の力添えあってのことだ。いやー、コネってすごいね。

 

「ぼくは……いえ、ぼくたちは、そのような現状を良しとはしていません。男性を女の従属物から解放するべく運動しています。クロウン様の傭兵団に在籍しているのも、その一環です」

 

 ……わあ、なんだかヤバそうな雰囲気だぞ。

 

「後ろの彼も、その活動の同志です。……属する国は違えど、同じような気持ちは貴方も抱いているはず。どうか、ご協力をお願いしたい」

 

 うううーん、言いたいことはわからんでもない。でも、僕の脳みその根底にあるのは民主主義国家の兵隊としての思考法だからな。軍人は政治に干渉するべきではない、という意識は根強い。まあ、軍人(騎士・貴族)が領地を運営する封建制社会でそんなことを言っても妄言以外の何物でもないんだが……。

 何にせよ、僕はあまり主義者にはかかわりたくない。その思想がどんなに良い物であってもだ。軍人としての僕の役割は市民の安全と財産を守るための剣になることだし、組織人としての僕の役割は部下たちをちゃんと食わせていくことだからだ。改革だのなんだのに熱中するあまり、本来の活動が疎かになってしまえば本末転倒である。

 まして、こいつらは他国の人間だ。危ない所を助けてくれたことはありがたいが、できれば他所を当たってほしい。とはいえ、正面から拒否するのもなんだか怖いんだよな。相手は凄腕の魔術師だし、こちらは徒手空拳だ。とりあえず話を逸らして時間を稼ぐことにしよう。

 

「……正直、驚いています。僕たちは、あなたに恨まれても仕方がない仕打ちをしたはず。にもかかわらず、そのようなお言葉を貰えるとは」

 

 僕はニコラウス氏の足を見ながら聞いた。彼の右ひざの先はなくなってしまっている。僕が銃で吹き飛ばしたからだ。なにしろ急所に命中すれば熊でも一撃で仕留めることができる対大型獣用の猟銃だ。人間を相手にするにはオーバーキル気味の威力を誇る。あたったのが胴体なら確実に仕留められてたのにな……。

 

「たしかに、ぼくはあなた方の手により片足を失いました。思うところがないわけではありません。しかし……」

 

 物憂げな顔つきで、ニコラウス氏は一瞬目を逸らした。そんな動作もサマになるから美少年というのは凄い。まるで一枚の絵画のようだ。

 

「ぼくにも夢があります。その実現のためなら、足の一本くらいの恨みなど水に流しましょう」

 

 夢。夢ね。軽くは流せないワードだ。僕だって、一度死んでいるにもかかわらず軍人としての栄達という夢を追い続けているわけだからな。気分は分かる。ま、こいつの抱えてる夢がどんなもんかは知らんがね。影ながら応援するくらいならいいが、カネやら部隊やらを出してくれと言われれば問答無用で断る程度の安い共感だ。

 ……いや、本当に彼らには支援する価値がないのだろうか? よく考えてみれば、彼らは典型的な不穏分子だ。軍事や政治の世界がガチガチの女社会なのは、神聖帝国も同じことだろう。そんな状況で急進的な改革を目指せば反発は避けられない。イイ感じに焚きつけてやれば、なかなか面白い状況に持ち込めるかもしれないぞ。

 うん、うん。悪くない考えだ。ここは言質を取られないよう気を付けながら色よい返事をして、後でアデライド宰相に相談してみることにしよう。なにも僕が個人で動く必要はない。こういう大きな案件は上司に投げるのが一番だ。

 

「なるほど、そこまでの志をお持ちとは。このアルベール、感服いたしました。宜しければ、詳しいお話を伺っても?」



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第78話 くっころ男騎士と夜這い?

「ふーっ……」

 

 様々な雑務を片付け、自室に戻った僕はベッドに転がりながら深いため息をついた。すでに夜も更けている。夕食も、和平成立記念パーティーという形ですでに取っていた。もっとも、パーティーと言っても勝者と敗者が同じ卓を囲んでいるわけだから、あまり雰囲気の良いものではない。正直気が重かったが、これも慣例なので仕方がない。

 アレクシアやニコラウス氏の件に関しても、アデライド宰相に報告を終えていた。自分の提案が原因で僕が襲われる羽目になったことに気付いた宰相は、ひどく恐縮した様子だった。

 

「ちょっとした嫌がらせのつもりだったんだがね……まさか獅子獣人にそんな習性があるとは。本当に申し訳ない」

 

 と何度も頭を下げるものだから、許さないわけにはいかない。実際、敵の弱みを発見することも出来たわけで、プラスかマイナスかで言えばプラスよりの出来事だった。ニコラウス氏の目的も知れたことだしな。

 ニコラウス氏はどうやら、『男が軽んじられるのは、男が戦えないからだ』と考えているらしい。コの考えは、確かに一理ある。戦えぬものに発言権無し、というのは前世の世界でも長い間使われていた考え方だからな。

 彼の当面の目的は、帝国内部に男性を中心とした実力組織を作る事らしい。その組織をもってアレクシアの帝国統一を支援し、発言権を手に入れる。まあ、考え方としては決して間違ったものではない。もっとも、うまく行くかどうかは怪しいが。

 なんにせよ、アレクシアが本気で国内の統一を実行すれば間違いなく国は荒れる。そうなれば、隣国であるガレアにも少なからぬ影響が出るはずだ。情報収集のためにも、敵の内部に話ができる相手を作っておくのも悪くない。実際に支援するかどうかはさておき、交流は続けていくべきだ。……それが、僕とアデライド宰相が出した結論だった。

 

「……さて」

 

 とはいえ、いろいろあった一日だったのですっかり疲労困憊だ。スケベ獣人に誘惑されたせいで体はムラムラしているが、脳はさっさと寝ろと主張している。どうしたものかと悩みつつ寝酒用の酒瓶を選んでいると、ノックの音が聞こえた。

 

「……」

 

 僕は無言で、壁際にひっかけてある剣帯を手早く装着する。ノックが鳴ったのが、ドアではなく窓の方だったからだ。ノックの音は遠慮がちに、だが断続的に聞こえてくる。この部屋は二階にある。夜中に、二階の窓の外に居る来訪者……マトモな手合いのはずがない。

 代官屋敷の窓には板ガラスなどという高価な代物は使われていない。代わりにはまっているのは、丈夫な鎧戸だ。そのため、こちらから外の様子をうかがうことはできない。蹴破られた時のことを考え、窓の正面に立たないよう気を付けながらサーベルの柄に手をかける。

 

「誰だ」

 

「我だ」

 

「我ではわからん、名を名乗れ」

 

 我なんて一人称を使っているヤツは僕の知る限りアレクシア先帝陛下しかいないが、あえて聞く。嫌がらせ半分だ。

 ちなみに、アレクシア陛下をはじめとするクロウン傭兵団の幹部たちは、街の有力者の邸宅に宿泊してもらっている。あのアホ先帝と同じ屋根の下で眠るのは勘弁願いたいからな。なにかに理由をつけて外へ押し出してやった。

 

「……アレクシアだ」

 

「なるほど。夜這いにでも来ましたか?」

 

 そういえば、本番は夜とか言っていた気がする。朝までよがり狂わせてくれるんだったよな? うーん、滅茶苦茶興味はあるね。僕もむこうも何のしがらみもない立場だったら、土下座してでもお願いしたいところなんだけどな。まあ、現実は無情だが。

 

「違う。謝りに来た……この窓は開けなくていい。話だけでもいいから、聞いてくれ」

 

「ほう」

 

 なかなか殊勝じゃないか。僕は少し感心しながら、考え込んだ。アレクシアは、今夜のパーティーには出席しなかった。気分がすぐれないので、ということだったが……実際は怪我をした姿を見せないためだろうな。

 脱臼程度なら獣人にとっては軽傷だろうが、すぐに関節をハメ直したところで動きに違和感が出てしまうのは避けられない。ベテランの騎士ならすぐに「ああ、何か怪我をしたな」と気付くだろう。

 

「聞くだけなら、まあいいでしょう」

 

「……あそこまでやる気はなかったのだ」

 

 ひどく苦々しい口調で、アレクシアは言った。自身の行いを後悔している様子だった。

 

「しかし、どうも我は相手が抵抗すればするほど興奮するタチのようでな……理性のタガが外れてしまった。大変に申し訳ないことをしたと思っている」

 

「ふうん……」

 

 それは肉食系獣人のサガだろうか、それとも帰還兵に特有の病気だろうか。もしかしたら、両者が混ざったゆえの行動かもしれない。

 

「これは言い訳だが……我があそこまで我を忘れたのは、生まれて初めてのことだ。我のことを自由人だの身勝手だのと評す輩は多いが、最低限のラインは弁えているつもりだ」

 

「そうですか」

 

「……いや、今はそんなことを言っても仕方がないな。戦争の件も合わせて、貴様に嫌われそうなことばかりをしている……。しかし、我が貴様を好いているというのは本気なのだ。我にふさわしいツガイは、貴様しかおらん。今となってはそう確信している」

 

「ほう」

 

 手荒く扱ってから、しおらしい態度で謝る。DV夫が良く使う手口だな。意識的にやっているのか天然なのかは判断しづらいが、なかなかの手管だ。僕がエロゲのチョロい女騎士なら、今すぐ窓を開けて仲直りックスにもつれ込んでいたかもしれない。

 ……実際のところ、チョロさで言えば童貞も大概だからな。水に流してやってもいいんじゃないか、くらいの気分が湧いてきているのが恐ろしい。我ながらチョロ過ぎないか?

 

「その……なんだ。本当にすまない。いや、ごめんなさいか……。怖がらせてしまって……」

 

「一つ、いいですか」

 

「なんだ」

 

「怖がらせて、とおっしゃいましたが、僕は襲われている間に一度たりとも恐怖を覚えることはありませんでした。なんといっても、あの程度なら勝ちに持ち込める自信がありましたから」

 

 これは本気の言葉だ。たしかに身体スペックの差はあったが、アレクシアは性欲で頭が茹で上がっていたからな。隙だらけだ。七割くらいの確率でぶっ殺せていた自信はある。

 

「あの状況から逆転できたと? く、ハハハッ!」

 

 それを聞いたアレクシアは、ほとんど反射的に爆笑していた。馬鹿にしたような笑い方ではなく、心底感心したと言わんばかりの様子だった。

 

「本当か!」

 

「ええ。隙だらけだったので。あの時にも言いましたが、自分が捕食者側に居ると思って慢心しすぎなんですよ、あなたは。足元を掬うのはカンタンです」

 

「そうか、そうか! 貴様がそう言うのなら、我は隙だらけだったんだろうな。ハハハ……!」

 

「ええ、そうです。いかな獅子獣人、いかな剣の達人であれ、あそこまで慢心したら赤子同然。勝利をもぎ取るのは容易なことです」

 

 赤子同然は流石に言いすぎだが、まああんなことをやられたんだから少しくらい意趣返ししても良いだろう。しかし先帝陛下は、ここまで言われても怒り出すどころかさらに愉快そうに笑った。

 

「ハハハハ……いや、すまん。我は貴様を舐めていた。アルほどの男が、そう簡単に怖がってくれるはずもないか。確かに我は慢心しすぎだな。少しは謙虚さを覚えた方がよさそうだ」

 

「その通りです」

 

 ……言っておいてなんだが、これは失敗だな。アレクシアは敵である。出来るだけ慢心し続けてもらったほうが戦いやすいんだが。

 

「わかった。とにかく、今回のことは我が一方的に悪い。心の底から謝罪する。次に襲うときは、もっと淑女的にエスコートしよう。約束だ」

 

「いや、そもそも襲わないでください」

 

「そういう訳にもいかん。なにしろ貴様は我の花婿だ。何が何でも頂いていく」

 

 やっぱりぶっ殺しておいたほうがいいんじゃないか、こいつ。何も反省してないじゃないか……。

 

「しかし、今回は我の負けだ。潔く退散しよう。しかし次はこうはいかん、分かったな」

 

「もう来ないでください。次こそぶっ殺しますよ」

 

「嬉しいことを言ってくれる。楽しみにしているぞ」

 

 ……ああ、そうか。この人は抵抗されるほど燃えるタイプの性癖なんだから、ぶっ殺す発言は逆効果なんだ! 無敵にもほどがあるだろ。マジで勘弁してくれ。

 

「今夜はこれで失礼しよう。……最後に一つだけ。お休みのキスを貰っても良いか?」

 

「鉛球とのキスで良いなら今すぐにでも」

 

 ホルスターから拳銃を引っこ抜き、撃鉄(ハンマー)を上げた。その音を聞いたアレクシアは、楽しげに笑う。

 

「……ハハハ、冗談だ。では、我が花婿よ。また会おう」

 

 その言葉を言い終わると、アレクシアは窓枠から飛び降りたようだ。地面に着地する音が聞こえ、そして……。

 

「曲者が! 無事に帰れると思うなよ!」

 

「グワーッ!」

 

 ソニアの叫び声と、何者かが蹴り飛ばされる音が周囲に鳴り響いた。



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第79話 盗撮魔副官と曲者

 わたし、ソニア・スオラハティは自室の壁に張り付き、隣のアル様の部屋から聞こえてくる音に全神経を集中していた。もちろん、手には愛用のカメラを握っている。アル様とて人間、性欲もある。特に今のような戦闘明けの夜は開放的になられる可能性が高く、素晴らしい写真を撮影するチャンスだった。ごそごそ怪しい音がし始めたら、仕事の合間にこっそり壁に開けておいたのぞき穴に急行しなくてはいけない。

 とはいえ、今のところその兆候はない。私は虫のように壁に張り付いたまま、目を閉じて聴覚を研ぎ澄ました。のぞき穴から向こうの部屋の様子を観察したい気持ちがあるが、我慢する。何しろアル様は剣の達人であり、その感覚は鋭敏だ。無遠慮に覗きをし続ければ、間違いなく視線に感付かれる。

 

「……」

 

 目をつぶりながら、考える。今日の会議が終わった後のアル様の様子についてだ。休憩から帰ってきたアル様の礼服には、土汚れがついていた。態度にも違和感があったので、なにか事件があったのは確実だろう。

 その事件についても、だいたいは見当がつく。おそらくは、あのカス先帝。発情したあの雌猫に襲われてしまったのではないだろうか。アレクシアは会議が終わった後忽然と姿を消し、その後姿を現していない。彼女が狼藉に及び、アル様に撃退された。そういう可能性は極めて高い。

 わたしがその場に居れば、アル様のお手を煩わせることもなかっただろうに……そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。その時のわたしは、積みあがった細かい雑務を処理するため屋敷中を走り回っていたのだ。こういうことがあるから、できれば一日中アル様のお傍に居続けたいのだが……人手不足がそれを許さない。

 

「はあ……」

 

 今回はなんとかなったようだが、やはりアル様には常に護衛をつけておきたい。出来ればわたし、妥協して信頼できるベテラン騎士だ。とにかく人手不足がいけない。せめて、気の利いた指揮官級の人材がもう一人いれば、わたしがアル様にお供できる時間が増えるのだが。

 

「ッ!?」

 

 などと考えていると、ギシギシという音が外から聞こえてきた。ちょうど、人が壁を伝って登ってくるような音だ。急いで壁から離れ、カメラを枕元に置いた。代わりに、腰に差していた護身用のショートソードを抜く。

 

「……」

 

 無言で窓際に立つ。もしこれが暗殺者なら、狙いは十中八九アル様だろう。窓から侵入しようとしたところを、真横から奇襲してやる。

 ギシギシ音は、予想通りアル様の部屋の近くで止まった。鎧戸にはまったカンヌキを抜いたその時、隣からノックオンが聞こえてくる。そこで、わたしの動きが止まった。丁寧にノックをしてから入室してくる暗殺者はいまい。これはもしや――

 

「誰だ」

 

「我だ」

 

 耳に入ってきたのは、聞き覚えのある声。案の定、腐れ発情雌猫のアレクシアである。これは夜這いだと直感し、窓から叩き落してやるべくアル様の部屋へ急行しようとしたが……会話を聞いていると、どうもそういう様子ではない。

 アル様と雌猫の会話に耳を澄ませていると、事情が理解できた。予想通り、あのゴミカス先帝は昼間にアル様を襲ってしまったらしい。今夜はそのことを謝るためにやってきたようだ。……謝罪がしたいなら正面から来い! まったく、ふざけた女だ。

 とはいえ、謝罪目的ならば妨害はするべきではない。詫びに何かしらの品を差し出してくる可能性があるからだ。腐っても大国の先代皇帝、むしれるものは何でもむしっておいて損はないだろう。わたしはショートソードを腰の鞘へ戻した。

 

「今夜はこれで失礼しよう。……最後に一つだけ。お休みのキスを貰っても良いか?」

 

 が、そんなわたしの温情をアレクシアは無視した。自身の劣情を言葉にしてアル様にぶつけた挙句、何も差し出さずに帰ろうとしはじめた。立場上こちらが強く出られないと思って、舐めているのではないか? 断じて許せるものではない。雌猫が地面へ飛び降りたが聞こえた瞬間、わたしは窓を開けた。裏庭へ着地したアレクシアの背中を確認して、窓枠を蹴り空中に飛び出す。

 

「曲者が! 無事に帰れると思うなよ!」

 

「グワーッ!」

 

 二階からの落下スピードが加算された猛烈な飛び蹴りがアレクシアにつき刺さった。まともに防御態勢を取れなかった彼女は、毬のように吹っ飛んでいく。もちろん、蹴りの一発程度で済ませてやる気はない。受け身を取りつつ着地したわたしはばね仕掛けのおもちゃのように飛び起き、地面に転がるアレクシアへと馬乗りになった。

 

「む、むうっ……! ソニア・スオラハティか! 誤解だ、我はただ釈明に来ただけで……」

 

「言い訳は許さん!」

 

 馬乗りになったまま問答無用で顔面をブン殴った。もちろん全力だ。アル様に手を出す不埒な輩に手加減をする必要など微塵もない。例え未遂だったとしても、キズモノにされたなどという風評が立ってしまう可能性がある。

 もちろん、アル様は最終的にわたしと結婚するのだから、その手の風評が立ったところでわたしは困らない。むしろ邪魔者が減って有難いくらいだ。しかし、そんなことは重要ではない。肝心なのはアル様の名誉であり、それを守るのが副官であるわたしの責務だ。やはりこの女は無事に返すわけにはいかない。

 

「ウ、ウオオ……素晴らしいパンチだ。やはりきみも尋常な騎士ではない。どうだ、我の近衛に……」

 

「黙れ! わたしの主は生涯アル様ただ一人だ!」

 

 ゴミカスの言葉に貸してやる耳はない。丁寧に丁寧にシバきまくる。殺すのは流石にマズイ。しかし、人間には二百十五本も骨があるのだとアル様はおっしゃっていた。一本や二本程度折れたところで軽症のうちだろう。そのくらいなら大丈夫なはず。

 

「何がおやすみのキスだ色狂いめ! そんなものわたしですら貰ったことがないんだぞ!!」

 

 というか、起きているアル様とキスをした経験すらない。まったく、アル様を庇ってキスを貰ったという例の新兵が羨ましいな。……とはいえ、アル様のために命を投げ出そうとした兵を叱責するわけにもいかない。心の中に湧いてきた嫉妬は、目の前のクソ猫で解消だ。

 

「無事に領地に帰れると思うなよ、下郎が!」

 

 わたしはもう一発、アレクシアの顔面をぶん殴った。



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第80話 くっころ男騎士と酒盛り

 ソニアの手によりボコボコにされたアレクシアは、その後衛兵たちに捕縛されてしまった。一応、『部屋には入ってこなかったし、少しおしゃべりしたら自分から帰ろうとした』と証言はしたのだが……夜中に男の部屋を訪ねた時点でアウトだと言われてしまった。

 結局アレクシアは拘置所で丸一日過ごし、多額の慰謝料を払う羽目になってしまった。クロウン傭兵団の主計係が『このままでは団の運営費が……!』と頭を抱えていたのが印象的だった。アホな上司を持つと大変だよな。

 その事件の後は、大したトラブルが起こることもなく数日が過ぎた。細かい実務者協議も終わり、和平条約は正式に締結。明日には伯爵家の担当者やクロウン傭兵団も帰路につく。やっとのことで、戦争の後始末が終わったのである。

 

「戦勝を祝して、乾杯!」

 

 上機嫌な様子のアデライド宰相が音頭を取り、ビールやワインの入った木製ジョッキで乾杯する。酸味の強い安ビールを一気に飲み干し、ジョッキをテーブルへ叩きつけた。

 

「はー、うまい」

 

 安酒でも勝利の美酒には違いない。気分は良かった。僕たちはカルレラ市中心部にある居酒屋を借り切り、慰労会を開いていた。狭い店内では僕の騎士たちやヴァレリー傭兵団の幹部連中、和平会議に参加したガレア王国のお歴々などがぎゅうぎゅう詰めになって酒や料理を楽しんでいる。

 大国の重鎮が宴を開くにはやや素朴に過ぎる店ではあるが、リースベンにはこれ以上上等な店はないので仕方がない。アデライド宰相自身は『酒はどこで飲むかではなく、誰と飲むのかの方が重要なのだ』と言って、店のランクについては全く文句をつけることはなかった。この辺り、やはり彼女は上司の鑑である。

 ちなみにここにいるメンツだけではなく、ヴァレリー傭兵団の下っ端兵士たちにも大量の酒樽や臨時報酬(ボーナス)を配っているので、今頃は町のどこかで宴会を開いていることだろう。

 

「いやはや、お疲れ様だ」

 

 ニコニコ顔でヴァレリー隊長が言った。傭兵隊長である彼女は当然だが和平会議には参加していない。ゆっくり休養がとれたおかげか、彼女の顔色はとてもよかった。

 

「ありがとう。いや、長かった。はあ……」

 

 対する僕は疲労困憊である。戦争で陣頭指揮を続け、そのまま和平会議に突入したわけだからな。肉体的にも精神的にも休むような暇はなかった。

 

「本当に良く頑張ったな、アルくん。素晴らしい成果だ。私も君のような部下が持てて鼻が高いよ」

 

「いやいや、アデライドのご助力あってのことですよ」

 

 そう言いながら、アデライド宰相のジョッキにビールを注いでやる。彼女は満面の笑みで頷き、ジョッキに口をつける。それを見ながら、僕は陶器のビンに入っている残りのビールを自分の杯へすべて注ぎ込んだ。

 しばらくは、当たり障りのない話が続いた。テーブルのド真ん中に鎮座したガチョウの丸焼きを切り分け、酒で喉奥に流し込む。ワイルドな楽しみ方だが、なかなかにウマイ。

 

「そういえば……」

 

 ガチョウの丸焼きが半分ほど消えた頃、ヴァレリー隊長が僕を見ながら聞いてくる。

 

「アル殿はこれからどうなるんだ? これだけの戦果を上げたんだ、何かしらの褒賞は貰えるだろう。リースベンの代官でいられるのか?」

 

「うむ、たしかにそのまま代官続行、とはならんだろうな」

 

 炒った豆をつまんでいたアデライド宰相が顔を上げ、頷く。……代官に正式に就任してからまだ一か月程度しかたってないんだが、もうお役御免ってことか。いくらなんでも早すぎる気がする。

 

「わずかな手勢を率いて五倍の戦力を持つ敵軍を打ち破り民には一人の犠牲も出さなかった。これは十分、昇爵に値する成果だ。おそらく、王領の一部を切り取ってそこの領主に……という話になると思う。が」

 

「が?」

 

「リースベンは君が防衛した土地だ。君が治めるというのが自然な流れだと私は考える。国王陛下にもリースベン領を下賜すべきだと上申するつもりだ」

 

 アデライド宰相はニヤリと笑った。……リースベンには、ミスリル鉱脈があるからな。僕がこの土地の領主になれば、とうぜんその上司である宰相も莫大な利益を得ることができるだろう。リースベン領に敵を呼び込み、それを撃破することでこの地を手に入れるというオレアン公の計画を乗っ取った形になるわけだな。

 

「とーぜんですよ! ケチな褒美しか出さないようなら、謀反も辞しませんよ、わたしはつ!」

 

 顔を真っ赤にしたソニアが叫んだ。慌てて彼女の口をふさぐ。なんという危険な発言を……。アデライド宰相もヴァレリー隊長も苦笑していた。

 ソニアは、すっかり酔っぱらっているようだ。彼女はビール一杯でフワフワし始める程度には酒に弱い。宴会の最中に寝落ちするなど、日常茶飯事だ。無理して飲むなよ、とは言ってあるのだが、酒に酔う感覚自体は好きなのだという。……まあ、ソニアがこんな状態になるのは仲間同士で集まるような宴会だけだ。アブナイ酔い方をするわけではないので、良しとしよう。

 

「ええと、つまり……僕の仕事自体は大して変化しない訳ですね」

 

 こほんと咳払いをしてから、気を取り直して聞いてみる。短期間であちこちに飛ばされてはたまったものではない。やっとリースベンにも慣れてきたところだしな。

 

「そうだ。まあ、一度王都に戻らねばならないことには変わりないがね。陛下に戦の報告をし、その場で領地を下賜、そういう流れになるよう調整している。……なに、我々には翼竜(ワイバーン)があるのだ。リースベンへはすぐに戻ってこられるだろう」

 

「なるほど、ありがとうございます」

 

 いや、うれしいね。僕も一国一城の主か。母上もきっと喜んでくれるだろう。王都へ帰るのが楽しみだ。

 

「そりゃめでたい。……ところで一つ提案があるんだが、聞いてもらえるか? アル殿」

 

 こちらの態度をうかがう様子で、ヴァレリー隊長が聞いてきた。この顔、こういう話に誘導するために話題を振ってきたようだな。僕はビールで唇を湿らせてから頷いた。

 

「聞くだけなら」

 

「あたしたちを正規兵に召し上げる気はないか? いや、この戦争でずいぶんとうちらも数が減ったもんでね。募兵が終わるまで、新しい仕事が取れそうもないんだよ。このままじゃ今年の冬は越えられねえって、部下共にせっつかれちまって」

 

 ヴァレリー傭兵団には、すでに相場よりかなり多めの報酬を払っていた。それに、クロウン傭兵団からはぎ取った戦利品もある。カネだけなら、傭兵団全員の装備を更新してもお釣りがでるほどあると思うんだがな。

 

「……いや、正直に言うとな? 部下共の中に、アル殿に心酔しちまった連中がいるんだよ。傭兵団を辞めてでもアル殿についていく! なんて言い出したもんだからさ……これ以上人が減ったら、いよいよ傭兵団解散の危機なんだ」

 

「ええ……本気か? ずいぶんとヒドイ指揮をしていた自覚があるんだけどな。よくもまあ、こんなのについて行こうなんて気になったな……」

 

 まあ、これはヴァレリー隊長なりのヨイショだろう。当然だが、傭兵は戦争がなければ収入もない。対する正規兵は毎月決まった給料が入るわけだ。当然、傭兵たちは機会があれば正規兵になろうとするものだ。ヴァレリー隊長も、この機に自分を売り込んでみようと考えたに違いない。

 もっとも、雇用側からすれば必要がなければすぐに解雇できる傭兵のほうが都合の良い存在だ。正規兵は維持に高いコストがかかる。ゆえに、ほとんどの領主は最低限以上の正規兵を持ちたがらない。有事の時にだけ傭兵を雇用したほうが、結局安くつくのである。

 

「ひどい指揮? はは、冗談だろ! 怪我した新兵背負って撤退するような人がさ」

 

「……」

 

 お世辞とわかっていても、面と向かって褒められるのは恥ずかしい。僕は無言でジョッキをあおった。そんな僕を見て、アデライド宰相が愉快そうに笑った。

 

「まあ、悪い提案ではないと思うがね? ディーゼル伯爵は退けたとはいえ、このリースベンは危険な土地だ。君の騎士たちだけで防衛するのは無理がある。結局のところ、兵は必要なのだ」

 

 確かにその通りである。蛮族やらオレアン公派の領主たちやら、脅威はまだまだたくさんある。戦争が終わっても、戦力の維持・拡張は急務だった。幸い、カネもそれなりに手に入った。ヴァレリー傭兵団の泣き所である装備の貧弱さは、すぐにでも改善可能である。

 それに、一度戦場を共に相手でもある。あれだけ不利な戦場で最後まで戦い抜いた連中なのだから、信頼できないはずがない。味方に付いてくれるというのなら、有難いことこの上ないな。

 

「そうですね……では、ヴァレリー隊長。今後ともよろしく、ということで」

 

「ああ、任された」

 

 僕が手を差し出すと、ヴァレリー隊長は満面の笑みで握手を返した。



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第81話 くっころ男騎士と酔っ払い

 宴が始まって二時間も立つと、皆べろべろに酔っぱらってひどい有様になっていた。ソニアはテーブルの上に身を投げ出して熟睡しているし、ヴァレリー隊長は周囲からの喝采を浴びながら下手な歌を全裸で熱唱していた。

 そしてもう一人の同席者、アデライド宰相と言えば、酒臭い息を吐きながら僕に密着していた。いやらしい手つきで僕の身体を撫でまわしながら、彼女はその豊満な胸を僕の背中にぎゅうぎゅうと押し付けてくる。

 

「相変わらず……スケベな体つきをしおってぇ……ほら、抵抗をやめなさい。良いではないか良いではないか、ぐへへ」

 

 大柄で筋肉質な体つきをしている竜人(ドラゴニュート)や大型獣人と違い、只人(ヒューム)であるアデライド宰相の身体は華奢で柔らかい。それがべったり密着しているのだから、まったく役得極まりない。

 僕も大概酔っているので、口では「やめてくださいよー」などと言ってみるものの振り払うような真似はもちろんしなかった。美人だわ、ボディタッチは多いわ、ビジネスパートナーとして頼りになるわ、まったく宰相閣下は理想の上司である。

 結婚相手としては理想なんだが、たぶん彼女は僕のことを火遊びの相手くらいにしか思ってないだろうな。まったく悲しいものだ。僕の身分がもうちょっと高ければ、こちらから求婚していたかもしれない。まあ、たぶん求婚しても玉砕する羽目になっていたと思うが。

 

「アル様ぁー!」

 

 が、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。突然飛び起きたソニアが、アデライド宰相に襲い掛かったのである。彼女は一瞬で僕から引きはがされ、ソニアに抱き着かれたまま地面に転がった。

 

「ぬおお離さんか! やめろー!」

 

「くかー」

 

 ソニアの胸の中で暴れるアデライドだったが、ソニアは熟睡しつつも腕を離す様子がない。ちょうど宰相が抱き枕にされてしまった形だ。

 なにしろソニアは身長一九〇センチを超える大女である。一般的な体格の只人(ヒューム)女性であるアデライド宰相が、少々抵抗したところでその拘束から逃れられるはずもない。

 

「こうなったらもうソニアが目覚めるまで離してくれませんよ、アデライド」

 

 酔ったソニアには抱き着き癖がある。僕も宰相閣下と同じような状態になった経験が何回もあった。絶妙なホールド感が結構心地いいんだよな、あれ。代わってくれないかな、アデライド宰相……いかんいかん、酒のせいか自制心が弱まっているぞ。気を引き締めなくては。

 

「な、何ィ!? ええい、はやくこのアホ娘を起こしてくれ!」

 

「まー、やってみますけどね」

 

 ソニアの肩を掴んで揺すってみるが、彼女は「むいー」と奇妙な声を上げるばかりで目を覚ます様子はなかった。酔いが覚めるまで起こすのはムリだな。

 

「やっぱり駄目っぽいです」

 

「くそぉー!」

 

「うはは」

 

 ジタバタするアデライド宰相を見ながら、僕はジョッキに残っていたワインを飲みほした。体格差のある二人がくっついていると、なんだかほほえましく見えてくるので面白い。

 

「あー、兄貴。大丈夫なんですかね、これ」

 

 そんなことを聞いてきたのは、熊獣人のヴァルヴルガ氏だった。決闘に負けて僕の部下になった彼女だが、この戦争ではなかなかに献身的な活躍をしてくれたそうだ。そのため、この酒宴にも僕の騎士たちと共に参加していた。ほんのさっきまでは店の隅で騎士と飲み比べ勝負をしていたのだが、どうやら酒が足りなくなったらしく背中には酒樽を背負っていた。

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。ソニアは優しいから締め落としてきたりはしないよ」

 

「優しい……?」

 

「優しい……?」

 

 アデライド宰相とヴァルヴルガ氏が口をそろえて聞き返してきた。いや、ちょっと短気なところはあるけど、ソニアは優しいだろ。気配りもできるしな。僕にはもったいないくらいの副官だ。

 

「兄貴、酔っぱらっておかしなことを口走ってますね……」

 

「この狂犬、いや狂竜? が優しいわけがないだろうに。アルくんは錯乱しているようだな……」

 

 ソニアに抱き着かれたままの宰相とヴァルヴルガ氏がこそこそと話し合う。寝ているとはいえ、真横に本人がいるのによくそんな話ができたもんだな。シバかれても文句は言えないぞ。……そうやってすぐ手が出るからこんな風に言われるのか?

 

「ちょっと酔いを醒まして来たらどうかね、アルくん」

 

「しばらく夜風にでも当たってきたらどうです?」

 

 心配されるほどは酔ってないと思うんだけどなあ。割と節制して飲んでたし。しかし、二人の目つきは真剣そのものだった。……まあ、ちょっと外の空気を吸ってくるのも悪くはないだろう。苦笑しながら、僕は頷いた。

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 人ごみをかき分け、出口に向かう。足元も危うくなってないし、やっぱりまだそんなに酔っぱらってないと思うんだがなあ。

 

「ふー……」

 

 店の外へ出た僕は、小さく息を吐いた。涼やかな夜風が頬を撫でる。季節はすでに盛夏といっていい時期になっているが、夜になれば気温も下がってくる。確かに、少し火照った身体にこの風は気持ちがいいな。

 この居酒屋があるのはカルレラ市の繁華街だが、なにしろド田舎である。月と星の光に照らされた大通りには、まったく人気がなかった。明かりがついている店も少ない。

 

「……」

 

 そんなどこか寂しい景色の中に、不審者が一名いた。フードを目深にかぶった大柄な女が、僕の方を見るなり速足で近づいてくる。僕は反射的に剣の柄を握った。いつでも抜刀できる姿勢で女を睨みつける。

 

「まて、待て! 怪しい者じゃない。我だ」

 

「……またあなたですか!」

 

 その声には覚えがあった。アレクシアである。月光に照らされた彼女は、ひどい有様だった。顔は傷だらけだし、右腕には添え木を付けて三角巾で吊っている。その傷のほとんどは、ソニアによってつけられたものだろう。なにしろ、先日の夜には随分と念入りに痛めつけられていたようだからな。

 

「いったい、どういう要件です? ソニアに対する仇討ち?」

 

「いや、そんなことはない。あれは我が悪かったのだ。ヤツを恨んではおらん」

 

 アレクシアは首をぶんぶんと左右に振った。

 

「……というか、奇襲とはいえこの我を相手に一方的な勝負に持ち込めるような女だからな。貴様もろとも我の配下に加えたくて仕方がなくなっているくらいだ」

 

「相変わらずだなあ……」

 

 この人のこういう部分は、長所なのか短所なのかいまいち判断がつけづらい。執念深く狙われるよりはよほどマシなのだが、限度があるような気がする。

 

「では、どうしてここに?」

 

 まさか自分も宴会に参加させてくれ、などという要件ではあるまい。お供もつけずにやってきたのだから、それなりの理由があるはずだ。

 

「いや、な……?」

 

 アレクシアは恥ずかしそうな表情で、一瞬目を逸らす。

 

「我らは明日の朝にはこの街を発つ予定だ。落ち着いて貴様と顔を合わせられるのは、今夜が最後になる。だから……」

 

「だから?」

 

「別れる前に、どうしても貴様のキスが欲しくなった」

 

「は?」



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第82話 くっころ男騎士と同情

 いきなりキスを貰いに来たとか言われても、困ってしまう。夜中に僕の部屋に訪れただけでボコボコにされたというのに、この人の辞書に懲りるという言葉はないのだろうか? いや、殴られ過ぎておかしくなってしまった可能性もあるか……。いや、おかしいのはもともとか。

 

「そんな顔をしないでくれ……」

 

 僕がすさまじく微妙な表情をしているのを見たアレクシアは、若干悲しそうな様子で首を振る。

 

「いや、わかっている、わかっているのだ。我が貴様に嫌われていることくらいは」

 

「それがわかっていて、なぜ?」

 

 アレクシアは利き腕である右手が使えない。おまけに、今の僕は帯刀しているのである。無理やり迫ってきても、おそらく九割がた勝てる。それでも、警戒は怠れない。すぐにでも抜刀できる姿勢を作りながら、聞き返した。

 

「……先日、我が貴様にキスをしただろう?」

 

「されましたね」

 

「あの後、唇を(ぬぐ)われたのが思った以上にショックで……なぜか事あるごとに思い出して、いやーな気分になってしまうんだ……」

 

「ええ……」

 

 思った以上に卑近なことでショックを受ける先帝陛下だな……。鋼鉄メンタルなのか豆腐メンタルなのかはっきりしてほしい。僕も異性のちょっとした態度で精神的なダメージを受けてしまった経験はあるけどさ。

 

「夜になるたびにベッドであのことを思い出して、『ウワーッ!』と叫びたくなる気分になるのだ。このままでは不眠症になってしまう。どうにか、あの記憶を上書きしたい……」

 

 気分はまあ、若干わからないでもない。しかしだからと言って、強引に唇を奪った相手にもう一度キスをねだるというのはどういう了見だろうか? 僕がこの世界における一般的な男のメンタルをしてたら、キレるか泣くかしてるところだぞ。

 

「もしかして、あの夜の件も本題は謝罪じゃなくてキスの方だったりします?」

 

 思い出してみれば、あの時もキスがどうとか言ってたな。冗談かと思っていたが、わりと本気だったのかもしれない。

 

「違う! ……そういうつもりが無かったと言えば、嘘になるが。結局、見栄を張って帰ってしまったわけだし……」

 

 そう語るアレクシアの表情には。後悔が滲んでいた。……ここまでくると、一周回ってなんだか可哀想だな。よく考えてみれば、十割自業自得ではあるんだけど。

 

「……もう一つお聞きしたいのですが」

 

 しかし、今はそれより気になることがある。僕は少し考えてから、その疑問を直接ぶつけてみることにした。

 

「なんだ?」

 

「先帝陛下は」

 

「アレクシアと呼べと言ったはずだが」

 

「先帝陛下は、僕を」

 

「アーちゃんでもいいぞ」

 

「……」

 

 めんどくさいなあこの人。いいよじゃあアーちゃんで。アレクシア呼びが定着すると、アデライド宰相のほうも間違えてそう呼んでしまいそうで怖いんだよ。頭文字も文字数も一緒だから、ボンヤリしてたら口を滑らせてしまいそうだ。

 

「アーちゃんは僕を戦場で打倒するつもりなんですよね?」

 

「……」

 

 自分で提案しておきながら、アーちゃんはあからさまに面食らった様子だった。お前が提案したんだぞ。やっぱり止めてくれ、なんて言ってももう聞く気はないぞ。どんなシリアスな状況でもアーちゃん呼ばわりしてやるからな、覚えておけよ。

 

「……まあ、そうだが。理想としては貴様を戦場で倒し、我がものとしたい。強者を正面から打倒する、それが王者の在り方だからな」

 

 抵抗は激しければ激しいほどヨシ、という性癖ならそうなるだろうな。変態め。まったく、ソニアの爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいだ。あの真面目さを見習ってくれ。

 

「だが、アルが望むのであれば通常のやり方の婚姻で妥協しても良い。戦いとなれば、多かれ少なかれ人は死ぬ。有能な部下を失うのは……」

 

「それはさておき、ですよ」

 

 アーちゃんの話をまともに聞いていたら夜が明けそうだ。僕は問答無用で話を遮った。

 

「戦場で僕が敗れて、あなたのものとなったと仮定します。その場合、当然僕は怒り狂って全力で抵抗するでしょう。まともに愛し合うような通常の夫婦関係は望めません。キスを嫌がられた程度でショックを受けるような人が、そんな関係を許容できますか?」

 

「いや、それはそれこれはこれだ」

 

 僕は矛盾点を突いたつもりだったのだが、アーちゃんはハッキリと首を左右に振った。

 

「ただ単に嫌われるのは良い。そういう相手を愛で融かしていくのも趣があっていいだろう」

 

「は?」

 

「しかし、気持ち悪がられたり、生理的に無理だと思われるのは……ちょっと違うんだ! わからないか、これが!」

 

 ……ちょっとわかるかもしれない。僕も前世の学生生活では、よく女子にキモがられてたもんなあ……。あれは辛かった。うん、異性にキモがられるのは非常にキツい。僕はなんだか申し訳ない気分になってきた。唇をぬぐったアレは、あくまでポーズだしな。内心、美人にキスされてラッキー、くらいに思ってたよ。

 

「は、はあ……どうやら、申し訳ないことをしちゃったみたいですね」

 

「い、いや、悪いのは我なのだが……しかし、ありがとう」

 

 アーちゃんはあからさまにほっとした様子で、その豊満な胸をなでおろした。

 

「とはいえ、だからと言ってキスしてくれというのは流石に都合がよすぎませんか」

 

 彼女の気分については多少共感できるが、しかし今回の件は完全にコイツの自業自得だ。そもそも僕は押し倒されて貞操を奪われかけたわけだからな。僕がショックを受けたりトラウマになったりしてないのは、前世の価値観を引きずっているせいだ。普通ならこうはいかない。

 

「その通りだ」

 

 塩を振りかけた青菜のようにシナシナになりながら、アーちゃんはうなだれた。……これはちょっと予想外の反応だな。思った以上に、キスの件が応えているらしい。戦場で見せた鋼鉄メンタルっぷりはどこへ行ってしまったのだろうか。これでは、鋼鉄どころか豆腐並みだ。

 

「……そんなことはわかっている。わかっているから、我は女としてのプライドを捨てることにした」

 

 悔しげな声を上げつつ津、アーちゃんは懐から何かを取り出す。なにかヤバイものを取り出すのではないかと、一瞬右手がサーベルの柄に伸びた。

 

「そう警戒しないでくれ。……これは、我がリヒトホーフェン家に伝わる家宝だ。貴様にへし折られた我が愛剣の姉妹剣でもある」

 

 彼女が見せてきたのは、鞘に納められたままの短剣だった。各所に豪華な装飾が施されたそれは、見るからに尋常の代物ではない。

 

「我が愛剣と同じく、雷のエンチャントが施されている。きっと、貴様の役に立つはずだ。……これを私ので、どうか我とキスをしてください。お願いします……」

 

 短剣を差し出したまま、アーちゃんは深々と頭を下げた。……いや、いくらなんでもプライド捨てすぎだろ。いち国家の元皇帝がしちゃいけない態度だぞ、それは。

 正直ドン引きだが、アーちゃんのショボくれた顔を見ているとなんだか哀れに思えてきた。僕にだって、異性の態度一つでしばらく立ち直れないようなショックを受けた経験はある。わりとガチなキモオタだからな、僕は。ミリタリ資料を集めてはぐふぐふ言ってたわけだから、周りからすりゃ相当キモかっただろうよ。……いかん、トラウマが甦って来たぞ……。

 

「つまり、先帝陛下は僕をモノに釣られて唇を許すような軽い男だと思っているわけですか?」

 

「えっ!?」

 

 僕の言葉に、アーちゃんは本気で焦ったように肩を震わせた。ソニアを超えるような大女なのに、その姿は妙に小さく見える。……こんなイケメン女に、こいつも自分の同類か……なんて思う日が来るとは思わなかったな。

 

「いっ、いやっ! 断じてそういう訳では……ちがう! すまない、そういうつもりではなかったのだ……」

 

 顔を青くしながらアワアワするアーちゃんは、哀れを通り越していっそ可愛いくらいだった。まったく美形は得だよな。前世の僕がこんな態度をしてたら目も当てられないくらい無様だっただろうに。……現世だとどうなんだろうな? 悪くはない顔だと思ってるけど、この世界の人間はみんな美形だからなあ。

 

「まったく。そんなんだから、嫌われるんですよ。わかってますか?」

 

「すまない……」

 

「一応、言っておきますけど。これは、好意ではなく同情のキスです。勘違いしないように」

 

「えっ!?」

 

 聞き返してくるアーちゃんに、ぼくはむっすりした顔で返した。

 

「しゃがんでください」

 

「い、いいのか?」

 

「しゃがんで」

 

「はい」

 

 アーちゃんは神妙な顔でしゃがみ込んだ。彼女はやたらとクソでかいので、しゃがんでもらわないことにはキスしにくい事この上ない。僕も、決してチビというわけではないんだけどな……。

 ファーストキスを期待する少年のような顔をしたアーちゃん……アレクシアの唇に、自らのそれを押し付ける。ソニアに殴られまくって傷まみれになった彼女の顔だが、それでも間近で見ると心臓がダメになりそうなほど美しかった。まったく、顔だけは百点満点なのに、なんで性格はこんなのなんだろうか。

 

「ハイ、おしまい!」

 

 アーちゃんの唇は、瑞々しく甘美な感触だった。いつまでも触れていたい気分になったが、それに耐えて即座に唇を離す。僕だって、自分のチョロさは知っている。あんまり触れ合っていたら、即堕ち二コマばりの醜態をさらしそうだからな。彼女に顔を見られないよう、そくざに踵を返して背中を向ける。

 

 

「これでいいでしょ? さっさと帰って寝てください!」

 

「……ありがとう」

 

 深々と頭を下げるアーちゃんを無視して、僕は居酒屋のドアを開けて店内へ戻った。この頬の赤さを誤魔化すためには、大量のアルコールを摂取する必要がありそうだ。



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第83話 くっころ男騎士と朝のルーチン

 ディーゼル伯爵とクロウン傭兵団がカルレラ市から去って、三日が経過した。リースベン領には平和が戻り、僕は代官としての日常業務を淡々とこなす日々を過ごしている。しばらくすれば宮廷へ召還されることになるだろうが、しばらくの間は領地の安定化に努めよ……アデライド宰相はそう言い残して王都へ帰っていった。

 戦争が終わったことで、やっとのことで時間的な余裕が出来た。控えていた鍛錬を平常の強度に戻し、僕は夜が明けてからずっと地面に埋めた丸太を木刀でシバき続けていた。これはストレス解消と剣の修行を両立できる素敵な鍛錬法で、これをやらないことには一日が始まった気がしない。

 

「ふー」

 

 予定通りの回数をこなし、僕は汗まみれになった顔を手ぬぐいで拭いた。木刀を振るっている間はずっと叫び続けるのがこの鍛錬法……立木打ちの作法なので、若干のどに違和感が出ている。しばらく鍛錬をさぼってたせいだな。一週間もすれば、また慣れてくる。

 しかし、やっぱり朝の立木打ちは気分がいい。大声を上げながら全力で剣を振るうのは、これ以上ないくらいのストレス解消になるからな。

 

「おはようさん。朝から精が出るなあ」

 

「オハヨウゴザイマス」

 

 そこへ、声をかけてくるものがいた。振り向いてみると、そこに居たのは元ディーゼル伯爵……ロスヴィータ氏である。その傍らには娘のカリーナも居る。二人とも平服姿だ。

 ロスヴィータ氏は一応人質ということになっているが、ある程度の自由を与えている。監視を兼ねた付き人と一緒ならば、街へ出ても良いということになっているくらいだ。僕も、そしてディーゼル家も、これ以上争う理由を持っていない。そんな状況であえて過剰に行動を制限するというのは、相互不信の元になってしまうからな。

 

「ああ、どうも。おはようご……おはよう」

 

 思わず敬語であいさつを返しかけて、あわててため口に戻す。相手は人質(と新入り)である。元伯爵とはいえ、勝者である僕が敬語を使うのは不味いわけだ。この辺り、貴族社会は非常に面倒くさい。下手に出るような態度を取ると部下たちのメンツまで潰してしまうことになる。

 

「素振りじゃなくて丸太を叩くんだな。面白いやり方だ」

 

「実戦じゃ、素振りの通りに剣が動くのは空ぶった時だけだからね。やっぱり何かに当てる(・・・)感覚はあった方が良い」

 

 木刀(とはいっても単なるちょうどいい太さの木の枝だ)をベルトに差し、二人に近寄る。カリーナがするりと寄ってきて、突然深呼吸をし始めた。えっ、何……

 

「やめんかバカチンが!」

 

「ぴゃっ!?」

 

 カリーナの脳天にロスヴィータ氏の鉄拳が落ちた。チビ牛娘は目尻に涙を浮かべながら悶絶する。

 

「お前なあ、拾ってもらった身分でなあ……まったくエロガキめ。気分は分かるが自重しろ、自重を」

 

「うぅ……ごめんなさい」

 

「まったくこのエロガキは、誰に似たんだか……あたしか! ハッハッハ!」

 

 ……いったいなんのやり取りだ? 母娘だけに通じる会話に、僕は困惑した。まあ、仲が良さげで何よりだ。カリーナは本家から勘当された身の上ではあるが、ロスヴィータ氏の方も人質……つまり半ば家から追放されたような状態だ。二人の間にギクシャクしたような様子は感じられない。

 

「ところで、この後ランニングへ行く予定なんだけど、一緒にどう?」

 

「あ、あんなに朝早くから剣を振り回しておいて、まだやるの!?」

 

 カリーナが目を剥いた。たしかに、剣を振り始めてからもう二時間近くになる。流派の慣例で剣を振るたびに大声を上げていたから、代官屋敷の一室で寝泊まりしているカリーナにも丸聞こえだっただろう。……よく考えてみれば、近所迷惑極まりない鍛錬だなあ。

 

「戦争やら、会議やらで体が鈍っちゃったからな。ちゃんと鍛えなおしておかないと」

 

「会議はともかく戦争で体が鈍るのはおかしいだろ」

 

 ロスヴィータ氏が半目になって突っ込んだ。しかし、戦争といっても大半は待機したり移動したりの時間だからな。どうしても平時よりは訓練に当てられる時間が少なくなってしまうんだよ。こうなると、自然と練度は下がっていく。

 

「まあ、何にせよまだ体を動かしたりないんで……ランニングはする。軽くだけどね」

 

 あんまり長々やってたら、周囲に迷惑がかかるからな。まだ朝飯も食ってないし。それに、僕は士官で代官だ。トレーニングだけしてればそれで良し、という立場ではない。やるべき仕事はいくらでもある。

 

「熱心なことだ。そりゃあ、只人(ヒューム)だ男だと油断してたあたしじゃ勝てる道理がなかったな」

 

 ロスヴィータ氏は苦笑した。そして、ひじから先がなくなった左腕を振って見せる。

 

「しかし、とりあえずは隻腕に慣れるためのリハビリに専念したい。ランニングはあとで勝手にやるから、お供にはコイツを連れて行ってくれ」

 

 そう言って彼女はカリーナの背中を叩いた。

 

「騎士として、カリーナは最初からやり直しになる。こいつがアルベール殿の……ブロンダン家の預かりになるってんなら、鍛えなおす必要があるだろ? 遠慮なくビシバシやってくれ」

 

「ええ!? い、いや、うう……ヨロシクオネガイシマス……」

 

 一瞬ものすごく渋い表情を浮かべたカリーナだったが、すぐに覚悟を決めたように頷いて見せた。騎士としてやり直すなら、これが最後のチャンスということがわかっているからだろうな。僕としては、あえてまた騎士を目指さなくてもいいんじゃないかとは思ってるんだが……まあ、本人がそれを望んでいるなら、応援してやろうか。

 

「よーし、いいだろう。僕がお前を一流のマリーンに鍛え上げてやる!」

 

「えっ、マーリン? なにそれ、伝説の魔術師か何か?」

 

「マリーンだっての! 世界で一番勇敢で一番強い兵隊のことだ。……さあ、モタモタしてる暇はないぞ。まずはウォーミングアップ、しかる後にランニングだ!」

 

 背中をぺちんと叩いてやると、カリーナは慌てた様子で柔軟体操を始めた。その様子をみて、ロスヴィータ氏はゲラゲラ笑う。

 

「死なない程度ならどれだけキビしくしてくれてもいいぞ! 母親であるあたしが許す!」

 

「そんなあ!」

 

 よーし、親の許可が出たことだし、徹底的に鍛えてやることにするか!



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第84話 メスガキ騎士とトレーニング

 私、カリーナは疲労困憊の状態で地面に横たわっていた。十キロメートル、このわずかな距離を走った結果がこれである。たった十キロでへばるなんて情けない、そう思わなくもない。しかしこれには理由があった。

 まずは装備。甲冑に武装一式、おまけに中身のパンパンに詰まった背嚢も背負わされた。総重量は六十キログラム以上。さらに、気候。故郷のズューデンベルグ領から山脈一つ隔てただけの場所の癖に、このリースベン領はやたらと暑い。駄目押しに、歌。アルベールは、走っている間ずっと大声で歌を歌うように強要した。これが思った以上に肺に負担をかけた。

 僅か十キロだと、正直ナメていた。「この程度じゃ腹ごなしにもならないわ!」なんて言ってた過去の自分を殴りたいくらい。

 

「ウオオ……アア……」

 

 私の隣で半死半生になっているのは、リス獣人のロッテだ。彼女とは年齢も近く、捕虜生活を送っているうちに友達のような関係になってきた。自分だけが訓練で苦しむのは嫌だったので、ちょうど近くを通りかかったロッテも巻き込んでやることにしたのだ。……今となっては、ちょっと申し訳ない事をしたなと思っている。

 

「この程度でヘタレやがってこのヘニャチ……モヤシどもが!」

 

 そんな罵声を飛ばすのはアルベールだ。彼は私たちと全く同じ訓練メニューをこなしたというのに、微塵も疲労を感じさせない涼しい表情を浮かべている。本当にこの人、只人(ヒューム)なんだろうか? 獣人相手に体力勝負が出来るなんて、マトモじゃない。

 

「陸に打ち上げられた魚みたいにピチピチしている暇があったら、水を飲め水を! 脱水で死ぬ前にな!」

 

 訓練中のアルベールは、聞くに堪えないような罵倒を私たちに叩きつけ続けた。思わず泣きそうになったけど、本気で言っているわけではないのがだんだんわかってきた。今だって、口汚い言葉を吐きつつも、私とロッテに水がたっぷり入ったジョッキを持ってきてくれた。

 やっぱり、アルベールは根はやさしい男だ。受け取ったジョッキで浴びるように水を飲みながら、そう思う。砂糖と塩が入っているのか、その水は少しだけ甘じょっぱかった。普通の水より飲みやすい。

 

「ぷはー!」

 

 水を飲み干し、また地面に転がる。甲冑がの重さが、まるで拘束具のように私を苛んでいた。……この甲冑も、本当は戦利品として奪われていたはずのものなのよね。なんか、普通に返却してくれたけど……。まったく、お人よしというかなんというか。

 

「うおお、イテーッス! 足が! 足が!」

 

 そんなことを言っていると、足が()ったらしいロッテがもだえ苦しみ始めた。

 

「バーカ、運動不足だからそんなことになるのよ。しばらくアンタも訓練に付き合いなさいな」

 

「こんなのに毎日付き合ってたらマジで死ぬッス! 馬鹿ッスか!?」

 

 涙目で叫ぶロッテだけど、こいつは私と違って甲冑も剣も荷物も持ってないのよね。それでこんなにぐでぐでになるのは流石に情けないわよ。非力なリス獣人とはいえ、ちょっとくらい鍛えておかないと自分のオトコも守れないような情けない女になっちゃうわ。

 

「アンタは私の子分なんだから、拒否権なんてないのよ!」

 

「誰が誰の子分ッスか! イテッ、あだだ……ど、どっちかというと、アンタがウチの子分みたいなもんでしょ!」

 

 ロッテは攣ったままの足を伸ばそうとしつつ、そんなふざけた言葉を吐く。

 

「は? ナメたこと抜かしてるとブチのめすわよ!」

 

「まだ随分と体力が残ってるみたいだな。よし、今度は腕立て伏せでもやるか!」

 

「ごめんなさい」

 

「ごめんなさい」

 

 アルベールはジト目で私たちを見ながら、空になったジョッキを回収した。そんな彼の身体から漂ってくる汗のにおいに、思わず私は深呼吸してしまう。……アルベールも甲冑姿で、露出は全くない。でも、それが逆に私の妄想を刺激していた。あの装甲の中は、いったいどうなっているんだろうか? あー、ムラムラする。

 よく考えれば、汗まみれのアルベールを間近で拝めるという点では、このトレーニングにもなかなかのメリットがあるわね。しばらくオカズには困らないわ……。

 

「しばらくは、こんな感じで基礎トレーニングだ。ロッテは自由参加で構わないが、お前がいた方がカリーナも頑張れるだろうからな。できれば一緒にやってくれると嬉しいが」

 

「う、うううーっ! アニキがそう言うなら……」

 

 ロッテは半分泣きそうになりながらも頷いた。そんな彼女を見て、アルベールは苦笑する。

 

「その代わり、二人ともメシはお代わり無制限だ。腹いっぱいになるまで食えよ」

 

「マジッスか! やったっ!」

 

 ロッテの小躍りしそうな声を聴くと同時に、私のお腹が大きな音を立てた。そういえば、朝ごはんもまだなのよね……。アルベールとロッテの両方からまじまじと見られて、私の顔は火が出そうなほど熱くなった。

 

「甲冑を脱いだら、水浴びをして来い。飯はそれからだぞ」

 

「……はーい」

 

 もしかして、アルベールも水浴びするんだろうか。……覗きたい。アルベールの裸体、正直めちゃくちゃ見たい! この男はセクハラに対して結構寛容なので、ちょっとくらい覗いても大丈夫なんじゃないの? そう思いながらちらりとロッテの方を見た。捕虜だった間はほとんど彼女と一緒に居たので、アイコンタクトでちょっとした意思疎通なら出来るようになっている。

 しかしロッテは慌てた様子で首をブンブンと左右に振り、剣を振り下ろすようなゼスチャーをした。……ソニアかあ。たしかに、アルベールは許してもソニアは許さないでしょうね……さすがにそれは勘弁願いたいわ……。

 



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第85話 メスガキ騎士と朝食

 水浴びと言っても、タライにためた井戸水で汗を流すだけの簡単なものだ。それでも、冷たい井戸水を頭から浴びるのは気持ちがいい。汗を流し、少なくとも体の外側はスッキリすることが出来た。内側の方は、相変わらずだけどね。アルベールがいちいちエロいのがいけない。

 

「ウオーッ! 朝からご馳走ッスね!」

 

 テーブルについたロッテが歓声をあげた。焼きたてのパンと目玉焼きが二つ、そして夏野菜のサラダ。貴族の朝食としては質素だけど、平民であるロッテも同じメニューだ。『自分だけイイものを食べていると、兵から恨まれる。食べ物の恨みは怖いぞ』とは、アルベールの弁だ。

 

「それじゃ、まずは朝食前のお祈りを」

 

 アルベールが音頭を取って、食前のお祈りをした。祈りの言葉を口にしながら、こっそり周囲をうかがう。大テーブルについているのは、アルベールとお母様、そしてソニアをはじめとする騎士たち。

 立場的に微妙な私や平民のロッテが同じテーブルで食事を取っていいのかちょっと不安だったけど、文句を言うものは誰も居なかった。まあ、この食堂に私たちを連れてきたのはアルベールなんだから、その辺りを気にするのは杞憂だったみたいね。

 

「むぐむぐ」

 

 お祈りが終わると、即座ににパンにかじりついた。もうお腹はペコペコで、我慢なんかできない。リースベンのパンは、私の故郷であるズューデンベルグのものにに比べて茶色っぽく、おまけに硬くてパサパサしている。最初は面食らったものだけど、慣れてしまえば気にならない。

 下品にならないように気を付けながらも、ガツガツと料理を平らげていく。なにしろ朝から全力で運動したものだから、私の食欲は底なし沼状態だった。あっという間に皿の上の料理を平らげ、給仕にお代わりを頼む。まずはパン、次にタマゴだ。お代わり自由はすでに確約済みなので、遠慮なんかしない。そんな私を見て、アルベールは楽しそうにしていた。

 

「そういえば、アルベール殿。王都へ行くと聞いたが、いつ頃になりそうなんだ?」

 

 しかし、母様がそんなことを言いだしたのを聞いて、私の手は止まる。王都! 神聖帝国に住んでいた私には、耳慣れない言葉だ。しかし、知識としては知っている。ガレア王国の首都、パレア市のことだ。このリースベン領からは、馬を使っても半月以上かかるとか。

 そんな遠くに出張か……。往復を考えれば、一か月以上。実質的な庇護者であるアルベールがそれだけの長期間不在になるというのは、ちょっと不安だ。別にいじめられたりしてるわけじゃないけど、やっぱり私は不安定な立場にいるわけだし。

 

「今月中には、なんとか。中央の用事に熱中しすぎて代官の仕事が疎かになっている、なんて民に思われたら困るからさ。当面はそっちを優先したい」

 

「大丈夫なのか? 王を待たせて。いや、元敵であるあたしがそんなことを心配するのもおかしな話だが」

 

 眉をひそめながら、母様が聞いた。

 

「まあ、王都には翼竜(ワイバーン)で行くから、少々遅れても問題はない」

 

「ああ、アレか……戦争中もずっとあたしらの頭上を飛び回ってたヤツだな。費用をケチって鷲獅子(グリフォン)を導入しなかったことを激しく後悔したね。上を取られるのがあんなに厄介だとは……」

 

 珍しい事に、母様はあからさまに落ち込んだ様子でため息をついた。平気な風を装ってはいても、やっぱり敗北の責任は感じているんでしょうね。励ましてあげたいけど、私は私で敵前逃亡なんて真似をしてるわけだから……そんな言葉をかける資格なんかない。

 

「……」

 

 ロッテが無言で私の背中を叩いた。そちらを見ると、彼女はニッと笑って親指を立てる。……まったく、この子は! 私はちょっと泣きそうになった。

 

「ま、まあ、そういうわけで、意外と時間的な余裕はある。あるが……流石にそろそろ準備はし始めなきゃいけない。具体的に言うと、人選だな。国王陛下に今回の件を報告しに行くだけだから、お供は二人か三人も居ればそれでいい」

 

「人選も何も、アル様とわたしの二人がいれば十分でしょう」

 

 すました顔でソニアが言った。

 

「いや、悪いけどソニアは留守番だ。……僕とソニアが二人ともリースベンを留守にしたら、誰が責任者をやるのさ」

 

「エッ!? は、ええっ!?」

 

 ソニアの表情が引きつり、私は吹き出しそうになった。この女のここまで焦った顔は、初めて見る。危ない危ない。笑っているところがバレたら殴られるだけじゃすまないわ、絶対。

 

例の件(・・・)もある。僕としても、出来ればソニアにはついて来てもらいたい。でも、お前の他にリースベンの留守を任せられる人間がいないんだ」

 

「うっ……」

 

 確かに、という顔でソニアは黙り込んだ。アルベールは申し訳なさそうな表情で自分の顎を撫でる。

 

「本当に申し訳ないが、人手不足だ。王都に帰ったついでに、その辺りを何とかできないか頑張ってみる。それまではすまないが我慢してほしい」

 

「……はい」

 

 いかにも不承不承と言った様子で、ソニアは頷いた。どうやら、アルベールは何かを警戒している様子だ。部外者の私には、よくわからないが……。

 

「そういう訳で、ソニアは留守番。じゃあ代わりに誰を連れて行くんだって話になるんだけど……とりあえず、カリーナはほぼ確定だ」

 

「はあっ!? 私!?」

 

 そんなことを考えていたら、矛先が突然こちらに向いた。私は驚きのあまり、反射的に立ち上がってしまう。いや、王都には興味があるし、アルベールと一緒に旅をするのも楽しそうだ。連れて行ってくれないかなあ、とは思っていた。しかし、あくまで妄想だ。唐突にそれが現実になったんだから、驚くどころの話じゃない。

 

「うん。……とりあえずお前は、僕の両親に紹介しておく必要があるからな」

 

 えっ、何、両親に紹介!? もしかして結婚報告!? ええ、もしかして知らないうちに私大勝利の流れになってたの!?



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第86話 くっころ男騎士と義理の妹

 こいつい、何か勘違いしてないか? 真っ赤になってフリーズするカリーナを見て、僕はそう思った。こいつを両親に紹介するのは、養子縁組のためである。カリーナが再び騎士を目指すためには、この過程が必ず必要になる。

 

「カリーナよぉ……お前、自分が今やディーゼル姓を名乗れる立場じゃないってことはわかってるよな?」

 

 僕が何かを言うより早く、ロスヴィータ氏が助け舟を出してきてくれた。

 

「えっ、ああ! 勘当されたんだから、そりゃ当たり前か……」

 

「そう、今のお前はただのカリーナだ。そんな人間が騎士になるのは、平民が騎士になりあがるより難しい。脛に傷があるわけだからな。とにかく、せめて貴族家の家名を名乗れるようにしなくちゃいけない」

 

 ロスヴィータ氏の説明は端的だった。なにしろ、今回の件は彼女が頼んできたものだからな。『娘にもう一度だけチャンスをやってほしい』と、多額の謝礼金と共に頭を下げられたのだ。

 実際、この提案にはこちらにもメリットがあった。カリーナを手厚く扱っている限り、ロスヴィータ氏はこちらを裏切れない。人質のようなものだ。ディーゼル家とはこれから末永く仲良くしていきたいからな。その弱みを知る人物が味方に付くのは非常にありがたい。

 

「えーと、つまり?」

 

「簡単に言うと、お前の名前がカリーナ・ブロンダンになる」

 

 カリーナには、僕の両親の養子になってもらう。僕とは、義理の兄妹になるわけだな。知り合いの他の騎士家に養子縁組を頼む案もあったが、これが一番手っ取り早かった。決して、義理の妹なんていう素敵存在が欲しくなった僕がこの案をごり押ししたわけではない。あくまで手間を省くためだ。本当だぞ。

 

「実質結婚じゃん」

 

「何か言ったか、小娘」

 

 恐ろしい顔をしたソニアが唸り声を上げた。カリーナはションベンでも漏らしそうな表情になって「何も言ってないです」と即答する。不満げに鼻を鳴らし、僕の頼りになる副官は腕を組んだ。

 

「これはアル様の慈悲だ。その期待に背けばどうなるか、分かっているだろうな?」

 

「う……」

 

 カリーナの顔が青くなった。これは、ソニアが恐ろしいからだけではないだろう。一騎討ちの妨害、百歩譲ってこれは良い。家族を思っての行動だからだ。しかし敵前逃亡は不味い。一般兵なら死罪もありうる重罪である。二度目があるようなら、流石にロスヴィータ氏も僕も庇いきれなくなる。

 

「万一があれば、僕は自分自身の手でお前の首を落とさなきゃならなくなる。義理とはいえ、家族だ。そんなことはしたくない」

 

 カリーナは口を一文字に結んでこっくりと頷いた。それを見て、僕は少しだけ微笑む。

 

「でも、騎士を目指さないという選択肢もお前にはある。戦場なんて、ろくでもない場所だ。そこから離れてカタギの仕事をやる、というのも一つの手だぞ」

 

 正直に言えば、僕としてはカリーナには軍人以外の道を志してほしいという気持ちがある。戦場がどれだけ過酷な場所なのかは、僕も良く知っているからな。

 ガレアは一度も実戦を経験せずに退役できるような平和な国ではないし、戦場に出れば必ず死の危険が付きまとう。たとえ命は失わなかったとしても、精神を病んでしまう人間だって少なくない。そんな不幸な結末を迎えるくらいなら、商人なり教師なりのマトモな職を目指した方がいいような気がするんだよな。

 

「……」

 

「ひと時とはいえ、お前は同じ釜の飯を食った仲だ。これからは、妹にもなる。たとえ騎士以外の道を目指すとなっても、お前を放り出したりはしない。……どうする?」

 

 しばしの間、カリーナは黙り込んだ。ロスヴィータ氏もソニアも、何も言わない。おしゃべりをしながら食事を楽しんでいた他の騎士たちさえ、空気を読んで口を閉じていた。食卓に着くすべての人間の視線が、カリーナに集中していた。

 

「私は……私は、騎士になります。汚名を着たまま逃げ出したら、私はずっと腐ったままです。……どうか、私に汚名を晴らす機会をください」

 

 絞り出すような声でそう言ってカリーナは立ち上がり、深々と頭を下げた。僕は少し笑って、ソニアに目配せをした。カリーナは彼女を怖がってるみたいだからな。無理に仲良くする必要はないが、ソニアがむやみに厳しいだけの人間でないことは分かってほしい。

 

「よろしい。では貴様を我々の仲間と認めよう。まずは見習いからだがな……よろしいですか? アル様」

 

 こういう時に、即座にこちらの意図を汲んでくれるのがソニアの素晴らしい所である。柔らかな声でそう言ってから、ソニアは僕に肩をすくめて見せた。カリーナが湿った声で「ハイ」と答える。

 

「では、妹よ」

 

「はい、なんでしょう? お兄様」

 

 お兄様!! 僕は小躍りしそうになった。前世は男兄弟しか居なかったし、現世は一人っ子だ。妹というだけでファンタジーみたいなものなのに、相手はロリ巨乳ウシ娘と来ている。天国か? ここは天国なのか?

 気持ちは滅茶苦茶に浮ついていたが、まさかそれを態度に出すわけにはいかない。僕は厳粛な顔で言った。

 

「午前中は座学。午後からは基礎体力の錬成だ。泣いたり笑ったりできなくなるまでみっちりやるからな、覚悟しておけよ」

 

「ぴゃあ……」

 

 カリーナの顔色がまた青くなった。隣のロッテはニヤニヤ笑ってる。……でも、カリーナのことだからな。たぶん友人であるお前も他人事じゃすまないぞ。まあ、訓練を受けさせる手間は一人も二人も大差ない……どころか二人いた方が楽ですらある。二人とも、せいぜい鍛え上げてやろう。

 妹だろうが何だろうが、甘い顔をするわけにはいかない。それは本人のためにならないからな。心を鬼にして、厳しい訓練を課す必要がある。……とはいえ僕はやるべき仕事がいっぱいあるから、教官役は手すきの騎士たちに任せるしかないがな。これだから責任のある立場は嫌だね。



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第87話 くっころ男騎士と不仲な親子

 朝食を終えた僕は、カリーナ(とおまけのロッテ)を暇そうにしている騎士におしつけ、厩を訪れていた。今日は丸一日かけてカルレラ市周辺の農村を視察して周る予定だった。

 なにしろ、僕が代官に就任してからすぐに戦争の準備が始まったからな。各村の村長との顔合わせも終わってないんだよ。それに、税やら蛮族・盗賊の対策やら、話し合うべき話題はいくらでもある。こう言った地道な仕事も、代官の重要な業務の一つだ。

 

「……」

 

 さっさと出発して日の出ているうちに帰ってきたいなあ、なんて思いつつ忙しそうに働く馬丁たちの動きを目で追う。ちょっとした手違いがあり、馬の準備が遅れているらしい。

 気分は少し急いていたが、現場の人間に過度なプレッシャーをかけても良いことはない。のんびりとした表情を心掛けつつ、ぼんやりと物思いにふける。

 

「アル様」

 

 少しして、後ろから声がかけられた。聞きなれたハスキーボイスだ。振り向くと、案の定ソニアがいた。その顔には苦悩が浮かんでいる。カリーナの件……ではあるまい。そのことについては、彼女とも事前によく話し合っていた。

 

「どうした。……王都行きの件か?」

 

「はい」

 

 予想通り、ソニアは深く頷いた。まあ、顔を見れば大体わかる。

 

「オレアン公が座してこの状況を受け入れるとは思いません。御身に危機が迫ることがわかっているというのに、この私が同行できないというのは……」

 

 話題を気にしてか、ソニアは周囲に聞こえないような小さな声で言った。少しだけ掠れた彼女の声音は、妙にセクシーだ。それが耳元で囁かれるのだから、いろいろと堪らないものがある。

 

「確かに、今回の件だけで奴の陰謀のストックが尽きたとは思えない。間違いなく何か仕掛けてくるだろうが……」

 

 相手は国内有数の大貴族であり、合法・非合法を問わず様々な手段を取ることが可能だ。どれだけ警戒しても足りるものではない。確かに、できればソニアには近くに居てほしい状況ではある。

 とはいえ、リースベン領を放置するわけにもいかないからな。リースベンの周りにもオレアン公派の領主はいる。しかもこの頃、森に潜む蛮族どもの動きが妙に静かなのだという。食料や男を求め、隊商や村落に頻繁に襲撃をかけてくるのが蛮族どもの平常運転だ。それが大人しくしているというのだから、逆に不気味さを感じてしまう。何が起こっても対処できるよう、リースベンには信用できる指揮官を残しておきたい。

 

「それに、警戒すべきなのはオレアン公だけではありません」

 

「というと?」

 

「我が母、スオラハティ辺境伯です。この時期はおそらく、王都に滞在しているはず」

 

「……その人は味方では?」

 

 ソニアの母親、スオラハティ辺境伯は僕の支援者の一人だ。彼女が統治するノール辺境領は北は北洋協商同盟、西を神聖オルト帝国に接している。我が国に敵対的なこの二国を同時に抑えられる重要な地を統治しているスオラハティ辺境伯は、国防の要といっても過言ではない。

 そんな重鎮貴族の一人であるスオラハティ辺境伯だが、実のところ僕にとっては最も重要な支援者だと言っていい。僕がアデライド宰相の部下になったのも、宰相と同じ派閥に属していたスオラハティ辺境伯の斡旋だ。

 

「……それがヤツの策なのです。味方ヅラをして警戒を解き、その隙に毒牙を突き立てる! そういう策なのです。気を許すべきではありません」

 

 そんなことを力説するソニアだったが、正直なところ僕としては辺境伯にそれほど悪い印象は抱いていなかった。スオラハティ辺境伯はソニアを通じて幼少期に知り合ったわけだが、何の実績もないただの子供だった僕の話を真剣に聞いてくれたことをよく覚えている。成人してからも様々な便宜を図ってくれたため、僕としては頭の上がらない人物である。

 もちろん、気前のいいだけの人物ではないだろう。それなりの利益を見込んだからこその便宜だろうし、実際に僕からもライフルやら信号弾やらの技術を渡している。しかし、協力関係なのだからギブアンドテイクは当然だ。

 それに、利得を抜きにしてもスオラハティ辺境伯にはいろいろ良くしてもらっている。辺境伯が王都に逗留する際は、かならず僕や僕の家族を自身の邸宅に招き、手厚く歓迎してくれるくらいだ。ヒラの宮廷騎士の家でしかないブロンダン家と隔意なく家族ぐるみの付き合いをしてくれるほどなのだから、その度量の広さは尋常ではない。

 

「実の母親だろうに、そこまで言わなくても」

 

 しかし、ソニアとスオラハティ辺境伯の関係はよろしくない。家庭のことだから詳細は聞けていないが、半絶縁状態になっているという。まあ、そんな状況でもなければ大貴族の長女であるソニアが、ヒラの騎士でしかなかった僕の副官なんかやってるはずもないのだが。

 ……長女、長女なんだよな、ソニア。本来ならば、彼女が次代のスオラハティ辺境伯だったはずだ。僕なんか、顎で使える立場だろうに。本当になんで僕の下についてるのかさっぱりわからん。

 

「実の母だからこそ、です。自分が入っていた腹ですからね、その中身がどれだけ黒いかは知っていますよ。年甲斐もなく色ボケた性悪女! まったく、許しがたい……」

 

 ソニアの声音にはひどく昏い感情が籠っていた。実の親子だろ、仲良くしろよ……なんて無責任なことは言えない。親子だからこそ拗れてしまうこともある。世の中、円満な親子ばかりじゃないからな。

 

「わかった、とにかく注意はしておこう。たしかに、歴史を紐解けば味方だと思っていた相手に背中を刺された例なんか腐るほどある。どれほど警戒しても、したりないということはないだろうからな」

 

 まあ、逆に裏切りを警戒するあまり部下を粛正しまくって、結果自身も没落する羽目になった例も腐るほどあるがな。大事なのはバランスだろう。

 

「ええ、その通りです。アル様を狙う不埒な輩はそこら中にいますからね」

 

「偉くなるのも考え物だな。出る杭は打たれるというヤツか」

 

「偉くというか、エロくというか……」

 

 ソニアの最後の言葉は、声が小さすぎて何を言っているのかわからなかった。しかし、聞き返す前に馬丁がこちらに走ってくるのが目に入る。

 

「お待たせしました! 準備完了です!」

 

「ああ、ありがとう。今行く」

 

 今日は複数の農村を回る予定だから、早く出ないと夜までにカルレラ市に帰ってこられない。僕はソニアに一礼して、愛馬の元へ向かおうとする。

 

「……おや、アル様。その短剣はいったい?」

 

 しかしそこで、ソニアが声をかけた。彼女の目は、僕の剣帯に装着された短剣に向けられている。……アーちゃんの雷の短剣だ。一度は受け取り拒否をした代物であるが、結局別れの日に強引に押し付けられてしまった。希少な武器なのは確かなので、ありがたく使わせてもらうことにした。

 

「戦利品だよ。あの先帝陛下から引っ剝いでやった」

 

「……そうですか」

 

 ソニアの目がすっと細くなる。なんだかコワイ雰囲気だ。僕はあいまいな笑みをうかべてから、そそくさと彼女の元から逃げ出した。



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第88話 メスガキ騎士と猥談

 それからの日々は、慌ただしく過ぎていった。私、カリナ・フォン・ディーゼル……改めカリーナ・ブロンダンは、毎日毎日気絶寸前になるほどの強烈な訓練が課され、へろへろになっていた。

 

「ふひい……」

 

 代官屋敷の中庭にある練兵所で、私はぶっ倒れていた。訓練着はちょっと絞るだけで大量の水気が出てくるほど汗でべちょべちょだ。アルベール、もといお兄様の『泣いたり笑ったりできないようにしてやる』という言葉は脅しでもなんでもなく、その訓練内容は凄まじいものがあったわ。

 朝は日が昇る前から起床ラッパ(と、お兄様が剣の鍛錬で上げる謎の奇声)でたたき起こされ、ランニングやら腕立て伏せやら水泳(今まで泳いだ経験なんてなかったから、危うく溺れかけた)やら様々なトレーニングをやらされる。しかもその合間合間に計算問題をやらされるのだからもうびっくりよ。疲労困憊状態でも頭を働かせられるようにするための訓練……らしいけど。

 訓練はバカみたいに厳しいし、おまけにベッドシーツのシワや軍靴の汚れに対してまでいちいち文句を言われる。そこらの貴族の子弟なら癇癪を起しそうなほどのひどい生活環境だけど……私は充実していた。

 

「ふへへへ……」

 

 自然と笑みがこぼれる。脳裏に浮かぶのは、当然お兄様の顔。なにしろ兄妹だ。スキンシップと称してセクハラしても許される間柄である。実際、休憩時間にちょっとベタベタしてみても、お兄様は嫌がらなかった。結婚云々は勘違いだったけど、これはこれで最高でしょ。やっぱり私、大勝利じゃない。

 

「エロくて綺麗な兄なんて、もうファンタジーみたいなもんでしょ。(エロ)本じゃないと許されないヤツだと思ってたわ」

 

 隣に転がっているロッテに自慢する。たんなる小間使いだったはずの彼女は、気付けば私と同じ訓練兵のような扱いを受けていた。給金が上がると聞いて、二つ返事で了承してしまったらしい。

 

「カリーナはそればっかりッスねえ」

 

 ロッテは私を呼び捨てにする。相手は平民、そして私は伯爵令嬢。以前なら、絶対こんな言葉遣いは許さなかった。でも今は、自然と受け入れられる。一からやり直さなきゃいけない、という意識があるせいだろう。ま、そもそも今の私は偉そうにできる立場じゃないけどね。

 

「羨ましくない?」

 

「……ショージキ、羨ましいッスね!」

 

「でしょ! 堂々と抱き着いても許されちゃうのよ、私!」

 

「い、一日代わってほしいッス……」

 

「駄目に決まってるでしょ」

 

 お兄様はスケベだ。もちろん、スケベなのは性格じゃなくて雰囲気が、よ。ただでさえ妙な色気があるのに、平気で薄着になる。露出が増えても全く頓着しない。たぶん、女社会である軍隊に慣れ過ぎて感覚がマヒしてるんでしょうね。

 でも、こちとら思春期真っ最中。目の前にそんなスケベな男がいたら、当然痴的好奇心をくすぐられてしまう。私も、もちろんロッテもそうだ。私たちの間で交わされる猥談の主役は、とうぜんいつもアルベールお兄様だった。

 

「いやー、しかし……ごつい男って、正直あんまり興味がわかなかったんだけどね、気付いたらなんかイケるようになってたのよね。むしろアレがいいっていうか……」

 

 鍛えているだけあって、お兄様は結構筋肉質だ。着やせするタイプなのか服の上からではわかりづらいけど、薄着になりがちな夏場ともなると誤魔化せない。

 男は小柄で童顔が良い、という風潮は神聖帝国にもガレア王国にもある。そういう意味では、お兄様はあまり一般受けする容姿じゃないんだけど……変に色気があるのよね。綺麗で清純な顔つきなのに、エロいことをしてもなあなあで許してくれそうな雰囲気というか。それが私たちの性癖をおかしくしてるんだと思う。

 

「いや、ほんとそうッスよ。初対面じゃ、なんだこのゴリラ、なんて思ってたんスけど。……女の筋肉はムサいだけなのに、不思議と男の筋肉はエロい。なんなんスかね?」

 

「アンタそれヴァルヴルガさんに聞かれたらシバかれるわよ……」

 

 ロッテの保護者である熊獣人を思い出しながら、私は唸った。あの人は、母様と並んでも見劣りがしない素晴らしい筋肉を持っている。

 

「今日は朝から屋敷を出てるので大丈夫ッスよ」

 

 しかし、ロッテはヘラヘラしていた。この娘、妙なところで肝が太いのよね。いや、休憩中とはいえ練兵場の真っただ中で堂々とこんな話をしている私も大概なんだけど。

 

「話は戻るッスけど、やっぱりさわり放題ってのはマジで羨ましいッスね。こう、首筋とか、スーッと指先で撫でたりしてみたいんスけど。それでちょっと、エロい声とか出されちゃったりして」

 

「あー、確かにそれはイイかも」

 

「自分よりデカい男をテクニックだけで鳴かせまくるのも、結構ロマンだと思うんスよ。お前なんて指先一つでメロメロだぜ、みたいな……」

 

「焦らしに焦らしまくって、自分から挿入をせがませるくらいはやりたいわよね。ワカルワカル」

 

 なんて話していると、足音が近づいてきた。慌てて体を起こすと、私たちの教官役の騎士がいた。お兄様の部下の一人、ジョゼットさんだ。

 

「君たちねえ……さっきから聞いてれば、まったく馬鹿らしい」

 

「アッスイマセン!」

 

「気の迷いです! ごめんなさい!」

 

 自分たちの上官で卑猥な妄想をするなど、許されるはずもない。お兄様の部隊では鉄拳制裁は禁止されているけど、罰走くらいはやらされるかもしれない。私たちは顔を青くした。

 

「アル様のあの凛々しいお姿を見て、そんな感想しか出てこないの?」

 

「ごめんなさい」

 

「そんなアル様にご奉仕される、そういうシチュがいいんじゃないの」

 

「は?」

 

「仕事とベッドで主従が入れ替わる、こんなに興奮するシチュエーションは無いと思うのよ」

 

 ……わかる! でも、まさかお兄様の腹心のひとりがこんな馬鹿らしい話題に乗ってくるなんて思わなかったから、私の頭は真っ白になっていた。

 

「あの……怒らないんですか? 私たちのこと」

 

「そりゃ、本当なら るべきだけど……」

 

 ジョゼットさんは怒ったような顔で言った。

 

「私をふくめた騎士隊のみんなが、子供のころからアル様と一緒に訓練を受けたのよ? 同性みたいな距離感で話しかけてくる異性が四六時中傍にいたら、そりゃあ性癖もめちゃくちゃになるというものよ! 劣情を抱かれても、そりゃあアル様の自業自得なのよ!」

 

「ああ……」

 

「あなた達を叱ろうにも、私を含めてみんな一度はアル様をオカズにした経験があるのよ。今さらどのツラ下げて説教しろって話よね。もはや通過儀礼みたいなものなのよ、アル様でエロい妄想をするのは」

 

 ……い、いやな通過儀礼もあったものねえ。



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第二章 王都内乱
第89話 くっころ男騎士と王都再び


 あっという間に、王都に向かう日が来た。もともとリースベンに配備されている一騎とアデライド宰相が寄越した二騎、合計三騎の翼竜(ワイバーン)に分乗し、僕たちは空の旅を開始する。

 結局、王都行きのメンバーは僕とカリーナ、ロッテ、そして部下の騎士のジョゼットの四名に決まった。ロッテを連れて行くのは、カリーナの精神安定のためだ。この頃必ずカリーナとロッテを一緒に行動させているのも同じ理由だったりする。

 なにしろ、カリーナにとってうちの部隊は敵中みたいなもんだからな。結構な精神負荷がかかっているはずだ。敵味方の感覚が薄い民間人、かつ獣人のロッテが近くに居れば、ガス抜きになるだろうという判断だ。人間ってやつは簡単に病んじゃうからな、注意はいくらしてもしたりない。

 ついでにロッテの教育も出来るんだから一石二鳥だ。あいつ、現状では四則計算も文字の読み書きもできないからな。この世界では義務教育なんてないから、上流階級の人間以外みんなこんなものではあるんだけど……。個人的には、やはり気になる。

 

「ぴゃあ……」

 

「うひぃ……」

 

 それはさておき、王都である。馬なら半月かかる旅程も、翼竜(ワイバーン)なら二日に短縮可能だ。しかしその代わり、翼竜(ワイバーン)の乗り心地は非常に悪い。着陸したとたん、カリーナもロッテも地面にへたりこんでしまった。

 

「ほーら、持ってきてよかっただろ、おしめ(・・・)。昨日に引き続き今日も大活躍だ」

 

 げらげら笑いながら、翼竜(ワイバーン)の騎手が二人に話しかける。翼竜(ワイバーン)騎兵たちは旅の直前に、おしめを用意するよう言ってきた。なんでも、フライト中に恐怖のあまり失禁してしまう者がそこそこいるのだという。ま、鞍を汚されちゃたまったもんじゃないからな……。

 

「も、漏らしてないわよぉ……」

 

「へ~え? 本当か?」

 

「本当! 本当だって!」

 

 顔を真っ赤にするカリーナだが、彼女だけを責めることはできないだろう。カリーナと同じ鞍に跨っていた(本来翼竜(ワイバーン)は二人乗りだが、二人とも小柄ということで強引に三人乗りさせられていたのだ)ロッテも同様の状態だからな。ロリ二人ほどではないにしろ、ジョゼットも顔色は悪い。

 空の旅はすでに二日目だが、一回くらいで慣れるものではないという事か。確かに、ロープ一本で不安定な鞍の上に固定され、地上から数千メートルの高度を飛行するわけだから怖くないはずもない。しかも翼竜(ワイバーン)は竜種としては比較的小柄なため飛行時の安定性も低く、ちょっとした突風で振り落とされそうなほど揺れる。

 

「アルベールさんは平気そうですね」

 

 僕が乗っていた翼竜(ワイバーン)の騎手が、妙につまらなそうな顔で言ってくる。僕に関しては、前世でヘリコプターに箱乗りしたりロープ一本で地上に降下したりした経験があるからな。この世界の人間よりは高さに対する恐怖心は薄い。

 

「見苦しい姿をさらさないよう、やせ我慢してただけだよ」

 

「ちぇっ、抱き着かれたりするんじゃないかって期待してたのになあ」

 

 騎手は唇を尖らせてそういった。……彼女は野性味のある雰囲気の美人さんだ。正直、抱き着いていいなら僕だって抱き着きたい。とはいえ世間体もあるし、何より前世から持ち越した価値観がそれを許さない。

 

「それはさておき、久しぶりの王都なわけだけど……」

 

 視線を北へ向ける。僕たちが降り立ったのは、王都からやや離れた場所にある小高い丘だ(流石に都市部に直接着陸するような真似はできない)。ここからなら、王都全体を一望することができる。

 頑丈な外壁によって幾重にも守られたその街は、まさに城塞都市を名乗るにふさわしい威容だ。しかし外壁の内側には、垢ぬけた瀟洒(しょうしゃ)なデザインの白い石造りの住居が並んでいる。無骨さと優雅さが同居した奇妙な大都市、それが王都パレア市だった。

 

「……今日中に入れるかちょっと怪しいな」

 

 大陸屈指の大都市である王都だが、それ故に往来も激しい。外壁に設けられたいくつもの街門からは、某テーマパークでもそう見ないような長さの長蛇の列が伸びている。真面目に列に並んでいたら、間違いなく街へ入る前に日が暮れてしまうだろう。

 

「わざわざ待たなくても、衛兵に事情を伝えればすぐに入れるのでは?」

 

 騎手が当然の疑問をぶつけてくる。僕は一応貴族だし、その上今回は王命で招集されたわけだからな。本来なら顔パスのはず……ではあるのだが。

 

「これでも政敵が多い身でね。いろいろ注意が必要なんだよ」

 

 とはいえ、衛兵の中にはオレアン公の手の者が混ざっているはずだ。監視されるだけならまだいいが、なにかしらの妨害を仕掛けてくる可能性も高い。何しろ僕は、オレアン公が手に入れるはずだったミスリル鉱脈を横から掻っ攫っていったわけだからな。相当恨まれているに違いない。下手をすれば暗殺すらありうる。

 リースベンを押し付けてきたのはお前だろ! と言いたいところだが、そんな正論が通じる相手でもあるまい。とにかく、向こうの思惑通りの動きをするのは危険だ。平民に変装してこっそり街に入る、くらいの警戒はすべきだろう。

 

「なるほどねえ。女爵どのも大変だ」

 

 騎手は腕を組んで唸った。彼女もアデライド宰相の配下だ。ある程度の事情はなんとなく察しているのだろう。

 

「とはいえ、政治は宰相閣下の得意分野。きっと何とかしてくれるでしょうよ」

 

 そう言って騎手は、視線を下へと向けた。そこには、馬に乗って丘を登ってくる一人の女性の姿があった。おそらくはアデライド宰相が寄越した迎えだろう。こちらに向かって手をぶんぶんと振っている。



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第90話 くっころ男騎士と重鎮辺境伯

 予想通り、馬の主はアデライド宰相からの使者だった。彼女が言うには、スムーズに王都に入ることができるよう準備をしてあるらしい。僕たちは翼竜(ワイバーン)騎兵隊と別れ、使者殿の案内を受けてその場を後にした。

 最悪の場合、この使者殿がオレアン公からの刺客ということも考えられる。突然襲い掛かられたり、あるいは伏兵の潜んだ場所に誘い込まれる可能性を警戒していたが……幸い、それは杞憂だった。彼女に案内された先にいたのは、馬に跨った騎士の一団に護衛された立派な馬車だ。

 

「ああ、なるほど」

 

 騎士隊の掲げた旗には、剣と盾の紋章が描かれている。見覚えのある家紋だ。スオラハティ辺境伯家……すなわち、ソニアの実家だ。

 一団からやや離れた場所で待たされていた僕たちだったが、すぐに馬車の中から一人の女性が降りてきて、こちらに向かってくる。後ろには数名の護衛らしき騎士が続いていた。

 

「久しいな、アル! 一年ぶりか」

 

 そういって女性は、親しげに僕の肩を叩いた。ソニアと同じ蒼い髪を長く伸ばし、シックだが高級そうな狩猟服を纏った彼女こそ、ガレア王国の四大貴族に数えられる重鎮中の重鎮……ノール辺境伯カステヘルミ・スオラハティその人である。

 ソニアの実の母親でもある彼女の年齢は三十代の中頃ほどらしいが、ソニアの姉妹を名乗っても違和感なく納得できる容姿だった。竜人(ドラゴニュート)只人(ヒューム)よりも加齢の遅い種族だが、辺境伯はその中でも特別若々しい。

 

「去年の夏に会って以来ですね。ご壮健そうで何よりです」

 

「まあ、身体には気を付けているからな。……しかし、一年か。君は歳を重ねるごとに魅力的になっていくな。おいて行かれそうで怖いよ」

 

「ご冗談を。僕が子供のころから、辺境伯殿は変わらずお美しいですよ」

 

 僕よりやや高い位置にある彼女の顔を見上げながら、僕はそう言い返す。お世辞ではない。前世の記憶を持ち、それなりの分別のあるガキだった僕ですら危うく恋に落ちそうになってしまったことを良く覚えている。流石に相手の立場が立場なんで自重したけどな。

 

「まったく口が上手い」

 

 満面の笑顔を浮かべたスオラハティ辺境伯はもう一度僕の肩を叩いた。そして視線を僕の後ろに移す。

 

「そちらの牛獣人の子が、報告書にあったカリーナちゃんかな?」

 

「はい、そうです」

 

「えっ、ええと! 初めまして、カリーナ・フォン……いや違う。カリーナ・ブロンダンです」

 

 辺境伯はまだ名乗っていないが、彼女の家紋は神聖帝国でも有名だ。気持ちの準備ができていなかったところに突然とんでもない大貴族と遭遇したものだから、カリーナはカチカチに緊張していた。

 ちなみに、その相方であるロッテのほうはジョゼットの後ろに隠れて微動だにもしていない。下手なことをして打ち首にでもされたらたまらないと思っているのだろう。彼女のような平民からすれば、大貴族なんて存在は理不尽の権化のように思えても仕方がない。ジョゼットはジョゼットで、何とも言えない曖昧な笑顔を浮かべながらロッテの頭を撫でている。

 

「ノール辺境伯、カステヘルミ・スオラハティだ。そう緊張する必要はないぞ、君が騎士としての本分を守る限り、私は君を自分の身内として扱おう。なにしろアルの妹になるんだからな」

 

「はい、アリガトウゴザイマス」

 

 出来の悪いロボットのような動きで、カリーナはカクカク頷いた。そしてスススと僕に寄ってくると、耳打ちする。

 

「と、とんでもない大物が出てきたんだけど、いったいどうして!?」

 

「えーと、なんというか……スオラハティ辺境伯は、僕の二人目の母親みたいなもんで……昔からいろいろお世話になってるんだ、剣術や兵法を教えてくれたりね」

 

「どちらも教える必要がなかったじゃないか。剣も盤上演習も、アルが十三になる頃には私より強くなっていた」

 

「えーと、ハハハ……」

 

 なにしろどっちも前世からやってたからな。でっかい下駄を履いてるわけだからそうそう遅れは取らない。とはいえ、前世式の剣術や戦術をこの世界に合わせてアレンジすることが出来たのは、辺境伯が我慢強く僕の鍛錬や勉強に付き合ってくれたからだ。

 

「……そういや、スオラハティって……もしかして、ソニアも?」

 

「ああ、ソニアは私の娘だ」

 

「ええ……単なる同姓か、せいぜい遠縁だと思ってました……」

 

 スオラハティ辺境伯は少し困ったような表情で周囲を見回し、聞く。

 

「そういえば、ソニアの姿が見えないが?」

 

「申し訳ありませんが、リースベン領を任せてきました。小さな街とはいえ、他に代官名代が出来そうな人間がいなかったもので……」

 

「ああ……なるほど。それはよろしくないな……」

 

 ため息をついて、スオラハティ辺境伯は考え込む。ソニアは母親のことを蛇蝎のように嫌っているが、辺境伯からすれば可愛い娘のままなのだろう。仲直りをしようと話しかけては強く拒否されている。僕からすれば、スオラハティ辺境伯は立派に親としての責任を果たしているように見えるのだが……彼女らの間にある溝は、いったい何が原因なのだろうか?

 

「気の利いた代官経験者を見繕ってきて、そちらに送ろう」

 

「助かります」

 

「大したことではない、気にするな。その代わり……」

 

「ええ、もちろん。次は必ずソニアも連れてきます」

 

「ああ、頼む」

 

 そこまで言ってから、スオラハティ辺境伯は明るい笑顔を浮かべた。

 

「ああ、すまない。私事で時間を取らせてしまった。王都へ入りたいんだろう? 私と一緒に居れば、さしものオレアン公も露骨な嫌がらせはできないよ。安心しなさい」

 

 スオラハティ辺境伯軍は、単純な兵数だけでも王軍に次ぐ国内第二の規模を誇る。強大な政治力を誇るオレアン公も、下手に手出しをすればただでは済まないからな。寄らば大樹の陰、というわけだ。

 

「このために、わざわざタイミングを合わせて狩猟に?」

 

 服装から見て、辺境伯は狩猟の帰りだろう。僕の記憶が確かなら、彼女は狩りがそれほど好きではなかったハズ。僕たちのために、わざわざ狩猟を名目にして王都から出てきたのだろう。

 

「ああ、アデライドに頼まれてな。……アルが恩を感じる必要はないよ? 私もはやく君の顔が見たくてね、先走ってしまった」

 

「やめてくださいよ、照れてしまいます」

 

「ははは……」

 

 少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべてから、辺境伯は路肩に停めてある立派な馬車を指さした。

 

「では、行こうか。アルにはいろいろ聞きたいことがあるから、私と同じ馬車に乗ってほしい。君たちは悪いが、後ろの車両で頼む」

 

 おっと、味方と分断されるわけか。ふとソニアの言葉が脳裏によぎる。辺境伯に気を許すべきではないというアレだ。……とはいえ、今のスオラハティ辺境伯に、僕を害する理由があるとは思えない。彼女が僕を疎んでいるなら、合法的にいつでも僕を斬れる立場にあるわけだからな。それをしないということは、僕はまだ彼女にとって利用価値がある人間ということだ。

 それに、なんだかんだ幼いころから世話になってる人だからな。ソニアと同等の信頼を僕は彼女に置いていた。それに裏切られるようなら、僕の目がどうしようもなく曇っていたということだ。

 

「承知しました」



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第91話 くっころ男騎士と政治の話

 僕が乗せられた馬車は、八頭立ての立派なものだ。当然その客室も広くて快適なものだが、その中に居るのは僕とスオラハティ辺境伯の僅か二名のみ。従卒や使用人はもちろん、護衛の騎士すら同乗していない。

 

「さて、これからの話をしようか」

 

 ふかふかしたシートに腰掛けた辺境伯が、足を組みながら言った。その言葉を合図にしたように、馬車が進み始める。王都付近の街道はすべて石畳で舗装されている。馬車自体もサスペンションが装備されている高級品ということもあり、その乗り心地は(この世界基準では)快適だ。

 

「とりあえず、アルの昇爵は確定した。役職としては城伯、つまりはカルレラ市とその周囲の農村・開拓村を防衛する司令官ということになるが……実質的には独立した領邦と同じだ。現状のリースベンは伯爵領とするには小さいから、子爵相当の爵位になってしまったが」

 

「そもそも、子爵を通り越していきなり伯爵というのはムリな話でしょう。僕が女爵に叙されてから、まだ一年もたってないような状況な訳ですし」

 

 そもそも、爵位なんて奴はぽんぽん上げたり下げたりするような代物じゃないからな。爵位が領地と紐づけられている領邦領主となれば特にだ。

 

「リースベン領が発展すれば、正式に伯爵領に昇格させることができる。カネもモノもヒトもどんどん流すから、どうか頑張ってほしい」

 

「有難き幸せ」

 

 しかし、まったくどうしてこの人はここまで僕に良くしてくれるのかね? たしかに、辺境伯家にはそれなりの利益を供与している。辺境伯軍はすでにライフル銃をはじめとした新兵器の大量配備を進めているし、それに対応した戦術の構築に関しても僕のアドバイスをもとに行っている。

 今の辺境伯軍であれば、王軍とも互角以上に戦えるんじゃないだろうか? 王に忠誠を誓った身でなんてことしてるんだお前は、という話だけど。しかし僕はもともと王都の出身というだけで、ケツモチをしてくれたのはいつだって国王陛下ではなく辺境伯だからな。アデライド宰相にしろ僕にしろ、実質的にはスオラハティ辺境伯が中央での発言権を確保・拡大するための駒に過ぎないわけだ。

 とはいえ、言ってしまえばそれだけだ。たんに自領の軍事改革がしたいだけなら、僕の出世など後押しせずに領地に連れ帰って相談役にでも据えた方が良いだろう。そうなっていないのは、辺境伯が僕(と僕の母親)の『ブロンダン家を有力貴族家にしたい』という願いを聞いてくれたからこそだ。相手は重鎮中の重鎮、こっちの意向を無視して強引に引き抜くこともできるはずなんだがな。

 

「しかし、とうとう僕も独立領主ですか」

 

 ヒラの騎士から出発した僕としては、なかなか感慨深いものがある。神聖帝国ほどの極端ではないが、このガレア王国においても領主の権限は強い。独自の徴税権や軍事権を持ち、一個の国家としてふるまうことを許される。

 もっとも、流石に何もかも自由という訳ではない。国王陛下は僕の領地を保護する義務を持つが、代わりに僕は国王陛下の求めに応じて軍役をこなす義務を負うわけだ。この双務的契約関係が、この世界の封建制度の根幹になっている。

 

「思ったより時間がかかった、というのが正直なところだ。もちろん、アルが悪いわけではないよ。私やアデライドが、君の能力に見合った仕事を用意できなかったのが問題だ」

 

「男の身空でここまでスムーズに出世できることが、まず異例ではありませんか。こんなに有難いことはありませんよ。それもこれも、辺境伯のお力添えあってのことです」

 

 当然だが、ここまで出世できたのはアデライド宰相やスオラハティ辺境伯の強烈なバックアップがあったからだ。たとえ僕の性別が女だったとしても、後ろ盾なしにここまで早く領主にまで成り上がることはできなかっただろう。一生をかけても宮廷騎士のまま終わっていたかもしれない。

 だいたい、今のガレアは比較的平和だからな。盗賊や蛮族を追い回したり、ちょっとした地域紛争を鎮めに行ったりというのが、中央の騎士に課せられる任務だ。このような状況では、大きな出世につながるような成果を上げるのは難しい。

 ……まあ、戦果を上げたヤツを出世させる、という考え方自体僕はあんまり好きじゃないけどな。前世の世界でも、まぐれで大戦果をあげたやつが昇進し軍中枢で滅茶苦茶をやらかした……なんて事態は枚挙にいとまがない。

 

「君にはある程度出世してもらわなくては困るからな……」

 

「……というと?」

 

「いや、気にするな。こっちの話だから」

 

「はあ……」

 

 辺境伯にも何かしらの思惑があるのだろうか? まあ、そうじゃなきゃここまで親身に協力はしてくれないだろうな。何にせよ、辺境伯が事情を語りたがらない以上あまり突っ込んで聞くわけにもいかない。

 

「今はとにかく、目の前の障害をなんとかするのが先決だ。つまりは……オレアン公」

 

「やはり、一筋縄ではいきませんか」

 

「ああ、君の昇爵を決める会議でも随分とゴネていた」

 

 やっぱりオレアン公には恨まれてそうだな、僕は。ひどい逆恨みもあったものだ。

 

「とはいえ、こちらもやられるばかりではない。君がディーゼル伯爵や……例の尊きお方から得た情報をもとに、捜査を進めている。オレアン公はリースベン前代官のエルネスティーヌを処刑して追及を逃れようとしているが、そうはいかない」

 

 尊きお方ことアーちゃんからは、実際のところ大した情報は得られていない。しかし、オレアン公の側近でなければ知りえない情報が神聖帝国へ漏れていたわけだから、その漏洩ルートを予測するのは大して難しいものではない。スオラハティ辺境伯のいい方からみて、犯人の目星はすでについているのだろう。

 

「政治面での闘争ならば、アデライドはなかなかのものだ。それに、私も最大限のバックアップはする。アルは何も心配する必要はない、すべてこちらでよろしくやっておく」

 

「ありがとうございます」

 

 僕はにこりと笑って頷いたが、内心はあまり穏やかではなかった。スオラハティ辺境伯には、オレアン公を追い詰めるだけの自信があるのだろう。しかし下手に敵を追い詰めるとシャレにならない逆襲を誘発する場合がある。窮鼠猫を噛む、というヤツだな。こう言った部分は、軍事的闘争も政治的闘争も同じことだろう。

 

「しかし、オレアン公もなまじの政治家ではありません。どうかお気をつけください」

 

「そうだな。詰めを誤れば、こちらが窮地に陥る可能性もある……」

 

 辺境伯は神妙な顔で頷き、悩ましいため息をついてから視線を窓の外へと向けた。街道の左右には、地平線の彼方まで小麦畑が広がっている。すでに刈り入れはおおかたおわり、畑では大量の麦藁が干されていた。ひどく長閑(のどか)な光景だ。青い空をバックに鳩の群れが飛んでいるせいで、余計にのんびりとしたものを感じてしまう。

 

「……そうだ。せっかくだから、一晩うちの屋敷に泊って行かないか? カリーナや、あの可愛らしいリス獣人の子の歓迎会がしたい」

 

 しばらくの沈黙の後、スオラハティ辺境伯はそんな提案をしてきた。彼女は事あるごとに僕を屋敷に誘う。彼女が王都にやってくる夏のころになると、ほとんど僕は辺境伯邸に泊りがけになるくらいだ。

 

「申し訳ありません。カリーナと僕の両親の顔合わせの件もあります。今日のところは……」

 

「なるほど、それは仕方ないな」

 

 そう言う辺境伯の表情は、なんだか申し訳なくなってくるほど残念そうだった。……しかし、ソニアの忠告を聞いて若干身構えたが、やっぱり全然大丈夫だな。攻撃どころか、セクハラ一つ飛んでくる気配はない。

 この辺りは、さすがソニアの母親だなと思う。マトモで、真面目。必要とあれば荒事も辞さないとはいえ、身内に対しては優しい。よく似ている。やはりこの二人は、僕の知り合いの中でももっとも信頼のおける部類の人たちだ。



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第92話 重鎮辺境伯と寂しい帰路

「それでは、辺境伯様。ありがとうございました」

 

「ああ。万が一ということもある、くれぐれも身辺には注意しておくんだぞ」

 

「はい、もちろん」

 

 アルは笑いながら、私……カステヘルミ・スオラハティの馬車から出ていった。予想通り、王都へはスムーズに入ることが出来た。いかなオレアン公とはいえ、辺境伯たるこの私と正面からコトを構える覚悟はないだろう。今のところ、妨害らしい妨害もない。

 城壁の内側へ入ってすぐ、アルとは別れることになってしまった。いろいろと用事があるらしい。国王陛下も忙しいお立場だから、王都に帰ってきてすぐ謁見というわけにはいかない。それまではゆっくり休んでもらいたいところだが、そうもいかないようだな。まったく、彼はいつ見ても忙しそうにしている。

 

「はあ……」

 

 せっかくの一年ぶりの再会だというのに、話す内容は面白みのない政治やら陰謀やらのことばかり。本当に嫌になる。お互いの近況やとりとめのない雑談なんかの、面白い話題は全く出てこなかった。それが妙に寂しい。晩餐会の誘いも断られてしまった。彼と一緒にとる食事ほど楽しいものはないのに、とても残念だ。

 それ以上の下心がないと言えば、嘘になる。夫と死に別れてからすでに十数年、ご無沙汰なんてレベルじゃない。もちろんセックスはしたいし、それがムリなら添い寝でもいい。彼を屋敷に招くと必ずそんな考えが沸いてくるが、そのたびにソニアの顔が脳裏にちらついて毎回何もせずに帰してしまう。

 去っていくアルの背中を、馬車の窓から眺め続ける。彼が見えなくなった辺りで、馬車は再び動き始めた。ああ、寂しい。別れたくない。アルについていきたい。

 

「……」

 

 自分以外誰も居ない馬車の客室で、私は天を仰いでもう一度ため息をついた。気持ちを持て余しているような感覚が、ずっと私の心を苛んでいた。

 彼……アルベールと出会ったのは、彼が五歳、私が二十歳の時だった。当時、ソニアはひどく荒れていた。一年前に父親、つまりは私の夫が流行り病で亡くなったせいかもしれないし、同年代はおろか年上の少女騎士たちですら相手にならないような天性の剣の才能に慢心していたせいかもしれない。

 とにかく、あの時のソニアは私の手に負える状態ではなかった。『中央の気風を学ばせる』などという建前で、本領であるノール辺境領から遠く離れた王都の幼年騎士団に入団させたほどだ。幼年騎士団というのは、騎士志望の子供たちとベテランの教導騎士たちが集団で訓練し、騎士としての所作や戦技を数年かけて学ぶガレア貴族特有の風習のことだ。

 

「あの頃はひどかった……」

 

 ソニアの荒れようは尋常ではなかったし、私自身夫の死を乗り越えられず鬱々とした日々を送っていた。思い出すだけで寒気がする。

 そんな日々を送る中、幼年騎士団にソニアを預けるために王都を訪れた私は妙な話を聞いた。やたらと剣が強い男の子が居るというのだ。興味を引かれた私は、娘とともにその男の子……つまりはアルに会いに行った。ソニアと立ち会わせてみると、なんと娘は一撃で負けたのだ。私はひどくショックを受けた。一目ぼれだった。

 

「……」

 

 思えば、私は子供のころからちょっとおかしい所のある女だった。ガレアに伝わるおとぎ話に、『赤の聖騎士』というものがある。悪い魔法使いに攫われた王子様を騎士が助けに行く、たわいのない童話だ。私はこの『赤の聖騎士』が大好きだった。

 しかし、私が感情移入していたのは騎士などではなく、王子様のほうだった。騎士を待つ王子様の気分になって、いつもドキドキしながら絵本を読み進めたものだ。

 それに気づいた母(つまりソニアの祖母)は私を殴りつけ、それでも次期辺境伯かとひどくなじった。あれほど傷ついた出来事は他にない。

 

「今からしてみれば、母も悩んでいたのかもしれないが……」

 

 とにかく、その事件を機に私は自分の性癖を隠しはじめた。私は一人っ子で、辺境伯を継げるものは他に居なかった。マトモな女のフリをする必要があった。成長していくにしたがって、『守るより守られたい』『手を引くより手を引かれたい』なんて思っている女では貴族家の当主は務まらないことに気付いてしまったからだ。

 それでも未練がましく夫(当時は許嫁だったが)に甲冑を与えて剣を振らせたりしてみたが、最終的に夫には「もう許してほしい」と泣きながら懇願されてしまった。只人(ヒューム)は、男は……心も体も戦うようにはできていないのだ。流石に申し訳なくなって、それ以降私は自分の性癖を完全に封印した。

 

「……」

 

 その封印を完膚なきまでに破壊してしまったのが、アルだった。彼は強く、優しく、そして賢明だった。私は極星に感謝した。ああ、彼こそが私の騎士様だったのだと、そう思った。

 しかし当時の彼はまだ五歳、ソニアと同い年だ。まさか手を出すわけにもいかない。私は彼の母に頼み込み、彼を自ら教育することにした。自分好みの男に育てるためだ。結果的に、アルは私の好みど真ん中の青年に育ってくれた。

 アルが十五歳になった日、私は彼の寝床に突撃しようとした。アルはどんどん魅力的になっていくというのに、自分はそれに反比例するように年老いていく。それが恐ろしかったからだ。私はアルを抱きたいのではなく、アルに抱いてもらいたかったのだ。出会った時には気にも留めなかった年齢の差が、私にとっての最大の問題になっていた。

 

「……あれは悪いことをした」

 

 アル用の女性用礼服と自分用の男性用ドレスまで用意して実行した夜這いだが、あえなく失敗した。なぜかアルの隣の部屋に潜んでいたソニアに迎撃され、窓から投げ落とされてしまったからだ。あとはもうひどいものだ。マウントを取られ、ボコボコになるまで殴られた。相手は王都の剣術大会で優勝するような天才だ、自身の衰えを自覚し始めた私が勝てるはずがない。

 私は、ソニアもアルのことが好きだったという事実にそれまで気づいていなかったのだ。私は自身の不明を恥じたが、事態はすでに手遅れになっていた。ソニアのほうは、私がアルに向ける熱っぽい視線に気づいていたらしい。夜這い事件を機に、ソニアは家を出ていった。

 

「ソニア……」

 

 ソニアは優秀な娘だ。政治・軍事ともに突出した才能を持つ、百年に一度の天才。彼女の下にも双子の娘がいるが、どちらも『それなりに優秀』以上の存在ではない。次の辺境伯は、絶対にソニアに任せたい。私は妥協することにした。本当ならアルには私の後夫になってもらうつもりだったが、正式な結婚相手はソニアとする。そして裏では私の愛人にもなって貰う。ベストではないが、ベターな未来だった。

 辺境伯の夫として相応しい地位をアルに与えるべく、私は彼の出世を強力に後押しした。そのことはソニアにも伝えている。にも関わらず、彼女は私の元に帰ってこない。次期辺境伯よりもアルの副官としての立場の方が魅力的だと感じているのだろうか? それとも、まだ私に対する怒りが収まっていないのか……。そう考えると、私は胃にジリジリとした痛みを覚えた。

 

「はあ……」

 

 何にせよ、時間はない。ソニア、早くアルと結婚してくれ。アルが抱きたくなるような女で居続けるべく、美容には金も時間もつぎ込んでいる。しかしそれにも限界があるだろう。手遅れになる前に、どうか私に機会をくれ。もう一人寝はいやなんだ。寂しいんだ。

 ソニア、我が娘よ。あまりノロノロするんじゃない。私はお前が「なんだあのナマイキな男は」と地団太を踏んでいたころから、アルに恋をしていたんだ。私の方が先に好きだったんだから、優先権は私にあるはずだ。違うか? いよいよもう限界だ。もう一年待つくらいなら、私はお前と決定的に決裂してでもアルに抱かれに行く。後は野となれ山となれ、だ。



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第93話 くっころ男騎士と実家

 スオラハティ辺境伯と早々に分かれたのには、それなりの理由がある。王都に戻って来たからには、あいさつ回りをしなくてはいけない場所が沢山あったからだ。

 なにしろ、ディーゼル伯爵家との戦争で僕は少なくない数の配下を失った。十分な教育を受けた騎士というのは重要な戦力であって、予断を許さない現状においてはまっさきに補充すべき人材と言える。

 知り合いの一線から引いた騎士を訪ねて、親族や部下からリースベンに移住しても構わないという騎士を探してもらうのだ。僕の知り合いの騎士と言えば大半が宰相派閥の宮廷騎士だから、この辺りは話が早い。本当ならアデライド宰相に直接頼むべきなのだが、彼女もオレアン公対策で忙しいらしいからな。自分でできることは自分でやる、そういう判断だった。

 

「よーし、お疲れ様」

 

 そう言う訳で、僕たちが今日宿泊予定の場所……つまり、僕の実家に到着したのは、西の空が赤く染まった時間帯だった。

 アッパータウンとダウンタウンの間にある微妙な地区に建った、ちょっとした庭付き普通の二階建て住宅。それが僕の実家だ。これより大きな家に住んでいる平民だって、決して珍しくはないだろう。それでも、久しぶりの実家だと思うと高級ホテルに泊るよりも嬉しいものだ。

 

「よく帰って来たな! よーし、まずは駆け付け一杯だ!」

 

 僕を出迎えた母上は、すでに出来上がっていた。ダイニングルームの真ん中にデンと据え付けた酒樽から柄杓でワインを掬い、直接飲んでいる。うわあ、なんて声が自然と出た。僕も呑兵衛具合では人のことを言えた義理ではないが、流石にこれはどうかと思う。

 母上は……なんというか、山賊の頭目のような雰囲気を漂わせた女傑じみた人物である。スオラハティ辺境伯とは同世代のハズだが、似ても似つかない。どちらかといえば、前ディーゼル伯爵……ロスヴィータ氏に似たタイプだった。

 

「今朝からもうずっとこの調子で……止めはしたのですが」

 

 そんなことを言うのは、僕が生まれる前からブロンダン家に仕えている老男中(だんちゅう)(要するに女中の男性バージョン)だった。その顔には、ひどく申し訳なさそうな表情が浮かんでいた。

 

「止めて止まるような人じゃないから……」

 

「お客さんも来てるのに……すまない、本当にすまない」

 

 頭を抱えながら、父上が言った。蛮族の戦士ですと言っても十人中十人が納得しそうな母上と違い、こちらは洗練された雰囲気を漂わせる紳士(もちろん、この世界基準の)そのものだ。しかし、やはりこちらも苦り切った表情をしている。

 

「母上が平常運転でむしろ安心しましたよ」

 

 まあ、この人は僕が物心ついた時からこんな感じだ。いちいち気にしていたら身が持たないので、柄杓を受け取ってぐっと飲み干す。……かなり上等のワインだな。祝い酒って訳か。

 

「ワッハハハ! そう来なくちゃな。さあさ、お客人も座れ! 今日は宴だぞ! 飯もってこいメシ!」

 

 などと言って、母上は強引に僕たちを席につかせる。カリーナとロッテは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしていたが、幼馴染のジョセットは慣れたもので酒杯を受け取りすでに一杯やりはじめている。

 

「お前がカリーナだな? 話は聞いてる。アタシはデジレ。デジレ・ブロンダン。見たらわかると思うが、アルの母親だ」

 

 どっちかというと僕は父親似だよ! ……まあ、性格は母親似なんていわれるけどな。解せぬ……。

 

「アッ、どうも……カリーナです。ヨロシクオネガイシマス」

 

 ガチガチになりながら、カリーナは頭を下げた。小さなツノが二つ生えたその頭を、母上は軽くひっぱたいた。

 

「ほかでもないアルの頼みだ。アタシの娘になるのは認めてやろう。が、ブロンダン家の一員になる以上、ナメたことをしでかしたら問答無用でブチ殺すからな、調子に乗るんじゃねえぞ小娘!」

 

「ぴゃっ!?」

 

 ノリがもうマフィアかギャングなんだよな、この人。まあこんな脳みそ世紀末じゃなきゃ息子を騎士にしようなんて思わないから、痛しかゆしッてやつだ。慣れてしまえば大したことない。

 

「あー、もう……せっかくアルの祝いの席なのに……」

 

 父上が頭を抱えていた。それを見て苦笑していると、隣に居たロッテが耳打ちする。その目はキラキラと輝いていた。

 

「しっかし、流石は兄貴のお父様ッスね。騎士様となるとあんなんでもこんな出来た婿さん貰えるんスねえ」

 

 身内のひいき目もあるだろうが、僕の父上は結構な美形だ。三十代になった今でも、その魅力はまったく衰えていない。もちろんこの世界基準の色男なので、前世の世界のいわゆるイケメンとは少し雰囲気が違うのだが……。

 

「おいコラ、僕は子供は殴らないけど母上は問答無用で全力パンチしてくるぞ」

 

「……」

 

 ロッテは無言で母上の方を見た。母上は、ヴァルヴルガ氏やロスヴィ《》ータ氏のように体躯に恵まれているわけではない。しかし、身体能力に劣る只人(ヒューム)でありながら騎士などしているだけあって、熟達した戦士特有の鋭い気配を放っていた。只者ではない、というのは素人であってもすぐに肌感覚で理解できる。

 

「聞かなかったことにしてくださいッス」

 

「トクベツだぞ。……あとな、父上は政略結婚じゃないぞ。騎士になったからってそううまく結婚相手が見つかるわけじゃないからな、ヘンな幻想は抱くなよ」

 

 実際のところ、父上はどこぞの大貴族の後添えになるハズだったところを母上に強奪されたらしい。愛剣も盗品なら夫も盗品の盗賊騎士デジレ・ブロンダン。そういう風に呼ばれてたとか。……いやー、実母ながらあまりに強烈だよな。

 

「ウッス……」

 

 ロッテはうなだれた。まあ、こいつも異性が気になり始めるお年頃だからな。やっぱり、一発成り上がってモテモテ、みたいなのを期待してるんだろう。僕も成り上がってモテモテになってみたいもんだよ。……変態にはよくコナをかけられるんだけどね、結婚相手になってくれそうな相手が全然いなくて困るね。

 ブロンダン家は只人(ヒューム)の貴族だから、亜人の嫁を迎えるわけにはいかない。種族が乗っ取られてしまう。だから、知り合いで言えば候補は宰相閣下くらいだ。

 ……性格も容姿も好みだし、頭もいい。アデライド宰相は本気で結婚を申し込みたいくらい魅力的な相手だが、家格が微塵も釣り合わない。その上、嫁入りを頼む必要まであるからな。土下座して結婚を懇願しても、絶対に無理だろう。そもそも、宰相自身が僕をどう思ってるのかよくわからないしな。セクハラしてくるあたり、嫌われてはいないんだろうけど。でも、僕を火遊びの相手程度にしか認識してない可能性も滅茶苦茶高いし……。

 

「はあ……」

 

 せっかく実家に帰って来たというのに、すっかりテンションが下がってしまった。こういう時は、酒を飲んで忘れるしかないな!



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第94話 くっころ男騎士と親子の剣

 歓迎の宴の後、僕たちは泥のように眠った。翼竜(ワイバーン)に乗るのは乗馬よりはるかに疲れる。皆休息を必要としていた。

 そして、翌朝。帰省中とはいえ鍛錬を休むわけにはいかない。朝日が昇るのと同時に、僕はカリーナたちを伴って庭にでた。地価の高い王都だから、庭と言ってもあまり広いものではない。とはいえ、剣を振るには十分だ。

 

「この……丸太を打つ稽古って、何回くらいやってるの? 一日に」

 

 いままで基礎体力錬成を主目的に行わせていたカリーナのトレーニングだったが、もともと鍛えていただけあって最近はそれなりに形になってきた。そろそろ実際の戦闘訓練に入ろうというのである。射撃訓練は流石に街中ではムリなので、まずは剣術と格闘だ。

 ちなみに、ロッテのほうは民間人出身ということでまだ十分な体力を錬成できたとは言えない状態だ。今は僕の母デジレに罵声を浴びせかけられながら、庭の隅で真っ赤な顔をして腕立て伏せをしている。

 

「僕の場合、朝に三千夕方に二千だ」

 

 地面に埋め込まれた丸太の具合を確認しながら、僕は言った。丸太は古びており、真ん中のあたりがひどく削れている。王都に居た頃の僕が毎日毎日飽きもせずに木刀でシバき続けた結果がこれだ。

 無心で木刀を丸太に叩き込み続けるのが立木打ちという修行の基本である。丸太はもちろん木刀も消耗品だ。なので、普通の剣術道場で使われるような凝った造りの木剣ではなく、ちょうどいい太さの木の枝を使う。

 

「お、多くない!? 大丈夫? 腕とかかなり痛くなりそうなんだけど」

 

「慣れたら平気だけど、それまでは確かにキツイよ」

 

 転生してしまったせいで、僕の剣術修行も最初からやり直しになってしまった。三歳だか四歳だかの頃から庭木を相手に立木打ちを再開したのだが、当初はかなり辛かった。しかし続けていけばそのうち気持ちが良くなることはわかっていたので、親に止められようが使用人に止められようが強行したが。おかげでうちの庭木はすべてへし折れてしまった。

 

「どんなトレーニングにも言えることだが、過剰な負荷をかけるのは却ってよくない。この立木打ちも、関節に違和感を覚えたら回数に拘らずすぐやめろ。訓練で無理をし過ぎて実戦で無理できないような体になってしまえば、本末転倒だからな」

 

 無理をする訓練というのは確かに必要だけど、基礎段階でやるもんじゃない。とくにカリーナやロッテはまだ身体が成長途中だからな。細心の注意を払っておかないと、すぐに身体をぶっ壊してしまいそうだ。

 

「はーい」

 

 などと言いつつ、カリーナは丸太を打ち始めた。もともとカリーナは戦斧を獲物としていたが、これはガレアでは蛮族の武器とされている。ガレアで騎士を目指す以上、剣や槍をメインに戦うやり方に組みなおしてやる必要があった。

 幸いにも、僕の剣術は剣を大上段から振り下ろす戦術がメインだ。斧の扱い方とある程度類似点があるので、違和感なくシフトしていくことができるだろう。

 

「こいつもこの剣術か。ったく、アタシの剣を継ぐやつは居ないってことかねえ」

 

 近くに寄ってきた母上が、ため息をついた。僕が使っているのは前世由来の剣術であり、母上から習ったものではない。一応手ほどきは受けているのだが、母上の剣はいわゆる『蝶のように舞い蜂のように刺す』タイプのものだ。初太刀で殺すことを前提にしている僕とはあまりにも相性が悪かった。

 

「すみませんね。でも、こいつは牛獣人ですから……もともとの性質も、これまで習ってきた戦技も猪突猛進型です。母上の剣技を授けても、使いこなせないのではないかと」

 

「オーク共もそうだが、こいつら力技のごり押しばっかりだからな。それであれほど強いんだから、腹が立つ」

 

 亜人たちの驚異的な膂力や俊敏性に苦労させられたのは、母上も同じことだ。その表情には何とも言えない感慨が浮かんでいた。

 剣術はともかく、短期型に調整した身体強化魔法で一撃必殺を狙う戦法自体は母上ゆずりのものだったりする。多くの亜人種はパッシブで強化魔法がかかっているようで、この手の魔法は只人(ヒューム)や非力なタイプの亜人でしか効果を発揮しない。つまり、時間限定で亜人と同じ土俵に立つための魔法というわけだな。

 

「とはいっても、みんながみんなそうというわけじゃないですから。アイツとかね」

 

 僕は真っ赤な顔でフンフン言いながら腕立て伏せを続けるロッテのほうに視線を向けた。リス獣人ははっきり言って正面戦闘向きの種族じゃない。軽業じみたことをやらせれば天下一品ではあるんだが……甲冑を着込んで剣や槍で打ちあうような戦いでは、只人(ヒューム)にも劣るかもしれない。

 白兵が出来ないなら、銃で戦えばいいだけだがな。それに、ロッテを訓練兵にしたのはあくまでカリーナのためだ。訓練が終わった後は後方兵科なりそもそも軍隊から離れた仕事なりをやらせようかと思っている。そもそもガキは戦わせたくないしな。

 

「ああ、確かに悪かねえな。剣をはじめるにはちぃと遅いが、無理ということはあるまい。あんなんでも従者くらいはこなせるだろ」

 

 などと思っていたら、突然母上が燃え始めた。どうやら、ロッテに剣を教えるつもりらしい。……大丈夫かなあ。母上は訓練こそ案外優しいけど、頭が蛮族だから……ロッテも野蛮になってしまうかもしれない。いや、もともとの保護者がヤクザ者のヴァルヴルガ氏なんで、あんまり変わらない可能性もあるが。

 

「やるなら厳しくお願いします。中途半端はよろしくない」

 

「当然だろ、当然。生半可に剣術をかじった人間ほど危なっかしいモンはねぇ」

 

 相手は母上だ、こんなことは言うまでもなかったな。などと思いつつ、僕は自分の鍛錬の準備に入った。国王陛下との謁見は数日後の予定だが、それまでに根回しやらなにやらをしておく必要があった。トレーニングはさっさと終わらせて、家を出なくてはならない。

 ……久しぶりの帰省なのに、忙しくてイヤになるな。ガキどもを連れて王都巡りとか、してやりたいんだけど。そういうのは、全部の面倒ごとが片付いてからになりそうだ。



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第95話 くっころ男騎士と後装銃

 朝の鍛錬と食事を終えた僕は、水浴びで身を清めた後ジョゼットとともに外出した。もちろん、カリーナとロッテは留守番だ。なにしろ母上のシゴキはまだ終わっていない。僕の方は今日はあちこちへ出かける予定だったが、まず目指したのは馴染みの鍛冶屋だ。

 

「よお、久しぶりだな! 待ってたぜ、旦那」

 

 鍛冶屋ラ・ファイエット工房で僕を出迎えたのは、工房長のドワーフだった。ドワーフというとタルのような体形のヒゲモジャのおっさんが頭に浮かぶが、やはりこの世界では女性のドワーフしかいない。人型種族で男が存在するのは只人(ヒューム)だけだからな。

 工房長は子供のような背丈で、その割に手足は太い。それがデフォルメされているように見えて、マスコットのような可愛さがあった。これはドワーフ全体の特徴でもある。

 

「やあ、元気そうでなによりだ。調子はどうだい、親方?」

 

「ひでぇもんさ。あんたが持ち込んだオモチャの設計図のせいで、毎晩夜中までウンウン唸ってたんだよこっちは。まあ、面白かったがね」

 

 上機嫌な様子で親方ドワーフはガハハと笑った。ラ・ファイエット工房は鉄砲専門の鍛冶屋だ。ディーゼル伯爵家との戦争で僕たちが使用した小銃や拳銃はすべてこの工房で生産されたものである。

 

「というと、例の件はうまく行ってるんだな」

 

「ああ。大砲の方はとうに完成して、宰相閣下に納品済みだ。小銃もなんとかそれなりのモノは出来たから、確認してほしい。……ちょうど宰相閣下もご視察に来られてるんだ。待ち合わせしてたんだろ?」

 

「そうなんだけど、早いな」

 

 僕がまだ王都で働いていたころ、工房にはいくつかの新兵器を発注していた。今日はその進捗を確認しに来たわけだ。なにしろオレアン公まわりに不穏な空気が漂ってるからな、荒事には備えておいたほうがいいだろう。

 しかし、アデライド宰相はもう来てるのか。自分が遅れたんじゃないかと不安になって、懐中時計を取り出してみる。しかし、予定の時間まではあと三十分以上あった。今朝の教会の鐘で時間合わせをしたから、時計が狂っているということもないだろう。

 

「それだけあんたに合うのが楽しみだったのさ、待ちきれないくらいにな」

 

「そりゃあ光栄だ」

 

 などと軽口を交わしてから、僕は親方に工房の裏手へ案内された。この工房には小さな試射場がある。僕が頼んでいた新型銃の試作型は、すでにそこへ運び込まれているらしい。

 

「おはようございます、アデライド」

 

「おはよう、アルくん」

 

 試射場に張られた天幕の中には、アデライド宰相がいた。地味だがカネのかかっていそうな夏服を着ている。いかにも貴族のお忍び外出着って感じだな。

 

「久しぶりの実家はどうだった?」

 

「酒をしこたま飲まされましたよ」

 

「デジレは相変わらずだなあ……」

 

 苦笑してから、アデライド宰相は視線を隣の木製ラックに目を向けた。そこには、数挺の小銃が立てかけられている。今となっては見慣れた前装銃(マズルローダー)とは明らかに形状がことなる、奇妙な銃だ。特に目立つのは銃身の付け根に取り付けられた小さなハンドルだろう。

 

「一足早く見せてもらったがね、これはなかなか凄まじい代物だ」

 

 アデライドが視線で指示すると、彼女の傍らになっていた小柄な騎士が新型小銃を手に取った、アデライド宰相のお気に入りの騎士、ネル氏だ。ネル氏は小銃を構え、銃身付け根のハンドルを引っ張って薬室を解放した。そこにテーブルの上に乗った小さな紙の筒を突っ込むと、そのままハンドルを元に戻す。

 引き金を引くと同時に、乾いた銃声が響いた。土嚢に立てかけられた木製のマトに穴が開く。銃口から吐き出された黒色火薬特有の煙幕じみた白煙が晴れるよりはやく、ネル氏は先ほどの同じやり方で新しい銃弾を装填する。そのまま、再発砲。そのリロードの速度は、銃口から弾薬を込める従来型小銃よりも圧倒的に早い。

 

「これはすごい」

 

 関心の声を上げたのは僕の護衛、ジョゼットだ。彼女は僕の部下の中でも最も銃の扱いに優れている。あの男騎士の狙撃任務に彼女を参加させたのもそういう理由があってのことだ。

 

「これは……下手をすれば戦争の形がかわりますよ!」

 

「うん、うん。戦いに関して私は素人だが、これがすさまじい兵器だということはわかる。素晴らしいものを作ってくれたな、アル」

 

「僕が作ったわけじゃありませんよ」

 

 僕は設計図を引いて、各パーツの製造法に関していくつかの助言をしただけだ。あとはすべて職人が頑張ってくれた結果である。

 その設計図自体も、僕ではない架空の錬金術師が作ったものだと周囲には説明している。なにしろ僕は前世知識をもとにこの設計図を作ったわけだからな。新しい発明を生み出す能力なんかない。それに気付かれてボロを出すくらいなら、最初から別人の設計ということにしておいた方が良いだろう。

 

「それにこいつ、性能は確かにいいんですが……量産性が。ねえ?」

 

「うちの工房の規模じゃ、月産で十挺でも達成はまず無理だな。とにかく部品点数が多いし、精度も妥協できねえ。高速連射ができるぶん、耐久性も十分注意する必要がある……」

 

 親方が肩をすくめた。このタイプの後装式ライフル銃……シャスポー銃が前世の世界で開発されたのは、一八七〇年代の頃だ。蒸気機関車もすでに普及していたような時代だから、手工業が中心のこの世界とはあまりにも工業力が違いすぎる。同じように量産するのは不可能だ。

 

「それに、こいつには耐熱ゴムが使われています。ゴムの供給量が限られている以上、ヒトやカネをつぎ込んでもあまり増産はできませんよ」

 

 弾薬を銃身の後ろから装填する後装式(ブリーチローダー)と呼ばれるこの手の銃は、薬室の密閉が問題になってくる。銃口以外の場所から火薬の燃焼ガスが漏れると、弾速や射程距離が悪化するからな。この銃の場合、その問題はゴムリングを使うことで解決している。

 しかしゴムは僕たちの居る中央大陸では産出されず、西大陸からの輸入品に頼っている状況だ。おまけに生ゴムそのままだと耐熱性に難があるので、加硫という特殊な加工をしてやる必要がある。これにもやはり高いコストがかかってくる。

 

「ゴム、ゴムかあ……ゴム無しでは作れないのか?」

 

「作れなくもないんですが……射程が半分くらいになるんですよ、ゴムを使わないと」

 

 前世の世界では射程に勝る前装式ライフル銃を、射程の短い後装式ライフル銃で圧倒した戦例もある。しかし、僕の敵は銃弾を弾くような甲冑を着込んだ騎士たちだからな。その騎馬突撃を粉砕しようと思えば、出来るだけ長い射程が欲しい。

 しかし、美女の口からゴム無しとかいう言葉が出てくるとそこはかとなくドキドキするな。まあ、この世界のコンドームはゴムじゃなくて家畜の腸で作られてるんだけど。

 ……いやーしかし、我ながら溜まってるな。ちょっとした単語でスケベを連想するなんて、中学生じゃあるまいし。ソニアや辺境伯に万が一バレでもしたら、幻滅されてしまいそうだ。気を付けないと。

 

「ふーむ、残念だ」

 

「現状、騎兵用として少数配備するのが限度でしょうね。この銃なら馬上でも再装填しやすいですから、それでもかなりの戦力増強が見込めます」

 

「うむ、なるほど。よくわからんので、任せる」

 

 小首をかしげながら、アデライド宰相はそう言った。宰相は宮廷貴族の出身であり、従軍経験はない。それどころか、戦士としての訓練を積んだことすらないという。封建制のこの世界ではかなり珍しい、官僚型の貴族なんだよな。軍事面に詳しくないのは、仕方がない。

 自分にはよくわからないから、詳しい部下に投げる。これが出来るんだから上等だよ。見栄や誤った義務感で畑違いの仕事に無駄な口出しそしてくる上司・上官なんていくらでもいるからな。

 

「承知しました。……ちなみにこの銃、今何挺くらいできてるんだ?」

 

「検品も終わってるのは……五挺だけだな。不良品なら、その三倍は出てるんだが」

 

 うわ、試作段階とはいえ凄い不良率……こりゃ、多めの報酬を用意しておいた方が良いな。もちろん開発費はすでに支給しているが、これだけ頑張ってくれたんだからボーナスは必要だろう。

 

「わかった、不良品も含めて全部買い取ろう。もちろん、弾薬もね」

 

「そう言うと思って、すでに私が支払っておいたぞ」

 

 宰相がニヤリと笑った。……マジでこの上司、最高過ぎないか?

 

「その代わり……今夜は私の家で、な?」

 

 しかし、そこはさすがセクハラ宰相。その美しい顔を好色に歪ませながら、そんなことを囁いてくる。この人は、まったく……。いや正直嬉しいけどね?

とはいえ、僕は昨日スオラハティ辺境伯のお誘いを断っている。今夜は空いていたので、その埋め合わせをする予定になっていた。いろいろお世話になってる人だからな、まさか断ってそのままというわけにはいかないだろ。

 

「その……申し訳ありません。実は、辺境伯様に既に誘われておりまして」

 

「……なら仕方ないな。私も同行しよう」

 

 なんだか妙に渋い表情で、アデライド宰相はそんなことを言いだした。



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第96話 くっころ男騎士と昼食

 購入した新型後装ライフル銃と弾薬は、すべて実家に送ってもらった。ラ・ファイエット工房を後にした後もアデライド宰相に同行して、いくつかの視察や非公式会談などを行う。ガレア王国の宮廷貴族としては最大の権勢を誇る(もっとも、オレアン公やスオラハティ辺境伯などの大きな領地をもった領主貴族にはさすがに劣るが)大貴族が文字通りバックについているわけだから、話がスムーズに進んで有難い事この上ない。

 昼になると、アデライド宰相に昼食に誘われた。夕食に辺境伯の所へ行くのなら昼食はうちで取れ、ということらしい。もちろん、こちらとしても否はない。王都の一等地に建つ宰相邸で、一流シェフの作る立派なランチに舌鼓を打った。

 

「そう言えば、午後はどうするつもりなのかね?」

 

 食後の香草茶を頂いていると、アデライド宰相が唐突に聞いてきた。一応、彼女とは午前中で別れることになっている。

 

「パレア大聖堂へ行く予定です」

 

 パレア大聖堂というのは、王都パレア市の中心部にあるこの国最大の教会だ。何十年もかけて建築したという立派な聖堂で、ガレアの各地からたくさんの巡礼者が訪れる星導教の聖地のひとつだ。

 

「叙爵の時に、僕をリースベン代官にするよう進言していたのが司教様でしたので……少し気になっていましてね。知り合いの聖職者に、調査を頼んでいたんです」

 

「たしかにそんなこともあったな」

 

 香草茶のカップをいじりながら、アデライド宰相が考え込む。

 

「……君の知り合いの聖職者というと、フィオレンツァ司教か。最年少で司教位に上り詰めた、生ける聖人」

 

「はい。彼女であれば、何か知っているのではないかと……」

 

 この世界は宗教の権威が強いからな。聖職者と仲良くしていると、いろいろとメリットがある。お布施(・・・)をしてみると、目に見える形で現世利益を授けてくれたりな。腐ってるなあとは思うけど、まあ仕方がない。潔癖ぶって余計な敵は増やしたくないので、僕も事あるごとにそれなりの額のお布施と言う名のワイロを教会に納めている。

 もっとも、宰相の言うフィオレンツァ司教はそう腐った人物ではない。貧民救済や孤児院経営に携わり、司教になった後も信徒一人一人の告解や相談を親身になって聞く。まさに聖人の鑑のような人物だった。

 

「奴はどうも胡散臭くて、私は好かんな」

 

 うさん臭さでは人後に落ちない金持ち貴族、アデライド宰相が口をへの字にして唸った。

 

「とはいっても、彼女に悪い噂はないですよ。信徒たちの評判も上々ですし」

 

 そこらの生臭坊主は平気で肉体関係や大金を求めてくるが、フィオレンツァ司教はそんなことはしない。どこぞの宰相と違って尻を触ってきたりしないし、お布施に関しても多すぎると逆に受け取らないくらいだ。

 

「それがかえって怪しいんだよ。清廉潔白なヤツが、あの若さで司教まで上り詰められるものかね。絶対、裏では相当汚いことをやっているはずだ」

 

「異様な出世に関しては僕も人のことを言えないので、ノーコメントで」

 

 僕だって、裏じゃ宰相や辺境伯に竿を売って便宜を図ってもらっている男娼騎士なんて陰口をたたかれてるからな。状況証拠だけ見れば真っ黒なんだから、仕方がないが。

 

「ハハハハ……確かにな。どうだね、噂通り私と寝てみるか? 伯爵くらいならポンと上げてもらえるかもしれんぞ?」

 

「どうぞご勘弁を。貞操は将来の妻に捧げると決めておりますので」

 

 内心は滅茶苦茶寝たいけどな!! あー、残念でならん。とはいえ、誰にでも腰を振るような淫乱男にマトモな嫁が来るわけがないからな。ブロンダン家の将来を考えれば、安易な手段に流されるわけにはいかない。母上も父上も、明らかに異常なガキだった僕をしっかりと育ててくれた恩があるからな。二人の名誉を汚すような真似は絶対してはいけないんだよ。

 

「そうだ、君はそれでいい。くれぐれも、自分を安売りするような真似をするんじゃないぞ」

 

 なんか宰相が良識派みたいなこと言ってるけど、そう思うならセクハラをやめてもらいたいもんだよな。僕の評判が悪いの、七割くらいアデライド宰相のセクハラのせいなんだが。アンタのせいで嫁になりそうな人が寄り付かないんだよ! ……あ、もともとか。前世の時点で嫁どころか恋人すらできなかったもんな……

 しっかし、宰相の真意がわからないな。事あるごとに(もちろん今日の移動中や屋敷を訪れた時にも)ケツを触ってくるくせに、貞操は大切にしろという。宰相にとっては、ケツ揉みくらい挨拶のうちなんだろうか? 『そんなカタいことを言っている男を墜とすのが気持ちが良いのだよグヘヘ』みたいなことを言われて手籠めにされてもおかしくない立場のはずなんだけどな、僕。

 

「だからこそ、フィオレンツァ司教のような女には気を付けるんだ。ああいう聖人ヅラしたヤツほど、裏では人に言えないような異常性癖を抱えていると相場が決まっている」

 

「……」

 

「孤児院の子供たちを毒牙をかけていても、私は驚かんからな。教義で婚姻を禁止されているせいか、聖職者という連中はどいつもこいつも性癖を拗らせている。性的なものを抑圧しすぎると、かえって健全な精神からは程遠くなってしまうものだ」

 

「なるほど」

 

 フィオレンツァ司教の顔を思い浮かべながら、僕は頷いた。もっとも、内心はまったく納得していない。あの人とも長い付き合いだからな。慈悲という言葉が擬人化したような女性、そういう印象がある。もっとも、アデライド宰相にそう反論したところで無意味だろうから、口には出さない。第一印象ってやつは、なかなか覆るものではないからな。

 

「とにかく、用心しておくことだ。何なら、私の騎士を何人か連れて行くといい。ジョゼットも優秀な騎士だが、一人だけでは手が回らない部分もあるだろう」

 

 僕の後ろに控えたジョゼットにちらりと視線を向けて、宰相は言う。フィオレンツァ司教云々はさておき、オレアン公の件もある。護衛は多いに越したことはないだろう。ここは上司の厚意に甘えておこうか。

 

「そうですね、よろしくお願いします」

 



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第97話 くっころ男騎士と聖人司教

 どんな身分にあっても分け隔てなく親身になって相談に乗り、貧民には私財を投げうってでも施しを与える。そんな評判を持つフィオレンツァ司教は、庶民から絶大な支持を得ている。告解やミサをやってくれという依頼は引きも切らず、本来ならば面会なら困難な相手だった。

 

「……」

 

 アデライド宰相と別れた僕は、パレア大聖堂の告解室で待機していた。ジョゼットや宰相につけてもらった護衛の方々は、隣の控室にいる。聖職者と信徒が一対一で罪の告白を行う告解室は非常に狭いので(とはいっても、キリスト教式の告解室ほどではないが)、大人数が詰めかけられるようにはできていない。護衛の意味があるのか、と思わなくもないが、まあ相手は戦闘訓練など受けたこともない素人だ。万一があっても助けを求めることくらいはできる。

 ボンヤリとしながら、星導教について思いを巡らせる。この宗教は我らがガレア王国の国教で、中央大陸の文明国の住人はほとんどこれを信仰している。元は占星術や星を用いた測位などを行っていた技術者の集まりだったらしいが、今となっては前世の中近世カトリック教会のような権威集団と化している。もっとも、崇めているのは神ではなく北極星だが。

 

「お待たせしました、アルベールさん」

 

 ドアの開く音がして、一人の女性が告解室に入ってくる。青白の司教服と、右目の黒い眼帯。なんともアンマッチな服装だが、何よりも目立つのは背中に生えた純白の羽だ。彼女の種族は翼人族。天使の末裔を自称する胡散臭い連中だ。同じ翼をもった種族である鳥人(ハーピィ)と比べると、確かに天使のように見えはするのだが……。

 

「ああ、フィオレンツァ様。お忙しい中、ありがとうございます」

 

 相手は司教様だ。末端の下級貴族でしかない僕よりも圧倒的に偉い。椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。

 

「いいえ、とんでもない。わたくしも久しぶりに幼馴染と歓談できると思って、楽しみにしていたんですよ」

 

 僕みたいなのがなぜこんな大物と簡単にコンタクトが取れるのかというと、まあ簡単な話で昔からの付き合いだからだ。出会ったのは僕が幼年騎士団でシゴかれていたころだから、もう十年来以上の友人ということになる。

 フィオレンツァ司教は僕より三歳年下で、たしかにアデライド宰相言う通り司教としては異例を通り越して異様に若い。不思議と言えば不思議なのだが、宗教組織の例にもれず星導教内部には複雑極まりない権力機構が潜んでいる。何かあったんだろうな、とは思う。しかし藪をつついて蛇を出すわけにもいかないから、『どうやって出世したんだ?』なんてことは聞いたことがなかった。

 

「……できれば、思い出話に花を咲かせたいところではありますが。しかし、残念なことに時間がありません」

 

 司教服のポケットから出した銀時計をチラリとみて、フィオレンツァ司教はため息をついた。天使じみた翼と膝まで届く超ロングのプラチナブロンドを持つ可憐な少女が憂いの表情を浮かべている姿は、まるで宗教画のような荘厳さを感じる。

 

「ふふっ、そう褒めないでくださいな」

 

 少し顔を赤らめて、フィオレンツァ司教が言った。……バレてる! 細かな動作や雰囲気から読み取っているのか、彼女は昔から人の考えを言い当てるのが得意だった。信徒の悩みに寄り添うカウンセラーのような仕事も聖職者の役割の一つだから、この技術はさぞ役に立っていることだろう。

 

「アルベールさんは、分かりやすいですから」

 

 少し苦笑しながら、フィオレンツァ司教は言う。そのヒスイ色の左目がこちらに向けられると、まるで本当に心の奥底を覗かれているような気分になる。不思議な感覚だった。

 

「そうでしょうか?」

 

「ええ、わたくしからすれば……ですが。子供のころから、アルベールさんのことはずっと見てきましたから。他の方ではこううまくはいきませんよ」

 

「なるほど……」

 

 ずっと見てきた、なんて言われると照れるよなあ。まあリップサービスだろうけどさ。……フィオレンツァ司教の貴重な時間を浪費するわけにもいかないから、そろそろ本題に入るか。多忙極まる中で無理やり時間を作って会ってくれてるわけだものな。

 

「ところで、フィオレンツァ様。オレアン公の件なのですが」

 

「ええ、ええ。わかっております」

 

 フィオレンツァ司教はニッコリと笑って、僕の対面に置いてあった翼人用の背もたれのない椅子へ腰を下ろした。僕がリースベンに出立する直前に、彼女にはオレアン公の調査を依頼していた。あれからしばらくたつので、情報収集もそれなりに終わっているだろう。

 

「詳細な調査結果は、後ほどご自宅にお届けします。読後は必ず償却するようにお願いします」

 

「ええ、もちろん」

 

 オレアン公を嗅ぎまわっていることがバレたら、僕もフィオレンツァ司教もマズイ立場に置かれるからな。司教の厚意を無駄にしないためにも、情報漏洩の可能性は可能な限り下げておく必要がある。

 

「ここでは概要だけ話しますが……どうやら、教会内部にオレアン公に取り入り、私腹を肥やそうとしている一派が居るのは確かなようです」

 

「よくある話ではありますが、嘆かわしいものですね」

 

「ええ。教会は利益追求のための団体ではありません。極星様のお導きを民草に伝え、より良い未来へ進むための一助となるのが我々の責務。それを忘れてしまった者は、もはや聖職者とは呼べません」

 

 厳しい表情で、フィオレンツァ司教は頷く。

 

「奴らから見れば、僕は金の卵を産むガチョウを盗んでいった憎い男ということになります。そうとう恨まれているでしょうね」

 

「その通りです。……しかし、あの恥知らずたちはそれだけでは飽き足らず、さらなる恐ろしい計画を立てているようです」

 

「……というと?」

 

「ありていに言えば、クーデター。王を弑逆(しいぎゃく)し、その血塗られた手で王冠を奪おうというのです」

 

「……まさか! そんな大それた真似を……?」

 

 思わず、椅子から立ち上がりかけた。クーデターとなると、不穏どころの話じゃない。オレアン公は陰謀屋だが、だからこそそんな強硬手段に出るというのは意外だった。相当追い詰められない限り、そんな直接的な手は使ってこないイメージがあったのだが……。

 

「オレアン公爵家は、もともと王家の分家。にも拘わらず現国王は外様であるスオラハティ辺境伯や成り上がり者であるカスタニエ宮中伯家をばかりを優遇し、自分たちを顧みていない。そういう不安があるようです」

 

「……」

 

 たしかに、現国王はかなり開明的な人物で、実力があればどんな人間であれ重用する。そうでなければ、例え辺境伯や宰相の後押しがあったところで、男である僕がこうもスムーズに出世できるはずもない。保守派のオレアン公からすれば、面白くはないだろうが……。

 

「辺境伯軍は強力ですが、現在スオラハティ辺境伯はわずかな手勢のみを連れて王都に滞在中。おまけに宰相閣下の懐刀であるアルベールさんも、主力をリースベン領に残して帰還中。コトを起こすにはベストのタイミングでしょう」

 

「辺境伯、宰相、ついでに僕……三人の首をまとめて取るには、たしかに今が好機でしょうね」

 

 理屈だけ考えれば、その通り。確かにここ数年、宰相・辺境伯派閥が力を増していて、オレアン公派閥が相対的に弱体化しているのも事実だ。彼女からすれば、面白くはないだろう。しかしだからと言って、いきなりクーデターを仕掛けるか?

 ……いや、あり得ないと頭から否定してかかるのは危険か。万が一を想定して動くのも軍人の仕事だ。何があっても対処できるよう、準備だけはしておくべきか。

 

「先ほども申しました通り、詳細については紙面にまとめてあります。詳しいご判断は、それをお読みになってからでも遅くはないでしょう」

 

「そうですね……しかし、本当にありがとうございます。何とお礼を言っていいやら」

 

 もしも本当にクーデターが起きた場合、この情報がなければこちらの対処が遅れていたことは確実だからな。場合によっては、本当に国王陛下が弑される可能性もある。

 オレアン公爵家は王家の親戚ということで、大量の護衛を連れて王都に入ることを許されている。 その戦力を利用して電撃的な作戦を実行すれば……王の暗殺、および王女たちの確保は十分に可能だろう。たとえそれに失敗しても、オレアン公爵家の領地オレアン公国は王都から三日ほどの距離にある。すでに軍の動員が終わっているとすれば、即座にパレア市を包囲することだってできるはずだ。

 ……いかんな。悪い想像ばかりが頭に浮かんでくる。まだ本当にクーデターが起きると決まったわけでのないのにな。

 

「お気になさらず。他でもない、アルベールさんの頼みですから」

 

 そんな僕の内心を理解しているであろうフィオレンツァ司教は、愛らしい笑みを浮かべて頷いた。彼女が何を考えているのかは、僕にはいまいち想像ができない。

 

「裏が取れ次第、謝礼を送りますので」

 

「いえいえ、そんなものは必要ありません。だって……」

 

 花のような可憐な笑顔のまま、彼女は自らの右目の眼帯をはぎ取る。

 

「ワタシが欲しいのはぁ……あなたのココロとカラダだからねぇ?」

 

 その金色の瞳を目にしたとたん、僕の意識は遠のき始め――

 

「隣のお邪魔虫たちは眠らせてあるからぁ、たぁーっぷり愛し合って大丈夫だよぉ? 楽しもうねぇ、パパ(・・)ぁ」

 



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第98話 くっころ男騎士と記憶改変

 夕方。僕はアデライド宰相が出してくれた馬車に乗って、スオラハティ辺境伯の邸宅へ向かっていた。

 

「……なんだか石鹸の匂いがするな。風呂にでも入って来たのか?」

 

 対面の席に座ったアデライド宰相が、眉間にしわを寄せて聞いてくる。ひじ掛けで頬杖を付き、足をぶらぶらとさせて明らかに不機嫌そうな様子だった。

 

「いや、朝に入ったっきりですが……汗くさい状態で出向くのも失礼でしょうし、できれば身を清めてから出発したかったのですが……時間がなくて」

 

 フィオレンツァ司教には、かなりの長時間愚痴や雑談に付き合ってもらってしまった。不思議なことに相談をしていた時の記憶がまるで泥酔中のようにあいまいになっていたが、妙にスッキリした気分だ。まるで邪念が消えたような……。これもフィオレンツァ司教の話術の巧みさのおかげだろう。時間があったら、またお願いしたいものだ。まあ多忙を極めているあの人のことだから、そう簡単に私用で面会はできないだろうが。

 とはいえ、それで時間を食ってしまったせいで、帰宅してすぐに辺境伯邸へ向かう羽目になってしまった。僕はまだしも司教は時間の余裕なんかまったくないだろうに、長時間拘束してしまって非常に申し訳ない。

 

「ふうん……で、何もなかったのか? 大聖堂では」

 

 妙に警戒してる様子だな、アデライド宰相は。フィオレンツァ司教が気に入らないのだろうか?

 

「オレアン公に関するショッキングな話以外は、普通の雑談だけですよ」

 

「本当か?」

 

「護衛の人も、何も変わったことはなかったと言っていたでしょう? 大丈夫ですって」

 

「確かに、その通りなのだが……」

 

 頬杖をついたまま。アデライド宰相は低い声で唸った。どうも納得していない様子だな。本当に何も異常はなかったというのに、何が引っかかっているのだろう?

 

「妙に胸騒ぎがするというか、なんというか」

 

「謀反なんて話を聞かされたら、そりゃあ胸騒ぎもするでしょう。僕だって落ち着かない気分ですよ」

 

「……それもそうだな」

 

 なにしろ相手は王家の血族に連なる大貴族だ。序列は低いが、王位継承権すら持っている。大貴族と呼ばれる連中はスオラハティ辺境伯をはじめとして何人か居るものの、オレアン公はその中でも頭一つ抜けているといっていい。

 それが王家に牙を向けるのだから、大変だ。外様のスオラハティ辺境伯家などとは信頼のされかたが段違いだろうから、完全な奇襲に成功するはずだ。もしクーデターが実際に起きたら、王都は天と地がひっくり返ったような騒ぎになるに違いない。

 

「本当にやらかすと思うか、あの老害は」

 

「わかりません。冷静に考えれば、やらない方がメリットは大きいでしょう。しかし、合理的判断を捨ててバクチに出てくることも、ままあることです」

 

 オレアン公爵家には歴史もあるし、カネもある。クーデターなんかしなくても、権力をゆっくりと合法的に掌握する方法はあるはずだ。実際、これまでのオレアン公はそういう方針で動いていたように見える。それが突然今までの戦略を捨て、武力行使に踏み切るなんて言うのは流石に考えづらいんだが。

 

「ただ、純軍事的に考えれば、オレアン公が勝算アリと判断する可能性は十分あります。リースベンで紛争があったばかりですから、神聖帝国との国境では緊張が高まっています。こちらの頼みの綱である辺境伯軍の主力は、領地を離れることができません」

 

 辺境伯が中央での戦争に介入して領地を空にしてしまえば、神聖帝国の領邦領主たちがこれ幸いと侵攻を始めるだろう。部隊は下手に動かせない。

 

「王軍は……オレアン公の息のかかった連中もそれなりに居るからな。部隊単位で敵味方が分かれる可能性が高い」

 

「王軍相打つ、というわけですか」

 

「できれば避けたい事態だが、な……」

 

「……」

 

「……」

 

 僕もアデライド宰相も、しばらく黙り込んだ。考えれば考えるほどドツボにはまっていく感覚がある。

 

「あるいは、こういう可能性はないだろうか? フィオレンツァ司教はオレアン公のスパイで、クーデターの対処のためにこちらが軍を動員したら、それを逆手に取ってこちらにクーデターの容疑を掛けようとしている、とか」

 

「……可能性は、ありますね」

 

 正直、フィオレンツァ司教は疑いたくない。幼馴染と言っていい彼女にハメられたら、ソニアに裏切られるのと同じくらいのショックは受けるはずだ。しかし、状況によっては家族や親友ですら疑わねばならないのが軍人という物だ。可能性がある限り、思考を停止するわけにはいかない。

 

「余計な疑念を陛下に抱かせないためにも、大部隊に戦闘準備をさせるのは避けるべきです。即応戦力はありますから、まずはそちらを使って時間稼ぎをするプランで行きましょう」

 

「そうだな。オレアンがコトを起こした場合、あるいはこの情報自体が我々をハメるための策略だった場合……その両方を考えておかなければならない。これはなかなか難しいぞ」

 

「杞憂だった、というのが一番楽でいいんですけどね」

 

 民間人が大勢住んでいる王都が戦場になる可能性が高いわけだからな、実際に戦闘になればどんな被害が出るやらわかったもんじゃない。そもそも、市街地戦自体僕は嫌いなんだよ。前世で僕が戦死したのも市街地戦の真っ最中だったし……。

 

「しかし、最悪に備えるのが僕の仕事です」

 

「うむ、よろしく頼むぞ。正直に言えば、辺境伯よりも王軍の将軍たちよりも、君のことを信頼している。バックアップには全力を尽くすから、どうか頑張ってくれ」

 

「もちろん、お任せを」

 

 ここまで言われて奮起しないヤツは居ない。僕はにっこりと笑って頷いた。

 

「まあ、とはいえ今詳細を詰める必要はない。我々だけで出来ることは限られているからな。ちょうど良いタイミングで辺境伯にお呼ばれしたものだ。食事の際に、ついでにいろいろ話し合っておくとするか」

 

 ……仕方ないんだけどさ、たぶんスオラハティ辺境伯は思い出話や近況報告なんかを期待して僕を呼んだと思うんだよね。それがいきなりこんな物騒な話題に変わるわけだから、辺境伯はとても残念がりそうな気がするな。なんだか非常に申し訳ない……。

 



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第99話 重鎮辺境伯と晩餐

「……」

 

 私、カステヘルミ・スオラハティは密かにため息をついた。久しぶりのアルとの晩餐だというのに、まったく面白みのない話題の会話をせざるを得ない状況になってしまったからだ。

 

「街中で大砲を使うのか?」

 

「重野砲はともかく、山砲と迫撃砲なら必要な機動性を確保できます。榴散弾とキャニスター弾を中心に運用すれば、建物に対する被害も最低限に抑えられるはず――」

 

 オレアン公のクーデター。それに対抗すべく、フォークを片手にアルとアデライドが議論を交わしている。アルに喜んでもらおうと、料理は私が自作した。なのに、こんな物騒な話をしていては味などまったくわからなくなってしまうだろう。私はもう一度ため息をついて、小さく切り分けた川魚のソテーを口に運んだ。

 いや、わかっている。仕方ないんだ。貴族として、目の前の危機には対処せねばならない。ここですべてを部下に丸投げし、ノンビリ食事に興じるような輩を私は好きになったりしない。こういう彼だからこそ、私は心を奪われたんだ。……まあ、それはそれとしてひどく残念に思う気持ちも真実なのだけれど。

 

「初期対応の主力は、私の護衛たちを使えばいいだろう。数は少ないが、我が辺境伯軍の最精鋭だ。頼りになるぞ」

 

「辺境伯様自ら御出陣ですか」

 

「うん、それもいいだろう」

 

 公爵の反乱を止めるべく、辺境伯たる私が自ら陣頭に立つ。シナリオとしては上等だ。荒事は嫌いだし、近づきたくもない。そんな雄々しい思考を持つ私だが、大貴族としての正しい振る舞いというものも理解している。正直言って戦闘に出るのは怖いが、本当にあの老公爵がそんな大それた真似をするというのなら、自身の勢力を拡大するチャンスだ。

 いや、はっきり言えば別に私は辺境伯家をこれ以上大きくしてやろうという気は薄い。現状維持でも別に構わないんじゃないか、そう思うこともしばしばだ。しかし、ソニアとアル……辺境伯家の次代を担うこの二人のことを思うと、まあやれるだけやってみようか……そんな気分になってくる。

 

「しかし実際の指揮を執るのは、アル。君だ」

 

「……僕が辺境伯軍を?」

 

「そうだ。明らかに君は私よりも戦上手だからな。遊ばせておくのはもったいない」

 

 うまく行けば、アルの昇爵につなげられるだろうしな。伯爵にでもなって貰えれば、辺境伯の夫としては申し分ない。領主貴族というのがやや厄介だが、リースベン領の実際の運営は代官に任せれば良いわけだし。

 

「責任は私が持つ。存分に暴れてくれ」

 

 反乱対策のため、私であっても王都へは大量の戦力は持ち込めない。実際に私が護衛として連れているのは、十数名の騎士のみだ。しかし、王都の外には騎兵を一個中隊待機させてある。領地のノール辺境領から王都まで往復する際の、護衛戦力だ。アルは極めて優秀な指揮官であり、これだけの戦力があればかなり戦えるはずだ。

 

「……畏まりました」

 

 フォークを置き、アルは一礼した。私はにこりと笑い返す。

 

「……難しい話は、これくらいにしようか。せっかくの料理が冷めてしまうよ」

 

 とはいえ実際問題、私はいまだにオレアン公がクーデターを企てているという情報には半信半疑だった。確かに、状況的に考えればこのクーデターの成功確率はそれなりに高い。しかし、長年あの老公爵と対峙している私からすれば、違和感はぬぐえない。少しばかり勝算があるとしても、ここまで冒険的な博打に出てくるような性格ではないはずだ。

 あくまで、クーデター対策は万が一に備えての準備だ。情報元のフィオレンツァ司教に関しても、私はあまり信用していないしな。周囲の評判はいいし、話してみれば確かに人の良さそうな雰囲気ではある。しかし、私の嗅覚は彼女から詐欺師の臭いを嗅ぎ取っていた。全面的に信用していい人物だとは、とても思えない。

 

「今日の料理は、見習いコックが作ったんだ。普段食べているものに比べれば、少々つたないものかもしれないが……」

 

「いえいえ、とんでもない。とても美味しいですよ」

 

「おいしい、か。嬉しいことを言ってくれる。コックに伝えておこう」

 

 今夜の料理は私が作った。しかし、そのことはアルには伝えていない。私の手作りだと知ったら、絶対に気を使われるからな。しかし、だからこそ褒めてもらえるのは嬉しい。私は頬が熱くなるのを感じつつ、彼から顔を逸らした。

 

「……」

 

 視界の端に、ワインのボトルが目に入る。実のところ、私はコレの力を借りてアルに添い寝を頼もうと思っていた。もちろん、アルは酒に強いのは知っている。しかし、私はワイン一杯でベロベロだ。アルコールで気が大きくなれば、脳裏にチラつくソニアの影も振り払うことができるはず。

 とはいえ、ソニアと決定的な決別をする気はないのでもちろんセックスはしない。したいけど、我慢する。でも添い寝くらいならソニアも許してくれるだろう。体の寂しさは我慢できるが、心の寂しさはもう限界だ。私には癒しが必要なんだ。

 でも、呼んでも居ないアデライドが来てしまったせいで、計画は滅茶苦茶だ。流石にこの女の前でアルに秋波を送る訳にもいかない。

 

「ふむ。まだ粗削りではありますが、確かに悪くはありませんな」

 

 そんなことを言いながら川魚をつつくアデライドに、思わず恨みがましい目を向けてしまう。彼女はニヤリと笑った。こっちの思惑などお見通し、そう言わんばかりの態度だ。

 ……アデライドがアルを狙っているのは知っている。向こうも、私がアルを求めていることは知っているだろう。いわゆる、恋敵というやつだ。長年の友人、かつビジネスパートナーであるアデライドだが、だからと言って気兼ねはしないし、されない。

 

「ふん。気に入らないなら、新しいものを出そうか?」

 

「まさかまさか。有難くいただきますとも、ええ」

 

「まったく」

 

 嫌味なものだ。しかし自然と、口元に笑みが浮かぶ。恋敵ではあっても、相手は親友だ。最低限の淑女協定はあって、お互いそれは守っている。一人の男を友人同士で取り合うのは、灰色のまま終わってしまった青春を取り戻したようで愉快だった。

 いっそのこと、二人でアルを共有しようか。そんな不埒な考えさえ湧いてくる。星導教の教えでは、男は亜人と只人(ヒューム)、二人の妻に仕えるべしとされている。男を産めるのは只人(ヒューム)だけなのに、亜人が男を独占していたらどんどん只人(ヒューム)の個体数が減ってしまうからな。だから、私とアデライドが二人そろって本懐を遂げたところで、法的にも道徳的にも何の問題もない。

 とはいえ、それは極星がお許しになってもソニアは許さないだろうな。こっそりアデライドと二人でアルを食ってしまったら、苛烈なソニアのことだから本気で私を殺しにかかる可能性すらある。それは流石に避けなければ。ああ、まったく残念だ。



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第100話 次期オレアン公と聖人司教

 わたし、イザベル・ドゥ・オレアンは憂鬱だった。我が母、現オレアン公アンナ・ドゥ・オレアンがひどく荒れていたからだ。

 

「アルベール・ブロンダンめ……」

 

 無意識に恨み節が口から洩れる。あのガレア唯一の男騎士は、母が仕掛けた罠を正面から打ち破り、挙句の果てにミスリル鉱脈という特大の財宝を我々から奪ってしまった。策士が策に溺れた、言ってしまえばそれだけのことだ。しかし、当事者からすればたまったものではない。

 アルベールにどう対処するかという問題で、オレアン家内部は激論が交わされていた。『ここまで我々の顔に泥を塗ったのだ、殺すしかあるまい』という者も居れば、『五倍の敵を打ち破るような人間に喧嘩を売るべきではない。ヤツにはこれ以上手を出さない方が良い』という者もいる。今に至るまで、結論は出ていない。

 

「はあ……」

 

「ご主人様、香草茶でございます」

 

 ため息を吐くわたしに、一人の少年がティーカップを差し出してきた。品の良い男性用給仕服を着用してはいるが、その首には奴隷身分を表す首輪型のイレズミがいれられている。わたしの飼っているペットの一人だった。声変わりの始まったばかりの甘美な声が、わたしのささくれだった心を癒してくれた。

 

「ああ。……貴様には、今夜の夜伽役を命じる。就寝時間になったら、身を清めてわたしの寝室に来い」

 

「……は」

 

 男奴隷は、表情を変えずに頷いた。しかし、その声には微かな屈辱が滲んでいる。それが、かえってわたしの獣欲を掻き立てた。

 ……とはいえ、今はまだお楽しみに興じるわけにはいかない。まだ対アルベールの会議が終わっていないからだ。あの男は、もうすぐ昇爵してしまう。それまでに、我々の対応を決めねばならない。

 陰謀でハメるのは、難しい。なにしろヤツにはアデライド宰相がついている。所詮は只人(ヒューム)だと舐める輩も多いが、あの女の頭はひどくよく回る。にわか作りの陰謀では逆にこちらが足元を掬われる。

 今回の一件でもそうだ。リースベンで起きた一連の事件や情報漏洩に関して、オレアン家は現在進行形で追及を受けている。迂闊な行動をすれば傷が深くなるばかりだろう。

 

「……」

 

 足元に侍る男奴隷の頭を猫のように撫でながら、わたしは考え込んだ。わたし個人としては、アルベールなどどうでもいい。しかし、音頭を取って彼を排除しようとしていた母、オレアン公はそうはいかない。

意気揚々と蹴り飛ばそうとした小石が思ったよりも大きく、足を痛めてしまったようなものだ。すっかりムキになってしまっている。しかし、下手に現実的な思考ができるせいで大ナタを振るうこともできない。ひどいジレンマだった。

 いっそのこと、辺境伯・、宰相そしてその腰ぎんちゃくのアルベール……この一派を一挙に排除してやろうと主張する人間も居た。たしかに、可能か不可能かで言えば可能だろう。しかし、そんなことをすれば間違いなくオレアン家は反逆者扱いされる。大手を振って彼女らを捕縛できるような大義名分はないからな。困ったものだ……。

 

「若様、ポンピリオ商会のヴィオラ様がお越しです」

 

「良い所に来たな。おい、出て行っていいぞ」

 

 虚無の表情でわたしの愛撫に耐えていた男奴隷に退出を命じる。ヴィオラはわたしの悪だくみ仲間で、なかなかに頭の切れる女だ。何かいいアイデアを出してくれるかもしれない。もちろん、それを周囲に知られるわけにはいかないので人払いはしておく。。

 

「どうも、夜分に申し訳ありません」

 

「とんでもない。いいタイミングだった」

 

 使用人に案内されてきたのは、フード付きのローブで全身を固めた不審な女だった。使用人たちが全員退出するのを確認してから、女はローブを脱ぐ。

 膝まで届く長いプラチナ・ブロンドに、黒い眼帯。折りたたんでいた背中の白い翼が、窮屈そうにパタパタ動いた。ポンピリオ商会のヴィオラなどという名前は、身分を偽るための隠れ蓑に過ぎない。その正体は星導教最年少の司教、フィオレンツァ・キアルージだった。

 

「どうやらお困りの様子でしたので、知恵をお貸ししようと……ね?」

 

「相変わらずの情報網だ」

 

 私が困っている時に限って、この女はこうして呼ばれてもいないのにやってくる。家中にスパイでも紛れ込ませているのだろうか?

 

「ところで、一杯頂きたいのですがよろしくて?」

 

「面の皮の厚い女だ」

 

 苦笑しながら、壁際のキャビネットからグラスを二つとワインボトルを取り出す。フィオレンツァが席に着くと、ワインを注いだグラスの一方を彼女に渡してやった。面倒くさいが、防諜面を考えると部屋に使用人を入れるわけにはいかないからな。私自らやるほかなかった。

 

「……貴様、臭うぞ」

 

 しかし、そこで私は顔をしかめた。フィオレンツァから濃厚な性の臭いが漂ってきたからだ。

 

「わたしにこんなことを言われたくはないだろうが、貴様は一応聖職者だろう。誤魔化す努力くらいしたらどうなのだ?」

 

「おっとり刀で駆け付けましたので、ご容赦を」

 

 聖職者にあるまじき艶めかしい微笑を浮かべつつ、フィオレンツァはワインを自分とわたしのグラスにそそいだ。そのまま一礼して、グラスに口をつける。

 

「あら美味しい」

 

「北イスパニアの最高級品だ。有難く味わえ」

 

 クスクス笑うフィオレンツァ。露骨な話題逸らしだな。

 

「お前が失脚したら困るんだよ。とにかく気をつけろ」

 

「大丈夫ですよ……別に、セックスをしていた訳ではありませんから」

 

「本当か?」

 

「ええ、もちろん。わたくしのパパ(恋人)は童貞のままですし、わたくしも処女のまま……清く正しいお付き合いというヤツです。情欲を鎮めるために、少しばかりハメは外しましたが」

 

「清く正しい、ね。大方、あの童貞狂いの淫獣……ユニコーンが怖いだけだろう?」

 

 童貞を判別する能力を持った変態生物、ユニコーン。こいつらは、貴族が令息の貞操を証明する際によく使われる。星導教の聖職者はセックス厳禁だからな。恋人とやらが童貞を失っていることが周囲に露見すれば、この女もタダでは済まないはずだ。

 

「ノーコメントで」

 

 すました顔でそんなことを言うフィオレンツァに、わたしは肩をすくめた。彼女の弱みをつつきまわしたい気分はあるが、今はそれどころではない。

 

「そうそう。時間は切迫しておりますから」

 

 こちらの心を読んだような発言に、わたしは少しだけ背筋が寒くなる。妙な不安感を払拭すべく口を開きかけたが……

 

「だから、さっさと本題に入るねぇ?」

 

 そう言うなり、フィオレンツァは右目の眼帯をむしり取った。真冬の満月のような冷たい光をたたえた金色の眼を直視したわたしは、わたしは……

……

…………

 

 

……

…………

 

 あれ、わたしは……いったい何を? 目の前には、ワインの入ったグラス? それから、ニコニコ顔のフィオレンツァ。こいつと……酒を飲んでいたのか? 頭がひどくふわふわする……飲み過ぎたのだろうか?

 

「そうだよぉ? 貴方はちょっと酔ってるだけ。でも、まだまだ全然大丈夫だよねぇ?」

 

 そうか、そうだな……うん……でも、何かおかしい気がする。私はまだ、一滴も酒を飲んでいないような……

 

「それより話を戻すねぇ? お母様、オレアン公を倒したい。そうでしょ?」

 

「え……」

 

 そんな……そんな話だっけ……? 確か、アルベールについて相談しようとしていたような……?

 

パパ(アルベール)のことなんてぇ、貴方にはどうでもいいでしょお?」

 

「そう、かな……」

 

「そうだよ」

 

「うん……」

 

 よくわからないけど、そうだったかもしれない……

 

「肝心なのは、貴方の恨みを晴らすことだと思うなぁ」

 

「恨み……ああ、そうだ。あのクソ女……」

 

「オレアン公は、貴方から最愛の男を奪った。たかだか、血が半分繋がっている……それだけの理由でねぇ」

 

 そうだ……弟は、リシャールは……わたしの愛した唯一の男は……奪われてしまった。くだらない馬鹿貴族の婿に出されたんだ……我が母、アンナの命令で……許せない……。

 

「ふ・く・しゅ・う……したいでしょ?」

 

「する……当然する。わたしがオレアン家の当主になった暁には……あのクソ女……死ぬまで監禁してやる……」

 

 わたしは嫡女だし……待っているだけで復讐の機会は訪れる……母はもう老いさらばえている……

 

「気が長いねぇ? ワタシだったら、我慢できないなぁ……」

 

 ……確かに、そうだ。できることなら、今すぐあの女は殺してしまいたいくらいだ……。でも、そんなことをするわけには……

 

「母親に恨みを持ってるのはワタシも一緒だよぉ。親ってだけで偉そうな顔をしてた奴がぁ、媚びた笑顔で私の足を舐める……すっごーく、いい気分だったよぉ? トモダチである貴方にも、この気持ちを味わってほしいなぁ?」

 

 ……確かに、痛快だろうな……

 

「でも、そんなの無理だ……」

 

 母の味方は、あまりにも多い……腕のいい護衛も連れている……

 

「できるよぉ? 貴方が王様になればねぇ」

 

「王様……?」

 

「そうだよぉ。王様って、公爵より偉いんだよぉ? 足を舐めろって言えば舐めてくれるし、リシャールくんを返せと言えば返してくれる。そうじゃない?」

 

「そうかな……」

 

「そうだよぉ」

 

 そんな無茶な。そう思うと、フィオレンツァはぐいと顔を近づけた。奇妙な文様が微かに浮かぶ金色の瞳が視界に大写しになり……

 

「そうだな……」

 

 なんだかいける……気がしてきた。そうだ、リシャールを取り戻さなくては……

 

「ワタシはこうして愛する人としっぽりやってるのにさぁ……貴方は奴隷で無聊を慰めてるわけでしょう? ズルいよねぇ、うらやましいよねぇ?」

 

「……+-」

 

 フィオレンツァからは、相変わらず男の匂いしている……ああ、うらやましい。この乾きは、奴隷なんかじゃ潤せない……

 

「最大の邪魔ものであるスオラハティ辺境伯は、大した護衛も連れずに王都に滞在している。向こうは勝ったと思って油断してるよぉ? 貴方が強硬手段にでるなんて、思ってもいないんじゃないかなぁ?」

 

「……」

 

 ……言われてみれば、チャンスかもしれない。辺境伯、宰相……この二人を制圧してしまえば……。

 

「そうそう。貴方ならできるよぉ?」

 

「わかった……やってみる……」

 

「じゃあ、都合の悪いことは忘れようねぇ。覚えていていいのは、使命だけ。はーい、いち、にー、さーん」

 

 フィオレンツァがパチンと手を叩くと、私の視界はどんどん暗くなっていき、最後には完全に暗転した。

 

「悪いのは貴方たちだよぉ? 余計な情報漏らして、パパを危険にさらしちゃってさぁ……敵があの牛どもだけなら、完全にワタシの計画通りになったはずなのに……一族もろとも戦果(スコア)になって、パパにお詫びしなきゃねぇ?」

 

 



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第101話 くっころ男騎士と謀反

 クーデターなどという物騒な話が出た割に、それから数日は平穏だった。オレアン公は何の動きも見せず、こちらにちょっかいをかけてくることもない。しかし、それが逆に不気味だった。むこうの自業自得とはいえ、僕はオレアン公の顔にガッツリ泥を塗ってるわけだからな。貴族がメンツ商売であることを考えれば、何の報復も無しというのはありえない。嵐の前の静けさ、なんていう言葉が僕の脳裏をよぎっていた。

 もちろん、こちらもその時間を無為に過ごしていたわけではない。実際は怒るかどうか不透明でも、対クーデターの準備をしない訳にはいかないからな。作戦計画を立てたり、納品されたばかりの新型砲を運用する砲兵隊の練度を調べたり、甲冑をはじめとした武具を取り寄せるために翼竜(ワイバーン)をリースベンに送ったり……やれることはすべてやった。

 

「国王陛下から預かったリースベンを戦火に晒すわけにはまいりません。そこで、小官はリースベン・ズューデンベルグ間の山道で伯爵軍を迎撃しようと決意しました」

 

 そういうわけで、国王陛下との謁見当日。僕は謁見の間でディーゼル伯爵との戦争についての報告を国王陛下に奏上していた。もちろん、とうの昔に報告書は上げている。陛下がそれをお読みになられたのかどうかは知らないが、すくなくともあらましは知っているだろう。

 わざわざ口頭で説明する意味はあまりないし、それどころか表沙汰にできない部分(アホアホ元皇帝アーちゃんの件とかな)は誤魔化してるくらいなのだから、この報告はどちらかと言えば儀式的な要素を多分に含んでいる。

 

「しかし、敵は勇猛で鳴るディーゼル伯爵。小官の手勢だけでは、ど