ジンオウガ……なのだろうか? (黒夢羊)
しおりを挟む
第1話
気がつけば人から、人ならざるモノになってしまった時の気持ちをどう表現すればいいのだろう。
前世の記憶は殆ど無い。自分に家族がいて、友人や知り合いがいたという事は覚えてるが、それだけ。
相手の名前も思い出せないし、自分がどこで育ち、一体何歳だったのか。仕事はしていたのか、それとも学生だったのか。それすらも覚えていない。
そんな中で唯一覚えていたのは、モンスターハンターというゲームをしていた、という記憶だけ。
どんなモンスターがいて、どんな装備があったか。
私が実際にプレイし、見聞きした記憶だけは鮮明に覚えていた。
誰がこんなことをしたのかは分からないがクソ食らえと思う反面、その記憶のお陰で今の私が何になってしまっているのかはスグに理解できた。
ジンオウガ。
モンスターハンターP3のメインモンスターで《雷狼竜》と呼ばれる、人気のモンスター。
それに生まれ変わった……訳なのだが、どうも違和感がある。
まず気付いた時には、私の体は既に成体であったこと。
ジンオウガの幼体を直接この目で見たわけではないので、断言することはあまり出来ないが、それでもゲームをプレイしていた時に見ていたサイズ感と、自らの視点の高さからこの肉体が成体のモノであろうと推測できる。
となると、必然的に自身が幼体であった時期がある筈なのだが幾ら掘り返そうとも、ある時目が覚め、その視界に煮え沸き立ちながら流れていく溶岩を納めた以前の記憶がない。
まさか、突如として自然発生したわけでもあるまい。
ジンオウガという生命体の成長速度は知らないが、幼体から1日2日で急激に成長する……なんてことはない筈。
生まれた直後から成体に近いサイズであったということも考えられるが、その場合まず間違いなく子を生んだ母親は死ぬ筈である。
仮に成体に近いサイズでジンオウガの子供が生まれるとしても、子供には違いなく、近くに親であろう個体がいるべきだ。
しかし、それらが確認できないと言うことは、既に親元を離れ己で生き抜く成体となっていることは間違いないであろう。
……まぁここまで長々と語りはしたが、私が既に成体であった事に関してはそこまで深く考える必要はないと今は思う。
狩りの方法は獣の本能というべきなのか、自然と体が動いたし、他の命を奪う事に関しては罪悪感や忌避感は感じなかった……生肉を食らうことに関しては当初、若干の抵抗はあったが、今では好物となっている。
さて、ここまで来て一番の問題は私の外見である。
近くに水場がなかった為に全体像は確認出来なかったが、それでも視界を動かし、腕の形状から自分がジンオウガらしきものであると理解した。
……そう、ジンオウガらしきものである。
私の体は己の知るジンオウガとは少々異なっていたのだ。
まずは前脚──いや、前腕と言った方が正しいのか。自分の知る一般的なジンオウガと違い著しく発達している前腕は、本来であれば黄色の甲殻に覆われているはずだが、自分の視界に映った色は黒。
更に爪も赤く変色しており、形状も心なしか鋭く凶悪なものに変形している。
その後周囲を彷徨き、発見した水場に私の体が反射したことで分かったが、前脚だけでなく全身の甲殻が黒色に変色しているだけでなく、角も形状が変化しているなど随所に細やかな変化が確認できた。
全体的に禍々しい雰囲気を感じるその姿は"漆黒のジンオウガ"と評するに相応しいモノであり、何処かの作品の裏ボスと言っても通じるのではないかと思うほど。
しかし悲しいことに、自分はP3で一旦モンハンから引退しており、後に友人の勧めでXXという作品で復帰をしたという経歴のため、それらの作品に登場したモンスターの知識しか無い。
無論最新作であるワールドにもハードの問題上、手を付けることが出来ず仕舞いな為に、ネルギガンテというモンスターが居ることくらいしか分からない。
故に、この黒いジンオウガが自分がプレイしたことの無い作品のみに登場していた個体だという可能性はかなり高く、亜種か希少種、はたまた金雷公のような2つ名持ちか。それともオンラインゲームであったフロンティアに登場していた個体なのかもしれない。
まぁ何はともあれ、こうして私はこの厳しくも美しい大自然を生き抜く為に奔走することになった訳だ。
一先ず私が何者だとしても、生まれ変わった以上はそう易々と死にたくはない。
まだまだこの火山地帯と思わしき場所の力関係には疎く、時折グラビモス殿やリオレウス殿といった先人(先竜?)の縄張りに踏み込んでしまうが、親切にも『ここから先へはくるな』といった風に警告してくれるのだ。
こちらも謝罪の意味を込めて軽く吠えて、頭を下げると、向こうも納得してくれたのか、縄張りの奥へと消えていく。
それから数日間は生前で体験したことのない光景を楽しみながら歩き回っていたのだが、流石に飽きて来はじめ、更には一人の時間に寂しさを感じ始めた。
しかし親らしきモノ勿論、自分の同族は1体もおらず、かといって種の異なるリオレウス殿やグラビモス殿の元へ向かうのもどうかと思う。
そんな時、私はジンオウガという種は群れで子育てを行うと言ったことを思いだし、それならば同族が沢山いるであろう渓流などに脚を運ぼうと思い至り、今まで世話になったこの地に心中で礼を述べ、大地を蹴り目的地に向かって駆けていった。
少し前からハンターギルド上層部は蜘蛛の子を散らしたかのように騒がしかった。
どうしてそのようになったのか、それは世界各地を飛ぶ数ある観測気球の1つから知らされた、とある情報から始まった。
突如、火山地帯で正体不明の巨大な赤黒い光が観測される。
落雷と言うにはあまりにも長く、天に昇るかのように輝き続けているように見えたその光は、だんだんと収束していき、やがて何事もなかったかのように消えた。
単なる自然現象と片付けるにはあまりにも不自然であったその光の正体を調べる為に、ギルドは直ぐ様信頼できるハンター達による調査団を派遣。
ほどなくしてその光の発生源を特定することが出来た。
威圧的な漆黒の外殻、そしてそれとは対照的な白の体毛に身を包むなか、相手の肉体を切り裂く武器である爪はドス黒い赤に染められ。
加えて肩から背中、そして尻尾の裏側には常に薄らと赤く光る模様が浮かび上がっている。
漆黒の甲殻と白銀の体毛に覆われ、仄かに赤黒く明滅させるその風貌は、見るものに"黒い悪鬼"を連想させる。
その名はジンオウガ亜種。
"無双の狩人"、"森の王"などと呼ばれ、威風堂々とした王者の風格を漂わせる通常種から一転、凶暴且つ獰猛な性質を持ち、それに加え前述した禍々しさすら感じられるその圧倒的な迫力を放つ風貌から《
《
そんな中で発見された本個体は、従来のジンオウガ亜種と比べ、体の随所が変異している事が調査団によって判明する。
まず目につくのはその体格。従来の個体を大きく上回る体を持ち、真っ直ぐに伸びる頭部に生える1対の角はかの《角竜》ディアブロスの角のように捻れ、悪鬼という呼び名により近づいている。
そしてその巨体を支えるためであろう。前腕と後足も更に強靭になっており、特に前腕部の発達が著しい。爪もより獲物や相手の肉を引き裂く事に特化したように鋭く、より太く頑強な形状へと変化している。
本領を発揮する"龍光まとい状態"ではない状態であるのにも関わらず、見るものに畏怖を与える外見に変貌したそのジンオウガ亜種は、ほどなくして発見された火山地帯からその姿を消した。
直接的な戦闘は観察出来ていないが、我が物顔で灼熱の大地を歩き回る彼に歯向かうものはおらず、それまで生き生きと過ごしていたモンスター達は触らぬ神に祟りなし、まるでそう言っているかのようにある者は岩の影に息を殺し身を潜め、ある者は悪鬼の視界に入らぬよう慌てるようにその場から立ち去っていく。
天空の王者リオレウスや鎧龍の呼び名を持ち、火山の重鎮とも言われるグラビモスといった縄張り意識の高いモンスターでさえも、何時ものように自身の縄張りに脚を踏み入れたこのジンオウガ亜種に自ら攻撃を仕掛けることはなく、あくまでも相手の間合いの外から吠えて威嚇するだけにとどまっており、まるでこの獄狼竜との戦闘を避けているかのように感じられた。
この事からこの獄狼竜は通常状態でそれ程までの力を持っていると考えられ、要注意個体としてすぐさま狩猟するべきであるとの声も上がるほどであった。
そんな獄狼竜が今まで我が物顔で歩き回っていた火山地帯から離れるというのは、ある意味衝撃的であった。
住みかを変えたのか、それとも元々別の住みかがありそこから遠征に出掛けていたのか。
それとも……自分よりも強い何者かによって住みかを追われたか。
かつてユクモ村で発見され、同村の専属ハンターによって討伐された個体は、古龍の1体《
この事からこの個体が元々住みかにしていた火山地帯、もしくはその一角が古龍種などの強大な存在によって奪われたのではないかと、姿の見えない脅威に備えると共に、姿を眩ました特異な獄狼竜の行方の捜索に乗り出した。
主人公「景色も堪能したし、仲間探しにいこーっと」
人間&竜人族「あんな強ぇのが姿を消した!?もっとヤバいのがおるかもしれんのか!?」
こんな感じです。
主人公は強いです。
フロンティア産のように魔改造されています。
ニフラム系の技は……使うかどうかは分かりません。
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
第2話
起伏の激しい灼熱の大地を思うがままに駆けていく。
生前は2足歩行、今生は4足歩行。
人間であった頃の感覚を持ち合わせているのなら、違和感しか覚えず、本来ならば歩くことすらままならない筈であるこの走法。
しかし、今の私にはそんな感覚は一切なく、まるで昔からこの走り方であったと、そう思えてしまうほどにしっくりと馴染んでいる。
人の記憶がなければ、疑問思うことすら考えなかったであろうほどに。
生肉を喰らい、歩き方などにも違和感を抱くことはないとくれば、ますます今の己はモンスターであるのだな……と心中で苦笑いを溢す。
そうしている合間も足を止めることなく、煮えたぎるマグマが地を走っている崖を飛び降り、難なくと着々すると間髪をいれずに再度駆け始めるのだが……それにしても。
(結構な距離と高低差がある所を走っているつもりなのだが、一向に疲れる気配が見られないのはどう言うことだろうか)
私の肉体──というよりも、ジンオウガ種は主に山岳地帯の奥地に生息しているモンスターで、険しい山間部での移動を可能とするため、強靭に発達した四肢を持っている……という設定だった筈。
それならば、ジンオウガに酷似しているこの体が疲れないことにもある程度は納得出来るが、それでも疲れなさすぎではないか?
ゲームでは確か3rd辺りからスタミナ値のようなものが設定され始め、攻撃などの行動で消費していきその値が0になると行動が遅くなったりしていた。
ならば、かれこれ体感時間でだが2時間近くは走っている現状、全く動けないとまではいかなくともせめて息切れくらいは起こすべきなのだが、息切れどころか呼吸すら乱れていない。
そうなると、自ずと1つの考えが頭によぎる。
(この体には疲労という概念がない……?いやいや、まさかそんなことはあり得ない……はず)
だが、《金雷公》と呼ばれるジンオウガの特異個体は疲労しなかった……無論、私のプレイした上での話なために、本当は疲労する仕様だったかもしれないが。
……まぁ話を戻すとして、仮に《金雷公》が疲労しないのであれば、今の私がこう走り続けても一向に疲れる気配が見えないのも説明は出来る。
ただし、ここまでは全てゲームの設定の話。
この世界ではこうして架空の存在だった者達が息を吐き、命を喰らい、日々を生き抜いている。
ならばどんな存在であろうと生きている以上は必ず疲れるのだが……現状、どうやっても私が疲労することがない点について説明が出来ない。
(如何せん、私の知識不足がかなり響いているな……全シリーズをプレイしていれば、この体の正体が既知のものか未知のものか、それだけでも判別できたのだろうにな)
そうは言っても、まさか「気付いたら自分のプレイしていたゲームに出てくるモンスターみたいなのになってました」……なんて事、予想できるわけがないので言ったところでだが。
疲れないのであればそれで問題ない……そう割りきれたら良かったが、生憎そういう訳にはいかない。
(ここがあのモンスターハンターの世界であるならば必ずハンターはいるはずだ)
人の身でありながら武器を振るい、自身よりもあらゆる能力が上回るモンスターを狩る、正真正銘の超人。
一体どれ程の数がいるのか。全てのハンターがプレイヤーのような実力を持っているのか。詳細は実際に対峙しなければ分からないが、警戒しなければいけない。
それにイビルジョー、ラージャンなどの見境のない狂暴なモンスターや、強大な存在である古龍とも遭遇、敵対する可能性もある。
そうなった場合、自身の体の特性を知っていなければ間違いなく死ぬ確率が高まる。
(と……なると、いよいよコイツらに目を向けなければならないな)
私はそうして空いた腹を満たすために狩ったアプケロスの内、私が口にしていない個体の死骸に群がる無数の光虫に眼を向ける。
光を放つ虫と言えばジンオウガと共生関係にある雷光虫や活性化した超電雷光虫を思い浮かべるが、青白い光を放つあちらとは違い、こちらは赤黒く光り輝いている。
アプケロスの死骸の肉が見る見る内に骨だけの姿に変わっていくのを見るに、この黒い光虫達が食しているのだろう。自身の咀嚼をやめ、耳を澄ませば僅かではあるが肉の繊維が食いちぎられる音が聞こえる。
その数は人間よりも数倍あるアプケロスの肉体を隙間無く覆うほどであり、こういう光景が苦手な者が見れば卒倒するだろう。
長距離を移動することになるため、出来るだけ腹に貯めておこうと少し多めに狩ったのだが、私が口を付けた個体以外は全てこの光虫達の腹に収まってしまった。
その食事の早さに、思わず驚いていた私の周りに光虫達は集まり始めた為に、「さて、次は私か?」と身構えたのだが、私の周りをふよふよと舞うばかりでそうではなかったよう。
……もしや、これが私が扱う雷光虫なのだろうか?
確かに私の起こす雷撃(?)は赤黒く、この光虫達の色合いからしてその可能性は決して低くはないだろう。
現に背中に集まってほしいと言えば、先程まで周りを飛ぶばかりだった虫達は我先にと背中へとを収まっていく。
そして虫達が集まれば集まる程、私の体は軽くなる……いや、あくまで体感でそう感じるだけであり、実際に軽くはなっていないのだろうが。
それでも動きのキレは格段に良くなっている点から、もしかしたらこの虫達には私の体力やスタミナ、身体能力を回復または増幅したりする効果があるのかもしれない。
そう考えると、何故目覚めた当初は姿を見なかったのかと思ったが、食事の際に私の口を付けた個体には一切集まる様子がなかった所から推測するなら、いまの今まで自分が必要とする最低限の量しか狩っていなかった為に彼らはご飯にありつけなかったと考えれる。
であるなら、食事風景から腹を空かしていてロクに力を出せる状態ではなかったのかもしれない。
だとすれば申し訳ないことをしてしまった……と心の中で謝罪する一方で、新たに浮かんだ疑問もある。
本来のジンオウガと雷光虫は互いに利益がある、しっかりとした相利共生の関係が築かれていた。
ならば、私とこの黒い光虫の間には一体どのような利害の一致があるのか?
私の方は間違いなく通常種同様に電力、もしくはそれと類似するパワーの譲渡であろう。
では、虫の方はどうなのか……真っ先に思い付くのは、先ほどの光景から彼らの主食が他生物の生肉であり、それを私が代わりに狩猟し提供していると言うことだろうか。
あのアプケロスの硬い皮膚を食い千切っている時点で、虫としては相当な顎の力があり、私と共生する必要はさほど無いとは思うのだが、やはり種族単体で倒すとなるとそれなりの犠牲が出るからなのだろうか。
しかし、そう仮定した場合に何故私が今まで食事のために狩っていたモンスター達に群がろうとしなかったのか?私の口を付けた個体には集まる気配すら見せなかった所から私と彼らには上下関係でもあるのだろうか。
うーむ、いくら考えようとも答えは見つからない。
ひとまず、彼らの為にもこれからは少し狩りの対象を考え直さなければなるまい。
小型を大量に狩れれば良いが、狩りすぎてしまえば生態系を破壊しかねない上に、ハンター達に目をつけられてしまう。
となると、気はあまり乗らないが大型のモンスターを狩ることになるだろう……幸いにも火山地帯には大型モンスターが数多く生息している。強力な存在であるという一点さえ除けば戦闘の練習する相手に事欠くことはない。
………………………………非常に。本当、非常に気は乗らないが致し方ない。
どれだけ避けようがいずれは戦うこともあるであろう。ここらで死なないために1つ経験を積むべきだ。
死なないために、死ぬかもしれない戦いを行うというのは少々矛盾している気はするが、出来る限り気にしないようにしよう。
さて、そうなれば私達の食料と技の練習相手に何体か探しだして狩るとしよう。
黒い光虫──人々から蝕龍蟲と呼ばれる彼らにとって、この少々特殊なジンオウガ亜種は救世主とも言える存在であった。
彼らは龍属性を宿した龍殺しの実と呼ばれる実を好んで食すが、常にそればかりを食せる訳はなく、その場合は竜種の肉を食らう。
しかし、食物連鎖の下位の存在であるランポスを始めとした鳥竜種や、アプノトスら草食竜達とはその体格差は歴然であり、一体を仕留めるのにも一苦労である。
しかし、幾ら餌にありつくためとは言え、彼ら単体で狩猟を行うにはそれから得られる利益と犠牲はとても釣り合っているとは言えず、あまりにも非効率すぎた。
しかし、食わなければ種を存続できない。かといってこのままと言うわけにもいかない。そこで彼らが次に考えたのは、縄張り争いに負けたりしたモンスターの死体にありつくことだった。
犠牲を払うことなく食料を手に入られる点は良かったが、それから得られる餌の量は種族全体で見ると、微々たるものであり、充分とは言えなかった。
そんな彼らを救ったのがジンオウガ亜種の存在であった。
彼らと同じく龍属性エネルギーを用いるジンオウガ亜種に力を分け与え、使役されるという対価としてその身を守られながら狩猟後のおこぼれを頂くというその生活は、間違いなく彼らの個体数を増やす要因となる。
亜種の気性の荒さもあわせて餌に困ることの無く、彼らはこれからも種を存続させることが出来る……彼らの頼りにしている用心棒達が次々とその姿を消したのは、そうした矢先の出来事である。
自然溢れる森林にも、吹雪く極寒の地にも、焼き煮えたぎる灼熱の山岳にも、至るところから彼らは足跡1つ残すことなく、最後にはまるで存在事態が何者かによって無かったことにされたかのようにその痕跡は、年月を得て埋もれていった。
再びその個体数を激減させていった彼ら蝕龍蟲達。
もうダメかと諦める彼らの前に現れたのがこの少々変わった個体であった。
彼らの心境は砂漠にあるオアシスを見つけた旅人であり、この機会を逃すまいとその姿を視界に納めた個体から亜種の意思に関係なく我先にと集っていく。
通常であれば限界に近い量の蝕龍蟲が集まろうとも、従来の個体を遥かに越える大きな体の持ち主は気にする様子など微塵も見せず、悠々とその歩を進める。
それからの彼らの行動は決まっていた。
共生関係にあろうと、餌に困るのは単独での狩猟が困難な蝕龍蟲であり、亜種の邪魔をすれば見放される可能性は十二分にあり得た。
故に幾ら腹を透かせようが、決して食事の邪魔はしないように心掛けていた。
だからこそ、亜種が何時もよりも多くの餌を取ったときは我慢することが出来ずにありついてしまい、その後顔色を伺うように周囲を漂っていたが、亜種は気にすることなく何時も自分が腹に納めている量だけを口にすると、背中に集まるように軽く吠えた後に暫しの間佇み、走り始める。
見放される事がなかったと安堵するのと同時に、自分達の為に狩ってくれたのだと認識した蝕龍蟲達は、今後もこの亜種に生きてもらうために力を貸そうと思うのである。
目次 感想へのリンク しおりを挟む