最近彼女達の様子がおかしい (ガラン・ドゥ)
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友達以上恋人未満編
01:花の少女の様子がおかしい


 色々思案してても結局ヤンデレに戻ってきてしまう。


「あ、あのさ」

 

 昼休み、全員談笑している中で控えめに、それでいてハッキリと声を出した。

 途端に全員が会話を止めてこちらを振り向き、10個の目が僕を捉える。

 

「どうかした?」「何かな」「何かあったん?」「ノア君?」「急にどうしたのよ」

 

 完全に注意がこちらに向いた。一斉に喋られて気後れするが、この機会を逃したら()()()ことができなくなる。それはマズい。

 限界。とにかくもう限界なのだ。

 

「う、うん。ちょっと僕、急な用事があってさ……皆でご飯食べててよ! ごめん、ホントごめんね!」

 

 矢継ぎ早に言葉を続けて、彼女達からの返事を聞く前に僕は教室から飛び出した。

 絶対に変な目で見られただろうが、今はちょっと気にしてる余裕はない。

 足早に廊下を進んでいき、目的地である男子トイレに着くと廊下の後方を確認し、再度前方を確認し、誰もいないことを確認すると急いで中へ入った。

 奥の洋式のドアを開くとすぐに鍵を締める。ドスンと腰を降ろしひと息ついたところで──。

 

「はあ~~~~………」

 

 めちゃくちゃデカいため息をついた。

 こんなところまで来て何をしているんだ、と周りの人からは不審な目で見られてしまうだろうが、悲しいことに1人になれる場所なんてここしかないのだ。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか……。

 

 学校ということで仲の良い者同士でグループを形成するのがまあ一般的といえるだろう。

 趣味が合うとか同じ部活のメンバーだとか、理由は様々あると思う。

 僕──千代田(ちよだ)乃亜(のあ)も一般的な学生の例に漏れず1つのグループに参加しているわけなのだが、ちょっとした問題があった。

 別に友達同士でギスギスしてるとか、暴力をふるわれているとかそういうわけではない。

 皆気が利くし、困っている人を見かけたらすぐに助けてあげるような優しさを持っている。そんな性格の良いメンツが揃っているのだが、だったら何を危惧しているのかというとグループ内の男女比がその1つ。

 なんと驚異の1:5。

 つまるところ男は僕1人で、あとの5人は全員女の子。

 しかも全員の顔立ちが整っている。彼女達がこの1ヶ月で告白された回数を足すと優に100回を超えているという事実があるくらい整っている。

 そんな子達の中に男が混ざっているなんて普通なら考えられないことだろう。

 でも僕は彼女達と一緒にいることになった。

 客観的に考えればそれが普通ではないことは分かる筈なのに、どうしてこうなるまで僕は何もしなかったのだろう。

 こうなった原因が僕にあった訳では……いややっぱりあるのかもしれない。

 何故こういう関係が出来てしまったのかというと、小学生時代の出来事が関係していた。

 

 

 

 幼少期となれば性差があまり気にならないということもあって、僕は周りが女の子だらけであることに何の疑問も抱くことなく過ごしていた。

 それに加えて9歳の時に僕は『魔法』の存在を知らされることになり、地球の危機という規模がデカすぎる驚異に同世代の子達と立ち向かっていくうちに、女性の知り合いばかりが増えていった。

 当初はそれもあまり気にしておらず、女性に囲まれて過ごすのが普通のことだと思うくらいには感覚が麻痺していた。

 そうして彼女達と一緒にいるのが当たり前だと思うようになってしまったのだった。

 そこまでは良かった。彼女達といるのは楽しいし、心地の良い関係を続けていくことができたからだ。

 問題は中学校に上がってからだった。

 成長するにつれて男子と女子でハッキリとした違いが出てくるのは当然であり、それに加えて性差もハッキリと意識するようになってくる。

 そこで男友達がおらず、彼女達とばかりつるんでいた僕はふと気が付いたのだ。

 

 ――あれ? 僕って一般的な男子中学生とはかけ離れているんじゃ……と。

 

 それからは自分がおかしい人間であるような気がして恥ずかしくなり、どうにか周りの環境を変えようと努力するようにした。まあ今の所それらすべてが徒労に終わっているのだが。

 エスカレーター式のこの学校において外から編入してくる生徒というのは少ない。

 そのためここ聖祥大附属中学校で出会う顔ぶれも変化はなく、当然のように友達の輪はほぼ固定されて動くことはない。

 それが辛いの何のって。

 どうにか男友達を作ろうと近付いては見るのだが、彼らが僕を見る時の瞳からは羨望か嫉妬の感情しか見られなかった。

 まああれだけ顔立ちの整った女の子達といればね……。

 グループの一歩外に出れば周りは敵だらけだと今更ながらハッキリ自覚してしまうことになった。

 それからも度々できる限り声を掛けては見るのだが、結果はあまり芳しくない。

 そのおかげで中学2年生になった今でも彼女達との関係は変わらないままだ。

 

 ……そう、変わらない筈だった。

 それが今僕がトイレに引きこもって悩んでいる原因となっている。

 というのも最近彼女達の様子がおかしいように思えるのだ。

 モヤモヤとした感情ばかりで上手く言えないことが多い毎日であったが、ハッキリとした変化がこの間から起きている。

 グループ内の誰かが常に僕といることに気が付いたのだ。

 今まではベッタリという程ではなかったのに距離感がおかしくなっていた。

 まずグループ内の誰かに朝起こされて、そこから当たり前のように一緒に家を出て、全員と合流しながら登校し、授業の合間には1人は必ず僕のところへやって来て、昼休みには6人で弁当を食べ、学校が終わると朝とは別の1人が僕の家まで着いてきて、そうして僕が寝る1時間程前に帰っていく。

 土日だって彼女達の中の誰かしらが僕の家に来ていた。

 うん、こうして考えてみると僕が1人きりになれる時間が寝てる時とその少し前くらいなものである。

 僕の両親は芸術関係の仕事をしていて、日本の端から端まで飛んでいくようなことも稀ではないため長期に渡って家を空けることも多く、今も北の国で仕事をしている。

 じゃあ誰がご飯を作るのかというと、以前は自分で作っていた。まあそう美味しいといえるものは作れないが、家に1人で料理もできないのでは餓死してしまうのは必然だ。

 今回も同じように自炊をすることになるだろうと考えていたのだが、彼女達は声を合わせてこう言った。

 

『わたし達が毎日お料理を作りに行ってあげる』

 

 流石にそれは迷惑だろうと断ろうとした。しかし――。

 

『良いの。わたし達が好きでやることなんだから』

 

 そう言われて押し切られてしまった。以来弁当も自分で作ることは禁止されている。

 だから朝食も昼の弁当も夕食もすべて彼女達の手作りだ。

 その順番というのも彼女達の中でローテーションを組んでいるらしく、毎回違う子が朝昼晩と作るものを決めていた。それも土日祝日関係なしに。

 それは非常にありがたいことではある。親が家を空けて1ヶ月間、特に何もしなくても生活できているのだから。

 美人な子の手作りなんて羨ましいと思う人もいるかもしれない。

 ただ、それとは真逆に僕の心は沈んでいった。

 何せ1人になれる時間がないのだ。常に誰かが僕の隣にいるので話し続けなければならない。そのままベッドにインする毎日で段々と疲れが溜まってきた。

 端的に言えば非常に窮屈なのだ。

 まるで彼女達から監視されているようで、心休まる時がない。

 皆に気を遣う毎日で疲弊しきっていた僕はついに限界を迎え、こうして逃げ出すことを決めてしまった。

 昔は皆といてとても楽しかったのに、今はどう対処すればいいのかと考えてしまう。

 これじゃいけないのだろう。

 何とかこの状況を打破したいので、こうしてトイレに引きこもっている間にあれこれ考えたかったが、携帯電話の時間を見るとそろそろ昼休みも終わる頃になっていた。

 流石に授業をサボるのはマズイのでまた教室に戻らなければいけない。

 渋々といった感じでトイレのドアを開けて廊下に出ると……。

 

「あっノア君大丈夫!?」

「うぇっ?」

「すごい勢いで飛び出していっちゃったから……」

 

 グループの中の1人、なのはがそこにはいた。

 慌てたような様子で僕の前までやってくる。そこへフェイト達までやって来てしまった。

 当たり前のように僕の現在地を知られていることに戦慄するが、とりあえず何とかこの場を切り抜けなければ……。

 

「え、いや、あの、急に具合悪くなってさ……。皆に心配掛けるのも嫌だなって思ってね……?」

「そんなの駄目だよ! ノア君に何かあったらって思うとわたし居ても立っても居られないくなっちゃうんだもん……。今度からはちゃんとわたし達にお話してね? だれでもノア君に付き添ってあげるから」

「え、いやあ、それは……」

「――何か問題あるかな?」

「はい! 是非そうさせていただきます!」

 

 有無を言わさない威圧的な笑顔を前に僕はただ頷くしかできなかった。

 怖すぎるでしょ……。

 

 その後、僕はなのは達に取り囲まれながら教室へ戻ることとなった。気分はドナドナされる牛のよう。

 体調が悪いなんて言ってしまったもんだから過剰に心配されてしまい、放課後までガチガチに周りを固められてしまった。

 迂闊な発言をしてしまった自分を殴りたい。

 すべての授業が終わったので帰り支度をしていると、なのはが僕の席の横に立った。

 

「ノア君帰ろ?」

「ああ、うん、帰ろうか」

 

 フェイトとはやては管理局の任務が入って午後からおらず、すずかとアリサは習い事と塾で一緒に帰ることはできない。

 なので今日はなのはと二人きりで帰ることとなる。

 皆で帰るよりは良いかな―と考えてしまうあたり、僕もだいぶ疲労が溜まってしまっている。

 皆僕が家に1人きりでいるのを単に気遣ってくれているだけなのかもしれないから、悪い方に捉えてしまうのはいけないことだと分かってはいるのだ。

 でもやっぱりこのままでいて欲しくはないなと考えてしまう。

 だから僕は帰りのバスの中でなのはと会話しながら、どうにかできないものかと対策を練っていた。

 目標は以前のように気を遣うことなく、男女の差とか気にしなくても良い関係に戻ることだ。

 男友達を作ることは、とりあえず一旦諦めることにする。

 新しい友達を作りながら彼女達との関係を元に戻すなんて、そんな器用なこと僕にはできないからね。

 目的達成のためにとりあえずは自炊するところから始めたい。

 このまま彼女達に料理を作ってもらっていたら、本当に胃袋を掴まれてしまいそうだ。

 バスを降りてなのはと二人きりになり、会話が途切れたところで話題を変えた。

 

「ところでちょっと相談なんだけどさ」

「うん? 何かな?」

 

 なのはは純粋な瞳でこちらを覗き込んできて、ちょっとためらいが生まれたが意を決して口を開く。

 

「えっと、なのは達には毎日来てもらってそろそろ悪いと思っててさ、そろそろご飯作りにこなくても良いんじゃないかな」

「――え?」

 

 僕が答えた瞬間、周りの温度が下がった気がしたのと同時に隣を歩いていたなのはの足が止まる。

 僕が振り返ると、彼女は下方向を向いていた。

 

「な、なのは……?」

 

 恐る恐る彼女に近付いた瞬間、彼女は急に顔を上げる。

 

「ど、どうして? わたし達何か悪いことしたかな? 今日のお弁当美味しくなかった? それとも何かノア君の嫌いなもの作っちゃった? ごめんね。ごめんなさい!」

「え、ええ? ちょっと待ってくれ。そういうこと言いたい訳じゃ……」

「あ、謝るから許して……。何でもしますから……。ノア君に嫌われたら、わたし……」

 

 なのはは頭を下げて僕に謝り続けている。突然のことで僕も何がなんだか分からない。

 彼女のこんな尋常ではない様子は初めて見た。

 とにかくこの状況を何とかしようと、僕は彼女の両肩を優しく掴んだ。

 

「落ち着いてくれ、なのは。僕は別になのは達の料理に不満があるとかじゃないんだよ」

「……そうなの?」

「うん。なのは達がいない時とかもある訳でしょ? そしたら自分で料理作らなきゃいけないのに、忘れたら困っちゃうんだ」

 

 正直今言い訳を考えた。

 まさかなのはが料理のことだけでこんな取り乱すとは思わなかったし、どうにか彼女を慰めなければと必死だったのだ。

 しかしそれが功を奏したのか、まるでこの世の終わりのような顔をしていたなのはの表情に笑顔が戻る。

 

「そっか。ごめんね、わたしの考えすぎだったね」

「こっちこそなんか心配かけるようなこと言ってごめん」

「ううん。ノア君は悪くないよ。わたしが早とちりしただけだもん」

 

 ようやくなのはが本来の調子を取り戻してくれたようだ。

 さっきのは何だったのかと気にはなるが、今は横に置いておこう。ようやく彼女達との本来の関係を取り戻す糸口を見つけたのだ。この機会を逃すわけにはいかない。

 

「じゃあ、これからは自炊しても良いってことで――」

「それは駄目」

「えっ」

 

 まさかの拒否。

 どうしてなのか、という疑問を視線でなのはに飛ばすが、彼女はニコリと笑い返してくる。

 

「だってその理屈で言ったら、ノア君が自分で料理を作らないといけない状況にならなきゃ良いだけなんだよね? だったらわたし達がいればノア君が料理をする必要なんてないもん」

「いや、それは……。いつまでも一緒にいられる訳じゃないだろ?」

「ずっと一緒だよ?」

 

 なのはの目には確固たる意思が感じられる。むしろどうしてそんなことを言うんだと、こちらに疑問を投げ掛けてきているようでもある。

 

「ノア君だって皆といられたならそれが幸せなことだって思うでしょ? わたしもそうだもん。だからね、今皆でこの先のことについて考えてるんだ」

「み、みんなって……?」

 

 なのはの表情は変わらない。

 

「フェイトちゃんにはやてちゃん、すずかちゃんにアリサちゃん、皆だよ? ずっと6人でいたんだから当たり前だよね?」

「え、えっと、それって……」

 

 まさかこの先って大人になってまでこの関係を続けるということなのだろうか。

 それがありえないことなのは僕にでも分かる。

 皆それぞれの進路があるし、ましてなのは達は地球を離れて時空管理局の魔導師として働くつもりなのだ。そうしたら中々会えなくなることだろう。

 そんな僕の考えを読み取ったのか、なのはは優しく微笑むだけだ。

 

「大丈夫、ノア君は何も心配しなくても良いんだよ? 全部わたし達が考えてあげるからね? ノア君はただ居てくれるだけで良いの」

 

 おかしい。ただご飯の話をするだけの筈だったのに、話が壮大になっている。

 なのはは何を言っているんだろうか。混乱してうまく思考ができない。

 

「ごめんね、変なこと言っちゃって。ノア君は気にしないで?」

「気にしないでって言われても……。何か僕に関わる重大なことが裏で進められてるような……」

「そんなことないよ。ノア君とわたし達の当たり前な将来について話しただけだもん。さっ、ノア君の家に帰ろ? 今日もノア君の好きなもの作ってあげるからね」

「いや、僕が自炊するからって話は……」

「そんなことしなくても良いよって言ったよね。ノア君のやりたいことは全部わたし達がやってあげるから」

 

 なのはは僕の手を掴んで引っ張った。もうこの話はお終いだと言うかのように。

 結局、僕の小さな計画は実行に移すことができずに終わってしまった。

 しかしやっぱりおかしい。

 昔はこんなこと言う子ではなかった。何が彼女を変えたんだろう。

 考えてもさっぱりわからなかった。とにかく僕は以前の関係性に戻りたいだけだ。

 また次の手を考えながら僕はなのはに手を引かれていった。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 彼の様子がおかしい。

 今まではわたし達以外と話すようなことなかったのに、最近では同性の子と話すようになってしまった。

 ずっとわたし達に向けられた視線が今では別の方向に向いている。

 今日だってそうだ。彼はわたし達の料理を作るのを断ってきた。

 何か彼の勘に触るようなことをしてしまったのかと、パニックになって取り乱してしまったけれど、彼はそんなことないよと宥めてくれた。

 本当に安心した。彼に嫌われたらどうすることもできない。

 わたしは彼のことが好きだ。

 彼と出会ったのは本当に幼い頃。お仕事で忙しい彼のご両親はよく家を空けていたんだけど、そんな時はご近所だったわたしの家に預けられていた。

 彼はその頃から優しい性格で、当時人見知りだったわたしも彼となら仲良くすることができた。

 そんな時、わたしのお父さんが事故で怪我をした。

 幸い命に別状はなかったけれど、お店のお父さんが抜けた穴を埋める為にお兄ちゃん達まで手伝いに出てしまうものだからとても寂しい思いをしていた。

 そんな時でも助けてくれたのが彼だった。

 彼も親がいなくて寂しい筈なのにそれをおくびにも出さず、運動音痴だったわたしのことも見捨てることなく公園に遊びに連れてってくれて、楽しく過ごすことができていた。

 彼にはいつだって助けられている。

 小学校に上がってからもそう。アリサちゃんと初めて喧嘩した時も、魔法で悩んでた時も彼は常にわたしの傍にいてくれた。

 だからその恩返しがしたいのだ。

 彼の望むことだったら何でもしてあげたい。フェイトちゃん達だって同じ気持ちだろう。

 皆彼のことが好きなんだ。だけど決して独り占めするようなことはしない。

 そんなことしたらわたし達の間でいがみ合って、こんなに心地の良い空間が壊れてしまう。

 そんなの、彼だって望んでないだろう。

 わたし達は6人で1つ。それが幸せなことなのだ。

 でもわたし達の絆に綻びが入っている。他ならぬ彼自身の手で。

 もしかしたら彼はわたし達のところから離れていくかもしれない。

 それは嫌だ。彼はずっとわたし達と一緒にいるんだから。

 だから5人で話し合った結果、全員で彼のお世話をしてあげればいいんじゃないかという案が出た。

 ちょうど彼のご両親は長期の仕事が入り、家を空けなければいけない。

 それなら今一度彼にわたし達がどれだけ有用なのかを教えてあげれば、彼もわたし達と一緒の方が良いと思ってくれる筈だ。

 

 その筈だったのに、彼はまたわたし達の手から離れようとしている。今日の発言がそうだ。

 彼はわたし達がお世話をすることを拒んでいるように思えてしまう。

 どうしてなんだろう?

 そんな寂しいこと言わないでほしい。わたし達はただ貴方のことを思ってやっているだけなのに。

 もしかしたらわたし達の献身が足りないのかもしれない。絶対そうだ。

 彼はわたし達にもっと身の回りのお世話をすることを望んでいるんだ。なんで早く気付いてあげられなかったのだろう。

 そうと決まれば皆に連絡しなきゃ。今は彼に愛情のこもった料理を提供してあげなければならないから、彼にバイバイしてから実行に移そう。

 ――待っててね、ノア君。明日からもっと貴方に愛を上げるよ。

 だからわたし達と愛してね?




 執着してくる女の子に私も後ろから刺されて―な―。
 嘘です


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02:運命の少女の様子がおかしい

 この話と関係ないですけどフェイトちゃんの同世代に対する二人称って「君」なんですよね。
 私はアニメを見直して驚きました


「ノア君、私の唐揚げどうかな?」

「う、うん、肉厚ですごい美味しいよ」

「あたしの春巻きはどう?」

「わ、わあ、外はサクサク、中はジューシーだね」

「私の焼きうどんも美味しそうやない?」

「──待って。多い、多いよ。食べるから。食べるから自分のペースで食べさせて……」

 

 陽の光が心地良い初夏の季節、僕達は最近出入りが解禁された屋上へと出ていた。

 雲一つない晴れ晴れとした青空の下で食べるご飯は最高に美味しいなあ。まあ僕の気持ちはずっと曇天なんだけど。

 僕はこの一ヶ月間、彼女達との関係を戻そうと色々なことを模索し、それを実行に移していた。

 唯一自由時間の作れる休日は出かけると言って1人で行動してみたり、部活に入ることで彼女達との時間を減らそうとしてみたり。

 でその結果……彼女達との仲が更に悪化した。

 いや、悪化という言葉は正しくないのだろう。別に仲が悪くなったわけではないのだから。

 かといって好転したかと言われればそれもおかしい。

 距離が縮まって()()()()というのが正しいだろうか。

 

 休日外に出れば自分だけの時間が作れると思ったのだが、何故か必ず彼女達の内の1人と出くわしてしまう。

 あっちからは「奇遇だね」なんて言われるんだけど流石に4週連続で誰かと鉢合わせになれば、それが偶然でないことくらい僕にも分かる。

 一体どうやって僕の行動を先読みしていると言うのだろうか……。

 結局はその子と一緒に遊ぶことになって、彼女からは「デートみたいだね!」と頬を赤らめながら言われる始末。

 その仕草がかわいいことは認めるが、何か背筋に寒気が走る訳で、正直できれば早く帰りたいな―と思ってしまった。帰っても誰かしら待ってるのにね。

 

 部活にも参加することができなかった。

 元々時空管理局の嘱託魔導師として働いているもんだから、もちろん本当に入部する訳ではないのだが、せめて体験入部期間だけでも彼女達と離れて、これを機に落ち着いてくれれば良いなあと期待していた。

 しかし、行くとこ行くとこ門前払いをされて体験入部すらさせてもらえなかったのだ。

 同じ時期に部活動に参加する者もいて、僕だけのけ者にされて思わず「何故!?」と疑問を口にしたこともあった。

 それなのに行くとこ行くとこ顧問も主将も汗をかくばかりで決して答えようとはしなかった。

 更には土下座までされて「なんとか見逃してはもらえないか」と懇願までされて、これではこっちが悪者みたいじゃないかと、渋々承諾しなければいけない程である。

 結局どこの部活もそんな感じで、僕は周りにそこまで嫌われてたのかと思いつめてしまった。

 それで軽く不登校にもなったのだが、彼女達が僕を一生懸命慰めてくれたおかげで、今は何とか持ち直している。

 

 やっぱり持つものは()()だよなあと思っていたのだが、そう告げたことが彼女達の行動をエスカレートさせるとは思いもよらなかった。

 それが昼食の時によく表れている。

 以前までは手渡しでお弁当を作ってくれていたのだが、今は誰も渡しに来なくなった。

 じゃあ自分で作ったり購買で買ってきても良いんですか!? と最初は淡い期待を込めていたのだが、そんなことはなかった。

 購買に昼食を買いに行こうとしたところを5人に屋上まで連行されて、強制的に彼女達が持ち寄った弁当を食べさせられた。

 もちろん自分の箸なんて持ってない。

 じゃあどうするのかというと、彼女達が自分の箸を使って僕の口元へ食材を運んでくるのだ。

 所謂『あーん』という奴である。

 これがカップルだったら仲睦まじかったり微笑ましかったり爆発しろと思ったりするところなのだろうが、こっちは女の子5人が男1人にそれをやってくる。

 つまるところ異常な関係性に見えるのは確定的に明らかだ。

 そのおかげか何なのか、本来人気の休憩場である屋上には僕達6人しかおらず、この場は至って閑散としている。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは、僕の心理状況からしても明白ではあるのだが。

 しかももう一つの問題は、5人に囲まれているせいで急に用事ができたとか言って逃げられないことであった。

 トイレに行きたいと言えば許してはもらえるのだが、その時は必ず誰かしら1人が僕の後を付いてくる。これでは気を休めるどころの話ではない。

 とはいえ一番辛いのは、1人になれないことでも、何故か密着させられて食べさせられることでも、また僕のぼっち度が加速していくことでもない。それは彼女達のお弁当の大きさだ。

 5人から食べ物を分けてもらうのだが、その量が多すぎるのだ。

 1人当たり1.5人前を作ってきたとして、彼女達が1人前を食べるとする。そして残りの0.5人前を僕が食べるとして5人を合わせれば、女性の食べる量という換算でも2.5人前だ。

 いくら僕が食べ盛りの男だからといって、毎日そんな量食べるのはしんどいわけである。

 じゃあゆっくり食べて残せば良いじゃないかと、他人から言われるかもしれないが、それはそれで折角彼女達が作ってきた物を持ち帰らせるというのも良心が痛んでしまいできなかった。

 なので悲しいことではあるが、僕には自分のペースを保ちながら完食する以外道は残されていなかった。

 おかげでここ毎日お腹が苦しい。

 ここまで来ると体重も気になってくる……。

 更なる問題が発生したことに僕は頭を痛めるが、「もうちょっと減らしてくれないかな?」なんて言おうものなら──。

 

「わたし達、変なもの入れちゃった!?」

 

 とか。

 

「もしかして具合悪いの……? 気付かなくてごめんね! すぐお医者さん呼ぶから!」

 

 とか言いかねない。

 この一ヶ月間で彼女達が何をするのか多少読めるようになった。こんなことで彼女達のことを理解するようになるとは思わなかったが。

 だからどうしたものかと今日も考えていのだが、結局放課後まで思い浮かばなかった。

 

「ノア、一緒に帰ろ」

 

 机に座って待っているとフェイトがやってきた。同年代の同性の中では高い身長に、落ち着いた性格も相まって女子からの人気も高いのが彼女の特徴だ。

 まるで王子様みたいとチヤホヤされているのをよく目にするが、僕からしてみればお姫様のように見えるのだが、それは普段の彼女を知っているからこそなのだろう。

 そんなフェイトと雑談を交えながら下校する。

 今現在もお弁当の件どうしようかと若干上の空になっていたら、どうやらフェイトに感づかれてしまったらしい。

 

「何か悩み事でもあるの?」

「え? あー、うーん……」

 

 どうしてこういう時、フェイトを含め彼女達は鋭いのだろう。

 確かに悩んでいるには悩んでいる。

 でもそれを彼女に告げてしまって良いのかと考えると、良くないことの方が多そうだ。

 しかし、良いあぐねたことが逆に彼女の疑問を確信に変えてしまったらしい。

 

「やっぱりそうなんだ。学校の人に何かされた? それとも職場で? ノアに危害を加えるならちょっと叩き……じゃなくてお話しないといけないことがあるね」

「違う違う! そういうのじゃないよ!」

「え、そうなの? じゃあ何を悩んでるの?」

 

 何やら物騒なことを言い始めたフェイトを慌てて止める。しかしおかげで更に追求されてしまった。

 ここまで来たら言わない選択肢はない。死人が出るよりはマシだろう。

 

「い、いやあ、ちょっと……体重がね」

 

 嘘は言っていない。それよりも体重が増えた要因の方に苦慮しているのだが。

 そうすると彼女は目をパチクリさせた後、納得したように頷いた。

 

「ああ、そっか。最近任務なかったもんね。でも男の人でもそういうの気にするんだ?」

 

 彼女としては仕事をしていなかったのが原因だと思ってくれたらしい。

 

「そりゃあね。女の子ほどじゃないにしろ太ったら誰でも嫌なもんだよ。フェイトだって僕がそうなるのは見たくないでしょ?」

「私はそんなことないけど。どんなノアでもそれはノアでしょ? だから私達の関係は絶対に変わらないよ」

 

 なんてカッコいいこと言ってくれるんだ。やはり学校での王子様という異名は正しかった……?

 それはともかくこれはチャンスでもある。何とか僕の本心が露呈する前に、彼女にもこの現状を解決する答えを聞いておきたい。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕が個人的に嫌でさ。手っ取り早く痩せる方法ってあるかな?」

「手っ取り早く……。うーん、そう言われても思いつかないなあ。私がやってるのは食事制限とか、かな?」

 

 それができないから今悩んでるんだよ! という言葉が口から出かけたが何とか飲み込む。

 

「それはできなくてさ……。やっぱり運動しないと始まらないかなあ」

「運動、うん運動良いよね。一番効率的じゃないかな?」

「フェイトもそう思う? でもここら辺で体動かせる場所って言われても――」

「あっお兄ちゃん? うん、ちょっと今から山の頂上で魔法使った模擬戦するつもりなんだけど。――大丈夫だよ、結界はちゃんと張っておくから。うん、それじゃあね」

「待って待って待って。急にどうしたの!?」

 

 僕が中々ないよねえ、と言いかけた時にはすでにフェイトは通話を終えていた。

 

「どうしたのって……ノアは運動したいんだよね? だからクロノに連絡取ったんだけど」

「だからの意味が分からないよ! なぜそれが模擬戦の話に!?」

「空戦機動するのが一番カロリーの消費が激しいから。ノアだって知ってるでしょ?」

 

 フェイトはキョトンとした顔で答える。そんな無垢な顔で見つめられても困る。

 

「いや、それは知ってるけどさ……。もしかしてフェイトが相手してくれるの?」

「そうだよ? なのはもはやても今日はミッドチルダに行ってていないから私しかいないでしょ?」

「いやそうなんだけど、僕の魔法知ってるよね。人に使ったら危ないんだ。それをフェイトに向けることはできないよ」

 

 僕の言葉に彼女は笑顔を作った。

 

「平気だよ。ノアの期待に応えられないほど弱くないって分かってるつもりだから」

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、フェイトは自分の体を(いたわ)った方が良いよ」

 

 ただでさえ彼女には僕にご飯を作ってくれているんだ。わざわざ危険な目に合わせることが正しい手段だとは到底思えない。

 

「どうして?」

「え?」

 

 しかしフェイトから帰ってきたのは短い疑問の声。いつの間にか彼女の顔から笑みは消えている。

 

「ノアのやりたいことが私のやりたいことだもん。ノアの要望に応えるのが私の義務なの。それなのにどうしてノアは私の心配をするの?」

 

 僕は正直絶句していた。

 確かにフェイトは僕に対してイエスマンなきらいがある。

 どんなことを言っても決して断ったりはしないし、例え冗談で言ったことでも無茶を押し通そうとする。

 その度に何とか彼女を止めるわけだが、何故拒まれるのか理解できていないようだった。

 しかしまさかここまでとは思わなかった。

 彼女の本音を聞いてハッキリした。僕は彼女をこのままにはしておけない。

 

「……いや、やっぱりよそう。今日は模擬戦も運動もなし。すぐに家に帰ろう」

「えっ、急にどうしたの? 私、また何かやっちゃった? ごめんね……、ノアのこと全然理解できてないよね」

「そういうことじゃないんだよ。僕はフェイトのことが大切なんだ。フェイトが僕なんかの為に怪我でもしたら悲しいよ。もっと自分を大切にしてくれないかな?」

「でも……」

 

 尚も引き下がらないために、僕は彼女の手を強引に握った。

 

「良いから! 僕フェイトの手料理すっごく楽しみにしてるんだ。僕の好きな食べ物も作ってほしーなー! 待ちきれないし、早く行こうよ! ね?」

「……ノアがそういうのなら」

 

 どうにか彼女の気を紛らわすことに成功した、ように思える。

 もちろんこれで終わりとは考えていない。

 彼女の自罰的な性格は今後のためにも変えていかなければ。じゃないと何か僕の知らないところでいつか大きなことをやらかしてしまいそうだ。

 とりあえず運動の話はその後だ。今は彼女を無事に自分の家に帰らせることの方が先決だろう。

 ……1つの問題を解決しようとする度にまた1つ大きな問題が出てきているように思えるが、気の所為だろうか? 絶対気の所為じゃないね。 

 僕はただ、フェイト達との関係を戻したいだけなのに……。事態はどんどん悪い方向に向かっている。

 僕1人の力ではなんかもう流れを制御し切れる気がしない。

 

 じゃあどうしようか。――うん、明日になってから考えようと半ば現実逃避しつつ僕は帰路についていた。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 誤魔化された。

 彼の望みを叶えてあげたかったのに、彼から逆に気を遣われてしまい、私は内心自分を罰していた。

 こんなのじゃ駄目だ。

 私は彼の思い通りに動く世界を作りたいのに、これじゃあずっと彼の『理想』には程遠い。

 彼は正しいのだ。そう、いつだって。

 

 私が初めて彼とお話した時がそうだった。

 9歳の頃、彼となのはは私とジュエルシードを巡って対立していた。

 その時も私は黒い私服を着て海鳴市の街中の散策していて、信号待ちをしていた彼とバッタリと出会ってしまったのだった。

 それに気を取られてしまってか、信号が青になった時に足を止めていた私は人混みに押しつぶされそうになった。

 周りには人でできた壁ばかり。とても怖かった。

 でもそんな時、彼が私の手を取ってくれたのだ。

 慣れたようにスルスルと大通りを抜けていくものだから、魔法でも使ったのかと当時は本気で思った。

 軽く握られたその手をやろうと思えばいつでも振りほどけたのに、私にそれができなかったのは、彼の手から伝わる温もりに、少し絆されてしまったからなのだろうか。

 彼は私を路地に設置してあるベンチに座らせると、「ちょっと待ってて」と言って離れていった。

 訝しげに待っていた私に彼が手渡してきたのは温かい鯛焼きだった。

 

『……なんですか、これ』

『えっとねタイヤキって言うんだけど、知らない?』

『そういうこと聞いてるんじゃありません。なんで私にこんなもの渡したのか聞いてるんです』

 

 意図を読めなかった私は、彼にキツい言葉で質問を返してしまう。今思えば助けてくれた人にひどいことをしてしまったと後悔している。

 でも彼はそんなこと気にせず、私から視線を反らして前を見据えるとこう言った。

 

『さっき、手握った時冷たかったからさ。それだけ』

 

 あとはただ自分の鯛焼きを頬張るだけだった。私も自分の手の中にあるものを口に運んでみる。

 柔らかい生地の中から出てくる甘い香りに、ふとその当時いつかから母さんからお菓子をもらったことがないことを思い出してしまった。

 美味しい筈の鯛焼きが急に苦く感じ、私は顔を歪める。

 

『それ、僕の母さんも好きなんだ。今はちょっと離れ離れになってるけど、また一緒に食べたいなって思うんだよね。君のお母さんはどうなのかな?』

 

 今思えば、それは彼なりの世間話のネタだったと分かるのだけれど、当時の私にはなんでそんなこと聞くのか理解できなかった。

 それでもまあ良いかとそれに答えようとした。

 

『私の、私の母さんは……』

 

 そこまで口にしてあれっと思った。

 私は、母さんの好きな食べ物を知らない。嫌いな食べ物も知らない。何が趣味で、どういった服装で外に出ていたのかも知らない。

 ――私は、母さんのことを何も知らない。

 それを理解した時、私の心臓はドクンと跳ねた。

 動悸が止まらない。呼吸もおかしい。

 しかし私は当時敵対していた彼に弱みを見せたくはなかったから、何とか辛うじて声を絞り出していた。

 

『……君には、関係ないことだよ』

 

 その時の彼の悲しそうな表情を今でも覚えている。

 

『……そっか。まあ余所の家だから色々な事情もあるよね』

 

 ただね、と彼は付け加えた。

 

『親だから言いにくいことってあると思う。でも自分の本音を曝け出さなきゃ、知りたいことも分からないことも、自分がしてほしいことも伝わらないよ』

 

 まるで見透かすかのような彼の言葉に、私は逃げるようにその場を立ち去った。どうせ敵の言葉だ、気にしても仕方ないと自分に嘘を吐きながら。

 

 でも、彼の言うことを実行していれば、結末は同じでも私は少しは母さんに愛されたのかもしれない。

 私は彼の言葉を聞かなかったことにして、自分の本心を隠したまま、彼となのはと戦い続けた。そうすれば昔の優しい母さんに戻ってくれると信じて。

 でもそうはならなかった。私は母さんにとって偽物でしかなくて、その口から愛情の1つももらえないまま、永遠に別れることとなった。

 失意の底にいた私を、言いつけを守らなかった私を、彼は優しく慰めてくれた。

 

『辛いよね。でも僕もなのはもいるから1人で抱え込まないで。 

 これからは悲しいことだけじゃなく、楽しいこともたくさん待ってると思うんだ。だから必ず帰ってきてね』

 

 嬉しかった。その気遣いだけで私の心配は吹き飛んでしまった。

 もうこの頃から私は彼に恋をしていたんだと思う。

 それから3ヶ月程でまた海鳴市に戻ってきて、彼やなのはだけじゃなく新しい友達にも巡り会えた。皆といる時間は確かに幸福で、彼の言うとおりになっていた。

 だから彼はいつだって正しいんだ。彼の言うことなら何でも信じられる。

 彼のやりたいことを全力でサポートするのが私の役目。

 彼には温もりを与えてくれた恩がある。一生掛けて返してあげたい。

 でも彼はどうやら私からのそれを受け取る気がないようだ。

 それはとても悲しいことだが、彼が悪いはずがない。悪いのはいつだって私なのだ。

 せめて彼がようやく吐露した体重を減らしたいという願いは叶えてあげたい。

 悩みに悩んで、その時ふと、じゃあなのは達にも協力してもらえば良いんじゃないか、と思いついた。

 皆でお願いすればきっと彼も折れてくれるに違いない。

 今はミッドチルダにいるなのはとはやても急いで戻ってくることだろう。

 それくらい私達は彼のことが好きなのだ。

 

 私は私の体を使う以外に彼に役立つ手段を知らない。

 だから私が彼の役に立つんだということを身を以て教えてあげなくちゃ。そうしたらいつかは彼にも私の存在意義を理解してもらえることだろう。

 ――それまではずっと待ってるよ。

 だから私を受け入れてね、ノア?




 フェイトちゃんにお兄ちゃんって呼ばれたいだけの人生だった。


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03:夜天の少女の様子がおかしい

 私は東北の人間なので、関西弁に何かおかしいところがあればご指摘ください。

※映画「魔法少女リリカルなのは Reflection」を見てないと分かりにくい描写があったため前書きに設定を書いておきます。

・練習空間
 八神家2階の一室を、守護騎士シャマルによる結界で区切った、魔法訓練用の空間。
 広大な海と空、そして適度な障害物は「空戦魔導師」にとって使いやすいステージとなっている。(設定資料集より引用)


 最近体の調子が良い。

 倦怠感は無くなったし、朝もスッキリと起きられる。心の健康度はともかくとして元気で生活に張りがあるのは確かだ。

 なんでこうなったのかというと、理由は2つ。

 

 1つは夏休みになって学校に行かなくても良くなったこと。

 周りから変人として見られることもなくなったし、彼女達の大量のお弁当を、餌付けのように食べさせてもらうこともない。

 あれだけでだいぶ胃が痛くなってたから助かった。

 それでも彼女達の中の誰かしらが毎日僕の家にやってくるか自分達の家に誘ってくる。

 もう僕の両親もとっくに家に帰ってきてるのだから「家に来てもらわなくても平気だよ」とは言ったのだ。

 しかし、全員が上目遣いで目に涙をためて「わたしと一緒にいるの、嫌?」と返してくるために、僕には全く拒否することができないでいた。

 女の子のああいう仕草ってズルいよなあ。

 それで彼女達と家で何をしているのかというと、遊んだり勉強したりするのはまあ当たり前のことだとして、僕が管理局関連等でいない時は母さんに料理を教えてもらっているようだ。

 どうしてそんなことしているのかと、試しになのはに聞いてみると――。

 

「ノア君のお義母様にノア君の家の料理を教えてもらいたいからだよ?」

 

 とだけ返されて後のことは何も教えてくれなかった。それは一体どういう意味なのか……。

 気にはなる、が、これ以上聞いても無駄なんだろうなと、なんとなく経験則が申している。

 彼女達の様子がおかしいのは既にいつものことだ。あとお母様の発音もおかしくなかった?

 ちょっと納得してはいないが、彼女達が母さんに付きっきりの時は僕の自由時間も増えるし、母さんも喜んでいるようだから良しとしよう。

 しかし母さんが呟いていたことが若干気になる。

 

「うちの子の将来も安泰よねえ。よりどりみどりじゃない」

 

 勝手に息子の将来を空想するのは止めていただきたい。僕はまだ自由でいたいので。

 

 元気になった2つ目の理由は魔導師組の3人と週に1回模擬戦をしているからだ。

 フェイトには断ったのだが、あれから彼女は2人にも話したのか、その週の休日には拉致されるようにはやての家の練習空間へと連れて行かれた。

 協力してくれるのは有り難いけどそんな血走った目で見つめてくるのはご遠慮願いたい。

 3人とも普段はお淑やかなのに戦闘好きのきらいがあるからなあ……。

 それで模擬戦の話なんだけど、もっと早めにやっておけば良かったというくらいには順調だ。

 当初からの目的であるダイエットには着実に成功しているし、3人とも戦闘スタイルが違うこともあって、その対処を考えていくことに楽しさは覚えてきている。

 ただ彼女達に全力を出してもらってる訳ではない。

 これは元々僕の魔法が対人向けのものではないことに起因している。非殺傷設定とか関係なく、当たれば確実に相手の人体を傷付けてしまう。

 僕が3人との訓練に参加していなかったのもこのためだ。

 だから模擬戦をやる時はお互いデバイスなしで戦闘を行うことにしていた。

 基礎的な魔法しか使えないのはもどかしい時もあるが、それだけでも体を思いっきり動かせるというのはやはり気持ちがいい。

 こんなことに付き合ってもらって悪い気しかしなかったが、3人とも「これでも魔法の特訓になるから良いの」と返してくれたことが有り難たかった。

 フェイトは「もっと自分を使ってくれても良いんだよ?」と食い気味に距離を縮めてきたが、君はもっと自分を大切にしようね、と言って落ち着かせた。

 

 僕はそれ以外は順調に夏休みを謳歌しており、こんなに心が軽いのは実に3ヶ月ぶりのことである。

 このまま二学期まで何事もなく生活できれば良いなあと思っていたのだが──。

 

「うっ、グスッ、ごめんなあノア君。私のせいでこんな……」

「いや、うん、大丈夫だよ。はやてだって悪気があったわけじゃないんだからさ」

 

 今現在、僕ははやてに泣き付かれていた。

 

 

 

 今日は毎週のこととなった模擬戦の日で、そのために僕ははやての家にまで来ていた。

 今日もいつも通り準備運動をしてから戦うまでは良かった。

 だがお互い思ったよりも熱が入っていたのか、段々強めの魔法を使うようになってしまい、しばらく拮抗していた勝負も、やがては力負けしてしまった僕が負けてしまうこととなった

 それで崩壊したビルまで吹き飛ばされてしまったんだけど、「あーくそー負けたのかー」とか呑気に思っていたら、ビルの残骸が降ってきて視界が真っ暗になったのが僕の見た最後の光景だった。

 

「ノア君、ノア君起きて」

 

 それからどれだけの時間が経ったのかは知らないが、体をゆさゆさと揺らされる感覚に次第に意識を覚醒させていった。

 気が付いた時には僕ははやての膝の上で、未だに彼女はポロポロと泣いている。

 瓦礫で頭を切ったのか血だらけになっていたけど、はやてが治癒魔法を掛けてくれたおかげで痛みはない。

 若干クラクラしてはいるが。

 いやあバリアジャケットがなければ即死だった。

 

「グスッ、ほんまに良かったわあ。ノア君が起きなかったらって思ったら私……」

「そんなに心配しなくてもいいよ。傷はもう塞がったし問題ないでしょ」

「でも……」

「平気さ。元々は僕の不注意だし、はやてが気にすることじゃないよ」

 

 未だ涙をにじませている彼女に心配を掛けたくなくて、なるべく笑顔を作ってみせた。

 

「許してくれるん?」

「許すも何も僕ははやてを絶対に責めないよ」

「ノア君……」

 

 これではやても納得してくれるだろうと思った。ということで今日の試合はお開きだ。

 

「じゃあ僕そろそろ帰るから──」

「駄目」

 

 そう言ってはやての膝から起き上がろうとしたのだが……ガシリと肩を掴まれて押し戻される。

 

「……え、あの、はやてさん?」

 

 見上げるが彼女の表情は変わらない。

 

「こんな状態で帰らせるなんて酷なことはできへんやろ? 今日は私がお世話してあげるから泊まってってな」

「はい!? いやそんな急にはムリでしょ! はやてにだって予定があるだろうし……」

「今日はノア君が来るから一日の予定空けてるから心配いらへんよ? それに頭怪我した時って急に体調悪くなることもあるんや。それやったら今日一日だけでもここから動かずに私が見といた方が安全やない?」

「いや、それはそうかもだけど、それだったらうちの親に迎えに来てもらうとかも……」

「それなら大丈夫や。ノア君が気を失ってる間にちゃんとお義母様に連絡しておいたから」

「何してるの!?」

 

 はやては携帯電話を見せてきて、そこには僕が事故った時のやり取りがされていて、最後に母さんからの「うちの息子なら丈夫だから問題ないでしょうけど、あとははやてちゃんの好きなようにしてもオッケーよ」というメッセージで締めくくられている。

 ねえ、なんで僕抜きでそんな会話がなされているの? 僕に決定権はないの?

 そして母よ、勝手に自分の息子を売らないでくれ。

 

「ちゅー訳でお世話させてな?」

「うう……。でもなあ」

「そんなに嫌?」

 

 僕が尚も抗議しようと思ったところではやてが被せてきた。その表情はどこか寂しそうだ。

 

「私、今すごく辛いんや。ノア君は運動のためにここに来てたのに、私が張り切り過ぎたせいでこんな事態になってしまってん。どうしても自分が許せないんよ……」

 

 せやからね、とはやては付け加えた。

 

「もしノア君が私にお世話させてくれへんかったら、私、罪悪感で自殺してしまうかもしれへん」

「え……じょ、冗談だよね……?」

 

 真顔で恐ろしいことを言っているはやてに恐る恐る確認してみると、ニコリと笑い返してくるだけで何も答えない。

 しかしその目が決して笑っていないことだけは分かった。

 この状況、僕にできることは1つだけである。

 

「……よろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いされました」

 

 僕って弱いなー。いや、あんな顔されたら誰でも同じ選択を取ると思いたい。

 

 

 

 ひとまずバリアジャケットを解いてお互い私服に着替えると、1階のリビングへと降りる。

 時計を見れば現在の時刻が午後3時。

 昼食を取り1時頃から模擬戦を開始したから、訓練時間を引いても最低でも1時間は気絶していたことになる。そう考えると結構恐ろしい。

 1人だったら危なかったかもしれないけど、はやてがいたのでそんな心配は無用だった。

 それで夕食まで時間があるので、それまで何かしてようとの話になった。

 夏休みの課題はもう殆ど終わっているし、勉強という気分でもない。

 ということなのでひとまずテレビでも見て暇を潰そうということに決定した。

 それは良いのだが……。

 

「あの、はやて? もうちょっと離れてくれると助かるんだけど……」

「嫌。ノア君、何かあると逃げようとするやろ。やからしっかり繋いでおかな」

 

 はやてに腕に引っ付かれて全く身動きできそうになかった。

 広いソファだというのに2人とも隅っこにピッタリくっついていて非常に居心地が悪い。

 はやてってこういうとこあるよなあと内心考える。何か心配事があると必ず自分の目の届くところにものを置いておくのだ。

 それは人でも変わらないらしい。

 しかし不味い。この状況は非常に不味い。

 彼女の方からめっちゃ良い香りがしてくるし、色々と柔らかい部分が僕の体に密着している。

 ようするに理性が崖際で落っこちそうになっていた。

 

「でもはやてだってこれじゃ動けないでしょ? この状態が窮屈じゃないかな……」

「そんなことあらへんよ。ノア君の匂いは好きやし、こんなこと中々できへんからなあ」

 

 そう言うと彼女は僕の首筋付近でスーッと匂いを嗅ぐ仕草をした。その動作にビクリと震える。

 本当にヤバい。早く何とかしないと……。

 

「い、いやあ、僕なんて全くいい匂いしないでしょ……そうだ! 汗を掻いちゃってあんまり気持ちよくないからシャワー貸してもらえないかな? はやても体洗いたいでしょ」

「むっ、そうやった……。ノア君が怪我したから気が動転してたわ。折角やしお風呂も張ろっか」

 

 はやての言葉に僕は内心ホッと息を吐く。これで何とか彼女も離れてくれて……。

 

「そしたらノア君も一緒に入ろ? 2人一緒なら時間の節約にもなるやろし」

 

 おおっとぉ?

 

「それは絶対無理だからね!?」

「え、なんでや? 昔は一緒に入ってくれたやん」

「それははやての足が悪かった頃の話だよ! 今はお互い成長もしたんだしあんまり異性の体見るのは良くないと思うんだ」

「私は気にならんけどなあ」

「僕が気にするの!」

 

 ぜえぜえと肩で息をしながらはやてを引き剥がす。 このままでは埒が明かないし、はやてから離れる絶好のチャンスを逃す訳にはいかなかった。

 風呂の水を溜めようとリビングを出ようとした時、はやてがボソッと口にした言葉を僕は聞き逃さなかった。

 

「うーん、もうちょっと正論で攻めなあかんなあ」

 

 え、本気で2人で入ろうとしたの? これ以上僕の理性を削って何がしたいの?

 

 

 

 とりあえず無事に風呂で汗は流せた。

 どっちが先に入るかということで若干揉めたが、「ノア君は客人だから」という主張を崩さないはやてに、僕はレディファーストだからということで先に入らせた。

 僕が入ってる時に乱入されるのを防ぐ為でもあるんだけどね。

 はやてを信用していないわけじゃないが、最近のはやて達の行動を見るに、防備を固めておくのに越したことはない。

 それで、何の妨害もなく気持ちよく風呂から上がったわけなのだが、何故か僕の服がなかった。

 

「はやてー、僕の服はー?」

 

 洗面所からはやてに聞いてみると、すぐに返事が返ってくる。

 

「ノア君が入ってる時に洗濯しといたでー」

「……はい?」

 

 僕が固まっていると、はやてが顔を出してきた。

 いや、こっちはバスタオル巻いてるだけなんだから、そんなに近寄って来ないでください。

 

「それじゃあ僕は何を着れば良いの……?」

「心配せんでも大丈夫や。ちゃんと着替え用意しておいたから」

 

 そう言うはやての手には寝間着が握られている。母親が持ってきてくれたのか、と一瞬考えたが、どうも僕が見たことのないものであった。

 

「これどうしたの?」

「ノア君が家に急に泊まることあるかなーって思って買っといたものなんや。皆の分もあるんやで」

「へえ、何だかごめんね、ありがとう」

 

 これで僕の分だけ用意されていたら若干怖いなと思ってしまったが、そういうことではないらしい。

 とりあえず着るものがあって安心した。僕の許可なく勝手に洗濯するのはどうかと思ったが。

 着てみたらサイズはピッタリ。偶然か? 偶然だと思いたい。

 

 その後、僕達はゲームでもしながら時間を潰していた。2時間ほど経ったところではやてが夕食の準備だと言って立ち上がる。

 僕が何か手伝えることはないかと聞いたら、「ええのええの。今日はノア君は何もせんでも、ただ待ってるだけで良いんや」と言われたので素直に待っていることにする。

 更に数十分待っていると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。

 試しに近付いてみるとビーフシチューのようだった。

 様々な具材がグツグツと煮込まれて綺麗な夕焼け色をしており、それがまた食欲を唆られる。

 もう時期完成しそうだったので、せめて皿くらいは出しておいた。

 その上にはやてが手際よく鍋の中身を盛っていく。

 それらをテーブルまで運ぶと「いただきます」と2人で挨拶して食べ始めた。

 スプーンで一杯口に運ぶと、ドロリとした温かいスープが中いっぱいに広がり、完熟トマトの酸味、夏野菜の爽やかな風味が体に程よく染み込んでくる。

 これなら何杯でもいけるだろう。

 実際おかわりを何度かしてしまった。

 食べ終わると僕が食器洗いを買って出た。はやては別に良いと言ってくれたのだが、何もしないのでは流石に申し訳なくなる。

 

 はやての手料理にすっかり満足してソファに乗っかかり、さあこれから就寝時間まで何をしていようか、というところなのだったが……妙に眠たい。

 いつもならこの時間はまだ目が冴えているというのに、瞼が重くなっていく。

 一体どうしたことだろうか。

 そんな僕を不審に思ったはやてがどうしたのかと聞いてくるから、率直に答えると「きっと疲れたんやろ」と返ってきた。

 疲れるようなことをしただろうか。今日やったことと言えばはやてとの模擬戦くらいである。それもわずか1時間足らずしかやれず、その後はずっと休んでいたようなものだ。

 それに最近すこぶる調子が良かったのにここで急に具合が悪くなることってあるのだろうか? 事実体の調子は悪いのだが。

 

「もうお布団に入ったら?」

 

 というはやての有り難い言葉を頂いたので、申し訳ないが早めに就寝させてもらうことにしよう。

 いつも泊まりにきた時に使わせてもらっている部屋に入ると、そこにはすでに布団が用意されていた。彼女の配慮だろう。

 他の4人にしてもそうだが、はやては気配りもできるし優しい性格をしている。

 それをちょっと忘れて今日は何かあるんじゃないかと警戒してしまったが、なんだか恥ずかしくなってしまう。

 今の今まで何もなかったし、今日泊まるように言ったのは、僕が怪我をしていただけなのだろう。

 僕は心の中でもう一度はやてに感謝しながら眠りについた。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

「ノア君、起きてる?」

 

 彼が使っている部屋の前で、彼に話しかけてみる。ついでドアをコンコンと叩くが返事はない。

 それを確認してから私は扉を開ける。

 そこには掛けタオルは羽織って眠る彼の姿。それは正に無防備といった有様で、私の胸が高鳴る。

 いけないいけないと自分を抑えて、彼の布団へと迫っていく。

 彼の枕元に立つと、彼が万が一でも起きないようにゆっくりとしゃがむ。

 そして彼に顔を近づけると――おでこに口づけをした。

 

「んっ……」

 

 彼の熱が口を通して私に伝わってくる。

 それだけのことなのに、もう心臓が爆発しそうだ。これが彼の唇だったらどうなってしまうのだろう。

 私はきっとあまりの幸せさに倒れてしまうだろう。将来の花嫁がそんなことでどうするのかという感じだが。

 ……と、危ない危ない。また思考が暴走していた。

 とりあえずここまでにしておこう。今日は彼への贖罪のために寝床を丁寧に用意したのだ。決してこんな夜這いめいたことをするためではない。

 我慢できなくてつい彼の食事にお薬を入れてしまったが。

 でもこれでおしまいだ。自分もさっさと寝て明日とびっきりの朝食を用意しなければいけない。

 彼のお義母様に習った料理をここで活かさない手はない。

 そうして彼のおでこから口を離した瞬間、毛先が私の鼻に触れた。

 その瞬間鼻孔に広がる彼の匂いに、私はまた動けなくなる。

 私は彼が好きだ。彼の匂いが好きだ。

 それを嗅げば彼が今正にここにいるんだということを実感できるから。

 最初の出会いの時も私は彼の匂いに惹かれていたんだ。

 

 私がまだ車椅子で生活していた時のこと。

 私は買い出しに行かなきゃと外に出ていた。行きは良かったのだけど、帰りが問題だった。

 その日は結構な品数を買い帰路に着いてたのだが、膝の上に乗っけていた買い物袋が少し落ちそうになっていた。

 それに気を取られていた私は、車椅子が段々と歩道の斜めに走っていることに気付かず、やがて端にあった溝にガタンと後輪をハメてしまったのだった。

 買い物袋が無事だったのは幸いだったけれど、代わりにタイヤがうんともすんとも言わなくなってしまい、私は途方にくれてしまっていた。

 本当は誰かに助けを求めたかった。でも誰も私のことは気にもとめず立ち去っていくばかりで、そんな中声を上げるのが怖くなってしまう。

 完全に身がすくんでしまって涙が出そうだった私の前に1つの影ができた。

 

『大丈夫?』

『え……?』

 

 それが彼だった。

 誰も見向きしない中で、彼だけが、私を見つけてくれたのだ。

 

『ああ、段差にタイヤがハマっちゃったんだね』

 

 そういうと彼は私の前でしゃがみ込んでタイヤを持ち上げてくれた。

 私と車椅子の重量が合わさってすごい重たかっただろう。

 それでも彼はなんともないような顔で私を歩道に戻してくれた。やせ我慢でも何でも私にはそれが格好良く見えたのである。

 その時彼の髪が私の頬を掠めて、すっごく甘い匂いが通り過ぎていったのだった。

 そんなに香る筈のないものだったので、もしかしたら私の気の所為であったのかもしれないけど、私の彼に対する印象を強めるのには十分であった。

 その後、彼は私の家までちゃんと連れていってくれた。

 彼はそこで別れるつもりのようだったけれど、久しぶりに病院の先生以外と会話ができたのだ。

 この機会を逃せばまた独りぼっちになってしまうという想いから、私は彼を呼び止めてしまう。

 流石に嫌な顔されるのかな、と内心ビクビクしていたが、彼は笑顔で私のお願いを承諾してくれた。

 本当に嬉しかった。それが生まれてはじめてできた友達でもあったのだから、尚更興奮がとまらなかった。

 

 それからも彼は私の家に来てくれていた。お互いの本の話で盛り上がったり、1人で生活していることを延々褒められたり。

 なんともむずかゆい気持ちではあったけれど、決して嫌いではなかった。

 ずっと1人で生きてきたから気付かなかったけど、私は思ったよりも愛情に飢えていたらしい。それくらい彼との時間はあっという間に過ぎていった。

 でも、会いに来てくれたということは当然帰る時もやってくる。

 私はこの時間が何よりも嫌いだった。

 「まだ帰ってほしくない」とか「どうしてこの時間が永遠じゃないんだろう」とか、ずっとそんなことばかり考えていた。

 そうして次第にこう思うようになった。「彼と私が家族になれば、こんな寂しい気持ちを味わわなくてすむのかな」と。

 それは守護騎士達と出会った時も、彼の後からすずかちゃん達と出会った時も、そして今この時もその想いは変わらない。

 もっともっともっともっともっと、もっと彼と一緒にいたい。

 今までお世話になった分、彼にそれまでの恩返しをしたい。

 だから私は努力している。

 力は付けた。お洒落も覚えた。権力を手にできるよう今から下準備もしている。

 これだけやっても彼の理想にはまだ遠いのだろう。彼は未だに私達に遠慮しているように思えるからだ。

 だから私はもっと頑張る。

 なのはちゃん達の想いも同じだった。

 1人では彼を繋ぎ止められないのかもしれないけど、私達の側には5人もいるのだ。

 必ずや彼の心を射止めることができると確信している。

 ずっと傍にいてもらうよう──

 

「離さへんよ、ノア君」




 これから資格の勉強のために更新が遅くなってしまいます。それでも何とか更新を早めるようには頑張りますが、2週間に1回の更新とかになるやもしれません
 皆様には大変ご不便をおかけしますm(_ _)m


※アンケートの差が僅かしかないのでどうしようか迷ったのですが、あとがきに少しだけ残す形にします。

□主人公のデバイス
 巨大な手の形をしたアームドデバイス。手首に位置する場所から自分の右手をはめ込む形で使用する。
 右掌から高周波の魔力を、短いサイクルで連続で対象物に直接照射することによって装甲や防御を貫通し、内部から爆発させることができる。
 対大型兵器などには非常に有効な能力であるが、対人戦では過剰な破壊力から使用は極力控えるように言われている。
 ……よく分からない人は紅蓮弐式をイメージすると大体そんな感じです。


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04:太陽の少女の様子がおかしい

 アリサってツンデレなようで実はそんなにツンデレな描写無いっていう


 帰りたい……。

 

 今の僕のテンションは、過去一で大幅に下降している。ブラックマンデーもびっくりの暴落っぷりだ。

 ここは一般市民が到底足を踏み入れることのできないホテルのパーティ会場。

 周辺を見渡せば背広を着た紳士や、ドレスを身にまとった淑女達が闊歩している。

 そんな中で借りたチェック柄のスーツを着た僕は、とてつもなく場違い感丸出しで非常に心細かった。

 ほんと無理、ちょーお腹痛い。

 何でこんな絶体絶命の状況に晒されているのかというと、それは目の前で大人の女性と話している、夕日に照らされた小麦畑のように綺麗な金髪が特徴の女の子──アリサ・バニングスが関係していた。

 

 

 

 夏休みも終盤に近付いた頃、僕はアリサから一本の電話をもらっていた。

 

「食事会?」

『そ、パパの会社で新しいビルを建てたから、竣工式の後にパーティをやることになってるの』

「へーそれは喜ばしいことだね」

『そうそう、おめでたいことでしょ? それでノアもあたしと一緒にそのパーティに出てほしいのよ』

「え、僕が? なんでまた」

 

 僕はそんなお祝いの場に行ったことのない人間だ。どんなものなのか想像もつかないし、正直気が引ける。

 まあ頭ごなしに否定するのもどうかと思い、とりあえず事情だけ聞こうかと思ったら、アリサが電話越しにため息をついた。

 

『んー、この前うちの息子とお見合いしないかーって話が来てね』

「はい? お見合い?」

 

 誰が? アリサが? まだ13歳なのに?

 

『そうなのよ。それはパパが断ってくれたみたいなんだけど、段々とそういう連絡が増えてきてもうウンザリなの』

「はあーそれはまた、大変というか……何というか……」

 

 僕には想像もつかない話であった。この歳でもう結婚のことまで考えなくちゃいけないとは、お互い嬉しくも何ともないであろうに。

 いや会社の繋がりができれば良いのだから、愛とか関係ないのだろうか。

 

『それでね、ノアにはあたしに付いて来てもらってそういう人達を牽制してもらいたいの』

 

 その時になって僕はアリサの言いたいことが分かってきた。

 

「つまり端的に換言すると?」

『あたしの彼氏役になってほしいってこと』

 

 まあそうなるよね。漫画とかでもありがちな奴だ。

 とか言って、それにOKを出すかと言われればそれとこれとは別の話ではあるのだが。

 アリサは複合企業の社長の娘で僕は一般的な家庭の息子。

 正直釣り合いが取れていないし、それ相応の立ち振舞ができるかどうかなんて全く自信がない。

 かといってアリサのお願いを無碍にすることも、僕にはできなかった。

 僕には想像できない話ではあるのだが、彼女は彼女なりに苦しんでいる。それを見ない振りするのは『友達』としてはありえないことであろう。

 でもやっぱり粗相をしてしまったらと思うと怖くなる。彼女はそんな僕の思考を読んだのかフフッと笑った。

 

『別にノアが何かする必要はないわよ。あたしの隣にいてくれるだけで良いし、こっちで着るものも用意するから。あんたはタダでご飯が食べられてラッキーとでも思っておけば良いの』

「それなら、まあ。アリサに下心を持って近付いてくる人を遠ざければ良いだけだもんね」

 

 アリサは「そういうこと」と言って、あとの細かい約束なんかを伝えた後電話を切った。

 ともかく初めて尽くしのことで緊張はするが、アリサの言う通りにしていたら平気だろう、と若干軽い気持ちで構えていた。

 ……パーティ会場に入った瞬間そんな気持ちは吹き飛んだけどね。

 

 もう何というか僕が今まで味わってきたものとは別な空気がここには漂っている。

 全員所作が貴族のそれであり、彼らの会話の端々に聞き慣れない言葉が混ざって何を喋っているのかわからない。少なくとも日本語ではないのだろう。

 そんな中に取り残されている僕を、何度かチラ見してくる視線は感じていた。

 こんな大企業開催のパーティに場違いな子供がいればそうなるのも当然だ。

 気分はまるで蛇に睨まれた蛙、あるいは井の中の蛙。……井の中の蛙はちょっと違うか。

 そんな風に僕が胃痛で苦しんでいる時も、アリサは次々となされる挨拶の対応をしていた。

 

「アリサさんも随分と立派になられて。以前お見えした時はまだ小学生でしたわよね?」

「ええ、今年から私も中学生ですから。そちらも会社が今年中に海外へ移転されると聞きましたよ」

「まあ、さすがバニングスさんのところのご子女ね。情報が耳に入るのも早いわあ」

 

 彼女は芸能人に見違うばかりのスタイルの良い女性に気後れすることもなく、平然と会話を成立させている。

 あまりに距離が近過ぎて忘れていたが、彼女は生粋のお嬢様なのだ。

 こういうところには幼い頃から来ているのだろう。すごく場馴れした印象を受ける。

 素直にカッコいいと思ってしまった。

 そんなことを思っていたら、相手の女性が僕の存在に気が付いたようだ。

 

「貴方アリサさんのお知り合い?」

「え、ええ」

「そうですよ」

 

 女性と僕の間にアリサが割り込むと、僕の腕に指を絡める。

 そうか、ここで彼氏とでも紹介するのだろう。真っ赤な口紅を引いた女性の圧のある微笑みに何とか耐えながらも、せめて役割だけはこなそうと心の中で準備をしておく。

 アリサとのアイコンタクトもバッチリだ。

 

「彼は千代田乃亜(ちよだのあ)。──私のフィアンセです」

「はい……え?」

 

 どうぞよろしくお願いします、と言いかけた口が宙を泳ぐ。さながら空気を求める金魚のようだ。

 相手の女性は「あらまあ、そうなのね」と上品に驚いている。驚きたいのはこっちの方なんだけど。

 

「それでは楽しんでいってくださいね、千代田さん」

「え、あ、はい……」

 

 女性はそう言い残して去っていった。

 2人になれたので僕はさっきの発言を抗議しようと思ったのだが、またアリサに挨拶に来た人が現れて、彼女はそちらに掛り切りになってしまったのだった。

 

 結局、アリサは来る人来る人全員に僕を婚約者だと説明して回った。

 おかげでこの場にいる人達は、僕がアリサの許嫁だと勘違いしてしまっている。

 周りからの視線が針のように刺さっている、気がする。

 帰りたい。というか逃げたい。

 今すぐこの高層ビルのガラスを破って『アイキャンフライ』してしまいたい。

 勿論そんなことは許されないため、僕はただ無表情でアリサに付いていくことしかできなかった。

 パーティが終わったのはそれから数刻経ってからのこと。

 その間、僕は食べ物が一切喉を通らなかった。一体自分は何をしにここに来たというのだ。

 当初の目的も思い出せないまま、すっかり廃人と化した僕はアリサに引きずられるようにその場を立ち去った。

 

「やっぱりこういう場所って肩が凝って大変だわ」

「いや、うん、それはホントお疲れ様って感じなんだけどね? どうして僕はアリサのフィアンセだってことになってるの? 最初は彼氏役だけだって言ったよね?」

 

 現在僕達は人気のない廊下に逃げ込んでいた。いや、逃げてる認識なのは多分自分だけなのだろうが。

 二人っきりになったところで僕は息を潜めながらアリサに詰め寄っていったが、当の本人はトボけたような顔をしている。

 

「そうだったっけ? 別に恋人でも婚約者でも同じようなものじゃない」

「全然違うよ!?」

 

 確かに相思相愛というのは共通しているのかもしれないが、社会的責任とか一緒の家に住むとか、その他諸々の部分で大きな違いがある。

 それにアリサの発言には、彼女が思うよりも大きな力があるのだ。安易に結婚まで考えてます、なんて言おうもんなら僕がどんな目に合うか分からない。

 しかしアリサは顎に手を当てて考える素振りを見せた。

 

「んー、でもフィアンセって言った方が周りの牽制にはなるわけじゃない? より効果の高い方を選んだら良いかなって思ったんだけど、もしかして嫌だった?」

「嫌というか、その、周りの視線が痛くってさ……。僕の心が持つか不安なんだよ」

 

 正直に話すと、アリサは憂いを帯びた表情になった。

 

「……ごめんなさい。あたし、自分のことばかり考えててノアがどう思ってるのか気にしてなかったわね。どうしよう、また間違えちゃった。ノアを困らせたい訳じゃないの。本当にごめんなさい」

 

 そう言ってアリサは頭を下げた。僕は慌てて彼女を慰める。

 

「いや、謝ってほしいとかじゃないんだよ! ただ僕にも相談してから発言してほしかったなーって。確かに困りはしたけど元々僕も協力するって言ったんだし、アリサだけ悪いわけじゃないからね」

「……ほんと? あたしのこと嫌いにならない?」

「嫌いになるわけないじゃないか」

「じゃあ、あたしのこと好き?」

 

 思考が止まった。

 アリサは潤んだ瞳で僕を見上げてくる。

 今の彼女は緋色のルビーを編んだような、目に鮮やかな真っ赤なドレスを着ている。アリサの魅力をより一層引き立たせるものであるのだが、今の僕には破壊力抜群だ。

 何故今このタイミングでそんなことを聞いてくるのかも全く分からない。

 

「あたしのこと、好き?」

「す、好きだよ……」

 

 彼女のからの圧に耐えられずつい答えてしまった。

 ……ただし友達としてだけどね! と心の中で誤魔化しはしたが顔が熱いからきっと真っ赤になっていることだろう。

 しかしアリサは笑顔を取り戻してくれたようだ。

 

「えへへ、良かったあ。ノアに嫌われたらあたし生きていけないわ。これからノアの嫌なことはしないって約束するからね」

「う、うん。それは有り難いんだけど、今の質問ってどういう――」

 

 どういう意味なの、と聞こうとしたところで廊下の角から1人の男性が出てくるのが視界に写った。

 

「ああ、アリサに乃亜(のあ)君、ここにいたのか。ちょうど探していたところだよ。こっちに来てくれないかい?」

「あっパパ」

 

 彼の名前はデビット・バニングス。アリサの父親であり、中々家には戻っていないようだが、今日は主催者ということもあって、パーティに参加していたようだ。

 爽やかな笑顔を浮かべながらこっちに手招きしており、アリサは僕の疑問に返答することなく彼の元へと向かった。つられて僕もそちらへ近付く。

 

「どうかしたの?」

「うん、パーティはお開きなんだけど、折角乃亜君がこの催しに参加してくれたんだ。もしよければこれから(うち)に来てもらえないかなと思ってね」

「え!?」

 

 つい声を出してしまった。ようやくこの地獄から開放されると思っていたところなのにまだ続くんですか?

 いや、別にアリサの家には数え切れないくらい行ってるし、デビットさんのことも嫌いとかそういう訳ではない。

 しかし相手は世界を股にかける大企業の社長様である。そんな人と正面に座って話し合うとかめちゃくちゃ緊張するに決まっているだろう。

 なので折角の誘いなのだが、ここは断ろうと思った。

 

「いえ、僕は――」

「良い案ね、パパ。ノアも全然食事に手を付けてなかったみたいだし、ちょうど良いじゃない」

 

 そういうことは言わなくても良いんですよアリサさん?

 デビットさんはアリサの言葉に驚いた様子だった。

 

「それは本当かい? ここのシェフは腕が良いから味わってもらえていると思ったんだけどね」

「す、すいません。ちょっと緊張してて……」

 

 本当は『ちょっと』どころではないんだけどね。こんなところで平然と食事できるのは場馴れした人達だけだと思う。主に目の前の2人とか。

 そんな僕の思いも露知らず、彼は心配そうな目を向けてくる。

 

「それはよくないね。君は成長期なんだ。もっと力を付けてアリサを養ってくれないかい?」

 

 ……ん?

 

「あの、僕達そもそも付き合ってすらいないんですが……」

 

 なんか勘違いしてそうなので今のうちに訂正しておく。しかしデビットさんは豪快に笑った。

 

「ハッハッハ。いやあ私に挨拶してくる方々全員がアリサと乃亜君がフィアンセだという話をしてくるんだ。皆さん大変驚かれていたよ」

「いやそれは、おたくの娘さんから頼まれてですね……」

「もちろん分かっているよ。ちゃんと私の娘を守ってくれていたんだろ? 本当に感謝しかないよ。でももしよければこれからも娘のボディガードを務めてはくれないだろうか」

 

 なんてことを言ってくれるんだこの人は。この一回だけでも胃に穴が開きそうだったというのに、それを継続するとかどんな死刑宣告かと思った。

 

「いや、僕にはちょっとそんな大役……」

「もちろん無理にとは言わないよ。ただ、アリサが歳を重ねるごとに結婚の誘いは増えていくだろう。そんな時に君のような男性がずっと守ってくれるのなら私も安心なんだ」

 

 無理に言わないとか口にしといてめちゃくちゃ圧かけてきてない?

 まるで本当のフィアンセになってくれと言われてる気がするんだけど……。

 大体アリサの意思が無視されている。彼女だって今からそんなことは考えていない筈だ。

 そう思って彼女にアイコンタクトを送ろうとしたのだが……。

 

「もうパパったら……!」

 

 と顔をイヤンイヤンと振って全然僕の方を向いていなかった。

 あれ、アリサと僕はただの友人の筈でしょ? その頬を赤らめた顔はどうしたの?

 

「おっとすまない。この話は家に着いてから続きをしよう。乃亜君もお腹が空いただろう」

「い、いえ、僕はですね……」

「ん?」

 

 これ以上は逃げられなくなると悟って、断固たる決意を持って断ろうとしたのだが、デビットさんは純粋な目でこちらを見てくる。

 そんな顔をされたら断るに断れないじゃないか!

 

「……いえ、何でもないです」

「そうかい? じゃあ出発しようか」

 

 僕は彼らに連れられてバニングス邸へと連れて行かれることとなった。

 その間デビットさんはひっきりなしに僕へ話しかけてくる。

 「最近の男子は~」とか「その点君なら~」とか、やたら僕をべた褒めしてくるのだ。こちとら一般家庭のどこにでもいる普通の男子なんだけど。

 それでアリサはというと、ニコニコと笑顔を作っているだけで()()()全然会話に入ろうとしてこない。

 一応君の将来の話をしているというのに、何故そんな余裕なのかと甚だ疑問ではあったが、デビットさんのことで手一杯な僕は彼女と会話するタイミングを失っていた。

 なんだか身の回りを固められている気がするのは気の所為なのだろうか。

 

 逃げ出す暇もなく、僕が帰ったのは夜の8時を過ぎた頃であったとさ。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 今回の目的は完全に達成できてあたしはとても気分が良かった。

 その分彼にはとてつもない苦労を掛けてしまったようだけれど、あとでいっぱい慰めてあげようと思う。

 これだけ彼をフィアンセだと言い回れば、しばらくは男から言い寄ってくることもないだろう。

 もしそれでもむりやり口説きにくる奴がいれば、二度と再起できないように叩き潰すだけだ。

 あたしの横に立って良いのは彼だけなのだから。

 

 なのはやすずか、それと彼に出会う前、あたしは絵に描いたようなわがままなお嬢様だった。

 そのくせ人一倍寂しがり屋なものだから、余計にこじれた性格をしており、困らせるようなことをしないと他人と関われないような人間だった。

 それを目覚めさせてくれたのが彼となのは。

 なのはとはそれで大喧嘩したけれど、後から考えれば良い経験だったと思う。

 彼は静かに、それでいてハッキリとあたしに怒気を当てていた。それでも会話の端々に優しさが垣間見え、あたしは彼の腕の中で泣いてしまった。

 寂しさを取り除いてくれたから。

 父も母も、忙しさからあたしに構えない罪悪感があったのか怒るという行為はせず、いつも優しくしてくれていた。まあそれがあたしを増長させる要因の1つにもなったのだけれど。

 だから怒られた時にはすごく嬉しかった。こんなあたしとも本気でぶつかってくれる人を見つけることができたから。

 それからあたし達は大の親友となった。

 嬉しいことや楽しいことだけじゃない、辛いことや悲しいことも一緒に共有できる関係だ。

 

 自分で言うのもなんだけど、あたしにはリーダーシップがあった。幼い頃から家族に連れられて色んなパーティに参加していたから、人前でも怖気づくことなく話すことができたおかげである。

 それを活かしてあたしは教室内のバランス取りをすることにした。

 いじめがあったら速攻で辞めさせるし、発言できない子がいたらちゃんと意見を聞いてあげる。なんでそんなことをしていたかというと自分が今までやってきたことへの償いをしたいと思っていた為である。

 初めはただ他人のためであったけれど、やってて本当に良かったと思う。彼があたしの傍にいてくれたから。

 彼は決して真っ向から自分の意見を言うタイプでは無かったけれど、あたしの目の届かないところではちゃんとフォローを入れてくれて、そのおかげか、あたし達のクラスは問題らしい問題は無くなっていた。

 あたしが表で動いて彼が裏で動く。

 とっても相性の良い2人じゃないかとその時は1人で舞い上がっていた。

 まるで仕事に向かう妻とそれを補佐する夫の関係みたいだと毎日妄想したものだ。

 その妄想を現実にしたい。その目標を達成するだけの環境があたしにはあった。

 我ながら顔は良いし、スタイルも悪くない。彼との相性はバッチリだし、それに家はお金持ちだ。

 できることは割と何でも思い通りに動いてくれる。

 あとは彼の心を掴むだけだった。もちろんなのは達も一緒。こんな心地の良い空間を台無しにはしたくないから、彼も分かってくれることだろう。

 

 ただそこに1つ誤算があったとすれば……彼がこちらに全く恋心を抱いていなかったということ。

 中学生になって段々と彼の心境が変わってきたことを踏まえて、もう一歩踏み込んだアプローチを掛けているというのに、全然こちらに手を出そうとしてこなかった。

 彼がとても義理堅い人であることは知っているけども、まさかここまで効果がないとは思わず、流石にへこんでしまった。

 それで、この4ヶ月で分かったのは彼がどうもあたし達を仲の良い友達としてしか認識していないということだった。

 だったら他の女に盗られないようにあたし達で彼を囲っても意味がない。

 もう襲っちゃえば良いんじゃないかな、という意見も出た。もちろんそれも大変魅力的な提案であったが、そんなことをして万が一彼に嫌われることがあったら、あたしは生きる気力を失ってしまう。

 だから5人とも悩みに悩んだ。流石に慎ましく接していくのにも限界がある。

 そこで1つ思い付いたことがあった。それはもっと大きな枠組みで彼を囲ってしまうこと。

 すなわち当事者以外の周りがあたし達と彼の関係を勘違いすれば、彼はもう逃げ場を失くすことになる。

 それを今日実行してみたら、ものの見事に成功した。父に彼のあることないこと吹き込んだ甲斐もあるというもの。

 周りの評価がどうだろうと知ったことではない。彼があたしの隣にいること、それが一番重要なことなのだ。

 本当は彼の意思で選んでほしかったけれど、彼が他の女に口説き落とされる前に手を打っておきたかった。

 

 彼が周りの異変に気付いた頃にはもう遅いだろう。あとは自然とあたしの元へと来るしかなくなる。

 それまでは――

 

「絶対に逃がしてあげないから」



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05:月の少女の様子がおかしい

※ちょっとオリ設定を混ぜ込んでみました


 夏休みも終わり、僕達は2学期を迎えていた。

 他の男子生徒からまた苦々しい目で見られることを想像すると、大変胃が痛くなるのだが、それでもアリサに招待されて行ったパーティ会場の空気に比べればまだマシなのかもしれない。

 とはいえ予想通りの視線を向けられるのは堪えるものがある。

 もはや最後の防壁は唯一の僕の同性の友達といえるユーノとクロノだけだ。

 彼らになのは達のことで助けを求めたこともある。しかしその返事は決して良いものではなかった。

 曰く「「僕達じゃもう対処し切れない」」らしい。

 泣いた。

 頼りになりそうなリンディさんとかですらフェイトを応援してるみたいだし援軍は期待できない。

 何とかしたいなーと思いつつ夏休みの最後の期間を使って色々試して見たが、何の成果も得られなかった。

 

 

 これからもまた同じ日々が繰り返されるんだろうなあ、などと考えてトボトボ登校した僕だったが……意外な現実が待っていた。

 相変わらずなのは達には囲まれて過ごしているが、何というか無理やり距離を詰めてくることがなくなったのだ。

 例えばボディタッチが減っている、気がする。

 相変わらず誰かが僕を迎えに来てくれていることに変わりはないが、弁当を作ってくることもなくなった。

 それについて正直に聞いてみると、あっけからんとして返答された。

 

「今はノア君のご両親が家にいるでしょ? だったらわたし達が作っちゃうと余分になっちゃうかなって。……もしかしてわたし達の手料理食べたかった? フフ、だったら今度ノア君のお義母(かあ)様に日程調整してもらうよう連絡してみるね!」

 

 当然のようにうちの母と連絡先交換してるのは一体何なの?

 でもまあ正直助かった。

 毎日弁当を作ってもらっているのもそうだが、昼食を『あーん』させられていた時期は自尊心がガリガリと削られていったので、もうそんなことがないのだと思えば、心も軽くなるというもの。

 だから今は幾分晴れやかな気持ちで学校に来ることが出来ている。

 

 そうやって幾分僕達の関係の改善にもようやく変化の兆しが見え始めた、ある日のこと。

 

「ごめんね、ノア君もこんなことに付き合わせちゃって」

「良いよ。すずか1人に働かせる訳にはいかないしね」

 

 僕はすずかと共に図書室で本の整理をしていた。

 何でも新しい本の在庫が増えたみたいで、それをジャンル毎に分けて本棚に入れなければいけないらしい。

 別に僕は図書委員という訳ではない。

 ただ今日はすずかと帰る約束になっていたのでそれを待っていたのだが、一向に図書室から戻ってくる気配が無かったので見に行ったところ、先生に頼まれて彼女の手伝いをお願いされてしまった。

 本当は図書委員の人がやるべき仕事なんだろうけど、今日は誰も手の空いている人がおらず、すずかしか残ってる人がいないとのこと。

 彼女だけでは大変だろうし、僕も断る理由がないので付き合うことにした。

 中々な量があった為にすぐに帰れるということはなかったが、すずかと喋りながら作業しているので全然苦にならない。

 あの本読んだか、とか昨日のテレビ面白かったよね、とかそんな何気ない会話が心地いい。

 

 ――そうだよ。僕が彼女達に求めていたのはこういうことなんだよ。

 

 勝手に婚約者にされてたり、強制的に家に泊まらせられたり、そんな僕の人権を無視するようなことをしないだけで良いのだ。

 小学校以来の穏やかな時間に、僕は心底安堵していた。

 

「すずかー、この本どこに仕舞えば良い?」

「えっとね、それはこっちの方かな」

 

 すずかの先導に従って本を持っていく。どうも高い位置にあるようだ。

 

「僕が登ろっか?」

「良いの良いの。ノア君は本持ってくれてるでしょ。私が登るね」

 

 確かに僕は両手に大量の本を抱えていた。一々机に置くというのも手間なのでその提案は有り難い。

 すずかはというと隣の列から踏み台を持ってきていた。確かに彼女の身長だと届かないだろう。

 

「よいしょっと。じゃあノア君よろしくね」

「うん」

 

 すずかに頼まれた本をホイホイと渡していく。正に阿吽の呼吸といった感じで手に抱えていた本が無くなっていった。

 そのまま次の列に移動し、すずかが同じように本を上の棚に手を入れていたのだが……。

 

「あ、そういえばさっきの話の続きなんだけど――」

「すずか危ない!」

「えっ? キャッ!」

 

 振り向いたすずかが台から足を滑らせてしまう。

 咄嗟に本を放り投げて彼女の体を掴んだのだが、急のことでしっかりバランスを取ることができず、僕達はお互いに転んでしまった。

 

「いたた……。すずか大丈夫?」

「う、うん。ノア君こそごめんね。怪我はない?」

「僕は心配いらないよ。それよりもすず、か……」

 

 すずかが頭とか打ってないかと思って彼女の方を見たのだが、彼女が倒れて座り込んでいる姿が僕の視界に映る。

 それで、その、彼女のスカートがめくれてしまっており、下着まで丸わかりであったのだ。

 く、黒のレースとは、すずかさん顔に似合わず大胆なもの穿いてますね……。

 僕の視線に気付いたのか、すずかは咄嗟に手を足の間に入れて隠す。

 

「……ノア君のえっち」

「こ、これは不可抗力でしょ! 見ようと思って見た訳じゃないんだし!」

「それでも私の下着見たことには変わりないよね?」

「うっ、それはそうなんだけど……」

 

 そう言われると弱い。

 とりあえずすずかの手を取って立ち上がりながら、僕はどうやって言い訳しようかと考えていたのだが、彼女は不意に明るい表情になった。

 

「なーんて、ウソウソ。元はと言えば私が不注意だったのが悪いんだもんね。ノア君は気にしないで?」

「ええ……?」

 

 僕としては有り難い言葉であったが、それはそれで何かモヤモヤする気持ちが残る。僕は女の子の秘密の花園を覗いてしまった訳で……。

 ここで「そうだね。じゃあ本の整理の続きしようか」なんて言える程心臓は強くない。

 なので実質僕の選択肢は残されていなかった。

 

「い、いや、流石にそれは出来ないよ。僕の方が悪かったから何か埋め合わせさせてほしいな。何でも1つだけだったら言うこと聞くよ」

「──ホントに?」

「え、あ、はい」

 

 すずかの表情が一瞬で変わった。主に目の色が露骨に変化したところとか。

 ……あれ、これひょっとして不味(まず)ったのでは?

 

「ノア君は男の子だもんね? 男に二言はないよね?」

「そ、そうだね……」

 

 何度も念を押してくるように顔を近付けてくる彼女に対し、僕は若干後ずさりした。

 一体どんなことを言ってくるのかと戦々恐々していたのだが、彼女は笑顔を作りながら僕の手を取る。

 

「じゃあ、私とデートしてほしいな」

 

 

 

 一騒動あった週の日曜日、僕は(割と遠いけど)最寄りの駅まで来ていた。その理由は当然すずかの件である。

 『デート』を要求した彼女は集合場所と集合時間を決めてそこまで来るように僕へ伝えてきた。

 なんで僕となんかと? という疑問をぶつけては見たのだがすずかは決して答えようとせず、また本の整理を始めてしまった。

 どんな理由があろうと僕に拒否権はないので、とりあえず出来る限りのオシャレをしつつ、彼女を待っている。

 しかし人を待っているだけだというのに何故か緊張する。多分デートという単語のせいなのだろう。

 皆と遠出をして遊んだ時もあったが、その時は楽しみの方が勝り全然苦にはならなかった。

 今はというと妙に体がソワソワしてしまい、全然落ち着いていられない。

 出来れば早く来てほしいなあ、と思っていたところで、遠くから長い紫髪の少女がやって来るのが見えた。

 辺りをキョロキョロと見回していたけど僕と目が合うと真っ直ぐこちらに歩いてくる。

 

「ごめんね、待った?」

「ううん、僕も今来たところだよ」

 

 などと決り文句を言い合ったところで僕達は電車へと乗った。

 目的地は駅4つ離れた先にある水族館だ。

 特に異論はないのですずかの指示通りこの電車に乗ったが、いかんせん電車内の混み具合が凄いことになっている。

 満員という程ではないけど自由に動けるかというとちょっと厳しい。

 休日に電車を使う機会がないものだから分からなかったが、いつもこうなのだろうか。

 1人だったら多分問題無かったのだが、今はすずかと2人だ。

 

「すずか、苦しくない?」

「ノア君のおかげて平気だよ。無理させちゃってごめんね」

 

 何とかドア付近まで移動できた僕達は、すずかが扉を背にして向き合うように立っていた。

 なんか、この体勢だと気まずい……。どんだけ頑張っても彼女の顔が視界に入ってくるわけで、かといってマジマジ見るのもおかしいだろう。

 だからすずかの横から景色を見るように視線を外して何とか頑張っている。

 しかし次の駅に着くと、更に人が入ってきて人口密度が上がった。

 そうしたら僕も外側に追いやられてしまい、ドアを両腕で抑えなければすずかと密着してしまう程になってしまった。

 傍から見たら壁ドンしてる構図に近いだろう。当の本人は必死に力を入れて頑張っているが。

 だってこのまま腕の力を抜いたらすずかに抱き着くことになる。それだけは避けたかった。

 付き合っている訳でもないのにそんなことをしたら忍さんに○されそうだ。

 

「ノア君、すごい辛いでしょ。私に寄りかかっても良いんだよ?」

「いや、それは、大丈夫、です……!」

 

 息も絶え絶えになりながら精一杯の見栄を張る。

 すずかの姉である忍さんが怖いというのもあるが、彼女に密着したらなんかもう色々吹っ切れてしまいそうで怖かったのだ。

 今の状態ですら甘い香りが漂ってきて気絶しそうだというのに、これ以上の接近は危険すぎる。

 すずかはあくまでも『友達』なのだ。そんな彼女に劣情を抱いたら僕は軽く死にたくなるだろう。

 だから腕が()りそうになるのを堪えながら、彼女のことを守っていた。

 ……その筈だったのだが、不意にすずかは顔をゆっくり横に振って両側を見る。その後僕と目を合わせてニコッと笑った。

 

「えい」

 

 短く声を出したすずかはあろうことか僕の腕の関節に指を突っ込んだ。

 全くの予想外の行動に、僕は反応することもできずカクッと腕を折り曲げてしまう。

 するとどうなるか。今まで抑えてた他人の背中に押され、僕はすずかとゼロ距離でくっつくことになる訳だ。

 

「す、す、すずか!?」

「だって、ノア君もう限界だったでしょ? 私だけ何もしてないのにノア君だけ頑張ってるなんて嫌だもの」

 

 すずかに全体重を掛けないようになんとか足で堪えてはいるが、完全に密着して離れることもできない為、すずかの声が耳元で囁かれる。

 綺麗なソプラノボイスに、僕の背筋がゾクゾクと震えていた。

 すずかは「それにね」と付け加える。

 

「私、ノア君なら良いよ……」

 

 ……何が良いんですかねぇ!?

 すずかの囁きは悪魔の誘惑に等しい。だが親友には絶対に手を出さないと誓ったこの身。

 煩悩を消し去る為に僕はひたすら脳内で「無心無心無心無心無心――」と唱え続け、できればこの状態が解消されることを望んでいた。

 しかし、電車内の混雑は目的地まで解消されることなく、あと3駅、2駅……とカウントダウンするように目的地を今か今かと待ちわびていた。

 その間良い匂いやら柔らかい感触やらで僕の気力が限界を迎えようとしている。

 そこまできたところで降りる駅に到着したようだった。

 コンクリートの地面に足を降ろしたところで、ようやく生きた心地がするようになった。何で行きの道だけでこんな疲れてるんだろ、僕。

 

 水族館まで徒歩10分とのことだったので、僕達は並んでそこまで向かっている、のだけど……。

 

「あの、すずか? この手は何?」

「だって、デートなんだよ?」

 

 僕はすずかと手を繋いで歩いていた。しかも指の間に相手の指を絡める、恋人繋ぎの方を。

 普通のカップルでもこんな開けた場所で堂々とはやらないと思うんだけど。

 

「もう、そんなに恥ずかしがらなくても良いんじゃないかな。さっきまであんなに抱きしめてくれたのに」

「それについては語弊があるでしょ! あれこそ完全に不可抗力だよ!」

 

 彼女は僕の抗議もどこ吹く風でニコニコと笑っているだけだった。

 

「えー、私は嬉しかったのになー」

「ほんと勘弁してください……」

 

 なんだかすずかには一生勝てない気がしてくる。

 諦めた僕はそのままの状態で水族館へと向かった。

 受付でチケットを買う時は流石に離れてくれたが、中に入ってからはまた手を繋いで一緒に歩くことになった。

 なんとも決まりが悪い。

 周りを歩く人達からチラチラと見られているのを感じるし、大学生らしき女性達のひそひそ話まで聞こえてくる。

 

「みてみてかわいー、中学生のカップルかな?」

「ちょっとやめてあげなよー」

 

 ……穴があったら入りたい。

 周りの視線をすずかはどう思ってるのだろうか。チラッと盗み見したところ、何も気にしてる様子はなく楽しげで、今にも鼻歌を歌いそうな雰囲気を纏っていた。

 こんなに羞恥心を感じているのは僕だけなようで、なんか1人だけ損してる気がして、水族館見学に集中しようと頭をどうにか切り替えることにした。不安だけど。

 

 水族館をとりあえず半分だけ回って来たが、結構楽しめていた。

 薄暗い照明の中、全てがガラス張りで構成されていて、どんな角度からでも生き物達を観察することが出来る構造は、まるで自分達も海の中にいるような錯覚を起こさせる。

 サメやエイが見られる水槽は映画の中のそれよりも壮観で、人智の及ばない深い水の底を想起させてくれた。

 理由はどうあれ、僕はここに来て良かったと思えている。

 1回で全てを回り切るのは疲れるということで、一先ずベンチに座って休憩することにした。

 僕は前に置かれている自販機から飲み物を買ってくる。

 

「水族館ってやっぱり面白いね~」

「すずかって水族館好きなの?」

「え、どうして?」

「なんか、いつもよりテンションが上がって見えるからさ」

 

 僕の言葉にすずかはハッとして頬を赤らめた。いやそこで照れるんかい。

 

「う~ん、静かな場所だから落ち着くっていうのもあるんだけど、なんていうのかな、ゆっくりと泳いでるお魚さんとか見てると、私とは時間の流れが違うんだろうなあって思えて、それでもちゃんと自分が生きてるって実感させてくれるのが好きなの」

「ああなるほどね。言いたいことは何となく分かるよ」

「ホント? ノア君も同じ気持ちだったなんて嬉しいな~。じゃあさっき見た中でどれが印象的だった?」

「うーんそうだなあ僕はやっぱり――」

 

 などとすずかが興奮してしまって、しばらくベンチで談義に入ってしまった。

 それはそれで楽しいんだけど、もう半分も回りたいな―、などと考えていたら、不意にすずかが話題を変えた。

 

「……水族館が好きな理由って実はもう1つあるんだよね」

「そうなの?」

「うん、私昔からよく家族で水族館に行ってたんだけど、1回迷子になっちゃったことがあるの」

「ええ! それは大丈夫だったの?」

「えっとね、その時は私を家族のところまで連れてってくれた人がいたの。それが印象に残ってて水族館に来るといっつも思い出しちゃうの」

「へえ、親切な人がいて良かったね」

「……やっぱり覚えてないんだ」

「え?」

 

 最後、すずかの声が小さくてよく聞こえなかった。しかし、彼女は首を横に振ると立ち上がった。

 

「何でもないよ。そろそろ行こっか?」

「う、うん。それは良いんだけど……」

 

 まだ水族館が好きな理由の2つ目を聞いてないような、と思っていたのだが、彼女に手を取られてどんどん奥に進んでいく為聞くに聞けなかった。

 その後、クラゲコーナーに入っていったり、イルカやアシカのショーを見ていったりすると、あっという間に時間が過ぎていき、出口を抜ける頃にはすっかり夕焼けが傾いていた。

 

「今日はありがとうね、ノア君。私すっごく楽しかったよ」

「うん、僕も。連れてきてもらって良かったよ」

 

 電車でのハプニングがなければ完璧だったが。

 とりあえず人気のない場所まで移動していたら、不意にすずかが話しかけてきた。

 

「ねえノア君。私が隣にいて嬉しかった?」

「え? 嬉しいってどういう意味?」

「私はね、ノア君と一緒だと嬉しいんだあ。皆といる時も楽しいけど、ノア君が隣にいてくれると自分をもっと良く見せたいって思えるの。

 今日の発言はおかしくなかったかな、とか考えてた暗い自分がいつの間にかいなくなってて、ちゃんと成長できてる自分を実感できるの。それが嬉しいって気持ちでしょ? だから私はノア君とずっと一緒にいたい」

「それって……」

 

 すずかの発言はまるで、その、告白のように思えて今日の行動の合点がいってしまった。

 

「ねえ、ノア君。ちょっと目を閉じてくれない?」

「え……?」

 

 思わず体が強ばるが、すずかは優しく笑って大丈夫だと言った。

 

「ふふっ、ノア君の考えてることじゃないよ。もっと別のことがしたいの」

「わ、わかった……」

 

 言われた通り目を瞑る。

 しかしさっきのすずかの言ったことはどう考えても僕に対するアレの気持ちが籠もっていた。

 その気持ちが嬉しくないかと問われればそんなことはない。

 けれどもし僕とすずかが付き合うことになってしまったら、なのは達との関係はどうなるのだろう。

 僕は今の6人で一緒にいるのが最も良い状態だと考えている。

 それを壊してまで、僕はすずかと共にいることを選ぶのかと問われれば、多分それは否だ。

 だとしてもすずかは僕に気持ちを吐露してしまった。だから僕達は今までの関係ではいられなくなる。僕は今岐路に立っているということなのだろう。

 そもそも――

 

「えい」

 

 ……え?

 首筋にチクリという痛みが走った。

 途端に頭がグラつくのが自分でも分かる。慌てて目を開ければ何故か注射器を持ったすずかが視界に入った。

 

「な、なん、で……」

 

 自分の口から出た言葉は呂律が回っていない。

 そんな僕を見ているすずかの表情は笑顔だった。が、それは今までに見たことのない顔であった。

 こんな邪悪な笑みを浮かべているすずかを、僕は知らない。

 

「ごめんね、ノア君が考えてること分かっちゃったから、こうするしかないの」

 

 彼女のその言葉を最後に、僕は目を開けていることも、立っていることもできずに前へと傾く。

 柔らかい何かが僕を支えたことまでは分かったが、それが何なのか考えることもできずに僕は意識を落とした。

 

       ・

 

       ・

 

       ・

 

 私にもたれかかってきた彼を優しく抱きとめる。

 少しすれば月村家の車がやって来て、メイド達と一緒に彼を後部座席に乗せた。

 彼の横に自分も座ると、発進するように命じる。

 車に揺られながら彼の顔を覗き見ればとても安らかな寝顔をしていた。

 

 ――かわいい。

 

 きっと私に朝から振り回されていたからその疲れもあったのだろう。決してそれを私に見せることはなかったが。

 

 ――本当にかわいい

 

 それにしても、おかしいとは思わなかったのだろうか。私は月村重工の経営者の娘で、自分用の車まで持っているのだ。

 それなのにわたしがわざわざ電車を使う筈がない。

 私が言ったことだから、彼は何の疑問も持つことなく信じてしまったのだろう。

 

 ――かわいいかわいいかわいいかわいい。かわいすぎて身が悶そうになる。

 

 なんて純真なんだろう。中学生でこんなに真っ直ぐな少年はおそらく彼しかいない。

 あまりの愛々しさに食べてしまいたくなる衝動が私を襲ってくる。

 でも本当に食べたりはしない。そんなことをしてしまったら二度と彼に会えなくなってしまうではないか。

 二律背反のことを考えてしまう程、私は彼を愛していた。

 彼の瞳には一切の曇りがなく、いつだって前向きだ。そんな彼に私は憧れている。

 彼のおかげでおどおどして話すこともなくなったし、積極的にアリサちゃんらに話し掛けられるようにもなれた。

 もし彼がいなかったら自分がどうなっていたのか分からない。

 それほどまでに彼と出会えたことは奇跡と言っても良い。

 

 彼は、私と顔を合わせたのは小学校に入ってからだと思っているけれど、実はそのずっと前に出会っていた。

 自分が幼稚園児の時、私は両親とお姉ちゃんと一緒に水族館へと来ていた。

 最初はお姉ちゃんの手に引かれながら歩いていたのだけど、次第にその手から離れ、お魚に導かれるようにどんどん奥へと進んでいくと、気が付いたら周りに家族はいなくなっていた。

 当時の私はすごい人見知りだったものだから、すぐに物陰に隠れてしまい、館内が薄暗いために誰にも発見されないまま座って泣きじゃくっていた

 そうしたら急に甘い匂いが私の鼻を掠めていった。

 顔を上げれば1人の子供が近付いてくるのが見える。

 彼が私を見つけてくれたのだ。彼は私の前に立つと同じ目線になるようにしゃがんでくれた。

 

『君、迷子?』

「ヒック、グス、うん』

『そっか、ここにいてもしょうがないし、一緒に行こうよ』

『……うん』

 

 彼に手を取られて歩き出すと、さっきの甘い匂いがよりハッキリと感じられた。だからこの匂いは彼から発せられているものだとすぐに分かった。

 元々私は人よりも嗅覚に優れていて、普通だったら分からない匂いが感じ取れるくらいなものだったのに、何故か鮮明に嗅ぎ取れたからずっと不思議だった。

 これは後から分かったことなんだけど、多分私は魔力の匂いを感じられる人間なのではないかと思う。

 だってアリサちゃんからはそんな匂いがしないのに、なのはちゃんはフェイトちゃん、そしてはやてちゃんからは彼程じゃないけど同じ匂いがしたから。

 私と同じような人なら多分同じことを思うだろう。

 

 それから、彼は私が来た方向を戻って私の家族を探してくれた。その間彼は私の手を握ってくれていたから心細さも無くなって温かい気持ちになっていた。

 やがてお母さんが私を見つけてくれて、泣きながら私を抱きしめた後、彼にすごく感謝していた。

 せめてお礼がしたいと言ったのだが、それを彼は拒んで再び来た道を戻ってしまったのだった。

 そこで、私は彼の名前すら聞いてないことに気付いた。ずっと泣いていたからしょうがないとはいえ、恩人に対してお礼くらい言えば良かったと後日激しく後悔したものだ。

 お父さんとお母さんが私の要望を聞いて彼を探してくれたんだけど、捜索範囲が広すぎて見つからず諦めてしまっていた。

 しかし、小学校に上がった時、彼がなのはちゃんと一緒にいるのを目撃した。

 以前見た顔にそっくりだったし、何より印象的な甘い香りがしたものだからすぐに彼だと分かった。

 彼と会話がしたいと思いはしたけど、当時引っ込み思案だった私は知らない女の子が一緒にいるせいでどう話しかければ良いか分からず、しばらくはただ彼を見ているだけの学校生活を送っていた。

 それからアリサちゃんにいじめられて、なのはちゃんが割り込んできてくれたおかげで、私は彼との接点を持つことができた。

 当時、彼は私のことを忘れていたのにはショックだったけれど、それでも彼に再会できたからと自分で自分を納得させていた。

 最初は彼の傍にいるだけで満足していた。彼に釣り合うような女の子じゃないし、彼にはもっとふさわしい子がいるんだろうなと思えたから。

 でも、なのはちゃんもアリサちゃんも彼のことが好きだと分かると、途端に絶望感に襲われた。

 「もう彼が傍にいてくれなくなる」、「嫌だ、もっと私のことを見てほしい」と。

 だから私は2人に負けないように自分磨きを始めることにしたのだ。それが今の私に繋がっている。

 

 私は変わった。彼を手に入れる為に。

 ずっとずっと望んでいた彼の隣。それをやっと手に入れることができた。

 彼に告白したら、明らかに迷いの表情を浮かべた。

 本当に彼は分かりやすい。それが良いところでもあるんだけど。

 きっと私と皆との関係を(はかり)に掛けたのだろう。そしてどっちを選ぶことができなかった。

 だから私は強引だけど彼に受け入れてもらえる選択肢を取ることを決める。

 なのはちゃん達にはすでに連絡してある。これで彼の心配事もなくなった。

 だから――

 

「私を二度と拒まないでね」




 たくさんのご感想、評価をいただき誠にありがとうございます!


 次の話は正直どうしようかなーと思っております。内容は話せませんが、終わらせるか、まだ続けるか。
 ……アンケートでも取ろうかしら


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06:やっぱり彼女達はおかしかった

 今回はめちゃくちゃ難産でした
 まー突然の方針転換でしたのでこうなるのは必然なんですけどね~


「う、ううん、……ん?」

 

 じんわりと自分の意識が覚醒していくのが分かった。スッキリとした目覚めかと言われれば、全くそんなことはなく、体全体が重い。

 目を開ければ視線の先は白い天井。

 頭を持ち上げて辺りを見回してみれば、そこは四角い部屋であった。

 しかし何もない。家具も机も椅子も、生活に必要そうなあらゆる物がここには欠如していた。

 唯一あるものと言えば僕が今まで眠っていたであろう明らかに1人用ではない大きなベッド。

 

「……なんだここ?」

 

 僕の記憶の中にこんな部屋ない。

 何故僕はこんなところにいるのだろう。そもそも僕は今まで何をしていたんだっけ?

 ボンヤリとした頭で少し考え込んでみる。

 確か、休日にすずかと出かける約束をしたから電車に乗って大変な目に遭って、それから水族館に行って、それから……。

 それから?

 なんだか記憶にモヤが掛かっている。必死に頭を捻ってみるも、中々思い出せなかったが。

 

「ああ、そうだ。確かすずかに告白まがいのことされて……」

 

 それで、その直後に彼女に針のようなものを刺されたのだった。

 そこまで思い出したところで顔がサーッと青くなる。

 ──え、じゃあ何? 僕は彼女に眠らされて知らない部屋に運び込まれたってこと?

 完全に今の状況を理解してしまい、自分がいかに危険なところにいるのかを悟ってしまった。

 とにかくここにはいられない。いち早く脱出して誰かに僕の居場所を突き止めてもらわなければ。

 僕は自分の体に鞭を打って起き上がると真っ直ぐ出口へと向かった。

 ガチャリと扉の開く音がする。が、僕はドアノブに手を掛けていない。向こう側から勝手に開いてしまったのだ。

 扉が開ききると、そこには今最も会いたくない人物がいた。

 

「す、すずか……」

「あっ、ノア君もう起きたんだ。体の具合はどう?」

 

 彼女の言葉に反射的に後ろへ距離を取る。しかし、僕の行動を見ても彼女は困ったような笑顔を浮かべるだけであった。

 

「そんなに怖がらないで? ノア君に危害を加えるとかそんなことはしないから」

 

 信用できない……。

 

「じゃあ、僕に注射したものは何なの?」

「あれはただの麻酔薬だよ。ちょっと強力だけど体に害は無いから安心して?」

「いや、そういう問題じゃなくて、なんでそんなことを……」

 

 すずかは「んー」と人差し指を下唇に当てて考える素振りを見せる。

 普段だったら可愛らしい仕草だな、と思うのかもしれないが、今はビビってる為何かあるのかと身構えてしまう。

 少し間を置いて彼女は口を開いた。

 

「ノア君に愛して欲しいから、かな」

「はい?」

 

 彼女はまたニコリと笑った。

 

「私ね、ノア君のことがずっとずっとずーっと前から好きだったの。それなのにノア君全然気付いてくれないんだもん」

「え、ええ!?」

 

 すずかからのダイレクトな告白に、そんなことを言われるとは思ってなくて素っ頓狂な声を上げてしまった。

 今思えば中学校に入ってから妙に彼女達との距離が近かったように思えたが、まさかこれが一因であったのだろうか……。

 確かに好きでもない人に弁当作ったり、『あーん』なんかしたりはしないだろう。でも僕はそれを「友達としての好き」の延長上にあるものだと考えていた。

 すずかは首を振る。

 

「私、友達でもお弁当は作らないかな。なのはちゃん達には作ってないよね?」

「あ、いや、確かに……? てか何で僕の考えてること分かるの……?」

「ノア君って素直だから分かりやすいもん。それにノア君のことずっと見てきたから」

 

 だからね、とすずかは付け加える。

 

「ノア君が私の気持ちに応えてはくれないって分かっちゃうの。ノア君は皆と友達のままでいたいんだよね?」

「それは……」

 

 僕はすぐには答えられなかった。それが図星であったから。

 恋人を作りたいという気持ちはない訳ではないけど、だからといって仲の良いグループから離れるというものちょっと躊躇いがあった。

 誰かを優先すれば誰かを疎かにしなければいけない。

 すずかにとってもそれは同じだ。僕を優先することになれば他の4人のことを多少であっても蔑ろにしてしまうことになる。

 折角仲の良い、心から信頼し合ってる5人の間に亀裂が入るのを、僕は見たくなかった。

 

「私もなのはちゃん達と疎遠になるのはちょっと嫌かな。皆といられるから自分は幸せなんだって思えるから」

「だったら――」

 

 すずかの気持ちにはやっぱり応えられないよ、とそう発言する筈だったのだが、先にすずかの口が動いた。

 

「うんそうだね。皆が同じ気持ちを持ってたら良いんだよね」

「……はい?」

 

 すずかの言葉の意味が分からず止まってしまった隙に、彼女はドアの方を向いて「皆入ってきていいよ」と言った。

 そうしたら複数人の足音と共にドアが開く。

 次々入ってくる人達を見て僕は驚く。

 なのは、フェイト、はやて、アリサ、そしてすずかと僕が仲良しな女の子達が全員集合していた。

 

「皆……?」

 

 ここにはすずかだけではなかったのか、という思いを込めてまずなのはの顔を見た。すると彼女は笑顔をこちらに向けてくる。

 

「ごめんね? 話聞くつもりじゃなかったんだけど、皆気になっちゃって」

「いやそういうこと聞きたい訳じゃ……なんで皆ここにいるの?」

「そもそもノアはここがどこか分かってる?」

 

 こちらの問いには答えず、フェイトが代わりにこちらに質問を投げかけてきた。

 

「どこって……すずかの家じゃないの?」

 

 僕の答えにフェイトは首を横に振った。

 

「ここはね、ミッドチルダの郊外の一軒家だよ」

「……ミッドチルダ? え、どういうこと?」

 

 自分は地球にいた筈なのだが。

 

「順番に説明するから待ってな? まずノア君がすずかちゃんとデートしてたのはもう昨日のことなんよ」

 

 つまり、僕は丸一日寝ていたと……。

 

「それで私達は合流した後、ノア君の体をここまで運んだんや。んで今に至ると」

「なんでそんなこと……そもそもここ誰の家なの?」

「わたし達の家だよ?」

「…………『わたし達の家』?」

 

 僕の疑問になのはが答える。彼女はそのまま説明を続けた。

 

「そう。6人皆で住むためのおうち。借家だからわたしとフェイトちゃんとはやてちゃんの3人で分割して支払いしてるの。見ての通りまだ家具は準備してないから、ノア君に見せるのは本当はもっと先になる筈だったんだけどね?」

「いやそんなことよりも、今6人で住むって言った? ひょっとして僕も入ってる?」

「そんなの当然でしょ?」

 

 僕は目を見開きながらアリサの方を向いた。

 

「あたしとすずかはこっちには中々来られないから地球の方でも新しい家建てる予定だけど、それまではこっちがあたし達の家ってことになるの。そこにノアがいなかったら意味ないのよ」

「意味ないって、どういうこと……? そもそも何で僕はここに連れてこられて……」

 

 分からない。彼女達が何を言っているのかさっぱり分からない。

 ……いや、脳が理解するのを拒否してると言った方が正しいのかもしれない。

 頭痛がする程頭を抱えている僕に、すずかが止めを刺した。

 

「つまりね、皆ノア君のこと愛してるってことだよ」

「え……?」

 

 顔を上げれば皆が笑顔で頷いている。

 

「うん、わたし達はノア君のこと異性として好きなの」

「皆でノアの力になりたい」

「ノア君の家族になりたい」

「ずっとあたし達の傍にいてほしい」

 

 だからね、と間を置いた後、5人で一斉に声を揃えた。

 ──わたし達皆と付き合ってください、と。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……ハッ、あまりの衝撃に脳が数秒フリーズしてしまっていた。

 

「いや、無理無理。絶対に無理でしょ!」

「どうして?」

「どうしてって、5人の女の子と付き合うことはおかしいことだからね!?」

「わたし達は気にしないけど」

 

 全員が「ねー」と頷きあっている。

 5対1だとやはり不利すぎる。しかしここで僕が認めてしまったら一体どんな絶望の未来が待っているのか分からない。

 

「いや、世間体のこと考えてくれ……。皆のこと侍らせてるなんて勘違いされたら一生袋叩きにされちゃうよ」

「その時はあたし達が守ってあげる。うちもそうだけどすずかの家だって周りの意見封殺するくらいの力あるんだから。なのは達だって今ここだとすごく有名なんでしょ? 3人が言うならあんたのこととやかく言う輩なんて出てこないわよ」

「そういう問題じゃなくてね!? 僕が外に出る度に周りの視線を気にしなくちゃいけないんだよ。その心労も考えてほしいというか……」

「じゃあ外に出なきゃ良いんじゃないかな」

 

 フェイトの言葉に僕の思考が一瞬止まる。

 

「私達5人ならそれ相応のお金も貯まるだろうし、ノアの為なら私達喜んで働くよ?」

「皆に働かせて僕だけ引きこもってるとか最低すぎるじゃん! それだったら貧乏でも働いてた方がマシだよ!」

「私達はそんなノアでもずっと好きなんだけどね」

 

 いくら反論しても次々と意見が飛び出てきて収まる気配がない。このままだとゴリ押しされる危険性がある。

 どうにか完全に皆を納得させられる言葉が出てくれば良いのだが、まるで思いつかず、うんうん悩む羽目になった。

 その時はやてが不安そうな声を出す。

 

「もしかしてノア君、私達のこと嫌いなん?」

「え?」

「だってノア君が嫌やから私達と付き合えないってことなんやろ? 私達がいくらノア君のこと好きでもノア君がそれやったら意味ないやん」

「いや、そういう訳じゃないんだよ……」

 

 それを言われれば否定するしかない。でも何か言わなければ彼女達を傷付けてしまう。

 こういう時すらすらと言葉が出てくる人間だったら彼女達が暴走することもなかった、ような気がする。

 意を決して話すしかない。

 

「僕は、皆と友達のままでいたいだけなんだ。全員で辛いことも悲しいこととも乗り越えて、楽しい時は一緒に盛り上がって、自分のことを理解してくれる人がいる、って分かっただけで僕は前向きに生きられる。皆とはそういう関係になりたいってずっと思ってた。

 だから決して皆のこと嫌いになったりはしないよ」

「それがノア君の考える友達ってこと?」

「うん、そうだね。僕は友達ってすごい貴重なものだと思ってる。だからそういう関係を大事にしたいんだ」

 

 すごく恥ずかしいことを言ってる自覚はある。でもここまでしないと皆の心情は動いてはくれないだろう。

 あとは5人の反応次第だが、はやては頷いている。

 

「なるほどなあ。そういうのもとっても大切やなあ」

「分かってくれた? じゃあ――」

「でもそれって恋人でも同じやない?」

「うん?」

 

 はやての顔を見れば嬉しい、という感情が顕になっていた。

 

「苦しいことも悲しいことも一緒に乗り越えて、楽しいって感情はちゃんと共有して、お互いがお互いをちゃんと理解するって、『恋人』でも同じことができると思うんやけど」

「わたしも同じ気持ちかな」

 

 なのはもはやてに同調している。他の3人にしてもそうだ。皆頷いて「悦ばしい」と顔に書いてある。

 

「ずっとノア君と同じ気持ちを共有したかった。わたしはノア君に助けられっぱなしだけど、わたしもノア君を助けてあげたいの。ノア君のことをもっと知って、もっと好きになりたい。これってノア君を理解したいってことに繋がらない?」

「それは……でも、友達と恋人って……」

 

 あれ?

 確かに僕は皆のことが好きだ。でもそれは友人として好きなのだと思っていた。

 でも皆は僕の言ったことは恋人同士の関係でも同じだと言っていて、つまり僕はなのは達のことを異性として見ていた……?

 そこまで考えて、いやいやさすがに動揺しすぎだ、と内心首を振る。

 確かに同じことができるとはいえ流石に――でもやっぱり僕の考える友達という関係は付き合っていても同じことができるなと考えてしまった。

 いや、僕は彼女達のことを決して変な目で見たことは無いと断固誓いたい。

 苦しんでいる間にフェイトが僕の手をがっしりと掴んでいた。

 

「フェ、フェイト……?」

「もう、ノアは強情だね。ノアの思いは大事だし一番に考えるけど、それは恋人同士になってからでも遅くはないよ? ちょっと体験してみれば良いんじゃないかな」

「体験……?」

「そう。1回付き合っちゃえば良いんだよ。私達は誰もノアのこと拒まないし、ノアの好きにしても良いよ。そしたらノアも私達のこともっと好きになるかもしれないから」

「それは、そうかもしれないけど……」

 

 ヤバイ。このままだとなし崩し的に恋人にさせられる。

 何か反論しないと、と思うが言葉が出てこない。

 その間に「あ、でも」とすずかが口を開いた。

 

「恋人同士じゃないとできないこともあるよね」

「え」

「あ、そうだね。恋人なんだもん。お互いの愛を深める為に絶対にやらなくちゃいけないもんね」

「え」

「ノアも体験すればきっとあたし達と同じ気持ちになれるわよ」

 

 そう言いながらジリジリと後ろの4人も距離を詰めてくる。

 嫌な予感しかしない。

 逃げなければいけないと僕の本能が訴えかけている。

 驚く程早い速度で彼女達の間を抜けようと思ったのだが……。

 

「うぇっ! バ、バインド!?」

「ごめんね、予め設置してたの。ノア君逃げちゃうかなって思ってて」

「逃げられるようなことしないでほしいんだけど!? あ、ちょっとまって、引きずらないでくれー!」

 

 結局、いくら女の子とはいえ5人の力には勝てず、僕はベッドに押し倒されてしまった。

 この無駄に広かったベッドの意味ってそういう……。

 などと考えている暇はない。

 倒れている僕を見下ろす5人の瞳に、色欲の炎が灯っているのが分かってしまったから。

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―

 

「そういえばすずかも随分と強引な手を使ったわよね。あたしが周りから攻略してけばもっと穏便に済んだかもししれないのに」

「うふふ、だってモタモタしてたら誰かにノア君のこと奪われてたかもしれないよ? そんなことになったらもう遅いし、こうやって直接話聞いちゃうのが一番だと思うもん」

「ま、それはそうかもしれないけど。あーあ、ノアが追い詰められてあたしに頼ってくるのも見てみたかったなあ~」

「今からでも遅くないよ? だってノア君は今アリサちゃんの婚約者ってことになってるんだもの。社交界に出ればいくらでも困ってるノア君の姿見れるんじゃないかな」

 

 ……遠くから2人の女の子が会話している声が聞こえる。

 だが天井のシミを数えていた僕はもはや意識も朦朧として碌に動けないため、誰が何を話してるのかは分からなかった。

 だが、今回の件でハッキリと分かったことがある。

 女のコってコワイ。




 終わり風ですがまだ続きます。
 あともう一週くらいヒロイン毎の話し書ければいいかなーって感じですね
 お気に入りや高評価をいただけると次話書く時のモチベアップに繋がります


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恋人以上✕✕未満編
07:花の少女に笑顔を(前)


 区切りが良さそうなのと、後半がどれくらいの文章量になるか分からないので、この話を前編としたいと思います。
 ま、なのはの描写が少なかったから多少はね?


 部屋に差し込んでくる太陽の光によって、僕は目覚まし時計を使うこともなく自然と目を覚ました。

 ゆっくりと頭を持ち上げようと思ったのだが、腕に掛かった重みで再び後頭部から枕にダイブする。

 ああそうだったと思いながら左側を見るとそこには──。

 

「スウ、スウ……」

 

 なのはがおとなしい寝息を立てながら眠っている。

 僕の実家に彼女は昨晩、泊まりに来たと言いながら押し掛けてきて、当然のように同衾(どうきん)することになった。

 今日は休日なので問題ないが、もしこれを学校に男子達に知られたら殺されかねない。

 だが最早そのようなことでは怯まない。何せあの彼女達との恐ろしい出来事を乗り越えた僕だ。こんなことでリアクションを取っていたら心臓が保たないのだ。

 

「ん、んう」

 

 僕が体を動かしてしまったからか、なのはの寝息がパタリと止まり、ゆっくりと目を開けた。

 

「……おはよー、ノア君」

「うん、おはよう」

 

 虚ろだった彼女の瞳が僕を捉えるとすぐに意識が覚醒したようで、お互いに挨拶をする。

 彼女は僕の左腕に絡めていた自分の体を解き、ベッドの横に立つと体をグッと上に伸ばした。

 ひとしきりストレッチした後、「よし」と言って僕の方を見る。

 

「今朝ご飯作るから待っててね」

「あ、いや、そんなに急がなくても良いんじゃないかな。なのはもゆっくりしたいでしょ?」

「そんなことないよ? ノア君の喜ぶ姿見たくてたまらないもん。すぐに美味しいもの作るからね。あ、でもその前に……」

 

 なのははモジモジと体を揺らしながら目を閉じた。それだけで彼女が求めているものが分かってしまう。

 ひたすら心の中で「無心無心」と唱えながら意を決して立ち上がる。

 彼女の肩を掴み、そっと顔の距離を詰めた僕は自分の唇を相手の唇に押し付けた。

 触れていた時間は数秒も無いだろう。

 少ししてから離れて彼女の顔を見れば、それはもう世界一幸せだと言わんばかりの笑顔を浮かべていた。

 

「えへ、えへへ……よーし、ノア君の為に頑張っちゃうからね!」

 

 そう言うとなのははスキップするかのような軽い足取りで部屋を出ていった。

 1人残された僕は、唇から伝播(でんぱ)して体を伝っていく痺れに苛まれ、後方に下がりながらドカッとベッドに腰を降ろすと、大きなため息をついた。

 

「はあ~~~~……」

 

 未だにこの行為には慣れない。

 こういうことをするようになった原因を思い返すと、またため息が出そうだ。

 

 

 1ヶ月前、僕はなのは達から衝撃的な告白を受けた。

 それは拉致同然の行為で密かに用意されていた借家に連れ込まれ、5人に囲まれながら好きだと宣言されてしまったこと。

 もはや了承する以外の選択肢は用意されておらず、全員と付き合うハメに……。

 当然大いに苦しんだ。

 5股する男とか前代未聞である。

 もしこれが外に知られれば、僕は日本で最も誠意のない男として晒し者になりかねない。

 なのは達には何を言っても聞きはしない。皆がこの関係にノリノリだし、反論してもどんどん論破されていくものだから、やがて僕も気力を失ってしまった。

 本人達への説得が無理な以上、一番身近な存在である両親に真っ先に相談しようと思ったが、いざ2人を目の前にしたところで、()めた。

 相談するのは良いが、一体何をどうやって伝えると言うのだろうか。

 

「実は、なのは達全員と関係を持っちゃったんだ……へへ!」

 

 とか?

 ……うん、絶対軽蔑した目で見られる上に最悪家から勘当されかねない。

 それからは? 彼女達のうちのどこかに匿ってもらえば良い?

 ……うん、飼い殺しにされる未来しか見えないね。

 と、このように親に相談したところで決して明るい未来はやってこないのである。

 他のご家庭にしても同じことが言える。

 むしろ「うちの娘に何してくれたんだ?」と激怒して再起不能にされてしまいそうだ

 同じ年代の友達は他にはいないし、頼りになりそうなクロノとユーノも白旗を上げている。

 つまるところ僕は完全に詰みの状態に陥っていた。

 

 もう援軍は期待できない状況の中で――僕はもはや腹をくくることを決めた。

 だって5人に勝てるビジョンは見えないし、もとより彼女達とはずっと仲良しのままでいたいという想いもあったのは事実だ。

 突拍子もないことさえしなければ、彼女達を嫌いにはならない、と思う。

 それだったら開き直って、彼女達との関係を受け入れることが最善の手に思えたのだ。

 

 とはいえ疚しいことをしているという気持ちは持ち続けている。

 せめて彼女達だけでも幸せにするという覚悟は持っているが、やはり周りにバレてしまった時の反響は計り知れない。

 なのは達は「わたし達なら大丈夫だよ」とお気楽モードであるのが、僕の腹痛になおさら拍車を掛けている。

 

 今後どうなっていくのかと、解決しない問に苛まれながら不意に時計を見れば、だいぶ時間が経っていた。そろそろ朝食ができているかもしれないと思い、階段を降りていく。

 リビングに着くと、なのはが鼻歌混じりにテーブルへ皿を持っていっている最中であった。

 

「あっノア君。ちょうどごはん出来てるよ」

「うん、ありがとう」

 

 休みの日ということで本来いるはずの僕の両親は、二人とも仕事に行っている。絵画とかそっち方面の仕事をしていると、基本的に平日休日の境があいまいになるらしい。

 だから僕達がまだ寝ている時間にはすでに出勤しており、今実家には僕となのはしかいない。

 まあ彼女はそれを狙って泊まりに来たのだろうけど、一体どこでその情報を仕入れてきたのやら……。

 それはともかくとして、今のなのはは髪を下ろして服の上からエプロンを着けており、妙な若妻感満載である。

 いやこんな若すぎる奥さんがいたら犯罪なのだが、彼女の場合似合っていて結婚したら良い妻になるんだろうなあと想像する。

 相手? そこらへんのことはちょっと考えたくないですね……。

 僕も料理の皿を運び、テーブルに並んだところでお互い椅子に座って「いただきます」と両手を合わせ、箸に手を掛けた。

 目の前に並んであるのは出し巻き卵と焼き魚、それとみそ汁に白米。僕がいつも食べてる朝食と同じメニューである。

 ……ん?

 初めに味噌汁からいただいてみる。

 一口、二口と飲み進めると白菜や人参、ほうれん草など沢山の野菜の甘みが味噌の塩気と混ざり合って非常に食欲を煽ってくる。

 ……いやこれ完全にうちの母親が作る味噌汁だ。

 

「あの、なのは? この味噌汁随分と食べ慣れた味がするんだけど……」

「ふふっ驚いた? それはノア君のお義母様に教えてもらったんだよ。他のも食べてみて?」

 

 彼女の言うとおりに一先ず出汁巻き卵を食べる。

 ふんわりとした卵の焼け具合に出汁の風味が合わさって食べやすい。

 ……これも母親が作るものと同じ味だ。

 

「え、なんで? いつの間にうちの味を?」

「もー、夏休みの間にノア君の家で教えてもらってたでしょー?」

 

 確かにそんなこともあったなあ。

 え、じゃあ何? なのは達は夏休みの一ヶ月の間にうちの味を完コピしたの? 凄すぎない?

 だとしたら全員天才的な料理の腕があるということになる訳だが。

 驚いた顔でなのはを見ると、彼女はイタズラに成功したような笑みを浮かべた。

 

「本当は夏休み終わってからも練習してたの。何回か失敗したこともあったけどノア君の舌に合ったかな?」

「いや合ったというか、あまりにも馴染みがあり過ぎて……」

「良かったあ。この日の為に練習してきたからね。これで毎日ノア君にお味噌汁を作ってあげられるね!」

 

 それはそのまんまの意味で捉えてもよろしいんでしょうか? 絶対違うよね?

 今から大人になった時のことまで考えているということか。

 そこまで思われているのは怖いと思う反面嬉しいという気持ちもある。

 こんな顔も性格も良い子達と仲良くできるなんて、下手すればこの先一生無いわけで、多分僕は今が一番幸せなんだろうなあと感じている。

 

「……なんか、ありがとうね」

「え、何が?」

「いや、なのは達はこうやって朝食作ってくれたりとか色んなことしてくれるのに、僕だけ何もしてないっていうか……」

 

 そう話すとなのははキョトンと首を傾げた。

 

「何かする必要あるかな? ノア君がいてくれるだけでわたし達は幸せなんだけど」

「いや、それだったら僕じゃなくても良いんじゃ……」

「そんなことないよ? カッコいいし優しいし困ってる人を見かけたらすぐに手を貸してあげるしそれについて見返りも求めないし誰にでも平等に接しようとしてるしちゃんと話を聞いてくれるしわたしが嬉しいことがあれば共感してくれるしいつだってわたし達の前に立って守ってくれるし、あとねあとね――」

「ちょちょちょ、分かったよ、分かったからもうそれくらいにしてくれ……」

 

 軽い気持ちで僕じゃなくても彼女達の彼氏にはなれる、と言ってしまったら、なのはからマシンガンのような反撃を受けてしまった。

 当の本人は「まだ話し足りないのに」と呟いている。これ以上褒め殺しにして僕をどうするつもりなのか。

 

「つまりね、わたしはノア君じゃなきゃ駄目だよってこと。だからそんなこと言われるとわたしは悲しいな」

「……僕はそんな出来た人間じゃないと思うんだけどなあ」

「人って自分のことは案外しっかりと見えてないものなんだよ? ノア君は自分の評価が低いのが欠点かな? そんなところも好きだけど」

 

 駄目だ。何を言っても彼女からは肯定しか出てこない。駄目なところを指摘してくれれば僕も楽なんだけど。

 いっそのこと自堕落な生活をして彼女達の好感度を下げてみるというのはどうだろうか。

 ……いや、そのまま何もかもお世話されることとなって一生彼女達の作った監獄から出られない気がする。

 それだけは辞めろと、僕の第六感が囁いている。

 やっぱり今のままでは彼女達には勝てないようだ。

 何とか彼女達に頼られる人間になりたいと思うのだが、全然良い案が出てこない。

 そりゃあ、最近まで彼女達との距離感を小学校の頃のそれまで戻したいと考えていた人間だ。そうかんたんに気持ちの切り替えはできない。

 彼女達に何かしてほしいことはないか? と聞いてもおそらく「ノア君はいてくれるだけで良いの」という同じ答えしか返ってこないのだろう。

 どうすれば良いか頭の片隅で模索をしながら、僕はなのはの作ったうちの母の完全コピーの朝食を食べ終えた。



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08:花の少女に笑顔を(後)

今回は最後軽く(軽く?)キャラ崩壊があるかもです


 朝食を食べ終えた僕となのはは、ひとまずのところリビングでテレビを見ていた。

 ニュース以外にこれといって見どころのある番組はやっていなかったが、今の時刻は午前8時な上に休日である。

 そんなに面白いものはやっていなかった。

 それに外出するにしろ家の中で遊ぶにしろ、まだ早い時間帯なのでこうやっておしゃべりを交えながらダラダラと時間が進むのを待っているところだ。

 それで、なのははと言うとゼロ距離で僕に引っ付いている。やたら顔が近いし話し掛けてくると耳元がソワソワとこそばゆい。

 だがそんなことで動揺する僕ではない。彼女達と一気に距離が(せば)まったこの1ヶ月間で、あらゆる誘惑をされてきたのだ。

 僕にも大分耐性がついてきた。

 

「今日はこれからどうする?」

「どうしよっか? わたしはノア君といられれば何でもいいんだけど」

「何でもが一番困るなー……」

「じゃあ今から夜までしっぽりする?」

「女の子がそういうこと言うのやめなさい」

 

 僕の頬に手を添えてきた彼女の目の色が変わったが、気付かない振りをして暗に断る。

 だって今は早朝だ。今から夜までって一体何時間あると思っているのか。

 僕干からびちゃうよ? 流石に1ヶ月前の二の舞になるのはゴメンだ。

 なのはがその気になったら大変なことになるので即座に話題を変える。

 

「やっぱり外に出ない? ほら、最近近くで新しいデパートできたみたいだし、そこを歩き回るっていうのはどう?」

「わ、そうなんだ。うん良いよ。……あれこれってデートかな?」

「えーっと、まあ、そうだね。一般的にはデートって言うんじゃないかな」

 

 照れくささからちょっと返答が途切れ途切れになったけど、なのはは僕の言葉を聞いてニンマリと笑った。

 

「えへへ、ノア君とデートかぁ。じゃあ早速着替えてくるね?」

「あ、待って。ちょっとまだ時間がはやい……って聞こえてない」

 

 彼女はすでに僕の私室がある2階へと上がっていた。

 なのはの荷物は全て僕の部屋に置かれている為、必然的にそこで着替えることになる。

 そう考えるとなんか、こう、モヤモヤしてくる。

 だって女の子が自分の部屋で下着姿になったりする訳で、ドキドキしない方がおかしいのではないだろうか?

 ……いや待て。僕まで頭の中ピンクになってどうする。

 なのは達の行動に当てられてか、僕まで彼女達を意識するようになってしまったのに、ここで反応してしまえば彼女達の思うつぼだろう。

 至るところで欲望を滾らせるなんて思春期の男の子じゃないんだから。

 ……思春期の男の子だったわ。

 なんか辛い現実を思い出したけどここは心頭滅却し、テレビから流れる映像に集中して雑念を消すべきだろう。

 

 待つこと1時間。なのははまだ降りてこない。

 さっきは着替えるにはまだ時間が早いと思っていたのだが、彼女にとってみれば早めに行動を起こすのが正解であったみたいだ。

 普段彼女達と遊ぶ時は、当たり前だが、すでに服を着て準備万端なところばかり見てきたものだからあまり気にしていなかった。

 しかし彼女達には可愛く見せたりとか、それ相応の苦労をしてきたのだろうし、その片鱗を一部垣間見た気がする。

 まだ掛かりそうかな、と思ったところで階段を降りる音が聞こえてきた。

 

「ごめんね、服選びに時間掛かっちゃって。すごく待たせちゃったね」

「いや、そんな待ったつもりも無いから大丈夫。じゃあ僕も着替えてくるよ」

 

 なのはと入れ替わるように僕も2階に上がっていった。

 部屋に入ると、きちんと折り畳まれているなのはの寝間着が見える。

 たまに抜けているところもあるが、そういうところはしっかりしているよなあ、と思いながら自分も着替え始める。

 デートという単語を念頭に置いてタンスから服を選び始めると、とりあえず悩んでばかりでもしょうがないので、今日の気分に合わせてパッと決めることにした。

 男が女の子を待つのは良いが、逆だとあんまり印象に良くないだろうなあと思っている。それでも最低限のおめかしはして着替えているけれど。

 少ししてまたリビングに戻ると、なのはが座って待っていたけど僕へ振り返るとともにソファを立つ。

 

「よし、それじゃあ行こっか」

「はーい」

 

 大きく頷いた彼女は僕の手を取って玄関へと急いだ。

 あ、手を繋いで行くのは決定事項なんですね。

 

 

 

 外に出れば涼しい風が僕達の周りを漂っていた。

 季節はすでに夏を通り過ぎ、秋も半ばの10月になろうとしている。

 そろそろ肌寒くなってくる頃だが、今日は天気が味方してくれたらしく、暖かな日差しが降り注いでいた。

 ポカポカ陽気の中普段通る道を歩き、バスに乗って目的地へ向かった。

 しばらく車の中で揺られながらなのはと談笑して目的地に着くのを待つ。

 到着した僕達を待っているのはそれはもう大きな建物だった。

 

 ――いくらデパートって言ったって、これはちょっと大きすぎるんじゃ……。

 本当に大きいとしか言いようが無く、まるでアメリカの巨大な工場とさえ思えてくる。

 何? 月村重工とかでも絡んでるの?

 圧倒されている僕を尻目になのはは僕の手を引っ張って早く早くとせがんでいる。

 

「もー、ノア君こんなところで止まってちゃ駄目だよ? 今日はいっぱい遊ぶんだから急がなくっちゃ」

「ああ、ごめん。ってそんなに引っ張らないで」

 

 なのはに引きずられながら中へと入る。まだ日が昇って間もないというのに、人がごった返しになっていた。それだけ人気のあるスポットということなのだろう。

 とりあえず案内板を見ながら検討をつけることにした。

 これだけ広いと散策してるだけで1日が終わってしまいそうだし。

 

「最初どこ行こっか。……ゲームセンターとか新しいゲームあったりしそうじゃない?」

「良いんじゃないかな。新しいものがあるとなんだかワクワクするよね」

「じゃあ決まりってことで」

 

 なのはの承諾を聞いてから2人で目的地まで向かう。

 ゲームセンターの区域まで歩くと、もうすでにチラホラとゲームをしている人の姿が見えた。

 

「最初どれにする?」

「う~ん、あっ、あのレースゲームのやつやったことないよね? それにしよ?」

「分かった。誰もいないしちょうど良いね」

「うん!」

 

 並んで彼女と座席に座るとお金を入れて始める。

 カウントが終わりスタートダッシュを決め、前に躍り出たかと思えばなのはも負けていなかった。

 彼女はこう見えてもゲームは得意な方なのである。

 よくアリサが新しいものを買ってきては、皆でプレイするのが日常になっていたので自然と色々なゲームの操作方法を覚えているのだろう。

 中々な大激戦を繰り広げた後、最後は僕が1位、なのはが2位という結果になった。

 

「む~悔し~」

「あはは、なのはも惜しかったけどね。僕も赤コウラが出なかったら負けてたよ」

「む~、む~」

 

 なのはが牛みたいに唸っている。別にデートなのだから勝ち負けに拘る必要は無いのだけど、やっぱり負けたら気分は悪いのだろう。

 ということで彼女を宥めながら何戦か繰り返しつつ、彼女が勝てるように自分の順位を調整していたら満足してくれたようだった。

 その後はアイスホッケーなどの対戦できるものを回ったり、UFOキャッチャーで一喜一憂したり、ゲームセンターならではの遊びを満喫していた。

 

 ちょっとはしゃぎ過ぎたのと、ちょうどランチタイムが近付いていた為、カフェへと移動して軽い昼食を取ることにした。

 もっと本格的な物も食べられる店もあったようなのだが、午後からも動き回るのであまり重たくないものがちょうど良いのだ。

 店内で小休止を取りつつ僕達は次の目的地を探すことにした。

 しばらく歩き回って楽しく店巡りをしていたのだが、次のなのはが指差した場所を見て、僕は顔を引きつらせる。

 

「あの、なのは……? ここってどう見ても……」

「うん! ランジェリーショップだよ。ノア君に選んでほしくって」

 

 オシャレ下着店でした。

 華やかな色合いの下着が所狭しと並んでいる。男が入ることの許されない空気が店内からヒシヒシと伝わってきた。

 

「……いや、無理。なのは、僕がここに入ったら通報されかねないよ」

「大丈夫! こういうお店にはフェイトちゃん達と来るけどカップルで入ってくる人も見かけるから!」

 

 それはどんな強靭なメンタルをした男性なのだろう。

 「どっちが良い~?」とか聞かれてマジマジと見つめて「う~ん、こっちかな」とか答えちゃってたらそれはもう変態なのでは?

 僕だったら入った瞬間羞恥心で正常な判断ができなくなりそうだ。

 

「とにかく無理! 僕はここで待ってるからさ。なのはだけで行ってもらえるかな……?」

 

 散々謝り倒して何とかなのはを説得することに成功した。

 彼女は入る瞬間まで「え~」と不服そうだったが、何とか納得してくれたらしい。

 

「でも家に帰ったらどれが良いか選んでもらうからね」

 

 と爆弾を落とされなければ尚良かったのだが。

 

 とはいえいざ待ってるだけとなると暇なものだ。なのははしばらく掛かるだろうし、少し見て回っても良いかなって思えた。

 ちょっとランジェリーショップから離れる。

 周辺の店も下着店が多かったが、その内の1つに気になる店を発見した。

 近付いて店の名前を確認すると、どうやらペンダントの専門店らしい。

 試しに中に入ってみると青や赤など様々な色の装飾品が輝いていてとても綺麗だ。

 こんなところもあるんだなあ、と散策していたところ、1つの物品に目が止まる。

 試しに手で持ち上げてみると、よりその魅力が惹かれてしまった。

 それを見てふと思いついたことがあった僕は振り返ると……。

 

「すみませーん」

 

 と店員を呼んでいた。

 

 

 

「あ、もうどこ行ってたの、ノア君!」

 

 店を出るとすでに買い物を終えたなのはがフロアで待っていた。

 僕が傍を離れたせいか若干プンスコと怒っている。

 

「ごめんごめん。ちょっと気になる物見つけてさ」

 

 そう言うと僕はポケットから小さな箱を取り出して、なのはの前に差し出した。

 

「? なあにこれ?」

「開けてみて」

 

 彼女は言われた通りに箱を開け、中身を確認する。

 そこに入っていたのはピンク色の石を中心とし、それを囲うように縁取られた花の形をしたペンダント。

 彼女は目を大きく見開く。

 

「え、これって……」

「いや、うん、そっち側にあったペンダントショップで見つけたんだ。なのはにすごく似合うなって思って」

 

 ピンクは彼女の魔力色だし、ペンダントの形も菜の花から名付けられた彼女にはピッタリのデザインだと思った。

 だからちょうどこんな物を見つけられた時は、こんな偶然あるんだなって表情が緩んだ。

 

「なのは達からはいっぱい好意を与えてもらってるのに、僕は全然お返しが出来てなかったなって。それで、少しでもお返しがしたいんだ。もし良ければ受け取って欲しい」

 

 とはいえいくら僕がなのはに合っている物だと思っていても、なのはがいらないと感じれば全然意味がない。

 それで顔色を伺ったのだが、なのはの表情は固まったままだ。

 

「あの、なの――わぷっ」

 

 突然なのはが手に持った紙バッグを投げ出すと突然抱きついてきた。そしてそのまま唇と唇が重なる。

 

「!!?!?」

 

 ここはデパートのど真ん中である。

 そんなところでキスなんてしてたらそりゃあ注目の的になる訳で、行く人来る人全員が僕達をギョッとした表情で見ていた。

 彼女の肩を「気付いてくれー!」という思いを込めてパシパシ軽く叩くと、ようやく僕を開放してくれた。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、なのは!? 何してくれてるの!?」

「ごめんね? ノア君からのプレゼントがあんまりにも嬉しくって、つい……」

「ついじゃないよ!? もうちょっとTPOを弁えてね!」

 

 周りを見るのが恥ずかしいが、ここに居続けるというのも地獄だ。

 ここはちゃっちゃとなのはの手を取って退散するに限る。

 

「満足したでしょ? じゃあすぐにこの場を離れて――」

 

 しかし、なのはの瞳にはまだ色欲の欠片が揺れている。

 

「全然満足してない!?」

「ご、ごめんね、ノア君。わたしもう我慢できないかも……」

 

 いつの間にか下着の入ったバッグを拾っていたなのはは、ガシリと僕の腕を捕まえると、暴走機関車のように人集りの隙間を縫うように走った。

 

「ちょ、ま、待ってくれ、なのは、なのはーーー!」

 

 結局、ホテルにお持ち帰りされた僕はなのはに食べられてしまいましたとさ。



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09:運命の少女にご褒美を

 ちょー久しぶりに戦闘シーンを盛り込んでみました。
 詳しく見る方は第三話のあとがきの設定見ておくと多少は読みやす……別にそんなことはなかった。


 無残にも崩れ落ち、廃墟同然と化したビル群を、僕は上から見下ろしていた。

 ここはミッドチルダの都市の内の1つ。

 首都から離れているとはいえ、緑も人の流れも多く、活気に満ち溢れた場所だと記憶している。

 しかし、今現在流れる空気は決して穏やかなものではない。

 ひりつく緊張感の中、僕はただタイミングを見計らっていた。

 

 ──来る。

 

 浮遊していた場所から垂直に上方向へと飛ぶ。

 直後、僕が今その瞬間までいた場所へ巨大な光線が走り抜け、空へと消えていった。

 僕は光が放たれた根本を睨む。

 そこには直径10mはあるであろう巨大な球体が3本の足を使って佇んでいた。

 生き物では決して無い。

 体の構造が全て機械で構成されており、更に点字のように密集したカメラアイがその存在をより不気味に彩っている。

 

 ガジェットドローン。

 

 それが目の前の物体――兵器の呼称だ。

 観測されたのはつい最近のことで、開発者も、開発元も、その行動目的でさえ現在のところ全くの不明とされている。

 分かっていることはただ1つ。ミッドチルダの市民の敵であるということ。

 市街地を中心に突如として現れて街を踏み潰していく為、当然時空管理局の魔導師が出動することとなるのだが、かなり苦戦している。

 その原因はガジェットの特性であるアンチ・マギリンク・フィールド、通称AMFのせいだ。

 これを展開されると、一般的な魔導師は魔法の減衰、または使用不可の状態に陥ってしまう為、ガジェットへの対抗手段を失ってしまう。

 そのため高ランクの魔導師ですら対抗手段が限られてくるというのに、突出した能力を持たない人間では尚更ジリ貧になるのだ。

 僕もそれほど大それたことができる訳ではないが、その限られた手段はこの『手』に持っている。

 しかしこの距離では届かない。僕は大型ガジェットへの突進を敢行した。

 それに反応してか、敵は触手のようにうごめいている砲台をこちらに数本向けると同時に、先程と同じ閃光が放たれ、こちらを襲ってきた。

 バリアジャケットを纏っていなければ簡単に蒸発してしまう程の威力だが、僕は迷わず真っ直ぐに右手を伸ばした。

 そこには僕の腕より二回り巨大なかぎ爪が前腕部を覆っている。

 手のひらの中心で光が走ると、瞬間的に膨大な熱量を発した。

 それは僕の全身をカバーできる程の壁となり、敵の攻撃を防いでくれる。

 光線を掻い潜った僕は、目の前に迫った砲台をかぎ爪で掴んだ。

 

「くらえ!」

 

 右手に魔力を込めれば高熱を帯びた衝撃波が砲台へと伝わっていき、ブサイクな風船のように内側から膨れ上がっていく。

 そのまま握りつぶすと爆発して先のちぎれたただのホースになる。

 ゼロ距離で魔力を放出するのならAMFは関係ない。

 ガジェットからしてみれば、僕の能力は正に天敵と言ってもいいだろう。

 あとは本体を叩くだけだ、と意気込んで体を起こした。が、残った砲塔の1つがこちらを向いている。

 あっやべ――などと考えていると金髪の少女がそれに剣を突き立てた。そのおかげで狙いがズレ、砲撃が僕の横を通り過ぎていく。

 

「ノアッ!」

「ありがとう、フェイト!」

 

 体を翻すして空中へ飛び出す。

 狙うのはガジェットのカメラアイの部分で、そこへ到着した僕は目の中心に抜き手の要領で右手を突き刺した。

 ヒビの入った箇所を無理やりこじ開けるように右手を広げると、より内部へと手を突っ込んでいく。

 限界まで腕を伸ばしたところで、魔力を照射する。

 すると、熱の発生源から一気にブクブクと腫れ上がっていき、それが内部へ伝達していった。

 やがてその現象は全体まで届き、それを見届けた後、僕はその場から離脱する。

 その瞬間、人よりも遥かに巨大なその物体は爆散し、跡形もなく消え去った。

 燃え上がった機械の部品が若干降り注いでいるが、さしたる被害は出ないことだろう。

 これでミッション完了。あとは戻るだけだ。

 そう思い振り返ると、そこには金髪の少女――フェイトの姿。

 彼女は笑って僕の左手を掴む。

 一仕事を終えてだいぶ疲れたが、彼女の手は温かく、なんだかホッとした気持ちで作戦本部へ帰ることができた。

 

 

 

 僕とフェイトは(おか)――時空管理局地上本部からの要請を受けてミッドチルダまで出向いていた。

 目標はもちろん先のガジェット。1週間程前に突然山岳地帯に現れて、足止めを行っていたものの魔導師の被害が増すばかりで、アースラの部隊に応援を頼んだらしい。

 結局都市部の入り口まで入られてしまったが、それ以上の被害を出すことなくこうして戻ってこられた。

 リンディさんと面識があるという作戦責任者の方は、僕達が帰ってくるのを見て、大層喜んでくれた。

 これで今回の任務は終了。

 あとは地球に戻るだけなので外を目指して廊下を歩く。

 

「いやーそれにしてもさっきのは肝を冷やしたよ。フェイトがいなかったら危なかったよね……」

「もう、油断大敵だよ? 私が間に合ったらから良かったけど、一歩間違ったら大怪我したかもしれないんだし」

「うん、そうだね……。もうちょっと気をつけなきゃな」

「本当だよ。ノアの体はもう1人のものじゃないんだからね」

 

 その言い方だとフェイトが妊娠してるように聞こえるから()めてもらいたい。

 ……え、大丈夫だよね? 流石にこの年で刑務所のお世話にはなりたくないよ?

 

「それで、私はノアのこと助けたよね?」

「え、ああ、そうだね。ホントありがとう」

「……助けた、よね?」

「え、あの、フェイトさん?」

 

 フェイトが僕の顔を「じー」と見つめてくる。

 正直、彼女の求めている答えが分からない。というかフェイトの瞳が僕を捉えて離さないので全く落ち着かず、考えに集中できない。

 とりあえず顎に手を当ててうんうん唸っていたら、彼女は自分の胸元に僕の手を引き寄せた。

 急に何!? と驚いていると、彼女はちょっと怒ったような顔を作る。

 

「も~、私にノアからご褒美がほしいってこと。最近全然私のこと構ってくれなかったから寂しいんだよ?」

 

 ああそういうことか、と納得した。

 確かに管理局の任務やらなのは達の誰かかしらに引っ張られて、ここ2週間程フェイトと二人っきりでいるということは無かった。

 

「う、うん、ごめんよ。フェイトの言うこと何でも聞くからさ、それよりも……」

「どうかした?」

「いや、この手を離してほしいなって」

 

 未だに僕の腕はフェイトの両手に掴まれ彼女の胸の中。こんなことを他所様の廊下でやってるとかちょー気まずいのである。

 

「こうしてるとノアに気持ちが伝わるかなって思ったんだけど、駄目?」

「駄目。こういうことを外でしないって約束したでしょ」

 

 1ヶ月前、僕はなのはとデートに出た訳なのだが、そこでの軽はずみな行動が原因でなのはを暴走させてしまった。

 あれは本当に参った。何せ公の場でキスするところを見られてしまったのだから。

 これが1人と付き合っている時なら良い。いや全然良くないのだが、中学生のカップルがなんかすごいことをしてるなーくらいで済むだろう。

 だが今の僕は5人の女の子と付き合っている訳で――よくよく考えなくても最低だなこれ――あんなことがこれからも続くのであれば、いつか確実に周りにバレてしまうことになる。

 ただでさえ薄氷を()むが如く危ない道なのに、これでは地雷原を自転車で爆走してるのと変わらない。

 そこで僕は5人に1つだけ約束をした。

 それが「外、あるいはひと目につくような場所でのボディタッチを禁止する」というもの。

 不満は出たが、こうしなくては僕の命がいくつあっても足りない。だから粘り強く説得して何とか約束を取り付けることに成功した。

 だからこのような場でフェイトに密着されると困るのだ。

 

 ……それに、やたらと視線を感じる。

 海――次元航行部隊に属する人間は僕とフェイトしか今この場にはいない。

 なので当然陸の人達のものなのだろうが、それらはあまり歓迎されていないということが読み取れる。

 それは当然で、基本的に海と陸の仲は悪い。

 まあ海が優秀な人材を掻っ攫ってしまうということもあるのだが、縄張りに入ってきた者を快く思わないのは人間の(さが)ということなのだろう。

 今回に至っては自分達の手柄を取られた、という思いもあってか尚更不機嫌なように思える。

 それに、今の僕達は廊下の真ん中に陣取ってイチャついているようにも見えるだろう。

 自分達の敷地内でそんなことされたら激怒する気持ちはよーく分かる。

 何が言いたいかというとめちゃめちゃお腹痛い。

 味方と呼べる人がいない中で負の感情に晒されていたら逃げ出したくなるのが必然。

 なので早急にこの場を離脱したいのだが、その前にフェイトを説得しなければならない。

 

「分かった、分かったから手を離してほしいな。僕はいつでもフェイトの欲しいものあげるからさ」

「ホント? 約束だよ?」

「うん約束は守るよ。だから早くここを出よう」

「分かった。……何してもらおうかな~」

 

 フェイトはすぐさま僕から離れて歩き出した。

 一体何をされるんだろうかと若干怖いが、今はとにかくこの場を離れたかった。

 それにしてもこの状況下で、スキップでもするかのような笑顔でいられるフェイトは一体どうなっているのだろう。

 執務官になるにはそれくらいのメンタルが必要ということなのか……。

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―

 

 任務を終えた週の終わり、フェイトは僕の家まで来ていた。

 

「いらっしゃい、フェイト」

「こんにちは、ノア」

 

 私服を着てやって来た彼女の手には大きな紙袋と肩にはバッグを引っさげている。

 紙袋の中身が何なのかは不明だが、教えてくれと頼んでも断られそうなので、それについては何も言及せず家に上げた。

 

「じゃあ私ちょっと着替えてくるから、覗いてもいいよ?」

「うん覗かないでおくね」

 

 居間に着くとフェイトはバッグを下ろし、紙袋だけ持って僕の部屋へと上がっていたが、客間があるんだから普通そっちを使うんじゃないかな?

 私室へ当たり前のように侵入してくると僕のプライベートも何も無くなるわけで出来れば自重してほしいのだが……。

 最近どんどん遠慮がなくなってきてる気がする。

 いつかここが自分達の家とか言い出したらやだなあとか考えることもあるが、流石にそんなことはないと思いたい。ないよね?

 

 しばらく待っているとフェイトがリビングへ降りてくる。

 だがっている衣服は彼女が今まで着ていたことなど無いものであった。

 黒のワンピースは肩の部分が膨らんでおり、一体化したスカートはくるぶしまで届いている。

 その上に纏っているエプロンは普通のものとは違い、裾や肩に掛けてフリルがふんだんに取り付けられている。

 頭にはリボンの付いたカチューシャが乗せられており、これでもかと言うくらいメイドであった。

 

「え、なんで……?」

 

 まさかそんなものを持ってきているとは思わず、素で聞いてしまった。

 あんぐりと口を開けていると、フェイトはしてやったりという顔で笑った。

 

「すずかの家から借りてきたんだ。『何に使うの?』って聞かれたからノアのためにって答えたらすぐ渡してくれたよ」

 

 あのお嬢様、自分の家の使用人の服を勝手に貸し付けて良いのだろうか……。

 しかしそれよりも気になることがある。

 

「僕がフェイトにご褒美を上げるって話だよね? それ着てたらおかしくない?」

 

 それは人にお世話する時に着る服であって、お世話される側が着てたら頓珍漢なことにならないだろうか。

 

「おかしくないよ。今日はノアにご奉仕する為に来たんだから」

「……うん? フェイトが、僕に?」

「そうだよ。私ね、メイドのお仕事にすごく憧れてたんだ~。だからご褒美を使ってノアのお世話をするの」

「いや、それで良いの?」

「良いよ? だって私が好きでやることなんだもん。だから遠慮なく命令してね?」

 

 命令してね、と言われましても急には思いつかない。別に一緒にテレビ見るとかじゃ駄目なのだろうか。

 そんなことを考えていたら、フェイトが「めっ」と人差し指を唇にくっつけた。

 

「何もしなくて良いとかじゃ駄目。これが私にとってのご褒美なんだからちゃんと命令してくれなきゃ嫌だよ」

 

 しっかり釘を刺されてしまった為、要望を出さざるを得なくなってしまった。

 しかし複雑なものは思いつかないので、一先ず簡単なものにしてみようか。

 

「……じゃあ、家の掃除でもしてもらおう、かな」

「はい、かしこまりました、ご主人様」

 

 あ、もう役に入り込んでいる。

 フェイトはペコリとお辞儀すると、早速清掃用具を手にリビングから順番にはじめていった。

 まず掃除機を使って全体のホコリを取り終わったら、水を絞った雑巾で床を二度拭きしている。その後はハンドモップで高いところまで掃除したり、台所まで綺麗にしていた。

 正直今の所文句の付けようがない程の完璧な仕事ぶりだ。

 彼女の働く姿を見て、ふと思ったことがあった。

 

 ――メイドさんっていうのも、良いなあ。

 

 決してフェイトに欲情してる訳ではないのだけど、メイドという職業は月村家で毎日のように見てきたから、その存在に慣れてしまっていたのだ。

 しかし、今ここにいるのは同世代の、しかも完璧すぎるくらい顔の整った美少女であり、なんかこう、胸にくるものがあった。

 これが『萌え』というものなのだろうか。

 ジーッと思わず見とれてしまっていたのがフェイトにバレたのか、彼女は窓拭き掃除を止めて振り返る。

 

「どうされましたかご主人様」

 

 コテンと首を傾げた彼女に対して慌てて言い訳を考える。

 

「い、いや、自分で言ったことなんだけどこんなことさせて悪いな~って……」

「も~、そういうこと言うの禁止。今日の私はご主人様の命令があれば何でもするから」

 

 そう言って再び掃除に戻るフェイト。

 何とか誤魔化せたが、少し怒らせてしまっただろうかと思った。

 けどすぐに鼻歌が聞こえてきたのでその心配はなさそうだ。

 

 2時間程でフェイトは家全体の掃除を終わらせ、もうご飯時となっていた。

 お礼として僕が作ろうかと思ったのだが、それもフェイトが自分でやる、と言って自ら綺麗にした台所に立っている。

 今日の昼ごはんはオムライスのようで、彼女はちゃちゃっと作ってしまっていた。

 一口掬って食べてみれば、黄身の滑らかさとケチャップライスのしっとり加減もバッチリで、思わず「美味い」と声に出していた。

 すると向かい側に座って頬杖をついていたフェイトがニコリと笑う。

 僕はずっと見られていることが気恥ずかしくなって、なるべく視線を下に落として食べ続けた。

 食事が終わるとフェイトが次の指示を仰いできたけれど、本当にやってほしいことがない。

 今の彼女の状態からすると、多少無茶なお願いでもすぐに実行するのだろう。

 しかし、僕の方がそれを望んでいないので、ここらで普通に着替えてほしいというのが僕の要望である。

 金髪のメイドさんが家の中にいるっていうのも落ち着かないしね。

 なのでそれを伝えたのだが、彼女は頬を膨らませて「じゃあ私が勝手に決めちゃう」と宣言した。

 フェイトは耳かきを持ってソファに座ると、膝をポンポンと叩いている。

 言わんとしてることが分かる。しかし後が怖いのでおとなしく従うことにした。

 僕が横になって彼女の柔らかい太ももに頭を乗せると、耳掃除が始まった。

 触り方は優しいし、カリカリと気持ちの良い場所を的確に突いてくる。正直すごく心地良い。

 このまま眠ってしまいそうになるが、側頭部の感触と意識を総動員させることで何とか起き続けている。

 右側が終わると今度は左。

 あまりの気持ちよさに頭がとろけてしまいそうだった。危ない危ない。

 これでフェイトのメイドもおしまいになってくれれば良いなと思っていたのが、やはり甘い考えだったようだ。

 耳掃除が終わると、今度はマッサージをすると言ってきた。

 ソファにうつ伏せになるとフェイトが馬乗りになって僕の体を触り始める。

 ほんとどこで覚えてきたのかは知らないが、力の入れ具合とか揉む箇所とか的確で、さっきの眠気も加算されて段々瞼が重くなり、自然と意識を手放してしまった。

 

 ……起きた時にはすでに夕方で、僕が覚醒する時間を読んだのか、すでにお風呂にお湯が張っていた。

 起きて早々お風呂に入れるなんてサイコーだなあ、とかぼんやり考えていたのだが、ふと自分のことを鑑みると顔を青くする。

 

 ――あれ、これ駄目人間にされてるのでは?

 

 と。

 マジで今日何もしていない。

 自分でやったことと言えば着替えと歯磨きとご飯を食べることくらい。

 両親は先週から県外に行っていて今は僕だけ。それなのにこんな快適さを覚えてしまったら、1人で生きていけなくなってしまう。

 まあ両親がいない時は5人が代わる代わる来るのだが、こんな自堕落な自分を見られるのは、流石にやだなあと思ってしまう。

 

「どうしたのノア。お風呂に入っても良いんだよ?」

「え、あ、ああそうだね。今入るよ」

 

 ヤバイヤバイと考えていたらフェイトの言葉で我に返る。

 まあ今は考えても仕方がない。とりあえず風呂に入ろう。

 フェイトには乱入してこないように言っておいた。一応命令に入るだろうから今の彼女だったら従う、はず。

 服を脱いで湯船に浸かると、大変良い湯加減であった。

 また駄目になりそうになるが、気をしっかりと持つ。ここで力を抜いたら僕は二度と立ち直れないだろう。

 さすがのフェイトだって夜には帰るだろうし、そうすればこの時間もおしまい。明日からはまた元通りの生活に戻れる。

 若干名残惜しい気もするが駄目人間になるよりはマシだ。

 これから何も無いことを祈りつつ、決意新たに僕は風呂から上がった。

 

 ……が、まさか朝までフェイトに永遠甘やかされることになるとは、この時の僕は考えもしてなかった。




 途中全然話の終わりの着地地点が見えずだいぶぐちゃぐちゃになってしまったように思えます。お見苦しいものをお見せして申し訳ありません。

※さて、次話を書くネタが完全に尽きました。
そのため皆様にリクエストでもさせていただこうかなと考えております。
 残り3人のヒロインでこうしてほしいというシチュエーションをメッセージか、活動報告欄に募集概要を書きますのでそちらに何卒意見をお願いいたしますm(_ _)m


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10:夜天の少女からのサプライズ

 とりあえず完成。相変わらずラストの書き方が分からないのでアドバイスくれると有り難いです。
 亜蘭作務村さんのリクエストより


「家族旅行?」

「うん、もう秋も終わりやん。せっかくやからシグナム達も連れてゆっくりできる場所に行きたいな思うてなー。んで定番なんは温泉やろ? 良いとこ探してもう予約も取ってあるんよ」

 

 僕達が今いるのはミッドチルダの郊外に建てられた一軒家。なのはとフェイト、そしてはやての3人が共同で借りているという借家だ。

 ここは、そう、5人から一斉に告白された場所であり、僕のトラウマ……もとい思い出の場所となっていた。

 ここにいるのには理由があって、はやてと共にこなす管理局の任務があり、一緒にミッドチルダにまで来ていたのだが、地球に帰ろうとしたところで戻る為の船が欠航しているのだ。

 ホテルとかでも良かったんだろうけど、折角金を払って借りている場所を空き家にしておくのは勿体ないということで借家に泊まることが決まった。

 まだ使う予定では無かったとの話なので家具はほとんど置かれていないが、最低限の食器類と備え付けのキッチン、そして無駄に広いベッドが置かれているため一泊する分には問題ない。

 そこで朝食を取っていたところ、はやてが先の話題を出した。

 

「へー、まあ確かに最近ははやて達も働きづめだったもんね。どういう旅館なの?」

「ちょっと待ってな。……ほらここ」

 

 テーブルを挟んで座っているはやては身を乗り出すと、こちらに通信端末の画面を見せてくる。

 そこに写っていたのは大豪邸のような見栄えの外観で、写真をスライドさせると趣のある内装が確認できた。

 非常に上品な建物であり、はやてが心惹かれたのもうなずける。

 

「すごいね。こんなところもあるんだ。よく見つけられたね」

「えーとな、幸恵(さちえ)さんって覚えてる?」

「ああ、9歳までのはやての主治医だよね」

 

 本名は石田(いしだ)幸恵(さちえ)さん。海鳴大学病院の医師であり、まだ車椅子に乗っていた時期のはやてに真摯に接しくれた人だ。

 

「そうそう。その人がな、この前連絡した時に温泉旅館に行ったって話してて、それがここだったんよ。ペットも大丈夫だから安心だって言ってくれて」

 

 ペットとはどう考えてもザフィーラのことだろうが、幸恵さんはあの体格でペットという言葉が通用すると思ったのだろうか。

 どう低く見積もっても大型犬以上だし、ぶっちゃけオオカミとかそっちの類にしか見えないが、他のお客さんが驚かないか心配である。

 ……あまり深く考えない方が良いな。はやては喜んでいるようだし。

 

「ま、まあ何はともあれ楽しんできなよ。八神家全員で予定が合う日なんて中々無いだろうからね」

 

 見送りに行くくらいはするつもりだけど、僕もその日は何も無いし、珍しく誰も家に来る予定も入ってないのでゆっくり休める。

 が、はやてはキョトンした顔で僕に一言告げた。

 

「何言っとるん? ノア君も行くんよ?」

 

─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ―

 

 1週間後、僕は八神家の面々と共に温泉旅館まで移動していた。

 目的地は高速バスで2時間半の時間を要する場所にある。

 自然に囲まれた場所に位置するため民家などは近くにあまりないものの、温泉街は大勢の人で賑わっているらしい。

 それだけ名の知れたところなのだろう。

 今から楽しみだという気持ちはもっているけれど、同時に自分が場違いな人間なのではないかと不安になってくる。

 それについて1週間前にはやてに「家族で行くものなんだから僕がついて行っちゃ駄目でしょ」と抗議したのだが、彼女からは何ともなしに。

 

『え、ノア君は未来の旦那様やない。そんなんもう家族と一緒や。何も問題あらへんやろ』

 

 と素で返された。

 まあ彼女も9歳までは1人で生きてきたから、家族に対しては並々ならぬ感情を抱いているというのは知っているので、未来の旦那様発言は置いといて強く出ることもできなかった。

 しかし彼女は僕の分の宿泊費まで負担しようとしていたので、流石にそこまで面倒見てもらうことはできないという思いから自己負担分のお金は出しておいた。

 それはもういい。双方協議した末に納得したものだから。

 それでも悩みのごとは消えない。なぜなら僕の不安ははやてでは無くシグナム達についてのことだからだ。

 ぶっちゃけてしまうと彼女らに、未だにはやて達とお付き合いしているということを伝えてない。

 自分達の主を含めて5股してるとか、その場で斬首されてもおかしくない所業である。それを考えると夜も眠れない状態が続いていた。しかし。

 

「なんだよノア。死んだような(ツラ)しやがって。あたしのお菓子食うか?」

「あ、うん、ありがとう。いただくよ」

「もうヴィータちゃん、今から食べてるとお夕飯がお腹に入らないわよ。ノア君も間食は控えた方が良いんじゃないかしら」

「そ、そうだねシャマル」

 

 ヴィータやシャマルのこちらへの接し方を見るにまだバレてはいないらしい。バレてたらこんなに親しく接してくることはないだろうから。なのではやてがシグナム達に話したという線はなさそうである。

 こちらが話さない限りは問題なさそうだが、絶対にいつかはバレだろう。

 だったら今の内に伝えておいた方が傷は浅そうだとは思う。しかし僕もまだ死にたくはないのだ。

 結局先延ばしにしそうだし、彼女らに本当のことを伝えていないという不義理が、今回の旅行を心から楽しみにできていない理由である。

 そうは言っても時間は流れていくもので、山ばかりだった景色に民宿や食堂が見え始め、ああ近付いてるんだなあ、と思ってしまった。

 数分後にはパンフレットに載っていたものと同じ景色が広がってきて、バスが徐行し始める。

 やがて国道から1つの横道に入っていくと、目的地はもう目の前であった。

 

 バスから降りると、長時間座りっぱなしで凝り固まった筋肉をほぐすように背伸びしてから、目の前の建物を見上げた。

 旅館は僕が思っていたよりも何倍も風雅な館であった。

 

「何というか、我々も色んな時代の建築物を見てきたが、ここまで綺麗だと思えたのは初めてかもしれないな」

 

 シグナムの言葉にヴィータ達も頷いている。

 

「すっげーよなー。あたしテンション上がってきたぜ!」

「こらこらヴィータ、あまりはしゃがんといてな。早く入って受付せな後ろがつっかえてまうやろ」

 

 ヴィータは今にも走り出しそうだったが、はやてにたしなめられながら旅館の入り口をくぐり、僕達もそれに続いていく。

 中も随分丁寧な作りがされており、まるで伝統的な日本建築をこれでもかとつぎ込んだような美しさがあった。

 その眺めにうっとりとしている内に、はやてはチェックインを済ませており、従業員に部屋を案内してもらうことに。

 その眺めはというと――。

 

「いや広いな、これは」

 

 5人プラス1匹だと手狭に感じるかと思ったが、全然そんなことはない。

 八神家のリビングよりも広いと言えばその規模が分かるだろうか。

 大きなテーブルが2つ続けて並んでおり、8つの座椅子、それにテレビや冷蔵庫まで完備されている。

 

「へえ~、くつろぐ場所と寝室が分かれてるんやねえ」

 

 はやても驚きながら部屋を散策している。やっぱりネットの中のサイトやパンフレットだけじゃ伝わらないところも多いのだろう。実際に来て良かったと思えるくらいには雰囲気は良かった。

 ヴィータと共に部屋を歩き回っていたはやてが押入れを開けたところで、宝物を発見したような声を上げる。

 

「あっ浴衣あるやん。折角やから皆で着替えようよ」

「ふむ、旅館に泊まる時は必ず着るのでしたか」

「おーなんか良いなあ。はやて~着替えさせて~」

「しょうがあらへんな~。はいヴィータばんざーい」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってね!?」

 

 早速ヴィータの服を脱がせようとするはやてを慌てて止めた。ここで着替えられたら非常に困る。

 

「どうしたん、ノア君」

「いや、僕とザフィーラもいるんだから急に服脱がせないでよ!」

「あーそうやった。私は気にせんけどなあ~。どうせもう、はだkわぷっ――」

 

 とんでもない爆弾発言をしようしたはやての口を瞬時に抑える。ここで暴露して畳を血の海にしたいのだろうか。

 はやてを慕う守護騎士達にもう行くとこまで行ったことを知られれば、きっと冷静ではいられない筈だ。

 

「と、とにかく、僕達は隣の部屋にいるから、準備できたら声を掛けてよ」

 

 ザフィーラを小脇に抱えると、僕はそそくさと移動してふすまを閉める。

 何とか逃げ出せたことでふうっと息を吐く。

 最近はやてを含めた5人の男女の距離感がおかしい気がする。このくらいの歳だったらもっと羞恥心とかあっても良い筈なのに……。

 

「……はやてってザフィーラの前でも平気で着替えたりするの?」

 

 今この場にいる唯一の同性であるザフィーラを抱えたまま聞いてみた。

 別に大型犬サイズの彼を持ち上げてる訳ではない。

 今のザフィーラは小型犬サイズまで縮小している。

 何でもアルフに『こいぬモード』の方法を伝授され、それを元に獣化形態を再構成してみたらしい。

 おかげでペットケースにも入り、道中何の問題も起こらずにここまで来ることができた。魔法ってたまにすごいことできるよなあ、と関心してしまう。

 

「いや、家では脱衣所かご自分の部屋でしか着替えたりすることはない」

「そっかー、そうだよね。なんで皆僕の前だとあんな無防備になるんだか……」

 

 一度しっかり言っておいた方が良いんだろうな―とか考えていると、ザフィーラがこちらを見上げていた。

 

「……ノアよ」

「うん? どうかした?」

 

 少し顔を下げて思考しているように思えるが、子犬姿の彼は首を横に振る。

 

「……いや、なんでもない」

 

 明らかに何か言いたそうにしていたから身構えていたのに、そこで止められてガクッとしてしまう。

 その言葉の先に何があるのかすごい気になり、問いただそうとしたのだが、準備できたでー、と扉の向こうからはやての声が聞こえてきて断念せざるを得なかった。

 

「じゃーん。ノア君どうやろか?」

 

 ふすまを開けると、女子達はみな色とりどりの浴衣に身を包んでいた。

 はやては白色に花の模様を重ねた浴衣に、青紫色の羽織を重ねている。濃い色をしているが、それでも彼女の整った顔立ちと落ち着いた雰囲気が相まってとても似合っていた。

 

「うん、すごく可愛いと思うよ」

「えへへ、良かったぁ。それじゃあ外に出よか」

 

 はやてはにっこり笑うと僕達に外出を促す。それにヴィータも「おー!」と拳を掲げてそれに習った。

 

 秋風に(あお)られて空を舞う紅葉が温泉街をより鮮やかに彩っている。

 そこかしこから下駄の鳴らすカロンコロンという音が聞こえ、なんとも耳心地が良い。

 周りを見渡せば大通りで客を集める店が目立っている。そこに吸い寄せられるかのように、ヴィータは笑顔を浮かべながら走っていった。

 現在、僕はヴィータとシグナムの3人で温泉街を歩いている。

 最初は全員で見回るのつもりだったけれど、はやての「大勢で歩けば通行の邪魔になるから」という意見もあり、3:3で分かれて歩くこととなった。

 てっきりはやては僕と一緒に行くと言うのかと思ったが、今日は家族旅行であり、守護騎士達のことを優先するのかと思って特に気にしていない。

 今は目の前のことを楽しむとしよう。

 こっちにはやたらテンションの高いヴィータがいるから退屈するということもなさそうだ。

 ……やたらとこちらをチラ見してくるシグナムが非常に気になって、目の前の景色に集中できないが。

 旅館を出て数十分程したところで一旦休憩を取ろうと、近くにあった和菓子屋の前の椅子に3人で座ることにする。ヴィータは別の屋台を見つけてまた飛び出して行ったが。

 注文した団子も届き、一口食べる。しその葉の風味も良く、甘すぎない上品な味に舌鼓を打つ。

 この後夕食も待っているので食べすぎてはいけないのだが、これならいくらでも食べられそうだ。

 ちょっと夢中になっていたことから、隣のシグナムが何かの覚悟を完了させていたことに気が付かなった。

 

「なあ、ノアよ」

「うん?」

 

 湯呑をすすりながら、シグナムに返事をする。すると彼女は意を決したように口を開いた。

 

「その――主はやてとはどこまで行ったのだ?」

「ぶふッッ!」

 

 突然の強襲をくらい、僕はお茶を吹き出してしまった。

 

「ゲホッゲホッ……え、あの、どこまでとは?」

「付き合っているのだろう? それは主はやてから聞いている。……なのはやテスタロッサ達とも関係を持っていることも」

 

 あ、これ終わったなと思いましたよ。

 シグナムは目線を下げているから、その瞳にどのような感情が込められているのか読み取ることはできなかったが、殺意にまみれていることは想像できる

 もはや弁明の余地なし。僕は潔く彼女に首を捧げることを決めた。

 ベンチから立って、シグナムの前に立つとそのまま頭を下げる。

 

「どうした?」

「……せめてはやて達に遺言を残した後で殺してください」

 

 思えば短い人生だったなあ。

 はやて達と出会い、皆で仲良く過ごして、最後には全員に無理やり襲われて……一体僕はどこで道を間違ったのだろう。僕はただ、皆が幸せになれることを願って行動してきたのに。

 軽い走馬灯が見えていた僕に、シグナムは慌てた様子で手を振る。

 

「ま、待て! 何か勘違いしているな!? 私はお前を責めようとは思っていない!」

「……え?」

 

 頭を上げると彼女はとりあえず座れ、と自らの隣を手で叩いた。

 一先ず腰を掛けることにする。

 

「いやでもさ、僕1人に対して女の子5人だよ? そこにはやても混じってる訳で……。普通怒るなりするところでしょ?」

「う、うむ。しかし私達が存在していた時代では一夫多妻というのも珍しいものでは無かったからな。それについては特に言及しないでおく。まあ困惑しなかったと言えば嘘になるが、ノアが主達を誑かしたでのはないというのは聞いている。全て主達が仕組んだことだと」

 

 シグナムの話を聞くに、はやては事の顛末を全て話したのだろう。普通だったら僕から距離を取ろうとするだろうに、確認しようしてくるのはシグナムの真面目すぎる性格故か。

 

「お前は我らの罪を軽くしようと手助けまでしてくれた。そのことについては深い恩義がある。だから主はやてのことは任せられると思っている。が、本当に良いのか? お前は5人の女をしっかり養っていく覚悟はあるのか?」

 

 シグナムの目がしっかりとこちらを見据えてくる。

 威圧されそうになるが、ここで引いては彼女達に面目が立たない。

 

「できるかどうかは分からないけど、自分がやったことの責任は取るつもりだよ。今は頼りないかもしれないけど、はやて達に見合う男にはなりたい」

「……そうか。それだけ聞ければ十分だ。試すようなことを言ってすまない。私はお前を人格者だと思っているし、変な間違いは起こさないだろう」

 

 いや今の状況自体が間違いだというツッコミを入れたかったが、折角シグナムが真面目な話をしているのに腰を折るような真似はしない。

 しかし良かった。まさかシグナムに認められることになるとは。

 守護騎士達のリーダーがその通りなら他のメンツも問題ないと思っているということか。

 一先ずのところ不安は取り払われたが、はやてが不幸な目に合った時はその限りではないだろう。そうなれば今度こそ僕の頭と体がお別れすることになりかねない。

 これからより一層はやて達の行動を注視しなければならなくなったが、今日のところは一件落着だ。

 そろそろ旅館の方へ戻る頃合いだろうから、あとはヴィータを待つだけだ。

 もう問題も起こらないだろう、と思っていたのだが……。

 

「それで? 主はやてとはどこまで行ったか聞きたいんだが」

「……え」

「いやなに、主はやてからノアに対する惚気(のろけ)話は毎日聞かされるが、それ以上のことは直接お前から聞けと言われてな、今日という日を待っていたんだ」

「いや、それは、その……」

 

 シグナムがめっちゃグイグイ来るもんだから気圧されてしまう。

 ……性格変わってない?

 今まで戦いの中生きてきたから逆にそういうこと興味があるのだろうか。

 結局、ヴィータが戻ってくるまでに散々念話で質問責めされ、あれやこれやと根掘り葉掘り聞かれることとなった。

 

 

 

 

 旅館へ戻ってきて数分。

 僕達は部屋まで到着したが、はやて達の方はまだ帰ってきていないようだった。

 さてどうしようかと思ったのだが、旅館に来たからにはやはり温泉に入らなければならないだろう。

 ここにいてはまたシグナムから話を蒸し返されそうだしね。

 シグナムとヴィータはどうするのかと聞いたら、はやて達を待つとのことだった。

 それなら貸切風呂を使わせてもらおう。

 はやてはここに来る前に予め予約を入れておいてくれたらしい。

 そのおかげで誰の目も気にすることなく、ゆっくり自分のペースで温泉に入ることができる。これを使わない手は無い。

 早速タオルなどの一式を持って風呂場まで向かう。

 

 脱衣場はこじんまりとしていて、1人でも落ち着かない気持ちになるということ無さそうだ。

 そこを抜ければ、日が暮れかかっている空が見える露天風呂が設置されている。

 体を洗い、全身を湯船に浸すと自然とため息が漏れ出る。ここには僕しかいないのだから誰かにそれを聞かれる心配も無い。

 お湯の上に浮かぶ檜桶(ひのきおけ)にタオルに置いて夕焼け空を見上げる。

 やばい。湯加減も開放感も最高だし永遠と入ってられそうだ。

 時間に囚われない入浴というのはこんなにも気持ちの良いものだったのか。

 小学生の時も、なのはやアリサ達と温泉に行ったことはあったが、その時は士郎さんや恭也さんと一緒だったからこんな気分にはなれなかった。あとは幼すぎていまいち温泉の良さに気付けなかったというのもある。

 今はしっかり実感できていて、年を取って良かったなあと思う。

 

 それからしばらくボーッと浸かっていたところで、不意に後ろの扉がカラカラと開く音が聞こえた。

 あー誰か入って来たんだなあ、とか呑気に考えていたのだが、いや待てそんな筈はないと我に帰る。

 あまりの気持ちよさに気が抜けていたが、ここは貸切風呂だ。

 シグナム達にもちゃんと言っておいたし誰も入ってくる筈ないのだが、ここで構わず来る人間は1人しかいない。

 

「おー、すごい開放感やねえ~」

「は、はやて……!」

 

 もう既に声で分かる。僕は反射的に振り向きそうになるのを必死で堪えた。

 そうは言ってもはやてはペタペタと岩のタイルを歩いて近付いてくる。そうして僕のすぐ真横のお湯に手を突っ込んでるのが見えた。

 

「うん、いい湯加減や」

「えっと、なんでここにいるんでしょうか……?」

 

 緊張からか思わず敬語になっていた。斜め後ろからフフッという笑いが漏れる。

 

「だって、部屋に帰ってきたらノア君の姿ないんやもん。ヴィータに聞いてみたら貸切風呂の方にいるって聞いて、そのまま来たんや」

 

 おのれヴィータ、裏切ったな。

 まあ僕とはやてじゃ好感度の差は月とスッポンだろうから致し方ないとも言えるのだが。

 はやては僕のそばから一旦遠ざかると備え付けの洗い場に向かったようだった。若干遠いところから声が届く。

 

「折角の貸切なんやから最初はノア君と2人でって思っとったのに~。ノア君先に入りよるんやもん」

「言われてなかったからね! それにしたって男が入ってるのに、そこに乗り込むっていうのもどうかと思うよ!」

「駄目かな~。ノア君だってもう立派な家族なんやし私は全然構わへんのやけど」

「僕が構うんだよ!」

「む~ノア君のいけずぅ」

 

 はやてが構うことなく体を洗っている。

 もう音だけで何をしているのか分かってしまうもので、今髪を洗っているんだなとか腕の辺りを洗っているんだなあとか筒抜けである。

 しかも彼女と僕を遮る壁はないので、より一層彼女の存在を間近で感じてしまう。

 僕は目を瞑って身構えることを選択した。

 はやてに対して出てけなんて言えない。そんなことをしたらこの涼しい気候では確実に風邪を引いてしまうことだろう。

 悲しいが、こんな状況では男が我慢するしかないのだ。

 しばらくすると、はやては全身洗い終わったようで、足音を響かせながら僕の隣に座った。

 

「な、なんで隣に来るのさ」

「離れて座るのも何か違うんちゃうかな」

「これだけ広いんだから好きなところに行っても別におかしくないと思うよ」

 

 自分で言ったものの、これは違うなって思った。赤の他人ならいざ知らず知人や、それこそ家族であったなら近くに座るものなのかもしれない。

 しかし僕の発言に対して、はやては何故かスススと僕に体を寄せてくる。

 

「私の好きなところはノア君の隣やもん」

「うっ……」

 

 はやての甘い声につられて、つい彼女の方を振り向いてしまった。

 形の良い胸やこぶりなお尻が目に入ってきて速攻で反らす。

 

「そんな反応されたら傷付くなあ」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃないんだけどね、つい……」

「皆の裸見てるんやから平気やと思うんやけどなあ」

「見慣れるなんてことないでしょ。その、はやて達は綺麗なんだし……」

 

 自分で言ってて恥ずかしい。それにはやても喋らなくなって非常にいたたまれない。自分の顔は見なくても真っ赤になってることだろう。

 すると、突然柔らかい感触が背中に当たった。

 

「は、はやて!?」

 

 今、僕ははやてに抱きつかれていた。胸元に手を回されて逃げることもできない。

 

「も~、ノア君は可愛いなあ。そんなところが好きなんやけど」

「は、離してもらえない……? この状態だとちょっとヤバイんだけど……」

「私はかまへんよ。ノア君だったらなんでも受け入れられるで」

「いやいや、場所を考えてね!? 部屋でヴィータ達も待ってるんだから」

「む、確かに」

 

 僕の言葉にはやては渋々といった感じで離してくれた。

 まだ油断することはできないが、これでちょっと落ち着ける。あのまま理性を削り取られたらはやてを襲いかねないからね。

 これで安心かな、と思っていたらはやての上げた声に僕は顔を青ざめた。

 

「これじゃあヴィータ達も入ってこれんもんな」

「……うん?」

「みんなー準備できてるー?」

 

 はやてが振り向いて大声を出すと、脱衣所のドアが開く音が聞こえた。

 今度は咄嗟に振り返ってしまったが、女性が次々と出てくるのが見える。

 

「わー思ったよりも広いわねー」

「随分と開放的だな。にわかには信じがたかったがこんなところで風呂に入れるものなのだな」

「おーい、はやてー!」

 

 シグナム、ヴィータ、シャマルの3人がそこには立っていた。

 

「? ???」

 

 ……ハッ、あまりの事態に思考がフリーズしてしまった。

 驚いた顔をそのままはやてに向ける。

 

「え、何、どういうこと!? なんで3人ともここにいる訳!?」

「なんでって、ここは家族専用の貸切風呂なんやで? 家族言うたら皆で温泉入るのが常識やないの?」

「その価値観については後でしっかり話し合おう! それにしたって3人とも僕がいるのに平気なの!?」

 

 シグナム達が洗い場で顔を見合わせている。

 

「平気といえば平気かしらね。ノア君のことは信頼してるから」

「ノアがあたし達をそういう目で見ないって分かってるし」

「主はやてのことを愛してるというのはしっかり伝わってきたからな。私としてはノアは家族としては大歓迎だ」

「えぇ……。そ、そうだ、ザフィーラは? 家族ならザフィーラだって……」

 

 同性の仲間に助けを求めようとしたのだが、シャマルは首を横に振った。

 

「ザフィーラはあとで人型になってからここを使うって言ってたわ。裸を見られるのが恥ずかしいからって」

 

 咄嗟に「うらぎりものー!」と叫びたくなったがグッと堪えることに。

 それよりもはやてに肩を掴まれたことで、強制的にそっちの方を向く羽目になった。

 

「さ、ノア君の逃げ場はあらへんで。おとなしく家族で団らんを過ごそうやないか」

 

 はやての目は獲物を狩る時のそれで、これからみっちり「家族」を仕込まれることになりそうだった。

 未だ時刻は5時を過ぎたばかり。はたして僕はこのさき生き残れるのだろうか……。



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11:太陽の少女と無人島デート

red knightさんのリクエストより


 現在の日本は冬真っ盛り。

 氷点下まで下がった気温のおかげで息は白いし、池などは凍ってるし、海鳴市は少ない方とはいえ雪も降っている。

 そろそろ今年も終わりが近付いて来たんだなあ、としみじみ実感させられるところであっただろう。

 ……が、サンサンと照り付ける太陽に、一面に広がる青空。気温は初夏のように暖かく快適で、浜風が海のさわやかな匂いを運んできている。

 そう、僕は今、日本の厳しい冬とは真逆の地に降り立っていた。

 

 ここは日本の南に位置する島々の一つ。場所は伏すが空港から飛行機でおおよそ4時間のところにある国から、船を出して半刻で到着できる場所だ。

 ここにあるのは海水浴を楽しむ為の施設と、その後ろにある複数人は余裕で住めるであろう大きなコテージ。そして目の前に広がるの砂浜である。

 僕達はこの島に完全に貸し切り状態で立っていた。

 なぜならこの島は無人島になっており、関係者以外は立ち入れないようになっているからだ。

 僕がこのような場所にいるのは甚だ疑問である……。

 話は一週間前まで遡る。

 

 

 

 その日は平日であり僕はベッドの中でうずくまっていた。

 

『ノア、早く起きないと遅刻しちゃうわよ』

『うう、寒い……』

 

 人よりも寒さに弱い僕にとって冬というのはなかなかに厳しい季節である。特に朝なんかは二度とベッドから出たくないと思ってしまう程だ。

 だが今日起こしに来た娘――アリサはそんな僕にも容赦はなかった。

 彼女は僕の両頬をムニッと掴んでくる。

 

『ギュー』

ひょっと、ありひゃやめへくれ(ちょっと、アリサやめてくれ)

『いつまでも布団にこもってるからでしょー。あったかいご飯用意したから起きてきてよね』

『ううっ、はーい』

 

 ベッドの温もりが恋しいが、このままだとアリサに何されるか分からないので、渋々床に足を落とす。

 着替えてリビングに向かうとすでに朝食がテーブルの上に準備されており、アリサは着席している。

 

『もう、遅いわよ』

『これでも急いだ方なんだけどね』

 

 軽い会話を交わした後、テーブルに着き朝食を食べ始める。

 

『ノアってホント寒さに弱いわよね』

『そうだねえ……。夏だったらいくら暑くても気にならないんだけど』

『小学校の頃も外スポーツは得意だったものね。体が慣れちゃったんでしょ』

 

 近くで見てきたアリサが言うんだからそうなのかな、と思ってしまう。

 たしかに言われてみると、小学生までは外で遊ぶのが好きだったので、夏の方が活発的ではあったかもしれない。

 今は時空管理局の任務もあって中々そういったこともできなくなったが。

 

『でもその分寒さに本当に耐性が無くてね……。何か対策できないのかなあ』

『魔法とかでどうにかならないの?』

『うーん、たしかに高熱を発するのは得意だけど、それを全身に停滞させるっていうのはかなり難しいかな。温度調節とかも大変だしね』

『ふーん。魔法って言っても何でもできる訳じゃないのね』

 

 それはそうだ。

 何でもできるならこんな苦労していないだろうし。

 

『冬の間だけ南の島とかにでも住んでみたい気分だよ』

『プッ、そんなことができるなら皆そうしてるわよねって……あ』

 

 軽い冗談のつもりで言った言葉に、アリサは何か閃いたような声を出した。

 

『うん、どうしたの?』

『……うーん、でも流石に』

 

 彼女は何か1人でブツブツと囁いている。

 それに対して過去の経験から何だか嫌な予感がしたのだが、朝食を食べて終えたアリサは席を立って真っ直ぐにこちらの目を見据えてきた。

 

『ねえノア。あんたの願い、ちょっとだけなら叶えてあげられるわよ』

『えっ……』

『パパにお願いしないといけないからちょっと時間は掛かるけど、最高のプレゼントになると思うわ』

 

 そう言い放つとこちらの返事を聞く前にアリサはどこかへ連絡を取り始めた。

 そしたらあれよあれよと何もかも準備が決まっていき、気が付いた時には既に無人島の浜辺へとやってきていたのだった。

 

「僕はどうしてここに……」

 

 拉致られるように移動してきたのでただ呆然としている。

 

「何よー、ノアが南の島に行きたいっていったんじゃない」

 

 そう言って隣に立つアリサは今日本が冬とは思えないくらいの薄着で、ボートから下ろした荷物をチェックしている。

 

「いや本当に来れるなんて思わないじゃん!? 大体ここって何のための島なの……?」

「ふっふーん。ここはねーパパの会社で新しく行う事業の為に今開発してる最中の場所なの」

「えっじゃあこの島まるごと買い取ったってこと?」

「そうよ。東南アジアに新しいレジャー施設を作りたいからって周辺の国とも連絡を取り合ってるみたい」

 

 得意げに話すアリサは説明を続けた。

 端的に言うと、この無人島のありのままの自然を残しつつ、それを体験できるツアーが行えるように建物を建てたり道を舗装したりしていくとのことだった。

 今は開発の初期段階であり、泳ぐ場所と泊まる場所を手初めに建てたようだ。

 その話をデビットさんから聞いたアリサが、僕と共にその一端を体験できないかお願いしたらしい。

 ……いやバニングス社すごいな。

 世界を股にかける大企業なのは既に知っていたが、まさか島を簡単に買い取ってしまうくらいの資金力がお有りとは。

 デビットさんを敵にするということは、国を相手するのと同義なのでは……?

 

「まー流石に冬の間まるまる使わせてもらうっていうのは無理だったけど、休日2日だけノアと過ごしたいって言ったらすぐにオッケーくれたわよ」

「いや2日過ごせるだけでも十分でしょ……。こんな機会滅多にないよ」

 

 やることの規模がでかすぎて色んな感情が芽生えてくるが、とりあえずデビットさんへの借りがどんどん大きくなってるということだけは分かった。

 

「そうよね。それじゃあ早く行動しましょ。時間がもったいないじゃない」

「ちょっ待って引っ張らないで!?」

 

 大量の荷物を背負った僕の手を取って、アリサはコテージへと走っていく。

 

 入り口をくぐれば、和と洋が折り重なった絶妙なバランスが保たれている空間が待っていた。

 木造でできた内部は伝統的な日本建築を思わせる作りでありながら、きらびやかさを取り入れる為に洋風な雰囲気も醸し出している。

 僕はしばらく辺りを見回していたけれど、満足したと思ったのかアリサは階段を指差した。

 

「ここは休む人のための空間だからね。泊まる部屋は2階にあるのよ」

「へえ、なるほどね」

 

 まあどんな宿泊施設でもそれは同じか。

 2階へ上がると廊下が続いており、アリサは一番手前のドアを開けた。

 

「ここが今回のあたし達の部屋よ」

 

 内装は広すぎるということもなく、ベッドが2つと丸いテーブルが窓の付近に設置されているというシンプルな構成だった。

 特に良い点はツインベッドだということ。これが大きなダブルベッドだったらどうしようかと……。

 

「あっ、寝る時は1つのベッドだけ使いましょ。せっかく2人きりなんだもの」

「……ですよね~」

 

 いやあ、何となく察してはいたけど、それでも淡い期待を持っていたのだ。

 その期待が無残に砕かれながらも、二人分の荷物を床に置いて生活用品を取り出していく。

 

「相変わらず物が少ないわね~」

「そりゃあ、男の荷物なんて着替えとタオルと歯磨きセットくらいなものだよ。今回は水着も持ってきたけど。アリサは随分と多いね」

「女にも色々と準備することがあるのよ。……色々とね」

 

 その言葉に何か悪寒がするのだが気の所為だろうか。

 チラリと中を見ればボトルとか料理に使う物まで入ってる。

 アリサが直接料理をするということだろうか。そういうことだと信じたい。

 

「それよりも、これからどうしたい? コテージでゆっくりしても良いけど」

「うーん、せっかく海に来たんだからやっぱり泳ぐ方が良いかな」

「じゃあ水着もっていきましょ」

 

 ある程度荷物を出し終えると、僕達はまたコテージの外に出た。目の前には着替えやシャワーを浴びる為の施設がある。

 一応男女別になっており、男用の更衣室に入ってから水着に着替える。

 1人だと一々他人の目線を気にしなくて済むのが有り難い。

 手早く水着姿になると、僕は外へと出た。

 アリサの方はまだ時間が掛かっているようで、しばらく待っていたところで太陽に反射してきらめく金髪がひょっこりと姿を現した。

 

「じゃじゃーん。どうかしら」

「いや、とっても似合ってると思うよ」

 

 アリサの水着は意外とシンプルなもので、白いビキニタイプの水着で腰の部分には花柄のフリルがついている。

 それが逆に彼女のスタイルの良さを強調していて、正直目のやり場に困る。

 彼女の体をマジマジと見つめないように心がけていたら、何か勘違いされてしまったようだ。

 

「何よ、ちょっと微妙な反応じゃない? せっかく水着新調してきたのに~」

 

 頬をプクッと膨らませるアリサに慌てて弁明する。

 

「いや! 違うんだよ。アリサがあんまり綺麗、でさ……その」

 

 恥ずかしくなって目を逸らすと、横目にアリサが一瞬ポカンとしてから悪い笑みを浮かべたのが見えた。

 突然腕に抱きついてきた為に僕は反応できずに固まってしまう。

 

「ア、アリサ……!?」

「つまり~ノアはあたしの体に見惚れちゃったってことよね?」

「い、いや、その……はい」

「うふふ、ありがと。ノアの水着も似合ってるわよ」

「そ、そうかな……?」

 

 無難な黒を選んだだけなので、そんなに褒められる要素も無いと思うのだが。

 しかし彼女はより腕を絡めてくる。柔らかい感触が直に触れて頭がクラっと来そうになるが、なんとか理性を保つことに成功した。

 

「そうよ。ノアはやっぱりシンプルなものが似合ってるわ。それに……」

 

 アリサの手がスススッと僕の腹に伸びてくる。

 

「魔導師なんてやってると体が鍛えられるのね。あんたの体久しぶりに見たけどとってもカッコいいわよ」

「ちょ、アリサ」

 

 僕の体をまさぐる彼女の手が段々熱を帯びてきていて、思わず左手で彼女の手首を掴んだ。

 

「なんか危ない気持ちになりそうだから辞めようね!」

「え~、あたしは構わないんだけどなあ。どうせここじゃ2人っきりなんだし、開放感に身を任せても良くない?」

「良くない。一応まだ昼間なんだしそういう爛れたことするのはまだ早いでしょ」

「真面目よねえ」

「それよりも海で遊ぼうよ。せっかく水着に着替えたんだからさ」

「うーん、たしかにもったいないかもね」

 

 アリサの了承も得たので彼女の手を振りほどいて一緒に海へと向かう。

 水に浸かってみれば、いい感じに太陽の熱で温まっているのか冷たいというよりも、気持ちいいという感想が出てきた。

 

 ――これは快適だ。

 

 波も非常に穏やかで足を取られる心配もない。いくらでも浸かっていたい気持ちになってくる。

 肩まで体を沈めていたところ、突然水が頭上から降ってきた。

 

「わぷっ!?」

 

 慌てて周辺を見渡せばアリサがケラケラと笑っている。

 

「隙だらけよ!」

「やったな~」

 

 すぐに浅瀬まで引いて彼女に水を掛け返す。ひたすら水の掛け合いになって、僕の目から見たアリサは水の反射でキラキラと輝いていて、思わず手を止めてしまうほど綺麗であった。

 それだけでも今日ここに来て良かったと思える。

 

 

 

 その後は2人で泳いだり、借りてきたバナナボートに乗ったり、波打ち際で砂遊びに没頭したりと海でできる遊びを目一杯楽しんでいた。

 時間はあっという間に過ぎていき、気が付いた時には空はすっかりオレンジ色になっていて、日も傾きかけていた。

 僕達はコテージに帰る前に少し休憩しようと砂浜に座っている。

 隣には水着のままのアリサが座っていて、時折風が吹けば彼女の金髪やが揺れているのが見える。

 本当に大満足できるくらい遊んだ。

 またいつかこうして彼女と遊ぶ機会があれば良いと思いながら僕はアリサに話しかける。

 するとアリサがこちらを向いて微笑んでくれた。

 何だかアリサとの距離がまた一歩近付いたように感じる。

 何を話すわけでもないけれど、僕達の心はとても満たされていた。

 しばらくそうしていたが、体が冷えてはいけないので真っ暗になる前に退却することにする。

 更衣室付きの施設でシャワーを浴びていつもの服装に戻ると、2人でコテージへと戻った。

 夕食はバーベキューなようで、アリサは肉や野菜などの食材と一緒に飲み物まで準備してくれていた。

 

「僕は何手伝えばいい?」

「そうねえ、火起こししてもらえる?」

「分かった」

 

 そう言いつつグリルに炭と木材を並べてチャッ○マンで火を着けようと思ったところ……。

 

「あっ、ちょっと待って」

「うん? どうしたの?」

 

 アリサがこちらに手を広げて「待て」の姿勢を取る。僕は犬ではないんだけど。

 

「やってもらいたいことあるのよねえ」

「やってもらいたいこと?」

「そうそう。えっとね――」

 

 彼女は身振り手振りで説明してくる。

 ああ、なるほど。大体言いたいことは分かった。

 

「――それじゃあ行くよ」

「ええ!」

 

 僕は右手の親指と中指をくっつけて手の甲をグリルに向けると、それから手首を返して指を鳴らした。

 すると小さな炎が生まれて真っ直ぐ炭と木材に飛んでいき、ボワッと火が上がる。

 

「きゃあ、本当に出来るのね!」

「まあ、これくらいならね……」

 

 アリサのやってほしいこととは、つまるところ指パッチンで火を起こしてほしいということだった。

 絶対に某錬金術の漫画に影響されてのことだろう。

 

「すごいわねえ。なのは達の戦闘訓練は見てるけど、日常的な魔法使うのは見たことなかったし」

「本当はこういう場所で魔法使うのは禁止されてるんだからね? クロノには内緒で頼むよ」

 

 釘を刺しておくと、アリサは「分かってるわよ」と言いながら、すぐに食材を焼く準備に取り掛かる。

 

「ちょっとノアが魔法使えるところ見ておきたかったの」

「え、何で?」

 

 しかし彼女は人差し指を唇に当てるとニコリと笑った。

 

「ん~、内緒」

「なんだよそれ……」

「まあ良いじゃない。さっどんどん焼くわよ~」

 

 呆れたような僕の言葉を意に介さず、彼女は肉や野菜を網の上に載せていく。

 アリサの様子が若干気になったが、パチパチと食材が焼ける音にお腹が鳴ってそれどころではなくなった。

 先にアリサが用意していた飲み物を手に持つとお互いのコップを鳴らして乾杯を取った。

 一口飲むと炭酸がまず僕の口の中を直撃してきたが、その後から柑橘系のフレッシュさや爽快感が舌を通り過ぎていった。

 

「これ美味しいね。なんて飲み物なの?」

「企業秘密よ。他にもあるから飲んでみると良いわ」

 

 アリサの言う通り他のジュースも試してみると、どれもスルスルと飲めてしまうものだから、つい何杯もいってしまいそうになるが、炭酸で腹が膨れるのはマズイので何とか我慢する。

 アリサの「出来たわよー」という声に反応して、早速肉に手を付ける。

 箸で口に持っていくと、肉汁がジュワリと広がっていった。

 

「……美味い!」

「ふふっ、それは良かったわ」

 

 アリサの方を見ると、彼女も自分の取り皿にある肉を食べていた。

 やはり外での食事というのは美味しく感じる。これならどんどんお腹に入りそうだ。

 ボトルに入ったジュースもどんどん開けていく。アルコールでも入ってるんじゃないかと言うくらい飲みやすかった。

 

「この串焼きも食べてみると良いよ」

 

 焼く係を交代して今度は僕がアリサに串を差し出すと、彼女はそれにかぶりついた。

 

「うん、美味しいわねえ。それじゃあはい、ノアも」

 

 そう言ってアリサは自分の持っていた串を僕の口元まで持ってくる。

 いつもだったら関節キスだと気にしてしまって躊躇するのだが、この時はとても気分が良くて、反射的に串に付いた肉を食べてしまった。

 しかし噛めば噛むほど広がる旨味には抗えず、結局アリサからの「あーん」を受け入れてしまう。

 

 それからも2人でワイワイと騒ぎながら食事を取る。

 いよいよ食材も無くなってきて、夕食も終盤に入ったところ、ふとアリサが言葉を漏らした。

 

「ねえノア」

「うん?」

 

 肉を掴んでいた手を止める。

 

「ノアもなのは達と一緒に中学卒業したらミッドチルダに出るの?」

「……うーん、どうだろうね。まだ決めてないや」

 

 なのは達はすでに自分の進路を決めているようだが、僕は未だ悩んでいた。

 

「実際のところ、将来のことなんて分からないし、やっぱり魔導師として働くなんてこともあるのかなあ」

「そうよね。そしたらあたしとすずかには中々会えなくなるのよね」

「それは……」

 

 確かに地球は管理外世界な訳で、アリサとすずかがミッドチルダに行くには中々手間が掛かる。

 アースラに転送して、それから航行してくるというのも可能だが、それでも毎日会えるという訳じゃない。

 

「そうなった時は、僕も努力するけどやっぱり難しいことなんだよね」

 

 地球か管理局か。

 どっちを選ぶにしろ5人全員これからも一緒という訳には行かないのだ。

 それはこれから絶対に考えなければいけないことである。

 

「もしもミッドチルダに行くことになったらって思うと、あたしきっと寂しくなると思うの。だからこうやって旅行かなんかして、一緒にいた思い出も作りたいなって思ったのよ」

「それでこの島に……」

 

 なるほどだから彼女は急ピッチで旅行の計画を立てていたのか。

 その言葉になんだか納得してしまった。

 僕としてはアリサのことを忘れるなんてありえないのだが、彼女にしてみれば不安なところだろう。

 

「今日は満足してくれた?」

「うんそれはもう」

「でもね、もうノアの為にもう1つやりたいことがあるの」

「うん」

「ノアがあたしの体の良さを知れば、一生こっちにいてくれるんじゃないかなって」

「……うん?」

 

 急にアリサが僕の手を取って立ち上がる。

 僕はしっかりと地に足を付けていると思ったのだが、立ち上がった瞬間平衡感覚を失ったようによろけてしまった。

 

「え、あれ……?」

 

 倒れそうになるのをアリサがだきとめてくれた。しかし、彼女の顔がボヤケて焦点が定まらない。

 何をしたの!? と声に出したつもりだったが、自分でも呂律が回っていないことが分かってしまうほど、声が籠もってしまう。

 

「ようやく効いてきたのね。ノアってお酒強いんだ。これはしっかり勉強しておかないと」

 

 お酒という単語が出てきたが、それが意味するところがどういうことなのか考える前にアリサに引きずられていく。

 コテージの中に入って階段を上がる。

 アリサが僕の肩を支えているが、とても重労働なのだろう。

 汗だくになっているのが目に見えるのでアリサに声を掛ける。

 

「いや、ありさ。だいじょうぶ?」

「ふーっ、平気よ。これからもっと疲れることするんだから」

「…………」

 

 その言葉で何となく察しが付くあたり、僕と彼女達の関係も深まってきたのだなあ、とか悲しいことを考えていた。

 彼女は僕をベッドに放り投げると、自分は一端部屋を出ていった。

 

「バーベキューの片付けしてくるわ。それが終わったら朝まで楽しみましょ」

 

 部屋を離れる間際にこちらへウィンクした後、彼女の姿が見えなくなった。

 逃げようにもここは絶海孤島であり、明日の昼間に来る船以外では帰ることができない。

 そしてそもそも体が脱力してしまって禄に動くこともできなかった。

 しかし今回のことで1つ決心したことがある。

 

 ――アリサが持ってくる飲み物には注意しよう、と。




 今回は最後だけちょびっとヤンデレ要素を戻してみました。6話以降が日常系だったものでね。


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月の少女にプレゼントを

名無しの通りすがりさんのリクエストより


 僕は今、風芽丘図書館という場所にいる。

 はやてが車椅子に乗っていた頃、よく通っていた場所だ。僕も彼女の付き添いで来ていたので馴染みのある場所となっている。

 ここに来たのは学校から出された課題をこなす為。

 内容は『小説本を一冊読んで作者の最も伝えたかったことをレポートに纏める』というものだ。

 長期休みに出せば良いのに、何故学期が始まってからこんな課題を用意したのか……。しかも1週間という短い期限付きで。

 いや、愚痴るのは後で良い。さっさと自分に見合った本を見つけなくては。

 そうは思っているものの、僕はぎっちり端から端まで詰まっている本棚を睨みつけて足を止めてしまっていた。

 試しにと本を取り出してパラパラめくってみるのだが、どうにもしっくり来るものが無くて、また戻してしまうという動作を繰り返し、気がつけば小一時間経っている。

 

 ――駄目だ。こんなんじゃいつまで経ってもお目当ての本を見つけられない。

 

 仕方ないので別の棚へと移動する。

 パッとズラリと並んだタイトルを見てから直感で1つ選んでみると、意外にも興味の惹かれる内容であった。

 早速読書するために設置された机に座って、中身を詳しく読み始める。

 …………。

 なるほど、これは面白い。が、課題用としては明らかに不向きである。ガッチガチの恋愛ものをレポートにするとか恥ずかしくて死んでしまいそうだ。

 名残惜しい気はするが振り出しに戻ってしまった。もう一度探さなければならない。

 仕方がない、と席を立とうとしたところ、後ろから肩をポンポンと叩かれた。

 あまりにも突然のことだったのでビクリとしてしまい、慌てて振り返ればそこにはよく見知った女の子が立っている。

 

「やっぱりノア君だ」

「や、やあ、すずか。こんなところで会うなんて奇遇だね」

 

 すずかはニコリと微笑むと、僕が持っていたものをマジマジと見た。

 

「あっ、その本読んでたんだ。面白いよね」

「うん。どんどん読み進めたくなるけど、これでレポート書くのはちょっと難しいと思ってたところでさ」

 

 恥ずかしいものを見られたような気になって、つい苦笑いを浮かべてしまった。

 すずかはと言うと納得したように頷いている。

 

「そっか、宿題の為に本探してたんだね」

「そうなんだよ。でも中々良さそうなの見つからなくてさ。すずかも同じ目的?」

「ううん、違うよ。私は自分で読むための本借りにきたの。宿題用の本はもう目星つけてるから」

「は~そうなんだ。流石だね。僕は全然だよ……」

 

 やはり本に精通していれば、自然とどれが自分に合っているか分かってしまうものなのだろうか。

 こういった分野は本当に不得意である。

 閉館まであと少しだが、諦めずに1人でまた探しにいくかあ……。

 

「じゃあ、良かったらこれ読んでみる?」

 

 しかし、席を立とうした時、すずかが僕を止めた。彼女は自分の鞄の中をゴソゴソと探し始めると、そこから一冊の本が取り出す。

 

「さっき書店で買ってきたばっかりのものなんだよ。ミステリーものだからノア君も読みやすいと思うんだけど」

「え、良いの? すずかだって早く読みたいんじゃ……」

「大丈夫だよ。私も感想言い合える人がいた方が嬉しいなって思ってたから。それに、まだもう1冊あるから気にしないで」

 

 そう言ってすずかは僕の手に本を持たせたままグイグイと押してくる。思わず受け取ってしまったけれど、正直有り難かった。このままだと閉館までに見つけ出せる自信が無かったからだ。

 僕はお礼を言うとその場でパラパラとページをめくった。確かにこれならレポートが書きやすそうである。

 

「ごめん、ありがとう。急いで読んで返すからさ」

「そんなにすぐじゃなくて良いよ。でも私も読んだら感想言い合おうね」

「うん、わかった。すずかはこれからどうするの?」

「もう目的の本は借りたし、あとは帰るだけだよ」

「じゃあ一緒に帰ろうか」

「うん!」

 

 僕はすずかと共に図書館から出た。

 

 雪は降ってないとはいえ、時折吹くから風が体に突き刺さって僕を震え上がらせる。

 すると、すずかが手袋をした左手で僕の右手を掴んだ。

 

「こうしたら少しは温かいでしょ?」

「う、うん、そうだね。助かるよ」

 

 お互い手を繋いで並木道を歩いていると、ふと思い出したことがあった。

 

「そういえばあと少しすればすずかの誕生日だよね。何か欲しいものある?」

 

 期間にして残り15日といったところか。

 今までもフェイト達に誕生日プレゼントを送ってはいたのだが、正直僕の発想力ではそろそろ引き出しが無くなってきたところなのである。

 それだったらいっそ欲しいものを直接本人に確認した方が、より良いものを送れると思ったのだ。

 今日のお礼も兼ねて彼女の望みはできるだけ敵えてあげたい。

 すずかの方は空いた方の手の人差し指を唇に当てながら空を見て思案している。

 

「えー? ノア君がくれるものだったら何でも素敵だって思えそうだけど、どうしよっかな」

 

 彼女はあーでもないこーでもないとぶつぶつ言っている。

 欲しいものを言う時、相手側の懐事情も考慮しないといけないので、実は結構難しいのかもしれない。

 あと怖いのはすずかからとんでもない品を要求されることか……。

 しかし彼女の口から出た答えは意外なものだった。

 

「それじゃあね、私と1日中一緒にいてほしいな」

「1日中?」

「うん。私の誕生日の前の日って休日でしょ? その日は私の傍を離れずに私の願いを聞いてほしいの」

「えっと、そんなので良いの……?」

 

 なんというか、すずかだったらもっと過激なことを要求してくるものだと思った。

 拉致られた過去もあるし。

 

「良いの良いの。アリサちゃんと二人きりで南国まで行ったっていうから羨ましいなーって思ってたんだあ」

 

 泥酔させられてそのまま襲われたからあまり思い出させないでほしい。

 

「それくらいなら全然問題ないけど……」

「ほんと? じゃあ申し訳ないけど朝から私の家に来てくれるかな?」

「分かった」

 

 しかし一緒にいてほしいだなんて、ずいぶんと穏やかなお願いじゃないだろうか。

 そんなのは日常的に頼まれていてもおかしくないことだ。そう考える時点で僕の日常もだいぶ浸食されてるのだろうが。

 いやまあ穏便に済むことならそれに越したことはないだろう。

 いつもこうだったらなあ、とか考えながら僕はすずかと共に帰路に着く。

 ……このあと立ち寄った喫茶店で、カップル用のパフェを一緒に食べさせられ、周りの視線が微笑ましいやら憎々しいやらでいろんな感情が透けて見えてすごいいたたまれない気持ちになった。

 

 

 

 それから2週間後。

 無事に課題も終わり、僕はすずかの家まで来ていた。

 相変わらずその大きさには圧倒されそうになる。こればっかりは何回来ても慣れるものではないだろう。

 門の横に設置されてあるインターホンを押すと、女性の声が返ってきてすぐに門が開いた。おそらくファリンさんあたりか。

 僕は中央に設置された石畳を渡って月村家の玄関へと辿り着く。

 なんともなしに扉を開けたら――正面からすずかが飛び込んできた。

 

「ノアくーん」

「ちょっすずか!?」

 

 何とか彼女を抱きとめたが、すずかはそのまま顔を近付けてきて、僕の唇に口付けしてきた。

 

「!?!!?」

 

 突然のことに体が硬直してしまい、すずかのなすがままになってしまう。

 玄関前でお互い抱き合った体勢のまま数十秒経ったあたりで、僕はようやく彼女から解放された。

 

「ぷはっ、はあはあ……一体どうしたの……」

「ごめんね? ノア君の姿見えたら我慢できなくなっちゃって」

 

 すずかは頬に手を当てながら恥ずかしそうにしている。

 僕も何だか顔が熱くなってきた。

 

「そ、それはいいんだけど、いきなりするのは心臓によくないよ。びっくりするからさ」

「そうだったね。以後気をつけます」

 

 すずかは行儀良くお辞儀をするが、依然としてニコニコしたままで本当に反省しているのか疑わしい。

 彼女はいつもの調子に戻ったようで僕を中に招き入れた。

 僕が手を離すと、後ろの扉がゴトンという音を立てて閉まる。

 それがまるで檻から出口が消え去った時のような音に聞こえ、今更になってすずかのお願いを安請け合いしたことを後悔することになった。

 

 家の中を進み、案内されたのはすずかの自室である。

 何度か来たことがあるが、やはりそこは広々としていて、そして女の子らしい部屋だった。

 部屋の真ん中には小さなテーブルが置かれていて、その上にはティーポットとカップ、クッキーなどが並べられている。

 一見すれば普通に遊ぶ為に準備したとも取れる。が、さっきのキスのことがあるので油断してはならない。

 僕のそんな疑念を知ってか知らずか、すずかは自分のベッドに座って、自分の隣をポンポンと叩いている。

 そこに座れということなのだろう。

 僕は促されるままにすずかの隣に腰掛けた。

 すると、彼女は枕元から何かを取り出そうとしている。

 さあ何が来る? と思っていたところで、僕の前に出したのは、一冊の本だった。

 それについては良く知っている。彼女が図書館で僕に貸してくれたものだからだ。

 

「まず最初にね、これ読んだ感想聞かせてほしいの」

「……え?」

 

 何を要求してくるのかと戦々恐々してたものだから、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「私もようやく読み終えたからこれで気兼ねなく語り合えるでしょ? 約束だったもんね」

「いや、そうなんだけどさ……。もっと過激な要求が来るのかと思ってたから……」

「え~、それってどんなこと~?」

 

 すずかの顔がいらずらっぽい表情へと変わる。

 いやこれ絶対何のことか分かってるでしょ。分かった上で僕を弄んで楽しんでるな?

 

「い、いやあ朝から言うようなことでもないし……」

「……ノア君のえっち~」

 

 僕の初めてを奪ったすずか達にだけは言われたくない、という叫びが喉から出かかったが何とかこらえる。

 すずかを恨めしげに見ると、クスクスと上品な笑いを漏らした。

 

「からかい過ぎちゃったね。でも今日はそういうことしないって決めてたの」

「え、本当に……?」

「うん、せっかくノア君と2人きりでいられるんだもん。時間は有効に使わないとね。それでね、ノア君はどのシーンが一番好きだった?」

「え、えっと、そうだなあ……」

 

 急にそんな話題の振られ方されて戸惑ってしまう。

 というか、今すずかから『そういうことはしない』って言葉が出てきたけど、つまり今日は襲われる心配は無いということだろうか。

 なんというか腑に落ちない。

 いや元々彼女達とは健全な付き合いをしていきたいと常々思っていたから、ただ遊ぶだけだったらむしろ大歓迎である。

 しかし、四六時中僕の貞操を狙っている彼女達なので裏があるんじゃないかと疑ってしまう。

 何か、何か見落としはないのだろうか……。

 必死に無い頭を使って思考を巡らせていたのだが、すずかから「はーやーく」と催促されてしまった為にそちらに意識が移ってしまった。

 

 結局午前中は本について語り合うばかりで、特に何か起こるということもなかった。

 『どこが一番見どころに思うか』とか『作者のお気に入りそうな人物はだれか』とか意見を出し合ったのだった。

 本についてはそれ程詳しくない僕であるが、今回に関しては課題用として深く読み込んだということもあり、質問に対してすぐにペラペラと答えることができている。

 僕が意見を述べた後に彼女も感想を言うのだが、その時の姿は本当に楽しそうで、本が大好きなんだなということが伝わってくる。

 普段は妖艶な雰囲気を僕に対してアピールしてるのに、こういった風に好きなものについて語るのは年相応といった印象を受ける。

 普段もこんな感じだったら良いのになあと思うのは無粋だろうか。

 

 そのまま時間はあっという間に過ぎていき、食事時となったので僕達は一旦すずかの部屋を出た。

 僕はてっきりすずかが料理をするものだと思っていたのだが、今回はノエルさんだけが調理部屋へと入っていく。

 その間すずかはずっと僕の隣にいた。

 どうやら今日は本当に特別に何かするということはないらしい。

 一体どういう心境の変化なのかは分からないが、冷めてもアレなので昼食の和風パスタをいただくことにした。

 ノエルさんにお礼を言って、フォークで麺と具材を絡めて口に入れる。

 バター醤油が食欲をそそるし、野菜のあっさりとした味も相まって食べやすい。

 若干慣れない味がした気がするが、家庭の味の差というやつだろう。特段注意することでもない。

 綺麗に食べ終えると再びすずかの部屋へと戻る。

 今度は何をするのかと思っていると、ビデオテープを取り出してビデオデッキに入れた。

 次は映画鑑賞らしい。

 「私が持ってる小説を題材とした映画なんだよ」と、すずかは嬉しそうに答えた。

 ということは原作を読んでいないと理解できない内容なのかもしれない。

 それだったらちょっと困るな、と思っていたが全然そんなことは無く、アクションも派手でかっこよかった。

 それは良いのだけど、結構ガッツリと濡れ場もあり、しかもそういう時に限って隣のすずかが僕の手に自分の手を重ねてギュッと握りしめてくるものだから、めちゃくちゃドギマギしてしまった。

 映画のワンシーンに当てられてだろう、僕は今までにないくらい胸が高なってしまい、それを自制するのに苦労した。

 もう少ししたらすずかを襲っていたかもしれない。いや流石にそれはない……ないよね?

 熱に浮かされたような感じだから暖房が効きすぎなだけかとも思ったが、どうもそうではないようだ。

 一体何なのだろうか。

 その疑問が解ける前に映画が終わってしまい、それと共に多少自分の中の昂りは収まったようだった。

 

 

 

 その後もう一本映画を見たところですっかり日も落ちて、窓の外は真っ暗になっている。

 これから僕はどうすればいいのかと思ったが、すずかは泊まっていって欲しいと言ってきた。寝間着もちゃんと用意しているのだと。

 今日はすずかへの誕生日プレゼントということなので、彼女の言葉にはなるべく従う。

 夕食もごちそうになり、次はいよいよ風呂に入る時間となってしまった。

 

「ね、ねえすずか、やっぱり止めない……?」

「だーめ。今日は私の傍にいてくれるって言ったよね? ちゃんと守ってくれなきゃ駄目だよ」

「それは、そうだけど……」

 

 僕達は今脱衣場でお互いタオル1枚で、全ての服を脱いでいる。

 そこまでは良い。

 いや全然良くはないのだが、お互い生まれたままの姿を見せるのには、悲しいがもう慣れてしまった。

 こんな爛れた関係は一体いつまで続くのだろうか。いや下手すれば大人になっても変わらないだろうな、と予想がつくのが辛いところである。

 いや、今はそんなことどうでも良い。

 僕には現在問題が起きている。

 それは昼間から起きていた体の昂りが全く収まっていないこと。むしろどんどん強くなっている。

 具体的に言うと僕の息子がすごい激しく主張をしているのだ。

 このまますずかと風呂場という閉所に行けば大変なことになる予感がしてならない。

 とりあえず彼女に背を向けて立つことで、僕の惨状は見られていないが、このままではいつバレてもおかしくはない。

 

「い、いや、ちょっと僕調子悪いなーって。少し休んでから入り直すよ」

「えー? さっきまで何とも無かったのに? ノア君って嘘付くの下手だよね」

「うっ」

「さ、ここにいたら本当に風邪引いちゃうよ。早く入ろ」

 

 すずかに背中をグイグイ押されて、為す術なく風呂場へと入っていくことに……。

 

「それじゃあ背中洗うから後ろ向いててね」

「ううっ、はーい……」

 

 彼女は僕を椅子に座らせ、ボディスポンジを持って泡を立て始めた。もうどうにでもなぁれ、といった感じだ。

 スルリという感触が背中を伝っていく。人に洗ってもらう機会なんて無いものだから、かなりこそばゆいし、相変わらず体の火照りが収まらない。

 息子も猛ったままだし、これを見られるのはとにかく不味い。

 彼女が満足するのを祈ってなんとか隠し通すしかないだろうと思っていたのだが、無慈悲な言葉が後ろから告げられる。

 

「はい、背中はお終い。ノア君は前向いてくれるかな」

「……ええ!? いや流石にそれはちょっと」

「なんでー? はやてちゃんにも裸見せたんだよね? 今更恥ずかしがることないと思うんだけど」

「あれは不可抗力だから! 僕が進んで見せた訳じゃないから!」

「それでも見せあったことには変わりないよ。それに、今日1日は私のお願いに付き合ってくれるんでしょ? 男の子に二言はないよね?」

「ぐっ、それは……」

「ねえ、ノア君にお願い」

 

 猫なで声で懇願してくるすずかに、僕は断腸の思いで彼女に前を向けた。

 そうすれば当然大きくなったものを見られる訳で……。

 

「……わあ」

 

 すずかは短く驚きの声を上げた。

 こ、殺してくれ……。

 何が悲しくてこんな羞恥プレイをさせられなければいけないのか。

 あまりの恥ずかしさに顔を手で覆いたくなるが、その前にすずかは僕のそびえ立ったものに対して顔を近付けてくる。

 そして……。

 

「……ふー」

「うわっ!」

 

 なんと息を吹き掛けてきた。それに対して当然の如く反応してしまう。

 

「ちょ、ちょっと、すずか何してるの!?」

「こんなに大きくなったの初めて見ちゃったから、つい」

「ついじゃないよ! そういうことはしないって朝言ってたんじゃん!?」

「うんそうだね。だから私からはノア君には触れないよ?」

「……え?」

「でもノア君からしてくるんだったら、それはもうしょうがないよね? 私はそんな約束してないんだもん」

「何を……」

 

 言っているんだ、と言いかけたところでようやく気付いた。この体の火照り(ほてり)の正体を。

 所謂欲求不満のそれなのだ。

 

「……食事の時に何か入れたんでしょ」

「危ないものは入れてないよ。ただ精の付くものを大量に入れてねってノエルに頼んだだけ」

 

 うん、そりゃあこんな風になる訳だ。

 

「ちなみになんでこんなことを……?」

「だって、ノア君から押し倒してくれること無いんだもん。誕生日を祝ってくれるって言うから、折角なら可愛がってほしいなって」

 

 すずかは邪気の無い笑顔でスラスラと僕の質問に答える。

 つまるところ、僕は最初から彼女の手の中で踊らされてた訳で、本が好きなのも本心なのだろうけど、これを狙ってたのもまた本心ということだ。

 ……こんな風に冷静さを保っているように見せかけているが、実のところ興奮がもう我慢できなくなっている。

 ここですずかが何らかのアクションを起こせば、理性を保てる自信が無い。

 

「ねえ、ノア君。私もノア君と同じもの食べたんだよ? も、もうね、限界なんだあ。だから──」

 

 ──ノア君のでいっぱい気持ちよくさせて。

 すずかからの言葉を革切りに、僕はそこで意識を手放した。




※今回のヒロインの誕生日は完全に捏造です。


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