Re:ゼロから始める異世界ボーイズライフ (フェンネル)
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落とし穴、そして現世へ
とある場所で、世界の命運を懸けて戦っている者達がいた。
彼らは忍。
戦っているのは、その中でも極めて高い戦闘能力を持つ者だけ。
そうでなければ一撃を与えるどころか時間すら稼げない相手だから。
敵の名は大筒木カグヤ。
大昔、”神樹”に成った「チャクラの実」を奪ったことで、後世の人間───つまり忍が術を使うために必要とするエネルギーである、”チャクラ”を身に宿すようになった者。
言うなれば「チャクラの祖」である。
そして、忍の中では伝説の中の伝説の存在である”六道仙人”こと大筒木ハゴロモと、その弟である大筒木ハムラの母。
誰もが御伽噺でしか聞いたことの無いような二人の息子との死闘の末、六道・地爆天星によって彼女の本体は月となった。
その戦いの原因としてハゴロモとハムラにチャクラが分けられたことで次の世代の人間にもチャクラが宿るようになった。
それが忍である。
元々カグヤはチャクラを自分一人の力としか思っておらず、他の者に宿るという事実が許せなかった。それが息子にも分けられたことを知って怒った結果、神樹と同化して十尾となった。
その後、十尾はあまりに強大かつ邪悪な力で人々を苦しめていたが、六道仙人であるハゴロモが自らの肉体に封印し、十尾の”人柱力”となったことで安全を確保した。
そしてハゴロモ以外で十尾の人柱力になった者の中に、心の底から人に優しく、愛情深いが故に歪んでしまった男がいた───
───────────────────────
あの世にて。
黒髪の青年が一人で道に迷っていた。
「くそ......なんて広さだ......」
あの世にいるお年寄りたちを助けていると、知らぬ間に見覚えのない場所に行き着いてしまったので、青年は頭を抱えた。
「(リンの姿も見当たらないのに加え、六道仙人にもこちらからは連絡できないとなると......)」
誰か来るのを待とうとも考えたが、長く誰も来なければその分孤独を味わうことになるので、青年はとりあえず歩くことにした。
「(まずは行動しなければな)」
そして一歩を踏み出した瞬間、地面にガパ、と穴が空いた。
「なっ───!」
不意に出現したその穴に対応する時間も与えられず、一瞬にしてあの世から青年の姿は消えた。
落ちている最中、青年は目線を上に向けた。
すると黒い長髪の男と、額から頬の辺りまでを覆う額当てをした男が楽しそうに見下ろしているのが目に入った。
二人は煽るように手を振りながら指を差し、大笑いしていた。
「(まったくあのジジイ共......次会った時は爆風乱舞だな)」
あの世に空いた穴はそのまま現世へと繋がっているらしく、青年は重力に従って落下していく。
逆さまになりながらも腕を組み、次に取るべき行動に頭を働かせる。
あの世と現世は間隔がかなりあったので、結論を出す間も青年に焦りは無かった。
「(......普通に着地すれば問題無いな)」
青年は足が地に着くように体勢を整え、そのまま着地した。
そこまでは良いものの、青年は自らが降り立った場所に全く見覚えがないことを妙だと思った。
「(一体ここは......どこかの里というわけではなさそうだ)」
そこは街と言うにはあまりにも粗末なもので、建物の破片があちらこちらに落ちていたり、住宅は所々欠け落ちていたり、地面の罅も至る所にあった。
所謂貧民街である。
「恵まれない人間というのは、どこにでもいるものだな......」
そして、汚れた服を着て地面に座っている住民が何人もいた。
青年はその荒んだ場所の住民から見れば綺麗な服を着ていたので、追い剥ぎにあったりもした。
そんな輩の相手をし終えた後、青年はある女とすれ違った。
長い黒髪の妖艶な美女である。
「......あなた、綺麗な腸をしていそうね」
「フッ、趣味の悪いことだ」
たったそれだけ言葉を交えたところで、二人はそれぞれ逆の方向へ歩いていった。
女は貧民街の奥へ、青年は明るい通りへ向かった。
「......やれやれ、本格的に分からなくなってきたぞ」
青年は人通りの多い場所に行けば情報が得られると思っていたが、自分の知る現世とは明らかに違う風景が広がっていた。
しばらく呆然としていた青年だったが、目の前を赤髪の青年が通ったことでそちらに興味を移した。
「(あの男......どういうことだ......?)」
その青年は、他とは違う、明らかに異質な雰囲気を放っていた。
だがそれは消して悪ではなく、言うなれば護られていた。
「僕に何か用かな?」
などと思っていると、赤毛の青年はいつの間にか後ろにいた。
「得体が知れなかったんでな。気分を害したのならすまない」
「いや、構わないよ。今日は面白い人によく会うな。僕はラインハルト。君は?」
「オレは───」
青年が名乗ろうとした時、すぐ近くで誰かが盛大に転んだ。
「ん?」
二人がそちらに目をやると、お世辞にも綺麗とは言えぬ格好の少女が泣きながら、小さな声で呟いていた。
「誰か、助けてっ......」
その日、少女にとって一番幸運だったことは、誰にも聞こえないであろう小さな声を聞いていた者が、二人いたことだろう。
「おい、困っているのなら話してみろ」
「......!助けて、くれるのか?」
「愚問だな。オレがお前の方に来たということは、そういう事だ」
「......恩に着る!」
少女から詳しい話を聞き、急いでその場へ向かおうとしたラインハルトと少女だが、青年は「少し待て」と二人を呼び止め、一言。
「俺の肩に触れろ」
「?」
”そんなことをしてる場合ではない”
そんな言葉が少女の中で浮かんだ時には、既に目的地の近く、貧民街の中へと到着していた。
「え?......ええ!?」
「驚いた。君は不思議な力を持っているんだね」
「お互い様だ」
あまりの出来事に絶句している少女を置いて、二人は現場へと走っていった。
「ラインハルト、あのガキは置いていって良かったのか」
「まぁ彼女もここの住民だろうから、道に迷ったり襲われることはなさそうだしね」
「とりあえず、万一の時はオレが行く。あのガキがいる場所なら飛んでいけるからな」
二人は先程から大きな音が聞こえたり、壁に穴が空いている小屋を現場だと確信し、ラインハルトはその大穴から、青年はそのまま壁か、小屋へ侵入した。
「ぬおっ!?すり抜けた!?」
中には今まで戦っていたと見える少年一人、少女一人、青年少し前にすれ違った黒髪の女がいた。
「あら、さっきぶりね」
女は青年に軽く微笑んだ後、少年の腹を切り裂こうと刃を振るった。
「おや、いいタイミングみたいだ」
そして、少年が持っている棍棒諸共腹を裂かれる一歩手前、女との間に目に見えない速度で”何か”が通り過ぎた。
その何かは壁に勢いよく突き刺さり、突風を巻き起こした。
「危ないところだったね。間に合ってよかったよ」
二人は壁に刺さっている剣を見た後、その飛来物の原点へ視線を向けた。
「お前......」
そこには、一人の男が立っていた。
「ラインハルト!」
「やぁ。さっきぶりだね、スバル......ん?」
ラインハルトは女の姿を見て、何かに気づいた。
「黒髪の黒装束......その刀剣、北国特有の物だ。ということは、君は「腸狩り」だね」
「何その物騒な異名!」
スバルという少年は驚きつつ引いているが、「腸狩り」はもうスバルに興味は無いようで、ラインハルトの腸のことを考えているのか瞳孔を開いて笑っていた。
「さて、怪物退治は僕の専門特許だ。スバル達は下がっていてくれ」
「ラインハルト、あの女頭おかしいから気を付けてな」
「大丈夫。君達には手を出させない。彼もいるしね」
ラインハルトは近くに落ちている普通の剣を蹴り上げ、柄を掴む。
「その腰の剣は......と聞きたいけれど、楽しませてくれるのなら不満はないわ」
二人は剣を構える。
「「腸狩り」エルザ・グランヒルテ」
「「剣聖」の家系。ラインハルト・ヴァン・アストレア」
名乗りを済ませたところで、エルザが一気に距離を詰め、ラインハルトに飛びかかった。
これから来る攻撃を気にすることなく、ラインハルトはただ一度だけ、剣を振り下ろした。
「失礼......」
するとその斬撃はエルザを巻き込み、更に数m先の壁も巻き込んだところで、突然渦を巻くように消えていった。
「ラインハルト、限度というものがあるだろう」
そして斬撃を消した張本人は、瓦礫をすり抜けてラインハルトに注意をした。
「すまない。彼女はかなりの手練だからね。手加減する訳にはいかなかったんだ」
「......そいつらに怪我がないなら何よりだ」
青年は後ろをちらりと見た後、スバル達の方へ近づいた。
そして通り過ぎ、瓦礫の後ろに隠れている少女の手を引いてきた。
「ほら、お前がラインハルトを呼んだおかげで全員助かったんだ。そんな不安そうにするな」
「マジかフェルト!サンキューな!」
「う、うん」
スバルがフェルトの頭を乱暴に撫でている中、青年はある一点を認めていた。
「ん?どうかし───!」
ラインハルトが訊ねようとした時、倒壊物の中から不意にエルザが飛び出してきた。
狙いは一点。スバルと共に戦っていた少女だった。
「スバルッ!!」
ラインハルトも油断していた隙を突かれたのでほんの少し反応が遅れ、間に合わなくなってしまった。
そしてスバルは棍棒で攻撃を防ごうとエルザの前に立ちはだかった。
「どきなさい!」
「そう言われてどくバカはいねーよ!」
エルザはお構い無しにスバルに向けて攻撃を仕掛けた。
「(俺は、彼女を守る!!)」
スバルかこれから来る攻撃に備えて。
そして必ず少女を守るため、引き下がらぬよう足に力を入れた。
だが恐怖はあるので、目を瞑ってしまう。
「......ん?」
が、いつまで経っても切り裂きによる衝撃が来ないのでゆっくり目を開いてみると、エルザは青年に手首を掴まれていた。
「ラインハルトは届かないかもしれないが、オレは別だ。甘かったな」
「......あの時に腸を見ておくべきだったわね」
エルザが無理にでも動こうとするが、青年が腕に力を込めれば離れられなくなる。それどころか、手の骨が音を立てており、砕けるのも時間の問題だった。
「今なら見逃すが、どうする?今ここでオレにやられるか?」
「......ここはあなたの言うとおり、引いた方が良さそうね」
エルザが刀を仕舞うと、青年も手を離した。
「今日一日で色々あったわ......それじゃあ、私は消えさせてもらうわね」
エルザは青年に問いかけた。
「......あなた、名前は?」
「俺は───」
青年は思い出す。前世の自分を。
「誰でもいたくない」と言ったものの、最期は夢を追いかけていた自分に戻ったことを。
「うちはオビト」
「......覚えたわ。オビト、次会う時まで、腸をかわいがっておいてね」
そう言い残して、エルザは消えた。
ようやく事が終わったことを確認し、スバルは精神的な疲労と慣れぬ戦闘の疲れから、意識を失った。
「スバル!」
「......恐らく、こいつは戦闘には慣れていなかったんだろう。にも関わらずあんな女と出会ってしまえば、負担がかかるのは当然だ」
「あなたは......オビト?私はエミリア。よろしくね」
「あぁ。とりあえず、こいつをどうするかだが......」
オビトはスバルを背負い上げ、安全な場所へ運ぼうとする。
だが肝心の場所に当てが無かった。
「あ!それなら提案があるんだけど」
「ん?」
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目覚めて眠る
「提案?」
「うん。私が住んでるお屋敷に連れて行こうかなって......」
「と言いながら食ったりしないだろうな」
「た、食べないわよ!スバルには助けて貰ったし、これはその借りを返すためなの!」
エミリアの表情は嘘をついているようには見えず、ただスバルを心配しているだけということが目に見えた。
「そういえば、オビトもスバルと初めましてなのに、何でそんなに優しいの?」
「優しい......か。趣味が人助けとでも思っておいてくれ」
「ふーん。良い人なんだ」
「この小僧には負けるがな」
スバルが目を覚ましたのは、翌日の朝だった。
「俺......生きてる?」
最初にとった行動は、今いる場所の探検だった。
あまりにも広く、歩いても歩いても突き当たりすら見えないほど長い廊下。
「マジかよ......長過ぎんだろ」
しばらく歩いていると、見覚えのある絵を見つけた。
その絵は部屋を出た時目の前にあったものだとスバルは覚えていたので、ゲームの知識からも廊下がループしているのではという疑問に至った。
「んで正解の部屋に行かないと出られないみたいな......ま、誰か来るまで待っとけばいいか」
特に気にしする様子もなく、まだ冷めきらぬ眠気を引き起こしながら元の部屋に向かう。
「もしかしたら最初の部屋がゴールとか?」
スバルは欠伸をしつつ冗談半分で呟きながら、部屋のドアを開けた。
「なんて」
「お?」
「なんて心の底から腹立たしい奴なのかしら」
驚くことに、スバルの考えは当たっていた。
そして本棚がいくつもあるその部屋は、スバルが元いた部屋とは明らかに異なる場所で、すぐ近くで金髪の幼女が本を読んでいた。
「───まさか、元いた部屋が脱出口とはな......字ぃ読めねぇ......」
スバルはその辺の本を何となく開くが、一文字も知っている文字が無いのでただの落書きのように見えていた。
「はぁ......」
「人の書架をずけずけ眺めた挙句ため息......ケンカを売ってるのかしら?」
「そんなツンツンしてると可愛い顔が台無しだぜ?もっと笑おうぜ、スマイルスマイル!」
「ふん。べティーが可愛いのなんて当たり前かしら。お前に見せる笑顔なんて嘲笑だけで十分なのよ」
やけに不機嫌で強く当たる、自分をべティーと呼ぶ幼女。
スバルは彼女の機嫌の悪さの理由に気づいていた。
「俺が簡単に部屋を見つけちゃったのが気に食わなかったんだな」
「!」
「いやーごめんごめん、昔からこういうの一発で引き当てちゃうんだよ」
眉を下げながら謝るスバルだが、それからべティーを煽ったりしていたので、その謝罪が真意であるかは有耶無耶になってしまった。
「とりあえずここってどこよ?」
「ふん。べティーの書庫兼私室兼寝室かしら」
「......どう突っ込めばいいかわからねぇ」
「少しからかってやろうとしたら何たる言い草なのかしら!」
べティーは椅子から降りて地面に着地し、自分の手を少し見つめた。
そしてスバルの方に近寄る。
「ちょっと思い知らせてやるかしら」
「おいおい、俺は戦闘力皆無の一般人だぜ?」
変わらぬ様子で軽口を叩くスバルだが、べティーは気にせず一言告げた。
「動くんじゃないのよ」
たったそれだけで、スバルは寒気を感じた。
思わず口を閉じ、足も動かなくなってしまった。
「何か言いたいことでも?」
「い、痛くしないでね?」
咄嗟に出た言葉がこれである。
「......軽口もここまで徹底してると感心するかしら」
そしてべティーは、スバルの体に指先で少しだけ触れた。
「......?」
すると、スバルの体が大きく脈打った。
「ッ!がはっ......あ......!」
全身を何かが暴れ回るような感覚に陥り、余りの暑さに気を失いかける。
だがギリギリで持ちこたえるも、立ったままでいることはできず、膝を突いた。
「気絶しないとは、聞いてた通り頑丈な奴かしら」
「何しやがった......ドリルロリ......!」
「ちょっと体内のマナに干渉しただけなのよ。おかしな循環の仕方をしてるかしら」
べティーが話すも、今のスバルの状態は殆ど話を聞ける状態ではなかった。聞けたとしても、まともに反応出来なかった。
「まぁ敵意がないみたいなのは確かめられたのよ。べティーに働いた散々の無礼も、今のマナ徴収で許してやるかしら」
そう言ってスバルの額に指を当てる。
すると、スバルは一気に倒れた。体を動かせず、普通ではない量の汗や、涙まで出ていた。
「お前......、人間じゃ、ねぇな......!つっても......性格的な意味、じゃなく......」
「にーちゃに会ってる割には気づくのが遅かったのよ」
スバルの苦しむ姿を見て、べティーは楽しそうな様子を見せている。
「一個、訂正......」
眠ってしまいそうな目を何とか開け、べティーを睨む。
「性格的にも......お前......人間じゃ、ねぇや......」
そして意識を失う直前、べティーは口を歪めながら言った。
「気高く貴き存在をお前の尺度で測るんじゃないのよ」
その顔は見えずとも、声色は明らかにスバルを嘲ていた。
「ニンゲンが」
「(っ、この......ガキ......)」
そらからスバルの意識は、ぷつりと途絶えた。
「......いつまで見てるかしら」
べティーが視線を横にやると、これ以上隠れる必要は無いと感じたオビトが本棚の陰から出てきた。
「いや何、趣味の悪いガキだなと思ってな」
「お前も心の底から苛立つのよ。こいつとトントンかしら」
「なら俺にもそのマナ徴収とかいうのをすればいいだろうに」
「お前は憖動けるから余計腹立つのよ!」
べティーはオビトに対しては怒ったとて無駄であることを薄々察していた。躱されるなら仕置きができないから。
無駄にストレスを溜め込むだけだと考え、煮え滾る怒りを何とか鎮めた。
そんなやり取りがあったことなど露程も知らないスバル。
次に目を開いた時には、元の部屋のベッドの上にいた。
「あら、目覚めましたね。姉様」
「ええ、目覚めたわね。レム」
そして可愛らしい声が二つ。
スバルが声の主の方を見ると、そこには二人のメイドがいた。
「さっきの目覚めがノーカンなら、丸一日寝っ放したか......」
「今は陽日七時になるところですよ、お客様」
「今は陽日七時になったところだわ、お客様」
それも瓜二つの。
「ま、最高で二日半寝続けた俺にかかりゃこんなもん......」
「まぁ、穀潰しの発言ですよ。聞きました?姉様」
「ええ、ろくでもない発言ね。聞いたわよ、レム」
「さっきからゴチャゴチャとうるせぇな!君ら誰よ!?」
ベッドから飛び起きてスバルが怒鳴れば、メイドの姉妹は互いの手を取りあって震えながらスバルを見た。
「起きたか」
「アンタは......オビトさんか!」
ベッドの近くには、壁にもたれかかって腕を組むオビトの姿が。
「あのガキのことは気にするな。もう変なちょっかいはかけない筈だ」
「な、なら良かったけど......この世界にもメイド服ってあるんすね」
「......まさかとは思うが、お前も突然ここに来たのか?」
スバルは頷きながら今までの苦労を語り始めた。
「ええ、色々ありましたよほんとに。何回も腹裂かれるわ、刺されるわ。その度に死───」
言葉の途中で、スバルは胸を押さえ、少し苦しそうな様子を見せて話すのを止めた。
「っ、はぁ......はぁ......ま、まぁ色々と......」
「(......にしては傷がないように見えるな。何らかの方法で塞いだか?そうだとしても、「腹を何度も裂かれる」というのは中々無い体験だな)」
「?」
「(その「度」に......か)」
そして先程のスバルの発言の理由について考えていく。
何故何度も腹を裂かれたのか、その度に何をしたのか。
スバルには戦闘力がないことも踏まえ、思考を巡らせる。
「(なるほど。同じことを同じ時間で繰り返している、ということだな)」
繰り返している。つまりはループしているということ。
「(その度に死に......こいつが言いかけた言葉から、何度かあの女に殺されているのだと考えつく。それも同じ殺られ方でな)」
オビトはスバルが持つたった一つの能力に辿り着いた。
では何故そんな有り得ないような結論が出たのか。それはオビトが、前世でループするという能力に少し縁があったからだった。
「(普通ではまず無いような話だが、こいつの苦しみ方は普通ではなかった......)」
「ふぅ......いってぇや......」
心臓の辺りをギュッと押えるスバル。
先程のような大量の汗は、少しずつ治まりを見せていた。
「ねぇ」
「どわあっ!?」
そんな中、いきなり後ろから可愛らしい声が聞こえたので驚くスバルだったが、そっと振り向いた後、すぐにニヤけた顔になった。
「(エミリア!)」
「すごーく心配してきたのに、なんだか損しちゃった気分」
そして嫌な考えが頭の中でよぎる。
「......!」
「どうしたの?」
「あ、あのさ、ちょい聞くのが怖いけど......」
スバルはまさかの事態を考えていた。
自分は最後に致命傷と大差ない傷を負った。だから本当に死の運命を乗り越えたのかどうか、確かめる必要があった。
「俺のことって覚えてくれてる?」
この質問にエミリアは意図が読めず小首を傾げた。
「おかしな質問するのね。スバルくらい印象が強い子ってそうそう忘れられないと思うんだけど」
「(よかった......)」
自らがあの戦いを経て生きていることに安堵しつつ、「E・M・T」などと考えていた。
「(てか女の子に名前呼びは......照れるな)」
「無理はしちゃダメだからね?」
「でも実際塞がってるし......治してくれたのエミリアたんだよな。ありがとう!」
深々と頭を下げ、エミリアに心から感謝する。
「エミリアたんがいなけりゃどうなってたか......やっぱ死ぬのは怖いわ!実際一回でいいよ」
「普通一回だと思うけど......ううん、そうじゃなかった」
エミリアの方もスバルに心からの感謝を示し、笑顔で言った。
「お礼を言うのは私の方。昨日、あの場所でほとんど知らない私を命懸けで助けてくれたじゃない。ケガの治療なんて当たり前なんだから!」
スバルは思った。
「(そうじゃない......)」
目の前のエミリアが知らないことを。
先に助けて貰ったのは自分であり、その事実は「死に戻り」によって無くなってしまった。
「(この感謝は伝えられないけど......)」
だからこそ、今は笑う。
「んじゃ、お互い助け合ってプラマイゼロな!」
「ぷらまい......?」
「貸し借りなしってことだよ!そんで仲良くやろうぜ兄弟!」
そしてエミリアと共にいる為に、とことん尽くそうと決めたのだった。
「うーん。スバルみたいな弟はちょっと嫌かも」
「ええ!?」
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