機動戦士ガンダムSEED~偽り~ (量産型すき焼き)
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偽りの始まり

言い訳
原作とは違う点が多々あります。
今回のお話ではアニメでは大西洋連邦という国が太平洋連邦という名前になってます。
そんな違う部分があっても楽しめる人で、機動戦士ガンダムSEEDシリーズが好きな人にオススメかもです。

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


「戦争を回避できないものか」

 

 言葉を発したのは、体格の良い欧米系の金髪碧眼の男性。年齢は五十代に差し掛かろうとしている。

 目の前の大きなモニターには金髪の壮年期の男性が映し出されていた。

 名はシーゲル・クライン。プラントの代表となったと記者会見をしている。

 

「彼が穏健派だとは知っている。だが、ブルーコスモスはこれを利用するだろうな」

 

 男はテレビを見ながら無意識に口にしていた。

 自分に言い聞かせているようで、すぐ側で聞いている人に話しかけるようでもある。

 彼は手を仰ぐ。

 

 今の地球圏は戦争一歩手前の状況であった。

 

 始まりはジョージ・グレンという男の告白からである。彼は人為的に遺伝子を操作されて生み出された人間――コーディネイターだった。

 コーディネイターとは、来たるべき宇宙開拓時代のため、必要と思われる知能、身体能力を獲得しやすくした人間だ。

 彼は善意でそれを全世界に発信。来たるべき外宇宙進出のため、人々に呼びかけたのである。

 

 しかし、それが現在に至る争いの火種となっていた。

 ジョージ・グレンの善意とは裏腹に、世界は一部の悪意のある者たちが戦争へと駆り立てていく。

 それは大きく燃え盛り、地球圏を飲み込むほどの勢いとなりつつあった。

 

「彼らの存在を否定しても、それで自分たちが変わるわけではないというのに」

 

 コーディネイターと呼ばれる人種がいるように、遺伝子をいじらなかった人種もいた。我々は彼らをナチュラルと呼ぶ。

 一部の者達はコーディネイターを妬んだ。

 ナチュラルはコーディネイターのようにはなれない。身体能力も、病気に対する耐性もない。

 

 当時ジョージ・グレンは太平洋連邦ではスターだった。自分たちの子供も、彼のように優秀になれるのでは? 宇宙開拓時代に備えてコーディネイターとするべきでは? 多くの資産家や裕福な家庭では、生まれくる命。自分たちの子供をコーディネイターとした。

 それは純粋な願いからくるものだ。健やかであってほしい。人より優れていてほしい。

 ゆくゆくは我々ナチュラルと同化していき、遺伝子を一歩先へと進化を推し進める存在となる。

 

 だが、そう受け取らなかった人々もいたのだ。

 彼らはコーディネイターに嫉妬し、コーディネイターもまたナチュラルを見下した者がいたのだ。

 持たざる者と持つ者の溝は深い。

 

 憎しみ、嫉妬、差別。それらが火種を育て、とうとう開戦間近まで来てしまった。

 

「そんなのは駄目だ」

 

 男は平和的に解決させたかった。

 今の世界は世界再編大戦の時を繰り返そうとしている。それもひとつの組織によって引き起こされようとしていたのだ。

 それが男には、たまらなく我慢ならない。

 

「ロケットランチャー持って、ブルーコスモスのアジトに突撃したいな」

 

 彼は身ひとつで動ける立場にないので我慢している。が、本心ではブルーコスモスの施設に殴り込みをかけたかった。

 

「おやめください大統領」

 

 女性の心地良い声音に、表情を柔らかくする大統領と呼ばれた男。

 彼の側には女性がひとり。欧米系の目鼻立ちの整った女性だ。年齢も三十代前半といったくらいだ。

 

「なんとか見せかけでも平和にしないとなって」

「言葉を返すようですが、それは問題の先送りです」

「わかっている。わかっているとも。だがね、私は太平洋連邦の大統領だ。認められないよ。戦争で血を流すのは国民なんだ」

 

 男は太平洋連邦の大統領。世界再編大戦の後に生まれた連合国家の大統領である。

 大戦がもたらす悲惨な結果を、彼は歴史から学んでいた。彼以外も知っているはずだった。勝ったとしても経済的な復興は難しい。例え、コーディネイターを奴隷のようにしたとしても現実的ではない。

 戦争は一時的な利益しか生み出さない。それ以上に尊い人命が損なわれていくのだ。何より地球とプラントの戦争が、新たな世界大戦の引き金になることを危惧していた。

 

「世界再編大戦は一世紀以上も前だ。人々はその記憶を忘れているのかもしれない」

「生きた証人もいませんからね」

「全人口の多数を失った戦争だ。記録映像だってたくさんあるんだ。戦争は悲劇しか産まない。それが知ることが出来るはずなんだ」

 

 だが地球圏は、宇宙と地球を股にかけて戦争をしようとしていた。

 

「少なくとも副大統領はそうは考えてらっしゃらないようです」

「彼の批判はやめたまえ。彼だって、好きでああなったわけではない」

「ですが、大統領の立場を、一番脅かしているのは彼です」

「彼の息子は死んだんだぞ? 私も十四になる息子がいる。同じ境遇だったなら、私が彼になっていたかもしれないんだ」

 

 だから、男は副大統領を責めることができなかった。

 大統領としては対話を重ねて彼の意識を変えたかったのだ。

 秘書の女性は一言謝罪すると、話を変えた。

 

「国内の情勢も徐々に戦争すべきと流れています。遅かれ早かれ戦争になってしまいます」

「それでも。それでもだ。時間は必要だ。なんとしても、どんな手段を使ってもだ」

「はい」

 

 時間稼ぎだろうことは男にもわかっていた。それでも、その間に和平と話が流れるかもしれない。その可能性に男は賭ける。

 

 

 

 コズミック・イラ六十八年。シーゲル・クラインがプラントの代表となった同年。太平洋連邦大統領は戦争を回避すべく、各国首脳と会議の場を持った。

 一部を除いて、戦争に反対で意見が統一される。

 しかし、どの国も口を揃えて「そう長くは続かない」というものだった。

 

 太平洋連邦もだが、プラントの物資の輸出が大きく影響していた。

 それを止められた場合、国内感情の悪化は免れないのだ。

 数十年前までは食料などでバランスをとっていたが、それも時間の問題だった。

 

 彼らの技術力ならば、コロニーのひとつやふたつを食料生産プラントに改造するのは朝飯前だ。

 だがそうされては戦争しか道はなくなってしまう。彼らもギリギリまでそのカードは切らないだろう。

 彼らとて戦争がしたいわけではないはずだ。とはいえ、地球にも体面がある。

 

 この時の決議案は「積極的に戦争をしたいわけではない。ただし、プラントの動向によりそれは変わる」というものだ。

 これによりコズミック・イラ六十八年は武力衝突を回避する。

 だが、そう遠くない未来。各国首脳たちは、この一文に後悔することになる。

 

 

 

 かくして世界は偽りの平和を手に入れたのだった。

 

 

 

 同年。オーブの所有するコロニー群のひとつ、コロニー・ヘリオポリスイレブンにとある一家が移住する。

 夫婦と見られる男女が柔和な笑みを浮かべて、はるか上空にある大地を見上げる。

 

「なんだかあの頃を思い出すわね」

「そうだな」

 

 二人はかつて筒型のコロニーで生活をしたことがあった。瞑目すると思い出される景色は炎と立ち昇る黒煙。

 女性は自身の両肩を抱きしめる。夫はそっと背中に手を伸ばす。

 夫は「大丈夫だから」と優しく撫でる。

 

「ここは中立国だ。戦争には巻き込まれないさ」

「そうね。そうだわキラは?」

 

 二人が周囲を見渡すと、元気いっぱいに走る少年。否、全力疾走で何かを追いかけていた。

 少年の視線の先には緑色の鳥。否、鳥型のロボット。電源を入れたところ、自由を得たと我が物顔で飛翔する。

 

『トリィ』

「こらー! 待てってばートリィー!」

 

 

 

偽りだった平和に続く




機動戦士ガンダムSEEDが2022年に20周年になるのだから祝いたいと思ったんだ。


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偽りだった平和~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 爆炎が吹き上げ、周囲の万物が吹き飛ぶ。人だったもの、車輌だったもの、建物だったもの、それらが砕け散り流星群のように降り注ぐ。

 戦争は始まっていた。

 コズミック・イラ七十年二月十一日。プラントはついに宣戦布告。

 

 血のバレンタインの悲劇と呼ばれる惨劇から、一年が過ぎようとしていた。

 数で圧倒的な優勢を誇っていた地球軍であったが、ザフト軍はそれを真っ向から立ち向かい、対等以上の状況に持ち込んでいたのである。

 戦況は膠着状態となっていた。次なる一手を打つため、両軍は準備を進めていた。

 

 女性のリポーターの背後では、いくつもの黒煙が立ち昇る。爆音が圧となってリポーターの背中を押す。

 巨大な影が飛ぶ。巨人、あるいは天使。それが巨大な武器を手に、戦闘車両を破壊していく。

 戦闘機が背後からミサイル攻撃をするが、それよりも早く反転した一つ目の天使は、手にした武器でミサイルを迎撃。爆発でその姿が消えるも、それは一瞬。ひとつ数える頃には、炎を突き破って跳躍。腰に下げた剣を鮮やかに引き抜くと、素早く振り抜いて戦闘機は真っ二つ。そして爆散。

 

 そんな映像を眺めるアメジストの双眸。少年がどこか不安そうにそれを眺めていた。

 

『トリィ』

 

 少年の眺めている端末の近くに緑色の鳥型ロボットが着地する。

 彼の脳裏には月で別れた親友の顔。

 親友も戦争が好きではないと知っているが、それでも不安だった。彼は「巻き込まれていないと良いけど」とつぶやく。

 

「戦争なんて早く終わればいいのに」

 

 少年はそう言うと目の前の端末を操作していく。投影されていたモニターが二つに増え、ひとつには文字列が高速で記入されて行く。

 ぶつぶつと独り言を呟きながら高速でタイピング。わずか数分で数万行のプログラムを組んでいく。

 

「おーい。キラー」

 

 遠くから声が飛んでくる。

 少年はモニターから顔をあげて、声のする方へと視線を向けた。

 目線の先には二人の男女。仲睦まじく歩いてくる。

 

 ひとりは少しくせっ毛の少年。ひとりは首まである髪が外にはねているのが特徴的な少女だ。

 二人はキラと呼んだ少年の元まで来ると笑顔になった。

「トール。ミリアリア。どうしたの?」

「班長と教授がお前を探してたぜ」

「えっ?」

 

 キラと呼ばれた少年は目を丸くして驚く。そしてこの後に続く言葉をトールは知っている。

 だから彼はキラの次なる反応を知って、笑みを浮かべた。

 

「またぁ?」

「いいじゃんよ。デブリの方はアルバイト代出るんだし。教授の方は、将来有望なお前がいけない」

「ちょっとトール。もしかしてまた行くの?」

 

 トールの隣にいたミリアリアは怪訝な顔となった。前者の方は彼女も初耳の話だったようだ。

 

「いいじゃんミリィ。デート代が稼げるんだぜ。行きたがってたテーマパークにも行ける」

 

 彼ははるか上空の大地を指差す。そこには西洋風のお城などがある有名なテーマパーク。

 真反対の大地にいるキラたちから見ても、色とりどりの施設が確認できるほど大きい。

 少女は一瞬だけ顔を輝かせるも、すぐにそっけない表情となった。

 

「そんなのなくてもいいのに。ピクニックとかでも」

「いやいやいやいやいや。テーマパークとかの方がいいって! 食べ物用意しなくていいし楽できるじゃん」

 

 トールはさらに軽い調子で「大丈夫大丈夫」と口にする。対してキラはげっそりとした様子だ。

 

「どうしたの? キラ」とミリアリアが首を傾げる。そして続けて「何かあった?」と聞く。

「両親にバレてね。あんまり良い顔してくれないんだよ」

 

 トールは「あちゃー」と手で顔を覆う。

 

「そりゃあ、まあ戦争の道具だもんね」とミリアリア。

 

 彼女は「わかる」と意味深にトールを見つめた。彼は慌てて身振り手振りで説明する。

 

「違う違う。違うよデブリをお片付けするだけだって。戦争に手は貸してません。誓います」

「本当かなぁ~?」

「これが結構いい収入なんだって」

「でもモビルスーツなんでしょ?」

「俺のはモビルアーマー」

「変わんないじゃない。どっちも兵器で危険よ」

 

 そっぽを向いた彼女に、トールは急に弱々しくなる。

 

「頼むよミリィ。ミリアリア様ぁ。俺と一緒にテーマパーク行こうよぉん」

「そんな情けない声出したって駄目」

「これで最後にするからぁ。俺はミリィと一緒に行きたいんだって」

「でもカップルで行くとお別れするってお話だよ?」

「ミリィ~」

 

 今にも泣き出しそうなトールに、ミリアリアは笑い出す。

 

「もう……これで最後だからね? キラの両親にも、心配かけているんだから」

「了解であります。ミリアリア軍曹殿」

「軍曹ってなによ~」

 

 そんな二人の会話を笑顔で眺めていたキラ。

 彼は先程までの戦争の映像を消そうと手をのばす。

 だが、それは次の一言で止まってしまう。

 

「カオシュンの?」

「え? ああ……。そう、みたいだね」とキラはモニターから戦争の映像をアップする。

 

 ミリアリアはオーブから近いことを指摘するが、トールは軽い調子で流す。自分たちのところは中立国だ。だから、戦争なんて関係ないと豪語。

 そんな話をよそに、キラの表情に影が差す。視線の先にはトリィ。

 もっと言えば、彼はトリィを作った友人を幻視する。

 

(アスランたちも、大丈夫だと良いんだけど……)

 

 

 

 

 

「ヘリオポリスイレブン。こちら、地球連合軍所属――」

 

 軍服を来た男性が専門用語を並べていく。それを聞きながらひとりの男性が肩をすくめる。

 目の前の国を内心バカにする。戦争に参加しないと言いながら、地球軍と協力していた。

 そんな国に対して、彼はとてもポジティブに受け取れない。情勢が変われば裏切るかもしれないのだ。

 

 彼は月面基地での攻防を思い出す。

 脳裏に「お前は生き残ってくれ」という悲痛な仲間の声が過る。

 嫌なことを思い出したと、そこで出会った男の声ごと頭の隅へと追いやった。

 

「呆れますな」

「そう言ってやるなムウ・ラ・フラガ大尉」

 

 独り言のつもりだったが、聞いていた男性が応じる。

 男のいるところは地球連合軍の艦艇の艦橋だ。

 CICを担当している仲間たちが、忙しそうにあれこれと報告と連絡をしている。

 

「おかげでGの開発も済んだのだ。中立国様様というやつだ」

 

 壮年期の男性は皮肉交じりに笑う。

 

「艦長。ヘリオポリスイレブンへの入港の許可が出ました」

 

 ブリッジ要員の報告を受けて艦長は軍帽を脱いで被り直す。

 

「了解だ。ここまで来ればザフトも追いかけてこれまい」

「だと、良いのですが」

 

 彼らは月面基地を出てから二隻の宇宙戦艦に追われていた。

 交戦するかとも思ったのだが、付かず離れずぴったりと一定の距離を保っている。薄気味悪く感じていたが、その距離もようやく離れるのだ。

 

 寒気を感じた男性は、敵艦の存在するであろう方向へと視線を向けた。

 

「だと――良いのですが」

 

 ザフトに追われている間、彼は胸騒ぎを覚えていた。

 

「艦長! ジンです!」

「何?!」

 

 艦橋内が緊張感で満たされる。と、同時に目前を数機の機体が飛翔する。

 

「バカモンよく見ろ! あれは羽なしだ!」

 

 艦長は誤認した部下を叱りつけた。

 ジンはジンでも、ザフト軍のジンではないのだ。

 六機がデブリを回収したり、どこかへ押しやったりする。

 

「あれは、オーブのジンかい?」

「フラガ大尉も初見かね?」

「ええ、噂には聞いていましたが」

 

 ジンというモビルスーツ。ザフト軍の主力兵器だ。数で勝る地球軍を圧倒した恐るべき兵器。

 メビウス五機がかりで、ようやくジン一機と戦えるというカタログスペックだ。が、それは戦争初期の話だ。

 今現在は練度の高い兵士は減ってきており、現在は七機がかりで、ジンを落とせるかどうかであった。

 

「そんな戦力差なため、ジンを見ただけで敵だと思いこむ者もいた」

「天使もどきにしては羽がない」

 

 地球軍ではジンを「トサカ野郎」とか「天使もどき」と呼ぶ者もいる。

 

「トサカもないっすね」

「しかし、なんでジンなんか?」

「大方、ジャンク屋だろう」艦長は忌々し気に名を出す。

 

 戦争で廃棄されたジンをジャンク屋が拾い、作業用として再利用しているのが、いわゆる「羽なし」だ。

 戦闘で使われることはなく、オーブはそのジンをジャンク屋から買い取ったのだろう。

 コロニー周辺のデブリを、モビルアーマーと一緒に片付けていた。

 

「しかし、ジンの数が多いな」

「オーブのコロニー群を守るにはちと数が少ないがな」

 

 艦橋にいたひとりが「宇宙人いるのかよ」と毒づく。

 艦長は「馬鹿な真似はよせよ」と言うと、入港作業を急がせた。

 そんな声をよそに、ムウ・ラ・フラガは動きのよいジンを見つける。

 

 

 

 

 

「ヘリオポリスイレブンには、察知されていないようです」

 

 艦橋に響いた声は落ち着いていた。ただ事実を事実として報告する。そんな声音だ。

 艦橋は地球軍のものよりも広く、そして白で統一されている。開放感とどこか高級感が漂う。

 そんな艦橋に三色の軍服が、それぞれの定位置で作業をしていた。

 

 多くの者は緑色の軍服だが、二人だけ違う色の者たちがいる。

 それだけで、その二人が特別な存在だとわかるだろう。

 

「どうしますか隊長?」

 

 黒い軍服の男が白い軍服の男に問いかけていた。

 白い軍服の男は白い仮面をつけており、殊更異彩を放っている。

 だが、その場にいる者はだれひとりとてそれを気にする者はいない。

 

「むろん、予定位通りだ」

「返答を待たないのですか? 評議会ですよ」

 

 仮面の男は口角を少しあげた。

 

「スパイの話が本当なら、ここで手をこまねいている暇はない」

「ですが……」

 

 仮面の男は薄い紙のような電子媒体を、ゆったりと投げる。

 無重力の中、それは黒い軍服の男の目の前までやってきた。

 電子媒体にはいくつかの写真が記録されており、そこには見たことのない兵器が映し出されていく。

 

「全部で五機だ」

「自分は反対です。オーブを敵に回すような真似は――」

「責任は私が持つ」

「隊長……」

「ここで手を打たねば、同胞がたくさん死んでしまう」

「わかりました」

「アデス急げよ」

 

 アデスは短く「了解」と言うと視線を前に向けた。

 彼の背後では扉の開く音、程なくして閉じる音が響く。

 彼らの隊長は艦橋を後にしたのだ。

 

「あれは……ジンか?」とアデス。

 

 彼らは望遠カメラで、ヘリオポリスイレブン周辺をモニターに映し出していた。

 ブリッジ内では、反応に困った様子となる。

 ジンはコロニー周辺のデブリを素早い手付き片付けていく。

 

「のようです。ナチュラルごときに使われるなど」と部下のひとりが顔を歪めた。

「いい動きだな」

「はい?」

 

 アデスは「なんでもない」と話を切った。

 かつてザフト軍だったその機体は、まるで踊るように自由に宇宙を飛んでいく。

 そして瞬く間にデブリを片付け、程なくしてヘリオポリスイレブンへと消えていった。

 

(これ以上戦火を広げたくはない。だが、同胞を守るためだ。悪く思わないでくれよ中立国)

 

「とはいえだ。なるべく民間人に被害は出さないようにしないとなぁ……」

 

 アデスは軍帽を脱いで頭を少しかいた。

 

 

 

 

「キラ、あの動きカオシュンの?」

「なんとなく、できるかなって」

「俺もMS動かせたらなぁ」

 

 キラはトールと楽しそうに会話をしていた。

 親に心配されていることは、彼自身も罪悪感はあるのだが、彼自身はMSを動かすことに万能感にも似た高揚感も得ていた。

 ましてや、それで人助けができているのだとあれば肯定感を得てしまう。

 

「おい坊主。またジンのOSいじったのか?」

 

 呆れ半分の声が響く。

 キラの肩がわずかにはねた。それを見たトールは「また戻すの忘れたの?」と笑う。

 そこは作業用のジンが数機並んでいた。その内の一機にひとりの白髪の男が付き添っていた。

 

「まったく。いつも戻せって言ってるだろ」

 

 デブリの撤去作業を終えたキラとトールは、その場を後にしようとしていたのか、その声に反応して振り返る。

 

「戻すの忘れてました」

 

 老人は「忘れました、じゃねぇよ」と話を続ける。「お前のOSはマニュアル操作が多くて、後に乗る人が大変なんだよ」

「ごめんなさい」

 

 男の元に二人は戻ってくるが、彼は「大丈夫だ」と言うとバックアップをとっていたOSをジンにインストールする。

 

「キラ、スラスターの使い方は随分上手くなったな。卒業後はどうだ? うちで正社員として働かないか?」

「あ、俺は?」とトール。

「お前さんは、もう少し操作が落ち着けば良いんだがな。前向きに検討しといてやる」

「いやったー。キラ、どうする?」

 

 当のキラは驚きのあまり、話に置いていかれていた。

 

「良いんですか?」

「モルゲンレーテの社員だぜ」と喜ぶトール。

「違う違う。うちは厳密にはモルゲンレーテの下請けだ。まあ、うちからモルゲンレーテに行ったやつもいるけどな」

 

 キラは大きな話に戸惑う。卒業はまだまだ先で、将来の自分についてまるっきり考えていなかったのだ。

 そんな彼の様子を、見抜いている白髪の男は答えを急がない。

 彼の肩を優しく叩く。

 

「ま、卒業後の話だ。今すぐに答えなくていい。興味あったらいつでも来てくれ」

「わ、わかりました」

 

 二人の会話が終わると見るや、トールは口を開いた。

 

「俺はよろしくお願いしますね」

「そういうやつほど来ないんだよなぁ」

「俺は来ますよー。班長」

「へいへい。キラほど期待してないけどな」

「そんなぁ」

 

 三人は誰からともなく笑う。そこに声が割り込む。

 

「おい班長。そんなことより俺のジンの整備を急いでくれ」

「俺のって……なんだいオリバー? 次の作業は明日だぞ? 急ぐ必要はないだろう?」

「それが仕事だろ」

「――やけに噛み付くじゃねぇか」

 

 班長と呼ばれた男は、面白くなさそうに顔をしかめる。

 

「ガキの将来なんてどうでもいいから、早く整備してくれ。スラスター周りと右腕が不調だったんだよ」

「わかったわかった。だがな地球軍の船が入っているんだ。そっちの対応が先だ。さっさと報告に行ってこい」

 

 オリバーは「わかった」と言うと、その場を渋々といった様子で離れていく。

 

「やっぱり地球軍の船だったんだあれ」とトール。

 

 キラは彼と顔を見合わせる。お互いに不安を顔に浮かべていた。

 二人は戦争という言葉を思い出していた。

 ヘリオポリスのある宙域に、地球軍の重要な拠点はない。

 

「なんでまた」

「ああ、なんでもモルゲンレーテで地球軍の兵器を作っているらしい」

 

 二人は驚きの声を上げた。班長は慌てて口を抑えるが、時既に遅し「他言無用だ」と二人に口封じする。

 

「なんでオーブなんかで……」

「今日はもう上がっていいぞ。バイト代は受付で受け取ってくれ」

 

 そう言うと、班長は格納庫からどこかへと行ってしまう。

 

「あれ? オリバーさんのジンのメンテは?」とトールは背後にあるオリバーの機体を見上げる。

「そんなに不調そうには見えなかったからね。明日にでも見るんじゃない?」

「そっか。それもそうだよな。さて次は教授のところだな」

「思い出させないでくれよ」とげっそりと肩を落とすキラ。

 

 

 

 

 

「おっ。やっと来たか」

 

 色付きメガネをかけた少年が、困ったような笑顔でキラたちを出迎えた。

 

「大変だったんだぜサイ」

「どうせアルバイトだろ?」

「まぁね。それよりさ、サイ」

「なんだいトール?」

「キラが聞きたい事があるって」

 

 意地の悪い笑みを浮かべるトール。彼が振り返ったその視線の先には半目したミリアリア。

 

「トール。そういうの良くないと思うな」

「いや、その、俺は手伝いたいなって……」

「それでキラ。聞きたいことって?」とサイが促す。

「い、いや。それより地球軍の戦艦が入港してたよ」とキラは話をはぐらかした。

 

 サイ・アーガイルはわずかに顔を歪めた。近くにいた気弱そうな少年が心底嫌そうな顔する。

 

「中立国だよここ?」

「カズィもいたのか」とトール。

「影が薄くて悪ぅござんした」

「確かに、地球軍の船って聞いてびっくりしたな」

「無視かよ」とカズィは大きく項垂れる。

 

 トールは「ごめんごめん」とカズィに謝罪する。

 

「キラ。さっきの話本当?」とサイはキラに耳打ちする。

「そうだけど?」

 

 今度はサイが大きく項垂れる。

 

「フレイの親父さんが迎えに来たのかも」

 

 トールはキラの背後から飛びついて、前のめりになる。

 

「どういうことですか? サイ・アーガイルくん!」とトールが話を促す。

「聞いてたのか。いや、フレイの親父さんが近々こっちに来るかもって」

 

 キラは驚く。憧れだった少女と、そしてその婚約者の友人。どこか遠くへ行ってしまうような気持ちを抱く。

 自分が入り込む余地などなかったのだ。そう言い聞かせる。なにせ彼女は――。

 トールは考える素振りとなってから口を開く。

 

「太平洋連邦の事務次官だよな? フレイの親父さん」

 

 サイは「そうだよ」と首肯する。

 

 地球軍の官僚の娘だ。

 コーディネイターである自分とは相容れない。それがわかっていても、彼は憧れずにはいられなかった。

 キラたちの通うスクールのアイドル。サイ・アーガイルが婚約者だと知っていても、告白する男子は後を絶たない。

 

 だが、どの男子も悉くが撃沈している。

 キラもそれを目の当たりにしたのだが、自分も断れるだろうと思っていた。

 何よりもミリアリアからは、やんわりと反対されていたのだ。

 

「戦争が激化しているからね。彼女を連れて帰るかも」

 

 サイは「所詮は親同士が決めた婚約だし」とぼやく。

 二人が相思相愛であることは、キラも知っている。

 だから、連れて帰ってしまうかもしれない。という話に彼は少なからず同情した。

 

「ちょっとそれよりも」

 

 今度はミリアリアがサイに耳打ちする。

 

「あの子。誰?」

 

 キラ達は、そこで初めてもうひとり人がいることに気づく。帽子を深くかぶり、コートなどで顔を隠すようにしていた。

 彼らがその人物をあからさまに怪しむ。だが、当の本人は部屋の壁際で、どこか堂々した様子でキラたちの様子を見ていた。

 

「教授のお客さん、らしいよ?」

「らしいって」

「なんだかおっかなくてさ」とサイ。

「そうなんだよね。あんな仏頂面でずーっといるんだ。みんなが来てくれてよかったよ」とカズィ。

 

 再びキラはその人物に視線を向けて様子を伺う。

 人物から放つ空気はどこか刺々しく、余裕がないように見受けられた。

 話しかけようとすると、そっぽを向かれて拒絶されてしまう。

 

「それよりも教授に頼まれちゃってさ。キラ、お願いできる?」

 

 サイの一言で彼は現実に引き戻される。

 

「えー! こっちはデブリ片付けてきたばっかなんだよ」

「はいはい。いつもの感じで頼むよ」

「それなに?」とトールがキラの持つ端末を眺めた。

「フレーム接地モジュールの――とにかく、プログラムの解析だよ」

「はいはい。お話は後で」

 

 それからサイは全員に作業を指示出ししていく。そして彼は最後にこう締めくくった。

 

「誰かさんたちがバイトなんか行ってくれたおかげで、作業は現在進行系で遅延気味だ。急ぐよ」

 

 キラとトールはげんなりとした声音で返事をする。

 

 

 

 

 

「平和だな」

 

 凛とした声が響く。その声には厳しさが混じっていた。

 声を発したサングラスをかけたショートカットの女性が、目の前をゆく赤髪の少女たちの一団を見て、そうつぶやいたのだ。

 女性の隣には男性が二人。男たちは思い思いの言葉を女性にした。

 

「同じ年頃の少年兵を見ましたよ」と青髪の男性。

「さっさと戦争なんて終わらせたいものだな」と女性はつぶやく。

 

 女性の言う「終わらせる」は、敵に勝って終わらせるというものだ。

 

「なんとかしたいですね」と青髪の男性。

「そうだな」

 

 三人は程なくして目的の場所へと辿り着く。そこはモルゲンレーテが用意した工場。秘匿された場所であり、一般の人では立ち入ることは出来ない。

 そこでは地球軍の最新鋭艦が建造されていた。強襲機動特装艦アークエンジェル。

 アークエンジェルは、ほぼ完成をしており、後は艦船の弾薬、搭載兵器の納入のみだ。

 

 軍服に着替えた三人は工場の中を行く。

 途中何度も敬礼し、道を譲る三人。それだけ彼らより上の階級の兵士たちが多かった。

 そんな道中、開けた場所に出ると白い船体が彼らの視界に飛び込む。

 

「白いな。宇宙だと敵に見つかりやすくないか?」と女性。

「どういう意図があるんでしょうね?」と東洋系の男性が項垂れる。

「的になれってことでしょうか……」と青髪の男性。

 

 士気が下がると思った青髪の男性は話題をあからさまに変えた。

 

「そういえば、バジルール少尉。新型のモビルアーマーも開発しているって聞きましたが」

「初耳だな。Gだけと聞いていた。ノイマン曹長はどこで?」

 

 ノイマンの話に、女性は驚いた様子はない。

 彼女はなんとなく、そういうのもあるのだろうなという気持ちもあった。

 最新の技術で建造されるモビルスーツ。だが、地球軍のパイロットのほとんどはモビルアーマー乗りだ。

 

 その最新技術で作ったモビルアーマーのひとつや二つ、あってもおかしくないと思っていた。

 もともとモビルスーツの開発には、地球軍としても全面的に賛成というわけではなかった。

 敵の作った兵器を真似る。というのが、屈辱的なのだ。彼女もそう思う部分はある。

 

(だが、そんなことを言っている場合ではない。相手の兵器の有用性を認めないでどうする)

 

「誰かは忘れましたが、クルーに聞きました。なんでもパイロットが若く可愛い女性だという噂で」

「私の前でそれを言うか?」

「少尉の耳に届けておかないと、いざという時、困るでしょう? そうトノムラ伍長とも話しておりまして」

 

 隣にいたトノムラは大きく頷く。

 

「軍規が乱れている部隊もあると聞きます」

「負けが続いているからな。自棄を起こす者もいる、か」とバジルールは溜息をつく。

 

 彼女は心の中のメモに、先程の話を固く記しておく。

 

「後は、副長の技術士官殿も若くて美人だと聞いています」

「おいおい。そういう話、後どれだけ出てくるんだ?」と呆れた様子のバジルール。

「私は見ましたよ。確か提督の肝いり娘だとか」

 

 トノムラはモルゲンレーテの施設で見たと付け加える

 

「ご息女が軍に?」

「いえ、娘のように大事にしている人だそうです」とノイマンは補足する。

「そうか。今回のG計画は、提督が一番推進したものだったな」

 

 程なくして彼らは工場のとある一室に到着。中にはアークエンジェルの艦長がいた。

 どちらも地球連合軍では名のある軍人である。

 三人は挨拶を済ませると、次の任務へと移った。程なくして入れ替わるように、六人の軍人がその部屋へと入る。

 

「あれは?」とトノムラ。

「Gのパイロットたちだ」とバジルール。

「トップガンってことですね」とノイマンは眩しいものでも見るように見つめた。

 

 彼らは、艦長とトップガンの六人に、二度と会うことはなかった。

 三人が艦長と挨拶を済ませて程なくして、工場は爆破されたのだ。

 

 

 

 

 

~続く~

 




評価や登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。


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偽りだった平和~後編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。
また死ぬタイミングが変わるキャラも出ます。

【追記】
原作と違う設定
Nジャマー → Eジャマー。
核エンジンじゃなくてエーテルリアクターってものに変えてます。
核=エーテルとでも思ってもらえれば、幸いです。

設定語り
ちょろっとオリジナルの設定のお話をすると。
世界再編大戦が始まった原因がエーテルリアクター。
超都合のいいエネルギーの発明されたことで既得権益がぶち壊されたので戦争。

エーテルリアクターはクリアなエネルギーですって言われてたけど、
通信関係の阻害が出るってそこでわかって、
ミサイルぶっぱされた地区は通信繋がりにくいところに、
追い打ちでEジャマーで通信がもっと繋がりにくくなっていった。という世界。


 ザフト軍所属ナスカ級高速艦ヴェサリウス。そのブリーフィングルームに人が集まっていた。

 モニターの前に立って話をするのは白い仮面の男。ラウ・ル・クルーゼだ。

 その部屋には、緑、白、黒の他に、赤い軍服の少年たちが五人いた。

 

「――以上が作戦概要だ」

「中立国を攻撃、でありますか?」

 

 その作戦の内容を聞いたアスラン・ザラは驚きの声をあげた。

 彼だけではない。話を聞いていた仲間たちは一様に驚愕していた。

 

「何が中立国だ! やはりナチュラル共は滅ぼすべきだな!」

 

 ひとりの少年が怒りを顕にする。銀髪に青い双眸の少年は強い言葉を続けた。

 それに同意する声があがる。

 

「ふっ飛ばしてやりたいな」

 

 褐色の肌をした金髪の少年だ。

 

「イザーク。ディアッカ。君たちの気持ちは嬉しい」

「クルーゼ隊長」

 

 白い仮面を被ったクルーゼは彼らの気持ちを汲む。

 

「だが、間違っても民間人に怒りを向けるな。それでは野蛮なナチュラル共と変わらないからな。何より、我々は軍人だ」

 

 不敵に笑う彼に、アスランたちはナチュラルに対する皮肉だと受け取る。

 彼らの部隊の隊長は「民間人に被害を出さないように」と繰り返し付け加えた。

 それが自分たちコーディネイターなら出来るとも鼓舞する。

 

「そのため、今回の作戦ではジンの武装は標準装備となる」

 

 アデスが補足。それを聞いていたパイロットたちは頷くと「やってみせるさ」と言ってみせた。

 

「侵攻するモビルスーツ部隊の指揮はミゲル。お前に任せる」

「了解」

 

 金髪の男が自信満々に頷く。

 

「繰り返しになるが、今回の作戦は敵の新型兵器の奪取が最優先だ。できなければ破壊だ。――他に今回の作戦についての質問は?」とクルーゼが促す。

 

 イザークは再び口を開く。

 

「本当にモビルスーツは五機だけなのか?」

「スパイの話が本当ならば、な。作戦に予定外はつきものだ。臨機応変に対応してもらいたい。それが君たち赤服なら、私は出来ると信じている」

「できればかっこいいのがいいなぁ」とオレンジの頭髪の少年が口にする。

 

 アデスは「悪いが選んでいる暇はない」と淡々と言う。

 

「時間との勝負にもなる。厳しい作戦だが、同胞たちを守るためだ」とクルーゼ。

 

 そして彼は最後に「ザフトのために」と締めくくると、一同もそれを復唱した。

 

 

 

 

 

「陸戦装備は装着したか?」

 

 緑と黒の装甲服を身に纏った男性がアスランたちに声をかける。

 彼らもまた赤と白の装甲服をノーマルスーツの上から装着していた。

 

「ナチュラル共が作ったコックピットに、このまま入れると良いんだけどね」とディアッカが皮肉交じりに言う。

 

 イザークは「引っかかるだろうな」と装着具合を確認。手を開いたり握ったりして見せる。

 

「その場合は、俺たちがお前たちの装備を回収してやる」と緑の装甲服の男は笑う。

「ジンだったら、そのまま乗れるタイプもあるのにな」

「なら、ラスティ。お前はジンのままでいいぜ」とディアッカ。

「冗談。俺もミゲルみたいに専用機持ちたいので、Aタイプでもいいぜ」

「無理しなくていいのに」

「ディアッカこそ」

「おっと、ならどっちが早く奪えるか勝負だな。こりゃあ」

「ああ、いいぜ。受けて立つ」

 

 二人のじゃれ合いにイザークは溜息をつく。

 

「作戦を台無しにするなよ。おい、ニコル急げよ。作戦時間まで後少しだ」

 

 緑髪の少年に声をかけた「もうすぐ終わります」と各部を確認していく。

 

「お待たせしました」

 

 そう言うとニコルは装甲服の装着を済ませて立ち上がる。

 

「よし、坊主共行くぞ」

「ガキ扱いするな。赤服だぞ」

「俺より年下なら坊主だ」

 

 イザークは男に噛み付くが、本気で怒っているわけではない。

 相手が冗談で言っていると理解しているからだ。そんな二人を見ながら四人は笑う。

 

「っしゃ、じゃあいっちょやりますか」

「さっきの話、忘れるなよディアッカ」

「あたぼうよ」

 

 ディアッカとラスティーは軽く拳をぶつけ合う。

 

「アスラン、行きますよ」

 

 アスランは最後にロッカーの扉を開けて、貼り付けてある女性の写真に向かって一言。

 

「行ってきます母上」

 

 

 

 

 

 潜入は滞りなく進む。

 

「ここからは二手に分かれる。一度全員の顔を確認したい」

 

 そう言い終えると全員ゴーグル上の装甲を上へとずらす。そこから覗くのは、オレンジとパープルのバイザー。

 緑の装甲服はオレンジ。赤の装甲服はパープルの色をしていた。全員が首元をいじると色が消え、透明となり顔が鮮明になった。

 陸戦部隊の隊長は全員の顔を見回す。

 

「生きて帰るぞ。繰り返しになるが、我々はコーディネイターだ。そして軍人だ。無闇に民間人を巻き込むな」

 

 了解の返事を聞くと、男は続ける。

 

「イザークとディアッカは俺達と一緒に来い。スパイの連中と合流する。アスランたちの班は敵母艦のある工場を爆弾設置だ」

「こちらの人数が少なくありませんか?」とニコルが首をかしげる。

「スパイの連中もきな臭い。地球軍の罠の可能性と」

「と?」イザークが先を促す。

「俺があんまりスパイの連中を信用していない」

 

 イザークは「だがコーディネイターなのだろう?」と聞く。

 

「坊主覚えておけ、人の数だけ思惑があるってもんだ」

「ガキ扱いするな。それくらいわかっている」

「――なら覚えておけ。戦場では何が起こるかわからないんだ」

「それも知っている」

「そうだな。お前達は赤服だ。頼りにしてるぞ坊主」

 

 イザークが何か言うより先に、アスランが口を開いた。

 

「では、作戦行動に入ります」

「おう。そっちの指揮は任せたぞアスラン」

「ふん! 指揮を任せられたからといって、いい気になるなよアスラン。次は俺だ」

「わかっている」

 

 イザークは顔をしかめるが、すぐに柔らかいものとする。

 

「待ってるぞ」

「ああ。そっちは頼んだ」

 

 五人は腕をぶつけ合い、互いを鼓舞する。それを見た他の面々も真似をして別れていく。

 

 

 

「そういえば、バジルール少尉。新型のモビルアーマーも開発しているって聞きましたが」

「初耳だな。Gだけと聞いていた。ノイマン曹長はどこで?」

 

 爆弾設置に動いていく中、アスランたちは敵の将兵の話を盗み聞く。

 アスランはハンドサインで、ラスティとニコル。それと他の面々に素早く指示を出す。

 将兵たちがいなくなると、彼らはすぐに相談をした。

 

「どう考えますノムラさん」とアスラン

「情報にないな。多少ムラが出るが爆弾の設置を急がせて、隊長と合流を急ぐとしよう」

 

 アスランたちは爆弾を設置し終えると、素早く来た道を戻っていく。

 

「しっかし、女ねぇ」

 

 ラスティは「呑気だな」と話を続ける。

 新造の戦艦に、秘密兵器の開発をしている場所だ。ならば厳格だろうと考えていたが、敵の軍人は女の話をしていた。

 ラスティは呆れるどころか、どこか共感してしまう。

 

「確かにうちの部隊も、女っ気少ないよな」

「そういう話はディアッカとしてくださいよ」

 

 ニコルは困ったように笑う。アスランも同意見だったが、他の面々は違ったようだ。

 誰が可愛いだの、ガモフにいる整備兵に女性がいるだので、大いに話は盛り上がった。

 爆弾が起動すれば、そこから先はこんな馬鹿な会話はできない。アスランはノムラが何も言わないのを確認して、しばらくそのままにした。

 

「アスランはこういう時、話に入ってこないよな」とラスティ。

「アスランにはラクス様がいますし」

「かー、お高く止まって」

「親同士が決めたことだ」とアスランは自嘲気味に言う。

「でも、足繁く通っているって聞きましたけど? なんでも自作ロボットをプレゼントしたとか」

 

 ニコルの指摘にアスランは渋い顔となる。ゴーグル型の装甲が顔を覆っているとはいえ、急に無言になった彼に、部隊の面々は小さく笑い出す。

 

「微笑ましいことで」とノムラ。

「あーあ。俺もアイドルと結婚したーい」

「ラスティ。さすがにそれは夢見すぎでは?」

 

 ニコルに言われた彼は「えーでも」と言った後にしばし考える素振りとなった。

 

「ニコルはあれか? お姉ちゃんみたいなのが好みだったりするの?」

「あ、姉は関係ないでしょう! あ、でも気の強い人は好きです」

「やっぱ、お前の姉ちゃんじゃねぇか」

「で、でも姉は関係ありません」

「そうだよな。じゃあ今度俺に姉ちゃん紹介してよ。アイドル諦めるから。その代わりエースパイロットの方と――」

「じゃあってなんですか。僕は認めませんよ!」

 

 アスランは内心驚く。ニコルの頑なな一面を見たのは初めてだった。

 ラスティも同様だったのかしばらくポカンとした後、笑い出す。

 

「姉ちゃん大事にしろよ」

「言われなくても。むしろ心配されるばかりで」

「だろうな」

 

 ノムラが口を開く。

 

「そろそろ合流地点だ。静かに――」

 

 銃声が響く。

 それと同時に会話は終わり、アスランは素早く指示を出す。

 ラスティとニコルが先行し、通路抜けると彼らはハンドサインをした後、左右に飛ぶ。

 

 直後、爆煙。煙の中を手榴弾が無重力をふわふわと浮いてアスランたちへと迫る。

 それを緑の装甲服を来た兵士が手に取り素早く遠くへと投げ飛ばす。予めハンドサインで伝えられていたからこそ、彼らは冷静に対応できたのだ。

 爆発と同時にアスランたちは突撃した。

 

 銃撃戦が行われたが、ほぼほぼ散発的なものだった。コーディネイターたちは、その身体能力を遺憾なく発揮し、バッタのように、あるいはうさぎのように飛び跳ねて攻撃。

 瞬く間に鎮圧した。

 戦闘が終わるとあたりは残骸と、人だったものが浮いていた。

 

「何があったんですか?」

「スパイの連中がヘマしやがったんだよ」

「俺たちじゃねぇ! あいつだ! そ、それにまだ兵士はこんなにいるじゃねぇか!」

 

 イザークたちの班はスパイと合流した。しかし、そこを襲われたのだ。

 予め用心していたことが幸いし、負傷者だけで済んでいるが、戦力の大幅なダウンは免れない。

 陸戦部隊の隊長はスパイたちに冷たい視線を向けた。

 

「ノムラ。何人か連れて、負傷者を連れて帰れ」

「了解」

 

 ひとりの男が咳き込む。彼の周囲には巨大な赤い血溜まり。

 

「よお班長。お目覚めかい? よくも俺様に泥を塗りつけてくれたな。落とし前はつけさせてもらうぜ」

「オリバー。てめぇ……」

「あばよ。くそったれなジジィ」

 

 オリバーは心底忌々しげに銃口を向けた。

 

「俺を殺すのか?」

「当たり前だ!」

「そうかい。あの二人には悪いことしちまったな」

「なんのことだ?」

「まあせいぜい後悔しなってことだ」

 

 班長は「孫に会いたかったなぁ」と言い残すと、乾いた銃声。班長と呼ばれた男は二度と動かなくなった。

 

「これで安全だ。俺たちをプラントに連れて行ってくれ」

 

 そこには総勢四人のコーディネイター。彼らは中立国にいた人間だが、昨今の世界情勢を受けてプラントに亡命を考えていた。

 

「――まだお前たちにはやってもらうことがある」

 

 

 

 

 

「そろそろ時間だな」

 

 クルーゼが言うとブリッジに緊張が走る。オペレータたちは口早に状況を報告していく。

 

「機関出力最大」

 

 アデスが言うとオペレータのひとりが復唱する。

 

「Eジャマー起動」

「Eジャマー起動します」

「微速前進」

「微速前進」

「続いてジンの発進準備急げ。装備は標準だ。コロニーを傷つけるなよ」

 

 ヘリオポリスイレブンからはすぐに警告と、状況報告を求める通信が入るものの、Eジャマーの効果からか、通信は途絶する。

 

「以降ガモフと僚機にはレーザー通信と光通信による交信とする」

 

 程なくしてヘリオポリスイレブン所属のミストラルが多数出撃。次いで、先程入港した地球軍の艦とモビルアーマーが三機出てくる。

 

「メビウスゼロいち。熱源さらに増」

 

 ヴェサリウスとガモフはある程度の距離まで来ると、艦砲射撃で敵艦を集中砲撃した。

 出てきた地球軍と入れ違いにミゲルたちのジンが潜入。そしてガモフ所属のジンたちは、出てきた戦力の足止めを開始する。

 

 クルーゼ隊の作戦は次の通りだ。

 まずヴェサリウスとガモフがヘリオポリスイレブンへと攻撃。次いで敵の新造艦を工廠ごと爆破。

 攻撃されたヘリオポリスイレブンと地球軍が混乱したところで、ミゲルたちを送り込み、敵の新型モビルスーツの奪取を行うというものだった。

 

 ミストラルなどはジンの相手にならず、瞬く間にその数を減らしていった。

 地球軍の主力兵器であるメビウスも同様に、一機のジンに翻弄されたところ別の機体が援護して撃墜。

 残った一機もモビルスーツの旋回性能に追従できず、すれ違いざまに重斬刀で真っ二つとなった。

 

 地球軍の艦はというと、巣穴から出たばかりのため航路は容易に予想がたち、そこへ集中的に艦砲射撃を浴びせるだけで終わった。程なくして蜂の巣となり宇宙の塵となる。

 

「コロニーの損傷は?」とクルーゼは確認を急がせる。

 

 彼なりに大義名分はあっても、後の面倒事は極力減らしたいと考えていた。

 

「認められません」

「まあ、この後どちらにせよ敵の工廠地区は吹き飛ばすのだがな」

 

 クルーゼは自嘲気味に笑うも、それは一瞬で終わる。

 溜息をつくと、口元大きく歪めた。程なくしてジンの被弾報告が来たのだ。

 仮面の男は内心「またあの男か」と笑う。

 

「運命という言葉を、信じたくなる時があるな」

「はい?」とアデスは振り返った。

「なんでもない。厄介な敵がいるな。私も出よう」

「隊長が、でありますか?」

 

 アデスは驚くが、すぐに格納庫へと通信。隊長機の準備を急がせた。

 

「アデス。爆破予定は?」

「そろそろです」

 

 程なくしてコロニーの一部が真っ赤に光る。音は伝わらないが、小さな破片などがヴェサリウスを時折叩いた。

 

 

 

 

 

「隕石でもぶつかった?」

「デブリ回収する時にそんなこと聞いてないよ」

 

 サイの言葉にトールは「知らない」と口にする。ミリアリアは不安気に彼の手を掴んだ。

 

「と、とにかく、こここから出ないか?」

 

 カズィの提案に誰も反対しなかった。

 おかしい、異常事態だ。宇宙にあるコロニーで揺れなど、尋常ではない。

 誰もがなんだろうと思っていると、さらに振動が続く。

 

「ねえ、これ爆発の音?」

「なんでコロニーの中で?」

「隕石じゃないの?」

 

 誰もが首を傾げた。何が起きているのかわからないといった様子。ただひとりだけ除いて。

 帽子を深く被った人物は何かに気づくと、慌てて研究室を飛び出していく。

 それに続くようにして、キラたちも研究室を後にした。

 

「キラ?」と呼び止めるミリアリア。

 

 彼は非常口とは別の方向、帽子を被った人物を追いかけ始めたのだ。

 

「先に行ってて、避難場所知らないのかも」

「早く来てね」

「わかった」

 

 後にキラは思う。この時彼女を追いかけていなければ、色々と変わったのかもしれない、と。

 

 

 

 

 

「ナチュラル共の慌てふためく顔が浮かぶな」

 

 イザークは眼下に運ばれる兵器たちを見て小さく笑う。

 

「もう遅いってのにな」

 

 今、まさに地球軍は巣穴を突かれて、自分たちの秘密兵器を運び出していた。

 ジンとは違うモビルスーツ。スパイの話によればジンを軽く凌ぐ性能の兵器だ。

 ザフトのお家芸であるモビルスーツを真似するどころか、強いのを作った。それが気に入らないとイザーク。

 

「ラスティ忘れんなよ」

「吠え面をかかしてやるディアッカ」

 

 ニコルは素早く事前の報告と違うことを指摘。

 

「数が少なくありませんか?」

「新型のモビルアーマーも見当たらないな」

「まだ格納庫にあるのかもしれない」

「作戦の最終段階だ。気合い入れろ」

 

 陸戦部隊の隊長が言うと、全員は素早く動いた。

 友軍のジンも到着したことで接敵は比較的に容易で、瞬く間に地球軍の兵士たちを排除していった。

 彼らはなるべく民間人を巻き込まないように戦闘したが、地球軍は違ったようだ。奇襲されたためか、混乱しており、放った砲弾などが民間人を吹き飛ばしている。

 

「民間人すら吹き飛ばすのか! ナチュラルってのは!」

 

 イザークは怒りをぶつけるように叫ぶ。

 

「敵味方の区別もついてないんじゃないか?」

 

 ディアッカの視線の先では地球軍同士で撃ち合っていた。

 

「急いだほうがいいな」とアスラン。

 

 誰よりも早く、イザークは地球軍の新型モビルスーツのコックピットへと潜り込む。

 案の定装甲服のままだと、座るには支障はあったが、中は広かった。そのため外した装甲部分をそのままコックピットに置いて持ち帰ることとする。

 

「なんだこのOS……」

 

 ひと目見て、とても動かせるような内容ではなかった。

 イザークは舌打ちすると、自爆コードを解除しつつ、最低限動くようにOSの修正を始める。その事実を仲間に報告。

 

「ディアッカ、早くしろ」とラスティはディアッカの援護していた。

「爆弾投げ込まれないように頼むぜ」

 

 すでに勝負はどうでもいいのか、彼らはやるべきことを進めていく。

 

「オーケー。大体把握した」

「ラスティこちらは大丈夫です」

「まだ敵兵がいるんだよ。気にするなニコル」

 

 ディアッカに次いでニコルが地球軍のモビルスーツに乗り込む。

 イザークはOSの応急処置を済ませると、外の状況を素早く判断。

 

「ディアッカ、ニコル。急げよ。アスランたちに負担がかかっている」

 

 二人は短く「了解」と言うとキーボードを操作していく。

 

「後、二機はどこにあるのでしょうか?」

「ちっ、援護するぞ」

 

 三機のモビルスーツが立ち上がったところで、別の爆炎があがる。

 ひとつの機影が煙を突き破って現れた。

 

「あれは、メビウスゼロってやつか?」

「いや、よく見ろ。データと違う」

 

 メビウスゼロと呼ばれる機体に酷似しているが、オリジナルと比べ、全体的に鋭角化していた。

 機体の配色も黒と白であり、機首の下についている砲門の数も二つ。胴体部の下部にも大きな兵装が二つ。

 イザークは資料で見たのより、攻撃的なイメージを抱いた。

 

『三人は行ってくれ』

 

 イザークが判断するより早く、アスランが指示を出す。

 

「――そうだな。アスラン、ラスティ。しくじるなよ」

 

 イザークは去り際に、機体の武装を使って、地上の地球軍へと攻撃。

 機体の頭部から発射された攻撃は、地上の武装車輌や兵士たちを瞬く間に塵芥にした。

 三機のMSと二機のジンがコロニーの空へと消えていく。

 

 それを新型のモビルアーマーが追跡するが、一機のジンがそれを阻んだ。

 

「ミゲルが残ったか。急ぐぞ」

 

 陸戦部隊の隊長の言葉に、アスランとラスティは首肯する。

 

「おい、アスラン。倉庫から出てきてるの含めると後三機ないか?」

「なんだって?!」

 

 

 

 

 

 キラの目の前の少女は、自身の父親に対して罵詈雑言を叫んだ。

 彼らの眼下には見たこともないモビルスーツが二機。いや、三機。一機は工場から持ち運び途中だったのか、機体の半分が外に出ていた。

 叫んだ声に反応して、銃が向けられる。キラはとっさに少女を引っ張る。

 

 彼の目の前にあった手すりから火花が散る。寸前のところで銃弾から少女を守った。

 しかし、少女は泣き出してしまう。キラは必死に少女を励ましながら避難シェルターへと急いだ。

 背後では銃声と爆発音。

 

(嘘だ。こんなの嘘だ)

 

 キラも叫びたい衝動を抑えて必死に逃げた。

 銃声が聞こえない場所まで来ると、避難シェルターの入口に到着する。

 端末を操作して、中に呼びかけるが、中からは「二人も入れない」と断られてしまう。

 

「ひとりだけでも、女の子なんです」

「わ、わかった。君は?」

「別のシェルターを使います」

「すまん」

 

 それまで呆然としていた少女が急に我に返る。

 

「ま、待て。私は」

「良いから入れ。僕は別の避難シェルターに行く」

 

 キラは少女を無理矢理押し込むと、周囲を見渡す。

 

(戦争しているんだ……)

 

 彼は自身の臓腑が、零れ落ちていくような錯覚がした。

 血の気が引く。だが、すぐに冷静になると周囲を見渡す。

 目につく避難シェルターは満員であり、来た道を戻るしかないと告げていた。

 

「来た道を戻るしかないのか」

 

 彼は戻る道中「どうして」と叫びたくなった。

 ただ暮らしていただけなのに、なぜ地球とプラントの戦争に巻き込まれなくてはならないのか。

 今も下では、銃撃戦はまだ続いていた。

 

「そこの君! どうして戻ってきたの?」

 

 叫び声がキラの耳朶を突き刺す。声の方へと向くと、下で女性が銃を手に戦っていた。

 

「満員でした」

「どうする気?」

「ぼ、僕は、大丈夫です。奥のブロックに向かおうと思います」

「入口だけしかないわ。あそこは」

 

 キラは一瞬思考が止まる。それを引き戻したのは、一発の銃声。

 見れば半分出ていた機体のコックピットに赤白の装甲服を来た人物が潜り込んでいた。

 それを援護するように赤と緑の二人が立ちふさがる。二人は驚くべく速さで、その場にいる面々を、殺していった。

 

「ラスティ急げ!」と陸戦隊の隊長は叫ぶ。

『了解! ってひでぇOSだなおい……』

「アスラン援護だ!」

「了解」

 

 時間がないと悟った女性は口を開く。

 

「降りてこい!」

 

 キラはその言葉に従って、その場から飛び降りる。高さは十メートルを超えているのだが、彼は難なく着地。

 それもモビルスーツの上という、不安定な場所にだ。

 女性は驚いたものの、すぐに銃撃を再開。

 

 気炎の雄叫びがキラたちを叩いた。緑の装甲服を来た男が突撃してきたのだ。

 女性は咄嗟に銃弾を浴びせるが、装甲に阻まれて弾かれていく。

 

「やめろぉ!」

 

 キラは咄嗟に跳躍して蹴りを見舞う。

 無我夢中だった。自分も殺される気がして、体が動いたのである。

 だが、相手は冷静だ。食らう寸前に後ろへと飛び跳ね、威力を殺す。

 

 そして銃口をキラに向け――。

 

「だ、駄目! その子は民間人なの!」

「民間人?!」

 

 女性の悲痛な叫びに相手は動きが鈍る。

 

「隊長! ロケットランチャーです!」

「何?!」

 

 アスランが、緑の装甲服の男を援護しようとして、咄嗟に突き飛ばされる。直後に爆発。

 三人は吹き飛ばされる。

 

「くそっ!」

 

 アスランの頭部を守る装甲部分が消失していた。

 ロケットランチャーの爆風で吹き飛んだのだ。彼は素早く武装を確認するが、どれも爆風で使い物にならなくなっていた。

 装甲服と武装の損傷で済んでいるが、相手はそうではない。余波で負傷したのか女性も肩から血を流していた。

 

 アスランは舌打ちすると、装甲服をパージ。ナイフを抜き放つ。そして女性士官へと飛びかかり――。

 間に飛び込んだ人物を見て動きが止まる。

 

「キラ……?」

「え? アスラン?」

 

 その瞬間。格納庫から半分だけ出ていた機体が動き出す。

 

『二人共無事か?』

 

 上体を起こす際、周囲の建物を破壊していく。

 そして先程のロケットランチャーや、その前から起きていた戦闘の余波で、火が燃え広がっていった。

 キラはその時、音を立てていくように、平和が崩れていくのを感じた。

 

 小規模から、中規模の爆発が発生する。

 見つめ合う二人の少年。別れたあの日の光景を二人は思い出す。

 女性が目を覚ますと、呻きながら銃を構える。

 

 アスランはそれに気づくと、跳躍して銃弾を躱していく。

 

「あっ!」

 

 キラは手を伸ばそうとしたが、それを女性が阻む。彼を無理矢理コックピットに押し込むと、自分も中に乗り込んだ。

 炎が工場全体に広がっていく。アスランは炎の海の中を進み、残った一機の機体へと乗り込む。

 

 キラと女性が乗り込んだ機体が動き出す。

 機体を拘束していた、あるいは保護していたハンガーを壊わし、繋がれていたケーブルたちが外れ、徐々に機体が動き出す。

 燃え盛る炎の中、二機のモビルスーツが立ち上がった。

 

 

 

 

 

~続く~

 




ラスティにもガンダムを与えて、アスランの前で死んでもらう。絶対にだ。

評価や登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

【追記】
次の話は2021年10月16日土曜18時位目安に更新します。


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その機体の名はGUNDAM~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。

後で追記


 キラはコックピットに入り込むと、慣れた手付きで空いたスペースへと体を動かす。

 それを見た女性士官は、目を見開いたがすぐにコックピットであれこれ操作を始めていく。

 その間、キラはモニターに映る隣の機体を見た。

 

 その機体に親友とよく似た人物が、乗り込んだのを見たからだ。

 彼は未だに信じられないと、嘘だったのではないのか。見間違いだったのではないかと、思い込んでいた。

 しかし、それならばなぜ彼は生き残ったのか。

 

 相手がキラを視認したことで、その手を止めた。

 

(戦争なんて嫌いだって言っていた。だから、そんなことはないはずだ)

 

 だから違うとキラは思い込もうとした。

 女性士官が機体を動かそうとスイッチを入れていく。

 モニターにGeneral Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver Synthesis Systemと表示される。

 これを見たキラは咄嗟に頭文字をとって――。

 

「ガ、ンダ、ム?」

「動くわよ――」

 

 キラは慣れた手付きで体を固定し、モビルスーツの動作に備えた。

 

「――捕まって、るわね」

 

 キラはコックピット周辺を見渡す。

 

(それにしても、このコックピット。ジンと同じ?)

 

 実際にはザフト軍のジンと、キラが扱っていた作業用のジンのコックピットは違う。

 ヘリオポリスイレブンで運用されていたジンは、Gの開発のためモルゲンレーテ社がコックピットを換装したのである。

 当然ながらキラは、ザフト軍のジンのコックピットを知らない。彼が知っているジンは、その換装されたジンだからだ。

 

「飛び出すわよ。備えて」

 

 キラは衝撃に備えた。

 

 

 

 

 

 コロニー上空――と言っても筒状なので中央部分――で光が瞬く。

 ミゲル・アイマンは舌打ちして、機体を縦横無尽に動かす。

 コックピットでは絶えずアラートが鳴り響き、モニターに光が走る。

 

「俺の機体があればこんなやつ! って言いたかったがな……」

 

 戦いは一方的にミゲルの優勢で進んでいる。普通のモビルアーマーなら、とうの昔に落としていた。恐らく撃墜だけなら五回はできただろう。

 だが相手のモビルアーマーは今も現存し、平然と動いていた。

 ミゲルのジンに肉薄しようと、全力で噴射して突進してくる。

 

 彼は余裕をもって機体を旋回させる。

 

「旋回性能はこっちが上なんだよ!」

 

 コックピット内で叫んだところで、接触しないと相手に声は届かない。単なる独り言だ。

 それでもモビルスーツ、モビルアーマーのパイロットは戦闘中に独り言を言うのが多かった。

 ミゲルは頭のどこかで、これを言っても意味がないことはわかっていても、湧き上がる激情を吐き出さずにはいられない。

 

 ジンが重突撃銃を発砲。

 連射せずに、三点バーストに切り替えていた。

 原因はわからないが、相手のモビルアーマーはジンの攻撃を弾いていた。

 

(衝撃は届いているのか? 鈍くなっているな)

 

 彼は目の前のモビルアーマーに、似た機体と戦闘したことがあった。

 新星、今はプラントを守る宇宙要塞ボアズ。それの争奪戦の時に、メビウス・ゼロと戦闘していた。各部に差異は見られ、武装や推進ユニットの配置なども違う。色もオレンジではなく、黒と白と違っていた。

 そして戦闘したメビウス・ゼロと違い、起動ポッドなどが射出される様子はなかった。

 

(しかし、厄介だな。モビルアーマーがビーム兵器の小型にこぎつけたのか。こいつが量産されれば、これからの戦争は難しくなるな)

 

 ミゲルは撤退を視野に、相手の機体の情報を収集していく。

 

(仮称、メビウスメタルスってところかな)

 

 重突撃銃の三点バーストがクリティカルヒットしたのか、相手の仮称メビウスメタルスは機動がふらつく。

 そこを見逃すミゲルではない。彼は機体の四肢を振り回し、スラスターを噴射。先程とは違った急旋回を見せる。

 そのまま新型のモビルアーマーに肉薄して、左手で逆手に抜刀した重斬刀で、すれ違いざまに斬りつける。

 

 接触回線から悲鳴が響く。ミゲルは一瞬だけ、動揺したもののすぐに平静に戻る。

 

(これだから接近戦は嫌なんだ)

 

 モビルアーマーはそのままコロニー地表へと落ちるが、機体の破損は見られない。

 

「インチキかよっ! その装甲!」

 

 そのまま追撃しようとしたが、眼下で光が膨れ上がる。

 直後にコックピット内にも響く爆発音。

 ミゲルは咄嗟に音の方へと視線を向けた。

 

「アスラン! ラスティ! そっちは大丈夫なのか?!」

『ミゲル! 機体のOSが糞でまともに動かせない。援護頼む!』

 

 地上で地面に四つん這いとなっていたMSが一機。

 爆発の中から二機飛び出す。どの機体も色味が灰色である。

 ミゲルはこの時「塗装前か」としか思わなかった。

 

(ラスティのは……イザークのに似ているな。ってことは、あのタイプは量産されているかもしれないな)

 

 ミゲルは内心ゾッとする。

 地上の戦力に注意を払いながら、機体を下降させていった。

 途中生きていた戦闘車両から攻撃を受けるが、重突撃を単発で発砲して撃破。

 

「悪いな地球軍。俺たちは負けられないんだ」

 

 

 

 

 

 ヘリオポリスイレブンにある、工場区画が爆発によって吹き飛ぶ。

 ザフト軍と地球軍による戦闘で、何かしらに引火したのが原因だ。

 炎と黒煙を背に二つの影が飛び出し、それらがコロニーの大地に降り立つ。

 

「生き残っている友軍は応答せよ! 至急援護を!」

 

 女性士官の呼び声に応答する声はない。

 キラは驚きながらも、モニターから周囲の状況を確認していく。

 見知った顔がいくつか視界に入る。

 

(トール! ミリアリア! まだ逃げてなかったのか?!)

 

 コックピット内部に警告音が鳴り響く。

 

「上?!」

 

 ジンが一機降り立ち、他の二機のモビルスーツより前に出る。

 

「六機目だと?」

「そっちは地球軍の士官が乗り込んでいる」

「アスラン! ラスティを連れて撤退しろ!」

 

 ミゲルの駆るジンが飛び出す。重斬刀を抜き放つ。

 この時彼は、接近戦によって機体の奪取を狙っていた。重突撃銃で機体の動力部に被弾することを恐れたのだ。

 また彼のコックピット内からでも、逃げ遅れている民間人が多数いることが確認できていた。

 

 流れ弾が民間人を吹き飛ばす可能性を考慮し、なおかつ白い機体の視線を自身に誘導したのである。

 白い機体は頭部に備えられた兵装で対抗するが、まるで照準が合っていない。

 明後日の方向に弾丸の軌跡が走った。

 

(え? この機体)

 

 キラは、自分の乗っている機体が未完成であると理解する。

 白い機体はノロノロと動きながらジンから、距離をとろうとするが、あっという間に詰められてしまう。

 女性士官は咄嗟にコックピット内にあったボタンを押す。

 

「もらったぁ!」

 

 直後、機体に色が走る。

 

「何ぃ?!」

 

 六機目が前腕で重斬刀を受け止める。直後、質量の伴った金属と金属がぶつかり合う激しい衝撃と轟音。

 近くを逃げる人々の歯の奥にまでビリビリとした衝撃が伝わる。

 ミゲルは叫んだ。

 

「こいつもインチキ装甲だってのかよっ!」

 

 重斬刀を受け止めた部分からは、血が吹き出すように火花が散る。

 

「フェイズシフト装甲だ」

「何?!」

 

 アスランは素早く機体のコンソールを操作して、どういう装甲なのか説明する。

 電力を通電することで装甲が相転移する仕組みの装甲だ。

 一度展開されれば、実弾兵器や実剣の攻撃は全て無効化されてしまう。

 

 アスランの奪った機体も色が走る。次いでラスティの機体も色がついた。

 赤の機体。灰色と黄色の機体。

 ジンはモビルアーマーの方を睨む。

 

「そういうことか。だったらあのモビルアーマーも奪わないとな」

「モビルアーマーもかよっ!」

 

 ラスティは驚きのあまり口をついで出る。

 ミゲルは、いつまでも動かないアスランに気づく。

 彼が二人より前に出ているのには、もうひとつ理由がある。

 

 相手の注意を自分に向けさせるためだ。

 もし相手が自分たち以上に、機体を動かせるのならば。

 彼自身は「ナチュラルがモビルスーツなどと生意気だ」と一蹴したい。

 

 とはいえ、相手は未知数だ。せっかく奪った機体と、新入りのパイロットを失いたくなかった。

 このまま二人に戦場にいられては困るのだ。

 ミゲルはアスランらしくない挙動に、苛立ちを覚え声音に乗せた。

 

「おい急げアスラン! ラスティはお前と違うんだぞ!」

「悪いアスラン。手を貸してくれ。この場でOSの調整するのはムズい」

「フェイズシフト装甲とやらなら、護衛もいらんだろう! 行け!」

 

 アスランは顔をしかめる。そしてミゲルと対峙している白い機体を見つめる。

 

(あいつがこんなところにいるはずなんてない……だが……)

 

 アスランは渋々といった様子で、ラスティの機体と共に離脱。

 二機はコロニーの空へと消えていった。

 直後にジンが発砲。まともに動けない白い機体はそれを受けてよろめく。

 

「みすみすと……」

 

 奪われた機体が飛び去るのを、眺めることしかできなかった女性士官は下唇を噛みしめる。

 

「脅かしやがって。鈍くさ動くところは、ナチュラルに相応しいな」

 

 ミゲルは素早く機体の状況を確認。

 噴射剤の残量は残り半分以下。重突撃銃の残弾は三分の一。バッテリー残量も残りは少なかった。

 

(あのモビルアーマーに時間かけすぎたな)

 

 そこでコックピット内にアラートが鳴り響く。

 彼は舌打ちして、モビルアーマーが墜落した方角から機体を隠すように、光を避けた。

 直後に地面が焼かれ爆発が複数起こる。

 

「だからナチュラルは! コロニー内でビームをぶっ放すやつがあるか!」

 

 光弾が走った後に、白黒のモビルアーマーが駆け抜けていく。

 ミゲルは咄嗟に重突撃銃を構えて、民間人がいることに気づいた。

 発砲せずペダルを踏み込む。

 

「それが軍人のすることか!」

 

 ジンは飛翔し、モビルアーマーに一気に迫った。

 推進剤が足りないのか、あるいは先程の戦闘の影響か、モビルアーマーの動きは格段に悪い。

 それを見逃すミゲルではない。重斬刀を抜刀し、上段から一気に振り下ろす。

 

 重斬刀とフェイズシフト装甲が激突。

 金属と金属が激しくぶつかり合い轟く

 モビルアーマーから火花散り、工場地区へと墜落。フェイズシフト装甲を装備しているのか、バラバラにならず地面を滑った。

 

「お前も! 民間人を巻き込むってのか!」

 

 ミゲルの視線の先。白い機体の背後には民間人の姿。

 

 

 

 

 

 モビルアーマーが放ったビームは、思わぬ形で被害を生んでいた。

 二人の男女の目の前は赤黒く、道路がドロドロに溶けている。

 そこには彼らより先に、逃げていた人たちがいたはずだった。

 

 老いも若いも、男女も関係なく、跡形もなく消えていた。

 モルゲンレーテの工場から逃げていたのである。

 だが、その人達は光が走ると消えていた。

 

「トール。さっきまであそこに……みんなが」

「あ、ああ! ああっ! もう見るなミリィ!」

「どうして……どうしてなの?!」

 

 彼らは人が蒸発するところを、目の当たりにしたのである。

 

「う、嘘よ」

「ミリィ。逃げよう。立つんだ」

「でも、どこに?」とカズィは辺りを伺う。

「まだ高温だ。迂回しよう」とサイは提案する。

 

 誰も彼もが「こんなのは嘘だ」と叫びたかった。平和なはずの中立国オーブ。そのコロニーであるヘリオポリスイレブン。

 つい数時間前まで、戦争と無縁だった場所は、あっという間に地獄と化した。

 戦争から逃れるように、彼らは走る。

 

「君たちこっちよ!」

 

 声がトールたちの耳朶に届く。

 見れば金髪の女性が手招きしていた。

 彼らは無我夢中で、その声にすがりつく。

 

「急いで!」

 

 白い機体の近く。トールたちは走って逃げていた。

 シェルターに逃げ込むはずだったのだが、教授の研究施設――否。モルゲンレーテの工場にあるシェルター―は、埋まっているか、戦いの影響で使えなくなっていた。

 彼らは自分たちの足で逃げるしかなかったのだ。

 

 

 

 

 

 そしてそれをキラは、白い機体の中で視認する。

 

「来るっ! 掴まって!」と女性士官は悲鳴のように叫ぶ。

 

 ジンはスラスターをふかして、キラたちに肉薄しようとしていた。

 女性士官は咄嗟に後ろに逃げようとするが、それよりも早くジンは手を伸ばし、機体の肩の部分を掴んで引っ張り転がす。

 モニターに映し出される天地が目まぐるしく、変わっていく。

 

 女性の士官は目をつむり衝撃に叫ぶ。

 そんな中、キラは咄嗟に視線を動かす。

 ミリアリアたちから、離れていくことに安堵する。

 

「このぉ!」

 

 機体を素早く起き上がらせようとするが、機体は思うように反応しない。

 ジンはゆっくりと重突撃銃を構えて、単発射撃で確実に当てていく。

 コックピット内は激しく揺れる。女性士官は衝撃に耐えかねて、負傷した肩を抑えた。

 

 ようやく起き上がった白い機体にジンが迫る。

 重斬刀でコックピットを狙った一撃。刺突をお見舞いしようとしていた。

 ミゲルは先程のモビルアーマーとの戦闘で、フェイズシフト装甲は完璧ではないと看破している。

 

 如何に実弾に強くとも、衝撃までは無効にできない。そしてそれは、中のパイロットまでダイレクトに届くと確信していた。

 ミゲルは更に強い一撃を見舞うため、ジンのスラスターを使って一気に加速。

 白き機体はようやく動き出す。

 

「これなら!」

 

 キラは咄嗟に操縦桿に手を伸ばす。

 重斬刀の切っ先がモニター全面を覆う。

 激突する間際、白い機体は姿勢を崩し、しゃがむような形となる。

 

 重斬刀の切っ先は空振り、白い機体とジンは激突。

 キラは気合の雄叫びと共に、更に操作。機体が立ち上がり、相手の機体を突き飛ばすような形となった。

 突き飛ばされたミゲルは、驚きの声を上げる。

 

「何ぃ!?」

 

 驚く女性士官を他所にキラは横からの操作で、白い機体を動かす。

 

「ちっ! こいつ急に動きが――」

 

 ミゲルは再び驚きの声を小さく漏らす。コックピット内に聞き慣れた、けれどエースと呼ばれた彼は、久しく聞いていなかった警告音が響く。

 バッテリー残量を示す部分が明滅していた。また噴射剤も残量が少なくなっており、帰還するので精一杯といったところだ。

 モビルアーマーとの戦闘で使い過ぎたのだと、自らを叱咤するミゲル。

 

「どうする?」

 

 ミゲルが自問自答をしていると、爆煙と衝撃がジンと白い機体の間で巻き上がる。

 

「ようやく来たか」

 

 ミゲルは白い機体を忌々しげに見た後に、噴射して上昇。

 

「せいぜい頑張ってくれよ」

 

 ミゲルは届かない声援。後から来たジンに送ると戦場から離脱。

 そんなジンを見上げる白い機体。直後に光が瞬くと、羽のないジンが一機、急降下してきた。

 キラはその見慣れた機体に驚愕する。

 

「あれは、作業用のジン?!」

「えっ!?」と驚く女性士官。

 

 オーブのコロニー群周辺のデブリを片付けるためを目的とした機体。

 だが昨今はそれ以外の目的もあった。オーブがMS開発技術を手に入れるための、テストを目的とした機能などを盛り込んでおり、改修が加えられていた。そのためジャンク屋ギルドのよりは高性能である。

 後にザフト軍は別呼称としてオーブジンと名付けていた。

 

「確か、モルゲンレーテで改修していたジン、よね?」

 

 独り言のようにつぶやいた言葉。

 しかし、それを隣で聞いていたキラは驚いた。

 自身がバイトで使っていたモノが、国営企業が手を加えているとは知らなかったのだ。

 

(ってことはジンのコックピットに、そっくりなんじゃないってことか。この機体のテストのため? ってなると、この機体のOSは……)

 

 キラの思考は機体を襲う衝撃で途切れてしまう。

 オーブジンの手には重突撃銃が一丁。腰には片刃の剣を装備している。ザフトが使用する正規のとは違いどちらも緋色のラインが一本入っていた。

 それはオーブ所有を示すものであり、前述の通りモルゲンレーテが実験的に改修、開発した武装だ。

 

「あれさえ奪えば、俺たちはプラントに行けるんだ」

 

 オリバーは白い機体へと砲口を向け、数発発射。

 狙いは大きく外れ、目標のはるか後ろを吹き飛ばしていく。

 操縦桿を殴りつけるオリバー。

 

「くそっ! OSは元に戻ったんじゃないのかよ! 全然照準が合わないじゃないかよ!」

 

 

 

 

 

「今、なんと?」

『例のジンですが、一機だけかなり改修されておりまして』

「スパイ共が使っていたのにか?」

 

 驚くアデスを他所にクルーゼは不敵に笑う。

 

「やはり、手に入れておいて良かったな」

「はい」

「思わぬ戦利品だ」

 

 クルーゼ隊は作戦を順調に推移させていた。そして思わぬ戦利品が羽なしのジンだ。

 とはいえ、良いことばかりではなかった。最初の、そして一番大きな失敗がスパイたちだ。

 彼らの行動は察知されていたらしく、突入した陸戦隊はヘリオポリスイレブンのオーブ軍と交戦。死者は出ていないが、負傷者を出したため、作戦遂行能力が大きく下がったのだ。

 

「所詮は裏切り者――信用に足らないということか」

「当初の予定通り、切り捨てるのですよね?」

「自分たちの命欲しさに裏切るような奴らだ。また、いつ裏切るからわからんぞ?」

「確かに」

 

 さらに、当初の予定では作業用のジンを使って、ヘリオポリスイレブン内部で、暴れてもらう手はずだったのだが、それは叶っていない。

 そのジンらはOSを書き換えられたため、動けないという事態になっていた。

 そこでクルーゼはヴェサリウスの腕利きを送って、ジンを動けるようにさせたのだ。

 

 そんな中整備兵たちからとある報告が上がり、一機を持ち帰らせたのである。

 ジンのコックピット周りや、武装などなど、色々と改修が加えられているというのだ。

 敵の新型を強奪することも重要なのだが、自軍で使っている兵器が、どのように手を加えられたのか、そこから敵の技術を得ることもできる。

 

「しかし驚きです。一機だけ特別に改修されているとは」

「確かに不思議だな。その乗り手もいないというのが、殊更興味を持たせる」

 

 そして、時間はかかったものの、一機だけはヴェサリウスに持ち帰ったのだが、その機体を現在調べている整備兵たちからすると、かなり手が加えられていた機体だと言う。

 ザフト軍からすれば、おかしなことではない。エース級のパイロットは自分用に機体をカスタマイズすることは少なくない。

 だが、その乗り手がスパイの中にいないというのだ。

 

『いえ、なんでもコーディネイターの学生がバイトで使っていた機体だそうです』

 

 アデスは内心「バイトで学生にジンを使わせるのか」とツッコミを入れる。

 

「いや、待て。特別カスタマイズしたっていうのか? 学生のために」

『その可能性はあります。それに加えてこの機体、イザークたちが持ち帰った機体に使われている機能なども備えられています』

「いやいや、ありえないだろう? 学生だぞ? まさか開発を手伝わせていたって、言うのか?」

 

 ありえないとしながらも、アデスはその学生について興味を抱く。

 そんな逸材がこのオーブにいるというのだ。

 そこまで黙っていたクルーゼは、疑問を口にする。

 

「名前は聞いたのか?」

『いえ、そこまでは』

「そうか。引き続き調査、解析を進めてくれ」

 

 クルーゼは座席に腰を深く落とし、手を組む。

 

「妙なこともあるものだ」

 

 アデスは一回軍帽を脱いで頭をかく。そして視線を艦橋から見えるヘリオポリスイレブンへと向けた。

 

「一体何者なんでしょうか?」

「それもそうだが――」クルーゼは不敵に笑う。「うるさいハエが一匹いるな」

「はい?」

 

 アデスが聞くと同時に、友軍のジンの被弾報告が上がる。

 

「オロール機右腕損傷。帰投します」

「ミゲル機よりレーザービーコン受信」

 

 次いでミゲルのジンより、緊急事態を告げていた。

 

「予定外のことがあったとはいえ、残りの一機と新型のモビルアーマー。ここで叩いておく必要が出てきたな」

 

 クルーゼはゆっくりと艦橋を後にする。

 

「整備班。隊長機の準備急がせ!」

 

 アデスは振り返ること亡く指示を出した。

 

 

 

 

 

『その機体をよこせ!』

「その声?! オリバーさん!?」

『その声! キラか!』

「オリバーさん?! どうして!?」

『関係ないんだよ! ガキにはなァ!!』

 

 オリバーはここまでの失敗や、苛立ちをぶつけるように吠えた。

 彼は文字通り操縦桿を暴れさせる。

 そして白い機体を蹴飛ばし、距離を置く。

 

「お前みたいなガキが優遇されて! なんで俺は違うんだよ!」

 

 コックピット内で一人叫ぶ。

 片刃の刃を振り下ろし、白い機体の肩部を叩きつける。そのまま建物へと激突。

 瓦礫が降り注ぎ、足元にいる人々が逃げ惑う。その中に、まだ友人たちがいることに、キラは気づき叫ぶ。

 

「逃げるんじゃあねぇよ!」

 

 女性士官は機体を動かし、鈍臭く逃げ惑う。

 

「まっすぐ歩けないんですか!」

「わかっているわ!」

 

 羽なしのジンは重突撃銃を発砲するがまるで狙いが出鱈目だった。

 狙いは逸れてはるか後方を吹き飛ばしていく。

 キラはコックピットの中で、逃げていく人たちが粉々になるのを目の当たりにする。

 

「くそっ! くそっ! OSは直したんじゃねぇのかよ!」

 

 オリバーはキラが乗っている機体を睨みつける。

 

「お前のいじったOSのせいでぇ!」

「みんな? みんなは?」

 

 コックピットに映し出されるモニターにはジンの攻撃による煙で、まるで何も見えない。

 キラは、お腹の辺りに冷たいモノを押し込まれたように感じた。今にも足元が崩れていきそうな脱力。

 先程の攻撃で、自分の友人たちが死んだのではないか。

 

「よくも!」

 

 モニターに映し出される作業用のジンを睨む。

 キラは横からコックピット内部を操作し、機体のOS状況を確認。

 そして愕然となる。

 

「無茶苦茶だ。こんなもので、これだけの機体を動かそうって言うんですか?」

「まだ調整中なの。仕方がないでしょ」

「どいてください!」

「え?」

「早く!」

 

 女性士官は言われるがままに、コックピットをキラに渡してしまう。

 だが、内心確信にも似たモノを彼女は感じていた。この少年は「もしかしたら」と。

 キラはコックピットのシートに座ると、キーボードを取り出し素早くタイピングしていく。

 

「作業用のジンの――駄目だ」

(この子……)

 

 機体の制御を司るOSの部分を素早く修正していく。最初はジンで使っていたOSを構築しようとしたが、上手く行かなかった。

 白い機体のスペックと各動力の制御が、ジンとは別物でこの機体用に構築し直さなければならなかった。

 そのためキラは、この機体のスペックを解析しながら最適のOSを組み上げていく。ということをやらなければならなかった。

 

「ストライクっていうのか」

「だったら接近戦だ!」

 

 オリバーは片刃の刃――試作型対艦刀――を抜刀。作業用のジンは大きくふらつきながら、スラスターを使い一気に迫る。

 キラはOSの書き換えをしながら、頭部兵装、バルカンガン「イーゲルシュテルン」で迎撃。

 

「生意気なんだよ! クソガキがぁ!!」

 

 弾丸の雨にジンは思ったより加速できず、再び大地を蹴って加速。

 振り抜かれた刃は空を切り、ストライクは拳を振り抜く。金属と金属が激しくぶつかり合い、火花が吹き散らす。

 作業用のジンとはいえ、加速していた物体をストライクは容易く吹き飛ばす。ジンはそのまま建物へと激突し動けなくなった。

 

「――ブートストラップ起動」

 

 ジンが起き上がり重突撃銃を構える。先程より距離は詰まっており直撃は免れないが、キラは避けようとしない。

 ストライクに銃弾が命中し爆発。衝撃がコックピットを襲う。

 彼はそれよりも機体のことを解析して、武装を確認。使えるものは腰部にあるアーマーシュナイダー二本のみ。

 

(ナイフ二本で接近戦しろっていうのか!)

 

 キラは内心舌打ちする。

 

「――これだけか!」

 

 ストライクは飛び上がる。

 

「逃がすか!」とオリバーは銃撃しながらストライクを追う。

「トールが! みんながいるんですよ! オリバーさん!」

 

 銃撃を回避しながら腰部左右から、アーマーシュナイダーを展開。

 着地と同時に、軽やかに走りながら作業用のジンへと接近していく。

 そんな最中、キラはオリバーのジンの動きが悪いことに気づいた。

 

(OSの不調? 機体の反応が鈍い。いや違う。神経接続とのタイムラグ)

 

 ストライクはひとつと数える前に、ジンへと肉薄。

 

「く、来るんじゃねぇ!」

 

 重突撃銃は先程とは違い、至近距離でも当たらない。

 

「戦争が嫌で! オーブにいるんじゃないんですか!? オリバーさん!」

「ガキがよぉ!」

 

 ストライクはアーマーシュナイダーを、ジンの右肩と首筋に突き立てる。

 火花を吹き上げながら、ジンの右腕はだらりと下がり、モノアイからは光が失われる。

 キラは恐怖する。無我夢中だった。たまたまコックピットを狙っていなかっただけだが、ひとつ間違っていたらコックピットに突き立てていたかもしれない。

 

「僕は……」

 

 人を、それも知っている人を殺していたかもしれない。その事実に気づいて、動けなくなる。

 

「くそったれ! 死にやがれ!」

 

 オリバーはコックピットハッチを脱出用のため吹き飛ばす。そして背部に装備したスラスターユニットでコロニー上空へと消える。

 

「え? あ?」

「まさか! ジンから離れて!」

 

 キラはコックピット内のモニターに、人の姿を確認。

 逃げ遅れた人がいることに気づき、機体で覆いかぶさる。

 直後、巨大な爆発にストライクは飲まれた。

 

 

 

 

 

~続く~




評価や登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

後編は来週土曜日


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その機体の名はGUNDAM~後編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 鉱山部工場地区、通路。そこは死の通路と化していた。大きな残骸や人だったモノが漂っているのだ。

 コロニーの遠心力による擬似的な重力はないため、それらはただ浮き上がるだけ。

 天井部――といっても無重力状態のため床かもしれない――に人の形をしたものが二つ、激突する。

 

 ひとつはその衝撃でうめき声をあげる。

 ショートカットの黒髪の女性はゆっくりと目を開く。

 ナタル・バジルールの視界に飛び込んできたのは味方の亡骸。驚きのあまり言葉失う。

 

(確か、艦長の命令でラミアス大尉に、Gの搬送を……)

 

 彼女は錯乱する記憶を整理していく。

 友軍の亡骸と共にゆっくりと天井から床へと降りていくにしたがって、おぼろげだった記憶が鮮明になる。

 そして床へと降り立つ頃に、彼女はぽつりとつぶやく。

 

「艦は? アークエンジェルはどうなった?」

 

 ナタルは工場地区にある司令部を目指す。

 

(恐らくザフトに攻撃されたのだろう。アークエンジェルを狙うなんて)

 

 道中仲間だった者たちが漂う光景を見て、氷のような冷たいモノを背筋這わされたような感覚に襲われる。

 それでも彼女は折れることなく前へと進む、否。彼女にとって今抱く感情は、軍務より優先されるべきものではないのだ。

 力強く床を蹴った。

 

 暗闇の中。たったひとりという状況でも、前へと進む。

 突如アメフトボールのようなものに激突する。

 ナタルは「なんだ?」と言いかけて、それと手にとって言葉に詰まった。

 

「……後は、引き継ぎます……」

 

 彼女はそれを優しく無重力に漂わせ、短く敬礼。再び歩み出した。

 それまで気丈に振る舞っていた心が、急激に弱っていくのを実感していた。

 脳裏に過るのは最悪の事態。

 

 程なくして司令部についた彼女は内心「やっぱり」とつぶやく。

 ノーマルスーツに、軍帽。人の体の一部と思しきモノ。なにかの破片。それらが無数に司令部に漂流していた。

 ナタルは今度こそ挫けそうになり、そこに漂うボロボロの地球軍の軍帽を手に取る。

 

「誰か、誰か生きている者はいないのか?」

 

 呼びかけに応じる者はない。暗闇と静寂だけが支配していた。

 彼女は今にも泣き出しそうになり、折れそうになる自分の心を叱咤するように叫ぶ。

 

「誰か! 誰か生きている者はないのか!」

 

 彼女の背後で大きな物音が肩を叩く。慌てて振り返り音のする方へと向くと、ひしゃげた扉がひとつ。

 よくよく目をこらせば、扉は大きく揺れて、一定間隔で音を出していた。

 それは二度、三度と続く。

 

(敵か?)

 

 構えるより前に、扉は甲高い音を立てて吹き飛ぶ。次の瞬間には暗闇の中に光が突き刺す。

 

「バジルール少尉? ご無事で!」

「ノ、ノイマンか?」

 

 

 

 

 

「この戦力差では」

 

 ムウ・ラ・フラガは言いながら、周囲の状況を冷静に分析する。

 彼の乗ってきた船と、僚機の二機はすでに宇宙の藻屑。ジンは二機撃退したが、手触りは他のジンの乗り手とは比べ物にならない強さ。

 現在も一機のジンが、彼の乗るメビウス・ゼロに接近しようとしていた。

 

(特殊部隊か。厄介だな。そして――)

 

 敵の目的はGである。ヘリオポリスイレブンからすでに五機、持ち出されている。

 ムウは、取り返したい気持ちはあるがそれができるだけの戦力はない。ただ指を咥えて見送ることしかできなかった。

 

 メビウス・ゼロは有線式攻撃兵装、ガンバレルを四基装備していた。ブースターも兼ね備えているそれは、一度展開すると加速力は落ちるが、敵を囲み込むように攻撃することができる。

 それを扱える者の数は限られており、ムウ・ラ・フラガのような特別な資質を持つものにしか扱えない。

 

「ここだ!」

 

 そのガンバレルをメビウス・ゼロは展開し、加速力を急激に落とす。

 それを予想していなかったジンは、宇宙ですれ違うように通り過ぎてしまう。

 四基のガンバレルが一機のジンを囲み込む。実弾の攻撃は命中するものの、ジンの装甲を打ち破ることは敵わない。

 

「やっぱ特殊部隊だろ! お前達!」

 

 ジンは被弾する寸前、装甲の厚い部分や、腕で被弾をするように動いていた。

 とはいえ、相手の機体にダメージは負わせている。どう攻めるか、その際の反撃も考慮しながら、ムウ・ラ・フラガは次なる行動に出た。

 四基のガンバレルが母機に戻り、MS以上の加速性能で相手の反撃を回避。

 

 彼が次の攻撃へと移ろうかという刹那。宇宙に色とりどりの光が瞬く。

 

「撤退信号? どうしてだ?」

 

 彼の疑問は直後の直感が答えてくれる。

 ムウ・ラ・フラガは舌打ちすると、メビウス・ゼロを暴れさせた。

 直後に機体の装甲をかする音。

 

「ラウ・ル・クルーゼか!」

「やはり私を感じるように、お前もまた私を感じるのだな。ムウ・ラ・フラガ」

 

 メビウス・ゼロはコロニー壁面付近にいる白い機体と会敵する。

 

「なんてこった! 新型のシグーじゃねぇか!」

 

 ムウ・ラ・フラガはコックピット内で「いつも新型に乗ってきやがって」と、自分にも新型兵器をよこせと叫ぶ。

 互いの兵器の砲口が火を吹く。相手に致命の弾丸を浴びせようとする。だが、どれも攻撃は寸前で躱していく両者。

 両機の戦いを見ていたミゲルは後に言う。まるで、相手の攻撃を先読みしたような撃ち合いだったと。お互いがお互い、どこに撃つのかわかっているようだったと記した。

 

 ラウ・ル・クルーゼはメビウス・ゼロを引きつけると、コロニー内部へと突入。それを追うしかないムウ・ラ・フラガは苦虫を噛み潰したような顔となる。

 

(不利だな)

 

 彼からすれば追いかけない。という選択肢はないのだ。

 中にはまだ最後の一機がある。それを奪われるわけにはいかなった。

 他にもメビウス・ゼロ単機で戦艦を落とすのは難しいというのもある。ましてや相手はクルーゼの部隊。彼が知りうる限り、最強の部隊だ。

 

(予備戦力もあるだろうし……建て直されるな)

 

 せっかくジンにダメージを与えたが、それもチャラとなってしまった。

 クルーゼの狙いは最後の一機と、損耗した自分の部隊の立て直しである。

 そしてコロニー内部に誘き出したムウ・ラ・フラガを倒すことだった。

 

(最悪だ)

 

 宇宙空間での戦闘であれば、ムウ・ラ・フラガは互角にやり合う自信はある。

 だがコロニー内部は違う。遮蔽物があり、戦闘空間が限定的になるヘリオポリスイレブン内部では、メビウス・ゼロのオールレンジ攻撃も、十全に活かせない。

 つまり詰みに近い状態であった。

 

(残っている機体も大して戦力にならんしな……)

 

 彼の脳裏にはシミュレーターで、MSを鈍臭く動かしていたひよっこたちの姿。

 ムウ・ラ・フラガは「やれやれ」と肩をすくめる。

 絶望的な状況でも彼は、ヘルメットの下で口元緩めた。

 

「いっちょ、不可能を可能にしてみますか」

 

 

 

 

 

 少し話は遡る。

 モルゲンレーテが改造したジンは、ストライクによって撃退された。

 一瞬だけ気を失ったキラ・ヤマトは、目を覚ますとすぐに機体を操作していく。

 

 燃え盛るモルゲンレーテの工場から、白き巨体が姿を見せる。

 その光景はコロニー内部にいた人々に強く焼き付いた。

 自国のモビルスーツだろうか? あるいはザフトのモビルスーツだろうか? 色々な言葉が交わされる。

 

 レンズ越しに映る瞳が、白い機体を映す。

 

「あれは……ストライク。凄い。あんな性能があったのか……」

 

 黒髪のオールバックの男性は、思ったことをそのまま口に出す。

 

「誰が動かしたんだ?」

 

 そこまで口にして男は思い出す。

 地球軍の正式パイロットが本日やってくるという話を聞いていた。

 

(そうか。彼らのうちひとりがなんとかストライクに辿り着いたのか)

 

 そこまで考えて男は違和感を覚える。

 すぐにそれについて、考えることをやめてストライクの元へと車を走らせた。

 ストライクは周囲を見渡して、何かを探す素振りとなる。

 

(アークエンジェルの元へ行かない? いや、安全な場所を探しているのか?)

 

 車内にある通信機を取り出す。

 

「こちらカオル・ウラベ。ストライク応答せよ」

 

 ノイズが応えた。

 ウラベは内心舌打ちしたが、すぐに続けた。

 

「こちらウラベ。ストライク。応答してくれ」

『―れですか? 僕は――』

 

 ノイズ混じりの中に声が、応答する。ウラベは口元を歪めつつ、聞き慣れない声に眉を寄せあげる。

 

(誰だ?)

 

「ストライク、パイロットは誰か?」

『僕はキラ・ヤマト。えっと、地球軍の方ですか?』

 

 ウラベは頭を抱えた。

 この極秘任務に関わっている人間の名前を、彼は覚えていた。

 キラ・ヤマトなる人物は記憶にない。そして、彼の最後の言葉。

 

(民間人か? 一体何が?)

 

 彼はすぐに問い詰めたい気持ちを抑えて、状況を把握するため会話を続けた。

 

「声は届いているんだな?」

『――イズ混じ――ですが』

「わかった。色々と聞きたいのが、ひとつ確認だ」

 

 距離が近づくに連れて、ジャマーの影響が薄れていく。

 

「君は民間人か?」

『はい』

 

 ウラベは眉間にシワが刻まれる。

 

(民間人がストライクを? いや、それもこの際どうでもいい。今は任務の遂行が可能かどうかが先だ)

 

「とにかく、どこか安全な場所にストライクを持ってきてくれ」

『――ラベ少――すか?』

 

 通信が割り込む。

 しかし、カオルはその声に聞き覚えがあった。

 すぐに美しく若い女性の顔が脳裏に浮かび上がる。

 

「ん? その声は……メアリー、メアリー・セーラー少尉か?」

『――い。――リー――です』

「ノイズが酷いな。こちらの声は届いているのか?」

『は――。大じょ――です』

「ストライクを目印に集合だ」

『――です』

 

 ウラベは本当に相手に届いているのか不安になった。

 

『あの、キ――トです。――球軍の方がコックピットにいまして……』

「なに? それを早く……いや、いい。その地球軍の人は?」

『気を失っているんです』

 

 ウラベは大凡の状況について予想がついた。

 

「これは困ったな」

 

 この時ウラベは、降伏することを選択肢に入れていた。

 

(捕虜をとる部隊だといいが……)

 

 ストライクが止まって程なくして、ウラベも到着。

 機体が屈むと同時に、フェイズシフト装甲への電力が足りなくなり、フェイズシフトダウンし、ディアクティブモードへと変わった。

 なんとなくウラベは周囲を見渡す。先程見た羽なしのジンの姿はなく、また羽のあるジンの姿もない。

 

 ほっと胸を撫で下ろす。

 

(今だと実弾も有効だからな)

 

 コックピットが開くと、ウラベは体中から力が抜けていくような気がした。

 民間人の少年だ。立ち振舞も軍人のそれではない。

 ウラベは頭を降ると、口を開いた。

 

「君がキラ・ヤマトか?」

「はい。あの、中に女性の方が?」

「女性? ストライクのマニピュレーターまで引っ張り出せるかい?」

 

 キラは「やってみます」と言うとコックピットの中へと戻る。が、いくら待っても動きはない。

 

「まだストライクは動かせるか?」

「はい」

「マニピュレーターで私をそこまで――」

 

 そこまで言いかけた男は、民間人に伝わらないと、言葉を止める。彼は「機体の手に私を乗せてくれ」と言い直そうとして、言葉が詰まった。

 目の前にストライクのマニピュレーターが来ていたのである。

 目の前の少年はモビルスーツのことを知っているのだ。

 

「お願いします」

「あ、ああ……」

「しっかり掴まってください」

「ああ、頼む」

 

 ウラベは機体の手に乗って、コックピットのある位置まで持ち上げてもらう。

 

(彼はモビルスーツのことを知っている)

 

 男がコックピット内に顔を入れると、見知った顔がそこにはあった。

 

「ラミアス大尉!?」

「お知り合いですか?」

「マリュー・ラミアス。彼女は私の上司だ。――よし、外へ出そう」

 

 二人で四苦八苦しながら、マリュー・ラミアスをコックピットの外に出し、マニピュレーターへとゆっくりと乗せる。

 

「よし。ゆっくりおろしてくれ」

 

 地上へと下ろすと、そこへ金髪碧眼の女性がやってくる。

 

「ウラベ少尉、ご無事で!」

「セーラー少尉も。メビウス・ストライカーに乗っていたのか?」

 

 ウラベは、メビウス・ストライカーという機体が戦闘していたところを見ていた。撃墜され、地面に落着したところも遠くで目撃している。

 だから彼女が乗り込んでいたものだと思っていたが、格好は私服だ。そして怪我も見受けられない。

 つまり乗っている人物は別だということだ。

 

「いえ……別の人が乗り込んだようで……」

 

 メアリーの手にはドッグタグ。

 それだけで何が起こったのか語っていた。

 勇敢な仲間がひとり戦死したのだ。

 

「そういうことか」

「機体を回収したいのですが、バッテリーが切れてしまいまして、ストライクに――」

 

 そこまで言って、彼女はキラ・ヤマトに気づく。

 彼はコックピットより降り立ち、彼女らの上官であるマリュー・ラミアスの様子を伺っていた。

 怪我の具合を見て、何かないかと探す。

 

「大尉は気絶してて――そういうこと」

「どういうことだ?」

「事態はより複雑で面倒事になった。ということです」

 

 メアリーは事の成り行きを察したようだが、カオルはそうではない。とはいえ最後の言葉には同意だ。

 二人が沈痛な表情になると「キラー」と呼ぶ声が飛び込む。

 彼らが視線を向けると、十数人の民間人の姿。その中でキラと呼ぶ少年、少女たちがいた。

 

「ストライクは最初、我々の知っている動きをしていました。ですが、途中から動きが変わりました」

「そういうことか。ここは中立国だったな」

 

 二人はキラを見て、程なくして友人らが彼に飛びつくのを見て、複雑な心境を抱いた。

 

「負けるにしても、判断材料を集めないとな」

「そうですね」とメアリー。

 

 キラの友人のひとり、色付きメガネの少年が、口を開いた。

 

「先程の、助かりました」

「無事だったのね? シェルターは?」

「どこも……ダメそうですね。今から他の区画も探しますが、戦闘で壊れたところとかあるみたいで」

 

 少年の視線の先には、ストライクを目指して逃げてきた民間人たち。

 ウラベとセーラは顔を見合わせてから、深い溜め息をついた。

 シェルターに入れなかった人間が戦闘やストライクを目指して集まってくる。

 

「色々と事情を聞かせてもらえないか?」

 

 キラたちは手早く説明。それを聞いたウラベは、あることを決断する。

 

「巻き込んでしまってすまない。だが、君たちは軍事機密を見てしまった。なので、我々の手伝いをしてもらう」

 

 キラはその言葉の意味を理解し、押し黙る。対してトールたちはそれに対して不平不満を漏らした。

 

「そ、そもそもキラだけじゃないか」とカズィ。

「軍事基地にいたんだろ?」

「カトウ教授がモルゲンレーテに研究室持ってるから」

「ごめんね。この人周りくどい言い方しかできないの」

 

 メアリーが口を挟んだ。

 

「おい」

「この人にやらされたーって言えば、いいのよ」

 

 キラとサイ以外は、頭に疑問符が浮かぶ。

 

「後でオーブに色々と言われても、罪に問われないようにするためってことよ。オーブもストライクの開発にも噛んでるから。色々と、ね」

「そこまで言う必要は――」

「カッコつけて憎まれ役を買って出てるってわけ」

 

 キラたちの視線がカオルに集まる。

 彼は誤魔化すように咳払いをした。

 

「悪いが手伝ってもらうからな」

 

 

 

 

 

 マリュー・ラミアスは懐かしい人物と会っていたような夢を見た気がした。

 

「ここは?」

「起きましたかラミアス大尉」

 

 金髪の碧眼の女性が覗き込む。

 

「セーラー少尉!? っ――」

 

 マリュー・ラミアスは肩をおさえる。激痛に咄嗟に反応。

 肩部が応急手当をされていることに気づく。

 次に体を打つような衝撃で、ストライクが動いていることに気づいた。

 

「誰があれを?」

「キラ君が動かしています」

「どうして?」

 

 ストライクはフェイズシフト装甲が落ちており、グレーの機体色となっていた。

 手には同じくグレー色のモビルアーマー。

 マリューは頭の中が混乱する。

 

「メビウス・ストライカー。貴方の機体じゃない」

 

 言ってから、マリュー・ラミアスは、セーラー少尉の服装が私服であることに気づく。

 彼女は本日非番であり、長い軍務の前の休暇を楽しんでいたのだ。

 色々な事が線で結びつき始める。

 

「はい。ですが、ごらんの有様です」

 

 機体の表面こそ無傷ではあるが、中身はそうではないらしい。

 

「貴方の指示で?」

「ウラベ少尉の指示です」

「ウラベ少尉が?」

 

 声が割り込む。

 

「メアリーさん。トラック見つけました」

 

 色付きメガネをかけた少年、サイ・アーガイルが、セーラー少尉へと駆け寄る。

 混乱の中にいるマリュー・ラミアスだけが、置いていかれた。

 

「了解。運べるかしら?」

「あ、じゃあ私が」

 

 話を横で聞いていたスーツ姿の男性が名乗り出る。

 彼は大型車の運転免許を持っていると説明。

 メアリーは「お願いできますか?」と言うと男は頷いた。

 

「案内できるかい?」と男性。

 

 サイは「任せてください」と言うと、スーツ姿の男性と共にモルゲンレーテの工場地区へと走っていった。

 

「どういう……状況?」

「私から説明します」

 

 マリューは声のするへと向く。そこには黒髪をオールバックにした、メガネをかけた男性が立っていた。

 

「ウラベ少尉。これは? ストライクは軍事機密よ」

「わかっています。それより、周囲をよく見てください」

 

 そこでマリューは、逃げ遅れた人々が多数いることに気づく。

 彼女は「これは」と言って、言葉を失う。

 誰もが剣呑とした様子で、マリューら三人を睨めつけていた。

 

「お偉いさんが起きたなら、さっさと終わらせてくれ!」

「ですので、皆さんに協力していただきたいのです」

 

 ウラベ少尉はマリューの耳元へと顔を寄せた。

 

「――あまり刺激しないでください。皆さん神経が尖っております」

 

 そこからカオルは現在までの流れを話す。

 淡々とした説明に彼女は絶句する。

 オーブジンが自爆後、マリュー・ラミアスはその余波で意識を失った。

 

「私もセーラー少尉と同じく非番でして、難を逃れました」

「そう……それで?」

 

 彼は遠目でも目立ったストライクへと向かった。そこでメアリーと合流したのである。

 そう。ストライクは非常に目立った。逃げ遅れた人。シェルターが壊れて止む無く出てきた人たち。戦争に巻き込まれた人らもだ。

 そんな不運が起こった人達が、集まってきてしまったのである。

 

「まずは大尉を救護し、その後、次なる戦闘に備えて、キラ君に協力を要請しました」

「子供になんてことを……いえ、それ以上に機密が」

「わかっています。この責任は私が負う所存です。ですが――」

 

 その先は言わなくともマリューは理解した。だから手で制する。

 今自分たちが成すべきことを優先するしかない。それが彼らを救うことになるのだ。

 

「刺激しないでくださいよ大尉」とセーラー少尉。

「わかっているわ」とマリューは銃をしまう。

 

 そんな三人の願いとは裏腹に、怒鳴り声が飛び込んできた。

 何事だと見れば、そこには負傷した子供抱えた男性。

 彼はマリューらへと詰め寄る。

 

「お前たちが! お前たちが戦争持ち込んだのか!」

 

 その怒声に呼応するように、周囲の人々は声を上げ始めた。

 この場にいる誰もが暴力を行使する理由がほしかったのだ。

 ひとりが掴みかかろうとして、ウラベは咄嗟に投げ飛ばしてしまう。

 

「こいつ!」

 

 騒ぎに気づいたキラはコックピットから、顔を出し何事かと様子を伺う。

 

「やろうっていうのか!」

 

 急激に殺気立つ場に、ミリアリアは恐怖し、トールにすがりつくようにした。カズィはそんな二人の後ろに隠れる。

 キラは口を開き「待って――」と言いかけたところで、更に大きな声は飛び込む。

 

「待ちな!」

 

 そこには灰色の頭髪をした少年がひとり。

 キラらと同世代くらいの少年だ。彼は視線が集まると一瞬だけ動揺した後、口元を歪める。

 

「なんだ小僧。こいつらの味方をするのか?」

「待ちなって、俺もあんたらと同じ気持ちだよ」

「だったらなんで!」

「ひとつ訂正したくてさ」

 

 少年は猫背になって小さく笑う。

 

「戦争を持ち込んだの。うちらの国、オーブだろ?」

 

 彼の言葉に彼らの怒りは急激に萎んでいく。

 戦争の火種を持ち込んだのは、マリューたちではない。このヘリオポリスイレブンで、地球軍の新兵器を作ることを認めていたのは、自分たちの国だ。

 中立で戦争に参加しないと言っていた自国は、国民を裏切っていたのである。

 

「それでも、それでも納得できるかよ……俺の息子は」

「ま、まだ息がある。手当を」

 

 カオルは話の別の方向へと持っていくようにする。

 

「私が見ますよお父さん」と医者と名乗る男性が手を上げた。

 

 二人が声をかけると、男性は力なく頷いた。

 

「それにさ。冷静に考えなよ。ザフトの狙いはこれだろ」とストライクを指差す少年は「だったら、さっさとこの人達出ていってもらえばいいだけじゃない? さっさと出ていってもらうためにも手伝ってやろうじゃん」

 

 大人たちは「そうだな」と頷く。だがその声に不満の色が消えることはない。

 マリュー・ラミアスは自分の銃を確認しつつ内心「使えない」とつぶやく。

 使えば最後。これを口実に彼らは彼女らに暴力を奮ってしまう。とはいえ、ストライクを使っている少年たちには、一言以上に言いたいことがあった。

 

「ストライクに乗っている子を、こちらに」

「わかりました――」と頷いたウラベは、ストライクから降りようとしていたキラへと手を振った。次いでこちらに来るように動かし「キラ君!」と叫ぶ。

 

 キラは頷くと素早く降りて、マリュー・ラミアスの元までやってくる。

 

「彼です」

「えっと……」

「名前をキラ君」

「はい。キラ・ヤマトです。ストライクのことと、機密の話はウラベさんから聞きました。無我夢中で……すいません」

「いえ……」

「他にも手伝っている子供たちを、ご紹介します」

 

 ウラベはそう言うと、トールたちを呼び集め名乗らせていく。すでに出ているサイ・アーガイルは彼が代理で説明し、その他にも協力者たちも紹介していく。

 

「今は?」

「アークエンジェルと、連絡を取ろうとしています。大尉が意識のない間も、キラ君にはアークエンジェルへ呼びかけていただきました」

 

 マリュー・ラミアスもそうしたであろうと頷いた。

 

「それでアークエンジェルは?」

「現在通信が繋がっているのか不明です。応答はありません」

「Eジャマーは?」

「まだ展開されているので、戦闘中かと思われます」

 

 彼女は一度溜め息を吐く。

 マリューたちはアークエンジェルにストライクや、残ったGの部品を運び込み、一刻も早くこのコロニーから出ようと考えていた。

 しかし、まだ戦闘中ということは事態は悲観的に捉えるしかない。

 

「ですが、あまり状況はよくありません。最初に狙われたのは、アークエンジェルのようです」

「そちらを陽動に、Gを」

「ええ。ストライク以外は――」

 

 それ以上ウラベは言うことが出来なかった。

 

「そうね。ストライク以外は奪われてしまったわね……それについての責任問題も、後で追求されるのかしら……」

 

 そこでマリューは頭を左右に振って、ネガティブな思考を振り払う。

 

「なんとしても、ストライクだけは第八艦隊に届けなくちゃ」

 

 ウラベとセーラーは頷く。

 

「なんかバカでかいトラック来たぜ」と誰かの声。

 

 マリューはウラベとセーラーに視線を向けた。

 

「ストライカーパックを、探させていました。充電済みですよね?」

「ええ、いつでも使えるはずよ」

 

 マリューはキラへと向き直る。

 

「外部バッテリーを持ってきたわ。それを装着してちょうだい」

「はい」と応じつつも、キラはよくわかっていない様子だ。

 

「セーラーさん。言われたとおり、二番のトラック持ってきました」

 

 サイ・アーガイルが報告していると、遠くから声が飛び込む。

 

「サイー!」

「フレイ?」

 

 キラは驚きのあまり「え?」と声をあげる。後ろではトールが口元を緩めるが、すぐにミリアリアに制された。

 

「酷いのよみんな。私を置いて逃げて。しかも避難シェルターが攻撃されて壊れてザフトの、宇宙人のせいだわ!」

 

 キラはわずかに俯き、視線をストライクへと向けた。

 

「わからない。ザフトが攻撃してきたのは確かだけど――」

 

 サイたちは、地球軍の攻撃で、民間人が吹き飛んでいるのを目撃している。

 だが、彼はそれを彼女に伝えることは出来ない。フレイの父親は地球軍の事務次官をしており、コーディネイターに対して強い敵愾心を持っている。

 そんな父親の元育った彼女も、コーディネイターに対しての差別意識は強い。地球軍の攻撃かもしれないと、伝えても帰って彼女の気持ちを逆撫でてしまう可能性があった。

 

「そうかもしれないけど――とにかく無事で良かった」

 

 サイはトールたちを呼び集め、トラックの横にある端末を操作し始める。

 

「とにかく、ここなら安全だから。キラ頼むよ」

「わかった」とキラはストライクのコックピットに乗り込む。

「モビルスーツ? ザフトの?」

 

 フレイは露骨に嫌悪感を示す。

 モビルスーツといえばザフト軍の兵器の代名詞。

 

「違うよ地球軍の」

「あの子。サイのところにいる子よね?」

「そうだよ。キラだ」

「どうしてモビルスーツ動かせるの?」

 

 不穏な空気を感じ取ったメアリーは咳払いをして、周囲の大人たちに目配せする。

 

「子どもたちだけにさせる気? 我々を追い出したいなら、手伝ってちょうだい」

 

 大の大人たちも手伝い、トラックのコンテナが開く。

 それをコックピットから見ていたキラは、外部バッテリーがどれかわからなかった。

 彼はハッチを開けると、マリューへと質問する。

 

「どれがバッテリーなんですか? 武装ですよねこれ?」

「武装とバッテリーの一体型なの。武装ごと装着して」

 

 キラはコックピットの出入り口からトラックの荷台を見下ろす。

 それは一見して長大な砲に見える。とてもじゃないがバッテリーのようには見えない。

 キラはコックピットに戻ると、キーボードのコンソールを引っ張り出し、機体の情報を素早く閲覧していく。

 

「そっか。武装をつければ充電できるんだ。エール。ソード。ランチャー。あれは――ランチャー。ランチャーってことは砲撃?」

 

 

 

 

 

 ナタルたちはアークエンジェルの艦橋へと上がる。

 

「アークエンジェルは無事なのだな?」

「ええ。ですが、残っていたのは艦にいた数名です。それも下士官しかいません」

 

 ナタルは通信状況を確認するため、艦長席の端末を操作。

 

『――ライク。アーク――』

 

 繰り返し。ストライクの形式番号と、アークエンジェルを呼びかける通信が入っていた。

 

「――こちらは陽動か!」

「なんですって? ってことはザフトの狙いは?」

「Gだ! 外の状況はどうなっているんだ」

 

 ナタルはジャッキー・トノムラに応答するように指示を出す。すぐに応答したものの、ストライクには通じていない。

 

「アークエンジェルを動かす。埒が明かない」

「正気ですか?」

「なんとかするぞ」

「この陣容で、ですか?」

「どうやったらできるか考えるんだ」

 

 無理難題をふっかけているのは、彼女も理解している。彼女自身もまたどうやって、この難局を切り抜けられるのか、頭を捻っていた。

 しかし、アークエンジェルは最新鋭の戦艦だ。少人数でも動かせるように、大部分を機会化している。

 ナタルは的確な指揮をとり、アークエンジェルを起動させていく。

 

「メインエンジンはどうか?」

「動かせますが、起動までに時間がかかります」

 

 ノイマンの返答は「無理です」も含まれていた。

 それは重々承知している。

 彼女はしばらく考え込み、とあることを思い出す。

 

「電源はまだ繋がっているか?」

「待ってください――はい。まだモルゲンレーテと繋がっています」

「そちらからもらえ」

 

 彼女の機転のおかげで、アークエンジェルのメインエンジンは、思った以上に早く起動する。

 

「瓦礫ごと主砲で吹き飛ばしますか?」

「外はザフトがいるかもしれない。コロニー内部へと向かう」

「コロニーの中に、ですか?」

 

 アーノルド・ノイマンは否定的だ。

 

「ああ、そうだ」

「無茶です。それにオーブの許可だって――」

「それよりもGの回収だ」

「来てもらうとか」

「駄目だ。こちらから出向く。後で港から出ればいいだろう」

 

 ノイマンは不承不承といった様子で、アークエンジェルを操舵する。

 アークエンジェルは動き出すと、コロニー内部へと向かう。

 しかし、船の行き先もまた瓦礫などでふさがっている。

 

「ローエングリンを使う」

「威力がありますぎます!」

「出力を絞れば良いのだ」

 

 アークエンジェルはローエングリン砲を使い、コロニー内部へと突入した。

 ナタルらが目にしたのは、戦場だ。銃撃音と、爆音で機動する兵器たちの音がヘリオポリスイレブンに満たされていた。

 被弾して戦闘能力を失ったメビウス・ゼロと、ザフト軍新型のMSシグー。そしてコロニーの大地には、地球連合軍の最新兵器ストライクが、武器を展開していた。

 

「一体、どういう状況なんだ?!」

 

 

 

 

 

~続く~

 




評価や登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

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次の更新は来週の土曜日になります


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コロニー崩壊~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 ムウ・ラ・フラガは舌打ちをした。

 コロニー内部での戦闘は、予想以上に苦戦を強いられたのだ。

 機体を暴れさせて戦うものの、宇宙区間と違い、戦闘できる空間が限定的であった。

 

 故にモビルアーマーの機動性を、十全と発揮できないでいる。

 地球軍のモビルアーマーはモビルスーツに勝っている点は、加速力だ。

 直線距離での勝負ならまず負けない。対してモビルスーツは旋回性能が勝っており、特に宇宙空間では、人型であることを生かして四肢を動かして急旋回するパイロットもいた。

 

 そしてその戦法を使える相手が目の前にいて、モビルアーマーの加速性能が活かせない閉所にて戦闘をしている。

 それらを承知の上で、飛び込んだムウ・ラ・フラガだが、圧倒的不利に「卑怯だぞ」と叫んでいた。

 モビルアーマーにとって、壁や遮蔽物は敵だ。激突すれば機体は損傷するのだ。対してモビルスーツにとっては違う。激突することはあっても、利用することができる。

 

 機体を隠し、あるいは壁を足場として蹴り、無秩序な機動で攻撃を回避していく。

 ムウ・ラ・フラガは不満が爆発し、コックピットの中で悪態をついた。

 

「くそったれ」

 

 衝撃が機体を叩く。遮蔽物にメビウス・ゼロがこすったのだ。

 眼前に開けた場所があり、ムウ・ラ・フラガは素早くガンバレルを展開。ラウ・ル・クルーゼの駆るシグーを狙うが、純白の機体は素早く遮蔽物に隠れてしまう。そして時折顔を出しては四基あったガンバレルを撃ち落としていく。

 徐々に追い込まれていることに焦りが募るムウ。対してラウは冷静だった。

 

「そろそろご退場願おうか、ムウ・ラ・フラガ」

 

 遮蔽物を蹴飛ばし、機体を加速させてシグーのスペック以上の速度を出す。

 機体のGが彼の体にかかるが、ものともせず笑みを浮かべる。

 シグーの接近に、メビウス・ゼロは咄嗟に反応するも、リニアガンの砲口は捉えきれない距離まで肉薄される。

 

「ちくしょう!」

 

 ムウ・ラ・フラガの視界が煌めく。彼は咄嗟に機体を操作して、急制動。機体に残っていた唯一の武装を犠牲に撃墜は免れた。

 

「やるな。だが、それでは見ているだけしかできまい」

 

 ラウは、ムウに戦闘能力が残されていないと見ると、無視してコロニー内部へと悠々と進撃。

 ムウ・ラ・フラガも追いかけるが、メビウス・ゼロは、推進力も兼ねているガンバレルが全損しているため、あっという間に置いていかれてしまう。

 ほどなくして、ラウは広場に灰色の機体を発見する。

 

「あれが最後の一機か。ここで落ちてもら――民間人か」

 

 ラウ・ル・クルーゼはひとつと数えない間に思考する。

 最後に残った一機の近くに、人が多数いた。軍関係者のようにも思えたが、女子供がいることに彼は違和を覚える。

 しかし、地上に降りた友軍の報告を彼は思い出す。

 

「なるほど民間人を盾に、か。落ちたものだな地球軍」

 

 

 

 

 

 シグーを認めたマリューは悲鳴にも似た叫び声をあげた。

 

「パックを早く装着して!!!」

 

 彼女の言葉に、応えるようにキラはランチャーストライカーを機体に装着。

 素早くフェイズシフト装甲を展開すると、広場より跳躍して機体を前へと出した。

 その行動はラウ・ル・クルーゼを驚かせる。民間人は盾ではなく、集まったものだと断定。

 

 キラは機体を移動させて射線に入らないように留意する。単発で重突撃銃を発砲。弾丸はすべてストライクに被弾。

 衝撃でコックピットが暴れるが、キラはなんとか耐えて見せた。

 モニターから煙幕が晴れると相手を探す。

 

「くそっ。こんなところじゃ!」

 

 ストライクは広場から離れるように移動。これ幸いとシグーは重突撃銃を連射モードに切り替えて攻撃。

 

「あれがフェイズシフト装甲か。厄介なものを作ってくれた」

 

 ラウ・ル・クルーゼは次の攻撃をしようとしたところで、コックピットにアラームが鳴り響く。

 モニターは巨大な爆炎が燃え上がったのを捉えた。そして、その中から巨大な影が突き破ってくる。

 シグーは目標をストライクから、巨大な物体へと変える。重突撃銃を連射するものの、影はそれを回避。

 

 炎と煙の中から純白の船体が姿を現す。

 それを見入ってしまうキラと、避難した人々。

 その場にようやく追いついたムウ・ラ・フラガは、戦艦がコロニー内部にいることに驚く。

 

「なんだってそんなもん。コロニー内部だと撃たれ放題なんだぞ」

 

 シグーは戦艦をやり過ごすと、目標を再びストライクへと変える。

 ラウ・ル・クルーゼは「これならば」と弾倉を交換。素早くストライクへと照準して、発砲。

 白い機体は先程より少し仰け反ったが、機体に損傷は認められなかった。

 

「駄目化か。強化APSV弾でも」

 

 再びコックピット内にアラーム。仮面の下の眼が、戦艦の艦尾からミサイルが発射されたのを視認。

 重突撃銃でミサイルを破壊していくが、いくつか残ってしまう。

 残ったミサイルの追尾を振り切るため、彼はコロニーシャフトを遮蔽物にして、攻撃をいなす。

 

「やれやれ。地球軍は随分と恩知らずと見受ける。オーブのおかげで、戦艦やモビルスーツが出来たというのに」

 

 それを見ていたキラは「冗談じゃない」と叫ぶ。

 

「ランチャーって名前なんだろ。なら、砲撃用の武器でもあるってことでしょ」

 

 すぐに武装が判明。超高インパルス砲「アグニ」と表示される。

 キラは武器を選択すると、それを展開。ストライクが構えた。

 コックピット内ではスコープを展開して、少年はシグーを照準。

 

「出ていってくれよ! 戦争なんかごめんなんだ!」

 

 アグニを構えたストライクを見たマリューたちは、キラへと制止の声をあげるが、相手は戦場の、しかも機体の中。声は届かず、巨大な光が一条。シグーを襲う。

 寸前。その一撃は躱されてしまう。シグーは右腕を吹き飛ばされるが、撃墜は免れた。

 放たれた巨大な光は、そのままコロニー内壁へと激突し、爆発と共にコロニーに巨大な穴を穿つ。

 

「穴? コロニーに? 僕が?」とキラは自身のやったことに恐れおののく。

 

 コックピット内でラウ・ル・クルーゼは、淡々と「モビルスーツに、これほどの火力を持たせるとは」言いながら、機体のステータスを確認。

 すぐさま彼は撤退を選択し、コロニーに出来た穴から離脱する。

 辛くも地球軍は、敵の攻撃の撃退に成功した。

 

 

 

 

 

 白い機体は星々が瞬く暗闇を行く。背中にある翼を模したスラスターから、一見して天使が飛翔しているようにも見える。

 コックピットの中では、先程の戦闘の映像を繰り返し確認する仮面の男。

 自身が見ていない方向にあったカメラが、白い機体の攻撃を捉えていた。

 

(スパイからの情報とは違う装備。我軍の軍部が気に入りそうな機体だな)

 

 ラウ・ル・クルーゼは、映像から最後の機体に換装能力があることを推察。

 光通信で母艦へとエマージェンシーを通達。緊急着艦を要請した。

 見てくれは右前腕の損失だけだが、コックピット右辺周辺が異常を示している。

 

「ここで死ぬか。それとも――」

 

 仮面の男は小さく笑う。胸中「それも運命か」と自嘲。

 

「それにしても、ムウ以外に私を感じさせる者がいるとは……」

 

 青い戦艦がシグーを受け入れる。

 被弾した隊長機を見た整備兵たちは、一様に驚きの表情を作った。

 ただひとりを除いて。

 

 その少年はイージスのコックピット内で、神妙な面持ちになるとキーボードを操作していく。

 その外で二人の整備兵が、イージスに繋げた機器から、キーボードを操作していく。

 その内のひとりが、作業したままシグーを見て口を開く。

 

「隊長機が被弾とか、こんなOSでか?」

「とても動かせるようなものじゃないぞこれ」

「ナチュラルには、まだまだモビルスーツは早いってのがわかる」

「でも被弾したんだよな?」

「まぐれ当たりだろ」

「うちの隊長がか? ありえんだろ。今までうちの隊長機に被弾させたのは。エンデュミオンの鷹くらいだ」

 

 二人の整備兵は突如驚きの声をあげた。

 

「すまない。そちらの方までやってしまった」

 

 コックピット内から声がかかる。

 

 整備兵二人は「お気になさらず」と言って、イージスのOSを確認。

 

「機体のデータも、すべて取得できました」

「ああ……」

 

 アスランはコックピットから出て、被弾したシグーを見る。

 

(やはりキラ。君なのか?)

 

 アスランの脳裏には、先程モルゲンレーテの工場で出会った少年。

 

(いや違う。あいつがあんなところに、いるはずがない。あいつはコーディネイターなんだ)

 

 プラントのどこかにいる。そうに違いないと、アスランは思うことにした。

 彼は更衣室に行こうとコックピットの出入り口に手をかける。ため息をひとつ飛び出す。

 そんな彼の耳朶に、先程の整備兵の声が突き刺さる。

 

「さっきの話だけどよ。オーブって中立国だよな?」

「ああ。それがどうかしたのか?」

「最後の機体だけどさ。コーディネイターが動かしているんじゃないか?」

 

 アスランは咄嗟に二人の整備兵へと向き直ってしまう。

 驚きの表情に固まる彼に気づかず、二人は話を続けた。

 

「地球軍の兵器だろ? ないない」

「でも、コーディネイターでも結構オーブに行ってる奴も多いんだよな」

 

 整備兵のひとりは「俺の友人も戦争が嫌でオーブに行っちまった」と付け加えた。

 

「それであんな小さな島国が、コロニー十一基も持ってるのか」

「戦争嫌な奴が多いんだろ。でもそんな奴らも、俺達が自治独立を勝ち取ったら、帰ってきてくれるさ」

「呑気だなお前は」

 

 会話は突然終わりを迎える。

 

「アスラン。機体の方はどうだ?」

 

 アスランを含めて三人は、その声に反応して素早く敬礼した。

 彼らの視線の先には白い仮面の男。エアロックは閉じており、パイロットスーツを身に着けていない彼はようやくシグーから降りたのだ。

 アスランは、OSの調整。データの吸い上げを終えたことを報告。

 

「ご苦労。次の作戦に移る。少し休んだ後、艦橋に来てくれ」

 

 アスランは「はっ」と応じて、敬礼で返す。

 

(なんとしても、確かめないと)

 

 

 

 

 

 アークエンジェルがコロニー内へと着陸すると、中から数名の地球軍の兵士が降りてくる。先頭を行くのがナタル・バジルールだ。

 彼女はマリュー・ラミアスと面識があるのか、彼女を見つけると小走りで近寄った。

 後ろには銃を手にした兵士が数人。それを見て広場にいた人々が身構える。

 

「これは……避難シェルターは?」

「バジルール少尉、無事だったのね? か――」

 

 マリューは「艦長たちは無事?」と聞こうとして、乱入してきた声に遮られた。

 

「おーい。艦長はどこだ?」

 

 見れば紫と黒のパイロットスーツの男が走ってきていた。マリューとナタルは顔を見合わせる。

 どちらも、男について認知していないのだ。

 

「よお、おたくらの艦長はどこだい? 乗艦の許可もらいたくてね」

 

 ムウ・ラ・フラガだ。男は自身の所属と名前を名乗ると敬礼。マリューらも返礼して、所属と名前を名乗った。

 彼は「すでにメビウス・ゼロを着艦させたんだがね」と話を続ける。

 

「乗艦の許可が欲しいんだよ。落とされちまってね。俺の乗ってきた船も」

 

 マリューはナタルへと視線を向けると、彼女は顔を曇らせていた。

 

「艦長以下、主だった士官は――」

 

 ムウとマリューは、その先の言葉を聞くまでもなく理解した。戦争が始まってからよく聞く話だ。

 アークエンジェルの主だった士官は全滅していた。今生き残っているものは、交代要員だったり、将来を見込まれて選ばれた者たちだ。

 

「そう……艦長は」

「よって、艦の責任者は――」とナタルはマリュー・ラミアスを見た。

 

 その視線に他の下士官や、メアリーとカオルもマリューへと視線を集めた。

 

「私……?」

 

 彼女は目の前が真っ暗になるような感覚に襲われる。なんとか持ちこたえたのは、奇跡だった。

 

「まいったね。着艦させちまったんだ。とにかく乗艦許可くれよ。ラミアス大尉」とムウは軽い調子だ。

「え、ええ。許可します」

「んで、あれは?」

 

 ムウの視線の先にはストライクから、降り立つキラ。そして、その周囲をトールたちが囲んでいた。

 

「ご覧の通り、民間人の少年です」とマリューは、先程の戦闘も含めて、ジン一機を撃退したことを伝えた。

「あの子供が」

 

 ナタルをはじめ、多くの地球軍の兵士たちが驚きを顕にする。

 マリューは工場区にいたことや、Gに乗せて避難させた経緯を説明。

 ムウが興味を示したことに、彼女は彼ら守る意味を込めて「彼のおかげで、ストライクだけは守れた」と付け加えた。

 

「あれに乗るひよっこ共の護衛で来たんだがね、俺――」

 

 ムウの脳裏には艦内のシミュレーターで、鈍くさと動かす姿だ。そして先程の戦闘をムウも見ていた。

 

「――連中はどうした?」

 

 ナタルからは、恐らく戦死しているだろうと告げられる。艦長に着任の挨拶をしていたところを爆破されたのだ。生存しているとは思えなかった。

 それを聞いたムウは「そうか」と言うと、キラの元へと歩んだ。それに続くように、マリューとナタルも続く。

 キラたちは僅かに身構える。

 

「な、んですか?」

「君、コーディネイターだろ?」

 

 ムウは穏やかな口調で問いかける。どよめきが起こり、場は騒然となった。

 とくにキラの友人である、トールたちの血相は一瞬で変わる。

 マリュー、メアリー、カオルの三人が顔を、僅かに俯かせた。

 

 キラ・ヤマトは友人たちよりも一歩前へ出る。

 

「はい」

 

 瞬間、地球軍の兵士たちは彼へと銃を向けた。

 

「やるってのかい?」

 

 皮肉げな声が割り込む。

 視線は灰色の少年へと向いた。

 

「コロニー内でどんぱちやって、今度はこの中立国で民間人を殺すんだ。おたくら地球軍ってのは」

「なんだと!」

 

 ひとりの地球軍の兵士が激高する。

 

「あー、やだやだ。敵じゃないのはわかるだろうに」

「そ、そうだ! お前ら何見てたんだ! 敵じゃねぇよ! どういう頭してんだよ!」

 

 トールはキラを庇うように前に出る。その隣にはサイ。

 

「やめてくれませんか。そういうの、ここは中立国です。あなた方の敵はプラントの、ザフト軍でしょう?」

 

 サイは冷静を装いつつ、地球軍の兵士たちに語りかけた。

 急激な緊張感が場を支配する。

 マリューは誰よりも早く動き出し、銃を下ろすように命令。

 

「ラミアス大尉。しかしこいつはコーディネイターです」と男たちは引き金に指をかけた。

「ここは中立国。戦火に巻き込まれるのが嫌で、コーディネイターがいるのも不思議じゃないわ」

「違うわ! そいつ宇宙人なんでしょ! パパの軍隊なら早く倒してよ!」

 

 声が乱入する。キラたちはその声をよく知っており、キラとサイは驚きをもって彼女を見つめた。

 

「フレイ。そんな言い方はないだろ。それに知ってたじゃないか」

「こいつが裏切ったのよ。コーディネイターが攻めて来たなら、そうに違いないわ」

「フレイ!」

「とにかく、銃は下ろしなさい」

 

 マリューの命令に兵士たちは従う。

 

「なんでよ! パパの軍隊なんでしょ!」

「パパって、あなたは?」

「フレイ! フレイ・アルスターよ」

 

 その名を聞いた面々は驚く。だが、それも束の間。

 

「だとしても、そんな話聞けないわ」

「なんでよ!」

「フレイやめろって」

 

 サイ・アーガイルは彼女の前まで歩いて行き、言葉を遮る。

 

「悪いキラ。俺が言っとくから、ごめんな」

「あ、うん。……サイありがとう」

 

 彼はフレイの手を取って、無理矢理その場から引き剥がした。

 

「いや、ごめんな。そんな空気にするつもりじゃなかったんだが」

 

 ムウは頭をかきながら謝罪をする。彼は「ただな――」と話を続ける。

 

「ここに来る道中の、ひよっこ共の姿を見ていてな。連中、こいつら動かすのも苦労してたんだ。それがね――」

 

 ムウ・ラ・フラガは「やれやれ」と言って、アークエンジェルの方へと戻っていく。

 

「どちらへ?」とナタル。

「ゆっくりしている時間はないぞ。外にいるのはクルーゼ隊だ」

 

 その時、キラは地球軍の面々が顔を暗くしたのを見た。

 

(クルーゼ……隊?)

 

 マリューたちも後を追うように動き始める。

 

「あ、キラ君。ストライクをアークエンジェルの中に、コックピットで待機していてちょうだい」

「わかりました」

 

 マリューたちが行くと、トールたちは大きく息を吐いた。

 

「いや、マジでビビった」とトール。

「よくやるよ」とカズィ。

「カズィ手伝ってくれよ」

「やだよ」

 

 カズィは彼らの後ろで見ているだけだった。

 

「まあ、そういうところがカズィの良いところなんだけど」

「褒めてる?」

「褒めてる褒めてる。キラもどうもな」

 

 トールのお礼にキラははにかむ。

 

「お前がストライク、動かしてなかったら俺たち死んでたぜ」

「本当、何回も死にそうになったし、死んだ人も……たくさん……」

 

 ミリアリアは口元を抑える。トールはそんな彼女の肩を抱き寄せて「本当にな」と声をかける。

 キラは、彼らになんと言葉をかけていいのかわからず、俯いてから「無事で良かった」と口にした。

 カズィは後頭部で手を組んで口を開く。

 

「本当。さっさと出ていってもらって、家に帰りたいなー」

「おいおい。呑気すぎやしないか?」

 

 灰色の髪の少年がキラの元へと歩み寄る。

 

「あんたはさっきの」

「警戒するなよ。俺はソーマ・カガってんだ。お前、キラだっけ?」

「え、ええ。なんでしょうか?」

「ありがとうよ。俺も工場区の近くにいてよ。お前のおかげで助かったよ」

 

 ソーマを皮切りに、広場にいた大人たちもキラにお礼を口にする。

 感謝と称賛の声に、キラは嬉しいやら恥ずかしいやらで、困ったように笑ってストライクへと向かう。

 

「まあ、さっさと地球軍に出ていってもらって、戦争なんて忘れようぜ」とソウマ。

 

 キラは「そうですね」と言って顔を暗くする。

 彼の脳裏には先程の工場区での光景。そこで出会ったザフト兵は、友人にそっくりだった。

 もしも彼だったとしても、地球軍が出ていけば悪い夢として忘れられる。

 

 

 

 

 

「諸君らも知っての通り、オリジナルのOSは、モビルスーツを動かすに値するものではない」

 

 ミゲルのジンが撮影した戦闘が、艦橋で流されていた。

 それをアスラン、ミゲル、オロール、マシューの四人が真剣な眼差しで見ている。

 

「しかし、ミゲルがこれを持ち帰ってくれて良かった」

 

 ラウの言葉にアデスが首肯して口を開く。

 

「これがなければ、我々は本国で笑い者でしたな」

「私なんか最新鋭機を損傷させたからな。無能者と笑われるところだった」

 

 クルーゼ隊はザフト軍の中でも、羨望と嫉妬の眼差しを向けられていた。

 隊長のクルーゼは戦争の初期で大戦果を上げたのである。その結果、彼の部隊は最新鋭機や、最新の装備を優先的に受領していた。

 それだけ本国から期待がかけられている。故にクルーゼ隊に、失敗という文字は許されない。

 

「とはいえ、今回は我々の出番ではない。高みの見物だ。彼らがやってくれるだろう」

「ミゲル、オロール、マシューの三人は、コロニー外より内部の戦闘状況を記録しろ。戦闘には加わるな」

 

 三人は僅かに表情が動くが、すぐに「了解」と応じた。

 彼らは先の戦闘の雪辱を果たしたいと考えていたのだ。

 アデスが「解散」と口を開きかけたところで、声が入り込む。

 

「あの、自分も出撃させてください」

 

 声の主は、そこまで黙って聞いていたアスランだ。

 彼がそんな発言をしたのが、意外だったのかミゲルらは驚いた様子だ。

 クルーゼは顎に手をやり考える素振りとなる。

 

「今回は戦闘をするのが目的ではない」

「なので――あの機体のテストも兼ねて、どうでしょうか?」

「手に入れた玩具を試したいってか?」茶髪をオールバックにした男、オロールが試すように聞く。

「おい。よせよオロール」とミゲルが制止する。

 

 ことの成り行きを見ていたクルーゼは口元を緩める。

 

「いいだろうアスラン」

「隊長!」

 

 ラウ・ル・クルーゼは手で、アデスの発言を制す。

 

「重ねて言うが、今回はスパイたちに戦ってもらう。なにせ、あそこは中立国だからな」

 

 それは建前だ。クルーゼたちは先程まで、そこで戦闘をしいたのである。

 本国では問題となるだろうが、彼はそれ以上の成果を持ち帰ることで、帳消しになることを確信していた。

 

「そんな中立国で、地球軍の新型兵器たちが戦闘するのだ。データをとる必要があるだろう。不用意に戦闘すれば、こちらも損失を免れまい」

 

仮面の男は不敵に笑い「だが――」と口を開く。そして、その場にいる全員を見回す。

 

「もしも例外があった場合、その限りではない。例えば、そうだな」

 

 彼は顎に手をあて考える素振りとなる。そして、数えて三つもしない頃、彼は鼻で笑う。

 

「地球軍の攻撃によって、中立国のコロニーが壊れたりすれば、我々としては大義名分を得るわけだ」

 

 その場にいる面々は顔色を青ざめさせた。

 彼らコーディネイターにとって、コロニーを失うことの意味がどれほど重いか理解しているからだ。

 自分たちの住む場所。ナチュラルもいるとはいえ、中立国のコロニー。それを奪ってしまうことへの抵抗感が生まれる。

 

「ナチュラル共だからな。さっきの戦闘でも、民間人を巻き込んでたし、利用するだけ利用して、中立国をふっ飛ばすかもな」とミゲルは淡々と口にする。

 

 アスランは僅かに目を見開く。

 

「何が起きるかわからんからな。各員、注意せよ」

「ジンの武装はD装備で行け。ただし、今回は撤退を優先せよ」

 

 地球軍最後のモビルスーツの破壊は、今回は優先目標が低い。

 もちろん落としたいのは本音だが、クルーゼ隊で現状、戦闘に使えるモビルスーツは四機だ。

 強奪したモビルスーツを、投入できないわけではない。

 

「アスラン出撃は許可されたが、ミゲルらの援護のみだ。武器の認識は終わっているな?」

 

 アスランが「はい」と応えると、アデスはイージスにスナイパーライフルを装備させて、出撃するように命じる。

 その後、四人が艦橋を後にすると、クルーゼは小さく笑う。

 

「優しいなアデス」

「いえ、ザラ国防委員長のご子息ですので」

「それより、なぜ出撃をお許しに?」

「面白いものが見れると思ってな」

「と、言いますと?」

「地球軍のモビルスーツ同士の戦闘だよ」

 

 ラウは仮面の奥底に隠した表情を見せない。

 彼は自身の席へと向かい、腰を下ろすと一息いれる。

 

「あのスパイ共も、そうあてにならないだろう」

「後ろから、撃たれるかもしれませんか」

「それもある。後は、お前が言っていた通り、やつらのモビルスーツは、ろくに使い物にならんだろう」

 

 オーブジンは残り四機。アデスは整備兵からの報告を聞いている。OSは無理くり合わせたが、何が起きるかわからないという話だ。

 スラスター、各部駆動系の出力。それらがオリジナルとまるで違う。そのため、それ用にOSの調整も必要なのだが、その時間はなかった。

 

「下手に戦場をかき乱されて、我軍の戦力の損失は、御免こうむりたいものですなクルーゼ隊長」

 

 アデスは軍帽を脱いで頭をかく。

 

「そうだな。やはり舞台に相応しい者に踊ってもらうとしよう」

「ガモフにレーザー通信。Eジャマー解除後も、通信はレーザーでのみとすると伝えろ」

 

 アデスの指示後、クルーゼはとあることに気づく。

 

「そういえば決めてなかったな」

「何をです?」

「連中のコードネームだ。そうだな。戦艦は足つき、機体の方は四本角とでも呼ぶか」

 

 

 

 

 

~続く~




評価や登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

後、ガンプラも買って20周年に向けて盛り上がってくれたりしたら嬉しいです。
11月再販は
HGCEエールストライクガンダム
RGストライクフリーダムガンダム
RGデスティニーガンダム用デカール
MG汎用-SEED用1デカール
になります


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コロニー崩壊~後編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 アークエンジェルの艦橋にて、マリュー、ムウ、ナタルらは今後についての話し合いを進めていた。

 まずはヘリオポリスイレブンからの脱出だ。アークエンジェルをコロニー内に入る際、ローエングリン砲を使用したため、工場区からの脱出はできなくなってしまった。使った影響で道が塞がれてしまったのである。

 ローエングリン砲はアークエンジェル最大の威力の武装だ。ナタル・バジルールの計らいによって出力は絞ったものの、その影響は少なくない。

 

「最大出力で使うのは?」

「コロニー壊せっての?」

 

 ナタルの提案をムウは却下した。

 残された手段としては、ヘリオポリスイレブンの宇宙港から出ることだが、それは難しい。

 艦長席に座ったマリューは、受話器を元の位置へと戻す。

 

「駄目ね。連絡がつかないわ。シェルターのロックも、いつ解除されるかわからないわ」

 

 ヘリオポリスイレブンの宇宙港管制塔と、連絡がつかない状況であった。

 そのため、キラたち逃げ遅れた人々を、シェルターに入れられないのである。

 

「あれ? じゃあ、あの広場にいる人達はどうするんだ?」

 

 ムウの指摘にマリューの顔は曇った。

 彼女は地球軍の英雄を見据える。

 

「キラ・ヤマトは機密を見ています」

「そんなこと言ってる場合かよ。ってか子供だぜ? 戦わせるのか?」

「ですが、軍規では――」

「そもそもだけど。まずはオーブに申し入れしないと、駄目なんじゃないの?」

 

 どちらの言い分も正しい。マリューとしては、早々に安全な場所に送りたかった。

 とはいえ、非常事態だ。ジャミングの影響で連絡はつかないままだ。政治的な取引するにも、時間も人も足りない。

 彼女はストライクを運び出すこと、任務を優先した。

 

「脱出にはストライクの力も必要だと思うのです」

 

 マリューの言葉の裏にある意味を、ムウは理解し顔をしかめた。

 

「子供を戦場に立たせるってのか? 馬鹿なこと言うな。メビウス・ストライカー。メビウス三機あるんだろ? 余ってるメビウスがあるなら、俺がそれに乗る」

「それで脱出できますか? 相手はクルーゼ隊、なんですよね?」

 

 ムウは反論できないのか「そうだった」と頭の後ろで手を組んだ。。

 

「待ってください。子供の、それもコーディネイターにストライクを乗せるっていうのですか?」

 

 ナタル・バジルールは血相を変える。

 地球軍の最新鋭機。それもコーディネイターに対するための兵器だ。

 それをコーディネイターに乗せるなど、本末転倒である。

 

「バジルール少尉は、坊主が書き換えたOSを見てないのか?」

「それがなんだというのです?」

「あんなの乗れるやつ、いないって」

「なら元に戻させて、大尉が乗ればよろしいじゃないですか!」

「弱くして、すっとろく動いて、的になれっての? 棺桶に入れるってんなら、せめてまともに動くものしてくれ」

 

 マリューは「とにかく」と二人の話を切った。

 

「ストライクは必要でしょう?」

「坊主は承知しているのか?」

 

 

 

 

 

「アスラン。お前は後ろで俺たちの支援だ。いきなり新人が死ぬなんて真似、俺は許さないからな」

 

 ヴェサリウスの更衣室にて、ミゲルはアスランに言い含める。

 彼はすでにパイロットスーツを着用しており、いつでも準備万端といった具合だ。

 オロール、マシューもパイロットスーツの袖に腕を通し、各部位を確認している。

 

「お前が優秀なのはわかっている。いずれ、自分の部隊も持つだろう。だから、つまらない意地を張って死ぬな」

「わかったミゲル」

 

 頷くアスランに、オロールは口を開く。

 

「新機体手に入れたからか?」

 

 先程の艦橋とは違い、落ち着いた雰囲気で問いかけている。

 

「試し乗りしたい気持ちもわかるけどね」と褐色の青年がにこやかに言う。

「マシュー、茶化すな」

「へいへい」

「確かめたいことがあるんだ。どうしても」

 

 ミゲルらはその先を問いたださなかった。

 彼の声音には、それまでにない切実さが滲み出ていたのである。

 そんなアスラン・ザラを彼らは見たことがなかった。

 

「なら、ちゃんと確かめてみるんだな」

 

 ミゲルはそれ以上言うことをやめた。

 

「ただ、ミゲルが言ったこと守れよ。死ぬのはなしだ」

「そうそう。後ろで援護してくれればいい」

 

 オロールとマシューの言葉に頷くアスラン。

 

「わかっている」

 

 四人はパイロットスーツの着用を済ませると、格納庫へと足早に移動。

 コックピット付近に待機している整備兵たちに助けてもらい、各機へと搭乗。

 アスランがコックピットに着席すると同時に、ミゲルの声が通信から届く。

 

『戦闘の映像を撮るだけって話だが、例外はありえる』

『隊長は、なにかありますよって感じだったな』

 

 オロールはコックピットの計器類を見てわずかに眉をひそめる。

 

『じゃあ、なにかあるんだろうな。スパイ共が後ろから撃ってくるかもな』

『滅多なこと言うんじゃないよマシュー』

『ビビってんの? オロール』

 

 ミゲルはD型装備で出撃させる意味を説く。

 D型装備とは、主に拠点攻撃用の装備だ。

 ただの偵察ならば、重武装する意味はないはずである。

 

 アスランもミゲルの話に頷き考える。

 やはり例外や不運な事故が起こるのだろう。

 コロニーを失う。その意味をアスランたちは知っている。

 

(母上のように……そして、あいつも……いや違う。まだ決まったわけでは)

 

 

『はしゃぐな。エンデュミオンの鷹もいるんだぞ』

 

 オロールとマシューは息を呑む。

 そんな二人の様子にアスランは驚く。

 その名はアカデミーで聞いた覚えがあった。

 

(エンデュミオンの鷹……確か、エンデュミオンクレーターでジンを五畿撃墜したっていう)

 

『エンデュミオンの鷹。結構なやつだ』

『そんなに?』

『ああ、油断すると死ぬな』

 

 オロールの声には悔しさも滲んでいる。

 マシューはコロニー内部に突入していたので、相手に対する脅威がよくわからない様子だ。

 そんな二人の様子を見て、ミゲルはゆっくりと口を開く。

 

『俺も専用機で戦ったが、油断ならない相手だった』

 

 ミゲルは専用機で激突したことがあり、撃退経験がある。

 

『エンデュミオンの鷹だけじゃない。地球軍の最後の機体だ。あれにも気をつけろ』

『黄昏の魔弾の仰せのままに』

『ははぁ~神様仏様ミゲル様~』

『出撃前にふざけんな二人共! ぶっとばすぞ!』

 

 ミゲルが言い終わるのを待ってじゃ、ブリッジから通信が入る。

 

『オロール機。発進カタパルトへ』

 

 アスランはここではない、どこかを見ながら思う。

 

(本当に、お前なのか? キラ)

 

 

 

 

 

 ヘリオポリスイレブンモビルスーツ格納庫。そこには四機のジンがハンガーに収まっていた。

 オリバーを含めて四人の男たちが、自分の機体を見上げる。

 オリジナルのジンにある特徴である、トサカと翼のないジン。

 

「そろそろ行くぞ」

「今、避難命令出てるなら銀行は誰もいないよな?」

「あ、俺も金はほしい」

「それよりも試し撃ちさせてくれよ。地球軍の武器がどんなもんなのか試したいんだよ」

 

 四人はまるでバラバラだった。

 それでも別にいいのか「行くぞ」と言ったオリバーは気にも留めない。

 彼らを下に見ているので、考えるだけ無駄だと思っているのだ。

 

(まあ、どうせこいつらも駒だしな)

 

 オリバーは他の三人には、キラと戦ったことを伏せていた。

 彼らを上手く使って自分は楽しようと考えていたのである。

 そういった思惑を気取られないために、彼は大して興味のないことを聞く。

 

「お前らは、プラントに行ったらどうするんだ?」

「このまま軍に入って、美人の嫁さんがほしい」

「俺も、俺も」

「人を殺してぇ。武器を使って蹂躙してぇ! ナチュラル共ならいくらでも殺していいんだろ?」

 

 三人のうちひとりが「オリバーは?」と聞く。

 

「そうだな。俺もみんなと同じだ。軍に入ってそれなりの成果を出してって感じだな」

 

 オリバーは胸中ほくそ笑む。

 

(バカが。軍になんか入って命を危険に晒すか)

 

「地球軍の戦艦がコロニー内部に入ったようだ。コロニー内でドンパチできないだろうから、こっちは好き勝手撃ち放題だ」

「しかしザフトはケチだな。俺たちに武器くらい貸してくれてもいいのに」

「そんなことより時間だ。急ぐぞ」

 

 オリバーたちは、それぞれの機体のコックピットに乗り込む。

 

「じゃあお仕事しますか」

 

 

 

 

 

 アークエンジェルに続々と、荷物が運び込まれていく。

 逃げ遅れた人々も手伝ったおかげで、思った以上に物資の回収は進んだ。

 そんな流れと逆行するように、マリュー・ラミアスは、アークエンジェルの外にいる避難民たちの元へと来ていた。

 

 その後ろにはカオル・ウラベ。彼は申し訳程度の武装で、艦長の護衛だ。

 

『マードックです艦長。報告します』と胸元の通信機が声を発する。

 

 マリューは歩きながら、話を促す。

 

『ストライク以外は戦闘で使えません』

「メビウスは?」

『人員不足で確認が出来ていません。あれの出撃に責任がもてませんよ』

 

 マードックは『パイロット共はやる気ですがね』と続けた。

 

(モビルアーマー乗りを出すの?)

 

 マリューは胸元に手をやる。

 

「ストライクは出せるのね?」

『ええ』

「なら、今すぐメビウスのメンテをお願い。一機でもいいわ。ゼロとストライカーは?」

『どちらも、もう少し時間ください』

「わかったわ」

「艦長、あまりお時間がありません」

「わかっているわ」

 

 彼女はジンとの戦闘の後、曖昧となっていた記憶が元に戻ったのだ。

 そこで、とある疑問が生まれたのである。そしてそれを確認するために、足早に来たのだった。

 探していた人物を見つけると、彼女は駆け寄った。

 

「キラ・ヤマト。ひとつ確認したいことがあるの」

「はい。なんでしょうか?」

 

 キラたちには、相当嫌われているらしく、彼女を確認するやいなや、周囲の面々も腰を浮かしている。

 内心「嫌われたものね」と自嘲しつつ、彼女は話を進める。

 

「先の戦闘のことでひとつ、聞きたいの」

 

 刹那、キラは目を見開く。

 

「そうだ! そうだった!」

 

 彼は何かを思い出したかのように、大きな声を出した。

 トールはミリアリアと顔を合わせてから、首を傾げ合う。

 彼らは疑問を口にする。

 

「おい、どうしたんだキラ?」

「オリバーさんだ」

「あの傲慢野郎が、どうかしたのか?」

「あの人、作業用のジンを使って襲ってきたんだ」

 

 トールは驚きの声をあげた。

 

「その、オリバーって人は?」とマリューは会話に入る。

「ヘリオポリスイレブンで、コロニーの保守作業を仕事にしているコーディネイターの人です」

「その人が、襲ってきたのよね?」

 

 キラは頷き、話を続けた。

 

「オリバーさんが、ザフトと通じているのかも。ザフトのジンは、オリバーさんを攻撃しませんでした」

 

 マリューも思い出してきたのか「確かに」と頷く。

 ザフト軍のジンが撤退後、作業用のジンが攻撃してきたのである。

 

「そういうこと。迂闊だったわ」

 

 話を聞いていた赤髪の少女は、キラに掴みかからん勢いで近づく。

 

「なによ。やっぱり裏切り者がいるんじゃない!」

「よすんだフレイ」とサイは制止する。

「だとすると、まずいわ」

 

 マリューとキラは視線が合う。

 

『フラガだ。ジャマーが解除された。なんだか嫌な予感がする。艦に戻ってこい』

「わかりました」

 

 マリューが通信機を切るよりも先に、誰かが叫ぶ。声のする方へと視線を向けると、宇宙港付近で爆炎が上がっていた。

 

「皆さん落ち着いて!」

 

 マリューは大きな声をあげて、全員を落ち着かせる。そして、今のヘリオポリスイレブンとアークエンジェルの状況を説明。

 

「脱出後には、他のヘリオポリスに皆様を送り届けます。ですので、一旦アークエンジェルへ避難してください」

「皆さん急いでください。私の後に続いて」

 

 ヘリオポリスイレブンが戦場になる。そのことに怯えた五歳くらいの少女が泣き出してしまう。母親は必死に泣き止まそうとするが、励ます言葉が出てこない。

 誰も彼もが、明日への保証がもてなかったのだ。誰もが顔を俯かせて、絶望感に無力感を抱く。

 マリューは、キラへと向き直る。

 

「大丈夫だよ」

 

 彼は、幼い少女の視線に合わせるようにしゃがんでいた。

 

「僕が守るから」少年は優しく微笑む。

「ほんとう?」

「うん。ストライクっていうロボットがあるから」

「あのでっかいロボで?」

「僕は動かせるんだ」

「もとにもどれる?」

「必ず、ね」

 

 キラ・ヤマトは立ち上がると、マリュー・ラミアスの目を真っ直ぐと見据えた。

 

「そのお話も、しにきたんですよね?」

「え、ええ。卑怯よね。でも――」

「みんなを、必ずオーブに送ってください」

 

 真っ直ぐな少年の瞳に、女性は真正面から受け止めた。

 

「必ず。無事に送り届けるわ」

 

 

 

 

 

「焦点拡散で使用。戦闘ではコロニーへの被害を最小限にせよ」

 

 マリューの指示に、誰もが「無理だ」とぼやく。

 沈んでいく士気に、ムウ・ラ・フラガがいち早く反応。

 

「オーブのジンが敵とはね。照準マニュアルで、こっちに回せ。不可能を可能にする男は、艦砲射撃もお手の物なのを見せてやるよ」

 

 彼はサブの操舵士として、アーノルド・ノイマンのサポートをしている。

 CIC担当はナタル・バジルール、メアリー・セーラ、カオル・ウラベ、ジャッキー・トノムラが担当。

 ダリダ・ローラハ・チャンドラII世とロメロ・パルは通信とオペレーターを担当している。

 

「もう少し時間があれば」

 

 全員が全員不慣れであった。コンピュータがすべて対応してくれるとはいえ、使っている人間がバッチリ対応できるというものではない。

 

「宇宙港付近の熱紋パターン。あ、アンノーン?!」と驚くジャッキー・トノムラ。

「あんなの見れば一発だ。オーブのジンだよ」とムウが映像を見て指摘。

「りょ、了解。オーブのジンとして登録作業を」

「登録は後だ」

 

 ナタルは息を呑んでから、各武装のレーザー誘導を指示する。

 映像を見て、マリューは驚愕した。

 

「武装がGの予備だわ」

 

 デュエルが本来装備するはずだった。レールバズーカ「ゲイボルグ」装備したジン。バスターのガンランチャーと高エネルギー収束火線ライフルを両手に持つジン。ブリッツの攻盾システム「トリケロス」とイージスの高エネルギービームライフルを装備したジンが、それぞれいた。

 その四機がアークエンジェルを目指して飛行している。

 

「おいおい。あのジン、こっちの武装使えるのかよ」

「色々とテストで使った機体なんでしょうね」

 

 マリューはオーブのジンのマニピュレータがストライクらGATシリーズと、同じ規格であることを映像から見抜く。

 

「さらにコロニー外に、ジンの反応三――」

「あの野郎。高みの見物ってか」とムウは、ここにはいない男の顔を想像した。

 

 ジャッキー・トノムラは息を呑む。ジン三機の他に、コンピュータに表示された機体があった。

 

「――それと、イージス!」

 

 艦橋が騒然となる。

 

「もう、戦場に?!」

「まだコロニーの外だ。今は中にいるジンに集中しろ」

 

 ムウが指示を出し、全員の意識がジンへと向かう。

 

「ストライク発進させろ」とナタル・バジルールが言う。

 

 程なくして右舷カタパルトから、白い機体が飛び出す。

 その背中をマリューたちは、歯痒い気持ちで見送った。

 

 

 

 

 

 ストライク発進数分前。

 

『三番コンテナを開く。カタパルトで待機だ』

 

 壮年の男性、コジロー・マードックが通信で指示する。キラはそれに従って、機体を操作。

 程なくして映像に、水色武装が表示。モニターにはソードストライカーと、表記されていた。

 

「剣……今度はあんなことには、ならないよな?」

『坊主! 逃げてもいいから落ちるなよ!』

「ありがとうございます」

 

 キラは装備を確認すると、フェイズシフト装甲を展開。

 モノトーンカラーだった機体が、色鮮やなトリコロールカラーとなる。

 ナタルの命令を受けてから、キラはストライクを発進させた。電磁カタパルトの勢いに、キラは歯を食いしばる。

 

 もしも彼の出撃を見たなら、地球軍のトップガンたちは驚いただろう。訓練で電磁カタパルトからの出撃ですら、彼らは失神したことがあった。

 だが、コーディネイターの少年のキラは、訓練もなしに、それに耐えてしまったのである。加えて彼はパイロットスーツを着用していない。

 パイロットスーツには耐G機能も備わっている。それがない状況でも体調が不良にならないのは、それだけの身体能力を獲得しているからだ。

 

 ストライクは飛翔する。

 コロニーの内壁には遠心力で、擬似的な重力を発生させていた。

 いくら空気が満たされているとはいえ、偽りの重力から解き放たれれば、そこは宇宙と等しい。

 

 ならば飛行機能のないストライクといえど、空を飛ぶことができるのだ。

 ストライクのコックピット内には、キラの見慣れたジンが、四機映し出される。

 

(マリューさんたちは、戦わなくていいって言ってたけど)

 

 どれも知っている人たちだ。事情を知ったマリューらからは、逃げるようにと言われている。撃破よりも、相手の注意を引くことを頼まれている。

 もちろんキラもそのつもりだ。無理に突出しようとせず、アークエンジェルの近くで待機。

 

『キラ君。三機ほど武器がビーム兵器よ。フェイズシフト装甲でも防げないわ』

 

 マリューから『ソードストライカーのシールドで防げるわ』と言われる。

 

「わかりました」

 

 光が瞬く。キラは一も二もなく、機体を左右に振った。直後、光がストライクのモニターを走り、コロニーの内壁が吹き飛ぶ。

 キラはその光景を見て、自身がコロニーに穴を開けたことを思い出す。

 

「冗談じゃない!」

 

 ストライクのモニターにアンノーン四機と表示。キラは素早く作業用のジンを登録すると、機体を暴れさせた。

 ビームの光が、雨となって襲いかかる。それらをシールドで受け、緩急つけた動きで避けていく。

 コロニーの内は再び破壊が始まる。彼の視界の端で、通っていた思い出の場所が吹き飛んでいくのが見えた。

 

 両親とよく行くショッピングモール。友人のトールと通ったゲームセンター。サイと共に行ったジャンク店。休みの日には遊んだ公園。

 キラの思い出の場所が、戦火に消えていく。

 

「ストライクは俺がやる! お前たちは戦艦をやれ!」

「獲物を独り占めかよ」

「戦艦のデータがほしいって、言ってただろ。大体なぁ。でかい獲物なら戦艦の方だろう?」

 

 三人はオリバーの指示に渋々従った。

 羽なしのジンが三機、ストライクとの戦闘を切り上げると、アークエンジェルへと向かう。

 それを阻もうとストライクは追う。直後にコックピット内をアラートが鳴り響いた。

 

 キラは歯を食いしばって、機体を旋回させる。四肢を振り回して、機体を反転。

 彼がモニターで見たのは、コロニー内部の人工の明かりで照らされる実体の刃。

 片刃の剣が振り下ろされ、ソードストライカーのシールドで受け止める。

 

 金属が激しくぶつかり合い、轟音を響かせて火花が散った。

 

「オリバーさん!」

「俺より優秀なガキなんていらないんだよ!」

 

 二機は接触したことで回線が繋がる。

 

「どうしてこんなことを!」

「俺はコーディネイターだ! 優秀なんだよ! なのにどいつもこいつも認めやがらねぇ!」

「そんな理由で?!」

「誰からも認められる僕ちゃんには、わからんだろうさ!」

「アークエンジェルには、逃げ遅れた人もいるんですよ!」

「そいつぁ好都合だ! 憂さ晴らしが足りてなかったからなァ!」

 

 オリバーは機体を操作して、ストライクを蹴飛ばす。吹き飛ばしたところに重突撃銃を乱射。

 照準はブレにブレ、ストライクは数発しか被弾しなかった。また実弾はフェイズシフト装甲の前にはまるで効果がない。

 

「くそっ! そいつだ。そいつさえあれば。俺は認められるんだァ!」

「やらせない。やらせるもんか!」

 

 ストライクはソードストライカー装備の、対艦刀を展開して構えた。

 

 

 

 

 

「ジン三機、接近中」

「イーゲルシュテルン機動。ターゲット自動で照準。艦尾ミサイル発射管にコリントス装填。レーザー誘導」

 

 白い戦艦からハリネズミの針のように、火線が生えた。それをかいくぐって羽もトサカもないジンが、ビームを当てていく。

 彼らは一様に「的がでかい」「攻撃しがいがある」と嗤う

 

「ストライク。艦から離れすぎている――」

「ジン三機に苦戦するとは、ノイマン思いっきり動かせ!」

「コロニーの内壁をこすりますよ」

「不可能を可能にする男を信じろ。ゴットフリートの使用許可を艦長」

「ですが」

「焦点拡散で使う」

「許可します」

 

 艦首両舷から二連装の砲塔が姿を表す。

 ムウ・ラ・フラガは「待ってました」と、アークエンジェルの操舵を補佐しつつ、マニュアルで照準する。

 敵に油断があると見抜き、彼は直感を信じて主砲を発射させた。

 

 直後一機のジンが胴体を撃ち抜かれて爆発四散。しかし、その爆風はコロニーのシャフトを傷つけた。

 

「しまった」

 

 艦尾から発射されたミサイルから逃れようと、一機がシャフトに身を隠す。コロニーを支える柱が歪んでいく。

 

「まずいわ。これ以上の攻撃は」

「このままではこちらが沈められます」と叫ぶナタル。

 

 残った二機のジンが、アークエンジェルを前と後ろから挟もうと動いた。

 アークエンジェルは回避行動をとり、前後から放たれるビームを避ける。

 相手の攻撃は苛烈さを増す。対してアークエンジェルの攻撃は、余裕をもって回避されていった。

 

「一基だけ、イーゲルシュテルンをマニュアルで動かせてください」

 

 カオル・ウラベの進言は、ナタルによって承諾され、彼はイーゲルシュテルンを操作。

 対空砲の一基が動きを変える。それを予期していなかった一機が蜂の巣となった。コックピット付近から赤い液体が漏れ出て、程なくコロニー内を漂うと持っていたデュエルのバズを暴発させて爆発。

 バズの威力は絶大であり、コロニーに巨大な穴を穿った。

 

 

 

 

 

「このままじゃコロニーが壊れるんですよ!」

「壊れてしまえ! こんなコロニー!」

 

 オリバーの駆るジンが上段から剣を振り下ろす。

 キラは一瞬気圧されるが、歯を食いしばり機体を前進させた。

 両者は気炎の咆哮を上げて激突。

 

 ジンの振り下ろした両腕は、コロニーの空を舞う。

 

「な、に?」

 

 ストライクはジンと肉薄せんと接近して、対艦刀を下から上へと振ったのだ。

 オリバーの眼前に四本角の顔が覆う。男は悲鳴をあげて、顔の前で両の腕を暴れさせる。

 無我夢中で離れようとして、機体はあられもない方向へと飛んでいき、コロニー内壁へと落着。

 

 それを視認し、肩で息をするキラ。

 

(生きてる……よね?)

 

 知った顔を追いかけてまで、彼は殺す気になれなかった。

 モニターの端で、最後のジンに攻撃が命中。バックパックが吹き飛んだのを確認。

 

「やった」

 

 だが、その羽もトサカもないジンは、誰もが予想しえない軌跡を描く。

 バックパックが吹き飛んだことで操作不能になったのか、そのままシャフトに突っ込んで爆発したのだ。

 コロニーを支えていた柱が、音を立てて崩れ落ちる。

 

「そ、そんな! 待ってくれ! 待って!」

 

 キラは咄嗟に、壊れていくシャフトを抑えようとする。

 

『キラ。キラ・ヤマト。君なのか?』

 

 そこに聞き慣れた。でも、ここでは聞こえてはならない声が、彼の心臓を掴んだ。

 

「アスラン!? アスラン・ザラ!」

 

 白き機体と赤き機体は対峙する。

 両機は形の上で激突。接触回線が繋がった。

 

「どうして君が?!」

「お前こそ、なんで地球軍なんかに!」

「君も戦争なんて嫌だって言ったじゃないか!」

「血のバレンタイン。そこで母上が犠牲になった! だから……!」

 

 お互いに武器を構えるが、それも一瞬。イージスは変形し四つのクローでストライクを捕縛した。

 

 

 

 

 

~続く~




評価や登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。
後来年はガンダムSEED20周年です。皆さんSEEDシリーズ見直して見てはいかがでしょうか?

次回の更新も来週です。


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祖国からの逃亡~前半~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 話はコロニー崩壊より前へと遡る。

 足つきと呼ばれる地球軍の新型戦艦と、四本角と呼んでいるモビルスーツの戦闘データを彼らはつぶさに記録していた。

 その結果、わかったことは戦艦の戦闘はコンピュータ任せであることだ。

 

 まるでマニュアル通りにやっています。そう言った戦いだった。

 新造艦の運用の実績がないのだろう。そのためコンピュータ頼りといった具合。

 それでも人らしい動きをするはずだとミゲルは言う。彼は続けてアスランたちの奇襲で主だった士官を倒したのだろうとも、予想を口にする。

 

『――アスラン、ちゃんと記録は出来ているか?』

 

 アスランは「ああ」と言いながらも、視線は白い四本角の機体――コックピットには、STRIKEと表示されている――に釘付けになっていた。

 彼の頭の中では月の幼年学校での思い出。最後に別れた時の物悲しそうな友人の顔。

 爆炎の中で見た顔は、その面影を色濃く残した少年。年の頃はアスランと同じくらいだ。

 

(そう思いたいだけなのか。それとも、本当に君なのか?)

 

 考えにふけっていたアスランを、オロールの声が現実に引き戻す。

 

『おいおい。あの戦艦。主砲使い始めたぞミゲル』

『利用するだけ利用したら、後はどうでもいいってことか……』

『コロニーだぞ。人の住む場所なんだぞ。なんてやつらだ!ミゲル行こう』

『駄目だ。抑えろマシュー』

 

 アスラン以外の三人は、義憤から地球軍への怒りを口にする。

 彼らプラントの住人は、コロニーにしか住処がない。そんな彼らにとって、コロニーの破壊というのは、強い憤りを抱くものだった。

 それを地球軍がやっているのだから、彼らはより怒りに燃える。

 

『血のバレンタインの悲劇でもそうだ。やつら地球以外はどうでもいいんだよ』

 

 アスランの脳裏には崩壊するユニウスセブンの映像。

 それと同じことが目の前で起きつつある。赤き機体に乗る少年は、奥歯を噛みしめた。

 外から見ていても、コロニーの整った筒型が崩れていく。

 

『おいおい。本当にコロニーが壊れるぞ』

『人がいる。人がいるぞ。やめろ地球軍!』

 

 マシューは叫ぶ。彼のモニターでは、逃げ遅れている人が確認出来たのか、機体が少し前に出る。

 

『待てマシュー!』

『ほっとけない!』

 

 マシューのジンが先行しかけ、オロールのジンがその肩を掴む。

 

『どうするミゲル?』

『――例外が発生した。接近するぞ。各自母艦の座標を確認。アスランはここで待機だ』

 

 ミゲルは『いいな?』と話を終わらせる。

 アスランが返答するよりも、三人は三つ数えるより早く動き出す。三つの軌跡はコロニーの中へと消えてしまう。

 彼が逡巡したのは一瞬。赤い機体もまたコロニーへと飛翔した。

 

 コロニーの外壁は形を保てなくなっていた。

 外壁には山と谷が出来ている。それをイージスは縫うように飛ぶ。

 目の前で外壁と外壁の間から、土砂が吹き出す。

 

(母上のようなことが、起きるのか)

 

 赤き機体はコロニー内部に入ると、程なくして白い機体を見つける。

 壊れそうなシャフトを防ごうと、抑えようとしていた。

 アスランはそれを見て、胸中「間に合わない」とつぶやく。

 

「キラ。キラ・ヤマト。君なのか?」

 

 発した言葉は、彼自身も驚くほど震えていた。

 応答は驚くほど早く、そしてそれは彼の予想を悪い意味で的中させてしまう。

 

『アスラン!? アスラン・ザラ!』

 

 聞き慣れた。でも、ここでは聞こえてはならない声が、彼の心臓を掴んだ。

 白き機体と赤き機体は対峙する。その場で互いに睨み合ったまま、動かない。

 

『どうして君が?!』

「お前こそ、なんで地球軍なんかに!」

『君も戦争なんていやだって言ったじゃないか!』

「血のバレンタイン。そこで母上が犠牲になった! だから……!」

 

 お互いに武器を構えるが、それも一瞬。イージスは変形し四つのクローでストライクを捕縛した。

 

『何を!? 僕はザフトになんか行かないぞ!』

「撃たなければならないんだぞ! 俺がお前を!」

『そんなことって……――』

 

 キラが何かを叫ぶ。

 直後互いのコックピットに激突音。二人は大きく揺さぶられる。

 衝撃でイージスはストライクを離してしまう。

 

 

 アスランは咄嗟に、ストライクを掴もうとしたが、それより先にコロニーが限界を迎えた。

 伸ばしたマニピュレータは空を切り、白い機体のマニピュレータはすり抜けてしまう。

 真空に空気が放たれ、発生した嵐に呑まれてしまう。イージスは追いかけようにも、瓦礫が彼らの行く手を阻んだ。

 

「キラァー!」

 

 コックピット内にアラートが鳴り響く。

 彼は舌打ちすると、イージスを操作してコロニーから脱出。振り返るとアスランの眼前で、円筒の居住地に亀裂が走る。

 他国とはいえ、彼は辛そうにそれを見た。その光景を目の当たりにするのは、二度目だからだ。

 逃げ遅れた動物や、人らしきもの。それらが亀裂から噴出して、宇宙の闇に消えていく。

 

「これが、これが地球軍のすることなのか。キラ、お前はそんなところにいちゃ駄目なんだ! 俺が必ず――」

 

 宇宙に出たイージスは再び振り返り、崩壊するコロニーへと向き直る。放射状に広がっていくデブリ。彼はそれを注意深く見たのは、一秒にも満たない。

 

『アスランどこにいる? ヴェサリウスに帰還するぞ』

「了解」

 

 アスランは、ミゲルからの通信を受け取って、母艦へと帰投する。

 

 

 

 

 

(母さん。父さん。無事だよね?)

 

 キラはコックピット内で、肩で息をしていた。

 目の前に映し出されるモニターには、外に向かってデブリの破片が広がっている。

 見れば、いくつか大きな塊は、ヘリオポリススリーからテンへと流れていた。

 

(止めなくちゃ……)

 

 僅かに白い機体が動くが、いくつかの光が各ヘリオポリスから、出現していた。

 

(あれは、オーブの? なら、安心……だよね?)

 

 デブリの撤去から、救命艇の回収が始まったことを確認して、キラは胸を撫で下ろす。

 

『X105、ストライク。キラ・ヤマト。応答せよ。繰り返す、こちらアークエンジェル――』

「あっ! こちら、X105、ストライク。キラ・ヤマト」

『無事か?』

「――はい」

『アークエンジェルの場所はわかるか?』

 

 キラは一瞬だけレーダーを見る。

 

「大丈夫です。戻れます」

『よし。帰投しろ』

「わかりました」

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦橋内は騒然となった。

 誰も彼もが信じられないと、目の前で崩れ行くコロニーを見つめる。

 その中で誰よりも早く、我に返った人物がいた。

 

「X105、ストライク。キラ・ヤマト。応答せよ。繰り返す、こちらアークエンジェル――」

 

 ナタルは通信機に手を添えて繰り返し呼びかけた。

 それを見ていたマリュー・ラミアスも、我に返ると次なる指示を飛ばす。

 面々に現状の把握に務めるように言うと、ナタルに話しかけた。

 

「バジルール少尉。ストライクは?」

「応答を確認しました。こちらの位置はわかっているそうです」

 

 それを聞いたマリューは、少しだけ胸を撫で下ろす。

 横目で見ていたムウが彼女にだけ見えるように、サムズアップした。

 小さく頷いて、彼女は口を開く。

 

「他のヘリオポリスへの被害は?」

「いくつかのデブリが、ヘリオポリススリーからテンに向かっています」

「脱出艇は、ヘリオポリステンに向かっているようです」とカオルが補足。

 

 ヘリオポリスイレブンが崩壊する前、避難シェルターが脱出艇となって、他のヘリオポリスへと移動している。

 

「なんとか対応は出来ないんでしょうか?」とメアリーが問いかける。

 

 なんとか救出が出来ないかと、マリューも考えてみるものの、自分たちはまだ戦闘状態だと思い出す。

 ザフト軍がこちらを探しているはずだ。救助活動などの余裕はない。

 少しでもアークエンジェルが動かせば、熱源から発覚してしまう。

 

「本艦は戦闘状態です。ですから、そんな余裕はないわ」

「どうする? 坊主たちの受け入れ先は?」

「え?」

「いやいや。他のヘリオポリスに受け入れてもらわないと、このまま月基地まで連れていくわけにはいかないだろう?」

 

 ムウは「無様だが脱出は出来た」と付け加える。

 

「そう、ですね」

 

 マリューの中でストライクが使用出来なくなる。というデメリットが脳裏に浮かぶ。

 

「他のヘリオポリスとコンタクトは取れるかしら?」

「ジャミングが展開されています」

「敵艦の位置は?」

「駄目です。デブリの中には熱量のあるものも多数ありまして」

 

 艦橋内の空気が沈む。

 

「これからどうする? 他のヘリオポリスに逃げ込んでみるか?」

「そうですね。地球軍とオーブ……モルゲンレーテの契約はまだ生きているはずです」

 

 別のヘリオポリスに逃げ込み、時間稼ぎするのが今思いついた内容だ。

 と言っても、その場しのぎでしかない。ザフトは先程のような大規模攻撃は出来ないにしても、居座るつもりなのは想像に容易い。

 長期戦になるだろうと、誰もが予想はできる。

 

「これだけのことをしたんだ。連中も評議会ってのに、呼び出されるんじゃないか?」

 

 その間に友軍との合流ができるのではないか。というのがムウの考えだ。

 全員が「確かに」と頷く。人員も補充され、援軍も来る。

 そう何個もコロニーを落とすほどザフトとて愚かではない。というのがマリューらの考えだ。

 

「ここは中立国ですからね」

 

 アークエンジェルは慣性航行のまま、ヘリオポリステンへと近づく。

 

 

 

 

 

 クルーゼ隊所属。ナスカ級戦艦ヴェサリウス艦橋。

 モニターに映し出されているのは、崩壊したコロニー。そして、そこから発生したデブリが目の前で止まると、壁のようにヴェサリウスを覆う。

 破片を抑えているのモノトーンカラーのモビルスーツ。フェイズシフト装甲を展開していないイザークたちの機体だ。

 

「足つきの様子は?」

「駄目です。わかりません」

「デブリの固定終わりました」

 

 部下の報告に満足そうに頷くクルーゼ。

 コロニーの崩壊によって発生したデブリ。その一部はクルーゼ隊の艦船のあるところまで及んでいた。

 出撃中のアスランたちを除くと、満足に使えるのは地球軍から奪った機体だけである。

 

 なので、対応させられるのはイザークたちだけなのだが、彼らからは不満を滲ませていた。

 しかし、彼らの気持ちとは裏腹に、その出撃は無駄ではなかったのだ。

 映し出されるモニターの中で、四機のモビルスーツがローラシア級戦艦ガモフへと帰還する。

 

「やはり動かして見ないと、わからんもんだな」

「設計局の人間は――量子コンピュータですべて済む――なんて言いますがね」

「それでは、コートニーがいる理由の説明がつかんな。彼は優秀なテストパイロットだ」

 

 アデスは軍帽を脱いで「ですな」と言いながら頭をかいた。

 ザフト軍の現在の主力モビルスーツジン。それらを圧倒的に凌駕する性能。そして動作精度。

 それらはデータ上ではわからなかった。それは不満を抱いていた四人も同じだったようで、自身の乗機を忌々しくも誇らしげに見上げていた。

 

 仮面の男は考える素振りとなると、口を開く。

 

「念の為にEジャマーを戦闘レベルまで上げておけ」

「よろしいのでしょうか?」

 

 アデスは二つの観点から、Eジャマーを使用することを躊躇っていた。

 ひとつは被害対応の、邪魔になることを懸念してだ。ヘリオポリスイレブンが崩壊したことによるデブリの撤去作業。それを邪魔してしまうからだ。

 もうひとつは、自分たちザフト軍がこの場にいることを知らしめることになってしまう。正確な位置はわからないまでも、いずれジャミングの発生源は特定される。

 

「ヘリオポリスに逃げ込まれませんかね?」

「その時はその時だ。アデスだったらどうする?」

 

 アデスは顎に手をやり、考える素振りとなる。

 まず彼が考えたのは、クルーゼ隊は最低でも二つのことを成し遂げなければならない。

 ひとつは足つきの監視。これは言うに及ばないだろう。できれば撃破もしたいところだ。

 

「監視するにしても、地球軍の新型兵器も持ち帰りたいですね」

「そうなるな。データと実機は一機でも持ち帰りたいな。ならば、どうする?」

「ガモフとイザークら四人を残し、足つきを監視させます」

 

 ラウ・ル・クルーゼは「そうだな」と頷く。

 

「足の速い本艦が本国に戻り、報告とデータを持ち帰る」

「そんなところだな」

「後は――」

「ん?」

 

 アデスは「いえ」と言葉を切ったが、仮面の男は無言で先を促す。

 

「ツィーグラーの応援を要請します」

 

 ラウは「ほう」とつぶやき、先を促す。

 アデスは近くの宙域に、ユーラシア連邦の所有する宇宙要塞、アルテミスの存在を指摘。

 そこに逃げ込まれないために、もう一隻用意するべきだと提案。

 

「失念していた。確かに、そこに逃げ込まれるかもしれんな」

「はい。ですから、ツィーグラーに応援を要請するのです」

「宙域図を出してくれ」

 

 ラウの指示にオペレータのひとりが対応。二人の前に地球を中心とした宇宙のマップが表示される。

 宙域図は3Dマップで表示されており、彼らがプラントを出航する前の、各部隊の航路図が表示されている。

 クルーゼ隊のいる宙域の近くを、通る部隊がひとつあった。

 

「ツィーグラーは受領してからになるので、タイムラグが発生するな。いっそのこと、イン隊に頼むのはどうだ?」

「それも良いかもしれません。イン隊にレーザー通信を」

「お前は頼りになるよ。アデス」

「恐縮です」

 

 すぐさま彼らは連絡を送ったが、イン隊からの返事は良いものではなかった。

 結論から言うと、無補給で戦闘するのは難しい状況なのである。

 補給さえなんとかなれば、彼らも対応できるという話だ。

 

『――だが、地球軍の新型機動兵器と、新造艦が相手となると無理もしないとな』

 

 モニターに映る黒髪の青年はにこやかに笑う。

 

『そちらは帰還までの余裕はあるか?』

「あるな。どれくらいだ?」

 

 クルーゼは相手の思惑に気づいたのか、その先を促す。

 

『本艦分の物資だな。後、貴艦に護衛を頼みたい。本国に戻るのだろう?』

「そのつもりだ。そろそろ呼び出しが来るはずなのでな」

『モテるな』

「美人の呼び出しなら、喜んで対応するんだがな。生憎とその手の話に縁がなくてな」

『よく言う。引く手数多だろうに。至急、ハイヤームを向かわせる。指揮はゼルマンに頼むよ』

「了解した。ランデブーポイントはそちらで決めてくれ」

『了解。ザフトのために』

 

 通信を終えると、仮面の男は小さく息を吐く。

 

「補給基地をやられたのは、手痛いな」

「サーペントテールのジンは撃破しました」

「撃破はな。基地の破壊だけなら、やりようはいくらでもある」

 

 クルーゼは「それはさておき」と話を続ける。

 

「ゼルマンを呼び出せ」

 

 

 

 

 

 デブリ撤去に出たオーブの救助部隊の面々は、事態を把握していなかった。

 ザフト軍が、ヘリオポリスイレブンを襲撃したのは知っている。

 しかし、彼らが対応しようとした頃には、ヘリオポリスイレブンのコロニーが崩壊していたのだ。

 

『ザフト軍の仕業か?』

「わからんが、今はデブリを集めろ」

 

 デブリを集めて再利用する。プラントと地球連合軍で戦争が始まってからは、とくにその傾向が強い。

 戦争で廃棄された、モビルアーマーからモビルスーツ。それらを回収して、オーブも利用している。

 実際に作業に参加しているのは、赤いラインの引かれたモビルアーマーとモビルスーツだ。

 

「ザフト軍がいるかもしれない。気をつけろ」

『モルゲンレーテの話じゃ、地球軍の戦艦があるんだろ?』

『おい! あれを見ろ! モルゲンレーテのジンじゃないか?』

 

 赤いラインの入ったジンが指差す先には、両腕が切り飛ばされた羽なしのジン。

 彼らは慌てて近寄り、パイロットの無事を確認する。程なくしてくぐもった声が通信越しに反応。

 

「無事か?」

『無事じゃねぇよ――って、ここは?』

 

 返ってきた言葉に対して不満はあるものの、無事な人物がいたことに彼らは安堵する。

 彼らは一様に『良かった』と口にする。

 オリバーはようやく違和感に気づく。

 

『ヘリオポリスイレブンは? ここは?』

「……宇宙だ」

 

 オリバーは息を呑む。

 

『イレブンの崩壊を見たのか? 何があった?』

『あ、ああ……。そう、その……』

「ザフト軍がやったのか?」

『いや……いや、違う。お――地球軍だ。地球軍の連中だ』

「なんだって?!」

 

 オリバーの言葉に、救助部隊の面々は驚愕する。

 

『地球軍って、モルゲンレーテにいた?』

『ああ、そうだ。あいつら。あいつらだ! あいつらが戦艦をコロニーの中に入れやがって!』

「そんな馬鹿な?! 戦艦を? ありえないだろ!」

『本当だ! 俺は見たんだ! 映像もある!』

 

 オリバーは救助部隊の面々に映像記録を共有。あることないことを話していく。

 

『あいつら、新兵器を作るのに俺たちを利用するだけ利用して、用済みになったら俺たちを殺すつもりなんだよ!』

「他のヘリオポリスも危ない! モルゲンレーテが襲われる!」

 

 

 

 

 

 アークエンジェル艦内にある、レクリエーションルーム。そこにオーブの避難民たちはいた。

 彼らは全員顔面蒼白となり、言葉を失っている。それもそのはず、自分たちが住んでいたコロニーが壊れる瞬間を目の当たりにしたのである。

 アークエンジェルの艦内からは、外の様子は映像で確認することが出来た。

 

「トール。私達どうすれば……」

「他のヘリオポリスに降ろしてもらえると思うけどさ……」

 

 ミリアリアとトールが心配しているのは、両親たちのことだ。

 コロニーが崩壊する中、逃げ遅れた人々が吹き飛んでいくのを見てしまっていた。

 

「父さん。母さん。無事だと良いけど」

 

 カズィは膝を抱えて、その場に座り込んでしまう。そんな彼をサイは「信じようカズィ」と励ます。

 

「でも、でもさ。俺の両親もさっきの人たちみたいに」

「やめろって、そういう考え」

「わかってる。わかってるさ。でもさ」

 

 サイとカズィの会話は、フレイの声で途切れてしまう。

 

「げっ、宇宙人」

 

 キラがレクリエーションルームに顔を出すと、フレイは露骨に嫌悪感を顕にした。

 彼は居心地悪い様子で、部屋に入るか入るまいか悩んでいるようだ。それを見かねた部屋の前にいた地球軍の兵士たちに「中に入れ」と言われ、恐る恐るといった様子で入室する。

 そんな彼に、フレイはあからさまに距離を置く。

 

「フレイ!」

「だってサイ」

 

 二人が言い合いをしている横で、大人たちはキラを称賛の拍手で迎えた。

 

「よく頑張った。ありがとう」

「助かったよ」

 

 称賛の言葉にも彼は浮かない顔をした。

 

「でもコロニーが」

 

 コロニーの破壊を防ぐことは出来なかったのだ。

 

「そうよ! 壊したじゃない!」

「違うだろフレイ。やめないか」

 

 サイはフレイを連れて部屋から出ていく。部屋の前で警護していた地球軍の兵士も、隣の部屋を使うことを薦めるだけにして、二人を注意をしなかった。

 

「君が頑張ったことは知っているし、君は軍人ではない。モビルスーツを動かせるだけの、ただの学生、だろ? よく頑張ってくれた」

 

 男性がそう言うと「そこに座ってくれ」と話を続ける。

 

「私は医者でね。診察する」

「僕は大丈夫ですよ?」

「医者の言うことは聞きなさい」

 

 キラは言われるがまま、診察を受ける。

 

「君はパイロットスーツなしで戦闘をしたんだ。何かあるかもしれない。例え、コーディネイターだとしてもだ」

 

 まして彼は宇宙空間に出てしまっている。

 パイロットスーツなしで、宇宙に出ることの危険さは、キラもよく知っていた。

 

「はい。ありがとうございます。えっと……」

「ジークフリート。ジークフリート・リヒトシュタイナー。医者だ」

 

 今までそんな余裕がなかったからか、そこでキラは避難民の多さと、年齢層の広さに驚く。

 

「たくさん、いますね」

「君が守った命だ。誇りに思ってくれ」

 

 キラははにかんだ様子で「はい」と頷く。

 

「そんなことより、これからどうなるか聞いているか?」とソウマが口を挟んだ。

 

 キラは頷き、話を続ける。

 

「他のヘリオポリスに連絡してくれるそうです。そこで僕らは、この艦から降りられるように手配してくれるそうです」

 

 ストライクから降りる際に、マリューから通信で聞かされていた。

 アークエンジェルも、他のヘリオポリスに匿ってもらいつつ、キラたちを解放するという手順だ。

 全員から歓喜の声が上がる。誰も彼もが笑みを浮かべて、戦争から離れられることを喜んだ。

 

「キラは? キラは大丈夫なのか?」

「僕も降りられるよトール。本当は駄目みたいだけど。戦時特例ってので」

「そりゃあ良かった。早くこんなことから、離れようぜ」

 

 キラは頷き笑う。

 

(そうだ。こんなことから早く離れよう)

 

 脳裏にはコロニー内で再会した友人の顔。そして声。

 

(僕はもう降りるよアスラン)

 

 

 

 

 

~続く~




評価や登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。
次も来週更新です


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祖国からの逃亡~後半~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


「アスラン・ザラ。出頭いたしました」

 

 アスランを確認したラウは入室を許可する。

 執務室にて作業を進めていたが、彼の入室を確認すると手を止めた。

 仮面の男はヘリオポリスイレブンの崩壊で、話が遅れたことを説明する。

 

「ミゲルの命令を無視した件だが」

 

 アスランはすぐさま謝罪し、これに対しラウも「懲罰を科すつもりはない」と説明。

 

「だが、事情は聞いておきたい。避難民を助けに向かった。とかだろうか?」

 

 ミゲルら三人は、数人だがオーブから逃げ遅れた避難民を救出していた。

 アスランの母親が、血のバレンタインの悲劇で巻き込まれていることは、ラウも承知している。

 だから、ミゲルらのように動いたのだろうかと、確認しようとしたのだ。

 

「しかし、そうだとしても、君らしからぬ点が多い。出撃を願い出たりと」

 

 仮面の男は「いささか君らしからぬ」と、アスランに話の先を促す。

 

「報告が遅れて申し訳ありません。あまりの事態に、私も気が動転してしまい――」

 

 だが、アスランから聞かされた理由は、ラウの予想外の内容だった。

 

「最後の機体。ストライク、と言うらしいのですが――」

 

 最後の一機に乗っているのがコーディネイターであり、キラ・ヤマトだと彼は言う。

 ラウ・ル・クルーゼは「ほう」と僅かに沈黙する。アスランは居心地の悪さを感じた。傍から聞けば訳のわからないことを行っているのは、彼も重々承知している。

 しばしの沈黙の後、仮面の男はゆっくりと口を開く。

 

「まずひとつ。最後の機体がストライクという名前だと、どうしてわかった?」

「はい。イージスのデータに登録されておりました」

 

 アスランはストライクと対峙した際、モニターに表示されたことを説明。

 盲点だったと、ラウは笑う。

 機体同士を対峙させれば、登録データから機体の名前がわかるのも、不思議ではない。

 

「その機体に乗っているのは、間違いなくキラ・ヤマト――という少年なのだな?」

「はい。間違いありません。確認をとりました」

「皮肉だな。戦争で再会などとは」

「はい……」

「アスランとしては、彼を地球軍から助け出したいだろう」

「はい!」

 

 だが、ラウは「それは難しい」と言う。

 

「それは……」

「まず、君には悪いが私と一緒に本国に戻ってもらう」

 

 ラウは現状のことを説明。他のヘリオポリスに足つきが逃げ込む可能性があることを指摘。

 クルーゼ隊は、地球軍の新型機動兵器が手に入ったとはいえ、ヘリオポリスにある全兵力を相手にして勝てるほど、戦力的優位にはない。

 そこでガモフを置いて、一度本国に報告がてら、編入予定のローラシア級戦艦、ツィーグラーを受領して、足つきを倒そうというのがラウの思惑だ。

 

「アスランには、奪取した地球軍の兵器の報告もしてもらいたい。非常に辛い状況にあることは承知しているが、彼については、こうも受け取れないか?」

 

 ラウはひとつの推論を展開した。

 彼はただ戦争に巻き込まれたのではないか、と。

 アスランは工場で再会した時の服装を思い出す。彼は軍服でも作業用の制服でもなかった。

 

「確かに、彼の両親はナチュラルです」

「だろうな。だから中立国を選んだのだろう」

 

 他のヘリオポリスに足つきが入港すれば、キラ・ヤマトは足つきから降りるのではないかと言う。

 そうなれば相手の戦力はガタ落ちだ。ストライクを使える者がいなくなるのだから。

 クルーゼ隊としては、嬉しい誤算だろう。

 

「確かに……ですが、なぜ?」

 

 どうして、そんな風に都合よく考えられたのか。それがアスランにとっては疑問だった。

 キラがどうして巻き込まれたのかと。もちろんラウの話は筋が通っているように聞こえるが、都合が良すぎるのだ。

 ラウはなんてことないといった様子だ。

 

「格納庫にあった作業用のジンを見たか?」

 

 アスランは頷く。

 見慣れたジンと見た目が違う。そのため記憶に残りやすかった。

 翼のない作業用のジン。自軍の兵器があのような形で見ると、少し複雑だともアスランは思う。

 

「あの機体。アルバイトで学生が使っていたという話だ」

「ほ、本当ですか?!」

「ああ、しかもOSは、独特で難解らしい。整備兵たちも手を焼いている。君なら、何か思い当たるんじゃないか?」

「――変わらないな」

 

 優しい笑みを浮かべる彼に、ラウは同情を口にする。

 

「君も戦うなら、やりやすい方がいいだろう。私としても、確実にあの戦艦を撃沈させたいのでね。あの船にはぜひともヘリオポリスに入港してほしいくらいだ。その方がやりやすくなる」

「艦の身動きできなくさせる。ということですね」

「さすがだなアスラン。そうだ。地球軍は助けようと、援軍を寄こすだろう。そこを叩く」

 

 ラウはあわよくば、一個艦隊は潰したいと考えていた。

 地球軍も最新兵器を作って、他国の港から出港できませんでは済まない。あの手この手で足つきを助けようと動く。

 実働データ。実際に完成した実物。それらが喉から手が出るほどほしいはずだ。

 

「足つきとストライクは地球軍にとっての、起死回生の一手だ。是が非でも助けようと動くだろう」

 

 アスランは納得したように頷く。

 僅かにラウは顔を俯かせて、手を組み口元を覆うようにする。

 その奥では口の端が釣り上がった。

 

(まあ、私の勘ではそうならなさそうなのだがな)

 

 その時だった。ヴェサリウス艦内にアラートが鳴り響く。

 

『緊急事態です隊長。至急ブリッジに』

 

 アスランとラウは顔を見合わせる。

 

「いくぞアスラン」

 

 敬礼して了解の意を伝えるアスラン。

 

 

 

 

 

「今、なんと?!」

 

 アークエンジェルのブリッジに驚愕の声が響く。

 声の主はマリュー。彼女は開いた口が塞がらないと言った様子だ。

 すぐに正気に戻ると、彼女は再度言葉を紡ぐ。

 

『貴艦の入港は許可できないと言った』

「せめて、避難民の収容だけでもお願いいたします」

『救命艇を使って出してくれれば良いだろう?』

 

 マリューは「それは」と言葉に詰まる。

 相手は彼女たちを疑っていた。明らかな不信感を滲ませている。

 確かに、アークエンジェルにも救命艇はあるにはあった。しかし、ザフト軍の襲撃により、その数は少なく、キラら避難民を収容してしまえば自分たちの分が、なくなってしまうのだ。

 

 その事情を知らぬオーブからすれば、言葉に詰まった彼女から、いらぬ誤解を抱くには十分だった。

 彼らは通信のモニター越しでもわかるくらい、敵意を滲ませる。

 

『そうやって我々のコロニーをすべて破壊するつもりなのだろう? ここは中立国だ。火種を抱えたのは我々だろう。しかし、だからといってだ。コロニーの崩壊を看過することはできない』

「ヘリオポリスイレブンについては――」

 

 謝罪しようとした言葉は最後まで続かない。通信が途切れたのだ。

 

「ジャミング、戦闘レベルまで増大」

 

 ブリッジにいた全員が驚きの声をあげる。

 ムウはクルーゼ隊の仕業かと勘ぐったが、ジャミングの発生源が近い。

 

「いえ違います。ヘリオポリスの方面からです。それと、多数の熱源接近」とロメロが報告。

「熱紋パターン確認。メビウス、ミストラス多数。それとジンが、六機」

 

 ジャッキーが情報を補足する。

 

「そんな?!」

「聞く耳持たずってか! せめて坊主たちを降ろせれば……」

 

 キラたちのことを考えている余裕はない。それでも地球軍の面々は、民間人を戦闘に巻き込んでいる状況をなんとかしたかった。

 

「そんなことより、これからどうしますか?」とカオルの言葉で全員の思考が停止する。

 

 彼らはオーブに行けなかった場合の方針について、全く思慮が及んでいなかった。

 誰もが他のヘリオポリスに入れると思い込んでいたのだ。

 だが現実は違った。ヘリオポリスイレブンの崩壊を知れば、拒絶するのも無理からぬ話。

 

「でも、いくらなんでも強引すぎる気が」

 

 それにしては頑な過ぎる点に、マリュー・ラミアスは違和感を口にする。

 

「月に向かいますか?」とノイマンが艦長席を振り返る。

「ここから月までは、さすがに――」

「アルテミスに向かいましょう!」

 

 混乱するブリッジの中で、ただひとり冷静だったナタルは、次の目的地を提案した。

 

「ヘリオポリスを迂回して、月基地に行くのは難しいです」

 

 月へ向かう場合、中立地帯を迂回して行かなければならない。その場合、ザフト艦二隻に待ち伏せされる可能性があった。

 それよりかは、ヘリオポリスより近場にあるアルテミスに向かった方が速い。

 この状況ではザフトも攻撃してはこないだろうと、彼女は付け加える。

 

「クルーゼは面白がっているだろうが、アルテミス? ユーラシア連邦のだろ?」

 

 ムウは難色を示す。

 

「ですが、同じ地球軍です」

「その考えは――」

 

 同じ地球軍とはいえ、アルテミスはユーラシア連邦の兵士たちで固められている。そもそもアルテミスはユーラシア連邦の所有物であったのだ。

 その後、彼の国が地球軍へと参加したことで、地球軍の宇宙要塞となっているだけに過ぎない。

 それを口にしようとしたムウの言葉は、声に遮られる。

 

「オーブ軍接近」

「さらにその後方、巨大な熱源二つ。ザフト艦と思われます」

 

 彼は言いかけた言葉を飲み込む。

 

「この状況では、ザフト軍も介入できないと考えます」

「そうだな。今行ける場所は、それくらいだ。艦長」

 

 マリューは頷いてから口を開く。

 

「アークエンジェル、急速反転。目的地をアルテミスとします。後ろのザフト艦の動きを警戒」

「宙域図を出してくれ」とムウ。彼はひと目見て舌打ちすると「クルーゼの奴、律儀に中立国の宙域を迂回してやがる」とぼやいた。

「マードック軍曹。機体の整備状況は?」

『良い知らせと悪い知らせがある』

「まずは良い方を聞かせてちょうだい」

『ゼロ式は後少し時間がかかるが、メビウスはいつでも発進できる』

「悪い方は?」

『ストライクの整備と補給が間に合ってない。こいつは俺の失態だ』

「責任問題は後にしましょう」

 

 アークエンジェルは第一種戦闘配備を発令した。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのレクリエーションルームでは、落ち着きを取り戻しつつあった。

 ヘリオポリスに戻れると聞いたので、今回あった戦争について話し合っているのが大半だが、どこか和気藹々とした雰囲気である。

 レクリエーションルーム前で警護している地球軍の兵士も、一部の大人と何やら話し込んでいる光景も見て取れる。

 

「――じゃない!」

「――違うだろ!」

 

 そんな和やかな雰囲気は、時折静まり返ったりしていた。隣の部屋からはフレイとサイの言い合いの言葉が聞こえてくることもあったのだ。

 

「なんだか怖いな」

「フレイって、そういうところあったから」

「そうなの?」

「見た目はいいでしょ? それで言い寄る男子もいたんだけど」

 

 過去にコーディネイターに告白されたことがあったそうな。

 

「え? そんな話聞いたことがない」

「いや、結構酷かったから……」

 

 トールはげっそりとした様子で言った。

 ミリアリアがやんわりとやめておけと言っていたのを、キラが思い出す。

 そんなことをぼんやりと考えていると、目の前にボブカットの少女が飛び込む。

 

「先輩。私、先輩のこと、惚れちゃいました~」

「誰?」

「ミコトです。ミコト・ミーク。貴方の彼女です」

「え?」

「え? 彼女いるんですか? 今、いないって話していたので」

「いや、いないけど……」

「じゃあ私、彼女ですね」

 

 キラは驚きの声をあげた。

 いきなりそんな話をしても飲み込めなかった。

 何を言っているんだ。そんな視線がミコトに集まるが、彼女は気にした様子はない。

 

「いやいや」

「なんだよ。ミコトちゃん可愛いじゃん。付き合っちゃえよ」

 

 悪戯を思いついたような顔で煽るトール。

 そんな彼の脇腹にミリアリアは肘鉄を見舞い嗜める。

 

「からかわないの」

「って~。だってさ~。キラはヒーローみたいにかっこよかったしさ」

 

 ミリアリアは呆れたように「わかるけど」と言う。

 

「俺たちの救世主だよキラせんぱーい」

「そうですキラせんぱーい」とミコトも満面の笑みを浮かべ、キラの手を取り、下から覗き込むように懐に入り込む。

 

 キラはどういう表情をしたもんかと、困ったように笑う。

 そんな二人の間に、ひとりが割り込む。

 キラとミコトが繋いだ手を手刀で断ち切る。

 

「うちの後輩が悪いな」

「げっ。ソウマ先輩もいたんですかぁ~」

「お前さん。さっきまで俺と話ししてただろ」

 

 ミコトは「そうでしたっけ?」とベロを出して誤魔化す。

 

「こいつ猫撫で声で話すし、猫被りしてるし、それに性格悪いから」

 

 ソウマは言外にやめておけと言う。

 

「先輩は皮肉屋さんですけど、優しいですからね」

「性格悪いところを否定しなさいよ」

「自分で言うのもなんですが悪いです。でも、キラ先輩にはお礼を言いたかったですし、付き合ってもいいくらいなのは本当ですよ?」

 

 キラが何かを言おうと口を開く。その前に、悲鳴が割り込む。ミコトが体勢を崩したのだ。近くのソウマではなくキラに寄りかかる。

 

「な、なんですかぁ急に」

「おい。この艦、反転しなかったか?」

 

 ソウマ・カガの言葉に、キラたちは頷く。

 ミリアリアとトールは「どうしたんだろう?」と首をかしげる。

 キラとソウマは、顔色を僅かに強張らせた。

 

「キラ。おたくも同じ考え?」

 

 頷くキラを見て、ソウマはやれやれと肩をすくめる。

 

「航路を変えたようだが、大分長い間、動いてなかったか?」とジークフリートが会話に加わる。彼の後ろには困惑した大人たち。

「テンかナインに向かってるんだろ?」

 

 二人の言葉に首肯するキラ。

 

「はい。そのはずですが――」

 

 次の瞬間、アークエンジェルを衝撃が襲った。

 レクリエーションルームに悲鳴が飛び交う。

 次に艦内放送が入り「第一種戦闘配備」が発令される。

 

「なんだ? なんなんだ?」

「ひぃ! 父さん! 母さん!」

 

 カズィは悲鳴をあげ、机の下に潜り込もうとして、頭部を机の角に殴打する。

 

「どうなってるんだよ」

「トール……」

 

 トールはミリアリアの手を取り、あちこちを見回す。

 爆音と衝撃が艦を襲う。

 

『第一種戦闘配備』

『キラ・ヤマトはストライクに搭乗して待機。メビウス・ストライカー。メビウス、ジェイク機。ネイサン機。発進スタンバイ』

 

 キラは驚愕し、トールたちと顔を見合わせる。

 

「出撃って……」

「何と? ザフト?」

 

 キラは一瞬だけ逡巡するが、部屋の中にいる面々を見てすぐに決心する。

 先程トールに言われたヒーローと言われた言葉が、頭の中で反響した。

 ここにいる人達の不安を取り除きたい。それができるのは自分だ。そんな想いからキラは口を開く。

 

「行ってきます」

「キ、キラ」

「大丈夫だよトール。行けば何かわかるかもしれないし」

 

 キラ・ヤマトはレクリエーションルームから飛び出し、ストライクの元へと駆け出す。

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジは状況の把握に迫られていた。

 不測の事態に彼らも状況を把握しようと情報が飛び交う。

 白服の男と赤服の少年は、モニターに映った光景に驚きの声をあげる。

 

「ほう、状況はどうだ?」

「オーブ軍が足つきを攻撃しています」

 

 足つきの位置はすでに把握しており、宙域図に示されていた。

 すでにアルテミスの方へと流れており、高速艦であるヴェサリウスでも追いつくのは難しい状況だと説明するアデス。

 仮面の男は顎に手をやり、考える素振りとなった。

 

「現在は第二種戦闘配備です。アスランもイージスで待機を――」

「それはいい。アスランはここで待機だ」

「了解です」

 

 懲罰の意味だろうか、それともストライクとの戦闘を避けるためだろうか、アスランは心中身構えた。

 仮面の男もそれがわかっているのか、小さく笑う。

 だが、ラウの次の指示でそのどちらでもないと理解する。

 

「ガモフに打電。ラスティーに出てもらえ」

「スティンガーにですか? 狙撃用の機体で足つきでも狙うので?」

 

 ラウは「いや違う」と言う。

 スティンガーは狙撃をメインとして戦う機体のため、索敵能力と、それに付随する観測能力も高かった。

 それを説明すると、アデスは隊長の思惑を汲む。すぐにガモフに打電すると、ゼルマンにラスティーの出撃を命令。その目的はオーブ軍の動向の確認だ。

 

「それと、鹵獲したオーブジンでミゲルに出撃準備スタンバイさせろ」

「あ、あれを使うのですか?!」

 

 キラ・ヤマト以外が乗ることの出来ない状況の機体。それに部隊のエースパイロットを乗せると言うのだから、驚かない方が無理だ。

 

「そうだ。それと、ミゲルたちが持ち帰った足つきとストライクの戦闘映像を用意しろ」

「ストライク?」

「言ってなかったな。あの最後の機体。ストライクと言うそうだ」

 

 アデスは軍帽を脱ぐと、額の部分に指を押し当てる。

 

「何か策でも?」

 

 ラウは首肯する。

 

「今の状況。私の予想が正しければ、我々にとって有利に運べるぞ」

 

 ラウは説明する。

 

「まず足つきに追いつくのは不可能だ」

 

 オーブ軍と地球軍の戦闘に介入すれば、混戦に飛び込むこととなる。

 その際の損失は、クルーゼ隊にとっても少ない損害となるだろうと言うラウ。

 地球軍の新型を手に入れた手前、無傷で持ち帰りたい。兵士の損失も極力避ける。

 

「だが、地球軍の目的地はひとつだ」

「二つでは?」

「足つきが月基地に向かう可能性はゼロだ。良き指揮官であるならば、な」

 

 足つきが月面基地に向かう場合、ヘリオポリスなどの中立宙域のコロニーを迂回して向かわねばならない。

 その場合、クルーゼ隊としてはいくらでも策を講じられる上、イン隊の助力を得れば、確実な包囲網を構築が可能だ。

 彼の部隊は、プラントへの帰路についているところである。彼らに先回りしてもらい、クルーゼ隊が追い込めば、足つきは包囲殲滅されて終わりだ。

 

「そうなるとアルテミスに逃げ込まれるのでは?」

「それが狙いだ」

 

 アスランは「なるほど」と頷く。

 

「おや? では、この先の私の考えを述べてみたまえアスラン」

 

 仮面の男は「間違ってもよい」とした上で、アスランに続きを促す。

 彼は頷くと話の続きを引き受けた。

 

「今回の作戦。目標が二つあります」

 

 ひとつは足つきがアルテミスに向かわせること。

 

「もうひとつの方は、達成可能であればであります」

「達成可能……つまり足つきとストライクの撃破だな」

 

 頷くアデス。アスランは僅かに表情を曇らせたが、歯を食いしばって耐えると続きを話す。

 

「アルテミスに逃げ込んだ場合、我々は待ち構えればいいわけです。もちろん可能であればアルテミスへと攻撃を開始するのもいいでしょう」

「そうか、足つきの逃げ込む先が、ヘリオポリスからアルテミスに変わるだけか」

 

 ラウは満足そうに「その通りだ」と言う。

 プラントよりは遠くなるが、クルーゼ隊とイン隊が協力して包囲網を作れば、後は煮るなり焼くなりの権利は、自軍のものとなる。

 地球軍は救援しようと、色々と策を講じるだろう。

 

「アスランは優しいので見落としているが、アデス。後、もうひとつの利点。わかるか?」

「アルテミス――確かユーラシア連邦の所有物でしたね。なるほど、確かに追い込めば後は煮るなり焼くなり、ですな」

 

 アデスは軍帽を脱いで頭をかいた。

 

「隊長、それはどういうことでしょうか?」

「地球軍と言えど、一枚岩ではないということだアスラン。まあ、それはプラントも同じなのだが、自国のことはこの際、棚上げにしておこう」

「しかし――」

 

 アデスは首を傾げる。

 

「そうなりますと、なぜミゲルに出撃を?」

「それはまた別の狙いがある」

 

 それについてはアスランもよくわかっていなかった。

 貴重な戦力を減らしたくないと言いながら、ミゲルに慣れない機体で出撃させる。自殺行為にも思える。

 仮面の男は不敵に笑う。

 

「ミゲルにはスパイ、オリバーだったかな? それと接触してもらう」

 

 そして、程なくしてクルーゼ隊は作戦を開始する。

 

 

 

 

 

 キラが格納庫にやってくると、怒声を浴びせられる。

 

「コーディネイターだからって、パイロットスーツ着ないで来る奴がいるか!」

 

 声の方へと顔を向けると、パイロットスーツを着用した男性二人。欧米系の男性とアフリカ系の男性二人が、キラに視線を向けていた。

 

「少尉、曹長。今、そんな時間ありませんよ」

 

 マードック軍曹は二人をメビウスへと誘導する。

 キラはどうしたもんかと右往左往したが、整備兵のひとりが手招きしたのを見て、ストライクへと向かった。

 その背中を声が叩く。。

 

「次はパイロットスーツを着ろ。いいな」

 

 少年は頷き、コックピットの中へと消えた。

 

「うるせぇなネイサン。あいつはガキで、地球軍じゃないんだぞ」

「だからこそだろ。人は簡単に死ぬんだぞジェイク」

「そうだった――」

 

 二人は神妙な表情になると、すぐに自分たちの機体へと向かう。

 

「――お前が融通の利かない男くらい、当たり前のことだった」

「それがわかってるんだったら、出撃前にアイス食おうとするな」

「俺はいつ死んでもいいようにだな」

「その話は帰ってから聞いてやる」

「お二人は賑やかなんですね」

 

 メアリーが灰色の機体、メビウス・ストライカーへと向かいながら、二人に話しかける。

 彼らは彼女の顔をまじまじと見入ってしまう。

 二人は同時に咳払いをして、喉の調子を整える。

 

「帰ってきたら住所教えて」

「教えないほうがいいですよ。貴方の身のためだ」

「お! 騎士気取りか? 先に声をかけたのは俺だぞ」

「軍規が乱れる」

 

 メアリーは口元を抑えて笑いながら、二人を置いて機体に乗り込んだ。

 

「お前のせいで話が途中だ」

「お前のせいで、俺達が最後だ。いいから早く乗るぞ」

 

 二人が乗り込むと、ナタル・バジルールの怒声が響く。

 キラもコックピットで待機していると、どういう状況なのか理解した。そして彼は絶句する。

 

「どういう……」

『そういうことだ。今、我々はオーブ軍に追われている。戦闘させるつもりはない。しかし、威嚇で出てもらうことになる』

 

 キラは「無茶苦茶だ」と叫ぶ。

 

「一体、なんでオーブと?」

 

 そこでことの成り行きを聞かされたキラ。今度こそ言葉を失う。

 

「ぼ、僕がコロニーに穴を開けたせいで……」

『違う。違うぞキラ・ヤマト。あれは……』

 

 ナタルは動揺して言葉を探す。

 彼女はキラが民間人であること、偶発的な事情が重なったことを説明する。

 

『だから、君のせいではない』

『割り込むぞ坊主。悪いがストライクの補給が間に合ってない。今回は威嚇で出てもらうために、ランチャーストライカーを装備してもらう』

 

 キラは無意識に息を呑んだ。

 

『アグニを使えって話じゃない』

 

 マードック軍曹はストライクが先の戦闘から終わって、整備と補給が終わってないと告げられる。

 そのためバッテリーの残量は半分と少しだけと言う。長時間の戦闘は出来ないため、アークエンジェルから離れないようにと、説明を受ける。

 

「わ、わかりました」

『すまないな坊主。俺の責任だ』

 

 キラはなんと言っていいかわからず、黙り込んでしまう。

 

「とにかく、やってみます。できるだけのことは、やってみます」

『頼んだ』

 

 ナタルが咳払いをする。

 

『なるべく戦闘はさせないようにする。我々がオーブ軍を落としても、恨んでくれるなよ』

「僕らのことをオーブは?」

『信じてもらえなかった』

 

 キラは目を丸くして「そんな」と言葉を探す。

 脳裏にはレクリエーションルームにいたオーブの人たち。

 オーブに帰れないかもしれない。そんな説明をできる気がしなかった。

 

『生き延びて、政治的な掛け合いでなんとかするしかない。だが、そうするためにも――』

「わかりました。今は生き延びることだけを考えます」

 

 ナタルは『そうしてくれると助かる』と通信を終えた。

 キラはここではない、どこか遠くを見据える。

 そんな彼のコックピットに通信が入った。

 

『おい大丈夫か? コーディネイターの……なんつったっけ?』

「はい?」

『名前だよ名前。俺の名前はジェイク。ジェイク・リーヴだ』とアフリカ系の男が白い歯を見せて笑う。

「僕はキラ・ヤマトです」

『キラな。よし。ついでにいいこと教えてやる』

「は、はい」

『お前の今の顔。新兵共がよくやるやつだったぜ』

 

 キラは首を傾げる。

 

『顔を青白くして思いつめた顔になってたぜ。それじゃあ帰ってこれない』

 

 ジェイクは口をパクパクさせて、顔を小刻みに震わせた。

 それでは駄目だと彼は言う。

 キラは自分の顔を見て驚く。確かに普段より青白かった。

 

『おいジェイク。そろそろ出撃だぞ』

『あ、この眉間に山谷作ってるのがネイサン・ロードだ』

『いいかキラ。ジェイクみたいに、頭空っぽにするな。常に生き残ることだけを考えろ』

『待て待て。俺は生き残ってメアリーちゃんと、アイス食べることしか考えてないぞ』

『お前の頭は股間と直結しているのか?』

『してるよ』

『少尉! 曹長! 早く出撃しろ!』

 

 ナタル・バジルールの怒声が全員の耳朶を貫いた。

 

『ネイサン機、ジェイク機、発進カタパルトへ』とカオルの声が響く。

 

 メビウスの二機がカタパルトとへと運ばれる。程なくして機密ハッチが閉じられた。

 ストライクのコックピット内に『メビウス、ネイサン・ロード出撃する』と響く。

 衝撃がコックピットを揺らす。

 

『いいか。キラ。出撃は男の花道だ。元気よく行けよ』

『曹長早くしろ』

『へいへい』

『はいは一回でいい』

『ジェイク・リーヴ、メビウス出るぜ!』

 

 程なくしてアークエンジェルを叩く衝撃の数が増え、あちこちから騒音が響く。

 外の映像をストライクのモニターに映し出すキラ。

 火線がメビウスを一機撃墜したところであった。

 

 一瞬だけ彼は、臓腑のあたりが寒くなったが、赤いラインが入っていたことに気づく。

 そんなモノは二機には、そんな塗装はなかった。

 つまり撃墜したのはオーブのメビウス。

 

『続いてメビウス・ストライカー発進カタパルトへ』

 

 カオルの声でアナウンスが入る。

 

『ゼロの準備は数分後に完了』

『メビウス・ストライカー、メアリー・セーラー出ます』

『悪いが状況が悪い。すぐに発進だ。撃墜しようと思うな。威嚇射撃だけでいい』

「わかりました」

『キラ。俺も出る。自分の身を守ることを考えるんだ。いいな!』

 

 程なくしてストライクを固定しているハンガーが動き出す。

 カタパルトへ移動すると機密ハッチが閉じられた。

 キラはコックピット内で、ストライカーパック装着の操作を進める。

 

『装備はランチャーストライカーだ。さっきも言ったが、補給はすんでいない。無茶するなよ』

 

 キラは短く「はい」と応じる。

 

『進路クリア。発進だストライク』

 

 カオルの声に押されるように、キラはストライクを出撃させる。

 

 

 

 

 

 オリバーは破損したジンを操縦して、ヘリオポリステンへと向かっていた。

 彼の口からのでまかせにより、アークエンジェルはオーブ軍から攻撃されている。

 彼はコックピット内で「ざまぁみろ」と叫ぶ。

 

 そんな彼の目の前に羽のないジンが現れる。自分と同じ見てくれのジン。モルゲンレーテが色々と手を加えた実験機。

 自分の乗っている機体を除いて、ザフトが持ち帰った一機しかないのだが、彼の頭にそれはすでになかった。

 だから驚く。

 

「な、何?!」

 

 驚き機体を操縦するが、両腕の損失している彼のジンでは、どうすることも出来ない。

 羽なしのジンは、オリバーのジンを掴むと接触回線で通信する。

 

『お前だな。オリバーってのは』

「ザフトのか! 迎えに来てくれたのか! 俺をプラントに――」

『いや、このままオーブに潜り込んでくれないか?』

「な、なんで……」

『今回のオーブの一件。お前も噛んでるはずだ』

 

 ミゲルはそれを隊長が高く評価していると説明。

 

「オーブの情報を流せば、俺をさらに高く評価するっていうことか?」

『――そうだ。それに、オーブでも英雄扱いされるんじゃないか?』

「確かに、俺は今回の一件でイレブンを守って戦った戦士として、取り扱われるはずだ」

 

 そんな夢想を聞かされたミゲルは内心「んなわけなーだろ」と嫌悪の感情を抱きつつも、顔には出さなかった。

 彼はラウから、こう言えば良いとされた言葉を並べて、オリバーをその気にさせる。

 つまるところ、ミゲルの隊長はオリバーの心理を完璧に近い形で掴んでいた。

 

(こいつは確かに自軍に入れるには危険な奴だ)

 

 ミゲルはこの場で排除した方が良いのではないかとも考えたが、任務を優先する。

 

『そういうことだオリバー。頼んだぞ』

「ネビュラ勲章っての、頼むぜ。なにせ俺はプラントを勝たせるために戦った英雄だからな」

『――ああ、本国に伝えておく』

 

 

 

 

 

~続く~




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

色々とガンダムSEEDの関連商品出るので、皆さんも財布に余裕のある方は購入検討おなしゃす!ブルーレイボックスも出るので、見返してみてはいかがでしょうか?
次回も来週更新しまっ


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アルテミスへ~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


「キラ・ヤマト、ストライク行きます」

 

 ランチャーストライカーを装備したストライクは、カタパルトから発進するとすぐにフェイズシフト装甲を展開し、アークエンジェルの船尾甲板に着艦。機体を固定して、ランチャーストライクの最大火力武器、アグニを構えた。

 そこまで自分のことで精一杯だったキラは、アークエンジェルの後方――ヘリオポリス方面――で起こっている戦闘に、息が早くなる。

 武器を構えたものの、全くと言っていいほど撃てる気がしなかった。

 

(あそこで戦っている人たちもオーブの人たち……)

 

 そしてアークエンジェルの中にいるレクリエーションルームにいるトールたちも、オーブの人間だ。

 

(どうすればいいんだ……どうすれば)

 

 周囲にはヘリオポリスイレブン崩壊のデブリが漂っており、視界はよくない。

 威嚇射撃だけでいいと言われている。しかし、どこを狙えばいいのかすら、わからなかった。

 キラはどこを狙えばいいのかわからず、砲身を彷徨わせる。

 

 そんな中、アークエンジェルが巨大なデブリに擦り付けるように、ぶつかった。

 スコープを覗き込んでいたキラは、咄嗟に反応が遅れる。誰かの怒声が飛び込み、慌てて艦尾甲板にしがみつく。

 アークエンジェルから離れれば、ストライクもデブリの海に呑まれてバラバラになる。

 

 フェイズシフト装甲とはいえ、ストライクの破損は免れない。

 キラは肩で息をしながらモニターに映る流星に気づく。

 二つの光の軌跡が、踊るように走る。

 

「すごい」と感嘆の声をあげるキラ。

 

 デブリの間を縫うように、ネイサンとジェイクのメビウスが飛翔していく。

 大小様々なデブリだが、彼らは正確に飛行している。その後方を追いすがるオーブのメビウスは、距離感が掴めていないのか、デブリに激突して爆散していた機体もあった。

 そんな光景に、キラは息を呑む。

 

『ネイサン! ケツにつかれてるぞ』

『振り切れそうにない』

 

 ネイサンのメビウス後方に、オーブのメビウスが張り付く。

 攻撃を回避しながら、デブリの中を飛んでいく。今の地球軍の宇宙軍でこれほどの腕を持つパイロットは少ない。

 ネイサンのメビウスは攻撃を回避しながら、デブリを抜けていく。

 

『これは……いよいよお陀仏かもな』

『馬鹿なこと言ってんじゃねぇーよ!』

 

 直後、ネイサンの背後をとっていたメビウスが爆散。ジェイクが撃ち落としたのだ。

 

『ひとつ借りだ。メアリーに口説くのは俺が先な』

『後ろだジェイク!』

 

 だが、今度は彼の背後にミストラル多数。機銃の雨がメビウスの機体を叩く。

 ジェイクのコックピット内では警告で満たされ、モニターはあちこちが赤く点滅していた。

 ネイサンは操縦桿を暴れさせ、ペダルを踏み込む。

 

『ちぃ! ジョンの次は俺か』

『諦めんな』

 

 ネイサンはメビウスを反転させる。反転したメビウスはバックに慣性航行したまま射撃。ミストラルが多数爆発する。

 

『借りはチャラだな』

『お互い長くは持ちそうにない。最悪俺を見捨てろ。推力が三割落ちてる』

『了解だ。だが、諦めるな』

 

 ネイサンとジェイクの戦闘で、多くの爆発が起きる。

 

 人の命が散る光。ましてやそれがキラにとっては同じ国の人のものだ。簡単に割り切れるものではなかった。

 そんなキラをあざ笑うように、アラートが鳴り響く。

 オーブのメビウスたちがアークエンジェルに追いつく。彼らはミサイルを発射していく。その数、二十。

 

 ストライクは身構えたものの、何もできない。

 

『ミサイル接近』

 

 ロメロの報告にアークエンジェルに緊張が走る。

 

『迎撃! 回避デブリの影に』

 

 マリューの指示にアーノルド・ノイマンは叫んだ。

 

『やってます!』

『くっそ。こっちの迎撃パターン見切られている!』

『さらに奥よりジン接近』

 

 チャンドラとジャッキーの報告が次々に入る。

 

『さすが中立国。なんでもありって言ったところね』

『ミサイル対空砲を抜けます。数八!』

『ストライク。迎撃をしろ!』

 

 ナタルの指示にキラは「無茶だ」と叫んだ。

 

『アグニ以外を使え』

 

 キラは文句を叫びながら、バルカンガンとランチャーストライカーの武器、右肩の武装を使ってミサイルを迎撃していく。

 白黒のメビウス・ストライカーがアークエンジェルの垂直方向上よりビームで援護。

 その後ろにはジンが六機。真っ直ぐに飛ばないようにしているものの、焦っている彼女は無意識に直線的な動きとなっていた。

 

 そんなメビウス・ストライカーを弾丸が襲い、機体が大きく揺さぶられる。

 攻撃の殆どが外れ、ミサイルは一発しか撃ち落とせない。

 ストライクとメビウス・ストライカーの攻撃をかいくぐったミサイルが、アークエンジェルに命中。衝撃と被害をもたらす。

 

 ストライクの足元にも被弾して、機体が浮き上がる。

 キラは咄嗟に機体を操作して、アークエンジェルの艦尾甲板にしがみつく。

 そんなストライクの様子に、オーブ軍は攻撃の手を強めていく。

 

 この時、彼らはストライクが満足に動かせないと認識していた。

 もちろんそれは古い情報で、すでにキラが満足に動かせるようにしているのだが、そんなことを彼らは知らない。

 故に彼らは、無様なストライクの姿に、威嚇目的でしかない。と理解していた。

 

 ミサイルや機銃が、アークエンジェルごとストライクをも襲う。

 

「くそ! トールたちが!」

 

 キラは「何か、何かないのか」と周囲を見渡す。

 ネイサンとジェイクのメビウスは多数のメビウスとミストラルの迎撃で手一杯。

 メアリーのメビウス・ストライカーはジンに追われており、余裕のある機体がアークエンジェルへの攻撃に移り始めていた。

 

 ストライクはアグニを構えるが、その火砲は使われない。

 

『よく持たせた。ムウ・ラ・フラガ、出るぞ』

 

 アークエンジェルの左カタパルトより、メビウス・ゼロが発進。すぐに反転するとアークエンジェルに接近しようとしていたジンを、戦闘機動で防ぐ。

 ガンバレルが四期展開し、一機のジンの右腕、右足を吹き飛ばす。

 

(すごい関節を狙って……)

 

 バランスを崩したところをリニアガンで撃ち、ジン一機を撃退。デブリの海の中に消えていく。

 爆発が起こってないことに、キラは胸をなでおろす。

 

『ぼさっとするなストライク。一機そっちに行ったぞ!』

「え?」

 

 次いでアラート。コックピットの左モニターにジンが目一杯に映り込む。

 重突撃銃を乱射しながらの突進。ストライクは咄嗟に頭部バルカンで応戦。

 コックピット内のキラは、言葉にならない叫び声をあげていた。

 

 幸いにしてバルカンが重突撃銃に命中。爆散。ジンは重斬刀を抜き放つと、そのままストライクに斬り込む。前腕で重斬刀を受け止める。

 キラは衝撃に叫ぶ。

 フェイズシフト装甲が重斬刀を受け止め、火花を散らしながら相転移し、斬撃を無効化する。

 

『よくもコロニーを!』

 

 その声にキラは目を見開く。

 

「ま、待ってください! アークエンジェルには逃げ遅れた人たちが」

『嘘をつくな!』

「僕は、キラ・ヤマト! カトウ教授のカレッジにいた生徒です!」

『知ったふうな口をきくな!』

「何も知らないくせにぃ!」

 

 キラは怒りに任せて蹴飛ばす。

 声にならない叫び。それはアークエンジェルのブリッジにも伝わっていた。

 

「いるんですよ! オーブの人たちが!」

 

 キラは腰部にある装備。アサルトナイフのアーマーシュナイダーを展開。

 ストライクは体当りするように肉薄。切っ先をジンの両肩に突き刺す。衝撃と共に火花が吹き出し、ジンの両腕がだらりと力なく垂れた。

 そのままストライクはジンを掴んで、アークエンジェルの艦尾甲板から引き剥がし、蹴飛ばした。

 

「僕は! 僕はオーブの! キラ・ヤマトだ!」

 

 ジンはそのままヘリオポリス方面と吹き飛ぶが、そこに運悪くアークエンジェルの攻撃が命中。爆発四散した。

 

「そ、そんな……そんなつもりじゃ……」

『次が来るぞストライク』

 

 ジンにメビウス、そしてミストラル。それらがストライクの眼前に迫っていた。

 

「どうして来るんだ!」

 

 キラはランチャーストライク最大火力の武装。アグニを使用。狙いも何もなく、発射した。

 極大な光がデブリを貫通して、何かに着弾。直後に巨大な爆発が起こる。爆発に煽られて、相手の追撃が緩む。

 全員が突然の爆発に、驚き思考が停止した。

 

「何が……」

 

 その時、ストライクのモニターに球体の物体が映り込む。太陽の光が届かないのか、それは不気味なまでに暗い。モニターがコンピュータグラフィックで補正。

 燃料タンクだ。それがアークエンジェルの後方に浮かんでいる。

 それもひとつや二つではない。キラが確認出来ただけで十個はあった。

 

「燃料……タンク……?」

 

 キラは慌てて周囲のデブリを見回す。幸いにもアークエンジェルの進行方向には球体の物体は見当たらない。

 彼らは知らず知らずのうちに、地雷原の中を駆け抜けていたのだ。

 彼は追いかけてくるオーブ軍を確認。

 

「これなら!」

 

 アグニが発射される。ビーム兵器は寸分違わず燃料タンクを射抜き爆発。周囲のデブリがビリヤードの玉のように、あちこちに激突して無秩序に飛び回る。

 さらにストライクはアグニを連射。燃料タンクを破戒して、大爆発を起こしていく。

 あっという間に、デブリが四方八方へと動く。

 

 なんの前触れもなく、そんなことをされたので巻き込まれそうになったネイサンとジェイクは悲鳴をあげながら、アークエンジェルの艦底に潜り込む。

 だが、オーブ軍は彼らのような練度はない。爆発が起こったことで、戦線を維持できず止む無く後退。オーブ軍のメビウスとミストラルはあっという間に退散した。

 

『やるじゃんキラ』

『死にかけたがな』

『結果オーライってことで』

『お前は楽観すぎる』

『でもあのままだと俺たち死んでたぜ』

『確かにな。ミルクでも奢るか』

 

 ジェイクとネイサンは笑う。

 それはアークエンジェルのブリッジでも同じだ。歓喜の声があがる。

 多数の熱源が離れていきます。という報告に彼らは胸を撫で下ろす。

 

 だから、彼らは失念していた。

 オーブ軍のジンがまだいることを。

 爆炎の中から突き抜けるジン。手にはバズーカ砲。ストライクのデータバンクにないことから、オーブ製の武装だ。

 

 その砲口がアークエンジェルのブリッジ後方に狙いを定めた。

 

「させるかぁ!」

 

 キラは咄嗟に飛び上がると、そのバズーカを受け止めて攻撃を防ぐ。

 しかし、それがよくなかった。

 コックピット内に、先程までとは違ったアラート。キラは血の気が引き、モニターのとある部分を凝視。

 

 バッテリーの残量が残り少ないことを示していた。フェイズシフト装甲の展開が維持できず、機体の色は白からモノトーンへと変じる。

 キラはマードック軍曹が言っていたことを思い出す。

 ストライクの補給は満足ではなかったのだ。

 

 ジンのバズーカがストライクに狙う。

 キラの視界はやけにゆっくりだった。スローモーションのように一連の流れがゆっくりと流れていく。

 彼は咄嗟にバルカンガンで抵抗するものの、効果はない。

 

『させない!』

 

 バズーカの発射と同時に白い機体が割り込む。直撃を受けてそのままストライクに激突する。

 次いでメビウス・ゼロが入り込み、ガンバレル四期を巧みに操り、ジンを絡め取る。

 そのまま推力に任せてジンを引き剥がす。

 

『ジンさらに接近!』とジャッキーの報告。

「メアリーさん!」

『ランチャーストライカーをパージ。メビウス・ストライカーを装着して』

「へ?」

『合体するのよ』

「何を……」

『男の子なら、言われたことを早くしなさい!』

 

 キラは言われたとおりランチャーストライカーをパージ。

 コックピット内に『それはまだ未調整だから無理だ』という声が飛び込むが、メアリーはお構いなしだった。

 当然ながらキラも、声を聞き入れる余裕はない。

 

『こんなデブリの中で! しかもシステムが未調整なんですよ!』とマードック軍曹は悲鳴にも似た叫び声をあげる。

『マニュアルで行くわよ』

 

 キラは咄嗟に機体を調べるが、それらしいシステムなどはない。つまり、ぶっつけ本番でやらなければならない。

 

「マニュアルで? 合体を?」

『キラならできる。私を信じて』

「おだてないでください」

『慣性飛行して、私が合わせる!』

「どうなっても知りませんよ!」

『私はみんなを救った貴方を信じてる』

 

 キラは「くそっ!」と叫んで艦尾甲板から飛び上がった。

 スラスターを数度噴射し、慣性飛行状態となる。その背中にめがけて、メビウス・ストライカーが飛び込む。

 メアリーは震える手を抑えるようにして、ストライクとの相対速度を合わせる。

 

 それに気づいたオーブのジンは、標的をストライクとメビウス・ストライカーに変更。彼らの武器が、二機に狙いを定める。

 ストライクとメビウス・ストライカーの距離は数メートルに迫った。メビウス・ストライカーの機首が折れ、他ストライカーパックと同じジョイントが現れる。両機をつなぐようにレーザーが伸び、お互いの距離を縮めていく。

 二人のコックピットに警報。敵にロックオンされたのだ。

 

「狙われてます! メアリーさんだけでも!」

『諦めない!』

「僕はコーディネイターです」

『見捨てないって言ってるの!』

『させるかぁ!』とジェイクの声が飛び込む。

『仲間をやらせるかよ!』

 

 メビウス二機が艦底から姿を見せて、ジンを奇襲。攻撃の狙いが乱れ二機をかすめていく。

 それでも一発が抜ける。それもバズーカの弾だ。それは寸分違わず直撃。爆発が起こった。

 爆炎が二機を包む。

 

 

 

 

 

 艦内のモニターで見ていたトールたちは絶叫した。

 自分たちを守るために出撃した友人。それが同じ国の軍隊の攻撃を受けたのだ。

 その衝撃は、計り知れない。

 

「一緒に戦ってやれば……」

 

 トールは崩れ落ち、涙をこぼす。

 彼のようにオーブの他の面々も顔を俯かせて、表情を暗くしていく。

 次は自分たちの番である。

 

「待って。何かおかしい」

 

 サイの声で全員がモニターを再び見た。

 爆発の中から、四条の光が伸びる。それはジンの四肢を穿っていく。

 爆炎の中から白い機体が、その姿を見せる。

 

「キラ!」

「キラ……」

 

 トールとミリアリアは手を取り合い、涙をこぼしながら喜びの声を上げた。

 

「いけキラ!」

「頼む~頼むよキラぁ~」

 

 サイを届かないとわかっていても、声援を送らずにはいられない。カズィは両目をつぶって手を組み、祈りを捧げるようにした。

 

「キラァやったれ!」とソウマ。

「死なないでキラ先輩」

 

 ストライクは両脇から抱え込むように長大な砲を二門。メビウス・ストライカー機首についていた二門のビーム砲は前面へと展開し、それらが発射されていく。

 狙いをつけない出鱈目な攻撃。しかし、オーブ軍には効果覿面だった。ジンは、苛烈な攻撃に慄き、後退したのだ。

 オーブ軍が立て直させないように、メビウスストライクは、さらに攻撃を続けて残った燃料タンクも爆発させる。

 

 彼らは完全に安全圏に逃げ延びることに成功する。

 艦内の放送を聞いて、アークエンジェル内にいる全員が歓声をあげた。

 レクリエーションルームにいる面々は、お祭り騒ぎとなる。今にも飛び出して彼らの英雄を胴上げしたい気分だ。

 

 レクリエーションルーム前を警護している地球軍の兵士たちも喜びのハイタッチを交わす。

 しかし、彼らはすぐに表情を硬くする。

 

「さて、次はどうなるかな?」

「バジルール少尉は、ユーラシア連邦に対する危機感が薄いようだ」

「同じ地球軍だけどよぉ」

 

 それを聞いたソウマとジークフリートは、顔を見合わせる。

 

「やれやれ。またなんかありそうだな」

 

 これ以上は御免だと肩を竦めるソウマ。

 

「ひと悶着で済めばいいが」とジークフリートは唸った。

「どうかしたの?」

 

 近くにいたトールが首をかしげる。

 

「いやね。キラにばっか色々やらせるのもね」

 

 ソウマは誤魔化すように、先程思ったことを口に出す。

 

「あ、それ俺も思った」

「待て待て。お前たちは余計なことするな」

「なんでだよ。ってか、まだ何も言ってませんけど」

「言わなくてもわかる。それがかえってキラを縛り付けるんじゃないか?」

「でも、何もしないわけにはいかないじゃんか」

「だよなぁー」

 

 それを言われたら何も言い返せないと、ソウマは両手を上げる。

 

 

 

 

 

「データは取れたな?」

 

 ヴェサリウスの艦内にラウの声が響く。

 

「はい。オーブ軍のおかげで貴重な情報を得ることが出来ました」

 

 アデスの言葉に満足そうに頷くラウ。

 これにより、クルーゼ隊はアークエンジェルの対策をとって戦闘することが可能である。

 相手の戦闘能力をどれだけ把握できるか。それが戦闘において、自分たちを優位にするのだ。

 

 オーブ軍と地球軍の戦闘は、彼らにとって有意義なものであった。

 なにせ自分の部隊は損失することなく、相手の能力を知ることができたのだ。

 手柄を焦る部隊であれば、無理矢理にでも戦闘に介入しただろう。

 

 彼は命令をガモフに打電を命じると、ヴェサリウスには反転を指示させる。

 ガモフは後詰めのイン隊所属の艦との合同作戦だ。

 その間、ヴェサリウスはイン隊の本隊と合流し、本国へ戻る流れだ。

 

 戦闘が終了するのと同時に、評議会より招集の命令が飛んできた。すぐに戻らなければならない。

 だが、その前にやらねばならないことがある。

 

「ブリッジに救助した人々を」

 

 クルーゼ隊は数人だけだが、オーブの逃げ遅れた人々を救出していた。

 それをヘリオポリスに引き渡す必要があるのだ。戦闘終了を確認してから、彼らはレーザー通信でヘリオポリスとコンタクトを取った。

 救助した人の顔とID情報を提示し、必要であれば救助ポッドに入れて送ることを提案。

 

「妙ですね」

「反応が鈍いな。嫌われてしまったかな?」

 

 ヘリオポリスからの応答が遅かった。

 彼らは二つの選択肢で迷う。ひとつは救助ポッドだけを射出して、撤退するべきか。もうひとつは応答を待つべきか。

 クルーゼは座席に深く座り込み、肘置きの上で人差し指から薬指まで、リズムよく叩く。

 

「どうしましょう?」

「こうも反応がないと、打つ手なしだな。救命艇を射出したとだけ伝えて行くか。イン隊を待たせてしまうしな」

 

 その時だった。

 

「オーブより電文」

「読み上げろ」

「ヘリオポリスワンにて出迎える。そちらに入港されたし」

「ヘリオポリスワンに? テンではなく?」

 

 ラウ・ル・クルーゼは不敵に笑う。

 

「なるほど、向こうにも色々と事情はありそうだ。イン隊に打電。我遅れる。アスランを送ると、それまで合流ポイントで待機されたし、と」

 

 ブリッジにいたアスランは驚く。

 

「私、だけ? 単独でありますか?」

「イン隊も戦闘能力はあるとはいえ、補給を受けてない状態だ。先行してイン隊の護衛に回ってほしい。何より君の機体、イージスは変形することで航続距離を延ばすこともできるしな」

 

 外付けのブースタなどで、イージスを射出するとラウは言う。

 

「念の為だアスラン。頼めるかな?」

「了解しました」

「助かるよ。アデス、作業を急がせろ」

 

 アスランは急いで更衣室に向かうと、パイロットスーツを着用。素早く格納庫に向かうと羽なしのジンが視界に入る。

 

(キラ……お前のプログラミング、相変わらずだな……)

 

 そんな彼の視界の前に整備兵がひとり。

 

「アスラン、説明する」

 

 艦内で変形が済んだイージスには、外付けのブースタがすでに装着されていた。

 外付けといっても、無理矢理接続したためイージスからは操作することは出来ない。

 機体が出撃後、タイムラグでブースタに火が点火されると、アスランは説明を受けた。

 

 イージスに乗り込み、アスランはモニターに映った羽なしのジンを見る。

 アスランは小さく息を吐くと、イージスのコックピット内の電源を入れた。

 モニターに各種パラメータが表示され、機体に異物が取り付いているとアラートが出る。

 

 アスランはそれをキーボードで操作して、警告を取り消す。

 

『カタパルトオールグリーン。星の加護があらんことを、イージス発進どうぞ』

「アスラン・ザラ。イージス、出る!」

 

 変形した状態でイージスは発進する。数十秒後、外付けのブースタが点火し、イージスは真っ直ぐと、イン隊が待つ場所へと飛行した。

 それを見送った仮面の男は不敵に笑う。

 彼はゆっくりと口を開く。

 

「よし。ヴェサリウス、ヘリオポリスワンへと進路をとれ」

「ミゲル機、発進急げ」

「先程から何度も悪いが、デブリの中で待機していてくれ」

『了解です隊長』

 

 ミゲルのジンはカタパルトではなく、機体の膂力による慣性航行で出撃。オーブに気取られないためだ。

 そして彼は、姿勢制御用のスラスターだけでデブリに取り付く。

 彼の任務は、ヴェサリウスが何か起きた際に対応するのが目的だ。

 

「まあ、無駄だろうがな」

「それはどういう?」

「恐らく向こうの目的は、何か別だろう」

「鬼が出るか蛇が出るか」

 

 仮面の男の勘は、ザフト軍にとって良いものだと告げていた。

 

 

 

 

 

~続く~




次のお話も見ていただければ嬉しいです。
次回の更新も来週の土曜日になります。

メタルビルドのプロヴィデンスガンダムがほしいいいいいいいいいいいい!!!!

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アルテミスへ~後編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


「どうしたんだ?」

 

 ネイサンとジェイクが目にしたのは、ストライクのコックピット周辺の人集りだ。

 それが町中であるなら彼らも気にはしなかった。

 しかし、ここがアークエンジェルでモビルスーツやモビルアーマーを格納する倉庫なので、彼らは気にするのである。

 

「いや、坊主が――」

 

 ストライクはハンガーに収められているが、いつまで経ってもコックピットが開かないのである。

 パイロットは無事なのか、マードックたちは不安を募らせていた。

 そんな中ジェイクは呑気に手を叩く。

 

「なんだ?」

「よくよく考えてみろよ。こんなの当たり前じゃん」

「何がだ。主語を言え主語を」

「ガキに戦争させたんだぜ? 他国の戦争を知らないガキにだ。ガチの戦闘させたんだから、いつものやつのひどい版」

 

 その場の全員が納得した。

 キラ・ヤマトは戦争の知らない子供だ。コーディネイターで、プラントでは成人の年齢かもしれないが、オーブや地球連合軍に参加している国の大半の法律では子供である。

 そして、彼は戦場を経験したことがない。おまけに相手は自国の人間だ。

 

 彼はコックピットの中で動けなくなっている。生き残ったことすら信じられないと。

 新兵ではよくある話だった。ネイサンもジェイクも何度となく見てきた光景だ。

 

「たぶん、認識してなくとも自分の国の人間も――」

「おいよせジェイク」

 

 ネイサンはジェイクの肩を掴んでやめさせる。

 

「とりあえず引っ張り出すぞ。荒療治だがな。コックピットを開けろ」

 

 開かれたコックピットの中では、強張った表情のまま俯いて座ったままのキラ。

 それを確認して、ネイサンとジェイク、そして後ろで控えていたマードック軍曹は胸をなでおろす。

 ネイサンはなんと声をかけていいのかわからず、新兵にやるように怒鳴りつけた。

 

「馬鹿野郎! お前のせいでこっちは死にかけたんだぞ!」

 

 彼は何の知らせもなく燃料タンクを吹き飛ばしたことを、怒ることにしたのだ。

 

「とか言ってるが、めちゃくちゃ感謝してるから」

「え?」

 

 ジェイクの言葉にキラは驚き、ネイサンに視線を向けると、彼はバツが悪そうに視線を逸らす。

 

「まあ、でも助かった。いい手だった」

「ありがとうございます。だろ」

 

 ジェイクはネイサンに手でキラへと感謝の言葉を促すようにした。

 

「ありがとう。お前にならストライクを任せられる」

「おう。たっぷり感謝しろよ」

「なんでお前が偉そうに言ってるんじゃい! 俺はお前にお礼を言ったつもりじゃないからな!」

「俺がいることに感謝しろよ」

「お前こそ、俺に助けられただろ!」

「二人は放っておいて、そろそろ出てくれ坊主」

「あ、はい」

 

 キラがコックピットから顔を出すと、警報が鳴った。

 巨大な戦闘機が機密ハッチから姿を見せる。その数は二つ。ひとつはムウ・ラ・フラガのメビウス・ゼロ。もうひとつはメアリー・セーラーの乗るメビウス・ストライカーだ。

 両機は格納庫の定位置に運ばれると、程なくして二人共コックピットから姿を見せる。

 

「よくやったメアリー。それにキラ」

 

 ムウはネイサンにウインクして、会話に加わる。

 

「さすがだね。訓練無し。おまけにぶっつけ本番でやるなんて、君は優秀だよ。おかげで俺も、みんなも生きてる」

「いえ、それでは僕は――」

 

 ムウはその場を後にしようとしたキラを、肩を組むようにして止める。

 

「おっと、待った。キラにお願いしたいことがあるんだ」

「はい?」

 

 悪戯を思いついたような顔に、全員の頭に疑問符が浮かぶ。

 

「君のストライクとメアリーのメビウス・ストライカー。どっちも起動プログラムをロックしておいてほしいんだ」

「はい? 待ってください。ストライクは僕のじゃ――」

 

 ネイサンとジェイクの表情が一変する。それに驚きキラも言葉が続かない。

 

「それは……」とネイサンは言葉に詰まった。

 

 ムウはこれから逃げ込む先、ユーラシア連邦を言外に信頼していないと言っている。

 

「用心だよ用心。何もなかったら後で笑い話になるだろ?」

「やれやれ。大変なことになりそうだ」とネイサンはジェイクと肩をすくめ合う。

「熱烈歓迎してくれるなら、ユーラシア連邦美女たちにお願いしたいぜ」

「お前はすぐにそれだ」

「本能に忠実と行ってくれ」

「かっこつけてるつもりか」

「今気づいた? 俺っていかした男なんだよ。ってところで今夜どう? メアリー」

 

 メアリーは手だけのジェスチャーで断る。それを見てネイサンは笑い、ジェイクは肩を落とす。

 

「とにかく、最新鋭機である二機の情報をロックしたい。できるか?」

 

 キラは頷く。

 それを確認してから、ムウは周囲にいる整備兵たちに声をかけた。

 そんな背中に少年は疑問を抱く。

 

「あの、こんなことってよく、あるんですか?」

「いや、だがユーラシア連邦と太平洋連邦は仲が良くない」

 

 キラの疑問にネイサンが応じる。

 

「再構築戦争でも結構やり合ったって話だしな」

 

 ジェイクは更に「そういう風に歴史を学んでるから、ユーラシア連邦には好意的になれない」と付け加えた。

 

「戦闘の後で疲れているでしょうけど、キラ。手伝ってくれるかしら?」

「は、はい」

 

 メアリーはまずはストライクからと言うと、自身の機体へと向かう。

 ネイサンとジェイクも、自分たちの機体へと戻る。いつでも出撃できるように、準備しておくためだ。

 彼らの姿を尻目に、キラは胸中複雑な気持ちだ。

 

(ストライクが……僕の、機体?)

 

 見上げた機体は何も言わず、ただそこに鎮座していた。

 キラにはそんな機体に試されているような眼差しを感じる。

 彼は大きく息を吐くと、足元を蹴ってストライクのコックピットに滑り込む。

 

 コックピット付近にマードック軍曹が控えていたが、補助無しで入った。そのことに彼は口笛を吹いて見せる。

 

「じゃあ機体のロック頼むぞ坊主」

「あ、はい」

「後、一応いつでも出せるように整備しておきたい」

 

 彼は補給に必要な項目を列挙してくれと、口早に言う。

 まくしたてるような勢いに、キラは目を白黒しつつも、機体のステータスをモニターに表示。

 言われたことをすべて列挙していく。

 

「ああ、そうだ坊主。悪かったな補給が間に合ってなくて。ピンチにさせちまった」

 

 キラは何かを言おうと口を開くが、言葉はすぐに出てこない。そうこうしている間にマードック軍曹は続きを言う。

 

「助かったぜ坊主。お前のおかげだ」

「いえ、僕はただ……」

「わかってる。俺たちはついでだ。それでも命があるのは、お前のおかげなんだ」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべるマードック軍曹に、キラはどういう表情を浮かべていいのかわからない。

 彼はなんとか笑みを作って、言葉にならない声で応じた。

 そんな彼の様子にマードック軍曹は、豪快に笑いながらストライクの頭部へと移動。

 

「ロック頼んだぞ」

「はい!」

 

 キラはコックピットにあるキーボードを引き出すと、瞬く間に機体の情報をロックする。

 

「あ、マードック軍曹いますか?」

 

 キラは何かを思いつき呼んだ。

 

「なんだい坊主?」

 

 彼はまだストライクの近くにいたのか、呼び声にすぐに反応する。

 

「機体のロックについてなんですが――」

 

 キラはロックに万全を期すために、マードック軍曹の指紋認証と、パスワード入力を求めた。

 彼はそこまでする必要があるかとも、疑問を口にしながらも近くにいた整備兵ひとり捕まえて、ロックを複雑にする。

 

「俺とこいつの指紋。そしてパスワードがないと駄目だな」

「はい」

 

 立ち会った整備兵も頷き、そして口を開く。

 

「軍曹、どうするんです?」

「何がだ?」

「緊急発進する場合や、ロック解除される時とか」

 

 キラはロックすることまでしか考えていなかった。

 コジロー・マードックは確かにと顎に手をやる。

 軍人であるため、色々な状況を想定しておくべきだろう。三人はうんうんと唸る。

 

「そうだ。こういうのはどうだ? 緊急的に発進した場合のみロック解除するんだ。たった一回だけの例外だ。できるか坊主?」

「モビルスーツ用のハンガー。ストライカーパックと連動させるというのは、どうでしょう?」

 

 緊急時のロック解除手段はハンガーからの離脱と、その後数分以内にストライカーパックの装着で、一時的にロックが解除できるようにと考えた。

 

「少し手間だな。だが、その方が安全そうだ。坊主、整備手伝えるか?」

 

 キラは逡巡したが、脳裏にトールたちが過ぎった。

 

「はい。工業系の……モルゲンレーテのカレッジに行ってました」

「そいつは朗報だ。手を貸してくれ」

 

 キラは頷くと、マードック軍曹は更衣室に行けと言う。

 整備兵が自身の作業用の制服を引っ張って見せる。

 それに着替えろということかと理解する少年。

 

「これに着替えるんだ」

「案内してやれ」

「了解です」

「こっちはその間。用意しておく」

 

 二人は急いでコックピットを後にする。

 マードック軍曹は「やれやれ」と言いながら頭をかき、ストライクを見上げた。

 物言わぬ兵器。コジローは親がやっていたことをふと思い出す。物に神様が宿るという話だ。

 

「いいパイロットに巡り会えたな。俺もお前に相応しい整備兵になるからよ。坊主のこと頼むわ」

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのブリッジでは、安堵の空気に包まれていた。

 ロメロはアルテミスとコンタクトが取れたことを告げると、それはより一層強くなった。

 マリュー・ラミアスはもちろんのこと、ナタル・バジルールも表情を柔らかくする。

 

 程なくしてアルテミスより臨検のための艦が、アークエンジェルにやってくる段取りだ。

 

「ユーラシア連邦の人でもいいから、補充要員ほしいぜ」

「交代要員すらいないしな」

 

 チャンドラとジャッキーは、疲れた様子を隠さない。

 アークエンジェルは、人員が不足していた。どうにかして補充しなければならない状況だった。

 マリューとしても、チャンドラの提案には同意したいところだ。

 

 しかしそうもいかない。アークエンジェルやGに関しては、太平洋連邦が主導となって、開発などを行っている。

 そしてその人選も、地球軍のハルバートン提督が大きく噛んでおり、太平洋連邦の人員だけで構成していた。

 彼女はその人選でも、何かしら政治闘争があったことは想像している。それでも太平洋連邦の人間だけで人選が固められているのは、理由があるからだろう。

 

 なので、ユーラシア連邦の人員を補充要員として入れるのは難しい話だ。

 第八艦隊に合流しなければ難しいだろう。それまでは自分も含めて全員が寝る間も惜しんで艦を運用するしかなかった。

 とはいえ、アルテミスで少し休めるはずだ。第八艦隊の援軍をここで待つ。すべてはそこからだ。

 

「アルテミスでは、少し休めるようにシフトを組みましょう」

「そうですね。ザフトもアルテミスの中にまで入れないでしょう。私個人としてはあまり好きではありませんが、ブリッジの人員を削って運用しましょう」

「そうね」

 

 マリューとしても、ブリッジの人間を減らして運用することは反対だ。

 とはいえ、そうでもしなければ休む時間がとれない。それはマリューやナタルも同じだ。

 ここまで休みなく働いているため、彼女たちの顔にも疲労の色が出ている。

 

「後は、フラガ大尉らにも協力していただきましょう」

「そうね。しばらくパイロット業は休んでもらうしかないわね」

「それと、オーブの……」

 

 マリューはひと呼吸置いてから、静かに頷く。

 

「そうね。アルテミスから連絡してもらい、救命艇を出すなりしましょう」

「戦力の大幅ダウンは痛いですが、このままコーディネイターを乗せるのは」

「違うでしょ。他国の子供を乗せるのは、でしょ」

「そうではありますが、現実に彼はコーディネイターです。その部分もちゃんと認識しておいた方がよろしいかと」

 

 マリューは「そうね」と言いながらも、ナタルの言葉には納得していなかった。

 太平洋連邦の技術研究所には、コーディネイターがそれなりにいた。

 彼女の友人の中にもコーディネイターはいるため、彼らの存在をすべて敵と認識できない。

 

(彼らの思考により過ぎている……と、考えるのは時期尚早か)

 

 そのことを軍人家系のナタルには、わからないのである。だから、敵を乗せていると割り切れるナタルとは相容れない考えであった。

 とはいえ、今の状況を軍の上層部がこの報告を聞けばどうなるか。彼女は容易に想像がつく。良くて降格。悪くて銃殺刑だ。

 この難局を乗り越えても、彼女の将来は暗い。

 

(今はとにかく、アークエンジェルとストライクを月面基地に送り届けなくちゃね)

 

「どうかしましたか?」

「いえ、なんでもないわ」

 

 それから二人はこれからのことを話し合う。具体的にはアルテミスにこもりつつ、友軍の増援を待つことだ。

 籠城する場合、増援を待つのがセオリーだ。恐らくザフト軍に追跡はされていると彼女らも予想していた。

 なので、増援部隊とザフト軍を撃退し、そのまま増援部隊と共に月面基地へと向かうというのが、彼女らの理想だ。

 

 

 

 

 

「――というのが、足つきの考えだろうな」

 

 ガモフのブリッジでゼルマンは口にする。

 ローラシア級の戦艦ガモフは、足つきのはるか後方から追跡をしていた。

 その姿ははっきりとキャッチしているが、追いつくことは叶わない。

 

 現在のガモフは特異な状況下にある。

 運用しているモビルスーツは全部地球軍の新鋭機だ。そしてパイロットも、赤服とはいえ最近補充されたばかりの者しかいない。

 機体の整備もジンと共用の部分は流用できるが、それ以外は何も出来ない。

 

 戦闘に不慣れなパイロット。実戦で多用できない兵器。これらで作戦に当たらねばならない。

 武器弾薬などはヴェサリウスが本国に戻れば、吸い出したデータを元に少量ではあるが見繕ってくれる予定だ。

 とはいえゼルマンとしてはオロールだけでも、ガモフに欲しかったが作戦の都合上、それは通らなかった。

 

「隊長の作戦通り俺たちは待ち伏せしつつ、地球軍の増援部隊を叩く。足つきにはそのまま餌となってもらう」

 

 彼は気怠そうに言い終えると、軍帽を被り直した。

 作戦は本格的な戦闘ではない。不意打ちして一撃離脱。幸いにもこちらには遠方から射撃ができるバスターとスティンガーがいる。

 本格的にモビルスーツを展開するというよりは、だましだまし戦闘をしつつデータをとるという形になるのだ。

 

「足つきはアルテミスにいるのだろう? なら、攻め込めばいいじゃないか」

 

 それを聞いていたイザーク・ジュールが異を唱える。

 

「クソ真面目かよ。そういうの勘弁してくれよな」

「今なら、イン隊もいないし、手柄は俺達のものじゃん」

「隊長の作戦なら、俺らは楽して足つきを落とせるんだぞ?」

 

 イザークとディアッカの提案を、ゼルマンは却下した。

 彼らの言う通り、アルテミスに攻撃しなければならない場合もあるだろう。

 しかし、それはハイリスクハイリターンである。クルーゼ隊の赤服であるため、作戦の確度は高いい

 

 が、ゼルマンはリスクの方を問題視して、アルテミスを攻略しにいこうとは考えない。

 

「いいか? 戦略的に価値のない要塞だがこっちの攻撃は届かないんだ」

 

 アルテミス宇宙要塞は難攻不落だった。戦争初期は攻撃を仕掛けたこともあったが、その防御力は折り紙付きだ。

 いかなる攻撃も防ぐアルテミスの傘は、光波防御シールドにより、実弾はおろかビームの攻撃すら防ぐ。

 そのため外から攻撃して攻略するのは難しかった。

 

 ただ、アルテミス宇宙要塞は、ザフト軍にとっても地球軍にとっても戦略的価値が低い要塞だった。

 主要戦場より遠いため、戦場に影響を及ぼさないのだ。

 そのため、こんにちまでザフト軍は積極的に攻撃をしないだけだったのである。

 

「そんなところに重要気密が運ばれても、どっちもすぐに動けんよ」

 

 だからこそ、ザフトはアルテミス宇宙要塞を包囲しておく必要があった。

 

「お前ら歴史の勉強しないのか?」

 

 イザークはその煽り文句に怒りを顕にして声を荒げるが、ディアッカがなだめる。

 ゼルマンはどこ服風で、宙域図を見つめる。

 様子を見守っていたニコルとラスティーがようやく会話に加わった。

 

「落ち着いてくださいイザーク」

「なんで歴史の話なん?」

「籠城する場合のメリットデメリットの話でしょうか?」

 

 ニコルの言葉に頷くゼルマン。

 

「籠城ってのは、味方の援軍があって成り立つ作戦だ」

「そんなのはわかっている。クルーゼ隊がそんな軟弱な作戦でいいのか」

「お前は隊長の作戦にケチをつけるのか?」

 

 いつも気怠そうに言うゼルマンだが、その時だけは冷淡に言う。

 その場にいた赤服は一瞬圧倒される。

 イザークが何かを言うより先に、ゼルマンは話を続けた。

 

「援軍が届かなければどうなるか? 要塞の中で内乱だろうな」

「そんな悠長な」

「そうでもない。アルテミスへの定期補給便は、大分前だ。そして足つきも奇襲を受けてろくな補充も出来ていない」

 

 つまりどちらも食糧などの備蓄は少ない。

 ゼルマンたちが援軍を叩いていく間に、相手は相手で内紛を起こしてくれる。という寸法だ。

 アルテミス宇宙要塞はユーラシア連邦所属。足つきは太平洋連邦所属。思った以上に早く、内部分裂を引き起こしてくれるだろう。とゼルマン。

 

「なら例外があった場合はどうする?」

「もちろん攻撃だ」

 

 ゼルマンの即答に、イザークは満足そうに笑い、ディアッカは口笛を吹いた。

 

「なら、その場合の作戦の立案を――」

「それも隊長が考えている」

「さすが隊長だな」とディアッカ。

 

 ゼルマンはそこでふと考える。

 

「よし。隊長の作戦を開示する。お前たちで意見を交わしてみろ」

 

 ゼルマンは現状の艦の状況。そしてモビルスーツへの武器弾薬の補充の状況を説明。

 後はイザークたちで話し合わせることとした。

 もちろんその話し合いで間違った方向に行こうとすれば、彼は口を出す。

 

「イン隊の戦力はどうする?」とラスティーが口火を切る。

「部隊間での連携は難しいだろう」

 

 イザークの指摘に全員頷く。この時点で彼らはイン隊はイン隊で動いてもらい、クルーゼ隊はクルーゼ隊で動く方針で考えていく。

 

「武器もなるべくジンのを使っていった方がいいですよね?」

 

 ニコルの提案に、ラスティーは確かにと頷く。

 

「バスターの実弾系の武器なんかは、連射すればあっという間に使えなくなるぞ」

「イザークもバルカンあんま使えないんじゃないか?」

 

 イザークとディアッカは互いに、使うとなくなる武器を指摘し合う。

 

「なら、基本的にビーム系で攻撃していく感じか」とディアッカは拳を作り自分の手のひらを殴りつける。

「光波防御シールドはビームも効かないよな?」

 

 ゼルマンは頷き、過去の戦闘データを閲覧する。ローラシア級の火力をもってしても、突破できなかった映像が確認された。

 

「クルーゼ隊長の作戦だと?」

 

 イザークの問いにゼルマンは、ヘリオポリスのデブリを使う作戦だと説明。

 傘は常に開いているわけではないデブリに紛れて、近づく。

 幸いヘリオポリスイレブンのデブリは、程なくしてアルテミスにも流れ着く。

 

「でも、デブリが近づくと傘は開きますよね?」

 

 ニコルの指摘に全員が頷く。

 

「アルテミスの近くを横切るようにやれって話だがな。博打な部分はある。傘が開かなかったとしても、そこからモビルスーツが動き出して中に入り込めるかも微妙だ」

「案外ナチュラル共、バカでグズだから気づかないんじゃないか?」

 

 ゼルマンの話に、イザークは楽観的な意見を口にする。ディアッカもそれに同意を口にする。

 

「なら、ブリッツとスティンガーを使うのはどうでしょう?」

「ああ、そうか。確かにあの二機なら」

 

 ニコルの提案にラスティーは首肯する。

 

「そういうことか。オーケーそれで行こう。あの二機ならカバーしあえるな」

「ただ、本当にあれって使えるのか?」

「どこかで試す必要はあるだろうな。ぶっつけ本番ってのは――」

 

 イザークは意味ありげにゼルマンを見る。

 

「ああ、俺も反対だ」

 

 ゼルマンは同意して、どこかで試そうと提案。

 

「艦長。足つきがアルテミスに入港します」

「こちらは捕捉されているな?」

「はい。警告来ています」

「よし、敵にわかる位置で待機。ハイヤームを待つぞ」

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの格納庫にアラートが鳴る。

 鳴り止むとロメロの声が艦内に響く、アルテミスより臨検艦が着艦するという話だ。

 キラたちはそれを聞いて、急いで作業の後片付けをしていく。

 

 数分後には機密ハッチが閉じられ、しばらくすると開き、そこには救命艇にも使える、十数人しか乗れないタイプの艦船がひとつ。

 彼らは整備班の案内に従って、格納庫に着艦すると、恰幅の良い地球軍の士官が降りてくる。

 ユーラシア連邦の軍人らは、ストライクとメビウス・ストライカーを興味深そうに眺めていた。

 

「ブリッジはこちらになります」

 

 案内に出たのはカオル・ウラベ。

 

「このモビルスーツのパイロットは?」

 

 カオルはキラを視界に入れないようにする。

 

「現在は休憩中でして、後でご挨拶させていただきたいと思います」

「そうか。ご苦労」

 

 士官と合わせて二人が、カオルの後についていく。残りは格納庫に残ってじっくりと見回していた。

 どこか物々しい雰囲気に、キラ・ヤマトは違和感を抱く。

 マードック軍曹はキラの後頭部を小突くと、耳元で囁いた。

 

「こっちはもういい。レクリエーションルームに戻れ。後、作業服は脱いでおけよ」

 

 キラは小さく頷く。

 

「交代時間だ。お前たちさっさと動かんかい!」

 

 マードック軍曹はひときわ大きな声を出し、ユーラシア連邦の面々の注意を引いた。

 彼は注目を集めるように、あれこれ指示を出す。

 キラは格納庫を後にし、更衣室で着替えをすますと、入り口にメアリーが待ち構えていた。

 

「あの……」なんでしょうかと聞こうとしたキラ。

「何があってもストライクのパイロットって言っちゃ駄目よ」

「みんなが傷つけられても?」

「そう。私や誰かが死んでも、駄目よ。貴方たちにとって私達は敵みたいなものだし、そういう風に思いなさい」

 

 キラが言葉を紡ぐより早く、メアリーはその場を後にする。

 敵という言葉だけが、少年の頭の中で反響。憎いと思う部分もあった。

 とりとめもない考えをした後、彼は言われたとおりレクリエーションルームに戻り、トールたちに歓迎される。

 

「遅かったじゃないか」とトール。

「さっきの衝撃、アルテミスについたの?」

 

 サイの質問に、キラは頷き肯定する。

 

「あのロボットはどうしたんです? キラ先輩」

 

 レクリエーションルームが騒がしくなると、入り口にいた兵士が慌てた様子で叫んだ。

 

「お前たち、そいつがストライクのパイロットだって言うなよ」

「ど、どうしたんだよ。地球軍のおっさん」

「おっさんじゃない! まだ二十代だ」

「え、四十代かと」

 

 ミリアリアの言葉にミコトが頷く。女子の反応に警備していた兵士は肩を落とした。

 

「い、今はそんな話はいい! いいな! お前たち俺たちはお前たちを戦争に巻き込んだワルモンだ。だから、キラだけは守ってやれよ!」

 

 全員が不安そうな顔になる。

 

「大尉の言ったとおりになったんだ」

「どういうことだよ?」

 

 キラのユーラシア連邦の説明に一同驚く。

 

「じゃあキラを奥にでも隠す?」

「それじゃあかえって怪しまれる」

 

 話を聞いていたジークフリートが口を挟む。

 

「避難民らしくしていようじゃないか。ただ、女子供は奥に、大人の男たちは入り口付近を固めよう」

 

 彼の提案にしたがって全員が動く。

 

『アークエンジェル艦内にいる全員に告ぐ、ユーラシア連邦の士官の指示通り動くこと――』

 

 

 

 

 

~続く~




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。


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電撃的刺突~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 アークエンジェルのブリッジは騒然となる。

 アルテミス宇宙要塞の内部に入ったマリュー・ラミアスたちを待ち受けていたのは、銃口を向けてくる友軍たちだった。

 白い船体の周りにはモビルアーマーや、武装した兵士たちがたくさん伏せていたのだ。

 

「これはどういうことですか少佐殿」

 

 ユーラシア連邦軍の少佐は、彼女らに落ち着くように言う。

 

「貴艦は所属不明艦である。したがって、この処置は仕方がないものだ」

 

 彼らの言い分としては、識別コードもないアークエンジェルは怪しいという。

 ザフトによる、トロイの木馬である可能性があると言うのだ。

 地球軍の正式の友軍とわかるまで、この処置は止む得ないものだと言う。

 

 そうこうしている間にアルテミス宇宙要塞に所属している陸戦部隊がアークエンジェルに取り付き、瞬く間に制圧していく。

 その銃口はレクリエーションルームまでおよんだ。

 しかし、暴行などはなく、キラたち避難民の扱いには慎重になり、彼らは入り口に警備員を置くだけにとどめるだけとなった。

 

「士官の方にはご同行願おう」

「そんな……」

 

 少佐は乗員名簿を提出するようにと命じると、連れ立ってきた士官と共にマリュー・ラミアスらを連れて行こうとする。

 

「艦長」

「わかっているわ。でも、今は従いましょう」

 

 ナタルの抗議はもっともだ。マリューも彼女と同じ気持ちである。

 同じ地球軍なのに識別番号がないというだけで、この扱いは不当だ。

 彼女らの後ろには銃口を突きつけてくる兵士。そのまま従いブリッジを後にする。

 

「押すなよ。歩いてるだろ」

 

 道中、両手を上げたムウ・ラ・フラガとカオル・ウラベ、メアリー・セーラーが合流する。

 

「いやはや、まいったなこりゃあ」

「無駄口を喋るな」

 

 ユーラシア連邦の兵士は銃口をムウの背に押し当てる。

 

「はいはい」

「刺激しないでください大尉」

 

 マリューはムウを嗜める。

 苛立つ気持ちもわかるが、ここは大人しく従うしかない。

 そんな気丈な彼女の様子に、ムウは小さく笑みを浮かべる。

 

「了解、艦長」

 

 五人が連れて行かれてからは、艦内食堂や格納庫など、人が集めやすい場所に人員は固められた。そこを武装した兵士たちに抑えられてしまう。

 食堂には主要メンバーが集められ、入り口を四人で固められる。

 格納庫はそれ以外の面々が集められて、十数人で円形を描くように、アークエンジェルの乗員を見張っていた。

 

 そして最後にキラたち避難民だ。

 もともとレクリエーションルームに集まっていた避難民は、そのままとなる。

 アルテミスで降りられるなり、オーブからの迎えが来ると聞いていた避難民一同は、多少混乱したが、予めキラから可能性として聞かされていたため、そう長くは続かなかった。

 

(アスランは無事だろうか……)

 

 

 

 

 

 ナスカ級ヴェサリウスはヘリオポリスワンの港に入港する。

 ブリッジには異様な緊張感が走っており、誰も彼もが顔色に緊張の色が強く現れていた。

 そんな中、ラウ・ル・クルーゼは不敵な笑みを浮かべる。

 

 自分たちが攻撃した国のコロニー群のひとつに、寄港を許されている。それがどれだけ異常なことか誰もがわかっているのだ。

 いつどこで撃沈されてもおかしくない。もちろんそうなってもいいようにミゲルだけは外のデブリ群の中に隠れてもらっていた。

 とはいえ、ヘリオポリスイレブンのデブリと、ヘリオポリスワンの距離はそれなりにある。

 

 だから、緊急事態に陥った場合は、ヴェサリウスは撃沈される可能性が高かった。

 いかにエースパイロットであるミゲル・アイマンとはいえ、距離を一瞬で埋めることは不可能だ。

 それもあるので、よりブリッジの要員は緊張していた。

 

「博打を打つべきだと、私の勘が告げているのだよ」

 

 ラウはこの状況に、自分にとっていい結果をもたらすと確信していた。

 だが、アデスを含めて他の者達は、彼のこういうところについていけてないところがある。

 とはいえ、それで何度も窮地を脱しているので、誰も文句は言わない。

 

「救命艇を出すだけでよろしかったのでは?」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。という言葉がある」

「随分昔の、再構築戦争より以前の、昔の武将の言葉、でしたな?」

「博識だなアデス」

 

 褒められた男は軍帽を脱いで、被り直した。

 

「古代の戦史とはいえ、今も通用するだけです」

「ヘリオポリスの中枢に呼び出しているのだ。その意味がわかるかアデス」

 

 黒服の男は考える素振りとなる。

 

「我々と何か交渉ごとでも?」

「あるいは、何か情報がほしいのかもしれないな」

 

 ラウとしては、救助した人とアークエンジェルがコロニーを破壊した映像を提供するだけのつもりだった。それ以上は求めていなかったのである。

 それをオーブに渡すことが、今のザフトにとってはメリットがあると考えていた。

 オーブが抗議してきたとしても、映像を見れば破壊したのは地球軍だと言うことができる。

 

「まあヘリオポリスには、地球軍に対する不信感を持ってくれるだけでいいのさ」

「味方を増やす、ためですか?」

「敵を増やさないためだ」

 

 彼らが話していると、ヴェサリウスに振動が伝わる。

 

「艦の固定、確認」

「ヘリオポリスワンとのコンタクト良好」

「ヘリオポリスはなんと言っている?」

「それが救助した者たちと、部隊の代表に来てほしいと」

 

 艦橋にいた全員の視線が仮面の男に集まる。

 

「だろうな」

「私が――」

「ヴェサリウスの艦長が離れてどうする?」

 

 アデスはさらに何か言おうとするが、先にラウは手で制す。

 

「マシューを護衛に連れて行く。呼び出せ」

 

 それからラウはオロールをジンに乗せ、陸戦隊をいつでも出せるようにフル装備でそれぞれ待機を命じる。

 マシューに操作させ、小型船でヴェサリウスを出ると、ヘリオポリスの管制官の誘導に従って内部へと入った。

 彼らを出迎えたのは武装した兵士と、恰幅の良いスーツを着た男性だ。

 

「ようこそヘリオポリスワンへ」

「着艦の許可をいただき、感謝します」

 

 ラウは後ろに連れていたヘリオポリスイレブンの避難民を、手で招き男へと差し出す。

 

「こちらが我が部隊が救助した人たちです。IDの確認などをお願いします」

「これはこれは、では早速」

 

 男が「おい」というと制服を着た者たちが足早に現れて、機器用意する。助かった人々はその前にいってIDカードを提示。一分もかからずに彼らはオーブ国民と認められた。

 助けられたうちのひとりの女性が、マシューに手を振る。彼もそれに恥ずかしそうに応じて振り返した。

 

「おやおや。手が早いなマシュー」

「そ、そんなんじゃないです」

「いいことじゃないか。君も私もいつ死ぬかわからないんだ。やれることはやっておいた方がいいんじゃないか?」

 

 マシューは逡巡したものの、女性元へと歩み寄ると、一言二言言葉を交わす。すぐにラウの元へと戻った。

 

「どうだった?」

「戦争が終わったら会えないかって……」

「死ねなくなったな」

「がんばります」

 

 仮面の男はにこやかに「期待している」と告げた。

 マシューは女性の前でカッコつけているのか、いつも以上に勇ましい声で応じる。

 タイミングを見計らって、恰幅の良い男が前に出た。

 

「クルーゼ隊長殿。お話があるのですが」

「こちらとしても、まだ話したいことがありましてね」

 

 ラウは記憶媒体を取り出すと、それを手渡す。

 男は目を見開き驚いた様子になる。

 その眼差しに大いなる期待の色が見えたことで、相手の思惑を理解する。

 

(なるほど、一応確認しておくか)

 

「これは?」

「こちらは、地球軍の新造艦がコロニーを破壊した様子を記録したものです」

「そう、ですか」

 

 男の僅かな感情の変化。それを仮面の男は見逃さなかった。

 彼から滲み出たのは落胆。

 口の端を吊り上げる。

 

「どうか、しましたか?」

「いえ、そちらの心中もお察しします。本国の無茶な要求の結果、ヘリオポリスイレブンの崩壊というのは」

「お気持ちを汲んでいただき、ありがとうございます」

 

 男は歩きだすと、秘書の男が歩み出てラウとマシューに案内すると言う。

 二人は港のすぐ側にあるVIPルームへと案内された。

 学校などにある体育館ほどの大きさの広い一室。ひとつひとつの席は離されて配置されており、空間を広く使っていた。

 

 宇宙では珍しい観葉植物などが無機質な空間を彩り、訪れた者に安らぎすら感じさせる。

 マシューは部屋の隅にあるグランドピアノを見て、新入りのニコルのことを思い出す。

 ラウたちは、その部屋の中でひときわ装飾された席に案内された。

 

「こちらとしては、抗議もしなければならないのですが、まずは我が国民を助けていただき、ありがとうございます」

「文句がありますと、顔にはりついていらっしゃる」

「とんでもございません。隊長が提供くださいました情報と、デブリ作業員の話を照らし合わせるとコロニーを破壊したのは地球軍です」

 

 彼はさらに「火種を持ち込んだのも我々だ」と言う。

 

「とはいえ、我々にも火種を持ち込むだけの理由はあるのですよ」

「モビルスーツの開発、といったところですかな?」

「守るための力がほしいだけです」

 

 話していると白磁のカップを持ってきたウェイター。中身は紅茶らしく、三人に振る舞われる。

 

「いい香りですな」

「ヘリオポリスツーで栽培したものになります」

 

 マシューは感心した様子となる。

 

「単刀直入に言いましょう」

 

 男は一息入れるとそう切り出した。

 

「Gの武装。いくつかいりませんか?」

「見返りは?」

「機体のデータです。それとそちらが鹵獲したモルゲンレーテ製のジンですが、そのままプラントへお持ち帰りください」

 

 ラウは「ほう」と僅かに口元を緩める。

 

「随分とあのジンに自信があるようだ」

「そんなことはありません。ただ、プラントの今後の状況を考えますと、ね」

 

 ラウ・ル・クルーゼは内心、男の言葉に同意した。

 地球軍の新型はザフトのプライドをずたずたに破壊するだろう。

 その結果、モビルスーツの開発計画を見直さなければならない。次期主力機の開発は見直されることとなる。

 

 あのジンは確かにプラントでも、開発は可能だ。だが、それができる余裕はなくなったのだ。

 ならばどこからか調達する必要がある。

 例えば地球からもっとも遠いL3宙域などが、打倒だろう。

 

「私はヘリオポリスワンがどのような場所なのか存じておりません」とラウ。

 

 ヘリオポリスワンは、その機能のほとんどが政治やら工場などだと言う男。

 

「そういうことですか。いち部隊の隊長でして、先の件は評議会の判断を仰ぐ必要があります」

「そうですか」と男は僅かに落胆を滲ませる。

「ですが、お互いに事故はあると思います」

「なるほど、事故ですか」

「ええ、事故です。それさえあれば、色々と事が容易に運ぶかと」

「ザラ議長とも親しいと、聞いております」

「そうですね。恐らく戻れば会うことになるでしょう」

 

 ラウの仮面のバイザー部分が怪しく輝いたように、マシューには見えた。

 話し合いが終わると、二人はヴェサリウスに戻る。

 ラウはアデスに吸い出したデータのコピーを記憶媒体に入れて、投棄しろと命じる。

 

「なんですって? よろしいのですか?」

「事故だからな」

「それは……」

「それと、事故でコンテナが流れてくるはずだ」

 

 程なくしてヘリオポリスワンからは、いくつかのコンテナが流出。それをオロールとマシューのジンが回収した。

 コンテナの中身は地球軍の新型の予備武装などだ。また律儀にも、その他の補給物資も追加されていた。

 お互いに不幸な事故があったが、ヴェサリウスはヘリオポリスワンを後にし、ヘリオポリスワンもそれを見送った。

 

 

 

 

 

「なるほど。確かに君たちの識別コードは地球軍のものだな」

 

 アルテミス宇宙要塞の司令官、ジェラード・ガルシアは淡々と言う。

 彼の背景にある巨大なディスプレイには、マリューらのIDと顔写真、経歴などが映し出されている。

 取り調べのような重圧に、マリューは胸中穏やかではない。

 

「ご確認のほどありがとうございます」

 

 ムウは常日頃と変わらない様子で言った。

 

「エンデュミオンの鷹――」

 

 僅かにムウの目が鋭くなるが、それに気づいたのはマリューだけだった。

 

「――あの戦場には私もいてね」

「では、准将のところに?」

 

 ガルシアは頷き、結果こそ負けたが、ムウの活躍で勇気づけられたと言う。

 

「しかし、君のような英雄がなぜここに?」

「特務ゆえ」

「そうか。それでは、我々も不明艦として対処するしかないな」

 

 話を黙って聞いていたナタルが口を開く。

 

「しかし、それではザフトにここを攻撃されてしまいます」

 

 彼女は月に通信して、援軍の要請を願い出た。

 

「ザフト? ああ、こいつらか?」

 

 ガルシアは羽虫が飛んでいるとでも言いたげだ。

 彼は端末を操作すると、巨大なディスプレイに映像が流れる。

 そこには二隻のローラシア級の戦艦。アルテミスの周辺を周回していた。

 

 アルテミス宇宙要塞の周辺にあるデブリなどにはカメラなどが設置されており、色々な角度から映像が確認できる。

 数機のジンが周辺を警戒した様子も見られた。

 ノコノコ出ていけば蜂の巣になるのは、戦術に疎いマリューでもわかることだ。

 

「今出ていっても、こいつらにやられるだけだ」

 

 彼はさらに続ける。

 援軍を呼ぶにも、一個艦隊をいきなり動かせるわけではない。数隻の諸規模編成を寄こすだろう。

 彼我の戦力差を考えれば、一方的になると付け加えた。

 

「その点、ここは安全だ。難攻不落の要塞だ。過去にザフトともやりあったが、ご覧の通り健在だ」

 

 不明艦であるため、状況は変わりないがいくらでもいてくれて構わないと言う。

 

「一緒に出てザフトを」

 

 さらに言い募るナタル。

 

「それはできない。恥ずかしながら、我がアルテミス宇宙要塞に配属されている兵士の練度は低い。死にに行かすようなものだ」

 

 そんな状況で戦っても損失だけがでかく、最悪負けるだろうと言うガルシア。

 

「それに不明艦と一緒には戦えない。だが光波防御シールドなら、君たちを守ることはできる」

「そんなに便利ですかね?」とムウ。

「無敵だよ。先刻崩壊したヘリオポリスのデブリも、防ぎきったさ」

『攻撃きます』

 

 要塞内部に放送。

 ついでモニターにはローラシア級二隻の攻撃。

 それらはアルテミスの傘と呼ばれている防御シールドによって、無力化される。

 

「うちの数少ない自慢だよ。君たちはゆっくり休みたまえ」

 

 ガルシアは兵士たちを呼んで、五人を応接室へと案内――ではなく連行――させた。

 五人が出ていって、時間を開けてから副官の男が、ガルシアの元へと歩み寄る。

 ガルシアは数えて三つほど時間をあけてから口を開く。

 

「データの方は?」

「戦艦の方は順調なようです」

 

 ガルシアは僅かに眉を動かす。

 

「例の二機は?」

「起動プログラムにロックがかかっていまして」

 

 太平洋連邦の新型兵器二機は、起動プログラムにロックがかかっているため、まったくデータ解析が進んでいないと言う。

 技術者たちを集めて対応させているが、まだまだ時間はかかると言う。

 ガルシアは太平洋連邦の地球軍がどれくらいの時間かけてくるか計算する。

 

「忌々しい」

 

 モニターに映るローラシア級二隻。

 

「時間をかければいいのか?」

「技術者たちの言うには」

「それでいこう」

 

 

 

 

 

 イージスのコックピットにアラートが鳴る。

 アスランはゆっくりと目を開け、バイザーを開けて両目をこすった。

 そして次に機体の状況を確認。バッテリーの残量は残り三分の二。外付けのブースターの燃料はまだ残量があるのか外れていない。

 

 再度コックピット内を確認すると、はるか前方で爆発の光が瞬いていた。

 それをイージスが検知して警報を鳴らしたのだ。

 アスランはここで何か異常が起きたのだと理解する。

 

(前方はイン隊とのランデブーポイントのはず。ということは――)

 

 彼の予想は正確にあたっており、前方ではイン隊と遭遇した地球軍の艦隊が戦闘をしていた。

 奇しくも彼らは、ヘリオポリスの崩壊を察知して調査しようと向かっていた艦隊である。

 ザフト軍に見つからないようにデブリ帯を抜けてきたのだが、その結果イン隊と遭遇戦をする形になってしまったのである。

 

 とはいえ、アスランとイン隊にはそんな事情は知らないことだ。

 知れば余計に彼らを見逃さないし、自治独立を求めて戦っているザフトとしては、地球軍の艦船を安易に見逃すわけにはいかなかった。

 まだ距離のあるため、イージスの存在は、どちらにとっても察知されていない。

 

 それをアスランは理解しているため、操縦桿を握り直し機体を駆る。

 イージスのモビルアーマー形態は、巨大なモビルスーツ形態の四肢を進行方向に伸ばしている。

 それらを指のように動かし巨大なクローのような形となる。

 

 アスランはその四肢を巧みに操作して、姿勢制御の容量で質量移動をさせて、イージスの進行方向を変更。地球軍とイン隊の上をとるような形の軌道をとる。

 時間にして数分後、外部に取り付けたブースターは燃料が切れ、デッドウェイトとなるブースターはパージされた。

 イージスは自機の推力を使って加速。アスランの眼下では地球を背にする形で、両軍はやり合っている。

 

 モビルスーツ形態になると、イージスにある頭部に大型センサーユニットで、戦況を確認。

 コックピットのモニターに、ネルソン級一隻。ドレイク級二隻と表示される。

 アスランは再びイージスをモビルアーマー形態とすると、一気に加速。四肢を広げるとイージスの腹部に備えられている兵装が姿を見せた。

 

 その時、戦闘をしていたイン隊の隊員は、雷が落ちてきたのかと錯覚した。

 巨大な光がネルソン級を中心から穿ち、そのまま船体を貫く。巨大な穴を作った箇所は赤熱し、電装系が漏電をバチバチと光らせる。

 誰の目にもネルソン級は致命的だった。

 

 ついで小さな光がドレイク級の主砲と対空砲、そして艦橋を攻撃される。

 直上からの攻撃に、地球軍は大きく動揺。瞬く間に瓦解していく。

 混乱の最中、モビルアーマー乗りたちはモニターに映った赤い機体に驚愕する。

 

 ザフト軍の新型だと思い込み、彼らは慄く。

 メビウスたちは我先にと逃げ出そうとする。それをイン隊のモビルスーツ部隊が攻撃。

 瞬く間に地球軍の戦力は撃滅していく。

 

 残ったネルソン級は撤退しようと、艦首を動かしていたその時だった。赤き機体が艦橋の前を制圧。

 赤い機体はビームライフルの銃口を艦橋から機関部まで貫通するように角度をつけて狙う。

 アスランはコックピット内で小さく息を吐く。

 

『ザフト軍の新型か!』

『艦長!』

 

 接触回線から、地球軍の通信が流れ込む。アスランは眉根を寄せ、胸中吐き捨てる。

 

(これはお前たちの新兵器だ)

 

 イージスは構えていたビームライフルでドレイク級のブリッジを撃ち抜いた。

 その一撃は予め角度をつけていたこともあり、期間部にビームの粒子が流れ込みズタズタに破壊。

 程なくして地球軍は全滅。突如現れた見慣れぬモビルスーツにイン隊も、警戒体勢となる。

 

『アスラン……ザラか?』

「はい。クルーゼ隊より、先行してやってまいりました。アスラン・ザラです」

『そうか。それが地球軍の新型か。俺はイン隊の隊長、ジェン・インだ。助かったよ』

 

 実際にその戦闘力を目の当たりにしたイン隊は、これからの戦場が厳しいものになると覚悟した。

 

『悪いが、データを取らせてもらえないか?』

「はい? 恐らく軍部から正式な情報が来ると思いますが」

『それじゃあ、遅いかもしれないからね』

 

 彼は事後にクルーゼに確認すると伝えると、アスランは承諾した。

 遅かれ早かれ情報は伝わるだろうと考えてのことだ。

 それに早めに情報を渡していても、問題ないだろうと結論付けた。イン隊は国防委員会からの信頼も厚い部隊だ。

 

『それじゃあ我が艦、ボッシュに着艦してほしい』

 

 アスランは彼らの指示に従ってナスカ級ボッシュの格納庫に着艦。

 休憩室でドリンクを飲みながら、データの吸い出しを確認していた。

 そこに白服を着た黒髪の青年が顔を出す。

 

「やあ。協力を感謝する」

 

 部下に戦死者が出なかったと、彼は喜ぶ。

 

「イン隊長。いえ、それよりなぜ?」

 

 アスランは念のため確認をする。

 

「どうして情報が欲しがった、か?」

「はい」

「部下に死んでほしくないからだ。この先、正式に情報がもらえる前に、君の機体の同型と戦うことがあるかもしれない」

 

 アスランはその言葉を、内心否定しきれなかった。

 OSは不完全でも、いずれ動かせるようになりイージスだけで部隊を編成して、プラントに襲いかかってくるのかもしれない。

 その時に情報が軍部上層部で止められては、前線で戦う兵士は目隠しされたようなものだ。

 

「そうですね」とアスラン。

 

 いかにナチュラルより優れているコーディネイターとはいえ、情報のないままの戦闘は分が悪い。

 

「まあ、非常に興味があって、先に知っておきたいっていう好奇からくるのも、否定しない」

 

 彼は子供が悪戯を思いついたような笑みを浮かべた。

 

「それは、まあ確かに」

「見た目もかっこいいし、できればコピーの一機や二機、作って試し乗りしたいものだ」

「乗ってみますか?」

「え? いいの?」

「隊長のような、エースパイロットのご意見も聞いてみたいです」

 

 彼はその場で本気で考えたが、すぐに頭を左右に振った。

 

「やめておくよ。ありがとうアスラン」

「そういえば、イン隊は何を?」

「特務だけど、特別だ」

 

 彼はイージスのデータを提供したお礼に、任務の内容を明かした。

 地球軍が巨大な建造物を打ち上げているという情報が入ったため、それの調査だと言う。

 しかし成果はないという。

 

「不思議なことに何もなかったんだ」

 

 何基もあがっているはずの巨大な建造物。

 他にも巡回中の部隊の目撃情報などもあるのだが、その場所には何もなかったのである。

 彼ら、イン隊が調査する前に、他の部隊でも同様の任務をおこなったのだが、建造物の痕跡すら見つからなかったのだという。

 

「打ち上がっているっていう話ですよね?」

「情報部が嘘を言うはずがない。何かからくりがあるはずなんだが」

 

 とはいえ、と彼は続ける。

 

「補給基地をやられたんじゃ、長期に調査もできないからね」

「そういうことだったんですね」

「そういうこと。ま、もしかしたらクルーゼ隊の協力を得るかもしれないから。今の話、覚えておいてくれ」

「了解です」

 

 アスランは敬礼で応じる。

 

 

 

 

 

~続く~




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

【追記】20220613
まずは修正を優先したいと思います。


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電撃的刺突~後編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 アルテミス宇宙要塞の応接室でマリューらは軟禁されていた。

 ムウは室内をさらっと見回し、異常はないか確認。

 一見して不審物などは見当たらないが、盗聴器や監視カメラの類はあるかもしれない。

 

 カオルとメアリーもその様子に気づいて、無言であちこち調べ回す。

 この部屋は地球から来る高官や軍人を監視するために、監視カメラなどや盗聴器が仕込まれていた。

 メアリーは次々とカメラを見つけては、自然な所作でモノを動かしたりカメラを動かすなどしていく。

 

「何を」

 

 質問したナタルに、ムウは人差し指を口元で立てる。

 その意味を理解したナタルは小さく頷いた。

 カオルは盗聴器を見つけ、繋がっていたケーブルを抜く。

 

「どうもこういうところは不用心だね。俺たちが色々やってるってのに」

 

 ムウがそう切り出したことで、室内の緊張は一気に解けていく。

 

「怪しい動きもしてみたが、外の兵士が飛び込んでこないし、こりゃあマジでお偉方を迎える部屋だな」

「盗聴器を無効化して、飛び込んでこないのはなんとも」とカオルはメガネの位置を正す。

「私たちの抵抗なんて、どうでもないって感じね」とメアリーは肩をすくめる。

 

 言われてみてマリューはなるほどと、自分の座っているソファーを押して見る。座り心地は良く、どんな体型、座り方でも優しく包んでくれる触感だった。

 

「これからどうしますか?」

「帰したくないでしょうな。連中」

 

 ナタルの真剣な様子に対して、ムウはどこかおちゃらけている。

 そのことに彼女は不満を見せた。

 だが、次の彼の言葉の声音はがらりと変わり、ナタルはすぐに彼への不満を取り下げることとなる。

 

「それよりも、ユーラシア連邦の連中がアルテミスの傘は無敵だって、思い込んでいるところが心配だ」

「そうでしょうか?」

「バジルール少尉は、兵器のカタログスペックだけを信じる派かい?」

「いえ、そういうことでは……」

「どんな兵器にも穴はあります」

 

 とカオルが補足する。

 フェイズシフト装甲とはいえ無敵ではない。実体兵器による物理的なダメージは、装甲にダメージは負いにくい程度だ。

 だが、衝撃までは無効化出来ないし、装甲を支えるフレームの部分は普通の装甲だ。

 

 衝撃でパイロットが死ぬこともあるし、装甲を支えるフレームの方から破損することもある。

 事実、カオルとメアリーは前述の状況に遭遇している。

 どんな兵器にも弱点があり、また使う側が人間ならなおさらだ。

 

「アルテミス宇宙要塞は辺境にあり、ここにいる兵士に練度の高さは感じられませんでした」

 

 と、カオルは懐から小銃を取り出す。

 彼はいつの間にかユーラシア連邦から銃を抜き取っていた。

 ムウは口笛を吹く。

 

「やるね」

「警備の兵士は隙だらけですね」

「俺はウラベ少尉のことを勘違いしてた。規律とかうるさそうだとばかり」

「時と場合によりますよ大尉」

 

 男連中二人はにやりと笑い合う。

 カオルはさらにもう一丁銃を取り出し、それをムウに手渡す。

 さすがにこれにはムウらは目を白黒させた。

 

「おいおい。まじかよ」

「本当にザルなんですよ」

「なおのこと、戦闘になれば――」

 

 マリューが口を開いたことで、全員の視線が彼女に集まる。それに気圧されたのか、わずかに戸惑ったものの続ける。

 

「――このアルテミス宇宙要塞は、まずいのでは?」

「連中の狙いがわからないことには……」

 

 ナタルは相手の目的がわからないと言う。

 

「アークエンジェルとストライクの破壊では?」とマリュー。

「それは最終目標だろう。今の作戦はわからんってこと」

 

 彼らは先程ガルシアに見せられた映像を思い出す。

 いつの間にかローラシア級の戦艦が二隻となり、アルテミス宇宙要塞の周囲をぐるぐると回っている状況だった。

 数機のジンの出撃も確認されたが、それも攻撃をしようという様子ではない。

 

「待てよ。連中の目的はこの状況か?」

「アークエンジェルを撃沈できませんよ。それでは」

 

 ナタルは言った後に、違和を感じる。

 

「そうか。内部分裂を狙って」

「それもあるだろう。こっちの援軍を都度叩くってこともできるぜ」

「古来より――」

 

 カオルは戦史を思い出す。

 籠城戦を行う場合、援軍があって初めて成立する。

 しかし、援軍が辿り着かなかった場合。立て籠もった側は自壊するなり、投降するなりだ。

 

「この場合ですと、内紛ですかね」

 

 メアリーの悪い予想に、マリューは静かに頷く。

 

「となると、なんとか艦に戻らないとな」

 

 ムウはカオルから渡された銃を確認。

 

「今出ても、やられるだけですよ?」

「だから、みんなで知恵を出し合ってなんとかしようぜ」

 

 ムウはウインクして笑顔を作った。

 

 

 

 

 

 ローラシア級戦艦ガモフのブリッジでは、定時のミーティングを行っていた。

 ゼルマンはやりたいと思わなかったのだが、イザークはどうしてもと言って聞かなかったため、それだけは認めた。

 何もしないのも士気に関わると考えたため認めたのである。

 

 ゼルマンとしては、イザークのやる気を間違った方向にいかないように、かつやる気が損なわれないように注意をしていた。

 能力は高いのだが、自尊心が強く。それが悪い方向に転がらないようにと気を配る。

 もう少し色々と経験すれば、良き隊長となり自分のような船乗りを上手く扱えるようになるだろうとも、確信している。

 

 とはいえ、彼はミーティングの内容に、項垂れそうになっていた。

 話の内容はまるで作戦に関係のない。

 そして、その話の内容にゼルマンらはどこか安心もしていた。

 

「ニコルの姉ちゃんってさ。やっぱお前にそっくりなの?」

「よく言われますが」

「じゃあめっちゃカワイイんだろうな。紹介してよ」

「お、いいねぇ。その話俺にも一枚噛ませてくれよ」

「ラスティーとディアッカには、絶対に紹介しません!」

 

 頑ななニコルの様子に話だけを聞いてイザークは目を瞬かせる。

 

「俺はラスティーと違って、お前にいい子を紹介してやるよ」

「ずるいぞディアッカ!」

「それも結構です!」

 

 イザークもゼルマンと同じ気持ちなのか、片方の目元を痙攣させていた。

 

「お前たち、これからミーティングをだな」

「そういやイザークは許嫁とかいないの? アスランのラクス様みたいにさ」とディアッカ。

「今は、そんな話関係ないだろ。それにいない!」

 

 ミーティングに話を戻そうとしたイザークだが、思わぬ援軍によってペースを乱されてしまう。

 ゼルマンだ。彼は驚いた様子で「いないのか?」と口をついで出てしまう。

 それもびっくりするぐらい目を点にしていた。

 

「アスランにはいるもんだから、ついいるもんだと……」

 

 ゼルマンは言いかけた言葉を飲み込んだが、時既に遅しである。イザークは顔を真赤にして叫んだ。

 

「うるさい! 悪かったな! あいつにいて、俺にはいなくて!」

「ニコル姉ちゃん紹介してもらおうよ。お前のお袋さんも、エースパイロットなら認めてくれるって」

「待ってくださいディアッカ! 勝手に話を進めないでください!」

「イザークずるいぞ」

「ええい! 黙れ黙れ黙れ! うるさいぞ! 隊長にもこんな姿を見せるのか!」

 

 話が大いに脱線した頃だ。艦内のオペレーターの表情が一変。険しい表情のまま叫んだ。

 

「ユーラシア連邦の秘匿通信確認」

 

 ガモフの艦橋に緊張が走った。先程までの雰囲気は一気に消し飛んでしまう。

 

「なんと言ってる?」

「不明艦拿捕。新型のデータの収集を開始。太平洋連邦に政治的圧力を、とのことです」

「不明艦? 足つきを? 俺たちをだまくらかすってわけじゃないだろうな」

「ナチュラル共は嘘も下手くそだな」

 

 ディアッカは笑いながら言う。

 

「さすがに考えなしだぞディアッカ。今が好機じゃないか?」

「俺としてはもう少し静観したいが――」

 

 イザークの表情が険しくなる。

 

「――不明艦って言い方が気になる」

 

 言いながらゼルマンはニコルを見る。

 

「どう思う?」

「わざわざ友軍の艦船を不明と、呼称するのはおかしいと思います」

 

 ゼルマンは頷く。次いでラスティーを見て、言葉を促す。

 

「太平洋連邦に政治的圧力って言ってるのもな。援軍出させるなってことだろ? そんな足の引っ張り合いなんてしてていいのかね?」

 

 つまるところ、援軍が来たところ叩くという彼らの作戦が瓦解したのだ。

 とはいえ、このまま静観していれば、足つきとアルテミスで内紛が起こるだろう。

 彼らがいることで、効果はある。

 

「内紛終わった後じゃなくていいのか?」と試すように言うイザーク。

「それもありだが、イザークの言う通り、今が千載一遇ってやつだ」

「オーケー。ならプランBで行こう。ニコル、ラスティー。しくじるなよ」

 

 イザークは鼻を鳴らして腕を組みながら言った。

 

「了解でありますジュール隊長」と敬礼するラスティー。

「茶化すな」

「イザークたちも後詰めの方、お願いしますね」

「してやるから、姉ちゃんを――」

「しませんから!」

 

 ディアッカは小さく笑って、両手を上げた。

 イザークは呆れたような顔になる。

 ニコルとラスティーはブリッジを後にし、出ていくのを見て、ゼルマンはぽつりと言う。

 

「あいつの姉貴、結構美人なんだよな」

 

 ブリッジにいたイザーク以外の男連中は湧いた。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦内にガルシアは来ていた。彼が向かっている場所は、艦の司令室、ブリッジだ。

 そこにつくと、艦長席に腰を下ろす。満足そうに笑うとシートの手触りを確認する。

 すでに自分のものだと言わん様子だ。

 

 だが、その表情はすぐに豹変する。

 白い歯を食いしばるようにして、座席を殴った。

 それを見ていた技術者たちは、肩を縮こませて様子を伺う。

 

「まさかコーディネイターを使っているとはな」

 

 新型のモビルスーツとモビルアーマーに、ロックがかかっているため起動プログラムが動かない状況だった。

 ナチュラルの、それもユーラシア連邦の技術者たちを使っても解析できなかったのだ。

 だが、彼らには繋がりのある企業があり、そこの技術者にも協力を仰いだのである。

 

 その技術者の中にはコーディネイターもおり、彼らが言うにはナチュラルでは、このような複雑なロックはかけられないと言う。

 そう、つまり新型のモビルスーツにはコーディネイターが関わっており、その者が起動プログラムにロックをかけているのだという。

 ガルシアも太平洋連邦がダブルスタンダードであることは理解していた。

 

 しかし、実際にそれを目の当たりにすると、苛立ちを覚えるし、不愉快でもあったのだ。

 彼は艦長席にある受話器をとると、艦内放送の操作する。

 そして――。

 

『艦内にいる裏切り者のコーディネイター。すぐに出頭したまえ。またそれを匿う者よ。心から理解してほしい。そのような宇宙人を庇うのはよくない。コーディネイターは敵なのだ。その化け物を突き出したまえ。今ならまだ安全を約束しよう』

 

 艦内放送を聞いたフレイはキラへと視線を向ける。

 彼女だけではない。レクリエーションルームにいる全員が彼に視線を向けてしまう。

 だが、それもほんの一瞬。多くの人はその視線を外して、素知らぬ顔をする。

 

「ねえサイ。あの子を差し出せば私達、ヘリオポリスに帰れるんじゃない?」

 

 その一言は絶大だった。キラは目を見開き、その場で俯く。

 

「お前、なんてこと言うんだ」

 

 トールは激昂し、フレイに食ってかかる。

 

「だって本当のことじゃない! それよりお前ってなによ!」

 

 そんな騒ぎは外にいる男たちにあっという間に察知される。

 

「おい何事だ」

「静かにしろ」

 

 銃口を向けられフレイは咄嗟にキラを指差す。

 

「あいつ! あいつよ! 裏切り者のコーディネイターは!」

「フレイ!」

 

 サイは掴んで制止しようとするが、フレイはさらに続ける。

 

「だから、私とサイはヘリオポリスに帰してよ」

「んな都合のいい話あるわけないだろ」

「情報感謝な嬢ちゃん」

 

 男たちはライフル銃をキラに向ける。彼はゆっくりと手をあげて立ち上がる。

 銃を突きつけられたことより、好きだった女の子に言われた言葉に、キラの衝撃は少なくない。

 三人目の男がどこかへと通話をしていた。

 

「な、何よ! 話が違うじゃない!」

 

 なおも食ってかかるフレイ。感情の爆発が抑えられないと、銃を持つ兵士に詰め寄る。

 

「やめろやめるんだ、フレイ。もういいから」

「うるさいガキだな」

 

 アルテミス宇宙要塞所属の兵士は、心底面倒臭いと拳を作った。

 それを見逃さないキラ。

 兵士が拳を振るのと同時に動き出し、柔道の容量で投げ飛ばす。

 

「これでわかったろ! 僕はコーディネイターだ!」

 

 そう叫んで自身に注意を向けさせる。

 

「こいつ!」

「そこまでだ君たち」

 

 そこにはスキンヘッドの男がいやらしい笑みを浮かべていた。

 

「君だね。裏切り者のコーディネイターとは」

 

 キラは顔を険しくする。

 

「私はこのアルテミス宇宙要塞の司令のジェラード・ガルシアだ。君の協力を感謝する。君の活躍次第では、そこにいる人達は助かるかもしれないぞ?」

 

 キラは心底吐き気を覚えたが、背後にいる幼い子供たちに気づいて小さく首肯。

 ガルシアはキラを連れて格納庫へと向かった。

 残った兵士は一発空砲を発泡。

 

「次騒いだら、脳天にぶち込むからな」

 

 投げ飛ばされた兵士は苛立ちを隠さず、声音に乗せて言った。

 その威嚇は絶大で、全員が静まり返る。

 ガルシアは道中、キラのような存在は貴重だと口にする。その言葉はキラの心に深く突き刺さるものだった。

 

 キラの反応が芳しくないことにガルシアは気づいていたが、気にせず話を続ける。

 彼の頭の中ではレクリエーションルームにいる人々を人質に、キラに未来永劫従わせようと計画を練っていた。

 こんなにも好都合な状況。

 

「ひとつ聞くが、君があの新型を動かしたのかな?」

「はい。そうですが」

「ほう。それは優秀だ。あの新型のモビルアーマーとの連携は見事だったよ。君には才能があるな」

 

 キラは答えたくないのもあったが、戦争を褒められていい気はしなかった。

 

「そう、ですか……」

 

 

 

 

 

 ローラシア級二隻がアルテミス宇宙要塞から離れたのは約一時間前。

 接近する様子もないことから、彼らは光波防御シールド、通称アルテミスの傘を閉じた。

 今回は粘り強くなかったな。と、要塞内部ではあざ笑う。

 

 どれだけいられるかなど賭けでもしていたのか、負けたものはこっぴどく罵り、勝ったものは彼らも人間だと笑う者すらいた。

 ガモフはある程度の距離まで来るとカタパルトのハッチを展開。

 ブリッツが出撃体勢となり発進。次いでスティンガーも発艦した。

 

 待機室でそれを見ていたイザークとディアッカは、どこか余裕に満ちた表情だ。

 不敵な笑みを浮かべて仲間の背中を見送る。

 ふとディアッカが口を開く。

 

「賭けでもするか?」

「結果が決まっている賭けに、意味なんてあるのか?」

 

 イザークの言葉にディアッカは口笛を吹く。

 

「結構、信頼してんじゃん」

「あいつらが臆病者なのは変わらんがな」

「はいはい。そういうことにしておきますか」

「なんだと!」

 

 外では二機が収まる大きさのデブリを使い、アルテミス宇宙要塞に直撃しないコースにデブリを押し出す。

 

「ミラージュコロイド生成」

『消えてるぜニコル』

「こちらも消えているように見えます」

 

 二機はデブリにとりついて、慣性航行を開始。

 

「ミラージュコロイドの減衰率から計算するに」

『一時間とちょっとか』

 

 二機はケーブルでつないで通信しているため、敵に傍受されることはない。

 二人は改めて作戦を確認。二機がミラージュコロイドを使って先行。時間が来たらガモフとハイヤームが転進して、戦力を展開してくれる手はずだ。

 その際、要塞外部をイン隊が、内部に突入するのはクルーゼ隊で分担している。

 

「そういえば、ラスティーはどうして軍に?」

『え? そんな真面目な話しちゃう?』

「せっかくですから聞かせてくださいよ」

『血のバレンタインの悲劇。あれも理由であるんだけど』

 

 ラスティーは恥ずかしそうにしながら、父親と母親の復縁のきっかけになったらと説明。

 彼の両親は離婚していた。彼はどちらとも良好な関係ではあるが、息子としては元に戻って欲しいと願ってしまう。

 彼の母親も他の男性と再婚するつもりはないらしく、彼はもしかしたら父親との復縁を望んでいるのではないか。と考えたのである。

 

『それでまあ、俺が戦争で活躍してさ。元に戻れたらって子供としては願ってしまうんだわ。ユニウスセブンの人たちを出汁にするようで、悪いけどね』

 

 ラスティーはニコルからも、志願した理由を聞き「真面目だな」と返した。

 

「なんでですか」

『お姉ちゃん関係ないのか?』

「姉は、関係ないです!」

 

 その時のニコルの声音は真剣そのものだった。

 

「こう言ってはなんですが、姉の性格は過激で、ナチュラルを見下すんです」

『それがいけないってのか?』

「僕は嫌いです。ナチュラルだろうが、コーディネイターだろうが、僕は人だと思っています」

 

 彼はできれば戦争なんてせずに終わらせたいとも言う。

 

『優しいんだな』

「よく言われるんですけどね。僕は臆病だからだと思っています」

『そうかね? 昔聞いた話だが、勇気ある人は逃げることのできる人だって聞いたぜ』

「それは初耳です。もっと聞かせてください」

『しょうがねぇなぁ』

 

 それから二人はとりとめもない話を続けた。

 緊張を忘れるためかどうかだったかは、本人たちにしかわからない。

 話をしているうちに、アルテミス宇宙要塞の姿はくっきりと映っていた。

 

「デブリから離れますか?」

『待て、索敵しよう』

 

 ラスティーはスティンガーのセンサーを最大限に活かす。

 モニター内に、びっしりとアイコンが表示された。要塞表面には、装置が多数設置されている。

 メインカメラはアルテミスの傘の発生装置を捉えていた。

 

『あれが傘か』

「なんですって?」

 

 ラスティーはデータをブリッツとリンク。

 

「あれですか」

『ニコルは飛び込め、俺は狙撃する』

 

 スティンガーはライフルを手に構える。

 

「わかりました」

『一番槍くれてやるんだ。お前の姉ちゃん紹介しろよ』

「いやです!」

『いっちまえニコル!』

 

 二機はデブリが離れ、ブリッツはアルテミス宇宙要塞へ。スティンガーはその場で四肢を使い姿勢制御。そして狙撃体勢となる。

 スティンガーの装備するスナイパーライフルは二連装の口径。上の銃口からは実弾。下の銃口からはビームが粒子の弾丸となって発射される。

 ミラージュコロイドを使っている都合、スティンガーは実弾で装置を狙う。

 

「懸念事項は、実弾で破壊出来なかったらってところだな」

 

 ラスティーはスコープを展開して、装置のむき出しのフレームの部分を狙う。

 装甲の部分で実弾が弾かれた場合を想定してのことだ。

 ターゲットマーカーに、照準が合う。モニターにある時刻がゼロに近づく。

 

「悪いな。これも戦争なんでね」

 

 カウントがゼロとなると、スティンガーは攻撃を開始。

 宇宙の暗闇の中を銃弾が真っ直ぐに飛翔し、発生装置のフレームがむき出しの部分を射抜き破壊。

 ついでに電装系も破戒したのか、電流を放って爆発四散する。それが開戦の合図だ。

 

 ブリッツとスティンガーはミラージュコロイドを解除し、ブリッツは加速して接近。スティンガーは位置を変更して、狙撃していく。

 ユーラシア連邦の面々も、ただ攻撃されるだけではない。ビーム砲や、対空射撃を行うが、その制度は悪い。

 練度の低さと士気の低さが露呈していた。

 

 だからといって、二機の攻撃は止まない。アルテミスの傘は、その数を瞬く間に減らす。

 さらに後方からはモビルスーツが発進していた。デュエルを戦闘に、バスター、そしてジンが六機続いた。

 モビルスーツ部隊の突入を援護するように、ローラシア級二隻の火線が、アルテミス宇宙要塞の外壁を穿つ。

 

 

 

 

 

 ザフト軍の攻撃の衝撃は、アルテミス宇宙要塞の応接室まで届く。

 

「これは?」

「ザフトの攻撃だ」

 

 ムウとカオルは顔を見合わせると、大喧嘩を始めた。

 大声で互いに罵り合うと、騒ぎを聞きつけた警備の兵士二人が室内へと飛び込む。

 ムウとカオルは同時に動き出し、彼らのみぞおちに拳を沈めた。

 

「よし、武器を持っていくぞ」

「急ぎましょう」

 

 マリューはライフル銃を手に取ると、真っ先に飛び出す。その手慣れた動きにムウは肩を竦める。

 

「俺より強いかも」

「ふざけてないで、急ぎますよ大尉」

 

 ナタル、メアリーと続く。男二人は顔を見合わせると、慌ててついていった。

 道中軽い銃撃戦はあったものの、ザフト軍の攻撃が苛烈になったことで有耶無耶となってしまう。

 五人はノーマルスーツを奪い、小型の揚陸艇に乗り込むとアークエンジェルへと飛び込んだ。

 

 時を同じくして、アークエンジェルの艦内でも事態は動き出す。

 アーノルド・ノイマンが食堂の警備らを突破し、彼を撃とうとした兵士たちは、チャンドラやジャッキーによって、押し倒され無力化されてしまう。

 銃を奪われた彼らは、一目散に食堂から逃げ出してしまう。

 

「マードック軍曹は艦の状況確認を!」

「ノイマン曹長を追うぞ」とロメロがドスドスと走り出す。

「ちくしょう艦内で好き勝手しやがって!」

 

 アーノルド・ノイマンを筆頭に、ブリッジ担当が飛び込むと、技術者の面々は蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。

 入れ違いに、チャンドラらも追いつく。

 

「どうする?」

「すぐに艦を動かせる状況にするんだ」

「艦長たちは?」

「信じるしかないだろ!」

 

 ブリッジから揚陸艇が一隻姿を見せた。そこに乗っている人物が大きく手を振った。

 そこには彼らのよく知る顔が並んでいる。

 それに気づいたアーノルドは「艦長たちだ」と叫ぶ。

 

「右舷ハッチ開いてるぞ」

「ストライクだ」

「艦長たちも気づいたようだ」

 

 右舷ハッチが開き、ソードストライカーを装備したストライクが発進。その開いているハッチに揚陸艇は飛び込む。

 数分後にはマリューらが、ブリッジに駆け込んできた。

 

「状況は?」

 

 

 

 

 

 ストライクが発進する数分前であり、ザフト軍の攻撃が始まる十数分前のことだ。

 キラはストライクのコックピットで、ゆっくりとした手付きで起動プログラムのロックを解除していた。

 銃口をつきつけられているせいにして、緊張を装い、ミスなども演じてみせる。

 

 とはいえ、それに気づけるほど彼らは理解していない。すべて正規の手順を行っているように見えていた。

 銃口をつきつけつつも、彼らは呑気にキラの作業を見守っていただけである。

 武器を手にしており、人質があるという安心からかその先に思慮がいかないのであった。

 

 そんな中、銃を突きつけられているにも関わらず、キラは気にもとめていなかった。先程のガルシアの言葉と、フレイの言葉が頭の中で反響していた。

 裏切り者のコーディネイター。プラントを裏切った。そもそもキラはプラントに思い入れはない。

 だが、その対象が友人だった場合は――。

 

(違う。違う僕は、僕は……)

 

 脳裏には、モルゲンレーテの工場で再会したアスラン。そしてコロニーの崩壊の中で交わした言葉。

 

(僕は君の――)

 

 衝撃がアークエンジェルを大きく揺さぶった。

 ガルシアたちは混乱し、キラから注意がそれてしまう。

 さらに振動が続くと完全に意識からキラのことが消えてしまった。

 

 その隙をキラは見逃さない。銃を突きつけていた兵士を蹴っ飛ばすと、コックピットを閉じる。

 文句を言われるが、キラもそんなこと言っている場合かと返した。

 こうなってしまえばガルシアたちは、ストライクに手を出すことは出来ない。

 

 彼らは慌てて兵士を集めて、アークエンジェルから急いで離れる。

 キラは予め用意していた緊急用の起動プログラムを起動、ソードストライカーがバックパックに装着されたことで、一度きりの例外対応で機体が動く。

 彼は出撃すると、接近していた揚陸艇に気づく。

 

 モニターでズームすると、そこには見知った顔があった。

 機体と入れ違いに、揚陸艇はアークエンジェルの中へと消えていく。

 ストライクは対艦刀を抜刀。ユーラシア連邦の艦船を盾にするように、身を隠した。

 

(まだ外で戦闘中か? 中にいつ突入してくる?)

 

『キラ』

「ノイマンさん?」

『アークエンジェルをロックしている固定具を壊してくれ』

「了解です」

 

 キラはアークエンジェルを固定する、装置を対艦刀で切り裂いていく。アークエンジェルは自由となり、無重力の中を浮遊する。

 再びストライクは、艦船の影に敵の突入を待ち構えた。

 

(ゲームだと、こういう時は待ち伏せする方が強い……はず。相手はこっちの位置がわからないはずだ)

 

 キラは敵として突入した場合を考える。まず目につくのは地球軍の艦船。そして、発進しているモビルアーマーの数々だ。

 攻撃してくるのだから、否が応でも注意はそちらに向く。その後、突破後に目につくのはアークエンジェルだろう。

 ストライクは姿勢制御だけで、アガメムノン級の艦底に潜り込む。

 

 ストライクからケーブルを艦船に伸ばすと、キラはキーボードを引っ張り出す。

 彼は艦船をハッキングすると、艦に備えてあるカメラの映像をストライクに映した。

 アルテミスの宇宙港は突破されておらず、内側には徐々にメビウスが集い始める。

 

 キラは一部が赤熱し始めたことに気づく。最初は数箇所だったのが、加速度的にその数を増やし、ハッチが赤く歪んでいく。

 突破されると誰もが思った時には、ハッチが爆ぜる。破片の一部がメビウス三機に襲いかかり爆発する。

 

(来た)

 

 黒の機体と灰色と黄色の機体が突入。ビームの光弾がメビウスたちを襲っていく。

 ストライクのコックピットにブリッツとスティンガーと表示される。

 スティンガーはメビウスを至近距離で狙撃していき、突破口を開く。それを見逃さず飛び込むブリッツ。

 

 黒い機体のツインアイがアークエンジェルの白い船体を捉えた。

 加速し接近してきたそのタイミングで、ストライクは艦との接続を切ると、機体を急上昇。

 ブリッツから見れば、突然ストライクが現れたように映った。

 

 キラは気炎の雄叫びを上げてペダルを踏み込んだ。対艦刀を振り抜くが、寸前のところでブリッツも回避。

 ニコルはエネルギー残量を考えてピアサーロックを発射。ストライクは超反応でそれをロケットアンカーで迎撃。

 さらにブリッツはランサーダートを発射するが、ストライクは対艦刀で斬り払う。

 

 勢いそのままにストライクはブリッツに肉薄し、対艦刀を力いっぱい何度も振り抜く。

 ブリッツは巧みに躱してアンカーを使って宇宙要塞内壁に発射。機体を直角に動かし、ストライクの視界から外れる。

 キラは咄嗟にレーダーを見た。背後に動く物体で相手の居場所を判断。

 

 刹那、キラはペダルを踏んでスラスターを吹かして、機体をそのまま背後に加速。踏み込んできたブリッツと背中で激突。

 金属と金属。フェイズシフト装甲とフェイズシフト装甲が激突して、火花が花開くように散った。互いのコックピット内に激しい激突音が響き、衝撃が襲う。

 二人は激しく揺さぶられて、それまでの思考が吹き飛ぶ。

 

 彼らの背後ではデュエルとバスターが突入。さらに苛烈な攻撃をしていき、モビルアーマーと戦艦を撃破していく。

 外ではイン隊のジンがアルテミスの傘を破壊していく。そのうちの一基だけを残し、彼らはそれを持ち帰る。

 対して中ではそんな余裕はなく、バスターの火線が走るたび、爆発が起こりデュエルは撃ち漏らした機体を破壊。

 

 キラの画面にもデュエルとバスターを認識。彼は溜まっていた鬱憤を叫ぶ。

 無我夢中に機体を操作。

 ストライクはブリッツの右腕を左のマニピュレータで掴むと、柔術の容量で投げ飛ばす。

 

『キラ君。アークエンジェルに戻って』

 

 マリューの声が飛び込む。

 キラは機体を反転させるとアークエンジェルに飛び込む。そのまま甲板に着艦。

 接触回線越しに、ナタルが「ストライク着艦」という声が響く。

 

『アークエンジェル発進。反対側の港口から離脱』

 

 アークエンジェルは燃え盛るアルテミス宇宙要塞から、離脱する。

 その背後を四機のモビルスーツが追撃。デュエル、バスター、ブリッツ、スティンガーが追いすがったが、彼らの背後では、撤退用の信号弾が打ち上がった。

 彼らは口惜しさを滲ませて、ガモフへと撤退する。

 

 

 

 

 

~続く~




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

【追記】
20220619修正


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それぞれの傷跡~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 イン隊と合流したクルーゼ隊はガモフより、足つき――アークエンジェル――を取り逃がしたと通信を受け取る。

 ラウ・ル・クルーゼはどうしたものかと考え込む。事故で手に入れた物資の中には、デュエルらの機体の予備武装や、消耗品などもあった。

 補給を受けないままの追撃は、かえってガモフを危険に晒すのは明白だ。かといってそのまま、追撃しないままでいるのも、足つきを自由にしてしまう。

 

「どうしますか?」

 

 当然の話しだが、選択肢としては二つだ。

 ガモフとハイヤームを呼び戻して、本国に戻るか。ハイヤームだけを呼び戻してガモフだけで足つきを追撃させるかだ。

 ラウは顎に手をやり考える素振りとなる。

 

「ヴェサリウスを差し向けたいがな」

「無視することになってしまいますね。評議会からの出頭命令を」

「熱烈なラブコールだからな。無視をするわけにもいかない」

「オーブは相当怒り心頭なようですね」

「問題は、誰が悪いかだが」

 

 ラウはプラントの立場が悪くなることはないと考えていた。

 先んじて足つきとの戦闘の映像は、ヘリオポリスに提出しているため、オーブの追求はトーンダウンすると見ている。

 だからこそ、出頭命令を多少無視してもいいのではないかとも考える。

 

「ミゲルたちに物資をもたせて、援軍に行かせるというのは?」

「いい考えだな。問題はひとりしか送れないということだな」

「ゼルマンはミゲルがほしいと言っております」

 

 ラウは「ゼルマンの気持ちはわかるがな」と口にする。

 だがミゲルは造園としての候補から外れていた。彼の専用機を受領しに行かねばならない。

 ヘリオポリスへの攻撃以前の戦闘で専用機は中破しており、修理に出していた。

 彼の機体が特別なチームがカスタマイズしているため、その手順は他の専用機のモビルスーツ乗りより時間がかる。

 

「シグーを彼に受領させてやれればいいんだがな」

「そういえば隊長専用のシグーの話。あれはどうなりました?」

「そうだな。それもあった。やはりヴェサリウスはこのまま本国に戻るしかないか」

 

 ラウはやれやれと言った様子となる。

 

「となると、オロールですかね?」

「そうなるな。あれで鋭い指摘してくれる。私から彼にお願いしよう。アデスはガモフに打電。ハイヤームにはイン隊長から打電させる」

「了解です」

『聞こえていたよ。ハイヤームと合流してから、戻るって形かな?』

「そうしよう。ハイヤームはアルテミスの傘を回収したと言うじゃないか」

 

 黒髪の青年は不敵に笑う。

 

『優秀な部下たちだ』

「敵を知るということを、よく理解しているのだろう。優秀な隊長が羨ましいものだ」

 

 二人は不敵に笑い合う。

 

『評議会への出頭、私も意見具申しようか?』

「どういう風の吹き回しだ?」

 

 ジェンは真剣な表情になると、先の戦闘の映像と共に真意を口にする。

 

『正直、これが量産されたらと思うと恐怖でしかない。それを目の当たりにしたいち兵士として、評議会に伝えたいのだ。ここで選択を間違えると、戦火が広がってしまう』

「データも先んじて手に入れたのだろう? それくらいしてもらわんとな」

『ご期待に応えれるよう、努力しよう』

 

 またしても二人して不敵に笑い合う。

 そんな隊長を上司に持つ、アデスとイン隊の副隊長は、通信モニターごしに目を合わせると肩を竦め合う。

 ラウらは作戦の方針を決めると、オロールを合流地点に向かわせて、本国へと帰還する。

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスは補給基地へと寄港する。ラウは艦の修理と補給を命じると、交代で休暇をとるように命じる。

 

「アスランも連れて行くのですか?」

「彼は冷静で客観的なものの見方ができるからな。ストライクとも戦闘をしている」

 

 彼はアデスに後の任せると、迎えに来たシャトルへとアスランと向かった。

 アスランはシャトルに入ると、そこにいた人物に驚く、そのため少しだけ敬礼が遅れてしまう。

 ラウはまるで驚いた様子もなく、その人物がいるのが当然のように接する。

 

「ご同道させていただきます。ザラ国防委員長閣下」

 

 アスランの父、パトリック・ザラがその場にいたのである。

 彼は手で敬礼をやめさせると、自分は存在しないものとしろと言う。

 彼はアスランを見て、さらに念を押すように言い含める。

 

「わかりました父上。お久しぶりですね」

 

 パトリック・ザラとラウ・ル・クルーゼは通路を挟んで隣の席に座る。アスランは彼らより一列後ろの席に腰を下ろす。

 何を話すのだろうと身構えているアスラン。彼の父親は、ラウの報告を読んだと言う。

 概ねラウの意見に賛成だと、パトリック・ザラは言う。

 

「だが、ひとつだけ修正させてもらった」

「パイロットのことですな」

 

 パトリック・ザラは重々しく頷く。

 アスランは驚き、僅かに身を乗り出す。

 パイロットは彼がキラであると報告している。

 

「君も、友人を裏切り者として報告したくあるまい?」

「え? まあ……」

「問題はやつらが、野蛮なナチュラル共が、高性能なモビルスーツを作ったことだ」

 

 残された一機がコーディネイターの手によって動かされている。

 それは戦力を正しく評価できない可能性があった。

 穏健派にそこを突かれ、時間を与えてしまうと、戦争の変化についていけなくなってしまう。

 

「やつらはナチュラルが動かしても、同等の性能を出せるモビルスーツを作ったということだ」

 

 彼は「アスランにその意味がわかるな」と、反論を封じる。

 アスランもまた、それは事実だろうとぼんやりと考えていた。

 OSの問題さえ解決すれば、ナチュラルもモビルスーツを動かすことができる。

 

「戦争を早期に解決するためには、我々も本気にならねばならないのだ」

 

 ナチュラルがモビルスーツを動かせることは、プラントにとって驚異だ。モビルスーツという圧倒的で、強力な兵器があるからこそ、数で優勢の地球軍と互角以上に渡り合えているのである。

 それがひっくり返ってしまう事態なのだ。ことの重大性はアスランも理解している。

 しかし、彼は父親の言葉に違和を覚えた。

 

「しかし、まさかあれほどのモビルスーツを作り上げるとは」

「オーブが絡んでおります」

 

 仮面の男は記憶媒体を取り出すと、そっと無重力に浮かせる。少しだけそれを押してパトリック・ザラのほうへと慣性で流す。

 

「これは?」

「なんのことでしょうか閣下? そういえばヘリオポリスワンで不思議な事故がありまして」

 

 パトリックは「ほう」と先を促しながら、それを手に取った。

 

「地球軍の新型。あれの補給品や武装などがヴェサリウスの進行方向に流れ着きまして、我々はそれをたまたま回収したのです。そういえば今もその中身の一部を事故でなくしてしまったかもしれません」

 

 国防委員長は、手に持つ記憶媒体をコートの内ポケットへとしまう。

 

「そんなものは最初からなかったのではないか?」

「そうかもしれません」

 

 仮面の男は小さく笑う。

 

「オーブで手に入れたジンですが」

「忌々しいが有用だ。ユウキ隊長から提案があってな。臨時査問委員会の後で相談したい」

「お時間を作りましょう」

 

 シャトルが目的地につくとパトリック・ザラは早々に出ていく。

 ラウはアスランを連れ立って、ジェンと待ち合わせる。彼らも数分後には到着する。

 彼は副官も連れてきていた。

 

「本気だな」

「クルーゼ隊長ほどではないよ」

 

 二人は不敵に笑う。

 イン隊の副官の人は軍帽を脱ぐと、首元をかいた。

 アスランはどうしたものかと、様子を伺う。

 

「では、行こうか」

 

 クルーゼとインは、雑談を交えながら情報を交換していく。

 ラウは先程の国防委員長との会話は伏せて、上の人間とのやり取りがあったことを臭わせる。

 ジェンは肩を竦めると、アスランへと視線を向けた。

 

「君も大変だな」

「いえ、そんなことは」

 

 話をしていると、ニュースの声が彼らの耳朶を打つ。

 彼らが注意を向けた理由は、評議会の議長であるシーゲル・クラインの名前が出たからである。

 彼の娘、ラクス・クラインが追悼慰霊団代表を努めているというニュースだ。

 

 そういえばとラウは切り出す。

 ラクス・クラインがアスランの婚約者であったことを口にする。

 シーゲル・クラインとパトリック・ザラは、こんにちのプラントを作り上げた代表的な面々の二人だ。

 

 その二人の子供であるアスランらが結ばれれば、プラントにとって希望の光となる。

 ラウはその未来をなんとしても守らねばならないと口にする。

 アスランが頷こうとした時、ジェンが口を開く。

 

「ラクス嬢の親衛隊が発足されるとか? そうなればアスランが隊長かな?」

「おや、そんな話は初耳だな。今、隊を抜けられるのは困るな」

 

 ラウは、ジェンに視線を向けて話を促す。

 

「なんでも、ラクス様の命を狙う者がいるらしい。内外でな」

 

 その言葉にアスランは驚く。

 

「政治的なお仕事をしてもらう際に、エース級やエース候補のパイロットたちを親衛隊に護衛させようって話だ。クライン議長は、嫌がっているんだがな」

「穏健派としては、あまり軍部に借りを作りたくないのだろう」

 

 ジェンは項垂れる。

 

「今は派閥争いしている場合かね?」

「彼らは前線で死ぬ兵士たちのことなど、数字でしかわからないからな」

 

 その場が静まり返り、誰も何も言えなくなってしまう。

 前線で兵士が何人死んだなんて報告は日常茶飯事だ。

 彼らがひとりひとりに心を砕いている余裕はない。

 

「暗い話になりすぎたな」とジェン。

「そういえばアスラン。ラクス嬢のどこが好きなんだい?」

 

 突然の質問。それもラウからのフランクな質問に、アスランは動揺した。

 

「それは俺も気になるな。キスしたんか? キスしたんか?」

「イン隊長、さすがに無粋ですよ」

 

 ジェンは副官にたしなめられてしまう。

 

「今だけだぞ。こんな話できるの。お前は彼女いるのか?」

「いませんよ。隊長こそどうなんです?」

「私かい? 紹介してくれると嬉しいな」

 

 ジェンはアスランへと視線を向けた。

 

「あ、そう、ですね。ラクスに聞いてみます」

「ラクス嬢からの紹介か。それは期待できる」

 

 ジェンはやったなと豪快に笑う。

 その時アスランは、彼の顔がわずかに曇ったのを見逃さなかった。

 誰も彼もが戦争で心に傷を負っていたのだ。

 

 

 

 

 

 オーブ連合首長国領ヘリオポリスイレブン崩壊の臨時査問委員会。

 そこにアスランたちは出頭し、ラウは経過報告を求められた。

 彼は座席より立つと、評議員たちがいる側まで歩み出る。

 

 アスランとジェンとその副官は、座席に座ってそれを見守った。彼は作戦の遂行経緯を説明していく。

 まず、オーブ連合首長国には、プラントからの諜報員がいた。予め彼らから新兵器が開発されているという情報が来たのである。

 その情報を元に彼らはヘリオポリスに向かっていったところ、地球軍の艦艇が一隻と遭遇。

 

 これにより情報の確度があがったため、追跡して実査に攻撃したという話だ。

 ラウはとある情報を伏せて話をした。オリバーたちの裏切りだ。

 不当に扱われていることに不満をもっていて、そこを諜報員がそそのかした経緯があった。

 

 が、それはストライクのパイロット同様、削除した部分。

 否、ラウが意図的に記載しなかった内容だ。

 彼は戦闘映像を見せながら、話を続ける。

 

「確かに、新兵器を奪取する際に、不当にヘリオポリスに突入しました」

 

 ミゲルのジンから見たストライクの戦闘映像。

 それを見た評議員の面々は驚きを顕にする。コーディネイターにしか動かせないモビルスーツ。

 それが地球軍によって動かされているのだ。その衝撃は計り知れない。

 

 次の映像はコロニー内に突入してきた地球軍の新造艦。

 これにはさすがの穏健派も、眉根を寄せた。戦艦をコロニー内に持ってくる理由がわからない。戦場がコロニー内部になってしまう。

 コロニーが生活の要な彼らにとっては信じられないことだ。

 

「コロニーを戦場にすることに、なんの抵抗もないのか!」

 

 ひとりの評議員は怒声を発した。

 

「足つきは、オーブのジンと戦闘になり、多数の火器を使い――」

 

 コロニーのシャフトへの攻撃が命中する映像が映し出される。

 評議会の面々は絶句した。

 そしてヘリオポリスイレブンは崩壊したのだ。

 

「以上のことから、ヘリオポリスイレブンの破壊は、地球軍の方に非があります」

 

 実際に映像だけで見れば、オーブと地球軍が内紛しただけにしか見えない。

 怒りの声が噴出。穏健派からはアスハ代表を養護する声も出る。もちろん否定的な者もおり、意見がぶつかり合う。

 パトリック・ザラは、そこで立ち上がり疑問を口にした。

 

「必要があったのかね? ナチュラルが作ったモノなど」

 

 コロニーの破壊。そこまでの犠牲を払ってでも手に入れるべき兵器だったのかと聞いたのである。

 ジェンは僅かに表情が変化した。それは遠くの席にいる面々には気づかれないものだ。

 仮面の男は国防委員長の意を汲んで、地球軍のモビルスーツについての説明を、アスランとジェンからさせたいと申し出る。

 

 シーゲル・クラインとパトリック・ザラは視線を交わし頷き合う。

 

「アスラン・ザラよりの報告を許可しよう」

 

 アスランは起立すると、歩み出て敬礼。そして映像を交えて説明を始めた。

 

「私よりご報告させていただきます――」

 

 まずは彼の乗機、イージス。

 最大の特徴は他四機と違い変形機能を有している点だ。

 奪取したモビルスーツの中では、最高の機動性能と火力を有している。

 

 宇宙空間を高速で移動し、強襲するのが想定された運用のモビルスーツだ。

 イン隊の撮影された映像。イージスによる地球軍への強襲する姿が映し出された。

 また頭部の大型センサーに通信、分析機能が強化されている。

 

 次はイザーク・ジュールの乗機、デュエルだ。

 この機体は地球軍の新型モビルスーツの、母体となっている機体である。

 対モビルスーツ戦を想定した機体で、汎用性のある機体だ。

 

 ジンを仮想敵としたモビルスーツであり、他の機体の開発の元となっている機体だ。

 拡張性はあるものの、他のモビルスーツと比べるといくらか見劣りする部分もある。

 だが、備えている武装はどれも現存するザフトのモビルスーツを凌駕していた。

 

 次にディアッカ・エルスマンの機体、バスター。

 バスターは遠距離からの砲撃をメインとした機体だ。

 特徴的な二種類の大型火器を装備しており、その火力は絶大だ。

 

 またその二種の大型の火器を連結することで、威力を上げた砲撃ができる。

 近接武器やシールドはないため、友軍を後方から支援するのが目的の機体だ。

 各部にサブバッテリーなどが備えられているため、稼働時間は確保されている。

 

 ラスティー・マッケンジーの機体はスティンガー。イザークの機体と酷似していた。

 後述のブリッツに備えられている特殊兵装の実験的意味合いで開発された機体だ。

 バスターと同じく、後方より狙撃支援する役割を担っている。

 

 デュエルと同じく拡張性に優れており、装備している狙撃ライフルは実弾とビーム。状況に応じて切り替えることができる。

 白兵戦で戦闘することも考慮されており、シールドとサーベルも装備していた。

 先に紹介した三機で間に合っている部分があるため、試作機とはいえ存在が中途半端だ。

 

 最後にニコル・アマルフィの機体のブリッツ。

 本機は特殊戦を想定しており、最大の特徴は自機を消すことができる光学迷彩システム。ミラージュコロイド・ステルス

 スティンガーよりも特殊戦を考慮されて、開発されている。

 

 各部がミラージュコロイドのために最適化しているため、スティンガーよりもステルス性能も高く、稼働時間も長い。

 特殊戦を想定しているため、固定火器などは装備されておらず、モビルスーツの単体火力はデュエル相当だ。

 その反面、近接戦闘能力はずば抜けている。

 

 そして最後に、敵に残った機体。ストライクだ。

 他の五機にはない換装能力が最大の特徴である。

 近接戦仕様のソードストライカー。砲戦仕様のランチャーストライカー。そして運動性を活かし汎用性の高い戦闘を行うエールストライカー。

 

 どのような状況に対しても、装備を換装することによって対応することができる。

 ストライカーパックには予備のバッテリーも備えられているため、稼働時間も前述の機体より長い。

 特化して開発された五機に負けない戦闘能力を、装備によって有することができる機体だ。

 

 さらにフェイズシフト装甲を装備したモビルアーマーとも合体する機能があった。

 その火力はイージスやバスターを凌ぐ程だ。

 ただアスランたちの見立てでは、稼働時間はそんなに長くないと見ていた。

 

 どの機体にも共通していることだが、フェイズシフト装甲という物理攻撃を無効化する装甲と、戦艦の主砲か、それ以上の火器のビーム兵装を装備している点。

 そして、現状それを撃破できるザフト軍のモビルスーツは少ないということだ。

 その意味を評議員の面々は重く受け止めていた。

 

「続いて、実際にイージスの戦闘を目の当たりにした、ジェン・インが隊長からも、機体評価の報告をさせたいのですが」

 

 これも認められ、彼はイージスの戦闘映像を元に、いかに驚異的な能力を有しているか説明する。

 

「この強襲能力は驚異的です。イージスという機体が量産された場合。機動力と、火力をもって我軍は駆逐されます」

 

 淡々とした、だが本国の防戦に一翼を担う者の言葉は、効果は抜群だった。

 

「我軍のモビルスーツを馬鹿にするのか」

 

 ひとりが食ってかかる。

 

「ですが、一機を撃破するのに、ジンが五機がかりで戦うしかない状況になります」

 

 彼はイージスのデータをもらった際。シミュレーションしたのである。

 その結果、互角以上に戦うには、ジンが五機で囲んで重突撃銃を撃ち続けなければならない。

 その間にモビルアーマーたちがジンを取り囲み、各個撃破されてしまう。

 

「勝てませんよ」

 

 ジェンの背後の映像では、地球軍の戦艦がイージスの攻撃で撃沈される映像。

 

「――っ!」

 

 新型の説明を受けた評議会の反応は真っ二つにわかれた。

 まだ試作段階だと、楽観視するものや。デュエルとスティンガーを例にあげて、量産段階に入っていると主張する者で意見が激しくぶつかり合う。

 それだけ、新型モビルスーツの存在は衝撃的であったのだ。

 

「戦争などしたがる者はいない」

 

 パトリック・ザラはそう切り出し立ち上がる

 彼は平穏に暮らしたかった自分たちを、攻撃した地球軍を声高に糾弾する。

 そして彼は血のバレンタイン、ユニウスセブンの悲劇を引き合いに出し、主張する。

 

「戦わねば守れないのだから、戦うのです」

 

 穏健派は顔を俯かせ、強硬派は頷く。

 戦況と世界情勢が一変しようとしていた。

 シーゲル・クラインは、議会の様子を見て憂い顔となる。

 

 

 

 

 

 議会が終わると、アスランは委員の人々が出るまで、出口で敬礼をして見送る。

 

「やあ、アスラン」

 

 シーゲル・クラインに対して、アスランは堅苦しい挨拶で返した。

 彼としては礼節を重んじたつもりだったのだが、シーゲルが求めていたのはそうではなかった。

 彼は他人行儀な挨拶は抜きだと接する。

 

 彼はアスランが戻ったことを喜びつつも、ここにいない自分の娘と、アスランが会えないことに憂慮する。

 アスランとしては、謝罪することしか出来ず、またそれを求めていないシーゲルとしては、娘とあってほしいと、遠回しに言う。

 もちろん婚約者として、アスランも彼女に会って話がしたいと思っている。

 

「君とラクスは入れ違いになりがちだな」

「いえ、そんな」

 

 しかし、現実はそうではない。

 

「アスラン。七十二時間後に出航だ。詳しい話がしたい」

 

 ラウとアスランは議長と国防委員長の二人に敬礼して辞する。

 話し相手がいなくなったシーゲルの横に、パトリックはゆっくりと歩み寄る。

 横目で見てからシーゲル・クラインは口を開く。

 

「戦火を広げるつもりか? 時間はそうないのだぞ?」

「だから許せないんです。邪魔する者たちが」

「パトリック……変わったな」

「私は変わってなどいないよシーゲル。戦わねば守れないのなら、戦うしかない」

 

 それだけだと言い切り、パトリック・ザラは先に歩きだす。

 

「レノア……お前がいなくなって、彼は変わってしまった。せめて、君が生きていれば……」

 

 

 

 

 

 アスランはラウと別れると、とある場所へと向かっていた。

 手には大きな花束。そこはどこまでも牧歌的な景色が続いている場所。

 等間隔で、四角い石材の物体が置いてあり、そこには名前が刻まれている。

 

 コーディネイターたちの墓場だ。黄昏時も相まって、ヴァルハラと呼ぶ者もいるという。

 墓石の下に亡骸のある者は少ない。特にアスランが歩いているところのほとんどが、亡骸がないのだ。

 地球軍のエーテルミサイル。それによりユニウスセブンは一撃で破壊された。

 

 その犠牲者は二十四万三千七百二十一名。一瞬にして失われた命にしては、膨大過ぎる数の犠牲者たち。

 アスランはとある墓石の前で足を止め、腰を下ろした。

 刻まれた名前はレノア・ザラ。彼の母親の名前だ。

 

 アスランの父親は、犠牲者の数を一度たりとも間違えたことがない。なぜならば愛する妻を失ったからだ。

 二十四万三千七百二十一名。そのうちのひとりは彼の母親である。

 だからこそ、パトリック・ザラは忘れない。忘れようがないのだ。

 

 アスランの頭の中では、査問委員会で主張する父親の言葉。

 彼は花束を添えると、何も言わずに立ち上がり歩き出す。

 しばらく歩いていると、純白のタキシードを着た男がひとりいた。

 

「え?」

 

 異様な光景にアスランは見入ってしまう。そしてそれが見知った顔だったので驚く。

 

「イン隊長!」

「アスランか」

 

 ジェンは居心地が悪いといった様子となる。

 話しかけづらい雰囲気だ。

 アスランは気を利かせて、その場を辞することにした。

 

「あ、それでは」

「待て待て。気を使うな。聞いてくれ」

 

 彼は心の準備が出来てなかっただけだと、笑ってみせた。

 

「えと、お墓参りでしょうか?」

「ああ、そうだ。婚約していた人のな」

 

 タキシードは、彼女と結婚する時に用意していたものだと言う。

 彼はお墓参りに来る時は、この格好だと決めているのである。

 査問委員会の前のやり取りを思い出し、アスランは神妙な顔になってしまう。

 

「それで……」

「おいおい。そんな顔をしないでくれ」

 

 ジェンはそういう顔をされる方が困ると言う。

 

「君は……確か母親、だったね?」

「はい」

「何か声はかけたかい?」

「い、いえ」

「そうか……私も、何も言えないんだ」

 

 彼は婚約者の墓の前で、何を話したらいいのかわからないと言う。

 婚約者を守ると勇んで出撃し、結果守ることが出来なかった。

 戦果をあげても、彼の愛した人はもうこの世にいない。そんな自分が何を話しかけられるだろうか。

 

「あ、でも、話せることできたな」

 

 ジェンは笑う。

 

「彼はアスラン。とっても良いやつなんだ。彼の無事の祈ってあげてほしい」

「あの、隊長のは……」

 

 彼は何も言わずに、頭を左右に振った。

 

「行こう。アスラン」

「そうですね」

 

 彼らはその場を後にする。

 

 

 

 

 

~続く~




次のお話も見ていただければ嬉しいです。

【追記】
20220620修正


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それぞれの傷跡~中編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 宇宙の闇、緑の船体がゆっくりと進み行く。

 ローラシア級ガモフ。船体下部に設置されている楕円形の物体が開く。

 そこにひとつの軌跡が接近。

 

 ヘルメットのような頭部に、トサカの装飾。西洋甲冑のような外装に天使の翼を模したスラスター。

 ザフト軍の主力モビルスーツのジンだ。

 ひとつ目の巨人は自分より大きなサイズのコンテナを手にしていた。

 

 ジンは艦に背を向けて、スラスターを小刻みに噴射。減速していく。

 コンテナの相対速度をガモフと合わせる。ジンは頭部を振り返るように動かす。

 ガモフのハッチと自分の位置を微調整すると、音もなく着艦。

 

 それを待機室で眺めていた四人は、思い思いの反応を見せる。

 ベテランパイロットの妙技だ。

 クルーゼ隊に所属していても、こういう細かい所作ができる者は限られてくる。

 

「さすが準エースパイロットだな。なあラスティー」

「俺だってあれくらいできるっての!」

「ディアッカ、ラスティー。着艦ってのは、ああやるんだぞ」

 

 イザークに窘められた二人は、面白くなさそうにする。

 しかし、その表情も一瞬のことで、すぐに別のことに興味を抱く。

 ニコルがそれを代弁した。

 

「あれが、通信で言っていた補給物資ですかね?」

 

 イザークは「だろうな」と言うと、険しい顔付きになる。

 面白くないといった表情だ。

 ディアッカは腕を組み、口を開く。

 

「あのコンテナ大きさじゃあ、マシューまでは来れないか」

「来てくれれば心強いんだけどな」

 

 ラスティーは手を振る。相手はジンのコックピットから降りたオロールだ。彼も気づいて手をあげて応じる。

 

「それよりもだ。あれをどこでどうやって、手に入れたかが問題だ」

 

 たまたま漂着していたコンテナを拾ったという話だ。そんな都合のいい話があるわけがない。

 だが、ディアッカとラスティーは、崩壊したコロニーから拾ったのではないかと、その先を考えない。

 黙って話を聞いていたニコルは、どちらでもないといった様子だ。

 

「よう、お前ら。元気にしてたか?」

 

 オロールが待機室に来るのと同時に、コンテナの中から武器や弾薬などが姿を見せる。

 イザークは睨めつけるようにそれを眺めた。

 中にはシールドなど、予備の武装、見たことのないオプションなどだ。

 

「それよりオロール! あれはなんだ!」

「さあな。漂着してたコンテナだ」

「そういう話じゃない!」

 

 オロールはイザークの頭頂部に手をおいて、わしわしと撫でる。

 

「やめろ! 子供扱いするな!」

 

 オロールは豪快に笑う。

 

「前線の兵士には考えなくていいこともあるんだ。あれがなんでどういうものか、わからないと戦えないのか? イザーク」

 

 イザークは言葉に詰まる。

 彼も大凡の予想は出来ていた。だからこそ面白くないのだ。

 どこから出てきて、どうやって手に入れるかわかるからこそ、それを追求したくなってしまう。

 

「お前の気持ちもわかるよ。スッキリしないもんな。だが白黒はっきりさせない方がいいこともあるんだ」

「あれに俺達の武器や弾薬があるのか?」

 

 ディアッカは話を進める。

 

「ああ、そうだ。結構消費したんだろ?」

 

 イザークら四人は頷く。

 ジンの武装を使って弾薬を節約したかったのはあったが、難攻不落の要塞だったため、ジンの武装より火力が求められたのである。

 おかげでアルテミス宇宙要塞に、大打撃を与えることに成功した。

 

 オロールも大まかな流れは聞いているので、それ以上は何も言わない。

 

「しかし、ストライクってやつ。なかなかやるもんだな」

「どうも、正規のパイロットのようには思えないんですよね」

 

 ニコルの言葉に全員が驚く。

 

「なんで、そう思った?」

 

 オロールは慎重に話を促す。

 

「そんな話。初耳だぞ」

 

 イザークはニコルが報告しなかったことに噛み付く。

 彼としては、感覚的な話になってしまうことから、不確かな情報だとして、その話は正式に報告していなかった。

 アルテミス宇宙要塞での戦闘の際、ブリッツはストライクと接触したのである。

 

 その時にニコルは接触回線越しに、パイロットの声を聞いたのだ。

 それがあまりにも兵士として似つかわしくない発言だった。

 だからニコルは、ストライクのパイロットは正規ではないのではないか、と考えたのである

 

「なんて言ってたんだよ」

「もう僕らを放っておいてくれ。です」

 

 茶化して聞いたディアッカと対象的に、ニコルの顔は神妙な面持ちだった。

 彼はその言葉が頭から離れなかったのである。

 オロールは鼻で笑うと口を開いた。

 

「なるほど、確かに報告しなくて正解だ」

 

 オロールは変に相手に情がうつってしまうから、報告は不要だと言う。

 その上で確かにありえる話だと、肯定する。

 ヘリオポリスイレブンへの攻撃で、正規パイロットは全滅して予備パイロットが乗っている可能性は十分あり得た。

 

「全員聞いちゃってるけど?」とラスティー。

「敵であることには変わらない」

 

 オロールは更に続ける。

 

「同情なんてするなよ。相手も戦場に出ている以上、覚悟があるはずだ」

 

 艦内放送が入り、イザークら四人とオロールは呼び出される。

 

 

 

 

 

「よく来てくれたオロール」

「艦長はミゲルにお熱だったようだが」

 

 ガモフのブリッジ。宙域図を前にゼルマンとオロールは握手を交わす。

 この場にはゼルマンも含めて六人が顔を突き合わせていた。

 簡単に現状の確認も含めてのブリーフィングでもある。

 

「お前にも期待してるぜ。血気盛んなやつが多くて、俺の手に余るんだ」

 

 オロールはイザークらを見て笑う。

 先程の待機室でのやり取りを思い出したのだ。

 と、同時に自分にもそんな時期があったと懐かしむ。

 

「確かに、そうでしたな」

「まあ面倒見てやってくれ」

 

 ゼルマンのお願いに、オロールは敬礼をもって応じる。

 

「俺たちを子供扱いする! ちゃんと成人しているんだぞ!」

 

 イザークは早速噛み付くが、それもどこか慣れたのか、ゼルマンも特に気にしていない。

 

「そういうところだよ。まあ、お前らは俺達の隊長になる逸材だ。今だけ俺たちに偉そうにさせてくれ」

 

 イザークは「ふん」とそっぽを向いた。

 ゼルマンはわざとらしく咳払いをして、全員の注意を引く。

 全員が囲んでいる宙域図に、航路を映し出す。

 

「今回集まってもらったのは、現状確認とこれからの我が艦の方針についてだ」

 

 現在ガモフは完全に足つき――アークエンジェル――をロストしていた。

 新造艦をなんとしても撃沈したいのが、まずは見つけなければならない。

 ゼルマンたちは、航路を指し示す。

 

 そのどれもが、最終的には月を最終目的としている。

 彼らがどこにいるかわからないが、どこに向かおうとしているのかはわかっていた。

 他の哨戒艦からの情報も随時、ガモフに来るようになっている。

 

「俺が考える足つきの航路だ」

 

 ゼルマンの予想図に、誰も異論はないのか、頷くだけだ。

 彼は内心安堵して話を進める。つまるところ、どこに網をはるか。

 待ち伏せして一気に仕留めるのが、彼の理想の作戦だ。

 

「月と地球の間で待ち構えるのは?」

 

 ディアッカの提案。しかし、ゼルマンは頭を左右に振った。

 

「ガモフ一隻で地球軍の月面基地とやりあえってか? お前たちはスーパー兵器をもっているかもだが、ガモフが先にもたねぇよ」

 

 足つきのゴールがわかるから、そこを待ち伏せするのは合理的に思えた。

 しかし、それができない。ゼルマンの言った通り、月の地球軍とやり合う覚悟が必要になる。

 月は地球の周りを回るため、ガモフもそれに合わせて動き続ければ、地球軍に感づかれてしまうのだ。

 

「デブリベルトの中に潜り込むのは?」

「操舵手泣かせだな。デブリの中を掻い潜りながらだぞ」

 

 ラスティーの提案をイザークが即座に却下する。

 

「やっぱり無茶か」

「無茶だ。お前それでも赤服か!」

 

 ラスティーはイザークに「落ち着いて落ち着いて」と手をふる。

 

「デブリベルトの表面っていうの? そこを航行するのは?」

 

 デブリベルトのギリギリ外を周回するといったのはディアッカだ。

 それならば地球軍に攻撃されても、デブリベルトの中に潜り込んでやり過ごすという案だ。

 デブリベルトの中を最短距離で突っ切るなり、迂回するなりすれば地球軍も迂闊に攻撃してこれない。

 

「確かにそれなら、月基地を欺くことはできるかもしれないが、それもリスクがあるな」

 

 ゼルマンは軍帽を脱いでうちわのように仰ぐ。

 

「やはり高速でデブリに突っ込む可能性があるか」

「それだな。艦長としては。船員を危険にさらすのはノーだ」

 

 オロールの言葉に肯定したゼルマンは、艦長としての意見を口にする。

 彼はガモフの船員の命を預かっている身だ。

 そのため艦船を危険に晒す真似だけは絶対に避けなければならない。

 

「だが、デブリ付近に陣取るは悪くないと思う」

 

 オロールは顎に手をやり、考えを口にする。

 

「こちらは、攻撃の手札が豊富だ」

「こっちは選り取り見取りだからな」とゼルマン。

 

 そこでイザークはとあることを口にする。

 

「哨戒艦の情報を待ってから陣取るのはどうだ?」

 

 彼が言うには慌てて追いかけて、好位置につけなくなっては元も子もない。

 ならば哨戒部隊の情報を精査した上で、動けば良いのではないかという案だ。

 これにはゼルマンたちは納得する。

 

「確かに、逃した手前視野が狭くなっていた」

「意外と艦長も責任感が強いんだな」

「そりゃあ軍人ですからね」

 

 イザークとゼルマンは口元を釣り上げ合う。

 

「では、まずは静観という形でしょうか?」

 

 ニコルが当面の方針の確認。次いで、オロール、ゼルマンと順に考えを口にする。

 

「いや、なるべく月の公転を追いかけて起きたい」

「それだと色々と消耗していくな。短期決戦になっちまう。どっかで補給しておくべきだな」

 

 ラスティーは拳を作って自分の手を叩く。

 

「じゃあ、北極点に陣取れば良いんじゃね?」

 

 

 

 

 

 パトリック・ザラは執務室にて、ラウ・ル・クルーゼよりもたらされたデータを閲覧していた。

 その側には黒服の軍人。彼は透明の板状のものを手に、そこからホログラム状に、羽なしのジンを投影。

 彼の名はレイ・ユウキ。特務部隊の隊長である。

 

 電子的な音が鳴る。呼び鈴にも似た音のそれは、人の来訪を知らせるものだ。

 女性の声でラウ・ル・クルーゼがやってきたことを伝えると、パトリック・ザラは口元を僅かに釣り上げる。

 彼は入室の許可を出す。程なくして扉が開くと、白服の軍服を纏った仮面の男が立っていた。

 

 異様な出で立ちだが、ザフト軍では彼のように仮面やマスク、あるいは軍服を改造したり、正規のものではない服飾をまぜてつけている者はいる。

 なので、ラウの仮面もファッションだと認識している者が大多数だ。

 だが、レイ・ユウキは仮面に対しても、彼に対しても、そこまで好意的になれなかった。

 

 そんな気持ちを気取られないように、彼は平静な態度をとる。

 そして形式的な敬礼をして彼を出迎えた。

 パトリックは口元を緩める。

 

「よく来てくれたクルーゼ。休暇のところすまないな」

「いえ、戦場は刻一刻と変化しておりますゆえ」

 

 ラウの言葉に満足したように頷くパトリック。

 

「早速だが、ユウキ隊長」

「はい。今回のこのジンですが――」

「それなのですが、便宜的にオーブジンと、名付けるのはどうでしょう?」

 

 パトリック・ザラは僅かに不満を滲ませたものの、すぐにそれをどこかにやる。

 

「量産されたジンは、ジンとするぞ?」

「わかっております。羽のない方の話です。見てくれは変わらないのでしょう?」

 

 仮面の男はユウキを見やる。

 彼には話の内容や結末がわかっているらしく、聞くまでないという様子。それでも「続きを頼むよ」と言う。

 そこに薄気味悪さを感じても、顔色に一切見せないユウキ。

 

「はい。地球軍の新型モビルスーツ。あれの技術試験を目的として、改修。いえ、いちから開発したのだと思われます」

 

 オーブジンの内部フレームに関して、ザフトの技術者たちも悔しそうにしていた。

 ユウキ隊長は、今回のオーブジンを流用して、現行のジンの強化をしたいと言う。

 その話の流れなのだが、確認していかなければならないことはたくさんある。

 

「ジンもシグーにもフレームは使われているはずだが?」とパトリック。

「和賀郡のはパワードスーツの延長線です。ですがオーブジンは、内部に地球軍の新型と似たフレームを利用しております。結果、従来のジンより整備性、拡張性もあがり、全体的に向上されています」

 

 装甲がなくなったとしても、フレームさえ残れば可動できるのが、オーブジン。

 対して現行のジンは、フレームと外装が一体となっている部分などもあり――その恩恵で剛性が高いのだが――装甲の損傷で動けなくなることもあった。

 ある程度の頑強さを失うことになるが、総合性能では現行のジンより性能があがるとレイ・ユウキはいう。

 

「現存するジンを再利用する形で、改修できるのだな?」

「はい。今のままですと我軍は生産ラインを見直さねばならなくなっております」

 

 地球軍の新型モビルスーツは、ザフト軍にとって大きな衝撃だった。

 ビーム兵装の小型化、ミラージュコロイド、そして物理攻撃を無効化する装甲。

 共通フレームを利用することでの、整備性と機種転換の効率化が図られている。

 

 モビルスーツの大量生産。そして投入しようとしているのが伺えた。

 ザフトはそれに対抗するには、より強いモビルスーツが必要になったのだ。

 つまるところ、新型のモビルスーツを開発するために、現行のモビルスーツのテコ入れが難しくなったのである。

 

「その外注先をオーブ。いえ、ヘリオポリスにしてはどうだろうか? という話ですな」

 

 ラウの捕捉に、ユウキ隊長は首肯する。

 だが、パトリック・ザラは難色を示す。

 彼からすればオーブはプラントを裏切ったのだ。地球軍に与した国である。

 

「気持ち的には、この案は認めたくない。だが、それでは戦争に勝てない」

「そこで、事故でヘリオポリスの代表に会った。私の意見がほしいと」

 

 パトリックは頷く。

 

「ヘリオポリスは、モビルスーツの開発技術がほしいのでしょう」

「それを与えれば、地球軍と共にプラントを攻撃してくるのではないか?」

「だからこそ、事故が起きたのではないでしょうか?」

 

 パトリックは考え込んだ後「続けてくれ」と先を促す。

 

「恐らくですが、オーブとヘリオポリスは同じ考えではないと思います」

「連合のように一枚岩ではないと?」

 

 仮面の男は頷く。

 

「彼らは恐らく、連合の新型モビルスーツ。あれを自分たちでも建造しているのでしょう」

「確かに、予備の武器、弾薬、消耗品などがヘリオポリスワンにあった――違ったな。事故であったな」

「搬入先を間違えたのかもしれませんし、ヘリオポリスワンでも作っていたのかもしれません」

「確かに、オーブと意志統一が出来ているのであれば、事故は起きないはずだ」

 

 そこまで黙っていたレイ・ユウキが口を開く。

 

「信頼に足るとして、どのように議会に通しますか?」

 

 パトリックは唸った。

 いくら国防委員会の長たる彼であっても、これほどの案件を議会に通さず進めるのは難しい。今後の政治寿命を大きく短くしてしまう可能性がある。

 対して仮面の男は不敵に笑う。

 

「閣下。事故は起きてしまうものです」

「――なるほど、ならばこの先も事故が起き続けるかもしれんな」

 

 ヘリオポリスとしては、秘密裏にモビルスーツの技術を手に入れたい。

 そして、パトリック・ザラとしても議会を通さずに軍備を強化したいというのがあった。

 レイ・ユウキは、二人の会話に危険なものを感じたが、手にした地球軍のデータに目を落とす。

 

 そこには自分たちが実現できなかったビーム兵装と、物理攻撃を無効化する装甲を持つモビルスーツ。

 そんなものが量産されてしまえば、ユニウスセブンの悲劇が繰り返されてしまう。

 彼は、二人には良識ある人間で、プラントを守るために考えているのだと振り払う。

 

「でしたら、私が事故で彼らと交渉をしましょうか?」

「そうだな。ユウキ隊長と――」

 

 その瞬間、電子音もなく扉が開く。

 

「そこにひとつ追加してほしいのですが、国防委員長閣下」

 

 ねっとりとした物言い。白衣を着た灰色の頭髪をボサボサにした男だ。

 

「お前に声はかけていないはずだが? オブリガード」

 

 パトリック・ザラは執務室を見回し、盗聴器などがないか確認する。

 まるで、それまでの話を聴いていたかのような口ぶりに警戒したのだ。

 男はまるで悪びれる様子はない。むしろ笑みを浮かべる。

 

「おやおや、つれないですねぇ。私も仲間に入れてくださいよ。事故でヘリオポリスに行きたいのですよ」

「どこから話を聞いていた?」

「中立国から手に入れたジン。そして地球軍の新型モビルスーツ。そしてクルーゼ隊長の報告書にあった事故。それらをもとに予想をしました」

 

 なんでもないようにオブリガードは言う。そして彼は意味深にクルーゼに視線を向けた。

 

「おお。エースオブエースのクルーゼ隊長殿。クルーゼ隊長専用のシグーですが、今度の出航までには間に合いそうです」

 

 ラウ・ル・クルーゼは「それは楽しみだ」と笑う。

 

「そうそう。それとデュエルとスティンガーでしたかな? あれの限界性能を引き出せる案を思いつきまして、エザリア・ジュール様にお見せしたところ是非にと」

 

 オブリガードは二機の強化案を設計図に起こし、すでに工場で建造中だと言う。

 

「弱いとは思わなかったが?」

 

 ラウはデュエルもスティンガーも、ジン以上の戦闘力を有していると思っていた。

 しかし、オブリガードはそうではないと言う。

 まだまだ機体の性能を引き上げることができると、嬉々として言う。

 

「ええ。火力と装甲面を強化。増える重量分を考慮して、スラスターを増設しました」

「話を逸らすな。フィル・オブリガード。お前の目的はなんだ?」

 

 男はわざとらしく「そうでした」と両腕を広げる。

 

「今回の地球軍の技術を導入したエース機を作りたいのですよ。事故で、ヘリオポリスで、どうでしょう? ザラ議長のお眼鏡に適う機体にいたします」

「……私は国防委員長だぞ?」

「いずれ、議長閣下となるのでしょう?」

 

 パトリック・ザラは鼻を鳴らすと「もうよい」と手で制す。

 

「ユウキ隊長。このバカと行ってくれ。ヘリオポリスに捨ててこい」

「――了解しました」

 

 フィルは大きく口元を歪めて笑う。

 

「ご期待に添える機体を、必ず用意しますとも」

 

 

 

 

 

 アスランは軍の寮内で生活をしていた。

 自宅らしい自宅のない彼は、軍の施設で暮らしをしている。

 父親の家に転がりことも考えたのだが、歓迎されていなかった。

 

 成人しているのだから、独り暮らしをしたらどうだ。というのがパトリックの考えだ。

 アスランもそれを感じて、軍の寮で生活している。

 それで彼の生活は成り立ってしまうので、特に問題にはしていない。

 

 彼はそうでも、シーゲル・クラインは心配しており、一度自分の家に来ないかと誘われたこともあった。

 アスランとしても、その申し出は嬉しかったのだが断っている。

 軍務についているため、戦争が終わったら考えますと返答していた。

 

 その一室からは水の音。

 浴室に人の影。

 アスラン・ザラだ。

 

 彼がシャワーを浴びていると、電子的な音が鳴り響く。

 すぐに軍からの連絡事項だとわかった上で、その通信にすぐに出ない。

 ゆっくりとバスローブを身に纏うと、コルク製のボードがあり、そこにはたくさんの写真が貼り付けてあった。

 

 そのひとつに彼の友人の写真もある。肩を組んで手をあげている。幼い二人の少年。

 アスランとキラの写真だ。

 彼は僅かに顔を暗くして、軍からの連絡を受け取る。

 

 通信の内容は出航時間の連絡であったが、隊長から聞いていた時間より二日近く早まっていた。

 彼は復唱して、通信を切るとニュース番組を映した。

 そこにはピンクの髪の少女が映し出され、行方不明とテロップが流れていた。

 

「ラクス?!」

 

 

 

 

 

 ガモフの食堂では、イザークたちが食事をしていた。

 地球軍の捕虜がまず驚くのは、その食事の内容だ。

 出てくるものは、まるで一流ホテルに出てくるような食事の数々。

 

 イザークは行儀のよくナイフとフォークを使い、ステーキに刃を通す。

 ニコルとディアッカも同様の所作で、食事を口に運んでいく。

 対してラスティーはステーキに悪戦苦闘していた。

 

「俺のだけ肉焼きすぎじゃね?」

「ラスティー。それだと女の子とデート行っても、笑われちゃうな」

 

 ディアッカが茶化すと、イザークは大きく息を吐いた。

 

「ラスティー、お前はナイフの持ち方が悪いんだ。ダガーナイフを持つようにするな」

 

 イザークは席を立つと、ラスティーの側まで行き、正しい持ち方を教える。

 最初こそ抵抗感を示した彼だが、ナイフがスルスルと肉に入っていくのを見て、感動したのか。素直に聞くようになった。

 ラスティーは、イザークに感謝する。

 

「どういう風の吹き回しよ?」

「ふん。一緒の部隊だからな。恥ずかしくないようにしてもらいたいだけだ」

 

 ディアッカの言葉にイザークはなんでもないように言う。

 

「しっかし教えられるの恥ずかしいな」と照れるラスティー。

「俺とお前は同類だ」

 

 ディアッカと同じだと言われ驚くラスティー。

 

「おいディアッカ」

「俺もイザークに教えてもらったんだ」

 

 イザークはそっぽを向く。そしてたまたま様子を伺っていたオロールと視線が合う。

 アカデミーでルームメイトだったため、そこで意気投合したのだが、潔癖なところがあり食事の作法で指導を受けたことがあった。

 そんな過去を、彼は楽しそうに話す。

 

「へぇ。結構仲良いな。アスランには結構噛み付くのに」

 

 オロールは意外だと言う。

 

「じゃれてるんですよ」

「おいディアッカ」

「確かにミゲルもそんな風に言ってたな」

「違う。気に入らないだけだ」

 

 オロールは僅かに視線を鋭くする。軍隊であるがゆえ、その考え方は危険だと思ったのだ。

 アスランを後ろから撃つのではないかと、危惧したのである。

 コーディネイターは実力至上主義だ。クルーゼ隊に入れるだけで、羨望と嫉妬の眼差しを受ける。

 

 事故だと称して攻撃されたことだってあった。

 そのような考えを持たれては、部隊が内紛して崩壊しかねない。

 だから、彼は慎重に探りを入れる。

 

「そうか? あいつは結構頼りになるが?」

 

 ニコルとラスティーはオロールの言葉に頷く。

 だが、イザークとディアッカは違う。

 面白くなさそうにして、不機嫌さをにじませる。

 

「そうだ。あいつは頼りになるし、間違えない。だから気に入らないんだ」

「なんて言うの? 着飾るような回答っていうか」

「模範的な受け答えだけしかしないってのは、確かにあるな」

 

 二人の言葉にオロールも頷く。だが、彼はそうではない一面も見ている。

 

「アスラン。あいつ、ヘリオポリスで出撃を願い出たんだぜ?」

 

 オロールはヘリオポリスでの話を出した。

 ミゲル、オロール、マシューの三人で足つきの戦闘データを収集する任務の際、アスランは出撃を願い出たのである。

 今考えても、イージスが出撃する理由はない。

 

「隊長の命令じゃないのかよ」

「そうなんですか!」

「珍しいこともあるもんだ」

 

 そんな話は初耳だと、三人は驚く。

 彼らはクルーゼ隊長の命令で出たと考えていたのである。

 イザークだけは黙って、話を促していた。

 

「しかもミゲルの命令も無視してさ、あいつコロニーに突入したんだよな」

 

 四人は驚く。

 

「出撃前にどうしてだ? って改めて聞いたらよ」

 

 アスランは今まで見せたことのない真剣な顔で「確かめたいことがあるんだ」と静かに言ったのだ。

 ミゲルは平静を装っていたが、オロールとマシューはその異様な様子に気圧されたという。

 もちろん言葉では、いくらでも追求できたのかもしれない。しかし、それを許さない雰囲気を彼は纏っていた。

 

「確かめたいって何が?」

「わからん。だが、後で隊長に理由は言ったみたいだ」

「それは?」

「さあな。隊長は納得した。それだけだ」

 

 自分の腕だろうか、あるいは相手の機体の能力だろうか。

 

「あいつも人間だって、俺は思ったね」

 

 イザークらが入隊した時、アスランだけは問題と思える部分がなかった。品行方正、清廉潔白。心配事がないから心配だと話したことがあった。

 

「え? 俺たちは?」

「ラスティー話がそれる」

 

 イザークはラスティーをたしなめて、先を促す。

 

「まあ、だからあんまり決めつて接するなよ。俺たちは同じクルーゼ隊なんだ」

 

 イザークは鼻を鳴らす。

 

「そんなことはわかっている。それでも気に入らないところは気に入らない」

「本質が見えないからだろうな」

 

 イザークは驚く。

 自身がアスランに抱いていた、言語化出来ない不快感。

 それを言い当てられて言葉を失う。

 

「お前は潔癖だからな、本心に迫る部分が見えないと、信頼出来ないんだろうな」

 

 オロールの話を聞いていたディアッカは「確かに」と頷く。

 

「ま、これはミゲルの評価なんだけどな」

「オロールのじゃないんだ」とラスティー。

「俺がそこまで人を見る目があると思うか? あいつほど視野が広く、洞察力があれば今頃クルーゼ隊の第二エースよ」

 

 ニコルはナプキンで口を拭うと「そうですね」と口を開く。

 

「何を考えているのかわからないところ、時々ありますからねアスラン」

「ところでオロール」

「なんだ?」

「その紅茶いつになったら飲むんだ?」

 

 オロールは困ったように笑う。

 彼の机の上には紅茶のカップしかない。

 話しながらカップを口に運ぶ様子もなかった。

 

「いや、猫舌で」

「ふーふーすればいいじゃん」とラスティー。

「カッコ悪いじゃん」

「えー、そっかなぁ?」

 

 ディアッカとイザーク、そしてニコルは、これ見よがしに紅茶を口に運ぶ。

 ラスティーはというと、口で息を吹きかけて少し冷ましてから口に運び「あっつ」と舌を出していた。

 オロールは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「お前ら! くそっ。見てろよ」

 

 その後、涙目になったオロールが口元を抑えて、食堂を出る姿を兵士たちは目撃していた。

 

 

 

 

 

~続く~




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。


【追記】
20220624修正


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それぞれの傷跡~後編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 アークエンジェルはアルテミス宇宙要塞から脱出後、ストラクを収容。

 ハンガーが定位置に戻り、キラが降りると二人の男性が彼を出迎える。

 ムウ・ラ・フラガとコジロー・マードックだ。

 

 彼らは笑みを浮かべて、それぞれ称賛の声をかける。

 しかし、彼は難しい顔をしてその場を後にしようとした。

 キラ・ヤマトの脳裏にはガルシアたちの言葉が反響している。

 

 裏切り者のコーディネイター。アスランと敵対している彼にとっては突き刺さる言葉であった。

 それがそのまま表情に強く出ているのだ。

 そんなことはつゆ知らず、二人がどうしたもんかと考えていると、喜びの声が突撃してくる。

 

「マジすごいよキラ。めっちゃ助かった!」

 

 声の主はジェイクだ。

 彼は勢いそのままにキラに包容して、よくやったと褒め称えた。

 後ろからはメアリー、ネイサン、そしてカオルが続く。

 

「ありがとうキラ。助かったわ」

「お前に助けられたのは二度目だな」

「色々と思うことはあるだろうが、我々は君に助けられたことを感謝している」

 

 キラはなんと言えばいいのかわからず。難しい顔のままになってしまう。

 

「あ、わかったお前。アルテミスのやつに変なこと言われて気にしてるんだろ?」

「そ、そんなんじゃありませんよ」

 

 声と態度で認めているようなものだったが、ジェイクは追求しない。

 

「そっかそっか。だがな、これだけは覚えておけ。俺たちはお前に救われてんだ。それも二度もな。もちろんわかってる。俺たちは、ヘリオポリスのみんなのついでだ」

 

 ジェイクは「それでも俺達は救われたんだ」と重ねて言うと、彼の背中を優しく押す。

 ネイサンもその背を押し、メアリーとカオルはそれぞれ肩に優しく手を置くと、もう彼の行く手を邪魔しない。

 キラは一度だけ振り返ると、視線の先にはサムズアップしたムウと、白い歯を見せるコジロー。

 

「あの……少し休みます」

 

 キラがいなくなると、ムウたちは深い溜め息を吐く。

 みんながみんな、どうしたものかとお互いに顔を見合わせてから小さく笑う。

 ムウは皆が話せるように口火を切った。

 

「困ったもんだ。頼っちゃいけないのにな」

「私としては、彼には友達と一緒に、勉強だけをしていてほしい。戦争なんて関わってほしくないです」

「わかるよカオルっち。いい子すぎる」

 

 ムウはなんとかしてやりたいとも言うが、アークエンジェルの状況はあまりよろしくないことも理解していた。

 現在は補給物資がなく、またどこかに寄港するのも難しい状況である。

 一番近く安全な場所が月基地という状況だ。

 

「食糧はジェイクが頑張ったおかげなんだが、水がなぁ」

「なんだよアイスとかあるだろ。水になるよ水に」

「アイスじゃパーツクリーナー使えないだろ」

 

 ネイサンの指摘にジェイクが反論するが、マードックの言葉にあえなく撃沈。

 アフリカ系の男性は大きく肩を落とす。自分の機体のメンテのことを考えてげんなりしたのだ。

 それだけ水は必要なのである。

 

「そうね。水は飲む以外にも使用するものね」

 

 メアリーの言う通り掃除、洗濯、シャワーなどにも使用したりする。

 

「月基地まではひとっ飛びではありますが……」

 

 カオルは頭の中で宙域図を広げる。

 アークエンジェルが全力で飛ばせば月基地まではあっという間だと考えた。

 しかし、彼は言いながらもその案には賛成ではない。敵に見つかる可能性が高いからだ。

 

「そうだな。カオルっちの言う通りだ。いかに敵に見つからず、月の基地に向かうかだ」

「そうなると、水なんてあっという間になくなってしまいますね」

 

 ムウとネイサンは腕を組んで唸る。二人に欠落している部分をコジロー・マードックは指摘する。

 

「水だけじゃねぇ。武器、弾薬、そして人手だ」

 

 ヘリオポリスのオーブ軍との戦闘で、アークエンジェルは少ない弾薬をかなり消耗した。

 そして、アルテミス宇宙要塞で、ゆっくりと休めると考えていたが、それは叶わなかった。

 むしろその逆。現在は余計に疲労が溜まってしまっている状況だ。

 

「本当に、何も足りてないのね。まだまだ坊主に頼ることになるな」

 

 溜め息混じりにムウが言うと、マードックは何か思い出したように大きな声を出す。

 

「しまった! 坊主に起動プログラムのロック解除してもらうの忘れてたー」

 

 慌てて飛び出そうとしたマードックを、ネイサンとジェイクは捕まえる。

 

「後だ後。俺達のメビウスのメンテが先だ」

 

 ムウは「そうだな」と頷くと、メアリーに歩み寄り、小声で耳打ちする。

 

「悪いが、しばらくしたらうまいこと格納庫に引っ張ってきてくれ」

「私が、ですか?」

「男の子ってのは、女性に頼られるとやる気が出やすいんだ。それが魅力的な女性ほどね」

 

 メアリーは一瞬だけ視線が鋭くして、何かを言おうとしたが、面々を見て納得する。

 ジェイクとネイサンでは、気安く話しかけてしまう。カオルは仏頂面と言葉ベタで優しさが伝わりづらく、ムウやコジローでは上からいってしまう。

 メアリーしか適任がいないのである。

 

「大尉はデリカシーがないのですね」

「おい待てよ。褒めてるつもりなんだぜ?」

「もう少し、女性とお付き合いをしたらどうですか?」

「手厳しい。ああ、待って。怒らないで! できれば上に――」

「理解しているつもりです」

 

 メアリーは肩を怒らせると、格納庫を後にする。

 ムウは助けを求めるように、カオルに視線を向けた。

 彼は一度メガネを押し上げると、小さく頷く。

 

「私も何が悪かったのか、わかりかねます」

「カオルっちとは、美味い酒が飲めそうだ」

「すいません。アルコールアレルギーなので」

 

 ムウは顔に手をやり、言葉にならない声を発した。

 

 

 

 

 

 キラがレクリエーションルームに戻ると、トールたちが出迎えた。

 彼らは一様に安心した様子で、キラに感謝の言葉を述べる。ミコトに至って抱きつき、女性の柔らかい部分を押し当てるが、ミリアリアが即引き剥がした。

 端の方からサイとフレイが歩み出ると、彼女はバツが悪そうでキラに半身向ける形となった。

 

「本当に言うの?」

「ほら、早く。俺も一緒だったらするって言っただろ?」

 

 なんとなくキラはその先が読めたので、心の準備をする。

 

「ごめんなさい」

「フレイが、その、悪かった。ごめんなキラ」

「いいんだ。あんな状況だったしね」

 

 いかにも言わされて謝っています。という態度と声音だったが、キラはそれで良しとした。

 これ以上、和を乱すのは嫌だったし、それを追求することでサイとの関係がこじれるのも、それはそれで問題だ。

 フレイはそんな彼の心中を知ってか知らずか、すぐに離れていってしまう。

 

「あんなにコーディネイターを嫌ってるなんて知らなかった」とサイ。

 

 ミリアリアは意味深な視線をサイに向けるが、すぐにそれを外した。

 

「おにいちゃんありがとう」

 

 足元からの声に、キラたちは驚くと、幼い少女がひとり。手には折り紙で作られた鶴。

 少女の母親が彼女を迎えつつも、キラに頭を下げて感謝を口にした。

 程なくすると、二人はレクリエーションルームの外へ出ていく。

 

「あれ?」

 

 キラはレクリエーションルームを見渡すと、人の数が少なくなっていた。

 それに気づいたトールが説明する。オーブからの避難民は、下士官の部屋を割り振られたのだと言う。

 行動範囲は限定的だが、レクリエーションルームだけに押し込められる。といった事態は減るそうだ。

 

『トリィ』

 

 キラの肩に鳥型のロボットが降り立つ。

 

「キラ、助かったぜ。俺たちも行こうぜ」

 

 ソウマ・カガが部屋へ行こうと促す。

 避難民に部屋が割り振られたということは、当然キラにも下士官の部屋が割り当てられていた。

 聞かされていない少年は、またしても驚く。

 

「俺達はソウマさんの班なんだ」とカズィが補足する。

「ソウマでいいって言ってんだろカズィ。キラもぼさっとすんな。寝るならベッドで寝ようぜ」

 

 ソウマは「ったく、なんで俺が班長なんだよ」とぼやきながら、先導する。

 トールはすでに打ち解けているのか「いいじゃんいいじゃん」とおだてていた。

 キラとカズィは顔を見合わせて、小さく笑い合う。

 

「行こうキラ」

 

 キラは頷き、その後ろでサイがフレイたちに声をかけていた。

 

「じゃあフレイ。ミリアリア、ミコトさん。フレイのこと頼む」

 

 ミリアリアは頷いて、トールたちに手を振った。

 

「キラ先輩。いつでも来てくださいねぇ~」

「ミコト。ほら行くわよ」とミリアリアはミコトを引っ張っていく。

 

 キラたちは会話なく、艦内を進んでいく。ソウマの手には端末がひとつ。そこに部屋の割り振りが記載されていた。

 道中、地球軍の下士官たちとすれ違う。彼らはキラに気づくと「ありがとう」と敬礼して通り抜けていく。

 ソウマはそれを見て口を開く。

 

「キラ、お前すごいよな」

「そうかな」

 

 キラはまずい返答をしたと思ったが、すぐにソウマは笑った。

 

「そう言うよな。俺がすごいって思うところは、気持ちの部分な。コーディネイターがどうとかの話じゃないよ」

「気持ち?」

「だってそうだろ? たまたまモビルスーツを動かせるってだけで、戦争する義務なんてないしな」

 

 誰かが困っている。それだけで立ち上がり、戦うことのできる彼にソウマはすごいと言ったのだ。

 

「でも、コーディネイターってだけで――」

 

 カズィは言いかけた言葉をやめる。

 

「ごめん。なんでもない」

「言いたいことはわかるぜ。悪く捉えないでくれよキラ。カズィからしたら違うって思っちまうって話だ」

「そう。そうなんだキラ。悪く言うつもりはなくて、でもOSを書き換えたんだろ?」

「え? ああ……うん」と頷くキラ。

 

 トールは「それがどうかしたん?」と、気にした様子はない。

 彼からすれば、キラがOSを手癖で書き換えるのは、初めてではない。

 デブリの撤去作業中に、書き換えては班長に怒られていたのを知っているので、トールとしては当たり前なのだ。

 

「それって……戦闘中に、だろ? この艦、そんなやつらと相手にしてて、勝てんのかよ」

「確かに、開始早々すでにボロ負け状態だもんな」

 

 ソウマは皮肉げに笑う。

 

「まあ、だからこそ俺達からすれば、さっさとこの艦からおさらばしたいわけだけどね」

 

 話が終わったと見るとサイは改めてキラに謝罪する。

 キラも大丈夫だと、努めて笑みを浮かべた。

 そんな二人の様子にトールは胸を撫で下ろす。

 

「まあ、擁護するわけじゃないが遅かれ早かれ、ああいう事態にはなった。そういう意味じゃ、あんたの婚約者が悪者になったのは良かったのかもしれない」

「それってどういう意味だよ」

 

 サイは僅かに殺気立つが、ソウマはまず謝る。

 

「悪い。そういう意味じゃない。あんたの婚約者じゃなくとも、自分の身を大事にするやつは出てくるよ。俺もそうしただろうさ」

 

 ソウマの言葉にキラは怒りも悲しみも感じない。ただの事実として受け入れていた。

 いずれ誰かがキラを、突き出しただろうし、彼自身が名乗り出たかもしれない。

 だが、これがフレイ以外だった場合、避難民同士の信頼関係が崩れてしまう。

 

「すでに悪目立ちしてるからね。まあ、お嬢様みたいだし、育ちの良さも感じる。だから、一番角が立たないって話な」

「確かに、同じヘリオポリスの人間で啀み合いたくないな」

「そうそう。一度不満とか爆発すると、後は一気に崩れるだろうさ。っと、俺達のベッドだな」

 

 廊下沿いに部屋。といっても扉などはなく、通路と通路の間にスペースといった感じだ。

 ベッドは全部で八つ備えらており、折りたたまれたカーテンが、申し訳程度のプライバシーに配慮していた。

 それが向かい合わせで上下に四つずつ。

 

 同じような構造が、長く続いており、キラたちはその中のひとつの区画を与えられていた。

 もちろん隣にも、同じような構造の下士官の部屋がある。

 キラは隣にいた地球軍の下士官の人に会釈する。

 

「助かったよキラ。俺はチャンドラってんだ。なんかあったら言ってくれ。坊主たちもな」

 

 最後の方はアクビ混じりの言葉となる。

 不眠不休でここまで働いていたため、彼の疲労はピークに達していた。

 彼はジャッキー・トノムラも寝ていると言うと、続ける。

 

「これから寝るんで、しばらく静かにしててくれ」

 

 チャンドラは「それじゃあ」と言うとカーテンを閉め切り、静かな寝息を立て始めた。

 外から中の様子を伺うと複数の寝息が聞こえてくる。

 キラたちは静かに頷き合うと、物音を立てないようにそれぞれのベッドを決める。

 

「俺、上がいい」

 

 トールは上段のベッドを自分の場所と主張。

 サイは「いいのか」と、確認の意味も込めて視線をソウマに向けた。

 彼は端末を操作すると、特に決められていないと言う。

 

「それじゃあ俺も上のベッドにしようかな」とソウマは上の空いているベッドに、少ない荷物を置いていく。

「キラも上にしようぜ」

「僕は下でいいよ」

 

 キラはトールの下のベッドを選択。カズィはその向かい側に腰をおろし、サイはキラの隣のベッドを選択。

 

「なんだよ。俺とソウマだけかよ上」

「いや、なんか上怖いなって」とサイ。

 

 カズィはサイに同意して、ベッドを撫でる。

 

「ちぇー」

「まあまあトール君。上は我々で使わせてもらおうじゃないか」

「そうですねソウマ殿」

 

 サイは小さく笑いながら「なんだよそれ」とツッコむ。

 そこでソウマは何かを思い出したように声を出す。

 ベッドの近くにある端末で、名前を入れてくれと言う彼。

 

 どこのベッドに誰がいるのか、管理しやすくするためのものだ。

 キラたちはそれぞれ、端末から名前を入力する。

 程なくして艦内全体図には、彼らの名前が表記された。

 

「キラ、戦闘はどうだった?」

「最初はゲームみたいだった」

 

 キラの言葉に全員がぎょっとする。

 彼はゲームのように待ち伏せをして、ブリッツに奇襲したという。

 モビルスーツ同士で激突するまでは、ボタンを押して攻撃する瞬間はゲームめいて、戦争をしているという現実感がないという。

 

「でも、ブリッツとぶつかった時に、これは戦争なんだってなって、頭の中がぐちゃぐちゃになって」

「そっか……戦争してんだな……」

 

 トールは頭の後ろで手を組んでベッドに体重を預けた。

 

「戦争なんて遠い世界の話だと思ってたのに」

 

 トールの言葉で場が沈む。彼は慌てて起き上がると、何か話題を探す。

 

「そうだキラ。ミコトはどうなんだ? 結構言い寄ってくれてるけど?」

 

 トールはわざといやらしく笑いながら言う。キラはその顔を見てげんなりとした顔となった。

 

「ええ~」

「キラ、あいつはやめておけ」

「おやおや、ソウマ君は彼女が好みなんですかぁ~」

「違う違う。マジで性格悪いんだよ。トールはあいつの見てくれに騙されてる」

 

 そこから男子たちは、誰が可愛いだの好みだのと花を咲かせる。

 ナタル・バジルールは、厳しそうで怖いけどそれがいいだの、マリュー・ラミアスは包容力がありそうだの、年頃の男子たちは好き勝手話す。

 キラはこの手の話は、あまり気乗りしなかった。というのも、フレイに淡い恋心を持っているというのもあるが――。

 

「ま、俺のミリィには敵わないがな」

「またそれぇ~」とキラは笑いながら言う。

「メアリーさんとかどうなのよ? 結構歳が近いって聞いたぜ」

 

 トールの言葉にキラ以外の男子が突然黙り込む。

 

「ちょっと良いかも」とサイ。

「おいおい、サイ君。婚約者のフレイは?」

 

 ソウマは口の端を吊り上げる。

 

「年上っていいよね」

「カズィわかるじゃないか」と同意するトール。

 

 話に夢中になっていたので、彼らは彼女の存在に気づかなかった。

 大きな咳払いと共に、戸口――扉はない――の壁を叩く音。メアリー・セーラーは難しい顔で、そこに立っていた。

 男子たちは一気に鳴りを潜める。

 

「キラ君。いいかしら?」

 

 本音を言えば良くはない。だが、この空気では彼が出ていくしかない。

 また戦争の手伝いをさせられるのだと、彼は気持ちが沈むものの、彼らのために立ち上がる。

 彼は努めて平静に「はい」と言う。

 

「私のメビウス・ストライカーと、ストライクの起動プログラムなんだけど」

 

 キラは大きな声を出した。

 

「――最後まで言わなくてもいいわね。作業服に着替えたら格納庫に」

「はい」

 

 キラはトールたちに、格納庫に行ってくると告げると足早に行ってしまう。

 メアリーは別の用事でもあるのか、キラとは別方向に歩き出した。

 そこでソウマは大きな声を出す。

 

「どうしたん?」

「忘れ物したわ」

 

 ソウマも急いで外へと出ていった。

 メアリーの登場により、キラとソウマがいなくなり静まり返る。

 トールがポツリと言う。

 

「キラにばっかやらせてるな……」

「じゃあフレイたちのところに行ってからだな」

 

 三人は頷き合うと立ち上がる。

 

 

 

 

 

「で、なんでお前までいるんだ?」

 

 格納庫には作業服を着たキラとソウマが来ていた。

 彼はキラの後をつけて、更衣室に入ると作業服に勝手に着替えて、強引にここまで来たのだ。

 途中何度かキラにも止められたが、彼の気持ちは変わらなかった。

 

「いいじゃんか。どうせ人手足りないんだろ?」

 

 コジローは腕を組んでいたが、指摘されたことが事実なので、頭髪を乱雑にかきむしりながら「ああ」と言う。

 

「まずはキラのロボットの――」

「ストライク」

「そうそれ。それの整備から手伝うよ」

「素人に何ができるんだい」

「見様見真似でやるさ」

 

 ソウマは気楽に言う。コジローとしては不満だったが、ストライクの整備なら自分も立ち会うので、危険な作業以外をやらせようと改める。

 コジローは二人を連れて、ストライクのハンガーへと移動。

 キラは起動プログラムのロックの解除。それに加えて、武器弾薬など補給から整備だ。

 

 ソウマはそれのサポートだ。

 ストライクの補給が必要なものを、端末で入力していく。

 キラはコックピットで作業しながら、ソウマに聞く。

 

「でも、本当に良かったんですか?」

 

 キラの言われたことを、ソウマは素早く端末に入力。

 彼は「やることがあったほうが落ち着くからな」と、マードック軍曹の作業を眺めながら言う。

 

 

「キラは知らんだろうが、ジークフリートさんは、とっくに手伝っててな。今頃、医務室で、怪我した人たち見てるんじゃない?」

「え?」

 

 アルテミス宇宙要塞から脱出してすぐに、ジークフリートは医者として、手伝えることをしようと名乗り出たのだ。

 キラは、ヘリオポリスでも医療行為をしている彼を見ていた。

 ソウマの話では、内科が専門だが出来ないこともないという口ぶりだったという。

 

「ちなみにトールたちも、手伝いの志願してると思うぜ」

「なんで?」

「なんでって、そりゃあお前ひとりに、戦争をおっ被せたくないからだよ」

 

 キラは言葉を失う。

 

「ソウマさんも?」

「いやまあ……その、俺としては気楽で安全な場所にいたいんだけどさ。まあ、なんだ? このまま何もせずに死んだら後悔するからな」

 

 だからできることから、やっていくんだとソウマは言う。

 

「後、操作系の確認だってさ。これ完成したばっかだよな?」

「できたばかりでも、操作系の確認は大事だって、班長――デブリの片付けのバイトしてたんだけどね」

 

 キラは手短にバイトの話をした。

 そこでも定期的に操作系の確認をして、誤作動が起きないように確認していたのだ。

 随分と昔のことのような気がして、郷愁に似た感情を抱く。

 

「なるへそ」

 

 キラは、操作系の確認に着手。

 ボタンのレスポンスタイムや、正常に作動しているか諸々の確認。

 ソウマはそれら見ながら、端末を操作してデータを送信していく。

 

 作業を横目で見つつ、別のことをしていたマードック軍曹は口笛を吹く。

 ソウマの手際が思った以上に良いのだ。

 あれこれさせてみたいと思った彼はゆっくりと話しかける。

 

「手際が良いな」

「こう見えても、物覚えはいいのよ」

 

 コジローは口元小さく歪める。

 

「現場で覚えるタイプか。嫌いじゃない。むしろ好きだ」

 

 彼は「よし」と言うと、ソウマに自分の作業をつきっきりで観察させる。作業を覚えさせて、整備士としてモノにしようと考えを切り替えたのだ。

 キラはストライクでの作業を終えると、次はメビウス・ストライカーの作業を指示される。

 作業内容はストライクと同様のものだ。

 

 キラがメビウス・ストライカーへと移動し、コックピット内に入るとキーボードを取り出す。

 素早くキーボードを叩いて、メビウス・ストライカーの起動プログラムのロックを解除。操作系を確認していく。

 そこまでやって、ふとメビウス・ストライカーはメアリーに操作系を確認してもらった方が良いのではないかと思案。

 

「キーボードあんのか」

「はい?」

 

 見上げると、上には二人の男性。ジェイクとネイサンだ。

 

「お。キラか」

「よう。作業の方はどうだ?」

「今、操作系の確認を」

 

 二人は納得した声を出す。

 

「我々も作業が終わったところだ」

「しっかし、見れば見るほどメビウスとあんまり変わんないな」

「そんなもんだろ。ゼロ式の方がより近いんじゃないか?」

 

 二人の会話を聞きながら、内心そうなんだと流すキラ。

 

「お二人さん。どいてくれるかしら?」

 

 キラの頭上より女性の声が降ってくる。見上げればメアリー。

 

「操作系の確認しているところなんですが」

「代わってちょうだい」

 

 キラはコックピットから出る際、メアリーとすれ違う。

 彼の鼻孔を香りがくすぐる。香水をつけたのか、ほんのりと落ち着く香りにどきりとする。

 先程までのトールたちの会話を思い出し、変に意識してしまいそうになるのを振り払う。

 

「メアリーちゃん超いい香り。結婚して」

 

 キラは心臓が跳ね上がる。

 

「はいはい。ジェイク軍曹がジンを五機落としたら考えるわ」

 

 メアリーはコックピットシートに座り込み、操作系の確認を始めていく。

 

「マジかよ。頑張る」

「馬鹿な話をしてる暇はないぞジェイク」

「俺は真剣そのものだぜネイサン」

 

 ネイサンは大きく息を吐く。

 

「余計にタチが悪い」

「嫉妬ですか? もう少しアピールしたほうがいいぜネイサン」

「勝手に言ってろ」

「拗ねるなよ。アイス食って機嫌直せって」

「なんだと」

「なんだよ」

 

 二人が喧嘩しそうな雰囲気になったのを見て、キラはどうしたものかと様子を伺う。

 ただの学生だった少年には刺激が強かった。

 ひとつと数える間もなく、声が下から飛び出る。

 

「軍曹、暇ならメインスラスターの確認をお願いできるかしら? 曹長はメインウェポンの確認を願いしますね」

 

 二人が口論を始めようとしたその瞬間。その機先を制するように、メアリーは指示を出す。

 

「了解少尉」とネイサンはすぐにメインウェポンの方へと動く。

「メアリーちゃんの頼みじゃしょうがねぇな」

 

 二人がそれぞれの場所に行ったのを確認してからメアリーは、胸を大きく撫で下ろす。

 

「ごめんなさいね。彼らも気が立っているのよ」

「はい。それにしても、よく止められましたね」

 

 メアリーはコックピットの中にいたのに、二人の喧嘩を未然に止めたのだ。

 彼女からすれば、声の感じでわかったからだと言う。

 だが、そこでふと思い止まる。

 

「でも、そうね。なんでか喧嘩する感じがしたのよね」

 

 独り言のようにつぶやく。

 

「どうかしました?」

「子供の頃から、勘が鋭いって言われてたのを思い出したのよ。ギフトなんて言われたけど、気味悪がる人もいたわ」

 

 キラはコックピットの中を覗き込むと、メアリーは深刻そうな顔をしていた。

 彼はなんと言葉をかけようか、必死に考える。

 ふとそこで、過去に言われた言葉を思い出した。

 

「ギフトって言葉は便利ですよね」

「あなたも――そうね。ギフトって言われた?」

「はい。コーディネイターってわかると、言われました。その度に両親もどこか、申し訳無さそうにしてて」

「そっか。ご両親がいるなら余計に大変でしょうね」

 

 その言葉に羨望が含まれていたことを、キラは感じ取っていた。

 

「メアリーさんは?」

「いなかった。物心ついたら孤児院にいたわね」

「そうなんですか」

「一度、親はどんな人だったかって聞いてみたんだけど、孤児院の人たちもよくわからないって」

 

 メアリーは孤児院の大人たちも、薄気味悪く感じていたのがはっきりとわかったという。

 

「でもわかるのよ。良いこととか悪いことが起きることが。なんでかしらね」

「じゃあアークエンジェルが無事に、月基地にいけるかどうかわかりますか?」

「私を占い師か何かかと勘違いして?」

 

 キラはすかさず謝罪する。

 メアリーもそこまで気を悪くしていない。

 むしろどこか機嫌が良さげであった。

 

「ま、ギフトはギフトよね。上手く付き合えるようにしていきましょう。お互いに」

「そうですね」

 

 二人は小さく笑う。

 

「じゃあ、作業のお手伝い。お願いできるかしら?」

「わかりました」

 

 メビウス・ストライカーの整備が終わる頃、コジロー・マードックが二人の元にやってくる。

 

「艦長からの命令だ。ストライクの宙区間での試験運用を行う」

「マリューさんから?」

「ああ」

 

 キラは身構える。それを見てメアリーは小さく笑う。

 

「大丈夫よ。艦長から通信来ているのでしょう?」

 

 メアリーは暗に直接話しを聞いたほうが良いと提案。

 コジローも頷くと、キラを手招く。

 格納庫の端に受話器があり、それを使ってソウマは何かやり取りしていた。

 

「あ。来た来た。代わるよ」

 

 キラは受話器を受け取ると「キラです」と声をかける。

 

『キラ君、申し訳ないのだけど、宙区間でのエールストライカーのテストをしたいの』

 

 マリュー・ラミアスとしては、少しでも多くストライクの運用データがほしいという。

 宇宙空間でまだ運用していない装備があり、それがエールストライカー。

 その試験も兼ねて、アークエンジェルの損傷状況を確認してほしいとも言った。

 

「わかりました」

 

 キラが受話器を置くと、コジローは大きな声を出す。

 

「よーし! お前らストライク発進だ! ソウマ、俺の作業を見とけ」

「へいへい」

 

 ジェイクとネイサンがキラを呼び寄せる。

 

「今度こそパイロットスーツ着ろよ」

 

 ネイサンは隣の男へと向き直る。

 

「ジェイク軍曹」

「了解曹長」

 

 ジェイクはウインクすると、キラを連れ立って更衣室へと向かう。

 そこではパイロットスーツの着用手順と、最後に確認事項を教える。

 キラは言われた通りパイロットスーツを着用した。

 

「どうだ?」

「少しぶかぶかですね」

「正規パイロットたちのだからな。どうしてもサイズ差が出ちゃうんだろうよ」

 

 ジェイクは最後に似合ってると言うと、キラの両肩に手をおいて揉むようにする。

 

「戦争するわけじゃない。試し乗りだ。気楽にやってけ」

「ありがとうございます」

 

 二人が格納庫に戻ると、ネイサンは「遅いぞ」と怒鳴る。

 

「いいじゃねぇか。試験運用だ」

「敵に見つかるかもしれないだろ」

「たぶんですけど見つかりませんよ」

 

 メアリーは小さく頷く。キラは気休めだとわかっていても、彼女の言葉に安堵感を覚えた。

 彼は格納庫の床を蹴る。慣性が働きふわりと浮くと、真っ直ぐにストライクへと向かう。

 モビルスーツのハンガー前ではコジローとソウマが待ち構えていた。キラの手を受け取り、コックピットへと誘導。

 

「頼んだぞ坊主」

「気楽にやったれ。どうせ後は大人の仕事だ」

 

 キラは「わかりました」と言うとコックピットを閉じる。

 機体の起動プログラムが起動し、計器類が表示されていく。

 モビルスーツハンガーが動き出し、機密ハッチが開く。

 

 ストライクがカタパルトに固定されると、ハンガーは下がっていき、ビームライフルとシールド。そしてエールストライカーが姿を見せる。

 各武装を装備し、ストライクは発進体勢となった。

 発信前に通信が入る。

 

『今回は戦闘行為を禁止する。ストライクはエールストライカーの装備の試験運用しつつ、アークエンジェルの損傷具合を確認』

 

 ナタルが復唱を命じる。

 

「ストライクは戦闘行為を禁止。エールストライカーの試験運用しつつ、アークエンジェルの状況を確認します」

『よし。ではキラ・ヤマト。頼んだぞ』

「了解。キラ・ヤマト、ストライク行きます」

 

 ストライクはカタパルトから解き放たれると、宇宙空間へと飛翔。

 エールストライカーの主翼が展開し、フェイズシフト装甲が展開され、機体が色づいた。

 遠くに見える月を見て、キラは表情を引き締める。

 

(あそこまで行けば、オーブに帰れるよね。そしたらアスランとも、戦わなくて済む)

 

 

 

 

 

~続く~




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。

20220918修正


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宇宙の大陸~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 アークエンジェルにあるブリーフィングルーム。モニター前に立って話すのは、黒髪をオールバックにしたメガネをかけた男性。名はカオル・ウラベ。

 彼の目の前には十数人の男女。皆、一様に席に座り、座席にひとつずつ備えられた端末に目を通していた。

 その中には、キラ・ヤマトや、友人のトールたちの姿もある。

 

 彼らは皆、青、あるいはピンクの地球軍の制服に身を包んでいた。

 地球軍の非正規、あるいは少年兵を表す軍服である。

 その証拠に彼らの襟、あるいは肩には階級を示すものがない。

 

 トールはアクビを噛み殺すが、ミリアリアに脇腹を突かれる。

 ミコトは話そっちのけで、キラに意味深に視線を送り、ソウマはつまらなそうに端末を操作していた。

 キラやサイ、カズィ、そして臨時の医官のジークフリートは真剣に目をとおしている。

 

 カオルが彼らに話しているのは、軍規についてだ。

 ここにいる者は、オーブ、あるいは太平洋連邦の民間協力者たちである。

 不幸にも彼らはヘリオポリスイレブンで、戦争に巻き込まれアークエンジェルに身を寄せていたのだが、今回アークエンジェルの人手不足を見かねて、手伝いを申し出たのだ。

 

 そのため、地球軍の軍規について講義しなければならなくなった。

 そこで問題になったのが、誰がそれを行うかだが、最初はナタルが申し出たのだが、ムウが待ったをかけたのだ。

 彼女では軍人独特の棘がある。それを懸念してのことでもあった。

 

 その他に、彼女は現在アークエンジェルの副長の立場にある。アークエンジェルの運用に関して、まだまだやらなければならないこともあるため、他の者にとなった。

 同様の理由でマリュー・ラミアスも除外され、となればムウとなるのだが、今度はナタルが異議を申し立てたのだ。

 そこで白羽の矢が立ったのがカオルだ。

 

 これにはムウもナタルも、文句のない人選だった。

 キラたちに威圧感を与えすぎない、かつ地球軍の軍規を正しく伝えることのできる人物。

 そして、その大役を彼は見事全うする。

 

「――以上が、君たちに守っていただきたいことだ。最後にこれは、私個人の意見だが、君たちは軍人ではない。戦火に巻き込まれだけの民間人だ。我々を盾にしてでも、生き残ってくれ」

「なんで俺まで聞かなくちゃならんのさ」

「お前は軍規を守らなすぎるからだ」

「花柄のシャツは今に始まったことじゃないだろ?」

「ネックレスはどうしてつけてきた」

「気分」

「お前なぁ……」

 

 その軍規の講習にはジェイクも参加していた。

 彼は誰よりもげっそりとした様子で、座席にある机に突っ伏していた。

 誰よりも態度が悪く、近くで監視していたネイサンも呆れ気味である。

 

 彼は軍服も着崩しており、中に着用しているシャツも軍指定のものではなく、花柄のシャツを着用していた。

 おまけに今回は金色のネックレスも着用している。

 これは彼なりの、キラたちへの気遣いであるため、ネイサンは強くは言わなかった。

 

 民間人に軍務に参加せることに、抵抗感のない人間は少ない。

 そしてアークエンジェルにいる軍人の多くは、彼らに手伝わせることに罪悪感を抱いていた。

 実際に臨時医官のジークフリートのところには、すでに何人かが、カウンセリングに来ている状況である。

 

 だからこそ、ジェイクは少しでも明るくなるよう、彼らが接しやすいように花柄のシャツやネックレスなどで着飾り、ちゃんとしてない軍人を――個人的な趣味趣向を出しつつ――演じていた。

 

「話を先に進めてどうぞカオルっち」

「お前が仕切るな。お前が」

 

 カオルは小さく溜め息を吐くと、眼鏡の位置を正す。

 

「それでは、ここから先だが、配属先ごとに下士官の者が作業をレクチャーする」

 

 ブリーフィングルームには、ネイサン以外にも下士官たちはおり、それぞれがそれぞれの部署で手伝う面々の指導にあたることになっていた。

 チャンドラはトールたちの名を読み上げると、全員を連れて、ブリーフィングルームを後にする。

 彼らは去り際にキラへと手を振った。

 

「じゃあなキラ」

「そっちも頑張れよ」

 

 キラは手だけあげて応じる。

 彼としては、友人たちが手伝うことに抵抗感があった。

 自分が戦争に参加したことで、手伝わせたのではないかと感じるのだ。

 

「何もしないより、何かやることがある方がいいこともあるぜ」

「え?」

「顔に書いてある。僕のせいでってな」

「そんなこと……」

 

 言葉は続かない。

 ソウマの言う通りだから、キラは押し黙る。

 

「チャンドラさんってことは」

「ブリッジ要員だって」とキラ。

 

 トールたちは、モルゲンレーテの工業カレッジに通っていた経歴を買われ、アークエンジェルのブリッジ要員となった。

 ジークフリートとミコトはカオルに呼ばれる。

 

「じゃあキラ先輩。怪我したらいつでも、来てくださいね。サービスしちゃいます」

「あ、ありがとう」

「断っとけ。ロクなことしないぞ」

「うるさいですねソウマ先輩。べーだ」

「ミコトくん」

 

 カオルに呼ばれたため、ミコトは舌を出した後、キラに満面の笑みを送って出ていく。

 

「リヒトシュタイナーさんと一緒ってことは」

「ああ、雑用しつつ医官のお手伝いだってよ」

 

 ソウマ頭の後ろで手を組む。

 そこから順々に呼ばれて部屋を出ていき、最終的にキラとソウマ。そして数人の男性だ。

 残った下士官は、ネイサン、ジェイク、コジローだ。

 

「キラはパイロット兼、整備兵みたいなもんだからな」とネイサン

「そう、なんですか」

「まあ、自分の機体くらい自分で面倒見ておいた方が安心だろ」

 

 ジェイクの言葉に、キラは内心動揺した。

 ストライクが自分の機体だということへの抵抗感。戦争をさせられるという嫌悪感。

 だが、すぐにトールたちや、避難民の人々の顔を思い出し、歯を食いしばる。

 

(僕が戦わなくちゃ……)

 

 コジロー・マードックは白い歯を見せて、口を開く。

 

「よしじゃあ整備兵としての心得をだな――」

 

 

 

 

 

 それぞれの話が終わって数時間後。格納庫にキラたちは集められていた。

 キラたちパイロット以外は、ノーマルスーツを着用し、手には安全帯とベルト。

 人員はキラ、ジェイク、ネイサン、メアリーのパイロットらと、トールらと、ソウマとミコト、そして十数人の整備兵たち。

 

 これからキラたちは、船外作業を行う。つまり宇宙空間での作業だ。

 ストライクの試験運用のついでに、アークエンジェルの損傷を確認したのである。

 その修復作業を、キラたちが行うことになったのだ。

 

「安全ベルトをちゃんと確認しろ」

 

 コジロー・マードックはいつにもまして、真剣な声が響く。

 

「自分のちょっとおかしいです」

「別のと交換しろ。スラスターがあるっつっても、宇宙に放り出されたらそれまでだぞ」

 

 キラとトールは宇宙での作業が、どれほど死と隣り合わせか知っている。

 だから、他の面々よりこの手の確認は念入りだ。

 それを見ていたソウマとサイは、作業の危険性を理解し細かく確認。

 

「でもミストラルで、作業するんですよね?」

 

 ミコトは危機感のなさ気な様子だ。

 

「人って宇宙空間から見たら、どれくらいの大きさよ?」

「あ、そっか」

「キラ、見てやってくれ」

 

 キラは頷くとミコトの安全帯、ベルトを確認する。

 

「大丈夫ですね」

 

 見れば、トールもミリアリアやカズィのベルトをチェックしていた。

 

「ミストラルって新兵いらいなんだけど」

「腕の見せ所だな」

「よくそんな気楽に言えるな。手も足も出ない棺桶なんて嫌だぜ」

 

 ジェイクは文句を垂れるが。

 

「私は新兵の時の新鮮な気持ちを思い出せて、いいけど?」

 

 メアリーが一言言うと彼の態度は一変。

 

「そうだよね俺もそう思う」

「こいつ……」

 

 ネイサンは顔に手をあて、天を仰ぐ。

 全員の準備が終えると、全員はそれぞれの機体に乗り込む。

 アークエンジェルの左カタパルトより、ミストラルが数機出撃。

 

『各員。修復作業とは言え、気を引き締めて行うように』

『宇宙空間での作業とはいえ、手順さえ守れば大丈夫よ』

 

 ナタルは厳しく、マリューは優しく面々に声をかける。

 

『キラ君。ストライクの発進を許可します。みんなのことをお願いね』

「了解しました」

 

 右カタパルトよりストライクが出撃。

 マニピュレータには、各種備品を把持していた。

 キラは四肢を動かして姿勢制御を行い、船外作業の場所へとストライクを移動させる。

 

 作業する箇所はアークエンジェルブリッジの根本の、後ろから左にかけてが、損傷していた。

 アークエンジェルはラミネート装甲という、特殊な装甲で覆われているため、頑強ではある。

 ビームなどの攻撃を受けた際、熱に変換して装甲全体へと拡散することで、艦のダメージをコントロールする装甲だ。

 

 装甲の傷を減らせば減らすだけ、その能力を遺憾なく発揮です。

 なので、こまめに修復することでその機能を維持することができる。

 恐らく、ヘリオポリスイレブンのデブリ帯を抜けた時に出来た傷だ。

 

 現場ではミストラルが甲板に降り、作業が開始されていた。

 トールは慣れた手付きで、ミストラルにワイヤーを引っ掛けると、自分のノーマルスーツから安全ベルトを引っ掛ける。

 彼は背中にあるスラスターをふかし、ワイヤーを伸ばしていく。

 

 このワイヤー事態もトールの命綱となっている。彼は慎重にアークエンジェルの甲板に降り立つと、器具を設置。そこにミストラルから伸ばしたワイヤーを引っ掛けて、ちゃんと装着されたかどうか、引っ張って確認。

 彼は背後を振り返って、ハンドサインでオーケーの合図を出す。

 

「よし。じゃあ俺らもやるか」

 

 メアリーの操縦するミストラルから、ソウマが顔を出す。

 

『ワイヤーをミストラルに固定して』

「了解了解」

『一度で結構』

「へーい」

 

 彼はトールの見様見真似でワイヤーをミストラルに固定。同じように自分の安全ベルトを引っ掛けて、宇宙空間へと飛び出す。

 

「マジかよ……」

 

 出した声に反応はない。

 彼は宇宙空間での作業に、おしっこを漏らしそうになる。

 冷や汗が一気に吹き出し、息が乱れた。

 

「くそっ。宇宙がなんだ。こっちには命綱があるんだい」

 

 改めて見直すとしっかり固定されている。

 甲板に降り立つが物音がしないため、ソウマはちゃんと立てているのかどうかさえ、わからない。

 動いていないようにも感じるし、アークエンジェルから離れているようにも感じる。

 

 だが、そうじゃないとわかったのは、ワイヤーが真っ直ぐと伸びていたからだ。

 ミストラルの証明のおかげで、真っ直ぐと伸びるワイヤーに安堵する。

 彼の目の前でトールがジェスチャーした。

 

 ソウマは慌てて器具を取り出す。ボタンを押すとマグネット化する器具だ。

 これを装甲に押し当て、そこにワイヤーを固定する。そうすることで修復作業において、吹き飛ばされることはない。

 ソウマが息を吐き出し、ミストラルに向かってハンドサインを送った。

 

 それを見てミコトもミストラルから顔を出す。

 

『慌てないで、安全ベルトを固定すればもう大丈夫よ』

「は、はい。ありがとうございます」

 

 ミコトは震える手で安全ベルトの金具を掴み、ワイヤーに引っかけようとした。

 瞬間。大きな衝撃が襲う。何か大きな物体にぶつかったような衝撃。それは下から上へと突き上げるようなモノだった。

 多くの作業員がふわりと宇宙空間へと浮き上がる。その中にはミコトも含まれ、あっという間にミストラルから離れ、宇宙空間へと浮き上がってしまう。

 

 慌てて彼女は背中のスラスターを使うが一向に戻らない。衝撃が強すぎたためか人用のスラスターでは、全然戻れないのだ。

 

「嘘。嘘嘘」

 

 ミコトは海で溺れる人のように手足を暴れさせるが、みるみるうちにアークエンジェルと離れてしまう。

 絶望感が彼女の臓腑を冷たくする。涙が白い船体を大きく歪ませる。

 言葉にならない声。しかし、それは宇宙空間ではまるで音として届かない。

 

「いやだ。やだよ。助け、助けて」

 

 彼女の視界の端に白い物体が現れる。

 次の瞬間、アークエンジェルとの距離はみるみるうちに近づいていく。

 視線を向ければ、そこにはストライク。コックピットが開かれ、そちらへと近づいていく。

 

『だ、大丈夫?』

「キラせんぱぁい。怖かったぁ」

 

 彼女はストライクのマニピュレータの中にいた。

 キラは彼女をコックピットへと引き入れると、キラに飛びつき泣き出す。

 彼は「もう大丈夫だよ」と優しく声をかけてから、アークエンジェルと通信する。

 

「何してるんですか! こっちは危険な作業をしてるんですよ!」

『こちらだってそうだ! デブリベルト近くだぞ。観測、なにをやってるんだ!』

 

 キラの声にナタルの怒声が応じた。

 

『この人数ですよ? 無茶言わないでください!』

『ごめんなさい。デブリにぶつかったみたい。そちらは?』

 

 キラは状況を説明。目視では、他作業員は大丈夫そうだと言う。多くの者達は命綱のおかげで、戻れそうであった。

 念の為、通信で点呼をとると、ミコト以外は無事だった。

 ストライクが甲板に降り立つと、キラは慣れた様子で、メアリーのミストラルまでミコトを連れて行く。

 

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 ミコトは急いで安全ベルトをワイヤーに固定する。何度も引っ張って確認してから、作業に取り掛かった。

 

『ありがとうキラ。ヒヤッとしたわ』

「いえ、他の人は?」

『他はみんな運良くね。でもみんな、結構危なかったわ』

 

 見ればまだワイヤーを固定出来てなかった班もあり、宇宙空間に放出さたのだが、命綱のおかげで戻ってきているところだった。

 

『悪いけど、彼らも助けてあげて。キラなら朝飯前よね』

「僕は万能ではないですよ」

『頼りにしてるって言ってるの』

「やってはみますよ」

 

 キラはストライクで、作業員の帰艦も手助けする。

 ふと彼はアークエンジェルの進行方向とは逆を見た。コックピットに映し出される映像には巨大な瓦礫。地球側を見れば青い星の周囲を輪が覆う。どれもゴミだ。その中のひとつが地球の引力を離れたのだ。

 ストライクをアークエンジェルに着艦させると、キラも作業に取り掛かる。

 

『パテを練り込むんだよ。それを伸ばしてだな』

『プラモデルじゃないんだから』

『いいからやるの』

『へーい』

 

 コジローの指示にぶーぶー言いつつも、ソウマは慣れた手付きで作業をしていく。

 キラも見様見真似で作業を行う。パテを船体の傷に練り込み、特殊なライトで硬化させる。

 

『プラモデルみたいだな』

 

 いつの間にかキラの近くにトールがやってきていた。

 

「そうだね。なんだか変な感じ」

『だよな。こんなんで直っちゃうだから』

 

 ヘリオポリスイレブンの外壁の修理は、特別な資格がないと行えない。

 もしかしたら、彼らの知っている人たちはこのような作業をしていたのかもしれなかった。

 キラはパテを練り込んだ部分を指で押してみるが、凹む様子はない。

 

『結構貴重な経験だよな。オーブに帰れたら、モルゲンレーテに入社できるかな?』

「入社するの? 兵器開発?」

『しないのかよ。班長に声かけられてたんだぜ?』

 

 キラは「そうだけど」と口ごもる。

 

『でも、まあモルゲンレーテに入れば給料もいいし、地球にも住めるかな』

「地球に?」

『そうそう。この先のこと考えるとスキルを持ってないと、地球にいけなさそうだしさ』

「そっか。確かに地球の方は、裕福な人が多いんだよね」

『高官とかお偉方とかね。宇宙開発なんて、体のいいこと言ってるけど、宇宙じゃ豪勢な暮らしなんて、夢のまた夢って感じだしな。キラはどうするんだ?』

「僕は……わからない」

『宇宙でデブリお片付けって、わけにもいかなそうだしな』

「そうだね……」

 

 キラはヘリオポリスのある方角を見つめる。コロニーはすでに見えない。

 

『おい坊主共。手が止まってるぞ』

 

 二人は慌てて作業に戻る。

 

 

 

 

 

「――話を戻しましょう」

 

 マリューがそう言うと、ブリッジにいた面々は宙域図に目を向けた。

 アークエンジェルのブリッジでは、今後の方針を話し合っているところだ。

 徐々に地球のデブリベルトに近づきつつあった。

 

 宙域図には複数の航路が描かれており、その行く先はどれも月だ。

 デブリベルトに突っ込むのはどうだろうかと、誰かが提案するがアーノルド・ノイマンがそれを否定した。

 現在の速度のまま突っ込めば、アークエンジェルはバラバラになりデブリの仲間入りになってしまう。

 

「私としては、デブリに潜み月の公転に合わせたいと考えています」

「飛来するデブリはどうするんですか?」

「ストライクにどけさせればいいだろう」

 

 ナタルとアーノルドの話し合いを聞きながら、マリューは難しい顔となる。

 潜むのはいいとしても、アークエンジェルはそこまで長期戦はできない。

 特に水が足りてないため、遅かれ早かれ艦の維持ができなくなってしまう。

 

「水、それと武器と弾薬だな。これがないと――」

 

 ムウはウンウン唸った後、目を見開く。

 

「どうかしましたか? フラガ大尉」

「俺は不可能を可能にする男だってことだよカオルっち」

「は、はぁ……」

 

 マリューは「つまり、どういうことです?」と先を促す。

 

「デブリに潜みつつ、補給物資を探すってことさ」

「本気ですか? フラガ大尉」

 

 チャンドラは思ったことをそのまま口に出す。

 ジャッキーも考えを口にする。

 

「そうそう運良く、艦に使える物資なんてありますかね?」

「じゃあ、どこかに寄港するか?」

「L1宙域になら、何かあるかもしれませんが……」

 

 カオルは座席の端末を操作し、宙域図にL1宙域を表示。

 戦争が始まって早々に、地球軍とザフトが戦った戦場だ。

 月面基地から近い地球軍は物量で、対してザフトモビルスーツ部隊で激突した。

 

 結果はL1宙域に崩壊で地球軍の敗退である。そこになら両軍の破壊された戦艦などがあると考えたのだ。

 

「そっちは遠くないかしら?」

「ザフトに見つかる可能性もあります」

 

 現在のアークエンジェルとの位置関係は、地球を挟んだ位置にある。

 

「月基地しか寄港できる場所はないだろう。ってなると、そこまで隠れながら行くにしても、物資が足りない」

 

 ムウの言葉に全員が納得して頷く。

 

「なんで、このままデブリベルトに行くことを提案するぜ艦長」

「そうね。それで行きましょう」

 

 全員異論はないのか、頷き合う。

 

「早めに減速をかけておかないと、ですね」

「わかってると思うが、整備兵たちを収容後だからな」

「了解です。フラガ大尉」

 

 アーノルドとムウは、宙域図をにらめっこしながら、減速位置を決める。

 

「先程のデブリの影響も確認したほうがよろしいのでは?」

「そうね。お願いするわナタル」とマリュー

 

 ナタルは了解と言うと、通信機を使ってコジロー・マードックへと指示を出す。

 彼らの作業も一段落ついたのか、ストライクを中心にして艦底を確認。大きな損傷があることがわかり、そちらも素早く修理を行う。

 アークエンジェルの修理が終わると、キラたちを収容して、デブリベルト前で減速を開始。

 

 

 

 

 

 北極圏を眼下に、一隻の宇宙戦艦が砲撃を行っていた。

 ザフト軍所属、ローラシア級ガモフ。主砲からレールガンが一直線に光の軌跡を描き、地球軍のドレイク級戦艦に巨大な穴を穿つ。

 いくつかの光が走ると、爆発が起こる。ビームがデブリ、あるいは敵機に着弾したのである。

 

 デュエルがビームライフルを構えて発射。メビウスがそれをかろうじて躱して、ミサイルを放つ。

 イザーク・ジュールは「なめるな!」と叫ぶと、頭部の武装が火を吹く。

 バルカンガンのイーゲルシュテルンが、弾丸の雨がミサイルを襲い、爆発する。

 彼はデュエルのスラスターを噴射して、爆炎を突き抜けた。

 

 爆炎から機体が飛び出てくるとは、思っていなかったのだろう。メビウスの動きは直線的になってしまう。

 その機体が真っ二つに溶断される。

 二つに分かたれた機体が、デュエルの横をすり抜けて背後で爆発。

 

「ディアッカ! ラスティー! 何をやってる!」

 

 イザークが叫ぶと大きな爆発が起こる。

 ネルソン級の戦艦が真ん中で爆発し、船体を折っていた。

 

『グゥレイト! お待たせ』

『ブリッジぶち抜いたのはラスティー・マッケンジーだぞ。ディアッカ!』

『アシストどうもね』

「ふざけるな。まだ戦闘中だぞ」

 

 デュエルのコックピットのモニターで爆発が、数度起こる。

 羽のシルエット。西洋甲冑を思わせる機影。ザフト軍主力モビルスーツジンだ。

 オロールは重突撃銃を単発で射撃して、メビウスを撃墜していく。

 

 機体を急制動し、反転。そのまま重斬刀を抜刀してメビウスを斬り裂き破壊。

 

「さすがだなオロール」

『いや、そうでもない。新型のモビルスーツはいいな』

「まあな」

『ニコルはどうした?』

 

 爆発が起こり、最後のドレイク級が撃沈する。

 黒い機体が突如姿を現し、二機の前までやってきた。

 

「遅いぞニコル」

『お待たせしました。妙な動きをしたいので、手間がかかりました』

「妙……?」

 

 イザークは眉根を寄せる。

 デュエルの肩にジンが手を置く。

 

『接触回線だ。周囲を警戒しろ』

「やっている。ラスティー、そっちはどうだ?」

『熱を持ったデブリが多いんだよ』

 

 戦闘終了後とあって、爆発などで熱を持った物体が多数存在していた。

 ラスティーと同様、周囲を警戒しているディアッカも、センサーが役に立たないと言う。

 

『イザーク。この後、やってみせろ』

「バスターとスティンガーは、ガモフの直衛しつつ索敵。ブリッツは帰艦。俺とオロールは周囲を見て回る。ってところか?」

『まあ、及第点だな』

『では、帰艦します』

「待て、ニコル」

『はい?』

「妙な動きとはなんだ?」

『はい。艦列を崩して離れようとしたようでした。逃げる……とは違うような』

 

 イザークは唸った。

 彼らは北極圏にガモフを位置取り、足つきが来るのを待ち構えていた。

 そんな中地球軍の艦艇が三隻、この宙域に現れたのだ。

 

「大方逃げ出そうとしたんだろうさ。俺たちが強襲したからな」

『確かに、イザークの言う通りかもしれませんね』

 

 自分たちが急襲したことで、相手は陣形を維持できなかったのではないか。そう考えていたところ、デュエルのコックピットがアラートを発した。

 

「なんだ?」

『下だ! 何か大きな物体が打ち上がってるぞ!』

 

 オロールの声に反応して、全員が地球を見下ろす。

 青い表面に黒い点。それはみるみる大きくなっていく。

 

「ディアッカ! ラスティー!」

 

 バスターとスティンガーは狙撃しようと、武器を構える。

 二機は長射程を活かした攻撃を行うが、大気の壁がそれを阻む。

 ガモフは船体をロールさせ、地球に向かってひっくり返る形となった。レールガンの砲口を向けるが、わずかに遅かった。

 

 巨大な物体はガモフの射角を外れ、L1宙域へと飛翔。

 デュエルは追うが、すぐにロストしてしまう。

 

「消えた?!」

『おいおいマジかよ。索敵に反応しないぞ。打ち上がったはず、だよな?』

 

 ディアッカはスコープで、打ち上がった物体を探すが宇宙空間しか広がるだけだ。

 

『待ってください。これってもしかしてラスティー』

『元々は地球軍のだったしな』

「どういうことだ?」

『ミラージュコロイドか』

 

 イザークの疑問に答えたのは、オロールだった。

 そういえばと、ニコルが口を開く。

 

『イン隊の情報ってこれなのでは?』

『地球軍がなんかを打ち上げてるって話だったな』

 

 ラスティーもセンサーや索敵をフルで使うが反応はない。

 熱紋で探そうにも、先の戦闘の影響で熱を持った物体が多く、正常に判別できない。

 

『全機、帰投せよ。本国にエマージェンシーをかける』

 

 ガモフの艦長、ゼルマンはいつもと声音が違った。気怠さを感じさせない重く低い。

 

『足つきの捜索は一旦中断だ』

 

 

 

 

 

~続く~




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。


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宇宙の大陸~中編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 アークエンジェルのブリーフィングルーム。壇上に立つのはマリュー・ラミアスとムウ・ラ・フラガ。右端にて端末を操作するナタル・バジルールの三人。

 それを眺める十数名。その殆どがアークエンジェルの外装修復に出た面々だ。

 話の切り出しはムウ・ラ・フラガだ。

 

 補給が受けられるという話に、キラたちは湧く。

 ソウマは小さく笑って口を開く

 

「これでトールのくそつまんないギャグを見なくて済むな」

「ギャグじゃねぇって」

「ギャグ?」

 

 ミコトが小首を傾げる。

 

「トールったら食事にがっついてね」

 

 ミリアリアはトールが喉をつまらせた話をする。

 ひとりひとりの水の量が決まっているため、ミリアリアの水を分けたのだ。

 トールとしては、死にかけたためふざけているわけではない。

 

「トールはもうちっと落ち着いて飯を食うべきだな」

「お前もだぞジェイク」

「俺はつまらせてないだろ」

「俺の分の水をとっておいてか?」

「だって飲んでなかったじゃん」

 

 ネイサンは何かを言いかけたが、それを飲み込む。

 

「アイスあげたじゃん」

「お前のだけじゃねぇよ」

「チョコチップもサービスした」

「わかったわかった」

 

 余談だが、水をあげたミリアリアを不憫に思ったジェイクはアイスを彼女にプレゼントした。それで彼女は喉を潤すことができたのだ。

 そんな話をよそに、サイ・アーガイルは話の先を促す。

 

「補給を受けられるんですよね?」

 

 彼らはどこかしこに、基地があるのだと考えた。そこで自分たちのお役目は終わりだとも考えたのである。

 次の基地の名前はなんだろうか。ユーラシア連邦じゃなければいいと、口々に好き勝手言う。

 しかし、言った当人のムウは渋い顔をしていた。

 

「で、フラガ大尉殿。次の基地は?」

 

 ソウマが先を促す。

 ムウは話の結論を先延ばしすることを口にする。

 マリューは一度咳払いすると、アークエンジェルはデブリベルトに向かっていると言った。

 キラとソウマはわずかに表情を変える。

 

「補給ってまさか……」

 

 サイは顔色を変えた。

 彼はその先を理解し口にする。

 ムウはそんな彼を称賛しつつ、苦虫を噛み潰したような顔となった。

 

 マリューとムウは、デブリベルトから補給物資を探そうと考えていたのだ。

 戦闘で破壊された戦艦などが、多数滞留しているのである。

 彼女らとしては、地球軍の戦艦を見つけて、そこから水や弾薬。その他使える物を諸々手に入れるつもりだ。

 

「つまり、俺達に船外作業しろってこと?」

「そういうこと。頼りにしてるぜ」

 

 ソウマは嫌そうな顔を隠さずに口にし、ムウはそれを爽やかな笑顔で受け流す。

 

「それしかないのだ」

 

 そう言ったのはナタル。彼女は端末を操作すると、マリューとムウの背景に映像を投写。

 そこには武器弾薬。食糧の備蓄から水の残りまでを正確に表示していた。

 数字で出されてしまうと、キラたちは何も言えなくなってしまう。

 

「やるしかないみたいだな」

「わかったよ。デブリあさりしてくればいいんだろ?」

「話が早くて助かる。みんなも頼むぞ」

 

 マリュー、ムウ、ナタルがブリーフィングルームから出ていくと、カオル・ウラベが壇上に立った。

 

「心情的には私も諸君らと同じだ。できればデブリベルトをあさりたいとも思わないし、君たちにやらしたくもない」

 

 それでも、明日を生きるために手段を選べないと彼は言う。

 ネイサンは話の先を促す。

 

「で、ウラベ少尉。どうします?」

「班分けとかして?」

 

 ジェイクの質問にカオルは頷く。

 

「そのつもりだ」

 

 今回もストライクの運用データを取りたいため、出撃を行う。それもエールストライカーを装備しての運用だ。

 キラはわずかに顔を俯かせたが、すぐに顔を上げてカオルを見据えた。

 まずはストライクとミストラルが、目印となるデブリを見つけ、そこを中心に探すのだ。

 

 宇宙は広大なため目印となるモノがなければ、簡単に遭難してしまう。それを避けるためだ。

 もちろんアークエンジェルの座標は固定されるのだが、何が起きてもおかしくない。

 実際、彼らは予期せぬデブリとの衝突を経験していた。それもあってか全員真剣に話を聞く。

 

「ストライクの班。リーヴ軍曹の班。ロード曹長の班だ」

「メアリーとフラガ大尉は?」

 

 ジェイクは暗にメアリーと一緒が良いと言っていた。

 

「フラガ大尉とセーラー少尉はアークエンジェルで待機だ。私もミストラルで出る」

「ウラベ少尉は?」

「ストライクの班だ」

 

 それから細かい話を詰めると、その場は解散となった。

 

 

 

 

 

 ナスカ級戦艦ボッシュ。イン隊の旗艦である。そのすぐ後ろにはローラシア級の戦艦二隻。

 三隻は宇宙の暗闇の中を慎重に、かつ大胆に進撃していた。

 彼らは堂々と月面基地の観測エリアに踏み入って、L1宙域に向かっている。

 

「情報を共有しておいて良かったですな」と黒服の男。

「とはいえ、複雑な気分だ」

 

 ジェン・インは肩をすくめて笑う。

 

「活躍された戦場ではありませんか」

「世界樹と周辺のコロニーを壊滅させたかったわけじゃない」

「宇宙開拓。それを願った始まりの場所、ですからね。複雑ですか」

「今でも破戒してよかったのか、疑問に思うよ」

 

 イン隊の再出撃は、クルーゼ隊よりも十二時間ほど早かった。

 ナスカ級一隻、ローラシア級二隻の編成でモビルスーツの数は十八機。

 ジェンを始めエースパイロット、準エースパイロットが複数所属している。

 

 プラント本土の防衛隊のひとつだ。

 クルーゼほどではないが、彼も世界樹攻防戦で名を上げたエースである。

 

 彼らは再び地球軍の打ち上げた兵器。またはそれに準ずるものを捜索に出発したのだった。

 今度の目撃情報は、北極点の近くだと聞いている。

 ジェンは念の為に、クルーゼ隊にも情報を共有してから出発。

 

 その結果、ついに地球軍の尻尾を掴んだのだ。

 地球軍の打ち上げを目撃したのはクルーゼ隊の分隊。

 彼らでなければ、相手がどのような兵器を使っていたのかわからなかっただろう。

 

 ガモフからの連絡によると、ミラージュコロイドという新兵器を使っているという話だ。

 しかし、そこでひとつ疑問が浮かぶ。打ち上げたものはどこに向かったのか。

 月基地に格納するにしても、普段とは違う動きになるはずだ。しかし、そんな情報はあがってこない。

 

 だが、それもガモフからの情報で、どこにあるか判明。

 L1宙域。そこはコーディネイターにとっても特別な場所だ。

 そこに地球軍は何かを準備しているのである。

 

「ミラージュコロイドで潜伏している。ってことか」

 

 ジェンの予想に、黒服の男が頷く

 

「Eジャマーといえど、ずっと展開できませんからな」

「ましてやL1宙域はデブリの海だ」

「海賊も多く、あまり近づきたがるザフト軍はいませんからね」

 

 世界樹という宇宙ステーションが、L1宙域にあった。コズミック・イラ以前の世紀から作られた宇宙への架け橋。

 人類が宇宙進出するためのステーションがあった。そこから人類は月に居住。そして宇宙にコロニーを作るようになったのだ。

 戦争開始直前までは、宇宙進出のための施設であった。

 

 プラントと地球が戦争となってから、そこは地球軍によって基地として運用されるようになったのである。

 そこが基地として使われることは、ザフト軍にとって非常に脅威であった。

 月と世界樹は、いわゆる出城と本拠の関係になる。ザフト軍が月へと攻撃しようとすれば、地球軍は立て籠もって、世界樹からの援軍を待つことも可能だ。逆もまた然り。

 

 プラントから見れば、二正面作戦を常に強いられる状況だ。

 よって、ザフト軍は多大な犠牲を出してでも、世界樹を破壊したのである。

 当時は評議会でも、強硬派とはいえ破壊に対して懐疑的であった。

 

 宇宙進出のための場所。自分たちコーディネイターという種が生まれ出るきっかけの場所である。

 海賊が出るなんて言って近寄らないが、実際はコーディネイターにとっても神聖な場所を破戒した。

 その事実を直視したくないのだ。

 

「新型の宇宙戦艦を打ち上げているのでしょうか?」

「か、基地だな」

「そんな?! そんなことになればまた!」

「だからこそ、確実に叩かなくてはならない」

 

 オペレーターが口を開く。

 

「ガモフとのランデブーポイントです」

「ガモフは?」

「望遠モニターに映し出します」

 

 そこにはローラシア級の戦艦の姿。

 ジェンはわずかに胸を撫で下ろすと、プラントの方角に視線を向けた。

 

「後はヴェサリウスが来るのを待つだけだな。イヴァンとマックスはジンで周囲を警戒」

 

 

 

 

 

 プラントのコロニー。それを見た人は砂時計にそっくりだと言わしめる外観をしている。

 戦争が始まってからは、その周囲には戦艦の補給基地が多数配置されている。

 外で任務を行う部隊の大半が、そこで修理や補給を受けるのだ。

 

 そのひとつに青い船体の戦艦が一隻。出航間近なのか、人々の動きは激しい。

 ナスカ級戦艦ヴェサリウス。出航時間が繰り上がったことで、兵士たちの動きは慌ただしい。

 一機のシャトルがその補給基地へと到着。窓からはアスラン・ザラが顔を覗かせる。

 

 彼は修復された母艦の様子を確認。そんな彼の視界の端に色が咲く。

 オレンジ色のジンと、追加装甲を装備したジンアサルトが、まっすぐにヴェサリウスへと飛翔。

 ちょうど戦艦に着艦しようとしていた。

 

(ミゲルとマシューのか。見たことない装備があったがあれは……)

 

 一瞬のことだったが、彼は見逃さなかった。

 オレンジ色のジンとジンアサルトの右腰部に、見慣れない火器が装備されていたのだ。

 新装備が配備されたことで、より激化する戦場に行くのだと漠然と思うアスラン。

 

 彼はシャトルを降りると、ヴェサリウスの搭乗口まで向かう。

 緑服の兵士二人に出迎えられ、敬礼で応答する。程なく進んで見慣れた背中に緊張が走った。

 クルーゼ隊の隊長、ラウ・ル・クルーゼと話すその人物。パトリック・ザラだ。

 

「クルーゼ。新装備の方だが――」

 

 アスランは敬礼をして、二人の横を通り過ぎようとした。

 しかし、パトリック・ザラに呼び止められてしまう。

 搭乗口の壁を押し返して、二人の前まで戻る。

 

 彼からはラクス・クラインが行方不明になったことを聞かれる。

 そこで、アスランは予定が繰り上がったのは、彼女の件だと理解する。

 だから、彼はラウに確認する。

 

 彼は小さく笑いながら「冷たい男だな」と軽い口調で言う。

 クルーゼ隊はそのラクス・クラインの捜索のために出航するのだ。

 アスランは内心首を傾げた。彼女が乗っている船は民間船である。だからそのことを指摘したのだが、パトリック・ザラが口を開いた。

 

「公表はされていないが――」

 

 民間船よりエマージェンシーが、ザフト軍に届いていた。

 

「何かあったんですか?」

「わからん。その後Eジャマーが展開されたようだ。意味はわかるな?」

 

 アスランは小さく頷く。

 

「先んじてルンロー隊が、偵察型のジンを送っている」

 

 彼らが話し込んでいる間にも、乗組員は続々とヴェサリウスに乗り込んでいく。

 ラウは、ユニウスセブンの位置が地球に近いことを指摘。ガモフも足つきをロストしているため、嫌な位置にあると言う。

 アスランは驚愕の声をもらす。

 

「定められた者同士なのだ。お前とラクス・クラインは。そのことをプラントの国民が知っている」

 

 だから、アスランのいるクルーゼ隊を休暇にさせるわけにはいかないと、パトリックは捕捉する。

 アスランは何かを言いかけるが、言葉にならない。

 

「アイドルなのだ。彼女は」

 

 パトリックは二人に頼むぞと言ったところで、声が飛び込む。

 

『接触回線。よろしいですか?』

 

 突如アナウンスが鳴り響く。

 クルーゼは搭乗口横にある通信機を手に取る。

 

「こちらクルーゼ隊。クルーゼだ」

『緊急通信です。お忙しいところ申し訳ないです』

「何事か?」

『イン隊より、クルーゼ隊に救援要請です。地球軍の打ち上げている兵器をガモフが確認。クルーゼ隊の援軍を求む。とのことです』

 

 ラウとパトリックは視線を交わす。

 

「そちらを優先してくれ。ラクス嬢の方は、ルンロー隊が先行している。だが――」

「承知しております。アスランが連れ帰って来ますよ」

 

 ラウは口元を小さく釣り上げる。そして通信している相手に「了解。すぐに向かう」と言う。

 ラウとアスランは敬礼する。パトリックはそれを見てから、踵を返す。

 父親の背中が見えなくなったところで、アスランは口を開く。

 

「ルンロー隊が救助して、それで良いのでは?」

「わかってないなアスラン。ヒーローになれって言ってんだよ」

 

 声はアスランの後方。ヴェサリウスの方からだ。

 アスランとラウが振り返ると、そこにはミゲル・アイマン。

 彼は敬礼しながら近づいて来ていた。

 

「もしくは、亡骸を抱いて涙を流すか、だな」

 

 アスランとミゲルは驚き、言葉を失ってしまう。

 どちらにせよアスランが動かなくては話が始まらないのだろうと、仮面の男は言う。

 アスランも、自分の父親がそのように考えているんだろうな。と、薄々感じていた。

 

「とはいえだ。まずは地球軍の新兵器だな」

 

 ヴェサリウスは程なくして出航。ローラシア級のツィーグラーを伴って、L1宙域へと目指す。

 

 

 

 

 

 デブリベルトを目前にしてアークエンジェルは制動をかける。

 アーノルド・ノイマンは、デブリの流れを見てサイドブースターを数度噴射。デブリベルトの周回速度に合わせて、アークエンジェルは宇宙を流れていく。

 マリューはアーノルドと視線を交わすと頷く。座席にある通信機を手に取ると口を開く。

 

「ナタル。そちらの方はお願いね」

『了解しました』

 

 アークエンジェルの左右のカタパルトハッチが開くと、エールストライクと、ミストラルが多数発進していく。

 そして彼らは、目の前にある巨大な物体に吸い寄せられるように、近づいていった。

 

『随分でかいデブリだなネイサン』

『ああ、やけにバカでかい』

 

 キラはそんな通信の会話を耳にしながら、どこかで見たと既視感を覚えた。

 

『とりあえず目の前に進むぞ。アークエンジェル。映像の方はどうか?』

『問題ないわ』

 

 アークエンジェルの方にも映像が届いており、目の前の巨大な物体に彼らは突き進む。

 

『接触回線。キラ、俺の気のせいか? すっげー見覚えあるんだけど』

 

 ソウマの声にキラは頷く。

 

「なんだか、プラントの――」

 

 そして彼らは、その巨大な物体の全貌を望める位置に着く。

 

『大陸? 宇宙に?』

『なんだ。これ? コロニーか?』

『いや、これは違う』

「――ユニウスセブン……」

 

 アークエンジェルで映像を見ていたマリューは立ち上がり、口元に手を当てた。

 

『あれってマジ話だったのかよ! じゃあなんだ? 地球軍は民間人殺したのかよ!』

『落ち着けジェイク。それをやったのはプラントの自爆って話だ。それにこれだって本当にユニウスセブンかどうかも――』

『何言ってんだよ。お前ら正気かよ。地球軍の人たちって自分たちのしたこと知らないのかよ――』

 

 トールは堪らず口を挟む。

 

『――これは、お前たち地球軍がやったことだろ! 少なくともオーブじゃそういう話だ』

『プラントの肩を持つってのかよ! オーブは』

『――そうか……。やっぱり地球軍がやったのか』

『ネイサン? ガキの話を信じるってのか?』

『キラ、お前の知ってる話を教えてくれ』

 

 キラは自分の知っているユニウスセブンの悲劇を、淡々と事実のみを話していく。

 その話に関して、士官から誰ひとり否定は入らない。

 それがジェイクとネイサンに、地球軍が嘘をついていたと雄弁に語っていた。

 

『じゃあ地球軍はなんの罪もない民間人を』

『よせジェイク』

『でもそうだろうがよ。あれはプラントの嘘だったんじゃないのかよッ!』

『そういうことなのだろう……』

 

 地球とプラントの戦争の初期。地球軍は大量破壊兵器によって破壊したコロニーがあった。名はユニウスセブン。

 プラントはその日をユニウスセブンの悲劇、血のバレンタインと呼んでいる。

 だが地球軍に参加している国々では、その情報を制限されていた。

 

『ユニウスセブンなんかじゃないんじゃないのか?』

『んなわけないだろう。リーヴ軍曹。ユニウスセブンでしょ! どう見たって!』

 

 そう言ったのはトールだ。

 あくまで情報が制限されているのは、地球軍の参加国だけだ。それ以外の国ではニュースで取り上げているため、周知の事実であった。

 当然ながら、中立の立場であるオーブもその情報は一般国民に公開している。

 

 それを知っているキラたちにとっては、自分たちの眼下に広がる宇宙の大陸は、ユニウスセブンだとわかるのだ。

 

『マジかよ』

『知らないのかよ。自分たちがやったことだろ』

『時間がないのだ。今は議論をしている場合でも、口論している場合でもない。各自周囲を索敵せよ』

 

 ナタルが場を制し、作業に取り掛かるように命じる。

 ジェイクらは話を切り上げると、それぞれの班に別れて補給物資がないか探しに行く。

 キラの班は、ユニウスセブンを担当することになった。

 

 エールストライカーを装備したストライクは、スラスターを巧みに操り着陸。

 キラたちは機体から降りると、ナタルから次の指示が飛ぶ。

 

『ストライクは立たせておくんだ』

『しゃがませたほうがいいんじゃないんですか?』

『我々が遭難するかもしれんだろ。目印にしておくんだ』

 

 ナタルとトールのやり取りを聞きながら、キラは辺りを見渡す。

 

(農業プラントって話だけど……)

 

 アスランの話を思い出したキラはぞっとする。この場で自分の知っている人が死んだのだ。

 

『キラ・ヤマト』

「は、はい!」

 

 考え事していたキラは、カオルの呼び声が突然に聞こえた。慌てて振り返ると彼はすぐ近くまで来ていた。

 

『どうかしたのか?』

「い、いえ……僕は中央の方を見てきますね」

 

 キラが指差す先には巨大な建物がいくつかあった。

 カオルは頷くと気をつけろと言う。

 

『私はソウマたちと、あのローラシア級の戦艦を見てくる』

 

 彼の指差す先には戦艦がひとつ。原型をほとんどとどめているため、なにか使えそうな物資があるのではないかと考えたのだ。

 

「はい。そちらも気をつけてください」

『そうだな。少し怖いからな』

「そ、そうなんですか?」

『ああ、どうしても宇宙空間に出ると、トイレが近くなってな』

 

 内臓が浮くような感覚に慣れないというのだ。

 

『フラガ大尉に相談したら――慣れろ――と言われてしまったよ』

「それは……」

『君とケーニッヒは随分慣れているな』

 

 キラは思い出したように笑顔を作った。

 

「トールはよく漏らしてましたよ」

『そうなのか。やはり慣れろってことか』

 

 カオルは肩を落とすと、ミストラルに乗り込む。中にはソウマとミコトがキラに向かって手を降っていた。

 彼はミストラルが飛び上がるのに巻き込まれないように、建物の影に隠れる。それを見てからソウマはミストラルを操縦。ローラシア級の戦艦へと取り付く。

 キラは建物の壁を蹴って、目的の場所へとあっという間に移動する。

 

 宇宙空間は重力という縛りがないため、無限に加速し続ける事ができた。

 建物の近くになるとキラは四肢を動かして、体を反転。背中につけてある人用のスラスターを噴射。

 それも一度ではなく、二度三度。そうすることで彼は速度を落として、建物の前に来る頃には歩くような速度となっていた。

 

 建物の壁を蹴って中へと入っていく。

 キラは建物の中に入ってすぐに後悔する。彼は息を呑む。

 彼の視界の先には、多くの亡骸が浮いていた。

 

 キラは建物の天井の方へと移動し、眼下に原型をとどめたままの人の躯に臓腑が冷えていく。

 空気が抜けた際、気圧の変化で吹き飛ばされた人々が大半だっただろう。

 しかし後か不幸か。建物の中にも多く人が残ったのだろう。結果、建物中に残ってしまい、宇宙を一緒に漂ってしまったのである。

 

 彼は頭を振って、暗闇の中を突き進む。コロニーの中心部には何かしらの、備品があると考えたのだ。

 その道中、とある遺体を見つけてしまう。彼の顔はあっという間に歪む。

 自身の両親のことを思い出し、二人の身が無事かどうか不安を抱く。

 

「戦争するのも……仕方がないってうのか」

 

 キラは歯を食いしばり、最奥へと進む。

 彼の睨んだ通り備品はあったものの、使えるかどうか不明なものばかりだ。

 この場所に来てもらわなければならない。そう考えると彼は躊躇した。

 

 まずジェイクのことを考えたのだ。彼はユニウスセブンの悲劇はプラントがでっち上げたものだと認識していた。

 そんな彼に、この惨状を見せるべきか。トールたちも同様だ。

 キラはヘルメットの一部を抑えて、通信を繋げる。

 

「ウラベ少尉。お話大丈夫ですか?」

『個人通信か? どうした?』

「はい。実は――」

 

 キラはいくつか使えそうな物を見つけたこと。そして場所に遺体がたくさん残っていることを話す。

 そして彼自身が抱いた懸念も、その時話した。

 

『こちらもたくさん使えそうな物を見つけたんだが』

「どうしましょう?」

『そちらは足りなかった場合、手を付けよう。必要な分だけあればいいのだから』

「ありがとうございます」

『いや。そんな辛いところに行かせてすまない。そろそろ時間だ。合流地点で会おう』

 

 キラは了解と言うと、その場を後にする。

 彼がストライクのところまで戻ってくると、ネイサンやジェイクのミストラルも合流していた。

 それから、アークエンジェルに戻るとブリーフィングルームで、何があったか各自報告。

 

 報告をまとめている間、キラたちは談笑していた。

 

「本当本当。びっくりしたぜ」

「親子の遺体があってね。本当に怖かった」

 

 トールとミリアリアはナタルと一緒に行動して、見つけたものを話す。

 

「こっちも世界樹の中に入ったけど、似たようなの見たよ。気持ちの良いものじゃないな」

 

 サイの言葉にカズィは顔を青くして頷いた。

 

「あ、もしかしてカズィ。漏らしたんだろ」

「ちびってないよ!」

「俺は少し漏らしたよ」とサイ。

 

 その報告に全員呆気にとられる。

 

「変な目で見るなよ。だって仕方がないだろ。マジで怖かったんだ。自分たちもこうなるんじゃないかとか、こうなってたのかもって思うとさ」

 

 ヘリオポリスイレブンの崩壊を目の当たりにしている彼らは、一歩間違えば自分たちもユニウスセブンの人たちと同じ運命を辿っていた。

 サイはそう考えてしまい、恐怖したのだ。

 そんな少年の後ろではジェイクが大仰に頷く。

 

「そっちはどうだったんだ? ローラシア級の」とネイサン

「ミコトがパニックになったし、俺も腰抜かしたし、大変だったよ」

 

 戦闘でやられたローラシア級の戦艦。その内部に入ったソウマたちが見たものも、皆と同じく凄惨なものだった。

 ミコトは顔を俯かせて「あれが戦争なんですね」とつぶやく。

 ソウマは頷くと話を続ける。

 

「あんなところから物を盗まないと生きていけないのか」

「ま、まあちょっとした冒険できたってことで」

 

 トールが面白おかしくしようとするが、ミリアリアに窘められてしまう。

 

「そうだ。キラは?」

「僕?」

 

 彼は努めて平静を装い「なんにもなかったよ」と言う。

 

「そっか。じゃあユニウスセブンから水持ってこないとだな」

 

 キラたちは顔を暗くする。

 

「その、ユニウスセブンからじゃないと駄目だな水は」

「あそこから水を?」

「喜んじゃいないさ。誰も」

 

 ジェイクの驚きの声に、ムウも面白くなさそうに言う。

 

「でも生きなきゃなんないんだから、生きるためにあそこから持ってくるしかないだろう」

 

 マリューも同じ思いなのか、ムウの言葉に首肯する。

 

「水はあそこにしか?」

「ないです。武器弾薬、修理部品などはローラシア級、それと世界樹跡地に多少あります」

 

 ネイサンは努めて淡々と話す。彼もユニウスセブンから水を持ってくることに、内心反対だった。

 

「墓荒らし、か」

「とりあえずですが、見つけた分だけでも月まではいけそうです」

 

 その報告にキラは胸を撫で下ろす。カオルはキラの見つけた物に関しては伏せたままにしていた。

 ある程度持っていく物を決めてからは、動きが大掛かりとなる。

 基本的に物資の回収はミストラルが行い、その間キラたち戦闘要員は周辺の警戒にあたることになったのだ。

 

 エールストライクはユニウスセブンを眼下に、周囲を警戒する。

 メビウス・ゼロ、メビウス・ストライカー、そしてメビウスの二機は周辺を飛行し、ザフトに対して警戒する。

 その間、ミストラルが氷を削り出し、遺棄されている物資をアークエンジェルへと運んでいく。

 

 

 キラはコックピット内のモニターに、最新の映像を投影。

 ストライクが撮影した映像をリアルタイムに更新して、新しい情報をモニターに映し出した。

 ふと白い物体が映り込む。

 

「民間船?」

 

 キラはエールストライクを民間船まで進める。船体に振れて様子を伺う。

 その船は、どう見ても何かの攻撃によって撃沈されたようだった。それも新しいものだ。

 微細ながら船体の動力から発せられる熱がまだあり、それをストライクもセンサーでキャッチしていた。

 

「戦闘? でもなんで?」

 

 ストライクの頭部は周囲を見渡す。

 彼の視界に赤く明滅する光が飛び込む。

 おむすびにも似た形の物体が、宙空を漂う。

 

「あれは……」

 

 驚きの声が出てしまう。

 脱出ポッドだ。人がひとり入れるようなポッド。

 ストライクはそれに手を伸ばしキャッチする。

 

「接触回線です。聞こえますか?」

 

 呼びかけた声に反応はない。

 故障を疑ったキラは、それをモビルスーツに把持させたままユニウスセブンへと戻る。

 ストライクをユニウスセブンの残骸の影に隠しながら、脱出ポッドの外見を再度確認。

 

 穴が空いてたり、破損している様子はない。

 赤いランプが点滅していることから、機能はしていることは示している。

 キラは脱出ポッドを発見したことを報告しようと、コックピットの端末に手を伸ばす。

 

 直後コックピットにアラート。

 キラは慌ててモニターを見る。そこには黒いカラーリングの機体。ジンがいた。

 ストライクに登録されているデータバンクは、強行偵察型のジンと表示。

 偵察型のジンは先程キラがやったように、民間船の周囲を飛んでいた。

 

(もしかしてこれか?)

 

 脱出ポッドを見て、キラは差し出すべきかどうか悩んだ。

 だが、すぐにその考えを放棄。脱出ポッドが目的だと絞りきれなかった。アークエンジェルを追っている部隊とも考えたのだ。

 敵の追手と考えてからは、スコープを引き出し、ビームライフルを構える。

 

 ロックオンして、引き金にそっと指を添えた。

 キラに撃つ気はない。ジンに早く行ってくれと心の中で何度も願う。

 こんなところで戦闘したくなかった。こんなところで人殺しをしたくなかった。こんなところから早く離れたかった。

 

 何よりストライクに銃口が向いた場合のことを考えて恐怖する。

 ストライクの左マニピュレータには、脱出ポッドが把持されているのだ。

 攻撃され、命中でもすれば脱出ポッドの中の人は死んでしまう。

 

「早く行ってくれ!」

 

 願いが通じたのか、偵察型のジンはその場を後にするように反転した。

 

 

 

 

 

~続く~

 




次のお話も見ていただければ嬉しいです。


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宇宙の大陸~後編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


 青い星地球。その星が太陽という光を遮り、宇宙に暗闇を作る。闇に光が差し、影から浮かび上がる無数の破片や残骸の数々。太陽が顔を覗かせて、闇に隠れたものを浮かび上がらせる。

 陽の光によって存在が顕になったのは、残骸だけではない。緑と青の船体だ。ローラシア級の戦艦。ナスカ級の戦艦。

 四隻の戦艦は眩い光を反射しているのだが、戦艦が自ら輝いているようにも見えた。

 

 その周囲を人形の機動兵器がゆったりと飛ぶ。武器を構えて周囲を睨む。

 ツインアイのデュアルセンサーが太陽の光に負けじと光る。白と青のカラーリングの機体デュエルはレールバズのゲイボルグを構えて、周囲を眺めた。

 周囲は瓦礫が漂っていた。ローラシア級の戦艦だったモノ。地球軍のモビルアーマー。脱出艇のようなもの、コロニーのシャフト。

 

 ローラシア級の戦艦だったモノの中から、小型船がゆっくりと出てくる。

 

『回収できるだけしたくなるでしょうが、遺品なんだよ』

『わかっちゃいるが、ここは敵地なのだから。時間をかけられないと言っている』

 

 デュエルのコックピットで、イザークは鼻で笑う。

 彼はシートの横からボトルを取り出すと、メットのバイザーを開いた。ボトルからストローを取り出す。そして口をつける。

 ジェル状のモノが彼の喉を潤し、栄養が胃袋に届く。

 

『お前はアカデミーの頃から変わんねーな』

『そっくりそのまま言葉を返させていただきます』

『何を!』

『こっちのセリフだ!』

 

 イザークは大きな溜息をつく。

 

「じゃれ合うな」

『なんだとイザーク。俺はまだお前にもアスランにも負けを認めてないからな』

『でもイヴァンは六位じゃんよ。一位と二位には程遠いじゃん』

『ミヒャエルは九位だろうが』

『俺、五位な』

『『お前が威張るな』』

『皆さん落ち着いてください』

 

 ニコルが制止に入り、言い合いはそこで止まる。

 イザークは「やれやれ」と言いながらボトルをしまう。

 

「ディアッカ。そっちはどうだ?」

『こっちも異常なしだ』

 

 デュエルに背中を向けて、バスターは反対側を警戒している。

 両機の間には戦艦が全部で四隻。デブリを背にしているため、月の地球軍の基地からは見えない位置にあった。

 デブリを影にしつつジンが三機、姿勢制御しながら移動。

 

『ミラージュコロイドっての? やっかいだな』

『地球軍の新型。見れば見るほどかっこいいな』

『そうかしら? 私はジンが可愛くて好きだけど』

 

 イザークとディアッカはサブモニターで互いの顔を見合わせる

 

「ジンが」

『可愛い?』

『そうでしょ。可愛いじゃない愛嬌があって』

「マックス。オーレリアンどういうことだ?」

『俺たちに聞くな。わからんよ』

『それはそれとして、みんな機体がかっこいいよね』

 

 オーレリアンは羨ましいと付け加えた。

 

『とんでもないOSだったが』

 

 首を左右に倒してストレッチしながら言う。

 

「見た目なんてどうでもいいだろう」

『ザウートは嫌だって言ってたじゃないか』とマックス。

「に、任務なら乗ったさ」

『その話覚えてるよマックス。ずんぐりむっくりしてて的だって言ってたな』

「う、うるさい。忘れろ」

『アカデミートップファイブは最新鋭機にも乗れて、随分と出世したな』

『イヴァン羨ましいって正直に言いなよ』

『うるさいミヒャエル』

『へっへーん。俺のスティンガーはミラージュコロイドを使って隠密狙撃できるんだぞ』

『ミラージュコロイドなら僕のブリッツにもありますけどね』

 

 咳払いが通信機を叩く。

 

『久しぶりの再会なのはわかるが、同窓の話し合いは後で頼む』

 

 イン隊長の声で話が終わる。小型船はイン隊の旗艦に入る。

 着艦すると、イヴァンとミヒャエルと呼ばれた二人は荷物をもって消える。

 ニコルとラスティーは、格納庫中央に鎮座している自機のコックピットへと潜り込むと出撃。

 

 彼らの機体から、ミラージュコロイドのデータを取得していたのだ。

 L1宙域に地球軍の打ち上げているものがあると、把握したクルーゼ隊とイン隊は、合同で攻略しようと準備に取り掛かっていた。

 ミラージュコロイドを展開されると、今現在は見つける手段がない。

 

 とはいえ、手をこまねいているわけにもいかず、手持ちでなんとかできないかと考えたのである。

 索敵用のセンサーは作れないかと、試しているところだ。

 ザフト軍は戦艦に小さな工房がある。各部隊つど、作戦に必要な武器などを作ることができた。

 

 ミラージュコロイドを探知するセンサーを作ろうとしているのである。

 音紋は宇宙のため確認できず、熱紋による探知も試したものの、地球軍はなかなか尻尾を掴ませない。

 以上のことから、強力な冷却装置を有していると彼らは予想していた。

 

 どっか適当に撃ってあぶり出すことも考えないことはなかったが、L1宙域に絞ったとしても宇宙は広い。そのため攻撃したことでかえって自分たちの首を締めかねなかった。

 ならば簡易なものでもセンサーを作り、それで確実に敵に打撃を与えるというのだ。

 

 そんなわけで、イン隊はセンサーを作ろうとしているのである。

 その間、ヴェサリウスが来るまでやることがないため、友軍の戦艦から遺品と物資を回収できるだけ回収していたのだった。

 

『ヴェサリウスが来るまでまだ余裕がある。偵察にいってきてくれ』

「ディアッカ、ニコル、ラスティー。今度は俺たちが偵察に出るぞ」

 

 三者三様に了解と反応。デュエルを先頭に、四機はデブリの間を縫いながら移動していく。

 

『ラスティーしっかりしろよ。お月さんに見つかったらことだぞ』

『そっちこそ。重い機体なんだ。軽すぎるデブリを蹴っ飛ばすなよ』

 

 程なくしてディアッカとラスティーは言い合う。

 

「おいおい。いい加減にしてくれよ」

『しかし、どこに隠しているんでしょうね?』

『木を隠すなら森の中って、日本にそういう言葉があるぜ』

 

 ニコルの疑問にディアッカは、それっぽく答えた。

 

『じゃあコロニーの残骸に隠してあるんですかね?』

『ひとつだけって限らないんだろ?』

『他の部隊の話も総合すると、ひとつや二つってどころじゃないだろうな』

 

 三人の話を聞きながらイザークは、コックピットに映し出される映像を眺める。

 この瞬間も、ゼルマンたちはガモフが捉えた映像を解析していた。

 だが、その結果を待つとしてもイザークは、思ったことを口にする。

 

「あれは戦艦っぽくなかったな」

 

 打ち上げているものが建造物のようなものだった。他の部隊も含めて、口を揃えているのがそれだった。

 イザークも実際に目の当たりにして思ったのは、同じ感想である。

 それでも妙な引っ掛かりを感じていた。

 

『言われてみれば……』

『そうでしたか?』

『俺はブロックみたいに見えたけどな』

 

 ラスティーの言葉に、彼の言葉をイザークたちはオウム返しする。

 

『ああ、ガキの頃遊んでたブロックの玩具。あんな感じに見えたけどね』

『玩具ってなんだよ。俺たちは戦争してんだぜ』

『それに砲塔とかもありましたよ』

 

 ディアッカとニコルの言葉に、ラスティーは『わかってるよ』と言う。

 

『言うんじゃなかった』

『ラスティーブロック遊びしたいのかな? なあイザーク』

「そうか。ブロックか。確かに、そうなるとある程度の規模も推察できるんじゃないか?」

 

 ディアッカは素っ頓狂な声を出す。

 デュエルは急制動かけると、反転する。

 ディアッカたちは突然の動きに当然ながらついていけず、少し遅れて後に続く。

 

『イザークどこへ?』とニコル。

「一旦ガモフ戻るぞ」

『どういうことだ?』

「何かしらの建造ブロックだとするなら、ある程度規模は絞れる。闇雲に探すより効率的だ」

『そうかもだけどよ。だだっ広いここで?』

 

 イザークたちが急遽戻ったことで驚かれるが、彼の話を聞いて全員が映像の解析に本腰を入れる。

 そんな中、イン隊の索敵に戦艦が二隻の到来を告げていた。

 太陽の光を浴びて、青と緑の船体が輝いて見える。

 

「ヴェサリウスとツィーグラーです」

「来たか」

 

 ジェン・インは小さく笑う。予定より早い到着だったため、彼らは少し驚く。

 クルーゼ隊は月にかなり近づく形の航路を選んだため、予定より早めに到着したのである。

 道中、地球軍に遭遇することなく、ここまで無傷で辿り着いている。

 

「隊長の勘はエスパーに近いんじゃないかって、時々驚かされます」

「私とて、そこまで万能ではないよ。その証拠にこのヴェサリウスは、優秀な仲間がいて初めてここまで来れるのだから。私の勘で来たわけではない。クルーゼ隊の諸君らがここまで導いてくれたのだよ。誇れよ」

 

 ラウ・ル・クルーゼの言葉に艦内の士気が上がる。

 

『早かったな』

「始めてくれても良かったのだが、手をこまねいている様子だな」

 

 ジェン・インは軍帽を取り出して団扇のようにして扇ぐ。

 

『クルーゼ隊長の意見も聞きたいところだ』

「承知した」

 

 ヴェサリウスとツィーグラーが合流すると、ラウはアスランとミゲルを伴ってイン隊の艦に移動する。

 ブリッジに到着すると、今までの情報を連携された。

 仮面の男は顎に手をやって考え込む。

 

「イザーク・ジュールの読みは宛になると思う」

「となれば、世界樹のあった場所。そこに敵はいるな」

「なぜわかる?」

「私の勘が告げている」

「数は?」

「ひとつだろうな」

「そうか。ならやりようはあるな」

 

 話を傍で聞いていた面々は驚く。

 それだけのやり取りで、敵を決めつけて良いものかと思ったのだ。

 アスランはたまらず口を開いた。

 

「隊長。よろしいのですか?」

 

 仮面の男は不敵に笑う。

 

「むろん布石は打つさ」

 

 ジェンが先を促す。

 

「ここには使えるモノが山程あるからな」

「なるほど、その手で行こう」

「だから隊長たち、俺らわかんないですって」

 

 今度はミゲルが全員の気持ちを代弁する。

 

「すまない。アスラン、君ならどうする?」

 

 アスランは試されていると感じながらも、状況を整理していく。

 彼は宙域図を見て、瞬時に閃く。

 ラウはそんな部下の様子を見て、微笑ましそうに笑う。

 

「デブリを使います」

 

 二人の隊長は満足そうに頷く。

 

「そうだ。デブリを使い、多方向から世界樹のあった座標へと押し出すんだ」

「なるべく数を用意してな」

 

 そうと決まれば彼らの動きは早い。

 イン隊の方は二つの部隊の工作兵をブリーフィングルームに、クルーゼ隊のブリーフィングルームにはパイロット連中が集められる。

 工作兵は、デブリに簡易ブースターをつけて射出するための、行程確認。パイロットの面々はその後の作戦行動についての話し合いだ。

 

「一気に叩き潰さないのですかクルーゼ隊長」

 

 疑問を口にしたのはイザークだ。

 ラウはアスランに目配せをする。

 彼はイザークへと向き直り、口を開く。

 

「相手の居所がわかっても、戦力は不明だ」

「だからこそ、突撃すれば」

「いや駄目だイザーク。それだと攻める側が、不利になる」

「手をこまねいていろというのか? アスラン」

「分析するんだ」

 

 仮面の男は大仰に頷く。

 

「その通りだ。多方向からデブリをぶつけようとすれば、相手は迎撃行動に出るはずだ」

 

 ミラージュコロイドで姿を消しているとはいえ、何らかの迎撃で相手の数や位置はできる。

 が、しかし。その内包する戦力までは把握できるわけではない。

 デブリが接近するからといって、基地の兵力総出で対応するかといえば違う。

 

 ではどうするかということなのだが、これについてはイザークもすぐに察する。

 近くに撃沈されて漂流しているローラシア級の戦艦を使うのだ。

 多方向からデブリが接近することで、地球軍は警戒をするだろう。

 

「ローラシア級の戦艦を見つけた地球軍はどう思うかな? ザフト軍に場所が知られたと考えるだろう」

 

 地球軍は口封じのため、見つけたローラシア級を見逃さないはずだ。

 内包する戦力の一部を出して、戦艦を必ず轟沈させようと動くと考えられた。

 そこから相手の戦力を分析して、作戦を立てるのだという。

 

「いささか手間ではあるが、何分相手も一筋縄ではいかないだろう。なにせ、こんなところに建造物……私の読みだと基地だが。そんなものを最新の技術を使ってまで秘匿しているのだ」

 

 ラウは厄介な相手だと評した。しかし、同時に自分たちの部隊とイン隊が協力すれば、撃滅できるとも豪語する。

 

「我々には地球軍が持つ新兵器を手にしている。状況は五分。いや、それ以上だ」

 

 

 

 

 

 光が走る。宇宙の闇を切り裂くように一閃。

 白い機体の眼前には黒い機体。胴体部を赤熱した穴がひとつ。

 バッテリーから放出されるスパークが、放出されながら宙空を漂う。

 

 偵察型のジンは爆発四散し、宇宙に散っていく。

 ストライクのコックピットでキラは言葉にならない叫び声をあげた。

 通信を切って、ただひとり涙を流す。

 

 話は遡る。偵察型のジンは確かに帰ろうとしていた。しかし、運悪くそこをチャンドラとカズィの乗るミストラルが横切ったのだ。

 気づかないでくれと願ったキラだが、結果は最悪なモノとなり、引き金を引くしかなかった。

 偵察型のジンはスナイパーライフルを構え、ミストラルへと発射。ストライクが応戦して左腕を吹き飛ばす。当然相手はストライクに気づき、銃口を向けた。

 

 キラは左腕を吹き飛ばしたことで、敵に撤退をしてほしかったが、狙われたことで殺すしかなかった。

 左手には脱出ポッドを把持しており、それを守るしかなかった。

 と同時に、相手はアークエンジェルを捜索しに来たのだと、キラは考えたのである。

 

 ならば脱出ポッドを守るため、アークエンジェルの存在を敵に知られないため、そして友を殺させないため、彼はビームライフルの引き金を引いたのだ。

 仲間たちはキラを気遣って通信するが、彼は通信を切っているため、状況が伝わらない。

 

『ストライクはやられたのか? って聞いてんの!』

『ストライクは無事です』

 

 ムウの質問にチャンドラは、しどろもどろになりながら答える。

 

『キラ。キラどうしたんだよ?』

 

 カズィはモニターにしがみついて、呼びかけるが反応はない。

 

『それより報告が先でだろ。なんの爆発だよチャンドラ』

『ジンの爆発です。リーヴ軍曹』

 

 ジェイクは驚き叫ぶ。

 

『そっちが先だろ! 敵機じゃねーか!』

『偵察に出るぞジェイク。文句は後だ』

 

 ネイサンとジェイクのメビウスがスラスターをふかし、デブリの中へと消えていく。

 

『それより、キラの安否の方が先でしょ』

 

 メアリー・セーラーはメビウス・ストライカーでストライクに接近。

 接触回線用のケーブルを打ち込み、呼びかける。

 

『接――』

「殺したくなんかないのにぃ!」

 

 メアリーはなんと言葉をかけていいかわからず、しばらく押し黙ってしまう。

 自分たちが戦争に巻き込んでしまった責任の重さ、不甲斐なさに強い衝撃を受けた。

 熟考した結果、聞かなかったことにして、最初からやり直す。

 

『接触回線です。キラ・ヤマト。そちらは無事で?』

「あ、はい。すいません。ちょっと」

『いいわ。でも次から通信には応答してほしいわね』

「そ、それより脱出ポッドを回収しまして」

 

 ストライクの左マニピュレータに把持された脱出ポッド。それに初めて気づくメアリーは、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

『わかったわ。艦長に報告を』

「わかりました」

『ごめんなさいね』

「え?」

 

 メアリーはキラと向き合うことを恐れた。彼の気持ちを受け止められる気がしなかったのだ。

 殺させてしまったこと、向き合わなかったことから、そんな気持ちから言葉が出てしまう。

 だが、そんな気持ちを汲み取る余裕のないキラは、それ以上何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 大小様々なデブリにブースターが取り付けられ、火が灯る。

 世界樹のあった場所めがけて動き始めた。

 ガモフから、ブリッツとスティンガーが出撃。二機はミラージュコロイドを展開して、宇宙の闇へと消える。

 

 二機にはそれぞれ隠れながら、索敵してもらう手はずだ。

 イン隊からも偵察型のジンが出撃し、デブリに隠れながら周囲を警戒。

 機関部だけを応急処置されたローラシア級も動き出す。外装もできるだけありあわせで直した。

 ただ完璧な修復ではない。少しでも近づけば、損傷していることは、子供でも判別できるレベルのものだ。

 

 それを宇宙の、しかもデブリの多い宙域ですぐに判別するのは難しい。

 ヴェサリウスの艦内にブリッツとスティンガーが位置についたことを知らせるアナウンス。

 仮面の男は満足そうに頷く。

 

 ブースターをつけたデブリたちは、予定通り宇宙ステーション世界樹のあった座標へと突き進む。

 その映像はブリッツ、スティンガー、そして偵察型のジンを通して、クルーゼ隊とイン隊に届けられていた。

 闇の中から突如光が発生。次の瞬間、いくつかのデブリが爆発して消滅。

 

 アデスは腰を浮かせた。

 

「隊長」

「熱反応、どうだ?」

「反応あり。これは――巨大です!」

 

 一瞬ではあったが、巨大な熱反応を完治したと報告があがる。

 そしてさらにわかったことは、砲撃は一方向しか行われていないということだ。

 

「なるほど、と、なるといくつかのデブリを迎撃に出ないとならなくなるな」

 

 ブリッツの映像にメビウスに似たモビルアーマーが数機出現。

 

「足つきのメビウスか」

 

 そのメビウスには足があり、武装なども多数変更点が見られた。

 挙動はわずかにモビルスーツに寄っているが、いくらか直線的な動きである。

 それらが、いくつかのデブリを落とすと、闇の中へと消えていく。

 

「軍事基地だな」

 

 アデスは驚く。

 

「どうやって?」

「カーペンタリアと同じだろう。我々の作戦の猿真似だ」

 

 ザフトは地上に基地を作る際、基地の土台を宇宙から直接降ろして、短時間で基地を用意した作戦があった。

 今回はその逆。地上から宇宙に打ち上げて、基地を作っているのだ。

 

「なるほど。基地の基礎を打ち上げて組み上げていると」

「ミラージュコロイド。あれを使えば確かに可能だ」

「テスト機の実証もせずにですか?」

「何もヘリオポリスだけで、新型を作る必要もあるまい」

 

 話を聞いていたジェンも通信越しに同意した。

 

『随分と厄介なモノを用意してくれたものだ』

「なかなか厳しい戦いになるかもだな」

「ローラシア級ゴッホ。敵に察知された模様」

 

 今度はスティンガーからの映像に注視する面々。

 スティンガーの位置はちょうど世界樹の真上をとっている形だ。

 ミラージュコロイドの最適化された機体ではないため、デブリの中に隠れるようにしている。

 

 そのためカメラの橋にデブリなどが映り込んでいた。

 アデスはそれについて文句を口にするが、仮面の男は大した問題ではないようだ。

 余談ではあるが、イン隊の赤服たちは同期の仕事にハラハラした様子だった。

 

「始まってましたか」

「ミゲルか。例の試作品――シヴァだったか、あれの調整は?」

「万全です。試射したかった気持ちもありますが」

「道中どこかで時間を作るべきだったな」

 

 ラウは申し訳ないと口にする。

 

「サブとして持っていきます」

「頼りのない兵器かもしれないが、実働データを取ってくれ」

「了解です。まあ試作品の失敗は起きないことを祈りますよ」

 

 試作品が暴発してジンの右腕を吹き飛ばした。その絶大な威力からインド神話にいる破壊神シヴァから名前を戴いている。

 

「隊長。来ました」

 

 アデスの声にラウとミゲルはモニターに視線を向ける。

 

「でかいな」

「巨大な……モビルアーマーか」

 

 巨大な足がまず目を引く。全長二十メートルほどの鳥を模したと思われるモビルアーマー。

 両翼のスラスターはフレキシブルに動いて、宇宙空間を自由に動く。胴体部底部から生えた足が前へと伸びた。

 三本の巨大な爪が二度、三度と虚空を掴む。

 

 モビルアーマーはローラシア級まで接近すると、すでに撃沈している戦艦だとわかったのか。戦艦の周囲を飛ぶ。

 そして周囲の様子を伺うようにした後、前に突き出した足先から、粒子の光を照射。

 ローラシア級の戦艦はバターのように、赤熱し溶解。残り少ない燃料を燃やしながら、爆散する。

 

 情報収集が終わると、クルーゼ隊とイン隊は合同の作戦会議を行う。

 足つきメビウスに関しては、大した問題ではないという結論に至る。ただし、通常のメビウスより警戒して、相手にする必要があるという見解。大型のモビルアーマーは不可解な点があるため、地球軍の新型であるアスランらが対応することになった。

 誰が相手にするかという話になった時、アスランはイザークとディアッカを推薦する。

 

「どういう風の吹き回しだ? 俺たちに戦果でも取らせてご機嫌取りか?」

「いや、違う。イージスの特性上。強襲するのに向いているんだ。加速力を生かして、高火力で一撃を加える。基地の戦闘能力を奪うのに適している」

「なるほど、俺のデュエルとディアッカのバスターなら大型のモビルアーマーがどんな能力があっても柔軟な対応ができると」

「オーケーそれで行こう」

 

 イザークは納得したように不敵に笑い、それに合わせるようにディアッカも口元を緩める。

 アスランの提案にラウは頷く。

 基地に対しての攻撃はアスラン。大型のモビルアーマーはイザークとディアッカが応対することになる。

 

「俺のスティンガーは超長距離射撃を活かした方がいいと思う。俺は基地の砲塔を優先して攻撃するよ」

「では、僕のブリッツは迂回しての奇襲ですね」

「じゃあ俺たちはイン隊のジンらと一緒に攻勢をしかける組だな」

 

 ミゲルはオロールとマシューと共に、イン隊の面々を引き連れて突入すると言う。

 それに待ったをかけたのがイン隊の隊長ジェンだ。

 

「私も出る。部隊を二つにわけよう。我々のレッドをミゲルに預ける」

「マジかよ」と驚くミゲル。

「マジだ」

 

 ジェンは爽やかに笑う。

 

「それとスティンガーに護衛をつけよう。こちらには偵察型のジンがいる」

「連携もとれそうだな」

 

 顎に手をやりラウは納得した様子となる。

 

「そういうこと。偵察型のジンの索敵情報を連携。それと一緒に護衛のジンもつける。こちらも試作兵器を試したいのでね」

「近接防御兵装のバルカンガンだったか?」

「でかい重い。取り回し最悪。でも威力は十分。護衛にもってこいです」とイン隊の緑服の兵士が言う。

 

 それぞれの案を混ぜてひとつの作戦とする。

 

「ああ、それと一応アレも持っていくか」

 

 ジェンの言葉に、ラウ以外の全員が首を傾げる。

 

 

 

 

 

「やはり来たか」

「先程のは、こちらの戦力確認といったところでしょうね」

「構わん。遅いか早いかに過ぎない。迎撃準備。相手はこちらの位置はわかっていも規模まではわからん」

 

 地球軍の基地の司令は落ち着いていた。

 アラートが鳴り響き、第二種戦闘配備から第一種戦闘配備へと変わる。

 モニターには赤き機体。オペレーターはデータなしと報告。

 

「ザフトの新型か」

「それにしてもモビルアーマーとは、どういうつもりだ?」

「その後方に二機の未確認機と多数のジン!」

 

 報告を聞いた司令は顎に手をやり、考え込む。

 

「馬鹿め。真っ直ぐ突っ込んでくるということは、アグニの餌食になるということだ」

 

 副司令はいきり立つ。対して司令は、鋭い眼光でモニターを睨む。

 

「どちらにせよ、だな」

「なにかおっしゃいましたか?」

「ゴットフリート。アグニ起動。奴らを迎撃しろ」

 

 基地の全容は未だに相手に知られていない。如何にコーディネイターといえど、不意討ち気味のビームに反応しきれない。そう考えたのだ。

 砲塔が動き出し、粒子の光が一閃。赤き機体は反応して、急直角に上昇。しかしビームはそのまま後方のジンたちを襲わんと迫った。

 オペレーターは直撃と報告。粒子が弾け飛び、宇宙に花が咲く。

 

「いや、待て。索敵情報を更新しろ」

 

 巨大なスクリーンに映し出される映像が、最新の情報に更新される。

 そこには巨大な光の膜が展開されていた。

 

「あれは!」

「アルテミスの傘!」

 

 ジン三機がアルテミスの傘の発射装置を抱え、その装置からは光波防御帯が発生して、ジンたちを守っていた。

 直後、別方向から光が、基地に突き立てられる。

 

「二十一番ゴットフリート沈黙!」

「いかん! こちらもアルテミスの傘を展開しろ!」

「しかし、こちらの基地の全容が」

「急げと言っている!」

 

 副司令は司令の命令を復唱。

 司令室では慌ただしく、専門用語が飛び交う。

 宇宙の闇から基地が姿を見せる。そして光の球体を作って防御形態となった。

 

「メビウス・エイブラムスをフル装備に換装。ケツァルコアトルもスタンバらせろ」

「鉄壁ですよ」

「アルテミスは陥落したのだぞ!」

 

 

 

 

 

『宇宙に大陸かよ!』

 

 ミゲルは叫ぶ。

 彼は一旦下がろうとしたが、イヴァンが叫ぶ。

 

『こっちにも傘はあります。ぶつけましょう!』

『確度は低い』

『まずいでしょうよ。あれはここで落とさないと』

『やってみせろザフトレッド』

 

 イヴァンは気炎を上げる。それに呼応するように、マックス、オーレリアンも叫んだ。

 傘と傘が接触。ぶつかりあった場所は光波防御帯が崩壊。

 

『アスラン!』

 

 その一瞬を見逃さないアスラン。イージスは加速して一気に飛び込む。

 ラスティーが撃ち落とした砲塔を盾にするように飛び込み、防御帯の発生装置をビームライフルで破壊する。

 あっという間に、相手の壁は消えてデュエルとバスターを筆頭に、ジンたちは雪崩込む。

 

 応戦せんと、足つきのメビウス。メビウス・エイブラムスが出撃。

 最初に見たときよりも、武装が増え二連装の大口径砲塔を装備。砲口がスパークして砲弾が飛び出す。

 ミゲルは瞬時にそれをリニアキャノンと看破。砲弾を重斬刀で斬り払う。

 

 それを見ていたイザークも見様見真似で斬り払い、そのまま接近してビームサーベルで薙ぎ払う。

 ディアッカは二種の兵装を操り、基地に打壁を与える。

 その合間にもスティンガーの狙撃は続き、的確に相手の攻撃手段を奪っていく。

 

 狙撃に気づいたメビウスが発進していくが、ガトリング砲を手にしたジンの迎撃に会いあえなく全滅。

 アスランはモビルアーマー形態とモビルスーツ形態を巧みに使い分け、強襲を繰り返し、イン隊長の部隊が乗り込む方角も制圧。

 次いでジェン率いるモビルスーツが突入。と、同時にブリッツの奇襲により、地球軍の対応は無秩序になっていく。

 

 こうなってしまえば後はあっという間だ。そう、誰もが思った時。

 

『巨大モビルアーマー確認』

 

 デュエルとバスターの動きが止まり、モビルアーマーを発見。

 

『来たかよ』

『いくぞディアッカ』

 

 二機はモビルアーマーへと攻勢をかける。

 

『舐めるなよ宇宙人共!』

『ビーム兵装出力安定』

『あんよはいつでも飛ばせるぜ』

『蹴っ飛ばしてやれや』

 

 モビルアーマーには地球軍のパイロットが三人乗っていた。

 ケツァルコアトルの足が切り離されると、意志を持ったかのように接近するデュエルめがけて突撃。

 意図しない攻撃に、イザークは対応が遅れて飛ばされる。

 

『蹴飛ばすのか!』

『足が飛んだぞ』

 

 ケツァルコアトルのパイロットは叫ぶ。

 

『蹴るだけじゃあない!』

『掴めるだよ』

『アイアイ!』

 

 再度足が飛び、デュエルを素早く掴む。三本の爪で機体を切り裂こうするが、まるでびくともしない。

 

『鹵獲したジンは切り裂けたんだぞ』

『ディアッカ!』

 

 バスターは足へと攻撃をして、デュエルの拘束を解除。ケツァルコアトルからもビームの応射が来るがバスターは難なく回避。

 デュエルはビームサーベルを振り回し、粒子の光を斬り裂く。

 

『迎撃! 迎撃ぃ!』

『あんよダブル!』

『アイアイ!』

 

 デュエルとバスターを掴もうと足が宇宙を飛翔。二機はビームで迎撃しようとするが、ケツァルコアトルからのミサイル攻撃にも対応しなくちゃならず、昇順が定まらない。

 そこに巨大なビームの光。ミサイル誘爆して消滅。

 余裕のできた二機は足を破壊し、ケツァルコアトルに突撃。バスターは全兵装を発射し、デュエルは加速をそのままに肉薄。ビームサーベルを二刀構えてモビルアーマーの胴体を十字に溶断。

 

 デュエルの背後でモビルアーマーが爆散。

 

『グゥレイト』

『礼を言ってやるアスラン』

 

 それから程なくして、地球軍は降伏しクルーゼ隊とイン隊は、地球軍の宇宙要塞ユグドラシルツーを拿捕した。

 

 

 

 

 

「補給物資は拾えと言ったがな」

 

 ナタルは呆れたように言うと、キラ・ヤマトを見た。

 コジロー・マードックは脱出ポッドに、何やら端末を刺して操作していく。

 周囲では銃を構えた陸戦兵たち。物々しい雰囲気の中、コジローは「開けますぜ」と言う。

 

 脱出ポッドのハッチが開く。

 

「ご苦労さまです」

 

 ひとりの少女が飛び出し、笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

~続く~

 




登録はお任せしますので、次のお話も見ていただければ嬉しいです。


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歌と消える光~前編~

注意書き
この作品はオリジナルモビルスーツ、オリジナルキャラクター、オリジナル設定など多数含みます。


「ラクス・クライン」

「はい。わたくしラクス・クラインです。こちらは友達のハロ」

『ハロ元気。お前もな』

 

 桃色の球体が飛び跳ねる。

 

「えっと、シーゲル・クラインと同じ名前だけど……」

「はい。父はシーゲル・クラインですわ」

 

 桃色の頭髪に水色の瞳をした少女は、無邪気にそう言う。

 自分がどういう立場なのかまるで理解していないようでもある。

 そんな彼女の態度にマリュー・ラミアスは内心頭を抱えた。

 

 マリューの側にはムウ・ラ・フラガとナタル・バジルールがいる。

 どちらも彼女と似たような顔をして、困惑していた。

 マリューはムウに視線を向けるも、彼は肩をすくめるだけだ。

 

「ところで、どうして脱出ポッドなんかに?」

「はい。実は――」

 

 彼女は血のバレンタインの追悼慰霊団の代表であった。

 ユニウスセブンの悲劇から一年になるということもあって、彼女たちはその調査に来たのである。

 ところが、地球軍の艦艇の臨検にあい、そこで諍いが生まれてしまった。

 

 結果、彼女は船が撃沈される前に、脱出ポッドに押し込められて放流されたのだという。

 またしても自軍の非道な行いに、マリューらは俯いてしまう。

 ナタルは予想以上に軍規が乱れていると、呆れたように言う、

 

「それで彼女はどうする? 艦長」

「どうって……」

 

 ラクス・クラインはプラントの軍籍ではない。立場的にはただの一般人である。

 だが、そうとも言い切れない。彼女の父親はプラント評議会の議長なのだ。

 つまり敵国の長たる者の娘だった。

 

 そんな娘を抱え込んでしまったことに、大きな息を吐くくらいしかできないマリュー。

 現在のアークエンジェルの問題がひとつ増えてしまった。

 オーブの避難民がいること、アークエンジェルの人員が足りてないこと、月の基地に行けるかどうか、そこに加えてラクスという問題が転がり込んだのである。

 

「とにかく、彼女は士官用の部屋で――」

「ええ、そうね」

 

 ナタルの提案に頷くマリュー。立ち会っているムウは肩をすくめる。

 

「では、私が案内します」

「お願いねナタル」

「了解しました」

 

 ナタルは護衛を二人呼び出すと、ラクスを連れて部屋を出ていく。

 それを確認して、マリューは机に突っ伏すように崩れた。

 ムウは倒れたのではと思い、慌てて背中に手を伸ばす。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫です大尉。それとセクハラです」

 

 ムウは慌てて手をどかして、振れた手を見つめる。

 

「え? そう?」

「でも――」

「そうだな。困ったな。どうしたもんか」

 

 二人は溜息をついて、あれこれと話し合う。

 

 

 

 

 

「あのお姫様歌上手いよな」

 

 トールがそう言うと近くにいたジェイクが頷く。

 彼らは食堂で食事をしていた。

 

「こう、心に響くよな」

「そうそう」

 

 横で話を聞いていたキラとサイ。

 そこにジークフリート・リヒトシュタイナーが相席する。

 

「調子の方はどうだ?」

「覚えることが多いですが」

 

 サイはブリッジでの仕事を少し愚痴る。

 続いてジークフリートはキラを見た。

 

「あ、はい。大丈夫です」

「愚痴くらい言えるようになるといい」

「え?」

「後は遊ぶんだ」

「は、はぁ」

 

 会話が終わってしまったことに、キラとサイは困惑する。

 

「えっと、リヒトシュタイナーさんのお仕事は?」

「精神科医のマネごとやらをやっている。毎日のように相談に訪れる者もいるな。私は内科医なんだがな」

 

 臨時医官は真顔で「困ったものだ」と言う。

 それからキラはミコトのことを聞いた。

 彼女は雑用しつつも、ジークフリートのお手伝いなどをしている。

 

 彼曰く、助かっているという話だ。彼女はすぐに不平不満は言うが、ちゃんと教えればその通りに作業をしてくれるので、頼りになるとも言う。

 わかった気でいる方が困るので、ミコトのすぐ顔に出るところは、機雷ではないと言う。

 

「君に向けてくれるような、笑顔を向けてくれればいいんだけどね」

 

 そんな話をソウマにしたら「あれは猫被ってるだけ」だと言われたという。

 

「君の番だ。愚痴は?」

「えっと――」

 

 彼は人に言っても言いような愚痴を考える。

 しかし、すぐには出てこない。彼が愚痴を言いたい内容は、人に言えるようなものではなかった。

 友達と殺し合いたくない。戦争をしたくない。そんなことは許されるような状況ではないのだ。

 

「癒やしとかがないのが――」

 

 ジークフリートの瞳にキラは、内面を見透かされたのではないかと、居心地が悪くなる。

 

「私の癒やしだがな。最近は歌が癒やしだな」

「そんな話で持ちきりですよね」とサイが相槌を打つ。

 

 キラが救い出した少女。ラクス・クラインは毎日のように歌っていた。

 不思議とその歌に癒やされている者も多く、兵士たちの間では評判が良い。

 特に極限状態に置かれている避難民には、救いとなっていた。

 

 娯楽もない。やることもない。とあって、艦の作業を手伝う者も増えたくらいだった。

 そんな中、ラクスの歌は避難民の心的負担を和らげている。

 

「俺なんかあの歌に聴き入って、その場から動けなくなったもんね」

「サボってただけだろ」

 

 ジェイクの感想に、ネイサンは嗜める。

 

「すごいよな。遺伝子いじって、そんなことしちゃうなんて」

「そうだよな。キラもなんでも出来るし、やっぱコーディネイターって凄いよな」

 

 サイの言葉にジェイクは同意し頷く。

 キラは小さく驚きの声を出す。横を向くとサイは後ろにいるジェイクと顔を見合わせて。何やら話し込んでいた。

 彼はなんでもなかったように、食事を続ける。

 

「サイ。こんなところにいた」

「どうしたフレイ」

「あの宇宙人の歌をやめさせてよ」

「はい?」

 

 フレイは宇宙人の歌など聴きたくないと、サイに詰め寄る。

 

「どうしてさ?」

「気持ちが悪いの。敵なんだよ?」

「いい加減にしないかフレイ。彼女は――」

「敵よ敵! コーディネイターなんて言ってるけど宇宙人!」

「なんの騒ぎだ?」

 

 そこに黒髪オールバック。メガネをかけた男。カオル・ウラベが顔を出す。

 彼も休憩時間となったため、食事を摂りに来たのだ。

 フレイはカオルへと向き直る。

 

「あのコーディネイター、宇宙人を殺してください」

「なぜだい?」

「敵なんですよ?」

 

 カオルは一度大きな溜息をつく。

 彼は努めてキラに視線がいかないようにする。

 

「彼女は敵国の民間人だ」

「でもコーディネイターなんでしょ! なら敵じゃない!」

「コーディネイターなら敵、か。君は知らないようだけど、太平洋連邦にもコーディネイターはいる。その逆もしかり」

「歌をずっと聞き続けろっていうの! 宇宙人の!」

「――歌を控えるように言っておこう」

 

 話が一段落しかけたところ、幼い声が食堂に届く。

 

 あまりにも朗らかで、場違いに思えるような陽気な声音。

 あまりの急変化に全員が食堂の入り口を見入ってしまう。

 そこに幼い少女に連れられて、ラクス・クラインが現れる。

 

「お姉ちゃん。こっちだよ」

「ここが食堂なんですわね」

 

 ジェイクは「オーマイゴッド」とつぶやき、ネイサンは天を仰ぎなにやらつぶやくと十字を切る。

 物々しい雰囲気を物ともせず、あるいは汲み取れないのか。彼女は何も気にせず食堂に入って、食事を注文しようとした。

 

「なんでこんなところにいるのよ」

「あら? わたくしラクス・クラインと申します」

 

 ラクスは手を差し出す。それを見たフレイは目を見開き、すぐに嫌悪感を前面に押し出す。

 

「ふざけないでよ! 握手なんかするわけないでしょ! コーディネイターなんかと!」

 

 フレイの激しい言葉に、キラは表情を暗くする。

 さらに彼女は何かを言葉を続けようとしたが、サイが制止する。

 

「ロード曹長。リーヴ軍曹」

 

 

 カオルの指名に、二人はいつにも増して厳つい声を出す。その場を一瞬で支配する。

 今度は別の物々しい雰囲気となった。軍隊の規律と厳格さが食堂を支配。

 二人はカオル仰々しく敬礼して応じる。

 

「ラクス・クライン嬢を、お部屋にお連れしてもらいたい。場所はわかるな?」

「「了解であります」」

「ああ、それと。誰か彼女に食事を――」

 

 その場にいた者たちは自然とキラへと視線を向けてしまう。

 それを全身で感じ取ったキラは、静かに立ち上がる。

 誰もが安堵し、胸を撫で下ろす。

 

「僕が」

「すまない。助かる」

「では、ラクス・クライン嬢」

「まだ、部屋を出たばかりですのに」

「っていうか、どうやって」

「はい。このピンクちゃんが」

『ハロ、元気。オマエモナ』

「おうおう。元気モリモリメカだ」

 

 せっかくの自由を謳歌していたラクスだが、あえなくそれは終わってしまう。ネイサンは彼女をそっと手で誘導し、ジェイクはフレイとラクスの間に入るようにして立つ。

 サイは何かを察すると立ち上がり、フレイの肩に優しく振れて話しかける。

 キラはラクスの分の食事のトレーを手に取り、フレイの視線の死角から食堂を後にした。

 

 彼らが出たのを確認して、カオルは小さく息を吐く。彼は自身の食事のトレーを取ろうと手を伸ばす。

 

「遺伝子であの能天気さを直せないものなのかね」

「歌を歌うためのリソースに割り振ったんだろ」

「案外コーディネイターって適当なんだな」

 

 カオルはわざとらしく大きく咳払いをした。そして彼はジークフリートと机を挟んで対面に腰をおろした。

 

「医学的に違いは?」

 

 ジークフリートは思案顔になった後口を開く。

 

「ないな」

「なら結構。キラ君のメンタル面でのサポートを頼む」

「彼は強敵だよ」

「それでも、だ」

 

 

 

 

 

 宇宙空間に浮かぶ大陸。ユグドラシルツーと呼ばれる宇宙要塞。

 上から見下ろせば、歪な形ではあるが円形である。いずれワイヤーを使って軌道エレベーターとしようとしていた。

 未完成であるものの、要塞としての機能は十分である。

 

 その要塞表面にてバスターとスティンガーが武器を構えた。

 上空――というよりは彼らから見て上の座標――を地球軍の艦船が進軍していく。

 彼らに気づかないのか、地球軍はそのまま素通りしてしまう。

 

 現在要塞はミラージュコロイドで、姿を消している。

 クルーゼ隊とイン隊の攻撃によって、その機能は大分損失したものの、ナスカ級、ローラシア級の戦艦内工廠と、ユグドラシルツーにある備品などで、ミラージュコロイドシステムが十全に近い形で機能するまでになっていた。

 そのため、地球軍は彼らの存在に気づかなかったのだ。

 

『隊長、あれでいいんですか?』

『撃ち落としちゃった方がいいと思いますけど?』

 

 ディアッカ・エルスマンとラスティー・マッケンジーはそれぞれ、敵の艦を撃沈しないのかと、自身の隊長に問う。

 不意打ちをするのに絶好の機会だ。

 しかし、彼らの隊長、ラウ・ル・クルーゼはその好機を手にしない。

 

「泳がせておけ。いつでもトレース出来るからな」

 

 それよりも、と仮面の男は続ける。

 

「まずは、このユグドラシルツーを別の場所に移す必要がある」

「本国までの長旅か」

 

 ラウの隣にはジェン・インがいた。

 彼らがいるのはユグドラシルツーの司令室。地球軍の兵士たちのほとんどは牢にぶちこんでいるが、数人の主だったものだけが作業を手伝わされている。

 二人は宙域図を見ながら、これからの予定を話し合っていた。

 

「長いな」

「なるべく、秘密裏に届けたいところだな」

 

 ジェンもその案には賛成だった。

 まず要塞は破壊されたと思い込ませたかったのだ。そうすることで、彼らの不意を打てると考えたのである。

 彼らの意識からユグドラシルツーの存在が消える。そのタイミングで利用するつもりだ。

 

「防戦が得意なジェン・イン。君ならこの要塞を上手く使いこなせるだろう」

「やってみせよう」

「ザラ国防委員長閣下には、私から直接報告しておくよ」

「閣下は、気に入りそうだな」

 

 そんな話を聞きながら、アスランたちは司令室でオペレータの作業を手伝っていた。

 イン隊のブリッジ要員がほとんどであるが、宇宙要塞のことを完璧に理解するまでは、彼らも補佐をしているのである。

 アスランは素早いキータッチと、タッチパネルの操作で要塞のシステムを再構築していく。

 

「少人数で扱えるシステムを作れって、システム屋の仕事だろうに」

「口を動かさずに、手を動かすんだイザーク」

「うるさい。命令するな」

「自爆コードの解除は完了しました」

 

 ニコルは自爆コードを解除すると、アスランのサポートに回る。

 彼らの他にもシステムを再構築している面々はいるが、彼らの作業スピードにおいついていけない。

 

「さすがトップスリーだな~」

 

 金髪碧眼の男がキー操作をしながら、呑気に言う。それを横で聞いていた灰色の頭髪の男は仏頂面となった。

 

「イヴァンは不服そうね」

「うるさいぞエリザベート」

 

 金糸のような頭髪。アメジストを思わせる双眸の少女は妖艶に笑う。

 

「悔しかったら勝ってみなさいな」

「なんだと! お前は悔しくないのか!」

「貴方の個人的な気持ちに、私を巻き込まないで」

「なにおぅ!」

 

 彼ら二人の横にいた赤髪の男が口を開く。

 

「うるせーぞイヴァン!」

「てめーもだミヒャエル!」

 

 今度はイヴァンとミヒャエルが言い合う。

 それを横目にスキンヘッドの少年と青髪の少年は呆れながら言う。

 

「あの人達、いつも元気だね」

「ほら大きな声出すと気合入るって言うじゃん。それじゃね?」

「ああ、なるほど」

「マックス! オーレリアン! お前ら!」

 

 イザークは立ち上がり「作業に集中しろ」と怒鳴った。

 そんな様子を冷静に眺めるアスランは、小さく息を吐く。

 彼らなりのコミュニケーションのとり方だと理解している。それがアカデミーからずっと続いていた。

 

 なので、今更何かを言うつもりはない。もちろん、作業の進捗が遅れることには内心文句はある。

 そんな光景を見てしまうから、彼はどうしても思ってしまう。

 ここにキラもいてくれればと。

 

 彼は時折夢想してしまう。

 ここにキラがいて、仲間たちがいて。きっと良いチームになれるだろう。

 そんな確信が彼にはあった。

 

「どうして……」

「どうかしましたか? アスラン」

「なんでもない」

 

 アスランの難しそうな顔にイヴァンは面白くなさそうに鼻を鳴らす。

 

「せっかく再会したんだ。辛気臭い顔するなよ」

「だったらもう少し早く作業を進めてくれ。予定より遅れている」

「手を動かしてるだろ!」

「その作業は俺が受け持つ。イヴァンはイザークの補佐だ」

 

 イザークとイヴァンは素っ頓狂な声をあげる。

 互いに不服なのか、手を動かしつつアスランに文句を並べていく。

 そんな言葉を聞き流しつつ彼は、自分の分の担当を終わらせる。

 

「こっちは終わったぞ」

 

 そんな彼らのやり取りを見ながら、ラウとジェンは話題が変わる。

 

「同期なのだから仲良くならんのか」

「君の同期は仲が良いのか?」

 

 ジェンは首肯した後に、ラウを気遣う。

 仮面の男はネビュラ勲章を授与するほどの男だ。アカデミーでの同期からの嫉妬は、想像に難くない。

 むしろジェンの同期が異常だったのかとも思い直す。

 

「才能があるということは、必ずしも幸福ということではない。それに私は職業軍人だからな」と自嘲するラウ。

 

 ジェンはラウを意外そうに見つめた。

 彼はパトリック・ザラに気に入られていると、冗談っぽく言う。

 そのため他の職についている暇がないと説明した。

 

「忙しい者は本業を休業している者もいるからな」

 

 言外に気にするなと言うジェン。

 ラウも言うほど気にしていないのか、そうだなと頷くだけだ。

 プラントでは軍人という職業以外に職を持つものがほとんどである。

 

 ラウのように専業としているのは稀だ。

 ジェンは彼の輝かしい戦果が、普通の職に就くことを許されないのだろうと、内心同情する。

 おまけに現在の国防委員長のパトリック・ザラに、気に入られているという。

 

 そんな彼が普通の職業に就職するというのが、難しいという話なのかもしれない。そうジェンは結論づけた。

 実際、前線に出ている兵士たちの多くは本業を休んでいる。地上に降りている兵士たちは、絶賛開店休業状態だろう。

 軍務に従事しているため、不当に解雇されることはない。が、そのまま帰らぬ人となることがあるため、経済界からはかなり重圧をかけられている。

 

「とにかく、私としてこの基地にいる間はいい思い出を作って欲しいものさ」

 

 彼は意識して少し大きな声で言う。それはアスランたちの耳朶に、確実に届いている。

 そこからどう受け取り、どう動くかは彼ら次第だ。いくらジェンが言ったところで、最後は彼らの問題だ。

 そこまで話をしたところで、彼は本題に戻す。

 

「ところで、先の地球軍の艦隊はどうする?」

「ヴェサリウスで追尾しようと思う」

「おいおい。それは――」

 

 ジェンは視線をアスランへと向ける。

 彼の婚約者、ラクス・クラインが行方不明になっていることは、彼も知っている。

 だが、それと地球軍の妙な動きを見過ごすこととはならない。

 

 現在の戦況で、地球軍の艦艇が連合支配圏から外れて航行することは異常だ。

 仮面の男は彼の艦艇は、足つきに関係があると踏んでいた。

 L3宙域から見て月の基地に戻るには、地球を迂回して行かなければならない。

 

「彼女の命と、地球軍の不穏な動き。天秤にかけるまでもないだろう?」

「そうだが……」

 

 ジェンは苦虫を噛み潰したような顔になる。

 ラウは意外だと口で表情を表す。すぐにそれは平静の口元になる。

 しかし、それを見逃すほどジェン・インは鈍感ではない。

 

「そんな顔をするな。色々あって、どうしてもな、そういう方面には敏感でな」

「そういえば君は婚姻統制には、登録していなかったな」

「どうにも好きになれなくてね。私はいい。わかったヴェサリウスの出航を認めよう」

「早くも基地司令官気取りか?」

「君が司令官になってくれても良いのだよ?」

「悪かった。ガモフとツィーグラーは使ってくれ。本国までの移送。よろしく頼む」

 

 仮面の男の申し出に、ジェンは肩をすくめて応じる。

 そこで基地にいる捕虜のち旧軍の士官が、ザフトのオペレータをつつく。

 

「なんだ?」

「第八艦隊の暗号パルスが発信されてる」

「わかるのか?」

「わからない。第八艦隊は太平洋連邦の中でもさらに独自の暗号使ってるから、わかりにくいんだよ」

 

 その会話を聞いていた仮面の男は、口元を釣り上げた。

 

「どうやら、天は我々に味方しているな」

「どういう――そうか。このタイミングで発信は」

「足つきに繋がるな」

 

 ラウはアスランを呼びつける。すぐに出る準備をしろと命じると、ガモフのゼルマンに通信。内容はオロールをヴェサリウスに異動を命令。

 

「足つきへの水先案内を頼むとしようか」

 

 不敵に笑うラウ。対してアスランの内心は複雑だ。

 アルテミスの宇宙要塞でキラたちが降りられていないと、推測できた。

 また、ニコルから奇妙なことがあったと話を聞いている。

 

 ブリッツとストライクが接触した際の、敵パイロットが叫んでいた内容。

 ニコルとしては、兵士らしからぬ言動に気味が悪かったという。

 イザークらは「腰抜けのナチュラルらしい」と笑い飛ばしていたが、そうではない。

 

 ブリッツを退けたのは、間違いなくキラだ。

 彼もまた苦しんでいる。そうアスランは確信していた。

 そんな彼と戦う覚悟が、アスラン・ザラにはないのだ。

 

 戦いたくない。誰かに殺されたくもない。

 アスランは歯を食いしばり、軍務のためだと奮い立たせる。

 ヴェサリウスは地球軍の艦艇が、自軍を探知できない距離なると出航。

 

 ゆっくりと第八艦隊の先遣隊を追跡する。

 

 

 

 

 

 士官室の扉が開くと、ラクス・クラインはそこへと案内されてしまう。

 

「ということで姫様。悪いですがここで大人しくしてください」

 

 ネイサンの淡々とした物言いに、ラクスは悲しそうな顔を作る。

 そんな彼女の様子を見たジェイクは思いついたことを口にした。

 

「後でレクリエーションルームにて歌おうぜ。思いっきり歌わせてやるからよ」

「おいジェイク」

 

 フレイを刺激するのはまずいと考えたネイサン。

 

「いいじゃねぇかネイサン。その間、サイにフレイをどこか連れ出してもらおうさ」

「おい、それは――」

「なんだよ。文句あっか?」

「名案だな。俺もラクス嬢の歌はちゃんと聴きたい」

 

 そんな二人の会話にラクスは「あら~」と笑う。

 

「では、お時間になりましたらよろしくお願いしますね」

「思いっきり歌ってくださいよ。地球軍にも、あんたの歌が好きな人は多いんだぜ」

「おい。そういう話は」

「いいじゃねぇか歌は自由だ。国境なんて関係ねぇ。お前も歌、好きだろ?」

 

 ネイサンは鼻で息を吐くと、それ以上は何も言わなかった。

 

「じゃ、後でキラが来るからよ。そいつと仲良くしてくれや」

「噂をすればなんとやらだな」

 

 話していると、キラが食事のトレーを持ってやってくる。

 彼の左肩にはいつの間にかトリィが止まっていた。

 視線が集まったことでキラは警戒する。

 

「どうかしました?」

「後は、コーディネイター同士頼むわ。俺らじゃ上手くニュアンス伝わんないし、同じもん同士しかわかんないこととかあるだろ?」

 

 キラは僅かに表情を変化させる。その後、何事もなかったかのように「そうですね」と頷いてみせた。

 二人はキラが入室するのを確認すると、食堂へと戻っていく。

 

「キラ、様」

「様? そんな……」

「コーディネイターなのですか?」

 

 ラクスはキラの制服に肩章がないことに気づく。

 

「そうですね。その、だから出歩かないでください」

 

 キラは自分の言ってることの意味が、不明なことに気づきつつも話を続けた。

 

「ここは地球軍の船で、コーディネイターのこと――よく思ってない人もいるので」

「でもキラ様は、大丈夫なのでしょう? 皆様いい人たちなのでは?」

 

 キラは先程あった食堂の会話を思い出して、内心苦虫を噛み潰す。

 いい人たち、いい友人たちだ。だからと言って、彼らはコーディネイターに対して無知である。

 ただ地球軍にとって、ストライクを動かすためだけのパーツ。それで大事にされているのではないかと、考えてしまうキラ。

 

「わたくしも仲良くしたいのですのに、皆さんと」

「そうなれたらいいですよね」

「お優しいのですね。キラ様は」

 

 ラクスの屈託のない笑みに、キラは赤面してしまう。

 

「あ、えっと。その僕もコーディネイターですし」

「貴方だからでしょう? お優しいのは」

 

 キラは何か射抜かれたような気分になる。その瞬間だけ、彼女が別の何かに見えたのだ。

 

 

 

 

 

「これは第八艦隊の暗号パルスです」

 

 そんな声にアークエンジェルのブリッジは沸き立つ。

 誰も彼もが表情を明るくし、地球軍の兵士たちは抱き合い喜ぶ。

 特にマリュー・ラミアスの喜びは、誰よりも強かった。

 

「閣下が、我々のために先遣隊を出してくれたんだわ」

 

 アークエンジェルは、第八艦隊の先遣隊と合流するために進路を変更。

 

 

 

 

 

~続く~




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歌と消える光~中編~

「パパが?」

「ああ、フレイのお父さんが来ているよ」

 

 食堂でフレイ・アルスターの声が響く。彼女の対面には軍服を着たサイ・アーガイル。

 周囲の席には私服の人々。オーブからの避難民たちだ。今は彼らの食事の時間のため、軍服でいるサイだけ浮いていた。

 彼らはフレイの声に反応して、視線を向けたものの、すぐに興味を失って元に戻す。

 

 彼らにも先遣隊の話は聞かされているため、どこか明るい雰囲気だ。

 乾杯をする者もおり、歓談をしてここまでの苦労を語り合っていた。

 誰も彼もが、オーブに帰れると和やかな笑みを浮かべている。

 

 サイはそんな同郷の者たちを横目に、話を続けた。

 

「避難民の名簿は送ったから。外務次官も、フレイがいるなんて知らなかっただろうけど」

「驚いてくれるかしら?」

「驚くだろうね」

「パパのために、おめかししなくちゃ」

「そうだね。元気な姿を見せてあげなよ」

「うん」

 

 こうして普通に笑ってくれれば普通の少女だ。むしろ人当たりはいいまである。

 それは彼だけではなく、周囲の人々も同じ感想だ。

 ただコーディネイターが絡むと、途端に刺々しくなってしまうのだった。

 

 病気でもないのに遺伝子をいじるのはおかしい。自然に生まれてくるのが普通だ。それがフレイの主張である。

 

「シャワー浴びてこないと」

「そうしなよ。あー……そうだ。その後さ、時間ある?」

「あるけど?」

「ランデブーポイントまで時間あるし、艦内を見て回らない?」

「面白そうね。サイの働いてるところも見たい」

「そこは……駄目かな?」

「えー。つまんない」

 

 サイは「わがまま言わないの」と言って、彼女の肩を掴んで食堂の外へと優しく押し出す。

 フレイはそれじゃあと言って、シャワールームへと向かった。

 見えなくなったところでサイは、大きく息を吐く。

 

「すまないな。サイ君」

 

 ひとりの男性が全員の気持ちを代弁する。

 

「いえ。皆さんも、僕の代わりに歌を楽しんでください」

 

 彼らはこれからラクス・クラインの小さなライブに参加する。

 ジェイクが発案し、それをマリュー・ラミアスに提案したのだが、ナタル・バジルールが難色を示した。

 ラクスの取り扱いに関して、マリューとナタルで隔たりがある。

 

 マリューは民間人であり、少女である点を尊重しているため、人道的観点で彼女を救助したという認識だ。

 だが、ナタルは違う。彼女はラクスを敵軍と見て、人質としてか見ていない。政治的な交渉で利用できると考えている。

 そんな認識の違いから、レクリエーションルームでのライブも、真っ向から意見が割れた。

 

 最終的には避難民の精神的ストレス解消。という目的のため、武装した兵士――といってもネイサンとジェイクの二人だが――に警備させる。という条件付きだ。

 ナタルとしてはショックだった。なにせ、ライブに関しての賛成したのは、ジェイクだけはなかったのだ。

 今回の提案には、ネイサンだけではなくメアリー、カオルも賛同したのである。

 

「地球軍と合流できるんですから、楽しんでください」

 

 サイの偽らざる気持ちだ。

 どうせ自分たちはアークエンジェルから降りるのだから、最後くらい楽しい思いをしたい。

 サイもラクスの歌は聴きたいとも思うが、それよりも自分の婚約者の方が大切だ。

 

 なので、アークエンジェルでも見て回って、オーブに帰ったら思い出として語らおうという考えだ。

 キラたちがライブを楽しむというのなら、自分たちはアークエンジェルをくまなく見回って、それを元に話をすればいい。

 何より、これ以上トラブルを起こしてほしくないという思いもあった。

 

 フレイがコーディネイターに、いい感情を持っていないことは知っていた。

 その発言によって、友人のキラが傷ついていることも理解している。彼は自分たちを守るために戦っているのだ。

 これ以上、負担をかけたくないという気持ちもサイにはあった。

 

(せめて、歌でも聞いて気持ちを切り替えてくれればいいんだけど)

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジにて、ラウ・ル・クルーゼはブリーフィングを行っていた。その場にはミゲル、オロール、マシュー、アスラン。そして数人のザフト兵が、参加していた。

 宙域図を元に、地球軍の艦艇の動きを表示。艦種はネルソン級一隻、ドレイク級二隻である。

 追跡してみたところ、やはり航路がおかしい。L3宙域を目指すように動いていた。

 

 太平洋連邦の軍人で構成されているのが、第八艦隊だ。目指す先には中立国のコロニーや、アルテミスの宇宙要塞くらいだ。目指す理由がない。

 

「ただし、足つきとランデブーしようと言うのならば別だ」

「足つきは太平洋連邦の奴らが主導ってことですか?」

 

 ミゲルの質問にラウは首肯する。

 

「太平洋連邦は、ジョージ・グレンを生み出した国だ。腐っても技術レベルは地球軍の中でも頭ひとつ抜けている」

「確かに。アスランのイージスを見れば、それは理解できます」

「足つき。そして最後の一機、ストライク。それらの技術レベルから見ても、他の国では難しいだろう」

 

 それらが裏付けだと言うラウ。

 その説明に部隊員は納得する。そうなると仮想敵は足つき。それ以外は大した脅威にはなりえない。

 

「しかし、本当に足つきは来るのでしょうか?」

 

 アスランは疑問を口にする。

 確かに、ラウの言う話はできすぎていた。

 最後の確証も、彼の勘によるところが大きい。

 

「隊長の勘は凄いんだぞ」

 

 ミゲルがフォローする。

 

「そう、ですか」

「もしも間違っていたら笑ってくれて構わんよ。どちらにせよ、不穏な動きをしている以上、見過ごすわけにはいかない」

 

 地球軍の戦力は削れるときに削る。それが、現在のザフトの方針だ。

 数的には、ザフトは地球軍に敵わない。それを覆すことができているのは、モビルスーツという戦力とEジャマーがあるからだった。

 既存の戦争形式をぶち壊し、新たな戦争体系を作り上げている。

 

 とはいえ、数の上では地球軍の戦力が上だ。削れるときに削り、戦争を優位に進めたいのだ。

 

「迂闊にも少戦力を動かした。この隙を逃す手はない」

 

 ラウの言葉に全員が頷く。

 

「新兵器。もっと試したいしな」

 

 オロールは平手に拳をぶつけ、気合を入れて言う。

 

「前の戦闘で使わなかったのか?」とミゲル。

「これからって時に、相手は降伏しちまったからな」

 

 オロールは肩をすくめる。

 彼のジンにも、ミゲル、マシューに与えられた新兵器は装備されている。

 試作兵器のレールガン。ジンの手に把持して使うこともできれば、右腰部に備えたまま発射することも可能。

 

 重突撃銃の弾倉を右腰部に備えることができなくなるが、非常に強力な威力の武器で、総合的な火力はむしろ向上していた。

 他のジンに乗るザフトの兵が、三人に羨望の眼差しを向ける。

 

「それで隊長、どのように奴らを叩くので?」

 

 ミゲルが先を促す。

 仮面の男は一度頷いてから、口を開く。

 

「足つきと関連がない場合は、イージスの高火力で打撃を与え、残った敵を確実に潰す」

「足つきが確認された場合は?」

 

 アスランの声に僅かな緊張が乗る。

 

「その場合は――」

 

 ラウの作戦を聞いた一同は「なるほど」と頷く。

 それならば効果的だと納得したのだ。

 アスランは胸中複雑だった。その作戦を的確だと評価しつつも、それにキラが陥ってほしくないのである。

 

(キラ……いや、地球軍。早まるなよ)

 

 

 

 

 

『予定通り、本艦隊のランデブーポイントの到達予定時刻になる』

 

 アークエンジェルのブリッジモニターは二人の男性が映し出されていた。

 リアルタイムの通信ではないため、若干のタイムラグがある。敵軍に察知されないため、第八艦隊が使う秘匿通信パルスでやり取りしていた。

 そのため通信内容もほぼ一方通行だ。

 

 アークエンジェルは合流後、コープマン大佐の艦隊の指揮下に入り、第八艦隊と合流する予定である。

 その時点でマリュー・ラミアスは、頭の中に疑問符が浮かんだ。そのまま、月基地に行くのではないのか。

 新造艦とはいえ、一隻を出迎えるために第八艦隊が出張ってくるのも現実的ではないと思えた。

 

「どう思う? ウラベ少尉」

「私も艦長と同じく、少し疑問です。何か新しい任務でしょうか?」

 

 カオルは艦長の横の座席で、ブリッジ真横のモニターを見ていた。

 先遣隊の航路と、その先の第八艦隊合流予定の宙域は、地球に近かい。

 カオルはすぐにその情報を、ムウに連携する。それを士官室で見たムウも表情が険しくなった。

 

 アークエンジェルは艦の運用データと、ストライクなどの実戦データをとる目的がある。

 マリューの記憶が正しければ、まずは宇宙で運用しつつOSを調整。次に地上に降下して、実働試験。

 その後はパナマから、宇宙に戻り第八艦隊で本格的に作戦に参加する。

 

(いきなり実戦かしら? いまさらだけど、それでもまだ運用テストをしてからじゃないと、作戦参加は難しいはず)

 

 通信にはまだ続きがあった。

 コープマン大佐の横の男が口を開く。

 その男は軍艦に乗るのに似つかわしくない格好をしていた。

 

 スーツにネクタイ。まるでビジネスマンのような出で立ち。

 彼は太平洋連邦の外務次官。ジョージ・アルスターと名乗った。

 オーブのヘリオポリスで強奪事件が起きたこともあり、オーブの避難民の安否確認のため、出てきたのである。

 

 軍事行動の邪魔ではあるが、政治的問題でもあるため、彼のような人間が出てくるしかないのだ。

 彼はまずアークエンジェルの無事を喜び、次に乗員名簿を見て娘がいることに驚いたと説明。

 

「娘の顔を見せてほしいのだが」

「事務次官。合流したらいつでも会えます」

 

 コープマン大佐としては、これ以上の通信のやり取りをしたくなかった。

 敵に気取られないため、この先はアークエンジェル合流後にしてほしいという考えだった。

 そんな事務次官の姿を見て、サイは笑う。

 

 フレイの父親の娘への溺愛っぷりを彼もよく知っている。それを見ることができて、安堵した様子だ。

 

「変わらないな」

 

 着々と自分たちは無事に帰れると、安心が増していく。

 

「呑気なもんですね」

「無駄口は叩くなトノムラ伍長」

 

 ナタルは気が緩みそうになったジャッキー・トノムラに釘を刺す。

 そうは言ってもブリッジ内には、どこか和やかな雰囲気となりつつあり、第八艦隊に合流できるという安心感がそうさせていた。

 マリューは飲んでいた水が器官に入りかけ咳き込む。

 

「艦長?」とナタル。

「ごめんなさい」

 

 再びストローを口に運ぼうとするが、やはり咳は止まらない。

 カオルも心配になり振り返る。

 

「私も気が緩んでるのかしらね」

 

 そんな声を背にアーノルド・ノイマンは笑いながら言う。

 

「突然艦長になっちゃいましたからね。色々と重圧でしたでしょう」

「そうね。いつか武勇伝になるときが来ると良いのだけどね」

「まずは、合流ですね」

 

 和やかに言いながら、アーノルドはトールに声をかけて何か言葉をかける。

 声をかけられた少年は、何か間違ったかとマニュアルと見比べた。

 

「あ、間違ってました?」

「肩に力を入れすぎるなって話だ」

「ありがとうございます」

「先遣隊に合流したら終わりじゃないからな」

「えー。本隊までですか?」

「頼りにしてるよ」

「了解です」

 

 マリューは胸を叩きながら、コープマン大佐のモニターに目をやる。

 まだまだ先は長いが、コープマン大佐の姿の向こうにハルバートン提督を幻視。

 

『とにかくランデブーポイントで、無事に合流しよう』

 

(閣下。必ずアークエンジェルを持っていきます)

 

 

 

 

 

「大統領」

 

 スーツを着た女性が、透明の板状を手渡す。相手は金髪碧眼の男。

 大統領と呼ばれている割に、スーツごしに鍛え抜かれた肉体がよくわかる体つき。

 現に今もダンベルを片手に筋トレをしながら、資料に目を通し、必要ならば電子サインをしている。

 

「おお! 第八艦隊がようやく例の――新造艦に?」

「アークエンジェルです」

 

 大統領府の執務室には、二人以外にも多くのスタッフがいた。

 その彼らが喜びを顕にして、抱き合ったり称え合ったりしている。

 

「そうか。アークエンジェルだったか。合流できそうなら、例の計画も――」

 

 秘書の女性が大統領の耳元に口を寄せたことで、大統領は言葉を切った。。

 

「地球軍が不穏な動きをしています」

 

 大統領は頭を左右に振って、肩をすくめる。

 

「地球軍は随分余裕があるんだね」

「ザフトの気を引くということで、無茶な作戦をさせるそうです」

 

 アークエンジェルが登場したことで、宇宙のザフト軍の動きが変わったという。

 そこに着目して、地球軍の上層部はアークエンジェルを実戦投入しようと考えていた。

 せっかく作った戦艦が、しょうもないことで消費されるのは大統領としても容認できない。

 

「それは困った。今から介入は――無理そうだな。ハルバートン提督にコンタクトは?」

 

 秘書の女性は小さく頷く。

 

「軍が軍のために動いていれば、それはもうただの暴力装置だ」

 

 地球連合軍は多数の国の軍隊から、成り立っている。そのため一国の主導者の言葉などまるで届かない。

 太平洋連邦軍の作戦ならば、大統領のサインがなければ作戦は遂行できないのである。

 が、地球連合軍は軍首脳部の判断で作戦が遂行できてしまう。太平洋連邦の大統領だろうが、ユーラシア連邦の大統領だろうが、作戦に反対することができない。

 

「シビリアンコントロールができないのが、おかしいのだ」

 

 軍隊設立時に各国が上手く出し抜かれてしまった。

 なんとか変えようにも、各国の足並みが揃わない。それどころか異論を唱えれば親プラントと見なされ、南アメリカ合衆国はそれで連合軍に武力で併合されてしまっている。

 表向きは太平洋連邦に併合という形になっているが、南アメリカ合衆国の主導権を握っているのは、地球連合軍だ。

 

 新兵器の開発などは、アマゾンという自然を隠れ蓑に推し進めていた。

 アマゾンは両軍にとって不可侵の領域。ザフトが手を出さないと知って、地球軍はそれを利用していたる。

 もちろん太平洋連邦の大統領は、そんなことを許可した覚えはない。

 

「今は文句を言ってもしょうがない。打てる手は打っておこう」

 

 

 

 

 

 アークエンジェルのレクリエーションルームでは、多くの人が笑みを浮かべていた。

 ラクスのライブを聞いて、避難民はもちろん休憩のついでに参加していた地球軍の兵士、通りがかった兵士たちも笑顔となっている。

 そんな中にキラはいない。現在彼はストライクのコックピットにいた。

 

 モビルスーツのハンガーづてに、コジロー・マードックとソウマ・カガがストライクに近づく。

 

「おっ。やってるな」

「ご苦労なこって」

 

 コジローとソウマは、それぞれコックピットで作業をしているキラに、声をかける。

 

「なんです?」

「ライブには行かなかったのか?」

「そうですね。言われたパラメータの変更を――これってもう必要ないですか?」

 

 これから先遣隊と合流するならば、コーディネイターように調整する必要はない。

 そこに気づいてキラの手が止まる。

 

「やっておけ。第八艦隊に合流するまではお前の機体だ。なんなら、その後志願してくれてもいいんだぜ」

「冗談はやめてくれよ親方。俺たちはオーブのいたいけな市民だぜ」

 

 すかさずソウマが口を挟む。

 

「俺の願望だよ。坊主にならストライクを任せられるってな」

 

 コジローは豪快に笑いながら、別の作業へと向かう。

 

「冗談じゃない」

 

 キラは小さく言ったが、ソウマはそれを聞き逃さない。

 

「そうだな。冗談じゃない。ちょっと親しくなったくらいで、戦場に立てるかっての。面と向かって言ってやればいいのに」

「言わないでくださいよ。こじれたくないし」

「わかるよ。フレイのことだけでもうんざりだしな」

「そんなんじゃ」

「あ、もしかしてお前フレイのこと好きなの?」

「そ、そんなんじゃ、ありませんよ」

「顔に書いてるよ」

 

 ソウマ面白おかしそうに笑うが、すぐに素面に戻る。

 

「こいつを整備していて思うけど、よく動かしてくれてるよ。本当にありがとうなキラ」

「そんな」

 

 彼は自嘲する。自分だと後ろで震えることしかできないと。

 キラを危険な目にあわせているとわかりながらも、戦争が怖くて安全なところで願うことしかできないのだ。

 そんな話を聞かされて、キラも何かを言いかけて言葉が浮かばない。

 

「そんなことないって、言えればいいんですけどね」

「だよなぁ~。それが普通だよな。怖くて人殺しもしなくちゃならんとか」

 

 キラは自身の右手を見下ろす。脳裏に浮かぶのは長距離偵察型のジンを撃ち抜いた時だ。

 

「おまけに自分の命も賭けなくちゃならん」

「嫌なことばかりですよ」

「おっ。愚痴るようになったな」

「すいません」

 

 ソウマは笑う。

 

「聞けて嬉しいよ。俺はお前さんのこと好きだからさ、死んでほしくないんだ。お互いオーブに帰ろうぜ。それまで、もう少しだけ辛抱してくれ」

「やってみますね」

「おう、やってみせろ」

 

 そこでキラは整備のことで思い出す。ストライクの整備を手伝ってほしいと彼に言うと、二つ返事で応じてくれた。

 二人はしばらくストライクをいじる。今度はソウマが何かを思い出したように声を出す。

 

「どうしてライブ行かなかったんだ? フレイに気遣って?」

「違います。なんだか、そんな気になれなくて、ストライクをいじっていたいっていうか」

「ワークホリック的な?」

「怖いのかも」

「そりゃあ重症だ。さっさと終わらせてトランプで勝負しようぜ」

 

 キラは心底嫌そうな顔をした。

 

「えー。イカサマするじゃん」

「イカサマはバレなきゃイカサマじゃないのよ」

「バレてますよ」

「トールには言うなよ」

 

 悪戯を思いついたような笑みを浮かべるソウマ。

 

「あー。こんなところにいたー」

「げっ」

「げっ! ってなんですか! ソウマ先輩」

 

 そこに現れたのはミコト・ミークとムウ・ラ・フラガだ。

 ミコトは軽食を手に、キラとソウマに手渡す。

 アルミホイルに巻かれたものを取り出すと、中からはおにぎりが出てくる。

 

「なにこれ?」

「おにぎりですよ。知らないんですか? ソウマ先輩」

 

 ソウマはいかにも胡散臭いと、にぎられた白米をわざとらしく遠ざける。

 ムウは会話が一段落したと見て口を開く。

 

「軍人みたいな真似。してんじゃないよ」

「今は軍人みたいなもんでしょうよ」

 

 すかさずソウマが文句を垂れる。ムウはそれを嬉しそうに聞き入れた。

 

「そうだけどさ。それだと俺が立つ瀬ないでしょうよ」

「そういう大尉はライブ参加してたんですか?」

「そうだよ。お前らがいないって気づいて、慌ててこっちに来たの」

 

 ムウもミコトもライブには参加していたが、途中でキラとソウマがいないことに気づいたのだ。

 それで途中で抜け出したのである。今頃はラクスと避難民の交流をしている頃だろうと彼は言う。

 それを聞いたキラは安心する。ラクスも他の人と話したがっていた。それが叶ったのだ。後は他の人と食事を一緒にできればよいのだろうが、それはまた別の問題が出てしまう。

 

(彼女は敵国の人かもしれない。でも、彼女は僕らの敵なのか?)

 

 胸中そんなことを思ったが、すぐにその疑問をキラは否定した。

 そんな見方をすれば、自分もこのアークエンジェル。ひいては地球軍にとっては敵である。

 なにせ彼はコーディネイターなのだ。

 

――裏切り者のコーディネイター。

 

(違う。僕は――)

 

 脳裏にアスランと最後に別れた日の顔が過る。

 

「全く俺としたことが、機体の整備に出遅れるなんて」

「大尉なのに」とソウマがいじる。

「言うなって」

 

 そこまで何も言わないキラに、二人の視線が向く。

 

「えっと、ライブどうでした?」

 

 二人は顔を見合わせると「そうじゃないんだよなぁ」と項垂れる。

 

「もっとこう愚――」

「それよりキラさん。おにぎり食べてください。愛情込めてにぎりましたぁ」

 

 会話に入れなかったミコトは、強引に割り込む。

 

「あ、ありがとう。具は?」

「私の愛情です」

「ないならないで、ないって言えよ」

「先輩には何も入ってないです」

 

 

 

 

 

「地球軍の艦隊の先に未確認の戦艦。数はいち」

「熱紋パターン。足つきです」

 

 その報告を受けたアデスは、驚きつつも不敵に笑う。

 

「さすが隊長」

「では手はず通り、プランAで行く」

 

 パイロットの待機室では、ミゲルたちが気炎の雄叫びをあげる。

 

「いくぞお前達。勢い余って隊長の立てた作戦をおじゃんにするなよ」

 

 暫定的にミゲルがモビルスーツ部隊の指揮を執る。

 彼らは号令とともに待機室を飛び出す。

 

「アスラン。新型の性能。見せてくれよな」

「俺もイージスみたいなの乗りたい」

「モノアイじゃない機体に?」

 

 新たに補充されたザフトの兵の二人は、アスランにそう言って鼓舞する。

 

「おいおい。アスランが張り切り過ぎちゃうと、作戦が失敗するんだぞ」

 

 ミゲルは少し抑えるように言う。

 

「念の為、アスランを最後に出すのは?」

「それがいいな」

 

 まずオロールが出撃。ついで新入りたち、マシュー、ミゲル。そして最後にアスランの順で出撃。

 ミゲルのジンとアスランのイージスは、あっという間に先行したジンたちに追いつく。

 Eジャマーを展開されたことで、追撃を受けていたことに気づいた地球軍の、モビルアーマーの発進は遅い。

 

 ミゲルらは、発進するモビルアーマーを見過ごして陣形を整える。

 

 

 

 ザフトの部隊がそのまま突撃してこなかったことに、コープマン大佐は内心してやられたと歯噛みする。

 

「バーナードとローに打電、第一種戦闘配備。モビルアーマー全機発進」

 

 コープマン大佐の乗るモントゴメリのブリッジが慌ただしくなる。

 艦隊の指揮官は命令を続けていく。

 

「アークエンジェルに打電。ランデブーは中止。反転離脱せよと命じろ」

「何を言っているんだ! まだ負けてないじゃないか! アークエンジェルに来てもらおう!」

「――アルスター事務次官。ノーマルスーツの着用を」

「何を言って……」

 

 まだ敵艦と接敵したわけではない。十分距離もある。だから、ジョージ・アルスターは大丈夫だと思ったのだ。

 素人目には、そう映る。しかし、コープマン大佐は冷徹に残酷な結末を確信していた。

 それを言うと、軍人ではない事務次官が混乱し艦隊の士気に大きく影響する。

 

 コープマン大佐の言わんとしたことを、肌で感じたブリッジ要員はノーマルスーツを素早く着用。

 そして努めて冷静に、艦内放送でノーマルスーツ着用を命じる。

 物々しい雰囲気に、ジョージ・アルスターは口をパクパクとすることしかできない。

 

(アークエンジェルが逃げる時間は稼ぐ)

 

 

 

 コープマン大佐の艦隊が戦闘を開始したのを、アークエンジェルも確認していた。

 

「ジャミング? どうなっているの?」

「モントゴメリの後方。ナスカ級いち」

「モントゴメリより打電。ランデブーは中止、アークエンジェルは離脱せよ。とのことです」

 

 マリューは息を呑む。

 遠目ではあるが相手の奇襲は成功しているようには見えなかった。

 

「ジンの数、五。待ってください!」

 

 トノムラ伍長に声に、ブリッジに緊張が走る。

 

「熱紋パターン称号。イージスです!」

「あの……ナスカ級なの?」

「艦長。敵は奇襲を失敗しているように見受けられます。今から最大船速で行けば間に合います」

 

 ナタルの提案にマリューも頷く。

 相手はモントゴメリらの艦隊に、大きな損傷を与えられていない。

 発進した友軍の数も十分だ。今から合流すればまだ間に合うように思えたのだ。

 

『待て待て。コープマン大佐の命令を、無視するのか?』

 

 艦内の通信越しに聞いていたムウが異論を述べる。

 彼は嫌な予感を覚えており、命令に従うべきじゃないのかと思っていた。

 

「フラガ大尉。ですが、相手は奇襲を失敗しているように見受けられます」

「それに、ようやく第八艦隊と合流できるチャンスですから」

『――わかった。助けに行こう』

 

 ムウは自分の中にあった嫌な予感を無視する。

 更衣室に向かう途中、メアリーと合流になった。

 

「応援に向かうのですか?」

「不服そうだね」

「はい。なんだか嫌な予感がしていて」

 

 ムウは僅かに顔を強張らせた。

 今から言うにしても遅い。艦内の振動から、機関が最大になったことはわかる。今から制動をかけて離脱するにしても遅い。

 

「フラガ大尉。遅いですよ」

「ジェイク。早く着替えろ。キラはもう行ったぞ」

「わかってるって。あいつにばっか良い格好させられないっての」

 

 キラはパイロットスーツを着用して、格納庫に向かっていた。

 そこにフレイが突如飛び出す。

 

「あ? え? ど、うしたの?」

「キラ助けて。コーディネイターなんでしょ。パパ! パパが、パパを助けてよ!」

 

 キラはサイから、フレイの父親がいることを聞かされている。それを思い出し、内心納得した。

 自分の父親が死ぬかもしれない。同じ立場だったらどうしただろう。何より彼はまだ彼女のことが嫌いになってはいなかった。

 良い格好を見せたい。コーディネイターのことを良く思ってほしい。そんな思いから、キラは口を開ける。

 

「僕たちも今から向かうから――」

「何やってんだキラ。ストライクスタンバってるぞ」

 

 ノーマルスーツを着用したソウマが割って入る。

 

「あ、うん」

「フレイも早く艦の中心部に行け」

「何よキラにお願いしているの」

「奇襲が失敗しているっぽいって話だ。大丈夫だよなキラ?」

「あ、うん」

 

 キラは頷くと、ソウマに引っ張られるように格納庫へと向かう。

 

「都合の良いときだけ、お前に頼るのなアイツって言いたいけどさ」

「え?」

「俺達もお前におんぶに抱っこなんだよな」

 

 キラは彼が下唇を噛んだのを見逃さなかった。

 

「すまん。またお前に頼る」

「あら? どちらに?」

 

 二人の前にラクスが姿を見せる。彼らは驚きの声をあげる。

 

「ラ、ラクスさん? ど、どどどどうして?」

「なんで勝手に出てんの? え? またァ?」

「えと。これから戦闘なんです。その、部屋に」

「戻れるか?」

「はい」

「その。ごめんなさいラクスさんの国の人と……」

「キラ様――あまりご無理はなさらないよう」

 

 ラクスはそっとキラの頬に手を添える。

 

「どうかご無事にお戻りください。わたくしのことはお気に病まないでくださいまし」

 

 彼女は「では」と言うと、自室ではなくレクリエーションルームの方へと向かう。

 ソウマはそれに気づいたが、誰かが連れて行くだろうと、忘れることにした。

 

「皮肉だな」

「なんで?」

「いや、ラクスって人が皮肉を言ったわけじゃない。この状況がだよ」

 

 キラは口を開けたが、ソウマは答える気はないのか、先に言ってしまう。

 このアークエンジェルの中で、一番キラの身を案じたのが、敵国のアイドルだった。

 それがソウマには、皮肉に見えたのだ。

 

 

 

 

 

~続く~

 



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