海底軍艦南進す~Atoragon 2013~ (わいえす!)
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プロローグ~1963~

1963年に公開された東宝映画『海底軍艦』が元の作品です。
世界観は拙作『怪獣の方舟~The Earth of Monster~』と同一ですが、同じキャラクターは登場しないと思われるので悪しからず…


かつて、ムー帝国と呼ばれた国があった。

太平洋にて絶大な力を誇ったその国は、自らの大陸と共に海底に沈んだかに思えた。

しかし、僅かに生き残ったムー帝国人は再び人類の頂点へ返り咲く為に地上へと侵攻を開始した。

時に1963年。

当初、ムー帝国の高度な技術力は地上のそれを上回り、各地に多大な被害を与えた。

しかし、人類が反撃に転じ始めると元の国力で劣るムー帝国は各地で敗退を始め、南海で旧日本軍人達が建造した轟天号が投入されるとその差は歴然とした物になった。

 

ムー帝国は最期の時を迎えようとしていた。

 

太平洋上

「本艦はこれよりムー帝国を離脱する。後進一杯」

潜水艦らしい窓一つ無い発令所の中で艦長の神宮寺大佐の命令一下、轟天号は()()()()()()()()()から離れ始める。

水深数千メートルの海底に存在し、マンダと言う巨大な守護怪獣のいるムー帝国の本拠地へ直接攻撃を仕掛けるのは不可能と言えた。しかし、神宮寺大佐率いる轟天建武隊によって建造された轟天号は深海の水圧に耐え、迫り来るマンダを撃退し、遂にその本拠地へたどり着いたのである。

艦首に付いたドリル型衝角で岩盤と隔壁を貫き内部へ侵入した轟天号の次の任務は陸戦隊による破壊工作と、工員や人質として囚われていた地上の人間の救出であった。

ムー帝国に侵入する以上の困難が予測された任務は思わぬ、そして嬉しい誤算が発生した。人質達が独自に行動しムー帝国の女王を逆に人質として脱出を図っていたのである。彼等と無事に合流した陸戦隊は女王からの情報を元にムー帝国の心臓部とも言える発電所に爆薬を仕掛け、轟天号は脱出をしたのである。

 

「右舷からうなり声のような物を聴知。例の怪獣と思われる。」

「…マンダじゃ!マンダが貴様らに罰を与えに来たのじゃ!」

ソナーを担任する水測員からの報告に女王が叫ぶ。多くの乗員が詰める轟天号の中で唯一のムー帝国人である彼女の叫びはヒステリックに、そして寂しく響くだけであった。

「ならば、奴に我々を罰せられるか試されようではありませんか。」

「……!無敵じゃ!我がムー帝国も!我らのマンダも!」

神宮寺の挑発とも取れる言葉に女王は青筋を立てて反論する。彼はそれには答えず、合戦準備と命令を出した。

轟天号は回頭を行い、艦首をマンダに向けようとする。しかし、マンダはそれよりも速く轟天号の背後に回り込むと艦に絡みついて押し潰そうとする。その衝撃で艦内の座っていない者や咄嗟に何かを掴めなかった人間は皆飛ばされた。ムー帝国が如何に偉大かを説法していた女王も同様で、バランスを崩すと発令所の壁に後頭部をぶつけて失神してしまった。

「耐圧電流、攻撃始め。」

巻き付かれた衝撃の中、神宮寺は反撃の指示を下す。すると艦の外壁に電流が走り、体を密着させていたマンダにもその電流が襲いかかる。怪獣故か、マンダが感電死することこそ無かったが、電流から逃れるために轟天号から大きく離れざるを得なくなった。

耐圧電流――轟天号建武隊は南方で発見されたとある金属が特殊な電磁波を発してる事を発見、その金属の性質を利用し轟天号の建材と推進力にしようとした。結果として電磁推進だけでの航行や飛行は出来なかったが、強力な電流を流すことである種の兵器としても利用できた。最初から建造に関わっていた神宮寺と轟天建武隊だったからこそ閃いた策であった。

「マンダ、本艦前方に確認。」

「冷線砲、攻撃始め。」

マンダが離れた隙を逃す轟天号ではなかった。マンダが艦首方面に躍り出るや、絶対零度で対象を凍り付かせる冷線砲を射撃態勢に移らせる。マンダは先程の搦め手が通用しないと見たのか一直線に向かってくる。しかし、それがマンダの運命を分けた。

「射撃用意よし。」

「冷線砲、撃てっ!」

ドリル型衝角の先端にある冷線砲から絶対零度の光線が放たれマンダに直撃する。頭から直撃を受けたマンダは最初こそ身動きをしていたが、やがて凍り付いたのかその動きを完全に止めて沈み始める。それとは反対に轟天号は海面へ急速浮上を始める。本来であれば衝角でも魚雷でもとどめを刺すべきであったかもしれないが、発電所に仕掛けた時限爆弾がタイムリミットに迫っていたのだ。

轟天号が海面へ到着した直後、ムー帝国は爆発に吞まれた。海面に上がった巨大な水柱を乗員が見守る中、一人海へ飛び込む姿があった。ムー帝国の女王である。爆発の衝撃で目が覚めた彼女はその水柱を見て何が起こったのかを察したのであろう。波間へと消えていく彼女を嘲笑う者も、止める者も居なかった。かつての祖国が失われ今も分裂している轟天号建武隊にとって、それは決して他人事ではなかったのである。

国を失った女王の胸中は如何なるものか、その答えは彼女と共に海の底へ沈んでいったのである。



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プロローグ~2013~

2013年 7月

呉に近い瀬戸内海

 

呉という名前は周囲が九つの峰、九嶺(きゅうれい)に囲まれていることに由来するという。黒いセイルに立ち見張りに立つ初老の男は、自らの四方を囲む山々を見渡ししながら狭いな、と呟いた。

「ここは潮流も速いですし、内航船も多い。」

早く外海へ出たいものです、と苦笑気味に言う航海長兼任の副長の言葉に、彼は内心に違和感を感じながらそうだな、と静かに答えた。

その時、大きな警笛が周囲に鳴り響く。自分達の船ではないとすぐに判断した彼等は周囲を見渡し、その音の源を見つけた。

 

練習艦“やましろ”

かつての戦艦を改修し、主砲の殆どを撤去しそのかわりにミサイル発射機と講堂が取り付けられたその船は、5年おきの定期修理を終え今の“母港”たる江田島へ向かってるようだった。艦齢100年を目前に控え、自走の出来なくなった“やましろ”がタグボートに曳航される姿を見て、彼――神宮寺史郎――はふと先程感じた違和感の正体に気づく。(オカ)と異なり、海に自らを縛るものはなく自由に行きたい所へ行ける。特に海の中ならなおさら…

「…そうだな。ここは狭いな。」

そう言って神宮寺は自身の目を“轟天号”艦長のそれへと変えて辺りを見渡す。

全長150m、水中排水量1万トン以上の巨大な船体はゆっくりと太平洋へ向かっていった…… 

 

 

 

神奈川県、観音埼

 

今日も鬱陶しい暑さだな…

乗ってきたワゴン車のドアを開けた瞬間、少女は思わず顔をしかめた。観音埼は東京湾の出入口である三浦半島に位置し、観光地としても有名な場所である。今日は平日であった為か人は疎らであるが、少女にとっては好都合であった。

少女は額から噴き出る汗をハンカチで拭うと、意を決して外へ出る。そもそも海が見たい、出来れば外海が見れる所が良いとワガママを言ったのは私なのだ。ここで出なくてどうする。照りつける太陽の光を一身に浴びながら彼女はそう思った。

海岸に面したその駐車場を柵のギリギリまで進むと一面の海が眼前に拡がる。正確には海だけでなく行き交う船や反対に位置する房総半島が見えているのだが、少女にとってはこれで十分だった。

少女は目を瞑ると鼻で大きく空気を吸う。潮風の匂いが鼻腔をくすぐり、胸の内が少し温かくなるのを感じた。お母様もこんな感じだったのかな、と少女は思いを馳せる。少女は母を周囲による伝聞の中でしか知らなかった。母は海に生き、海で育ち、海で死んだ人という。

だからこそ、彼女にとって海は母を感じられる唯一の場所であった。海が見られる機会はこれで最後かもしれないと考えると、その思いもひとしおであった。

(お母様、私は立派に使命を果たして見せます。)

そう思った刹那、遠雷のような音がいくつも周囲に鳴り響く。少女はその小さな肩をビクリと震わせ、辺りを見渡す。音の正体は北の方から聞こえてくるようだった。ふと、少女は“家来”から聞いた言葉を思い出す。この辺りには礼砲台と言うのがあって、そこでは度々空砲を撃つことがあるという。少女が海の方を顧みると、灰色とも白とも言えぬ船が湾内に入っていくのが見えた。マストの上部にある球状のレーダーがクルクルと回る姿は明らかに軍艦のそれであった。今回の礼砲の相手はアレだろう。

地上人め、無粋な真似を…

少女の口が静かに動く。先程までの口調とは打って変わって、目もいっそう冷たく軍艦を睨みつける。

 

「王女様、そろそろ…」

背後で控えていた男が言葉を掛ける。ここまでのドライバーも行っていた男だが、少女は彼の名前を知らず、その必要も無いと感じていた。

「分かった。もう行く。」

少女――ムー帝国王女、アネット=ムー=アブトゥーは短く言葉を返すと、氷のように冷たい瞳でワゴン車へ戻っていった……

 

 

 

神奈川県、横須賀市

 

「…えー、生徒諸君は知らないでしょうが、ちょうど今から50年前、我が国やアメリカに、ムー帝国と名乗る輩が戦争を仕掛け…」

 

夏も真っ盛りな中、窓が全開に開かれ業務用扇風機が首を回す中、高校の体育館に校長の話だけが流れる。何度聞いてもマウント取りにしか聞こえない演説を聴く生徒達の中に神宮寺八広はいた。風は全く入ってこないのに反比例するかのようにマウント取りだけは八広達にしっかりと耳に入ってきた。

前の始業式は何故自分がバブル崩壊を乗り越えたかだったか…ん?よくよく考えてみればムー帝国との戦いの時点では校長は子供の年齢でなかったか?だったら、何故あそこまで冷線砲が必要だったかを語っているんだ?頼むから冷線砲よりもクーラーを付けて欲しい。そろそろ熱中症で誰か倒れるのではないか…

そんなどうでも良い考えだけがグルグルと回る。周りを見渡しても、誰も彼もがウンザリと言うか半ば諦めたような表情をしている。教師陣も教師陣で式後のホームルームで校長の言葉を弄って笑いをとるのが恒例な辺り、苦痛なのは皆同じらしい。

 

そんなこんなでホームルームも無事に終え、帰宅の途に就く少年に後ろから声をかけられる。

「よっ未来の轟天号艦長。」

「…茶化さないで下さいよ。神宮寺先輩。」

八広の抗議に、つれないなーの一言で受け流す彼女は神宮寺麻里、現在高校2年生の八広の1つ先輩で親戚に当たる。家系的には八広の家が本家なのだが、彼が高校進学を期に家を出ようとした所、その彼を預かったのが真里の家であった。

実の所、八広は自分の家、そして神宮寺八広という名前も好きではなかった。神宮寺と言えばムー帝国との戦いでの英雄、ある種“軍神”として扱われていた。その為か歴史やら軍事を囓った同級生から度々話を聞かれたものだった。幸いにして、歴史の教科書や資料集に顔が出なかったお陰で知ってるのはそこまで多くないのだが…

いずれにせよ、八広にしてみれば家の名前が鎖となってるのは間違いなく、そこから早く解放されたいというのが思春期真っ盛りだった彼の願望であった。最も、外へ出てもそれが大して変わらなかったのは彼の最大の誤算だったのだが…

「…で、八広君は今日アルバイト?」

高校生になっても周囲が変わることは無かったが、八広は高校生となってからコンビニでアルバイトを始めていた。世話になっている麻里達に恩返し半分、自分が将来自立するための積み立て半分と言った具合だった。麻里には真面目ねと笑われたが、八広にしてみれば彼なりの社会への小さな反抗でもあったのだ。

「うん。麻里さんはいつも通り?」

その麻里へ言葉を返すと、マネージャーねと彼女は付け加えた後、ハッとした顔になる。

「いけない、大会の準備があるんだった。じゃあ後よろしく!」

そう言い残して駆けていく彼女を見て、八広は大学受験は大丈夫なのだろうかと一瞬不安になった。少なくとも勉学はトップクラスで、推薦入試でも問題ないと言われるレベルなのだが…

 

 

八広のバイト先は移動費と時間を節約するために最寄り駅近くの通学路にある。駅の階段を降りた彼はシフト表を確認する。

「今日は天野チーフか…」

相方の名前を確認して、八広は内心ガッツポーズをする。バイト先のコンビニでチーフを務める天野は気さくな人柄で話しやすく、八広としても組みやすい相手だった。

その時、八広は何者かの視線を感じ足を止める。思わず辺りを見渡したが、それらしい人物は見えない。気のせいかと視線を戻した時、八広の目は“それ”に奪われた。

(赤い…髪…)

身長は160㎝くらいであろうか、女子としては平均的な身長に、人形を思わせる幼さのまだ残る端整な顔立ち、そして燃えるような赤い髪。そんな少女が道路を挟んだ歩道に立ち、八広を見つめていたのだ。しかし、その目は氷のように冷たく、まるで八広を敵視するかのようであった。

その対峙はどれ程続いたであろうか、八広が声をかけようとした瞬間にトラックに間を塞がれ、それが居なくなった後には彼女の姿は消え、周囲に赤い髪をした少女の姿は見えなくなっていた。

「何だったんだ今の…」

何とも言えない感情を抱きつつ、天野への土産話にするかと考える八広であった……




今回登場した架空艦

ふそう型練習艦(TVG)

1番艦/ふそう(TVG-3701)
2番艦/やましろ(TVG-3702)

スペック(ミサイル艦改装後)

全長:212.75m
全幅:33.64m
速力:25ノット
武装:四一式35.6㎝連装砲×2基
Mk.33 3インチ(7.62㎝)連装高角砲×2基(艦橋基部)
Mk 1 Mod.1 テリアミサイル(RIM-2E)発射機×1基(旧5番砲塔、砲術訓練艦ミシシッピ搭載機を改修したもの)
Mk 11 ターターミサイル(RIM-24A)発射機×1基(旧6番砲塔)

レーダー:AN/SPS-12 対空捜索用(艦橋頂点)
AN/SPS-8B 高角測定用(後部マスト)
AN/SPG-55 テリア管制用×1基(後部マストよりの艦後部)
AN/SPG-51 ターター管制用×1基(旧5番砲塔よりの艦後部)
OPS-5 対水上用(艦橋上部)

射撃指揮装置:九四式射撃指揮装置 35.6㎝砲用
Mk.76 テリア用
Mk.74 ターター用
Mk.63 3インチ砲用

電子戦装備:AN/BLR-1 電波探知装置(後部マスト)

日本海軍が建造した扶桑型戦艦を海上防衛隊(海上自衛隊相当)が引き継いだもの。
マリアナ海戦後に発生したゴジラ襲来により1944年で日本が降伏。結果として多くの戦艦や巡洋艦が残された。この中でも一際旧式な扶桑型は解体か標的艦のいずれかであったが、降伏直後に起こった日本の南北分裂とそれに伴う戦争で急きょ現役に復帰。戦争終結まで生き延びた2隻は数年以内に退役となるはずであったが、北日本のカミカゼ対策として艦対空ミサイルの導入が決定すると、早期の戦力化と艦隊スケジュールの維持を両立するためとして同型を装備艦とする事になった。
5年近く行われた改修の結果、テリアミサイルとターターミサイルという2種類の艦対空ミサイルが運用可能になった。一方で、空母機動部隊に追随出来ない足の遅さが問題視され、実験艦若しくは次代を担う人材を育成するための練習艦としての活動が主になった。
独特な艦歴を持つ扶桑型であったが、艦の老朽化にはかなわず1960年代後半には退役し、その後は記念艦及び訓練施設として余生を送っている。



何かしらに使おうと思って設定だけ詰めた扶桑型改装ifです。伊勢型はそのままヘリ母艦とかが良いのかなと思ったり


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1963~妖精狩り~

映画の話を思い出しながら書いた過去的なお話です。


始まりは3年前。太平洋を航行していた船舶の相次ぐ遭難であった。米ソがそれぞれ互いを非難する中、「ムー帝国」を名乗る武装集団が反抗を主張し地上国家への無差別攻撃を宣言した。宣言後、被害は爆発的に増加し、沿岸地域にも拡がった。これを受けて太平洋を挟む超大国である米ソは連携してムー帝国と戦うことを宣言。太平洋戦争以来の大部隊が投入されての反攻作戦が始まった。

ムー帝国はこれに黙ってはおらず、報復として世界の主要都市への大規模攻撃を予告。その標的の中にあったのはかつての首都、東京であった。

予告を受け、日本政府は東京防衛の為に陸上防衛隊1個師団、航空防衛隊1個航空団、そして海上防衛隊から空母2隻を軸とする1個機動艦隊の展開が決定した。しかし、陸海空に何重にも設けられた防御は予想外の形で破られる事になった。

 

『警らより本部…丸の内付近にて大規模な陥没……害は不明。至急……を求む。』

『……より司令部。展開してた部隊……絡が不能。……は不明。』 

 

東京各地の警察、防衛隊、米軍の無線が入り乱れる。その混乱は彼らに何が起こったのか理解できなかった事を如実に現していた。

ムー帝国による予告から数日、陸海空からの攻撃に備えた防衛隊であったが、東京の経済拠点でもあった丸の内を中心とする半径300mが突如として陥没。その直上にいた陸上防衛隊の1個中隊はビルと共にその巨大な穴へと消えていった。

 

 

太平洋上 神奈川県沿岸から約100km 

 

海から来るであろうムー帝国の攻撃を警戒していた海上防衛隊であったが、丸の内が壊滅したことを察知したのは皮肉にも1番最後であった。機動部隊の中核である2隻の空母、“しなの”と“かつらぎ”は偵察機を急きょ発艦させ、次に離陸させる機体が飛行甲板に並べられていた。

旧海軍からその“遺産”である艦艇群や航空機を引き継いだ海上防衛隊であったが、その艦載機が大型化高速化をしていくにつれて艦の限界に直面した。新たな空母の建造が難しい中で、海上防衛隊は既存の空母に斜め式飛行甲板を設けるアングルドデッキ化やジェット機を打ち出せるカタパルトの装備を行う事にした。

その決定受けて、かつての“信濃”、“葛城”としての就役時とは大きく異なる外見を持つに至った。

『内陸より本艦に近接するボギー(所属不明機)を探知。邀撃機は直ちに発艦されたし。』

その“しなの”の艦内にスクランブル(緊急発進)のアラームが鳴り響くと共に艦橋からパイロット達が飛び出してくる。彼等は飛び乗るように主力艦上戦闘機、“F3H デーモン”のコックピットに入ってエンジン始動を始める。まもなく、その心臓部であるJ71エンジンが高い吸気音と共に回転を始める。飛行が可能になった“F3H”は2基ある蒸気カタパルトから発艦する。

 

“F3H”は1960年代における海上防衛隊の主要な艦上戦闘機である。

連合国指揮下に入った後も旧海軍機を使っていた海上防衛隊であったが、1948年でのゴジラとの戦いにおいて航空戦力の殆どを喪失。戦力を再編すると共に米海軍式の装備と訓練を受けることになった。その為、以降の海上防衛隊はその装備の多くを米海軍に倣うことになり、“F3H”もその1つであった。

発艦していった“F3H”は2機編隊を組み、不明機の元へ向かっていく。

「こちらは海上防衛隊。貴機は警戒エリアに接近中である。直ちに進路を変針せよ。」

日本語と英語で不明機に警告を送る。だが、それへの応答は無く接近を続ける。パイロットが敵と判断してAAM(空対空ミサイル)を撃とうとした瞬間、This is US Air Forceと不明機から応答がくる。その直後に風防(キャノピー)の遙か彼方で何がキラリと光り煌々と燃える東京へ向かっていく姿が見えた。東京郊外の横田基地から上がった“F-102”戦闘機だったらしい。白くデルタ翼を持つ機体を睨み、紛らわしい事しやがってと喉元まで上がった時、“しなの”から無線が入る。

『多数の不明機が本艦隊に接近中。方位120。高度10,000。速力250ノット。』

焦燥を帯びたその声に、パイロットは背筋が凍り付きそれが“ピクシー”だと確信する。

ピクシー、ムー帝国が使う滑空爆弾に付けられたあだ名であった。白い見た目に大きな翼を持ち、2、3m程度の大きさながら1発で大型輸送船を沈める強力な炸薬を有している。

速力は遅くとも当たれば、元が戦艦“しなの”と言えども大損害は免れない。左に大きく旋回し指示された方位に機首を向けたパイロットが見たのは、護衛を務めるミサイル巡洋艦やミサイル駆逐艦から放たれたらしい幾条ものミサイルのブースター煙、そしてそれを遙かに超える“ピクシー”の白く光る姿であった。

 

“F3H”は逃れようとする“ピクシー”を海上スレスレまで追い込むと、機首下面にあるMk12機関砲を放つ。4門からからなる20mm機関砲は、“ピクシー”を瞬く間にバラバラのスクラップへ変えて海へ叩き付ける。

守る彼らにとって幸運だったのは、攻撃を避けるなどして“ピクシー”が個々で動く為に、各個撃破が出来た事であった。しかし、主翼に4発あったスパローAAMは既に撃ちきり、Mk12も弾切れ寸前であった。おおよそ迎撃に上がった僚機もほぼ同じ状態であり、戦闘機による防空は限界に来ていた。

遂に防空網を突破した数機の“ピクシー”がもう一隻の空母である“かつらぎ”へ向かう。接近を察知した“かつらぎ”は随伴艦の対空射撃の援護を受けながら、自衛用の3インチ(76mm)連装速射砲放ちつつ回避運動を取る。1分間に一門あたり45発を放つ3インチ砲は1機また1機と“ピクシー”を落としていく。しかし、その弾幕を潜り抜けた1機が“かつらぎ”へ肉迫する。3インチ砲も射撃を続けるが、“ピクシー”を撃墜するには余りにも近すぎた。

“ピクシー”は“かつらぎ”の左舷艦首部に命中し巨大な爆炎を上げる。その爆発の膨大なエネルギーは右舷へ突き抜け、装甲板に守られていた飛行甲板もジェット機を打ち上げるカタパルトごとめくり上げた。致命的な被害受けた艦首部は海水が流入し始める。日頃からのダメージコントロールによって艦全体に被害が拡大解釈する事態は避けられたが、艦首はその負担に堪えきれずに切断されて漂流を始めた。

艦首を失った“かつらぎ”が速力を落として落伍した後、次の標的となったのは“しなの”であった。“かつらぎ”の時を上回る十数機の編隊で接近する“ピクシー”であったが、これを追撃する機体があった。スパローを撃ち尽くし機関砲の残弾も殆ど無い“F3H”である。“かつらぎ”の惨状は上空で戦っていた“F3H”からも見えていた。それ故に母艦を失う事を現実に感じたのであった。同士討ちされるのを覚悟で随伴艦から撃ち込まれる高角砲の雨を潜り抜け、“ピクシー”を撃墜していく。しかし、それでも全てを撃ち落とし切れず、数機が“しなの”へ突入していく。

もう間に合わない、そうパイロットが体当たりを覚悟した時、突如目の前の“ピクシー”達が水柱と共に砕けるのが見えた。スローモーションのように白い機体が海面に飲まれていく姿を見た後、直後に見えたのは“しなの”の巨大な船体であった。慌てて機首を上げて衝突を回避する。“F3H”は飛行甲板スレスレを越え、そのまま上昇する。帰ったら大目玉だな、とチラリと考えた後パイロットは周囲を見渡す。あの“ピクシー”達を蹴散らした物の正体を知りたかったからだ。

海上にそれらしい姿がない事を認識した彼が何気なく上空を見た瞬間、自身の目を疑った。赤く巨大な物体が宙に浮いていたのだ。全長は150m程であろうか、かつての飛行船のようにも見えるがそれにしては全体が硬質に過ぎる。パイロットが思案していると先端がドリルのように鋭くなっていることに気づき、それが南方で極秘に建造されたと言う轟天号であると理解した。よく観察をすると、赤い部分は下半分のみであり上は黒っぽい灰色で、“艦”の上部には潜水艦のセイルらしい部分と砲塔らしい構造物がセイルを挟むように前後に2基ずつ並ぶ。“ピクシー”を落としたのはあの砲塔らしき物だったのであろう。1基辺り3本ある砲身が白煙から上げているのが見てとれた。そしてその後部にはエアインテーク(空気取り入れ口)らしき部分とノズルがあり、そこが推進部のようであった。

潜水艦や水上艦、そして飛行機の特徴が混ぜ合わさった異質なシルエットを持つ“轟天号”は、眼下の艦隊を一周するかのように大きく旋回し、その鋭い艦首を広い太平洋に向けた……




本編で書ききれませんでしたが、第1機動部隊は
“しなの”:旗艦兼防空役
“かつらぎ”:対潜役
SAM装備の旧海軍艦艇群:3~4隻?
対潜装備の護衛艦的な艦艇:4隻?

で構成されていた設定です。ちなみに、SAM装備艦はボストン級ミサイル巡洋艦みたいに艦尾に発射機があるイメージ。何故こう言う部分を詰めたがるのか…


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2013/07/19 Part1

今回からは本編となります。ちなみにですが舞台は逸見の辺りがイメージです。


22:05 神奈川県横須賀市

 

夏の星空の下、閑静な住宅地を1人の少年は走っていた。

人生にはモテ期なる物が3回はあるという。周囲の異性(同性もか?)から声を掛けられ恋愛に発展する……と言う展開を大なり小なり期待するのは普通の事だろうと少年――神宮寺八広は思う。しかし、今起こってる出来事は何であろうかと記憶を辿る。

 

アルバイトであるコンビニのシフトが終わり、引き継ぎと同じ時間で働いていたチーフに別れを告げ家へ帰る途中、1人の少女から声を掛けられた。160㎝ほどの身長に、人形を思わせる幼さのまだ残る端整な顔立ち、そして燃えるような赤い髪。10人が見れば10人が美少女と言うであろう少女から「貴女、神宮寺?」と声を掛けられば怪しむよりも嬉しさが勝るのはきっと間違ってない。しかし、若干上ずった声でハイと答えた神宮寺に向けられたのは、言葉でなく刃渡り15㎝近いコンバットナイフであった。

 

「死ね!神宮寺!」

八広に追いついたのか、背後で少女の殺意のこもった叫びが聞こえる。赤い髪の少女がナイフを向けてくる。僅かに期待した恋愛はとうに霧散し、ホラー映画にて殺される被害者Aの気分を味わいながら、八広は市街地を駆け抜けて小高い山の方へ逃げる。助けが来る可能性は低くなるが、アップダウンが激しい山道なら振り切れるかもしれない、そう八広は考えていた。しかし、現実はそう甘くはなかった。

「やっべ…!」

八広は目の前が崖である事に気づき足を止める。慌てて引き返そうと振り返った瞬間、首元にコンバットナイフが突きつけられる。

「これで最期だ、神宮寺。私に殺されるか、このまま落ちて自決するか、どちらかを選ばせてやる。」

息1つ乱れていない少女を見て、自分の認識が甘かった事を痛感する。長距離を走った反動か、それとも自分が確実に死ぬ事を悟ったからか、下が道路である崖を背に八広の体から力が抜けその場にへたり込む。月を背景に冷たい目をした赤い髪の少女がナイフを振りかざす。これが最期の光景か…と八広が全てを諦めかけた時、

 

「神宮寺!そのまま動くなよ!」

「!?」

少女の向こう側から聞き馴染んだ声が聞こえ、八広はそちらへ視線を向ける。少女も予想外だったのか、振りかぶった姿勢を僅かに崩し、八広に向けていた視線を自身の背後に向けた。

その次の瞬間、風切り音と共に少女の姿勢が崩れ、八広へ崩れ落ちてくる。余りに予想外の出来事に、八広は少女を受け止めきれずに地面に倒れ込む。失神したらしい少女の体温を直に感じながら、声の主へ尋ねる。

「あ、天野チーフ、これは一体…?」

「色々と訳ありでね。」

少女の手からこぼれ落ちたナイフを蹴飛ばし、声の主――バイト先のチーフである筈の天野義三――は短く答えた。PDWと言うのであったか、天野は拳銃とサブマシンガンの中間位の銃を少女に向け続ける。

普通に生活ならまずあり得ない光景が八広の周囲に展開する。しかし、これは彼らにとって長い夜の始まりに過ぎなかった……



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2013/07/19 Part2

ご無沙汰しました…
キャラメイン回となります


20:15 神奈川県横須賀市 コンビニエンスストア

 

 

「女の子?」

「そうですよ。女の子。俺と同い年くらいの」

天野義三の問いに、監視対象者(サブジェクト)の神宮寺八広が答える。

夕方の時間帯でコンビニが最も忙しくなるのは帰宅と夕飯の時間、つまりは17時から19時の間でありそれを過ぎれば仕事にもだいぶ余裕が出来る。なので、こうして新しく入荷された商品を棚に入れながら雑談も出来る訳だが、それとは別に天野には気になる点があった。

「その子、赤い髪だったんだっけ?」

「そうなんですよ。こう…燃えるような赤って感じの」

アメリカの人なんですかね、と言う八広の声に相槌を打ちつつ、天野は彼の言葉を反芻する。

米海軍も展開している横須賀に近いという地理を考えると、赤い髪をした人間がいてもおかしくはない。しかし、その“赤い”髪をした人間が“神宮寺”に接触をしようとした、そこが問題なのだ。かつてのムー帝国女王は赤い髪をしていたという。それを踏まえればその血筋の人間がムー帝国を滅ぼした神宮寺家の人間に復讐を考えるのは不自然な話ではない。しかし、何故今になって…

そこで天野は一旦考えを振り払う。この“仕事”は考えすぎてはいけない。特に自らの判断で任務の成否が変わる状況ならなおさら…

「神宮寺君、気をつけなよ。」

思考しながら棚の商品を並べ終えた天野は立ち上がると彼に向かってニンマリと笑う。

「な、何でです?」

「ヤバい女に目を付けられるなって事。」

困惑半分苦笑半分と言った八広の肩を軽く小突く。そんな訳ないじゃないっすかと笑いながら言う八広の声を背に、天野はコンビニのチーフマネージャーとしての顔から“仕事”の顔へと変わる。嫌な仕事をやらされる物だ、と自嘲しつつ今夜はどう監視をするかの計画を立て始めるのであった。

 

 

 

22:15 神奈川県横須賀市

 

「天野さん…?何でここに…」

赤い髪をした少女の下敷きになりながら八広が言葉を何とか紡ぐ。天野は何も答えず、少女にPDWを向けながら自身の膝を曲げてしゃがみ、その体の各部に触れる。上半身から下半身を順に触れた後、危険物の所持なしと呟いた天野に八広は頭の中がカッとなるのを感じた。

「天野さん…!」

「静かに。君は命を狙われてる。」

思わず上半身を上げて声を荒げた八広を天野が抑える。普段の愛想が良い彼とは思えない程、淡々と話す今の天野には感情を感じられず、八広は怒りの勢いを削がれると同時に天野の言葉が反芻される。

「命が狙われてる…?」

「この少女と同じ事を考えてる奴がいる。」

「そんな…」

天野の言葉に、八広はここまでの出来事を思い出す。赤い髪をした少女、その冷たい瞳、怨嗟のこもった叫び声、手に持ったコンバットナイフ…それと同じ事をしてくる人間がまだいる…?

思考が回る毎に八広の体がガタガタと震え始める。その様子を見た天野が、少女の両手を結束バンドで拘束した後に八広の頬を軽く叩く。えっと顔を上げた八広の目に天野の顔が大写しになる。

「君を殺させはしない。それが俺の任務だ。」

八広の目を見て天野が口を開く。相変わらずの無表情であったが、その目にははっきりと強い意志が感じ取れた。

「任務って…何なんです…?」

八広はそう言いながら、未だに少女の下敷きになってた脚を引き抜く。

「その話は後で。ここから移動して仲間と合流する。とりあえずその子をそこまで連れてって欲しい。」

八広が目を離した隙に背を向けていた天野が答える。八広は連れて行けと言われた少女を見やる。先程銃弾を受けてから一切反応のない彼女だが、肩が薄く上下しており生きていることは間違いなかった。しかし

「でも、コイツは俺を殺そうと…」

「このままここに置いていても、彼女はまた君を殺しに来る。それならここで身柄を拘束すれば良い。」

「なるほど…」

天野の言葉に八広は得心する。本来であれば、八広はここで彼女を殺す事を提案すべきであっただろう。しかし、一般人である八広にそんな考えが自然に浮かぶ訳がなかった。とにかく、少女を起こそうとした八広であったが別の問題に気付く。

「…ってコイツ頭から出血してるじゃん…!」

「なんで今気付いたんだ…」

「顔合わせたくなかったんですよ!」

「…はぁ…頭のどこだ?」

「おでこのとこです。」

「傷の深さは?」

「…多分浅いです。」

「ガーゼで止血させろ。俺のジャケットに入ってる。」

「ジャケットのどこに…て言うかこれ防弾チョッキじゃ…」

依然として背中を向けたままの天野と、漫才のようなやりとりをしながら、八広は何とかガーゼを取り出して少女の額へ押さえつける。何とかこれで出血は治まるだろう。そう思った矢先、八広はふと疑問に思う。

「この子、どうやって連れて行こう…」

「お姫様抱っこだな。」

冗談なのか本気なのか、淡々と答えた天野の声に八広は殴りたくなる気持ちを抑えた。

 

 

 

22:30 神奈川県横須賀市

 

外灯もない道路を一台の軽バンが走る。木々の合間を縫うように抜ける車内に4人の人影があった。

少女を取り押さえてから10分後、八広達は迎えだと言う軽バンに乗り込んでいた。長距離を走らされた挙げ句、4、50キロはあるであろう少女を何とか車まで運ぶ羽目になり息も絶え絶えと言った八広だったが、ようやく落ち着くことが出来た。隣でシートベルトを着けられた少女は未だに昏々と眠っている様子だった。このまま眠ってりゃいいのに、と思いながらスポーツドリンクのペットボトルを開ける。

「…これから、どこへ行くんです?」

ドライバーが買ってきていたらしいそれに一口つけて、八広が尋ねる。明らかにこのまま家に帰っておしまい、と言う感じではない。

「横須賀。」

「横須賀って……」

八広の問いに、天野は短く答える。そのぶっきらぼうな言い回しに少しばかり反感を覚える八広であったが、心当たりがないわけではなかった。天野が持っていたPDW――個人防御火器はその弾薬の特殊性から軍隊、よくて警察が採用する物である。そんなものを使ってる人間が行く横須賀と言えば…

「横須賀基地?」

八広が予想を口にするが、天野は何も答えない。当たっているのか外れているのか、八広がそれを図りかねていると、ドライバーが口を挟む。

「まぁだいたいそんなところっすよ。まぁ、この人何かに集中してると色々雑になるんで堪忍してやって下さい。」

20代前半だろうか、まだ幼さを感じさせる声でドライバーが笑いながら返答する。当て馬にされた格好の天野がジトッとした目を彼に向ける。その時だった。

何かが落ちてくる音、大きな爆発音が彼らの耳に届く。慌てて周囲を見渡した天野が驚きの声を上げる。

「“ピクシー”だ…!」

ブレーキ、と天野が叫んだ直後、フロントガラスの向こう側に白い影が写ったかと思うと激しい衝撃と爆音が彼らを襲い、その意識を奪った。




書きながら気付きましたが、横須賀の辺りはどこにでも民家の類があって人がいない空間が限りなく少ないんですよね…


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2013/07/19 Part3

3話(プロローグ含めると6話?)になります。ミリタリーメイン回です。


22:15 小笠原諸島から南西に50kmの洋上

 

星空の下、太平洋の一部であるここは民間船の航路として大小様々な船舶が行き交っていた。その中に自動車運搬船“でんこう”もあった。全長180m、全幅30mの大きさを持ち、車両数千台を1度に運べるその船は、航海の目的地である横浜港へ北上をしていた。

「船長。こちらへ来て下さい。」

その船橋にて、船長が見張りをしていた航海士に呼ばれる。一般の民間船は20人前後の少数で運用される。しかも、航海の間は24時間常に監視などをしなければならず、現在も入港直前の為に船長がいる以外は2、3人しか船橋にいなかった。

船長が窓際へ向かうと、“でんこう”の前方約2㎞で円形に輝く“何か”が見えた。

「…アレは?」

「分かりません。急に現れて…」

船長の問いに航海士が答える。航路を示すために発光する浮標(ブイ)もあるが、周囲を照らすためのそれとは明らかに異なる、不気味で妖しい輝きであった。

「マーチスに航路上に漂流物があると通報。進路変更の要請も出せ。」

海上交通センター(マーチス)は東京湾のような無数に船舶が航行する海域において各航行を管制し、異常があれば周囲にそれを通告するいわば信号のような役割を担っている。前方で不気味に光る“何か”から何かを感じ取ったのか、船長は危険な漂流物として報告を上げようとしたが、その直後に状況は一変した。突然、光がいっそう激しく明滅したかと思うと巨大な水柱を上げる。

「機雷か!?」

船橋の乗員が咄嗟に両腕を前に掲げてフラッシュのような激しい光を防ぐ中、戦時下の中東での経験もあった船長は自らの経験に基づく仮説を立てたが、それらとは異なることも自身で理解できた。

「船長!何かが飛んでいきます!」

乗員がそう叫ぶ。見ると、先程まで妖しく輝いていた光は消え、変わりにそこから鳥のような白い物体が複数飛び出していく姿があった。鳥のような物体は音もなく飛行し、そのまま東京の方へと姿を消していった。

「一体何が起こってるんだ…」

先程までの光景が嘘のように、再び暗く静かになった海面を見て船長が呟く。その直後、水平線の向こう側で激しく点滅する光が見えた。恐らく、そこでも今目の前で見た光景が起こっているのであろう。彼らの理解を超えた状況が繰り広げられる中、“でんこう”の船体は淡々と港へ向かっていた……

 

 

1分後

 

所属不明機を探知(ピックアップ・アンノウン)。速力250ノット(時速463km)、方位180、高度3200フィート(約1000m)、ADIZに侵入し現在も北上中。領空まで50マイル(80km)」

「領空侵犯の恐れありと判断。対領空侵犯措置を実施(ホット・スクランブル)。」

 

太平洋から現れた飛行物体は、東京近郊の防空を担う航空防衛隊のレーダーサイトにも捕捉された。その情報はADIZ(防空識別圏)に侵入した不明機として、空の監視情報を一元的に管理する防空指揮所(DC)に伝えられ、すぐさま緊急発進(スクランブル)を下令する。スクランブルの指示を受け、近傍の航空基地から2機の“F-15J”戦闘機が離陸する。アメリカのF-15Cをライセンス生産したこの機体は、強力なF100エンジンを存分に使いながら飛行物体の元へ向かう。現場空域へ到着した“F-15J”は周辺の捜索を開始する。やがて、機首部にあるAN/APG-63(V)1レーダーが低速で飛行する機体を捉えると、2機の“F-15J”は速度を落としながらさらに接近する。

「こちらスラッガー01。当該機を視認。機種は“ピクシー”UAV。これより対領空侵犯措置を実施する。」

アンノウンを視認したスラッガー01――F-15JのパイロットはDCに報告を上げながら、自身が見たものを受け入れられずにいた。白く、鳥を思わせる巨大な主翼を持つ姿はかつてのムー帝国が使った飛行爆弾、コードネーム“ピクシー”であったからだ。大昔にUAV(無人機)と種別変更されたという遺物と併走する中、スラッガー01は“ピクシー”に無線による通告をする。人の気配の無い物体に呼びかける、と言うのも滑稽な話であるが、余程の無法者でもない限りは無闇に攻撃をしないのが平時における軍人の役割でもあった。

そして、“ピクシー”はムー帝国が滅んだ後も度々その姿が確認されることがあった。それらはムー帝国が埋設した物が誤作動したものとされ、殆どが何もない海上を飛びそのまま墜落するのが常であった。スラッガー01も誤作動したものと認識し、とっとと変針して人気の無いところで落ちて欲しいと思いながら通告を行っていた。

しかし、

『スラッガー01!こちらスラッガー02!低空に無数の航空目標!』

警戒をしていた僚機――スラッガー02から無線が届く。咄嗟にレーダーのモードを切り替え低空捜索を行う。するとコックピットのMFD(多目的ディスプレイ)に無数の光点が現れる。その全てが隣の“ピクシー”と同じ250ノットで北上を続けていた。その進路の先には東京湾、つまり横須賀、横浜、そして東京と言う軍民の重要拠点がひしめいている。

「こちらスラッガー01!低空に“ピクシー”UAVが多数!領空内へ向け北上中!射撃許可を求む!」

多数の“ピクシー”が地上のレーダーサイトに映りにくい低空をを飛行する状況に、スラッガー01は誤作動じゃない事を悟り、先程までの自分を内心で殴りつけた。

まもなく、領空を超えた40機の“ピクシー”に対し射撃が許可され、増援のスクランブル機と共にこれらを次々と撃ち落としていった。しかし、その群れの全てを落とすには、その時間はあまりにも遅すぎ、そして領土からも近すぎたのであった……

 

 

 

 

22:30 横須賀港

 

かつての首都、東京の玄関口である東京湾を守る軍港として整備された横須賀は休日の為、数隻の軍艦が停泊をしていた。乗員も半舷上陸として普段の半分しかおらず、周囲の索敵を行う強力なレーダーも港湾内が狭くそして電磁波の悪影響が懸念される事から起動させず、見張りとして当直がいるだけであった。

普段と同じ日常を送る横須賀港へ、スクランブル機から逃れた4機の“ピクシー”が突入する。最初に狙われたのは吉倉桟橋に接岸していた三隻の駆逐艦の中央、“もりゆき”であった。市街地から風切り音と共に滑空してきた“ピクシー”は“もりゆき”の中央部に直撃した。“ピクシー”の爆発は煙突を吹き飛ばし、両隣の2隻を巻きこんだ大炎上を引き起こした。

“もりゆき”の爆発に周囲が気を取られる中、2機目の“ピクシー”が米海軍のイージス駆逐艦“ニューコム”の中央部に直撃した。“ニューコム”は2基ある煙突の内、後部の第2煙突をひしゃげさせ、爆発の衝撃で垂直式のミサイル発射機の側面が丸見えになった。

“もりゆき”と“ニューコム”の被弾、そしてそれと同じタイミングで航空防衛隊から領空侵犯機の報告が来たことにより、海上防衛隊と米海軍はこれが事故ではなく攻撃であること理解した。停泊していた各艦が押っ取り刀で対応をし始める中、浦賀水道内の第二海堡(かいほ)にある防空陣地のシースパロー短距離対空ミサイルが起動する。退役した駆逐艦の物を転用したそれは、再攻撃の為か市街地から海上へ飛び出した“ピクシー”を1機撃墜する。

最後の1機は洋上で停泊していた海上防衛隊のミサイル駆逐艦“いそかぜ”に突入を仕掛けた。しかし、“いそかぜ”はその動きを察知し、高性能20mm機関砲による迎撃を始める。俗にCIWSと呼ばれるそれは作動すると同時に自動的に目標を補足し射撃を始める。毎分3000発という速度で放たれた無数の20mm機関砲弾は“ピクシー”の白い機体を貫き、オレンジ色の爆炎に変えた。

“いそかぜ”を照らした爆炎が消えた後、横須賀に沈黙が戻る。しかし、被弾した“もりゆき”と“ニューコム”は依然として燃え続け、それが決して幻でなかった事を示していた……



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2013/07/19 Part4

ご無沙汰しておりました。
ちなみにですが、天野が使ってるPDWはMP7の設定です(どこがで触れるつもりがその展開に持って来れず…)。
PDWは特殊部隊メインで一般人ぽい人が持ってるとどこか胡散臭いイメージが有ります…


22:40 神奈川県横須賀市 安針台

 

横須賀基地を見下ろす小高い丘にあるここには小さな公園がある。昼間は子供達は散歩に訪れた人々で賑わうこの場所に、今は男が一人立っていた。

その見た目は仕立ての良いスーツを着ており、自らが乗ってきた高級外車と相まってその生活水準の良さを示していた。しかし、その表情からは何も読み取れず、中肉中背の格好は彼を若いようにも老いているようにも見えた。赤い炎と黒煙を上げながら沈んでいく艦艇を無感動に見下ろす男の携帯電話が震えて着信を伝える。

『23。“処理”を開始しました。』

23と呼ばれた男は一言そうかと呟き、抜かりないようにと答えて通話を切った。“彼女”には気の毒だが、次の段階へ進むには致し方ない。横須賀を攻撃して、神宮寺を殺害する。今回の第一目標であるそれが概ね達成された事を認識した23は次の段階へ進むべく燃えさかる横須賀港に背を向ける。

集まり始めた野次馬達とすれ違う形で、路上に止めた車に乗り込む男の能面を思わせる顔には、無意識に暴力的な笑みが浮かんでいた……

 

 

 

22:42 神奈川県横須賀市 逸見

 

気絶から覚醒した八広が最初に感じたのは、何かが焼ける焦げた匂い、そしてバチバチと何かが爆ぜる音であった。体のあちこちが悲鳴を上げてるが、とりあえずは五体満足ではあるらしい。八広がそう思ってシートベルトを話した瞬間、その体が横へ引っ張られる。

彼らの乗っていた軽バンが横転していた事に気付かずに外した結果、重力に牽かれてそのまま落ちてしまったのだ。腕で受け身を取り、顔から落ちることは防いだ八広だったがその直後に胸元から視線を感じた。恐る恐る視線を下に向けるとあの赤い髪の少女と目が合った。爆発か横転の衝撃で目を覚ましたらしく、寝ぼけ眼の青い瞳に覆い被さる形になった八広の顔が大写しになる。綺麗だ。沈黙が二人の間を流れ八広がそう思った瞬間、天野の叫びが聞こえる。

「菊政!おい菊政…!」

天野が大声と共に隣のドライバーを起こそうとするが、菊政と呼ばれた彼は全く反応を示さない。その様子を八広が呆然と見つめてると、突然腹部に強い衝撃を感じ横倒しとなっていた床まで飛ばされる。

身を捩って八広を蹴飛ばしたらしい少女がスッと立ち上がり、結束バンドで拘束されている両手を胸の前に置くと、両手を拡げると同時にそれを切断した。力で引きちぎったのではない。結束バンドの一部に熱を与えて焼き切ったのだ。未だに真っ赤に光る結束バンドを見て八広は確信した。

「無礼者!ムー帝国王女と知っての狼藉か!」

「ムー帝国…王女…?」

両手が自由になった少女…ムー帝国王女は八広を叱責した。その瞬間、八広は彼女のその言葉に衝撃を覚える。時代錯誤な言いまわしは勿論のこと、彼女の言った“ムー帝国”という単語がその衝撃の種であった。ムー帝国と言えば、50年前に世界中に攻撃を行った自称国家、武装組織でそれを滅ぼしたのが神宮寺…八広の曾祖父だった。

ムー帝国の人間が殺しに来た…?八広がそう思った瞬間、不意に少女へ銃が向けられる。

「王女様、今回の件でお伺いしたいことがあります。ご同道を。」

天野であった。事務的な口調とは裏腹に、冷たく強い意志が奥底にあるのが明らかであった。

「天野さん。菊政さんは…?」

「…死んだ。」

座席を支えによろよろと立ち上がった八広の問いに、天野はこちらを見ること無く短く答えた。その言葉を受けて恐る恐る運転席を覗き込んだ八広は息を吞んだ。

最初は今も生きているように見えた。彼の目は開かれて口も半開きとなっていて、また喋り出すのではないかと思えた。しかし、その胸には大きな木の枝が突き刺さり、赤とも黒とも付かない血がその周囲を染めていた。この段階になって血の臭いに気付き、自らの鼻を押さえた八広に天野が続ける。

「さっき飛んできたのは“ピクシー”だ。ムー帝国の飛行爆弾、今で言うところの無人機だ。可変威力型の弾頭で…」

天野の説明は八広の耳には殆ど入らなかった。菊政…さっきまで話して、さっきまで笑ってた人が死んだ…?ムー帝国のせいで…?八広の呼吸が荒く、そして不規則になる。異変に気付いた天野が大丈夫か?と尋ねるが、またも耳には入らない。その直後、無言を貫いていたムー帝国王女が一言呟いた。

「そうか。一人死んだか。」

八広の中で何かがプツリと切れた。次の瞬間、八広は王女の胸ぐらを掴みその体を天井に叩き付けた。

「何が死んだかだよ!人が死んでるんだぞ!?さっきまで話してた人が!おかしいだろ!?」

天野が止めに入ろうとするが、座席に阻まれて叶わない。その合間も八広は怒声を続ける。

「殺すなら俺を殺せばいいだろ!俺だけを!何で他の人まで殺す必要があるんだ!?」

「言われなくたってそうする!」

言われっぱなしであった王女が、その言葉と共に八広を押し返す。少女とは思えない力で八広を床に叩き付けると彼女は続ける。

「神宮寺によって何人ものムー帝国人が死んだ!?私のお母様もだ!」

「お母…様…?」

どういう事だ、冷や水を掛けられたかのように静かになった八広の頭が思考に入る。王女の母というと女王…?

「八広!惑わされるな!」

「惑わしてなどいない!これは事実…」

天野の言葉に王女が反論した瞬間、再び爆発が彼らを襲う。先程とは比べものにならないほど威力は弱かったが、軽バンを揺らすには充分であった。衝撃で王女のバランスが崩れ、八広に身を預けるように体を押し付ける。八広の鼻腔に少女の甘い体臭と共に鉄の匂いが混ざる。額に視線を向けると、止血用に押さえたガーゼの赤い染みが拡がってるように見えた。ふとそこを押さえようと手を近づけると、少女はその手を払う。

「触れるな…!」

今までと同じ強い口調で拒絶するが、貧血状態になったのかその体をよろめかせる。八広は咄嗟に倒れないように体を支えるが、遂に言葉を発さなくなった。

「こっちで援護する。上のドアから脱出しろ。」

「上って…」

八広が見上げると、スライドドアが目に付く。比較的軽い力でも開けられる代物だが、問題はその高さであった。

「座席を足場にすれば登れるはずだ。だから増援が来る前に早く。」

何かを察したのか、天野が話しかける。既に割れたフロントガラスから周囲を確認する姿を見て、八広は時間が無い事を悟った。八広は左手で上のスライドドアを開けて顔を車外に上げた瞬間、銃声と共に何かが高速で顔を掠める。慌てて顔を下げるが、直後に天井にもいくつもの穴が空く。

「きゃあ!?」

「敵の頭はこっちで抑える!」

王女のらしからぬ悲鳴と天野のぶっきらぼうな言葉が同時に響く。天井を盾にするかのように膝を折る天野の上半身は車外に露出し、PDWで撃ち返しているようであった。それを見た八広は再び上の夜空を睨み、車のピラーを掴む。今度は一気に、運転席の座席に右脚をかけ、飛び乗るように左足を底部に引っかける。そのまま外へ出ようとした瞬間、車内の王女と目が合う。彼女の瞳には最初の冷たい色はなく、どこか寂しげな1人の少女のように見えた。

その瞬間、八広は左足を前輪に預けて車にへばりつくようにバランスを取ると、右手を王女に差し出す。

「掴まれ!早く!」

行動も、言葉と何もかもが無意識に出たものだった。王女はよろよろと手を伸ばして八広の手を掴む。そして、彼と同じように運転席に足を乗せ、そして引っ張り上げるように車外へ出る。

これで一安心と思ったのもつかの間、天野の警告が響く。

「RPG!」

ロールプレイングゲームではない、携行対戦車火器の総称だ。思わず辺りを見渡すと、RPG-7を構えた男が目に入った。2人が車から飛び降りるのとRPG-7の弾頭が放たれるのは同時であった。地面に叩き付けられて間もなく、RPG-7の直撃を受けた軽バンが爆発する。弾頭が古かったのか、それとも貫通を目的としない弾頭であったか、底部が盾となって2人を守ったが楽観視してはいられない。

 

「山を下りろ!」

「えっ?」

「街へ入るんだ!そうすれば相手も下手に撃てない!」

2人の無事を確認したのか、脱出出来ていたらしい天野が発砲しながら叫ぶ。出来事の多さに頭がパンク寸前であった八広は、とにかく王女の手を取って下り坂を走ることしか出来なかった。

一言でも言うかと思われた王女だったが、貧血故か特に言及するでもなく、民家が遠くに見え始めた頃であった。

「ムー帝国万歳!」

唐突に真横からタックルを受け、八広の体は道路脇の林へ飛ばされる。王女を掴んでいた手も外れて、斜面を転がる体を何とか抑えた八広は目の前に広がった光景に驚愕した。尻餅を付いた少女と右手にコンバットナイフを持った男が見つめ合う。しかし、男のそれは目上や身内を見る物で無く、明らかに殺意を持ったそれであった。男がコンバットナイフを少女へ振りかぶった瞬間、八広は斜面を駆け上り、男へタックルをかける。しかし、疲労と痛みを訴える体では男を倒すほどの力は生まれずにそのまま受け止められてしまった。男は無言で標的を八広に変えてナイフを掲げる。

もう助からない、八広が咄嗟に目をつむり最期の時を待つ。しかし、その時は何時まで経っても訪れない。八広が薄く目を開けると、そこにはナイフを持った男の右手首を抑える王女の姿があった。王女と男が一瞬睨み合った瞬間、肉が焼ける匂いと共に男が絶叫を上げる。先程、結束バンドを焼き切った時のように手首に高熱を与えられたらしい男はナイフを落として何歩か後ずさりする。

しかし、男は斜面の一歩手前で踏みとどまると懐からレモン大の何かを取り出す。男がそのレモン大の物からピンを抜いた瞬間、それが手りゅう弾であると認識した。何事か叫びながら突進してくる男を前に、八広は王女を守るように彼女の前に立つ。男が二人に到達する直前、男の右側頭部に銃弾が命中する。横へ何歩かよろめいた男に続けざまに何発も着弾する。文字通り蜂の巣になった男は倒れ込むように斜面を転がり落ち、そのまま手りゅう弾の炸裂に巻きこまれた。

「ギリギリだったみたいだな。」

時間にして数秒とない出来事を構えることしか出来なかった2人に助けてくれたらしい天野がPDWを持ちながら声を掛ける。

「何とか無事ですよ…」

何度死ぬかと思ったか、と八広が溜息交じり返すのに合わせたかのように王女が口を開く。

「今の男、私をここへ連れてきた者であった。」

その言葉は2人を驚愕させるのに充分であった。

 

 

 

22:50 神奈川県横須賀市 逸見

 

「…とにかく、予定はめちゃくちゃになったが横須賀港へはこのまま向かう。」

携帯でこの戦闘を報告していた天野が2人に話す。

「天野と言ったか、お前の話す内容はシンプルだが雑に過ぎるな。もう少し説明をせよ。」

ある程度状況に慣れてきたのか、王女が口を開く。とりあえず八広を殺す気は失せたらしい。その図太さに天野が溜息を1つつくと言葉を続ける。

「今回標的になったのは軍港の横須賀と神宮寺家だ。横須賀も被害を受けたようだが、何とか復旧の目処は立ったらしい。なので、八広が横須賀港へ到着すれば、今みたいな襲撃は無くなる。」

「待って下さい。神宮寺家…?」

天野の説明を八広が遮る。嫌な予感がする。天野が苦々しく目をそらす。

「…現在、横須賀にいる神宮寺家とは連絡が取れない。」

瞬間、八広の顔から血の気が抜けるのを感じた。天野は何事か続けているようであったが、何も頭に入らなかった。連絡が取れない、ムー帝国、神宮寺……グルグルと単語だけが回る。彼の足は無意識に家へと走り出していた。制止も聞かずに走る八広の脳内に毎日を過ごした家と、叔父、叔母、そして麻里の顔が浮かんでいき、最後に浮かんだのは木の枝に貫かれた菊政であった。

違う!うちはそんな事になってない!今も普通に残って、今も普通に迎えてくれる!あの角を曲がればすぐに分かる!だから…

角を曲がった先、八広の目に入ったのは炎だった。天をも焦がさんばかりの炎。走り始めた時から分かっていた。家の方角で火事が起こってると。それを認めたくなかっただけなのだ。

「ははは…」

燃える神宮寺家を前にして八広は乾いた笑い声を上げる。家も、叔父も、叔母も、麻里も、皆炎の中に消えてしまった……

「……くん…」

遠くで聞き覚えのある声が聞こえる。否、もう聞こえる訳がないのだ。

「…ひろくん…」

幻聴ならいらない。もういないのは明らかのだから。

「八広君!こっちを見る!」

声と共に強引に背後を向けさせられる。

「麻里さん…?どうして…?」

「どうしたもこうしたもないわよ。貴方が帰ってこないから外へ出たらこれよ。家が無くなっちゃたわ。」

死んだと思ってた神宮寺麻里、その人が目の前にいたのだ。

「叔父さんと叔母さんは…?」

「2人とも無事。と言うか、呉のお祖母様から急に呼ばれて今着いた所。心配してたって。」

だったら連れてけばいいのに、とぼやく麻里の顔が涙で滲む。八広の様子に気がついたのか、麻里は彼をそっと胸元に寄せる。

「でも、貴方が無事で良かったわ。……おかえりなさい。」

「……ただいま…」

そこから無言で抱き合う2人の横に1人の少女が現れる。

「無事で良かったな。」

そう皮肉るような口調で話す少女…ムー帝国王女へ八広はキッと睨み返すが、すぐにそれを収める。王女の左目に一筋の光るものが見えたのだ。彼女はそれに気付かなかったのか気にとめなかったのか、再び口を開く。

「生きていて良かったな…」

彼らの背後で、家を焼く炎が火の粉を巻き上げる。彼らの長い夜が終わりを告げようとしていた。

 



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ニライカナイ

大変お待たせ致しました…まさかこんなに詰まるとは…


翌 7月20日 横須賀基地内

『襲撃から一夜明けて、横須賀市内は平穏を取り戻しているように見えます。しかし、各所には被害の傷跡が残り、その大きさを物語っています。』

横須賀基地の中にあるファーストフード店、そのテレビに焼け焦げた家々や船体の半分以上が沈んだ駆逐艦が写る。

 

朝っぱらから被災者に見せるものではないだろうとため息交じりに神宮寺八広が辺りを見渡すと、存外店内の客は皆テレビの画面を注視し、店員もチラチラと窺っている。むしろ地元であるが故にどこが被害を受けたかは彼ら彼女らにとっては話題の種らしい。画面に人に見知った見知った場所が流れる度に今のはあそこだとはしゃぎ気味に言う客達を見てると

「知ってる?災害発生直後の情報手段でテレビって二番目に多いんだって。ちなみに一番目はラジオ。」

対面に座る神宮寺麻里がソーセージとチーズをイングリッシュ・マフィンで挟んだハンバーガー片手に口を開く。家が焼け、見事に家なし子となった二人はこれまた天野の謎のコネクションでなんとか横須賀基地へ転がり込むことになった。本来であれば、今日も野球部のマネージャーとして学校へ行く予定があったのだが、天野に身柄の安全が保障出来ないと止められ、基地にとどまることになった。その後、麻里を欠いた野球部は地方大会を初戦敗退で終えることとなるが、それはまた別の話である。

八広がなんでと返す前に彼女は自慢げに続ける。

「要は手に持ててシンプルな情報手段が良いって事。ワンセグテレビとかもあるけど、小っちゃい画面にしてまでテレビを見たい人ってそこまでいないでしょう?」

「じゃあ二番目になれたのはなんでさ。」

八広の問いに、麻里はそうねぇと頬に指を当てて思案する。

「1度に得られる情報が多いからかしら。」

僅かな間の後、麻里はそう言ってテレビに視線を向ける。画面にはインタビューを受ける住民と画面の端を埋めるL字ワイプが写っている。

「例えばこの画面。ニュースだけじゃなくて時間や天気、今だと交通機関の情報も入ってくる。もうすぐ家を出るから時間がないって人向きじゃない?」

おおよそ18歳の高校生らしくない会話である。毎学期学年1位の成績を収めた結果、麻里は高校教師でありながら学会へ突撃するタイプの変人に目を付けられてしまった。政治経済や近現代史をテストに出ない範囲まで教え込まれた彼女は妙な所で力を発揮するようになった。いや、今回の場合は彼女の感性によるものだろうか…

「…麻里さんはどっち派な訳?」

八広は麻里の独特な会話に合わせることにした。日常会話に戻すと焼けた家のことや従姉妹の前で泣いたことを思い出しそうだったからである。そんな内心を知ってか知らずか、麻里はおもむろにピンク色をした板状の物を取り出す。

「……スマホ?」

「正解。これなら新聞にラジオにテレビ、それにウワサだって見れちゃう。」

右手でスマホを扇ぐ彼女を前に、八広は心の中でズルイと口を尖らせた。仮に口にしたとしても、余裕綽々で反論されるのが目に見えていたと言うのもあるが、八広もスマホを使う時間はラジオやテレビの比ではないと自認出来たからである。きっとこれからの情報収集はスマホがトップになるのだろうと八広はぼんやりと考えるのであった。

「……で、こっからはこのスマホでも分からない話なんだけど。」

そう言いながら、麻里は不意にスマホを机に置くと顔を僅かに近づける。先程とは打って変わって、目の色が年頃の少女らしい好奇心に染まっている。どうにも嫌な予感がする。

「昨日の子、どこの子?」

「……」

八広の脳裏にムー帝国王女と名乗った少女がよぎる。八広を殺そうとした時の冷たい表情、母を殺したと言った時の怒りに満ちた表情、横転した軽バンから脱出する時の寂しい瞳、そして麻里と再会した時に見せた一筋の涙……

「分からない。外国の子らしいけど…」

八広はそう答えるだけで精一杯だった。彼女がムー帝国の人間であることを麻里に言いたくなかったのもあったが、それ以上に彼女を、その名前すらも知らなかったことを自覚したからであった。笑った顔が見てみたい。殺されかけたにも関わらず、八広の心中にその思いが浮かび上がった。

「ふーん。気があるんだ。」

「ちがっそう言うんじゃ…」

八広の内心が顔に出ていたか、麻里がいたずらっぽく笑う。八広は慌てて誤魔化そうとする。

「と言うか、麻里さんはどうして天野さんに付いてきたのさ。」

咄嗟に話題を天野の話に変える。多少抜けてる所はあっても、見知らぬ人間に無警戒について行くほど世間知らずではないのが神宮寺麻里と言う人であった。その彼女は再び指を頬に当てて考え込む。

「んー、それはね…曾祖父様(おおおじいさま)の知り合いだったらしいから、かな?」

「曾祖父様の…?」

「知り合いって言うのは変かしら。曾祖父様の葬式の最後にあの天野さんって人が現れて、私の祖父がお世話になりましたーって言ってたの。」

曾祖父、こと神宮寺英八は10年ほど前に亡くなった。享年は100歳を越える大往生であった。その時の葬式は大々的なもので、防衛隊から旧軍の関係者、はては政治家までも来るちょっとした祭りであった事を覚えていた。

「もう10年も前だったし、私も昨日会って思いだしたんだけどね。」

そう言って麻里は苦笑する。しかし、それは八広の視界には入らなかった。神宮寺と繋がりがあり、バイト先のチーフであり、そして八広を守った天野義三……

(天野さん…貴方は何者なんです…?)

その疑問が八広の内心で膨らんでいた。

「…ん?」

その時、テレビに目を向けていた麻里が声と共に困惑の表情を浮かべる。それに釣られてテレビを見た八広は声を失った。

『今回の襲撃に関して、“ムー帝国”を名乗る組織が犯行を主張しています。』

『偉大なる我らが王女、アネット・ムー・アヴドゥー殿下は怨敵たる神宮寺に、自らの命を持って復讐を果たされた。我らムー帝国は殿下のご遺志を継ぎ、地上へ宣戦を布告する。』

身元を特定されるのを防ぐためか、覆面を着けた人物が加工された音声で淡々と宣戦布告とも言うべき文章を読み上げていた。その背後には赤い髪をした少女の額縁が飾られている。麻里はそれを見てピンと来たらしい。

「八広君、あの写真の子…」

「彼女、アネットって言うんだ……」

麻里の問いかけに八広は答た訳ではなかった。しかし、彼の言葉はその肯定に等しかった。

『続いては、琉球海溝で発生している赤潮について、政府は調査のために……』

テレビのニュースは、横須賀の話題が終わり南西諸島で拡大してるという赤潮へと変わっていた……

 

 

 

同時刻、天野はスマートフォン片手にファーストフード店の外にいた。一見、それはごく普通の会話の風景に見えた。しかし、彼が持つスマートフォンは一般に民間の基地局を介さず、秘匿された専用の回線を使う軍用無線と言うべき代物であり、今彼が立っている位置も店内の八広達に不測の事態が起こったときにカバーするそれであった。

「……部長、どういうことです?」

『言った通りだ。神宮寺麻里とムー帝国王女を監視対象者(サブジェクト)に指定、3名を保護しつつ轟天号と合流せよ。』 

困惑の混じった表情の天野に、()()は念を押すように命令を下す。

天野が定時報告を上げようとした所、普段対応する要員ではなく彼ら“組織”の人間を統率する立場の部長が出るとなれば嫌な予感しかしない話ではあったが、若干やつれた様子の部長の声は、今が異常事態の真っ只中であることを否応なしに認識させた。

 

 

天野義三、表向きはコンビニのチーフを努める社会人と言う事になっているが、実際は監視や工作、果ては暗殺と言った非合法活動を行う言わばスパイである。彼らの所属する“組織”はその正式名称も含めて分からない事が多い。むしろ、非合法活動が行われる性質上、名前が無いと考えるのが自然であろうか。強いて分かっている事を上げるとすれば、組織の源流が内務省警保局保安課、つまりは特高警察にある事、そして第二次大戦後の解体後に公安警察へ吸収されなかった人員で再構成されたと言う事、そして仕事は省庁の汚れ仕事であると言う事だろう。

元より存在自体が非合法である以上、まともな支援なぞ後処理位しか期待できる訳なく、自らのミスはおろか誰かのミスもしわ寄せとしてその穴埋めを現場に求められる事も多々ある訳で、神宮寺麻里の監視をやらされるのは予想が出来た。しかし、今回はその予想を超えてきた。

(しかし、まさか王女もとは…)

ムー帝国王女の監視、今は基地内で拘束されている少女は重要参考人としてそのまま別の人間に引き継がれる物と思っていただけに、あの場でとどめを刺すべきだったと内心でぼやいた。

『……これは確定的な情報ではないが…』

命令に納得してないと思ったのか、天野が了解と応じようとする前に部長がため息混じりに口を開く。報告で私語をするのは御法度であったが、元より任務の裏を知りたかった天野は偽装の為と自分なりに解釈してそのまま聞くことにした。

『南西諸島での赤潮の件は知ってるか?』

「ええ、ニュースで聞く程度には。」

赤潮とは、海水温の上昇や海中の養分が過剰に増加することにより、プランクトンが急激に増加する現象である。海が赤く見えるのはその急増したプランクトンの色によるもので、海中の酸素が減少したりエラにプランクトンが詰まることで魚介類へ悪影響を及ぼすことが知られている。

『基本的に、赤潮は沿岸や河川、湖のような水流が殆ど無いところで発生する。しかし、今回のそれは琉球海溝を中心にした海域で発生してる。これは明らかに異常事態だ。』

基本的に南西諸島の海域では黒潮が流れており、おおよそプランクトンが大量発生する環境ではない。しかし、それだけでは天野達の話には繋がらない。その予想を裏付けるように、部長はそれにと付け加えた。

『今、赤潮の存在する海域では大量の塩素ガスが検出されている。』

「赤潮に塩素ガスですか……」

『ああ。赤潮の海域に向かった調査船の乗員が赤潮の上空が黄色くなってるのに気付いてな。慌てて周辺の空気を調べたら塩素ガスだったって訳だ。それで赤潮の原因となっているであろう微生物を調べてみると、コイツが海水を電気分解して出来た酸素と水素、そして塩素を空中に放出してる事が分かった。』

余程フラストレーションが溜まっていたのか、部長は堰を切ったように喋り続ける。内容を要約すると、微生物……通称ベーレムは琉球海溝を中心に大量発生し、現在は人間の致死量を軽く超えた超高濃度の塩素を空中に放出している。ベーレムの大群は南西諸島に向かっており、沿岸に達すれば人への被害は計り知れないだろう。その為、さらなるベーレムの調査を行うために轟天号が派遣されることになった。しかし

 

「ですが、それと我々にどんな関係が?」

天野は先程から浮かんでいた疑問を投げかけた。ベーレムの問題に轟天号を向かわせるのは良いとして、それに天野達や“王女”が同乗するというのは説明しきれないのであった。その言葉に部長はああ、と1つ息をついた。

『以前、ウチに手紙が一通来てな。内容も1度読んだだけでそのまま忘れてたんだが、この一連の話でようやく思い出した。』

「手紙ですか?」

『そうだ。内容が……ちょっと待て。』

そう言うと物を探す音と共に部長の声が遠くなった。非合法非公開である“組織”の性質上、存在を知る人間からの情報が来ることはそれなりにある。当然危険物でないかは調べられるわけだが、安全であることを確かめたとしてもわざわざ保管していると言う事は何か引っかかる事があったのであろう。

『ああ、あった。“東の海が赤くなる時、ムーの王女がニライカナイの秘宝を開く”だ。』

「ニライカナイ…」

部長の言葉に天野は呟いた。ニライカナイとは沖縄等の南西諸島で語られる理想郷である。東の海の果てにあるとされ、死者の魂はそこへ向かうという冥界としての側面も持つ。

「…それだけなら胡散臭いで終わりでしょうな。しかし、現実に沖縄南東の海はベーレムで赤くなった上に、自称ムー帝国の王女が現れて、おまけに横須賀を奇襲された、と」

『そう言うことだ。ただでさえ轟天号の出港に反対してたロシアが太平洋艦隊はおろか、北方艦隊の原潜まで太平洋に展開してるという話があるのに…』

部長はため息混じりに答える。ソ連崩壊後、米露の関係が良好だったのも今は昔、21世紀に入ってからその関係がヒビが入って以降は悪化の一途を辿る今、轟天号の存在はロシアにとって危険なものに写るのであろう。

『いずれにせよ轟天号が横須賀へ入港次第、天野二曹は3名と共に乗船しベーレム調査に協力せよ。質問は?』

「仮にニライカナイの秘宝があった場合、どうします。」

『可能な限り確保しろ。仮に外部に奪われるか、それ自体が脅威であるなら破壊せよ。』

「了解。天野二曹以下4名は轟天号に乗艦、ベーレム調査に協力します。これにて通信を終わります。」

『了解した。健闘を祈る…はぁ』

部長の溜息を最後に通信が切れた。

「…溜め息したいのはこっちだよ……」

天野はスマートフォン型無線機に愚痴をこぼした後、ふと海の方を見やる。

「轟天号か……」

かつてムー帝国を単艦で滅ぼした艦であり、そして今は神宮寺八広の父親が艦長を務める艦。天野はそのいくつもの事実が積み重なっていくことに、どこか因縁めいた物を感じざるを得ないのであった……



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