また恋を教えて、と屋上で君は笑った。 (和鳳ハジメ)
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第1話 赤い糸が見える少年と隣の席の残念美少女

リハビリ作的にコテコテなの行こうと思います。


 

 

 

 斜め後ろから聞こえて来たのは、甲高い車のブレーキ音。

 反射的に後ろを向いて、それが間違いだった。

 ――状況を確認する前に、思考する前に、その場から逃げなければならなかったのだ。

 次の瞬間、傍らの愛する人を守ろうと抱きしめ。

 

 逆に、抱きしめ返された。

 

 強い衝撃、浮遊感、背中を強く打ち、頭もひび割れた様に痛い。

 腕も折れた様な音がした、今だ状況を飲み込めないまま、数々の悲鳴が五月蠅い、遅すぎるクラクションが五月蠅い。

 重い、呼吸すら困難な程、重い。

 そんな事より――――。

 

 

「――――…………ァ、よか、ったぁ…………」

 

 

「え」

 

 

 妙に安心した顔して、彼女は。

 信じたくなかった、己の痛み、怪我なんてどうでもよかった、本当に、信じたくなかったのだ。

 彼女の半分は潰れ、そして己は五体満足だった事を。

 

「~~~~~~~~っ!? ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 分からない、何が起きているのか、何を喪ってしまったのか、分からない、分かりたくない。

 唐突すぎる、予想すらしてなかった、どうして、どうしてこんな。

 

 ――五月蠅い、誰かが名前を叫んでいる。

 

 ――五月蠅い、のどが痛い、誰かが名前を叫んでいる。

 

 ――五月蠅い、寒い、こんなに強く抱きしめているのに、誰かが名前を叫んでいる。

 

 五月蠅い、五月蠅い、五月蠅い、邪魔をするな。

 誰かが必死に叫んでいる、つめたいなにかと引きはなされる、だれかがひっしにさけんでいる、おれたあしではいいずって。

 うるさい、つめたい、いたい、かのじょのかおはみょうにやすらかで。

 おさえられる、とどかない、かのじょがはなれていく、たすけて、だれかかのじょをたすけて、さけんで、さけんで、あばれて、さけんで、でもとどかなくて、すべてがおそくて。

 めのまえが、まっくらになった。

 

 

 ――――それから、三年の時が経とうとしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 運命の赤い糸を知っているだろうか。

 そう、小指からのびる赤い糸が運命の相手へと繋がっているという伝説である。

 あくまで伝説、現実には存在しないはずだが。

 

 しかし――ここに、運命の赤い糸を見える少年が一人。

 外見はどこにでも居そうな高校生、名を神明大五郎(かみあきら・だいごろう)という。

 

(…………何回見ても繋がってるよねコレ)

 

 幼き頃から見慣れた運命の糸、それは己の小指から隣の席の少女に延びていて。

 本日最後の授業、気怠げな空気の教室のなか彼は何度もそれを確認する。

 

 彼の見る赤い糸というのは、伝説や神話にあるような絶対的なものではない。

 確率。――見えたら最後、繋がったら最後。

 その相手とは、ほぼ確実に添い遂げるほど相性の良い可能性がある、という代物だ。

 

(ああもうっ、なんで赤い糸が見えてるのさ――――僕にはもう恋人がいるっていうのにっ!!)

 

 つまるところ、大五郎の悩みというのはソレにつきた。

 勿論その恋人とは、隣の席の女子ではなく現在絶賛遠距離恋愛中の幼馴染み。

 そして彼女とも……赤い糸が繋がっていた。

 

(いや何かの間違いでしょ? ……でも、見えた糸が間違ってたケースなかったもんなぁ)

 

 校内で見るカップルや街行く夫婦の間に、赤い糸が見えなかったことは多々あるが。

 すれ違うお互いを知らぬ男女の、希に同性同士でも赤い糸が見える場合はあるが。

 

(僕と水仙さんが……運命の赤い糸で繋がってるだって? あの水仙さんと? ろくに会話したことも無いのに!?)

 

 大五郎は何度目かわからない視線を隣の席のクラスメイト、水仙咲夜(すいせん・さくや)へ向ける。

 あの、と言ったのには訳がある。

 彼女はいろんな意味で、校内で知らぬ者はいない有名人物だからだ。

 

 ――曰く『絶対に手の届かない高嶺の華(あり得ない程の美人)』

 透き通るような白い肌、腰まで艶やかな黒髪。

 意志の強さを表す黒瞳、口紅をしていないのに紅い唇。

 そこにすらっとした細身の体格も備わって、まさに完璧美人。

 

(…………いちいち様になってるんだよね水仙さん)

 

 ただノートに黒板の中身を写しているだけだというのに、まるでひとつの絵画のよう。

 ここまで来ると、荘厳さすら感じる。

 

(でも、これさえなければなぁ……)

 

 彼の呆れるような視線の中、板書に飽きたのか彼女は手鏡を取り出すと機嫌良くのぞき込み。

 自分が一番美しく見える角度を、あれこれと模索しはじめる。

 

 即ち、――ナルシスト。それも重度の。

 恋人にするなら、己の美貌と対等である事が絶対条件だと声高に叫び。

 友人になるなら、己の配下に入り貢ぎ物を献上しろと。

 男子に媚びず、女子群れず、故に孤高で高嶺の花。

 

 故に、神明大五郎とクラスメイト。

 隣の席である以上の接点はなく、それ以上にはならないはずであった。

 先日、彼女の小指と彼の小指が赤い糸で結ばれるまでは。

 

(あっちゃん、君が恋しいよ……会いたいなぁ)

 

 彼のみが知るあり得ない事態に、遠い目をした瞬間であった。

 

(――――――やべっ、目があった!?)

 

 手鏡越しに、水仙咲夜と視線がばっちり交差。

 彼女は下卑た意地の悪い笑みを浮かべると、ノートに何かを書き込み。

 その部分を定規で切り取ったあと、雑におりたたんで大五郎の机に投げる。

 

「――――(さぁ読むのよッ! 世界一美しい私が直々に秘密のメッセージをあげるんだもの、光栄に想うべきだわ!!)」

 

(え、これは何…………?)

 

(さぁさぁ、さぁさぁさぁ! 感涙に咽ぶといいわ!!)

 

 何か面倒な予感がビンビンにする、悪い予感と言い換えても良い。

 彼が見る赤い糸は、繋がりの可能性を伝えるだけじゃない。

 相手の感情も、曖昧にだが伝えるのだ。

 故に。

 

「――――ッ!?(え?)」

 

「………………(うん、僕は読まない)」

 

 躊躇無く手紙を突き返した、それがどんな内容であろうと。

 大五郎は愛する恋人がいる、ましてや不吉な予兆があるのなら尚更。

 愕然と大口をあけた水仙咲夜は、わなわなと震えて拳を握りしめる。

 

(――――は? え? 今なにをされたの? 突っ返された? この私が? この平凡な男に? 手渡しした手紙を!?)

 

 ありえない、ありえない、ありえない。

 彼女の美貌をまえに頼みをきかぬ者は無く、ましてや同い年の男子など首がちぎれんばかりに喜んで頷くはずなのに。

 

(あったまきたコイツッ!!)

 

 直情的になった彼女は、防犯ブザーをわざとらしく見せつけながら再度手紙を渡して。

 

「―――(わ か っ て る わ よ ね ?)」

 

(わかってるわよね、かな? ――けど、それがどうしたっ!!)

 

「ッ!? ~~~~ッ!! ッ!!(はぁッ!? コイツまた――――ッ!?)」

 

(へへーんだ、そんなのに屈するもんか水仙さんっ!! 僕は読まないから……ってしつこいっ!? 拒絶してるんだから引き下がってよっ!?)

 

 二つの机を手紙がいったりきたり、静かな攻防戦が繰り広げられる。

 彼女は荘厳さや神聖さは何処へやら、ぷくーっと頬を膨らませて睨み。

 とうとう机の上ではなく、大五郎の手に直接にぎらせようと腕を伸ばして。 

 

(――違うブラフっ!? 手紙を持ってないというか耳を掴まれたぁっ!?)

 

「(…………大人しく読まなきゃアンタがセクハラしてきたって今すぐ泣くから)」

 

(囁かれると癖になりそ……じゃなくてっ、なんだよそれ卑怯者おおおおおおおおおおおおおおおおっ!?)

 

 悔しそうに硬直した大五郎を見て、咲夜は満足そうに席に座り直し。

 彼は今度こそ、手渡された手紙に目を通す。

 

(………………、なんだこれ?)

 

 そして首を傾げると、己もノートの切れ端に返事を書いて渡し。

 

(そうそう、最初から素直に読めば良いのよ。えーっとなになに? ……………………うぐッ!?)

 

 そこには。

 

『ごめん、字が汚くて読めなかった。

 授業終わってから教えてほしい。』

 

「~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 その後、授業が終わるまでの十五分間。

 大五郎は咲夜に、ずっと睨みつけられていたのだった。

 




はい、本日は五話目まで投稿します。
そっからは一日一話ですが、基本ストックがカツカツなので止まったらすまぬ的なやつで。


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第2話 私に恋を教えなさい

 

 

「放課後、屋上に来い」

 

 授業が終わったとたん、ぼそっと囁かれた言葉に大五郎は背筋をこおらせた。

 とはいえ、行かぬ訳にはいかない。

 彼がしぶしぶ足を運ぶと、そこには仁王立ちでまっている水仙咲夜のすがたが。

 

(美少女だけど迫力のある美人って感じだから、妙に絵になるよね水仙さん)

 

 白いセーラー服、そよ風によりゆるく動くスカート。

 彼女は大五郎を睨みつけて。

 

「――逃げずに来たことは誉めてあげましょう神明くん」

 

「何の用かな? 意外と字が汚い水仙さん」

 

「うぐッ、貴方ちょっと私にあたりキツくない?」

 

「いやいや、ごめんね水仙さん。緊張してるんだよ君が美しすぎて」

 

「そう? へぇ~、そうだったの! うん許す! ま、私の美しさを前にすれば動揺するのも当たり前だわ。授業中の暴挙も大目に見てあげましょう!」

 

「…………光栄だなぁ(え? チョロくないこの人!?)」

 

 満足そうにふむふむと頷く彼女に、大五郎としては困惑しかない。

 彼としては、やや遠回り気味に拒絶を意思表示したつもりだったのだが。

 

「じゃあさっそくだけど本題に入るわ、――光栄にむせび泣きなさい、私の相手に選ばれた事を!!」

 

「本題に入ってないね、帰るけどいい?」

 

「早い早いッ!? やっぱり貴方って対応セメント過ぎない!?」

 

「気のせいだよ、じゃあまた明日ね水仙さん」

 

「帰るな!! ああもうッ、普通の男だったら顔を真っ赤にして全部イエスで聞き入れるっていうのにぃ! 今ちゃんと言うから帰るなッ!!」

 

「じゃあ、どーぞ」

 

「………………あー、その、ね?」

 

「ちょっと水仙さん?」

 

 急に頬を赤らめて、もじもじとし始めた水仙咲夜。

 その姿は、まさに恋する乙女そのもの。

 ――イヤな予感が、大五郎を襲う。

 

(え、ちょっと待ってマジで待って? これってまさか……そういう事っ!? いやあり得ないでしょ、だってちゃんと話す事ってこれが初めてだし)

 

 告白、その二文字が大五郎の頭の中でダンシング。

 もし彼がフリーなら、喜んで受け入れたのかもしれない。

 でも今は最愛の彼女がいるのだ、そして二股するほど不誠実でもなく。

 何より、好きでもない相手を付き合うつもりはない。

 

(少しぐらいは考えなかった事もないけどさぁ!? フるの? 僕ってばこんな美人をフらなきゃいけないのっ!? そう思っただけでプレッシャーハンパないんだけどっ!?)

 

「えーっと、その、なんて言ったらいいかしら……、こういう事を言うのって、私としても初めてでね?」

 

(言うな言うな言うなよぉ!! どうか買い物に付き合ってとか、誰かと仲良くなるのを手伝ってとか、そういう事にして!!)

 

 大五郎としては縁結びに賭けたい、なにせ彼は赤い糸が見えるのだ。

 その特技を活かして、普段から多々恋愛相談にのってる事実もあり。

 

「――――私に、……恋を、教えなさい!!」

 

(はい来たああああああああああ…………――――って、あれ?)

 

 きゅっと目を瞑り、頬を紅潮させて叫んだ咲夜を前に。

 身構えていた大五郎は、思わず首をかしげた。

 だってそうだ、その言葉は恋人になってくれ、というニュアンスから少しずれており。

 

「…………あー、つまり?」

 

「私はね、常々思っていたの。……恋する乙女は美しい、それは事実なのでは、……と」

 

「つまり、誰かと恋をしたいと?」

 

「違うわ神明くん、この完璧な美しさを持つ私に唯一欠けている要素……それは恋をしているという美しさッ!! そう! アンタには私を惚れさせてほしいのよッ!!」

 

「…………」

 

「…………ね、ねぇ、何か言ったらどう? これでも私史上、一番勇気をふりしぼって言ったのだけど?」

 

 ちらちらと可愛らしく視線を送る咲夜、両手の人差し指をぐるぐるとさせているのが随分とあざとい。

 大五郎はその光景にぐっと来つつ、右手の指を三本立てて返答した。

 

「ごめんね、三つの理由により拒否するよ」

 

「ぐッ!? ~~~ッ、り、理由を聞かせなさい!」

 

「まず一つ、君は美人だからね。校内でも有名な水仙さんと恋人紛いの事をするなんて、男共の嫉妬で僕は死んじゃうよ」

 

「屋上! 放課後のこの時間だけでいいから!!」

 

「食い下がるね、じゃあ二つ目の理由。――その役目、僕じゃなくてもいいよね? 信頼できる相手を紹介するけど?」

 

「何組もカップル成立させてる神明くんだからこそ頼みたいのよ!! それにッ! 最近ずっと見てたから分かるもんッ! アンタが一番信頼できるって!」

 

 う゛ーと唸りながら半泣きになって詰め寄る咲夜に、大五郎は妙な冷や汗をかきながら視線を反らす。

 そして。

 

「…………三つ目、正直さこの理由が一番大きいんだ」

 

「言って、言いなさいよゥ」

 

「遠恋中でこの学校の生徒じゃないんだけどね、――僕、ちゃんと恋人がいるから」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………そこをなんとかッ!!」

 

「諦めないっ!? なんでそんなに拘るのさっ!?」

 

「……………………言えない」

 

 ぷいっと顔を反らす咲夜に、大五郎としては困惑しかない。

 恋を教えて、つまりそれは恋人になれという事ではない。

 つまり、不貞にはあたらないが……。

 

「――――ごめんね、水仙さん。僕は恋人に疑われるような事をしたくないから」

 

「ッ!」

 

 その瞬間、がらりと空気が変わった。

 咲夜は一瞬うつむくと、キッと睨みながら顔を上げて

 

(そんな顔でッ!)

 

「ちょっ!? 痛いって、肩そんな掴まないでっ!?」

 

「ああもうッ!! アンタに頼んだのが間違いだった! このリア充がッ!! アンタみたいな奴にボッチの気持ちなんて分からないでしょうねッ!!」

 

「は? ボッチ?」

 

「そうよボッチよ!! どいつもこいつも私の美貌目当てでッ!! 男なんてガキばっかりだし女も嫉妬するだけだし!! 少しは青春っぽいことをしたいって思っても良いでしょうにッ!!」

 

「…………だから、僕に相手を頼んだと?」

 

「そうよ!! 私だってアンタを恋人にしようとは思ってないわよ!! でも信頼できる相手とちょっとぐらい青春したいじゃない!! バイバイ! 私が悪かったわよッ!!」

 

 拳を握りしめ、ドスドスと怒りに震えて去ろうとする咲夜。

 その背中に、大五郎の涙腺は潤み。

 

(ぼっち? ――ぼっちに悩んでいただって!?)

 

 それは奇しくも、彼にとってもクリティカルアタックであった。

 普通なら見えないモノが見え、他の事情からも孤立していた幼き頃。

 それを救ったのは、――幼馴染みであり今の恋人。

 

『わたしに恩を感じているんでしたら、だいちゃんも同じようにひとりぼっちの子を助けてあげてください』

 

 響く、大切な愛する者の言葉が思い返される。

 

(――――ダメだっ、このままなんて絶対にダメだ!)

 

 次の瞬間、大五郎は振り向き咲夜の手を取って。

 

「ぬおおおおおおおおおんっ、僕が間違ってたよボッチの水仙さん!! 是非ともボッチ君に恋を教えさせて欲しい!! ダメだそんなボッチのままだなんてっ、せめて僕の手でぼっちを卒業させる!!」

 

「ボッチボッチうるさいッ! 同情なんていらないわよ!!」

 

「そこを何とか!! そう! 友達! 今から僕は君の友達だ! 友達なら君の恋の手助けぐらい、一緒に遊んだりするぐらいできる!! 最終的に恋人にはならないけど、友達として恋を教えることなら出来る!! おろろろろーーーーん、水仙さん!!」

 

「なんでアンタが泣いてるのよ! 手を離しなさい!!」

 

「いやだ! 友達になるまで離さない!!」

 

「ああもうッ!! 分かったから! 分かったから! はい友達! 私とアンタは友達! 明日から放課後に屋上で一時間ぐらいは一緒に過ごしなさいよ!!」

 

 そう言うと、咲夜は嬉しいんだか恥ずかしいのだか、はたまた怒りゆえか。

 ぷるぷると震えながら、今度こそ屋上から走り去り。

 ――そのまま、校舎裏までいっきに。

 誰もいない事を確認すると、両手で顔を覆ってしゃがみこみ。

 

「…………ううッ、なんで勢いに任せて私は…………ッ」

 

 それもこれも全部、神明大五郎がいけないのだ。

 

「いつもいつも、あんな寂しそうな顔で笑って……」

 

 殆どの者には普通の笑顔に見えただろう、だが何故か咲夜には理解してしまったのだ。

 ――たぶん、種類は違えど孤独をかかえていたから。

 

「他の奴なんて、……興味なかった筈なのに」

 

 ――その癖、ひとりは寂しくて。

 

(恋を教えて、なんて……。そんなの理由の半分も無いんだから)

 

 この気持ちは、断じて恋ではない。

 この頬の緩みはきっと、たった一人の友人が出来ただけの事。

 

「…………明日から、どんな顔で会えばいいのよ」

 

 咲夜は、大きな溜息をはき出したのであった。

 

 



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第3話 ぼっち度チェックのお時間です

 

 

 神明大五郎の印象をクラスメイトに聞くと、フツーと返ってくる事が多いだろう。

 強いて言うならば、恋愛事を妙に相談しやすい奴だと。

 では、彼とかなり近しい仲の者はどうか。

 ――――即ち、頭は良いが行動力のある大馬鹿、である。

 

 そんな彼であるから、水仙咲夜と友人関係になった翌日の事である。

 本来ならば、朝六時におきて軽くジョギングしている筈なのだが。

 

(はい、という事でやってきました水仙神社!! 時刻は朝5時! いやぁ流石に境内には誰もいないねぇ……)

 

 そう、いつもより早起きして向かった先は水仙神社。

 途中でコンビニであんぱんと牛乳を買い込み、入り込みの準備万端である。

 

(うーん、しかしこれは……ストーカーっぽいね我ながらっ! でもしなきゃいけないんだ――――水仙さんのボッチ度調査を!!)

 

 そう、恋を教えるという事柄はともあれ。

 少なくとも一緒に青春する事はできる、しかしその前に大五郎には水仙咲夜という人物の情報が足りなさすぎた。

 

(いくらボッチといえど、あれだけの美人だし。僕みたいに心を許せる幼馴染みとかいるかもだし、本人的には他人扱いだけど取り巻きの子とかいるかもだし)

 

 当人が聞いたら、ボッチ舐めてるの? とグーで殴られること請け合いだが許して欲しい。

 今の大五郎の気質と人間関係は、リア充陽キャより。

 その認識には、天と地の差があるのだ。

 

(……そうか、神社の娘なら朝に境内を履き掃除する可能性があるのか。――――どこかに隠れる場所…………あ、ラッキー)

 

 思いがけぬ幸運に恵まれながら、バカの調査は続く。

 登校開始、通学路、そして授業中に休み時間、本人は気づかれる事なく放課後を迎え。

 ――そして、屋上である。

 

「………………ううっ、ごめん、ごめんよ水仙さんっ!! おろろおおおおおおん!!」

 

「えっ、来るなり何ッ!? なんで泣きながら手を握ってくるのよッ!?」

 

「僕は甘く見てた……嗚呼、君ってば、本当にボッチだったんだね!! 畜生!! こんな美人がボッチなんてなんて世の中だ!!」

 

「喧嘩売ってる? そう、喧嘩売ってるのね? 河原に行って殴り合いでもする?」

 

 額に青筋たてて怒りを隠さない咲夜に、大五郎はずずいと顔を近づけると。

 

「――――もう、君は一人じゃない。僕が居るよ」

 

「キラキラした目で言うんじゃないわよッ!? 私を哀れむんじゃない!! 地球はじまって以来の美少女に失礼だとは思わないのッ!?」

 

「実はね、悪いとは思ったんだけど……今日一日、水仙さんを観察していたんだ」

 

「悪いと思ってるならしないでッ!? ストーカーとして突き出すわよ!!」

 

「安心して欲しい、毎朝君が境内を履き掃除する時に遠目から望遠レンズを構えているストーカーとは話をつけてきたから。もう安心だよっ!」

 

「ストーカーが居たのッ!? というか何してるのよ神明くんッ!?」

 

「あ、これそのストーカーさんからラブレター。返事の有無に関わらず普通のファンに戻るってさ。いやー、片手間に説得するのは大変だったよ。あ、そうそう見て見て、君の写真を三枚も貰っちゃったんだ!」

 

「どっからツッコめばいいのよ私はッ!? というか写真は一枚しかないじゃない!!」

 

 何なのだ、本当に何なんだろうか。

 思いも寄らなさすぎる大五郎の一面に、咲夜としては翻弄されるばかりだ。

 

「そうだったごめん、残りの二枚は昼休みに売りさばいてきたよ。許してちょんまげ」

 

「ぶ っ こ ろ す ぞ て め ぇ!!」

 

「ちなみに、二枚で三万円になったよ。ただの制服姿の登校風景なのにね、君の美貌はスゴいなぁ……」

 

「そ、そう? それなら――ってなるわけないじゃないッ!? 何を考えてるの? アンタってバカじゃないのッ!? どんな行動力とコミュ力してるのよ、ちょっとは分けなさいったらッ!!」

 

「水仙さんみたいな美人に誉められると、流石にぐらっと来ちゃうね。僕にカノジョがいなかったら危なかったよ」

 

「誉めてないわよッ!!」

 

 いい仕事したぜと言わんばかりの笑顔に、咲夜は大きな溜息をひとつ。

 一歩譲って、咲夜の為だったとしても言わなければならない。

 

「…………アンタねぇ、ストーカーを発見したなら警察呼ぶとかしなさいよ。心配するじゃない」

 

「ごめん、結構かわいい子だったからさ。というか心配してくれたの?」

 

「私じゃない、……恋人、居るんでしょ? 危ないことして心配するでしょうが」

 

 思わぬ言葉に、大五郎は瞬きを一回。

 確かにそうだ、忘れていた、カノジョならきっと心配するだろう。

 

「…………ごめん、軽率だった」

 

「分かればよろしい。――はい、良い子良い子、変な所もあるけど素直なのね神明くんは」

 

「っ!?」

 

 咲夜は少し背伸びをして、無邪気な笑顔で大五郎の頭を撫でた。

 その表情に、彼は思わず見惚れてしまって。

 

「――――ず、随分と自然に撫でるんだね? いつも誰かにそうしてるの?」

 

「あ、ごめんなさい。ウチ、わんこ飼ってるからつい……」

 

「そういえば散歩もしてたね、大変じゃない? 毎朝、登校前に境内の掃除と犬の散歩って」

 

「そうでもないわ、家族で当番制だもの」

 

「それでも、僕はスゴいと思うな」

 

 頬の赤さを自覚しながら、大五郎はそっぽを向きながら言った。

 不味い、これは何というか不味い雰囲気ではないのか。

 

(わ、話題! 話題を変えよう!)

 

 久しぶりだったのだ、誰かに頭を撫でられるのは。

 一年前のあの時以降、無かった事だから。

 

「――――そうだね、水仙さんは晩ご飯外食しても大丈夫系?」

 

「藪から棒になによ、話が繋がってないわよ?」

 

「いやね、折角だから駅前に新しく出来た焼き肉屋でも行かないかって。ほら、軍資金も入ったことだしさ」

 

「…………釈然としないわね、というかそのお金って私のモノになるのが道理じゃないの?」

 

「友達と一緒に晩ご飯という青春はどう?」

 

「――――勿論オッケー!! そういうの憧れてたの!! ナイスよ神明くん!」

 

「そうと決まれば晩飯時までゲーセンで遊ぼう! お金はこの際だから使い切る勢いで!! ふふん、望むなら高級ブランドの化粧品のひとつでも…………いやでも足りるかな?」

 

「そんなの百均でいいわよ! メイクの腕とこの美貌さえあればブランド物なんて誤差よ誤差! さ、行きましょ!!」

 

「うーん、世の中の女性と敵に回しそうな発言だねぇ…………って、早っ!? 待って、僕というお財布を忘れてないっ!?」

 

 楽しそうに走り出す咲夜、その姿に重なる何かに気づかないフリをして。

 大五郎は遅れまいと走り出したのだった。

 

 



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第4話 夜討ちはしないが朝駆けはする

 

 

 咲夜と遊んだ翌日の事であった、大五郎は珍しく寝坊して。

 とはいえ、遅刻するという時間ではない。

 五時起床が六時になった程度、偶にあること。

 だが、そんな時は決まって寂寥感に襲われるのだ。

 

(こういう時は、あっちゃんの声でも聞かないとやってられないなぁ……)

 

 ――――じぃ~~~~。

 

 気だるさに負けないように、枕元のスマホに手を伸ばす。

 ――がやがや、がやがや、たったったっ、かちゃん、わおーん。

 一階の居間の音や、道行く人の足音、散歩中の犬、……窓の外からの声が響く。

 

(――――五月蠅い)

 

 ――――じぃ~~~~~~。

 

 元来、大五郎の五感は普通の人より鋭敏ともいえる。

 起きているときには、無意識に取捨選択して無視できるが。

 こういう時に限って、普段出来ていることが出来ない。

 特に今朝は、懐かしいような初めてのような奇妙な違和感が激しい。

 

(早く……、早く)

 

 ――――じぃ~~~~~~~~。

 

 パターン認証がわずらわしい、アプリをタップすることも面倒だ。

 寝ぼけすぎた体に鞭を打って、ようやく恋人とやりとりしている画面にたどり着いて。

 しかし、この違和感はなんだろう。

 

『――――だいちゃん起きてる? おっはよー、…………えへへ、いつもは直接おこしてるのに何だか恥ずかしいですねコレ。さ、ちゃんと起きて学校に行きましょーーっ!!』

 

「あー、心に染みるねぇ……」

 

 ――――?

 

 何度も繰り返し開いた動画、最後の記憶より少しだけ幼い幼馴染みの恋人の姿。

 ああ、そうだ、彼女はもうこの部屋に来ることが無いのだから違和感なんて寂寥感の産物でしかなくて。

 

(おはよう、っと。未練がましいなぁ僕も)

 

 ――――…………。

 

 大五郎は今日も、既読がつかないメッセージを残念そうに送る。

 仕方ない、遠恋すぎて彼女とは時間が合わないのである。

 すぅ、はぁ、と深呼吸を二回繰り返し。

 しかして、違和感はまだ消えない。

 

(…………起きるか、今日は夜にジョギングしよう)

 

 ――――。

 

 意識をはっきりさせた瞬間、彼の世界に赤い糸が表れる。

 数は二つ、部屋の右から突き抜け一階と繋がっているのは両親だろう。

 そしてもう一つは。

 

(…………………………え、二つ? はい? 二つ? どういう事っ!? しかも僕の手から延び――――)

 

 近くに誰か、否、そんな曖昧な言葉で誤魔化してはならない。

 赤い糸が感知できる有効射程は半径十メートル、遠くとも玄関に、そして近ければ。

 

「おはよう神明くん、さっきのって恋人からのムービー? 朝っぱらから見せつけてくれるわね」

 

「――――~~~~っ!? すすすすすすすっ、水仙さんっ!? なんでここに居るのっ!?」

 

 いた、部屋の扉の前。

 見知った者ではなく、制服姿でたたずむ水仙咲夜が。

 困惑のあまりに大口をあける大五郎を気にせず、彼女はもっともらしく述べた。

 

「昨日は友人らしい青春したじゃない、なら今日は恋人っぽい事でもしようと思って」

 

「だからって朝から僕の家っ!? 思い切りが良すぎるよせめて一言連絡してっ!? というかオカンとオトンは何で入れてるのさっ!? なんて行って入ってきたの君っ!?」

 

「え? 同じクラスの……って最後まで言う前に泣いて感激しながら上がらせてくれたけど?」

 

「んもおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

「というか、どうなってるの? 『あの大五郎に……ううっ、どうか息子をお願いします!!』って握手までされたんだけど?」

 

「…………聞かないで、マジで本当に聞かないでソレ…………」

 

 顔を両手で覆って精神的ダメージを受けている様子の大五郎に、それはそれとして咲夜は少々不満である。

 

「というか、アンタさぁ。この美貌の持ち主が朝から拝めるのよ? 動揺する前に感激して拝むべきでしょう?」

 

「図々しいっ!? いや確かにその美しさが寝起きから見れるのは眼福だけども!! ちょっとは――――」

 

 その瞬間、大五郎は気が付いた。

 彼女の様子は毎度のように自信満々なわけではあるが、その頬は少し紅潮しており。

 

(こ、これはまさか……)

 

(気づかれてないわよね、まさか私が――)

 

(初めての友人に興奮してるって)(ことっ!?)

 

「…………」

 

「…………」

 

 訪れる奇妙な無言、そこに咲夜がいるならば天使が通り過ぎたという慣用句がふさわしい。

 落ち着かなくチラチラと視線を揺らし、もじもじと肢体を揺らす彼女。

 それはまさに、初めてカレシの部屋に来たカノジョそのもので。

 

「その……ダメ、だったかしら? こういう事が恋に繋がるって何かで読んだのだけれど」

 

「う、うーん? 間違ってはいないけど、順序が逆かな? これって恋人になってからやるイベントじゃない?」

 

「なるほど、でも私の美しさの前には些細なことね!」

 

「困った、地味に言い返せないなぁ……」

 

 羞恥心からか裏声が混じる咲夜の言葉に、ドキドキしている大五郎は理解していても指摘する余裕がない。

 とはいえ、彼はパジャマのままなのだ。

 彼女を部屋から追い出す為にも、用件を聞かねばならない。

 

「…………で? 本当の用は何? 見たところ夜更かし――いや徹夜してる? ハイテンションなまま来てるでしょ君」

 

「――――ッ!? よく分かるわね神明くん、正直気持ち悪いぐらい」

 

「なんで僕は朝からディスられてるんです?」

 

「ま、アンタの異常さは昨日から私も分かってるわ!」

 

「ブーメランって知ってる? 体と面が良いだけの水仙さん?」

 

「は? 面と体が良いから魅力に変わってるのよ? ……ま、そっちの言うとおり用が……というかちょっと昨日のお礼にプレゼントを作ったから渡そうと思ってね」

 

「なるほど、義理堅いね君も」

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。そんな訳で今日は一緒に登校しましょ、プレゼントはその時に」

 

「プレゼントかぁ、なんだか嫌な予感がするなぁ」

 

 ニシシ、と悪戯っ子のような咲夜の笑みに大五郎は眉根を寄せて。

 ともあれ。

 

「朝ご飯は食べた?」

 

「ええ、さっき頂いたわ。――ところで、アンタのお母さんからお袋の味の伝授を誘われたんだけど」

 

「オカン~~~!! ああもうっ、僕からちゃんと言い訳しておくから! 君は外で……いやお茶でも飲んで待ってて!! 頼むから余分な事は言わないでよね!!」

 

「分かったからッ、いきなり着替え始めないでよッ!?」

 

 トランクス一丁になった大五郎を前に、咲夜は慌てて部屋の外へ。

 ともあれ、今日の二人は一緒に登校する事になったのだ。

 

 



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第5話 ヤツらを欺け!

 

 当然のことながら、学校が近づくとともに登校中の生徒は増えていき。

 これまた当然のことの様に、咲夜と大五郎に視線が突き刺さった。

 前者は驚きで、後者には嫉妬まじりの殺意ではあったが。

 

「ところでさ、もうそろそろ学校に着くけどプレゼントって何? その妙に大きくて薄い紙袋?」

 

「ふッ、よくぞ聞いてくれました! ――そう、これこそが…………アンタへのプレェゼントォ!」

 

「なんで巻き舌で言ったの? まぁいいやサンクス、ありがたく受け取るよ」

 

 昨日の晩ご飯のお礼、とのことだが。

 彼女の写真を売り払った金である以上、お礼をされる事柄でもなく。

 一緒に食事したこと、というなら将来が不安になるチョロさではあるが。

 

「開けていい? 良いよね、開けるよ!」

 

「そうよドンと開けるよいいわ! ――さあ、刮目せよ――――!!」

 

「これは本だね? もしかして水仙さんのお勧めの雑誌かなに――――………………ってぇ!? いったい何を考えてるのさっ!? え? は? どーゆーことこれっ!? は? バカなのアホなの!?」

 

「ウケケケケ、ヒドい言い草ねぇ。この私が美容の大敵である徹夜までして、丹精こめて作った……自作の写真集に何の文句があるというの!!」

 

「文句しかないよっ!?」

 

 そう、彼女のプレゼントとは自撮りしたと思しき写真を拡大印刷して片側をホッチキスで止めた。

 モデル水仙咲夜、制作水仙咲夜、プロデュース水仙咲夜の手作り写真集・水着も一枚だけあるよ、だ。

 

(分かんないって!? 水仙さんが何を考えてるのか全然分かんないよ!?)

 

 一つだけ理解できるのは、その美貌ゆえのファンが多い彼女の、それも世界に一つしかない自作写真集を持っていると知られてしまえば争奪戦は不可避であり。

 慌てて紙袋に戻そうと、大五郎が動揺する手をもたつかせ苦戦していた瞬間であった。

 

「あ、紙袋は大切な物だから返して貰うわね」

 

「ちょっと水仙さん!? これ丸出しで登校しろと!? 机とか鞄にも微妙にはみ出すサイズのコレを持って歩けと!?」

 

「ええ、これでいつでも私の美に酔いしれなさい」

 

「は? は? マジで言ってる? あー、僕は理解して無かったわ、よく金髪巨乳はバカだとかアメリカンジョークがあるけど、黒髪貧乳もバカ、なんだね、それも美人度に比例するぐらいバカだ」

 

 彼女は己の人気を知っている筈だ、それを承知でこのプレゼントをこのタイミングで手渡した。

 悪意、――明らかな悪意だ。

 そんなものに……大五郎は決して屈しない!!

 

「あー、ちょっと紙袋を破りたくなって来たわ、……あれー、こんな所に紙袋があるわねぇ!」

 

「足下見やがって!! どうかお願いします水仙のクソ女!」

 

「そーれビリビリビリ~~」

 

「ああ待って! 待って待って待って世界一美しく寛大な水仙様!」

 

 破るフリだったが、今の大五郎にはこれが生命線。

 心までは屈さない、けれど戦略的撤退だとか妥協とかそういう言葉が世の中にはあるのだ。

 

「うーん、耳が遠くなったみたい。もう一度言ってくれる? 確か、世界一美しく寛大な水仙様の友人になれて嬉しいから土下座したい? だったかしら?」

 

「こ、こいつ……足下見やがって……!!」

 

「そういえば私たちって友達になったのよね、今すぐ大声で叫びたくなったなぁ……、神明大五郎くんは私の唯一無二のとてもとても大切な友達だって」

 

「僕を虐める為だけに自爆覚悟っ!? 水仙さんは自分のイメージダウンが怖くないの!?」

 

「まぁ? 私はぼっちだったし? それにバカだしクソ女だし? 美貌さえキープできればそれで良いし?」

 

「な、なんて卑怯な……、どうして水仙さんは人気者なんだ!?」

 

「そりゃあ世界一美しいからでしょ」

 

「あっ、はい。その通りです水仙さま」

 

 納得しかない理由だが、釈然としないのも確か。

 それはそれとして、制服の上着を脱いで写真集をくるんでしまえば済むのでは? と思いつき。

 

「あ、やっぱりそうきたわね」

 

「いや普通そうするでしょ、ま、これで一件落着ってね」

 

「ホントにそう思う?」

 

「思うよ、これがベストなアンサーさ。この天才的な頭脳をもってすれば実に簡単な答えだったよ」

 

「じゃあ天才的な頭脳の持ち主の神明くん? ――あれはどう乗り切るの?」

 

「あれ? ……………………あっるぇーーっ!(ヤバイヤバいヤばいやばい、マジでヤバイって!? つーか今日だったのおおおおおおおおおおおおお!?)」

 

 咲夜の指さした先、そこは校門で。

 ――普段であったら、それがどうかしたか、と返しただろう。

 だが今日という日は。

 

(風紀委員により持ち物検査と服装チェックの日いいいいいいいいい!? なんで!? よりにもよって今日!!)

 

 ばっと隣を振り向くと、ニヤニヤと小悪魔な笑みを浮かべた咲夜が。

 そんな表情もよく似合っていたが、つまるところ笑みの意味は。

 

「――――もしかして、知ってたね水仙さん?」

 

「さぁ? 何のことかしら? 私はたまたま、五月蠅く飛び回る蝿がさえずってるのが聞こえただけだから」

 

「何やってんだよ風紀委員んんんんんんんっ!!」

 

 何度でも言おう、水仙咲夜は美しい。

 世界一は過言かもしれないが、アイドルや女優と並べばそちら身を隠すぐらいに隔絶した美しさがある。

 故に本人が孤高の道を選んでいても、その熱狂的ファンは数知れず。

 

(ぬおおおおおおおおおおおっ、考えろ僕! 神明大五郎は天才! 何かある筈だたった一つの冴えたやり方とか!!)

 

 校門に立つ風紀委員の中には、四人いる幼馴染みの一人、筋肉担当の升留院輝彦がいる。

 当然、彼は大五郎の恋人を知っているというか彼女も含めて四人仲良し幼馴染みなのだから、決して、決してこんなモノを持ってるなど知られる訳にはいかなくて。

 

(頼れない……っ、絶対に頼れない!!)

 

 更に悪いことに、輝彦の隣にはつい先日知り合った顔が。

 具体的には、咲夜をストーカーしていた女子。

 

(あの子、まさか風紀委員だったとかさぁ!! しかもあの腕章って委員長のヤツじゃないかっ!!)

 

 腐敗、ここに極まれり。

 

(この写真集を餌に……通るか? 通る通る……通らないよなぁ、絶対に騒ぎ立てる)

 

「うぐぐぐぐぐっ、どうすればいいんだ――――」

 

「どーしたのかしら神明くん? だいぶ焦っているようだけれども、ああ、もしかして学校に持ち込んではいけない物でも持っているのかしら?」

 

「コイツぅ……!!」

 

 立ちすくむ大五郎を、咲夜はニヨニヨと煽る。

 こんな事が、どうして、何故このタイミングで。

 ぐるぐると渦巻く思考が、解決策ではないが一つの回答を導き出した。

 

「さぁ、遅刻してしまうわよ神明く~ん? 私は先に行っちゃおうかしら?」

 

「…………もしもし水仙さん? お聞きしますが……もしかして、もしかすると…………その、昨日、写真を勝手に売ったを、怒っていらっしゃる?」

 

「まさか、マンガみたいなバカな行為をするアホがいるみたいだって、これも青春なのねって喜んだわよ?」

 

(――ま、半分以上はホントなんだけどね)

 

 そのまま持っていてくれて良かったのに、家に帰ってそう思ってしまった瞬間。

 不思議なことに、苛立ちが収まらなくて。

 

(写真売買のひとつやふたつ、私の美貌を示す象徴みたいものよ)

 

 有名税だとそう考えて、本当に前向きに思っていた。

 けど昨日は、そうは思えなくて。

 

「で、どうする?」

 

 わくわくしている、目の前の平凡そうで奇抜なクラスメイトがどの様な行動を取るか。

 期待してる、今までこんなこと無かったのに。

 そう咲夜が熱く見つめる前で、大五郎は……。

 

「そいや!」

 

「ふぇッ!?」

 

「そしてこう!!」

 

「は? ちょっと待って何が起こって――ってちょっとおおおおおおおお!?」

 

「ふははははははは!! しっかり掴まってろよぉ! 僕を止められるものなら止めるがいい風紀委員!!」

 

「ふ、不審者ーーーーっ!? 輝彦さん出番ですよあの変なカップルを捕縛してください!!」

 

「む? あれは……まぁいい。行くぞ謎の不審者あああああああ! 我が筋肉の前で滅ぶがいい友よ!!」

 

「保ってくれ僕の筋肉!」「うっきゃあああああああああ!?」

 

 まさに早業、大五郎は制服の上着で咲夜を目隠し。

 そして自らは下に来ていたTシャツを脱いで顔を隠す、不審者の完成まで0.5秒である。

 そしてそのまま、彼女をお姫様だっこすると全力ダッシュ。

 そのまま中庭に写真集ごと咲夜を置き去りにして、ホームルーム開始まで風紀委員と鬼ごっこを楽しんだのだった。

 

 




はい、ということで明日以降も楽しんで頂けると嬉しいです。


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第6話 好きな物はなぁに?

 

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 僕はどうしてあんな事をしてしまったんだああああああああああ!!)

 

 大五郎は今、屋上へ続く扉の前で踞っていた。

 時間が経てば冷静にもなる。

 顔を隠して風紀委員を突破、それはベストな判断だったかもしれない、だが。

 

(なんでお姫様だっこまでしちゃうかなぁ? いや追いつめられてたからって、僕は本当に何をしてるんだ!?)

 

 正直な所、授業中も休み時間もずっと恥ずかしくて隣の席の美人さんを見れなかった。

 そして現在、このドアノブの重いことよ。

 勢い百パーセントだとしても、あんな事をしてしまった相手にどんな顔をして会えはいいのだろうか。

 

(というかさぁ、なんでこんなに恥ずかしいワケ? すっごい胸がドキドキ言ってるんだけど……落ち着けぇ、落ち着けよ僕、僕には素晴らしい恋人がいるんだからね!!)

 

 開くぞ、回すぞ、ドアノブを捻って中へ入るのだ。

 深呼吸を何回も、永遠に続きそうな躊躇いに大五郎が襲われている中。

 ――その、反対側では。

 

(うわーーーーーーーーーーーーッ!! 何なの!? 何なのアイツ!? バカじゃないのホントにバカじゃないのッ!?)

 

 なるべく考えないようにしていたのに、いざ放課後となると緊張してしまう。

 顔どころか、全身が茹で蛸になっている気がする。

 なんて卑怯、あんな不意打ち心の準備をする間もない。

 

(落ち着け、落ち着くのよ、私になら出来るはずよ。アイツはただの友達で、アレはヤケクソで私を巻き込んだだけなんだから――――)

 

 だから、こんなにドキドキする必要なんてない。

 真っ赤になって唸る必要なんてない。

 

「こんなのずるい……」

 

 幸か不幸か、か細いその声は誰にも届かず。

 

(うぅ……、もうすぐ神明くんが来るってのに顔が赤いのが戻らない…………)

 

 基本的に己の美にしか関心がない咲夜だが、手慰みにドラマやマンガを見ることだってあるのだ。

 お姫様だっこなんてフィクションの産物で、バカらしいとすら思っていた。

 この美貌なら相手次第で、とても絵になるだろうなと少しぐらいなら想像をしていたが。

 

(実際にされてみると、あんなに破壊力があるものだったとは…………)

 

 とにかく、シャンとしなければと大きく深呼吸を一つ。

 平然とした顔をしたつもりで、扉が開くのを今か今かと待ち受けて。

 ――キィと扉が開く。

 

「や、やぁ! 今日も早いねぇ! 水仙さん! 同じ教室だってのに僕の方が毎回遅いよね!!」

 

「そ、それはあたッ、当たり前よ神明くん、ボッチの私と違って? アンタは他の人とダベってから来るじゃない!!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 お互いにどもり不自然な強調、視線は泳ぎ四方八方へ動揺を隠せていない。

 だが。

 

(いよおおおおっし!! ベストコミュニケーション!! 完璧な受け答え! 平然と会話できたぞ!!)

 

(はッ、そーよそーよ! やれば出来るじゃない! これで私が動揺してるだなんて気づかれないわね!!)

 

 残念ながら第三者は不在である、故に両者ともパーフェクトなつかみだと確信して。

 ならば、次の言葉は決まっている。

 

「そうそう、朝のことだけどさ。……元凶は僕にあるとはいえノーカンにしない?」

 

「奇遇ね、私もそれを言い出そうと思っていたのよ。この世紀の美貌の持ち主である私の初めてのお姫様だっこは、金持ちで優しいイケメンだって決まってるのだし!!」

 

「……」「……」

 

(ふぅ~~~!! 水仙さんがチョロくて助かったぜ!)

 

(流石は美しい私ね、神明くんがチョロくて助かったわ!)

 

 満足そうに仁王立ちする咲夜、大五郎としても一安心ではあるが。

 

(…………やっぱ、これの所為なのかなぁ)

 

 彼の他には誰にも見えない運命の赤い糸、それは確かに二人の間で揺れて。

 ――今の、はまるで彼女を意識しているみたいだった、彼には「あっちゃん」という最愛の彼女がいるのに。

 

 繋がっている、運命の赤い糸が目の前の少女と。

 繋がっているのが見えない、最愛の彼女と運命の赤い糸で。

 

(会いたいよあっちゃん、今すぐ抱きしめて欲しい、あー……今そばに居るのがあっちゃんならなぁ)

 

 彼女ならば言いたいことも分かるし、こちらの気持ちも分かってくれている。

 なにより幼馴染みで、何もかも知っている仲だ。

 

「………………あ」

 

「どうしたの神明くん、そんなに私を見つめて。――ああ、惚れた?」

 

「見つめたとか惚れたとかは全然まったくこれっぽっちも無いけどさ」

 

「そこまで否定する事はないと思うわよ?」

 

「僕は水仙さんのこと、名前ぐらいしか知らないなって。…………強いて言うなら、すっごい美人だけどアホっぽいところがあるとか?」

 

 誉めているのか貶しているのか分からない言葉を気にせず、咲夜も彼のことを思い出す。

 

「そういう神明くんは分かりやすいわね、幼馴染みが何人かいて今も仲がいいって聞くし、クラスでは頼れる変人枠だし、実際には行動力のあるバカだし。その癖テストでは、奇跡の毎回全教科75点キープ」

 

「平凡なやつだよ僕は」

 

「恋愛大明神とか一部で言われてて、クラスで一人はいそうなお調子者の神明くんが平凡? アンタ、もう少し自分が変人だって自覚したら?」

 

「水仙さんが自分の美しさを自覚してるように?」

 

 からかう様な言葉に、彼女も同じように返した。

 

「ええ。そして知るべきね神明くん。アンタは自分が思ってるより、私を困らせるのが好きみたいよ?」

 

(ちょっとは自覚してッ、屋上で会うようになってから私の心は神明くんに乱されっぱなしって!!)

 

 これで少しは自覚した筈だ、そう咲夜が思った瞬間であった。

 彼は、至極なっとくいったと言わんばかりの顔で頷き。

 

「なるほど、――――でもそれって水仙さんも同じだよね。君って僕を困らせるのが好きっていうか、困らせるのに明後日の方向へ全力尽くしてる節すらあるよ?」

 

「ッ!? そ、それって…………――――!?」

 

「ああ、そうさ。君も考えてる通り…………」

 

 目を丸くして驚く咲夜、美人が驚くと可愛く見えるのはずるくないか、と大五郎は思うが。

 ともあれ、二人の出した結論は。

 

「「――――ライバル!!」」

 

「そう! 僕らは――」「ライバル! 友達にしてライバル!」

 

 途端、大五郎と咲夜はお互いの右手をがっしりと握りあい。

 

「ふっ、そうと決まればこれからは遠慮なしで行くよ水仙さん!」

 

「望むところだわ神明くん、私もアンタを困らせるから……全力で私を困らせなさい!!」

 

 二人は今日も、楽しそうに放課後を過ごしたのであった。

 

 



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第7話 アドレス帳/ゼロ

 

 友達という関係にライバルという属性が加わったところで、何かが劇的に変わるわけではない。

 放課後に二人、だらだらと一時間ほど屋上で。

 そんな中、いつもの様に帰宅し就寝時。

 

 年頃の少女にしては、少々シンプルな部屋と野暮ったい煎餅布団。

 そこで微睡みはじめた瞬間、咲夜は気づいた。

 

「…………そういえば私、アイツの連絡先とか知らない」

 

 盲点だった。ぼっち故に、放課後はいつも二人っきりだった故に。

 帰ってからも、何かを話したいと思うほどの友人がいなかった故に。

 

「これは……そうね、うん、単にもしもの時に不便だからよ、別におやすみの挨拶とかしたいワケじゃないし?」

 

 それは誰に対しての言い訳であったか、ともあれ明日は連絡先を、可能ならばメッセージアプリで二人だけのグループとか作ったりとか。

 

「…………そういえば、どうやって連絡先を聞いたらいいの?」

 

 孤高が崩されゆく彼女は、疑問に思いながら次の日である。

 虎視眈々と機会を狙いつつ、もうすぐ昼休みになる時間。

 

(んもおおおおおおおおおッ!! なんで神明くんは一人にならないのよ!!)

 

 そう、放課後まで待てず、会話しようと冷静な顔をして隣を伺っていたが。

 ――朝のホームルーム前。

 

『よぉ大五郎! お前、良いデートスポット知らないか? 知り合いの話なんだが……』

 

『まて輝彦、俺が先だ。――なぁ、どうやら妹に恋人が出来たみたいなのだが相手を教えてくれないんだ、しかも今度デートに行くみたいでな、同じ幼馴染みのよしみで…………』

 

『おはよ、トールに輝彦。とりあえず違う話題にしない?』

 

(くッ、そういえば神明くんの幼馴染みが同じクラスだって忘れてた! …………仕方ない、今は彼らに譲りましょう)

 

 先日、校門に立っていた筋肉質の巨漢と、シスコンイケメンと名高いが立ちふさがり。

 ――授業の間の中休み。

 

『我が姫の伴侶たる奇跡の道化師よ、盟友としてソナタに命を下す、――――どうか次の授業の宿題をみせてください』

 

『いやいや? えーちゃんそれ何回目? いい加減フツーに宿題したら?』

 

『そう口にはするが、魔の枷を差し出すソナタには感謝している……具体的には学食二回分ぐらい!』

 

 彼に話しかけるのは、中二病を煩ってる黒ギャルだ。

 どうも去年までは普通の中二病だったという噂だが、どんな心境の変化があったのだろうか。

 

(うううううッ、またも私の邪魔を……!! というか本当に仲が良いわね幼馴染み三人とも!! 全員、神明くんの所に集まってるじゃない!!)

 

 対して咲夜の周りにはゼロ、これがボッチと陽キャの差。

 

(分かってるのよ私も? そりゃあフツーに話しかければいいって。でも、この美貌の持ち主である私に話かけられて……迷惑、しないかしら?)

 

 次こそは、と見送ってもう昼休み直前。

 ここを過ぎれば、彼は幼馴染みか他の友人たちと学食に行ってしまうだろう。

 

(ううっ、こうなったら最後の手段よ!)

 

 彼女は何気ない素振りでスマホを取り出し、教科書で隠しながら隣席の大五郎へアピール。

 もちろん、消しゴムのカスを投げて注意を引くのも忘れない。

 

(…………やっぱ、そーだよなぁ)

 

(あ、やっと気づいたこのアンポンタン!!)

 

(素直に教えてもいいんだけど、――それじゃあ面白くない気がするんだ)

 

 実の所、大五郎は登校し教室に入った時点から気づいていた。

 赤い糸によって、その様なニュアンスが伝わっていたこともあるが。

 これ見よがしに、何度もスマホをちらちらとアピールされれば気づけるというもの。

 

(ま、僕以外はきっと暇つぶしにネットしてたぐらいにしか思ってないだろうけどね)

 

 密かに己の洞察力を誇りながら、さて、と思案する。

 素直に教えてもいいし、放課後まで我慢しろと手紙を送ってもいい。

 だが。

 

(そう、――僕はノゥと言える日本人!! ここで手紙を隣にシューっ!! 超エキサイティン!!)

 

(えーと何々……? は? いくら出す? ふざけてるのコイツ!!)

 

(ふふんっ、水仙さんだけには僕の連絡先は高いよ! どんな値段をつけてくるかなぁ……)

 

 ウキウキで返事を待つ中、彼女が投げてきたノートの切れ端には。

 

(私の生声を聞けて、いつでも賛美のメッセージを送れる以上に高価なことはない? なら――)

 

(は? 美人に貢がれないと教える気になれない? 足下見やがって神明くんめぇッ!!)

 

(……ほうほう? 土下座させてあげるから? どんだけ自分に自信持ってるんですかね水仙さんは)

 

(頭が高い、名前に様と発言の前にプリーズをつけろって? 何様よアイツ!!)

 

(プリーズお願いだから教えてください神明様? ほっほうっ!? これは良い感触なんじゃないの? なら次は)

 

(満足したからもういいや、次の機会をお待ちしております!? うううううううッ、ふざけんじゃねーーーーー!! 負けてられないわ! 絶対に後悔させてやる神明くん!!)

 

 そして昼休み、教師が去った瞬間であった。

 どたん、と音を立てて大五郎は立ち上がり。

 

「よぉーーし、学食行こうよ輝彦! トールも来るよね!」

 

「あ、すまない俺はパスする。ちょっと用があるんだ」

 

(しまった出遅れたッ!?)

 

「えーちゃんは……、あれ? もういない」

 

「じゃあオレと大五郎の二人――――」

 

 次の瞬間であった、ガタンと一際大きく音がして。

 その発生源が、あの水仙咲夜となればクラス中が注目して。

 

(しまった!? 早く輝彦を連れだして、いやここは僕だけでも)

 

「――――ねぇ、少し待ってくれないかしら升留院くん? 頼みがあるんだけど」

 

「お、おおおおおお、オレですか水仙さん!! いやっほう聞いたか大五郎、トール! 水仙さんに話しかけられちゃったぜ!!」

 

「落ち着けよ恋人持ち、いくらファンだって言ってもクラスメイトだろうが」

 

「そうは言うがなトール、――あ、すまない水仙さん。用件は何だ? オレに出来る事なら何でも言ってくれ!」

 

 そうそう、普通はこの反応よね、と満足そうな咲夜は、逃げだそうとしてる大五郎を指さして。

 

「神明くんの連絡先とか教えてくれないかしら? 何度聞いても恥ずかしがって教えてくれなくて」

 

「はぁ!? 聞いてないぞ大五郎……って、逃げようとしてんじゃねぇ!?」

 

「フハハハ! 逃げさせてたまるか大五郎! 捕まえたぞトール!」

 

「畜生! 裏切ったなトール! ああもうっ、絶対に教えないでよ輝彦! 僕の連作先は死守するんだ!!」

 

「いやお前……」

 

「へぇ、幼馴染みを盾にするつもり? 度胸が無いのね神明くんは」

 

「はぁ~~っ!? 言ったな水仙さん! 誰が度胸がないだってぇ!!」

 

「そう思うなら、立ち向かって来てみてよ」

 

「そっちこそ周りから攻めずに、直に聞きに来いよ!!」

 

「…………なぁトール? オレ達は何を見せられてるんだ?」

 

「俺に聞くな輝彦、こっちが聞きたいぐらいだ」

 

 うきー、きしゃーと睨み合う二人。

 大五郎は逃げるのを忘れ、スマホを右手に掲げながら咲夜と対峙する。

 彼女もまた、左手にスマホを構え。

 

「言ってみてよ、僕の連絡先が知りたいって」

 

「ええ言うわよ、本来ならアンタの方が媚びへつらって頼むところだけど、特別に私から言いだしてあげるわッ!」

 

「へぇ、出来るの水仙さんに?」

 

「ふん、吐いた唾は飲み込めないわよ?」

 

 じりじりと緊迫した雰囲気、しかし内容が内容だけにどこかトンチキな空気は消えず。

 かたん、と何かの音が瞬間。

 変わる、クラスでは常にクールな印象であった水仙咲夜は、まるで恋する乙女の様に変化して。

 

「――――神明くんの連絡先……、教えてくれないかしら?」

 

「はい喜んでぇっ!! …………しまったぁ!? くっ、卑怯者め! 上目づかいで恥ずかしそうに頼まれたら」

 

 勝者、水仙咲夜。

 彼女はほくほくした顔で、項垂れた大五郎からスマホを受け取り。

 彼の左右には、輝彦とトールの幼馴染みコンビが陣取り。

 

「…………あ、僕って学食に行かなきゃいけないんだ」

 

「逃がすかよ大五郎おおおおおおお! 水仙さんとの仲を話せえええええええええ!!」

 

「そうだぞ大五郎! 俺たち対して隠し事なんて水くさい! 全部喋って貰うからな、続け我がクラスの男子達よ大五郎を逃がすな吊し上げろ!!」

 

「ぬおおおおおおお! この展開を予測すべきだったああああああああああ!!」

 

 端的に言おう、二人の仲の秘密は守られたが。

 大五郎は、昼ご飯を食べ損ねたのだった。



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第8話 幼馴染みーず(男)

 

 

 神明大五郎には、四人の幼馴染みがいた。

 一人は遠恋中の彼女であるあっちゃん。

 そしてその姉であり、クラスメイトのえーちゃん。

 同じくクラスメイトである升留院輝彦と、トールこと井元透。

 

 彼らは仲の良い幼馴染み五人組であったが、同時に年頃の男女である。

 当然と言うべきか、運命の赤い糸が見える大五郎には彼らの感情のもつれが見えていて。

 

(今日はとうとう水仙さんに連絡先を知られちゃったかぁ……いや、いいんだけどね?)

 

 昼の騒動を思いだし、少し疲れた苦笑と共に大五郎は帰宅。

 見覚えのある靴に気づかずに、そのまま自室へ行き。

 

「――――やあ、お邪魔してるぜ大五郎」

 

「いやトール? なんで僕が帰るより先に僕の部屋に居るワケ?」

 

「そんなもの決まってるだろ? …………お前に、聞きたい事があるからだ」

 

「なるほど?」

 

 まるで自分の部屋のように居座るイケメンの鋭い視線に、自然と大五郎も警戒する。

 これはきっと昼のことだ、おそらく水仙咲夜との仲を聞きに来たのだろう。

 

(どう言い訳したものかねぇ、いや言い訳する理由もないんだけどね。トールなら僕のこと理解してくれてるし)

 

 曖昧な笑みを浮かべる彼の肩を、トールは両手でがっしり掴んで離さない。

 そして。

 

「話とは他でもない、…………妹の、デート相手の事だ大五郎おおおおおおおおおお!! おろろおおおおおおおおおおん!! 知らないか? 何か知らないか大五郎!! 樹里亜が! 俺の大切な樹里亜がぁ!! デートだとおおおおおおおおお!!」

 

「あれ? そっち!? 水仙さんのコトじゃなくて!?」

 

「は? あの顔だけ女とお前の事? そっちは後で聞くがそれより樹里亜の事なんだよっ!! お前知ってるだろう! 知ってて俺に話してないだろう!! 言え! 樹里亜の相手は誰なんだ、もう恋人がいるのかそれとも結婚? 結婚だと!? お兄ちゃんは許しません!! ――――待て、何故黙ってるんだ大五郎!! まさかお前が樹里亜と…………っ!!」

 

「いやいや? 僕にはあっちゃんがいるからね?」

 

「は? 樹里亜の何が不満なんだ大五郎? 返答次第によってはぶっ殺すが?」

 

「そういう面倒くさいシスコンだから、樹里亜ちゃんはトールに何も話さないのでは?」

 

 正論をぶつける大五郎に、トールの眼孔はギラリと輝く。

 

「ほう? その言い方……つまりお前には相談してる、そういうニュアンスだな?」

 

「一般論を言っただけだけど?」

 

「はんっ!! 俺とお前の仲だぞ? 言葉の裏に隠された細かなニュアンスぐらい読みとれる! 墓穴を掘ったな大五郎!! ――――どうか、どうか俺に樹里亜の相手を教えてくださいプリーズ!!」

 

「うわっ!? 泣きながら足に縋りつかないでよっ!?」

 

 ぺこぺこと土下座まで始めたトールに、大五郎としても難しい顔をするしかない。

 何故ならば。

 

(いやさぁ、輝彦と樹里亜ちゃんもトールにちゃんと話しておいてよ!! なんで僕が巻き込まれてるのさ!!)

 

 そう、トールの妹・樹里亜の恋人は輝彦。

 二人の背中を後押ししたのが大五郎なら、兄トールが面倒だから黙っててくれと頼まれたのも大五郎だ。

 この際だから言うか、それとも二人に配慮するか。

 彼の迷いを察知して、トールは素早く鞄から本を取り出す。

 

「なぁ大五郎……何もタダで教えて欲しいと言ってる訳じゃない…………これを、お前の為に集めていたこれを、やる……!!」

 

「なんかカッコつけて言ってるけど、エロ本だよねコレ?」

 

「は? お前の為に集めた、あっちゃんみたいな明るいお姫様系巨乳美少女のエロマンガとエロアニメとAVとグラビア写真集とIVの厳選集なんだが?」

 

「顔は良いのに、そうやってエロ一直線だから樹里亜ちゃんに避けられてるしモテないんだよ?」

 

「それを言ったら戦争だろうが大五郎!! というか俺達ぐらいの男ならエロ一直線ですぅ~~!! むしろエロを毛嫌いする方が不健全だ!!」

 

 そう言い切るトールは、残念なイケメンとしか形容できなくて。

 

(…………もうちょい抑えれば、トールの赤い糸もちゃんと繋がるんだけどなぁ)

 

 大五郎には見えていた、幼馴染みであり親友トールの運命の赤い糸が。

 あっちゃんの姉であるえーちゃんと、もう少しで繋がろうとしているのを。

 なお、半年前からずっとである。

 

(ま、仕方ないか。後で輝彦に文句いっておこう)

 

 あの二人が彼に話すまで、己はサポートに徹するべきだ。

 だから。

 

「確かに僕は知ってるよ、でも言わない。約束だからね」

 

「――――…………そうか、お前がそう言うなら仕方がないな」

 

「素直に引き下がるね」

 

「ああ、俺たち親友だろ? だからこのコレクションは、えーちゃんからお前の誕生日に渡して貰うとするよ」

 

「え? は? ちょい待ちトール? ちょっとトール? それ反則じゃないのっ!?」

 

 親友の言葉に大五郎は焦った、何故ならば。

 

「フハハハハ!! 手段なんて選んでいられるか!! 知っているぞ大五郎!! 姉妹だけあってえーちゃんはあっちゃんと良く似ている!! 故に! お前は精神的ダメージを受けると!!」

 

「そりゃ恋人の姉から、恋人に似たエロ本コレクションを手渡されてダメージ受けない人は居ないよ!? というかそれ自爆じゃないの!? またえーちゃんに冷たい目で見られるよトールっ!?」

 

「五月蠅い死なば諸共だっ!」

 

「それなら僕だって考えがある!! 君の為に作った黒ギャルの美少女エロフィギュアをあっちゃんに渡す!! 絶対にだっ!!」

 

「何作ってるんだ大五郎っ!? 万能の天才っぷりを無駄に発揮してるんじゃねぇ! やるなよ? 絶対にえーちゃんに渡すなよ!! フリじゃねぇぞテメェ!!」

 

 うがーと怒り出すトール、大五郎はニヤリと笑い。

 

「お、やるか? やりますかトール? ゲームでケリをつける? また僕にボコボコに負ける?」

 

「お前こそ、俺にゲーセンの脱衣麻雀ゲームで勝てるのか? んん? 勝てるのか? エロが絡んだ俺は強いぞ?」

 

「なんでトールの土俵で勝負しなきゃいけないのさ!! だが乗った!! 君への誕生日プレゼントで用意してた、脱衣ブラックジャックのアプリで対戦してやる!!」

 

「だから何でそんなもんホイホイ作ってるんだお前!?」

 

 思わず叫んだトールであったが、大五郎の次の言葉で更に声を大きくした。

 

「え、あっちゃんが遠いし夜やること無くて寂しいから暇つぶしに……」

 

「さらっと重い事を言うんじゃない!! この寂しがり屋が!! 今日は夜中まで付き合ってやるから、あっちゃんの事は口に出すなよ絶対だからな!!」

 

「マジで、いやぁ最近は寂しくて寝付きが遅くってさぁ」

 

「くっ、今日は遊ぶぞ大五郎!」

 

「よしきたトール!!」

 

 その日、二人は夜中まで遊び倒して。

 一方で日付が変わる頃、とある神社の娘といえば。

 両手でスマホを持ち、画面とにらめっこ。

 

(うぅ……、連絡先をゲット出来て神明くんと二人だけのグループチャットまで作ったっていうのにぃ!!)

 

 こんなにも難しいものだったのだろうか。

 

(今なにしてる……、いやもう遅いわよね、じゃあおやすみなさい? それじゃあ素っ気ない気がするし――――)

 

 かれこれ三時間程この調子だ、咲夜は大五郎に何てメッセージを送ればいいか分からなくて。

 

(ああもうっ、あっちから送ってきなさいよ!!)

 

 湯上がりの艶やかな髪が乱れるのも気にせず、布団の上で悶えながらゴロゴロと転げ回っていたのであった。

 

 



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第9話 シャル・ウィ・メッセージ

 

 

 その日は、少しばかり奇妙な日であった。

 とはいえ、何か事件が起こったり咲夜がちょっかいをかけてきた訳でもない。

 むしろその逆、――何も無いのだ。

 

(強いて言うなら、僕を何度も変な顔でチラ見してきただけだけど……)

 

 疑問はあるが今は放課後、どうせ屋上で話すのだから素直に聞けばいい。

 そう考え、いつも通りに扉を開けた彼であったが。

 

「………………答えて」

 

「はい? いきなり何だい水仙さん?」

 

「答えて、答えてください、答えろ神明くん!!」

 

「見事な三段活用だね」

 

「――――もしかして…………、私はコミュ症だったのッ!?」

 

 ズモモモモと妙な気迫、血走った目で迫る迫力のある美少女。

 大五郎は動じず、おや、と頷き。

 

「何を今更?」

 

「の、のおおおおおおおおおおおおおおおお!! この私がッ!! この完璧な美少女の私が!! あり得ない!! 私はいつだってパーフェクトコミュニケーションを取っていた筈ッ!!」

 

「申し訳ないんだけど、水仙さんはその美貌で押し通してるだけで。…………割と残念な美少女の類だから」

 

「は? は? 喧嘩売ってる? もしかして喧嘩売られてるの私? かかってきなさいよ平凡な面した神明くんよぉ!!」

 

「どうしたってのさ水仙さん!? いつも以上に情緒不安定だし、面倒くさいよ!?」

 

 どストレートな言葉に、彼女はムンクの叫びのポーズでキシャーと謎の叫びを上げる。

 すると。

 

「お慈悲を…………ッ! たった一人の私の友達にしてライバル! 陽キャの神明くん!! どうか……どうか私に教えてください~~~~ッ!!」

 

「スマホ掲げながら土下座しないでっ!? 事情がわかんないって!? 昨日の夜に僕へおやすみのメッセージを送ろうとしたけど、時間とか文面を気にして結局送れなくて、精神的ダメージで鬱はいってるぐらいしか分かんないからっ!!」

 

「全部まるっと理解してるじゃない!? そこまで察してるなら神明くんの方から送りなさいよ!!」

 

「ははは、めんごめんご。僕って君と違って陽キャだから? 昨日はトールと夜通し遊んでてさ」

 

「ころちゅ!! 神明くんの様な陽キャは生きていてはいけない存在なんですよ!!」

 

「はいはい、じゃあ今日はメッセージ送る練習でもする?」

 

「する!!」

 

 という訳で突如、メッセージの送り方講座が始まった。

 二人は屋上のベンチに仲良く座り、それぞれのスマホを取り出す。

 ――――だが。

 

(~~~~~~っ!? す、水仙さん!? そのスマホって!?)

 

 大五郎は驚愕した、一見したらピンクカラーの普通のスマホ。

 しかし。

 

「なんで安心フォンなの? え? ホントなんで?」

 

「え? 何か変なのコレ?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 首を傾げ会う大五郎と咲夜、指摘しても良いのだろうか。

 それが幼い子供や老人が使うような、機能制限されたものだと。

 

「…………一つ聞くけどさ、自分でそれ選んだの?」

 

「いいえ? 私は興味なかったから、親が買ってきたのを使ってるの」

 

「………………もしかしてさ、水仙さんの親って過保護?」

 

「過保護かどうかは分からないけれど、男性の参拝客が私に話しかけないようにウロチョロしてるのがウザったいわね」

 

(これ地味に僕の存在がヤバいやつぅ!? え? 水仙さんの現在唯一の男友達である僕の存在がバレたらヤバいんじゃない?)

 

 もしかして、もしかすると、メッセージアプリやSNSの使い方を教える事は大五郎の破滅に繋がるかもしれない。

 顔も知らぬ彼女の親の存在に、戦慄していると。

 

「ねぇねぇ、変な顔してないで教えなさいよ。このスマホの何処が変なの?」

 

「…………大変、言いにくいんだけど」

 

「あ、もしかして古すぎ? それとも私には分からないけど壊れてる?」

 

「………………そのスマホさ、子供か老人が持たされる機能制限されたヤツだよね?」

 

「つまり? この機会にインスタとかの使い方も教えて貰おうと思ったのだけれど…………」

 

「最悪の場合、そういうSNS系の機能が制限されて使えないパターンあるね。まー、lineはやってるんでしょ? なら僕とかと連絡取り合うぐらいなら大丈夫だけど…………」

 

「………………は? え? はぁああああああああああああああああああッ!? 何よそれええええええええええええええええええッ!!」

 

 事態を理解した咲夜は、怒りに震えながら立ち上がり。

 

「なんてモノを年頃の娘に渡してんのよお父さん!! これじゃあ、私の美貌をインスタにアップしてチヤホヤされてブームになって貢ぎ物でウハウハ計画が台無しじゃない!!」

 

「あ、これお父さんが正しいね」

 

「何言ってるのよ神明くん!! これは全人類にとっての悲報よ!? 私は不労所得を手に入れて美貌を磨き続ける生活を夢見ていたのに!!」

 

「というかさ、この前の写真集は? あれ少しはこの手のアイテムを理解してないと作れないでしょ」

 

「ああ、それはお婆さまとお母さんがノリノリで協力してくれたわ」

 

「うーん、水仙家の力関係が見えてしまった気がするぞ? もしかしてお父さんって入り婿とか?」

 

「え、なんで分かるの? こわっ!?」

 

「…………これはあくまで想像だけどさ、君のお母さんの美貌に土下座せんばかりに猛アタックして結婚して貰ったとか?」

 

「神明くんはエスパーだった……!?」

 

「そんな便利な力があったら、是非使ってみたいねぇ……」

 

 急に遠い目をする大五郎に、怪訝な顔をする咲夜。

 彼にとって運命の赤い糸を見える力など、技術の粋を凝らした先にある代物でしかないが。

 そんな事を分かるはずがない。

 

(もし何かの超能力があるならさ、あっちゃんと会えるのかなぁ……)

 

「ぼんやりしてる場合じゃないわよ神明くん、――貴方には今から大事な計画に付き合って貰うのだから!!」

 

「――え? いきなり何?」

 

「帰ってから抗議しても、私のスマホの買い換えには時間がかかるわ。――だから、今出来る事をする!!」

 

「具体的には?」

 

「ふッ、いくら私でも父が心配してる事は分かるつもりよ。故に! だから! 今が美しき反抗の時ッ!! これから夜な夜なSNS映えしそうな私の美しい自撮りを、神明くんにだけ特別に送りましょう!! …………ああ、そうね、ちょっと一分ほど後ろを向いてくれるかしら?」

 

「うん、いいけど…………」

 

 勢いに飲まれ、くるりと背を向ける大五郎。

 するとしゅるしゅるという衣擦れの音と、暫くしてからパシャリとシャッター音が。

 続いて、彼のスマホに通知が入って。

 

「さ、見なさい…………これが私の反抗!!」

 

「では御拝見…………――――――っ!? こ、これは!?」

 

「称えてもいいのよ? 誉めたくなった?」

 

「いや正座してどうぞ? 今すぐこの場で正座しろ? 君にはちょっとネットリテラシー的な、あるいは友達とはいえ同級生の男にこんな写真を送る意味をね?」

 

「え? 何よそのマジ顔ッ!?」

 

「正座、いいから正座ね? 僕に君の美貌は通用しないっていうか、これはマジで水仙さんの為だからね?」

 

 そう、彼女から送られてきた写真というのは。

 制服を妙にはだけた、ギリギリ健全な写真。

 それを美少女がやっているのだから、破壊力は推して知るべし。

 

(ダメだっ、犠牲者が増える前に僕が止めないと!!)

 

 釈然としない咲夜に向かって、大五郎はこんこんとお説教。

 その日の放課後は、それで終わったのだが。

 夜、彼が寝る前の事である。

 

「~~~~っ!? わ、分かってない!! ああもう! 畜生! こうなったら僕のセミヌードも送ってやるよバカ野郎!! おやすみ、じゃねぇ!! なんで湯上がりバスタオル一枚とか恥ずかしげもなく送ってくるんだ男女の機微をなんだと思ってるんだ小中学校の性教育の授業の時間寝てたろアイツううううううう!!」

 

 水仙咲夜のSNSデビューの日は遠そうであったが、ともあれ。

 勢いのままに、友人へメッセージを送るという課題はクリアされたのだった。

 

 



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第10話 友達を紹介しよう?

 

 

 今日も今日とて放課後は屋上である、運動部達の騒がしい声を下に。

 二人、静かに遠くを眺めているだけ。

 毎日こうして二人だけの時間があるのだ、こういう日も出てくる。

 

(不味いのはさ、……嫌じゃないんだよねこの沈黙)

 

 苦にならない。

 気まずさに襲われない。

 むしろ安心して、リラックスできていると感じる程だ。

 ――言葉の無い時間が、こんなにも心地よい。

 

(本当に不味い)

 

 大五郎はちらりと横にいる咲夜を盗み見る、彼女は何が楽しいのか機嫌良く目を細めて。

 絵になる、美しいと思う、その姿に暖かみを感じてしまう。

 隙間の空いた心に、するりと入ってきて場所をとる。

 

(水仙さんも同じ気持ちなら……なんて思っちゃいけないんだ)

 

 遠い、愛しい恋人が普段より遠く感じる、思い出が戸棚にしまわれたアルバムの中身のように思い出せなくなっていく感覚。

 

(まだ僕はさ――)

 

 その先は心の中でも続けられなかった、認めてはいけない、認めてしまったら終わってしまうから。

 大五郎はそっと目を伏せる、考える、このままではいけない。

 

(というかね、僕たち二人っきりなのが原因だよねこれ、水仙さんの様な美人と肩がふれあう距離に放課後毎日二人っきりとか、どんな錯覚をしても不思議じゃない)

 

 とはいえ、だ。

 

(この空間に誰かを参加させる、というのはダメだね)

 

 彼女を独占したいという訳ではない、けれど不思議な事に。

 この場に誰かを参入させることは、彼女の気分を害するという「確信」があるのだ。

 ――ちらりと視界の隅に、赤い糸が風もなく揺れて。

 

(………………忘れてた、相性が良い相手ってこういう事だったね)

 

 苦笑をひとつ、大五郎は思考を切り替えた。

 

(つまるところ、水仙さんがぼっちで放課後の予定が僕だけって事が問題なんだよね。――まぁ、僕がトールや輝彦の誘いを断って一緒にいる事も、事態に拍車をかけてる訳だけど)

 

 ならば、彼女の交友関係を増やせば良い。

 

(ねぇ水仙さん、ちょっと提案があるんだけど…………いやなんで僕は声に出さないんだ?)

 

 確かに口を開こうとしたのだ、声に出して、彼女に友人を増やそうと。

 けれど、出来なくて。

 

(うーん、自分が分からない……、それとも、分かってないフリをしてるだけかねぇ?)

 

 トホホ、と悩ましい顔をする大五郎。

 一方で咲夜もまた、彼の様子を密かに観察していた。

 

(一人でころころ表情変えて、愉快なのね神明くんって)

 

 何かを言いたげに、でも止めて。

 普通なら気になる所だ、これが他の誰かなら完全に無視するか、冷たく問いただす所ではあるが。

 

(なーんか、それでも良いって思うのよね)

 

 こんな気持ちは初めてだ、こんなにも他人が気になるのも初めてだし。

 なにより、……不快ではないのだ。

 

(誰かと一緒にいて、話さなくても大丈夫なのね)

 

 そう思うのは、隣にいるのが神明大五郎だからか。

 それとも、別の理由があるのだろうか。

 

(自分の気持ちが分からなくなるなんて、こんな気分なのね)

 

 でも。

 

(うん、うん。イヤじゃない、神明くんとならこうしていて安心できるもの)

 

 水仙咲夜という人物は、美という観念を常に意識している。

 それが疲れるという訳ではない、むしろ楽しんでやっている。

 けれど……、取り繕うという言葉は相応しくないが。

 

(気を使う必要がない、そういうコトなのかしらね?)

 

 彼はまだ、咲夜の視線に気づかず表情を変え続ける。

 楽しげに、ちょっと怒って、不満そうに、悪い顔もしてぶんぶんと頭をふって自制する。

 そして、――寂しそうな。

 

(いつかは……話してくれるのかしら)

 

 以前はあれだけ気になっていたのに、隣にいる、その事実だけで許せてしまう。

 いつかは、絶対に打ち明けてくれる。

 そんな確信めいた予感さえ、不思議と心を暖かくした。

 

「…………」

 

「…………」

 

 言葉はない、風は少ない、地上のざわめきだけが聞こえる。

 今日の二人は、それがたまらなく安心出来たのであった。

 

(――――――最近、付き合いが悪いと思ったら…………我が遠き翼の伴侶よ!! これは異端審問をかける必要があるぞ!?)

 

 そんな二人を、隠れて伺う者が一人。

 黒く日焼けしたギャルそのもの、しかして中身は未だ完治しえぬ中二病の持ち主。

 

(これは絶対に!! 話を聞かせて貰うべきであろう!!)

 

 『あっちゃん』の姉にして、大五郎の幼馴染みの紅一点。

 ――『えーちゃん』こと、加古絵里(かこ・えり)その人。

 

(……聞かせて貰うべき…………いえ、わたしにその権利が? でも気になる……埋もれし愚かな天才よ、そなたは何時、月光の使者と仲良く……?)

 

 眼前の二人は、もはや熟練カップルの域。

 それはいつか見た、妹と彼と同じ光景。

 喜ぶべきことである、関係を壊さぬよう見守るべきかもしれない。

 

(けど…………、また、大五郎と皆で……)

 

 うん、うん、絵里は深く頷いて。

 

(明日、そう明日! まずは大五郎を捕まえてからである!!)

 

 大五郎と咲夜の間に吹く風が、変化を起こそうとしていたのであった。

 

 



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第11話 パンツ!

 

 

(えへへぇ~~、昨日は良い感じだったじゃない? うんあれこそ友達って感じの放課後の過ごし方じゃない? 会話が無くとも苦にならない、まるで恋人みた――――あれ? う、うん、気のせいよ私たちは友人! だからこうして朝、迎えに行くのも友達だからよ!!)

 

 と、朝である。

 神明家には澄まし顔で内面は浮かれポンチの美少女が、将来の嫁御だと諸手を上げて歓迎されて。

 

(ま、まぁ、まだ付き合ってないし? あくまで私たちは友達だし? だから嬉しくなんてないの! そう! そうなのよ!)

 

 とんとん、と軽やかに二階の大五郎の部屋へ。

 扉をそぉっと開けると、早朝ドッキリのごとく中へ。

 

(…………なんだ、まだ起きてないじゃない。朝早いって言ってたけど、本当なの?)

 

 大五郎としては、なんで通常より遅く起きた時に限ってくるのかと文句の一つもでる。

 だが今の彼は夢の中、脳天気に寝顔をさらしていて。

 咲夜はこれ幸いと、彼の私物チェックを始める。

 

(何となく早く起きたから、何となくサプライズで起こしに来たけれど…………、このまま普通に起こすのもつまらないわ)

 

 その「何となく」の原動力は何か気づかず、咲夜は目を輝かせて抜き足差し足忍び足。

 

(………………今日の寝顔は普通なのね、いつもこうなら可愛いの――――可愛い? 私が? この見た目平凡な男に? 可愛いって? ………………いやいやいや、これはあくまで友達としてよ、うん、そう、それより何か面白いモノは……)

 

 少し頬を赤らめながら、ベッドの上から視線を外す。

 

(本棚……、そういえば高校生にしては本が多いわよね、専門書っぽいものも何冊もあるし、本当に全部読んでるのかしら)

 

 大五郎の本棚は控えめに言って、雑然としていた。

 三つある本棚の中身すべてが分類されておらず、心理学の本が横になっておかれているかと思えば。

 その上に少年マンガが、時代小説とSFと固まって。

 その間に少女マンガのシリーズの一冊だけがあったり、しかも縦に置かれている本でさえ上下が揃っていない。

 

(…………エッチな本も堂々と置いてあるわね、これだけ雑に置かれてるなら一冊ぐらい……い、いえダメよ、それをしたら女の子として終わる気がする!!)

 

 後ろ髪を引かれながら、今度は机の上へ。

 そこにはパソコンと、粘土の様な何かやプラモデル。

 ――伏せられた写真立ての周りだけ、綺麗にしてあって。

 

(見ても、……いえ、でも、これは見るべきなのかしら? 違う、――私に、見る資格があるの?)

 

 手を延ばし、裏返しになった額をなぞる。

 水仙咲夜は直感した、これが。

 

(これが……きっと、神明くんの)

 

 空虚な笑顔の、寂しそうな眼差しの原因だと。

 けれど……見るのが怖い、見てしまったら何かが崩れてしまいそうに思える。

 呼吸二つ分のためらいの後、彼女は伏せられた写真立てから指を離して。

 

(――――すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、…………よしッ、切り替えましょう!)

 

 それより、もっと楽しそうな。

 大五郎の弱点とも言うべき何かを探すべきだ、そう踏み出した瞬間であった。

 

(あ、服を踏んじゃったわね。まったくだらしないんだから……男の人って皆そうなのかしら? お父さんも脱いだら脱ぎっぱなしだし、洗濯したのもぽんと床に置いて片づけないし――――ッ!?)

 

 つい癖で、拾い上げた瞬間であった。

 彼女は手に取ったその布切れに、両目を見開いて驚く。

 

「――――――ぱッ!?」

 

(パンツぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!? え、この赤いのって神明くんのパンツなの!? うえぇッ!? し、使用済み!? …………そ、そうよね、昨日ぬぎすてたシャツとかと一緒にあったし)

 

 ばっちぃ、と投げ捨てるのが乙女としての作法だろう。

 だが咲夜は、それを両手で広げたまま注視し固まって。

 

(こ、これが神明くんの使用済みパンツ!! ――~~ッ、だ、ダメよ私ッ!! 男の人のパンツの臭いを嗅いでみたいって!?)

 

 もし彼が起きていれば、これこそが運命の赤い糸で繋がっている証拠と。

 お互いにありとあらゆる相性が良い証拠と、性格、肉体、フェロモン――体臭。

 彼が咲夜の匂いに惹かれるように、彼女もまた大五郎の体臭が気になるのだと。

 だからこれは恋ではない、とパンツを奪い返したかもしれない。

 

(どどどどどどどどどッ、どうしようこれッ!? パンツ!? 男の人のパンツ! 神明のパンツ!!)

 

 残り香を確かめてみたい、そう、これは興味本位だ。

 世の中には、体臭に異常に執着する性癖があると咲夜も聞き及んでいるが、断じて、断じてそんな性癖は持っていない。

 

(――――こ、これはそうよ、匂いを嗅いでみて、臭い、そう、臭いと言って、それを神明くんへの攻撃材料にするのよ! 彼も年頃の男の子だもの、臭いって言えば精神的ダメージは大きい)

 

 理論武装は完了、咲夜が禁断の扉へ一歩踏みだそうとしたその時であった。

 

「…………うう~~ん」

 

「ッ!?」

 

「ふわぁ~~…………、あれ? 誰か居る? 母さん? 今日はもう少し後で起きるって――――っ!? って水仙さんっ!? なんでっ!?」

 

「お、おはよう神明くん!! 今日はなんだか早く起きちゃったから一緒に登校しようと思って起こしに来たのよ友達として!! そ、そう友達として!!」

 

「朝っぱら小学生レベルの友情の示し方しないでくれる? いや水仙さんみたいな綺麗なヒトに起こされて一緒に登校できるのは嬉しいけどさ。……ところで今、何か後ろに隠さなかった?」

 

「は? 何それッ? 神明くんは自分の部屋に私に盗まれるようなものがあるとでも?」(うわーーーーーんッ!? なんでパンツ持ったままなのよ私ぃッ!?)

 

「ううーん? 僕の見間違い……寝ぼけてるみたいだゴメン」

 

「い、いえッ!? こちらこそごめん、貴方の都合も考えずに押し掛けてしまったわ」

 

「いやに素直だし、妙に声が裏返ってる気がするけど?」

 

「まだ寝ぼけてるのよ! きっとそう!! さっさと顔でも洗ってきなさいよ!! そうした方が良いわ! じゃあ私は一階で待ってるから!!」

 

「………………なんか変だなぁ」

 

 ぼやけた頭で首を傾げる大五郎、咲夜はとっさに彼の使用済みパンツを服の下に隠し部屋から逃げ出す。

 

(どどどどどどどど、どーーーーーーしよぉおおおおおおおおおおおおおおッ!?)

 

 このパンツをバレない様に返さないと、咲夜の奮闘が始まったのだった。

 

 




そーいえば、ストックが無くなりました。
適度に応援してください(直球)


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第12話 続・パンツ

 

 

 ミッションは、とても困難な道のりだった。

 大五郎が朝食をとっている隙に返そうとしても、トイレに入っている隙に戻そうと椅子から立ち上がっても。

 

「え? 何か手伝ってくれるの? いやいやそんな迎えに来て貰ってる上にお手伝いなんてさせられないさ、座ってゆっくりしてて」

 

「…………じゃあ、お言葉に甘えて」

 

(ふぅ、危ない危ない。分かってるんだよ水仙さん、君が何かしようとしてる事は。――隙なんて与えない!!)

 

(うううううッ、なんでッ、なんでこんな時だけ親切なのよ!! 気づいてる? もしかして気づいているの?)

 

 表面上は笑顔でも、謎の緊迫感が二人に漂い。

 こっそり見ていた彼の両親は、それを微笑ましく眺めて。

 

「…………もう二年か、大五郎もふっきれたのかもな」

 

「あの子が癒してくれたのかもしれませんね、アナタ」

 

 そんな、しみじみとした会話も知るよしもなく。

 二人は登校開始、すると。

 

「――――そうだ、手を繋いで登校しない? 青春って感じが超するでしょ!!」

(多少恥をかいても、誤解を産んでも……僕は油断しない!! 何を考えているんだ水仙さん!! 朝から部屋に来るなんて! マウントを取る隙は与えないぞ!!)

 

「え、ええッ!? そ、そうね…………ごくり、――――良いわ、受けて立ちましょう!!」

(ぐぐぐぐぐぐぐッ、片手を封じるつもりね!! これではこっそり神明くんの鞄に隠すコトが……、でも、これを断れば怪しまれる!! 今は言いなりになるしかないッ!!)

 

 そして大五郎は左手を差しだし、咲夜は右手を延ばし。

 繋ぐ、がっちりと堅く、固く、硬く、決して離すまいと繋ぐ。

 満足そうに視線を交わすと、二人は見た目はバカップルのように歩き出して。

 

(――――乗ってきたね水仙さん、うん、久しぶりだね誰かの手を握るのって、柔らかいなぁ、しかもすべすべしてる、細いのに妙にもちもちしてるあっちゃんとは違う感触なんだね…………いや違うよ僕!? 気をつけなきゃいけないんだっ!!)

 

(お、男の子と手を繋いで登校…………ううッ、なんで恥ずかしいのよっ、顔、真っ赤になってる気がするわ……、手が汗かいてる気がする、気持ち悪いとか言われたら…………い、いえッ、今はパンツを返すコトだけに集中するの!!)

 

(妙だね、何も言わない? 

「この世紀の美少女と手を繋げるなんて光栄に思いなさい」だとか。

「そんなに女の子に飢えてるの? カノジョに申し訳ないとか思わない? まぁこんな美少女を目の前にしたら無理もないわね」って、挑発してくると思ったのに…………。

 いったい何を考えているんだっ、水仙さん!!)

 

(気づいてる? やっぱり気づかれてるわよね? で、でも、だからって普通は手を繋ぐなんて言うかしら? ――――まさか、私って今、……もしかしてアプローチされてる!? 神明くんに口説かれてるのもしかして!? で、でもダメよ嬉しいなんて思っちゃダメッ、だって神明くんにはカノジョがいるんだもの!! だから、お断りしないと、でもそっちと別れるっていうならやぶさかでも…………違う違う違うわよ私ッ!! だからパンツを返すコトを考えないと!!)

 

 同じ道を通る生徒達が、二人のラブラブ登校にざわめき、訝しむ視線や、人を殺せそうな嫉妬の視線を送る。

 だが疑心暗鬼の渦にのまれた大五郎は、そんなものに気づける余裕などなく。

 あらぬ方向に勘違いをはじめたチョロぼっち咲夜は、思考回路がショート寸前な乙女回路爆発中であり。

 

(考えろ、このままクラスについてしまえば僕らが恋仲だと誤解される、それを許容するとしても――――、水仙さんの企みは暴けない)

 

(周囲の人に誤解……されるわよね、でも……うう、困るわ神明くん、いえ恋人になるなら大五郎って呼ぶべき? ――いえいえいえッ、やっぱりまだ私たちって早すぎると思うの! だってまだ友達になったばかりだし、パンツもまだ返してないし…………あ、さり気なく私を車道の反対側にしてくれてるのね、そういう細かい気遣いが出来る人って…………)

 

 大五郎は鋭い視線を咲夜に送る、彼女はおずおずと恥ずかしそうに上目遣い。

 その姿は、格好付けるカレシとウブなカノジョのそれ。

 

(――――な、なんて可愛い!! くそっ、こんな手で僕が油断すると思った? ああ、効果的だよチクショウ!! 惑わされるな、見たところ何かを隠し持ってるのは確かなんだ、それが爆発して僕の評判を落とすか、精神的なダメージ発生させてからかう事が目的な筈だ!! 読め、タイミングを読むんだ、そして赤い糸は感情だって伝える、なら………………? あれ? もしかしてマジで普通に恥ずかしがってる……だけ? あれ?)

 

(神明くんの癖に! 神明くんの癖に! なんでそんなカッコいい目で見るのよ!! うう、こんな平凡な顔なのに、私の美貌と釣り合うはずないのに、どうしてこんなに胸が高まるのよ…………!!)

 

 迫力のあるキツめの美少女だといえ、恥ずかしがる姿はこうも魅力的なものか。

 あばたもえくぼ、とはこの事だろう、隣に立つ男は恋人がいるのにどうして嬉しく思うのか。

 

 ――もう、校門は通り越して上履きに履き替えるまで秒読み。

 その時だった、彼らの目の前に立ちふさがる者ひとり。

 

「よくぞ来たな我が魂の片割れの伴侶――――って!? はぁ? いつの間にそんなに関係が進んでるのよ!?」

 

「えーちゃんっ!? こ、これは誤解! 誤解なんだ!!」

 

「――――ッ!? ぁッ!! ナイスタイミング加古さん!! ちょっとこっち来て!!」

 

「うえぇ!? 水仙さん!? わたしは大五郎に聞きたいことが――――!?」

 

「……………………あれぇ? どういうこと?」

 

 これしかない、大五郎の幼馴染みである加古絵里なら咲夜のピンチを打開してくれる筈だ。

 その直感に従い、咲夜は絵里の手を掴んで屋上へと走り出したのであった。

 

 

 



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第13話 続・続・パンツ!!

 そして屋上である、絶世の美少女と黒ギャルは息を荒げて手すりに寄りかかった。

 

「――――はぁ、はぁ、いきなり何なのよ水仙さん」

 

「ごめん、貴女を神明くんの幼馴染みと見込んで、助けて欲しくてつい…………ところで、普通の話すのね?」

 

「いやアレは身内用だから、まあ水仙さんにもそのうちそうなるかもだけど、緊急なんでしょ? 普通に話すわよ」

 

「本当にごめんなさい、いきなりで。……でも私、どうしたら分からなくて」

 

 眉根を下げて、しおらしくモジモジする咲夜に。

 同性である絵里も、ぐっと来る何かを感じた。

 普段はクールな美少女のギャップを堪能したい気持ちはあったが、こと大切な幼馴染みに関係しているなら別である。

 

「いいわ、クラスメイトだし大五郎の幼馴染みとして力になってあげる。――その代わり、条件があるわ」

 

「何でも言って、この危機を脱出するためなら。この美貌を多少露出させても構わないッ!!」

 

「いやそんな童貞男子みたいなこと言わないから、友達になってってだけだから」

 

「え、ホント!? やったわ! これで人生二人目のお友達よ!!」

 

「…………ちなみに、一人目は?」

 

「勿論、神明くんだけど?」

 

 さらっと出された言葉に、絵里は非常にツッコミたくなった。

 どう見ても二人はラブラブな恋人そのものだが、あれで友達とぬかすのか。

 だが咲夜の目は本気でそう告げていて、絵里としては複雑な顔をするしかない。

 

「…………まあ今はいいわ」

 

「はい?」

 

「それで? ピンチって何よ咲夜、大五郎の幼馴染みとしての協力がいるってどういう事?」

 

「それは…………うん、言うわ、ちゃんと言う。だから神明くんには何も言わないで欲しいの」

 

「わかった、大五郎には何も言わない。でも、場合によっては協力できないわ」

 

「ありがとう、それで、とても言いづらいのだけど…………」

 

 咲夜はおずおずと説明を始める、そして、絵里は頭を抱えそうになった。

 だってそうだろう、どうしろと言うのだ。

 

「浮かれきって朝から突撃した挙げ句!! 使用済みパンツを盗んできてしまったって!! それをアイツに気づかれずに返すですって!! ばっかじゃないの!? ば~~かじゃないの咲夜!? あの子でも!! 藍でも流石にそこまで変態じゃなかったわよ!! いやでも大五郎の髪の毛食べるようなバカだったけども!! どっちもどっちよ!!」

 

「ううっ、言い返せないのが悔しいッ!! ――――ところで、藍さんって誰?」

 

「あ、口が滑った。っていうか大五郎から聞いてない?」

 

「何を」

 

「藍はいっこ下の妹なんだけど、まぁ、その? アイツと付き合ってたのよ」

 

「…………付き合って『た』? 付き合って『る』じゃなくて?」

 

「……………………そっか、まだそう言ってるんだやっぱり、ごめん忘れて――は無理か、時が来たら大五郎から話すと思うから、今は何も聞かないで」

 

「わかったわ…………」

 

 絵里の言葉の奥に、何か不吉なものを感じて咲夜は追求を止めた。

 聞いてしまえば、彼との関係が変わってしまう、彼と離れることになってしまう、そんな不安に襲われたし。

 ――――何より。

 

「じゃあ話を戻すわ、……どうやってこのパンツを神明くんに返せばいいと思う?」

 

「うわっ!? 今出さないでよ汚い!! いくら幼馴染みでも男の使用済みパンツとか触りたくも見たくもないんだから!!」

 

「そんなコトを言わないで助けてよ!! これを持ってから何か嗅いでみたくなるし、ちょっと宝物にしようとか変な気持ちになるのよ!! 分かる!? こっちは迂闊に動けないのに手を繋がれてドキドキしてる気持ちが!! 私達は友達なのに!!」

 

「え、その妙な相性の良さは何? …………そう言えば藍が昔…………となるとまさかアレはマジで? え? え? そうすると、それを承知で大五郎は咲夜と? あ、ごめん、今のは何も聞かなかった事にして」

 

「意味深なコトばっか言わないでよ!? すっごく気になるじゃない!? 神明くんが何なのよ!?」

 

「まぁまぁ、でも――見えたわ、とっておきの道が!!」

 

「流石幼馴染み!! 私の新しい友達!! ズッ友!!」

 

「ズッ友判定早くない? チョロくない?」

 

「え、そうかしら? …………迷惑、だったかしら?」

 

 しょぼんとした咲夜に、絵里は慌ててその両手を握る。

 その際、大五郎の使用済みパンツも一緒に触れてしまったが気にしない事とする。

 

「わたしらはズッ友よ咲夜!! わたしの事は絵里って呼んで!」

 

「絵里と私はズッ友!! うう……美しすぎてボッチの私に、こんな短期間で親友ができるなんて……後はこのパンツを返せばパーフェクトだわ!!」

 

「あ、うん、そうね……。もう持って帰っちゃったら? 大五郎の幼馴染みとして許…………あ、ダメだわ、これ藍が選んでプレゼントしたパンツだわ」

 

「…………不思議、それを聞くと今すぐ破って燃やしたくなってきたわ、とても汚く思える」

 

「けっこう独占欲……いえ、嫉妬……違う、前カノことが気にな――、…………綺麗好きなのね?」

 

「そう? 美しいさには清潔さも必要だから」

 

「まあ実際問題、破って燃やしたのがバレると復讐が面倒だから素直に返そうよ」

 

「恋人からのプレゼントだものね、流石の神明くんも怒るわよね…………そういえばさっき思いついたようだけど?」

 

 絵里はそうだった、と頷いてあらためて咲夜を見つめる。

 妹である藍とはある種、正反対ともいえる容姿。

 明るい亜麻色の髪ではなく、ぬばたまの黒。

 姉として羨む凹凸の持ち主ではなく、スレンダー。

 太陽と月、他にもきっと違う所が。

 

(正反対、だからなのかな? 正直ちょっとは複雑だけども、……アンタが悪いんだからね、藍…………)

 

「ちょっと絵里? もしかして勢いで言ってた?」

 

「めんごめんご、すこしボーッとしてた。ま、簡単な方法よ、――――咲夜、アンタは大五郎を誘惑して時間を稼ぎなさい! その隙にわたしがアイツの鞄にパンツを入れておく!! これしかない!!」

 

「わ、私が神明くんを誘惑ぅッ!?」

 

「そうよ! 肌色たっぷりでね!! さっきアンタ言ったわよね、多少なら脱ぐって! それが今! もとい昼休み! 決行は昼休みよ!!」

 

「ふええええええええええええええええ!?」

 

 大五郎に肌色たっぷりの色仕掛け、その光景を予想してしまい。

 咲夜は顔どころか首筋まで真っ赤になって、顔を両手で隠して叫ぶしかできなかった。

 

 




タイトル変更しました(事後報告&いつもの)


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第14話 パンツⅢ

 

 

(――――やっぱり、何か企んでるんだね!!)

 

 屋上の扉の外、下へと続く階段の踊り場で大五郎は聞き耳をたてていた。

 だってそうだろう、目の前で逃走して密談とくれば、盗み聞きするしかない。

 

(決行はお昼休みか……細かい所が聞こえなかったのが痛いな、何が目的で、どんな手でくるのか――くっ、まさかえーちゃんが敵に回るなんて!!)

 

 どんな話術を使ったのか、それとも美貌でごり押ししたのか。

 手段はともあれ、絵里が咲夜に組みしたのは痛すぎる事態だ。

 

(――――ちっ、こっちに来る! ひとまず教室に行こう。僕も輝彦かトールに応援を求める……?)

 

 果たして親友を巻き込んでいいものか、三秒きっかり考えた末に、大五郎は結論をだした。

 

(保険、もしもの為のバックアップにしてもらおう。状況が不透明な以上、切り札は伏せておくべきだ)

 

 ならばやる事は、咲夜と絵里の観察、そして昼休みに取る行動の選定。

 そうと決まれば、先ずはスマホで密かにトールと輝彦に連絡を取って。

 素知らぬフリをして、授業に挑む。

 そして。

 

(――よし、お昼休みだ! 念のために鞄を持って行こう盾にしてよし投げてよし、秘密兵器が入ってるとフェイントする為に大事そうに抱えてっと)

 

(動いた――――って神明くん!? なんで鞄を持ってる訳!? これじゃあ注意を引いても絵里がパンツを入れられないじゃない!!)

 

(まさか見抜かれていたっていうの大五郎!? くっ、いまさら咲夜と相談してる時間はない! ……屋上に先回り、勝負はそこから!)

 

 鞄を大事そうに抱えて教室から出ようとする大五郎、慌てて追う咲夜、逡巡したあと二人とは反対方向に駆け出す絵里。

 

「……行ったぞトール、オレらも行動するか?」

 

「いや、打ち合わせ通りに五分後だ。大五郎は屋上を戦域にするだろう」

 

「そうだな、アイツがソレを出来ない筈がない。予定にない妨害をする必要はねぇか」

 

「その通りだ輝彦、絵里は強敵だが――大五郎の策に間違いはない」

 

 幼馴染み五人組、手先が器用の絵里に、腕力と壁の輝彦、反射神経に優れたトール。

 そして司令塔で頭脳役である大五郎、全員揃えばなんでも出来た、そう思っていた。

 

「藍が居たら…………いや、スマン」

 

「謝るな、俺もそう思ってしまったんだ輝彦。水仙さんが穴埋めになれば良いとまで、な……」

 

「……もう二年、いやそろそろ三年か。ま、こうしてあの時みたいなバカ騒ぎが出来る空気が出来てきてオレは嬉しいぜ」

 

「大五郎もそろそろ進んで良い頃だろう。俺達が出来るのは賑やかし、――ああ、楽しくやろうぜ親友」

 

「そうだな、楽しくやろうぜ親友」

 

 こつんと軽く拳をあわせ、青春色の男ふたり。

 そんな中、屋上へと続くルートでは大五郎を先頭に静かな鬼ごっこが開催されて。

 

(……着いてきてるね、けど近くにえーちゃんの気配は無い、待ち伏せ? それとも先回りされた? 僕が屋上に行くのを読まれてる? ――いや、それも想定内だ)

 

(ど、どうして近づけないのよ!? 走ろうとすると他の人達が邪魔だし、後ろ姿が常に見えるのは助かるけど……これじゃあ、屋上へ誘導できな…………あれ? 階段を屋上へ? ま、まさか屋上に誘い出されてる!?)

 

(むっ、動揺してる気配? これは向こうも屋上で仕掛けるつもりだった? ――スマホの通知にトールと輝彦からの連絡は無し、つまり僕の机に何かを仕込む可能性は無くなったわけだけど)

 

(くッ、問答無用で教室で止めれば良かったわッ! ……でもまだチャンスは残ってる、屋上で誘惑…………ううっ、誘惑? 男の人を? この私が? 私の美貌にデレデレしない神明くんを? うぐぐぐぐぐッ、やはり下着の一つや二つ――――!?)

 

 赤い糸から伝わる咲夜の感情の揺れを、大五郎はしっかり確認しながらついに屋上へ。

 きょろきょろと周囲を警戒しながら、静かな目つきでベンチに腰を下ろし。

 

「――き、奇遇ね神明くぅん! 貴方も今日のお昼は屋上なのかしら!!」

 

「やっほ水仙さん、そーいえば教室でも食堂でも購買でも姿を見たことは無かったけど……もしかして、ずっとここで?」

 

「ええ! だってこの私の美しさでしょう? 人だかりが出来て迷惑だもの」

 

「…………なるほろ」

 

 確かにその通りではあった、入学当初は休み時間の度に廊下から他のクラスや上級生達が一目見ようと押し掛け。

 食堂を使おうものなら、騒ぎが起こった。

 

(うーん、気づいてるのかなぁ? 実はファンクラブの協定で、屋上に居座り始めた水仙さんを邪魔しないようにって、ここが一種の聖域になってるの)

 

 そんな訳で、実は放課後で一緒にすごすのもファンクラブに知られてしまう危険性が高く。

 今回のような行動に出れば、確実に彼らの注目を集めてしまうだろうが。

 

(ま、友達になったワケだしね。……それより)

 

「ねぇ水仙さん? 隣に座るのはいいけどさ、なんでずっと睨んでいるの?」

 

「睨んッ!? ち、違うわよ!! 分からないのこの視線が!! ちょっと鞄を置いて考えてみなさい!」

 

「ほうほう? もしかして、スカートを少しだけ上げて太股をいつもより見せてるのと関係ある?」

 

「胸に手をおいて考えてみなさいよバカ!!」

 

「じゃあさっそく君の胸を借り――」「ふおおおおおおおおおおッ!? 躊躇無く私の胸を触ろうとするんじゃない!? ワザとでしょ!? 絶対にワザとでしょ!?」

 

 ベンチから飛び退く咲夜、もちろん大五郎には最初から触ろうとする気なんて無い。

 そうだ誘っていたのだ、この瞬間を。

 鞄を置くように言ったこと、太股を見せてきたこと、すべては――――。

 

「そこだっ!! やり口は分かってるんだ絵里!! 僕の鞄に何を――――!?」

 

「しまった!? 罠!? セクハラしたのもコッチへのフェイント!?」

 

「隠してッ!! 早く隠して絵里!!」

 

「そうはさせる…………うん?」「あ」「ッ!?」

 

 瞬間、大五郎は何ともいえない顔をした。

 なにせ、延ばした手の先、絵里の手元にはパンツ。

 どう見ても昨日、彼が履いていたパンツ。

 赤色で稲妻がはしった柄のトランクス、恋人・藍からのプレゼントであるパンツである。

 

「ふんぬううううううううううううう!! 退散――――って離せ! 離すのだ盟友よ!!」

 

「いや離すわけないじゃん!? なんでえーちゃんが僕のパンツ持ってるの!? しかも昨日履いて、洗濯に出し忘れたやつ!! もしかしてそんな変態だったのえーちゃん?!」

 

「後生だから! 大五郎後生だから!! 何も聞かず手を離しなさい!! 主に咲夜の為に!!」

 

「どうしてそこで水仙さんの名前が出てくるのさ!!」

 

 ぐいぃぃぃぃぃーーーーっと引き延ばされるトランクス、絵里は新しい友の為に、大五郎はもちろん自分の物であるからして全力で取り返そうと。

 

「いいからッ! それ以上引っ張ると破れちゃうから離して絵里!!」

 

「ダメよ咲夜! アンタの尊厳を守るためにも!! わたしは引けない!! 引くことなんて出来ないのよ!!」

 

「よく分かんないけど!! あっちゃんから貰った数少ないプレゼントのトランクス――――――――あ」

 

「あ」「あ」

 

 咲夜が止めに入ろうと、二人の手を掴んだ瞬間であった。

 びりびりびり、と使用済みパンツが二つに裂けてタダのボロ布に変貌。

 

「ほわああああああああああっ!? 僕のパンツううううううううううううう!?」

 

 大五郎の叫び声が、屋上に響きわたった。




お待たせしました、この先おそらくリアルの都合上、最大週四ぐらいの投稿頻度です多分。
ではでは。


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第15話 パンツ・完結編

 

 

 それは大五郎にとって衝撃の瞬間であった、破れた、大切なトランクスが。

 藍からの現状最後のプレゼントであり、擦り切れても穴を繕って使っていたトランクスが。

 見るも無惨な姿に、なってしまったのだから。

 

「おろろろ~~~~ん、おろろろ~~~~~~~ん、ぼ、僕のパンツがああああああああああ!!」

 

「あー、ごめん、マジでごめんって。……どうしようかなコレ……、マジでしくったわ」

 

「…………どうして」

 

 踞る大五郎、それを心配そうに背中をさする絵里。

 彼の様子に、咲夜は大きな違和感を覚えた。

 なにせ幾ら恋人からのプレゼントとはいえ、滂沱の涙で悲しむものだろうか。

 激怒するなら理解できる、弁償を請求されるのも、失望されるのも仕方ない事をしたのだ。

 けれど、大五郎はただ悲しむばかりで。

 

(――――だからこそ。変だわ)

 

 己の罪を棚に上げている、そう言われればそうかもしれない。

 けれど分かるのだ、不思議と理解できてしまったのだ。

 そして、それが間違いではないと確信できるのだ。

 

(どうして神明くんは…………ほっとしているの?)

 

 悲しんでいるように見える、だけどその奥には焦燥混じりの安堵が見えるのだ。

 破れたパンツを抱えて座り込んだままの大五郎から、絵里は離れて咲夜の隣に立ち。

 

「…………不味い事態になったわ」

 

「謝って済む様子じゃないわね、これは私の責任、私が――」

 

「いえ、これは意地を張ったわたしにも責任がある。……他意もあったしね」

 

「他意?」

 

「…………それはまた機会があったら話をする、今はそれより大五郎を復帰させるのが先よ」

 

「分かった、幼馴染みである絵里がそう言うなら今は聞かない」

 

「ありがとう咲夜、それで作戦なんだけど……」

 

 ひそひそと二人が話す中、大五郎の思考はぐるぐると渦を巻いていた。

 

(――――なんだよ、なんだってんだよ)

 

 大切なパンツが、愛する藍からのプレゼントがゴミになった。

 でも。

 

(きっついなぁ…………、僕ってこんなに薄情だったっけ? 嗚呼…………悔しいなぁ、人は時の流れに勝てないのかな。僕の想いは永遠だと思ってたのに)

 

 悲しい筈だ、大切なものが失われたのだから当然だ。

 けど、だけど、何故、なんで。

 

(悲しそうにしたけどさ、涙なんて流したけどさ、――――どうして、どうして……僕はこんなに解放された気分なんだろう)

 

 まるで己を縛っていた鎖が、重い重い鎖が消えた気分。

 そんな感情、覚えてはいけないのに。

 立てない、その事実に大五郎は立てない。

 周囲の音がうまく聞こえない、いつもなら五月蠅いぐらい敏感で、だから小指から運命の赤い糸が見えるようにして。

 

(会いたい、会いたいよあっちゃん……、君の声が聞きたい、笑顔が、もう、かすれてきちゃってるよ)

 

 記憶力には自信がある、一度見たものは忘れないという特技があるというのに。

 何故か、大切な人の笑顔が薄れていく。

 

(嗚呼、僕は…………)

 

 その瞬間であった、彼の目の前に二つの手が差し出され。

 

「…………?」

 

 大五郎はのろのろと顔を上げる、そこには酷く恥ずかしそうに涙目の咲夜と、同じく恥ずかしそうにしているがぶすっとした絵里の姿が。

 

「え、何? 僕は見ての通り悲しんでるんだけど?」

 

「…………お詫びよ、う、受け取って神明くん。こんなものがお詫びにはならないと思うけど、煮ても焼いても破ってくれてもいいから」

 

「本当にごめん大五郎、これでおあいこって事で」

 

「いやいやいや? 意味が分からな――って無理矢理渡さないで何なんだよこ………………はぁああああああああああああああ!? は? はぁ!? はああああああああああああああ!!」

 

 渡された物を認識した瞬間、大五郎を襲っていた空虚感は即座に消え去った。

 右手、咲夜に手渡された物、黒い布切れ、暖かみがあって。

 左手、絵里に手渡されて物、白い布切れ、暖かみがあって。

 

「どうしてパンツを渡した!! しかも暖かいんだけどっ!? もしかして脱ぎたてぇ!? 何考えてるの君たち!?」

 

「だ、だって絵里がそれが一番だって……」

 

「この加古絵里!! 己の行動にいっさいの迷いナシ!! 甘んじて乙女失格の称号を受け入れようぞ!! 花も恥じらう奇跡の美貌の乙女ふたりの脱ぎたてホヤホヤぱんてーで、此度のコトは有耶無耶にして欲しい!! 欲しいのだ!!」

 

「その目論見成功だけど!! ショックなんて吹き飛んだけどもっ!! マジで何を考えてるんだよ!! こんなの誰かに見つかったら僕が変態じゃないか!!」

 

 叫ぶ大五郎に、二人は顔を見合わせると。

 

「そうは言うけど神明くん、せめてポケットから出して返す素振りぐらい見せてくれない?」

 

「そうよ大五郎、大事そうにしまっておいて変態以外の何があるの?」

 

「しまったっ!? 男としての本能が!? くっ、なんて知略だ!! この僕が弄ばれてるなんて!!」

 

「今のどこに知略の要素があったかしら?」「大五郎ってそういう所があるわよね」

 

 美少女ふたりの呆れ混じりの視線に、大五郎は気づけない。

 今の彼は、無駄な闘志に満ちていた。

 

(このまま負けっぱなしで終われるか!! ああもう僕のパンツとかもうどうでもいい!! パンツにはパンツを!! ――――僕だけ翻弄されるなんて、絶対にやり返す!!)

 

 ならばならばならば、彼に選択できる手段はひとつ。

 ぐるるとうなり声を出しながら、ベルトをかちゃかちゃと。

 

「…………ふぇッ!? か、神明くん!?」

 

「あー……、大五郎? 何をしてるわけ? もしかして露出狂に目覚めた? とりまズボンを履き直してどうぞ?」

 

「くくく、ははははははっ、そっちがパンツを脱いだなら僕も脱ぐ!! そして――――まずは水仙さんだ!! 君にはこの脱ぎたてパンツを顔にかぶって貰う今すぐにだ!! これで今日のコトはイーブンにして終わらせてやる!!」

 

「~~~~~~~~~ッ!? に、逃げるわよ絵里!!」

 

「がってんだ咲夜!! 大五郎が暴走を始めたああああああああああああ!! あーーーーもうっ! どおうしてこうなったのよおおおおおおお!!」

 

「まてぇえええええい!! この屋上から逃げさせない!!」

 

 そして始まる追いかけっこ、わーきゃぁ、えっちへんたいと、フルチン男が女の子二人を追い回す事案が発生。

 

「…………なぁトール、オレ達はどっちを助ければ良いんだ?」

 

「いや輝彦? あの露出魔となったバカを止め……いや二人を逃がすのが先か?」

 

「さっさと助けなさいよトール! 輝彦!!」

 

「ふわああああああああッ!? ピンチ!! 世紀の美少女が男のパンツを頭にかぶってしまうピンチ!!」

 

 結論から言おう、その日、校内には下半身を露出し女物の下着で顔を隠した変態が走り回る光景が見られたが。

 授業中のため、学校七不思議の一つとして加わったのであった。

 なお、五人は授業をサボる形となったので担任教師から怒られたのであった。

 

 



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第16話 お詫びは……

 

 

 パンツ騒動から数日後であった、咲夜は大なり小なり気まずそうな顔を見せてはいたが。

 それでも屋上でふたり、いつもの様にダベって。

 ――だから今日も、大五郎は屋上へ向かう。

 

(今日ぐらいになれば、何事もなかった感じの顔してるでしょ)

 

 そもそも、大五郎はもう気にしていないのだ。

 確かにショックであった、だがそれより相手のパンツを渡された事。

 更に、己のパンツを咲夜と絵里の頭にかぶせたのでノーカン、ノーサイドである。

 

(気がかりなのは、なーんか変な顔してたんだよね今日は特に、あの自信満々で期待してくれって無言の眼差しはなんだったんだろう)

 

 朝、教室で挨拶した時から授業中もずっと。

 大五郎は期待半分、不安半分で屋上の扉を開いて。

 

「――――ふッ、よく来たわね神明くん! どうやらアイコンタクトが伝わったみたいで嬉しいわ!!」

 

「なんでベンチで仁王立ちしてるの? 上履き脱いでるのは偉いけど、風でスカートめくれるよ?」

 

「安心して、私のスカートはちゃんと錘を仕込んであるの。…………この水仙咲夜様にッ!! パンチラは存在しない!!」

 

「自分の美貌の威力を理解しての工夫だね、僕は君が常識的で嬉しいよ!! で? アイコンタクトなんてちっとも伝わってなかったけど今日は何をするの?」

 

 問いかける大五郎に対し、咲夜は首を傾げて問い返した。

 

「え? アイコンタクト伝わってなかった? この私の完璧なアイコンタクトが?」

 

「どっちかって言うと、ドラマの撮影みたいにキメッキメのウインクだったけど? ちょっとは自重して? 君のウインクを見た人がハートを打ち抜かれて悶絶してたから」

 

「なんで神明くんは大丈夫なのよ」

 

「だって僕ら友達じゃん、君のウインクなんて屁でもないさ」

 

 嘘であった、虚勢であった、ただ必死で表情を取り繕っていただけで。

 

(は? は? ――――僕誘われてるっ!? え? むっちゃドキドキしてるんだけど!? んんんんんっ!! 今すぐ抱きしめたくなるような視線送らないでよっ!! 助けてあっちゃん! 僕を悪魔の誘惑から助けて!!)

 

 と、内面はぐちゃぐちゃ。

 特技である赤い糸から、咲夜の感情が伝わって来なければ恥ずかしい誤解をしていたこと請負だ。

 

「――――ああ、それを聞いて安心したわ」

 

「安心? 今のどこに安心要素が?」

 

「ちょっとね? 私としてはギリギリセーフラインっていうか、もし勘違いされたらどうしようって思うんだけど、友達なら、友達や家族なら普通のことだし」

 

「話が見えないよ?」

 

 やはり、嫌な予感と楽しそうな予感が半々。

 まったく、咲夜という人物は大五郎を飽きさせてくれなくて。

 彼の期待混じりの視線に、彼女はベンチから降りて座り直すと。

 その隣をぽんぽんと叩いてアピール、大五郎は素直に従い。

 

「こほん、これはねちょっとしたお詫びなワケよ。先日のアレの」

 

「でも僕のパンツもかぶったし」

 

「それは許さない、絶対によ!! この美しい私にあんな行為をしたなんて――――死んでもゆるさん!! いつか絶対に後悔させてやるからッ!!」

 

「なるほど、今日は解散だねまた明日~~」

 

「ああーーっ!! ちょっと待って待って! 待ってったら、私が悪いんだけど根に持ってるだけだから!! いつか公衆の面前で私の脱ぎたてパンツを間食させようと企んでるだけだから待って!!」

 

「それの何処に待つ要素があるの? というか地味に苦しいから腕で首を締めるのやめてくれない?」

 

「あわわっ!? ご、ごめん神明くん!!」

 

 特に苦しいわけでも無かったが、ゼロ距離で密着されると良い匂いで勘違いしそうになる。

 それと。

 

(胸が当たってる筈だけど……うん、言わぬが花かな?)

 

「なんか今、ヘンなこと考えなかった?」

 

「――っ!? き、気のせいじゃない?」

 

 今一度言おう、運命の赤い糸とは絶対的な相性だ。

 だから大五郎が彼女の感情を感じ取れるように、彼女もまた同じことが出来る可能性があって。

 

(これ以上、水仙さんといると…………いや、考えないようにしよう、ドツボにはまりかねない)

 

「あッ、また何かヘンなこと考えてる」

 

「気のせいだよ、――それで? 結局なにするの?」

 

「…………まぁいいわ、話を戻します」

 

 ジト目で訝しみながら、咲夜はコホンと咳払い。

 そして大五郎の顔を掴み、斜めに向けると。

 

「まぁ、私という美少女の価値を考えた上で、一応はお詫びの類というか。個人的な親愛というか」

 

「つまり? 僕どうなるワケ?」

 

「目を閉じなさい。プレゼントや贈り物って程、大げさじゃないけど」

 

「よく分からないけど、おっけー視界オフった!」

 

 さて咲夜は何をするのか、顔を斜めにした理由は、赤い糸の情報で推察するという無粋はしない。

 

(甘い、甘いよ水仙さん! 何かを仕掛けようとしてるのは分かってる!! 今度はどんなコトで僕を楽しませてくれるのか――――――ん゛ん゛っ゛!?)

 

 瞬間、大五郎はピシリと凍り付いた。

 まったく予想していなかった、だが恋人がいる身、その行為が何か分からない訳がなく。

 

「なんでキスしたの!! は? はぁ!? え、何? なんで!?」

 

「そんなに驚くこと? 頬へのキスは親愛と信頼の証じゃない」

 

「そうだけど!! 確かにそうだけど!!」

 

「…………もしかしてダメ、だった? 迷惑だった? 私と……もう友達じゃない? あんなコトをしてしまったから…………」

 

「違う!! 違うから!! そりゃあ嬉しかったけど! けどもさぁ!!」

 

「あ、嬉しかったのなら良かったわ。実はウチでは昔から挨拶がわりに頬へキスしてたのよ」

 

「欧米!? 君の家庭って欧米なの!? 神社なのに!?」

 

「言ってなかったかしら? 父はイタリア人よ?」

 

「イタリア系ハーフ!? …………うーん、ごめんね水仙さん、僕はイタリア系ハーフよりロシア系ハーフの方がロマンを感じるんだ」

 

「意味はよく分からないけれど、なんかムカツク」

 

「まぁまぁ、じゃあこれでパンツの件は本当にノーカンってコトで」

 

 うまく誤魔化せた、そう肩をなで下ろす大五郎であったが。

 

(~~~~~~~~ッ!! こ、これは――――なんて愉しいの!? カワイイ! 神明くんカワイイわ!! え? ええっ? そんな照れてるのバレバレな顔で誤魔化し成功とか思ってる? そうでしょ、絶対そうでしょ!!)

 

 咲夜の中で沸き上がるこの感情は、なんと名前をつけたらいいだろうか。

 分かる、大五郎の気持ちが手に取るように理解できる。

 彼の高鳴る心臓、動揺、恥ずかしそうな顔、恋人への軽い罪悪感。

 

(もう一度……、もう一度、頬にキスしたいわ)

 

 これは親愛表現である、だって彼と咲夜は友達なのだから。

 くつくつと腹の下から沸き上がる、愉悦でも言うべき感情に彼女は気づかず。

 

(ふふふっ、もっと神明くんが取り乱す顔がみたいわ。ええ、なら今すぐは効果的じゃないわね、――――なら)

 

 ドギマギして咲夜の変化に気づかなかった大五郎、悪い顔をする咲夜。

 その日はそれですぐに帰ってしまったが、次の日、昼休み前の授業の最中であった。

 彼女は、昨日の衝撃から立ち直り平然と授業を受ける大五郎の横顔を見ながら。

 

(――――…………ゲーム、スタート!)

 

 魔の手がたった今、大五郎に襲いかかろうとしていた。

 

 




パンツ編を書き始めたあたりから、勘を取り戻してきた気がします。
ドタバタラブコメと、クソデカ感情が襲い掛かる恋愛が好きなんですよね。

それはそれとして、本日はアークナイツのイベですね。
ケルスカを全力で取りに行こうと思いますが、日曜終わるまでに最低あと一話投稿出来るように頑張ろうと思います。(まぁ予約投稿なんで、皆様がこれを読む頃にはガチャ引き終わってイベステージを突っ走ってると思いますが)


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第17話 授業中に密やかな(親愛のキス2)

 

 

 嫌な予感はしていた、何せ朝から咲夜は妙にご機嫌だったからだ。

 前日のほっぺにチュー・ショックをいつまでも引きずる大五郎ではない、故に表面上は普段通りに、しかし油断なく身構えて。

 

(――――このタイミングで動くのかっ!!)

 

 昼前の気怠い時間、教師も生徒も注意力が散漫になるタイミング。

 そして二人の席はそろって最後尾、そして生徒数の関係からその横列は二人の席以外ナシ。

 つまり、誰にも見られない機会が多いわけで。

 

(ふふ、こういうのは手早くやらないとね。少しずつ……少しずつ椅子を下げて、浅く座って、いつでも立てるようにして……)

 

(来る、タイミングを見計らっている!! やるの!? また僕のほっぺにキスするの!? ――何考えてるんだよ!!)

 

 咲夜が妙な性癖の扉を開きかけているとは知らず、大五郎は戦々恐々とした。

 万が一見つかったら、そう思うと顔を青くしてしゃがみ込みたくなる。

 

(んもおおおおおおお!! 水仙さんは自分の影響力を理解してるの!? こんなの誰かに見られたら僕の学校生活は破滅……は言い過ぎだけど!! ぶっちゃけこんだけ仲良くしてる時点で手遅れな気がするけど! 今回のはちょっと度が過ぎてるんじゃない!?)

 

 この焦りを外に出さないのは、流石といって過言ではないだろう。

 事実、彼が視界に入った教師は何の違和感も覚えず。

 だが。

 

(いや焦ってるの大五郎? 何かを警戒して…………咲夜? 二人とも何してるわけ?)

 

(…………はっ!? 大五郎がピンチに陥ってる気がする!! むむ、だが許してくれ、席も遠いし助けてやれない不甲斐ない俺、お前の親友である井元透を許して欲しい!! 頼んだぞ輝彦! お前の方が席は近い……いや無理か)

 

(ふむ? トールは動かないか。いやオレも動けないのだが)

 

 当然の様に幼馴染み組は気がつき、そして。

 

(――――分かる、感じる、今……神明くんは焦っているわね!! どうしてバレたのかしら、私はいつも通りの演技を崩していないのにッ!! でも一回、一回でもほっぺたに親愛のキスをしたら私の勝ちよ!!)

 

 燃やす、水仙咲夜は闘志を燃やす。

 これでこそ、初めての友達、一緒に居て安心してそれに楽しい存在、男女の情を越えた親友。

 …………ドキドキする相手。

 

(見たい……あはッ、もっと神明くんが動揺する顔が見たいのよ、楽しみだわ、どんな顔をしてくれるのしら…………!)

 

(なんか邪悪なことを考えてる気がするううううううう!? 考えろ、考えろよ僕! この天才的な頭脳をいつ使う、そう今だ! 予測しろ、完全に予測しろ、出来るはずだ、水仙さんの攻撃を完全回避しなおかつ怪しまれず誰にも見られず済ませる未来を!!)

 

 瞬間、大五郎の脳味噌はフルスロットル。

 つかみ取れ、破滅のない未来を――――。

 

(あの体勢、すぐに動ける筈だ。中腰からの、もしくは後ろにまわって、切っ掛けは何だ、先生が視線を黒板に向けた時、或いは消しゴムをわざと落として拾いに立つ)

 

 考える。

 

(この状況がフェイクの可能性、授業終わりにすれ違いざま、違う、それはあり得ない。彼女だって僕が感づいたコトは理解してる筈だ)

 

 没頭する、深く、深く、けれど警戒は怠らずに。

 

(力押しは無い、不意打ち、僕の注意を引く、例えば……消しゴムを窓側に投げ、僕に取らせようとする)

 

 席の位置関係は窓際に大五郎、その隣に咲夜。

 

(協力者が居ればこの策は取らない、だが僕以外で水仙さんが仲がいい人物、えーちゃんは動いていない、それより少し驚いてる様に見える。なら可能性は除外だ)

 

 イメージする、完全な未来予測を。

 

(――先生が黒板に向いた瞬間、水仙さんは消しゴムを投げる、それはカーテンに当たり目立つ音は落下による着地時のみ。だがすぐには動かない、僕に取ってと頼んでからだ)

 

 そして発生する二つのルート、大五郎が断った場合は彼女自身が取りに行き彼に逃げ場は無い。

 大五郎が頼みを了承した場合、絶好のポジションを彼女は得る。

 

(消しゴムを打ち返す、そしてそれを水仙さんのペンケースにゴール。これが――ベストアンサー!!)

 

 思わず口元が緩んだ、同時に教師は黒板に向き合い。

 

(――いまよ!)

 

 見逃さない筈がない、咲夜は消しゴムを机に立て上から抑えて指ではじく体勢へ移行。

 

(だがそれは読めているんだ!! カモン、小学生の時から使ってる遮光板になる下敷き!!)

 

(コースが読まれてる!? なら神明くんへの直撃コース!!)

 

(そう来ると思ったよ!! その為に表面積の多い下敷きを選んだんだ!!)

 

 放たれる消しゴム、それは放物線を描き大五郎の額へと。

 勝った、彼がそう確信した時であった。

 

(――――そういえば、私の方からばっかりじゃ神明くんに悪いわよね)

 

 大五郎が完全に読み切った事を察知したのか、それとも気まぐれか。

 彼女は咄嗟に狙いを変えた、――予測の前提を覆す形で。

 故に。

 

(嗚呼、あの下敷きは丁度良い感じね。キスの瞬間を隠してくれるもの)

 

(打ち返された消しゴムを無視して中腰で立った!? でも僕には下敷きガードがある! ほっぺにちゅうはさせない!! 絶対にだ!! 無理矢理きても――)

 

(強引に行ってもダメよね、公平に行くなら先ずはアピールしてヨーイドンよ)

 

(…………あれ? こない? っていうか、なんで水仙さんは自分のほっぺを指さしてるの?)

 

 意図を考える間もなく、咲夜はするりと手を延ばし大五郎の顎を掴む。

 

(やっぱり強引に来るつもりだね! 絶対に窓の方は向かない――――!?)

 

(あ、やっぱりこれが正解だったようね)

 

 策士、策に溺れるとはこの事か。

 咲夜が向かせようとした方向は、大五郎の考えとは真逆。

 つまり、彼の顔は咲夜の方向へ。

 するとどうだろうか、目の前には彼女の白い頬が目の前に。

 

(~~~~~~~~~~~~~っ!? は、はぁ!? はいいいいいいいっ!? え、今どうなったの!? 僕は何をして何をされたの!?)

 

(ヨシ! これで満足!! 神明くんもあっさりキスしてくれたし上出来よ!!)

 

 そう、頬への親愛のキスを大五郎は咲夜にしてしまったのだ。

 誰にも見られず、察知されず、これ以上なく完璧な形で。

 

(――――――負けた、じゃなくて!! いやこれはダメでしょ!! ほっぺにチュウしたのはちょっと嬉しいけど!! これは話し合うもといお説教でしょうが!!)

 

(あー、楽しかった! 今日のお昼ご飯は美味しそうね!!)

 

 メラメラと使命感に燃える大五郎に気づかず、咲夜は浮かれて。

 そして終わる授業、昼休みに彼は動かず彼女もまた普段通りに戻って。

 放課後、いつも通りの屋上であったが。

 

「~~~~~~ッ!? な、なんで後ろから抱きしめてるのよ!? は、離して神明くん!!」

 

「いやいや、離さないよ水仙さん。君には言いたいことが沢山あるんだ……今日は、じっくりと僕の腕の中で聞いて欲しい、逃げるなんて許さないから」

 

 大五郎は咲夜を後ろから抱きしめ、耳元で囁き始めた。

 



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第18話  せくはらきんしー!(親愛のキス3)

※第一話に少し書き足しました、印象が変わるかもなのでお読み直し頂ければ幸いです。



 

「――――、――――――、――――――?」

 

(ぜ、全然あたまに入ってこないッ!?)

 

 咲夜にとって、今の状況は完全なる不意打ちであった。

 だってそうだろう、どうして反撃として抱きしめて囁かれると思うのだ。

 

(ううッ、え、何? なんなのこれ? いちゃついてるカップルじゃあるまいし? カップル? もはやカップルなの私たち!?)

 

 ぷるぷると震えてくる、頭が茹だりそうだ。

 今すぐに脱出しなければならない、そう、なんとしてでも。

 そんな一方で、大五郎は落ち着いていた。

 安心した、と言っても過言ではない。

 

(うへぇ……、なんで僕こんなに落ち着いているんだろう。いやね? そりゃね? 女の子をこうしてちゃんと抱きしめるなんて久しぶりだし? でも一応、お説教中なんだよなぁ。あー、思い出しちゃう、あっちゃんにもこうしてたよなぁ……)

 

 ふわふわな感触と甘い匂い、柔らかくも芯のある感触と爽やかな香り。

 肌の色も、声も、背の高さも、性別以外は違うところだらけ。

 でも。

 

(なーんでこんなに、しっくり来ちゃうのか)

 

 いけない、この気持ちはダメだ。

 とても安らげるのに、精神を蝕まれていく感覚。

 これが運命の赤い糸で繋がった相手、誰よりも相性の良い相手。

 ――でも今、それは藍ではなくて。

 

(うっかり髪にキスしちゃったら、どうしようか)

 

(抜け出すのよ私!! こんなヘンタイになんか負けるもんですかッ!! ふんぬううううううううううう!!)

 

「――――え?」

 

「どっせええええええええええええええいッ!!」

 

 瞬間、ぐるりと大五郎の視界が回った。

 咲夜が彼の右腕を使い、見事な一本背負いを決めたのだ。

 投げられた先はコンクリート、普通なら軽くて打ち身、受け身を取れれば御の字だろう。

 だが。

 

「舐めんじゃねええええええええええ!! 10点10点10点!! 神明大五郎アクロバティック着地ぃ!!」

 

「ムーンサルトッ!? どんな運動神経してるの貴方ッ!? 格ゲーのキャラなのきゃーカッコいい!!」

 

「お褒めに与りありがとう! でもいきなり投げないでよ!?」

 

「それ神明くんが言えることッ!? このヘンタイ!! 女の子にいきなり抱きついて耳元で囁くって何考えてるのよ!!」

 

「はー? いきなりほっぺにチュウしてきたり、ほっぺにチュウさせたりする痴女の言うセリフ? 親愛って言ってたけど無理があるからそれ!!」

 

 なにおー、なんだとぉ、とガルガル威嚇しあう二人。

 口撃の火蓋はきって落とされた。

 

「痴女ッ!? この清らかな美少女に向かって痴女ですって!? 頭おかしいんじゃないの神明くん? ああ、ごめんなさいね、恋人がいるのにこんな美少女にほっぺにチュウされて誤解しちゃうのね、あー美しさって罪!!」

 

「自意識過剰も程々にしろ! いや実際あってるけど!! というかマジで親愛のキスだとしても、男友達にするんじゃない!! 僕は大丈夫だけど絶対に崩壊するから!! ――――ああ、もしかして照れ隠し? いやーごめんね? 僕としては逃げられないようにしただけだけど、ボッチだもんね水仙さん、男と触れあって誤解しちゃったかーー」

 

「は? 誤解? そんなワケないでしょ神明くん相手に。だって私たち…………友達じゃない」

 

「ああそうだね、僕らは友達だ。だから……君の事は絶対に恋愛対象外なんだ、例え恋人がいなくても君だけは選ばない、あくまで友達、親友だもんね!!」

 

「――――へぇ」

 

「………………ん?」

 

 急に飛び出た咲夜の冷たい声、大五郎は困惑し思わず小指から繋がる赤い糸を確認した。

 

(見た、今見たわ、絶対に何かを見た)

 

 それに。

 

(あり得ない? この私が? 異性として見れない、ですって?)

 

 咲夜としては腑に落ちないが、何故か妙にムカムカしてきて。

 これはきっと、美少女としてのプライドが傷ついただけだ。

 そう思って。

 

「世の中には、略奪愛って言葉もあるのよ?」

 

 咲夜は一歩踏み出す。

 

「それってさ、支配欲とか独占欲とか性欲からくる不貞行為を綺麗に飾った言葉でしょ」

 

 大五郎は一歩下がる。

 ――風が吹いた、咲夜の髪とスカートが揺れる、視線が動く。

 

(…………見てたのはスカート? いえ、でも)

 

 仮にスカートの中身が風によって見ていたとして、これまでもそうであったとして。

 或いは、まったく違う何かが見えていたとして。

 

 咲夜は一歩踏み出す。

 

(検証の必要があるわね)

 

 大五郎は一歩下がる。

 不味い、何かが不味い、けれど赤い糸は彼女の感情の方向性しか伝えない。

 細かいところがわからない、もしくは。

 

(僕が……分かりたくないだけ、なのか?)

 

 彼の揺れる瞳を、咲夜は見逃さなかった。

 突き止めなければいけない事がある、ならば。

 

「――――いえ、そうね。神明くんの言うとおりだったわ。略奪愛なんて忘れて、くだらない発言だったわ」

 

「分かってくれて嬉しいよ」

 

 視線が交差、何もなかった風に。

 でも大五郎は確かに感じ取った、火花が散ったのを。

 

(隠してるようだけど、赤い糸もジグザグに揺れてるよ)

 

(また見た、――風も吹いてないのにスカートのあたりを)

 

(探ってる、何かを、…………赤い糸に気づかれた? そうじゃなくても手前まで来てるのかもしれない)

 

(怪しい、ぜったいに怪しいッ!!)

 

 二人とも口には出さない、あくまでいつもの様に。

 

「じゃあ、今日はちょっと早いけど帰ろうか。――君に不躾に抱きついた謝罪として、マックのポテトとハンバーガーを奢ろう」

 

「そこは三角チョコパイの方が嬉しいわね……まだあったかしら?」

 

(ま、水仙さんが何したって見えないモノが分かるわけがない、――――でも油断はしないよ)

 

(必ず……暴いてみせるッ)

 

 水面下での戦いが、今始まったのだった。

 

 

 



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第19話 もしかして

 

 静かな攻防は数日間続いた、大五郎の予想通り見えないモノを見つける事は出来ず。

 彼女には諦めの表情が出てる、そう見えた、あくまで表面上はそう取り繕ってるように見える。

 ――そして、またも昼前の授業終わり近くである。

 

(…………そろそろ諦めた? 或いは……今までのやりとりこそフェイク、本番はここからかな?)

 

(ええ、神明くんも気づく頃でしょう。あれから今日まではあくまで前フリ、でも確信までは持てない筈)

 

(なんていうかさ、空気感が今までとは違うんだよね。獲物が油断した瞬間に襲いかかる猛獣の静けさって感じ? けど……諦めた可能性があるのも捨てきれない)

 

(迷ってる? いえ、私の行動予測を絞ってマストカウンターを打つつもりね)

 

 授業中であるからして、じろじろと観察する事はない。

 相手の空気感、身じろぎ、そういった細かな所から推察しているのだ。

 

(藍ちゃんぐらいに知り尽くしてるなら心まで手に取るように分かる……は言い過ぎだけどそれぐらい把握してるから、赤い糸の情報だけで十分なんだけど)

 

(私が神明くんの全てを知らないように、神明くんもまた私の全てを知らない。――その空白に勝機がある)

 

(どうして水仙さんと赤い糸が繋がってるのかなぁ……、僕は彼女に何を求めてるんだろうか)

 

(頭から追い出すの、本当の目的を。今はただ――証拠に繋がる道を見いだすために)

 

 見えているモノが多いという事は、情報量も多いという事。

 うっかり己の根本的な問題に踏み込んでしまった大五郎の緊張の糸が緩む、そしてそれを見逃す咲夜ではない。

 故に。

 

(――――これでどう!! いやむっちゃ恥ずかしいんだけど!! でもこれに釣られない神明くんだって私信じてるからッ!!)

 

(はあああああああああああ!? 何してるの水仙さん!? どこのエロラブコメ!? 僕どうすれば良いのっていうか何考えてたか分からないじゃなくて今すぐ止める、止める? そう止めるんだけどさあああああああああああああああああ!?)

 

 瞬間、大五郎はテンパり咲夜は羞恥に頬を染める。

 彼女が取った選択。

 それは、己のスカートを徐々に引き上げ大五郎だけに何かを見えるように挑発したのだ。

 事態を認識したとたん、彼の脳はフル回転を始める。

 考えろ、惑わされずに考えろ、白いふとももは眩しく座して待てば魅惑の紳士絶賛のアレが拝めるかもしれないが。

 

(そしたら僕はただの変態っていうか!! 色香に惑わされた――いや良いのか? 水仙さんからの疑惑を晴らすならそれで……いやダメでしょ!! 止めなきゃいけないよねコレっ!?)

 

 咄嗟に中腰になる右手が浮く、視線はふとももとスカートから必死に離して彼女の左手の小指へ。

 

(見た、見極めて、スカートなのかそれとも――)

 

(読め、読み切るんだ神明大五郎!! 僕に残されたたった一つの武器! 赤い糸で読み切るんだ!!)

 

 シミュレーションは万全だ、彼はどの道、咲夜の行動を止めに来るだろう。

 狙いはその前、止めに動く前に何をするか、だ。

 婉然とした笑みで笑いかけ、咲夜は右手と右手で交互にスカートを少しずつ持ち上げる。

 

(彼は頭が良いわ、私の行動や心理を読むのに体の一部だけってワケじゃない筈)

 

(とりあえずギリギリで止める、でもその前に水仙さんの目的を突き止めなきゃ。見てる、彼女は僕の行動を見てるんだ)

 

(顔、口元、首、胸……は違うわね、やはりスカートいえ違う、手……手? 右じゃない左、そうじゃなくて手前? ――――え? どうして)

 

(赤い糸の揺らぎは挑発を示していない、むしろ何を探してる、何を? 視線、誤魔化しているけど……僕の目線の先!? っ!? ま、まさか!? いやあり得ないでしょ見えない何かに気づくなんて、それとも僕が望んでいるとでも――――!?)

 

 大五郎の目が驚きに見開かれた瞬間、咲夜はスカートを持ち上げる行為を止めた。

 分かったからだ、彼が何処を見ていたか。

 

(しまっ、気づかれた!? い、いやでもまだ確定じゃない!! 無視だ無視、今は前を見て全部無視するんだ!! これ以上、水仙さんに情報を与えるわけにはいかない!!)

 

(なんで…………私と神明くんの小指の間を見ていたのッ!? どういう事よ何が見えてるっていうのよ!! それで何が分かるって言うの!? え? はい? 神明くんは超能力者とでもいうの!?)

 

 必死にそっぽを向く大五郎、咲夜の心中は困惑に包まれて。

 認めなくてはならない、彼は何かが見えている。

 人知を超えた力がある、今の所はその可能性が高い。

 考えすぎではない筈だ、しかし問題は何を見ていたのか。

 

(こ、心を読んでいた? それじゃあ今までも――いえ違う、それだと事前に妨害する事だって出来ていた筈。でもそれに近い何かを、たとえば感情や様子の矛先を感覚的に? 少なくとも細かい思考は読めない、その筈よ)

 

 であるならば。

 

(思い返すと、…………ええ、神明くんが妙な鋭さを発揮するのは私と直接対面している時、それが条件? 小指と小指の間にある何かは直接見ないと見えない?)

 

 他に何か手がかりはないだろうか、小指と小指に関するなにか。

 超能力、魔法、都市伝説、なんでもいいから何か。

 咲夜が知識を総動員したその時だった、ひとつの答えにたどり着く。

 

(――――運命の赤い糸)

 

 たどり着いた、咲夜は答えにたどり着いてしまった。

 全ての疑問が繋がった、繋がってしまう、それが本当なら、全てに納得がいく。

 彼女は震えを感じながら、一つ一つ確かめていく。

 怖い、けれどその先に重大な何かがあると確信して。

 

(…………神明くんは、私と運命の赤い糸で繋がっている。そして、恋人がいるからと恋を教えてという私のお願いを断った。――理由はそれだけ? 本当に?)

 

 直感で出した答えに、歯ぎしりしたくなる。

 

(どうして彼のご両親は、朝早くから来た迷惑な客である私を歓迎したの? ――神明くんには恋人がいるのに?)

 

 遠距離恋愛中である、とは聞いているが不仲であるとは聞いていない。

 それに最初に訪問した時の朝、彼は愛しそうに連絡を取っていなかったか?

 

(本当に――恋人と連絡と取っていたの?)

 

 スマホで繋がった先は恋人のものだろう、だが違和感は拭えない。

 

(伏せられた写真立て、変よね。まるで夫を亡くした妻みたい)

 

 まだある。

 

(遠恋中だと公言しているし、幼馴染みの絵里達がしらない訳がないわ。――どうして私が側にいるのを許すどころか歓迎ムードなの?)

 

 普通ならば、仲の良い幼馴染み、しかも恋人持ちの彼に近づく女はそれとなく忠告を入れる筈だ。

 特に、隔絶した美しさをもつ咲夜のような美少女ならば。

 ――そしてあの時。

 

(パンツを破ってしまった時、あれは恋人からの贈り物だった筈。…………なんで、なんでほっとしていたのよ神明くんはッ)

 

 唇を強く噛みしめる、考えてはいけない、その先はきっと覚悟がなければ踏み込んではいけない所だ。

 でも、考えは止まらない。

 彼が隠している事の、輪郭が浮かび上がってきてしまう。

 

(どうして……どうして、そんな嘘をつくのよ神明くん!!)

 

 沸き上がる憤りが押さえきれないまま、授業は終わる。

 教師が教室から出ていた瞬間、咲夜は怒りの形相で立ち上がり大五郎の手を引いて出て行く。

 周囲の困惑など知らない、それどころではない、彼が何かを言っているようだが、今は。

 

「――――だから痛いって水仙さん!? いったい何事? 突然屋上に連れてきてさ」

 

「………………神明くん、貴方に聞きたいことがあるの」

 

「っ、ど、どうしてそんな怖い顔をする――って壁ドン!? いや普通逆じゃない!?」

 

 軽い衝撃を背後に、大五郎は怖い顔をした咲夜によって壁に追いつめられた。

 怖い顔と称したが、実際にはその瞳は今にも泣きそうに潤んで。

 

(…………これは、バレちゃったのかな。怒ってる? 悲しんでる? なんで、心が全部読めるとか誤解されてる…………のも仕方ないか)

 

 それは当たり前の反応だ、彼は判決を言い渡される前の罪人のように沈黙を守り。

 

「ねぇ……何を見ていたの神明くん? 私と貴方の小指の間だにある何か、運命の赤い糸とでも?」

 

「…………」

 

「黙ってないで何か言いなさいよ、どうして、どうして――――遠距離恋愛中だなんて嘘をついたのよッ!!」

 

「――……ぁ」

 

 とうとう、とうとうバレでしまった。

 

(嗚呼、これだから運命の赤い糸で繋がった相手は分が悪いんだ)

 

 藍の時もそうだった、どれだけ読み切っても予想外の方法で、彼の思惑を超えて驚かせ、喜ばせてくれる。

 ――それが、『己』は定義した運命の赤い糸の能力。

 絶対的な相性の相手、二度と現れないと思っていた存在。

 

「…………」

 

「…………」

 

 見つめ合う、彼女の瞳は何故か悔しそうに揺れて。

 怒ってはいない、ただ、悲しんでいる。

 何を言うべきか、大五郎は迷うばかりだった。

 

 




今回はもう、流行りとかウケとか考えずにタイトル付ける事にするよ………


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第20話 抗えないレイニー

 

 

 ぽつり、ぽつりと雨が降ってきた。

 今日の予報は曇りだった筈だが、どうやら降水確率は大五郎に微笑まなかったらしい。

 冷たい雨粒が、彼も咲夜の全身を少しずつ染めていく。

 

「…………」

 

「…………」

 

 お互いの息がかかる距離、もう昼休みは終わったというのに我慢比べのよう。

 でもそうじゃない、動けない、このまま何もなかったかの様に教室へと戻れない。

 

(冗談っていえば、友達に戻れるわ。まだ戻れる、放課後を屋上でダラダラと過ごす関係に、でも)

 

(誤魔化しちゃいけないよね、僕が望んだのかもしれないんだから)

 

 迷う、何を言えばいいのか。

 大五郎の目の前に、黒曜の輝きを持つ瞳がある。

 

(あっちゃん、なんで君は今さ……僕の隣に居ないんだろうね)

 

 目の前の彼女から、怒りが、そして心配する感情の揺らぎが伝わってくる。

 ――視界の中で揺れる、運命の赤い糸から目が離せない。

 

(君がいないから……僕は水仙さんに。そうだ、踏み込んで欲しいとすら思ってる、――認めよう、いい加減に。僕は……何かを水仙さんに求めるんだ)

 

 けれどそれを認めることは、藍の不在を、今、隣に居ない理由を受け入れる事になる。

 

(まだ……受け入れたくない、受け入れたくないんだよあっちゃん…………僕は、僕はさ……)

 

(神明、くん――――)

 

 苦悩する大五郎を、咲夜は燃えるような目つきでじっと見つめていた。

 賽は投げられた、戻るつもりはない、でも。

 

(こんな顔をされてッ!! こんな顔をさせてッ!! 私は何を言えばいいのよ!!)

 

 彼の、神明大五郎という存在の為に何かしたい。

 陰の潜んだ笑みではなく、屈託のない心からの笑顔がみたい。

 その気持ちを、認める事はつまり。

 

(私は……神明くんに惹かれているのね)

 

(そうさ、僕は……水仙さんを求めている)

 

 恋、とは断言できない。

 でも友達以上の何かを求めている、だってこんなにも。

 

(触れて、抱きしめて、……いいのかしら)

 

(抱きしめてもらいたい、なんて甘えかな?)

 

 隣あったパズルのピースが、ぴったりとはまる様に。

 湯を沸かすのに、火が必要である如く当たり前で。

 普段、呼吸をするのに空気を意識しているだろうか。

 ――共に在るのが、こんなにも自然だと感じている、今もそうだ。

 

 見つめ合ったまま、時間が止まる感覚。

 雨はやがて土砂降りになって、二人の体を冷やしていく。

 このままでは風邪を引く、なんてきっと言い訳にすらならない。

 

「ぁ」

 

「逃げないで、逃げるな、逃げるなんてしないで神明くん……」

 

「…………うん、僕は逃げないよ」

 

 咲夜に抱きしめられて、大五郎は安堵したように顔を首筋に埋めた。

 彼女もまたそれを嫌がらず、労るように彼を柔らかく抱きしめる。

 

「ずっと、ずっとね、貴方と屋上で過ごす前から気になっていたの」

 

「何を?」

 

「どうして、あんなに寂しそうに笑うんだろうって。誰と居ても、誰と話していても、誰と一緒に喜んでいても、……神明くんは、とても寂しそうに笑ってた。私にはそう見えたの」

 

「そんなに笑い方が下手だったかな」

 

「下手よ、下手くそよ神明くん。きっと、貴方に近しい人はみんな理解してた筈よ」

 

 ははっ、と自嘲した声が咲夜の耳に届いた。

 嗚呼、と掠れた声、彼の体は震えて。

 咲夜は彼を暖めるように、抱きしめる力を強くした。

 

「私もね、嘘だったの。恋を教えてなんて嘘、――いいえ、理解してなかったの、……神明くんを、抱きしめたい気持ちを」

 

「でも、恋じゃない?」

 

「そう、恋じゃないの、神明くんは?」

 

「…………最初は君に同情したからだと思った、でも目を反らしていただけなんだ。家に帰っても寂しいだけだから、君が藍とは正反対の女の子だったから、運命の赤い糸が見えても好きにならないって。でも……少し違った、僕は水仙さんに何かを求めていたんだ」

 

 大五郎を抱きしめたかった咲夜。

 咲夜に何かを求めていた大五郎。

 お互いに、その理由をはっきり自覚していなくて。

 

(もっと、もっと触れれば何かが分かるかしら、変わるかしら)

 

(心地良いんだ、泣きたくなるぐらいにさ、水仙さんの体温が心地良いんだ)

 

 寂しさの穴を埋めるように、大五郎は震える腕を咲夜の背中に回す。

 ――彼女はそれを静かに受け入れて。

 ざぁざぁ、ざぁざぁ、雨が二人の体温を奪っていく。

 それを補うように、固く、強く、二人は抱き合って。

 

「…………狡い言い方をしても良いかい?」

 

「今更ね、嘘つきさん?」

 

「僕に……全てを話す勇気をくれないかな。きっとこの感情は恋じゃない、性欲でもないんだ、でも……君の温もりが欲しい」

 

「断ったら、ここで終わり?」

 

「だから狡い言い方って言ったんだ」

 

 選択肢を与えている、逃げ道を用意している、そんなフリだけの言葉。

 咲夜が断らないと知っていて、試すように投げかける卑怯な提案。

 

「私、初めてなのよ? それを女の子を何だと思っているのかしら」

 

「湯たんぽ?」

 

「せめて都合の良い女って言ってくれない?」

 

「都合の良い女になる気はあると」

 

「まさか、カレシ面するんだったら殴るだけよ。……でも」

 

「でも?」

 

「私は美しいから、それもまた美しさなのかもしれないって。それじゃあ不満? 本音をご所望かしら?」

 

「それこそ美しくないね、じゃあお言葉に甘えて、今日は僕の家って誰もいないんだ」

 

「悪い男の子ね神明くんって、ええ、行きましょう」

 

 情欲などなく、愛もなく、繋がったという事実の為だけに。

 踏み込み、踏み込まれる建前を生み出すためだけに。

 彼らは歩く、歩いて、家につく。

 シャワーを浴びて、そして淡々と通過儀礼を行う。

 

(――――この行為に、ほっとするのは何故かしらね)

 

(底なし沼に埋まっていく気分だ、でも安心してしまう。この温もりが、泣きたくなるんだ。……いや、泣いているんだな僕は)

 

 声無き悲鳴があげたのは、果たしてどちらか。

 温もりを貪るだけの交わり。

 明かりもつけないで、空が白み始めるまで。

 

「それで、勇気は出た?」

 

「ああ、全部話すよ。聞いてくれるかい?」

 

「今更ね」

 

「愚問だった、忘れてよ」

 

「ダメ、全部覚えておくわ。神明くんの事は、――だから、全部聞かせて」

 

「…………そうだね、何処から話そうかな」

 

 ピロートークとしては、重苦しい話が始まった。

 

 



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第21話 藍と愛

 

 

 神明大五郎は、謂わば天才と呼ばれる人種であった。

 一を聞いて十を知る、齢一歳になる前に言葉は覚えた。

 本を開けば、その内容は一字一句間違いなく記憶している。

 幼稚園にあがる前には、難解な専門書も読み解くほどで。

 

(世の中ってタイクツだな……、でも僕の才能は隠しておかないと。色々と面倒だからね)

 

 天才故の早熟さからか、大五郎は己の才能が周囲に与える影響を正確に予測できていた。

 だから、両親には少し大人びた子供として振る舞っていたし。

 幼稚園では手の掛からない物静かな子供として、色あせた日々を送っていた。

 しかし。

 

「ねーねー、なんでいつもつまんなそーにしてるの? あ、そうだ! わたし、あいちゃん!! いっしょにあそぼ!! えっちゃんかぜでおやすみで、つまんないの!!」

 

「…………あー、そういえば同じ組だったね君」

 

「あっちいこうっ!! おままごとしよう!!」

 

「面倒な……、あと三分程待って欲しい。複素数平面の問題を解いてる途中なんだ」

 

「ふくそすー……? なんかむつかしそーなこと!! それおとなのでしょ!! すごい! あいちゃんにもおしえて!!」

 

「は? おままごとは!? あーもう、本を返せ君は読めないでしょそれ!!」

 

 孤立を選んだ大五郎に、臆することなく近づいたのは藍であった。

 栗毛の長い髪の女の子、その時は鬱陶しいやつだと思っていたのに。

 彼女は彼がどんなに隠れても見つけだし、外へ誘った。

 そしてアレは何、コレは何と指さし、その答えにすごいすごいと無邪気に喜ぶ。

 

(いや何なのこの子? フツーさ、僕みたいな奴は遠巻きに見るか排斥するのが子供なんじゃないの!?)

 

 理解できない存在、それが藍であった。

 彼女に連れ回され、大五郎の世界は急速に広まる。

 双子である絵里、そして同じく大五郎を受け入れたトールに輝彦。

 いつしか、五人でいる事に違和感を覚えなくなって。

 

「やったぁ!! 見て見て大ちゃん!! 同じクラスです!!」

 

「はいはい見てるって、それにえっちゃんとトールと輝彦も同じクラスだかね」

 

「小学校もおなじクラスだなんて、これは運命ですよ大ちゃん!!」

 

 小学校の入学式、桜が舞い散る中で飛び跳ねて喜ぶ藍に。

 

(――――そう、か。もしかして僕は)

 

 気がついてしまった、彼女の笑顔が好きなことを。

 

(もしかして、僕はあっちゃんに出会う為に生まれたのでは? この天才的な頭脳はあっちゃんの笑顔の為にあるんじゃないか?)

 

 いくら頭が良くても精神までは成熟していない、恋を自覚した大五郎は暴走して。

 

「大人になったら、いや僕が十八歳になったら結婚しようあっちゃん!! 君を絶対に幸せにする!!」

 

「うんいいよ、でもその前に聞いて聞いて、わたし良いコト思いついちゃったの!!」

 

「返事軽っ!? まぁいいやオッケーだったし。それで良いことって?」

 

「あのね、大ちゃんって天才でしょ。わたしのコト何でも分かっちゃうでしょ!」

 

「そりゃそうさ、大学の心理学の論文まで取り寄せて勉強した僕に隙はない!! あっちゃんの事だけじゃなくて、みんなの事も丸わかりさ!!」

 

 己の想いの重さを自覚せず、そして彼女も自覚せず。

 でも、――幸せな時間だった。

 

「それはよく分からないんだけど、……運命の赤い糸って知ってる?」

 

「いきなり話が飛んだね、でも運命の赤い糸か…………もし僕がそれを見えたら、あっちゃんは喜ぶ?」

 

「うん!! だって面白そうなんだもん! ねぇ大ちゃん、見えるようにならない? そうしたらね、隣のクラスの子が片思いしてる男の子が分かると思うの!!」

 

「それで何をする訳?」

 

「え? 恋のキューピッドをするんだけど? だってわたしは大ちゃんに愛されて幸せだから、おすそわけしたいなって思って」

 

「…………オッケー、一週間待って。心理学以外のアプローチからも試してみて、運命の赤い糸を見えるようにするから!! ああ、でも当面の間だは僕にしか見えないと思うけど、それでいい?」

 

「うん!! やっぱり大ちゃんはすごい!!」

 

 幸福は続く、一年、また一年と成長していき。

 それは、中学にあがった頃であった。

 

「…………ねぇねぇ、わたし気づいちゃったんですけど。大ちゃんって愛が重くありません? 重くありませんか?」

 

「なんで繰り返したの? というか何処が?」

 

「いやだって、わたしのお弁当を毎日作ってますし、美術の授業でわたしのお人形を作ってましたよね? それに大ちゃんの部屋って、わたしの拡大写真が壁いっぱい張ってますし」

 

「…………それぐらい当たり前じゃないの?」

 

「あのお人形、売れるレベルで出来が良かったですよね? それにお弁当の為だけに栄養士に資格とってませんでしたか? それに、毎日のように大ちゃんの部屋にいるのに、自分の顔に囲まれてるってヘンな気分になるんですけどーー?」

 

「……………………――――なるほど!! もしかして目の前にに本物が居るのに、写真に浮気するなと!!」

 

「違いますよ大ちゃん!? どうしてそうなったんです!?」

 

 幸せであった、大五郎は愛と才覚の全てを藍にそそぎ込み。

 彼女もまた、それを受け入れ確かに二人は相思相愛で。

 周囲の人間だって祝福していた、このまま幸せに結婚して……と、誰もが思っていた。

 

 

 ――――たった一つの事故で、全てが終わるまでは。

 

 



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第22話 それは救世主を喪った狂信者にも似て

 

 

 いつもと同じ朝の筈だった、朝起きて藍を起しにいって。

 一緒に朝食をとり、登校する。

 絵里は朝練があって先に登校、途中のコンビニの前ではトールと輝彦が待ってる。

 その前の交差点、横断歩道を青で渡る。

 何事もなく、渡れる筈だった。

 ――――だが。

 

「う、嘘だ、嘘だよ藍、ねえ起きて、目を開けてよ藍、藍! 藍ったら! 藍藍あいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「救急車! 誰か救急車呼んで!!」「男の子と女の子が!」「ダメだ女の子の方は助からない!」「せめて男のほうだけでも」

 

 衝撃と血、下半身が潰れた藍、骨折したとはいえ無事だった大五郎。

 半狂乱の叫びが交差点には轟いて、騒ぎを聞きつけてトールと輝彦が駆けつけた時には、もう。

 

 その後の記憶は曖昧だった。

 ただ入院中に無理して葬式に出て、彼女が眠る棺桶の前で酷く騒いで迷惑をかけてしまった事は覚えている。

 

(藍、藍、藍、藍…………どうして、どうして、どうして…………嗚呼、僕は、僕はどうすれば良かったの?)

 

 入院中は無気力で食事すら自分で取れない状態だった大五郎は、退院後から自室に引きこもるようになった。

 両親の語りかけに答えず、食事は夜半に一度。

 藍が好きだと言った料理を繰り返し作り続ける、彼が再び入院しなかったのは彼女に好き嫌いが少なかった事、そして彼が料理の腕を磨いていた事だろう。

 

 冬が来て、春が来て、夏がきて、秋が来て。

 再び、藍が死んでしまった日が来てしまう。

 大五郎はその日初めて、彼女の墓前に立った。

 

「君のいない世界で、僕はどうして生きているのかなぁ…………」

 

 墓石は何も答えない、死んでしまいたいのに大五郎は死ねない。

 

(あっちゃんが守ってくれた命、粗末にするなんて出来ない。……でも、苦しいんだ、生きているのが、苦しいんだあっちゃん)

 

 スマホの中に残る彼女の笑顔と声は明確なのに、大五郎の記憶からは少しづつ色褪せていって。

 ――苦しみが残る。

 

(寒い、寒いよ、側にきて暖めてよあっちゃん……)

 

 彼女の存在が、大五郎の全てだった。

 きっと、あの日、幼い彼女が彼の前に現れてからずっとずっと、頭の中は、生きる目的は藍の笑顔の為で。

 

(要らない、藍を守れなかった僕がこんな笑顔を見続けちゃいけないんだっ!!)

 

 墓前から逃げ出した彼は、己の部屋へ駆け込むと。

 破る、壁一面に張り付けた彼女の写真を半狂乱になって破り捨てる。

 気が狂いそうだった、日に日に彼女への想いは募るのに、その行き場が無い。

 復讐を考えたこともあった。

 でも。

 

(あの事故で死んでるって、そんなのあんまりだよ……。それにさ、そんな事をしたら僕が老衰で死んで天国で再会した時に絶対に怒られちゃう)

 

 今でもまだ彼女を愛しているのに、彼女との思い出が大五郎を苦しめる。

 処分して、処分して、でも捨てられなくて。

 結局、写真は机の上にひとつだけにした。

 

(でも……君の笑顔を見る資格なんて無いんだ)

 

 ぱたり、と写真立てを伏せる。

 そこには、幸せだった頃の自分の藍の笑顔がある。

 今は、二つともなくて。

 ――そんな時であった。

 

「………………ぁ、…………運命の、赤い……、糸」

 

 大五郎の視界に、部屋の壁を貫通して揺れる赤い糸。

 人と人の絶対的な相性を、心理学などの学問的な観点から保証し。

 それを思いこみと錯覚の力で、大五郎の視界に存在させた、――『藍の為の運命の赤い糸』

 

「父さん……母さん、そう、そうか――――」

 

 天啓、そう呼ぶべき何かが得られた気分であった。

 今見えている赤い糸、即ち両親を結ぶ糸で愛の証。

 ――――それは神明大五郎が、加古藍を愛していた証。

 

「居た、嗚呼…………こんな所に居たんだねあっちゃん…………!!」

 

 死んでいない、誰がなんと言おうが生きている。

 まだ、大五郎の心の中に藍は生きている。

 沸き上がる衝動のままに、彼は靴を履くことすら忘れて外へ走り出した。

 

(あはっ、あはははははっ!! 世界はあの頃と同じぐらい美しい! 藍が、愛が存在するんだ!!)

 

 走る、足の痛みが妙に嬉しかった。

 見える、視る、並び歩く男女に糸が見えない時もあったけれど。

 歩く、走る、見える、運命の赤い糸が大五郎には見える。

 

(――――僕はまだ、立ち上がれる。赤い糸が見える限り、…………あっちゃん、君がどんなに遠く離れていても側にいてくれている証だから)

 

 彷徨う、宛もなく、ただ繋がりを探して。

 気づけば、そこは名も知らぬ神社。

 

(流石にちょっと疲れた、久しぶりだなぁ、こんなに歩いたの)

 

 大五郎は木陰に座り込み一休み、そんな時であった。

 斜め上から涼やかな声がかけられて。

 

「足、痛くないの?」

 

 ちらりと横目で、声の主の小指だけを見る。

 

(赤い糸は見えない、……これは相手が近くにいないってのもあるだろうけど、そもそも、この人は恋愛がまだなんだな)

 

 じゃあいいや、と興味を無くす大五郎。

 当然、返事も返さなかったが声の主はそうではなかったらしい。

 心配そうな声は続き、正直、鬱陶しかった。

 だから。

 

「その……、大丈夫です、ちょっと彼女と遠距離恋愛になっちゃって、ヤケになってただけなんで、でももう落ち着きました。もう少ししたら帰ります、だから心配しないでください」

 

「…………分かったわ」

 

 たったったっ、と軽やかな足音はすぐに遠ざかり。

 しかして、すぐに戻ってくる。

 

「まだ何か?」

 

「これ、父のお古だけど使って。必要ないならそのまま放置しておいて、明日のゴミの日に捨てるつもりだったから。……それじゃあ、元気だして」

 

 そうして声の主は、薄汚れたスニーカーを置いて去っていった。

 

「………………悪いことしちゃったかなぁ。嗚呼、これからは、もっとあの頃みたいな感じに戻らないとね。父さんや母さんにも元気な顔を見せないと」

 

 そして。

 

「トールや輝彦にも心配かけた、…………えっちゃんにも元気な所を見せないと」

 

 大五郎はゆっくりとした動きでスニーカーを履くと、のそのそと立ち上がった。

 そして再び歩く、――振り返り、神社の名前を確認する事なく。

 

「――――こんな所かな、そろそろ三年になるんだ藍が死んでから。うん、水仙さんは笑ってくれていいよ、死んだ恋人をいつまでも引きずる情けない男だって」

 

「笑う筈がないわ、誰も貴方を情けないと笑ってはいけないの、……もちろん、神明くん自身もよ」

 

「嗚呼、――……君に話して良かった。今の言葉だけで少しは気持ちが軽くなった気がする」

 

(嘘つきね、神明くんは)

 

 涙の流れる顔で寂しそうに言う彼を、咲夜はそっと抱きしめる。

 お互いに何も纏わず、直に体温を感じあって。

 少しでも、彼が暖まるように彼女は柔らかく抱きしめた。

 

「――――ぁ、…………~~~ぁぁ、ぁ――――」

 

 小さなうめき声は、次第に嗚咽へと変わり。

 咲夜は大五郎の頭を、そっと撫でた。

 

(そう、忘れていたわ。あの時の男の子って……神明くん、だったのね)

 

 運命、そう言っていいのだろうか。

 不思議な感覚を覚えながら、咲夜は大五郎の耳元で囁いた。

 

「明日、一緒にお墓参りをしましょう」

 

 返事はない、けれど確かに彼は頷いて。

 次の日、昼前の墓地には二人の姿があった。

 

 



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第23話 墓前にて

 

 

(こういう時、私は貴女に何て言えばいいのかしらね)

 

 顔の知らぬ故人に向けて、咲夜は心の中で呟いた。

 隣には大五郎が藍の墓石の前で膝をつき、目を閉じて熱心に手をあわせている。

 

(或いは、謝罪すべきなのかもしれないわね。貴女から見れば恋人を寝取った女になるだろうし)

 

 昨晩の行為に愛は無かった、あったのは同情と憐憫、そして母性本能を加えてもいい。

 

(はぁ~~~~、ダメンズなのね私ったら)

 

 正直、不味い気がする。

 何が不味いかというと。

 

(ああして男の子に縋られるの、悪くないって思っちゃったのよね、可愛いとまでよ。なんか暖めなきゃなって)

 

 妙な事になった、というか重い事に巻き込まれたというか自分から首を突っ込んでいってしまった気がする。

 後悔はしていない、ただ少し。

 

(…………これから、どうするのかしら神明くん)

 

 冷静に考えてみれば、これでハイ終わり明日も屋上で、なんて言い出す気もするし。

 咲夜としても、それが一番気楽だ。

 

(放課後に二人っきりで過ごすのも、良かったもの)

 

 だが、目の前の体を重ねた少年はどうだろうか。

 心が少しでも、軽くなったのなら良いのだが。

 そんな彼女の視線に気づかず、大五郎といえば。

 

(…………あ゛~~~~、これからどうしよう)

 

 正直な話、途方に暮れていた。

 なにせ藍の葬式以降、誰にも吐露できない心の内を全てさらけ出してしまったのだ。

 安心があった、安堵があった、黙って優しく受け止めてくれた事には感謝しかない。

 それが故に。

 

「…………ねぇ水仙さん、僕はこれからどうやって生きていけば良いかなぁ、死ぬ? もう死んだ方が良い?」

 

「ちょっと神明くん?」

 

「いやね、誰にも言えないまま苦しんでたけど、もうスッキリしたい」

 

「そりゃあ、あれだけ泣いて下も出なくなるまで中に出せばスッキリするでしょうよ」

 

「下ネタ!? はしたないよ水仙さんっ!?」

 

「はしたなくもなるわッ!! 私の体に溺れて君なしじゃ生きていけないとか、メガ盛りの抱擁力に惚れたとかならまだしも!! 死にたいって何よ!! もうちょっとマシなコトを言いなさいッ!!」

 

「――――なんかスッキリして生きる気力が尽きてきたから殺して欲しいんだ」

 

「すっごく爽やかな顔をして言わないでッ!?」

 

 何を言い出すのだこの男はと、呆れ半分、怒り半分で大五郎を睨みつける咲夜。

 しかし本当は分かっていた、朝起きた時より彼の瞳が空虚に染まりかけていたのを。

 

(私は今、――試されている)

 

 なんて卑怯な男だろうか、彼は今、咲夜に依存しようとしているのだ。

 断れば自ら命を絶つ、受け入れても殺すことになる。

 黙り込んだ咲夜を前に、大五郎は穏やかな顔で。

 

(本当はさ、分かってたんだ。いくら運命の赤い糸が見えた所で藍はもういない、感じることなんて出来ない――――僕はさ、死ねない理由を誤魔化して生きてきたんだ)

 

 彼女が守った命だから、死ねない。

 でも、彼女の居ない世界に意味はない。

 

(疲れたんだ、藍を想って生きるのが)

 

 憎みたくない。

 

(藍、君が居ない事を。君自身を)

 

 まだ、大五郎が藍を愛のままに愛せる理性があるうちに。

 

(終わりたい、僕はもう……終わりたいんだ)

 

 期待の眼差しで咲夜をみつめる、黒髪の綺麗な、月の女神のような美しいクラスメイトを。

 

(きっと僕は、君に助けて欲しかったんだ)

 

 運命の赤い糸、絶対的な相性、大五郎と咲夜の間だのそれは恋ではなく。

 

(絶対に、僕を救ってくれる人)

 

 彼女に何も返せないのは残念だけれど、彼女なら必ず救ってくれると信じて返答を待つ。

 その眼差しに気づかない咲夜ではない。

 

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛~~~~~~~~~~~~~ッ!! だから分かり易いんだって神明くん!! 貴方と屋上で過ごすようになるまでボッチだった奴に対して無理難題すぎなのよぉッ!!)

 

 頭を抱えてしゃがみ込みたい、何もかも放り投げて帰りたい。

 でも、でも、でも。

 ――水仙咲夜は、神明大五郎を見捨てられない。

 この苦悩を、うっぷんをどうしてくれよう。

 そう考えた瞬間であった。

 

(………………そうね、別に心の中でぐちぐちする必要なんて無いじゃない)

 

 すぅ、と深呼吸を一つ。

 女は愛嬌、笑顔とは本来は威嚇の意味である、殊更に機嫌良く笑って。

 

「せーきーにん! せーきーにん!」

 

「水仙さんが壊れたっ!?」

 

「べっつにぃーー、壊れてませーーん、ただぁ、どっかの誰かさんが、私の処女を奪って、避妊もせずに出すだけだして? 超絶スッキリした顔で殺してくれ? ――――ねぇ、こんな人をどう思うかしら神明くん??」

 

「あっ、ヤベっ」

 

 ぐるんと大五郎の精神が正気を取り戻した、これはダメだ、本当に、マジでダメだ。

 これでは彼が死んだ恋人を理由に、ヤるだけヤってヤり捨てした最低男の様ではないかというか、むしろ秒読みである。

 

(あわわわわわわっ!? ぼ、僕はなんという事をっ!?)

 

 今更後悔したってもう遅い、具体的には種が撒かれた。

 発芽するかは可能性だけが知っているが、万が一そうだった場合、立つ鳥跡を濁しまくりってレベルじゃない。

 

「せーきーにんッ!! せーきーにんッ!! あー、可哀想だわぁ、この子はパパの顔を知らないで生きるのね…………」

 

「お腹をさすって言わないでホントマジで!? 殺して!! いっそ殺して!! お願いしますこのゲス最低男をどうか殺してくださいお願いしますっ!!」

 

 どうしよう、もはや藍がいない世界とか死にたいとか、そういった場合ではない。

 無情なるかな彼の優秀な頭脳は冷静さと共に、最悪の、否、宝くじ一等前後賞当選級の可能性をいくつもリストアップ。

 責任、その二文字が大きくちらつく。

 

(に、逃げれないっ!? このまま僕が逃げれば藍の評判まで落ちかねないし、そもそも殺してくれ以上に水仙さんへ不義理過ぎるっ!? もし大丈夫だったとしても確定してない以上は僕には取るべき責任が――――っ!!)

 

 顔を青くして、冷や汗をダララダ流し始める大五郎。

 咲夜は彼の両手を己の両手で包んで、自分史上最大級の微笑みを見せ。

 

「うふふっ、意地悪だったわね神明くん。でも私の憤りとやってしまった責任、理解したでしょ? でも私だって鬼じゃない、恋人を亡くして悲しむ貴方に理解を示したいの、いいえ……救いたいのよ」

 

「そ、それは…………?」

 

「無責任な神明くん、――貴方の望み通り殺してあげる、天国で藍さんと再会させてあげる。けど現世の未練がなくなる様に、その日が、ああ、長くても次の生理が来た時にしましょうか。その時まで…………じぃ~~~~~~~~~っくり、絶望させて あ げ る !! はい、じゃあ明日から私たちは恋人ね、はい決定ッ!!」

 

「は? ええっ!? どういう事?! 僕何されるのっ!? ね、ねぇマジで何するつもりなの!? 恋人? 恋人っていった!? ちょっと、ちょっと水仙さん!? なんで何も言わずに帰って行くの!? ちょっと待ってマジで待ってお願いだから話し合お――――って全力ダッシュで逃げやがったっ!?」

 

 その日、咲夜とは一切の連絡がつかず。

 次の日の朝である、まだ日が昇らぬ中で起き出した大五郎。

 彼は数日分の着替えをスポーツバッグに詰め、悲壮感の漂う顔で立ち上がる。

 

「――――とりあえず半年ぐらい旅に出よう、死ぬのはそれから考えるって事で」

 

 そう現実逃避、あるいは危機管理、どう言い繕ってもつまるところ。

 咲夜から逃げだそうとしているのだった。

 

 



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第24話 1ミリ足りとも愛してない

 

 

 無責任エスケープは不意打ちで誰にも気づかれない筈だった、そう、その筈だった。

 だが現実にはどうだろうか、自室の扉を開けた先には咲夜がニッコニコの満面の笑みで立っていて。

 

「おはよう、神明くん。ああ、お付き合いするんだから大ちゃん、の方が良いかしら? ――こんな時間にそんな荷物背負って何処へいくつもり?」

 

「――――うん、夢だな、僕はまだ夢を見てるんだ、恋人気取りの不審者が恥ずかし気もなく朝から家に上がり込んでるなんて、夢でしかありえない」

 

「はい扉を閉めない現実逃避しない、恥知らずにも全てから逃げようとしていた時間はもう終わりよダーリン?」

 

「ぬおおおおおんっ、止めろぉ入ってくるんじゃないっ!? なんでだっ!? なんでバレてんだよぉ!?」

 

 部屋に閉じこもりたい大五郎と、中に入ろうとする咲夜は同時に扉を掴んで。

 

(こうなったら力付くで――いやそれは悪手っ! 扉に腕を挟まれ怪我してウチの親に泣きつくまでのコンボルートが構築されている!!)

 

(私は――腹をくくったわ神明くんッ!! どんな手を使ってでも…………救ってみせる!!)

 

(考えろ考えろっ、家出はもう無理だけどこのまま彼女に乗せられる? ああもう情報が足りない先が読めないっ、徹底抗戦? それとも――)

 

(迷いが見えるッ、今!!)

 

 一瞬の攻防、大五郎の力が少し緩んだその時、咲夜は思いっきり扉を開けてガシっと彼の喉を掴む。

 そしてそのままベッドまで押し、座らせて。

 

「ふっ、…………君の勝ちだハニー」

 

「あら、恋人だって認めるのね」

 

「認めなかったら僕の社会的立場、引いては藍の評判が落ちかねないからね」

 

「あら、藍さんの評価は私の中で爆上がりよ。こんな面倒な奴をよくもどうして、まともにさせていたなんてね。愛の力かしら?」

 

「君と僕の間に、愛はあるのかい?」

 

 すると咲夜はギラギラした目を見開き、ごつんと額と額を合わせる。

 彼女は熱い吐息を吹きかけると。

 

「無い、無いわ、これっぽっちも無い、勘違いすると金玉を潰す」

 

「少しぐらい好意とかないの?」

 

「勿論あるわ。神明くんと屋上で過ごす中、何回もドキドキした」

 

「いやー、僕の魅力にメロメロって訳?」

 

「でも…………愛にまで届かなかった、好意は男の子に向けるそれまで成長しなかったの」

 

「じゃあ何で、恋人なんて言い出したの?」

 

 困惑しかない大五郎がまっすぐに見ると、咲夜は首を掴んでいた手を滑らせ頬へ添える。

 そして、己の額で彼の額ををごりごりとし。

 

「――――ムカつく、神明くんってすっごくムカつく、ね、心当たりあるでしょう?」

 

「…………ノーコメントは許される?」

 

「いっつもいっつも寂しそうに笑って、オマケに変なもの見えてるし」

 

「最新の論文に基づいた、人為的に視覚化した運命の赤い糸が見える能力と誉めてほしい」

 

「今にも死にそうだったから、初めて捧げれば好き放題、挙げ句の果てに死にたい? ――――ふざけてるの?」

 

「ぐぅの音しか出ない」

 

「だからね、……そんな可哀想で同情と憐憫しか抱けない大五郎くんを、その悲劇に浸った心を徹底的に折ってから望み通りにしてあげようと思って」

 

「水仙さんってダメンズか超良い女、どっち?」

 

「勿論、――両方よッ!!」

 

 高らかに断言した彼女に、大五郎は思わず両手をあげた。

 降参、今は降伏しかあり得ない。

 

「…………わかった、今は君の言うとおりにしてあげる。でもね、――僕の気持ちがそう簡単に変わると思わない事だね」

 

「ええ、そうでなくちゃ面白くないわ」

 

「ところで聞いて良い? なんで朝から家に来たの?」

 

「ちょっと神明くんのご両親とお話があって、具体的には恋人としてご挨拶を」

 

「はっ!? ちょっ、ちょっと待って早すぎないっ!? せめてもうちょっと待って!?」

 

「残念だけれど、――十分前に終わったわ」

 

「手遅れっ!?」

 

 やられた、完全に外堀を埋められてしまった。

 これで名実共に、彼女は大五郎の恋人として認知され。

 

「……――はっ!? まさかこれから一緒に登校!? 学校でも外堀を埋めにくるっ!?」

 

「イエス、腕を組んでイチャイチャ登校よ。ほっぺにチュウをみんなに見せても良い。――ふッ、私のファンに嫉妬で殺されなさい」

 

「さ、最悪だ……!! 祝われてしまうっ、特にえっちゃんやトールには!! 輝彦は君のファンだから違うかもだど!! いや何でアイツ恋人いるのに……いやその恋人も君のファンだった!!」

 

「その情報要る? いえ、絵里達も身内枠になるのだから知っておいて損はないわね。――それより、一階に降りる前に大事な事を話し合わないといけないわ」

 

 体を離し真面目な顔をした咲夜に、思わず大五郎も真剣な表情になって。

 

「恋人になったのですもの、…………神明くんという呼び方じゃダメだわ。貴方もいつまでも水仙さんじゃダメでしょう」

 

「それは…………確かに問題だっ!! ところであの時みたいに咲夜って呼んでいい?」

 

「気安い却下、咲夜様もしくはさっちゃんで」

 

「…………ねぇ咲夜、実は君ってバカップルとか憧れてた?」

 

「だーくん、それはちょっとデリカシーが無いわ。私の書棚の少女マンガ百選を読んでから言って頂戴」

 

「オッケー、咲夜はバカップルが好みと。僕はそっち方面から君を攻める事にするよ」

 

「貴方を絶対に救うから、覚悟しなさい大五郎」

 

 二人はニヤっと笑うと、拳と拳を合わせた。

 そして、楽しい楽しい登校中の事である。

 

「いやこれどうなの?」

 

「ご不満? 私たちの関係として丁度よくない?」

 

「ううーん……強く言えないぞぉ?」

 

 大五郎は現在の状況に、思わず首を傾げた。

 

 



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第25話 それ逆じゃない!?

 

 

 恋人関係になった、それは不本意ではあるがワクワクしている自分がいる。

 こちらの親に挨拶済みで、外堀を埋められたのは痛恨の極みだ。

 だが――この状況は如何なものか?

 

「ふふふーん」

 

「なんでこうなってるんだろう僕……?」

 

 とても腑に落ちない、そして視線が痛い。

 現に、学校に近づくにつれ視線の数が増えて。

 

「ねぇ見てあれ……」「す、水仙さんがっ!?」「あの噂は本当……」「でもなんであんな感じに?」「逆よね?」「ええ逆……むしろらしいと言えばそうなのかもしれないけれど」

 

「野郎共……わかってるな?」「いやここは静観だ、我らが姫の気持ちを優先するんだ!」「は? 許せるのかあれ?」「いやでも相手は……アイツ良い奴だし」「え、誰?」「お前知らねぇの?」「でもさ」「ああ」

 

「「「「なんで逆なんだ?」」」」

 

(それは僕も言いたいなぁ、でも聞いてくれないよなぁ……すっげー楽しそうだし)

 

 隣で機嫌良さそうに鼻歌まじりの咲夜に、文句など言えようか。

 腕を組む、そこまではいい。

 しかし何故、咲夜は男らしく大五郎の腰を抱きよせ、大五郎はなよっと彼女の腕にしがみつく格好なのだろうか。

 

「やっぱ逆ではこれ? 僕がそうやって、へへ、コイツはオレのマブだぜってやるんじゃないの?」

 

「マブってまた古い言葉を……、ま、諦めなさい私は大五郎くんを愛していない訳だし? むしろ私を新たな依存先にしようとしていた貴方にとってピッタリな感じでしょ」

 

「うぐぐっ、反論できない!!」

 

「今まで腕を組んで歩くってどう感じるんだろうって思ってたのだけど、……ふふッ、こんなに優越感を感じるものなのね」

 

「ふつう、愛しさとかそういうものじゃない??」

 

「私たちってそういう関係かしら?」

 

「恋人なのに?」

 

「恋人ですから」

 

 納得するしかない、トホホと嘆いた瞬間であった。

 ぬぬっと二人の前に立ちふさがる者、ひとり。

 高い背、筋肉質の体、見覚えのある顔。

 彼女にとってはクラスメイトで、彼にとっては大切な幼馴染みで親友の片割れ。

 

「や、やぁ輝彦、今日も良い朝だねぇ」

 

「おはよう、升留院くん。――ああ、今日からは輝彦くんと呼んだ方がいいかしら? 私、大五郎くんの恋人になったのよ」

 

「…………」

 

「えっと、輝彦?」

 

「………………」

 

「ちょいちょい輝彦? 黙ってたら分かんないんだけど?」

 

 彼は怖い顔で沈黙し、心なしか目が潤んでいる気がする。

 

(うっわー、うっわぁ……!! もしかして怒ってる? 怒ってるよね多分! だって輝彦は彼女ともども水仙さ――いや咲夜のファンクラブに入ってるし! 絶対連行されて異端審問にかけられる流れだよねこれ!?)

 

 逃げるべきか、それとも咲夜を盾に説得するか。

 大五郎の体が強ばった瞬間だった、輝彦はぬっと手を延ばし二人の手を取り。

 

「めでたいぞおおおおおおおおおおお!! うおおおおおおおおおオレは今!! 心からの安堵と喜びを覚えているッ!! ファンクラブの一員として、そして親友として!! おめでとうと言わせてくれマイフレンドおおおおおおおおおおお!!」

 

「あれそっち!? てっきり咲夜を汚すものは許さないとかそういう感じかと……」

 

「バカを言うな……ファンクラブはあくまで水仙さんを応援し遠くから愛でる集まりだ、その中から抜け駆けした者は許さんが大五郎はそもそも加入していないし…………それに、だ」

 

「それに? とうか何で泣いてるの?」

 

「オレは嬉しいんだ、あっちゃんの事を乗り越えて新たなる一歩を踏み出した事が。……ずっと、ずっと心配してたんだ大五郎……お前はずっと寂しそうな顔をしていたからな」

 

「…………そっか、気づかれてないと思ったんだけどね」

 

「ああ、お前がそう強がってたからな。オレ達は以前と同じように接して、いつかは立ち直ってくれると待っていたんだ。――何も出来ない不甲斐ないオレ達を許してくれるか、大五郎……」

 

 半泣きで語りかける輝彦に、咲夜はそっと大五郎を解放して。

 大五郎は彼の手を両手で包み込む、ああ、自分はなんて愚かだったのだろうか。

 

「許すも何も……僕は輝彦達はそうやって変わらない態度で居てくれたから、今の僕があるんだ。――ありがとう輝彦!!」

 

「大五郎!!」「輝彦!!」「大五郎!!」「輝彦!!」

 

 二人は堅く抱き合って、咲夜は思わず拍手した。

 すると、何事かと伺っていた周囲の生徒達も一緒になって拍手を始め。

 

「おめでとう!」「おめー!」「お幸せに!」「友情と新しい恋人達に乾杯!!」「今日は宴じゃあ!」「いや俺ら関係なくねでもめでたい!!」「くぅ~~朝っぱらか友情とは泣かせてくれるぜ!!」「いやお前大袈裟すぎ、でもおめでとう!!」

 

「よかったわね、大五郎くん」

 

「うん、――――ああ、僕はこんなにも恵まれていたんだね。よし、それじゃあ一緒に学校に行こう!!」

 

「オレはお邪魔じゃないか?」

 

「同じクラスなのに、何を水くさい事を言ってるのさ。それに咲夜とはいつでもイチャイチャ出来るからね!!」

 

「くうううううううっ、流石は親友!! そして水仙さん!! 是非とも! 是非とも大五郎を宜しく頼む!! 結婚式には絶対に呼んでくれぇ!!」

 

「大袈裟だなぁ、じゃあ行こっか。咲夜もそれで良いよね」

 

「ええ、私も構わないわ」

 

 彼らは仲良く登校、クラスの皆からも祝福され。

 そして、授業中の事である。

 咲夜は教科書で隠し、スマホで絵里にメッセージを送る。

 

『朝はありがとう、上手く情報を流してくれたみたいね』

 

『これぐらいはね、……それで、上手く行きそうなの?』

 

『上手くいかせるわ、大五郎くんの心を折る為にも』

 

『……そう言われると何か悪役っぽい感じがするよ咲夜? せめて幸せ目一杯大作戦とか、そういうのにしない?』

 

『あからさまだと、バレないかしら?』

 

『バレたところで、大五郎に逃げ場ナシってね。――二人が本当の恋人じゃなくても、わたしはお似合いな二人だと思ってる。おめでとう』

 

『…………私はそれになんて返せば良いのかしらね』

 

『素直にありがとう、で良いんじゃない?』

 

 そう、登校中に輝彦が来たのは、彼が二人が恋人になったと知っていたのは咲夜の仕込み。

 大五郎が思うより前に、戦いは始まっていたのだ。

 

(さて、放課後は次の一手を打ちましょうか。――ええ、攻撃に転じる隙すら与えないわ大五郎くん!!)

 

(あ、何かイヤな予感がする!! 逃げる? いやでも……くそっ、事態を打開するには口説くしかないの!?)

 

 そして放課後、二人はいつもの様に屋上で落ち合い。

 

「ちょっと頼みがあるの大五郎くん、今日はこのまま私の家に来てくれない? 大丈夫、誰もいないから心配しないで、男手が欲しいのよ」

 

「…………なるほろ?」

 

 大五郎は不信感にかられつつ、頷いたのであった。

 



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第26話 大荷物の正体は?

 

 

「ねぇ、段ボール三箱って何が入ってるの? 君は大きなバッグ二つも持ってるし」

 

 神社に行けば、裏手の彼女の自宅の玄関には荷物が。

 軽いと言えば軽いが、重いといえば重い、そんな絶妙な重さの段ボールを三つ大五郎は抱え。

 彼女は行き先を語らなかったが、彼女も荷物を持っているのだ、そう遠くではないだろう。

 

「サプライズよ、ま、すぐに分かるでしょうけど。というか『運命の赤い糸』とやらで心が読めないの?」

 

「あれは視線の動きなどの顔の仕草、細かな動作とかその人の性格とか好みとかさ、そういうのからプロファイリングした結果を感覚的に受け取ってるだけだから」

 

「つまり?」

 

「勘、もちろん前提条件はあるけどね」

 

 もしそれが本当だとすれば、そこまで考え咲夜は本当だろうと結論づけた。

 

(そういえば、絵里が言っていたわね……)

 

 大五郎の成績は、常に平均点+1点。

 それを、ずっと続けているというのだ。

 つまり最低でも、クラスメイトの学力を把握し、テストの配点を予想しなければならなくて。

 咲夜としては、ため息しか出てこない。

 

「それはまた無駄に高度な勘ねぇ……、となれば大五郎くんを目隠しすればそれすらも読みとれなくなる?」

 

「それを言うとおもうかい?」

 

「ええ、将来の夫になるかもしれないでしょ? 知っておいて損はないわ」

 

「…………うごごご、マジでやめて、その言い方は止めてくれぇ……!? なんか自分がダメ人間になった気がしてくるからさぁ」

 

「いえダメ人間でしょ貴方、いくら頭が良くて妙な特技を身につけて、恋人への愛も深い。でも現状、私をヤり捨てしようとした挙げ句、殺してくれと殺害を頼んできた男として恥知らずでしょ?」

 

「あ、今のポイント高いね。ちゃんと僕の悪いところを言ってくれるし。――あっちゃんが恋人だって、まだ僕の中で恋人だって認めてくれてる」

 

「…………呆れた」

 

「いやぁ照れるねぇ………………あ」

 

 その瞬間だった、前触れもなく大五郎はある事を思い至った。

 もしかすると、もしかするかもしれない。

 この提案が通るならば、或いは、生憎とその手の知識は専門外だが何とかなるかもしれない。

 だが。

 

(大切な事だけど、これってすっごいデリカシーを要求される事だよねっ!? 言うの? いや言わなきゃいけないんだけど! 僕が言うのはマジで恥知らずな気がするんだけどさぁ!!)

 

 しかし、言わなければいけない。

 ごくりと唾を飲んで、恐る恐る大五郎は口を開く。

 

「あのー、その、さ。話は変わるんだけど……」

 

「何、そんなに勿体ぶって」

 

「いやね、これから言うことを怒らないで聞いてくれるかなぁ……って」

 

 おずおずと本題に入らない大五郎に、咲夜は不審そうな視線をひとつ。

 だが彼の瞳に希望の輝きがあるのを感じ取ると、ニヤリと笑って。

 

「――へぇ、いいわ怒らないから言って?」

 

「…………その、さ、アフターピル、飲まない? 代金は僕が持つから」

 

「ふん、やっぱりそれね。男として言うのが遅くなって情けなくないの? ――ああ、それとも美しすぎる私を孕ませようと葛藤してた?」

 

「ちょっとあたりキツくないっ!? いやマジで僕が全面的に悪いんだけどさ!!」

 

「バカね、勘違いしないで頂戴。――この件については責任は半分こ。あたりがキツいのは……、大五郎くんって責任を感じさせ続けなきゃ逃げるでしょう?」

 

「うーん、反論できないぞぉ?」

 

 思わぬ反応であったが、後半については特に反論できない。

 実際に逃げようとしていた身だ、自分でもどうかしていたと思うが。

 

(僕って、そういう事に弱かったんだね……トホホ)

 

 思えば、藍が生きていた頃はきっと彼女がフォローしていたのだろう。

 そして他の幼馴染み達も。

 

(僕って、ホントさ頭だけが取り柄の人間だ)

 

 そんな己の側にいる人達に、感謝の念しかない。

 彼がじーんと心を熱くさせていた、その時だった。

 

「そうそう、アフターピルは飲まないわよ」

 

「え、何だって?」

 

「いやだから、アフターピルは飲まないから」

 

「いやちょっと待ってなんでっ!? 飲んでよっ!?」

 

「何をバカな事を、あの時、あの屋上で、大五郎くんを抱きしめた時。――――人生を賭けて貴方を救うって覚悟を決めたもの」

 

「――――……………………は?」

 

 予想外すぎる言葉に、大五郎は思わず段ボールを落としそうになった。

 覚悟がガンギマリ過ぎる、美貌だけが取り柄の彼女はともすれば危ういぐらい良い女だった様だ・

 言いくるめる言葉が見つからない中、咲夜はさらに続け。

 

「私ね、ずっとずっと美を追求して生きていくのだと思ってた。――大五郎くんに出会うまでは、ううん、貴方の寂しい笑顔に気づくまでは」

 

「……」

 

「実はね、ちょっとだけ人間不信だったの。だって男も女も私が笑うだけで何でもしてくれるんだもん。それで猿山の大将になっても虚しいだけだし、このまま一生チヤホヤされて不労所得だけで生きて――最後まで美しいだけで、死ぬのかって思ってた」

 

 でも、と咲夜はまるで恋する乙女のように頬を染めた。

 大五郎にはそれが怪物の様に見え、否、否なのだ。

 怪物を生み出してしまったのだ、彼自身が、彼だけを救うという美の怪物を。

 

「――――ありがとう、感謝するわ大五郎くん私に生きる意味をくれて」

 

 それは。

 

「恋ではないの」

 

 そして。

 

「同情でもないの、憐憫でもないの」

 

 ただ。

 

「大五郎くん、――貴方の、心からの笑顔が見たい。ただそれだけなの」

 

「………………君は、狂ってる」

 

 大五郎は必死の思いで、言葉を絞り出した。

 すると彼女は、誰もが安堵するアルカイックスマイルを浮かべて。

 

「ふふっ、『僕が狂わせたんだ』って口に出すほど自惚れてなくて良かった。ええ、きっと私はもとからそうだったのね、自分でも気づかなかっただけで」

 

 大五郎だけの救世主、その悍ましさに吐き気がする。

 だが、もっと悪いのは。

 

「――――ああ、嬉しいと思っちゃった自分に自己嫌悪だよ」

 

「お似合いね私たち、だって私は貴方がそうして自己嫌悪しているのが嬉しいもの。……その嫌悪を取り払う事が出来るってね」

 

「だから恋人になろうって言い出したのか」

 

「丁度良いじゃない、私は大五郎くんを男として愛していない、貴方は私を女として愛していない」

 

「けど、僕は君に惹かれてる。君は?」

 

「私の口から言わせたいの? 意気地なしね最低の男」

 

「その心遣いが嬉しいよ、僕を心地よく正気でいさせてくれる」

 

 はぁ、どうしてこうなったんだと大五郎は俯く。

 すると、いつからか段ボールの蓋は開いていて。

 必然、中が見えて。

 

(――――――………………うーん?)

 

 ひやりと汗が流れる、不味い、これはとても不味い流れだ。

 

(ピンク色の下着……道理で軽い――じゃなくてさ、まさか、まさか? いやまさかでしょ、まさかだよね?)

 

 気づけば先導する彼女のその先に、見覚えがあり見慣れた家が。

 そう、大五郎の家が見える。

 

「ああ、やっと気づいたのね?」

 

「理由を聞いてもいいかい愛しのハニー?」

 

「あらダーリン、箱の中を見てしまったんでしょヘンタイ。――――女の子が衣服や化粧品を持って彼氏の家へ、ええ、答えなんて一つでしょう」

 

「いやぁ、分からないなぁ。ねぇ咲夜? 一時的にしては多くない?」

 

「水くさいわね大五郎くん、それはずっとよ? 少なくとも――愛の結晶が出来たか分かるまで」

 

「少なくとも、ほう、少なくともと来たか……」

 

 汗が滝のように流れる、今日はちょっと家に帰りたくないというか今すぐ逃げ出したい。

 己はなんという事をしでかしたのだろう、たった一夜の過ち、寂しすぎて、人肌恋しすぎて、ただ安心と温もりが欲しい衝動に勝てなかっただけなのに。

 

(マジで外堀埋まってるううううううううっ!? い、いやまだだ!! これはきっと無許可!! 無許可に決まってる!! そう、ここは僕が社会的に死ぬことを前提に双方の親に訴える!! それしかない!!)

 

 欠片も信じていない可能性に、信じてもいない神に祈ったその瞬間であった。

 無情なるかな、二人は家に着いてしまい。

 

「そうそう、さっき言ったわよね。――私ってほら美し過ぎるから。……何でも言うことを聞いてくれるって、信じてくれるって。ね、人は第一印象って言うでしょう? そういうの得意なのよ」

 

「つまり?」

 

「昨日のうちに私の両親は説得済み、そして義父さんと義母さんは今朝、大五郎くんが起きる前に説得しておいたの。今日はお赤飯とお刺身らしいわよ?」

 

「――――つ」

 

「つ?」

 

「詰んでるじゃんかああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 大五郎は段ボールを全て落として頭を抱えて叫んだ、それ以外、出来なかったからだ。

 

「さあ貴方の部屋に、いいえ、私達の愛の巣に行きましょうかッ!! はッ!! もう逃げ場は無いわ大五郎くん!! 四六時中ずっと一緒で私の美貌と抱擁力にメロメロになりなさいッ!!」

 

「嘘でしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 こうして、大五郎はハードモードに突入した。

 呆ける彼を余所に、咲夜は着々と荷物を片づけオマケに部屋を簡易ではあるが模様替え。

 夕刻、帰ってきたご両親はほくほく顔。

 どうやら、咲夜の親と意気投合してきたらしく。

 

「本当に、僕の人生ってどうなっちゃうんだ……?」

 

 咲夜が入浴している間だ、先に済ませていた大五郎はベッドに腰掛けて考える。

 

(もしかして今日が初夜? ――いやいやいやっ、そういう事じゃなくてっ!!)

 

 流されている、猛烈に、為す術もなく。

 それで遭難してしまうなら、まだマシだ。

 この流れは常に、救世の女神が誘導していて。

 

(いい加減、冷静になれ僕!! このままだと超絶美少女の若奥様と可愛い我が子が出来て父さんと母さんが孫が出来たと喜んでしまう!! ぶっちゃけ就職先とかお金とか僕は困らないし、何も言うことない幸せな人生が待っているんだぞ!! ――――――あるぇ?)

 

 しかも、嫁(未定)は死に別れた恋人を愛し続ける事を許容しており。

 更に、彼の心を人生を賭けて救うとも宣言している。

 

(………………流れに逆らう理由がっ!! ないっ!?)

 

 だが思い出せ、己は死にたかった筈だ、恥知らずにも彼女に殺してくれるように頼んだ筈だ。

 そして彼女も、それを受け入れて。

 けれど。

 

(――罠、もしかして僕を幸せにして死ぬ気を無くそうっていう企み? けど確証はないし証拠も無い、……本当に? スマホとか調べたら残ってない?)

 

 だが仮に調べて、その行為すら予測された罠だったら?

 

(迂闊に動けないって訳か、――……いや、違うな)

 

 活路がある、大五郎にはそれが見えた。

 

(まず覚悟を決めろ、…………彼女が望んだのなら、ここまで僕を追いつめる程に覚悟を持って望んでいるなら。……――絶対に、僕は責任を取ろう)

 

 それだけは、魂に誓って逃げてはいけない事だ。

 その上で、藍を想い続ける、彼女が居ない事実に心が耐えきれなくなっても、それでもなお彼女だけを愛し続ける。

 もう、――大五郎の愛は揺るがない。

 

(例え狂っても、君だけを愛し続ける。そしてそれを絶対に口には出さない、嘘をつく事になっても藍への愛だけは保ち続ける)

 

 嗚呼、と熱い吐息が漏れる。

 久々に力が湧いてくるような感覚、目の前が色づいていく様な錯覚。

 

(咲夜には後で謝らないと、最悪の場合は仮面夫婦になるって。僕は――君をもう性的な目で見ないし触れない)

 

 決意を胸に、大五郎が立ち上がった瞬間であった。

 ドアが開いて、咲夜が戻ってくる。

 

「や、お帰~~~~――――…………っ!? さ、咲夜っ!? そ、その格好!? パジャマあったよね? ちゃんとしたパジャマあったよねっ!?」

 

「思ったのよ私、今日は初夜だしこれから同棲開始するしすぐに結婚するし、なら――――夫婦円満の為にも私のこのカラダで、そうッ、この美しすぎるカラダで、………………大五郎くんを籠絡しようって。んでどう? この黒のスケスケなベビードール似合ってる? 下もえっちぃの穿いてるのよ」

 

(助けて藍っ!? 湯上がりホヤホヤの色気にそれは卑怯だってえええええええええええええええっ!?)

 

 長い一日がやっと終わると思っていた、精々が隣で寝る咲夜を性欲に負けて襲わないようにと。

 だが現実はどうだ? 誰が大五郎はハードモードに入っただ。

 

(る、ルナティック!? 僕の人生難易度ルナティックに入ってるよっ!?)

 

「どう? 気に入ってくれた? 大五郎くん好みだといいんだけど。…………ね、初めては色気なんて無かったでしょ貴方泣いてたし、私は貴方に任せて抱きしめただけだったし」

 

「あ、あわわわわわっ!?」

 

 後ろに逃げようとして、大五郎はベッドに倒れ込む。

 咲夜は婉然と歩き、彼に馬乗りになる。

 

「――――私の初めて、やり直してくれる? 優しくして欲しいの。……それとも、私が激しくしようか?」

 

「~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 ある意味では、大五郎史上最大のピンチが訪れたのであった。

 

 



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第27話 幸せ

 

 

 ごくり、と生唾を飲む音が部屋に響く。

 大五郎は、くらくらと昏倒してしまいそうな目眩感に襲われた。

 だってそうだろう。

 

「ね……、どうするの大五郎くん?」

 

「…………ぁ」

 

 目の前には絶世の美少女、本来は可愛さを演出する為のフリル、それが淫蕩に演出している黒の透けているベビードール。

 湯上がりの髪は肌の白さを強調し、色気。

 全身、どこを見ても艶やかさしかない。

 それが。

 

(――――据え膳っ!!)

 

 手を出して、何が悪いのか。

 誘ってるのは咲夜だし、彼女は実家で同棲している恋人とい立場であり。

 将来を共にするパートナーと言ってくれているし、欲望のまま、情欲のまま、我を忘れて良いのである。

 

「………………っ、~~~~ぁ、は、ぁ――」

 

「遠慮しなくても良いの、全部私にぶつけて、汚して、縋って、――貴方には、その権利があるのだから」

 

 なんて、なんて卑怯な言い方だろうか。

 思わず右手が延びる、肩を掴んでそのベビードールを脱がせて。

 左手で彼女の手首を掴んでもいい、それとも顎を、はたまた胸をか。

 ――――だが。

 

「…………ダメ、だ、それはダメなんだよ咲夜」

 

 大五郎は理性を総動員して耐えた、分かる、理解している、これは罠だ、彼女が仕掛けた罠で、そして善意。

 愛ではなく哀で、大五郎を幸せにしようとする雁字搦めの罠。

 彼は彼女の華奢な両肩を掴み、目をぎゅっと瞑り俯いて。

 

「どうして?」

 

「今……、いや今後も、君に手を出させて確実に責任と取らせる確率を高める、そういう事でしょ?」

 

「一度も二度も変わらないでしょう?」

 

「いや変わる、変わるって思ったから誘惑しているんだろう? いや違う……僕を君に夢中にさせて、藍がいない事を寂しく思わない程に夢中にさせてさ、――――幸せにする、そういう計画なんでしょ?」

 

「ああ、やっぱり見抜いていたのね。でも……全部じゃないわ」

 

「ぇ、――ぁ………………」

 

 咲夜は俯いている彼の顔を優しく持ち上げると、その唇に己の唇を軽く触れ合わせる。

 そして、我が子を慈しむ母のように微笑むと。

 

「ねぇ大五郎くん、私は貴方と愛し愛されたい。……でもそれは肉体だけじゃない、心もよ。でも貴方は頑なで、いいえ……頑なでいようとするから、まずは体からだけでもって。…………私だってね、女の子なの。今は確かに大五郎くんを愛していない、でも、いつかは、……心から愛し合って、一緒に笑いあいたいの」

 

「~~~~っ!!」

 

 ガツンと頭を殴られた気分だった。

 本当に、本当に。

 

(バカか僕はっ!!)

 

 神明大五郎は、水仙咲夜を見誤っていた。

 彼女は救世主でも怪物でもない、その美貌をどうこう言う前に。

 優しい、――とても心優しい、一人の女の子なのだ。

 

(僕は)

 

 答えなければ、何か、言葉を出さなければ。

 彼女の気持ちに答えなければいけない、そう思うのに言葉は出てこないで。

 情けないことに、涙が浮かんできてしまう。

 

(僕はっ!!)

 

(――――嗚呼、やっぱり)

 

 必死に言葉を出そうとする大五郎の態度に、咲夜は少し悲しそうに微笑んだ。

 そうかもしれない、そうでなければいい、そう思っていた。

 でもやっぱり、彼はそうだったのだ。

 

(多分、これが)

 

 彼の、最後の砦。

 無意識か意識的にか、どちらにせよ自らに与えた罰。

 考えてみれば当たり前だ、愛する人に庇われて自分だけが生き残って。

 それでどうして、甘んじて享受できるのだろうか。

 ――――それでも。生き残ったのは彼で、咲夜の目の前で苦しんでいるのも、隣にいたいと思うのも彼だから。

 

「…………ん」

 

「っ!? ――――ん……」

 

 咲夜は大五郎にキスをした、彼は一瞬驚いたあと受け入れて。

 温もりを感じるだけのキス、長い、長いキス。

 最初に顔を離したのは、はたしてどちらだったか。

 

「どうして、――幸せを拒否するの?」

 

「……そっか、僕は幸せになるのが怖かったんだね」

 

「そうよ、大五郎くんは幸せになるのを拒否しているの。……貴方にだって、幸せになる権利だってあるのに」

 

「でも、でもさ」

 

「藍さんを犠牲に生き残ってしまったから? だから貴方には幸せになる権利などないと?」

 

「…………多分、無意識にそう思っていたんだと思う。そうだね、――僕は……幸せになりたくなかったんだ」

 

 あぁ、と大五郎から涙に濡れたため息が漏れる。

 そうだ、その通りなのだ。

 愛する恋人を喪い一人残され、どうして幸せになろうと考えられるのだろう。

 

「でも、分かってるんでしょう? 藍さんは生前から貴方の幸せを考えていた、決して不幸は望んでいなかった」

 

「――っ!! 君に、藍の何が分かるっていうんだッ!!」

 

「会ったことも無い人の気持ちを代弁するほど傲慢じゃないわ、私はただ――貴方の気持ちを代弁しただけよ」

 

「僕のだって!?」

 

「ええ、そうじゃない。だって貴方が彼女の後を追って死を選ばなかった。そして幼馴染みである絵里達を拒絶せずに今も一緒にいる。――それは、貴方がそう思ってたからじゃない?」

 

「それ、は…………っ」

 

 大五郎は何も言い返せなかった、だってそうだろう。

 咲夜の言った事、その全部が図星であり。

 そして。

 

(なんて矛盾、ああ、僕は幸せを拒絶しているのに、どこかに幸せを求めていたのか)

 

 ぼろぼろと大五郎の心の堅い部分が剥がれていく、柔らかい所が咲夜にとって包み込まれていく。

 それは、酷く恐ろしいことで。

 

(僕は、僕は…………)

 

 手を伸ばしても良いのだろうか、彼女の手をとり隣に立ってもいいのだろうか。

 好きな女の子ひとり守れない、男として失格しかない己なのに。

 そんな自分が、誰かを好きなって幸せになって。

 

(ダメだ、ダメなんだよ咲夜……、僕は、僕は……)

 

 怖い、怖い、怖い。

 幸せになって、藍が遠ざかるのを、もしかして忘れてしまうかもしれない事を。

 

(どうして……優しくしてくれるんだよ)

 

 せめて、責められたかった。

 生きる価値のない男だと罵倒し、死へ誘って欲しかった。

 そうすれば、大五郎は未練なく死ねたのに。

 

(父さんも母さんも、絵里も、僕の義父と義母になったかもしれない人も、トールも輝彦も、全員、全員がさ)

 

 誰も、大五郎を責めなかった。

 その逆に優しくしてくれた、暖かく見守ってくれた。

 

(それがさ、――何より痛かったんだよ僕は)

 

 あの日からずっと、大五郎は矛盾を抱えていきてきた。

 死にたいという願い、死ねないという想い。

 なぜ藍を守れなかったと責められたいのに、お前だけでも生きてくれて良かったと優しくされ。

 愛して欲しいのに、愛したいのに、その相手はもう居ない。

 

「僕は…………」

 

 心が立ち止まってしまった大五郎の手をとり、咲夜は一度だけ目を閉じた。

 ここが、これが最後、次の言葉で何にもならないなら。

 

(もう、――私には彼に寄り添う事しかできない)

 

 或いは、共に死ぬことしか。

 ――瞳を開く、泣き顔の大五郎が見えた。

 咲夜は決意を込めて心を届かせる、せめて、せめて。

 

「ねぇ大五郎くん、貴方が自分から幸せになろうとしなくていいの。でも……幸せを拒否する事だけはしないで、その為なら私をどう扱ってもいい、どんな言い訳をしても、嘘をついても、藍さんを愛したままだって勿論構わない、だから、だからね、――幸せを拒否、しないで…………」

 

「~~~~~~~~~~~~ぁ、ぃ~~~~~~~~~~~~っ!! ぁ――――――」

 

 咲夜、とか細く震える喉、次の瞬間には歯を食いしばり、泣き声を堪える声泣き呻きが部屋に響く。

 

(嗚呼、僕は、僕は、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ、ああ――――)

 

 ダメだ、もうダメだ、この言葉に、大五郎は抗えない。

 虚勢が、嘘が、矛盾が、何もかもが溶かされていく。

 救い。

 そう、これが救い。

 目の前の相手が咲夜だったからこそ、他の誰でもなく、咲夜だったからこそ。

 ――大五郎は彼女に包まれた両手を、まるで神に祈る敬虔な信者のように己の額につけた。

 

「僕は、……藍を死なせてしまった僕がっ!! …………――幸せに、なってもさぁ……本当にいいの?」

 

「ええ、いいのよ。貴方は幸せになってもいいの。他の誰が否定しても、たとえ貴方自身が否定しても、その度に私が大五郎くんが幸せになる事を肯定する、何度でもよ。そして……貴方と一緒に幸せになる、絶対によ」

 

「~~~~~~~~っ、ぁ――――………………、あり、がとう……ありがとう咲夜ぁ…………っ!!」

 

 大粒の涙がこぼれる、熱い、熱い涙がこぼれた。

 いつぶりだろうか、こんなに嬉しくて涙が出るのは。

 誰かに、咲夜に赦されるのがこんなに嬉しいなんて。

 知らなかった、大五郎は今まで全く知らなかったのだ。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼、ダメだ、堪えなきゃ、堪えなきゃいけないのに、これ以上、咲夜にみっともない所を見せたくないのに)

 

 でも、堪えきれない。

 涙ではない、赦されたことで新たに生まれた感情、不安。

 大五郎は思わず、懇願した。

 

「お願いだ、お願いなんだよ、僕の前からいなくならないでっ、絶対に僕の前で、僕より先に死なないで」

 

 バカね勿論よ、その言葉を期待した。

 しかし、咲夜はため息を一つ妙に冷静な声色で。

 

「そうは言っても世の中には絶対なんてないから、でも出来るだけ努力はするわ。でも、もし私が先に死んだら大五郎くんは後を追っていいわ。――私、藍さんとは違うもの。貴方が他の誰かを愛したり、他の誰かに救われるなんて真っ平、だから安心して? ……貴方が私より先に死んだら必ず後を追うから」

 

「~~~~~~っ!? さ、咲夜! 本当かいそれっ!」

 

 きっぱりと出された言葉に、大五郎の心は歓喜にあふれた。

 どうして、こんなに望む言葉をくれるのだろうか。

 どうして、こんなに藍と違うのだろうか。

 きっと最初から、水仙咲夜という存在に神明大五郎は勝てなかったのだと確信する。

 

(僕はもう二度と、咲夜みたいな人とは出逢えない)

 

 初めて、咲夜の為に生きてみたいと思った。

 初めて、藍と違うからこそ一緒にいたいと思った。

 認めてしまった、神明大五郎の人生には水仙咲夜が必要不可欠だと。

 

「――――捨てないで、僕を離さないで咲夜……君がいなければ僕は生きていけないよ」

 

「ふふっ、そう言ってもらえて嬉しいって思うのはいけない事なのかしらね」

 

 嬉しい、それは彼の方だ。

 彼女の温もりが今はとても愛しい、側にいられる事に感謝しかない。

 心が溢れる、昔、藍に抱いていたそれとは別だけど。

 でも、これは確かに。

 

「お願いです水仙咲夜さん、僕と恋人になってくれませんか?」

 

「…………ッ?」

 

 ついに口から溢れ出た、以前の大五郎ならば絶対に口にしないと決めていた言葉が。

 踏み出したい、彼女と生きていきたい。

 ――幸せに、なりたい。

 

「…………」

 

 沈黙、咲夜は黙っている。

 遅いと言われるのだろうか、それとも前に言っていたように同情から恋人になったのだと繰り返させるのだろうか。

 それでも、と大五郎が決意を固めた時だった。

 

「不思議ね、誰かの告白されるのがこんなにも嬉しいだなんて。でもきっと大五郎くんだから」

 

「そ、それって!!」

 

「今、口に出すのは野暮だって気がしない?」

 

 咲夜はそういうと、目を閉じて待つ。

 大五郎はもう、何も考えずに心のままに顔を寄せて。

 

「…………あ、コンドーム買ってきてあるの。使う? 私はナマでも構わないけど」

 

「雰囲気っ!? いや使うけども!! それ今言うことっ!?」

 

「だって今じゃないと、大五郎くんって衝動のままに避妊しないで明日になったら頭を抱えるでしょう? なら今この時に言うべきじゃない」

 

「ううっ、理解が痛い!? 確かにその通りなんだけどっ!!」

 

 恋人っぽい良い雰囲気だったじゃん、とぶつくさ言う彼に咲夜はスパッと言い返した。

 

「雰囲気云々でいうなら、最初私が誘惑したのに心頑なに拒んだ貴方のほうが悪いんじゃない?」

 

「いやでもそれ必要なことだったからっ! 結果論なのは百も承知だけどもっ!!」

 

「なら文句はないわね? それとも雰囲気壊れちゃったし、今夜はこのまま寝る?」

 

「…………僕に君を愛させてくれないか? 具体的には初めてのやり直し的な感じで」

 

「あら、期待しても良いのかしら? 恋人がいたとは思えないほど自分勝手なセックスをぶつけてきた大五郎くんが?」

 

 あ、これずっと言われるヤツだと、大五郎は心から確信したが。

 心の壁がなくなった彼に、もう遠慮はない。

 

「是非とも名誉挽回させて欲しい、全て僕に任せてくれ」

 

「じゃあ、お手並み拝見といきましょうか」

 

 再び咲夜は瞳を閉じ、大五郎もまた目を瞑り顔を近づける。

 二人の距離は、すぐにゼロになって。

 同棲初日の恋人達に、とても相応しい夜を過ごしたのであった。

 

 そして、次の日である。

 大五郎が救われようが、咲夜の腰が立たなくて朝起きられなくても学校はあり。

 表面上いつも通りの二人であったが、幼馴染み達には変化を感じ取ったり。

 更に珍しい事に、今日の彼は彼女より早く屋上に来て。

 

「…………幸せなんだけどね、やっぱり君が恋しいよ藍。こんなこと言っちゃ、咲夜に失礼なんだけどさ」

 

 それでも、気持ちは止められない。

 大五郎は、晴れ晴れとした顔で深い深いため息を吐き出した。

 

 




終わりっぽい雰囲気ですが、もう数話続くんじゃよ……


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第28話 愛しい遠さ

 

 

「君が遠いよ藍…………」

 

 咲夜と心から繋がって、大五郎は幸せだ。

 でもどうしても、死んでしまった恋人への。

 藍への寂寥感、後ろめたさは感じてしまう。

 ――右手を空に掲げて、ぎゅっと拳を握ってみる。

 

「僕は、幸せになるよ」

 

 それは宣言だった、けれどそれは藍への決別を意味しない。

 愛が無くなった訳じゃない、ただ。

 

「囚われたままだと、僕は何処にも行けないから」

 

 諦観のままに留まり、そして潰えても良いと思っていた。

 それが藍への愛の証だと、そう思っていた。

 

(でも……苦しかったんだ)

 

 この命は藍と共にある、だからこそ進まなければ。

 

「――ああ、それは違うね。僕が、進みたいんだ」

 

 今の大五郎を見たら、彼女は何と言うのだろうか。

 浮気に怒るのか、それとも祝福するのか、はたまた憎悪を向けるのか。

 

「君の言いたいことは、僕が寿命で死んでから聞くよ。……それまで、天国で待っていてくれるかい?」

 

 もし天国が、来世があるのなら。

 その時は、また。

 ――掲げていた手を下ろし、静かに瞳を閉じる。

 

(心地良い風だね……)

 

 今なら、素直に言える。

 もう一度、確かに言える。

 噛みしめるように、大切に大切に言葉を紡いだ。

 

「僕は……、幸せになるよ」

 

「あら、私を幸せにするとは言ってくれないの?」

 

「うーん、もうちょい時間をくれないかな。というか来たならいきなり声をかけないで、挨拶してくれないかな?」

 

 正直に言うと、少しドキっとした。

 何せ、こっぱずかしい青春独り言をしていたのだ。

 大五郎は動揺を隠し、隣にきた咲夜を見る。

 彼女の美しい黒髪は、風にたなびいて。

 

「それで? 私を放っておいて何してるの青春くん?」

 

「最初から聞いてたならそう言ってっ!? 誰もいないと思ったから浸ってたのに!?」

 

「腰が怠い私を置き去りにした罰よ、いったい誰のおかげで腰がダルいのかしら?」

 

「あー、君が性欲お猿さんだから?」

 

「ジャッジを絵里に頼もうかしら」

 

「止めて!? マジで止めてよそれっ!? 僕どんな顔してえっちゃんに会えばいいのさっ!? 本当に止めて、そんな夜の生活とか絶対にえっちゃんには話さないでよね!?」

 

「…………その、ごめんなさい?」

 

「手遅れだったっ!?」

 

 頭を抱えだした大五郎を、咲夜はケラケラと笑って。

 それが癪に障った彼は、彼女の肩をふくれっ面でペシペシと叩く。

 

「あー、痛い痛い。これって暴力だわ、恋人になってそうそうDV受けているわーー」

 

「ズルくないその言い方っ!?」

 

「あら、私を幸せにするって言えない甲斐性なしの癖に?」

 

「うーん、もしかして根に持ってるね?」

 

 どうやら気分を損ねてしまった様だ、だが彼女と繋がる赤い糸は違うと断言して。

 

「これは第三者として親切心で言うのだけれど。美しいカノジョを持つ果報者の神明某くんは、愛しい彼女のご機嫌を取る必要があると思うの」

 

「なるほど、じゃあ第三者として聞くけど。ここから挽回するならお姫様に何を捧げればいいかな?」

 

「いつもと違うところへ行けば良いと思うわ」

 

「なるほど、今日の放課後は屋上じゃなくて街に出てデート。――そういう事だね」

 

 ならばプランを練らなくては、一度家に帰って着替えて晩ご飯を豪華にいく方向性、それともこのまま放課後制服デートと洒落込み夕飯までに帰るか。

 だが、咲夜から帰ってきた答えは予想外のもので。

 

「いえラブホ、ラブホに行きましょう」

 

「いいねラブホ…………え、ラブホ? 本当に? 僕の聞き間違いじゃなく?」

 

「ラブホテル、そう確かに行ったわッ!!」

 

「なんでそうなるのっ!? さっき君ってば腰が怠いとか言ってたでしょうがっ!! ホントに性欲お猿さんなワケっ!?」

 

 なんでそうなるのだ、と大五郎が心底困惑している中。

 咲夜は正々堂々と、胸を張って告げる。

 

「学生らしく――――爛れた放課後も青春だと思うのよ!!」

 

「力強く言わないで!? 僕はもっと普通にイチャイチャしたいよ!?」

 

「ふッ、……そこよ。そこなのよ大五郎くん。私はこう思うの、鉄は熱いうちに打てって」

 

「つまり?」

 

「大五郎くんは思ったよりナイーブだから、このまま責任という重石を詰んで私から逃げられないようにしようかな、と」

 

「何か反論できない自分が嫌だっ!?」

 

「具体的には? 穴あきコンドームとか用意しております。獣の様にセックス!! ぬめぬめとナメクジの様にセックス!! 若さに任せてセックスして失敗とか今のうちに経験したいとか全然思ってないからッ!!」

 

「何がそんなに君を駆り立てるのっ!?」

 

 目を丸くする大五郎に、咲夜は大胆不敵な笑顔で答えた。

 いくら綺麗事を言っても、そして本人自身が美しくても。

 彼女だって女だ、色々と思うところはある。

 

「負けたくないの、貴方の元カノにはね」

 

「いや確かに元カノってカテゴリになるけどさ……、でも藍はもう死んでいて、どう考えても君とも思い出の方が多くなるし。一緒にいる時間だって長くなるんだよ? ――焦る理由なんて無いよね」

 

「本当にそう思ってるの? 私は処女だったのに藍さんとヤりまくりでベテランだった大五郎くん? 私は男の子とまともに話すことさえ無かったのに、初恋を成就させてラブラブで過ごしていた大五郎くん? 恋人として貴方から二番目しか貰えない私に何か言う事は?」

 

「な、なるほどなー……!?」

 

 冷や汗が流れる、言われてみれば確かに当然の感情かもしれない。

 もし藍に、咲夜に、前に処女を捧げたカレシが居たと言われれば嫉妬するしかないし。

 ましてや、己は少しばかり愛情が深い自覚がある。

 

(うん、逆の立場だと。ちょっと強引に三日ぐらい監禁して休まず迫るくらいはするかもだけど)

 

 いやはや、自分がされる立場になろうとは露ほどにも思わなかった。

 とはいえ、彼女の言うとおりにすると本当に今度こそ子供が出来るのが確定事項になりかねなくて。

 

「あー、少し落ち着こうか咲夜。冷静になって考えてみれば分かるはずさ」

 

「何を?」

 

「もし子供がお腹に出来ているなら、ここでセックスするのは不味いと思わない?」

 

「ああ、確かにそういう話を聞いたことがあるわね」

 

「でしょう? 慎重に行こう。これからは僕だけの責任じゃなくて、君と二人での責任なんだからね」

 

「…………大五郎くん」

 

 咲夜は嬉しそうに、大五郎の腕の中に入る。

 彼は少しだけ、焦りを引きずった顔で抱きしめて。

 

「じゃあその代わりに、一つ頼みがあるの。……それで今日は満足するわ」

 

「何でも言ってよ。君のためなら今晩はフランス料理のフルコースを作ってもいい」

 

「それも食べたいけど、――――ね、そう遠くないいつかの為に私をお嫁さんとして扱って」

 

「具体的には?」

 

「『水仙咲夜を愛しています、僕は咲夜と結婚して幸せになります』って、今ここで校庭に向かって大声で叫んでちょうだい?」

 

「…………――――なぁ~~るほどぉ~~?」

 

 冷や汗再び、ちらりと下に目を向ければ下校を始めた生徒、部活動を始める為に集まる生徒。

 まだ、多くの生徒達がいて。

 

(しまったっ!! これが目的か!! 僕に自ら外堀を埋めさせて逃げも隠れも出来なくする為の!! 責任をってのはこの事だねっ!? こうしてバカップルさせる事で……僕の責任を重くするつもりなんだ!! くそう、ラブホの話はフェイク……いやどちらでも良かったんだチクショウっ!!)

 

(あはははッ、気づいたようね大五郎くんッ!! でも今更もう遅いのよ!! 貴方にはもう、叫ぶしか選択肢がないッ!!)

 

(くっ、ここは勇気を出して叫ぶしか…………、ああ、僕は何を躊躇っているんだ、咲夜の為なら…………――――いやまぁ、それはそれとして恥ずかしいよねぇ)

 

(ドキドキワクワク、ドキドキワクワク、うふふッ、大五郎くんは本当に私への愛を叫んでくれるのかしら)

 

 是非とも叫んで欲しい、とても青春っぽいし。

 その光景が見れたなら、咲夜はとても満たされると思うのだ。

 そして。

 

(まだ、――まだあるのよ大五郎くん? 貴方への仕掛けはもう一つある。ええ、全ては貴方次第……)

 

(というかさ、素直に叫んで何の問題もないよね僕。

咲夜とも正式に恋人だし両方の親公認だし。でもなんだろう、何か見落としている気がする)

 

(妥協しない……私は妥協しないの、ええ、次の一手こそが貴方への重石の最大の一手、本来は真面目な貴方なら絶対に覆せない一枚、妊娠という不確かさを補強する最後の一手よ。――絶対に大五郎くんを『私自らの手で』幸せにする、ええ、絶対によッ!!)

 

(――そもそも、何故、咲夜はこんな回りくどい事をして僕に叫ばせる? 確かに藍への嫉妬心もあるかもしれない、でもそれだけじゃない、よく考えろ……咲夜は何を基準に行動している? なんでラブホなんて誘った、屋上で愛を、妻にすると叫ばせる?)

 

 仲睦まじく屋上で抱き合う二人、大五郎は彼女の背に腕を回し。

 咲夜は彼の胸板に、うっとりと顔を寄せる。

 表面上は、ラブラブな恋人そのものだ。

 

(どうか、どうか気づかないで大五郎くん)

 

(探すんだ、僕は何を見落としている? 僕の為、責任、愛を叫ぶ、妻、…………――妻?)

 

(でも、もし気づいたのなら。貴方から言い出して欲しい、うん、欲しいな。こういうのは男の人の役目って、時代遅れのロマンチックすぎるかしら?)

 

(もし、もし僕の考えが正しければ……、いやでも、そう、なのか? でもなぁ、これは叫ぶより躊躇しない? いやするよね、というか気が早いよね??)

 

 ――結婚届。

 それが彼女の最終目的の筈だ、大五郎とて最終的には。

 具体的には高校卒業時、あるいは妊娠発覚時には喜んで判を押そう。

 だが今はまだ早い、恋人にされて同棲して正式に恋人になった直後だ。

 

(不思議だなぁ、というか震えてきたぞぉ? 責任をちゃんと取るつもりもあるし、咲夜を幸せにすると約束できる、でも……いやマジで早すぎないっ!?)

 

 全てはそこに尽きた、いくら何でも気が早すぎる。

 ここは慎重に行動しなければならない、いや、叫んでしまえば良いのだ。

 叫んで、そこで終わりにすれば。

 だが、息を大きく吸い込んだ所で大五郎はぴたっと動きを止めた。

 

(――あれ? もし僕が結婚届まで読んでる事を読まれていたら?)

 

 何せ、咲夜は大五郎のカウンター存在のような相性を持つ、天敵といっても過言ではないのかもしれない。

 嫌な予感がする、もし彼女がそれを読んでいたのなら。

 大五郎が結婚届けを読んでいて、それに気づかせない為に愛を叫ぶと予想していたのなら。

 

(あわわわわっ!? さ、最悪だっ!! ど、どうすれば良いんだっ!? もはや愛を叫ぶのは結婚届を拒否するのと同義っ!! しかし結婚届の事を聞けば即座に人生の墓場!! 詰んでる? 詰んでるよね僕っ!? いや良いんだけどやっぱ早いって躊躇うって!! 高校生で結婚とか早いって!!)

 

(――――動きはない、吸った息も吐き出したわね。という事は大五郎くんは迷ってる、或いは……気づいた)

 

 ギラリと咲夜の瞳が光る、そうこれは彼の頭の良さを利用した作戦。

 こちらの考えを読まれる前提で、絵里達幼馴染み協力のもと考えぬかれたこの作戦は。

 

(この時を、待っていたのよ――――ッ)

 

 動くのは今、大五郎が考えすぎてフリーズしている今。

 スカートの右のポケット、朱肉があって。

 スカートの左のポケット、小さく折りたたんで判子の箇所が表になった結婚届が。

 不意打ち上等。これが人生をかけて、ひとりの男を救うと人生と共にすると決意した女の意地。

 

(――――あの約束を守ってくれない男の子に、プロポーズなんてさせてあげない)

 

 彼は覚えているだろうか、あの約束を。

 嘘をついて、妥協させたあの約束を。

 結婚とか責任とか、そんなの建前だ、そうこれは復讐なのだ。

 恋する前に愛を知ってしまった女の子の、愛する男の子へのリベンジ。

 そして。

 

「――――んんっ? ねぇ咲夜、今なにかした?」

 

「ええ、拇印をちょっと」

 

「ぼいん? あー……僕に押しつけたおっぱい? それにしては指に変な…………って拇印っ!? ま、まさかっ!?」

 

「はい、じゃ~~んッ!! 結婚届ぇ!! これで大五郎くんは私のお婿さん決定ッ!!」

 

「は? え? ちょっとよく見せてマジなのマジでっっていうか流石に親に怒られるよねそれっ!?」

 

「安心して、そして良く見て? ――この保護者の所の筆跡、誰のだと思う?」

 

 にこにこして広げられた結婚届、そしてその筆跡。

 見覚えがある、残念ながらとても見覚えがある。

 

「な、何してるの父さん母さんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!? とういか君の親も了承してるのコレっ!?」

 

「ええ、じゃあ出しに行きましょうか大五郎くん。――それともパパって言った方がいい?」

 

「お腹を大事そうにさすりながら言わないでぇ!! マジで待って、何でもするからまって!! まだ早いって!!」

 

 強引に奪い取ることも、無理矢理破き捨てるのも出来ずに、大五郎は咲夜の腰にしがみついて縋る。

 彼女は、殊更に微笑むと。

 

「そうねぇ……じゃあゲームをしましょう。私が勝ったら出しに行く、負けたら大五郎くんの好きなタイミングで出してね」

 

「乗った!! 是非とも勝負させてくださいっ!!」

 

「ゲームの内容はクイズ、――――『忘れている事はなんでしょう?』よッ!!」

 

「…………え、何それ??」

 

「期限は、明日の放課後まで。ヒントは一切ナシ、ああ、結婚届を今すぐ出しに行くなら教えてあげても良いわ」

 

「それ選択肢無いやつっ!?」

 

「ふふっ、期待してるわよ大五郎くん。ええ本当に、期待してるわ」

 

 妙に意地悪く微笑む咲夜を前に、大五郎は必死に頭を悩ませる事しか出来なかった。

 そして夜である。

 

(――――これはもしや、誘惑してそれとなく聞き出した方が良いのでは?)

 

 一端、思い出すのを諦めた大五郎は。

 恋人がシャワーから戻ってくるのを、パンツ一丁で薔薇をくわえて待ちかまえるのであった。

 

 




言うの忘れてましたが31話で完結の予定です。
つまり今は最終章的なあれやそれで、最後に残ったアレを回収するみたいなアレです。


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第29話 もしかして??

 

 

「ジュ・テーム咲夜、僕と熱い夜を過ごさないかい?」

 

「私眠いからパス、また明日まともな格好で雰囲気作ってから普通に誘ってね」

 

「あれっ!? マジレスの上に、ツッコミすらないっ!?」

 

 思いもよらぬ咲夜の反応に、大五郎は盛大に首を傾げた。

 風呂上がりの彼女は暖かそうなパンダ柄のパジャマを着て、大五郎の横を通り過ぎベッドへダイブ。

 そのまま五分と経たず、寝てしまいそうな雰囲気だ。

 

「いやちょっと待って、僕としては恥ずかしがってビンタとか、ノリノリでそういう雰囲気になると思ったんだけど??」

 

「いえだって、目的が見え見えだし。どーせ色仕掛けでヒントでも引きだそうとしてるんでしょ? それに、気にくわないわ。――そのやり方、手慣れてる。藍さんにも同じ事やってたでしょ、私でなければ股間を蹴り上げられてた所よ」

 

「成程、それは猛省するよ。でも聞いていい? ちょっとは誘いに乗るとか考えなかった? ふざけ半分打算半分ではあったけど、そうするなら真面目に愛するつもりだったんだけど……」

 

「――――はぁ、大五郎くんって何も理解していないのね」

 

 体を起こし枕を抱き抱える咲夜は、ジトっとした目つきで彼を睨む。

 どう見ても、呆れられているとしか受け取れなくて。

 それがまた、大五郎を困惑させる。

 

「説明をくれるかい?」

 

「あのね、私と貴方の関係について。少々誤解していると思わない?」

 

「つまり? 僕たち本当に恋人になったんだよね」

 

「ええ、大五郎くんは私に告白した、そして受け入れた。――けれど、いつ貴方を愛していると言ったかしら?」

 

「…………――――ああっ!? 本当だ愛してるって言って貰った覚えないよっ!? え、じゃあなんで受け入れた訳っ!?」

 

 がーん、とショックを受ける大五郎に咲夜は冷静に答えた。

 

「将来の夫として愛しかけているけど、異性としての好感度は……むしろちょっとマイナス?」

 

「昨日の熱い夜は?」

 

「憎からず思っていて、処女をあげた相手が一心不乱に求めてきたし、将来の妻としては嬉しかったし、そうね、貴方の奥さんになる身としては愛してるもの」

 

「つまり……僕にときめいていない?」

 

「そう言う事、ちなみに大ヒントよ」

 

「マジでっ!? …………えぇ、全然分かんないというかちょっとショックで頭が回らないんだけど!?」

 

 ぐぬぬと悩み始めた彼を、慈愛の眼で見守る咲夜。

 

「ね、運命の赤い糸で感じ取れない? 私が貴方に何を求めているのか。――私はね、貴方に恋してもいいって思ってるの」

 

 これもヒントだ、彼が忘れている事への。

 気づくだろうか、気づかなくとも構わない。

 

(ふふっ、時間はたっぷりあるもの。焦って関係を進める事はないわ)

 

 きっと咲夜は大五郎に恋をする、その確信があった。

 でも、乙女として期待したいのだ。

 一方で大五郎は、必死になって彼女の感情を読みとって。

 

「ええっと、僕への気持ちは期待七割で、残りは悪戯心というかなんというか……?」

 

「ああ、確かにそんな感じね。大五郎くんが困る姿は楽しいもの、それとも弄ぶのが、かしら?」

 

 くすくすと軽やかに笑う咲夜を前に、彼の思考は深く潜っていく。

 

(僕は――――試されている、期待されている)

 

 彼女は、何と言っていただろうか。

 夫としては愛している。

 異性としての好感度はマイナスだ。

 

(いや何でマイナス…………それもそうか、夫として見てくれて愛してくれているだけ温情じゃないのコレ??)

 

 瞬間、大五郎の顔が青くなる。

 だってそうだろう、自分は彼女に何をした。

 優しさにつけ込み、自分勝手に求めた。

 同情心を利用し、殺してくれと頼んだ。

 

(………………これちゃんと挽回しないとダメなヤツっ!! そりゃあ好感度がマイナスにもなるよねぇっ!! え、じゃあ忘れてる事ってなんだ?? 僕は何を考えて何をすれば良いんだっ??)

 

 彼が今出来る事といえば、異性としての好感度を上げる為に。

 

(デート、……プレゼント、…………指輪、――――指輪?)

 

 ふと、何かを閃いた気がした。

 指輪、そう指輪。

 

「…………僕は結婚指輪や婚約指輪、それだけじゃない結納品とか用意していないじゃないかっ!?」

 

(ちょっとちょっと大五郎くん? おーい変な方向向かってない? いやあながち間違ってはいないと思うけど、それ早いから、ちょっと早いと思うのよ大五郎くん? …………でも今口出すとヒントになるのよねぇ)

 

 ヒントはもう十分に与えたと思う、何より彼には出来るだけ自力で答えにたどり着いて欲しい。

 

「――――そうかっ!! 僕は結婚の為の準備を忘れていたんだっ!! 作らないと、指輪にドレス、そして結婚初夜で着て貰う……えっちな下着も!! ベッド周りのアレやコレやとか!! 手作りで作らないと!!」

 

(何か変な方向にすっ飛んで行ってるッ!? え、どこまで明後日の方向へ暴走するの大五郎くん!?)

 

「そうと決まれば、まずは指輪のサイズ……いやデザインから、その前に素材、それから加工道具と細工用のとかどこに片づけたっけ、今日の所は見本品まで――――」

 

(え、本当に出来るの? 今から始めるの?? わー、おバカだわこのヒト。うん、大五郎くんって思ったより暴走特急なおバカなのねッ!?)

 

 ちょっと楽しくなってきた咲夜だが、止めなければどうなるかは明白だ。

 彼女は膝の上から枕を退かし、両手を広げ。

 

「ちょっとおいでなさいな大五郎くんや、ぎゅってしてあげる」

 

「――っ!? いきなり何っ!?」

 

「いいから、さ、こっち来なさいよ」

 

「ぐっ、でも僕にはやる事が――で、でも抗えない誘惑!!」

 

 ふらふらと近づき、大五郎はベッドに腰掛け彼女の前で背を向ける格好に。

 

「あら、前を向いてくれないの?」

 

「とても心惹かれるけど、謎の抵抗感がある」

 

「抱きしめられに来たのに?」

 

「うん、抱きしめられに来ちゃったのにさ。というか何でまたいきなり?」

 

 彼女はそれに答える前に、彼を後ろからぎゅっと抱きしめる。

 左肩に顎を乗せて、リラックスモード。

 

「よしよし、よしよし、大五郎くんはちょっと複雑に考えすぎっていうか、もう少し感情で考えていいと思うの」

 

「そうかい? でも僕の取り柄って頭の良さだけだし考えないと……」

 

「まず、その認識がダメなのよ」

 

 薄々感じていたが、神明大五郎という人物は妙に自己評価が低い。

 

(きっと、頭が良さ過ぎる弊害。性格は普通……とは言い難いけれど、良いところは沢山あるのに)

 

 余りに無自覚、というと誇張表現だが。

 

(多分、藍さんがフォローしていたのね)

 

 或いは、彼女を喪ったからこそ己を見失っているのか。

 どちらにせよ。

 

「どうしたの? なんか変な雰囲気だけど……」

 

「聡いわね貴方、赤い糸って直接対面してないとダメなんじゃないの?」

 

「いや普通になんとなく、だって他ならぬ君の事だからね」

 

「――まったく、そういう所よ大五郎くん」

 

「え、どういう事??」

 

 ほら、また彼の良いところが頭を出した。

 前の恋人に対しジェラってしまった咲夜の変化を、敏感に感じ取って思いやる。

 

(ええ、今このヒトは……世界で唯一、私だけのヒト)

 

 ここは『彼が忘れている事』を思い出してもらう為にも、甘やかすしかない。

 咲夜の頬が少し緩んで、それを自覚しながら彼の髪にそっとキスをした。

 

「ん……」

 

「咲夜? いきなりキスなんてどうしたの? さっきから少し……」

 

「変だって言いたいのかしら? ええ、もしかしたら雰囲気に酔ってるのかもね。だから今日は眠くなるまで貴方を甘やかそうかなって」

 

「つまり?」

 

「力を抜いて大五郎くん、私に身を預けて、声に耳を傾けて。――自分の気持ちをちゃんと覚えておいて」

 

「…………ん、分かったよ」

 

 素直に従う彼に、咲夜は髪にキスをもう一度。

 

「ね、貴方が思う以上に貴方は素敵なヒトなの。だってさっきも私の心の変化に敏感に気がついた、それって中々出来ない事よ?」

 

「嬉しいな、うん、心からそう思うよ」

 

 幸せそうな彼の耳にも、唇を落とす。

 

「よしよし、大五郎くんは今まで頑張って生きてきたの。それは誇るべきことよ、――頑張ったわね、貴方は心が強いヒトよ」

 

「……そう、なのかな?」

 

「ええ、だって貴方は生きている、生きて私の腕の中にいる、それが証拠」

 

 頬にキスをする、かるく触れるだけのキス。

 

「頭が良いだけなんて違うわ、貴方は頭も良いの。――自分を卑下しないで、ええ、美しい私の素敵な夫として貴方は胸を張って威張ってもいいのよ」

 

「…………段々と恥ずかしくなってきたんだけど、そろそろ止めない?」

 

「そう? 私は楽しいけど」

 

 咲夜はそう言うと、大五郎の首筋へ唇を当てる。

 彼女はとても楽しそうだけれど、彼としてはキスされた箇所が妙に熱を持っている気がして。

 

(う、うう……、なんか妙にドキドキするよ。こんなにも安心してるのにさ)

 

 キスをする度に彼女は大五郎を誉める、良くできましたと笑いかけ頭を撫でる。

 きゅん、きゅん、と彼の胸が甘く高鳴った。

 キスがしたい、己もキスがしたい。

 そう思って、振り向こうとすると唇に指を当てられて。

 

「だぁーめ、よ。今日は私からの健全なキスだけ、大五郎くんはイチャイチャされるの、一方的にね」

 

「いや僕、すっごくドキドキしてるんだけど?? かなり嬉しいけどキスをしたいよ咲夜……」

 

「大五郎くんからするには、アレを思い出してからね。――そのドキドキ、覚えていなきゃダメよ?。…………さ、そろそろ寝ましょうか」

 

「わっ!?」

 

 あくまで今宵の大五郎には行動が許されないらしい、彼女に抱かれたままベッドに横になり。

 

「はい、布団かぶせて」

 

「仕方ない、僕も寝るか……」

 

「じゃあ布団を被って電気消した所で、腕を出しなさい大五郎くん」

 

「あ、腕枕は僕なんだね」

 

「ええ、朝起きたら貴方の顔を一番に見たいもの」

 

 え、と聞き返す前に咲夜はスッキリした顔で目を閉じる。

 流石にすぐ寝付きやしないだろう、でもそう遠くない。

 だが大五郎は胸の高まりが収まらなくて、むしろ目が冴えて。

 

(いや卑怯でしょ咲夜っ!? 僕は君にトキメキ過ぎて死ぬかと思ったよ!?)

 

 眠ろうとする彼女をじっと見つめてしまう、一秒毎いに甘い痛みが胸にはしる気がする。

 

(ドキドキを覚えてって、そんなの忘れられな――――………………うん?)

 

 その瞬間、ふと閃いた、思い至った、これで間違いない筈だ。

 彼女が忘れていると言ったこと、そしてこうも言っていた筈だ。

 

(僕に恋をしてもいい、――つまりはそこだね?)

 

 ああ、と大きな感嘆が漏れでそうになる。

 こんなに幸せであって良いのだろうか、彼女は大五郎を救ったにも関わらず。

 やり直す機会も、与えようというのだ。

 

(天使、女神……こんな素晴らしい女の子がお嫁さんで恋人で――――)

 

 どっくんどっくんどっくん、ばくんばくんばくんばくん。

 心臓が早鐘をうつ、照れる、ただ彼女を見ているだけなのに頬が赤くなるのが自分でも分かる。

 

(は、恥ずかしいぃ…………っ!?) 

 

 寝ている彼女を直視できない、でもこの温もりから離れたくない。

 大五郎が混沌に陥り、そして朝である。

 

(………………大五郎君はどうしてこうなってる訳??)

 

 登校開始、己達の姿に咲夜は大きな疑問を抱いた。

 

 




はい、残り二話です。
ではでは。


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第30話 ルック・アット・ミー

※本日30話、31話(最終話)の投稿です。


 二人で仲良く登校、ここまではいい。

 腕を組んで歩く、それも問題ない。

 咲夜が男の様にリードして、大五郎が恋する乙女の様にべったりと。

 

(今日は大五郎くんにリードして欲しかったんだけど……いえ、そうじゃないわ。変、変よこれ)

 

 隣の彼はしっかりとくっついて、歩きづらいまであるというのに。

 その癖。

 

「じぃーー…………」

 

「――っ!?」

 

(また目を反らした)

 

 そう、咲夜と目を合わさないのである。

 少しでも視線を感じれば、耳まで真っ赤になって俯いて。

 

「ねぇ大五郎くん? どうしたのよいったい。朝から変よ?」

 

「…………、な、何でもない、今は、気にしないで欲しいんだ」

 

「………………ふぅ~~ん? へぇ、そう、そーなのぉ」

 

 ジトっと鋭い視線を受けても、大五郎は揺るがない。

 だって、仕方ないだろう。

 

(うおおおおおおおおおおおっ、心臓ばくばく五月蠅いっ!! 僕は今っ、猛烈にときめいているうううううううう!! 恥ずかしくて咲夜の顔をみれないぐらいに!! その割には一秒でも離れたくないぐらいに愛おしい!!)

 

(これは……そうね、暴走してないかしら?)

 

(ううっ、こんなんじゃあ咲夜に忘れてる事を言えない……というか伝えたら僕、尊すぎて死ぬかもしれない)

 

(――――キス、してやろうかしら??)

 

 通学路を歩く二人、咲夜は悪戯心に火がつき大五郎は歩くので手一杯だ。

 

(歩け、今は一歩一歩歩くことに集中するんだ僕!! 咲夜の首筋に顔を埋めて髪と肌の匂いを同時に堪能したいだなんて思っちゃだめだ!!)

 

(いいわねキス、ふふっ、今日の大五郎くんは何か変だし、どうなっちゃうのかしら?)

 

(ふーっ、ふーっ、……嗚呼、なんで咲夜の温もりはこんなに安心するんだ、まるで実家の布団で寝ているよう――いやそこでも咲夜と一緒に寝てるんだからもはやこの世は天国では? ――っ、冷静になれ僕!! 息を吸って吐いて、さんはいっ!!)

 

 その瞬間であった、彼の顎がぐいと掴まれ。

 

「――――ぇ」

 

「んー…………っ、御馳走様、大五郎くん!」

 

「…………っ!! ~~~~~~~~~っ!? い、いまぁっ!? なななな、なっ、何してっ!?」

 

「え、キスしただけだけど? 大五郎くんこそなんでそんなに恥ずかしがっているのかしらぁ?」

 

「わ、分かるでしょこれぐらい!! 察してお願い!! 歩けなくなるから!!」

 

「ええ~~、私ってほらボッチ長かったから分からないの。――教えてくれるかしら? それとも…………そうね、もう一度キスしたら分かるかも」

 

 にまぁ、と愉しそうな笑顔に大五郎は補食される虫の気分になった。

 食虫植物とは、きっとこういう感じなのだろう。

 蜜の匂いに惹かれ近づいてしまえば、二度と逃げられずぐずぐずに溶かされ殺される。

 

(このままじゃ、僕の心が愛で萌え死ぬ――――っ!!)

 

 不味い、非常に不味い、このままでは理性が保てなくなる。

 それだけじゃない。

 

(咲夜に――――逆らえなくなるっ!!)

 

 なんて愚か、大五郎は自らの愛の津波で溺れかけているのだ。

 これに対抗するには。

 次の刹那、大五郎は咲夜の頬に己の手を添え。

 

「目、閉じてよ」

 

「はい、どーぞッ」

 

「………………んっ」

 

「んッ、…………えへへッ、ようやく大五郎くんからしてくれたわね」

 

「…………」

 

「……? ちょっと大五郎君?」

 

「ご、ごめん限界っ!! 先に学校行ってるからぁあああああああああ~~~~~~~~~~~っ!!」

 

「へ? あ、ちょっと大五郎くんッ!?」

 

 止める隙もなく、大五郎は猛然と走り去って。

 後には、ぽかんと手を伸ばした咲夜が残される。

 

「…………あー、だめだめ、これは――ダメね私」

 

 はぁ、と悩ましい溜息と共に苦笑して、咲夜は歩き出す。

 急ぐことはない、行き先は同じで席も隣なのだ。

 そんな事より。

 

(うわぁッ!! うーーわーーッ!! えぇ~~ッ、なんて、なんて――――なんて愉しいの大五郎くんッ!!)

 

 あんな新鮮な反応、まるで恋する乙女の、汚れを知らぬ純情な、でも勇気を振り絞ってとても可愛い反撃してみたとかそんなの。

 

(うふふふふふッ、あははははははッ、もう一度、そうよもう一度、またキスを、ええ、今度は長い時間の、いひひひッ、そうね授業中とか愉しいかもしれないわねッ!!)

 

 心が震える、正直に言おう。

 

(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――私は今、ときめいている)

 

 言い換えるならば。

 

(恋、してるのかも)

 

 世界が色鮮やかに感じる、でも、でも、でも、後もう少し足りない。

 

(だって、……恋する乙女ですもの。王子様からのアプローチを望んでも良いでしょう?)

 

 だから、決めた。

 

(でもその王子様が寝ぼけてるなら、お姫様からキスして目覚めさせるのも良いわ、ええ、今日はそうしたい気分ですもの)

 

 くつくつと笑いが浮かんでくる、とても素晴らしい気分だ。

 

(ねぇ大五郎くん、私――貴方に期待して、いいのよね?)

 

 足取り軽く、授業時間が待ち遠しいと咲夜は歩いた。

 一方、その少し後である。

 学校の校門にたどり着き、後ろを振り返って咲夜の姿ない事を確認し胸をなで下ろす大五郎。

 

「――――対策を、練らなきゃっ!!」

 

「よぉ、おはようさん大五郎! 今日は一人か? 俺としては水仙さんの姿も見たいのだが」

 

「いやお前彼女いるんじゃねぇか輝彦。よっ、おはようさん大五郎。最近にしては珍しいなお前一人だなんて」

 

「おはよう輝彦にトール!! 丁度良いところに!!」

 

 ぱぁと顔を上げて振り向けばそこに、希望という名の幼なじみ達の姿が。

 しかも、二人だけじゃない。

 

「三人とも、わたしも忘れないでよ??」

 

「えっちゃんもおはよう!!」

 

「ははっ、ワリィな絵里」

 

「おはようさんだ、えっちゃん。――そういえば最近よくトールと一緒だな。つき合ってるのか?」

 

「「だれがこんなのと!!」」

 

「うーん、素直じゃないねぇ。……いやそんな事よりもっ!! ちょっと相談があるんだ皆! あー、そうだねとりま上履き穿いて鞄置いたら屋上に来て欲しい!!」

 

 三人の幼馴染み達は、戸惑いつつも首を縦に振って。

 そして屋上である。

 大五郎は前置き無しに、説明を始めて。

 

「大変なんだ、咲夜と目を見て話すのが恥ずかしすぎて。このままでは結婚届をだされてしまうんだ」

 

「はい解散、教室に戻ろうかトールに輝彦」

 

「えっ!? マジで帰ろうとしてるっ!? いや待ってマジで待って助けてお願いプリーズぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

「ああもうっ、わたしの足を掴むなぁっ!!」

 

「ふむ、懐かしいと思わないか輝彦?」

 

「そうだなトール、まるであの頃が戻ってきたみたいだ。頭が良いはずの大五郎がバカみたいな理由で助けを求めてくる、ああ、懐かしい……」

 

「そこの男二人ぃ!! 懐かしがってないで助けなさいよ!! せめてこのバカをわたしの足から引き剥がしてっ!!」

 

 トールと輝彦は顔を見合わせ、絵里を助けに入る。

 そして大五郎が落ち着いた所で、詳しく話を聞き出すと。

 

「大五郎はこれを期に結婚とか責任という重石を乗せておいた方が幸せだと思うけど……、まぁ咲夜も半分ぐらいしか本気じゃないだろうし」

 

「話を聞く限りそうみたいだな、となるアレしかないと思うんだがトールはどう思う?」

 

「お前もそう思うか輝彦、絵里はどう思う?」

 

「わたしもアレしかないかなぁって」

 

「いや三人ともアレって何?? 僕さっぱり分からないんだけどっ!?」

 

 アレ、それは一体何なのだろうか。

 というか、非常に生温かい視線でみないで欲しい。

 

「ちょっと大五郎、あんた忘れちゃったワケ? 小学生の頃、藍にときめき過ぎて顔を見られないとかホザいてたじゃない」

 

「…………あー、そういえばそんな事も?」

 

「あの時のお前は、頭に紙袋を被って速攻で藍に破られてたよな、んでもって輝彦が面白がって何枚もお前に紙袋渡してさ」

 

「いやトール、お前だって紙袋をどっからか持ってきて渡してただろ」

 

「懐かしいわねぇ、というか同じ事を繰り返してるあたり。大五郎は恋愛耐性低いわよね実は」

 

「お前、あっちゃんと水仙さんに感謝しろよ。マジで今後二度と出逢えないぞ、そしてオレ達の様にラブラブになれ!!」

 

「そういえば輝彦、お前の恋人をいい加減に俺にも紹介しろ。なんで俺だけ知らないんだよ」

 

「あー、それはだな」

 

 絵里が呆れ半分で笑い、輝彦がタジタジをなる中。

 大五郎は心から三人に感謝の念を送る。

 

(……僕は、こんなにも恵まれていたんだな)

 

 その為にも、咲夜に立ち向かわなければならない。

 彼女が大五郎に言ったこと、その答えが見つかったのだから。

 でも今は。

 

「あ、そうだトール。輝彦の彼女ってトールの妹のみみりあちゃんだから」

 

「――――――――は?」

 

「ちょっ!? おい大五郎テメェなに勝手にバラしてるんだよぉ!?」

 

「わたしが聞いたところによると、みりあちゃんが猛烈アタックして射止めたみたいよ? と、ところで提案なんだけど、二人のデートをわたしと一緒に後を付けないかしら?」

 

「えっちゃん。……いや、絵里。お前はなんて素敵な女の子なんだ…………乗ってやるぞその提案!! 俺はみりあを守る!! 輝彦今から貴様は敵だぁ!!」

 

「うーん混沌としてきたね、じゃあ僕はみりあちゃんに連絡しておくから。じゃあまた後で、紙袋探さなきゃね」

 

 わいわいと騒がしい三人を放置して、大五郎は

紙袋を手に入れに購買部へ。

 端的に言うと昭和からの産物ではあるが、購買は未だ茶色で無地の紙袋を各種取り扱っているのだ。

 大五郎は咲夜に見つかる事なく、大きな紙袋を複数枚ゲット。

 口と目をくり抜くと、その足で職員室で根回し。

 

(――――これで、条件は全てクリアされたよ。後はどうやって咲夜にあの事を伝えるかだ)

 

 普通に伝えれば良い、素直に考えたらそれしかないだろう。

 だが、大五郎は己を理解している。

 ――きっと、彼女の声を聞くだけで胸がときめくだろう。

 ――きっと、彼女の視線を感じただけで体が緊張で熱くなるだろう。

 ――これ以上ない程、に水仙咲夜という存在が好きなのだ。

 拳を握りしめ、大五郎はホームルームが始まる直前に教室に入り。

 

「ッ!?」

 

「――――ふっ」

 

 瞬間、交差する視線。

 そのまま始まるホームルーム、明らかに異様な光景。

 なにせ、紙袋を被った生徒が堂々と座っているのだ。

 それを、担任教師は注意せず。

 

(な、何をしたというの大五郎くんッ!? どうして先生は注意しないワケッ!?)

 

 してやられた、そう思うと同時に咲夜の精神は高揚する。

 

(…………――――燃えてきたわ、ええ、これは私への挑戦とみなす。覚悟しなさい、…………キスを、ええ、授業中にその紙袋を引っ剥がしてキスしてやるから)

 

 ならば今すぐにでも、と咲夜が手を伸ばそうとした瞬間であった。

 担任教師が、ようやく大五郎の紙袋に触れる。

 

「最後にひとつ、神明はどうやら青春真っ盛りだそうでな、恋人に見つめられると授業に集中できないから今日だけでも紙袋をかぶるそうだ。――皆、そういうワケだから邪魔してやるなよ、なんと神明は他の先生どころか校長まで集めて演説して説き伏せたんだからな。あー、皆にも聞かせたかったよ、あの青春宣言を……――――」

 

(何をしているのよ大五郎くんんんんんんんんんんんんんんんんんッ!?)

 

(くくくっ、手段を選んでなんて……いられないんだ!!)

 

 咲夜は戦慄した、彼のコミュ能力の高さではない。

 これにより、授業中にキスする難易度を上がったからだ。

 

(――――咲夜、君が授業中にキスして僕のメンタルを揺さぶろうとするなんてお見通しだったんだよ)

 

(やられたわッ、これで各教科の先生は大五郎くんを、引いてはその隣の私まで注意を払うこととなるッ!!)

 

(誰が見ていて、君は動けるのかい咲夜。そうだ、君は動けないだろう)

 

(迂闊には動けない、――でも、まだ勝機は残ってる)

 

 ギラリと飢えた獣のように光る咲夜の眼孔、それを察知した大五郎は驚きつつも冷静に受け止めて。

 ――授業が始まる、そんな中で二人は読み合いを始めた。

 

(諦めていないね、なら何時仕掛けてくる? 危険なのは眠くなる古典、そして体育のサッカーの時、そして昼休み直前)

 

(……隙がある授業で勝負をかける、ええ、そんな事はしないわ)

 

(休み時間に紙袋を破ってストックを尽きさせる、これもあり得るな)

 

(チャンスは一回にしましょう、そこに全てをかける)

 

 嗚呼、なんて楽しいんだろうと二人は奇遇にも同じタイミングで笑った。

 これはきっと、恋人として第一歩であり、二人なりの愛の逢瀬。

 愛を生み出す、恋人になる、その準備の第一歩。

 ――授業は続く、二人はお互いだけを考える。

 

(仕掛けてこない? 何か僕の予想できない策があるのか? 何を狙っている? …………キス、してこないのか?)

 

(そう、何もしない。これこそが大五郎くんの心を揺らす一番の方法。だから焦らすわ、ギリギリまで焦らす)

 

(いや違う、咲夜は僕にキスするつもりだっ!! …………でも、うーん、自信が無くなってきたぞぉ? これ外れてたらただの恥ずかしいヤツだよね? え、本当に僕の考えすぎ? いやでも、油断させる計画――――ありえる、うん、それすっごいあり得るっ……のかなぁ??)

 

(分かるわ、大五郎くんは迷ってる。ええ、だからこそ、ここで――――)

 

 咲夜は動いた、彼へ一瞬微笑んでみせて。

 そして教科書を教師への壁に、口紅をご機嫌で塗る。

 

(~~~~~~っ!? やる気満々じゃないか!! くそっ、今まで動かなかったのは油断させる為か!! 来るっ、隙を見せたら一瞬でキスされる!!)

 

(そう思うわよね、でも…………私は動かない)

 

(来る、いつ動く、リップを塗ったのならこの時間に動く筈。タイミング……先生が黒板に向いた瞬間、あるいはクラス全員の隙をつく何かを――)

 

(うふふふッ、考えて、そう私の事をずぅ~~っと考えなさい大五郎くん、でも正解にはたどり着かないでしょうね。――――私と貴方では覚悟が違う)

 

 じりじりと時間が過ぎていく、そしてその最初の授業が終わり、古典、体育と続いていき。

 ついに、昼休み前の最後の授業。

 それも終わりが見えてきて。

 

(くそっ!! なんて卑怯なんだ咲夜!! これ見よがしにお化粧を直したり、爪を磨いて手入れして僕にこっそり見せびらかしたり!!)

 

(手の上で転がすってこういう事を言うのね、――嗚呼、大五郎くんを翻弄するのって、なんて楽しいのッ!!)

 

(お、落ち着けよ僕、神明大五郎は油断しないんだ、例え相手が藍でも咲夜でも全力で行く……――うん?)

 

(ええ、ではそろそろ行きましょうか。これっきりの奇襲、今後、大五郎くんと戦う時は私の全てが計算されてしまうでしょう。でもだからこそ、――ここで勝っておくのよ)

 

(ま、待って、いやでもそんな可能性……ある、ある? …………来るのか、来るのかい咲夜??)

 

 その可能性に思い至り、大五郎は目を丸くして咲夜を見た。

 すると咲夜はにっこりと笑い、ガタっと勢いよく立ち上がる。

 授業中だというのに大胆な行動、大五郎は思わず硬直。

 刹那、びりびりびりぃ、と大きな音。

 ――誰もが思わず振り返り、注目する中。

 

「…………ん、ごちそうさま大五郎くん」

 

「――――…………~~~~~っ!? は、はあああああああああああっ!?」

 

「ああ、気にしないで皆。大五郎くんが青春で紙袋を被っているように私も青春しただけだから」

 

 キス、堂々と誰にはばかる事無く咲夜は大五郎にキスをした。

 それを、クラス全員教師までもが目撃して。

 彼女はさも当然と言わんばかりの顔で、満足そうに席に戻る。

 後には、顔を真っ赤にし頭を抱え机に突っ伏した大五郎の姿が。

 

(ぬぅぅぅぅぅぅぅんっ!!)

 

(ふッ、ちょろいもんよ)

 

 そんな二人の光景に、クラスメイト達は成程と曖昧で暖かな笑顔で拍手。

 

「もおおおおおおおお!! なんで拍手するのさっ!! というか先生まで拍手しないでよ!!」

 

「好意はありがたく受け取るものよ大五郎くん?」

 

「恥ずかしぃ……、穴があったら入りたい……、ううっ、なんでこんな事になってるんだよぉ……トホホ」

 

 そして鳴り響く授業終わりのチャイム、すると大五郎は逃げるように立ち上がって。

 否、逃げようとしているのだ恋バナが気になる大勢のクラスメイトから。

 しかし、彼の制服の裾をしっかり咲夜は握っていて。

 

「あら、愛しのカノジョを置いて逃げるの?」

 

「戦略的撤退って言ってくれないかな、どうやら君への愛が大きすぎて気恥ずかしさがまだ勝ってるんだ」

 

「意気地のない彼氏ね」

 

「何とでも言ってよ、あ、これ放課後までに読んでおいて。僕、午後の授業はサボるからさ」

 

「悪いカレシ、不良さんだわ」

 

 咲夜の声を背に、顔を真っ赤にしたままの大五郎は足早に教室を出て行く。

 彼女はそれを微笑んで見送ると、渡されたノートの切れ端に目を落とした。

 

『放課後、屋上で待ってる』

 

 なるほど、と咲夜は幸せそうに笑った。

 それから後の時間は、隣に大五郎がいなくても機嫌が非常に良い彼女の姿があって。

 そして、放課後である。

 

「……逃げずに来た事は誉めてあげるよ咲夜」

 

「あらあら、来たわよ意外と丁寧な字を書く大五郎くん」

 

 咲夜が屋上に赴くと、そこには仁王立ちで満面の笑みを浮かべる大五郎の姿があったのであった。



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第31話 「また恋を教えて」と屋上で彼女は言った。

 

 

 

「それで、答えは見つかったの?」

 

「ま、まぁね……っ!!」

 

「じゃあ、正解を期待しても良いのかしら?」

 

 少し歯切れの悪い大五郎に、咲夜はくすりと微笑んだ。

 実の所、彼が正解に辿りついた事は手紙を貰った時点で分かっていたのだ。

 最初の受け答えもそうだ、彼はあの時の再現をしようとしている。

 

(顔を真っ赤にしてガチガチに緊張しちゃって、ふふッ、可愛いわね大五郎くん)

 

 彼は何度も何度も深く深呼吸し、続きを言おうとしている。

 

(頑張って、私は貴方から聞きたいの。私の事だけを一生懸命に考えて悩み抜いた貴方から)

 

 そんな将来の夫の、恋人の、本当の意味で愛する男になるだろう男の精一杯の茶番劇につき合わない咲夜ではない。

 彼は、彼女をまっすぐに見つめて。

 

「――すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。……ごめんね、まだ緊張してるみたいなんだ」

 

「ええ許すわ、だって貴方が愛する私を前にしてのコトだもの。紙袋のことだって多めに見てあげるわ」

 

「…………それ、光栄だねって言いたいけど。結局キスしたよね? しかも皆の前で堂々と」

 

「青春よ青春、それぐらい男の勲章だと思って受け入れなさいな」

 

 満足そうに笑う彼女に、大五郎としては苦笑するしかない。

 なんというか最早この先、一生涯において頭が上がらないのではないか。

 

(でも、嫌じゃないどころか嬉しいって思う自分が居るんだよね)

 

 水仙咲夜、愛する人。

 藍へとは違う愛を覚えた人、大五郎を救ってくれた人。

 そんな彼女の、最初の願い。

 

「…………そろそろ本題に入っても良いかい? これはとても光栄で、なんで忘れてたんだろうって思ったけど。それ以上にさ」

 

「根に持ってるって言いたいの?」

 

「違うよ、乙女チックっていうか。ああいやバカにした訳じゃなくて、なんて言えばいいか……」

 

「上手く言えないなら、帰りましょうか?」

 

「早いっ!? 早いって咲夜っ!?」

 

「じゃあちゃんと言って、全部聞いて上げるから」

 

 柔らかく微笑む咲夜に、大五郎は見惚れながら頷く。

 本当に、もう完全に手遅れだ。

 そして不覚にも。

 

「逆なんだ、そう逆」

 

「逆?」

 

 問い返す咲夜に、大五郎は深呼吸をひとつ。

 

「…………あの時の言葉、まるっきり逆になっちゃったから」

 

「ふーん、抽象的でまだ分からないわね。もっと詳しくお願い」

 

「ううっ、可愛い意地悪だね咲夜。……僕が教えられたんだ、君に、愛を」

 

「あら、そんな内容だったかしら?」

 

「………………『私に、恋を教えなさい』」

 

「ああ、――――良く出来ました大五郎くん」

 

 にっこり笑う咲夜に、彼は心底胸をなで下ろした。

 だが彼女は首を横に振って。

 

「でも、今は少し違うわね。ちょっとだけ相応しくないって思うのよ」

 

「えっ!? 何がどこがっ!?」

 

「考えてもみて、あれはあの時の言葉。今からそうするには……少し、そう、少しだけ違うの」

 

「つまり?」

 

「言葉を足して、ええ、私から言わなきゃ」

 

 そう言うと、彼女は祈るように胸の前で両手を組み。

 大五郎を紅潮した頬で見つめ、真摯に、歌うように言葉を紡いだ。

 

 

「私に、――また恋を教えて。貴方の過去の恋じゃなくて、これからの私達の恋を教えてくれませんか」

 

 

 ああ、と大五郎は納得した。

 確かにそれは大事である、たかが一語、されど一語。

 でも新たに関係をスタートさせる二人には、とても大切な一語

 

(『また』――嗚呼、そうだ『また』恋を教えて、だ。うん、そうなんだ僕らは……)

 

 これからなのだから。

 

「そっか、僕は君に恋を教えていたんだね」

 

「ええ、とてもとても悲しい結末の恋だったけれど。それでも確かに教えて貰ったわ、でも」

 

「うん、僕は、僕らの恋を教えてない。……いや違うね、僕からも言わせて欲しい」

 

「喜んで」

 

 大五郎は咲夜の手を己の両手で包むと、しっかりと目を合わせる。

 

「僕に、君にまた恋を教えさせて欲しい。今度は悲しい結末じゃなくて笑って最後まで、僕が居なくちゃ生きていけないってぐらい――惚れさせてみせるから」

 

「もう、逃げない? 恥ずかしさで隠れない?」

 

「勿論、恥ずかしくなったら君にキスするか抱きしめるコトにする」

 

「もう、死にたくない?」

 

「それは藍に対しても、咲夜に対しても。そして今、君を愛している僕自身に失礼な事だから。……二度と言わない、ううん、きっと二度と思わない」

 

「――――嬉しい、嬉しいわ大五郎くん」

 

 咲夜は目尻に少しの涙を浮かべ、彼の胸に額を寄せた。

 大五郎は彼女を大事そうに抱きしめ、小さく「ありがとう」と呟いた。

 もう、過去に囚われる事はない。

 もう、二人は共に前を向いて歩いていける。

 ――人生は長い、これから先にまた違う困難が立ちふさがる事だろう。

 

(けど、……僕はもう大丈夫だから)

 

(大五郎くんと一緒だから、私は自分の美しさに覚えてボッチだった私じゃないから)

 

 歩んでいける、幸せになれる。

 否、幸せである。

 その確信を、きっと寿命で死んだ後でも疑わないだろう。

 はぁ、と大五郎は幸福な溜息をひとつ。

 その時であった。

 

「――――あ、そう言えば大五郎くんに伝えないといけない事があったの、すっかり忘れてたわ」

 

「成程? でも重要なことじゃないなら、もう少し雰囲気に浸らない?」

 

「いいの? 今日の夜、ウチの家で貴方のご両親と勿論のこと私達も同席して婚約祝いをするんだけど」

 

「すっごい重要だったっ!? え、なんで僕は知らされてないの!? 何着ていけば良いのっていうか!! 君のお父さんに僕はなんて言えばいいのさっ!?」

 

 一難去ってまた一難とはこの事か。

 寝耳に水、それとも青天の霹靂だろうか。

 

(不味い、これはかなり不味い事態じゃないのっ!?)

 

 然もあらん、今の二人は結婚前提の同棲をしている。

 しかも、大五郎の実家でだ。

 事前に両親同士で話がついているとはいえ、咲夜が説得しているとはいえ。

 

「どうしよう、今の今まで君のご両親と挨拶の一つもしてないんだけどっ!? これ不味いよ超不味い事態だって!?」

 

「あ、ちなみにお父さんの夢はお前なんかに娘は渡さんって殴り合うことだから」

 

「もう少し早く言って!! そしたらファイトスタイルとか調べ上げて対策したり、弱みとか好物とか調べて精神的に揺さぶる事とか出来たのに!!」

 

「そういう言葉が出てくるって事は余裕ありそうね」

 

「全然無いよ!! 取りあえず速攻で帰ろう、今すぐ帰って着替えて挨拶の言葉考えて――いやその前に手土産とか結納の品とか用意しなきゃいけないし」

 

 あーだこーだと慌てて悩み始める大五郎を、咲夜は実に楽しそうに笑って。

 

「じゃあ提案なんだけど、恋を教えて貰うついでに手土産買うデートでも今からしましょうか」

 

「お、それ良いね。あんま時間無いだろうけど服も頼も選んでくれないかな?」

 

「予算はあるの?」

 

「勿論、ダイアモンドの指輪を即決で買えるぐらいには余裕はある…………金銭的には余裕あるのになぁ」

 

「それは逞しいことね、――じゃあ行きましょうか」

 

「よし来た! じゃあ急ぐよ!!」

 

 そして駆け出す大五郎、しかし扉の前まで来ると足を止める。

 何故ならば、咲夜がまったく動いていなかったからだ。

 手をひらひらさせて待つ咲夜の下へ、慌てて引き返すと。

 

「慌てん坊の大五郎くん? もうデートは始まってるのよ? それに急いでも無駄に焦るだけだわ」

 

「うーん、さてはもう一つ理由があるね?」

 

「ええ、分かるでしょ?」

 

「勿論、とても大切な事だった」

 

 大五郎は彼女の手を取って、キザったらしく一礼し。

 

「デートしてくれないかな咲夜? エスコートもしたいからお手を拝借」

 

「今日は短い時間だけど、楽しませてね。――ふふっ、その後の方がもっと楽しそうだけど」

 

「それを言われると痛いけど、うん、僕にメロメロになるぐらい夢中にさせてあげる」

 

 大五郎は咲夜の手を取り、彼女はしっかりと握り返す。

 二人は屋上を後にして、幸せそうに笑いあってデートに出発したのであった。

 

 

 

 

 

 ――――終。

 

 

 

 




はい、という訳で完結です。
最後まで楽しんで頂けたなら嬉しいです。
ではでは、また。


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