少しだけ戦闘シーンもあります。
海がどんな世界かと言うのは、あなたには大事な事ですか?
私にとっては間違いなくそうだ。
心に目指す海の世界。私のは……。
帆船の頃から四世代。ずっと海の上を駆ける家系に生まれて来た。
でも義母さんは私を海軍に入れたがらなかった。
私の本当の母と父の戦死の事で、義母さんは海軍の事を信じていなかった。
私の母の名は金剛。本当の名前は私も知らないし、義母さんも知らなかった。義母さんから聞くところでは母は帰国子女で英国と日本のハーフだったと言う。
母は海軍に入隊し、艦娘となり金剛型戦艦一番艦金剛となった。
一〇年近く続いた人類の敵、深海棲艦との戦争に身を投じ、太平洋を、時には大西洋や地中海で深海棲艦と死闘を繰り広げ続けて来た。
深海棲艦と艦娘を始めとした人類が長い戦争を繰り広げている間に、私の母は上官である提督と恋に落ち、当時海軍では珍しかった艦娘と海軍提督との結婚を遂げた。
そして母は提督と自分との間に一人娘になる私をもうけた。
でも、私には母の記憶は殆どない。
無理もない。私がまだ物心つく前に母は深海棲艦の潜水艦の雷撃から義母さんを庇って命を落としたのだから。
それから程なく、金剛と言う妻を失った父も深海棲艦の沿岸部への奇襲攻撃の際、市民と部下の退避を優先させている最中、艦砲射撃で基地が壊滅した時命を落とした。
物心付く前に私は孤児になってしまった。
そんな私を引き取り、育て上げてくれたのが母に庇われた結果奇跡的に一命をとりとめた義母さんだった。
一〇年近い戦争は人類の勝利に終わった。
戦後軍を退役した義母さんは私を引き取り、女手一つで育て上げた。海軍からの艦娘年金やかつての艦娘仲間達の助力と言うのもあっただろうけど、実質女手一つでわんぱく少女だった私を立派な大人に育て上げてくれた。
義母さんにとって母は命の恩人だった。それに義母さんは自分を庇ってくれた母に私の事を託されていた。
私がねだると義母さんはその時のことを話してくれた。
夜の海上を進む艦隊。突如上がる「高速推進音、魚雷! 雷数六!」の警報。
対潜任務を任されていた義母さんはこの時、不幸にも一発被弾して大破してしまう。
動けなくなった義母さんに向かって更に襲い掛かる魚雷。
義母さんは駆逐艦艦娘だ。大型艦娘を護り、潜水艦を狩るハンターだった。それが不覚にも自分がやられてしまう事になる。
もう駄目だ、と覚悟を決めた時、大きな影がその身に魚雷全てを受け止めた。
義母さんを魚雷攻撃から庇った母は懸命の応急手当の甲斐なく、救助のヘリが到着する前に息を引き取った。
最期の前、母は意識のあった義母さんに私の事を託した。義母さんは母に生きるよう説得したが母は自分の命がもう持たない事を分かっていた。
『お姉さま! 駄目ですしっかりして、もうじきヘリが到着します! もう少し!』
『金剛、しっかりしろ!』
『榛名、長門……浦風の事……頼み……マシタよ……』
『金剛姉さん! 死んじゃいけんよ! ウチのせいで』
『浦風、ワタシ……とテートクとの大切……なChild……頼みマス……』
『そんな、金剛姉さんがお母ちゃんじゃけえ、お母ちゃんが死んじゃいけんよ! 金剛姉さん、生きるんじゃ、死んじゃいけんよ、駄目じゃ、駄目じゃ!』
『……頼み……マス……皆さんは……生きて』
それが母の最期の言葉だったと言う。
母の遺体と共に義母さん、駆逐艦浦風は救援ヘリに載せられ、病院で手当てを受け、事なきを得た。
妻金剛を失った父、提督は悲しみに暮れる周囲を、特に艦隊の艦娘達を責めなかった。
ただ、一人私室で母の遺灰を抱いて泣き崩れる父の姿を見た艦娘が何人かいた。
義母さんもその一人だった。松葉杖を突きながら母の仏壇が置かれた父の私室を訪ねた義母さん(浦風)は、艦娘達の前では見せ様とはしなかった抜け殻の様になってしまった父の姿を見たと言う。
最愛の妻を亡くした父はそれから間もなく、深海棲艦の地上攻撃によって命を落とした。
母と父、共に終戦の年に私を残して、軍人として戦死した。
母から私の事を託された義母さんは無事戦争を生き延び、軍を退役してすぐに私の事を養女にした。
本当の母と父の顔も覚えていないわんぱく少女となって育っていく私の事を実の娘の様に可愛がり、育て上げた。
中学校に上がる前に、義母さんは私の父と母の全てを話してくれた。
帰国子女であり、リーダーシップに溢れる片言日本語が特徴的な母、戦艦金剛と、母を娶った提督であった父のこと。
父は人格者だった。艦娘と言う部下の命を重んじ、艦娘の皆が生きて帰られるように作戦を立て、生きて帰って来た艦娘達を常に褒め称えた。
作戦失敗で帰って来た艦娘に「次がある」と励まし、寄り添い続けた。
しかし海軍の将校全員が父の様に艦娘に優しかった訳では無かった。
夜間、潜水艦が跋扈する海域を通らせたのは父より上の海軍司令部将校たちの判断だ。父は危険が大きいと反対したが、対潜に強い艦娘を入れれば問題ないと一蹴された。
結果は述べた通り。母金剛は戦死し、義母浦風が大破した。
戦艦を護るべき駆逐艦が戦艦に庇われた、と言う顛末に海軍司令部は驚き、中には憤る者も出た。
本来なら駆逐艦が戦艦を庇うべき存在でありながら、逆の事が起きたのだ。
この時の反応から海軍司令部で駆逐艦娘の命が軽んじられているのが発覚した。前々から上層部で駆逐艦娘の命が大型艦娘と比べたら軽んじられている傾向があるのは知られていたが、この時になって初めて明確になったと言えた。
この事実を知ってから義母さんは海軍を信用しようとしなくなった。
『じゃけどね、見られたらあんたにも見てもらいたいんよ。あの海の向こう……紺碧の海の彼方を。あの足と身に纏う艤装で駆ける自由を……でもね……』
義母さんがテーブルに置く雑誌にはこう書かれていた。
とうとう艦娘が完全に退役をする時が来ていると。
選ばれし適性のある女性が艤装を纏い海に出る事が無くなる日が来る。
『こりゃいけんな。ようないな……』
かつて駆逐艦浦風と言う艦娘だった義母さんは、私が艦娘になる事を望んではいなかったが、かと言って母から継いでいる『艦娘としての適性』を無駄にして欲しくは無かったらしい。
確かに深海棲艦がいなくなった世界に艦娘が必要とする意味など無かった。
現役を続ける艦娘達を海軍は持て余し気味でもあった。
でも私は義母さんの思いや世間の流れに反して艦娘になりたいと言う願いを募らせていた。
見てみたい。あの海の世界を。人間の限界を試すあの紺碧の世界を。
だが世の中の流れがそれを許そうとしなかった。
そう、ついこの間までは。
深海棲艦が再び出現した事で、艦娘を必要とする声が再び出ていた。
しかも、今度出て来た深海棲艦は以前と比べてはるかにパワーアップしていた。
先の深海棲艦は無誘導兵器で人類に襲い掛かって来た。人類の繰り出した兵器は深海棲艦の謎の電波妨害で成す術がなく、結果的に艦娘と言う対抗手段は第二次世界大戦時の艦艇をベースにした深海棲艦と同じ無誘導兵器を主兵装とした艤装になった。
しかし、今度の深海棲艦は誘導兵器、ミサイルを装備していた。
これに対して人類も艦娘サイズのミサイルとその運用を可能とした艤装を開発した。
第二次世界大戦時をベースにしていた前の深海棲艦との戦争、第一次深海戦争の時とは大きく違う、対艦ミサイルによる殴り合いの戦場。
対艦ミサイルに威力はかつての戦艦の砲撃にも匹敵する。
その対艦ミサイルを諸に艦娘が食らえば、大破は必須だ。
だから人類は深海棲艦の対艦ミサイルを早期に迎撃する最新鋭の防空艦娘の艤装の開発を進め、その適正者をスカウトしていた。
適性のある私がこの期を逃す筈がなかった。
艦娘になる事を、海軍への不信感から反対する義母さんと一晩中揉め、ようやく説き伏せてのけた時には朝になっていた。
私の意思の強さに折れた義母さんが示談として出した要件があった。
それは艦娘となるからには、海軍が計画している最新鋭の防空艦娘の第一号となる事。
義母さんの思いに応える為に、私は海軍学校で人一倍努力した。義母さんや一緒に育ててくれた元艦娘の人たち、ひいては天国で見守ってくれているであろう母と父の期待に応えられる様に。
惜しまない努力の末、私は最新鋭艦娘第一号の座を勝ち取った。
艦娘型イージスシステム搭載艤装を纏う事を許された私は、艦娘として与えられた名前に始め目を疑った。
直ぐにその事を義母さんに連絡すると、義母さんは一言だけ、全て納得したような声で言った。
『よかったね』と。
最新鋭の艦娘の艤装を身に纏った私は今、海にいる。
義母さんが見て欲しいと言った海の上に。かつて母と義母さんが駆けた海の上に。
イージス艦艦娘として着任した私は今、深海棲艦との戦いの最前線に立っている。
《バンドックより第一護衛隊群艦娘各艦へ。深海棲艦艦隊を探知。艦影六。巡洋艦級三、駆逐艦級三と思われる。
全艦ウェポンズフリー、交戦を許可する。殺して来い》
深海棲艦を監視していたP1哨戒機から交戦許可が出る。
第二護衛隊群旗艦のヘリコプター搭載護衛艦娘くらまから対水上戦闘用意が発令され、私を含む七隻の護衛艦娘が対艦ミサイルを発射する。
すると警戒監視に当たっていたバンドックから警報が飛んだ。
《全艦コーション! 深海棲艦艦隊より対艦ミサイル発射を検知。弾数一二。二番艦、迎撃しろ!》
仕事の時間だ、と私は左目にかけているHUDを見つめながら合戦準備を発令した。
「対空戦闘用意! トラック2011から2023に対しSM2攻撃始め!」
艦娘より広い探知範囲を持つP1『バンドック』からデータリンクでHUDに表示される一二発の深海棲艦の対艦ミサイルを、私のSPY-1レーダーが捕捉していく。
艤装のVLSハッチが開き、SPG62イルミネーター(射撃管制装置)が私達に向かって来る対艦ミサイルの方向へ指向する。
「発射よーい、てーっ!」
VLSからSM2対空ミサイルが次々に打ち上げられていく。
「バーズ・アウェイ、SM2全弾正常飛行」
一二発の対艦ミサイルに向けて放ったSM2の軌跡がHUDにデータリンク表示される。艦隊防空を任された身として全弾撃ち落とさねば、《無敵の胸当て》の意を持つイージスの名が廃る。
「インターセプトまで一〇秒……スタンバイ、マークインターセプト」
《くそ、ミサイル一発、撃ち漏らしたぞ》
バンドックの歯噛みする言葉に私は動じずに主砲のトリガーを手に取る。
「主砲で対処する、主砲攻撃始め。撃ちー方始めー! 発砲!」
かつて母がその艤装に纏っていた主砲と比べれば豆鉄砲サイズだが、速射性と精度に優れた一二七ミリ単装速射砲が対空弾を毎分四〇発の発射速度で撃ち出す。
空の彼方で私の主砲が放つ対空弾で撃ち落とされた深海棲艦の対艦ミサイルの爆破閃光が走った。
《目標全機撃墜、オールグリーン》
上機嫌な声でバンドックが私の迎撃成果を告げた。
亡き母と同じ「金剛」の名を継ぐ艦娘として。
今は陸にいる義母の元駆逐艦浦風の期待に応える為に、亡き母の後を追う様に艦娘になった私は今、海にいる。
母と義母さんがかつて駆けたあの海がどんな世界なのか。
私は今、それを見て確かめる為に、海にいる。
こんごう型イージス艦艦娘「こんごう」として、海を駆けている。
完
イージス艦艦娘DDG173こんごうの視線で送る「母の名を継いで」いかがでしょうか。
金剛と提督が結婚し、戦争の中二人は亡くなり、遺されたその息女を浦風が義母となって育て、後のその息女はイージス艦艦娘こんごうとなる、と言う短編構想は昔から考えていたモノでした。
前書きにある通り、ACE COMBAT7のOPを一部パロディした構成になっています。
「バンドック」は単純にネタとして登場させたかっただけです(本音)。
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