二次元街道迷走中 (A。)
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第一話

突然だが俺には弟が居る。眼鏡で貧弱だが、真面目な奴だ。

そう、基本的に倒れる結果になると知りつつも学校に行くのが常って位に。

 

でもって普段は俺が同じ高校に通っているから拾っては遠野の家に送り届けてる。

そん時にすげー申し訳なさそうな顔をすんのが印象的だった。

 

そんな弟が、だ。

―――――ホテルに女を連れ込んでいた。

 

ちょ、おま。兄を差し置いてそれはないだろ!

ただでさえお前は地味にモテるとはいえ、それはねーよ!!

 

僻み?なんとでも言うが良いさ。

制服姿で堂々過ぎるとか、相手の女が美人でレベルが高いとかは一旦脇に置いておく。

 

兎に角俺は、弟の予想外の行動に混乱していた。ホテルの前で馬鹿みたく突っ立っている事暫く。

やっと我に返った俺は次に通行の邪魔になるから場所を変えないと駄目だという的外れな考えで行動していた。

 

で、ホテル内のラウンジでコーヒーを飲んでいる。

何がどうなる訳でもないがこのままだと感情に任せて帰って来た瞬間問い詰めるだろう。

最悪、部屋を突きとめて中に……なんて事になりかねない。

 

それだけは防ぎたい、切実に。

そう思っていたら昨日のオンラインサバイバルゲームを真夜中までやってた影響が今更出て来た。

異様に眠たい。コーヒー飲んだばかりなのにカフェインはどこいったんだよ。カフェインは!

 

そのまま俺の意識は欲望に忠実に薄れていった。

 

 

 

 

「ぅおっ!」

 

 

体温が下がり、晒された肌からの寒さで目が覚めた。

ホテルにお客が入って来る度に自動ドアが開き、外の風を運んでくる。

 

気を利かせたホテルマンが掛けてくれたのであろうホテルのロゴが入ったタオルケットを跳ね除けながら、俺は目覚めた。

 

いつの間にか外は暗くなっている。あーあー。

門限もあるし、流石に志貴も帰ってるだろ。

頭も冷えたし俺も帰宅するとしよう。

 

だが、タイミングが良いのか悪いのか。

タオルケットをフロントに返却後、ロビーに向きなおると薬局の袋をぶら下げてこっちに来る弟の姿が。

 

衝動的にUターンした判断は正解だ。

幸いにも志貴には気付かれていない様子。

 

こっそり振り向いて観察すると持っている小さめなレジ袋からはみ出している幾つかの消毒液に、ガーゼに包帯。

 

て、包帯?!

 

……………。SM?まさかSMプレイなのか?!

 

再び俺は機能を停止した。微かな理性を総動員して、怪訝そうなフロントのおねーさんに「すみません、言い忘れてて…―ありがとうございました」と棒読みで呟いた後、今度は迷わず後を追いかけた。

 

 

「げ、最上階……だと」

 

 

エレベーターの階数の表示は間違いなくその数字を表示している。

しかも、途中のフロアで停止してなかったため確実な情報だ。

 

普段から無駄遣いはせず節約を心がけていたのはこのためだったのか?上昇するエレベータの中で俺の中の良い弟のイメージがどんどんと崩壊していく。

 

んで、沢山の部屋の中から目的の部屋を見つけるのは難しいから、エレベーターの出口付近の備え付けの談話室にて絶賛待ち伏せ中。

 

偶然を装うのは無理があるが、

″お前に似た人間が門限を破って薬局から出て来る姿を見かけたから心配になって付いてきたんだ。ここまで来たはいいが見失ってな、さ迷ってた所だ″とでも言っておけばいいだろ。

 

と、急激に襲ってきた大きな揺れにに巻き込まれ尻もちをついた。

 

おいおい。随分デカイ地震だな。

 

やっと揺れが収まったかと思えば、ホテルは停電していた。

 

 

「お。志貴ー!」

 

「な、どうして此処に兄さんが!!」

 

「ははは、驚き過ぎだろ」

 

 

そして暗闇に目が慣れてきた頃、凄いスピードで走ってくる弟と合流した。

 

至って気楽に片手をあげて挨拶をする俺に対して、志貴は珍しい程に動揺を露わにしている。

 

ポーン。

 

そんな軽い音が響いてエレベーターの到着を告げた。

 

 

「ぁ……?」

 

「……に、さん」

 

 

背後から襲いかかる衝撃が上半身から全身に伝わる。喉の奥から振り絞るように出された志貴の声に反応する事も出来ずに、俺は無様に廊下に倒れ伏した。

 

 

「ぐ、あぁあああぁぁあぁああああ!!」

 

「あ…ぁ…げほっ……ああ」

 

 

肉が抉れ、根こそぎ持っていかれる感覚。

熱さとそれ以上の痛みから俺は絶叫した。

志貴の顔が歪んで見えない。

 

それと最早、自分の咆哮か弟の物かも判断が付かなかった。

 

一生知りたくもなかった激痛の中、俺とエレベーターの中を見て衝撃を受けている弟の背後に巨大な狼。いや犬か?

それが肉を咀嚼しながら、狙いを定めているのが分かった。

 

コイツに喰われたのかよ……俺はいい加減枯れ果てた声でひたすら意味のない大声を出しながら、それだけはやけに目に焼き付く。

 

背中が出血多量の影響でちっとも動こうとしない両足を無理矢理叱咤し、未だに動けずこっちを凝視したままの志貴に飛びかかる犬もどきから強引に庇った。

 

そして感じた二度目の痛みに俺の意識が吹き飛んだ。



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第二話

「だりぃ」

 

 

さっきまで使っていたノートパソコンと閉じ近くのソファーにもたれかかる

ソファー独特の柔らかさが体を包み眠気がおしよせる

眠気をグッと堪えサイフの中を確認してポケットにねじ込む

つい熱中し過ぎて食事を抜いていた

事実に漸く気づいたらだ。

 

 

 

 

 

―――――向かうのはコンビニ

腹がすいたのとオンラインゲームの支払いをしに行くため。

今はオンラインゲームも数が増えシューティングゲームやRPGなど

多種多様なものが増え登録者もリアルマネーを使い武器やアイテムなど

買う人も多い

 

 

 

自分もその一人で結構引きこもってよくやってたっけ・・・

オオカミか犬かわからない奴に食い殺されなければランクがかなり上がっていただろう

殺されたけど、まるでテンプレの主人公のように転生して、またゲームができるのだ。

食い殺された事は忘れて今の平和を享受しよう・・・弟に先を越された事だし

 

とはいえ、その時の恐怖がなくなった訳じゃない。むしろ余計に強くなっている。深夜のコンビニなんて最初は考えられなかった。

ま、その弊害で護身用とまではいかないと知りつつも果物ナイフやカッターを常に持ち歩いている。いわばお守りの様な物だ。

 

これがないと街中なんてとても無理。

 

自分自身の不甲斐なさに虚しさを抱きながら部屋を後にした

 

 

 

 

 

 

 

―――――in コンビニ

 

 

 

 

正直後悔しました。

外に出ないで部屋でゲームをして平和を享受していればいいと思った

 

転生している時点で何かしら予知しておくべきでした。無理だろうと男にはやらないといけない時があるって事だ。

 

 

 

 

目の前には無残に解体された屍の山。

屍の山に君臨するのは血がベットリと付いた果物ナイフを持っている俺と

尻もちをついている帽子をかぶった男だけだった

 

 

 

 

 

えと、落ち着け俺。クールになれ俺。状況を整理しよう

 

 

 

1、コンビニへ行きました

2、つきました   

3、気づいたら皆さん棺の中へ

4、混乱中・・・

5、ガラスが割れる。振り向く。ライオンっぽい動物が球に顔を擦りつけコッチを見てる

 

(あれ…これ喰われるんじゃね?)

―――転生前の悪夢再び。

 

6、棺の中に入れてもらおうと駆け寄る。開かない。びくともしない。

7、閉じ籠ってる棺のヤツが憎らしい。殺意しか湧かない。

8、コッチ来に来る恐怖心の中、前に死んだ状況がリフレイン。

最後に喰われる直前に見ていた点と線がはっきり見える。

9、お守りの果物ナイフで線ごと見事真っ二つに解体。

10、痙攣。アレ?コイツ再生する?まだ生きてる?もっと切らないと切らないと切らないと……!!

 

 

 

   地 獄 絵 図 完 成

 

 

 

 

何だこの流れ。

必死で切りつけていたから理解出来なかったが、普通果物ナイフで動物は解体出来ない。そして、血が出ないどころか死体が消失するとか何事だよ。

 

 

そんな時、背後から物音が。さっきの奴がまた現れたのかって思って、反射的に振り返ったら俺みたいに棺に入ってない普通の人間がいてほっとした。気が抜けたのと仲間がいたってので笑顔になる。

 

 

 

 

「お前大丈夫だったか?」

そっちの方向にはさっきの出なかった?大丈夫だよな?もういないって言ってくれ!

そして帽子を被って地面に座っている同い年位の男に手を貸す。

 

「……あ、ああ」

 

「良かった」

俺の身の安全が保障された意味で。

 

「今のは何だったんだ!」

 

「落ちつけ」

だから冷静になって

そして俺の肩に手をかけて揺さぶるな。

 

「さっきのは悪い夢だ。忘れろ」

 

そうそう。で、俺が店内で物騒な事してた記憶も削除してくんない?

ホラ、証拠の動物もどきがいないし監視カメラもあるしでやばいからさ。手に持っていたナイフはポケットの中に。

証拠隠滅したいけど、指紋どうしよ。家でいいか、処分。

 

 

 

「何言ってんだよ!あんな化け物見て忘れられるか!?」

ですよねー。世の中そんなに上手くいかない。

 

「まだその時じゃない。それがお前のためになる」

じゃないと証拠もないのに何言ってんのコイツって目で見られるよ。痛い奴決定じゃん。

ありえないけど、消えたんだし。黙秘権を行使します。

 

「……俺のため」

 

「ああ」

感情を込めた。それが両者のためだ。まじで。

 

「ん?もう大丈夫そうだな」

周囲を見ると棺が元に戻っていた。店内のガラス越しも確かめてみたから間違いない

そのまま影時間が解けて周囲が動き出す。

 

 

「じゃあな。俺はまだやらないといけない事があるから」

オンラインゲームの支払いと証拠隠滅が

相手の返事を待たないまま小走りでその場を去った

 

 

不意にさっき切った動物っぽいものが脳裏をよぎる

・・・動物愛護団体から苦情きたらどうしよう。



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第三話

 実は一日は二十四時間じゃない! なんてて言ったら君たちは信じるかい?

そんな言葉から始まった説明は伊織順平にとって驚きの連続だった。今までの常識を覆される体験に人知れず活動している選ばれた集団。

コンビニで襲われた後、真田先輩に連れられて来た寮で聞かされた未知なる話、そして――シャドウと呼ぶらしい――あの化物に背筋が凍るような感覚が離れはしないが、それ以上の興奮が順平を包んでいた。

 

『シャドウに対抗出来るのは自分達だけ』

 

 その響きがにかっこいいと両手の拳を握り打ち奮えた。自分が普段好んでいるゲームの主人公のような選ばれた人間になれる!! 日ごろ「あーあ、ゲームが本当になりゃいいのに」とぼやいていた夢がついに現実になる出来事は最高の気分を与えてくれた。

そう、あの時助けてくれた奴みたいな正義のヒーローになってやるぜ。そこまで決意した順平は我に返った。

 

「……今日はもう遅い。これまでにしようか」

 

だからそんな言葉が桐条先輩から聞こえて慌てて遮るように腕を上に伸ばし大声をあげた。

 

「ハイハイハイハーイ! ちょーっと待って下さいよ。まだ他に俺っちに言い忘れてる事があるっスよね。もったいぶらずにそろそろ紹介して下さいよ」

 

「はあ?何言ってんのよアンタ」

 

「美鶴。まだ何かあったのか?」

 

「いや、他にはない筈だが。理事長は如何ですか?」

 

真っ先に反応したのはゆかりッチ。そして最後には幾月さんに話を振ってみたものの、答えは特になし。けれど、見回す周囲の顔は嘘をついているようには見えない。

 

「ホラ、だからもう一人。その特別課外活動部ってのにメンバーいるっスよね! それも滅茶苦茶強い奴が!!」

 

「……シャドウとの接触で記憶に一部障害が出たようだ。だが、心配は要らない。最初にそうなるケースもある」

 

「うあ……桐条先輩、真顔でそれは流石の俺っちも傷付くっス」

 

「順平。もしかしてシンジ! ソイツはシンジと名乗っていなかったか?!」

 

「せ、先輩……」

 

 突然の豹変した真田先輩の態度にゆかりッチが目を丸くしている。咄嗟に問い詰めようとした真田先輩を桐条先輩が押し留めている。

 順平自身もゆかりッチと同じ気持ちだが、今はそれどころではなかった。

 

「特徴! ソイツの特徴とかないっスか?」

 

「奴は常にコート姿で帽子を被っている」

 

「違うみたいっスね」

 

「そうか……」

 

 順平が見た姿は黒をメインとしたTシャツにジーンズというありふれた格好をしていた。

コンビニに明かりが戻った時も一緒に居たためはっきりと見えたから断言できる。

 

「何かあったの?」

 

「おうっ!よくぞ聞いてくださいました」

 

「テンション高っ」

 

「有里。いやー良くぞ聞いてくれた。これがマジやばいんだって!」

 

「ふむ。伊織の話が事実なら新しい仲間候補がいるという事になる。詳しく話してくれ」

 

心底呆れた様子でゆかりが突っ込むが転入生である有里が反応してくれたので、今まで話したくて仕方なかったのが爆発した。その力説する様子を見ていた先輩達や幾月も輪の中に加わってきたため、更に調子に乗る。

 皆が自分に注目している事に満足気に鼻の下を掻いて見渡し口を開いた。

 

「了解っス。さっきちょっち俺がコンビニに行って影時間を体験したって言ったっスよね。そん時……」

 

 

 

 

 

 

「おわっ。ちょ、どうなってんだよ」

 

単に寄っただけのコンビニの電気が急に消えた。それだけではない。利用客が全て棺桶に入っているという異常事態。そして自分だけその世界に取り残されているということに焦燥感が募る。

咄嗟に、外に出て逃げれば良いと考え付き、実行に移そうと震える足腰で移動し到着した自動ドアは全く反応を示さなかった。

 

「開け! くそ。開けよおおお!!」

 

 何度入口の床を足で叩こうが、ガラス部分を殴りつけようが全く状態は変わらない。只、順平の体力が削られていく結果に終わる。

 そして最初は単なる暗闇だった筈が、一部が盛り上がる様に動きを見せた。慣れないが必死で目を凝らすと、見える非現実的な生き物。

 

「はぁ……はぁ……冗談、だよな」

 

 信じたくない。だが逃げないと駄目だと理解してはいるが今の順平には諦めしかなかった。逃げる? どこにだよ。逃げ場がないという事態に気力までもが無くなっていた。

 

ハハハ。んだよ、せっかく望んでた展開だってのに正義のヒーローになれるだけの力が無いと意味ねぇじゃん。普通はこんな時、隠されていた力がこう……ぐあああっと覚醒してあっという間に倒すんじゃねーのかよ!

 つかこの際、脇役でもいいから誰かタイミング良く助けろって。そういや、そういうのって可愛い女の子の役目だったっけ? ありゃ、それじゃ無理だわ。

 

でも、そんな時に現れたのがソイツだった。

ヒーローの武器にしては随分と粗末なナイフ。どう頑張っても剣じゃなかった。なのに躊躇う素振りは無く。恐怖という感情が全くないとでもいうかの様に化け物へ一直線に飛びかかっていった。

 順平はただ呆然とその光景を見てるだけしか出来なかったが、 目は目の前で繰り広げられる一方的な戦闘。否、圧倒的な実力が引き起こす殺戮現場をはっきりと映していた。

 

 そう。ナイフではどうあがいても出来ないであろう肉の塊を捌いていく姿を。化け物はもうどこにも居ない。

 きっとソイツの動作は実際はとんでもなく素早い物だったのだろう。常ならとても分からなかったと思う。だが、死の直前に走馬灯が走ると言われているように順平にはその一連の動きがスローモーションの様に見えていた。

 

ナイフで真っ二つに解体した後、それではまだ不足だと断続的に手を振り上げる。そして断面からが周囲に血――後で見ると黒い変な液体だった――を撒き散らす。叩きつけられた肉塊が再び浮かびあがるのをすかさずに切る切る切る。

肉片になろうとも、いっそ塵になるのではないかと思う程に容赦がない攻撃だ。

 

やがて僅かな反撃すら許される事なく化け物は消失していった。

 

 しかし、ここで良く考えて欲しい。ゲームばかりしている男。それも日常的に部活に入る訳でも自主的に体を鍛えても居ない奴がそんなに急激に強くなれるだろうか?

スローモーションのようにとあったが、『ように』では無く順平が感じたままのスローモーションが正解だった。

 

前世で得ていた能力がトラウマが引き金となり発動したのだ。ゆっくりでも、いや遅いからこそ確実に線をなぞる事が可能だった。

 最初に真っ二つに解体していたため此方が攻撃される心配は皆無。後は好き放題蹂躙してしまえばいい。返り血を撒き散らしながら盛大に死者に鞭打っていたのだが、順平には幸か不幸か伝わらなかったようである。

 

「お前大丈夫だったか?」

 

「……あ、ああ。」

 

 あれだけのことをやってのけたってのに、平然と笑顔でいる男にはまだ全然平気だと余裕が滲み出ていた。

 

「良かった」

 

 そうやって順平の身が無事だという事に安堵した表情をしている。さっきまでの残虐と呼んでも過言ではない行為をしていた同一人物とはまるで思えない。

 ここでも見せつけられる男としての器の大きさに、ひらすら怯えている事しか出来なかった自分がより惨めで小さく思え、とっさに順平は目の前の人物に八つ当たりをしていた。

 最も、助かった事に安心して気が緩んだ影響での反動だったのかもしれないが。

 

「今のは何だったんだ!」

 

「落ちつけ」

 

至って対照的な態度で窘められる。

 

「さっきのは悪い夢だ。忘れろ」

 

 そしてその言葉に抱えていた不安までもを見透かされていると理解した。もう自分が何とかしたのだから思い悩む必要はない。忘れる事でまた平和な日々を送れるのだと男は示唆しているのだ。

 

「何言ってんだよ!あんな化け物見て忘れられるか!?」

 

 男の思い遣りが分かってしまったからこそ、納得がいかなかった。少なくとも、自分も何か出来るのではないだろうか。

 他の連中が棺の中に入っているにも関わらず、自分は違った。それに意味がないと順平は考えたくなかったのだ。男の手伝いでも何でもいい。兎に角その一心だった。

 

「まだその時じゃない。それがお前のためになる」

 

「……俺のため」

 

「ああ」

 

 『その時じゃない』という事は……。初対面だが、力にしても男としてもレベルの違いを見せつけられた後では、あっさり抵抗なくそれも無条件に信用出来た。

 

「ん?もう大丈夫そうだな」

 

 順平から視線を逸らし、外の方を向きながら言われた言葉にハッとして体を確認してみれば何時しか震えも止まっている。もしや、それも想定していたのかもしれないと気付き、順平は差がより広がるのを感じた。

 

「じゃあな。俺はまだやらないといけない事があるから」

 

 男が去り、間もなくして駆けつけてきた真田先輩。その後の連れて行かれ聞かされた疑問の数々を解消する説明にやはり予想通りに正しかたのだと知った。

 それは俺が求めて止まない代物で、何よりも憧れたヒーローそのもの。

 

 順平は未だに興奮が収まらず――思い返して余計にヒートアップしたせいもあり――男が如何にしてシャドウを格好良く倒したのか。またどれだけ強い奴だったのかを身ぶり手振りを踏まえ、時に効果音を口で模倣しながら語っていく。

 

 シャドウをあの男のように倒せる術を手に入れた。

俺はアイツみたいになる! いや、ぜってーなってみせる!!

 

 話しながら気持ちを整理し、改めて目標を定めた順平はますます演説に熱が入るのだった。



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第四話

授業の合間の10分間休憩―――――

 

 

 

次の授業に備えたり友達と話したりはたまた弁当を開け早弁する光景を見かける中

一人だけ室内で帽子をかぶっている男が生き揚々と立ちあがる。

 

 

 

よし!今日こそアイツを探しだしてやる! 

また始まったと呆れるゆかりと、どうでもいいと言わんばかりに机につっぷす有里

その視線を気にせず拳を握り意気込む伊織順平

 

 

数日前ロビーで先輩達にコンビニであった事を熱弁し説得して桐条先輩や理事長がコネを使って探してくれるように頼み込んんだのはいいが

口頭でうまく顔の特徴を述べようとしても化物との遭遇とリアルとかけ離れた戦闘を前して脳内処理が追い付いていけず男の服装は覚えているもの顔は

あやふやで見ればわかるものの言葉で説明する程顔の特徴は鮮明ではない。

動いてもらっている先輩や理事長には悪いが数日たったいま冷静に考えれば口頭で説明できない以上第三者の協力を仰いでも意味が無いときずき自分で探そうと今に至る

 

 

「という訳でゆかりっちに有里協力よろしく!」

少しおちゃらけた笑顔で言う順平に対してゆかりは何で私達までと反論するが

 

「だってーオレっちよりゆかりっちの方がコネや知り合い多そうだし」

「それにゆかりっちも気にならない?召喚機を使わずに影をなぎ倒す謎の男!!」

と3分にわたる説得という名の一方的なマシンガントークと『頼む』と両足をつき教室のど真ん中で土下座しようとした事が功を制しゆかりは折れた

 

 

 

「で、どっから探すの」とゆかりが聞く

「えーっとほらと、あれだよ」と順平。

 

考えてなかった訳ね、と言いたげな目線が突き刺さる。

はははと笑う順平にゆかりの怒りより呆れが勝ったのか実力行使はなかったようだ。

 

「まったくもう、アンタって何時もこうなんだから」

「コンビニであったなら学園の生徒って可能性あるんじゃない?」

「おっ、ナイスだ有里」

「うーんそう簡単行くとは思えないけど……」

「他にいい考えが無いから仕方がない」

「それもそうね」

 

取りあえず、まずは順番に教室回ってった方がいいんじゃない?というゆかりの提案で、昼休みを校舎内探索に決定した。

 

 

 

 

「マジで居たし!!」

「ちょ、順平!こんなに早く見つかるなんて違うんじゃないの、良く見なさいよ」

「見てるっての本物だって。俺っちを信用しろよ」

「結構、普通っぽい」

 

かなりびみょ―。なんだよゆかりっち。本当に強いの?そーは見えないんだけど。

いんや能ある鷹は爪を隠す的な乗りだって!普段は平凡そうに見えても実は……くーっ流石だぜ!

 

そんな口論をしている中、教室内へと有里は一人近づいて行った。

「昨日、コンビニに行った?」

 

「いや、行ってない」

 

 

有里が話しかけた人物は、心底だるそうな口調の割に強い警戒心を露わにしていた。

 

 

 

 

 

主人公side

 

 

あの夜から俺は可笑しくなったみたいだ。見慣れている自分の世界が全て予告なしに書き換えられ塗りつぶされ――滅茶苦茶にされた。

何時もの通りの家も通学路も教室でさえ様変わり。今ではすっかり線が無尽蔵に覆い尽くしている。

 

結果、シリアスとか似合わないと自覚している俺でさえ見事な程に気落ちしていた。

 

興味本位で、触るんだけどそれがヤバいの何の。

"ある日を境に特殊な目を持つようになったんだ。付随する目の効果で俺が触れたものは壊れるらしい"

深刻な厨二病のお知らせ。マジで乙の一言でしか片付けられない。人に相談すら出来ねえええ!

 

詳細としてはコンビニからの帰り、混乱して自室へ帰って来た俺は真っ暗な中でひたすら目を瞑って呆然と座り込んでいた。

実際どれだけ時間が経過してたのかは分からんけど、落ちつくためにパソコンを起動させたんだ。

で、ソレに気付いたのがそん時な訳。画面が発光し、浮かび上がる線に此処まで大きな傷が付いたのかと咄嗟に線をなぞり……

せっかくオンラインゲームのためだけに作ったパソコンが見るも無残なスクラップと化した。

テンションの低下に拍車を掛けているのはそのためだったりする。

 

え?悩みはパソコンかよって?どれだけ制作に手間暇とお金をつぎ込んだのかを知れば理解して貰えると思うんだ、うん。

ショックで寝られない頭で、どうやって復旧させようか。

もしくは――嫌だがどうしても諦め切れないのだが――もう一度作るなり、代わりのパソコンを買うべきかずっと悩んでいた。

 

教室の喧騒が遠く感じるのも寝不足のせいに違いない。……この変な物が見えるのも寝不足によって見えるって事にならない、かなー。

なりませんか、そーですか。

ったく、行ったから変なのに出くわして、行ったから変なのが見えるよーになっちまって。だったら行かなかったら…―行かなかったらそれこそ何も

 

「昨日、コンビニに行った?」

 

「いや、行ってない」

 

未練がましく、夜中のコンビニにさえ行かなきゃこんな事にはなどとIFばかり考えていたせいだ。

更に何もなかった事にしたい願望も相まってコンビニ=行ってないという変なベクトル――若干じゃなくかなりずれてる――の思い込があった故に、

何時の間にか前に居た奴のズバリと思考に的中させるかの様な質問に反射的に否と答えていた。

 

「……本当?」

 

「あぁ」

 

図星を突かれている上、元から嘘が得意とは言い難く動揺しているのが丸分かりだったんだろーな。

ソイツは距離を詰めて再確認してきた。それも目を覗きこみながら。

そこまで信用がないんだな。ま、実際違うんだけど。

ただ、一旦否定したからには後からやっぱ行きましたとは言いづらいんだって。

コンビニに行ったかどうかなんて、大した意味はないだろ。

 

だから、別にいいかなと返事したんだ。

教室の扉の入り口付近に立っている男に気付くまでは。

 

なっ―?! あの時の目撃者!?

 

あの時は自分以外の人間がいた事実に安堵の感情しかなかったが、冷静になって考えてみればとんでもない。

器物破損に銃刀法違反。あと動物っぽい何かをサックリ☆やっちゃったのをバッチリ知っている奴だ。

通報されても証拠不十分で何とかなりそうだけど、警察に監視カメラの映像を見られた瞬間に終わる。俺の将来的な意味で。

 

だから顔が引きつってるし、バレるかもという恐怖心が命じるまま距離を置いた。

というか……ちょ、マジでこっち来んな。

学校に居たら嫌でも自覚しちまうけど、至近距離で気味が悪い線を見るのは御免被る。

場所はバラバラながら、服の上からでも明確に分かる線。

それは額から斜めに頬へ。首筋から脇へと繋がっているかと思えば、腹から分岐し四方へと。

腕は勿論、太腿から曲線を描き膝を通り踵にまで達していた。

ちなみに、人間に対しても見える線はなぞったら俺のパソコンの様な末路を辿ったりすんだろーか。ははは、まさかな。

 

「えっとー、お話し中すんませーん。俺っちの事助けてくれた人っスよね?いやーあん時はマジ助かりました。お礼を言う暇もなかったから改めて言わせて欲しいなーなんて。ってか俺と同じ年?! まさかの同い年?!」

 

「馬鹿っ。 空気読みなさいよ!」

 

「…………」

 

 

逃げてもいいだろうか。チャンスだし良いよな。口論している隙をついて反対側の扉へとたどり着き、俺は教室を脱出した。

そして、また戻ってきてしまった自室。逃げるためとはいえ、サボっちまったんだけど。これでもクラスで真面目で通ってんのにな。

……棒読みなのはご愛嬌って奴だ。

壊れたのとは別のパソコンでネットで買い物をしていると眠気が襲ってくる。温かな日差しにつられて目蓋が重い。

瞼を閉ざした筈だというのに広がるこの青い空間は夢だからだろうか。

それにしては意識はやけにはっきりとしているんだが。大きな時計とその下の机を前にして、俺は立っているのだった。



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第五話

現実から別世界へ移動した小説は数あれど、流石に鼻を見てトリップしたんだと理解したのは俺だけだろうと思うんだ。目の前に腰かけ此方を値踏みしているイゴール(仮)。ゲーム内であったら、ペルソナ合成の便利なキャラ的印象だけで済んだんだが……コイツかなり腹立たしい奴にしか見えん。

 

 あれだぞ、謎の空間に一人拉致られた人間を浚った張本人である犯人がニヤニヤしてたら一発殴りたくなっても無理ないよな?例え黙って少しの間、我慢しているだけでペルソナを手に入れられるイベントになったとしても、日がな一日見たくもない線を見ていたせいで苛立っているストレスを発散しても構わないと思うんだ。

 

 

「ようこそベルベットルームへ」

 

「…………」

 

 

 来たくて来た訳じゃねーよ。あれ、可笑しいな普段は温厚だって定評がある俺。ここまでプッツンしてんのも珍しいんだよな。自覚があるのに、暴走が止まらない感覚って奴か?うーん実に微妙だ。

 

 脳内では本来の自分の筈なんだが、口調が明らかに可笑しい。アドレナリン大放出ってか?日本人らしく内心は遺憾の意だったとしてもオブラートに包んだ発言をしてばっかだっつーのに。衝動的にこみ上げた感情そのままに発言する自分が居る。

 

 

「お客人、貴方には伝えなければならない事があるのです。さあ、お掛け下さい」

 

「ペルソナ、だろう?そんなのはどうでもいいんだよ」

 

「おやおや、お客人は物知りでいらっしゃる。既に熟知された内容は反復する必要性は無い。成程!その通りでございますな」

 

 

 長々と抽象的な説明とは思えない喋り方を続けられる方の身にもなってみろと言いたいが、視界が揺れてそれ所ではなかったため、言いたい事を先に口にして遮った。何やら、テンションをあげて喜んでいるみたいだが頭痛で眼中にないんだっての。

 

 酷くなるソレは遠慮っつーのを知らないとばかりに好き勝手に主張しまくるし、収まる気配がない。線が見えた時から頭痛はしてはいたんだが、脳の許容量オーバーというか知恵熱だと解釈していた。

 

 

「話の前に剣呑な雰囲気を収めて頂けませんかな?話し合いにソレはそぐわないでしょうからな」

 

「別に好きでこうなっている訳じゃねぇ」

 

「ふむ、常にその様な状況に身を置かれている……実に稀有な方だ。しかし随分と生きにくいのではないですかな?やがて限界が来る、精神的にも身体的にも」

 

「なっ」

 

 

 コイツ、やっぱ苦手なタイプだ。俺が辛いのを分かってて同情的なセリフを吐くとかねーよ。くそ、ペルソナでのイメージが崩壊だっての。しかし、それは次の言葉で真逆になる。

 

 

「現状を打破する術があるとしたらどうしますかな?この契約書に署名を…―」

 

「それを寄越せッ!」

 

 

 限界だったんだよ。あれだけテレビで契約内容に目を通さずに署名するのは最悪の事だと、特集を組んでまで放送してたってのに。ほら、あれだ、わざわざ法律違反にならない程度に小さな文字で不利になる事柄が書かれているだとかあるらしーしさ。

 ただ、そん時ばかりは楽になりたい気持ちが強すぎた。荒々しい口調で詰め寄ると、ひったくった紙。同様に机上にあった羽ペンで自分の名前を書き殴る。書いたからと言って痛みが治まるとは到底、正気なら思わないが藁にも縋る思いだった。

 

 画してイゴールは正しかったのだ。乱れた息が収まる時には、あれだけの頭痛も視界の乱れも全くなくなっていた。理由は分からないが、助かったんなら良しとするか。……さて、後には引けないとはいえ紙の内容を確かめる必要があるよな。怖々と手に取り眺めようとすると、不意に用紙が消失した。

 

 

「契約成立ですな」

 

 

 ちょ、どこの悪徳業者ですか?気分は綺麗なお姉さんへのナンパが成功したと思いきや、連れて行かれた先のビルで馬鹿高い羽毛布団を買わされた感じだ。つまり、後で我に帰っても後の祭りだ、と。クーリングオフってないの?

 

 

「では此れをお持ち下さい」

 

「……此れは?」

 

 

 落ち込む俺に追い打ちを掛けられる如く、放り投げられた物をキャッチ。何だ?咄嗟に引っ掴んだ物を見たら拳銃だった。此処って日本だよな。銃刀法違反は何処だ。

言いたい事は山ほどあるが、端的に一番聞きたい事を尋ねてみる。

 

 

「貴方の助けになるでしょう。未来をもひらける代物ですぞ」

 

 

 拳銃で?それって「この壺を購入すれば貴方のお悩みが解決致します」と同レベルなんじゃねーの?悩みが解決しますってか。胡散臭げに眺めていた俺なのだが、愛しのPC破損で忘れていた鬱陶しい線の数々が視界から失せている事に気付いた。

 

 嘘だろ!んな簡単に治る様な症状じゃないだろうに。にしても本当は悪徳業者じゃなかったのか……。契約書とやらに署名した実績もあり確かだ。合成とかだけじゃねーんだな。ふむふむ。

 

 

「貴方は内に巨大なる力を秘めておいでだ。残念ながら今は推し量る事が出来かねますが、何れ頭角を現すのではないかと」

 

 

 ってか、巨大な力?ペルソナが覚醒している訳でもねーのに?それとも今後、主人公のように覚醒フラグがあって召喚が可能になるのか?疑問に思ったのだが、意識が薄れそのまま現実での普通の眠へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「ふむ、随分と困難な人生を歩んで来たお客人のようだ」

 

 

 ベルベットルームより、かの人物が去った後イゴールは一人呟いた。まず初めの警戒の仕方からして只者ではないだろう。身に纏う敵意に満ちた雰囲気しかり、椅子に座り咄嗟の動作が鈍る事を懸念して終始立ちっぱなしであった事を含めそう結論付けた。イゴールでさえ未知であった能力を所有しているのが更なる拍車を掛ける。

 

 しかし、それでは集団に溶け込めないだろうと考える。人と人との繋がりが力になるというのに、あれでは力を得られない。寧ろ枷となる。お客人は不要だと切って捨てるのでしょうな、と顎に手を添えたまま笑う。少々おせっかいであっても強制してしまうのは老人の常、次に再会したならお客人にどの様な変化があるのかと期待をする。

 

 唐突に赤い髪を靡かせ、ベルベットルームに現れた人物。お客人ではない者の登場に、不意を突かれた形になってしまった。ただ預かった品物を渡すのがあのお客人であるというなら、それもまた運命。今度は扉を開いて来るであろう人物を思い浮かべエリザベスに、先程は渡さなかった弾丸を仕舞うように伝えた。



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第六話

チドリは街中で絵を描いていた。平日の昼間とあってか駅前の人出は少ない。

だが閑散としていながらも決して途切れない流れが、街の豊かさを証明している。

花屋で色彩を楽しみ選んでいる者、単に駅を利用するために只管歩いている者。行動も服装や年齢層まで異なる面々が行き交うがどれもチドリは無関心だった。風景の一部でしかなく、目に入っていたとしてもどうでも良い存在だったのだ。

 

そんな中、チドリの前を通る人物が居た。学生服を身にまとい大事そうに鞄を気にかけている。目線が進む方向よりも注視しているのもそうであるし、何より両腕で抱えていれば察しが付く。しかし、それも鉛筆を動かせばチドリの脳内には存在しない。忘れ去られた記憶になる――筈だった。

 

不意に吹き荒れる風に手元が狂う。スケッチブックを握る手の力が緩み、えんぴつが転げ落ちる。チドリの手が追うが道へと向かう方が早かった。遠ざかるそれを目指してチドリは腰をあげる。舗装の凹凸から止まる事ないえんぴつに意識を丸ごと持っていかれたチドリは歩く人物に気付けなかった。両者の間で小さな驚愕の声と悲鳴があがる。漸く我に返ると自分の不注意で目の前の人を転ばせてしまったと理解した。

 

 それだけではない。ぶつかった際、チドリはかろうじてスケッチブックだけは離さずに片手に抱え込めたのだが相手は違う。買い物袋の中身が散らばっている。野菜やパックのお肉。惣菜の中身はひっくり返り綺麗な盛り付けが滅茶苦茶になっていた。特に卵のパックが割れ、白身と黄身が混じり合っている有様は酷い。

 チドリが遠距離から現状を徐々に把握し、付近へと視線を戻すと学生鞄が一つ。蘇るのは少し前の通行人の姿。記憶の大半は薄れたものであるが、大切な鞄を持っていたという事実のみは確かだった。もしかしたら鞄自体が。或いは、中に高価な物を入れているのかもしれない。

 

 どちらにしろ、この惨状を招いたのはチドリ自信の行いにある。別に自分自身に被害がないのだから、えんぴつを拾い立ち去ればいい。だが「理解できなくても仕方がありませんが、面倒事を避けるためには謝るのが得策なのですよ」と以前タカヤに言われていたのだ。影時間は別として昼間に出歩き、アクシデントを多発するらしい自分に次から謝れるならと後始末をする傍らに約束させられた。承諾しなければ、自由に絵を描けない。チドリは単にそれだけの理由から分かったと返事を返していた。今がその時なのだろうか。

 

 

「……ごめんなさい」

 

「謝る必要はないって、こちらこそすみません」

 

 

 取りあえず謝ってみた。すると勢いよく手を左右に振りながら、被りを振って否定された。……間違っていたのだろうか。するとチドリの手を凝視しながら目を大きく見開いていた。何かあるのかと辿ると出血している。ああ、と納得した。偶にではあるが自然となる事象だ。放っておけば勝手に止まるだろう。

 

 

「ちょ、手当! 手当しないと」

 

「どうして?」

 

「ど……誰だってこれ見たらそーするのが普通だろ?」

 

「……可笑しな人ね」

 

「ひでっ」

 

 

(普通じゃないでしょ?だって、今道を歩いている大勢は血を流す私を見ても無関心だもの)

 

 

 落ちている品物を避け、もしくはあからさまに迷惑そうな顔をして通り過ぎていくだけだ。それに普段行動を共にしているタカヤとジンも気にした事は一度もない。

 つまり単に目の前の人が可笑しいだけだと結論付けた。すると、酷いと否定する意思を見せながらも笑っている。……やはり可笑しい人なのだろう。

 

 

「消毒と塗り薬。後は包帯を」

 

「…………」

 

「本当にごめんなさい。血が止まりそうにないし、病院へ行きますか?」

 

「病院は嫌。……行かない」

 

 

 別段話す事はなかったからチドリは無言だったのだが、相手は常に話しかけてきた。四次元と繋がりがあるのか、学生服のポケットからは次々と手当の道具を出して覚束ない手つきでチドリの手当てをし始める。不思議だと眺めていたら触れていた温もりが消えた。次いで立ちあがると地面で付着した埃を手で払い、荷物を拾い出す。それも真っ先にチドリのえんぴつを。差しだされたそれに呆気に取られて握っていると手伝う間もなく片付けてしまった。

 唯一鞄だけはまだ残されていたため、チドリはそれを渡す。凄く驚き慌てて受け取る様子に一応、もう一度謝り別れを告げた。最後までチドリのせいで被害を被ったにも関わらず気にしない。それ所がチドリを気遣ってばかりの人物はやはり可笑しな人物として珍しくもチドリに印象を植え付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 あれから真っ直ぐにタカヤとジンが何時も居る場所にチドリは向かった。人通りの少ないここは比較的待ち合わせに多く用いられている。最も駅前にてチドリが絵を描いていたのは集合までの時間を持て余しての行動だったのだ。

 見渡すとジンが一人ドラム缶に腰を掛けパソコンを操作している。最初はタカヤに聞こうかと思っていたのだが不在であり、仕方なくジンに聞く事にした。チドリが到着してからもそのまま距離を詰めると、普段はお互い不干渉を決め込むからか訝しげにジンが顔を上げる。

 

 

「チドリやないか。どないしたん」

 

「聞きたい事があるの……」

 

「なんや、珍し事もあるもんやな。話してみ?」

 

「初対面の人間に一方的な過失でぶつかった挙句……荷物を損傷。使い物にならなくさせて、その人にとって大切な物を壊しかねない原因になった人物に対して怒りもしないで……損害を請求すらしないで逆に加害者に気を遣って手当する人って何?」

 

「は?」

 

「だから……」

 

「あー……ええわ」

 

 

 言われた事が理解出来ないと問い返されたため、説明しようとすると手で制される。眉間に皺を寄せ、まるで苦い食べ物を口にした表情をしたジン。自分で気付き、指で皺を伸ばす仕草をしながら話しだす。

 

 

「人間誰しも行動には思惑やら、下心が伴うんや。それは善意でも変わりあらへん。寧ろ善意の方が色々な含みが混じっとる。せやから殆どは偽善者や。万が一、微塵もそないな考えの無い奴がおるんなら、それは聖人君子位なもんや。良く覚えとき。ええな」

 

「聖人君子……」

 

 

 つまりあの人物は思惑も下心もなかったのだろう。ならば聖人君子らしい。チドリは話を聞いてそう結論付ける。結果、印象が可笑しな人から聖人君子へとなる。包帯を撫でチドリは彼の人を想った。

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 悪徳商法という名の悪夢から空腹で目が覚めた。冷蔵庫は空っぽなもんで買いに行く必要があるんだが、問題が一つ。例の物騒極まりねー凶器だった。部屋に置き去りにしたかったんだが誰かに見つかるかもしれないという疑心暗鬼に、あれが無いとまた頭痛に襲われるんじゃねーのとか思って持っていく事にする。

 

 が、ここで問題が一つ。男は大抵は手ぶらだ。ズボンの後ろのポケットに財布を突っ込んで終了なんだぜ?コレどーするよ。誤魔化せねーし。幾ら地球温暖化で騒がれようが、残念ながらエコのために自分の買い物袋なんつー洒落たもんは持ってない俺。

 苦肉の策として学生鞄に――開けた時に直で見られるの防止のため――新聞紙を厳重に巻きつけて放りこむ。……何でだ。余計に怪しさが増した気がしてならない。不審気に眺めていたが腹が減るばかり。しっかりと鞄に仕舞ったとしつこく確認した後、家を後にした。

 

 

 

 大丈夫だと自己暗示をかけ、まずは恐る恐るポロニアンモール交番近くの青ひげファーマシーへと向かう。今日は安売りの日だからだ。将来、ペルソナ関係でとんでもねー怪我をしそうな嫌な予感を少しでも拭うためアイテムを大量に買い込んで置く。

 俺の命の値段、プライスレス。回復もそうだが、地返しの玉をメインに倍プッシュでおk。念のため普通の塗り薬とか包帯もカゴに放り込む。

 

 つーか、こんなん普通に売ってていいのかよ。ペルソナは一般人には秘密って設定じゃないのか?覚悟を決めてたっつーのに案外あっさり買えて拍子抜けだ。買い占める俺が上客だと思われたのか愛想も良かったしな。……ただし緊張の余り鞄を握る手に汗をかきまくりの上、無駄にガードしてるんだが。

 

 んで気を張り詰めたまま、しばらく外出しなくても良いようにこれまた食料を買い溜め。

会計して荷物が増えたんで塗り薬やら包帯とか小さいのをポケットへ放り込んどく。やっと目的を達成したという安心感から油断して――いや、鞄の中のブツに意識をほぼallつぎ込んでいたせいかもしれんが――激突してしまった。

 

 大慌てで確認する。ふー。衝撃から放り出した荷物の中に鞄があったから中身が出たらマジでどうしようかと思ったぜ。駅前という事もあって人が居るのに危うく阿鼻叫喚の渦に巻き込むとこだった。学生で、かつ男なら雑に扱う事が多いとメーカーが考慮したのか、単に日本の製品の作りが良いのか知らないが無事な事に感謝だな。食材?ああ、そーいえばあったっけ。

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

 そんな時、謝罪の声色で我に返る。やべっ、俺のせいでぶつかったんだった!

後は謝って更に女性に怪我までさせた事実に兎に角手当をした事しか覚えていなかった。ひたすら低姿勢で慣れない敬語を使ってた気がする。

 そして帰宅。食事を済ませ落ちついた時に漸くぶつかった相手がチドリだったと気付き俺は今更一人で慌てるのだった。



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第七話

 せっかく止まっていた筈のあの赤い不気味な線に支配されているのを見てしまう目が影時間と共に戻って来た。唯一、頭痛が治まっているのが救いだろうか。黒光りする物体は結局は効果が及ばなかったという事だ。大切に扱っていたのが馬鹿らしくなり、乱暴に床へと放り捨てる。何故だか無駄な焦燥感へと駆られ、手にしたのは護身用のナイフ。次いで俺は部屋に閉じこもっていたかったのだが、何かに導かれる様に街中をさ迷い、気付けばモノレールへ乗り込んでいた。

 広がるのはペルソナの適性のある者が見れる空間。乗客は棺へと変化を遂げており、かつ視界が不気味な緑色だ。それが赤い線と混じり合い一層、不快感を醸し出すのに一役も二役も買っていたのだ。だったのだが……

どうしてあれだけ忌々しいと感じていたんだと今更ながらに思う。

 

 込みあがる興奮がが収まらない。こんなに気が高ぶっているのにも関わらず、握りしめた柄のひんやりとした感触が脳内をクリアにしていく。俺は迷いなく赤い亀裂にナイフを突き立てた。口角が吊りあがる。そのまま片腕のみの力で振り下ろす。切っ先は寸分たがわず狙い通りに吸い込まれ、敵を分断していく。宙に放り出されたシャドウ上半身、目が合った気がしたが思い返す前に四散する。楽しい。でもまだまだ物足りない。この時をもっと感じていたいからだ。

 欲望のままに次の対象を探す。足を動かすまでも無く、相手が攻撃しようと近寄るのを幸いとしか考えられない。片足を前に出し、技を出されるよりも早く腕を奮ってやるだけでいいのだ。攻撃をしようと能力を使う直前、不完全な状態――俺に体の一部を切り取られた事――で強制的に遮られたシャドウは咆哮をあげる。中途半端な行き場を失ったエネルギーが体内で行き場を失っているのだろう。転がり悶えているのをしり目に、返したナイフで今度は胴体を薙ぐ。下から上へと振るわれた後、シャドウの尚も轟き響き渡る絶叫が闇に溶けた。俺はただ、モノレールの奥へと足を運ぶ。

 

 いうなれば、アクションゲームだった。それも単にボタンを押せばいいだけの。目の前に無数に蠢く有象無象を切り刻んでいく遊戯。倒せば倒すだけ快感が増すのだ。なにせ自分に敵う奴など存在しないのだ。目に映る全てを思うがままに蹂躙していく事が出来るなんて最高じゃないか。気分が高揚したまま力に酔いしれる。

 

 前提として相手は人間じゃない。牙を剥き、襲いかかってくる敵なのだ。その敵を圧倒的な暴力で倒す自体が普通に許される世界だ。寧ろ、シャドウの場合は人間に害をもたらす存在であるが故に滅するのを推奨し正しいとすら肯定してくれるお膳立てが付いている。これ以上のご都合主義はなかった。

 

 刃物を突き立てるというのに一切の抵抗感なく滑る武器は、自身が今までロクに使う機会が無なかったとはとても思えない軌道を描き、切れ味を遺憾なく発揮してくれた。亀裂に添わせると意識せずとも吸い込まれていくのだ。まさに自由自在、思うがままに使いこなす事が可能だった。今まで目の敵にしていたあの不気味な線へと当ててやりほんの少しの力を加えてやるだけでいい。長く愉快でたまらない感情を味わいたく思っていた俺は時折、ワザと一撃で屠る真似をせず、嬲りながら一心不乱にシャドウを倒し続けた。

 

 ペルソナの世界なだけあってか、シャドウを一体消すたびに経験値とやらが得られるらしい。最初は能力値が低いため直ぐにレベルが上がる。そして数値が上昇するに連れ倒す必要があるシャドウの数は増えるものの、レベルの恩恵により体力が衰えず、息切れすらしなかった。更に反射能力すら上昇し、寸前で避ける無様な真似をせずに済む様になったのだ。攻撃の前に余裕を持ち移動するかナイフを持つ手を振るうだけで事足りる。やがて幾度か凶器を突き立て解体しなければ倒せない敵ですら同種と次に出くわした時は一撃で屠る事すら可能になった。

 

 しかし、空間が限られている電車内。シャドウの数も同様に限定されている。

恐らく最後のモノレールを動かしているであろうボスを残した段階で全て片付けてしまったようだ。周囲を幾ら見渡してもさ迷う影が見当たらないのに肩を落とす。気を取り直してボスに挑んでやろうかと思うものの、ドアの前の塞いでいる奴が邪魔で通れない。何か喚いているらしいが、聞こえない。口を開けている姿しか目で捉えられない。頭が正常に働いていないのだ。近頃、見た事があるだろう顔だったが誰だっただろうか。

 

 ぼんやり考えていたせいだろうか、背後から抱きつかれ思考が遮られた。勢いが余り、上体が揺らぐ。誰だと振り向けば……って、男に抱きつかれる趣味なんざねえええ!全身に鳥肌が立ち、衝撃が脳髄を刺激する。何故か、今まで動きまわった際とは別段な疲労を覚えた気がする。拒否反応ぱねぇ。

 そして我に返ると俺は絶賛今直ぐに逃亡したくなった。うはw俺ってばテラ厨二病wwな所業を思い返して背中から冷や汗が噴き出しているけど、構ってられねーよ、切実に。ってか、ここモノレールで走行中なら外に出られねー……。そろりと見やると、ペルソナ3の初期パーティメンバーが揃い踏みで俺を凝視してた。オワタ!



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第八話

視線が痛い。突き刺さるっての。ちょ、せめて何でもいいから話せ、気まずいから。薙刀片手に制服姿の女の子が他の仲間達よりも先に一歩出る。前言撤回しよう。やっぱり何も言わないで欲しい。重々しい雰囲気と相まって告げられる内容に不安を覚えるんだ。

 思案するのに時間は掛らなかった。背を向けると徐に、モノレールを暴走させているシャドウのボスが待つドアを開け放つ。だってな、気まずさから逃れるには移動すんのが手っとり早いんだよ。それもこんな俺に今の貴重な時間を消費すんのは勿体ねーし。ペルソナのシナリオならタイムリミットの瞬間、お陀仏(ゲームオーバー)だろ?

 

 俺(イレギュラー)が居る自体に驚いて先に進めないんなら、せめて注意を惹きつけて我に返る手伝いでもしとくべき。中へと入り込むと同時に複数の足音がこちらに向かってんのを聞いた。うし、上手くいったか?

 

 足を踏み入れた途端に周囲の気温が急速に冷えていくのを感じた。肌寒さを超え、視界に氷の粒が飛び交うまでに至る。不自然なその現象はプリーステス――このモノレールを支配しているシャドウ――からの手厚い歓迎だった。宙に散らばっていた物が一斉に俺目掛けて飛来するのを横にジャンプして回避する。ブフとはいえ、痛いのは御免被るっての。しかも生憎、回復薬関連は根こそぎ部屋にあるしな。……せっかく買い込んだっつーのに。

 不意打ちとか危ねーと内心で呟いていると背後から小さな悲鳴があがった。確か公式ではハム子だったっけか?さっきもそうだったが、リーダーの役目を背負っている彼女が先だって行動をしているらしい。とばっちりを受けてしまったようだ。

 

 振り向くと入口でへたり込んでいるハム子の姿。他のパーティーメンバーは怯んで、後方で慌てふためくばかりで現状が見えてないっぽい。ぼーっとしてんのは大変宜しくないんで腕を引っ張って移動を促す。ちょっとだけ、非常事態だからと女の子と接触するのを許された事に感謝した。普段やらかしてみろ、普通にセクハラだの変態だのと糾弾されるのは目に見えている。ただしイケメンは除く。……はー、事実なだけに傷つくぜ。

 ブフが望んだ効果が得られないと知ったプリーステスは、口からどす黒く赤色い空気を吐きだしながら囁くティアラを呼び出す。宙に浮かびながら揺れる足だか手だか分かんねーのを見てるとしみじみ奇妙だと思っちまうよな。だとしても、体の半分から左右対称に白と黒で分かれているこのシャドウには負ける。髪が逆立っているのもそーだし、座り方を考えろとも切に思う。きっと、巨大な体躯を活かして先に進めない様に道を塞いでいるつもりなんだろうが、せめてもっと可愛い感じになって出直して欲しーんだけど。 

 

「来てっ!」

 

 タルタロスの探索で慣れたらしいハム子が反応して米神へと召喚銃を押しつけた。独特の発砲音と共に透明な破片が舞う。実を言うと本当に直に見たのはこれが初だ。ゲーム画面上よりもよっぽど大きいな、オイ。ボスがあれだけデカイせいで当然の比率かもしれない。視点が三次元へと変わったせいで見上げなければなんなくて首が地味に痛む。茶髪のロングヘアーに背負うマークがハート型と女の子らしさを前面に感じるペルソナだよな。それでいて滲み出る勇ましさは宿主を反映しているっぽくて、微笑ましくなる。

 あ、落ちついてんのが珍しいかもしんないけど、もう俺の出番て終わりだろ?こっからは主人公達が活躍して倒してめでたしめでたしだよな。

 

「私だって」

 

「ペルソナァ」

 

 ハム子に触発されたのかドアの外に居た二人も合流してイオとヘルメスを同様に出すと、囁くティアラに一斉攻撃を仕掛ける。反撃の隙は与えず一体を容易く消失させた。

 

「この調子で行くよ! 順平とゆかりはボスのプリーステス。私は囁くティアラを何とかするから」

 

「オッケー」

 

「ちょっと待てよ。だから勝手に決めんな、雑魚相手なら俺一人でも充分じゃんか。一撃で楽勝だから見てろって」

 

『待て、伊織。ソイツは炎を無効化するぞ』

 

 上手に連携しているかと思ってたらさっき俺に抱きついてた野郎が、勝手に暴走し出した。仲間割れの場面って確かにあったけど、流石にボス面でも尾を引くとは驚いた。ペルソナといいターン制のボタン操作だったからな。

 端の方にて他人事で傍観してた俺だが、ナビゲートしていた人の声が響きそうもいかなくなった。緊迫した声が耳に入ると同時に野郎のアギを受けても平然とした姿を晒したシャドウが、ヘルメスへと斬撃アタックを仕掛ける。回避率をあげた訳でもないペルソナが直撃を喰らい、ダメージを負った。続いて野郎も吹き飛ばされ壁に激突して叫ぶ。

 

「い、痛ってえぇえぇええ」

 

「しっかりしてよね、もう」

 

 回復魔法のディアを使ったイオと、呆れ顔した岳羽ゆかりが野郎を見降ろしていた。傷は癒えたが、苦々しい顔をした野郎が睨む。敵の攻撃を掻い潜ってサポートしたというのにそんな態度で接してくるもんだから大いに不服そうだ。岳羽ゆかりは踵を返しハム子の元へと向かった。野郎は力を込めて壁を一殴りするとまたボス目掛けてアギを放つ。

 分かるわ。男として幾ら強くても女の子に庇われるのはさぞやプライドが傷つくんだろーよ。転生前に体験した経験が蘇ったのと野郎の気持ちがテレパシーで伝わって来たんで戦闘に戻っていった野郎を生温かい目で見てしまう。と、今がチャンスだと気付いた。

 

 それぞれ個別で戦闘を繰り広げている個人の武器やペルソナのスキルなどはまちまちでも、それを受けた側はその威力の分はさっきの野郎見たく吹っ飛ぶ。その後は元の所へ行くものの、それまでにロスがある。つまり幾ら道を塞いでいても穴が出来るんだよな。ちと頑張れば運転席に辿りつけるんじゃね?

 タイムトライアルで時間制限があるのに、互いに噛み合わない主人公達の苦戦を見てそう思う。モノレールを支配してんのがシャドウなのは理解しているけどさ、ほら平行して能力使うのって骨が折れるだろーし。俺に気を取られて主人公達にフルボッコされるべきだろ。逆だと主人公達へ夢中になって集中力が途切れて運転台機器の操作が可能にあるかもしれない。本当なら俺も混じって戦うべきだけど、未だに先の実力通りに出来ると言う保証がない以上は迂闊に出ばれねーし。意地を張ってどうなるかは既に野郎が体現してるしな。

 

 決まれば早い。まごまごしている時間は無駄。手に汗で張り付いたナイフを片手に握ったまま、通路の隅からタイミングを見計らい座席上を駆け抜ける。ハム子のオルフェウスの奮闘でプリーステスが仰け反り、体を傾けて苦しんでいる最中だからって言っても囁くティアラが――倒したけど再び呼び出されて――二体存在している。注意してたけど、イオとヘルメスにより大丈夫そうだ。ペルソナを召喚した時から主人公達も俺を見てないし問題ないよな。

 

 目論みは兎も角として何とかシャドウらの背後へと到達した俺は、最後のドアを開けて運転台機器へ一直線。後ろから何時来るか冷や冷やしてっけどさ、溌剌とした声と一緒に殴打する音が聞こえる辺り、きっとハム子がクリティカルさせて皆で総攻撃をしているっぽい。

 やっと到着した先にはメーターが幾つかとボタンにレバーが出迎えてくれる。ゲームやってて良くブレーキを勘で分かったよなと思ったが、成程。思ってたよりも分かりやすいからか。まず減速や停止がボタン一つでスピード調整出来るとは考えられないから除外だろ。これはドアの開閉のためだとみた。次はレバー。これは複数あるからどれが目的のなのかは不明なんだよなー。ただ、一際存在感を放つものがある。握る部分が大きい作りをしているし、横に数字が書かれたラベルが貼り付けられてるのがどーみても怪し過ぎんだろ!

 

 確信を得た俺はナイフを一旦置き、全体重を掛けて――レバーにぶら下がる方法で――レバーを手前の位置に戻そうとする。スゲーかてぇ。押しても押しても鬩(せめ)ぎ合いで負けて意味を無さねー。主人公達の活躍でHPが削れたのか力が弱まったと安心してもシャドウが抗い、モノレールが左右に激しく揺れた。その拍子に手が離れて床に倒れる。打撲と筋肉痛が襲うものの、タイムオーバーしたらぶつかると最悪の事態が頭を過って負けじと再チャレンジしてやった。で、なけなしの力を振り絞っていると脱力を誘う効果音が。

 

″勇気+3″

 

空気嫁!!

 

 ぶら下がるのも限界で今度は上に乗りあがる。これでどーよ。という気持ちになって直ぐだった。レバーが動いたと同時に俺の体重に負けて折れたのは。ぶら下っても無事だったのはまだ支配力が強かったせいらしい。主人公達がボスを倒した事で制御がきく様になったのは良かったんだが、ヤバい。見事にバランスを崩した俺は、二度目になる床へ激突するという経験をした。

 激痛に耐えながら運転台機器にある赤いボタンを押してモノレールのドアを開く。ちなみに青は閉じるだったらしく反応は無かったんだよな。

 

 薄汚れた洋服を手で叩き、埃を落とす。擦り傷って地味に痛ぇ。俺はナイフを回収すると、勝利に湧き上がる主人公達――順平とも仲直りした様子だった―――を尻目に運転席付近のドアからひっそりと退散した。



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第九話

満月の夜の影時間。駅の前で待ち合わせている時間に少々遅れながら美鶴は皆の前に姿を現した。岳羽と伊織がバイクに驚いている。普段ならば多少は時間に融通が利くため、雑談へと縺(もつ)れ込んでいただろうが生憎、今回は余裕が無かった。早急に本題へと入り、作戦を開始する。「皆の物、出動だ!」という何とも有里らしい言葉で場の空気を和ませたのに対し、頼もしいなと薄く口元に笑みを湛えながら見送った美鶴は、気持ちを切り替え索敵能力を使った。

 

 丁度、三人が目的のモノレール付近へと到着したのを見計らい通信を入れる。まず反応したのは岳羽であり、注意して進むよう促した。美鶴はここからが正念場で油断は禁物だと更に集中力を高める。そもそもペンテシレアは戦闘型なため向いてはいないのだ。

所がメンバー内に適性のある者が居らず、美鶴が引き受けている。自分も一緒に戦いたい気持ちを抑制しなくてはならないため、それに随分と気力を必要として予想以上に苦労していた。

 それもシャドウの位置を朧気に感じるだけで音声での通信である。とても心許ない。にも関わらず自分は安全な場所から作戦の成功を待つしかない。敵の場所を完全に知る事が出来ない不甲斐なさを悔やむものの、自分でもどうしようもないと理解していた。

 

 いつもの通り深呼吸をし、湧き出る気持ちを押し殺していたその時、何かに驚く声が聞こえ慌てて美鶴は尋ねる。モノレールのドアが全て閉じてしまったようだ。心配する気持ちが募る。車両の先へと進む三人からの通信によると未だにシャドウの姿すら見えないらしい。それも距離を稼いでも同様にだ。それに焦れた伊織が話を聞かず先走る行動に出たため、二人で追うと有里が主張した。各個撃破の的になるので美鶴も同意見だったが、予想以上にメンバー内の雰囲気が悪くなっているのが気にかかる。

 反応では何両か先の様だが、敵が存在しないため阻まれる事も無く直ぐに追いついたらしい。全力疾走をして疲れ果て座り込んでいた伊織と再度口喧嘩に発展している。合流してもこれではなと美鶴は溜息をつく。さっきから感じる一番強い反応は恐らく本体だ。この調子ではチームワークに支障が生じるのは目に見えている。そのまま容易く乗り切れるとは思えなかった。

 

 その後、列車がシャドウに支配され動き出したため一旦は終息をみせる。制限時間は七分。一秒たりとも無駄には出来ない。

 

『でも桐条先輩、やっぱり変ですよ。気配はあるのに出くわさないなんて』

『んだよ、俺の実力を見せつける大チャンスだってのに』

『またアンタはそんな事言って! さっきも言ったけど一人で相手出来る訳ないじゃない!?』

『見てもねーのにんなのどーして言い切れるんだよ!』

『二人共、落ちついて。……美鶴先輩、何か分かりませんか?』

「少し時間をくれないか?」

 

 時間が無い中、貴重なそれを割いて欲しいと主張するのは心苦しい。しかしシャドウの気配が乱れ急速に変化しているのだ。最初は分からなかったこの現象は三人が本体方面へと近づいた事により発覚したのだが、余りに異常だった。より慎重にならなくてはいけない。

 複数のシャドウがある地点へと次々向かっていっては一方的に消失している。何かの罠に違いない。消えたといっても完全に消滅したとは考えられないからだ。気配をなくす特殊能力を有しているかもしれない。モノレールを支配するだけの能力があるのなら不思議はないだろう。もう一度、確認していみるとその地点は次のドアの先だ。シャドウに待ち伏せをされている可能性を告げてから暫くして皆が息を飲むのが伝わって来た。

 

『……え?』

『嘘……信じられない』

『ま、マジかよ……』

「一体どうしたんだ?」

 

 危機を感じさせる物ではなかったため今度はゆとりを持って通信を入れる事が出来た。返事が誰一人なく同じ言葉を繰り返そうかと考えた時、漸く声が届く。

 

『誰かがシャドウを倒しているんです。…―それもペルソナを一切使わないで』

『つーか、何だよアレ。スゲーって。いや格が違うっつーの?お、おおお俺だって』

『殆ど一撃。ううん、違う。シャドウの攻撃を完璧に見切っているからこそ確実なタイミングで迎撃してる。一回も攻撃は受けてない』

 

 得た情報は瞬時に美鶴を興奮状態へと導いた。心臓が煩い。その人物が皆に害を与えないと保証はないのだが、物凄い戦力である。未だ人員不足な特別課外活動部においてペルソナの適合者は喉から手が出る程に欲しい! それも武器を使用してでの実力ならばペルソナを召喚した時の実力は計り知れない……。が、美鶴は責任ある立場の人間として逸るのを抑える。

 何とか落ちついた美鶴だったがその代わりに記憶に引っかかる物を感じた。そう、連想したワードとは″滅茶苦茶強い奴″とやらだった。そして覚えがあるその単語は数珠つなぎに頭の中の引き出しを開けた。伊織が仲間に入った夜。黒をメインとしたTシャツにジーンズの男。顔があやふやで見当がつかず、頼まれても結局は探せなかった仲間候補者。該当する件に美鶴は喰いついた。

 

「何! それは本当か? もしかすると前に伊織が言っていた奴ではないのか?」

 

 実際に目の当たりにしていないため、美鶴は三人よりも幾分か冷静に思考する事が可能だった。それを踏まえての発言に三人も同じく思い出せたようだった。

 

『うおおお! 流石、俺が見込んだ男!』

『別人かもしれないでしょ。うーん、後ろ姿じゃ判断がつかないです。あ! そっか。もっと近づいてみればいいんだ』

『へ? ゆかりッチ、まだ戦闘中よ。危ないじゃんか』

『何言ってんのよ。こーゆー時こそ、思い切らないでどうすんの。見た感じ正面じゃなくて窓際に追い詰めているから、向こう側のドア付近から寄れば……』

『おーい……って、せめて反応して下さーい』

 

 勇気と無謀は違う。無茶はするなと告げたかったのだが、その前に岳羽は動いた様だった。伊織も行きたそうな素振りがあったものの、それは有里が何とか止めに入る。どうして俺だけという叫びにゆかりの時は謎の男の動向に集中していたらしく、懸命に戦い方を分析していたのだと言う。

 それでもしつこく粘る伊織についには有里も折れ、ならば自分も一緒に行くからという事で一応は和解が成立する。

 

『あ、こっち向いた。えっと、教室で会ったんだけど私の事分かるかな?』

 

 一方で岳羽は無事に反対側のドアの元へ到着していた様子で接触を試みていた。だとするとドアの向こうのシャドウ以外は倒し終えたという事だ。三人は戦っておらず時間にも余裕がみられる。先を急ぎたいが協力を仰げるならば同行して貰えるかもしれない。

 

『師匠おおぉおおぉお』

『…………』

『順平。話してたのに割り込まないでよね。ってか師匠って何?』

『ほら迷惑だからさっさと離れて』

『公子手伝うよ』

 

 行き成り伊織が大声を上げたかと思えば、美鶴の希望を台無しにした。岳羽の行動が無意味に終わってしまうとは落胆が大きい。あれだけ褒め讃えていた尊敬する人間と再会したならば突拍子の無い伊織の行動も理解出来るがTPOを考えて貰いたいものだ。美鶴自身もお父様と会うときは己を律しているというのに。

 伊織を引き離すまでゴタゴタしている緊張感に欠ける空間を想像し、脱力しそうになってしまった。



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第十話

 意を決した公子が前へと足を踏み出す。騒ぎが終着する頃、伊織を引っぺがし元の位置へと戻しての二度目の対峙だ。しかし、謎の男は無言で本体が居るドアの向こうへと姿を消したそうだ。相手にされない事への伊織の悲痛な叫びをBGMに、皆も進む。

 彼が件の人物だったかは以前不明である。ただしコンビニで助けられた伊織は兎も角として、同じ学校内で声を掛けたのだと言っていた岳羽と有里に無反応だった。初対面であるならば警戒もするだろうが、既に互いに顔を合わせている。無反応で交渉の席にすらつかずに徹底して無視を貫くとは冷たい性格の持ち主のようだ。美鶴はヒーローという比喩表現から勝手な理想を抱いていたらしい。打ち砕かれて落胆する。

 

 しかし時間は待ってくれないかった。有里の頭部近辺に攻撃がぶつかり、通信が乱れる。

 

「おい! 大丈夫か?!」

『はい。公子はあの人に助けられましたから』

『ボディタッチとかマジ羨まけしからん……あーあー師匠ってばいーなー』

 

 どうやら美鶴は酷く思い違いをしていたらしい。本当に冷徹な人間ならば人助けなどしないだろう。無視をしたのには事情がある。第一印象だけで物事を判断した自分の未熟さを恥じながら敵の詳細情報を探った。それを察知するペンテシレアの存在が一層増した時だった。懸念事項が現実となる。仲間割れだ。

 伊織は我慢の限界だとリーダーの指示を聞かずに飛び出す。炎属性のスキルは無効になると届いたのはアギを放った後。壁に激突した伊織を岳羽がサポートするのだが、感情を操りきれていない。一応は指示通りに本体へ意識が向いているのだが、自棄になっている。我武者羅にスキルを連発し、ペースを考えない。それでも一見優勢に見えるが間違いだ。見事に悪循環に陥っている。当初の作戦通りに囁きのティアラを相手していた有里が見かねてアイテムを使用し、SPを回復する事でターンを使ってしまう。岳羽は攻撃を免れた囁きのティアラ二体の影響で減らされたHPのために回復スキルをメインにしか使えない。

 

 つまり現段階では伊織一人だけでしか動いていないのだ。気合いだけでは決して埋まる事のない力量。また本体からの攻撃も加わり、痛みで集中力も欠いている。これでは負けてしまう! それだけではない。時間も一刻一刻と進んでおり、どちらにしろ危機が迫っていた。あの謎の男は何をしているのかと叱責したくなったのだが、美鶴にはその権利は無い。なりふり構っていられない。しかし、仲間を信じる気持がある。

 それが徐々に揺らぎ初め、通信で励ますか注意を促すしか出来ない不甲斐なさに吐き気がする頃、唐突にペルソナを使う合間に有里が伊織に話しかけた。それ以前もタイミングを見計らっては繰り返し行っていた行為だがことごとく伊織が聞こえないふりをしていたのだ。

 

『順平。憧れのヒーローに無様な姿、何時まで見せる気?』

『は?有里何言ってんだよ! 活躍してるだろ! ボスだって…―』

『どこが? 最初から相手にされないのも納得だね』 

 

 こればかりは聞き捨てならなかったようだ。即座に噛みつき、反論をするのだが有里が言葉を遮り尚も続けた。いつも快活な彼女にしては珍しい低くて単調な声だ。

 

『これ以上失望されたくないなら、私が信用出来なくても良い。今だけでも指示通りにして』

『…………別に信用できねーって訳じゃねぇよ』

『アンタの態度はそー言ってんの。否定するなら相応の働き、しなさいよね。活躍したいんでしょ。サポートは万全にしといてあげるから』

『ゆかりッチ……』

『ヒーローはピンチになった時こそ真の力を発揮するんだし、これからだよね。ほら頑張ろっ!』

『有里……』

 

 美鶴が口を出すまでも無く、リーダーの説得により伊織が本来の動きを取り戻した。途中で何やら意味が不明なのだが、有里は信頼度の高まりで愚者のコミュアップしたー!と歓声を上げて二人から訝しまれる一場面が見られた。頭を傾げながらも美鶴は合体攻撃のための掛け声を聞く。

 もう大丈夫だ。肩に入っていた余分な力が抜ける。三人のぶつかり合い、壁を乗り越えた皆のコンビネーションは最高潮であり、クリティカルヒットすらも可能にする。各自成長を遂げ、自分の得物を携えながら飛びかかる姿が目に浮かび、輝かしいなと美鶴は頬笑みを浮かべた。

 

 一時はあの男に八つ当たりをしてしまいそうになったが、今では介入されなくて良かったと思う。無暗に手を出さず、見守っていてくれた事に感謝の念が湧きあがった。また、接触が僅かだったのに三人の関係性を見抜いた観察眼もかなりの物だと美鶴は感心する。

 そうして本体のHPが半分を切った頃の事だった。モノレールが唐突に横へと大きく揺れ出す。咄嗟に周囲の物を掴み支えにするのが叶わず、転び隙を見せてしまう。三人はそれぞれに回避行動をして受けるダメージを極力減らし立ちあがる。

 

 原因を探るために軽い状況把握をしていた有里の発言では本体に変化は見られないものの、謎の男の姿がないらしい。動くモノレールからは逃れられない。では、どこに?疑問符が美鶴の脳内を駆け巡るが解けず仕舞いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局謎が解決したのは全てが片付き、三人がモノレールから降りて駅に合流するまでの間に寮の作戦室へと連絡を入れようとした時だ。未だ影時間は終えていないにも関わらず、蠢く影が駅の構内に見られたからだった。もしやシャドウかと勘繰った美鶴は作業を一旦中止し、召喚機を取り出す。そして手近にあった物陰から様子を伺えば――紛う事なき人間のシルエットをしている。

 驚きで動けない美鶴を気にせずにその人間は暗がりから満月の光が溢れる広場への階段を一歩降りた。照らされるのは短い髪と高めの身長。しっかりとした体躯は男だ。もっと目を凝らすと、負傷しているのが分かった。頬に擦り傷と打撲した跡が複数ある。他にも歩みを進める男は足を引きずっていた。時折、鬱陶しそうに眉を歪めている。

 

 ここで美鶴は真実に辿り着いた。まずプリ―ステスを倒した瞬間、モノレールが停止したのは何故かという謎。それはこの――最初に乗りこんでいた謎の――男が運転席からブレーキをかけたからだ。仲間割れにより随分と時間を消費し、残り僅かになると察して動いたに違いない。

 突如、車内が揺れたのは男が本体とは別のシャドウと激闘を繰り広げていたからだろう。本体の存在感に紛れて美鶴は気付けなかった。ただし実力は本体以上である。それもその筈、一人で多数のシャドウを相手にし掠り傷すら負わなかった男が手こずる相手。本体の支配下にあるモノレールの制御ですら揺らぐレベルなのだ。三人の話を聞いているため、圧倒的な実力を誇っている事は折り紙つきで、決して過言ではない。

 美鶴の背中を冷や汗が伝う。プリ―ステスを倒した所で、体力もペルソナを使う気力も使い果たしている三人では絶対に勝てない。それどころか仮に男が倒したシャドウが存在していなかったとしても時間切れでモノレールが激突していた。皆を失ったかもしれないという恐れが襲う。浅い呼吸を繰り返しながら尚も、美鶴は思考を整理するのをやめなかった。

 

 最初から救われていたのだ。男が誰よりも早くシャドウの存在を感知して現場へと急行し、本体までの通路に蔓延(はびこ)る敵を一掃する。次に敢えて傍観に徹し三人を見守った後は、たった一人でより強大なシャドウへと立ち向かっていく。有里からの通信では何もなかった。という事は、またもや無言のまま立ち去ったのだろう。あれだけの事を成し遂げても誇る真似など以ての外とばかりに。嗚呼……命の恩人だというのに!!

 美鶴はそのまま他の事柄についても考察を続ける。何も言わなかったのは感情を常に抑えているストイックな性格の持ち主だったからに違いない。もしくは間違っても恩を着させないためにと考えた結果だったのかもしれないな。不用意に言葉を口にすれば矛盾が生じる物だ。伊織がヒーローと称したのは本当に正しかったのだ、と。

 美鶴の体の震えが更に酷くなる。―――最も、今度は恐怖と別な感情の表れであったのだが。

 

「ブリリアント!!」

 

 錯覚だろうか、両腕を広げた美鶴の周囲には無数の光が散らばり背後に薔薇を背負っている。本人は当然、気付いている訳も無く。そして謎の男もとっくに帰路へとついていた。



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第十一話

 事件とは予告なく発生するものだ。――そう。平和な学園生活に終止符が打たれるとは思わなかった。

 

 購買や弁当などをグループ単位で仲の良い連中と食べながら、次の授業までの少ない自由を満喫していた時、ドアを生徒会長殿が開け放った。やがて周囲を見渡したかと思えば俺と目が合う。真っ直ぐにこちらを目指して歩きだし、机の前まで来ると爆弾を投下したんだ。

 

「すまない。少し時間を貰えないだろうか」

 

 集まる視線。呆気にとられる顔。大きく開く口。静まり返った空間にクラスメートの手に持っていた箸が落下する音がやけに響いた。俺といえば硬直して、思考すらも相手が相手なだけに氷結してたりする。

 普通に生徒会長殿の放送での呼び出しやら単なる用事での突撃ならば、ここまで甚大な被害は出なかったんだ。なにせ仕事の一言で済む。だがしかし、頬を染めて何処か緊張した面持ちで告げてくるというオプションが付属したらどーなる。 オマケに声が若干震えていて、それも緊張からかトーンが上がった話し方をするのが、美人で有名な高嶺(たかね)の花だとしたら? 生徒会長という役職柄、人前に出て話すのは日常だ。代表としての挨拶ですら顔色一つ変えずにあっさりとこなせる人物が緊張する理由は?

 

 それぞれの疑問を脳内で自問自答した野郎共の声にならない悲痛な叫びが聞こえてくる。音が無い分、顔芸の方が的確な例えかもしれん。一部、悲鳴にお姉様っつー単語が混じっているのは……あー間違いだろ。

 

「遠野誠だな?」

「はい」

「生徒会室の方へ一緒に来て欲しい」

「分かりました」

 

 廊下に出てドアを閉める折、教室内に音が戻る。その惨劇たるや混沌を絵に描いたようだ。…………俺、帰ったらヤバいよなー。ま、内心では困ってはいるんだけど、あれだ。まるでギャルゲーの主人公みたいでニヤニヤが止まらねぇ。この世界ではハム子だったけど湊だった場合、羨ましくて仕方なかった日常とかこんな感じだったのか?と想定するから余計にだ。

 

 時々ついて来ているのかを確認して来るから緩む顔を見られない様にポーカーフェイスを意識しつつ、生徒会長殿の後ろを歩きながら目的地へと向かった。到着したのは生徒会室。中に進み、勧められるままに適当に空いている席へと座った。生徒会長殿は隣へ。そして椅子だけ方向をずらして向き合った。他の教室やら廊下での喧騒が遠く聞こえるんで、ますます一種異様な空間が形成されている気がしてならない。手に汗が滲み、強く拳にして握りこんだ。

 

「その……だな。突然だと思うが礼を言いたい」

「俺にですか?」

「あぁ。昨日の夜に助けて貰っただろう。ありがとう。遠野は命の恩人だ」

「えっと、そんな大した事じゃないです」

「いや、それでも私達が助かった事には変わりない。怪我は大丈夫だったか?」

「情けない所を見せてしまった様で」

「勇ましいの間違いだろう?」

 

 やっと本来の人間らしさが出てきた生徒会長殿が俺に向かって頬笑む。目を細め、優しさとは別のやや悪戯っぽい印象を受ける。喉を震わせて笑う姿が似合っていた。

 俺としては確かに多少は役に立ったと思うけど、感情の込め方が凄くて大げさ過ぎると思うんだ。元々、介入しなくても成功している件にモノレールの止め方が格好良くないもんだから褒められても素直に喜べなくて複雑なんだよなー。あ。ちなみに最初は人違いだって惚けようかと考えたけど、あれだけ確信を持って断言する様を目の当たりにすると抗っても無駄だと思わせる。うーん、その辺りの手腕は流石って感じだな。

 

「あ。でもよく俺の学年とクラスが分かりましたね」

「全学年のデータベースを調べたんだ」

「ぜ……っ」

「関わりのある生徒ならば全員の顔と名前は一致して覚えているんだがな。残念ながら遠野との接点がなかったんだ。それで昨夜から理事長の協力を得て探していた、ずっと」

 

 ″ずっと″って文字通りに受け取っても良いのだろうか。この月光館学園はクラス数が多いために全校生徒の人数も相当だ。タルタロスでの戦闘後から俺を迎えに来るまで永遠と画面と睨めっこしていたってか。……マジで?俺の心境がそのまま顔に現れていたらしく、一旦生徒会長殿が咳払いをして、空気を引き締めた。眼差しが真剣さをヒシヒシと物語る。

 

「そこでだ。遠野、実力を見込んで頼みがある」

「?」

「私達に力を貸して欲しい。どうか、特別課外活動部へと加入して貰いたいんだ!」

「俺が、ですか?」

「あぁ。遠野だからこそだ。仲間になって貰えるならこれ以上、心強いことはない」

「え、あ、ちょ……桐条先輩、冷静になって下さいよ」

 

 口調にやけに熱が入っていると印象を抱いてから、俺は直ぐに両手が暖かさに包まれた。絡められた指が……指がヤバい。俺が握られた手を凝視しているもんだから生徒会長殿も釣られて目線を落とし、慌てて離した。頬に朱が走り目を逸らす。ゲームで思っていた気が強いという印象とは真逆の反応が新鮮だ。あと、正直勿体ない。

 

「つい実力がある者と出会えた興奮が抑えられなかったようだ。と、兎に角、返事を考えておいてくれ。それから皆にも紹介したいんだ。無論、遠野の都合もあるだろうからそれは今度で構わない。しかし一度、話を聞きに寮の方へと来てくれないだろうか?細かな説明もする。遠野が以前コンビニで助けた伊織という者が居て、モノレールでも会っただろうがきっと喜ぶだろう。後で連絡をくれないか?私が迎えに行こう」

 

 羞恥心を紛らわすために早口で一方的に全ての要件を話し、生徒会長殿は俺に何かを押しつけて退出した。走り去る足音が断続的にして、やがて分からなくなる。

 生徒会室に取り残されたのは俺一人でイマイチ現実味がねーんだけど、手に握っている携帯の番号が記された紙の質感が、リアルだと主張していた。



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第十二話

あれから昼休みギリギリまで生徒会室で時間を潰した後、教室へと戻った。視線が突き刺さるのをシカトして授業に集中してやったぜ。あれだけ授業に集中したのも珍しいっての。黒板の図形やら文字に数字を必死で書き写し、数式を解くのを繰り返す。顔を上げる真似は間違ってもしない。野郎と目が合って何が嬉しいと思うよ?

 休み時間は寝た振りをして机に突っ伏す。例えバレバレだろうがシラを切り通した。机を揺らす馬鹿が居たんでしがみつくのに苦労したし。そしてチャイムと同時にやって来た放課後に、俺は家に帰らずにとある場所へと訪れている。

 

 参道の階段を上り鳥居をくぐると真正面に拝殿が。横に御神木。やって来たのは長鳴神社だ。心なしか清浄な空気だと思って、大きく深呼吸しとく。んー、前は即刻帰宅がデフォだったんで新鮮だよな。つらつら考え事しながら歩いてたら賽銭箱の近くに来ていたみてぇだ。

 他の参拝客は全く見当たらない。巫女姿の美人が見られないのは残念だけどその分、時間を気にせずゆっくり出来るなら良しとしよう。あ、ちなみに俺は熱心な神徒ではないぜ。重大な理由があるからだ。

 

 さて、昨日の大事件の元凶でもあるモノレールに乗った時の事だった。名誉の負傷をしながらもブレーキを掛けたのに対して、不意に流れた場違いな効果音と脳裏に浮かび上がる″勇気+3″の文字。ペルソナ3でのシステムが逐一の行動にまで反映されるとは思わず、かつ存外真剣な場面にて繰り出されたタイミングから失念していたんだが、俺は気付いた。

 

そう、つまりこの世界では「学力」が、「好感度」が、「体調」に「金運」までもが――金で買えるんだってな!!

 

 しかも学生にとって良心的なお値段で、だ。ここすげー重要な。なにせ莫大な費用を使って通う塾やら眠いのを堪えて必死でやらかす一夜漬けしなくたって楽に俺Tueeeee!が可能とか、俺の時代が来たとしか思えん。確かに賽銭とは違って、おみくじは自分の金銭と体力を賭ける必要があるが、利益の方が大きいから問題ねーさ。

 学歴社会とまで言われる位だしな、将来のためにも毎日通ってやるぜ。一度でいいから主人公よろしく「て、手が止まらない……」をやってみたかったんだよ。

 

 完璧な人生計画に高笑いしそうな気持ちを堪えながら、財布を取り出す。んで、どーすっかなー。ゲームだと選択肢は5円に100円に1000円だった。それに神社で過せばもう夜になる感じだった気がする。ただ現実となると普通に2000円だろうが5000円だろうが簡単に出んだろ。

オンラインゲームしたさにバイトはしてねぇ。小遣いも限りがあるんだし、毎日通うとすると妥当な額としては100円か? いやいや、100円を投入した所で加算される学力の値は結局1だろ?なら5円でも……。確率を考慮するんなら……。

 

 暫く悩んだ結果――宝くじじゃねぇけどよっぽど当たる――おみくじで高額当選した際に多く賽銭箱に金銭を投入することに決めた。で、今回は150円だ。

 100円玉と複数の10円玉が木製の枠に当たる。50円は余分に入れる実験を兼ねて。他の予め入っていた硬貨とぶつかり音を立てるのを聞き届けると、頭上の鐘を数回鳴らす。テレビでやってた参拝客の姿を思い浮かべると二拝二拍手一拝してたよな。正直、受験やら正月以外で訪れるのは皆無なもんで知識も曖昧だ。ぎこちなく頭を下げる角度を調節しながら二回頭を下げると、今度は無駄に力強く手を二回打ち合わせる。

 さて本題の願い事だ。学業以外でも大丈夫か? 神社のご利益って限定あったっけ。願い事の内容は決めていたけどな、いざとなると迷いが出てきやがる。あれもーこれもーってな。願いなんてのは無限にありそうだったし、最終的には初心に返ってシンプルにした。

 

(学業が上手く行きますよーに、っと。ついでにイケメンになるための魅力もUPしてくれると有り難い。でもって賽銭は弾めねーんだけど出来るだけお参りに来るからその分、ご利益くれると助かります)

 

 あれだけ悩んでたのが嘘みたくあっさりと終わった。最後に一礼を済ませる。来るか……来てくれ……!

 

″学力+1″

 

 よっしゃー。俺の考えは的を射ていたぜ。余り成果はあげられなかったんだが、塵も積もれば山となる。毎日ステータスUPに勤しめばさぞや天才として俺の頭は進化を遂げるに違いない。これで勝つるッ。どこぞの悪役宜しく怪しげな笑いが出そうになるのを必死で耐える。間違いなく高笑いとかしそーだしな。腹筋がヤバいが気にしてられないんだって。口を両手で塞ぎ、体を震わせながら衝動が収まるまで待った。大丈夫だと手を離すと息が切れている。

 あ。ここで万一の懸念事項に思い至った。勢いよく背後を振り返る。良かった。やっぱし誰もいねぇって。いんや、神社でのコミュってあっただろ? そんでP3キャラも登場してんのに、んな不気味な事やってたら不審者だろーが。しかも普通に名も無いモブキャラだっていることもあるんだ。神社の掃除とかで人が居る可能性もあるしな。ふー……次回からは気をつけねーと。

 

 でもって、続いてはおみくじの方へと向かう。縁結びも大事だが今は神社への賽銭が何よりの優先事項だ。大吉を是非とも手中に収めてーもんだぜ。意気込みとは裏腹に恐る恐る一番隅にあるのを引く。――小吉だった。つまりは500円を入手。俺はマジで貰えるとは思っても見なくて、呆気に取られながら光沢を放つ500円玉を眺める。のおおおスゲー。財布にしまって、明日も来くる意識を強めた。

 なんだかんだで自問自答を繰り返していたために時間の経過が早かったらしい。ふと空を見上げると夕暮れだった。げ、見たい番組があったっつーのに。成果があっただけマシかと一つ溜息を吐くと、神社を軽い足取りで後にした。

 

 

 

 

 

 

 さてと、帰宅して直ぐにってな感じでオンラインゲームをやってた俺ですが、画面が暗転したのを機に時計を確認する。おー……ちょーど影時間ですよっと。ちなみにPCは破損したのとは別のを使ってたりするんだがそれは閑話休題。

 次のイベントとか展開ってなんだったっけかな。きっとボスを倒したんだから新しくタルタロスの上階に行ける様になるんだろうよ。って事は……ん? 探索が進んでるんならベルベットルームの依頼があるなら兎も角、わざわざ下の階まで来る訳はない。あの変な能力の謎を解明するにはうってつけじゃね?

 

 下手に強い敵が蔓延(はびこ)る階に行ったら即死亡だろ。複数のシャドウに囲まれても何とか対処するって範囲は限られてくる。ガチで俺一人ってのに不安が大いにあるけどさ、モノレールの時にレベルが上がったらしいし流石に1階なら死なないで済みそうだしな。筋肉痛に苛まれてはいるんだが――桐条グループ系列の会社で作られていた――湿布薬を貼りまくっているから酷過ぎるって程じゃない。

 それにハム子なら満月の翌日は疲労になる筈だ。俺は生徒会長殿に誘われてはいるけど、ペルソナは召喚できねーし。、適性があると思われての可能性が高い。前みたく変に出くわしても主に俺が気まずい訳。つまり不在時なら気にしなくても良いだろ。試しに行っても問題ないよな。うし、ちょっと出かけてみるか。

 

 ってのは実は建前だ。本当は好奇心のままタルタロスと化した学校を見に行きたいだけだったりする。夜道を歩けばポツリポツリと散らばる棺を横切りながら、校門を目指す。やがて到着するとまずは見上げる作業だ。ダンジョンの階数が半端無かった記憶があったけど、ここまでとか。背を反り上げているものの全然頂上がみえねー。本気で探したらひっくり返るだろ。と、判断して直立へと戻る。

 眺めは堪能したんで、早速エントランスの方へと移動した。装備はナイフとリュックに入れて背負ってきた大量の回復薬関連の品々だ。それとルーズリーフと筆記用具。これはマップを表示する機能が俺には搭載されてないんで重要なアイテムになる。

 

 存在を主張する青い扉に拳銃を返しに来ればよかったかと思うものの、またの機会にするとしよう。俺は無駄に規模がデカイ階段を上った。



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第十三話

神社の裏手には背丈の高めの草で隠された道がある。最も人間は使用することなく専ら神社に毎日通うコロマルだけのものだった。やって来るのが日常と化しているためだ。拝殿付近にある建物の裏手から参道の方を眺める。蔭から鼻先が覗いた。続いてひょっこりと頭を出すと耳をそばだてる。すると砂利を踏む音を拾った。

 見慣れない姿がある。休日ならば兎も角として平日は極端に人が少ない。元旦や祭りがある期間を除く場合はコロマルが一度は見た事のある常連しか現れないのだ。意外という感想を抱くとそのままお座りをして観察する事にした。

 

 挨拶として出ていくのも考えたのだが、気軽に現れるにしては人間の表情が余りに真剣過ぎたのだ。否、思い詰めている。眉間に深い皺を寄せ眼差しが鋭さを帯びていた。足取りは確かだがやはり重々しい。気迫がケタ違いであると犬であるコロマルにも感じ取れる。犬という動物にカテゴリされるからこそ、一層理解出来たといえよう。

 流石に悩みの内容までは知る由もないが、事態が深刻であるというのだけは分かった。もしかすると大切な人が病気になっていて治癒を願っているのかもしれないし、自分ではどうしても乗り越えられない壁にぶつかって救いを求めているのかもしれない。

 

 しかし、重要であるからこそ、その人間は神頼みにする事を迷っているようだ。賽銭のために財布を出したまでは良かったのだが硬直してしまった。どれだけ願おうと動くのはその人物次第であり、必ずしも叶う訳ではない。実直かつ誠実な性格の持ち主であるからこその躊躇(ためら)いなのだ。

 

 言葉が通じないのが悔やまれる。祈りが背を押してもらう意味を含めるならば問題はないのではないか。少しでも背負う重圧から解放する手立てになるのではないのかと声をかけたかった。なのにコロマルには吠えるか唸るしか出来ないのだ。耳が感情を反映してぺたりと折れる。

 

 しかしコロマルの心配は余所に人間は決心が固まったらしい。たどたどしくはあるが、正式な参拝の方法に基づき行動をしている。願いは短い。迫力を増し、かつあれだけ念入りに準備の時間を要したに関わらず簡単に済んでしまった。つまり祈るにしても己の決意を表明し、自らに再認識するのみに留めたのだ。神社へ来たというのに願わず、自身の手でやり遂げてみせるとあろうことか神に宣言してみせた人間。強情とも意地っ張りだとも例えられるが男気に溢れるとは正にこの人間を差すのだろう。コロマルは、かつてこんな人を見た事がなかった。沢山の人間という生き物の中で初めてだったのだ。

 酷く感銘を受けたコロマルの目は一転し光り輝いている。先までの落ち込んだ様子は無い。ぴんと耳は天を指し、尻尾は左右に激しく振られている。

 

 一方彼といえば口元を押さえて体を震わせていた。柱のせいで顔は良く見えないが肩が上下している様子から間違いはない。今まで散々溜め込んでいた物がここで溢れたのだろう。コロマルもつられて目が潤むが、決してキューンと――悲しみの感情のままに――鳴かなかった。今声を出してしまっては彼は直ぐに何事もないとばかりに取り繕うだろう。邪魔をしてはいけないのだ。

 一途に自分の道を貫いてきた様はずっと神社で待ち続けてきたコロマルと被る。何処か重なるのだ。また待っているだけ、と一言に表現した所で時間の経過が伴うのに比例して苦痛が半端ではない。無力さを嘆くばかりで前に進めない己に憤りをどれほど感じたことか。以前の己をどれ程に責めたてただろうか。

 

 勝手な共感は迷惑だろうが、それでもコロマルは気持ちが軽くなったのを感じた。彼も人一倍、頑張っているのだから自分もまた頑張ろうと気力が湧いてくるのだ。一人ではないという安心感をコロマルは久しぶりに感じていた。名づけられた″虎狼丸″に相応しい犬になろうと精神面でも戒めてきたがその実、負荷が掛っての疲れがあったらしい。余分な力が抜け、少し休んで周囲を見渡す余裕が初めて持てた気がした。

 

 ふっきれたのは彼も同じらしい。憑き物が取れた清々しい顔つきだ。あれだけ稀な人間が一般的な学生へと戻る。おみくじを引く事すら楽しいのだと幸せのオーラに満ちていた。空を見上げ軽く溜息を吐く人間。――彼に自覚が無くともコロマルは助けられたのだった。

 

 受けた恩義は返さなくてはならない。貰った物が大きいだけに意思は固かった。姿が完全に消えたのを確認すると足早におみくじの傍へと移動する。薄れる前の匂いを嗅いで直ぐに覚えた。これで忘れる事は無い。辿って駆けつける事が可能だ。一つ頷くとコロマルは何時もの定位置へと走ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、予想に反し機会は早々に巡って来た。あの人物の匂いを近くに感じたのだ。真夜中に該当する時間帯に一体なにを……? 疑問を感じたコロマルは彼の元へ向かった。到着した先は奇妙奇天烈な建設物の前、後ろ姿は月光に照らされている。中へと入ったのを見届けて更に後を追う。犬独特の肉球がエントランスへ踏み入れた足音を消し去ってくれる。ただし爪が伸びているため特有の音がするのには注意が必要であり、ペースは至って遅めだが見失う訳でもない。尾行がバレない点では問題は無いのだ。

 せっかくなのでコロマルは彼をもっと間近で観察したかった。切実な祈りの先に何があるのかを知りたいが故にだ。この場所にもきっと意味がある。

 

 ところが長い階段を進み奥へ踏み入れた直後、多大な恐怖を感じた。自然と後ずさる。尻尾が丸くなり、震えが止まらない。本能が命ずる――直ちに逃げ帰れ!! 一向に警報がやむ気配は無い。幾らコロマルが男らしい性格を持ってしてでも動物なのだ。本能に抗える筈もなかった。四方八方、闇に住まう無数の何者かの視線が突き刺さる。

 それでも無理矢理突き進む。一見した所、攻撃してくる様子は無いからだ。それ所か蠢く黒い影は彼の元から逃げ去っていく。我先にと、視線に捉えられるのですら怖いと背を向け散ってゆく。呆気に取られるコロマルの震えが収まる。恩に報いるために自分が守ろうと思っていた人物を相当過小評価していたらしい。彼は人間なのに強かった。戦うまでも無く存在一つで圧勝する位に。

 

 その後、探索中に興味深そうに壁をなぞり上を見る事もあった。時折行き止まりを紙に印し、アイテムや――小銭程度の――金銭を見つける度に足を止める事もあった。それでも彼はゆっくりと隈なく巡る。その他、武器になりそうな刀やナイフに果たして防具か疑問符が付くであろう洋服までもが揃った。

 そして一階分、全ての場所を見終わると無意味なまでに大きい広間で戦利品を広げながら思案していた。流石に不要な物はあっても無意味であるし、更にいうなればリュックに入りきらず家に持って帰っても邪魔になるだけである。両手にアイテムを持ちながら比較し検討をしては結論を出す。彼が要らない方を床に置こうとした時だった。

 

 コロマルの背後から急激に重圧が加わりその勢で壁に叩きつけられる。口から血が吐き出され、周囲を赤く染め上げる。迂闊といえるだろう。彼を恐れて襲撃しないといってコロマルも避けるとは限らない。格好の獲物だとターゲットにされる可能性の方がよっぽど高いのだ。

 尚、それまで無事でいられたのは後を付けていたとはいえ、基本的に近い範囲に居たためである。それが今、見通しの良い空間だからと距離を置いていたのだが不味かった。奇襲を掛けられ動けないコロマルに気付き、こちらを向く彼の姿。足手纏いになってしまった事態に悔しさが湧き上がる。

 

 転がっている体は重く、足を操るのもままならない。荒く息を吐き出すしかなく、追撃の斬撃を避ける気力があっても実現は不可能だと悟った。心残りは神社でもう待つ事が出来ないのと、思い出の場所を守れない事だ。最後は走馬灯ではなく、主人の顔とやりたかった事ばかりが思い浮かんだ。もしもコイツみたいなのが街にも溢れるとするならば、あの場所が荒らされてしまうだろう。力があれば……。

 

 しかし、何時まで経っても衝撃を感じる事は無かった。諦めて閉じていた目を開け、訝しげに見やれば彼がコロマルを庇って負傷している。戦闘態勢なっている訳ではなかったため、武器を手にしていない。脇腹に手を当て膝を折っている。呻きながらも目線を外さない彼は……。



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第十四話

コロマルは彼の背に庇われた状態の後、ゆっくりと目を閉じた。壁に激突した際に、打ちつけた傷で大量に出血したせいだ。そしてどれ程、時間が経過したのかは不明だが気付くと全ての片が付いていた。

 

 消え失せているあの化け物と怪我を治療された自分。周囲に転がる数々の回復薬がコロマルが受けたダメージの大きさを物語っていた。人間の物価には疎いため、正確な金額は断定出来はしないものの、転がる品々は高価な物ばかりだろう。神社に通うツネ婆さんが「最近の医薬品は保険があるとはいえ、高くて困るんよ、コロ坊」とぼやいていた。

 人間にとって金は物凄く大切な物である。「金運が上昇しますように」やら「年末の宝くじが一等当選してますように」という金銭ばかりの類は多岐に渡って幾人もの人間が願っていたのだ。特に学生ならば、所得も何もない。バイトをしていたとしても、稼ぐには長い年月が必要となるだろう。

 

 それを同じ種族――人間に。ならばまだ理解出来る。同族であるし、死にかけていたら救うこともあるだろう。もしかしたら身内の家族からの見返りも期待出来る可能性がある。負担した分も返ってくるかもしれないのだ。しかし、己は犬だ。

 どれだけ家族同然に仲良くして貰ったとしても、人間に似て賢い犬だと褒められようが人種の壁は越えられない。それ所か犬だからこそ優しくして貰える事すらあるのだ。それも現在は野良の分類に入る。住処はあれど、もう存在していない飼い主からの謝礼すら期待出来ない犬へと惜しげもなく高価な薬品を存分に使用するとは、ますます器の大きさが知れるというものだ。

 

 それも自身が怪我をしている中、コロマルを優先するとは目の当たりにしなければ信じがたい。大体にして初対面であるというのに。しかし事実を裏付ける証拠たる空瓶や空箱に包み紙が数多、囲む様に転がっている。一方で庇って負傷をした張本人には、たったの二本の空き瓶しか座り込む足物に置かれていないのだ。

 

 心配して鳴くコロマルに対して頭を撫でる心遣いまでみせている。手を持ち上げる動作すら億劫そうであり、痛みを堪える素振りすらあったというのに。一瞬ではあるが、しかめられた顔が物語る。気を遣わせないために、平然とした表情に戻るのに時間は経からなかった。せめてお礼をと震える足を叱咤して立ちあがろうとしても優しく宥めて安静を促して来る。コロマルは、今まで生きていた中で主人以外を本気で尊敬する事はなかったが、例外な存在に巡り合ったのだと思った。

 

 探索を中断させ漸く歩ける程に至ると、彼が事前に作成した地図を元にエントランスへと帰還した。念には念を入れて出口付近で一度止まり、何かの気配がないのかをチェックする彼に強くても油断をしない姿勢が素晴らしいと感じた。

 

 

 

 

 

 

 その翌晩、再びタルタロスという場所へと挑むらしく同行を申し出た。中々、了承してもらえなかったが何とか受け入れてもらう。といっても最後は強引に後をついて行ったのだが、強制的に走って引き離さないので勝手に了承と取らせて貰った。

 一応、エントランスで振り向く姿に安堵から胸を撫で下ろす。あれだけ足手纏いになった自分が、今度も枷となるは自然の理だった。しかし強くなるならば、この人について行くのが最短距離になる。人物像すらも完璧なコロマルの理想たるや、正しく男の中の男だ! 躊躇いなど、コロマルにはなかった。

 

 昨晩と同様に疾走する背中を目指して必死で追走する。存在のみでコロマルの恐怖をぬぐい去った後と相違ない姿だ。擦れ違う時に逃げる影ですら屠る。解体された塊が転がるのをコロマルは飛び越えた。先ほどから一瞥すらしないが、これが同行するために必要な試験なのだと思う。アイテムが入っている宝箱を見向きもしない所からも意図が伝わる。コロマルの体力を計測しているのだ。

 犬である以上は人間よりも沢山運動出来る身体能力を有しているのが常であるが、だからといって戦闘も出来るのかと問われれば答えは否、だ。実例すらないが故に結論が出なかったのだろう。

 

 階数を重ねれば、立ち塞がる敵が登場する。彼は更に足に体重を乗せると素早く接近した、手を振り上げての一閃。ナイフが煌めいたかと思えば、既に相手のパーツが切り取られていた。反撃に突撃して来る巨体を避けながらコロマルは只管観察に徹した。この階では同じ種類の敵が出現する事が多い。

 慣れた手つきで攻撃を重ねる彼は、奇襲を仕掛け相手が気付く前に消滅させるケースばかりだ。つまり、それでも追撃の必要があるのは実力も伴う敵だという意味を持っている。炎やら氷を避けては何ターンか消費をしつつダメージを蓄積させている様だった。一度でも化け物にナイフが接触すれば体の一部を奪う。しかし、当たらなければ意味がない。対遠距離用のスキルには多少ではあるが手こずっていた。

 

 そして十二階まで到達した時だ。どうやら攻撃パターンに法則があるらしい。そう、例えば羽を纏って宙に浮かび、弓に三本の矢を使用している赤い仮面を付けた化け物。彼は相対すると決まって片方の羽と胴体の付け目を狙う。そして、羽をもぎ取ってバランスを崩したのを見るや否や、一気に顔面への一撃を喰らわすのだ。

 敵は片翼だけでは自らの体制を保っていられないため、弓での攻撃などに構っている暇はなくなる。その隙に止めを刺す。万一、逃れたとしても狙った場所が場所である。脳に首筋に目など致命的な、若しくは次に決定打を与える事が出来るのだ。容赦など皆無。だからこそ、無駄の無い動きになる。

 

 コロマルは、魅了されていた。尻尾も耳もピクリとも動かさず、目だけが炯々と光を帯びて彼の動作を追いかけている。

 

 そしてコロマルは漸く真意に気付く。彼は――指導してくれていたのだ。重要な点なため再認識しよう。彼は『人間』で自分は『犬』だ。言葉を重ね表現を交えて説明をした所で仮に内容自体が分かったとしても理解は出来ないのだ。例えば『人間』は二本脚で、『犬』は四本脚である。回避行動のジャンプですら、『人間』から『犬』へ『犬』の動作を解説出来るとは到底思えない。

 

 それを見て覚えろと、今まで親切にも示してくれていたのだ。伝達方法は何も言葉ばかりではない! 攻撃の手段以外にも、化け物の所有しているスキルや弱点をコロマルに戦闘を見せる事で覚えさせようとしていたのだ!! 足や手の動かし方や姿勢までも、違いはあれど取り入れる点が幾つもあるのに自分は理解するのが余りにも遅かった。彼の好意を踏み躙っていたのだ。また金銭やアイテムを後回しにして、上の階へと走っていた理由も明らかとなった。戦いを長引かせるためだ。下の階では化け物が弱過ぎて彼を見ただけで逃げてしまう。

 

目が潤み、耳と尻尾が垂れる。堪らなく申し訳ないという気持ちが湧き上がった。衝動のまま吠える形で謝罪を口にすると彼が立ち止った。振り返る顔に険はない。神社で参拝を済ませた後の様な清々しさに満ちていた。きょとんとしているのはコロマルが気付く遅さに呆気にとられているに違いない。足早に近づいてお座りをすると頭を下げた。

 この謝罪の方法は、人間の動作を見て覚えたから正しいのだ。コロマルが神社に来ている人間から主に知識を取り入れていると知っていたからこそ、同じく真似出来る事で学べと取り計らってくれた。男らしく背中で物語っていたのだ。

 

 自分の頭を撫でてくれる彼に満面の笑みを返して尻尾を振りながら、明日の晩からは期待に応えてみせると意気込むのだった。

 

 

 

オマケ

主人公side

 

 モノレールの時もおかしいと思っていた症状に再びなったっぽい。いや、自覚はそこそこあるけど、実に良くないね。丸きり痛い奴だっての。なにせ気付いたら知らない場所に居たんだ。これは「もう一人の俺の人格が暴走した結果、勝手に移動してたんだ!」とでも言うつもりかよ? 無い無い。あー……あの件で、どさくさに紛れてあの場に居た俺が経験値をお零れに預かってレベル上がったと思いこんでタルタロスに意気揚々と探検しに来た所まではしっかり覚えてる。

 なんで分かったかって? 授業の体育の時に無駄に体力に増加がみられたからだよ。短距離かつ面倒で手抜きだったとはいえ、息切れ無しってのはねぇだろ。しっかし、気付いたら見覚えのないフロアの位置に立ってたとか何事よ。せっかくの地図の仕度が無駄とかありえん。嘆息する。ま、今更だけどターミナルポイントがあれば戻れるんだしな。気を取り直して調査を始めた。ちなみに不思議な事に一回もシャドウと出くわさなかったけど。

 

 

 

 

 

 色々な戦利品を片手に――ただし残念ながら、大金は転がってなかった――ウハウハ吟味してたら、重い何かが叩きつけられる音が響いた。それが背後だったもんだから慌てて振り向けば、犬?! 良く見えないけどあのシルエットはどう見たって犬だ。何でまたこんな所に……慌てて駆け寄ろうとしたんだけど、急ぎ過ぎたのがマズイ結果を生んだ。格好良く庇う筈が足を縺れさせてバランスを崩し、再度地面に足が付いた時には膝が脇腹にクリティカルヒットしたんだ。テラ自爆。シャドウはあっさりとレベル差に逃走してくれて助かったけどな。

 

 コイツってもしやコロマルか? と手当をしながら直ぐに気付いた。そっか、仲間になった時にやたらとレベルが高いって疑問に思ってたけど成程な。ゲームの仕様じゃなくて、こっそりタルタロスの探索を一匹でこなしてたのか。ペルソナを所持してなくても適性持ってるなら武器で戦えるって事らしい。実際、薙刀で倒している主人公が存在してるから可笑しくはないな。

 俺の小遣いで入手した回復薬と、この階層で宝箱から出てきたのじゃ効果が低いのが分かり切ってる。その分大量に消費しつつ、呼吸音が正常になったコロマルに本当に安心したぜ。地返しの玉を使うのが最善だったと思けどよ、ケージギリギリでHPが残っていたらしく使えなかったんだ。俺は動き回って喉が渇いたのと、さっきのぶつけた脇腹のために少し飲んでおいた。……全然、回復した気がしねーんだけど。まだ痛みが残ってら。元気になったコロマルを撫でながら苦々しく思う。

 

 さてと、そろそろ戻るか。影時間が終了して学園に戻っても困る。コロマルに動けるのかと尋ねると一吠え返答があった。うし、大丈夫らしい。ターミナルポイントが記された地図を頼りに道を辿るものの、万が一にも主人公組と出くわす可能性を考えたら出入口から直接の方が確実だと思うんだ。シャドウが逃げるってのは低い階層に違いないしなー。ってか死神来なくて命拾いだ。

 そして何とここは一階らしく苦労せずに出口へと辿りつけた。目視して最後には念のためにコロマルに頼んで誰か存在しないか匂いでチェックしたお墨付もある。俺はコロマルと夜道を帰るのだった。



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第十五話

主人公side

 

 視線を感じる……。気のせいなんかじゃねー。っと、野郎共の嫉妬の視線は除くけどな! 気にしたらキリがねぇし、段々殺気すら混じっている。ただ、それとは違うと思うんだよなー。只、只管に見られてるって感じだからさ。コロマルも学園からの帰り道でしきりに後ろを気にする素振りを何度もしてたから確信だってある。鬱陶しさから人気が少ない道を案内して貰っている身だから尚更だっての。それが数日前から続いてる。

 勿論、今日だってそうだ。俺は昨夜が雨だったせいで、未だに水がアスファルトに浮いている道を歩む。靴に水気が染み込むせいで至って歩き難い。つま先で鬱憤ですら蹴り飛ばせれば良いんだけどな、と思考を巡らせながらポケットから折り畳み式の手鏡を取り出した。うん、ベタだろうが何だろうが出来そうなことから始めないとな。

 

 でもって密かに俺の腹部まで持って来て、ブロック壁の曲がり角を左折した瞬間に勢いよく振り向いてある程度の位置を把握する。タイミングから上手く後方を確認した事はバレてないだろうが、はっきり相手が分かったなんてとんでもない。人影が電信柱に慌てて動いた位しか把握は出来てねー。不自然にならない程度にしか動けないのが縛りになるんだよな。こればっかりは下手にやると逃げられるから、匙(さじ)加減が難しいっての。

 さて、ここからが肝心だ。一呼吸置いてから数を数える。三、二、一 ――今だ!! 素早く手鏡の角度を整える。まず映り込んだのはオレンジがかった茶髪のポニーテール。次いでパッチリと開いている目と勇ましく引き締まっている口元が脳内に刻み込まれた。ここまで理解した脳は、即座に判断を下して手鏡を元のポケットへ乱暴に突っ込む。

 

(やっべ。主人公自らお出ましとか俺、疑われてんな……。監視。監視なのか? 生徒会長殿は好意的だったが、主人公には怪しいのがお見通しってか?)

 

 悶々と浮かび上がる嫌な予感と、不審な行動の心当たりに頭を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。そして現実を認めたくないが故にもう一度、振り向きたくなる衝動を飲み込んだ。あれは絶対にハム子だった。紛うことなくハム子だ。頭が混乱する俺をコロマルがそっと足に擦り寄って現実へ引きとめてくれる。

 何なんだろうな。悪い事はしてない筈なのに、パニックになるとか逆に疑いを深めるだけだってのに。落ちつこうとしても不安定な気持ちが強くなった俺は、コロマルを一撫ですると町並みを駆け抜けたのだった。

 

 

 

 

 

公子side

 

 ある日から桐条先輩の様子が可笑しい。あからさまに携帯電話を眺めながら溜息ばかり付いている。それも切なそうな今にも思いが溢れてしまう目をして。ぼーっと何もない宙ばかりを眺めて時間を消費しているの。だからといって影時間での行動の指揮は桐条先輩が問題なく通常通りだけど、明らかに変!

 私が此処に来てからまだまだ日は短いかもしれないけれど、其れ相応にペルソナの件を通して行動を共にする事も多い。色んな姿を見てきた。基本的に堂々と凛々しいのが桐条先輩だというのに見る影もなくて……。それも一人で部屋にいる時なら兎も角、それが皆の居る前だろうとお構いなし。他者の前で弱みを見せるだなんて、あり得ないと思ってた。

 

 勿論、私以外も桐条先輩の人物像は若干の違いはあっても統一されているから「これは夢、夢に違いないと俺ッチは思う訳よ……」だとか「き、桐条先輩、熱でもあるんじゃ?」「一体どうしたんだ美鶴!」とか叫んで揺さぶる人で溢れてる。つまり寮は、阿鼻叫喚の渦に包まれているんだよね。

 原因を知りたくても私達には心当たりがない上に、張本人に尋ねても返答は生返事ばかりで意味を成していないから考えもの。順平なんかは、学園で聞き込みをして悩みを解決してやろうぜ! って息巻いているけれど、前にも同じことをして凄く目立って噂になっているから駄目だと思う。ゆかりへ最近告白してくる人が「盗られる位なら」って勢いをつけて増えているって言ってたし。今、意味も無くふら付いていたら絡まれるに決まっているし。一応は、ゆかりを外してでもって手もある。……あるけど、それは成るべくしたくないかな。順平と付き合っている噂が蔓延(まんえん)しちゃって、消すのが大変だもん。順平は喜ぶんだろうけど。

 

 だから結果、謎は謎のまま。居づらくなった雰囲気の寮には戻りたくない。なら、時間を有効に使おうっと。私は放課後の予定を決めると学園か街の中を探索してコミュを上げられる人を探そうと思う。うーん、曜日によっては居る人と居ない人がいるのは何時もの通りなんだよね。更に仲良くなるために一緒に時間を共にするのも良いし、新しく誰かと友達になるのも捨てがたいな。って、あ。真田先輩だ。

 今回はポロニアンモールの方面にしようかと思って校門を出たら遠くに真田先輩が見えた。相変わらず周囲には女の子が押しあい圧し合いをしながら、少しでも自分をってアピール合戦の真っ最中みたい。日頃訓練をしているせいか気配にも敏感なのか真田先輩が私に気付いた。軽く頬笑みながら無駄に爽やかに手を振る行為は、彼女達の癪に障らない訳がない。鈍感もここまでくれば普通に迷惑だと思うのって私だけじゃないと思う。睨みつける視線を背に、立ち去ったのは極当たり前じゃないかな。真田先輩には申し訳ないけど。きっと、困り果てた中に来たから助けて貰えると思ってなんだろうなー。うーん、複雑。

 

 待って訂正するっ。立ち去る事に集中をして中々通る事がない道に入り込んだのが良かったみたい。本当は不運だけど例外ってあるよね。あの暴走したモノレールと、学園内で一回だけ直に会った人物を発見しちゃったら話は別だよ。こんな美味しい機会は滅多にないもん。只、まさかこんな不意に遭遇するとは思わなくって、咄嗟に隠れちゃったけど……。う~…ちゃんと話しかければ良かった。逆に今更出ていくのが出来なくなっているんだもん。

 でも、このチャンスを逃す手はないと思う。助けて貰えたし、個人的に興味もあるし、それに彼ともし接触して新しくコミュが生まれたら、絶対に物凄い力になる!! って、あ。もう居ない。そっと彼が居た場所を除いても姿が見えなかった。気合いを入れた矢先だったから尚更、私は落胆して肩を落とす。

 

(明日もここで待ってたら会えるよね。偶然を装って話し掛けて今度こそコミュをゲットしなくちゃ)

 

 

 



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第十六話

 どうしようもない。他の人にとってみれば、打破する策を練る道も行動する道も多岐に渡ると思うの。でも、私にとっては何よりも難しい事で……。毎日毎日、幾ら苦痛で怯える日々が続いても只管耐えるだけ。

 早く過ぎ去って欲しい。早く飽きて欲しい。でも必死で目を逸らしている現実は行く手を阻んで何処までも追いかけてくる。

 

 

 

 

「ねーねーアンタさ、マキが今月ピンチなんだよね」

「今月っつか、いつもじゃん?」

「まーまー夏紀ってば、ピンチなのは間違いないっしょ」

 

 薄暗い曇りの日。それは山岸風花という一個人の心理状況を反映している様だった。しかし、雨が降り止まない現状を踏まえればこの例え方は不適切だ。何せ激しさを増して水量が増えるばかりなのだから。風花は下唇を強く噛みしめた。

 

「でも、だからって不味くない?」

「今更何言ってんの?夏紀らしくなーい。どうしちゃった訳」

 

 学校からの帰宅するコース上にあるとはいえ、至って使い勝手の悪いこの場所周辺は

人通りが少ない。それも風花が連れ込まれているのは最悪な所だ。昔は普通に利用していたのだろうが、今だと行き止まりになっている細い通路。

 素通りが当たり前同然に認識されている此処では、到底助けは望めないのだから。とはいえ、仮に学校であっても救う者など皆無なのだが。

 

「ね、さっさとしてくんない?私、暇じゃないんだよね」

「優等生なんだから分かるでしょ?」

「ちょ、ちょっと」

「夏紀は気にし過ぎ、いーから、いーから」

 

 明白な言葉を避け、敢えて曖昧な言い方をして己の要求を付きつけてくる。要は金銭さえ渡してしまえば済む話なのだ。ただし、此処で差し出すと今後もっとエスカレートして金額を吊り上げられると予想してしまう頭脳の前では、自然と渋ってしまう。本当にこれだけで済むのなら、変に突っつかれる前にさっさと渡して終わりにしたいというのに。

 体の震えが一層酷くなると、空に掛る雲も厚みをまして薄暗くなった様に感じられた。せめて下を向き、耳を塞いで丸くしゃがんでしまいたいのにそれすら出来なかった今日は、自分を取り囲む人影の目から空へと視線を移すしか慰めにしかならない。

 

 風花には絡んでくる人が、いつしか影にしか見えなくなっていた。当人の影――つまり、その人だけどその人自身ではないもの。自分に向けられた本音の言葉ではないと思い込みたいために、その相手を否定した結果が"影"なのだ。

 

(影が言っているだけ、その人自身じゃない……)

 

 相手の言葉の裏を無理矢理自分に都合の良い様に解釈をし、あらかじめ重傷を負って手遅れ(再起不能)になる前に自分で心に自己弁護という名の嘘を吐いて騙したり、慰めの言葉を使い傷が治ったと思いこませたりしたのだ。唯一の防衛手段といっていい。

 

(本当に困っているのかもしれないでしょう?困っている人を見捨てるのは悪い事だもの。それに、事実だから今日は聞きたくない言葉を言われてない。うん、別に間違った選択じゃないかもしれないじゃない。こんなに駄目な私でも、僅かとはいえ誰かの役に立てるんなら……ほら、それに手助けが出来たなら明日からは、きっと……!)

 

 無理矢理過ぎる。こじ付けにも程があった。誰よりも相手の顔色を窺って、人の目を気にして生活していたので最初から分かり切った話であった。だが、絶対不可欠なのだ。人は真面目であればある程に思い詰める。気にしてしまうのだ。一瞬でも真実に気付いてしまったなら終わり。風花が風花でいられた筈の歪な足場が崩壊してしまう。

 「単なる悪ふざけ」「からかってるだけ」など、日々繰り返し過ぎて麻痺している風花にとっては、後から疑念を持たない様に自己暗示をする領域にすら到達していた。

 

「ってか、シカト?」

「きーてんの?」

 

 ついに痺れを切らした手がこちらに迫ってくる。殴られるかもしれない。髪を引っ張られるかもしれない。一歩、近づいたせいで余計に影が濃くなった気がした。嫌な予感が際限なく押し寄せては最悪の結末を脳内で勝手に再生させてゆくのだ。まだ、体感した訳でもないにも関わらずリアルに感じてしまう。想像が止めどなく溢れる。

 風花は今までなら言葉だけで済んでいた事態が、枠を飛び越えて襲いかかってくる事態に恐怖した。飽和するギリギリ耐えきっていたというのに、それすらもあっさり越えて限界地点を突破してしまったのだ。

 

(やっぱり"影"なんて嘘。私は……私は……!)

 

 きっかけは、それだけで充分だった。放たれた扉。走馬灯の様に記憶が巡る。過去に吐かれた暴言の数々が"影"から目の前の"彼女達"に書き変わる。正しい現実を直視してしまった。そう――無数の悪意の刃が山岸風花へ突き立てられる。

 優等生なだけあって暗記も得意なのが仇となり、向けられた悪口が正確に思い出される。目を極限まで見開き、絶望に彩られた。

 

 傷を負い続けている中――ふと、ずっと昔に誰かが助けてくれるという願望を抱いていた事が脳裏に過った。馬鹿だったと思う。そんな人なんていない。でも、助かりたい一心で祈った。無駄だと知っていても、自分以外の誰かに頼るしかなかったからだ。

 自己否定されてばかりいて、風花ですらそうだと、その通りで間違いないのだと思っていて、どうして反論出来るというのだろうか? 自分で何とか出来るなどといった気持ちを持てるというのだろうか?

 だから過去に願った。とうか助けて下さい。私に出来る事なら何でもしますから、と。現実的にクラスメートや先生では無理だ。他の学年の人や、増してや教育委員会など。本当に助けてくれるのなら神様位なものだ。神様が本当にいると思っていないのに、こんなちっぽけな風花如きの願いなど無視されるに違いないと考えても、もし神様が実在したなら何時か自分は助かるかもしれないと希望を抱いていたのだ。否、願望という名の妄想だ。救われて平和で幸せな日常を取り戻す夢を見て慰めていた。今ではすっかり諦めていた事が、こうして不意に蘇った。

 

(そういえば、そんな事も考えていましたっけ)

 

 両肩を掴まれ何かを叫びながら揺さぶる人を風花は、ぼんやりと目に移した。

 

(あぁ……もし、本当に神様が実在していたら……)

 

 暖かい夢だった。ずっとその夢から覚めたくないとすら思っていた。そして、ボロボロに擦り切れた風花が朧気に架空の世界に入り込もうとした時だった。霞みがかった意識の中に光の筋が入り込んで来たのは。薄暗い空間を割いたソレは人生で一番美しい。これは夢なのだろうか。風花が自問自答したが正解は不明だ。

 やがて光は掴みかかっていた人間の目を直撃した。生み出した隙――怯んで微かに緩んだ手を風花は見逃さなかった。

 

 そして世界は急激に動き出す。手の持ち主の腕を己の手で弾いたのだ。山岸風花にとってはあり得ない事だった。でも光が教えてくれるのだ。光が囁くのだ「逃げろ」と。自然と体が動き、命じるままに動いていた。勢いが強かったのか数歩後退した人間を押しのけ、飛び出す。足取りは軽い。光が生まれている場所へ導かれているせいだ。急に出現したのだから消失も一瞬だろうと全力で疾走した。

 地面の水溜りに反射していた光は、遠目にあるT字路は見通しが悪いために道路反射鏡(カーブミラー)が設置されている箇所へと繋がっている。残念ながらそこに到着するよりも早く、もう消えてしまったが風花は目撃した。ある人物が手鏡を仕舞った所を。犬が心配そうにこちらを眺めて手鏡の所有者に擦り寄る光景を呆然と眺めて立ち尽くす。……人物?それは間違いだ。光を生みだして助けてくれたのが、あんなのと同じ人間な訳がないのに。

 

その日、山岸風花は神様に出会った。



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第十七話

 後ろ姿がこんなに近い。手近にあった壁にそっと身を寄せながら彼を見守る。風花を庇って訳の分からない生命体と戦う彼が正しく輝いて見えた。最初は此方ばかりを見て気付かっていてくれたのだが、今は全くその気配は無い。

 風花の大丈夫だから心配しないでという言葉を信じてくれたからだ。

 

 非現実ぎみているのだが、何となく影の化け物の気配や同行が本能で理解出来るからの言葉だ。決してやせ我慢ではない。普段だったなら絶対に口にしない類のものだった。これ以上、馬鹿にされたり呆れられる顔は分かっていてもされたくないからだ。

 それを告げても良いものか不安に戸惑うばかりだったにも関わらず、様子を逐一心配してくれて、あまつさえ状態を瞬時に見抜き、何かアイツの存在とか感じる?と指摘までして貰う始末。

 

 隠すまでもない事実であって、彼にはお見通し。あぁ、最初に何故、一緒に体育倉庫の中に居たのかという疑問がったのだが、きっと風花が危ないと察知して様子を伺っていたに違いない。巻き込まれたにも関わらず、元凶の風花に――前回だけじゃなくて今回も救ってくれようとして……私の……私のせいなのに――一切怒る素振りすら見せずそれが決定打となる。

 大きく胸を手に当てて深く深呼吸をした後、風花は重々しく口を開き「あの化け物について分かるかもしれません」と、ついに告白するに至った。

 

 彼は驚く訳でも怪訝そうにする訳でも不審がる訳でもなくたった一言「……そう」と納得し、思考を巡らせつつ一緒になって力について考えてくれた。彼ならという希望を砕かれなかった現実に背筋に震えが走る。

 緊急事態から風花の隠れた能力が覚醒し、影の化け物に対抗しえる能力を持っているのだと聞かされて胸がときめいた。これで彼の助けになれるのではないのだろうか?と。

 

 今まで救われてばかりだった恩を少しでも返せるのではないかと憶測が過り、期待に胸が膨らんだ。一方で、ハッと気付けば彼は化け物と既に対峙していた。どうしよう、せっかく力になれると嬉しく思っていたと言うのに、それで警戒心が削がれ一気に足手纏いへと転落していい筈がない!

 その一方で彼は一心不乱に化け物相手に果敢に飛びかかるばかりだった。途中で苦戦すると、慌てて手を握り。必死で彼の勝利を祈り続けた。危ないと思ったのも何度も何度もある。

 

 しかし、彼は決して諦めたりせず、祈りを本当に感じているかの様に時間こそ掛けてはいるが必ず最後は勝ちを得るのだ。一般的に考えて怯えもせず、あんな化け物と対等に戦うなんて不可能だろう。たが、やりのけている。

 つまりは普通の並大抵な人間ではないのだ。なのに、そんな人間が風花を信じてくれるという心地よさに身を浸した。

 

 家庭環境を始めとした数々の学園生活の思い出を踏まえてみるとこんな気持ちは初めてで戸惑うばかりだ。凄い、嬉しいっ。慣れない感情に戸惑うより早く、溢れる膨大な感覚に支配されるのが分かる。脳内が処理する前に、気持ちが先走ってしまうのだ。

 今まで生きてきた人生の中で余りに根底を揺さぶる事態だったのだ。そう――それ程、風花の中では大きな出来ごとだったと言っても過言ではないのだ。なにせ、こんな強くて勇気に溢れる救世主様が風花というちっぽけでとるに足らない人間の応援なんてものを大切に扱ってくれるだなんてあり得ない。

 

 あんな凄い人に気にかけて貰えるだけでも夢だと見まごうばかりだというのに、こんな自分でも必要としてくれる事を知り、目の前が滲んだ。

 歓喜に打ち震える中、曖昧で四散していた力が急激に集中するのを感じた。今までは弱くて自分の意思すら見いだせなかった自分にほんの微かにだけれども、受け入れられ、役立てる部分があると理解して、初めて目的意識を確立したせいだった。纏う力をありのままに取り込み、ついに覚醒させた。

 

 

「っ!左脇から奇襲を仕掛けようとしています。前方へと回避して下さい」

「…………」

 

 

 刹那、付近の空間に存在する化け物の位置の把握範囲が拡大した。視界が一気に開ける。変に上から押さえつけていたのが解放されたせいなのか、より相手の行動すらも分かった。

 死角になりそうな左隅から気配を殺し、他の化け物に気を取らせている間にスピードを上げて迫りくる存在に気付くのだから。

 

 

「私に……こんな力が眠っていただなんて……」

 

 

 ふと、憶測が湧き上がる。何の取り柄もない自分を気にかけてくれるとは思えない。ならば特殊な能力を持っていたのだとしたら?――全てに納得がいくのだ。彼はきっと仲間を探してた。

 でも、風花が能力を自覚できずにウジウジとしてばかりだったから様子をそっと見守っていてくれたんだ。平和に過ごせるのならそのままで。確かに虐められていて世界は暗黒に彩られている。

 

 ただ、あの化け物達と戦うのと比較したらどうだろうか?少なくとも前者の方が日常に近い。更に本当の日常へと戻すべく、虐めを解消させてしまったなら?両親との不仲はあるものの、完全に平和そのものになる。

 虐めをなくすなんて出来る訳がないけど、彼ならば別だろう。救世主様は風花に日常を与えようとしてくれていたのだ!ちっぽけな自分を本当に救おうと尽力してくれていた!!

 

 所が風花が巻き込んでしまったから今度は化け物に対抗するための力が必要になったのだ。非力なのだから戦える術などないに等しい。苦肉の策として救世主様は敵探査(サーチ)能力を目覚める手助けをして与えてくれたのだ。

 

 戦う勇気もない軟弱なちっぽけな人間がせめて逃げ延びられる様にと。全てを理解して目から涙が溢れた。……神様……ありがとうございます……神様。



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第十八話

勢い良く引かれた教室のドア。それだけならば誰も注意を払う事は無かった。が、クラスの一部が過剰反応したならばつられて見るのもしかたがないだろう。

 

「な、なんでっ!」

 

「…………」

 

「ちょっと、何とかいいなさいよ!」

 

「…………」

 

「どうしてアンタが普通に教室にいんの?!」

 

「…………」

 

周囲を普段己を虐げるばかりの人間で彩られた風花は依然、沈黙を貫くばかりだった。それも今までは俯いていた影は失せ、真っ直ぐに目を合わせて。

  他のクラスメイトは行き成り始まった出来ごとに面喰うが、積極的に関わろうとする者は皆無であり静観の構えだ。最も、内心は好奇心に染まっているのだろうが。

 

 物音一つしないこの空間は異世界のようだった。遥か彼方ではしゃぎ合う声が聞こえるものの、無関係な世界。支配しているのは―――山岸風花だ。無言のままヒタリ、と見据えられた女子生徒は固まったまま微動だにしていない。せめて距離を置こうと力を込めるも、両の足は微動だにしなかった。

 意思薄弱。優等生の典型。虐められっ子。それらの称号を冠していた物だった筈だ。が、目の前の少女には何も当てはまらない。否、別人と形容した方が正しかった。

 

「ひっ」

 

 ある種の威圧感すら纏っている相手を前に怯えが走る。虐げていた者達は一様に恐怖した。彼女は―――本当に山岸風花なのだろうか?

 

「煩い。邪魔です」

 

 命令にも似た、無感情で平坦な声が響く。逃げたいという願いを体が聞き届けたのか、それとも漸く呪縛から解放されたのか、縺れながらも左右に避ける事が出来た。風花は一瞥たりともせず、己の席を目指した。

 刹那、静まり返った教室が騒音に包まれる。今のは本当に風花の発言なのか?幻聴ではないのなら一体何があったのか?疑念が尽きず、好奇心は膨らむばかりで話題に底は無い。取り残されたのは、出入口でへたり込んでいる者のみ。

 

 

 

 

「こんばんは、伊織順平アワーのお時間です……」

 

 世の中には……どーも不思議なことってあるようなんですよ。ご存知ですか?メジャーな怪談ですが、幽霊に取り憑かれると人格が変わるって話……

 私の知り合いで無駄に顔が広い奴がいるんですよ。そいつはTというのですが、言うんです。

 

「伊織さぁ、オレ聞いちゃったんだ」って余りに切羽詰まった顔なもんだから私、相談に乗ってやるぜって言いました。最初は挙動不審で目線をさ迷わせるし、何度も言葉を言いかけてはやめるという状況だったんですがね。私が宥めて漸く落ちついた頃、徐に口を開いたんです。「実はE組にいる子なんだけどね……ある日を境に人格が豹変したんだ」って。

 

だから私、告げてやったんですよ。

「豹変したって言ったって、そんな大した事ないんだろ~?ただ単純に機嫌が悪かったとかなんじゃないかい?女の子には良くある話だろ」

「絶対に違う。そんな性格の子じゃない。凄く大人しい……ってか、大人過ぎる子だったんだ」

 

 否定している割には表情と行動が伴っていない。頭を抱えて冷や汗を流して引きつっての発言でした。気になったので全部強引に白状させ……げふんげふん……聞き出してみると詳細が分かったんですよ。

 

 大人しくて真面目ですが虐められっ子だったのにある朝突然、反撃し始めた。堂々と真っ向から言い返すし、相手の脅迫や挑発には一切我関せずな態度を貫き通すし、挙句に貴女達が今までした事を全て暴露して差し上げても構わないのですよって平然と薄ら笑みすら浮かべて言い放つ始末。

 一歩卓越したかの様な独特な雰囲気を持って、逆に虐めっ子を負かした彼女は今まで体が弱くて出来なかった体育や勉強にもより一層打ち込む様になり、友人も出来た。―――対して彼女を虐げていた女子生徒達は、反対に虐めていた子に日々怯える事になり、すっかり今までの騒がしさは失せ、夜遊びから遅刻まで悪い事を一切出来なくなってしまったとか。

 

 私、分かってしまいましたよ。えぇ、幾ら普段頭が悪いなどと不本意な事を言われている私ですがピシャーーーンと脳内に稲妻が走りました。

 

 虐められていた子ぉ……取り憑かれたんですよ!幽霊に!!

  激変した性格も、恐怖に慄く虐めっ子達にも説明が付く!!

 

 ギャーーーって叫びました。ぞぞぞぞぞぅーーーっと背筋にも寒気が……

 

 世の中には、どーしても科学では立証出来ない事があるようなんですよ。まぁ、全ては私の経験則に基づく結論なんですがね……

 

「科学では立証出来ない事ってペルソナに影時間もそのカテゴリに含まれるんだから案外、本当だったりしてね」

 

「いやあああああ!公子までやめてよっ」

 

 順平のわざわざ照明まで落とし、懐中電灯片手の演説を最後まで聞いてあげた公子が感想を漏らすと、ゆかりが過剰反応をする。それを見て、順平はニヤリと密かに嫌な笑みを作ると追い打ちをかけるため、ワザと真剣な顔をした。

 

「いんや、それがマジなんだって。この話はかなり有名で、最近の出来事なんだけど、メチャすんげー勢いで広がってんの。だってガチでそのE組の子が今や英雄扱いよ?何せ虐めっ子からの被害者の範囲は広かったらしくて助けられた子から感謝されて、神聖視までしてる奴まで居るって話だし……勉強以外にもスポーツまで出来る様になったもんだからフツーにクラスでも人気者になったらしいぜ。真面目な性格はまんまだけど、前よか笑顔が増えて穏やかになったから話しかけ易いってな。これが本当に幽霊の仕業じゃないとしたら、流石の俺でも――お手上げ侍……」

 

「冗談じゃないわよッッ!そんなの絶対絶対何かカラクリがあるんだから!?調べたら分かるに決まっているじゃない。そうと決まったらテッテーテキに調べるわよ!」

 

 こうして机を叩き割る勢いで持って宣言したゆかりの発案で、山岸風花を調査する事となった。言葉通りクラスの者や、虐めっ子にも直接話を聞いてみる。危機迫る勢いからか、ゆかり自身の人望からか様々な情報が集まって来た。集まり過ぎて選別に苦労すらする量だ。

 熱中し過ぎてタルタロスの探索は愚か学業に影響が出たらどうするんだという、予想外に長期に渡る調査の現状を見かねた美鶴の注意と、既にやる気がなく強引に付き合わされてクタクタな公子がひっそり心中で賛同を送っていると――ちなみに順平は公に声援を送ってゆかりに殴られていた――明彦が寮へと飛び込んで来た。

 

 性格の変化後、体が強くなった筈の彼女が病院に行ったらしいと聞いて向かってみたのだが、そこで何と彼女が新しい"適性者"だという事実が判明したらしいのだ。微かなお情け程度に皆が口をつぐんだかと思えば、続いて絶叫が飛び出したのだった。



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第十九話

「寝落ち」それ自体はどこにでも良くある事例と言っても過言ではない。極々普通に、眠たかったからの理由の身で授業中や部屋でごろごろしている時などに、気が付いたら……ってのがお約束の筈だ。うん、俺もどこにでもある出来ごとの一つとしてつい寝ちまっただけってな訳。―――ただ、日時と場所と状況が悪かった件について。

 

 その一、俺は非常に寝不足だった。ガチでクリア目前のゲームがあった場合、それは本腰を入れて攻略しないのはあり得ないだろーが。それがっ、例え翌日の睡眠時間を削る羽目になったとしてもな!

 その二、その日の最後の授業が体育であり、体育倉庫の片づけを命じられた。流石に重い道具類は野郎連中皆で運んだんだけど、使用した物のみどこに幾つ用具があるのか?戻してない器具や、場所を間違えて置いていないかをチェックする仕事を任せられたんだよな。これ、ローテーションで周ってくるから一応は公平だったりする。んー、でも運が悪いともっと面倒な仕事に割り振られるため、逆に運が良いというべきか。

 その三、終わったら疲れに襲われ、休憩がてら並ぶ棚の奥にあるマットの上に寝転がり、やがて寝入ってしまってから、「逃げるなんて生意気」とか「逃げられるとでも思ってんの」とか言いがかりをつけながら女子生徒達が入って来た事。寝ている俺には知るすべ何ぞ皆無であり、生憎こちとら予知能力はねーの。

 

 つまり、これら全ての要素が揃っていたがために、目覚めたらタルタロスの中に迷い込んでいますた。どうしてこうなったし。

 

 頭を抱えつつも取りあえず脱出する術を考えるしか方法は無い。わざわざご親切にも階数を表示してくれるシステムもなけりゃ、壁に描かれている事も無いから此処は一体何回かは不明だったりする。という事は、滅茶苦茶上の階だったりしてシャドウに出くわした瞬間即死亡オチも……考えねぇようにしよう。

 

 さて、只管身を隠しながらエントランスへ戻るターミナルポイントを見つけようと努力していた時の事だった。近場の物陰に影が見えたのは。即座にシャドウの可能性もあるため逃げようとしたのだが、月明かりは親切にも雲から顔を出し、その人物を照らし出したのだった。

 "山岸 風花"この時、俺は思ったね、これで勝つるってな!なにせ原作ではタルタロスの中を敵に見つからずに長期間居続けたってあったんだし、行動を一緒に取ったら戻れるためのターミナルポイントの所まで行けるんじゃね?結果。助かった安堵感から、気さくに話しかけるのに成功したのだった。

 

 逐一様子を観察しては声をかける。「何かヤバい奴の存在が分かったら速攻で教えてくれないか?」無論、速攻逃げに転じるためですが何か?山岸風花自身からもシャドウについて分かるかもって言質をゲットしたし安心だよな。ついでに雑に能力の説明をしながら歩き出す。

 

 が、そうは上手くいかないのが現実だ。他にメンバーが救いに来てやしないかと後ろを何度も確かめたけど、んな訳もなく、動き回り過ぎたせいで登場したシャドウに頭を抱えている。本来なら山岸風花は只管に隠れる事に費やしていた。それを完璧に覚醒してない中で強引に範囲を拡大させて気配を探って貰ったら果たしてどうなるだろうか?

 多大な負荷をかけるに違いないし、完全に力を使いこなすなんて持っての他じゃないか。勿論、自分の発言のせいで無茶をさせてしまった責任はある。それにヘタレなりにプライドもあるから庇うように対峙はしているんだが……コロマルって呼んだら来てくれないかなー。それとか都合よくペルソナ能力覚醒とかさ。念願のペルソナ能力が気合いで開花するとか。

 

 いや、考えるんだ俺。そもそもタルタロスの中に潜り込める時点で能力保持者の可能性があるだろうが。気付いたら違う階だけど同じく迷い込んだ件だって無意識に能力が働いたとかあるかもじゃんか。召喚器はねーけど、気持ちの持ちようとかピンチに覚醒するのは王道的展開!

 

 まだ、出方を窺っているこの時が唯一のチャンスと言っても過言ではない。息を吸ってー吐いてー集中集中……。意識を深層心理にまで到達させる様に強く念じればいい。―――何て出来たら苦労しねぇっての!!何処の厨二設定だよ、此処ん所嫌ってくらい心当たりあるからって、そう都合よくは……。

 

 パニックになり自問自答していた折に、唐突に意識が殻を突き破る様な変な感じがした。あくまでも感覚だから実際は違う可能性の方が高い。でも、この特有のパリンと砕ける音はゲームの重要な場面で聞いてきた物と一致する。キター!ペルソナ召喚キター!脳内フィーバーをしつつも頭上を見上げた。そこには俺のパートナーである頼もしき雄姿を湛えてペルソナの姿が……―ない。は?思わせぶりにやっといて何だよそれ。

 

 でもって、相手は絶望してるなんて無関係だとばかりに攻撃を仕掛けてくる。咄嗟に、跳ねあがっていた身体能力を駆使して避けてみたものの、そうは持たないだろう。武器になりそうな拳銃は恐ろしさから鞄に突っ込んであって、山岸風花の横に転がっている。取りに行く余裕はない。

 そして他にないか制服のポケットを探ると、ナイフがあった。小さいし頼りないがないよかマシだと判断し、相手のシャドウに向けた時だった。

 

 脳が揺さぶられ、視界が揺らいでいる。強く目をつぶって頭を振ると、収まった気がする。うっすら恐る恐る目を見開くと、世界が変わっている。あの、絶不調の際の可笑しな世界。無造作にラインが走るあの空間が広がっていた。

 そこからは自然にナイフを突き立てていた。俺を薙ぎ倒そうとしていた腕が吹き飛ぶ。途端に警戒して後退を見せる辺り手ごわい相手とみた。憶測はあたっていたという事か。意外と高層階なのだろう。飛びかかってくる動きは頑張れば避けれる程度ではあるが、一回でもぶつかったら一溜りもない威力を保有している。動作が追いつけるのは単に動きが遅いタイプのシャドウだったのかもしれないが、好都合といえよう。

 

 慎重に相手の一撃だけは絶対にあたらない様に隙を探し続ける。動きにフェイントを混ぜながら見逃さない様に懸命に。なにせ、この能力の詳細は不明だが、この線の通りに敵の体をなぞれば忽ち効果は絶大。場合によってはレベル差に関係なく致命傷すら与えられる可能性だってある。

 問題は体力が持つのかだけだが、これ以外に方法が見つからないから仕方がない事だ。

 

 一心不乱に、かつ我武者羅に途中から山岸風花の援護も入りながら戦った後、俺は決意していた。イゴールをフルボッコにしよう、と。

 特徴のある長い鼻を誇らしげに独特の笑い声を響かせている野郎を思い出し、殺意が漲る。きっと、片手には例のサインさせられた用紙を手にヒラヒラさせながら観賞でもしているに違いない。つまり、全部アイツが元凶だ。

 "契約書は必ず内容を全て読んでからではないととんでもない内容に同意している恐れがあります"何時ぞやのニュースがリピートするも、確認する時間も余裕も説明する気もない相手で不可抗力ならどうしろってんだ。八つ当たり気味に振りかぶった凶器がシャドウの仮面をぶった切った。

 

 戦闘が終わって、新手が来る前に逃げようとすると山岸風花が泣いていた。げっ、そっか。初の遭遇だもんな。大層怖かっただろう。泣いている女子とか慰め方は不明過ぎて無意味にワタワタしていたが、兎に角移動するのが先決だ。また来たら現在息切れしている俺に対処は不可能になるし、山岸風花も例え覚醒したとはいえ、攻撃は出来ないのだから。

 でもタイミング的に声を掛けるのはちとハードルが高い。セクハラにならないかドキドキしつつ、山岸風花の手をそっと掴んで引っ張る。「先に進みませんか?」の意味だ。ちょっと柔らかい手の作りに意識はしていない……嘘です。滅茶苦茶、緊張しています。

 

 更に引っ張られた山岸風花が俺の方に飛び込んで来くる。両方の腕は背中に回り、強い力で背中の衣服を握りしめている。そして胸に顔を埋められたと思えば、くぐもった声ですすり泣き始めた。ちなみに、本音を言うと混乱しつつもどさくさに紛れて抱き締め返したかったのだが、両手も山岸風花の腕で纏めて拘束状態だったから動けないし、涙をのんで諦めた。

 何故なら、イケメンでもない俺がこんな良い思いをするなんて今回みたいな非常事態でもないと無いからな! 吊り橋効果万歳!ニヤける顔を必死に抑えながら――残念ながら美味しい突然のイベントでシャドウの危機は忘却の彼方にあったが故に――山岸風花が我に返って赤面しまくるまで、柔らかい感触を堪能したのだった。

 

 ちなみに余談として、途中で震える体に気まずい沈黙に耐えかねて「俺が付いてるから大丈夫だ。安心しろ」とか「怖い化け物は退けたから心配しなくて良い」とか格好つけて喋っちまったけど、直ぐ忘れる、よな?雰囲気に飲まれて口走ったものの、後から赤面物なんだが。

 

 何故なら、これは今回寝不足の原因だったゲームの、コンプリート隠しイベントで最初にヒロインを助け出した主人公が掛けていたセリフを丸パクr……一部を抜粋した言葉というオチまであるんだから。いや、状況がちょっと似てたし、俺自身で気の利く言葉なんて思いつかないから、つい、さー。山岸風花とサプライズな一時を過ごした後、帰るための道中で今度は羞恥心からシャドウに八つ当たりしたのは言うまでもない。



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第二十話

片手を胸に抑えながら荒い息をしている。それだけならば、恐らくは勢いよく走った反動だと余りに適当な解釈を出来たのかもしれない。

 間もなく片手を口元に当て酷く咳き込んだかと思えば膝をつき、体を縮める姿を目撃さえしなければ……自分の頭を過る予想を簡単に裏切れる都合の良い幻想に浸れたのかもしれない。荒垣は、今見た光景から分かってしまった事実から目をそむけようと必死であり、漸く我に返った時には、男は行方を眩ませていた。

 

 あれは正しく、自分と同じだ。ペルソナを制御するための薬の効能に苦しみもがいていたかつての――…否、今も確かに副作用は幾ら抑え込んでも定期的にくる。ただ、昔から徐々に薬剤での抑え込みに慣れて来たためか、激しさは多少なりを潜める程度にはなっていたのだった。

 

 閑話休題。実は病にかかっているという一番ありえそうな可能性を真っ先に排除していた理由は、ここで初めて男を見かけた訳ではないという理由に起因している。それは以前、向う見ずにも、というか何も考えず勢いというノリでというべきか、アキの所の連中がポートアイランドの裏路地に入り込んで来た時の話だった。

 

 

 

 

 「い、幾ら山岸風花を虐めていた連中が、夜中に路上オールをしている時に知り合ったらしいからって、やっぱ実際に来るのって絶っっっっっ対に間違っていると思うんだよね、俺ッチ。ってな訳で今からでも間に合うんだから、何かある前に帰らねぇ?ってか、マジでやべえって!感じるだろ、こう……―超危ない空気です的なオーラ!!」

 

「はいはい、ここまで来ておいて何言ってんだか。往生際悪過ぎ。男だったらビシッと覚悟決めなさいよね」

 

「や。無茶言わないで下さいよ、あのあのあのお願いしますってばゆかり様ぁー!」

 

 先頭に岳羽ゆかり。続いて有里公子。最後に公子の後ろに腰巾着宜しくしがみ付いている伊織順平。以上場の雰囲気にそぐわない三人組が闊歩している。この場所には不相応な人物は歩いているだけでも充分目立つというのにも関わらず、仲良く喚いて騒ぎ立てていた。つまり、物凄く注目を集めるという結果になるのだ。

 良い暇つぶしを見つけたとばかりに此処の連中に絡まれるのは、ある意味自業自得を含んでいたのやもしれない。

 

「ナニ~?あんた達、ここがドコだか理解しちゃってんの?」

「ははっ、オレらに混ざりたいとか?良いよ~別に。野郎がとっとと消え失せてくれたらの話だけどな」

「ひぃぃっ。ほら、出たぁ!」

 

 行く手を阻む様に数人の男女が出現したのだ。言わんこっちゃない、想像した通りじゃないかと怯えた態度の順平を取り囲んだ連中は高らかに嘲笑った。――こいつ等は紛う事ない獲物だ、と。取りあえず金目の物と、財布の中身を押収してしまおうと女は舞い込んだ遊ぶ金に、男は思いがけない涎物の美少女二人に下種な想像を働かせ、どちらも頬をだらしなく緩ませたのだった。

 ほんの挨拶のつもりで邪魔な野郎の腹を殴りつけ、呆気なくダメージを負う様子に益々テンションが上がり、ヒートアップする。獲物を逃すつもりは更々ないのだから、甚振って楽しんでからでもメインディッシュを味わうのは遅くない。

 

「順平っ!!」

「ヒャハハハハ!ざまぁねぇなヒゲ男くん」

「弱過ぎですぅ~僕ちゃん、まだ小突いただけ~本番はこれからでしょ~」

 

 が、そこに水を差したのが荒垣だった。独特の風格と迫力に飲まれ、一瞬にして怯んだ連中だったが、そして此処で獲物を横取りされては黙ってられないとばかりに、無謀にも一人の男が喰ってかかる。

 そして利き手を振り上げ、叫びながら大振りなモーションで走りくる男に軽くカウンターでもと、若干体の位置をずらし、片手を上げた時に荒垣は気付いた。気付いてしまった――物影に隠れながらニヤニヤと展開を楽しんでいる悪趣味な奴に。

 

 あれだけ騒いだのだ。隠れてはいるが若干の野次馬がいる事は予想している。しかし、決定的に違うのが三人組に絡んだ連中が負ける様を娯楽にしようとする気満々の面だった。現に他の陰湿な連中は常連であり実力も備わっている荒垣が出た瞬間に勝負は決したと、巻き込まれる前に逃げる者。逆に荒垣に興味を向ける者やら、負のウザい感情を向けてくる者と多種に渡るが、どいつも最初から己のテリトリーに分かっていて入って来た三人組が悪いのだと目が雰囲気が物語っている。

 つまり先程までボコられているのも仕方ないってか当然だろうと思っているため、一顧だにしない所か空気も同然の扱いといっても過言ではない。

 

 男は、隠れていながら殴られていた順平とか言う奴を本気で痛そうな目で見てから、荒垣に反撃に遭う男を「さぁ、今直ぐ殴られろww」「さっさと殴られろww」「テラ馬鹿すww」と言わんばかりの顔で嗤っていたのだ。

 寧ろ、早く叩きのめしてくれないだろうかというワクワクした願望すら聞こえてきそうな位な全力顔。……何となく、何故期待に応える様に拳を振るわねばならないのか不満に思うレベルだったりする。

 

 荒垣は眉間に思いっきり皺を寄せるも、振り上げた拳を下ろす気は無かった。若干どころか、かなり府に落ちないと言うか……ぶっちゃけ癪に触るものの、こういう輩は一旦黙らせるのに実力を見せた方が手っとり早いからだ。

 本気は出さない。軽く、ほんの軽く力を受け流すイメージで小突いてやれば体制を崩して勝手に自滅するのが目に見える。

 

 音だけは突っ込んで来た男の勢いがあったせいで派手になるが、ダメージはそれ程ではないだろう。狙ってぶつけた部分から推測して、突けば立てなくなる場所ではないし、立つときに少しふらつくも直ぐ体制を戻せると理解している。背後から予想したよりも何倍も長くスライディングし、頭を地面に何回かバウンドして人間が転がる音が聞こえるまでは。

 

 ぽっかーんと擬音語が付く位に呆気にとられる三人組と同様にぽっかーーーんと大口開けて仲間がやられた様を見る連中。物陰で「やったぜww」「m9(^Д^)プギャー」「テラざまぁww」何やら理解出来ない単語を顔に表現しながら、声に出さずに中指を指しながら抱腹絶倒している奴。

 荒垣は速攻で確信する。コイツ、何かしやがった。絶対ェ何か仕掛けやがった。

 

 でもって、何倍もの反撃を喰らった奴は哀れにも頭を抱えて左右に転り悶え苦しんでいた。殴られたかと思えば吹っ飛び、強制で後方でんぐり返しを何度もコンクリートの上でさせられたのだから半分泣いていても無理もない。非常に哀れである、南無。

 余りに激しくやられたために、荒垣が睨んで追い打ちをかけるまでもなく、転がる仲間の一人を置いて、他の連中は逃げだした。幾ら呆然自失状態でも危機を感じ取る能力は衰えていないらしい。残りの一人も悲鳴を上げて散り散りになる皆を見て、置いていくなと懇願しながら只管に怯えながら、這う這うの体で地面に這いつくばって距離を稼いで必死でこの場から逃れる有様だった。

 

 ふと、逃げる男の背中にうっすらと液体が染み込んでいるのを発見した。予想以上の効果を演出したのは、これが原因らしい。目を軽く細めて地面を観察してみれば、闇に紛れ全然気付けないが、恐らく同様の物が撒かれているようだ。

 そして散々爆笑しまくっていた奴といえば、結果を見て満足したのか踵を返していた。荒垣は一体どういう目的があって……否、それは嗤うためだろうから無意味だろう。ならば一体どういうつもりで、こんな真似をしたのか問いただしたかったが、まずは未だに何が起こったのか訳が分からないと主張している三人組を元の居る場所へ今直ぐ引き返す様にする方が先決だと優先順位を変更する。

 

 しかし、そのタイミングで雲が悪戯をした。今まで覆い隠していた月をほんのちょっぴり解放したのだ。照らされて現れたのは学生には不釣り合いな物騒な物体だった。鞄の端に無理矢理押し込められた其れは、質量の分不自然に膨れ上がっており、蓋を押し上げていた。隙間から無機質な物体に月光が当たり、浮かび上がるは金属特有の質――拳銃だ。

 制服にミスマッチにも程がある。刹那、反射的にペルソナ関係に思考が染まりかけるが内心で舌打ちを一つして、抑え込む。こうして男の正体の疑惑を感じたこの一連の出来事は予想以上に荒垣の記憶に残っていたのだった。



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第二十一話

マジうけるんですけど! もう最高だった。特等席で観戦した甲斐があったってものだ。原作の荒垣のあのシーンを見ることが出来て遠野誠は、はしゃいでいた。実は夜行くのは目立つと思って昼間からこの隠れ場所に待機していておりましたが何か。

 

というか普通に物騒な場所だしなー。ちなみに垂涎のシーンに迫力を演出するためというか、単純にハム子達に絡むであろう連中にさり気無い出来心で油を用意しておきました。角度は多分ここだろうなーなんて暇だったから無駄に観察した甲斐がありましたとさ、グッジョブ荒垣。

 

お陰さまで、超爆笑。ヤヴァイ位に笑わせて頂きましたとも。この時は性格が悪いなんてのはすっ飛ばして心底笑わせて頂いた。後から思い出し笑いとかしなきゃいいけど。

 

 

◆◇◆

 

 

さて、2日後。実は一つ発見ししていた事がある。好奇心、そうつい好奇心だった。ネットゲームをして一段落ついての事だ。冗談で弟の名前を検索してしまったのだ。するとどうだろう。『月姫』というワードが引っ掛かったのだ。この時は偶然だろうと思ったのだが、実はそこに間違いなく遠野志貴の名前が記されてあった。

 

…………マジ?

 

いやいやいやいや、偶然ですよね。と思ったのだが、気になる。大いに気になってしまう。

 

結局、勇気がなく検索してヒットした記事を読む気力がなかったので、そのままにしておいた。しかし、本音を言えばサイトを覗きたくて堪らない。痺れを切らすのは存外早かった。

 

(まだ、確実に決まった訳じゃない。決まった訳じゃないんだ確認、そう確認するだけだ)

 

言い訳をしないととてもじゃないが、心境的に難しいものがある。本来ならば自宅へ帰ってから見れば良いものの、気持ちが焦った。近場の、人気のない建物と建物の隙間に入り込んだのだ。心臓が大きく脈打つ中、ウェブサイトを開いてTOPページにそのまま入力する『遠野志貴』文字。

 

接続までにかかる時間が無駄に長く感じる瞬間だった。喉を唾が嚥下(えんか)する音が響く中、表示されたそれに目を見開いた。隅から隅までゆっくりと記事を読む。理解出来ない単語で埋め尽くされているが遠野誠が事実を知るには充分過ぎたのだ。

 

(コイツ『主人公』だったのかよおおおおおおおおおおお!)

 

しかも、18禁同人ビジュアルノベルだと馬鹿な。馬鹿な。繰り返し読むも記載に変化などある筈がない。モテモテか? ずるいだろうそれは。しかも、リアル中二病ではなくガチの超能力を持つとか何なのソレ。ありなの? とばかりの衝動が湧きあがる。

 

何か分からないが負けた気がする。切なさとやりきれなさが吹き出し、そのまま駈け出した。とてもではないが思いっきり走って解消しなくてはやってられないのだ。レベルがUPしてからついた体力はある意味厄介だ。余裕がある分、どこまでも距離をのばせるのだから。結果、そのままどこまで来たのかは不明だが凄い距離を走ってしまった。

 

漸く息が切れる頃には逆にどうしようもなくへたりこみそうになっていた。本音をいえば倒れこんでしまいたいが、そうもいかない。微かなプライドがそれを妨げた。ギリギリで堪える。荒い息が唇から零れおちた。駄目だ。耐えられなくなり、膝をつく。格好悪いがモロ四つん這いのポーズになってしまう。更に唾が気管に入り込んでしまったのか、激しく咳き込むし散々な気がしてならない。

 

縮こまる身体を無理やり起こしながら、必死で震える足を叱咤しながら現在地を把握し、遠野誠は帰路につくのだった。

 

 

◆◇◆

 

 

弱り目に祟り目とはよく言ったものだ。誠は溜まりに溜まった鬱憤を解消させるべく、オンラインゲームに挑んだのだが――この時間の為に飲食物も用意したり面倒な宿題を片付けたりなど――あっさりと『メンテナンスのお知らせが』無情にも現実を突き付けて来る。

 

これは酷い。ストレス解消が出来ないではないか。遠野誠は困った顔のままで思案した。暫くベットでゴロゴロ不貞寝を決め込みながら、ぼんやりと考える。

 

(する事無くなったら暇だ…どうすっかなー。せっかくだし、どうせ身バレしてるしタルタロスにでもいってみるか?)

 

そうだ。いい暇つぶしになる。というか、リアルがゲーム見たいな刺激を提供してくれるのならばそれに越したことはない。正に逆転の発想だった。

 

しかし、無理は禁物だ。現実では命は一つきり。ゲームオーバーをしても、じゃあもう一回やり直しが効かないのだ。

 

つまり、安全性が第一になる。保身を考える必要性が出て来る。前に、無駄な高揚感だけで突っ走ってしまった事があったがそれは不味い。大体にして単体だと心もとない。

 

―――つまり、ペルソナ3の世界のセオリーに従ってパーティを組もうと考えた。

 

まずは王道はハム子はどうだろう。なにせ主人公なのだし、ちょっとやそっとじゃ危ない目にはあってもデットエンドにはなる可能性は低めかもしれない。桐条先輩からもスカウトされている事だし、ちょっとその気になってみましたと話すだけで事足りる。

 

格好悪かったとしても、危なくなったら庇ってくれる事もあるだろう。なにせ、主人公なのだから。そう―――主人公。

 

駄目だ。やめよう。主人公のワードが今の誠にとってはNGワードになっている。

 

更にハム子の性格を考えたら大変良心的だったとしても、辞めたくなった時に直ぐに辞めるとは言えない。気晴らしなんて持っての他だろう。

 

誠は即座に思い浮かんだ案を却下した。次に思い浮かんだのはチドリだ。街中で偶然にも遭遇した事件があった。

 

ストレガの一人とはいえ、知らずに話した時は普通そうに見える。単純にゴスロリ趣味を持っていても似合っているから問題ない。というか、もっとやれ。……アイテムで衣類をGETしたら着てくれるかもと脳裏に多機能エプロンを装備したチドリが浮かぶ。イイネ!

 

これは良いかもしれない。とノリ気になるも、この案もボツにする。というかせざるをえない。何故なら、接触手段を持たないからだ。

 

大体の居場所が分かるも確実ではない。居ない時の方が多いであろうし、もうあの物騒な場所へいくのは御免被る。

 

というか、確か能力上の制限というかペルソナを完全に己の支配下には置けなかった筈。逆にチドリの事を危険にさらしてしまう恐れの方が大きい。

 

続いて思い浮かんだのがコロマルだ。コロマル……協力してくれるだろうか? 疑問に思うも、前にタルタロス内で遭遇している。せっかくだから偶にコンビを組んで貰う方向で提案してみるのは良いかもしれない。

 

勢い良くベットから起き上がる。これは良いアイディアに思える! 一回タルタロスに潜った時の荷物を背負うと外へ飛び出した。

 

現在の時刻は夕方だ。作戦会議をして、回復薬関連を揃えて向かう事を考えれば早め早めの行動が必要不可欠になる。

 

自宅の門前を勢いよく右折しようとした瞬間だ、大声で引きとめられる。

 

「あの……私も…私も一緒に行きたいんです。連れて行って下さい!!」

 

何故か包丁を持った山岸風花がそこに居た。



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第二十二話

目線が必然的に包丁へと集中する。誠は自然と冷や汗が伝うのを感じた。

 

(あれ、本当に山岸風花か? なんか全力で違う気がするんですけど。ホント逃げていい?)

 

自然と足が後ろに下がるも、それに合わせて山岸がこちらの方へやってくる。目つきが鋭いがどこか足元がおぼつかない。胸元に両手で握られていた包丁が夕陽を反射してギラリと輝いた。

 

「どうして逃げるんですか? 私が…私が……力不足だからですか?」

 

完璧に危ない方だったのですね、ありがとうございました。人生で包丁片手に挑まれる経験が果たしてあるだろうか。んなモンある訳がない。しかし、後ろに後ずされば後ずさる程、どんどん追い込まれている様子に見える。

このままでは膨張しきった風船の様にいつ、破裂してしまうか分からない。緊張から喉が渇き、言葉が出てこないのだが必死で絞り出す。

 

「ストップ」

 

「はい」

 

あっさりと、だった。すんなり非常にあっさりと彼女は包丁は握ったものの、動きの一切をやめた。矛先を収めたのだ。念のため一歩下がってみるも、反応はない。助かったのだ。

 

ひとまず一安心した。慌てて今までろくにできなかった呼吸をし、山岸に質問をする。

 

「何でそんな急に一緒に行こうだなんて思ったんだ?」

「急ではありません。元々、行くつもりでした」

「え、そうなの?」

「はいっ」

 

心底嬉しそうで仕方がない声色で返答されてしまった。彼女を見てみると、既に包丁は構えておらず、会話の続きを待ち望んでいる姿勢だ。そう、どこからどうみても自然体である。あれだけ物騒だったのが嘘のようだ。

 

誠は警戒しつつも、今の凶器をおろした山岸相手だと徐々に緊張が解けていくのを感じた。なにせ、原作では優しく穏やかで気弱で控え目な優等生。きっと彼女に意図などはなく、単純に武器として持ってきてくれたに違いないのだから。

 

心配する必要なんてまるでないじゃないかと、ビビっていた自分に嘆息を一つ。その瞬間、山岸がビクリと身体を震わせた。怯えさせてしまったのかもしれない。

 

勇気を出しておとなしい子が主張してくれたのだ。せっかく申し出てくれたのを無碍にしなくてもいい気がする。

 

「じゃあ、一緒にご同行お願いしようかな」

「ありがとうございますっ」

 

索敵・偵察を行ってくれるサポート役が加わってくれるなら、安全性がより高まるというものだ。では、改めてコロマルを誘おう……。

 

そこまで考えが至った時、思い出した。―――召喚器をもっていない事に。

 

折角、能力があるにも関わらずそれは勿体ない気がする。というか、ペルソナ3での能力は召喚器なしでは始まらないのだし……。

 

ふと、携帯に登録してある桐条美鶴の事が頭をよぎる。ずっとモノレールの際に貰ってからそのまんまだった。

 

「支度もあるから、一旦お互い別行動をとろう。午後11時に長鳴神社集合で!」

「わ、分かりました。只、えっと、私も出来たらついていきたいんですけど」

「んーちょっと事情があってさ。だから、別々に動く方向でいきたいんだ。別に置いて行ったりしないからさ」

「はい、じゃあ準備して待っています」

「頼んだ」

 

激しく上下に頷く山岸と別れる。何時でも連絡を取れるように携帯番号を交換して。彼女は最後まで見送ってくれた。片手に包丁は相変わらずだが、律儀に去りゆく誠に頭を下げている光景を見るに、タルタロスへの戦闘の気がほんの少し逸ってしまったのだろう。

 

別れて暫く歩んだ適当なスペースで道の脇に寄った。召喚器のアテは唯一ある。桐条先輩に打診してみよう。携帯のコール音が響く。一回…二回…三回…四回……五回。

 

しまった、多忙を極めるであろう桐条先輩だ。そう簡単には捕まらないかもしれない。

 

「もしもしっ。桐条だ。もしかして遠野!――遠野か?」

「え、えっと…はい」

 

余りに勢い込んでいうものだから、無駄にしどろもどろになってしまう。

 

「驚かせてしまったのなら、すまない。しかし、もう連絡が来ないものかと心配していたんだ。電話を貰えて嬉しいよ」

「そんな大げさですよ」

「大げさなものか。遠野、連絡したからには良い返事だと期待しても良いのだろう?」

 

最初は嬉しそうに、次いで悪戯っぽく告げられた問いにはYESと即答したくなる様な誘惑が秘められている。どうにも、桐条先輩は真面目なイメージを覆す様な小悪魔気質な部分が顔を出すから困ってしまう。

 

(ギャップ萌だ……!)

 

男心を天然なのかもしれないが、擽(くすぐ)るのはよして欲しい。隙というかツボをつくのが巧妙である。桐条先輩相手だと罠だと知っていても飛び込む連中が山と居そうな気がしてならない。

 

しかし、その手に乗っては駄目だ。必死で調子の良い返答をしたいのを堪える。

 

「いえ、期待に添えなくて申し訳ありません。実は相談があるんですけど……」

「…………」

「使うのは俺じゃありません。召喚器を二つ用意して欲しいんです…―内一つは特殊な形状で」

「分かった」

 

意外にも即答だった。一方的だし期待を裏切ってしまうから、「すまない…」と断られるのを半分以上想定していたから嬉しい誤算だ。

 

「渡したいのだが、学生寮まで来てもらえるだろうか?」

「了解です。直ぐ向かいます」

 

◇◆◇

 

その日、特別課外活動部はダレていた。何故なら、調査を進めているのにも関わらず、余り進展がなかったからだ。ソファに皆が腰かけて談義をしている。

 

「もーどうしてこーもチャンスが途絶えちゃうかなー」

岳羽が天井に両手を上げてなげく。

 

「それを言っちゃ駄目だってゆかりっち。ああもキッパリ言われちゃったら引き下がるしかないっしょ」

伊織が慰めを入れたが効果がないようだ。あからさまに岳羽は拗ねた顔を見せる。

 

「そーだけど、だからって一言で切って捨てることないじゃん」

「なにせ興味ありませんだもんなー」

「何だ? この間の山岸風花の話か?」

「そうっす、真田先輩。一応話は聞いて貰う事は出来たんですけど…」

「断られた、か」

 

うーんと皆で悩むもいい結論は出ない。公子も紅茶を入れたものを持って来ると話に参加する。

 

「折角だから一度体験して貰うとかはどうかな? お願いすれば無碍にはしない人だと思うし」

「お! 名案じゃん。俺らのすげー活躍を見れば、気がコロコロコロロって変わるに違いねぇって」

「そうすんなり上手くいくといいんだけどあの子、穏やかで優しいって評判とは裏腹に意思が強そうな目をしていたから手強い気がする」

「そうか……岳羽が言うのだから、余程なんだろうな」

 

真田が顎に手を当てて悩んだ。すると、不意に玄関口が盛大な音を立てて開いた。突然の介入者に皆が注目する。―――桐条美鶴だ。桐条は携帯電話を片手に握りしめながら息を切らせて立っていた。

 

「聞いて欲しい。飛びきりの朗報だ! 遠野がペルソナの適合者を発見し、説得してくれたんだ。それも二人も」

 

『!?』

 

「しかし、遠野自身は参加する気がないようだ。発見した人物だけを紹介して、そのまま去るつもりだ。それでは駄目だ! 皆の協力で何とか彼をこの特別課外活動部に引き入れて欲しい」

 

重大事項の速報にいち早く回復したのは伊織だった。ガッツポーズをしたまま絶叫する。

 

「うおおおお。 キタ―――! ついに師匠キタ―――!」

「落ち着いて順平。これはチャンスだよ。でも、ここで遠野君に逃げられたら困る。きっちり作戦を練ろう。何が何でも絶対に逃がさない様にしなきゃ」

「有里。作戦と言ってもどうする気だ?」

「はいはいはいは―――い。俺っちに良い提案がありまっす」

「なんか嫌な予感がするから却下で」

「ゆかりっち酷いぃぃ」

「酷くない。普通に説得で良いじゃん。そんなに凄い人なら事情を説明すれば分かってくれるでしょ?」

「それも一理ある」

「真田先輩までェェ」

 

こうして遠野誠来訪に対し、先程の空気とは一転盛り上がりを見せるのだった。

 

 

 



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第二十三話

岳羽ゆかりは実の所疑問を抱いていた。やけに誰もかれもが遠野誠を凄い奴やら、強い奴と評しているのだが、イマイチ実感が湧いていなかった。実のところどうなの? というのが本当だったりする。

 

しかし、空気を読んで口には出さなかった。何故なら、今まで進展せずに沈黙を保っていた場の雰囲気が瞬く間に変化をしたからだ。負から正への転換。それは思ったよりも大きなものをもたらしていた。

 

ちなみに、次々と――女子がメイド服で接待してOKを貰おうなどと訳の分からない――作戦を言う順平は論外ではある。勿論、桐条先輩に処刑を喰らっていた。

 

桐条先輩は、やけに遠野誠を支持しているようだった。話を聞くに、見えない所でこの特別課外活動部の為に常に動いて尽力しているとの事。曰く、モノレールの件。陰で命を救ってくれたらしい。

 

順平も師匠師匠うるさい。コンビニで助けて貰った経験は既に話して貰っている。鮮やかな太刀筋が見事の一言に尽きるとの事。

 

公子はなぜか、目をギラギラさせ捕食者の目をしている。新しい仲間も気になっているらしいが、それよりも遠野誠に興味津々と順平と情報を交換し合っていた。

 

真田先輩は純粋に新しい戦力が増える事に喜びを感じているらしく、戦闘のバリエーションが……などと呟いている。

 

どんな人物なのか、ゆかりは想像を巡らせる。が、想像がつかずにやめてしまった。桐条先輩の話ではペルソナ使いを2人もスカウトに成功させてしまったらしい。珍しくはしゃいている様子だった。戦力になり、かつ説得済みなら期待が持てる。

 

もうすぐ時間だ。ゆかりは緊張が高まるのを感じた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「何か……想像と違う感じしませんでした?」

 

ゆかりの問いかけに場は静まりかえり、応答する声はなかった。

 

皆の期待に反して、遠野誠はペルソナ使いを二人連れてこなかった。それも、説明をしようと待ち構えていたにも関わらず、桐条先輩から召喚器――内、一つは特殊な形状――を受け取ると、一言お礼を告げるとその場から去ってしまったのだ。

 

そう―――これからの期待を見事ぶち壊されてしまったのだった。

 

一気に皆が沈み込むのも無理はない。前とは違い暗い空気をぶち壊す様に敢えて先程大声で問いかけてみると、順平が真っ先に声を上げた。

 

「ちげーよ何かちげーよ?! あれ、師匠じゃない別人とかって落ちな訳?」

 

「いや……あれは間違いなく遠野誠だった。姿も声も間違いはないな」

 

沈んだ声で告げる桐条先輩の顔も暗い。逆に元に戻る所か余計に悪化した気がする。どういうことか暫く皆で思案するも結論は出なかった。

 

しかし、皆に浮かんでいるのは一様に落胆の二文字だ。お通夜状態と言っても過言ではない。

 

「提案です。落ち込んでても始まらないですし今夜、タルタロスに潜入しませんか?」

 

「ゆかりの言う通りだと思う。探索を進めるべきだよ」

 

公子が同意する。異常なまでの重い空気を払拭するにはそれ以外思いつかなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

午後十一時―――長鳴神社にて。そこには遠野誠、コロマルの姿があった。事前に、コロマルには遠野誠がこれから行く場所についての説明、回復の道具は予め用意した話、同行の許可を申請する一幕が見られていた。最も、許可を得る際には二つ返事でOKを貰っていた様だ。

 

「す、すみません。遅れちゃいました」

 

鳥居に待ち人の山岸風花が現れた。制服姿でショルダーバックを斜めに下げている。

 

「大丈夫だって。時間通りだから」

「でも……」

 

気にする風花を宥め、コロマルに説明した内容を再び行う。彼女は一言一句を聞き逃さない様真剣な面持ちで聞くと大きく一つ頷いた。タルタロスに行く同意を得たのだ。

 

「えっと、じゃあ問題が唯一あるんだけど、午前0時になったら行くとして、もしかするとエントランスに特別課外活動部の人達がいるかもしれないな……だとすると……」

 

誠は語尾を濁した。タルタロスを探索するのは良いとしてその場では出くわしたくない。主人公組と遭遇しては困難しか待ち受けてない様な、そんな漠然としたイメージを抱いていた為だ。ここは別行動を取りたかった。

 

「はいっ!あ、あのっ。私が見てきますっ」

 

そんな誠を気遣ってか風花が申し出る。確かに大勢で行っては見つかる確率も高くなってしまう。また最初は一人行かせるのも、と渋っていたものの、強引に行きます! 行かせて下さい! といった主張を受けて、依頼する事にしたのだった。

 

「無理だけはしないで、危なくなったら絶対に逃げろよ! いいな?」

「はい」

「念のため、これを持っていってくれ。あ、形状は違うもののコロマルの分もあるんだけど、これは召喚器といって……何て言うか…銃の形状をしているけど、兎に角、弾は出ないから安心して欲しい。えっと、頭につきつけて引き金を引くことでペルソナを召喚出来る……らしい」

「はい」

「上手くは説明出来ないけど、索敵・探査に特化した能力を持っているから」

「はい」

 

二人に見送られて神社から一旦一人、タルタロスへ向かう山岸風花。その顔は―――満面の笑顔だった。

 

「初めて任されたお仕事ですもの完璧にこなさないといけません。学校の理科室で作って来た瓶の準備も大丈夫だし。ここは何としても役に立たないと。遠野様の計画通りに進めてみせますっ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

予想外の展開になってしまった。ゆかりは、呆然と光景を目の当たりにする他なかったのだ。桐条先輩と二人で今回の探索はサポートとして残ったものの、突如大型のシャドウが二体同時に出現してしまったのだ。

 

現在は一人、桐条先輩が応戦する構えを見せているが二対一では分が悪い。ゆかりは応戦したかったが、現在は不可能だ。背後からの奇襲。まっさきに狙われてしまった岳羽は盛大に追突を受け、ダメージを負ってしまった。

 

「岳羽! 無事か?」

 

「私の事は気にせずに、桐条先輩はシャドウを…っ」

 

これ以上の攻撃を避けるために取りあえずはと急ぎ敵から距離を置いて避難をしたものの、見ているだけというのは歯がゆい。なにせ自らを回復しようにもその隙を敵は逃さず狙ってくるのだ。

 

その度に桐条先輩がおとり役をして気を引きつけたり、ペンテシレアの能力を使って対抗するものの、全くと言って良い程、シャドウに攻撃が通じる様子は皆無だった。否、攻撃は確かに当たっている時もあるのだが、全くと言って良い程効いた様子が見られない。

 

一旦距離を置いて出方を見るしかないと判断した桐条先輩が牽制を中断する。

 

「大丈夫です。絶対にお役に立ってみせます」

 

すると、突如場にそぐわない明るい声色が響いた。それは自信に満ち溢れ、喜色を帯びている。それは待ちに待った瞬間が来たと言わんばかりに語尾が弾んでいた。

 

慌てて声の主を探ると、あれほど説得に行ったにも関わらず平然と拒否していた筈の山岸風花が居た。召喚器を片手に構えている。

 

「なっ、なんで此処にいるの?」

 

面食らう。そんな場合ではないのに思わず問いただしてしまうも、山岸風花に全くと言って良い程存在を無視された。声が届いているにも関わらずシカトを決め込んでいるのだ。アウトオブ眼中。こちらにどころか実は目の前の敵――大型シャドウにすら目線すら寄越さないなんてどうかしているとしか考えられない。

 

「ちょ、ちょっと聞いてる?!」

「聞いていません」

「明らかに聞こえてるでしょ」

「聞く気がありません」

 

一応は返事をしているものの、一転し感情は全く込められていなかった。目を白黒してしまう。

 

そんな最中、躊躇いなど微塵もなく、それが当たり前とばかりに召喚器の引き金を引いたのだ。

 

桐条先輩と共に目を見開く。パリンと砕ける音とともに出現したのは紛う事なきペルソナだった。

 

「うふ。遠野様は無理をするなと心配して下さったけど、力を示さないとお役に立てない所か認めて貰えないもの……一緒にご同行させて頂く前に力の事前学習は必要。これはテスト。絶対に合格してみせる――ハイアナライズ」

 

どうやら山岸風花は包み込む様に展開されているペルソナの能力を見事使いこなしているらしい。うっすらと口角を上げて笑っている。

 

「もしかしたら、上手くいったら褒めてくれるかもっ」

 

能力を一旦収めた風花は肩に掛けるタイプの鞄から手にビンの様なものを両手に取りだす。未だに何やらブツブツと呟いては、薄っすらと微笑みを浮かべている様は一種異様な雰囲気を漂わせていた。しかし、不思議と敵と相対する恐怖心や怯えなどの負の感情は一切伝わって来ないのだ。不気味な程に喜色満面の顔をしている。

 

やがて、そのまま大型シャドウ相手に突っ込んでいく。桐条先輩が危ないと叫ぶも彼女には届かない。

 

まず先手。ある程度の距離まで駆け寄りビンを器用にも片方ずつ大型シャドウへ向かって投げつけると、同時に退避行動をする。ゆかりの疑問は一拍置いて氷解した。―――轟音がエントランス一帯に響き渡ったのだ。あれは爆発物だったらしい。

 

爆風が吹き荒れ、収まりを見せると、二体はひっくりかえり鈍い金属音を響かせていた。よく見てみると左腹部と首の付け根の損傷が激しい。それからだ。山岸風花が再び接近をみせたのは。

 

馬乗りになると、その損傷部分を抉るように包丁を取り出し、突き刺していた。ガンッガンッと鈍い音が響く。

 

繰り返し繰り返し、その損傷が激しい一部分をピンポイントで狙い切りつけていく。余り殺生能力はないようだが、幾度となく繰り返されるその行為についに限界に達したらしい。

 

一体が輝きを帯び始めついに破裂した。ちゃっかり退避行動を取っていた山岸風花はゆったりともう一体の獲物の方へと向かい行く。該当する大型シャドウと言えば、破裂に巻き込まれ未だ他の部位の損傷まで増えている始末。……彼女から逃れる術はない。

 

「うふふふふふふふふふふふ。全ては遠野様のお導き」

 

包丁の刃が光を反射して輝いた。

 

そのまま暫く一方的に切りかかっていく光景を呆気に取られてみていると、隣に桐条先輩がやってきていた。

 

「一体これはどういう事なんだ?」

「わ、私にもわかりません。ただ、彼女は皆で説得しても耳を貸して貰えなかった山岸風花です」

「こうまで戦えるとはな……」

「今まで彼女がタルタロスに来ているなんて知りませんでした」

「適合者の一人……まさかっ」

 

急に何かに思い当たる事があったらしい。桐条先輩は勢いよく山岸風花の元へと走り寄る。明確な無視をされてしまったため余り好感は抱いていない。気が進まないものの、ゆかりも後を追った。

 

「君は山岸風花なのか?」

「そうですけど何か」

 

相変わらずの返し方だ。淡々と、包丁を鞄に仕舞いながら一瞥すらしない。

 

「遠野誠という名ま…―」

「名前を呼び捨てにするだなんて一体何を考えているのですか?」

 

一転した。今まで何の感情もこもっていなかったものが、急転したのだ。無感情から嫌悪へ。眉間に皺が寄り、侮蔑の表情でこちらを見てくる。そんな表情で見られるいわれはない。思わず、反抗心が大きくなる。

 

「貴女方は何も分かっていない。どれ程までに素晴らしくて偉大なのかを! 今回の一件でもそう―――全てが計算通りの出来事に過ぎません」

「なっ……では、遠野はこれを見越してわざわざ、召喚器を持っていったというのか。しかし、ならば何故一言説明をしてくれなかったんだ」

「さぁ、単純に貴女達が信用出来ないんじゃないですか?」

「……そうか。そうだったのか。我々は遠野を頼り過ぎていたのか、それで」

 

正直、気に食わない点もあるにはあるが言われてみればそうかもしれない。皆は、遠野誠という人物に大なり小なり依存をしていたのだ。彼がいるなら大丈夫。自分たちが駄目でも彼が説得してくれたから大丈夫。何かあっても彼が助けてくれるから大丈夫。

 

今現在、話を聞いて再度冷静に周囲を見渡せるようになったからこそ、分析して気づいたといっても過言ではない。しかし、果たして該当者である本人だったらどうだろうか?

 

それを知って遠野誠は呆れてしまったに違いない。陰で只管淡々と尽力する日々だったにも関わらず、表舞台に引っ張り出し自分たちの期待の通りに望むがままに助けて貰おう等と都合が良いにも程があるというものだ。

 

つまり、遠野誠はそれをワザと示したのだ。あのペルソナ使いを連れてくるという行為をしなかったのは、特別課外活動部の面々がこれ以上増長するのを防ぐため、必要悪を買って出たに違いない。

 

ゆかりは思い至らなかった自分を恥じた。恐らく桐条先輩に連絡した段階では迷いがあったに違いない。だから敢えて一人で来たのだ。見極められ、それで落胆されたのだ。だから、何も言わずに召喚器だけを受け取って去って行った。

 

桐条先輩も同じ考えに至ったらしい、愕然と自分のしでかした押しつけがましい感情に対し絶句をしている。山岸風花の話は以上で良いのかという問いかけにすら返答が出来ない状況だ。ゆかりには肩を竦め、颯爽と去って行く彼女を見守る他ないのだった。

 

 



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第二十四話

遠野誠の提案したタルタロス探索は結果として、成功した。否、上手く行きすぎたと言っても過言ではなかった。

 

最初こそ特別課外活動部の面々と鉢合わせする危険性があると、様子を見に行っていた山岸風花に指摘され、尻込みをしたものの覚醒したペルソナの能力によってメンバーが寮に引き揚げたのを確認し、タルタロスに乗りこめたのだ。

 

その後も、残された時間を効率よく探索に当てる事が出来た。当初の階層は弱い敵が主とはいえ一々相手にはしてられない。避けるものもいるが、向かってくるものもいる。それを加味して、敵が少ないルートに誘導して貰う事で戦闘を避け、只管上階を目指していったのだ。

 

登れるだけ上った後は、戦闘を繰り返す。危険性を極力避けるために敵の数が少ない敵を選んでの物だ。コロマルと遠野誠のナイフが躍る。無論、その周辺にあるアイテムの回収も進行させる。

 

進めるだけ進んで、タルタロスのエントランスに戻る頃は皆、充実感で溢れていた。

 

「今日はお疲れ様。にしても本当、山岸さんの能力助かった。ありがとう」

「ワンワンワン!」

コロマルも同意をし吠えている。

 

「えっ、そそそそんな。助かっただなんて……」

 

赤面する風花は左右に手を振って否定する。しかし、褒められた嬉しさを抑えられない様子で、声のトーンが高い。謙遜する風花を帰路に促しながら、一番最後に歩き出す。

 

途中、長鳴神社にて今回得たアイテムや金銭などを振り分ける予定だ。最も、話し合いの結果代表として誠が消費アイテムだけは預かるとの結論に至ったのだが。装備品は各自、身につけられるモノ以外は売る予定であり、その際に受け取る金銭も平等に分けるつもりだった。

 

到着した長鳴神社にて、当初に決めた通りの振り分けが終わると道中の自動販売機で買った水とコーラとオレンジジュースで一匹と二人は乾杯をする。達成感からか、いつまでも話していたい衝動にかられるが翌日も学校があるのだ。余り長居は出来ない。そうして、その日は名残惜しくも散会したのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

誠がタルタロスからの帰り道、意気揚々と長鳴神社へと向かう―――そんな頃、チドリはその後ろ姿を目で追っていた。

 

「あ」

 

丁度曲がり角で途切れてしまってはいるが、間違いなく以前、ぶつかって損失を与えてしまったにも関わらず加害者であるチドリに気を遣って手当をした人物だ。

 

「チドリ、んな立ち止っている暇なんてないで。さっさと依頼を済ませに行くで」

「聖人君子…」

「なんやと?」

「聖人君子が居た」

 

ジンが訝しげに聞き返す。しかし、チドリの返答は間違いない様だ。単語の意味をやや考え、首を傾げる。

 

聖人君子――知識を有し、人格が優れており理想的な人物として立派な人物を指す。

 

それがどうしたというのだろう。疑問を口にしようとするが、それよりもタカヤの発する言葉の方が早かった。

 

「あぁ、成程。チドリなりの…つまりはある対象人物の例えなのでしょうが…この影時間の中を自由に歩き回れる者という訳になりますね。そして、この道……滅びの塔へ出入りしている可能性もあるでしょう」

「せやったら能力も保有しているとみて間違いあらへんな」

「恐らくそうでしょう」

 

顎に手を当て、タカヤは思考する。自分達の害にならなければそれで良い。しかし、邪魔立てをする様な思想の持ち主であるならば遠からずして対立するのは目に見えており、ゆくゆくは排除する必要がある。

 

「チドリ、その聖人君子とはなんの事です?」

「ジンが言ってた。思惑や下心とか微塵も持っていない善意をもった行動をする人物、それは聖人君子だって」

「そーいや、そないな話したことあった気がするわ。ただ、そないな訳ないで。なんかの思惑ありきに決まっとる」

「でもジンがそう言ってた」

「せやから、それは……」

「まぁ、どちらにせよ調べれば分かる事です」

 

何時までも口論が続きそうなのをタカヤが遮る。タカヤ自身、本当に聖人君子な訳がないと踏んではいるが、チドリが主張している以上、便宜上一応はそういった性格を有していることを考慮に入れるべきなのだろう。

 

さて、一口に調べるといっても無数に方法がある。その中で無難というべきか、心当たりという訳ではないものの、一番知っている可能性がある者を尋ねてみようという結論になった。最も聖人君子とやらの名前も知らないのだ。調査と言っても聞き込みをするにしても徒労に終わる。まずは誰かというのを知るのが先決だ。

 

「兎に角、依頼をしにいきますよ」

 

するべきことをすれば時間が取れる。全ては時間を作ってからだ。タカヤは二人を促し、歩みを進めたのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「色々こちらにも事情がありまして。一番有力そうな情報を持っていそうな君の所に来た訳です。影時間に一人で行動をする男性のペルソナ使いを御存じありませんか?」

 

ポートアイランドの裏路地。チドリとジンを引き連れたタカヤは荒垣の元を訪れていた。不意に現れたストレガの三人にやや目を見開いたものの、口を開く。

 

「さぁな」

「少々真面目に考えて下さいませんか。私達は君に貸しがある筈です」

「………………」

 

荒垣の脳裏に真っ先に過ったのはアキ―――真田明彦だ。ただ、奴は単独行動をしていない筈である。特別課外活動部は複数人で纏まっているのだ。となると別な人物。心当たりを探した所で、学生服を着たとある男の姿が思い浮かんだ。

 

表情を動かしたつもりはない。しかし、相手は目ざとく読み取る。

 

「心当たりがあるのですね」

「チッ」

「話して下さいませんか?」

「名前は知らねぇ」

「他には?」

「……月光館学園の生徒だ」

「それだけではないでしょう。せめて君からみた見解位は聞きたいものです」

 

一体、何があるというのだろう。そこまで聞かれて荒垣は疑問に思った。だが、彼らに聞いても答えは返ってこないのは明白だ。情報を提供するのは気には障るが関わりをもっている以上は仕方の無い事だ。自分とは無関係なのだから話してしまえば良い。

 

そう思った所で、答えに窮してしまった事に気が付いた。説明がつかないのだ。直接話した訳ではない。単純に見かけた事があるだけだ。

 

―――荒垣に反撃にあう男達を嗤う姿。

―――自分が拳を振るうのを期待している姿。

―――中指を指しながら抱腹絶倒している姿。

―――後日、ペルソナの制御するための薬の効能に苦しみもがいていた姿。

 

どう告げろと?ぶっちゃけ、表現のしようがないだろう。しかし、最初裏路地で見かけた際、何かを仕掛けたというのは明白であり、目的があった筈なのだ。一体どういうつもりなのかは最後まで問う事は出来なかったのだが。

 

「……………含みのある奴、だな。得体が知れない」

「ほぅ……」

「それだけだ」

「成程、良く分かりました。それでは」

 

タカヤは荒垣にそう告げると踵を返した。チドリとジンも続く。

 

「どないな奴やねん。荒垣に得体が知れないなんて言わせる奴なんて想像出来へん。どないな膨大な能力隠し持っとんねん」

「聖人君子?」

「チドリ。まだ、言うんかいな。せやからそれは幻想や。んな奴おる訳あらへん」

「まぁ、庇いだてしている訳ではないのですから、先ほどのは事実でしょう。それ以外の情報として確かめてみますか?」

「?」

「本当にそれだけの人物であるなら、月光館学園で有名になっているとは思いませんか?」

 

 

◇◆◇

 

 

「嘘や! 絶対嘘や! 信じられへん!!」

「だから言ったのに」

「んなモン信じられるか」

 

ジンは自らが調べたにも関わらずその結果に頭を抱えて叫んだ。タカヤに指示された通り月光館学園で聖人君子と評される人物を探すまでは良い。しかし、本当にそんな事実が存在するとは思わなかったのだ。

 

なにせ、「学園に聖人君子と呼ばれる人物は居ますか?」という問いにまさか「YES」の答えが返ってくるとは想像がつかなかった為だ。それも偶然と言う線ではない。

 

一人や二人ではないのだ。適当な学生の生徒複数人に聞いても同じ答えが返ってくる。

 

どうやら、大人しくて真面目な虐められっ子が、反撃し始める切っ掛けをくれた人物らしい。その人のお陰で、堂々と真っ向から言い返す事が出来る様になったし、相手の脅迫や挑発には一切我関せずな態度を貫き通す。何より一歩卓越したかの様な独特な雰囲気を持つようになったと言う。逆に虐めっ子を負かした彼女は今まで体が弱くて出来なかった体育や勉強にもより一層打ち込む様になり、友人も出来た。

 

その友人達に良く話す中で良く表現として使われているため、どの生徒に聞いても答えがYESなのだ。『本当に神様みたいに素敵な人なんです。全てその人のお陰で……。無理矢理、枠を当て嵌めるとすれば”聖人君子”と言った感じでしょうか』と繰り返し語っていた為に伝播したらしいのだ。ちなみに、一部にはその卓越した雰囲気と能力に惹かれた集団も出来ているらしい。

 

該当者の名前は―――遠野誠

 

しかしながら、良い噂ばかりではない。漸く名前が分かった為に詳しく聞き込みを開始すると意外と妬みを買っている。

 

国際的大企業、桐条グループの社長令嬢。生徒会に所属し、生徒会長を務める優秀かつ容姿端麗な女性と仲が良いらしい。

 

恨みや鬱憤に思っている者の数は多く。特に男子生徒が多数を占めるが、一部は女子生徒からも主張があった。

 

「人はみな、聞きたいように聞き、信じたい事だけ信じるものです。どうやら側面はあるものの、聖人君子は実在している人物の様ですね」

「………ぐっ。まだ荒垣の得体のしれない含みのある奴の方が納得できるで」

「言った通りだった」

 

納得のいかないジンは未だにブツブツとつぶやいている。一方でチドリは漸く自らの主張を認められたので、どこか満足そうである。

 

「取りあえずは大体の情報は得ました。今のところ、害がある人物と判断するのは早計です。しかし念の為、注意を払う必要があります。チドリ、彼が今後塔へと行くようであれば、接触して下さい。特に真意を聞き出せるように。いいですね?」

「分かった」

「また情報が分かり次第、報告するように」

 

タカヤの指示を受け、チドリは頷くのだった。

 

 

 



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第二十五話

遠野誠に桐条美鶴から連絡があったのは、7月6日――満月の晩の前日だった。

 

「夜遅くに失礼する。今、時間は大丈夫だろうか?」

 

「あー…はい。別に平気ですけど」

 

「………実は、だな…その…」

 

普段と違う様子だ。本来ならば手早く要件を話している筈だ。歯切れが悪い。それに、物言いもらしくない。戸惑いを見せている様子もどこか違う感じを醸し出していた。

 

「君に頼ってばかりで、すまないと思っている。ただ、どうしても満月の夜に大型のシャドウが現れる可能性を考慮すると、どうしても君達に力になって欲しいんだ」

 

心から申し訳ないという気持ちが滲み出ている。いかに、遠野誠に頼るという事、それ自体が引け目だと声色が告げていた。切々と語る内容も、罪悪と言うものが滲み出ていた。

 

それもその筈。以前、風花より如何に遠野誠という存在に頼り過ぎていたのかというのを痛感させられたのだ。その後、皆で集まり話し合ったものの、現在に至るまで満月に大型シャドウが出現するかもしれないという事への解決案や打開策――虱潰しに街全てを探索して大型シャドウを発見するなどという無謀な作戦以外――はなかった。

 

更に結局、最後には『遠野誠だったら何か知っているかもしれない』という結論に達するのである。最早、幾ら呆れられていようが縋るしかない状況なのだ。

 

一度、必要悪をわざわざ買って出た彼に。落胆すらした彼に。

 

「…………」

「…………」

 

美鶴には沈黙が永遠にも感じられた。返事を待つ間、痛いほどに手を握り締めており、指先が震える。

 

「別に構いませんけど」

「そ、そうか。ありがとう」

 

全身が脱力感に包まれる。遠野はあっさりと頷いてくれた。まるで、こちらがどれ程の気持ちを持ってして願い出たのかを知らないかの様に。しかし、その軽さが今の桐条美鶴にとっては助けになっていた。

 

翌日に寮の作戦室に集合して貰う様に打ち合わせをし、その日は電話を切った。

 

 

◇◆◆◇

 

 

7月7日。深夜、影時間になる一時間以上前に集まったにも関わらず、剣呑な雰囲気が続いていた。岳羽ゆかりと山岸風花の二人が睨み合いをしていたのだ。岳羽は、明確な無視をされた事に反感を覚えての事であり、山岸は遠野誠の名前を呼び捨てにした事を未だに根に持っていたのだった。

 

いつまでも平行線に終わる光景を終わらせたのは有里だった。

 

「二人とも、それくらいにしておいたら。せっかく集まったのに、そんな雰囲気で終始過す気?」

 

明確な指摘にそれ以上ムキになるのは無意味だと分かったらしい。二人はしぶしぶ気持ちを収める。

 

「いやーそれにしても協力してくれて、本当にありがとう。初めましてだね、遠野誠君。幾月修司というんだ。よろしく頼むよ」

 

「あっと…はい」

 

幾月と握手を交わした。視線がその背後に移る。訝しげに眉を寄せ、疑問を口にした。

 

「その犬は、どうしてここに連れて来たんだい?」

 

それは誰しもが疑問を覚えていたのだが、二人が対立した空気を醸し出していたが故に、スルーされていた事実だったりする。我に返った岳羽が思い出して声をあげた。

 

「あっ。そういえば、以前寮の前を通りかかってた。神社のっ」

「名前は確かコロマルだった筈だ」

「そうっす真田先輩。神社の忠犬って有名な犬じゃないっすか」

「ワンワンワン!」

 

コロマルは機嫌が良さそうに吠え、尻尾を振っている。その隣で遠野が告げる。

 

「実は仲間なんです。これでも凄く強いんですよ」

 

ええええええええええ!!

 

周囲に絶叫が響き渡った。本当かどうか疑わしい目で見ている部分もあるだろうが、遠野が言う事だから本当だろうと驚きを持って受け入れられていた。

 

時計の針が進む。丁度12の針の元に重なりを見せると同時に、ルキアのペルソナを使用する。山岸を下腹部のドームの中に包み込んだ。厳戸台の白河通り沿いのビルに反応を見つけ、向かうのだった。

 

到着してからさ迷いつつ階段を上がり3階。法王の間でハイエロファントと――山岸は今回はサポートに完全に回る為、除いた状態での――戦闘になる。

 

が、ここで誰もが呆気にとられる展開が待っていた。

 

―――遠野が一撃で敵を倒してしまったのだ。一撃……小刀を取りだしたかと思うと、瞬く間に駆けて行き縦に一閃。その途端、真っ二つに裂けた。

 

更に知った事かとばかりに過剰に攻撃を続けて行く。破片になり飛び散ったものが仕舞には爆発して消え去るまで手を緩めず、他の追随を決して許さない。オーバーキルだ。

 

コロマルだけが出番を奪われて、不服そうに一鳴きしていた。

 

「えっと、これって…え」

 

何と表現して良いの分からない。瞬きを繰り返す岳羽ゆかりが言葉の続きを求めて有里へと視線を向ける。

 

「成程、レベルを上げて物理で殴るの究極系って訳ね」

 

ゆかりの視線を受け、ハム子は遠野誠の先ほどの技量は相当なレベルを持っているが故の姿という訳で納得したらしい。その横で真田は目を細めて遠野誠を観察していた。

 

「どんな鍛え方をすれば、一太刀で切り捨てられる程の筋力がつくのだろうか……」

 

キャパオーバーした伊織が頭を抱えて叫ぶ。

 

「えっ、何。なになになに。納得してるみたいだけど、何が起っちゃった訳?!」

「落ちつけ、伊織。単純にペルソナを使うまでも無かったという事だろう」

「桐条先輩。んな事言ったって、お、大型シャドウに対してっすか?」

「自分の目で見たんだ。その上で現状を鑑みるにそういう事だ」

「んな無茶苦茶なアアァァ!」

 

そんな中、山岸の労いの声が響く。

 

「お疲れ様でした。お見事です。こちらで待っていますので、帰還して下さい」

「了解……って、あれ。この扉開かないんだけど」

 

遠野が返答をし、扉に手を掛けるも何か強い力で押さえつけられているかの様に開かない。訝しげに周囲の人間を呼び、驚きが未だに抜けきってはいないものの皆が扉前に集まった。部屋にシャドウの反応があると山岸が注意を呼び掛ける。

 

警戒をしつつ、周囲を探る事になった。大きなベット、ソファ、バスルーム、トイレ。どこも不自然な様子は無い。

 

最後に大きな鏡の前に来る。すると岳羽が異常を発見した。が、見つけるや否や、視界がホワイトアウトする。

 

 

◇◆◆◇

 

 

遠野誠は頭がフワフワとした感覚に包まれていた。思考が纏まらない。しかし、部屋の外から物音が耳に入った気がする。ドアがノックされているが、どうでも良い。

 

「やっと見つけた」

 

ベットに腰かけたまま、入って来た人物を見る。赤い髪に白いロリータ服の少女だ。どこかで会った事がある様な気がするが、思い出せない。ここに辿りつくまで数々の部屋を巡ったらしいが何を言われているのか分からない。

 

「影時間に会ったのに全然警戒してない」

 

汝、享楽せよ…脳裏に不思議な言葉が響く。

汝、真に求むるは快楽なり。

 

近づかれ、まじまじと顔を覗かれるも何も考えられない。

 

「自然体……ん、今日は挨拶。また来る」

 

そのまま少女は去っていた様子だ。ドアが閉まる。

 

汝、享楽せよ…脳裏に不思議な言葉が響く。

汝、真に求むるは快楽なり。

 

……何も、分からない。

 

遠野誠が我に返った時は、時間がかなり経過した後だった。どうやら、ベットに座りぼーっとしていたようだ。何かあった様な気がするが思い出せない。

 

というか皆とは逸れていると一人だと急に心細く感じてしまう。流石に放って帰る事なんてしないと思うが、心配だ。入口なら誰か残っているかもしれないと判断し一階へ向かう。

 

入り口で待っていると、コロマルが匂いを嗅ぎつけて来たのか此方へと向かってくるのが見えた。遠野がほっとする顔をすると、すかさず元気づける様に一吠え。

 

すると他の皆も、丁度此方に向かって来たようだった。

 

「おー師匠発見! 見てほしかったなー俺っちの活躍っぷりも」

「わざわざ、戦闘を任せてくれたんですよね。無事勝ってきました」

「有里の言うとおりだ。任された分の責任は果たして来たからな!」

「何はともあれ皆、御苦労だった。今日はこれで帰るとしよう」

 

遠野は結局最後、訳のわからないまま帰路につくこととなったのだった。

 

 

 



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