美貌バいろいろ (SunGenuin(佐藤))
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いろいろ 最終更新:
【引退後】俺とカネヒキリくんと半年後のある日


時は2011年8月。

 

『あっちぃね、かねひきりくん』

『ああ……』

 

ここ、社来スタリオンステーションにも、茹だるような夏が来た。

 

俺はしがない種牡馬、サンジェニュイン。

隣で溶けているのは同じく種牡馬、マイフレンド・カネヒキリくん。

いつもはもうちょっとキリッとしてて、これぞ砂の王者!といった風格を漂わせているのだが、今は馬の形すら保てないほど溶けきっている。

無理もない、今日の気温は30度超えの真夏日。

ここは北海道なのに……異常気象かな?

去年の今頃は、俺はイギリスで繋養されていたので、こんな暑苦しさを感じることなく快適に過ごせていたし、その前は馬房に引きこもっていたので問題はなかった。

ただ今年はカネヒキリくんとアメリカ旅行、もといアメリカでの種付け業務をスパパッと終えて帰国したので、夏のイライラをダイレクトに受けることになった。

7月はそうでもなかったし、めちゃくちゃ暑くなったのはここ数日だからあとちょっと、9月に入ったらまた涼しくなるのだろう。

栗東にいたときのような、10月に入ってもジメッとした感じはないし。

まだ風が吹いている分マシなのかな。

あとちょっと耐えれば、この放牧地を駆け回れるくらいには良い感じの気温になるだろう。

 

それまでの辛抱だよ、カネヒキリくん!

 

……とは言ったものの、俺もカネヒキリくんと同じくらいバテバテだ。

放牧地の隅、木陰で横並びに寝転がりながら、俺はウンウン唸っていた。

 

戻れるもんなら馬房に戻りたい、という気持ちもある。

俺たちの馬房にはエアコンが完備されているからだ。

ならとっとと戻ってしまえば良い話なのだが、そうするとお互いの姿が見えなくて遊べなくなってしまう。

今のブームはタオル引きだけど、馬房に入れられちゃうとそれができなくなるんだよなあ。

今日こんなに暑くなければ、昨日の熱戦の続きをやりたいくらいだぜ。

左前と右前の放牧地に放たれてるディープインパクトとヴァーミリアンの野次馬をBGMにな!

あーあ、もういっそのこと馬房も同じ方が遊びやすいのになあ。

でも放牧地を一緒にしてもらうために駄々を捏ねに捏ねまくって叶えて貰ったので、ここからさらにおねだりするワケにはいかないのだ。

俺は確かに図々しいが最低限の常識だけはわきまえた馬だからな!

むしろ同じ厩舎というだけで有り難がるべきだろう。

お偉いさんありがとう!

それに、カネヒキリくんが来るまでの約4年も専用厩舎で1頭ぼっち、だったことを考えると今すごくハッピーだしな!

 

なに?ディープインパクト?

アイツは同じ牧場内にいるけど厩舎が違うから……仕事終わりにすれ違うと俺のケツガン見してくるし……ッ!

 

「おおい、サンちゃあん、カネっち!マジであっちぃから馬房に戻ろうや……こんなん異常気象、明日には死人が出るレベル……道民がこんな暑さ耐えられるかいな!」

 

いやお前、道民じゃないだろ。

 

そう内心でツッコミつつ、俺たちをフランクに呼ぶ若い兄ちゃんを見上げた。

角刈りの頭につり上がった目、ガタイの良い身体付きをしたコイツの名はリキ。

体高170センチ近い俺とカネヒキリくんの目線の高さはほぼ180センチくらいなのだが、それとそう変わらないからコイツも高身長の部類だろう。

リキは、俺とカネヒキリくんが生活している専用厩舎のスタッフの1人で、いちばん若いやつだ。

大阪から単身で北海道にやってきた21歳独身男、好みのタイプはお清楚な年上、得意な料理はたこ焼き、目黒さんの甥っ子。

まだまだ下っ端なので雑用が中心だが、放牧地で遊んでる俺たちの監視も仕事のひとつだ。

一応、放牧地には観察用のカメラもあるにはあるのだが、大人のオッス馬2頭が同じ放牧地に放たれるのは非常に珍しいらしく、万が一のためにもリキが常に見張っているというワケ。

常に、そう、つまりこんなクソ暑い日だろうが寒い日だろうが、俺たちが外にいる限りはリキもそこにいる必要があるのだ。

 

「いやもう、神様仏様サンジェニュイン様カネヒキリ様、お願いです、戻ろうやお部屋。暑くてたまらんわ、なっ?もうさっき馬房にエアコン入れたし、今もどったら涼しいで~!なっ!」

 

うわうるさっ!

馬相手にでっかい声だすな!

 

……んんん、まあカネヒキリくんも限界っぽいし、今日はここらで帰るとするか。

決してエアコンのヒエヒエにつられたワケじゃないんだからなッ!勘違いしないでよねッ!

それにリキも汗ダラッダラだしなあ。

俺も白毛だから見た目こそ涼しげに見えるが、もうめちゃくちゃ暑くてつらい。

しゃーない、今日はタオル引きを諦めるとするか。

馬房で涼んで、テレビで競馬でも眺めながらカネヒキリくんとおしゃべりしよ。

 

『カネヒキリくん、かえるってよ、いこーぜ……』

『ああ……』

『カネヒキリくん、今日「ああ」しか言ってねえな……ほら、馬の形だけでも保って!綱は俺が引いてやるから』

 

放牧地の外に出るために綱をつけられる。

これがない状態でウロウロしていると、放馬だなんだと騒ぎになるのだ。

俺はリキが握っていたカネヒキリくんの綱を奪って食むと、厩舎に向かって歩き始めた。

この放牧地から厩舎に戻るまでの道のりはしっかり覚えている。

カネヒキリくんを引きずって歩く俺の手綱を握って、リキがよかったよかったと元気に頷いていた。

なんだまだ元気そうじゃねえか、放牧地戻るか?とジト目でリキを見ると、急に具合悪そうな顔で「あかんねん」と言われた。

俺の表情を読み取るな、目黒さんかお前は……目黒さんの甥っ子だから目黒さんではあるか……ダメだこれ以上考えるのはよそう。

 

 

 

厩舎へと戻る道をすいすい歩きながら、ちらりと隣のカネヒキリくんを見た。

ぼーっとしていてもイケメンである。

おまけにムキムキだし……いや筋肉量は現役時代の俺の方がある!俺もムキムキだった!……たぶん。

3年も種牡馬として仕事してきた経験を活かして、今後のカネヒキリくんの仕事の役に立てばと思って経験談を話そうとしたのだが、カネヒキリくんに拒否られた時は悲しかったぜ……。

まあカネヒキリくんにもオッス的なプライドがあるだろうし、あれこれ助言されるのも嫌だもんなあ。

種付けした牝馬たちからの評判も非常に良いので、そもそも俺の助言など不必要だったワケだし。

クッ、俺の初回とか酷かったからな……牝馬とのうまぴょい当日に泣いて延期を申し出たんだぞこっちは……って俺の話はいいんだよ。

 

俺が療養中のカネヒキリくんに別れを告げ、一足先に種牡馬入りしてから数年が経過し、待ちに待ったカネヒキリくんの種牡馬入りから今日で丁度半年。

カネヒキリくんとは1歳の冬に出会ってからズッ友として過ごし、彼が屈腱炎で療養に入るまでは半年以上も会わないなんてことはなかった。

この4年半という年月は、俺たち馬にとっては長すぎるし、辛すぎる時間だ。

とはいえ、俺はおそらくだいぶマシな方である。

 

俺が種牡馬入りしてしばらく経った頃、種付け以外は暇だろうと目黒さんがテレビを買ってくれた。

そのおかげで、こうして離れた場所からも画面越しにカネヒキリくんやヴァーミリアン、俺の弟の活躍を見ることはできていたのだ。

ヴァーミリアンがダート路線でブイブイ言わしてた時期も、カネヒキリくんが復活して他馬を蹴散らしてたのも、2頭揃ってフリオーソって若手の馬に負けたのも画面越しに見た。

だから引退したのも知っていたし、種牡馬入りすることも当然のように知っていたってワケだ。

テレビから情報が入ってくる分、俺自身は希望を持ってこの4年間を過ごすことができた。

あとはいつこっちに来るか、そもそも繋養先はここなのか、ここであれ!!!!と思いつつ、先に引退して種牡馬入りしたヴァーミリアンを仲間に迎え、ディープインパクトたちとまだかまだかとワクワクしながら待ち続けた。

 

馬運車に乗せられたカネヒキリくんが、この牧場に到着したのは今年の2月。

俺が予想していたよりは遅い到着だったけど、カネヒキリくんの調子は想像していたものよりも良好でなにより。

ただ、カネヒキリくんに最後に会ったのは4年以上も前。

会えなかったその長い時間の中で、俺のことなんてすっかり忘れちゃったのでは?と不安だった。

ディープインパクトが「カネヒキリ……?」みたいな顔をしてたので余計に。

純粋な馬の脳内メモリはそこまで容量がないのだ。

だが久々に会ったカネヒキリくんは、別れ際のあの時のまま変わらずにそこにいた。

聞けば馬房に俺のポスターを貼っていたらしい。

なんでだよ、とツッコミたくなったが、それのおかげでカネヒキリくんが俺を忘れずにいてくれたので、とりあえずオッケーです。

まるで昨日の話の続きをするように再会し、今、毎日楽しく過ごしている。

 

カネヒキリくんが種牡馬入りしてからの半年。

共に過ごすようになってからの時間は、常に一緒にいる相手ができたからか、今までよりも時の進みが早いような気がした。

振り返ると昨日再会したような感覚すらあるが、カネヒキリくんの目が時間の長さを語る。

現役を引退して間もない馬というのは、競走馬時代のクセがなかなか抜けないモノだ。

それが強く表れるのが「目」だった。

あのディープインパクトですらギラギラとした目が丸くなるのに1年近くかかっていたし。

俺?俺は元々レースとオッスどもに追われる時以外はまんまるおめめなので……。

まあまだ半年だし、カネヒキリくんは今も時々ギラギラすることもあるけど、ここ最近は丸みをおびて穏やかな目つきになってきたような気もする。

もう他の馬と先頭目指して競り合う必要はないのだと、俺やヴァーミリアンたちと過ごす内にわかってきたみたいだった。

今日もギラギラっていうよりドロドロに溶けてたしな!

さらにあと半年経てば、ギンギラギンにさりげなく鋭かった目つきも忘れて、常時優しい目になるだろう。

これから共に過ごす日々が、カネヒキリくんをそうさせると確信していた。

 

っていうか、俺がそうさせるんだよ。

 

『……俺たちには「また明日」があるもんな、カネヒキリくん』

 

そっと呟いた。

 

そう、俺たちには「また明日」がある。

明後日が、明明後日が、1週間後、1ヶ月後、1年後。

これからたくさん時間があるのだから。

 

涼しくなったら追いかけっこをしようよ。

秋にはきっと美味しいおやつが出てくるはずだし、冬はめちゃくちゃ寒いから厩舎に籠もってゴロゴロしたり、おそろいの馬着を着てみたり、雪遊びをしてもいいよな。

2頭だけだと遊ぶにも限界があるから、ヴァーミリアンたちも誘ってなにかしようか。

なにをしよう、なんでもしよう。

カネヒキリくんの好きなことをしよう。

 

2歳でデビューしてから8歳で引退するまでの6年間、頑張って走り続けたんだから。

痛くても、辛くても、泣き言いわずに走り切ったんだから。

目をつり上げて、たたき合って、ぶつかり合って、競り合って。

 

でも。

 

これからは、自分のためだけに、息ができるんだよ。

 

『……サンジェニュイン』

『んー?』

 

厩舎が見えてきた。

まだちょっとぽやーっとしたカネヒキリくんが、俺の名前を呼んだ。

 

『サンジェニュイン』

『なにい』

 

立ち止まって横を向くと、穏やかな目をしたカネヒキリくんが、また俺の名前を呼ぶ。

 

『……ほんものだ』

 

その言葉に、俺たちがいなくなってから、カネヒキリくんが駆け抜けてきたこの4年間が、強く思い知らされるようだった。

 

ああ、夢に見てくれたのかな。

また一緒に遊んで暮らせるのを、瞬く間でも夢に見てくれたのかな。

ヴァーミリアンも似たようなことを言っていたよ。

カネヒキリくんがこっちに来る少し前、暮れのジャパンカップダートを最後にすぐに種牡馬入りしたヴァーミリアンが、1ヶ月経った頃にぽつりと泣いたことを思い出した。

 

── ディープもサンジェニュインも、ほんものだ

 

俺たちに偽物なんているものか、と思ったけど、あれはそういうことではないのだ。

何度も、何度も、描いてくれた夢の中に俺とディープインパクトがいたのだろう。

馬の短い眠りの中で、俺たちとまた会える夢を見てくれたのだ。

 

トレセンや競馬場で出会った馬と、引退してからも再び会える確率は高くない。

そもそも種牡馬入りさえ狭き門なのに、繋養先が同じになることはもっと稀だから。

円満に引退を迎えることも叶わずに、虹の向こう側に旅立ったり、行方知れずになったり。

俺たち馬の歩む先は一本道ではない。

多くの分岐点を、ヒトの手に引かれて歩き続ける。

時には進みたい分岐点に曲がれきれず道を踏み外したり、ヒトの導く先が異なっていたり、必ずしも満足いく結果とはいかないけれど。

歩みを止めずに進み続けるように、すべての馬が最期の一瞬まで夢を見続けているのだ。

 

あの日、あの瞬間。

すれ違った誰かに再び出会う、そんな夢を。

 

社来スタリオンステーションの敷地内で馬運車から降りて、俺とディープインパクトが待っているのを見た時の丸くなった目は、ヴァーミリアンもカネヒキリくんもそっくりだった。

今、真横にいるカネヒキリくんの目も、泣いたヴァーミリアンの揺れ方と同じに見えた。

 

『カネヒキリくん』

 

名前を呼んだ。

今までもたくさん呼んだ名前を、これからも呼び続けるからなと意味を込めて。

波打つ目は、俺の目とかちあってさらに潤んで揺れた。

 

『明日は何して遊ぶ?』

 

俺の言葉を聞いて零れた、まるいしずくに気づかなかったフリをして、俺は再び歩き出した。

厩舎まであと少しだ。

エアコンの効いた、涼しいその建物が俺たち2頭の家。

明日も明後日も明明後日も、この家から仕事や放牧地に向かって、そして帰ってくる。

今はたった2頭の大きすぎる家だけど、数年したら俺たち以外の馬も増えるはずだ。

それは俺の仔や、カネヒキリくんの仔が大きくなって、いつか俺たちのように血を残すようになったら。

空いた部屋がすべて埋まって、賑やかな嘶きに満ちる日を夢見る。

カネヒキリくんの仔は大人しいだろうけど、俺の仔はやかましいやつが多いからさ、きっと毎日どんちゃん騒ぎだ。

俺は「お前らまた騒いで!」と怒るだろうから、カネヒキリくん、フォロー頼むわ。

カネヒキリくんとこの仔が俺の仔に絡まれてたら助けるからさ。

 

そんな夢の中でも俺は、今と変わらない言葉を口にするのだろう。

日当たりの良い場所で、赤く踊る太陽を背にして笑うのだ。

 

『おかえり、カネヒキリくん』

 

ちょっと照れ臭くなって、言い逃げするようにするっと馬房に入る。

カネヒキリくんは少し言葉を詰まらせると、なんでもないような顔をして口を開いた。

 

『ただいま、サンジェニュイン』

 

やわらかさに満ちたその声が、1年後も、10年後、20年後も隣で響き続けることを、俺は願い続けた。



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【大百科ネタ】太陽一族データベース

更新履歴
2021/12/28:産駒情報を追加


太陽一族データベース


主にGⅠ等の重賞レースを制した産駒を中心に更新しています。

情報が不足している国外の産駒等で情報をお持ちの方は管理人までメールをお願いします。

 

目次

サンサンドリーマー

サニーメロンソーダ

タイヨウマツリカ

Sunny Fantastic

Shining Top Lady

シルバータイム

タイヨウチャン

アイシテルサニー

タニノサニーロック

サンサンプリンス

Song Light Apollo

Love Me Sunny

Winner's Helios

サントゥナイト

サンサンファイト

 

2021/12/28 追加分

アオ

ハルノキボウ

サンヴィーナス

サニードリームデイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

サンサンドリーマー(白毛)

生産年:2008年生産国:日本生産場所:社来ファーム

母:サダムブルーアイズ母父:エルコンドルパサー

主な成績:天皇賞・秋(2011)/天皇賞・春(2012)/朝日杯FS(2010)12戦6勝

サンジェニュインの初年度産駒。

天才騎手・竹創を主戦として2010年7月10日函館競馬場の芝1800m新馬戦でデビューし、国内外含めて産駒初の新馬戦勝ちとなった。同年の暮れ、朝日杯FSを制して国内初の産駒GⅠホースになると、翌年2011年の弥生賞を逃げ切り勝ち。父子2代の制覇を目指して挑んだ皐月賞では、オルフェーヴル、同父のサニーメロンソーダに差し切られ3着。以降クラシックシーズンでは振るわなかったが、8月の新潟記念を制すると、同年の天皇賞・秋へと出走。竹を鞍上に大逃げを打ち、追走するトーセンジョーダンと同タイムながら念願のGⅠ2勝目を挙げた。翌2012年の天皇賞・春では初の長距離戦で人気を落とすも、粘り強く走り切って制した。

現役引退後はノータンファームで種牡馬→乗馬となっている。


 

サニーメロンソーダ(白毛)

生産年:2008年生産国:日本生産場所:ノータンファーム

母:サッカーマム母父:キングマンボ

主な成績:宝塚記念(2011)、阪神大賞典(2012)、ゴールドカップ(2012)、毎日杯(2011)13戦5勝

サンジェニュインの初年度産駒。

父の主戦だった芝木真白を鞍上にデビュー。ハナ差2着と惜敗するも、続く未勝利戦で逃げ切り勝ち。年明けのあすなろ賞(1勝クラス)に出走するも、同父のタイヨウマツリカに敗北(2着)。2ヶ月ほど間を空けて毎日杯に出走し勝ち上がると、皐月賞に出走。オルフェーヴルの2着と好走した。続く東京優駿ではゲート内で立ち上がり出遅れ、オルフェーヴル、タイヨウマツリカから2馬身離れた3着に落ち着く。この後、初の古馬戦となる宝塚記念に出走すると、3歳馬として初めて同レースを制した。これ以降GⅠから遠のいていたが、翌年夏に渡英し、ゴールドカップを制して1年ぶりのGⅠ勝ちとなった。これを最後に現役を引退した。

現在は社来スタリオンステーションで種牡馬として繋養されている。2016年に初年度産駒がデビューした。


 

タイヨウマツリカ(白毛)

生産年:2008年生産国:日本生産場所:トーエイ牧場

母:アネスト母父:オグリキャップ

主な成績:あすなろ賞(2011)、プリンシパルS(2011)4戦3勝

サンジェニュインの初年度産駒。

2011年度の三冠馬・オルフェーヴルと同厩舎、隣同士の馬房。主戦も同じく川添謙介騎手が務めた。前脚が外向きだったこともあり、矯正が行われていた影響で2011年1月の3歳新馬戦からデビュー。大外を好み、内枠に入っても外へ向かって走る癖があったものの、新馬戦、あすなろ賞、プリンシパルSの3戦3勝で東京優駿を迎えた。当日の鞍上は川添がオルフェーヴルを選択したため、同年デビューした新人女性騎手が乗った。調子よく先頭を切り進み、オルフェーヴルと横並びにゴールするも、100mほど進んだところで落馬。1度は立ち上がり、落ちた鞍上に向かって歩き出そうとする仕草も見られたが、またすぐに横になった。ハナ差1cm2着のアナウンスが響く中、予後不良と診断され場内で安楽死処置が取られた。墓は生産されたトーエイ牧場に建てられている。


 

Sunny Fantastic(白毛)

生産年:2008年生産国:イギリス生産場所:グラハムホールスタッド

母:Eswarah母父:Unfuwain

主な成績:英国三冠(2011)、英長距離三冠(2013)、KGVI&QES(2012)12戦11勝

サンジェニュインの初年度産駒にして代表産駒。

所有者はゴンゴルドン。2010年7月にイギリス国内の2歳未勝利戦に出走すると、後続に10馬身差をつけて圧勝。続く2歳GⅠの最高峰である芝1600mのデューハーステークスに出走するも、フランケルに差し切られ2着と敗戦。翌2011年からはメンコを着用。B級レースから始動し、2000ギニーでフランケルに競り勝つとその勢いのままダービーステークスを逃げ切り二冠馬となる。斤量負担から3歳での凱旋門賞出走の可能性もあったがセントレジャーステークスに出走。7馬身差で逃げ勝ち、ニジンスキー以来41年ぶり、史上初の白毛三冠馬となった。2012年、2013年と凱旋門賞出走を予定していたが、どちらも熱発で回避している。2013年5歳で英長距離三冠を達成したのちに引退し、グラハムホールスタッドで種牡馬入りした。

2017年から初年度産駒がデビューしている。


 

Shining Top Lady(白毛)

生産年:2008年生産国:アメリカ生産場所:グレイボーンファーム

母:Winning Colors母父:Caro

主な成績:米国三冠(2011)、BCクラシック(2011)、BCジュベナイルフィリーズ(2010)6戦6勝

サンジェニュインの初年度産駒で代表産駒。別名ダートのサンジェニュイン。

アメリカ人青年実業家の個人所有。通常2歳未勝利戦でデビューするところ、ダート7ハロン(=約1400m)2歳限定戦アーリントンワシントンラッシーステークス(GⅢ※2010年当時)に出走すると逃げ切り勝ちを収める。続くGⅠのBCジュベナイルフィリーズでも勝利し、牝馬三冠路線ではなく牡馬三冠路線に進む。初戦となるケンタッキーダービーを制して薔薇を手にすると、次戦プリークネスステークスでブラックアイドスーザンを、ベルモントステークスではホワイトカーネーションを手に入れ、33年ぶり、史上初の牝馬による三冠達成から「花の三冠馬」とも呼ばれる。長期休養を経て、引退レースとなる同年のBCクラシックに出走。三冠達成の時点で同国女性からの人気は圧倒的なものになっていた。多くの女性ファンが見守る中、古馬を相手に戦い抜いて有終の美を飾る。

引退後はグレイボーンファームで繁殖牝馬となり、2016年に初仔がデビューした。


 

シルバータイム(白毛)

生産年:2009年生産国:日本生産場所:ノータンファーム

母:エアグルーヴ母父:トニービン

主な成績:ドバイSC(2013)、ガネー賞(2013)、インターナショナルS(2013)、サンクルー大賞典(2014)22戦8勝

サンジェニュインの2年目産駒。凱旋門賞馬・トニービンを父に持つエアグルーヴとの配合で「凱旋門ベイビー」として注目を集めた。

ジャスタウェイと同馬主、同厩舎であり、競走馬名も某漫画主人公の名前から。グラン・リュベール騎手を鞍上に札幌でデビュー。続く札幌2歳ステークスも制して同年のホープフルSに駒を進めたが、芝木真白騎乗のアダムスピークの3着と敗れる。翌年2012年の弥生賞ではコスモオオゾラに残り200mで強襲され敗戦すると、皐月賞7着、東京優駿11着と惨敗。8月の札幌記念では鮮やかな逃げ足を披露したが、菊花賞では大外によれて9着と凡走している。ここまで洋芝以外で勝ち鞍がないが、JCで古馬相手に3着と好走すると翌年2013年、重馬場のドバイSCでジェンティルドンナを差し返して初のGⅠ勝ちを収める。以降国外での勝ち鞍のみに留まる。2014年の凱旋門賞(2着)を最後に現役引退。

以降、社来スタリオンステーションで種牡馬として繋養されている。初年度産駒は2018年からデビュー。


 

アオ(青鹿毛)

生産年:2009年生産国:日本生産場所:メシロファーム

母:メジロスノーシュー母父:エルコンドルパサー

主な成績:イギリスセントレジャー(2012)、ロワイヤルオーク(2013)、カドラン(2015)28戦9勝

サンジェニュインの2年目産駒。魔性の青鹿毛・メジロラモーヌの牝系子孫。

馬名の「アオ」は青色ではなく、マオリを由来とする「太陽神・アオ」から。当初は国内の個人馬主が所有していたが、額の流星がハートに見える、という理由でゴンゴルドンに金銭トレードされた(およそ9億円ほど)日本では7戦2勝とそこまで大きな活躍は見せていないが、牡馬三冠戦にはすべて出走し、掲示板入りしている。2012年8月に遠征し、同年9月の英セントレジャーを逃げ切り勝ち。その後日本の菊花賞で好走したのちにフランスに転厩した。6歳まで現役を続けたのち種牡馬入り。

長距離を得意とした同馬は、産駒にもその傾向が見られるが、順当に活躍馬を輩出中。


 

ハルノキボウ(白毛)

生産年:2010年生産国:日本生産場所:ハレマギ牧場

母:ハルウララ母父:ニッポーテイオー

主な成績:なでしこ賞(2012)、桃花賞競走OP(2013)、初の日の出S(2014)42戦11勝

サンジェニュインの3年目産駒。「負け組の星」こと113戦113敗0勝のハルウララの唯一の仔。

母・ハルウララが所在不明になっていた時期に生まれたこと、そしてデビュー年がゴールドシップ、ジェンティルドンナ、シルバータイムのクラシック期と重なったこと、ハルノキボウ自身は重賞勝ちしていないこと等から、その知名度は低い。2歳の夏に美浦・国森厩舎に入厩。ダート新馬戦を逃げ切り勝ちで突破すると、続くなでしこ賞を勝利。3歳になった後も桃花賞競走OPを勝って3連勝し、晴れてオープン入り。しかし、以後活躍の場に恵まれず、L、OP競走を中心に活躍した。蹄が強くなく、度々怪我に泣かされたが、高い回復力で10歳まで走り切っている。

2020年に現役を引退し、今は母と共に千葉の牧場で繋養されている。繁殖には上がっていない。


 

タイヨウチャン(鹿毛)

生産年:2011年生産国:日本生産場所:トーエイ牧場

母:アネスト母父:オグリキャップ

主な成績:優駿牝馬(2014)、インターナショナルS(2014)、香港カップ(2014)9戦6勝

サンジェニュインの4年目産駒。初年度産駒のタイヨウマツリカの全妹。

主戦はタイヨウマツリカの東京優駿で手綱を握った目黒カレン騎手。2013年7月に函館新馬戦でデビュー勝ちを決めると、新潟2歳Sで中段から切り込む差し切り勝ち。2歳GⅠの花形・阪神JFでは大外から進出して残り400mの位置から抜け出して勝利した。翌2014年は牝馬三冠を目指してチューリップ賞に出走するがハープスターの2着。桜花賞でもハープスターの3着に甘んじたが、続く優駿牝馬では大逃げが決まり、サンジェニュインにとっては国内産駒初のクラシック勝ち馬となった。同年8月に渡英し、インターナショナルSを同父のシルバータイムを捻じ伏せて制した後、凱旋門賞出走を目指すも熱発で回避。長期休養を挟んだのち、同年12月の香港カップでの勝利を最後に現役を退いた。

引退後はトーエイ牧場に戻り、繁殖牝馬として繋養されている。初年度はグラスワンダーがつけられ、2018年からデビュー。


 

アイシテルサニー(白毛)

生産年:2013年生産国:日本生産場所:ノータンファーム

母:Rendexvous Point母父:キングマンボ

主な成績:牝馬三冠(2016)、香港マイル(2016)、フェアリーS(2016)7戦7勝

サンジェニュインの6年目産駒。

美浦所属。2015年夏デビュー予定だったが、調教場で牡馬に襲われて怪我を負い、デビュー戦は11月の京都競馬場で開催された2歳牝馬限定新馬戦・芝1600mとなった。柴畑喜臣騎手を主戦として走り、新馬戦6馬身差、白菊賞では5馬身差、フェアリーSでは9馬身差をつけて圧勝した。サンジェニュイン産駒としては珍しい小柄の馬体で小回りが利き、最内を突く競馬が上手い。フェアリーS後は短期放牧に出され、その後、桜花賞に出走。これを逃げ切ると、続く優駿牝馬で競り勝ち、国内産駒初の二冠馬に。その後はトライアルを使わずに秋華賞に直行し、ヴィブロスとの叩き合いを制して産駒3頭目の三冠馬となった。古馬戦からは牝馬限定戦が少なくなることから、陣営は3歳での引退を決定。最初で最後となる混合戦・香港マイルで地元有力馬を相手に攻めの走りの見せて勝ち、現役を引退した。

ノータンファームで繁殖牝馬となり、初年度の相手としてSweet Trick(米国産:カネヒキリ産駒/米国芝三冠)が選ばれた。初仔・サンサンスウィートは2020年にデビューしている。


 

タニノサニーロック(白毛)

生産年:2014年生産国:アイルランド生産場所:アリ・カーンスタッド

母:ウオッカ母父:タニノギムレット

主な成績:ジャパンカップ(2017年)、ガネー賞(2018)、コロネーションC(2018)、カドラン賞(2018)13戦6勝

サンジェニュインの7年目産駒。父母が顕彰馬同士の超良血として国内外から注目を集める。

2歳の2月までアイルランドで育成された後、母と同じ居住厩舎に入厩。2016年6月の東京2歳新馬戦・芝1800mに出走し3着。続く8月末の小倉2歳未勝利戦でも2着と惜しい競馬が続いたが、3戦目となる9月の札幌2歳未勝利戦・芝2000mで勝ち上がる。11月に百日草特別(500万下/1勝クラス)で2着、翌2017年1月に福寿草特別(500万下/1勝クラス)で2着の後、2月のゆりかもめ賞(500万下/1賞クラス)で2勝目、4月のわすれな草賞で3勝目を挙げた。東京優駿を目指して青葉賞に出走するも3着に敗れ優先出走権を逃す。抽選を突破して東京優駿に出走しレイデオロの3着。最後の冠・菊花賞を目標としたが熱発で回避。奇しくも得意の重馬場での開催となったため、熱発がなければ制した可能性は十分にあった。同年JCにギリギリで滑り込むと、最低人気でありながらラスト2ハロンで加速し差し切り勝ちを納め、母・ウオッカとの母仔制覇となった。翌年から長期の海外遠征を行い、日本に帰国せずそのまま現役を引退。

イギリスのクルーモイズスタッドにて種牡馬入りした。初年度産駒は2020年に誕生し、2022年にデビュー。


 

サンサンプリンス(白毛)

生産年:2015年生産国:日本生産場所:社来ファーム・陽来

母:Mysstical Star母父:Ghostzapper

主な成績:皐月賞(2018)、菊花賞(2018)、ドバイSC(2019)10戦6勝

サンジェニュインの8年目産駒。出身牧場も同じ。

美浦所属。2017年12月の新馬戦でデビュー勝ち。翌2018年にあすなろ賞を初戦としてクラシックシーズンへ向かった。あすなろ賞ではエポカドーロに敗北するも、続く弥生賞ではダノンプレミアムに競り勝ち、本戦となる皐月賞でもエポカドーロを押さえて優勝。国内産駒初の牡馬クラシック一冠を手にした。2つ目の冠を目指した東京優駿ではワグネリアンにアタマ差で破れ、その後放牧に出される。帰厩後、神戸新聞杯に出走しワグネリアンとの叩き合いを制する。菊花賞では終盤フィエールマンに2馬身つけられるも差し替えし、父と同じく二冠馬となった。同年のJC、有馬記念にも出走したが、JCはアーモンドアイに、有馬記念はブラストワンピースに屈した。翌2019年はドバイSCから始動し、父と同スケジュールで海外遠征を行う予定だったが、ドバイSC後の飛行機輸送中の事故で死亡。遺髪は社来ファーム・陽来に戻り、「偉大なる父を目指して」と刻まれた墓石が建てられている。


 

Song Light Apollo(白毛)

生産年:2016年生産国:イギリス生産場所:クルーモイズスタッド

母:pride母父:Peintre Celebre

主な成績:ジョッケクルブ賞(2019)、サンクルー大賞典(2020)、プリンスオブウェールズS(2020)15戦7勝

サンジェニュインの9年目産駒。英国女王陛下所有馬。

2018年、イギリスの2歳未勝利戦でデビュー勝ち。条件戦での圧勝を経て、同年10月のデューハーストS(英・GⅠ)、11月のクリテリウムドサンクルー(仏・GⅠ)を制して2018年度のカルティエ賞・2歳牡馬に選出される。翌2019年はフランスを主戦場とし、ジョッケクルブ賞(フランスダービー)を14馬身差で制すると、パリ大賞でも勝利をおさめた。次走は凱旋門賞を予定していたが、この年の凱旋門賞の出走予定馬には同父のサンサンプリンス、Edain The Light、そして凱旋門賞3連覇を賭けて挑むエネイブルなどの有力馬が多く、同馬はまだそこまで調整しきれていない、として出走を回避した。翌2020年にサンクルー大賞典、プリンスオブウェールズSを制すると、そのまま凱旋門賞に出走。前年の3着馬ソットサスに追われながら果敢に逃げるもラスト100mでとらえられ惜敗。それを最後に引退し、クルーモイズスタッドで種牡馬として繋養されている。

初年度産駒は2022年に誕生し、2024年デビュー。


 

Love me Sunny(白毛)

生産年:2019年生産国:アメリカ生産場所:ウォールマックス・ファーム

母:A Z Warrior母父:Bernardini

主な成績:米トリプルティアラ(2022)、インターナショナルS(2023)、コロネーションC(2024)21戦11勝

サンジェニュインの12年目産駒。芝&ダートの国際GⅠで活躍。

2021年8月のダート未勝利戦でデビュー勝ち。同年のBCジュヴェナイルフィリーズに勝利すると、同年のエクリプス賞最優秀2歳牝馬に選出される。翌2022年はニューヨーク牝馬三冠(トリプルティアラ)を達成し、同世代ダート牝馬の頂点に立った。同年はBCクラシックへ出走したが2着。翌年2023年にドバイワールドカップを制すると、欧州芝レースへの遠征を決定した。初戦となったサンクルー大賞典では惜しくも2着。しかし続くインターナショナルSで6馬身差で逃げ勝ち、芝でも走れることを証明した。同年の凱旋門賞を予定していたが、鼻出血により回避。翌2024年は凱旋門賞を目指して欧州に長期遠征。フォワ賞をステップに凱旋門賞に出走するも、Sunny Fantastic産駒の3歳牝馬・Passion Girl、同父の4歳牡馬・Winner’s Heliosとの叩きあいに敗れ、2着となった。その後は同年のBCターフに出走し、3馬身差で逃げ切って現役を引退した。

現在はレーンエンドファームで繁殖牝馬として繋養されている。2025年の初種付けの相手はフランケルの予定。


 

Winner’s Helios(白毛)

生産年:2020年生産国:イギリス生産場所:クルーモイズスタッド

母:Phaenomena母父:Galileo

主な成績:英ダービー(2023)、愛ダービー(2023)、KGVI&QES(2024)、インターナショナルS(2024)現役

サンジェニュインの13年目産駒。ゴンゴルドン所有馬。

2022年のフランス未勝利戦でデビュー。クリテリウムドサンクルーを制した翌年2023年にイギリスとアイルランド、2国のダービー馬となった。同年のクイーンエリザベスⅡ世Sを制して放牧に出された後、2024年には凱旋門賞を目指して調整が進められた。驚くほど調教で走らないため、具合を整えるために実際にレースで使う必要があった。出走可能なレースには中1週で出すなど、ハードスケジュールだったが同馬が体調を崩したことはない(2025年8月時点) 2024年の凱旋門賞は、同父のLove Me SunnyやPassion Girlの壁が高く3着に終わってしまったが、同年11月のジャパンカップでは重馬場だったことが作用して逃げ切り勝ちが叶った。2025年も凱旋門賞出走を予定している。


 

サントゥナイト(白毛)

生産年:2021年生産国:日本生産場所:社来ファーム・陽来

母:カレンチャン母父:クロフネ

主な成績:凱旋門賞(2025)、ジャパンカップ(2025)、ドバイSC(2025)11戦8勝

サンジェニュインの14年目産駒。

父同様、栗東・元原厩舎所属で、主戦騎手も芝木真白騎手。2023年の札幌新馬戦でデビューすると、札幌2歳Sを8馬身差で勝利。同年のホープフルSを制したあと、翌2024年に弥生賞で後続に4馬身差をつける。皐月賞、東京優駿ではパンパンの馬場に苦戦していずれも3着(勝ち馬はゴールドサプライズ(父ゴールドシップ)) 同年の菊花賞には進まず、天皇賞・秋に出走。ここをレイアゲインズ(父レイデオロ)に阻まれるも、翌2025年のドバイSCを勝利。4月には凱旋門賞への登録が告知され、6月に宝塚記念で勝利すると正式に発表された。ステップレースは使わずに直行。同レースに出走するゴールドフィール(父・オルフェーヴル)とお互いを帯同馬としてフランス遠征を行った。レースではいつも通りハナを切る走りで進めると、そのまま逃げ切り勝ち。19年ぶり、至上2頭目の白毛の凱旋門賞馬となった。サンジェニュインを父に持つ馬の凱旋門賞制覇は、同馬を含めて3頭目。凱旋門賞父子制覇の回数としてはトップ。

2025年11月30日付けで競走馬登録を抹消し、社来スタリオンステーションで種牡馬入りした。これは大種牡馬・サンジェニュインが死亡し、その後継種牡馬としての活躍を期待されたため。だが元々5歳になっても現役続行の予定だったこと、惨敗だった3歳から打って変わって無敗となった4歳の状態から、これからが花盛りだった可能性もある。そのため、引退を惜しむ声は大きかった。

2026年は初年度にも拘わらず192頭に種付け。初年度産駒は2029年からデビューする予定。


 

サンサンファイト(白毛)

生産年:2022年生産国:日本生産場所:ノータンファーム

母:母父:キングカメハメハ

主な成績:古馬GⅠ完全制覇(2026)、春古馬三冠(2027)、牡馬二冠(東京優駿(2025)、菊花賞(2025))23戦21勝

サンジェニュインの15年目産駒。

竹創騎手を鞍上に迎えて2024年10月にデビュー。同年の朝日杯FSを制した後、弥生賞を単勝オッズ1.1倍で逃げ切り勝ち。この年は父・サンジェニュインのクラシック期から丁度20年だったため父子制覇を強く期待されていたが、本戦となる皐月賞ではレッドリベンジャー(父レッドベルジュール)にクビ差で敗れた。だが続く東京優駿では大外ギリギリまで持ち出して逃げ続ける大胆な競馬で勝利を収めた。放牧を挟んだのち菊花賞に出走。ここを勝ちきって二冠馬になると、ジャパンカップでサントゥナイトと激突。惜しくも敗れるが、同年の有馬記念を制した。2026年には古馬芝GⅠ完全制覇を成し遂げ、翌年2027年に2度目の春古馬三冠を達成。同年12月に競走馬登録を抹消し引退、種牡馬入りしている。

「距離適正:無制限」と呼ばれるほど距離を問わない馬で、芝でさえあれば高松宮記念から天皇賞・春まで勝った。また、マイルチャンピオンシップ→ジャパンカップという連戦を熟すほど身体が頑丈で体力もあったことから、サンジェニュイン産駒最大の怪物とも呼ばれる。

2029年に初年度産駒が誕生し、2031年にデビュー予定。


 

サンヴィーナス(白毛)

生産年:2022年生産国:イギリス生産場所:ウォーターズシップアップスタッド

母:The Fugue母父:Dansili

主な成績:関東オークス(2025)、ジャパンダートダービー(2025)、JBCレディスクラシック(2025)、米ペガサスワールドカップS(2026)14戦8戦

サンジェニュインの15年目産駒。外国産馬で持ち込馬。

父母共にターフ巧者だったが、同馬はどういうわけかダートに適正を見せた。出走したレースがほとんど曇りか雨、小雨、重馬場または不良馬場という「道悪」で、ファンからは「ドロのヴィーナス」と呼ばれて愛された。

新馬戦は不良馬場でありながら8馬身差圧勝。なでしこ賞でコースレコードを記録し、ヒヤシンスSでは後のJBCクラシック勝ち馬・ネヴァーネーヴァー(父Hart Of Imagining)に半馬身付けて辛勝。関東オークスを経てジャパンダートダービーを制した。

2027年の2月に遠征先のアメリカで体調を崩し、そのまま引退、繁殖入りが決定。現在は社来ファーム・陽来で繁殖牝馬として繋養されている。


 

サニードリームデイ(白毛)

生産年:2026年生産国:日本生産場所:社来ファーム・陽来

母:ファビラスタイム母父:シンボリクリスエス

主な成績:皐月賞(2029)、弥生賞(2029)、ホープフルS(2028)、新潟2歳S(2028)現役

サンジェニュインのラストクロップ。

オーナーは父・サンジェニュインの熱狂的なファンである青年実業家。2億7千万という高額馬であり、馬名をインターネット上の匿名掲示板で募集、決定したことで一躍注目を浴びた。

栗東・芝木真白厩舎所属。デビューは2028年7月2日の福島競馬場1800m2歳新馬戦。父サンジェニュインの誕生日でもあるこの日に、目黒カレン騎手を鞍上に迎えて15馬身差の逃げ切り勝ち。札幌2歳S、ホープフルSでも圧倒的スピードを武器に圧勝している。年明け3歳になると、主戦だった目黒騎手の引退に伴い、芝木虎白騎手を鞍上に弥生賞に出走。ジャスパーダ(父アダイヤー)に並ばれるも競り勝った。本戦皐月賞では芝木百合子騎手が鞍上を務め、朝日杯FS勝ち馬・オルタナプレミアム(父ダノンプレミアム)との一騎打ちを制し、無敗の皐月賞馬になった。次走は東京優駿を予定している。




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【IF】弥生賞後死亡→マックイーン産駒転生ネタ

永遠、の意味を知る。

緑が眩しいターフの上で、必死に引いた綱から伝わる重み。

遠く、遠く悲鳴が響いて。

肩をつかまれる、腕を、胴を、引かれて、振り払う。

 

「ッ……──ジェ!」

 

伸ばして、行き場を失った手の軽さ。

 

「俺も一緒に燃やしてくれ」

 

架かる虹の向こう側に、白い馬が1頭、駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんということだサニーホープ、メジロサニーホープ一人旅ッ!プレイがちぎられて!上ってくるサダムパテック、サダムパテックまだ追うがこれは、これはもう──」

 

2011年3月6日。

中山競馬場11R、芝右回り2000メートル。

他馬の追随を許さないその走りは、観衆から声すら奪った。

 

「直線向いてサニーホープ!これがメジロの血統、これがメジロのプライドかサニーホープ!デビュー無敗の白毛馬、ここに、ここにクラシックへ勝ち名乗り……ッ!」

 

えぐれた芝の無残な姿が、その踏み込みの重さを物語る。

スタートからゴールまで、一度もペースを落とさないまま逃げ切ってもなお、その馬の脚は止まらなかった。

 

ただ、前へ。

ひたむきに、遠くへ。

 

光を受けて輝く白い馬体に、人は、夢の続きを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【続き】って言葉ほど、無情なものはないね」

「……竹さん」

 

パチリ。

目を閉じていた男が瞬きをする。

入り込んだ光の中に、竹はひっそりとたたずんでいた。

 

夢中(・・)はどんな気分だい」

 

その言葉に沈黙が返る。

尋ねても得るものがないと知っているから、竹もまた口をつぐんだ。

お互い、嫌と言うほど思い知っている。

慰め合いは傷を深め、時は癒してなんかくれず、経てば経つほど渇望してやまない。

 

「重ねてなんかない」

 

その声は淡々としていた。

 

「重ねてなんかやらない」

 

その声は拗ねて聞こえた。

 

「夢の続きなんかじゃなくて、俺は、今いるアイツと、夢を見たいと思います」

 

言い聞かせるような声色で、男は── 芝木は、顔を上げた。

 

「俺を照らし切って沈んだのが太陽なら、俺を今、照らしているものも太陽だから」

 

勝負服をつかむ。

あの日着ていた、黒地に赤い線は交わらない。

今、掴んでいるのはきっと、希望だけ。

 

 

 

 

 

 

── 2011年4月24日。

日本を襲った未曾有の大災害から約1か月。

その痛みが、悲しみが引く間もない、春の日。

中山競馬場から東京競馬場に場所を移して開催された、第71回皐月賞。

生涯ただ一度きりの大舞台を前に、居並ぶ3歳馬たちを光が包んでいた。

 

「6枠12番オルフェーヴル。馬体は前回よりマイナス4キロで440キロです。兄のドリームジャーニー同様やや小柄ですが、どうでしょう」

「気にするような小ささではないですね。前走スプリングステークスでは切れ味のよさを見せつけてくれました。ダレずにまっすぐ走り切ってくれそうです」

 

パドックを周る馬たちは輝いて見えた。

誰もが勝利を目指し、そのためだけにここまで生きてきた。

その生命を、つなげられたすべてを活かすときが、きたのだ。

 

「……ここで別周、4枠8番メジロサニーホープが入ってきました。馬体重514キロ、前走からプラス2キロです。さらに風格が出てきたように見えます」

「トモが張って毛艶もいいですね。この馬はデビューからここまで無敗。今回も1番人気に推されました。自慢の逃げ足がこの東京競馬場でも光るでしょうか。逃げても尽きないスタミナにも注目ですよ」

 

18頭の中で、並外れた歓声が上がる。

それを気にすることもなく、白毛の馬はまっすぐと前を向いていた。

首は曲がらず、頭も下げず。

まるで、ここではない場所を見つめているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗東トレーニングセンターにも春が来た。

桜並木から風が鋭く吹いて、桜の花びらが舞う。

舞って、舞って、舞い散って。

俺は実感した。

 

春は出会いの季節だ。

吹き荒れる花の嵐が、あの日の夢を連れて帰ってくるから。

 

 

 

 

 

 

「……とまれの合図、響きました。各馬に騎手が跨りまして、返し馬に入ります」

「順調な入りで、あっ」

「あー、オルフェーヴルが、今ですね、オルフェーヴルがメジロサニーホープにピタリと張り付いてですね……2頭並んで軽く走っています」

「川添騎手が離そうと綱を引くのですが……あっ、ああ……」

「落馬ですね」

「川添騎手、振り落とされましたがすぐ立ち上がりました。大丈夫なようですが、オルフェーヴル、綱をつかませまいと頭を振っています」

「……いま、メジロサニーホープがオルフェーヴルの綱を食んで、はい、文字通り咥えてですね、落ち着かせているようで……川添騎手、鞍上に戻りました」

「そのままゲート前に移動して、……先にメジロサニーホープが誘導を受けます」

 

ったくよー、オルフェーヴルくん。

ダメだってレース直前で川添くん振り落としちゃあ。

何が気に入らないんだい、このオッサ、じゃなくてお兄さんはな、俺たちのことこれでもかと可愛がってて……ちょっとオルフェーヴルくん、聞いてる?

俺の顔に見惚れる前に話を聞いてくれよな!

あっ、ほらもう、そうこうしてるうちにゲート前だわ。

ほい、川添くん綱返すわ。

今度は離さないようにな!

 

そんで俺たちはとっととゲート入りすっぞ、芝木くん!

 

「これで全頭収まりました。第71回皐月賞── スタートしました!」

 

ガシャン、と高い音がして、目の前のゲートが開いた。

 

「抜群のスタートダッシュ、やはりこの馬だメジロサニーホープ!ぐんっと2番手を突き放してハナを行きます。追走するのはエイシンオスマン、ベルシャザールの2頭。この2頭が並んで追う。そこから1馬身差ステラロッサ、半馬身離れてプレイ、内からダノンバラード、やや囲まれているかカフナ、サダムパテックが中段で少しもがいている、抜け出すチャンスはあるか。ナカヤマナイト、ダノンミル、フェイトフルウォーが横並びで駆けだすもナカヤマナイトがやや頭抜け。1馬身半の位置にオルフェーヴルが続いています。その外側にリベルタス、トーセンラーが見えるがロッカヴェラーノ、ロッカヴェラーノが躱そうかというところ。デボネアが後ろにぴたりと張り付いているので2頭上っていくか。シンガリはオールアズワン、ノーザンリバーが競り合っている状態」

 

綱を持つ手がゆるっゆるの芝木くんを背負って、俺は東京競馬場のコースを駆け抜ける。

第1コーナーを回り、第2コーナーを抜け、スピードを落とさずに走り続けた。

スタンド前、観客のバカでかい声を受けながらも第3コーナーを目指す。

かわいー!だって、聞こえたか芝木くん?

生まれ変わっても俺の美貌は損なわれないってな!

 

そう── 生まれ変わり。

 

またの名を、転生。

一度あることは二度あるっていうけど、まさかサンジェニュインの次の生も馬とはたまげたなあ!?

いや、神様が「うまぴょいできなかったらヒトにはなれない」的なこと言ってたから、まあ……。

 

サンジェニュインだった俺は、弥生賞のゴール後にぽっくり逝ってしまったっぽいが、俺が最後に感じたのは身体のダルさくらいだし、特に痛みはなかったのでヨシ!

 

……いや良くねえわ!!!!

 

弥生賞で走ってたはずなのに、次に目が覚めたら謎の液体まみれだった俺のことを考えても見ろ。

パニックだわ、当然意味がわからなかったし、死んじゃったことを受け入れるのもまあまあ時間かかった。

今回は神様も現れなかったから状況も上手く把握できなかったし。

最初のころはテキや目黒さん、イサノちゃん、芝木くんやカネヒキリくんたちにもう会えないのかと思って毎晩泣いてた。

ただ、次の転生先、今世はアットホームなオーダーブリーダーの下に生まれた。

気のいい南野っておっちゃんが俺の生産主であり馬主。

母馬に育児放棄されたサンジェニュインと違って、この俺── メジロサニーホープの母馬は肝っ玉母ちゃんで、とても世話好きだった。

牧場内は身内だらけで、栗東トレセンにいた時みたいにうまだっち!なことはなかったし。

牡馬を魅了する効果が二度目の転生で無くなったか、と思ったら入厩後にうまだっち!なオッス共を見るハメになるとはさすがに思わなかったけどな!!

 

幸い、隣の馬房になったオルフェーヴルくんは大人しいウッマで……ちょっと鞍上を振り落としたりもするけど大人しいウッマで、いままでうまだっち!なこともなければ、性癖の圧をかけられたこともない。

初期のカネヒキリくんを思い出す無口なオッスだ。

どうも俺がいないところではやんちゃらしいけど……ドリームジャーニーさんが「血だよ」とか言ってたけど血ってなんだ……?

まあそれはともかく。

第二の馬生でも、俺はあったけえヒト族と同族に囲まれながら生きていた。

サンジェニュインの時に報いることができなかった分を、今世では果たしてみせるぞ!とやる気もいっぱい。

1回調教を受けた経験があるからそこらへんは他の馬たちよりもスムーズだし、3戦しかしてないけど場慣れはしてるほうだから、正直言うとペーペーの2歳馬に負ける気はしなかった。

とはいえあそこまで大逃げがハマるとは……南野のおっちゃんが「サニー、お前、強いんだなあ」とか言ってたけど俺も「俺、強すぎ!?」って思ったよ!

2戦目で重賞、3戦目でGⅠにブチこまれたときは「テキ!いきなりぶっこむんじゃあない!」って思ったが、今思えばあのタイミングでレースに出走して、結果勝てたことで、俺の中に成功体験ができてだいぶ気持ちは楽になったけど。

 

……本音を言えば、重賞はサンジェニュインのときに、芝木くんと取りたかったんだけどな。

でも今更たらればを言ってもしょうがない。

一緒に重賞を制した川添くんはいいヤツだし、ちょっとオルフェーヴルくん贔屓なところもあるけど、サンジェニュインの時の芝木くんもだいぶ俺贔屓だったからね。

そこらへんは特に思うことはないよ。

川添くんがオルフェーヴルくんを選んでくれたことで、結果的に今、俺の鞍上には芝木くんがいるわけだし。

 

そう、サンジェニュインの騎手だった芝木くん。

あの時はまだ駆け出しの騎手だった芝木くんも、今や騎手歴7年。

 

……と、時の流れ、早すぎ!?

 

その時の流れが芝木くんを変えてしまったのか、サンジェニュインの知る芝木くんとはまるで別人のようになっていた。

どれくらい別人かというと、俺が知っていた芝木くんは、いっつも俺に対してニッコニコだったけど、久しぶりに会ったときは「誰!?」ってくらい表情が硬かったんだよ。

サンジェニュインの時みたいにじゃれてもニコリともしないし……同姓同名?かと思ったけど、そんじょそこらにこんな顔のいい騎手がわらわらいてたまるかってんだよ!

能面かっていうくらい硬かった芝木くんだけど、まあ、何度か俺に乗るうちに笑うようにはなった。

この前の弥生賞は、芝木くんを乗せられるのがうれしくてはしゃいじゃって……内心笑いながら爆走ちゃったんだよな。

俺のはしゃぎっぷりが伝わったのか、ゴールした後の芝木くんが大声で笑いだしたときはビビったけど。

レース後からは、昔みたいにニコニコするようになったからいいんだけどな!

 

……っと、昔を思い出してばっかりもいられないようだな。

 

「第3コーナー回って先頭は依然メジロサニーホープ!メジロサニーホープ強い!これは決まったか!?無敗の皐月賞馬!史上初の白毛の──!?おおっとこれは!?もつれあう2番手集団から一気に、一気に抜け出たのはオルフェーヴルだ!鞍上川添、ここで仕掛けに来たか手綱を扱く!」

 

弥生賞まで俺の鞍上には川添くんがいた。

俺は何をやられても「しゃらくせえ!逃げるぞ川添ェ!」してたから、ロクに彼の言うことを聞いたことがないんだけど……これについては本当にスマンと思ってるが。

サンジェニュインの最期は、馬群に呑まれた末にイッキに駆け抜けて訪れた。

その記憶が、たぶん、俺が思っている以上に魂に刻まれているんだろう。

 

馬群に呑まれると思っただけでめちゃくちゃ── 脚が動く。

 

仮に呑まれたら俺、掛かって暴走してしまう自信しかない。

ので、川添くんが俺を先行で集団に付けようとしてもガン無視して逃げてたわけだ。

新馬戦から京成杯までずっと、俺が思う走りだけをさせてもらった。

だからこそ、川添くんは、思うがままに走る俺のスタイルを、良く知っている。

 

俺が第3コーナーを曲がり切ったあとに一瞬だけ速度を緩めるのを、よくよく、知っているのだ。

 

「これはこれは、サニーホープ初めての展開だ差が!差がつまっていく!ここにきて芝木が鞭を振るうが、川添も負けじと首を押して、今、ああ今、オルフェーヴルが差し迫ろうというところ……ッ!」

 

それにしてもオルフェーヴルくんはっや!?!?

 

視野の広い馬の目から、すぐそばにオルフェーヴルくんの姿を見てビビる。

お前~~!!今まで絶対なめプだっただろ!!

オルフェーヴルくんはテン乗りも仕掛けも苦手ってテキは言ってたけど、今まで見せてなかっただけじゃ~~ん!?!?

 

「クソ……ッ!サンジェッ!」

 

わあーってるよ、芝木くん!

ちょい苦しいけど、きっちりスピード、上げてくぞ!

 

って、うん?

芝木くん、いまなんて。

 

「いやここでサニーホープ!サニーホープがさらにスピードをあげて!突き放そうとするがオルフェーヴル、届くかオルフェーヴル!第4コーナーを回ってもう直線を向くぞ!」

 

少しだけ突き放した距離を、またオルフェーヴルくんが詰める。

んんッ!粘るじゃん!?

オルフェーヴルくん、後方からぶち抜いてきたんだからこう、疲れとかさあ!?

ッああやばいやばい、並ばれちゃう!!

せっかくのGⅠ、芝木くんを乗せてるっていうのに!!

 

「サン……ッ」

 

サンジェっていったら振り落とすぞお前!

いや確かに俺はサンジェニュインだったけど今はサニーホープなわけで、ここでお前サンジェの名前出すのはなお前、今カノといるときに元カノの名前だすようなヤツだぞ!?

 

……いやあああ、オルフェーヴルくん真横にいるわ!?

 

「オルフェーヴル並んだ!並んだ!影すら踏ませなかったサニーホープに並んで!ッこれは、アタマ差有利かオルフェーヴル!?」

 

栗毛がほんの少し俺の前に出ているのを見て、俺は。

全身がぞわぞわと粟立つ。

負ける?

嫌だ。

目の前に馬がいる。

 

ふっと思い浮かぶ、囲まれて、抜け出せなくて、ぐっと詰まった息。

 

重い身体を引きずった、最期。

 

「サニーホープ!」

 

── 呼ぶのがおせえぞ、芝木ィ!!

 

「いやまだだサニーホープッ!メジロサニーホープもはや執念!ハナは俺だと強い執念が今、残り100メートル、オルフェーヴルかサニーホープか、オルフェかサニーかオルフェかサニーか!?」

 

このレース、勝つのは俺たちだ──……!!

 

「2頭揃ってゴールインッ!……大、大、大接戦だ!抜きん出て1頭、1.1倍1番人気のメジロサニーホープに対して5番人気のオルフェーヴル、見事に迫りました!これは大波乱か、それとも数センチの世界をサニーホープ、照らして見せるか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京

11 R

8
同着

 

7

 

1.1/4

 

3/4

12

4

2

15

 

 

 

 

 

 

メジロサニーホープの伝説の始まりは?と聞かれると、多くのホースマンが同じレースの名前を挙げる。

 

「伝説のはじまりはどのレースかって?もちろん、史上初の2頭の皐月賞馬が誕生した、あのレースさ」

 

東京競馬場のターフを、白毛と栗毛、2頭の馬が走り続けていた。



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【大百科】Sunny Fantastic

サンジェニュインの初年度産駒、SunnyFantasticの大百科ネタ


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Sunny Fantastic      

Sunny Fantastic _単語_
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サニーファンタスティック
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> 概要 > 競争成績 > エピソード > 血統表 > 主な産駒 > 関連動画 > 関連コミュニティ > 関連項目 > 掲示板

 

Sunny Fantasticとは、2008年生まれのイギリスの元競走馬、現種牡馬。美貌の凱旋門賞馬として知られる、世界初の白毛凱旋門賞馬・サンジェニュインの初年度産駒であり、ニジンスキー以来41年ぶりのイギリスクラシック三冠馬である。

 

主な勝ち鞍

2011年:イギリスクラシック三冠[2000ギニーステークス(GⅠ)、ダービーステークス(GⅠ)、セントレジャーステークス(GⅠ)]、BCロングディスタンスカップ(GⅠ)

2012年:キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(GⅠ)、アスコットゴールドカップ(GⅠ)

2013年:イギリス長距離三冠[アスコットゴールドカップ(GⅠ)、グッドウッドカップ(GⅡ)、ドンカスターカップ(GⅡ※)]

 

※ドンカスターカップは2017年以降GⅠに格上げとなっているが、当時の格付けで記載

 

 概要


父:サンジェニュイン

母:Eswarah

母父:Unfuwain

言わずと知れた美貌の凱旋門賞馬・サンジェニュインの初年度産駒であり、母は英オークス勝ち馬。母父Unfuwain はノーザンダンサーの直仔で英ジョッキークラブステークス(GⅡ)を制している。

この母父は主な重賞勝ち鞍が12F(=約2400m)の4本と安定しており、当時のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSでも2着につけている。Eswarah の英オークスを始め、3頭の愛オークス勝ち馬を輩出しており、牝馬の活躍馬が多いことで知られる。

大逃げで駆け抜けてもまだ余力があると言われた父のスタミナと、母父の安定感を見事に引き継いだのが同馬だ。

 

同馬が生産されたのはイギリスのグラハムホールスタッド。

ドバイの資金力も地位もやばい(マイルド)ことで知られるゴンゴルドンがイギリスに所有する牧場であり、イギリスにおける生産の拠点でもある。

当初、ゴンゴルドンの代表(以下、殿下と記載)はサンジェニュインそのものを手に入れるべく、オイルマネーたくさんのお金とコネを使ってサイレンスレーシング、及び所属する社来グループと交渉していたが、サンジェニュインが父サンデーサイレンスをも越える大種牡馬になることを確信していた社来グループとしては、何があってもサンジェニュインを手放すつもりはなかった。

ゴンゴルドン側が、40億円以上のシンジケートを組んで大失敗思った通りの産駒を輩出できなかったラムタラの件を引き合いに出すも、社来グループは強気な態度を崩すことなく断固拒否の姿勢。

ついには200億円という「それ失敗したら首括ることになりますよ!」としか言えない金額まで提示したが、将来的にサンジェニュインが成功した場合に回収できる金額と比較すると安い、と社来に蹴り倒された。

というかサンジェニュインが現役の時も、金銭トレードとして120億円での取引を持ちかけており、これを社来グループに一蹴されている時点で望み薄だったのだが・・・金額をつり上げてまでも欲しかったのだろう。

もはや執念と言える。

200億円とかいう頭のオカシイ金額を提示されても売り飛ばさなかった社来グループも、先見の明がありすぎるというかなんというか、別に意味で執念を感じずにはいられない。

ここまで出しても無理か・・・ということでゴンゴルドン側は泣く泣くサンジェニュインを諦めることになったが、どうしてもサンジェニュインが、というかサンジェニュインみたいな白毛のつよつよ馬が欲しかった殿下は諦めきれず、次の手に打って出る。

サンジェニュインそのものが手に入らないなら、じゃあせめて種をくれ!!と社来グループに突撃、するかと思いきや、イギリスのクルーモイズスタッドと手を組んで「共同」での依頼として、サンジェニュインの渡英、種付け券を手に入れた。

これによって、当初、ディープインパクト同様、約50億円で組まれるはずだったサンジェニュインのシンジケートは、60億円近くまで跳ね上がることになる。

 

2007年4月中旬、日本での種付けを終えると早々に渡英させられたサンジェニュインは、当日にはクルーモイズにスタッドイン。2日ほど旅疲れを癒やした後、種付けが開始された。

種付けのために、イギリスのみならずフランスやドイツなど、欧州各国から名牝が集められた。

グラハムホールスタッドで繋養されていたEswarah は、サンジェニュインに種付けされるためだけにクルーモイズに預託され、1番に種付けが行われた。受胎が確認されるとすぐグラハムホールスタッドに戻った。

当初の予定では6月いっぱいまでクルーモイズに滞在し、合計100頭に種付けを行う予定だったが、5月に入ってサンジェニュインの体調が急変。

原因はクルーモイズ側の不適切な対応であり、詳しいことはサンジェニュインの記事を参照。

ざっくり説明すると、サンジェニュインは非常に同性馬にモテる特異な性質を持っており、社来側はクルーモイズに対して「牡馬と同じ牧草地に放牧しないこと」「馬房は隣の牡馬から1つ分は離すこと」を要求し、クルーモイズもそれを了承していたはずが、実際には行われていなかった。

たまたまサンジェニュインの様子を見に渡英した、サンジェニュインの元厩務員によって社来グループに状況が伝わり、5月初旬には帰国の手続きが取られた。

これに関して、当初クルーモイズから正確な情報を得られていなかったゴンゴルドン側から「約束が違う」と社来グループに抗議が向かったが、社来側から引き上げに関する説明を受けると謝罪し、後日クルーモイズと共同で謝罪文を公表した。

これはクルーモイズ内で社来からの要求が「ジョーク」だと思われていたことがことの発端であり、社来グループ代表・吉里照臣氏は後に「正式な書面にまとめていなかったことも良くなかった。少なくとも我々にも油断があった」とこのことを振り返っている。

これ以降、欧州で種付けを行う場合はグラハムホールスタッド、またはフランスのフォルネヴァル牧場で行われるようになったが、2012年に社来グループとクルーモイズが公式に和解。

2019年には欧州での種付けの拠点がクルーモイズスタッドに戻った。

 

と、サニーファンタスティックが産まれるまでにゴタゴタが起きていたわけだが、同馬の母は、ゴンゴルドン側の要求に従い1番に種付けされたため、この影響は受けていない。

予定されていたサンジェニュインの欧州での種付けは100頭に近かったが、約2ヶ月を残して帰国したため、実際には30頭ほどにしか種付けが行われていなかった。

このときの受胎率が100%という意味の分らない数字だっただけに、予定していたあの名牝に種付けできてたら・・・と競馬ファンは想像せずにはいられない。

ちなみにこのとき種付けを予定されていた名牝の中には、欧州年度代表馬にも選出されたウィジャボードもいた。

当初kingmambo と種付けされたが受胎せず、5月にサンジェニュインが配合される予定だったが取消となったため再度kingmambo と配合され、受胎した。

同馬の後の活躍や、他のサンジェニュイン産駒などの活躍を見て、やっぱり種付けできてたらなあ、と泣いた生産者は多かったとか。

 

ヨーロッパ中の種付けできなかった生産者の悲鳴を聞きながら、2008年3月7日に同馬が誕生。

サンジェニュインの汚れ無き白さを受け継いだ毛色に、大きめの馬体、まるくつぶらな瞳など、後に「サンジェニュインのクローン」と呼ばれるほど父馬に生き写しで、これには殿下もニッコリ。

あまりにもよく似ているので、「素晴らしき太陽の」と意味を込めて「Sunny Fantastic」と命名された。

見目だけでなく、脚質も父に似てスタートの良い大逃げで、不良馬場でもスピードを落とさず走破できるパワーも受け継いでいる。

ただ受け継いだのはそれだけでなく、前述の父の非常に同性馬にモテる特異な性質も継いでしまったようで、1、2歳の頃はよく牡馬に追いかけ回されていたようだ。(※)

ただ3歳になる頃には向かってくる牡馬に対して立ち上がって威嚇する等、自衛できるようになったもよう。

 

※これは同馬のみではなく、サンジェニュイン産駒、特に牡馬によく見られる傾向であり、近年だと2014年凱旋門賞のレース後にラチ沿いまで牡馬5頭に追い詰められたシルバータイムが有名

 

 2010年 2歳


2010年7月、日本のサンサンドリーマー(こちらもサンジェニュインの初年度産駒)が見事な大逃げでデビュー勝ちを飾ると、それに続くように同月に条件戦に出走し、逃げ切り勝ちをする。

そこから2戦目として2歳GⅠの最高峰に位置づけられた「デューハーステークス」に出走するも、同年のカルティエ賞最優秀2歳牡馬に選出されるフランケルに差されて敗北した。

敗因は距離適性であると見られ、同馬はこの敗北以降は2000m以下のレースには出走していない。

サニーファンタスティックはフランケルに負けたあとにボロボロと泣き出し、ひどく落ち込んだ様子だったという。

これは「ディープインパクトに負けるとよく泣いた」と語られた父に似たエピーソとして有名。

この年は2戦1勝で終えた。

 

 2011年 3歳


この年から、牡馬対策と、レースに集中するため、父同様メンコを付けるようになった。

空に昇る太陽を表するため、深い青色のメンコである。

これがいいきっかけになったのか、条件戦を圧勝し、調子の良い状態でギニーフェスティバル(クラシック初戦)を迎えた。

このときの2000ギニーには、デューハーステークス勝ち馬のフランケルも出走。

イギリスの名種牡馬・ガリレオ産駒であり、ブックメーカーが前売りしていた単勝の売り上げはすさまじいものだった。

この時点でまだ重賞勝ちのない同馬はなんと最低人気でゲート入り。

血統はいいんだけどねえ、とごちるイギリスの競馬おじさんを横目に、しかしサニーファンタスティック陣営は「どんでん返しを見せてやるよ」と言わんばかりに強気の態度を崩さなかった。

フランケル一強ムードのなか、勢いよくスタートした同馬は大逃げに打って出た。

対するフランケルも当時の脚質は逃げであり、逃げ馬同士のデットヒート。

フランケルにはペースメーカーも着いていたが、これを置き去りにサニーファンタスティックのケツ背を追うと、差して2馬身差をつけて激走。

もうだめか、フランケルの圧勝かと思われた残り200m の時点で、フランケルに張り付いていたサニーファンタスティックが差し返し、逆転して逃げ切り勝ちをしてみせた。

生涯14戦13勝のフランケルの唯一の黒星がこの2000ギニーでの敗北となった。

最低人気の馬が逃げ切り勝ち、それもイギリス競馬史初の国産白毛の勝ち馬誕生に、当時のイギリス国民は沸いたとか。

この勢いそのままに、ゴンゴルドン側はサニーファンタスティックのダービー出走を決定。

メディアの前でも「この馬は三冠馬になる」と大口を叩いた。

前の三冠馬はニジンスキー・・・41年も前のことだったので、なんだこいつ正気か?と失笑されたらしい。

 

そうはならんって笑

三冠馬って夢あるけどね笑

 

な り ま し た

 

5月末に始まったダービーフェスティバル、同馬は2000ギニーでの走りと父の知名度を後押しに前売り人気1番に推された状態でダービーに出走。

ちなみにこのときの2番人気だったカールトンハウスは英国女王陛下の所有馬です。

イギリスのみならず、ヨーロッパ中、いや日本からも注目される中、変わらず抜群のスタートを切るとまたも大逃げ。

追走するカールトンハウスやプールモアを寄せ付けず、6馬身差の逃げ切り勝ちをしてみせた。

これには勝つだろうと思ってた殿下も「勝った・・・」と一言漏らしたきり黙り込んだとか。

このダービー制覇によって、父と同じく二冠馬となったサニーファンタスティック。

さあ次はなんだ凱旋門賞か?父子制覇か?と周りが期待する中、殿下は宣言した通り英国三冠を目指すと再度宣言。

次走をセントレジャーステークスに定めた。

 

一気に距離が伸びるが、父サンジェニュインが2011年当時まだ破られていない芝3000m のワールドレコード保持者であり、同馬の体躯も長距離向きだったことから不安感は一切なかった、と殿下は後の自著で記している。

三冠達成の期待が高まるなか、ここでも1番人気に推された。

当日の状態は非常に良く、ドンカスター競馬場で同馬を迎えた殿下は、その仕上がりの良さに思わず感嘆の息を漏らして、調教師の手を何度も握り返したという。

パドックでも落ち着いた様子をみせ、ゲート入りもなんなく熟すと、ゲートが開いたと同時に加速。

サニーファンタスティックのペースを乱すため、2頭のラビット(ペースメーカー)が並ぼうとしたが、1000m を57秒台のハイスペースで駆けていた同馬には追いつけず、サニーファンタスティックはそのまま逃げ切り勝ちを収めた。

この勝利により見事「41年ぶりの三冠馬」となったサニーファンタスティックは、この年のシメとして「BCロングディスタンスカップ」に出走し、ここでも見事な逃げ切り勝ちで大きな話題となった。

 

日本で同じサンジェニュイン産駒が皐月賞、日本ダービーでオルフェーヴルにフルボッコにされる中、順当に勝ち進む同馬の存在が「サンジェニュインは洋芝適性が高い」という評価を高めることに繋がり、翌年の欧州での種付け増加に繋がったと思われる。

 

 2012年 4歳


ドバイ遠征も企画されていたが、キングジョージを取らせたい殿下の思いもあり、その年はキングジョージ、それから父も制した凱旋門賞を主軸に出走することが決まった。

 

欧州が冬の間はドバイで調教されていたサニーファンタスティックだが、その時の帯同馬として、ゴンゴルドンが所有するガリレオ産駒の栗毛牡馬・ボードレールを連れていた。

ボードレールは、フランスの詩人シャルル・ボードレールが名前の由来である。

サニーファンタスティックよりは小柄な落ち着きのある牡馬で、よく好んで連んでいたとか。

父のサンジェニュインも栗毛牡馬のカネヒキリと同じ放牧地で過ごしていたり、同父のタイヨウマツリカが栗毛のオルフェーヴルと仲が良かったり、もしかしたら栗毛好きの血なのかもしれない。

 

帯同馬の存在もあったからか、慣れない土地での調教でも難なく熟し、キングジョージ前の準備運動としてアスコットゴールドカップへと出走。

19ハロン210ヤード(約4014m)の長距離にも拘わらず、最初から最後まで先頭を譲らずに走り切った。

この勝利を見て、ゴンゴルドン側はキングジョージでの勝利を確信したらしい。

 

翌月、キングジョージへと出走。

後の凱旋門賞馬・エネイブルを輩出することになるナサニエルを相手に逃げ切り、父と同じく6馬身差で同レースを制した。

馬主である殿下はこの勝利を「2006年7月29日から決まっていた勝利だ」とコメントしている。

 

次走に凱旋門賞を選択し、白毛馬の父子制覇を掲げて出走準備に入った。

調教は順調に進められ、当日の鞍上にはサンジェニュインで凱旋門賞を制した芝木真白騎手が迎えられる予定となっていた。

しかし凱旋門賞まで残り3日と迫ったところで熱発により、これを回避することになった。

同レースには日本からはオルフェーヴルとアヴェンティーノが出走し、オルフェーヴルが2着入線となった。

 

体制立て直しのため、ここで長期休養へ。

ボードレールと共に放牧に出されることになった。

 

なお同年の日本では、同父のサンサンドリーマーが天皇賞・春を制したことで、秋・春の2つの盾を手に入れることになった。

 

 2013年 5歳


この年も凱旋門賞出走を最大目標に掲げた。

しかしそれと並列して、イギリス長距離三冠にも挑むことになった。

これは昨年のアスコットゴールドカップでの圧勝を見たゴンゴルドン側の判断によるもの。

 

前年に引き続きアスコットゴールドカップを制して連覇すると、そこから勢いがついたのか、グッドウッドカップ、ドンカスターカップを次々に制覇。

走り抜けても一切ダレないスタミナのすごさを存分に見せつけた。

特に不良馬場となったグッドウッドカップでは、全身泥まみれになりながらもレコードタイムで先頭を駆け抜けている。

誰も不良馬場でレコードタイムを出すとは思っていなかったので、サニーファンタスティックのところだけ良馬場だったのではないかとしばらくネタになった。

 

ちょっぴりレコードを出しつつ挑んでいた長距離三冠の途中、本命である凱旋門賞への出走が決まった。

昨年は熱発で回避したこともあり、隣の馬房をボードレールにしたり、食事の管理を徹底したり、とにかくストレスになりそうなものは排除していたサニーファンタスティック陣営だが、またしても凱旋門賞3日前に熱発で回避することになった。

その年の凱旋門賞には、ジョッケクブル賞(フランスダービー)を制した同父のBlanche Blanche も出走し、翌年凱旋門賞を制するトレヴを相手に4馬身差で圧勝した。このBlanche Blancheの勝利が、サンジェニュイン産駒初の凱旋門賞制覇であり、1度目の父子制覇となった。

なお、Blanche Blancheはフランス語で「Blanche = 白」という意味だが、Blanche Blanche自身は青鹿毛であるため、白毛馬の凱旋門賞馬は未だにサンジェニュインただ1頭のみである。

 

同レースには日本からオルフェーヴルとキズナの2頭が出走。

前年のフランス遠征でオルフェーヴルに騎乗していたC・シュミオンに代わり、芝木真白騎手が騎乗していた。川添を乗せてやれ

 

サニーファンタスティックはドンカスターカップでの制覇で長距離三冠を達成すると、そのまま引退。

ドンカスター競馬場での引退式では、同年共に引退することが決まっていたボードレールと共に行った。

 

現在は種牡馬として、生産されたグラハムホールスタッドで繋養されている。

 

・・・読込中・・・

 

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サニーファンタスティック

 

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その他

 

Sunny Fantasticとは、2008年生まれのイギリスの元競走馬、現種牡馬。美貌の凱旋門賞馬として知られる、世界初の白毛凱旋門賞馬・サンジェニュインの初年度産駒であり、ニジンスキー以来41年ぶりのイギリスクラシック三冠馬である。

 

主な勝ち鞍

2011年:イギリスクラシック三冠[2000ギニーステークス(GⅠ)、ダービーステークス(GⅠ)、セントレジャーステークス(GⅠ)]、BCロングディスタンスカップ(GⅠ)

2012年:キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(GⅠ)、アスコットゴールドカップ(GⅠ)

2013年:イギリス長距離三冠[アスコットゴールドカップ(GⅠ)、グッドウッドカップ(GⅡ)、ドンカスターカップ(GⅡ※)]

 

※ドンカスターカップは2017年以降GⅠに格上げとなっているが、当時の格付けで記載

 

 概要


父:サンジェニュイン

母:Eswarah

母父:Unfuwain

言わずと知れた美貌の凱旋門賞馬・サンジェニュインの初年度産駒であり、母は英オークス勝ち馬。母父Unfuwain はノーザンダンサーの直仔で英ジョッキークラブステークス(GⅡ)を制している。

この母父は主な重賞勝ち鞍が12F(=約2400m)の4本と安定しており、当時のキングジョージ6世&クイーンエリザベスSでも2着につけている。Eswarah の英オークスを始め、3頭の愛オークス勝ち馬を輩出しており、牝馬の活躍馬が多いことで知られる。

大逃げで駆け抜けてもまだ余力があると言われた父のスタミナと、母父の安定感を見事に引き継いだのが同馬だ。

 

同馬が生産されたのはイギリスのグラハムホールスタッド。

ドバイの資金力も地位もやばい(マイルド)ことで知られるゴンゴルドンがイギリスに所有する牧場であり、イギリスにおける生産の拠点でもある。

当初、ゴンゴルドンの代表(以下、殿下と記載)はサンジェニュインそのものを手に入れるべく、オイルマネーたくさんのお金とコネを使ってサイレンスレーシング、及び所属する社来グループと交渉していたが、サンジェニュインが父サンデーサイレンスをも越える大種牡馬になることを確信していた社来グループとしては、何があってもサンジェニュインを手放すつもりはなかった。

ゴンゴルドン側が、40億円以上のシンジゲートを組んで大失敗思った通りの産駒を輩出できなかったラムタラの件を引き合いに出すも、社来グループは強気な態度を崩すことなく断固拒否の姿勢。

ついには200億円という「それ失敗したら首括ることになりますよ!」としか言えない金額まで提示したが、将来的にサンジェニュインが成功した場合に回収できる金額と比較すると安い、と社来に蹴り倒された。

というかサンジェニュインが現役の時も、金銭トレードとして120億円での取引を持ちかけており、これを社来グループに一蹴されている時点で望み薄だったのだが・・・金額をつり上げてまでも欲しかったのだろう。

もはや執念と言える。

200億円とかいう頭のオカシイ金額を提示されても売り飛ばさなかった社来グループも、先見の明がありすぎるというかなんというか、別に意味で執念を感じずにはいられない。

ここまで出しても無理か・・・ということでゴンゴルドン側は泣く泣くサンジェニュインを諦めることになったが、どうしてもサンジェニュインが、というかサンジェニュインみたいな白毛のつよつよ馬が欲しかった殿下は諦めきれず、次の手に打って出る。

サンジェニュインそのものが手に入らないなら、じゃあせめて種をくれ!!と社来グループに突撃、するかと思いきや、イギリスのクルーモイズスタッドと手を組んで「共同」での依頼として、サンジェニュインの渡英、種付け券を手に入れた。

これによって、当初、ディープインパクト同様、約50億円で組まれるはずだったサンジェニュインのシンジゲートは、60億円近くまで跳ね上がることになる。

 

2007年4月中旬、日本での種付けを終えると早々に渡英させられたサンジェニュインは、当日にはクルーモイズにスタッドイン。2日ほど旅疲れを癒やした後、種付けが開始された。

種付けのために、イギリスのみならずフランスやドイツなど、欧州各国から名牝が集められた。

グラハムホールスタッドで繋養されていたEswarah は、サンジェニュインに種付けされるためだけにクルーモイズに預託され、1番に種付けが行われた。受胎が確認されるとすぐグラハムホールスタッドに戻った。

当初の予定では6月いっぱいまでクルーモイズに滞在し、合計100頭に種付けを行う予定だったが、5月に入ってサンジェニュインの体調が急変。

原因はクルーモイズ側の不適切な対応であり、詳しいことはサンジェニュインの記事を参照。

ざっくり説明すると、サンジェニュインは非常に同性馬にモテる特異な性質を持っており、社来側はクルーモイズに対して「牡馬と同じ牧草地に放牧しないこと」「馬房は隣の牡馬から1つ分は離すこと」を要求し、クルーモイズもそれを了承していたはずが、実際には行われていなかった。

たまたまサンジェニュインの様子を見に渡英した、サンジェニュインの元厩務員によって社来グループに状況が伝わり、5月初旬には帰国の手続きが取られた。

これに関して、当初クルーモイズから正確な情報を得られていなかったゴンゴルドン側から「約束が違う」と社来グループに抗議が向かったが、社来側から引き上げに関する説明を受けると謝罪し、後日クルーモイズと共同で謝罪文を公表した。

これはクルーモイズ内で社来からの要求が「ジョーク」だと思われていたことがことの発端であり、社来グループ代表・吉里照臣氏は後に「正式な書面にまとめていなかったことも良くなかった。少なくとも我々にも油断があった」とこのことを振り返っている。

これ以降、欧州で種付けを行う場合はグラハムホールスタッド、またはフランスのフォルネヴァル牧場で行われるようになったが、2012年に社来グループとクルーモイズが公式に和解。

2019年には欧州での種付けの拠点がクルーモイズスタッドに戻った。

 

と、サニーファンタスティックが産まれるまでにゴタゴタが起きていたわけだが、同馬の母は、ゴンゴルドン側の要求に従い1番に種付けされたため、この影響は受けていない。

予定されていたサンジェニュインの欧州での種付けは100頭に近かったが、約2ヶ月を残して帰国したため、実際には30頭ほどにしか種付けが行われていなかった。

このときの受胎率が100%という意味の分らない数字だっただけに、予定していたあの名牝に種付けできてたら・・・と競馬ファンは想像せずにはいられない。

ちなみにこのとき種付けを予定されていた名牝の中には、欧州年度代表馬にも選出されたウィジャボードもいた。

当初kingmambo と種付けされたが受胎せず、5月にサンジェニュインが配合される予定だったが取消となったため再度kingmambo と配合され、受胎した。

同馬の後の活躍や、他のサンジェニュイン産駒などの活躍を見て、やっぱり種付けできてたらなあ、と泣いた生産者は多かったとか。

 

ヨーロッパ中の種付けできなかった生産者の悲鳴を聞きながら、2008年3月7日に同馬が誕生。

サンジェニュインの汚れ無き白さを受け継いだ毛色に、大きめの馬体、まるくつぶらな瞳など、後に「サンジェニュインのクローン」と呼ばれるほど父馬に生き写しで、これには殿下もニッコリ。

あまりにもよく似ているので、「素晴らしき太陽の」と意味を込めて「Sunny Fantastic」と命名された。

見目だけでなく、脚質も父に似てスタートの良い大逃げで、不良馬場でもスピードを落とさず走破できるパワーも受け継いでいる。

ただ受け継いだのはそれだけでなく、前述の父の非常に同性馬にモテる特異な性質も継いでしまったようで、1、2歳の頃はよく牡馬に追いかけ回されていたようだ。(※)

ただ3歳になる頃には向かってくる牡馬に対して立ち上がって威嚇する等、自衛できるようになったもよう。

 

※これは同馬のみではなく、サンジェニュイン産駒、特に牡馬によく見られる傾向であり、近年だと2014年凱旋門賞のレース後にラチ沿いまで牡馬5頭に追い詰められたシルバータイムが有名

 

 2010年 2歳


2010年7月、日本のサンサンドリーマー(こちらもサンジェニュインの初年度産駒)が見事な大逃げでデビュー勝ちを飾ると、それに続くように同月に条件戦に出走し、逃げ切り勝ちをする。

そこから2戦目として2歳GⅠの最高峰に位置づけられた「デューハーステークス」に出走するも、同年のカルティエ賞最優秀2歳牡馬に選出されるフランケルに差されて敗北した。

敗因は距離適性であると見られ、同馬はこの敗北以降は2000m以下のレースには出走していない。

サニーファンタスティックはフランケルに負けたあとにボロボロと泣き出し、ひどく落ち込んだ様子だったという。

これは「ディープインパクトに負けるとよく泣いた」と語られた父に似たエピーソとして有名。

この年は2戦1勝で終えた。

 

 2011年 3歳


この年から、牡馬対策と、レースに集中するため、父同様メンコを付けるようになった。

空に昇る太陽を表するため、深い青色のメンコである。

これがいいきっかけになったのか、条件戦を圧勝し、調子の良い状態でギニーフェスティバル(クラシック初戦)を迎えた。

このときの2000ギニーには、デューハーステークス勝ち馬のフランケルも出走。

イギリスの名種牡馬・ガリレオ産駒であり、ブックメーカーが前売りしていた単勝の売り上げはすさまじいものだった。

この時点でまだ重賞勝ちのない同馬はなんと最低人気でゲート入り。

血統はいいんだけどねえ、とごちるイギリスの競馬おじさんを横目に、しかしサニーファンタスティック陣営は「どんでん返しを見せてやるよ」と言わんばかりに強気の態度を崩さなかった。

フランケル一強ムードのなか、勢いよくスタートした同馬は大逃げに打って出た。

対するフランケルも当時の脚質は逃げであり、逃げ馬同士のデットヒート。

フランケルにはペースメーカーも着いていたが、これを置き去りにサニーファンタスティックのケツ背を追うと、差して2馬身差をつけて激走。

もうだめか、フランケルの圧勝かと思われた残り200m の時点で、フランケルに張り付いていたサニーファンタスティックが差し返し、逆転して逃げ切り勝ちをしてみせた。

生涯14戦13勝のフランケルの唯一の黒星がこの2000ギニーでの敗北となった。

最低人気の馬が逃げ切り勝ち、それもイギリス競馬史初の国産白毛の勝ち馬誕生に、当時のイギリス国民は沸いたとか。

この勢いそのままに、ゴンゴルドン側はサニーファンタスティックのダービー出走を決定。

メディアの前でも「この馬は三冠馬になる」と大口を叩いた。

前の三冠馬はニジンスキー・・・41年も前のことだったので、なんだこいつ正気か?と失笑されたらしい。

 

そうはならんって笑

三冠馬って夢あるけどね笑

 

な り ま し た

 

5月末に始まったダービーフェスティバル、同馬は2000ギニーでの走りと父の知名度を後押しに前売り人気1番に推された状態でダービーに出走。

ちなみにこのときの2番人気だったカールトンハウスは英国女王陛下の所有馬です。

イギリスのみならず、ヨーロッパ中、いや日本からも注目される中、変わらず抜群のスタートを切るとまたも大逃げ。

追走するカールトンハウスやプールモアを寄せ付けず、6馬身差の逃げ切り勝ちをしてみせた。

これには勝つだろうと思ってた殿下も「勝った・・・」と一言漏らしたきり黙り込んだとか。

このダービー制覇によって、父と同じく二冠馬となったサニーファンタスティック。

さあ次はなんだ凱旋門賞か?父子制覇か?と周りが期待する中、殿下は宣言した通り英国三冠を目指すと再度宣言。

次走をセントレジャーステークスに定めた。

 

一気に距離が伸びるが、父サンジェニュインが2011年当時まだ破られていない芝3000m のワールドレコード保持者であり、同馬の体躯も長距離向きだったことから不安感は一切なかった、と殿下は後の自著で記している。

三冠達成の期待が高まるなか、ここでも1番人気に推された。

当日の状態は非常に良く、ドンカスター競馬場で同馬を迎えた殿下は、その仕上がりの良さに思わず感嘆の息を漏らして、調教師の手を何度も握り返したという。

パドックでも落ち着いた様子をみせ、ゲート入りもなんなく熟すと、ゲートが開いたと同時に加速。

サニーファンタスティックのペースを乱すため、2頭のラビット(ペースメーカー)が並ぼうとしたが、1000m を57秒台のハイスペースで駆けていた同馬には追いつけず、サニーファンタスティックはそのまま逃げ切り勝ちを収めた。

この勝利により見事「41年ぶりの三冠馬」となったサニーファンタスティックは、この年のシメとして「BCロングディスタンスカップ」に出走し、ここでも見事な逃げ切り勝ちで大きな話題となった。

 

日本で同じサンジェニュイン産駒が皐月賞、日本ダービーでオルフェーヴルにフルボッコにされる中、順当に勝ち進む同馬の存在が「サンジェニュインは洋芝適性が高い」という評価を高めることに繋がり、翌年の欧州での種付け増加に繋がったと思われる。

 

 2012年 4歳


ドバイ遠征も企画されていたが、キングジョージを取らせたい殿下の思いもあり、その年はキングジョージ、それから父も制した凱旋門賞を主軸に出走することが決まった。

 

欧州が冬の間はドバイで調教されていたサニーファンタスティックだが、その時の帯同馬として、ゴンゴルドンが所有するガリレオ産駒の栗毛牡馬・ボードレールを連れていた。

ボードレールは、フランスの詩人シャルル・ボードレールが名前の由来である。

サニーファンタスティックよりは小柄な落ち着きのある牡馬で、よく好んで連んでいたとか。

父のサンジェニュインも栗毛牡馬のカネヒキリと同じ放牧地で過ごしていたり、同父のタイヨウマツリカが栗毛のオルフェーヴルと仲が良かったり、もしかしたら栗毛好きの血なのかもしれない。

 

帯同馬の存在もあったからか、慣れない土地での調教でも難なく熟し、キングジョージ前の準備運動としてアスコットゴールドカップへと出走。

19ハロン210ヤード(約4014m)の長距離にも拘わらず、最初から最後まで先頭を譲らずに走り切った。

この勝利を見て、ゴンゴルドン側はキングジョージでの勝利を確信したらしい。

 

翌月、キングジョージへと出走。

後の凱旋門賞馬・エネイブルを輩出することになるナサニエルを相手に逃げ切り、父と同じく6馬身差で同レースを制した。

馬主である殿下はこの勝利を「2006年7月29日から決まっていた勝利だ」とコメントしている。

 

次走に凱旋門賞を選択し、白毛馬の父子制覇を掲げて出走準備に入った。

調教は順調に進められ、当日の鞍上にはサンジェニュインで凱旋門賞を制した芝木真白騎手が迎えられる予定となっていた。

しかし凱旋門賞まで残り3日と迫ったところで熱発により、これを回避することになった。

同レースには日本からはオルフェーヴルとアヴェンティーノが出走し、オルフェーヴルが2着入線となった。

 

体制立て直しのため、ここで長期休養へ。

ボードレールと共に放牧に出されることになった。

 

なお同年の日本では、同父のサンサンドリーマーが天皇賞・春を制したことで、秋・春の2つの盾を手に入れることになった。

 

 2013年 5歳


この年も凱旋門賞出走を最大目標に掲げた。

しかしそれと並列して、イギリス長距離三冠にも挑むことになった。

これは昨年のアスコットゴールドカップでの圧勝を見たゴンゴルドン側の判断によるもの。

 

前年に引き続きアスコットゴールドカップを制して連覇すると、そこから勢いがついたのか、グッドウッドカップ、ドンカスターカップを次々に制覇。

走り抜けても一切ダレないスタミナのすごさを存分に見せつけた。

特に不良馬場となったグッドウッドカップでは、全身泥まみれになりながらもレコードタイムで先頭を駆け抜けている。

誰も不良馬場でレコードタイムを出すとは思っていなかったので、サニーファンタスティックのところだけ良馬場だったのではないかとしばらくネタになった。

 

ちょっぴりレコードを出しつつ挑んでいた長距離三冠の途中、本命である凱旋門賞への出走が決まった。

昨年は熱発で回避したこともあり、隣の馬房をボードレールにしたり、食事の管理を徹底したり、とにかくストレスになりそうなものは排除していたサニーファンタスティック陣営だが、またしても凱旋門賞3日前に熱発で回避することになった。

その年の凱旋門賞には、ジョッケクブル賞(フランスダービー)を制した同父のBlanche Blanche も出走し、翌年凱旋門賞を制するトレヴを相手に4馬身差で圧勝した。このBlanche Blancheの勝利が、サンジェニュイン産駒初の凱旋門賞制覇であり、1度目の父子制覇となった。

なお、Blanche Blancheはフランス語で「Blanche = 白」という意味だが、Blanche Blanche自身は青鹿毛であるため、白毛馬の凱旋門賞馬は未だにサンジェニュインただ1頭のみである。

 

同レースには日本からオルフェーヴルとキズナの2頭が出走。

前年のフランス遠征でオルフェーヴルに騎乗していたC・シュミオンに代わり、芝木真白騎手が騎乗していた。川添を乗せてやれ

 

サニーファンタスティックはドンカスターカップでの制覇で長距離三冠を達成すると、そのまま引退。

ドンカスター競馬場での引退式では、同年共に引退することが決まっていたボードレールと共に行った。

 

現在は種牡馬として、生産されたグラハムホールスタッドで繋養されている。

 

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【大百科】サンサンドリーマー

サンジェニュインの初年度産駒、サンサンドリーマーの大百科ネタ


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サンサンドリーマー      

サンサンドリーマー _単語_
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サンサンドリーマー
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> 概要 > 競争成績 > エピソード > 血統表 > 主な産駒 > 関連動画 > 関連コミュニティ > 関連項目 > 掲示板

 

サンサンドリーマーとは、2008年生まれの日本の元競走馬、元種牡馬。美貌の凱旋門賞馬として知られる、世界初の白毛凱旋門賞馬・サンジェニュインの初年度産駒であり、天皇賞春秋の覇者。ノータンファームにて種牡馬→乗馬となっている。

 

主な勝ち鞍

2010年:朝日杯フューチャリティーステークス(GⅠ)

2011年:天皇賞・秋(GⅠ)、報知杯弥生賞(GⅡ)、新潟記念(GⅢ)

2012年:天皇賞・春(GⅠ)

 

 概要


父:サンジェニュイン

母:サダムブルーアイズ

母父:エルコンドルパサー

サンジェニュインの初年度産駒であり、母サダムブルーアイズの最終産駒。

母父のエルコンドルパサーは国内外で勝ち鞍を持ち、自身は芝・ダート両方を走っていたものの、産駒はヴァーミリアンを始めダート路線に進む馬が多かった。

同馬はサンジェニュインからスピードとパワーを、母父エルコンドルパサーからは器用さを継いだと評される。

その一方で、デビュー当時は臆病だったとされるエルコンドルパサーの「周りを気にしすぎる」繊細な面も継いでしまったようで、これがサンジェニュイン由来の特性(※1)と合わさってクラシックシーズンで壁になったとみられる。

 

産まれて直ぐに母サダムブルーアイズを失ったため、乳母としてサンジェニュインと同厩舎でもあった牝馬ハルノメガミヨが付けられた。

大柄で知られる他の同父の産駒とは異なり、小柄な体躯で、右前脚だけやや外を向いた特異な馬体をしていた。

また、両目の下に涙マークのようなブチがある。

 

社来グループ生産のサンジェニュイン産駒牡馬の一部は、乳離れを済ませるとサンジェニュインの放牧地に放たれるようになっており、同馬も同様に0歳の10月に乳離れを済ませてすぐ、サンジェニュインと会うことになった。

これは幼駒のため、というよりは、とてもさみしがり屋なサンジェニュインの精神的負担を減らす事が主目的であり、後に語られるようなエピソードは副次的なものである。

 

当初は非常に大人しい、消極的な馬だと思われていたサンサンドリーマーだが、サンジェニュインに会わせてしばらくすると、目覚めたように一気に明るくなったとか。

約3ヶ月をサンジェニュインと過ごしたのち、他の幼駒たちと共に育成牧場へと移った。

この育成牧場でのサンサンドリーマーの評価は、同期で同父のウイニンサニー(個人所有)よりは下で、スプリンター向きだろうと思われていた。

 

2歳の春、栗東・松藻厩舎に入厩。

この時に競走馬名を「サンサンドリーマー」として登録が行われた。

ちなみに前冠「サンサン」は、サイレンスレーシングクラブが所有するサンジェニュイン産駒の冠名である(※2)

 

※1 サンジェニュインは非常に同性馬に好かれる特異な性質を持っており、産駒、特に牡馬に遺伝する傾向にあった。近年だと2014年凱旋門賞のレース後にラチ沿いまで牡馬5頭に追い詰められたシルバータイムが有名

※2 例外として、サイレンスレーシング所有だが前冠のない「サニーメロンソーダ」がいる

 

 2010年 2歳


2歳になった7月10日の函館競馬場の芝1800m新馬戦でデビュー。

鞍上には父のライバルだったディープインパクトの主戦騎手・竹創を迎えた。

同レースには同馬の他に2頭のサンジェニュイン産駒が出走しており、またこの1週間前がサンジェニュインの誕生日だったことから、「誰が勝っても父に嬉しい初勝利のプレゼント」と注目を浴びていた。

この時点ではサンジェニュイン産駒のデビューはまだ行われておらず、この日のレースが産駒の初出走であった。

サンサンドリーマーの前評判は「△」でそれほど高くはなかったが、雨が降る中で逃げを打つ強気の走りを見せ、並ぶ同父の馬たちを突き放してデビュー勝ちを見せた。

最終的な結果としてこのレースでは1着から3着までをサンジェニュイン産駒が占めることになり、父にとって嬉しい誕生日プレゼントになったのではないだろうか。

ちなみにこの結果を受けて、社来SSのサンジェニュイン専用厩舎には「祝!産駒馬券占め」という垂れ幕がかけられたんだそう。

それから重賞勝ち馬が出る度に新しい垂れ幕と入れ替わっている。

サンジェニュイン専用厩舎歴代垂れ幕

 

これで弾みを付けて挑んだ初重賞、東スポ杯2歳ステークス(GⅢ)では、産駒内でも評判の良かったウイニンサニーの3着に敗れる結果に。

この時の2着馬は弥生賞で激突するサダムパテックだった。

鞍上の竹は敗因を「レース前に牡馬に絡まれ、必要以上に周りの馬を気にしていた。道中も馬群から離れたくて仕方なさそうな走りで、溜め逃げをしていたウイニンサニーと追い上げて来たサダムパテックに競り負けた」と語っている。

この悔しさをバネに、今度は朝日杯フューチャリティステークスに出走。

このレースからチークピーシーズを付け、視野を狭めて周りの馬の情報量を減らすよう工夫された。

格上挑戦と見なされていたが、父譲りの抜群のスタートで先頭に立つと、レースのペースを一気に掴んで大逃げ。

中団から抜け出したグランプリボスの猛追をはね除けて、初の重賞制覇、初のGⅠ勝ちをおさめた。

これはサンジェニュインに取って初の国内産駒GⅠ勝利であり、父の種牡馬としての能力の高さを国内の馬産地にアピールする大きなきっかけとなった。

 

なお、産駒初のGⅠは、アメリカ生産の牝馬・Shining Top Ladyが制した「BCジュヴェナイルフィリーズ」である。

 

2歳時の戦績を3戦2勝とした。

 

 2011年 3歳


朝日杯FSでの勝利をもって、サンサンドリーマーは一気にクラシックの主役へと名乗りを挙げた。

次走を弥生賞一本に定めたのは、サンサンドリーマーが父・サンジェニュイン同様、パンパンの芝で痛がる素振りを見せたため。

どこかで1回使って調子を整える、といった方法が採れないためだと思われる。

 

年が明けると直ぐ、レースの合間を縫っては竹が乗りにやってきて、細かい調整が続けられた。

頻繁にくる竹に、サンサンドリーマーを管理していた松藻調教師は「ここまでイレこんで、大丈夫だろうか」と心配したとか。

迎えた弥生賞を1番人気で迎えると、歓声を背にして一気に先頭に。

ほとんど持ったまま、直線で追い込んできたサダムパテックに4馬身差を付けて圧勝した。

弥生賞はサンジェニュインがディープインパクトにハナ差3cm の敗北を喫したレースであり、父が取りこぼしたレースを制する結果となった。

このまま父子2代の皐月賞制覇へ!とクラシック本戦に乗り込んだサンサンドリーマー。

同レースには竹のお手馬であるダノンバラードも出走予定だったため、どちらに騎乗するかが話題になったが、竹はサンサンドリーマーを選択した。

皐月賞では弥生賞での勝ち方が評価されて1番人気に推されたものの、中団から追い込んできたオルフェーヴルサニーメロンソーダに差し切られ、盛り返すこともできないまま3着に沈んだ。

抜かされたタイミングで失速しているので、集中力が長く持たないタイプのようだった。

 

そしてここからちょっとした低迷期に突入する。

 

続く東京優駿では、直前の調教のデキが良かったためか、皐月賞馬・オルフェーヴルを差し置いて1番人気に推された。

スタートと共に勢いよくゲートから飛び出すと、タイヨウマツリカとハナを奪い合う展開に。

サンジェニュイン産駒初、そして白毛初のダービー制覇まで期待が膨らむ中で、まさかの逸走

3番手で追走していたオルフェーヴルが近づいたタイミングで斜行を繰り返すようになると、ゴールまで残り3ハロンの時点で内ラチに突っ込んで右前足流血により競争中止となった。

幸い流血のみで大きな怪我はなく、地力で検量室に戻っているが、これにより平地調教再審査となった。

 

サンサンドリーマーが自爆戦線離脱した後、もう構うやつはいないと言わんばかりにタイヨウマツリカが激走。そのケツ背を追うオルフェーヴルとの一騎打ちの末、ラスト100mで並んだままゴールイン。

24分に及ぶ写真判定の結果、1cm差でオルフェーヴルが勝利した。

ダービーで1cm差決着は、2005年のサンジェニュインとディープインパクトのレース結果と同じである。

しかしゴール直後に落馬したタイヨウマツリカは、写真判定の結果が出る3分前に骨折による予後不良と診断され、安楽死の処置が執られていた。

このタイヨウマツリカもまた、サンジェニュインの初年度産駒である。

 

サンサンドリーマーはその後なんとか平地調教再審査を突破し、古馬戦線・函館記念(GⅢ)に挑戦することが発表された。

 

函館記念より前の6月末、皐月賞2着の同父・サニーメロンソーダが並み居る古馬たちを薙ぎ払って宝塚記念を制し、3歳馬初の勝ち馬となった。

ほぼ同時期に、イギリスでも同父のSunny Fantasticが2000ギニーステークスとダービーステークスを勝って二冠馬に、アメリカでも牝馬のShining Top Ladyケンタッキーダービープリークネスステークスベルモントステークスのアメリカクラシック三冠を33年ぶり、牝馬として初めて達成していた(※)

 

国内外でサンジェニュイン産駒の活躍が多く見られるようになり、その勢いを借りて同馬も古馬戦線での復帰を目指していたが、地力の高い古馬たちに包まれ4着と敗北した。

 

敗北した3戦を振り返った竹は、敗因はやはり「他馬、それも牡馬に絡まれることによるストレス」によって本来の力を発揮できない状態にあると確信。

「牡馬との接触を極限まで少なくしないと勝負にならない」と調教師に訴え、チークピーシーズを外して、代わりに父も使用していたメンコを付けることを提案した。

この当時、サンジェニュインの特異な性質を「話題付け」としか思っていたかった松藻は、メンコではチークピーシーズほどの視野を狭める効果はないと難色を示していた。

だがクラシック戦線を勝ち上がっているSunny FantasticやShining Top Lady、グランプリホースとなったサニーメロンソーダらもメンコを着用しており、願掛けも兼ねて1度だけなら、とメンコへの付け替えを決定。

メンコは社来SSで管理されていた、現役時代にサンジェニュインが使用していたものを借り、初めて装着する時は竹が手ずから着けたという。

 

装いを新たに挑んだのは新潟記念(GⅢ)芝2000m 左回り。

前走七夕賞2着のダンスインザダーク産駒タッチミーノットが1番人気に推される中、同馬は競走馬生活で唯一の最低人気となった。

レースはサンジェニュイン産駒御用達サニーメロンソーダに騎乗して宝塚記念を制した芝木真白騎手を鞍上に迎えたナリタクリスタルが1度先頭を取ると、第1コーナーを回ってすぐにサンサンドリーマーがハナを奪って大逃げ。

背に乗る竹は「嫌がっての大逃げ」ではなく、「勝つための大逃げ」だと気づくと第3コーナーで軽く鞭を入れ、なるべく消耗の少ない内沿いを走るよう誘導。

それが功を奏したのか、ナリタクリスタルに5馬身差を付けて圧勝し、弥生賞以来、5ヶ月ぶりの勝利を挙げた。

 

レース後も牡馬に追われることなく検量室に戻ったサンサンドリーマーは、それで調子が着いたのか調教結果もあがったことで、松藻は次走を父も勝っている菊花賞を目標にした。

しかし、この時点で二冠馬となっていたオルフェーヴルを所有するサイレンスレーシングは、所有馬同士の消耗を避けるため、サンサンドリーマーの次走を古馬戦線にすることを松藻に求めた。

竹はこれに反対したが、松藻はこれを受け入れ、次走をGⅠの天皇賞・秋に変更することに。

この時の事を竹は「クラブの意向に沿うのは必須だろうけど、サンド(同馬の愛称)に夢を見るのはおかしいのだろうか」と後輩の福沢にこぼしている(優駿の記憶 p.38)

迎えた第144回天皇賞・秋は、1番人気にスペシャルウィーク産駒のブエナビスタが、2番人気には前走・毎日王冠(GⅢ)を制したダークシャドウが推され、同馬は翌年の天皇賞・秋をマルコ・デルーカ騎手を鞍上に制することになるエイシンフラッシュを押さえての3番人気となった。

ゲート入りの際、ダークシャドウやシャドウゲイトが同馬に絡もうとすると、すかさずブエナビスタとメイショウベルーガが間に割って入った、というエピソードがあり、竹はこの時の2頭に対して「間に入ってくれて助かった、入って貰えなかったらどうなったか」と語っている。

レースが始まると小気味よくスタートを切り、ぐんぐんと後続を引き離して、第2コーナー前には8馬身近い差を付けていた。

1000m の標識を通過した時点のタイムは「57秒台」であり、そのスピードと大逃げはサイレンススズカを彷彿とさせた。

大欅を無事に抜けると、ゴールしたわけでもないのに観客席から響き渡る大歓声。

直線を向いたところでトーセンジョーダンが鋭く切り込み、1度並ばれるも、なんとかアタマ差でゴールイン。しかし2着馬のトーセンジョーダンとのタイム差は無い状態であった。

この時の走破タイム「1:56.0」はレコードタイムである。

秋の盾を制し、これが朝日杯フューチャリティーステークス以来のGⅠ勝ちとなった。

 

また、9月の時点でSunny Fantasticが41年ぶりの英国三冠馬となり、同馬の秋天制覇を加えて産駒GⅠ勝利数は15勝となった。

同馬はこのレース後に放牧に出され、3歳を終えた。

戦績は5戦2勝。

 

なお、2011年のサンジェニュイン産駒のGⅠ勝利数は、11月にShining Top LadyがBCクラシックを、12月にクモノハレマ(香港表記:雲海天晴)が香港カップを勝ったことにより、最終18勝となった(2010年の2歳戦を含めると21勝)

 

※ サンジェニュイン産駒は父に似て芝適性の高い馬が多かったが、父譲りのパワーを活かしてダート路線に適性を見せる馬もいた。Shining Top Ladyはその代表馬であり、後にカネヒキリ産駒Hart Of Imaginingとの間に、BCクラシック2連覇を達成し2度エクリプス賞年度代表馬に選ばれるSoul Of Laverを送り出すことになる。

 

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サンサンドリーマー

 

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その他

 

サンサンドリーマーとは、2008年生まれの日本の元競走馬、元種牡馬。美貌の凱旋門賞馬として知られる、世界初の白毛凱旋門賞馬・サンジェニュインの初年度産駒であり、天皇賞春秋の覇者。ノータンファームにて種牡馬→乗馬となっている。

 

主な勝ち鞍

2010年:朝日杯フューチャリティーステークス(GⅠ)

2011年:天皇賞・秋(GⅠ)、報知杯弥生賞(GⅡ)、新潟記念(GⅢ)

2012年:天皇賞・春(GⅠ)

 

 概要


父:サンジェニュイン

母:サダムブルーアイズ

母父:エルコンドルパサー

サンジェニュインの初年度産駒であり、母サダムブルーアイズの最終産駒。

母父のエルコンドルパサーは国内外で勝ち鞍を持ち、自身は芝・ダート両方を走っていたものの、産駒はヴァーミリアンを始めダート路線に進む馬が多かった。

同馬はサンジェニュインからスピードとパワーを、母父エルコンドルパサーからは器用さを継いだと評される。

その一方で、デビュー当時は臆病だったとされるエルコンドルパサーの「周りを気にしすぎる」繊細な面も継いでしまったようで、これがサンジェニュイン由来の特性(※1)と合わさってクラシックシーズンで壁になったとみられる。

 

産まれて直ぐに母サダムブルーアイズを失ったため、乳母としてサンジェニュインと同厩舎でもあった牝馬ハルノメガミヨが付けられた。

大柄で知られる他の同父の産駒とは異なり、小柄な体躯で、右前脚だけやや外を向いた特異な馬体をしていた。

また、両目の下に涙マークのようなブチがある。

 

社来グループ生産のサンジェニュイン産駒牡馬の一部は、乳離れを済ませるとサンジェニュインの放牧地に放たれるようになっており、同馬も同様に0歳の10月に乳離れを済ませてすぐ、サンジェニュインと会うことになった。

これは幼駒のため、というよりは、とてもさみしがり屋なサンジェニュインの精神的負担を減らす事が主目的であり、後に語られるようなエピソードは副次的なものである。

 

当初は非常に大人しい、消極的な馬だと思われていたサンサンドリーマーだが、サンジェニュインに会わせてしばらくすると、目覚めたように一気に明るくなったとか。

約3ヶ月をサンジェニュインと過ごしたのち、他の幼駒たちと共に育成牧場へと移った。

この育成牧場でのサンサンドリーマーの評価は、同期で同父のウイニンサニー(個人所有)よりは下で、スプリンター向きだろうと思われていた。

 

2歳の春、栗東・松藻厩舎に入厩。

この時に競走馬名を「サンサンドリーマー」として登録が行われた。

ちなみに前冠「サンサン」は、サイレンスレーシングクラブが所有するサンジェニュイン産駒の冠名である(※2)

 

※1 サンジェニュインは非常に同性馬に好かれる特異な性質を持っており、産駒、特に牡馬に遺伝する傾向にあった。近年だと2014年凱旋門賞のレース後にラチ沿いまで牡馬5頭に追い詰められたシルバータイムが有名

※2 例外として、サイレンスレーシング所有だが前冠のない「サニーメロンソーダ」がいる

 

 2010年 2歳


2歳になった7月10日の函館競馬場の芝1800m新馬戦でデビュー。

鞍上には父のライバルだったディープインパクトの主戦騎手・竹創を迎えた。

同レースには同馬の他に2頭のサンジェニュイン産駒が出走しており、またこの1週間前がサンジェニュインの誕生日だったことから、「誰が勝っても父に嬉しい初勝利のプレゼント」と注目を浴びていた。

この時点ではサンジェニュイン産駒のデビューはまだ行われておらず、この日のレースが産駒の初出走であった。

サンサンドリーマーの前評判は「△」でそれほど高くはなかったが、雨が降る中で逃げを打つ強気の走りを見せ、並ぶ同父の馬たちを突き放してデビュー勝ちを見せた。

最終的な結果としてこのレースでは1着から3着までをサンジェニュイン産駒が占めることになり、父にとって嬉しい誕生日プレゼントになったのではないだろうか。

ちなみにこの結果を受けて、社来SSのサンジェニュイン専用厩舎には「祝!産駒馬券占め」という垂れ幕がかけられたんだそう。

それから重賞勝ち馬が出る度に新しい垂れ幕と入れ替わっている。

サンジェニュイン専用厩舎歴代垂れ幕

 

これで弾みを付けて挑んだ初重賞、東スポ杯2歳ステークス(GⅢ)では、産駒内でも評判の良かったウイニンサニーの3着に敗れる結果に。

この時の2着馬は弥生賞で激突するサダムパテックだった。

鞍上の竹は敗因を「レース前に牡馬に絡まれ、必要以上に周りの馬を気にしていた。道中も馬群から離れたくて仕方なさそうな走りで、溜め逃げをしていたウイニンサニーと追い上げて来たサダムパテックに競り負けた」と語っている。

この悔しさをバネに、今度は朝日杯フューチャリティステークスに出走。

このレースからチークピーシーズを付け、視野を狭めて周りの馬の情報量を減らすよう工夫された。

格上挑戦と見なされていたが、父譲りの抜群のスタートで先頭に立つと、レースのペースを一気に掴んで大逃げ。

中団から抜け出したグランプリボスの猛追をはね除けて、初の重賞制覇、初のGⅠ勝ちをおさめた。

これはサンジェニュインに取って初の国内産駒GⅠ勝利であり、父の種牡馬としての能力の高さを国内の馬産地にアピールする大きなきっかけとなった。

 

なお、産駒初のGⅠは、アメリカ生産の牝馬・Shining Top Ladyが制した「BCジュヴェナイルフィリーズ」である。

 

2歳時の戦績を3戦2勝とした。

 

 2011年 3歳


朝日杯FSでの勝利をもって、サンサンドリーマーは一気にクラシックの主役へと名乗りを挙げた。

次走を弥生賞一本に定めたのは、サンサンドリーマーが父・サンジェニュイン同様、パンパンの芝で痛がる素振りを見せたため。

どこかで1回使って調子を整える、といった方法が採れないためだと思われる。

 

年が明けると直ぐ、レースの合間を縫っては竹が乗りにやってきて、細かい調整が続けられた。

頻繁にくる竹に、サンサンドリーマーを管理していた松藻調教師は「ここまでイレこんで、大丈夫だろうか」と心配したとか。

迎えた弥生賞を1番人気で迎えると、歓声を背にして一気に先頭に。

ほとんど持ったまま、直線で追い込んできたサダムパテックに4馬身差を付けて圧勝した。

弥生賞はサンジェニュインがディープインパクトにハナ差3cm の敗北を喫したレースであり、父が取りこぼしたレースを制する結果となった。

このまま父子2代の皐月賞制覇へ!とクラシック本戦に乗り込んだサンサンドリーマー。

同レースには竹のお手馬であるダノンバラードも出走予定だったため、どちらに騎乗するかが話題になったが、竹はサンサンドリーマーを選択した。

皐月賞では弥生賞での勝ち方が評価されて1番人気に推されたものの、中団から追い込んできたオルフェーヴルサニーメロンソーダに差し切られ、盛り返すこともできないまま3着に沈んだ。

抜かされたタイミングで失速しているので、集中力が長く持たないタイプのようだった。

 

そしてここからちょっとした低迷期に突入する。

 

続く東京優駿では、直前の調教のデキが良かったためか、皐月賞馬・オルフェーヴルを差し置いて1番人気に推された。

スタートと共に勢いよくゲートから飛び出すと、タイヨウマツリカとハナを奪い合う展開に。

サンジェニュイン産駒初、そして白毛初のダービー制覇まで期待が膨らむ中で、まさかの逸走

3番手で追走していたオルフェーヴルが近づいたタイミングで斜行を繰り返すようになると、ゴールまで残り3ハロンの時点で内ラチに突っ込んで右前足流血により競争中止となった。

幸い流血のみで大きな怪我はなく、地力で検量室に戻っているが、これにより平地調教再審査となった。

 

サンサンドリーマーが自爆戦線離脱した後、もう構うやつはいないと言わんばかりにタイヨウマツリカが激走。そのケツ背を追うオルフェーヴルとの一騎打ちの末、ラスト100mで並んだままゴールイン。

24分に及ぶ写真判定の結果、1cm差でオルフェーヴルが勝利した。

ダービーで1cm差決着は、2005年のサンジェニュインとディープインパクトのレース結果と同じである。

しかしゴール直後に落馬したタイヨウマツリカは、写真判定の結果が出る3分前に骨折による予後不良と診断され、安楽死の処置が執られていた。

このタイヨウマツリカもまた、サンジェニュインの初年度産駒である。

 

サンサンドリーマーはその後なんとか平地調教再審査を突破し、古馬戦線・函館記念(GⅢ)に挑戦することが発表された。

 

函館記念より前の6月末、皐月賞2着の同父・サニーメロンソーダが並み居る古馬たちを薙ぎ払って宝塚記念を制し、3歳馬初の勝ち馬となった。

ほぼ同時期に、イギリスでも同父のSunny Fantasticが2000ギニーステークスとダービーステークスを勝って二冠馬に、アメリカでも牝馬のShining Top Ladyケンタッキーダービープリークネスステークスベルモントステークスのアメリカクラシック三冠を33年ぶり、牝馬として初めて達成していた(※)

 

国内外でサンジェニュイン産駒の活躍が多く見られるようになり、その勢いを借りて同馬も古馬戦線での復帰を目指していたが、地力の高い古馬たちに包まれ4着と敗北した。

 

敗北した3戦を振り返った竹は、敗因はやはり「他馬、それも牡馬に絡まれることによるストレス」によって本来の力を発揮できない状態にあると確信。

「牡馬との接触を極限まで少なくしないと勝負にならない」と調教師に訴え、チークピーシーズを外して、代わりに父も使用していたメンコを付けることを提案した。

この当時、サンジェニュインの特異な性質を「話題付け」としか思っていたかった松藻は、メンコではチークピーシーズほどの視野を狭める効果はないと難色を示していた。

だがクラシック戦線を勝ち上がっているSunny FantasticやShining Top Lady、グランプリホースとなったサニーメロンソーダらもメンコを着用しており、願掛けも兼ねて1度だけなら、とメンコへの付け替えを決定。

メンコは社来SSで管理されていた、現役時代にサンジェニュインが使用していたものを借り、初めて装着する時は竹が手ずから着けたという。

 

装いを新たに挑んだのは新潟記念(GⅢ)芝2000m 左回り。

前走七夕賞2着のダンスインザダーク産駒タッチミーノットが1番人気に推される中、同馬は競走馬生活で唯一の最低人気となった。

レースはサンジェニュイン産駒御用達サニーメロンソーダに騎乗して宝塚記念を制した芝木真白騎手を鞍上に迎えたナリタクリスタルが1度先頭を取ると、第1コーナーを回ってすぐにサンサンドリーマーがハナを奪って大逃げ。

背に乗る竹は「嫌がっての大逃げ」ではなく、「勝つための大逃げ」だと気づくと第3コーナーで軽く鞭を入れ、なるべく消耗の少ない内沿いを走るよう誘導。

それが功を奏したのか、ナリタクリスタルに5馬身差を付けて圧勝し、弥生賞以来、5ヶ月ぶりの勝利を挙げた。

 

レース後も牡馬に追われることなく検量室に戻ったサンサンドリーマーは、それで調子が着いたのか調教結果もあがったことで、松藻は次走を父も勝っている菊花賞を目標にした。

しかし、この時点で二冠馬となっていたオルフェーヴルを所有するサイレンスレーシングは、所有馬同士の消耗を避けるため、サンサンドリーマーの次走を古馬戦線にすることを松藻に求めた。

竹はこれに反対したが、松藻はこれを受け入れ、次走をGⅠの天皇賞・秋に変更することに。

この時の事を竹は「クラブの意向に沿うのは必須だろうけど、サンド(同馬の愛称)に夢を見るのはおかしいのだろうか」と後輩の福沢にこぼしている(優駿の記憶 p.38)

迎えた第144回天皇賞・秋は、1番人気にスペシャルウィーク産駒のブエナビスタが、2番人気には前走・毎日王冠(GⅢ)を制したダークシャドウが推され、同馬は翌年の天皇賞・秋をマルコ・デルーカ騎手を鞍上に制することになるエイシンフラッシュを押さえての3番人気となった。

ゲート入りの際、ダークシャドウやシャドウゲイトが同馬に絡もうとすると、すかさずブエナビスタとメイショウベルーガが間に割って入った、というエピソードがあり、竹はこの時の2頭に対して「間に入ってくれて助かった、入って貰えなかったらどうなったか」と語っている。

レースが始まると小気味よくスタートを切り、ぐんぐんと後続を引き離して、第2コーナー前には8馬身近い差を付けていた。

1000m の標識を通過した時点のタイムは「57秒台」であり、そのスピードと大逃げはサイレンススズカを彷彿とさせた。

大欅を無事に抜けると、ゴールしたわけでもないのに観客席から響き渡る大歓声。

直線を向いたところでトーセンジョーダンが鋭く切り込み、1度並ばれるも、なんとかアタマ差でゴールイン。しかし2着馬のトーセンジョーダンとのタイム差は無い状態であった。

この時の走破タイム「1:56.0」はレコードタイムである。

秋の盾を制し、これが朝日杯フューチャリティーステークス以来のGⅠ勝ちとなった。

 

また、9月の時点でSunny Fantasticが41年ぶりの英国三冠馬となり、同馬の秋天制覇を加えて産駒GⅠ勝利数は15勝となった。

同馬はこのレース後に放牧に出され、3歳を終えた。

戦績は5戦2勝。

 

なお、2011年のサンジェニュイン産駒のGⅠ勝利数は、11月にShining Top LadyがBCクラシックを、12月にクモノハレマ(香港表記:雲海天晴)が香港カップを勝ったことにより、最終18勝となった(2010年の2歳戦を含めると21勝)

 

※ サンジェニュイン産駒は父に似て芝適性の高い馬が多かったが、父譲りのパワーを活かしてダート路線に適性を見せる馬もいた。Shining Top Ladyはその代表馬であり、後にカネヒキリ産駒Hart Of Imaginingとの間に、BCクラシック2連覇を達成し2度エクリプス賞年度代表馬に選ばれるSoul Of Laverを送り出すことになる。

 

・・・読込中・・・



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【IF】すべて夢か

ヒト時代のサンジェニュインのIF番外編
もしもすべて、夢だったなら?

これはポンコツになる前のまだ炊事洗濯できてた主人公
話の8割は主人公のヒト時代の幼馴染との会話


【本編について】
美貌馬本編の最新話にアンケートを設置しました
https://syosetu.org/novel/259581/74.html

完全素人ニキの愛馬の名前アンケート、ぜひぜひご協力いただければと思います。


 

「は……?まぶし……」

 

これが、起き抜け一発目に俺が口にした言葉、らしい。

らしい、って他人事なのは、俺がそれを覚えていないからだ。

 

「お前、それ言ってまた意識落ちたからな。目が覚めたかと思ったらパッタリ動かなくなったから、それが最期の言葉かと思ったぞ」

 

そう言ってリンゴの皮を剥く目の前の男は、俺の小学校の時からの幼馴染。

中学に上がるのを機に遠方に越し行ったから、幼馴染と会うのはこれで8年ぶりだった。

その幼馴染の話によると、久々にこっちに戻ってきたコイツは、俺の家に向かう途中で行き倒れの俺を見つけたそうだ。

 

「電車のドアが開いた瞬間、ゲロ吐くかと思った。目の前のベンチでお前が倒れてたから……こっちの心臓が先にくたばるかと」

「なんかすまん」

 

切ってもらったリンゴを受け取ってそういうと、幼馴染は深いため息を吐いた。

 

「……それにしても、まさかおばさんが亡くなっていたとは。なんで連絡しなかった?」

「れ、連絡先がわからなかった……」

「ばあちゃん()の家電の番号、毎年贈ってる正月ハガキに書いてあるよな?」

 

知らないとは言わせねえぞ、と存外に告げる視線に、俺は両手を挙げた。

 

「本当にすまん」

 

幼馴染は眉間に皺を寄せたまま、それで?と言葉をつなげる。

 

「それで、って?」

「今までどうやって生きてきた?確か、親戚はいないって聞いていたが……後見人は?自宅見に行ったけどなにもないし……あ、勝手に自宅入ってすまん」

「いやいや、俺の荷物とか持ってきてくれたんだろ。責める立場にねえよ。それに……俺も何も言わなくてごめんな」

 

俺がそう言って口を閉ざすと、幼馴染は少しだけ表情を緩めた。

 

さて、どう説明したものか。

俺はうんうんとうなりながらも、母が、母ちゃんが死んでからの日々を軽く説明した。

 

「はっ!?ずっと一人暮らしなのか!?」

「まあ……俺、あの時17歳だったから児童養護施設には入れなくて、それでどうするってなってな。高校卒業まであと1年だから、とりあえず行政の支援受けて、なんとか高校だけは卒業して」

 

高校卒業だけは母ちゃんの希望だった。

常々、高校だけは卒業しておきなさいよ、と言われてて、母ちゃんが死んだ後も「高校だけはなんとか、それまでは何とか生きていないと」と必死だった。

幸い担任の先生がすごく親身になってくれる人で、俺が卒業できるようにいろいろと取り計らってくれたしな。

学費とか生活費のこともあるからほぼ毎日バイトだったけど、勉強とかで遅れて留年しないようにって土日の夜に勉強見てくれたり。

先生の奥さんが料理好きでいつも多く作るから、って理由でご飯差し入れてくれたり。

……絶対、俺の分まで余分に作ってくれてたんだろうけど。すごく感謝してるし、先生とその奥さんには一生頭が上がらない。

学校では片親で天涯孤独で、ってことで嫌な絡み方をしてくるやつもいたけど、それにいちいち反応している暇はなかったからスルーしてたらなくなった。

本当に構ってられなかったんだよ、そんなことしてる暇あったら内職の造花を仕上げたかったし。

 

たぶん幼馴染が思っていたよりも強かに生活していたぞ、と豪語する俺に、幼馴染はあきれたようにまたため息を吐いた。

 

「それで結局、お前も過労死寸前だったわけだけど」

「う……それを言われると返す言葉もありません」

 

本当にギリギリではあったがなんとか高校を卒業。

式では俺よりも担任の先生が号泣してたし、母親代理だといって先生の奥さんが一緒に写真を撮ってくれて、結構ハッピーな卒業式だった。

そのあとは、先生たちにも手伝ってもらって、高卒だけど社員として雇ってくれる会社に就業。

大卒の同期に比べると天と地ほどのお給料格差があって懐は寂しかったけど、それでも一人暮らしだしなんとかやっていけてた。

やっていけてたのだが、2020年に流行り病で会社が長期休業を余儀なくされてしまい、それの影響なのか業績不振に陥った結果、人件費削減ということで、高卒社員1年目だった俺はあっさりとクビに。

今はバイトをいくつも掛け持ちしてせっせと暮らしているというわけだ。

で、そのバイトをやりすぎて倒れた結果、今に至る。

 

「なんというか……俺は幼馴染として情けない……」

「い、いやいやいやっ!!むしろ遠路はるばるこっちまできて……俺の様子を見に来てくれただけでなく、入院手続きやらなにやら……面倒を見てくれたじゃん── 半年も」

 

そう、俺が過労死寸前で行き倒れた日から半年以上が経過していた。

その半年もの間、目覚めぬ俺の入院費を払い続け、ほぼ毎週様子を見に来てくれていたのだと、俺の担当をしてくれている看護師さんから聞いていた。

血がつながっているわけでもない、なんなら8年も直接会わなかったような間柄で、ここまで献身的にサポートしてくれんだぞ?

こんなに良くしてくれたのに「情けない」わけがない。

むしろ情けないっていうなら俺のほうだ。

 

「……正直に言うと、実は何度か連絡しようかと考えたこともあるんだよ。でもやっぱり、迷惑かけたくないなって思っちゃってさ」

 

引っ越していった幼馴染は、向こうにもちゃんとした友達がいるはずだ。

8年間顔も合わせていない、正月ハガキだけのやりとりしかしていないのに、助けてくれとは言えなかった。

あとはどうしようもないことなのだが、俺が助けてもらうのを恥ずかしがったからだ。

大人に助けられるならともかく、同年代に助けてもらうのはな……なんていうくだらないプライド。

 

「でもそんな顔させるくらいなら、とっとと恥を捨てておくべきだったかもな」

「……まったくだ」

 

くしゃりと表情をゆがめた幼馴染には、この半年でいらない苦労をたくさんかけてしまったらしい。

 

「ごめんなあ」

 

俺が申し訳なさ半分、嬉しさ半分で謝罪を口にすると、幼馴染に腹パンされた。

ちょ、こっち病人なんだが!?

 

「あ、お前の荷物、もうアパートにないから。というか、申し訳ないが解約した」

「いきなり爆弾落とすじゃん!?話の温度差で風邪ひきそう……ッ!」

 

そう口にはしつつも、まあそうだよな、というのが俺の感想。

だって半年だ。

家賃は口座引き落としタイプにしているから、たぶん2か月分くらいはなんとか残高も足りただろうけど、それが底をつけばどうしようもない。

ただでさえ幼馴染には入院費や治療費やらを立て替えてもらっているのだ。

無人のアパートの家賃を半年も肩代わりする筋もないしな。

致し方なし……ちょっと苦しいけど……!

 

「で、今週末には退院だ」

「ンン!?急展開がすぎるんだよなあ!!」

 

あれから半年ということはバイトもすべてクビになっている可能性が高い。

アパートも解約されてるし、口座も空っぽな気がする。

まずは役所に駆け込んで行政支援を受けるところからスタートかな、と俺が頭を抱えていると、幼馴染が俺の肩をがっちりと両手で掴んで、にやりと悪そうな顔で笑った。

 

「安心しろ、家はある」

「……家はある?」

「ああ、あるとも── 俺の家がな。お前が完全な健康体になるまで同居だ。1年くらいでマッチョにしてやる」

「もしかして爆弾しか落とせない日か?聞いてないが?」

「言ったぞ、3か月くらい前に」

「それ俺が寝てるとき~~!!」

 

うわうるさっ、と口にした幼馴染は、俺が起き抜けに見た、あの泣き出しそうな顔はもうしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

退院してからあっという間に半年が過ぎた。

時間の流れはやすぎぃ!!

 

「ただいま」

「おっ、おかえり!今日の晩飯はコロッケだぞ、って、お前そのほっぺどうしたんだよ!めっちゃ紅葉じゃん!」

 

幼馴染の家── なんとこいつ、俺の地元で2LDKのマンションを一括で買ったのだ。

なにその財力……と俺が恐れおののいていたら、去年買った宝くじで大金を手にしたのだとか。

偶然手に入れた金だし持て余すよりはパーッと使いたい、と思って再び宝くじを買ったらまた当たってしまったらしい。

どんな幸運体質なんだ?と口にしたら真顔で「わからん」と言われた。

 

幼馴染は大金を手にした後も都内のベンチャー企業で元気に働いている。

大学の先輩が起業した会社だそうで、今いい感じに成長しているんだとかなんとか。

残念なことに俺が不勉強だから難しい話は分からなかったけど、幼馴染は今の職場が楽しいようだった。

俺はその幼馴染の下でお世話になる代わりに、炊事洗濯を担当し、家から出ることはほとんどない。

最初の3か月はぶっちゃけいうとただのヒモ状態だったのだが、今はブイチュー馬―をしている。

そう、ブイチュー()―だ。

バ美肉ならぬ馬美肉おにいさん・アップルソーダ。

なぜか人の言葉を理解できる馬という設定だ。

最初は無課金でウマ娘プレイ、みたいな配信動画を趣味で投稿していたのだが、動画内でヒヒーンと馬の鳴き真似をしたやつが何故かバズり、あれよあれよという間に馬のガワができて個人勢としてデビューしていた。

わずか1か月で収益化が通り、今は30万人のフォロワーの前でヒンヒン言っている。

幼馴染は「自宅で無理なく楽しくできる良い職業だ」と賛成してたけど、お金は社員時代の半分もないのでもう少し頑張らないとな。

まずは入院費治療費そしてここでの生活費を全額返済することが目標だ!

……と、俺の話をしている場合じゃない。

幼馴染のほっぺについた紅葉、人の手っぽい赤い痕のことだ。

これは全力で平手打ちされてんな……!

 

「気にするな」

「いや気にするわ!えっなに、どうしたのそれ、誰に殴られたんだ?俺は心配だぜ親友!」

「そう言いながら頬を突っつくなよ」

 

そう言って鬱陶しそうに俺の手を振り払った幼馴染の、その目をじっくりと見つめると、観念したのか再び口を開いた。

 

「……彼女に、いや元カノに平手うちされた」

「ヒョッ!?マジで!?」

 

そう、幼馴染には彼女がいる。

いや、元カノって言ってるからもう別れてしまったようだが、同い年のとても美人な彼女がいたのだ。

1度写真を見せてもらったことがあるのだが、なるほどお清楚なお嬢さんといった感じの。

うまくいってるように見えていたが……もしかして俺がいるからか?

誰よその男!みたいな流れなのか?

俺ってばただの炊事洗濯担当の同居人だというのに。

そう思っているのが顔に出ていたのか、幼馴染は肩をすくめてから、フンッと鼻を鳴らした。

 

「お前じゃ泥棒猫にはなれないだろ。鏡見てこい」

「ハハッ、人の傷つけ方一流か?」

「彼女とは単純に価値観の相違だよ」

「スルーすんなや。……価値観の相違って、相手はまだ大学生だったっけ?インターンでどっかの会社に入ってるんだよな。確か、お互い結婚しても仕事は続けようね、みたいなタイプの」

 

幼馴染はそうだと頷きながらも、事のあらましを教えてくれた。

 

幼馴染曰く、元カノは社長と結婚する予定なんだとか。

社長?なにそれ?と俺が首をかしげていると、幼馴染はしかめっ面で話し始めた。

ちなみに如何にも怒っているかのようなツラだが、これで傷心中の顔だ。

わかりにくいね!

 

「彼女が言うには、インターン先の社長からのプロポーズを受けたらしい。俺とのお付き合いはままごとのようなもので、恋に恋をしていたのだ、と」

「別れて正解じゃねえか」

 

おっと、思わず本音が。

 

「女性が好むようなレストランに疎い俺にも非はあったと思うが、はっきりとお金とか甲斐性の話をされたので、まあ潮時だとは思っていた」

「……ん?珍しいな、お前がそんなあっさり引くとは」

 

ペットのハムスターが死んでしまったとき、三日三晩落ち込んで食事ものどを通らなかったと、幼馴染の祖母からハガキが来ていたことを思い出した。確か中学生の時かな?

幼馴染は一途な性格で、愛情はとことん注ぐタイプだから、失ったときの反動がでかいのだ。

元カノにはかなり積極的に贈り物をしていたり、愛情を注いでんなー、と思っていたがそれにしては反応が薄い。

 

「今回に関しては、急に失ったというよりは前々からサインみたいなものを感じていたからな」

 

幼馴染の言うサインとは、浮気のサインだ。

これまで彼女は幼馴染が送ったアクセサリー以外は身に着けていなかったらしいのだが、ここ1年は明らかに別の男からの、それもバカ高い金額のアクセサリーを身に着けるようになっていたらしい。

あとは、これまで1度もブランドバッグやアクセサリー、洋服を強請ってこなかった彼女が、ひきつけを起こしたように強請り攻めしてくるようになったんだとか。

 

「最初は「俺は気の利かない男だからこれくらいのプレゼントは」と思っていたんだが、だんだんと要求がエスカレートしていってな。宝くじを当てたし、余裕はあったんだが、それにしてもこの彼女と結婚後、一緒になるのかと想像したら……」

「あー……ダメだった、と?」

「ああ。自分でも驚くほどサラッと「それじゃあ今日で終わりだな」と言ったんだ。社長からプロポーズされたってことは俺を振る気満々だろうし、俺ももう冷めていたから引き留めるつもりもなくて、むしろその社長と幸せになれよ、くらい思っていたんだ。実際に口にもしたんだが」

「思いっきり引っ叩かれた」

「そうなる」

 

ハハーン、なるほどね!

幼馴染の彼女としては、幼馴染に愛されている自信があったからみっともなくすがってくるはず、とでも思っているのかもしれない。

それがアッサリと手を引かれたものだから、激高してバチーン!か。

最終的には社長と結婚するけど、今後も幼馴染を金ヅル扱いする気だったんだろうな。

ああ、それにしても幼馴染の元カノはもったいないことしたなあ。

コイツほど一途で甲斐性のある男などそうそういないだろう。

なにせ、8年ぶりに再会した幼馴染が目を覚ますまで半年、覚ました後も社会復帰のためにさらに半年、世話を見てくれるのだから。

俺に対してこれなんだから、順調なまま結婚してたらかなりラブラブチュッチュな感じに違いない。

不幸せにしない、どころか全力で幸せにしようとしてくれるだろうに。

 

「明日にはその紅葉も消えてるだろうけど、念のため氷出す?」

「頼む」

「まかせろん!とりあえずコロッケ温め直すからご飯だけよそっといてくれ」

 

了解、と幼馴染が頷く。

ささっと氷嚢を作り、片手間にコロッケを温め直す。

なんて便利な世の中、ノンオイルフライヤー最高だ。

氷嚢を投げ渡し、温め直したコロッケとミニトマト、みそ汁をテーブルに並べると、2人そろって夕飯にありついた。

 

「……そういえばあの夢、もう見なくなったのか?」

「ふぉのふへ?」

「ほら、馬になるとかどうとか、っていう」

 

幼馴染の言葉に、俺は箸を止めた。

 

馬になる夢。

ただしくは、馬に生まれ変わった夢。

 

俺の起き抜け一発目の言葉は「まぶし……」だったみたいだけど、その次、再び目覚めたときに発した言葉は「あれ、俺、馬だよね?」だった。

これが、俺が最初に発した言葉だ、という自覚があるセリフだったのだが、驚くことにこの時の俺は本気で自分が馬だと思っていたのだ。

両手足を見て驚き、鏡に映った自分に驚き、アレッ?なんで人間?どうして?とガチで不思議に思って、2日ほど半狂乱状態。

お前は夢を見てたんだよ、という幼馴染の言葉で正気を取り戻した。

医者たちからは「倒れる直前に思い浮かべていたことがずっと頭に残っていたんでしょうね」と言われたが、あまりにもリアルな夢だったので1か月くらいは毎日、馬になった俺の夢を見続けてはうなされたっけな。

俺は夢の中では「サンジェニュイン」という白毛の馬で、大勢の人間に囲まれ、大事に扱われ、競走馬として競馬場を駆け抜けていた。

芝生を踏みしめた感覚も、背中に人を乗せていた重みも、悔しさも、喜びも、あまりにも本物じみた質感で、夢を見なくなった今でさえ鮮明に思い出すことができる。

退院してからもしばらくは夢に見ていたのだが、ブイチュー馬―として配信を始めてからは、まるきり見なくなった。

 

「あの夢はなんだったんだろうな」

 

コロッケを頬張った幼馴染がそう俺に言う。

俺は首を横に振って、ただ「わからない」と一言だけ返した。

本当に解らなかったからだ。

あんな夢を見続けていた理由も、それがあまりにもリアルだったことも。

ただひとつ言えることは、あの夢の中の俺は、結構幸せそうだったな、ということだ。

 

「そうだ。俺の傷心旅行もかねて北海道の牧場巡りしようと思うんだが」

「うーん唐突!」

「お前、前に配信用の馬ネタが尽きてきた、って言ってただろう。本物の馬に会ったら何かいいネタがあるんじゃないか」

「えぇ……それは……アリだな!ヨシッ!行こうか北海道!」

 

そう言って親指を立てたら、最後のコロッケを奪われた。

 

「アッちょっと!ラスト1個は作り手のものでは!?」

「食事は戦争。潔く負けを認めろ」

「コイツ……!明日の朝食は鮭1枚俺のほうを多くするからな!」

 

そう言ってギャーギャーと言い争う、俺の耳の奥で聞きなれた音が高らかに鳴らされる。

 

── ヒヒーン

 

頭の中でずっとずっと、響き続ける。

 







登場人物

主人公 男
いろいろあったが元気に暮らしている
バ美肉ならぬ馬美肉おにいさん

幼馴染 男
とても一途で全力疾走するタイプ
冷めた時の反動がすごい


【本編について】
美貌馬本編の最新話にアンケートを設置しました
https://syosetu.org/novel/259581/74.html

完全素人ニキの愛馬の名前アンケート、ぜひぜひご協力いただければと思います。


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KANEHIKIRI KITCHEN

本編から話を移動させました。

ぽんこつとぽんこつを世話する保護者の話です(おそらく)


「美味しいねえ、カネヒキリくん!」

 

トーストしただけの食パンと、焼いただけのソーセージとベーコン。

それに不釣り合いなカップの味噌汁を啜って、漬物を噛んで。

上手く巻けなくてぐちゃぐちゃの玉子焼きを頬張って、美味しい美味しいと繰り返すから。

 

「……次は、もっといいものを食わせてやる」

 

私は料理を好きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

私の幼馴染みは絶世の美ウマ娘だ。

顎下までふわふわゆれる白い髪の毛に、大きくてつぶらな青い瞳。

小さな唇は健康的な色合いで、すれ違う人々の視線を集めて止まない。

この世の者とは思えないくらい愛らしく、そこにいるだけで周りを幸せにできる。

少なくとも私は幸せなので、これは誇張表現ではない。

彼女は美しい。

ただ少し── 美しすぎた。

 

トレセン学園の食堂は、中高問わず全生徒、全教員、全トレーナーが利用できるように広々と作られている。

食堂は常に開放されており、人が途絶えることはない。

それが昼食時になるといよいよ足の踏み場もないくらい、と言いたくなるほど大勢の利用者で埋め尽くされてしまう。

席を取られまいと食堂に駆け込むウマ娘が多いことから、時々衝突事故が起きる学園きっての事故現場でもある。

中等部の棟にほど近いところにあるため、中等部の生徒ならば走らなくてもそこそこの席は取れるので今のところ走ったことはない。

いつもの席── 食堂の奥まった、あまり人が寄りつかないエリアに2人分の荷物を置いた。

ひとつは私、カネヒキリの分。もう一つは親友であるサンジェニュインの分だ。

一人が席を確保し、もう一人が食券を手に入れれば手間も減るので効率的である。

普通ならば。

 

スプーンを入れ、そっと開かれたオムライスの中身を見て、私は後悔した。

 

「あ、あ、カネヒキリくぅん……これえ……!」

「……髪の毛、だな」

「ヒエ……」

 

ケチャップライスに絡まる黒い毛は間違いなく髪の毛だ。

よく見ると切った爪らしきものも見える。

サンジェニュインが食券を買ったところを見ていたのだろうか。

この短時間によくもこれだけの量を混ぜられたものだ。

かわいそうに、サンジェニュインはゴミと化したオムライスを前に涙目だ。

イブツコンニュウライスを遠ざけ、私は自分の分のオムライスにもスプーンを入れて中身を確認した。

……よし、こっちは何も入っていないな。

 

「……サンジェニュイン、こちらを」

「ダメダメダメっ!それカネヒキリくんのだかんね!オレ、ここ最近いっつもカネヒキリくんから分けて貰ってる……カネヒキリくんも成長期なんだからちゃんと食べないとダメだぞ」

 

そうは言うが、サンジェニュインからは空腹の音がする。

ここ最近、というより入学してから、サンジェニュインはあまり満足に食事がとれていない。

というのも、食堂や外食をすると、今回のように必ずと言っていいほど食事に異物を混ぜられるからだ。

ちなみにコレは嫌がらせではない。

はじめはその線を疑ったが、実行犯を問い詰めると全員が全員好きでやってしまった、と供述するのである。

つまるところ、完全な好意から髪の毛や爪、すごいときは血を混ぜられているのだ。

やられた本人は「オレが美しすぎるばかりに」と落ち込んでいた。

私もサンジェニュインが美しすぎるあまりに目がくらんだ故の犯行だと思っているが、本人がそれを自覚しているのがまたなんとも言えない。

 

「……もう自分で弁当作るかあ」

「それはやめておけ」

 

本当にやめておけ、と言うかやめてくれサンジェニュイン。

 

「そんな食い気味で……!こ、これでもお米炊くくらいはできるようになったんだかんな!……無洗米に水入れてボタン押すだけだけど」

 

それは成長したなサンジェニュイン。

……いや、心の中で感動している場合ではないが。

 

サンジェニュインは生まれてから今日までろくに台所に立ったこともなく、米を炊くのにも一苦労していたことを思えば感慨深い。

幼稚園から小学校卒業までずっと料理上手の父親たちに育てられた彼女は、料理スキルどころか、生活全般のスキルもなかった。

どれほど無いかというと、生卵を電子レンジで加熱した結果、破壊するほどである。

その数、合計3台。

彼女の父親たちは過保護な面もあったので、彼女を炊事場にあまり入れてこなかったのが徒になった。

幸いトレセンには食堂もクリーニング店もあるので、自分の部屋を最低限に掃除できれば生活はできるのだが、問題がその食堂である。

 

前述したように、サンジェニュインは非常に美しいウマ娘だ。

 

トレーナーをはじめとした人々にも好まれる見目をしているが、何よりウマ娘にモテる。

トレセンに入ってからというものの、その美しさに目が眩んだウマ娘に告白された数は両手足の指を超えてもはや数え切れないほど。

あげくストーカー化してしまい、この手で葬った者も何人いたか……これは余談だったな。

とにかく、美しすぎる故、近づけないならばせめてサンジェニュインに自分を刻みつけてやろう、と愚行に及ぶウマ娘が後を絶たないのだ。

走ることという本能さえ置き去りにする者まで現れたので、これには理事長も頭を抱えて対策に乗り出した。

 

例えばサンジェニュインの部屋の鍵を二重式にしたり、専用の料理人をつけてみたり。

だがこれらすべてはピッキング、窓からの侵入、料理人の買収、果てには料理人と手先の者をすり替えたり、やる方もあの手この手で罪を重ねる。

侵入を試みたり、直に接触してこようとした不届き者は私がどうにかできたが、料理ばかりはすぐに対処できなかった。

 

何度も異物混入が繰り返されたことでサンジェニュインの食は細くなり、ここのところは食欲自体が落ちているようだ。

食事を取ろうとすることも減ってしまっていたが、今日は珍しく「オムライスが食べたい」と食堂まで脚を運んだのに。

これではまた「おなかへってない」と言い張って食べるのを止めてしまうだろう。

口ではそう言っても、空腹を感じなくなるわけではない。

普段からエネルギッシュな分体力の消費が激しいサンジェニュインは、昔からよく食べる方だった。

こんなに食べなくなったのは、私は彼女と出会ってから初めて見る光景だ。

小学生の頃でさえ、お弁当は2段弁当を3つ持ってきてもすぐに食べ尽くしてしまうし、帰り道ではお腹を押さえていたのだから。

そのサンジェニュインの鳴く腹の虫と切なそうな顔を見ると謎の罪悪感に駆られてしまう。

ここ最近は実家から送られてくる漬物やシャケフレーク、ふりかけをおかずに白米を食べ、それに飽きたら冷凍パンケーキを解凍して食べたり、栄養バーを口にしているようだが、それももう限界だろう。

料理上手の父親の影響で舌は異様に肥えているサンジェニュインが、温かさもなければ味の質も劣る食事に満足できるわけがないのだ。

それ以上に身体に良くない。

最近は寝不足も良くならないと言っていたが、満足に取れない食事が原因で間違いないだろう。

食堂の利用も外食もできない。市販品とはいえ一度誰かが触っている購買の菓子パンにも手は伸びない。

かといって料理ができないサンジェニュインに自炊は無理。

怪我をする可能性が高いのであれば習わせることもできない。

あと教育担当が危険人物ではないかを調査する時間が必要になるから却下だ。

サブトレが料理のできる人だから、世話しようかと言われたこともあるが、いくらサブトレとはいえ、男を寮内に招くことも、何よりサンジェニュインを行かせるのもいやだからこれも却下。

 

ああ、どうしたものか。

 

「はむ……む、これにんじん味……次はりんご味送って貰うかあ……」

 

味気ない栄養バーを口にするサンジェニュインも美しい。

だけど私は、前みたいにご飯を美味しそうに頬張るサンジェニュインの方がもっと、もっと美しいと思う。

大きく丸々とした目を嬉しそうに細めて、美味しいねえ、ととろける声で言うサンジェニュインが恋しくてしかたなかった。

 

再びあの姿をみるためにはどうすれば……私が、私自身が作ればいいのか。

逆にどうして今まで思いつかなかったのか。

 

「……サンジェニュイン、明日の朝は部屋で食べるぞ」

「ふぁんへ?」

「飲み込んでから話しなさい……私が、朝食を作ってやる」

 

そうと決まったら特訓だ。

 

 

 

 

 

 

 

「というわけです」

「つまりサンジェニュインに食わせる飯の試食をしてくれっちゅーことか?」

「そうなります。よろしくお願いします、タマモクロス先輩、スーパークリーク先輩」

 

目の前にいる2人は同じ中等部の先輩だ。

小柄な体躯に葦毛のタマモクロス先輩と、豊満な体つきと大人びた顔立ちのスーパークリーク先輩。

タマモクロス先輩は料理ができると噂で、スーパークリーク先輩は実家が託児所だから炊事に精通していると聞いた上での人選だ。

 

「噂のサンジェニュインちゃん、会ったことはまだないですけどと~っても可愛いって聞きましたよ~!」

「なんや1000年に1度の美少女ウマ娘だとか?そこんとこどないなんやカネヒキリ、噂はほんまなんか?ん?」

 

にやにやとした顔でタマモクロス先輩が見上げてくる。

私は、サンジェニュインの容貌を思い浮かべて……うん、可愛い。

いつどんな時のどんな場面を思い出しても可愛くて美しい、それがサンジェニュインだ。

 

当のサンジェニュインは自分の美貌をハッキリと自覚している。

その美貌に人が惹かれ、ジロジロ見られることも自覚している。

ので、あまり人前に出たがらない。

同学年でもない限り、サンジェニュインの顔を知らないと言う生徒も大勢いる。

私たちは食堂を利用することも多いが、なにせ人が多いのでそもそもの遭遇率が低いのだ。

2人も食堂を利用しているようだが、私たちはずっと奥まった場所で食べているので今まで会うことがなかったのだろう。

それを幸運だと言っていいのか、サンジェニュインを生で見たことがないなんて不幸だと言った方がいいのか。

 

「生で見たら視線がそらせなくなるほど、美しいウマ娘ですよ」

 

走る姿なんて見た日には、生涯記憶から消えることはないだろう。

空いた時間ができれば夢想し、空いてなくても思考のほとんどを持って行かれる。

それほどまでに美しいのだ、サンジェニュインというウマ娘は。

 

「え~ほんまかいな!……いやまあ、そら異物盛られるとかよっぽど恨み買われてるかそっちか、くらいやもんな」

「大変なんですねえ……そうだ、私がサンジェニュインちゃんをお預かりして──」

「それは結構です」

 

スーパークリーク先輩には「寄るウマ娘をことごとく赤子にする」という妙な噂もある。

今回は試食に協力してもらうが、サンジェニュインにはなるべく近づけない方が良さそうだ。

 

「で、何を作るつもりなんや?」

「それは……私も料理は初心者同然なので、どういったものを作るのが最適でしょうか」

 

どれくらい初心者かと言えば、やったことがあるのは母の手伝いで野菜を切った程度。

火に掛けたりフライパンを操ったりはしたことがない。

 

「ん~~……朝食の定番言うたら魚かぁ?せやけど初心者にはあかんか」

「無難に玉子焼きなんてどうでしょうか。サンジェニュインちゃんはあまぁい玉子はすきですか~?」

 

甘い玉子焼き。

そういえば小学校のお弁当でも、サンジェニュインは良く詰めてもらっていたな。

お砂糖たっぷり、白だしと醤油ちょっぴり、ふわふわの玉子焼き。

よく「ほっぺた落ちる」と言いながら嬉しそうに口に放り込んでいた。

 

「好きだったはずです。玉子焼きですね……魚が難しいと、おかず……肉とかは」

「せや、ソーセージとかベーコン焼いたら?初心者で肉に他のモンまぜてアレコレするよりは、シンプルに焼くだけのソーセージとかがええで」

 

ソーセージとベーコン。

念のため用意しておいてよかった。

たこさんウィンナーとかにした方が喜ぶだろうか。

サンジェニュインの弁当に入っていたのはいつもその形だったな。

何にせよ焼くだけなら、まあ初心者の私でもそうそう失敗はしないだろう。

 

「あ、カネヒキリちゃんはお味噌汁、作りますか?」

「クリーク、初心者に味噌汁はハードルが高いて。どっかで手間取るしな。最初はカップの味噌汁でええねん」

 

カップの味噌汁を買う、とメモに追加。

サンジェニュインの家はわかめと豆腐だったはずだから、それが入っているものを買おう。

それから、漬物とかで大丈夫だろうか。

実はサンジェニュイン宛ての荷物とは別に、毎月私宛にもサンジェニュインの父親たちから漬物が届いているのだ。

 

「難しいのは、玉子焼きだけですね」

「せやなあ。ま、難しい言うてもひっくり返すコツさえつかめれば大丈夫や!カネヒキリは手先も器用そうやし、そう心配あらへんな」

「数をこなせばその分だけ上手になりますからね!頑張りましょうね~!」

「はい……よろしく、お願いします」

 

サンジェニュインに美味しい朝食を。

またニコニコの笑顔を見るために。

 

私は山ほど用意した卵の山からひとつつかみ、腕を振り上げた。

 

「それはあかーーーーん!!!!!!」

「あらあら……」

 

 

 

 

 

 

 

タマモクロス先輩とスーパークリーク先輩との練習から一夜。

明朝の栗東寮の調理室にて、私は頭を抱えていた。

 

「あんなに練習したのに……何故だ……クソッ」

 

ソーセージとベーコンはなんとか焼けた。

初心者がたこさんウィンナー型に挑戦するとロクな形にはならない、とタマモクロス先輩に窘められたため、ソーセージはそのままの形だ。

焦げ目は見本にした写真通りについたし、ベーコンは火力が強すぎたのか一部かなり焦げているものもあるがそこまで悪くないと思う。

お湯を注ぐだけ、という料理とは呼べないかもしれないが、カップの味噌汁は湯気を立てていて熱々だ。

漬物もきちんと皿に盛り付け、あとは玉子焼きと白米のみ。

それだけだったのに。

それだけできちんとした朝食になったのに。

 

「これは……作った者の贔屓目で見てもスクランブルエッグ……」

 

玉子焼きの形は保っておらず、とりあえずひとまとめにされただけの卵のナニかだ。

夜遅くまでタマモクロス先輩とスーパークリーク先輩に味を見て貰っていたおかげか、味自体は問題なく甘めの玉子焼きではあったが、見た目がどうみても……。

しかもそれだけではない。

私は恐る恐る振り向いて、最初に見たときと変わらない光景に、思わずため息を吐いた。

 

「まさか炊飯器のボタンを押し忘れるなんて……」

 

もう炊き上がっているだろうと開けた炊飯器の中はまだ水浸し。

なんど目を擦ってもナマであり、到底食べれる状態ではない。

玉子焼きを作ることに集中しすぎて、そのほかのものが疎かになってしまった結果だ。

なんという不覚、なんという失態。

穴があったら入りたい……しかしここに穴はなく、私が穴に入っているときにサンジェニュインに何かあったら犯人諸共自爆するしかない。

……サンジェニュインが自室で米を炊いていることを期待するべきか?

いいや、昨日のうちに彼女に「何も作るな」と言ったのは私だ。

素直なサンジェニュインは確実に何も作っていない。

白米なしにこれらを提供するのは……食べれるだろうが私が許せない。

許せないとは言ってもないものはどうしようもない。

何かで代用するしか……。

 

そんなとき、私の視界に映った食パンはまさに救世主だと言ってもいい。

レンジの横に鎮座していたトースターを攫い、急いでパンを詰め込んでボタンを押す。

米は他の誰かに食べて貰おうと、今度こそ炊飯スイッチを押してメモを一筆したためる。

 

【余り物につき、自由に食べてよし】

 

調理台周りを手早く片付け終える頃には、トースターからポンッとパンが飛び出た。

両面がよく焼けていることを確認して皿に盛り付ける。

どう見ても洋食プレートにしか見えない中で漬物と味噌汁の違和感がすごいが、もうどうにもすることはできない。

時刻は朝7時半。そろそろサンジェニュインも起き上がっている頃だろう。

私は意を決してプレートが乗ったトレーを持ち上げ、サンジェニュインの部屋を目指した。

 

 

 

 

 

「ふあ~……かにぇひきりく~ん、おはよお」

「おはようサンジェニュイン。……いま起きたのか」

「明日のご飯なんだろって思ったら寝れなくなっちったからさあ」

 

ふにゃふにゃの笑顔に思わず意識が遠のき、表情筋まで緩みそうになって慌てて引き締める。

いけない、私は鋼のウマ娘。

万事に動ぜず、あらゆる場面で冷静で格好いい。

サンジェニュインがそう言ったので、そうあらねばならない。

 

「……机は片したか?」

「おう!片した!」

 

得意気な顔で申し訳ないが、机の上の荷物がベッドに移動しただけの状態を「片した」とは言えない。

サンジェニュインはこうして時々大雑把なところもあるが、そこも可愛いので無問題だ。

 

「うわあ……トーストとスクランブルエッグ、ソーセージにベーコンだ!味噌汁もある!あ、これうちの漬物~!」

「……座れ」

「これ全部食べていいのか!?」

 

ずいっと寄せられた顔が近すぎて思わずゴクリとツバを飲み込んだ。

10年以上見続けた顔とはいえ、神話級の美貌が視界いっぱいに広がったらさすがに息が止まるだろう。

不自然にならない速度で顔を背ける。

 

「食べさせるために作ったんだ」

 

ほら、とスプーンとフォークを渡す。

この時点でキラキラした目が見られて半ば満足しているところもあるが、本番はここからだ。

いただきます、と手を合わせたサンジェニュインが、どれから食べようかと視線を彷徨わせる。

長めに1分ほど考えて、まずはソーセージにしたようだ。

すべて一口サイズにカットしてある小さなソーセージが、これまた小さな口にポイッと放り込まれる。

ただモノを食べているだけの仕草さえ、このウマ娘は美しい。

 

「ほわ~……そーせーじ……おいし~~!!」

 

なんてことない市販の、いや嘘をついたそこそこ高級な店のソーセージである。

自分でも味見をしたが、なるほど高級店だけあって質がいい。

今まで食べた中で一番サンジェニュインの家のソーセージに味が近かったので、値段も見ずに即決で購入した甲斐があったなと、サンジェニュインの表情を見てそっと拳を握った。

ちなみに食パンもそこそこいい店のパンだったはずだ。……ラベルに「フジキセキのパン、食べるべからず」と書いてあったのでいいパンのはず。

勝手に拝借したのでフジキセキ寮長にはあとで詫びるとしよう。

 

「あっ、これ、これこれ!これうちの玉子焼きだ~~!?」

 

もはやスクランブルエッグにしか見えない玉子焼きを口にして、サンジェニュインはそう言って飛び上がった。

懐かしいよう、と半泣きで食べるので、慌てて目元の涙を拭ってやる。

そうか、実家の玉子焼きの味に似ていたか。

何度も何度も味見を繰り返してよかった。

途中からタマモクロス先輩とスーパークリーク先輩が「あかん、もう味覚が」とか「全部甘いですよ~」とか言い始めたのでちょっと不安だったがお気に召したようだ。

 

「パンも味噌汁も漬物も、全部美味しいねえ!」

 

カネヒキリくんありがとう、とサンジェニュインが笑う。

その「幸せだ」って顔が見たくて見たくて作ったのだ。

青い瞳が光を反射してキラキラと光る、その一瞬が。

 

私は机の下でグッと拳を握って、次、を口にする。

また、を約束する。

途端に輝きを増す瞳を見つめて、引き締められなかった表情筋がゆるりと笑みを作った。

 

 

 

 

 

 

 

 

~おまけ・高等部進学後~

 

「いやあ、ずいぶんと料理の腕が上達したなあカネヒキリ!」

「タマモクロス先輩」

「卵をかち割ろうとしていたウマ娘の作る料理ちゃうでこれ、なに?シェフでも目指しとるんか?店開けるでもう」

 

調理場に所狭しと並べられた料理の数々を見て、これはなんやねん、とタマモクロス先輩が指さす。

それはヨークシャープディング。イギリス料理。

そっちは天津飯と水餃子、中華料理。

そして中央にあるのはフランス料理。ガレットと鴨のコンフィ。

 

「鴨!?どこで手に入れんねんそんなの!」

「近くのフランス料理店の店主と懇意になったので、そのツテで」

「アンタはほんま……なにになるつもりで……」

 

サンジェニュインに常に美味しいと思って貰える料理を作るために余念がないだけだ。

腕を上げるために必要なことはなんでもする。

それこそフランス料理店の店主とだって親しくするし、本場で食べる機会があれば味を覚える努力をする。

タダでサンジェニュインのキラキラ笑顔を見ようなどと、そんな烏滸がましい真似はしない。

あの笑顔には香港100万ドルの夜景さえ霞む価値があるのだ。

1日2時間の料理の練習で見られるなら、格安だろう?

 

私がそう言うと、タマモクロス先輩は胸を押さえた。

 

「コーヒーを……濃いめのコーヒーを誰か……ウチに……」

 

料理に砂糖をいれすぎただろうか?

そう言うと、タマモクロス先輩は苦笑いで「アンタの存在自体が砂糖やねん」と呻いた。

 



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【大百科】【IF】メジロサニーホープ(IFマックイーン産駒ネタ)

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メジロサニーホープ      

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メジロサニーホープ

 

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その他

 

メジロサニーホープとは、2008年生まれの日本の元競走馬、現種牡馬である。サンジェニュイン以来5年ぶりの白毛のJRAレース勝ち馬であり、日本調教馬初、そして世界初の白毛の凱旋門賞勝ち馬となった。

 

主な勝ち鞍

勝ち鞍

2010朝日杯フューチャリティステークス(GⅠ)

2011牡馬クラシック二冠【皐月賞(GⅠ)、日本ダービー(GⅠ)】、報知杯弥生賞(GⅡ)

2011KGVI&QES(GⅠ)

2011凱旋門賞(GⅠ)、フォワ賞(GⅡ)

2012有馬記念(GⅠ)、天皇賞・春(GⅠ)、阪神大賞典(GⅡ)

2012KGVI&QES(GⅠ)

2012凱旋門賞(GⅠ)、フォワ賞(GⅡ)

 

 概要


父:メジロマックイーン

母:メジロティファニー

この並びだけでわかる、圧倒的メジロの血統

父系は3代続く天皇賞・春の覇者、母系は母の全妹にメジロドーベル、4代母にメジロボサツと良血

 

名前の由来は「冠名」+「希望の太陽」から

父・マックイーンの最終産駒であり、母・ティファニーの最終産駒でもある。

この馬が生まれる数年ほど前から、メジロファームは成績不振による廃業の危機に瀕しており、それに加えて配合の前年、マックイーンが体調不良で倒れる不運が続いた。2007年を最後に、マックイーンが種牡馬を引退することが繋養先の社来ファームから発表されると、最後にメジロファームに1頭、マックイーンの仔を迎えたい一心で同牧場のティファニーと配合された末に生まれたのが、同馬である。

マックイーンは種付けから間もなく、役目は果たしたと言わんばかりに誕生日当日に死去。その年の種付けで受胎したのがティファニーのみであったことから、翌2008年に生まれた同馬が最終産駒(物理)となった。

 

サニーホープが生まれたのは奇しくも父・マックイーンの誕生日兼命日と同日であり、往年のマックイーンによく似た白い毛並みだったことから、南野(メジロファーム代表)は「マックイーンが生まれ変わった」と男泣きしたらしい(2011年『優駿』12月号)

当初、白すぎる葦毛だと思われていたサニーホープだが、よくよく見ると葦毛ではなく白毛だと判明。当時、白毛の重賞勝ち馬はまだいなかったこと、そしてかなり大柄だったことから、走っても故障するのではないかと心配されていた。

毛色や体つきこそ父に似たが、「身内の前だと暴れる」と言われたマックイーンの気難しさは受け継がれなかったようで、非常に人懐っこく、コロコロと変わる愛くるしい表情から、オーナーは「走らなくてもこいつは手放さない」と覚悟を決めていたらしい。と同時に、「こいつが走らなかったら潔く牧場を畳む」とスタッフたちに宣言していた。

が、そんな覚悟は知らん、と言わんばかりにサニーホープはめちゃくちゃ走った

 

 

 2010年 2歳


右を見ても左を見ても血縁だらけのメジロファームですくすく育ったサニーホープは2009年の秋、父・マックイーンを管理していた沼江琢馬元調教師の縁で、その息子である沼江寿馬厩舎に入厩。

前述のとおり、白くて愛らしい顔つき、コロコロ変わる表情、人懐っこい性格から、厩務員たちにこぞって可愛がられた。本馬も可愛がられている自覚があるのか、頻繁に甘えては林檎などの果物を強請ったという。

同厩舎の同期にオルフェーヴルがおり、馬房も隣同士。2頭は血統上では叔父と甥の関係(オルフェーヴルの母父がマックイーン)

入厩した2009年秋は、同年の宝塚記念を制覇したばかりのドリームジャーニーが厩舎内で最も勢いがあり、その全弟であるオルフェーヴルも他馬より頭一つ抜けた注目度であった。この頃のサニーホープはまだ「新馬戦勝てるように頑張ろうね」レベル。ぶっちゃけまったく期待されていなかった。

厩舎の期待を背負う同期・オルフェーヴルは、このころはかなり大人しい馬だったが、同馬の記事でも記述がある通り、この大人しさはのちに豹変する。だがこのオルフェーヴル、何故かサニーホープが目の前にいると暴れっぷりが大人しくなった(※後述)

 

他の馬たちがゆっくりと調教を熟す中、異様に呑み込みの早いサニーホープは、デビュー直前には年上の馬を相手に調教を行うようになっていた。しかしその相手は全頭牝馬。というのも、サニーホープを前にすると相手牡馬が馬っけを出してしまうから。

「は?」と思うだろうがマジなのだ。

それも1頭のみならず出会う牡馬全頭である。頭おかしい(確信)

このままではまともに調教もできない、ということで厩舎側からJRAに依頼して競走馬研究所での調査が行われた。ファインモーションのように、サニーホープはモノがついているだけで牝馬の可能性があるのではないか、と疑われたため。

1週間にわたる調査の結果「同馬は間違いなく牡馬。ただし、他の牡馬に好かれる顔立ちをしている」という結論がでた。

 

沼江寿厩舎「いや、そうはならんやろ・・・」

JRA研究所「なっとるやろがい!!!!」

 

ふざけているように見えるが、れっきとした公式回答である。やっぱり頭おかしいな。

こういったこともあり、サニーホープは牝馬とのみ併せ馬をしていた。相手馬の性別で調教結果がどうこう変わる話ではないが、このやたら同性馬に好かれるエピソードを知らない人々からは、ハーレムじゃないと満足できない馬という不名誉なレッテルを貼られている。

 

具体的な対策案が練られるまでの間、牡馬との接触を避けての調教が続けられた。サニーホープは大柄ゆえに、マックイーンのように脚部が不安視されたが、故障の素振りは一切なく、のちに骨の丈夫さが通常の馬の3倍近くあることが判明する。これが後の「サニーホープ、鉄の身体説」の始まりである。

また、雨の翌日の調教で良馬場よりもタイムがよかったことから、厩舎は洋芝の札幌競馬場でのデビューを決定した。関係ないが同期のオルフェーヴルも札幌競馬場で新馬戦に出走し、優勝したものの鞍上を振り落とした

 

この時に振り落とされたオルフェーヴルの後の主戦騎手・川添謙太を鞍上に迎えて挑んだ札幌2歳新馬戦の芝1800メートル。

ゲートが開いたと同時にハナに立ち、後続に影も踏ませぬまま、レコードタイムで逃げ切り優勝

2着馬に10馬身以上の大差をつけての勝利だった。

この1か月前の新馬戦で川添を振り落とした同期とは異なり、川添を乗せたまま華麗に検量室に戻ったサニーホープを見て、馬主席にいた南野は開いた口がふさがらず、付き添っていたスタッフに「もうこれ以降勝てなくっていい。今日きっちり走ってくれたから、これで満足だ」と語った。

 

ま、これだけじゃ終わらないんですけど。

 

陣営はイケると踏んだのか、次走は10月2日の札幌2歳ステークス。

新馬戦から中3週間のスケジュール、パドックで他馬に囲まれる等ストレスを溜める、と「あれ?もしかして選択ミスった?」という陣営の不安をよそに、鞍上に川添を背負って出走。するとまた2着馬に大差をつけて優勝し、重賞制覇を成し遂げた。白毛のJRA新馬レースに白毛牡馬が勝つのも初だったが、重賞制覇も初であった。

南野はその場で崩れ落ち、付き添っていた牧場スタッフに支えられた状態でウィナーズサークルに向かった。メジロファーム生産馬の重賞勝利は、2006年のメジロマイヤーの小倉大賞典(GⅢ)以来4年ぶり。マックイーン産駒としては、2009年にフローラステークス(GⅡ)を勝ったディアジーナ以来のこと。南野は勝利インタビューでもどこか茫然とした様子だった。記者にマイクを向けられた時に言った「なんか……サニーホープ……強いですね……」は使い勝手のいいコピペとして掲示板で今も使われている。

 

サクっと重賞を勝ったサニーホープに、陣営は「ひょっとしたらひょっとするな」と思って今度は12月末の朝日杯フューチュリティステークスへの出走を決定。

当初はオルフェーヴルも出走させる予定だったが、こちらは芙蓉ステークス、京王杯2歳ステークスの負けが響いて回避することとなった。

 

ここを勝てばマックイーン産駒として初のGⅠ勝ち馬。それのみならず、世界初の白毛GⅠ勝ち馬になる。

まさかな、まさかな、とざわ……ざわ……していた陣営だが、当日のサニーホープの調教状態が「完璧すぎた」と沼江師が記者に語ったように、ものすごく調子がよかった。良すぎた。

この年の朝日杯FSには、京王杯2歳S勝ち馬で後のNHKマイルC勝ち馬のグランプリボスや、後に安田記念、オーストラリアのジョージライダーステークスを勝利するリアルインパクトらが顔を揃えていた。

サニーホープはパドック別周、返し馬も余分に回って他馬との接触をできるだけ控えてゲートイン。レースが始まると、抜群のダッシュで先頭をひた走り、先行の構えで追走するリアルインパクト、後方から追い込みをかけるグランプリボスを突き放してゴール。

あまりにも完璧な大逃げに、いつもならレースの大小関係なく勝てば「わーいわーい」と喜ぶ川添が、ゴールした後も「え?なにこれ?」という顔をしていた。勝利騎手インタビューでは「手綱を扱くとか、鞭を打つとか、そういう次元じゃなかったですね。なんていうか、もう、気づいたら全部終わってました」と茫然としたまま答えた。

最初こそ淡々と実況していたアナウンサーも、大差のまま直線を向いた同馬に対して、まだゴールインしてないにも関わらず「2歳馬の勝ち方じゃないぞサニーホープ」と叫び、ウイニングランもおざなりに検量室に戻るところを見て「朝日杯は2回目なのかサニーホープ」と疲れ切ったように言った。

2chでお馴染みの「転生2回目馬説」はこの実況が元。

 

メジロファーム生産馬/所有馬の平地競争GⅠ優勝は、1998年に天皇賞・春を制したメジロブライトにまで遡る必要があり、実に12年ぶりのことであった。デビューから無敗のまま朝日杯FSを優勝したことを評価され、サニーホープはこの年の最優秀2歳牡馬に選出された。

オーナーブリーダーとして久々のGⅠ馬を輩出した南野は、勝利会見でも泣きっぱなしで、ひたすらサニーホープの背を撫でていた。記者に「一言でもいいので言葉をください」と言われると、振り絞るように「マック、お前の仔が勝ったぞ、孝行息子だ」と言った。

 

翌週の有馬記念をドリームジャーニーが制し、沼江寿厩舎は2週連続でGⅠ勝ち馬を出した。

 

 2011年 3歳


最優秀2歳牡馬に選ばれたことで、厩舎でのサニーホープの扱いも変わった。

それまでオルフェーヴルが最も注目を受けていた中で、サニーホープが同クラス、もしくはやや上の待遇を受けるようになった。といってもあくまで「注目度」においてであり、その他の馬と大きく扱いが変わったわけではない。

 

3歳になったサニーホープの初戦は京成杯に決定。

朝日杯FSからまた中3週での出走である。コキ使い過ぎでは?朝日杯FSの勝ち方なら弥生賞直行でもよかったのでは?という外野の圧をはねのけ、当日元気に出走。この時の鞍上も川添騎手。

うっすら雪が積もっていたが馬場に影響はなく、状態も良として発表された。新馬戦や札幌2歳Sの様子から「洋芝への適性」がかなりあると睨んでいた沼江寿師は、もうちょい馬場が荒れてればなあ、と思いつつ、他の出走馬との実力関係だと勝てない理由がない、と若干失礼なことを考えていたらしい(木羽著・メジロサニーホープに捧ぐ p.114)

 

その考えはドンピシャであたり、サニーホープはまたしても大逃げで大差勝ちを収めた。もうテンよくいった時点でこの馬の勝ちまである。

この勝利で3つ目の重賞制覇となったサニーホープは、次走を報知杯弥生賞とし、いよいよクラシックへと向かうことになった。なお、シンザン記念、きさらぎ賞で2着、3着を刻んだオルフェーヴルは、弥生賞ではなくスプリングSへの出走を発表。2頭の主戦騎手を務める川添は、兄のドリームジャーニーに乗っていることもあり、オルフェーヴルのほうに若干入れ込み気味。クラシックで同時出走になった場合はオルフェーヴルを選ぶだろうと囁かれていた。そうなるとここまで無敗のサニーホープの鞍上が空くことになり、騎手たちの間でひそかに争奪戦が開かれることとなる。

 

3月に入ると、弥生賞からサニーホープの主戦騎手を変更する、と沼江寿厩舎より発表が行われた。これまでサニーホープと苦楽(?)を共にしてきた川添はオルフェーヴルの主戦となり、クラシックでライバルとしてサニーホープの前に立つことになる。川添の選択には2chをはじめネット民から「どうして無敗勝ち馬を選ばないのか」と賛否両論が巻き起こったがここでは割愛。

クラシックでも活躍することが期待されるサニーホープの鞍上には、当時ダノンバラード等に騎乗していたレジェンドジョッキー・竹創など、名騎手オールスターズか?と言うようなハイレベルの騎手たちの名前が候補として噂に上がったが、実際に発表されたのは騎手デビュー7年目の若手・芝木真白であった。GⅡやGⅢなどでたびたび名前が上がり、安定したレースを見せて中堅どころに差し掛かったくらいの男だ。正直取り立ててすごいところはない。ライトな競馬ファンにも有名だったことと言えば、この騎手の顔がやたら良いことと、「葦毛と白毛の馬には絶対に乗らない」と宣言していることくらい。

特に後者の影響もあって、2ch等では「おまえ葦毛と白毛には乗らないんちゃうんか!」と言われていた。

 

先の2つ以外で、競馬にある程度親しんだファンならば知っている情報として、サニーホープのJRAレース勝利から遡ること5年前。未だ破られることのない小倉競馬場の芝2000mのレコード保持者である白毛牡馬・サンジェニュインの主戦騎手が、この芝木真白だった。

サンジェニュインは5年前の弥生賞でゴール後に倒れ、心停止。1時間後に死亡が発表された。詳しいことは同馬の記事を参照してほしいが、サンジェニュインの同期はディープインパクトであり、このレースの決着はハナ差3cmでディープインパクトの勝利。ディープインパクトを最も苦しめた馬、として、クラシック未出走、重賞制覇なしで死亡したにも関わらず、「生きていればディープに土をつけたのはこの馬」と言われるほど。

芝木はこの馬をいたく可愛がっており、サンジェニュインが倒れた後、心拍が完全に止まるまでの1時間もの間、その馬体にしがみついて離れなかった。火葬場に送られる時さえ離れようとせず、引きはがそうとすると暴れて「俺も一緒に燃やしてくれ」と叫んだほどである。この年のレースは全戦休養し、翌年から再スタートを切った芝木だったが、前述のとおり白毛・葦毛の馬には乗らないと宣言。サンジェニュインの半弟(クロフネ産駒・葦毛)のデビュー戦に乗ってほしいと頼まれた時さえ断る筋金っぷりであった。

その芝木が弥生賞からサニーホープの主戦騎手になる。一度馬を壊した騎手を乗せるべきじゃない、と批判する声も大きかったが、騎乗技術は問題ないとして厩舎側は変更することはないと重ねて発表した。

 

芝木を鞍上に迎えた弥生賞当日。サニーホープはいつも以上に気合が入っており、若干イレこんでいるようにさえ見えた。心配する沼江寿師を前に、背に乗る芝木が迷いなく「ものすごくテンション高いですが、これはやる気に満ちてるだけです」と言うので、勢いに押された沼江寿師はそのまま見送った(木羽著・サニーホープに捧ぐ p.134)

同レースには東スポ杯2歳Sの勝ち馬・サダムパテック、後に「2強の追走者」と呼ばれる永遠の2番手・ウインバリアシオンも参戦していた。

全頭大人しくゲートインすると、出だしから軽やかな脚取りでハナを突っ走るサニーホープと、それを2番手で必死に追走する3番プレイがギリギリ同じ画面に映るものの、それ以降が映らないという状態に。そして3コーナーに差し掛かったところでプレイも消え、サニーホープが独走。

メジロ由来の圧倒的スタミナと、どこから引っ張ってきたのかわからない、追走すら無駄かと思えるスピードをフルに使ってぶっちぎり優勝した。

つ、強すぎる・・・!

 

このレース後、芝木は勝利騎手インタビューで「逃げすぎではないか」と記者から問われると、「逃げたんじゃなくて追ってたんです」と答えた。何を追っていたのかはこの時明言しなかったが、サニーホープが引退したあとに竹騎手との対談で語った内容として、サンジェニュインを追っていたと答えている。

 

弥生賞1着によって皐月賞の優先権を手に入れたサニーホープと、スプリングSを勝ち上がったオルフェーヴルが、これでいよいよ皐月賞で相まみえることとなる。

 



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【大百科】【IF】シャイニングスズカ(IFサイレンススズカ全弟ネタ)

※本編に載せているIFサイレンススズカ全弟とは一部設定が異なります※

今回の被害馬
・同世代の馬たち(特にGⅠの勝ち鞍を奪ってしまったエイシンプレストさん、エアシャカールさん、アグネスフライトさん)
・テイエムオペラオーさん(秋古馬GⅠ制覇ならず)
・メイショウドトウさん(2着から3着に)
・この年のKGVI&QESと凱旋門賞の勝ち馬(モンジューさんとシンダーさん)

本当にすみませんでした!!!!


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シャイニングスズカ      

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シャイニングスズカ _単語_

シャイニングスズカ

 

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その他

 

The Dream

 

2000年 天皇賞・秋

 

その馬を見ると

 

誰もが祈らずにはいられなかった

 

最速の希望 シャイニングスズカ

 

夢は叶うか

 

いいや 叶えるんだ

 

 

─ JRAブランドCM・The Dream 天皇賞・秋

 

シャイニングスズカ とは、1997年生まれの日本の元競走馬、元種牡馬である。初の白毛のJRAレース勝ち馬であり、2000年のクラシック二冠馬。日本調教馬初、そして世界初の白毛の凱旋門賞勝ち馬でもある。

 

英名:ShiningSuzuka

香港表記:光輝鈴鹿

 

全兄はGⅠ・宝塚記念、GⅡ・毎日王冠などを制したサイレンススズカ

 

以下、当時の月齢、レース名で表記する。

 

主な勝ち鞍

勝ち鞍

19993歳朝日杯3歳テークス(GⅠ)

20004歳牡馬クラシック二冠【皐月賞(GⅠ)、日本ダービー(GⅠ)】、天皇賞・秋(GⅠ)、有馬記念(GⅠ)

20004歳KGVI&QES(GⅠ)

20004歳凱旋門賞(GⅠ)、フォワ賞(GⅡ)

 

 概要


父:サンデーサイレンス

母:ワキア

全兄:サイレンススズカ

半姉:ワキアオブスズカ

半兄:コマンドスズカ、ラスカルスズカ

 

1997年7月2日生まれ。

生産元:稲蒔牧場

 

サンデーサイレンスの5年目産駒であり、ワキアにとっては最後の仔にあたる。

青鹿毛の父と鹿毛の母を持ちながら、シャイニングスズカ自身は突然変異の白毛の持ち主。右目だけ青い、いわゆる「魚目(さめ)」でもあるため、左右で顔の印象が異なる。

産まれた翌月に母・ワキアが死亡したため、以後人工飼育の形が取られた。牧場では「マイサン」の幼名で呼ばれ、気性の大人しい年上の牝馬たちと共に育成された。

 

気性が非常に穏やかで、聞き分けよく従順な性格。

めったなことでは暴れなかったそうだが、納得できないといつまでも走り続ける頑固な一面もあった模様。調教でも本番でもよく走るタイプ。

リンゴが大好物で、にんにくみそが苦手だったようだ。スタミナをつけるために飼い葉ににんにくみそを混ぜると、1度は顔を背けて食べるのを嫌がる仕草を見せるらしい。何度か促すと食べ始めるようなので、単純に味が好みではないのかもしれない。

 

デビューしてからわずか1年と少しの競走馬生活だが、その1年の間に国内外のGⅠを7勝している。

その期間はシャイニングスズカという名にちなんで、「光り輝く1年」とも称された。

 

2000年度のJRA賞は、天皇賞・春、宝塚記念、ジャパンカップを制し、同年重賞6勝のテイエムオペラオーに1票差で敗れ、年度代表馬を逃すも、最優秀4歳牡馬(現・最優秀3歳牡馬)を受賞した。翌2001年には顕彰馬に選出されている。

引退後は種牡馬となり、2002年に初年度がデビュー。

国内外に多くの名馬を輩出した。

代表産駒:SunnyFantastic(英)、ShiningPassion(米)、Lumineu Helissio(仏)、サンライトスズカ(日)

※いずれも種牡馬入りしている。

 

2021年の誕生日翌日、7月3日に永眠。

墓はサイレンススズカと同じく、故郷の稲蒔牧場に建てられ、その墓標には、

 

「兄弟の夢、ここに光射す」

 

と刻まれている。

 


 

 

 1999年 3歳


2歳(当時の表記、現1歳)になった1998年10月にサイレンススズカや他の半兄同様、栗東・橋本満留厩舎に入厩。

1999年夏の新馬戦を目標に育成が進められていたが、調教のパートナーでもあり、仲の良かった兄・サイレンススズカが同年11月、天皇賞・秋で帰らぬ存在になると、調子が上がらず育成が難航。

新馬戦を秋以降にズラして再調整が行われた。

 

デビューは1999年10月31日。

第121回天皇賞・秋を控えた東京競馬場の3R新馬戦に、緑のメンコを付けて出走。

鞍上は兄同様、竹創騎手が務める事になり、1枠1番ゲートに収まった。

サイレンススズカの死後から1年、その全弟ということで人気が高まり、当日は1番人気に支持されていた。

同レースには後にホープフルSや菊花賞の勝ち馬となるエアシャカールや、地方ダートで活躍するスプリングシオンらも参戦。

シャイニングスズカは出だしよくレースを進めると、他馬に影を踏ませることもないまま大逃げを打ち、大歓声を背に圧勝で新馬戦を終えた。天皇賞・秋が行われる同日でのデビュー、1年前の秋天で死亡した兄と同じゼッケンナンバー、騎手等から、サイレンススズカの夢を背負う弟として以後、注目の的となる。

 

同年の朝日杯3歳ステークス(現・朝日杯フューチュリティステークス)でもエイシンプレストらを押さえて勝利すると、これが世界初の白毛馬のGⅠ勝ちとなった。この朝日杯3歳Sの勝利によって、1999年度のJRA賞最優秀3歳牡馬(現・最優秀2歳牡馬)に選出されている。

 

橋本調教師は1998年の朝日杯3歳Sにもアドマイヤコジーンを送り出して優勝しているため、管理馬の同レース優勝はこれが2年連続となった。

 

翌年は報知杯弥生賞から始動することが発表された。

 


 

 

 2000年 4歳 春 国内


発表通り、弥生賞から始動。

3歳時と変わらず逃げを打つシャイニングスズカを追って、2枠4番ナゴヤナンバーがスピードを出すも、6馬身以上のリードを保ったまま最終コーナーへ。7番フサイチゼノンが中団7番手から一気に首を伸ばすと、後方で待機していたエアシャカールが大外からオースミコンドル、ジョウテンブレーヴらの塊を差し切って首位に浮上。

フサイチゼノンとエアシャカールがたたき合うなか、再度加速したシャイニングスズカが5馬身差で逃げ勝った。

 

続く本戦となる皐月賞では大本命1番人気に推され、同条件の中山2000mホープフルSを勝ち上がり、弥生賞でもシンガリから3着まで上がる実力を見せたエアシャカールが2番人気に。3番人気にはフジキセキの2年目産駒であるダイタクリーヴァが、シンザン記念(GⅢ)、スプリングS(GⅡ)での勝ち上がりを評価されて上位に浮上した。

ここまで無敗のシャイニングスズカのオッズが1.3倍とかなり人気していたためか、エアシャカールが7.1倍、ダイタクリーヴァが10.6倍。18頭中18番人気だったピサノガルポのオッズが244倍まで膨れ上がった。

この人気は、逃げ馬として絶大な人気を誇り、レース中の非業の死から熱狂的ファンを多く抱える兄・サイレンススズカの影響に寄るところが大きいとされているが、こうした馬の実力以外の部分での人気が馬券に現れるのはいかがなものか、という意見は当時の競馬関係者からよく耳にした話題である。

この当時のシャイニングスズカは、あくまで「サイレンススズカの全弟」という印象が強く、人気が先行していた面が拭えずにいた。

陣営はこのイメージを払拭しようと、皐月賞での勝利を切望。当日までギリギリの調整が続けられた。

 

迎えた2000年4月16日、第60回皐月賞。

8枠18番に収まったシャイニングスズカは、2番手にパープルエビスを引き連れる形でスタート。4番人気に推されていたラガーレグルスがゲート立ち上がりによって競争除外となるも、タイムリートピック、ダイタクリーヴァがさらに1段下がった位置から集団を形成し、その2頭を中心にジョウテンブレーヴ、トップコマンダー、ニシノアラウンドが追走の構えを取っていた。2番人気のエアシャカールは安定した後方からの競馬を展開。

このレースのシンガリにはトウカイテイオー産駒のチタニックオー、それを背にクリノキングオー、エリモブライアン、ヤマニンリスペクトらがそれぞれ1馬身差の位置で走っていた。

シャイニングスズカは最終コーナーに4馬身リードを保ったまま先頭を走り続け、最終3馬身差で皐月賞を制した。

2着には第4コーナーから末脚を爆発させたエアシャカールが先行集団を差し切って入線。最終はシャイニングスズカとの着差を1馬身縮め、同レース最速の上がり脚を見せた。

 

次走には東京優駿を予定し、皐月賞の翌日にはこれを発表。

当初400mの距離延長に関して、サイレンススズカがマイラー寄りだと思われていたこと(得意距離が1800-2000m)から、シャイニングスズカに2400mは長いのではないかという声もあった。

しかし大柄で胴がやや長いシャイニングスズカの体躯や、2000mを走り切ったあともさらに数百メートルも(少し速度は落ちるが)走り続けることができるスタミナなどを見た馬主サイドは、400mの距離延長に不安なしとして出走を決定した。

 

5月28日当日。

若草S(芝2200m)と京都新聞杯(GⅢ-2000m)を制したアグネスフライトが3番人気、皐月賞2着のエアシャカールが2番人気となった。ちなみにシャイニングスズカとエアシャカールが同レースに出走して1番、2番人気になるのは、これが3戦目。

このレースでは5枠9番に収まったシャイニングスズカ。安定のスタートダッシュで一気に先頭に躍り出ると、その背をタニノソルクバーノ、マイネルブラウ、パープルエビスが猛追。パープルエビスには第2コーナー手前で2馬身まで差を縮められるも、パープルエビス側が掛かり気味だったのか、一瞬速度を落とした隙にシャイニングスズカが伸び、2番手をマイネルブラウが走る展開に。

2番人気のエアシャカールは、3番人気のアグネスフライトと共に後方からレースを進めると、エアシャカールは第3コーナーから集団を抜け出して先行集団に浮上。負けじとアグネスフライトも抜けだし、2頭叩き合いながらシャイニングスズカとの距離を縮めていく。

第3コーナーのカーブでシャイニングスズカが1度バランスを崩してタイムロスすると、その隙を突いたアグネスフライトが1度先頭へ。ただし最後のコーナーカーブを抜け上り坂でシャイニングスズカが巻き返し、このレースを2馬身リードで制した。

 

皐月賞に続いて日本ダービーを制したことで二冠馬に。白毛の二冠馬も史上初。

竹は「納得の脚。ここまでは想定通り」とシャイニングスズカの能力への信頼を見せた。

また、デビューから無敗のため、シンボリルドルフ以来の無敗三冠へ大きな期待を寄せられることに。

しかし橋本満留調教師、並びに馬主は、菊花賞ではなく凱旋門賞への出走を宣言した。

これには当初、ファンから「菊花賞出走を求める嘆願書」が馬主サイドに提出されるなど、かなり批判の声が上がった。

だが厩舎側は、以下の理由により菊花賞に出走させることは考えられないと弁解した。

 

・距離の不安 →2400mの日本ダービーを走破した後、皐月賞よりも疲労の度合いが段違いで大きく、そこから最長2400mが適性の限度だと思われる

・芝質 →調教時、良馬場と重馬場を走らせた後の疲労度がまったく異なり、重馬場の方が疲労軽度、好タイムを出しやすいし、力の要る海外の馬場の方が合っている可能性がある

・2度の坂越え →硬い馬場で疲労を溜めやすいため、長距離+2度の坂越えでは怪我の可能性の方が高い

 

これらを調教師サイドが申し出たところ、馬主サイドから「それならば距離の合う海外のGⅠレースに出したい」と返答があったことで、双方合意の元で菊花賞を回避となった。

二冠馬を大事にしたいという陣営の気持ちが第一にあるが、「菊花賞は最も強い馬が勝つレース」「ルドルフ以来の無敗三冠」というフレーズの前に、ファンからの菊花賞出走を求める声は、完全になくなることはなかった。

 


 

 

 2000年 4歳 夏 イギリス


海外レースへの挑戦が発表されておよ1ヶ月ほど。

ファンと陣営とで温度差が残るまま、シャイニングスズカは渡英が決定。

 

この頃、シャイニングスズカは宝塚記念のファン投票でオグリキャップ以来となる15万票を獲得し1位となりながらも、これを回避。イギリスのKGVI&QES(GⅠ)に追加登録を行ったことが正式に発表された。

同レースにはエアシャカールも出走を予定しており、2頭は互いを帯同馬とすることに。同日に共に検疫厩舎から出発した。

 

7月29日。アスコット競馬場で開催されたKGVI&QES(キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス)には、1999年の凱旋門賞馬・モンジューや、同年のドバイシーマクラシックを制したファンタスティックライト、6月のコロネーションC勝ち馬のダリアプールらが出走。

8頭立ての少数ながら、GⅠクラスが揃う、ハイレベルなレースが予想された。

KGVI&QESは定量戦のため、4歳(国際月齢・3歳)のシャイニングスズカとエアシャカールは斤量55kgと、モンジューら古馬に比べると軽い負担。

レースではモンジューらが押さえの競馬を展開するなか、果敢にハナを切って進む。中盤ファンタスティックライトやダリアプールがシャイニングスズカのハイペースに飲まれたのか、スピードを上げてスタミナを削ると、エアシャカールがその隙間を割くように進出。

力を溜めていたモンジューが最後の上り坂で末脚を見せると、エアシャカールらを差し切ってシャイニングスズカに迫る。

しかし6馬身リードを取っていたシャイニングスズカの脚には追いつかず、シャイニングスズカはそのまま先頭でゴールインした。

 


 

 

 2000年 4歳 秋 フランス


KGVI&QES後は帰厩し、放牧。

その後、正式に凱旋門賞に出走することが表明され、そのステップレースとしてフォワ賞への出走を決定。

8月末に現地入りし、シャンティイで調教を行った。

 

フォワ賞当日となる9月10日。

同レースにはKGVI&QESの2着馬であるモンジューも出走。5頭立ての少数レースで、レースは終始シャイニングスズカとモンジューの叩き合いで展開された。当日は良馬場だったが、元が深く力の要る馬場で、調教師が睨んでいた通りそれがシャイニングスズカに向いていたようで、最後までキレを落とすことなく快勝。

前年の凱旋門賞馬であるモンジューに2勝したことで、シャイニングスズカは凱旋門賞に向けて調子良好であることをアピールした。

 

大本命である凱旋門賞は11頭立て。

10月1日に開催された。

現地でモンジューを押さえて1番人気に選ばれると、同世代のドイツダービー馬・ザムム、フランスオークス馬のエジプトバンド、フランスークス2着、ヴェルメイユ賞勝ち馬のヴォルヴォレッタ、そしてイギリスとアイルランド2国のダービー馬であるシンダーを相手に大逃げ。

フォワ賞での走りを経て、洋芝への適性がすこぶる高いと見抜いていた鞍上の竹は、とにかく出だしからマックススピードで出すことを決めていた。ゲートが開いた瞬間から鞭を打ち、シャイニングスズカを前へ押し出すと2番手に8馬身リード。

日本では1完歩(馬の1歩。個体差はあるが約8m)に連続して10発打つことは禁じられているものの、レース中の総計は決まっていない。だがフランスギャロは2000年に、1レースでの鞭使用可能回数を12回から10回までに制限。竹騎手は前半の1000mで10回を使いきり、その後は1度も鞭を入れていない。

だが映像を見て解る通り、シャイニングスズカは、1000m以降も竹騎手の手綱の扱きを合図に加速を行っており、最後のカーブを曲がる頃には2着馬に11馬身を付け、勝ち時計2分24秒5をマーク。

これは1997年10月5日第76回凱旋門賞の勝ち馬・パントレセレブルが記録した「2分24秒6」をコンマ1秒更新するレコードタイムだった。

この時計は、2011年にデインドリームが「2分24秒49」をマークするまでの11年もの間、更新されることのない記録となる。

 

この勝利後に鞍上の竹は、「レース中はただただ、光だけが見えていました」と発言。馬主からも「ハナに立った時、馬の顔が「勝つぞ」という気力に満ちていて、勝利を確信できました。シャイニングスズカはやはり、素晴らしい馬です」とコメントしている。

 

その頃の日本では、KGVI&QESまで競ってきたエアシャカールが神戸新聞杯に出走。4歳未勝利戦で勝ち上がってから芝で3戦3勝と調子の良かったフサイチソニック相手に3着と後塵を拝すも、続く本戦菊花賞ではセントライト記念2着のトーホウシデンとの熾烈な先頭争いを勝ち抜き、GⅠ初勝利となった。

2頭はジャパンカップでの再戦が待たれたが、シャイニングスズカは帰国後すぐに天皇賞・秋への出走を決定。

その後はジャパンカップを回避して有馬記念への出走を予定していた。エアシャカールはジャパンカップ後に休養し、翌2001年の大阪杯(当時GⅡ)から復帰となったため、2頭が走ったのはKGVI&QESが最後となった。

 


 

 

 2000年 4歳 秋 日本


凱旋門賞を勝ったことで、ようやく「サイレンススズカの全弟」から「シャイニングスズカ」として独立できた同馬。

日本調教馬として初の偉業達成に、国内外から大きな注目を浴びていた。JRAは、1990年代の後半に入ってから落ち込み気味な賑わいを取り戻そうと、シャイニングスズカを全面的にバックアップ。

同年は1999年の皐月賞馬・テイエムオペラオーが無敗のまま秋シーズンを迎え、2頭が天皇賞・秋で激突することが話題になっていたため、この2頭を中心としてプロモーションCM等を多数打ち出した。

 

CM等では「ライバル」だの「決着」だののワードが用いられたが、シャイニングスズカとテイエムオペラオーが同じレースに出走するのは「天皇賞・秋」が初だったため、競馬に詳しければ詳しい人ほど「なに言ってんだ」と冷え込む状態に。

ライバルだのなんだのというならオペラオーとドトウである。

盛り上げたい気持ちはわかるが、もうちょっとこう・・・やり方を考えてもろて・・・!

 

 

 

凱旋門賞勝利の余韻が冷めないまま、時は10月29日。

天候曇り、重馬場の発表となった東京競馬場は、シャイニングスズカからすれば「勝つための条件」がすべて整った状態だと言えた。

それだけでなく、兄・サイレンススズカの死から2年目の第122回天皇賞・秋を、なんの運命の悪戯か「1枠1番」で迎えたシャイニングスズカは、宝塚記念を制して勢いに乗るテイエムオペラオーを押さえ、1番人気に躍り出た。

1番人気1枠1番は、まさに兄の再現であり、ここまで来たら負けるという結果は考えられない状況。

おまけに緑のメンコ、鞍上は竹創騎手だったので、東京競馬場は謎の熱気に包まれていた。

 

ほぼオッズ差なしの2番人気にテイエムオペラオー、3番人気にオールカマーを制したメイショウドトウ、4番人気に前年の菊花賞馬・ナリタトップロードと、有力古馬が出そろった。同世代はNHKマイル勝ち馬のイーグルカフェのみ。

これが3度目の天皇賞・秋、今度こそ勝つぞと意気込む7歳(現・6歳)のステイゴールドや、8歳(7歳)のユーセイトップラン、ダイワテキサス、ジョーヤマトら比較的年上の牡馬たちもいるなか、デビューしたときから一切変えない逃げの戦法でレースをスタート。

ダンシングブレーヴ産駒・ロードブレーブ、メイショウドトウ、毎日王冠勝ち馬トゥナンテがその背を追う最初のコーナー手前で8馬身の差に。シャイニングスズカは兄のレースを再現するように一気に東京のターフを駆け抜け、8万人のファンが見守る中で大ケヤキに突入。それを抜けると大歓声が湧き上がった。

 

実況「光と歓喜の向こう側へ!シャイニングスズカ先頭!先頭!」

 

ゴールまでラストの上り坂と直線を控えたところで、中団で脚を溜めていたテイエムオペラオーがメイショウドトウを引き連れて猛追を開始。しかし重馬場であったこと、その重馬場がシャイニングスズカにとって最も走りやすい馬場状態だったことが有利に働き、着差は縮まることがないままシャイニングスズカが1着でゴールした。

勝ち時計1分57秒5は当時のレコードタイムだが、それを追ったテイエムオペラオーは1分58秒5、メイショウドトウは1分58秒7と、2頭もまた重馬場でありながらかなりのハイスピードを出している。

 

ゴール後には

 

「勝ち時計1分57秒5!2年と1分57秒5です!鞍上・竹創!涙、涙の秋の盾!光を連れて夢を叶えました!」

 

と、2年前のサイレンススズカに絡めて実況が行われた。

 

天皇賞・秋における1番人気の優勝はこれが13年ぶりである。

 

 

この天皇賞・秋の後、2着のテイエムオペラオー、3着のメイショウドトウ、5着のイーグルカフェ、8着のステイゴールドらはジャパンカップへ。

同レースにはシャイニングスズカと同世代のエアシャカール、アグネスフライトらも出走するなか、なんと同期4頭で13~16着を独占しまう。一桁順位に食い込んだ同世代の牝馬は外国馬からの招待馬という、ちょっとコメントが難しい結果に。

ジャパンカップは最終的にいつも通りメイショウドトウとハナ差でやりあったテイエムオペラオーが勝利し、同年GⅠ・3勝。その年のGⅡを含めると重賞6勝目となった。

 

 

シャイニングスズカの2000年最後のレースは有馬記念に決定。

ファン投票では前年のスペシャルウィークに続き、約16万9千票を獲得した。投票2位にはテイエムオペラオーが約13万2千票を得ている。

第45回有馬記念には、同年の高松宮杯(GⅠ)を制したキングヘイローも出走。天皇賞・秋に出走していたステイゴールドらも顔を揃え、シャイニングスズカ的には2戦連続似たようなレース構成になった。

当日の中山競馬場は晴れ渡るような青空、そして良馬場。

竹騎手は当日、調教師と2人で「(馬場が)湿ってて欲しかったですね」とぐちぐち言ってたとか。陣営がそんな話をしているとは思わず、シャイニングスズカは舌ペロしながらパドックを回り、5枠9番にゲートイン。

見慣れたスタートダッシュで先頭になると、小倉大賞典、中山金杯の勝ち馬・ジョービッグバンが2番手、それを見る3番手ホットシークレットは出遅れながらも好位追走。柴畑喜臣騎手を鞍上に迎えた前走ステイヤーズSで7番人気から1着を掴んだ攻めの脚を見せたが、それに並ぶアメリカンボス、マチカネキンノホシ、ナリタトップロードらの集団が囲いながら展開。

テイエムオペラオーはシンガリひとつ前の14番手という後方から競馬を進める形。この日のテイエムオペラオーは「願面強打」に「鼻出血」という、よく走れたなという状態で、レース中もシャイニングスズカが作り出したハイペースによって疲弊した馬が壁を作り、なかなか抜け出せない悪状況。

しかしラスト400m。

鞍上・和久田騎手が「やばいどうしようもうむりわからん」と絶望で真っ青になっていた中、一瞬できた隙をテイエムオペラオーがこじ開け、先行集団に埋もれていたメイショウドトウを引っ張りながら先頭へ。

やはり硬い馬場が脚に合わないのか、天皇賞・秋ほどのスピードが出ないシャイニングスズカを捉えきり、残り200mの時点でテイエムオペラオーが先頭に立った。この時、和久田騎手は「やばい竹さんの馬抜かしたわどうしよ(?)」と頭が真っ白になっていたらしい。

実況は「テイエムだ!テイエム先頭!テイエム来たか!このまま行くか!秋古馬GⅠ・2勝目!」と叫び、場内もシャイニングスズカの初黒星とテイエムオペラオーの勝利を確信する雰囲気に。

 

しかしここで先頭を諦めないのがシャイニングスズカ。

 

100mを切ったところでさらに加速したシャイニングスズカが、ゴール直前で飛び込むように首を思いっきり前に突き出し、なんとかクビ差で勝利を収めた。まさかの大逆転劇に、実況は思わず「テイエムゴール!ッじゃない!シャイニングスズカ!シャイニングスズカゴールイン!」と1回テイエムオペラオーがゴールしたと叫んでいる。

 

この時、竹騎手はシャイニングスズカに鞭を打っていなかったため、馬自体が抜かされまい、負けまいとやった結果である。勝利への執念がすごい。

 

なお和久田騎手は「ゴールしたときは頭がおかしくなりそうでした。負けるとは思ってなかった」とガチ泣き。それはそう。

メイショウドトウの鞍上である安枝騎手も「3頭ほぼ横並びの状態で、シャイニングスズカが最後にジャンプしたんですよ。文字通り」とコメント。

ファンからは「シャイニングスズカとオペラオーの相性が悪すぎた。シャイニングスズカとメイショウドトウがオペラオーの壁」という声も上がるほど、終盤のシャイニングスズカの走りは強かった。

 

これで1999年のデビューから無敗のまま有馬記念を制し、わずか1年でGⅠ・7勝。シンボリルドルフの偉業に並んだ。来年は、テイエムオペラオーが挑戦したように古馬中長距離GⅠ全部出るか!なんて馬主も調教師もニコニコしていた最中、シャイニングスズカの歩様が乱れる。

いちはやくそれに気づいた竹がシャイニングスズカの走りを止めようとすると、シャイニングスズカはふらつきながらも徐々にスピードを落とし、竹を降ろした後に心停止の状態で倒れた。倒れるまでの一連の流れが、まるで騎手を庇うようだった。

2年前の悪夢の再来か、そこまでサイレンススズカを再現しなくていい、とファンが叫ぶ中、半狂乱の竹によって馬運車が呼ばれ、あれよあれよという間にシャイニングスズカが競馬場から立ち去った。

勝利会見は馬主が1人で行ったが、とてもじゃないが「おめでとう」と言える空気ではなく、早々に解散。

馬運車で運ばれたシャイニングスズカは、すぐさま獣医による心肺蘇生処置を受けることに。シャイニングスズカが心肺蘇生処置を受けているその間、竹は必死にサイレンススズカに「まだ連れて行かないで欲しい」と心の中で頼み込んでいたそう。

幸いにも同日に回復。支えなしで歩けるようにもなった。

しかし1度心停止になっていることから、次走は未定とされた。

 

でもファン的には「生きてるのが一番」です。

 

馬主サイドは、調教師や獣医師、鞍上である竹騎手との相談を重ね、今後のシャイニングスズカの大事を取って、有馬記念を最後に引退させることを決定。

シャイニングスズカは、12月31日付けで競走馬登録が抹消された。

 

同年のJRA賞では、なんと1票差でテイエムオペラオーに届かず、年度代表馬は逃しているものの、最優秀4歳牡馬(現・3歳牡馬)を獲得している。また、世界レーティングではKGVI&QES、凱旋門賞や天皇賞・秋での対戦メンバー、走り、レース結果から、当時の日本調教馬の最高である「135」ポイントを獲得した。

 

わずか1年と2ヶ月の短い競走馬生活ながら、与えた感動の大きさはいつまでも人々の記憶に刻まれた。翌年2001年には満票で顕彰馬に選出されている。

引退後は社来スタリオンステーションで種牡馬入り。

2002年に初年度産駒がデビューし、各国に多くの名馬を輩出し続けている。

 


 

 




大百科に載せている鞭の回数はザッとネットで調べた程度なんですけど、もし詳しい内容を知っている方がいたらメッセージください。


このIF世界線のヒト関係者

牧場のヒト
兄貴の分まで元気に走れ

テキ
兄の背を追いすぎるな

タッケさん
乗らないという選択肢がない
一緒に夢をみて一緒に夢を叶えた
実はシャイニングスズカの現役中、ススズとの幽情トレーニングが発生している

和久田くん
とんでもないプレッシャーの中でとんでもない馬に襲われた
数年後、母父オペラオー×父シャイニングスズカの気性難の主戦になるとは知らない

安枝さん
なんだこの馬(なんだこの馬)


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芝木外伝『ずっとすきでいる』
手繰り寄せて、結び直した


曇ってる芝木くんです。

執筆BGMはBUMP OF CHICKENさんの「リボン」


「ブモモッ」

 

鼻を鳴らして、右に、左に。

そして俺の身体に顔を寄せて、何か持ってないか確かめるように鼻先を押しつけてきた。

一点の曇りもない白い馬体を太陽が照らして、目映いくらいに輝く。

満足したのか、また鼻を鳴らしてから離れたその馬の顔を、俺は生涯忘れないだろう。

まるで俺の青春が形を持ったように、目を閉じる度に思い浮かぶ。

 

まるくきらめいた瞳を持つ、あの、美しい馬を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005年3月6日。

中山競馬場で開催された報知杯弥生賞。

大歓声を縫うようにゴール板を抜けた馬体が、なおも芝生を駆ける。

しかし歩様はじわりと乱れ、視界も少しずつ歪んで、そこで初めて違和感を持った。

俺が急いで手綱を引き、止めようとしてもその脚はなかなか落ち着かない。

それでも100メートル進んだところで徐々にスピードが落ちていく。

それに安心する前に、大きく揺れた身体から振り落とされる直前で目一杯に手綱を引いて、その顔が大地に直撃するのを避けることが、その瞬間の俺にできた唯一のことだった。

 

「さ、さん、サンジェニュイン……!!誰か馬運車を、馬運車を早く!!」

 

芝生に横たわる馬体はぴくりとも動かなかった。

駆け寄って、その身体に手を伸ばして、さすってようやく鼓動を知る。

そうでもしなければ感じ取れないほど微弱な命の音が、ただただ、恐ろしかった。

 

「芝木くん、今スタッフに馬運車お願いしてきたからね。だから君も治療を受けて、ね?」

 

どれほどサンジェニュインの馬体をさすっていたのか。

複数の手が俺の身体に触れ、未だ芝生に横たわるサンジェニュインから離そうとする。

俺はそれらを振り切るようにサンジェニュインにしがみついて、まるで子供のように頭を横に振った。

 

「お、俺の、俺のことなんていいんです!さん、サンジェニュインが……ッ!サンジェを先に、どうか……どうか……っ!」

 

息が上がる。

それに反比例するように、サンジェニュインの鼓動は少しずつ小さくなっていく。

俺が声を挙げれば挙げるだけ死へと近づくように。

 

「いい勝負だったのに……残念だ……」

 

馬運車がきて、その馬体が運ばれる瞬間、どこからか聞こえたその言葉に、俺は頭に血が昇るのを感じた。

既に亡くしたモノを惜しむようなその声がたまらなく不快で、俺は周りの目も気にせず、力の限り叫んだ。

 

「サンジェは、サンジェはまだ生きています……っ!」

 

喉を掻きむしるような、心の底からの叫びだった。

 

「今も、この瞬間も……ッ生き足掻いているんです……!!」

 

わずかでしかない音を、懸命に心臓を叩いて、今、この瞬間も生きている。

死んでなんかいない。

まだ、まだ。

生きている。

 

「生きているんだ」

 

もはや、祈りにも満たない。

 

 

 

そこから先の記憶は曖昧だ。

ただ頭の中にあったのは、初めてサンジェニュインに会った日のことや、新馬戦。

調教の時や、普段のふれあい。

手ずからリンゴを与えて、それを美味そうに食っていた時のことや、レース前、元気にパドックを回っていたこと。

共にすごしたすべての時間。

 

── あの時、鞭を打たなければ

 

活き活きとしたサンジェニュインの姿が脳裏を(よぎ)る度に、そう思った。

 

今回のレース、隣ゲートの馬が立ち上がった影響で出遅れたサンジェニュインは、馬群に飲まれたのがよほど嫌だったのか、前へ前へと走ろうとした。

俺は、それを引き留めて、内側を保ったまま上がらせようとして。

……サンジェニュインはきっと、俺が手綱を引いたその瞬間から、それがわかったのだろう。

内側を保ったまま走るということは、馬群の中に留まることとイコールだと理解して、それが嫌でさらに前に行こうとしたんだ。

俺たちの想像の遙か上をいく、とても賢い馬だから、そうだとしても不思議ではなかった。

サンジェニュインは、その特異な体質から、馬込みに入るとストレスを溜めてしまう。

だから内側に留まるという選択肢はきっとなかっただろう。

前へ前へと行こうとするサンジェニュインを見ながら、この脚なら前にいる馬はすべて抜かせると、いけると踏んで鞭を打ったけど、そんなことをせずに外に持ち出せばよかった。

外に出して、少しでも馬群から距離を取らせることができたら、サンジェニュインも無理に脚を動かさずに済んだかも知れない。

今更、たらればでしかないと解っていながら、俺はずっとそんなことを考えていたように思う。

 

暗く沈んでいた意識で、自分の愚策を責めて。

ただその奥底でひたすらにサンジェニュインが目覚めることを願った。

もう1度明るい顔で起き上がるその瞬間を。

たとえ獣医からもう持たないだろうと言われても、テキが頭を下げたように、俺もただ頭を下げ、願い続けていた。

 

そうしてしばらくすると、パチリ、と何事も無かったようにサンジェニュインが目を覚ました。

辺りを見回して、不思議そうな顔をして。

何が起きたかきっとわかっていないだろう、そんな表情で俺たちを見つめ返す。

 

「サンジェ……!サンジェ……!ああ、よく戻ってきた、よく耐えた……っ!」

 

テキがサンジェニュインの頭を掻き抱いて、何度も喜びを口にする。

返事をするように嘶いたサンジェニュインは、目黒さんや近藤さんに順に撫でられて、それから最後に俺を見た。

 

「ブルルッ!」

 

短く鳴いて、それで。

その澄んだ瞳とかち合って、俺は、ひどく動揺した。

あふれんばかりの喜びと、深い安心感を抱きながらも、俺は、その純粋な瞳を真正面から受け止める余裕が、なくて。

 

この世の何よりも美しいと感じた瞳に映る、自分の顔が、世界でいちばん、悍ましいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「考え直さないか、芝木くん」

 

弥生賞から幾日か経った頃。

サイレンスレーシングクラブとの話し合いを終えた俺は、そうテキに引き留められた。

だけどこの時の俺は、ただ「離れなければならない」という思いだけに満ちていた。

テキは苦しそうな顔で、何度も「芝木くんのせいじゃない、不運な事故だ」と俺に言う。

クラブの担当者も、俺に鞍上を降りる必要は無いと言ってくれた。

だけど俺には、サンジェニュインの鞍に乗る資格なんてない。

あの瞳から視線を逸らした、俺には。

 

「……すみません」

 

謝罪をすることしかできなかった。

まるで機械のように繰り返して視線を合わせない俺に、テキは怒ることも無くゆっくりと息を吐いた。

 

「……いつでも戻ってきなさい」

 

その言葉に込められた愛情の深さに、俺はただ、頭を下げた。

 

175センチと、この業界では長身に当たる俺に、声を掛けてくれた厩舎はテキ── 本原先生のところだけだった。

2003年、19歳になる年にデビューしてから、本原厩舎に所属するほぼすべての馬に乗せて貰った。

その年の新人賞を取ることができたのは、テキがいろんな厩舎や馬主にも俺のことを頼み込んで、多くの馬に乗せて貰えたおかげ。

テキに拾って貰えなかったら今の俺はいない。

そんな大恩あるテキに背を向けることになったのに、テキはいつもと変わりなく、俺の背を叩いた。

背に感じたかすかな痛みは、テキの感情を移すように、しばらく消えなかった。

 

 

 

サンジェニュインと別れたのは、桜が舞う日。

その背に乗る後継の騎手として、幼い頃から憧れ続け、この世界に身を投じることを決めたきっかけでもある柴畑(しばたけ)さんに頼み込み、承諾して貰ってからしばらく。

柴畑さんの都合がつき、サンジェニュインと対面することが決まった日を、俺はサンジェニュインとの別れの日に選んだ。

最後にブラッシングをしていったらどうだ、と目黒さんは俺に耳打ちをするけれど、別れるこの日にその温もりに触れたら、奥底にしがみつく未練に火が付きそうで、踏み出せなかった。

力なく首を横に振る俺に、目黒さんはそれ以上言葉をかけなかった。

 

「よし、馬体もキレイになったぞ、サンジェニュイン」

 

目黒さんにブラッシングをしてもらうサンジェニュインは、いつも以上に光り輝いている。

一時は命も危ぶまれたとは思えないくらい、元気そうな姿だ。

その手綱を引いて馬房から出してやると、太陽の光がサンジェニュインの馬体を明るく照らした。

うっすらと黄金色に縁取られた、それがあんまりにも眩しくて、つい目を細める。

感傷的になりすぎているのか、潤んでしまった目が近藤さんにも見えてしまったようで、心配そうな顔をさせてしまった。

彼女もテキや目黒さん同様、弥生賞での出来事は事故だと俺を慰めてくれる。

でもどうしても、俺に一切の責任がなかったとは胸を張って言えなかった。

クラブとの話し合いで鞍上を退くと決めた俺に、テキと同じように2人は顔を曇らせる。

サンジェニュインも何かを感じ取ったのか、俺の顔を押し上げるように鼻先で触れてきた。

 

「……サンジェ。お前は本当に優しい馬だな」

 

馬群に入って怖くて、そんな中で鞭を打たれて走って。

苦しかっただろうに、辛かっただろうに。

鞭を打った張本人である俺に怯えることなく、むしろこうして慰めるような仕草を見せる。

 

「……皐月賞も、お前に乗りたかったよ」

 

俺にもっと腕があれば。

俺がもっとしっかりしていれば。

俺がもっとお前に相応しい騎手だったならば。

 

堂々とその背に乗って、お前と2人、中山のターフを駆け抜けたかった。

お前の鞍上で風を感じて、一緒に夢を見たかった。

 

けれど俺にはその資格はない。

お前から目を逸らした、俺には。

 

やっぱり不思議そうな表情をしたサンジェニュインが、また短く鳴いた。

俺はその目を真正面から見ることもできず、そのくせ、口だけはすらすらと動く。

でもサンジェニュインに言い聞かせるように吐き出す言葉のすべては、結局、俺自身に言い聞かせているに過ぎなかった。

 

「……柴畑さんを信じて、まっすぐ走るんだぞ」

 

大丈夫、あの人はお前を馬群に埋もれさせたり、苦しませるような人じゃないから。

きっとお前を大事に、大事に扱って乗ってくれる。

怪我なんてきっとさせない。

五体満足、無事にお前を走らせて、そして、そして勝たせてくれるから。

お前を、お前自身が渇望して止まない勝利へと導いてくれるはずだから。

 

「ひぃん」

 

か細い鳴き声が響いたその後、サンジェニュインはグイ、と俺の袖を食んだ。

まるで引き留めるかのようなその仕草に、どうしようもなく泣きそうになる。

俺は譫言(うわごと)のように「もう行かないと」と繰り返した。

ちらりと一瞬だけ見たサンジェニュインの瞳は、少し潤んでいるように見えた。

 

「お前は本当に賢い馬だ、サンジェ」

 

俺が乗らないとわかっているのかもしれない。

……ただなんとなく俺の袖を掴んだだけだったとしても、この瞬間だけはそう思っていたかった。

 

「サンジェニュイン」

 

目黒さんがサンジェニュインの名前を呼び、その背を撫でる。

サンジェニュインは躊躇いがちに俺の袖を引いたけど、再度、目黒さんから背を撫でられるとそっと離した。

 

「乗せてくれてありがとう、サンジェニュイン」

 

2004年の冬、初めて会った時。

光り輝く美しさと雄大さに目を奪われた。

その背に乗った時。

力強く大地を駆け抜ける脚に惚れた。

きっともっと上にいく。

この馬は、誰もが知る名馬になる。

その鞍上に選ばれた事が、俺の運命のすべてだと思った。

 

だけど俺には、早すぎたのかも知れない。

巡ってきた幸運に浮かれ、自分の実力が足りないことから目を背けていた。

俺では、サンジェニュインを勝たせてやることも、そもそも、一緒に走る資格なんてなかったのだから。

手放すものの大きさは痛いほど知っている。

知っているから、知っていてなお、俺は、背を向けるのだ。

俺の頭上を照らし続ける太陽から。

 

「……俺の夢はずっと、ずっとお前だよ」

 

堪えきれずに呪いのように言葉を吐いた。

顔はかろうじて笑えただろうか。

ひと思いに背を向け、駆け出すようにその場から逃げた。

早く離れないと、響いた鳴き声に振り向いて、すがりついてしまうと解っていた。

唇を噛んでひたすらに走る。

そんな俺を嘆くように、栗東の桜は吹雪いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンジェニュインの鞍上から降りて、まもなく1ヶ月が経とうとしていた。

 

情けないことに、俺は毎日のように弥生賞の夢を見た。

日々のトレーニングや仕事で疲れ果てても眠れず、最近はむりやり目を閉じて、強制的に眠りの世界に入る。

目立つようになった目の下の隈を見て、知り合いからは精神科の受診も勧められていた。

もう少ししたら利用するかも知れないな、と思いながらも、俺は毎日、迫り来る暗闇に身を委ねる。

その暗闇の向こう側には、ただ悪夢だけがあった。

安寧の地などなく、ひたすらに責め立てる声が俺を追い立てる。

そして最後は白い横顔が芝生にあって、その熱を失った馬体が緑に埋もれていくのだ。

深い死地へとサンジェニュインを引きずり込んでいくのを、俺は喚いて、嘆いて、叫んで。

手を伸ばしても届かない。

完全に埋もれていくその直前に、光のないまるい目が俺を射貫いて、こう言う。

 

『どうして鞭を打ったの?』

 

その言葉に息が止まって、苦しさに目が覚めるのだ。

 

嫌な汗にぐっしょりと濡れたベッドの上で毎日、朝を迎える。

そうして俺は震える手で携帯を手繰り寄せた。

日付を確認し、時間を確認し、荒くなる息を落ち着かせる事もできずに携帯を見つめる。

 

「……ッハイ、芝木です!」

 

鳴り響いた携帯の、開始ボタンを押す。

それだけを待っていたように、俺の口は動いた。

 

「……はい、そうですか。……はい、今日も、ありがとうございます」

 

わずか数分にも満たないやりとり。

俺は聞きたかった言葉を聞いた安心感から、携帯を閉じることも忘れて脱力した。

 

「今日もサンジェニュインは無事」

 

チカチカと光る携帯の画面には、柴畑さんの名前が踊る。

こうして毎週、柴畑さんからサンジェニュインの無事を聞いてようやく、俺は息をすることができた。

今日だけはきっとよく眠れるだろう。

 

そんな日々を繰り返して、皐月賞当日。

サンジェニュインは柴畑さんを背に、確かに中山のゴール板を駆け抜けた。

コーナーカーブでは危うい場面もあって、思わずその名を叫ぶほど動揺してしまったけれど。

それでも最後までサンジェニュインは走った。

迫り来る鹿毛の馬に怯えながらも、先頭を競って、たたき合って。

涙を流しながらも戦っていた。

 

── 俺じゃなくても、サンジェニュインは走れる

 

それに安堵すると同時に、かすかな嫉妬を覚えて、自分の浅ましさに嫌気が差す。

やはり俺は、サンジェニュインに乗るべきではなかったのだと、改めて突きつけられたような気がした。

 

同着ではあったもののGⅠを制してさらに1ヶ月。

日本ダービーを完走したサンジェニュインの目に、涙はなかった。

ハナ差1センチで競り負け、健闘を称える歓声の雨に濡れながらも、サンジェニュインは泣かなかった。

ただ前を、遠く見て、美しい横顔を見せつけて。

その姿に「大人になった」と感心する周りが信じられなかった。

 

アレのどこが大人になったって?

泣くのを堪えて、耐えて。

覚悟を決めたっていう大きな建前で激情を隠しているに過ぎない。

 

どうして誰も気づかない。

破裂寸前の感情を押しとどめて、大人のフリをするサンジェニュインに。

瞳さえ潤むことなく、立ち尽くす姿が痛々しかった。

俺は拳を強く握ることしかできない。

気づいても、俺では何もしてやれることがないと言う事実が、ただ歯がゆい。

それと同じくらい、その背に乗りたかった。

実力が足りていない、と、本当はその資格なんてないとわかっていても。

気づいてしまったから。

サンジェニュインの覚悟に気づいてしまったから。

 

「俺が乗りたい」

 

結局、消しきれずに奥底に隠れ住んでいた「欲」が芽吹く。

 

「俺が、サンジェニュインの背に、乗りたい」

 

1度口にしてしまえばあとは、本物の覚悟を決めるだけだった。

 

 

 

それから俺は、サンジェニュインの鞍上に戻るための実績を積むため、夏競馬で乗れる馬すべてに乗った。

サンジェニュインの鞍上を降りてからも俺に仕事を回してくれたテキや、そのテキのツテで乗せてくれる厩舎や馬主に繰り返し感謝して、乗せて貰えたすべての馬と人馬一体になって勝利を目指した。

時には満足いく結果が出せず、苦しい日もあったけど、それでも前に進む以外に道はない。

柴畑さんからもいくつか紹介を受けて騎乗案件を回してもらいながら、再び乗せて貰える日を夢見ていたある日。

テキから電話があった。

 

「柴畑さんが……!?」

 

柴畑さんが落馬したという話は聞いていた。

だが俺が想像していた以上に深刻な状態だったようで、柴畑さんはしばらくの養生が必要らしい。

サンジェニュインの鞍上を降りることになったと、電話口のテキは深刻そうな声色だった。

だが俺を心配させまいとしてか、テキは一転して明るい声色で話を続けた。

 

「柴畑さんは後任として芝木くんを指名しているよ。……おそらくクラブ側からも依頼の話が行くと思う」

 

それは思いがけない言葉だった。

一瞬、喜びがわき上がる。

でもそれらが柴畑さんの怪我によってもたらされたものだと思うと、心の底から喜ぶことはできなかった。

 

乗りたい、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、唇を噛む。

 

「テキ……俺は……」

 

無駄なプライドが顔を出す。

そんなものを出す資格すらないはずなのに。

俺は何に拘っているんだ。

今すぐ「乗る」と言え、今すぐ!

 

そう俺を掻き立てる声が耳元で喚く。

だとしても俺は、口を開けずにいた。

 

「……芝木くんの葛藤もわかる。けどどうか、しっかり、本音(・・)に向き合って欲しい」

 

そう言われて、通話は終わった。

テキは終始優しい声で、俺の心を揺さぶる。

あの人は時々、感情を見透かしてくることがあった。

たぶん、俺が乗りたがっていることなんてお見通しだろう。

うちの厩舎所属なんだから俺に従え、と言ってしまえばそれで済むだろうに。

それを言わずにいるのが、テキの優しさの証明だった。

 

 

 

俺はその日の夜、騎手仲間から渡されたサンジェニュインの日本ダービーの録画を、ただじっと見つめていた。

頭の中ではずっと、自分がどうしたいのか、その答えを探しながら。

 

《 全頭鼻先揃ったきれいなスタートです。ハナを切るのはこの馬、8番サンジェニュイン 》

 

画面のサンジェニュインは、スタートから先頭を突っ切って走り続ける。

まるで決まった道があるかのように、一切蛇行も横ブレもせずに走るサンジェニュインの姿は、まるで絵画に描かれた馬のようだった。

このレースから付け始めた栗色のメンコには、額に金糸で刺繍された太陽のマークが輝いている。

それを光らせながら進み続ける姿はなるほど、名前と合わさって「太陽」と呼ぶに相応しいものだろう。

一完歩、進む度に抉られていく芝の無残な有様は、それだけでサンジェニュインのパワーが他馬と段違いだってことを見せつける。

それでも同着の皐月賞を除けば、サンジェニュインはまだ重賞を勝っていない。

これほど強くても。

ディープインパクトという馬の前で、サンジェニュインは2番手で在り続けた。

 

それでも、2番手だったとしても、無敗の二冠馬であるディープインパクトとハナ差の攻防を続けるサンジェニュインの評価は、かなり高い。

その鞍上に乗りたいという騎手は、俺が想像する以上にいるだろう。

テキは俺にクラブ側から依頼が来ると言っていたが、おそらくクラブ側は他にも多くの騎手に声を掛けているはずだ。

サイレンスレーシングクラブの所有馬でありながら、その募集額は2000万ちょうどだったサンジェニュイン。

量産型の、毛色だけが珍しい馬だと思われていたのはもう過去のことで、今ではクラブが最も期待を掛ける1頭になっているのだから。

 

《 サンジェニュインの疾走こそが、私の、夢でありました……! 》

 

ハッとなって顔を上げた。

流しっぱなしのテレビには、あの日、涙もなくただ前を向いていたサンジェニュインの姿があった。

力強く「夢」を口にした実況者の声色は、少しだけ涙交じり。

わずか1センチで勝利を逃し、とうとう涙さえ流さなくなった姿を見て堪えきれなくなったのだろう。

 

「……俺の夢も、サンジェニュインだ」

 

もし本当に、クラブ側から依頼がくるとして。

それは多くの騎手、特に俺のような若い騎手からすれば喉から手が出るほど欲しい騎乗案件だ。

声が掛かっている騎手も、そうでない騎手も、隙あらばその鞍上を狙い続けるだろう。

 

── いま、ここを逃したら、俺に次はあるのか?

 

「さあ、どうするか」

 

口ではそう呟いたものの、結局のところ自分の中ではすでに決まっているようなものだった。

あの疾走。

日本ダービーでの横顔。

誰も触れないサンジェニュインの、心の一番底に埋まった激情(もの)に気づいた時から。

 

“ 乗りたい ”

 

嘘偽り、恥じらいなく、俺が、乗りたい。

たとえ今回の騎乗が、柴畑さんの怪我というアクシデントによる巡り合わせだったとしても。

そのチャンスが目の前に転がってきた以上、掴まない選択肢など、はじめから無かったじゃないか。

結局は乗らずにはいられない。

俺が、あいつの背中に。

 

座っていた場所から転がるように走って、ベッドに投げっぱなしにしていた携帯を手に取った。

ろくに使いもしない、仕事関係の番号しかないその電話帳を遡って。

目当ての番号を引き当てて、俺は、息を吸い込んだ。

 

「もしもし……はい、はい、芝木です。夜分遅くにすみません── 柴畑さん」

 

もし、もし本当にその鞍上に乗ることができるならば。

そのチャンスをものにすることができるのだとしたら。

 

もう2度と、掴んで離さない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「並んだかまだ、まだ、サンジェニュイン粘るか、ッいやでも、並んだ、並んで誰が抜く誰が、誰が……!?」

 

手綱を扱く。

前だけを見る。

サンジェニュインは俺の呼吸に応えるように脚を動かし、ひたむきにゴールを目指す。

 

一拍、二拍。

頭の中でリズムを刻んで、手綱から昇ってくるサンジェニュインの鼓動を聞いた。

打ち鳴らす勝利への執念の音は、左からも、2つ。

でも、そのどれにも負けない爆音を、サンジェニュインは響かせた。

 

「3頭それぞれハナ差1センチの決着です……ッ!誰が、誰が勝ってもおかしくは無かった、この激戦を制して──……ッサンジェニュイン!サンジェニュイン1着!」

 

サンジェニュインの心拍は、やがて大歓声に変わり。

その光は、いつまでも眩しく在り続けた。

 

「暮れの中山競馬場に、今、太陽の光が射しました……──ッ!」

 

場内に轟くアナウンスに熱が籠もる。

俺は、心地良い罵声を浴びながら、サンジェニュインの首を撫でた。

 

── ここまで来たな

 

目に水の膜が張るのを、なんとか堪える。

サンジェニュインはしばらくハーツクライと見つめ合ったままその場を動かない。

こいつは、良くも悪くも感情に敏感で、思いを溜めやすい。

レースはたった1頭の勝者に十数頭の敗者が存在するものだ。

それを、賢いサンジェニュインが理解できないとは思っていない。

馬に勝ち負けなんか理解できるものか、と同期には茶化されたりするけど、こいつはわかっているのだ。

自分が勝つ度に潰える夢があることを。

だから、今、こうしてまた、何かを背負い込んでいる。

 

「グランプリホースだぞ、サンジェ!」

 

わざとらしく明るい声で言葉をかけた。

サンジェニュインは短く鼻を鳴らし、俺の合図でまた走り出す。

 

「ウイニングランだ」

 

あの夏。

柴畑さんに頭を下げ、クラブ関係者に頭を下げ、テキに頭を下げ。

そうしてようやく手繰り寄せたサンジェニュインの手綱を、確かに握った日。

また一緒に夢を見ようと手を伸ばした時。

俺の袖を食んで、一筋の涙を流したお前と、心中する覚悟ができた。

あれから3度目のウイニングランだ。

神戸新聞杯で、菊花賞で、そして今日── 有馬記念で。

お前は祝福の雨の中を征く。

俺を乗せて、走って征く。

 

サンジェニュイン。

 

「次は世界だな」

 

俺にとっての運命がお前であるように、お前にとっての運命が俺になるように。

俺は、お前の背中から絶対に降りない。

 

「ヒヒーンッ!」

 

気合いを込めて握り込んだ手綱に、サンジェニュインは、力強く嘶いた。




明日(11/20)も更新ある!!!!

11/21 に3話分いっきに更新がある!!!!
どうしてもどうしても外したくないネタをいれさせてください!!!!
お願いしますなんでもするから……!!!!


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世界は拓かれる

クソデカ感情芝木くん※当社比で甘酸っぱい描写が一瞬あります

11/21投稿分が修正前だったので再投稿です。

11/23 追記
活動報告をしたためました
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=271474&uid=53018


「親父がサンジェニュインのこと好きだったのは、強い馬だったから?」

 

そう俺に尋ねた末の息子に、なんと答えたんだったか。

……ああ、そうだ。

 

「サンジェニュインが俺を、他の誰でもない『俺』を真っ直ぐ見ていたからだよ」

 

その2つの目で俺を貫いていた。

嘘も、偽りも、誤魔化しも、媚びも、偽善も。

そんなものすべてを切り裂いて俺を見つめたまるい瞳。

俺が背中に乗る以上はゴールまで運んでやるよ、と言わんばかりに鳴らされた鼻。

手綱から伝わる至高のリズム。

 

「強いから良いんじゃなくて、サンジェニュインだったから好きなんだ」

 

今も。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2005年12月24日。

有馬記念が終わってすぐの事だった。

大勢の記者たちに囲まれた俺は、フラッシュを炊かれた眩しさに目を細めた。

にこやかな顔で俺にマイクを向ける記者たちは、目が見えていないのだろうか。

フラッシュのせいで俺の顔が見えないっていうのなら、とっととカメラを引っ込めてほしいものだ。

俺はため息をぐっと堪えて口を開いた。

 

「それで、これ以上回答する必要はありますか」

 

その言葉に一瞬だけ静寂が訪れる。

何を言われたのか聞こえなかったのか、眼前の女性記者は一拍おいてから、戸惑ったように首を横に振った。

 

「そうですか。ありがとうございました。これで失礼します」

「ええっ」

「……まだ何か?」

「あ……いえ、あの、大丈夫です。ありがとうございましたっ!」

 

少し態度がキツすぎた自覚はあるが、これ以上時間を無駄にしたくはなかった。

レースに関する質問ならともかく、やれ「好みの女性のタイプ」やら「結婚願望」やら。

いつからレース後の勝利インタビューはこんな不必要な質問で溢れかえってしまったのか。

こんなところで油を売ってるよりも早く、サンジェニュインのコンディションを確かめに行かなければ。

2ヶ月前の菊花賞終了後、激走の反動で立ち上がれずに苦しんでいた白い馬体が脳裏を過る。

駆け出したい気持ちを抑え、ただ速度だけは上げて歩き出した。

馬たちが一時的に置かれている中山の厩舎までそう遠くはない。

そこへ向かう通路脇には、いつからそこにいたのか、テキが仕方なさそうな表情を浮かべて俺を待っていた。

 

「もう少し愛想良くても良いと思うけどね」

「う……努力はします」

「ま、気持ちわからなくもないんだけど、イメージがあるから」

 

テキが苦笑いを浮かべる意味はわかっている。

騎手というのはイメージも大切なものだ。

馬主にとって馬は単なる愛馬ではなく、その馬主のアイコンにも成り得る。

クラブ所有馬ならば、なおのことブランドイメージみたいなものは大事にしなくてはならない。

騎乗技術に問題がなくとも、世間一般的なイメージが悪ければ使いたくない── いわゆる「干される」状態になってしまう。

俺がその背だけは譲りたくないと思っているサンジェニュインは、社来グループの中でも強い影響力を持つ「サイレンスレーシングクラブ」の所有馬だ。

同着の皐月賞を含めれば、菊花賞での勝利で二冠馬になった。

そして初の古馬戦であり、年末のビッグレースである有馬記念を制したことで、その価値は当初の何倍にも膨れ上がっている。

もしかしたら今年のJRA賞年度代表馬にだって選出される可能性があるのだ。

 

「俺も竹さんのように振る舞わないと、とは思ってるんですけど……」

 

年度代表馬、で思い出したのは竹創騎手の姿だった。

先輩であり、何歩も先を行くレジェンドジョッキー。

そんな竹さんは、ジャンルを問わず多くのインタビューや番組に出ている。

聞けば「少しでも競馬に興味を持って貰うため」ということだそうだが、俺が青すぎるからか、それともこの我慢の利かない性格の所為なのか、競馬以外の質問や仕事を打診されると酷く憂鬱な気分になってしまう。

本当なら、竹さんのように「何でも仕事を熟して」こそ、初めて一流と呼ばれるのだろうけど。

 

「そんなに人目を惹く顔ですかね、コレ」

 

自分の顔を触り、俺は息を吐く。

インタビューで、レース以外の事柄で真っ先に話題にあがるのがこの顔だった。

俺の家族は、父も兄たちも、なんなら父方の祖父も似通った顔をしている。

中学は男子校だったし、それを卒業した後は競馬学校だったから異性と過ごした時間は少ないが、共学だった小学校でも特別異性に好かれた記憶はない。

 

本当に、一体なにが面白いんだか。

 

「俺は結構カッコいい顔だと思うけどな。ほらなんだっけ、アイドルグループの。名前覚えてないんだけど娘が好きでね。この前、菊花賞の時の記念写真を見せたら「芸能人みたい!」って喜んでたよ」

「はあ……芸能人……」

 

そういえば中学生の頃、1度だけ芸能事務所に勧誘されたことがあったな。

地元で「スカウトに見せかけてレッスン代を騙し取る詐欺」が流行っていたからそれかと思っていたけど、もしかして……いや、例え本当だったとしても頷かなかっただろう。

幼い頃から騎手になることだけを考えてきたのだから。

 

「俺のことより……テキ、サンジェの様子は?」

「ああ、具合は良さそうだよ。でもやっぱりというか、なんというか。重い馬場で走った後よりはツラそうだけどね」

「立てないだとかは」

「今のところないな。水も飲んでるし。あと1時間くらいしたら馬運車に乗せるつもりだ」

「了解です」

 

元気そうならそれが一番だ。

俺はホッと胸をなで下ろして、テキと共に厩舎に向かった。

サンジェニュインの馬房前に着くと、ちょうど水を飲んでいる途中のサンジェニュインと目があった。

レース中はつけているメンコを外して、クセのある鬣が冬の風に揺れていた。

 

「良い飲みっぷりだな、サンジェ」

 

俺の声かけに1度だけ水桶から顔を上げたサンジェニュインは、何かを閃いたようにまた水桶に顔を突っ込むと、今度は勢いよく上げた。

 

「フルルーンッ!」

「うおっ!?……おいおいお前、お前なあ……水を飛ばすなよ!」

 

顔に浴びた水に驚いていると、サンジェニュインはまっすぐ顔をあげていた。

そしてまるで「イタズラ成功!」とでも言いたげに舌を出して、ご機嫌そうに嘶く。

やったことはともかく、これだけ元気があるなら大丈夫だな。

 

「このイタズラ小僧め!」

 

そう言いながらサンジェニュインの横顔をしばらく撫でる。

遊んで貰ってると思っているのか、時折俺の服を噛むようなイタズラを繰り返すサンジェニュインにそのまま構っていると、あっという間に1時間が経過していた。

 

「お前といると時間が早く感じられるなあ」

 

サンジェニュインは首を傾げたが、見飽きることのない言動の面白さがそうさせるのだと、俺はなんとなく理解して、つい笑った。

笑ったら、まるで「なに笑ってるんだ」と言いたげに頭を甘噛みされた。

 

 

 

準備ができたぞ、と目黒さんに声を掛けられたのは、厩舎にいる馬が残りわずかとなったタイミングだった。

サンジェニュインがこれから乗り込む馬運車には、他にもハーツクライとディープインパクトが乗り込む手筈になっている。

後ろにサンジェニュインを乗せて、その前にハーツクライとディープインパクトの2頭が来るような形で乗せるようだ。

サンジェニュインの手綱を持って馬運車まで連れて行く。

待機していたハーツクライがサンジェニュインの鬣をいきりなり噛み始めたときは驚いたけど、目黒さんたちはグルーミングだから大丈夫だと言っていた。

……目黒さんがいうなら、まあ、たぶんその通りだな。

不思議なほどサンジェニュインと通じ合っている目黒さんの発言だと思うと、根拠のない言葉だったとしても「そうなのか」と思えるから不思議だ。

 

サンジェニュインたちの積み込みが完了し、馬運車が栗東に向けて出発するのを見送る。

おそらく20時より前には栗東に着くだろう。

俺もとっとと荷物をまとめて栗東に向かわなければ。

テキやクラブ関係者に挨拶に回った後、俺は素早く着替えを済ませて中山競馬場から出る。

幸いにも明日以降は休みだ。

テキたちへの感謝も込めて、千葉や東京の土産物を買って帰るのもいいかもな。

サンジェニュインと遊ぶ用のタオルもそろそろ新調しなければ。

 

そんなことを考えながら歩いていると、俺はひとりの女性に話しかけられた。

 

「間違っていたらすみません。サンジェニュインに乗っていた芝木騎手ですか」

「はあ……そうですけど」

 

女性は俺よりも10歳ほど年上に見えた。

30前半と言ったところだろうか。

ベージュ色のコートに、赤いマフラーをしていた。

見覚えのない顔に警戒心が募るも、その表情は真剣そのもので、どこか無碍にできない雰囲気がある。

 

「あの、突然話しかけてしまってすみません、でもどうしても聞きたいことがあって」

「……なんでしょうか」

 

よく見ると女性の手には馬券が握られていた。

刻まれた番号を見るに、サンジェニュインの馬券だ。

とても競馬をするようには見えなかったが、人を見た目で判断することほど愚かなことはない。

それに、俺を最初から「芝木真白」ではなく「サンジェニュインに乗っていた」と表現しているくらいだ。

もしかしたらサンジェニュインの熱心なファンかもしれない。

 

俺がその「聞きたいこと」とやらを待っていると、女性は一瞬だけ躊躇うように言葉を詰まらせ、でも勇気を振り絞るように口を開いた。

 

「サンジェニュインが、サンジェニュインが陽来(あききた)牧場の生産だと聞いたのですが、それは、それは本当ですか……っ!?それと、陽来牧場は今もまだ北海道にある……あるんですね!?」

 

予想外の質問だった。

てっきりサンジェニュインの次走などについて聞かれると思い込んでいた。

だが眼前の女性は真剣そのものといった表情を浮かべ、俺の返事を待っている。

勢いに押されながらも、俺もまた口を開いた。

 

「そう、です。サンジェニュインは社来ファーム・陽来で生産されました。2002年の、7月2日です。陽来も稼働していますが……あの、それが、なにか?」

 

俺が女性の質問に回答し、今度は尋ね返すと、目を見開いていた女性は、小さく肩を振るわせながらも首を横に振った。

 

「い、いいえ……いいえ!」

 

潤んだ目から今にも涙が零れてしまいそうな女性は、しかし悲しみからではなく、嬉しさからそうなっているように思えた。

 

「あの、あなたは……」

「あ、す、すみません……!お疲れのところ、呼び止めて!」

「あっ、ちょっと!」

 

一体なんの意図があってその質問をしたのか。

その真意を聞きたかったけれど、女性は俺の制止に振り返ることなく、そのまま走り去っていった。

もう姿は見えない。

まるで一瞬の幻のようにすら思える。

 

けれどこの時の女性の真意を、俺は約20年以上の時を経て、思わぬ形で知ることになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有馬記念から2ヶ月ほど経ったある日。

2006年になり、サンジェニュインは4歳馬になった。

北海道にある陽来に放牧に出されていたがそれも終え、今は次走に向けて調教が行われている。

サンジェニュインの次走はドバイシーマクラシック。

初の海外遠征だ。

それに向けて、放牧されていた陽来でも洋芝の放牧地で過ごしていたらしい。

 

陽来と言えば、あの日の女性の顔が浮かぶ。

思い切ってテキに相談しようかとも考えたが、サンジェニュインの海外遠征に向けて日々忙殺されているテキを思うと、なかなか踏み出せなかった。

そうこうしているうちに、サンジェニュインがドバイに発つ日まで残りあとわずか。

その日のすべての調教メニューを終えたサンジェニュインは、よほど暇だったのだろう。

たまたま馬房前でしゃがみ込んだ俺を見るやいなや押し倒し、俺の腹を枕にして寝始めてしまった。

 

「まったく……お前は本当に自由な馬だよ」

 

文句を言うように言葉を吐いたが、もちろん、これは文句などではない。

甘ったるい声色になった自覚があったので、周りに誰もいないというのがちょっとした救いになった。

 

「カネヒキリともヴァーミリアンとも会えてないもんな」

 

以前までサンジェニュインの併せ馬の相手だったカネヒキリとヴァーミリアンは、どちらもダート路線に進んだことで会う機会がめっきり減ったようだ。

まあカネヒキリの方は高頻度でサンジェニュインに会いにくるようだが。

前年はサンジェニュインが有馬記念に、カネヒキリがジャパンカップダートや今年のフェブラリーステークスに出る予定だったため、遊ぶのを制限されていたはず。

現在はラインクラフトをはじめとした牝馬を併せ馬の相手にしている。

サンジェニュインは牝馬相手だとどうも遠慮してしまうようで、カネヒキリやヴァーミリアンらとやるような遊び── だいたいは手綱引きみたいなものはやらない。

それで暇で暇で仕方が無いのだろう。

 

「ドバイ遠征ではカネヒキリが帯同馬になるんだ、それまでの辛抱だぞ、サンジェ」

 

俺はそう囁いてサンジェニュインの頭を撫でた。

寝ているとは言っても、馬の睡眠サイクルはさほど長くはないし、あと30分もすれば起きるだろう。

それまで待ってやるか、と俺もその場に寝転ぶことを選び、しばらく馬房の天井を見つめていた。

 

誤算があるとすれば、サンジェニュインの様子を見に近藤さんが来たことだ。

 

「あ、芝木さん」

「あ、近藤さん」

 

その時、ほぼ真下から見上げる形になったせいか、シャツの下から彼女の素肌が見えてしまい、俺は思わず顔を逸らした。

勢いが良すぎたのか、寝藁が鼻にささって声をあげてしまった。

その振動が伝わったのか、サンジェニュインが文句を言うように鼻を鳴らす。

ただ未だ夢の中だったようで、ぐりぐりと俺の腹に顔を押しつけたあと、また眠ってしまった。

その様子に、俺と近藤さんは顔を見合わせてどちらともなく笑い出した。

 

「ふふ……芝木さん、枕になってるんですか」

「ああ、まあ……なんか、ちょうど良い硬さみたいで。高反発枕的なやつなんですかね」

「んふ、っふ、あ、す、すみません……!」

 

なにかがツボに入ったのか、近藤さんが笑いを堪えるように顔を逸らした。

サンジェニュインは相変わらず、鼻を鳴らしながら寝ている。

ここまで人慣れした馬もそういないだろう。

徐々に舌が出始めた横顔を撫でてやると、気持ちよさそうにまた鼻が鳴った。

 

「んふッ!……あ、ああ、そう言えば。海外でも芝木さんが主戦だって聞きましたよ。サンちゃんも心強いと思います、ありがとうございます」

 

俺の視線に合わせるためか、屈んだ近藤さんが俺にそう囁く。

その声色がどこかうれしそうに聞こえて、俺は思わず「近藤さんのおかげでもありますよ」と、その目を見て言葉を繋いだ。

近藤さんは思ってもみなかった言葉だったのか、大きな目をさらに大きく見開いてた。

 

「テキから聞きました。俺がサンジェの鞍上に復帰するの、近藤さんもかなり後押ししてくれたそうで」

 

柴畑さんから、テキから、そして竹さんから。

推薦として押し上げられた1歩の中に、近藤さんの声がしっかりと俺の背中を押している。

芝木真白なら問題ない、と、俺を信じる声が。

 

俺の言葉に近藤さんは勢いよく頭を横に振った。

 

「い、いえいえっ!わっ、私はそんな……!芝木さんの騎乗に問題がないって、そんな当たり前のことを言っただけです!」

「あなたが「当たり前」だと思ったそれらのおかげで、俺は今、サンジェの側に戻れてますよ。……本当に、ありがとうございます」

 

再度、頭を下げる俺に近藤さんは戸惑っていたが、最後ははにかみながら頷いてくれた。

仕事のためか短く切りそろえられた髪や、毅然とした態度から格好良い大人の女性という印象が強かったが、こうしてはにかむ姿を見ると柔らかい印象を受けた。

本来はとても穏やかな女性なのかもしれない。

……キレイに揃えられた髪の、その合間から見えた耳が少し赤かったから、意外と照れ屋なんだな。

確か俺よりも2つか3つ、年上だったはず。

年上相手にこう思うのは生意気かも知れないが、なんだか可愛らしく思えて目が逸らせなくなってしまった。

近藤さんは俺からじっと見られているせいか、困惑からかじわじわと赤くなっていく。

俺も少し顔が赤くなってきたような気がする。

ダメだな、なんとか視線を逸らさないと── と俺が唾を飲み込むと、ブルルッ、と鳴き声が響いた。

ハッとして前を向くと、先ほどまで俺の腹を枕に眠っていたはずのサンジェニュインが、まっすぐと起き上がっていた。

まだ眠そうな目をしているから、半分は夢の中なのかも知れない。

ぼーっとしたように俺をまたぐようにふらふらと歩いて、空っぽの水桶に顔を突っ込んで。

そうして水が無いことに気づいたのか、そこでパッチリと目を開いた。

どうやらここで覚醒したようだ。

 

「フルルーン?」

「あっ、み、水だよね!ごめんね、いま持ってくるからね!そっ、そそそれじゃあ芝木さんここで!」

「あ、ああ、はい……」

 

ハッとしたように顔を逸らした近藤さんは空のバケツを持って水を取りに行った。

去って行く彼女に気の抜けた返事しかできず、俺は少し熱くなった顔を冷ますように仰ぐ。

下に寝藁があるせいか、なんだか身体まで熱いような……本当におかしいな、2月なのにすごく熱い。

パタパタと手で扇ぐ俺が不思議だったのか、それとも未だに寝転がっている俺がおかしく思えたのか、俺に顔を寄せたサンジェニュインが首を傾げた。

 

「……助かったよ、サンジェ」

 

苦笑いを浮かべながらサンジェの顔を撫でると、もっと撫でろと言わんばかりに顔を押しつけてきた。

その要求に応えつつ、俺はまだ冷めない顔の熱をどうしようかと悩む。

それでもさっきよりはだいぶ収まったことを考えると、サンジェのタイミングの悪さ、いや、良さには感謝でいっぱいだ。

 

「なんだかんだ、お前には頭が上がらないな」

 

その頭を支えに起き上がると、不思議と得意気に見える顔を抱きしめた。

 

吹き始めた冷たい夜の風に打たれる。

しばらくその顔を撫でてやると、サンジェニュインはまたうつらうつらと、夢の世界へ片脚を伸ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンジェニュインがドバイに発ってから数日後。

俺もテキと共にドバイに到着した。

サンジェニュインはドバイの馬場が気に入らないのか、調教中も度々苛立った様子を見せていたが、帯同馬をカネヒキリにしたことが功を奏したのか調子は悪くない。

いくら賢いとはいえサンジェニュインも馬。

馬というのは本来、群れを成す生き物だ。

今まで1頭で過ごしていたとはいえ、やっぱり同族がいると安心感が違うのだろう。

馬房に戻すと、以前のように俺や目黒さんを引き留めて遊ぼうとする仕草はなりを潜めた。

隣にいるカネヒキリやハーツクライが遊び相手になっているからだ。

 

……それに安心するやら、少し嫉妬するやら。

 

「馬相手に嫉妬なんて情けない……っ!」

 

俺が顔を覆っていると、目黒さんが俺の背を叩いた。

 

「ははは……芝木くんの気持ちもわからなくはないけどな」

 

栗東に居た頃はほぼ毎時間サンジェニュインの側に付き添っていた目黒さんは、ドバイでは長時間付き添うことはない。

現在、サンジェニュイン以外の管理馬がいない本原厩舎では、サンジェニュインの相手になる馬がいないため、厩務員たちが代わる代わる遊び相手になっていたし、俺だってよくサンジェニュインと遊んだ。

だが繰り返すように、ここにはカネヒキリもハーツクライもいる。

サンジェニュインはもしかしたら産まれて初めて、世代の近い馬と同じ厩舎に過ごすという体験をしているのだ。

そう思うと、とてもじゃないが割って入ろう等という気にはなれない。

それは俺や目黒さんだけでなく、近藤さんやテキも同じようだった。

 

「毎日はしゃいでるからなあ。鬱陶しそうにしているのなんて、昼の暑さで参っている時か、思うようなタイムが出せなかった時くらいだよ」

 

元から調教が楽な馬だったが、ドバイにきてからますます手が掛からなくなった。

 

そう言葉を繋げたのはテキだ。

近藤さんはそれに同意しながらも、でも、と口を開いた。

 

「こっちは本当に寒暖差が激しいですね。夜は馬着を着せないと酷く寒がりますし。サンちゃんはあまり寒さには強くないみたいですから……」

「そうだな。寒さに強くない、かといって暑さに強いわけでもない。朝もなるべく早く脱がせないといけないから、栗東以上に時間管理を厳しくしないと」

 

昼は連日真夏日かというほど暑いドバイだが、夜になると凍えるような寒さに襲われる。

馬は比較的寒さに強いが、だからといってまったく感じないわけではない。

特にサンジェニュインは寒いのはあまり得意ではないようだ。

それで北海道の陽来でどのように過ごしてきたのか、と思ったが、どうやら陽来では適温になるように暖房を入れていたらしい。

こっちではそうもいかない。

だから目黒さんや近藤さんは毎日、夕方になるとサンジェニュインに馬着を着せていた。

 

防寒対策と、白毛の美しさを守るためだというのは解るが、俺には納得のいかないことがあった。

 

「馬着はサンジェに必要なことだからいいんですけど、あのマスコミのアレ、必要ですかね」

 

俺がそういうと、テキは小さな唸り声をあげた。

 

「本当はやめたいんだけどね。ただあの馬着、いろいろ『こもってる』もんで」

「ああ……」

 

馬はタダで走っているわけではない。

そこには俺の想像も及ばないようなイロイロな権利がない交ぜになっているのだ。

数多いるクラブ馬の中でサンジェニュインが、ドバイだけでなく、4月以降は欧州遠征を控えているのも考えると、それを実現させるためのあらゆる契約があるのだろう。

主に金銭面で。

多種多様な柄、色、ブランドの馬着も、それをメディアの前に見せることも、その一種だとテキの一言で感じることができた。

 

「理解はできてもやっぱりフクザツですね」

「こればっかりはな……ただ、それと走りとは別だ。芝木くん、いつも通りで構わない。いつも通り、サンジェの思うがまま走らせてやってくれ」

 

変わらぬ調子でそうテキが言うので、俺もいつも通り力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 

迎えた2006年3月25日。

当日のサンジェニュインは最高のコンディションだった。

トモの張り、毛艶、脚の調子、本人のやる気。

どれをとっても十分だった。

十分だったのに。

 

サンジェニュインは、異国の地で敗北した。

 

わずか2センチ。

ずっとサンジェニュインの背中に張り付いていたハーツクライの、その勝利への執着を前に、サンジェニュインは競り負けた。

 

……いや、サンジェニュインの執念もまたそれに負けないほど強かったはずだ。

差がうまれたとしたら鞍上の力量差、俺の力不足。

そして、陰ることのないハーツクライとグラン・リュベールという騎手の執念。

1度は勝利を確信して掲げた拳を、ゆっくりとサンジェニュインに伸ばした。

そしてその枯れ木のように突っ立っている、今にも消え入りそうな白い馬体に触れた。

 

負けたはずなのにサンジェニュインは泣かない。

あの東京優駿での時のように。

特別悔しいと思っていないのか、負けたことに気づいていないのか?

 

── いいや、違う

 

我慢をしている。

泣けば俺たちがサンジェニュインを心配するだろうと理解しているから。

 

……自分1頭が涙を流さず我慢すれば、みんな明るくなれると本気で信じているのだろうか、この馬は。

手に取るように読み取れた後悔の念を手繰り寄せて、俺は、俺にも言い聞かせるように言葉を紡いだ。

 

「悲壮感に浸って、自分を慰めるのは気持ちが良いか」

 

俺たちを心配させたくない、という盾を掲げて、やせ我慢をすることがそんなに偉いのか。

 

これは、あの桜舞う日。

サンジェニュインに背を向けた自分にも通じる。

自分が悪かったのだ、自分の責任だと酔いしれていたのだと気づくのに、俺はまる1年使った。

だが、1年使ったからこそ、身に染みる。

 

「涙は弱者の証なんかじゃあない」

 

サンジェニュイン。

お前の流す涙は、いつかきっと、お前の道になる。

 

ぽつりと真珠のように落ちた涙を、俺はずっと、覚えていようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2006年4月。

共にドバイで過ごした馬たちは帰国し、サンジェニュインはたった1頭で欧州遠征を行うことになった。

帯同馬を付けずに海外遠征することにテキは難色を示していたが、サンジェニュインが安心できる馬など数が知れている。

最たる候補であったカネヒキリが屈腱炎ため療養に入った今、たとえ1頭だとしても遠征を続行した方がよいとクラブ内で意見がまとまったらしかった。

 

欧州初戦はフランスの春一番のGⅠ・ガネー賞だ。

事前の情報から、地元の有力馬が脚を揃えて出走してくるのは知っていた。

俺はギリギリまで他の馬たちの情報を集め、調べ、確認して。

ガネー賞当日。

馬運車から降り立ったサンジェニュインの姿を見て、確信した。

 

「サンジェニュインなら勝てる」

 

今日も、いつだって、サンジェニュインは最高だから。

 

 

 

重馬場となったガネー賞では、結果として2着馬に26馬身差。

後ろを振り返ってまだ誰も入ってこない数秒は、まるで永遠のようにすら感じられた。

しかしそれは、サンジェニュインのスピードとパワーが他を圧倒しているから。

追いつけない次元まで、サンジェニュインは一息で駆け抜けたから。

 

今日、ほとんど鞭は入れなかった。

ただサンジェニュインの意思ひとつで、ゴールへと向かっていったのだ。

俺が、テキが、目黒さんがファンが、サンジェニュインなら勝てると信じたその願いに応えるように、サンジェニュインは大歓声を浴びた。

 

《 馬に勝ち負けなんてわかるものか 》

 

そう俺をせせら笑ったやつら。

見ているか。

 

サンジェニュインは負けた悔しさを勝利で塗り替えた。

 

これを「勝ち負けを理解している」と呼べないなら、俺たち人間だって、勝ち負けなど知るか。

 

 

 

 

 

 

2006年6月25日、フランスGⅠ・サンクルー大賞典。

2006年7月29日、イギリスGⅠ・キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス。

 

ガネー賞に引き続き、サンクルー大賞典、KGVI&QESといった欧州を代表するGⅠを制したサンジェニュインの価値は、国内外で止まることなど知らぬように高まり続けた。

相手がハリケーンランやプライドをはじめとした地元有力馬だったことや、その勝ち方が評価に繋がったのだろう。

特に欧州での評価は日本以上に高く、社来グループに120億近い金銭トレードが持ち込まれるほど。

初めて聞いた時は「それじゃあもうサンジェニュインに乗れないのか」と絶望すら感じたが、結局実現しなかったことは大きな救いになった。

 

……もし金銭トレードなど行われようものなら、恩も何もかも仇で返して、ただサンジェニュインについていこうか、などと考えるほどにあの数日間は追い詰められた。

それを正直に話した時には、流石の温厚なテキも「入れ込みすぎだ」と俺を叱ったが、俺の絶望と希望の形のすべてが「サンジェニュイン」という馬になっている以上、もう仕方ない。

サンジェニュインが走り切るまでは、俺にとっての最優先はサンジェニュインで在り続けるだろう。

でもまあ、恋人だ、結婚だなんだと聞いてくる記者相手に「サンジェニュイン」と答えた時は苦笑いが返ってきたから、テキもそろそろ諦め気味なのかもしれないな。

 

それでも、もしアイツが引退したら俺も引退する、と言い出さないだけ俺はまだ理性が残っているほうだと思いたい。

 

「調子はどうだ、芝木くん」

「目黒さん!……ええ、サンジェは相変わらず」

 

ふっと、現実から逃げるように沈めていた意識が起き上がる。

目黒さんは心配そうな表情を浮かべて、ぽつりと口を開いた。

 

「そうか。まだダメか」

 

目黒さんの言葉と、その視線の向かう先を見て俺も小さくため息を吐いた。

今日は2006年8月21日。

翌日にはインターナショナルステークスが控えている。

俺たちはヨーク競馬場の待機厩舎にすでに詰めていた。

その馬房に収まるサンジェニュインは、以前のような活発な姿などなく、馬房の奥隅でじっとしている。

 

「本当に、すみません」

 

今にも消え入りそうな声色でそう口を開いたのは近藤さんだった。

目黒さんの影に隠れるようにその場に立ち竦んでいた小さな身体は、小刻みに震えているようにも見えた。

 

「サンちゃんが人の感情に敏感だって言うのはわかっていたはずなのに……私がうかつなことを言わなければ……ッ!」

「近藤さん」

「ッでも、目黒さん!」

 

思い返すのは昨日のことだ。

インターナショナルステークス、そしてその後のレースに向けた記者会見を終えたその時。

ラインクラフトが、サンジェニュインの最たる併せ馬の相手でもあったラインクラフトが死んだと情報が上がった。

JRA職員から形見の赤い手綱を受け取り、駆け寄ってきた近藤さんの顔色と、何かを察したようにその雰囲気を一変させたサンジェニュインの姿が、しっかりの脳裏に焼き付いていた。

あれから一晩たったが、サンジェニュインの調子は戻ること無く、いまも崩れたまま。

 

あの場で言わなければ。

サンジェニュインに聞かせなければ。

 

近藤さんは、サンジェニュインが調子を崩した原因が自分にあると信じて疑わないようだった。

俺は憔悴していく彼女の事も心配になって口を開いた。

 

「近藤さんのせいではないでしょう。テキだって目黒さんだって近藤さんのせいだとは思ってないですよ。もちろん俺もです」

 

今もサンジェニュインは、馬房に飾られた赤い手綱を見つめては、ほとんど表情を動かすことはない。

これまで俺たちの言葉が分っているかのように見せていた様々な反応も、昨日のあの瞬間からまったくといっていいほど見せなくなった。

まるでどこにでもいる普通の馬のように、俺たちが手綱を引かない限りは動かず、嘶くこともない。

だがふとしたように暴れては、俺たちが話しかけるとビクッと身体を震わせる。

そして何かを伝えたいのか細かい嘶きを繰り返して、時間が経つほど落ち着きがなくなっていった。

常にサンジェと通じ合っているようだった目黒さんにさえ、ほとんど感情を見せない。

あれほど通わせていたものが一方通行になったことに、誰でもなく、目黒さんが一番気を揉んでいるようだった。

 

でも。

 

「……サンジェは、俺たちを困らせたくてあんな行動を取っているわけじゃないと思います。もしかしたら本人も、自分の制御ができないんじゃないか、と俺は思うんです」

 

俺たちを嫌いになってあんな行動を取っているとは到底思えなかった。

 

その様子は、どちらかと言えば感情の発露を押さえられない、幼い子供のようで。

暴れた後はいつも罰が悪そうに、一瞬、ひどく申し訳ないと言う顔をするから。

だから俺は、調教中に振り落とされそうになっても、手綱を引いて無視されても、それを恨むことも憎むこともない。

ワザとじゃないとわかっているからだ。

もし俺が、サンジェに対して何かを思うとするならば。

それはただただ心配だけだ。

日に日にきつくなっていく気性に対して一番戸惑って、一番自分を責めているのはサンジェのように見えた。

 

そう言葉をつなげて俺が拳を握ると、近藤さんは少し泣きそうな表情をして口を開いた。

 

「……私、本当はハルノメガミヨが退厩したら厩務員を辞めようって思ってたんです」

「えっ?」

 

初耳だった。

近藤さんとは俺が騎手免許を取って、本原厩舎の所属になった時からの付き合いだったが、そんな話は1度も聞いたことがなかったからだ。

とは言っても、俺は近藤さんが担当した馬に乗ったことはほとんど無かったから関わりはほぼ無かったのだが。

それでも所属厩舎の厩務員の進退については、多少なりとも噂になるし、聞く機会もあったはずなのに、こうして言われるまでまったく知らなかった。

 

「私の実家、千葉で農家やってて。四姉妹の長女だから、はやく婿を連れてきて家業を手伝えって言われてたんです。これからだと思ってたハルノメガミヨの退厩が決まって、ちょっと、なんていうんですか。それまで張っていた糸がぷつん、と切れてしまって」

 

酷い仕打ちの告白を打ち明けるように彼女は言葉を続けた。

その背中を、目黒さんがそっと撫でる。

 

「もう実家に帰った方が良いのかな、と思ってたときに、目黒さんのサポート要員としてサンちゃんに付くことになったんです。……初めてサンちゃんに会った時、彼、まっすぐと私の目を覗き込んで。その目があんまりにもキレイだったから、もうしばらく側で見ていたいって欲がでちゃって」

 

そう思った日を思い出しているのか、近藤さんは少しだけ表情を緩めて、それから唇を柔らかく噛みしめた。

 

「サンちゃんは、私にとって天使みたいな馬なんです。毎日笑顔をくれる。ただかわいいだけじゃなくて、私に「夢を追い続ける」って事を教えてくれた、特別な馬。かけがえのない、大切な……っ」

 

言葉のひとつひとつに込められた想いには、自分でも驚くほど、共感できた。

嘘偽りのない、飾りもない、近藤さんの言う、サンジェの目のようにまっすぐな。

近藤さんの目から一筋だけ涙が流れた。

彼女は気丈な女性だから、さっとその涙を拭ってまた顔を上げる。

 

「私はサンちゃんを「人間の感情を解っている賢い仔」だと理解していると思い込んで、でも結局は「馬だから」と思っていたんです。だから、だからこんなことになった。……そんな私が言うのは間違いかもしれません。それでもお願いです」

 

近藤さんが深々と頭を下げる。

 

「あと1日しかなくても。最後まで、諦めたくないんです」

 

サンジェニュインは今も宙を見つめている。

近藤さんは顔を上げると、視線の合わないサンジェニュインの横顔を、寂しそうに見た。

 

「蹴られても、噛まれても、嫌がられても。彼の心に触れたいんです」

 

俺は、真正面から受け止めた近藤さんの、その凜とした姿に視線を奪われていた。

えも言われぬ感情が奥底からわき上がってくる。

ふいに俺たちを見たサンジェニュインの、ガラス玉みたいな目がそれを写し取って。

 

「触れて、愛を伝えたい」

 

瞳に宿る感情を、俺も愛と呼びたくなった。

 

 

 

 

 

 

2006年8月22日、イギリスGⅠ・インターナショナルステークス。

ゲート入りまでサンジェニュインは調子を落としたまま。

空洞のような目は変わらず、俺の呼びかけにも答えなかった。

 

それでも俺は言葉をかけ続ける。

途方もない愛情を込めながら。

 

「……サンジェ。俺がついてるからな」

 

開け放たれたゲートの向こう側に向かってサンジェニュインは駆ける。

焦るように、苛立ったように、おかしそうに、寂しそうに、泣きそうに。

俺の鞭にも、扱きにも反応せず、ただ誰かと競うように走る。

 

それでも最後に、サンジェニュインは最後に、力を込めて大地を蹴り上げた。

 

「── いけるか、サンジェ!」

 

俺の呼びかけが赤い手綱を伝い、サンジェニュインの身体を震わせる。

それまで繋げることができなかった点と点が結び合って、今。

 

今、今、今、この瞬間。

 

サンジェニュインは確かに、俺に応えた。

赤い手綱を伝って。

それは運命の糸のように伸びる。

どこまでも、どこまでも。

 

 

 

 

 

「サンちゃん……っ!」

 

ウイニングランを済ませ、その手綱を近藤さんに渡す。

赤い手綱をしっかり握った彼女は、サンジェニュインに手を伸ばして。

この2日間、ガラス玉のような目をしていたサンジェニュインは、その呼びかけに振り向いて──。

 

「ヒッヒーンッ!」

 

振り向いて、大きな声で嘶いた(わらった)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、優駿の門が開かれる。




主な登場人馬

サンジェニュイン
2人が全然進展しない!
※またしても何も知らないサンジェニュイン

芝木くん
ノータイムクソデカ感情

イサノちゃん
おそらく作中一番きれいな感情


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優駿の門、その向こう側

曇らせ回をすべて④につめたのでこれはハッピー回です

※凱旋門賞の実況は、本編の実況とは別実況(別メディア)の実況にしたので、改めてお楽しみください。

22時ぴったりに更新しようと思ったのに前書き書いてないことを思い出して追加です(白目)

2021/12/20 追記
同人誌について活動報告に追記しました
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=272812&uid=53018


「帯同馬がディープインパクトって……俺は賛成できません!」

 

そう言って声を荒げた俺に言葉を返したのは、テキではなく目黒さんだった。

 

「こちらから進んで決めたわけじゃない。サンジェニュインが牡馬を、特に負けた記憶のあるディープインパクトを苦手に思っているのは理解しているからな。それでも、まったく知らない牡馬を帯同馬にするよりは、ディープインパクトと共に行かせる方がメリットがある」

「それは……!ッパンジャンマックスは?フランス遠征ならあの馬がいるはずじゃ」

 

今度はテキが口を開いた。

 

「それなんだけど、パンジャンマックスはイギリスの馬主に買い戻されてね。……まあ、モーリスドギー賞で最低人気からの4馬身差圧勝だっただろう?それで戻されて……今はフランスにいないんだよ」

「じゃ、じゃあヴァーミリアンは?今回の検疫で帯同するって聞きました。フランスまでついてきて貰うことはできないんですか?」

 

我ながら苦しい質問だったと思う。

案の定、テキは首を横に振った。

 

「そりゃ無茶だ。ヴァーミリアンは11月のレースで復帰が決まっているからな。検疫厩舎内ならともかく、海外遠征に帯同となると遠征費も追加で掛かるし、帰国後の検疫スケジュールだと厳しいから」

「でも、よりによってディープインパクトなんて……」

 

ディープインパクトと対戦したのは去年の有馬記念が最後。

それ以降は海外レースに専念していたため会うことも無かったが、レース後に同じ馬運車に乗せられた時の嫌がりようや、馬運車から降りてきた時の顔を見ているとまずい相手に思える。

凱旋門賞に挑むのに、テンションを下げる可能性がある馬と互いを帯同馬とすることに、俺は賛成できずにいた。

もちろん、目黒さんやテキの言い分がわからないわけではない。

確かに、まったく知らない牡馬を帯同馬とするよりは、ディープインパクトにした方がいくらかマシだろう。

それはわかるが、サンジェニュインの精神的負担がどれほど大きくなるか、想像するといっそ1頭だけの方が良かったのでは無いかと思ってしまった。

でも、俺よりもよほどサンジェニュインに詳しい目黒さんまでも同意しているのであれば、もはや口を挟む隙間はない。

俺はテキに頷き、案内されるまま会見会場まで足を進めることにした。

 

「心配するほど悪いことにはならないと思う。サンジェニュインも精神的にいくらか大人になった。馬同士の関係に折り合いを付けることも上手くなったように思うよ。それに、帯同馬とは言え、四六時中べったりさせるわけじゃないから」

 

俺がなおも不満そうな顔をしているように見えたのか、目黒さんは苦笑いを浮かべながらそう続けた。

 

確か、カネヒキリの時はほとんど2頭セットで行動していた。

だがディープインパクトとの遠征では、馬房こそ隣同士で、調教のパートナーも務めるが、それ以外では離して行動させるのだと言う。

それならサンジェニュインの負担もいくらか軽くなるかもしれない。

少しだけホッとして息を吐くと、会見が開かれる会場の前に着いた。

 

「本原先生、目黒さん、芝木騎手、本日はよろしくお願いしますね」

「水野さん。はい、よろしくお願いします!」

 

今回の会見にはサイレンスレーシングクラブからも人が入る。

クラブ馬のスケジュール管理の責任者である水野さんにその役目が振られたようだ。

軽く挨拶を済ませ、テキと水野さんが会見の段取りを打ち合わせているのを離れた場所から見つめた。

 

「や、芝木くん」

「た、竹さん!お久しぶりですね」

「うん。1年ぶり?」

「いや、そんなには経ってないです」

「ははは、冗談だよ」

 

明るく、穏やかな表情で話しかけてきたのは(たけ)(はじめ)騎手だ。

この会見にはディープインパクト陣営も出ることになっている。

早い話が合同会見というやつだ。

竹さんもテキが段取りの打ち合わせに入ったから手持ち無沙汰になったのだろう。

 

「欧州戦、4戦4勝、おめでとう」

「あ、ありがとうございます」

 

いくつか年上の、それもレジェンドと呼ばれるジョッキーに真正面から褒められるとむず痒いものがある。

……それとは別として、なんだか竹さんには妙な気まずさと苦手意識があるんだよな。

竹さんの方はなんとも思っていないだろうから、俺が一方的に感じているだけなのだが。

 

「ずっと、このレースを待ってたんだよ」

 

妙に気合いの入った声に、俺は背筋から駆け上がってくる悪寒に震えて振り返った。

竹さんは俺をまっすぐ見たまま、薄ら笑いを浮かべる。

 

「神戸新聞杯、菊花賞に有馬記念。サンジェニュインに負けたまま期間が空いちゃったからね。僕もディープインパクトも、リベンジを狙ってたんだ。……初の海外戦だったとしても、ディープインパクトは負けないよ」

 

正々堂々、真正面からの宣戦布告。

 

── ああ、そうか

 

お互い、自分の馬こそが最高だと信じているから。

それを誰にも譲れないから。

 

俺はこの人が苦手なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「次の質問を── どうぞ」

「ありがとうございます。スポーツ東園社、記者の伊瀬です。海外遠征について、心配ごと等をお聞かせ頂きたいです。まずは沼江厩舎様からお願いします」

 

会見が始まって約1時間。

凱旋門賞のための遠征スケジュール、滞在場所、調教、騎手について発表があったあと、質疑応答の時間が設けられた。

これですでに11個目の質問だ。

幸いなことに、以前のような私的な質問をしてくる記者がいない。

参加できるメディアを絞った結果だろうけど。

 

質問者に話題を振られ、沼江厩舎の主── 沼江調教師はマイクを手に取って話し始めた。

 

「海外遠征についてですか。我々としては心配は何一つしていません。ディープインパクトはロンシャン競馬場のターフに適応するために必要な調教を積んできましたし、母方の血統を見れば欧州の馬場にも適応できるものと考えています。騎手も慣れ親しんだ竹騎手に乗って頂きますし、準備は万全。憂いなしです」

 

沼江調教師の言葉に淀みはない。

ハッキリとした自信が感じ取れる話し口は、きっと画面向こうの大勢のファンたちを安心させるだろう。

 

今年度は3戦3勝。

国内レース負け知らずのディープインパクト。

その唯一の懸念事項が「海外レースの経験がない」という1点だった。

質問した記者はおそらくディープインパクトのファンなのだろう。

ホッとしたような、どこか満足そうな顔でひとつ頷くと、今度はテキに話題を向けた。

 

「沼江調教師、ありがとうございます。……本原厩舎様はどのようなお考えでしょうか」

「そう、ですね……」

 

テキは1度言葉を句切ると、確認するように俺の方を向いた。

俺は間髪入れず、それに強く頷き返す。

考える素振りも見せずに頷いた俺を見て、テキは、満足そうに言葉を繋げた。

 

「4月にガネー賞に出走してから5ヶ月近くが経ちました。これまで欧州4レースに出走し、地元の有力馬を相手に勝利した経験は、サンジェニュインにとって大きな実りになったものと確信しています。洋芝への適性も、実力も、欧州の馬に何一つ劣らない。── 凱旋門賞では、優勝以外は考えていません」

 

小さな歓声と共にフラッシュが焚かれる。

俺はそのまばゆさに目を閉じることなく、前を真っ直ぐと見つめた。

 

「じ、実質の勝利宣言と受け止めてもよろしいでしょうか」

「主戦の芝木騎手にも、何より走るサンジェニュインにも、大きく期待していることは確かです」

 

言い切ったテキに、質問した記者はどこか動揺しているようだった。

これまでひとつひとつ考えながら発言していたテキが、ほぼノータイムで返してきたことが意外だったのだろうか。

テキの発言に同意するように俺が頷くと、今度はそれを鋭く拾った記者が手を挙げる。

 

「西スポです。芝木騎手に質問よろしいでしょうか」

「残り2分ですので……」

「お願いします」

「残り時間が迫っていますので……」

「かまいません。質問をどうぞ」

 

司会者から視線を向けられて、俺はマイクを手に取って言葉を返す。

西スポの記者── 笹島(ささじま)さんとは騎手デビューしてからの付き合いだ。

サンジェニュインの新馬戦から全レース、サンジェニュインの記事を書いてくれている。

意外と人を選り好みするきらいがあるサンジェニュインが、カメラを向けられても快く受け入れる相手。

まずい質問をしてくることもないだろうし、下手な記事を書くこともないだろうという、深い信頼があった。

テキも相手が笹島さんだと解って、安心したような表情を浮かべていた。

 

「芝木騎手、ありがとうございます。それではさっそく質問ですが……芝木騎手はこの凱旋門賞、勝算は如何ほどでしょうか」

 

質問してきた笹島さんはどこか期待をしているような顔をしていた。

俺はそれを見て、苦笑いを浮かべそうになるのを堪える。

笹島さんが求めている言葉は手に取るように分ったし、向こうも解っているだろうけど、それでも俺は口を開いた。

 

「── 100%、勝つつもりです」

 

大きくどよめいた会場で、質問してきた笹島さんと、反対隣に座っていた竹さんだけが、面白そうに笑っていたのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本での検疫を終え、フランスに入国。

サンジェニュインとディープインパクトは、共に国際厩舎に入厩した。

事前の説明通り、馬房は隣同士で一部調教のパートナーも務めたが、基本的には時間を分けて調教が行われた。

凱旋門賞が行われる前日の今日、サンジェニュインはリラックスした状態で馬房に寝転がっていた。

ゆっくりと瞬きが行われているのを見ると、もう夢の世界に片脚を半分突っ込んでいるところだろう。

その状態のまま口を動かしているせいで、半分ほど寝藁を食っていた。

だいぶ間抜けな寝顔だったが、それが可愛く思えて仕方なかった。

 

「あ、芝木さん」

「近藤さん、こんばんは」

「こんばんは!……あれ、もしかしてサンちゃん、寝てますか?」

「さっきまでまだ半分起きてたんですけど……今は寝てますね」

 

換えの水だろうか、バケツを持った近藤さんに尋ねられ、俺はサンジェニュインの馬房を再度覗き込んだ。

さっきまではゆるく瞬きしていた目も閉じている。

本格的に眠りの世界に入ったようだ。

 

「ディープインパクト号にもだいぶ慣れましたよね」

「……あー、そうですね。隣の馬房から明らかに覗き込まれてるのに、寝てますからね」

 

サンジェニュインが寝転んでいる隣の馬房から、首を伸ばしている鹿毛の馬を見る。

もしかしたらサンジェニュインと遊びたかったのかも知れないが、1度寝ると30分から1時間はぐっすり寝るのがサンジェニュインという馬。

おそらく起き上がる頃には逆にディープインパクトが寝入る頃だろう。

 

「それにしても……ほんと……」

 

未だ寝藁を口に食んだまま熟睡しているサンジェニュインを見る。

その余りにも間の抜けた姿に、はぁ、と小さなため息が漏れた。

 

当初、調教時間が分かれているとは言え、馬房が隣同士でストレスにならないか心配していた。

だが俺は心配になるあまり、忘れていたのだ。

サンジェニュインは繊細であると同時に、何かサンジェニュインの中で折り合いが付くと、途端に図太くなる馬でもあることを。

俺たちには計り知れない基準で、サンジェニュインの中で折り合いがついたのか、覚悟が決まったのか。

今では調教でディープインパクトに張り付かれても、余裕があれば受け流す様子さえ見えるようになった。

 

「まあ、余裕がないと逃げるんだが……」

 

本当に無理なときは全力で逃げるので、まるっきりディープインパクトと2頭セットで行動させるのは無理だとしても、想定していたよりはかなり負担は少なそうで何よりだ。

 

「サンちゃん、私たちの想像をサラッと超えますからね」

 

苦笑いの近藤さんに、俺も強く頷いた。

 

「あ、そういえば馬体重でましたよ。530キロ、ジャストだそうです」

「戻りましたね」

「ですね。……ちょっとプラス気味ですが」

 

インターナショナルSでは3キロほど馬体重を落としたサンジェニュインだったが、目黒さんや近藤さんのサポートの甲斐あってか、無事馬体重が回復。

それどころかいくつか増量したようだ。

わずか1ヶ月ちょっとでの増量だったが、張ったトモの美しい盛り上がりが、太め残りではないことを物語っていた。

 

「インターナショナルSは私の不注意でサンちゃんには辛い思いをさせてしまいましたが……また元気なところが見られてよかったです」

 

近藤さんがはにかみながらそう言うのを、俺は目を細めて見つめ返した。

涙ながらに訴える彼女の姿が脳裏をよぎる。

俺が言葉もなく見つめ返したことで、近藤さんも戸惑ったのか言葉が途切れた。

その、少し照れ恥ずかしそうに伏せられた顔を見ると、なんだかこちらまで恥ずかしくなってきた。

 

ダメだ、話題を、何か話題を出せないと。

 

「ば、馬体重もいいですし……ディープインパクトとだいたい100キロくらいは差がありますよね」

「あ、あー、そ、そうですねっ!確かディープインパクト号が436キロ、だったかと思うので。数字にすると結構違いますよね!」

 

近藤さんの言葉に頷き返した。

 

体格差を見ると、本来ならサンジェニュインとディープインパクトとで立ち位置が逆な気もするが、お互いの性格もあるのだろう。

大柄なワリには、他の馬に絡むのに消極的なサンジェニュインとは異なり、ディープインパクトはかなり積極的なタイプのようだ。

走ることもかなり好きなようで、調教にも併せ馬にも苦労しないと聞いた。

サンジェニュインも走るのは好きな方だし調教もガンガンに熟すが、併せ馬では苦労すると目黒さんたちからは聞いている。

特に牡馬相手だと大変だ、というのは。

どういうわけかサンジェニュインはやたら同性の馬に好かれる。

もし俺が同性に追いかけ回される特異体質だったら……と想像して、相手が自分より小柄でもそりゃあ逃げるよな、と思う。

 

俺がぽつりとそう漏らすと、近藤さんはクスクス笑いながら言葉を繋げた。

 

「でもサンちゃん、本当にここ最近、同性の馬に対する扱いがちょっと変わったんですよねえ」

 

海外遠征で環境が変わったからかな、と近藤さんは首を傾げる。

 

「ディープインパクト号とはこの数ヶ月、1度も同じレースで走ってないですし、もしかしたらサンちゃん、ディープインパクト号に追いかけ回されたのを忘れてしまったのかもしれませんね。……そりゃあ今でも時々、顔を寄せられると逃げたりはするんですけど、前ほどではないんですよ」

 

── 前だったらディープインパクト号を見ただけで来た道を戻ろうとするので。

 

真剣にそう言葉を繋げる近藤さんに苦笑いを返す。

しかし俺が思うに、図太い性格だっていうのもあるだろうけど、何よりサンジェニュインがディープインパクトに対して、ほんの少し寛容になれただけ、だと思っている。

サンジェニュインは甘えたがりな面が強い印象を残すけど、元来、とても賢い馬だ。

数ヶ月くらいでは、あれほど意識してきたディープインパクトを忘れることはない、と思う。

実際、追い切りで乗っているときにディープインパクトが前から来ると、ちょっと身体が硬くなるから。

苦手意識自体は完全に消えてはいないだろうけど、サンジェニュインなりに、折り合いを付けようとしているのかも知れない。

そう思うと、その賢さを褒めるべきか、末恐ろしいと思うべきか。

それとも、そう見えてしまう俺の目を疑うべきか?

 

「近藤さん、明日のスケジュールだけど……っと、芝木くんも来ていたのか」

「お疲れ様です、目黒さん」

「ああ、お疲れ様。いよいよ明日になったな」

 

そう言いながら俺の肩を叩いた目黒さんに頷く。

目黒さんは馬房をのぞき込み、熟睡しているサンジェニュインを見て苦笑いを浮かべながらも、明日の予定について話し始めた。

 

「芝木くんには明日の朝、テキから改めて指示が飛ぶだろうけど、一応ね」

「はい」

 

今回の凱旋門賞は9頭立て。

サンジェニュインの馬番は9番。

パドック、馬場入り、ゲート入りは最後だ。

 

「凱旋門賞にはディープインパクト号の他にハリケーンラン号もいるから、俺と近藤さんの2人引きでやる。サンジェニュインのことだからやらないとは思うが、万が一、放馬しそうになったらさすがに俺1人だと厳しいから」

「頑張ります!」

「よろしくお願いします。……馬場入りまでは俺も近藤さんも一緒だけど、返し馬からは芝木くんだけだから。できるだけ2頭を避けて、走らせすぎないように」

 

目黒さんの言葉に「はい」と返事する。

返し馬で消耗しては元も子もない。

ディープインパクト側もハリケーンラン側もそこら辺は承知しているだろうから、向こうも全力で止めるだろうけど、こちらも努力が必須だ。

 

「明日もよろしく頼むよ」

 

そう言って俺の背中を叩いた目黒さんが踵を返すのを見て、俺は「そうだ!」と思い浮かんだ言葉を叫んだ。

 

「娘さん、来年卒業だそうで!」

 

卒業、というのは競馬学校のことだ。

目黒さんには3人、娘さんがいるそうなのだが、その末の娘さんが、来年の3月をもって競馬学校を卒業する予定になっていると聞いた。

もちろん卒業するには騎手免許試験に合格する必要があるのだが、この間行われた、3年生による公開模擬レースで、目黒さんの娘さんが注目を集めていたらしい。

同期からの又聞きなので実際に見たわけではないが、期待するのに十分な成果だったと聞いた。

俺の言葉に、目黒さんは少しだけはにかんだような表情を見せた。

 

「いやあ、ま、試験に合格できたらだね」

「そうなったら、所属厩舎はうちですかねっ?」

 

弾んだ声で近藤さんがそう言うと、目黒さんは頬を掻いて「どうだろうな」と言った。

少し耳が赤くなっているように見えたのは、言わないでおこう。

いつもつかみ所がないと思っていた目黒さんの、そんな一面に親近感を覚える。

楽しみですね、と話す近藤さんと、それに答える目黒さんのやりとりを見て、俺はふっと、想像した。

 

……いつか俺も、誰かと家庭を作るのだろうか。

 

それで、目黒さんみたいに自分の子供の進路を話題にされて、面映ゆく感じるのだろうか。

まだうまく想像できなかったけど、今、馬房でぐーたらと眠るサンジェニュインの横顔を見ると、こいつの仔には乗りたいな、という気持ちが湧いてきた。

いつまでもサンジェニュインに乗れたら良いけど、そういうわけにはいかない。

いつかサンジェニュインも仔を残すために種牡馬になるだろう。

その時、産まれてきた仔に1頭でも多く乗りたいと、その仔で勝ちたいと、少しだけ夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凱旋門賞当日。

サンジェニュインに騎乗するまでの間に、同じレースに出走する騎手たちと予定を熟す。

運営の関係者と騎手全員で写真を撮ったり、それが終われば馬主と共に現地メディアから軽いインタビューを受けたり。

俺がすらすらとフランス語を話し始めたのが面白かったのか、他の騎手よりも長めに拘束されたのは嫌だった。

現地のメディアよりも日本から来たメディアの方がインタビュー長いってどういうことだよ。

文句のひとつでもいいたくなったが、騎手のイメージは馬のイメージ。

ぐっと堪えて、とサイレンスレーシングの水野さんに諭されて、なんとか表面上は平静を保ちながらインタビューを熟した。

横を見ると、先ほどまで同じくらい拘束されていたはずの竹さんはもうディープインパクトに乗っていた。

これが経験の差なのか。

俺ももっと受け流せたら、と思いながらも、なんとかインタビュアーを振り払ってサンジェニュインの元まで急いだ。

 

「や、芝木くん。写真はたくさん撮って貰えたか?」

 

第一声がからかい交じりの目黒さんに、つい疲れたような声で言葉を返した。

 

「あれ、本当に必要な時間なんですかね。疲れたんですけど」

「ある程度の広告は必要だからなあ」

「前日にまとめてやる、とかの方がまだ楽です。……それで、サンジェの様子は」

「ああ、サンジェニュインは1回、歓声に驚いて立ちかけたけど大丈夫。もう落ち着いてるし、ヘンな汗もかいてない」

 

跨がったサンジェニュインは、自分の話をされているのが解ったのか、ゆるく顔を上げた。

俺からはその全貌を見ることはできないが、調子は悪くなさそうだ。

 

「ハリケーンラン号やディープインパクト号とも番号離れたからまだ絡まれてないよ。消耗はまだないけど、返し馬は気をつけて」

「わかりました」

 

反対側の綱を持つ近藤さんも、俺を見上げて頷く。

俺は2人と、今この場にいないテキや、馬主、生産牧場、ファン、そして何よりサンジェニュインからの信頼に応えるべく、力強く頷き返した。

 

2人に引かれて馬場入りすると、ワッと歓声があがった。

さっきもですよ、と苦笑いの近藤さんが続けるので、目黒さんが言った「歓声に驚いて」というのはこれだったんだろう。

パドックに現れた瞬間に、似たような声が上がったのかも知れない。

サンジェニュインはどこかそわそわしたような様子を見せていたが、それも一瞬のことで、重い馬場に脚を踏み入れた瞬間から機嫌良さそうに歩いていた。

 

「かなり沈むな」

「稍重の発表もありましたからね。……サンちゃんには嬉しい馬場状態だね」

 

近藤さんがサンジェニュインにそう話しかけると、まるで返事をするようにサンジェニュインは小さく嘶いた。

その次の瞬間、前の方が騒がしくなって、サンジェニュインの脚が止まる。

目黒さんたちと共に前の方を見ると、先に馬場入りしていたはずのディープインパクトがこちらに向かって歩いていた。

 

「ディープ……!今回はまずい!」

「どうどう、ディープ、どうどう」

 

……向こうもかなり必死に引き留めているようだが、ディープインパクトの目がらんらんと輝いているのを見ていると、止まる気はなさそうだ。

どうしたものか、と俺たちが顔を見合わせていると、驚くことにサンジェニュインが歩みを進めた。

やがて2頭が向かい合う状態になると、サンジェニュインはサッとディープインパクトをかわして歩き続けた。

その背を追うようにディープインパクトも歩き出したことで、ディープインパクトの厩務員が安堵したように息を吐いた。

 

「ほんますんません、うちのディープが……ほんまに……」

「いえいえ。2頭とも歩き出したので、まあ……」

 

ディープインパクトはギリギリまでサンジェニュインに近づいて歩いているので、俺と竹さんも苦笑いを向け合うことになった。

救いがあるとすれば、サンジェニュインがディープインパクトに怯えず、気にもせず、堂々と歩いていることだろう。

 

やがて厩務員たちの手も離れ、返し馬に入ると、駈歩(かけあし)になったサンジェニュインを追いかけるように、ディープインパクトも走り始めた。

気づけば横にハリケーンランもいたので、それに気づいてビビるサンジェニュインを宥めながら、俺たちはゲート前へ。

サンジェニュインは若干疲れた様子を見せながらも、ゲートが近づくにつれて徐々に身体に力が張っていくのを感じる。

手綱からは、サンジェニュインのやる気が駈け昇ってくるように感じた。

 

前を見つめるサンジェニュインの鬣を撫でる。

 

「ここまで来ちゃったな、サンジェ」

 

俺がそう言うと、同意するようにサンジェが頭を上下に振った。

 

1頭、また1頭がゲートへと誘われていく。

それを見送りながら、俺は、ここまで歩んできたすべてを思い返していた。

 

初めてこの馬に乗った時、まさかロンシャン競馬場のターフを踏む日が来るとは思っていなかった。

GⅠを取る馬だ!とは思いながらも、海外レースにまで騎乗できるとは考えていなかったから。

でも今日、確かにここにいる。

40年、挑んでは押し返され、たどり着けなかった優駿の門の前に。

サンジェニュインと共に立っている。

 

「……サンジェ」

 

心を込めて名前を呼んだ。

 

「サンジェ」

 

ここまでよく、走ってきたよな。

俺も、お前も。

 

「サンジェ」

 

でもここが終わりじゃない。

ここからが、お前が刻んだ伝説を本物にする、始まりなんだ。

 

そうだろ?

サンジェニュイン。

 

「── さあ、世界を照らしに征こう」

 

俺とお前とで、照らしに征こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあスタートしました凱旋門賞。全頭まずまずのスタート、抜けて先頭を行くのはサンジェニュイン。9番のサンジェニュインやはりこの馬です。2番手の位置でこれを追うのは1番ハリケーンラン、現在サンジェニュインとは3馬身差ですが好位につけたと言えるでしょう。そこから半馬身差、ディープインパクトが早くも前に来ています。今回は先行策を取ったか、初の海外、初の洋芝。天才・(たけ)(はじめ)、今回はどんな策を練ってきたのか。気になるところ。4番手以下は団子状態。アイリッシュウェールズがやや抜けた位置にいるがベストネーム、プライドがそのすぐ後ろ。外を向くと1馬身から半馬身に縮めようとシロッコが続きます。やや内によってレイルリンク、差がなくシックスティンズアイコン、おっと少し歩様乱れて後ろに下がりましたが大丈夫か」

 

まだ鞭は使わず持ったままサンジェニュインを走らせる。

ロンシャンのターフならばこれが初めてではない。

ただでさえ重い洋芝が、今回は稍重になったことで沈み、サンジェニュインにとっては走り易い馬場状態になっていた。

この状態でハナが取れるとは確信していた。

ただ予想外のことがあるとすれば、ディープインパクトの位置取りだ。

 

「クソッ、ディープインパクトがまさかこんなに早くでてくるなんて……ッ」

 

今年、ディープインパクトが走ったレースのビデオはすべて見た。

後方から推し進める競馬は、外から見てもなるほど、圧倒的な強さを感じられる。

ただサンジェニュインの持ち前のパワーとスピードがあれば、そして洋芝でならば、ディープインパクトの末脚さえも届かない速さで走れる、そう思っていた。

 

── だが竹さんはディープインパクトに前を走らせた

 

俺が馬場状態と脚質から「突き放す」競馬をすることは、すでに織り込み済みなのだろう。

初速でサンジェニュインと張り合うのは愚策と断じて、その上で、スタミナを削られると解っていながらちぎられない位置をキープし、末脚をため込むことを選択している。

それは、先行、差し、追い込み。

元来の脚質が豊かなディープインパクトだからこそ取れる戦法だ。

 

でも、サンジェニュインだって「ただ逃げているだけ」ではない。

 

「ハリケーンランややスピードあげて2馬身に── ッいや、サンジェニュイン、ここでさらにペースを上げてきた!サンジェニュイン、馬ナリのままぐんっとスピードをあげて、今、もう5馬身リードを取りました。まだ距離はあるが淀みない脚、漲るパワー、これがサンジェニュイン、自在の加速力!ハリケーンランは鞍上がぐいっと手綱をもってこれは掛かり気味か。竹騎手から1つ鞭が入ってディープインパクト、ハリケーンランに狙いを定めているところ。アイリッシュウェールズを抜かしてプライドが浮上してきたがベストネーム食い下がる。レイルリンクとシロッコはそこから3馬身、内に進路を取って前を窺う競馬、シックスティンズアイコンも必死に追う。後方の馬は届くか全体的に速いペースで進んでいます」

 

俺が鞭を打つ前に上がり始めたサンジェニュインに、反射的に待ったを掛ける。

でもその加速が、ここだという時に上がる輝きが、1度だってマイナスになったことはない。

今、ここでサンジェニュインがスピードを上げたのなら。

ここだと、ここが輝く瞬間だと、サンジェニュインは叫んでいる。

 

「……お前は、お前が、最高だ!」

 

── その通りだ!

 

口から飛び出た本音に沿うように、サンジェニュインはハミを食んで応えた。

 

「先頭からもう1度振り返ってみましょう。ハナをきるサンジェニュインは6馬身リード。衰え知らずのスピードでまだまだ止まる気配なし。そこから2番手はハリケーンランを交わしてディープインパクト、ディープインパクトが2番手でサンジェニュインを追う。3番手ハリケーンランとの差はわずか1馬身半です。それに続くのはレイルリンク、アイリッシュウェールズ、プライドが横並び。ややレイルリンクが有利か。すぐ後ろにシロッコ。ベストネームは一杯一杯になっている様子。シックスティンズアイコン、ここで伸びるが先頭その差はかなり開いている!稍重のロンシャン競馬場、常ならもう少しスローペースでも良いところですが展開はかなり早い。このペースを作り出したサンジェニュイン、上り坂を抜けましたが……ッきたか!ディープインパクト、ディープインパクトですディープインパクトがスピードを上げて一気に差を縮めに掛かる!ハリケーンランとの差は開けてきたがそれをサッとレイルリンク、驚愕の末脚だッ!レイルリンク、すごいすごい、すごい脚でぐーんっともうディープインパクトに並ぼうというところ、先頭サンジェニュインまであと7馬身差、これが6馬身に、5馬身に、徐々に追い詰められてきたが逃げ切れるかサンジェニュイン、追いつくのはディープインパクトかレイルリンクか!」

 

直線を抜け、カーブを抜け。

視界の端に鹿毛の馬が見えた、そのタイミングで鞭を振るう。

 

直線に入ったところまでは確かに6馬身差はあったはずだが、さすがの末脚と言うべきか。

いや、おそらく数ヶ月も前から溜め脚を練っていた竹さんの、その作戦の効果と言うべきか。

日本の馬場に比べればかなり重く、そしてサンジェニュインが踏みしめたことで荒れた芝をなぞるのは苦労するだろうに。

ちらりと覗き込んだディープインパクトと竹さんの顔は、まっすぐに俺たちを捉えていた。

 

その気迫は、殺気にも勝る。

 

「……だが、それがどうした?」

 

恐れることはない。

怯えることもない。

サンジェニュインの脚は止まらないのだから。

 

ただ前へ、前へ。

前へと進む。

目指す栄光。

目指す勝利。

その先に見える、輝きの向こう側。

 

優駿の門を越えるのは、ディープインパクトじゃない、レイルリンクでもない、他のどの馬でもない。

 

── サンジェニュインだ!

 

「2つ目のコーナー回ってサンジェニュイン!サンジェニュインこれはどういうことだ、まだ伸びるのか、まだ加速するのか!この馬にバテるという概念はないのか!?あとはゴールに飛び込むだけ!さあ逃げ切れるかサンジェニュイン!その後ろにディープインパクトだ!ディープインパクトの上がり脚、まだ止まらない太陽を逃がさない!どこまでも追いかけるその影、鹿毛!ディープインパクト!レイルリンクも粘るがディープインパクトが2番手で追い上げてくるぞ!小さな鹿毛は大きな影に!3馬身、2馬身、あと少し!」

 

ゴール板が見える。

目の前に。

そびえだつ門が。

越えられなかった門が。

 

でも越える。

今日、他の誰でもなく、俺と、サンジェニュインが!

 

「征くぞ、サンジェ──ッ!」

「止まるなディープ……ッ!」

 

重なり合うように響いた叫びには、血と、汗と、魂と。

すべてが詰まって、詰まって、鞭の音と共に、轟いた。

 

「最後の直線で並ぶサンジェニュインとディープインパクト!やや苦しいかサンジェニュイン!ッいやしかし!しかしだ!太陽だッ!太陽がぐんぐん、ぐんぐんロンシャンのターフを駈け昇る!昇って昇って── 抜けた!抜けた抜けたサンジェニュイン!ディープインパクトとレイルリンクの猛追を振り切って!サンジェニュイン、今、ゴールイン!」

 

駆け抜けた瞬間の静寂。

サンジェニュインの鼻息だけが聞こえて。

握りしめた手綱から鼓動が上がってくる。

まだ緩まない脚が、まだ前を見つめたままの顔が、少しだけ緩んだ。

その後に響いた爆音を、一生忘れることはできないだろう。

 

「今宵の優駿の門、その向こう側にたどり着いたのはサンジェニュイン!日本生産馬、日本調教馬!これが日本競馬史上初の、日本馬による勝利だサンジェニュインッ!」

 

喉がヒリつく。

なにかがのぼってくる。

嗚咽のような、暴言のような。

形容しがたい感情は。

 

「約40年に及ぶ挑戦の歴史がありました。スピードシンボリが、メジロムサシが、シリウスシンボリが、エルコンドルパサーが、マンハッタンカフェが、タップダンスシチーが、挑んで、挑んで、敗れた門です。届かなかった門です。抜けられなかった門です。……もう、届かないと、日本馬はだめだと、言われた門です」

 

溢れ出る涙の意味は。

 

「しかし、しかし、こよ、今宵……今宵、ああ、っすみません、今宵、日本馬が、日本で生産されて、日本で調教を受けて、戦ってきた紛れもない日本馬が、勝ちました。優駿の門。門の先へ……門の先へたどり着きました……ッ!」

 

それは、でも。

 

「見よ、聞けよフランス!世界!これが、これが、諦めないということだァ──……ッ!」

 

サンジェニュイン。

 

「正真正銘、お前が太陽だ!」

 

ただその名を、呼ぶだけが、すべてだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、あの知らせを受けたときは──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「寂しくなりますね」

 

ぽつりと言葉を漏らしたのは誰だったか。

2頭(・・)の馬を乗せた馬運車が、中山競馬場をそっと出発した。

俺はその馬運車が見えなくなるまで前を見続けた。

向かう先は北海道。

ここから十数時間を掛けて、あの車の中に居る馬は新天地を目指す。

 

「ほんとうに、さみしくなるなあ」

 

水っぽい声色が響いた。

それに返す言葉の数々も滲んで聞こえる。

誰もが塩辛い水の中から話しているようだった。

 

「3年後には、また白い馬を預かりたいですね」

 

今度はやけに明るい声だった。

 

「白くなくてもいいや、あいつの仔だったら、楽しいだろうし」

「言えてる」

「また牡馬にケツ追われてたらどうします?」

「それまで受け継がれちゃ、もう、どうしようもないな」

 

未来の話が聞こえる。

寂しさから前に進もうとする人々の声色を背に、俺は、まだ目を逸らせずにいた。

 

「芝木さん」

 

背中に誰かの手が触れているようだった。

呼ばれたのに振り返らず、でも俺は、口を開いた。

 

「次は」

 

次は?

 

「……次は、あいつの子供に、乗りたいな」

 

ふるふると揺れる声だった。

水面に葉っぱが落ちてきたような。

そんな声を補強するように、背中が撫でられる。

 

「私も、サンちゃんの子供を担当したいです。それで、その馬に芝木さんが乗っていたら、楽しいですね!」

 

情けない顔を見られたくなかったのに、その言葉に振り返ってしまった。

近藤さんは泣き笑いのまま頷く。

 

「また強い馬、一緒に作りましょうね!」

 

2006年12月25日は曇り空だった。

サンジェニュインを見送るには暗くて、今にも泣き出しそうで。

それがまた、寂しさを強くするのに。

 

今は彼女の、曇り空をバックに笑った彼女の、その明るさに未来を見たかった。

 

 

 

翌日は雨が降った。

あの別れの日、中山で泣けなかったからか。

でも北海道は晴れたらしい。

 

とびきりの晴天の中で、サンジェニュインは、種牡馬としての1歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 2011年6月26日 阪神競馬場 芝右回り2200メートル 晴れの良馬場

 

「先頭は大外サニーメロンソーダッ!メロンソーダだまだまだ突き放す!2番手にアーネストリー粘るがメロンソーダは2馬身リード!残り200メートル!サニーメロンソーダ!ここを勝てば3歳馬として初の夏のグランプリ制覇だ!行けるか!?……ッ行ける!ハジける衝撃だッ!メロンソーダ1着!太陽の父に捧ぐ、国内産駒として今年初のGⅠ勝ちです!」

 

白い馬体が阪神競馬場のターフを抜けた。

 

ゲート内で立ち上がり、出遅れ、1枠1番でありながら大外を走る。

常識外れのその馬は、しかし、3歳馬として初の宝塚記念制覇を成し遂げた。

 

レース中、何度も外ラチにぶつけられながらもその手綱を離さなかった鞍上は、ホッと息を吐く。

 

「お前、もうちょっとこう、落ち着きってもんをなあ……」

 

呆れながらそう告げたその10秒後。

ターフに放り出されるその騎手の名は── 芝木真白と言った。




④の更新は12/19 22時です

④は全部曇らせ回
※JC、有馬すべてをつめました※

④に曇らせ回を回したのでハッピー回の⑤まで続きます

2021/12/12 追記
自分への褒美と記念も兼ねて、物理的な本を作ることにしました。
当初は個人用だけだったのですが、予定していた印刷所が1冊だけ作る、って言うのができなかったので(最低10冊だった……)
20冊作って、もし欲しいって方がいたら譲るって形にしようと思います。
ヤマト運輸さんの匿名配送を使う予定で、送料だけご負担頂く形をとりたいなと(本自体の代金とかはいいかなって)

中身は
・芝木外伝①~⑤
・外伝の書き下ろし番外編
・本編馬編の最終回サンジェ目線

2021/12/14 追記
ネット公開する分の再録みたいなものなのでそんなに反応ないだろ、と思っていたら予想以上にあったのでアンケートとります。
20部くらいなら送料負担だけでいいな、と思っていたのですが、それ以上になると作者の財布がまた極寒になってしまうので、誠に申し訳ないのですが送料+印刷費一部をご負担頂きたいです。
利益でないように計算するのでゆるしてください(ゆるして!)

※芝木外伝①~⑤の内容はハーメルンのモノと同一です
※書き下ろし分はオフライン本のみです

2021/12/15 追記
本の部数について。これで確定です。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=272561&uid=53018


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もういない

メリークリスマス!!!!
だいたい1万7千文字の贈り物です。


「おっとどうした、どうしたマツリカ!タイヨウマツリカ、ゴールしてだいたい100メートルですが今、いま落馬です!鞍上の目黒カレン騎手が投げ出されて、ちょっと、起きないですね。マツリカも横たわって、どうやら立てない様子。これはどういうことだ、写真判定の途中ですが、どうなってしまうのか」

「脚、でしょうか。タイヨウマツリカ、何度か起きる素振りを見せていますが……」

 

その事故が起きたのは、ゴールしてすぐのことだった。

横目に白い馬体が揺れる。

がくん、と崩れ落ちた馬の鞍上からは騎手が投げ出され、2回、芝生に跳ねた。

歩様が乱れた馬は、それでもなんとか立ち上がり、目の前で倒れ伏している騎手に近づこうとしているように見えた。

だがその手前で馬は立ち止まり、芝生に横たわる。

女性騎手が、目黒カレン騎手が意識を取り戻し、上半身を持ち上げたのは、ちょうどそれと重なるタイミングだった。

ふらつきながらも立ち上がり、馬── タイヨウマツリカの元まで歩く彼女。

風が吹いて、揺れた黒髪の隙間から赤いものが見えた。

おそらく落馬の衝撃で額を切っているのだろう。

血を流しながらも、彼女はその場に膝をつき、タイヨウマツリカに手を伸ばした。

そうしてタイヨウマツリカの顔を抱きしめ、肩を震わせる彼女の姿に、俺は、数年前のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

── 2006年10月。

凱旋門賞を制して間もないことだった。

サンジェニュインはフランスでの検疫を終え、ディープインパクトと共に日本に帰国。

俺もその後を追うように日本に帰国した。

次走はジャパンカップ。

サンジェニュインの調教に集中するため、帰国して2週間は騎乗依頼をセーブしていた俺は、その脚でサンジェニュインが着地検査を受ける滋賀県に向かおうとしていた。

 

だが俺は今、北海道にいる。

 

「ッ大津さん、サンジェは、サンジェの様子は……!?」

 

車から降りて、牧場の入り口で待っていた大津さんに詰め寄る。

 

「元気ですよ。飼い葉食いもよくて、今日も気持ちよさそうに放牧地を歩いていました。本当にマイペースなヤツですよ」

 

短く刈り上げられた黒髪を掻く大津さんは、サンジェニュインが生産された社来ファーム・陽来(あききた)のスタッフだ。

もう1人、森重さんというスタッフもいるが、大津さんとともにサンジェニュインの人工飼育や初期育成に携わっていた。

当初、滋賀県で着地検査をする予定だったサンジェニュインが何故陽来にいるのかと言えば、それは「心房細動」を起こしたからだ。

サンジェニュインが心房細動を起こした、という知らせは、目黒さんからもたらされた。

国内での検疫最終日、引き運動の最中に突然発症したのだと言う。

幸い走っている最中ではなかったため怪我はなく、当日はすでに元気な様子だったらしい。

ただ、実際にこの目で確かめるまでは不安で不安で、俺自身が北海道まで飛んできた、というわけだ。

 

「ちょっと前まで半弟もうちにいたんですけどね、今は育成場の方にいて。……ああほら、マイサン── サンジェニュインはあそこです」

 

大津さんの指さす方向に白い馬がいた。

ごろんと芝生に寝転がったまま、暇そうに青草を食べていた。

 

「……サンジェ!」

 

呼びかけると、サンジェニュインはすぐに起き上がり、俺に向かって走り始めた。

その脚運びはなめらかで、なるほど、目黒さんが言う通り元気だ。

 

「ひっひーんっ!」

「おお、大丈夫だったか、サンジェ」

「フルルーンッ!」

 

鼻を鳴らすサンジェニュインは、まるで「大丈夫だぜ」と言っているようだった。

 

「心房細動を発症すると、大抵の馬はすぐに走ったりしないみたいなんですけどね。コイツ、うちに戻った翌日には放牧地を爆走してたんで。身体は本当に丈夫で……それだけ栗東でしっかり管理して貰ってるからだと思うんですけど」

「ブルルッ」

「んー?……あ、林檎か、林檎ならないぞ。もうさっき食わせただろ?」

「ひひーん……」

「そんなあからさまにしょんぼりした空気だしても駄目なもんは駄目なんだよ」

 

さすが産まれた時から世話をしているからか、大津さんはサンジェニュインの言いたいことが手に取るようにわかるようだった。

まるで目黒さんのようだな、と内心思いつつ、心情の8割は「サンジェニュインが本当に元気そうでよかった」というものだった。

倒れた、と聞いて真っ先に弥生賞の時の事が脳裏を過って、俺の心臓の方が落ち着かない状態だったので、これにはとても安心した。

それと同時に、目黒さんから伝えられたあの情報を思い出して、緩く拳を握った。

 

 

 

 

 

 

「引退、ですか」

 

俺の声は震えていた。

明らかに動揺を隠せていなかった。

それくらい、その二文字はサンジェニュインと縁遠いように思えたから。

しかし電話越しの目黒さんの声色は真剣そのもので、面白くない冗談を言っているだけには、到底見えなかった。

 

「欧州GⅠ・5戦5勝。それもキングジョージ、インターナショナルS、凱旋門賞と評価の高いレースでの勝利だ。サンデーサイレンスの後継種牡馬といえばフジキセキらがいるが、欧州競馬にも適性を示したサンジェニュインの種牡馬入りは、国内外から期待されている。……現役を続行させて万が一、というよりは、今のうちに種牡馬入りさせて長く仔を残したいのだろう」

 

目黒さんが言っていることはよく理解できた。

競馬はブラッドスポーツ。

血がすべてとは言わないが、競い合う上で決して目を逸らすことのできないパーツだ。

神速とも呼べるスピードで走るサンジェニュインが、もしレース中に心房細動を起こしていたら。

サンジェニュインはもちろん、鞍上の俺とて、無事でいられないのは確かだろう。

ある意味、引き運動の最中だったのは幸いだった。

2度目がないとも限らないし、ここで引退させて種牡馬としての道に進ませるのもまた、サンジェニュインの命を守るためにも必要だと解る。

 

……解っていても、飲み込むまでに時間がかかりそうだった。

 

「テキから、次走は有馬記念を予定していると」

「ありま」

「ああ。……ラストランは、有馬記念だ」

 

夢のグランプリ。

選ばれた夢。

 

十数万人からの期待と、大歓声を浴びた2005年のグランプリレースが脳裏を駆け抜けた。

接戦のゴール。

ハナ差1センチの決着。

叩きつけられた喜びの罵倒と歓声。

 

── その先で、さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……き騎手。芝木騎手!」

「っあ、ああ!すみません、ちょっとボーッとして……」

「大丈夫ですか?具合が悪いようだったら、タクシー呼びますけど」

「ああいやいや!大丈夫です、本当にボーッとしていただけなので」

 

心配そうに言う大津さんに首を振った。

俺たちのやりとりを見守っていたサンジェニュインは、俺の顔を覗き込むように柵越しに首を伸ばした。

 

「……大丈夫だよ。心配かけて悪かったな、サンジェ」

 

そう言って横顔を撫でてやると、サンジェニュインは機嫌が良さそうに鼻を鳴らした。

しばらくサンジェニュインの鼻先を撫でていると、俺の後ろから影が伸びた。

 

「おや、芝木騎手。いらっしゃい」

「牧場長……!」

 

振り返ったとき、ニコリと微笑みを返してきたのは陽来の牧場長だった。

老紳士、という言葉が似合うような、少しふくよかで温和そうな出で立ちの人だ。

北海道の10月の半ばというのは想像以上に寒いもので、今日の牧場長は赤いマフラーを巻いていた。

なんだかそのマフラーに見覚えがあるような気がしていたが、すぐには思い出せなかった。

 

「お邪魔してます。……あの、その節は大変ご迷惑を……!」

「え?なんのこと?……ああ!いやいや……アレか。ああ、アレは確かにビックリしましたよ。でもね、こんなにすごい熱量を持つ人がこの仔に乗るのか!と思えて、私は嬉しくなりましたけどね」

「俺もです。ジョッキーに勝ちを求めるな、とは言えませんが、それでもサンジェを「勝つための道具」じゃなくて相棒として見てくれてるんだって思えて、芝木騎手には良い印象しかないです」

 

穏やかな表情でそう言った牧場長と大津さんの姿に、俺は少しだけ、気が楽になった。

 

実はドバイシーマクラシックが始まる前にも1度、陽来にきたことがあった。

その際に勢い余って「もしもサンジェニュインがターフに沈むときは、俺も一緒に逝きます」と頭を下げたのだ。

サンジェニュインは通常の馬とは異なり、母馬に育児放棄されたため、完全に人の手で育てられた。

ミルクを飲ませるのも、飼い葉を食わせるのも、走るのも、すべてすべて、この陽来のスタッフたちに大事に大事に教えられて今のサンジェニュインがいる。

もしこの人たちがサンジェニュインの親代わりになってくれなかったら。

俺は今、サンジェニュインとは出会えていなかっただろう。

俺のまったく知らないところで芽吹いた命を、こうして繋いでくれた人たちのおかげで今がある。

目黒さんからも「サンジェニュインのことを我が子のように思っている人たちだ」と聞いていたから、なおさら、挨拶をしなければという気持ちが高まっていた。

大津さんや牧場長にはだいぶ引かれただろうなと思っていたのだが、彼等は温かい目を向けるだけで、俺を責めることもしなかった。

サンジェニュインのおおらかなところは、生来の性格もあるだろうが、この環境によって育まれたんだと強く思った。

 

「おお、おやつかな?……どれ」

 

和やかな雰囲気が流れていると、牧場長がそう声をあげた。

見てみると、サンジェニュインが牧場長のポケットに鼻を当てているようだ。

牧場長はおやつを求められていると判断したようで、パンッと膨らんだズボンのポケットに手を入れる。

するとすかさず大津さんから指摘が入った。

 

「だめですよ牧場長。こいつさっき食べたばっかりです」

「ありゃ、そうなのかい」

「フルルーン……!」

 

牧場長は「食べ過ぎるとメタボになるぞぉ」と言ってサンジェニュインの横顔を撫でる。

その声と仕草があまりにも優しくて、俺は、それだけサンジェニュインが愛されて育てられていたのだと改めて知った。

大津さんや、牧場長の言動のひとつひとつに、隠す必要も無い、と言わんばかりに愛情が(ちりば)められているから。

サンジェニュインは引退後、社来スタリオンステーションで繋養される予定だと聞いた。

陽来からそう遠くはない。

慣れ親しんだ空気の中で、自分をよく知り、よく愛してくれる人たちに囲まれて穏やかに過ごす。

血を残し、名を刻みながら。

 

それは、サンジェニュインにとってとても心地の良いことなのではないか?

 

……まだサンジェニュインに乗っていたい、なんて。

そう思ってしまう俺の方が、サンジェニュインに苦しみを強いているのかもしれない。

それでも「まだ一緒にいたい」と願う気持ちは、心の底でずっと、燻っていた。

 

 

 

 

 

 

解消できない寂しさを抱えながら挑んだ有馬記念は、一瞬の風のように過ぎ去った。

パンパンの中山競馬場を駆け抜けたサンジェニュインは、ディープインパクトと共に拍手喝采の中でゴールに飛び込んだ。

これ以上無い完璧な引退レースだっただろう。

これまでの集大成だと言わんばかりに抜けていった中山のコースは、サンジェニュインの踏み込みの深さを物語るようにあちらこちらがえぐれていた。

 

「お前はほん……っと、最後まで、派手なやつだな」

 

引退式が行われたのは全レースが終了してから。

同時に引退が決まっていたディープインパクトとの合同式。

思えば新馬戦から引退戦まで一緒だった2頭は、最後の最後も派手だった。

これから写真を撮ろうって段階でサンジェニュインが放馬し、それにつられるようにディープインパクトも放馬。

俺と竹さんで追いかけ、2頭の脚が緩んだところでなんとか手綱を握ることに成功した。

……まったく、最後まで本当に派手なやつ。

俺が呆れ気味にそう繰り返すと、サンジェニュインは不服そうに鼻を鳴らした。

まるで「そんなことはないだろう」とでも言いたげに。

言葉が通じているかのようなその仕草は、いつも、いつまでもたまらなく愛おしかった。

 

「写真、撮りまーす」

 

司会者の言葉に俺はサンジェニュインの鞍上に跨がる。

ひょい、とテキに押し上げられて乗った背は、いつも通り。

中山に吹く冷たい風に揺れる、その白い鬣を撫でつけながら俺は口を開いた。

 

「サンジェ」

 

ピクリ、とサンジェニュインの耳が動く。

前を向いていた耳が俺の声に反応して後ろを向き、顔も少しだけ斜めになっていた。

……こういうところが、やっぱりコイツ言葉わかってるのかな、と思わせるんだろうな。

少なくとも自分の名前くらいは認識していそうだ。

俺は苦笑いを浮かべながらも、その傾いた顔を撫でて前を向かせる。

そして司会者が写真撮影のカウントダウンをする、その音に紛れ込ませるように言葉を繋いだ。

 

「さみしいなあ、サンジェ」

 

パシャリ、と音がした。

一部焚かれたフラッシュにサンジェニュインが身をよじるから、撮り直しの2回目。

フラッシュを焚くのはおやめください、と司会者が繰り返しアナウンスするのを聞きながら、俺は再びサンジェニュインの頭を撫でた。

「競走馬」であるサンジェニュインを撫でるのも今日が最後。

明日からは、「種牡馬」になるサンジェニュインが俺の前に立つのだ。

そしていつか、その血を継いだ誰かに乗って、走るのだろう。

未だ実感すらわかないことを考えながら、俺は、柔く唇を噛みしめた。

 

明日、栗東に行ってもこの馬はいない。

本原厩舎の馬房すべてを覗き込んでも、この白い馬体は姿形も無いだろう。

引退するから。

種牡馬になるから。

この中山から北海道に帰るから。

頭ではわかっている、理解している。

しているが、今日この日を迎えても心の準備なんてまだできていなくて、余裕も無くて。

それでも見送らなくてはいけない。

これが最後だから。

この背に跨がり、同じ景色を見るのは最後だから。

 

「サンジェ」

 

揺らいだ視界は一瞬だった。

 

「さみしい」

 

でも。

じっくりとまぶたを閉じて。

カウントダウンの後は、心の底から、笑ってやるのだ。

 

「本当に、本当に、ありがとう」

 

シャッター音がする。

それに紛れたように聞こえた嘶きは、きっと、風の悪戯だ。

 

 

 

 

 

 

2007年1月。

サンジェニュインの半弟であるアセンドトゥザサンの調教を終え、俺は近藤さんと共に休憩を貰っていた。

サンジェニュインは今頃種牡馬としての初仕事を熟しているだろうか。

来年産まれる仔が楽しみだ、白毛はどれくらいの確率で増えるのだろう。

そんな他愛も無いことを、2人で並んで話していた。

栗東の1月もなかなか寒いもので、彼女の口から吐き出される息は白く烟る。

何気なしにそれを見て、ふっと思った言葉を口にした。

 

「結婚を前提に付き合いませんか」

 

思い返せば脈絡の無い、ロマンチックの欠片も無い告白だったと思う。

ただ、仔が楽しみだ、最初はどんなお嫁さんを貰っただろう、なんて話す彼女を見て。

もし俺が嫁を貰う日が来るとしたらそれはどんな人だろうかと考えたのだ。

その時にパッと浮かんだのは近藤さんだった。

しまったな、なんてことを言ってしまったんだ俺は、と「すみません」が口から出そうになって、でもやっぱりやめた。

真横で頬を赤くする彼女の姿を見て、間違ってないな、って思ったから。

 

 

 

同月末日。

想像していた以上のスピードで俺たちは結婚した。

テキは腰を抜かしていたし、目黒さんは電話越しに笑っていた。

でも2人が声を重ねていったのは、「お幸せに」だった。

それからはトントン拍子で、翌年には長男が生まれた。

サンジェニュインの仔と同世代か、と思わず言いそうになって口を噤む。

少なくとも出産したばかりの妻の前で言うことじゃないよな、と理性が働いた。

だがイサノさんは、あ、と口を開くと、世紀の発見をしたかのように叫んだ。

 

「サンちゃんの仔と同世代だ!」

 

やっぱりこの人と結婚してよかったな、と心底思った。

 

 

 

このとき生まれた長男に「虎白(こはく)」と名付けた翌年。

今度は娘が生まれた。長女だ。

名前は「美雪(みゆき)」とつけた。

生まれた日、病院の窓から見えた白銀の雪景色がとても美しかったから。

さらに翌年。また娘が生まれた。

この子には「百合子(ゆりこ)」と名前をつけた。

命名したのはイサノさんで、白色から連想できる花の名前にしたかったようだ。

そのまた翌年に生まれたのは男。末っ子次男。

ここまで子供たち全員に「白」を連想させる言葉が入っているから、この子もそうしようと2人で決め、「白朗(しろう)」と命名した。

 

サンジェニュインの初年度産駒がデビューしたのは、3番目の子、百合子が生まれた年だった。

 

 

 

 

 

 

俺が初めて跨がったサンジェニュインの仔は、サニーメロンソーダ。

サンジェニュインと同じくサイレンスレーシングクラブの所有馬であるこの馬は、厩舎も本原佳己厩舎所属。

自然と俺が主戦騎手を務めることになった。

だがこのサニーメロンソーダは、ちょっとどころじゃなく、かなり厄介な馬だった。

調教でもレースでも従順で知られたサンジェニュインの産駒とは思えないほどの気性難で、調教はともかく、レース中は言うことは聞かない、噛みつこうとする等々、かなり荒々しい性格の持ち主。

だがサンジェニュインの仔らしいバツグンのパワーの持ち主で、行く行くは欧州遠征をさせるつもりだ、とテキは語った。

俺が時々サニーメロンソーダに振り落とされながらも新馬戦に向けて準備をしている最中、竹さんを鞍上に迎えたサンサンドリーマーが新馬戦勝ち。

これがサンジェニュイン産駒としての初勝利となった。

それを皮切りに、国内外問わずサンジェニュイン産駒が続々とデビュー。

俺も、サニーメロンソーダと共に新馬戦に挑んだ。

だがここは、サニーメロンソーダの大外にヨレる癖が大きなハンデとなり惜敗。

だったのだが、一呼吸置いて挑んだ札幌の2歳未勝利戦では大差勝ち。

 

「やっぱり力のいる馬場のほうが合うか」

 

サニーメロンソーダはサンジェニュイン同様、洋芝の適性が高いようだ。

未勝利戦から明けて3歳のあすなろ賞。サンジェニュインも勝利したこのレースで父子制覇を、と思ったが、同父のタイヨウマツリカに敗北。

あちらは1月の3歳未勝利戦からのデビューだったが、内側を回るのが上手く、最後まで先頭を奪うことはできなかった。

 

サニーメロンソーダが目指すのはクラシックレースでの勝利。

このまま1勝クラスでは終われない、と賞金を積むために毎日杯に出走。ここを辛勝すると、皐月賞の抽選をギリギリ突破。

朝日杯FS、弥生賞を制したサンサンドリーマーが国内産駒の中では飛び抜けた評価で、皐月賞でも1番人気を得ていた。

この皐月賞に出走するサンジェニュイン産駒はサニーメロンソーダとサンサンドリーマーの2頭のみ。そしてどちらも逃げ馬。

スタートからサンサンドリーマーを潰す勢いで出ないと、勝利するのは難しい相手だと思われた。

だが予想外にもサンサンドリーマーは中盤で失速。

それを2番手から抑えていたサニーメロンソーダがオルフェーヴルとたたき合う形で先頭を争い、結果は2着。

続く東京優駿には、サニーメロンソーダ、サンサンドリーマーの他に、タイヨウマツリカがプリンシパルSを快勝して参戦。

デビューから無敗のタイヨウマツリカがこのレースで最も高い壁になるだろうと予感していた。

しかしそれ以前の問題だった。

 

「おおっとサニーメロンソーダが大きく出遅れました。ゲート内で立ち上がってサニーメロンソーダ、出遅れです」

 

かなりイレこんでいるなとは思ったが、ゲート内で立ち上がり、出遅れるとまでは思っていなかった。

しかも1枠1番だったにも拘わらず、サニーメロンソーダは大外へヨレていく。

これはもうダメか、と思ったが、サニーメロンソーダはここから粘りの走りを見せ、先頭を行くタイヨウマツリカ、そのすぐ後ろのサンサンドリーマー、オルフェーヴルに続く大外4番手を追走。

サンサンドリーマーが逸走、斜行を繰り返し、とうとう内ラチに突っ込んで右前脚流血となって競走中止するハプニングはあったものの、サニーメロンソーダは完走した。

この影響もあって、サニーメロンソーダは最終3着だった。

 

オルフェーヴルと共にゴールに飛び込んだタイヨウマツリカの歩様が大きく乱れたのは、そのすぐ後の事だった。

余りにも突然のことで、ゴール直後のスピードを緩められない状態で投げ出されたタイヨウマツリカの騎手は、芝生の上で2回跳ねた。

人馬ともに明らかに無事ではない様子に、後続の俺たちは二次事故を避けるために大外に進路を取って避ける。

俺はサニーメロンソーダの手綱をしっかりと握ったまま、落馬事故が発生した人馬の様子をうかがった。

 

まずタイヨウマツリカ。

1度起き上がり、倒れた騎手の近くまで歩いて見せたが、そのあと横たわってしまった。

何度か起き上がる仕草も見せているが、遠目に見ても解るほど骨折の程度が酷い。

右前脚が完全に折れていた。

再び立とうとしているようだが、痛みで立てずにいるのだろう。

一方の投げ出された騎手はなんとか起き上がり、横たわるタイヨウマツリカのすぐそばまで歩いていた。

ただ投げ出されたときに強く頭を打ったのか、ふらつきが見られ、額からも血が流れている。

その状態でありながら、騎手は、目黒さんの姪であるカレンは、タイヨウマツリカの身体に触れていた。

 

「マツリカ……ごめんね、ごめんねぇ……っ」

 

か細い声で繰り返される謝罪は止まない。

俺は駆け寄ってきたスタッフにサニーメロンソーダを預け、彼女に近づいた。

 

「カレン、手当てを……」

 

今年騎手デビューしたばかりの彼女は、俺と同じく本原佳己厩舎所属の騎手。

それもあって、普段から交流もあった。

今回は縁ある沼江厩舎からの依頼で、タイヨウマツリカへの騎乗を請け負っていた。

 

「ごめんなさい、私はいいです、私はいいので……っ」

「頭を振らないで。馬運車はもう間もなく来るから」

 

取り乱す彼女に対して、自分でも不思議なほど冷静な声が出た。

どうしてだろうか。

彼女の様子が数年前の自分自身に重なったからか?

その理由はともかく、離れたくない感情は痛いほど理解できた。

それと同時に、あの日、俺の身体を掴み引き離した人たちの気持ちも。

涙と共に頬を伝う血を見て、俺は彼女に治療を受けさせるために再びその肩に手をかけようとした。

 

「──ッオルフェ!落ち着いてや、オル、オルフェーヴル……ッ」

 

甲高い嘶きが聞こえて振り返る。

そこには栗毛の馬が1頭、鞍上を振り落としてこちらに向かっていた。

駈歩で近寄る馬は、しゃがみ込んでいる状態から見るとなおさら大きく感じた。

この馬と衝突したらひとたまりもないだろう。

俺が1人と1頭を庇うように前に出ると── オルフェーヴルはその手前で止まった。

そしてゆっくりとタイヨウマツリカの周りを歩いて、時折鳴いて見せる。

その音がまるで心配そうに聞こえて、俺は込み上げてくるものをグッと堪えた。

 

後から聞いた話だが、タイヨウマツリカとオルフェーヴルは常に合同で調教を行うほど仲が良く、馬房も隣同士らしい。

気性の難しいオルフェーヴルは、タイヨウマツリカの前だと殊更大人しく、穏やかでいられるようだ、とも。

今日の馬場入りでも、タイヨウマツリカがオルフェーヴルの手綱を食んで出てきた。

その光景を思い出しては、やりきれない気持ちが溢れる。

 

「オルフェ……」

 

駆け寄ってきた川添騎手がオルフェーヴルの手綱を握ろうとすると、オルフェーヴルは首を振った。

そうして垂れ下がったままの綱をタイヨウマツリカの前で揺らして見せる。

いつもならそれをタイヨウマツリカが食んで、2頭並んで帰るから。

だが今日はできない。

今日からはできない。

 

オルフェーヴルは綱を揺らし続ける。

タイヨウマツリカは瞬きをする。

何度も、何度も、2頭の間で言葉を交わしているかのように。

ついに、オルフェーヴルが綱を揺らすのをやめて立ち止まる。

横たわるタイヨウマツリカに顔を寄せ、揺すって、でも起き上がらないから。

 

「ブモモッ」

 

鳴き声が響く。

 

「ひひぃん」

 

か細い声が返される。

 

「ヒヒィ──ンッ」

 

泣き声が響く、響く。

青い空の競馬場に、深い慟哭が、響く。

 

 

 

 

 

 

オルフェーヴルとタイヨウマツリカの接戦は、オルフェーヴルにハナ差1センチで軍配が上がった。

これで皐月賞に続いて二冠目。

残すところ、菊花賞のみとなった。

タイヨウマツリカはあの後、獣医師によって予後不良の診断を受け、その後、競馬場内で安楽死の処置が執られた。

その間もタイヨウマツリカは声をあげることも、暴れることもなく、終始大人しかったと言う。

冷静な目は、従順で賢く、人の感情に敏感だと言われてきた父、サンジェニュインによく似ていたと、処置に立ち会った担当厩務員は語ってくれた。

落馬したカレンは頬骨、鎖骨、肋骨の骨折、左腕の脱臼、頭を数センチ縫うという重傷。

初騎乗、初GⅠでの事故ということもあり、精神的にも大きなダメージを受け、長期間の療養が必要となった。

1度、見舞いに行ったとき、彼女は心ここにあらずといった様子だったことを覚えている。

 

「もう、なんか、わからなくて。毎日、夢を……」

 

そう言葉を詰まらせた彼女の気持ちが手に取るようにわかった。

俺にも経験があったからだ。

どんなに慰められても、お前は悪くないと言われても、届かない。

夢から覚めるには、その馬がいなければならない。

でも、タイヨウマツリカはもういないから。

彼女はそれを誰よりも理解していた。

取り戻すことのできないもの。

固く握りしめられた拳には、彼女の感情のすべてが詰まっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく。

アメリカにサンジェニュインが残した産駒から、シャイニングトップレディという牝馬が33年ぶり、牝馬としては史上初の米国三冠馬になった。

同じ頃、イギリスではサニーファンタスティックという牡馬がイギリス2000ギニー、ダービーステークスを勝って二冠馬に。

フランスでも牡馬二冠を達成する産駒が登場した。

欧米での産駒の勝率が凄まじいものになっていく中、サニーメロンソーダの次走が発表された。

放牧からの神戸新聞杯、ではなく、初の古馬戦・宝塚記念への出走が決定。

宝塚記念のファン投票ではGⅠ未勝利ながら13位にランクイン。

見た目のかわいらしさとは真逆のスリリングな性格がファンの心を捉えたらしい。

正直「スリリング」で済ませられるようなヤツではないが、ファンが多いのは純粋に嬉しいものだ。

とはいえ、春のグランプリ・宝塚記念には多くの有力馬が参戦する。

テキは「古馬の胸を借りるつもりで、でも勝つという気持ちは忘れずに挑もう」と言った。

3歳馬で宝塚記念を制した馬はまだいない。

それは開催時期からして古馬と戦えるほど仕上がっている馬が少ない、ということもあるし、春の最終戦として選択する古馬が多いから単純に力負けする、というのもあるのだろうけど。

でも。

 

「ソーダは能力的に問題ないと思うんだよ。……あとは、まあ、折り合いかなあ」

「あ……はい……」

 

折り合い。

テキの言う通り、サニーメロンソーダはイレ込みが激しく、折り合いの難しい馬だった。

確かにサンジェニュインも「嫌なものは嫌だ」と主張する馬だったが、サニーメロンソーダのそれはひと味違う気がする。

調教は意外なほどスムーズに熟す馬なので、あとは当日のテンションが悪くならないことを祈るしかないな。

お願いです、ゲートを出てください。

 

「せめて返し馬で爆走するのだけはやめてほしいですね……」

「ははは……サンジェだったら「こいつはスタミナすごいしちょうどいいか」なんて思えるんだがな。ソーダもかなりある方だとは思うんだが、返し馬だけで疲労困憊になられちゃ困る。上手い具合に手綱握ってくれよ」

「すごく簡単に言いますね、テキ」

 

俺が少し恨めしそうにそう言うと、テキは「任せた!」と良い笑顔で言った。

 

 

 

2011年6月26日。

この年の宝塚記念には、スペシャルウィーク産駒のブエナビスタも参戦していた。

オッズ3倍の1番人気に推されるブエナビスタを横目に、この日もサニーメロンソーダは元気いっぱい、もとい興奮状態だった。

これはダメかもな、と内心思いつつ、ゲート入りを渋るサニーメロンソーダを急かす。

レースは始まってみなければどうなるかわからないものだが、こうもスタート前から走る気はない、と意思表示されると気が重いものだ。

……だがサニーメロンソーダという馬は、走らないと思ったときに走る馬。

この日も、ゲートで立ち上がって案の定出遅れ、外ラチに俺をガンガンぶつけながらレースを進めた。

結果、逃げ切り勝ちした。

そう、逃げ切り勝ちだ。

出遅れたのに逃げ勝ったのだ。

それも3歳馬として初めての宝塚記念制覇。

あっさりと新記録を打ち立てたサニーメロンソーダに、俺も、テキも、担当厩務員であるイサノさんも疲労困憊だった。

 

 

 

この年の夏は、サニーメロンソーダの放牧に合わせて北海道に向かった。

もちろんサンジェニュインに会うためだ。

この頃にはカネヒキリやヴァーミリアンといったサンジェニュインと比較的仲の良い牡馬も引退し、社来スタリオンステーションに種牡馬入り。

カネヒキリはサンジェニュインと同じ厩舎、同じ放牧地に放たれていると聞いていたが、それだけが心配だった。

 

「ブモモッ!」

 

心配いらなかったようだ。

サンジェニュインの放牧地まで案内してもらい、会いにいったところに確かにカネヒキリもいた。

2頭並んで青草を食み、非常に仲が良さそうだ。

カネヒキリが現役の時、2戦ほどその鞍上を務めたことがあるのだが、なにが気に入らないのかよく振り落とされたっけな、と思い出しながら近づくと、俺に気づいたサンジェニュインが柵のギリギリまで近づいてきた。

相変わらずの白さで、太陽の光を受けてキラキラと輝く姿は絵画のようだ。

元気そうで良かったよ、と俺がサンジェニュインの鼻先に触ろうとすると、カネヒキリが大きく嘶いた。

 

「威嚇されてますね」

「……ですか」

 

面白そうに呟いたリキさん、目黒さんの甥であるサンジェニュインの担当スタッフであるリキさんに、俺はがっくりと肩を落とした。

どうしてこんなに嫌われてるんだろうな、俺は。

2頭のために用意した林檎や人参をリキさんたちに預け、俺は短い再会を惜しみつつ栗東に戻った。

 

 

 

夏も過ぎて秋。

春の時点で英国二冠馬になっていたサニーファンタスティックが、9月10日に開催されたイギリスセントレジャーを制し、ニジンスキー以来41年ぶりの英国三冠馬となった。

それも白毛の三冠馬は、アメリカのシャイニングトップレディに続いて史上2頭目。

この時点でアメリカ、イギリス、フランス、アイルランドの4つの国のクラシックレースでサンジェニュイン産駒が勝っている状態で、母国である日本でのみ、クラシックは無冠という状態だった。

だからこそ俺は、サニーメロンソーダで菊花賞を取りたい、と思っていたのだ。

しかしこの年の菊花賞には、サイレンスレーシングクラブ側から出走回避の提案があった。

……回避させたかったのは同クラブのオルフェーヴルが三冠王手だったからだろうな。

ただクラブ側も一枚岩ではなかったようで、テキが水野さん── よくサンジェニュインにも会いに来てくれていたクラブの幹部、水野さんに回避について聞くと「回避は指示していない」らしい。

同クラブのサンサンドリーマーは菊花賞を回避して天皇賞・秋に出るようだが、サニーメロンソーダはオルフェーヴルと共に出走し、結果としてオルフェーヴル、ウインバリアシオンの3着となった。

結局三冠レースでは1勝もできなかったが、すべて馬券内と好成績は残せただろう。

天皇賞・秋ではサンサンドリーマーが勝ち、国内の産駒も欧州の産駒に力負けしていないことはアピールできたと思う。

 

それでもやっぱり、悔しいものは悔しいわけで。

俺はこの悔しさをバネに、同年の香港カップをクモノハレマに騎乗して出走、勝利した。

クモノハレマはこれまで重賞未勝利で、これが初の重賞勝ちだった。

 

年が明けて1月。

アメリカのシャイニングトップレディが繁殖入りのため引退することが発表された。

わずか1年という短い時間だったが、彼女が残した功績を見れば、早めに引退させて繁殖入りするのは無難な選択だろう。

 

この年── 2012年のクラシック戦線では「シャイニングリュー」「ファインサンジェル」「アオ」「サンサンマリナ」の4頭に跨がった。

アオ以外の3頭は牝馬で、桜花賞にはシャイニングリュー。

優駿牝馬にはファインサンジェル。

秋華賞にはサンサンマリナ。

だが牝馬三冠ではジェンティルドンナに競り勝つことができず、全戦2着。

そして牡馬三冠すべてのレースで騎乗した「アオ」とのコンビでも、すべて2着という結果となってしまった。

このことから、俺はネット上で「シルバーコレクター」と呼ばれていたらしい。

確かに国内のクラシックレースでは2着のみだったが、アオとのコンビで菊花賞前にイギリスのセントレジャーステークスに出走し勝利している。

やはり芝質の違いというのは、サンジェニュイン産駒にとっても大きいものらしく、アオの脚の動きは段違いに良かった。

アオは、このセントレジャーでの走りが評価されたのか、ゴンゴルドンに金銭トレードされフランスに移籍。

その後は向こうで順調に重賞レースを勝ち上がり、種牡馬入りした。

 

この年の凱旋門賞には、オルフェーヴルの帯同馬としてハレルヤマーチに騎乗して出走。

役割はほぼラビットだったが、力強い大逃げでゴール手前まで粘って3着。馬の能力を考えれば、ハレルヤマーチはかなり頑張っただろう。

本来はマイル戦を主戦場とする彼に2400メートルはキツいはずなのだから。

 

明けて2013年。

アオと同世代であり、母父にトニービン、母エアグルーヴ、父サンジェニュインの超良血馬・シルバータイムが、グラン・リュベール騎手と共に重馬場のドバイSCを制覇。

それも三冠牝馬ジェンティルドンナを差し返しての勝利だったことから、人気は一気に上がった。

同年の凱旋門賞では、オルフェーヴルに初めて跨がることになり、このレースでは勝ち馬ブランシュブランシュの3着。このブランシュブランシュはサンジェニュイン産駒の3歳馬で、サンジェニュインにとっては初の父子制覇となった。

青鹿毛の馬体は、サンジェニュインの特異な体質を受け継がなかったのか、集団に紛れてじっと耐える競馬から終盤、末脚を爆発させる見事な差し馬だった。

 

2014年にはタイヨウマツリカの全妹── 母、父がまったく一緒の妹が優駿牝馬に出走。

鞍上にはダービーでタイヨウマツリカの騎手を務め、長期療養から復帰したばかりのカレンが乗っていた。

 

「妹は大丈夫、妹は大丈夫、妹は大丈夫だタイヨウチャン!1着ゴールイン!」

 

ナリタブライアンの菊花賞をオマージュしたその実況は、「天国の兄に嬉しい報告!鞍上・目黒カレン騎手、涙で育てた樫の木!」と続き、会場を沸かした。

タイヨウチャンは、タイヨウマツリカが亡くなった日本ダービーの3日前に誕生。

俺もオークスには別の馬に騎乗して参戦していたが、負けたことを抜きにしても、もらい泣きするくらいにはカレンの気持ちがわかった。

タイヨウチャンはこの年、インターナショナルSでシルバータイムを捻じ伏せて勝利。香港カップで有終の美を飾り、繁殖入りした。

 

 

 

2016年のクラシック── 牝馬クラシックは、アイシテルサニーの独壇場だった。

デビュー前から父サンジェニュイン×母父キングマンボの組み合わせとして注目を浴びていたアイシテルサニーは、夏の新馬戦デビューの予定が牡馬に襲われるというハプニングで延期。

一時期は未出走のまま繁殖入りも噂されたが、鞍上に柴畑さんを迎えると、新馬戦で6馬身差、白菊賞で5馬身差、フェアリーSで9馬身差をつける圧勝劇を繰り広げる。

その勢いのまま桜花賞に出走すると、ここを鮮やかに逃げ切り勝ち。サンジェニュイン産駒として初の桜花賞馬となった。

また、牝馬クラシック2戦目となる優駿牝馬でも快勝。

サンジェニュインのいる社来スタリオンステーションでは「二冠馬記念」としてサンジェニュインの馬房に大きな垂れ幕が飾られた。

1度会いに行ったが、垂れ幕になにが書いてあるかはわからずとも、人の感情に敏感なサンジェニュインには喜びが伝わっているようで、機嫌は良さそうだった。

……ただ、それと前後してカネヒキリが事故で亡くなってしまい、サンジェニュインは一時期塞ぎ込んでいる時期もあったようだ。

だが秋華賞でヴィブロスとの激戦を制し、アイシテルサニーが三冠馬になると、徐々に元気を取り戻していったようだ。

冬に会いに行ったときには、放牧地で子育てに追われている姿を見ることができた。

今まで会いに行く度に俺を威嚇していたカネヒキリの姿だけがなく、それが少し、物寂しく感じた。

 

 

 

2017年。

この年はいろいろあった。

顕彰馬同士の産駒ということで、超良血の顕彰馬ベイビーと呼ばれたタニノサニーロックとのコンビでジャパンカップを制覇。

ウオッカとの母子制覇を達成しただけでなく、父であるサンジェニュインが生涯未出走だったレースでの勝利ということで、大きく取り上げられた。

また、同年の凱旋門賞を栗毛のLightning Passionが制し、サンジェニュイン産駒2頭目の凱旋門賞馬が誕生した。

 

 

 

2018年の皐月賞馬になったサンサンプリンスは、良い意味でも悪い意味でもサンジェニュインに走りが似ていた。

どう似ていたかと言うと、コーナー周りが苦手で重馬場が得意、という点が。

しかしそれ以外では、イタズラ好きでヤンチャ、牝馬好きという、サンジェニュインよりは少し扱いづらい性格だったのかもしれない。

とはいえ、サニーメロンソーダよりはだいぶマシ。

サンサンプリンスは皐月賞の他にも菊花賞も制したことで、サンジェニュインと共に父子二冠馬となった。

翌年2019年のドバイSCも制し、いよいよ欧州レースへ参戦する、という段階でサンサンプリンスは不幸にも飛行機事故で亡くなった。

ネット上では厩舎の調教師、厩務員共々事故死した、などと取り上げられていたが、実際にはサンサンプリンスの他には、フライト時の世話役として1人ついていたスタッフとパイロットの2人が共に事故死している。

予知できないこんな事故でサンサンプリンスを失うことになるとは誰も思っていなかったため、主戦を務めていた俺はもちろん、多くの関係者が悲しみに打ちひしがれていた。

この年のガネー賞では、サンサンプリンスが出走予定だったこともあり、副題として「サンサンプリンス」の名前が使われた。

 

この年の凱旋門賞では、本来であればサンサンプリンスに騎乗する予定だったが、2019年の凱旋門賞にはキセキに騎乗することとなり、結果は3着。ただでさえ重い洋芝に苦しんでいるようだったが、本人の持ち前の根性を前面に出せた価値ある3着だと思っている。

 

 

 

2020年は疫病の影響で無観客開催となってしまったが、牝馬のサンサンパフェーに騎乗して牡馬クラシックへ挑戦。

惜しくも全戦コントレイルの2着となり重賞未勝利ながら海外遠征を断行。

2021年のガネー賞、エクリプスS、イギリスチャンピオンS、ロイヤルオーク賞を制したのち、繁殖入りのために引退した。

初年度の交配相手にはコントレイルが選ばれ、2023年に初仔が誕生している。

これまで毎年のように凱旋門賞に出走していたが、この2021年にはサンジェニュインの初年度産駒シャイニングトップレディと、カネヒキリの初年度産駒ハートオブイマジニングの間に産まれた3歳馬、ソウルオブラヴァーへの騎乗依頼があったため凱旋門賞をパス。

ソウルオブラヴァーとのコンビでBCクラシックを制した。

この年、日本馬としてはBCフィリーズ&メアターフをラヴズオンリーユーが、BCディスタフをマルシュロレーヌが制しているほか、現地ではBCジュヴェナイルフィリーズに出走したラブミーサニーの鞍上も務め、優勝に導いた。

ソウルオブラヴァーとは翌年の2022年もコンビを組み、BCクラシックを連覇している。

 

 

 

2023年はサントゥナイトと共に新馬戦勝ち。

その後、札幌2歳Sで後続に8馬身差を付けて圧勝、ホーフプルSでも大差勝ちで勝利し、翌年2024年のクラシック戦線に挑んだ。

だが皐月賞と東京優駿はどちらも3着。

菊花賞を回避し、天皇賞・秋ではレイアゲインズの2着と伸び悩んだ。

俺はテキと話し合い、サントゥナイトを海外に持って行くことにした。

今までのクラブ所有馬とは異なり、サントゥナイトは個人所有馬。海外遠征は大きな負担になるため、すぐに進められるようなものではない。

だが俺は、サントゥナイトのひたすら前に進み続ける姿に、サンジェニュインの影を見つけていた。

 

馬主との話し合いが済み、2025年3月にドバイSCに出走し勝利。前日までの快晴が嘘のような大雨が降り、重馬場でのレースとなった。

この時点で馬主からは「凱旋門賞へ出走したい」という希望があり、テキも俺も、そのつもりで調整を進めていた。

2戦目の宝塚記念を完勝すると凱旋門賞出走を正式に発表。

サントゥナイトは史上2頭目の白毛の凱旋門賞馬を目指して、陽来の洋芝コースで調教を行うこととなった。

 

それとほぼ時を同じくして、俺の元に一本の知らせが入った。

 

「サンジェの体調が良くない……!?」

 

知らせてくれたのは目黒さんだった。

どうも夏頃からサンジェニュインの体調が良くないらしい。

起き上がれない日や、起き上がれても時間が掛かることが増えたのだと言う。

慌てて社来スタリオンステーションまで駆けつけると、俺を出迎えたサンジェニュインは少し疲れたような顔をしていた。

うっすらと骨が浮いて見え、食欲もあまりないようだ。

それでも食べないのはまずいと解っているのか、飼い葉は口にしているとリキさんは言った。

 

「23歳は、馬からすれば十分いい歳だ。サンジェニュインは種付けもかなりの量を熟しているし。……身体の限界もあるんだろう。もっと早く休ませてやるべきだったかもしれない」

 

目黒さんが後悔を滲ませながらそう言うと、サンジェニュインはゆっくりと立ち上がり、舌先を出して目黒さんの頬に押しつけた。

まるで「気にするな」とでもいいたげに。

いつどんなときでも人の感情に寄り添おうとする健気さが、一層サンジェニュインの儚さを浮き彫りにしていた。

 

 

 

それからしばらくして、社来スタリオンステーションから「サンジェニュインは種牡馬を引退する」と発表された。

以後は功労馬として繋養されるという。

近況のために載せられた写真に写るサンジェニュインは、前に会った時よりはすこしふくよかに見えた。

白い馬体で日差しを受け止め、キラキラと光り輝く姿は、いつまでも眩しかった。

 

 

 

「いつかサンジェの仔で、それも白毛で凱旋門賞を勝ちたいな」

 

などと夢を語っている場合では無かった。

もうそんなに時間がない。

いつまでも強くあってくれるだろうサンジェニュインにも、抗えない老いが存在する。

それを改めて突きつけられた俺は、サントゥナイトと挑む凱旋門賞をラストチャンスだと思うことにした。

 

「父ちゃんのためにも気張ろうな、ナイト」

 

俺の独りよがりな言葉に、ナイトは飼い葉を吐き戻して答えた。

 

 

 

勝ったら。

勝ったら、サンジェニュインに報告をして。

サントゥナイトの写真と一緒に、勝ったよって。

勝ったんだよ俺たち。

サンジェニュイン、見てくれ。

サントゥナイトは頑張って走ったんだ。

お前の後を継ぐに相応しくあるように。

 

自慢げに語る俺を、サンジェニュインは鼻を鳴らしながら聞いてくれるはずだから。

そのはずだから。

 

「2日前に、亡くなりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンジェ」

 

名前を呼ぶ。

 

「サンジェニュイン」

 

何度でも呼ぶ。

それでも。

 

「サンジェ……ッ!」

 

振り返ってくれる馬は、もう、いない。

 




この回を修正している途中で近所が燃えてました(物理)
次回で最終回です。


オフライン本
どちらも予約満杯になりました。
ありがとうございます。

「ずっとすきでいる」
芝木外伝まとめ
URL:https://sungenuin.booth.pm/items/3508643

「Stay just the way you are」
書き下ろし番外編集
URL:https://sungenuin.booth.pm/items/3518538

※「ずっとすきでいる」は再版の可能性あります


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ずっとすきでいる

これがラスト


『【史上初の白毛覇者】凱旋門賞馬・サンジェニュイン、死す』

『色褪せない輝きと共に・・・サンジェニュイン、23歳、老衰』

『歴史的名馬サンジェニュイン、永眠。国内外から悲しみの声』

『父子制覇の矢先に。社来SSで繋養されていたサンジェニュインが老衰で死亡』

 

ネット上でそんなタイトルのニュース記事が溢れたのは、2025年10月7日。

5日にパリロンシャン競馬場で開催された凱旋門賞を、サントゥナイトが日本馬、そして白毛馬として19年ぶりに制した、わずか2日後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

凱旋門賞を終えて帰国した俺、そしてテキやイサノさんを迎えてくれた目黒さんは、痛みを堪えるような顔で口を開いた。

 

「2日前に、亡くなりました」

 

サンジェニュインの調子はどうか、回復したのか。

そんなことを聞いた俺たちへの、無慈悲な回答だった。

その生存を当たり前のように信じていた俺たちにとって、目黒さんの言葉は受け入れがたいものだった。

特に俺にとっては。

サンジェニュインの仔、それも白毛で凱旋門賞を制した報告をするためだけに早めに帰国したと言ってもいい。

ただ早く、早くサンジェニュインに会って、お前の仔はすごい、よく頑張ったんだぞって言いたかった。

それが言えるのだと、当然のように信じていた。

 

だが目黒さんの固い表情が変わることはない。

まとまらない思考と混乱の中で、いち早く正気を取り戻したのはテキだった。

 

「……死因は」

 

テキの声も震えていた。

 

「老衰でした。痛みや苦しみに悶えることもなく、サントゥナイトの凱旋門賞を見届けてすぐに……」

 

その言葉に、テキは安堵したような、それでも寂しいような、そんな複雑な感情を綯い交ぜにした表情で頷いていた、と思う。

曖昧なのは、この時点でまだ俺の混乱が収まっていなかったからだ。

俺のすぐ隣に立っていたイサノさんは、その目にいっぱいの涙を溜めて、それを拭いながらも「よかった」と言葉を繋げた。

 

「せめて、最期に……最期にナイトが勝つところを見せられて、本当に……」

 

嗚咽混じりのその言葉を、再びテキが繋げる。

 

「あいつは勝ち負けが解る馬だったから……息子の勝利を冥土の土産に持たせてやれたのなら。調教師としてこれ以上ない、誉れだ」

 

冥土の土産。

誉れ。

 

いろんな言葉が脳裏を過っては消えていく。

俺は何もかも受け入れることができなかった。

何も意味がわからなかった。

ただ解ることがあるとしたら。

 

それは、もう。

 

「サンジェ……っ」

 

蹲って、蹲って。

人目も憚らずに蹲って。

 

振り絞って叫んだ名前に、振り返る馬はいない。

いない、だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真白さん」

 

イサノさんの声にハッと意識を取り戻した。

目の前にはシンプルな作りの建物があり、周りには黒スーツや着物に身を包んだ人たちが大勢集まっている。

今日は、サンジェニュインの葬儀が行われる日。

目黒さんからその死を知らされた当日が、まさにその日だった。

サンジェニュインはすでに火葬され、荼毘に付された後らしい。

だから葬儀というよりは、実質的にはお別れ会のようなものだろうか。

ただし、参列者は生産した社来ファーム・陽来、社来スタリオンステーションの関係者、現役時代の厩舎関係者とその家族のみとなった。

代わりに、国内の各競馬場には献花台が設けられ、大勢のファンが別れを偲んでいるという。

フランスでもパリロンシャン競馬場に献花台が設けられているのだと、イサノさんから聞いた。

俺は、空港からここまでどうやって来たのか、いつの間に喪服に着替えたのか。

記憶が曖昧で、正直、これからサンジェニュインの葬儀なんだと言われても余り実感がなかった。

急すぎるというのもあったが、たぶん、ただただ受け入れたくなかったのだろう。

この世のどこにも、あの美しい馬がいないのだという、現実を。

 

「真白さん」

 

ぼうっとしている俺の頬を、イサノさんの両手が包んだ。

厩務員らしい、すこしかさついた手。

本人は恥ずかしがってあまり触られたくない、と言っていたけど、俺にとっては世界一綺麗な手だ。

その手が俺の頬を包み込み、少しだけ強く掴まれた。

 

「真白さん。もし、会場に入るまでにその顔を直せないなら、出ないでください」

 

力のこもった強い声色。

そう言い切ったイサノさんに、俺はふつふつと怒りが込み上げてきた。

ただでさえ死に目にすら会えなかったのに、葬儀にすら参列するな、というのか。

思わず睨み付けた俺の視線に怯むことなく、イサノさんは睨み返してきた。

 

「サンちゃんは……サンジェニュインは人の感情に敏感でした。泣きたいのに我慢したり、私たちに心配をかけないように痛みを堪えたり……いつだって、驚くほど私たちの気持ちに寄り添う馬でした」

 

その言葉に、ドバイシーマクラシックで泣けないままターフを後にしたサンジェニュインを思い出した。

ラインクラフトが死んだ後、それを知らされて酷く落ち込んでいたことを。

それ以上に、謝るイサノさんに寄り添っていたことを。

 

「もし真白さんがそんな、そんな「寂しい」って顔をしたら、サンちゃん、逝けなくなってしまう」

 

逝かないでほしい。

喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、俺は瞼を伏せた。

 

「命あるものにはいつか終わりが来る。サンちゃんは、全うしたんです。生きている間にやるべきことすべてやって。……でも、私たちが「寂しい」って、「逝かないで」って顔をしたら、サンちゃん、逝けなくなっちゃうから」

 

イサノさんの声が水っぽくなる。

堪えきれない激情を押さえ込んで、少しずつ漏れ出るように。

 

「私だって寂しいんです。寂しい。もう、社来スタリオンステーションに行ってもサンちゃんはいない。名前を呼んだら振り返って、手を差し出したら頭を乗せて。そんな白い馬はもう、この世のどこにもいない。……寂しい、寂しいですよ!」

 

それでも、とイサノさんは言葉を繋げた。

 

「……でも、見送らなくちゃいけないんです。泣かずに、笑顔で。「大丈夫だよサンちゃん、心配いらないよ、私たちは大丈夫だから」って。「だからサンちゃん、安心して逝っていいよ」って、言わないと……っ!」

 

我慢し尽くした末に流れた涙に、イサノさんの感情のすべてがあると思った。

泣きたい。

叫びたい。

嫌だと言いたい。

それでも。

それでも、あいつの前ではそんなこと、できない。

 

俺の脳裏には、負けて泣いて、勝って笑って。

何かあれば驚いて、気に入らないことには怒って。

でも最後には笑う、あいつの姿。

 

それを思い出して、俺は、両手も顔を覆った。

そして零れてしまいそうになる嗚咽を飲み込んで、一呼吸。

 

「……いきましょう」

 

声は確かにかすれていた。

でも、もう、揺れない。

 

少しだけ、世界が鮮明に見えた。

 

 

 

 

 

 

関係者しかいない葬儀は、しめやかに行われた。

当然、サンジェニュインに縁の深い人ばかりだからか、時折すすり泣く声まで聞こえたが、それだけサンジェニュインという馬が愛されていたという証だろう。

喪主── 正確には違うのだが、便宜上こう呼ぶことにする。

サンジェニュインの葬儀の喪主を務めたのは、当然、社来スタリオンステーションだ。

喪服に身を包んだ彼等もまた、目が充血していた。

それでも会場では涙ひとつ零さずやり遂げたのは、沈まぬ太陽の馬と呼ばれたサンジェニュインを支え続けた、そのプライドによるものだろうか。

俺は最期の瞬間までサンジェニュインを支え続けた彼等に、ただただ、深く感謝した。

 

やがて葬儀が終わり、会場を後にすると、そこにはカメラを構えた報道陣の姿があった。

今回の式には報道関係者は立ち入り不可だったため、せめて参加者にコメントを貰おうとして集まったのだろう。

こういう日くらいはそっとしておいてほしいが、歴史的名馬であり、また種牡馬として未来永劫語り継がれるだろう功績を残したサンジェニュインの死は、彼等にとっても大きな出来事だったことに違いは無い。

そこに含む感情は異なるだけで。

 

「芝木騎手だ、芝木騎手!今の率直なお気持ちを!」

「知らせを受けたのはいつですか!」

「夏頃から体調を崩していた情報がありますが……」

 

矢継ぎ早に飛ぶ質問をすべて無視した。

何も答える気はなかった。

『ファンも気になっているだろうから代理で聞くんだ』と建前を作る記者もいるが、それなら別途会見の場所を設けて自分自身の言葉でファンに伝える。

今、彼等のフィルターを通してファンに伝えたいことなんて、一ミリもないと思った。

 

「芝木騎手!もし、もしひとつだけサンジェニュイン号に伝えられるなら、何を……!」

 

イサノさんの肩を抱き寄せ、足早にその場を去ろうとしたその時。

投げかけられた無数の質問の中で、それだけがハッキリと聞こえた。

思わず立ち止まった俺に、イサノさんが不思議そうな顔で俺の名前を呼ぶ。

 

“ もしひとつだけサンジェニュインに伝えられるなら ”

 

俺は振り返って、その質問をしただろう記者に向かって口を開く。

 

あいつが死ぬ前に、たったひとつでも伝えられるならば。

俺は、俺は、きっと。

 

「ずっとすきでいる」

 

ずっと、ずっと、ずっと。

好きでいるよ、と、伝えただろう。

ありったけの感謝と、愛を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サンジェニュインの死から間もなく。

サントゥナイトの引退と種牡馬入りが正式に決定し、発表された。

それは史上2頭目の白毛の凱旋門賞制覇を達成したことはもちろん、史上初であったサンジェニュインが亡くなった影響によるところが大きい。

国内では、サンジェニュインの後継種牡馬としてはサニーメロンソーダを挙げる声が大きい。

現役時代は中長距離戦を得意としたサニーメロンソーダだったが、その産駒の多くはスプリント路線で活躍。

2023年、2024年、2025年のGⅠ・スプリンターズステークスの勝ち馬は、いずれもサニーメロンソーダの産駒だった。

2年目産駒であり、2015年に種牡馬入りしたシルバータイムは、ダート、芝両方でGⅠ級の産駒を出し始めている。

クラシック路線こそドレフォン、シルバーステートら輸入種牡馬や、ロードカナロア、オルフェーヴル、エピファネイア、そしてサンジェニュインの直仔に押され気味だが、シルバータイム産駒も複勝圏内に入る等、好走している。

近い将来、産駒からクラシック勝ち馬も出るだろう。

イギリスではサニーファンタスティックが英ダービー馬を3頭出し、2024年には凱旋門賞馬を送り出すなど、欧州におけるサンジェニュインの後継種牡馬として確固たる地位を築いていた。

アメリカではシャイニングトップレディから始まる牝系が広がっている。2021年、2022年とBCクラシックを連覇したソウルオブラヴァーが種牡馬入りしたことで、今後ますます「父の母」としてその血は広がるだろう。

フランスに移籍した日本生産馬のアオも、種牡馬として堅実な成績を上げているようだ。

だがサンジェニュインの直仔で凱旋門賞馬となった産駒で、種牡馬として大成できた馬はまだいない。

2013年の凱旋門賞を制したブランシュブランシュの産駒はGⅡ勝ちに留まり、2019年には種牡馬を引退している。しかし、その血を引く牝馬はフランケルとのニックスを持ち、孫世代からは2022年の凱旋門賞を制したパリスブランシェを輩出した。

また、2017年の凱旋門賞馬であるライトニングパッションは、ウマインフルエンザに罹った際、治療として打たれた抗生物質の影響か仔を作れない体質になってしまったため、産駒を1頭も残すことができなかった。

欧州は現在、サニーファンタスティックの他には日本生産のアオ、アイルランド生産でジャパンカップ勝ち馬であるタニノサニーロックが主な後継種牡馬として扱われている。

 

一方、国内で活躍する後継種牡馬候補は短距離傾向にあるため、母方の血統的にも中長距離馬を輩出する可能性の高いサントゥナイトに、サンジェニュイン同様の活躍が期待されているのだ。

とはいえ、もともと春時点の予定では5歳になっても現役続行の予定だった。

今はその血の広がり様から「サンジェニュイン系」と呼ばれるサンジェニュイン産駒だが、日本はサンジェニュインの父・サンデーサイレンスの血で溢れていることもあり、国内のサンデーサイレンス系種牡馬はこれ以上不要だ、という意見が最も多かった。

その意見を覆すほど、サンジェニュインの死の影響はでかかった、ということだろう。

サントゥナイトは次走のジャパンカップを最後に引退し、サンジェニュインと同じく社来スタリオンステーションで種牡馬として生活することが決まった。

 

そうして今日。

ラストランを迎えた。

 

「秋も色濃くなってまいりました、晴れの東京競馬場。押し寄せる14万人の歓声を背に、1枠1番の幸運に恵まれましたサントゥナイト。先月老衰によって亡くなった父、サンジェニュインが生涯未出走だったこのレースで、有終の美を見せてくれるでしょうか。今レース3枠6番には同父のサンサンファイト。菊花賞を逃げ勝って二冠馬になりました。鞍上・(たけ)(はじめ)騎手は自信を覗かせています。現役馬でも1位2位を争う逃げ馬2頭、これが初対戦。いったいどちらが父に勝利の花を捧げるか。それとも8枠17番ゴールドフィール、唯一の招待馬5枠9番ステラクラリウスらが勝ちきるか。目が離せない1戦です」

 

サントゥナイトの背に跨がった状態で、俺はちらりと遠くの馬を── サンサンファイトを見た。

秋の風に吹かれる白い毛は、サントゥナイトとよく似ている。

サンサンファイトは今年の日本ダービーを、サンジェニュイン産駒として初めて制した。

サンジェニュインがディープインパクトとたたき合ったあの熱戦から20年。

わずか1センチの惜敗を喫した東京競馬場で、その白い馬体が輝いた日を、俺も昨日のことのように覚えていた。

できることなら俺がサンジェニュインに「産駒初の国内ダービー制覇」を捧げたかったが、それを抜きにしても、ただただ嬉しかった。

そのサンサンファイトが、最後の一冠、菊花賞を制して二冠馬となり、サントゥナイトの前に立ちはだかる。

いつか対戦することもあるだろう、とは思っていたが、こんなにすぐ来るとは思っていなかった。

 

「……なんか、お前よりも大人っぽい馬だな」

 

思わずそう言ってしまうほど、遠目に見えるサンサンファイトは、歓声にも、寄ってくる牡馬にも動じずに大人しい姿を見せていた。……あ、尻っ跳ねした。

訂正だ、牡馬が近寄ったら容赦なく跳ね返す馬だった。

逆にサントゥナイトはやたら好奇心旺盛で、追い駆け回されると解っているはずなのに牡馬に近寄っては追いかけ回されて泣く馬なので、サンサンファイトの方が余計大人びて見える。

お前の方が年上なのになあ、とサントゥナイトの頭を撫でると、サントゥナイトは機嫌が良さそうに嘶いた。

機嫌をよくする場面でもないけどな。

 

それにしても、本当に大人しい馬だ。

前に竹さんが「大人しくて従順。呼吸の仕方や脚の使い方がサンジェニュインによく似ている」と言っていたが、なるほど確かに、好奇心旺盛なサントゥナイトに比べれば性格的にサンジェニュインに似ているように思えた。

 

そうこうしているうちに、ゲート入りが始まった。

 

「さあまずはサントゥナイト。ゲートに誘導されていきます。ここまではスムーズな入り。あとはここから集中力をきらさないか、ですね。鞍上と共にこれが最後のレースとなります」

「芝木騎手も急な発表でしたね」

「そうですね。来年は調教師免許試験に集中し、2027年の開業を目標にしているようです。人馬共にラストラン。サントゥナイトは種牡馬に、芝木騎手は調教師に。ネクストステージに向けて、ここは勝ちきりたいところ」

 

騎手廃業を決めるのに時間は掛からなかった。

元々、サンジェニュインの産駒で凱旋門賞に勝てたら騎手をやめようか、と考えていたこともあったし、それをイサノさんやテキに相談したこともあったから。

それを実行に移したに過ぎない。

幸いな事に蓄えは十分にあり、末の息子を私立大に通わせても十分な金額はある。

妻であるイサノさんにも改めて相談し、サントゥナイトと共にターフを去ることにした。

来年は調教師免許を取るための準備期間に費やす。

ただ……本当は、調教師になることまでは考えていなかった。

 

「俺の苦労を考えて、とかだったら考え直してくれよ?」

 

テキは心配そうにそう言ったが、俺は首を横に振った。

テキの心配はまったくしていない、と言ったら嘘になるが、ソレが主体だったわけじゃない。

だがテキがまもなく定年を迎えることもあり、どうせ調教師になるなら、その管理馬ごと厩舎を継ごうと思った。

本原厩舎にはいちばん思い入れも、思い出もある。

それに、本原厩舎にはまだ多くのサンジェニュイン産駒がいる。

彼等を他の調教師や騎手に任せて、自分は心機一転、という気持ちにはなれなかった。

来年産まれるラストクロップも将来的には数頭迎え入れるつもりでいる。

もうその仔らの背に乗ることはできないが、走るための手助けはできるから。

 

「……大外、ゴールドサプライズがゲートに誘導されていきます。これが収まれば、もう間もなくスタートです」

 

ゲート入りを渋るゴールドサプライズを横目に見ながら、俺はサントゥナイトの頭を再び撫でた。

コイツとの出会いは牧場にまで遡る。

そう、サントゥナイトがまだ「カレンチャンの21」と呼ばれていた頃。

サンジェニュインの放牧地に放たれ、父の側を片時も離れようとしなかった甘えん坊の仔馬が、今ではジャパンカップで1番人気に推されている。

見た目がサンジェニュインにそっくりだと言われてきたサントゥナイト。

でも中身は好奇心旺盛で、ちょっとサンジェニュインより抜けている。

けど、人一倍前に進もうという意欲的なところはそっくりで、横顔を撫でてやったときの表情がよく似ていた。

 

「……ナイト」

 

名前を呼ぶと、馬は丸い瞳を輝かせ、振り返った。

もう振り返ることはない父によく似た、でも他の誰でもない、サントゥナイトの顔で。

 

「2025年、ジャパンカップ、今── スタートしました。ジャパンカップ、スタートです。大きな出遅れなく、比較的キレイに揃ったのではないでしょうか。先頭はサントゥナイトとサンサンファイト、太陽一族のハナの奪い合いです。ややサントゥナイトが有利か。その2頭から4馬身離れた位置にレイアゲインズ。ブラストオルカは内側を縫う位置。ゴールドサプライズはいつもより前の競馬だ。現在5番手。そこから3馬身離れた位置にラッシャーセー、半馬身右にキオス、それを追うのはフロスト。シンガリにゴールドフィールという流れ」

「ゴールドフィールはいつもの位置ですね。最後方からまくって上がる、得意のポジションにつけたといえるでしょう」

 

サンサンファイトと共に勢いよく飛び出したサントゥナイトは早々に先頭争いを繰り広げることになった。

だがここは想定内。

慌てず、無理に前に行かせず。

1枠1番の最内から、外に向かうための活路を探す。

そもそも序盤からハナを取らずに外に持ち出すことは、テキとも相談していた。

今回、最大の壁となるだろうサンサンファイトは、サンジェニュイン産駒の中では比較的軽い馬場向きの脚を持っており、東京競馬場を得意としていた。

一般的な他の産駒と比べると、圧倒的なパワーをベースに逃げ切る、というよりはコースの内側を上手く使って回りきる技巧派という印象で、サンジェニュインのコースカーブへの苦手意識を継いでしまったサントゥナイトにとって、このタイプの逃げ馬は天敵に近いのだ。

 

第2コーナーを抜けて向正面に入った時には、想定通り、サンサンファイトが先頭に立っていた。

まるでサントゥナイトが先頭を諦めたかのような構図だ。

これでちょっとは竹さんが動揺してくれると助かるんだが、と思いながらも、おそらく竹さんの方も想定済みだろう。

あちらもサントゥナイトの走りについてまったく研究していない、なんてことはないだろうから。

 

サントゥナイトとサンサンファイトの2頭が最初から飛ばした影響か、この時点で3番手以下にはすでに8馬身近くの差がついていた。

俺はサントゥナイトを1度後退させ、外側に進路を向ける。

最内にいたままだと、勝負を仕掛けたい第3コーナーでもほぼ横並びのサンサンファイトに阻まれ、上手くレースが進められなくなる事が目に見えていた。

そうして2番手のまま向正面を抜け、第3コーナーに入ったタイミングでサントゥナイトの手綱を扱き、前に押し出す。

サントゥナイトは柔らかく馬体をしならせ、サンサンファイトの前に躍り出た。

 

「ここでサントゥナイト、サントゥナイトが並んだ!だがサンサンファイトも譲れない!二冠馬としてここは譲れない!サントゥナイト、サンサンファイト、白毛2頭、意地のぶつかり合い!」

 

サントゥナイトが首を伸ばす。

サンサンファイトが粘る。

サントゥナイトが脚を伸ばす。

サンサンファイトが脚を回す。

 

抜いて、抜かれて、差して、差し返して。

ターフの上を白い光が交差する。

もうそこには、眩しさしかない。

 

「さあ第4コーナー、ここを、ここを曲がったらあとはゴールだけだ。さあどちらだ── ッゴールドフィール!?切り込んできたぞゴールドフィール!ゴールドフィールがすっ飛んできて迫る迫る栗毛からサントゥナイト、サンサンファイト!逃げるがゴールドフィール凄まじい上がり脚だ!だが、だが、だが!この2頭が先頭だ!譲れない逃げのプライド!さあ残すは直線だけ!」

 

同族同士のぶつかり合いに、見慣れた色が混ざろうと首を突っ込む。

相変わらず恐い馬だな、と思いながらも、ゴールドフィールにも、サンサンファイトにも負けるつもりはない。

 

俺は鞭を振り上げた。

サントゥナイトの首を前に前に押し出して。

そうして馬は。

サントゥナイトは。

 

力強く芝生を蹴り上げた。

 

その、足跡に。

 

「鞍上・芝木真白!天に突き刺す1本指──ッ!」

 

響くのは、歓声だけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JRAヒーロー列伝ポスター第××回 サントゥナイト

 

父馬:サンジェニュイン

母馬:カレンチャン

誕生:2021/03/02

生産:社来ファーム・陽来

馬主:金城誠人ホールディングス

成績:11戦8勝(うち海外GⅠ・2勝)

 

 

 

2歳の君は無敵の王者だった

誰にも負けなかったし、誰にも影を踏ませなかった

 

3歳の君は「敗北」を知った

それでも泣くことなく、前だけを見続けた

 

4歳の君は挑み続ける強さを見せた

期待を背に駆け抜け、みんなの夢を叶えた

 

 

これからの君は、

 

『 継いで征く、伝説 』

 

── 次は、父の名で、君を呼びたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── 2029年4月。

熱気に包まれる中山競馬場で、俺は、緊張で両手をすりあわせる少女の背中を、勢いよく叩いた。

 

「ッにすんの、父さん!」

「“ 父さん ”?」

「う……て、テキ、いきなり背中ぶっ叩くのやめてくださいよ……!」

 

不貞腐れたようにそう言った少女は、俺の娘だ。

今年競馬学校を卒業し、ついこの間デビューしたばかりだった。

3歳馬の未勝利戦を中心に経験を積ませ、今日が初のGⅠレース。

その緊張しきった姿に、俺は内心苦笑いを浮かべた。

いくら血の繋がった親子とは言え、競馬場にいるときは「父と娘」ではなく「調教師と騎手」だ。

散々たたき込んだはずが、緊張の余り飛んだのだろうけど。

 

「お前、そんな調子で大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですよ!……緊張はしてるけど、でも、あの子の主戦はもう私だから。お兄ちゃん、ッじゃなくて、虎白(こはく)騎手にだって譲れませんよ!」

 

絶対に鞍上は譲れない、と拳を握る姿には懐かしさと同時に気恥ずかしさを感じる。

今日、娘が乗る馬の主戦は、元々カレンだった。

そう、目黒さんの姪であり、オークス馬・タイヨウチャンの主戦だった女性騎手。

彼女は妊娠を機に騎手を引退し、今後は解説者の道に進むことになった。

その後釜として、娘が乗ることになったのだ。

当初は息子── 2年前に競馬学校を卒業し、娘と同じく俺の厩舎に所属している息子が、カレンが主戦を務めていた馬を引き継ぐ予定だった。

だがカレンから「この馬は彼女の方が合っているから」と言われ、娘にしたのだ。

元々カレンに憧れていた娘は、その後継として直接カレンに指名されたことが嬉しかったこと、また、好きな馬の仔に乗れるということで、かなり熱意がこもっている。

……なんだか昔の自分を見ているようでむず痒かった。

俺はヘンに照れ臭くなる前に話を変えようと、今日の騎乗について指示を出す。

 

「走りについてだが、ま、いつもと変わらない。いつも通りで良い」

「いつも通りって……GⅠなんですけど。それも私、デビューして1ヶ月ちょっとなんですけど」

「だとしてもだ。走って、競って、ゴールするのは同じだろ?」

 

そういうのにGⅠも未勝利戦も変わらない。

俺がそう言うと、娘は引きつったような顔を見せた。

 

「メンタルバケモンかよ」

「なんだって?」

「なんでもないです」

 

きっちり聞こえたけどな。

あえて言わず、俺は深いため息をついて、娘の名前を呼んだ。

 

「いいか。トロフィーが馬の価値を語るんじゃない。馬がトロフィーの価値を語るんだ。GⅠでも未勝利戦でも。勝った馬の走りが素晴らしければ、そのレースは至上の価値を持つ」

 

俺が声色を強めて放った言葉を、娘は今すぐには飲み込めないだろう。

だけどいつか、知るときが来る。

身をもって実感する日が来る。

その馬の歩み。

これまでとこれからを考えられるようになった時。

たった1勝の重みがどれほどのものであるかを。

 

真剣な表情で頷いた娘の肩を叩くと、制止の合図が響いた。

 

「……っと、そろそろですね」

 

娘が視線を向けた先を見ると、パドック周回が終わり、各騎手の騎乗が始まっていた。

今立っている位置から丁度良く見える場所に白い馬が立っている。

その手綱を持っているのは、厩務員であるイサノさんだ。

近くまで小走りで向かった後、馬の背に跨がろうとする娘の足を押し上げ、乗せてやる。

鞍上で背中をピンと伸ばす姿は俺によく似ていると、手綱を握っていたイサノさんがそっと呟いた。

そうだろうか。

そんなに似ていないような気がする。

 

けど、馬の背を撫でながら輝く瞳の熱は、自分にも覚えがあった。

 

百合子(ゆりこ)

「ッはい」

 

名前を呼び、目と目を合わせた。

娘は、百合子は馬の手綱をぎゅっと握りしめ、俺と見つめ合う。

その緊張に染まった顔をみて、思わず吹き出しそうになるのを堪えて、俺は口を開いた。

 

「楽しめよ」

 

これは俺が現役時代、テキが繰り返し言ってくれた言葉。

まさか自分が娘に言う日が来るとは思っていなかったな。

懐かしさに目を細めると、百合子は真剣な表情で大きく頷いて見せた。

 

返し馬に向かうその背を見送ると、イサノさんは「百合子、ちょっと頼もしくなりましたね」と俺に囁いた。

 

「そうですかね」

「そうですよ!なんだか、テキと、本原先生と真白さんが現役だった頃を思い出しました。本原先生はいつも「楽しめ」って言ってましたもんね」

 

彼女の言葉に頷く。

現役時代何度も言われた。

楽しめ、楽しめよ、と。

同じレースは2度とない。

この瞬間にしかありえない。

だから心から楽しめ。

力ある限り走る馬の背から、その生命の鼓動を聞きながら。

 

「……笑顔で返ってきてくれると良いですね」

「……笑顔じゃなくても、返ってきてくれればいいですよ。そうしたら、抱きしめるので」

 

そう言うと、イサノさんはとびきり綺麗に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……サニードリームデイ、君は、今日も最高だよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあもう間もなく、もう間もなく牡馬クラシックの一冠目、皐月賞が始まります。1枠1番にスプリングステークスを勝ち上がったオルタナプレミアム。父ダノンプレミアムの4年目産駒。この血統はマイルから2200メートル戦で活躍馬を出しています。主戦のクリスティ・デルーカ騎手も自信満点。続いて4枠5番に収まったのはジャスパーダ。アダイヤー産駒ですね。母はサンサンパフェー。4億3千万円の超高額馬としても有名です。さ、続々と馬たちがゲート入り。今年はスムーズだ。……最後の大外枠に収まるのは、これがラストクロップ。サンジェニュイン産駒のサニードリームデイ。デビューからここまで無敗でやってきました。トライアルレースである弥生賞では桁違いのスピードで他馬を圧倒。父譲りの逃げ脚を見せつけ、本戦に堂々と参戦です。ここを勝てば無敗の皐月賞馬だ。鞍上を引退した目黒カレン騎手に代わって芝木百合子騎手」

「父が主戦を務めた馬の仔に娘が乗る。競馬は時々ギャンブルからドラマに変わると言いますが、さて、どんな走りを見せてくれるのでしょうか。白の2世コンビに注目です」

 

この年、中山競馬場に駆けつけた観客は約8万人。

2010年以降の皐月賞でこの観客数は異例とも言えた。

それだけの注目度。

それだけの期待があった。

 

史上初の白毛の凱旋門賞馬・サンジェニュインの産駒が出走する皐月賞は、これが最後。

前週の桜花賞をサンジェニュイン産駒のシャイニングサニーが逃げ切り勝ちを見せたこと、そして1番人気に推されているサニードリームデイがデビュー戦から無敗だったことも合わさり、最後の最後に怪物が誕生するのかと話題になっていた。

加えて、サニードリームデイの鞍上は芝木百合子騎手。

サンジェニュインの主戦を務め、その産駒の多くに乗ってきた芝木真白騎手の次女。

観客の目には、史上3頭目の白毛凱旋門賞馬とその騎手が立っているように見えていた。

 

「全頭ゲートに収まりまして── 皐月賞、スタートしました。出遅れなし。全頭、横一線キレイなスタートです。ハナを行くのはサニードリームデイ。軽やかに5馬身リード。続く2番手にシェルクル。その半馬身差でピクシーパーティー、ダンシングタイム、ハテノキズナが続きます。大外にヨレているのはジャスパーダ。少しふらついたが大丈夫か。後方、ムテキテイオーサマ、15番ムテキテイオーサマとツバキアイノウタに挟まれる形でオルタナプレミアムが耐えています。今日は抑えの競馬か、クリスティ・デルーカ騎手の秘策に期待です。先頭はまもなく2つ目のコーナーカーブを曲がるところ。シンガリのフォンダンミルクは前を行くハルノカリスマ、メロンソーダソーダ、タイヨウストリートに食らいつくが終盤追いつけるか。各馬ここまで淀みのない展開。さあもう1度先頭から振り返ってみましょう」

 

白い馬体は鮮やかな緑のターフに映えた。

例え1完歩進むごとに芝が抉れ、無残な姿になろうとも。

馬券を握りしめて声援を飛ばす観客たちには、その有様さえ美しく、眩しく映った。

 

「各馬仕掛けどころか!第3コーナーを過ぎてハテノキズナがぐーんっと首を伸ばして上がってきた!そのすぐ後ろにジャスパーダが続く。先頭は依然サニードリームデイ!ドリームデイが突き進み── ッ大外!大外からすごい脚だこれはまさに飛翔!オルタナプレミアムが突っ込んできた!ムテキテイオーサマ、ツバキアイノウタ、ピクシーパーティーら10頭を撫で斬って!オルタナプレミアムが目指すのはドリームデイのさらに向こう側!ゴール一直線!」

 

1番のゼッケンを揺らしながら、黒い馬体の馬が伸びる。

後方からため込んで解き放たれるその流線形は、2歳王者であった父ダノンプレミアムの血を通して、祖父であるディープインパクトのシルエットを浮かび上がらせた。

24年前。2005年。

中山競馬場でハナ先揃えた2頭の影が、確かにそこにあった。

 

「逃げるサニードリームデイ!追うオルタナプレミアム!逃げ切りか差し切りか!どっちだ、どっちだ、どっちだ!?」

 

風に揺れる白い馬体がしなる。

何もかも置き去りにして、その光は、影さえ作らなかった。

 

「残り200メートル!オルタナプレミアム追いつかないか!?ッこれは決まりか、逃げか!逃げだ!逃げ切りだ!」

 

雑音に混じる喜びの怒号。

天に掲げる、その指の意味は──

 

「今日は、夢を、叶える日だッ!サニードリームデ──イ……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サニードリームデイを称える声に包まれながら、俺は競馬場の地下通路を走っていた。

走って、走って、息が上がっても走って。

ただ光が差す方向に向かって走っていた。

長い長い地下通路は、あの日、あの10月7日から続いているような気さえする。

薄暗い闇の中を駆け抜けて、俺は、ようやく光にたどり着いた気がしていた。

 

深く沈む場所を抜けて、見上げた空の、その青さに。

俺はついに、込み上げるものを堪えることができなくなった。

 

目が熱い。

たまらなく熱い。

それをまともに拭うこともできずに、俺は、ただ空を見上げて泣き続けた。

 

「サンジェ」

 

震えた声で呼ぶ。

 

「サンジェ」

 

お前の最後の仔が勝ったぞ。

逃げ切り勝ちだ。

無敗で。

無敗のまま。

皐月賞を制した。

 

すごいことだ、よくやっただろ、なあ。

 

そう伝えたいのに。

 

「サンジェ……!」

 

振り返る馬はもういない。

いない。

解っている。

 

「サンジェ……ッ」

 

わかっていても。

それでも何度でも呼ぶだろう。

そして、何度でも叫ぶのだ。

 

「サンジェニュイン!」

 

誰がどんな白毛の馬を称えても。

至上だと呼んでも。

 

お前は。

お前こそが。

 

「ッさい、っこうの、馬だ──……ッ!」

 

叫び続けよう。

 

この声が嗄れるまで。

 

 




芝木外伝、完!
あとはオフライン本「ずっとすきでいる」に書き下ろしの後日談や番外編が載ります。


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簡易人馬紹介

大百科パロ、太陽一族も更新しました
https://syosetu.org/novel/270791/2.html


●:ヒト族

○:馬

 

 

 

 

 

芝木(しばき) 真白(ましろ)

2003年、19歳の時にサンジェニュインとかいうウッマと出会ってしまったせいで、騎手生活、価値観、人生、感情その他諸々が狂ってしまったヒトオッス。

サンジェニュインと出会わない世界線では、中堅どころの騎手で、レースでは安定した騎乗を続けるポストノブオミおじさんみたいな感じ。イサノちゃんと結婚することもなく、生涯独身で突き進む。

 

本原(もとはら) 佳己(かつみ)

サンジェニュインを管理したことがきっかけで一流調教師の道へ。サンジェニュインがあまりにも賢い()ので色々思い悩んだこともあるが、基本穏やかで馬思いの優しいテキ。既婚者だが子はなく、所属騎手のことを我が子のように可愛がっている。普段は意識して標準語を話しているが、妻と2人の時だけは関西弁になる。

史実(サンジェニュインが存在しない世界線)では2010年くらいでひっそりと厩舎を畳んでいる。

 

目黒(めぐろ) 康史(こうじ)

どう考えても馬の言葉がわかっているとしか思えない謎深き厩務員。2003年の秋、サンジェニュインを迎えにはるばる北海道まで向かい、それからサンジェニュインが死ぬまでの22年間を共に過ごした。既婚者で3人の娘持ち。末っ子は騎手になったが、2年ほどで廃業し、現在はイギリス・クルーモイズスタッドで厩務員として勤務している。また、姪の目黒カレンは騎手、甥の目黒リキは社来スタリオンステーションで厩務員をしている。

史実では2021年時点でも厩務員をやっている。

 

●芝木 イサノ(旧姓:近藤)

本原佳己所属の厩務員。芝木くんより年上。本人はキャリアウーマンっぽい空気を意識しているが、内心では王子様への憧れを抱く乙女。担当していた競走馬が退厩したことにより、サンジェニュインをサポートする補助要員になった。このサンジェニュインのあれやこれやをきっかけに芝木くんと結婚する。

史実では芝木くんへの憧れを抱いたまま、しかし想い叶うことなくお見合い結婚をして厩務員をやめている。

 

●芝木 虎白(こはく)

芝木家長男。父に瓜二つの見た目と性格から、ネットの匿名掲示板民に「芝木の初年度産駒」呼ばわりされている。幼い頃からサンジェニュインとふれあう機会があり、また、両親共に競馬関係の仕事についていることから自然と騎手を志す。2027年の騎手新人賞を獲得した。

 

●芝木 美雪(みゆき)

芝木家長女。第2子。目のパッチリ具合が父によく似たがサッパリした性格は母似。見目の良さとコミュ力の高さから現在はモデルをしながらバラエティなどの番組を中心にタレント活動を行っている。兄妹の中で唯一競馬関係の仕事についていないが、競馬についてはやたら詳しい、いわゆる「競馬タレント」的な存在。yourtubeで家族が騎乗している馬を応援するだけのチャンネルを持ってる(馬券は握ってない)

 

●芝木 百合子(ゆりこ)

芝木家次女。第3子。見た目はどちらかといえばイサノちゃんに似ている。一本気の通った性格だが、やたら神経図太く緊張感のない父や兄と異なり、初GⅠで緊張するなど一般的な感性の持ち主。サンジェニュイン関連で感情の振れ幅が広すぎる父に、思春期の頃はかなり反抗した模様。ただしそんな父の狂乱DNAを一番濃く継いでいるのはこの子だ。

 

●芝木 白朗(しろう)

芝木家次男。末っ子。父の足長遺伝子をマックスで継いだらしく、身長185センチ。父や兄に憧れて騎手を目指していたが、その身長から競馬学校に受からず現在は獣医師を目指している。底抜けに明るい性格で物怖じしない。父の神経図太いところの母の頑固なところが現れたもよう。まだ学生だった頃、陽来牧場でサニードリームデイが産まれる瞬間に立ち会っており、幼名の名付け親でもある。

 

●目黒 カレン

目黒さんの姪。サンジェニュインの東京優駿を見て騎手を志すようになった。タイヨウマツリカと挑んだ東京優駿で心身共に深い傷を負って長期療養していたが、全妹・タイヨウチャンの存在を知り奮起。人馬一体で戦い、見事オークス制覇を成し遂げた。男性社会の騎手界で舐められないようにと態度、口調ともにかなりキツめ。ただタイヨウマツリカの一件で見せた弱々しい姿が本来の彼女。

史実では騎手にならず、一般企業に就職する。

 

 

 

 

 

 

 

○サンジェニュイン

お馴染みのウッマ。語ることは特にないが、ヒトにもウマにも影響力がありすぎた。

 

○カネヒキリ

こちらもお馴染みのウッマ。語ることは山のようにあるがそれはまた後日。

現役続行したときに何度か芝木くんが騎乗。いけすかねえヒトが乗ったので振り落としたまで。

 

○サニーメロンソーダ

オッスから逃げる時以外は従順で温厚なサンジェニュインの子とは思えない気性難。どうやら祖父の血が大暴れしてしまったウッマ。白毛でよく立ち上がることから「暴れん坊将軍」と呼ばれている。走ってくれる時と走ってくれない時の落差が激しい。

コイツが「ゲートで立ち上がり出遅れたにも拘わらず宝塚記念制覇」とかいうあたおかレースをしたことで、シロイアレが宝塚記念3回目でゲート立ち上がり、出遅れても競馬民は「まだ大丈夫」とか言う謎の自信を持ったまま馬券を散らすことになる。

古馬GⅠではたびたびオルフェーヴルとかち合うことがあり、そのたびにマツリカに間違われて追いかけ回されている。

 

○サンサンドリーマー

母父エルコンドルパサーの「臆病」さを3倍くらいで継いでしまった哀れなウッマ。オッスにケツ追われてはプルプルしている。タッケさんに励まされながら現役を走り抜いた。

 

○タイヨウマツリカ

脚部不安によりデビューが3歳1月と遅れたものの、そこから3戦3勝で東京優駿に飛び込んだ。勝負事に対してメンタルが強かった父・サンジェニュインと、精神的に大人びていた母父・オグリキャップの血が上手く反映されたのか、どっしりと構えた落ち着きのある性格をしていた。同厩舎のオルフェーヴルとは互いを調教パートナーとするほど仲が良かった。

東京優駿ではハナ差1センチでオルフェーヴルに敗れたものの、その強い走りから菊花賞での活躍が期待されていた矢先に、ゴール後に落馬。前脚を骨折してしまい、予後不良で安楽死となった。

 

○オルフェーヴル

今日から1頭ぼっちとか聞いてない(大泣)

振り返ったら親友が大変なことになっていたウッマ。どんなに気が立っていてもマツリカの顔を見ると落ち着く(強制的に感情停止ボタンが押されている)古馬になってからは似た白毛を見かけると追いかけるようになった。

 

○シャイニングリュー

○ファインサンジェル

○サンサンマリナ

サンジェニュインの2年目産駒の牝馬たち。芝木くんは桜花賞、優駿牝馬、秋華賞でそれぞれに乗ったが、いずれもジェンティルドンナにボッコボコにされた。

 

○アオ

サンジェニュインの2年目産駒の牡馬。芝木くんを鞍上に英セントレジャーを勝利。その後ゴンゴルドンに金銭トレードされ、フランスで活躍した。元々そんなに必死に走るタイプではないようで、空を見上げている方が好きだったらしい。常に走っている同世代、同父のシルバータイムとは、この点でよく比較されている。

 

○シルバータイム

母エアグルーヴ、母父トニービンに対して父サンジェニュインというガチガチの欧州向きだったが、日本でデビューしたのが運の尽き。クラシックレースでは(主に)シロイアレにボコられ、同厩舎の爆弾ことジャスタウェイと肩を寄せ合う毎日。しかしジャスタウェイと共にドバイで覚醒すると、今度はシロイアレも交えた3頭でブイブイ言わせることになるウッマ。種牡馬入りしたときに初めて父の顔を見た。

 

○タイヨウチャン

マツリカの全妹。こちらもかなり落ち着きのある性格。白毛ではなく鹿毛だったからかオッスに追われるバッドスキル、もとい特異体質は継がなかったようで、逃げ以外にも先行、差し、追込と対応可能。しかし常に前に行きたがる性格から、逃げのスタイルを崩さなかった。サンジェニュインの国内産駒で初のクラシックレース勝ち馬。

 

○アイシテルサニー

つよつよ牝馬。オッス馬に乗られてしまうという絶望的な状況からヒト族のみなさんの必死の抵抗でアーッ!な展開だけは避けられた。避けられたが、メンタルに深手を負った。現役時代は牝馬限定戦のみに出走したため「最弱の三冠牝馬(笑)」などを言われていたが、桜花賞では「1:33.2」のレコードタイム。アーモンドアイが「1:33.1」を出して塗り替えられるまでは記録を保持していたので普通に強い。

 

○タニノサニーロック

超がつく良血でクラシックでは見せ場がなかったがジャパンカップでどでかい花火を上げた。芝木くんはサンジェニュインとジャパンカップに出たことは無かったのでちょっと感慨深い気持ちになった。

 

○サンサンプリンス

「太陽王と呼ばれた父・サンジェニュインの後継」を望まれ、その通りに走ってきたが、不運な事故により短い生涯を閉じた。出走予定のガネー賞の副題に名前が使われるなど、国内外からの期待も人気も高かった。走り方がサンジェニュインにかなり似ていて、外伝本編では語らなかったがこの馬の死で芝木は3日間寝込んだ。

 

○サンサンパフェー

牝馬なのに牡馬三冠の方に出走させられたいたいけな乙女。コントレイルにボッコボコにされ、泣きながら海外遠征に旅立った。2021年は欧州GⅠを全勝し、華々しく引退した。なお初年度の相手はコントレイルさんの可能性が高い模様。

 

Soul Of Lover(ソウルオブラヴァー)

父カネヒキリのHart Of Imaginingと、父サンジェニュインのShining Top Ladyとの間に産まれたサンデーサイレンスの3*4という奇跡の血量。父、母、子の3頭ケンタッキーダービー馬というとんでもない親子。

芝木くんは凱旋門賞の騎乗依頼を蹴ってこちらのBCクラシックを2年連続選んだ。

 

○サントゥナイト

顔がやたらサンジェニュインに似ているオッス。無敗で2歳チャンピオンになった後、3歳でボコられ挫折を味わうも、勝ち負けよりは単純に走るのが楽しいタイプなので気にしてない。4歳になってからまた強いレースをするようになった。好奇心旺盛で話したがりなので、牡馬のみならず馬を見つけるととりあえず近寄ってしまう。そしてケツを追われる(ループ)

サンジェニュインに最高のプレゼントを見せつけて、その後継を務めるべく種牡馬入りした。

 

○サンサンファイト

サントゥナイトより大人っぽい性格をしている(こっちの方が年下)

国内産駒初の日本ダービー制覇を成し遂げた。非常に落ち着いた性格をしているが、他の兄弟同様ケツを追われるのだけは我慢できないタイプ。菊花賞を制して無事二冠馬になったのち、ジャパンカップでサントゥナイトに屈した後にちょっと泣いてた。それ以降のレースではほぼ無敗で6歳まで現役を続けることに。

 

○サニードリームデイ

サンジェニュインのラストクロップ。無敗の皐月賞馬になった彼の詳細はまた後日。



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【完】素人ニキ外伝『魂の証明』 最終更新:'22/5/28
魂の証明①


おまたせしました~~!!!!
みんなだいすき完全素人兄貴の外伝です。
全6話予定。

いい感じに気持ち悪い素人ニキを提供できたらと思います。



自分自身でも何故こんなに惹かれているのか、わけがわからなかった。

ただ身体の奥深く、触れられないなにかが脈打つ。

これだと叫んでいる。

やわらかくて、あたたかくて、締め付けられるような。

 

白い手が差し出された。

画面の向こう側で、実体のない平面が微笑む。

その光を、ひたすらに追い求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「別れたんだって?」

 

困ったような顔をした男にそう聞かれて、俺は頬を掻いた。

 

「誰から聞いた?」

「あー、彼女から」

 

俺に釣られるように頬を掻く男とその彼女とは、中学校以来の友人だ。

気まずそうにしている理由は単純だ。

俺が彼女にプロポーズすることをこの男も知っていたから、だろう。

知っていたどころか、プロポーズするならこの店がいいよ、と会場までセッティングしてくれたのがこの男だったのだから、プロポーズどころの話じゃ無かったと聞けば、こんな表情にもなるか。

俺はそう思って頷き、男の肩を2、3回叩いた。

 

「参ったよ。本命がいるなら、レストランの名前を聞く前にフって欲しかったな。……ま、お前が気にするようなことじゃない。縁がなかったってことだろ」

 

そう言ってわざとらしく手を振ると、男は少しだけ目を丸くして口を開いた。

 

「……なんかお前、思ったよりダメージ受けてないな?」

「なんだ?飯も食えなくなるほどボロクソに傷つけって?」

「そうは言ってないだろ!……いやさ、お前、中学ん時に飼ってたハムスター。死んだ時おもっくそ泣いてたろ?彼女、あー、元カノのこともすげえ溺愛してたじゃん。だから、なんだ、その反動でヤバいことになっていかって……」

 

ああ、と俺は納得した。

同時にため息が出る。

 

「そのためだけに早朝出勤までしたのか」

「そりゃあなあ!?クッソ可愛がってたハムスター死んだときに『もう生きてる意味がわからない』ってギャンギャン泣いてたのを知ってればなあ!?」

 

ずいぶんと心配をかけてしまったらしい。

俺は再度男の肩を叩き、大丈夫だと告げた。

 

「自分でも思ったほどダメージはないんだ。傷つかなかったと言うと嘘になるけど、不思議と引きずってない」

 

本音だった。

確かにあの瞬間は生きていることさえ煩わしかったはずなのに。

一歩踏み出した先の、あの光が脳裏に焼き付いて離れない。

10年もの間、大事に抱きしめていたはずの彼女への感情を包む光。

枯れしぼんだ花のように項垂れた俺を救いあげた、あの眩しさ。

 

「……眩んで、目を逸らしているだけかもしれないけど」

 

ぽつりと呟いた声は雑音に消され、目の前の男は未だ心配そうな顔をしている。

俺は何度目になるかも分らない作り笑いを見せて、自席に戻るように促した。

もう間もなく始業の時間だ。

今日はいくつも会議が入っていて、彼女の事もあの光の事も考えている余裕はない。

一日にこんなに会議を詰め込むなんて最悪だな、と以前なら思っていたし、詰め込んだヤツ── 俺自身を恨んだだろう。

だが今は感謝している。

仕事に忙殺されている間は、いつも通りの日常に思えるから。

 

そうして次から次へと飛び込んでくる仕事を片付けた後、傷心の俺を慰める目的で── 実のところただ飲みたいだけのヤツが多いんだろうが── セッティングされた飲み会から抜け出した帰り道。

メッセージアプリの通知を知らせる音が響き、スマホを手に取ると別れたはずの彼女からのメッセージだった。

そこにはたった一言。

 

『私物は全部処分して』

 

挨拶もないその事務的な連絡に、一切の動揺はなかった。

昨日まであんなに揺れていた水面が今は静かだ。

自分自身でも驚くほど冷静で、返信を打つ親指の動きはスムーズ。

 

『わかった』

 

というたった4文字を送り返した後は、スマホを仕舞い込んで家路を急いだ。

男の一人暮らしにしては広い2LDKの自室に着くと、俺は着替えもそこそこにパソコンを立ち上げる。

頭の中に刷り込まれた白さを思い浮かべながら、その光の名前を打ち込んだ。

 

その光の名は ── サンジェニュイン。

 

「……2002年産まれの日本のサラブレッド」

 

誕生日は7月2日。

競走馬として、2005年に皐月賞、菊花賞、有馬記念を制し、翌2006年には日本の競走馬として至上初の凱旋門賞制覇を成し遂げた。

種牡馬としては初年度から2頭の三冠馬を輩出したほか、2013年、2017年に凱旋門賞勝ち馬を送り出して父子制覇を果たす。

2005年にJRA最優秀3歳牡馬を、2006年にJRA最優秀4歳以上牡馬とカルティエ賞年度代表馬を受賞し、2007年には顕彰馬に選出された。

サラブレッドとしても希有な白毛の持ち主で、その見た目と強い競馬もあって、2000年代初頭の競馬ブームをディープインパクトと共に牽引した。

現在も種牡馬として社来スタリオンステーションで繋養されている。

 

簡易的にまとめられた情報ページには、あの日、町中で見た少女のイラストも添えられていた。

2021年にリリースされ、今年4周年を迎えたそのアプリゲームの事は俺も知っている。

元々あまりゲームに興味を持つタイプではなかったため遊んだことは無かったが、それが大変なブームになっていたことは流石に覚えていた。

リリース当時ほどの熱狂では無いのかも知れないが、今もそのゲーム名は度々耳にするので、人気は衰えていないのだろう。

 

「ウマ娘プリティーダービー、か」

 

カチカチ、とマウスを操作して情報を集めていく。

ウマ娘プリティーダービー ── 通称「ウマ娘」は、シャイゲームズという会社が提供するメディアミックス作品。

実在する競走馬を擬人化したキャラクターである「ウマ娘」を育成する育成シミュレーションゲームであり、2018年にはアニメ化もされているようだ。

メディアミックス作品というだけあってその展開は多岐にわたるようで、ゲーム、アニメの他に漫画化や、最近だとノベライズもされていることから、その市場の大きさが分る。

俺が見た光は、現役の種牡馬である「サンジェニュイン」をモチーフとした同名のキャラクター。

さっと調べた範囲ではこれから登場予定のようだったから、あの映像はその広告だったのだろう。

登場するのはいつなのか、と調べているうちに、気づけば俺のスマホにはウマ娘がインストールされ、パソコンにもプレイ環境が構築されていた。

在宅勤務用に買って、結局使わずじまいだったはずのサブディスプレイが机に置かれていたときは、実は部屋の中にもうひとり、別の誰かがいるのではないかとさえ思った。

それくらい、それらを用意したときの記憶はない。

ただ手だけは動き続け、通販サイトの注文履歴にはサンジェニュイン関連の書籍が何十冊も並び、それに購入可能なウマ娘関連商品が続く。

翌朝には会社に連絡を入れ、ため込んでいた有給を緊急で消化するための交渉をしていた。

 

「はい……はい、はい、わかってます。明日までには引き継ぎ資料を送ります。え?青木ヶ原樹海?いや行きませんけど……は?華厳の滝……東尋坊?だから行きませんって。なんですかそのチョイス。……ええ、はい。はい、ありがとうございます」

 

電話口の上司からやたら心配された。

おそらく昨日の男、友人との会話がきっかけだろう。

別にふたりとも声を潜めていたわけでもなかったし、近くには他の社員もいたのだから、上司の耳に入ってもおかしくはない。

大学生の時からインターンで世話になっていることもあり、社員としての勤続年数は若いが長い付き合いだ。

上司も含め同僚の多くは、俺が一度のめり込むと引きずりがちになることを知っている。

今回は10年付き合った彼女との破局だったこともあって、余計心配してくれているのだろうが、傷心旅行で訪れる場所でもないだろうに。

 

「そもそも傷心旅行をしている場合でもないし」

 

素晴らしきかな現代のサービス。

翌日配送も珍しくない昨今において、通販サイトの履歴にずらりと並ぶ書籍たちは、明日から順次届き始めるだろう。

家を留守にしていては意味がない。

……だが、一社員に過ぎない俺のことを心配してくれる上司や、気に掛けてくれる友人のためにも、1日に1度は生存報告するべきかもしれないな。

そう思いながら俺は急ピッチで引き継ぎ資料を作り上げた。

 

その資料が後任に確かに渡ったことを確認した後は── 気づけば有休消化残り2日になっていた。

 

周りには大量の本が積まれている。

どれもこれも、表紙を見ただけで内容が浮かんでくるくらいには深く読み込んでいた。

ただ覚えていないのは、この十数日間、読書以外に何をしていたかということだ。

冷蔵庫は空で、ゴミ箱に配達業者のレシートが積み重なっているのを見ると、どうやら食べてはいたらしい。

何を食べたかはっきりと覚えていない。

『栄光の馬たち ── 1960年から2010年』の211ページでサンジェニュインが食べているのはサンふじ林檎だってことは答えられるのに。

牧場での幼名は『マイサン』で、冬は厚めの馬着を愛用していて、にんにくみそが嫌いで、寝藁は多めがいい。

他の馬よりも毛量があるため、レース前はいつも鬣を少しだけ短く切ることなんかも、記載されている本を読まなくてもすらすらと読み上げられる自信があった。

だがいくらなんでも夢中になりすぎた、と頭を抱えていると、眼前のサブディスプレイにメール受信の通知が現れる。

その件名を見て、俺はハッとした。

 

「やばい、連絡を返していない……!」

 

メールページを開けばそこには3桁にも及ぶ未読のメール。

古いものから辿っていくと、調子はどうか尋ねるメールに始まり、本当に大丈夫なのか、早まっていないかと回を追うごとに深刻になっていく。

もういろいろと手遅れな気もするが、生存報告するためにスマホを手に取るとしこたま怒られた。

こればかりは俺のせいだ。

怒れる友人を宥めながら、俺は部屋を見渡し、ひとつ決意する。

 

「……そうだ、ネット上にもまだまだ情報があるはず」

 

友人に怒られた意味はなんだったのか。

この時の俺がまったく反省していなかったのは認めるが、無我夢中だったので許して欲しい。

無我夢中にもほどがあるだろ、とそれから幾月が経った頃なら自覚できたかもしれない。

だが、もはや本だけでは満足できなくなっていた俺は、その後も無心でキーボードを叩き続けた。

一度アップロードしてしまえばその情報が消えることはない、などと言われるインターネットだが、如何せん情報量が多すぎる。

目当てのものが引っかかるまで何度も検索条件を変え、そのサイト内にあるURLを片っ端から踏みまくった。

中には悪意の掃きだめとも言える汚物のようなサイトもあったが、めげること無く繰り返した結果、俺はあるサイトにたどり着いた。

時刻は23時58分。

 

『【総合】サンジェニュイン専用スレ 28』

 

このスレとの出会いが、後の俺の運命を変えることになろうとは、この時の俺は考えてもいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

169:俺は名無しだって食っちまう ID:4tu0nNik1

ちょっといいですか?

最近アプリ版ウマ娘始めたんですけど、サンジェニュインが実装されるのはまだ当分先ってことですか?

 

 

 

打ち込んだ文章に対し、間も開かずに返信がくるあたり、そのスレ── 掲示板のスレッドは盛り上がっていた。

開いたタイミングも良かったのだろう。

独特のネット用語を理解するのは苦労したが、教えて貰ったメッセージまで掲示板内を遡ると、詳細な情報が記されていた。

サンジェニュインの実装予告がなされたのは、本当に最近のことらしい。

順調にいけば秋、それもサンジェニュインが制した凱旋門賞というレースが開催される時期に実装のようだ。

ポンポンと流れる話題を目で追いながらメッセージを打ち込んでいく。

掲示板の利用者たち、ここではスレ民と呼ぶそうだが、彼、あるいは彼女たちは時に辛辣な時もあれば、こうして親切にしてくれる側面もあるらしい。

せっかくだから書籍以外にサンジェニュインについて知ることができる媒体がないか、それを聞くと、なら映画が良いのではないかと言われた。

そうか、映像作品もあるのか。

そういえば情報をまとめたサイトに、映画の欄もあったような気がする。

ウインドウを二つに広げ、掲示板を見ながら片方のウインドウで通販サイトを立ち上げた。

書き込まれていく作品名を検索欄にいれ、該当する商品をカートに次々と入れる。

映画の他に漫画もあると知ればそれも。

グッズもあると投稿されればそれも。

生産牧場で限定のグッズがあるとの書き込みを見れば生産牧場の公式サイトを開いた。

これまで彼女との結婚資金に貯めていた7桁の貯蓄がある。

ブランドもののバッグやアクセサリーを買う必要も無い今、浮いたそれらがサンジェニュイン関連の商品に流れていた。

正直後悔はしていない。

どころか、この瞬間こそが最も気持ち良いとさえ思っている。

室内に積み上がった書籍を見渡しても、その気持ちは揺るがなかった。

 

再び掲示板に視線を戻すと、俺がサンジェニュイン実装後のウマ娘に100万円をつぎ込むと発言したことに対して、いくつかの返信が来ていた。

学生時代からの貯蓄だと知ると、もっと大切なことに使えと書き込むスレ民もいたが、これが今の俺にとっていちばん大切なことだ。

だからつぎ込んでも心配ない。

流れていく返信を横目に、立ち上げていた2つ目のウインドウで航空チケットを予約した。

数ヶ月後、10月4日にフランスに到着するチケットだ。

これで10月5日の凱旋門賞に十分間に合う。

別にフランスにサンジェニュインはいない。

いないが、その血を継ぐ子供たちはいる。

その存在を感じるためだけに、俺はフランスに行こうとしていた。

サンジェニュイン基金に数十万を入金しながら、異国の大地へと想いを馳せていると、掲示板に書き込まれた文言に目を惹かれた。

 

 

 

281:俺は名無しだって食っちまう ID:j4gxACYKL

この素人兄貴が数年後、ダービー馬のオーナーになるとはこの時誰も知らなかった──

 

282:俺は名無しだって食っちまう ID:Kfr8Mqy63

>>281 本当になりそうで草

 

 

 

── オーナー。

考えてもいなかった。

そもそも競馬にこれまで触れてこなかったこともあるが、馬を所有するのはよほどの金持ちだと認識していたこともあり、そこまで思考がたどり着いていない。

しかし応援の形として「自分自身がオーナーになる」という道もあるのか、と思った。

……なるには途轍もない努力が必要となるだろうし、巨万の富を得ることなど俺には無理だろう。

せいぜいサンジェニュインを所有していたクラブに入会して、そこの一口馬主になるのが関の山か。

だがそれも面白そうだと思いながら、その日の俺はそのまま眠りについた。

 




毎週日曜日22時投稿予定!!!!


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魂の証明②

※期間限定SSはすべて下げました

3か月ぶりの外伝更新。
ほぼほぼ素人兄貴のバックグラウンドの紹介です。


いちばん古い記憶は痛みだ。

古びたアパートの1階。

塗装のはがれた階段の下で蹲り、帰ってこない母を待った冬。

 

『おばちゃんとこおいで』

 

そう言っておばちゃんが俺の首に巻いた、赤いマフラー(・・・・・・)

 

渡されたお守りを握りしめて、俺はマフラーに顔を埋めた。

俺の手を引いて歩く、その人にもらったすべてが、今の俺を支えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Natdekeiba.com

TOP > ニュース > レース > 馬券情報 > コラム


史上初の白毛凱旋門賞馬・サンジェニュイン 死す


 太陽が沈んだ。

 10月5日22時30分。14年目産駒・サントゥナイト(牡4、栗東、本原佳己厩舎)が史上2頭目の白毛凱旋門賞馬になった日と同日のことだった。

 サンジェニュインの死について、繋養先の社来スタリオンステーション(北海道安平町)が明らかにしたのは10月7日13時。享年23歳。老衰だった。

 GⅠ・8勝、うち5勝を欧州レースで勝ち取り、史上初の白毛馬、そして日本馬による凱旋門賞制覇を達成。初年度から2頭の三冠馬を輩出し、サントゥナイトを含め3頭の凱旋門賞馬を送り出している。

 

 サンジェニュインの死。その知らせは競馬界を大きく揺るがせた。

 現役時代の管理調教師・本原佳調教師をはじめ、その死を惜しむ声は後を絶たない。同年夏から体力の衰えを見せ始めたサンジェニュインは、今年度の種付けをもって種牡馬を引退。翌2026年からは功労馬として繋養される予定だった。

 

 デビューしたのは2004年の12月19日。阪神競馬場。

 ともに一時代を築くことになるディープインパクトとワンツーフィニッシュ。ここを2着に敗れるも、明けて3歳から2連勝。迎えたクラシック三冠戦ではディープインパクトとの熱戦を演じた。

 2006年、ドバイでの惜敗を挟んで挑んだ欧州戦では、その真価を発揮するように怒涛の4連勝。大舞台・凱旋門賞でもその勢いは衰えず、他馬の粘りをものともせず勝ち切った。ラストラン・有馬記念では30分に及ぶ写真判定の末、ディープインパクトにハナ差敗れたものの、最後まで連対を崩さない強さを見せた。

 通算16戦11勝(同着1回)。

 

 530キロ前後の大柄から繰り出される走りは、美しい見た目からは想像もできないほど重く鋭い。他馬の追随を許さない速さの源は、その力強さから作られていた。自在の加速力と無尽蔵とまで言われたスタミナを武器に、洋芝で圧倒的な強さを発揮。

 愛らしいルックスから多くのグッズが制作され、同馬にまつわるエピソードから国内外問わず多くのファンに愛された。ディープインパクト共に平成中期の競馬ブームを支えた存在だ。

 

 種牡馬入りした後は、日本のみならず欧州でも積極的に種付けを行った。

 初年度産駒からはSuny Fantastic(2011年英国三冠馬)、Shining Top Lady(2011年米国三冠馬)と2頭の三冠馬を輩出したほか、2011年天皇賞・秋、2012年天皇賞・春の勝ち馬サンサンドリーマー、2011年宝塚記念馬サニーメロンソーダらを送り出している。2年目産駒のシルバータイムは2013年ドバイSC、インターナショナルSを制覇。6年目産駒のアイシテルサニーが産駒3頭目、国内の産駒としては初の牝馬三冠を達成している。

 クラシックディスタンスに向いた産駒を牡牝問わずに送り出し、同年に芝と砂の2路線で三冠馬を輩出した種牡馬は同馬が初だろう。

 今年も15年目産駒のサンサンファイトが産駒初の日本ダービーを制覇するなど、その勢いはまだ衰えていない。2025年に種付けした牝馬は209頭。2026年に生まれる世代がラストクロップとなる。順調にいけば2029年のクラシックシーズンが、サンジェニュイン産駒最後の大舞台となる予定だ。

 

 現役時代サンジェニュインを管理していた本原調教師は「ただただショックです。ナイト(=サントゥナイト)の勝利を面と向かって報告できなかったことが心残り。でも最期は痛みもなかったと聞きました。安らかに旅立てたことだけが、私たちにとっての慰めになるでしょう。天国では先に旅立ったカネヒキリやディープインパクトらと楽しく過ごしてほしいと思ってます」と語った。

 

 『神が愛した太陽王』

 2006年、凱旋門賞制覇後にフランス・ギャロップ誌が飾ったタイトルが思い出される。どこまでも先頭を追い求め、諦めを許さず、駆け抜けていったその軌跡。揺らぐことなく貫き通した競争の美学は、まさに神に愛されたサンジェニュインにふさわしいだろう。

 神の御許から、残された産駒を見守るあたたかい光が射すことを、強く望む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い部屋でディスプレイだけがチカチカと光る。

胸の表面をなでる手はざらざらとしていて。

ただざわめいて苦しい。

 

この喪失感を、俺は、よく知っていた。

 

『お客様、失礼しま── きゃァっ!』

 

床に崩れ落ちていた俺を見て、甲高い悲鳴が聞こえる。

ああ、そういえばまだホテルにいたんだった。

 

『失礼……大丈夫、少しめまいがしただけです』

『ドクターを呼びますか』

『必要ないです。それより……ここから空港までのタクシーを手配してくれますか』

『予定では明日となっていますが』

『切り上げます』

 

つたない英語でやりとりをする。

ホテルスタッフの英語はフランス訛りで聞き取りづらかったが、それはお互い様だろう。

俺はのろのろとした動きでベッド脇のスーツケースを手繰り寄せると、床に散らばっていた服を詰め込んだ。

開きっぱなしだったノートパソコンを乱雑に押し込んで、スタッフが戻ってくるまでぼうっと天井を眺めた。

その間も振動を繰り返す携帯を握りしめる。

制限もかけず開放していたSNSのダイレクトメッセージ。

その通知が止まないまま、俺は目を閉じた。

思い出すのは、本当に幼いころの、薄暗い記憶。

 

 

 

 

 

いちばん古い記憶は痛みだ。

頬をぶたれた痛み。

金属をすり合わせたような甲高い罵声。

それが雨のように全身を打ち付けていたのを、よく覚えている。

ずいぶん昔のことなのに、瞼を閉じれば昨日のことのように思い出せた。

大きな手が振り上げられる。

その次に来る痛みを知っていたから、俺はぎゅっと目を閉じ、唇をかみしめるのだ。

一瞬の間もなく脳みそが揺れる。

それが女であろうと、大人に手をあげられたら子供なんて簡単に吹き飛ぶ。

全身を壁に打ち付け、しびれる痛みの隙間から目を開けた。

 

赤色が染みた視界の中で、母は、俺のことを『悪魔』と呼んでいた。

 

「この緑目の悪魔!お前を生んだせいで、すべてがめちゃくちゃだっ!」

 

そう言うなら生まなければよかったのに。

 

大人になった今なら、そんな一言も漏れたかもしれない。

でもあの時の俺は本当に幼くて、そしてとても無知で、無力で、無様だったから。

あるはずもない『母の愛』とやらを期待して、ただ謝罪を繰り返していた。

 

ごめんなさい、まま。

ゆるして、まま。

もっといいこにするから。

 

思えばどうしてあそこまで愛を求めたのか。

愛された記憶なんてひとつもないはずなのに、どうして期待していたのか。

意味のない謝罪と、向かう先のない目標が口の中でとぐろを巻く。

俺を激しく憎悪する母は、俺が死んだってきっと幸せにはなれないだろう。

だって、母もまた、幸せの定義なんて知らなさそうだったから。

 

「ぼく、大丈夫?」

 

そんな声が掛ったのは、痛みで蹲っていたとき。

 

ボロアパートの階段の下。

ものすごく寒かったから、冬だったと思う。

家の外に着の身着のまま追い出され、母は扉に施錠したまま家を出た。

真っ赤なドレスが脳裏をかすめる。

母はたぶん、水商売をしていたのだろう。

2000年初頭。

ひとり親はまだ肩身が狭い時代、母はそれ以外に選択肢がなかったのかもしれない。

会うことなど生涯無い今となっては想像することしかできないが。

派手な衣装に身を包み、家を出る去り際、汚物を見るような目で俺をにらみつける。

母が唇に塗りつけていた赤色が、今も好きにはなれない。

 

「ぼく、取り合えずお部屋はいろっか」

 

おばさんはボロアパートの隣の人。

『おばさん』と呼んで、と言われたからそう呼んでいるが、実際にはおばさんというよりは、お姉さんの方が近かった、と思う。

面倒見の良いおばさんのご厚意で、俺は、母が帰ってくるまでの間、おばさんのお世話になることになった。

でも翌朝になっても母は帰ってこない。

2日経っても帰宅しなかったため、おばさんが市役所で相談しにいった。

けど市役所の対応はひどく雑なもので、子供のことは児童相談所に相談しろ、と言わんばかりに追い返されたようだった。

しかし頼みの綱の児童相談所では「あなたが預かれるならあなたが面倒を見てはどうか」と言われてしまい、そのあんまりな対応に怒ったおばさんは結局、俺を連れて警察署に行くことを選んだ。

幸いにも警察の対応は誠実なもので、いなくなった母の行方を捜索することに。

それと同時に、母方の親族も探すことになった。

万が一、母が見つからなかったための保険だろう。

 

「それまでの間は、おばさんが責任もってちゃんと面倒見るからね」

 

俺と視線を合わせたおばさんは、そう言って笑った。

年老いたのとは違う。

微笑みによって生まれた皺が、おばさんの心根の良さを表しているようだった。

 

 

 

それからの俺の生活は一変した。

母に殴られるか、ゴミ山の中で蹲るかの日々は終わり、暖かい毛布と十分な食事、そして頼れる大人を得た俺は、自分でも自覚できるほど明るくなった。

それまでたどたどしい話し方をしていたのも、毎日話しかけてくれるおばさんのおかげでずいぶんと流暢になったと思う。

滑舌だけじゃない。

俺はおばさんと出会ったことで、簡単な読み書きを教えてもらえることになった。

当時の俺は5歳。

翌年には小学校に上がる年齢だったが、幼稚園はもちろん保育園にだって通わせてもらえていなかった俺にとって、おばさんが教えてくれるものは生きる術そのものだった。

 

「暑くなってきたねえ。……そうだ、プール行こうか!」

 

夏はおばさんがプールに連れて行ってくれた。

殴られた痕がまだ癒えない俺のために、全身を覆うタイプの水着を買ってくれたのを覚えている。

 

「今日はお鍋にしようねえ」

 

秋には鍋を作ってくれた。

おばさんがプランターで育てていたサツマイモは焼き芋にしてくれた。

 

それらすべて、普通の子供が、家庭で手に入れるだろう暖かい体験。

そのほとんどを俺に体験させてくれたのは、母でもなく、まだ見ぬ親族でもなく、おばさんだった。

 

『おばさんはなんでこんなによくしてくれるんだろう』

 

子供ながら、それが疑問だった。

だって、おばさんになんのメリットがある?

こんな穀潰しを抱えて、むしろ苦労しかない。

でもおばさんは苦労してるところなんか俺には一切みせなくて、夜遅くに帰宅するおばさんを出迎えると、いつも嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

おばさんとの生活にも慣れてきたころ。

その頃の俺は、日中おばさんが仕事でいない時は友達と遊んでいた。

友達とは言っても、俺にだけ見える特別な友達── いわゆる『イマジナリーフレンド』というやつだ。

暗くて面白みのない俺とは真逆の、とても明るくてよく笑う素敵な友達。

見た目が少しだけおばさんに似ているのは、俺が心の底からおばさんを信頼しているという、俺の深層心理の現れだったのかもしれない。

俺はそいつと遊んでいるうちに、自分がすっかり普通の子供なのだと思うようになっていた。

虐待されていた過去も、死にかけていたことも脳みその隅に追いやって。

ただ幸福だけが、じわりと身体中を包み込んでいた。

 

ある日、俺は箪笥から服を出そうとして、でもなかなか開かない箪笥を力いっぱいに押し開けた。

それがよくなかったのだろう。

箪笥の上に飾ってあったアルバムが落ちて、俺の頭に直撃したのだ。

思わず『痛い!』と叫んだ。

音に気付いたおばさんは急いで俺に駆け寄ると、怪我がないかとても心配された。

友達も、俺の横に座って心配そうに見上げてくる。

大丈夫、なんでもないよ、とにへらと笑って、ようやくおばさんはホッと息を吐いた。

それよりも俺は、落ちてきたアルバムの方が気になって仕方がなかった。

 

「おばさん、これはなに?」

 

おばさんは困った顔をしながら、でも話を逸らすことなく、昔話をしてくれた。

 

昔、おばさんには子供がいた。

 

「あなたと同い年よ」

「へえ!そのこは、いま、どこにいるの?」

「そうねえ……うーんと、遠いところよ」

 

おばさんは一瞬だけ唇を噛みしめ、選んだ言葉を口にした。

その様子を見て、幼いながら『聞いてはいけない質問』だったと思った。

だから『やっぱりいいよ』と言おうとして、そんな俺をおばさんが遮った。

 

「おばさんはね、子供が出来にくくてね」

 

18歳でお嫁に行って、25歳で初めて子供ができた。

おばさんは子供が生まれるのをとても楽しみにしていたけど、生まれた子は健康体にも関わらず産声を上げることになく死んだという。

そのショックでおばさんは身体を壊し、もう子供を望めない身体になってしまったそうだ。

嫁ぎ先は跡取りの必要な家だったが、夫側の親族は落ち込んでいるおばさんを励まし、決して責めることはなかったと、おばさんは懐かしむ声で言った。

その嬉しさがうれしい反面、この暖かで優しい家族に、新しい家族を見せることができない罪悪感で、おばさんはいっぱいになっていた。

やがておばさんは旦那さんに黙って離婚届を書き、誰にも告げないままこのボロアパートに引っ越し。

 

「隣のお部屋に子供がいるってわかってたの。大家さんがそう言ってたから」

 

でもおばさんは昼間の仕事だったからなかなか出くわさなかった。

俺も外出することが許されていなかったし、あの時、おばさんはたまたま休みの日だったから出会えた。

 

「お節介なのはわかっているんだけど、自分の子供のことを思い出したら……ごめんね」

 

謝りたいのは俺の方だった。

おばさんと、そのおばさんの子供に。

だって、本当だったらおばさんの子供が受けるはずだった温かいものを、俺が受け取っている。

横取りしているんだ。

そんな申し訳ない気持ちと、罪悪感と、ほんの少しのうらやましさが、首をもたげて俺の胸の中にあった。

おばさんは『ごめんなさい』と言った俺を抱きしめて、ただ静かに身体を揺らした。

 

 

 

それから幾日か経ったあと。

俺はいつものように友達を遊んでいた。

その日はクリスマスイブ。

帰りはケーキ食べようね、と微笑んだおばさんは、用事があるらしく出かけて行った。

出会った頃に巻いていた、あの温かい赤いマフラーをつけて、どこか緊張したような顔をしていた。

 

「おばさん、どこにいくんだろうね」

 

さあ、と友達が首をかしげる。

お前に関係あることだったらきっと、おばさんは教えてくれるはずだ。

そう友達が言うので、俺は気にせず過ごすことにした。

 

おばさんが帰ってきたのは夕方のことだった。

玄関に立つおばさんは、少しだけ目元が赤かったような気がする。

心配になって声をかけると、おばさんは一瞬だけ言葉に詰まって、それからにっこりと笑った。

 

「とっても嬉しいことがあったの」

 

懐かしそうに眼を細めたおばさんは、そのあとは何事もなかったように振舞った。

 

── 年が明けて2006年。

 

俺はおばさんに連れられて、ある喫茶店に訪れていた。

おばあちゃん、という人が俺に会いに来たらしい。

 

「お母さんの、お母さんよ」

 

母の母。血縁者だ。

俺はフラッシュバクでひどく痛い心臓を抑えて、おばさんのスカートをきゅっとつかんだ。

 

「お待ちしてました!」

 

案内された席には、品のよさそうな老婦人が座っていた。

おばさんと俺が姿を見せると、老婦人は勢いよく立ち上がった。

老婦人の瞳は少し潤んでいる。

俺の頭のてっぺんから爪の先まで見て、懐かしさに目を細めた。

 

おばさんと老婦人が話始める。

難しい話は幼い俺にはわからなくて、横に座る友達に小声で話しかけた。

友達は優しそうなおばあちゃんだ、という。

ほんとうにそうかな、と唇を尖らせる俺に、友達は俺のことを信じろ、と笑って言った。

 

「それでは、検査してから」

「はい。間違いなく私の孫だと思いますが、検査結果があった方が法的にやりやすいでしょうから。ですから……」

「わかりました。それまで責任もって守ります。……もうちょっとおばさんと居てくれる?」

 

おばさんと居られるのが一番だ。

その時の俺はそう思っていたから、間もあけずに頷いた。

 

「この人はあなたのおばあちゃんだよ。ずっと会いたかったんだって」

 

俺を視線を合わせたおばさんが、そう言って微笑むので、俺は老婦人を── おばあちゃんを見上げた。

 

「ずっと会えなくてごめんね。遅くなってごめんね」

 

おばあちゃんは目を潤ませて、繰り返し俺に謝った。

後から知ったことだが、おばあちゃんは母が妊娠していたことも、子供を産んでいたことも知らなかったようだ。

今回警察に届け出たことで、行方不明者として母の捜索を願い出ていたおばあちゃんは、俺の存在を知ることになったらしい。

念のためDNA検査をして、親族であることの最終確認をするらしいけど、友達は絶対家族だよと俺に言った。

どこからそんな自信が出るんだよ、と当時は思ったけど、この友達が俺に嘘をついたことなどない。

だからきっと、そうなのだろう。

 

今になって思えば、イマジナリーフレンドが俺に嘘つかないのは当然の話だ。

俺の都合の良いことを言うのは当たり前だったのに、あの頃は何故か、友達は独立した個人、実態を持つ確かな存在だと思い込んでいた。

絶対に俺を裏切らない、素敵な友達。

 

そんなもの、あるはずもないのに。

 

 

 

おばあちゃんとの顔合わせから2か月後。

検査の結果、おばあちゃんが本当のおばあちゃんだと判明した。

血の繋がった親族が見つかったこと、おばあちゃんが引き取りを強く希望していることもあり、俺はおばあちゃんと暮らすことになった。

おばあちゃんは沖縄で暮らしているらしい。

だからおばさんとはここでさよならだ。

俺はとても寂しかったけど、血の繋がりもないおばさんに、このままお世話になるわけにもいかない。

 

「おばさん、ほんとうに、ありがとうございました」

 

おばあちゃんは俺の何倍も深く頭を下げていた。

定期的に手紙を送ること、電話番号を交換して、また会いに行くと約束をする。

大きくなっても会ってくれますか、と言ったら、いつでも、とおばさんは笑った。

去り際、おばさんは俺にお守りを握らせた。

手縫いのあとがあって、おばさんの手作りなのは後になってから知った。

 

「中身は絶対にあけちゃだめだからね。これは、そう言うお守りだから。約束できる?」

「うん。ぜったいに、あけないよ」

 

おばさんの手を握り返して、俺はおばあちゃんに誘導されるまま車に乗り込んだ。

動き出す車に、思わず後ろを振り返ると、おばさんはずっと手を振ってくれていた。

そんなおばさんの隣で、友達は寂しそうな顔で立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お客様、タクシーの手配ができました』

『……ああ、ありがとうございます』

 

肩をゆすられて目を開ける。

心配そうな顔をしたホテルスタッフにお礼を言って、用意されたタクシーに乗り込んで空港を目指した。

日本についたのは10月8日の深夜。

俺は都内の自宅ではなく、昔、おばさんと暮らしていた場所へ向かった。

 

「ここも新しくなったな……」

 

苦々しく痛い記憶と、優しく温かい記憶が交差する、あのボロアパートはもうない。

2年前に取り壊され、今は一軒家になっている。

楽しそうな家族の笑い声と、温かい光が漏れ出るその家をしばらく眺めた後、俺は歩き始めた。

着いた先は貸倉庫。

ここに、おばさんの遺品すべてが入っている。

 

 

おばさんが亡くなったのは今から7年前の2018年。

仕事先で倒れたおばさんは、末期がんだと診断された。

それを知ったのは、マメにメールを返してくれていたおばさんからの連絡が途切れて、2週間後。

一人暮らしのおばさんを心配していたおばあちゃんが、沖縄からおばさんの元を訪ねたのがきっかけだった。

おばさんが末期がんだと知らされて、俺もあわてて駆けつけると、おばさんは元気そうに笑っていた。

でも明らかに痩せこけていて、長くないのが分かった。

何か俺にできることがあるかと聞いたら、おばさんは少し悩んだあとひとつだけお願いしたいといった。

自宅に大事にしまってある水子供養の位牌のことだった。

 

「ほかのものは処分して良いから、位牌だけはどうか、しかるべきところに置いてほしいの。私は無縁仏で良いから……」

 

おばさんのものを処分するなんてとんでもない。

位牌もそうだけど、おばさんのことだって放っておけない。

そう言った俺に、おばあちゃんも強く同意してくれた。

 

「あなたはこの子の第2の母です。むしろ、母親よりほど……あなたがいなければ、この子と会えたかもわかりません。どれほどあなたとの縁を私たちが大事にしているか。無縁なんてとんでもない!」

 

力説したおばあちゃんに、少し泣きそうな顔をしたおばさんは何度もお礼を言った。

 

それから数か月後、おばさんは天国に旅立った。

瞳を閉じるギリギリまで、その視界に子供の位牌が入るように病院に許可をもらって持ち込んだ。

最後は、とても穏やかな顔をしていたことを、今でも鮮明に覚えている。

 

おばさんの荷物のうち、頼まれていた位牌と、おばさんの遺骨は実家の沖縄に運んだ。

それ以外はおばあちゃんがボロアパート近くの貸倉庫を借りてくれた。

天国のおばさんが自分の荷物が必要になったとき、慣れ親しんだ場所にあればすぐ見つけられるだろうから、と言って。

三か月に一回、貸倉庫を訪れ、おばあちゃんはおばさんの荷物を掃除していた。

 

ああ、俺は母以外の縁に恵まれている。

 

心優しいおばあちゃんに育てられたことを誇りに思う。

そしてそのおばあちゃんを見つけ出してくれた、おばさんへの感謝は尽きない。

たとえおばさんが死んでしまった今でも、返しきれない恩を抱えたまま生きていくだろう。

あれから7年がたった今も、強く思う。

 

「……あ、これ、ガキの頃に遊んだやつ」

 

貸倉庫の中はきれいに整理されている。

入ってすぐの場所に置かれていた箱の中には、おばさんと暮らしていたころに遊んでいたオモチャもいくつかあった。

懐かしい品の数々に思い出がよみがえるが、俺がここに来たのは思い出の回想をするためじゃない。

 

「あった……」

 

倉庫の奥。

数冊の本と共にしまわれていたアルバムが、俺の目的だった。

このアルバムは、箪笥を無理やり開けようとしたときに俺の頭上に落ちてきたものだ。

あの時おばさんは、生まれて間もなく亡くなった子供の話をしてくれた。

でも、アルバムがなんであるかの話は聞けずじまいだった。

話の流れからして、子供に関するアルバムなんだろうけれど。

 

アルバムを開ける前に、少しの間だけ目を閉じた。

瞼の裏に浮かぶのは、俺のイマジナリーフレンド。

おばあちゃんと一緒に沖縄に発つとき、俺の手を取らなかった素敵な友達。

十年付き合ってきた彼女に振られ、そしてサンジェニュインと出会った時から、俺はその友達の夢を毎晩のように見るようになった。

幸福な日常の一コマ。

どうしてか、無条件に信頼できていた親友の姿が浮かんで、懐かしい気持ちとともに目覚めていた。

悪夢ではない。むしろ心地好い。

だからどうこうしようとは思っていなかったのに、サンジェニュインが死んだ日から妙な胸騒ぎがした。

何か確かめなければならない、でも何を確かめればよいかわからない、焦燥。

そんな時、ふとアルバムのことを思い出した。

聞くこともできずにいた、このアルバムが何かを確かめれば、この胸騒ぎも落ち着くかもしれない。

そうして落ち着いた心で、サンジェニュインの死を受け止めたかった。

 

だけど──

 

「は」

 

これは、予想外だった。

 

「なん、で……あ……」

 

数人の男女と、1頭の黒い馬。

見慣れた赤いマフラー。

 

アルバムを取り落とした。

代わりに胸ポケットをまさぐって、肌身離さず持ち歩いているお守りを取り出す。

二十年以上ずっと持っている、おばさんお手製のお守り。

開けちゃだめだと言われて、開けないと約束までしていたそれを、ためらいなく開けた。

 

「2005年」

 

12月24日。

中山競馬場9R。

第50回有馬記念。

 

単勝100円の馬券に刻まれた名前は──……

 

「サンジェニュイン」

 

アルバムに載った写真には、赤いマフラーを巻いたおばさんの隣に、親友によく似た大人の男が立っていた。



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と言うから、不沈艦は笑った。
と言うから、不沈艦は笑った。 1


 トレセン学園に入学して初めての夏だった。

 

 競技講習を経て、その日は記念すべき模擬レース初開催日。

 第1回目と言うこともあってか、レースは少数の六人立てで、5回に分けて開かれた。

 ゴールドシップはその5回のうち、最後のレースに出走する。

 寮で同室のジャスタウェイは2回目と早い段階で呼ばれたため、揶揄う相手もいない状態だ。

 要するに、暇を持て余していた。

 そんなゴールドシップの前でそのウマ娘は、あまりにも鮮やかに、そしてあまりにも衝撃的に現れた。

 

「 ── 第1レース、1着、シルバータイム」

 

 ゴールドシップが金で、そのウマ娘は銀。

 だが風に揺れるその頭髪は、夏日に透けるような美しい白色だった。

 やや長い前髪から覗くのは緑色の強いブルーアイズ。

 同期生が肩を寄せ合いながら『かわいい』と囁いているのを見て、ゴールドシップは記憶の中を漁って、そして思い出した。

 

「ねえ聞いた? あのめっちゃかわいいこ、RKSTポイント、1億超えてるんだって!」

「嘘! めっちゃ評価されてんじゃん」

「や……でもさあ、そりゃ、当然って言うかさあ。だって、あのこ」

 

  ── 太陽一族のウマ娘でしょ。

 

 美貌の凱旋門賞ウマ娘、サンジェニュインの妹分。

 その総称として用いられているのが『太陽一族』だった。

 

 それは栄華の証明。美しさの象徴。強さへの羨望。未来への希望。

 

 太陽一族のウマ娘であることは、一種のブランドであり、そうあるだけで周囲のウマ娘から頭ひとつ、ふたつ抜けた扱いを受ける。

 姉であるサンジェニュインが輝きを増す度、一族の価値が上がり続けるのだ。

 

 それにしても、シルバータイムへの注目度は同世代の太陽一族の中でも飛び抜けている。

 その理由をゴールドシップは知らなかったが、彼女にはそんな情報はさして重要なものではなかった。

 この時のゴールドシップの胸中を占めていたものはただ一つ。

 

「どの角度からドロップキック食らわせっかなー」

 

 レースを終え、1着を誉められ。

 そうしてシルバータイムが浮かべた微笑み。

 それを見た瞬間、ゴールドシップの中に電流が走った。

 頭のてっぺんからの足のつま先まで痺れる感情。

 

 もっと簡略して言うと ── 閃いた。

 

 

 後年、ゴールドシップはこう語った。

 

「液体窒素よりも冷たい笑顔でさー、なんていうか、すっげー暇そうだなって思ったんだよ。だからまずドロップキックして、ゴルゴル星名産のにんじん棒突っ込んでみたんだよな! いやあ、良かったと思うぜ? にんじん棒突っ込んだ瞬間、反射的に回し蹴りされてなあ! やっぱ、アタシの目に狂いはなかった! こいつはアタシの相棒 ──つまり、 ボー○ボだってな!」

 

 逆だ逆、と叫んだシルバータイムが回し蹴りを決める。

 その光景を眺めていたジャスタウェイは苦笑いを浮かべながら、今は遠く、瞬く間に過ぎ去っていった日々に思いを馳せた。

 季節は春だ。

 遅咲きの桜が舞い散る中、シルバータイムとジャスタウェイはトレセン学園を去る。

 盟友であるゴールドシップを一人残して、生まれ育った故郷へと帰りゆく。

 これは別れの場面であるはずなのに、ゴールドシップの変わらなさが、まるで日常の延長戦であるかのように見せていて、ジャスタウェイは目を細めた。

 

「……シルバータイムさん、時間のようです」

「……ん、わかった」

 

 迎えの車が止まる。

 ジャスタウェイの合図に、シルバータイムは姿勢を正した。

 そのピンと伸びた背中が、ジャスタウェイに過去を追憶させる。

 トレセン学園に入ってからの日々。ゴールドシップとの寮生活。

 シルバータイムも加えた、三人で駆け抜けた毎日の楽しさが、今はただ懐かしい。

 

 ほろり、と流れた涙を慌てて拭うジャスタウェイの、その背中をゴールドシップが柔らかく叩いた。

 

「泣き虫なのはかわんねーな! ジャスタ!」

 

 暴れん坊のゴールドシップと、優等生のジャスタウェイ。

 寮の部屋を一歩出たら、それが二人への評価だった。

 いつもゴルシの世話を焼いて、お前も大変だな、と。

 教官たちに声をかけられた回数はもう数えていない。

 数えていられないほど言われたから、いつしか数えるのも、訂正するのもやめた。

 『ゴールドシップはただ暴れているわけじゃないんです』と。他ならぬ本人に止められた。

 それでも言われるたび、ジャスタウェイは心の中で訂正し続けた。

 ゴールドシップは粗暴なわけじゃないこと。

 ゴールドシップがいたからこそ、成績が伸び悩んだ時期、彼女の活躍を励みに頑張ってこれたこと。

 耐え忍んだ先のG1制覇を、誰よりも喜んでくれたのがゴールドシップと、そしてシルバータイムだったこと。

 ジャスタウェイは、第二の故郷とも呼べるトレセン学園から巣立ったとしても、それを永遠に忘れることはないだろう。

 

「……シップ、どうか、お元気で」

「おう! お前も芦毛と白毛のウマ娘追っかけ回すのほどほどにしろよ」

「い、言うほど追いかけ回してませんから!」

 

 ジャスタウェイがそう言って一歩下がると、替わるようにシルバータイムが前に出た。

 変わらず背筋はピンと伸びて、木漏れ日を浴びた白毛が光を纏う。

 いつ見ても見惚れるような美しい顔をあげて、その蒼穹の瞳をゴールドシップに向けた。

 そして、響く、別れの言葉が、ゴールドシップの心の真ん中で花を咲かせる。

 それは、ゴールドシップが最も聞きたい、愛言葉だった。

 

 

 

 ■

 

 ゴールドシップとシルバータイムの関係性は、当初は一方的な興味と好意からスタートしていた。

 興味も、好意も、ゴールドシップからの一方通行である。

 側から見ると、嫌がるシルバータイムに絡むゴールドシップ、と言う構図に見えるので、同期生はもちろん、教官たちからさえゴールドシップは注意を受けた。

 だがシルバータイムというウマ娘は、誰かから守られるような、気弱で虚弱なウマ娘ではなかった。

 嫌なものは嫌と面と向かって言うし、彼女のパワーはゴールドシップよりも上。

 だから本気でやろうと思えば、ゴールドシップを退けるなんて朝飯前のはずだった。

 だから何が言いたいのかというと、つまり、周りが思うほどシルバータイムは嫌がっていなかったと言うことだ。

 

 そもそも、シルバータイムというウマ娘は『寂しがり屋』であった。

 物言いははっきりとしていたが、頼み込まれると断れないお人好しでもあったし、どんな言葉も無視できない生真面目でもある。

 無視しても良い小さな出来事さえ受け止めてしまい、不要な傷を負うことも、苦しむこともあった。

 ゴールドシップに絡まれていたのを受け流せなかったのも、こういった性格によるものだ。

 ゴールドシップはそんなシルバータイムの在り方を『生きるのが下手』と称した。

 

「もっと賢いやり方なんていくらでもあんだよな。でもシルバーにはできない。アイツは、真っ直ぐ以外はわかんねーんだ」

 

 ま、そういうとこがおもしれーんだけどな! そう言ってゴールドシップが笑った、その年の秋にサンジェニュインは凱旋門賞連覇を果たした。

 史上初の白毛の凱旋門賞ウマ娘は、二度目の制覇もまた史上初で、デビューを控えた妹分たちの評価はますます高まった。

 前評判が良かったシルバータイムもまた、評価を引き上げた妹分のひとりだ。

 そんなシルバータイムは、自身のデビューを翌年に定めていた。

 それまでにトレーナーを見つける、と宣言していたシルバータイムのトレーナー探しは、当初はゆったりとしたものだった。

 しかしサンジェニュインの凱旋門賞二連覇に呼応するように、その年にデビューした年上の妹分たちの活躍が、彼女を大いに焦らせた。

 

 まず、中央トレセン学園では三人のウマ娘がデビューした。

 

 妹分の誰よりも早くメイクデビューを迎えた、サンサンドリーマー。

 姉・サンジェニュインより頭一つ分も小さな身体で、でも姉のように大逃げで勝ち上がった。

 年末のジュニア級限定G1・朝日杯FSでも逃げ押して勝利し、国内の妹分として初めてG1を制した彼女は、今、最も勢いのあるウマ娘のひとりだ。

 

 二人目はサニーメロンソーダ。

 『ハジける衝撃』と謳われた瞬発力とスタミナを武器に、大外を回って先行逃げ切りを果たしている。

 まだ一勝クラスだが、素質あるウマ娘として、さらにサンジェニュインを担当するメテオのサブトレーナーに指導を受けていることで、高く評価されていた。

 春の一冠、皐月賞を目標に、次走は毎日杯を予定している。

 

 三人目はハッピーミーク。

 トレーナーの名門、桐生院家の令嬢をトレーナーとしてメイクデビューした、今年のクラシックでも高い注目度を浴びること間違いなしのウマ娘だ。

 デビューこそクラシック級の1月とズレたが、危なげない脚捌きで見事勝利。

 クラシックのポイント加算を経て、日本ダービーを目標にしていることで有名だ。

 

 さらに国内の妹分以外に、国外の妹分たちも続々とメイクデビューを迎え、華々しく活躍している。

 

 特に活躍が著しいのはアメリカトレセン学園に所属する妹分・シャイニングトップレディ。

 国内外の妹分を合わせて1番目のG1制覇を果たしており、無敗のままアメリカ三冠戦に向かおうとしていた。

 

 また、全てのウマ娘の故郷とも呼ばれる、ニューマーケットで暮らすサニーファンタスティック。

 彼女は見目も走りもサンジェニュインと瓜二つ、と呼ばれ、妹分随一の評価を受けていた。

 昨年末のジュニア級限定G1でフランケルに敗北を喫してはいたが、イギリス三冠戦への意欲は衰えていない。

 

 この世代の一つ下としてデビューすることになるシルバータイムの、そのプレッシャーは半端ないものになっていた。

 妹分の誰かが勝つ度、シルバータイムの期待値は上がり続ける。

 積極的に選抜レースに参加する彼女には常に人の目が向けられ、比較する声は止むことがない。

 

 サンサンドリーマーより、サニーメロンソーダより。

 ハッピーミークより、シャイニングトップレディより、サニーファンタスティックより。

 

 きっときっと、活躍が期待できるだろうという、無責任な評価が響き続けて、ついにシルバータイムは脚を止めた。

 デビュー年となった2月の、朝のことだった。

 きっかけは1月に行われた選抜レース。

 焦りから集団に飲み込まれたシルバータイムは、そこで初めてレースを中断した。

 翌週も、そのまた翌週も。

 精彩を欠いた走りで先頭をキープすることはできず、集団から抜け出す余裕も作れず。

 潰れ、立ち止まり、頭を下げた彼女に、誰もが失望した。

 他の妹分たちと比較して、その欠点を論った。

 その声が大きくなるにつれ、シルバータイムはいつしか、自分を卑下するようになった。

 

「どうせ、あたしなんて……」

 

 シルバータイムからその言葉を初めて聞いた時、ジャスタウェイは思わず彼女の肩を掴んだ。

 でも、かける言葉が見つからなかった。

 元から自信満々だったわけでもない。

 でも幼い頃から他の妹分たちと比較されながらも、それでも期待の言葉を大事に抱きしめて、ひたむきに走って来たのがシルバータイムというウマ娘だった。

 それが、抱きしめていたはずの期待の言葉を取り上げられて、ただ無意に沈む姿は、見るに堪えなかった。

 どうにかしたくて、でもどうにもできなくて。

 そうこうしている間に、新たなG1シリーズ、ワールドロイヤルカップの開催が決定した。

 日本でもトライアルレースとしてジャパンロイヤルターフが開催された。

 国内外から集ったG1覇者をサンジェニュインが退けたのは、当然の結果だったのだろうか。

 眼下で喝采を浴びる姉を見つめるシルバータイムの表情は読めない。

 でも、ゴールドシップには、その時ただひとり、暗闇に沈むスペシャルウィークの隣でただひとりだけ凪いだ目をしていたゴールドシップにだけは、今がチャンスだと、わかっていた。

 

 

 

 

 時は少し前に遡る。

 シルバータイムの一つ上の世代がデビューした、その年の暮れのことだ。

 久々に日本に帰ってきたサンジェニュインを、ゴールドシップは遠目に見た。

 一年の大半を海外で過ごす彼女を、このトレセン学園で見る機会は少ない。

 シルバータイムへの土産話にするか、と思ってサンジェニュインを見つめていたゴールドシップは、そこで意外な名前を聞くことになった。

 

「今年のジャパンカップを勝ったスペシャルウィーク。面白いウマ娘だったな」

 

 話し相手はオルフェーヴルだった。その年にメイクデビューを迎えたばかりの、チーム・メテオの新星だ。

 ゴールドシップはなぜか彼女を見ると妙な感覚になってしまうので、近づくのは避けていた。

 妙な感覚というのは、無性にこう、殴りたくなるような、ちょっかいかけたくなるような、でも近づきたくないような、そんな複雑な感覚だ。

 たまに良く戯れているメジロマックイーンのような匂いがすることもあって、気になるウマ娘でもあるが。

 そのオルフェーヴルを相手に、サンジェニュインはゴールドシップのチームメイトでもあるスペシャルウィークの話をした。

 

 曰く、力強い走り。

 同年のジャパンカップで、凱旋門賞三着だったブロワイエを相手に押し勝ち、日本総大将の称号を名実ともに自分のものにした。

 サンジェニュインやディープインパクト、ハーツクライ不在のレースではあったが、それに決して劣ることのない優駿たちが集まったレースでの勝ちっぷりは見事だったとゴールドシップも思っている。

 それを、他でもないサンジェニュインが認めていること。それは大きな意味を持つだろう。

 後でスペシャルウィークにも教えてやろう、と耳を澄ませる。

 それを知らず、スペシャルウィークを始め、チーム・スピカの面々を評価するサンジェニュインに、知らず知らずのうちに頬を緩めるゴールドシップは、続いた言葉にハッとした。

 

「来年もスピカは飛躍するだろうな。お前が成長する上で、きっと、彼女たちは面白い手本になるぞ ── シルバー」

 

 ハイ! と響く声は、見知った音色。

 低い木の影に隠れて、そこにシルバータイムもいたらしい。

 どうやらサンジェニュインのことは土産話にできないようだ、とゴールドシップは思ったが、その時、ふと視線に気づいた。

 茶色の扇を口元にあて、冬の木漏れ日の中に佇む白いウマ娘が視線の先にいた。

 それを見てゴールドシップは唐突に理解する。

 

 気づかれていないと思っていただけで、サンジェニュインは最初からゴールドシップの存在に気がついていたのだ。

 

 気がついた上で、スピカを褒め、シルバータイムに話を振った。

 それはつまり ── 許可がでた、ということだ。

 

 ゴールドシップはかねてより、シルバータイムをチーム・スピカに勧誘する予定だった。

 ジャスタウェイもスピカに所属していたので、それならシルバータイムも誘いたい、という安易な発想だったが、何より、ひとりっきりで居場所を探し続ける背中を寂しく思った、ということもある。

 それに、孤高ぶってる割には寂しがりやのシルバータイムに、騒がしいスピカは似合っていると思っていた。

 だがサンジェニュインの妹分は、その多くがチーム・メテオに加入する。

 実際にサンサンドリーマーもサニーメロンソーダもチーム・メテオ所属だ。

 ハッピーミークは違うが、だが担当トレーナーは名門・桐生院家の娘である。

 スピカは良いチームだが、メテオやリギルのようなトップチームかと聞かれると、施設も、設備も、環境も、まだまだ発展途上だ。

 トレーナーも桐生院家並の指導技術を持っているかと言えば、曖昧に笑って濁すハメになるだろう。

 けど、メンバーの仲の良さはトップチームにだって引けを取らないと思うし、トレーナーは誰よりも自分たちを信じてくれる男気のあるやつだと、ゴールドシップは胸を張って言える。

 頂点に向けてお互いバチバチしながら過ごす環境よりは、よっぽどシルバータイムに合っているような気もしていた。

 だから勧誘できるものならしたいけど、もしシルバーがメテオに入るつもりでいて、メテオ側もシルバータイムを受け入れるつもりなら、ゴールドシップに勝ち目はない。

 どうやってこっちに引き込もうかと悩んでいる中で、サンジェニュインのその言動はゴールドシップの背中を押した。

 

 翌年からシルバータイムを勧誘しまくった。

 でもシルバータイムはなかなか頷かず ── そんな中で、彼女の精神は少しずつ摩耗していった。

 また一族の誰かが活躍した。素晴らしい結果だった。そんな賛辞を見る度にしぼんでいく。

 初開催となったジャパンロイヤルターフは、そんなシルバータイムのこともゴールドシップのことも気にすることなく、滞りなく行われた。

 

 結果はなんてことない。大方の予想通り、サンジェニュインの逃げ切り圧勝だった。

 

 スペシャルウィークに背中を向けるサンジェニュインは、いつ見ても変わらず眩しい。

 正面からその顔を見ると、いつも破天荒なゴールドシップですらしばらく目を見開いて固まるほどには、あまりにも美しい姿をしていた。

 美しく、強く、凛々しく、艶やかで、清廉。

 それに似た容貌を持ちながら、自信無さげに眉を下げるシルバータイムの、ちょっと情けない横顔の方がゴールドシップの好みではあったが。

 涙にくれるスペシャルウィークの背中を、トレーナーやトウカイテイオーたちと撫でながら、ゴールドシップは目を細めた。

 今、ライブビューイング会場でサンジェニュインの背中を見送った、シルバータイムの表情を想像する。

 それはそれは情熱的に燃えているだろう。

 現時点で国内で最も勢いのあったスペシャルウィークを退け、誰も寄せ付けなかった姉の勇姿を脳裏に刻み、シルバータイムは夢想するのだ。

 来年、クラシックシーズン。

 崩れ落ちるウマ娘たちに背を向け、君臨する自分の姿。

 そしてゴールドシップも夢想する。

 

 勝ち誇るシルバータイムの背中を叩きながら、やったな、と笑う、自分の姿を。

 

 そのためにはやはり、シルバータイムを自分と隣まで引き摺り込む必要があるのだと、ゴールドシップは改めて思った。

 

 

 

 ジャパンロイヤルターフから数日後。

 スペシャルウィークの精神的回復を待ちながら、ゴールドシップは壁に背を向けていた。

 その向こう側にはシルバータイムと ── サンジェニュインがいる。

 

 今年は国内を中心に走るというサンジェニュインは、間も無く春のシーズンを迎えつつある今も中央トレセン学園にいた。

 噂では天皇賞・春に出走するという話だが、メイクデビューを迎えていないゴールドシップにはまだ関係ない話だ。

 それより気になるのは、シルバータイムとサンジェニュインがふたりっきりで何を話すかだった。

 

「練習は順調か?」

「はい、お姉様。今年の夏頃にはメイクデビューを迎えられるかと」

「そうかそうか。お前も頑張ってるもんな。とおちゃ ── ッじゃなくて、姉ちゃんにできることがあったらなんでも言うんだぞ。手伝ってやるからな」

「ありがとうございます、お姉様! しかし、お姉様のお手を煩わせるわけには参りませんし……あたしは全く問題ないので、お気になさらず」

「んん……そうか、ま、困ってることがないなら、それが一番かな」

 

 苦笑いを浮かべたサンジェニュインは、きっと頼って欲しかったのだろう。

 ゴールドシップはそう察して、小さく息を吐いた。

 シルバータイムはいつも『ご多忙なお姉様を困らせないように。困らせたら嫌われてしまう』と言っていた。

 でも肝心のサンジェニュインは嫌うどころか、嬉しく思うのだろう。

 頼り方がわからない不器用な妹分が、不器用なりに自分に頼ってくれる。

 それ自体が、彼女にとって大切なことなのかもしれない。

 どうしてそう思うのかと言えば、ゴールドシップもまた、不器用なシルバータイムに頼られることが嬉しいからだ。

 

「そうだ、シルバー。スピカのゴールドシップとは仲、良かったよな?」

「……まあ、世間一般的には、まあ、そうとも、言いますね」

 

 おいこら、仲良しピッピであってるだろうが、とゴールドシップは内心主張した。

 こちらは大親友だと思っているレベルである。

 

「はは……シルバー、おともだちは大事にするんだぞ。優勝劣敗のこの世界で、競い合えるともだちなんて早々には出会えない。一見普通に見えて、結構得難いものなんだぜ?」

「そういうもの、ですか」

「そういうもの、だ。例えばオレにカネヒキリくんがいるようにな。孤独を分け合える仲間がいるっていうのは強くなるためにも必要なことなんだよ。……そうだ、シルバー。ゴールドシップと仲が良いってことは、スピカとも交流が?」

 

 穏やかな表情でそう聞いたサンジェニュインに、シルバータイムは首を横にふった。

 

「スピカのジャス……えっと、ジャスタウェイとならば仲は良いです」

「ゴールドシップの同室のウマ娘だな。そうか、あの()もスピカだったんだな」

「お姉様、それが何か……?」

「いいや、こっちの話。……なあ、シルバー。シルバータイム」

 

 改めるようにシルバータイムの名前を呼んだサンジェニュインに、シルバータイムは真っ直ぐに背を伸ばした。

 その背中越しに、ゴールドシップはサンジェニュインと視線が噛み合った、ような気がした。

 

「情けは人の為にならず ── お前の為になる。もし、スピカのメンバー三人以上から、どうしても、と頼まれることがあったら、協力してあげると良い。お前にも余裕はないだろうけれど、巡り巡って、その手はお前に返ってくるはずだから」

 

 シルバータイムの手を包みながら、サンジェニュインの瞳はゴールドシップを映していた。

 それがきっと、サンジェニュインからの最後の許可だと、ゴールドシップには思えてならなかった。

 

 

 

 

 スペシャルウィークの練習相手にとシルバータイムを連れ出し、そしてなし崩しに協力を頼み込んでから数ヶ月。

 シルバータイムは最初のぎこちなさが嘘かのように、すっかりスピカに溶け込んでいた。

 ワールドロイヤルターフまで残り数日。

 訪れたニューマーケットのトレセン学園で、ゴールドシップはベッドを背に天井を見上げる。

 シルバータイムはサニーファンタスティックに呼ばれてこの場にはいない。

 一人っきりの部屋に戻って考えるのは、サンジェニュインのことだった。

 

 サンジェニュインがシルバータイムに、スピカのメンバー三人以上から頼まれたら協力するように、と言った時。

 ゴールドシップの中に浮かんだ言葉は『全部お見通しかよ』だった。

 

 つまり、サンジェニュインはシルバータイムの悩みにも、ゴールドシップのやろうとしていることにも気づいていた。

 その上で、その理想に最も近い状況を作り出したのだ。

 

 シルバータイムの悩みは自己嫌悪と孤独感。

 ゴールドシップのやろうとしていることはシルバータイムのスピカ勧誘。

 褒めるのが上手いスペシャルウィークらのいるスピカは、シルバータイムの自己嫌悪解消にうってつけだろう。

 孤独感だって、ゴールドシップをはじめシルバータイムに絡むウマ娘は多い。

 シルバータイムがスピカに入れば、ゴールドシップの目的だって達成される。

 デメリットなんて、トップチームと比べてトレーニング環境が少しだけ遅れていることくらいなものだし、それを補う努力はきちんと成されている。

 

 ワールドロイヤルターフが終わったら正式に勧誘するつもりだった。

 この数ヶ月は、いわばお試し期間のようなもの。

 ここで信頼関係を作って、じわじわと、スピカの中にシルバータイムの居場所を作ってやるのが、ゴールドシップの密かな目標でもあった。

 その目標は、サンジェニュインの存在によって早くも達成できそうな空気を帯びていた。

 いや、これももしかしたらサンジェニュインはお見通しだったのかもしれないけれど。

 目を閉じたゴールドシップは、壁越しに隣部屋の声を聞いた。

 隣はスペシャルウィークの部屋なのだが、どうやらダイワスカーレットとウオッカもいるらしい。

 そこではサンジェニュインの過去レース上映会が開かれているようだった。

 

「同着の皐月賞! やっぱこのレースでのサンジェニュイン先輩の逃げは強い! コーナーカーブで一瞬ブレたのにそれをすぐ立て直すなんて流石すぎるだろ!」

「まだまだねウオッカ! サンジェニュイン先輩といえば稍重の神戸新聞杯! 最初っから一度も影を踏ませず、それどころか2秒近くレコード更新して勝ってるのよ!? ここがサンジェニュイン先輩の逃げの原点であり、翌年の海外戦に繋がる大きな勝利なの!」

「わっ、私は有馬記念、かなあ。ゴールしても誰が勝ったか分からないくらいの接戦で、それを1センチ差で勝つんだからすごいよ!」

 

 3人とも、サンジェニュインの圧倒的な走りを褒め称える。

 その強い精神性を尊ぶ。そのブレなさに憧れる。

 好意に満ちた言葉を聞くたび、ゴールドシップはサンジェニュインの姿を思い浮かべた。

 

 さて、サンジェニュインというウマ娘は実際のところ、どうなのだろうか?

 

 誰もがいう通り、完璧なウマ娘なのか。

 孤高の存在なのか。

 日本ウマ娘の今後を憂いているのか。

 はるか未来を見据えているのか。

 

 ゴールドシップの答えは『別にそこまでは考えてないだろ』だった。

 

 別に貶しているわけじゃない。

 サンジェニュインが能無しとも思っていない。

 ただ、思うに、周りは少しだけ彼女に期待しすぎている。

 

 世界の頂点に立ったウマ娘に対して、多くのことを求め過ぎているのだ。

 光だとか、希望だとか、後進育成だとか。

 背負わせすぎていて、そしてそれを疑問にすら思っていない。

 全てサンジェニュインの受容と献身からくるもので、義務ではないことを理解していない。

 

 もしサンジェニュインが何もかもを手放して、ターフを降りる時。

 その瞬間に何をすべきか、これからどうやってレース界を盛り上げていくべきか。

 考えるのは残されたウマ娘であって、サンジェニュインではないことを、早く自覚しなくてはいけないのに。

 

「『我が国の太陽』ねえ……」

 

 それはまるで、サンジェニュインを縛る鎖のような言葉だ。

 讃えているように見せかけて、檻に繋ぐための。

 

 ではサンジェニュインというウマ娘は、レース界に縛られた、悲劇のウマ娘であるのか。

 

 そう問われれば、ゴールドシップはまた首を横に振るだろう。

 そして呆れたように『んなわけあるかい』とも言うかもしれない。

 サンジェニュインと『悲劇』『縛る』という言葉は、おそらく最も遠い場所にあるものだから。

 

 ゴールドシップから見たサンジェニュインは、何にも縛られていない、囚われていない。

 義務などなく、責務などなく。

 周りはもっとシンプルに考えるべきなんだよな、と一人ごちて、ゴールドシップは目を閉じた。

 

 誰かのために走っているのではない。

 何かのために走っているのではない。

 

 全て、全て、サンジェニュインがそうしたいと思ったからそうなっている。

 ただそれだけだという真実を、真正面から見れば良いだけだ。

 でも周りがそうしないのは、きっと、無意識にでも『自分はサンジェニュインの意識の中にある』と思いたいからだろう。

 自分達のために走っていると思い込みたい。

 そうやって繋がっていたい。

 そんなんだから、誰もその影を踏めずにここまできているのだろうと、ゴールドシップは天井を見つめながら呟いた。

 

 つまり何が言いたいのかというと、ゴールドシップが思うにサンジェニュインは、高尚で高貴で一途なウマ娘というわけでもなく、ただ自分の思うがままにターフを駆ける、自由で、気ままで、どこにでもいる普通のウマ娘だった。

 

 ……普通と言い切るには強すぎて、そして美しすぎるだけで。

 

 

 



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と言うから、不沈艦は笑った。 2

ゴルシちゃんとシルバータイムの話
2012年世代も史実名でウマ娘化して登場します
ご注意ください

1はこちら
https://syosetu.org/novel/270791/18.html


 その光景にゴールドシップでさえ口を噤んだ。

 

「最後の直線500メートル! ここまで一気に駆け抜けて来ましたスペシャルウィーク脚はまだ持つか!? 先頭争いは3人のウマ娘の叩き合い! まだ粘るぞスペシャルウィーク! 内からグンッと前傾、サイレンススズカ脚色は衰えない! ハナを征くサンジェニュインの1馬身リードをじわじわと浸食して、2人のウマ娘が絶対女王を追い詰めている! ッ逃げ切れるのかサンジェニュイン、追いすがるサイレンススズカとスペシャルウィークがここで並ぶか、ッ並んだ!? 並んだ! 並んだ残り200メートルだッ!」

 

 ワールドロイヤルカップ本戦。

 洋芝2400mで繰り広げられるその熱戦は人々の魂を釘付けにした。

 目がそらせない。その一完歩に。その呼吸に。その瞳に。

 溢れ出る闘志のすべてを拾い上げるように、多くのウマ娘が見つめ、そして息を飲んだ。

 

 絶対の逃げウマ娘。

 誰にも並ばれなかった、ライバルたるディープインパクトとハーツクライを除いて。

 太陽に踏める影などないのだと、誰もが言っていた。

 でも今、その影を踏む者が居る。

 もがき、苦しみ、揺れ、ふらつきながらそれでも、必死に食らいついて踏み荒らす者が、そこに、ふたり。

 

「お姉様……ッ!」

 

 たとえスピカと行動を共にしようと、シルバータイムの心はサンジェニュインの側にある。

 太陽を見上げるのと同じくらい自然と姉を目指してきた。その足取りが一度止まったとしても、視線だけはまっすぐそこにある。

 シルバータイムの口は応援の形を作り、拳が握られ、前のめりになった姿勢のすべてに尊敬が滲んだ。

 ゴールドシップはそれこそを眩しく思う。愛おしく素晴らしく思う。

 俯いていた顔が上がる。それはまるで、しぼんだつぼみがまた首を上げて、花開こうとしているようで。

 その美しい瞳に宿るものがどうか、闘争心であれと、祈っていた。

 

 

 

 ■

 

 全力を出し尽くしたスペシャルウィークとサイレンススズカは疲労困憊だった。

 スペシャルウィークをウオッカとダイワスカーレットが、サイレンススズカをトレーナーが支えるようにして歩いている。

 怪我はないようだが、とにかく疲れ切っているのだろう。

 ゴールドシップはそれぞれの頭をかき混ぜるように撫で回してから、力一杯に抱きしめた。

 言葉よりも行動こそが雄弁にふたりを慰める。

 頑張ったな、も、惜しかったな、もいらない。

 そのぬくもりに万感が籠もっているのが分かったから、ふたりは静かに顔を見合わせ、揃って微笑んだ。

 そんなふたりの前に、白髪のウマ娘が立ち止まる。

 キラキラ光る瞳は、深い青緑に見えた。

 

「おふたりとも、お疲れ様でした」

 

 深い深呼吸をふたつ。

 意外にも、シルバータイムが口にしたのはそんな短い言葉だけだった。

 けどゴールドシップには分かる。ずっとシルバータイムを見ていたゴールドシップにだけは理解(わか)る。

 誰もがサンジェニュインを目指しながら、しかし太陽は見上げるものと諦めていた頂点へと突き進んだ、特別な()たち。

 その揺らぐことのないまっすぐな軌跡。

 控え室戻ったスペシャルウィークとサイレンススズカを見送った後、シルバータイムがぽつりと漏らした。

 

「前にお姉様が言っていた。『努力が裏切るんじゃない。諦めが、努力を裏切るんだ』って。……あのふたりを見ると、そういうことか、と思えてしまうんだ。そういうことだったのか、と」

 

 どんなに厳しい状況であっても粘り強く走り続けること。

 そのものに、ウマ娘が走り続ける意味のすべてがある。

 

 ふとゴールドシップは思い出した。

 最初の凱旋門賞を制した時、サンジェニュインが似たようなことをインタビューで語っていたな、と。

 

『努力を裏切るのは諦めです。……諦めないことが、優駿の証であると、わたくしは、証明しましたよ』

 

 ずっと遠いところを見ていた。

 向けられたマイクに語っているように見えて。

 向けられたカメラを見つめているように見えて。

 それは誰もが知り得ない遙か遠くへと、応えているようだったと。

 今ならそれが誰に応えた言葉なのかが分かる。

 ここにいる、この世界のありとあらゆる場所にいる太陽の()へ。

 

  ── (わたくし)はやりましたよ。

 

 そして問いかける。

 

  ── (あなた)は?

 

 ライブビューイングのスクリーンを見つめるシルバータイムの横顔は、どこか決意に似た光で満ちていた。

 

 

 

 

 ■

 

 シルバータイムがスピカに正式に加入したのは、ロイヤルカップから間もなくのことだった。

 ジャスタウェイごしにそれを聞いたゴールドシップは飛び上がり、ゴルゴルキックで祝福した。

 

「これで揃っちまったなあ……トレセン学園の赤い三連星が、ナ!」

「赤いのあんただけでしょーが」

「早くも瓦解しそうな三連星ですね、それ」

 

 撃てば響く、ではなく打てば響く返しにゴールドシップが満足げに笑う。

 そう、これを待っていた。三人そろってバカみたいにはしゃぎながら歩く道。

 その道程に何が起ころうと、ゴールドシップは笑える自信があった。

 この時は。

 

 

 そうして8月の某日。

 加入早々にシルバータイムはメイクデビューを迎えた。

 札幌レース場は国内でも数少ない洋芝という特徴がある。

 その深さは欧州のそれとは毛色が違うが、野芝で構築されたその他のレース場よりは断然深みのあるレイアウトと言える。

 この時期の札幌にしてはやや暑い中、シルバータイムの白くうねりのある髪が風を切った。

 爆音を鳴らして前へ、前へ。

 エグれた芝の無残な姿には見覚えがあり、駆け抜けた影を踏める者は ── いなかった。

 

「チーム・スピカ、シルバータイム! なんとも華麗なデビュー勝ち! 評判通りの力強さは見せつけ、世代の主役を早くもアピールです!」

 

 少し前。挫け、立ち止まり、俯いたシルバータイムから誰もが視線を逸らした。

 期待外れだ、失敗だとラベリングして、そこから這い上がる過程の一切を無視して。

 そして今。

 つぼみのまま真っ直ぐと首を上げたシルバータイムを、手のひら返して称賛する。

 これがレースであり、これが現実であり、これが当たり前であるとわかっていながら、ゴールドシップは息を吐いた。

 文句ならいくらでも言える。

 でもここでゴールドシップが騒ぐのは無粋だろう。

 ただひとり。称賛を浴びながらも背を向けて空を仰ぐシルバータイムが瞼を伏せている。

 次に開いた時。その目には翌年のクラシックシーズンだけが見えているのだ。

 気高く咲いて見せると、ただそれだけが。

 

  ── けれど、シルバータイムはいない。

 

 二冠ウマ娘になったゴールドシップの側に、その輝きは、ない。

 

 

 

 

 ■

 

 ゴールドシップのクラシックシーズンは共同通信杯の勝利からスタートした。

 前走のホープフルステークスではアダムスピークに届かず敗れ、クラシック参戦を確実にするためにもあと1勝が欲しかった。

 スピカのトレーナーはなるべく1レースにチームメイトが激突しないようローテーションを組んでいる。

 だからトライアルレース・弥生賞に進んだシルバータイムとは異なり、皐月賞へ直行。

 弥生賞を勝ち上がったシルバータイムと本戦でかち合うことになると、ゴールドシップも、シルバータイム本人でさも思っていた。

 

 しかしシルバータイムは負けた。

 

 コスモオオゾラの強襲を凌ぎきれず、ホープフルSから連敗。

 それでも本戦での巻き返しもあり得ると、トレーナーもファンも言う。

 実際にシルバータイムはそのつもりで出走してきた。まだ光る瞳で、挑んできた。

 

 レース当日。1番人気はトライアル勝ちのウマ娘でもゴールドシップでもなく、シルバータイムだった。

 皐月賞ウマ娘でもある姉の再現を願われての人気。

 期待を背負って、その足は開門と同時に前へとひた走った。

 大逃げを見せるシルバータイムに、逃げ先行を得意とするゼロスとメイショウカドマツが揃って猛追。

 レースは早くもハイスピードにもつれ込んでいた。

 

 よく言うだろう。レースに負けるつもりで挑んでくるヤツはいない、と。

 ゼロスもメイショウカドマツも、この日のため、勝つため、よくよく研究していたのだろう。

 短い芝の上を力強く走り、シルバータイムを確実に捉え、追い詰めていた。

 なまじスピードとパワーがあるだけに、シルバータイムを含め太陽一族はコーナーカーブに弱かった。

 減速ができない性分と、競り合いに弱い一族の特徴を集中的に狙われ、シルバータイムはついに挟まれて外へ押し出される。

 膨らんだ方がお得な一族ではあったが、今回ばかりはそうもいかない。

 その日の内バ場はぬかるんで力の要る状態で、そこに逃げ込まれたらシルバータイムが勢いを取り戻す可能性がある。

 すると勝ち目が無い、とゼロスかカドマツどちらかが思ったのだろう。

 そして目論み通り、明らかに失速したシルバータイムに勝機を見たのかも知れない。

 けど、ふたりは、そして他のウマ娘も、シルバータイムという光にばかり注目しすぎていた。

 たったひとり。誰もが避ける内バ場を駆け抜けるゴールドシップを、見失っていたのだ。

 

「内から ── ゴールドシップ!? なんとゴールドシップ上がってきていた!! まるでワープッ!!」

 

 会場のどよめきをものともせず、大捲りを見せたゴールドシップがゴール板を踏む。

 完全に蓋をされ、身動きができなくなったシルバータイムの着順は、7着だった。

 

 

 その後、未勝利のまま日本ダービーを迎えたシルバータイムは、しかし1番人気のままだった。

 たった一冠。それも惜しいレースだった。あそこで蓋をされていなければ。内に逃げられれば。

 擁護する声は高く、それだけジュニアシーズンのシルバータイムが鮮烈に走ってきた証拠だった。

 当のシルバータイムもまだ気力が持っていた。

 姉が制覇できなかった日本ダービーを勝てば、これまでの評判すべてがひっくり返る。

 皐月賞で負った深い傷も何もかもが癒えて前向きになれる、と。

 

 しかし現実はいつもそう単純にはいかない。

 皐月賞ではかろうじてあった見せ場もダービーでは作れず、11着の二桁着順で沈む。

 ゴールドシップは道中、シルバータイムを抜かした瞬間を良く覚えていた。

 まだレースが終わっていないのに絶望していた。もう無理だと諦めていた。

 諦めないことが、と口にしたウマ娘が沈んでいく。

 ゴールドシップは唇を食んでただ前だけを向き、懸命に回した足は5着に食い込んでいた。

 掲示板がチカチカと光る。

 俯いたシルバータイムの地面にだけ、汗がぽつり、海を作っていた。

 

 

 ダービー後からシルバータイムは明らかに精彩を欠いていた。

 

「まるで萎れていた頃のようじゃないですか」

 

 同じく春二冠を無残に終えたジャスタウェイが呟く。

 視線の先でシルバータイムが何かをトレーナーと話し合っていた。

 秋以降のプランか、それとも他のことか。シルバータイムの顔色は良くない。

 このふたりが互いを励ましていたことなんてゴールドシップも知っている。

 目指している場所は同じなのだから、たどり着けない痛みも、それを分かち合うことも当然のようにあると分かっている。

 けれど、まだ諦めきれないと踏ん張るジャスタウェイとシルバータイムの違いはどこにあるのか。

 

「妙なことを考えないで下さいね、ゴールドシップ」

 

 何も言っていないゴールドシップにジャスタウェイが振り返る。

 

「私たちはまだ走ってますよ」

 

 ラスト一冠。菊花賞。

 秋の匂いが強まった10月。ここをメジロマックイーンが駆ったのは何年前だったか。

 つい最近のような、遠い昔のような。言葉にはしなくてもゴールドシップはなんとなくメジロマックイーンが好きだ。

 その軌跡を好んでなぞろうとまでは思わないが、心の隅にうっすらと何かが巻き付いているような気がしている。

 ゴールドシップ自身がなぞろうと思わずとも、いずれメジロマックイーンの軌跡をなぞることになりそうだ、と。

 軽くストレッチをしながらバ場を踏む。

 ちらっと横を見ると、真珠色の髪が揺れた。

 その隣にジャスタウェイはいない。

 3000mはキツいと微笑み、私は秋天に行きますよ、と力強く頷いた。

 

 あのダービーの敗北から幾日。

 夏の札幌レース場で久々の勝利を飾ったシルバータイムは、重賞勝ち数を2に伸ばした。

 シニア級のウマ娘も混じる札幌記念。重い洋芝を走破したその表情はどこか軽く、少しの息抜きになったように見える。

 成功体験は人の心を成長させる。自分にもできた、という積み重ねが心を強くするのだ。

 そうして菊花賞の舞台、京都レース場を踏んだシルバータイムの瞳にやどる覚悟は、きっと、本物だった。

 

 でも思う。ゴールドシップだけは思う。

 たぶん、その覚悟に、身体がついていかなかったのだ、と。

 

「なんだかんだ、札幌以外じゃサッパリだな」

 

 あーあ、と失望したような声で誰かが言ったのを聞いた。

 

 ゴールドシップは、目の前を走ったあの鮮やかな白さを思い出す。

 開門と同時にひかりの矢が飛んだ。それはまっすぐ、綺麗に。

 命がけの疾走だったように思う。

 だってシルバータイムの全身から解き放たれていたアレは。

 あの祈りにも似た一完歩は。

 会場をアッと言わせた豪快な大逃げは。

 何が何でも最後の一冠をもぎ取ってやろう、という闘志の表われだった。

 

 けれど身体がついていかなかった。

 3000mの長丁場に、シルバータイムの燃えさかるような覚悟よりも先に、身体が崩れた。

 ラスト600の時点で足が少し震え、その向きが外に変わる。

 だんだんと距離が縮まっていく恐怖心を、シルバータイムはどれほど堪えただろうか。

 ひとかたまりになった先頭集団を撫で斬り、一気に頂点に辿り着いたゴールドシップにはもう、考える余裕もなかった。

 

 

 レース後、姿を消したシルバータイムを探してゴールドシップは会場を彷徨い歩いた。

 会場の外には出ていないはずだ。だって控え室にはジャージが残っていた。

 自販機の裏、建物の隙間、ゴミ箱のなか、いろいろと見て回ってここにも居ないと息を吐く。

 一瞬だけ空を見上げたゴールドシップは、まだ見ていない会場裏へと足を進めた。

 

 果たしてシルバータイムはそこにいた。()に。

 膝を抱え、蹲り、水気を帯びた呼吸音が響く。

 泣いていた。情けなく、小さくなって。

 衝動的に走りそうになってゴールドシップは堪えた。

 その側にエアグルーヴが膝を突き、白い手をシルバータイムの背に添えていたからだ。

 ゴールドシップの優秀な耳は、ふたりの会話をそれとなく拾う。

 一部では鬼のようとまで言われた副会長が、優しさに満ちた声でシルバータイムを慰めていた。

 けれどただ優しいだけじゃない。前を向くよう諭す、親の慈愛にも似た優しさだった。

 

 その光景にあの言葉が蘇る。シルバータイムに向けられた言葉。

 散々期待しておいて、期待通りにいかなければグサリと突き刺すあの。

 

 ……もし、もしゴールドシップがあの時 ──。

 

「ねえ。妙なことを考えないでって言いましたよね、ゴールドシップ」

 

 いつの間に近づいていたのか、ジャスタウェイが呆れたような顔で側に立っていた。

 言葉もなく驚いたゴールドシップを見て肩を竦める。あーやれやれ、という効果音すら聞こえてきそうだった。

 でも落とされた声はどこまでも小さく静かだった。

 

「ソレ。その優勝レイ。それは、勝者に相応しい努力を重ねた成果です。君が手にした優勝レイで、君だけのものだ」

 

 ビシッとその指がゴールドシップを指さした。ちょうど、胸の辺りを。

 

「努力した君に一歩及ばなかった、私たちは確かに負けたのです。優勝劣敗の世界で、私たちは君に追いつかれ、君に負けた……それは自分自身の責任なのです」

 

 だからこの胸の痛みはゴールドシップのものではない。

 ジャスタウェイが、そしてシルバータイムが抱えるべき痛みであり、それはゴールドシップがもたらしたのでは無く、敗者が受けるべき痛みでしかない。

 たどり着けなかった者が味わう痛みを、たどり着いた者が触るな。

 淡く光るジャスタウェイの瞳がゴールドシップを射貫く。

 思わず後退ったのを、ジャスタウェイの言葉が連れ戻した。

 

「駆ったならば進みなさい。勝ったならば振り返ること無く。でもどうしても私たちの痛みを無視できないのなら ──」

 

 視界の端でシルバータイムが立った。

 エアグルーヴの手を握り、何を掴み、顔を上げ。

 宿した瞳の色。

 

「君にできることはたったひとつ。勝者らしく胸を張り、後続を煽り、頂点に座して、私たちと真剣に向き合うことですよ」

 

 困るぜ相棒、そんなに焚きつけられたんじゃあこのゴルシちゃん、もう立ち止まれねえじゃねえか。

 

 二冠ウマ娘ゴールドシップは笑い、瞳に黄金の光を宿した。

 沈むことのない ──沈んでもまた果ての無い航路を征く、不沈艦のごとく。

 

 

 

 クラシックが終わって11月末日。

 シルバータイムはもう期待の欠片もない状態で府中の芝を蹴り上げた。

 何も持っていないなら、何も失うものはない。

 その覚悟は府中芝2400の中で燃え続け、落ちること無く、並み居るG1ウマ娘に食らいついての3着だった。

 ゴール後の表情に絶望は無い。

 あるのは尽きぬ闘志と悔しさと。また次、と睨み付ける諦めの悪さだけ。

 

 そうして翌年の春。3月。ドバイの大地。

 姉が2回挑んでたどり着けなかった黄金の国の頂きへ、今、シルバータイムは足を踏み入れようとしていた。

 

「さあ先頭は変わってジェンティルドンナッ! シルバータイムをサッと交わして先頭! これは征くかこのまま征くかッ! 三冠ウマ娘が ──!? いやッ、いやいや待てよともう一度! 今再びの太陽です! 上がってくるのはシルバータイム! ジェンティルドンナに食らいついてシルバータイムが上がってくる! どうだ並んだ残り200で! 姉が落とした2センチを! 妹が2バ身に変えて突き放すッ! なんということだドバイシーマクラシック! レコードが見えた! これぞまさにゴールデンタイム ──……ッ!!」

 

 洋芝巧者と崇められたサンジェニュインが終ぞ取れなかったタイトル。

 ドバイシーマクラシックをレコードタイムで走破したシルバータイムの視界はずっと揺れていた。

 まるで水のドームの中に閉じ込められているかのような感覚の中で、誰かに抱きしめられる。

 やった、やったな、と、シルバータイムよりも喜ぶ声が。

 

「お姉様……っ!」

 

 シルバータイムよりも少し大きなサンジェニュインが微笑む。

 歓喜に満ちた声がもう1度名前を呼んで、それからシルバータイムの背が押された。

 

「もっと褒めてやってくれよ。頑張ったんだぜ、オレの妹はさあ」

 

 よろめいたシルバータイムを受け止めてゴールドシップが笑う。

 あたぼうよ、と叫んだ声に、誰がべらんぼうだってぇ、と半笑いが響いた。

 

「おっしゃあシルバー! いっちょゴルゴルダンスとしゃれ込むか!!」

「ゴル、なんて!?」

「ゴルゴルダンスだよゴルゴルダンス!! またの名をネオアームストロングサイクロンジェットアームストロングダンスあるいはギンタ ──」

「言わせねえよ!?」

「ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロングダンス!? 完成度たっけぇなオイ!!」

「急にどうしたジェンティルドンナ!!」

 

 ウイニングライブでは勝者のシルバータイムや2着のジェンティルドンナと共に謎の葦毛ウマ娘も踊っていたが、石油王は笑って受け止めた。



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'24 Happy Birthday for you
ハッピーデイ・ハッピーライフ


お誕生日おめでとう、カネヒキリくん!!

※かなりサンジェニュインとカネヒキリくんの感情が強めです
※ウマ娘が馬の魂の一部を持って生まれてくる、という設定を下地にしています
※場合に寄ってはすごくCPな感じです


 それが夢なのはわかっていた。

 

『おはようカネヒキリくん! 今日はちょっと遅かったな』

 

 シルエットは見えない。視界はどこかぼんやりとしていて、ただ声だけがはっきりと聞こえた。

 

『最近の飼い葉ちょっとしけってない? 絶対夏場でちょっとダメになってるよな』

 

 声は低かった。

 けど不快なほどでなく、青年期の甘さを含んだ掠れた声は耳に心地良い。ずっと聴いていたいと思わせる。

 どこかで聞いた気がした。どこでとは思い出せないけれど、この声を、カネヒキリは確かに知っている気がした。

 あまりにも親しげで、あまりにも優しげで、心を切り拓いて明け渡したような信頼感に胸がくすぐられる。

 明確な言葉はなくても、なんてことない会話の、その声色の節々からカネヒキリに対する友愛が溢れ出しているようだった。

 

『──』

『んふふ、なんだよ、カネヒキリくん』

 

 確かに名前を呼んだ。

 するりと口から溢れ出したそれが、なぜかカネヒキリの耳には届かなかったけれど。

 それでも確かに呼んだし、応えて振り返ったはずの声が笑う。

 答えないカネヒキリに痺れを切らすわけでもなくじっと待って、けれどふいに空を見上げた。

 

『……見ろよあれ、綺麗な空だな』

 

 感嘆の混じる声に返事はしなかった。

 それよりも滲んだ視界の真ん中にいるその存在の方が、カネヒキリには何よりも美しく思えたのを、ただそれだけを、カネヒキリは心に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 2月25日の昼。そのウマ娘はハンモックに揺られながらぽつりとつぶやいた。

 

「もう明日になっちゃった……カネヒキリくんの誕生日」

 

 由々しき事態だ。何が由々しきって、別にカネヒキリの誕生日のことではなく、その誕生日に向けてろくにプレゼントも用意できていない現状が。

 ほえぇ、などと鳴き声を漏らしながら激しく揺れるウマ娘を擁護するわけではないが、一応は(きた)るべき日に向けて色々考えてはいたのだ。

 ただ考えに考えて、東西南北を駆け回って考えて、レースに勝って考えて、なんも思いつかずヒンヒン泣いているうちに気づけば25日。誕生日前日。

 ついさっきまで右手に握られていた油性マーカーは、もうええやろ、と言わんばかりにスッと手から離れて床下に転がる。

 ハンモックの下、テーブルには例年贈っている()()()()が呆れたように揺れていた。

 

「やっぱ、今年も自力で用意できたのはコレだけなんだよなあ」

 

 ── サンジェニュインがなんでも言うこと聞く券。

 

 まるで子供のままごとのような誕生日プレゼントを、サンジェニュインは2歳の頃から贈り続けている。

 元は自分で金を稼ぐこともできない子供ならではのプレゼント、というていで贈っていたものが、いつしか当然の顔でラインナップされていた。

 ペラペラの紙に油性マーカーで書いた拙い字のそれを、カネヒキリは嫌がりもせず毎年受け取ってくれる。

 さすがはオレのハイパーウルトラすきすきフェイバリットエターナルフレンズだよな、と笑ったのは他でもないサンジェニュイン本人だ。

 公的になんの確らしさもない券をキラキラした目で大事そうに受け取ってくれるカネヒキリに、ほんのちょっとのむず痒さと喜びを貰っているのはサンジェニュインの方。

 しかしその厚意に甘んじて適当ぶっこくほど善性終わってないのも、このサンジェニュインに他ならないのだ。

 

 自分の誕生日には手作りのアップルパイを振る舞ってくれるカネヒキリに対してこちとら紙ペラ。さすがにやばい。

 もっとちゃんとしたプレゼント贈りてえなあ、とお小遣いを貯めようと思ったがどっこい、サンジェニュインの家はお小遣い制ではなかった。

 というかサンジェニュインが金を使用せずに済む環境だったから不要だった、と言うべきか。

 見た目も思考もふわふわしているものの、これでも欧州五冠、凱旋門賞二連覇の覇者・サンジェニュインを育んだ実家── ウマ娘専門リハビリテーション施設・アキキタは広大な敷地に建ち、基本自給自足。

 どうしてそうなったのかと言うと、せっかく広い土地があんだから一角くらい畑にしたってええやろ節約にもなるしな、というどっかの代の施設長の勇気ある決断によって、敷地内にそれなりに立派な畑が備わっていたから。

 サンジェニュインにとって『おつかい』と言えば畑に野菜をとりに行くことであったし、トレーニングも兼ねて畑を耕したこともある。

 なのでお店を使った経験がほとんどないし、それゆえにお金もサンジェニュイン本人が持つ必要がなかった。

 それに、昔ながらの職人がなぜか妙に多いこともあり、ある程度のものであればその職人たちに依頼して作ってもらえたし、何より当時のアキキタ最年少で久々のウマ娘であるサンジェニュインを可愛がる職人たちは、だいたい二つ返事でなんでも作ってくれた。

 特に『メグミさん』と呼ばれている壮年の職人はよくサンジェニュインの面倒を見てくれて、サンジェニュインが大きくなって自主トレーニングを始める頃には、多忙極める父親たちに代わって食事の世話などをしてくれたものだ。

 言葉にしなくてもサンジェニュインの表情を見れば何を言いたいのかすぐ読み取ってくれるような、もはやエスパーだろこれ、とサンジェニュインがドン引きすることもあったが、そのメグミさんがたいていのものを揃えてくれたので不自由しなかった。

 そもそもが物欲の薄いサンジェニュインはねだるものも飯か昆虫標本を作るための材料くらいで、高価なものはほとんどない。

 あっても消耗品の蹄鉄を替えるサイクルが短いくらいだった。

 

 おそらくサンジェニュインが言えばポンと誕プレ代を渡してきそうなものだが、サンジェニュインがやりたいのはそんなことじゃねえのだ。

 自分の、自分で稼いで得た金でカネヒキリに貢ぐ── もとい、プレゼントを贈りたかった。

 お前は親の稼いだ金で推しに貢いで感謝されて嬉しいんか? と全方位に喧嘩を売りそうなことを考えながら、偶然見かけた求人に即応募。

 立ってるだけで日給2万、幅広い年齢歓迎! といういかにも怪しくて、平常時のサンジェニュインなら「どう考えても闇バイトで洋芝生える」と鼻で笑いそうなものであったが、いざとなればこの豪脚で逃げたらぁ! と息巻いていたので速攻でスマホをポチった。

 そも年齢で弾かれそうなものであったが、求人票には年齢不当でウマ娘でも可の文字をはっきりと見た。国語の文章問題で行を飛ばしがちなサンジェニュインも、その時は頭がうまく回った。やればできる仔なのだ。

 面接の段階まで進むとさすがに親には隠し通せないので素直にゲロって拳骨をくらい、頭にたんこぶ2つを拵えてリモート面接に挑んだ。

 前前世以来の就活だ── と緊張を滲ませながらビデオをONにしたが、現れた面接官の最初の一言が「……天使?」だったので採用を確信。

 驕りでもなんでもなく顔良いっすからね、こればっかりは神のお手製なもんで……嘘偽りない事実である。

 背後で「大変態面接官かよ」と般若の形相を浮かべる父親ふたりをスルーして、完全興奮マックスとなった面接官は大急ぎで社長を呼び、呼ばれて飛び出た社長も膝から崩れ落ちた。

 

「ごめん君なんの罪で下界に落ちたの?」

「なんの前科もないウマ娘ですよ、オレ」

「こんなに可愛いのに!?!?」

「そんな可愛いは罪みたいな……」

 

 えっえっ可愛い……声まで可愛くない? と小声のつもりか両手を口周りに置いてる社長だったが全く隠せてない。

 挙動があまりにも不審すぎるあまり父親たちが「処す? 大変態社長処す?」と囁きあってる。

 社長早くちゃんと背筋伸ばして、あっ無理? そう……。

 そんな大興奮社長に前世の悪友の黒鹿毛が脳裏をよぎったサンジェニュインだったが、いやアイツもウマ娘になっているはずオレもカネヒキリくんもウマ娘だし、と頭を振った。

 結局興奮状態の社長に代わって副社長を名乗る左耳ウマ娘から採用通知を貰い、父親たちに渋られつつもサンジェニュインは晴れて職を手に入れた。

 それがトレセン学園入学前のことであり、今となっては手に入れた職── モデルでそれなりの稼ぎを得ている。

 馬時代も様々な馬着に身を包んでいたこともあって、いろんな服を着て写真を撮ることに抵抗はあまりない。

 ……いや嘘、フラッシュはいまだに無理なので、撮影のためとはいえフラッシュを焚いてきたカメラマン相手には全力で抵抗してる。

 だがまあなんとか上手くやれてる。パジャマモデルなので露出がほとんどないこともあって、最初は反対していた親も今となっては応援してくれているのだ。

 

 当時もバリバリの未成年だったこともあってサンジェニュインの給料管理は当然親。

 その親元を離れた今はカネヒキリに通帳キャッシュカードその他諸々を管理してもらい、それを口実に日常的にカネヒキリに御礼を渡す日々だ。

 たとえば今カネヒキリがつけている耳飾りは、サンジェニュインが初めてもらった給料で初めて贈ったものであったし、私服のほとんどがサンジェニュインと一緒に見に行ったブティックで買ったものだし、パジャマなんてサンジェニュインがモデルを務めたブランドのものを着ている。

 カネヒキリが作ってくれる料理の材料費はもちろんすべてサンジェニュインが出しているし。作ってもらっているんだからさすがに当然だよなあ、とカネヒキリにゴリ押しした。

 馬時代こそ自分のリンゴを分けたり、放牧地の柵の外ギリギリに咲いてたたんぽぽを首伸ばして千切って渡す程度の贈り物しかできなかったが、自由な四肢を手に入れたサンジェニュインに怖いものはケツ追いとおばけ以外ほとんどないのである。

 

 ところでモデル始めたきっかけと誕生日の話をすると「あれ? 『なんでも言うこと聞く券』以外にもプレゼントしてるじゃんアゼルバイジャン」と100%突っ込まれるわけだが、それはそうなのだが、サンジェニュインの心理的な問題というか、本人としてはそこまで納得いってないのである。

 これにはサンジェニュインの生来の性格と、経験と、現状に依るところがあった。

 

 

 まず前提として、サンジェニュインはぽんこつだ。

 もう皆まで言うなと本人が一番身に沁みてるくらいぽんこつだし、足りてないことを自覚しているからこそ、サンジェニュインは周りを頼る。

 前前世は他人に頼ることをよしとせずに過労死で20年の人生に別れを告げた。

 前世は人間によって徹底管理された23年の馬生を最期まで愛されて逝った。

 ヒトであることよりも長く馬として生きたサンジェニュインは、その23年間で他人に甘えることを知ったし、できないことを孤独に足掻くよりも素直に「できない」と告げる方が(やす)いと知った。

 そして「できない」ことを「できる」に変えるために、自分以外の誰かと一緒に最後まで諦めずに走る喜びを知ったのだ。

 だからサンジェニュインは遠慮なく頼るし、差し出された手を躊躇うことなく掴んだ。

 その代わりに、自分を支えてくれたすべてと、自分を愛してくれたすべてに報いるために、最後の一瞬まで諦めることなく脚を回す。

 あんたが愛した、育てた、支えた、共に駆けた馬は最高だと、栄光のトロフィーとして刻むために。

 それはウマ娘になった今も変わらない。

 

 今日、この瞬間までサンジェニュインを育んだすべて。

 ふたりの父、アキキタの職人たち、メグミさん、トレーナー、そしてカネヒキリ。

 彼らがサンジェニュインのために費やした努力と愛情、捧げた祈り。

 昨日よりも今日、今日よりも明日、前に進むサンジェニュインの原動力になった彼らの献身のためにサンジェニュインは駆け抜ける。

 勝ち得たトロフィーが彼らへの応えであり、諦めずにきたここまでの道程のすべてがサンジェニュインの誇りとなった。

 そして間も無く終わる。ゆっくりと、けれど着実に、駆けるよりもスローテンポで、歩くより早く。

 

「だから急ぐ」

 

 足りない時間を、延びない期限を前に。

 

 サンジェニュインは今年度のURAを以ってターフを降りる。

 いつ頃からか漠然と感じていた「ここでおしまい」と言う感情に突き動かされ、馬であった頃よりもいくつか多い勝ち鞍を引っ提げて故郷(くに)へと。

 後悔はない。もちろん、悔しいレースはいくつもあったけれど、でも、それでもターフを降りることに不思議と未練がなかった。

 ただ怖いのは、ここより先は、サンジェニュインにも予想がつかない人生ということ。

 馬生をなぞるように過ごした現役時代より先がどうなるかは全くわからない。ウマ娘になったいま繁殖という定義もない。

 だからワクワクして楽しいのだろうし、けれど、それと同じくらい怖いのだ。

 自分のみに待ち受けるナニかではない。ここにおいていく()()()()()()が、ただひたすらに怖かった。

 

 馬だった頃、その(かたわら)から永遠に離れたトモダチのことを忘れることはないし、その悲しみだってそうだ。

 味わいたくない。1頭欠け、また1頭欠け、孤独へと近づいていくあの恐怖心に、再び向き合う自信も、堪えられる勇気もなかった。

 

 ── もし死ぬならオレが先がいいな。置いていかれるのは嫌だから。

 

 誰にも言ったことはないけど、サンジェニュインはいつも、そう思って呼吸をした。

 欠けたものは新しい命では埋まらない。いつか欠ける器が増えたに過ぎないのだ。

 生まれた喜びがいつか潰えることを憂いている。身体をめぐる歓喜がいつ悲哀に変わるのかと恐れるのは馬生で散々やった。

 もう嫌だと思う。あんな想いは懲り懲りだと。

 けど、結局は逃げきれないのもわかっていた。こればかりは逃げることができないと、わかっているからサンジェニュインは決意した。

 

 逃げることも、迎え撃つこともできない。

 なら、限りある今、どこで欠けても最期の一瞬、心だけは満たしていたい。

 

 ラインクラフトが欠け、カネヒキリが欠け、ディープインパクトが欠け、シーザリオが欠け。

 そうして自分が欠ける時、心は満ちていた。心だけが満ちていた。

 23年間で積み重ねた思い出が、自分を包んだ人間たちの欠けた心を満たすことを理解した。

 

 ラインクラフトが欠けた時、彼女が遺した赤い手綱は終生支えとなった。

 カネヒキリが欠けた時、彼が捧げたひどく純粋で愛に満ちた声が鼓膜を満たした。

 ディープインパクトが欠けた時、ほら最期まで一緒だと安堵した声に約束の成就を知った。

 シーザリオが欠けた時、その血を繋いだ子供が永遠にも似た感動を見せてくれた。

 

 自分が欠ける番になって、他でもない自分の子供が魅せた走りに、満ちる、本当の意味に気づいた。

 

 恐怖心と向き合う勇気はやっぱりない。けどもし、やっぱりもし、馬生と同じように自分が欠けていく者たちを見送る立場にあるのなら。

 見送るその瞬間、満たしてやりたいと思うのだ。

 そして今度はその手を握って、あんな楽しいことがあったね、こんなこともしたねと囁き合いながら見送りたい。

 サンジェニュインが握った手から力が抜けるその瞬間も、うん楽しかったねと、そう言いながら旅に出て欲しかった。

 

 だからサンジェニュインは満たすための努力を怠らない。

 自分自身があらゆるレースであらゆる場所で頂点を目指し続けるのもその一環だし、カネヒキリやラインクラフトたちの誕生日を誰よりも盛大に祝いたがるのもそれが理由だった。

 大事な日だから、何よりも記憶に残る日だろうから、絶対絶対、記憶の隅の隅、脳のシワのすべてに刻むような勢いで相手を満たす。

 日常のほんの一瞬の逢瀬すら愛して、悔いのない最期に微笑むため。

 そしてもし叶うなら自分が先に逝ったとして、共に過ごしたすべての時間が、遺していく彼女たちを満たす源であって欲しい。

 自分が馬の頃の記憶を持ってウマ娘になったのはこのためだと、サンジェニュインは強く思っていた。

 

 だから明日。2月26日。

 特に思い入れ深いトモダチの中でもっとも早く誕生日を迎えるカネヒキリへの贈り物も、サンジェニュインの持ちうるすべてで余すことなく満たしたいのだ。

 もうしばらくでトレセンを離れ、彼女をここに置いていくことになるからこそ、深く──……。

 

 

「サンジェニュイン、入るぞ」

「ッカネヒキリくん!? ちょっと待って待って待って! いま部屋すっげえ汚い!!」

 

 コンコン、と控えめに叩かれた扉とその声に、サンジェニュインは転がるようにハンモックから降りた。

 卓上のプレゼント1号はいつも通りのアレとはいえ、それでもプレゼントという体裁をとっているのだから隠しておきたい。

 こんなんでもプライドとかはあるのだ! ということで券を適当な棚に隠してから扉を開ける。

 私服姿のカネヒキリは慌てた様子と床に転がる油性マーカーですべてを察したようだったが、あえて何も言わずポーカーフェイスを貫いた。

 

 ……いやめちゃくちゃ嘘である。

 いつものアレを今年も作ってくれたのだと思って内心カーニバルだしなんなら表情もかなり緩んでいる。

 

「おっ、カネヒキリくんなんだかご機嫌だな〜! なんかいいことあった?」

「ッうん、少しな」

「んふふ、カネヒキリくんがご機嫌だとオレも嬉しくなっちゃうな!!」

 

 ご機嫌の原因はお前だお前、とここで突っ込んでくれるありがたい存在ことラインクラフトはしかし不在であった。

 

「それでどうしたんだ、カネヒキリくん。なんか約束してたっけ? オレなんか忘れてる?」

「いや、明日のことなんだが……」

「んん! 『おでかけ』な!!」

 

 サンジェニュインがカネヒキリの誕生日に『なんでも言うこと聞く券』と共に贈るもうひとつの()()()()

 日常でも贈っている細々としたアクセサリーや洋服ともまた違う、いわば体験型プレゼントとでも言おうか。

 正しくはふたりでやっているものなのだが、それがサンジェニュインが言うところの『おでかけ』であるし、絶対ボケは拾ってツッコミ入れる鋼のラインクラフトに言わせればそれは間違いなく── 『デート』であった。

 

「明日はねえフランス料理のお店にした! 会長が美味しいって言ってたし、ディープインパクトがオーナーと知り合いだからって夜景が綺麗に見える一角、押さえてくれるって!」

 

 会長というのはもちろんシンボリルドルフのことだし、ディープインパクトは言わずもがなの好敵手である。

 ズッ友のためなら会長の情報も好敵手のコネクションもフル活用するのがサンジェニュインであった。

 なお会長には後ほど青森県名産ふじリンゴジュースをお贈りし、ディープインパクトには『ターフでぼくと握手!券』を渡す。

 後者はこれでええんか? と3回くらい確認した結果鼻息荒く頷かれたので気にしないことにする。時には諦めも肝心なのだ。

 おでかけは、過去には春先にしか開かないはずの海辺のレストランを貸し切って限定オープンしてもらったり、ドバイ遠征に互いを帯同者にして向かった際は現地のスイートルームに有名シェフを招いてディナーを楽しんだりした。

 モデルやってるとある程度お金が貯まる。特に金の掛かる趣味を持たないサンジェニュインは食費以外にほとんど使わないこともあって貯まっていく一方なのだ。

 トモダチたちのお誕生日を華やかに盛り上げるくらいでようやく前年ため込んだ分の半分を使ったか使ってないか。

 そんな、普段はロマンチックのかけらもないこのぽんこつふわふわ野生児ウマ娘がやるにはあまりにもオシャレなこの『おでかけ』は、ひとえに『カネヒキリのため』という一言に尽きた。

 

 念のため言っておくが、カネヒキリが強請ったわけはもちろんない。

 カネヒキリは普段はとてもクールなウマ娘だ。

 物静かで穏やか、しかし芯ははっきりとしていて力強く大地を踏み抜き、その走りは神の怒りと見紛うほどの迫力で魅せる。

 決して無愛想なわけではなく、言葉を掛けられれば実直に返事をして、人付き合いの悪いウマ娘というわけでもない。

 自立心が強く、基本何でも自分でこなせるからこそ、自由にそこに在ったし、彼女を慕うウマ娘のほとんどが『カネヒキリ先輩カッコイイ!』とその背中を目指した。

 だって本当に格好良いしな。カネヒキリくんはエターナルつよつよ格好良いウーマンだから。間違いないぜサンジェニュ院の魂賭ける。

 そんなカネヒキリが心を砕いて自分からあれこれ世話してやろうとするのは、他でもないこのぽんこつ白毛ウマ娘ことサンジェニュインだけ。

 食事を準備したり、明日着ていく制服にアイロンがけしたり、虫取りに行ってどろんこになったサンジェニュインをピカピカにしたりする。

 サンジェニュインの監督役を務めるエアグルーヴをして「甘やかしすぎだ」と言わしめ、世話されているサンジェニュイン本人が「カネヒキリくん休んで!?」と叫ぶほど。

 そうしてほぼ四六時中一緒にいるからこそ、サンジェニュインは知っている。ずっとそばにいたサンジェニュインだからこそ、知っているのだ。

 

 カネヒキリはああ見えてめちゃくちゃコッテコテの少女漫画が好きである── と。

 

 ダート一筋で走り抜け、怪我しても治して、何度だって復活するその生き様が魂に反映されたのか、カネヒキリは王道路線の少女漫画を好んだし、一途な恋も、何度振られても諦めないヒロインの奮闘劇も好き。

 最終的にヒーローが一途なヒロインに心打たれて付き合うハッピーエンドを見た時には、その周りに花が浮いて見えるほど喜ぶような、そんな可憐な乙女でもあった。

 でも人前ではそんなことは言わない。第三者の自分へのイメージを知っているからか、乙女チックなところはあまり見せようとしないのだ。

 ということでこれを知っているのはサンジェニュインを始め、メテオのちょっとしたメンツくらいであった。

 だからこそ閃いた。誕生日の時くらいは1日とってもロマンチックで素敵な体験をしたって誰もなんも言わんだろ、と。

 中等部に入って最初の冬、天啓のように降ってきたそのひらめきをサンジェニュインは躊躇うことなく行動に移した。

 ロマンスの神様が「やりすぎだよオイ!」と言うくらいのやつにするぞ〜! と意気込んで少女漫画を読み漁り、なんやこの男ヒロインが自分のこと好きってわかってるのに振りやがる……! とヒーローに敵対心を覚えながら学習した結果が、今やってる『おでかけ』であった。

 正直道明寺司よりオレの方がいいぞつくし……と思ったとか思わなかったとか。

 

「最上階だから空が近くて星がキラキラでふわふわいい匂いがするらしいよ!」

「ん、それは楽しみだな」

「んふふふふ……」

 

 はっきり言って語彙力はなかったが、サンジェニュイン検定1級持ちのカネヒキリにはすべてが伝わるので、ふたりの間ではそれでよかった。

 

「それで、そのおでかけの後についてなんだが」

「ん、そうだった! カネヒキリくん話の途中だったな、遮ってごめんな」

 

 困り顔百点満点、と高速早口がどこからともなく聞こえた気がしたが、サンジェニュインはスルーして姿勢を直した。

 そうカネヒキリは話の途中。明日のことについて、と言われたサンジェニュインが先走って口を開いただけでカネヒキリの話自体は終わっていないのだ。

 いつの間にか準備されていたおやつをカネヒキリに一言断って食べながら、サンジェニュインは眉を下げて続きを待った。

 うわコレうめえ毎日食いたい。炊飯器で作れるかな? えっ作れない……はい……。

 

「その、おでかけの後なんだが……時間、を、貰えないか」

「オレの? そりゃいくらでもいいけど……っていうか明日のオレはカネヒキリくんのだから好きにしていいよ」

「んぐ……ッ」

 

 こ、このウマ娘、全然深い意味なんてなく言っている……── !!

 なんならラインクラフトやシーザリオ、果てにはトレーナーの誕生日でも同じことを言っている。カネヒキリはそれをわかっているので呼吸が止まるだけで済んだ。危ない。

 油断すると心臓にダイレクトアタックを決められ沼地に引き摺り込まれるのだ。カネヒキリは詳しい。サンジェニュイン検定1級なので。

 逆にわかっていればなんてことない。心臓を墓地に送り屈強な精神を召喚する程度で済む。サンジェニュインの笑顔を見てすぐ失神するような柔なメンタルはドバイWCを制覇した時に捨てた!

 

「あ、じゃあさ、そのおでかけの後だけど、どっか部屋押さえる? 実は上階の部屋を仮押さえしてるんだけど」

「ヒッ」

「調べたらさ、この部屋のお風呂ってバラ型のバスソルトが入ってるらしくって、前にカネヒキリくんが読んでた漫画の── うん? カネヒキリくん? ……えっカネヒキリくん!? カネヒキリくんしっかり!?!?」

 

 ロマンスがありあまるなァそれはァ! とカネヒキリが叫んだかどうか定かではないが、とりあえずおでかけ後はまっすぐ帰寮することになった。

 今のカネヒキリにレストラン最上階バラのバスソルト付きスイートルームお泊まりは刺激が強すぎた。南無三。

 

 

 

 

 

 

 美味しかったねえ、とサンジェニュインが言った。

 今日に合わせて優しく塗ったブラッドオレンジの口紅はたぶん落ちたはずだが、今も艶やかに光っているような気がする。

 よく考えたら常時つやぷるの唇してたし口紅落ちてても同じか。冷静さと動揺のちょうど真ん中に立っているせいか思考が定まらない。

 今はただ、満足そうなサンジェニュインの顔をちらりと見て、内心で『可愛いの極み乙女。』と存在しないバンド名を編むことに集中する。

 そうでないとこのロマンチック空間の中、自分が何を口走るか分かったものでは無かった。

 

 今日は私の誕生日だ。

 まあ自分の誕生日と言うよりは『サンジェニュインとふたりで過ごせる記念日』のようなものになりつつある。

 いつ頃からか、トレセン学園に入ってからだろうか?

 サンジェニュインは私の誕生日を午前中はチームメンバーと祝い、午後以降は独占するのを好むようになった。

 もとからパーティーごとが好きなウマ娘ではあったので、入学前から互いの家族を交えて誕生日を祝うことは毎年していたが、モデルという職を手にしてからのサンジェニュインは一気にタガが外れたように祝い事の規模を大きくした。

 毎年ド派手にやるものだから記憶が更新されることはあっても消えることはない。

 同じワクワクは体験させず、いつもさらに上をいく仕掛けをぶつけてくるから飽きることなくここまできた。

 いや、たとえ毎年同じ事をされてもその都度むせび泣く自信は当然あるが。

 なにせ、今日この1日、サンジェニュインは『カネヒキリ』という個だけを想って過ごす。

 何をしたら私が楽しむのかを考え、どうしたら喜ぶのかを考え、どうしたら微笑むのかを考えて息をしてくれる。

 贈り物を貰う遙か前からすでに嬉しい。サンジェニュインが自分のことを考えてくれているだけで満たされる。

 けれどサンジェニュインはその程度では満足しない。もっと強く、私の中で彼女との思い出が残ることを望んだ。

 

 時々、そうしたサンジェニュインの行動に怖くなることがある。

 彼女自身が怖いのではなくて、彼女のその、何が何でも記憶に残ってやろうという意気が籠もった瞳に、言い知れない不安が募る。

 だってまるで遺言のようじゃないか。

 告げられる言葉のひとつひとつがあまりにも力強く私の胸を突き、脳裏を抜け、魂を震わせるものだから。

 夏の終わりに地面を見つめて散るひまわりの、最期の懸命な輝きのように見えてしまう。

 きっとこう思っているのは私だけじゃなくて、ラインクラフトもシーザリオも、ヴァーミリアンも、ディープインパクトだって思っている。

 先を急ぐように思い出を詰め込む。彼女は旅の支度をしているようで、私は、喜びの裏側で手が離れることに酷く恐怖した。

 

 どこへ行くのだろう。

 この冬を抜け、春を抜け、夏を秋を抜け、また冬になるころ。トレセン学園から巣立つサンジェニュインは。

 誰も行き先を聞いていない。トレーナーですら聞いてない。

 聞いているならもっと活気に満ちた目をするはずだ。あんな凪いだ目ではなく、サンジェニュインの行き先に希望を見るだろう。

 だが日野トレーナーも、サンジェニュインの専任である芝里サブトレーナーも、寄せる波すら無い湖面のように、身動ぎできずに答えを待っているだけに見えた。

 それが酷くもどかしく、そして私を焦らせる。

 

 2歳で出会ってから今日まで、別れらしい別れを経験しなかった。

 砂と芝に別れたとしても、隣合う部屋でいつもサンジェニュインの姿を見ることができたし、彼女は出会った頃からひとつたりとも変わらない情熱で私を見た。

 けど今回は違う。居る場所が変わる。

 私はトレセン学園に、彼女はどこか遠くに。

 短くても数年は離れて暮らす。そんなのは人生で初めてのことだった。

 場所さえわかれば会いに行ける。絶対行く。それがどれほど遠い異国の大地でも、彼女に会うためなら労力を惜しむことは無い。

 丸く幼い手を私に伸ばし、唇を固く結んで泣いたサンジェニュインを見たあの日から変わらない、私の誓いだ。

 

 だから今日、サンジェニュインの時間を貰った。

 サンジェニュインは逃げない。いや、レースでは逃げるけどそうではなくて。

 私のためにと作った時間からは、たとえどんなことがあっても逃げないだろう確信が、共に過ごした十数年への信頼からあった。

 

「カネヒキリくんの部屋でいい?」

「ゑッ」

「ほら話があるって。オレの部屋はご存じ散らかってるので……しろまるも活発になる時間だしな」

 

 サンジェニュインが飼育するハムスター……いやあれはもうハムスターの皮を被ったけだものだと思うが、夜行性のため夜中は非常にうるさいという。

 確かにそんな中で話がどうだのいっている場合ではないが、それはそれとしてふわもこパジャマに身を包んだサンジェニュインが自室にいると落ち着かない。

 だが二択を出されれば答えは当然、私の部屋になる。

 急ぎ心の中でハワイのありとあらゆる祭事をオンステージさせ気持ちを落ち着かせ、私も慌ててパジャマに着替えた。

 頭からすっぽり簡単パジャマ、はサンジェニュインをモデルに起用している有名ブランドの看板商品だが、名前の通り頭から被るだけで良いから楽ちんだ。

 疲れ果てた時や部屋へ辿り着く前に寝落ちしたサンジェニュインを着替えさせるのに重宝している。

 手早く化粧を落として洗顔まで済ませる。一段落付いた頃には、昂ぶりに昂ぶって一周回って眠くなってきたのか、頭が重くなり始めていた。

 ダメだ、まだ終わっていない。とても大事なところがまだだ、と自分を奮い立たせる。

 頬を二度叩いた後は、箪笥の奥、大事に仕舞い込んでいるジュエリーボックスを引っ張り出した。

 しっとりとした外装はこれを贈ってくれたサンジェニュイン曰く栗色。私の髪色を意識したという落ち着いた色合いで、中にはこれまでサンジェニュインから贈られた小物などが収まっている。

 普段から愛用している耳飾りや、式典の時に付ける真珠のイヤリング、サンジェニュインの瞳のように輝くサファイアのリング。それらの間に鎮座する、少し皺の付いた古い紙ペラ。

 

「……貯めに貯めて、一度も使わなかった」

 

 出会って初めての誕生日。サンジェニュインが焦ったように小さく唸りながら、最後には涙目になって私に差し出したもの。

 

『オレがなんでもいうこときくけんだから! いつつかってもいいよ、かにぇひきいくん!』

 

 まだ幼くて舌っ足らずで。でも一生懸命書いて贈ってくれた。

 初めは私も無邪気に喜んで何に使おうか悩みもしたが、成長するにつれて「なんでもって、えっなんでも? どこまでセーフ? 手繋ぐとかは? これ合法? 現実?」と混乱極まって結局使えず、貰う度に嬉々としてこの宝箱に詰め込んだ。

 サンジェニュインがくれた宝石のどれもが嬉しかったけど、それを追い越すほど、この紙ペラがいちばん嬉しい。

 だってサンジェニュインが自分をプレゼントにした。普段は誰にも自分を触らせようとせず、自分をトロフィーのように扱うことを嫌うのに。

 私に対してはその身を明け渡してもいいと思うほど信頼してくれている。そう考えれば気持ちは当然高揚するし、紙ペラとは思えないほどの重みを感じてしまう。

 ソレに、今日貰ったばかりの新しい紙ペラを重ねた。

 これはどんな富豪が大金を積んでも手に入らない、世界にひとつだけ、私に、カネヒキリにだけ許されたモノ。

 

 そんなに重いものだからこそ今日、使う。

 むしろ今日が使いどころだとさえ思っていた。

 きっとこの日のために貯めていたのだろうと。

 サンジェニュインも、そして私も神など信じては居ないから「神の思し召し」などとは思わない。

 けどきっと、今日使われることを、初めてこれを貰った2歳の私も納得すると思った。

 

 決意を固めたらふっと肩の力が抜けた。

 ずっとドキドキしていた分、一気に眠気がくる。

 まだ寝てはダメなのに。これからサンジェニュインが来て、この紙ペラで、サンジェニュインに、願いを。

 

 ずっと一緒に居て、と、願いを──……。

 

 

 

 

 

 

 ソレが夢なのはわかっていた。

 

『カネヒキリくん……カネヒキリくん……!』

 

 いつの頃だったか、似たような夢を見た。

 その時もシルエットは曖昧で、視界はぼんやりとしていて形は掴めない。

 どこにいるのかさえも分からない。

 ただ良く晴れた日のターフのような、そんな嗅ぎ慣れたナニカが近くにあるような気はする。

 けどそれよりも気になったのは、いつも親しげに私を呼ぶ低い声だ。

 知らない誰かのはずなのに、私はその低い声に呼ばれて振り返る。

 前は弾んだ声だったと思う。楽しげに揺れて私を見る視線がそこにあった。

 だが今回はどうも違う。明らかに水気を帯びた呼びかけに、私は返事をしようとして気づいた。

 ── 身体が動かない。

 

『寂しい、寂しいよカネヒキリくん!』

 

 空を穿つ、慟哭が、鋭く私の胸を切り裂いた。

 

 身に覚えの無い感情のはずだった。

 こんなに切なく悲しい思いをしたことなどない。

 幸せだけで満ちた、とは言えないが、大切な友達とずっと隣合って生きてきた人生に、こんな身を焦がすような激情なんてなかった。

 なのにどうしてだろうか。今すぐ涙を拭ってやって、もう大丈夫だと言いたくなるのはなぜ?

 知らないはずの低い声を、目の前に居るはずの男の何にこんなに揺さぶられているのか。

 いつも前後がない夢の中にだけいて、目が覚めたら忘れてしまうようなこんな男の、なにに。

 

 ふっと口が開いた。

 何かを話している。私が、彼に、なにを。

 声は聞こえない。ただ確かに話している。

 この命を振り絞るように、目の前の彼に、何を遺そうと言うのか。

 私でない私が不安と動揺と焦りと、それらすべてを内包するほどの愛に突き動かされて話していた。

 彼が短く唸る。顔は見えないが私を睨み付けている。けど憎悪じゃなくて、ああ、それは。

 

()()()()()!』

 

 呼び捨てられた瞬間に理解する。

 いや、理解なんてとっくにしていた。

 解っていたじゃないか、私が心を動かされるなんてたったひとつで、たったひとりなんだって。

 何をここまで焦っていたのか、何をここまで動揺していたのか。

 前後はやはりわからない。目の前の彼がどういう存在なのかも分からない。

 ただひとつだけ確かな事があるから、私は、身体全体を支配する濁流のような、それでいて優しい波のような微睡みの中で叫んだ。

 

()()()()()()()()!』

 

 ふと2歳の時、初めてサンジェニュインに会った時を思い出した。

 ぽろ、ぽろり。そのまろい頬を伝って流れる涙があまりにも美しかったこと。

 どうしてか、彼女に会えて良かったと思えたこと。

 伸ばされた手がなんのためにあったのかを、ああ、この夢が答えなのか?

 

 かすれた低い声で呼んだ彼女の名前。

 耳馴染みのないその男臭い声色は、でも怖いほど、自分の声だと思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

「── カネヒキリくん! 起きろってば! 大丈夫!?」

 

 しろまる── ペットのハムスターの世話に思った以上に手間取り、少し遅れて入ったカネヒキリくんの部屋で、その異変に気づいた。

 最初はちょっと寝ているだけだと思った。今日は朝から誕生日会をして、午後は買い物をして、夜にはレストランでディナーをしたから疲れたんだろうなって。

 いくらタフなカネヒキリくんとはいえ、一休みしたくなるよな、わかる、ちょっと寝かせてあげよう、明日だってカネヒキリくんが望めばいくらでも時間を作る。

 だからその身体に毛布を掛けて部屋に戻ろう、そう思ったときだった。

 カネヒキリくんの身体が震えている気がした。よく見れば顔色も悪く、夢見が悪いのか眉間に皺が寄って苦しそうにも見える。

 こりゃまずいかも、とゆすり起こしたカネヒキリくんの第一声は、オレの、いや、俺の名前だった。

 

 なんでだよ。

 どこから出したんだ、その声は?

 だって、それは、あの、昔の、そう昔の、今のカネヒキリくんが覚えているはずも無い遠い場所の声なのに。

 耳を突いた深く低い声。忘れるわけが無いだろ、なあ、なんでだよ、カネヒキリくん。

 誰がその声色を蘇らせたのか。魂か、はたまた、俺の執念か。俺が、オレだけが忘れず覚えているから?

 

 肩で息をするカネヒキリくんを一歩離れて見つめた。

 彼女は何が起きたのかまるでわかっていないのか、それともとんだ悪夢でも見たのか、定まらない視点で何かを探している。

 誰を。オレを? それとも俺か。

 まさか思い出したなんて言わないよな、だって、これは、オレが。神なんて言う存在から付けられた呪いで。

 だからオレだけがいつまでも忘れられずにいるんじゃないか。なのにどうして今になって。

 

「サンジェニュイン……!」

 

 低く、少し先走ったような声だった。でもそれは彼の声じゃ無い。彼女の、目の前に居るカネヒキリくんの声だ。

 

「なんだ、これは!」

 

 そんなのオレが聞きたいよ。

 なんだったんだよさっきの声色は。

 そう言いたかったのに声がでない。口が縫い付けられたように動かない。

 怖い。何が。何が怖い。カネヒキリくんが思い出したかも知れないことが?

 何も恥じること無いこの人生の何に恐怖する。

 恐れなんかないはずだ、彼女をまた喪う以外は!

 

「サンジェニュイン……お願いだ、何か話して欲しい……そうじゃないと」

 

 そうじゃないと何だ。何だよカネヒキリくん。

 何が君を惑わせる。何が躊躇わせる。伏せられた顔が何を思い出している。

 

「おかしいんだ。アレは夢だな? シルエットも何も無かった。誰がいたかもわからなかった。でもアレは私で、私の目の前に居たのもお前だ。そうだろう?」

 

 確かめてそれでどうする?

 

「抱きしめたい」

 

 ── は。

 

「『ここに居る、もう寂しくない』と言わせてくれ」

 

 フラッシュバックする。

 カネヒキリくんの最期は俺の名前ばっかりでろくな話もできなかった。

 それが彼が俺に遺すすべてと知りながら、いや知っているからこそもどかしかった。

 いつまでも声を覚えている。俺を呼んだ優しい声を、こうして生まれ変わってなお強く魂に刻んだ。

 寂しいと叫んだ俺の言葉すら無視して、声だけ刻んだお前のことを……!

 

「カネヒキリくん」

 

 泣き暮れたガキみてえな声だろ、笑いたきゃ笑えよ。

 もう置いていかないでくれと言わなかったのは、オレの、せめてもの意地だった。

 

 

 

 もうほとんど覚えていないんだ。

 寂しそうな声でカネヒキリくんが言った。

 

「ときおり夢を見る。全部がぼんやりした世界で、声だけがハッキリしているんだ。その声の主はたぶんサンジェニュインで、夢を見ている間は普通に会話ができていて思い出せるのに、朝、起きるとすべて忘れてしまう。夢をみていたことすら……」

 

 その夢はきっとオレのせいで見ている。

 実はねカネヒキリくん。俺、馬として死んだ後にカネヒキリくんと虹の橋の、ほらカネヒキリくんが勝手に待機してた草原で再会した。

 んもうなんでこんなとこに居るんだよ! と怒る俺を宥めながら、2頭で一緒に橋を渡っていたんだよ。

 そしたら急に橋に穴ができて気づいたらウマ娘だ。魂の一部どころか半分くらいガッツリ持ってかれたからこうして覚えてるのかな。

 でさ、……んふふ、俺が落ちる時さあ、カネヒキリくんは安全圏に居たのに飛び込んできたんだぜ。

 そのせいだなきっと、カネヒキリくんも他のウマ娘より馬成分多めにきちゃったんだ。

 当時の記憶を夢みたいに見てるのは、たぶんそれ、おそらく、メイビー。神じゃないから確かなことなんてわからないけどさ。

 

 いま起きているはずのカネヒキリくんがまだ覚えているのは、たぶん、半分まどろみに浸かっているからだろう。

 肉体的疲労と、泣いたことによる疲れとが、彼女を夢と現実の境目に立たせている。

 たぶんカネヒキリくんはまた忘れるだろう。でもそれでいいと思った。

 明日、27日の朝、目覚めたらすっかり消えている。もしかしたら泣いたことは半分覚えているかも知れないが、どうして泣いたのかはわからないかもしれない。

 それが不安なのか、カネヒキリくんは小さく鼻を啜った。

 

「大丈夫だよ、カネヒキリくん」

 

 それを忘れたってオレらの関係性が壊れるわけじゃない。

 オレはさ、別に君が馬のカネヒキリくんの魂持ってるから大好きになったんじゃないんだぜ。

 きっかけがそうだったとしても、これまでふたりで積み重ねてきた時間が感情を強くした。

 オレはずっとカネヒキリくんが好きだよ。馬の君も、ウマ娘の君もな。

 どっちも同じだよ。魂の形は一緒。でも今のカネヒキリくんは馬の時よりも饒舌でそういうところも好き。

 

 オレがこんなことを言ったのも忘れてしまうだろうから全部言った。

 いつもは照れてまともに聞いてくれないんだから、いいだろ、こういう時くらい。

 

「サンジェニュイン」

 

 かすれた優しい声で君がオレの名前を呼ぶ。

 

「あの、あれ」

「なあに」

「なんでも言うこと聞く──」

「うん、『オレが何でも言うこと聞く券』!」

「そう、それ」

 

 ずいぶん眠いんだろう。

 だんだんと舌っ足らずに、子供のような話し方になるカネヒキリくんがなんだか面白くて、可愛かったから、合わせるように相槌を打った。

 

「もっとちゃんとしたときにいいたかったけど」

「うん」

「それで、それで、わたしと」

「うん」

「わたしと、いっしょに、くらそ……」

「えっ」

 

 ガバッとベッドから起き上がった。

 いまカネヒキリくんなんつった?

 

「わた、わたしと……くらそ……」

「えっ」

「くらそ……」

「あっすごいこれたぶん『うん』って返事するまで繰り返すパターンだ!」

「くらそ……」

「ちょ、っと待とっか!」

 

 えっ暮らすって、それがカネヒキリくんの『オレが何でも言うこと聞く券』でやらせたいこと?

 いやいや、これは無効でしょ流石に。

 えだって。

 

「オレもう家買っちゃったよ!」

「くらそ……」

「や、だからさあ」

「いやとかいわないで……くらそ……」

「す、すごい強引だ! カネヒキリくんかつてないほど強引! っていうか、だからさあ言ってるじゃんか!」

 

 別に嫌ともいってないしさあだって!

 

「オレが買ったの、オレとカネヒキリくんが住む家だかんね!!」

「えっ」

 

 ガバッとカネヒキリくんが起き上がった。

 すごい、オレと同じ行動すんじゃん!

 

「えっ買った?」

「買った! カネヒキリくんと住む家!! 広い庭付き一軒家!!」

「ヒッ」

「オイちょっとカネヒキリくん失神してる場合じゃねえから!! いま大事な場面だからコレ!!」

 

 肩を掴んで揺さぶると、カネヒキリくんがぽろっと涙を流した。

 

「サンジェニュイン……卒業後どこいくんだ」

「えっ今それ?」

「どこ」

「故郷に戻るけど……家もうちとカネヒキリくんとこの真ん中らへんに買ったよ! お互いの実家近い方が良いじゃんね」

 

 好立地だったし、オレの実家の近くは土地が余りがちなので広めに押さえられて良かった。

 なんか両隣をディープインパクトに押さえられちゃって一生涯のご近所付き合い始まる予感もあるけど、まあカネヒキリくんも一緒なら大丈夫だ。

 そう答えるとカネヒキリくんはまた泣きそうな顔になった。

 

「わたしを、おいてとおくへとか」

「えっ全然そんな予定ないが……!? むしろカネヒキリくんは今後もアメリカ遠征するだろうから置いてかれるのオレじゃない?」

「そういう話じゃない」

「はい……」

 

 シンプルに怒られた。

 けどカネヒキリくんはどこか脱力したように深く息を吐いて、オレの肩を掴んだ。

 

「いつになるかわからないけど、お前の買ったその家で、一緒に生きてもいいか」

 

 ずいぶん覚悟が必要だったろうな、と言われて直ぐに思った。

 カネヒキリくんはオレの顔見ただけで気絶するほど照れ屋で、普段はもっと言葉を選ぶし、すごく慎重に判断する。

 でも今、迷いがなかった。

 区切った言葉の端には温かい感情だけを詰め込んで、オレに差し出している。

 住んでもいいか、じゃなくて、生きてもいいか、なんて。

 

 カネヒキリくんは頭が良いのにときたまおばかになる。

 最初から言ってるのに。オレはさあ、ふたりで暮らす家を買ったんだよ。

 ふたりで生きていく、ふたりの家を。

 

「サンジェニュイン」

「うん」

「サンジェニュイン……ッ」

「うん。……カネヒキリくん」

 

 一瞬閉じた瞳の向こう側から光が見えた。

 砂地を走る流線形をなぞったオレンジ色。

 巻き上げる砂が風に乗って輪郭を作り、その四肢が軌跡を残してオレを、俺を置いていく。

 

 ── 君の色だ、カネヒキリくん。

 

 今日の、この佳き日を鮮明に、鮮烈に、消えないように。

 あらゆる言葉に込めた祈りは、確かに、音を持って響いた。

 

「誕生日おめでとう、カネヒキリくん」

 

 うん、と掠れた声が胸に吸い込まれていく。

 背中にまわった腕が、頬に当たった熱が、そうして鳴り響く鼓動のひとかけらにまで。

 君が生まれてきてくれてこんなに嬉しいのだと、この身体(いのち)のすべてで、君に教えたかった。

 

 

 

 

 また新しい一年が始まった。

 新築数年の我が家は床暖房を張り巡らせてぬくいから、素足でペタペタと歩き回っても寒さは感じない。

 さらに暖かさを上げるために閉めきった窓を、でも今日は全力全開で。

 吹雪の向こう側からゆっくり歩いてくるシルエットを知っているから、オレは寒さを蹴破って窓から身を乗り出す。

 雪の積もった手すりを強引に掴んで、勢いよく息を吸った。

 そうして肺に満たした冷気を喜びに変えて叫んだ名前に、君は、同じように笑って応えた。







シーザリオさんにラインクラフトさんたち'05年牝馬が実装されこれはもうカネヒキリくんだろと震えてます。
カネヒキリくん誕生日おめでとう実装されたら100万回引くからね……!!!!


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トライ、トライ、トライ・アゲイン

お誕生日おめでとう、ディープインパクトさん!

あまり誕生日感はないのですが、ディープインパクトさんはなんというか「ターフの上」というイメージです。

※よく喋るディープインパクトさんと、名前もない暴言吐くモブウマ娘と、こっそりついてくアグネスデジタルとそのトレーナーが登場します
※アグネスデジタルが芝になったり砂になったりします
※ディープインパクトさん相手のサンジェニュインがかなりツンツンですがめちゃくちゃ照れてるだけです
※当社比強い言葉遣いをするサンジェニュインが出てきます


ディープインパクト(サンジェニュイン)が大したことないって言うなら、そいつと競り合ったオレはなんだってんだよ(彼女と競り合ったボクはなんだと言うんだ)

 

 揺れた炎は、あまりにも純粋な怒りだった。

 

 

 

 

  ── 季節は春待つ冬。

 

 国内最高設備を誇るトレセン学園の廊下も、公立一般校と変わらず冷え込んでいた。

 北国育ちが多いウマ娘でも、この冬の寒寒とした空気は相当堪える。

 いつもなら談笑で溢れる廊下だって、今日ばかりは立ち話もなくみんな、無言で歩いていた。ちょっと駆け足入ってる。

 それでもマイナス2℃の外気に比べれば暖かい、はず、なのだ。本当は。

 どうしたことか、今や居合わせた一般生徒が隅っこで固まるほどに恐ろしく冷え、目の錯覚か吹雪すら見える始末。

 不運にも居合わせた一般生徒ことアグネスデジタル ── 本物の一般生徒に言わせれば全然一般ではないが ── は、両腕に抱えた学生鞄をぎゅっと抱きしめながら、ことの成り行きを見守った。

 可哀想なくらいに青ざめたウマ娘数人と、その眼前に対峙する2人のウマ娘を。

 

 

 話は数分ほど前に遡る。いやもしかしたら数ヶ月くらい遡るかも。たぶん。おそらく。

 

 ワールドロイヤルカップの開催から早くも半年以上が過ぎていた。

 イギリスはアスコットレース場の芝となったはずのアグネスデジタルも、秋の訪れとともに肉体と人権が復活。

 マイルCS南部杯やJBCに挑戦し、12月にはチャンピオンズカップにも出走した。

 優駿と優駿がバチる最高の瞬間を真横で眺めながらゴールを決める変態勇者を尻目に、ターフ路線も「英雄と太陽王」の引退に情緒が乱高下。

 合わせてアグネスデジタルの解像度も70dpiと350dpiを行ったり来たりしていたが、かろうじて視認できるほどの解像度は保たれていた。

 それもURAファイナルズの激闘を見てモザイク処理がかけられ、英雄と太陽王、その称号を持つ2人に相応しい華やかなウイニングランをもって、アグネスデジタルの涙腺は崩壊した。

 その涙はやがて海となり、風に煽られ気体となって空に昇り、発生した雲から降り注ぐ雨になって大地を潤すことになるだろ。

 早い話、アグネスデジタルはまた芝となった。ウマ娘ちゃんに踏まれるなら本望かもしれない、でじお。

 

  ── 気づけばターフに居るのが当たり前の2人だった。

 

 片や国内最高の呼び声高く、春の王道ローテや秋シニア三冠を制した『奇跡にもっとも近い英雄』 ── ディープインパクト。

 片や国外最高の呼び声高く、欧州五冠や凱旋門賞を2度も制した『伝説だけを照らす太陽王』 ── サンジェニュイン。

 

 同じ日に同じレースでメイクデビューを迎え、1着と2着。

 名勝負と謳われたレースでラスト2ハロンを争う相手は、いつだってお互いだった。

 同着の皐月賞、ディープインパクトが勝ったダービー、サンジェニュインが引き離した菊花賞。

 シニアに上がったって、同じレースに出なくなったって、2人の視線が交わる先はいつだって最高のレースで、そこに相手がいた。

 同じチームで、同じトレーナーを仰ぎながらも、それでも無二のライバルとして競い合ってきた2人。

 互いだけが互いの影を踏み荒らす、唯一の優駿であり続けた2人がとうとう ── ターフを去った。

 

 ロイヤルカップを経てサンジェニュインが引退宣言をしたのと同日に、ディープインパクトも引退宣言をした。

 トゥインクルシリーズ最後の出走は有マ記念。URA管轄のレースでは「URAファイナルズ」が文字通りのラストラン。

 そうは言っても、最高のレースをした後に引退を撤回するウマ娘は過去にもいた。

 あまりにも楽しかったから続ける、と。

 どうかそれであってくれと、きっと、数え切れないほどのウマ娘が願ったはずだ。

 けれど2人は降りた。

 紙吹雪が舞う中山レース場のターフに立ち、揃って空を見上げながら、言葉なくそれでもタイミングよく。

 深々と頭を下げ、天才2人、あるいは天災2人、これにて終幕 ── と、高らかに。

 

 あれからざっと2ヶ月ほど過ぎたが、競技者を引退した2人は今もトレセン学園にいる。引き継ぎのためだ。

 ただその脚がターフを蹴り上げ、あの血湧き肉躍る、というと厳つくなってしまうが、それほど熱い「レース」という勝負事にもう参戦しないだけで。

 だとしてもアグネスデジタルは嬉しかった。

 廊下ですれ違うといまだに呼吸が止まるほどサンジェニュインに見惚れてしまうし、その横にぴたりと張り付くディープインパクトを見ると砂状に散ってしまいそうになるが、だとしても憧れの2人がそこにいる、その事実が嬉しかったのだ。

 それに本番には出ないとはいえ、模擬レースには手本役として出るという噂を聞いていた。

 隙あらば最前線で推し活、を信条としているアグネスデジタルはこれに狂喜乱舞、あたし新入生! の面で4月の模擬レースに出るつもりである。

 ピチピチのウマ娘ちゃんも見れるし一石二鳥では? なおその後、アグネスデジタルは担当トレーナーから「お前を他のトレーナーにスカウトされるのは困る」と下がり眉で言われ速攻で前言撤回していた。

 

 さて前置きが長くなってしまったが。

 要約すると、サンジェニュインとディープインパクトはラストランを終えた今もトレセン学園にいて……──。

 

「顔だけのくせに。その顔でいろいろやってもらったんじゃないの」

「たかが国内の活躍ごときで。強いやつはどこでだって強いんだから」

「お前なんて相手に恵まれただけだろ、大したことないやつばっかと走って」

「なんでまだ居座ってるのか、他に行き場がないからしがみついてる」

 

 それを気に食わないウマ娘がいる、と言うことだけご理解いただこう。

 

 アグネスデジタルとしては「気に食わない理由なくない? ハッピーしかなくない?」と宇宙ウマ娘状態になってしまうのだが、多感な時期の思春期ウマ娘の心情と言うのは測れないモノだ。

 ファンの数と同じだけアンチがいる、と言う噂もある。まあ仕方ない話だ、完璧に好かれる競技者などどこにもいやしないのである。

 何よりサンジェニュインとディープインパクト、この2人はその絶対的な強さから長らく世代ツートップと謳われ、揃って出るレースは他のウマ娘から『前門の太陽、後門の衝撃』と言われるほど。

 ターフ路線はただでさえ粒ぞろいだと言うのに、逃げ特化のサンジェニュインと追い込み特化のディープインパクトの間に挟まれるウマ娘は、それはもう大変なので。

 2人と当たることを避け、あるいは2人と当たった結果心が砕け、ローカルレースへと路線変更し中央トレセン学園を出たウマ娘だって多い。

 路線変更すらできず競走自体を辞めて田舎に帰る娘も同じだけいた。

 

 いつか、誰かが言っていた。

 

「勝利とは他者を傷つけることと同義である」

 

 敗者がいるから勝者がいる。

 16人、走るウマ娘が居れば、それはゴール後に15人の敗者と1人の勝者に終わるのだ、と。

 それを文字通り証明したような2人だったから、仕方ない、といえば仕方ないのかもしれない。

 積み重ねた栄光の裏に涙がある。

 喝采を浴びる2人の傍らに蹲る影が、立ち上がれず潰えた夢が、がらんどうに成り果てた感情が、どうしたってひとつはあるのだ。

 アグネスデジタルにはあまり理解できない感情だった。

 それはきっとアグネスデジタルが『勇者』だからだよ、と、担当トレーナーはひっそりと思った。

 どんなバ場でもアグネスデジタルは挑戦する。たとえいちばんにゴール板を踏めなくても、駆ける間は決して諦めない。

 誰も彼もお前のように心を強くは持てない。トレーナーの苦笑いを、アグネスデジタルは静かに受け入れた。

 

 勝者だっていつか敗北の味を知る。もしくは知った上で勝者になる。

 長い善戦期間を経て勝利を掴んだキンイロリョテイや、三冠達成後に苦戦を強いられたスティルインラブらがそれを教えてくれる。

 けれどそれには彼女たちのように挑戦し続けることが前提となる。ウマ娘に完璧超人はいない。

 叩かれて、叩き合って、それでも戦いきれずに崩れ落ちて産まれる怨嗟の声が、染みついた汚れのように心にへばりついて脚を鈍らせる。

 いつか、蒔いた種を腐らせトレセン学園をあとにした、悲しい15人の背中のように。

 どれほど2人が素晴らしい走りをしても、いや、素晴らしい走りをするからこそ現われる。

 その妬み嫉みを、サンジェニュインもディープインパクトも意に介することはなかった。

 

「だってオレの命に責任取れるわけじゃないじゃんね?」

 

 これはサンジェニュインのセリフで、彼女は他者からの罵詈雑言を一切記憶しないプロであった。

 最期まで幸せな記憶で満たしていたいから、覚えてる必要なんてない。覚える気もない。

 ディープインパクトも仕方ないものとして受け流すから、いつもだったら2人とも、何を言われても反応しない。

 けど今回は違った。言われたことがダメだった。

 

『競い合ってきた相手は大したことないやつばっかり』

 

 自分ではなく、よりによって相手への罵倒を、その相手と競い合ってきたからこそ許せなかった。

 

「オレ、お前らと走ったことあったっけ? クラシックで見たことねえ顔。……ディープインパクトお前は? オレとばっちり説ある?」

「……ボクも走ってない、知らない」

 

 お互い小声で言い合ってるはずの言葉も、静かな空間ではくっきりばっきり聞こえた。

 それに青筋を立てた1人が一歩前に出て口を開く。

 

「ッわ、忘れてるだけでしょ! あーやんになるね、雑魚は記憶にもないってわけ?」

「ハ? オレが今まで走ってきた()を雑魚呼びすんのやめろよ。同じレース走った娘の名前は全部覚えてんだからお前知らねえよ」

 

 威勢は良かったが、脳味噌直送で放たれたサンジェニュインの言葉に怯んで顔をしかめた。

 そう、サンジェニュインはこれまで競い合ってきたすべてのウマ娘を覚えている。

 メイクデビューで共に走った、今やローカルにもいないウマ娘の名前と顔と脚質、どんな風に駆け、どんな風に自分を追いかけてきたのか。

 同じターフに立ったその瞬間から、すべてのウマ娘が自身のライバルであり、油断ならない相手と理解していた。

 今日はオレが勝った。でもその次も勝てる保証などない。レースに絶対はないからだ。

 だからトレーナーたちが調べ上げた情報は絶対に頭に叩き込んだし、ずっと忘れずにいた。素数は覚えられないがライバルの顔を忘れなかったのは数少ない自慢とも言える。

 なにせデビュー前の模擬レースで共に走り、そして退学していった15人のことすら覚えていた。そのうちの1人、ローカルレースに向かったウマ娘の動向はその後もチェックしていたくらい。

 ローカルのウマ娘だってやろうと思えば中央のレースに出走できるのだ。いつどこで再び走ることになるか分からないのなら、覚えているに限る。

 そんなサンジェニュインの記憶にないのだから、目の前のウマ娘の誰1人とも公式レースで走ったことはないし、併走も模擬レースすら共にしたことがないということだ。

 ディープインパクトも以下同文のため、2人揃って「あに言ってだコイツ」と冷めた顔をしていた。走ったこともねえのに文句とは言いがかりにも程がある。

 あー傷ついた! サンちゃん傷ついた! この傷癒やすにはカネヒキリくんが要るなァ! とか思ったとか思わなかったとか。

 

「まあ細かいことはいいか。なんかオレもイキった口調になってすまんが。ダメだよな本当は、勘違いしないで欲しいんだけどバカにしてるとかじゃなくて、あー、そう……怒ってるんだ、オレ。だけどマ、走るんだよな? こうやって直接言ってきたわけだし」

「えっ」

「……ん? 走るんだろ? やんだろレース、あ、模擬レースなさすがにオレらもう公式は出られない。走った相手が云々言うから公式の方がシロクロは付くと思うんだけど、そこはオレらが現役中に言わなかったそちらさんの責任ということで」

 

 な、とサンジェニュインが隣のディープインパクトに目配せをすると、彼女もコクン、と頷いた。

 

「レースの指定はお前らがしてもいいよ。オレもコイツもそれで異論ないから。砂でもいいよ。オレら走ったことないけどね? それでイイならそうすりゃいい。……どんなバ場だろうが、どんな状況だろうが、オレは引き下がらねえぞ」

「ボクも、どんな条件でも受け入れる。それが、ボクのライバルが素晴らしいことの証明になるのならば」

 

 引退して以降荒々しい口調になったサンジェニュインが、175cmの長身から見下ろす。

 その隣で、155cmのディープインパクトが静かに見上げながら、けれど想いの籠もった声色で言い切った。

 ビリビリと痺れるような怒りが充満する。

 離れた位置にいるアグネスデジタルすら背筋が自然と伸び、それでも身体が震え出すのだから、真正面から浴びている娘たちは正気では居られないだろう。

 滝のように流れ出した汗を拭うこともできず、最後の抵抗と言わんばかりに2人を睨み付ける、彼女たちの脚は震えていた。

 

 

 レースは週明け月曜日に決まった。

 土日に開催されるレースが開けた月曜日はトレセン学園の指定休養日。

 全員の予定が一致して、かつ模擬レース場を憚ることなく使用できるのがこの日だった。

 そしてその日は奇しくも3月25日。

 何を隠そう ── ディープインパクトの誕生日だった。

 

 

「この日を敗北の日にしてあげる……!」

 

 体操服に身を包んだウマ娘がそう叫ぶと、サンジェニュインはぴくりと眉を動かした。

 

「ディープインパクトの誕生日知ってるんだ……ファンじゃね?」

 

 確かに。

 こっそり付いてきてたアグネスデジタルも頷いたが、顔を真っ赤に染め上げた1人が「違うッ!!」と叫んだ。

 

「余裕ぶっこいていられるのも今だけだ!」

「えぇ……ずっとピリピリしてんね、軽いジョークなのに」

「この……ッ」

「ちょっと!! あんたなに煽られてんの!?」

「だって……!」

 

 ちなみにサンジェニュインは煽っていない。本人が言ったとおりのジョークだし、別に本当にディープインパクトのファンだったとして何が問題なんだ、とすら思っていた。

 今日も元気に脳味噌から言葉を直送しているだけなのだ。しかしそれに気づけるのはカネヒキリやラインクラフト、この場にいる者だとディープインパクトだけだった。

 肝心のディープインパクトは訂正することもなく、軽口を叩くサンジェニュインに「リラックスしてるな、良いレースになりそう」とにこにこ。

 そして、元よりレースで緊張するような繊細な神経など持ち合わせていない2人の、その様子こそが「天然の煽り」であると知っているのは、両方と対戦経験のあるヴァーミリアンただ1人だけだった。

 

「ウォーミングアップは済んだか?」

「……あんたらこそ、神様へのお祈りは済んだんでしょうね」

 

 ヘ○シングかな? と小首を傾げるアグネスデジタルを他所に、サンジェニュインが笑った。

 

「 ── 叶うかな?」

 

 まるで神が乗り移ったのかと思うほど、壮絶なまでに美しい笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 模擬レース場、芝、右回り、2400m、天気は晴れ、良バ場。

 

「なんで……なんで縮まんないの……ッ!!」

 

 その声を聞いたのは、きっとボクだけだっただろう。

 中団から捲っていくボクだけが、抜かす一瞬の間際に聞いた悲鳴。

 けど振り返らない。返事だってしない。

 なんでって、答えは君が知っているはずだから、ボクも、彼女だって答えることはないだろう。

 

 理不尽な罵倒 ── ボクらからすれば理不尽極まりないんだけど、本人たちからするとそうじゃないらしい ── をきっかけに始まったレースは、大方の予想、というかボクらの予想通り、サンジェニュインの大逃げによって完全にハイペースになっていた。

 彼女と一度でも走ったことがある()なら誰もが身に染みている、サンジェニュインの逃げはあまりにも『速い』んだ。

 まずスタートからして違う。

 1人だけフライングしたのかと勘違いするほど、ゲート開放とタイミングぴったりに駆け出す。

 スタートが苦手なボクからするとどうやってるのか分からない、そのあまりの出だしの良さに、デビュー前の娘たちのゲート練習のアドバイザーをしていると聞いた。

 彼女がゲートで失敗したのなんて、隣ゲートのウマ娘がちょっかいをかけてきた弥生賞の1回のみ。

 それ以外は完璧なスタートダッシュでハナを走り続けているのだから、たぶんボクは彼女に師事すべきだったんだけど、でもできないよね。

 だってボクらはライバルだ。

 武器はひとつでも多く作って、多く重ねて、本番でつまびらかにすることこそが、ある種のライバルへの誠実さなのかも。

 隠してるわけではないけど、そう簡単に盗める技術でも無い。盗めてたらボクはもっと早い段階で彼女の背中に張り付いてるからね。

 

 ちらりと周辺を見る。

 いつもは最後方からレースを進めるボクは出だしから中団。

 仕方ない。ハイペースとは言え、彼女以外のすべてがスロー。

 ボクがいつものテンポでゲートを出ても中団に入るくらいには、他のウマ娘の脚がサンジェニュインに適応できていないんだ。

 これが、例えばクラシックでも一緒だったアドマイヤジャパンだったら話が違う。

 あの娘も逃げ先行の脚質で、サンジェニュイン並の瞬発力を出せる。ゲートでまごつくボクを置いて番手でレースを進めるだろう。

 ボクがそれに追いつくまでにはかなり距離を使うことになるはずだ。何よりあの娘、スタミナもあるから厄介で、菊花賞なんてヒヤっとしたものな。

 けど今一緒に走っている彼女たちは違う。完全に初めてサンジェニュインのペースにハマったと、そして張り付くだけの脚力と根性がないのだと、言外に訴えていた。

 

 ……いつものボクだったらきっと気にもとめなかった。

 悲しいことだし、言われたらボクも傷ついて辛いけど、そういった誹謗中傷はなるべく聞き流しているボクが、今回は我慢できなかった訳。

 だって大したことないって言うんだ。

 ボクのことは横に置いて良いよ。でも君まで、サンジェニュインまで大したことないって言うんだ。

 

 走ったこともないくせに。

 サンジェニュインと走って、競り合って、傷つけ合ったこともないくせに。

 見たことないんだろう、ボクに負けた彼女が大粒の涙を流しながらボクを睨み付けた場面も。

 激しい怒りを前面に押し出した覇気でボクの前に立った場面も。

 ボクをズタボロに傷つけるほど鮮やかに勝った彼女が、勝利とは他者を傷つけることだと、理解した場面を。

 屍を作ることが勝者の義務だと受け入れ、互いを刺し合いながら駆けてきたんだ、ボクらは。

 何が分かると言うんだ、ボクらの何が、君の何を持ってして理解できるというんだ。

 カッとなった、つまり頭に血が上ったのは確かだけど、あの時のボクは本当に冷静じゃなくて、拳が震えるほど嫌だった。

 自分を貶されたのも耐え難かったけど、サンジェニュインが大したことないって言うなら、それこそボクはなんだっていうんだろう。

 競い合って高め合って強くなってきた、ボクの勝利はサンジェニュインの価値を高め、サンジェニュインの勝利はいつだってボクの価値を高めた。

 そうやってここまで来た、その道程を、その思い出を、宝物のように抱きかかえてるボクを、まるごと貶された。

 この悲しみを理解できるのは世界でただ1人、サンジェニュインだけだと、ボクは眼前を見る。白い背中が眩しい。

 サンジェニュインは遙か遠くで、懸命に脚を回していた。その姿は、初めて会ったときのことを、ボクに思い出させた。

 

 

 サンジェニュインに初めて会ったのは、トレセン学園に入学してからのことだった。

 同期に白毛のウマ娘がいる、という話はずいぶん前から知っていた。

 幼馴染の1人であるカネヒキリが、幼い頃から自慢げに話してくれた美しい娘。

 ボクらが育った街からそう遠くないところに住んでいたけど、保育所で出会ったというカネヒキリを除いて、彼女に会った幼馴染は他にいなかった。

 当時はヴァーミリアンやラインクラフト、シーザリオもそこまで彼女に興味を持ってなかったと思うけど、どうしてかボクだけは、早くその()に会いたいと思っていた。

 魂はごまかせないのかな? きっと、ずっと、最初から分かってたんだね。

 ボクらは出会うべくして出会う、そういう2人だったんだ、と。

 

「……オレ、サンジェニュイン」

 

 カネヒキリの服の裾を掴んだまま立つ彼女はキラキラとしていた。

 ゆるくウエーブの掛かった純白の髪はセミロングくらいで、前髪が軽く目元に掛かっていた。

 ぷっくりとした真っ赤な唇は小さく、髪と同色の睫に彩られた瞳はまるで空の色を映したようで、なるほど、美しい。

 

 いやちょっと待って、これは、美しすぎるんじゃないか。

 

 カネヒキリ、話が違うよ、美しいで済ませちゃダメじゃないかコレは、なんというか、とにかくダメだよ。

 ボク聞いてないよ、美しいっていうか、美しいが過ぎるんだよ、ヒトの範疇に収まらないタイプの美貌っていうのはきっとこういうのだ。

 美のあまり混乱に落ちたボクを尻目に、シーザリオとラインクラフトはするっと仲良くなっていた。

 どういうことだ、ボクだけなのかこんなことになってるのは、いないのか味方は── 居た、ヴァーミリアン。

 おおボクの心の友よ、やっぱり君だけだねボクの理解者は。脚血みどろにして走ってたボクを「門限なんだが?」の一言で抱えて連れ帰った猛者の貫禄だ。

 2人の間に横たわる友情をしっかり確かめ合ってから、ボクはそっと視線を逸らした。

 このままじゃ思考が真っ白になってしまう。サンジェニュインだけにね。ふふ。

 

 なんとか自分を落ち着けようとしたものの、一度見てしまったから手遅れだと言わんばかりに頭が真っ白になってしまった。

 おかげでいくら呼びかけられても上手く返事もできず、早々に悪印象を持たれる始末。

 その後も彼女を前にするとフリーズしてしまうせいで上手く会話もできず、あれよあれよという間にデビューした。

 ボクらは脚質とバ場以外の適性はドンピシャだったらしく、メイクデビューで早々に鉢合わせた。

 結果はボクが1着、彼女が2着。

 その時初めて浴びた純粋なまでの『てめぇ次は絶対ぶっ潰すからな次勝つのはオレだオレ』という好意を受け取った。

 ボクが好意って言ったら好意なんだよ。

 

 それからいろんなレースを一緒に走った。ボクが勝ったり、君が勝ったり、行ったり来たり。

 それが楽しかった。ただ駆けるだけなのに。いろんな娘と駆けて駆けて、でもやっぱり最後2ハロンは君との削り合いになる、あの瞬間がたまらなく楽しかった。

 負けたらひどく悲しかった。どうして負けたんだろう、どうして追いつかなかったんだろう、考えるだけで辛かったけど、そうして知った痛みが明日への活力になった。

 気づけば遠くまで走っていて、ボクらは一緒に走りを止めた。

 サンジェニュインは辞める理由を「なんとなく、今かなって」なんて言ってたけど、ボクもそうだよ。

 君と走った日々を思い返しながら、「なんとなく、今なんだろうな」って思ったんだ。

 

 ボクらってたまに怖いくらい似てるよ。

 意外と長い時間一緒だから似たのかな。……いや、たぶん最初から似てたよ。

 少なくとも負けず嫌いなところは、きっと生まれつきなんだ。こればっかりは君も頷くことになるだろうね。

 

 ああ、こうしてレースの最中も君を思う。想う。

 想わなかった日はないね、だって君はいつもボクの前に居たから。

 どんなに後ろからレースを始めたってわかるんだ。この壁の向こう側に君がいるんだってこと。

 だから前へ行こうと思う。もっと早く脚を回して、身体より心が前へ行きたがる理由は君だった。

 君はボクを前にするとしかめっ面になるね。だからサンジェニュインはディープインパクトが嫌い、なんて噂が立つ。

 けどボク知ってるよ。君はボクのこと、実は嫌いじゃないんだって。

 だって君、好きか、無関心かの二択なんだもの。見くびらないでね、ボクは結構視野が広いからわかる。

 ボクのこと嫌いじゃないけど苦手なのは知ってる。しかめっ面になるのは対応に困ってるからだって。

 フリーズするボクもだいぶ悪いんだろうけど、でも、今はもうわかるよね、ボクはようやく君を見ても動揺しなくなって ── ようやく君と、走る以外のコミュニケーションを探そうとしてるんだ、ってこと。

 

 ボク嬉しかったんだよ。

 あの日、そう二日前、君が立ち止まって振り返ったのが。

 罵詈雑言なんて耳にすら入らない君が口を開いた理由の中に、ボクがいた。

 大したことないって、それに怒っているのがボクだけじゃなくて、君もなんだってことが、どんなに嬉しいかわかるかな。

 一方通行じゃなかったんだね、ボク。ボクら、やっぱり似てるなあ。

 ぶわっと嬉しくなって、今日が誕生日で、誕生日会が潰れちゃったって、それがただ嬉しかった。

 君はボクを選んだんだ。その記憶に罵詈雑言残してでも、ボクが大したことないって言われたのを嫌がったその事実が、ボクを今、こんなにも昂ぶらせる。

 

 それと同時に思い出したんだ。

 いつのことだったか、正確な日付は忘れちゃったけど、君、前にボクに言ったよね。

 

『……お前は運命だなんだっていうけどさぁ、運命なんかないよ』

 

 ここまで互いに選んできたすべて。

 それが積み重なって ── ただ必然だっただけ、と。

 

『それにお前、オレと出会わなかったってなにひとつ変わらねえよ。断言してもいいね』

 

 初めてボクに向かって、ボクのためだけに笑った君のそれは、どこか悪戯染みていたけど。

 その表情にこそ、ボクは君の本性ってものに触れた気がするんだ。

 そしてその言葉があながち間違いじゃないんだろうなってことも ── けどひとつ、訂正させてよ。

 

()()()()()、ってことはなかったよ……!」

 

 脚に力を込めて駆け上がる。もうボクの前は君だけだ。君だけだから。

 

 ねえ気づいてる?

 君がいたからボクはここにいる。ここに、ここまで、こうして走っている。

 でもそうだな、君の言う通り君がいなくても走っただろうな。何も考えず、空が暮れても、脚が血みどろになっても駆けた子供の頃みたいに。

 けどやっぱり、君がいたから、とボクは思うんだよ。君がいたから。君が、君と走ったから、今この瞬間のボクがいるんだ、と。

 君とハナ差で終わったメイクデビューが、君が目の前で崩れた弥生賞が、君と同着になった皐月賞が、君を退けたダービーが、君に届かなかった菊花賞が、それ以降の全てのレース、君と走った道程、君が振り向かなかったこれまで、君が振り向いてくれたラストランまで。

 君がいなくったってボクは満足して走れたとは、うん、ちょっとは思う。君と出会ったことで変わったものはきっと少ない。

 けどね、その数ない「変化」は、君と出会わなかったらきっと得られなかったよ。

 君が隣じゃなくてもきっと幸せな人生を送れたボクを、さらに幸せにしてくれたんだって、君はそっぽ向いて「そんなことなくね?」なんて言うんだろうけど。

 長く言葉を使わなかったせいで、ボクら、もう言葉じゃ通じないから。

 だからねボクら、こうやって走って伝え合うんだろうね。

 

 じゃあ、聞いてね。ラスト2ハロンで、全部。

 

「ッすべてを抜き去って前へ! 前へ!! これが、ッボクの走りだ ── !!」

「あらゆるレースで! あらゆる場所で! 頂点に立つのはこのオレ ── サンジェニュインだッ!」

 

 スパートに入る。鼓動が高鳴る。

 全身に力が入るような、逆に抜けていくような、不思議な感覚── これがゾーン、これがボクらの空間。

 頭のてっぺんから足先まで抜ける痺れが、ボクらの頭を沸騰寸前で止めてくれる。

 代わりに世界が広がっていくんだ。2人で駆けていく眼前がグッと開いて、ゴールが見えてくる。

 君か、ボクか。先に踏み込んだたった1人だけが勝者になる、この最高のかけっこが、どうか、永遠であれ。

 

 

 

 

 

 レースはサンジェニュインとディープインパクトのワンツーフィニッシュで終わった。

 外野でしかない、それもお呼ばれしていないアグネスデジタルを唯一の観客とした模擬レースは、これにて終わりを告げた。

 けど本当はまだ終わってないんだろうなあ。同人作家、いや競技者の勘がそう告げていた、と後にアグネスデジタルは語った。トレーナーは頭を抱えた。

 ゴール付近では数人のウマ娘が大地に膝を突け、肩で荒く息をしていた。

 

「はいお疲れ様でした。ラストスパートでおわかりの通り、オレもディープインパクトもゾーンに入るほど本気のレースだ。……これが、オレたちの、走りだ」

 

 刷り込むように一言一句、はっきりと言われたウマ娘たちから返事はない。

 ただその俯いた頭だけが答えだった。

 あれほど威勢よく突っかかった結果が15バ身近い結末なら、確かに見せる顔もないのかも知れない。

 アグネスデジタルの担当トレーナーはひっそりと頷いた。

 

「見当違いな怒りをぶち込まれても困るし、罵詈雑言吐かれたらこっちだけ嫌な気分になんだよ。正直バチクソにキレました」

 

 低く唸るような声色に数人の肩が跳ねるのを、サンジェニュインは努めて優しい声で言った。

 

「でもまあ、挑んできただけマシというか、近頃はオレらに模擬レースを挑んでくる娘も減ったんでね、まだ正攻法で感動まである」

 

 隣のディープインパクトが「果たしてそうだろうか?」という表情を浮かべていたが、サンジェニュインは胸の前で腕を組み、ウマ娘たちを見下ろしたまま頷いた。

 まったく何をしても絵になるウマ娘ちゃん様でぇ、とアグネスデジタルは感動に打ち震えていたが、トレーナーは冷や汗を隠しきれない。

 だってアレ、感動してるって顔じゃねーじゃんアゼルバイジャンコチュジャン。

 逆光を浴びて輪郭が不思議な光で縁取られたサンジェニュインが胸を張った。

 

「いつだって挑んでくれて構わない。……こう言うとちょっとしつれ〜か? やっぱウエメセ? でもマ、嫌いじゃないから、走るのは。ただ手段を間違えないでくれよ、何回も言ってっけどオレらだって聖母じゃねえんだ。見当違いの罵倒くらったらマジでイラっとするし、オレのことをこいつ叩く棒みたいに扱われるのも腹立つわけ。オレが嫌ならそう言えよ、口ついてんだから。別に万人に好かれようなんざ思ってないしお前らの考えを変えようなんて気はない。オレのことはいくら言われてもいいんだわ選り好み万歳だぜ、オレもそうしてんだから。けど ──」

 

 一呼吸おいて、サンジェニュインが微笑む。

 

「オレが強くあるために尽力した全ての存在のために、オレは、オレの走りが否定されたら徹底的に抗うぜ」

 

 それはまさに、王者の風格だった。

 

 

 

 

 気づけば空は暮れていた。

 まったくた大変な1日だったぜ、とサンジェニュインが蹴伸びをする。

 まだ肌寒い3月の終わり、しっかり裏起毛を起用した肌着に身を包み、体操服を高級ブランドのごとく着こなすサンジェニュインの横で、ディープインパクトも疲れたような、眠たいような声で唸った。

 

「マジ今更だけど、お前誕生日がこれで潰れてよかったんかよ」

 

 いやオレは全然良いんだけどね? のような雰囲気を滲ませたくせに、この娘、実は誰よりも潰れたことを気にしているのだ。

 それを察しているディープインパクトが何度も頷いて口を開いた。

 

「君と走れたからいいんだ」

「ば ──……っはぁ……いや、いいや、突っ込んだらもっと拗れそうだし……」

「ボクが何か?」

「べ、別に? 最近お喋りだねって思っただけ! もう数年以上一緒にいるのに、今日だけで数年分の言葉数聞いた気分になるわ。お前のあの徹底した無口はどこ行ったんだよ、むしろ何があったんだよ」

「ああ、それは……実は今になってようやく余裕ができてきたんだ」

「今になって!?!?」

 

 面食らったと同時に溢れ出す疑問に、サンジェニュインはどでかい声で突っ込んでしまった。

 それにクスクスと笑いながらディープインパクトが頷く。

 

「それにあの頃じゃボクら、きっと言葉じゃ何も通じなかったと思うよ」

「……んふ、ふ、そりゃ言えてるな」

 

 ディープインパクトの前で珍しく穏やかな笑顔を見せたサンジェニュインに、まだこっそり付いてきていたアグネスデジタルが流れ弾を食らった。

 心配するな致命傷で済んでる。息はまだあるぞ! ディープインパクトも実は瀕死の重体だがなんとか堪えてる!

 

「オレも今更なこと言うけどさ、なんだかんだで長いな、お前とはさ」

 

 小声で呟かれたその言葉を聞いたのはディープインパクトだけだった。

 アグネスデジタルには聞こえない音量で、けど明確に遠くを見るその憂うような横顔でキル数を増やすサンジェニュインに並ぶように、ディープインパクトも遠くを見た。

 

「……ねえ、おかしなことを言うけれど」

「あ? 安心しなお前はいつもおかしいぜ」

「酷いな、君の前以外じゃまともって評判なんだよボクも」

「自覚あったんかお前!?!?」

「なんでかそうなってしまうんだよ、前から ── そう、ずっと前から、きっとね」

 

 最後の言葉は風に掻き消され、トレーナーはもちろん、本当の本当にアグネスデジタルの耳には届かなかった。

 2人に背を向けているせいでディープインパクトの表情も……どこか泣きそうなその表情も見えない。

 ただ唯一、サンジェニュインだけが目を見開いて固まっていた。

 数分にも似た、けど一瞬の沈黙を先に破ったのは、唇を震わせたサンジェニュインだった。

 

「お前、覚えてんのか」

 

 疑問符はなかった。たぶんどこかで確信していた。

 けれどディープインパクトは意外にも首を振った。横に。

 

「何も覚えてない。何があったか知らない。何もなかったような気もするし、何か在って欲しいような気もする」

 

 けどこれだけはわかる。

 

「          」

 

 風に預けた言葉は、ディープインパクトの望み通り、サンジェニュインにだけ届いた。

 

 

 

 

 

 ぼたり。

 頬をつたうには重い音で、振り向かせるには小さな音で、丸い目から涙が落ちた。

 

『ほら、ボクらは最期まで隣り合う』

 

 リフレインする言葉が背中を押す。

 馬は敷かれた寝藁に横たわったまま、とても嬉しそうに笑って、そして、とても静かに眠った。

 

 

 

 

 

「……これ、やるよ」

 

 ディープインパクトがあずけた言葉の返事もせずに、サンジェニュインは唐突にそう言って右ポケットから何かを取り出した。

 そしてなんともないような仕草でディープインパクトの手を取る。そのサンジェニュインの手が燃えるように熱くて、ディープインパクトも釣られたように体温を上げた。

 

 ぽん、と軽かったはずだ。音だけは。

 手のひらに載せられた小さな箱は、そのくせ、重かった。

 どうしてかな。どうしてこんなに重いのかな。

 同年代よりも小柄な分、それに倣うように小さな手のひら。

 すっぽり収まる箱はなるほど、確かに小箱なのに。

 どうしてこんなに、どうして、どうして。

 こんなに泣きたくなるほど重いのかな、熱いのかな。

 

「……これを、ボクに?」

 

 ン、と素っ気ない相槌ひとつで胸が熱くなる。

 涙脆いつもりはなかったけれど、目頭がカッと熱くなって、今にも涙が溢れ出しそうだと思った。

 目の前のサンジェニュインはいつも通りに見える。でもボク知ってるんだよ。耳のふちが赤くなってるの、知ってるから。

 

 ぼた、と重い涙が落ちた。

 昔もこんな涙を流した気がする。どこでだろう。

 丸くて、熱くて、なんだか塩辛くて。

 ただとても、幸せだった。







2人はこのあと、チーム・メテオのみんなが夕飯にズラして開いてくれたお誕生日会に参加し、ケーキを食べながら楽しく過ごすし、ディープさんがスキンシップもう平気やろと思って張りついたら普通に泣かれるところまでがワンセットです
めちゃくちゃディープインパクトさんに夢を見てる
好きだから……



以下最近のウマ娘の感想なんですけどすみません

ラインクラフトさん、来ませんでした。どう言うことでしょうか。


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シークレット

お誕生日おめでとう、シーザリオちゃん!!

※スペシャルウィークさん含め一部スピカが出ます
※このシーザリオちゃんはあくまでも美貌馬のシーザリオちゃんで正史の方ではありません
※本編終了後の話です


 出会ってから初めての誕生日でした。

 

 「やっぱりシーザリオちゃんはかっけえよ。オレ、ずっとそう思ってんだ」

 

 夕焼けに沈む空を見つめながらそう言った、彼女の横顔とその言葉を、私はいまでも忘れられないのです。

 一日の終わりを迎えるにはあまりにも似つかわしくない、すがすがしいまでの青空に似た、とびきり美しい記憶だったから。

 

 

 

 

 

 

 サンちゃんさんには癖がある。

 

「い、いちおうオレも反省しててぇ……もにょもにょ……だからこれはそのぉ……」

 

 言葉を探している時に、唇を軽く食む癖が。

 

「はっきりどうぞ」

「首からこれ提げるのだけはヤだァ……ひぃん──……!!」

 

 検索に難航するとムニムニ動きが活発になり、見つかると今度はむにぃっと口角が上がる。

 ご機嫌な時は口の両端があからさまで、逆に不機嫌な時の方が分かりづらい。

 そも、人前で負の側面をほとんど見せない(ひと)だから、同じチームでもサンちゃんさんの不機嫌な姿を見たことがない方もいるでしょう。

 プイちゃんさんたちとの戯れのような喧嘩で不貞腐れることはあっても、それだって格好(ポーズ)にすぎない。

 本当に嫌いなわけじゃない。嫌悪でなく、下地に確かな好意を敷いて行われる、あれはただの喧嘩()()()

 ふたりのじゃれ合いを知らない第三者から見れば、なるほど、ソリが合わず嫌い合うふたりに見えるのかも知れないけれど。

 サンちゃんさんにとっての怒りとは走れないことに直結し、あるいは自身を愛するひとびとの献身を無為のものとされることであり。

 決して本人への罵倒だけで湧き上がるほど軽いものでは無いのです。

 彼女の地雷原で勢いよくソーラン節を踊っても、そのありあまるほどの寛大さと、自身の記憶に罵詈雑言を残したくない、というこだわりを盾にすべて受け流される。

 本気で怒ったことなど数えるほどしかないのでしょう。そしてそれを私たちには見せない。

 だから私たち、あの娘の本当の不機嫌というものをほとんど知らずに来たのです。

 

 けれど最近、面白い話を耳にしました。

 それはある日の廊下での出来事。そう、サンちゃんさんとプイちゃんさんが連れ添って歩いていた時のことだそうです。

 ふたりきりで居ることすら珍しいので、多数の目撃者がいてその話の信憑性が上がりました。

 もしひとり、ふたりの噂話であったなら受け流していたでしょうけれど。片手で収まらない数のウマ娘が証言するのですから、在った話なのでしょう。

 

 曰く、サンちゃんさんが相手を口撃した。

 

 手は出していません。もちろん脚だって。

 暴力行為は御法度。誰よりルールを遵守して現役を全うしたサンちゃんさんは、それをいつだって徹底している。

 だから今回用いられたのももちろんその両手足ではなく、桜色に塗れたそのやわい唇でした。

 

 誓って、一方的な口撃ではありません。

 あの娘はぞっとするほど他者相手に動じないから、それは当然のように相手からの口撃に対する正当防衛。

 しかし、とびっきりのオーバーキルでした。

 普段ひとまえで静かな分、ここぞと言うときに放たれるサンちゃんさんの言葉は、あまりにも強く他者を抉ってしまう。

 しかもそれらは考え抜かれて選ばれた言葉でなく、サンちゃんさんが心底想い浮かべたものを、道徳フィルターを通さず放った、純粋なまでのナイフ。

 本人にも微かばかりとはいえ自覚があるから、いつもなら無反応で自身を律し、最後には記憶にすら残さない。

 けどその時はできなかった。

 向かう口撃の対象者が自分ではなく、自分と覇を競い争い、時には傷つけ合って走ってきた、プイちゃんさんだったから。

 

 だとしても、引退したサンちゃんさんたちは気軽にレースへ参加できないはずでした。

 罵詈雑言を浴びせたという相手も、きっとそれを見越しての口撃だったのでしょう。どうせ反論されない、どうせ何もされない。

 けれど彼女たちは見誤った。

 サンジェニュインというウマ娘がただで引き下がるほど冷徹でなく、また、彼女が未だ生徒会役員の職を得ていたことを、そのかすかばかりしかない脳から取りこぼしてしまったのです。

 

 生徒会役員が持つ権限をフル乱用しての模擬レース開催。

 ここで引退しなければ末は生徒会長と目されていたサンちゃんさんとプイちゃんさん、どちらがカードを切ったのか、それとも共謀したのか。

 模擬レース場を管理する教官もビッグネームふたりが脚並を揃えたとなれば、きっと疑問も持たず使用許可を出すでしょう。

 そして学園が休養日となる月曜日を使って催されたそのレースは、会場外の建物から目撃した生徒たちにより、瞬く間に学園内へと広がりました。

 

 まさかそんなことが起きてるとは知らず、当日の月曜日はプイちゃんさんの誕生日ということもあってお誕生日会を開催。

 みんなでケーキ食べてチキン食べてプレゼントを贈っての賑やかなパーティーから明けた翌日。

 登校した私たちを待ち受けていたのは、青筋浮かべて怒りのオーラを纏う、エアグルーヴ副会長でした。

 サンちゃんさん、プイちゃんさんふたりは揃って連行され、生徒会長による有り難い叱責を受けたと言います。

 べそべそ泣きながら、会長に相談すべきだったよなやっぱ、と項垂れるサンちゃんさんは確かに反省はしているようです。

 けどその内容は『相談しなかったことへの反省』であって、レースをしたことそのものではない。

 つまり今後も似たようなことがあればいつだって自分が受けて立つぞ、という心持ちには一切の変化がない、ということ。

 サンちゃんらしいと言えばらしいのですが、そうは問屋が、もといクラちゃんさん ── ラインクラフトが許しませんでした。

 

 そうして行われたのが冒頭、反省首掛けボードの刑。

 

 過去にもカネちゃんさんに無断添い寝した際、躊躇いなく処されたものですが、サンちゃんさんはこの首掛けボードをひどく苦手にしていました。

 しかし、喉元過ぎれば熱さ忘れる、と申しましょう。

 すっかり忘れてしまった今だからこそ効く刑、それが反省首掛けボードの刑。

 

「それ今日一日そのまんまっスからね」

「そんな……お慈悲を……」

「そこに無ければないっス」

「ダ⚫︎ソーかよ!?!?」

 

 せめてディープインパクトも同じ刑に処すべきだぜオレだけこれは理不尽だ、と憤るサンちゃんさん。

 まあ、大丈夫ですよ、ご安心なさって。

 

「プイちゃんさんの方は今日一日走るのを禁止されてますよ〜」

「見張としてカネヒキリちゃんもつけてるっス。ヴァーミリアンちゃんだと何だかんだで走らせちゃうっスからね」

「だから朝からカネヒキリくん居ないのかよ〜〜!! 呆れられて見捨てられたかと思ったじゃんか!!」

「天地がひっくり返ってもそれはないでしょ。それに、この場にカネヒキリちゃんいたらサンジェニュインちゃん庇っちゃうし」

 

『そこまでにしてやってくれ。サンジェニュインも悪気があったわけじゃない。むしろ悪いのは先に攻撃した方では? こんなに可愛いしサンジェニュインは無罪』

 

 そんなことを言ってきそうな気配をクラちゃん共々受信しました。

 言います。カネちゃんさんなら確実に言う、そんな確信が私たちの間にはあるのです。

 プイちゃんさんにつけて正解ですね。

 

「ヒ〜ンヒンヒンヒン!!!!」

「セミ?」

「泣いてんだよなあ!!!!」

「音は一緒っスね。はいじゃあ早く罰則の中庭掃除してきて」

「これが罰じゃねえのかよ!?!?」

 

 ヒヒーン、と謎の鳴き声を上げながらサンちゃんさんが中庭に向うと、クラちゃんさんがため息をひとつ。

 ……ふふ、この方も素直じゃない。

 本当は叱りたいわけじゃないんです。

 わかっていますもの、あの方は仲間(プイちゃんさん)への攻撃を許せなかっただけ。仲間を守ろうとしただけ。

 ただ、何事にも限度があって、そしてこれがお約束ですから。

 学園のルール違反を簡単に許してはサンちゃんさんの立場も聞こえが良くない。

 

「みんなサンジェニュインちゃんに甘いんスよ。生徒会長もお説教ひとつで許しちゃうんスから。ダメっス全然。もっと厳しいくらいがちょうどいいんスよ、絶対」

 

 ええ、そうですね、まったくその通り。

 あの方はだって、これからはひとり。独りで、なんでもしなくっちゃいけなくなるから。

 練習しなくては。誰がいなくても正しく生きられるように。

 あなたが鬼役を買って出ようなんて、本当に、あら、うふふ。

 

「……なんスかシーザリオちゃん。言っておくっスけど、おんなじチームから出たやつがぽんこつなのが嫌であって」

 

 わかってますよ、もちろん、ええ、もちろんわかっています。

 

「終わったらアイスココアを用意してあげましょうね」

「……りんごジュースにするっスよ。酸味ちょっとあるやつ」

「あら、それじゃあおやつはどうしましょう」

「カネヒキリちゃんもそれまでにはディープインパクトちゃん引きずって帰ってくるっス。アップルパイ以外で頼んでるんで」

 

 まあ、だからその飲み物。

 

「出されたら喜びますね」

「喉渇いてたら何でも嬉しいタイプっスよ、サンジェニュインちゃんは」

 

 あら、あらあら。

 耳を真っ赤にして言われても、ねえ、本当に。

 

 本当に面白い方々。

 私は堪えきれない笑いを春風に流して、流れゆく雲を、クラちゃんさんと見送った。

 

 

 

 私がサンちゃんさんに出会ったのはトレセン学園に入った後。

 けれどその前から彼女のことは知っていました。

 

 この世のあらゆる白さをかき集めた御髪をしていて。

 キラキラと光る双眼は青色で、唇は血色の良い桜色だということ。

 いつも落ち着いた佇まいで幼馴染を見るカネちゃんさんが、頬を染めて嬉しそうに語っていた日々を覚えているのです。

 その頃はクラちゃんさんも、ミリアンちゃんさんもプイちゃんさんも、みんな、今ほど彼女に興味を持っていなかったと思います。

 たぶん、お話の中だけで、誰も実物を見たことがなかったから、かもしれません。

 私も、カネちゃんさんの話に相槌を打つことはあっても、熱烈に会いたかったかと言われると頷けないでしょう。

 でも、漠然とした、そう、頭の中にうすらぼんやりと絵を描いていました。

 

 背中まで伸びた純白の御髪を持った可憐な少女のシルエット。

 見たこともないはずの彼女に既視感を持ったのは、きっと、そう思うほどカネちゃんさんが語ってくれたからでしょうか。

 実際、初対面の時も「あら、どこかでお会いしたかしら」と思ったものです。

 こんなに美しい方を見て忘れるなどないでしょうから、会ったことなどなかったのだけれど。

 そう、言うなれば、理想のお姫様のような、そんな方だなと思ったことを覚えています。

 

 ただそれ以上に強烈だったのは、サンちゃんさんの話し方だったかもしれません。

 深窓の令嬢を思わせる出で立ちだからすっかり思い込んでいた、といえばその通りなのですが。

 たとえば今の私や、それこそメジロ家の方々のような口調を想像していたのですが、実際のサンちゃんさんはそれはそれは勇ましい話し口調で現われたのです。

 一人称も『オレ』と雄々しく、名の通り太陽がひとの形を取ったような明快な性格。

 喜怒哀楽がこれほどまでにくっきりとした方は早々に居ないでしょう。

 かと言って無神経すぎない、ギリギリのバランスをさらりと渡っていくような成熟した空気すら纏うのだから、つかみ所がない一面もあります。

 しかしどの一面を切り取ったとしても、確かなことがひとつだけあるのです。

 

 それは、サンちゃんさんが私たちを特別な友情で深く包み込んでいる、という事実です。

 

 時にはちいさな子供の飽くなき眼差しのように。

 時には老齢の師が弟子を見るように。

 そこには見間違うことなどありえない、愛情がありました。

 

 だから彼女の微笑みを素直に信じることができる。

 会って間もない彼女の涙を拭いたくなって、抱きしめたくなる。

 世話焼きなつもりは私にも、クラちゃんさんたちにだってないのです。

 けどこうして彼女を守り支えようと強く思うのは、この関係性が一方通行でないことを、彼女が言動のすべてで教えてくれるから。

 

 弥生賞で崩れ落ち、一時は死の淵を彷徨い、それでも空を見上げ走る彼女を、私たちも深く愛しているのですよ。

 ねえ、だから、あなたが不思議に思う言葉の答えは、これでいいのでしょうか。

 

「どうでしょう、スペシャルウィークさん?」

 

 私の問いかけに、懐かしい匂いのする眼前の彼女がちいさく、本当にちいさく瞬いた。

 

 

 

 

 

 どこかで再戦できるものだと思っていた。

 漠然と、きっと、いつか、また。

 でも叶わなかった。

 サンジェニュインさんはターフを降りた。

 強くあるがまま、決して背中を丸めることなく、力強い目で。

 

 URAファイナルズを現地で観戦し、サンジェニュインさんと、そのライバルであったディープインパクトさんの名前を呼ぶ群衆に紛れながら泣いた。

 悲しかったからじゃない。寂しかったからじゃない。

 けど ── 悔しかった。

 今年いちばんの優駿たちが、これを最後と仰ぐ優駿たちが揃ったそのレースに自分がいないこと。

 ワールドロイヤルターフで届かなかった瞬間がリフレインして、また目の前が滲む。

 そんな私を見ながら、同じように泣いていたスズカさんが言った。

 

「私は、やっぱり走り続けるわ」

 

 そうやって、サンジェニュインがいないターフも美しく素晴らしいことを、今度は外から見るあの子に教えるの。

 

 スズカさんの決意を帯びた眼差しに、私の胸が熱くなる。

 知っていた。

 あなたがそう言うのを、()()()()()……!!

 

「私も……サンジェニュインさんに、言いましたから」

 

 ” 今日から、私の夢は── 世界一のウマ娘になることです……ッ!! ”

 

 敗北の涙を堪えながら叫んだ。

 

 その跡を継ぎたいんじゃない。

 その足跡をなぞりたいんじゃない。

 ただあなたの見た世界を通して、あなたの背中を追い越したいと強く願う。

 ウマ娘としての競走本能が私に言っているようだ。

 目の前に背中があるのならば追い越せ、と。

 

 たった一度だけ振り返ったサンジェニュインさんの、あの微笑みが脳裏に浮かぶ。

 どこにでもいる、と言い表すにはあまりにも壮絶な美貌が、きっとこの痺れの原因だ。

 同時に火でもあると思う。心が燃える理由を、その闘志にくべられた、どこまでも熱いもの。

 彼女ほど美しいウマ娘にはこれから会えない気がするけど、あの微笑みは、そう、どこにでもあったんだよね、きっと。

 私も、スズカさんも、これまで競い合ってきたエルちゃんたちだって浮かべてきた、あれは勝利の喜びを高らかに謳った笑顔だったんだ。

 

 気づいてから私、同じ笑顔を見せたいと思った。

 

『オレの勝ち!』

 

 そう笑ったサンジェニュインさんと同じく、勝利の喜びに満ちた声と笑顔を。

 世界の中心で ──……!

 

 今日のレースを持って、サンジェニュインさんと公式で走る機会はなくなっちゃったけど、模擬レースでなら走れるってキングちゃんが教えてくれたから、それが今の目標。

 どうしてキングちゃんが知ってるって、それはキングちゃんがサンジェニュインさんと模擬レースをしたから。

 ウララちゃんとサンジェニュインさんが知り合いだったみたいで、その繋がりでキングちゃんはサンジェニュインさんと模擬レースの約束を取り付けたんだって。

 

『気概のあるウマ娘は大歓迎、と言っていたわ。私も、もう1回チャレンジするつもりよ』

 

 キングちゃんの目もキラキラとしていた。

 私も負けられない。リベンジなんてする機会はもう模擬レースしかないから、絶対に挑戦してみせる。

 それにいつまでトレセン学園にいるかはわからない。

 できるだけ早く調整して、できるだけ早く約束を取り付けなきゃ!

 

 そして。

 

「私、スズカさんにだって負けませんっ!」

 

 そう言うと、スズカさんは嬉しそうに笑って、私と同じ顔で頷いた。

 

 

 それからしばらく。トレセン学園はいつも通り賑やかなまま。

 ターフを降り、競走者ではなくなったサンジェニュインさんは、今もその賑やかさの中心だった。

 どうしてって、もちろん太陽があっという間に陰ることなんか無い! って意味もあるし、ただ今はそれ以上に、サンジェニュインさんの変わり様が注目を浴びていた。

 

 これまでのサンジェニュインさんと言えば、絶対不可侵、振り向くこと無き王者! という印象だった。

 栗色の扇をバッと広げて口元を覆う姿はすごく綺麗だったし、所作のひとつひとつが『王だ……!』と思わせるような、そんなひと。

 挨拶だって『ごきげんよう』だったし、囁くような、透明感たっぷりの声色も相まって薄幸美人とも思えた。

 けど引退してからのサンジェニュインさんはまるで真逆だ。

 いや、美しさはいつも通りなんだよ? ただ雰囲気がまるで違う。

 

 近寄りがたさを感じる無感動な表情はコロコロと変わるようになった。

 囁くような声はあたりにスパッと響くような力強く元気な声色に。

 前までは頻繁に学園内を出歩いていなかったと聞いていたけど、今は目撃証言多数。

 学園の掲示板に『今日のサンジェニュイン様』として隠し撮り写真が貼られる始末。

 ちなみにこの隠し撮り写真はのちにチーム・メテオのカネヒキリさんが撤去し、張り出ししたウマ娘は市中引き回しの刑に処された、とゴールドシップさんが言っていた。

 刑罰があまりにも江戸時代すぎてびっくりしたけど、隠し撮りは本当によくないと思う。

 写真は可愛かったけど……えっテイオーさんも写真を!? ダメですよ隠し撮りは……さすがに……!!

 

 コホン。

 

「けどね、スペちゃん。あれが、私の知ってるサンジェニュインなのよ」

 

 変わったサンジェニュインさんに盛り上がっていた私たちに、スズカさんは苦笑いを浮かべて言った。

 

「前に話したでしょう。サンジェニュインがデビューする前に模擬レースをしたって」

 

 ロイヤルターフ前に聞いた話だ。

 その時のサンジェニュインさんはまさに天真爛漫。

 真夏の太陽を思わせる活発さで走っていたこと。

 ある日から変わってしまったとスズカさんは言っていたけど、だとしたら今のサンジェニュインさんの方が素ということだ。

 

「はつらつとしていたわ。男っぽい口調で、どこか子供染みてもいた。……今のあの子を見て思ったの。ああ、私の知ってるサンジェニュインだ、って」

 

 冷酷無比などと呼ばれて良い()ではなかった。

 変わったなんて思いたくなかった。あの情熱が喪われたなんて、と。

 だから嬉しい。嬉しくて仕方が無いと、スズカさんが笑う。

 

「何ひとつ変わってなかったのね。ただ、隠すのが上手くなっただけで、ずっと走るのが好きなままだったんだわ」

 

 私にはスズカさんの感動がまだ理解できない。

 だって私にとってのサンジェニュインさんはあの『女王』と呼ばれていた姿だから。

 まるでただの『ひと』のように振る舞う姿の方が違和感があった。

 そんな私の頭を撫でたのはゴールドシップさんだった。

 

「誰もが素直なままじゃいられねーんだ、きっとな」

 

 その言葉に倣うようにシルバータイムさんも頷く。

 

「お姉様はあたしたち妹には今のような態度を見せてくれましたが……人前では黙して冷静であろうと努めていました。お姉様が在るがまま振る舞うには、その(かんばせ)は美しすぎて、魅力的すぎましたから。あの振る舞いは、冷酷無比と呼ばれてでもひとを遠ざけようとしたのには、ちゃんと理由があるんです」

 

 ただ思うがまま走るだけでは許されない。

 そんな人がいるということが、どうしてか、なかなか受け入れられなかった。

 サンジェニュインさんこそがもっとも自由に駆けていると、そう思っていたからかな。

 

「ねえスペちゃん。気になるなら本人と話してみればいいわ。今のサンジェニュインなら、話しかけられて断る、なんてことは、同じレースに出たスペちゃん相手ならないと思うから」

「そうですね。お姉様はボディタッチされない限りは寛容ですよ。されたら逆に終わりです。カネヒキリポリスから逃げられると思わないでください」

「おっし、サンジェニュイン相手に今度メントスコーラどっきりやるか!!」

「おいばかやめろはっ倒すぞシップ!!!!」

 

 気づけばいつものようなじゃれ合いを始めたゴールドシップさんたちについ笑みが漏れる。

 シルバータイムさんもずいぶんと馴染んだなあ。最初はどこかぎこちなかった。

 ロイヤルターフのために併走相手として臨時参加した日が遠い昔みたい。

 まさかこんな風に、チーム・スピカのメンバーとして同じテーブルを囲んでお喋りする日がくるなんて。

 

 ……ああ、でも、そっか。

 

 きっとそれと同じような温度感であるべきだったんだ。

 サンジェニュインさんの変化を、こうしてシルバータイムさんが自然にいるように、やわらかに受け止めるべきだったんだ。

 そう思えたら、どうしてか肩が軽くなったような気がした。

 

「うん……私、サンジェニュインさんに話しかけてみようと思います! 模擬レースの申込もあるし……」

 

 そうと決めたら早いほうがいいよね!

 

「えっスペちゃん……!?」

 

 驚いたように立ち上がったスズカさんに握りこぶしを見せる。

 私は立ち上がって、いってきます! と部屋を出た。

 

「ちょ、猪突猛進……!」

「イチかゼロの温度感だなあ、スペは」

「笑ってる場合じゃないでしょ、シップ! 止めに行かなきゃ!!」

「お? 大丈夫だろ、スペは跳ね返されたって何度でも挑戦するぜ」

「ちっがうお姉様は跳ね返さないしそこ心配してないし……だいたいねえ、あんた考えなよ。お姉様のあの輝かんばかりの顔に微笑まれたら、慣れてないウマ娘は気絶すんの!!」

「やべえ急ごうぜスペが溶けるかもしんねえ!!」

 

 そんな会話が繰り広げられているとはつゆ知らず。

 その頃の私は史上最速記録でもってサンジェニュインさんと遭遇。

 

「あっ! スペちゃんだ! 久しぶりだな!!」

「ヒョヘッ」

 

 晴天に木漏れ日を浴びたサンジェニュインさんのキラキラ笑顔を真正面から受け、訳も分からず気絶した。

 

「あばばばスペちゃん!?!?」

「スペ── ひえっお姉様すみませんすみませんコチラで回収します!!!!」

 

 

 

 目が覚めたら知らない天井こと保健室で寝ていました。

 

「はうっ!! ここは天国!!」

「かろうじて下界ですよ、スペシャルウィークさん」

 

 鈴を転がしたような声がした。

 起き上がったベッド横で、小さな椅子に座ったそのひと。

 見覚えがあった。でもどこでかはわからなくて、ただ、どうしてか、懐かしいと思った。

 そのひとはコテン、と首を傾げると、私の顔を覗き込んで言った。

 

「具合はどうですか?」

「あ……平気です!! 全然元気です!!」

 

 本当だった。

 身体のどこも痛くないし、気分も良かった。

 そんな私を見て、そのひと ── シーザリオと名乗ったひとはニッコリと笑った。

 

「サンちゃんさん ── サンジェニュインさんが大変失礼しました。突然飛び出して驚かせた、と聞いています。本当に痛いところはないですか?」

「ないです!! 本当にないですし、それに、私が勝手に倒れたようなもので……!! サンジェニュインさんは私に挨拶をしてくれただけなんです」

 

 嘘偽り無い正真正銘の真実。

 そう、私はサンジェニュインさんの微笑みを見た瞬間気絶してしまった。

 穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。

 しかもサンジェニュインさんに『突然飛び出して驚かせた』という嘘まで吐かせてしまった!

 私の名誉を守ろうとしてくださってる……本当にすみませんすみません。

 

「ふふ。でも、木漏れ日の中で微笑まれたのだから、とても驚いたでしょう」

「そりゃもう……って、あっ、いや、えっと」

「良いんですよ。みんな知ってますし、本人もいつもなら気をつけてるんですけど……ロイヤルターフで競ったあなたのことを、サンちゃんさん、とっても気に入ってるんです。久しぶりに会えたからうれしくなって、ついつい駆け出してしまったんでしょう。ごめんなさいね、今、ちゃんとお叱り受けているところですから」

「そ、そんな……」

 

 サンジェニュインさん何も悪くないのに。

 

「必要なことなんですよ。ほら、彼女は間もなくトレセンを出ますから」

「あ……」

「今はこうして私たちが助けてあげられますけど、ここを出たらそうもいきませんから、特訓中なんです」

 

 秘密を打ち明けるような声色で、シーザリオさんはそっと言った。

 

「内緒にしてくださいね。努力してることをつまびらかにされるのが苦手な(ひと)なの。私も言うつもりはなかったのだけれど、どうしてかあなたには言ってもいいような気がしてしまって……」

 

 その照れたような横顔が、どうしてか懐かしいと思う。

 小さい頃あったかな。ううん、会わなかったはず。

 だって、私の実家には私以外いなかったから。

 あの頃の寂しさが顔を出したけど、首を振って打ち消す。

 今は寂しくない。トレーナーさんが居て、スズカさんやスピカのみんながいる、今がとっても幸せだから。

 もうひとりじゃないって、その気持ちが私を強くしてくれたんだ。

 

「サンちゃんさんもひとりだったんですよ、昔は」

 

 えっ。

 

「ごめんなさい、ひとりごとだったんでしょうけど、聞こえてしまったからつい。……メテオは、サンちゃんさん以外は出身地が近くで幼い頃から顔見知りなんです。サンちゃんさんだけ、学園に入ってからなんですよ」

 

 知らなかった。

 ずっと昔から、小さい頃から、多くのウマ娘に囲まれてきたんだと思っていたから。

 私とサンジェニュインさんを繋ぐ不思議な共通点が、少しうれしい。

 サンジェニュインさんも寂しかったのかな。寂しさを乗り越えて今、こんなに強くなったのなら。

 私ももっと強くなれるかな。そんなことをぼんやりと思った。

 

「あなたはもう十分強いと思いますよ。私の持論ですけど」

 

 くすくすと笑いながら、シーザリオさんが言う。

 

「強さの定義はひとそれぞれではありますが。サンちゃんさん相手に、新しい夢は世界一だと、そう啖呵を切れる姿勢が強さでないなら、私もきっと弱いですね」

「そんなことは……ッ」

 

 柔らかいばかりだと思っていたシーザリオさんの横顔に鋭さが宿る。

 

「ねえ、私、得意距離は芝の中距離なんです。 ── いつかターフで会いましょうね、スペシャルウィークさん」

 

 激情をひた隠しにした微笑みは、舞台の中央で舞う女優のようだった。

 

 

 それから私とシーザリオさんは、サンジェニュインさんが迎えに来るまでお話することになった。

 ティアラ路線だったというシーザリオさんとの共通の話題は、やっぱりというか、どうしてもサンジェニュインさんになる。

 基本的には私が質問する形で、サンジェニュインさんの走りについてや、仲の良いシーザリオさん相手だからこそ出会ったときのこととか。

 いろんなことを聞いた。

 シーザリオさんはおおらかな性格なのか、聞いたことのほとんどに答えてくれて、特にその出会いについてはぼかさずに教えてくれた。

 

 出会った頃から隔絶した美しさだったこと。

 男らしい口調と一人称に驚いたこと。

 学園に入ってから出会ったのに、昔から一緒だったかのように馴染んだこと。

 その明快ですっきりとした性格と感情豊かな所を気に入ったこと。

 偽りなくシーザリオさんたちメテオのメンバーを愛していると分かるから、躊躇うことなく愛せること。

 

 言葉の節々から優しい匂いがした。

 まるで子を見る母のようなやわらかさで……ああ、そっか。

 シーザリオさんはまるでお母ちゃんみたいなんだ。すごくすっきりした眼差しが似てた。

 懐かしく思ったのはお母ちゃんみたいだから……いや、うーん、違う気がするな。

 悩みながらも、思い出し笑いを挟みながら語るシーザリオさんを見た。

 

「スペシャルウィークさんにとって、サンちゃんさんはどう見えていますか」

「えっ……えーと、すごく綺麗なのはもちろんですが、すごく、すごく強いと思います。走り方が、フォームもですけどすごい綺麗だし、ブレないし、すっごく器用なイメージです!」

 

 あの女王然とした振る舞いと素を切り分けられるところなんて、まさに器用さの最高点だ、と思っていた。

 けどシーザリオさんはどこか違うようで、苦笑いを浮かべて、ああ、そう見えていたら頑張った甲斐があったでしょうね、と言った。

 

「隙無く見えることが本望でしたから。きっと喜びますよ、サンちゃんさん」

 

 その言葉はつまり、私のイメージは本性からほど遠いってことじゃないですか。

 思わず言った言葉に、シーザリオさんは悪戯っぽく笑った。

 

 

 

 

 

 

 どこか情けない顔で頬を掻くウマ娘に、私は笑みをかみ殺して口を開く。

 

「不器用な方」

 

 ふいに口から漏れたそんな一言は、けど、それこそが真理だと、目の前のウマ娘にはっきりと通じた。

 

 だって、サンちゃんさんは本当に不器用なんだもの。

 

 今まで言ったことは嘘ではないし、公式に見せている姿だってサンちゃんさんの一部ではあるけれど。

 でも、どうあったって不器用だと思うのです。

 

 他者に気を配る繊細さや、誰かのためを思う思慮深さや、走りに込めた熟慮の全部を、とびきりのユーモアで隠してしまった(ひと)

 甘ったれてるだけ、なんて。周りも、本人ですら言うけれど、そんなことは決してない。

 確かに甘えん坊だけれど、他者の献身無くしては生きてゆけないだろうけれど。

 その献身のよるべを、与えられた甘美を飲み干す術を、それに報いることの確からしさを。知るからこそ走り続ける。

 彼女の歩みにはブレがないのだと知れれば、そこに至るまでの努力がどれほど深いかおのずと推測できるものですよ。

 けれどもその(つと)めを明らかにするでもなく、ふっと気づいた人が知ってくれればいいのだと笑う彼女の、あまりにも完璧なベールがすべて隠してしまう。

 

『オレは量より質派だもんね! 喝采を浴びるのは好きだけど、芯の部分で、オレがどんな風にここまで来たのかをいちばん知って欲しいのはみんなだ。だから満たされてる。……オレはさ、たとえ99の罵倒を有象無象に叫ばれたって、1の褒め言葉で笑顔になれるよ』

 

 コスパ最強でしょ、と笑った彼女に嘘はひとかけらもない。

 そうだとしても、ねえ、罵詈雑言は消えたりしないのです。

 右から左へと言葉が流れようとも、本人が気にしていないと言えども、褪せても無かったことにはならないから。

 ベールなんて脱いでしまって、【昔】のように喜怒哀楽をむき出しに叫んでくれる日を、今か今かと待っている。

 それなのに、ふにゃっと笑顔ひとつで躱して、あなたって(ひと)は本当にずるい。

 そんなことをされたら私たち、言葉もなく頷いて、あなたのベールを見つめるだけになってしまうじゃないですか。

 せめて万の言葉で褒めそやそうとも、困ったことにそうした私たちの態度に眉を顰めるひとがいる。

 私たちの態度こそが、彼女の浅ましい不遜ぶりを助長している、と。

 

 元より、サンジェニュインというウマ娘は、過度にへりくだることがないのです。

 かと言って彼女は無礼な性格でもない。確かに不遜に擬態した振る舞いをすることがあったとしても。

 

『他人を褒めるために自分を下げるのは、自分を(たっと)いものとして育てるすべてに失礼だかんね』

 

 謙遜とは嫌味と呼ぶのでなく、ごく自然に、他者を尊いものとして崇めたときに産まれると、心で、経験で知るからこその発言でした。

 だから第三者からの称賛に否と言うことはまずありえない。最も近しい私たちから贈られたのであればなおのこと。

 それどころか。

 

『そうだろう、そうだろう。オレはいつだって最高だ!』

 

 そう言葉にもするし、照照(しょうしょう)たる頷きで肯定だってするのです。

 褒められることを尊ぶ。肯定されることを当然と受け止める。

 それだけの努力を成したと、誰より自身を肯定しているから。

 自分こそが自身の最大の味方だと隠そうとしないし、隠す必要性すらないと高らかに謳う。

 その強固な自己愛とも()される肯定感を、彼女は他者(私たち)にも向けました。

 

 東に努力する者在れば、切れる息の隙間から(ゆめ)の跡を見つけ出す。

 西に頂を見る者在れば、そこに至った道のりのすべからくを愛した。

 

 そうやって迷うことなく誰かを愛せるくせに、サンちゃんさんは他者から向けられる愛以外の感情には鈍い。

 憎悪に暗む感情にはさらに鈍く無痛を装い、他者に無頓着でいられる性分を、誰かが心ない機械にたとえたりもしました。

 

 ああ、けれど、機械かしら、ほんとうに?

 

 あの頬を染めた横顔の、一呼吸もない(やわ)らぎは。

 違うのだと知っている。トレセンで出会ってからの間柄だけれど、知っているの、私は、()()()は。

 冬の化身が如き白い肌は、他者と同じく陽に焼けて痛むし、触れれば温度もあって、つねると痛がって、ちゃんと血が通っている。

 表情はめまぐるしく変わり、そのツンと上向いた小さな唇から大きな声が響くことも、烟るような睫に覆われた双眼があっという間に潤むことも。

 誰かが想像するよりも大きな手が同朋(とも)の身体をひしと抱きしめ、頬に宛がわれた豊かな胸から鼓動が響くことを、私たちは知っているのです。

 ええ、ええ、誰よりも。

 

 知っているけど、言いふらしたりなんてしない。

 意地悪じゃないの、許してね、私たち、同朋(とも)の尊い姿を愛しているの。

 誰もが勝手に夢を見て、自分の理想を当てはめて勝手に見ない振りをしている、あの(ひと)の命の輝きに満ちた姿。

 見せていましたよ、いつの日かまで。晴れ渡る中山レース場の、ほら、あの日。

 でも誰も彼女を見なくって、いつか、彼女が駆け抜けた残照に理想だけを重ねた方々に、その本性を見せびらかしたいとも思わない。

 

 知らなくっていい。知ろうとしないのならば。

 諦めたわけではなくて、ただ私たちの覚悟が決まったのです。

 百の罵倒が彼女を覆い、その栄光に傷をつけようともがいたとして。

 他の誰でなくその側にいる私たちが、万の嘆賞(たんしょう)で尽くしましょう。

 

 あなたが、私たちにそう尽くしたように。

 

「自分で言うのもなんですけど、変わり者なの、私。こうして話す分にはしとやかにしていられるのだけれど、レースとなるとダメですね。気が入ってしまう」

 

 幼い頃からそうでした。

 勝負事と、かけっことなると手加減がひとつもできなくなってしまう。

 同期のプイちゃんさんが目立ってくれていたからわからなかっただけで、いつも胸の内に荒々しい気持ちを隠していた。

 暴れ狂う獣を頑丈な檻で囲んで逃がさないよう、いつも必死で。

 どれほど淑女らしく振る舞っても、ひとたびレースとなればその獣は放たれて、終わればみんなぞっとするほど怖い顔で私を見ました。

 

 ” 怖い。怖いよ、シーザリオ ”

 

 別人になったみたい、と言われるほど、平常時と乖離していく自分をどれほど恐ろしいと思ったことか。

 それでも渇望を隠しきることはできませんでした。レースへの、競走への、勝利への、滾る感情のすべてが私を突き動かすのです。

 この学園に入って、私はようやく安寧を得ることができたと、今も強く思います。

 

 ここには競うに足りるライバルがいる。

 削り合っても摩耗しない強者が平然といる。

 スイッチが入って、まるで違う獣のようにターフを駆ける私に追いついて、ゴールしたとて「いやあ強いっスね」と言い切る者が。

 心地良い。檻の中を満たした充足感を、確固たるものにしたのがサンちゃんさんでした。

 

「たかが併走ひとつにすら猛々しく駆ける私に、彼女は笑ったのです」

 

 蔑みではない。嘲るでもない。

 真正面から捉えて溢れ出した言葉が、私を救ったんですよ、ねえ、サンちゃんさん。

 だから私、いつもそっと思っている。想っている。

 いつの日か、あなたが私に言った、『かっこいいね』にも劣らない、とびきりの言葉を贈りたいのです。

 

 

 

 

 

 

「ひ~ん!! スペちゃんごめんな……まさかオレの顔がダイレクトアタックなんて……」

「あらっ、サンちゃんさんだめですよ、そんな下がり眉しちゃ……」

「ホエッ」

「スペちゃ……!?!?」

「おおスペシャルウィークよここで気絶なんて情けない」

「言ってる場合かシップ!! あ~~すみませんお姉様本当にすみませんこちらでなんとかしますので……何卒カネヒキリさんには他言無用で……」

「えっなんでカネヒキリくん……別にいいけども。それよりお前ら暇? スペちゃんこんなにした詫びも兼ねてシーザリオちゃんの誕生日会に招待したいんだが。今年のはすげえぞ!? サプライズ舞台もやるからよお」

「ああああお姉様!?!? シーザリオさんいるとこで言って良いのでしょうかそれは!?!?」

「え? あ、うん。だって誕生日会の企画立案 ── シーザリオちゃんだからね」

「今年のシェイクスピアも楽しみですねえ、サンちゃんさん」

 

「やっぱメテオって……おもしれ~チーム!」

「もうあたしつっこまないからね、シップ……」

 

 余談だが今年のシーザリオ生誕祭はチームスピカも巻き込み盛大な催しになった。

 シルバータイムの胃には穴が空き、ゴールドシップにはシェイクスピアの化身という二つ名がついた。







シーザリオちゃんとスペちゃんのSSはもっと書きたい
自分、書いてもいいっスか?


以下アプリウマ娘の感想なんですけど
ラインクラフトさん最後まで来てくれませんでしたどういうことですか


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グッドバイ・グッドデイ

お誕生日おめでとう、ラインクラフトちゃん!!

※公式で実装されているラインクラフト号とは異なる、美貌馬のラインクラフトちゃんの話です
※場合によってはすごくCPな感じです
※本編終了後の話です


 それが夢か現実かはどうでもよかった。

 

「お願いだから無茶しないで。黙ったまま、オレの傍で蹲るのもやめて」

 

 硬い声。硬い表情。

 はっきりと開かれた瞳の蒼穹だけが、ラインクラフトに教えてくれる。

 ひどく悲しくて、ひどく虚しくて。

 

「その優しさは、今、いちばん、オレのことを傷つけてる」

 

 ひどく怖いのだ、と。

 

 ごめんね、と言いたかったけど。

 ラインクラフトの喉は、それをいつまでも拒んでいた。

 

 

 

 

 

 

 ディープインパクト、シーザリオの誕生日が数日を隔てて続いた3月末を越えて、時は4月。

 いよいよトゥインクルシリーズの花形、春のクラシックが幕を開けようとしていた、その初旬のことだ。

 春疾風が健やかに吹き抜けた寮の一室で、サンジェニュインは宙を見つめていた。

 

「な〜んも決まってない」

 

 何がって、ラインクラフトへの誕生日プレゼントが。

 

 ウマ娘の誕生日は1月から6月の間に集中している。

 ほぼ毎日誰かの誕生日! な日々の中で、サンジェニュインにとって特別大事なのは、チームメイトであり日常生活も共にするカネヒキリらの誕生日。

 チーム内で一番目に誕生日を迎えるカネヒキリからスタートして、チームメイトほぼ全員の誕生日会を開くのは例年のことだ。

 この4月では4日にラインクラフト、10日にヴァーミリアンが誕生日を控えていて、もちろんそれを祝う予定もある。

 あるのだが、毎年同じような祝い方ではつまらんだろ、と言うサンジェニュインの一言によって、年々その規模は拡大している。

 握手会や並走をねだるディープインパクトや、自身で企画立案するシーザリオやヴァーミリアンらはまだいいとして。

 カネヒキリとラインクラフトの誕生日ともなると、サンジェニュインによって毎年ド派手に開催されていた。

 

 常日頃贈り物をしあうカネヒキリはまだ軽く済んでいるが、ラインクラフトに対しては特に派手な催し物になりがちで、去年度はリンゴ園の所有権をプレゼントしかけた。

 流石にこれは受け取れない、と青ざめた常識人ラインクラフトによって丁寧に辞退され、散々ごねた結果約1年分のりんごを送ることで決着がついている。

 資産家出身ではないが、モデル業で荒稼ぎ、もといかなりの収入・貯蓄を持つサンジェニュイン。

 だがその入出金を暴いてみると、大して金の掛かる趣味を持たない性質(タチ)であると知れる。

 せいぜいが昆虫標本を作る際の道具一式だったり保存液、押し花用のプレス機メンテ代くらいだろうか。

 月々の最も高い出費の行き先はと言えば、サンジェニュインのために三食作ってくれているカネヒキリへの材料代やプレゼント代だ。

 サンジェニュインのために食材選びにも妥協しないカネヒキリは、必然と散財する傾向にある。

 オレも食うんだからオレの金使って、とカネヒキリに通帳・キャッシュカード・印鑑の一式を渡したのも、今や懐かしい過去。

 一方、そんな大事なもんをポンと渡されたカネヒキリはその後気絶、3日間にわたり魘されていた。

 

 それはさておき。

 

 サンジェニュインが過去に使ったデカい額だと、勝負服の薄さに堪えかねて作った冬用マントだろうか。

 あの勝負服はサンジェニュインのオーダーに合わせた完璧な性能だが、如何せん防寒ゼロの無慈悲な仕様。

 春と夏はまだ良いが、秋と冬に着るにはあまりにもしんどい。ということで財布を開いた。ゴリゴリの自腹だ。

 トレセン学園の勝負服は、最初は一斉支給だったりするのだが、それを変更したり修正したりする方法が限られている。

 例えば副賞に勝負服が付いてるレースを勝つとか、それこそサンジェニュインのように自腹で作って貰うとかがスタンダード。

 副業がモデルということもあって服飾関係のコネクションがそれなりにあり、知名度もあるから「これを着て下さい」と向こう側からプレゼンされることも。

 今のトレセン学園でいちばんの衣装持ちは誰か、と聞かれたら、サンジェニュインは迷わず挙手するだろう。

 自分でもやべえほど勝負服を持っている自覚があった。

 

 そこに、2月~4月限定でバカでかい出費が加わるが、これは当然誕生日会用の変動だ。

 トモダチの笑顔のためにかかる費用なんてほぼタダでは? さじぇお。

 

「んん、クラフトちゃんは少女漫画あんまし好みじゃないっぽいからカネヒキリくんと似た手法は取れないし……どっちかっていうと月9なんだよな好きなの。そもそも2人で飯! よりは大勢の方が好きなタイプだしなあ……」

 

 ここでサンジェニュインが去年までにラインクラフトに贈った主だった品を列挙しよう。

 

 ・ルビーをふんだんに使った耳飾り

 ・ブランド物のネイル道具一式

 ・ドイツ製の工具一式

 ・好きなだけ工具をいじれるラボ

 

 最初に送った『ルビーをふんだんに使った耳飾り』はそのまんまだ。

 専属モデルを務めてるパジャマメーカーがジュエリーブランドとコラボした際に見せてもらったサンプルに、ラインクラフトにめちゃくちゃ似合いそう! と思った耳飾りがあったので、ポケットマネーで普通に購入して贈った。

 ラインクラフト本人はまさか宝石びっしりの耳飾りを贈られたとは思っておらず、赤色の飾り綺麗っスね、くらいの気安さで受け取った。

 それ宝石なんだよなあ、と察したのは見慣れているディープインパクトとヴァーミリアンくらいだ。

 後ついでにサンジェニュインから宝石を贈られ慣れてるカネヒキリ。

 

 2つ目『ブランド物のネイル道具一式』もそのまんま。

 ラインクラフト自身も両手足に真っ赤なネイルを塗っているし、サンジェニュインも塗ってもらってる都合上、お礼も兼ねて贈ったそれは、かねてよりラインクラフトが『欲しい』と憧れていたものだ。

 えっこれどうしたんスか!? と驚いたラインクラフト相手に、サンジェニュインはパジャマメーカーのコネで、などと言ったが、ゴリッゴリのポケットマネー購入である。

 耳飾りには劣るがそれなりの値段で購入されたそれを、シーザリオだけが見抜いていた。

 

 3つ目『ドイツ製の工具一式』は過去いちばんと言ってもいいくらいラインクラフトが喜んだ贈り物だ。

 ラインクラフトの実家は圧着電子やコネクタなどの電子機器を販売している企業で、本人も幼い頃から電子機器に慣れ親しみ、電子工作を趣味としていた。

 工具のメーカーはドイツの『父なる川』ことライン川近辺にある有名メーカーのもので、オーダーメイドして持ち手部分に『kraft』の刻印が入ったものを用意した。

 小柄なラインクラフトでも持ちやすいようサイズ調整までされた一級品だ。

 これは流石に高いのを本人も知っていたが、サンジェニュインが奮発したんだと思ってニコニコ笑顔で受け取ってくれたのでセーフ。

 

 そして4つ目『好きなだけ工具をいじれるラボ』これが転換期だった。

 工具を贈ったはいいもののいじれるスペースないよね、あったら便利だよね? くらいの軽さだった。

 だが規模が規模である。ラインクラフトもこればっかりは真顔で『いや無理っス』と返すほかない。

 

「ラボはやりすぎ」

 

 カネヒキリも嗜めるレベル。

 

 これに焦ったのは贈った張本人。

 やりすぎたとは思っても引き下がれない。オレは前にしか進めねえからよお! そういうノリでゴリ押しした結果、ラボはチーム・メテオの共同使用で決着がついた。

 今となってはほぼ溜まり場のような扱いになっているそこに、ラインクラフトの工具一式も置いてある。

 

 さてそれ以降の誕生日だが。ラボ贈答をきっかけにラインクラフトがこれまでのプレゼント額を計算してしまい、その総額にびっくり仰天。

 こいつは大変だ、ということで翌年からはプレゼントを警戒されるようになってしまった。

 ので、サンジェニュインは考えた。

 トモダチには多少値が張ったとしても良いものを使って欲しい。その気持ちに偽りなし。

 そうと決まったらやることは一つ。

 

「1個当たりの額を減らして量で攻めるか」

 

 これにはカネヒキリもニッコリ。

 知らぬはラインクラフトだけ、という状態に逆戻りしながらも、これまでギリギリバレずに量を増やす作戦に成功している。

 前回は勢い余ってリンゴ園を送りそうになり、なんとかリンゴ1年分で手を打ってもらっているが、まだこの作戦だけはバレてないセーフだ。

 

「でもま、結局何送るかっつー悩みは解決してねえんだけどな。なー、しろまる?」

 

 それに応えるは飼い主同様のまっしろボディーを輝かせる1匹のハムスター。

 サイズが明らかにハムスターの域から逸脱していたが、エキゾチックアニマルの専門家にも見せたところサイズ以外はまごうことなきハムスターである。

 夜行性にも関わらず、飼い主の呼びかけにケージの扉を勢いよく叩く忠ハムっぷりを見せてくれた。

 

「せっかくだから、今年はものじゃなくてなんか思い出に残るやつにするってのも手、だよなあ。つっても、なあ。オレは月9履修してないからシチュエーション演出出来っかなあ? 他になんか、思い出に残って、ついでにシーズンに合うやつ ── 」

 

 その時、開け開かれた窓から花弁が一枚、迷い込んできた。

 それを見た瞬間、サンジェニュインのちっちゃな脳みそに電流が走る。

 こいつァ天才的なひらめきだいッ!!

 

「花見だァ!!!!」

 

 100人中100人が春になればお思いつく、例のアレであった。

 

 

 

 

 その頼み事をされたのは、4月に入ってすぐのことだった。

 よりによってエイプリルフール当日だったので苦笑してしまったが、サンジェニュインの目を見れば嘘か本当かわかる。

 お嬢様プレイだなんだと言って「別のウマ娘」のように振る舞うことはできる娘だが、とことん嘘をつけない性格なのはわかっていた。

 

「よろしかったのですか、会長」

「構わないよ。レースがあるわけでもない平日だ。追い切り集中日ではあるが、レース場で何かをするというわけでもあるまいに……これくらいなら許容範囲内だ。何より、花見自体が誕生日プレゼントなんだと言われては、流石にな」

 

 サンジェニュインをプレゼントも贈れない甲斐性なしにするわけにも行くまい?

 そう言うと、エアグルーヴは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。

 

「あなたは相変わらずあいつに甘いですね」

「そうだろうか? そういうつもりはなかったんだが……あの娘を見ると、どうだろう、幼い子供を相手にしているような、うん、そういう気がしてしまって邪険に扱えないんだ」

 

 無邪気な瞳がそうさせるのだろうか。

 かつて幼いテイオーと初めて会った時のことを彷彿とさせる、夢に満ちて諦めを知らない目だ。

 そして間も無くトレセンを巣立つ。

 

「ひとつでも憂いなく旅立てたら……会長としてはこれ以上ないことだ。そうは思わないか、エアグルーヴ」

 

 今度は苦笑いもなく、穏やかな眼差しの黙礼だけが返ってきた。

 

 そうしてあっという間に日々がすぎ、4月4日。

 私たちを出迎えたサンジェニュインは、春の陽射しに似合いの、朗らかな笑みを浮かべていた。

 

「ルドルフ会長、エアグルーヴ副会長、ご許可いただきありがとうございました!」

「ああ、これくらいなら構わないよ。 ── それより良かったのかな、我々も招いてもらって」

「もちろんです! お花見(こういうの)は人が多い方がいいですからね! 何よりクラフトちゃん自身も交友関係広いんで、オレが呼ぶまでもなく……ご覧の様子です」

 

 サンジェニュインが指差した方向を見ると、そこには色とりどりの髪色をゆらすウマ娘たちが集まっていた。

 ざっと数えただけで30人以上はいるのだろうか?

 私の横にいたエアグルーヴが思わず、と言ったように1歩前に出た。

 

「ここまでとは……さすが史上初の『変則二冠』」

「それもありますけど……単にクラフトちゃんの人望ですね。優しいし、人当たりも良いから、オレらメテオの中じゃいちばんコミュニケーション能力高いんで」

 

 ラインクラフトの周囲には、彼女を慕って集ったであろうウマ娘たちが笑い合っていた。

 トゥインクルシリーズに新たな盛り上がりを作った立役者であり、指導者としての人気の高さがよくわかる光景だった。

 

「オレはね、この光景が見れたのがいちばん嬉しいかもなあって」

 

 温かい眼差しをしたサンジェニュインの顔に扇はない。

 もう取り繕う必要も無くなった彼女に残るのは生来の優しさだけだ。

 チーム・メテオの仲間を自分のよりうちのうちに包み込んで愛しているのだと、そう赤裸々に言うような。

 ふと周囲を見れば、他のメンバーも温かい眼差しでラインクラフトを見つめていた。

 ディープインパクトはヴァーミリアンと連れ添いながら、カネヒキリはサンジェニュインにほど近いところで立ちながら、シーザリオは輪の中から。

 この日がどれだけ大切な日なのかを、誰の目にも明らかにしていた。

 

「良い仲間に恵まれたんだな」

 

 うん、とサンジェニュインが頷く。

 

「このうえなく、素晴らしい日々でした」

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園の敷地内にはそれはそれは立派な桜並木がある。

 栗東寮から練習用のレース場へと続く一本道に咲くそれらを、サンジェニュインも愛していた。

 いつ見てもキレイだ。

 ここの桜は毎年3月の終わりに咲き、4月の初旬できっぱり散る。

 一本道を駆け抜けるウマ娘達の頭上にふり、かぐわしい絨毯を作りながら。

 

 太い幹の根元に立って空を見上げると、桜がはらはらと散った。

 どういうわけか、サンジェニュインは桜に好かれる。いや、桜の花弁に?

 離れていても、風が吹いていなくても、かならず花弁が1枚2枚、その頬をかすっていく。

 真下に立つともうかすっていくなんてレベルでなく、シャワーのように降り注ぎ、抱擁するように髪や肌にくっつくのだ。

 カネヒキリと地元で手を繋いで歩いていたような、そんな小さな頃からそうだったので、そういう体質なのかもしれない。

 実は桜だけでなく、夏になれば向日葵がサンジェニュインを太陽だと誤認して仰ぎ見たり、紅葉もシャワーのように降ったりした。

 冬だって雪がサンジェニュインめがけて吹雪いていたこともあるくらいだ。

 花や葉っぱはともかく雪は許せねえ、寒いから。

 

「相変わらずすごいことになってるっスねえ。苦しくないんスか、ソレ」

「そう思うなら助けボバッ! ッペ、ぺっぺっ、ペェ ──ッ!!」

 

 美少女にあるまじき嘔吐。

 これには100年の恋も冷める。

 逆に微笑ましくなるやつがいたら手遅れだ。

 

 こうして油断するとすぐ口に花弁が入ってはサンジェニュインを悩ませる。

 ので、サンジェニュインは桜の下では満足に話もできないのだ。

 それどころか、むせてる間に根っこに脚を捕られてすっ転び、最終的にはラインクラフトに引きずられるように道の真ん中に出た。

 

「薄幸美少女が桜に攫われる、のは古典的っスけど、桜も攫う美少女は選んだ方がいいっスよマジで」

「ディスんの早いねえ!!!!」

「サンジェニュインちゃん攫っても養分になるどころか過剰栄養って感じがするっス」

「そんなことねえもん枯らさないもん」

 

 ヒーンヒンヒンヒン、春のセミ。

 

 ちなみにラインクラフトはディスったのではなくありのままを伝えたのだ。

 神の如き美貌と崇められ、その背後に数えきれぬほどの屍を作り上げた娘を攫ったところで、その桜は1日限りの狂い咲きで終わる。

 間違いない、ラインクラフトはサンジェニュイン検定準1級持ちなので。1級の試験は後日受験予定。

 

「……ここで花見やるって聞かされた時は、ビビり散らかしたっスよ、さすがに」

「またまたあ。ニコニコだったじゃないですかあ!」

「なんスかその口調は……なんか変なもの食った? ダメっスよカネヒキリちゃんの作ったもの以外食べちゃ。今日はいろんなウマ娘来てるんすからね」

「ねえオレのことガキかなんかと思ってない!?!?」

 

「思ってないよ。ただ、うれしいなあ、って。ごめんね、テンション、なんか、上がってる、っス」

 

 ラインクラフトの言葉が途切れた。

 それを合図にサンジェニュインが背筋を伸ばす。

 

「今日は良いだろ、クラフトちゃん」

 

 うん、と頷いたラインクラフトにサンジェニュインが微笑む。

 

 まだ肌寒いはずの4月上旬。

 なのに今日は16度を超える暖かい陽射しの中で宴は開かれた。

 この佳き日を桜と祝いながら、ただひとりが生まれたことを喜ぶための。

 

 遠くから誰かがラインクラフトを呼んだ。

 弾かれるように顔を上げたラインクラフトがサンジェニュインに振り返る。

 ふたりの間に言葉はなく、ただ笑顔だけで、また喧騒の中へと駆け出していった。

 

 

 

 

 花見と誕生会を混ぜ合わせた祭りは宴もたけなわ。

 シンボリルドルフら生徒会に約束していた現状回帰のため、メテオメンバーが残って片付けをしている中、ラインクラフトとサンジェニュインだけが一足早く帰寮していた。

 主役のラインクラフトはさすがの掃除免除で、サンジェニュインは送迎担当。

 その道中はきゃらきゃらしたサンジェニュインの笑い声をBGMに、ラインクラフトにはちょっとした緊張感だけを持たせた、実に穏やかなものだった。

 

「んじゃーここまでね。オレも片付けに戻るわ。さすがにどんちゃん騒ぎしすぎたから汚れがね……」

「えっ」

「ん?」

「あ、ああうん、うん? ……それだけ? それだけか……そ、そっかさすがに気にしすぎたっスね……」

 

 もごもごと口を動かすラインクラフトに、サンジェニュインが不思議そうに首を傾げながら手を振った。

 

「クラフトちゃん?」

「や、なんでもないっスよ。……それじゃあ今日はありがとう。本当に楽しかったっス!! パーティー仕切るのも上手くなったスね、サンジェニュインちゃん」

「んふっふ、そうだろう、そうだろう!」

「そこで謙遜しないとこ本当におもしれ〜んスよねえ」

 

 褒め言葉は余すことなく受け取る、そいう娘なんだ、サンジェニュインは。

 

「……やあ、正直、ここまで送ってきたのは何か渡すつもりなんじゃないかって思っちゃったんスよね」

「まあ本音言えばあげたいものいっぱいあるんだけど。困るんだろ?」

「困るって言うか、高いものはさすがに受け取れないっスよ。自分、サンジェニュインちゃんにはそんなに高いもの贈ってないんだから」

「ハ? 毎年プライスレスな最高プレゼント貰ってるが??」

「なんで半ギレしてんスか!?!?」

 

 自分は金を掛けたがるくせに相手からのプレゼントはプライスレス、そういう娘なんだ、サンジェニュインは。

 

「オレね、チビの頃はほら、カネヒキリくんだけだったじゃん?」

「露骨に話逸らしたっスね。……それに関しては割と最近までその傾向強かったっスよ」

「だまらっしゃい! ちょっとその自覚もあります!!」

「あるんだ……」

 

 衣食住のほぼすべてがメイド・イン・カネヒキリ。

 凱旋門賞ウマ娘サンジェニュインの細胞はカネヒキリが作ったようなものと言っても過言ではない。

 その特殊な体質から遊べるウマ娘が限られてる、とはいってもセルフ縛りプレイがすぎるのだ。

 カネヒキリ以外にも選択肢はちらほらあったはずだが、結局信頼できるのはこの栗毛だけ! というフィルターが強すぎる。

 しかしトレセン学園卒業を機に、サンジェニュインも徐々に変わろうとしていた。

 この1年でもずいぶんとできることが増え、着実に一人暮らしの準備が整ってきている、と思う。多分。おそらく。

 それを、ラインクラフトは嬉しいと思うのと同時に、少し寂しいような気持ちに苛まれていた。

 

 共に過ごした数年。その間にもっと何かできたのではないか。

 そんなタラレバが今になって脳裏を過る。

 たとえばもっと一緒に遊んだり ── いやそれは結構してるな、うん、結構遊んでる。

 サンジェニュインが外に出る時はもっぱらラインクラフトが付き添っているし。

 併走にだって付き合ったし、カネヒキリが短期間の合宿に行ってるときは食事の面倒を見たこともある。

 けどきっと、一般的な友人と呼ぶにはいろいろと足りないことだらけだったような、そんな気もするのだ。

 

 夕焼けに染まる空を見ながら慌てて帰った記憶に、サンジェニュインはいない。

 おやつを盗み食いして怒られた記憶に、サンジェニュインはいない。

 横並びの布団に寝転んで昼寝をした記憶に、サンジェニュインはいない。

 放課後に食べ歩きをした記憶にも、屋台のクレープを食べた記憶にも、市民プールに行った記憶にだって。

 尋常ならざる美貌が、サンジェニュインの行動を制限していた。

 それに文句を言ってるところを見たことはあるが、不思議なほど、サンジェニュインは自分の顔が整っているという事実に関しては文句を言わなかった。

 こういう星の下に生まれたんだからしゃーなし、とすら思ってる節がある。

 

 そんなサンジェニュインと、後少ししたら、さよならする。

 

 トレセン学園で出会い、こうして、トレセン学園で別れる。

 この箱庭の中だけのトモダチが、美しい横顔をラインクラフトに晒していた。

 小さな瞬きにはどんな意味があっただろう。……いや、ないな。きっと意味なんてない。

 いつだって意味を持たない表情ばかりだった。嫌味でも蔑みでもなく、そう、自然体でいることに意味が無いのと同じで。

 サンジェニュインの表情にも言動にも大して深い意味がないと、当り前に理解できるようになったのはいつからだったか。

 気づけばわかっていた。あ、いまただ欠伸しただけだな、みたいに。

 

 どうしてか他バに深読みされることが多い娘だった。

 意図的に女王様っぽく勘違いさせているお嬢様プレイはともかく、素でいる時すらどこか高潔に扱われる時があるのだ。

 けれどラインクラフトたちにはわかってる。脳みそから直送された言葉を吐いてるだけで、本当に深い意味になんてないのだ、と。

 その顔は別に日本ウマ娘を憂いてる顔じゃなくて、夕飯がチーズインハンバーグになるにはどうしたらいいのか悩んでる顔だ。

 

 そういう、どうでもいい瞬間すら共有してきた。

 だからこんなに寂しく思うんだろうか。

 こんなに悲しく思うんだろうか。ラインクラフトにはわからない。

 これから、()()()()()()を経験するラインクラフトには。

 

「……なあ、さっきさ、それだけ? って言ったじゃん?」

 

 サンジェニュインの声にラインクラフトが顔を上げた。

 ああうん、言った、そんな短い返しから一瞬だけ間を開けてサンジェニュインの手が伸びた。

 ラインクラフトの華奢な手のひらがあっという間に包まれる。

 ついさっきまで握られていた手はまだぬくいのに、それを上回るほどサンジェニュインの手が燃えていた。

 

「 ── ほんとは手ぇ繋ぎたいだけだって言ったら、怒る?」

 

 ハナから撤回する気のない甘ったれた言葉に、ラインクラフトの全身は赤く染まって。

 サンジェニュインは遠くを見るような眼差しで、その余韻を楽しむように笑った。

 

「ここでさよならなんてオレが泣いちゃう。……けどいつかは慣れちまうんだろうなあ」

 

 昔、慣れたように。

 

 

 

 シニア級の8月。オレはイギリスにいた。

 馬の時にもやった海外転戦。ウマ娘になったからってやらない選択肢はなかった。

 あれは俺のキャリアアップに最も最適なシーズンであり、俺が『競走馬・サンジェニュイン』としての意識を確固たるものにするために不可欠。

 馬の記憶を持ったままウマ娘になったって、オレはそれでも完璧な存在じゃない。

 レースに絶対がないように、繰り返す命にも絶対はないからだ。

 だからいつか辿った道だとしても、もう一度冒険しようと思えた。

 

 ドバイSCは負けた。リベンジを願っても負けた。ハナ差2cm。

 やっぱりハーツクライさんは強くて、芝地を蹴り上げる一完歩の迫力は言葉にできない。

 悔しかった。足りてない何かがまだあると理解した。

 

 ガネー賞は勝った。26馬身差。不良馬場はオレの脚には最適だった。

 サンクルー大賞典も勝った。前回はかなり突き放したはずのハリケーンランと着差が近づいていた。油断できない。

 KIGVI&QESも勝った。先行策を取ったハーツクライさんが番手に。コーナーカーブを意識しすぎるあまり脚が脛を蹴って負傷。

 

 そして欧州4戦目。インターナショナルSだ。

 

 馬の時、この時期にラインクラフトちゃんが死んだ。

 トモダチを亡くすのは初めて、すごく動揺したのを今でも覚えている。

 だって4歳だった。自分と同い年の牝馬(おんなのこ)。何度も併せ馬をした。

 カネヒキリくんと路線が別れ、シーザリオちゃんとも併せ馬が減った後に俺の前に現れた。

 とても現実的で、今まで出会った中でいちばん馬の常識を知っている仔。

 でも俺を否定しなかった。俺を馬鹿にしなかった。そんなこともわからないの、とは言わなかった。

 何も知らない俺に、絵本を読み聞かせるような温度で出身牧場の話をしてくれたこともあった。

 そして、人間の意識が強いままでいる俺の、仔を作るのが君の夢か、なんて言葉に答えをくれた。

 

『夢を見るのは人間っスよ』

 

 俺の思考が一歩、馬に近づいたきっかけの言葉だ。

 ……そう、夢を見ているのは人間だ。馬が夢を見ているのではない。

 人間が見た夢を、勝手に背負わされた馬が、負ける理由もないから勝って叶えているにすぎない。

 けど、それでよかった。

 カネヒキリくんの話も聞いて、ダービーで走って負けて、それでクラフトちゃんの言葉を理解した。

 なんであれ、人間の言葉がわかる俺にとって夢とは、人間と一緒に見るもんなんだな、と。

 君は桜花賞とNHKマイルCの変則二冠馬になって、俺はその秋に菊花賞を勝ってG1単独優勝。

 

『いつかおんなじレースに出ようぜ』

『えぇ……自分、マイルっスよ』

『……2000mまで行けたりしない?』

『無理』

『そんなぁ……』

 

 そんなじゃれあいみたいなことを言って。

 馬だけで約束したってどうにもならないのはわかってたくせに。

 じゃあ次の併せ馬で勝負な、なんて言ったりもして。

 でも全部口約束になった。叶わないものを、より叶わない形で終わらせた。

 

 なのに君はきた。

 あの夏のヨーク競馬場に、光の透ける馬体で、俺と一緒に走った。

 すべてが終わって振り返れば、君は、約束を果たしに来ただけだったな、クラフトちゃん。

 

 ウマ娘の君もそうならない保証がない。

 弥生賞で自分がターフに落ちた時に気づいた。死を回避できるとは限らないって。

 カネヒキリくんだってドバイWC後に馬の時と同じように屈腱炎を発症した。

 だからオレ、トレーナーにわがまま言ってクラフトちゃんをイギリスでの帯同に選んだんだ。

 せめてそばにいて欲しかった。遠くで、オレの知らない瞬間でのさよならを2度も経験したくなかったから。

 

 そしてレースの2日前。

 クラフトちゃんはオレのそばで蹲った。

 幸いにもそれは死に繋がる心不全じゃなくて急性胃炎。

 けど、オレが怖かったのはそこじゃない。

 クラフトちゃんが痛みを訴えることもなく、あまりにも静かに蹲ったことだった。

 

 ねえ大丈夫、なんて言ってしまったオレに笑顔まで見せて。

 脂汗が滲む青白い顔で「痛くない」と繰り返したことを、怒ってる。

 

 わかってるんだ、それは君の優しさだ。

 レース前のオレがナーバスにならないように言ってくれてるんだってわかってる、わかっててもだめだった。

 その優しさがあまりにも鋭くオレの胸を抉った。

 だってそういうことだろう、あれも、── 馬の時のあのセリフも、同じだったんだろう。

 痛くないなんて嘘だったんだな、クラフトちゃん。ああ、どうして。

 全部終わってから思い知った。

 

 それでもレースに出ない選択肢はない。

 あのヨークレース場を青々とした芝生を蹴り上げないわけにはいかない。

 そこに幽霊はいないし、クラフトちゃんは絶対死なせないから当然だけど。

 ひとりっきりで、最悪のコンディションでもまっすぐ前だけ見て走り抜いて勝った。

 欧州四冠のトロフィーを見て笑った君を前に、泣きじゃくりながら文句まで言って。

 

 君が知ることは一生ないんだけど。

 病室追い出されるまでの5分間。

 オレの頭の中は四つ脚の君でいっぱいだったよ。

 ヨーク競馬場で見た、あの時の君だ。

 そうしたら一瞬で馬時代に意識が持ってかれた。

 

 ……夏が過ぎたらさ、君がいない日々に慣れたんだ。

 いつもずっと一緒だったわけじゃないけど。

 あの栗東の広い敷地のどこにも君がいないことを理解したし、この日本中のどこにも、世界中のどこにもいないんだって。

 君は虹の向こう側にいるから。

 誰も帰ってこない。帰ってこないくらい素敵な場所にいるから、ここにはいない。

 

 時間は進む。秒針は絶え間なく動く。

 1秒、2秒、それよりもはるかに早くコンマ1秒、コンマ2秒。

 振り返ったとしても巻き戻らない時間を、けど、だからこそ、愛してやまない。

 

 君のいなかった時間が長いほど、君と過ごした時間をかけがえのない宝物だと思って愛せるんだ。

 

 俺は長生きをした、ほうだと思う。

 23歳の秋に死ぬまで、クラフトちゃんと別れた19年間で多くの仔を残した。

 俺と同じ白毛の馬から、青毛、栗毛、黒鹿毛もいたし、クラフトちゃんと同じ鹿毛の仔だって。

 いっぱい走ってくれた。俺より先に逝く仔もいた。後継種牡馬になった仔もいた。

 あの頃、君の口から聞いた時はあまりにも遠い世界だと思ってたことが、すごく身近になった。

 これが血を繋ぐってことか、これが人間に血を守られるってことか、って。

 

  ── けど、ごめん。

 

 俺、オレ、ひとりはもうごめんだぞ。

 あれ、寂しいんだ。すごくすごく。

 だから今度はもっと長く居てくれよ。

 あの頃、四つ脚だった頃、君が覚えていない日々よりも長く居てくれ。

 それで、オレに痛くなかったなんてもう言わないで。

 もう知ってるから。

 君より長く生きて、君よりいろんなものを見て、君よりいろんなものを知って。

 理解したんだ。死ぬことが痛くないなんて嘘だってこと、もうわかってるんだ。

 だから今度はもっと長く居てくれよ、お願いだから。

 絶えることない優しさで、オレに傷跡なんか残して逝かないでほしい。

 

「サンジェニュインちゃん……?」

 

 クラフトちゃんの呼びかけに顔をあげた。

 怪訝そうな顔でオレを見る君にふっと笑みがこぼれる。

 自然と閉じた瞼の奥でも、()()()()()が小首を傾げた。

 

「なあ、昔、オレが弥生賞で倒れた時さあクラフトちゃん。オレが元気だよって言っても泣いただろ」

 

 クラフトちゃんが目を見開いた。

 覚えてるな、そうだろ。

 倒れたのが怖かったって言ったんだぜ、忘れたなんて言わせないから。

 オレはあれで思い出したんだ、昔、馬だった時な、テキにも似たようなことを言われた。

 その命を燃やしてまで走るなと、無理するなと言われた。

 オレはわかったって頷くふりして、内心で従う気はなかったんだ。

 だってオレにとって走るってことは命を燃やすことだ。駆ける、それだけで。

 何より勝利を思い求めてこその馬だと理解していた。そのために生まれたんだと。

 もし勝てるなら。これをすれば勝てるって言うなら。オレは息をするよりも自然に命を()べただろう。

 けど少しだけ怖くなったのも本当なんだよ。

 君がいなくなって、新しい夢ができて、生命を遺そうって思えるようになったんだ。

 仔を遺したがっても繋げなかった君のことを思い出しながら、オレが大好きなヒトたちに遺せるものは何かと考えるようになってようやく、この命を何物よりも特別と思えるようになった。

 

 初めての仔が産まれたときの歓び。

 失ったときの虚しさ。

 メイクデビュー、重賞、G1、少しずつ増えていく、この血を継ぐオレではない馬のこと。

 

 君がオレに教えてくれたのはひとつじゃなかった。

 勝つとか負けるとか、夢とかどうとか。

 その後のことだって、身をもって教えてくれたんだって、今の君に言っても伝わらないのはわかってる。

 だから言わないけど。言おうとも思ってないけど。

 ただ君から与えた真心だったり、見せた背中が馬の俺を強く支えて、今のオレに繋がっていて。

 ねえだから。オレが言いたいことは結局ひとつで、それはさ。

 

「オレを心配したのと同じ温度で、オレに優しい嘘なんかつかないで。これからもだ」

 

 それは、オレがひとりになった時に痛みへと変わるから。

 何回だって言う。聞き飽きたって言われても。

 もしひとかけらでも君の感情がオレに向いてるなら今すぐやめてくれよ。

 痛い時は痛いって言って、叫んで、助けを求めて。

 オレはきっとその手を掴んで、抱きしめながら痛いねって共感して、君の痛みがなくなるその瞬間まで離れたりなんかしないから。

 

 しばらくして、クラフトちゃんから深いため息が漏れた。

 心底呆れたとか、そう言うのとは訳が違う。

 深呼吸して溢れたモノの、染みわたるような吐息だった。

 

「……建前とか、強がりとか、カッコつけとか、そう言うのが、さあ」

「知らね。オレ、無神経なとこあるから」

「こう言う時だけデリカシーないとこ誇るのやめてもらっていいっスか」

 

 胸を張って鼻で笑うとクラフトちゃんが青筋を立てた。

 目を赤くしながら睨まれてもな。

 

「なんなんすかねえこの()はねえ! 涙出てきちゃうっスよ」

「いいよ」

「は」

 

「『いいよ』」

 

 ああ、なんか同じセリフになっちゃったな、クラフトちゃん。

 今は春なのに。舞ってるのは桜で、ピンクの絨毯が敷かれてて。

 とてもあの夏のヨーク競馬場とはひとかけらも掠ってないのに、どうしてここまでセリフが似るのか。

 

 疾走の中で、声も涙もなく泣きじゃくった俺へと君が頷いた、あのセリフを。

 

 似ても似つかない春の匂いと吸い込んで吐き出す。

 

「クラフトちゃん、オレね、クラフトちゃんが泣いても抱きしめられるようなウマになったよ」

 

 伝わんなくていいから、思い知ればいいと思う。

 

「オレはここから巣立つけど、でもひとりじゃないよ。オレも、クラフトちゃんも」

 

 両手の爪を彩る鮮烈な赤。

 彼女の赤。彼女の命。彼女から繋いだもの。

 今は、オレと彼女を繋ぐ、優しい赤。

 

「ひとりじゃないけど、ひとりになったときに、きっと、君を思い出すよ」

 

 クラフトちゃんより大きな両の手のひらがその頬を包む。

 溢れた涙が痕にならないように拭った。

 オレたちの誰よりも幼い顔が綻ぶ。

 

 そうして口を突いた「誕生日おめでとう」を、吹いた春一番が、遊ぶように攫っていった。

 

 

 

 

 

 その日、チーム・メテオに新入生が加わった。

 白毛の長髪にピンクのメッシュが入っている、可憐な少女。

 その顔立ちには誰もが見覚えがあり、思わず顔を見合わせた先輩たちを前にしても、堂々と立っていた。

 まるく大きな瞳の中には、空に散る桜のような輝きがある。

 その少女は目の前に立ったラインクラフトを見上げると、頬を染めて笑った。

 

「ようこそ、チーム・メテオに。えっと、何ちゃん?」

「 ── デイ」

「ん?」

 

()()()()()()()()です!! あなたに憧れてここに来ました、ラインクラフト先輩!!」

 

 また春が来た。

 希望の春が。







本編の「約束(https://syosetu.org/novel/259581/58.html )」を絡めた話なのでぜひこちらも。

ラインクラフトちゃんとサンジェニュインの組み合わせ実は結構好きなんすよね。
自分、もっと書いても良いっすか?

※本日4/4は2話更新しています


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プリーズ・セーフ・ワード

お誕生日おめでとう、ヴァーミリアンさん!

予約設定が4月11日なってて慌てて投稿ですよ(懺悔)

※よく喋るディープインパクトさんがちょっといます
※カネヒキリくんとヴァーミリアンが口喧嘩みたいなのをします
※スピカのみんな(特にダスカちゃん)とエルコンドルパサーさんがメインゲスト
※悪友のイメージで書いてます


『約束するぜ、俺様は長生きする……── 絶対にだ!』

 

 低い唸り声の後、一方的な誓いがいつまでも耳に残っていた。

 側から1頭、また1頭、馬が欠けてしょぼくれる背中に投げかけられたそれを、俺は、今でも覚えている。

 2017年1月の、冬のことだった。

 

 

 

 

 

 今は4月11日。早朝。

 眠い目を擦りながら、オレは生徒会室の床に正座していた。

 

「── で、何か申し開きはあるのか」

「これオレらそんなに悪くなくないっすか????」

「それでいいのか遺言は」

「すんまっせんしたァァアアア!!!!」

 

 頭を打ちつける勢いで土下座する。

 仁王立ちするエアグルーヴ先輩からはクッソデカいため息が漏れた。

 奥のいつもの席に座ってるだろうシンボリルドルフ先輩からは苦笑いが聞こえるし、壁にもたれ掛かってるナリタブライアン先輩からも「またかよこいつ」みたいな視線を感じる。

 

 うぅ……こんなはずでは……!!

 

 オレと同じように土下座するディープインパクトは── ダメだ。寝てやがる。

 昨日はすげえどんちゃん騒ぎだったから眠いのはわかるよオレもねみぃもんだけど今の寝るのは違くない????

 でもマイペース極まってるこいつに何を言っても通じない。サンジェニュイン、学習した!!

 

 かといってひとりでどうこうできる状況でもねえんだわ。

 前門の女帝にさらに前門の皇帝、横門には現状に無関心ブーちゃんの構成。勝てるわけねえ。

 

 そもそもなんでこうなったんだっけ?

 オレは眠たい頭をフル回転させて記憶を探った。

 あれは、そう、昨日── 4月10日のことだ。

 

 

 とは言ってもきっかけはそれより前に遡る。

 

「生誕ですわ──ッ!!!!」

 

 ドゴォン、と爆音響かせて開かれた扉。

 おお扉よ、これまでトレーニングルームを守ってきたことに感謝します。

 まさかこんな最期になるなんてなあ。南無三。

 力一杯で開けられた扉くんに黙祷を捧げつつ、オレはヴァーミリアンを見た。

 今時見んわ縦ロールなんて、と言いたくなるほど立派な赤毛の縦ロールを揺らしながら、嬉しそうな顔で繰り出された投げキッスを避ける。

 オレの動体視力が火を噴くぞ! ってアッ避けきれなかったペッペッ!!

 

「んま〜失礼ですわこのプリティエンジェルちゃん!!」

「誰がだよ」

「その顔でプリティもエンジェルも否定するのは一周回って喧嘩売ってんですわよ」

「口調ちょいちょい崩れてんぞお嬢」

「おっと失礼。わたくしとしたことがスカーレット一族的荒れ模様」

 

 スカーレット一族の皆さんに謝れそれは。

 

「で主題ですけれど。今年もわたくしの生誕祭を執り行いますわ!!」

「おー、今年はどこでやんの?」

「模擬レース場を使いますの!!」

「何するんスか? まさかディープインパクトちゃんのときみたいにレースなんてことは……」

「わたくしをこの競走狂(はしりや)と一緒にしないでくださいまし」

「言われてんぞディープインパクト」

「間違ってはいないから良いかなって」

 

 良いんかい。

 まあ確かに間違ってないしな。

 っていうかそれより小脇に抱えられて苦しそうだなコイツ。

 

「そういえばヴァーちゃんさん、模擬レース場のご許可はお取りになったのですか?」

「ええ、ぬかりなくってよ。この許可証、じゃなくてディープにサイン書かせて血判押させれば完了ですもの」

「だからそいつの手なんか赤いの!? 手当てしてやれよ!!」

「血判とは言っても親指に朱墨塗りたくっただけだから無問題(モーマンタイ)

 

 えぇ……。

 それでいいんかディープインパクト、と思って見たら顔が半分くらい死んでた。

 こいつもなんだかんだいってヴァーミリアンには押し負けるんだよなあ。

 ヴァーミリアンもディープインパクトに弱いときあるしどっちもどっちか。

 

「で? 模擬レース場借りて何すんだよ。走らないんだろ?」

「よくぞ聞いてくれましたわッ!! このヴァーミリアン、エンターテイナーとして、そしてスカーレット一族に連なる淑女として、やはり自分の誕生日も最高のモノにしたいんですの」

 

 うん毎年似た台詞聞いてんな。

 

「劇はシーザリオがやりましたわ。花見もラインクラフトが。並の生誕祭ではわたくしが霞む……出走するだけで『玉座が朱色に染まる』と呼ばれたわたくしが……ッ」

「お前その二つ名好きな」

「桃印女王も可愛らしとは思ってたっスけど」

「それバー○ヤンですわ無関係ですわ」

 

 しゃーないだろ語感似てるんだから。

 

「ちょっと所々茶々入れるのはおやめになって。話が進みませんの」

「オレ油淋鶏とごはん大盛り」

「かしこまりました~、じゃなくってよ!! ……もう進めますけど。今年の生誕祭では『お祭り』をしようと思いますの」

 

 お祭り? とオレたちが首を傾げるとヴァーミリアンが得意気に資料を配った。

 なになに? 『ヴァーミリアン生誕祭 in 模擬レース場 春祭り』?

 ……ほーん、夏祭りの春バージョンか。

 焼きそばとか綿菓子の屋台、水ヨーヨー、射撃、へえめっちゃ祭りじゃん。

 オレは人混み多いところとか外へ遊びに行けないので、ウマ娘になってからお祭りに行ったことがない。から久々だ。

 最後に行ったのいつだっけな……小学校の頃に幼馴染と行ったっきりかも。

 その後は夏の単発バイトで夏祭りの設置・撤去・接客とかはしたことあるけど。

 あの祭り限定の屋台価格ってのが当時のオレの財布にはキツくてなあ。

 食ってみたかったな、屋台の焼きそば。どんな味なんだろ。

 

「めちゃくちゃ規模デカくないっスか?」

「ふっ……先にいるものを上回るにはこれくらいはしなくては」

「これ衛生管理とかどうするつもりっスか。っていうか屋台とかやる側は誰が……まさか自分らだけでやるとかトチったこと言わないっスよね?」

「もちろん。わたくし、メテオのメンバーにも楽しんで貰うつもりでしてよ」

 

 ヴァーミリアンの計画はこうだ。

 春祭りの運営などは御実家のお母さんに相談済でスタッフを派遣して貰えるらしく、会場の設置・運営・撤去までそのスタッフたちがやってくれるとのこと。

 どんな屋台を出すかはヴァーミリアンが決めて、各屋台には最低でも1人、食品衛生管理者を置くことで衛生面や品質を担保。

 設置・撤去作業はイベント運営実績のある会社に指揮を依頼し、ウマ娘同士のトラブル予防も兼ねて警備員も置くらしい。

 

 ……こいつめっちゃ徹底してるじゃん。

 

 オレが思った以上にガチだぞ。

 思わず「おぉ~」と拍手しちゃった。

 

「折角の春祭りですもの……大勢を呼びますわ。けど、ねえサンジェニュイン」

 

 ん?

 

「あなたが彷徨(うろ)いてもこの警備体制なら歩けるし、調理担当が全員ヒトなら食べれる……そうよね?」

 

 その言葉にオレがゆるりと頷くと、ヴァーミリアンはニッカリと笑った。

 

 

 

 斯くして春祭り当日。

 いつもは殺伐としている模擬レース場も、桜が舞い散る中で華やかに開かれた。

 祭りの開始宣言を神輿に乗ったまま叫んだヴァーミリアンは、今も神輿に担がれ「ワッショイ! ワッショイ!」とはしゃいでいる。

 せっかく着付けて貰った着物も心なしか着崩れてるような気もするが、まあ肌襦袢着てるしでえじょうぶやろ。

 

「あっ、サ、サンジェニュインさん……ッ!」

「……お? おぉ! スペちゃんだ! シルバータイムたちも! みんなも来てくれたんだなあ。ありがとうな!」

「いえいえ!! こちらこそ誘ってくれてありがとうございます!!」

 

 祭りは多い方が楽しいって言うからな。

 この耳に痛いくらいの喧噪すら、今や楽しさへのスパイスだ。

 ウマ娘生で初の祭り。

 完璧に整えられた空間だから楽しいのか、それとも見知った悪友が作り上げた祭りだから楽しいのか。

 ……後者は言わない方がいいかも。

 

「みんなベビーカステラ食べた? すげえ美味いよ。屋台で売っていいんかコレってレベルで美味い。焼きそばもな。あれ黒毛和牛入ってんだよ意味わかんなくない?」

「黒毛和牛!?」

「た、確かにお肉がやけにやわらかくて深い味わいがするとは思っていたけど……黒毛和牛がはいってあの味で……400円……!?」

 

 気持ち分かる。

 宇宙ウマ娘と化したダスカを見て深く頷いた。

 意味分かんねえよな、オレもわかんねえもん。

 これ大丈夫なんかってヴァーミリアンに聞いたら「屋台価格だから」しか言わんし。

 屋台価格って普通相場より高いって意味じゃないんか。

 黒毛和牛入ってて1人前200gが400円ってクッソ安いわ。

 スピカのメンバーが「これが400円……」とそれぞれが手に持った焼きそばを眺めている。

 衝撃受けてるとこ悪いが、まだあるぞ。

 

「チョコバナナに掛かってるチョコは最高級ベルギー産。で、150円」

「ヒエッ」

 

 ウオッカが怖い物を見る目で右手のチョコバナナを見た。

 

「そのたこ焼きは大粒タコが入って10個入り200円」

「ウソでしょ……!?」

 

 スズカ先輩が慌てたようにたこ焼きを両手で抱えた。

 

「りんご飴のりんごはオレの大好物『サンふじりんご』を丸々1個使って、ザラメ糖も高品質なんだよ。お値段1本250円」

「わぁ、すごいんだね~」

 

 ウララちゃんがよくわかってなさそうな顔でニコニコ笑った。かわいい。もう1本あげた。

 

「あとは──」

「お姉様! もうこの辺で……聞き耳立ててた周囲も瀕死ですので……!」

 

 そう言われて周りを見ると、確かにみんな手元の食べ物をガン見している。

 さっきまでビニール袋に雑に入れて片手にぶら下げてたウマ娘も、大事なモノを抱えるように持っていた。

 あちゃあ、話のネタにと思っていったけど、余計買いづらくしちゃったかも。

 

 オレは苦笑いを浮かべつつ、確かにさ、と話始めた。

 

「確かにさ、材料は凄い高品質なのにこの値段なんて、って思うかも知れないけど、遠慮無く食べて欲しいってヴァーミリアンも言うと思うぜ。屋台にあるものは衛生の観点から売れ残ったら処分、って決まってるから、むしろ食べて貰わないと困るっていうか」

 

 そう、売れ残ったモノは未開封で消費期限が長いものなら別として、既に開封してる小麦粉や、大量に焼いている焼きそば、解凍済みのお肉など、祭りの後にどこかに回すことができないモノは処分しなくちゃいけなくなる。

 だから遠慮せずガツガツ食べてフードロスゼロを目指して欲しい。

 それ目的ってわけじゃないけど、イートスペースでテーブルいっぱいに戦利品を並べて食べているオグリキャップ先輩は、その点で頼れる戦力だ。

 あまりの安さにビビリ散らかしたタマモクロス先輩にも大量にお買い上げいただき、美味しそうに食べている姿を目撃した。

 オレのセリフに顔を見合わせていたスピカのみんな、with ウララちゃんは、ニッコリ笑うと「もっと買ってきます!」と言って駆け出していった。

 なんなら周りのウマ娘たちも。

 その場に残ったのは両手が塞がっていて買いに行けないダスカだけ。

 

「……んふふ、とりあえずイートスペース行こうか」

「は、はい! サンジェニュイン先輩!」

 

 呆然としていたダスカは、オレの声かけに応えて付いてきてくれた。

 思えば、この娘と一対一で話すのは初めてでは?

 ウオッカとは前に話したことあるんだけどなあ。

 ワールドロイヤルターフ前の話な。植木鉢が落ちてきたやつ。

 よく考えれば馬時代も話したことなかったかも。

 やっぱ牡馬牝馬ってのもあるけど、世代の違いがデカい。

 カネヒキリくんと同じ厩舎のウオッカには会うタイミングがあったけど、厩舎同士の親交がなかったダスカのところとは会えなかった。

 だからやっぱり初めてだな、話すの。何話せばいいんだろ。あ。

 

「ダスカちゃ、んん、スカーレットちゃんってうちのヴァーミリアンと親戚だったっけ?」

「は、はい! ママ、じゃなくて母同士が親戚なんです。お姉さん、あっ、ヴァーミリアン先輩とは小さい頃に何度か話したことがあって」

 

 確か……スカーレット一族だったけな。

 ヴァーミリアンのお母ちゃんの名前がスカーレットレディで、ダスカがスカーレットブーケ、だったはず。

 どっちも一族を象徴する名前を持ってる。

 ダスカちゃんは言わずもがな。冠名のダイワにスカーレット。

 ヴァーミリアンはその色から取ってるし。

 なんか家族って感じ良いよな。

 まあオレもオレの産駒が『サン』『サンサン』だの『サニー』だのがついてて連想名なのが多いけどな!

 

「あんまし一緒にいるの見なかったな」

「チームも違いますし、学園に来た時期も違うので……でもレースは見てました。お姉さんの活躍はアタシの励みでもあって、『玉座が朱色に染まる』って二つ名が、ほん、っとうに格好良くて……! って、あ、すみません! 熱くなっちゃって……」

「……ん~ん。いいね。オレも、うちの()たちにそう言われたときすっごく嬉しかったからさ。だからそれ、ヴァーミリアン本人にも言ってやってね」

 

 キラキラした目で語ったダスカが、ちょっと頬を染めて小さく頷いた。

 

 

 イートスペースに付くと、こっちに気づいたタマモクロス先輩が手を挙げてくれたのでふり返す。

 オグリキャップ先輩も口いっぱいに焼きそばを詰め込みながら、オレに向って親指を立てた。満足してくれてるようで何よりです。

 オレとダスカは広めのテーブルを取ると、買い出しに出たスピカのメンバーたちを待った。

 場所はダスカが連絡しておいてくれるらしいので、お言葉に甘え、オレはオレでカネヒキリくんたちに場所を送信する。

 ちなみにカネヒキリくんは長蛇の列が出きてた綿菓子屋台にチャレンジしてる。

 あの綿菓子オレモチーフでデザインされてるからさ……親友として1個欲しいらしい。なんか照れるわ。

 オレもカネヒキリくんモチーフの鯛焼き10個買ったけどな。

 

「あ!」

 

 鯛焼きを1個食べてるとダスカが声をあげた。

 どうやらヴァーミリアンを見つけたらしい。

 オレもつられて顔を上げると、ヴァーミリアンは誰かと話してるようだった。

 ん? アレって。

 

「エルコンドルパサーだ。……そういやあのふたりって」

 

 魂的には父と仔か。

 早逝したエルの数少ない産駒のうち、際立った活躍をしたのがヴァーミリアンだったはずだ。

 種牡馬入りの時なんてエルの後継を期待されて、ヒト族がよくお祈りしてた。

 オレがこっちで初めての凱旋門賞出る時、時空が歪んだのかエルと同じ凱旋門賞になったんだよな。

 そん時にヴァーミリアンがエルのことを知り合いだとかなんとか言ってた気がする。

 ダスカとタキオンみたいに、オレが知らないだけでそういう仲なのかもなあ。

 

「……ん? どしたん、スカーレットちゃん。混ざりに行かなくていいのか?」

「えっ、と。……お邪魔じゃないですかね?」

「どうして? お祝いは何度されたってうれしいもんだぜ。親戚の()からされたらなおさらだ」

 

 荷物はオレが見とくからさ。

 そう言うと、ダスカは頷いて駆けていった。

 ……おっ、ヴァーミリアンが笑ってる。ほら、やっぱり嬉しいんだよ。

 オレがニコニコしながら焼きそばを啜ると、気づけば近くにエルがいた。

 

 ファッ!? いつの間に!?

 

「この焼きそば本当に美味しいデース!!」

「えっぐいソースかかってっけどソレは!?」

「美味しいものがもっと美味しくなるものデスよ~」

 

 クッソ真っ赤になってるじゃんか!?!?

 風に乗って伝わる刺激的な香りなるほどデスソースで~す!?!?

 

 エルが辛いもの好きってのは知ってたけど、マジで掛けるとはなあ。

 でも本人嬉しそうだしまあ……嬉しいならいっか!

 

「あ、そうだ、今更だけど凱旋門賞以来ですね、エルコンドルパサーさん」

「デスね~。リベンジしたかったけどできなかったのが惜しいデス。ところでなんで敬語なんデスか?」

「なんか急に年齢を意識して」

「エルは中等部だからサンジェニュインさんより年下デース!!」

「ダウト」

「ホワイ!? 本当デスよ!?!?」

 

 違和感がなあ……違和感が……。

 

「ああでも、気持ち、ちょっと分かりますよ。たまに、ほんと~にたまにデスけど、年下に見えること、あります」

 

 そう言ったエルの視線は、ダスカと話しているヴァーミリアンを向いていた。

 

「昔会った時はとってもおとなしかったデース! 今もお淑やかでいいこデスよ? けどなんだか強かになって、とっても強くて良い子だって、思うんデスよねえ」

 

 何も覚えていなくても、共に育っていなくても、魂が覚えている。

 そういう表情(かお)だった。

 

「いやでもヴァーミリアンが大人しいは無い」

「ワッツ!?!?」

 

 マジでない。

 

 

 

 ── これはサンジェニュインの知らない話だが。

 

「ヴァーミリアン? ああ、とても温厚な馬ですね」

 

 管理調教師や担当厩務員、育成時代のスタッフ等、その周りにいた人間に言わせれば、ひたすらに穏やかな馬だったという。

 

 母スカーレットレディはその父に名種牡馬・サンデーサイレンスを持ち、非常にマイペースな性格だったと言われている。

 いわゆる『スカーレット一族』と呼ばれる名牝系の、その直系たる淑女の交配相手に選ばれたエルコンドルパサーは、日本国外で生産されたマル外。

 それゆえにクラシックレースこそ出走は叶わなかったが、その他では国内産馬をも一切寄せ付けない活躍で一気に注目馬へと昇り詰めた。

 4歳、現年齢・3歳になると、皐月賞やダービーへ出走できないエルコンドルパサーの大目標は、NHKマイルC一本であった。

 平成8年の開催から、NHKマイルCはひそかに「マル外ダービー」とあだ名されていた。

 初年度から出走馬の過半数をマル外馬が占めていたからだ。エルコンドルパサーの代もそれは変わらなかった。

 デビュー以来常勝無敗を貫いたマル外のエース。当日も1番人気に推されてターフを駆け、GⅠの称号を手にした。

 以降、ジャパンカップでは女帝・エアグルーヴ相手に2馬身以上の着差を付けて勝つと、翌年からは長期の海外遠征を敢行。

 凱旋門賞2着の栄誉を得て、エルコンドルパサーは種牡馬入りした。

 

 その父・キングマンボは当時の欧米諸国を席巻していた名種牡馬・ミスタープロスペクターと、'80年代の短・マイル路線で圧倒的存在感を放った名牝・ミエスクの間に産まれた。

 ミエスク自身も父にノーザンダンサー直系のヌレイエフを持つ良血馬で、エルコンドルパサーの母・サドラーズギャルも父系にノーザンダンサーを持ったことで、その血統はノーザンダンサーの4*3 ── 奇跡の血量であった。

 

 クロスことキツイと指さされることもあったが、間違いない名馬であるエルコンドルパサーと、ノーザンファームが誇るスカーレット一族の淑女・スカーレットレディ。

 その間に生まれたヴァーミリアンは、非の打ち所がない立派な血統表と、それに見合う美しい馬体を持ち、幼少期から期待されてきた。

 スタッフは皆、父が果たせなかったクラシック出走の夢をヴァーミリアンに見た。

 マル外ゆえに一生に一度の大舞台に上がれなかった悔しさを、その息子で晴らそうとしたのだ。

 そうしていつかダービー馬の称号を戴くその日を、誰もが心待ちにしていた。

 

 ヴァーミリアンの競走馬生活は、順調なスタートを切った。

 鞍上に名手・(たけ)(はじめ)騎手を迎え、2歳新馬戦・1着。

 オープン馬を目指し出走した萩S、京都2歳Sこそ2着となったが、同年の暮れ、当時はまだGⅢだったラジオたんぱ杯2歳S── 現・ホープフルS(GⅠ)を1馬身差で勝利し重賞馬になった。

 同期で育成時代は同じ調教グループであったディープインパクトが活躍すると、その併走相手を務めたヴァーミリアンの評価も自然と上がる。

 弥生賞を勝って皐月賞へと向うディープインパクトを追いかけるように、ヴァーミリアンもスプリングSをジャンプ台に皐月賞制覇を狙った。

 だが、結果は16頭立ての14着。

 本番の皐月賞も出走こそできたが、こちらも結果は降るわず、出走後は長期放牧に出された。

 秋頃に帰厩すると、芝2戦を挟んだ後にダートへと路線変更し、これが見事に成功。

 それから2010年に引退するまでの6年間、毎年重賞を制覇する優駿ぶりを見せ続けた。

 引退後は社来スタリオンステーションにて種牡馬入り。

 代表産駒に地方スプリントで活躍したノブワイルドや、JBCスプリント2着等の功績を残したリュウノユキナらがいる。

 

 間違いなく'05世代ダートの代表格であったヴァーミリアン。

 そのキツいクロスと、錚々たる戦歴から荒々しい一面を想像されることも多いが、これまでスタッフたちが口を揃えて言うのはその穏やかさだった。

 母似のマイペース。そして父似の賢さ。

 頭が良すぎることはなく、適度に悪戯をして甘えてくるなど、可愛がられる馬でもあった。好物のにんじんを食べる姿も可愛いと評判だった。

 

 きっと当時のサンジェニュインに言っても『寝ぼけてるんかお前!?』と返されるだろう。

 あいつのどこをどう見たら温厚に見えんだオォン? とお前のが気性荒いなとツッコミ入れたくなるほどの熱量で言い募ってくるに違いない。

 だがヴァーミリアンが温厚な馬でなかったら、そもそもこの2頭は出会うことすらなかったのだ。

 何故ならサンジェニュインの併走相手になる第一条件は、大人しく穏やかな牡馬である、だったからだ。

 

 神から与えられたプリケツと魅惑の美貌を持つサンジェニュインは、その呪いから牡馬を遠ざけたがった。

 近寄る牡馬が皆そのケツをタッチしたりケツをすりすりしたりケツをクンカクンカしたり、ジュニアをフルオッキしたり、目も当てられない惨状を繰り広げたのも大きい。

 誰だって下半身ギンギンにされながら追いかけ回されたくはないだろう。

 なにより牡馬に近寄らなければ俺もあっちも傷つかない、そうだよな? という圧倒的思慮深さ(笑)による判断でもある。

 結局サンジェニュインが一緒に居ても平気だと思ったのは、鋼の意志でサンジェニュインにタッチしなかったカネヒキリただ1頭だった。

 

 けどまあ1頭でも併走相手ができてよかった。

 そう安心したのもつかの間、カネヒキリは3歳になって間もなくダート路線に切り替え、サンジェニュインと道を違えることになった。

 これに焦ったのはサンジェニュインの管理調教師・本原だ。

 自厩舎にサンジェニュインと併せられるレベルの馬はいない。かといってどこの馬とでも併せられるような性質(タチ)ではない。

 牝馬だと馬格の差で選びづらく、フケの件もあって相手から敬遠されてしまう。

 牡馬だと前述の通りで無理。ダメ。ゼッタイ。サンジェニュインのケツが白くなるか胃に穴が空くかの二択だ。

 

 そんなときに白羽の矢が立ったのがヴァーミリアンだった。

 

 同世代の2歳中距離王者で、さらにはあのディープインパクトとも併せられるほどの能力! おまけに関係者が口を揃えて言う『大人しい』性格!

 490kg前後の馬格は、サンジェニュインと競り合いになっても問題無い立派なものだった。

 かくして2頭は2歳の暮れ、栗東トレーニングセンターの調教馬場で顔合わせをすることになった。

 

 だが──……。

 

『「ボクは誰よりもかわいいです。かわいくてごめんなさい」と言え』

『ヒェ……』

『言え』

『ぼ、ぼくは誰よりもかわいいです、かわいくてごめんなさいぃ……!』

 

 喜劇、いや悲劇であった。

 

 本原も冷や汗ダッラダラになるほど近づいた2頭の鼻。

 明らかに鼻息が荒いヴァーミリアンを目にして、人選ならぬ馬選間違えたかも、と呟いたとかどうとか。

 ヴァーミリアンの担当厩務員も「どうしちまったんだ」と嘆くほど、常のヴァーミリアンとは何もかもが違った。

 めちゃくちゃアツいじゃん。どこがって、鼻息がだよ言わせんな。

 まさかこのタイミングでサンデーサイレンス由来の気性の荒さが、と周囲が訝しんでるとも知らず、ヴァーミリアンは目の前にサンジェニュインがいなければいつも通り大人しい馬のままだった。

 やっぱりおかしいのはうちの仔かあ。本原の言葉に目黒が力強く頷くのを、本原厩舎の若手調教助手が見ていた。

 

 

 

 ということで、サンジェニュインにとってのヴァーミリアンは性癖ヤクザの同期生だった。

 種牡馬時代もサンジェニュインの息子を見て『お前そっくりじゃねえかよどうなってんだコレ可愛いの化身……?』とのたまってガン見してくる有様。

 ガン見はよせよ俺の仔そういうのに慣れてねえんだわ、とサンジェニュインが止めるもギンギラギンに目ん玉をかっぴらいて見つめていた。

 そんなヴァーミリアンに苦言を呈する者が1頭。

 

『全然似て無いだろ節穴か?』

 

 サンジェニュインと放牧地をシェアハッピーする勝ち組・カネヒキリだ。

 

『ハ? お前こそ目ぇついてんのか? この白毛! この顔立ち! この乳臭え匂い! ザ・サンジェニュインの仔じゃねえか可愛いの極みじゃねえか』

『お前こそ目を洗え。サンジェニュイン以外はサンジェニュインじゃないんだ』

『お前の中には「似てる」っつー概念はねえのか赤毛野郎!!!! 表出ろや!!!!』

『楽園から出るわけないだろ常識的に考えて』

『 ── おいおいおい、俺挟んで喧嘩すんのやめねえか!?!? カネヒキリくんも煽んなよっていうか俺ともそれくらいの文章量で喋って!?!? ……目ぇ逸らすなや!!!!』

 

 だいすきなトモダチには良い格好したい。

 カネヒキリは硬派を気取るどこにでもいる思春期オッス味を覗かせながら引き下がった。

 

『……なんかあの白毛ってば俺様に顔似てない? 俺様とサンジェニュインの仔だったりしない?』

『おい下半身にぶら下がってるタマ忘れてんぞ』

『俺様が産むわけねえだろ』

『俺も産むわけねえんだが!?』

 

 こういうやりとりを、カネヒキリが死んで、ヴァーミリアンが社来スタリオンステーションからホースパークへと引っ越すまでの間、戯れのように続けていた。

 喧嘩だってごっこあそびで、じゃれあいの延長戦で、彼等なりのコミュニケーション。

 

 しかしカネヒキリを喪ったサンジェニュインの落ち込み様は深く、引っ越し前夜のヴァーミリアンにある決心をさせるには十分だった。

 

 翌朝。ホースパークへと向う馬運車の準備が進められている最中、サンジェニュインはスタッフに手綱を牽かれ、ヴァーミリアンの前に現われた。

 種付けシーズンの本格化まであと1ヶ月。寒い1月の朝、サイレンスレーシングの勝負服を模した馬着に身を包み、見送りの列に加わったサンジェニュインをヴァーミリアンはすぐに見つけた。

 積み込まれていく荷物の中には、今着ている馬着と同じものが入っている。サンジェニュインが言わない限り、ヴァーミリアンがそれを知ることはないだろうが、着るときが来たらこの日のことを思い出すだろう。

 懐かしい勝負服を着こなした悪友が見送りに来た、この日を。

 

『……アイツには会ったのかよ』

『ディープか? さっき散々グルーミングしてやったわ。前にボリクリさん引っ越してだいぶ気落ちしてたがよ、他にもキンカメさんとか居るしなんとかなるだろ』

『めっちゃコミュ強だよなアイツ』

『知らんうちに仲間作ってるしな。だから、まあ、大丈夫だ』

 

 じゃあお前は?

 サンジェニュインは聞こうとして止めた。

 どんな言葉が返ってきたとしても、サンジェニュインにはどうすることもできないからだ。

 

『元気でやれよ』

『お前もな』

『……向こうには俺の息子もいるから』

『えっマジかよおいおいテンション上がってきたなァ!!』

『すみませ~ん!! スタッフ~~!? ホースパーク行きキャンセルで!! 俺の息子がァ!!』

 

 ぎゃあぎゃあ騒いでもやっぱり結果は変わらない。

 馬運車の準備が整い、いよいよヴァーミリアンの手綱が引っ張られた。

 それを見てサンジェニュインの目が凪ぐ。

 別れには慣れたつもりになっていた。

 なっていただけできっと慣れてはいなかったのだろう。

 気づいたヴァーミリアンが乗り込みに抵抗し、サンジェニュインの前に立った。

 

『俺様、身体丈夫なんだよ』

 

 特別デカい怪我を負ったことはなかった。

 心房細動になったことはあったが、それも命に別状なく、それどころか復帰後からG1レースを勝利した。

 頑丈さには自身がある。胸を張って答えた。

 だから。

 

『俺様はお前より長生きする』

 

 種牡馬を引退し、繋ぐ血がか細くなったことは悲しい。

 早逝した父の跡を継いで伸ばした糸の行く先は、子供達の活躍に期待しよう。

 しかしホースパークに引っ越すことで良いこともある。

 最速を求めて走ることもない、血を繋ぐプレッシャーに圧されることもない。

 ただ1頭の乗馬として穏やかに暮らす生活が待っているのなら、きっと今の生活よりもうんと長く生きられる。そんな確信がヴァーミリアンにはあった。

 

()()するぜ、俺様は長生きする……── 絶対にだ!』

 

 斯くしてこの約束は、2025年の10月。

 サンジェニュインの老衰によって果たされることになる。

 これまでサンジェニュインが交わしたあらゆる約束事の中で、唯一、叶ったものだった。

 

 

 

 

 祭りが終わって宵闇が近づく。

 満足そうなヴァーミリアンに、オレはディープインパクトと目配せをして駆け出した。

 おいおいここでお前の誕生日が終わると思ったか?

 

「祭りってぇ……花火、必要ですよねぇ……!」

 

 密かに手配した花火師が、春の夜空に花を咲かせた。

 ワインレッドの、それはそれは見事な、大輪の花だった。

 目を潤ませたヴァーミリアンをからかうことはしない。

 おうぞんぶんに泣きな。あちょっとまていオレとディープインパクトの着物で鼻拭くな!!

 

 結局最後までどんちゃん騒ぎのまま、オレらは笑ってその場で寝た。

 

 

 そして翌朝。

 模擬レース場の許可までは取ったが花火を打ち上げる許可を取り忘れていたオレたちは、こうして揃って正座し反省文を認めていた。

 

「わたしたちは無許可で花火を打ち上げた愚か者です」

「こんなことがないよう以後気をつけます」

 

 10回くらい呪文のように唱えた後、オレたちは解放された。

 だけどオレは脚が痺れて動かず、しばらく生徒会室で転がっていた。

 

 ヒヒーン!!!!

 

 

 

 

 

 それから時は流れた。

 長かったオレとディープインパクトの引き継ぎも終わり、いよいよ学園から巣立つときが来た。

 見送りに来たヴァーミリアンを見てオレが思うのは、ああ、あの日と逆だなあってこと。

 でも、かわらないものもある。

 

「約束は守る女なのよ、わたくし」

 

 悪戯っぽくそう言ったヴァーミリアンに、オレは思わず笑った。

 

「知ってるよ」

 

 お前が思っている以上に、お前が自覚している以上に、オレは知ってるよ、ヴァーミリアン。

 オレのこと追いかけ回すし、鼻タッチしてくるし、お嬢様プレイを強要してくるけど。

 でも、お前がどんなにレースに対して真面目なのかを、夢を叶えるために努力してきたのかを、オレは知ってるんだ。

 もうずっと、お前が生まれるよりもずっと、馬の頃から。

 だってお前だけが守ってくれたじゃんか。オレのわがままな願いを、あの冬の日の誓いを。

 

「お前が約束だって言ったなら、そうなるんだろ」

 

 疑問はもはやない。

 お前は有言実行だから。

 

 2025年より後のお前をオレは、俺も知らないけど。

 長生きをしてくれたんだろう。ホースパークで、たくさんの馬に人に囲まれて。

 お前に記憶がなくったってどうでもいい。重要なのはそこじゃなくて、お前の魂がすでに証明した。

 その果てに今がある。オレと、お前がいる。

 

「さようならは言わないでおく」

 

 どうせ近いうちに会うなら、またね、の方が良いと思った。

 それはきっと間違いじゃないし、泣きじゃくるような声で笑ったヴァーミリアンが、そうだと言っていた。

 

 

 

 

 

 

「オーホッホッホ──ッ!! わたくしが!! 来ましたわぁ!!」

「ま〜たうるさくなるよ〜……もぉ〜……」

「とか言っちゃって、いいじゃないスか、これぞ自分らって感じっスよ。しっくり来たっス」

「カネヒキリくんがまだついてないでしょ〜が!!」

 

 ヒィン!!!!







ヴァーミリアンさん本当に長生きしてくれ(懇願)


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通常番外編:'24/04/22 更新
タマモクロスの可愛い後輩


 カネヒキリに料理を教えたのは、まだ桜が落ちきる季節だったと思う。

 卵もろくに割れなかったウマ娘が、よくもまあここまで上達したもんや。

 そう感心するくらいには、カネヒキリの料理の腕前は上達していた。

 いや、むしろ上達しすぎていた。

 なんやねん『鴨のコンフィ』て。

 教えてへんわこんな洒落た料理!

 

「如何ですか」

「んまいぃ……!」

 

 突然の呼び出しの詫びに、と作ってもらった料理に舌鼓を打ちながら、それにしても、とエプロン姿のカネヒキリを見た。

 料理の腕と同じくらい、カネヒキリに対する印象もずいぶんと変わった気がする。

 出会ったばかりの頃のカネヒキリは、他のウマ娘にほとんど興味がない、クールなイメージやった。

 職人気質といえばええんか? それが今や、サンジェニュインのために料理を覚え、毎食拵えてやっている。

 カネヒキリにここまでさせるサンジェニュインというウマ娘は、本当になんなんやろなあ。

 クリークは会ったことあるみたいやけど、神出鬼没と言われるサンジェニュインと遭遇する確率はかなり低く、結局まだ一度も会えていない。

 なんやクリークは『可愛らしい』なんて言うてたけど、そもそもクリークは誰に対しても可愛いと言うウマ娘や。

 テレビ越しとは言え、見たことあるサンジェニュインは確かに愛らしい見た目をしているし、なんや新情報はなかったな。

 カネヒキリだって、当初は料理を通じて会っていたのが、海外遠征に出るようになってからはそれもめっきり減って、ここしばらくは連絡もなかった。

 けど最近になってウチとクリークにアポが入ったってワケや。

 

「おお、BCクラシック!? 世界ダートの注目レースやないか! すごいでカネヒキリ!」

「おめでとうございます~!」

「ありがとうございます、タマモクロス先輩、スーパークリーク先輩」

 

 国内だと地方を除いて中央のダートレースは幅が広いとは言えない。

 圧倒的に重賞レースが不足している中で、ダートを走るウマ娘はしばしば軽視されがちなのが、根絶すべき悪しき風習ってやつや。

 クラシックシーズンに入ってからダート路線に切り替え、クラシック級でありながら国内のダート路線を席巻したカネヒキリに、この島国は小さすぎた。

 んで、シニア級に上がって早々、カネヒキリはサンジェニュインとともに海外遠征を繰り返すようになったっちゅーわけや。

 世界一のダートレースと謳われるドバイワールドカップを制して以降、カネヒキリの海外志向はますます強まった。

 今回、カネヒキリからアポが入ったのは、その最中だった。

 

「……サンジェニュインの、自炊の補助?」

「はい。BCクラシック参戦にあたって、サンジェニュインの食事を作るのが難しくなってしまいました。サンジェニュインには自炊をお願いしようと思っているのですが、如何せん彼女には自炊の経験がなく。お手数おかけしますが、先輩方には自炊の手伝いをお願いしたいのです」

「おぉ……あんた……珍しく饒舌やなあ……」

 

 思わずそんな言葉が出るレベルで、カネヒキリが喋る、喋る。

 別に無口っていうほど無口ちゃうけど、カネヒキリは滅多に長く喋るようなウマ娘じゃあない。

 せやから驚いたし、同時に、カネヒキリの中でのサンジェニュインの存在を改めて強く感じた。

 

「カネヒキリちゃん。お手伝い、は全然大丈夫なのですが、私たちが作る、のではだめでしょうか? サンジェニュインちゃんはお料理、できないって聞きましたけど……」

「せや! それ! 自炊初心者の危なっかしい手つきを見守るよりは、ウチらが作ったほうが早そうやんな」

 

 けどカネヒキリは首を横に振って答えた。

 

「サンジェニュインは、事情があって私の手料理か、トレーナーやメテオのメンバーが手を掛けたもの以外は食べられません。ご厚意は大変ありがたいのですが、どうか『サンジェニュインの自炊』を補助していただけませんか」

 

 クリークと顔を見合わせた。

 もっとよく話を聞くと、他のメンバー ── チーム・メテオの面々も、マイルCS、天皇賞・秋、JBCクラシックなどの十月~十一月開催のレースに出走するため、それぞれ合宿に出て寮内にはいないらしい。

 カネヒキリが帰国するまでの間、サンジェニュインだけの状態になるため、他に頼れるウマ娘がいないのだと、カネヒキリは頭を下げた。

 ウチとクリークはまた顔を見合わせて、そんでカネヒキリの背中を叩いた。

 

「カネヒキリ! こんなことで頭下げんなや! 困った時はお互い様や言うたやろ~? お前の料理練習の時とかにぎょーさん野菜とか肉とかお裾分けしてもろたし、おかげであん時はかなり食費浮いたわ。助かったで」

「そうですよぉ、カネヒキリちゃん。お料理もお菓子作りもと~っても頑張っていたし、頑張り屋さんのサポートをするのは大得意なんです。それになにより、困ったとき私たちのことを思い出してくれて、それが一番うれしいです!」

 

 そうや。クリークの言う通り。

 ほかに頼れる人がおらんってなった時に、ウチらのことを思い出して、こうして頼ろうとしてくれたのも嬉しい。

 料理を教えた時だって、ちょっと目を離した隙にすぐに上達して、気づけば教えることはなんにもなくなってた。

 成長の速さに誇らしい気持ち半分、支えられるところが減って悲しいのが半分。

 すぐに一人立ちしたがる妹分が、ウチらに手を伸ばしてくれたことが、ほんまに嬉しいんや。

 

「……本当に、ありがとう、ございます」

 

 もう一度頭を下げたカネヒキリの背中を、ウチはポンと叩いた。

 背も高くて、凛々しい顔で、大人びていて。

 でもやっぱりウチらよりも年下なんや。

 少しだけ泣きそうに潤んだ目は、見なかったフリをした。

 

「それで? 補助をするのはなんも問題ないわ。せやけど、ウチはテレビ越しにしかサンジェニュイン、見たことないんやけど……」

「……はい。なので、連れてきました」

 

 ガラッと廊下の扉をカネヒキリが開くと ── そこにはオグリキャップと共にクッキーモンスターと化した天使の姿が。

 

 ……い、いや天使ちゃうわ、ウマ娘や!

 びっっっくりした!!

 天使がクッキー食ってるかと思ったわほんま。

 何故かバクバク煩い心臓を抑え、オグリキャップの方を見ることでやり過ごす。

 扉を開いたカネヒキリは、困ったような表情で天使、じゃなくてウマ娘に近づいて行った。

 

「サンジェニュイン。クッキーは一日五十枚までだと言っただろう」

「あああああ! オレのクッキーがぁぁあああ!」

 

 いやいや、クッキーは一日五十枚までだ、ちゃうやん。

 怒るのはそこちゃうで、っていうか五十枚は多すぎや、っちゅーかクッキー五十枚も焼いたんか?

 アカン、ツッコミどころが多すぎて追いきれんわ!

 お前もお前でなにちゃっかり自分用のクッキーを腕に抱えとんねん、オグリキャップ!

 

「ふまいほ?」

「後輩からクッキー取ったんなや……!」

 

 満足そうにクッキーを食べるオグリキャップにため息が漏れる。

 前からそうやけど、ほんまマイペースなやっちゃな。

 でも今はそのマイペースさに救われるわ。

 オグリキャップがいつも通りであることで、天使、じゃなくてウマ娘 ── サンジェニュインの方を見ずに済む。

 いや、見たくないわけちゃうで? むしろめちゃめちゃ見たいねんやけど、なんやろ、なんか、あかん! みたいな。

 ガン見したら何かを得る代わりに何かを失う気がすんねん。

 サンジェニュインをガン見してるクリークの腕をさりげなく引きつつ、ウチはカネヒキリの説教が終わるまでの間、じっと目を閉じていた。

 

「すみません、先輩方。改めて紹介させて貰っても良いですか」

「お、おお。もちろんや。……えーっと、はじめましてやな!」

 

 数分くらいして、ウチらは天使、じゃなくてサンジェニュインと改めて向き合った。

 瞳と唇以外が真っ白なサンジェニュインは、テレビ越しで見るよりもよりキラキラしていた。

 テレビでキラキラしてんのはなんかの編集かエフェクトか、そんなもんかとぼんやり思ってたけど、ちゃうな。

 これはガチや。

 サンジェニュインからキラキラと一緒にお花さんが飛んでるんや。

 すごいなコレ、どないなってんねん。どういう原理やねん。

 サンジェニュインを抱きしめに行こうとしているクリークを止めつつ、思わずジロジロと見てしまうウチらを、サンジェニュインはカネヒキリの背中から顔だけ見せてペコリと頭を下げた。

 なんや、テレビで見た時や、聞いてた噂とはだいぶちゃうなあ。

 よく聞くのは、気取ってるだとか、ふてぶてしいだとか、偉そうだとか、冷酷だとか、そらまあ高飛車な噂ばっかりやったけど、実際に目にしたサンジェニュインはといえば、容姿こそいろんなやつが言う通り輝かんばかりの美貌ではあったけど、どこかおっとりした雰囲気やった。

 カネヒキリの背中に隠れているのは、以前クリークが追いかけ回した影響なのかもしれん。知らんけど。

 それを見てると、冷酷なんてとんでもない。

 どちらかといえば小動物のような印象の方が強かった。

 こじんまりとした、手のひらに乗るハムスターのような癒し系や。

 スラスラとサンジェニュインの経歴を喋るカネヒキリの背中越しに、こっそりとクッキーを食べている姿なんて子リスやないか。

 そんなことを思ってたけど、それが間違いなのはすぐに分かった。

 カネヒキリに促されて一歩、前に出たサンジェニュインの身長はウチを有に上回った。

 なんならクリークよりも大きい。

 178センチ近いカネヒキリとほぼ変わらないということは、少なくとも一七〇センチ越えっちゅーわけやけど、驚きすぎて思わず自分の身体をかき抱くレベルや。

 

「カネヒキリくんがいない間、お世話になります」

 

 そういってカネヒキリ共々頭を下げるサンジェニュイン。

 そのしおらしい様子に、ウチは思わず『めっちゃおとなしいやん!』と口走ってしもた。

 

「あ、いや、すまん! なんや聞いてたのと印象ちゃうから、つい」

 

 ウチの言葉に、目を丸くしたサンジェニュインが『ああ』と息を漏らした。

 それから、どこに隠し持ってたのか扇を取り出して広げると、顔の半分、口元を隠すように置いた。

 

「聞いてた印象ってこれですか?」

 

 さっきよりもワントーン下がった声色でそう言ったサンジェニュインが、目をスッと細めた。

 

「それやそれ! それそれ!」

 

 と指差すウチに、サンジェニュインは面白そうに笑った。

 

 なんや、ほんまに違うな。

 もっとこう、傲慢な感じがあるかと思ったのに。

 傲慢どころか純粋そう。

 そう思うくらい透き通った笑い声だった。

 もしかして、今までの噂全部演技だったんか?

 そうだとしたら、えらい演技派やで。

 方々から噂されるほどの人格を演じ切るなんて、並の精神力じゃできん。

 相当考えて、おっきすぎる猫ちゃんかぶっとるんや。……なんや、とんでもない大女優に会うてしもたかも。

 

『その扇、まさか……お前が噂のサンジェニュインか?』

『ですです。さっき自己紹介しましたよオグリキャップ先輩』

『すまない、クッキーに夢中になっていた』

『美味しいですもんね』

『ああ』

 

 とかいうオグリとサンジェニュインの天然ふわふわな会話も聞こえないくらいの衝撃やった。

 

 

 

  ── そんな初対面から三週間が経った。カネヒキリは二週間前に渡米してもういない。

 サンジェニュインの『一ヶ月カネヒキリ無し生活』も二週目に突入していた、なんてことないある日。

 カネヒキリ経由で交換したウマッターに連絡が入ったのは、ちょうどその日のトレーニングが終わった頃やった。

 

『今日から自炊します。カレーです』

『了解。材料はあるんか?』

『カネヒキリくんがセッティングしててくれたみたいです』

『用意周到すぎるやろ。わかった。クリーク連れてそっち向かうわ』

『よろしくお願いします』

 

 カネヒキリは三週間分の作り置きを用意する、と言うてたけど、それと同時に『おそらく二週間くらいで食べ終わると思います』とも言うてた。

 そしてそれはドンピシャで当たった。

 さすが幼馴染と言うべきなんか?

 最初はカレーから作ると思いますよ、言っていたことも同時に思い出して、いや幼馴染特有の以心伝心というかもうその次元ちゃうなあ、と頭を抱えた。

 元からただの幼馴染と呼ぶには距離の近いふたりや。

 カネヒキリはサンジェニュインの世話を焼きすぎだし、サンジェニュインはカネヒキリを頼りにしすぎている。

 どっかのタイミングでトレーナーなりが引き離して、それぞれ独立させるべきなんちゃうか、とふたりのやりとりを見て思ったこともあるけど、きっとちゃうんやろな。

 共依存のように見えて、その実、ふたりは一個人として自立しているようでもあるんや。

 

「ちぐはぐやけど、完璧ちゃうけど、いびつでも、ちゃあんと自分の脚で立っとるんやもんな、あのふたり。不思議やわあ、ほんま」

 

 ウチの言葉に、いつのまにか傍にいたクリークが、『愛ですねえ』とのんびりと呟いた。

 

「こんばんは。……ってアレ? オグリキャップ先輩も一緒なんですね」

「せやねん。途中で会ってな。サンジェニュインのところに行く言うたら、飯のことやってピンときたみたいで」

「美味いものが食えると聞いて。楽しみだ」

「あんたのために作るんとちゃうんで!」

 

 コントのようなやりとりに、サンジェニュインは可笑しそうに笑う。

 調理の準備は万端、と意気込むサンジェニュインに案内されるまま、部屋の中に入った。

 

 サンジェニュインの部屋は栗東寮の奥まったところにある。

 カネヒキリが散々言っていたように、その愛らしい顔が原因で、サンジェニュインはストーカー被害などに度々会うらしい。

 そもそもカネヒキリが料理を始めた理由だって、食堂で異物混入されるからその対策だったことを思い出して、ウチもクリークも、クッキーを頬張っていたオグリも苦々しい表情になったわ。

 ウマ娘が安心して暮らす第二の実家になるはずの寮内でさえ、安心して気ままに振舞えんなんてアホな話やで。

 確かにサンジェニュインは美少女やけど、ストーカー行為に走ったって心なんか手に入らんこと、わからんのやろか。

 ……わかってたらストーカーせんか。

 

「わあ、キッチンもあるんですね!」

「ですです。といっても簡易的なつくりなんで、本格的な料理はできないですよ。せいぜいお湯沸かしたり、かるーく炒めるとかその程度。……と、カネヒキリくんが言ってました」

「って、カネヒキリかーい!」

「オレは使うの禁止されてるんですもん」

 

 サンジェニュインの部屋は特殊なつくりになっていて、セキュリティの問題で詳しいことは言えんらしいけど、変質者対策も兼ねて部屋内にミニキッチンも備えられている優れもんや。

 でもサンジェニュイン本人が言う通り、自炊ができないサンジェニュインにはオーバースペックで、もっぱらカネヒキリが利用しているらしい。

 ここでおやつとか作ってもらったりします、とサンジェニュインは嬉しそうに言った。

 

「ほんで、今日はカレーやったな。でも鍋とかないやん。どないするんや?」

「それは大丈夫です! これがあるんで!」

 

 ジャジャーン、と口で良いながらサンジェニュインが取り出したのは炊飯器三台。

 

「こっちの白いのが御飯用。こっちの赤いのが汁物用。こっちの青いのがお肉用です!」

「……まさか、炊飯器でカレー作るんか?」

「ハイ! そのために炊飯器三台用意しました!」

 

 にぱーっとサンジェニュインが笑って肯定する。

 その手には何かのノートが握られていたので、目を凝らしてタイトルを見た。

 

「『カネヒキリ式炊飯器レシピ ~ 炊飯器一台で作れる美味しいごはん ~』……アイツこんなもんまで作ってたんか」

「オレ、料理ほんとにできないんすよ。包丁握ったら天井に刺さるし、ピーラー使おうとしたら爪がはがれそうになったし、コンロに火をつけたら強火以外にできないし ──」

「ちょい待ち! なんやねんそのツッコミどころのオンパレードは! ひとつひとつツッコミさせえや! そいで料理できないとかそういうレベルとちゃうやろそれぇ!」

 

 肩で息をするウチに、サンジェニュインが人差し指をピン、と立てた。

 

「それでは天井をごらんください。ところどころ穴が見えますね。アレはオレがカネヒキリくんに内緒で包丁を握ったときにできた穴の数々です」

「えげつなっ! どんだけぶっさしとんねん!」

 

「好きで刺したわけじゃないんすけどね……そしてこちら! この壁のちょっと燃えた感じ。これはコンロに火をつけようとした瞬間にキャンプファイヤー! した火で燃えた跡です。極めつけがこちら。温めボタンを押しただけなのに爆発して使い物にならなくなったレンジ」

 

 そうはならんやろ、という事故物品の数々。

 ちょいオグリ、なに『おお~!』言うてんねん。『おお~!』ちゃうねんぞこれは。

 クリークも、あらあら、なんて言っとる場合ちゃうでほんま。

 こんなん料理ができんとかそういうレベルちゃうねん!

 大事なことだから2回言わしてもろたわ!

 

「そんなオレですが唯一使えるのが炊飯器。ご飯炊くのもケーキ炊くのもお手の物!」

「ケーキを『炊く』っていうのツッコミポイントや思うけど、もう、スルーさしもらうで……あんたはもうずっと炊飯器使ってなさい……」

 

 そのための炊飯器レシピです! とサンジェニュインが無邪気に笑う。

 カネヒキリくんサンクス! と言いながらレシピノートを天に掲げ、クルクルとその場で回る姿は、まるで小さな子供やった。

 うちのチビたちと同じくらいの。いやそんなこと考えとる場合ちゃうな。

 それよりも何か言わなきゃいけない気ぃがする。すごく大事な、なんやったっけ。

 ツッコミどころが多すぎて頭から抜けてもーた。

 

「ところでサンジェニュイン。包丁も握れないなら食材はどうやって切るつもりなんだ?」

「それや! それやでオグリ! でかした!」

 

 そうそう、包丁使えんのにどうやって料理するのかっちゅー話や。

 カレーは小学生でもできる簡単な料理ではあるけど、野菜や肉を切ったりする作業が発生する。

 サンジェニュインが包丁握れんと野菜も切れん。

 カネヒキリはサンジェニュインの自炊の補助を、とウチらに頼んできたけど、サンジェニュインの代わりに包丁使って野菜切ったりすればええんやろか。

 クリークも同じ考えに至ったようで、にっこりと笑った。

 

「お野菜やお肉は私が切りましょうか?」

「いいえ! 心配には及びません。オレが包丁を使えないことなどカネヒキリくんはお見通し! そこでコレです」

 

 サンジェニュインが取り出したのはタッパー。蓋を開けるとカット野菜が出てきた。

 

「こちら、カネヒキリくんが事前に切っておいてくれた野菜と肉です」

「至れり尽くせりか!」

 

 カネヒキリも甘やかしすぎるやろこれは~!?

 ここにいないやつに文句言うてもしゃーないけども!

 なんやねん事前にカットされた野菜て! 切らせぇ!

 補助のために二人もついてるんだから、生の野菜渡して切らせぇよ!

 

「今日はカネヒキリくんのご厚意に甘えてこのカット野菜とお肉使うんですけど……実はタマモクロス先輩たちにお願いがありまして」

「ゼェ……ハァ……ゼェ……ッ! おね、おねがい……?」

 

 ツッコミ疲れで肩で息をするウチを見下ろしながら、サンジェニュインはひとつ頷いた。

 

「実は ──」

 

 その願いに、ウチとクリークは思わず顔を見合わせた。

 

 

 

 

「『カネヒキリくんに手料理を振る舞いたい』なんて……可愛らしいお願いでしたねえ」

 

 数メートル離れた位置で、カネヒキリが意識を飛ばしている姿を見た。

 いつもなら「あかーん!」とでも叫んで助けたるところやけど、今日は助けん。

 なぜなら今日のウチらは、意識を飛ばす側 ── サンジェニュインの味方やから。

 でもカネヒキリの敵とちゃうで?

 むしろ感謝してほしいくらいや。

 空中を飛び交う包丁を避けつつ、サンジェニュインに猫の手を教えた日々。

 なぜか強火しか出ないコンロと格闘しつつ、サンジェニュインに火加減とはなんたるかを教えた日々。

 何度も失敗しては、その度にオグリキャップの胃の中に消えていくカレーを見送ってきた。

 その成果が今日、目の前にある。

 

 ギャーギャーとうるさいサンジェニュインの声をBGMに、ウチはあの日のことを思い出していた。

 

『実は、オレ、自分の手でカレーを作りたいんです。炊飯器じゃなくて、鍋で。野菜も自分で切って。で、それをカネヒキリくんに食べてもらいたいんです。なので、力を貸してください!』

 

 手がボロボロにならんよう、ゴム手袋をはめ、気にしすぎるくらい慎重に切られた野菜と肉。

 ルーは市販の固形ルーだけど、隠し味の存在を教えて本当に隠れるように使った。

 ハチミツ、りんご、一欠片のチョコレート。

 カネヒキリはもうちょっと辛い方が好きだから、と辛いものが苦手なのに真剣な表情で味を調整していた。

 

「カネヒキリ、あんた……愛されとるなあ……」

 

 やっぱ料理は愛情やな。

 そう思って、分けてもらったカレーに舌鼓を打った。

 

 

 

「美味い。おかわりもらえるだろうか……貰ってくる」

「オグリ!! あんたちょっとは空気読み!!」



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【引退後】2006年お仕事チャレンジ

 時は2006年。

 黒と白。衝撃と太陽。

 凱旋門賞馬サンジェニュインと、秋古馬二冠のディープインパクトが脚並を揃えたラストラン、有馬記念。

 十数万人の観客が押し寄せたその大舞台でワンツーフィニッシュを決めた二頭は、今、北海道・安平(あびら)町にある社来スタリオンステーションにて、種牡馬として第二の馬生を歩もうとしていた。

 

── 社来スタリオンステーション・サンジェニュイン専用厩舎 ──

 

『ほあ〜、なんもすることなくて暇すぎる……もう空眺めるのも飽きたぞ』

 

 ……あ、どうもサンジェニュインです。誰に説明してるわけでもないけど、引退しました。

 この間の有馬記念を最後に現役生活を終え、第二の人生、もとい馬生を送る予定となっている【社来スタリオンステーション】に到着したのは数日前。

 どこからその金が出てるのかは知らんけど、何故か俺専用の厩舎まで建てられてて、感謝感激の前にびっくりして白目剥いたのは秘密。

 やたら大きくて豪華な厩舎なんだけど、俺一頭ぼっちという、本原厩舎にいた頃と大して環境変わらんな!

 ここまで付き添ってくれた目黒さん曰く『オイルマネー』らしいんだが、俺はいつの間に油田を……いや、深く考えるのはやめよう。

 ともかく、ここで俺は種牡馬としての新しい一歩を踏み出すことになったのである。

 実家である陽来(あききた)にも近いらしく、つい一昨日もタカハルたちが会いにきてくれてハッピー。

 俺の第二の馬生は結構いい感じに始まったのでは? 世話してくれるヒトたちも優しいし……あ、ちなみにディープインパクトも厩舎は違うけどスタリオンは一緒です。

 っていうか放牧地も隣です。ドウシテ……?

 

「サンジェ、お邪魔するで」

 

 邪魔するなら帰ってや、というのは冗談で。

 俺の馬房に入ってきた角刈りの頭に吊り上がった目の男。

 このスタリオンで俺の世話をしてくれるスタッフは複数人いるのだが、こいつはその中でも中心的なスタッフで、陽来(あききた)で言えばタカハル、本原厩舎で言えば目黒さん的な立ち位置。

 名は目黒リキ。苗字でお察しの通り、先出した俺の本原厩舎時代の担当厩務員・目黒さんの甥っ子である。

 ……全然似てないやんけ!

 

「サンジェ、寝藁交換するで。ちょっと移動しよか」

 

 その一言でサクッと隣の空き馬房に移される。鮮やかな手口ィ!

 俺が住んでいる厩舎はめちゃめちゃ広くて馬房もたくさんあるのだが、俺一頭しかいないため空き馬房ばっかり。

 なので、こうしてメインの馬房を掃除している時は、隣の空き馬房に移されたりする。部屋も使ってないと劣化するしな、とはリキの言葉。

 でもマジでこの広さは無駄では? と思っているのだが、聞いた話では、将来的にここは俺の子供たちも使うことになるらしい。

 まあそれも俺が種牡馬として成功したらって話みたいだけど。

 成功しなかったら無駄な出費であることに変わりはないので、死ぬ気で成功しないとあかんパターンやんけ! と気づいちゃったが一旦スルーします。

 成功するつもりではあるけど、俺に期待しすぎなんだよ。

 もしも成功しなかった場合、俺は一体全体どうなっちゃうんだろうな、と思いつつ、俺はそこから首を伸ばしてリキを見た。

 リキはイカつい見た目とちょっと胡散臭い関西弁のせいでチャラく感じるが、根は馬好きのいいやつなのである。

 って言うか俺の担当になるスタッフ、目黒さん以外チャラいヤツ多くない? 多いとは言っても俺の世話してくれた人間とか片手で足りるレベルだけど。

 その人数の半数以上がチャラい。タカハルも派手な髪のチャラ男だったし……いや根は馬思いの良いヤツなんだけどね!

 

「ふー……あー、あとちょっと年が明けるなあ。明けたらお前も五歳やで」

 

 あれ、もうそんなに経つ? って思ったけど、俺がここに来たのって十二月下旬のことだからまあ……実際はまだ数日ちょっとなんだけど、馬体検査したり何やらで忙しかったからな。

 もう数年くらいはここにいたような気がしてる。いやちょっと盛ったわ。二週間くらいはいた感覚でした、はい。

 でもあれだな、もうすぐ五歳って言われても実感わかないわ。人間だったらまだ幼稚園児だからねこの年齢。

 あー、けどそういや前に目黒さんが『馬は一歳で人間の三歳から四歳くらい』って言ってたような気がする。

 だとしたら五歳になったら人間換算で十五歳から二十歳くらいってことか? ……大人やん! 四歳になった時から大人のつもりでいたけど、人間年齢に換算するとますます大人やんって気になるな。

 っていうか、三歳の場合だと九歳から十二歳くらいってこと? 思春期やん!

 俺がやたら追いかけ回されたりハァハァされてたのも全部思春期だから、ってコト……!?

 なんかちょっと納得しちゃった。馬の四歳も十二歳から十六歳くらいで全然思春期だわ。全部思春期にありがちな気の迷いだとすると、ここにいるのは全頭が人間換算で十分な大人ってことになるしもう追いかけ回されなくなるのでは?

 そう考えたら現役時代よりも随分楽に過ごせるかも……ん? 俺が現役だった時にハーツクライさんも五歳……いや考えるのはやめよ。

 

「しっかしお前、本当に適応能力高いなあ。すぐ他のスタッフに慣れるやん。叔父貴はなんや『神経質で繊細な馬やらか気ぃつけや』とか言うてたけど、なんも問題ないな。もうちょい手の掛かる馬かと思てたわ。それとも単純に肝が据わってるだけか、鈍感なんか」

 

 鈍感ってお前、失礼なやつだな!

 せめて器が大きいとか、どっしり構えてるとか、堂々としてるとか言い方あるやろがい!

 それに目黒さんが言う通りで俺はとっても神経質で繊細な馬であってるし。近くに牡馬がいるかもと思うだけでムズムズすんだよな。

 もう今すぐ逃げ出したいって気持ちになる。全て蹴っ飛ばして逃げたくなる。……な? とっても神経質で繊細だろ?

 

「んー、馬は群れる生き物なんに、ひとりぼっちの厩舎でもピンピンしとるしなあ……やっぱり鈍感か、自分を人間と思てるとか……」

 

 ヒトのみなさんがご存じないのは当然なんだが、こちとら元だとしても人間だったんで。

 あとシンプルにぼっち歴が長いからだ。舐めんな。こちとら産まれた頃から一頭ぼっちの生活やぞ! でも寂しくないかと言われたら寂しいです。

 カネヒキリくんはよ種牡馬入りして!

 

「おし、終わった。ほれ、戻り」

 

 アイアイ。……お、寝藁新しいやつじゃん!

 全部取り替えたのか。もうすぐ新年だしな、新しいのもいいな、うん。

 新しい寝藁は食おうと思えば食えるのがいいところだよな。やっぱ新鮮な青草の方が美味いのは言うまでもないんだけど、寝藁には寝藁なりの味の良さがあると思うんだよな。

 ……なんかここ数年で俺、すっかり馬らしくなったな。ここは開き直って馬グルメレポーターとしての道を歩むべきかもしれん。

 カネヒキリくんが種牡馬入りした時のことも考えて、今のうちに美味い寝藁の食い方とか研究するか。暇だし。

 

「……お、年明けや。かーっ、去年も厩舎で年越し、今年も厩舎で年明けって」

 

 それはブラックすぎ!? 流石の前世の俺も年末年始は……働いてたわ、うん。そういう仕事もあるよね。うん。

 俺たち馬も生き物だし、年末年始だけ馬だけで暮らしてくれ、とかできないし。

 俺たちの生活は人間たちの年末年始の屍の上にあるんだなって。でもそれはそれ、これはこれ。なんとか働き方改革してもろて。

 

「あ~、サンジェ〜……あけましておめでとう。今年からは種牡馬としてがんばろうなあ」

 

 おうよリキ! 俺も血を残さないといけないし、仕事は真面目にやるんで。夜露死苦ゥ!

 

「ワハハ、年明けから喧しいなあ。ほな、飼い葉もぎょーさん食って、はよ寝や〜」

 

 喧しいは余計だわ! もう飼い葉食べて寝ます、おやすみ!

 

 

 

 

 

 

  ──────────────……て!

 

 ……ん?

 

  ──────────……ン、起きて!

 

 なに? なんか聞こえるような……。

 

  ──────……ェニュイン、起きて!

 

 

『サンジェニュイン!』

『ヴァッ!? ダレェッ……て、クロフネさん?』

 

 目が覚めたら謎空間でした。……ここどこォ!?

 

『どこって、草原だよ』

 

 いやそんな常識みたいな声色で言われましても。わからんて。

 草原という言葉まではわかるけど、俺さっきまで厩舎にいたはずなんですよクロフネさぁん!

 しかも真夜中だったじゃん。なのにココ、真昼間。ホワイジャパニーズホース!?

 混乱しまくりの俺をよそに、クロフネさん ── 社来スタリオンステーションの先輩種牡馬であるクロフネさんはのほほんとした表情で『大丈夫、大丈夫』と繰り返した。

 

『仕組みは私にもわからないんだけどねえ、しばらくしたら元の部屋に戻るから』

 

 三歳の夏に体験したあの栗毛のおばけと言い、この世界はファンタジーもありなのかよ。

そのうち人馬が話し出しても違和感ない世界になりそうじゃないか? ん? 目黒さん……いやこの話はやめよう。やめたほうが精神的に良い気がする。

 

『サンジェニュイン、起きたのか』

『ハーツクライさん! ディープインパクトも……二頭もこっちに来てたんですね』

『ああ。寝ていたはずなのだが、起きたらここに』

『俺もです。……ってオイ! ディープインパクト! さりげなくケツタッチすな! やめろって、やめ、や……ヒィン!』

 

 どうやら二頭とも同じ状況らしい。

 あたりを見回すと、俺たち以外にも十数頭の馬がいるようだ。だだっ広い草原のあちらこちらに馬がいるのが見えた。

 社来スタリオンステーションの全頭がここに集まっているのだろうか。そうだとしてもおかしくない頭数がいそう。

 俺はディープインパクトに引っ付かれてヒンヒン言いながらも、内心は見知った顔がいることに安心していた。

 クロフネさんとも顔見知りではあるのだが、ハーツクライさんとディープインパクトの方が付き合いは長い。安心感も段違いである。

 ただしケツタッチ、てめーはだめだ。

 ちょっとだけ落ち着きを取り戻した俺は、再度あたりを見回した。

 馬という生物は基本的に群れる生き物らしい。

 だからこのだだっ広い草原にも、一塊になっている馬たちがいた。その塊を凝視していると、中心部分から一頭の馬が出てくる。

 その見覚えのある顔に、俺は『あっ』と声をあげた。それに釣られるようにディープインパクトたちの視線もその馬に向く。

 

『ハーツクライにディープインパクト、サンジェニュイン。こっちに来るのは初めてだったよね? びっくりした?』

 

 風に吹かれる青鹿毛が艶めいて見える、この馬の名はフジキセキさん。

 ウマ娘ユーザーにはお馴染みの栗東寮の寮長であり、身長168センチ、体重増減なし、スリーサイズは上から84、58、82の王子様系エンターテイナーウマ娘。

 タキシード風の衣装でありながら大胆にもオープンにされた胸元にときめかなかったトレーナーはいないと噂のフジキセキ寮長。

 の、モチーフ馬である。

 そんでカネヒキリくんのパッパでもある。

 ……エエエエ!? フジキセキ!? フジキセキナンデェ!?

 と初めて会ったときに失神しかけたことが昨日のことのように思い出される。

 さすがマイフェイバリットフレンズ・カネヒキリくんのパッパ。

 圧倒的イケメンホースなのだが、実際に対面したことで【ウマ娘のフジキセキ】よりも【カネヒキリくんの父】の印象が勝ってしまい、もう寮長のことを健全な目でしか見れなくなった。

 いやそれが正しいんだけども。健全であるべきなんだけども。胸にときめいていた俺はもういないんや……!

 

『フジキセキさん、ここってどこなんすか? ……クロフネさんはしばらくしたら元の部屋に戻れるって言ってましたけど』

『んー、ここがどこなのかは僕もわからないんだよなぁ。ただ僕が初めてここに来た時からこの場所はあったし、父さんの代からあったって噂があってね。しばらくしたら戻れるのも本当だから。まあ稀に戻ってこない馬もいるらしいけど、そんなに心配しなくても大丈夫』

 

 大丈夫要素があんまり感じられないのだが? ニコッとした微笑みさえ別の意味に感じるわ。

 ところでフジキセキさんのお父さんは俺と同じサンデーサイレンス。

 でも誕生年がいつとか、種牡馬入りした年がいつなのかは知らない。

 が、確実に2000年より前だろうから、この場所も相当年季が入っているに違いない。

 

『まあ、フジさんもサンジェニュインも細かいことは気にしなくても良いんじゃない? なんだかんだで俺たち、無事だからなあ』

『そうだねえ。ここで何かが起きるわけではないし、普段話す機会のない仲間と話せる良い草原だよ。あ、でも前に父さんが……』

『やめたほうが良いよフジさん! マックさんはもういないけど、教えたことバレたら怒られる!』

 

 フジキセキさんと、ひょっこりと顔出して会話に混ざってきたキングカメハメハさん。

 この二頭の会話を聞くに、ここでは本当に馬たちは話したりするだけらしい。

 俺らの父であるサンデーサイレンスが何かをやらかしたっぽいが、クロフネさんは焦ったようにそれを止めた。

 キングカメハメハさんがガハハと笑ってる。イカつい名前に反してのんびりした性格のお馬さんだ。

 余談だがこのひと、じゃなくてこの馬。あのKGVI&QESの後にハーツクライさんが言っていた『帰ってこなかった馬』である。

 前に目黒さんから聞いたけど、キングカメハメハさんは2004年の日本ダービー覇者。

 天皇賞・秋を目前にして屈腱炎を発症してしまい引退したらしい。

 ハーツクライさんとは同世代なのだが、俺とディープインパクトがクラシックシーズンを迎えていた2005年にはここ、社来スタリオンステーションで種牡馬入り。現在に至る、と。

 クロフネさんはキングカメハメハさんよりも上の世代で、こちらは芝とダートどっちでもG1レースを勝ち上がったつよつよウッマ。

 穏やかそうな物腰だけど、現役時代はかなりブイブイ言わせていたとかなんとか。こっちも怪我で引退して種牡馬入りしたんだそう。

 スタリオンに来てまだ日が浅い俺だけど、先輩たちは濃い性格の割にはかなり面倒見がよくていろいろと良くしてくれる。

 厩舎ではぼっちなので、放牧に出される時に時々話したりするのが楽しみの一つだ。

 文句があるとすればたまに俺のケツをガン見してくることくらい。そんで現在進行形である。

 

『……クロフネさん、ケツあちいです』

『ああ、ごめんね。ついつい見ちゃって。春も近いからねえ』

 

 春関係あるか? と思ったけど、春は牝馬が発情する季節とかどうとか前に目黒さんが言ってた気がする。

 それにつられて牡馬も発情期を迎えるとかどうとか。

 そういや現役時代、シーザリオちゃんが発情期? だったのに気づかなくて、それを伝えたら無言で尻尾使って叩かれたんだよな。ケツをバッシーン叩かれてビビった記憶がある。

 前にそのエピソードを話したらラインクラフトちゃんにも『うわあ……』ってドン引きしたような声で言われて落ち込んだことまで思い出したわ。

 発情期に気づかないのはなかなかデリカシーのない行動だったらしい。

 すまねえシーザリオちゃん。今度会う機会があったら謝るからな……! でも今は自分の身を守ることを優先させてくれ!

 

『キングカメハメハさん、鬣噛もうとするのやめてください。ハーツクライさんも対抗しないで! このままじゃハゲちゃう~~!』

 

 頭を振って二頭に抗議すると、まずキングカメハメハさんが離れてくれた。ハーツクライさんは結構渋った。

 

『いやあ、ついつい』

『私もついつい』

 

 キングカメハメハさんはともかくハーツクライさんはもうワザとだろ。

 現役時代から俺の鬣食ってたでしょハーツクライさんは。ディープインパクトも俺から離れないし。

 種牡馬入りしたらもうちょい落ち着くのかな、と思ったら全然現役時代と変わらねえじゃねえか。

 

『あははは、春だねえ。春だと牡馬だろうがなんだろうが気になるからねえ』

『笑い事じゃないっすよフジキセキさぁん……!』

 

 これは春夏秋冬を問わずの光景でして……とフジキセキさんに訂正する気力もねえ。

 

『そうだ、春と言えば。みんな、もう仕事は始まったのかい?』

『いや? 俺はまだだよ。フジさんはもうやってるのかい? フネさんもまだだろう?』

『うん。感覚的にはもうちょっと後かな、って思ってるよ。少し暖かくなってからじゃない?』

 

 何の話だろう、と首をかしげていると、ハーツクライさんが『繁殖のことか?』と呟いた。

 繁殖。そうか、そうだな。俺たち種牡馬の仕事は血を残すこと。

 つまりフジキセキさんたちが言っている【仕事】っていうのは、繁殖は始まったのかということだろう。

 

『三頭は仕事するの初めてなんだよね? 大丈夫、最初に相手してくれる牝馬はとても優しいから。きっと上手くいくさ』

 

 にこやかに言うフジキセキさんだけど、そうは言っても不安なんだよなあ。

 こちとら元人間やぞ。馬とアーッなことができるのか想像もできない。そもそも方法がわからない。

 牝馬と部屋でふたりっきりにされても雰囲気を作れる自信がねえよお。

 血を残さなきゃ! という思いだけは人一倍、いや馬一倍あるのだが、如何せんやり方わからなくて……ぶっちゃけフジキセキさんたちに聞いて回りたいレベルだが、繁殖のやり方教えてください! とか真正面から言える自信ないんだわ。

 でもな~! 知らないままでいるわけにはいかないしなあ。

 

『どうしたんだい、サンジェニュイン、不安そうな顔をして』

『……あー、そのぉ、笑わないで聞いてほしいんですけど』

『何を言われたって笑ったりしないよ。だから言ってごらん』

 

 さすが栗東寮の寮長、のモチーフ馬・フジキセキさん。

 めちゃくちゃ安心感のある声色に、俺は勇気を出して言ってみることにした。

 

 繁殖ってどうやってヤるんですか、と。

 

『ウエッ、ゴホッ!ゴホゴホッ』

『アイエエ!? ディープインパクト!? ちょっ、おま、お前大丈夫か!?』

『ゴホゴホッ』

『うーん、繁殖の仕方かあ。ちょっと意外な質問だったなあ……どうやって答えようかなあ……』

 

 いやそんなことよりディープインパクトが……俺が聞いておいてなんですけどそんなことよりディープインパクトが!?

 マイペースに青草を食い始めてたディープインパクトが勢いよく咽てるので、どっかに水桶ありません?

 コイツが青草吐いてる姿なんて見たくなかったぞ……!

 

『案ずるなサンジェニュイン。ディープインパクトは無問題だ』

『どう見ても無問題じゃなくないですか……? 感覚バグ……?』

『無問題だ。ディープインパクトは単純に驚いてこの様なことになっているだけなのだから』

 

 驚いて? 何に? と俺が訝しんでいると、ハーツクライさんはなんてことないように続けた。

 

『お前の口から【繁殖】という言葉が出るとは思わなかったのだろう』

 

 こ、コイツ、そんなに初心だったのか、と思ったら、俺がそれを口にするより先にキングカメハメハさんがウンウンと頷いた。

 

『ハーツクライや他の馬が言うならともかく、可愛らしい、無垢そうな馬から【繁殖】って言葉が出たら俺でも驚くよ。君は【繁殖】という言葉の意味も分からずに首を傾げてそうな馬だし』

 

 とんでもねえ無知野郎だと思われてる、ってコト……!?

 そりゃあ俺は馬の常識にはそんなに詳しくないけど、種牡馬入りしている以上繁殖くらいは知ってますんで。

 知らないのはヤり方だけです。だから聞いてるんだよヤり方を。

 もういいや、ディープインパクトはこれ大丈夫だわ、ウン。

 

『でも繁殖の仕方が分からないって、大丈夫だと思うけどなあ』

『そうすか? ぶっつけ本番で成功する自信が一切ないんですけど……』

 

 現役時代、発情期のシーザリオちゃんを完全スルーした前科があるので。

 最悪の場合【おいコイツ不能だわ、種牡馬廃業やな】って言われそうで怖いんだよ。

 自分の血を残すぞ~! と言った手前で廃業だけは……どうにかして仕事のヤり方を覚えないと!

 ヤる気、じゃなくてやる気に満ちた俺に、クロフネさんがニッコリと笑った。

 

『繁殖なんて、配合相手の牡馬に身を任せれば大丈夫だよ』

『ああ、なるほど~! ……っていや俺も牡馬なんですけど!? ちょっ、今気づいたって反応やめてくださいよ! ついさっき【最初に相手してくれる牝馬はとても優しい】とかフジキセキさんが言ってたじゃないっすか!』

 

 俺だけ牝馬なわけないだろこのメンツでよお!

 ニヤニヤしてるから揶揄ってんなあ!

 

『ごめんごめん』

『サンジェニュイン、顔可愛いからなあ』

『うんうん。僕も初めて見た時は【あれ? 新しく来る馬の中に牝馬が?】って思ったよ』

『フジさんも? まあよく考えたら、こんなに可愛くて牝馬なわけがあるか、って話だよねえ』

 

 逆だ逆! こんなに可愛かったら牝馬だろ!

 ……ちげえや! 俺は牡馬、牡馬です!

 もうダメ、混乱してきた。この話はやめよう。もう忘れてください。繁殖は自分でどうにかするわ。

 

『ははは、ごめんって。繁殖について聞かれるなんて想像してなかったから、つい。それに僕らって基本、できるかできないかを考えることってないからね』

『……そうなんすか?』

 

 ちらりとクロフネさんを見ると、ウンウンと頷いた。

 

『牝馬と出会えば自ずと方法が浮かんでくるからねえ。やる前から考えたことはないな。ディープインパクトやハーツクライもそうなんじゃないかな?』

『そうだな。相手の牝馬がどのような馬かは少し気になるが。その時が来れば役割を果たせるだろうと思っている』

 

 ディープインパクトもハーツクライさんに同意するように頭を振ったので、俺は内心頭を抱えた。

 そうか、馬的には繁殖方法は本能でわかるもの。そもそも考えるとかの次元ではない。

 なるほどね。そりゃそうだわ。

 人間みたいに快楽を追求することだってないし、子孫を残すためだけのものだった。

 こうなったら俺もぶっつけ本番しかない。成功する気がしないが、本能に身を任せるしか……!

 

『それに、わからないなあ、って思っても大丈夫だよ。同じ部屋に人間いるからね』

『エッ!? ヒトも一緒なんですか!?』

『そりゃそうだよ。本当に仕事したのか、人間も気になるだろうからね』

『でもちょっと気が散るよな。相性の良い牝馬ともう一回仕事しようとしたら邪魔されることあるし』

 

 それわかる、人間たまには部屋から出て二頭だけにしてほしい、とフジキセキさんたちが【種牡馬あるある】みたいな話で盛り上がり始めたが、俺はそれどころではない。

 エッ、ヒトも同じ部屋って、つまり監視されながら仕事するってことで。

 つまり、丸見えってことじゃんね? き、気まずすぎる!

 でも言われてみりゃそうだ。本当に仕事したのか確認するのもヒトの仕事だもんな。

 仕事やったフリで実はやってなかった、とかだとまずいもんな、いろんな意味で。

 

『それにしても、繁殖についてこんなに話題にしたの久しぶりだなあ』

『前に話題になったのっていつだっけ?』

『前は……ああほら、彼だよ、彼。あの、栗毛の小柄な牝馬としか繁殖したくないって言ってた』

『誰?』

『あー、あの馬かあ。ほら、流星のない栗毛の牝馬が好きな彼。そう言えば今回はいないね?』

『彼か! 彼ならこの間、なんかたくさんの人間たちに囲まれてたよ。彼、好みが強すぎてなかなか仕事したがらなかったからねえ』

『人間を困らせるとは……けしからん牡馬がいたものだな』

 

 最後、真面目な顔で言ってるけどハーツクライさん、自分が厩舎で厩務員の頭に噛みついてたこと忘れてんのかな。

 でもとんでもない牡馬なのはちょっと同意しちゃった。

 流星がない、栗毛で、小柄な牝馬。

 好み、いやここは敢えて性癖と呼ぼう。

 性癖がコレ! で固まってる牡馬もいるんだ。

 人間で例えると、メッシュとか入ってない栗毛の小柄な女の子が好きってことだよな。

 脳内にロリなんちゃらって言葉が浮かんだけどきっと違う、違うな。

 その馬も馬でさえなければよかったんだろうけど、血を繋ぐのが生業だからヒトは困ってるんだろうなあ。

 でもそんだけ性癖がハッキリしてんなら、俺の姿を見てもどうにもならないのでは?

 俺、白毛だし。なんならカネヒキリくんの方が性癖に近いまである。

 流星あるし大柄だし牡馬だけど。栗毛ってところしか合致してないけど。

 でも白毛で大柄で牡馬な俺ならなおさら性癖には響かないわけで。今日は来てないみたいだけど、会える機会あったら話とかしてみたいな。

 

『彼に栗毛以外の牝馬をすすめてみたり、いろいろ話し合ったこともあったなあ。全然改善しなかったけど』

『あそこまでいくといっそアッパレだよねえ』

『迷える同胞を助けるのもこの集まりの役割みたいなものだけど、あればっかりはね。あ、遅くなってしまったけどサンジェニュイン』

 

 ん? なんすかフジキセキさん。

 

『繁殖の方法。自分のやり方を思い出したのだけど、すごく簡単だから、きっと初めてでも大丈夫だよ。いいかい? まずは牝馬に乗っかって、位置を調整して、本能に身を任せる。これだけだよ!』

『結構ざっくりだ……!』

 

 俺の本能が不能だった時のことを考えると胃が痛いけど、もう身を任せるしかない。

 俺には好みという好みがないし、っていうかそもそも未だに牝馬をそういう対象にしたことないんで、ハイ、もうその場の勢いで押し切ろうと思います。

 大丈夫、俺にはキッリューイン、ハッピーミークから獲得した人権スキル【鋼の意思】がある。絶対に血を繋いで見せるんだから!

 次回、俺、初仕事が成功する! デュエルスタンバイ!

 

『あ、なんだか眠くなってきた。どうやらもうそろそろ戻るみたいだね。今回は長いようで短かったなあ。それじゃあみんな、また次、会おうね』

 

 眠たそうな目でフジキセキさんが言う。

 俺は、エッ早い、もうちょい聞きたいことが、と思いながら、強烈な睡魔に襲われて目を瞬かせる。

 意識が落ちる寸前、フジキセキさんは俺を見ながら小さく微笑んでいた、ような気がする。

 その表情にはなんだか見覚えがあるような気がしたけど、どこだっけ、どこで見たんだっけ、とウトウトしながら考えていたら、元の部屋に戻っていた。

 

 目が覚めて、それがスタリオンに来てからずっと過ごしている場所だと理解すると、さっきのは夢だったんじゃないか、と思い始めたけど、濃すぎる記憶がそれを否定する。

 あんなのが初夢でたまるか。現実だったほうがまだ受け入れられる。そう思いつつ、俺は補充されていた水を飲んだ。

 初仕事まで残り1か月ちょい。

 一抹の不安を抱えながらも、俺は、来るその日に向けて、小さく決意を固めるのだった。

 

 

  ── 1か月後 ──

 

 

『無理だった……ひぃん……!』

 

 こちらサンジェニュイン。

 今、森の近くにいるの。

 

「サンー! サンジェ、どこだ……!?」

「見失った……! おい誰だよ馬着まで白にしたのは!」

「知らん! だいたい場長だろアレ用意したの。っていうか種付けするのに馬着を着せるヤツがあるか!」

「仕方ないだろ、そのまんまで連れて行こうとしたら動かないんだから。そもそもちゃんと手綱握っとけよ!」

「おい、言い争ってる場合か! 早くサンジェニュインを見つけるぞ! これでもしどっかで怪我してたらシャレにならん!」

 

 ドタバタと厩務員たちが俺の真横を通り過ぎて行った。

 北海道はまだ雪が積もっていて、雪と雪の間に挟まる俺は迷彩よろしく見えなかったようだ。

 焦ったようにあっちこっちを探している厩務員たちに申し訳なくなる。そもそも逃げ出した俺が悪いのでね。

 本当はとっとと姿を見せて安心させたいのだが、今ここで姿を見せたらもっかい連れてかれそうで……どこにって、繁殖部屋だよ!

 そうです、本当は今日が初めて仕事する日でした。

 でも寒いからってすぐ脱げるタイプの馬着を着せてもらい、とっとこと繁殖用の部屋まで連れて行ってもらった。

 部屋に入るまではちゃんと仕事する気あったんだぞ?

 本能に身を委ねるつもりだったんだけど、委ねる本能がそもそも反応しないという致命的バグで……あとは発情期でピリピリしてる牝馬が怖くて逃げました。

 本当にごめんなさい。

 

「ん……? なあ、あそこちょっとピンク色じゃね?」

「どこ……あ、ほんとだ、ピンクだわ。アレ、サンジェニュインの鼻先じゃないか? よく見ると……シルエットも馬っぽい。サンジェニュインだわアレ」

「よし行くぞ! 慎重に、慎重にな!」

 

 あ、見つかった。

 り、リキ、逃げ出したのは悪かったと思ってる。

 仕事を放りだすなん種牡馬としてなってないのも理解してる。

 でもごめん、今日の仕事は勘弁してくれないか? 俺のムスッコも起き上がる気配がないんだ。

 これは絶対仕事できない。

 本当にすまんと思ってる……!

 

「おとなしい馬だって聞いてたけど、まさか逃げるとはなあ」

「サンジェ、今日は気分じゃなかったんか? 場長は別の日にする、言うてたから、今日はほら、馬房に戻ろうな」

 

 ウッウッ、ごめんなリキ。

 次は、次こそは……!

 

「別の日って、いつになるんだ?」

「場長は一週間後や言うてた。繁殖機能があるかどうか検査もするから、って」

 

 リキの言葉に、俺は申し訳なくなって泣いた。

 一週間も延期させて申し訳ねえ。検査だってきっとタダじゃないだろうに。

 本当にすまん。来週こそはちゃんと仕事するからな!

 俺は新たな決意を胸に、ヒンヒン泣きながら馬房に戻った。

 

 

 

 

 それから数日後のある日。

 

「ブモモッ! ブモッ、ブヒーンッ!」

 

「すごい! あのウォーエンブレムが鹿毛の牝馬に種付けしてる!」

「嫌々じゃなくてちゃんと精力的にこなしてる……!? なんだろう、なんか涙が……」

「初年度から面倒見てた厩務員、これ感動ものだろうな……ウォーエンブレムがサンジェニュインをガン見してることを除けばだが」

 

 初仕事の再チャレンジ前日。俺はリキに連れられてある牡馬の繁殖現場にお邪魔していた。

 どうしてそうなったのかと言うと、俺が逃げ出したのをリキが目黒さんに密告したからである。

 目黒さんが『繁殖のイメージができてないのでは』と言い出したことで、俺の予定日の前日に仕事がある牡馬を見学しに来たわけだ。

 厩務員たちの囁きを聞くに、その牡馬が前にフジキセキさんたちが言っていた『流星のない栗毛の小柄な牝馬』としか仕事したくない馬だったらしい。

 それなら俺はその性癖にまったく当てはまらないし、見学しても何も起きないよな、と思った前日の俺を殴りたい。

 起きてます。バリバリに起きてます。

 性癖が性癖ゆえに俺に反応しないと思ってた馬── ウォーエンブレムさんは俺を見た瞬間にムスッコがハッスル!

 厩務員が言う通り、俺をガン見しながら励んでいる。

 

「サンジェニュイン様様、だなあ」

 

 しんみりとそう言いながら涙ぐむ厩務員。

 俺は結局まる一日ウォーエンブレムさんの仕事を見学し、ウォーエンブレムさんは予定されていた仕事すべてをやりきった。

 人馬ともに満足気な顔をしていた。俺を除いて。

 

 その翌日。

 前日のショッキング体験が活きたのか、俺もなんとか初仕事をクリア。

 リキをはじめ厩務員たちにエライと褒められたが、ほぼ無心だったので何をどうやったのか記憶はなかった。

 ただその日から自動的に仕事ができるようになったので、きっとこれでヨシ、なのだろう。

 ウン、きっとそうだ。コレでヨシ!

 

 ……ヒィン!



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【引退後】最強の白毛伝説 麗しの凱旋門賞馬が繋いだ人馬の夢

サンジェニュイン没後5年に寄せて

 

「お前は最高の馬だよ、サンジェニュイン」

 

 一人の男が、墓石に刻まれた名前を撫でながらそう呟いたのは、2030年初めごろ。

 彼はサンジェニュインの元厩務員で、今は有志による引退馬支援ボランティア『太陽の輪』会長を務めている、目黒(めぐろ)康史(やすし)さんだった。

 

 ■ 麗しの太陽馬 その軌跡

 

 2006年10月1日のフランス・パリ。

 青々と繁る芝生の上を、一頭の馬が駆け抜けていった。

 その時点でG1・7勝をマークし、単勝1.1倍の1番人気に推されていた日本馬・サンジェニュインだ。

 日本調教馬が初めて凱旋門賞に挑んでから約40年間。

 芝レースの一つの頂点とまで呼ばれたこのレースに勝つことは、日本競馬界の長年の悲願だった。

 史上初の白毛の凱旋門賞馬。

 彼はその輝かしい戦績を提げ、これまた史上初の白毛の種牡馬となる。

 その血は各国の競馬界に大きな影響を及ぼし、今日に至るまで色褪せない功績を残した。

 

 人は彼を『美貌の凱旋門賞馬』あるいは『太陽馬』と呼んだ。

 

 そんなサンジェニュインの軌跡を、関係者と共に振り返りたいと思う。

 

 ■ 約20年ぶりの仔馬

 

 サンジェニュインを生産したのは、北海道安平(あびら)町にある社来ファーム・陽来(あききた)だ。

 元は陽来(あききた)牧場という個人運営の牧場だったが、2000年に社来グループに加わった。

 

 陽来(あききた)牧場ができたのは戦前。

 アングロアラブ種の繁殖を含め、一時期は30頭近い繁殖馬を所有していた。

 代表的な生産馬は地方3勝のアキノヨーカン。牝馬だ。

 だが成績不振の影響で1981年に繁殖部門を閉鎖。

 それ以降はリハビリテーション施設の運営を主な業務とした。

 国内でも稀な馬専用のリハビリテーション施設は近隣の牧場からも大変好評で、大牧場の馬もお忍びで通わせるほどだと言う。

 そのリハビリテーション施設に注目したのが、国内馬産業の大手、社来グループである。

 馬の治療やリハビリに関する豊富な知識と経験が買われ、社来グループ生産馬の専用施設に改造する予定が立てられた。

 だがそれに待ったをかけたのが、他でもない、社来グループ代表の吉里氏だ。

 

「生産部門を閉じた後も、厩舎などの生産施設は綺麗に残されていたんですよ。定期メンテナンスもされていてね。こんなに綺麗になってるなら、リハビリ専用じゃなくて、新しい生産部門を用意しても良いかな、と思ったんです。ちょうど、試してみたい肌馬もいましたから」

 

 そうして2001年。

 陽来(あききた)牧場は社来ファーム・陽来(あききた)に改名。

 リフォームされた生産施設に新しい牝馬が持ち込まれた。

 その牝馬の名をピュアレディー。

 社来グループが生産し送り出した、G1・2勝の名馬ジェニュインを産んだクルーピアレディ、その全妹に当たる馬だ。

 アメリカにいたのをわざわざ連れてきた。

 

「日本競馬は近年ますます高速馬場の傾向が強まってきました。それと同時に短距離路線もだいぶ盛り上がっていってる印象です。それまではスタミナが足りない馬が走るもの、として注目度の決して高くなかったマイル、スプリントのレースの方が、今や価値が高いとされている。それで私、じゃあマイルの馬を作らないとな、と思って」

 

 ジェニュインはマイラーだった。

 社来が導入した大種牡馬・サンデーサイレンスの初年度産駒であり、皐月賞馬でもあるこの馬は、古馬になった後もマイル路線で走り続けた。

 ただ脚があまり丈夫ではなかったため、G1・2勝でその現役生活を終えることになったのである。

 吉里氏はこれを大変残念に思っていた。

 それと同時にこうも思っていた。

 

  ── もしジェニュインに丈夫な足があったなら。

 

 どこまで行っただろう、どこまで走っただろう。

 

 その夢の続きを担う馬の誕生を願い、肌馬として選ばれたのがピュアレディーだったのだ。

 未出走のサラブレッドではあるが、馬体の丈夫さを買われての選択だった。

 その繁養先となったのが社来ファーム・陽来(あききた)

 2001年にアメリカから移動してきたピュアレディーは陽来(あききた)に入ると、同年の5月に種付けされた。

 配合相手となったのは社来グループの大種牡馬・サンデーサイレンス。

 無事受胎すると、翌2002年の7月、陽来(あききた)牧場としては約20年ぶりとなる仔馬が誕生した。

 驚くことに2ヶ月も出産予定を過ぎていたが、仔馬は疾病もなく元気に生まれた。

 青鹿毛の父と鹿毛の母とは違う真っ白な馬体は突然変異のものだったが、とても人懐こく明るいこの仔馬は、牧場内ではマイサンと呼ばれて可愛がられたという。

 このマイサン ── のちのサンジェニュインである。

 

「連絡を受けて会いに行ったのは、生後3日目ですかね。その頃にはピュアレディーが育児放棄してて、代わりに陽来(あききた)のスタッフが人工哺乳をしていました。とても人懐っこいし、怖がるそぶりも一切見せない。好奇心旺盛で、人が話し出すと耳をピクピク動かして聞き入っているような仔馬でした。ずいぶん可愛らしい性格だなあ、と思ってたんですけど、それ以上に驚いたのは体格ですね。遅生まれでありながら、1月2月生まれの馬とそこまで遜色ない大きさです。両親はどちらも大柄とは言えない馬だったんですけどね」

 

 馬の品種によって仔馬の出生時の平均体重は様々だ。

 サラブレッドにおいては50キロ前後が目安となるところ、サンジェニュインは遅生まれながら65キロとかなり大柄だった。

 2ヶ月も栄養を蓄えてたんですかね、と吉里氏は笑いながら答える。

 通常、このように大きな馬だと心配されるのは体質だ。

 特に脚元の状態は要注意と言えるだろう。

 吉里氏も、まず心配だったのは体重の割には細い脚だったという。

 だが驚くことに、サンジェニュインはそこから一度も故障や体調不良を起こすことはなかった。

 

「初期育成も全て陽来(あききた)でやってもらいました。あそこはリハビリ施設もあるし、大きな放牧地もありますから。当時は肌馬(= 繁殖牝馬)がピュアレディーだけってのもあって、サンジェニュイン以外の仔馬はいなくてね。大人の馬も。だからただでさえ広い放牧地を、たった一頭で走り回れたんです。あいつのマイペースさやスタミナはそうやって培われたのかもしれません」

 

 そうして2003年の秋。

 健康優良児のサンジェニュインは入厩検査も無事クリアし、栗東トレーニングセンターにある本原(もとはら)厩舎に預けられることとなった。

 満1歳になってからわずか4ヶ月後のことだった。

 

 ■ 入厩からクラシックシーズンまでの軌跡

 

 サンジェニュインを管理することになったのは本原調教師。

 それまでの代表管理馬はガンジョウメイバ。

 その馬名の通り、無事是名馬を体現するように駆け抜けていったせん馬だ。

 他にも中央3勝のハルノメガミヨなども担当した。

 しかし重賞勝ちにはなかなか恵まれず、サンジェニュインを預けられる前年には廃業することも考えていたという。

 

「調教師として完全に行き詰まっている状態でした。そんな中で現れたのがサンジェニュインです。あのサンデーサイレンスの産駒ですから、どんな暴れ馬がやってくるのかちょっと不安でもあったんですけど、いざ対面してみるとすごくおとなしい馬でしたね。あととにかく人馴れしていて、懐っこい。可愛げ抜群の馬でした。加えて稽古上手でものすごく従順。あいつほど手のかからない馬にはまだ会えてません」

 

 本原さんはそう笑顔で語る。

 今は調教師を引退し、奥さんと共に北海道に移り住んでいる本原さんの現在のお仕事は、地元乗馬クラブの講師。

 小中学生を中心に馬の乗り方を教えているそうで、教え子の中には現在JRAの競馬学校に通っている海原翔くんもいる。

 そんな本原さんのモットーは『諦めないことが名馬の証明』だ。

 

「サンジェニュインという馬は、よく天才だとか、才能の塊だったとか、言われるんですよ。実は当時はそうでもなくて、特にデビュー時の評価はいまいちでした。白毛の珍しさで人気が先行していて素質はそうでもない、って感じでね。でもサンジェニュインは集中力のある馬で、一度調教を始めると納得するまで終わろうとしないんですよ。顕著なのが坂路調教で、この時期ならこのタイムで十分だな、と思う走りをしても、どうしてかもう一本、さらに一本、と走ろうとするんです。4本目になったところで強制的にやめさせるんですけど、それでもピンピンしていてスタミナはあるんだなあ、と。後から『洋芝で育成してた』って聞いて納得しました。それと同時に、こりゃ長い方が走るんじゃないか、とも思いました」

 

 2004年の12月19日に行われた阪神競馬場5Rの新馬戦でサンジェニュインはデビューした。

 芝の2000メートルを選択したのは、本原さんがいう通り長い方が走ると思ったからだという。

 吉里氏はマイラー輩出を目指した配合だと言っていたが、結果的には裏切ることになってしまった。

 これを本原さんは申し訳なく思っていたそうだが、吉里氏から『これが競馬というものだ』と励まされ前向きになったそうだ。

 長い方に向いているならむしろ、皐月賞も、日本ダービーも、菊花賞も射程範囲内。

 クラシック向きなのだと明るく捉え、その期待に応えるようにサンジェニュインはデビュー戦を2着で終えた。

 同レースでサンジェニュインを抑えて勝利したのはディープインパクト。

 これが現役最後の瞬間まで頂点を争うことになる、好敵手との出会いであった。

 

「ディープインパクト号の噂は予々聞いてました。栗東で知らない人はいなかったんじゃないかな? それくらい有名な馬だったからちょっと心配だったんだけど、そのディープインパクト号相手に8センチ差の2着だから悪い結果じゃない。むしろ、それまで差し追いで稽古させていたのに逃げ先行もできるのか、と発見できてよかったとさえ思いました」

 

 次走は明けて2005年の3歳未勝利戦。

 小倉競馬場で迎えた二度目のレースで、サンジェニュインは豪快な逃げ切り勝ちをしてみせた。

 2着馬とのタイム差4秒オーバー。

 小倉の芝2000メートルのコースレコードとなる1分58秒のレコードタイムだった。

 続く3戦目は同じく小倉競馬場のあすなろ賞。

 前走の走りっぷりから圧倒的1番人気に推されると、そのまま押し切って勝利。

 堂々とした走りでオープン入りを果たし、4戦目に弥生賞を選択した。

 もちろん、クラシックシーズンに向けた優先出走権獲得のためである。

 このレースには若駒ステークスを勝ち上がったディープインパクトの他、最優秀2歳牡馬に選出されたマイネルレコルト、京成杯勝馬のアドマイヤジャパンといった重賞勝馬も登録していた。

 メンバー内ではサンジェニュインの成績は特別良いとは言えない。

 だが本原さんの自信はかなりのものだったという。

 

「親バカというか、調教師バカだと言われたら否定できないんですけど、あの当時からサンジェニュインはどの馬よりも優れている、という思いはありました。G1馬にだって負けていない何かが、サンジェニュインにはあるのだ、と。小倉のレコード勝利が、その想いに拍車をかけていたのかもしれません。調教のできも素晴らしいものだったので、胸を張って中山に送り出すことができました」

 

 だがトラブルというのはつきものだ。

 弥生賞のゲートが開いた時、サンジェニュインはそれまでのスタートの良さが嘘かのように、出遅れた。

 隣ゲートに収まっていたニシノドコマデモが立ち上がり、それに影響を受けた形だ。

 

「終わったな、と思ってしまいました。情けないですよね。誰よりも担当馬の勝利を信じなくてはいけない立場だったのに、思わず頭を抱えてしまった。でも、レースはまだ終わってない。どこかでチャンスがあるはずだと、願いを込めてレースを見守りました」

 

 出遅れたサンジェニュインだったが、持ち前の瞬発力で一気に駆け出すと中団に頭を差し込んだ。

 そこから多少かかり気味になりながらも前を追うと、並ぶことなく先行馬を一気にちぎる走りを見せる。

 白毛の馬体が重賞馬たちを置き去りにしていくシーンは、圧巻と言っても良かった。

 そしてラスト200メートル。

 後方から猛烈に追い込んできたディープインパクトと熾烈な競り合いを経て、サンジェニュインはハナ差3センチの2着に敗れた。

 二度目の惜敗だった。

 

 そしてゴール直後、その馬体は芝生に向かって勢いよく突っ込んでいった。

 

「首が折れなかったのは不幸中の幸いです。寸の所で芝木騎手が手綱を引いたことで最悪の事態は免れた。しかし、後にも先にもあれほど不安になったことはありません」

 

 原因は競走中の無呼吸。

 必死に足を動かしている間、息を吸い込む暇もなかったのだろう。

 叩かれてきた心臓が疲れてしまい、サンジェニュインはしばし死の淵を彷徨った。

 診察を担当した獣医は本原さんに『心の準備』を求めたという。

 これまで多くの馬を担当してきた本原さんとて、こういった事故の時に覚悟を決めなければいけないと知っていた。

 しかし、どうしても諦められなかった。

 サンジェニュインはここで終わるような馬じゃないと、強く、強く信じていた。

 

「サンジェニュインは天才じゃないし、完璧な才能の塊でもない。けれどすごく努力家で、諦めが悪くて、それで、愛した分だけ応えてくれる。そんな馬なのだと、強く信じていたんです。だから必死に呼びかけた。お前、死んでる場合じゃないぞ、って。死んだら、自分が勝ったのかディープインパクト号が勝ったのか、わからないままだぞ、ってね」

 

 本原さんの信頼に応えるように、サンジェニュインは死の淵から蘇った。

 診療室に運ばれた一時間後、その馬体を懸命に摩っていた本原さんの目の前で、息を吹き返したのだ。

 

「キョトーン、としてましたよ。何が起きたかわかってない感じで。それはそうでしょうね。サンジェニュインからしたらさっきまで競馬場にいたのに、気づいたら見知らぬ場所で横たわっていたのですから。暴れなかったのが不思議なくらいです。けどそれでもよかった。サンジェニュインが生き返ってくれた以上に必要なことは、何もありませんでした」

 

 入念な馬体検査が行われた。

 だが倒れた時にできた小さな傷以外は損傷なく、むしろ1レース死ぬ気で走り切った馬とは思えないほど、すこぶる元気だったそうだ。

 翌朝には何事もなかったように飼い葉を食べ、水を飲み、愛嬌を振りまく。

 念のために設けた休養期間が明けるとすぐ、今まで以上に元気よく調教に励んだ。

 

 そして4月。

 弥生賞2着でものにした優先出走権を握りしめ、サンジェニュインは皐月の舞台に立った。

 

■ 白毛初のクラシックホース、誕生

 

「デビューからそれまで苦楽を共にしてきた芝木騎手から、ベテランの柴畑騎手へと手綱が渡りました。経験豊富な柴畑騎手はサンジェニュインに馴染もうと努力してくださって、ただ、予想外というか、ある意味予想通りというか。サンジェニュインは、誰が自分の世話をしていて、誰が自分に乗っているか、というのを理解していたみたいで、芝木騎手が乗らなくなったことにだいぶ戸惑っていましたね。でもサンジェニュイン自身も順応力の高い馬なので、調教の回数を重ねるにつれて人馬の息も合うようになりました」

 

 迎えた皐月賞当日。

 サンジェニュインは2番人気に推された。

 弥生賞での激走を高く評価された結果だったが、それでもディープインパクトの人気には後一歩及ばない。

 しかし本原さんは、人気にはあまりこだわっていなかったという。

 たとえ最低人気だろうと、ここを勝てば周りの目も変わると信じていたからだ。

 死の淵からでも蘇ってくると信じた本原さんに応えたように、皐月賞でもサンジェニュインは期待に応えた。

 終始ハナを譲らずに突き進むと、途中のコーナーカーブに苦戦しながらも逃げを貫いてゴールイン。

 共にゴールに飛び込んだディープインパクトと、長い写真判定の末に同着優勝となった。

 同着とはいえ、白毛馬のG1優勝も重賞制覇もこれが史上初だった。

 

「厩舎としても初のG1勝利でした。管理馬が皐月賞の優勝レイをかけられた時は感無量でしたよ。同着ではありましたが、とても誇らしい気分でした。ただ浮かれたままでもいられません。皐月賞が終わってすぐ、サンジェニュインは競走馬研究所に向かうことになりました」

 

 2005年の皐月賞は、今でも話題に上がることがある。

 クラシックレース初の同着というのもそうだが、何より話題の中心になったのは出走馬の馬っ気にある。

 馬っ気というは、簡単にいうと牡馬が性器を勃起させた状態のことだ。

 発情期の牝馬がいる時などに起きやすい現象なのだが、その年の皐月賞は全出走馬が牡。

 そんな中にあっての珍事だったため、関係者からしたら戸惑い以上の何物でもなかっただろう。

 これとサンジェニュインに何の関係があるのかといえば、牡馬たちが興奮した原因にサンジェニュインの存在があるのではないか、と疑われたためだ。

 サンジェニュインはデビュー前から栗東トレーニングセンター内ではかなり有名な馬だった。

 それは残念ながらディープインパクトのような素質馬としての知名度ではなく、牡馬に好かれる牡馬として、だった。

 

「白毛が目を惹くんでしょうかね。馬場に出るとよく年上の牡馬に追いかけ回されてましたよ。サンジェニュインはそれがいやで、調教には熱心なのに馬場に連れ出すときはちょっと抵抗してみせるんですよ。ストレスになってもいけないから、なるだけ馬の少ない時間に連れ出してみたり試行錯誤もしました。併せ馬は、同厩舎に併せられる馬がいないので居住厩舎に掛け合ってカネヒキリ号に頼んだりね。サンジェニュインはどうしてか、カネヒキリ号は平気なんですよ。あとヴァーミリアン号とシーザリオ号かな」

 

 どうしてサンジェニュインが牡馬に好かれるのか、その毛色ゆえなのか、管理する本原さんも理解できないその現象を解き明かすために、サンジェニュインは競走馬研究所で検査を受けることになった。

 そして一週間後。

 サンジェニュインは栗色のメンコをつけ、栗東トレーニングセンターに戻った。

 

「初めて聞いた時は信じられない思いだったんですけど、逆に、それくらいしか理由ないなあ、とも思いました。まあ、馬も生き物ですからね。好みとか、そういうのもあるんでしょうね」

 

 当時のことを思い出してか、本原さんは苦笑いを浮かべながらもそう語った。

 サンジェニュインが牡馬に好かれる理由。

 これを、競走馬研究所は『牡馬に好かれやすい顔をしているから』と公表した。

 何かのジョークか、と思われたが、新たにつけ始めた栗色のメンコは、帰厩したその日から効果を発揮した。

 これまで馬場に出れば必ず馬っ気を出す牡馬が1頭はいたところ、その現象の陥る牡馬がいなくなったのだ。

 これは本原さんにとっても、牡馬を管理する他の調教師にとっても朗報だった。

 馬場に出てもストレスになる要因が減ったことで、ダービーに向けたサンジェニュインの調教もスムーズに行くようになった。

 この時期の併せ馬の相手は桜花賞馬ラインクラフト。

 人馬のひしめく5月の栗東トレセンで、二頭は共に二冠目に向けて調整を続けた。

 

 そして迎えた日本ダービー当日。

 約7千頭いる同世代の中で、たった18頭のみが出走を許された春の大舞台に、サンジェニュインはいた。

 その鞍上には皐月賞に引き続き柴畑騎手が跨る。

 ライバルのディープインパクトも、主戦の竹騎手を乗せて登場した。

 1番人気にディープインパクト、差がなく2番人気にサンジェニュイン。

 どちらが勝っても二冠達成となる歴史的なレースは、綺麗なスタートダッシュを決めたサンジェニュインが主導権を握った。

 

「途中までは楽勝ムードでした。溢れるスタミナから長い距離が向いていることもわかっていたし、皐月賞より400メートル長いダービーなら、その真価も発揮されるはずだ、と。しかし、それはディープインパクト号にも言えることでした」

 

 小柄な馬体から繰り出される高速回転。

 それを武器とした追い込みは、過去の名馬を彷彿とさせた。

 あれは史上三頭目の三冠馬・ミスターシービーの背中。

 時代の寵児と呼ばれ、タブーを塗り替えたあの追い込みが、平成中期になって再び我々の前に現れた。

 ディープインパクトという、新しい時代の寵児の名に変わって。

 鮮やかにサンジェニュインを抜き去ったディープインパクトに、場内の熱気は一気に高まった。

 二冠馬に、ダービー馬になるのはディープインパクトで決まりだな、と、そういう空気が充満した。

 しかし、それでも諦めなかったのがサンジェニュインという馬だった。

 

「抜かされて、ああこりゃ失速するなと思った瞬間、さらに伸びた。つけられた三馬身差を、サンジェニュインがぐいぐいと詰めていく。まだだ、まだだと、私に語りかけているようでした。それはまさに、私が彼に願ったことを体現するように」

 

  ── 努力を裏切るのは諦めだ。

  ── 諦めないことが名馬の証明だと、信じさせてくれ。

 

 レースが始まる前、そう言ってサンジェニュインを送り出した本原さん。

 

 大きく跳ぶサンジェニュインはディープインパクトとの差を縮めると、ほぼ同時にゴールに突っ込んだ。

 ディープインパクトの黒い鼻先と、サンジェニュインのピンクの鼻先が重なる。

 どっちが勝った。

 ディープか、サンか、ディープか、サンか。

 これは皐月賞同様、同着になるのではないか。

 また長い写真判定が行われ、しかし、掲示板に光った文字はハナ差。

 もっとも運のある馬が勝つと言われるダービーで、わずか1センチの大接戦を制した馬は、ディープインパクトだった。

 

「悔しかった。たった1センチ。わずか1センチ。それでも1センチ。あの1センチは、あまりにも遠すぎました」

 

 ダービーは熾烈なレースになることが多い。

 そうでなくても、暑さの増す5月の終わりに開催されることもあり、3歳馬には少し過酷と言える。

 そして馬たちだけでなく、人間にとっても大きなプレッシャーのかかるレースだ。

 ピリピリとした人間たちに影響されるように、馬たちも落ち着かなくなっていく。

 そして死力を尽くして挑むことになるこのレースで、多くの馬が燃え尽きてしまうのだ。

 それはしばしば、ダービー燃え尽き症候群とまで呼ばれていた。

 激戦を繰り広げ、そして敗北したサンジェニュインの様子に、多くの人間がその文字を頭に浮かべたかもしれない。

 しかしサンジェニュインはその年の秋、大覚醒を見せた。

 

「夏は北海道の早来で放牧に出しました。わざわざ生産牧場時代の担当スタッフにまで移動してもらって、サンジェニュインのお世話をお願いしたんですよ。ちょっとしたご褒美も兼ねてました。早来では十分休養できたみたいで、帰ってくる時はもっとふっくらしてるかなと思ったんですが、意外と絞れてたのは今でも不思議ですね。でも、問題はそこじゃなくて、鞍上でした」

 

 8月に栗東トレーニングセンターに戻ってきたサンジェニュイン。

 夏競馬で負傷した柴畑騎手が鞍上を降りることになったことで、その鞍上は再び空くことになった。

 史上初の白毛のG1勝馬。

 乗りたいと名乗りを挙げる騎手が多いことは、一般ファンにも想像がつくだろう。

 誰とならサンジェニュインは再びレースを制することができるか。

 吟味に吟味を重ねた結果、その鞍上には芝木騎手が選ばれた。

 3月の弥生賞以来、半年ぶりの騎乗となる。

 

「芝木騎手に戻ることになったのは、柴畑騎手の推薦はもちろん、本人の技量が申し分ないと思えたことも大きいです。背が平均的な騎手よりも高いため選ばれにくいだけで、芝木騎手は十分重賞レースに向く腕を持っています。何より、サンジェニュインは彼によく懐いていますからね。テンションの落ちる暑い時期に、慣れ親しんでいた騎手に乗ってもらうことでやる気にさせる。そういう意味もありました」

 

 そしてその狙いは的中する。

 9月に開催された菊花賞トライアルレース・神戸新聞杯。

 ディープインパクトとの間に格付けは済んだ、と言われていたサンジェニュインは、ここで驚異の逃げ脚を見せた。

 当日の雨によって稍重となった阪神競馬場。

 稍重のレースは初となるサンジェニュインは、今まで踏んだことのない芝の感触に驚いたのか、馬場入りの際に脚を上げる仕草を見せたが、特に問題もなくゲートに収まった。

 そして違和感をものともしない抜群のスタートを決めると、勢いを落とすことなく先頭へ。

 1000メートル57秒のハイペースを刻みながら、誰にも ── ディープインパクトにすら影を踏ませることなく、大楽勝でゴールイン。

 当時、塗り替えられることはないだろうと言われていたトウショウボーイのレコードを、1.9秒も更新する大レコードでの勝利だった。

 待望の重賞2勝目。

 G2レースでありながら、鞍上の芝木騎手がガッツポーズを見せるほど、価値のあるレースと言えた。

 

 その勢いそのままに、サンジェニュインは本命でもある菊花賞へと挑んだ。

 ディープインパクトを抑えて、初の1番人気。

 ここを勝てば芝木騎手は初のG1制覇となり、サンジェニュインは二冠馬となる。

 ライバルであるディープインパクトが勝てば、ナリタブライアン以来の三冠馬の誕生だ。

 両者、一歩も引けない戦いだった。

 

「このレースでは1000メートル58秒だったでしょう。秒数が出た時は泡を吹きそうでした。どんどん前に行け、とは言ってたんですけど、そこまでスピードを出すやつがあるか、と。いくらスタミナのある馬とはいえ、初めての3000メートルです。古馬の3000メートルならともかく、3歳馬で、こんなデタラメなスピード。けどね、サンジェニュインって馬は、そういや常識で測れないやつだったなってことを、思い出したんですよ」

 

 きつい淀の坂。

 3歳馬にとっては上がるも下るも大変なそれを、サンジェニュインは止まることなく走り切った。

 終盤になって馬群を抜け出し、サンジェニュインの背中を目掛けて走るディープインパクトの、その熱気を背に受けながら。

 ゴールタイム、3分2秒。

 芝3000メートルのワールドレコードを叩き出した、大勝利だった。

 

「息もできないっていうのは、ああいう時のことを言うんでしょう。菊花賞の緑の優勝レイは、サンジェニュインの白い馬体によく似合っていました。風に揺れる鬣を撫で、笑顔で写真を撮った日のことを今でも覚えています。それほど、印象深いレースでした」

 

 皐月賞は最も早い馬が勝つ、と言われている。

 日本ダービーは最も運のある馬が。

 そして菊花賞は、その世代、最も強い馬が勝つ、と。

 

 長距離レースの価値が下がり始めていた2005年。

 しかし、サンジェニュインのその後の活躍を思うと、価値のないレースなど存在しないのではないか。

 菊花賞から3ヶ月後の有馬記念を、有力古馬を退けて3歳で制したその白い背中を見ると、そう思わずにはいられないのだ。

 

「神戸新聞杯、菊花賞、そして有馬記念。ジャパンカップも出走予定でしたが、やっぱりあれだけの激走ですからね。疲労がすぐには抜けそうになかったので、大事をとってジャパンカップを回避しました。まだ来年がある、と思っての判断でしたが、まさか4歳でも回避することになるとは思いませんでしたよ。縁がなかったのかもしれません。……今でこそ笑い話にできるようになりましたが、ジャパンカップ回避に関しては、ちょっと悔しく思うこともあります。日本が誇る国際G1ですからね。そこに出して、日本で一番の馬として勝たせてやりたかったっていう思いは、やっぱりあります」

 

  ── けど、回避して大事を取ったからこそ、有馬記念での勝利があると思っている。

 

 悔しさを滲ませながらもそう語る本原さん。

 サンジェニュインが3歳で制した有馬記念の、その2着馬はハーツクライ。

 前走はサンジェニュインが回避したジャパンカップで、勝利したアルカセットとタイム差なしの2着だった。

 当時は短期免許で日本に来日していたリュベール騎手を鞍上に迎え、先行に戦法を変えたハーツクライは強かった。

 粘りの走りで極限まで追い込まれ、結果はタイム差なしでハナ差1センチ。

 サンジェニュインの勝ち鞍の中では最も着差の短いレースだった。

 それでもなんとか掴んだグランプリホースの称号。

 サンジェニュインはこの結果を持って、翌年のドバイシーマクラシックに招待されることになった。

 ハーツクライの参戦も公表されたことで、2頭の再戦は、周りが思っていた以上に早く巡ってきたことになる。

 

■ 初の海外遠征、ドバイシーマクラシック

 

「翌年、ドバイミーティングの大トリ、ドバイワールドカップに出走することになったカネヒキリ号を帯同馬に遠征しました。前にも言った通り、この2頭は本当に仲が良くってね。お陰で輸送中も、向こうに滞在している間も何の問題もなく過ごせました。サンジェニュインの馬の友達というと本当に限られていて、ほとんど牝馬なんです。ラインクラフト号とか、シーザリオ号とか、エアメサイア号とか。年下だけどウオッカ号も。牡馬だと安心できるのはカネヒキリ号だけなので、彼の存在には本当に助けられましたよ」

 

 輸送機も滞在先の馬房でも隣同士だったという。

 ともに調教を受け、飼い葉を食べてきたことで、2頭はストレスなく本番を迎えた。

 サンジェニュインはドバイでも変わらず芝木騎手を鞍上に挑んだ。

 道中を得意のスタートダッシュから先頭をキープすると、ドバイの煌めく照明に照らされながらゴールを一心に目指す。

 ゴール後、力強くガッツポーズを見せた芝木騎手の姿を、今でも鮮明に思い出せる。

 

 しかし、ドバイシーマクラシックの勝ち馬として歴史に名を刻んだのは ── ハーツクライだった。

 

「どんな言い訳もしません。ハーツクライ号は強かった。それだけが答えなんです」

 

 初めての重賞制覇は2004年の京都新聞杯。

 次走の日本ダービーでは五番人気ながら最速の上がり脚で激走し、勝ち馬キングカメハメハの2着につけた。

 秋の初戦となった神戸新聞杯でも3着と好走。

 しかし迎えた菊花賞。

 1番人気に推され、18頭中2番目の上がり脚を見せながらも7着に敗れた。

 以降、ジャパンカップ、有馬記念と凡走し、4歳になった2005年は未勝利のまま終わった。

 一時期は引退も考えたと、管理する橋本調教師は語ってくれた。

 しかし、多くの関係者がハーツクライの種牡馬入りを待っていた。

 なんとか重賞をあと1勝。

 G1を1勝だけでもしてくれたら。

 いいや、絶対取らせてみせる、という執念が実を結んだのが、まさにドバイシーマクラシックでの激走だったのである。

 

■ 春の欧州競馬に現れた、常識外れの白毛馬

 

 海外初戦を苦々しくスタートさせてしまったサンジェニュインだったが、本原さんは気持ちを切り替え、すぐに欧州レースへと意識を切り替えた。

 4月末日、欧州で一番に開催されるG1レース・ガネー賞が、海外遠征2戦目となる。

 当時の取材陣を前に、本原さんは次のように語っていた。

 

『何一つ心配になる要素がありません。サンジェニュインは勝つでしょうし、それを確信している。ゲートさえ抜ければ、独走することだって可能でしょう』

 

 地元有力馬が脚を揃えて迎えた春大一番のレース。

 海外からの参戦という、言うなればよそ者から飛び出たとは思えないこの強気の発言は、地元メディアにも大きく取り上げられた。

 批難もされたし、嘲笑もされたという。

 しかし、本原さんは何一つ撤回するつもりはなかったと、笑いながら教えてくれた。

 

 そうして迎えた4月30日。

 日本では天皇賞・春が開催されるその良き日に、サンジェニュインは先頭でゴールへと駆け抜けていった。

 当日のロンシャン競馬場は、雨が降ったことにより不良馬場に限りなく近い重馬場。

 地元関係者は誰もがスローペースの決着になると睨んだレースを、しかしサンジェニュインは2分11秒ジャストで走破。

 泥をかぶりながらもひたすらに前を目指したサンジェニュインが、後続に叩きつけたその着差は ── 26馬身差。

 ガネー賞が催されて以来、最大の着差であった。

 24年経った2030年現在でさえ破られていない、偉大なる記録である。

 

「勝てる! と強く信じたレースでしたが、流石にあの着差はね。予想外というか、そこまで出るか!? という気持ちで。馬房に戻ってきた後も、サンジェお前、お前すごいな、しか言えませんでした。それと同時に、やっぱりこの馬はパワーがあるし、何より欧州の馬場に適応できると確信することもできた。海外遠征はまだ残ってましたから、その後のレースにもどっしりとした心構えで挑むことができましたよ」

 

 ガネー賞の後、サンジェニュインは日本に帰国して短期放牧に出された。

 それが終わるとすぐに栗東に戻り、三度目の海外遠征に向けて準備することになる。

 帰国当時のことを、本原さんはこのように振り返っている。

 

「かなりバタバタしてました。戻ってすぐに次のレースの準備をしなくちゃいけないっていのもありましたが、それ以上に大変だったのは、やっぱりサンジェニュインの権利周りですね」

 

 欧州競馬に根差した大グループ・ゴンゴルドン。

 そのオーナー直々に持ちかけられたのは ── サンジェニュインの金銭トレードだった。

 ちょうど同じ時期にディープインパクトのオーナー・金城氏所有のユートピアが、賞金額とほぼ同額で金銭トレードされたばかりということもあって、その情報は瞬く間に日本競馬界を駆け巡った。

 しかしユートピアのようにすんなりと金銭トレードが行われるかと言ったら、半信半疑だった人が多いだろう。

 それはサンジェニュインがクラブ所有馬だったからだ。

 出資者は基本的にはクラブの意向に口出しすることはできない。

 多くのクラブで会員規則にもそう明言されている。

 だからやろうと思えば、当時サンジェニュインを所有していたサイレンスレーシングクラブも金銭トレードに応じることができたはずだ。

 けれど、それまで一口出資者の支援と声援を受けて駆け抜け、大きな夢を見せ続けてきたサンジェニュインは、すでに単なるクラブ馬とは呼べなかった。

 

「今や背負うは日本の悲願。海外遠征の果てに凱旋門賞出走を計画していることは、すでにメディアを通じてファンに筒抜けでしたから。今となっては古くさい考えだと笑われるかも知れませんが、あの当時。日本生産で、日本調教、日本所属。日本のクラシックを走り、二冠馬になり、グランプリホースにもなった、そんな馬が、40年近い挑戦の歴史に、白星を飾ろうとしているんです。それが金銭トレードされて、海外所有になる。それじゃ意味がないと、そう思ったファンも多かったのでしょう」

 

 結果としてサンジェニュインの金銭トレードは成立しなかった。

 ゴンゴルドンの代表が自ら出向いたとされる話し合いで、サイレンスレーシング代表の吉里氏は一歩も引くことはなかったという。

 話し合いが行われた夜。

 吉里氏から本原さんに一本の電話が入った。

 

「『本原先生、引き続き頼みましたよ』って。それ言われて初めて、ようやっと安心できました。はあ〜、よかったよかった、と。恥ずかしい話なんですけど、腰が抜けましたよ。それまでずっと不安だったんです。だって、もしサンジェニュインが金銭トレードってことになったら、もう、あいつの稽古ができないってことでしょう。急に、海外の調教師があいつのそばに立って、ここまで育ててきました、って顔するんでしょう。納得いかないし悔しいし、寂しい。だからそうならなかったことに、心底ホッとしたんです」

 

 そう語った本原さんは、胸の辺りをぐるぐると撫でながら、にこりと笑った。

 

 着地検査先でトレード回避の一報を聞いてから、サンジェニュインはようやく休養に入った。

 それが終わるとすぐに栗東トレーニングセンターに帰厩し、帰りを待っていた厩務員の目黒さんとともに、再び調教の毎日が始まった。

 この時期、サンジェニュインの併せ馬の相手を務めたのは居住厩舎の所属馬たちだった。

 古馬のハットトリックやデルタブルースを中心に、当時2歳馬だったウオッカもサンジェニュインと併せた一頭だ。

 

「サンジェニュインには妙な悪癖があったんですよ。牝馬相手に減速してしまう悪癖がね。すごく仲が良いカネヒキリ号すら弾き飛ばすのに、どうにも牝馬が近づくと大人しくなっちゃって。どうにか直さなきゃと思って、頻繁に牝馬と併せ馬をしていました。それでいうと、当時2歳でまだ制御の甘かったウオッカ号は最適な相手といえます。なぜかといえば、鞍上が手綱を引いてもぶつかってくる気性の荒さが抑えられていなかったからです」

 

 めげることなく何度もサンジェニュインに体当たりを食らわそうとするウオッカ。

 それを躱す度に、サンジェニュインの中にも変化があったという。

 体当たりされそうになっても減速することなく、むしろウオッカを跳ね返すようになったのだ。

 それを目の当たりにして、本原さんは悪癖の矯正に成功したことを悟ったそうだ。

 

「海外3戦目となったサンクルー大賞典には、地元の有力牝馬・プライド号の出走登録がありました。この馬とはガネー賞でもぶつかりましたが、このレースでは重馬場でブーストがかかったサンジェニュインが突っ走ったことで、プライド号と接触することなく終えられています。しかし、プライド号の鞍上であるグラン・リュベール騎手とはハーツクライ絡みで因縁があって、とにかく、この騎手はサンジェニュインをよく観察している。癖の一つ、一つを見られている。あんな悪癖がバレてしまったら、突かれないわけがない、と話題になっていました。実際に、サンクルー大賞典で突かれたわけですし」

 

 6月に開催されたサンクルー大賞典で、グラン・リュベール騎手が騎乗するプライドは先行策を採った。

 それもただの先行策ではない。

 常にトップスピードで駆け抜けるサンジェニュインを、自身のペースメーカーとともに挟み撃ちにするという、ある意味捨て身の作戦に打って出たのだ。

 

 当時のこの作戦の真意を、そこに至るまでの出来事を、グラン・リュベール騎手本人に聞いてみた。

 

「どうやったらこの馬に勝てるか。もう毎日毎日考えてました。サンジェニュインは故郷でも有名だったんですよ。何せ、競馬が始まって以来初めての白毛のG1ホースだから。顔もびっくりするくらいかわいいし。かわいいのに戦績すごい良いし。ああいうのをスターホースっていうんでしょう。そんな馬に勝つ方法を、ビデオと睨めっこしながら考えていた」

 

 リュベール騎手が初めてサンジェニュインと対戦したのは、2005年の有馬記念だった。

 

「当時任せてもらっていたハーツクライは、それまでなかなか勝てない馬でした。でも追う力はあるし素質はすごく高いと思っていたから、前めを走らせるようにした。そしたらそれでよかったみたいで、ジャパンカップでレコードタイムで2着でしょう。これはいけるな、って。有馬記念でも想像以上の走りをしてくれました。けど勝てなかった。サンジェニュインは出だしが良すぎるし、何より無尽蔵のスタミナとパワーを武器に何度でも、どこからでも加速できるっていうのは、信じられないくらい化け物じみたスペシャルな才能です。隙があるとしたらコーナーカーブくらい。でもそのコーナーカーブだって、大外回ってしまえば隙にすらならないわけでしょう。どうしてやろうかな、この馬、って、結構恨みに思いました」

 

 有馬記念の1着から3着はそれぞれ1センチ差だった。

 誰が勝ってもおかしくなかった大接戦を、遠すぎる1センチを、華麗にものにしたサンジェニュイン。

 3歳馬で有馬記念を制した馬の背中は遠く、しかし、リュベール騎手に諦めの文字はなかった。

 

「でもね、パーフェクトホースなんて神でもない限り作れない。だからきっと、どこかできっと、隙ができる筈。じっと待って、待って、待って。そのすぐ後ろで待ち続けて。ドバイでハーツクライは2センチ先をいった。粘り勝ち。執念の成せる技。どうだ見たかこれがハーツクライだぞ、っていう誇らしい気分です。今でも感謝しています。ハーツクライは僕に『粘り』と『執念』を刻みつけた馬ですから。このドバイの出来事があって、僕は、サンクルー大賞典の策を実行に移す決意を早めに決めることができたんですよ」

 

 時は2006年の5月に進む。

 ガネー賞でサンジェニュインが驚異の着差を刻んだレースで、リュベール騎手は4着馬のプライドに騎乗していた。

 圧巻のスピードで前をいくサンジェニュインを見て、こりゃダメだと早々に悟ったという。

 

「諦めないことをハーツクライに教えてもらっておいて、って言われるかもしれません。でも、流石に26馬身を縮めるのは不可能に近いです。近い、っていってるのは、やろうと思えば無理じゃないから。でももし実行していたら、プライドはチャンピオンステークスも香港カップも勝てていなかった。つまり、壊れること前提ならば勝てました。逆に言えば壊す以外であの馬に追いつくことはできなかったんです」

 

 だがサンクルー大賞典でリュベール騎手は奇策を用いた。

 

「ガネー賞も終わってプライドの次走がサンクルー大賞典に決まって。そこにはハリケーンランもサンジェニュインも出ますから。もっと研究しなきゃ、と思って知人に頼んで調教時のビデオとかもらったんです。で、それを見てて気づいた。あれ、サンジェニュインって牝馬相手だとちょっとだけ遅いな、って」

 

 併せ馬の最中、牝馬が近づくと馬体を離そうとする。

 隣に並びかけると減速する。

 馬っ気が出ているわけでもない、牡馬との併せ馬では近づかれたら跳ね返しているのに、どうしてこうなってしまうのか。

 原因はわからないけれど、サンジェニュインが牝馬相手に強気に出れない事実に、リュベール騎手はたどり着いたというわけだ。

 

「これだ! と思わず手を叩きました。プライドはご存知の通り牝馬です。早い段階で前目につけて、サンジェニュインの視界に入る位置にいられたら、チャンスができる。しかし、片方にプライドがいるだけでは弱い。もう片方、左右を挟むくらいのインパクトがなきゃ、サンジェニュインを立ち止まらせることはできない。だから、無理を承知で調教師や馬主に頼み込んで策を実行した。もし過度に脚を消耗するならその時点で策を止める、と約束をして」

 

 綺麗にスタートダッシュを決めたサンジェニュインの左右。

 プライドが滑り込んだのと同時に、片側にももう1頭、牝馬の姿があった。

 プライドと同厩舎のペースメーカー、ヴァネッサだ。

 2頭はスタート200メートルをトップスピードで走ると、サンジェニュインの横をキープした。

 側から見ても、サンジェニュインはストレスを感じているようだった。

 左右を気にして、そのスピードはガネー賞よりも劣る。

 コーナーカーブが苦手なサンジェニュインは、大外を回らなければトップスピードをキープできない。

 しかし両側を挟まれていることで外に進出できず、サンジェニュインは苦手な小回りを強いられていた。

 これだけを見るとリュベール騎手の奇策は効果的だったと言える。

 だが誤算があったとしたらそれは、サンジェニュインがこの時点で既に悪癖を矯正されていたことだ。

 

「手元にあった調教ビデオは、一番新しくて5月上旬のものもあったんです。そこから僅か1ヶ月も経たずに矯正がうまくいくとは、流石に予想できなかった。だって、悪癖が明確になったのは昨年の春先のことで、もうすぐ1年が経つ頃になっても直ってなかったんだから。もう、先生方に完敗って感じです」

 

 最速ではなかったとはいえ、それでも平均より速いサンジェニュインのスピードに張り付いていた牝馬2頭は、終盤になって体力の限界が現れた。

 その時に出た隙が、サンジェニュインの勝利へと繋がる。

 鮮やかに抜け出たその白毛が、それまでどこに隠し持っていたのかわからないほどのスピードで駆け抜ける。

 最終的に5馬身差の圧勝で、サンジェニュインは欧州G1・2勝目を挙げた。

 

「終わった瞬間に思ったのは、もうやだな、この馬、でしたね」

 

 苦笑いでそう答えたリュベール騎手。

 しかしその後のキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスではハーツクライに、凱旋門賞ではプライドに騎乗してサンジェニュインと相見える。

 何かと縁のある1人と1頭だ。

 そしてその縁は、血を重ねてさらに深く、繋がっていく。

 

 サンジェニュインが種牡馬入りした後。

 2年目産駒となるシルバータイムの主戦騎手を務め、彼をG1馬に導いたのは他でもない、グラン・リュベール騎手であった。

 

■ 夏の欧州競馬に君臨した、洋芝の王様

 

 帰国はせず、その翌月に迎えたキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス。

 稀に見る豪華な組み合わせとなったそのレースで、一番人気に推されたのはサンジェニュインだった。

 他にはドバイシーマクラシック勝ち馬のハーツクライ、ドバイワールドカップ2着馬のエレクトロキューショニスト、前年の凱旋門賞馬・ハリケーンランらなど、錚々たる面々だ。

 キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス ── KGVI&QESの舞台となるのはアスコット競馬場。

 比較的コースレイアウトが広めに取られている他の競馬場と異なり、この競馬場の特徴的なところの一つにコーナーカーブがある。

 アスコット競馬場のコーナーカーブはかなり狭く、真上からみたコースの形は三角形に近い。

 カーブを苦手とし、トップスピードをキープするためには大外に進出する必要があるサンジェニュインにとっては、かなりきついコースレイアウトになっていた。

 

「サンジェニュインは困ったことに、本人は減速が嫌いなんですよ。後ろに牡馬がいるとなおさら。牝馬相手の悪癖に関しては、アレ、本人は減速してるつもりもないので。もうギリギリまで大外にヨレてでも必死に回ってもらうしかない、と思っていたし、芝木騎手にもそう指示を出しました。ただ、思った以上にサンジェニュインが内側で曲がろうとしてしまったので、右側の脚がぶつかっちゃったんです」

 

 傷自体は深くはなかったが、その白毛の馬体ゆえか出血は派手に映った。

 本原さん曰く、サンジェニュインは脚の踏み込みが深いため傷が浅くても痛みはそれなりに強かったはずだ、という。

 それでもサンジェニュインはレースを走り切った。

 先頭で、誰よりも早くゴールした。

 

「終わってみれば6馬身差。上り坂もぐんぐん上がっていくんだから、大したもんです。やっぱりこの馬は欧州競馬に適応しているし、誰よりも強いんだって思いました。それと同じくらい、無茶するなよとも思いましたが」

 

 前代未聞、馬も授賞式に参加するというイベントをこなしたサンジェニュイン。

 その強い競馬と、可愛らしい顔で注目を集め、ついには欧州各国の競馬雑誌で表紙を飾った。

 イギリスの女王陛下とともに写る写真は、その年の英国随一の写真として表彰もされたというくらいだ。

 この時、各社の記事に引用されたフレーズがある。

 

 “右脚を赤く染めてなお、君臨する王者"

 

 日本、阿嘉島アナウンサーの熱の篭った実況は、海を渡り、現地でその後長らく語られることとなる、名実況となった。

 

 そして、舞台はインターナショナルSへと進む。

 

 8月に開催されたインターナショナルSは、凱旋門賞出走前に参戦する最後のレースだった。

 前年、2005年にはゼンノロブロイが挑み、惜しくも2着に敗れたその舞台に、その年はサンジェニュインが日の丸を背負って出走。

 ゼンノロブロイの敵討ちをと多くのファンの声援を受け、その時点で欧州G1・3戦3勝の戦績を誇るサンジェニュインの人気はやはり一番だった。

 だが当日のサンジェニュインは、これまでと様子が違った。

 

「馬に感情ってあると思いますか? 私はあると思います。そうでなければ説明がつかないし、少なくともサンジェニュインには理解できているようでした。あいつはちょっとどころじゃなく、かなり賢い馬でもありましたから」

 

 インターナショナルS開催日より数日前。

 2005年の桜花賞馬ラインクラフトが、4歳にして急逝した。

 秋競馬に備えた休養中に、急逝心不全によるものだった。

 このラインクラフトはサンジェニュインの併せ馬の相手を務めた1頭だ。

 日本ダービー前から共に調教を受けるようになり、長いことパートナーとなっていた。

 そんなサンジェニュインの手元に届いた赤い手綱は、2頭の友好を示すには十分なものだろう。

 

「調子が戻るかは五分五分でした。たとえ戻らなかったとしても、走ってもらわなければならない。迎えた当日の有様は、決して完璧とは言えませんでしたが、それでもサンジェニュインは、抵抗することなくゲートへと向かっていきました。何をするべきか、それだけは頭から抜けなかったのでしょう。素直で、人間思いの馬ですからね。私たちにできたのはとにかく、サンジェニュインが無事にゴールして戻ってくることを祈る。それだけでした」

 

 レースはいつも通りハナで進んだ。

 調子の悪さは競馬関係者ではないファンにも目に見えてわかった。

 鞍上の芝木騎手との折り合いは欠け、半ば暴走しているようにも見えたのだ。

 頻繁にソラを使い、心ここに在らずという姿に心配になったファンも多いだろう。

 だが、サンジェニュインは常に人間の想像を超える馬だった。

 

「レース終盤に近づくにつれ、サンジェニュインの雰囲気が戻っていきました。ペースアップしながらも、徐々に芝木騎手と息が合い始めたんです。自分で調子を立て直しながら走って、走って、走り切って。サンジェニュインは2着馬に12馬身つけてゴールしました」

 

 決して相手が弱かったわけではない。

 ただシンプルに、サンジェニュインという馬のスピードが、他の馬を上回っているだけだった。

 

 “夏のヨーク競馬場に、菊と桜が咲き乱れる"

 

 粋な実況がその覇道に花を添える。

 白い馬体に似合う赤い手綱に、桜の息吹を織り込みながら。

 もはや向かう所敵なしの王様は、僚馬の魂と共にいよいよ秋の大舞台へと向かった。

 

■ その太陽の光は、世界に届いた

 

 宝塚記念を制したディープインパクトが、予定通り凱旋門賞に出走することを公表した。

 春の登録からそれまで明言が避けられていたため、ファンは待ちに待った報告に歓喜したことだろう。

 日本は初めて2頭の馬を凱旋門賞に送り出すこととなった。

 最有力視されたのは海外レースを連戦連勝中のサンジェニュイン。

 完全に欧州競馬に適応し、凱旋門賞が開催されるロンシャン競馬場での勝ち鞍もあるサンジェニュインの評価は高かった。

 次点がディープインパクト。

 天皇賞・春、宝塚記念を連勝したのはもちろん、2006年の国内春競馬は無敗。

 母はアイルランド生産のイギリス馬で、その祖母にあたるハイクレアは競走馬としても繁殖馬としても名牝と言える。

 血統的にみても欧州適性は十分にあるとみられていた。

 歴代最も凱旋門賞に近いとされた2頭が、互いを帯同馬に、日の丸を背負って現地入りしたのは9月の下旬だった。

 

「お互いが帯同馬っていうのは、カネヒキリ号の時もそうだったんですけどね。ディープインパクト号に関しては……芝木騎手から結構難色を示されたんですよ。カネヒキリ号ならまだしも、って。サンジェニュインは本当に賢いやつで、自分が誰に負けたのかってことを覚えてるんですよね。鹿毛で、額に星があって、ディープインパクトって名前の馬が自分を負かした。それがわかってるんで、ディープインパクト号と一緒だと嫌がるんです。3歳の春先とかは特に。ディープインパクト号の名前を聞くだけで厩舎に戻ろうとするんですよ。そんなんだからストレスとか心配だったんですけど、あいつも海外連戦してるうちに大人になったのか、輸送中とかも大人しくて。開催当日もどっしりと構えてましたよ」

 

 出発前の検疫厩舎では、同じクラブのヴァーミリアンが帯同馬として付き添った。

 そのおかげか、飼い葉食いは落ちることなく、フランスでも調子の良さはキープされたままだったという。

 そして迎えた大一番。

 前年の凱旋門賞馬ハリケーンランを抑え、ダントツの一番人気に躍り出た。

 9番ゲートに収まった白い馬体が駆け出す。

 安定のスタートダッシュはロンシャン競馬場の広いコースを中央を走り、後続をぐんぐん引き離していった。

 2番手に浮上したのはハリケーンラン。

 そしてそのすぐ後ろ、3番手に顔を出したのはディープインパクトだった。

 この先行策に関して、当時ディープインパクトを管理していた沼江琢馬さんはこう言った。

 

「サンジェニュインは元からスーパーカーって感じの馬なんですけど、洋芝で走るともう別の乗り物って感じなんですよね。あのスピードに対して後方から追うっていうのは無理がある。中山とか府中で戦うなら追込でもいいんですけど、あの時は流石に前の方で追ってないと勝負すらできない、ということで竹騎手と話が付きました。ディープインパクトはちょーっと出遅れ癖もあったんですけど、サンジェニュインと走ってるうちにそれも克服できたので、正直先行で出すことに不安はありませんでした。それに出てしまえば、あとは鞍上との折り合いと勝負根性に期待するだけ。勝機は十分にあったと今でも思っています。……ただねえ、やっぱりね、サンジェニュインのパワーは桁違いだよね。ディープとレイルリンクに揉まれたところからさらに伸びるのかよ、っていう」

 

 地元有力3歳牡馬のレイルリンクがディープインパクトに並び、2頭デッドヒートを繰り広げながら先頭サンジェニュインを追う。

 ディープインパクトはハリケーンランを抜かしたところからレイルリンクにすら先行を譲らず、2番手のままサンジェニュインを狙い続けていた。

 そして終盤の差し競り合い。

 ただ1頭、ディープインパクトだけがサンジェニュインの影を踏んだ。

 踏んで、並んで、それでもサンジェニュインが先頭を譲ることはなかった。

 怒号のような声援がロンシャン競馬場を満たす中、その白毛の馬体が確かなスピードでゴール板を踏み切った。

 鞍上の芝木騎手が空を指差すと、観覧席のあちらこちらから日の丸の布がはためいたのを覚えている。

 約40年近い挑戦の歴史を経て、硬く閉ざされた凱旋門が開かれ、白い光が射し込んだ瞬間だった。

 

「しばらく言葉が出ませんでした。誰におめでとうと言われても、何も言えなかった。ただ、やっぱりサンジェニュインはすごいんだって言葉だけが、頭の中をぐるぐるしていた。歴史を作っただとか、それ以上の感動があったんです」

 

 1着サンジェニュイン。

 2着ディープインパクト。

 

 欧州国外の馬2頭が表彰台の上二つを独占した。

 凱旋門賞始まって以来のことだった。

 

「凱旋門賞が終わってから数日は慌ただしかったですよ。現地メディアの取材を受けたり、日本メディアの対応に追われたり。でも、そんな忙しさのお陰で頭が正常に戻ったと言っても良いかもしれません。そうじゃなかったら永遠に『うちの馬すごいな』ってことで頭がいっぱいになっていたはずなので」

 

 サンジェニュインとディープインパクトは共に帰国した。

 まだ冷めやらぬ熱気を纏わせながら、それでも世界一位と二位の看板を引っ提げて。

 白と黒は、母国の大地を踏み締めた。

 

■ ラストラン 結局最後も2頭共に

 

 2頭を乗せた輸送機が成田空港に着くと、大勢のファンが出待ちしていたという。

 歴史的偉業を成し遂げた2頭は、しかしいつも通りのんびりした様子で検疫厩舎に入ったそうだ。

 

「まあ、馬からしたらレースの格なんて分かりませんからね。中山で走るときの延長戦くらいに思っていたのかも。ともかく、2頭怪我もなく帰国できたのは良いことでした。……けど、良いことがあると悪いことも起きるものですね。天皇賞・秋を次走としたディープインパクト号が東京競馬場に向かう当日。サンジェニュインは心房細動を発症しました」

 

 いまだ原因の判明していない突発的な疾病・心房細動。

 これによってサンジェニュインは予定していたジャパンカップ出走等、全てのスケジュールを白紙に戻した。

 そして発症翌日には年末での引退が決定。

 翌2007年から種牡馬として社来スタリオンステーションで繁養されることが発表された。

 

「いつか種牡馬入りはするだろうと思っていました。それが思ったよりも早かったし、何よりあんな終わり方は想定してませんでしたから。けど、仕方ないことです。無理をさせて、今度こそ取り返しのつかないことになるんじゃ意味がない。まだ元気なうちに種牡馬にして、その血を繋いでもらう方がサンジェニュインは幸せなんじゃないかと、そう思いました」

 

 ラストランは有馬記念に決まった。

 ライバルであるディープインパクトも年内の引退を公表し、同じく有馬記念がラストランとなる。

 2004年12月19日の阪神競馬場で共にデビューした2頭は、2006年12月25日の中山競馬場で共に引退する、唯一無二の馬になった。

 

「ディープインパクトは天皇賞・秋、ジャパンカップを制して有馬記念に駒を進めました。ここを勝てばテイエムオペラオー号やゼンノロブロイ号に続く秋古馬三冠達成。サンジェニュインは凱旋門賞ぶり、かつ、日本で走るのはちょうど1年前の有馬記念以来のことです。何よりラストランですから。サンジェは最後まで強い馬だぞって言って有終の美を飾りたかった。そうなるだけの調整はしてきたつもりでした」

 

 当日の中山競馬場は良馬場だった。

 ラストランに相応しい晴れた天気。

 17万人のファンが、2頭の最後の戦いを見に中山競馬場を埋め尽くした。

 久しぶりの中山に思うところがあるのか、パドックで立ち上がるなどいつものとは違った様子を見せるサンジェニュインに、本原さんは頭を抱えたという。

 だが、いつも通りの横顔でゲートへと向かっていた背中には、信頼しかなかったと晴れやかな顔で語った。

 レースはサンジェニュインの大逃げから始まった。

 和芝ということもあってスピードはそれほど出ていなかったが、後続に5馬身差をつけるその速度は十分だ。

 その年の二冠馬メイショウサムソンらを引き連れる白毛は、これが病み上がり初戦とは思えないほどの迫力を見せた。

 大外スタートを利用してコーナーカーブを十分な広さで回ると、後方に控えたディープインパクトが駆け上がってくるまで独走。

 そしてラストの直線。

 全ての力を振り絞って全馬を抜き去ったディープインパクトが、サンジェニュインに2馬身差のリードを奪い取った。

 しかしサンジェニュインも抜かれてはい終わりとはいかない。

 こちらもラストラン。

 死力を尽くして並ぶと、2頭は首差し頭差しを繰り返しながらゴールに飛び込んだ。

 

「長い写真判定でした。時間的にみれば日本ダービーよりは短いけれど、私が一番長く感じられたのはこの有馬記念です。結果が出るまで、どちらが前を行ったのかわからなかった。でもね、びっくりするほど悔いはなかった。負けても、勝っても。サンジェニュインが今まで培ってきた全てを出し尽くした末の勝敗です。鼻息鳴らして駆け抜けた結果です。どんな終わりだろうと、彼の全てを誇りに思おうと決めていました」

 

 2頭がゴールしてからもしばらく歓声は止まなかった。

 史上初を連発しながら、新しい歴史を作り上げていったサンジェニュインとディープインパクト。

 白と黒。太陽と衝撃。逃げと追込。

 驚くほど正反対の2頭は、けれど負けず嫌いなのは一緒で、諦めが悪いのも一緒で。

 だからこそどこまでも人に夢を見せてくれる。

 終わってほしくないと思わせてくれる。

 そんな2頭のラストランは、最後まで、歓声と感謝に満ちていた。

 

 そして翌日26日。

 2頭はそれぞれの関係者に見送られ、生まれ故郷へと戻っていった。

 共に繁養先は社来スタリオンステーション。

 種牡馬としての第2の馬生に入り、2頭の対戦の続きはその産駒へと引き継がれていくことになった。

 

■ 白毛初の種牡馬

 

 サンジェニュインは世界で初めて、G1を勝った白毛馬として種牡馬入りを果たした。

 そのシンジケート総額は60億にも及ぶとされている。

 主な繁養先は社来スタリオンステーションとなったが、配合相手の多くが海外の牝馬だったことから、2月から4月までを日本で、5月から6月一杯までを海外のスタリオンステーションで過ごすという、異色のスケジュールとなっていたという。

 当時のサンジェニュインを担当していた厩務員、目黒リキさんに、種牡馬としてのサンジェニュインについてお話を伺ってきた。

 

 以下、リキさんと表記させていただく。

 

「健康上は全く問題ありませんでした。気性も穏やかだし、手もかかりませんでしたね。でも初めての種付けの時、年上の牝馬が相手だったんですけど、その牝馬がかなりグイグイ来るタイプで、サンジェニュインはそれに気圧されたのか逃げてしまったんですよ。こりゃ種付け向きの性格じゃないな、と。でも2回目の種付けは段取り通りこなせましたし、海外に行ってからも評判はよかったです。おっとりした馬なので、牝馬に嫌われることもありませんでした。あと何よりもその受胎率の高さ。数年止まらなかった(= 未受胎)牝馬も、サンジェニュインを付けるとすぐ止まるんですね」

 

 そのため、サンジェニュインは不受胎となった牝馬たちの受け皿となっていた。

 どんなに種付け料が高額であろうとも、ほぼ受胎が確定となるサンジェニュインならば金を惜しまない、という生産主も多かったとリキさんは語る。

 

「初年度から多くの仕事をこなしてくれました。2年目と3年目は海外が中心だったので日本の産駒は少なかったのですが、4年、5年目からは徐々に国内向けの産駒も増えていった印象です。きっかけは初年度産駒のデビューですね。国内外合わせて初の勝ち馬がサンサンドリーマー。母の父はエルコンドルパサーです。結構重めの配合ではあるんですけど、この馬が2歳の時点でG1の朝日杯FSを完勝してくれたので、国内での注目度が上がった感じです。翌年にはサニーメロンソーダが3歳馬として初めて宝塚記念を制してくれました」

 

 競走馬生産において、親としての優秀さを証明するのは子供の活躍だ。

 初年度のサニーファンタスティック、シャイニングトップレディらが三冠馬となったこと。

 3年目産駒のブランシュブランシュ、6年目産駒のシャイニングパッションが凱旋門賞馬になったこと。

 これら産駒たちの輝かしい成績が、サンジェニュインの種牡馬としての価値を確かなものにしていた。

 

「サンデーサイレンスの血はこれ以上ないってくらい濃くなっているので、国内でバンバン配合するわけにはいきません。でも海外では相手に困ることがない。ヨーロッパを中心に、サンジェニュインは毎年のようにG1馬を輩出しました。後継種牡馬にも恵まれましたし、母の父としても強い影響力を持つようになりました。その繁殖能力は父であるサンデーサイレンスを彷彿とさせるものです。高齢になってからも衰えるそぶりがなく、後期の代表的な産駒の1頭であるサントゥナイトを見れば、それは明らかでしょう」

 

 サンジェニュインから数えて史上2頭目の白毛の凱旋門賞馬サントゥナイト。

 2021年生産で、配合時サンジェニュインは18歳だった。

 そして凱旋門賞を制した時は23歳で、その輝かしい姿を見納めてからサンジェニュインは黄泉路に旅立ったのだ。

 サントゥナイトの一つ下の世代、2022年生産のサンサンファイトは産駒初の日本ダービー馬。

 ラストクロップからは無敗で皐月賞を制したサニードリームデイが誕生。

 最後まで国内外に活躍馬を送り続けたことになる。

 

「サンジェニュイン自身も話題に事欠かない面白い馬でしたが、その産駒も実に個性豊かでした。もし今、サンジェニュインに会って何かを伝えられるとしたら、面白い馬に出会わせてくれてありがとう、と言いたいですね」

 

 サンジェニュインの墓は今、社来スタリオンステーションの敷地内にある。

 現役時代、種牡馬時代共に親交の深かったカネヒキリと、好敵手であるディープインパクトに挟まれる形で眠る。

 その墓に、現役だった頃からのファンや、送り出してきた子供たちのファンが、花束を携えてやってくる。

 会いに来たよ、と、笑顔を浮かべて。

 

■ 結局、サンジェニュインとはどんな馬だったのか

 

「振り返ってみても、やっぱり、あいつは天才ではありませんでした。もっと言えば、負けて強くなるタイプの馬です。負けて、悔しくって、頑張って。負けず嫌いで努力家で頑固で。大逃げをしてたのだって、馬群に飲まれるのがいやだから逃げてただけです。他の天才と呼ばれる馬のように、スピードが段違いだからそのつもりがなくても自然と逃げになっていたとか、そういうんじゃない。もっとシンプルなやつなんですよ、あいつは。……それで、自分を愛してくれる存在に、同じだけの愛を返してくれる馬でした」

 

 誰に聞いても返って来る答えは同じだった。

 

 人懐っこい。

 従順で。

 穏やかで。

 優しくて甘えたで。

 愛してるよ、と囁くと、嬉しそうに嘶く。

 頑張れと応援した分だけ走った。

 最後まで人を信じ、人を愛した。

 

 その最期の瞬間を、目黒康史さんはこのように振り返る。

 

「体調は夏頃から崩れてました。それでも気力だけで踏ん張ってたんですよね。でもサントゥナイトの凱旋門賞制覇をテレビ越しにみて、あいつの中の緊張の糸みたいなものが、プツリと切れたんじゃないかな。ああ、もう安心だなって。サンジェニュインが頑張って血を残さなくても、もう、後の世代がいるんだなって。もしかしたらそこまで深くは考えてなかったかもしれないけど、でも、あいつ、最後はすごく満ち足りた顔をしてました。やりきったぞ、って顔ですね。だから、誰もが死ぬなとは言えなかった。ただありがとうしかなかった。天国への土産に感謝の言葉をいっぱいに詰めて、送り出したかった」

 

 “お前は最高の馬だ”

 

 旧・本原厩舎では、サンジェニュインがレースに出るたびにそう言って送り出したという。

 今日も、明日も、明明後日もいつまでも。

 サンジェニュイン、お前こそが最高の馬だ、と囁く。

 この上ない愛情と信頼を込めて。

 そしてサンジェニュインが天国に旅立つその瞬間に、目黒さんが贈った言葉も同じだった。

 

「やっぱりお前は、最高の馬だ」

 

 サンジェニュインの横顔は、歓喜に満ちていた。

 

■ サンジェニュインが遺したもの

 

 サンジェニュインが旅立ってから5年の月日が流れた。

 サントゥナイトの初年度産駒はクラシックシーズンを迎え、サンサンファイトの初年度産駒もまもなくデビューだ。

 初年度産駒のサニーファンタスティックらはとっくに種牡馬を引退し、今は孫の世代。

 かつてサンデーサイレンスの3×4に時代の流れを感じたように、今、サンジェニュインの3×4を持つ馬たちがそれを教えてくれる。

 

 サンジェニュインがいた日々を思うと、5年は短くなかった。

 だが同時に、その存在を忘れてしまうほど長くもなかった。

 今も各国の競馬場でサンジェニュインの血脈が躍動する。

 忘れるな、というように。

 最高の馬と声高に呼ばれた父の、その白さが受け継がれている。

 

 来年2031年。

 サンジェニュインの凱旋門賞制覇から25年目を迎える。

 リアルタイムであの熱狂を見届けた競馬ファンも世代交代が近づいている頃だろうか。

 海外に挑む日本馬も珍しくない昨今の競馬ファンには、過去のあの盛り上がりの意味は理解し難いかもしれない。

 しかしあの時代、海外レースに出走する競走馬は決して多くなかった。

 勝率だって今ほどは高くない。

 だがそれでも、過去の挑戦者たち ── スピードシンボリが、シリウスシンボリが、エルコンドルパサーがタイキシャトルが。

 そしてサンジェニュインらが挑み続けたことには意味があった。

 例え敗北を重ねたとしても、その敗北にすら意味があった。

 挑み続けることそのものに、価値があったのだ。

 

 サンジェニュインが競馬界に遺した最も偉大なものはその血だと言う競馬評論家もいる。

 だが私は、サンジェニュインの最も偉大で大切な遺物は、挑み続ける強さや、諦めないことにあると思うのだ。

 

 挑むことを諦めないこと。

 勝利を諦めないこと。

 血を残すことを諦めないこと。

 

 それら全てを体現した軌跡そのものが、サンジェニュインの最大の遺物だ。

 

 来年、サンジェニュインのラストクロップであるサンパーカッションが長期の海外遠征に挑む。

 芝木真白厩舎所属の現在4歳で、2028年の札幌2歳ステークスを最後に重賞勝ち鞍はない。

 それでも海外に挑む。

 その脚に適応した戦場を求め、諦めを知らない太陽の血を示す。

 自身を『最高の馬』と呼んで愛する、全ての関係者のために。

 

 サンジェニュインの遺志は、今も、繋がっている。



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【IF】砂上の太陽サンジェニュイン

 ここまでのあらすじ!

 俺はしがない転生サラブレッド!

 前世は流行病で職を失った借金持ちで過労の末に死んだよ!

 死の間際にクソ親父を誑かした馬を殴っとけばよかったぜ、と思ったのが運の尽き!

 どう見ても邪神としか思えない神の仕業によって、やたら牡馬にモテるというバッドコンディションにさせられちゃった!

 このままじゃ童貞卒業の前に失っちゃいけないものを失っちゃう! これからどうなっちゃうの〜!?

 

 

 

 

 はい。ということで転生して一年が経ちました。

 時は2003年。マジで時間の流れ早すぎてキレそう!!

 

「マイサン、行儀よく、行儀よくな」

 

 わあってるよタクミ! 心配すんな、これでも中身は人なんでな……ちゃんとアッピル! する必要があるってのはわかってるから。

 俺としてもココ ── 【1歳セレクトセール】で買ってもらう必要があるわけだし。

 買い手が見つからなかったら一体全体どうなっちゃうのかはわからなかったんだけど、でもタクミやタカハルの雰囲気的に見つからないとヤバそうなのでな!

 就活に挑む気持ちで頑張るわ。

 ということでこちら、1歳セレクトセールの会場です。

 

 俺の同世代の馬たちの多くは、この1年前の2002年7月8日と9日に開催された当歳馬 ── 同年生まれた馬を対象とした【当歳馬セレクトセール】に出てるんだけど、俺はそれが開催される1週間前に爆誕したので参加できず。セレクトセール的にはこれがほぼラストチャンスなのでは? と思いつつ挑んでいる。

 タクミたちが言うには、俺は白毛の牡馬で珍しいから、個人馬主が来なくてもクラブが買ってくれる可能性の方が高いらしい。

 母馬はサラブレッドだけど競走馬としては走っていない、いわゆる未出走馬ってことでイマイチという評価だけど、母馬の姉が大レースに勝った馬を出したとかで、それと同じ血統構成になる俺はそこそこ需要があるとかなんとか。

 とはいえ高額にはならないだろうけど、安いなりに馬主歴の浅い人とかに購入してもらえたら御の字だなって言ってた。

 ちなみに誰も買ってくれなかった場合は、主取りと言って牧場に出戻りってことになるらしい。

 そうなったとしてもなんとかしてやるからな、とタクミは言ってくれたけど、できれば優しい馬主に引き取られたいもんだぜ。

 その方がタカハルやタクミたちは安心するだろうしな!

 

 俺が気合を入れている間に、セレクトセールが始まってから数時間が経った。

 他の馬たちが順々に呼ばれていくのを数十頭ほど見送った後、とうとう俺の番がやってきたようだ。

 タクミに連れられてセリ場所に出ると、思ったよりも広いなあという印象。

 それでも普段遊んでるとこより小さなサークルっぽいところで、前のほうにはたくさんのヒトたちが並んでいた。

 このヒトたちが馬主なんだろう。

 俺の一個前のやつは2000万円からスタートしてあっという間に7000万円まで上がったのを聞いて、ここにいるのは全員桁違いの金持ちなんだなあ、と理解した。

 

「ふぅ……マイサン、しっかりな」

 

 タクミにぐいっと手綱をひかれ、ポージングを取る。

 こういう時の馬のポージングっていうのはお決まりのポーズがあるんだとか。

 ヒトたちに良く馬体が見えるように横向きになると、俺の毛色が目にとまったのか声が上がる。

 ……んふふ、タカハルやタクミたちがピカピカに磨き上げた馬体やぞ! もっとしっかり見て買ってくれよな!

 ポーズをキメるついでにドヤア! あ、やめろって叱られた……。

 

「 ── 続いて参ります、上場番号は334番。ピュアレディーの2002、オスの白毛、7月2日生まれ、父はサンデーサイレンスです。皐月賞馬・ジェニュインと類似する血統構成。……それでは500万円から参ります。ごひゃくまーん、ごひゃくまーん、500万でいませんか? ごひゃくまーん……600万! ななひゃくまーん、ななひゃくまーん……──」

 

 ん? お、どうやら俺は500万円からスタートらしい。

 俺の一個前の馬が2000万円スタートだったことを考えると安価なのかもしれないけど、てっきり10万からのスタートです! みたいな状態かと思ってたので結構高いのでは?

 というか普通だったら500万円って高額だわ。

 でも場合によっては7000万スタートもいるらしいから、たぶん結構お安めな感じなんだろうな。タクミもちょっとだけムッとしてるし。

 っていうか意外と声でかくて笑う。マイクのせいでセリ場の外にも聞こえてんだな、とか思ってたけどシンプルに司会者の声がでかいやつだわコレ。

 俺より先に入っていった馬たちがやけにビビってんな、と思ったけどそりゃビビるわなこんなん。

 

「はっぴゃくまーん、はっぴゃくまーん、1000万円! 正面! 1000万円です」

 

 正面? と思ってちらっとみると、どうやら正面の席に座ってた人が800万に200万ほど足して1千万円にしてくれたっぽい。

 サンキュー正面のおっさん! このままもっと値段つり上げて買ってくれ。

 だけどそれ以降は微妙に価格が伸びず、100万単位で上がるもあんまり手があがらない。なんでや3000万までぶち上げてくれよ。1500万、1600万と来て、とうとう1700万円万円でラストコール。

 というタイミングでさらに声があがった。さっきの正面で手を挙げてくれたおっちゃんのようだ。ここからじゃ人相はよくわからんけど、優しい馬主であればいいや。

 このままおっちゃんで決まりかな? と思ったらそこからさらに100万円加算。

 けど最終的には正面のおっちゃんが2000万円と声を挙げてくれて、そのまま落札となった。サンキュー!

 500万円スタートで2000万円なのでかなり良い結果なのでは?

 母馬はともかく、俺の父馬はすげー馬らしいので、それの効果もあったかもしれないけど。

 俺の手綱を握ってたタクミが、めちゃくちゃホッとした顔をしてたのが印象的だった。

 とりあえずヤッタネ! 牧場に戻ったらリンゴくれないか? メロンでも可。

 あ、ダメ……はい……。

 

 

 

 セレクトセールが終わった後、俺はタクミに連れられて牧場に戻った。

 一休みしたらすぐに馬主に引き渡されるのかな、と思ったのだが、そうでもないらしい。

 競馬場、というかこれから生活するのは関西圏らしいのだが、そこにいくまでの間は陽来(あききた)で練習とかするみたい。

 馬主はゲットしたけどいつもと変わらない生活を送っていた、そんなある日。

 俺を落札した馬主こと、キンジョーのおっちゃんが会いに来てくれた。

 

「いやあ、遠目で見ても思ったけど、とても綺麗な目をしてますよね。毛艶も……よく手入れされているのがわかります」

「ありがとうございます!」

 

 せやろ? いや俺、自分の顔とかじっくり見たことないけどな! 鏡とかないし。

 牧場スタッフのお姉さんたちからも可愛いってよく言われる。

 形が良いらしい。馬主になってくれたおっちゃん、良い目してるやん。

 謎の上から目線で語ってしまったが、500万スタートの馬を買ってくれた恩はちゃんと胸の中にありますんで。

 

「マイサンは……この仔は性格も活発で、物怖じしません! これまで疾病もなく、遅生まれながら早仕上がり、でも成長力もあります!」

「ふむ、そうですか。脚が丈夫なら、どこでも走れそうですね。……ところで、放牧に出している芝は、もしかして洋芝ですか?」

「はい! スタミナとパワーをつけるため、高低差六メートルのコースです。リハビリ馬用のコースなのですが、うちは今、マイサン、ピュアレディーの2002しかいないので」

 

 タクミの説明におっちゃんが頷く。

 あ、今日は見た目がド派手なタカハルに代わって俺の馬主に説明しているのはタクミだ。

 タカハルでも別に悪かないんだろうけど、やっぱパツキンの男よりは黒髪の男の方が馬主に安心感を与えるのだろうか?

 説明の傍らでおっちゃんは芝を触ったり、俺の馬体をじっくり眺めたりした後、ふんふんと頷いて笑った。

 

「ウィナーズサークルで並ぶのが楽しみだよ」

 

 そう言って俺の顔を覗き込んだ馬主のおっちゃんは、次いでタクミを振り返ると、その手を握った。

 

「この仔をよろしくお願いしますね」

 

 これが、俺の馬主であるキンジョーさんとの出会いである。

 

 

 

 

 そして時は流れて、俺は3歳になった。

 相変わらず時間の流れ早すぎィ! とキレたりしたが、なんやかんやで元気にやっている。

 今どこでどうしているかと言うと、あれから3か月に1回くらいの頻度でキンジョーさんが訪ねてきたりした以外、陽来でいつも通りの日常を過ごしていた。

 いつも通り一頭ぼっちの放牧地を走り回り、競走馬としての訓練を積む日々。

 馬体に謎のアイテムをつけられたり、ヒトを背中に乗せることにもだいぶ慣れた俺は、2歳になった2004年の1月、関西にある栗東トレーニングセンターへ向かった。

 ここにはたくさんの厩舎と呼ばれる建物があって、厩舎ごとに管理する調教師がいる。

 俺が入厩したのは居住(いすみ)というおっちゃんが管理する厩舎。

 ここで、牝馬 ── メスの馬であるシーザリオちゃんと、俺と同じ牡馬 ── オスの馬であるカネヒキリくんと知り合った。

 ちなみに馬房はカネヒキリくんの隣だ。

 

 ところでこのカネヒキリくん。なんと馬主は俺と同じくキンジョーさんである。

 当歳のセレクトセールで2000万で落札。俺は彼にめっちゃ親近感を抱いてるわけだが、それは落札額が同じだから、とかではなく。

 カネヒキリくんが俺のことを追いかけ回さない理性強きオッス! だからだ。

 あの神、というか邪神によって付与された呪い ── 牡馬にめちゃくちゃモテる例のアレ。

 栗東に着いてから判明したのだが、アレがとんでもない威力を発揮し、俺は他馬から死ぬほどケツを追われるようになってしまった。

 だがカネヒキリくんだけは俺のケツを追わないホースということで、信頼感MAXなのである。

 

 『今後も末永く友情を育んでいこうなカネヒキリくん……!』

 

 首を伸ばしてそう言った俺に、カネヒキリくんは目を細めて頷いた。

 調教、併せ馬などなど。俺は日常のほとんどをカネヒキリくんやシーザリオちゃんと過ごしている。

 そのほかにはセン馬 ── 去勢された牡馬と共に過ごしているのだが、今のところ俺の傍にいてヘンな気を起こさなかった牡馬がマジでこのカネヒキリくんだけだから感謝しかない。

 

 あれは忘れもしない入厩初日。厩舎に向かってテクテクと歩いていた俺目掛けて走ってくる年上の牡馬。

 あらぬところがフルマックス状態のオッスどもに戦慄した記憶。

 このままじゃ入厩初日にイカ臭いことになっちゃう~! と怯えた俺が逃げ出すのは当然なわけで……最終的には俺を見つけ出したヒトの手によって厩舎に連れ戻されたけど。

 あの邪神につけられたバッドコンディションの威力を思い知る出来事だったよホント。

 もうお外に出るの怖い、オッスどもと出会いたくない、とガクブルしてたんだが、そう言うわけにも行かず。

 テキ ── 調教師たちがあれこれと対策を立ててくれた中で出会ったのが、カネヒキリくんだったのだ。

 

 カネヒキリくんは、最初俺を見たときフリーズしてた以外は変わったところがなくて ── ごめん嘘ついた。

 併せ馬する時に俺の顔面を見ながら走ったり、あと結構な頻度で俺をガン見する以外は変わったところがなくて、性格も穏やかでとても付き合いやすいお馬さんだ。

 牝馬のシーザリオちゃんも、併せ馬の時に謎のヤンキーが憑依するところ以外はのんびりしていて、ちょっと天然なお嬢様って感じだし。

 ほかにも年上の牡馬だけどよく面倒を見てくれるデルタブルース先輩、ハットトリック先輩たちもいる。

 彼らも最初は息子をフルマックスにしていたのだが、顔合わせの回数が増えるにつれて俺に慣れたのか、今じゃ普通のお兄さんだ。……たまに興奮してるけど。

 調教場所でほかの牡馬に追い掛け回されるのは相変わらず、でもなんだかんだで良い感じに過ごしていた。

 

 入厩してから半年くらい経った頃にウマ娘で言うメイクデビュー、新馬戦も済ませた。

 カネヒキリくんやシーザリオちゃんたちは芝の新馬戦に出ていたけど、俺は遅生まれってこともあって筋肉が未発達、と判断されたらしく、砂 ── ダートのレースでデビュー。

 反動がモロにクるらしい芝と違って、ダートは砂が厚く盛られていて沈む傾向にあるらしい。

 俺の馬体は、筋肉は未発達なのにやたらパワーだけはある、というちぐはぐな性能だったので、まずはダートを叩いて身体を作っていく、という方針になったようだ。

 カネヒキリくんたちと特訓を重ねて身に着けた差し脚と、陽来で作ったスタミナを武器に後方差し切り戦法で挑むことになった。

 

 レース当日。やっぱり遅生まれなのが影響しているのか、人気は伸び悩んで7番。

 でもラッキーセブンだと思ってレースに挑んだ。

 

 結果 ── 逃げ切り勝ちした。

 

 な、なにが起きたのかわからねえと思うが、実際に走った俺が一番わかってない。

 ただ言えることは、あのまま馬群の中に埋まっていたら確実に開催されちゃいけない大運動会が始まっていた、ということだけ。

 ケツに集まる視線にビビリ散らかした俺は鞍上が止めるのも無視して爆走した。その結果の逃げ切り勝ちである。ちなみに10馬身差です。

 

 ……俺、強すぎィ!?

 

 ダートで無限の可能性をぶちまけた俺は、その後もダートのレースで着々と実績を積み上げた。

 一方のシーザリオちゃんも芝路線を勝ち進んでいたが、カネヒキリくんはどうも芝が合わなかったようで、3歳になってから俺と同じダート路線に変更が決まっている。

 そのおかげで最近カネヒキリくんと併せ馬をする機会が増えた。

 たいていの牡馬はカネヒキリくんの圧の前に屈するので、群がられることも減って仲良しのトモダチと走れて俺はハッピーです。

 これからはダートで二強張ってこうなカネヒキリくん!

 

 しかし、俺のダート路線無敗スター状態に何を思ったのか、キンジョーさんは俺を海外に連れ出すと言い出した。

 

「タフな馬場でも走破できる力強さ……これなら……!」

 

 当初のプランでは三月の弥生賞で芝初挑戦、そこから3歳牡馬にとっての最大レース、クラシック三冠戦に向かう予定だったのだが、それらすべてを白紙に戻し、ドバイで開催されるUAEダービーからのアメリカ三冠路線に向かわせたいようだ。

 これで1回キンジョーさんとテキが揉めていたのだが、俺が2月のヒヤシンスステークスで8馬身差の逃げ切り勝ちを収めたことで出走が確定。

 カネヒキリくんもダートの3歳未勝利戦を7馬身差で圧勝したため、キンジョーさんの中で『国内ダートはカネヒキリ、国外ダートはサンジェニュイン』というプランで固定されてしまったようだ。

 

 俺はカネヒキリくんのダート2戦目を見届けたのち、ドバイに向かうため検疫厩舎にイン。

 それまで主戦 ── メインで俺に乗っていた竹創騎手は、同じく3月に開催される弥生賞でディープインパクトに騎乗することが決まっていたため、俺は乗り換えが決まった。

 普通は『次は誰が俺に乗るんだろう?』と気にする場面なのかもしれないが、その時の俺は別のことで頭がいっぱいだった。

 

『エエエエ!? ディープインパクト!? ディープインパクトナンデエ!?』

 

 俺が転生したそもそもの原因であり、親父が家庭を捨てクソに成り下がってまで追いかけた馬。

 まさかその名前が出るとは思わなかった。なんなら馬主も同じだとは思わなかった。

 同じ馬主なのになんで今まで知らなかったのか、と言うと、所属する厩舎が異なるから。

 たとえ馬主が同じでも、厩舎が異なればわからないものである。実際に3歳になるまで知らなかったわけだし。

 もしプラン変更がなければ、俺は3月の時点でディープインパクトと同じレースに出走する予定だったわけだ。

 一発殴り合う機会を逃してしまったのが悔やまれるが、馬主が一緒ならどこかで会う機会もあるはず。その時に向けて後ろ蹴りの精度を上げとこう。

 でも正直な話、ディープインパクトには何の罪もない。

 自分が馬になって理解したのだが、こちとら人間のことを気にしている暇はほぼない。

 気にすることがあるとすれば身の回りの世話をしてくれてる人間のことだけだ。そもそも馬は人間の言葉とか理解できてないし。

 ディープインパクトのことだって、親父が勝手に燃え上がって勝手に家族裏切って勝手にクソに成り下がっただけ。

 なのだが、それでも死ぬ間際の唯一の未練がこれだった。だから蹴るまではいかなくてもちょっとそのツラを拝んでおきたい、と今は思っている。

 

 

 

「UAEダービー、頑張ってな、サンジェニュイン」

 

 出発前夜。竹さんがそれだけを言いに検疫厩舎まで顔を出してくれた。

 竹さんには調教の時も度々乗ってもらっていたので、1年近い付き合いになる。

 なんとなくリズムが合うのか、これまであからさまに鞭を使われたことはない。

 精々見せ鞭程度だ。

 手綱の持ち具合で竹さんが何をやりたいかは大体わかるし、というかやりたいことが大体同じなので必要なかった。

 でも次からはそう上手く行かないだろう。

 

『次の鞍上は誰だろ……テキたちは馬の前でぺちゃくちゃ喋るタイプじゃないからなあ。タカハルやタクミくらい話しかけてくれるタイプだったらよかったのに。ガンジョウメイバ先輩のところの厩務員さんも良いよな。よく話しかけてくれるし』

 

 ぶつくさと呟いていたら、横から声が上がった。

 

『でもサンジェニュインくん、人間たちが何を言ってるかなんてわからないじゃないか。音ばかり聞こえてもね』

『……あー、まあ、そうなんすけどね』

 

 俺のぼやきに反応したデルタブルース先輩へあいまいに返事をする。

 ちなみに話に出したガンジョウメイバ先輩は俺と同じ厩舎ではない。

 俺が住んでる居住厩舎のご近所さんである『本原厩舎』に所属しているセン馬で、名前の通り頑丈なお馬さんだ。

 牡馬だと上手く併せ馬ができない俺のために、テキが自厩舎以外のところにも協力を仰いで作ってくれたセン馬のパートナー。

 そのうちの一頭がガンジョウメイバ先輩なのだ。

 ご近所だったのもきっかけのひとつだろうけど、いちばんは俺が入厩初日で逃げ出した時、俺を連れ戻したのがそこの所属厩務員だった目黒さんだからだろうな、うん。

 完全にビビってた俺に対して、ひたすらに『大丈夫だ』と声をかけ続けてくれた目黒さんに、俺もすっかり懐いてしまった。

 あとなんでか知らんけど、目黒さんって俺の言いたいことを言い当ててくれるんだよな。勘がいいのかな?

 

 そんな目黒さんは厩務員歴二十年近いベテランだそう。

 一方、俺の担当厩務員は俺が初めての担当馬、というレベルの新人で、常に緊張しているからなのかあんまり話したりしない。

 俺の世話を黙々とこなす職人気質なところもある。

 それが悪いわけではないけど、陽来でほぼ四六時中タカハルやタクミの話し声を聞いていたので、なんだか物足りないような気がしてしまうのだ。

 新人くん ── 白川くんというのだが、白川くん自体はすごくいいやつなんだけどな。

 っていうか担当厩務員が白川くんになったの、絶対俺の毛色絡みだと思う。

 白毛馬の担当厩務員の苗字・白川とかテキのセンスと握手したくなるな。

 それだけで担当に選ばれてしまった白川くんに同情したくなるけども。

 

『う"~ッ! そもそも一頭だけで外に出るのも不安! 白川くんたちがいるとはいえ。……デルタブルース先輩、このまま一緒に外行きません?』

『ははは、連れてってくれるならそうしたいなあ。でも僕よりもカネヒキリのほうが行きたがると思うけどな』

『行けるもんなら俺もカネヒキリくんと旅行、じゃなくてレース出たいんですけど。でもカネヒキリくん、次に出るレース決まっちゃってるみたいなんで……』

 

 ところでなんでデルタブルース先輩が検疫厩舎にいるのかと言えば、帯同のためである。

 といっても厩舎までの帯同で、実際には俺一頭だけでドバイへ行くことになっている。

 他に帯同してくれる馬がいなかったのかっていうと、シーザリオちゃんも次のレース決まっているし、ハットトリック先輩たちも多忙。

 たまたま時間ができたデルタブルース先輩にここまでご足労いただいたというわけだ。

 でも検疫厩舎の中までだから、もしドバイでオッスどもにケツを追われたら一頭だけで対処しなきゃいけない、と思うとなんだか馬体が震える。恐怖で。

 

『正直不安のほうが強いですけど、できる限り頑張ることにします』

『うんうん。僕らもこっちで君が帰ってくるのを待ってるよ。ケガだけ気を付けてね』

 

 そうやってデルタブルース先輩に見送られ、俺はいよいよドバイに旅立った。

 

 

 

 

 ── 2005年3月16日 アラブ首長国連邦 ドバイ・ナドアルシバ競馬場 ダート 1800メートル UAEダービー

 

「最後の直線、先頭は依然サンジェニュイン! サンジェニュインが先頭、9馬身のリード。このまま逃げ切りか。2番手ブルースアンドロイヤルズはもう追いつけないか! 先頭、先頭はまだサンジェニュインがキープ! ここまで無敗。鞭も使わず、馬ナリで、制するかドバイダービー……ッ圧巻の逃げ切り勝ち! サンジェニュイン、お見事!」

 

 どうもみなさん、サンジェニュインです。

 UAEダービー勝ちました。逃げ切り十馬身差です。

 思ってた以上に戦法がハマった結果、一度も並ばれることなく先頭ゴールイン。

 さっきからキンジョーさんが俺のことを撫でまくってるよ。

 三月初旬の弥生賞でディープインパクトが無敗で重賞初制覇してからずっと機嫌がよかったけど、俺の勝利も加算されて喜びが爆発してるみたいだ。

 

「よくやった、よくやったぞサンジェニュインッ!」

 

 んふふ、そうでも ── ある! もっと褒めて良いぞ。

 

 テキも海外レースはこれが初勝利ってことで大盛り上がりだ。

 騎手は何言ってるかわからんけど、こっちも盛り上がってるみたいだからうれしいんだろう、たぶん。

 なんで何言ってるかわからないかって、そりゃあ、騎手が海外のあんちゃんだからです。

 たぶんアメリカ? かな。テキがアメリカもこの騎手だ、的なことを言ってた気がするし。

 

「完璧な騎乗でした、とジャックさんにお伝えいただけますか……!」

 

 興奮したままのテキが騎手の隣に立っていた通訳さんらしき女性にそう伝える。

 ちなみに騎手のあんちゃんの名前はジャック・ホワイト。

 俺の馬体は白いし、騎手の名前も白いし、なんなら厩務員の名前も白。

 キンジョーさんは白が好きなんか? と疑うレベル。

 いや疑いの余地なく好きだな。うん、間違いない。

 だってキンジョーさん、俺以外にも白毛の馬を所有してるらしいし。

 

「このままアメリカ三冠路線に行くんだってな。……五月から大忙しだぞ、サンジェ」

 

 水浴びも済ませて馬房でゴロゴロしていた俺に、そう声をかけたのは芝木くん。

 焦げ茶っぽい短髪がよく似合うイケメンくんだ。

 彼は日本の騎手で、目黒さんと同じく、ガンジョウメイバ先輩を管理している本原厩舎所属。

 ガンジョウメイバ先輩や、牝馬のハルノメガミヨ先輩の主戦騎手でもある。

 その芝木くんがなんで俺と一緒にドバイにいるのかと言うと、調教時の乗り役を彼が担当しているから。

 目黒さん曰く、社会勉強も兼ねているらしい。

 芝木くん自身は2003年に新人騎手賞? みたいなのをゲットしてる若手のホープ。

 実際に騎乗するわけじゃないけど、海外遠征を体験させることでさらなる成長を望まれている、といったところか。

 芝木くんは結構おしゃべりな騎手なので、このドバイ遠征は退屈しなかった。

 むしろ楽しかったので、芝木くんをドバイ遠征に送り出してくれた本原先生に敬礼! ありがとうございます!

 

 あと楽しかっただけじゃなくってすごく助かったのは、芝木くんって英語ペラペラなんだけど、それを活かしてジャックさんとの橋渡しをしてくれたところ。

 いやね? 別に通訳してるつもりはなかったと思うんだけども。

 調教が終わった後の雑談とかで話の内容を教えてくれるので本当に助かった。

 本人は教えてるつもりは微塵もないだろうけどな!

 

「空気もさることながら、やることなすこと、全部タメになった。同行させてくれてありがとうなサンジェ」

 

 よせやい! そりゃこっちのセリフだぜ芝木くん。

 

「次は俺自身の実力で、騎手としてここに来たいな」

 

 でえじょうぶ、芝木くんならいつか来れるって!

 調教時に何度も乗ってもらったけど、指示は結構的確だし、鞭バシバシ当てないし、俺は結構好きだよ、芝木くんの騎乗スタイル。

 テキも満足げな顔してたし、次ここに来る機会あったら絶対芝木くん連れてって貰えるよ。

 

 ひとりと一頭、絶妙に嚙み合った話を繰り広げながら夜空を眺めた。

 そうしてドバイでの日々は過ぎ去り、俺はアメリカ三冠路線へと歩みを進めたのである。

 

 

 

 

 ── 2005年5月7日 アメリカ チャーチルダウンズ競馬場 ダート 2000メートル (10ハロン) ケンタッキーダービー

 

「これが無敗のUAEダービー覇者、その実力だッ! もはや止められる馬は存在しないか! 二番手を大きく、大きく引き離して、サンジェニュイン、今ゴールイン! ッこれが最強の証! これが新時代の幕開けッ! サンジェニュイン、異次元のスピードでレコード更新! 史上もっとも薔薇が似合うケンタッキーダービー馬が、新レコードと共に君臨です!」

 

 セクレタリアトが保持していた『1:59:4』に対し、『1:59:00』ジャストの新記録を樹立。

 2着馬に約20馬身もつけた大差勝ちでダービー馬となったその白毛馬は、異国の大地で異彩を放った。

 砂埃を纏わせながらも輝きの落ちない白毛に、真っ赤な薔薇の優勝レイは素晴らしく似合う。

 父であるサンデーサイレンスにとって産駒初、そして最後の父子制覇。

 日本競馬の血統を塗り替えた大種牡馬の血が、故郷・アメリカのレースに返り咲いた瞬間だった。

 そしてひときわ美しい光を放ち、あの時代、この砂地を蹴り上げた父の価値をさらに高める。

 日本国内では、同馬主のディープインパクトが無敗で皐月賞を勝利。

 サンジェニュインと共に各競馬雑誌の表紙を飾ったほか、日本調教馬として初のケンタッキーダービー制覇の快挙は地上波のメディアにも大きく取り上げられた。

 砂に塗れながらも堂々と顔を上げ、前を睨みつけるサンジェニュインの写真はその年、アメリカ競馬の最も印象的な写真として様々な賞を獲得することにもなる。

 それほどまでに人々の心に強く刻まれた、2分に満たない至福の瞬間がそこにあった。

 

 だが当の馬と言えば ──

 

『ぺっ、ぺっ! 土めっちゃついた! 俺いまめっちゃ砂まみれでは? なんやこの馬場は。脚がどっしり沈むのは、まあ個人的には走り易いし良いんだけども! 掻き上げる度に砂煙ができて前見づらいし、途中で視界が悪くなるし。っていうか俺の前に馬いないのに、自分で掻き上げた土が自分に掛かるってどういう状況……ま、まあ前見なくてもジャックさんがなんとか軌道修正くらいはしてくれんだろ、と思って半分くらい目を瞑ってたが! むしろ俺よりも俺の後ろにいた馬のほうが被害……そんな状態でも、謎にムスッコをおったててるやつらに追いつかれないよう、とにかく全力で走ったはいいけどさあ。……はよ検量室に戻ってとっとと水浴びしたいぞ。顔に砂付き過ぎて未だに半分しか目が開かないんだわ。このままじゃ後ろにオッスがいることに気づけない。白川くんたちとも合流して結果知りたいしな。ということでとっとと移動しようジャックさん……ジャックさん? ちょ、どこいく? なに? まだ走るのか? アッなんかいまパシャッて音聞こえた、もしかしなくても写真撮ってる? 待って、この砂埃だらけじゃ白毛っていうか栗毛……栗毛ええやん。後で俺にも焼き増ししてくれる? カネヒキリくんにも送りたいし』

 

 鞍上のジャック・ホワイトが力強く握り拳を掲げてから中一週。

 同月には日本ダービーも控える中、一週早い5月21日にはアメリカクラシック第2戦、プリークネスステークスが幕を開ける。

 

 そしてサンジェニュインが照らす伝説がまたひとつ、増えた。

 

 

 

 

 ── 2005年5月21日 アメリカ ピムリコ競馬場 ダート 1900メートル (9ハロン 1/2) プリークネスステークス

 

「天才は後ろを振り向かない! サンジェニュイン先頭、サンジェニュイン先頭! 今日も馬ナリで突き進む! これは単走かと見紛う速度で、ピムリコに砂塵が舞う! 圧勝か、圧勝だ、圧勝でゴールインだッ! ダービー馬の称号は伊達じゃあない! 誰も追いつけない高みへ! ッピムリコの空に白い太陽が昇りました!」

 

 二着馬アフリートアレックスはホープフルステークスやアーカンソーダービーを制した実力馬。

 それに対して約12馬身を突き付けたサンジェニュインのタイムは、セクレタリアトと同じ1:53:00。

 この記録を持って、アメリカ国内では『セクレタリアトの再来』として声を挙げる競馬関係者やファンも増えた。

 セクレタリアトの愛称『ビッグレッド』に因み、米競馬雑誌では早くも『ビッグホワイト』の愛称で記され、最後の一冠・ベルモントステークスへの期待は最高潮に達していた。

 

 だというのに当の馬は──

 

『ぺっ、ぺっ、ぺぇーっ! んもう、なんだここほんと。砂煙ィ! 前みたいに自分で掻き上げた土で馬体が汚れないよう気を付けてたのに、風強すぎて全部無意味になったわ。コレまた栗毛状態だぞ絶対! でも今回はホライ、ホライズン、いやホライゾン? ネットとか言うゴーグルもどき、仮面もどきをつけて出走したから砂はそんなに影響なかった。むしろ、なんか前よりもオッスどもが興奮してないような気がする。実際に今回はムスッコ出てないやつの方が多かったし。砂だけじゃなくてオッスまで予防できるなんてコレ、もう二度と外さねえぞ! ん……なに? 逃げ馬なのにホライゾンネットつけてるから気性が悪いと思われてる? ケッ、所詮は外野の戯言だ気にしてない。気にしてないからコレは別に嫌がらせではない。フン、俺を撮りたいなら記事には「とっても性格の良い馬です」って書くんだな!』

 

 そのころ日本国内では、1週後の5月29日に日本ダービーが開催され、ここをディープインパクトが完勝。

 共に無敗の二冠馬となる。

 

 そして運命の6月11日。

 それまで鞍上を務めていたジャック・ホワイト騎手がプリークネスステークス後に落馬事故を起こした影響で、サンジェニュインは急遽乗り替わりが決定。

 ディープインパクトが放牧に出されたことで竹創騎手が渡米し、その鞍上を務めることになった。

 

 ラスト一冠に向け、盛り上がりは最高潮に達しようとしていた。

 

 

 

 

 ── 2005年6月11日 アメリカ ベルモント競馬場 ダート 2400メートル (12ハロン) ベルモントステークス

 

「アフリートアレックス激走! 二番手と三番手の間は七馬身差だ! しかし、しかし、しかしだッ! 先頭と二番手の差は果てしない! これは間違いないビッグホワイト! 太陽に影なく、またサンジェニュインに影なし! ッ大差勝ちこそ競走の美学!  ── サンジェニュイン、三冠達成だッ!」

 

 競馬場内を大歓声が包んだ。

 その多くが現地では聞き慣れない日本語の雄叫びで、その年、如何に多くの日本人ファンが馬を見に来ていたのかを示す。

 白地に赤く丸い太陽が踊る国旗を力強く振り、砂地を踏むその一頭をファンの一人一人が見つめた。

 潤む視界の中でも馬は燦然とした光を放ち、ファンに応える。

 

 やってやったぞと、力強く。

 

 

 この勝利によってサンジェニュインは、1977年の無敗三冠馬・シアトルスルー以来史上二頭目の無敗三冠、そして1978年の三冠馬・アファームド以来27年ぶりの三冠馬として歴史に名を刻んだ。

 2着馬アフリートアレックスに約24馬身差をつけたそのタイムは『2:24:00』をマークし、プリークネスステークスに続きここでもセクレタリアトの記録に並んだ。

 もう覆ることはないと言われていたビッグレッドの歴史的快挙。

 それを色ごと塗り替えたサンジェニュインの名声は、これ以上ないほど高まっていた。

 

 しかしながら当の馬は ──

 

『んぺぇーっ! ぺっ、ぺっ。なんか口ん中に砂入った気がする……! というか食べちゃったかも! 大丈夫なのかコレ、砂食っちゃっても大丈夫? ゴール後に「勝ったわ!」って思ってちょっと口開けたのがまずかったな。ぺっ、ぺっ。……とりあえず口の中の違和感はなくなったけど。後でいっぱい水飲もう。でも今はとにかく早く検量室に戻ろうぜ竹さん。ずっと俺の後ろにいた馬がまだ俺のこと追っかけてきてんだよ。アイツそろそろ俺に追いつきそうだから……ね? まずいって。なんか目がギラギラしてるじゃん。いやだろダートコースがアーッな大運動会の会場になるの。早く、早く戻ろうぜ頼むから。ほんとおねが、アッ、やばいもう来てる来てるって! ちょっ、待っ、く、来るな──ッ!!』

 

 レジェンドジョッキー・竹創に握手を求めて近づいた、アフリートアレックスの鞍上は後にこう語る。

 

「まさか俺が落とされるとはね」

 

 ゴール後も逃げ続けるサンジェニュインを追う、アフリートアレックスの背中は無人だった。

 そんな珍事もマスメディアの力でまたたくまに素晴らしい出来事に変わる。

 そう、例えば「ゴール後も先頭を守り駆ける、美しき逃亡者」のように。

 

 三冠戦それぞれの優勝レイをつけた写真がポスターとして販売されると、販売元である各競馬場に大勢のファンが押し寄せた。

 それまで紳士の嗜みやギャンブルの一種とだけ見なされていた競馬場に若者の姿が増える。

 彼等が口々に語るサンジェニュインはその後、セクレタリアトに因んで「ビッグホワイト」あるいは、花の三冠馬の愛称で長らく、米競馬ファンに親しまれることとなる。

 

 

 

 そして年が明け ── 2006年。

 

 どうも、サンジェニュインです。

 2005年になんやかんやあって三冠馬になりました。

 キンジョーさんにはもちろん、テキにも白川くんにも竹さんにも、別厩舎の本原先生や目黒さん、芝木くんにも褒められた!

 んふふ、もう自分の足が怖いですわ、すいすい動きますわァ!

 ……おっと、調子に乗りすぎるのはいけないな。

 

 でもね、うん十年ぶりの快挙だよ! って言われたらちょっと調子乗りたくなるじゃないですか。

 最初国外で走るぞ! って言われたときはすごいビクビクしたけども。

 蓋を開けてみればアメリカのダート、めっっちゃ走りやすくて適性ありまくりだったんだよな。

 まあ泥まみれになったり、激走の反動で脚が痺れたこともあるけど、逆を言えばそれだけで後は何もなかった。

 俺の脚、頑丈すぎんか?

 この頑丈さのおかげでキツキツのスケジュールだった三冠戦を完走できたと言っても過言じゃねえわ。

 俺が勝つ度にみんなが大喜びしてくれるし、俺も脚が痺れるくらい頑張ってよかったな、と本当に思ってるからこそ、今となってはひとつも後悔はない。

 

 あ、そうそう。

 最後のベルモントステークスで俺に乗ってくれたのはお馴染み竹さんだったわけだが、竹さんにとってもベルモントステークスは初制覇だったらしい。

 俺のことをすごいすごいって褒めてくれたなあ。こちらこそ乗ってくれてサンキュー、竹さん。

 UAEダービーからプリークネスSまで乗ってくれたジャックさんも、最終戦は見に来てくれて嬉しかったし。

 レースが終わった後とか、グッボーイとか言って俺のこと撫で繰り回してたからアレは褒めてただろ、たぶん。ウン。

 

 でも思い返せば終盤はかなりバタバタしてたなあ。

 普段は黙々としてる白川くんもちょっと大変そうだったし。

 俺も滞在場所にいた馬にケツ追われたり、レースする度に牡馬に囲まれたり本当に大変だった。

 特にプリークネスSとベルモントSで俺の後ろにいたあの馬がやばくて……名前はわからないけど、常にケツを狙われてヒンヒン言ってた記憶しかない。

 ぶっちゃけ最後の二戦はヒィ~ン! とか言いながら爆走。

 竹さんに苦笑いで『スピード出すぎだね』って言われるレベル。

 恥ずかしい。でも仕方なくね?

 俺の命とケツが掛かってるんです!

 

 まあそんな恥ずかし嬉しい三冠レースももう過去のこと。

 俺は激戦の疲れを癒すため、陽来に里帰りしていた。

 ……ん~、やっぱ実家が一番!

 きっとカネヒキリくんやシーザリオちゃんもそうだと言ってます。

 

「はぁ。ほん、っと、今でも信じられねえ。……なあ、マイサン。まさかお前がエクリプス賞年度代表馬になるなんてなあ」

 

 それな。

 マジ同意せざるを得ない。

 タカハルが言う通り、俺はアメリカのエクリプス賞という、日本でいうところのJRA賞の年度代表馬に選出された。

 アメリカ三冠馬になったのもそうだけど、実はあの後、ブリーダーズカップ・クラシック ── 通称・BCクラシック、というレースにも出走。

 そこでも逃げ切り勝ちしたのだ。

 

 どうやらこのレースはアメリカ国内でかなり重要なレースだったみたいで、ここを勝ったことも選出の後押しになったっぽい。

 俺、日本馬なのにな。

 ちなみにJRA賞の年度代表馬はディープインパクト。

 最優秀ダート馬はマイフェイバリットフレンズ・カネヒキリくんだ!!

 おめでとうカネヒキリくん、さすがだカネヒキリくん、カネヒキリくんスリスリしていい?

 あっダメ? というやり取り3回するくらい嬉しかったな。

 

 ……ん? 俺が最優秀ダート馬じゃないのかって?

 俺が2005年度に走った国内ダートはヒヤシンスSのみ。

 重賞レースでもないので、ユニコーンSにジャパンダートダービー、秋にはダービーグランプリとジャパンカップダートを制したカネヒキリくんが選出されるのは当たり前田のクラッカー。

 俺はエクリプス賞の方で年度代表馬になれたし、きっとキンジョーさんも満足だろう。

 

「次はフェブラリーSかと思ったケド、ドバイワールドカップ、かあ。……去年から思ってたけど、お前、海外のデカいとこばっか行くなあ」

 

 んね。キンジョーさんとテキ俺を外に出しすぎぃ!

 俺もそろそろ国内のレースに専念するかと思ってたわ。

 何せ2005年の最後は国内レースにも出たからだ。

 

 実はあのBCクラシック後。

 1か月の放牧を挟んだ後、俺は初期プランのひとつだった芝のレースに出走したのである。

 初の芝だしいきなり大レースには出さんだろ、と思ったのがフラグだったのか。

 初芝にして暮れの大舞台・有馬記念に出走決定!

 テキを2度見するハメになったし、それを発表者陣営に対するファンの反応と言えば、以下の通り。

 

「アメリカ三冠馬を芝レースに出すかフツー」

 

 である。冷ややかとかじゃなくて困惑100%で。

 え、えっなんで? マジでなんで?

 という空気感の中、当日を迎えた俺はなんとか最低人気だけは免れたものの、デビューしてから初めての二桁人気になった。

 しゃーないよなあ?

 今まで砂を走ってたヤツがいきなり芝のレース、それも有力馬が脚を揃える有馬記念とあっては、人気が落ちるのも当然というか。

 俺も『ちょっと無理ゲーなのでは?』と思っていた節がある。

 

 しかも有馬記念にはディープインパクトも出るので、日本での主戦である竹さんはディープインパクトに乗る。

 それによって俺の鞍上は空くことになるのだが、国内の有力騎手のほとんどはスケジュール確保済で空きがないのだ。

 有馬記念なんてビッグレースを目指してるのは馬だけじゃなくて騎手も一緒。

 有力な騎手ならなおのことスケジュール押さえられてるのは当たり前のこと。

 なおキャンセル待ちは期待できないものとする。

 

 アメリカで乗ってくれてたジャックさんには一応声を掛けてたみたいだけど、短期免許の取得が間に合わず、キンジョーさんもテキも頭を抱えていた。

 が、そこで救いの手を差し伸べてくれたのが芝木くんである。

 

 俺がアメリカでブイブイやっていた間にガンジョウメイバ先輩やハルノメガミヨ先輩が引退。

 芝木くんが所属する本原厩舎はデビュー年を迎えた二歳馬のみになっていたのだ。

 かつて新人騎手賞を獲得したことでも分る通り、芝木くんは若手のホープ。

 ……ではあるものの、身長がやや高いらしく、騎乗依頼はそこまでないらしい。

 一般的には高ステータスにあたる高身長は、競馬界ではマイナス要素になるみたい。世知辛いなあ。

 なのでスケジュールもガバガバです、ということで名乗りを挙げてくれて、ドバイでの乗り役の実績もあるから、そこからはとんとん拍子で芝木くんに決まった。

 

 芝木くんの騎乗にはクセがない。

 基本的に俺の好きに走らせてくれることもあって、調教や追切では満足いくタイムを出せたはずだ。

 初の芝レースでテンションが下がり気味の俺に対して、「サンジェは芝でも走れる、大丈夫だ」と励ましてくれる良いヤツだし。

 そもそも馬群に飲まれる選択肢が存在しない俺である。

 もはや逃げ一択。勝ち一択。

 勝てなければ闇の大運動会開催だと考えれば、自然と脚が動く動く。

 たとえそこが走り慣れていない芝であろうが、終盤差されようが、ケツだけは差されない覚悟で当日を迎えた。

 

 結果どうなったかと言えば ── 俺の無敗記録がストップした。

 

「惜しかったな」

 

 むしゃむしゃと飼い葉を食べながら頷く。

 まったくもって惜しかった。

 有馬記念。俺の着順は三着。

 勝ち馬との着差はハナ差二センチという惜敗にもほどがある結果だったのだ。

 悔しすぎてピエンピエンだわ。

 冗談抜きで本当に泣いたし、帰りの馬運車でデルタブルース先輩にもすごく心配をかけた。

 

 そう、実はデルタブルース先輩も有馬記念に出ていた。

 先輩と同じレースに出走するのはこれが初。

 知ってる馬がいたことで幾分か気が楽になったが、それはそれとして逃げ切らないといろんな意味で負ける、と思った俺はレース前から結構ピリピリしていた。

 だから先輩もずっと俺のことを気にかけてくれていたのだが……馬運車の中で『勝ち馬強すぎる、ディープインパクトの圧怖すぎる』とピエン超えてパオン状態。

 千葉から兵庫までそれなりの距離があるのに、到着するまで愚痴に付き合わせてしまって申し訳ねえや。

 

 でもデルタブルース先輩に気持ちを吐き出せたことで、俺の心は幾分か楽になった。

 無敗の称号は崩れてしまったけど、だからって俺の実績のすべてが無くなるわけではない。

 それに、純粋に有馬記念の勝ち馬であるハーツクライさんは強かった。

 芝だったことを抜きにしても、今まで誰かに並ばれたのは初めてだったんだよ。

 

 今でも脳裏に浮かぶ。

 序盤から俺の背後をキープしたハーツクライさんと、とんでもねえ末脚で最後尾から上がってきたディープインパクトを巻き込んで熾烈な揉み合い。

 最後のコーナーカーブではお互いの影を踏み荒らしながら、三頭で縺れ合うようにしてゴールした。

 その結果が1着・ハーツクライさん、2着がディープインパクト、そして3着に俺である。

 

 思い返せば無敗が途切れたのは俺だけじゃなくてディープインパクトもだ。

 俺は今までダート路線だったからそこまで反響はないけど、同じ芝路線のディープインパクトはかなり話題になったらしい。

 『あのディープインパクトが』という語り口は有馬記念の後からよく耳にするようになった。

 が、言ってしまえば無敗が途切れただけだ。

 怪我をしたわけでも、極端な話だけど死ぬわけでもない。

 けど『無敗馬』というのは大きなネームバリューなんだろうな。

 芝木くんが「競馬に絶対はない」って言ってたけど、どうしても夢をみてしまうもんだ。

 「この馬ならば」という夢を。気持ちはわからなくもないけど、でも、無敗馬でなくなったからってそれでディープインパクトの価値が下がるか、と言ったらそれは違うと思う。

 

 負けたとはいえ惜敗の1センチ。

 大敗じゃない。

 そしてまだ三歳馬だ。

 

 ディープインパクトはこれからも盛り返すチャンスが十分にあると思う。

 春の大レースである『天皇賞・春』に目標を定めたディープインパクトは、このレースで勝利するために既に調教を再開していた。

 やたら俺に引っ付いてくるしガン見してくるし追いかけてくる以外はただただ強い馬だ。

 再戦するのが今からちょっと楽しみ。次こそ勝ってボコすからな! 覚悟してろ!

 

 それに俺だって、タカハルが言った通りドバイワールドカップを目指して充電中だ。

 2月には栗東トレーニングセンターに戻って準備をして、そんで3月になったらドバイへ飛ぶ予定になっているのだから。

 

「次走もまた海外だけど……でもよかったな、マイサン。仲の良い馬も一緒にドバイへ行けるらしいじゃんか」

「ンヒィ! ブルルッ」

 

 そう! そうなんだよ今回の遠征 ── カネヒキリくんも一緒!

 

 去年の遠征は一頭だけでやったけど、今回のドバイ行きはぼっちではないのだ!

 同じくドバイで開催されるレースに出走する他馬がいる。

 そしてその中に、マイフェイバリットスキスキフレンズ・カネヒキリくんの姿もあるという。

 けどまあ、まだ決定じゃないんだよなあ。

 予定では行くことにはなってるんだけど、カネヒキリくんは2月に開催されるフェブラリーSの結果次第になるらしい。

 フェブラリーSで上位入着もしくは1着になれば、俺と同じドバイワールドカップに出走予定だ。

 カネヒキリくんと同じレースに出るのはなんだかんだで初なので、カネヒキリくんの出走を全裸待機中。

 ……俺たち常に全裸だけどな! ドッ!

 

「ヨシッ! 毛並みは完璧。……マイサン、残り日数はあとちょっとだけど、トレセン戻るまでの間にいっぱい休んどけよ~」

 

 差し出されたリンゴをパクパクですわ~! しながら頷く。

 季節はまだまだ寒い冬。春の兆しを待ちながら、俺は空を見上げた。

 

 

 

 

 それから2か月後。3月のある日。

 フェブラリーSを勝ち上がったカネヒキリくんのドバイ参戦が正式決定し、俺たちは2頭そろって空の旅へと繰り出した。

 竹さんはカネヒキリくんに騎乗することが決まっていたので、俺の鞍上は引き続き芝木くん。

 同じドバイのレース・ドバイシーマクラシックには有馬記念勝ち馬のハーツクライさんが出走。

 できればリベンジしたかったが、いずれその時が来るだろう。

 

 今、俺が一番欲しいのはドバイワールドカップのトロフィーだ。

 ダート世界一の座を求めた戦いで、果たして勝つのは俺かカネヒキリくんか、それともまったく別の馬か。

 

 黄金に輝く熱戦はもう間もなく開かれるが、これはまた別の機会にお話しするとしよう。



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【引退後】虹の端っこで待ち合わせ

 人は色に意味を見出す生き物だと言う。

 

 赤は生命の誕生。

 青は成長。

 緑は安らぎと学び。

 黄色は向上心。

 紫は迷いと嫉妬。

 黒は生命の終わり。

 

 では、白は?

 

  ── あれは、たった一瞬のできごとだった。

 けどその一瞬で、馬たるカネヒキリは『色』というものの意味を知ったのだ。

 芝生に映える美しい白色の、その意味を。

 

 風に揺れる(かみ)の美しさと、その風を通じて香る甘酸っぱい匂い。

 (かみ)と同じ色のまつ毛に縁取られた瞳の青さは、晴れた日の空によく似ていた。

 

 カネヒキリは馬なので、この時抱いた感情を的確に表現する術を持たなかった。

 でももし、カネヒキリがヒトで、もしくはカネヒキリの気持ちを読めるヒトがいたとして。

 その感情に、感動にいちばん近いものをきっと ── ひとめぼれ、と呼んだ。

 

 

 

 競走馬カネヒキリが産まれたのは2002年の2月。

 3月まで片手もいらないほど近づいたその日、春の息吹を前に立ち上がった。

 そうして2004年のデビューから引退する2010年までの6年間。カネヒキリの魂は砂上にあった。

 その身体は決して丈夫とは言えず。(したた)かとも言えず。

 脚は走るたびに傷み、常に怪我との戦いだった。

 1度、2度、折れて、立ち止まって、横になって。

 しかし、カネヒキリは不屈の闘志を持って何度でも蘇り、その強さを見せつけたまま砂上を去った。

 雷帝は稲妻を帯びる不死鳥に変わって、その強さを次代に繋げるべく、今度は父になる。

 涼しい北の故郷。

 種付けシーズンを終えた今は与えられた放牧地のど真ん中で、僚馬であるサンジェニュインと2頭きり、日向ぼっこに勤しんでいた。

 

『暇だねえ、カネヒキリくん』

 

 カネヒキリの真横で寝転ぶ白毛の馬が、僚馬にして最愛の友、サンジェニュインだ。

 2歳になった2004年の初め、お互いの管理調教師によって引き合わされた2頭は、空白の4年間も含めればかれこれ11年近い付き合いになる。

 生まれた時から馬体が大きく、同厩舎に似た体格の馬がいなかったサンジェニュインの相手 ── 併せ馬のパートナーとして顔を合わせたのが、2頭のファーストコンタクトだった。

 

 サンジェニュインに出会う前のカネヒキリは、その他大勢の馬と何ら変わりなく、ごくありふれた反応を示す馬だった。

 人に世話をされ、それを享受し、調教をこなし、飯を食らい……そんなどこにでもあるような、単調な日々を過ごしていた。

 

 しかし、サンジェニュインとの出会いが、カネヒキリの世界を鮮やかに変える。

 

 何をしてもおもしろく、何を見ても美しかった。

 そこにサンジェニュインがいるだけで、見飽きたと思っていた景色のどれもが新鮮に思える。

 カネヒキリの目に映るサンジェニュインが、そして2頭が立つその場所が、この世の何よりも素晴らしい、と。

 できるだけその感覚を味わっていたくて、カネヒキリの目は自動追尾システムがごとくサンジェニュインを追った。

 ああ、きっと目を離したってサンジェニュインはどこにも行かないし、美しいナニカは他にもあるかもしれないけれど。

 カネヒキリは、生まれて初めて感じた柔らかい感情を失くさないよう、いつまでもサンジェニュインを見つめていた。

 

 可能な限りその隣で息をしていたかったのだ、とカネヒキリは目を細める。

 だってなんだか、サンジェニュインのそばで吸い込む空気の方が、1頭でいる時よりも素晴らしいものに思えたから。

 

『タオル相撲にも飽きちまったなあ……でも他にやることねえもんなあ』

 

 脚をばたつかせながらサンジェニュインがあくびをする。

 その姿をじっくりと脳裏に刻んだ後、カネヒキリは緩慢な動作でコクリと頷いた。

 

『種付けシーズンの時はさあ、まったりできる時間ほしいなって思ったけど、オフはオフでマジ暇。呼吸以外することねえ。極端すぎんだろほんと』

 

 青草をブチリと引き抜きながら文句を垂れる姿さえ、サンジェニュインという馬は輝いていた。

 これでも2歳の頃は『あら可愛いでちゅね』で済んでいたのだ。赤ちゃんを可愛いと呼ぶアレである。

 

 ふわふわとした(かみ)、クリクリとした丸くて青い瞳、鼻先からうっすらと透けるピンク、むにむにとよく動く口元。

 豊かな表情と愛嬌のある四肢の動きが、とにかく、そうとにかく可愛い。

 体格は同世代どころか古馬を見てもかなり立派な方ではあったが、可憐すぎた顔と言動のせいでしばしば牝馬と間違われた。

 実際に初対面の時、カネヒキリは『とんでもねえワンダフルビューティー牝馬だ』とガン見をしたレベル。

 

 しかし、だ。しかしサンジェニュインは牡馬である。牡馬なのである。

 ヴァーミリアンが血涙流して『と"う"し"て"た"よ"!』と喚こうともひっくり返らない現実がそこにはあった。

 カネヒキリは早々に現実を受け入れ、淡い初恋が一瞬にして極太友愛へと転じたので事なきを得たが、心に傷を負った牡馬は大勢いる。

 

 まあ気持ちもわからんでもない、とカネヒキリはひっそりと頷いた。

 牝馬のごとく愛らしかったサンジェニュインも成長すれば変わる。

 年を重ねれば自然と牡馬らしい骨張った男臭い偉丈夫になろう、というカネヒキリ含め大勢の牡馬の予想と願望を裏切り、サンジェニュインは可憐なまま成長したのである。

 体格は芸術的と言えるほど立派になったというのに、どういうわけか少女めいた甘酸っぱい美貌は女神のごとき進化を遂げたのだ。

 栗東発の馬運車内で久々にサンジェニュインの素顔を見たカネヒキリが気絶したのも、そりゃもう仕方ないと言えるほど。

 

 これで、これで美しいだけだったらどんなによかったか。カネヒキリは横でコロコロと転がるサンジェニュインを見守りながら目を細めた。

 なんとこの白毛馬、明るく前向きな性格で、さらには1度懐いた馬にはどこまでも好意的。

 2歳から親交のあるカネヒキリ相手にはさらに顕著で、遠くで目があっただけなのにトコトコと走ってきてくれるのだ。

 おまけにスキンシップ好きでとんでもない甘えたがり。放牧地でカネヒキリがうたた寝してると、その隙を突いて(かみ)をモシャリと食んでくる始末。

 これが他の仲の良い馬にも同じ態度だったら救われるのに、カネヒキリにしかやらない。

 そのせいで2歳時にバグを起こしたカネヒキリの脳みそと情緒と感情バロメーターは、今日も今日とて元気にバグったままだった。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと。

 今日もサンジェニュインは素晴らしく素晴らしいので、カネヒキリは呼吸をするのも楽しい。

 

『ダメだァ! 暇すぎて発狂しそう! カネヒキリくん! なんか面白い遊び知らないか? タオル相撲とかけっこと日向ぼっこと昼寝以外でな!』

 

 とねっこのごとき駄々こねっぷりを見せるサンジェニュイン。

 カネヒキリには効果抜群だ。

 またライフがひとつ減ったが気にするな、いつもの事だ。

 

 スゥーッと遠のいていきそうな意識をなんとか保ち、カネヒキリは振り向いた。

 ピンクの鼻先にはっぱを付けたサンジェニュインが、キョトンとした顔でカネヒキリを見た。

 毎秒可愛くて困る。いや馬のカネヒキリには秒数とかそういう概念はないが、何故か瞬きする度に可愛いという感想が上がってくるのは理解してる。

 ヴァーミリアンが『どこから見ても天使なのはズルくね?』とブモブモ鳴くのも仕方ないと思えるレベルだ。

 しかし仕方ないと思えるのは天使ちゃんと呼称するところだけであり、サンジェニュインを追いかけ回すことに関しては許せない。

 カネヒキリは砂上でのレースとトモダチのヒィンには馬いちばい敏感なのである。

 と思いながらカネヒキリが立ち上がると、それに釣られてサンジェニュインも立ち上がると、遠くから足音が聞こえた。

 

 馬の耳というのはヒトよりも何倍も敏感。

 だからかなり距離は空いていたとしても、誰かがカネヒキリたちのいる放牧地に向かっているのが2頭にはすぐわかった。

 

『リキか? ……いや、聞きなれない足音だな』

 

 不思議そうに首を傾げるサンジェニュインに倣ってカネヒキリも首を傾げた。

 

 サンジェニュインはたまに人語を理解しているかのような言動をすることがある。

 カネヒキリたちの耳にはただ複数の音が組み合わさっているようにしか見えない人語を、さも当然のように聞いているのだ。

 前々から不思議に思っていたが、何故かサンジェニュインならそれくらいできそうだな、という気持ちもあって、カネヒキリは深く突っ込んだこともない。

 サンジェニュインが人語を理解しているおかげで、こうしてカネヒキリがサンジェニュインと暮らせているというのもあるし。

 メリットしかないな、と思いながら耳を澄ませた。

 

 サンジェニュインがぽろりと零した「リキ」と言うのは、カネヒキリたちを管理している人間の固有名だ、というのをカネヒキリ自身も認識している。

 声色がガラガラしていて不思議なヒトだったが、サンジェニュインを外に連れ出すときはいつもカネヒキリも一緒に連れて行くので、割と好きな部類の人間だ。

 そのリキでないなら、こちらに向かってきているヒトは何か。

 いつもの「メグロサン」という人間だろうか。それともあのいけ好かない「シバキクン」とやらか。

 まさか、いつぞやのようにカネヒキリとサンジェニュインを別々の部屋にしようと企んでいる、そんな輩なのではないか!?

 

 サンジェニュインのいなかった4年間、サンジェニュインと再び共に過ごすことだけを夢見て駆け抜けてきた優駿 ── それがカネヒキリである。

 今の生活はそれに対するご褒美、いわゆるボーナスステージのようなものだと受け止めて生活してきた。

 ウキウキワクワクハピハピな第2の馬生を阻む輩がいると思うだけでムカムカするし、穏やかではいられない。

 カネヒキリは緊張からピリピリとした空気を放ちつつも、サンジェニュインから引き剥がされないよう、その隣にぴたりと立った。

 

『……ん? 一般人? あれ今日って俺たち見学の予定入ってたっけ。リキのやつ何も言ってなかったけど……不法侵入じゃないよな? ま、まさかなあ……でも念の為……カネヒキリくん、ちょっと柵から離れようぜ!』

 

 サンジェニュインに頷き返して、カネヒキリも呼吸を合わせて走った。

 2頭で共有している放牧地は、大柄な体躯に合わせてそれなりの広さだ。

 この2頭が駆け回っても余裕がある放牧地の、真ん中のスペースに辿り着くと振り返る。

 その間に足音の人間が入出ゲートの前まで来ていた。

 

「わーっ! 本当に2頭でおんなじとこ使ってんだぁ」

「……ね、ねぇ、やっぱりまずくない? 勝手に入っちゃさ」

「だいじょーぶだって! 迷っちゃったって言えばよくない?」

 

『いやいや良くねえよ』

 

 社来スタリオンステーション、通称社来SSは観光牧場ではない。

 しかしファン向けに観光ツアーが組まれていたり、見学をすることが可能だ。

 そのためにはいくつか守らなければいけないルールがあり、当然、見学対象外のエリアに立ち入るのはルール違反である。

 

 それにルール違反なのはそれだけじゃない。

 片やハツラツとした今風の女性で、服装は萌え袖を意識しているのか袖がかなり長く、ミニスカートにヒールが高めの靴。

 耳には大ぶりのアクセサリーがピカピカと光っていて、手には日傘と思わしい派手な装飾の傘。

 大丈夫だ、と言ったこの女性に対して、心配そうな表情を浮かべているもう片方はと言えば、スニーカーに白いポロシャツと紺色のズボン。

 光モノのアクセサリーは一切なく、万一にも馬がかまないようにするためか、袖や襟がぶかぶかした上着も着ていない。

 競走馬ふるさと案内所のQ&Aでも熟読したのだろうか。だとしたらお友達の服装にもなんか言っておいてくれ、とサンジェニュインはぶつくさと漏らす。

 ヒトの言葉や常識など理解できないカネヒキリには、突然現われた人間の区別など付かない。

 しかしサンジェニュインの反応からある程度推測することはできるし、ふたりのうちどちらに撫でられた方がマシか聞かれたら、後者の女性だと即答するだろう。

 まあカネヒキリは純粋な馬なので、このヒトたちの言っていることは本当に本当にわかっていないので直感レベルだが。

 

『もう1人はともかくさあ。なんかやべーわ。あんなウルヴァリンみてーな爪……俺とカネヒキリくんのつやつやボディに引っかき傷ができちまうし、何されるかわかったもんじゃねーし……カネヒキリくん! もっと離れようぜ!』

 

 コクリと頷いてカネヒキリはサンジェニュインの後を追った。

 動き出した2頭に、声を上げたのは派手服の女。

 遠くに行っちゃう、という言葉に振り返ることなく、サンジェニュインたちは放牧地の奥まで走っていった。

 その位置からでも、馬の優秀な耳は人間の声を捉える。

 

「あーあ。近くで写真撮りたかったのに……おーい! こっち来てー!」

「ねえ、本当にまずいって、やめようよ」

「大丈夫だって言ってんじゃん! おーい! にんじんあるよー!」

 

 牧場見学の最たるマナーに、大声を出すべからず、と言うものがある。

 馬というのはとても繊細で臆病な生き物だ。

 自分の影にすら驚くだけでなく、想定していなかった音が聞こえるだけでパニックになる。

 なんなら芝とダートの境目を見ただけでパニックになる馬もいる。

 さて、パニックになった馬がどんな行動に出るかは、ベテランの厩務員さえ予測がつかない。

 一例として、驚きのあまり駆け出し、柵に突っ込んでしまって怪我を負ってしまった馬もいる。

 その怪我が元で亡くなってしまった馬も……だから牧場見学においてマナーの徹底及びルールの遵守が求められる。

 

 そもそもだ。先に述べた通り社来SSは観光牧場ではない。

 年数億円以上を生み出す、経済動物たる繁殖馬が暮らす仕事場であり、見学者は文字通り「見る」こと以外は許されていないのが本来のあり方だ。

 マナーの悪さゆえに繁養されている繁殖馬に何かがあれば、当然、それ以降の見学可否は見直されることとなる。

 良識のあるファンならば、そこら辺を把握して行儀よく振る舞うものだが、残念なことに、全てが質の良いファンとは限らない。

 元が人間だったサンジェニュインは、だからこそいろんなことを理解し、一刻も早くこのとんちき状態から逃れたかった。

 

『今日はディープインパクトもヴァーミリアンも来てないからなんとかなってるけど、参ったなあ。早くリキたち来ねえかな。こんなんじゃカネヒキリくんとゆっくりできねえや』

 

 正直な話をすると、カネヒキリ的にはそこにサンジェニュインがいればかねがね満足なのだ。

 この瞬間も空気がうめえと思うくらいには。

 だがサンジェニュインが言う通り、こんな騒音の中ではおちおち空気も吸えないし味わえない。

 何よりサンジェニュインが落ち着けないならダメなのだ。

 不満げなサンジェニュインに同意するようにカネヒキリが頷くと、サンジェニュインがワッと声を挙げた。

 

 『は、はえぇ……!? 柵を乗り越えようとしてやがる!? うっそ死ぬ気!? いやそりゃ、俺たちサラブレッドの中でも1位2位を争う穏やかウッマだけども!? それにしても限度はあるんだが!? 危なくなったら抵抗するぞ!? 拳、じゃなくて脚で!!!!』

 

 カネヒキリの目にも派手服の女が柵に足をかけているのが見えた。

 もう片方の女が止めて入るものの、乗り越えるのにそう時間は掛からないだろうというのも分かる。

 ヒエェ、と情けない嘶きをあげたサンジェニュインだったが、その声の情けなさとは裏腹に、カネヒキリの前に立って庇おうという姿勢だけはハッキリしていた。

 

 ところで余談だが、2頭の体格差、実はそれほどない。

 顔が可愛いだ可憐だ儚いだと言われがちなサンジェニュインだが、その馬体は現役時代530キロまで膨らんだこともあり、パワー型ならではの立派な体躯なのである。

 一部のファンから「お胸ばいんばいん」「巨乳」「わがままボディ」と呼ばれ、競馬関係者からも「グラマス」「豊満な」「素晴らしいスタイル」と言われてきた。

 併せ馬でカネヒキリが誤ってタックルしてしまった時も、崩れるどころかカネヒキリを跳ね飛ばすほどの体幹。

 一方のカネヒキリも530キロオーバーの馬体重を有するに見合うアスリートボディで、サンジェニュインから「ムキムキいいなあ」と羨ましげに見られるほどのマッチョである。

 砂の王者らしい風格を併せ持つ牡馬の中の牡馬と言えよう。

 そんな2頭が並ぶと、それはそれは大変見栄えがして、そんでもってとんでもない迫力を生むのだ。

 遠目で見るだけでも「おお……」と見学者から声が上がるそれを、真正面からみたらどうなってしまうのか。

 しかもただ真正面なだけじゃなくて、明らかに気が立ってることを示すように前掻きを始めたらどうなるか。

 

「ひ、ひぃ……っ」

 

 ハイヒールで芝の上を走る度胸のあった女は、しかし雄大な馬格の馬を前にして腰を抜かした。

 サンジェニュイン的には近寄ってこないなら何もしないのなあ、くらいの威嚇。

 基本的には人間大好きで、元が人間だからと言うのもあってその好奇心には一定の理解があるからである。

 それに侵入者にして不審者であるとはいえ、人間を害した場合に自分やカネヒキリがどうなってしまうのか気になって、そもそも近寄ってきてもギリギリまで耐える気すらあった。

 どんな理由でも人間に手を出した動物は害獣扱いになりがち。サンジェニュイン、知ってます。

 

 しかしそんなサンジェニュインの思惑など、カネヒキリはもちろん目の前の人間も知らない。

 ふるふると震える女と、柵の外側で顔を青くしている女を交互に見ながら、サンジェニュインは厩舎にいるだろうスタッフたちへ祈りを捧げた。

 

 もう誰でも良いから俺とカネヒキリくんを解放してくれ、と。

 

 一方その頃カネヒキリは、可愛いより格好良いが上回ってなおキラキラして美しいサンジェニュインの背中と横顔に昇天しかけていた。

 

 威嚇してる姿のなんと可憐で美しいことか。雄々しいのに可愛くて素晴らしいな。彫刻か?

 ヴァーミリアン、ディープインパクト見ろ。

 いつもならヒンヒン鳴いてるサンジェニュインが王様然としたオーラを醸しているぞ。

 なに? 2頭ともいない。なんと哀れな、この輝かんばかりに美しいサンジェニュインが見られないなんて。

 

 カネヒキリは通常運転であった。

 

「ちょっと、君たち何してるんだ!?」

「柵から離れて! 君も、なんでそこにいるんだ!? 立ち入り禁止だって言ったはずだぞ!」

「おい、サンジェニュインとカネヒキリの馬体検査!」

「見学中止! 上長へ連絡! 急げ!」

 

『うおおリキ――ッ!! スタッフぅ――ッ!! 遅いぞ〜〜!!!! 危うく前脚で見事なキックをキメちまうところだった!!!!』

 

 ドタバタと足音を鳴らしながら飛び込んできたのはサンジェニュインとカネヒキリの担当スタッフだ。

 見学者の人数が合わないことに途中で気づいたのか、それとも24時間放牧地に取り付けられている監視カメラでも見たのか。

 どちらにせよ、サンジェニュインが見事な前脚蹴りを見せるか、もしくはカネヒキリが大興奮のあまりタックルする前に来てくれてよかったと言うほかない。

 あとちょっとでも遅れていたら、この放牧地は今以上のカオスに見舞われていたに違いないのだから。

 

 それからすぐサンジェニュインとカネヒキリは放牧地から連れ出され馬体検査を受けた。

 侵入者のどちらもやばいやつらではある。

 だが、放牧地に侵入しなかった方の人間に関しては情状酌量あってほしいなあ、などとサンジェニュインは思ったが、まあ判断するのはスタッフだ。

 今回のが大事になって見学禁止にならなければそれでいい。

 

「はぁ……まったく、映画が公開されてから変なやつばっか……!」

「公開前から変なやつばっかだったろ」

「そうですけど、倍になった気がします! 前はクラブ経由とか、パーク経由での見学会でそれなりに弁えてはいたじゃないっすか! それが映画始まってからは、映画のイベント経由での見学申込でこれですよ? 正直、質が悪いにもほどがあるでしょ……!」

 

 今年、つまり2015年。サンジェニュインの半生を題材にした実写映画が公開された。

 競走馬を主題にした映画と言えば、国内ならこれまでもハルウララの映画もあるにはあったが、大手制作会社が手がけるのも、国内どころか全世界一斉公開となったのもサンジェニュインが初めてである。

 公開されてちょうど1ヶ月ほどだが、えげつないほどの人気を博している、らしいとサンジェニュインは小耳に挟んだことがあった。

 国内はもちろん、アメリカやイギリス、フランスでも大人気なのだとリキが誇らしげに言っていたことをサンジェニュインは思い出した。

 

 ちなみに、この映画を作るにあたって、撮影には多くの馬が参加した。

 何せ主役が馬のサンジェニュインなのだ。

 登場人物、もとい登場人馬のうち、どちらかというと馬の割合の方が多かったくらいである。

 通常、映画などに馬を出す時は役者馬やタレント馬と呼ばれる専門の馬たちが起用されることが多い。

 しかしサンジェニュイン自体が珍しい白毛のサラブレッドということもあって、それを演じられる役者馬がいなかった。

 メガホンを取る監督はリアリティや再現性に拘ることで有名だったため、馬は全頭競走上がりの馬で撮ることにした。

 サンジェニュイン役はサンジェニュイン産駒で揃える徹底ぶりである。

 

 当歳時のサンジェニュインを務めたのは、2015年産まれの牡馬数頭。

 この中でもメインのシーンを撮った馬は、未来の皐月賞馬である。

 ついでに菊花賞も制して二冠馬になる逸材だが、この時は誰もそうなるとは思っていなかった。

 続いて1歳役もサンジェニュイン産駒だったし、2歳役は当時すでに5歳だったサンサンドリーマーとサニーメロンソーダという産駒が務めた。

 これは両馬が小柄な馬だったからであり、本物の2歳馬を使うよりも上手くサンジェニュインを演じられたからだ。

 3歳時はわざわざアメリカからシャインニングトップレディというサンジェニュイン産駒の牝馬まで招き寄せた。

 ちなみにシャインニングトップレディはアメリカ三冠馬である。

 4歳役を務めたのは、同じく初年度産駒のイギリス三冠馬であるサニーファンタスティック。

 役者が豪華すぎるだろ、とサンジェニュイン本馬が白目をむいたり、隣の放牧地を縄張りとするディープインパクトやヴァーミリアンが興奮したり。

 とにかく大忙しだった記憶が残っていた。

 

 撮影が始まったのは2014年の初め頃だって、サンジェニュイン専用厩舎もにぎやかになっていた。

 元々の想定通り、サンジェニュイン産駒が種牡馬入りしてきたのである。

 だだっ広い厩舎をカネヒキリと分け合っていた日々が終わりを告げたのだ。

 

 これに当のカネヒキリはとてもガッカリした。

 せっかくのサンジェニュインとのウキウキハッピーライフ満喫中に……せめてあと10年くらい待ってくれという心境である。

 そんなカネヒキリとは反対に、諸手を挙げて大歓迎していた馬たちがいる。そう、ディープインパクトとヴァーミリアンだ。

 彼ら曰く、サンジェニュインとその産駒はそっくりだけど警戒心薄くて眺めてて面白い、らしい。

 だがカネヒキリにはまったくそうだとは思えなかった。

 サンジェニュインのクローンか? というレベルでそっくりであり、サンジェニュイン本馬も『俺じゃん!?』と震えるほど似てるサニーファンタスティックを見た時さえ、似てないな、と真顔になったくらいだ。

 じゃあ具体的にどこが似てないんだよ、とキレ気味にヴァーミリアンが吠えたので、カネヒキリは持てる語彙すべて使って説明してやった。

 そうしたら何故かヴァーミリアンには泣きながら止めてくれと懇願されたのでやめたのだ。

 お前は業が深すぎる、とはヴァーミリアンの言葉だが、正直ヴァーミリアンにだけは言われたくないなと思ったカネヒキリである。

 嫌々言っても現実は変わらない。腹を括って一緒に暮らしてみれば案外慣れるものだ。

 それに厩舎には産駒たちはいるが、放牧地は変わらずカネヒキリとサンジェニュインの2頭だけ。

 なのでカネヒキリはこの生活をひとまず受け入れることにした。

 

 さて、そんな苦労の末に完成した映画が公開されたことで、今、日本はプチ競馬ブームであった。

 

 2015年はそもそもスターに恵まれた年だったことも影響していたのだろう。

 新・芦毛の怪物と呼ばれたゴールドシップが3度目の正直で天皇賞・春を制し、3連覇のかかる宝塚記念で豪快に立ち上がって120億円を散らしたことは記憶に新しい。

 皐月賞と日本ダービーをエアグルーヴの孫であるドゥラメンテが制覇し二冠馬になった時は、早くも三冠馬誕生の予感と盛り上がった。

 そのドゥラメンテ不在の中、最後の一冠である菊花賞を制したキタサンブラックは、大スターである馬主にとって初のG1馬という事で派手に取り上げられたりもした。

 にわかに盛り上がっていく中でのサンジェニュインの映画は、ブームを後押しするのにちょうど良かったのだろう。

 

 だが、サンジェニュインとカネヒキリが現役時代もそうだったように、ブームというのはいい事ばかりではない。

 新参のファンというのは良くも悪くも騒ぎを起こしがちで、今回の件はその悪い部分が3割増で現れたようなものなのだ。

 

 この騒ぎの翌日。

 いつも通り放牧地でキャッキャッウフフする予定だった2頭の元に、放牧中止の知らせが舞い込んだ。

 純粋馬たるカネヒキリには何が起きたかまったく分からなかったが、人間の言葉がわかるサンジェニュインは別だ。

 あの出来事をきっかけに警備体制と見学体制を見直すことにした社来グループは、当面の間は2頭の放牧と、予定していてた見学会をすべて白紙にすることを決定したのだった。

 

『嘘じゃん……俺たちこれからどこで遊ぶんだよ……まさか歩き運動も無しか? こんな狭い馬房にずっと閉じこもってろってのか……?』

 

 悲しげに鳴くサンジェニュインを見ると、カネヒキリもどこか悲しくなってしまう。

 

 おのれ人間。

 何が原因かはわからないがサンジェニュインを悲しませやがって。

 

 種牡馬生活で積み重ねてきた人間への信頼が、この件でまたリセットされしまったカネヒキリは、親友を励まそうと小窓から顔を出した。

 そして同じように小窓から顔を出したサンジェニュインの儚げな表情にダイレクトアタックをくらい、失神しかけた。

 美人は三日で飽きると言うが、美馬は三日では飽きないのだ。

 

『パークとか映画経由はまあそうならあ、とは思ってたけどさあ、クラブ経由の見学会も中止なんて予想外だったぞ! どうすんだ、現役時代の一口馬主のニキネキに会えるのはこれしか方法が無かったってのに……! ハッ、ま、まさか、目黒さんも来れなくなったとか、そういうのは無いよな!?』

 

 『メグロサン』というのは、サンジェニュインが現役だった頃の担当厩務員なのだが。

 とてもよく懐いていて、よくくっついていたのをカネヒキリも覚えているし、なんならカネヒキリも好きだ。

 ドバイでは不在だったカネヒキリの担当厩務員の代わりにあれこれと面倒を見てくれただけでなく、よくサンジェニュインとも遊ばせてくれたので気に入っている。

 何より、その人間がいるとサンジェニュインが大変ご機嫌になるので、カネヒキリもニッコリしてしまうのだ。

 やはり親友の笑顔。

 これが健康に生きるために必要な最大栄養素である。純粋馬のカネヒキリもこれを魂で理解している。

 はやくサンジェニュインが元気になるよう、カネヒキリは虹の向こう側を見つつ祈った。

 

 

 

 それから少しだけ月日が流れたが、まだ2015年。

 そろそろ種付けシーズンへの準備が始まりだした頃、カネヒキリとサンジェニュインが仲良く暮らす厩舎に訪問者がいた。

 

『目黒さーん!!!! 来てくれたんだな目黒さん!!!!』

 

 大好きな人間の登場に、放牧地にもろくに出れずにいたサンジェニュインは、久々のご機嫌満点スマイルを浮かべながらはしゃぎ鳴いた。

 これにはカネヒキリもご機嫌満点気絶をキメた。今日も空気が美味い。

 

『カネヒキリくん!?!? 意識しっかり!?!?』

 

 そしてサンジェニュインの悲鳴で無事蘇生した。牡馬(おとこ)には生きる理由がある。

 

 サンジェニュインに無口を引っ張られつつ、カネヒキリはやっぱり笑顔が一番だな、と思った。

 確かに憂い顔のサンジェニュインも美しいといえば美しい。絵画のごとく。

 併せ馬をしていた頃、カネヒキリに負けると悔しげに地団駄を踏んでいた姿も可憐だった。天使のごとく。

 カネヒキリは見たことがなかったが、レース中に浮かべるという闘志の滾る様もさぞ素晴らしいのだろう。

 だがやはり、笑顔、笑顔なのである。

 

 現役時代、遠くにカネヒキリを見つけ、大きな声で()きながらカネヒキリの名前を呼び、ふにゃふにゃと浮かべる笑顔こそが、至高なのだ。

 ヴァーミリアンはムスッとした表情が可愛すぎていじり倒したくなる、などと言っていたし、ディープインパクトはガン付けてくるキレ顔が良すぎる、などと興奮していたが。

 まったくこれだから太陽素馬(しろうと)はダメなのだ。

 真正面から浴びる好意100%の笑顔という名の太陽光に勝るものなどないのである。

 これまで取ってきたG1タイトル賭けても良い。

 

『カネヒキリく〜ん、俺たち再来年はアメリカらしいよ! カネヒキリくんの初年度が向こうのダート界で大記録連発してっからな。あ、でも来年はふつーに日本だって。俺、海外行かずに日本とか久しぶりすぎ』

 

 実はサンジェニュインの言っていることは、時々カネヒキリには難しすぎることがある。

 分からないことも多いが、とにかくご機嫌なサンジェニュインが見られれば良いのだ。

 今のセリフも8割くらいわからなかったが、カネヒキリとサンジェニュインが一緒にいるのだということだけは理解した。

 カネヒキリは訳知り顔でウンウンと頷いてサンジェニュインの横顔を見る。

 ニコニコとしているサンジェニュイン、やはり美しすぎる。

 神はこの馬を作る時、美しさに全神経を使ったのだろうか。

 今日何度目かもわからない失神をしつつ、カネヒキリは幸福感に包まれていた。

 

『アメリカいったら俺たちの産駒に会えるのかな。ね、カネヒキリく……カネヒキリくん!?!? また意識が飛んでるぞカネヒキリくん!!!!』

 

 まもなく冬がやって来る。

 あと少ししたら年が明ける。

 2016年になって、カネヒキリとサンジェニュインは、14歳になるのだ。

 

 カネヒキリはサンジェニュインに揺さぶられながら、遠くない未来を夢みた。

 

 13歳のサンジェニュインも美しいが、きっと14歳のサンジェニュインも美しいぞ。

 きっと、きっと。

 

 

 

 

 

 そして、運命の日がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 命あるものはいつか虹の向こう側に渡るもの。

 それはカネヒキリがとねっこの頃から、耳がふわふわになるほど母に言い聞かせられてきたことだ。

 生まれ、息をし、走り、食べ、眠り、目覚め、そうして命を営むその最果てに、虹の向こう側があること。

 カネヒキリは母の教えを心の片隅に持ちながら、今日まで生きながらえてきた。

 そして、今、間も無く虹の向こう側へと渡ろうとしている。

 いつものような、一瞬のことではない。

 本物の。永遠の。別れ。

 決して避けられないことだと分かっていながら、でも、カネヒキリはこの瞬間も心臓を叩き、まだ、まだと首を振った。

 もう少しだけ、後少しだけ。

 

 美しい光の輪を持つサンジェニュインのそばで、息をしていたかった。

 

『カネヒキリくん!』

 

 カネヒキリの美しい親友は、涙を流していても美しい。霞んだ視界でさえそう思う。

 でもカネヒキリは、涙を流すところよりもうんと、うんともっと美しい姿を知っている。

 朝、小さな身じろぎとともにカネヒキリへと送られる、ねむたげな瞼と口元にのる『おはよう』の暖かさとか。

 いつもカネヒキリの頭上にある眩い光の球のように、サンジェニュインはとても晴れやかに笑うのだ。

 軽快な笑い声と、それに彩られながら呼ばれる自分の名前が、カネヒキリはとても、とても好きだったから。

 

 それに。

 

『サンジェニュイン』

 

 いつだったか、どの馬に聞いたのか忘れてしまったが、人間も馬も、声を最初に忘れてしまうという。

 どんなに長く過ごした間柄でも、どれほど親しくても、常に更新される思い出の中で声というものは脆く、すぐに褪せるのだと。

 どうしてこの瞬間に思い出してしまったのか、カネヒキリにはわからなかったけれど。

 もしカネヒキリより先にサンジェニュインが虹の向こう側に渡るとして、カネヒキリは、サンジェニュインの声を忘れたくなかった、と思う。

 それと同じくらい、自分の声も忘れてほしくなかった。

 

 だから、カネヒキリは抜けていく力の全てを振り絞って、美しい親友の、美しい名前を呼び続けた。

 

『サンジェニュイン』

 

 サンジェニュインは、いつも馬生が楽しいという雰囲気を醸しながらも、その実は孤独を嫌う寂しがり屋だと、カネヒキリは思う。

 難しい言葉はやっぱりわからないけど。サンジェニュインが見せる明るさの裏側に、寂しさがあることを、ちゃんと分かっていた。

 だって見ていた。これまでずっと、どんな馬よりも長く、素のサンジェニュインを見続けてきたのは他でもない、カネヒキリだから。

 熱気と悲喜渦巻くあのドバイの大地で、たった1頭だけ取り残された時の、サンジェニュインの悲しそうな横顔を、カネヒキリは今でも覚えている。

 可能ならばカネヒキリがそばに残ってやりたかったが、激走の影響で傷んだ脚では隣に立つこともできず、サンジェニュインを置いて帰国した。

 そこから約4年間、カネヒキリは脆い脚を抱えながらも不屈の闘志で走り続けたわけだが、そうしてカネヒキリが離れていた頃、サンジェニュインの寂しさを想像するだけで苦しい。

 自分も苦しかったからこそ理解する。そして自分の知らないトモダチを亡くしたサンジェニュインの、深い悲しみを想う。

 それでもサンジェニュインが立ち続けたのは、そうして旅立っていくトモダチが彼のためを想い、遺して逝くものがあったから。

 ラインクラフトは赤い手綱を遺したらしい。同じファームで生まれた遠い昔なじみ。カネヒキリはもう顔を思い出すだけでも精一杯になった牝馬。

 そうしたものたちが、これからを生きるサンジェニュインの支えになっていくのだろう。

 例えトモダチそのものはいなくなっても、大丈夫、寂しくないよと励ますカタチになる。

 

 では、今日、これから旅立つカネヒキリがサンジェニュインに遺せるものとは、なんなのだろうか。

 

 もはや何も持たないカネヒキリに、ラインクラフトのように形あるものを遺すのは難しい。

 この血を分けた子供たちがサンジェニュインの下に辿り着くのは、きっともっと後のことになるだろう。

 それならば、何を、どれを、どういった形で遺せるのか。

 もはや一刻の猶予もない状態で、カネヒキリは考えて、考えて、考え抜いて。

 

 そうして、名前を呼んだ。

 

『サンジェニュイン』

 

 カネヒキリが世界で一番美しいと思う、八文字の音だった。

 

 声は最も忘れやすい記憶だと知りながら。

 思い出の中で一番最初に褪せていくものだと知りながら。

 それでもカネヒキリはサンジェニュインの名前を呼び、その声を刷り込むようにして重ねた。

 

 サンジェニュインと出会ってから今日、この瞬間までの12年間が、カネヒキリのそれほど大きくない脳裏を駆け抜けていく。

 いつまでも美しい親友の、柔らかい声色が鮮やかに再生される。

 こんなふうにカネヒキリが、命の終わりにサンジェニュインを思い出すように。

 どうか、サンジェニュインの命の終わりにも、カネヒキリとの思い出が再生されればいいと願った。

 

 どれもが喜びに満ちた記憶。

 どれもが優しさに満ちた記憶。

 どれもが愛に満ちた記憶であると、カネヒキリは胸を張って言える。叫べる。遺せる。

 

 そんな記憶の全てが、カネヒキリがサンジェニュインに遺せる唯一のものなのだと、カネヒキリはこの瞬間になって気づいたから。

 だから名前を呼び続けた。

 サンジェニュインの名前を、ひたすらに。

 深い友愛と、祈りと、希望を込めて呼んだ。

 

『サンジェニュイン』

 

 親友は涙を流しながら、カネヒキリの傍らに横たわった。

 寝藁に光が落ちる、と思った。いつもカネヒキリの頭上でピカピカと光るあの丸い球が、カネヒキリの側に墜ちてきたような。

 気を抜けば一瞬で旅立ちそうになるのを必死に堪えて、カネヒキリはまだまだ、と名前を呼び続けた。

 視界に入った白い耳が、その音を聞き漏らすまいとピクピク動く。

 きっとサンジェニュインも、カネヒキリが遺すものが思い出であることを、理解していた。

 

『カネヒキリくん』

 

 水気を帯びたサンジェニュインの声色がカネヒキリを呼ぶ。

 引き留めるような声色に頷きながら、返事をするようにカネヒキリも名前を呼び返した。

 もう時間はない。一瞬も無駄にできない。

 あと数回呼んだら、きっと、カネヒキリは旅立たなければならないだろう。

 だから名前を呼ぶ、その音の一つ、一つに気持ちを込めた。

 

 サンジェニュインは横たわってカネヒキリの名前を呼んで、それから一瞬だけ間を開けると、意を決したように話し出した。

 

『虹の向こう側って、さ。いいところ、なんだって。だから、だからみんな、帰ってこなくって……』

 

 あの(けぶ)るような夏の日。

 そうサンジェニュインに言い遺したのはラインクラフトだと、カネヒキリは前に聞いた。

 誰もこっちに帰ってこないのは、きっと、虹の向こう側が良いところだから、と。

 だから心配しないで、大丈夫だと、自分の背中を押したあの鹿毛の牝馬を思い出して、サンジェニュインは言葉をつなげる。

 

『おれ、がんばるから……い、1頭だけでも、がんばるし、』

 

 平気だから。

 そう言って、でもサンジェニュインはすぐに頭を横に振った。

 

『嘘ついた……ッ全然平気じゃない! 寂しい、寂しい、寂しいんだよカネヒキリくん!』

 

 よく駄々をこねるし甘えたがりなサンジェニュインを、我慢の利かない馬だと言うやつもいる。

 けどカネヒキリから見て、サンジェニュインは我慢強い馬だ。

 自分の感情を押しとどめることも、よくないことだけどできる馬だ。

 けれど、その脚の本数よりほんのちょっとだけ多い数のトモダチの中で、カネヒキリはさらに特別な存在だったから。

 人間が、幼い頃から親交のある友人を特別に思うのと同じように。

 サンジェニュインにとって2歳時に出会ったカネヒキリという存在は、感情を取り繕えないほど大切で、大人になれないほど柔らかくて、亡くしたくない親友だった。

 共に歩んできた12年の歳月が、例え4年の空白があっても互いを一番の友だと思い合ってきた年数が、2頭を仔馬時代へと連れ戻す。

 なんでもなく明日を信じられた、またね、が言えたあの頃を。

 やがてカネヒキリの声色にも水気が混じる。

 

 きっと、寂しいのは、お互い様だった。

 

『か、かね、カネヒキリぐんん……!』

 

 駄々をこねるときと同じ声色でサンジェニュインが呼ぶ。

 カネヒキリはいつもだったら、ちょっと困りながらもその駄々を叶えてやっただろう。

 無邪気で、少しわがままなところも、カネヒキリには大切におもえたから。

 でもカネヒキリは、今日、初めて、首を横に振った。

 サンジェニュインの願いを聞いてやれなかったのは、これが初めてだった。

 

 小さな唸り声に苦笑が漏れる。

 そう、サンジェニュインは少しだけ、子供っぽい。

 けど、けど、けれど。

 

 覚悟を決めてしまえば誰より、強い牡馬(やつ)だった。

 

『サンジェニュイン』

『……ん"!』

 

 きっとあと1回だ。

 あと1回、サンジェニュインの名前を呼んだら、カネヒキリはもう持たない。

 視界がぐらぐらと揺れ、感覚が次第に引いていく。

 虹の向こう側へと続く橋が、静かに、でもゆっくりとカネヒキリに架けられていくようだった。

 

()()()()()!』

 

 大きな声でサンジェニュインが名前を呼ぶ。

 カネヒキリくん、じゃなくて、カネヒキリ、と、はじめて。

 視線だけ動かして、カネヒキリはサンジェニュインの顔を見た。

 すごく寂しそうで悲しそうで。

 ああ、最期に見る顔がこんな顔ではやるせない。

 でもその表情のすみっこに、確かな決意を滲ませているのがわかった。

 あまりにも眩しいので、カネヒキリは薄く目を閉じながら、サンジェニュインの言葉の続きを待った。

 

『……無茶苦茶寂しいし、ほんとは虹の向こう側行ってほしくないし、でも無理だってわかってるから……だから、だから』

 

 ―― 俺のこと、待たなくったっていいよ。

 

 今度はカネヒキリが顔を上げた。

 

『向こう側にはさ、ラインクラフトちゃんもいるし、ほかにもたくさん馬がいて。だから、探すの、きっと大変だろうけど……次は、俺がカネヒキリくんのこと見つけるからさ! 今度は、俺から、会いに行く。だから、待たなくってもいいから』

 

 はしゃいでてくれよ、とサンジェニュインが涙声で言った、次の瞬間だった。

 

 カネヒキリの前に、ゆっくりと、本当にゆっくりと橋が架かった。

 それはきれいに虹色を帯びて、ああ、来てしまったか、とカネヒキリは覚悟を決めた。

 でも、あと一瞬だけ時間がほしい。

 カネヒキリは気力を振り絞って、まだ続くだろうサンジェニュインの言葉に、全神経を傾けた。

 架かる橋の向こう側からは楽しげな音が聞こえる。

 けどそんなもの知ったことか。

 カネヒキリが聞きたいのは、サンジェニュインの声だけだった。

 

『カネヒキリくん、楽しそうにはしゃいでくれよ。ああ、楽しそうなこの声は、カネヒキリくんの声だなって、俺……俺、カネヒキリくんのこと、顔も、声も、全部! ッ全部、忘れずにいるから ──!』

 

 旅立つカネヒキリにとって、その言葉はこの上なく素晴らしい(はなむけ)だった。

 遠く離れた4年のあと、久々に再会したカネヒキリに一発で気づいた時の、あの全身に染み渡る喜びに似ている。

 

 だから、だからカネヒキリは。

 

『サンジェニュイン』

 

 これまでで一番、愛に満ちた声色で、サンジェニュインの名前を呼んだ。

 

 

 

 眩い光がカネヒキリを包んだあと、気づけば橋の一歩前に立っていた。

 振り返ると、広々とした草原だけが広がっている。

 どうやら完全に橋が架かり、カネヒキリは虹の向こう側へと向かう途中にいるらしい。

 目の前の橋の、その奥からは楽しげな音が響き続けていた。

 きっとこの先にあるのが、虹の向こう側というものなのだろう。

 サンジェニュインの『はしゃいでてくれ』という言葉を思い出し、カネヒキリは、薄く笑って歩き出そうとした。

 

 しかし、ふと、思った。

 

『虹の向こう側は、きっと良いところだから』

 

 サンジェニュインはそう言っていた。

 これから旅立つカネヒキリが不安に思わないようにか ── いいや、きっと本気で良いところだと思っているのだろう。

 あの言葉は、カネヒキリの直接的な死を、できるだけ前向きにとらえようと奮闘した、そんな名残なのかもしれない。

 

 でも、カネヒキリに言わせれば、サンジェニュインの側こそ『良いところ』だった。

 それ以上に良いところなどあるはずもないと、カネヒキリは割と本気で思っていた。

 だからカネヒキリは、橋を渡らなかった。

 橋の横の、草原にゴロンと寝転がって、柔らかく広がる青空を眺める。

 雲が揺蕩う空は、サンジェニュインの瞳の色に似ていた。

 

 しばらくすると、さまざまな馬たちが橋を渡っていった。

 何頭かは橋の横にいるカネヒキリに気づいて、渡らないのかと聞いてくる。

 聞かれるたびにカネヒキリは空を見上げ、緩く首を振って答えた。

 

太陽(しんゆう)を待っているんだ』

 

 はしゃいでてくれ、とサンジェニュインは言ったけれど。

 その楽しげな声色を頼りに、カネヒキリを見つけてくれると言ったけれど。

 

 でも、サンジェニュイン、それはできないんだ。

 

 どんな理由で飾り付けようと、答えはひとつだ。

 たった1頭で虹の向こう側にわたることを―― カネヒキリが耐えられない。

 

 サンジェニュインは宣言通り、きっとカネヒキリを見つけ出すだろう。

 けど、見つけるまでの間に他の馬がサンジェニュインを先に見るのは、なんだか嫌だった。

 再会するなら誰よりもカネヒキリが一番に会いたい。

 カネヒキリはどこだ、と悩む暇さえなく、サンジェニュインと再会したい。

 

 それで、美しい(かみ)を風に預けたサンジェニュインが、カネヒキリを見つけて怒る姿が、見たいのだ。

 

『んも〜! カネヒキリくん! 虹の向こう側ではしゃいでてって言ったじゃんか!』

 

 そんなワンシーンを夢見ている。

 それで、怒られたらこう答えよう。

 

『はしゃいでるよ、今』

 

 はしゃぐ、というのは、楽しいということだ。

 心が浮ついて、どうしようもない感情があふれ出すこと。

 

 カネヒキリの中で、美しさや、楽しさや、喜びや、それらを象徴するのはサンジェニュインで。

 サンジェニュインなしにカネヒキリがはしゃげるなどと思っているのは、残念ながら誤算としか言いようがない。

 というより、カネヒキリに対する認識が甘いのだ。あの親友は。

 舐めるな、こちらは会えなかった4年の間、サンジェニュインの写真を馬房に貼り付けていた牡馬(おとこ)だぞ。

 

 だから、再会したら。

 探す気満々だったサンジェニュインの怒りを宥めながら、2頭で一緒にこの橋を渡ろう。

 虹の向こう側まで、お互い、はしゃぎながら。

 

 それが何年先になるかはカネヒキリにはわからない。

 サンジェニュインという馬は誰よりも丈夫で、生命力にあふれて強かで。

 だからきっと、長いこと待たなければいけないのだろう。

 別に長くなったって構わない。

 だってカネヒキリは、我慢強い馬で、忍耐強い馬で。

 

 待つのは、すごく、得意だから。

 

 柔らかく気持ちの良い風を全身に受けながら、カネヒキリは再び寝転んだ。

 どこまでも広がる草原の、どこかから。

 白毛の馬がのっそりと歩いてくるのを、静かに、静かに、待っている。



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【IF】いるもん、グスズ、トモダチいるもん!

IF・サイレンススズカの全弟:シャイニングスズカ時空の話


 ここまでのあらすじ!

 

 オッス! オレ、どこにでもいる美貌のウッマ娘!

 元は人間のオス! たくさん働いてたくさん頑張ってたらあっさり過労死しちゃった!

 そんでまた目覚めたと思ったら馬に転生しちゃって、一体全体なにが起きたの~~!?

 でも持ち前の順応力でウッマ生活にも慣れていこうとしたら、今度は良くしてくれた母馬が死んじゃった!?

 ヒンヒン泣きながらも頑張って育成進めて、トコトコ栗東トレーニングセンターにインッ!!

 幼名のマイサンからシャイニングスズカという名前もゲットして……えっスズカ!? オレ、スズカ!?

 もしかしてってドキドキしてたら隣の馬房に素敵な栗毛のウッマが! どうやらオレのにいちゃんはサイレンススズカらしい。

 

 とんでもねえ……とんでもねえや……!

 

 サイレンススズカって言えば例の骨折じゃん……とソワソワしていたのが1歳の秋。

 同じ厩舎のサイレンススズカにいちゃんもコマンドスズカにいちゃんもラスカルスズカにいちゃんも、とにかくみんな良いお馬さんたちで、オレとかいう存在しないウッマが存在しちゃった世界線だしワンチャンでススズの骨折もなかったことにならんかな、と期待していた。

 

 まあ、ならんかったよね。

 神は無慈悲なソウルをお持ち。

 

 オレがにいちゃんたちと合流して1ヶ月後。

 1998年11月1日。

 運命の天皇賞・秋。

 

 オレの鼻先を軽くつついてから出発したにいちゃんの横顔。

 オレより小柄な馬体にデカい夢を乗せたにいちゃんの背中。

 オレに「すぐ戻るよ」と遺して駆け出すにいちゃんの足音。

 

 1番人気を背負って挑んだにいちゃんは、結局、オレのとこには帰ってこなかった。

 

 もちろんオレはヒンヒン泣いた。

 泣き喚いたが、どうにもならないもんはどうにもならないもんである。

 こうなったらオレがにいちゃんの分まで走るしかない!

 そう決意した2歳の秋、1999年、オレはメイクデビューを迎えた。

 

 にいちゃんが虹の向こう側まで駆け抜けていったあの東京競馬場。

 

 鞍上にはにいちゃんの主戦だった竹創騎手を乗せて、戦法も同じく大逃げ。

 大歓声を背に受けて、オレは無事に勝ち逃げした。

 

 翌年にはクラシックシーズンを迎え、皐月賞と日本ダービーを勝利。

 距離適正の問題で菊花賞ではなく、海外の凱旋門賞というレースに出てここでも勝利。

 帰国後すぐに天皇賞・秋に出た時は、竹さんやテキたちがなぜかブーイングを食らっていたな。

 どうも凱旋門賞から間隔が短すぎるのが原因らしいけど、オレは特に疲れもないんだから問題ないと思う。

 何よりオレ自身がこのレースに出たいと思っていた。

 

 にいちゃんが先頭で駆け抜けようとした大舞台。

 たどり着けなかったゴールと、その後に広がっているだろう景色。

 

 その景色がどんなものだったか知りたいという気持ち半分と、にいちゃんの分まで竹さんをゴールに連れて行こうという気持ち半分。

 このレースには世紀末覇王ことテイエムオペラオーや、彼と鎬を削るメイショウドトウらの強豪も勢揃い。

 オレ自身も陣営も、オレがかなり苦戦するだろうと予想してそれでも挑んだ大舞台。

 天がオレに味方したのか、当日の天気は曇りで、おまけにオレの得意な重馬場。

 それに加えて直線、最後に誰かがオレの背中を押しているかのように、目一杯、脚に力が入ったような気がする。

 

 あれはもしかしたらにいちゃんのひと押しだったのかもしれない。

 オレに向かって『あとちょっとだ、頑張れ』って。

 

 結果としてオレは勝った。

 13年ぶりの1番人気馬による勝利だと、色んなヒトがオレを褒めそやしたけど、いちばん印象に残ったのは竹さんの涙だった。

 

 そんなオレのラストランは有馬記念。

 本当はラストランじゃなかったけど、オレがゴールした後にぶっ倒れちゃったことで引退が決まった。

 このレースでは天皇賞・秋とは違って、ギリギリまでテイエムオペラオーとメイショウドトウに追い詰められて苦しめられた。

 残り200メートルというところでオペラオーに抜かされた時はもうダメかと思ったが、いや、こんなところで諦められっか! と必死に首を伸ばしたことでなんとか勝てた。

 必死すぎて心臓を叩きすぎた結果、倒れちゃったわけだけど。

 

 なんかススズのにいちゃんに再会したような気もするけど、気づけば馬の診療室みたいなところで目覚めて、ギャン泣きの馬主たちに出迎えられた。

 そんな馬主やテキたちが話し合いを重ねた末に引退し、種牡馬入りしたわけだが、オレの子供たちも順当に活躍し、20年後。

 2021年に天寿を全うした。

 

 あらすじ、ここで完!

 

 そんなオレは今、ウマ娘になっている。

 

 

 

 二度あることは三度あるっていうし、このパターンもあるかもしれんと薄々、原液薄めのカルピスウォーターくらいはあると考えはした。

 

 でもまさか本当にウマ娘に転生するとはな〜〜!?

 しかもススズのにいちゃん、改めねえちゃんの妹である。

 自我を取り戻したのはだいたい3歳くらいの時だったのだが、それ以前からもう『あれ? なんかおねえちゃんに見覚えあるな?』くらいには感じてた。

 記憶が完全に戻った時は熱出して倒れたっけな。

 あの時はねえちゃんたちに随分と心配をかけてしまった。

 ねえちゃんもねえちゃんで、それがよっぽど印象に残ったのか、大きくなった今でもオレのことを子供のように扱ってくる。

 

「サン、今日の授業の準備はできてるの?」

「……んもー、ねえちゃん! 昨日の夜に準備したって言ったじゃんか!」

「でも、そう言ってあなた、この前は国語辞典を忘れてたわよね?」

「うん、ぐぅの音も出ねえや!」

 

 ススズのねえちゃんとは同じ栗東寮所属だ。

 部屋は隣同士。

 ねえちゃんの同室はスペシャルウィークで、オレの同室は居ない。

 ウマ娘では実際の馬同士のポジションだったり騎手繋がりだったりで部屋が組まれていたけど、現役時代はとにかく走ることに集中してたオレ。

 残念ながら親しいと言える馬がほんのちょっぴりしかいないのだ。

 日常的に話す馬だと同じ厩舎のにいちゃんたちになるし。

 身内以外だと1個上のアドマイヤベガ先輩くらいなもんだ。

 今や姉となった元にいちゃんたちはそれぞれが同室だし、アドマイヤベガ先輩も同室者いるし、で、オレが宙に浮いた!

 寂しいと言えば寂しいけど、生活能力が無いオレはよく散らかしてしまうので、それで同室者に迷惑掛けるよりはマシだと今は思ってる。

 

 やっぱり一回馬時代を挟んだからか、生活能力がリセットされてしまったオレは家事全般が苦手なんだよなあ。

 幼少期はねえちゃんたちに危ないからと台所に入れてもらえず、鍋でお湯すら沸かしたこともない有様。

 そんなオレが寮で自活できるかと言ったらできないんです。当然だよな!?

 毎朝ねえちゃんに起こしてもらい、昼もねえちゃんと一緒に食べ、夜もねえちゃんにお休みを言って就寝。

 たまに心配したアドマイヤベガ先輩も顔を出してくれるけど、もう圧倒的ねえちゃん率。

 もはやねえちゃん無くしては生活できない、それが今のオレ。

 

 さて、ねえちゃんに言われた通り、今日の授業で使う教材の再チェックをしたら英和辞典が抜けてた。

 ほら、とねえちゃんには呆れたように言われたしオレは泣いた。

 

 そしてお昼。

 オレは毎食ねえちゃんと一緒に食べている。

 正確にはねえちゃんの友達も一緒だ。

 いつもはエアグルーヴ先輩なのだが、時々スペシャルウィークたちスピカのメンバーやフジキセキ寮長も。

 今日はスピカの面々が一緒みたいだ。

 

「ねえちゃ〜ん」

「サン! お昼とってあるわよ」

「ありがと〜! スペさんたちもこんにちは!」

「こ、こんにちは、サンちゃん!」

 

 ちなみにオレがサンって呼ばれてるのは、小さい時のあだ名由来だ。

 シャイニングスズカってフツーの名前として扱うにはちょっと難しいもんな。

 競走馬時代は「グスズ」とか「シャスズ」とかの方がよばれる確率は多かったかも。

 スズカは冠名だし、にいちゃんたちもみんなスズカだし、それにどっちかっていうとススズのにいちゃんの方を指すことが多いからなあ。

 アニメ版ウマ娘でも、トレーナーはススズのねえちゃんのことを「スズカ」って呼んでた。

 まああのアニメ版にはススズのねえちゃん以外のスズカ冠が居ないからっていうのもあるんだろうけど。

 

「うまうま〜」

「あ、サン先輩、緑茶飲みます?」

「飲む! ありがとうウオッカ」

「サラダもっと取ってきましょうか」

「ありがとうスカーレット」

 

 オレはたくさん食べるタイプのウマ娘だ。

 たくさん走るのでその分エネルギーが必要になるんだよなあ。

 大逃げって意外と力使うし、それにオレってなんでか右耳ウマ娘にモテるからさ、それから逃げてたら体力使っちゃう。

 いや、思い返せば競走馬時代も牡馬にモテる傾向はあったんだけどさあ……モテるって言ってもケツ追いかけ回されるほどじゃなかったし。

 せいぜい世話を焼かれる程度だ。

 ウマ娘になってからはやたらお菓子もらったり飲み物もらったり、お菓子もらったり、お菓子もらったりしてる。

 でも歩き回ってることには変わりないので、常に腹減り状態ではあるのだ。

 お昼はゆっくりとエネルギー溜められる貴重な時間でもある。

 もりもり食べて午後に備えるぞ!!

 

 ところで、オレが現役だったころ一緒に走ったことのある競走馬で、ウマ娘になっている馬たちもそれなりにいる。

 が、チームスピカの面々は、どちらかというと一緒に走ったことのないメンツだ。

 

 メジロマックイーンとトウカイテイオーはオレよりも年上だから時期的に一緒に走れてないし、兄のサイレンススズカとは1ヶ月しか一緒に過ごしてないし、その一つ下のスペシャルウィークはオレがデビューした1999年の有馬記念で引退してて、ウオッカやスカーレット、ゴールドシップはオレよりも年下だからこちらも現役時代が被ってない。

 じゃあ現役が被ってるウマ娘はと言えば、同期のエアシャカールとアグネスデジタル、1つ年上のアドマイヤベガ先輩、テイエムオペラオー先輩にメイショウドトウ先輩、ナリタトップロード先輩、ハルウララちゃん。あと2つ年上のステイゴー……じゃなくてキンイロリョテイ先輩。

 錚々たる面々だ。

 オレが人間だった頃のアプリ版ウマ娘では、オペラオー先輩とウララちゃんしか育成ウマ娘として実装されていなかったが、他のウマ娘たちも実装されたのだろうか。

 サポカとしてならシャカールやデジタルは既にあったけど……っていうかオレの初SSRがシャカールでした。

 

 あ、そうそう、そのシャカール。

 競走馬時代もウマ娘の今も、何かと縁のある存在なのだ。

 同世代の同期で、お互いクラシックでは鎬を削りあった者同士。

 おんなじレースになったのは海外のキングジョージが最後になったけど、よく一緒に走った。

 もはやトモダチの域。

 出会った頃からシャカールは気性の荒い馬だったけど、他馬がオレのスピードに追いつけないと諦めていく中、珍しく諦めなかったガッツの持ち主でもある。

 そんなシャカールは2002年の暮れに引退すると、3ヶ月後に虹の橋を渡ってしまった。

 種牡馬としてはまだまだ駆け出しだった最中の急逝。

 残されたわずか4頭の産駒はいずれも牝馬だったことでサイアーラインは途絶えたけれど、シャカールの名前はその後も母の父や、その母系に刻まれている。

 そんなシャカールとウマ娘になってから再会するとは。

 いやー、生きるって色んなことが起こるんだなあ。

 

「サン、サン、聞いてるの?」

「んあ?」

「もう……あなた、チーム内ではうまくやれてるの?」

 

 心配そうな顔で聞いてくるススズのねえちゃんに親指を立てる。

 

 オレが所属しているのはチームメテオ。

 海外レースを中心にしているチームだ。

 最初はねえちゃんと同じくチームリギルにいたのだが、厩務員を半殺しにしてそうな雰囲気のあるトレーナーに拉致、もといスカウトされて移籍した。

 ねえちゃんとは違って自分で勝手に決めたので、おハナさんにはめちゃめちゃ怒られた。残念ながら当然である。

 メテオは海外転戦が多いので、向こうのシーズンが始まってしまうとこっちにいることはほとんどない。

 オレはチームメイトたちと行動を共にしていくことになるのだが、かなりマイペースなオレのことを心配しているのだろう。

 ……いや、もしかしたらそんなマイペースなオレに振り回されているかもしれないチームメイトの方を心配しているのか?

 それはそれであり得る。

 

「そんなに心配しなくってもでえじょうぶだよねえちゃん! チームメイトみんな良いウマ!」

「それはわかってるけど……サン、いつもご飯は私たちと食べるし、もしかしてお友達いないの?」

「む、失礼な! ちゃんと友達いるし!」

 

 確かにほとんどトレーニングトレーニング、レースにトレーニング、トレーニングからのレース! みたいな日々を過ごしてはいるが、オレにだって友達の1人や2人はいるのだ!

 そう、たとえばエアシャカールとかアグネスデジタルとかがな!

 

「エアシャカールとアグネスデジタル以外にはいるの?」

「むむっ! ……キンイロリョテイさん!」

「先輩よね」

「うぐぐ……カネヒキリ! シーザリオ!」

「後輩よね」

 

 そんな……オレってもしかして……トモダチがそんなにいない、ってコト……!?!?

 

 エアシャカールに聞かなきゃ……!!

 

 

 

 

 

 

 ずっと、許せねェ女がいる。

 

「お、シャカール! また一緒だな!」

 

 真珠色の長髪が風に揺れる。

 少し長い前髪から零れるふたつの蒼穹とかち合う。

 その度に光の輪ができて、女の立つ場所を鮮やかにする。

 さながら、スポットライトのよう。

 

 ……ああ、忌々しい。

 

 またお前と同じレースか。

 腹が立つ。

 どうして、どうしていつもお前がいるのか。

 

「また走れて嬉しいぞ!」

 

 こっちは何一つとして嬉しくねェ。

 

「今日も頑張ろうな、シャカール!」

 

 やめろ、イライラする。

 

 どんなにロジカルにものを考えようとも。

 どんなに最適解を見出そうとも。

 パルカイはエラーを吐き出す。

 もはや7センチ差ですらない。

 勝利の道筋ではなく、エラーとしてたどり着けないことを突きつけてくる。

 

 嫌いだ。

 どうしようもなく嫌いだ。

 お前の。

 

「いやあ、晴れてよかったな」

 

 降水率100%の予報が覆ったことに笑うところも。

 

「今日のレース相手見た? 海外のやべーウマ娘しかいなくてビビるな!」

 

 そういう割には、勝ち気に目を輝かせるところも。

 

「オレたちあんまり人気ないって! 失礼しちゃうぜまったく。ま、人気が勝敗を左右するわけじゃないからね。最後まで逃げ粘ってやるぞ!」

 

 他人からの評価に一切興味がないところも。

 

「ん? 運命? さあ、わからんけど。走り切ったらそれが全てじゃね? 結局はさ、残るのは必然だけだろ?」

 

 運命をハナから信じていないところも。

 

「っしゃ、行こうぜ、シャカール! 世界だァ!」

 

 神なんかまやかしで、超常現象で、ロジカルでは説明のつかない存在で。

 でも、そんな非証明存在に愛されているとしか思えない、お前が。

 

「だい、っきらいだ……!」

 

 それが、結局は、その輝きの意味を証明できないまま沈むオレが、お前を諦めきれない理由だった。

 

 

 

 

 

 

 

「エアシャカ~~ル!! オレたちってともだちだよなぁ!?」

「ゼッッッテェ違う!!!!」

 

 そんなぁ……!!




サイレンススズカさん
ちょっと抜けてる妹が心配
大丈夫? お菓子食べる?
おともだちできた?

エアシャカールさん
シャイニングスズカ最大の被害者
同世代でたった1頭、たったひとり、『シャイニングスズカ』を諦めないでいてくれた
追い続けてくれたのは君だけ

シャイニングスズカ
にいちゃんの背中!!走り!!影!!
すべてを追いかけてきた『追込馬』
おれを諦めないでいてくれてありがとう、シャカール


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【掲示板】2022年1月2日に建てられたとあるスレの一部

今回の掲示板形式は、「特殊タグジェネレーター」というものを使用して制作しました。
ハーメルンの特殊タグに対応していて、掲示板風はもちろんニコニコ大百科風などを簡易的に作れるようです(有志による非公式のサイトだそうです)

URLはこちら→https://ztops9.dojin.com/


 

【速報】サンジェニュイン、ひめはじめ公開

 

1: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Icch1Nc/h

スレタイに釣られたまぬけがまた1人・・・↓

 

2: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:fqnc6e9jgi

新年早々最悪のスレに引っかかっちまった

 

3: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Tu7H3pvZis

 

4: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:n9OtKlBAL3

指がうっかりクリックしちまった畜生

 

5: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:ms+LxY2fUu

競馬スレにこんなタイトル建てられたらわくわくしちゃうだろうが

 

6: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:LxWtmWYMPj

ふざけんな、こっちは貴重な正月の時間塗って見に来てやってんだぞ

 

7: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:+fBnSoGQlF

やっぱ正月に掲示板開くべきではない

 

8: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:L9mzeeRH9w

スレの中身がどんなものか解っていたのに押しちゃったぜwwwwwww

 

9: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:LaTN7b14-m

このスレタイで年が明けたことを実感した

風呂入ってくる

 

10: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:f5wnbNHI7m

頭沸いたクソスレかと思ったら例年のだったか

 

11: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:hkp9w2H-ux

>>9 はよ風呂入れくっさいぞ

 

12: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:7bAj!ru2q9

またサンジェニュインさんがあられもない姿を見せることになるんです?

 

13: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:!0vAzSGGMy

ワイ競馬初心者、サンジェニュインの種付けシーンが公開されてスレ民がアーッ!てなるスレでFA?

 

14: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:XQ9x@dGQuR

正月の定番

 

15: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:YcY9HSy7dL

この動画とスレを読まずには新年を迎えた気になれなくなった

責任とってはやく実況しようぜ

 

16: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Icch1Nc/h

うわー、下半身の物干し竿持て余してるやつらがまたワラワラと

正月に暇なんか?

 

17: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:RSIRsmoZGu

>>16 なんやこいつ

 

18: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:13@yqK@EAC

>>16 正月なのに割と人がいるのは認める

だとしてもブーメランだろks

 

19: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:8Jid9K2r8e

今年もキレッキレのイッチによって建てられたか

去年は感染症対策やらなにやらで一般公開も動画配信もされずみんな溜まってるんだな

 

20: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:NTkfI8DHSE

2018年のイッチは終始草はやしててうるさかったけどこのイッチも腹立つわ

イッチとしての品格がない

 

21: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:uPXRnkgeRq

ウマ娘から競馬入ったド初心者スレ民はこれでも読んでシコってな

 

社来SS「サンジェニュインのひめはじめ公開します」

サンジェニュインさんは今年もひめはじめする模様

現地でサンジェニュインのひめはじめ見るンゴwww

社来SS「シルバータイムもひめはじめです」

【悲報】今年はサンジェニュインのひめはじめ無し

 

22: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Ct5YLZ30i3

>> 20

>イッチの品格

スレ主に品格なんぞあるわけないだろどこに書き込んでるのか思い出せ

 

23: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:rlo-6XDhPk

い つ も の

 

24: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:a7bm5lxoY-

正月も働くとか馬って引退しても大変だな、めっちゃ偉いわ

 

それに比べてスレ民は

 

25: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Icch1Nc/h

そらお布団でぬくぬくしてるのを自宅警備だとかのたまってるやつよりは偉いだろうよ

 

26: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:sHZZxTcOjB

なんでや普通の社会人ならお休みなんだから書き込んでてもセーフやろ

 

27: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:NYCzlASk1P

このイッチは喧嘩売らないとダメな生き物なん?

 

28: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:4oncCoigjb

新年早々(イッチが)荒れてて草

 

29: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:zAauAk-XjI

サンジェニュインのスレだっていうからまた太陽厨スレかと思ったら毛色違くてワロタ

 

30: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:RfTpf9B!Jd

いやまあ厨スレなことにかわりはないというか

 

31: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:njCLap8Iaj

だいたいファンスレなんて外野からみたらどれも厨スレ定期

 

32: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:9N30T8Tof5

>>21 長い、産業で頼む

 

33: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Q9GmdAbuga

>>32

サンジェニュイン

社来スタリオンステーション

ひめはじめ実況

 

34: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:hgmtjeWEiD

完璧な産業やん

イッチもこういう仕事やれ

 

35: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:58SJEz5frl

まあぶっちゃけこの産業がすべてダシな

 

36: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:5!KF4uKsZr

深く考えずに感じろ

 

37: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:7rcdM@ZWSa

ビクンビクン

 

38: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:auqNWjopqX

(イって)ないです

 

39: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:zULQXy3MS+

ただでさえ汚い語録を汚く使うのやめなさいよ

 

40: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:o5KYHWwefQ

サンジェスレ書き込んでるやつ全員ホモ定期

 

41: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:sS-@2IOfNa

やめてくださいホモなのはサンジェだけです

 

42: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:rOWFcf4bNC

結局なに?

サンジェニュインの公開種付けってこと?

 

43: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:p5Rnam-oDl

>>42

違う違います

ひめはじめです

 

44: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:OO4v2SsIMo

サンジェニュインの姫はじめ定期

 

45: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:CK8s5MZ+56

種付け≠ひめはじめ

 

46: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:mY-l161aZv

そんなまるでサンジェがホモかのような風評被害やめろよな

 

47: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:1Ljb7BAsTV

本当に新年早々汚いなお前ら

 

48: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:PtBrKoC7+t

日本語でおなしゃす

 

49: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:dHzlReT1Bz

まあ聞くより見た方が早いぞ

 

50: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Icch1Nc/h

お前らガタガタうるせえぞ

もう少しで配信始まるから全裸で星座待機してろ

 

51: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:R-yhUX4NP0

まるで競馬民の正装が全裸であるような口ぶり

 

52: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:jxmMP493tJ

>>50

星座は草

星になれ、ってコト・・・!?

 

53: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:PW@GawCsm6

スレ主攻撃的で芝

 

54: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:doI!a9qA1M

ま~た太陽民は攻撃的なクズって(アンチに)言われちゃ~~う!!

 

55: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:@LsM8q!v7G

「サンジェニュイン ひめはじめ」で検索検索ぅ!

 

56: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:yIYsKzgmm8

ひめはじめ=種付けではない、これだけは確か

 

57: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:7SGXu!6KUn

そもそも「ひめはじめ」って

頼れる情弱の見方Wikip○diaさんによると諸説あって、みんなが知ってるえっちな方の「ひめはじめ」とは別にこれ↓もあるんや

 

飛馬(ひめ)始め - 乗馬初めの日。

 

58: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:eoeHxEBvcU

サンジェニュインのひめはじめは世界一健全なひめはじめだから

 

59: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:8FgvqKDCDO

>>57

そのWik○pediaに「しかし別に「馬乗始」があるから当たらないとしりぞけられる。」って書いてあるだろうがボケーッ!!

 

60: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:4PZUfVYDCN

始まったが

 

61: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:mMWGVtPon+

yourtubeライブ配信、これスパチャONになってるからアホみたいにスパチャ飛び交ってて芝

 

62: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:v+GwLRGJQQ

企業ライバー並の赤スパ飛んでて笑っちゃったじゃん

 

63: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:gjmEwt3Pw+

このスパチャのお金は引退馬基金に回されるからハッピーだゾ!

 

64: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:NNx2P5FTIa

じわじわ英語コメ増えてて草

あっちも新年早々見てるんやなあ

 

65: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:iA!e5LNeZl

SNSのトレンドにしれっと載ってるやん

 

66: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:lT+-24DYxk

英語圏でもぬいぐるみの売り上げ好調らしいからな

公式垢にも英語リプライ爆増しとる

 

67: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:ZTHaVPp5vW

このウッマのたてがみちょん切られそうになったってマジ?

 

68: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:THQRdGnsPP

ヨーロッパではSunnyFantasticやBlancheBlancheらを中心に産駒が大活躍

向こうの血統を塗り替える勢いで広まってるらしいから

 

69: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:!ZAQ-oVRrl

これまで1%も無かった白毛がとんでもねえ数まで増えた原液と言っても過言ではないから、、、

米機関調べによると世界中の8割の白毛がサンをベースにしてるらしい

 

70: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:g9+aKYg683

国内だけで9割だからな

なお残り1割はシラユキヒメ牝系の模様

シラユキヒメの系譜から白毛のつよつよ牡馬が出たらサンジェ系と人気を二分する新しい系統になるかもな

 

71: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Hs4!6cABLD

>>67 そんなんあったっけ?

タイキシャトルの鬣が切られたってのはニュースで見たけど

 

72: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:kYAtKF8M!Y

>>67 それnatdekeiba.comの掲示板が出所のやつだろ?

関係者から聞いたんだけど、、、ってやつ

公式の発表もないし事実だかわからん

だいたい「関係者から~」とかの関係者って存在しないし

 

73: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:x19VH-HAxS

そもそも公式以外からの発表を信じてるのがあたおかなのではないでしょうか????

 

74: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:8CTJJn964K

放牧地にいる時間が長い観光牧場とかにいる引退馬・功労馬ならともかく、種牡馬にそれができるのはなかなかの腕前としか

タテガミちょん切ってる場合じゃねえだろ

 

75: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:VV@GdF0LTc

ガチガチの警備体制がしかれた社来SSに侵入できる技術を持ったクズ、かあ…

才能の使い道がね…

 

76: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:5haQG0SqsL

ンジェの鬣切られたらいくらなんでも見学中止とかで対処とられるだろ

それがないならデマです

 

77: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:xIJBz5ngnT

サンジェニュイン出ましたよ~

 

78: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:HxGja1gfHw

サントコトコで草

 

79: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:3jk90wA7zE

う~~ん

相変わらず白い

 

80: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:RLlPZGPj8h

チャット欄エグイくらい加速してて芝不可避

 

81: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:lMXhpy@BVF

☀ ✨

 

↑の絵文字がすっごい流れてくるのなに?

 

82: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:MVRRX!qc4A

目ん玉キラキラだなあ

 

83: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:+vrC-2LEka

>>81 英語圏で流行ってるサンジェを表す絵文字だぞ

 

84: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:DZA9H7ViAv

今年のサンジェファッション

 

・手綱:赤

・メンコ:なし

・馬着:なし

 

85: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:dOEwYV514-

寒がりなのに馬着も無しとはサンジェニュインも気合い入ってるな

 

86: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:BwsqdeR8g7

胸筋バキバキで草生える

 

87: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:ADqpjtQdfK

種牡馬のくせして現役馬さながらの仕上がりやんけ

 

88: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:G08fVH+LO-

これが競馬界のJOJO作者

吸血鬼ARAKI=SUNGENUINの図式が成り立っちゃうな

 

89: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:QDGXBlPOMC

これはナポレオンの愛馬の風格

 

90: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:WxSEV0vJv2

シバレオン……

 

91: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:aSw-qbtQHm

サンジェ、種牡馬入りして最初の3年はなかなか太らず、競走馬時代の「走るためのボディ」だったらしいからな

どうやら放牧地に放つと毎回決まったタイミングで決まった距離を走る、つまり自分でトレーニングしてたみたいだから

 

92: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:CygmN1rzme

>>91 ソースは?

 

93: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:65ZVnNM4Jd

2012年の優駿たちにインタビュー載ってなかった?

 

94: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:6k5uYP!O1z

>>92 >>93

93の言う通り、優駿たちの2012年8月号のインタビューに載ってた

現役時代は毎回決まった時間に決まった距離を決まった走法で走る、っていうのをずっとやってたらしく、サンジェの中で習慣化してたらしい

ちょうどインタビュー記事が記載された翌年から種牡馬らしい身体付きになったんだとか

 

95: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:wrFIEwRjNy

場長の挨拶、完!

 

96: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:jSZd4t1@Tw

手短に終えてくれるぐう有能

 

97: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Q!TY301T4L

話長くない?

 

98: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:QHf9h6n@ab

>>96 >>97

2コマで矛盾やめてくれない??

 

99: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:FkjQLS8pX3

早漏イライラ民の為に要約

・サンジェニュインのライブにきてくれてありがとう

・2020年からいろいろあって去年は開催できなくてごめん

・今年はライブって形でサンジェを見て欲しい

・みなさんの1年がいいものでありますように

 

100: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:UnsTPXf0Cp

産業

きてくれてありがとう

去年はできなくてごめん

今年もよろしく

 

101: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:nrx0xpuEDb

まとめ乙

 

102: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:@p2ORd4IWX

>>99 >>100 ぐう有能

 

103: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:KPckIapJ9d

サンジェニュイン、カメラ向けられても大勢のスタッフに囲まれても一切動じないの、名馬の貫禄を感じるわ(KONAMI)

 

104: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Mw7ZEA3rru

これが無敵の太陽馬ですか

 

105: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:sG++407Iu+

芝木トコトコ

 

106: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:@-1MO0-Cpz

芝木さっそうと現われてて草

 

107: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:zx2MIgBr42

こんな正月から北海道に来る主戦の鑑

 

108: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:3hITv!l5!T

芝木楽しそうやな

 

109: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:xHMxUwwGbR

で、これがマスコミを前にした芝木真白の顔です

 

https://sibakki1145140101.jpeg

 

110: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Mndl6AuqII

>>110 草

 

111: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:m-Q2V8V@H+

別人で草

 

112: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:kXiA!3hn9V

ニコニコでサンの鼻にタッチする芝木真白さん(38)

 

113: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:NtxXjZIzmr

>>110

クソワロたが

擁護すると芝木は普通の競馬雑誌の記者相手なら割と物腰やわらかいぞ

ただ勝利騎手インタビュー中に無関係の話題を振ってくるメディアが嫌いなだけなんや

 

114: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:!5HY1Ajd5m

タッケとウマ娘のプロモやるくらいにはおおらかな男だよな >芝木

 

115: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:@c1M1M!GSi

芝木のイメージ、やたら女性ファンが多くて芝木でると場内がやかましくなる

 

116: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:4l!ZrTUzRW

まあ今は坂原くんとか居るし

 

117: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Mrx@rTmkoo

近年の騎手はイン○タもやってオシャレ度あげてるから・・・

 

118: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:DNqHCtZqDt

和久田の女がやばいことしかしらない

なんかやばいらしい

 

119: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:sJnGAb85G0

なんかやばい(語彙力)

 

120: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:9QxiTTeu7e

職業:騎手なのが意味分らないレベルの願面偏差値を持ちながら馬に異常な愛情を注ぐ男

それが芝木真白って男なんですよ

 

121: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:4jv4LX6x-r

やっぱ芝木Jの「恋人?アイツ(サンジェニュイン)です」は何度見てもおもろいな

 

122: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:!-i3uEl96Z

芝木が乗る=戦法逃げ

 

でイメージ固まっちゃったから買いにくいわ

どうせ逃げるんだろ?感

 

123: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:ZEEivaHeei

>>115 芝木でるとクッソうるさくてしゃーない

 

124: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:xDP4Y@ZiuH

芝木×サンジェニュインのウスイ=本ありそうじゃね?と思ってggったら出てこなかった

さすがのオタクもここには手を出さなかったようだな

 

125: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:HFCWEVRrq7

ひめはじめライブで掲示板スカスカかと思ったら以外といるやん

ちなサンジェ本スレはスカスカやぞ

みんなライブ画面のチャット欄に張り付いてるからな

 

126: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:nU98afUJX1

>>120

馬愛っていうかアイツはサンジェニュインが好きというか

悪かないけどいつまでもサンジェで擦っててなんかなあとは思う

 

127: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:RXt5lC5B0a

言うほど芝木=逃げのイメージあるか? >>122

 

128: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:x9hRzPpfXf

ンジェ産駒の白毛はほぼ100%逃げ馬になるけど

それに芝木が乗る回数が多いからそうなってんのかね

俺はアオ&芝木から競馬入ったらからどっちかっていうとマクリのイメージがあった

 

129: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:+3rU0ZVF!E

逃げ固定に見えるのは正直わかる

スピード在る馬だったらとりあえず前いかせとけって思ってそう

 

130: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:OD8@Ff62w!

これまでのサンジェニュインの歩みってんで30分間の動画が流されてるから暇なった

もう全部知ってる内容や

 

131: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:IMaABDNgyr

ススズとかスマファルの影響で竹=逃げ馬ってイメージが俺の中にあったんだが、それと同じようにサンジェとかサニメロのイメージで芝木を見てるかもしれん

別にあいつ全戦逃げなわけじゃないけど、騎乗してきた逃げ馬の個性が強すぎて。。。

 

132: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:NId5!c@N8N

>>128

近年騎乗した逃げ馬だと

・サンサンプリンス(2017~2019)

→牡馬二冠、海外GⅠ・1勝

・ペトリコールラブ(2018~)

→海外GⅠ・2勝

・サンサンパフェー(2019~2021)

→牡馬三冠戦皆勤賞(最高順位2着)、海外GⅠ・4勝

 

逃げ馬以外だと

・ライノイチゲキ(2016~)

→ダートJpnⅠ含むGⅠ・3勝

・ローズナイト(2017~2021)

→シルバーコレクター(GⅠ未勝利)

・サルファー(2018~)

→海外、JpnⅠ含むGⅠ・3勝

・ホークスアイ(2016~)

→芝、砂、障害ぜんぶのレースで勝ち鞍アリ

 

133: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:-v4yHkhlnU

シバキJは21歳で菊花賞、有馬記念制覇、22歳で海外GⅠ・5連勝とかいう戦績があたおかで好きや

 

顔は嫌いだけど

 

134: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:tvepB9qA+e

サンのスレなのに芝木の話題多くて草

 

135: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:txPIfbJiD+

この手の話になると「いつまでもサンジェを擦ってる」とかぐちぐち言うやついるけどそういうやつに限って竹=ススズで話をするからうんぬんかんぬん

 

しゃーないやん、派手な馬に乗るとそれが全部のイメージになりがち

 

136: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:InDymdXaQA

菊花賞、有馬記念とGⅠ・2連勝したあと海外GⅠ・5連勝うち凱旋門賞制覇した馬やぞ、そんなん永遠に擦りたいやん

俺だったらいつまでもシコってんね

 

137: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:@fY9EbC!0Y

タッケのスズカしかり、ワクタのオペラオーしかり、この騎手と言えば!ってのはわりとフツーでは

 

138: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:aT8NbQIt-M

Twitterとかの目撃情報だと月1で北海道までサンジェに会いに通ってるらしいからもう認めようや

 

139: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:kLj9hgmNOr

芝木嫁、サンが♀じゃなかったことに安心してそう(KONAMI)

 

140: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:!JV-u6t0Q-

いまライブ見始めたけど

1年総まとめで流してる動画のクオリティ上がってね?

2016年版と見比べるとすごいな

 

141: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:HUIvWq3zF+

>>132

逃げとかどうとかよりも乗ったメンツがキラキラしてて草吹いた

この掲示板とかふたらばで「ホモJ」とか「顔だけサイボーグ」とかオモチャにされてる騎手が乗ってたとは思えん豪華さじゃん

 

142: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:9b7ej73lxg

ノリがゴルシに乗って「走ってください」ってお願いしたように

芝木がサニメロに乗って「ゲート出てください」ってお願いしたことももっと広まって欲しい

 

143: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:@PynDmMRfG

なおパフェーさんの騎乗

 

144: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:wsOeNZM6e3

パフェーさんは牝馬なのになんでか牡馬三冠の方に飛ばされてたから。。。

 

145: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:4-ygHwRRYN

>>143

なにぃ!?

オスの身でありながらなぜかオスを魅了してしまう父馬のフェロモンを受け継いでしまった産駒のうち、さらにフェロモンマシマシな牝馬をあえて牡馬に挑ませることで強くしていくスタイルだって!?!?

 

146: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:r!kdzQelAH

>>145

デマやめーや

 

147: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:xn1EY@e6vD

馬次郎でデビューしたてのパフェーちゃんが「サンサンパフェー 牡2」って書かれてたこと思い出してクレメンス

 

ムキムキすぎて牡馬にしか見えんの草

これは足が5本あるタイプの牝馬

 

148: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:rViPgcXUCj

>>147 ジェンティルドンナ兄貴!!!!

 

149: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:ezEMBCZ5!s

パフェーのこと令和のドンナニキ呼ばわりされてるの見た時は草吐いた

 

150: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Cdi7K4hglt

言うてジェンティルは同世代の男みぃんな抱いとるから

 

151: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:D9N9l2n3H7

少なくともシルバータイムのことは追いかけ回してた定期

 

152: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:zcFOwy594s

でもシルバーのケツいちばん追っかけてたの同厩のゴルシじゃないですか!!

 

153: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:D60tolPiUK

繁殖入りしたパフェー、相手にコントレイル説あって笑ってしもた

 

154: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:k-gTug2190

電話くん→ディープインパクト産駒

パフェー→サンジェニュイン産駒

 

うーんこの

 

155: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:S6qhct9zzX

>>153 ナニがとは言わんが濃いな

 

156: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:9aqYDuucYV

でも本原先生はパフェーにはプボンドが合うとか言ってたからプボンドの種牡馬入り待ちだな

 

157: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Kbipo1p3ll

ボンドパフェーならSSの3*4なる?

 

158: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:!z6wFInER8

>>157 なる

 

159: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:n9Kw8@+CMo

おいいつからここは血統スレに

 

160: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Mc38+zZIHd

今年の凱旋門でボンドの鞍上が芝木の可能性は何パーある?

 

161: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:0c-Z4oNtJA

なにしれっとボンドが凱旋門賞行く前提になってるんや

 

162: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:TQfB9SDTPZ

そもそもディープボンドがもっかい凱旋門賞にチャレンジするとは決まってない定期

 

163: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:OqnzdHVf5!

ンジェの制覇から今年で16年

ここまで日本馬の勝利なし

 

164: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:kiOze-UJR6

いや今年こそボンドがやってくれるはずゾ(震え声)

 

165: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:lDraMhYLJo

よしわかったシャフリヤールに行って貰おう

 

166: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:b8YjRDwHMf

フェスタにオルフェにシルバーは実に惜しかったなあ

 

167: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:WbA-x2Sc47

そ し て こ こ で マ カ ヒ キ

 

168: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:hX47HrBOg2

らめえ!

ダービー馬マカヒキ苦難の5年間が始まっちゃう~~!!!!

 

169: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:-HogMFbBXz

ま、マカヒキさんはこの前勝ったから、、、ね?

 

170: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:C+Qqk1MBD6

ここまで頑張るダービー馬も稀だわ

 

だから好きだ(告白)

 

171: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:gqSjZA-@2B

ぶっちゃけ21凱旋門賞はクロジェネがあっさりやっちまうかと思ってました

 

172: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Qv0HJWd7Co

流石に厳しい

 

173: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Xn78ai4D5D

19世代牝馬強すぎてな

見るよな、夢

 

174: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:YsUs8ICKXa

今年の4歳世代最強格もロンシャン参戦してくんねえかな

や、馬場が合わないのは十分似分かってるんだけど

っていうか日本馬は普通ロンシャン合わないんだけども

 

175: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:eDvtFX6ww1

エフフォーリャアアア!!!!

エフフォーリャアアア!!!!

エフフォーリャアアアアア!!!!

 

有馬も勝った!!!!エフフォーリャア!!!!

 

176: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:5FQFMn4gs1

赤嶋特殊実況やめーや!!!!

 

177: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:q4WcpNJYCX

年末いつもの赤嶋である意味ホッとした

 

178: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:0X9XuO8-jh

秋天でグランアレグリア、コントレイルを退け

サンドリ以来の3歳馬による制覇を成し遂げたF4じゃないですか

 

179: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:xr7M9iCpZK

皐月勝ってダービーハナ差で負けた時はついついンジェエ……と鳴いたので秋天制覇嬉しかったぞエッホ

太陽民はダービーハナ差で負ける馬を応援しがち説、あると思います

 

180: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:O8Im@6nj!g

有馬はフランス帰りのクロジェネ、プボ、ペルペル、やたら可愛いメロディーレーンさん、レーンさんの弟で菊花賞馬のタイホル、神戸新聞杯でファンに夢を見せたスラヴェローチェエエエ!!!!、俺たちのキセキさんなどなど、毎年のように有力馬が集まるわけだが、そんな中でエフフは強かったなあ

 

181: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:vJRfWgEhC0

真面目な話エフフォーリアは凱旋門賞行かなさそう

シンプルに馬場が合ってないしそもそも輸送に耐えられ無さそうや

 

182: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:rlm6HGqdmG

行ってくれたら嬉しいけど、それで調子崩した世代最強馬を見たことがあるので…

 

183: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:v@v8y3MSAC

ンジェは両親に洋芝適性があったわけじゃないのに、当歳から洋芝コースで特訓してたら才能開花、からの産駒にも遺伝させる謎ホースだからおかしいだけなんだよな

 

184: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:w4A66@bPxA

多分種牡馬として成功してなかったらすぐさま実験動物にされるレベルよな>ンジェ

 

185: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:R!MqntUqfr

F4リアはいかんかもしれんがステラの方のヴェローチェは行くかもしれんだろ!!

オロの方のヴェローチェも連れてフランス遠征だ!!!!

 

186: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:FIuwQBPh@@

>>185 フランス旅行で終わりそう(偏見)

 

187: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:s@E45SCPph

ステラはバゴ産駒だし思い馬場走ってくれそうだから期待はあるな

あとタイホ

菊花賞の勝ち方は強かったなあ

親父が取れなかった最後の一冠を息子が取るパターン、コントレイルで味わった感動をもう1回味わえるとは・・・

 

188: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:coevJ4Ph0N

タイトルホルダーは国内メインじゃね?

春の長距離とか

 

189: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:ALOrw4TvGa

もし有馬記念勝ったのがタイホルだったら海外路線いってそ

 

190: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:WoZn@Ib1T2

たぶんタイホは今年は天皇賞春→宝塚記念の春王道ローテじゃん?

 

191: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:uVEACsGmbg

いや春天はプボンドが取ります

 

192: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Fx0iVR+Jp4

なおここまでダービー馬シャフリヤールの名前なし

 

193: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Ap6y7fCu@U

世代の中心のはずが、人参食べこぼす競馬マシーンのエフフと、可愛いお姉ちゃんと父に捧げる勝利とかいうメインイベントをこなしたタイホが強すぎて霞んじゃったんよな……

 

しかしそこが好きだ(告白)

 

194: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:TzBS0uqMe@

これはマカヒキパターンか?

 

195: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:9nyvQD4@ud

預言者俺、シャフがでかいレースに勝つことを予言

間違いない国際的なレースでどでかい注目を浴びるんやっ!!

 

196: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Q-S1!IqnQk

まあダービー制した馬が弱いわけないわな

そもまだ4歳だしシャフはこっからよ

 

197: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:VyTyrlBX-I

シャフの好きエピ

 

JC前の栗東で偶然パフェーちゃんと一緒に歩いてたら鉢合わせたコントレイルにガン見された話

 

198: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:87BsjhxqPG

電話くん本人はパフェーちゃんが好き

でも誰よりもパフェーちゃんを本気で叩き潰したことでパフェーちゃんに避けられてる電話くん

 

サンジェニュインがめっちゃ好き

でも誰よりも本気でサンジェニュインを追いかけ回したのでめっちゃ避けられてるディープインパクト

 

やっぱり親子なんだよなあ

 

199: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:Icch1Nc/h

本題にも入らずグダグダとまあよーやるな

暇なん?

 

200: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:oM5RqAMaWr

>>199 こいつ…

 

201: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:ehXrsjyCgc

なんかだんだんイッチの高圧的な態度に慣れてきた

むしろ気持ち良いかもしれん

 

202: 馬券のち名無し 2022/1/2 ID:9gzIr3HDcj

M紛れてて芝

 

 





なおサンジェニュインのひめはじめでは芝木くんがサンジェニュインの乗ってさっそうと走るシーンが流されただけで終わりました


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その別れはまるで2度目だった

エアグルーヴ先輩から見たサンジェニュインというウマ娘

3万3千文字くらいあります!!!!


 サンジェニュインというウマ娘に対して、一般的なウマ娘が抱く感情は概ね好意的だ。

 

 神のお手製とまで囁かれるその美貌。

 気品に満ちた立ち居振る舞い。

 他のウマ娘の視線を奪って止まない走り。

 

 天は二物を与えずと言うが、サンジェニュインはあらゆる面から多才であると言われている。

 だがエアグルーヴはその称賛を一笑し、そして首を横に振った。

 

「私は嫌いだがな」

 

 その美貌の影を知れば。

 その立ち居振る舞いの真実を知れば。

 その走りに至るまでの努力を知れば。

 

 エアグルーヴはますます『嫌い』と言うほかない。

 輝きの裏側へと蓄積されたあらゆる感情に思いを巡らせ、眉間に皺を寄せたエアグルーヴは、呆然としているウマ娘たち ── チーム・スピカのメンバーを一瞥した。

 

「これでようやく私も、面倒な『監督役』から解放される。これ以上に清々しいことはない」

 

 この春、サンジェニュインは日本ウマ娘トレーニングセンター学園から旅立つ。

 競技者としてターフを踏むことはもうなく、積み重ねた青春を思い出にするのだ。

 退寮前日になっても荷造りが終わっていないサンジェニュインの、その尻ぬぐいをしたのが『監督役・エアグルーヴ』としての最後の仕事であった。

 立ち尽くしたままのスピカの面々を前に、エアグルーヴはそっと瞳を閉じた。

 思い返せば、長いような、短いような、しかし濃密で、苦労の絶えない日々だったとエアグルーヴは振り返る。

 いつから自分の苦労は始まったのか。

 瞼の裏側で、ピンク色の花びらがひらりと散った。

 

 

 

 

 

 

 エアグルーヴがサンジェニュインというウマ娘に出会ったのは、桜舞う季節だった。

 生徒会副会長のひとりとして、常に生徒の模範であれと振舞ってきたエアグルーヴの性格は、非常に厳格で生真面目だと表される。

 そんな彼女から見たサンジェニュインの第一印象は、と言えば『腑抜けたウマ娘』という一言に尽きた。

 

 お世辞にも決して好意的とは言えない。

 だがそれは無理もないことだった。

 なにせエアグルーヴが初めて目にしたサンジェニュインの姿はと言えば、同期生であるカネヒキリに甘える場面だったのだから。

 

「あれが今期の注目生徒とは……会長のお考えが読めない」

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園 ── 通称・トレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフは、毎年入学してくる生徒の中から数名、注目すべき生徒をピックアップしていた。

 今回、その中のひとりとして名前を挙げられた生徒こそが、サンジェニュインだ。

 だがエアグルーヴには、敬愛するシンボリルドルフが記憶するほどの価値がこのウマ娘にあるのか、不思議で仕方がなかった。

 サンジェニュインの名前自体は入学以前から有名で、エアグルーヴも知っている。

 おそらく、トレセン学園の生徒でサンジェニュインを知らぬ者はいないだろうほど著名。

 何故ならサンジェニュインは、幼少のころからウマ娘専用パジャマのイメージモデルを務めており、コマーシャルや雑誌などのメディアに多く出演していたからだ。

 

『千年に一人の美少女ウマ娘』

 

 このキャッチフレーズを付けたのは誰だったか。

 似合いのキャッチフレーズだ、とエアグルーヴは独りごちる。

 サンジェニュインはそれらの前評判に違わぬ美貌の持ち主。

 それ故に、入学が決まってからはほとんど毎日のようにトレセン学園に問い合わせが来たものだ。

 彼女が芸能関係の仕事をセーブする、と所属事務所から発表されていたことも後押しになったのかもしれない。

 マスメディアに出待ちのファンまでならなんとかできたが、内部の問題にはさしものエアグルーヴも頭を抱えずにはいられなかった。

 

「ゴールドシチーのメイクデビュー、オグリキャップの転入と初レース……振り返れば様々な出来事があったが、サンジェニュインはそれらとは完全に異なる。ここまで個の『美』が周囲に影響を及ぼしたことなど前例は……ないな」

 

 放課後の生徒会室。

 いつものように花の世話を終えたエアグルーヴを、シンボリルドルフのため息が出迎えた。

 つい先ほどまで誰かがいたのだろう。

 ティーポットの中身は半分ほど残っていて、その熱も失われていなかった。

 エアグルーヴは誰が来たのかを尋ねず、シンボリルドルフの言葉を引き継ぐように口を開いた。

 

「校内で追い掛け回された回数は既に2桁。1か所に留まればそこに人が集まり、歩き出せば大名行列よろしく群れができる。食堂を利用すれば異物混入。プライベートエリアである寮室への侵入は未遂も含めたらキリがありません。……前提としてサンジェニュインが被害者だとしましょう。それでももう、収拾がつかないところまできている。庇うことはもう……」

 

 言外に限界だと呟いたエアグルーヴを、シンボリルドルフの無言が肯定した。

 

 サンジェニュインというウマ娘は、あまりにも美しすぎた。他者を狂わせるほどに。

 シンボリルドルフは、吐き出されたすべての怒声から慈悲を拾い上げて、もう一度小さく頷く。

 エアグルーヴはその唇の動きだけを見ていた。

 

「君の言葉に異論はないよ。エアグルーヴが言う通り、庇うには、あまりにも事が大きくなりすぎた。例え彼女に罪がなくても……そう、美しいことは罪でも悪でもない。周囲が勝手に狂い、惑い、道を踏み外しているだけ、と言えよう。だが……魔性を自覚してなお対処できないのは善良とは呼べない。それは回りまわって罪になり、悪になり、そして罰になる」

 

 朝夕を問わずその周りに多くの人混みを作りだすサンジェニュイン。

 彼女が歩く度、大名行列のように付き従うウマ娘たちの存在は、その他のウマ娘たちの妨げになっていた。

 ここ数日の間だけで、すでに10件近いクレームが生徒会に寄せられている。

 サンジェニュインがどれほど望んでいなくとも、彼女に寄せられる第三者からの非難、悪意は日を追うごとに増していた。

 

 だが幸いなことがひとつある、とシンボリルドルフは続けた。

 

「サンジェニュイン本人には対処する意思がある。事の大きさも理解しているし、これまでも様々な方法を試みている。ただ残念ながら、そうであっても収まる気配すらない」

 

 1か所に留まるとそこに人混みができるから、ということで、サンジェニュインは常に学園内を動き回っている。

 できるだけ人を避けようと、食堂も、購買も、カフェテラスも、街に出ることさえもほとんどしない。

 不本意ながら周りに人が集まってしまった時は、サンジェニュインなりに厳しい言葉を使って遠ざけている。

 だがそれも一時しのぎに過ぎず、少し時間が経てば叱られたことも忘れて人が寄ってきてしまう。

 あらゆる対処法すら、暖簾に腕押し、沼に杭で意味をなさない現状に、エアグルーヴだけでなくシンボリルドルフさえ眉間に皺を寄せた。

 

「どんなに本人が望んだものではないとしても……登下校の妨げや騒音、トレーニング妨害と、第三者にまで実害が及んでいる以上は厳しくせざるを得ない。その一環として前回、君とサンジェニュインの模擬レースを行ったわけだが、まったく意図が通じなかったようだな」

 

 瞳を閉じたシンボリルドルフの前で、エアグルーヴはこれまでの日々を振り返った。

 

 

 あれは遡ること2か月前。

 つまりサンジェニュインが入学してから1か月が過ぎようとしたころ。

 その時には既にサンジェニュイン絡みのトラブルが多発。

 それらの対処も兼ねて、シンボリルドルフら生徒会が主催する形で生徒会役員との模擬レースが行われた。

 サンジェニュインの実力 ── あえて『格』という呼び方をするが、他のウマ娘に対して彼女の走りを見せ、その格の違いを知らせるためでもあった。

 

「『この娘は気軽に近づいて良い相手ではない』 ── つまりは、高嶺の花である、と思わせたかったのだが」

「……あの腑抜け顔に『高嶺』など、そもそも無理だったのでしょう」

 

 言い捨てたエアグルーヴに苦笑を浮かべ、しかし、とシンボリルドルフは想像する。

 平素でさえ独特のオーラを放つ美貌の持ち主である彼女が、感情の一切をそぎ落とした表情を見せたら?

 きっとそれだけで十分に『高嶺』と呼べるだろう。

 そう思いつつも口には出さず、シンボリルドルフは前回の模擬レースについて思考を戻した。

 

 模擬レースの建前は『新入生の腕試し』だった。

 生徒会役員を相手にしたマッチレース。

 シンボリルドルフはディープインパクトと、エアグルーヴはサンジェニュインと。

 誰もが新入生側が負けるだろうと分っていた。

 どれほど才能があろうとも、競技者として駆け出したばかりのウマ娘と、実績のあるウマ娘とでは雲泥の差があるからだ。

 だがこの模擬レースで注目すべきは、まさにその『差』だった。

 

「先行策をとった私に対して、後方に控えたディープインパクトのレース運びは見事の一言に尽きた。結果だけを見れば私の勝ちだが、入学間もないウマ娘の走りとしては完璧と言えよう。彼女の走りにシービーの姿を見た者もいたかもしれない。未来の三冠ウマ娘の姿を。……それはサンジェニュインも同じだ」

 

 あのマッチレースでエアグルーヴはサンジェニュインを逃がし、その6バ身後ろからレースをスタートさせた。

 教官たちから聞こえていた評判の通り、サンジェニュインのスタートは完璧で一切の無駄がなく、そして躊躇いがない。

 ゲートが開いたと同時に放たれた脚力。

 芝のえぐれた無残な姿が、その踏み込みの深さを物語っていた。

 

「距離は2000メートル。残り2ハロンの時点で先頭は依然サンジェニュインのまま。観客はこのままサンジェニュインが逃げ切ってしまうのではないか、と騒然としていた。だがエアグルーヴ。君は差し切った」

 

 驚愕の上り脚でラスト100メートル。

 サンジェニュインに並び、その差はわずか7センチ。

 この着差がつくまでの数秒の攻防を含めて、エアグルーヴは生徒会副会長としての威厳を示し、サンジェニュインは接戦の末の敗北 ── つまり『負けて強し』の姿を残したわけだ。

 このレースの結果をもって、サンジェニュインの格は確固たるものになる。……はずだった。

 

 シンボリルドルフはため息を噛み殺し、窓の外に視線を向けた。

 

 シンボリルドルフには2つの認識齟齬があったのだ。

 ひとつは『サンジェニュインに関連したトラブルには、その実力の有無はほとんど影響していなかった』こと。

 ふたつは『サンジェニュインの実力が証明されたことで、その人気にさらに火が付いた』こと。

 

 実力の証明は抑止力ではなく燃料に過ぎなかった。

 サンジェニュインの価値を上げ、彼女を支持するウマ娘につけ上がる隙を与えた。

 

「それまでサンジェニュインの実力を疑問視していた者に対し、サンジェニュインを支持していた者が高圧的な態度を取ることで発生するトラブルは後を絶たない。……ここまできたら、ファンというよりは熱心な信者の異端審問のようだ」

 

 ぽつりと呟かれた言葉に、エアグルーヴは同意した。

 その通り。

 サンジェニュインの周りにいるウマ娘は、ファンというよりは信者と言った方が的を射ていた。

 熱心で、従順で、敬虔で。

 神のごとくサンジェニュインを見上げ、それゆえに『サンジェニュイン』を否定した。

 

「必要なのは『サンジェニュイン』と言う個体ではなく、彼女たちにとって都合の良い『神』なのだろう」

 

 どんなにトラブルが起きようとも、シンボリルドルフがサンジェニュインを糾弾できない理由が、まさにそこにあった。

 擁護するでもなく、シンプルにサンジェニュイン自身の意思ではないことを知っている。

 かつて自身も見上げられる立場だったからこその、深い理解だった。

 

「あれから2か月。繰り返しになるが、サンジェニュインの説得も空しく、エアグルーヴ、君が頭を悩ませているようにトラブルは尽きないままだ。そしてあのマッチレースで証明されたはずの実力も、また疑われるようになった。今度はサンジェニュインだけの問題ではない。……わかっているな」

 

 コクン、と頷いたエアグルーヴを一瞥して、シンボリルドルフは窓側に置いていた目安箱を手に取った。

 

『サンジェニュインのマッチレースはヤラセ』

『模擬レースは茶番』

『サンジェニュインを制御できない生徒会は無能』

 

 目安箱から流れ出した文章に、エアグルーヴは拳を握った。

 辛うじて唇を噛み締めることだけは避けたが、その悔しさを隠すことはできなかった。

 

「まったく舐められたものだ。これらが『戯れ』では済まない事さえ考えられないとはな。もはやサンジェニュインだけではどうしようもない。この生徒会が主催した模擬レースを茶番とは……一体いつから、我々生徒会は軽んじられるようになったのだろうな、エアグルーヴ?」

 

 目安箱に投稿されたのは火薬ではなく、火そのもの。

 そしてその火はシンボリルドルフの、ひいては生徒会役員全員の怒りに()べられた。

 

「我がトレセン学園に置いて、走りは、レースの結果は絶対の実力。それが模擬レースであろうとな。万が一にも『美貌によって実績を得た』などと言う戯言を野放しにするわけにはいかない」

 

 中央のトレセン学園。

 それは全国のトレセン学園の中で最も格式高く、最も規律を重んじ、最も実力を尊ぶ。

 

「レースの結果を、そして生徒会を貶めることはそれすなわち、学園への侮辱」

 

 投書を握りつぶしたシンボリルドルフは、エアグルーヴを鋭く見つめ、笑った。

 

「学園を無礼(なめ)ることは許されない」

 

 皇帝・シンボリルドルフ。

 未だ並ぶものなしの七冠ウマ娘を前に、エアグルーヴは息を飲み、けれど決して視線を逸らさなかった。

 そのエアグルーヴを眼前に、シンボリルドルフは微笑みを抑え、ゆっくりと、だが明快に口を開いた。

 

「そこでだ。2か月後、再び模擬レースを開催する。今度は16人立ての本番形式で行おう」

 

 芝のコース。

 距離はメイクデビュー前であることを考慮して2000メートル。

 シンボリルドルフも、エアグルーヴも、その他の生徒会役員は全員不参加。

 サンジェニュインと、公募に名乗りを挙げたメイクデビュー前のウマ娘たちだけの、16人でゴールを競う。

 

「公募……しかし、我々生徒会が出ないというのは……悪評を打ち消すことにはならないのでは?」

 

 不安げなエアグルーヴに首を横に振って見せ、シンボリルドルフは微笑む。

 

「いいや、打ち消すことはできる。むしろ我々がいないことに意味があるんだ」

 

 シンボリルドルフは紙の束を取り出した。

 右端がホッチキスで止められただけの簡易的なそれは模擬レースの資料。

 促されるままにページをめくっていたエアグルーヴは、紙面に踊る文章を見て目を瞬かせた。

 

「『サンジェニュインに先着できた者には、生徒会役員を名乗る資格を与える』 ── !? 会長、正気ですか!?」

「無論、正気だとも」

「こんな……ッ生徒会役員という立場はトロフィーではないはずです!」

 

 エアグルーヴが訴える通り、シンボリルドルフの中でも生徒会役員はトロフィーではない。

 それは誇り。絶対のプライド。

 上り詰めた実力の先にある、栄光であり、名誉であり、責任であり ── (こころ)だ。

 レースの賞金のように扱ってよいものではない。

 

 しかしシンボリルドルフは、あえて『生徒会役員』を権利として持ち出した。

 

「7センチ差でエアグルーヴに惜敗したサンジェニュインの実力が偽物ならば、それはつまり、エアグルーヴ。君の実力でさえも彼女らにとっては偽物なわけだ。であれば、生徒会の存在すら薄く感じてしまうもの」

 

 しかしエアグルーヴの実力は偽物ではない。

 オークスを制し、天皇賞・秋を制した女帝。

 その軌跡がフェイクであるはずもないのだ。

 

 しかし、とエアグルーヴは言葉を続けた。

 

「サンジェニュインや我々の振る舞いに不満を持つウマ娘が、果たして模擬レースに参加するでしょうか。生徒会役員の権利さえ、その者たちには不要に映るのでは? 公募である以上、強制的に参加させるわけにもいきません」

「当然の疑問だな。だがそれに関しても問題はない。……エアグルーヴ。彼女たちが一番に欲するものは何だと思う?」

 

 一番に欲するもの。

 サンジェニュインや、サンジェニュインを庇い続ける生徒会に不満を持つウマ娘にとって、手に入れたいものとはなにか?

 

「彼女を、サンジェニュインを中心に、あるいはきっかけに巻き起こるトラブル。それを抑えられないサンジェニュインに対する不満、怒りと、サンジェニュインを制御できない生徒会への失望。こう言う者がいる」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……まさか」

 

 戦慄くエアグルーヴの予想を肯定するように、シンボリルドルフはゆっくりと頷いた。

 

「この模擬レース、もしサンジェニュインが1着を逃した場合。彼女はトレセン学園を去ることになる」

 

 つまり退学 ── 敗北のペナルティとしては苛烈と言えた。

 それも模擬レースでのペナルティである。

 エアグルーヴは完全に理解しきれないのか、片手で額を抑え、痛みをこらえるように目を閉じた。

 シンボリルドルフはそんな彼女を眺め、薄く頷いて見せる。

 

「サンジェニュインを排除したいウマ娘は、何がなんでもこの模擬レースに参戦するだろう」

「そん、そんなことが許されて良いのでしょうか……?」

 

 あるひとりのウマ娘の進退が決まる。

 メイクデビューを前に、人生の岐路に立たされるのだ。

 それもほぼ強制的に。

 そんなことが許されて良いのか。

 エアグルーヴは眩暈がしそうだった。

 眼前のシンボリルドルフを真正面から見られない。

 

 そんなエアグルーヴをよそに、シンボリルドルフはまたしても微笑んだ。

 

「エアグルーヴ。()()()()()()、ではない。()()()()()()

 

 それは絶対の宣言だった。

 遥か高みからの予告。

 ここでは、シンボリルドルフこそが答えになる。

 

 フリーズしたままのエアグルーヴと視線を合わせ、シンボリルドルフは言葉を吐き出した。

 

「勘違いしてはいけないよ、エアグルーヴ。この模擬レースでサンジェニュインがすべきことはたったひとつ。他の15人に納得してもらうのではない。他の15人を()()()()()のだ」

 

 言葉でもなく、その美貌でもなく。

 レースの結果という最もシンプルで最も確かな方法で。

 16人中たったひとりだけが掴む栄光を持って、サンジェニュインは示す必要がある。

 その実力、その格。

 

「さて、サンジェニュインは何バ身差で相手を退けるのか。楽しみだな、エアグルーヴ」

 

 その勝利を1ミリも疑わぬ強い声を肯定するように、部屋の外から軽快な足音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「待ち人のお出ましだ。開けてやってくれ、エアグルーヴ」

 

 思いのほか軽いノックの後。

 シンボリルドルフの言葉に従って扉を開けたエアグルーヴは、そこで一瞬だけ目を丸くした。

 扉の向こう側から顔を出したのは、つい先ほどまで話題に挙げていたひとりのウマ娘。

 

「よくここまでひとりで来られたな、サンジェニュイン。カネヒキリはどうした?」

「廊下側の壁を伝って窓から侵入しました! カネヒキリくんはおやつ作って待っててくれてます。……あ、お邪魔します!」

 

 白い髪をふわりと揺らして、サンジェニュインは部屋の主に笑いかける。

 傍らのエアグルーヴにももちろん挨拶は欠かさない。

 礼儀など二の次かと思わせる普段の様子とは逆に、サンジェニュインはこう言った生真面目な一面も併せ持っていた。

 

 それにしてもシンボリルドルフがサンジェニュインを呼び寄せていたとは。

 一体いつからそのつもりだったのか。

 それとも(はな)から、エアグルーヴが憤るところからシンボリルドルフの手の上だったのだろうか?

 言い知れぬ畏怖を覚えながらも、エアグルーヴは黙してその横に立った。

 

「それでは話を始めよう、サンジェニュイン。……ここ最近、自分がトラブルを起こしているという自覚は?」

 

 微笑みを崩さないままシンボリルドルフが言葉を発する。

 それは一見何気ない始まりに聞こえたが、すぐ傍に佇むエアグルーヴには(ほとばし)る圧がひしひしと感じられた。

 これを真正面から受けたら、並のウマ娘ではまともに返事もできないだろう。

 

 だが今、目の前にいるウマ娘は並ではない。

 

()()()()()()()()()()自覚……正直1ミリもないですッ!」

 

 並ではないというよりは、まともではない。

 

 あっけらかんと言い放ったサンジェニュインに、エアグルーヴは目眩より先に青筋を立てた。

 もしこの場にシンボリルドルフがいなければ大声で叱っていただろう。

 お前、自分が何を言っているのかわかっているのか、と。

 だがちらりと向けられたシンボリルドルフの視線が喉に釘を打ち、エアグルーヴは辛うじて言葉を飲み込んでいた。

 

「でも、『()()()()()()()』になってトラブルが起きているという自覚はあります。うまく対処できずすみません」

 

 言い切ると、サンジェニュインは深々と頭を下げる。

 その姿に、エアグルーヴは驚きを通り越して感心していた。

 レースや勝負事になれば真剣な表情を浮かべ真摯に取り組む、という側面は前回の模擬レースで骨身に染みたが、普段は『ふにゃり』という擬音が似合う表情を浮かべ、常にカネヒキリやラインクラフトらと戯れている姿を思い出せば、意外に思えても当然だった。

 

 これにはシンボリルドルフも満足げにひとつ頷いた。

 

「サンジェニュイン。お前が被害者であることは純然たる事実だ。本来なら配慮を受けるべき立場。これは私も、ここにいるエアグルーヴもそう認識している」

 

 そう、先にエアグルーヴが口にしたように、サンジェニュインは前提として被害者であった。

 食堂での注文品への異物混入、寮室への不法侵入、付きまとい、挙げればキリがないトラブルの数々。

 心身ともに被害を受けているサンジェニュインに対し、加害者の対処をしろと言うのは聞く者が聞けば酷なことだろう。

 だが、そうとも言っていてられない状態になってしまったから、サンジェニュインはここまで引きずり出された。

 

「被害者であるお前は、今、大きな視点から見ると『トラブルの中心点』だ。お前をきっかけにして起きるトラブルに枚挙の暇なく、それはお前だけでなく、第三者にすら被害が出始めた」

「……認識してます。騒音等でご迷惑をおかけしたチームには、担当トレーナーを通して謝罪を行いました。表立っては許して貰えたことになっていますが、そう単純な話じゃないってことくらい、オレにだってわかります」

 

 返答に満足したのか、シンボリルドルフはまたひとつ頷いて話を進めた。

 

「我々がお前の美貌に誑かされ、お前を贔屓にしているという風評被害も把握しているな」

 

 踏み込んだ言葉にも、サンジェニュインはためらわず頷いた。

 普通、疚しいことが何ひとつなくても、強い圧を受け続ければ一瞬の間くらいは生まれるものだ。

 だがサンジェニュインは何を聞かれるのか既にわかっているのか、それとも単に神経が図太いのか止まることはない。

 

「会長、副会長、並びに生徒会の皆様には、寮室の件で配慮してもらったのにご迷惑をおかけしてすみません!」

 

 サンジェニュインの寮室には特別な処理をしていた。

 通常2人部屋のところを1人部屋に変更し、隣の部屋には馴染みの深いカネヒキリを宛がっている。

 ふたりの部屋は内側に作られた扉で繋がれており、部屋から部屋へ移動可能になっていた。

 寮の外扉、窓にも特殊な処理を施したことで侵入者はぐっと減った、と数日前にサンジェニュインから報告があったばかりだ。

 無くなった、のではなく減った、というあたりがなんともサンジェニュインらしい。

 減ったとはいえ存在する侵入者は誰が対処したのか、思い浮かんだシルエットは1度スルーし、向き合うシンボリルドルフとサンジェニュインに再び視線を戻した。

 

「すべてお前の責任とは言えないだろうが、もはや責任を取らなくてもよい、と我々も言えなくなってしまった」

「トーゼンです。責任はきっちり取ります」

 

 今日だけでエアグルーヴは何度感心させられたのだろうか。

 まるでレースの時のような凛々しい表情を浮かべるサンジェニュインは、もしかするとエアグルーヴが思う以上に事の重大さを理解しているのかもしれない。

 サンジェニュインが入室してからずっと微笑みを崩さなかったシンボリルドルフは、すっと表情を消すと淡々とした声色で告げた。

 

「この度、生徒会主催で模擬レースを開催することにした。お前にはそこに参加してもらう」

 

 そしてエアグルーヴに渡した資料と同じものをサンジェニュインに手渡し、概要を軽く説明する。

 話を黙々と聞き、資料を隅から隅まで読み込むサンジェニュインを見つめ、エアグルーヴは静かに息を飲んだ。

 最後のページに書かれているのは、この模擬レースによって得られるものと、失うもの。

 

 だが ──……。

 

「レースの条件としては、サンジェニュイン、君に特別な報酬はない」

 

 その通りだ。むしろ逆でしかない。

 サンジェニュインが勝とうが、負けたほかの生徒が退学になるわけでもなければ、必ずしもトラブルが収まる保証もあるわけではない。

 それでもサンジェニュインはレースに出なければならないのだ。

 

 ……実を言うと、エアグルーヴとしてはほとんど満足だった。

 もしサンジェニュインが無自覚なままトラブルを引き起こしているのであれば、エアグルーヴの怒りはまっすぐに彼女に向かうだろう。

 だがそうではなかった。自覚していて、責任を感じていて、それを償おうとしている。

 トラブルを抑える道は険しいだろうが、本人に立ち向かう気概があると分かれば、退学を賭けた模擬レースを開催せずとも……そうエアグルーヴは口を開きかけて、しかしそれよりも早くサンジェニュインが応えた。

 

「レースの条件、すべてに異論ありません!」

 

 快活な笑みだった。

 晴れやかで、その後ろは単なる扉のはずが、そこから光が射し込んでいるかのような笑顔だった。

 

 『ウッ』という謎のうめき声がエアグルーヴの隣から聞こえた気がしたが、シンボリルドルフは真剣な表情を崩してはいない。

 きっと気のせい、いやそれよりもサンジェニュインの返事だ。

 エアグルーヴは焦りを抑え、サンジェニュインに聞き返した。

 

「異論なし、だと? サンジェニュイン、話は聞いていたか? 資料も読んだか? これは、つまり ──」

「オレが負けたらここを出ていく。……そういう認識ですけど間違ってますか?」

 

 エアグルーヴは言葉を詰まらせた。

 間違っていない。合っている。

 言葉を詰まらせた理由は、一切間違っていない認識をもって、サンジェニュインが『異論なし』と断じたことについてだった。

 

 これが認識齟齬に依って頷いているなら訂正のしようがあった。

 模擬レースに出走しない選択肢を提示できた。

 だがサンジェニュインの表情に揺らぎはなく、その瞳はエアグルーヴを捉えていた。

 

 なんだろうか、この威圧感は。

 腑抜けていて、トラブルの起点になり、身内の助力なくしては生きることすらままならない。

 心身ともに他者の助け無くしては立てないウマ娘。

 そんな、それまでサンジェニュインに抱いていた印象が捲られていく。

 こんな圧を常に出せるなら、周りに寄るウマ娘も減るのではないか、と考えて、それが出来ぬからこうなっていると思い直した。

 

  ── ああ、薄気味悪い。

 

 美しく、勇ましく、(たお)やかで、生きるために他者の献身を必要とし、それなのに叡智を秘めたような瞳をちらつかせる。

 ちぐはぐだった。それゆえに薄気味悪い、という言葉が浮かぶ。

 なんなのだ、こいつは。

 まるで多重人格のようじゃないか。

 光に透かしたガラスが様々な色を見せるように、サンジェニュインにはいくつもの側面があるように見え、エアグルーヴは無意識のうちに一歩、後退った。

 

「ところでお願いなんですけど。もしオレが2着に大差つけて勝ったら、レース後の5分間は何も聞かなかったことにして貰えませんか?」

 

 エアグルーヴの密やかな怯えや、シンボリルドルフの圧を感じ取ることなく、サンジェニュインは明るく言い放った。

 一拍おいてエアグルーヴが怪訝そうな表情を浮かべ、質問の意図を聞こうとすると、それを視線で制し、今度はシンボリルドルフが口を開く。

 

「それは何かトラブルを起こす、という宣言と受け取って良いのか?」

 

 冷ややかな視線とは裏腹に、その声色は楽し気だった。

 サンジェニュインは『そんなまさかあ』と軽口を返し、内緒話をするような声色で言葉を紡ぐ。

 

「トラブルをね、起こすんじゃないんです。起きてるトラブルに決着をつけたい、というか……んー、ぶっちゃけ、私怨っすね!」

 

 さらりと言い放ったサンジェニュインに、今度はシンボリルドルフも目を丸くした。

 へにょん、と眉を下げたサンジェニュインはそれに気づいていないようだ。

 

「オレ、自分のことを言われるのはどうでもいいんです。興味もないし。罵詈雑言を聞く時間あったらトレーニングしたいし」

 

 さらりと言い放つサンジェニュインの声色に、特別な温度感はない。

 カネヒキリに向ける甘えたな声や、シンボリルドルフに向ける尊敬の声や、エアグルーヴへの涙混じりの懇願の声に混じる、あの声色たちはどこへ行ったのか。

 ただ冷めた空気に音が乗り、それは真実、サンジェニュイン自体が興味を抱いていない何よりの証左だった。

 

 前から、このウマ娘にはこういう一面がある。

 興味のある・なしの落差がひどいのだ。

 

「あと自分の記憶の中に罵詈雑言とか残しておきたくないし。()()()()()()()んですけど。……でも、友達の悪口とか言われたら話は別だ」

 

 ふざけんな、と、心から思う。

 

 エアグルーヴはそこで初めて、サンジェニュインから怒りの感情を汲み取った。

 サンジェニュインが何かに怒っている姿はこれまでに何度か見たことがあったが、それらすべてが戯れで、友人との他愛ないコミュニケーションだったことを理解する。

 あくまでも『怒っている』というリアクション。

 『怒り』というエンターテイメント。

 だがこの怒りは本物だ。

 紛れもなく、戯れでも冗談でもなく。

 

「……お前、怒れたのか」とエアグルーヴが漏らしたのは、驚きからだった。

 

「えっ、バリバリ怒ってますけど……感情を理解できない悲しきモンスターじゃあるまいし……」

 

 半分くらい悲しきモンスターみたいなものだ、と思っていた本音を飲み込んで、エアグルーヴは内心唸った。

 

 幼稚に見えて見識はあり。

 鈍感に見えて鋭く。

 楽観的に見えて激情家。

 

 やはり多重人格だろう、コイツは、と痛む頭を押さえる。

 感情と興味の温度差が酷すぎるだろ、本当に。

 次に眉間を揉み込むと、サンジェニュインは『お疲れですか?』と心配そうにエアグルーヴを見つめた。

 半分、いや8割はサンジェニュインによる疲労なのだが、それを言っても何の解決にもならないことを、エアグルーヴはよくよく、知っていた。

 

「……念のために言っておくが、暴力は庇えないぞ」

「エッそんなすぐ手が出る蛮族だと思われてる……? やだ心外……」

 

 ふざけんな、と口にした辺りでは割と本気で手を出す気だっただろう、とツッコミ掛けてエアグルーヴは音を飲み込んだ。

 かわりにシンボリルドルフがサンジェニュインに尋ねる。

 では、何をするつもりなのか?

 

「殴る蹴るはもちろんしないです。蛮族じゃないし、オレの腕も脚も走るためにあるから。……でも、ノーリスクで他者にグーパン食らわせてハイ終わり、なんて都合の良い話なんてないじゃないすか。傷つけるからには、される覚悟があって当然だって思うわけです。レースに出るからには、負ける可能性もあるのと同じですよ。……だから、目には目を、歯には歯を。罵詈雑言には罵詈雑言が大正解だと思うんですよね!」

 

 何が『大正解だと思う』なのか。

 なんでもないことのように話す目の前のウマ娘が、エアグルーヴには別の生き物に思えた。

 だがシンボリルドルフは違うようだ。

 淡々としていた表情を綻ばせ、サンジェニュインとしっかりと視線を合わせて口を開いた。

 

「いいだろう。わざわざ『大差勝ち』を条件にするのだ。少しくらいは報いなくてはな。……5分間だけだ。その間は、我々はお前の口から出る言葉を聞かなかったことにする。だが、何事にも限度というものはある。わかるな? サンジェニュイン、お前は、()()()()()()んだな?」

「モチのロンです! 節度を守って罵倒しますし、責任は取りますよ。オレの走り、これから獲るトロフィーのすべて。踏み切った屍の頂点に立ち、勝ちを目指し続ける。それが、オレの責任の取り方です!」

 

 はははっ、とシンボリルドルフが大声で笑う。

 

「ならばよろしい」

 

 なにもよろしくはなかったが、エアグルーヴは疲労感からそれらをスルーした。

 

 

 

 

 

 

 あの生徒会室でのやりとりからしばらく。

 レース参加者は想定以上に早く決まり、トントン拍子でレース当日。

 

 模擬レースの会場は騒然としていた。

 押し寄せたウマ娘たちの動揺は広がり続け、それは言葉もなく狂乱に変わる。

 それを横目に見ながら、エアグルーヴはひっそりと冷や汗を拭った。

 

「圧倒的ね」

 

 ぽつりとつぶやいたのはマルゼンスキーだった。

 自身と似た脚質であるサンジェニュインに思うところがあったのか、それとも単純に興味を惹かれただけか。

 シンボリルドルフの旧友である彼女の真意をエアグルーヴが推し量るのは難しく、しかし放たれたその一言に異論はなかった。

 

 ただただ、圧倒的だった。

 その風格。その走り。そのすべて。

 

 へにゃり、と笑ったあのウマ娘と本当に同一人物なのか?

 ごくりと飲み込んだ唾は、喉を潤すことはなかった。

 

「……端から結果はわかっていたはずだった。おそらく多くのウマ娘が、我々と同じ気持ち、同じ考えに至っただろう。それでも、今日、この瞬間にすべてが決まった」

 

 笑いを噛み殺したシンボリルドルフがエアグルーヴに問う。

 何バ身差だったか。

 エアグルーヴは縺れる舌を噛まないよう、一拍おいてから答えた。

 

「20バ身差です」

 

 視界には膝に手を当て、荒く肩を上下させるウマ娘が15人。

 彼女たちの視線の先は空でも、大地でもなく、たったひとりのウマ娘に向けられていた。

 

「ん~! 気持ち良いほどの逃げ切りね! バッチグーだわ!」

 

 スーパーカーと称され、メイクデビュー後から圧倒的注目の最中にいた彼女の言葉は、それ以上に重く感じられる。

 楽しそうに笑うマルゼンスキーの隣で、何故かびしょ濡れのミスターシービーが拍手をしていた。

 シンボリルドルフはそれを横目に見て、脳裏である言葉を思い浮かべた。

 

『才能はいつも非常識だ』

 

 かつてミスターシービーに贈られた賛辞は、15対1の接戦になるだろう、という予想を根本から(ひるがえ)したサンジェニュインにも十分に当てはまる。

 そも、勝負にすらならなかった。

 マルゼンスキーを追いかけてきた数多のウマ娘の、その気迫の籠もった追走とはとうてい比べものにならない。

 これは恐ろしいウマ娘がやってきたものだ。

 翌年に控えるクラシックシーズンを思い、シンボリルドルフは興奮に震える身体を抑えた。

 

 素質のあるウマ娘がやってくると、いつもこうなる。

 どの程度強いか、どの程度走るか、その限界、その闘志の在処、その脚の征く先。

 長くターフに立ち、誰よりも強者と走り抜けてきた、走者としてのシンボリルドルフの身体は、本人の心よりも真実を知っている。

 この震えは怯えでは無い。

 走ることを求めている。

 強く在ることを望む誰かと、強く在ることを望む自分が。

 

「……さあ、行こう。私たちが行かねば、サンジェニュインの願いは叶えられない」

 

 ゴールしたほかの15人に何かを言い募られているサンジェニュインは、だが彼女たちを見てはいなかった。

 まっすぐと、ひたすらにまっすぐとシンボリルドルフを見つめている。

 その声なき声が聞こえた。

 早く、という声が。

 

 シンボリルドルフが歩き出すと道が割れた。

 その行く先を誰もが視線で追った。

 現役最強のウマ娘は、ターフの手前で足を止め、そして微笑む。

 それを合図にサンジェニュインは振り返り、そして、地獄が始まった。

 

 

 彼女たちとシンボリルドルフたちの距離はざっと100メートル。

 だがウマ娘の耳をもってすれば、それがどんなに小さな声でも拾える距離だった。

 冷え込む声に耳を傾けながら、エアグルーヴは内心安堵していた。

 あの距離ならスタンドにいるほかのウマ娘には聞こえまい。

 ぽつりと漏らした『よかった』という言葉は、絶望に彩られていく15人の表情もまた、スタンドから見えないことに対するものだった。

 

 一言、サンジェニュインから発せられるたびにひとり、堕ちていく。

 底のない絶望。

 淡々とした表情を浮かべるシンボリルドルフやマルゼンスキー、ミスターシービーの一歩後ろで、エアグルーヴは脳内の算盤を叩いた。

 15人の退学手続きにかかる時間は、はて、どれくらいになるだろうか?

 きっと、エアグルーヴがトラブルを対処する時間よりもはるかに短く済むだろう。

 そしてこれからもその時間はぐっと減る。

 

 エアグルーヴというウマ娘は母の影響もあって後進の育成に積極的だが、反面、努力を軽んじる者には容赦がなかった。

 いつか芽吹く花なら手間暇を惜しまないかわりに、腐った種ならば植えることはない。

 それに例えるなら、サンジェニュインは種の段階から虫の付きやすい大輪の花。

 世話をするのは多大な労力がいるが、その分だけ美しく咲くだろう。

 だが残り15人は花にすらなれない。

 いや、なることを自ら手放したのだ。

 

「残り1分ね」

 

 マルゼンスキーが楽し気に告げる。

 サンジェニュインの表情は逆光になっていてよく見えなかったが、マルゼンスキーの言葉に反応するように顔の角度を変えた。

 

 そうして現れた表情に ── 感情はなかった。

 

 すべてそぎ落とされたような無。

 レース中のサンジェニュインも似たような表情をすることはエアグルーヴも知っている。

 見たこともある。

 だがこれは別物だと瞬時に判断した。

 

 レース中のサンジェニュインの表情にほとんど感情はない。

 だがそれは『ほとんど』であって、まったくの無ではなかった。

 その瞳には炎が宿り、勝利を一途に求める執着心が、確かな感情になって表情に残っていた。

 だというのにこれはなんだ? 目の前のサンジェニュインはなんだ?

 エアグルーヴは胸の内に恐怖が巣くうのを感じた。

 

 しかし驚くことに、サンジェニュインが見せたそれらは瞬く間に消える。

 まるで夢だったかのように、サンジェニュインは温和な表情を浮かべ、身を掻き抱く15人に背を向けた。

 それはちょうど、ミスターシービーが持っていた時計のアラームが鳴るのと同じだった。

 

「約束の5分だ。……サンジェニュイン!」

 

 シンボリルドルフの声に反応してサンジェニュインは小走りで近寄ってきた。

 その表情はやっぱり柔らかく、満足そうに『ありがとうございました』とシンボリルドルフたちに告げる。

 あらっなんのこと? とわざとらしく口にしたマルゼンスキーに苦笑しつつ、シンボリルドルフは首を傾げて見せた。

 

「さて、なんのことだか……それより、ここに入れなかったメディアたちが出走者にインタビューをしたいそうだ。君たちも早くこちらへ」

 

 5分間の約束通り、シンボリルドルフは知らぬ存ぜぬを通した。

 それに倣うようにエアグルーヴも小さく頷き、『ウイニングラン代わりのインタビュー嫌だぁ!』と嫌そうなサンジェニュインの背中を押す。

 

「あいつらパシャパシャとフラッシュ焚いてくるんですよ! オレ、眩しいのほんとイヤでイヤで!」

「気持ちは痛いほどわかる。私もフラッシュは嫌いだ。焚かないよう通告してあるから、早く行って来い」

 

 エアグルーヴがフラッシュを嫌いになったのは、秋華賞へ出走したとき急にフラッシュを焚かれたから。

 それ以来、急に光るものが嫌いになった。

 なのでサンジェニュインの気持ちは理解できるのだが、それはそれ、これはこれだ。

 フラッシュが嫌いでも、エアグルーヴはインタビューを拒絶したことはなかったのだから。

 

「やだァ……フラッシュ以外にもアイツら、オレの顔のことしか聞かないんすよ……!」

 

 よほど嫌なのか、バタバタと駄々を捏ねるサンジェニュインを宥めるのは多大な労力を必要とする。

 ただでさえエアグルーヴやシンボリルドルフ、そしてこの場にいるどのウマ娘よりも背の高いサンジェニュインが暴れたら、制御できない。

 なので、最終的には見に来ていたカネヒキリを呼び寄せて引き渡し、マスメディアが待つ会見所へと運んでもらった。

 だがカネヒキリだけだとサンジェニュインの我儘を叶える可能性があるので、ラインクラフトを監視役につける。

 去り際のサンジェニュインが『ラインクラフトちゃん手配済みだとぉ!? こ、これは卑怯だ~! ヒィン!』などと叫んでいたが、それをスルーしたエアグルーヴは、いつまでも蹲っている15人のウマ娘たちに声を掛けた。

 

「……最後にトレーニングを受けたのはいつだ?」

 

 二度聞いても返答はなかった。

 だが、それが彼女たちの返答だった。

 

 エアグルーヴの手元には、今回のレースに参加したウマ娘たちの調書がある。

 どのトレーナーに管理されているか、どのようなトレーニングを受けたのか、座学の態度は、成績は、日常生活の様子は。

 様々な観点から調べ上げられたそれらは、16人分ある。

 

 その中でもサンジェニュインの調書は非常にわかりやすい。

 トレーナーの名は日野静。

 数々の名ウマ娘を育て上げた敏腕トレーナーの下で綿密なトレーニングを受け、座学の態度は比較的良好。

 理数系にやや難点はあるものの成績も極端に悪いわけではなく、努力の跡がみられる。

 日常生活ではトラブルも多いが、積極的に対処しようとしている。

 トレーニングは毎日行い、特に坂路を日に4本熟すこともある等、スタミナやパワーは同世代の中でも抜けた存在と言える。

 だが人目を避けてトレーニングしているため、これらの努力を知っている者は少ない。

 それが一部のウマ娘からサンジェニュインが低くみられる原因にもなっているのだろう。

 それにサンジェニュインが文句を言ったことはない。

 

『レースで走りを見てもらえれば、それが本物になるだけ』

 

 というのがサンジェニュインの言い分だった。

 

 対して残りの15人はどうか。

 それぞれ管理するトレーナーは異なる。

 だが共通点を挙げるとすれば、彼女たちは座学態度や成績こそ平均だが、トレーニングにおいてはその限りではない。

 飛びぬけて厳しいトレーニングを積んでいた、という意味ではなく、むしろその逆だった。

 

「大小に関係なく、貴様らにも美点はあった。だがそれらの芽を摘んだのも、貴様ら自身だ」

 

 どんなに才能豊かであっても、努力なくしては花開くことはない。

 花園がもとはたったひとつの種であり、水を与え雑草を抜き手間暇かけない限り芽吹かないように。

 

「なら……どうしたらよかったんですか。どうしたら、あんなバケモノに勝てるっていうんですか……ッ!?」

 

 15人のうちのひとりが叫んだ。

 レース後、サンジェニュインたちのもとへ辿り着く前に、サンジェニュインを激しく罵倒していたウマ娘だ。

 エアグルーヴはその娘を哀れに思った。

 彼女の名前はかつてシンボリルドルフが挙げた『今期注目のウマ娘』にあったことを、脳の隅で思い出す。

 だが彼女の名前は今、どこにもない。今後浮かぶこともないだろう。

 

「貴様にできることは、努力することだった。諦めぬことだった。貪欲でいることだった。……陰口に溺れ、蹲ることではなかった」

 

 本当に哀れだ。

 もしかしたらこのウマ娘は翌年、クラシックシーズンで花開いたかもしれない。

 今後ますます注目を浴びるだろうサンジェニュインやディープインパクトと共に、日本ダービーに行く未来もあったかもしれない。

 しかしそれらすべては絵空事になり、掴むことは不可能になった。

 ……いいや、不可能にしたのだ、彼女自身が。

 未だ憎悪に暗む目が、もし情熱に燃え盛っていたら、エアグルーヴが掛ける言葉も変わっただろう。

 

「2度は言わない。取材の時間が押している。早く行くように」

 

 彼女たちは重い足を引きずりながら、彼女たちに背を向けたサンジェニュインを目指して歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 インタビューは当然のようにサンジェニュインに集中した。

 メイクデビューが始まって2ヶ月が過ぎている中で開かれた異例の模擬レース。

 出走表には『千年にひとりの美少女ウマ娘』として知られるサンジェニュインの名前が載っているとあらば、赴かない理由など彼らにはない。

 飛び交う質問をさばいて1時間。

 これ以上は延ばせない、これで最後だ、という段階で、取材陣の後方から声が飛んだ。

 

「サンジェニュイン! 今、1番楽しみにしているレースは!? これだけは絶対に出たいレースは!?」

 

 それは1つではなく2つだ、とエアグルーヴが声を上げる前に、サンジェニュインがマイクを握った。

 そうして放たれた言葉が、15人のウマ娘に止めを刺し、エアグルーヴら生徒会にすら衝撃を与えた。

 

「凱旋門賞ですッ!」

 

 おそらく取材陣が期待していた回答ではなかっただろう。

 彼らが期待していた言葉はきっと『日本ダービー』だ。

 マルゼンスキーやオグリキャップが当時のルールで出走叶わず、ただ見上げるにとどまった一世一代の大舞台。

 だがそれらではなく、サンジェニュインは世界の大舞台を名指しした。

 

「楽しみにしているのも、絶対出たいと思ってるのも、凱旋門賞です! そりゃあダービーも出たいんですけどそこは楽しみ以前に『必然』というか……あ、あとガネー賞とサンクルー大賞典、キングジョージと、インターナショナルSと……あっ、あとドバイシーマクラシック! ここらへんは全部出たいです! ……いや、出ます!」

 

 パーッと花が咲くように笑ったサンジェニュインは、冗談でも、高望みしているわけでもなく、本気なのが見て取れた。

 後続に20バ身をつけて完勝したばかりとあって、それを茶化す記者も現れない。

 ただ曇りのない瞳と、晴れやかな表情を浮かべるサンジェニュインが周りを照らす。

 それと反するように、ほかの15人の絶望が色濃くなった。

 それが少しだけ恐ろしいと思いながらも、エアグルーヴは一切同情できなかった。

 見ている場所が違うこと。根本的に自分たちと違う存在であることを今更自覚しても、すべて遅いから。

 彼女の言葉をどれくらいの記者が本気だと受け取ったかわからないが、近い将来それらを叶える様がエアグルーヴの脳内に浮かんだ。

 それと同時に、いつの日だったかシンボリルドルフが語って聞かせてくれたことが、エアグルーヴの記憶の淵から蘇ってきた。

 

 

『エアグルーヴ。君は、サンジェニュインが恵まれていると思うか?』

『それは……はい。恵まれたウマ娘だと思います』

 

 エアグルーヴの正直な答えに、シンボリルドルフは同意して頷いた。

 サンジェニュインは日本有数のウマ娘専用リハビリテーションセンター・アキキタの出身だ。

 片手で足りるほど幼い頃からウマ娘のエキスパート集団に囲まれて育った彼女は、これまでケガとは無縁。

 高低差6メートルの洋芝コースを専用のトレーニング場として与えられ、学校には通わずひたすらトレーニングを積んできた。

 それによって得たスタミナ、パワー、天性のスピードにレース勘。

 どれも一流だ。並のウマ娘では得られない環境で生きてきた。

 

『彼女は恵まれている。だが、2千人以上が集うこの中央において、恵まれているだけのウマ娘はありふれている』

 

 そしてどんなに恵まれていても、花開かないウマ娘もまた、ありふれている。

 逆に、恵まれた環境になくとも自ら花を咲かせ、頂点に上るものだって存在するのだ。

 エアグルーヴの脳裏に、地方から転入したオグリキャップの逸話がよぎった。

 地方のトレセン学園が悪いとは思わない。

 だが残念なことに、今、中央と地方の間には純然たる差がある。設備ひとつとっても桁違いなのだ。

 そのギャップを埋めるのは並大抵の努力では足りないだろう。

 オグリキャップは天性の才能はもちろん、それ以上に努力家だったからこそ成し遂げられた。

 

 ウマ娘として活躍した母を持つエアグルーヴは、ウマ娘が成功するうえで環境は切っても切り離せない大切なものであり、良ければ良いほど好ましい、という考えを持っている。

 これが絶対であり、それ以外は正しくない、とはもちろん思わないが、それでも自分の中にこの考えがある。

 だが、シンボリルドルフが語ったようなことは起きる。

 その度にエアグルーヴは悩んだ。

 どれだけ良い環境を与えられ、それに相応しい才能を持っていようとも、花開かぬウマ娘のほうが圧倒的に多数という現状。

 大輪に至る者、咲いても枯れる者、そもそも咲かぬ者。

 一体何が違うと言うのか。

 ぽつりと尋ねたシンボリルドルフに、エアグルーヴは何も答えられなかった。

 

『何も難しい話じゃない。ただただ純粋に、【意識の高さ】だよ』

 

 多くのウマ娘はメイクデビューを目標としている。

 もちろんメイクデビューは大事だ、勝ち上がることに意味があり、それを目指すこと自体は悪くない。

 問題なのは、メイクデビューのことだけを考えることにある。

 

『私はな、エアグルーヴ。メイクデビューは通過点だった。もっとその先のことを考えてきた。君が母君の制した大舞台を目指してきたように』

 

 花開くものと芽吹かぬものの違いはその意識にある。

 どんなに才能を持っていようとも、花開くための努力と高い意識がなければ無駄だ。

 与えられた肥料は過剰栄養になり、やがて種を腐らせる。

 あの15人のように。

 

 

「会長の言っていた言葉の意味が、今になってわかりました」

 

 納得したつもりだった。

 でも心のどこかではきっと納得いっていなかった。

 恵まれた環境に在るならば、それに相応しい結果が出るものだと思っていた。

 だが、違うのだ。

 シンボリルドルフの言っていた通り、努力と意思なくしては芽吹くこともなく、花開くこともない。

 エアグルーヴの眼前でうなだれる15の種もまた、それを自覚したのだろう。

 だがやはり、遅すぎる自覚だった。

 

 

 

 

 

 

 季節は風のように過ぎた。

 あの模擬レースの後。

 サンジェニュインは変わらず多くのウマ娘の歓声を浴び、大名行列が尽きることはない。

 それではなんの効果もなかったのかと言うと、あるにはあった。

 

 まず、サンジェニュインのプライベートエリアに侵入するウマ娘はほとんどいなくなり、また、囲まれることも少なくなった。

 大名行列もサンジェニュインからだいぶ距離を取って形成されている。

 彼女が『離れて』と口にすれば、すぐ解散するほど弁えるようにもなった。

 ……まあサンジェニュインの性格や表情のコミカルさが隠しきれず、言ってもまたワラワラと人が寄ってくる現状には変わりはない。

 少し頻度がマシになったレベルといえばそれまでだが、口に出しても無駄だった以前と比べれば格段の成長ぶりである。

 しばらく経った今も生徒会室の目安箱にクレームが入っていないのが、その証明と言えた。

 それに、あの模擬レースに出走していた残りの15人はいずれもサンジェニュインに対して不満を持つ生徒の筆頭だったようで、彼女たちが自主退学や転校をしたことで煽る者もなくなりトレセン学園に平穏が戻った。

 これにはサンジェニュインのみならず、そのトラブルがあれば駆けつけなくてはならないエアグルーヴの、その負担も軽くしてくれた。

 

 15人の行く末はあえて追わなかったが、ひとりだけ。

 『どうやったらあのバケモノに勝てるのか』と泣いたひとりだけは、地方のトレセン学園に転入し、ローカルレースで走っていることを確認している。

 あの模擬レースよりも何十倍も走りが研ぎ澄まされ、本人も活き活きとした表情で駆け抜けていたのを思い出して、エアグルーヴは苦笑した。

 聞けばサンジェニュインの元に彼女から手紙が来たらしい。

 これまでの態度を詫びる内容と共に、ローカルレースで自分らしい花を咲かせようという意気込みが書かれていた、と。

 あの出来事がなければ彼女も中央で活躍できていたかもしれない……そんな夢想は、楽しそうな彼女を見て以来やめた。

 彼女の種は確かに1度腐ったが、新しい畑で新しい種を蒔き、今、芽吹かせようとしている。

 その努力に、タラレバはもはや不要だった。

 

「たっだいま戻りましたー!」

 

 どん、と扉が開いて白髪のウマ娘が飛び込んでくる。サンジェニュインだ。

 昨日までフランスにいた彼女は、シーズンオフの名目で帰国していた。

 手にある大量のショッパーはいずれも有名ブランドのもので、生徒会へのお土産用に買ったのだろう。

 るんるんと鼻唄でも歌いそうなくらい上機嫌なサンジェニュインは、まさか、褒められるとでも思っているのだろうか。

 エアグルーヴは青筋を立て、その振る舞いを叱りつけた。

 

「お前というヤツは……! ノックなしに部屋に入るなと何度教えれば覚えるんだ……!?」

「す"ひ"は"へ"ん"ん"……!」

 

 サンジェニュインを正座をさせるのも慣れたものだ。

 半泣きで謝るサンジェニュインを見下ろしながら、エアグルーヴは『本当に時が経つのは早いものだ』と、改めて過去を振り返った。

 

 模擬レースから数ヶ月後。

 サンジェニュインは暮れのメイクデビューで2着に敗れた。

 あの模擬レースで20バ身差を突きつけたウマ娘が敗北するなど、普通なら想像できないだろう。

 だが相手が悪かった。

 よりによって ── ディープインパクト。

 

 サンジェニュインとディープインパクトは同じチーム所属だ。

 日野静トレーナーが管理するチーム・メテオ。

 有力なウマ娘が多く所属していることで知られるメテオの中で、ディープインパクトもまた異彩を放つ存在だった。

 国内の大財閥の出身であることもそうだが、母もまた活躍したウマ娘だったこともあり、早い段階から注目を浴びていたのだ。

 Rookie Knowledge, Stats, and Talent ── 通称『RKST』と呼ばれるポイントは7000ptに達する高評価。

 一方のサンジェニュインはと言えばどうか。

 アイドル路線としては爆発的な人気だったが、実家であるアキキタからはここ十数年活躍しているウマ娘もなく、RKSTポイントは推定2000ほど。

 だが模擬レースで見せつけた実力から、メイクデビューも楽勝だろうと思われていた。

 

 実力が拮抗しているふたりを併走させたら互いを消耗させてしまう。

 そう考え、トレーナー陣もメイクデビューで当てるつもりがなかったそうだ。

 だがどういうわけか、サンジェニュイン本人がディープインパクトと共にデビューすることを望んだ。

 こうでなくてはならない、こうであってしかるべき、と。気迫の籠もったソレに押され、トレーナーは渋々応じたらしい。

 

 その結果が1着・ディープインパクト、2着・サンジェニュイン。

 しかしハナ差8センチの接戦は、久しく盛り上がりに欠けていたトゥインクル・シリーズを華やかにした。

 ふたりは翌年のクラシックシーズンでも活躍。

 前代未聞、至上初のG1・皐月賞同着。

 日本ダービーでは1センチの接戦をディープインパクトが制し、菊花賞ではワールドレコードを引っ提げたサンジェニュインが勝利を収めた。

 

 その年の暮れ、有マ記念も制したサンジェニュインは、模擬レースでの予告通り、翌春にドバイSCへと出走。

 ここをチーム・メテオでの先輩にあたるハーツクライに敗れるも、サンジェニュインの快進撃はそこから始まった。

 同じく予告していたガネー賞、サンクルー大賞典、KGVI&QES、インターナショナルS、そして ── 凱旋門賞。

 もはや誰にも止められないスピードを一切緩めること無く、欧州G1・5連勝を達成したサンジェニュインは、今や世界が認める一流のウマ娘になっていた。

 

 ……だが性格はどうしようもない。

 そして勉学の成績もどうしようもないものだ、とエアグルーヴは頭を抱える。

 その手に握られていた小テストの点数は15点。

 100点満点中の15点に、エアグルーヴの意識は遠くなりそうだった。

 

「なんなんだこの点数は……ッ!」

 

 目を泳がせるサンジェニュインの旋毛を押して、エアグルーヴは翌日の補習について脳内でスケジュールを組む。

 こんなことをするようになったのは一体いつからだったか。

 思い返すのは夏の終わり。まだ少しだけ蒸し暑く、しかし秋の訪れがすぐそこにあった頃。

 そう、サンジェニュインが1回目の凱旋門賞に出走した後のことだ。

 帰国と同時に定期テストが行われ、そこでサンジェニュインが出走停止レベルの点数を出したことがきっかけだった。

 挑戦し続けて数十年目。ようやく誕生した我が国の凱旋門賞ウマ娘がこんなぽんこつなんて!

 その当時既に生徒会の一員になっていたサンジェニュインを身内同然と思っていたことも相まって、エアグルーヴは監督役を引き受けることにした。

 

 補習の面倒を見てやったのも一度や二度ではない。

 幸いなことにサンジェニュインはぽんこつだがスポンジのようなもので、教えればしっかりと覚えた。

 ここ最近は小テストや定期テストでも赤点は取らなくなったというのに……凱旋門賞2連覇を目指した長期の欧州遠征の影響か。

 

「サンジェニュイン、明日から毎日2時間は補習だからな」

 

 エアグルーヴの無慈悲な決定にサンジェニュインが小さく()く。

 

「そんなぁ……おやつの時間はありますか?」

 

 あるわけないだろこの戯けめ、とその旋毛を押し返した。

 悲鳴をあげているくせに、なんだ、その楽しそうな表情は。

 まったく、自分の立場がわかっていないのだろうか、このぽんこつ凱旋門賞ウマ娘。

 

「……貴様のそう言うところが、私は嫌いだ」

 

 旋毛を押す力を強めるエアグルーヴは、自分がどんな表情を浮かべているのか、まったく気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「オレ、今シーズンで引退することにしました」

 

 良く晴れた日のことだった。

 いつも通りの生徒会室。部屋奥の会長席で書類に目を通すシンボリルドルフと、備品整理をしているエアグルーヴ。

 戸棚に収まった過去の資料を探すナリタブライアンの近くで、ディープインパクトがもくもくと書類に判を押していた。

 そんな静かな空間で、水面を揺らすようにサンジェニュインが口を開く。

 あまりにも軽く、重みも哀愁も感じないさらりとしたセリフに、シンボリルドルフも目を丸く開いて手を止めた。

 

「ずいぶん急だな。てっきり凱旋門賞3連覇する、なんて言い出すと思っていたんだが」

 

 少しからかうような返答に、サンジェニュインは真剣な表情で「それも考えたんすけどねー」と宣う。

 これは冗談でも何でも無く本気だ。

 サンジェニュインは本気で3連覇も視野にいれていたのだろう。

 気軽に言ってくれるな、このウマ娘は。シンボリルドルフは内心で苦笑し、(かぶり)を振った。

 本人的には気軽でもなんでもないのだろう。ただしたいことをする、シンプルな()だと理解していた。

 

 しかしさしものシンボリルドルフも、「ちなみにディープインパクトも引退です」と続けたサンジェニュインには驚愕した。

 さらっと言うことでも無いし、ディープインパクトも「そうだった言い忘れてた」みたいな顔をするな。

 口を噤んだエアグルーヴの内心だけが雄弁である。

 

「君たちが揃って引退とは……故障か?」

「いや、オレもディープインパクトも健康体です。ピンピンもピンピンですよ。こいつの理由は、まあ知りませんけど、オレは……オレはなんとなく、今かなって」

 

 朧げながらそんな気がしたんですよねえ、とサンジェニュインがへらりと笑う。

 そんな感覚だけで進退を決めるな。

 口に出そうになって、だがエアグルーヴは止めた。

 浮かべた表情とは裏腹に、眼前にあるサンジェニュインの瞳はどこまでも本気だったからだ。

 少なくとも、気まぐれでも、勢いでも、考えなしに決断したわけでもないのだろう。

 

「正式な引退はいつ頃になる?」

「んん、年末、いや来春、ですかね……夏にやるロイヤルカップと、春のトライアルレースと、後は ──」

 

 きらり、とサンジェニュインの瞳に光が走った。

 

「URAファイナルズで()()()です」

 

 サンジェニュイン、ディープインパクト共に目標部門は長距離。

 これはシンボリルドルフの出走予定と同じだ。

 もっとも、シンボリルドルフは今年に入ってからチーム・リギルを抜け、サブトレーナーとして共に歩んできたヒトと独立済み。

 所属が変わった今、出走予定も変更になる可能性もあるが、それがなければURAはさらに豪華なメンバーになるのだろう。

 エアグルーヴは他人事のようにそう思った。

 

「ということで! 残り1年ちょっとですが、引き続きよろしくお願いします!」

「……ます」

 

 ぴたりと揃って下げられた頭を見つめる。

 白と黒。太陽と衝撃。逃亡者と追跡者。

 レースに出れば何かと張り合い、勝った負けたを繰り返すふたり。

 日常生活ではやたらとくっつきたがるディープインパクトと、それから逃げるサンジェニュインの構図で知られているが、実はそれほど仲が悪いわけではない。

 特別気が合うわけでもないが、根が負けず嫌いなふたりは、どこか似ていた。

 レースに関する飽くなき探究心と、トレーナーへの信頼。

 目指す高みへの意識の持ちようなど、互いの親友よりも互いの諦めの悪さを熟知している。

 噛み合わないようで、最初からずっと噛み合っているようなふたりだった。

 

 エアグルーヴの胸中は少しだけ荒れていた。

 もうサンジェニュインのトラブル対処をしなくても良いのだ、という安堵だけを感じていたかったのに。

 不思議と湧き上がった不安の正体はなんだろうか。

 寂しさ? 悲しさ? そんなまさか。

 

「ああ……お前を世の中に解き放つのが不安だな」

「なんでえ!?」

 

 サンジェニュインは警戒心が高い。

 ウマ娘相手ならば決して油断はしない。

 だが人間相手だとそうでもない。

 人間に負けない、後れを取らない自負があるからか?

 種族的優位によるものか。

 定かではないが、ただひとつ言えることは、サンジェニュインは人間に甘い。

 その甘さがいつか命取りにならないか。

 ……不安の正体はきっと、これだ。

 エアグルーヴはそう思って、書き損じた書類を密かに処分した。

 

 

 

 

 

 

 

 時は瞬く間にすぎる。

 サンジェニュインとディープインパクトのURAファイナルズからさらに幾月か後。

 

「うっ、うっ……ぐずっ……」

 

 そのウマ娘をエアグルーヴが見つけたのは、まったくの偶然だった。

 

 顎の下まで伸びたクセのある白髪。

 色だけなら見慣れたものだが、そのウマ娘はエアグルーヴのよく知るウマ娘とは少し違う。

 

「シルバータイム。こんなところで何をしているんだ」

 

 エアグルーヴに名前を呼ばれて、ウマ娘 ── シルバータイムは顔を上げた。

 瞳の色は青。

 でもサンジェニュインに比べてより濃く、深海を思わせる色合いで、少しだけつり目気味に見えた。

 このウマ娘は数多いるサンジェニュインの妹分のうちひとり。

 とっても努力家で頑張り屋で、まっすぐ走るウマ娘。

 いつのことだったか、そう紹介されたのを思い出して、エアグルーヴは屈んだ。

 

 季節は秋。

 クラシックシーズンを終えたばかりのトレセン学園は熱気冷めやらぬまま、だが次の舞台に向けて動き出していた。

 シルバータイムはその時間の流れに抗うように蹲り、嗚咽を漏らし、あたりに散らばったナニカをかき集めている。

 ソレはきっと『期待』だった。

 

 シルバータイムというウマ娘は、約1億のRKSTポイントを叩き出したウマ娘として今や知らぬ者は居ないほど有名だった。

 『我が国の太陽』とまで呼ばれたサンジェニュインの妹分として、早くから多くの期待を集めていたことを知っている。

 姉が歩んだ道程を望まれ、それより素晴らしくあることを見込まれ、そうあるべきプライドを積み重ねてきた。

 だが期待に反して、彼女のクラシック戦績は皐月賞7着、日本ダービー11着、菊花賞9着。

 驚くことに、この3戦すべてでシルバータイムは3番人気に推されていた。

 皐月賞はともかく、日本ダービー、菊花賞は前走の勝者を差し置いての人気だから、その期待値の高さが窺えるだろう。

 シルバータイムもまた、その期待に応えんと日々トレーニングに励んでいたはずだ。

 

 自分という種を芽吹かせるため、手間暇掛けて自分を育てているのをエアグルーヴも見ていた。

 ポスト・サンジェニュインとしてデビュー前から注目を浴び、前年三冠ウマ娘になった姉たちに追いつこうと必死の努力を重ねて。

 しかし、その果ての全敗が堪えたのだろう。

 ターフでは泣かずにいたことが、彼女に残されたたったひとつのプライドだったのかもしれない。

 

「お、おね、おねえしゃま、にも、ひぐ……うっ、うっ……みす、みすて……っ」

 

 肩が丸くなる。呻きとともに揺れる。

 深い悲しみと失望と悔しさと、恐怖の合間にぐらりと揺れ続けている。

 姉を絶対の指針として走り続ける彼女たちにとって、その指針から外れることの怖さは、きっとエアグルーヴには理解できない。

 しかし一つだけわかることがある。

 下手をすればこの妹分よりもなお深く、強くわかることが。

 

 サンジェニュインは。

 

 「サンジェニュインは、妹分を見捨てるようなウマ娘なのか?」

 

 バッとシルバータイムの顔が上り、涙に暮れた表情のまま勢いよく頭を振った。

 言葉にならない唇の戦慄きが、違う、と繰り返す。

 そう、違う。

 サンジェニュインは、何があったとしても妹分を見捨てるようなウマ娘ではない。

 

「レースで……お前は必死に走ったのだろう。努力した上での敗北を笑う者は、ここにも、どこにもいない」

 

 厳しいことならきっともっと言えた。

 だが、何故かこのウマ娘に運命的な何かを感じて、どうにも厳しくできないのだと、エアグルーヴ本人が理解している。

 どこか懐かしく思う。

 ここではない遠くの場所でこの娘の手を握り、歩いたような、そんな錯覚がある。

 サンジェニュインとは違うおとなしさや従順さが好ましいのかも知れない。

 自身とは違うが、両目にアイシャドウを入れているという共通点も、エアグルーヴがシルバータイムを放っておけない理由なのかも知れない。

 ただ、どうにも寄り添いたくなるような、見守りたくなるようなウマ娘だった。

 

 エアグルーヴは大粒の涙を溜め込んだ瞳と目を合わせる。

 瞬きの後にこぼれ落ちるだろうそれを拭って、気持ちを込めた。

 

「ここで走るのをやめるか?」

 

 落ち着いて、でも温かい声で聞くエアグルーヴに、シルバータイムは首を横に振った。

 強く、強く振った。

 

「ま、だ……叶えたい、夢が、あるんです」

 

 今度は自分自身で涙を拭いながら、一杯一杯の声で続けたシルバータイムの、まだ震える背を撫でる。

 エアグルーヴは微笑んだ。

 

「ならそれを目指していけば良い。お前はサンジェニュインではなく、シルバータイムという個人なのだから」

 

 自分なりの目標を、そしてゴールを探せ。

 

 シルバータイムは涙を止め、エアグルーヴの手を見つめていた。

 走者らしく少し指先の硬い、けれど細く繊細な指先が、シルバータイムの拳をそっと開いた。

 その手のひらに添えられたものを、シルバータイムは不思議そうに眺めてから、再びエアグルーヴを見上げた。

 

 それはしおりだった。

 かつてサンジェニュインから贈られたもの。

 いつも面倒をみてくれてありがとうございます、なんて、しおらしい態度で手渡されたそれは、サンジェニュインのお手製だという。

 ひまわりのドライフラワーを使った、天下にふたつとないものだ。

 ドライフラワーなのに生花のように色鮮やかで、密かに愛用していた。こうして持ち運んでいるのが何よりの証拠だった。

 

「これをお前に貸そう。……あくまで貸すだけだぞ? お前が、もういらないと思ったら返しに来い。それまで大事に使ってくれ」

 

 エアグルーヴの言葉に、希望とともにしおりを握り込んだシルバータイムが立ち上がる。

 そうして浮かべられた微笑みは ── エアグルーヴに似ていた。

 

 

 この1ヶ月後、シルバータイムはジャパンカップで3着と好走した。

 姉がその現役生活で一度も走らなかった大レースを、低人気ながら必死に逃げ粘ったのだ。

 その翌春。

 シルバータイムの姿は遠い遠い異国の大地、大歓声を前に堂々とした様子でそこにあった。

 手にしたトロフィーが光を反射する。

 凱旋門賞を2連覇したサンジェニュインが2度も挑戦し、それでも獲得不可能だったドバイのG1タイトル。

 同世代のトリプルティアラ覇者を押し込んで、逃げて差す見事な走り。

 顔をあげ、太陽を見上げたそのウマ娘の表情に、もう、涙の跡はない。

 

 画面越しに見届けたエアグルーヴは確信した。

 おそらく近いうちに、しおりが返ってくることを。

 

 

 

 

 

 

 

 シルバータイムの吉報から1月後。

 サンジェニュインとディープインパクトはいよいよ退寮の時を迎えていた。

 

「サンジェニュインちゃんなんスかこの服!?」

「それは……一昨年のヴァーミリアンの誕生日に着たコスプレ衣装、かなあ……綾◯レイの……」

「……まだ着るっスか?」

「いや流石に……う~ん、妹分に送るか。シルバー着るかな」

「やめたげて!?」

 

 一昨日、サンジェニュインの部屋の近くを通った時、ラインクラフトの悲鳴を聞いた。

 走りも行動も性格も、派手なウマ娘が多いチームメテオの中にあって、ラインクラフトは比較的常識人だ。

 それゆえかサンジェニュインに振り回されていることも多いようだが、なにくれとサンジェニュインを上手くフォローしている。

 ラインクラフトがいるなら退寮準備も問題ないな、とエアグルーヴは安堵の息を吐いた。

 

 そもそもサンジェニュインとディープインパクトの退寮は前年の予定だった。

 URAファイナルズ終了後に行うはずが、やれ諸々の手続きがあるだの、卒業後のライセンスだの、イベントだので結局1年近く掛かった。

 だがそれらもようやく終わり、ふたりは揃って学園から出る。

 今日はその前日だったはずだ。

 

「だというのに、何故……なぜ退寮前日までに荷作りが終わってないんだ貴様は……!」

「ヒィ〜ンッ! 寮に()()の荷物持ち込んでたから退()()が大変で……アッ今の激ウマギャグです。あとで会長にも教えに行こーっと」

「はあ……前から思っていたのだが、お前と会長のそのやりとりはなんなのだ、一体……」

 

 どこからかやる気が下がる音を聞きながら、エアグルーヴは適宜サンジェニュインを叱りつけつつ荷物をまとめていた。

 いつもならサンジェニュインの側にいるカネヒキリたちチームメテオの姿はない。

 当のカネヒキリは車中でサンジェニュインが食べる軽食の準備中だし、ラインクラフトとシーザリオは迎えの車の手配をしているらしい。

 ヴァーミリアンはディープインパクトの荷運びを手伝っているそうで、それにオルフェーヴルも駆り出されているという。

 まさかサンジェニュインのみならずディープインパクトも済んでいなかったとは。

 エアグルーヴは頭を抱えた。

 やはり、なんだかんだで似たもの同士なのだ、このふたりは。

 言えばきっとサンジェニュインは認めないだろうが、ディープインパクトは嬉しそうに頷いてくれるだろう。

 そう思いながらも、エアグルーヴは黙々と仕分けを手伝っていた。

 

 そんなエアグルーヴを怒っていると勘違いしたのか、あと段ボールひと箱だけですよぉ、とサンジェニュインが小さな声で呟いた。

 

「段ボールひと箱だけなら昨日のうちに詰められただろう、まったく……」

「いやぁ……そうなんすけど。でも段ボール1個分残したら、エアグルーヴ先輩、絶対一緒にやってくれるじゃないっすか。だから残しておきました!」

 

 ハァ? と低い声がエアグルーヴから飛び出る。

 しまった、と表情を浮かべたサンジェニュインがびくりと肩を振るわせた。

 

「貴様ァ……最初から私にやらせる気だったのか……?」

「ちょちょちょっ、たんまたんま、タンマで! 違います、違いますーっ! こっ、これはですね! こうでもしないとエアグルーヴ先輩捕まらないなって、そう思ってぇ!!」

 

 怒気を放っていたエアグルーヴは、サンジェニュインのその言葉に不思議そうに首を傾げた。

 ずぴぃ、と鼻水を拭ったサンジェニュインは伺うようにこちらを見ている。

 無言で「弁解できるものならしてみろ」と促したエアグルーヴへの返事代わりか、サンジェニュインは鼻をすんすんと鳴らす。

 しばらくすると照れ臭そうに頬を掻いて、少し視線を彷徨わせた後に「だって……」と話し始めた。

 

「だって、だってエアグルーヴ先輩……オレのこと、避けてたじゃないっすかあ……」

 

 ひぃん、と言葉尻が情けなく緩む。

 

 避けてない、と返すエアグルーヴだったが、その声は少しだけ裏返っていた。

 なぜならサンジェニュインの言うこともあながち間違ってはいないから。

 実はふたりはここ1ヶ月、まったく顔を合わせてなかった。

 それこそ、サンジェニュインが避けられていると思うほど。

 

「オレ、最後だからちゃんとお礼言いたくて」

 

 半泣きのサンジェニュインがそう言って後ろを向いた。

 ダンボールの山から1つ、白い箱を手繰り寄せて中を開く。

 その儚げな見た目とは真逆にガサツなところもあるサンジェニュインが、そっと、そっと大事に取り出したのは ── 蝶の標本だった。

 

「エアグルーヴ先輩、虫、苦手だって聞いたからずっと渡せなくて。でも会長に相談したら『きっと大丈夫』だって言われたんですけど……ほ、ほんとに大丈夫ですか?」

 

 確かにエアグルーヴは虫が嫌いだった。

 唯一てんとう虫だけが例外。

 それをサンジェニュインが知っているとは思わず、エアグルーヴは首を緩く縦に振るので精一杯で。

 

「……これ、は、いつ、作ったん、だ?」

 

 声が震えた。

 ぐ、っと喉を抑え、揺らぐ瞳はサンジェニュインから逸れていた。

 

「んん、と、去年の夏に……あっ、でもちゃんと処理してあるんで! 綺麗だし、他の虫が湧くこともないので! 観賞用にしてもらえたらなあ! って、おも、って……です、ね……」

 

 もじもじとサンジェニュインが両手を擦り合わせる。

 普段はデリカシー迷子の極太神経を持っていながら、こういう時は繊細な一面を覗かせた。

 

 一方のエアグルーヴは、息をするのも忘れて標本に見入っていた。

 

 サンジェニュインの手先が器用なのは、貰った押し花のしおりで知っている。

 あの鮮やかなひまわりの美しいしおり。

 花に詳しく、花を生業にしている知り合いに見せたとき、プロレベルの腕前だと絶賛された瞬間なんて、エアグルーヴは少し誇らしかった。

 それと同時に、何故か目が熱くて仕方がない。

 まるで泣き出す一歩手前のような酷い熱だ。

 水気を帯びた呼吸音の隙間から上ってくる、激情のような。

 

「エアグルーヴ先輩、たくさん面倒をかけてしまってごめんなさい。それから、オレのこと見守っていてくれて、ありがとうございました……!」

 

 白い頭の旋毛(つむじ)を見るのはこれで何回目だろうか。

 エアグルーヴとサンジェニュインは10センチ以上も身長差があるから、立ったままそのてっぺんを見る回数は少なかった。

 ときたまサンジェニュインが悪さをして、説教するために正座をさせたときにだけその旋毛が見える。

 ふわふわの髪の毛のうちちょびっと丸まった場所を、とん、と押して叱っていた。

 

 これからはその機会も皆無になる。

 そう思ったら自然と手が伸び、エアグルーヴはサンジェニュインの頭を撫でていた。

 乱雑に、ではなく、乗せるだけのような、手のひらをぐっと開いて触れた。

 自分でもなぜこのような行動に出たのかわからない。

 ただ最後だと思ったら、こうしなければならないような気がした。

 サンジェニュインは特に何を言うでもなく、おとなしく撫でられている。

 でも時折そっとエアグルーヴの表情を見て、まぶしいものを見るように目を細めた。

 それを合図代わりに手を放し、エアグルーヴは、何もなかったように荷造りを再開した。

 

 

「エアグルーヴ先輩、これで最後です」

 

 段ボールに最後の荷物をつめた。

 これで終わりだ。これで。

 エアグルーヴの役目は終わった。

 

「あの、先輩、明日なんですけど ──」

「明日は役員の仕事があるので見に行くことはできない。だから、お前とはこれが最後だ」

 

 嘘だ。

 エアグルーヴに明日の予定などない。

 しかし、エアグルーヴはサンジェニュインの見送りには参加しないつもりだったから、こんなどうしようもない嘘をついた。

 シンボリルドルフに聞かれたらバレる嘘を。

 それに対してサンジェニュインは反論するでも無く、駄々を捏ねるでも無く、ただ小さく、小さく頷いた。

 

「……食事はきちんと取れよ。夜更かしせず、規則正しい生活を送れ」

 

 こんなこと言わなくても、サンジェニュインが規則正しい生活を送ってきたことなど知っている。

 夜更かし好きそうな性格のくせに、毎日決まった時間に寝て、決まった時間に起きて。

 トレーニングコースが開場するよりも前からゲート前に並び、誰よりも早く練習を始める。

 人がまばらな時間にやるから、誰もこのウマ娘がとんでもない練習量を熟していることなど知らないのだ。

 

「好きなものばかり食べるな。健康に良いものは、なるべく食べろ」

 

 今更、もう必要ない小言を吐いて。

 うん、とサンジェニュインが頷く。

 トレセン学園から旅立つサンジェニュインは、もうエアグルーヴの後輩ではなくなるのに。

 それなのにどうしてか。

 言葉が止まらなかった。

 

「わたし、は……」

 

 言いたいことはない。

 もう、ないはずだった。

 それなのに喉元まで上がってきていた。

 不思議なくらい眼前が揺らぎ、水たまりの中に落ちたような感覚の熱が、エアグルーヴを包む。

 言いたいことはない。

 言いたくない。なのに。

 

「『()()()()()()()()』」

 

 ハッとして、エアグルーヴは顔をあげた。

 

 力強い声が一瞬だけ低く聞こえた。

 少女とは違う声色で、でも目の前にはサンジェニュインしかいない。

 だがその低い声色もまた、エアグルーヴには聞き覚えがあるような気がしていた。

 どこで聞いたんだったか。

 思い出せはしないけど、とても大切な記憶だった気がする。

 

「わたし、は……私、は。おまえが、きらいだ」

 

 涙は出なかった。

 だけど、嗚咽のような何かがずっと響いている。

 エアグルーヴはそれらを抑えながら、そして懸命に言葉を選びながら吐き出した。

 嫌いだと言われて、でもサンジェニュインは泣かなかった。

 ただ小さく頷いて、「オレは好きですけどね」と淡々とつなげた。

 でも、言葉の端だけ揺れていた。

 

「トラブル、ばかり、おこすし……小テスト、で、一桁点数、出す、し……」

 

 かけられた迷惑は枚挙に暇なし。

 思い出そうと思えばいくらでも出せた、嫌いなところなんて。

 それこそ本気で嫌だったものだって出せるはずなのに、他愛もない場面ほど先に浮かぶのはなぜなのか。

 浮かんで、消えて、また浮かんで。

 結局残るのは笑顔だけだったと、その時になってエアグルーヴは気づいた。

 

 

 

 

 

 

 サンジェニュインの見送りへ行くチーム・スピカにエアグルーヴが出会ったのはまったくの偶然だった。

 どれほどサンジェニュインが素晴らしいウマ娘なのかを力説する彼女たちに、エアグルーヴが言い放った言葉が冒頭の台詞。

 嫌い発言で呆然としていたスピカの面々は、エアグルーヴが歩き出したことで意識を取り戻したのか、慌てたように走り出した。

 だがただひとり、シルバータイムだけが立ち止まった。

 エアグルーヴの背中とスピカの面々とを見比べて数秒。

 何かを決心したのか、シルバータイムはエアグルーヴに向かって走り出すと、小さくなっていく背中を捉えた。

 

「お節介なのは解ってるんですけど! 最後はきっちり顔見せて手を振ったほうが良いです!」

 

 ふたりの身長差は6センチ程度。デカいのはシルバータイム。

 姉譲りの瞬発力を持って一息でエアグルーヴを担ぎ上げると、シルバータイムはそのまま走り出した。

 ああ、シルバータイムとサンジェニュインは似てないと思っていたのに。

 強引でマイペースなところはよく似ていると、エアグルーヴは諦めた。

 

 

 桜が舞う中を突き進む。

 シルバータイムの少し早い鼓動と息の終着点に光があった。

 

「お姉様! お待ちください!」

 

 サンジェニュインは車に乗り込む寸前だった。

 それを引き留めたシルバータイムの声に、見送りに来ていた面々が驚きに目を見開く。

 ゴールドシップと居るときはそれこそやかましさの塊だったシルバータイムも、偉大なる姉の前ではいつも大人しい妹だった。

 サンジェニュインの前でこんなに大きな声を出すところは初めて見た、と呟いたのは誰だったか。

 サンジェニュインは手荷物だけを車に積み込むと、シルバータイムの方へと歩み寄った。

 そこにきてようやく、シルバータイムがエアグルーヴを担いでいることに気づいたのか、エッと声が挙る。

 

「なんで……生徒会の仕事があったんじゃ……」

 

 そうだ、そう言い訳をしていた。

 エアグルーヴが『嘘を吐いた』と正直に言えないのは、その場に会長であるシンボリルドルフがいたからだ。

 だが幸いな事にシンボリルドルフは察しの良いウマ娘で、咄嗟に『別日に変更したんだ』とフォローを入れてくれた。

 エアグルーヴが目礼すると、悪戯っぽくシンボリルドルフが笑う。

 きっと後でからかわれるだろう。

 

 だが、今はどうでもよかった。

 

「みんな見送りに来てくれてうれしい」

 

 エアグルーヴを中心に周りを見たサンジェニュインが、そう微笑んで呟いた。

 辺りを見ればチーム・メテオの他にも、スピカやリギルを始めとした、サンジェニュインとも親交のある面々が集まっている。

 人見知りも激しいくせに、ヘンに人脈が広い。

 カノープスの面々となんていつ知り合ったのか。

 そう思いつつ、エアグルーヴは自分をここに連れてきてくれたシルバータイムに内心、感謝した。

 

 ここ3年、トラブル対処のために張り付けていた笑顔ではなく、本物の顔で笑うサンジェニュインは久々だ。

 ふにゃり、という効果音のつきそうなその笑顔で、サンジェニュインはひとりひとりの顔を見つめる。

 言葉をひとつ、ふたつ交わして、瞬く間に過ぎ去った日々へ思いを馳せた。

 懐かしさに満ちた声は、しかし長続きはしない。

 出発の時間は訪れ、車のエンジンが掛かる。

 ああ、挨拶の時間が足りないとサンジェニュインは言うけれど。

 ちょうど良かった、と呟いたナリタブライアンの瞳は、ほんの少しだけ潤んでいた。

 あと数分残っていたら、その目から何が零れただろうか。

 エアグルーヴは分りきった答えを自分の胸の中だけで呟いた。

 零れそうなのはエアグルーヴも同じだったからだ。

 

 車に乗り込んだサンジェニュインが窓から顔を出す。

 反対側に座るディープインパクトが少しだけ前に身体を倒して、サンジェニュインの横から手を振った。

 さようなら、と口が形を作って、車が動き出した、その瞬間。

 

 ぶわり、桜吹雪が舞った。

 季節は春。四月。出会いと別れ。

 青葉混じりになった桜の、最後の息吹が吹き上がる。

 

 ここまで連れてきて貰ったのに、結局、エアグルーヴは何も言わなかった。

 言えなかった。

 さよならも言わなかった。

 寂しいも言わなかった。

 嫌い、も。

 2度目は言わなかった。言えなかった。

 さみしさと、慈しみと、いっぱいの感謝で彩られたサンジェニュインの顔をみたら、何も言いたくなかった。

 でも、それが正解だと思ったのだ。

 昔も、そうして別れたような気がする。

 気がするってだけかも知れないけれど。

 

 風に巻き上がった花弁の中で、サンジェニュインが窓から顔を出す。

 その美しい微笑みを、エアグルーヴは穏やかな気持ちで見送った。




エアグルーヴ先輩
サンジェニュインとかいうぽんこつの面倒を見てきた頼れる先輩
補習も見てくれるしケツ追いの尻拭い()も手伝ってくれる
カネヒキリくんがいない時の基本の預け先はここ
いつもお世話になってます、とカネヒキリくんからお礼の品が時々届く
しおりも蝶の標本もずっとずっと大事にしてくれるよ、ずっとね

シンボリルドルフ先輩
強そうな後輩が入ってきて嬉しかった
メンタルもつよつよで楽しい
いっぱい走ってもっと強くなれ
会長、祈ってます

マルゼンスキー先輩
実は朝の練習でよくサンジェニュインを見かけてた
頑張り屋でバッチグー

ミスターシービー先輩
才能は非常識の代表格
ディープインパクトさんとは追込シスターズを結成しているとかどうとか
同年代の三冠になれるウマ娘が揃うとこう(サンプイ)なるんだね

シルバータイムちゃん
あんなに期待されたのにクラシックだめだった
悔しくて悲しくて泣いてたけど人前じゃ泣けず裏側で泣くタイプ
けど勝ち気で負けず嫌いで何度でも立ち上がる、まるで女帝のようなウマ娘

地方に転校したウマ娘ちゃん
サンジェニュインをクッソ激しく罵倒してた同世代
真っ直ぐ進めずに折れて種を腐らせた
けど彼女はもう1度種を蒔いた
苦しい道のりと知ってても

サンジェニュイン
安定のぽんこつ美貌ウマ娘
オレのこと嫌いになってもオレのトモダチは嫌いにならないでください!
昔もそうやってエアグルーヴさんと別れた
俺はずっと覚えてます


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【IF】カネヒキリが長生きした世界線の話

2025年10月、サントゥナイトの凱旋門賞制覇を見届けて、サンジェニュインは虹の向こう側へと駆けていった。
その傍らには1頭の馬が佇んでいた。
栗毛に細い流星を持つその馬の名は ── カネヒキリ。

────

サンジェニュイン産駒の牝馬が出てきます。
カネヒキリくんは種牡馬を引退してリードホース生活中です。


 初恋は実らないものだという。

 最初に私へそう言ったのは、いったいどの馬だったか。

 ちょうど入れ違うように育成牧場へと旅立った年上の牝馬は、私と同父だった。

 みんな、父の顔も、声も知らずに過ごしてきた。

 サラブレッドなら当然のことだって?

 そう、ふつうのサラブレッドだったら一生知らなくてもおかしくはない。

 けど、私たち ── 太陽の仔(サンジェニュイン産駒)は別だ。

 

 本当なら離乳してすぐ、父の下で育成されることになっていた。

 でもそうなっていないのは、父が死んでしまったから。

 

 会えなかったのはかなしいと思う。

 会いたかったなって思うし、今この瞬間だって会ってみたいと思う。

 けれどさみしくはなかった。

 その代わりというように、私たちの面倒を見てくれる馬がいたからだ。

 

 その馬の名はカネヒキリ。

 

 父の古いトモダチで、父と放牧地を共有するほど仲が良かった。

 栗毛の馬体は高齢にさしかかったいまも衰え知らず。

 鋭い眼光で、放牧地を走り回るほかの馬たちを見ていた。

 彼は別に、私たちを育成しているわけじゃない。

 ただそばにいて、私たちを見守っているだけ。

 どうしてそんなことをしているの? なんて。

 聞いてみたことはあったけど、カネヒキリは答えなかった。

 聞いちゃいけないことだったのかなと、とねっこの時は思ったけど、答えは、同父の牡馬が教えてくれた。

 

『父ちゃんとの約束だよ。俺らの仔守するってさ』

 

 父はある日の夜中に旅立ったという。

 まだ朝日もない暗い時間に、カネヒキリや、自分の産駒たちに看取られて逝ったんだって。

 いつだったか、年長の牝馬がしみじみと語っていたのを思い出す。

 

『俺たちの父ちゃんはほら、馬の中では変わりもんだからさあ。自分で自分の子供育ててたし。本当は自分の脚でお前らの面倒も見たかったんだろうけど、それもできないから、カネヒキリのおいちゃんにお願いしたわけだ。カネヒキリのおいちゃん、父ちゃんにゲロ甘だったからすぐにオーケーしちゃったってわけよ』

 

 カネヒキリはいつも放牧地のど真ん中にいる。

 かつては父がそこにいて、カネヒキリはその斜め後ろで父を見つめてたのだと、同父の牡馬は言った。

 父の真似事に過ぎないけれど、約束を果たそうとするカネヒキリの誠実さが、多くは語らないけど大切なことはいつも時間を惜しまないその背中が、私は大好きだった。

 

 この感情が恋だと言うなら。

 私の初恋はまちがいなく、カネヒキリだった。

 

 同父の牝馬の多くはそうだろうな、って思う。

 私たちサンジェニュイン産駒の牝馬にとって、産まれて初めて見る、同世代と父以外の牡馬はいつだってカネヒキリだ。

 でもどうしてこんなに大好きって思えるんだろう。

 牡馬が苦手だった父が唯一懐いていたという、血のなせる業なのか。

 それとも、他馬に対して興味のないカネヒキリが、自分にはきっちりと向き合ってくれる、そんな所に自然と惹かれるのか。

 ……もっとも、後者に関してはこっちの願望ましましなんだけどな、と同父の牡馬が付け加えた。

 

『あのな、カネヒキリのおいちゃんが俺たちに優しいのは、俺たちが父ちゃんの子供だからだ。サンジェニュインの血を引いてるからだ。そうじゃなきゃ、俺たちは見向きもされないってこと、忘れんなよ』

 

 たぶんそれは、これ以上カネヒキリのことが大好きになって、もっと苦しくならないようにという、彼なりの思いやりだったのだと思う。

 これを言われた当初、私はほかの産駒の中でも特にカネヒキリに可愛がられていると思っていた。

 よく面倒を見て貰ったし、おやつを貰いそびれそうになった時は代わりに取ってくれたし、追いかけっこで遅れそうになると待っててくれる。

 だから特別だとさえ思っていた。

 でもそうじゃなかったのだ。

 私はただ、ほかの産駒よりもあわただしく、おっちょこちょいで、手がかかるから。

 だから、カネヒキリはほかの仔よりも注意して見守っていただけ。

 大切なトモダチが遺した仔を、零さないように見ていただけ。

 それだけだった。

 

 その日の夜は泣いた。

 夜泣きだと思ったのか、カネヒキリは放牧地の真ん中で両目を開き、隅っこで泣く私を見ていた。

 でもね、決して近寄っては来なかったの。

 

 たぶん、それが、答えの全てだったと思う。

 

 それからしばらく経ったある日のことだ。

 私はまだカネヒキリがだいすきで、でも、どうにか前を向くきっかけを必死に探してた。

 同じ放牧地にいたほかの馬たちは、うち数頭がこの放牧地から巣立っている。

 たぶん、ちょっと昔の年上の牝馬たちのように、育成牧場へと旅立ったのだろう。

 私も近いうちにここを出るかもしれない。

 そうなる前に、自分の気持ちに折り合いを付けたかった。

 

 だから私は、聞いてみることにしたんだ。

 聞こうと思って、でも勇気が出なかったことを。

 

『お父さん、ってさ……きれいだった?』

 

 ざわざわ、っと放牧地の芝が揺れる。

 

 思った以上に声が震えた。

 前にもいろんなおとなの馬に聞いたっけな。

 父を知っている馬はたくさん居たし、その多くは『きれいだった』とか『かわいかった』とか、過去形で父を語る。

 それ自体は当然だ。

 だって、父は死んでしまったもの。

 この世のどこにも、もう、いないんだもの。

 過去の存在だもの。

 

 ……けど、けど、けれど。

 

 この馬は。

 この馬に聞くのだけはずっとしていなかった。

 もしかしたら心のどこで気づいていたのかもしれない。

 きっと、ほかの馬とは違う答えになるって。

 

 カネヒキリが瞳をゆるく細めた。

 遠くを見ているようで、近くを見つめているようで。

 ただ、その瞳の向く先がたった一頭の白毛で、そして私じゃ無いことを、知っていた。

 

『うつくしい』

 

 過去に捧げるには優しすぎる声だった。

 いっそ禍々しいとすら思えるほどの、ありったけの優しさをかき集めているかのような。

 ときたま人間に貰うリンゴとか、バナナとか、ふどうとか、砂糖とか、そんなものも比較できないくらい優しく、煮詰まった声で落とされた。

 

 ああ、カネヒキリにとって父は過去の存在などではないのだ。

 今もまだ目の前にいて、いつまでも美しい存在なのだと思い知らされる。

 その両目には、絶望に染まった私など映っていないんだろうな。

 

 ただ父だけが。

 彼の中で永遠の存在であろう父だけが、変わらず美しいまま微笑んでいるのだ。

 進むことの無い思い出という宝箱の中で、褪せること無く。

 

 それに気付かされた時、私の初恋は終わった。

 と同時に、父へのどうしようもない負け惜しみが溢れ出る。

 

 ねえお父さん。

 どうしてカネヒキリを置いていったの。

 虹の向こう側へいくなら彼も連れていけばよかった。

 そこはいいところなんでしょ? 楽しくて、賑やかで、お父さんも居て。

 連れて行ってくれていたら、私、きっとこんな苦しい思いはしなかったのよ。

 

 父からの返事は無い。

 わかってる。

 けど言わずにはいられなかった。

 

 よりによって父が、私の初恋を砕くだなんて。

 そんなこと、思いもしなかったのだから。

 

 

 

 

 







カネヒキリくんさん 御年24歳
いろいろあって事故にも遭わず病気にもならずピンピンしている
サンジェニュインを看取った後はリードホースとしてサンジェ産駒をお世話
罪深いほどに格好良いため初恋キラーと化しているが本馬は太陽に目が眩んでいる
ラストクロップお世話完了後は功労馬としてサンジェの故郷・陽来に移動
そこから33歳まで長生きをして、たくさんの土産話を抱えてサンジェと再会することになる

とある牝馬ちゃん 当時0歳
「とねっこだった頃~」とか言ってるけどバリバリのとねっこ現役のちょっとませた女の子
ライバルはパパ(!?!?)
その後、失恋の痛みを力に変えてダートで大暴れしたり同厩舎のマカヒキ産駒に惚れたり他厩舎のキセキ産駒に惚れたりする恋多き女

サンジェニュイン 享年23歳
本編と同じくサントゥナイトの凱旋門賞制覇後に虹の向こう側へ
カネヒキリくんさんが見つけやすいようにドチャクソはしゃいでラインクラフトさん(享年4歳)にシバかれてる
なおカネヒキリくんさんは虹の橋を渡ってる最中からもうサンジェニュインを見つけてる模様


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キングヘイローと幸せの白い薔薇 1

この世界線ではURAファイナルズ後もトゥインクル・シリーズ続行可能です
2話構成なのでもう1話あります


「先日は誠に申し訳ありませんでした……!」

 

 そう言って開幕土下座を見せつけたのはキングヘイローだった。

 

「ッヒョ、お、ンンッ……よ、よろしくってよ、キングヘイロー。顔をあげなさい」

 

 そうサンジェニュインが促すも、キングヘイローは顔をあげない。

 かろうじて保たれたお嬢様プレイそのままに、サンジェニュインは困ったように扇を振った。

 

 

 

 

 

 さて、ことの経緯は昨年の冬にまで遡る。

 

 12月。

 ハルウララの紹介で共にお茶会をする予定となっていたキングヘイローとサンジェニュイン、with カネヒキリ、ハルウララ。

 しかしハルウララのお茶目なミスでキングヘイローにお茶会の件が伝えられておらず、急なサンジェニュインの過剰摂取によってキングヘイローは気絶してしまった。

 それによってお茶会が早々に解散となったことを、自室のベッドで目覚めて知らされたキングヘイローは頭を抱えた。

 

「と、とんでもないことを……ああ、一生に一度のチャンスだったかもしれないと言うのに……!」

 

 サンジェニュインがトレセン学園内にいることも珍しかったが、会うだけにとどまらず、一緒にお茶会ができる機会など滅多にはない。

 その機会を逃してしまった自分への失望と共に、キングヘイローはちょっぴり泣いた。

 ハルウララにはもっと泣かれた。

 

 ごめんねキングちゃん、と涙を流す友人を、キングヘイローはそっと抱きしめた。

 

 彼女に罪はない。

 思い返してみれば、ハルウララからは「お茶会の準備できたよ!」と言われていた。

 普段から2人でティータイムを過ごすこともあったが、大抵はキングヘイローが準備し、ハルウララを誘うという形式だったのだ。

 それが、ハルウララから誘うともなれば、サンジェニュインも交えたあのお茶会だと、キングヘイローが察してやるべきだった。

 もちろん、サンジェニュインが来ていることをハルウララが伝えてくれれば、と思わなかったか、といえば嘘になる。

 だがキングヘイローはハルウララの同室。

 共に過ごして長いのだ。

 彼女がほんのちょっぴりドジっ子でもあることを、見逃してはいけなかったと言うのに。

 もし目の前にタイムマシンがあったら乗りたい。

 乗って前日に戻りたい。

 

「キングちゃんキングちゃん! あのねあのね、サンちゃんがね、またお茶会しようねって!」

「えっ」

 

 きのこを生やしそうな勢いで落ち込んでいたキングヘイローに、その言葉は劇薬も同然だった。

 

 きのこ? 燃やしましたが? と言わんばかりに晴れ渡るキングヘイローの顔。

 これには落ち込んでいたハルウララもニッコリ。

 そんなハルウララの笑顔を見てキングヘイローはさらにニッコリ。

 

 ハルウララが繋いでくれたこの縁。

 次は絶対無駄にせずものにして見せる!

 キングヘイローは強い()、不屈の()

 まず手始めにサンジェニュインの好きな茶葉を聞いてお菓子とか色々セッティングして ── と、ウキウキしていたキングヘイローは、その日の夜ベッドで泣いていた。

 

【速報! 凱旋門賞ウマ娘サンジェニュイン、URAファイナルズで引退決定】

 

 

 

 

 サンジェニュイン引退の知らせは、中央トレセン学園どころか、世界中のウマ娘に衝撃を与えた。

 

 何も不思議ではない。当然だ。

 世界初の白毛のG1ウマ娘。

 日本ウマ娘として初めて凱旋門賞を制し、2連覇まで成し遂げた。

 誰が呼んだか、美貌のウマ娘、あるいは太陽のウマ娘。

 サンジェニュインの前にウマ娘はなく、いるのは追いかけてくる者のみと謳われた。

 多くのウマ娘が彼女に憧れた。

 彼女のように美しく、しかし強くあることに焦がれた。

 そしていつか、そんな彼女の隣で走ることを夢に見た。

 

 それはキングヘイローも例外ではない。

 いつかはサンジェニュインと同じレースに出ることを目標としていた分、ショックは大きかった。

 

 サンジェニュインがラストランに選んだのは、自分の足に適したフランスのレース場ではなく、母国日本のレース。

 URAファイナルズは、ここ数年で新たに新設されたレースではあるが、その年の優駿を決める最大のレースになりつつある。

 距離ごとに部門が設けられており、それぞれ得意距離で出走する。

 皐月賞、菊花賞、有馬記念、凱旋門賞でわかる通り、サンジェニュインはクラシックディスタンス、それも中長距離を得意とするウマ娘だ。

 既に発表されている出走部門も、長距離部門と明言されていた。

 

 実は、キングヘイローもURAファイナルズには出走予定だった。

 だが高松宮記念制覇を経て、担当トレーナーと相談した結果、キングヘイローは短距離部門への出走を決めたのだ。

 ……公式で走れる機会はもう、永遠にはない。

 目標の一つを失ったキングヘイローは、地方遠征でハルウララが外出している夜、行儀悪くベッドの上でポテトチップスを食べていた。

 

 いつもなら絶対に食べない、ニンニクマシマシチーズたっぷりのポテトチップスだ。

 売店でこっそりと、一番大きいサイズを買ってきた。

 普段ならしない暴挙も、今はなぜか躊躇いなくできた。

 パリ、パリ……と食べながら、キングヘイローは慣れた手つきでDVDセットを手繰り寄せる。

 ベッドの下に仕舞っている宝箱の中には、キングヘイローがこれまで集めてきた大切なものが詰まっていた。

 このDVDセットは宝物の中でもさらに特別なものだ。

 これが何かというと、サンジェニュインのデビューから今日までのレース映像を収めたもの。

 キングヘイロー自身が撮影したものばかりだ。

 中には国内のみならず国外のものもコンプリートしてあったが、もちろん、キングヘイローが現地まで足を運んで撮り溜めたものである。

 

 ハルウララにも、他の誰にも言ってこなかったが、キングヘイローは年季の入ったサンジェニュインファンだ。

 コミュニティ内ではキングヘイローのようなファンたちが自虐も込めて「イカロス」と名乗ったりしているのだが、冗談ではない。

 キングヘイローはロウで固められた粗末な翼とは違うのだ。

 太陽の熱ですら溶けない翼になって、サンジェニュインの隣で走り切る自信が……あるとは胸を張って言えないがそうなりたいという気持ちはある。

 

 そもそもどうしてキングヘイローがこのように重度のサンジェニュインファンになったのか。

 理由は極めてシンプルである。

 その走る姿に惚れたからだ。

 

 キングヘイローがサンジェニュインのレースを初めて見たのは、たまたま赴いた阪神レース場でのことだった。

 12月19日の夕方。

 出走まで後10分になった所で、珍しく白毛のウマ娘が出ていると知った。

 白毛のウマ娘といえば、キングヘイローはモデルであるサンジェニュインが好きだった。

 カラフルな衣装を着こなすサンジェニュインの、その美しさや雰囲気を好んでいたが、レースを見たことで深い愛と羨望を抱いた。

 

 彼女の。

 

 その強気の走りに目を奪われた。

 負けてもなお、諦めを知らない強い瞳に根性を見た。

 真珠のように流れる涙の一粒一粒に、高い矜持を感じた。

 

 自分自身と重ね合わせるには、キングヘイローとサンジェニュインは似ていない。

 でも、その根本にある『不可能』の文字を跳ね除け、ひたすらに前に進む意志の強さにはきっと、通じるものがあった。

 

 そのメイクデビュー以降、キングヘイローはサンジェニュインが出走した全てのレースを見た。

 もちろん、海外であろうと現地まで赴いて見に行った。

 未勝利戦も、あすなろ賞も、弥生賞での悲劇も、同着の皐月賞も、惜敗した日本ダービーも。

 神戸新聞杯で見せた力強さは、菊花賞での世界レコード更新と共に本物になった。

 シニア級のウマ娘たちを退けた有マ記念の、その1センチの執着に痺れたウマ娘は、きっとキングヘイローだけではなかっただろう。

 年明けから海外レースが中心になって、追いかけるキングヘイローはもちろんより大変になった。

 トレーナーにもかなり無理を言ったし、キングヘイロー自身、心身ともに負担がなかったとは言わない。

 けれど、その苦労を跳ね除けるほどの素晴らしい光景がそこにある。

 来てよかった、追いかけてよかったと思わせてくれるほどの活躍と、頑張りを見せてくれるのだ。

 

 それがもう見られないこと。

 そしてサンジェニュインと走る機会が永遠に失われた事実。

 キングヘイローはやはり悔しくて涙が止まらなかった。

 それと同時に、どこかホッとしたように息を吐く。

 その時、テレビ画面に映っていたのは、サンジェニュインのメイクデビューから日本ダービーまでのレースだった。

 

 クラシックシーズン……特に日本ダービーまでのサンジェニュインと、今のサンジェニュインとでは、だいぶ雰囲気が異なる。

 だが、そのことを覚えているウマ娘も、人間も、そう多くはないだろう。

 キングヘイローのように昔からずっと追っている、というレベルで思い入れが深くなければ難しいかもしれない。

 というのも、今のサンジェニュインが放つカリスマ性が強すぎて、昔の姿がかき消されてしまうからだ。

 

 では当時のサンジェニュインがどのようなウマ娘だったのか。

 メイクデビューからのレース映像を見ていたキングヘイローは、懐かしみながら思い出していた。

 

「そう、この頃はまだ、扇はなかった……」

 

 今やトレードマークともなっている栗色の扇。

 そして栗色の耳カバーも、まだその耳にはなく、扇も手にはない。

 風に揺れる髪を抑えるその指にマニキュアは施されていない。

 顎より少し下まで伸ばした真珠色の髪に、栗色の装備品もない、勝負服も相まってまさに『真っ白』というにふさわしい姿だった。

 なんだ耳カバーや扇がないだけじゃないか、と思うかもしれないが、白色に他の色があるかないかというのは、だいぶ印象が違うのだ。

 それに、一番違うものがまだある。

 この頃のサンジェニュインというウマ娘は、よく笑う。

 朗らかに、高らかに、喜びに満ち、時には悪戯っぽく。

 ただ、ただ、よく笑った。

 

『冷酷』

『無慈悲』

『完璧主義』

『エリートの中のエリート』

 

 その様子や立ち居振る舞いから、これらの印象を抱かれやすいサンジェニュイン。

 だが日本ダービーまでのサンジェニュインはといえば、それとは真逆の印象となる。

 

『無邪気』

『純粋』

『破天荒』

『元気』

 

 よく笑い、しかし、よく泣くウマ娘でもあった。

 それがいつから変わったのかといえば、日本ダービーを迎える前。

 

 この頃になると中央トレセン学園内のファンの間で、サンジェニュインが笑わなくなった、という情報が出回るようになった。

 外を歩くときは栗色の扇を広げることが多くなり、その扇の隙間から見える瞳は冷たく光る。

 近づき辛い雰囲気に変わり、それまでいたサンジェニュインの追っかけの8割がしっぽを巻いて近寄らなくなった。

 明確に変わったのは合宿から帰ってきてからだ。

 サンジェニュインは学園内でも名門と噂のチーム・メテオに所属しており、皐月賞後に一週間の合宿が行われていたという。

 本人は皐月賞後に療養へ出たと思われていたが、実際にはこの合宿に参加したのだろう。

 サンジェニュインが扇を使い始めたのは合宿後からだ、というウワサも同時に聞こえていた。

 

 そも、なぜサンジェニュインが皐月賞後に療養へ出ていた、と思われていたのか。

 それは皐月賞での出来事が衝撃的だったからだろう、とキングヘイローは踏んでいた。

 ()()は外から見ていたキングヘイローですら辟易とするのだから、当事者のサンジェニュインからしたらたまったものじゃないだろう。

 あの、酷さ。

 いや、サンジェニュインの走りが、ではなく、レースの前後が、だが。

 

 皐月賞はクラシック第1回戦。

 情熱渦巻くトゥインクル・シリーズのうち、クラシックシーズンを華やかに告げるはじまりのレース。

 多くのウマ娘がここに出走することを目標に、ひたむきに、一生懸命、一途に走る。

 出走が叶った日には緊張もピークに達するかも知れない。

 いちばん最初のクラシックレースと言うこともあって、例年、プレッシャーから挙動がおかしくなるウマ娘も多くいた。

 だから多少の奇行は微笑ましく見られるものだった。

 でもサンジェニュインの皐月賞は、それらと一線を画していた。

 

 何故なら、出走する殆どのウマ娘が、レース前からサンジェニュインにべったりと張り付いていたから……!

 

 ライブ放送をしている番組のアナウンサーから「この世代はひときわ仲が良いですね」と引き気味に言われるほど。

 囲まれているサンジェニュインは半べそかいてヒンヒン泣いていた。

 キングヘイローが同じレースに出ていたら半狂乱でガードしたことだろう。

 レース自体は手に汗握る激戦だっただけに、出だしの酷さが際立った。

 

 レース後もレース後で大変だった。

 サンジェニュインはディープインパクトに張り付かれてヒンヒン大泣き。

 ウイニングライブでも同着ということでダブルセンターを務め、その最中もピタっと張り付かれてギャン泣き。

 ライブの最後にはトレーナーに引きずられながら控え室へと戻っていった。

 その去り際の疲労感たっぷりの顔をみていたファンからすれば、レース後に短期の療養に出た、というウワサは限りなく真に近かった。

 

 だが蓋を開けてみればその療養は合宿だったらしい。

 栗色の耳カバーを身につけ扇を揺らし、サンジェニュインは再びトレセン学園に戻ってきた。

 

 そして迎えた日本ダービー当日。

 世代イチの優駿を決めるクラシックシーズン最高潮のレース。

 皐月賞同様サンジェニュインを囲もうとした大勢のウマ娘は、しかし、結局近寄ることもできずに硬直することとなる。

 現われたサンジェニュインが、それまでの親しみやすい雰囲気と打って変わって、自ら突き刺してくるようなトゲトゲしい薔薇の花になっていたからだ。

 これまでレース前に浮かべて温和な表情はなりを潜め、近寄られてもヒィンと泣くことなく睨み、広げられた扇の向こう側から低い声がこだまする。

 

「道を空けなさい」

 

 その日本ダービーは世代の頂点を決めるレースに相応しく厳かで。

 そこに立っていたのは天使ではなく ── 女神だった。

 

 結果は惜しくもディープインパクトに1センチ差の2着ではあったが、頭を下げることなくディープインパクトを睨み付けたサンジェニュインの姿に、陰りはなかった。

 そこに、キングヘイローは不屈を見たのだ。

 メイクデビューの頃から変わらない、負けず嫌いの目。

 決して落ちることのない、くすむことのない羨望と意地を見つけて、キングヘイローは惚れ直した。

 周りのファンがサンジェニュインの変貌に目を白黒させ、やがて天真爛漫な天使期を忘れても。

 彼女を神のように崇め、ライバルとして見ることさえ諦めても。

 彼女の揺らぐことのない信念と誇りを、キングヘイローだけは忘れなかった。

 

 大多数のファンは、その変わりようを『精神的に成長した』と受け止めた。

 でもキングヘイローには、キングヘイローだけはそれを『成長』と馬鹿正直に受け取ることはできなかった。

 もっと別の、何か大切な意味合いがあるように思えてならなかったのだ。

 サンジェニュインの競技生活において、変わらざるを得なかった、何か、大切なものが。

 しかし外野のキングヘイローにはそれを探る手立ても、そして突っ込む権利もない。

 ただファンとして、サンジェニュインが無事にレースを走り抜けること。

 そしてまた誰の目を憚ることなく笑えるようになることを、ひたすらに祈ることしかできなかった。

 太陽に溶けて沈む大勢のイカロスに埋もれながらも、キングヘイローだけは。

 

「……だからこそ、一緒に走りたかったのよ、私は」

 

 キングヘイローもこれまで大きな期待を背負って走ってきた。

 皐月賞も、ダービーも、菊花賞も勝てず沈んだ時。

 混み合った感情の中に、この時のサンジェニュインがしっかりといた。

 負けるもんかと顔を上げ、頭を上げ、視線をまっすぐ前に向けて。

 何がなんでも勝ってやると諦め悪く伸ばした手と、回した足の先。

 キングヘイローだからこそ、キングヘイローが歩んだ道程を振り返ったからこそ、とても強く共感した。

 痛みと喜びを知っていた。藻掻いた腕の重さと足の鈍さも。

 だから1度でもいい。

 走ってみたかった。

 似た景色を眺めたサンジェニュインを追い越して、振り返ってみたかった。

 

 高松宮記念を制してスプリンターと呼ばれようとも。

 キングヘイローはサンジェニュインと走りたかったのだ。

 

 けれどもう叶わない。

 サンジェニュインはターフを降りる。

 いつか来ると思っていた別れがこんなに辛い。

 

 いまキングヘイローの中にはファンとして「やだやだ引退しないで!」の気持ちと。

 走者として「やだやだ引退しないで!」の気持ちが手を繋いで泣いていた。

 推しには永遠に走っていて欲しい。

 どこぞのデジタルも似たようなことを叫んでいた気がすると思いながら、キングヘイローはリモコンを操った。

 今日はオールだ。

 もう1回メイクデビューから流して全部見るんだ。

 ポテチの袋は空になりかけていて。

 

 走りたい気持ちだけが、満たされていた。

 

 

 

 

 

「おはようキングちゃ ── !? どうしたのその顔!?」

「太陽はネヴァーダイよ」

「なんて!?」

「おはようございマース! ……失礼しまシター」

「待っていかないでエルちゃん!!」

「太陽はネヴァーダイなのよ」

「だからなんて!?」

 

 キングヘイローはスペシャルウィークとエルコンドルパサーに付き添われ、保健室に向かった。

 

 

 

 

 

 ときは流れ、URAファイナルズ終了後。

 キングヘイローは短距離部門に出走し、惜しくもサクラバクシンオーの2着でフィニッシュ。

 だが悔いはなかった。

 最後まで持てるすべてを使って走り抜けたからだ。

 キングヘイローはトレーナーと健闘を称え合ったあと、汗を拭ってすぐに次のレースを見に行った。

 

 URAファイナルズの最終レースは芝の長距離部門。

 当初3400メートルの予定だったレースも、会場の都合で3000メートルに変更されて開催された。

 出走するウマ娘はサンジェニュインの他、ディープインパクトにシンボリルドルフにと豪華な面々。

 シンボリルドルフはパフォーマンス込みの出走とはいえ、無敗の三冠ウマ娘が出走するという知らせは観客を呼び込むのには十分だったようだ。

 他の部門よりも多くの観客が密集する中、キングヘイローはスルスルと最前列まで滑り込んだ。

 寿司詰の中でなんとかカメラを構え、サンジェニュインのラストランを見届ける。

 サンジェニュインとディープインパクトの熾烈な競り合いに目頭を熱くし、そのゴール板が踏み込まれた瞬間には涙の膜が決壊していた。

 キングヘイローは拭えども、拭えども、溢れ出る涙を止めることができなかった。

 そうして視界を感動でいっぱいにしながら、他の観客と同じように拍手を送った。

 

 レース後のライブも堪能し、キングヘイローは寂しい気持ちを抱えたまま日々を過ごした。

 しかしずっと沈んでいるわけにもいかない。

 高松宮記念連覇を目指して、キングヘイローは今年も走り続けなければならないのだから。

 

 そうしてURAファイナルズから1ヶ月がたったころ。

 キングヘイローの元にハルウララから連絡があった。

 サンジェニュインからお茶会の続きをしよう、という招待付きで。

 キングヘイローは一もなく二もなくそれを承諾した。

 そして迎えた2度目のお茶会。

 流れるように土下座したキングヘイローを立たせ、サンジェニュインは腕を組んで声を張り上げた。

 

「んぉっほん!! ……来たな、キングヘイロー! さ、走ろうか!」

 

 ハルウララから体操服を持ってくるように、と言われていたが、なるほどこういうことか。

 納得した反面、前もって言ってほしい、と脳内ハルウララの頬をひっぱる。

 突然の出来事にまた気絶しそうになるのを必死に耐えて、キングヘイローはノロノロとした動きで体操服に着替えた。

 練習用に開放されるトラックで、サンジェニュインは仁王立ちのまま待ち構えている。

 ふふん、と鼻を鳴らして腕を組む姿がなんとも愛らしくて、自然と頬が緩む。

 公式のレースではもう一緒に走れないと言ったが、それ以外のレースで走れないとは言ってない、と胸を張るサンジェニュイン。

 その横で同じように胸を張るハルウララ。

 かわいいが渋滞してる。

 キングヘイローは一瞬だけ飛んだ意識をなんとか三次元につなぎ止めて、前を真っ直ぐと見つめた。

 

「距離は不問! 指定はキングヘイローに任せる。さあ、どれくらい走る?」

 

 それなら、とキングヘイローはクラシックディスタンスを指定した。

 それはサンジェニュインへの忖度でもなんでもなく、サンジェニュインの得意な距離で彼女と競り合いたいという、キングヘイローの意地。

 瞳がぎらりと光る。

 キングの矜持がふたつ、重なり合って。

 

「……いいぜ、オレも、全力で受けて立つ!」

 

 太陽が、にっこり、微笑んだ。








キングヘイローさん
太陽の過剰摂取で耐性を得た(?)
たびたび「またしても何も知らないキングヘイローさん」になってしまう
「太陽はネヴァーダイよ!」
スペちゃんとエルちゃんが困惑している

聖ウララエル
またの名をハルウララちゃん
キングヘイローさんがサンジェオタクなのをなんとなく知っている(キングさんはバレてるとは知らない)

サンジェニュイン
キングさんが自分の応援してることを知っている推し
でも自分のファンが「イカロス」と自称してることを知らないぽんこつ


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『晴天』と『霹靂』1

トレセン入学前のカネヒキリくんとサンジェニュインの話

※「【擬人化】太陽の仔 ── ドリームデイ」は削除しました。閲覧ありがとうございました※


 青天の霹靂。

 

 青く晴れた空に突然起こる雷の意。

 転じて、偶発的に発生する思いがけない大事(おおごと)

 

 カネヒキリとサンジェニュイン。

 ふたりの出会いはまさに『青天の霹靂』と呼ぶに相応しかった。

 

 少なくとも、カネヒキリにとっては。

 

 

 

 

 

 

 冬の最中でありながら、その日はいっとう暖かい日だった。

 吹く風はほんの少しだけ冷たかったが、まるで春先のような優しいにおいがしたことを、カネヒキリは昨日のことのように覚えている。

 それほど鮮明で、それほど忘れがたい記憶だった。

 

「カネヒキリ、ほら、ごあいさつ」

 

 まだ2歳だった。

 母のスカートを掴み、言葉はそれほど達者ではなかったはずだ。

 ひとりで本を読むのが好きだった。

 あんこを詰めたパンの擬人化がその時の流行り。

 多忙な母が迎えに来るまで、ウマ娘専用の託児所の隅で本を広げる。

 そんな日々の中で、それはやってきた。

 

「明日から一緒に遊ぶ新しいお友達ですよぉ」

 

 時間はちょうど帰宅ラッシュ。

 母が見えて立ち上がったカネヒキリは、職員の声に足を止めた。

 

「ほらこっちにおいで」

 

 そう言って喚きたてる子供たちの前に引っ張り出されたものを、カネヒキリは太陽だと思った。

 空から太陽が落ちてきた、と。

 白くて、まろくて、甘いにおいのする太陽が。

 絵本をギュっと握りしめたまま、カネヒキリはしばらく太陽を見続けていた。

 瞬きも忘れるほど見つめて、気づかれないはずもない。

 パチリ、とかみ合った視線の先で、太陽はゆっくりと目を瞬かせて、そして。

 

「カネヒキリくん」

 

 音にはなっていなかった。

 でも確かに、太陽はカネヒキリの名前を呼んだ。

 青い宝石をかき集めたような、そんなキラキラとした両目から涙が流れる。

 

「初めてで緊張しちゃったのかしら」

「かわいらしい子ねえ」

 

 と保護者たちが囁き合う。

 

「そうだ、カネヒキリ。あの子にあいさつしようか」

 

 いつの間にか傍に来ていた母に促され、背中を押されて半歩、前に出た。

 カネヒキリは生まれつき体格が良く、同世代の中でも大柄な方だ。

 見下ろすことはあっても見上げることはなかった。

 だがその日、カネヒキリは初めて誰かを見上げた。

 ほんの数センチにも満たない差。

 でも、それこそが、カネヒキリの記憶の中でもっとも鮮やかで、晴れやかで、満ち足りた景色だと胸を張って言えた。

 

「……はじめまして!」

 

 子供らしい甲高い声が響く。涙はもうなく、ただ高らかに。

 視線はカネヒキリに向いていた。

 母が再度カネヒキリの背を押す。

 それでも声を上げられなかった。

 同じように「はじめまして」と言えなかった。

 だって、なんだかこれがはじめてじゃないような── そんな気がして。

 ただ、カネヒキリはただ、ただ見惚れて。

 一言も言えないまま立ち尽くして。

 

「この子ったらすみません」

 

 と頭を下げる母のことも目に入らなかった。

 

 でも目の前の存在から視線を逸らすこともできない。

 思えばなんて失礼な態度だっただろう。

 それでも鮮やかなまで美しい『白』は、カネヒキリの頭上でまぶしく笑った。

 

 

 

 

 

 それから数年後。

 

「おーいカネヒキリくーん! あーそーぼー!」

 

 外から聞こえた元気な声を合図に、カネヒキリはリュックを持ち上げた。

 するとオープンキッチンから手が伸びる。

 持っていきなさい、と手が言うので、カネヒキリは有難く持っていくことにした。

 真っ白な手提げ袋。

 汚れが目立つから別の色にしないさい、と言われて、でも、その色が良いと選んだ。

 端のほうに小さくカネヒキリの名前が刺繍されている。

 

「今日はどこに行くの?」

「おばけ森」

「結構遠いじゃない。バスで行くの? 歩き? そう。あんまり遅くならないように、あと、奥深くまで行かないように。日焼け止めは塗ったの? 虫よけスプレーも持った?」

「うん」

 

 ここで『行くな』と言わない、子供の好奇心に理解のある母のことをカネヒキリは尊敬している。

 玄関前、シューズボックスの扉に備え付けの姿見の前に立った。

 栗色の髪の毛をさっと整えて、ピンと張った耳の調子を確かめる。

 しっぽの毛艶ヨシ、服装ヨシ。

 カネヒキリくーん、と再び声が上がって、慌てて振り向いた。

 しかしそれよりも先に、誰かがガチャリと扉を開けた。

 

「あっ、おばちゃん! おはようございます!」

「はい、おはようサンジェニュインちゃん。今日も元気ねえ」

「それだけが取り柄みたいなもんなんで! おばちゃんは今日もきれいですね!」

「あらやだこの子ったら嬉しいこと言って! カネヒキリの手提げ袋の中にサンジェニュインちゃんの分も入れたから、まだお腹空いてるなあって思ったら食べてね」

「やったぜ! ありがとうおばちゃん!」

 

 元気な声が ── サンジェニュインが来るといつもこうだ。

 別にわざわざ顔を見せなくても良いのに、母はエプロンを外して玄関先まで出てくる。

 カネヒキリが声を掛けるよりも先にサンジェニュインに話しかけ、腰まで伸びた白髪の寝ぐせを直してやり、おまけにかわいいかわいいと褒めたてた。

 カネヒキリのことも良く褒める母なので、それに対して思うことはない。

 あるとすればやっぱり、自分が声を掛けるより先に話しかけないでくれ、ということくらいだ。

 ここに父もいたらさらに騒がしかっただろう。

 そう思いながら、カネヒキリはようやくサンジェニュインに挨拶をした。

 空の色を映したような両目を瞬かせて、サンジェニュインは笑みを深める。

 母に向けた子供らしい挨拶ではなく、それよりも一段と落ち着いた声色は、カネヒキリを不思議な気持ちにさせる。

 胸の真ん中がざわざわするような、擽ったいような、温かいような。

 でも気分が良かった。

 サンジェニュインがそうするのはカネヒキリの前だけだと、知っていたからだ。

 

 

 

 

「オレたちもあと少しでトレセンだな」

 

 大きな木の下にピクニック用のシートを敷いた。

 擦れる木々の隙間から晴天が見える。

 日差しがきつくないのを確かめてから、カネヒキリはサンジェニュインの言葉に頷いた。

 季節は冬を越え、春を越え、今は夏。

 あと数か月もすればふたりはトレセン ── 日本ウマ娘トレーニングセンター学園に旅立つ。

 

「学校通うの初めてだなあ」

 

 長髪を風に揺らしながら、サンジェニュインはしみじみと言葉にした。

 サンジェニュインとカネヒキリは同世代だ。

 だがカネヒキリが地元の私立学校に通う中、サンジェニュインは基本的に自宅学習をしている。

 理由は多々あったが、その最たるものは「安全性が確保できない」ことにあるとカネヒキリは知っていた。

 

「……許可出たんだな」

「うん、流石にな。レースに出るならトレセン行かなきゃ。トレーナー見つけないとどうしようもない。それは父ちゃんたちもわかってるから」

 

 シートに置かれた重箱は五段。

 それらを一段ずつ食べながら、サンジェニュインは少し難しそうな顔をした。

 

「カネヒキリくんとは同じ寮だと思うけど、同室にはなれるんかな……? あれって()の関係性とかによるっていうし……『俺』ってぼっちだったしどうなるんだろ……うーん」

「サンジェニュイン」

「あ、お茶! ありがとう」

 

 手渡したお茶を美味しそうに飲むサンジェニュインを横目に、カネヒキリも箸を動かした。

 母が作ってくれた玉子焼きは出汁巻きで、大根おろしと合わせると絶妙な味わいになる。

 それに舌鼓を打ちながら、カネヒキリの視線はサンジェニュインに向いていた。

 

 サンジェニュインと出会って10年。

 それだけの年月を共に過ごした今でさえ、カネヒキリは不思議に思うことが多々ある。

 つい先ほどサンジェニュインの口から飛び出した発言も不思議に思うことのひとつだ。

 

『カネヒキリくんとは同じ寮だと思う』

 

 トレセン学園には美浦と栗東のふたつの寮があるが、そのどちらに振り分けられるかは入学してみないとわからない。

 だがサンジェニュインは、当たり前のようにカネヒキリと同じ寮だと思い込んでいた。

 いや、思い込みではなく、きっと同じ寮になるのだろう。

 サンジェニュインは度々理解できない言動をするが、それが外れることはほとんどなかった。

 

「まあ、寮のことは今はいいや! なるようになるだろうし。あー、でもほんと入学楽しみだ! 食堂とか行ってみたいなあ。美味しいらしいじゃんか。あと練習施設も。入学当日から使えるんだろうか……電話したら教えてくれるかな」

「……新入生は基礎トレーニングを終えてから、と聞いたようなきがする」

「エッほんと? ……んー、そっか。じゃあ使えねえな。もっと早く練習したかったんだけどな」

 

 サンジェニュインは練習熱心、というよりは、自分の技術を高めることが好きだった。

 スピードを、パワーを、スタミナを、根性を。

 叩きあげて、昨日よりも、一時間前よりも速くなることを求めている。

 視線は常に前へ。

 生来の才能を限りない努力で育てるサンジェニュインの、ごうごうと燃えるような瞳が、カネヒキリにはこの上なく眩しく見えた。

 

「練習もそうなんだけどさあ、実は心配してることがあって」

 

 眉を下げながら、サンジェニュインは頼りない声色で言った。

 

「心配っていうか、不安っていうかさ。やっぱ勉強のことなんだよな。四則演算は五桁までなら電卓なしで即答できるし、造花のバラを数えるのも千本までなら一瞬でできんだけど」

 

 そう得意げにするサンジェニュインの学力は、義務教育の最低ラインをちょっと超えた程度。

 やはり自宅学習の影響なのか、世俗とは一歩ズレた感覚もある。

 だがそれらは偏に『勉強に必要性を見いだせないせいだ』という一言に尽きた。

 ようは勉強することに興味がないのだ。

 嫌いなわけではないことをカネヒキリはよく知っている。

 ただ、本当にただ、勉強という作業に興味がないサンジェニュインは、授業を聞いてもそれらを脳みそにインプットできない。

 これでなにかしら、勉強に興味を持つきっかけなりがあれば良いのだが。

 そんな都合の良いこともなく、なあなあでここまで来てしまった。

 救いがあるとすれば、サンジェニュインは頭の作りが悪いわけではないので、やろうと思えば一夜漬けでもそれなりの点数を取ることができるということだ。

 しかし、翌日には頭から抜けているようだが。

 

「勉強はなんとかするとして……んふっふ。学校生活楽しみだなあ。カネヒキリくん、お友達紹介してくれるんだろ?」

 

 学校に通うカネヒキリには数人の友人がいる。

 その中で同じようにトレセン学園に進学する友人をサンジェニュインに紹介する予定だった。

 カネヒキリなりにサンジェニュインの交友関係を気にしてのことだったが、走ることに対しての意識が高すぎるサンジェニュインに、普通のウマ娘を紹介しても意味はない。

 それに、カネヒキリとしては自分の親友に会わせるからには、相手もそれなりのウマ娘でなくてはならないという気持ちがあった。

 同学年でも選りすぐりと呼ばれる友人たちなら、サンジェニュインともきっと話が合うだろう。

 そう思いながら、しかし一番の理由は、友人たちにこの美しすぎる親友を自慢したいという、子供らしい感情だった。

 

「楽しみだ。ほんっとーに、楽しみだなあ。な、カネヒキリくん!」

 

 心の底からそう思っているのだろう。

 鼻歌交じりのサンジェニュインの横顔を眺めた。

 涼しさを求めて日陰に腰を下ろしたが、それでもサンジェニュインの顔は美しかった。

 まるで絵画。

 白い髪が木々の色合いを写し取り、神秘的な横顔を露わにしている。

 言葉を失うほどの美の結晶が、親友と呼ぶカネヒキリに微笑む。

 

 サンジェニュインが学校に通えていなかった理由の最たるものに、この隔絶した美しさがあると、カネヒキリはためらうことなく断言できた。

 

「……もう6年か」

 

 思い出すのも忌々しい、と言わんばかりの声色で呟いたカネヒキリに、サンジェニュインは不思議そうな顔をして、でもすぐにピンときたのか頷いた。

 6年。そう、6年が経った。

 サンジェニュインが襲われてから、ちょうど。

 

 ── あれは託児所で出会ってから4年目の春。

 

 カネヒキリは地元の私立学校に進学し、そしてサンジェニュインも同じように地元の別の私立学校への進学していった。

 離れ離れになってしまったが、家はウマ娘の脚力ならひとっ走りして着く距離。

 決して遠くはない、とお互いに言い聞かせて、放課後に遊ぶのが何よりの楽しみだった。

 

 だがサンジェニュインが学校に通い始めて1週間も経つ頃には、通学を取りやめて自宅学習に切り替わっていた。

 どうしてそうなったのかと言えば、学内で児童・教師関係なく追い掛け回されたりした挙句、誘拐未遂にあったからだ。

 ちなみに誘拐未遂は合計3回で、犯人は担任のウマ娘や学年主任のウマ娘や用務員のウマ娘だと言う。

 救いのない話である。

 

「あんときはびっくりしたなあ。まさかオレの顔がキッズにも効くとは……」

 

 のんびりとした様子で答えるサンジェニュインに、カネヒキリはあの日のことを思い出していた。

 確かあの時も、サンジェニュインは今のようにのらりくらりとしていたのだった。

 あまりにも危機感がないので、カネヒキリがサンジェニュインの父に連絡したほどである。

 

「いやだってさ、オレも悪かったかなーって」

「お前に非はない。未成年に手を出そうとする側が圧倒的に悪いだろう。加害者を庇うな」

「いつになく饒舌だな……わかった、わかったよ。確かに相手が……先生の方がヤベーよな、ウン。いくらオレの顔が可愛かろうが未成年に手を出すのはねえわ」

 

 ほいほい誘いに乗ったオレもアレだけどね、と言いながらサンジェニュインは肩を竦めた。

 

 あの日、サンジェニュインはクラス担任から「グラウンドで走らせてあげる」等の誘い文句を受け、その教師に車に乗せられそうになった。

 だがサンジェニュインが見事な回し蹴りでそれを退けて脱出し、その足でそのまま帰宅したのだ。

 

『担任のウマ娘がヤバすぎて笑っちゃった。護身術習おうかな』

 

 学校帰りにそう言われたカネヒキリが一瞬だけ気絶し、持ち直すとすぐにサンジェニュインの父に連絡したのも無理ない話だった。

 サンジェニュインにはふたりの父がいるが、どちらも誘拐未遂にひどく動揺し、そしてそれが複数回あった事実に激怒していた。

 当然である。親でこの反応をしないやつはマジでいない。

 

 誘拐未遂をやらかすウマ娘がいる学校に通わせられるか、ということで自宅学習となった。

 ただ通学時と変わらない教育水準を受けるため、今は近隣の高等学校に通うトレーナー志望の女性を家庭教師に勉学に励んでいた。

 イノリちゃん優しいんだよ、とサンジェニュインはその女性に懐いているらしい。

 トレーナー志望というだけあって、ウマ娘のボディケアにも精通しているらしいその女性は、サンジェニュインのことをかなり可愛がっているようだ。

 誘拐未遂事件の二の舞にならないか心配したが、カネヒキリの調査によると今のところ無害である。

 心変わりしないことを祈っているが、相手はサンジェニュインだ。

 

 サンジェニュインというウマ娘はとにかく衆目を集める娘だった。

 託児所にいた頃からそうだったが、天上の生き物と見紛うその美貌に、理性を失うウマ娘が後を絶たなかった。

 だから送り迎えは車必須で、遊ぶときはお互いの家の中か、サンジェニュインの地元限定という徹底ぶり。

 カネヒキリ的にはサンジェニュインと一対一で遊べることもあり、場所はどこでもよかったが。

 

「……危険なのは入学してからか」

「ん? なんて?」

「いや。……同じ部屋だといいな」

 

 そうすればカネヒキリがいろいろと助けてやれる。

 そんな気持ちを押し込んだ言葉に、サンジェニュインはふにゃりと笑った。

 

「うん、同じ部屋がいいな。そうしたらきっと、もっと、楽しいはずだ」

 

 笑って、笑って、楽しそうに笑って。

 そう言ってカネヒキリの手を握るから ──……。

 

 

 

 カネヒキリは気絶した。

 

「か、カネヒキリく~~ん!?!? カネヒキリくん!! 意識しっかり!!」

 

 意識が落ちる前に見た空は、鮮やかすぎるほどきれいな青だった。








カネヒキリちゃん
馬の記憶など当然ない褐色美少女ウマ娘ちゃん
割と早い段階でぽんこつと再会し世話を焼いてる
サンジェの危機感がぽんこつすぎて頭抱えてるウッマ娘
でもこの親友が可愛いオブザイヤーが過ぎるんだよなあって毎秒思ってる
正直サンジェと遊ぶためだけに後半は保育所に通ってたまである
気をつけろ大変なのはトレセン入ってからだぞ!!

サンジェニュイン
全部の記憶持ちウッマ娘
ガン見の圧で即カネヒキリくんと察した
自分以外は記憶無いだろうなと覚悟してたのでそこらへんは別になんとも思ってない
危機感はないが恐怖心はある
カネヒキリくんがいなかったら引きこもってたし、実際カネヒキリくんと遊ぶ時以外は専用のトレーニング場(洋芝)でずっと走ってる


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トウカイテイオーと太陽のウマ娘

ワールドロイヤルカップの時のトウカイテイオーさん視点です


 ボクにとってそれは、頭上で輝き続ける太陽そのものだった。

 

『── 先頭はサンジェニュイン! ゴールまで残り200メートルですがハナを行くのは日本のウマ娘・サンジェニュインです! 後続完全にちぎれてッ! その差はもうわかりません! これは圧倒的な強さだサンジェニュイン! 大楽勝のゴールイン──……!』

 

 フランス・パリロンシャンレース場で開催された春一番のGⅠレース・ガネー賞。

 ドバイシーマクラシックでの二センチ惜敗を拭い捨てたその走りは、向こう十数年は破られることはないだろう大レコード。

 勝ち時計2分11秒。

 後続との最大着差は26バ身。

 荒れたターフをひっくり返す勢いで打ち立てられたその数字は、たちまち大勢の観客を虜にした。

 でもボクは。

 ボクは、そんな数字よりも彼女が眩しかった。

 

『泥を被ってもなお、曇ることなき白さを── 私は、太陽と呼びたい……!』

 

 カメラの中央に、実況が叫んだ通りの『太陽』が映る。

 顔を上げた彼女の瞳と画面越しに目があった気がして、ボクは胸の奥の高鳴りを押さえられなかった。

 画面の彼女はゆるやかに微笑んでいる。

 その高鳴りは、カイチョーと初めて走ったレースで感じた、あのイガイガに似ているようで違う。

 カイチョーのようになりたかったボクが、カイチョーにだってスゴイ! って言われたいと思ったときの、勝利への渇望。

 いま感じているのは、もっと奥側から引きずり出される、焦燥。

 

「ボクは、彼女の──」

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーさん!」

「あ、スペちゃん! やあ、悪いね今回も来て貰っちゃって」

「いえいえ!」

 

 一度は骨折から復帰したボクだけど、また怪我をしてしまい長期休養。

 もうほとんど絶望的な状況の中で、ボクはこれからどうするべきなのか、悩んでいた。

 そんな中でスペちゃんがお見舞いにきた。

 その手に持っているのは、サイン色紙かな?

 

「テイオーさん、驚かないでくださいね……!?」

「え~! なになにっ?」

 

 明るく聞き返すと、スペちゃんも嬉しそうに笑う。

 ボクが思ったよりも元気そうなのが嬉しいのかも。

 みんなには心配かけてるし、あんまり沈んでばかりもいられないよね。

 ニコニコしたまま待っていると、スペちゃんはボクにサイン色紙を差し出した。

 

「じゃーん! これ! なんと……サンジェニュインさんからのサインです!」

「えっ!?」

 

 素でびっくりしちゃった。

 だって……だってだって! 

 サンジェニュインからのサイン色紙だよ!? 

 びっくりしないほうがおかしいよ!

 

「これ、どうしたの!? サンジェニュインって今は海外にいるはずだし……どうやって……」

「それがですね! 実はサンジェニュインさんたちが学園に帰ってきてまして……! それでサイン貰えたんです!」

「ええ!? いいなあ、いいなあ! ボクも会いたかったなあ!」

 

 ボクがサンジェニュインの大ファンであることは、スペちゃんにも話してあった。

 だからサインを貰ってこよう、なんて思ったんだろう。

 きっとボクを励ますために。

 

「早く元気になって、サンジェニュインさんに会いに行きましょう! サイン色紙のお礼も、一緒に言いにいきましょうね、テイオーさん!」

 

 スペちゃんが笑ってそう言う。

 ボクが前向きになれるように。

 でも、でもね。

 

「……今のボクじゃ、会っても視界に入らない、か」

 

 自分の足を見る。

 また走れなくなった足。

 

「……あのねスペちゃん。サンジェニュインはね、振り返らないウマ娘なんだよ」

 

 これまでのレースでゴール後、サンジェニュインが振り返ったことはない。

 だから、ゴールした後のその表情を見ることができるのも、その視線と噛み合うのも、サンジェニュインに先着したウマ娘にだけ許される。

 一着でゴールしたレースで、サンジェニュインが自分に負けた相手を気にすることなんてないから。

 ましてや、ターフに上がることすらできないウマ娘なんて……。

 

「テイオーさん!」

「うわあっ! なにっ!?」

 

 スペちゃんがボクの肩を掴む。

 下げていた視線がぶつかり合って、ボクは少しだけたじろいだ。

 真正面から見たときのスペちゃんの目は、とてもキラキラしていて、まっすぐで、だからちょっと、怖い。

 純粋でまっすぐな目に、責め立てられているような気になってしまうから。

 

「サンジェニュインさん、スピカのこと知ってましたよ! それで、それでレース、見に行くって……! だから……だから……っ!」

「スペちゃん……」

 

 スペちゃんの言葉が嘘か本当かはわからない。

 ボクを励まそうとして話を盛っているのかもしれない。

 けど、本当は分ってる。

 スペちゃんはそんな器用な嘘、つけるような()じゃないから。

 だからきっと、本当のことだ。

 

「……本当に、見に来るって言ってた?」

「はい!」

 

 スペちゃんは力強く答えた。

 だからボクは ──……。

 

「そうか……それじゃあ、かっこわるいところは、見せられないね」

 

 ニッと笑う。

 たぶん下手くそな笑顔だった。

 でもスペちゃんは笑って、「はい!」って。

 ボクは、なんだかちょっとだけ、息が軽くなった。

 

 

 

「……あのスペちゃん、いい加減サイン色紙から手を」

「す、すみません……離したいんです、離したいんですけどぉ……!」

 

 結局スペちゃんからサイン色紙を受け取るまで2時間掛かった。

 けど、その後のボクがターフに復帰を決め、1年ぶりの有マ記念に挑むその瞬間。

 ツインターボの言葉と共にボクの背を押したものの中に、間違いなく、このサイン色紙があった。

 

 

 

 

 

 ボクが有マ記念を制してから数ヶ月後。

 新設された「ワールドロイヤルカップ」への出走権を獲得するため、ボクは選抜レースに出走した。

 最初は出走するつもりなんてなかったんだけど、このレースにサンジェニュインが出走すると聞いたボクは、それなら! と思って出ることにした。

 

 海外レースが主戦場のサンジェニュインと同じ舞台に上がることは稀だ。

 だからこのチャンスを逃したら、次いつ巡ってくるか。

 そう思っているのはボクだけじゃなかったみたいで、スペちゃんの他にチーム・リギルからも有力なウマ娘が選抜レースに参加する。

 厳しい戦いになるのは分っていたけど、ここを勝ち上がれないようじゃ世界に通用しないだろう。

 ボクはスペちゃんと共に選別レースにチャレンジしたけど ── 結果は惜しくも2着。

 1着になったスペちゃんとの着差がたったの1センチだっただけに、悔しい。

 

「はぁ……はぁ……っ! て、テイオーさん……!」

 

 荒く息を吐くスペちゃんの背中を叩く。

 負けは負けだ。

 たとえ1センチだったとしても。

 これでスペちゃんを恨むことなんてない。

 正統な勝負で負けたんだから当然だよね。

 

「……頑張ってよ、スペちゃん」

「ッはい!」

 

 スペちゃんの目は、やっぱり真っ直ぐで、キラキラしていた。

 

 それからレース当日 ── 東京レース場で開かれたワールドロイヤルカップのトライアルレース・ジャパンワールドターフ。

 ボクはスピカのメンバーやカイチョーたちと一緒に、画面越しにレースを見ていた。

 会場の様子を映し出した大スクリーンには、大歓声を浴びるサンジェニュインが映し出されている。

 動揺も、緊張もないその姿に、「さっすがサンジェニュイン!」と目を輝かせたボクを見て、エアグルーヴはため息を吐いた。

 

「……真実は意外なところにあるかもしれない」

 

 そんなことをポツリと呟いたけど、驚きはない。

 だって……。

 

「でもひとっていうのはさ、見たいように見るもんだよ」

 

 それが真実かどうかはさておき。

 今、目の前にあることが全てで、そう映っているなら、そうであると信じたくなる。

 それで、その勝手に信じたものに、勝手に救われてるだけなんだ、多分。

 

 そう笑いながらボクが言うと、エアグルーヴはちょっとだけ驚いたような顔をした。

 

「ふふっ」

「なあに、カイチョー! 笑っちゃって」

 

 くすくすと笑ったカイチョーがボクの頭を撫でた。

 まだ笑ったままだけど、別にバカにされたわけじゃないみたい。

 だけどついついむくれて、唇を尖らせるボクを見てまた笑った。

 

「いや……テイオーの言うことも間違っていない ── だが、目の前にあるものだけを享受するのでは、勝てるものも勝てないさ」

 

 スクリーンに視線を戻したカイチョーの後を追うと、丁度ゲートが開かれたところだった。

 

『態勢整いました ── ジャパンロイヤルターフ。スタート!』

 

 完璧なスタートダッシュを決めるサンジェニュインに、ライブビューイング会場からも歓声が飛んだ。

 

「いつみても素晴らしい出だしね。踏み込みの強さが、そのまま押し出しに繋がる。……見なさい、スタート位置の芝を。完全にえぐれてるわ」

 

 小声でそう呟いたのは、カイチョーの隣に座っていたチーム・リギルのトレーナーだった。

 

 その言葉通りにスタート位置の芝生を見ると、土の部分が見えていた。

 それだけ深く踏み込んだ証拠だ。

 自分のトレーナーの発言に頷いて、カイチョーもしゃべり出した。

 

「サンジェニュインはスピード特化のウマ娘だと言われることがある。だがそれは違う。彼女の真価は『パワー』にあり、重すぎる一歩はハンデであると同時に ──……」

 

 スクーリンに真っ白なシルエットが直線を(えが)く。

 一完歩過ぎる度にターフは荒れ、穴になる。

 溢れんばかりのその力こそが。

 

「彼女が『先頭』であるための、一番の強さだ」

 

 実況者が声を上げた。

 

『出だし良く回って第三コーナー、先頭はサンジェニュイン。ぐんっと後続を突き放して前へ前へと進んでいきます』

『いつも通りのハイスピードですね。大きなストライドでまだまだ差を作れそうです』

『後続のウマ娘はこれについていけるでしょうか。二番手集団を見てみましょう。サンジェニュインから7バ身差、欧州最優秀シニアウマ娘ウィジャボード。三番人気です。スタート出遅れの響いた残り16人を尻目に、まずまずのスタートでサンジェニュインを追います。その3バ身後ろに二番人気レッドロックスが付けています。出遅れの影響でやや掛かり気味か。さらに2バ身離れてスペシャルウィーク、これはいい位置と言えるのでしょうか』

『やや外側に寄っていますね。もう少し内につけてスタミナ消費を抑えたいところです』

『スペシャルウィークから1バ身差の位置にモブトクロス、ウィニーウィニー、ウォーサンが横並び。その少し後ろにアルカセット、外側をバゴが走っています。それに続くようにパンジャンマックス、ランナーズライク、おっと少しふらついたか内によれたのはシャトーネリアン、シンガリにぽつんとハイライトミー』

『これまでダート戦主流だったハイライトミー、芝レースはやはり苦しい展開のようです』

『先頭のサンジェニュインは上り坂を一気に駆け上がって向正面を抜け、第2コーナーを目指しています』

『サンジェニュインが完全にペースを掴んでいますね。ただここから第1コーナーに向けて緩くも長い上り坂、息が続くといいですが』

『ここで二番手ウィジャボードがさらにスピードを上げて来たっ! サンジェニュインに並ぼうという気概が見えます、それに負けじとレッドロックスも上がるがこれは息が苦しそうだ、外側からバゴがぐんっと背を伸ばしてそれを差し切ろうかというところ、スペシャルウィークはどうした抜け出せないか内側からなかなか前に出れないようです』

『前半飛ばしすぎたのでしょうか、縦長の展開となっていますね』

 

 東京レース場の直線を行くその先頭はサンジェニュインだ。

 ボクは手をギュっと握り、スクリーンから目が離せなくなった。

 

『 ── ここで三番手集団からスペシャルウィークが飛び出すがもう間に合わないかッ! しかし驚異の末脚が爆発だ! ウィジャボードとアルカセットに届くか割り込むがどうか!?』

『これは見事です! 日本ウマ娘でワンツーフィニッシュ決まるでしょうか』

 

 二番手に末脚を爆発させたスペちゃんが駆け上がってくるけど、その差を縮めることは絶望的だと言っても良い。

 それでもスペちゃんは粘る、粘る。

 1バ身迫る。

 

『きつい上り坂もなんのその! どんな時でも先頭は譲りませんわサンジェニュイン!』

 

 でも引き離される。

 

『もう決まったかこれが世界を制したウマ娘の実力!』

 

 追いかけて。

 

『 ── サンジェニュイン、ゴールイン! 見事な逃げ切り勝ち!』

『先頭至上主義、ここに極まれりと言っていいでしょう』

 

 追いかけて、でも、届かなくて。

 その姿を見ていられず、ボクは会場の方へと向かって走り出した。

 後ろからは他のメンバーが追いかけてくる気配がする。

 ボクが会場に入る頃には、スペちゃんは膝をついて項垂れていた。

 

「スペちゃん……ッ!」

「スペ、スペ!」

 

 会場に控えていたトレーナーとボクとで必死に呼びかける。

 でもスペちゃんの表情はうつろで、トレーナーは何かを察したようにスペちゃんの視界を遮った。

 スペちゃんの視界のさきにいたのは、サンジェニュインだった。

 ボクはスペちゃんを支えながらも、トレーナーの向こう側にいるサンジェニュインを見る。

 白い背中だけが見えた。

 サンジェニュインは大勢のウマ娘から視線を浴びているにもかかわらず、振り向くことはなかった。

 

「わた、し……わたし、は……いいレース、に、って……っ」

 

 スペちゃんが絶望の声を上げる。

 けどその声が太陽に届くことはない。

 だって太陽はただそこにあるだけだ。

 頭上にあってボクらを照らしているだけ。

 こっちが勝手にその存在を感じて、勝手にあがめているだけ。

 太陽は、こちらを、見ていないんだ。

 その視界に入るには、同じ場所にいなくてはならないのに。

 そんなわかりきった事実を改めて叩きつけられて、ボクはスペちゃんと同じだけ絶望した。

 

 

 

 ジャパンロイヤルターフから数日が経った。

 スペちゃんも前よりはなんとか立ち直って、トレーニングを再開する日。

 ボクは所用があって遅れて参加すると、見慣れないウマ娘がみんなと一緒にトレーニングをしていた。

 

「ねえマックイーン、あの()だれ?」

「……彼女、サンジェニュインさんの妹さんだそうですよ」

「へっ!? 妹ぉ!?」

 

 そのウマ娘の名前はシルバータイム。

 ボクより先に到着していたマックイーンが言うには、ワールドロイヤルターフの本戦までシルバータイムがスピカに臨時加入するらしい。

 サンジェニュインによく似た白髪で、確かに整った顔立ちをしてるけど、その雰囲気はまるで違った。

 どことなく親しみやすくて、どこにでもいるふつーのウマ娘のような空気。

 ゴールドシップとじゃれ合うシルバータイムの姿からは、あのサンジェニュインと血縁だとは想像できない。

 でも真っ白な髪や走り方は似てる。

 ターフを駆けるシルバータイムは、ゴールドシップに何を言われたのかコロコロと表情を変えながらも、少し楽しそうに笑っていた。

 ボクが思わず「サンジェニュインもあんな風に笑うのかな」と言うと、マックイーンは「さあ?」と軽く返してきた。

 

「わたくしたち、あの方とは話した事もないでしょう? だから、わかりませんわ」

「そう、だね。……でもいつか、話してみたいよ。真正面から」

 

 ボクは靴紐を結び直すと、目を丸くしてボクを見ていたマックイーンに笑いかけ、トレーニングを受けるために走り出した。

 

 時間はボクが思っていたよりも早く進む。

 ワールドロイヤルターフももう前日に控えたその日。

 ボクはカイチョーに誘われて、カイチョーやエアグルーヴとイギリスに来ていた。

 

「……カイチョー、ボクにもサンジェニュイン、会わせてよー」

「なんだ? テイオー、自分の力で、ターフの上で会うんじゃ無かったのか?」

「む、むー!」

 

 サンジェニュインはカイチョーと同じ生徒会に入っている。

 その繋がりだと思うケド、カイチョー宛てにサンジェニュインからワールドロイヤルカップの観戦チケットが送られてきた。

 それが生徒会役員分あったんだけど、ブライアン先輩や何人かが辞退したことで、ボクに声がかかったってわけ。

 ボクはよく生徒会室に出入りしてるからね。

 ……なのにサンジェニュインには一回も会ったことないんだよねえ。

 

「カイチョー、もしかしてだけど。ボクとサンジェニュインを会わせないようにしてる?」

「まさか。なんの必要があってやるんだ?」

 

 そう言って肩を竦めるカイチョー。

 でも、でもだって、じゃあなんで。

 なんでボクはサンジェニュインに一回も会ったことがないのさー! 

 一回くらいは遭遇してもいいじゃん? と言うと、今度はエアグルーヴが口を開いた。

 

「タイミングが合わなかっただけだろう。お前が来ていたときにサンジェニュインが生徒会室にいたこともあったぞ」

「ええっ!? うそ、いつ!?」

「まあ生徒会室にいたといっても、併設された仮眠室にいたんだがな。疲れているのを、お前に会わせるためだけに態々起こすわけにもいくまい」

「う……そーだけどさ!」

 

 本当の本当にタイミングが悪い。

 ……もうこうなったら、本気の本気で、ターフで会うしかないか。

 ボクは両足をパン、と叩いて前を向いた。

 

 この時期のイギリスはなかなか暑いけど、開催地のアスコットレース場があるバークシャーってところは、夏でもそんなに暑くない。

 エアグルーヴが言うには、この時期でも平均最高気温は22度前後らしくて、かなり過ごしやすい。

 ただ雨もそれなりに降るらしく、雨の日の一ヶ月の平均は10日前後なんだって。

 現地入り前日はちょうど大雨だったみたいで、近くの公開練習コースはかなり重バ場だった。

 これじゃ個人練習は無理かな、と思って暇を持てあましてたんだけど、偶然にもメジロ家で現地観戦すると言っていたマックイーンと同じホテルだった。

 メジロ家で行くとは聞いていたけど、ボクと同じホテルだったとは。

 こんなこともあるんだね、と言うと、マックイーンも穏やかに頷いた。

 

「そういえば、ボクは生徒会と一緒に来てるんだけど、マックイーンのところは?」

「ああ……わたくしもご招待頂いたのですわ」

 

 マックイーン曰く、何故かチームメテオのトレーナーから観戦チケットが届いたらしい。

 なんで!? と不思議そうなボクに、マックイーンは苦笑いを浮かべた。

 

「まあ、チケットが届かずとも元々メジロ家で観戦する予定だったのですが、せっかくですのでご厚意に甘えることにしたのですわ」

「……そういえばマックイーン、お前、前にもメテオのトレーナーからチケットが届いてなかったか?」

 

 横からそう口を挟んだのはエアグルーヴ。

 これが初めてじゃないんだ、とボクが驚いていると、カイチョーも訳知り顔で頷いていた。

 ……えぇ、もしかして知らなかったのボクだけ?

 ちょっと不貞腐れたように頬を膨らませると、またマックイーンが苦笑いを浮かべた。

 

「ええ。前は確か……凱旋門賞のチケットですわね。S席の」

「S席!? それも凱旋門賞って……ここ2年はサンジェニュインの影響でかなり取りづらくなってたよね!? Sなんてほぼ関係者席じゃん!?」

「そうですわね……」

 

 一体全体、なんでそんなことになっているのかと聞くと、マックイーンは以前からチーム・メテオのトレーナーに勧誘されているらしい。

 それを聞いて「うっそ!? まさか移籍しないよね!?」と詰め寄るボクに、マックイーンはからりと笑った。

 

「正直スピカに入るかメテオに入るか……悩みはしましたが今は後悔していませんわ」

 

 確かにマックイーンの表情からは、自分の選択を誇る気持ちだけが伝わってくる。

 それに安心すると同時に、ちょっとだけ嫉妬した。

 ……でもどっちに嫉妬してるんだろ、ボクは。

 

「マックイーンの才能をメテオのトレーナーも認めていたということだろう。……さ、そろそろワールドロイヤルダートが始まる。見に行こう」

 

 むぅ、と唇を尖らせるボクの背をカイチョーが押す。

 そのままボクらはライブビューイング会場に移動し、アメリカで開催されているワールドロイヤルダートを観戦した。

 世界中の選りすぐりのダートウマ娘たちの頂点に立ったのは、チーム・メテオのカネヒキリだった。

 サンジェニュインの親しい友達としても有名。

 テレビ越しで見ると、いつも隣とか近くにカネヒキリがいるんだもん。

 きっとすごく仲が良いんだろうな。

 そのカネヒキリは『雷神』という二つ名に似合う、見事な差し切り勝ちで、ボクはしばらくその姿に見入っていた。

 

 

 

 ワールドロイヤルダートの興奮が収まらないまま迎えたワールドロイヤルターフ当日。

 スクリーン越しのサンジェニュインは、いつもと変わらずキラキラしていた。

 レース直前、緊張したような顔をしていたスペちゃんは、隣にスズカがいることで楽になったように見える。

 けど、レースが始まってしまえばスズカだってスペちゃんのライバルだ。

 

「スペちゃんにとっては二重で大変だよねえ」

「あら、意外と大丈夫かもしれませんわ。なんたって、あのトレーニングを乗り越えたのですから」

 

 マックイーンのセリフを聞いて、ボクはシルバータイムの姿を思い浮かべていた。

 それと同時に、シルバータイムが呼んだらしい、似たような白髪のウマ娘たちのことも。

 シルバータイムよりひとつ上のそのウマ娘たちもまたサンジェニュインの妹で、脚質も同じ逃げ。

 眼前で風に揺れる白を見たスペちゃんは、仮想サンジェニュインたちに囲まれながら数日を過ごしたらしい。

 らしいというのも、ボクはトレーニングに参加していなかった。

 だけどゴールドシップが言うには「完璧なトレーニング」らしいので、実はボクもそんなに心配していない。

 ……別の意味で心配はしてるけど。

 ま、まあスペちゃんのことだし、ダイジョーブ、ダイジョーブ。たぶん。

 

「スペシャルウィークは少し顔つきが変わったな」

 

 カイチョーが感心したように言う。

 枠に向かって進むスペちゃんは、真剣な表情をしていた。

 

  ── がんばれ、スペちゃん。

 

 心の中でそっと応援する。

 それとほとんど同じタイミングで、ゲートが開いた。

 

『ハナを奪い合うのは1番サイレンススズカ、大外からグンッと伸びてコレに並ぶのは16番サンジェニュイン。双方見事なスタートダッシュをキメました!』

『勝利の鍵は『ハナ』にあると語ったのはサイレンススズカ。宣言通り、大逃げに打って出ましたね。ただしサンジェニュインのスピードも負けていませんよ』

『互いに逃げウマ娘。スピードの頂点を競い合います。続く三番手集団を率いるのはウィジャボード、内に入ってエルメスロード、外から外からビーショットウィリー、2バ身差の位置にマッチポインター、差がなくキングリリーフ、ナイトナハトマジーク少し蛇行しているか、それを追走するのはロイヤルラスキー、半バ身差で外に持ち出しているのはスペシャルウィークこの位置です。そこから4バ身空けてペルシャビナーズが上がってくるか、最内を縫い進むマスターズランとその背後にピタリとついて上がってくるのはリッカパッカ、リッカパッカがマスターズランを抜かしてベルシャビナーズに並んできたが苦しそうだ』

『掛かっているのでしょうか、一息つけると良いですね』

『後方もつれ合う三人はバイロン、オールドパスが競り合う状態で進み、シンガリにぽつんとアイランドリリー』

 

 サンジェニュインが安定したスタートダッシュをキメると、それとほぼ同じタイミングでスズカもゲートを抜けた。

 

「よしっ! いいよ、スズカ!」

「お見事ですわ!」

 

 ボクとマックイーンの声が揃う。

 それとは逆に、ライブビューイング会場の空気が大きく揺れていた。

 

「並ばれている……あのサンジェニュインが……」

 

 ぽつりと呟いた声はたぶんエアグルーヴ。

 確信が持てないのは、似たようなコトを他のひとも呟いていたからだ。

 進んでいくレースの様子を固唾を呑んで見守っていると、最初のコーナーでサンジェニュインが仕掛ける。

 

『先頭二人は悠々とアスコットの最初のコーナーを抜け、上り坂を駆けあがって ── おおっとここでサンジェニュイン、サンジェニュイン前に出たッ! サイレンススズカちょっと苦しいか、上り坂でスピードが落ち気味ですがこれは大丈夫でしょうか』

『日本やアメリカよりも深い馬場ですから、通常より多く体力を消費している可能性があります。どこかのタイミングで力を溜められると良いのですが』

『三番手集団からはウィジャボード、スペシャルウィークが共に上がってくるぞ、エルメスロードは疲れが出たか、集団の後方へと下がっていきます。代わりにキングリリーフがグッと伸びてきて、それに倣うようにペルシャビナーズ、ビーショットウィリーが追走しますが先頭二人に引っ張られて、レースはかなりのハイペースを刻んでいます。後方集団はここから巻き返せるのでしょうか、気になる開きです』

『やや縦長ですね。三番手集団がいい位置にいるので、前の二人に隙ができた場合は展開が大きく変わりそうな気がします』

『もう一度先頭から見てみましょう。現在ハナを征くのはサンジェニュイン、堂々とした走りで二番手サイレンススズカに1バ身リード、さらに3バ身差の位置にウィジャボード、大外からスペシャルウィークが虎視眈々と ── いやここで一気に仕掛けたスペシャルウィーク! その走りはまさに全身全霊だ! いつもより早いタイミングで前の方に来ていますが、スペシャルウィークこれは正解でしょうか』

『彼女の脚質には合っていますね。あとはここからどのくらい差を縮められるか、どれくらい力を残せるかで展開が変わります』

 

 スズカを交わしてサンジェニュインが先頭に立つと、そこから一息で引き離した。

 海外の坂は日本のどのレース場よりもキツいらしい。

 実際、アスコットレース場の坂は高低差が20メートル近くあるようだから、それを走り慣れていないスペやスズカはかなりの苦戦を強いられている。

 ただでさえ2400メートル。

 スズカは走り慣れていない距離だった。

 逆に海外レースになれたサンジェニュインからすれば、得意のコースだ。

 上り坂に入ってからは先頭のサンジェニュインと二番手のスズカとの間で差が開きはじめていた。

 

「スズカさん……っ!」

 

 マックイーンが悲鳴のようにスズカの名前を呼んだ。

 だがスクリーンに映し出されたスズカの表情に、諦めはなかった。

 そして2つの坂を抜け、最後は直線を向いた、その時。

 

『最後の直線500メートル! ここまで一気に駆け抜けて来ましたスペシャルウィーク、脚はまだ持つか! 先頭争いは三人のウマ娘の叩き合い! まだ粘るぞスペシャルウィーク! 内からグンッと前傾、サイレンススズカ脚色は衰えない! ハナを征くサンジェニュインの1バ身リードをじわじわと浸食して、二人のウマ娘が絶対女王を追い詰めている! 逃げ切れるのかサンジェニュイン、追いすがるサイレンススズカとスペシャルウィークがここで並ぶか、ッ並んだ! 並んだ! 並んだ残り200メートルだ!』

 

 スペちゃんが坂を駈け昇り、スズカが必死に追いすがる。

 そうして残り200メートル。

 先頭を突き進むサンジェニュインを、ふたりは確かに挟み込んだ。

 並びきった先で削り会う闘志。

 ボクは、そのむき出しの感情に、身体が熱くなるのを止められなかった。

 

『スペシャルウィーク先頭! 先頭! 内からサイレンススズカまた伸びて、サンジェニュイン意地の叩き合いだ! もはや意地だ、プライドだ、それだけだ──ッ!』

 

 サンジェニュインがハナを奪われる。

 その瞬間の会場のざわめきは、もうパニックに近かった。

 あのカイチョーですら前のめりになっていたくらいなんだから。

 

 でも。

 それでも。

 

 スペちゃんが切り込んだ場所に、だけど、サンジェニュインはもう一度首を伸ばした。

 まるで諦めを知らない、貪欲な姿で。

 

『さあ揃って飛び込みましたスペシャルウィーク、サイレンススズカ、そしてサンジェニュイン! 最後軽やかに飛んで見せて、まさしく『天を駆る』に相応しい強さです、これが無敵の太陽ウマ娘サンジェニュイン ──……ッ!』

 

 会場内から轟く爆音。

 無敵の太陽が沈まなかった証明をするように、サンジェニュインの名前が四方八方から飛び交っていた。

 ボクはその音に耳を傾けながら、スクリーンから目を逸らせない。

 ゴール後、絶対に振り向かない背中がスクリーンに映し出される、はずだった、その場所に。

 

「あ」

 

 マヌケな声が漏れたと思う。

 それも仕方ない、仕方ないよだって。

 

「笑ってる……」

 

 ぽつりと漏らしたのはボクか、マックイーンか。

 スクリーンに映し出されたのは白い背中なんかじゃなくて、晴れ渡るような ── 笑顔だった。

 

 

 

 

 

「それで? アグネスデジタルとはぐれたのはいつなんだ」

 

 レース終了後、スペちゃんたちのところに顔を出したボクらの元に、ウオッカたちが駆け寄ってきた。

 一緒に観戦してたらしいデジタルが戻ってこない、と。

 

「えっと、レースが終わって10分くらいで……デジタルはお手洗いに行く、と。トイレまで見に行ったんですけど、デジタルは入っていないみたいで!」

「電話もしたんすけど、繋がらなくて……っ! オレたちどうしたら……」

「ふむ。……エアグルーヴ」

「はい、会長。会場運営者に報告して、アナウンスを掛けるよう話をつけてきます」

 

 テキパキと指示を出すカイチョーは流石だ。

 こんなにたくさんひとがいるなかで迷子になんてなったら、自力で探し出すのは難しいもんね。

 デジタルは一体どこに行ったのか、とボクがマックイーンたちと話していると、カツン、と床を踏み込む音が聞こえた。

 

「お探しのウマ娘はこの()かしら?」

 

 ツンと響いた声は涼しい。

 ボクはハッとして振り返った。

 隣にいたマックイーンが目を丸くしていたけど、たぶん、ボクも同じ顔をしている。

 そこに立っていたのは ── サンジェニュインだった。

 ウオッカたちが、その腕に抱えられていたウマ娘の名前を呼んだことで、それがデジタルだと分る。

 デジタルをウオッカとスカーレットが受け取ると、カイチョーたちが話し始めた。

 ボクはただその光景を見て、耳を澄ませることしかできない。

 

 サンジェニュインがいる。

 

 いま、ボクの、目の前に。

 

 直接見るのは初めてだった。

 いつも画面越しに見つめていた白さが、質感を持って目の前にいる。

 目が乾くのも気にならないくらい、じっと見つめて、ボクは。

 

「用はこれだけだわ。それではみなさま……」

 

 あ、待って ──!

 立ち去ろうとするその後ろ姿に手を伸ばしかけて、ボクは口を噤んだ。

 ボクよりも先に、スペちゃんが口を開いたから。

 

「ッあの!! 待ってください!!」

 

 必死さをまとう声にサンジェニュインが立ち止まった。

 半分だけ振り返った横顔に髪がかかる。

 その姿さえも、きれいだと思った。

 

「私、今回のレース……全力で挑みました。私は、私は勝つために走って、それでもあなたに届かなかった」

 

 ハッとなって、思わずスペちゃんの名前を呼んだ。

 ワールドロイヤルターフの激戦を制し、頂点に立ったのはサンジェニュインだった。

 スペちゃんは3着。

 負けるためにレースに挑むウマ娘なんか存在しない。

 だからこそ、その悔しさは当然であり、ボクにとって最も馴染みのある感情だった。

 

 わかる。

 たどり着けなかったときの悔しさ。

 自分より先にゴールしたウマ娘の背中を焦がすほど見つめる。

 けど、けど、前を見ずにはいられないんだ。

 立ち止まることなんかできない。

 ただ前へ進もうという気持ちが、ボクを、スペちゃんを立ち上がらせる、きっと。

 

 スペちゃんが小さく息を吸った。

 

「私の!! ……私の、夢は……ッ日本一のウマ娘になることです!! なること、でした。……ッでも、今日からは ──」

 

 そうして吐き出された言葉は、ボクにも、そしてマックイーンにも響くほど、力強く。

 

「今日から、私の夢は ── 世界一のウマ娘になることです……ッ!!」

 

 力強く、轟いた。

 カイチョーも、ウオッカたちも、誰もが目を見開く中で、サンジェニュインがゆらりと動く。

 そして浮かべられた微笑みから迸る圧に、ボクは息を飲んだ。

 

「そう……その瞬間を、楽しみにしているわ」

 

 どこまでも優雅な一礼。

 凜とした声に合わせるように、白髪が揺れる。

 その隙間から見えた瞳は、どこまでもギラギラと輝いていた。

 ボクたちに背中を向けて歩き出すサンジェニュインを、今度は誰も引き留めなかった。

 ただ遠ざかるその背中を見つめ、ボクは拳を握った。

 

「……次は、ボクも」

 

 ボクも同じレースに出たいと思う。

 カイチョーに憧れ、憧れるだけじゃ満足できなくなったときのような、でもちょっと違う気持ち。

 たぶんボクは、サンジェニュインに勝ちたいわけじゃない。

 ただ、ただ ──……。

 

「その笑顔がみたいんだ」

 

 今日のレースみたいに、全力を出したサンジェニュインと削り合って。

 それで、走り終わった後の満足そうな顔が見たい。

 最も近い場所で浴びてみたい。

 胸の奥に燻っていた焦燥感の正体は、きっと、そんな単純なものだった。







トウカイテイオーさん
よりによってサンジェニュインのファン
ダービー以降のファンなので素のサンジェニュインを知らない
見たいように見て、勝手に救われるんだよ、と思ってる
なおこの後サンジェニュイン引退のニュースを見て膝から崩れ落ちることになる

スペシャルウィークさん
ギリギリまでサイン色紙渡せなかったガール
手が勝手に……!!

メジロマックイーンさん
謎の目つき悪い日野静とか言うトレーナーに狙われてる
「いけないことだとわかっているのに……無視したくなりますの、このトレーナーさん」
日野静の好感度が100上がった

大勢の白毛ウマ娘
どこぞのぽんこつの妹分たち
お姉様公認でかり出されてる

謎の目つき悪いトレーナー(日野静)
マックイーン欲しかったマックイーン欲しかったマックイーン欲しかった

サンジェニュイン
トウカイテイオーさんが自分のファンとか聞いてないですよどうして教えてくれなかったんですか!(逆ギレ)


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【IF】乗馬ンジェが競走馬ンジェになるまで

すんなり競走馬デビューできなかったサンジェニュインが乗馬やってたり去勢されたりするIFです


 良く晴れた日。

 馬運車の前に大勢のスタッフが並んでいた。

 その中で一番最初に泣いたのは、タクミだった。

 

「ごめんな……ごめんな、マイサン……!」

 

 揺れる黒い手綱が別の誰かに渡される。

 ゆっくりと頭を下げ、小さくすすり泣くスタッフたちに見送られた俺の旅路は、とても静かなものだった。

 

 陽来(あききた)でデビュー待ちしていたはずの俺がどうしてこうなったのか。

 事は少し前に遡る。

 

 

 あれは1歳の初夏。

 競走馬としてデビューする日を夢見て初期育成の最中だった俺は、今日も今日とてぼっち放牧。

 俺以外使うやつもいないだだっ広い牧草地でゴロゴロしつつ、騎乗馴致などを熟していた。

 けどそれも今日で終わりだという。

 デビューが決まったのかっていうと、そうでもない。むしろ逆というか。

 つまり俺の競走馬デビューが白紙になったのである。

 

 俺はクラブ法人『サイレンスレーシングクラブ』の所有馬としてデビュー待ちだった。

 一口会員と呼ばれる出資者の兄ちゃん姉ちゃんのため、とっとこ稼いだるわッ! と意気込んでいたのも過去の話。

 母が未出走馬で7月生まれで白毛で、という三重苦みたいな俺を抱き込んだクラブ法人への感謝で一杯だったはずが、どうしてこなったんだ、マジで。

 

「なんでこんな急に」

「毛色か? それともやっぱり、夏生まれが……」

「何もこんなに早くに決めなくても」

「逆に今でよかったんじゃないか? 2歳になっていたら、もう……」

 

 陽来(あききた)のスタッフたちがそうヒソヒソと話しているのが聞こえた。

 ……お前らね、仮にもヒソヒソ話してるってことは秘密のつもりではあるんだよな?

 バレバレやぞ! と、そう言ってやりたいが言葉が通じないわけで。

 俺はため息を吐きながら牧草地ゴロゴロを継続する。

 

 ここにいる仔馬は俺だけで、後は大人の馬 ── っていうか、俺の母馬とリハビリ目的でやってくる馬くらいしかいない今世の実家。

 俺が唯一の生産馬であり、スタッフたちはいずれ競走馬としてここを巣立つ俺に、だいぶ期待をしていたように思う。思うってか確実にそう。

 陽来も昔はたくさん繁殖用の牝馬がいて、そこそこ馬たちで賑わっていたらしいけど、タカハルたち比較的若い層が入ってくる頃には生産部門は閉鎖。

 おっさんたちも長らく生産から遠ざかっていた中での、俺、爆誕。

 また陽来生産のサラブレッドを世話できる、ということでスタッフみんながかなり喜んでいた。

 だからか、俺が競走馬デビューできないことにみんながっかりしている。

 泣きじゃくるタクミなんかは特にそうだ。

 だって俺が生まれた時から世話してるもんな。

 俺の担当スタッフは本当はタカハルなんだけど、それに引けを取らないほど俺を可愛がってくれていた。

 もしかしたら陽来でいちばん俺のデビューに期待していたかもしれない。

 そう思えば、この落ち込みようも仕方ないのかも。

 一方のタカハルと言えば、タクミよりは冷静そうだ。

 眉を下げて、ここまで頑張って練習してきたのになあ、と俺の背中を撫でていた。

 

 さて、どうして俺の競走馬デビューが無くなっちゃったのか。

 これには山よりも高く、海よりも深い訳が……あるのかないのか、俺は知らん。馬だもの。さんお。

 ただめっちゃくちゃびっくりするほど唐突に、オーナーサイドから「中止」を言い渡されたのだ。

 馬としての俺を所有しているのサイレンスレーシングクラブは、陽来も所属している社来グループの傘下。

 出資者である一口会員はその名の通り、1頭の競走馬に対して一口以上出資する。

 馬主になるにはそれはそれは莫大な資産と、それを継続できる下地が必要になる、らしい。

 前にタクミたちが話していたのだが、毎年2000万円近くは手取りがないとダメとかどうとか。

 そんな人間が早々にいるわけもなく、しかし、馬主になりたいという人間はいっぱいいて。

 そんな中で、手軽に馬主を疑似体験するために生まれたのが、この一口馬主という制度? らしいのだ。

 サイレンスレーシングはその一口馬主がたくさん集まるクラブ法人の一つで、バックにいるのが馬産業で多大な影響力を持つ社来グループということもあって人気があるそう。

 俺はこのクラブ所有馬として、ゆくゆくは出資者を集めてデビューする予定だった。

 というか出資者を募集する直前まで進んでいたらしいのだが、上層部の体制が変わったのかなんなのか、出資者募集は一時受付休止になり、廃止になり、そしてデビューそのものが立ち消えになってしまった。

 

 すわセリ売れ残り、の可能性もあった俺を拾い上げたクラブ。

 たとえ上手く走れなくても引退後は乗馬ほぼ確定とあって、タカハルたちがだいぶ安心していたのを覚えている。

 それなのにそのすべてが立ち消えになった。

 タカハルたちの落ち込み様は半端ない。

 

 そらそうだ。

 1年以上丹精込めて世話してきたのもデビューのため。

 生産:社来ファーム・陽来、を引っ提げて走るその日のため。

 365日24時間、寝食惜しんで俺を世話してくれたスタッフたちに真摯に説明してほしい、っていうか説明すべきだろって俺も思う。

 俺がスタッフだったら上層部に乗り込んで「なんでデビューできないのなんでなんでなんで」と暴れたいレベル。

 っていうか俺にも説明して!!

 人間から馬に転生しただけでも受け入れるのに手間取ったのに、そこから馬としての生活や、タカハルやタクミたちとの生活に馴染むのにも苦労したんだぞ、いやマジで。

 まず二足歩行の人間がすぐ四足歩行できるわけないだろ、そこからのスタートだったんだぞ俺は。

 わかりますか、こっちは鼻でフガー、フガー呼吸するのも一苦労だったんだぜ?

 幸いにも数日ほどで慣れたけど、立つのにもプルップルな状態で一歩踏み出すのも大変だったんだ。

 それでも、必死で俺を育ててくれてるタカハルたちと一緒に暮らして行く中で、恩返しも兼ねてみんなのためにパッパカ走ろうと思ってたわけだよ。

 だからめっちゃ走る練習もしたし、飼い葉だってたくさん食べて大きくなってきた。

 それが全部パァだ。

 どうしてくれんだ上層部。

 というかこれからどうなるんだ、俺は。

 

「マイサンはノータンで乗馬、か……」

「処分されないだけよかったと思うべきか? でもやっぱり俺は走って欲しかった。こいつに、こいつが走ってるところを……俺は……」

「そりゃあ俺だって走って欲しかった! ……けどさ、乗馬だってきっと悪くない、悪くないんだよ」

 

 タカハルがタクミの肩を叩く。

 でもタクミはずっと項垂れてる。

 タカハルの言うことがあってるんであれば、俺はどうやら乗馬になるらしい。

 乗馬と競走馬で何が違うのか、俺はいまいちわかってないんだが、たぶん乗馬になったら競馬場でパッパカすることはない、ってのだけはわかるよ、さすがに。

 とんでもねえスピードで走る必要もきっとないだろう。

 他に仔馬仲間がいない俺のために、自転車に乗って並走してまで練習に付き合ってくれたタクミたちの苦労を思うと、本当に申し訳ねえ気持ちだ。

 夕焼けに沈む雲を眺めながら、俺は鼻息を吐いた。

 フルルン、という情けない音がした。

 

 

 

 それから数日後。

 

「マイサン、きっと、すぐ、会いに行くからな」

 

 乗馬になることが正式に決まった。

 1度競走馬として予定されていたから、これは用途変更? ってやつになるらしい。

 俺がちょっと想像していた通り、乗馬はトンデモスピードで走ることはない。

 むしろ乗せるお客さんに合わせて走ったり歩いたりする必要があるらしくて、それをこの陽来で教えることはできないんだそうだ。

 だから俺は陽来を出て行く。

 ここを出て、ノータンホースパークってとこに行くのだ。

 産まれてからずっと一緒だったタカハルたちとはここでお別れになる。

 俺が支度をしている間どっかに行っていたタクミは、俺がトラックに乗せられるギリギリで戻ってきた。

 目の周りが真っ赤で、耳も赤くて、っていうか全体的に赤くなってて、だからたぶん泣いたんだろうなあ。

 泣いたけど、俺の前で泣くのは恥ずかしいから、涙を出し切ってから戻ってきたのだろう。

 

 ……ばかやろー、その方が余計、こっちも泣けてくるっての!

 

「ひひ〜ん!」

 

 トラックの中から()くと、タクミがドパドパ泣きながら俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 タカハルに比べてクソ真面目な性格で、見た目もそれを反映するように真面目そうな格好で、冷静そうに見えて涙脆い。

 ぶっちゃけ見た目だけならタカハルの方が涙脆そうな感じだが、実はタカハルの方がドライだ。

 っていうか、冷静?

 俺の支度をしている間も泣かず、乗馬になるなら長生きできるだろうな、と笑っていた。

 でも、たぶん、それはタカハルなりの強がりだ。

 馬っていうのは嗅覚が鋭いので。

 涙の匂いは、意外とわかるもんなんだぜ。

 な、知らなかったろ?

 俺も知らなかったよ。実際に嗅ぐまではさ。

 

『……俺のためにいろいろ、ありがとな』

 

 トラックが走り出す。

 エンジン音とタイヤが地面に擦れる音。

 ガタガタとぶつかって鳴る金具。

 でも、ここは陽来より、静かだ。

 

 

 

 ノータンホースパークにきて早幾月。

 ここでも俺はマイサンと呼ばれている。

 一応マイサンっていうのは幼少の間だけの愛称、みたいな扱いだったんだけどな。

 何せ、競走馬デビューしたら競走馬名が付けられる予定だったので。

 でもそれも無くなったから、俺は幼名だったマイサンがそのまま名前になった。

 4文字で言いやすいし呼びやすい。

 たまにイントネーションが「マイサン」っていうか「マイさん」なことあるけど、そこはご愛敬ってことで。

 

「朝飼い葉出し終えたか?」

「終わってる。藁入れは?」

「完了。次の厩舎見回り行こう」

 

 ここ、パークのスタッフたちは、陽来のスタッフに比べればビジネスライクだ。

 でもそれはこっちのスタッフたちが冷めきっているわけではなく、むしろ陽来がフレンドリーすぎたっていうか。

 馬相手にするにはかなり砕けた態度だったんだと思う。

 いやまあ、普通、馬相手にビール缶片手で愚痴ったりしないだろうし、そもそも頻繁に馬に話しかけたりもしない。

 仔馬が俺しかいないのもあって、なんていうか、猫可愛がりみたいな……いや、馬だから馬可愛がり……?

 とにかく、俺はスキンシップ多めに甘々育成されていたのだ。

 それと比べるとどうしてもパークスタッフはさっぱり対応に見えるが、おそらくこれでもフレンドリーな方なんだろう。

 鼻ぷにぷにされることもあるし、ブラッシングも丁寧で気持ち良いし、肌寒くなってきたら馬着っていうのも着せてくれる。

 俺がまだ1歳ってこともあって、結構大事にされている方だとも思うし。

 ここでは陽来みたいに担当スタッフはいなくて、乗馬スタッフ全員で乗馬たちの世話をしてる、って感じだから1頭に割く時間が少ないのも仕方ない。

 それにスタッフが多少ドライでも、お客さんたちが良くしてくれるからそれで釣り合いが取れてる、って馬もいるみたいだ。

 

 とはいえ俺はまだまだトレーニング中の身の上。

 人はまだ乗せることもできず、今は訓練を積みつつ1日でも早く他馬に慣れるよう頑張っている。

 

 あ、そうそう、ここにはたくさん馬がいるのだが、サラブレッド以外の馬たちも大勢いる。

 というか、俺は馬の種類っていうのはサラブレッド以外だとポニーしか知らなくって、そのポニーも体高147センチ以下の馬の総称だったらしい。

 別にポニーという種類の馬はいないそうだ。ぶっちゃけコレが一番びっくりした。

 ポニーってそういう種族なんだあ、とか思ってたよ。ほら、ロバ的な。

 ここではファラべっていう種類のめっちゃ小さいポニーもいれば、今の俺とそんなに変わらない大きさっぽい馬もいる。

 それはアラブ種っていう馬らしいが、昔はこのアラブ種も競走馬として走ってたとかどうとか。

 なんで知ってるのかと言えば、厩舎見学ってやつで観光客が来た時に、お客さん向けに乗馬スタッフがそう説明していたから。

 俺はまだ乗馬としては働けないけど、この厩舎見学でお客さんの相手はできる。

 愛想を振り撒きつつパーク内で売ってるにんじんクッキーをもらったり、一緒に写真を撮ったりするのだ。

 これが結構楽しいんだぞ?

 俺は真っ白だからな。お客さんはまずそこに食いつく。

 綺麗とか可愛いとか、ちやほやされるのも案外悪くないもんだ。

 

 さて、今日も早速お仕事しますか、っと!

 

 あっおい、そこのニキ、フラッシュたくのやめて! 眩しいんだわそれ。

 見えないんかこのブルーアイズが。サメとか呼ばれてるこのキラキラが。

 フラッシュなんぞせんでも最高の輝き放って映ったるわ! っていうかたぶん白飛びするぞ大丈夫か?

 

 ん、白くてキレー? どうもありがとうお姉さん。お姉さんもキレーですよ。

 ところで来年結婚式の予定あります? 俺、ウエディングフォトに出る予定なんでもしよかったら。

 ぜひぜひこの自然豊かなノータンホースパークで、旦那様アンド俺と一緒に写真撮ってくれよな!!

 

 おっ、どうした少年、俺に乗りたい? それも来年になったらな。

 ごらんよ俺のまだペラい身体を。少年からしたらビッグホースなのは間違いないが出来上がってないんだわ。

 今年はトレーニングに集中して、君を乗せても一切揺らがず安全走行できるようになるから待ってな。

 また来年、お父さんかお母さんにでも連れてきてもらってください。

 何、初めてだからって恥ずかしがらずに乗ってこうぜ! 俺もまだまだ新人だし、男同士仲良くしよう。

 まあ男同士とは言っても、俺は来年になったら牡馬じゃなくなっちゃうんだけどね!

 

 そう、俺、来年には息子がちょん切られる予定になっている。

 

 ……イヤだ〜〜ッ!!!!

 

 ヤダヤダヤダ!!!!

 ここまで仲良く連れ添ってきた息子と別れるの嫌に決まってんだろが〜〜!!!!

 なんで!?!?

 ホワイパークスタッフ!?!?

 どうして俺から息子を奪うのか!?!?

 

 そんな俺の渾身の暴れっぷりも「やっぱ若馬は元気だよなあ、早めに去勢しないとなあ」と言われたことでスンッとなった。

 抗議すればするほど去勢が近づいてしまうことに気づいたんだよ怖くない?

 ってかなんで息子ちょんぎるんだよ、俺から奪わないでマイサンを。マイサンなだけに。ドッ!

 

 後から様子を見にきたタカハルとタクミの会話で知ったのだが、乗馬というのは基本去勢するらしい。

 牡馬は基本去勢すると大人しくなるんだそうだ。まあ馬に限らず大抵の生物はちょんぎったら大人しくなるんですけどね。

 あと乗馬には少ないけど牝馬もいて、その牝馬の発情期につられて牡馬の気性が乱高下したり、息子がこんにちはしたりするのを防ぐためだとか。

 そ、そんな……俺は誓って息子をコンニチハさせる気などないというのに……!!

 でも俺以外の牡馬は基本ちょん切られていることもあり、俺が息子とおさらばするのは確定事項の模様。

 ひでえ……ひでえよ……!!

 こんな現実受け入れられねえ、と思っているが、もはやどうしようもないところまできている。

 俺が競走馬だったらきっと息子もちょん切られることなく、これからも俺の股ぐらでぶらんぶらんしていたかもしれない。

 でも乗馬になるって決まったからには受け入れるしかないんだろうなあ。

 本当は受け入れたくないけど……乗馬デビューするまでの1年間でなんとか……うん……なんとか受け入れて……たぶん……きっと……メイビー……!!

 

 ヒィン――……!!!!

 

 

 

 

 ■

 

 で、初夏である。

 時は2004年。

 俺は他の馬たち同様、1月1日付けで2歳馬になった。

 実際には満2歳になるまで後1ヶ月くらいあるんだけどな!

 

「はーい、目線こっちにお願いしまーす」

 

 パシャパシャ、と写真を撮られる。

 俺の背中に乗った花嫁さんはきっとキメ顔をしてることだろう。

 人生で平均1回程度しかないウエディングフォトですからね。

 数十年後も見返したりするだろうし、そんときに黒歴史扱いにならんよう最善を尽くしたいよな分かります。

 

 予定通り、俺はノータンホースパークで乗馬デビューを果たした。

 だがメインは乗馬のお仕事ではなく、ウエディングフォトのマスコット。

 そんで今もそのお仕事中。

 この時期 ── 6月というのはジューン・ブライトということもあってウエディングフォトの予約が満杯。

 特に白毛馬ってことも相まって、俺はかなりの人気ホースなのだ。

 

 他の模様が一切ない、純白の馬体が縁起良くて写真映えもして、おまけに俺がおとなしいので新婦さんから大人気。

 キメ顔してる俺の横に立ってみたり、寝転んでキメ顔してる俺に寄り添ってみたり、たまに乗ってみたり。

 様々なシチュエーションに対応可能です! これが一番の売り文句。

 満足度ナンバーワン、ひた走ってます。

 

 俺に乗ると3割増で格好良くなるってことで新郎さん方からも熱烈な支持を貰っている。

 まるで白馬の王子のごとき貫禄をアナタに! すごい、アタシの旦那、格好良すぎ!? これが俺の宣伝ポイント。

 父馬が結構有名だそうで、競馬好きの旦那さんだと「エッあのサンデーの仔!? はえ~」と喜んでくれる。

 

 後、ノータンホースパークでは結婚式そのものはやってないので、あくまでウエディングフォトのみなのだが、そういうこともあって新婚さん以外にも結婚何年目の記念とかで撮りにくるご家族もいる。

 そうなるとお子さんもご一緒に、というパターンも多いのだが、ここでも俺は大人気。

 特に女の子だとそれはもう興奮なされる。キャアキャアワイワイギャアギャアだ。

 何せ俺、王子様が乗ってそうな白馬、なので。

 ほら、新郎さん向けの俺の宣伝ポイント。そう、白馬のごとき貫禄をアナタに。

 娘さんたちから「パパ、王子様みたい! かっこいい!」と歓声を浴びる新郎ことパッパたちの顔といったらもう。

 ニッコニコである。俺もニッコリ、新婦さん方もニッコリ、カメラマンもスタッフもニッコリ。

 ついでにパーク内で買えるにんじんクッキーをご褒美に貰ってさらにニッコリ。

 

 息子はちょん切られてしまったものの、俺はそこそこハッピーな生活を送っている。

 陽来を出る前にタカハルが言っていたように、乗馬になってからは過酷なトレーニングを積むこともなく、なんだか長生きできるような気さえしてるわ。

 タカハルたちの期待に応えられなかったのは今も残念だが、これはこれで、良い馬生なのかもしれない。

 ちょっと引っかかることがあるとすれば、あの邪神としか思えない神様のセリフくらいなものか。

 牡馬と一発やれないと来世どうなるかわからないとかいう、アレ。

 でももう仕方ないよなあ。

 だってここ、いねえんだもん、牡馬。

 いや、いることにはいるだろうけど、そういう馬は9割が引退競走馬なのだ。

 そんで、引退競走馬は引退競走馬用の厩舎にいるもんで、会うことがまずない。

 だからどうしようもないってワケ。

 もうこうなったら来世の自分に魂託すしかない。

 今世は今世で精一杯やらせてもらうんでね!

 

 そんなこんなで乗馬としてなあなあで暮らしてる俺だが、実は近いうちに陽来へ帰ることになってる。

 乗馬をクビになったんか、って違う違う。

 厩舎の改修工事があるらしく、他の馬たちは他厩舎にそれぞれ間借りできることになったのだが、馬房が足りず俺だけ陽来に一時帰宅するのだ。

 何? 俺の扱いが悪い? ハブられてる?

 いや、違うんだよ。これはマジで誤解を解きたい。ハブられてません仲良しです。

 最初はな、俺まだ若いし俺を優先させようかって話にもなったんだけど、俺の実家である陽来は万年ガラガラ。

 しかもここノータンホースパークからそう遠くない。

 帰宅できるなら実家の方がよくね? ってことで、他の馬を別のとこに預けるよりは工事の間だけ俺を帰らせたほうが楽だって話になったんだわ。

 俺も帰省できるの楽しみだからハッピーよ。

 ってことで、ノータンホースパークの夏季営業が終わった後、俺は陽来に戻ってきた。

 ただいまお前ら!!!!

 

 久々の実家はそんなに変わりなく、相変わらずぼろっちい感じだ。

 でもリハビリ施設としてはそこそこ繁盛しているようで、リハビリ施設周りだけなんかだか綺麗になったような気がする。

 あと変わったことがあるとすれば、母馬が現在妊娠中ということだろうか。

 俺は2002年の7月生まれなのだが、7月生まれ故に繁殖シーズンが過ぎてしまい、この年は母馬に相手はいなかった。

 でもその翌年の2003年。

 今度は別の馬との間に子供を、という話になって、でも上手くいかなかったらしい。

 で、再チャレンジになった今年2004年、キングカメハメハというドラゴンなボールを連想させる名前の馬との配合が成功し、今、妊娠中というわけだ。

 順当に行けば来年、俺の弟だか妹が生まれるそう。

 俺の父馬はサンデーサイレンスという名前なんだけど、この父馬との配合にならなかった理由は、シンプルに父馬が死んだからだ。

 結局一度も会うことなく父馬が死んでしまったが、まあ、馬というのはそういうものらしいからな。

 会っても話す内容とかないし。

 

「マイサン、元気そうでよかったよ」

 

 おうタカハル、お前も元気そうでよかった。

 来年からは弟だか妹だかの担当スタッフになるんか?

 今度はちゃんと競走馬デビューできるといいなあ。

 

「去勢されたからマイサン、前より大人しくなってないか?」

「そーだなー。やっぱちょん切られると気性が穏やかになるもんだね」

「もとが暴れん坊だから余計そう感じるな。……マイサン、今日はお偉いさんも施設視察に来るから、このまま大人しくな」

 

 きっとちょん切られなくても穏やかだった自信、あるんですけどねえ!!

 もう二度と戻らない俺のマイサンに祈りを捧げてもろて。

 

「おし、マイサン、ここは今もお前専用だかんな。好きに走り周っていいぞ〜!」

 

 よしきた! ってことで放牧地を爆走する。

 昔は競走馬を目指してここで走っていた。

 でも今は自由だ。

 

 乗馬はスピードを求められない。

 一応、乗馬にも馬術競技とか障害飛越とかで大会があるらしいんだが、乗馬経験の浅い俺にはまだ関係ない話で、それだって競走馬みたいに超スピードが求められているわけでもないのだ。

 時々、昔が懐かしくなったり、無性に爆走したい気分になったりするんだが、パークでは爆走できる場所がないし。

 それが全くストレスにならなかった、と言ったら嘘だ。もうマジで嘘。

 馬鹿正直にいうと超ストレスでした。

 馬にもたまには爆走したい夜があるのである。

 爆走したい2歳の夜がな。

 そんなもんで、俺は今、ちょう楽しんでいた。

 

『ヒャッホーイ!!!! このちょっと重い芝が良いんだよな〜〜!!!! 風、気持ちィッ!!!!』

 

 パークの芝は、っていうか芝であることが少ないか。

 乗馬中は林の中を歩いたり、コンクリートの上を歩いたりしてて、ま、それも悪くないんだけども。

 この陽来の沈むような芝に慣れていた俺には、ちょっとだけ硬く感じるわけでして。

 たまにはこの沈むような芝で爆走したいと思ったんだよなあ。

 だからめっちゃ楽しい。

 アホみたいに楽しい。

 風を切る感覚は懐かしいし、空気はうまいし、脚は軽いしでウキウキハッピー。

 こんなふうに何も考えずに走り回れるのは今だけだと思い、俺は長く広い放牧地を、全速力で駆けていた。

 

『イエ〜〜イ!! めっちゃホリデ~~イ!!』

 

 

 

 

 

 

 ■

 

「なんだ……あれは……」

 

 柵に両手をかけて、男はふるりと身体を振るわせた。

 眼前には新緑の芝が風に揺れている。

 いや、正しくは、風に揺らされていた。

 男は、その風を巻き起こしている1頭の馬から視線が逸らせず、震えるような声で傍にいた若い男へ尋ねた。

 

「……あの馬は、マイサン、と言います。今年2歳です。ノータンホースパークで乗馬を ──」

「乗馬!? 乗馬なのか、あの馬は!?」

「は、はい。昨年、乗馬になるためノータンホースパークへ。今年去勢を済ませて、すでに仕事を始めています」

 

 男は愕然とした。

 別に、乗馬が悪いとは一切思っていない。

 競走馬に劣るとも思っていない。

 何せ、男も初めて馬に触ったのは乗馬だった。

 うんと昔、乗せてもらった鹿毛の騸馬。

 おとなしいその馬も去勢済みで、長く多くの人を乗せていた。

 馬の背に乗っていると、どんな物事もちっぽけに思える。

 男にとって乗馬とは、自分を悩ましい現世から連れ去って、束の間の夢を見せてくれる尊い存在だった。

 やがて男は競走馬を知り、愛馬が競馬場を駆け抜ける楽しみを知った。

 そうなってからも、競走馬とは別種の尊敬と愛情を抱いてきた乗馬を、今も大切にしている。

 だが男には、ある持論があった。

 

 (やる気があって走れる馬は、競走馬に。気性穏やかで人好きな馬は、乗馬に)

 

 そうやってその馬の個性を活かせる場所へ。

 競走馬で成功できなくても、乗馬で長く人に愛される馬もいる。

 今の馬産業では競走馬を目指すサラブレッドが多く、そのサラブレッドの第二の仕事として乗馬があった。

 最初から乗馬である馬の方が、少しだけ珍しい。

 いつか乗馬は乗馬だけで、という思想がないとは言えないが、今の馬産業のシステムでは難しいだろうことも男は理解している。

 だからこその、持論だった。

 そんな男の目には、目の前を駆けていくその白毛馬は、まさに、競走馬になるべくして生まれた馬に見えて仕方がなかったのだ。

 しかしその馬は乗馬だという。

 こんなに力強く大地を蹴り上げ、風そのものと見まごう疾走を見せているにもかかわらず。

 競走馬として競馬場を駆け抜けることも知らないまま、人に愛される道を歩んでいるのだ。

 

「どう、どうしてだ……なぜデビューさせなかった……!?」

「それは……我々には……」

 

 若い男 ── 大津(おおつ)拓光(たくみ)とて、デビューさせられるもんならさせたかった。

 しかし拓光は、しがない牧場スタッフだ。

 その馬の、マイサンの馬主でもなければ、デビューの可否を決められる立場にもない。

 ただ上層部の決定を受け入れ、従うしかない存在だ。

 そうであっても、拓光はいまだに悔しい思いをしていた。

 だから心の中で、愕然としている男を睨みつけながら何度でも叫ぶのだ。

 

 ああ、できるものならそうしていた!

 

 放牧地を疾走するマイサンは、まさに風の形そのものだ。

 太陽の光を縁取る白い馬体が、新緑の芝に眩いほど映える。

 きっと、競馬場の芝を駆けるときは、これ以上に美しいに違いない。

 それを見ることも叶わない今への歯痒さを、この男は知らないのだ。

 誰もが拓光と同じ気持ちを抱く陽来で、この男だけが。

 

「……デビューさせる」

「は?」

「私がデビューさせる……!」

 

 拓光は自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 男は、誰を、どうしたいと言ったのか?

 デビューさせると言ったのか、誰を?

 

  ── マイサンを。

 

 去勢され、すでに乗馬としての馬生を歩み始めた拓光たちのマイサンを。

 今更、競走馬にするという。

 この男は正気なのだろうか。

 ギラギラと光る目は到底正気には見えなかったが、それと同時に、拓光にはこれがラストチャンスだと思えた。

 マイサン(俺たちの太陽)が競馬場を駆け抜ける、最後の。

 

 男は何者か。

 今日、この陽来の施設を見にきただけの、そんな存在だ。

 だがしかし、そういえば男が馬主であることを思い出した。

 確か地方と中央でどちらも馬を走らせていた。

 男の馬はG1をいくつもとるような名馬ばかりというわけではない。

 オーナーとして名の知れた存在というわけでもない。

 けれど、男が、所有した愛馬を最後まで責任持って面倒見る男であることだけは、有名だった。

 

「この馬はノータンホースパークの所有なんだな?」

「……そう、なります」

「わかった。ありがとう。今日の視察はこれで以上だ。施設は古い箇所もあったが丁寧に管理されていた。印象はかなり良い。ここなら自分の馬を任せられると思える。案内してくれてありがとう」

 

 男は一気に捲し立てるように言った。

 拓光はあっけに取られたようにただ頷き、男の顔を見つめる。

 一息に言い切った男は、何か力をためるように、口を噤んで、それから力強く言った。

 

「あの馬の所有に関しては、必ず、もぎとる」

 

 すでに乗馬として働き始めた馬を?

 ノータンホースパークという社来グループ内でも存在感の大きい立場の所有馬を?

 

 正気とは思えない発言が、しかし、拓光にとっては今、何よりも縋りたい言葉だった。

 

「よろしく、お願いします」

 

 去りゆく男の背中に深く頭を下げる。

 強張った表情のまま、ただ、目だけが熱かった。

 

 

 

 それから1年後。

 ノータンホースパークで新たな目玉になる予定だった白毛の乗馬は、一転して競走馬としてデビューすることが決まった。

 その時、すでに3歳。

 同世代の中央馬たちがクラシックシーズンに突入した中、馬は能力試験を突破し、川崎競馬場の砂を踏む。

 

「どういうことだ、どういうことだこれは、予想外の展開!」

 

 3歳未勝利戦。

 11頭の出走馬のうち、その白毛の人気は最低だった。

 誰もがその馬の存在意義を、ただのパフォーマンスとしか捉えていなかったのだ。

 血統が極端に悪かったわけじゃない。

 しかしその馬は白毛で、7月生まれで、去勢された元乗馬で。

 期待できる要素がおそらくなかった。

 だから誰もが軽視した。

 その馬が帯びる金色の光が見えていなかった。

 

「先頭は11番人気、最低の11番人気 ── ()()()()()()()()だ! サンジェニュイン走る、走る! ハナを切って、他馬を寄せ付けずラスト200メートル! 2番手はもう追いつけないかこれは見事な大逃げ! 乗馬から競走馬へ、華麗なる転身は大成功だ! ッサンジェニュイン! 今、ゴールイン!」

 

 競馬場に紙吹雪が舞う。

 怒号が響き渡る。

 ふざんけじゃねえ、と喚き立てられた罵詈雑言の合間を縫って、白毛は、堂々と駆け抜けていった。

 

 

 

『ばかばかばかばか!!!! 聞いてない聞いてないこんなの聞いてねえよお!!!! アッやめ、やめろやめろ近よんな来んな来んなってば――ッ!!!!』

 

 ゴールしてもなお、誰よりも先頭を目指して。

 その白毛が競馬関係者やファンから「つけなおせ」「もっかいドッキングしろ」「あと1本足りない馬」と呼ばれるほどの名馬になるのは、もう少し未来の話だ。







社来ファーム・陽来
旧・陽来牧場
クラブ所有として競走馬デビューすると思ってたサンジェがデビューできずしょんぼり
乗馬としてめちゃめちゃモテてると聞いて安堵したけどやっぱり未練ある
運良く良い感じの馬主をゲットして生産馬が走ることになって感情ジェットコースター

馬主さん
めっちゃ良い人
走れる馬は競走馬に、人好きな馬は乗馬に、がモットー
サンジェを見て「こいつ走らせたらァ!」となっていっぱい交渉してゲットした
マイサンの名前も気に入ってたけど、乗馬と競走馬で意識を変えるべく「サンジェニュイン」と命名

ノータンホースパークのスタッフのみなさん
本当に素晴らしい方々
謎の爆モテ白毛ホースも上手く扱ってくれるプロフェッショナル集団

サイレンスレーシングクラブ
大人の事情でサンジェニュイン所有ないなった
デビュー後のサンジェの活躍見て猛反対されてもゴリ押しすればよかった~~と代表が思ってたかもしれない

サンジェニュイン
謎の爆モテ白毛ホース
競走馬になると思ってめっちゃ覚悟決めてたけど乗馬に
ついでにマイサン(息子)っていうかタマタマとおさらばした
でも去勢されたことで牡馬味が減りさらに爆モテになるとは知らないホース
この状態だとカネヒキリくんも理性保てないんだよねだから会わない方が良いというか会わないよ
カネヒキリくん無しで走って貰います


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【IF】シニアになったシャイニングスズカの一幕

以下のIFを下地としたIF話です。

IF:それは夢にまで見た(サイレンススズカ全弟主人公)
https://syosetu.org/novel/259581/32.html

【大百科】【IF】シャイニングスズカ(IFサイレンススズカ全弟ネタ)
https://syosetu.org/novel/270791/9.html

あくまで下地なのでいくつか設定が異なります。


 わずか一年で世界の頂点に立ったと言われる美貌のウマ娘。

 

 最速の希望、シャイニングスズカ。

 

 姉の夢を継ぎ、叶え、そして自分の夢さえ成就させた。

 その眩いまでの白さと、他の追随を許さない走りで大勢を魅了する。

 彼女の前に人は無く、後に残るのはえぐれた芝の無残な姿。

 そんな彼女のことを、人は、純白の天使……あるいは ── 白い悪魔、と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 昔、昔、あるところに。

 純白の美貌馬がおりました。

 その美貌馬はとにかく顔が良く、毛色も良く、愛想も良く。

 それでいて良く走るため、人間からたいそう愛されました。

 ついでに同性馬からもドチャクソ愛されました。夜しか眠れねえほどに。

 現役期間はわずか1年ながら、打ち立てた功績は綺羅星の如く。

 やがて美貌馬は引退し、種牡馬になり、多くの子供を残すことになります。

 そして最後まで人の愛に包まれて、その天寿を全うしたのです。

 

 今は馬たちの天国 ── 虹の向こう側でキャッキャウフフしているはずの彼は、しかし、なぜかウマ娘になっていました。

 

 

 

  ── ということで、ハイ。

 俺です。

 シャイニングスズカです、どうも。

 

 いやあ1度あることは2度あるって言うけどね、ねえ。

 誰がウマ娘になると思ったんだよ、なあ、オイ、オイったら。

 

 マジでね。普通想像しねえんだよ馬の次はウマ娘って。

 いや、分かる、俺も分かってる、確かに神は言いました。

 牡馬とぼばぴょいしないと来世は人間になれないって、確かにアイツほざいてました。

 でも考えて見てくださいよ。

 俺、1997年産まれ、2021年没。

 現役時代は丸1年間全力疾走で駆け抜け、引退したかと思いきや過酷な種牡馬生活。

 誰だよ種牡馬は男の夢とか言ったの。

 日に3回、多いと4回腰を振る毎日が楽園生活なわけねえだろうがよ……!

 俺が純粋な馬ならともかく中身人間だったからな、そこらへんも結構苦労したんだぜ俺は。

 

 けど兄ちゃんが遺せなかった分も俺がハッスルしないと、と思って踏ん張ってきたわけです。

 仔はやっぱり可愛いし、勝ち上がってる話とか聞くと嬉しくなるしな。

 人間たちにもだいぶよくしてもらったから、まあ生活全体への文句はねえよ。

 最期も心温まる旅立ちだったからよぉ!

 ねえけども、それとこれとは話が別!!

 

「サン! 支度は済んだの?」

「済んだぁ……心の支度は済んでないけどぉ……」

「わけのわからないこと言ってないで、早く出てきなさい!」

「あい……姉ちゃん……」

 

 ちょっと唸りながら紫のスカートをはたく。

 そう、スカート。スカートってあれね、どこかの国の男の伝統衣装とかじゃなくて、主に女の子が着るアレね。

 俺もほら、転生した今はいたいけなウマ娘ちゃんだから……は? ウソじゃないんだが?

 ベリベリキューなウマ娘ちゃんなんだが??

 

 そう。

 

 ウマ娘。

 それは異世界の名馬の魂を宿す少女たち。

 彼女たちは走るために生まれる。

 異世界で過ごした記憶などなく、ただ、走りたい、頂点を目指したい、極めたい、そんな気持ちだけを持って──……。

 

 俺もそんな気持ちだけ持って走りたかったわ。

 無理だったけどな!!

 だって思い出しちまったよ、俺が元気いっぱいの牡馬だったことも、さらに前は過労死した社畜だったことも!

 

 まあ、あの、よくよく思い出せば記憶自体は断片的にあった、うん。

 なんかこれやったことあるな~、的な感覚がちらほらあったのだ。

 見える景色や触れるもの、聞こえてくる内容諸々に、謎の既視感。

 家族で出かけた公園の草を口に運んだのだってこの謎の既視感に突き動かされてだから。

 別にお腹すいてたからじゃないよ、本当だよ、サン嘘吐かないよ。

 

 ……ごほん。

 けどそれがくっきりはっきりばっきり見えるようになったのは、トレセン学園に入学してからだ。

 

 きたこともない場所のはずが、どうしてか懐かしい。

 初めてあったはずのウマ娘が、どこか尊く愛おしい。

 

 この気持ちの所以を探し、考え、求めている中で、ふっと思い出したわけだ。

 

「オレってば前世U・MAじゃん!?」

 

 ユーマ(ヅラ)じゃない、(かつら)だ。

 じゃなくて、未確認生物じゃなくて競走馬だった記憶。

 早逝した兄・サイレンススズカの分もとっとこ稼いできたる、じゃない、走って来たるわ、で駆け抜けた現役の1年間。

 鞍上・タッケさんにケツを叩かれた日々。

 周りの馬に追いかけ回された苦い記憶と共に、24年間の軌跡が頭にぶっ叩かれた方の身にもなってほしい。

 半日寝込むハメになったんだぞ。

 それに馬からウマになった混乱も ── いやごめん、騒いどいてなんだけど特になかったわ。

 よく考えたら馬もウマも大して変わんねえしな。

 強いて言うなら二足歩行できるようになったのと繁殖の概念がないくらいだし。

 コレに関しては丸1日悩んだ後に受け入れた。

 なった後に考えたってしゃーない。

 俺、じゃなくてオレの冷静な部分がそう囁いてた。うん。

 

 ん? 軽く考えすぎ?

 いやいや、難しく考えたって辿り着く答えが一緒なら軽く簡単に考えた方が心に優しいだろ。

 それにもう会えないと思ってた兄ちゃんに、姉ちゃんとして再会できたんだから十分だわ。

 記憶思い出して真っ先にしたのが「おのれ兄ちゃん! オレと『大丈夫、すぐ戻ってくるから』って約束したのに破りやがったなァ!」パンチを姉ちゃんに食らわせることだったし。

 姉ちゃんはオレに反抗期がきたと思っておろおろしてたよ。

 その後ちゃんと謝りました。謝ったので石投げないで下さいお願いします。イタッ! イタタッ! ヤメテ!!

 

 それより今はもっとデカい悩み事がある。

 

 記憶を思い出したとしてもやることは変わらねえから、馬時代と同じローテ組んで走ってたんだよ。

 だがしかし、これが問題だった。

 

 俺ってば現役はたったの1年ちょっと。

 1999年10月にメイクデビューして2000年12月に引退なのだ。

 ウマ娘のアプリに例えると、ジュニア級とクラシック級しかない状態。

 それをベースに走ってきたウマ娘のオレは、行き止まり標識の目の前で呆然と立ってる、って状況わけだ。

 同世代の次走情報が流れる中、オレはシニア級1月の現在、虚無ってる。

 

 もう、本当に、虚無ってる。

 

「うーん」

「……さっきから唸ってどうしたの、サン」

「ねえちゃ~ん。……シニアシーズンさあ、どのレースに出ようかなって」

「まだ目標も決まってなかったの?」

「ん……恐ろしいほど白い……オレの毛色並……」

 

 シニア級のシナリオがない ── 史実4歳以降の実体験がないウマ娘は他にもいる。

 オレが人間としてゲームをプレイしていた頃だって、皐月賞後に引退したアグネスタキオンたちがいたわけで。

 レース結果等で次走が変わっていく方式だったと思うけど、こっちでオレが確認した範囲ではフジキセキさんが普通にシニア走ってたから問題ないとは思う。

 ただなあ、悩みどころではあるじゃん? 実際、どこを走るかって。

 ウマ娘は実馬が史実走れなかったレースを走れるってのが醍醐味だ、ってSNSで見たこともあるけど、アグネスタキオンたちとオレって微妙に立ち位置が違うっていうか。

 4歳以降の競争実績がないってのは同じだとしても、怪我とかでやむを得ず引退したタキオンたちには「もし怪我してなければ」という夢の続きがある。

 けどラストランのハプニングがあったとしても、クラシックの春二冠、凱旋門賞、秋天に有馬記念を無敗のまま制したオレの競走生活は結構十分すぎた。

 姉ちゃん、じゃなくて兄ちゃんが獲れなかった天皇賞・秋を勝ててなかったら未練もできたろうけど。オレも人間たちもかなり満足だったんだ。

 それにあのオレにはレース以上に優先しなきゃならない夢があった。血を繋ぐ、という夢が。

 だからこそ悩む。この満足した気持ちの次のよりどころに。

 過去のレース実績でいけば2000m以上2500m未満になるのかな、オレのベストはロンシャン芝2400mで間違いは無いと思うけど。

 でも下手に姉ちゃんとレース被って潰し合いもなあ……いや姉ちゃんとも走ってみてえけどさあ。

 

「凱旋門賞連覇……は、まあやってみたいし組み込むとして……あ、出れなかったジャパンカップとか? 春天は無理。菊花賞回避したオレに3200mは潰されにいくようなもんでしょ……」

 

 競走馬時代の相棒、タッケさんこと(たけ)(はじめ)騎手はこんなことを言っていた。

 

『2200mまでならサイレンス。2400mならシャイニング』

 

 まあ2400mって言っても走ったことあるのダービーと凱旋門賞くらいだけど。

 あとさすがに2400mはキッツい。

 血統の問題なのかどうなのか、そこら辺はずぶずぶの素人であるオレには判断着かないんだけど、兄ちゃんたちの適性距離を鑑みるに俺たちはシンプルに長距離に向いていなかった。

 いや言い方を変えるなら「無理すればいける」つまり「無理しないと走れない」距離、それが2400m以上。

 その証拠に、2500mの有馬記念ではあとちょっとのとこで心臓が止まるとこだった。これが前に言ってたラストランのハプニングな。

 追いかけてくるテイエムオペラオーに抜かされたときはもうダメかと思ったけど、ほとんど意地だけで走り抜いた結果のゴール後ばたんきゅ~。

 テキが菊花賞やめて凱旋門賞行こうぜ、と判断したのは全然間違いじゃ無かったと内外に証明されちゃったよね。

 あの有様で天皇賞・春はさすがに死にに行くようなもんだから、ウマ娘になった今も2400m以上はできるだけ避けてきた。

 さすがにクラシック級の有馬は避けれんだろ、と倒れるの覚悟で挑んできたけど。まあ倒れましたね、お察しです。

 

 春のG1で2400m以下なのは大阪杯と宝塚記念。秋なら秋天とジャパンカップ。

 2000mぴったりはそこまで息が合わない気がするし、宝塚記念と秋天は姉ちゃんが出てきそうだし、となるとベスト距離でもあるジャパンカップが国内の大目標。

 他の2400mとかBCターフと凱旋門賞くらいで世界的にそこまでデカいレースがないのが悩みどころだ。

 あ、あとドバイSCとか?

 

 でも実は、史実みたいに引退して実家に帰るのもアリかな、って思ったこともある。

 上手いこと思いつかないし、無理にレース選んで現役続行する必要もないじゃないか、て。

 けどそれはできなかった。というか()()()()()()()

 なんでかって、引退したらつるし上げてやる、って脅されたんだよね。同期に。

 

「……シャカール、やるっていったら絶対やりそうだもんなあ」

 

 っていうかアレは絶対やるって目だったな。

 競走馬時代から有言実行のウマなのだ、エアシャカールは。

 

 オレの同期でG1獲ったやつ、って他の世代より少ない、って誰かが言ってた気がする。

 世代の前後がやたら強いウッマだらけだったからか、オレらの世代はたびたび不憫だと言われることがあるくらいだ。

 クラシック級で同世代の牡馬こと右耳ウマ娘でG1を勝ったのは、春二冠をオレ、菊花賞をシャカール、NHK杯をイーグルカフェ、マイルCSをアグネスデジタルの4人。

 このうちでオレが対戦したことがあるのは、デビューから5回一緒になったシャカールと、秋天で一緒になったイーグルカフェ。

 アグネスデジタルとは距離適性の問題かそれともタイミングが合わなかったのか、実は1度も対戦経験がない。

 ただ史実ではオレが引退した後、香港マイルをエイシンプレストンが、宝塚記念やジャパンカップをタップダンスシチーが、マイルCSをゼンノエルシドが制する等、世代は息の長い活躍を見せる馬が多かった。

 タップダンスシチーなんて2005年まで走っていたと言うんだから本当に長く活躍したと思うよマジで。オレの息子と走ってたし。サンジェニュインっていうんだけど。

 振り返れば多くの活躍馬、もとい活躍ウマ娘がいるわけなんだが、どうもオレが派手に走ったりするせいなのか、同期の活躍がオレの存在で薄れる、らしい。

 らしいっていうのはオレ、そういう自覚あんまりないんだよ。同期の邪魔したろ、なんて思ってないし。ただ結果的にそうなってるらしいんだ。

 だからなのか、結構恨まれてるんだわ、オレ。ケツガン見されながらガチの憎悪籠もった目で追いかけられたりするかんね。

 

 んで、その筆頭っていうのがエアシャカールなわけよ。

 

 メイクデビューから何度対戦したか。気づけばいつも一緒だった。

 クラシックシーズンに入ると初戦の弥生賞で早々に激突。

 本戦である皐月賞、日本ダービーでも対戦した。

 絶対に負けられない理由がここにある、バリにガンギマリの大逃げをキメたオレが勝ち続けたわけだが。

 ダービー後、熟考の末に菊花賞を回避したオレは早々に海外遠征に乗り出した。

 英国、KGVI&QESへの出走が決まった時、シャカールも同レースへの出走を発表。あれには驚いたなあ。

 それでオレらは5回目の対戦となり、そんでこれが共に走る最後のレースになった。競走馬時代ではな?

 

 オレがレースに出るたび、ゴール後、そこに残るのは屍だけ、と外野は口々に言った。

 駆け抜けたゴールの後ろ、2着以下に沈んで帰ってくるウマ娘たちが項垂れていることを揶揄したセリフだ。

 まったく好き勝手言ってくれたもんだよな。オレを必死に追いかけてくれたメンバーに対する侮蔑と言ってもいい。

 確かにオレは勝った。だからそこに敗者がいる。仕方ないだろ、それがレースで、それが競走で、それがこの世界の意味だ。

 勝利に喜ぶオレの傍らに影ができて、そこで嘆く敗者が生まれるのは必然だし、オレがそれを悔いることはない。

 力強く踏みしめた一歩を振り返り、踏み出さなければよかったなんてそれこそ恥じるべきだろ。

 オレはそうやって育てられた。オレが勝つたび喜ぶ人間が胸を張って前を見ろと言ってくる。

 オレは最高のウマなんだって信じてくれるその人たちのために、敗者の影がある。色濃い影を忘れず踏みしめて、オレはまた強くなる。

 お前らが負けたオレが次も強く在ることで、お前らがすべてを振り絞り必死に追いかけてきたことの意味があると証明する。

 それが、敗者を作る勝者たるオレの、唯一無二の責任の取り方だ。

 お前たちがどこかのレースに勝つ度、オレが積み上げてきた勝利の旗がその勝利をバックアップする。

 春二冠ウマ娘シャイニングスズカを追いかけた軌跡に無駄などなかったと、オレの優勝レイこそが肯定するのだ。

 

 けど、そんなことに興味を示さないものたちは別の見方をする。

 オレに負けたウマ娘に、次はない、と。

 

『シャイニングスズカに負けたウマ娘は、それ以降、G1を勝てない』

 

 んなわけねえだろ、と声を大にして言いたい。

 朝日杯FSで対戦したエイシンプレストンは香港マイルを勝った。

 5回対戦して5回オレに負けたエアシャカールは菊花賞を勝った。

 

 わかってる。抜け出せなかったやつもいることくらい、わかってるよ。

 日本ダービーでオレが退けたアグネスフライトは史実、それ以降は勝ち鞍を積めないまま引退した。

 けどオレが現役だった頃、その陣営からオレを詰る声は1度として聞いたことがなかった。

 春二冠を終え、海外に挑戦し、そして有馬のラストランを迎えた後。

 2001年。京都記念に出走を決めたアグネスフライトの陣営はレース前にこう語った。

 

『フライトは誰よりも懸命にシャイニングスズカを追って迫った1頭です』

 

 ダービー馬でないならその時点でフラットだと誰かが言う。

 けどダービー馬を諦めず追いかけその2着に辿り着いた馬が弱いなんて誰も思っちゃいない。

 その勝ち馬が王道を歩み続け、強さを証明したならばなおのこと。その番手に君臨する馬へ敬意を払う。

 アグネスフライトには京都新聞杯以降の勝ち鞍はない。けれど、京都記念2着まで走って見せたその軌跡に、力強さがあったのだと陣営は証明してくれた。

 屈腱炎等の故障と戦いながら現役を走り続け、引退後は先に種牡馬入りした全弟アグネスタキオンの代替役として種牡馬入り。

 オレが死んだのは2021年だったけど、それまでにフライトの訃報は聞かなかったから、きっとオレよりも長生きしてくれたと思う。

 

 ウマ娘のアグネスフライトも、オレのせいで、などと口にしたことはない。

 次は勝って見せる、と凄まれたことはあっても、彼女がオレを理由にしたことはないんだ。

 オレはそこに彼女の意地を見たし、ダービー以降対戦できなかった史実とは違う展開をこの世界で迎えられるかも知れないと、ちょっとワクワクしている。

 もしかしたらオレのシニア級のシナリオは、そんなライバル達との再戦ストーリーになるのかもしれないな。

 

 けど、まあ、アグネスフライトほどキッパリしていても周囲も同じように思ってくれるわけじゃない。

 

 調子の良かったヤツが1度負けたら調子を崩す、なんてオレ相手じゃ無くても陥るケースだと思うんだがなあ。

 見た目が派手なせいか、世間ではオレと走らせるとウマ娘がダメになってしまう、と言うトレーナーもいるんだよ。

 表面上は笑い話のつもりらしいけど、本当に笑い話だったらオレの次走を探ってきたりしないだろ。

 明らかに避けようとしてるのがわかるし。そんでそれは、他のウマ娘にも伝搬するもんだ。

 

  ── シャイニングスズカに近づきたい、でも離れたい。

 

 みんな心がふたつある~、みたいな状態でオレを見てくる。

 そんなに怖いかね、オレと走るのが。怖いって思ってるから負けた時余計に混乱するんじゃねえかなあ。

 けどまあ、その恐怖がまるでないウマ娘もいまして。

 それがさっきから何度も引き合いに出しているウマ娘 ── エアシャカールだ。

 

 世にも恐ろしい噂話が蔓延するなか、何度敗れても、敗れても、何度でもオレに果たし状をぶち込んでくるウッマ。

 たとえ誰かから、結果なんて分かりきっている、と悪態をつかれても。無理だ、なんて言われても。

 その度にエアシャカールは新しい計算を弾き出し、オレに「次走はどこだ」と聞いてくる。

 諦めを知らない闘争心だけが、オレを孤独にしてくれないのだ。

 

 だからこそ、オレのいないあの最後の一冠。

 無敗で二冠を制しておいて菊花賞に出ないオレを「三冠を放棄した」と罵る大勢のウマ娘を横目に、エアシャカールは大きく伸びた。

 長く細い四肢を荒々しく回して大地を突き進む。芝をしっかり踏んで抉って駆けて。

 オレに、『シャイニングスズカに負けたウマ娘はG1を勝てない』などと言われていた都市伝説を鼻で笑って捨てて。

 ひたすらに前だけを目指したその走りでもって、エアシャカールは菊花賞ウマ娘になった。

 

 それがどれだけオレを喜ばせてくれたのか。シャカールには分からないだろうなあ。

 

 

 で、そのシャカールがオレの胸ぐらを掴んだのは今から1ヶ月前のこと。

 有馬記念、じゃなくて有マ記念を意地で制したその日の夜のことだった。

 2500m長過ぎだろォ! とほぼ意地だけで走った結果バテて倒れていたオレの元に、エアシャカールが見舞いにやってきた。

 いやあマジで驚いたな。同期の見舞いとか誰も来ねえと思ったもん。

 オレ競走馬の時もウマ娘でもろくに友達とかいねえしなあ……休日はだいたい姉ちゃん達と遊ぶし。

 だから結構うれしかった。見舞いに人が来るってこんなにはしゃげるもんなんだなあ。

 会えば悪態を吐かれる仲とはいえさ。もうコレ、いっぱいレースに一緒に出てるし見舞いまで来てくれるし実質友達か!

 ニコニコ、ふにゃふにゃ、とシャカールを出迎えたオレは哀れ、その5秒後に胸ぐらを掴まれ、こう言われたのでした。

 

「お前、来年も絶対に走れよ。勝ち逃げは許さねェ……! もし引退してみろ。お前が他のウマ娘に追いかけ回されてみっともなく電信柱にしがみついているとこ、地上波に流してやる」

 

 見舞いに来たかと思ったら脅しに来ただけでした。

 オレは情けねえ泣き声を上げてこれを承諾し、シャカールはどかどかと足音を鳴らして去っていった。ぐすん。

 

 でも去る直前に置いていったフルーツバスケットの存在がオレの心をぽかぽかにしたのでオッケーです。

 もうツンデレだと思えてきたよシャカール。見舞いの品ありがとなぁ!!

 

 

 

シャイニングスズカ@メテオ所属

@shiningsuzuka_97

ツンデレシャカールからフルーツバスケットもらいました。

ありがとうシャカール。

httpss://Ominami.jpgs

                  

 

 

 

 この後、顔を真っ赤にして怒り狂ったシャカールから関節技をお見舞いされた。ぴえん。

 

 

 おっと、ぽかぽかエピソードで話がズレちゃったけど、問題はシニア級でのレース目標。

 とりあえず現役は続行する。けどやっぱ出走レースがなあ。

 先に挙げたように凱旋門賞連覇は、まあ、やれたら楽しいだろうな。史実では1回しか勝ってないし。

 ただこの凱旋門賞出走、っていうのが実は一番危ないんだわ。

 というのも、日本馬で初めて凱旋門賞を制したのはオレ・シャイニングスズカなわけだが、史上2頭目の覇者もいて。

 それがオレの息子 ── サンジェニュインだ。

 

「お、とうちゃ、じゃなくてセンパーイ!」

「サンジェニュイン、にカネヒキリ! お前らもお昼ご飯か。今日は食堂なのか?」

「まっさかあ。今日もKANE's Kitchen(カネヒキリくん)!」

「お前弁当まで作ってもらってんの!? オレが言うのもなんだけどもうちょい自立した方がよくね? ……カネヒキリも、あんまりこのぽんこつ甘やかさないようにな!」

「……善処します」

 

 サンジェニュインのリボンを直しながら返事するカネヒキリ。

 アッ、しないやつだこれぇ……オレは一体どこで子育てを間違えたんだろうか。

 牧場で見てた頃はここまで抜けたアホの仔ではなかったはず……現役時代になんかあったかコレ。

 

 今日もトレーニング頑張った、と笑うこのオレそっくりのウマ娘。こいつ、史実では息子だ。初年度のな!

 ふわふわの白毛と蒼穹の瞳。体格の立派さ。骨の丈夫さ。人間に対する愛嬌。

 どこに出しても恥ずかしくない、オレ、シャイニングスズカ初年度産駒の代表格だ。

 似てるのは見た目だけじゃ無くて戦法もで、こいつもオレと同じく大逃げ一辺倒。

 憎悪籠もったおっそろしい目をしたウッマに追いかけられヒンヒン泣いて逃げてたオレと同じく、こいつも追いかけ回されて逃げるタイプ。

 ただまあ事情がオレとはちょっと違って、あの、憎悪籠もってるって言うか目の色ピンクにした牡馬にケツ追われてるっていうか。

 まあその、なんだ。いっぱい馬にモテる体質らしく、人間から漏れ聞くウワサはやたらイカ臭かった。

 とうちゃんはお前に気の許せる友達がいる事実が嬉しいよ。よくケツを守り切ったな息子よ。

 

 んでそのムスッコの隣に立つ褐色のウマ娘。こっちはカネヒキリと言ってサンジェニュインと同世代。

 あのフジキセキさんの産駒であり、サンジェニュインが唯一気の許せる友達ってのがこのカネヒキリなのだ。

 何くれと無く守ってくれる、支えてくれる、心優しいしっかり者である。

 オレはもうフジキセキさんに足向けて寝られねえッすよ。ムスッコの純潔守るの手伝ってくれてありがとうカネヒキリ。

 お前ももうオレの息子のようなもんだよ……オレのこともパパって呼んで良いからな……!

 

 ちなみにこの2頭。馬時代は種牡馬になった後も仲良しだった。

 サンジェニュインは前述通り、史上2頭目の凱旋門賞馬として現役引退後、オレのいるスタリオンに種牡馬入り。

 どこぞの石油王の寄付金で建てられたとウワサのオレの専用厩舎、通称・太陽御殿で共に過ごしていたが、数年後そこにカネヒキリが合流。

 いや最初はカネヒキリいなかったんだが、サンジェニュインがあらゆる駄々をこねまくった結果、カネヒキリもINすることになった。

 我が息子ながら純粋な馬とは思えん動きだったなあ。

 挙句には放牧地まで2頭で共有してたからな。とうちゃんもびっくりだわ。

 2頭のアーチーチー、な仲の良さをのんびりと眺めながら送る種牡馬生活も、まあ楽しかったので細かいところはスルーする。

 かわいいムスッコとその友達の種牡馬ライフを温かく見守りたい親心です。

 

 けどそんな生活は10年も続かなかった。

 カネヒキリは年上のオレよりも先に死に ── 虹の向こう側へと渡ってしまった。

 2016年の初夏のことでよく覚えている。息子は隣合う馬房の帰ってこない主人を待ちながら、寂しそうに背中を丸めていた。

 心なしかちょっと老け込んだような気もするくらい。けど前を見続ける強かさもまたオレの息子らしい。

 約1年の時間を消費して心を整え、以降はオレが死ぬまでずっと元気に仕事をしていた。でも、空き馬房に誰かが入ってくることだけは許すことはできていなかった。

 その姿を知っているだけに、ウマ娘になった後も仲良くしているふたりを見ると、尊い何かを見ているオタクのような気持ちになってくる。

 今度は末永く一緒にいろよ。

 

「この弁当が美味すぎて馬になるんだよなあ……!」

「もうウマだろうがよ」

 

 ところでこのサンジェニュイン。史上2頭目の凱旋門賞馬。

 オレがシニア級で凱旋門賞出走を危険視している要因がこいつだ。

 サンジェニュインは競走馬時代に凱旋門賞を制したのは4歳。

 順当に行けばシニア級で凱旋門賞に出ることになると思うんだが、なんとこの世界は稀に時空が歪む。

 どう歪むかっていうと、オレの凱旋門賞とエルコンドルパサーさんの凱旋門賞が同日になったのだ。

 もちろん、史実では同じ日に出走していない。というか年が違う。

 が、間違いなくオレの凱旋門賞の時にエルコンドルパサーさんが居た! なんとも恐ろしい話だ。

 なのでワンチャンでシニア級に出る凱旋門賞がサンジェニュインの凱旋門賞と被る可能性があるわけで。

 オレはそれをめっちゃ恐れている。

 まあサンジェニュインはまだメイクデビューも迎えてないからワンチャン……な、うん。

 

「センパイ見てこれカネヒキリくんがくれた花!」

「見事なタンポポだなあ」

 

 そういや種牡馬時代もカネヒキリはよくサンジェニュインにタンポポ渡してたっけ。

 と過去を回想しつつ、オレはうーんと内心唸った。

 かわいげのあるムスッコだ。一生懸命だし愛想は良いし。ちょっとアホなところあるけど。

 でもオレはどうしてか、競走馬時代からこのアホムスッコに共感性羞恥を感じて仕方がない。

 ほんとどうしてか、自分を見ているような気になってくるんだよなあ。オレはこんなぽんじゃないが。

 見た目がクリソツだからか? 走りまで似てて、オレと同じように凱旋門賞を制したから?

 先輩のフジキセキさんや後輩のクロフネ、シンボリクリスエスたちが言うには、見た目だけでなく性格までそっくりらしい。

 んなまさか、ここまでのぽんこつじゃないって何百回も言ってるでしょオレ。

 

「似てるわよ、びっくりするほど」

 

  ── 意外と涙脆いところも、愛情深いところも、結構抜けているところも、同一人物かってくらいそっくりよ。

 

 いつだったか姉ちゃんまで真顔で肯定してきたから、人前ではとりあえず黙ってることにしたけど。

 似てるとしてもそら、史実では親子ですしおすし。

 なんでまあ、オレがサンジェニュインに感じるこの共感性羞恥ってやつも、もしかしたら血の繋がった親子特有のやつなのかもなあ。

 でも転生して馬になったオレと違って、ムスッコはこんなにぽんこつでちょっとトンチキなところがあったとしても純粋馬。

 やっぱり違うと思うんだけどなあ。

 

 まあそれはさておき、オレは隣に座っている姉ちゃんを振り返った。

 さすがにこのふたりを立ちっぱなしにさせるわけにもいかない。

 

「ねえちゃん、ふたりとも向かいの席に座らせてもいい?」

「ええ。もちろんよ」

「えっ、いいんスか。ありがとうございます、ススズセンパイ!」

「す、ススズ……?」

「オレたちのあだ名だよ姉ちゃん。オレ、グスズ!」

「ちまたでは『シャスズ』の方が人気だって」

「えっ、マジ……? オレはグスズ派なんだが……」

 

 姉ちゃんが困惑したように首を傾げた。

 聞き慣れないもんな、ススズ。

 アニメ版だとスズカ呼びだった気がするし。

 でもしゃーないって、この学園にスズカが一体何人いるのか。

 姉妹であるラスカル姉ちゃんやコマンド姉ちゃんはまあスズカ抜いても呼べる名前だけど。

 オレと姉ちゃんとか『サイレンス』『シャイニング』呼びにするのはちょっとキツいし。

 経歴の長い姉ちゃんがスズカ呼びになるのも仕方ないけど、オレがいるとこだとそれで呼ぶわけにもいかないからな。

 だから『ススズ』の『グスズ』呼び。競走馬時代もファンからはそんな感じで呼ばれてたよ。

 

「それにしても……サンジェニュイン、だったかしら? なんか、運命的な何かを感じるような……」

 

 姉ちゃんからしたら魂の甥っ子、いや姪っ子? だからなあ。

 オレの産駒とか姉ちゃん、いや兄ちゃんのファンによく「実質サイレンススズカの産駒よな」って言われてたし。

 それ繋がりとか?

 そういやオレとエアグルーヴさんの産駒とか「NTR」呼ばわりされてたんだよな。

 みんな「ススズとエアグルーヴの仔みたかった」とか言うから全弟のオレが配合されたんやぞ!

 

「う~ん、なんか、(けぶ)る夏の日に走ったような気が……?」

 

 それはさすがに錯覚にも程があるよ姉ちゃん。

 

 ずっと不思議そうに首を傾げる姉ちゃんの視線の先。

 サンジェニュインは口周りをカネヒキリに拭いて貰っていた。

 ……赤ちゃんか? オレは訝しんだ。

 

 あっ、そういや今年のレース決めてない……ま、いっか。

 まだ時間はあるし。

 凱旋門賞に出るか、他にどんなレースに出るか、ライバルと再戦するか。

 ゆっくり考えて悩むのも、これはこれできっと、アリなんだろう。

 オレはさらに残った最後の一口を頬張った。んまい。

 

「ちょっとサン。口の周りついてる……ほらこっち向きなさい拭いてあげるから」

 

 むぐぐ。








エアシャカールさん
IF時空の馬編では5回対戦してグスズ全勝
測定不能で理解不能なグスズの言動に振り回され常に胃を痛くしている
こいつぜってー潰すからな、という気持ち9割
ぽんこつグスズから発せられる謎の圧が嫌い、高みから見下ろすな
グスズの顔は好き、顔は
グスズからは友達としてカウントされている(なお友達ではない)

アグネスフライトさん
IF時空にてダービー馬の称号を取られて以降リベンジに燃えている
ウマ娘編ではシニア級にてグスズと再戦することがあるかもしれない
グスズの顔は好き、顔は

サイレンススズカさん
グスズの良きお姉ちゃん
グスズの記憶が戻った時の暴れっぷりから反抗期がきたと思ってる
うちの妹が世界でいちばん可愛いけど、なにか? と真顔で言ってくる
実際に可愛いし……ちょっと抜けたところあったり言動に圧があったりするけど……妹は可愛いのよ、本当よ?

カネヒキリくんちゃん
サンジェニュインとかいうぽんこつの親友
サンジェニュインほどではないがグスズにもちょっとタジタジしてる(気絶はしない)
この親仔揃って顔が良いしオーラがすごいなあ、と馬時代思ってたかも知れない

サンジェニュイン
俺たちのよく知るぽんこつ
このIF時空ではグスズの初年度として生を受け牡馬にモテる呪いと戦ってる
たまに戦い切れてない
なんか俺の親父のオーラやばくね? 良い馬だけどなんか覇気あるわあ、と馬時代思ってたかも知れない

シャイニングスズカ
このIF時空に存在するぽんこつ
1ヶ月で母と死に別れ、これまた1ヶ月で懐いた兄とも死に別れた
残るは母と兄が遺した夢への執着だけ
夢を追い、叶えることに夢中で馬時代は友情を築く暇もケツを狙われてると考える暇も無かった
本当はただの憎悪だけじゃなくて愛情も込みでケツ追われてたけど一生気づかない
そんなことよりレースだレース次走はどこだ兄の夢は母の夢は人間の夢は!?!?



ようやく、自分だけの夢を探せるね


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【IF】【産駒ネタ】陽だまりに溺れ死に

人間から馬に転生したタイプの産駒の話


 クソみたいな人生だった。

 振り返ってもまともだった瞬間なんて何ひとつない。

 吸って、吐いて、それだけで金がかかるなんてアホらしいよ。

 ねえアンタ、雑踏の中、当たり前のような顔で親の庇護を受ける子供にイラついたことある?

 自分の生命維持を第一に考えなくていい、そんな子供時代を当然だと思っている。

 世間が言う『ふつう』の親とやらに育てられた『ふつう』の子供。

 そんなものになれなかった出来損ないが、街の隅に転がってる。

 

『自分が自由に扱えるのは命だけ』

 

 そんなくだらない歌詞を、流行りのシンガーが魂込めて歌う。

 必要最低限の生活を営めている、自分の命を自由にできる人間が歌ってるんだ。

 でもさ、出来損ないってのは自分の命すら自由に扱えない。

 つらいなら死ねばいいって?

 その時点で自由じゃない。

 選べてない。

 生きるなんて選択肢がない。

 はじめっから、出来損ないは死ぬしかないんじゃん。

 それなのに、当たり前のように『自分の命は自由に扱える』なんて。

 結局は全部、持つ者のための歌でしかないんだ。

 そして、死ぬことだって自分で選べやしない。

 

 叫びながら包丁を振り回す男は命を自由にできる。

 そのギラつくもので、誰を殺して生かすか選べる。

 腹を熱くして、地面に這いつくばるあたしは死ぬんだ。

 

 ああ、死に場所すら選べなかった!

 いつ死ぬのかも、どうやって死ぬのかも。

 ほら、自分の命だって自由に扱えない。

 

 ねえ、次ってあると思う?

 あるなら、なんだっていいよ。

 ただ── 今度こそ、自分の命は自分で扱いたい。

 

 ほしいのは、自由だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2015年1月9日 社来ファーム・陽来(あききた)

 父にガリレオを持つ牝馬・エフティヒアはこの日、1頭の牡馬を出産した。

 太陽が昇る真昼間に生まれ、光を十分に浴びて輝く馬体は白。

 母馬に舐められ、懸命に立ち上がろうとする姿に、牧場長は思わず感嘆の息を漏らした。

 

「おお、親父に似て美人── いや、美馬だなぁ」

 

 震える四肢を寝藁に踏み込ませ、仔馬は顔を上げる。

 その瞳に燃える渇望に、その場にいた人間は誰一人気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『もし次があるならなんでもいい』

 

 確かにそう言ったけど、これはないんじゃない?

 

「エフティヒアの15はそろそろ離乳かなぁ。な、どう思う?」

「ミスティカルスターの15も時期が近いし、ほぼ同じタイミングで離すか」

「んー、悪かないと思うケド……でもエフティヒアの仔は難しそうだよなあ」

「あぁ……マイサンが入ってるにしては珍しく奥手っぽいからな。でもドリーの例もあるし、案外上手くいくかもしれないぞ」

 

 そんなことを話す男たちを見ながら、あたしは部屋の隅でじっとしていた。

 同じ部屋にいる母は心配そうな顔をあたしに見せる。

 でもそれにどう返事をすればいいかわからなくて、あたしは無視をした。

 だって、どう言えばいいの?

 こんな── 馬相手に。

 

「エフティヒア自身は子煩悩なタイプなんだけどな」

「去年の離乳はすごかったからな。でも14よりはだいぶ扱いやすそうじゃないか? 14はほら、好奇心旺盛でよく馬房内でも飛んでたし」

「ザ・マイサンの血って感じだったよなあ。あいつもチビの頃は馬房内で飛び跳ねて遊んでたことあったじゃん」

「あれは遊びっていうか、半分狂乱入ってなかったか?」

 

 男たちの笑い声に反応したのか、母馬があたしのほうに近づく。

 それを見た男たちは、軽く謝りながら声のトーンを落とした。

 あたしと目を合わせた母馬が瞬きをする。

 それがどうしてか、『大丈夫』という音に聞こえた。

 でもあたしは何も答えられなくて、視線を外して床をみた。

 そして、またぐるぐると考え始める。

 考えてるのは、どうしてこうなったのか、ってこと。

 

 

 イカれた男に刺されたあの時、あたしは確かに死んだはずだった。

 でも目が覚めたら生まれ変わってた── 馬に。

 いま部屋の前にいる男たちや、ほかの人たちの話、そして母馬の見た目とかを見ると、あたしはたぶん競走馬ってやつなんだと思う。

 レースだとか、競走成績だとかいってたし、母馬の姿は街中で見た競馬のポスターを思い出させたから。

 それに、あたしが知ってる『レースに出る馬』なんて競走馬くらいだ。

 少なくとも食用ではなさそう。

 最初っから食う目的で育ててるにしては、世話の仕方が細かすぎる気がした。

 学のないあたしでも、こんな方法で食用肉を育てたら消費のスピードが間に合わなさそうだっていうのは、なんとなくわかる。

 まあ、高級肉ですよって話なら別かもしれないけど。

 

「じゃあそういうことで、とりあえず明日から進めよう」

 

 男たちの話し合いが終わったのか、部屋の前から人影が消える。

 それを見たあたしは、心配そうな母馬をよそに扉のほうに近づいた。

 その隙間からまわりを見渡すと、ほかの部屋にも馬たちがいることがわかる。

 

『ねえ! おとなりさん! おなかすいたね!』

『おーい、あそぼうよ!』

『これしってる? たおるっていうおもちゃ!』

 

 耳を澄ませると、あたし以外の馬たちの声がわいわいと響いた。

 まるで人の言葉のように聞こえるそれらは、最初に聞いたときは『ここは馬がしゃべる世界なのか』なんて思ったっけ。

 他の人たちがまるで聞こえていないようだったから違うんだろうけど。

 きっと普通に鳴いているように聞こえるんだろう。

 でもあたしの耳には確かに言語として聞こえていた。

 ほんとは母馬があたしに話しかけてる言葉だって意味はわかってる。

 でも返し方がわかんないの、ほんとに。

 だってあたし、お母さんなんていたことない。

 親子ってどんな会話をするの?

 人間だったころ、物心ついたときにはゴミを漁ってたよ。

 字を教えてくれたのはホームレスのおばさん。

 殴る蹴るの代償付きだったけど、字の読み書きができるだけでだいぶ仕事の幅が違うから。

 もちろん父親だっていたことはない。

 だからほんとに、どうしたらいいかわからない。

 

『坊や、お腹空いたの?』

 

 母馬の言葉に反応して振り返る。

 部屋の中には母馬のエサ入れのほかに、あたしのためのエサ入れもあった。

 ちょっと前までは母乳だけで生活していたけど、ここ最近はこのエサを食べるように促されている。

 今日も男たちが話していたけど、あたしはそろそろ母馬と離れる時期なんだろう。

 それは馬になってから今日まで、ずっと願っていたことだった。

 

 あたしは、自由になりたかった。

 生きるのも、死ぬのも、どうするのかも、自由に自分で決めたかった。

 人間だった時はそれができなかったから、その分それに執着している自覚がある。

 もし次があるなら、ただひたすらに自由がほしい。

 自由でさえあれば、自分が人間じゃなくてもよかったんだ。

 でも馬になったいま、あたしにほとんど自由はない。

 野生の馬なら別だったかもしれないけど、いつかレースにでなくちゃいけない競走馬に生まれたあたしは、誰かの所有物だ。

 生きるも死ぬも、自分では自由にできない立場にまた生まれてしまった。

 はっきりいってクソだと思ったし、いまだに受け入れることはできていない。

 性別もメスからオスになってるし。

 でもそれはいいや。

 ただ自由でさえあれば。

 生きること、死ぬこと、そこにあたしの意思が反映されるのであれば。

 

『……それなのにどうして』

『ん? どうしたの、坊や』

 

 小さく漏れ出たあたしの言葉に、母馬が反応する。

 あたしはそれに軽く首を振った。

 

 母馬は常にあたしを気に掛ける。

 それが仔を持った生物の本能からくるものだと理解していても、あたしは戸惑いを隠せない。

 こんな風に誰かに気に掛けてもらった経験がないからだ。

 でもそんな母馬とも、あと少しでお別れ。

 中身が元人間で、それもどうしようもない生まれのオンナだったなんて、この母馬も運がないね。

 自分になつきもしない仔どもを育てなくちゃいけないんだから、あたしなんかよりよっぽど不運。

 ドンマイ、なんてあたしが言うのは簡単だけど、生んだ責務を果たしただけだとしても、ここまであたしを育ててくれたのはこの母馬だ。

 とんだ異物に数か月間付き合わせてしまった謝罪も兼ねて、あたしは最後の1か月間だけは、この馬の息子になろうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと大人しいな」

「エフティヒアが可哀そうなくらいだった」

 

 月日は過ぎて、今日、母馬から離れた。

 同時期に離れたほかの馬とともに、あたしは別の施設に移された。

 でも敷地内は同じらしい。

 トラックで運ばれたものの、感覚では数分もなかった気がする。

 あたしはいつ離れるか知ってたし、中身だってもともと人間だったんだから悲しみもさみしさもない。

 けど普通の馬たちは泣いて喚いてうるさいよ。

 同じトラックに詰め込まれたやつらはずっと『おかあさんどこ』『もどしてよ』と似たようなことばかり言ってる。

 そんなこと言ったってしょうがない。

 あたしらに自由になんてないんだからさ。

 母馬だって新しい子供妊娠してるんだし、その仔が生まれたらどっちみち一緒にはいられないわけだ。

 野にでも放たれない限り、あたしらにはどうしようもできないんだよ。

 そう言ってやりたかったけど、他の馬たちと話す気もない。

 言ったところで通じなさそうだし。

 それよりいま気になってるのは、これから向かう先のこと。

 どこに行くのかは知らないけど、自分の部屋がもらえるならそれに越したことはないな。

 ただ不安があるとすれば、男たちが『父に会えるぞ』としきりに口にしてることだけ。

 どうやら一緒に移動した馬たちは、あたしを含めてみんな父親が同じらしい。

 全員毛の色が一緒だったのはそれか。

 ……まさかとは思うけど、全員父親と同じ部屋とかないよね?

 

「タクミ、マイサンも着いたってよ」

「アイツに会うのも1年ぶりだな」

「まあ毎年この時期にしか会う機会ないからなあ。でも場長の話によると今シーズンも元気っぽいぞ」

「そりゃなによりだ」

 

 馬が全頭いることを確認し終えたらしい、男たちがあたしたちの前に立つ。

 それまで母馬と一緒にいた部屋とか、柵のついたところしか知らなかったあたしたちにとって、森の中を通るのは初めての経験だ。

 今まで顔に紐みたいなものをつけられていたけど、そこにリードのようなものをつけられた姿はまさに飼い犬、ならぬ飼い馬って感じ。

 これは手綱っていうらしいけど、馬版のリードみたいなものだろうか。

 現地にいた他のスタッフたちはそれを受け取ると、どこかへ向かって歩き出した。

 

『ねえおれたちどこいくのかなあ』

 

 たまたま隣になった馬がそう言う。

 この馬は母馬といたころからやけにあたしに話しかけてくる馬だった。

 いつもスルーしてたけど、無視されているのがわからないのかずっと話し続ける。

 今回もそれに答えることなく、あたしは引かれるまま歩き続けた。

 森のアーチをくぐって数分。

 スタッフたちが足を止めたのと同時に、あたしは視線を上に向けた。

 

「連れてきたぞマイサン── いや、サンジェニュイン」

 

 

 美。

 

 美、美、美。

 

 その姿をみた瞬間。

 頭の中がかき回されていく感覚。

 視界の端に星が飛んで、感情を塗り替えられるような。

 時刻は夕方だったはずだ。

 だって日が傾いていたのを覚えている。

 薄暗い森を抜けたことも。

 それなのに。

 

『ぴかぴかだあ……!』

 

 語彙もクソもないそんな言葉に、心底同意する日が来るなんて。

 他の馬たちも同じようなことを口にした。

 

 ぴかぴか。

 きらきら。

 つやつや。

 てかてか。

 

 異口同音に用いられるすべてが、光を表していた。

 その擬音と同じくらい瞳を輝かせる他の馬たちは、どうやら喜びに満ちているらしい。

 でもあたしは違った。

 どういうわけか、あたしだけが違った。

 

 恐怖。

 畏怖。

 狼狽。

 焦燥。

 

 類似して、でも違うような。

 自分が常識として持っていたナニカが変わってしまった。

 確かに根本にあったはずのもの。

 もうなんだったかさえわからない。

 

 そのわからないものを塗り替えた、目の前の、美。

 

『おぉ! 良くきたなあマイキッズ! お父ちゃんだぞ~!!』

 

 高い場所から声が響く。

 物理的な高さじゃない。

 遥か天上から響き渡るような、その声。

 今まで出会ったどの馬たちとも違う。

 

 なんだこれは。

 なんなんだよこれは……!!

 

 頭の中はまだかき回されている。

 身体中を得体のしれない感情が包む。

 それなのに、足が、足だけは、声に惹かれるまま歩き始める。

 他の馬たちがそうであるように。

 踏み込んで、進んで。

 その先に広がっていたのは、間違いないひかりで。

 

 それなのに。

 

『よしよし、もっと近くにおいで~! とうちゃんと喋ろう!』

 

 当たり前のように差し出されるソレの名前がわからない。

 でもひどく暖かくて、穏やかで、甘くて。

 

 目の前の、異物が。

 

 ちがう。

 

 異物は目の前じゃなくて。

 ああ。

 

 これは確かにうつくしくて、でも。

 

『……んん? どうした? お前は、えっと……エフティヒアの15か! また俺の仔産んでくれたんだなあ、ありがてぇ。……じゃあティアかな。ウン、そうしよ。ティア! お前もとうちゃんのとこにおいで!』

 

 ああ── 陽だまりの中で、溺れ死にそうだ。








エフティヒアの15
ストリート育ちでろくな死に方じゃ無かった前世から今度は馬になった
すぐに受け入れられるかこんな現実(あたりまえ体操)
しかも初めて会った親父がとんでもないオーラで意味不明な言動してくる
怖い(怖い)
今後は自由を求めて走ることになるかもしれない

ミスティカルスターの15
のちのサンサンプリンス('18皐月賞、'18菊花賞、'19ドバイSC、'19早逝)
母ちゃん好き!ヒト好き!
隣の馬房の馬も好き!
父ちゃんも好き!!
エフティヒアの15といちばん仲良くなる

タカハル&タクミ
陽来でサンジェ産駒を量産してる
う~ん今年も個性的なのが生まれたなあ(まあマイサンよりはマシ)

サンジェニュイン
目と目が合う瞬間から常識を塗り替えてくる馬
今日からこいつが美の基準です!系種牡馬
毎年産駒に会うのを楽しみにしてるただの一般パパ
来年カネヒキリくんが死んだり数年後産駒が死んだりするとはとても思えないくらい元気


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【現役前】サンジェニュイン、初めての冬

短いです
デビュー前サンジェと陽来スタッフとの会話


 あれは俺が生まれて数ヶ月経った頃のこと。

 馬生で初の冬季にそれは起きた。

 

「……マイサンさん、頼みますよ」

 

 勘弁しろや。いや本当に。すまんけど。

 

「ブモモッ!」

「んん~、嫌かあ」

 

 困ったように頬を掻くタカハルに、俺は申し訳ないと思いつつも拒絶した。

 嫌なものは嫌なのである。さんお。

 

「マイサン大丈夫だって、サラブレッドは寒さに強い生き物なんだぞ? こんくらいの寒さならいけるって、な? チャレンジしよ? 戦お?」

 

 馬鹿野郎! 無謀な挑戦は時として悲劇を招くんだよ。

 これは戦略的撤退なの。勇気ある決断なの!

 

「……何やってんだよタカハル」

「おっ、タクミ~! いいところに! マイサンが外に出たがらないんだよ。なんか寒いみたいでさぁ」

 

 水桶片手に入ってきたタクミもタカハル同様あきれ顔で俺を見る。

 

 いやでも、寒いみたいっていうかマジで寒いやろがい!

 なんだこれは。北海道寒いとは聞いてたけど予想外の寒さなんだよなあ!

 コートが必要なレベルやぞお前。毛皮で守れる限度を超えてる。

 もっと分厚いのが必要だよ例えばコートとかがな!

 アッていうかタクミそれ、ソレだよその手に持ってるヤツ! なにそれ服!?

 

「こんなこともあろうかと馬着持ってきたぞ。ほらマイサン、着せてやるから。そんな隅っこに居ないでこっち来い」

「……お、ずっといないからサボりかと思ってたけど。よかったなあマイサン、これで放牧地にも出られるな?」

「サボるって、タカハルお前じゃ無いんだからそんなことするわけないだろ。……こらマイサン、動くなよ」

 

 放牧地にでるか否か。それとこれとはまた別だけどまあとりま服は着ますよ。

 

「ん? あれ俺いま遠回しに貶されなかったか?」

 

 遠回しにっていうかかなりド直球に貶されたぞタカハル。

 タクミは温和で生真面目そうに見えてしっかり毒吐いてくスタイルだからな。

 

 俺は馬着── 馬用の服を着せてもらいながら、ついでにここ数ヶ月のことを思い出していた。

 と言っても取り立ててなんてことはない。数ヶ月前。俺は人間だった。

 ……何を言っているんだ、と思われそうだけど、ほんとなんだって! いやマジで。

 俺、人間だったんだわ。

 ちょっと働き過ぎて死んじゃったけど確かに人間だった俺は、神と名乗る存在によって馬に転生させられた。

 しかもだ。それだけでは済まず、オスとアーッ! なことをしないと人間に戻れない身体にされた。

 正直【邪神か?】とか思ってるけど。

 っていうか絶対に邪神だってあれ。神様がとんでもねえバッドスキルつけんなや。

 おかげで今から将来が不安で不安で仕方ない。

 この陽来(あききた)に俺以外の馬がいなくてセーフだったまである。

 

「よしよし、良い仔にしててくれてありがとうマイサン」

「おぉ……似合ってるじゃん! マイサン元から可愛いからなあ。よっ、陽来ナンバーワンイケメン!」

「ナンバーワンも何も今はこいつしかいないけどな」

 

 タクミに着せてもらった馬着は厚手で、さっきよりは寒さもだいぶマシになった。

 これがあるんだったら最初っからこれ出してくれよな、と思いつつ、感謝の気持ちを込めて頬ずりしておく。

 タカハルにもタクミにも転生した時から世話になっているので、まあこれくらいはね!

 サービスサービスぅ!

 

「にしても、マイサンがここまで寒さを嫌がるとは……」

「やっぱさ、夏生まれだからじゃねえかな。ほら馬って寒い時期に生まれるのが通例じゃん? でもマイサンは7月生まれだから」

 

 あ~、それもあるかもしれんけど、元々人間だった頃から寒いのはそんなに得意じゃなかったんだよな。

 そういや死んだのも寒い日だった。

 関東住みだったから雪もそんなに積もらなかったけど。寒かったなあ。

 

「……よく考えたらこいつにとってこれが初めての冬か」

 

 そうだぞ。馬になってからは初めてだ。

 タカハルたちが【馬は寒さに強い】とか言うからいつも通り真っ裸で出ようとしたけど、ガッチガチに寒いので厩舎に立てこもっていた。

 この馬着の存在がなければこの冬はずっと引きこもってたね、断言するわ。

 

「まあ、これで出てくれそうだし細かいことは良いか。……おし、マイサン、放牧地行くぞ」

 

 オーケー……いや待って、これ俺裸足なんだけど馬って末端冷え性とかない?

 俺、手先とか足先がガチガチになるの苦手なんだが。

 外出たら脚冷たい! ってならんか?

 できれば雪が積もってないところ歩かせて欲しい。

 だけどアスファルトとか土とかも冷たそうだし……床暖房システムになんねえかな全部。

 できない? そっかあ……。

 

 っておい、ちょっと待てって引っ張んなって、あっ、あっ、アーッ!

 ……あぁ?

 

「どうだマイサン、初めての銀景色は」

「だはは、びっくりして固まってるのか? 自分も真っ白なナリしてるのにな」

「馬の色覚は人間よりは狭いらしいぞ。白とは言っても黄色味がかってるって聞いた……ような気がする」

「曖昧かよ〜」

 

 確かにタクミが言う通り、俺の視界は若干黄色っぽいけども。

 いやそうじゃなくて。視界とかじゃなくて脚、全然冷たくないや!

 なんだビビった〜!

 馬着もあるから身体もそんなに寒くないし、脚も雪を踏んでるけどすごい冷たいってわけじゃないし。

 なんだいけるじゃん、いいじゃん、いいじゃん!!

 思ったより全然問題なかったわ。なんか駄々こねて悪かったなタクミ、タカハル!

 

「お、マイサンなんか元気じゃん。これは放牧地に出しても大丈夫そうだな」

「一応三十分くらいは見守るか」

「念のためね。こいつちょっと抜けてるから、自分で作った雪の穴にハマりそうだし」

 

 はぁん? そんな園児じゃあるまいし。

 失礼なこと言うんじゃないよタカハル!

 俺がそんな間抜けな真似するか、こちとら中身は人間なんだぞ!

 いくら身体が馬になったからといって俺の理性が損なわれるわけないんだよな。

 ちゃんと考えてから行動するっての。

 

 ヨシ、ちょっくら放牧地周って大丈夫アピールしてやるか。

 

「お、駆け出した」

「ワハハ、『馬は喜び庭駆け回る』か」

「庭っていうには広すぎるけどな。……それにしても、防寒用に馬着を着せたけど、別の意味で助かるな、コレ」

「ウン。もし馬着なかったら俺、マイサンのこと見失うわ。それくらい同化してる。馬着の紺色以外の露出部分とか完全に溶け込んでるしな。かろうじて鼻先のピンクが見えるくらいだわ」

「アイツ本当に白いよな。ボロも特定の位置にしか出さないせいか、馬体にもシミとか汚れとかなくていつも綺麗だ」

「俺たちの手入れの賜物でもあるけどね! って、ん? なんかマイサン、こっちに戻ってきてない?」

 

 ダメですわ、タカハル、タクミ!

 今すぐ俺を厩舎に連れ帰ってくれ!

 ダメだこれ、馬着あればいけるかと思ったけど、よく考えたら馬着がカバーしてくれるのは表面だけで、お腹周りはダメですね!

 座った瞬間、俺の丸くなめらかなお腹に雪がダイレクトアタックしてきたし、マジで寒い。

 サラブレッドが寒さに強いとか迷信では? 俺は訝しんだ。

 

「ブルブル震えて……ダメだったかあ」

「マイサン、もうちょい頑張れないか? この冬に厩舎閉じこもったままだとお前、肥えるぞ?」

 

 そうは言ってもダメなもんはダメなんだよ。

 肥えるより先に凍死しそう。

 外に出ない以外の運動ならするからさ……厩舎内を往復するとかそう言うのじゃダメか?

 

「う〜ん……」

「マイサン頑固だからな。本気で帰るつもりだし、無理やり連れ出した結果そもそも外に出るのが嫌、になっても困るし」

「場長に直談判して別の方法で運動さすかあ。あ、前に温水プールで歩かせたろ? 冬の間はそれ使えないかな」

 

 温水プール!?

 この前入ったやつだな!?

 俺それがいい。

 あれは気持ちよかった……いい湯加減……身体もあったまるし運動もできるし一石二鳥じゃん、それにしようぜ!

 

「でも『また甘やかして』とか奥さんに言われそう」

「おっかさんちょっと怖いからな……でもおっかさんもマイサンのこと可愛がってるし、頼み込めば聞いてくれそう。何よりこいつに運動をさせないのはまずい。最近ますますでかくなってるじゃん」

 

 成長だな多分。

 最近食べる青草の量も増えてきてるしな!

 ちょっと自分でも『あれ俺太ってきてね?』とか思ってないんだからねっ!

 か、勘違いしないでよねっ!!

 

「身体が重くなったせいで脚を痛めたら元もこうもないからな。よし、とりあえず今日のところは厩舎内をぐるぐると回らせて、明日以降は温泉使えるか場長に確認しよう。確かリハビリで使ってる馬はいなかったはずだから、多分いける、はず!」

 

 やったー!

 俺も運動したくないわけじゃないから、あったかいところでやらせてくれるならいつも以上に頑張りますんでね、ハイ。

 

「とりあえず、今日のマイサンの飼い葉はちょっと減らすか」

 

 えっ。

 

「ろくに運動できなかったからな。そうしよう」

 

 そ、そんなあ。

 

 

 

 

 

── 数日後 ──

 

 

 あのあと結局場長の奥さんから『甘やかすな』と言われた結果、こうなりました。

 

「マイサン、頑張れ! 頑張れ!」

「あとちょっとだぞマイサン、これが終わったら温泉だぞ」

 

 雪が積もった放牧地を4周。

 それをしないと温泉に入れないルールになってしまった。

 俺がちゃんと運動してることを見守るためにタカハルとタクミが監視する中、俺は放牧地を必死に走っていた。

 まあ走ってれば寒さなんて感じな……いや寒い寒い寒い! 超寒いわ!

 早く温泉入りたい……! ヒィン……!

 

 

 

 

 

── さらに数ヶ月後 ──

 

 

「あ、もしもし、目黒ですが。……はい、はい、お忙しい中すみません、いえ、ハイ大丈夫です。サンジェニュインは健康上問題ないです。ないんですが、ちょっとお聞きしたいことがありまして。ええ、おっしゃる通り冬の間のことで。こちらでは昨晩から雪が降り始めたのですが、それからと言うもののサンジェニュインが厩舎の外に出るのを嫌がるようになりまして……ええ、あ、寒がり? ハイ、馬着を着せて連れ出す……温泉に入れてた? なるほど、わかりました。いえいえ、こちらこそお手数をおかけしてしまい、ええ、はい。テキとも相談して対応を決めます。ハイ、ありがとうございました。……サンジェニュイン、お前……」

 

 や、やめて目黒さん、それ以上は言わないで、わかってる。

 俺もわかってるんだって。そうです、なんだかんだ言って甘やかしてもらってました。

 なので雪降る中の調教は無理です。勘弁してください。

 北海道よりも寒くないとはいえ、寒いことに変わりはないんです。

 いやだから無理だって! 馬着を着込んでも雪の中はダメだって、あっ、あっ、アーッ!

 

 ヒッヒヒーンッ!







タカハル&タクミ
言わずと知れたサンジェの幼駒自体の担当スタッフ
日頃からサンジェに手を焼いてる
愛情はとてつもないくらいある

サンジェニュイン
馬着じゃ腹回りは救えないと判明し頭を抱えることになる
なお冬毛は目に見えてわかるくらいもこもこしてる
このあと早期入厩で本原厩舎にinすることになる


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格付けチェック

「決まりましたわ! 決まりましたわ──っ! 第25回ウマ娘格付けチェックへの参加が決まりましたわよォ! ヒャッホイ!」

「なんて?」

 

 それはある秋の昼下がり。

 茶封筒片手にトレーニングルームへ突っ込んできたヴァーミリアンは、奇声をあげながらクルクルとその場を回っていた。

 縦ロール風に巻かれた赤毛とスカートがふわりと揺れる様は、さながら中世ヨーロッパのお貴族様である。

 ……なに? お貴族様は奇声をあげない?

 細けぇこたぁいいんだよ!

 

「ウマ娘格付けチェックって、年末にやるヤツっスか?」

「それ以外の格付けチェックなんてただのレースでしてよ」

「いやそりゃそうなんスけどね。……去年は確か、シーザリオちゃんが出てたっスよね?」

 

 呆れ交じりのラインクラフトちゃんがそう言うと、のほほんとお茶を飲んでいたシーザリオちゃんがこくりと頷いた。

 そう、去年のウマ娘格付けチェックに出ていたのはシーザリオちゃんだ。

 より正確に言うと、格付けチェックの常連であるディープインパクトの相方として参加したのが、去年はシーザリオちゃんだったのだ。

 ちなみに一昨年はカネヒキリくんである。

 

「いつも食べているお料理を選んでいたら、一流のまま終わっていたんですよねえ」

 

 それはつまりいつも高級なものを食べてるってことでは? オレは訝しんだ。

 

「で? 今年はヴァーミリアンちゃんなんスか?」

「よくぞ聞いてくれましたわ!」

「よくぞ聞いたっていうか聞いてくれって言わんばかりの入り方だったっスよね」

「んうぉっほん! ……では、発表しますわ!」

 

 ラインクラフトちゃんのツッコミをスルーしたヴァーミリアンは、茶封筒から一枚の紙を取り出すと、胸を張って揚々と口を開いた。

 

「今年のいけに── ディープの相方は……」

「おいお前いまイケニエって言ったか?」

 

 出演以来ずっと一流ウマ娘をキープしているディープインパクトの相方、とんでもないプレッシャーがかかるからひとによってはイケニエ感あるけども。

 ……そういえばヴァーミリアン、三年前のディープインパクトの相方だったな。

 さては相当なストレスだったなコイツ。

 一昨年の相方であるカネヒキリくんも、一問も間違えられないプレッシャーが凄かった、って言ってたしなあ。

 1回トップを取ると、取った本人も周りのやつも引き下がれなくなるもんな、わかる。

 今回の格付けチェックのやつだけじゃなくて、レースでもそんなもんだ。

 ま、レースで負けたとして、自陣営に言われるならまだしも、第三者にゴチャゴチャ言われても気にならないんだけど。

 格付けチェックはテレビ番組だから、視聴率とかそういうのがあるわけで。

 去年のCMとか、「出演以来ずっと一流ウマ娘・ディープインパクト、今年も防衛なるか」ってガッツリと目玉要素として入ってたし。

 一流防衛が前提のヤツの相方やるの、大変だよなあ。

 視聴者もそうだけど、番組側だってディープインパクトの一流防衛を期待してるだろうし、相方は一流キープできる可能性あるウマ娘を選んでるだろうから、まあ、オレはないな!

 だってオレ、一流キープできる自信とかないし。

 んー、でもヴァーミリアンじゃないなら、ラインクラフトちゃんとか?

 オルフェーヴルもあるかも。いや、デビューして間もないから無いか?

 ハーツクライさん、はディープインパクトとなんか仲悪いから無いとして。

 誰が相方やるんだろうな、とオレがボーッとヴァーミリアンを見ていると、ヴァーミリアンはにやりと笑った。

 ……なんか嫌な予感がする。

 こういう笑い方をするときのヴァーミリアンはだいたいやばい。

 オレに「お嬢様プレイやりましょう」って言った時と同じ顔してるし。

 これはこの場から逃げた方が──……!

 

「今年のディープの相方は、サンジェニュイン、あなたですわ!」

「……は?」

 

 ヘイ、KANEHIKIRIくん、「ディープの相方はあなた」って、どういう意味?

 

 

 

 

 

「絶対無理なんだが」

「ここまで来てなに言ってるんですの! この場所にたどり着くまでの道のりを思い出しなさい!」

「拉致られてんだよこっちはよォ!」

 

 ヴァーミリアンから「ディープインパクトの相方はお前だ!」されてから一ヶ月。

 ヘイ尻、じゃなくてカネヒキリポリスに助けを求めようと思ったけど残念! カネヒキリくんは年末ダートレースの大一番、東京大賞典に出走するため、地方遠征に出ていた。

 ラインクラフトちゃんとシーザリオちゃんには「出てみたら?」なんて気軽に言われるし、ディープインパクトはニッコニッコニー! だし。オルフェーヴルはハッピーミークと遊びに出かけてる。

 オレにゲロ甘な芝里くんもトレーナーたちの集まりだとかで不在!

 つまりオレを助けてくれるヤツが誰一人としていないため、オレは格付けチェックの撮影スタジオまであっさりと拉致られていた。

 

「だいたいさあ、無理っつったじゃん。聞いてた?」

「あら、諦めないことが名バの条件だって言ってたあなたらくしないですわね、サンジェニュイン」

「それレースのことね! どうみてもこの場面じゃないんだよな使いどころ!」

 

 レースならそりゃちょっとのことじゃ諦める気はしないけども。

 ガチガチのダートで走れって言われても勝つ方法を模索するけども。

 それとこれとは別じゃねえか?

 ハッキリ言って無理だわ。小学生でも分るレベルで無理だぞ。

 オレがそう捲し立てると、ヴァーミリアンは「仕方ない子」でも見るように息を吐いた。

 その目をして息を吐きたいのはオレだわ。

 

「何度も言ったじゃありませんの。今まであなたが出なかったことの方がおかしいのだ、と。お忘れになったの? あなたは『至上のウマ娘』『沈まぬ真白の太陽』ですわよ。ウマ娘格付けチェックにおいてその出演を最も望まれたウマ娘、サンジェニュイン?」

 

 オレの顔を覗き込むようにそう言ったヴァーミリアンに、オレはしばらく黙った。

 経歴だけ見りゃヴァーミリアンが言った通り、いつ出演依頼が入ってもおかしくはなかった。

 それは自覚してる。オレは今日も最高です。

 オレがヒトだった頃の記憶に照らし合わせれば、オレの存在はいわば「某格付け番組のYOS○IKI」的なポジション。

 金ぴかの部屋でお菓子を食う方のグラサンかけた一流芸能人。某金色ボンバーの方ではない方の相方。

 自慢ではなくただの事実として、オレはそういう見られ方をされてもおかしくない戦績とキャラクターである。

 ただし、キャラクターの方は「そう見えるように取り繕っている」だけなのだ。

 

「なるべく人前に出ないことでお嬢様プレイを熟してんだぞ、オレは。他にもたくさんウマ娘がいる中であのキャラが貫けるとでも思ってんのかお前は」

 

 無理よりの完全無理だろ、と気持ちを込めたオレの言葉を、ヴァーミリアンは鼻で笑った。

 

「ええ、思ってましてよ」

「ン!?」

 

 ヴァーミリアンの目はまっすぐとオレを見ている。

 嘘偽り無く、真実であると告げている。

 

「あなた、やれないことなんてほとんどないでしょう? お嬢様プレイだって、あれだけできないできないって言って、もう何年目? わたくし、あなたの何がなんでも実現させるところ、信じてますわ」

「ヴァ、ヴァーミリアン……!」

 

 深い信頼が滲む声に思わず彼女の名前を呼んだ。

 微笑みをたたえた顔の半分を、黒い扇が覆う。

 赤毛に沿うその黒色は、ヴァーミリアンの小生意気にも見える力強い美しさを際立たせていた。

 

「サンジェニュイン、あなたに不可能なんて言葉は似合わなくってよ。いつだってどこだって照らしてきた、その美しさを画面いっぱいに見せつけてきなさいな。あわよくばハイスペックカメラによってきめ細やかに撮影された美貌を納めたDVDも出しなさいな。それを買わせなさいいいえ買わせてくださいお願いしますなんでもするから……!」

「本性だしたなテメェ!」

 

 あやうく雰囲気に流されそうになった危ねえ。

 コイツはそう言うやつだったわかってた。

 自分の好きなシチュエーションをテレビ番組利用して作り上げようとしてやがった!

 右耳リボンウマ娘避けにお嬢様プレイを始めた時も、八割くらいはコイツの性癖ベースでお嬢様の設定が練られたからな。

 隙ができれば自分の性癖をねじ込んでくる。

 油断できない。

 

「……だいたいさあ、百歩譲って出るとして」

「出るのね? 言質ィ!」

「百歩譲ってって言ってんだろ最後まで話聞けや」

 

 小躍りしだしたヴァーミリアンの肩を掴み、視線を合わせる。

 口に出して言った通り、百歩譲って出るとしても、お嬢様プレイを貫き通すにしても、問題がある。

 

「オレ、カネヒキリキッチン提供料理以外は口にできないんだけど?」

 

 そう、オレはカネヒキリくんお手製の料理で生きてきたどこにでもいるウマ娘。

 外食はほとんどしないし、するにしてもディープインパクトが貸し切りで押さえてくれるところだけ。

 それ以外だと、小さい頃に父ちゃんたちに連れて行ってもらった某メニューの写真よりもボリュームアップして提供してくるコーヒー店だけ。

 

「テレビ番組だしいろいろ安全チェックされた料理が出てくるとは思うよ? 思うけど、カネヒキリくんのチェックが入った料理以外は受け付けない身体になっちゃってんだよね、オレ」

 

 ヒトの細胞は数ヶ月ちょっとで入れ替わるらしい。

 トレセンに入ってから数年、カネヒキリくんが生み出す食事で生きてきたオレはつまり、メインドインカネヒキリ。

 凱旋門賞ウマ娘・サンジェニュインのボディはカネヒキリくんの提供でお送りされていたも同然なのだ。

 

「いやそれはちょっと違うと思いますわ。というかあなたはカネヒキリにいろいろ任せすぎでは?」

「カネヒキリくんと筋肉は裏切らないって古事記に書いて」

「ませんわ」

 

 ともかく、カネヒキリキッチンによって安全が保証された食事を食ってきたオレにとって、テレビ番組で提供された食事だろうがなんだろうが、カネヒキリチェックが通っていない限りは不安なものでしかないのだ。

 自分でも「オレ、食事面でカネヒキリくんに頼りすぎィ!?」とは思っているのだが、包丁を持てばそれが天井に突き刺さってしまうタイプだと自覚しているので、仕方が無いと言えば仕方がない。

 

「格付けチェックとか絶対ゴハン系あるだろ。それが熟せないとなると、出演は無理じゃね?」

「……そうですわね。あなたは食べられない」

「だろ? ということでこの話は──」

「では、ディープが食べればいいだけの話でしてよ」

「ほ?」

 

 思わず間抜けな声が出た。

 いやそうはならんやろ。

 

「なるやろがい!」

「うわびっくりした!」

「んうぉっほん! 失礼、ついダートウマ娘らしい一面が」

 

 全世界のダートウマ娘が声を荒げているかのような発言はやめろや。

 カネヒキリくんとかウララちゃんとかファル子ちゃんとか物腰柔らかいウマ娘もいるやろがい!

 

「カネヒキリが物腰柔らかいのはあなただけ……っと、この話はいいですわ。あなたが食べられないのであれば、ディープが食べればいいだけの話。元より、ディープもそのつもりでしてよ。……そうでしょう?」

 

 前半何やら聞き捨てならないことを言っていたが、微笑みながら振り向いたヴァーミリアンに釣られるように同じ方向を向くと、いつからスタンバっていたのかディープインパクトがコクリと頷いた。

 お前まじでいつからいたんだ。もっと主張してもろてっていうか喋って。

 オレ、ディープインパクトの声とか年に数回しか聞かないんだが?

 いや、それより。

 

「えぇ……これマジでのマジでオレ、出るやつ?」

「出るやつですわ」

「で、でもでもだって、オレのこのツラ……狭いスタジオ、右耳ウマ娘、ナニも起きないはずがなく!」

「それも対策済みですわ!」

「ファッ!?」

 

 なん……だと……!?

 対策済みってなんだ。

 オレがケツ追われなくて済む方法があるならお嬢様プレイ今すぐ止めるから教えてくれださい。

 そうオレが希望を持ってヴァーミリアンを見つめていると、彼女は「ヴッ眩しッ!」と小さく呟いた後、ディープインパクトの肩を引き寄せて得意気に笑った。

 

「あなたが他のウマ娘に会うことはほぼないですわ! なぜなら……」

「なぜなら?」

「── なぜならディープは、今回から専用の部屋を与えられたから!」

「せん……なんて?」

「専用の部屋ですわ!」

 

 そんなんアリか?

 専用の部屋?

 そうはならんやろ、という件か立て続けに「なっとるやろがい!」と返されてしまっている現状、オレは無言で頷くしかなかった。

 

「ディープが無双しすぎて、同じ部屋に入っただけでほぼ勝ち確なので隔離が決定したのですわ。ディープインパクト専用の黄金の間ができたので、サンジェニュインもそこに入るのよ」

「なんかちょっとだけテレビ局のヒトが可哀想になっちゃった……ディープインパクト、マジで外さないもんな」

 

 ディープインパクトはゴリゴリの良家の子女である。

 ブラックカード片手にアッサリお店まるごと貸し切るレベルの。

 幼少期からあらゆる英才教育を詰め込まれ、それに応え続けてきたディープインパクトがミスることなどそうそうないワケだし。

 オレのセリフに何故か照れ笑いを見せるディープインパクトを横目に、それでもオレは粘っていた。

 

「ゴネてないでとっとと一流ウマ娘の座をぶんどってきなさい! ……それとも、できない理由をならべ立てて勝負事から逃げているだけ、ですの?」

 

 ……むむ。

 今のはさすがにムッと来たわ。

 

「やってやろうじゃねえかオォン? オレが逃げる相手はな、オレのケツを追う右耳リボンウマ娘だけですぅ! 見せてやらあよ! 一流の姿ってやつを見せてやらあよ! オラッ! ディープインパクト! 行くぞ!」

 

 こちとら凱旋門賞も連覇してブイブイ言わしてるからな!

 ゴハン系は無理だけどそれ以外だったら頑張れるとこ証明してやらあ!

 一流ウマ娘に、オレはなる……!

 

「……ときどきチョロくなるから助かりますわ~」

 

 ディープインパクトを連れて鼻息荒くスタジオ入りしたオレには、面白そうなヴァーミリアンの声はもう聞こえていなかった。

 

 

 

 

 もしもし、数時間前のオレ。聞こえてますか。

 ヴァーミリアンに煽られて元気良くスタジオ入りしましたが、ダメです。もうダメです。

 

「── さあ、AとBのどちらが最高級楽器なのでしょうか。チームメジロからはメジロドーベルさん、チーム歌劇王からはテイエムオペラオーちゃんがAを選びました。チームガッツからはタマモクロスのそっくりさん、チームパッションからはビコーペガサスのそっくりさん、チーム大嵐からはハリケーンランさんがBの部屋に入りました。なんかハリケーンランさんが頭を抱えてますね。A部屋は和気藹々としています。そして最後はこちら。黄金の間、チームパーフェクトからはサンジェニュイン様。超一流ウマ娘はどちらの部屋を選んだのでしょうか」

 

 無心でお菓子── 持ち込んだカネヒキリくんお手製焼き菓子を食べながら、オレは虚空を見つめていた。

 撮影が始まってからすでに三時間。これが最終問題だが、正直に言おう。

 わかりません……っ!

 

「黄金の間で並ぶディープインパクト様、サンジェニュイン様ともに涼しい横顔です。これは余裕の表れでしょうか」

 

 いいえ、諦めの表れです。

 っていうかわかってたじゃん、無理だってわかってたじゃん!

 ゴハン系もそうだけど、オレ別に良家の子女ってワケじゃないからね、アロマもダンスもフツーにわかんなかったよ!

 チャッカマンもびっくりの素早さで煽りに反応しちゃったがために、こんな地獄のような場所に閉じ込められてしまった。

 マジで後悔通り越してぴえん超えてヒィンだわもう。もう何言ってるか自分でもわかんねえ。

 

「ここまで全勝していますディープインパクト様、サンジェニュイン様ペア。いやあ、すごいですね」

「ですね。さすが一流ウマ娘です。レースだけで無く教養も一流なんですねえ」

 

 ではないですねえ!

 内心叫びながら、オレはそれでも口からリアルに漏れないように唇をやわく噛みしめた。

 この撮影分が放送される時、きっと画面のオレの瞳にハイライトは入っていないだろう。

 虚無虚無プリンになりつつ、オレは金ぴかに輝く部屋を見渡した。

 いま出されている問題が最後のものであり、オレもディープインパクトも一流から落ちていない。

 つまり……おかわりいただけるだろうか、じゃなくておわかりいただけただろうか。

 そう、オレ、ここまでの全問題を突破している。

 なんだできるじゃねえか、と思ったそこのヴァーミリアン。

 落ち着いて聞いて欲しい。

 ここまで正解してきたすべて── 勘です。

 AかBかの二択。

 脳内コロコロエンピツを転がし、お嬢様フェイスを保ったまま淡々と答えてきた。

 

 正解だった。

 

 ナニが起きているかわからねえと思うが、オレが一番わかってねえんだ。

 なんかディープインパクトも「やはり……」みたいな顔してるけど違うから。

 お前知ってるだろオレがバンバンジーだのパンジーだののニュースみて「美味しそうな名前」って言ったの。

 画家の話題だって言われて顔真っ赤にしたの。

 とんでもねえ奇跡の連続で生きながらえちゃった……お嬢様プレイ保てちゃった……!

 でもそれももうおしまい。

 今回のはマジでわからん。

 なに? どっちが高級バイオリンで弾いたやつとかわからん。

 いや音が違うのはなんとなくわかるんだけど、どっちが高級の方かわかんねえよ。

 だいたいバイオリンである時点で高級じゃないんか?

 なんだ安いバイオリンって。

 比較したら安く思えるだけで普通に高級なのでは?

 オレは訝しんだしたぶんラインクラフトちゃんも訝しむ。

 というかタマモクロス先輩がフツーにツッコミ入れてた。

 どっちも高級やないかい、って。

 完全同意です。

 っていうかさ~~!?

 今回のウマ娘格付けチェックのメンバーがこんなに豪華とか聞いてねえよ。

 

 メジロドーベル、メジロマックイーン、テイエムオペラオー、メイショウドトウ、ハリケーンラン、パンジャンマックス、オグリキャップ、タマモクロス、バンブーメモリー、ビコーペガサス。

 

 なんですかこのメンツは。

 レースでもそうそう無いよこんな豪華な面々。どうなってんだこのテレビ番組。

 なんかトレセン学園に金でも積んでるのか?

 ハリケーンランとパンジャンマックスの海外組も来てるし、これは相当な金を積んでるに一票。

 パンジャンマックスが「本当はウィジャボードさんが来る予定だった」って言ってるのを見ると金積んでる説はわりと当たっているのでは?

 エクリプス賞最優秀シニアウマ娘だぞウィジャボードさん。

 気軽に呼べるウマ娘じゃないんだが?

 

「さあいよいよ運命の瞬間。もしAが正解であれば、チームメジロが一流に返り咲き。チーム歌劇王は普通ウマ娘に昇格です。一方のBが正解であれば、チーム大嵐が一流に。チームガッツ、チームパッションはそっくりさんから三流ウマ娘に昇格となりますが、間違えた時点で画面から消えてしまいます」

「ドキドキしますねえ。さ、間もなくですが……まずは黄金の間、サンジェニュイン様の回答から行きたいと思います」

 

 オエッ!

 思わず吐きそうになってしまった。

 なんでオレからなんだ。

 いいだろ普通に部屋開けてくれや。

 黄金の間につけられたモニター越しからAとBのそれぞれの部屋にいるウマ娘が、祈るような顔でこちらを── おそらく黄金の間の様子が映されているだろうモニターを見つめている。

 

 ぷ、プレッシャ~~!

 

 勘弁して、こちとらお嬢様はカッコカリ付きのどこにでもいるウマ娘なんやぞ!

 たすけて!

 

 だが内心でそう訴えてももちろん通じない。

 どうやらオレも腹を括ってこの非情な現実を受け入れなければいけないらしい。

 ゲロりそうなのを耐えて、オレは顔を上げた。

 そうして入ってきた司会者に視線を合わせると、静かに口を開いた。

 

 

「── いやあ、お疲れ様っした、サンジェニュインちゃん、ディープインパクトちゃん」

「おふたりとも楽しそうでよかったです~」

「どこが? どこが楽しそうに見えたんだ?」

 

 撮影日からさらに一ヶ月後。

 年明けスペシャルと称して放送されたその番組は、最高視聴率が40パーセントを超えたらしい。

 なんだそのエグい数字は、とオレはビビりまくっていたが、ディープインパクトはどこか不満げだった。

 思ったより低いらしい。

 40パーセントで低いってどういうことなんだ?

 もう十分過ぎて怖いくらいだろうがよ……!

 

「いいじゃないっスか。お見事っスよ、サンジェニュインちゃん」

「そうですよう。おふたりとも全問正解。見事一流死守、じゃないですかあ」

 

 ニヤニヤと笑うラインクラフトちゃんと、のんびり楽しそうに言うシーザリオちゃん。

 ふたりとものんきなものだ。

 オレはこの撮影のあとハリケーンランに見つかって、第○○回ケツ絶対死守レースアスファルト4000メートルに巻き込まれたんだぞ……!

 アイツ、隙あらばオレのケツタッチ狙いやがって……!

 

「もう二度と出ないからな!」

 

 オレがそう言ってカネヒキリくんの背後に隠れると、勢いよくトレーニングルームの扉が開いた。

 

「決まりましたわ! 決まりましたわ──っ! 第26回ウマ娘格付けチェックへの参加が決まりましたわよォ! ヒャッホイ!」

 

 もう勘弁してくれ。

 

 ヒィン!!








ネットの某掲示板では実況スレがそれはそれは盛り上がった模様


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【馬】さようなら、思い出の

人間から見たカネヒキリくんとサンジェニュインのちょっとした話


 長らく世話になった厩舎が、今日、終わりを迎えた。

 感傷に浸る、と言うよりは清々しさすら感じられる同僚たちを横目に、俺は事務室に残していた私物を鞄に詰める。

 馬の引き渡しやら何やらでここ数日は自分のこともままならず、こうしてギリギリ片付けることになった。

 それは俺だけではなかったようで、他にも何人かの同僚たちが掃除をしている。

 これ懐かしいな、なんて思い出話に花を咲かせながら。

 

「もうそろそろやで」

「わかってるわかってる。ちょっとばかし、ここには思い出が多いからな」

 

 俺の肩を叩いた同僚は、お、それ! と声を上げる。

 俺が机の奥から引っ張り出した巻き紙を取り上げて広げると、それを見た他の厩務員からも『おお』と声が上がった。

 懐かしいな、ほんとにな、と思い出を振り返る声が満ちる。

 比較的若い厩務員が不思議そうな顔をすると、俺から巻き紙を取り上げた同僚が破面して答えた。

 

「これはな、カネヒキリの思い出の写真やねん」

「カネヒキリて、あのカネヒキリ? 砂の支配者の?」

「せや。っていうか、他のカネヒキリがいてたまるかいな」

 

 小さく笑いが広がるのを背に感じながら、それでも俺は私物を鞄に詰め続けた。

 後ろでは同僚たちがまだ懐かしいと声を上げる。

 

「ほんまに懐かしい。あの頃、これを見ん日はなかったなあ。な、高山」

「……そうやな」

 

 ちらりと視線を上に向けた。

 同僚が広げた巻き紙に映る白毛を見つめる。……本当に、懐かしい日々だ。

 あの巻き紙── 大判のポスターを最後に見たのは2010年。

 ここ、居住(いずみ)厩舎からカネヒキリが旅立つ、その日のことだった。

 

 

 俺が覚えている限り、カネヒキリという馬は、物静かで大人しい馬だった。

 2002年、栗東トレーニングセンターに入った時、まさか自分が歴史的名馬の厩務員になるとは露程も思っていなかった。

 まだ若かったこともあるし、実感が伴っていなかったのかも知れない。

 そんな俺の目の前に現われたのが、後にドバイワールドカップを制することになる砂の支配者── カネヒキリだった。

 

「大きいですね」

 

 最初の一言はそんなものだった気がする。

 栗毛の馬体は大きくどっしりして見え、2歳馬とは思えない迫力に驚いた。

 その時お世話になっていた居住調教師も、俺の言葉に笑って頷いていたと思う。

 カネヒキリは精神的に落ち着いていて、同世代の馬が暴れる横でも大人しく調教を受けていた。

 あまりにも従順で手が掛からないので、自分と同じ若手の厩務員からは羨ましがられたものだ。

 その反面、年嵩の厩務員たちからは「世話のしがいがないだろう」と言われることもあった。

 

「……手の掛からんことはええことや」

 

 それが『厩務員としてつまらない』と言われようと。

 人間の評価になど興味を示さないカネヒキリは、いつも通り従順に調教を熟し、デビューへ向けて着実に強くなっていった。

 その一歩一歩が、ただ嬉しかったことを覚えている。

 

 そのカネヒキリに変化が見られたのは、カネヒキリが居住厩舎にやってきてしばらく経ってからのこと。

 

「併せ馬ですか」

「ああ。本原先生のところでは馬体の大きい馬が他にいないようでな。カネヒキリもそろそろ相手がいなくなってきたし、良い機会だと思って受け入れることにしたよ」

 

 テキが── 居住調教師が選んだカネヒキリの併せ馬の相手。

 居住厩舎からそう離れていない場所にある本原厩舎の2歳馬、サンジェニュイン。

 噂は聞いていた。

 サンデーサイレンス産駒の白毛の牡馬。

 突然変異だというその毛色と、2歳馬とは思えない大柄な馬体で人目を惹く馬だ。

 7月という遅生まれでありながら、1歳の秋に栗東トレセンに早期入厩した変わり者。

 馬の少なくなった時間帯を中心に調教しているようで、俺はそれまで一度もサンジェニュインに会ったことはなかった。

 ただ、その白い馬体は人間だけでなく馬の目も惹くようで、担当馬がサンジェニュインに興味を持ってしまって調教にならなかった、と知り合いの厩務員が言っていたことを思い出した。

 

「噂だとものすごくキレイらしいで、カネヒキリ」

 

 翌日に備えてのブラッシング中、戯れにそう言ってみるも、カネヒキリはいつも通り興味なさそうに立っていた。

 そうか、お前は他馬になんぞ興味ないものな。

 苦笑いを浮かべてブラッシングをやり遂げ、その日はカネヒキリから離れた。

 

 翌朝。テキの指示に従い、カネヒキリを連れて調教場へ向かった。

 馬場にはまだサンジェニュインたちは到着していなかったようで、そこで待つこと数分。

 周りがいやにザワザワしているな、と思っていたら、その騒ぎの中心から1頭の馬が姿を現した。

 

「……あれが、サンジェニュイン」

 

 白い馬体は、太陽の光に照らされて金色に縁取られているようにも見えた。

 風に揺れる鬣も柔らかそうだ。

 白毛は地肌が薄桃色だと言うが、サンジェニュインの鼻先もほんのりと色づいて見える。

 なるほど、評判に違わず美しい馬だ。噂になるのも理解できた。

 白い睫に縁取られた瞳の色が青色と気づいてからは、もうずっと納得しきりだ。

 しばらく見蕩れていたが、テキと本原調教師が軽く挨拶を交わすと、指示を受けてカネヒキリの手綱を引いた。

 そうしていつも通りの手綱引きに従って振り返ったカネヒキリが、その視界にサンジェニュインを入れた、その瞬間。

 

「ッカネヒキリ……!?」

 

 ぐい、と力強く引っ張られた。

 なんとか掴んだ手綱の先で、カネヒキリは首を長く伸ばしている。

 鼻先が見たこともないくらい柔軟に動き、耳がキュッと絞られた。

 まるで怒りにも似た── これは興奮だ。

 サンジェニュインへと真っ直ぐ向かう視線がブレることはない。

 赤褐色の馬体に似合う黒々としたカネヒキリの目は、もうその白さ以外見えていないかのようだった。

 

 一方のサンジェニュインは怯えていた。

 急にカネヒキリが近寄ってきたから当然だ。

 だけどこのままはまずい、と思ってカネヒキリの手綱を引っ張ろうにも、カネヒキリはぐんぐんと前に進んだ。

 その度にサンジェニュインが一歩後ろに引き、とうとう柵に尻が乗った所で2頭は揃って動きを止める。

 しばし睨みあった末、テキたちの協力もあってなんとか引き剥がせた。

 けどカネヒキリはサンジェニュインが気になって仕方ないようで、その後の併せ馬も大変だった。

 カネヒキリは何故かサンジェニュインの方を向いたまま走り出すし、終わった後もサンジェニュインの後をつけて帰ろうとする。

 その奇行はサンジェニュインがカネヒキリの視界から消えるまでの間ずっと続いた。

 

「ははは、カネヒキリ。さてはお前、サンジェニュインが気に入ったんだな?」

 

 なんて、テキは呑気に笑っていた。

 これまで1ミリも他馬を気にしてこなかったカネヒキリが、サンジェニュインを気に入ってる。

 それは見ている俺にもよく分かったが、どうにも信じがたい。

 入厩してから長らく見ていた分、あのカネヒキリが、という思いがなかなか消えなかったせいだろうか。

 初めて見る白毛に興味を惹かれただけではないか。

 だがそんな俺の考えは、併せ馬を重ねるごとに薄まっていった。

 何度併せてもカネヒキリの態度が変わることは無かったからだ。

 

「カネヒキリ。テキが言った通り、ほんまにサンジェニュインが気に入ったんやなあ」

 

 カネヒキリからの返事はない。当然だ。

 馬に人間の言葉なんてわからないのだから。

 でも、言葉なんかなくっても、カネヒキリの行動は雄弁だった。

 何よりもその視線の追う先。それを見ていれば、答えなんて分かりきっている。

 風に揺れる鬣が透けるほど美しい馬が、嘶きに応えて振り返った。

 

「この際、お気に入りなんはええねんけど……急に走り出すのだけはやめえや。俺の腰がもたんねん」

 

 冗談半分、本気半分。

 サンジェニュインを見つけると一目散に駆け寄ってしまうせいで、俺はここ最近いつも引き摺られている。

 そろそろ上半身と下半身が千切れてまうんやないか、と同僚に笑われるくらい。

 しかし俺の切実な願いも虚しく、カネヒキリの『一途』な突撃は終ぞ止まなかった。

 

 

 衝撃的な出会いからあっという間に1年が過ぎた。

 どことなく渋めな栗色の馬体が朝日を浴びる。

 最初の出会いこそサンジェニュイン側からすれば良い印象ではなかったかもしれないが、回数を重ねるごとに2頭は仲良くなっていった。

 今ではサンジェニュインの方からカネヒキリに近寄ってくることもあるほどに。

 この栗東では誰もがこの2頭の仲の良さを知っていた。だが──……。

 

「……今日が最後やて、カネヒキリ」

 

 2歳の夏に芝の新馬戦に挑んだカネヒキリは、残念ながら勝ち上がれず、未勝利のまま3歳を迎えようとしていた。

 距離か、馬場状態か、それともカネヒキリ自身の能力か。

 厩舎一同頭を抱えて悩みに悩んだ末、カネヒキリはダートへと路線変更することになった。

 幻の三冠馬と目され、産駒は芝での活躍をと願われたフジキセキの7年目。

 未だG1馬に恵まれない父の期待を背負って買われ、デビューを迎えた。

 路線変更するのは容易なことではない。居住先生は2001年に開業してからまだ数年。

 決断には勇気が必要だったし、俺も、これからのカネヒキリのことが心配でしかたなかった。

 けど、カネヒキリの足を思えばこそ、この路線変更を受け入れるべきだと今はみんな思ってる。

 元が筋肉質で馬体が大きくなり易いフジキセキ産駒の中でも、カネヒキリはかなり大きな部類だ。

 その大きさの分、脚への負担は凄まじかった。

 恵まれたパワーを生かす場は芝よりも砂の方がきっとチャンスはある。

 

「そのための努力をするのに、もう、あいつとは走れないなあ」

 

 今日の併せ馬がサンジェニュインとの最後の併せ馬になる。

 予定取り芝のクラシック路線へと向かうだろうサンジェニュインとはもう道が交わらない。

 だから仕方ない。

 ……そんなこと、カネヒキリはもちろんサンジェニュインも知らない。

 2頭にとってはいつも通りの併せ馬だ。だから最後まではしゃいで終わった。

 気を利かせたテキたちがサンジェニュインとカネヒキリを一緒に歩かせた以外は、本当にいつも通り。

 帰り際に渋ったカネヒキリは、もしかたらほんのちょっとだけ気づいていたかも知れないけれど。

 他馬になんて興味ない、という横顔で馬房に収まった馬の、あの爛々と光る瞳はもう見られないのか。

 それがちょっとだけ、悲しかった。

 

 

「最後の併せ馬ん時さあ、みんなしんみりしてたよなあ。── まあアイツ、脱柵してサンジェニュインに会いに行ってたんやけど」

 

 ドッ、と笑いが溢れる。いや笑てる場合ちゃうでほんま、と誰かが言い重ねても止むことはなかった。

 

 

 どうなることかと思った2頭の再会は思わぬ形で叶い、ついでにカネヒキリの問題行動まで引き起こしたわけだが。

 それ以外はカネヒキリらしいクールさを見せてくれた。

 ダートへの切り替えも、不安は最初だけで蓋を開けてみれば2005年最優秀ダート馬に選出されるなど、適性の高さを遺憾無く発揮。

 父フジキセキに初の産駒G1タイトルをもたらしたのだ。

 2006年にはドバイワールドカップに招待され、初の海外遠征にだって挑んだ。

 俺は残念ながら体調を崩してしまい、カネヒキリに付き添うことは叶わなかったけれど、テレビ越しにその活躍を目にした。

 異国の大地。そこで稲妻光らせて駆け抜く、いっちょ前の漢の姿を。

 

「よう頑張ったな、カネヒキリ」

 

 国内同様、鞍上に竹創騎手を迎えたカネヒキリは、ワールドクラスの馬を相手に強気の走りを見た。

 終盤は強烈な末脚で差し切り優勝。見てるこっちが痺れるほど鮮やかだった。

 帯同馬としてともにドバイ遠征したサンジェニュインは、同日のドバイシーマクラシックで2センチ差の二着という実に惜しい結果だっただけに、これまで切磋琢磨してきたカネヒキリがその仇をとる結果になったのは、2頭とも応援してきた身としてはとても嬉しい。

 

 しかしドバイワールドカップ制覇の代償は大きかった。

 カネヒキリは屈腱炎を発症してしまい、予定していたサンジェニュインの帯同馬のスケジュールは白紙に。

 それと同時に、カネヒキリ自身が予定していた秋のスケジュールも白紙に戻り、長期の療養を余儀なくされた。

 俺はてっきり種牡馬入りになると思っていた。

 史上初のドバイWC制覇だ。世界のレジェンドホース相手に十分過ぎるほどの活躍だろう。

 カネヒキリの名前は日本競馬史に深く刻まれるほどの偉業。

 しかしオーナーの意向もあってカネヒキリは現役続行。

 復帰予定は1年後の2007年となったが、その前にサンジェニュインの引退が決まった。

 

「欧州五冠。しかもそのうち1つは凱旋門賞……カネヒキリ、お前のお気に入りはとんでもない高みまで昇ってもうたぞ」

 

 カネヒキリと共に遠征したドバイでこそ惜敗したが、サンジェニュインは欧州に移動してから凄まじい活躍を見せた。

 ガネー賞、サンクルー大賞典、KGVI&QES、インターナショナルS── これまで多くの日本馬が挑んでは押し返された舞台。

 それを連勝して挑んだ凱旋門賞で、国内最強と謳われたディープインパクトを二着に退けて勝って見せた。

 終いにはヨーロッパ外の馬として初めてのカルティエ賞年度代表馬に選出されたのだ。

 そして暮れの有馬記念で好敵手と競り合い、目映い輝きを放ったままターフを去った。

 

「お前より一足先にお父ちゃんになるんやって」

 

 結局カネヒキリが帰ってきたのは2008年のことだった。

 ドバイ遠征をしてから2年。

 屈腱炎という、競走馬からすると不治に近い病を乗り越えて、カネヒキリは再び戦場に戻ってきた。

 サンジェニュインのいない戦場に。

 

 だがカネヒキリはそれを理解できない。

 だから未だに、サンジェニュインがいた頃の癖で本原厩舎へと向かう。

 数ある馬房の中にサンジェニュインの影を探す。

 そこにはもういない、白毛の揺れる様を求める。

 どうしたものかと頭を抱えていたら、ある情報を聞いた。

 ヴァーミリアンが療養中にサンジェニュインの写真を馬房に飾っていた、という情報を。

 物は試しにと馬房にサンジェニュインのポスターを設置したのが、思えば始まりだったのかもしれない。

 

「ほうらカネヒキリ、サンジェニュインやで~」

 

 等身大ポスターは流石に用意できなかったが、画像を目一杯広げ、馬房の壁に飾ってやった。

 するとカネヒキリは本原厩舎に通うのをやめ、代わりに日に1回以上はポスターを眺めるようになった。

 物言わぬポスターを前に、カネヒキリが何を思っていたのかはわからない。

 しかしカネヒキリが引退するまでの4年間、その馬房にはサンジェニュインのポスターがあったことだけは、確かなことだった。

 

 

「これ、時期によっては写真を変えてたんよなあ」

 

 同僚の声で現実に引き戻された。

 ポスターをしげしげと見つめる同僚は、俺に向かって「そうやんな」と同意を求める。

 それに頷き返して、カネヒキリと過ごした日々をゆっくりと追想した。

 

 

 ポスターは結構な頻度で変えていた、と思う。

 というのも、カネヒキリがポスターに頬擦りすることがあるので、擦られた部分が禿げてしまうからだ。

 だからカネヒキリが馬場に向かった後でポスターを貼り替えた。コレが結構な重労働で、厩舎の壁を傷つけないよう苦労したものだ。

 あと、カネヒキリが戻ってくるまでが作業時間なので、結構急ぐ必要もあるからなおさら。

 最初はカネヒキリを馬房の前で待たせて貼り替えていたのだが、ポスターを取り上げられると思ったのか暴れたことがあった。

 それ以降はカネヒキリに見えないよう、調教中にこっそりやっている。

 あとは毎回同じ写真なのもつまらんだろう、と思って年に4回、季節ごとにポスターの写真を変えていた。

 ありがたいことに、かつてサンジェニュインの厩務員だった目黒さんからサンジェニュインの写真を度々送ってもらっていたので、それを引き伸ばしてポスターに使用。

 四季折々の楽しそうなサンジェニュインの姿がカネヒキリの馬房を彩ってくれていた。

 

 サンジェニュインはカネヒキリの4年間を知らないだろうが、カネヒキリだけは、サンジェニュインの4年間の姿を知っていることになる。

 それがなんだかおかしくて、当時は張り替えるたびに笑っていたことを思い出した。

 その頃のカネヒキリといえば、最初に出会った頃と変わらずおとなしい馬だった。

 厩舎内でも、馬場に出ても、競馬場に出ても、態度は変わらなかった。

 調教も真面目だった。変に掛かることはなかったし、暴れることも、ぐずることもない。

 忍耐強い馬だったので、怪我の範囲や痛みの強度を見極めるのだけは、とても大変だったのを覚えている。

 物言わぬ馬なので、厩務員が色々察してやらなければいけないのだが、なかなか隙を見せてくれないのだ。

 しかしサンジェニュインのポスターを貼ってからは、どこか痛い時はポスターに頬擦りすることがわかってだいぶ楽になった。

 

 それでも、防ぎようのないものはある。

 

「屈腱炎も辛かったが、骨折までして……それなのにカネヒキリ、お前は、1年後にはきっちり戻ってきよったな」

 

 2009年。骨折が発覚して戻ってきたのは2010年。

 その頃には、サンジェニュインの初年度産駒が栗東トレーニングセンターに続々と入厩していた。

 居住厩舎には産駒はこなかったが、近所にある本原厩舎には、当然というべきかサンジェニュイン産駒が数多く入厩。

 馬場に出るには本原厩舎の近くを通る必要があるので、カネヒキリもサンジェニュイン産駒と何度かすれ違っていた。

 どんな反応を見せるか、最初の頃はワクワクしたもんだが、結果は空振り。

 不思議なことに、カネヒキリはサンジェニュインの産駒たちに反応することはなかった。

 てっきりサンジェニュインの白毛の部分に目を引かれていたと思っていたので、その反応の違いが少し面白い。

 カネヒキリの中で、同じ白毛でもサンジェニュインとその他とでは明確な違いがあるらしい。

 人間にはわからない、馬独特の感性によるものだろうか。

 カネヒキリと同世代で、共に【砂の支配者】というポジションを奪い合う間柄であるヴァーミリアンは、サンジェニュイン産駒によく反応するという噂だ。

 だがカネヒキリは、真横をサンジェニュインの産駒が通っても素知らぬ顔をする。

 不思議だが、やはりカネヒキリにしかわからない何かがあるのだろう。

 

 その年、サンジェニュインの誕生日から約2週間後となる7月19日。

 カネヒキリは2009年の川崎記念以来、1年ぶりとなる勝利をマーキュリーカップで上げた。

 続くブリーダーズゴールドカップでも1番人気を背負って出走したが、ここではシルクメビウスの二着。

 惜しくも連勝とはならず、左前肢の屈腱炎が発覚したため、カネヒキリはとうとう戦場から去ることになった。

 種牡馬入りの前に療養のため社来ファーム・陽来(あききた)で数ヶ月過ごしたのち、カネヒキリは社来スタリオンステーションにて種牡馬入り。

 サンジェニュインと同じ厩舎に入り、なんと放牧地まで共有していたという。

 

 

 あいつもちゃっかりしてるなあ、と追想の終わりを振り返って、俺は顔を上げた。

 

「結局最後まで会いに行けへんかったな」

 

 ふと、口からそう漏れていた。

 同僚は目を丸くしていたが、やんわりと細めると「そうやんな」と頷いた。

 

 カネヒキリが社来SSでサンジェニュインに看取られてから約5年。

 アイツが6年もの間過ごした居住厩舎はなくなる。

 ポスターはとっくの昔に巻いて埃を被り、カネヒキリがかつて使っていた厩舎の、ポスター跡もすっかり綺麗にされていた。

 もう、カネヒキリがここにいた香りも、その痕跡もない。

 しかし、埃を被ったままのポスターを目にした時。

 そこに写る白毛馬のことよりも先に、それに頬を寄せたカネヒキリの姿が思い浮かぶのは、俺だけだろうか。

 ……いいや、きっと当時、カネヒキリを見ていたものならば誰しもがカネヒキリの方を思い出すだろう。

 

「幸せそうやったなあ」

 

 痛みを乗り越えるために擦り寄せた頬。

 横顔は明るく、希望に満ちていた。

 

 

 

「なあ、この後飲みに行かん?」

「ええやん。飲もうや、どうせこれより後はろくに会えへんで。お前らも、今日は奢ったるて── こいつが」

「俺かい」

 

 ええやん、と続く声に笑う。

 残っていた最後の私物を鞄に詰めた。

 ポスターどうする、お前いるか、いらん、先生にあげよ、こんなんもらってどうするん、と同僚たちが話す声に耳を傾けた。

 なあ、飲み会で見せたいモンがあんねん。

 これな、ずっと、ずっと、開けられんかってん。ずっと。

 

「もっと早うあければよかったかな」

 

 届いたのは2015年だった。

 サンジェニュインの半生を綴ったベストセラー作の映画版。

 その公開日に合わせて届いたアルバム。

 俺の知らない、カネヒキリとサンジェニュインの4年間が詰まったそれを、2021年になっても開けられずにいた。

 開けられないまま、カネヒキリは逝ってしまった。

 それをずっと後悔していたのかもしれない。

 

「カネヒキリがサンジェニュインに引っ付いてる写真に1票」

「俺は逆や。カネヒキリが遠くからサンジェニュインを眺めてるに1票」

「おんなし放牧地やったんやろ? めっちゃ仲良いやん」

「でもなあ、カネヒキリ、サンジェニュインが近づくとすぅぐフラフラするやん」

「あったなあ、そんなことも!」

 

 部屋が思い出に満ちる。

 おとなしく静かな馬の、面白さに満ちた横顔が語られる。

 本当はもっと早く、語るべきだったのかもしれない。

 写真を酒のつまみに肩を組んで。

 アイツ、やたらサンジェニュインのこと好きやったよな、って。

 そういや竹さんはカネヒキリのこと、サンジェニュインの前やと格好つけたがり、って言うてたな、とか。

 ヴァーミリアンとは仲悪かった、なんてものでもいい。

 ただ話すべきだった。

 

 カネヒキリという馬のことを。

 

「知っとる? アイツ、サンジェニュインがおらんと不機嫌になるんよ。これ、情報源は俺な!」

「なんそれ、情報源お前やったら真偽つけようもないやん!」

 

 空笑いを漏らした。

 泣くつもりはなかったのに、その笑いを漏らしたせいで嗚咽に変わる。

 引き攣る喉の奥でカネヒキリを呼んだ。

 死んで5年が経ったのに、今さら。

 

「……なんや、サンジェニュインに会いに行こうや」

 

 言い出したのは同僚だった。

 

「カネヒキリの思い出の馬を見に行ったろやないか」

 

 と、続けた声は震えていた。

 

「それにどうせ、カネヒキリはサンジェニュインの隣にいるやろ」

「せやせや。アイツ幽霊になってもサンジェニュインのところにいそうやん。ほとんど毎日ポスター眺めとった男やで?」

「そう考えるとだいぶシュールやな」

 

 小さな笑い声が広がる。

 俺は顔を押さえながら、その笑い声に追従した。

 

「ほな、飲み会には先生も誘って、みんなでアルバム捲りながら思い出話と洒落込もうや」

 

 賛成、と同僚たちの手が上がる。

 

「竹さんも誘ったら来てくれるんちゃう」

「さすがに()ん」

「や、ドバイのエピソードもうちょい聞きたいし。あ、芝木くんも呼ばん?」

「マシロくんずっとカネヒキリから威嚇されてたやんけ」

 

 なんて軽口を叩く声をバックミュージックに立ち上がった。

 今日で俺の口座は空っぽになるみたいだが、奥さんは許してくれるだろうか。

 許してほしい。これが生涯で最後だから。

 

「……また写真撮ったろかな」

 

 最新のサンジェニュインの写真。

 年に4回撮って、アイツの墓前に供えようか。

 サンジェニュインは天国にいるお前を知らないけど、カネヒキリ、お前だけはサンジェニュインの老いを辿る。

 願わくばサンジェニュインが天国に行った後、俺が撮った写真を酒のつまみに思い出を語り合ってくれよ。

 いや、馬だから酒は飲めへんのか。ほな、かわりに青草でも食いながら語ってって。

 サンジェニュインはきっと、カネヒキリ、お前なんで俺のことに詳しんだよ、なんて目ん玉ひっくり返すはずやから。

 

 

 ── ヒヒーン

 

「え?」

 

 すぐ側で馬の嗎が聞こえた気がした。

 それが妙に聞き慣れた音だったから、俺は振り返ろうとして、やめた。

 

「……ほな、またな、カネヒキリ」

 

 事務室の扉を閉める。

 俺の思い出を詰め込んだ居住厩舎が、今日、終わった。







居住厩舎のみなさん
サンジェが所属する本原厩舎を本当にいろいろ助けてくれた
凱旋門賞馬サンジェニュイン誕生に欠かせない存在
異常牡馬モテ個体サンジェに怯えず普通の馬として接してくれた
カネヒキリくんをはじめシーザリオちゃんやデルタブルース先輩、ハットトリック先輩、ウオッカちゃんの貸し出し本当にありがとうございました!
なおこのあと異常牝馬モテ個体ウオッカちゃんの取り扱い参考例にされたとかどうとか
カネヒキリハッピーライフを見に行かなかったことを後悔するくらいカネヒキリくんが大好きな人たち

カネヒキリくん
出会った当初大興奮だった牡馬
サンジェニュインのいない4年間をサンジェポスターで凌いだ鋼の漢
初めて目の前でポスター引き剥がされたときは親の敵かってくらい暴れた
「サンジェニュインにあらずんばサンジェニュインにあらず」
なのでサンジェ産駒に興味はない
天国に行ったと思われているが、正確には天国一歩手前の原っぱでサンジェ待機をしてる

サンジェニュイン
もっと居住厩舎のみなさんに感謝すべき牡馬
この後死ぬまでずっと「年に4回見知った顔が俺を撮りに来てるなあ」と思うようになる


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【IF】サンジェニュインが少し早くいなくなった世界

以前期間限定で公開していたものを修正して再公開。
本編では2025年で老衰で亡くなったサンジェニュインが早逝した世界線の話です。


 その苦しみは突然だった。

 

 いつも通りの朝、いつも通りの目覚め、いつも通りの時間。

 ── 10月7日。

 季節は秋になり、北海道に吹く風はだんだんと冷たさをまとい始める。

 でも天気の良い日に泳ぐ風の気持ち良さは、秋の栗東で感じる風によく似ていた。

 俺は朝の仕事が始まる前、1時間放牧に出されるのが好きだった。

 朝露がキラキラ光る放牧地を走って身体を作る。

 いくら現役を引退したって、種牡馬も力仕事に変わりない。

 それにいざという時 ── そう、牡馬にケツを追われた時に身体が重くて逃げきれない、なんてことがあったら悔やんでも悔やみきれない。

 俺のケツは命と同義である。

 顔はさらしてもケツさらさず……そのためにも毎朝のルーティーンは欠かさず行っていた。

 そう、毎朝、その日も。

 

 違和感を覚えたのは放牧されて少し経った頃。

 ちょっとだけ身体が痺れた。

 いつもなら無視できる痺れが、その時はなんでか気になって仕方なくて。

 俺は放牧地の出入り口まで移動し、スタッフたちを待った。

 あと十数分くらいで迎えのスタッフがやってくるだろう。

 あの手この手で不調アピールを重ねて、仕事前に診察して貰おうか。

 そんなことを考えてた、次の瞬間だった。

 

 身体中を走る痛み。

 まるで電流を流されたかのような鋭いそれらは、俺から脚を奪った。

 崩れ落ちた馬体が跳ねる。

 目の前で星が飛ぶ。

 凱旋門賞の後、検疫厩舎で起きた心房細動の衝撃とは違う。

 ただひたすらに痛く、ただひたすらに苦しかった。

 

 なんだ、これは。

 なんなんだ、これは……!

 

 段々と思考が定まらなくなる。

 身体中のあらゆる箇所がエラーを吐き出しているような、そんな不快感。

 息が詰まる。視界が狭まって端が揺れて。

 それと同時に悟った。

 

 ── あ、これ、ダメなやつだ。

 

 弥生賞で息が苦しくなった時とも違う。

 菊花賞の後に脚が動かなくなった時とも違う。

 心房細動を起こした時も、全然、違う。

 

 上ってくるのは恐怖だった。

 痛みへの、じゃなくて、死への。

 明確な終わりの合図が、その痛みを伝って発信される。

 

 うそだろ、おい、ここで終わりか。

 まだ種牡馬入りして1年も経ってない。

 どうしよう、目黒さん、テキ、芝木くん、イサノちゃん。

 終わりたくない、まだ。

 

 やり残したこと、遺したいもの、山のようにあるのに!

 

 カネヒキリくんとは遊ぶ約束がある。

 ヴァーミリアンも、ディープインパクトも。

 自分に関わるすべての人馬の姿が、一気に脳裏を駆け抜けた。

 なんだよこれ、これが走馬灯ってやつなのか?

 

 いろんな思いがあふれ出して、それでも痛みは止まらなくて。

 世界と虹の境目に立つ。

 無音の空間のその端に、揺らぐ鹿毛と、赤い手綱。

 それを見て俺は、あの夏の日を思い出した。

 あの日、彼女が俺に言った言葉を。

 

 ああ、もう ── ラインクラフトちゃん。

 

『……うそつき』

 

 彼女の最期の嘘を、1年越しに知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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サンジェニュイン、死す──史上初の白毛凱旋門賞馬、早すぎる別れ


 2007年10月7日午前7時、太陽、沈む。

 

 第85回凱旋門賞(仏、ロンシャン競馬場、2006年10月1日)を制したサンジェニュイン(牡5)が死亡したことを、繋養先の社来スタリオンステーション(北海道安平町)が発表した。死因は急性心不全とされる。

 

 サンジェニュインは2002年7月2日に誕生。日本産としては珍しい夏生まれでありながら、クラシック三冠戦を完走。皐月賞1着(同着・ディープインパクト)、日本ダービー2着、菊花賞1着と、ディープインパクトと共に世代の中心を担った。2006年には海外遠征を敢行。ガネー賞、サンクルー大賞典、KGVI&QES、インターナショナルSを大差で制すると、秋の凱旋門賞で日本競馬史上初の凱旋門賞制覇を成し遂げた。同年の有馬記念を最後に引退、種牡馬入り。通算成績16戦11勝(うち同着1回)。生涯連対率100%。

 今年は国内外合わせて209頭の牝馬に種付けしていた。

 

 

【社来スタリオンステーション・徳田英治氏のコメント】

「放牧地で倒れているところをスタッフが発見しました。種牡馬として初年度となる今シーズンですが、仕事も順調に熟し、険しい夏も乗り切って元気いっぱいの姿を見せてくれました。横たわる姿は寝ているようにも見えて、いまだに信じられぬ思いです。

 

 日本産として初、そして白毛馬として世界初の凱旋門賞を制した名馬との早すぎる別れに、これまで応援してくださったファンの皆様、種牡馬としての活躍を信じてくださっていた関係者の皆様のご心痛は、計り知れないものかと思います。本当に申し訳ございません。

 

 サンジェニュインは今年が繁殖初年度。産駒は翌2008年に誕生を予定しております。また、半弟であるアセンドトゥザサン(父・クロフネ)も今年11月にデビュー予定です。ファンの皆様におかれましては、残された産駒や兄弟に関しても、サンジェニュイン同様に応援をお願いいたします。

 

 その美しい姿で夢を見せ、伝説を創り、そして眩いまま沈む。サンジェニュインは、輝くためだけに私たちのもとに降りてきた、奇跡のような馬でした。打ち立てられた数々の功績に、感謝の言葉しかありません。心よりご冥福をお祈りいたします」

 

 

【社来ファーム陽来(あききた)・日崎寛介氏のコメント】

「あまりにも突然の出来事だったので、サンジェニュインがもういない、その事実をいまだ信じられません。

 

 サンジェニュインは『社来ファーム陽来』の初生産馬になります。母馬のピュアレディーが育児放棄をしたため、人工哺乳によって育てられました。当時はたった1頭の生産馬でしたから、スタッフ一同思いを込めて育成し、栗東の本原先生のもとに旅立った後もその活躍を楽しみにしてきました。

 

 当牧場には現在、多くの繁殖牝馬が所属し、競走馬の育成施設、リハビリ施設としても多くの皆様にご利用いただいています。これも偏に、生産馬であるサンジェニュインの活躍によるものです。ただただ感謝しかありません。

 

 父として北海道に戻ってくれたこと、生産者としてはこれ以上の喜びはないでしょう。現在当牧場にはサンジェニュインのために輸入し、種付けされた3頭の繁殖牝馬が所属しています。全頭受胎しており、上手くいけば翌1月には産駒が生まれるでしょう。最初で最後の世代です。

 ファンの皆様におかれましては、サンジェニュインを応援してくださったように、産駒にも変わらぬ応援をお願いしたく思います」

 

 

 サンジェニュインは父・サンデーサイレンス、母・ピュアレディー、母の父・What Luckという血統。近縁にはジェニュインがいる。一口馬主クラブ・サンレイスレーシングクラブ所有で、募集総額は2000万円(一口価格・50万円/40口募集)。

 

 サラブレッドとしても稀有な毛色を持ち、加速自在の大逃げで数多くのレースを制覇。2006年のレース・レーティングは135ポイントで単独首位をマーク。ヨーロッパ外の馬として初めてカルティエ賞年度代表馬に輝いた。2007年には満場一致で顕彰馬に選出されている。

 

 引退後は約60憶円のシンジケートが組まれた状態で種牡馬入り。今年の3月いっぱいまで国内で種付けした後、イギリス・クルーモイズスタッドに移動し30頭に種付けした。うち、ゴンゴルドン所有の繁殖牝馬は17頭。今後も種牡馬としての活躍が期待されていた中での、あまりにも突然すぎる訃報だった。

 

 

 

 

 

 

 

 物事には、良い事と、悪い事がある。

 どちらも前触れなく訪れ、人々に驚愕を落としていくのだ。

 望もうが、望むまいが、おかまいなしに。

 

 良い事であればその驚愕は歓喜に変わり、悪い事であれば悲鳴になる。

 その日、競馬界はひとつの光を失った。

 

 

 

『殿下……』

『何も言うな。今はただ……そう、ただ、静かに弔わせてくれ』

 

 ロンシャン競馬場に設けられた献花台は、まるで花畑のようであった。

 色とりどり、隙間無く敷き詰められている。

 きっとこれ以前に来た者が隙間を探し、そこに花を詰めていくからこうなった。

 その死を惜しみ、安寧を祈る想い。

 花束を捧げる手は、そのどれもが愛すべきたった1頭を偲ぶ、その思い出を形作る。

 

 ── ああ、そうだ、1年前も、ここには花吹雪が舞っていた。

 

 男は、殿下と呼ばれた男は花を手に、静かに立っていた。

 眼前にある無機質な写真に命が宿り躍動する。

 白い影は男の前で揺れているようにも思えた。

 

『あの時は、祝福の花が舞っていたな。何せ世界初の白毛凱旋門賞馬だ。後世に間違いなく名を残す名馬の誕生。それに立ち会うことができたのは……生涯忘れられぬ思い出になるだろうな』

 

 瞼を閉じるだけで、あの深いグリーングラスが辺り一面に広がった。

 欧州でその馬は『美貌の(la beauté)』と冠を付けられ、その走りは生きた芸術品に例えられる。

 まるで神が誂えたかのような奇跡の具現。

 一完歩に残るはただ何者かの傷跡のみと謳われ、何よりも人の記憶に残る。

 自然と口から詩があふれ出すほどロマンチックな馬であった。

 ターフへと残る蹄跡に夢を見た男は、されどロマンチストという言葉を否定した。

 

『ロマンではない……ただそこにある真実を見ただけなんだ、私は』

 

 瞳の奥の馬が恭しく(こうべ)を垂れた。

 人に倣い跪いて王冠を戴く。

 馬らしくない仕草のあとにもたらされたあの愛らしさは、耐え難いほど甘美だった。

 だから漢は夢を見たのだ。いや、未来を視たのだ。

 この馬の仔で世界の頂点に立つ、自分の姿を。

 

 天上からの神託よりもなお深く、それを信じていた。

 そしてかつて男自身が呟いた言葉を、ほかでもない男自身が今、誰の言葉をも上書きして肯定する。

 

『彼が ── サンジェニュインが亡き今、より一層強く思う。やはりあの馬は、神が選んだ馬だった』

 

 勝手にもほどがある期待を背負っていた。

 突然変異の白毛が、何万、何十万、何百万とくだらない数の意志を託された。

 重かっただろう。走り辛かったに違いない。

 けれど馬は人々の夢を写し取って輝き、夢の余韻を残して駆け抜けていった。

 

 馬はきっと、役割を果たしたと判断されて神の手元に戻されたのだろう。

 貸していたものを回収するのと同じように。

 

 

 男は目を閉じ、また夢想する。

 黄金に染まったトロフィーを掲げる自身の傍に、白毛の馬が立つ夢を。

 サンジェニュインに種付けされた17頭の牝馬から、きっと輝きが生まれる。

 願望から確信に変わった男の握りこぶしが花を揺らし、そして最後の一押しをした。

 

 神に選ばれた馬の、その仔で。

 

『サンジェニュイン、君の伝説を継ぐ』

 

 

 

 結局、男は花を供えなかった。

 代わりに翳したペンダントが光を放つ。

 神の石・オパール。翳した角度によって色とりどりの光を内包する。

 古代ローマ人はこの石に、すべての宝石を見出したという。

 情熱(ルビー)も、新緑(エメラルド)も、深謀(サファイア)も、願望(トパーズ)も、豊穣(アメジスト)も。

 この石ひとつにすべてがある、万物の宝。

 男にとってそれは、サンジェニュインという馬そのものだった。

 神がもたらす奇跡、そのすべてを宿した馬。

 純白の馬体にどこまでも輝く青い瞳。丈夫な四肢が作る大地の傷。

 燃えさかる闘志の果てで人々に幸福をもたらした、あの馬にこそ。

 この万物の石(オパール)は相応しいのだ。

 

『……近い未来、日本に行くよ。このオパールと、君の仔を連れて』

 

 花弁が舞う。

 ロンシャン競馬場、祈りの数ほど捧げられた献花に背を向けて、男は未来へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 ── 2008年。

 209頭の牝馬からそれぞれ仔が生まれた。

 血統登録がなされたのは197頭。

 サンジェニュインの最初で最期の世代は、2010年7月10日の新馬戦を皮切りに輝きを放つ。

 

 

 

 産駒で初めて勝ち星を挙げたのは、社来ファーム生産のサンサンドリーマー。

 父馬に似ず小柄で臆病だったが、軽やかな足取りは将来性十分の有望株。

 鞍上には現役時父馬のライバルだったディープインパクトの主戦・竹創を迎え、他2頭の同父産駒と共にメイクデビューへと挑んだ。

 父の誕生日から1週間後の函館競馬場、芝1800メートルを戦場に選んだサンサンドリーマーの逃げは、他を圧倒するのに十分だった。

 

「大楽勝のメイクデビューだ! 鞍上・竹創、納得の表情でサンサンドリーマーを労います!」

 

 

 そこから産駒たちが続々と新馬戦を勝ち上がると、9月。

 アメリカの2歳限定重賞アーリントンワシントンラッシーSを同国に残した産駒・シャイニングトップレディが制覇した。

 白毛に豊かな鬣、しなやかな四肢。雄大な馬体は紛うこと無くサンジェニュイン譲りだった。

 アメリカが誇る名牝を母に持ち、民衆の声援を背に駆ける姿は聖女のごとく。

 これが産駒初の重賞制覇となる。

 続いて11月のBCジュヴェナイルFもシャイニングトップレディが制し、産駒のG1レース初優勝もまた、彼女となった。

 

 同月には東スポ杯2歳ステークスをウイニンサニーが勝ち、国内産駒初重賞制覇を達成。

 12月にはサンサンドリーマーが2歳限定G1・朝日杯FSに出走し優勝した。

 会敵したサダムパテックは1番人気に推されるのも納得の手強い相手だったが、この時ばかりはサンサンドリーマーの逃げ足に軍配が挙った。

 

 初年度産駒のデビュー年から2頭のG1勝ち馬を輩出。

 これがもう来年は見れないのか、と多くのファン、競馬関係者を悲しませるほどの大活躍だった。

 

 

 年が明けて2011年。

 最初で最後となるクラシックシーズンが幕を開けた。

 このクラシックシーズンで、サンジェニュインは海外に2頭の三冠馬と、1頭の二冠馬を送り出すことになる。

 

 

 三冠馬、まず1頭目はシャイニングトップレディ。

 産駒初のG1馬である彼女は、このシーズンで2つの『史上初』を達成した。

 ひとつ目は白毛馬として史上初の三冠制覇。

 そしてふたつ目は、アメリカ三冠戦を牝馬として初めて制したことだ。

 これまでケンタッキーダービーを牝馬が制することはあっても、三冠戦すべてを制したケースはなかった。

 この活躍ぶりから、シャイニングトップレディは『砂のサンジェニュイン』と呼ばれ、その成績からアメリカ競馬にしばらくの間「シャイニングトップレディを超えろ」とスローガンが響いていた。

 

 

 2頭目の三冠馬はイギリスのサニーファンタスティック。

 母は英オークス馬で、母父は他に愛オークス馬など多くの名牝を送り出したフィリーサイアーとして知られる。

 12F以上の芝に適した血統はサンジェニュインの血とよりマッチし、サニーファンタスティックの競走生活を支えた。

 そんな同馬はサンジェニュインの生き写しと言われ、産駒の中で唯一父馬と同じく白毛に青い瞳の持ち主だった。

 雄大な馬格を活かしたパワーとスタミナはイギリスの深い芝に適応し、ブレることのない体幹の良さから生まれるスピードは他馬を置き去りにした。

 

 サンジェニュイン、最初で最期の怪物。

 

 鮮やかなメイクデビューを迎えて以降、期待を裏切らない大逃げで走り続け、ついには快挙を成し遂げる。

 ニジンスキー以来41年ぶりのイギリス三冠達成。

 その三冠レースすべてで並ばれず逃げ抜き、サニーファンタスティックは同年のカルティエ賞年度代表馬を受賞。

 サンジェニュインとの父子受賞となった。

 

 同時期、フランスではルミナスヘリシオがジョッケクルブ賞とパリ大賞典を制して二冠を達成し、同年の凱旋門賞に出走。

 当代一流の競走馬たちの中にあって1番人気に推され、鞍上には父の主戦芝木真白を迎えた。

 誰もが父子制覇の夢を見た。

 しかし惜しくも2着に敗れ、これがサンジェニュインの直仔としては最高順位となる。

 

 

 その頃、国内のクラシック路線でサンジェニュイン産駒は苦戦していた。

 父であるサンジェニュインがもともと洋芝に高い適性を見せていたこともあり、産駒たちにもその傾向が濃く出たことは誰の目にも明らかだった。

 それでも2歳シーズンで活躍したサンサンドリーマーを中心に、国内産駒もレースに爪痕を残す。

 

 気性の荒さこそあったが闘争心は産駒随一のサニーメロンソーダが皐月賞2着、菊花賞3着と好走。

 母父キングマンボは「万能」と称されるほど多種多様な馬場、距離に対応した産駒を輩出することで知られ、代表産駒エルコンドルパサーやキングカメハメハがその最高の例だった。

 孫世代に天皇賞・春勝ち馬スズカマンボ、そしてサニーメロンソーダと同父のサンサンドリーマー等、G1馬も多数出している。

 早い話、サンジェニュインの血とキングマンボの血は相性が良かったのだ。

 そのことを、3歳馬初の宝塚記念制覇という形で証明してみせた。

 

 父が1センチ差で敗れたダービー。ここを低人気ながら2着と健闘したのはタイヨウマツリカだ。

 デビューは3歳1月とやや出遅れたがそこから3連勝。ダービートライアル・プリンシパルSを経て出走権を得た。

 母父オグリキャップの影響か精神的にどっしりと構えた馬で、多少の競り合いならストレスにはならなかった。

 そのタイヨウマツリカにとって初のG1がダービーだった。

 皐月賞馬オルフェーヴルが中団に控える中、同父のサンサンドリーマーと先頭を競り合いレースを牽引。

 スパートをかけるオルフェーヴルの猛追から逃げ続け、しかしゴールの一瞬手前で僅かに耐えきれなかった。

 着差はハナ差、1センチ。

 奇しくも父と同じ着差で敗れたタイヨウマツリカはその直後、心房細動を発症して休養。

 菊花賞での勝利をファンに期待されながらも、ラスト一冠へのチャレンジはサニーメロンソーダ1頭のみに終わった。

 

 

 惜しい競馬が続いたが、宝塚記念を制したサニーメロンソーダをきっかけに、秋の古馬戦線では活躍馬がでた。

 弥生賞以降すっかり調子を落としていたサンサンドリーマーがー天皇賞・秋を制覇。

 これが約1年ぶりのG1制覇だった。

 ジャパンカップ前には長期休養していたタイヨウマツリカがトレセンに戻り、有馬記念への出走を決定。

 当日は三冠馬となったオルフェーヴルと叩き合いの末、今度はきっちり猛追から逃げ切って勝利を手にした。

 鞍上の目黒カレン騎手は国内における女性ジョッキーとして初の平地G1レース制覇。

 タイヨウマツリカは有馬記念をラストランに種牡馬入りし、父の後継として社来スタリオンSのサンジェニュイン専用厩舎を引き継いだ。

 

 2011年のサンジェニュイン産駒のG1勝ち数は国内外合わせてのべ11勝。

 2012年以降もサニーファンタスティックがイギリス長距離三冠を達成するなど、産駒の活躍は続いた。

 

 

 

 わずか1世代の産駒からこれほど活躍馬が出るのは稀有な例である。

 それもクラシックレースで結果を残し、さらに古馬でも結果を残すのは並のことではない。

 世界最高峰の芝レース・凱旋門賞に挑んだ産駒は両手では足りず、挑む白毛の背中はどれも記憶に残るものだった。

 しかし残念なことに直仔で凱旋門賞を制する馬は終ぞ現れなかった。

 それでも2017年。

 ひと足さきに種牡馬入りしたタイヨウマツリカの初年度産駒サントゥナイトが、一族の誇りを取り戻す。

 それは他馬の追随を許さない圧倒的な大逃げでもってロンシャンを走破し。

 抉れた芝の無惨な傷跡にひだまりを創った。

 諦めを知らない執念深さは、祖父の背中に確かに似ていた。

 

 

 最終的に197頭の産駒からは94頭の繁殖馬が登録され、タイヨウマツリカを含む5頭が後継種牡馬として名を残した。

 その後継種牡馬たちもそれぞれの後継に恵まれ、今日の競馬を支える。

 

 

 2023年現在も、その血脈は色褪せない輝きを放ち、ファンを魅了してやまない。








産駒たち
最初で最後の仔どもたち
各自母馬から父の武勇伝を叩き込まれているとかどうとか
ぼくのぱぱは孤高にして至高の凱旋門賞馬……!!(白目)

芝木真白
うぅ……ずっとすきでいる……(寝込む)

何も知らないカネヒキリくん
今回の話にはいなかったけどカネヒキリくんは何も知らないままサンジェニュインはどこにいるんだろうと思ってる

うっすら勘づいてるディープインパクトさん
もしかしてサンジェニュイン死んでる?とうっすら勘づいてるだって隣の放牧地が空なんだよでも信じたくない

優しい嘘がバレたラインクラフトちゃん
泣き虫な白毛のためについた最初で最後の優しい嘘を虹の向こう側で暴かれる予定

サンジェニュイン
ずっと家族が欲しかったから誰よりも自分の仔に会いたがってたぽんこつ牡馬


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【IF】【馬】それいけ!メジロの希望!

弥生賞で早逝したサンジェがメジロマックイーン産駒(オルフェーヴル世代)に転生するIFです。
同じ設定のIFがありますが詳細等異なる場合があります。


 昔、昔、あるところに。

 とんでもない美貌馬がおりました。

 その美貌馬はもう美貌馬としか表現できないくらいの美馬で、道行く牡馬が誰これ構わずメロメロになっていました。

 どれくらいメロメロかと言うと、美貌馬が素顔で現れるだけであらぬところが元気になってしまうくらいです。

 ちなみにいちばんメロメロになっていたのは謎の栗毛馬でした。

 ダートのでかいレースを制していそうな感じの栗毛馬です。

 美貌馬との年齢差は6歳くらいの栗毛の牡馬です。

 たぶん雷帝とか不死鳥とか不屈って感じあだ名がついていたと思います。

 

 話がそれましたが、その美貌馬。

 血統がびっくりするくらい古めかしく、現代ではなかなかお目にかかれないような配合でした。

 おそらく配合論など度外視していたのでしょう。

 というかそうでなければやろうとも思えない配合です。

 競馬やりたての素人がお花畑脳でキメたかのような配合感があります。

 

 そんなボロクソに言われていた配合とはどんなものだったのか。

 ここで美貌馬の血統を見てみましょう。

 

 父の名は、メジロマックイーンと言います。

 現役時代は菊花賞を制し、天皇賞・春を2連覇し、宝塚記念にも勝ち……とにかく中・長距離レースに強い芦毛馬でした。

 同世代にメジロライアン、メジロパーマーがおり、メジロ3強のうちの代表的な1頭とも言えるでしょう。

 その父メジロティターン、さらに父のメジロアサマを含め、父子3代で天皇賞の盾を勝ち取った栄誉あるサイアーラインの出です。

 

 2代父── 父方の祖父、メジロアサマは、パーソロンと言う名の海外輸入種牡馬の2年目産駒でした。

 パーソロンの他の産駒と言えば、三冠馬のシンボリルドルフなどがその代表でしょうか。

 アサマは現役時代の序盤はなかなか勝ちきれない印象がありましたが、旧齢5歳(現4歳)で安田記念(1600メートル)を勝利し、これが初のG1制覇。

 続いて函館記念(2000メートル)を勝つと、当時は3200メートルの長距離戦だった天皇賞・秋に駒を進めます。

 それまでの重賞勝ち鞍から見て、アサマはマイル・中距離向けだと思われていました。

 なので、長距離の花形とも呼ばれた天皇賞の晴れの舞台に、その脚は不向きだと多くの競馬関係者やファンが予想していたのです。

 しかしアサマは、その予想を上回る走りを見せます。

 自身を管理する調教師が騎手現役時代、その主戦を務めていた良血馬フイニイの猛追を振り切り、天の盾を獲得したのでした。

 

 そんなアサマは種牡馬としての活躍も大いに期待されました。

 ですが現役時代に受けた流感(馬インフルエンザ)の治療の後遺症により、アサマは授精の難しい身体となってしまったのです。

 これにより将来性を見込まれて組まれたシンジケートも1年目で解散。

 今後が危ぶまれていたアサマでしたが、馬主は決して見捨てませんでした。

 

「アサマの産駒で天皇賞制覇を」

 

 そう夢を掲げた馬主の執念はやがて大きく実り、メジロティターンが生まれることになります。

 

 

 びっくりして口も開けられないくらい低い受胎率から、わずか19頭しかいないアサマの産駒。

 メジロティターンは、その貴重な子供たちのうち、4年目に生まれた1頭です。

 ティターンは関係者から「勝つときはド派手に、負ける時は呆気なく」と言われるほど気まぐれな馬でしたが、気まぐれなりに、やる時はやる馬でした。

 セントライト記念、日経賞の勝利を経て挑んだのは父アサマと同じ舞台、そう、天皇賞・秋です。

 このレースで4番人気に浮上したティターンの目標は、同距離のダイヤモンドSを制し、前走毎日王冠を9番人気でありながら快勝したキョウエイプロミスでした。

 そうしてレース当日。

 3コーナーまでしっかりとキョウエイプロミスをマークすると、同馬の疲れを一発で見抜いた鞍上の巧みなエスコートでラストスパート。

 一気にゴールまで飛び込みました。

 こうしてティターンは天皇賞の父子制覇を成し遂げたのです。

 

 その後1年ほど現役を続けたのち、ティターンも種牡馬になりました。

 最初こそ、父アサマの授精率の低さや難しさ、自身も天皇賞以降勝てなかったイメージがついてまわり、配合相手に苦労しました。

 しかし、種牡馬入りの同年に亡くなった馬主の『ティターンの仔で天皇賞』の夢を背負い、その後も諦めずに配合を続行。

 そうして生まれたメジロマックイーンは、ティターンの3年目産駒となります。

 

 

 そのマックイーンの活躍ぶりは前述した通り、素晴らしいものでした。

 特に天皇賞・春の2連覇は令和の世になっても語り草になる程です。

 その時にはすでに『長距離のメジロ』の呼び声が高かったメジロ冠でしたが、マックイーンの長距離路線での活躍がそれを後押ししたのは、いうまでもありません。

 

 さて、祖父アサマ、父ティターンに引き続き種牡馬入りしたマックイーン。

 どんな名馬の血統であっても、サイアーラインをつなぐのは容易なことではない競馬界に於いて、あるジンクスがありました。

 現役時代どれほど素晴らしい活躍を挙げていても、サイアーラインは3代以上続かない、です。

 あれほど期待を持って輸入された海外種牡馬のうち、3代以上繁栄したものはどれほどいるでしょう。

 神馬と謳われたシンザンの系譜さえ、平成を経て令和の今、直系が途絶えたのです。

 だからこそ生産地にとって、3代続けての種牡馬入りというのは大きな意味を持ちました。

 それは紛うこと無き血への挑戦。繋げたいと望む人間の意地。

 特にその種牡馬を代々所有しているオーナーからすれば、なおのことです。

 

 当時の日本は海外種牡馬隆盛の時期で、多くの種牡馬の血が行き交っていました。

 世界で爆発的な広がりを見せているノーザンダンサーやロイヤルチャージャーの血も。

 やがて内国産種牡馬のシェア数は減り、海外種牡馬の影響力が大きくなっていくほど、その血の存在感も増していきました。

 

 そんな中で、ノーザンダンサーら主流血統の混ざらない、いわゆる異系血統のマックイーンは、それら主流血統の牝馬たちの配合相手として強く意識されるようになりました。

 けれど競馬と言うものが予想通り行かないように、マックイーンの種牡馬生活も、関係者の期待ほど上手くいかなかったのです。

 もっとわかりやすく言うと、びっくりするくらいマックイーンの子供は走らなかったのでした。

 

 もちろん活躍した馬はいます。

 しかしどう言うわけか、活躍成績は牝馬に偏り、牡馬の活躍馬にはなかなか恵まれない状態でした。

 いわゆるフィリーサイアーというやつです。

 それまでの活躍牡馬といえば、馬主が見た『自分の所有馬にメジロマックイーンを配合して生まれた馬が大レースを勝つ』と言う夢を実現させるために配合、誕生したホクトスルタンが有名でしょうか。

 彼は重賞勝ち鞍もないまま4歳で天皇賞・春に出走。

 勝ち馬アドマイヤジュピタの4着に粘ると、次走の目黒記念を楽々と制しました。

 ですがそれ以降勝ち鞍を積み上げることができず、8歳となった2012年。

 入障4戦目の障害未勝利戦で故障してしまい、予後不良となってしまったのです。

 

 

 美貌馬は、このホクトスルタンが天皇賞・春に挑むことが決まった2008年に、この世に生を受けました。

 

 

 父方の紹介が少々長くなってしまいましたが、母方の紹介もしましょう。

 母の名はメジロティファニー。

 マックイーンと同じくメジロ冠を持つ、名牝メジロドーベルの半姉です。

 配合相手がなかなか集められない中、体調を崩したマックイーンの最後の相手に選ばれました。

 

 ティファニーは繁殖牝馬としては高齢で、マックイーンとの配合も上手くいくかわからないほど弱っていました。

 なので、おそらく不受胎に終わる……そう言われていたのに、しかしティファニーはこれが最後の仔とわかっているのか、見事受胎しました。

 

 このティファニーは父モガミ、母メジロビューティーという血統です。

 父のモガミに関して説明できることは多くありません。

 なぜなら、ダービー馬シリウスシンボリの父、という一言で多くが伝わるからです。

 なので、ティファニーの牝系についてみていこうと思います。

 

 ティファニーの母メジロビューティーは、メジロ牧場きっての名牝系であるメジロボサツの血を継いでいます。

 この牝系からは前述の通りメジロドーベルや、中山グランドジャンプを制したメジロファラオ、重賞4勝のメジロモントレーに、香港マイルを始めとした数々のマイルG1を制した名マイラーのモーリスなど、多くの活躍馬が輩出されているのです。

 ティファニー自身は重賞勝ちの経験はありませんでしたが、産駒であるメジロマントルが鳴尾記念を勝つなど、繁殖牝馬としては重賞勝ち馬を送り出していました。

 

 そんなティファニーとマックイーンの配合は、完全なる異系血統同士の、全く流行りじゃない、それどころか流行に逆らうような組み合わせだったのです。

 

 

 サンデーサイレンス産駒が重賞レースの上位を占める2000年代。

 三冠馬を輩出したブライアンズタイムの血も。

 名牝を多く送り出したトニービンの血も。

 キングカメハメハの血もクロフネの血も。

 美貌馬には一滴も流れていません。

 

 ゆえに『化石のような配合』と呼ばれたり。

 『時代遅れすぎる』などと揶揄われたり。

 とにかく、流行から離れた、捨ての配合などと言われてきました。

 よく言えば『サンデー薄め液』くらいの役割しか無い、などと。

 それも牝馬だったら、と頭に付くような、そんな酷い言われようでした。

 

 しかし。

 その血の経歴や、その血の周りにいる人間のことを考えると、果たして捨ての配合なのでしょうか。

 ただのサンデー薄め液、キンカメ薄め液なのでしょうか。

 なし崩しにこの世へ生を受けた惰性の結果なのでしょうか。

 いいえ、違うのです。

 

 美貌馬はメジロが誇る名牝系と、メジロに父子3代天皇賞制覇の栄誉を齎した名馬との、夢を賭けた配合なのです。

 

 メジロの中で熟成された祈りを希望に変えるための、必然の──。

 

 

 

 そんな美貌馬は奇しくも父マックイーンと同月同日── 4月3日生まれ。

 それも唯一のラストクロップとして誕生し、しかし父とも、そして母とも違って突然変異の白毛馬でした。

 鼻先は地肌を透かしたピンク。白い睫に縁取られた青い瞳が、さめざめと人々を見つめては、鋭い視線で遠くを視る、そんなとねっこ。

 だとしても、メジロ名牝系と長距離の名馬マックイーンの最後の直仔です。

 生産牧場では手厚く扱われました。

 リードホースとして父と同世代のメジロライアン、メジロパーマーが側にいる中で育成時代を過ごし。

 同父ホクトスルタンの天皇賞での健闘と、目黒記念制覇を見て大きくなりました。

 いつかはお前も、他の同父の馬と同じく長距離を目指すのだ、と囁かれながら。

 

 

 

 2歳になった美貌馬は、かつて父を管理していた調教師の、その息子のもとに入厩しました。

 最初こそそこまで期待はされていなかった美貌馬ですが、持ち前の美貌と愛嬌の良さから厩務員には大人気。

 調教終わりにリンゴをねだりつつ、メイクデビューを迎えるその日を待っていたのです。

 

 そうして迎えたメイクデビュー。

 じりじりと暑さが際立つようになった、夏の日のことでした。

 多くの馬たちが踏みならしたグリーングラスに、その白毛が素晴らしく映えたことを誰もが覚えているはずです。

 デビュー戦をびっくりするほどの低人気で駆け出した美貌馬は、馬主と、そして世界の度肝を抜きました。

 

 他馬に影すら踏ませないその逃げ脚。

 鞍上が唖然とするほどの淀みない走り。

 走るためだけに生まれるサラブレッドの中から、さらに鋭く『疾駆』を追求したかのような。

 

 美貌馬は横ブレのない美しい姿勢で大地を抉り、勢いそのままに2歳重賞まで制しました。

 白毛牡馬による重賞制覇は史上初。

 そも、新馬戦の勝利そのものが初であり、中央レースでの勝利という意味では、実に5年ぶりのことでした。

 以前に白毛牡馬で中央レースを制したのは、2005年のあすなろ賞を4馬身差の大逃げで勝ちきった── サンジェニュインです。

 弥生賞で悲劇の最期を迎えたその馬は、美貌馬が登場するまでの間、長く白毛牡馬の代表として有名でした。

 

 白く、美しく、逃げる馬といえば、サンジェニュイン。

 

 だからか、美貌馬の疾走に、血も何の繋がりもないはずのサンジェニュインの、その影を見たファンも多くいたのです。

 特に、その鞍上に芝木真白騎手がまたがり、共に弥生賞に出走すると決まってからは。

 

 その日もターフに馬は居ました。

 メジロ冠を象徴する勝負服が風に揺れ、鞍上の緩い手綱引きにふるりと身体を揺らして歩き進める。

 人馬ともに惹きつけて止まない美貌馬── その名を、メジロサニーホープと言います。

 

 

 メジロの光。

 メジロの太陽。

 メジロの希望。

 

 

 父が、母が、その血の全てが渇望してやまない勝利を求める、貪欲な白さ。

 

 デビュー時こそ期待薄の存在でした。

 マックイーンのラストクロップとして注目されてはいましたが、()()だけで、期待はされていなかったのです。

 父の面影を惜しむファンのささやかな応援馬券だけが手のひらに温められ、その実、誰も彼の覇道など信じてはいませんでした。

 しかし、サニーホープは走った。そう、走ったのです。

 

 追い縋る他馬を振り払い、真っ先に飛び込んだゴールの大歓声と紙吹雪。

 他の新馬に振り返ること無く歩んだ花道はそこにありました。

 

 マックイーンと、何より生産者が望んで止まなかった牡馬の重賞勝ち。

 札幌2歳Sは素晴らしい舞台でした。誰も彼に追いつけない中で辿り着いた勝利の意味を、誰がより強く理解したでしょうか。

 マックイーン産駒としてはディアジーナ以来の重賞勝ちを果たした牡馬の名は、未来永劫消えることは無い功績です。

 

 そして初めて挑戦した2歳限定G1・朝日杯フューチュリティーステークス。

 ここを勝てば世界初の白毛馬によるG1制覇であり、マックイーン産駒としても初となる期待の1戦。

 ライバルは京王杯2歳S勝ち馬のグランプリボスと、その2着馬だったリアルインパクトです。

 グランプリボスは短距離に強いサクラバクシンオー産駒で、リアルインパクトはこれが初年度となるディープインパクト産駒。

 流行に乗った確かな血筋の馬たちの中にあって、やはり、メジロサニーホープは一段劣る印象を受けました。

 ここまで運が良かっただけと呟く声すら聞こえるほど。

 確かにどちらも楽な相手ではなかったはずです。

 それでも2頭を突き放した完璧な大逃げがそこにありました。

 かつての皇帝のように、絶対を信じるに値する、光が。

 

 ここまで3戦3勝。

 完勝のまま3歳の春を迎えたサニーホープは、初戦を京成杯に定めました。

 

 新馬戦からその手綱を握ってきた川添騎手は、この京成杯を持ってサニーホープの鞍上を降りることが決まっていました。

 川添騎手が何かをやらかした、そんなわけは勿論ありません。

 彼はここまで「レース仕草に難あり」とまで言われたサニーホープを辛抱強く見守ってきたのです。

 サニーホープが拒絶したわけでもありません。

 確かにレースになると川添騎手の手綱捌きをガン無視することはありましたが、彼が川添騎手を嫌に思ったことなどないのです。

 しかし、川添にとっての最良の馬が、そしてサニーホープにとっての最良の騎手が、互いではなかった、それだけの話なのです。

 

 

 さて、サニーホープと同厩舎の同世代に、オルフェーヴルという馬がいます。

 川添騎手はこの馬の全兄に当たるドリームジャーニーの主戦でもあり、なかなか勝てない辛い時期も、グランプリレースを勝った楽しい時期も共に戦ってきました。

 そんな川添騎手にとって、その全弟であるオルフェーヴルが如何に重要であるか。想いが偏るのは無理も無いことでした。

 ですが1頭の馬にだけ乗り続けるわけにもいきません。騎手にも生活があります。

 オルフェーヴルとレースが被らない時は他の馬に騎乗して活躍を挙げなければなりません。

 真摯な騎乗姿勢で自身がオルフェーヴルの主戦に相応しいことをアピールする必要だってあります。

 そうして川添騎手の勝負事の中に鎮座する数多くの馬の1頭にサニーホープがいたのでした。

 おそらく今後もレースが被らなければサニーホープの鞍上は川添騎手のままだったでしょう。

 しかし2頭ともクラシック路線を目指している都合上、両方に乗ることができない川添騎手は決断を迫られます。

 サニーホープに乗るのか、オルフェーヴルに乗るのか。

 その単純かつ難解な二択に、当人は思い入れの深いオルフェーヴルを選ぶことにしたのです。

 川添騎手のオルフェーヴルへの思い入れを知っているサニーホープ本馬からすると、それは当たり前田のクラッカー並に当然の出来事でした。

 

 そんなこんなで鞍上が空いたサニーホープは、次走の弥生賞のため、新しい鞍上探しをすることになりました。

 

 ここまで完勝のサニーホープは今やクラシックで注目の1頭です。

 誰もがサニーホープは成功すると睨んでいました。

 メイクデビュー前のしらけた評判から手のひらドリル並にひっくりかえった評価。

 これが競馬のシビアな面であり、しかし面白い面でもあります。

 1つ、レースを走る度に評価を塗り替えるこの美貌馬だからこそ、空いたその鞍上を多くの騎手が狙っていたのです。

 

 誰が乗るのでしょうか。

 ベテランジョッキーが乗るのでしょうか。

 レジェンドジョッキーが乗るのでしょうか。

 それとも新進気鋭の若手ジョッキーにチャンスが?

 

 ── そして競馬の女神は、騎手歴7年目の中堅、芝木真白に微笑んだのです。

 

 

 芝木はサンジェニュインが死んでしまった後、白毛と芦毛の馬は避け続けました。

 どんな大手からの騎乗依頼であろうと、受け入れませんでした。

 そんな彼の姿勢を『情に胡座を掻いている』『要らぬ拘り』『チャンスを捨てている』と詰る声もあります。

 ですが彼にとって『白さ』とはサンジェニュインのことであり、それ以外の馬に乗る選択肢は存在し得ないことでした。

 

 しかし桜が咲き始めたその季節。

 芝木は再び、白さ眩しい1頭の馬に跨がることとなりました。

 

 愛馬サンジェニュインの面影を見せた、白くて美しい── サニーホープの鞍上に。

 

 その日、大手匿名掲示板や、某競馬情報サイトの掲示板は大いに盛り上がりました。

 誰もがその決断に、2005年の弥生賞を思い出せずにはいられなかったのです。

 史上初の白毛牡馬による重賞制覇。

 それに最も近かった当時の小倉競馬場2000メートルコースレコード保持者。

 サンジェニュインは弥生賞でディープインパクトとハナ差3センチの接戦を演じ、そして中山の芝に沈んでいった、ただの馬です。

 ひたすら勝利だけを渇望し、夢想し、駆け抜けていったゴール後100メートル。

 騎手を庇うように落ちていったスピードの先で、サンジェニュインは虹の向こう側へと旅立ちました。

 

 弥生賞を放送していたテレビには、芝生に横たわる白毛と、それに縋り付くひとりの男の姿があります。

 競馬ファンであればあるほど、忘れることのできないワンシーンは6年前。

 もう6年、と呟く声があれば、まだ6年だ、と叫ぶ声があります。

 ターフに現われてから半年にも満たない時間で、しかしあまりにも強くそこに在った馬。

 ディープインパクトがレースに出る度、人間はその影を探しました。

 見えない先頭を疾駆する、その純白の馬体を。ここにアイツがいたらどんなレースになっただろうか、と夢想を込めて。

 誰の記憶にもまだまだ美しいまま存在しているサンジェニュインを、誰もが思い出さずにはいられなかったのでした。

 

 

 某競馬情報サイトのサンジェニュインの掲示板。

 サニーホープが弥生賞を迎える2011年3月になってから、ほとんど毎日のようにコメントが投稿されていました。

 

 

 

競走馬掲示板XXXX件)

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zoxx さん xeAApaL

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サンジェニュインへ。

今年の弥生賞には、白毛馬が出走する予定です


山田 さん FGGoPsw

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サンジェニュイン

今年の弥生賞に出走する白毛は、まだ無敗

スゴイ

 

このまま勝たせてやってください


ぱる さん kmVrssQ

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サンジェ!!

6年ぶりに白毛牡馬が弥生賞出走です!

今度こそ1着!

負けるなサニーホープ!!!!


しう さん kroEioI

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サニーホープが弥生賞出走決定! 鞍上は芝木Jです。天国から応援してね


みどり さん PUHmvlw

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芝木×白毛のタッグはサンジェニュイン以来?

俺の夢の続き卍

 

やったれ重賞4勝目や!!


田中太郎 さん XXpRkZi

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こんにちは、サンジェニュイン。

サニーホープのファンです。

私は残念ながらあなたを知りません。

でもコメントします。

 

願掛け込みで


 

 

 

 溢れる文字の海の中に、現役時代のサンジェニュインを知る者も、知らぬ者も、ただひたすらに祈っているのです。

 ゴール板を踏んでも帰って来なかった1頭を知る、愛に満ちた者たちが。

 

 

 

競走馬掲示板XXXX件)

ミュート、報告の使い方 ∨


いのり さん lwqBCAJ

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どうかゴール後も、無事にサニーホープが帰ってきますように

 

サンジェニュイン、どうか見守っていてください


 

 

 

 レース当日。

 弥生賞が行われる中山競馬場には、大勢のファンが駆けつけていました。

 そこに老いも若きも関係なく、オケラ街道を抜けて人混みかき分けて。

 マックイーンのぬいぐるみを持つ女性が居ました。

 サンジェニュインの馬券を握った男性が居ました。

 そのどちらも、サニーホープを応援するためにたったひとつを目指して歩き続けているのです。

 場内でさざめく勝ち馬予想を端にのけて、まっすぐにターフを見つめていました。

 

 その緑色は、一度は白毛が沈んだ芝生です。

 まばらに広がった鬣が二度と起き上がらなかったことをみんな知っています。

 悲鳴が響き続け、換金することもできずくしゃくしゃになった複勝馬券の空しさも。

 まだその記憶が色褪せない中で、しかしサニーホープは、記録と共に記憶を塗り替えました。

 

「なんということだサニーホープ、メジロサニーホープひとり旅ッ! プレイがちぎられて! 上がってくるサダムパテック、サダムパテックまだ追うがこれは、これはもう──……ッ!」

 

 他馬の追随を許さないその走りは、観衆から声すら奪いました。

 大勢のファンが息を呑んで見守ったレースは、サニーホープの美しく伸びる四肢に並ぶ者無く、震えるほどの完勝で幕を閉じたのです。

 しばらく無言で、呆然と駆け抜けていくサニーホープを見送ったファンは、しかし次の瞬間には大歓声を上げました。

 ゴール板を駆け抜けた芝木騎手が高々と掲げた一本指の、その先が太陽を指していることに気づいて。

 

「この大歓声が聞こえるでしょうか! 天まで届く、この歓声が……!」

 

 レース後の空は、呼吸も忘れるほどの晴天でした。

 あまりにも鮮やかな青空に雲は1つも無く、ただ丸い太陽だけが見下ろしているのです。

 

 ふいにサニーホープが振り返りました。

 逆光で表情は見えず、太陽の光に縁取られた馬体だけが黄金色に輝くのを、きっと誰もが心に刻んだでしょう。

 あの春の日。皐月賞への片道切符を握りしめたまま終ぞ振り返らなかった1頭が、ようやく遠くへと駆けていった、そんな充足感が中山競馬場にありました。

 

 このレースを持ってサニーホープの名は、クラシック最有力馬として確固たるものとなりました。

 これにて重賞4勝目。

 メジロの誇りを賭けた最初の一冠目、皐月賞に父の影はありません。

 けれどここにはメジロライアンの影があります。父に代わり、リードホースとして牡の背中を見せた彼は、皐月賞3着。

 忘れ物を獲りに行くのに、サニーホープは不足でしょうか?

 いいえ、誰もそうは思いませんでした。この馬はメジロの結晶であり、メジロの希望、そのものだから。

 

 

 弥生賞から間もなく、サニーホープが皐月賞へ出走する直前に、メジロファームの解散が決まりました。

 重なっていく赤字は、もはやサニーホープの活躍1つだけでは巻き戻せないところまで来たのです。

 けれど代々勤めてくれた従業員を路頭に迷わせないだけの金はありました。

 あるからこそ今、解散する。メジロファーム代表はそうして長い歴史に幕を下ろす決意をしたのです。

 従業員のほとんどは、メジロファームの後継牧場でそのまま勤めることも決まりました。

 功労馬だったメジロライアンも、メジロパーマーも、メジロドーベルも、今までメジロファームが育んできたすべてがそこへ繋がっていく。

 

「消えるわけじゃない。なかったことにはならない。ただ名を変え、そして一歩、進んでいく」

 

 その背中をサニーホープが押した、と代表が遠くを見るように言いました。

 

「アイツがメジロの最期の希望です」

 

 これからメジロ冠は生まれない。

 新馬に名付けられることはない。

 けれど、血統に深く残ることを、その地図に刻まれることを確信している。

 サニーホープという希望がそれを叶えてくれると、メジロファームに魂を寄せた全員が信じていました。

 

「私にできるのはもう、あいつが飛べるとこまで飛ばしてやることです」

 

 ある天皇賞・春。初参戦のトウカイテイオーを「地の果てまで駆ける」と評した騎手が居ました。

 それに対してマックイーンの鞍上はこう切り返したのです。

 

「それならばこっちは、天まで昇る馬ですよ」

 

 そう評された馬の息子はどこまでいくのでしょうか。

 希望と名付けられた、彼は。

 

 

 そして4月。少し足並み崩れた春の向こう側。

 未曾有の震災によって負った傷も癒えないその日の東京競馬場に、白毛が揺れていました。

 眼前に立つ栗毛馬は瞬きをして、何か合図を待っているかのように小刻みに揺れるので、鞍上は気が気でないのでしょう。

 苦笑いを浮かべその首筋を撫で、鞍上は真っ直ぐと顔を上げました。

 馬のゼッケン番号は12で、人気は5番。

 前走スプリングステークスの見事な走りも記憶に新しい、その馬の父はステイゴールド。

 小柄な体躯に見合わぬ凄まじい末脚を、サニーホープはまだ体験したことがありません。

 けれど、鞍上の芝木騎手はひとかけらの不安もないと言わんばかりに微笑み、短く目礼しました。

 

「──……続いて12番、オルフェーヴル。前走は見事な走りでした。少し気が逸る一幕も見られますが、強気の姿勢は皐月賞にも向くでしょう。父ステイゴールド、母父はメジロマックイーンです」

 

 この平成の世に、父メジロマックイーンと、母父メジロマックイーンが相対している。

 どこか時代錯誤のような、いや、こうあるべきだったような、そんな不思議な感覚の中で立つ競馬ファンの誰もが、まだ知らないのです。

 ぴたり、隣合うように並んだ2頭がこの先、日本を代表するような競走馬になる、そんな夢のようなことを──……。







メジロファーム
歴史在る長距離の名門
さすがにサニホーだけじゃファームを支えきれないため余力のあるうちに畳むことに
でもサニホーを現役も種牡馬としても全力サポートする気満々
後継牧場とも仲は良好なので
「お嫁さんよりどりみどりだぞ~^^」

リードホースしてくれたおいちゃんたち
メジロライアンさんとメジロパーマーさん
こんなふにゃふにゃで大丈夫かな?と思いつつ送り出した
大丈夫じゃないです、ケツ追われてます

オルフェーヴルくん
サニーホープと同厩舎で隣馬房
顔特効により見つめ合うとお喋りはおろか身動きが取れないこともある
トレセン内移動するときはだいたいサニホーが手綱加えて移動してる
ちょっと前までサニホーとおそろいのリュックだったのになんか変わっちゃった……

川添騎手
サニホーも悪くなかったんだけど、っぱ、オル一択よな
なおこの後淀の芝に放り投げられるとかなんとか

謎の6歳年上栗毛ホース
いったいナニヒキリくんなんだ

芝木真白
いったん燃え尽きたあと強制的に着火させられた
サンジェと挑めなかった大舞台へサニホーに跨がってヒヒーン
竹さんから鞍上を狙われてるとは知らない(マックの仔で秋天行きたいなあ)

サニーホープ
愛称はサンとかサニホー(ハニトーの発音)
サンジェニュインの再来!(※本馬です)
弥生賞から産地直送で転生した
今度はディープ産駒からケツ追われつつ懸命に駆け抜けてるがウマ娘で知った名前がたくさん出てきて若干混乱も入ってる
なおこの後葦毛の悪魔にも遭遇することになるとは思ってないプリケツホース


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【ネタ】【馬】父と仔

日本馬なのに古馬G1は有馬記念しか経験がなく、逆に欧州G1は5戦してるトンチキ馬・サンジェニュインと、その血を濃く継いだ海外の産駒たちのやりとり。
本編や番外編でお馴染みのサニファの他、名前だけは出したかもしれないその他の産駒とのやりとりもあります。
この回限定の特殊設定があります。


 心の間── ここはすべての馬が心の中に持つ特別な空間。

 基本は眠ってる最中に夢という形で繋がる場所だが、種牡馬入りすると自由に接続できるようになる、簡単に言えばなんでもありなご都合空間である。

 

 種牡馬入りして約6年。

 初年度産駒がクラシックシーズンを迎えた俺ことサンジェニュインもまた、このなんでもありな特別空間に接続できる1頭だ。

 初めて繋がった時は種牡馬が集まった集会みたいなもんだったけど、そこで先輩種牡馬たちに産駒たちと繋がる方法を教えてもらい今に至る。

 今に至るっていうか、基本3歳以上の馬としか接続できないので、ようやくできるようになったというか。

 自分の手元で育てた産駒数頭のことは知ってるけど、さすがに全頭の面倒は見たことないので、この謎空間を使って会話してみようと思う。

 せっかく生まれた我が子だ。

 前世は母ちゃんと俺と、それから幼馴染だけで他に兄弟も家族もいなかったからか、俺は自分でも思っている以上に産駒に興味がある。

 いや、興味というか、これが父性というべきなのか……?

 種付しておわりが当たり前の種牡馬界において、自分で子供を育てることに一種のこだわり、執着があった。

 たとえ短期間だったとしても、この世に頼れる、見本になる、母馬以外の肉親がいるということを我が子に知ってほしいという『欲』があるのだ。

 俺にも母馬はいたがわずか1日で離れた。教えられたことは四足で立つ以外になく、父馬とは一目も会うことなく死に別れている。

 幼駒の時周りに他の成熟した大人は無く、人間による完全人工飼育だった。

 これが俺には丁度良かったけど、欠点ももちろんある。

 人間のもとで、人間だった知識を活かして生きてきた俺には、恐ろしいほどに馬の常識が欠けているのだ。

 そのせいで結構苦労した。

 いやもうマジで。常識知らずだとすぐ騙されちゃうし。

 産駒には俺のような苦労をしてほしくないんだ。

 楽をして生きろ、とまでは思わないけど、いらない苦労は背負わんでいいと思う。こういうのを親心っていうんだろうか?

 

 ……まあ一番の理由は、俺の初年度産駒が各育成牧場に入った後、目黒さんから聞いたある話がきっかけなんだけどな!

 

「そういやサンジェニュイン、お前の仔もお前みたいにモテるタイプらしいぞ」

 

 初めて聞いた時は気絶するかと思ったぜまったく。

 あの邪神から与えられし呪いというかデバフというか、とにかく最悪の特典としかいいようのない()()

 アレが我が仔にまで引き継がれるとは思わんだろふつうさあ!

 俺に訳ありで付与されたものだし、半弟であるアセンドトゥザサンには引き継がれてなかったからセーフだと思ったのに……!!

 

 こうなっては何がなんでも我が仔と話さなければならない。

 馬界の常識を伝える、それ以前にオッスどもからケツを守る術を教えるのだ!

 

 ということで、数ヶ月かけて産駒と心の間をつなげることに成功した。

 我が仔たちは国内外問わずクラシックシーズンに果敢に挑戦しているため、伝えたいことも聞きたいことも山のようにある。

 国内にいる産駒にはつなげやすいから話もしやすいが、困ったことに海外は距離の問題なのかうまく接続できないのが厄介だわ。

 俺が繁忙期の時はそれどころじゃないせいで、初夏になってやっと接続完了だし。

 

 っと、愚痴を言ってる場合じゃないな。

 さあスイートマイキッズ!

 お父ちゃんと話そう!!

 

 これは、俺と、俺の産駒の会話の記録である。

 

 

 

 Case.1 ルミナスヘリシオ(2011仏国二冠:ジョッケクルブ賞、パリ大賞典)

 

 初年度産駒の1頭であり、フランスを主戦場としているルミナスヘリシオは、同国における俺の代表産駒だ。

 身体がそこまで強くないみたいで、3歳の春になってデビューした。

 俺の産駒の6割がそうであるように、ルミナスも純白の馬体を持ち、でも目はすこし茶色みがある褐色っぽい色をしている。

 白毛に魚目、青目というのはめちゃくちゃ珍しいらしく、産駒の中でも俺以外だとイギリスにいる1頭だけというレアっぷり。

 それで言うと俺の産駒としてはごく一般的な馬であるルミナスに心の間を接続したのには理由がある。

 

「デビューは遅れましたがジョッケクルブには出走できそうです。お待たせして申し訳ありません、お父様」

 

 そう、ジョッケクルブ── フランス版ダービー。

 確かにデビューこそ遅れたがルミナスはそこから連勝し、仏ダービーに駒を進めたのだ!

 日本と違ってクラシックでもフルゲートになることは少ないらしい海外とはいえ、優駿を決める大事なレースに出走できるのは素晴らしいことだ。

 すごい! がんばった! 父ちゃんは嬉しい!

 だというのに、ルミナスは首を低くして俺を見ていた。

 

「なぁんで申し訳なさそうな顔すっかなあ。ルミナスは頑張ったよ。むしろよくここまで持ち直せたなって父ちゃん嬉しいんだぞ!? 本当によく頑張った。お腹は大丈夫か? 無理するな、なんて俺は言えた立場じゃないけど、大怪我だけはしないように気をつけてな。ヒトが悲しむのはもちろん、父ちゃんもとても悲しい」

「ハイ、気をつけます。……それで、なのですが。G1レースに出るのも初めてだし、お父様から何かアドバイスがいただけたら嬉しいな、と」

 

 よしきた、それが目的と言っても過言じゃねえ!

 とはいえだ。

 

「う、う〜ん、アドバイスか、アドバイスね、うん、はい」

 

 苦手なんだよな、アドバイスするの。

 それ目的で来てるのに。昔っからこうなんだよなあ。

 そういや現役の頃もウオッカに言われたなあ。

 ただ俺こういうの本当に上手くないしな。アンに聞かれたときも「まっすぐ走れ」しか言えんかった。

 ……いや、頼ってもらったし父親としては仔にいいところ見せたいし!

 

「クラシックシーズンは日本で走ってたから直接的なアドバイスは難しいかもだけど、父ちゃん頑張ってみるわ。ちなみに、ジョッケクルブって競馬場どこだっけ?」

「シャンティイです」

「あっ、シャンティイ!? ごめん前言撤回するわ。確かにレースでは走ったことないけど調教で走ったことあるコースだな。これなら父ちゃんにも言えることあるわ」

 

 ガネー賞とサンクルー大賞典に出走するため、しばらくの間シャンティイ競馬場近くの厩舎に入ってたからな、俺は。

 結局シャンティイ競馬場のレースに出ることは無かったけど、あの弾力性があって深く走り甲斐のある芝が俺は大好きだ。

 

「……え〜っと、確か目黒さん曰くシャンティイの高低差は10mくらいだけど、そこまで気にならない差のはず。お前は俺に似て馬体が大きいから、注意点はやっぱりコーナーカーブだな。このコースは何といっても外枠から先にカーブが来るっていうトンデモコースだから、枠順が外になったからって安心せず、鞍上が出す指示をきっちり聞くことだ」

 

 人間たちの中にはたまに「騎手なんてただの置物。強い馬は誰が乗ってようが強い」とのたまうやつがいる。

 が、今や馬として順応しきった俺からしてみれば、騎手ってのはレースにおける大切な指針だ。

 旅にたとえるならそれはコンパス。針が狂ってちゃどんな乗り物でも目的地に着くことはない。

 俺ら馬にはどこをどう走るかなんてわからないんだから。

 ペース配分も、どこでスパートをかけるかも、自らの脚の動き1つとっても、そこに騎手の存在は必要だ。

 過去、自在に走った、と言われた馬は数頭いる。

 けれど彼等の『自由さ』はその鞍上あってこその自由だ。

 馬が如何に優秀であるかを見抜き、悟り、覚悟を決めて乗った騎手がいたからこその活躍がそこにある。

 馬を深く信じる騎手だったからこそ。

 騎手にレースを教えたと謳われた皇帝シンボリルドルフも、スーパーカーと称されたマルゼンスキーも、世紀末覇王テイエムオペラーだって走り抜いたんだ。

 確かに人間は重いし背負ってない方が速く走れるが、それはレースという枠組みを除いた時だ。

 レースにおいては、この騎手といかに呼吸を合わせ、その指示を汲み取って走ることが勝利の鍵になる。

 どれほど能力に満ちていても、呼吸が合わず馬群を抜け出せず、そうして沈む人馬はいるのだから。

 言葉がわかんなくても、人間を疑って暴走するようなことにだけはなってほしくないし、どうせなら人間を信じて満足して走って欲しい。

 ……それができず暴れた果てに負けた時、俺ら馬だってきっと、悔しく思うのだから。

 

「お父様? 如何されましたか」

「いや……4コーナー目が1番角度キツイから、もう最初から膨らむ覚悟で行った方がいいかもな。直線の上り坂は根性勝負になるけど、後続に差を縮められても諦めず走り切るんだぞ! 父ちゃんとの約束だ!」

「後続にピッタリ張り付かれたら逸走してもいいですか?」

「だめです。あっ、でもうまだっちされそうになったらオッケーです」

「やったー! です!」

 

 ふんす、と鼻息を吐いた姿が、デビュー前の自分にちょっと似てるなあ、と思った。

 

 

 

 

────────────────

 

 ルミナスヘリシオとの会話が終わって1年。

 その間にいろんな産駒と話をした。

 この1年の間に、会話した初年度産駒のうち何頭かは競馬を引退し、繁殖なり乗馬になったりしている。

 俺の仔は白毛というのもあって乗馬としてもそれなりに需要がある。一般家庭のペットとしても、と聞いた時はびっくりしたけどな。

 馬を一般家庭で飼うって。相当難しくね?

 まあともかく。数頭、俺より先に虹の向こう側に渡ってしまった産駒を除いては、俺の仔は良い待遇で迎えてもらえているようだ。

 しかしそれで気が抜けることはない。

 現役の産駒の方がまだまだ多いし、2世代目、3世代目の産駒もこれからどんどんデビューしていくのだから。

 今年も戦う産駒たちを応援するため、俺は心の間を繋いだ。

 

 

 

 Case.2 サニーファンタスティック(2011英国三冠)

 

「お父様にご報告申し上げます。本年のKGVI&QEへの出走決定しました。前年の三冠に引き続き、今年もお父様の代表産駒として恥ずかしくない戦績を収めてみせます」

「うん、去年の三冠達成で父ちゃんはもうめちゃめちゃ嬉しいよ。同時に目ん玉も飛び出たけど。強すぎだよお前」

 

 目の前で恭しく首を垂れるのも俺の初年度産駒の1頭。

 イギリスを主戦場とするサニーファンタスティックだ。

 3歳だった昨年は41年ぶりのイギリス三冠馬になる等、父たる俺がテレビ前で「はえ〜、すっご……」しか言えなくなるほど強い。

 繁殖とはその親より優れた馬を生み出すために行われる、とは目黒さんの言葉だけど、それにしても(おや)より強い馬現われるの早すぎだろ!

 俺も、一緒に走ってきた同期のディープインパクトだって獲得できなかった三冠馬の称号を、サニファは堂々と掲げている。

 この仔が同期の中で抜きん出ているのは、まあ親の贔屓目抜きにしてもあるかもしれないが、だからといってその世代が弱いわけじゃない。

 むしろ2歳時にサニファが負けたフランケルという馬は、その後、2000ギニーでサニファがリベンジして以降もサニファ以外に負けていないスターホースだ。

 競馬のアップデートってハイスピードなんだなあ、と父ちゃん、びっくりしたよ。

 ちなみにサニファは今いる産駒の中で唯一、俺と同じく白毛に青い目をしている。

 自分で言うのもなんだが、俺のクローンかと見紛うほどの美貌馬だ。

 そのせいか、俺と同じくらい牡馬に追われてると聞いて、その、はい……ご、ごめんなさい……!

 

「……そ、それにしてもKGVI&QEかあ。父ちゃんも4歳の夏に出たんだぞ〜! なんかもう懐かしいわ」

 

 何年前だよ……えっ6年前……!? 時間の流れ速すぎだわ。

 

「7月開催だから暑いかと思ったけど、あそこは夏でも涼しいから夏バテはしなさそう。でもなサニファ、空模様と牝馬心は移ろいやすいから体調管理には気をつけて、水分と塩分補給はしっかりするんだぞ」

「もちろんです、お父様。当日を万全の状態で迎えるため、つきましてはご指導ご鞭撻のほど」

 

 うんうん、父ちゃんもそれ目的で来てるからな!

 今回は俺も出走したレースってこともあって伝えられる内容は多い。

 何より、サニファだけじゃなくてここに出走する全産駒には絶対に注意しようと思ってたから、良い機会だ。

 

「KGVI&QESが開催されるのはアスコット競馬場なわけだが、ここは確か、イギリスのクラシックには使われないから……サニファは初めてか。父ちゃん、アスコットに出る産駒には絶対、絶対言おうと思ってたことがあってさあ」

 

 首を傾げるサニファに俺はニッコリ笑った。

 

「大外になっても油断するな」

「……はあ」

「大外になっても油断するな。はい復唱」

「えっ……お、大外になっても油断するな……?」

「もっと大きな声で。はきはきと」

「大外になっても油断するな!」

 

 はい上出来。

 そうです。大外になっても油断するな!

 

「アスコットは本当にあかん。俺らの脚に、いや俺らの体質から来る戦法には不向きすぎるんだよ。アスコットのコースで特徴的なのはスタートからの上り坂と、のぼり終わった後の下り坂、それによる約22mの高低差なんだけど、正直サニファは父ちゃんと同じで坂は障害にならないタイプだからほぼ気にしなくていい。それよりも問題はコーナーカーブだ」

 

 あれが合法とは恐れ入るぜ。

 あんなんカーブって名乗っちゃダメだよ、鋭角って言ってくんないとさあ!

 俺はすっかり完治したはずの右後脚を震わせた。

 大怪我はしなかったけど、あの紙でスパッときれた指のジンジンとした痛み、みたいなのは結構不快。

 俺は中身人間入りだからなんとかなったけど、純粋馬の産駒たちはその不快さに気取られて心を乱されるかも知れない。

 

「いいか、サニファ。アスコットのコースはとにかく角がキツい。もしトップスピードのまま曲がろうとするなら大外ギリッギリまで行かないと怪我する。お前にも言えることだが、俺たちはカーブで減速して曲がる、という芸当ができない。だから父ちゃん当時は右後脚ざっくりいったし。……コーナーカーブにはよくよく気をつけて走るんだ。そこさえ抜ければ、あとはもう直線で加速してけば勝てる! ターボ師匠もそうだと言ってる!」

「ターボ師匠……?」

「諦めずに逃げる父ちゃんの心の中の師匠だよ。……サニファ、お前もそうだけど、父ちゃんの特質を継いだことでお前たちには本当に苦労をかける。オッス共に追われるのは苦痛だろうけど、逃げ切ったその先で、父ちゃんは待ってるよ」

 

 だから、ここまでちゃんと、走っておいで。

 

「はい、お父様!」

 

 サニファの自信に満ちた横顔は、あの日の俺に良く似ていた。

 

 

 

 

────────────────

 

 サニファに会ってからさらに1年が経ち、俺は再びフランスに来ていた。

 ちなみにサニファは去年KGVI&QESを無事に制覇。

 凱旋門賞にもチャレンジしてくれる予定だったけど熱発回避で、今年はイギリス長距離三冠を目指すらしい。

 その三冠チャレンジ中にも凱旋門賞目指すらしいから、それも楽しみだ。

 でも今年はサニファだけじゃなくて、何頭かの産駒が凱旋門賞にチャレンジしてくれるらしい。

 アイルランド、イギリス、アメリカ、ドイツの産駒を順に巡り、こうして今はフランスってわけだ。

 全頭出走は難しいかも知れないけど、1頭でも多く凱旋門賞にチャレンジしてくれたら、やっぱり父としてはうれしい。

 ……よし、父ちゃん頑張るぞ!!

 

 

 

 Case.3 Blanche Blanche (2013凱旋門賞馬)

 

「レガシーカップを勝ったので凱旋門賞への出走が決まりました。フランス2000ギニーからなかなか重賞で勝てずすみませんでした、お父様」

 

 漆黒の馬体を光らせる目の前の産駒は、俺の3世代目で、初のフランス2000ギニー勝ち馬。

 前に仏クラシックを勝ったのはダービーを勝った初年度のルミナスだから、1年空いての制覇だ。

 同世代には他にも活躍馬がいたけど、俺がこいつ── ブランに会いに来たのは、凱旋門賞に出走する、それ以前に調子を見に来たってのがある。

 このブラン、自分で言っていたようにフランス2000ギニー以降は勝ち鞍がなかった。

 とは言っても惨敗だったわけではなく。

 掲示板には毎回には毎回名前が残る、惜しい競馬が続いていた。

 中身が人間入りの俺でさえ、ディープインパクト相手に惜敗続きだったときは悔しくて苦しくて、すごく落ち込んだりもしたから。

 ブランの心が折れていないか、それを心配して心を繋いだ。

 

「ブラン、父ちゃんに怒られるとでも思ったんか?」

「だって、他の仔はもっと上手く……」

 

 確かに、ブランの同世代でもっと活躍している産駒は他にもいる。

 だからなんだっていうんだ。

 その仔とブランとでは条件も違うし、目指すレースも違う。

 必ずしも同じように走る必要は無いんだから。

 

「そりゃね、競馬はレース結果がすべてだ。優勝劣敗の世界だし、どれくらい頑張ろうが1着にならなければ勝ちとは言えねえよ。けどお前は必死に走って力を示してそこにいる。走ってきた事実が消えることはないし、積み重ねた経験値がなくなったことにはならない」

 

 5着から4着へ。

 3着から2着へ。

 着実に順位をあげるその道程で得た力が、いつかのお前の勝利を支えるだろう。

 

「今年の仏ダービー馬の、アンテロ? は2000ギニーでは3着だったって聞いた。当日の人気はお前よりも低かった。けど勝った。それはアンテロが積み重ねた経験値を活かして来たからだ。それにお前だって仏ダービーは2着で、その背中を必死に追って駆けたんだよ。それは絶対に無駄にならない」

 

 KGVI&QES、インターナショナルSに挑戦して、しかし勝てず。

 現地の前哨戦には調整が間に合わず。

 苦肉の策で出走したレガシーカップ── 旧・アークトライアルはG3の前哨戦。

 フランスですらない、イギリスで開催される珍しいトライアルレースからは、これまで凱旋門賞勝ち馬は出ていない。

 このレースが前哨戦であることすら知らないファンも多いほど、縁遠いレースを、でも、ブランは勝ちきった。

 

「どれほど遠く忘れられたレースだったとしても、これはれっきとした凱旋門賞のトライアルレース。そこを勝って凱旋門賞に挑むんだから、自信を持て!」

 

 これまで凱旋門賞勝ち馬が出てないからなんだ。

 俺だってこれまで勝ち馬がでなかった国から出た覇者やぞ!

 結果は、お前が作れば良いし、お前が史上初の勝ち馬になれば良い!

 

 ブランは潤んだ目をまっすぐと俺に向けて、しっかりと頷いた。

 

「はい……はい、お父様! 勝つためにもついでにパリロンシャンのコースと出走する日本馬の情報、それから逃げ馬を轢き潰す方法を教えてください!」

「欲張りすぎィ!?」

 

 この立ち直りの早さ、誰に似たんだろうなあ。

 

 そういやブランは差し馬だけど、これにも毛色が影響してるんだろうか。

 俺の産駒は、白毛だとまあ、俺と同じように逃げないとケツがね……ということで大逃げ一択になりがちなんだが、そうじゃない産駒の選択は結構広いんだよな。

 まあ俺もデビュー前は差しの練習して上手くいってたし、もしかしたらこの毛色とケツ追いがなければ、俺も差しで行ってたのかもしれん。

 今となっては全部タラレバなんだけどな。

 

「ルミナスの時はケツ追われて大変、って話聞いてたけど、お前そこんとこは大丈夫か?」

「んー、鼻息荒くケツを追い回された記憶はないです……あ、でも牝馬からはすごくモテますよ。この前、発情期がきた牝馬に追いかけ回されて大変でした。いきなりパパにされるかと怯えましたね」

「俺たち白毛牡馬のモテる体質とお前のソレ、足して半分くらいにできたらいいのにな」

 

 極端なんだよな、モテる対象が。

 

「……っと、茶番してる場合じゃないな。日本馬の情報はさすがに教えられないけど、凱旋門賞のコース情報だけは教えるぞ! 父ちゃんもそれが目的の半分だし」

 

 凱旋門賞が開催されるのはパリロンシャン競馬場。

 俺が欧州で初めて制したガネー賞の舞台もここだった。

 コースレイアウトが本当に最高としかいいようがない。

 カーブは非常に緩やかだし、そもそもコースの幅があって曲がりやすい。

 内になろうが外になろうが俺らの脚的には不利のない競馬場も珍しいぞマジで。

 

「逃げでも差しでも俺らが最後の最後にスパート掛けるのは変わらんからな。そのトップスピードを減速させることなく活かせる最高のコースだぜ」

「なるほど。……トチ狂ったスピードとパワー持ちのお父様がおっしゃると妙な説得力がありますね」

「おっと? 急に生意気になったじゃねえか」

「それほどでもないです」

 

 褒めてねえよ。

 

「……で、続きな。パリロンシャンの高低差は10mくらいでシャンティイとはあんまり変わらんな。シャンティイ走ったことあるよな?」

「ハイ」

 

 シャンティイ競馬場ではダービーが開催されるからな。

 そこを走ったことがあるブランにはパリロンシャンの坂も気にならないと思う。

 馬場だって、土地柄雨が降りやすいから基本的に濡れてるけど、コレもパワーがあるタイプのブランには苦にならない。

 

「重馬場や洋芝で俺が逃げる、ってなると、俺のスピードに他馬が釣られてハイペースになりがちだが、ブランは差し馬だし多分結構ゆったり進むんじゃないか。ポジション取りさえ間違えなければ、お前の末脚は終盤でも十分伸びる。逆に周りが遅すぎてお前が前に立ってしまった場合は、いっそ割り切って逃げ切っちゃいな!」

「ゲート苦手なんでちょっとそれは」

 

 ……あ~、そういやこいつ何回か出遅れしてたな。

 お前本当によかったよ白毛じゃなくて。

 

「それでお父様、日本馬の情報なんですけど」

「や、さすがに教えらんねえよ」

「そこをなんとか。出走予定馬だけでもいいんで」

 

 粘るなあ。

 この貪欲さ、間違いなく俺の産駒だわ。

 そうだなあ、使えるもんはなんでも使うよな。

 不正にならん限り、神頼みだってしてきたんだぜ父ちゃんは。

 や、正しくは父ちゃんのテキが、だけど。

 

「あくまで予定、予定ってだけだぞ? 今年も去年同様、オルフェーヴルって言う日本の三冠馬が出ることになってる。けど、簡単には勝てないと思うぜ? ……だから、最後まで諦めず、戦い切るんだぞ!」

「……はい、お父様! 全員潰して勝ちます!」

「言動が物騒なんだよなあ!」







ルミナスヘリシオ 牡
フランス二冠馬
身体弱いけど頑張って走って来た
種牡馬入り後もたびたび休養を挟みつつ血を残してる

サニーファンタスティック 牡
イギリス三冠馬
サンジェクローン並に似てる
結局凱旋門賞には1度も出走できず次に心の間を繋いだ時大泣きしていた

ブランシュブランシュ 牡
凱旋門賞馬
落ち込むときはとことん落ち込むが開き直るのも早い
産駒がなかなか振るわずぼちぼち功労馬入りする予定


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【掲示板】:【悲報】サンジェニュイン今回も未実装

サンジェニュインがウマ娘として実装されなかった世界線の掲示板回です




1: ななしの競馬民 ID:1cchEn/s

やはりサンデーサイレンス路線か

 

2: ななしの競馬民 ID:ZoofRFqc+7

いやまだわかんねえから・・・

ドゥラメンテるかもしれないから・・・

 

6: ななしの競馬民 ID:r22LH1oiWc

>>2

ドゥラメンテは動詞だった…?

 

7: ななしの競馬民 ID:3DH9+fFut!

05世代実装済みってプインパの他だと誰だっけ?

 

11: ななしの競馬民 ID:zGsINKMuTm

>>7

実装順で

・シーザリオ

・ラインクラフト

・ヴァーミリアン

・カネヒキリ

・ディープインパクト←イマココ

 

ディープ実装時はさすがにサンジェも一緒

そう思っていた時期もありました

 

12: ななしの競馬民 ID:hqgKc!K7U6

うおおおラインクラフト実装!?

これは赤い手綱の縁でサンジェニュインも!!

 

→実装されませんでした

 

うおおおカネヒキリ実装!?

これは唯一の友達枠でサンジェニュインも!!

→実装されませんでした

 

うおおおディープインパクト実装!?

さすがにサンジェニュインも!!

→実装されませんでした

 

15: ななしの競馬民 ID:6rULZyYyLn

何故なのか

 

16: ななしの競馬民 ID:ZG-Dpq-0tQ

正直サンジェなしにプイのクラシックシーズンどう表現するつもりなんや?

 

17: ななしの競馬民 ID:LL4uFzZQfB

言うてもキタサンだってドゥラなしでクラシックだったし多少は、ね?

 

22: ななしの競馬民 ID:cHlsTQ0aDB

>>17 そうは言いますけどサンプイはデビューから2005年いっぱいは8割同レースですよ

 

23: ななしの競馬民 ID:rgREhqCG!5

でえじょうぶ、そのうちに「ものすごい美貌のウマ娘」としてなんかシャドーかかった状態でレースにお出しされるから

 

24: ななしの競馬民 ID:jWi335398r

まあカネヒキリシナリオで「親友」の二文字でごり押しされたし…

 

38: ななしの競馬民 ID:CCqzShF9Mp

>>24 その親友、欧州5冠とかしてませんか?

 

40: ななしの競馬民 ID:bxDRo!@fdW

>>24 凱旋門賞馬の香りがする親友だな~

 

41: ななしの競馬民 ID:EjjrO2itD7

ちらほら希望が見えるけども

でもシルバータイムはとっくに実装されちゃったしなあ……

 

仔より後から実装される父など存在しないのだッ!!!!

 

42: ななしの競馬民 ID:u9KgN3D5PM

サントゥナイトが実装されてからが本番だから(震え声)

 

45: ななしの競馬民 ID:DU!@j8ixz2

>>41 おいおいデアタク忘れて貰っちゃ困りますよ

エッピファネイアァア!!も実装されてないなかでシレッと実装(現役)ですからね

 

46: ななしの競馬民 ID:6OPPz+3uXA

そのエピファネイアが実装されてないのが答えでは?

 

50: ななしの競馬民 ID:hB2snom-Ts

>>46

シッ、静かに

45が泣いちゃうでしょ

 

53: ななしの競馬民 ID:jNksiVXL1j

まだトレーナー枠としての実装があるからワンチャン

 

54: ななしの競馬民 ID:e@WvRQCw@e

そうだぞサンデーサイレンスだって理事長代理かもしれないし

 

56: ななしの競馬民 ID:BHaQKaC-+C

>>54 その情報古すぎるだろうがよ~~~

 

57: ななしの競馬民 ID:6zvT0QjBvX

太陽厨の「実装されて当り前」みたいな態度ほんとキショいわ

お前らだけやぞやかましいのは

 

61: ななしの競馬民 ID:py!@KBrH0r

>>57 主語デカすぎ

 

サンジェがいないことでディープの三冠があっさり達成できてしまいもやもやしてるディープファンだっているんですよ!

 

62: ななしの競馬民 ID:GGAo-NCYy1

>>57 急にどうした

 

64: ななしの競馬民 ID:TO108NWrYJ

>>57 イライラで芝

 

65: ななしの競馬民 ID:MbH3RwGp7b

この程度のスレで厨厨言ってるのネズミか?

 

66: ななしの競馬民 ID:xx1Kf3czD5

おらっ!

フジキセキ実装時にジェニュインとタヤスツヨシはどうしたよってスレ建てた俺がお通りだぞっ!!

 

78: ななしの競馬民 ID:WK09SvU3Mw

>>66 幻の三冠馬定期

 

79: ななしの競馬民 ID:dzTKTcb43h

急にスレの流れ速くなって大草原不可避

っぱ、荒らしなんだよね

 

80: ななしの競馬民 ID:glaSKnj232

画面の向こうでどんなお顔してるか気になるわ

 

81: ななしの競馬民 ID:6vN14XHRHL

ID表示されるこの掲示板でよくもまあイキれるなと思いますけど

大丈夫ですか、真っ赤ですよ(IDが)

 

82: ななしの競馬民 ID:hU-SskU3Xq

ねえどんどん逸走(スレチ)

 

86: ななしの競馬民 ID:XFJuxdJryO

>>82 い つ も の

 

87: ななしの競馬民 ID:yFGjMos9VZ

サン非実装で嘆くスレなのに逸走しまくりで芝

お前らもサンみたいに真っ直ぐ走れ

 

88: ななしの競馬民 ID:TyXlHvHt1z

ドカドカドカ(芝木によるサンジェ疾走の擬音)

 

92: ななしの競馬民 ID:rcgE7sFCv@

>>88 殴ってる????

 

95: ななしの競馬民 ID:POnnHBCxo4

>>92 実際芝を殴ってるようなもんだしセーフ

 

96: ななしの競馬民 ID:6XFca8xDSx

やはりウマ娘5期を期待するしかねえな

 

97: ななしの競馬民 ID:80Qi2MwX0c

もうOVAでもええ

 

98: ななしの競馬民 ID:1IYnb0vaL7

'99世代のOVAみたいな作画クオリティで2期みたいな胸熱展開してくれたらいいですよ>5期

 

102: ななしの競馬民 ID:UCm3H7gQul

>>98 3期みたいに新規実装もたくさんしてほしい

 

103: ななしの競馬民 ID:D@dbEIiM53

どうするアニメでサンジェ(ウマ娘)じゃなくてサンジェ(トレーナー)で出てきたら

 

104: ななしの競馬民 ID:Fj8k9vjP+c

すまんがサンジェは巨乳むちむちボディと決まってる

 

105: ななしの競馬民 ID:FCAu2f!neA

関係者「サンジェニュインは豊満なボディ」

関係者「素晴らしい四肢とボディライン」

関係者「御覧下さいのトモの張り」

リュベ「マシュマロボデー」

関係者「グラマスな体躯から繰り出される重戦車並のパワー」

 

111: ななしの競馬民 ID:LMKRoSFBgD

>>105 リュベール紛れてますよ

 

112: ななしの競馬民 ID:e-J@ZcHIT0

「僕でも簡単に遊べ~ル」さん・・・

 

113: ななしの競馬民 ID:APk81vMhhd

タッケともどもシャイゲに魂売ったリュベールがなんだって?

 

114: ななしの競馬民 ID:tqx+YESQjg

それよりネオユニに脳支配されたデッムの心配をデスね

 

115: ななしの競馬民 ID:cYH33ChDq9

デルーカJ喜びのキッス(ネオユニスクショ)

 

116: ななしの競馬民 ID:3LBtvk1!I-

まあ芝木真白ほどではないから

 

120: ななしの競馬民 ID:QUTpQG4qUi

>>116 愛馬が実装すらされてないご身分の方はちょっと…

 

121: ななしの競馬民 ID:S7sI48e2Ii

芝木は05世代実装されるたびに北海道のサンジェに会いにいくし重課金してサンジェにガチャ引かせてくれるシャイゲの太客やぞ

影で密かに「シャイゲへの賄賂」って呼ばれてるけど

 

122: ななしの競馬民 ID:6YqR15DuTM

むしろ芝木が反対してるからウマ娘になれないのでは????

愛馬が美少女になることに抵抗があるのでは????

 

124: ななしの競馬民 ID:c2@tzZRrqN

>>122 しっかりしてください

普通の人間は自分の愛馬が美少女に擬人化されるってなったら戸惑うんです

 

125: ななしの競馬民 ID:TF5Z3rHr3W

サンなんて美の美が確定してるからな

さすがに馬界きっての科学的に証明された美貌馬を美として描かないわけにはいかないから

 

126: ななしの競馬民 ID:LRqHJzFEhN

美のゲシュタルト崩壊起こしかけてない?

 

127: ななしの競馬民 ID:1N!J+iPZq2

かがくてきにしょうめいされた

 

128: ななしの競馬民 ID:Ewfaj7Oold

※生活実験により1頭1頭馬の反応を確かめています

 

129: ななしの競馬民 ID:KsmE@RGPAv

カネヒキリの育成シナリオでも「親友は素晴らしく美しいので」って言葉あるしそこは大丈夫だろ

 

問題はラフ絵すらないことです

 

130: ななしの競馬民 ID:reC3j0c7U9

絵師の重圧すごそう(KONAMI)

 

131: ななしの競馬民 ID:Fj8k9vjP+c

衣装はなんでもいいですけど

巨乳むちむちボディは頼みますよ

 

135: ななしの競馬民 ID:Tmrbgq2vI8

>>131 お前さっきもそれ言ってなかった????

 

136: ななしの競馬民 ID:gbkXG@F3yt

サンジェといえば「神宿る名馬」と海外で奉られてるし

意外と海外勢に配慮して未実装なのかもしれん

サンジェ専用厩舎だってオイルマネーが半分くらい入ってるって言うし

 

139: ななしの競馬民 ID:+tIIzCNMRL

石油王のサン好きは異常(褒め言葉)

 

140: ななしの競馬民 ID:jcfyfX-ED1

まあ自分の愛馬を種付け1番目にもってくるくらいには…

初年度産駒の一頭に「サニーファンタスティック(素晴らしき太陽の)」ってつけるし

 

141: ななしの競馬民 ID:V@Sfhad4bu

凱旋門賞育成シナリオ実装時はさすがにサン確だろ~と思ったのになあ

 

142: ななしの競馬民 ID:1uWvjesk1D

利権がいろいろ大変すぎて気軽に実装できないのは本当に芝

 

143: ななしの競馬民 ID:r7QoFA0OFP

一方その頃シルバータイムは

銀の魂で死ぬほど擦られるのであった

 

漫画でもアニメでもやりたい放題だよ

これだから馬主が脚本家はよお!

 

144: ななしの競馬民 ID:uDnhhW2!an

汁太はホーム画面台詞で「おいぃぃ!」が聞けるぞ

もうシルバーソウルや

 

148: ななしの競馬民 ID:gimyZlmQ1b

>>144 おうシルバータイムを「汁太」って表記するのやめえや

 

149: ななしの競馬民 ID:uj@VKmb4gg

エアグルとシルタイの母子会話ほんと・・・ええぞ・・・

 

152: ななしの競馬民 ID:5qQJG8M9BB

シルタイの諦めの悪さを「まったく…誰に似たんだか……」って目を潤ませて見送る4期エアグルーヴさんエッッッすぎないか????

 

153: ななしの競馬民 ID:3a+t0jtHsl

うぅ…サングルあったんだ……"あった"んだよ……!!

 

154: ななしの競馬民 ID:m2q5121I4a

TLでウマ娘化サンジェが流れてくる度にガタタッてなるのやめてえな~~~

 

155: ななしの競馬民 ID:Eq3--O3STF

どのサンジェの絵もなんかピンとこない

何故か

 

156: ななしの競馬民 ID:Fj8k9vjP+c

巨乳むちむちボディじゃないからでは?

 

160: ななしの競馬民 ID:zrmBROq!wx

>>156 お前さっきからそればっかだな!!!!

 

161: ななしの競馬民 ID:RYuqiNGZEm

シルタイが短い天パだったからサンは腰まで伸びたロングストレートがいいな

走る時に風に揺れてふわふわってなるのが見たい

 

162: ななしの競馬民 ID:z2LQyiI4wv

長髪なびかせターフに君臨するサンジェ女王・・・?

 

 

ふぅ・・・

 

163: ななしの競馬民 ID:tOmDhPgNqU

もしもしカネヒキリ?

 

164: ななしの競馬民 ID:q7BmaExRRJ

すまんかった

 

165: ななしの競馬民 ID:Rnz@hqIGKX

ええで

 

170: ななしの競馬民 ID:x9dlguYIQM

>>162

>>163

>>164

>>165

ここまで全員別人

 

171: ななしの競馬民 ID:KsoXHZVRTQ

サンジェがドンナみたい目になるかわからんけど

中身はわかるわ

 

絶対王政みたいな感じ

 

172: ななしの競馬民 ID:JBMYce-iix

自他共に厳しい女王様タイプなのはまあそうなるでしょうね

 

173: ななしの競馬民 ID:64fNW5zk4e

誰も寄せ付けない孤高の女王…?

それは「つまらない」すら言わないラモーヌさんでは?

 

177: ななしの競馬民 ID:Ngi2En-KYl

>>173 そんなラモーヌさんがつまらないばっか言ってるみたいな…

 

179: ななしの競馬民 ID:GAfHO!4bkC

めちゃくちゃ几帳面で完璧主義だけど

部屋の中はめちゃくちゃ可愛いものだらけであってほしい

トレーナーにはデレてほしい

 

180: ななしの競馬民 ID:AnIcPo-5FZ

3年間駆け抜けた後は泣いて欲しいよな

史実のサンジェも有馬記念後に馬運車乗って北海道帰る前、調教師達の前で泣いたらしいし

 

181: ななしの競馬民 ID:9J!-h3pN1E

それまでずっとツンツンしてたけど最後の最後に「ありがとう」って言って泣く女王……?

 

すこ……

 

182: ななしの競馬民 ID:1AnYL8Sf5r

みんな女王路線が好きなんか

俺はまあそれもいいと思うけど

もうちょっと抜けた感じなのもいいな~

本人はしっかりしてるつもりだけどちょいちょいドジ、みたいな

そんで「はわわ~」みたいな

 

184: ななしの競馬民 ID:S2qzFLAVqg

>>182 太陽王は「はわわ~」なんて言わないんだが?

 

189: ななしの競馬民 ID:JbW+Xsjd57

>>184 過激派!?!?

 

190: ななしの競馬民 ID:f6TFh10us3

>>184 これはディープのレス

 

191: ななしの競馬民 ID:aY9QCsZayG

史実のサンジェが

・神経は図太いが周りの感情には敏感で繊細な一面もある

・完璧主義で頑固だから一切妥協できない減速もできない

・調教熱心で従順だから無駄な練習はない

 

これらを踏まえると相当気難しいレディになる可能性『大』

 

192: ななしの競馬民 ID:z3k@Irb2fI

ロリっ子サンジェもありだと思うが

 

193: ななしの競馬民 ID:+AOpR5hf+0

ライスもマックもロリだしな

 

195: ななしの競馬民 ID:FcL4Y!fgh+

>>193

ライスは確かに145cmくらいだけどマックちゃんは159cmあって全然ロリじゃないぞ

 

200: ななしの競馬民 ID:2+WRUIny6H

>>193 マック結構でかいやんけえ!?

 

201: ななしの競馬民 ID:u1RFgx4A9w

現役時代さんっざんデカいことを強調されてきたサンジェがちっさいウマ娘になるとは思えん

シングレ時空並のむちボディありえる(確信)

 

202: ななしの競馬民 ID:Ec!NSMzxY9

現役時代で言うならサンジェはよく泣いてたし泣き虫天使ちゃんの可能性はまだ捨てきれないから

 

203: ななしの競馬民 ID:d@4F4zjS@4

どちらにせよディープからは必死に逃げるキャラであって欲しい

 

206: ななしの競馬民 ID:c-IUigg5@O

>>203

それな

 

207: ななしの競馬民 ID:f!atctatub

>>203

わかる

 

208: ななしの競馬民 ID:feMLndEIPU

>>203

で、カネヒキリには懐いててほしい

 

213: ななしの競馬民 ID:qDOrn2Eh2b

>>208

理解

 

214: ななしの競馬民 ID:Q96s7D4rBU

>>208 エッッッ

 

215: ななしの競馬民 ID:Y1pHnpQk9U

>>208 同室であって欲しいし手とかも繋いでてほしい

 

218: ななしの競馬民 ID:UZJJzdy+kR

ため息つきながらは~仕方ないって顔でサンジェの世話焼いてあげるカネヒキリ姉さん……ってコト……!?

 

219: ななしの競馬民 ID:e-2S8yBsUn

あいつにもそろそろ独り立ち貰わないと、と言いながら女王の世話を焼くカネヒキリの姉御……!?

 

220: ななしの競馬民 ID:bIdJF0iUvr

デビュー後くらいの雑誌でヴァーミリアンと鼻キスしてるとこあるしここらへんも仲良さそうだよな

お嬢様ヤクザと真性女王のコンビとか見たすぎ

 

221: ななしの競馬民 ID:uT+GTv4fFq

プイ「ついてく……ついてく……」

ライス「ついてく……ついてく……」

 

これやりたいからはよサンジェ実装頼む

 

222: ななしの競馬民 ID:0CRY7FSpCt

【速報】アニメ5期発表

https://umamusumen.com/news/#114514

 

226: ななしの競馬民 ID:udMZhS47hL

>>222 ファッ!?!?

 

227: ななしの競馬民 ID:jjQ9ye4WZg

>>222 キターッ!!!!

 

228: ななしの競馬民 ID:3Rv8jfoWEO

デ ィ ー プ 世 代 ア ニ メ 化

 

229: ななしの競馬民 ID:Vq!+p9+dIc

サンジェか????

サンジェ来たか????

 

230: ななしの競馬民 ID:vr@rhaFpLR

お尻がむずむずする……サンジェだこれェ……!!!!

 

231: ななしの競馬民 ID:PEsKXAjW9w

落ち着け早漏ども!!!!

まだサンケツと決まったわけではない!!!!

 

232: ななしの競馬民 ID:Fj8k9vjP+c

巨乳むちむちボディ!?!?

 

235: ななしの競馬民 ID:!WckPBHkEg

>>232 お前もう黙ってろ!!!!

 

236: ななしの競馬民 ID:ZdE9EEDE92

よかった……存在しないウマ娘の話をするカネヒキリはもういなくなるんだな……!!

 

237: ななしの競馬民 ID:2BaMvMPh6a

掲示板で増えてた雑サンジェの「~~ンジェ」語尾ももう見れなくなると思うとちょっと切ないよ

 

いや切なくない

はよなくなって

本物来い!!!!

 

238: ななしの競馬民 ID:s+@JqbZ9a3

え~~~

詳細全然ないのにキービジュトップがディープってだけで05世代だと思ってしまう自分の頭が憎い~~~

 

でも05世代じゃないわけないやろこんなん

 

242: ななしの競馬民 ID:1cchEn/s

掲示板急に重くなって芝

さっきからアクセスエラー増えてるしとりまこのスレ一旦捨てるわ

鯖回復したら「【朗報】ウマ娘5期待機スレ」建てるからヨロ

 

 

 

 

 







この後5期はディープさんシニアシーズンがメインと発表されサンジェはまたしても実装されなかった


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【IF】【掲示板】:サンジェニュインが欧州馬だった世界線

サンジェニュインが某殿下が率いるゴンゴルドン所有馬として欧州で走ってるIFの世界の話です


 

【速報】凱旋門賞馬サンジェニュイン、無事日本到着

 

1: ななし競馬場 ID:Lgzn+8aitS

なお帯同馬に今年のモーリスドギー賞覇者パンジャンマックスが着いてきた模様

 

2: ななし競馬場 ID:rmhejjjiIk

思った以上に白

 

3: ななし競馬場 ID:+brQqlMqU9

もう着いたんか

 

4: ななし競馬場 ID:83KYbTXzRa

特別製の輸送機で運ばれてるのすげえセレブ感

まあ石油王だしなオーナー

 

5: ななし競馬場 ID:ei8vCQZ6M9

>>4 帯同馬にG1馬持ってくるしな

 

6: ななし競馬場 ID:Hs8T!9XDNc

パンジャマどこ走んの?

これ

 

7: ななし競馬場 ID:eSQ8Ux0qbt

オイルマネージャブジャブ

 

8: ななし競馬場 ID:OmNNGTRTM4

海外馬だしてっきり凱旋門賞勝って終わりかと思ってたが

JC出走ガチだったのか

そういう社交辞令かと思ってたわ

 

9: ななし競馬場 ID:cuuLDZt@Y4

おい各誌のサンジェニュイン画全部目つき悪くね??

 

10: ななし競馬場 ID:3HF7izWVeC

気合いがイッてる時の顔

 

11: ななし競馬場 ID:OEinwcH5Ll

>>6

確認してきたけど登録なさげだな

マジで付き添いできただけっぽいww

 

12: ななし競馬場 ID:kfWqd@iwFu

パンジャンマックス以外の帯同可能馬いなかったんかこれ

 

13: ななし競馬場 ID:7j0yp4+9!e

>>12

マジで言うとパンジャンがセン馬だからだろ

サンが馬嫌い、特に牡馬嫌いなのは向こうじゃ有名だし

サンの調教相手もできるレベルとなるとG1勝ってるセン馬連れてくしかないからな

 

14: ななし競馬場 ID:r3vFFKn9OM

あれ掲示板のネタじゃなかったんか!?!?

 

15: ななし競馬場 ID:v+LNSVEg5J

男嫌いガチで藁

 

16: ななし競馬場 ID:rnH6op23-s

あらゆる牡馬が発情期の牝馬よりも優先する牡馬

 

17: ななし競馬場 ID:SF7jGz@S5w

イギリスの競馬トップ紙が選ぶNo.1イケメンホースだかんねこの馬

 

18: ななし競馬場 ID:7ZY!2LyFlG

ジェニュインって聞いてジェニュイン産駒がイギリスに!?と震えたのは俺だけじゃないはず

 

19: ななし競馬場 ID:@tyKMusICt

『太陽真価』はガチガチのガチな命名よな

 

20: ななし競馬場 ID:qWLmR6RCOC

殿下ご自慢ご満悦の欧州最強馬よ

 

21: ななし競馬場 ID:Kym6EswBo-

「ラムタラは神の馬だが、サンジェニュインには神が宿っているんだ」※意訳

 

22: ななし競馬場 ID:1QZK0BCRy0

「神は私に愛(サンジェニュイン)を与えた!」※意訳

 

23: ななし競馬場 ID:j!V4pP3Xcf

これが35年ぶりのイギリス三冠&欧州五冠馬の貫禄か

 

24: ななし競馬場 ID:V+@D0ys5qV

こっちに三冠馬が誕生したかと思えば向こうでも三冠馬が出るとはなあ・・・

 

25: ななし競馬場 ID:DVBanjoIfO

調教師「大地がサンジェニュインを祝福してる」→洋芝最適

厩務員「神の声が聞こえたんです。この馬は最果てを行くと」→大逃げ

騎手「怖い」→リュック扱い

 

泣ける

 

26: ななし競馬場 ID:5-2cNqWZR!

【恥報】パンジャンマックスやっぱり走らない

 

27: ななし競馬場 ID:uyetZZmIel

世界最高の名手の片割れをして「怖い」の一言以外言わせなかった名馬さん

 

28: ななし競馬場 ID:nspjJa6G!d

>>26 普段どう打ってたらそんな誤変換になるん?

 

29: ななし競馬場 ID:V+aF13zJm!

恥の多い一生を送ってるんだろ

 

30: ななし競馬場 ID:iQAW4cf2BP

痴呆じゃなかっただけマシ

 

31: ななし競馬場 ID:l0qkq9Hi0t

パンジャンマックス走らなくて恥ずかしいことは無いからな

 

32: ななし競馬場 ID:ySlTboLBym

つつけるレス見つけた途端ウキウキし出すの掲示板仕草すぎる

 

33: ななし競馬場 ID:dMwqfgg4vd

>>26 お前昨日のアンスレで同じミスしてなかった????

 

34: ななし競馬場 ID:1ium4TIIvi

マイラーのパンジャマだとこの時期走れる重賞もないしな

メインも走ることじゃなくてサンのサポートだろうし

 

35: ななし競馬場 ID:1Yscz0yW92

イマサラだがサンジェニュインって結構大きいんだな

凱旋門賞でディープが競り掛けた時も思ったけど止まれの姿勢で見るとすっごいデカい

 

36: ななし競馬場 ID:akPm0L-RqD

パンジャンがちっさいのもあるが

ディープより10kgくらい軽いし

いっちゃ悪いが馬体も貧相だし

 

それでいうとサンジェニュインは体高も筋肉もかなりあるから

 

37: ななし競馬場 ID:RTWxs2hhC+

お?

サンジェニュインの胸デカ語って良い流れか

 

38: ななし競馬場 ID:yKYq8GO80g

>>37 流れ見誤りすぎだろks

 

39: ななし競馬場 ID:SzyoBExRsu

海外って馬体重どこでわかんの?

凱旋門賞の時も思ったけど向こうってレース前検量発表されないのな

 

40: ななし競馬場 ID:aJHSMsyvWG

向こうじゃ計測も発表もしないのがスタンダードだからな

世界的に見たら日本がむしろ珍しいんじゃね

 

41: ななし競馬場 ID:iHT-7V6ckx

勘だけどさすがに500kgは超えてるだろ>サンジェニュイン

 

42: ななし競馬場 ID:sdxqygq6Yx

キングジョージのハーツよりも気持ち大きめだし馬体重も似たり寄ったりかもな

510~520くらい?

 

43: ななし競馬場 ID:CXy2AG2wWL

毛色で膨張の可能性もあるが

 

44: ななし競馬場 ID:wjLlSkNyJ2

【速報】サンジェニュインの厩務員、美人

 

45: ななし競馬場 ID:uLJJkj+DP+

>>44 kwsk

 

46: ななし競馬場 ID:1r-XpruFZC

>>44 リンクも張れない無能

 

47: ななし競馬場 ID:MqR0@RS4wO

>>44 ねえ知ってる?その厩務員ちゃん23歳なんだって

 

48: ななし競馬場 ID:HkZ7-C4xOl

>>47 こっれはさすがにキッショくて引いた

 

49: ななし競馬場 ID:QZ4Nmg!fDr

>>47 通報ボタンの実装が待たれる

 

50: ななし競馬場 ID:NmUfdLpsJC

女の情報にアホほど群がってて悲哀を感じますよ

 

51: ななし競馬場 ID:2B7o1XIpJh

このカテおっさんしかいねえからなあ

 

52: ななし競馬場 ID:amGzZoI!uZ

追いかけて良いのは馬のケツだけなんだが

 

53: ななし競馬場 ID:fPo3rN0!hm

イイコぶった物言いしてるけどここに居る時点で同じ穴の狢なんだよ

 

おら

http://natkeiba.com/news/id=114514810

 

54: ななし競馬場 ID:oxrVij7oL-

哀れ所詮は匿名板でカキコするだけの存在ゆえ

 

55: ななし競馬場 ID:kl+OPYLTke

ここっていっつもお互いを刺し合ってるよな

飽きないんか?

 

56: ななし競馬場 ID:ZEuKC03HlW

>>55

小学生のプロレスみたいなもんだから

ゆるしてやって

 

57: ななし競馬場 ID:u+FFtfWN4y

園卒以下の刺し合いはともかく

マジで美人やん

誇張抜きのやつやん

 

58: ななし競馬場 ID:VnzcDkq8YX

どんな人生歩んだらこんだけの美人で厩務員志すん

 

59: ななし競馬場 ID:e!g!tgIGmj

落ち着いてくださいよ

人生は顔じゃないんで

 

60: ななし競馬場 ID:fUGQ!7+PpL

少なくとも匿名掲示板に書き込むような時間はない人生のはず

 

61: ななし競馬場 ID:tZvBgWbyge

名前はバーバラ

別の海外競馬ブログ見ると「曾祖母と同じ名前」らしい

本人は「バービィ」と呼ばれたいみたいだぞ

 

62: ななし競馬場 ID:5nqUnc6zkA

>>61

ひいばあちゃんと同じだとこっちで言うところの「お菊」くらいの古さなんか?

 

63: ななし競馬場 ID:vu-nmj9V0k

バーバラがお菊と同等と言われるとちょっと笑うw

 

64: ななし競馬場 ID:ChpcsBQgsg

向こうの名前知らんけど確かにおばあちゃんっぽい名前な気はする

 

65: ななし競馬場 ID:IrpINRbkMc

古いって正気かお前ら

ドンジャラクエスト略してドラクエⅥのヒロインにも使われた名前だぞ

それがお菊と同等なわけあるか

 

66: ななし競馬場 ID:l8iS6JACNQ

あの天真爛漫なバーバラちゃんか

確かにお菊ではないな

 

ところでドラクエⅥ発売いつ?

 

67: ななし競馬場 ID:MuKbcRwgnT

>>66 1995年

 

68: ななし競馬場 ID:7q6VNkhsQP

>>66 1995年12月9日

 

69: ななし競馬場 ID:MSFo-n+y-S

>>67 >>68

えっもうそんな経つか?

 

70: ななし競馬場 ID:NQJvC@-aXY

11年前なら十分古いだろうがよ

 

71: ななし競馬場 ID:2aIpcrYRHo

まあ確かにお菊ではねえなお菊では

せいぜい美智代とかバブルどんぴしゃ世代に多そうな名前だろ

 

72: ななし競馬場 ID:Kn69k8oXxF

祐子以上美智代未満くらいの世代じゃね

 

73: ななし競馬場 ID:z1zYayOYZl

優子じゃなくて祐子なとこが味噌

 

74: ななし競馬場 ID:sDP0@eR-54

これなんのスレだよ

 

75: ななし競馬場 ID:TsQNoYnU@Z

>>74 どうみてもサンジェニュイン来日スレだが

 

76: ななし競馬場 ID:sDP0@eR-54

>>75 氏ねカス

 

77: ななし競馬場 ID:Adky9pXTiE

突然の罵倒に禿げた

 

78: ななし競馬場 ID:whW@3+BHj@

瞬間湯沸かし器以上だろこれ

 

79: ななし競馬場 ID:+Itk5XjT5D

なにがID:sDP0@eR-54の癪に障ったのか

 

80: ななし競馬場 ID:BsCo3YqyKx

まあスレチなのはそう

 

81: ななし競馬場 ID:SGKRRDkHwt

>>53

亀やがURL助かった

それにしても金髪キラキラの美人だな

向こうの人は年嵩に見える~とか言うけど全然少女って感じだし

この細腕であの巨体馬轢いてるのすげえな

 

82: ななし競馬場 ID:WWciaRbpx4

バービィちゃんに日本男児キショとか思われたくないから競馬場では大人しくしててな

 

83: ななし競馬場 ID:xlu6YmbJ!7

まあ轢いてたらすごいとは思う誰でも

 

84: ななし競馬場 ID:YKEN8DOR+8

もはや人間じゃない

 

85: ななし競馬場 ID:nEwh5TFyeE

記者「普段のサンジェニュインを教えてください」

バビたん「大人しく可憐な馬です。堂々とした佇まいは国王のようですが、その足取りは天使のように優しく、いつも私を気遣ってくれます」

 

バビたんも天使だよ

 

86: ななし競馬場 ID:yFsyI@sV@Y

バビたんすげえサンジェニュインのこと好きじゃん

 

87: ななし競馬場 ID:jfeXJeDpve

向こうの人ってなんていうか言い方がちょっと大げさよなww

 

88: ななし競馬場 ID:D28x4ErrZ3

もしかしたら普通の事を言ってるだけなのに日本語に直すとヘンになってるだけの可能性はある

 

89: ななし競馬場 ID:autGmRSWtQ

大人しく可憐※走り終わった後は芝がえぐれてます

足取りは天使のように優しく※走り終わった後は芝が(ry

 

90: ななし競馬場 ID:rk4Vt6oeMm

フランスでは「とんでもなく美しい生きた重戦車」って呼ばれてるからな

 

91: ななし競馬場 ID:k2fALps!G0

バビたんサンジェニュインのためにメンコも縫ってあげる優しさ

天使なのはバビたんの方では?

 

92: ななし競馬場 ID:0T5rDfCex1

厩務員ファンスレみたいになってるじゃねえか

 

93: ななし競馬場 ID:HN6C!8Mzt+

なあ凱旋門賞の写真あさってたらバビたんと竹が挨拶してるとこあったんだけど

バビたん竹とあんまりかわらんから170あるわ

それでいくとサンジェニュイン牽いてるとこ見ると馬の頭がバビたんより上にあるから推定してハーツクライよりデカいな

 

94: ななし競馬場 ID:SxUN1L+Ke2

なあこの気持ち悪さ例える適切な言葉ない?

 

95: ななし競馬場 ID:7PwTupHn5z

えぇ・・・バビたんと竹Jが話してる写真とかどこ漁ったらみつかんだよ

ってかこの短時間によおやるよお前

 

96: ななし競馬場 ID:rq!-7q4Hv5

特定厨~~

 

ずっと言おうと思ってたけど「バビたん」呼び素直にきしょいぞ

 

97: ななし競馬場 ID:kFg0qkRbIY

クッソ遅いけどサンジェニュイン陣営のサポートって本原師なんだな

なんか繋がりあったっけ

 

98: ななし競馬場 ID:iXXY5qJ-dx

匿名掲示板でさらっとこういうの現われるとほんとに怖い >特定

 

99: ななし競馬場 ID:kGTGHVsSfo

>>93 探偵とかやってみたらどう????

 

100: ななし競馬場 ID:nqORVUoJ+G

本原厩舎所属の若手騎手が確か海外遠征に出て預かり先がサンジェニュインのとこだからじゃね

>>97

 

101: ななし競馬場 ID:FtYH2z6qXj

芝木か

デビュー時は騎手新人賞獲ったりで期待のホープだったのになあ

最近重賞でもぼちぼちって感じ

 

102: ななし競馬場 ID:YxJqITjgVJ

なんで干されたの?

 

103: ななし競馬場 ID:u761qZht8A

いや別に干されてはいねえんだけどな

問題なのは身長

竹兄弟もまあギリギリなんであれだけど同じくらいデカいからな芝木

体重管理も苦戦してるみたいだしそのせいか依頼が出しづらい

 

104: ななし競馬場 ID:TSpZ@c65kh

芝木はサンジェニュインの調教にも参加させて貰ったらしいから

名馬の背を体験したことでもっと美味くなって欲しいわ

正確に言うと穴馬で来い

 

105: ななし競馬場 ID:13a-GOexVX

ガンジョウメイバは本当にいいやつだった

何度も芝木と最低人気からの2着入線してくれてありがとな

 

106: ななし競馬場 ID:imBPvV7zRA

軸にはできないけど紐にはできる騎手って感じ

 

107: ななし競馬場 ID:Py6fz12Eyv

>>104

>美味くなって欲しい

これが誤字じゃないのがなww

 

108: ななし競馬場 ID:BIf6z8W0A@

この流れだと現地調教も芝木になる感じ?

 

109: ななし競馬場 ID:RxufAE9XrG

バビたん乗り役も熟すらしいからまあバビたん中心だろうけど

現地の細かい感覚を教えるのにかり出される可能性は十分ある

 

110: ななし競馬場 ID:YzNEDMyA+5

レース1週前から待機させるの気合い入ってるな~

リュックは今週乗ってから来日か

 

111: ななし競馬場 ID:Kv7GPCoG@!

ホームグラウンドとは芝質だいぶ違うしやっぱ現地の騎手が乗った方が調教は上手くいきそう

知らんけど

 

112: ななし競馬場 ID:cBafUoZc6x

今年のジャパンカップは例年以上の盛り上がりになりそうだな

何せ

・三冠馬&国内無敗ディープインパクト

・ドバイSCで史上初めてサンジェニュインを下したハーツクライ

・欧州最強馬サンジェニュイン

ここが揃ってるってからな

 

113: ななし競馬場 ID:8-clFJlq5T

ハーツクライの格上キラーっぷりというか年下の三冠馬キラーっぷりが凄い

もう三冠馬二頭ボコしただけで種牡馬入りの価値十分だろ

 

114: ななし競馬場 ID:qA7We9NLxg

なおレース後

 

115: ななし競馬場 ID:!JEn0Cxyfi

ちんちん出すの早すぎなんだよなあ

北海道に戻ってからにしてほしい

 

116: ななし競馬場 ID:NGxzV+-sN8

>>114 キングジョージもお忘れ無く!

 

117: ななし競馬場 ID:FvG8vzyOim

>>116

レースは完敗したから許してやって

 

118: ななし競馬場 ID:14ebtNIUbT

はい

http://image.pmg

 

119: ななし競馬場 ID:wt8k5TcXYe

何かと思ったらハーツクライにガン付けてるサンジェニュインじゃん

 

120: ななし競馬場 ID:CYfSL!9U41

>>118

目の形完全に三角形じゃね

 

121: ななし競馬場 ID:Qywh8f-vfc

ドバイSC初の敗北が信じられずハーツクライを睨み付けてた疑惑が残ったよなマジで

 

122: ななし競馬場 ID:hYtYA@XY@k

あんな顔ハリケーンランに追いかけ回された時以外で見るの初めてだったわ

 

123: ななし競馬場 ID:6!DRGDajSA

ハリケーンランと会敵した時かドバウィと併走してる時以外では見ないからなこの目つきの悪さ

牡馬嫌いがガチであることを俺たちに教えてくれる

 

124: ななし競馬場 ID:3cfVDU5-Hj

なおドバウィと会敵した時

 

125: ななし競馬場 ID:Wqz5B+us-y

ドバウィと同じレースになった時のサンジェニュイン本当に顔死んでて笑う

 

126: ななし競馬場 ID:5ln3GT8RKF

同馬主でこの顔か。。。?

 

127: ななし競馬場 ID:!utz5RLqv4

よく考えたらゴンゴルドンって同世代に三冠馬サンジェニュインとG1・3勝馬ドバウィ出してくるのすげえな

 

128: ななし競馬場 ID:9z0zEBqgAp

ドバウィなんてあのドバイミレニアムの唯一無二の馬だしなあ

これぞ!と決めてミレニアムとまで付けた馬が急逝したかと思ったら産駒がこの活躍

殿下の目にはナニが見えてるんだろうな

 

129: ななし競馬場 ID:OgEVhkyB32

名付け通りに走るケースも稀

 

130: ななし競馬場 ID:VDGIJLSEfv

サンジェニュインもそのパターンよな

ガチモンの太陽のごとく大地を焦がす勢いで大活躍

 

131: ななし競馬場 ID:QOi1fDX7ax

これでなんでダービー出なかったんだこの馬

 

132: ななし競馬場 ID:oagIZ0CdkK

>>131 すみません出てます

三冠馬です

 

133: ななし競馬場 ID:FpQf1D@xxc

>>131 !?!?

 

134: ななし競馬場 ID:edGaoiWdLE

>ダービー出なかった

マジでどいつと間違えたのか気になるわこれ

 

135: ななし競馬場 ID:Nx5Qqox2yH

英2000ギニー:ドバウィVSサンジェニュイン:Win

英ダービー:ドバウィVSモティヴェイターVSサンジェニュイン:Win

英セントレジャー:スコーピオンVSサンジェニュイン:Win

 

2着に滑り込む名手の顔芸含めて本当に怖い三冠レースだったな

 

136: ななし競馬場 ID:bBWcWk0Lcp

リュック「この馬に誰が乗っても大差はないでしょう。それほどの馬です。ですが、だからこそ、使い慣れた者を背負う方が気楽でしょう」

 

137: ななし競馬場 ID:BRwWQm+PUW

名手と名手がバチバチしまくってたよなあ

 

138: ななし競馬場 ID:jwdb8At7e3

サンジェニュインのリュック何度見ても目が死んでるけど

デビューからずっと背負われてるから馬への理解度は高いよな

 

139: ななし競馬場 ID:V6XRybbkGK

めっちゃドバウィ苦手みたいな流れになってるけど

ドバウィ相手でも陣営的にはかなりマシな対応らしいぞ

何せ併走はできてる

 

140: ななし競馬場 ID:XiKAujzwRQ

>>139 まるで併走すらできない例があるかのようだな

 

141: ななし競馬場 ID:juc9AYQnZ1

誰かハリケーンランの話したか?

 

142: ななし競馬場 ID:mrNkhAdA+a

05凱旋門賞馬ハリケーンラン

同世代欧州がサンジェニュインやドバウィで話題一杯の中、フランス馬の代表格

サンクルー大賞典でサンジェニュインと初対戦になった時はさすがに厳しい戦いかと思ったのにな

サンジェニュインのバケモノ染みた逃げ差しを見せつけられただけだったわ

 

143: ななし競馬場 ID:37ISpfiDyn

まさにサン来るーってか

 

144: ななし競馬場 ID:BO30EpWKS2

>>143 あっ

 

145: ななし競馬場 ID:imKZ6jXg@T

>>143 そういうとこだぞ

 

146: ななし競馬場 ID:0lIB3EAVeM

サンクルーは六歳牝馬プライドのプライドと鞍上リュベールの奇策が光りすぎてたな

誰だよ「サンジェニュイン牝馬で挟めば勝てる」とか考えたのは

 

147: ななし競馬場 ID:kLkn0vSlwr

>>146 リュベールかな・・・

 

148: ななし競馬場 ID:7rDuU7-G!R

呪 わ れ し キ ン グ ジ ョ ー ジ

 

149: ななし競馬場 ID:3@A-hrqU+k

勝ち馬:右後脚負傷

2着馬:以降燃え尽きる

3着馬:1ヶ月後死亡

4着馬:喘鳴

 

なぜなのか

 

150: ななし競馬場 ID:TwYdYZuqdf

右の後ろ脚軽傷だけで済んだサンジェニュイン奇跡すぎるし

その怪物相手に競り合い演じたディープインパクトやっぱりすげえな

 

151: ななし競馬場 ID:Kpt+fq4D-T

ロンシャン大興奮パドック

 

152: ななし競馬場 ID:zgNo+xb-st

>>151 シッ

 

153: ななし競馬場 ID:iAnPRl06rj

ま、まあディープはそもそもパドックではいつも元気だし

 

154: ななし競馬場 ID:PQs+-C7JDg

元気なのは良いことだから

 

155: ななし競馬場 ID:aGwbFc7YJt

声震えてそう

 

156: ななし競馬場 ID:encuHd-pL1

でもこのレベルの馬をシニアも走らせるって海外馬にしては珍しいな

ドバウィなんて親父が死んでるとは言え3歳引退だったのに

 

157: ななし競馬場 ID:bV3uwos+et

ドバウィどころかモティヴェイターも愛チャンピオンS覇者のオラトリオも3歳引退だしな

 

158: ななし競馬場 ID:x3gNVopWs@

向こうは日本ほど長く走らんからな

こっちからしたら古馬も走らせて欲しいってなるけど

クラシックが本番の欧州競馬だと3歳まで走れば十分ってのもあるのかも

 

159: ななし競馬場 ID:Pe9o-ZaLiP

35年ぶりの三冠馬なら三冠獲った時点で引退してもおかしくないが

サンジェニュインは馬産地からアホほどオファーあったって噂だけど、オーナーの意向で1年続行なったらしい

 

160: ななし競馬場 ID:G91f5QoGU+

今年の欧州5冠を見ると続行させてくれてありがとよって感じもある

 

161: ななし競馬場 ID:nsERbgpHSy

古馬になっても安定して走るのは証明できたわけだし

こりゃ種付け料ハネ挙るだろうな~

JCでも走ったら産駒が日本にも来たりするんかな

 

162: ななし競馬場 ID:1nOBWHv3OX

アルカセットは日本で種牡馬入りするから引退レースがジャパンカップになったけど、サンジェニュインはこれどこで種牡馬入りになるんだ?

 

163: ななし競馬場 ID:PgVBeoRLqm

>>162

するとしたらグラハムホールSだろうな

ドバイミレニアムもドバウィもそこだし

 

164: ななし競馬場 ID:cWbBwNDK3r

殿下が手放すとは思えないからグラハムでほぼ一択だと思うわ

あの欧州完全適合の脚見ると産駒が日本に入ってくるのはどうなるか

パワーありすぎて和芝じゃ無理なパターンもある

 

165: ななし競馬場 ID:rMCDlWjbFE

まあSSみたいな種牡馬はごく稀だもんな

 

166: ななし競馬場 ID:4nOe3iqoQB

これ種牡馬入りしたあとも血統的に牝馬集まんの?

いっちゃなんだがド主流ではない

 

167: ななし競馬場 ID:imsLY1@ka@

父:Halling

母:Bolas

母父:Unfuwain

 

ネイティブダンサー派生エタン→シャーペンアップから続く父ホーリングは英G1・5勝

現役時代はインターナショナルS連覇してるからこれはサンジェニュインと親子制覇だな

その父ダイイシスはシャーペンアップ由来の短・マイル馬でG1・2勝馬、その産駒は中距離が主戦場で英愛牝馬三冠を2頭輩出

ホーリング自身も10ハロンをメインとする逃げ馬

 

母ボラスは愛オークス馬で母父アンフワインはイギリスじゃ有名なフィリーサイアー、つまり牝馬の方が走る種牡馬

英・愛のオークス馬だけで数頭いる

アンフワインは半弟に英二冠(2000ギニー、ダービー)のナシュワン(父ブラッシンググルーム)、G1・4勝(英チャンピオンS、ドバイSC等)のネイエフ(父ガルチ)

10から12ハロンでの戦績が分かりやすいほど良いTHE・中長距離の良血統

ボラスの母方、ファミリーラインも11号族のdで米2冠のサンダーガルチを輩出した名牝系

 

クロスはネイティブダンサー5×5、リライアンス4×4、ノーザンダンサー3×5で重さはほとんど無し

今主流のガリレオ牝馬やモンジュー牝馬と組み合わせてもキツくならないから配合相手は十分集まる

 

168: ななし競馬場 ID:66MQ!aRLWr

>>166 ネイティブダンサー系でもちょっと一歩ずれた感じはあるからな

まったくの雑血統ってわけじゃないんだが

 

169: ななし競馬場 ID:sG3QWCgMfj

突然のガチ知識に目が滑ってる

 

170: ななし競馬場 ID:JFR9t8hUh!

>>167 サンクス

 

171: ななし競馬場 ID:hHcRQ-X8ag

突然の有能に動揺が隠せない

 

172: ななし競馬場 ID:aQi6y@Z!oz

>>167 よお調べたな

 

173: ななし競馬場 ID:-O3GZfdmFE

基本優駿読んでるけどあそこでもサンジェニュインの血統そこまで詳しく書いてなかったぞ

 

174: ななし競馬場 ID:eY32e+Lbhh

海外競馬ガチのやつたまにおるよな

去年のアルカセットの時もいた希ガス

 

175: ななし競馬場 ID:CWOgK24EpS

アルカセットはまあこっちで種牡馬入りするし競馬各誌でも情報あったが

サンジェニュインの情報の薄さでここまで調べて情報透過するのなかなかっすよ

いやー称賛

 

176: ななし競馬場 ID:SJCYOksT-M

>167

感激だアーッ

 

177: ななし競馬場 ID:W4rvssx55l

喘ぐなよ

 

178: ななし競馬場 ID:6WJqenrkkh

>>176 アンカーもミスって喘ぐとか常識ないんか

 

179: ななし競馬場 ID:!vjUi!dYXh

真夏の夜すぎるだろ

 

180: ななし競馬場 ID:YvKOIvO6jG

何故競馬板にまで広がっているのか

 

181: ななし競馬場 ID:H25bhcVjbN

サンジェニュイン牡馬モテ疑惑により増えたこのガキたちどうしたらいいんだ

 

182: ななし競馬場 ID:K8IEoeAdeA

せっかくの海外競馬兄貴が逃げちゃうだろ!!!!

 

183: ななし競馬場 ID:MuHbfxuVpE

>>167 これガリレオ牝馬と配合してもせいぜいノーザンダンサーが4*4になるくらいなんか

 

184: ななし競馬場 ID:N7y0goEEqy

親父も逃げ馬でガチガチの中距離洋芝血統なのが分かるとこの強さも納得なんだよな

っていうか「雑血統じゃない」どころか十分過ぎるほど良血では?

 

185: ななし競馬場 ID:ib7LkFAOe6

>>184

これはほんとそう

 

186: ななし競馬場 ID:kekF6yJE-T

ガリレオ牝馬もモンジュー牝馬も、まあ牝系によるよな

牝系によってはマジでこれ以上重くなることなく選び放題の種牡馬生活になる

 

187: ななし競馬場 ID:mtd+tqdJr6

日本輸入してこのサンデー旋風をどうにかしてくれ

 

188: ななし競馬場 ID:imsLY1@ka@

>>183

牝系的にこれ以上重なるものがなければそう

本馬の牝系も3代母が重賞馬で母母の半姉の産駒からはG1馬が2頭出てるから

号族で括るなら前出のサンダーガルチや、

サンジェニュインと同じくF11-dで4代母Feluccaを共有し父も同じくホーリングのノースダンサーがG3を2勝して一足先に種牡馬入りが決まってる

おそらく高値になるサンジェニュインのクッションも兼ねてると思うが、募集は既に済んでるらしいのでサンジェニュインはさらにハネ上がると思う

 

189: ななし競馬場 ID:cKI2G@W-YV

いわゆる「両親どっちも重賞馬の良血」ではないけど

血統表はキチッと真面目な感じ

だとしても白毛を走らせる勇気は素直にすげえわ

 

190: ななし競馬場 ID:xcCpk6DIkX

突然変異の白毛で魚目の良血馬を引き当てる殿下の運がとんでもないことになるな

 

こりゃマジで神の愛かもしれん

 

191: ななし競馬場 ID:gR!de6Jc5Y

これで日本にも産駒が入って走ったらいい感じのサンデー薄め液になりそう

 

192: ななし競馬場 ID:lcS-hh44vY

言うても国内じゃクロフネ・キンカメあたりが薄め液としてすでに仕事始めてるっしょ

 

193: ななし競馬場 ID:PnaDRDxrtu

>>192 まだ走ってないんだよなあ

 

194: ななし競馬場 ID:UTCeZfE1RG

SS種牡馬だらけの今を思えば異種血統はいくらいても困らんからな

SS流行る前も種牡馬群雄割拠の時代で切磋琢磨してたわけだし

 

195: ななし競馬場 ID:QGB1ZI2MDU

うおおおおディープ牝馬×サンジェニュイン!!!!

 

196: ななし競馬場 ID:6pnApA+g5B

【速報】サンジェニュインのリュック、騎乗停止

 

197: ななし競馬場 ID:jNcd@25H3b

えっ

 

198: ななし競馬場 ID:qYEexX9ydr

>>196 オイオイオイ

 

199: ななし競馬場 ID:7FvTrm-!D@

>>196 カスじゃん

 

200: ななし競馬場 ID:l@9FkFRB3c

>>196 ダウト

JC前にそんなアホな話ない

 

201: ななし競馬場 ID:MltfjlTNPf

リュック騎乗停止ってナニやったよ

 

202: ななし競馬場 ID:J6VUFKeDoL

どうやらアホな話じゃ無いなコレ

http://natkeiba.com/news/id=1818104

 

203: ななし競馬場 ID:cO7y@e91cG

ガチ目の進路妨害で即刻アウト判定か

 

204: ななし競馬場 ID:ywUs6a@HSv

えぇ・・・

逸走からの体当たりは擁護が・・・

 

205: ななし競馬場 ID:uvcQ+XWr8X

これ現地時間の話なら日本ギリセーフにならん?

 

206: ななし競馬場 ID:3Lv3CKzL5m

知らん

鞭使用オーバーくらいならいけたかもしれんけど今回はどうだろ

 

207: ななし競馬場 ID:-NU9@VRxKO

凱旋門賞馬のJC参戦だし日本では時間的にOK!って感じになりそうな気もするが

 

208: ななし競馬場 ID:obnn9H5bbg

>>202

記事的には陣営も「日本時間的に解除」を狙ってるっぽいな

リュックは予定通り来日するために明日にも飛行機乗ってくるらしい

 

209: ななし競馬場 ID:Pm9cmjNGI9

、、、これ万一日本でもアウト!ってなったらサンジェニュインどうなんの?

 

210: ななし競馬場 ID:UDhmCrKaUR

失格じゃね

 

211: ななし競馬場 ID:FXnc5BCXj5

>>209 普通に乗り代わりだろ

 

212: ななし競馬場 ID:i6FbhDFn6d

サンがやらかしたわけでもないから失格にはならん

一般競争と同じように別の騎手が乗るだけ

 

ところでここに和久田という男がいるのですが

どうですか

覇王のリュックしてたので背負い心地はいいと思うんですけど

 

213: ななし競馬場 ID:0H+36-TW2a

ウィジャボードからこのもう一人の名手奪うしかない

親父にも乗ってたし丁度いい

 

214: ななし競馬場 ID:-rrZQ0!UT6

>>213 最低か????

 

215: ななし競馬場 ID:V3-AQWFHfj

ウィジャボードとフリードニアは明後日着くんだっけ

 

216: ななし競馬場 ID:Jh0w3TkA0@

ノリさん乗っけて貰おうと思ったらスウィフトカレント予定か

 

217: ななし競馬場 ID:ESGibmYJ13

デルーカに短期取って貰えないのか??使い切った????

 

218: ななし競馬場 ID:2hRn-sRo8I

こりゃ芝木来るかもな

 

219: ななし競馬場 ID:5ewP1zd+MU

や~~

芝木はないっしょ

JCで乗せる騎手ではない

 

220: ななし競馬場 ID:j5wioeM7Vj

ウィジャボードからは獲れんな、馬主同士の関係もあるし

かといってフリードニアのジィレもあかん

 

221: ななし競馬場 ID:GkDKci0YDn

出番だぞ川添!!

スイープトウショウを扱くその腕をサンジェニュインに活かせ!!

 

222: ななし競馬場 ID:T50udMbKpi

扱けてるか・・・?

 

223: ななし競馬場 ID:xU2@eF!uTZ

相談役が重い腰を上げたと聞いて

 

224: ななし競馬場 ID:escZkZ+4LU

カツかエビかどっちか空いてないのか

 

225: ななし競馬場 ID:aG7vsyjcYO

リュックは誰が乗っても同じとか言ってたけど

やっぱ背負い慣れたやつの方がいいとも言ってたし

スレ民の反応は微妙だけどこれガチで芝木あると思った方がいいわ

 

226: ななし競馬場 ID:B8fbYPEND7

そら乗るだけでいいなら芝木でもいいかもしれんけど

アイツ府中の戦績そこまでじゃん

 

227: ななし競馬場 ID:NKz+bmsSCw

まあいつものリュックが乗れると期待して待とうや

 

228: ななし競馬場 ID:87MPLk9FFZ

おうnatkeibaコラムに載ってるサンジェニュインほんわか日記でも読んでろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

666: ななし競馬場 ID:xHQbWLUnv@

【速報】鞍 上 芝 木 真 白 確 定

 

667: ななし競馬場 ID:S2Xjxyhtjc

えっ

 

 







このあとジャパンカップでディープさんに負け、治安悪い目付きでこちらを睨みつけてくる白毛の顔が全国にお出しされることになるし、ダー○ージャパンで種牡馬入りすることになる。

続きはウェブで!


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【掲示板】アニメ感想スレ

サンジェが亡くなった2026年以降に放送された設定 で5世代中心のアニメ「ウマ娘 Pride of Meteor」の感想スレです。
普通に長い(確信)

匿名掲示板の雰囲気を出すためにきつい口調やアニメの描写に否定的なレス等もありますが、作者の思想とは関係ないです。
またCPに対する話題やCP表記もありますが、あくまでこの世界線のファンの目線を表現したモノです。


 

【感想専用】アニメ・ウマ娘総合スレ Part.17

 

1: ななしの競馬スキー ID:+t8DbWKb9i

このスレはメディアミックス作品「ウマ娘」のファン専用感想スレです。

 

現在放送中「ウマ娘 プライド・オブ・メテオ」通称・PoMの感想が中心。

 

対象は

・公式ウェブサイト、公式アプリの無料更新分(シングレ、ブロッサム、うまよん等)

・公式コミックス(発売日以降)

・公式アニメ

・公式ゲーム(ソシャゲ、箱どっちも可)

のみで、有料更新分は当スレではネタバレ扱いで厳禁

 

※まとめサイト等への転載行為は禁止

※荒らし行為が複数回起きた場合は次スレからIP規制を行います

 

考察やキャラ別のファンスレ、カプスレ等は以下スレ参照

【ウマ娘】PoM感想・考察スレ part.12

【ファン限】あらゆる場所で頂点に立つンジェ!29

【sage進行】プーイプイプイプイ!!32プイ

【CP注意】プインジェ Part.40【持出厳禁】

【※CP】太陽と雷鳴とかいう 第16スレ【ウマ娘】

 

 

 

 

374: ななしの競馬スキー ID:9Y0S5@Gyr9

公式「05年全員主人公!!!!」

 

1話:サンジェスタート

2話:プイベース

3話:サンプイデビューバチバチ

4話:シーザリオォォオオオ!!!!

5話:カネ砂デビュー/弥生賞前

6話:そ の 心 臓 は 誰 の た め に あ っ た の か

 

そして今夜7話

 

375: ななしの競馬スキー ID:wf6!vJWWBh

5話前半まではスポコンだったのにどうして

 

376: ななしの競馬スキー ID:dfnvlfViQC

やっぱりシャイゲームスなんやなって

 

377: ななしの競馬スキー ID:SJjGU2lc7e

シャイゲームスが史上初の白毛凱旋門賞馬をふにゃふにゃのポンコツにした時はどうなるかと思ったが

3話で「やっぱりカッコ良いじゃないか!(歓喜)」ってなったよね

最初2話でサンとディープの性格の差で合わないのを描写しつつ3話で終生のライバルだと決定づけてくとこ・・・

 

378: ななしの競馬スキー ID:TYHlusa72+

1&2話:音なるぴよぴよサンダルはかされてそうな美幼女

3話:「オレを応援してよかったってきっと言わせるから」イケメン

4話:ざりおがんばえ〜美幼女

5話:かにぇひきいく〜ん!しゅご〜い!美幼女

 

6話:前半「おそらきれー」/後半「なんか芝が近い」

 

落差

 

379: ななしの競馬スキー ID:5p0BLs-2Tm

プイやヴァーとガキみてえな口喧嘩したり、かと思えば真剣勝負したり

日常ではカネヒキリにおんぶにだっこ、クラフトとおやつ食べてザリオと劇鑑賞

原作は今でも神聖視されるほどの偉大な凱旋門賞馬なのにこれはほんまに草

 

380: ななしの競馬スキー ID:aszMQerCf4

運営「流石にコミカルに描写しすぎたか。なんかテコ入れを……せや!!!!」

 

弥 生 賞

 

381: ななしの競馬スキー ID:i1Ly!YrT0y

誰も何も言わんけど

サンジェが倒れる寸前に振り返ったディープが目を見開いて手を伸ばしてるとこ

あまりにもあんまりな顔してて泣ける

 

382: ななしの競馬スキー ID:9BIIfHNIUW

>>381

誰もあえて言わなかったのに・・・

 

383: ななしの競馬スキー ID:796Ap55EpQ

>>381

あのシーンさ

作画ミスじゃなければディープの口の動き

「サンジェニュイン」って呼んでるよな

 

384: ななしの競馬スキー ID:A5TELqBDIn

暗転した瞬間に響いた「サンジェ」って絶叫、声優のアドリブなんだってな

ひび割れたガチモンの叫びって感じで俺の喉も引き攣った

 

385: ななしの競馬スキー ID:yRb+6MLfCz

サンが倒れるとこ歓声が消えて全部スローモーションになってるの本当にやめて欲しかった

ゆっくり倒れてくサンが映るたびに「ドクン」って心臓の音だけが入ってきて、暗転ドシャッからの悲鳴

Cパートで医務室?でベッドに寝かされてるサンジェの上半身が映って、芝里が目を閉じて心臓の音を聞いてるのがマジで……

 

386: ななしの競馬スキー ID:Z3+FUZQFnn

>>383

あれ多分タッケの原作再現なんだよなあ・・・

 

>>385

次回のサブタイが出る一瞬前で芝里が目をカッと開けるとこ怖くなかった????

絶対なんか変なスイッチ入ってる

 

387: ななしの競馬スキー ID:3w3erY@ecJ

6話かけてまだG1もやってねえとは…

 

388: ななしの競馬スキー ID:axYhRayHU1

馬だと芝木がサンジェの鞍上おろされてノブオミスァンが乗るけどここらへんどうなんだろ

まあ実際には乗り替わりしてたテイオーもマックもトレーナーが変わったわけじゃないから芝里クビにはならんと思うが

そもそもメインのトレーナーは日野Tだしな

 

389: ななしの競馬スキー ID:5HaOZ7BGCK

右耳サンジェの心臓に押し当てながら目ん玉かっぴらいた芝里

確かに何かがキマってた

 

390: ななしの競馬スキー ID:D2fCQoZ5Yh

芝サン界隈は全ての描写に一喜一憂しつつ原作ネタを知って苦しんでたよ

 

391: ななしの競馬スキー ID:4v3BeB9Q6H

実際の弥生賞では首から逝きそうになってたサンを芝木が手綱引いてセーフにしてたが

ウマ娘では多分ディープが振り返って名前呼んだことで頭を上げてセーフになってる

無音でディープが名前呼ぶカットのとこでサンが倒れながらも顔が上向きになってたからな

 

392: ななしの競馬スキー ID:M!4I23-SiM

(復活するとはわかっててもやっぱ)つれぇわ・・・

 

393: ななしの競馬スキー ID:JYy3lSG72H

あすなろ賞で芝里とがんばるぞ〜って手をギュッギュッしてたサンジェが。。

 

394: ななしの競馬スキー ID:-F9RCXXNC2

これ内側が空いてたのにサンが内に入らなかったのってなんかあるん?

散々「日常ではポンだがレースではしっかりしてる」みたいな匂わせ入ってたのに違和感

 

395: ななしの競馬スキー ID:fg-94QOyaP

ゲート横の馬が立ち上がって不利受けたのをどう描写すんのかな、ギャグ調でいくんかな、と思ってたが

「隣の娘にガン見されてるのが気になって『会ったことあるっけ?』とサンジェが悩んでる内にゲート開いた」

に変わったのはう〜ん

 

そこ変える必要あるか?と

 

396: ななしの競馬スキー ID:x6bZ6CJ03f

競い合ってきたディープの渾身の呼びかけが結果的にサンを救うことになってるのがエモ……

 

397: ななしの競馬スキー ID:TnohGxIB04

出遅れた瞬間に芝里が「終わったかも」て唇ギュッとしたのが最後のギャグシーンだった

よく見るとディープも「エッ」て顔してた

 

398: ななしの競馬スキー ID:dq7K3FygK!

初めての重賞で鼻息荒い()サンジェかわいい

直前まで芝里と手繋いでるのいいよな

 

399: ななしの競馬スキー ID:MJg3D7jPhx

未勝利レコードとあすなろ賞での冷静っぷりをダイジェストされたのが残念だけど

レコード勝ちの時に正面からじゃなくて体操服の後ろ姿で見せてきたのはすこ

ここじゃ終わらないんだぜって感じがしてよかった

 

400: ななしの競馬スキー ID:Mt6rDOg4SR

サンプイが同じチームでこれ馬では栗東で滅多に鉢合わせしなかったってとこはスルーするんか、と思ってたが

メインのトレーナーが同じってだけでそれ以外は相性最悪だから、サンにサブトレつけて分けて育成するぞ!にしたのは上手いなって思った

日野Tの印象がサンの方が気性マシ判定なのはちょっとワロタ

プイの方が手がかかる認識なんかい

 

401: ななしの競馬スキー ID:qirNUWDPKS

ディープは操縦性がいいって話がイコール「優等生」ってなってるが

パドックで尻っ跳ねするしゲートでもピリピリ

なんなら出遅れ癖もあったりするんでね

気性難らしい「人間嫌い」「馬嫌い」「吠える」「暴れる」「噛む」ってのがないだけで

結構性格に癖はあったっぽい

 

それと比較すると「牡馬嫌い」以外の目立った気難しさがない分サンジェがマシ判定になったと思われる

 

ちな比較して「マシ」ってだけでサンジェもレース中言うこと聞かなかったり普通にめちゃくちゃ癖は強いぞ!!!!

 

402: ななしの競馬スキー ID:ykRuT-Fyxo

>>394

いくつか理由があるけど

1. サンがコーナリング苦手だから

2. 内に入ったら馬群に入ることになるから(サンは馬群苦手)

3. 外から行ってスタミナロスしても十分取り戻せる勝算があったから

 

内に入って囲まれた結果抜け出せなくなるのと

外から行ってハナに立ってから根性で残すのと

天秤にかけて後者を選択してるのでこれはむしろサンの「レース分かってる賢さ」の強調かと

 

403: ななしの競馬スキー ID:YDgtkR0wy7

馬からウマ娘にする過程である程度の改変は仕方ねーなと思うけどな

良改変で言うと、6話だけで言うならプイがサンを無音で呼ぶシーンとか

5話だとメイクデビュー終えたカネヒキリをベッド寝っ転がりながら「おかえり」ってサンが待ってたシーンとかも好き

 

404: ななしの競馬スキー ID:DaTmszlI8V

立ち上がったシーンが結果的にサンジェの自業自得になったのはやっぱ納得いかないというか

外的要因で出遅れてあれがなければって馬の時から言われてるシーンで

皐月賞後に競走馬研究所に行くことになったきっかけのひとつだったのにこれじゃ意味が変わる

 

まあニシノドコマデモってセイウンスカイやニシノデイジーの権利持ってるオーナーさんの馬だし

原作再現のためとはいえ所有馬がサンに見惚れて立ち上がりました、って描写にするのは外聞が良くないってなったのかもしれんが

 

405: ななしの競馬スキー ID:Mtpz0eXYtJ

そもそもニシノドコマデモが立ち上がった要因がサンジェに見惚れて、ってのがネット発祥の根拠ない流説なんだが

弥生賞のはサンジェ陣営も「サンの集中が切れて」ってインタビュー答えてるわけだし

そこまで気にする場面か?

 

406: ななしの競馬スキー ID:8oYI+w98Na

競走馬研究所行くことになったのは普通に皐月賞の馬っけ事件のせいで弥生賞は影響しとらんやろ

 

407: ななしの競馬スキー ID:q335aqV5qe

・弥生賞でニシノドコマデモが立ち上がった原因

・皐月賞後に競走馬研究所に行くことになった原因

 

どっちも公式発表はなくて全部ネットの噂でしかないのに

各種SNSで定期的に流れたり擬人化界隈がネタにしたりでまるで公式のように扱われがちツートップよな

 

408: ななしの競馬スキー ID:Y8@Fr1nlhN

サンジェ陣営がサンジェの顔の良さをよくネタにしてた&競走馬研究所の公式見解が「サンの顔が良くて周りが勝手にんほる」が混ざった結果な気もするわww

 

409: ななしの競馬スキー ID:Vw5PPVoEhW

そんなニシノドコマデモもダービーでめちゃくちゃ捲って掲示板入りする根性見せてくれるので

 

410: ななしの競馬スキー ID:xnOnpUZhxm

前もオーナーの話で荒れたからどこのオーナーが、と名指しでは言わんけども(あたりまえ体操)

 

普通自分や自分の家族の愛馬が擬人化されて色々言われるのって神経使うのよ

馬がやらかして他馬にも影響出した事例なんて自分からネタにするならともかく外野に言われたら腹立つだろうし

せっかく許可出してくれたウマ娘で当時の嫌な記憶思い出したくもないよ普通は

好意を持ってウマ娘化の許可くれたのにこれきっかけでやらなきゃよかったって思われたら嫌だろ

 

411: ななしの競馬スキー ID:3qlJ7FAebb

当時の競馬知らんけど

ちょっと調べるだけでも同時期の競馬スレとかでかなり言われてたんだなあ

まあダービー当日、東京競馬場の待機馬房から2頭連れ添って出てくるところを激写されてる

だから別に仲が悪いわけでもない模様

 

なおその後ろからものすごい勢いで割って入ってくるディープの姿も確認されてる

 

412: ななしの競馬スキー ID:HdUI9Aad@1

ウマ娘に出す許可くれてる全オーナーに感謝感謝だから・・・

 

413: ななしの競馬スキー ID:FnguywhC60

>>411

さすプイ俺たちの期待を裏切らない

 

だいたいサンジェが顔良すぎるのが問題であって(火種)

 

414: ななしの競馬スキー ID:LHXl0FDtiB

テキも厩務員も騎手もクラブもなんならライバル陣営も言う

「サンジェニュインは美しいので」

 

415: ななしの競馬スキー ID:eae5E@BaGC

よく考えたら隣にめちゃくちゃな美形がいたら普通に集中力途切れますよね

 

416: ななしの競馬スキー ID:tPA8cUdTEf

めちゃくちゃニシノドコマデモ擁護の流れで芝

 

まあでも確かにそう(そう)

 

417: ななしの競馬スキー ID:KGwC1SxYeE

>>416

原作のサンジェ陣営も似たような形で実際に擁護してたんで・・・

 

418: ななしの競馬スキー ID:GzkNXkFiqV

顔が美しすぎるから、とかいうギャグみたいな理由にすることで貶しめられる相手馬を無くすんやで

 

419: ななしの競馬スキー ID:65Pqn43aNx

一方その頃本馬はめちゃくちゃ牡馬嫌いになっていた

 

420: ななしの競馬スキー ID:Z51Zxz4mQ7

しゃーない

 

421: ななしの競馬スキー ID:X61UjqhFu8

>>419

ちんちんフルフルで追いかけ回されたら誰だってそうなるわ

 

422: ななしの競馬スキー ID:usoIynGDEq

原作のサンジェはウンス以来の菊花賞逃げ勝ち馬でフラウンス界隈からも認識されてるしな

アプリ版でもサンジェの菊花賞をウンスが観戦してるってサラッと描かれてる

 

423: ななしの競馬スキー ID:jybmu+1uqh

これ以上オーナーの話題とか入れるとスレチだし何より必要以上に荒れるので流れぶった斬るで

 

5話から6話の悲劇は匂わせいっぱいだったけど

6話前半のサンジェがすっごいコミカルで

出走前からディープに絡まれてヒンヒン言ってるとこが拍手するほど可愛かった

表情めちゃくちゃ動く動く

 

424: ななしの競馬スキー ID:ha4fcpxSIG

「勝つのは??この??オレ??なんだが????」

ってディープと睨み合ってて草

 

425: ななしの競馬スキー ID:PYEyhK0rPN

初重賞でピチピチの勝負服着るのに手間取ってるとこほんとすこ

 

426: ななしの競馬スキー ID:RorjzsCf+1

>>425

自分でオーダーしたのにピッチピチの勝負服にガチギレてるの草なんだ

日野トレからも「オメーが選んだんだろうがよ」って言われて頭叩かれてるwww

 

427: ななしの競馬スキー ID:m-7GSz6IHV

「オーダーするときに『空気抵抗なるべく減らした実践的なやつで』って書いて送ったらこうなったんだよォ!!」

 

それでバニーガールみたいなことになってるのおもろい

 

428: ななしの競馬スキー ID:mGLzLKKs05

腰回りに最後の抵抗みたいに短いフリルがスカートみたいに巻き付いてるんだよな

フリル0がいいって言うけど「オレのために作ってくれた服だから千切ったりなんかしねえよ」って言ったのは本当の本当に可愛いです

 

429: ななしの競馬スキー ID:jFITG+paob

あの勝負服あまりにも肉体美

 

430: ななしの競馬スキー ID:a@ZffvN6r7

パドックに出た瞬間周りのウマ娘がスタンディングオベーションで拍手してるのなんだったんやwww

 

431: ななしの競馬スキー ID:pT@DarLfko

馬界において「美しい」ことが科学的に証明された馬をウマ娘にするとこういう扱いになるんやなって・・・w

 

432: ななしの競馬スキー ID:dA2!96OXwP

ヒンヒン泣くサンジェに「やっぱりお前が一番かっけえよ」って言った芝里はどうしたんだこれ

彼氏か????

 

433: ななしの競馬スキー ID:Aft98w7qGs

>>432

だいぶいつもの芝木真白

 

434: ななしの競馬スキー ID:KIWTLlque+

アプリ版のトレーナーは本原調教師、目黒厩務員、芝木騎手をミックスして程よくオリジナリティ入れててある程度自分を投影できるけど

アニメに登場する芝里サブトレーナーはもうほぼ芝木真白

トレーナー試験は主席合格で堂々とトレセン学園に来たが、コネクションが薄くてウマ娘が集まらず、師匠でもある日野Tのチームでサブトレから経験積むことになった

 

経歴まで入れてかなり芝木真白(ガチ)

 

435: ななしの競馬スキー ID:zUlQvsyltB

「何を迷うことがある?オレと頂点を見に行こう、芝里くん!」

 

こんなの言ってきたウマ娘が、同期1の有力株にハナ差迫る激走を見せ、未勝利戦ではレコード叩き出してくるんだから脳みそも焦げるわな

 

436: ななしの競馬スキー ID:-qYwok3+S!

で今回ターフに沈んだわけですよ

 

437: ななしの競馬スキー ID:5z-NHfslNS

>>436

やめ・・やめて・・・・

 

438: ななしの競馬スキー ID:JrOVH-vz!c

>>436

人の心とかないんか?

 

439: ななしの競馬スキー ID:WqkSZLyoYU

5話分、と言う名の数ヶ月で育んだ絆を経た上で、6話Cパートに想いを馳せてる

 

440: ななしの競馬スキー ID:c8fbXGpjEG

>>385 >>386 >>388

も言ってるけど

Cパートの芝里の作画がウマ娘プリティーダービーな雰囲気じゃねえのよ

ヨルムンガンドだよ

 

441: ななしの競馬スキー ID:Ie5lJrA7FZ

みんな暗転した後とかCパートの話ばっかだが

個人的にはサンジェが芝里の願い(最内に入る先行策)も虚しく大外から駆け上がってくところから心臓バクバクだった

ニヨニヨでの配信版でコメントに流れてたけど

サンジェが「外に出る」と決めて勢いよく息を吸い込んだシーンから徐々に音が減ってくんだよ

あれだけ鳴ってたBGMも歓声も1個ずつ削られていって

実況者が「これはどうしたことでしょう!」と叫んだ後からスローモーションに切り替わる

音がサンジェの心臓音のみになったところから「あれ?この心臓音俺のじゃね?」と同調するほどのめり込んだ

 

442: ななしの競馬スキー ID:LWcwfn8zQr

ズシャ、が悪いよ、ズシャ、が

真っ暗になった画面にサンジェが勢いよく倒れ込んだだろうクソ重い音と芝里の悲鳴だもん深夜に見てすげえ怖かった

 

443: ななしの競馬スキー ID:ppUgFd@Ijt

ウマ娘の怪我シーンのリアリティは異常

テイマクのトラウマ蘇った

 

444: ななしの競馬スキー ID:2luEMkoscs

サンジェ死なないとは分かっててもこんなに不安になるの流石のシャイゲームスクオリティだよ

 

445: ななしの競馬スキー ID:MNCZwcRk75

7話のサブタイ「皐月雨」なの次皐月賞ってことだよな?

結構展開サクサクなのな

 

446: ななしの競馬スキー ID:WrHtynHXiW

馬ンジェはケロッと復活したらしいのでサンジェもケロッと復活して皐月賞直行なんだろうな

もしかしたら芝里のメンタルだけ崩壊したままで進むのかもしれん

神戸新聞杯までボロカスメンタルでサンジェのそばにいる芝里を思うと涙出てきますよ

 

447: ななしの競馬スキー ID:gLJS1H@N1b

6話になってもまだ弥生賞って考えるとどっちかっていうと遅い展開じゃない?

巻きが入ってる希ガス

 

448: ななしの競馬スキー ID:V8eTb8D2OR

>>447

2クール構成だから早いと思った

毎話レースやることになったら1クールだけで引退までいっちゃいそうだし

7話で皐月賞の前振り、8話で皐月賞、9&10話で競走馬研究所モチーフの話、11話でダービーの前振り、12話でダービー本戦やって使い切った後

13話から秋シーズンに入ってく流れがいちばんありそうじゃね??

 

449: ななしの競馬スキー ID:MZ97moTuaz

05世代で牡馬モチーフメインでやるなら凱旋門賞は欠かせないっしょ

そうすると>>448のスケジュールだと収まらなさそう

スペもテイマクもキタサトも全レースやったわけじゃないしダイジェスト入ってたし

サンプイもところどころカットしながらになりそう

現実的なところだろサンプイが揃ってるレースだけの可能性もあるよ

 

450: ななしの競馬スキー ID:nqpVH29y1-

クラシック、同年の有馬記念(ハーツ登場は絶対外せん)

ディープの天春は流石に見たい(私的)

サンジェのガネー賞も見たい(私的)

凱旋門賞と有馬記念(ラストラン)

 

でも個人的な願望ももっと入れると原作では出走できなかったJCにサンジェが出るとこ見てえ〜〜〜

 

 

451: ななしの競馬スキー ID:372Xf2lT5+

原作のIFできるのがウマ娘のいいとこだからな

エルのダービーみたいに

 

452: ななしの競馬スキー ID:N9Q50b27Iz

日常編とかオリジナルとかも普通に欲しい

原作なぞるだけならそれこそ原作で十分だし

 

453: ななしの競馬スキー ID:4yEAHTS9lq

05世代牡馬といえば三冠戦は欠かせないから流石にダービーも菊花賞もやるとは思う

サンジェが二段逃げするダービー

ディープが掛かってなお上がり最速で来た菊花賞

見どころがありすぎてカットするのはちょっと無理だと思う

 

454: ななしの競馬スキー ID:tySV3LLLjc

05世代全員主役っていうからにはティアラもやって欲しいんだけどな

そうすると2クールじゃ足りない?

通年でやるべき(確信)

 

455: ななしの競馬スキー ID:WPnULeLgFT

PoMがこれまでのアニメウマ娘と違う最たる点が「サブトレ大活用」だと思われるが

スピカやリギルが基本一人のトレーナーによって指揮されていた中で

メインのトレーナー持ちつつ複数のサブトレがいるって設定のおかげで「同じチームだけど別チームみたいなライバル関係」を表現できてるんだよな

 

456: ななしの競馬スキー ID:Av0O8krJV-

>>455

考察スレでも書かれてたけど

 

メテオ→サンデーサイレンスの血統からなる繋がりの表現

サブトレ→ウマ娘個々の活躍を表現

 

って感じで

令和の今はドゥラメンテ、キタサンブラックを含めた内国産に+外国輸入種牡馬でドンパチやってるが

‘05年は牡牝三冠どっちを見てもSSの血統で尽くされてたからこそ「チーム・メテオという一つのチームの中でライバル関係が完結する」って形になってる気はする

 

457: ななしの競馬スキー ID:cgrLI0ua7v

スピカもだいぶSSの血統ではあるけど黄金世代はまだ他種牡馬も隆盛で外国産馬も強かったし

生え抜きのスピカVSエリートのリギルって構図も持って行きやすかったもんな

 

PoMは父SS持ちの内部抗争、みたいなニュアンスがあんのか

 

458: ななしの競馬スキー ID:sviJDqvTMh

見飽きたはずの父サンデーサイレンス同士の競走をめちゃくちゃ盛り上げたディープとサンがほぼメインの今期がそうなるのはちょっとしゃーない

 

459: ななしの競馬スキー ID:v0u-L8UBu3

サブトレタッケも出てくるかと思ったら

過去に解説役タッケが出たことで日野Tが結果的にそのポジやることになんのな

 

460: ななしの競馬スキー ID:JZcPsnDL!E

>>459

日野T担当(いずれも原作で竹騎手が騎乗)

・ディープインパクト

・カネヒキリ

・ヴァーミリアン

 

服部サブT担当(原作で福富騎手が騎乗)

・シーザリオ

・ラインクラフト

 

芝里サブT担当(原作で芝木騎手が騎乗)

・サンジェニュイン

 

こういう流れだからな

しかも海外トレセン学園のトレーナーが短期ライセンスでサブトレ受け持つって制度もPoMから登場したことで、おそらく今後どっかの場面でカネヒキリやヴァーミリアンにリュベール騎手モチーフのサブトレがつく予感がする

 

461: ななしの競馬スキー ID:ftLXUdEB5+

あー・・・

 

上の方で芝里がクビになることはないってレスあったけど

メテオ内のサブトレ制度とかを見るとワンチャンで解雇あり得るんじゃね・・・?

 

462: ななしの競馬スキー ID:-fubz6HGvP

ぶっちゃけある

 

463: ななしの競馬スキー ID:UNQ8p0B@Ej

これまでのウマ娘でチーム移動はあってもトレーナー転がしはないって意見で安心してる人多いからな

とはいえ設定なんて常に更新されるもの

1期、2期よりも時代が進んだ馬をモチーフにしてる今期で新設定が追加されてもおかしくはないから…

 

464: ななしの競馬スキー ID:nuvE!hcCf2

歴代ウマ娘アニメで今季がいちばんトレウマ人気高いって聞いてちょっと笑った

こんだけサブトレがいるとまあ納得

 

465: ななしの競馬スキー ID:qQTaMWcjCF

カプの話題はスレチだから今回きりにするが

ウマウマだとプインジェ、サンカネ(カネサン?カプ名わからん)がツートップ感ある

それ以外だとヴァープイがダブルピースで迫ってきてるな

 

サンとカネヒキリといい幼馴染強い(確信)

 

466: ななしの競馬スキー ID:8+F@Z3ZM9V

スレチならそもそも投稿しないでもろて

 

467: ななしの競馬スキー ID:0hyTwUD1D1

青春スポ根要素を持ちつつウマ娘間、トレーナーとウマ娘間での関係性がしっかりしてていろんな想像したくなるんだよな

かくいう俺も芝サン派

日サンもいいなと思ったが日野トレがサンデー疑惑出てからは父✖️娘やんけとなってちょっと・・・

 

468: ななしの競馬スキー ID:AsMP6bDGMA

日野Tの個人的な推しウマ娘が「内緒」になってて考察サイトでマックちゃんじゃね?言われてて草

 

469: ななしの競馬スキー ID:DaUlNlsWVv

芝里の一切躊躇わない「推しウマ娘?サンジェだが?」

 

470: ななしの競馬スキー ID:ZQejonKhMu

友情出演カッフェの日野T見た時「なぜか既視感…」ってセリフどう考えてもSS匂わせやで

 

471: ななしの競馬スキー ID:SzflJUlF5A

今期ってシーズン繋がってるんだっけ?

たとえばテイマクでseason2、キタサトでseason3表記だったけど

今期はPride of Meteor(PoM)でRTTT的な感じだし独立してるのかと思った

 

472: ななしの競馬スキー ID:UCNVknjjkP

>>471

公式サイトには前作として歴代シリーズ載ってたから多分繋がってるぞ

 

473: ななしの競馬スキー ID:Tw@CmvtRDj

結構原作重視のPoM見ると>>461 が言ってる通り芝里OUTは真面目にありそう

ただスケジュール的にわりかし早めに復帰してくれそうでもある

 

474: ななしの競馬スキー ID:gz7PJRVMiK

3話沖トレ「日野さんおっかねえんだよなあ」

 

隣にいたお花さんも顔が引き攣ってて芝

警戒されてるやんけ

 

475: ななしの競馬スキー ID:mlu55qv-7r

弥生賞をきっちりやり切った公式だからこれ普通に芝里が離れる展開もありそう

ただ他の人も言ってるけど放送スケジュール的にメンタルブレイクしたまま側にいるって描写もあり得そうなんだよな

 

個人的には後者で見たい

 

476: ななしの競馬スキー ID:3Z0tLT0KAP

今回で壊れただろう精神でダービーハナ差敗北はキツすぎるから1回離れて立て直して欲しい気持ちもある

 

477: ななしの競馬スキー ID:AUD8lBT1mt

みんな芝里のメンタルばっかだが

おそらくディープもメンブレしてるからそこらへんのケアも入れて欲しい

振り返ったらライバルがズシャッてメンブレしないわけがないだろいい加減にしろ

 

478: ななしの競馬スキー ID:!Q-TiNVbGZ

当時弥生賞現地で見た者やが

あん時は他の馬も動揺したようにサンに近づこうとしてたから他のウマ娘もやられてると思われる

 

479: ななしの競馬スキー ID:phvnOoG+1r

スタート前のスタンディングオベーションが嘘みたいだもんな

わずか2分ちょっとでこんなことになるとは誰も思わん

 

480: ななしの競馬スキー ID:2IA4MIeN0C

テイオー復活みたいに芝里復活イベントくれ

サンジェ?サンジェは大丈夫だ本原調教師も「サンの最も素晴らしいのはブレることないメンタルです」言うてた

 

481: ななしの競馬スキー ID:2PfumGo1a@

なお4歳の夏

 

482: ななしの競馬スキー ID:5AVZfdCDWK

周囲の感情に聡いのが悪い方に作用してラインクラフト死亡を感じ取った結果メンブレしたサンジェニュインサン牡4

 

483: ななしの競馬スキー ID:q!sih7Iq!l

>>480

自分のこと以外では簡単にメンブレする男だぞサンジェは

弥生賞は自分が倒れたことにも気づいてなかったからどうにかなっただけだって目黒さんも言ってた

 

484: ななしの競馬スキー ID:Wfy5nmnPLt

相談役も乗り替わってからちゃんと乗せてもらえるまで2、3週間かかったってインタビューで答えてる

ちな一回受け入れたら立ち直るのもクッソ早い模様

 

485: ななしの競馬スキー ID:3FMV0Acprr

アプリ版サンジェ、ぽやぽやしつつ他人にはお嬢様プレイしてメンタル保ってるらしいから・・・

 

486: ななしの競馬スキー ID:HO9+OZMUQ2

アプリ版だと最初っから他人には威厳を保つためにお嬢様プレイ()しててトレーナーや友達にだけ本性見せてたが

アニメ版だと誰に対してもぽんこつふにゃにゃん性格なんだよな

そのうちお嬢様プレイになんのかな?何きっかけだろ、欧州連戦とか?

 

487: ななしの競馬スキー ID:a9alJbLSdF

このままお嬢様しない可能性もある

する必要がないとも言う

サンジェがわざわざお嬢様しなくても助けてくれる人が側にいるわけだし

 

488: ななしの競馬スキー ID:d9l23cH8tP

案外芝里の件で自立しようとしてお嬢様になる可能性もある

 

489: ななしの競馬スキー ID:KK+wMi@FdO

性格変わった愛バに今度こそメンブレする芝里もあり得るからやめようぜ

 

490: ななしの競馬スキー ID:kzCtiL0rO3

あと1時間か

みんなどこで見る?テレビ?ニヨニヨ?

 

491: ななしの競馬スキー ID:PuwdRUtez3

>>490

テレビ

で、実況板にあるPoM7話実況専用スレに移動する

ここは実況向けじゃないしな

放送終わったら今度は感想言いにここに戻るが

 

492: ななしの競馬スキー ID:fDW!1fdiXz

>>490

ニヨニヨかな

コメントがやっぱ誰かと一緒に見てる感あるし

 

493: ななしの競馬スキー ID:wHgno1TfPc

>>490

ニヨニヨ動画

2窓で素人ニキの実況も見るが

 

494: ななしの競馬スキー ID:pqyFjHW9a6

>>490

Natfrix

字幕付きが最高なんだなって

 

495: ななしの競馬スキー ID:BBRyAzp1fC

どこが媒体だろうが結局実況スレにいるからさ……

 

496: ななしの競馬スキー ID:CbbHRjOSo3

 

 

497: ななしの競馬スキー ID:VA8eZCyeIx

そりゃ当然

 

ぺ け っ た ー

 

498: ななしの競馬スキー ID:R0axJq5u5Q

トレンド入りしたらインプレに群がるハエだらけで見れたもんじゃないだろ>ぺけったー

 

499: ななしの競馬スキー ID:QJA1gIgv8c

7話は俺のメンタルがブレイクされる可能性ビンビンに感じてるから

あえてのニヨ動

 

赤信号、みんなで渡れば怖くない(震え声)

 

500: ななしの競馬スキー ID:D9-qZCZeM!

>>499

気持ちめちゃくちゃわかって芝

 

501: ななしの競馬スキー ID:pDyg1kuYDy

暗転ズシャッがニヨニヨ大百科に載ってるの卑怯やろ

 

502: ななしの競馬スキー ID:+T-u5Zy56o

「MFF」「『世界一かわいくてごめんなさい』と言え」

 

に続き「暗転ズシャッ」が2828大百科にウマ娘の語録として登録されるとはなあ

前2つはギャグ寄りだったのに今回の曇らせは異常すぎるだろ!!!!

 

503: ななしの競馬スキー ID:QFgq!qvsa3

暗転ズシャッの説明文に「大切なモノが落ちる音」って書いてあるの誰だよ書いたの人の心無いのかよ

 

504: ななしの競馬スキー ID:SFO0Tz65Cy

によどうの待機空いたぞ

 

505: ななしの競馬スキー ID:09futhZWjZ

いつもなら荒れ放題の大百科の掲示板ですら「涙出る」って投稿で埋まっってるのがね

 

506: ななしの競馬スキー ID:SD!7QXg4ta

可哀想なのは抜けない(確信)

 

 

 

 

 

: ななしの競馬スキー ID:+nPrAvd9zX

ずっと芝里が浮かない顔しててなあ

 

982: ななしの競馬スキー ID:Dh@7Y3sR-r

ピンピンサンジェが芝里のおててブンブン振って楽しそうなの可愛い

 

983: ななしの競馬スキー ID:P4pnaLiNPn

芝里離脱か?とヒヤヒヤしてたけど初っ端からサンジェが元気に復活して栗東で伝言ゲーム失敗するギャグ回で草

 

984: ななしの競馬スキー ID:r+kSVigMNQ

鬱は弥生賞で十分だ!という運営の決意かもしれん

 

985: ななしの競馬スキー ID:cVRs+q-nO1

栗東寮で伝言ゲーム失敗して

「サンジェが実家に帰ってとうもろこし農家になり世界の食糧事情を憂う活動家になった」

ことになってるのは本当に笑った

 

そうはならんやろ

 

986: ななしの競馬スキー ID:6nM9z!4pYJ

栗東であれだから美浦はどうなるかわからんぞ

 

987: ななしの競馬スキー ID:axI82BTlTX

明るく終わりそうでよかった

曇らせは原作で十分ですからね

 

988: ななしの競馬スキー ID:1J9WS4syWo

なんかちょいちょい芝里が落ち込んでる描写はあるけども

まあ普通のメンタルならすぐに立ち直れんて

離脱しないだけまだ良い

 

989: ななしの競馬スキー ID:6EOiUrd6kO

やっぱ皐月賞か

あとちょっとしかないし次回だよな?

 

990: ななしの競馬スキー ID:NBRHrc@8N6

桜花賞もやって欲しいな〜

 

991: ななしの競馬スキー ID:JO8bahQegr

は?

 

992: ななしの競馬スキー ID:lCkIb87!FQ

おいおいおい

 

えっ

 

993: ななしの競馬スキー ID:dugQee46st

ここでかよ!?!?

 

994: ななしの競馬スキー ID:wwAVKA88L7

こんなにしんどいことある????

 

995: ななしの競馬スキー ID:p4OFjd8Ko2

おかしいとは思ってたんだよBGMがさあ!!!!

 

996: ななしの競馬スキー ID:2c8-DoULzI

終わりか???これえ????

 

997: ななしの競馬スキー ID:r1OW2kxWFb

「お前の見る頂点はきっと綺麗なんだろうな」

「他人事みたいに言うなよ。お前も見るんだろオレと……見ないのか?」

「……俺の夢はずっと、ずっとお前だよ」

 

嘘だろこれ

 

998: ななしの競馬スキー ID:F11cx1K8OE

夢を語るサンジェの横で妙に穏やかだとは思ったんだよ

これがお前らのやり方かよシャイゲームス!!!!

 

999: ななしの競馬スキー ID:61Le7CYt-Y

こんな悲しい愛し方はないだろ

なあ、芝里ィィイイイ!!!!

 

1000: ななしの競馬スキー ID:PTzd9r9pGW

サブタイに偽りなし(震え声)

 

 







2クールにわたってファンの心臓をボロカスにしていくアニメPoM
ちなみに描写してませんがこの7話で素人ニキこと失恋ニキは泣きました

今夜4/4もう1話更新あります!!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


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【馬】【掲示板】カネヒキリ、社来SSにスタッドイン

カネヒキリくんが種牡馬入りした時の掲示板風回。
短いです。


 

【朗報】カネヒキリ、社来SSにスタッドイン

 

1: ななしの競馬民 ID:@RVHoJXw2D

サンジェ専用厩舎に馬房確保の模様

 

2: ななしの競馬民 ID:V@6my1+ycL

やったやん

一時は社来行きすら危ぶまれたからこれで一安心やな!

 

3: ななしの競馬民 ID:8hYiJ5UNez

ドバイWC覇者だし流石に、ね?

 

4: ななしの競馬民 ID:pSed5DAi3W

おおっサンジェ専用厩舎に!

 

……サンジェ専用厩舎に?

妙だな……

 

5: ななしの競馬民 ID:hvD-IsVhqm

まあンジェ厩舎はンジェ以外誰も入ってないからな

そらもうスッカスカですから

 

6: ななしの競馬民 ID:!S!kpD6VD7

石油王も出資してるオイルマネーハウス定期

 

7: ななしの競馬民 ID:BlUAS8dDCf

サンジェ厩舎にスタッドイン!?

 

8: ななしの競馬民 ID:!QXhK5O8cA

これはディープには許されなかった蛮勇

 

9: ななしの競馬民 ID:f3b7qdd06@

種牡馬入り後もボッチ生活を続けていたサンジェニュインさんに希望が

 

10: ななしの競馬民 ID:-9LWGJ9r2u

関係者「カネヒキリしか友達いない」

俺たち「ヒヒーン」

 

11: ななしの競馬民 ID:yyOQQ@jWeh

名馬にもぼっちはいるという事実

 

12: ななしの競馬民 ID:2Zk-4eu6d8

でもサンジェニュインのぼっちは栄誉ある孤立だけどお前らのはただの孤独じゃん

 

13: ななしの競馬民 ID:kU97gt+zD4

サラブレッドという時点で勝てんから

 

14: ななしの競馬民 ID:V9OrKV7rQA

一発1500万ホース定期

 

15: ななしの競馬民 ID:XgPZzfCeNk

カネヒキリってサンジェ相手馬っけでないんじゃなかったっけ?

大丈夫なん?

 

16: ななしの競馬民 ID:6COELqCA5m

むしろなんで勃つんすかね

 

17: ななしの競馬民 ID:bSpdH85T5j

>>15

むしろたっちゃダメだろ

 

18: ななしの競馬民 ID:jJ5uRAxfJI

たたないのが普通だから……

 

19: ななしの競馬民 ID:BSQKGOZeLW

カネヒキリ鋼の理性に芝木もにっこり

 

20: ななしの競馬民 ID:CqkjtI3y+7

でもあの

競走馬研究所的にはサンケツに悶える牡馬がノーマルっていうか

 

ね?

 

21: ななしの競馬民 ID:IgY9cks9Wz

まあたたないだけで仲良しではありますから

健常友愛上等

 

22: ななしの競馬民 ID:x4GyoygV5P

屈腱炎したり骨折したり大変だったカネヒキリさんに素敵なセカンドライフやぞ

 

23: ななしの競馬民 ID:+ljuSHvR02

ぼっち待機サンジェは唯一のお友だちと過ごせてハッピー

長い現役を終えてようやく一息つけたカネヒキリもハッピー

 

24: ななしの競馬民 ID:vFnweqsd-I

一方その頃

ンジェ放牧地隣のプインパは

 

25: ななしの競馬民 ID:q2FDK!YZ!L

いうてもプインパさんにもボリクリいるから

 

26: ななしの競馬民 ID:ncOZ3dnfZv

ボリクリとかいうプインパの先輩兼お友達

 

27: ななしの競馬民 ID:-Qk@WAhzGL

ボリクリ、クロフネ、ハーツとパイセンに囲まれて楽しい種牡馬ライフ中のディープとぼっちで厩舎に引きこもってるサンジェ

 

これを考えたらカネヒキリと同居もやむなし

 

28: ななしの競馬民 ID:Q17zMpEuC9

ずっと思ってたんだけど

サンジェが他の馬と同じ厩舎じゃダメなんか?

 

29: ななしの競馬民 ID:SM!@Gzn86H

そいじゃサンケツが白くなっちゃうだろ

 

30: ななしの競馬民 ID:OFyj-ztPQa

サンケツ元から白い定期

 

31: ななしの競馬民 ID:NhiyBZ@4FO

>>29 まるでサンのケツは白くないかのような・・・

 

32: ななしの競馬民 ID:y64cjfwTML

>>28

しゃーないべ

サンジェは他の牡馬に対してすんごいストレス感じる性質だから

孤独を紛らわすより他馬と一緒に暮らすストレスの方を優先したんや

 

33: ななしの競馬民 ID:LC857ynjf3

生まれた時から厩舎スカスカで暮らしてきたサンジェ

これもしかしなくても初めての同居馬では??

 

34: ななしの競馬民 ID:X3pnzh2071

なんやお前

ガンジョウメイバ先輩とハルノメガミヨ先輩全否定か????

 

35: ななしの競馬民 ID:HWdUuQVz!T

同い年では初やな

せいぜいドバイで同じ厩舎入ってたくらいじゃん?

 

36: ななしの競馬民 ID:7DDhvSlYOk

4年耐えた甲斐があったなサンジェ

 

37: ななしの競馬民 ID:k+h9Gjcv!n

ンジェの4年間の忍耐とヒキリの4年間の忍耐が報われる瞬間

 

38: ななしの競馬民 ID:SN9w8RuX+A

なおヴァ

 

39: ななしの競馬民 ID:KJcl@lHqZS

カネヒキリの療養先:陽来の時点で伏線あったな

 

40: ななしの競馬民 ID:PrNZJB1Khj

ご実家挨拶完了!!!!

 

41: ななしの競馬民 ID:GyonfEV!Ql

目黒さん「当初はカネヒキリもディープのいる厩舎だったのですが、サンジェニュインが急に体調崩して飼い葉を食べなくなったので、元気づける目的で同じ厩舎にしたみたいなんです。そしたらあっという間に調子を上げまして、今も同じ厩舎で隣同士の馬房で暮らしています」

 

 

はい

 

42: ななしの競馬民 ID:3tt6BZToxE

>>14 亀やが

去年種付料2000万超えたで

 

43: ななしの競馬民 ID:nSN1zRjhAz

やっぱサンジェってサンデー激似よな

 

44: ななしの競馬民 ID:Lp2U0uo1J0

友達と同居するだけで元気良くなるとかコスパいいな>サン

 

45: ななしの競馬民 ID:8q@t6!6IB+

>>43

あらゆる産駒の中でサンジェが一番似てなくね????

珈琲と間違えてる?

 

46: ななしの競馬民 ID:YqItR!ZW2F

見た目は似てねえけど中身は似てると思うわ

特に生涯お友達たった1頭というとこ

 

47: ななしの競馬民 ID:x1L1ENDMJK

晩年は隣馬房にマックイーン引き寄せたサンデーの産駒はやることがちげえや

 

48: ななしの競馬民 ID:EFbMbE-dSS

ンジェ専用厩舎にヒキリOKだったのサンデーの前例かもしれん

 

49: ななしの競馬民 ID:6!QuvrMYkH

でも今回がサンジェの晩年じゃなくてほんとよかったわ

ヒキリもせっかく再会できたのにすぐお別れとかあんまりだもんな

父SSもそれなりに苦しい最後だったし、SS死後はマックも分場にドナドナされたし

 

50: ななしの競馬民 ID:BCs1RFd!bb

>>49

本原師が今回の取材で「あいつすごく頭いいですから。案外仮病かもしれませんね。一緒に暮らしたくて(笑)」って言ってるあたりガチで体調崩したわけじゃなさそう

カネヒキリが馬房入った途端元気になってるから…

 

51: ななしの競馬民 ID:Os8Jr-m7us

>>45

いつものコピペ

 

・見た目に難あり

 →SS:外向きに曲がった脚、SG:白い巨体

・牝系雑

 →SS:父系はともかく牝系は本当に雑、SG:なんなら母未出走のペット

・期待薄でデビュー

 →SS:牧場時代からマジの期待薄、SG:よくて条件馬か?

・同世代に良血のライバル

 →SS:イージーゴア、SG:ディープインパクト

・偉業達成

 →SS:米2冠にBC制覇、SG:日2冠に凱旋門賞制覇

・高額で種牡馬入り

 →SS:日本に億ごえで輸入、SG:シンジケート60億

・種牡馬入り後に友達と仲良く

 →SS:メジロマックイーン、SG:カネヒキリ

 

52: ななしの競馬民 ID:aXjtg8T66D

見た目以外はまるでサンデーみたいなやつではある

なお本当に見た目

 

53: ななしの競馬民 ID:joQ59!lOC6

まあアメリカでは父系にSSが載ることに戸惑う競馬ファン多数だったとか

 

54: ななしの競馬民 ID:mUtKtl8ufL

白毛で人懐っこい美貌馬がまさかあの暴れん坊サンデーの仔だとは

 

55: ななしの競馬民 ID:E!A!G8YZpQ

サンデーだって心よせる人間の一人や二人くらいはいるゾ

 

56: ななしの競馬民 ID:gBqeZeWxzc

仲良しお友達とギュッギュしたいのはSSの血なのか、、、

 

57: ななしの競馬民 ID:2KyinJhhN9

ヒキリもSS系だしお互いSSのトモダチスキー遺伝子をがっつりついだのかもしれんな

まあ仲よくて困ることはないから

 

58: ななしの競馬民 ID:KAlCIqZAyO

つ ドバイ

 

59: ななしの競馬民 ID:yv-7YpK2O@

性格はSS激似とは言うがこいつ滅茶苦茶ニンゲン大好きよな

 

60: ななしの競馬民 ID:THQ9OLpoSk

サンデーだってよく面倒見てくれた牧場長と獣医のことは好きだぞ

そもそもマックと仲良しだった理由もその葦毛から獣医が来てた白衣を連想したからだって説もある

 

61: ななしの競馬民 ID:cldYyxrB-F

SSが幼少期こき下ろされたのはしゃーない

あのひん曲がった脚と貧相な馬体から未来の二冠馬を連想できるやつがいたらそれこそ超能力者だわ

サンジェがSRクラブで2000万だったのも同じ

母未出走で7月生まれ、突然変異の白毛に巨体ときたら不安になるだろ

むしろ2000万付いたのは当時からしたら過剰評価だったのかもしれん

 

62: ななしの競馬民 ID:FDJ+f75b31

>>58

それはドバイ遠征時にカネヒキリの馬房に忍び込んだサンジェのことを・・・

 

63: ななしの競馬民 ID:ZJ1byTxZsr

2000年始めくらいの個人ブログにSSとMMの写真載ってたが

SSがMM見つけた瞬間爆走してたって書いてあってちょっと草

 

そういやサンジェもヒキリ見つけた途端足取りが軽くなってましたね、、、

 

64: ななしの競馬民 ID:RZ+jr5nn95

サンデーサイレンス=SS:わかる

メジロマックイーン=MM:わからない

 

MMは本当にわからない

 

65: ななしの競馬民 ID:0cCZB7PRAJ

略したらSM、ってこと。。。!?

 

66: ななしの競馬民 ID:X7l8Qrw2gg

その略称はアカン(アカン)

 

67: ななしの競馬民 ID:cC1utzxBs9

TMはレボリューションだしSMはプレイなんだよなあ

 

お前ら、マックイーンに謝れ

 

68: ななしの競馬民 ID:rSbz3yjWvd

傍目から見るとサンジェがカネヒキリに構って貰ってる感じだけど

目黒さんのツイート遡ったらこれカネヒキリもだいぶサンジェと仲良いな

「サンジェニュイン」って言うと本馬じゃなくてカネヒキリが反応して立ち上がるらしいよ

 

69: ななしの競馬民 ID:e9PulhP-ca

マジで仲良くて困ることはないし

竹もドバイでのインタビューで「トモダチにも格好良いところ見せたがってるので」ってカネヒキリのこと指してたし

普通に馬が合うだけっぽい

 

70: ななしの競馬民 ID:2xP-h6S3Tl

カネヒキリの父はフジキセキ

サンジェニュインの血統モデルはジェニュイン

 

フジキセキとジェニュインは同期

 

・・・繋がったな!

 

71: ななしの競馬民 ID:1H8gF2eWlx

同クラのヴァーではなくカネヒキリが帯同役になるのも納得の仲良し

 

72: ななしの競馬民 ID:lhksMiQHVp

居住先生のインタビューでンジェ引退後のヒキリ馬房にンジェ写真飾られてたって書いてあったから

ここちゃんと両思いらしくて安心

 

73: ななしの競馬民 ID:6Ifd!UESb3

>72 ????

 

74: ななしの競馬民 ID:CrYjHfGU3v

目黒さんが北海道から直送してたと噂のサンジェ写真…

引き延ばして飾ってたってのはただの噂じゃなくてガチだったんやな

 

75: ななしの競馬民 ID:r0B4S6FqWg

それ写真がネタ切れしてきたからユキチャン(父クロフネ、母シラユキヒメ)の写真飾ったらカネヒキリがバチクソ暴れたって話すき

 

76: ななしの競馬民 ID:JGIk8VGWME

一方その頃ヴァーミリアンは

入厩してきたサンジェニュイン産駒に大興奮していた・・・!!

 

77: ななしの競馬民 ID:Xy7tE8fN!8

>>74

2009年の優駿たち10月号に写真付きで載ってるよ

 

78: ななしの競馬民 ID:swkgLbOihm

プイヴァーが同厩舎、サンカネが同厩舎か

同世代芝と砂のツートップが綺麗に分かれたもんだな

 

79: ななしの競馬民 ID:UlVGPPVmZX

ヴァー情報少ないけどこっちも無事にSSS入りで良かった

 

80: ななしの競馬民 ID:4CsRMhTnF3

カネヒキリはギリだったな~

復帰後も初戦以外は掲示板落ちしなかったのもでかい気がするけど

やっぱいちばんはドバイWCかね

 

81: ななしの競馬民 ID:RES-+rIkSn

>>79

エルコン後継やんないとだしな

デビュー以降毎年重賞勝ってる安定感もすごいし

芝の実績もあるからカネヒキリよりは肌馬を集めそう

 

82: ななしの競馬民 ID:jBx4NpkqoR

サンデーとマックの関係性みたいに、サンのためにヒキリを外部に放出しなさそう>社来

 

83: ななしの競馬民 ID:YZsMYqIXty

社来は砂の肌馬そんなにいないイメージ

ぶっちゃけ駿優スタリオンに行った方が確率高いきぃもするんだけど

そこらへんどうなの有識者

 

84: ななしの競馬民 ID:St9PVsIyw7

砂の肌馬集めならそらそうかもしれんが

SSSにはサンジェがいるから「海外路線」も見えてくるんだよなあ

 

85: ななしの競馬民 ID:+CXKN3uHVb

>>83

肌馬集めならそうだろうな

ただカネヒキリの父は芝馬だし、質の良い牝馬との間に優秀な芝馬も出してくれるかもしれんから

 

86: ななしの競馬民 ID:ObkUIrMLWg

サンとヒキリが同厩舎でOKになったの

サンが海外で種付けしてる時間が長いと思ったからじゃね、てレスが本スレにあって

思わず納得しちゃったよね

 

87: ななしの競馬民 ID:DFPiMS6!xD

SSって砂馬だったのに日本だとぼこすこ芝馬出しまくって

ある意味での正統後継者不在みたいになってるのすごいよな

これが血統かってなる

 

ある意味、カネヒキリがSS系のダートウマ次世代を担うって感じか

ゴールドアリュールもいるとはいえ、砂におけるSS系の活躍はそんなにって雰囲気だから

 

88: ななしの競馬民 ID:0FtQC9-c5g

これでカネヒキリが芝馬出しまくったら笑う

 

89: ななしの競馬民 ID:69u8qHjVnp

カネヒキリ産駒芝馬

サンジェニュイン産駒砂馬

 

正直ちょっと見てみたい

 

90: ななしの競馬民 ID:3oIi35AF8X

サンジェといるカネヒキリ

いつも目が細くなるんだけど実は嫌い説ある????

furafurakizetu_hik.ing

 

91: ななしの競馬民 ID:+PX1KM-@7M

>>90 チベットスナギツネみたいで草

 

92: ななしの競馬民 ID:PSXoBiZ4PA

 

 

 

 




なおこの後カネヒキリくんはサンジェと共にアメリカ旅行という名の種付け業務に旅立ち、米国に「Heart Of imagining」(牡/栗毛)を残すと、サンジェ産駒「Shining Top Lady」(牝/白毛)との間に「Soul Of Lovers」(牡/栗毛)というケンタッキーダービー&BC2連覇の名馬を送り出すことになる。


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