亡霊は今日も迷宮を行く (ゴーストライター)
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鎧の亡霊
「ぐぁぁぁぁっ!!?」
「ひっ……うぁぁ……」
死屍累々の惨状。この町のこの場所……オラリオのダンジョンではよく見る光景だ。冒険者が理不尽なる異常事態に晒され、対処できずに死んでいく。それだけの光景。
救いはない……結局、ダンジョン内部ではなにがあろうと自己責任だ。そのぶんの実入りがあるのがダンジョンゆえに。
そう、救いはないはずだったのだ。
『【顕現する我が身は救済、我が身は盾、我が身は使途なり。故に降り立つ、ここは惨状の戦場】』
ひどくノイズがかった声とともに光が彼らを照らすまでは。
突如、彼らの足元から光が漏れた。光は円を、魔法陣を描き、襲い掛かるモンスターがその異常事態に足を止める。
『【救済顕現】』
光が極点に達したとき、光の中から蒼い光の赤い鎧が現れる。神聖な光と共に現れたソレは、光を掴むような仕草と共に前へ手を出し、振り抜いた。
『【時は来たれり。振るう刃、下す刃よ】』
「な、何者だ……あんたは……!」
『逃げるがよい、若き冒険者たちよ。ここは引き受けた』
咄嗟にまだやれる、と声と意地を張ろうとして、鎧の前に翳された光が戦斧となりヘルハウンド……火を吐く犬と呼ぶべきモンスターの群れから一斉に放たれた火を切り払うのを見て、冒険者の男は切り替えた。
この人に託して、仲間を救うのが最優先だ、と。
「……っ! お願いします……!」
『任された』
冒険者の男が、他の動ける仲間を連れて去っていく。
『もはやこの程度しかこの愚物にしてやれることはない……ひとりでも、救わねばならぬ。屍を増やすわけにはいかんのだ……英雄を、未来の雄を救わねばならん!』
鎧は幾度となく繰り返してきたように、戦斧を振るう。英雄とともに戦う役目は、今を生きる冒険者のものだ。
異界から突然迷い込み、モンスターを狩りながら人々を救い、聞き出した情報を総して、鎧はそれのみを思考した。
すでに【鎧だけの亡霊】たる自分には無用の役。
『故に貴様ら、退くか死ね! オオォォォォッ!!!』
どこでこの奇跡が尽きるか、知れたものでもないが……と思いつつ、切り捨てたヘルハウンドと逃げ出したヘルハウンドの数を数える鎧は……再び光に包まれて、何処かへと飛んでいった。
────―
「キャンプを防衛する! 全団員、別働隊の帰還までは支えつつ徐々にラインを下げる! 戻ってきたらリヴェリアを基軸に展開する! いいね!」
「「了解!」」
【勇者】フィン・ディムナの声が飛ぶ。不気味な芋虫のようなモンスターが彼ら……【ロキ・ファミリア】のキャンプを安全地帯にもかかわらず襲撃してきているという明確な異常事態である。
「リヴェリア!」
「わかっている!」
【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴの魔法が準備を始め、徐々にラインを下げながらの防衛戦が行われている。
苦戦しつつも奮戦するファミリアの者たちに、別働隊としてカドモスの泉と呼ばれる場所へとあるアイテムを取りに向かっていた別働隊……【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインや【凶狼】ベート・ローガを始めとするロキ・ファミリア最大戦力も帰還した。
故に、時は満ちて。リヴェリアは反撃としての一撃をくれてやることにした。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」
冬の吹雪よりもなお凍え、絶対の凍結を与えるリヴェリアの攻撃魔法。凍りついた相手は砕かれるのみである。
だが、異常事態は終わらない。
「団長! アレって!?」
「……親玉、か? こいつらの……?」
「まずいね……これ以上は戦闘できない。撤退するしかないか」
大型の女王型と呼称されるモンスターが、2匹。進撃を続けている。
「アイズ、君を殿に……ん?」
フィンの命令は、途中で止まる。光が天を衝いたから。
「なんだこの魔力は……莫大すぎる! なんだ、なにが起きている!」
リヴェリアがその光に込められた魔力に怯え、そして己を立て直す。
『英雄たちよ、一度は退け。いずれ揃えてまた来やれ。ここは亡霊が引き受けようぞ』
「君は……?」
『思うに能わず、疾く逃げよ』
逃げろと勧め続ける亡霊に食ってかかる声。
「余所者に殿を任せるだァ!? バカ言ってんじゃねぇ!」
至極当然の感情ではあるが、フィンは諌める。団長故に、失いたくないものは多い。
「ベート。ここは彼に任せる他有効な手がない。君もアイズもアレに簡単に負けるとは思えないけれど、被害は出る。それを少しでも軽くする方法があるなら僕はそうするだけだ……すまないね」
最後のすまないねという言葉と共に、亡霊に頭を下げ、振り向いて走り出すフィン。
「……ちっ!」
舌打ちひとつ、後を追うベート。
『強敵……久しいな。どれ、ひとつやって見せるか。亡霊の……いや』
少し考えてから、鎧は強敵に名乗りをあげることにしたらしかった。
『このオルランドの武勇をこそ知れ!』
地を蹴り、女王に急襲。
『【アイン】』
戦斧を光らせ、横に一薙ぎ。軌道通りに描かれた波動が飛び、芋虫を切り払い、命を吸い戦斧が紅く輝く。
『【ツヴァイ】!』
そのまま地面に戦斧を打ち付けて輝きを地面に流し込む。大地が隆起して付いていけぬ弱者……すなわち他の芋虫どもを打ち上げ炸裂させる。
『【ブラッドバーン・シールド】!』
炸裂させた芋虫たちの魂の輝き……すなわち【経験値】はもはや彼には無用。無駄にするのも勿体無いと、彼が迷い込んだその日に編み出した技は経験値から魔力を錬成して己に魔力障壁を与えるという荒業である。
本来はオルランドの連撃にはドライ以降の続きがあるのだが、この連撃は強敵に群がる雑魚の掃討に用いるモノ。故に、打ち上げ炸裂した時点でオルランドは連撃を止めていた。
『ほう……』
オルランドは、目の前の女王型が放つ鱗粉を見た。なんとなくなにが起こるかを察したがゆえに、感嘆し、驚嘆し……そして、悪手だと笑うことにした。
『ふふふふふ……ハハハハハッ! 久々にやってみるか! 【レンド】!!』
オルランドは戦斧を女王型の頭上へと飛ばした。
……戦斧を握りしめていた右腕とともに。
次の瞬間。大爆音、鱗粉の爆発が巻き起こる。
が、オルランドの姿は戦斧とともに。すなわち、オルランドは腕ごと斧を投げ飛ばし、その腕を基準に身体を引き付けたのだ。
普通は、腕がもげれば腕を身体に引き付ける。その逆をいけば移動技になるだろう、という考えであった。
無論、とち狂っている。
『まずは貴様からだ……その首、置いていけ!』
「……!!!???」
ズバッッッと轟音を立て身体をまっぷたつに切り裂いて着地する。と同時、再び斧を遠くに投げ飛ばしてその場から遠く離れ……爆発する遺骸を見てやはりか、という思いを抱く。
『まあ、であろうな、というところか。逆に子が爆発して親が爆発しない道理もない、ということか? まぁよいわ、あと1匹……その首、取るぞ!!』
どこか悲鳴のような叫びとともに戦いにもならない戦いを挑む女王型が倒れ伏して爆破されるまで、1分もかからなかった。
────―
アレはなんなんだ? この思いは間違いなく、僕ら【ロキ・ファミリア】の総意だろう。戦斧を振るい、軽々とモンスターたちを刈り取ったあの鎧は一体、何者なのだろうか? どこのファミリアだ? なぜ1人なんだ!?
礼ついでに聞くのも悪くないはずだ……そう思いながら、僕は……【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナは頼れる朋友たるガレスやリヴェリアと共に彼に礼を言うために近づいて、声をかけた。
「助かった……おかげで無事何事もなく上にいけそうだよ」
『逃げろと言ったが』
「急に1階層分も逃げるのはこの大所帯じゃあ無理ってものでね。まずはみんなの治療からだよ」
無愛想な返事だ。けれど逆に好ましい……なんだろうか、近いのは年老いた極東の武士だろうか。
『ふむ……この亡霊をよくぞ信じたというべきか? まあ良い、良い』
独りでに頷いて、納得しているのはまさしくそういうタイプの人なのだと教えているようだ。
『しかし、私が助けた者のうちで私になにか話しかける者は初めてだ……何用か?』
「命の恩人な君にこんなことを尋ねるのもすまないと思っているんだが……君の名前、あるいは所属しているファミリアを教えてくれないか」
よし、聞いた。これで彼の身元に繋がる情報がわかれば……
『私はオルランド。それ以外は覚えていない。知る意味もない。この謎の場所でひたすらに戦う狂った者よ』
……よく考えるべきだったね。僕たちが聞いたことのない実力者、なんてあり得ない存在だった。ファミリアに居たら二つ名程度は聞こえてくるはずだ。故に最初から未所属と考えるのが丸かったんだ。
まあ……なにもわからないというならそれはそれでやりようがある。とりあえず、同行を依頼しよう……対価は、この世界の一般常識あたりで。
────―
オルランドは今、【ロキ・ファミリア】と共に、ダンジョンの外を目指していた。
とある異界から迷い込んでから一週間ほどが実は経過していることすら知らず、前世より持ち合わせた魔法と戦闘技術でもって救いを求める者の場所へと飛んでは払い飛んでは切り開くこと数十。
オルランドのはじめての外を目指した探索であった。
フィン、と名乗る小さな男曰く、ここはダンジョンと呼ばれ、上にはオラリオという街があり、そこからダンジョン目掛けて人が降りていくのだとか。
大鎧に戦斧で2mの体高をもつオルランドはそれをやや見下しがちになりながら聞いていたのだが、フィンの希望により地上まで同行し、いっそ地上に出てみないかという話になったのだ。
己が人でないことを伝え忘れるオルランドではあったが、先程見かけた狼男の存在的に己もたぶんなんとかなるだろうと勝手に考えていた。あるいは、この鎧を脱がなければ気付かれることもなかろうとも。
何日もの日をかけて、地上へと登っていく【ロキ・ファミリア】とオルランドだったが、定期的にオルランドは救済を行っていた。
このときにオルランドが新しく知ったこの身体の特質……それは自分の一欠片をどこかに置いた際、それに身体を引き付けて場所を移動しようとすると瞬間的に座標転移を行えるということだった。
外した左腕を置いておいて、救済のために光に包まれて転移し、救済を行った後に左腕のあった場所に身体を引き付けようとした。
最短経路を引き摺られるのだろうかと考える間もなく、気がつけば左腕のあった場所に棒立ちしていたのだから驚きもひとしおだ。
どんな世界からやってきたかすら覚えていないが、なんとなくその世界ではこんな使い方はしていなかった気がするとオルランドは直感した。
それはさておいて。
救済に勤しむオルランドと共に地上へと無事に戻ってきた【ロキ・ファミリア】は久方振りの太陽の光に心の底から喜んでいた。
オルランドは心の底から絶叫したかった。
『(危なかったな……恐らく、この鎧に憑依した亡霊、というくくりでなければ太陽に含まれる浄化の力で即死するのでは?)』
アンデッドだと本人は思っているこの鎧、大焦りである。
その実はアンデッドではなく、単純な精霊的存在であるのであんまり気にしなくても良いのだが、これを知るのは黒衣の賢者と出会ってからであるために今は彼はそれを知らない。
そんなことを思っているうち、【ロキ・ファミリア】に誘われ、本拠地【黄昏の館】への招待を受けたがこれを拒否した。
理由? そんなものはひとつしかない。
『救済せねばならん……人の魂が私を呼び続けている!』
「オルランド。ちゃんとお礼ができてないからいつか顔を出してくれると助かるよ……」
『礼は不要と言っている……それではな』
「あぁ行ってしまった……オルランドを行かせてしまったことだけで親指が過去最悪の動きをしている……!」
フィンは今にも鳥肌が立って体調が悪くなりそう、と言わんばかりの肩のすくめかたを披露したのち、ホームの門を潜るのであった。
────―
「やるな、アレン」
「へっ……やっぱつえぇなぁ、オッタルゥ……!」
ここは【戦いの野】。【フレイヤ・ファミリア】の本拠地であり、フレイヤに選ばれた戦士が日々傷つき切磋琢磨し、エインへリヤルたらんとする魔窟だ。
力と、それに相応する苦難を約束されるとすら言われるファミリアの本拠地、それが【戦いの野】。
戦いに一段落をつけ、ボロボロになった【女神の戦車】アレン・フローメルと掠り傷程度の傷を持つ【猛者】オッタルは互いを褒めあいつつ治療師による治療を受けていた。
「よし……またやるぞ」
「ふっ……かかってくるといい。たまには付き合ってやる……フレイヤ様がせっかくこちらにおいでになって、ご覧になってい……」
お互いに獲物を構えた瞬間の出来事。光が、降り注ぐ。
咄嗟に地を蹴って、距離を離して。光の中央から、鎧が現れる。
『此処か、死と痛みの香りは! 救済の時だ!!』
「「!!」」
「あらあら、すごい魂……欲しいわね、あの鎧さん」
【フレイヤ・ファミリア】本拠地、【戦いの野】強襲。
オルランドは辺りを見回して、近くで立ち、こちらへ刃を向けた猪人……すなわちオッタルへ向いて、戦斧を光から引き抜き構えた。
オルランドにとっては勘違いから始まる無益な戦い。されど、【フレイヤ・ファミリア】各位にとっては限りなく有益な経験を積むための戦い。
それが今、始まろうとしていた。
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【猛者】と【亡者】と
降り立つ刃と共に、目線を向けて【猛者】に相手を定める蒼鎧。何を見定めたのか、言葉をひとつ。
『……錆び付いたなまくらの様だな』
刃を向けたままに、蒼鎧の亡者は呟いた。都市最強のLV7に吐くにはあまりにも傲岸不遜な言葉ではあるが、許される。それほどの圧力が、鎧と戦斧から放たれていた。
「俺が、なまくらだと?」
【猛者】は聞き返し、静かに内心の驚きを隠した。
『あぁそうだとも……お主は喰らうべき敵を遥か前の高みに失ったようだと見える。最後の強敵と思える奴と出逢ったのも少なくとも5年は前だろう?』
次こそ【猛者】は完全に目を見開いた。
「7年前だ。俺が【都市最強】を名乗ることになった、あの日のあの男……ザルドが俺の最後に出逢った強敵ということか」
『今も満足していないのだろう? 私が1手指してやってもいい……勘違いで飛び込んできてしまったらしいからな』
「勘違い……?」
オルランドから、人の危機に駆けつける魔法という存在を聞かされ、集まってきていた【フレイヤ・ファミリア】の面々は驚いたような、呆れたような表情を浮かべていた。
「なるほど……我らの争いが生命に差し迫るほどに果敢……あるいはいつもより加減なしに打ち合ったためにお前の魔法が発動した、と」
『恐らくはな』
【猛者】は……オッタルはひとつ頷いた。そして、一言。
「1手見てくれると言ったな」
『言った』
「俺が錆び付いたなまくらというなら……それを再び磨く石となってくれ」
『構わんぞ……砥石にできるならしてみるといい。オルランドの武功は少々お主に握らせるには重いだろう』
緊迫した雰囲気の中、2人は特に示しあわせたわけでもなく、五歩歩いて向き直る。
『好きにこい、先手はくれてやろう』
「俺が挑戦者か、久しいな……では、行くぞ!!」
オッタルが大剣を構え地を蹴った。剛剣が振るわれた戦斧と正面からぶつかりあって火花を散らす。
『やはり錆は落ちぬものよな、オッタルとやら』
「ふっ……ハァァァァァァアッ!!」
『今のは悪くない……が、悪くないだけだな』
戦斧が旋風の如く回転し、剛を誇るオッタルの剣が往なされる。
『食らえェイッ!』
「ッ!!」
咄嗟に剣の腹で受け止めて、それでも大きく後退を強要される剛斧の一撃にオッタルは無言で戦慄するかと思われて、外から見る人々はオッタルの表情を……
「フハッ……ハハハハハッ!!」
オッタルが、高らかに笑いだした。異常なようにすら見えるその笑いは、収まると同時、さらなる言葉を紡ぎ出す。
「あぁ、忘れていた。勝利への渇望、強さへの欲求! これこそがいつも俺を強くした……敗北を重ねた俺をだ!」
『どうだ、猪。錆は取れたか?』
「これが錆ならばな……さぁ、行くぞ。次は遅れは取らん」
2人は同時に次は地を蹴る。刃が噛み合い、途端にオッタルが攻勢に移る。剣閃は鋭く、剣勢は強く、振るう度に増していくそれらに蒼鎧は防御を続ける。
「オオオオオオオッッ!!!」
『面白い! ここまで変わるか! 良いわ、一度退け! 【クリーク】!!』
単なる横薙ぎ、されど当たれば不味いという直感に従い大きく飛ぶオッタル。
そして蒼鎧は戦斧の石突を地面に当てて、敬礼のような姿勢をとってから、一言。
『【猛者】よ、周りが限界を迎える方が早かろう故、次の一撃を以て終いとしよう……我が名と我が勇、存分にその目に焼きつけ、以て汝がいずれ喰らわねばならぬ力を知れ』
「期待を受け取った。俺もお前に応えて全力を出させて貰う……!」
2人は相対して同時に言葉を紡ぎ始める。
『好きにせよ……【我が身の在りかた、我が身に宿る友、何処ともあらぬ世の理よ、どうか今一度我が身に耐えぬ力を振るうことを赦したまえ。開け、我が身よ、我が力よ】』
「【銀月の慈悲、黄金の原野、この身は戦の猛猪を拝命せし。駆け抜けよ、女神の真意を乗せて】」
紡ぎ始めが早いのはオルランドだが、詠唱の文自体の短さからオッタルが早く詠唱を終えることとなる。
「存分にその武勇を喰らわせて貰うぞ……!」
凄まじい威力の剣閃と衝撃波を放たんとするオッタルの前に、オルランドは怯むことなく、猛ることなく、静かに【誓約】の名を告げる。
『【光霊器クラウ・ソラス】』
その一言の後、オルランドの鎧の正面が、胸元が『裂けた』。
「なに……っ!?」
「おい、なんだありゃ……光? 光が、武器を……?」
漏れだす光は、鎧にヒビを入れ、輝きを増していく。光は増し、柱を象り、場を埋めて、ついに、鎧の姿は光中に見られなくなった。
『クラウ・ソラス。太陽神の雷鳴を源流とし、森羅万象を照らし、その像を写す神剣……その解釈は過ちである』
声が、澄んでいく。ひどく聞き取りづらかった、ノイズまみれのあの声は、遠く薄れる。
今や聞こえてくる声は確かに老齢の騎士を彷彿とさせる渋い、しかし戦いに愚直な意思を持つ人の声に変わっていた。
「クラウ・ソラスとは、我が身と共にある光の大精霊の名であるがためだ。となれば、武器としてのクラウ・ソラスとは、私……オルランドの身で、大精霊クラウ・ソラスの権能を振るうことそのものと結論付けるべきだろう」
光が晴れて、というよりは、収束して、形を持って、やっと【フレイヤ・ファミリア】は彼を見定めることに成功する。
白の長髪をたなびかせ、信じられない量の光で構成された剣を浮かばせる、巨躯の老翁。顔と言われ、見つめられるはずのその部分は、なかった。のっぺりとした、平たいモノでしかなかったのだ。
当たり前だ、『身体を光そのもので投影している』のだから。
「それが、全力か」
「私一人の出せる全力といったところだ……どれ。武人よ、他人に呼ばれ、察してはしまったものの。芳名を頂こう……最後の激突だ」
男と光は、名乗りあう。この場の強者はどちらか、それのみを定めるために。
「俺は、オッタル。お前も名乗れ。その姿では、通すものもあるだろう?」
「ありがたいな……我はオルランド・クラウソラス! やれるものならば、見事我が身を破り、汝の主に奉ずるが良いわ! 往くぞ……!」
改めて、待機状態だった必殺技と、開帳された全身全霊がぶつかり合わんとして。
「【ヒルディスヴィーニ】ッ!!」
「仰ぎ見よ! 【オレオル・リュミエール】!!」
光で象られた剣が、纏まり、融合して、オルランドの手に巨大な剣として握られる。突進する猛猪のごとき威容を放ち、振るわれる大剣と、その圧倒的な威力に、オルランドは正面から、光輝の大剣を振り抜いた。
輝きと、剣閃の衝撃による土煙で僅かながらに戦場が外からは見通せなくなる。そして、土煙と輝きが晴れて、見通せるようになった戦場には。
『次の挑戦を待っているぞ……戦猪オッタルよ』
「俺の、負けか」
既に元の鎧姿なれど、降り立った時に向けていた戦斧をオッタルの首筋に添えたオルランドの姿があった。
『いやはや、見事。今代第一の英雄は、お前に他ならん。よくぞ、我が光条を断ち切った! 重ねて、見事である!』
「必ず、必ずもう一度出逢おう。そのときは、俺が勝ち、お前を討ち果たした事実を女神に捧げよう」
その思いを受け、面白いと言わんばかり、ノイズだらけの声でもわかるほどに笑った鎧。その笑いを中断するのは一柱の女神であった。
「オルランド、と言ったかしら。他の神の力をあなたからは感じない……無所属、なんでしょう? 私はここの主、フレイヤ。どう? ここに席を用意させては貰えないかしら?」
『せっかくの誘いなれど、お断りさせて貰おう。我が身を縛る誓約と、その対価の力なぞは、クラウソラスだけで十分だ。なにより、ここに骨を埋めたとて、新たな英雄を救うには邪魔になろう』
フレイヤは、軽くため息をついた。
「ふぅ……そう。なら、仕方ないかしら。諦めはつかないけれど……ね。そうだ、あなたがまたオッタルと戦って、オッタルに負けたなら。そのときは私のものになりなさいな」
『それなら良かろう……その時までに私にあの男が持っており私にないものが備われば、私の勝ちだろう。備わらなければ、負けるだろう。そうなれば、お主が備うべきものを持っていたのだろうと認めようぞ』
「待っているわ、オルランド」
『今日はもう失礼する。夜にもなった。しかし、あの穴からは新たな英雄の、新たな息吹が聞こえる……アレは無謀だ。救わねばならぬ』
オルランドの力は、ダンジョンを手当たり次第に突き進む若い英雄候補の姿をきっちりと捉えていた。
『さらば』
鎧は、月光の中、緩やかな燐光と共に消えていった。
「オッタル。貴方も、このまま負けていられないわよね」
「無論です、フレイヤ様」
「そこでオッタル、貴方に命じるわ……そう、時間をあげる。だから……次も、次は、私に貴方の勝ちを見せて?」
「はっ。次なる時までに、必ずや!」
頑張る子供は美しい……フレイヤはそう思う。自分の愛おしい眷属たちは、またもうひとつ強くなる。
夜遅くなったにも関わらず、殺しあいを控えて互いに技術の伝授などし始めた己の子を、慈愛の眼差しで眺めやる美の女神は、今このときだけ、この世で二番目に美しい存在であった。
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英雄始動譚/英雄再起譚
「おおおおおぉぉぉっ!!!」
強く、強くならなくちゃ……! その意思だけが、今の僕を動かしているすべて。
ダンジョンに持つものもとりあえず飛び込んで、悔しさか、怒りかわからない感情をありったけ目の前のモンスターにぶつける。
ぶつければモンスターが倒れて、新しい当たり先を見つけてはぶつけて。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
こんなの、子供の癇癪だ。わかってる、わかってるんだ。
僕じゃあ、ベル・クラネルじゃあ、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインに恋をするなんて、愚かにも程がある。
そんなことくらいは、わかってるんだ。
彼がなぜこうしているか、というと、時は遡る。
【豊穣の女主人】という酒場にて無事帰還を果たした【ロキ・ファミリア】は、酒盛りを楽しんでいた。
そこで、ある出来事を思い返した酒に酔うベート・ローガは、笑い話としてその出来事を面白おかしく語り出す。
「ミノタウロスがバカ見てぇに逃げ出していきやがってよぉ! 駆け出しがアイズに助けられてたんだが、アイズ、逃げられてやがんだよ!」
ここで疑問に思うことがあるかもしれない。救済を旨とするあの鎧……オルランドはミノタウロスが逃げ出して危害を加えるだろう異常事態になにをしていたのか、と。実にシンプルな話をすると、別の救済の現場にいたのだ。
闘技場と呼ばれる、謎のエリアがある。このエリアに、奇遇にも階層に穴が空いて落ちてしまったとあるパーティーを救うため、オルランドは闘技場のモンスターすべてを鏖殺するか、己が力尽きるまでの戦いをしていたのだ。
もちろん、勝ったのはオルランドであり、オッタルと打ち合ったあの鎧は確かにオルランドだ。
救い出したパーティを偶然見つけ出した地下の安全地帯に放り込み、他のパーティからすぐ渡せる礼だと言われ渡されていた回復薬やら食糧などまとめたものを置いて、オルランドは戻っていったわけだ。
また、そもそも【救済顕現】の効果は、オルランドが行かなくてはその命は確実に消えるだろうというモノに反応する。
故に、アイズ・ヴァレンシュタインが間に合うことによってベル・クラネルの命が猶予されたことで、【救済顕現】の対象外になっていたのだ。
そんなわけで、鎧が現れることもなく、ベルはミノタウロスから逃げ、アイズに救われ、アイズから逃げ出して、ここでベートに嘲笑されるのだった。
「レベル1の駆け出しなんかじゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには似合わねぇ」
その一言は、バカにされていた張本人……ベル・クラネルの心に激情の火を灯し、ベルは立ち上がり、店から逃げるように立ち去ってしまったのだ。
そうして、ダンジョンに潜り。
「これで! どうだ!!」
ダンジョン9階層。周りを囲むウォーシャドウというモンスターをすべて切り伏せて、完全に力尽きた。
精根尽き果てる……まさしく、心行くまで戦った。それをわかっているからこそ、現状ここで倒れるのは不味い……そう思い、帰ろうとして。
「……!!」
ウォーシャドウの群れが再び立ち塞がる。後ろからも、気配がする。怪物の宴……モンスターの大量発生。逃げ出す他ないと、身体に鞭を入れようとして、身体に力が入らない己の現状に歯噛みする。
「くっ……考えなし、すぎた……!」
『反省点だな、次代の英雄よ』
「はい……えっ?」
後ろからの強い気配……それは、想像していたモンスターではなく、蒼鎧の人物であった。
『お前は今日、限界を知った。高い壁を見た。そうだな? とくと学んだか?』
その人の声は酷く聞き取りにくかったが、なぜかはっきりと脳に焼き付く声だった。僕は、ベル・クラネルは、なぜかこの人のことを、『父』のようだと、そう思ってしまった。だから僕は、思わず得た夢を語る。
「僕は、英雄になりたい……まだ、足りない。強くならなくちゃ……強く、強く」
『英雄に、なりたいか。お前はもう次代の英雄ぞ……強いて言うなれば、お前が目指すのは英雄ではなく、主役だ。英雄譚に真っ先に名を刻みその物語を作り出せ!』
僕の胸に、熱いものが宿ったような、すとんと腑に落ちたような、そんな感覚が同時にやってきた。そうだ。物語に出てくる英雄になりたいんじゃない。物語を作られるほどの英雄になりたいんだ、主役になりたいんだ!
『そのためには、今は休むことだ。私が守ってやろう……得心行けば、声を出して返事をせよ』
「……はい!」
僕は、その人に目の前のモンスターたちを任せて、戦いを眺めようとして……戦斧一撃、薙がれるそれの圧だけで粉々に吹き飛んだそれらに目を疑った。そして、それについて考える間もなく、安心感が眠りに誘っていた。
オルランドは彼にしては珍しく迷っていた。目の前で眠りこける少年の処置にだ。
「すぅ……すぅ……」
『どうしたものかな……まあ、送ってやるか。何処とも知らぬがまあよかろう。たまには精霊の力を借りることもできよう』
オルランドの迷いは少しの間だけ。次代の英雄は間違いなくこの少年だ……その確信を改めて感じつつ、少年を担ぎ上げる。
『どれ、行くか』
オルランドの姿は少年と共にかき消える。地上の裏路地に密かに置いた、己の左腕目指して転移。
地上はすっかりと夜も更けて、朝が近づくといった感じであった。
この少年が何者かもわからん以上はどこに連れていけば良いかわからないオルランドは、精霊に聞いてみることとした。
『大いなる精霊よ、その欠片よ。我に誓約に記された対価を与えよ……我が求むる対価は知識なり』
小さな丸い光の塊が飛んできて、自分の身体に入り込んだのを外からなら観測できただろうか。
オルランドはその地に馴染んだ光の小さな精霊や妖精から、情報などを貰い、かわりに己に馴染んだ光の大精霊の力をわずかばかりに分け与えることができる。
光の精霊、妖精に限ると条件は付くが、非常に有用であった能力だ……地上に限る、という条件も忘れていた。付け加えておこう。
ダンジョンで干渉した結果黒いモンスターが襲撃してきたりルクスを名乗る大精霊が侵食を試みたりしてきたので以後は慎んでいるのを忘れていたのだ。
『ふむ……朽ち果てた教会か。良き場所よな……』
そんなことを考えつつ歩んでいくと、精霊たちが教えてくれた場所にたどり着く。小さな、幼さすら感じさせる背に釣り合わぬ胸部。男ならば滾る、と表現すべき少女が心配そうに辺りを見回して、視界にオルランドを捉えた。
急いでこちらに駆けてくる少女に軽く会釈をする。
「君、そこの君! 肩に背負っているその子を送りに来てくれたのかい!?」
『む、この者の知己か』
「ボクはヘスティア、今は団員1人のファミリア、君の背負っているベルくんとやっている【ヘスティア・ファミリア】の主神さ! とりあえず、中のベッドに下ろして貰っていいかな」
ボクという1人称に軽く微笑ましい感覚を覚えるオルランドは、肩に背負った少年を、地下室のドアにぶつけないようにしながら入った先のベッドに、そっと下ろしながら説明をしていく。
『この少年はダンジョンに潜っていた。原因は預かり知らぬ。だが、強くなりたい、と。英雄になりたい、と。そう言っていた……夢を見るようにではない、そうならねばならんと確信しているように言っていた。故に救い、持ってきた』
ヘスティアは、下ろされたベルに心配と不安の入り交じった目を向けて何事か考えたあと、決意を定めたような目をしてこちらに向き直った。
「うん。わかった……ありがとう。ボクの大事なベル君を助けてくれて。そこでなんだけど、恩人の名前を聞いておきたいな」
『オルランド』
必要な情報がいくつも不足しているそれに、ヘスティアは困った。この街の自己紹介は基本ファミリア名もセットだから……と考えて、ある可能性に気づく。
「もしかして、君、無所属かい!?」
『そうだ。ファミリア、とやらには所属していない』
「君、ボクのファミリアに入ってくれないか!?」
ヘスティア、咄嗟の勧誘であった。
『む……悪いが縛られるのはこの身のみで十分と……』
いつもの文句で返すと、ヘスティアはさらに返してくる。
「ここは零細だ、規則は今のところないから君を縛ることもない。君に隠すべきなにかがあるとか、巻き込んでしまうとか、そういうこともボクらは受け入れる。ここ、オラリオで無所属って言うのは、危ないし危ういんだ。そして、なによりも」
ヘスティアの、似合わないどこか寂しげな目がオルランドを射貫く。
「きっと君は、ひとりきり。だから、ボクに見守らせてほしいんだよ、救わせて、欲しいんだよ。君は、輝いてる……その光を受けて、人は救われるんだろうけど……君は、その光を受けられない。君だけが、救われない!」
オルランドはその言葉に、思わず返しを忘れた。まさか、ここまで見抜かれるとも思っていなかった。
美の女神は、精霊と混じりあった魂の光に驚き惹かれたから、彼を欲しがった。
遊戯と策謀の女神は、フィンから聞いた言葉から推定して、派閥の拡張を夢見て、彼を欲しがっている。
結局、どこまでもお人好しな竈と護り火の女神だけが、彼の奥底までを見通して、彼を求める者ではなく彼の求める者になろうとしていた。
「そんなのって、あんまりじゃないか……だから! ボクと一緒に、ベル君と一緒に!」
『ヘスティア。恐らくは、貴女だけだ。もう薄れてしまった記憶から、今に至るまで……私を、私を救うなどと言ったのは』
その言葉は万感籠るというものだ。もしオルランドの鎧の下に顔があったなら、そこには老翁の滂沱の涙があったことだろう。
『あぁ……大いなるクラウ・ソラス。私を許してくれ……私は、救いを齎す君の名に恥じぬ、救いを与える者として生きてきたのだ。私は、私が救われたいと……そう、思ってしまったのだ』
その言葉にヘスティアは言葉を与えるために一度目を閉じて、開いてから言葉を発しようとして……絶句した。
そこには、確かに己と同じ神威を発する存在がいるように見えたから。
恐らくは、オルランドの言う『大いなるクラウ・ソラス』という神格か、あるいはそれに近い大精霊……正解は後者であるがそれはまだ知らない……だろう。
それが、彼に語りかけているように見えて、彼にそれは届いていないように見えて。ヘスティアは、思わず、クラウ・ソラスに話しかけた。
「君が、クラウ・ソラスかい?」
『は? なにを言って……まさか、見えているのか? 私には、なにも見えないが』
『えぇ……やっぱり、神って違うのね。お願いがあるの、神様。これから言う言葉を、すべて、彼に伝えて。お願い! 彼をこの世界に導いて、精霊神格としての意識と意思がもう消えそうなの……私を救って? ね?』
「わかったよ、クラウ・ソラス」
『じゃあ……言うわね? 貴方だって、救われる……救ってくれる人がいる。私はこれからも常に貴方の中にいて、でも貴方はもう私を拠り所になんてしなくたってやっていけるわ。だから、どうか、私を恨まないで』
オルランドは顔を跳ねあげた。
『私を、恨まないで……? 待て、待ってくれ! クラウ・ソラス! 私を、置いていかないでくれ!!』
『通訳を頼むまでもなく、聞こえるようになったんだね。オルランド、私の自由意思はもう限界……あの世界から切り離しちゃったからね。私に縛られ続けた人生なんだから、この世界での生き方くらい、選んでもいいんだよって。そう言ってあげたかったんだよ』
『あぁ……クラウ・ソラス……本当に、本当に……お前は……俺は……』
ヘスティアは、見ていられなくなった。たまらなかった。はじめての救いを、彼にも、彼女にも与えようと思った。
「オルランド君、送り出してやってくれ。いつかきっと、会える日が来る……ボクは、そうやって出会えることを知ってるからさ」
オルランドは、顔を上げて。ヘスティアに静かに礼をした。そうして、一言。
『すまなかった。クラウ・ソラス……いいや、ソラシア。また、会おう。いつか、この世の終わりに、天と地の果てで』
『えぇ……また出会うために、最後に貴方に奇跡をあげる』
光の塊に戻りつつある彼女は、彼にキスをしたように見えた。少なくとも、ヘスティアにはそう見えたという話だが。
『愛しているぞ、ソラシア』
『私もだよ、オルフェ』
2人は、別れた。天と地の果てに、また出会うまで。久遠の別れではない、そうわかっている。だけれども、涙を……涙?
『なんだ……なんだこれは? なにが、何が……?」
光が、彼の鎧を解いていく。ヘスティアは、彼に彼女がキスしたように見えたその部分から変化が起きていることに気付いた。
光が巡り、巡った部分の鎧が解ける。光は身体を一巡してから最後に左手に紋章を刻んだ。
「これは……一体?」
「ふふ……君は、とてもかっこいい人だったんだね。あの子も惚れるわけだよ」
「なにを言って……というかなぜ惚れるだとか……まさか。まさか! も、申し訳ないが鏡かなにかを!」
ヘスティアが差し出した手鏡に映っていたのは確かな顔だ。最後の最後に、精霊は奇跡を起こしたのだ。
己の契約者に、愛していた彼に、全盛の肉体を。……神の恩恵が、その身に受けられますようにと、願いを込めて。
ヘスティアは、事情がわからないなりに、託されたと感じた。彼女は最期に全身全霊を以て、オルランドに肉体を与えた……すなわち、彼女の手で、恩恵を刻めるようにされたのだ。
改めて、彼に誘い文句だとヘスティアは言葉を告げる。
「オルランド君。いろいろあって、落ち着かないとは思う。けど、あの子にボクは託された気がするんだ。改めて……ボクのファミリアに、どうかな?」
オルランドは、立ち上がり、対面から隣まで歩み、片膝を付いた。
「神ヘスティア……貴女に、無限の感謝を。ソラシアと別れられたのは、貴女のおかげだ。貴女のおかげでこの肉体を得たのだから、貴女にこの心、この肉体、この忠誠のすべてを捧げたく思うが、貴女はきっとそれを望まない。であればその誘いを受け、少しでも貴女の力になりましょう」
「そうかい……そうかい! ありがとぅ……これから、よろしく頼むよ! まずは、恩恵を刻んじゃおう!」
「何卒よろしく申し上げます。この身はこれより貴女の剣、貴女の盾、貴女の鎧。これからも救済は続けなくてはならない……それは私の心が望むこと。しかし、貴女もまた、人を救うことを望んでおられると私は信じております。どうか、ご理解あれ」
「固いよ、もっと柔らかく、敬語なんていらないさ! ほら、こっちだよ!」
手をとって立ち上がらせながら、ヘスティアはオルランドに恩恵を刻みこむ準備を手早く行い、その背に恩恵を刻んでいく。
改めて恩恵を得て、オルランドはその紙を見たが、首をかしげることとなる。
「ヘスティア様。これは……その、目が狂っていないのであれば、平常のそれではないと思うのですが?」
「うん、ボクもそう思うよ!? けど君の異常性がはっきりと出てるんだ! この一文とレベルで説明終わり! なんてはじめてだよ!」
紙にはただ、スキルの欄のたったひとつの説明のみ。
【光霊の救済器】:経験値獲得不可。偉業のみでLVアップ可能(恩恵取得時にそれまでの偉業を清算済み)。全盛期の肉体から加齢しない。異なる世界の異なる法則によるステータスを持つ。
「そしてLV8、か。確かオッタルとか言う男がLV7で都市最強と言っていたような気がするな……となれば、もしやヘスティア様、私は……」
「うん……ぶっちぎり……どころか上を行ってそうだね」
「いやその、オッタル殿にはほんの少し前1手指して勝ったのですが」
「……は?」
予想外の言葉に完全にフリーズするヘスティア。オルランドは、忠義の騎士……にしては胃にダメージを与えるタイプであった。
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教練
『そら、打ってこい!』
「行きます!」
蒼の鎧の持つ戦斧がベルのナイフを受け止め、そして叩き飛ばして、さらに勢いのまま首筋へ迫る。が、ベルは一歩踏み込んで、接近。蹴りで戦斧をはねあげようとする。
『ほう……やるようになったではないか』
振り抜いた右腕から武器を離して左腕でベルを殴打して弾き飛ばした。
「くぅぅ……強い……オルランドさんが強すぎる」
ベルはそう言いながら今日7度目になる仕切り直しに顔をしかめた。
なぜオルランドはベルに教練をしているのか。なぜまだ蒼の鎧と紅の戦斧を愛用しているのか。
まあどうということもない。【ヘスティア・ファミリア】に正式に入団したオルランドは、気がつけば朝となっていた恩恵絡みのやりとりを終えると共に、主神たるヘスティアと同輩たるベルから頼みを受けたのだ。
「オルランドくん! ベルくんを強くしてやれないかなぁ……?」
「オルランドさんが……仲間に? そうなんですか、神様!? えっと……その、僕に技や知識なんかを教えてくれませんか?」
もちろん、オルランドの答えはひとつ。
「構わぬ、任せられよ。だがはっきり言うと私の教練はかなり過酷なものになろう……それでもついてこれるというなら、施すが」
それを宣告されて、ベルの目は、爛々と希望と情熱に満たされていた。
「頑張ります……それが、英雄譚の主役になる道なら」
というわけで、ベルに教練を施すこととなったのだが、まず自分の武器がないことにオルランドは気付いてしまった。
しかし、その点問題は一切なかったのだ……左手の甲に刻まれた紋様はクラウ・ソラスの加護の残存……あるいはオルランドへの加護と力の完全な譲渡を示していた。
加護を引き出す精霊の依り代たる己なら、おそらくはと考えたオルランドは予測を行動に移し、成功した。すなわち、再び人の姿を隠して、あの鎧と精霊の依り代の姿に戻ったのだ。
どうやら、左手の甲の紋様は、己の最も使い慣れたあの身体……蒼の鎧と紅の戦斧を持つあの姿を『裏』から呼び出して純粋な肉体である身体を『裏』にしまいこむ、そう言うものらしかった。
クラウ・ソラスは最後に身体を復活させたのではなく、新たな身体を投影して半恒久的な実体を与えたのだろう。そうオルランドは結論付けた。
長く説明として振り返ったが、要するに、いつでも人と鎧とを行ったり来たり出来るようになったのだ。
あのくぐもったノイズまみれの声も、戦斧も、鎧もそのまま残っていた。
なので、オルランドはそれらを用いて戦闘し、教練をつけてやることにしたのだ。そして、最初は腰の引けていた少年がわずか3日で十分に己に向かってくるようになり、7日で己の戦斧を掻い潜らんとしたのだから満足である。
戦斧を好んで使うが、他の武器も多数実は使いこなせる歴戦のオルランドとて、短刀などの早さを生かす武器は使っていないというところが、ここでふっと問題として浮上した。
『ふむ……そろそろよかろう。私は短剣やらナイフやら短刀といったものにはとんと疎いが……まあそれらでも使える【誓約】を教えよう』
「【誓約】……ですか?」
そこでオルランドは考えを転換し、別アプローチをしかけることとしたのだ。
『こちらに【誓約】という概念は存在しないのか?』
「僕は聞いたことがありませんけど……」
オルランド、絶句。異なる世界だということも忘れて絶句。だが、その後得心が行ったのか頷いた。
『……よくよく思えば、【魔法】があったな、この世界には。【奇跡】でも、【誓約と対価】でもなく、純粋な【魔法】が。そうか、【魔法】で後衛は戦うものなのか。まあよい、よい。【誓約】は便利ゆえ、授ける。それだけよ』
「はい! ……えっと、どういう感じの技なんですかそれは?」
『うむ。傾聴せよ。【誓約】とは……』
オルランドのいた世界で主に使われていた魔術体系の一つにして、すべての人たる者が使える技こそが【誓約】。
主に【対価】となる事象を設定し、【誓約】を宣誓することで発動させる【対価の誓約】と、常日頃から己に戒めを科しておき、その戒めを破ることによって発生する特異な現象を攻撃や防御に利用する【破戒の誓約】の二種類があること。
誰でも使うことが出来る、とは言ったが、適正はもちろん関係ある。重大な【対価】を求めるほどに適正が必要とされ、適正のないものが重い【対価】を求めれば【誓約】は著しく重くなるだろう。
例えば、【水を出す】という【対価】を求めるので【魔力を捧げる】という【誓約】を行う、というのが一例だろうか。
これが適正の高いもの……例えばオルランド自身の場合ならば、【目の前の敵に光条を飛ばして攻撃する】ことを【対価】に、【戦斧を全力で振るう】ことを【誓約】すると言ったような、もはやそれは価値として釣り合っているのかすらわからないことも可能なのだ。
そこまで語り聞かせて、ふと才能の一例をもうひとつ思い出したオルランドはそれをベルに語る。
『【すべての生命から死病を取り除く】ことを【対価】に【大精霊に昇華する】と【誓約】した者もいた……あれは、才能の極致だ。ソラシア……あぁ誰かわからぬのも無理はない。その【誓約】を成し遂げた女だ……ソラシアにしかできない無茶だろう』
「【対価の誓約】についてはわかりました。【破戒の誓約】っていったい?」
『【破戒の誓約】は……』
【破戒の誓約】は普段からなにかしらを守り続けることで起こす反作用の利用と言った。このなにかしらを守る、というのは存外なんでもいい。
極論、【朝に挨拶をする】だとか【いただきますを食事の度に言う】とか、それだけでも【誓約】足りえる。それではいつでも【破戒】できないので難しいのだが。
例になるもの……そうだ、【常に言葉を発しない】という【誓約】をして戦う【沈黙教団】や、【すべての生き物を殺さず傷つけない】という【誓約】と共に森に住まい森を守るために【破戒】を利用する【不殺の民】というものたちが最もわかりやすく【破戒の誓約】を使っていたような気がする。
彼らの【破戒】による攻撃や防御はとてつもなかった……特にリーダークラス。反作用がなにかをことごとく理解した上で使用しなければならんが強力なのが【破戒】だ。
まあ今回教えるのは【対価】のほう。そして、ベルが適正が高いとわかればあるものを使って貰う。
『では適正を測る……動くなよ。そして私に続いて言葉を述べよ』
「はい」
『【我は誓うもの、我は謳うもの、我は与えるものなり。我が身に許される限りを教えたまえ】』
「【我は誓うもの、我は謳うもの、我は与えるものなり。我が身に許される限りを教えたまえ】……わぁ!?」
『なんと……』
オルランドが初めて詠じた時もかなりの力が陣にまとまって光となり地面に広がったのだが、ベルの誓約に対する適正は著しく高かった。
なにせ陣そのものがなく、ベルの身体を光が駆け巡る……すなわちベルの身体そのものが陣であり陣を不要としないほどの適正である、と示していたから。それだけではない。
『いや、適正が高いだけではなく……すでに【誓約】を無意識にお主は使っている。あり得ん、あり得んが……【誓約】は恐らく【英雄になる】という意思。【対価】は【成長し続ける】か、もっと即物的に【才能を得る】か……なんにせよ、お主はこれ以上【誓約】を使わん方がよいだろう。より重いものを求められるぞ』
「そうですか……いつの間に、【誓約】なんてしてたんでしょう」
ベルは驚きつつもオルランドに問うが、当然オルランドにわかるはずもない。だが、オルランドにはひとつ仮説があった。
『いつ誓約したか、とはわからぬが私の前で決意はしたな。その時がお主にとっての奮起の時来るというもので、そのときの言葉がまま【誓約】となっているのやもしれん。なにせあのときの私は未だクラウ・ソラスの意識を宿していたのだから、神に近い存在の前で誓うということになったのかもな』
自分の中にあった大精霊が【誓約】としてベルの決意を受け止めたのでは、という単純な仮説だが、もっとも有力な仮説である。
精霊の自由意思はなにをするか、あるいはできるのかわからないものだ……オルランドにすべてと引き換えに身体を与えてみせた昨晩のように。
『ま、まあ……なれば、良い。短剣や短刀の扱いは知らぬが……以前私が出会った者に風に剣を振るう者と吼えて拳を振るう者とがおったな。その者らを如何にかして借り受けるとしよう……アマゾネス、とやらは付き合わせるのは不味かろうが。再起不能にされかねん』
「えっと……新しい師匠を用意してくれる、ってことですか?」
『相違なかろう。2日3日ほどたてばそれなりを用意してくれようぞ……今日の鍛練は終わりとする。明日以降私が来いというまでは鍛練はなし、ダンジョンに潜っておくといい。……さて、連絡とやら取らせてもらうぞフィン』
そう言うと、蒼い鎧は市壁の上から飛び降りて、壮年の男となり街を平然と歩んでいった。
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道化の懐
町並みをよく観察して記憶に入れながら、いつか門前でかの小人族と別れた記憶を辿る。そんなことを繰り返して数度、一見単なる壮年の男であるオルランドは【ロキ・ファミリア】ホーム、【黄昏の館】の前に立っていた。
無論、立っているわけなので門番から決まり文句と誰何を受ける。
「ここは【ロキ・ファミリア】ホーム、【黄昏の館】! それを知って一体何用でここにいる!」
「我が名はオルランド・クラウソラス、そなたらの団長に用があって参った。話を通しては貰えぬだろうか」
「……団長のご友人、にしては名をお聞きしたことがありませんが」
「ふむ、ではこう伝えてくれるか……【蒼鎧が連絡を取りにきた】とな」
納得行かない様子の門番2人は顔を見合わせると頷き、片方が中へ入っていった。
数分立つと、中から多少の喧騒と共に目当ての人物が姿を見せる。
「やぁ……君は本当にオルランドかい? 鎧、外したのかい?」
随分なご挨拶だが、あの日の己を知るものからすれば当然のご挨拶と言えるだろうな、と苦笑しながらオルランドは刻印に触れいつもの鎧姿へと戻る。
『これでわかったか? 私は私だ』
「あぁ、疑ってすまないね。用があるとのことだったけど……」
鎧を再び刻印に戻し、元の姿に戻りながら問いに答える。
「いくらか話がある。中で話せるならその方が良いことばかりだ……時間はあるか?」
「問題ないよ。さぁ、そういうことならこっちに来てくれ……僕の執務室ででも話そう」
そんなわけで通された執務室はなんとも彼の書斎というに相応しいシックな場所に仕上がっており、なんともシンプルなまとまりに好感を覚えざるをえないオルランドはやや観察の欲を抑えられず見回す。
「ははっ、君もそうなるものがあるんだね。英雄以外にさ」
「このような華美に飾らぬものは好みだ。それが空間であればより好ましい」
「そうかい? じゃあまあ、本題に移ろうか。君は何を報告に来てくれたのかな」
そう言われて、話を切り出すオルランド。
「そうだな……まず、ファミリアに所属した。恩人……恩神か? そうなるものに出会った」
「おや……こちらでどうしても欲しかっただけに残念だよ」
最初からそれはわかっていた、といわんばかりのフィンの構えにオルランドは問う。
「その割には驚かないのだな」
「君がロキと同調する未来が見えなかったからある種諦めていた節があったのは事実さ……神フレイヤのところには行かないでと思っていたのだけれど、どこに?」
確かに、神ヘスティア曰く神ロキは悪戯好きの道化の神だという。それと波長が合うかと言われれば否だったろうな、とフィンの予測という名の正解にまた苦笑する。
「【ヘスティア・ファミリア】という。過日、同胞が酒場で世話になったそうだ」
「もしかして……あの白髪の少年かい? だとしたら僕は正式に謝罪をする機を探しているのだけれど」
「不要だ。あれがあったからこそ私はあの少年を見てやる気になった……禍福は糾える縄の如しという。一難ごと、新たな福がある。私と出会ったことがベルにとって幸福かは諸論あるだろうが、少なくとも私は彼にとっての幸福であろうとするだろう。まあ、ただ」
要求を通すならここだとオルランドは決めていた。フィンもそれくらいは理解している。ので、先を促した。
「ただ?」
「私があの少年に教えてやれるのは基本だけだ。あの少年には身軽に身体を動かし、受けるのではなく流し躱すような者を師として宛がいたい。さて、ここで私は思い立ったのだよ」
フィンはそのこちらに考えさせるパスに2秒で解を出し、それは勧めないぞ、という意思と共に告げる。
「まさか、アイズ?」
「だけではない。拳と足とを牙となし立ち回るかの狼人もまた師とするに足るだろう」
「ベートも、だって!? 言い方は悪くなるが、レベル1の新人が恐らく実戦伝授形式にならざる得ないその2人との師事に耐えられるのかい?」
オルランドは軽くため息をついた。それは舐めすぎだろう、という意思。
「わかるか、フィン。あの少年に師を求める理由を。私では教えられることがなくなったからだ……私が、実戦で教えてやれることも、等しくなくなったからだ」
「……冗談だろう? 君は世辞抜きに僕らよりも強いはずだ……君に師事したのかい? 実戦伝授の形式で?」
「その通り。2日目で立っている時間が伸びた。5日目で一日中ついてきた。7日もすれば、私の斧を掻い潜らんとした。恐ろしきは才能の大器、あれは大器晩成どころの話ではない。大器が早熟する……信じられんが、そういう成長だ、あれは」
フィンは絶句した。そして考え込んだ。指名された2人とも、コミュニケーション能力が高いとは思わない。また、ベートに至っては指示を受け入れるかも不明だ。故に、フィンはひとつ決断をした。
「わかった。じゃあこうしよう……君が2人に声をかけてみてくれ。2人のいずれか、あるいはどちらもが承諾したなら、承諾した者を少年……なんというんだい? 「ベル・クラネル」ベル・クラネルの師としてもいい、ということにしよう。恩人の頼みを無下にはできないからね」
「感謝する……2人は何処にいる?」
「今の時間なら2人とも訓練していると思うよ」
「そうか。いずれ礼はする……案内を頼めるだろうか?」
「もちろんさ」
流れで会話を続けながら外面的にも2人はいかにも仲良さげに話をし、訓練場へとたどり着く。
フィンがアイズとベートのいる場所をオルランドにそっと指差して教え、オルランドは首肯して歩みだした。
2人は一組となって実戦訓練を行っていた。
素早い剣閃と蹴撃の逢瀬に思わず普通の者ならば見惚れるだろう。それほどまでにそれぞれの戦いの中で磨かれてきた煌めきがあった。
一段落ついたと同時、オルランドは拍手をしながら近づき、声をかけた。
「実に見事だった……強きものたちよ」
「あぁ? 誰だテメェ……」
「……? 誰?」
当然の誰何であったので、フィンにも見せた鎧姿へのフォームチェンジ。
「なっ……テメェ、脱げたのか」
「なんで、中身があるのに腕が取れるの……?」
驚くベート、そうじゃないだろとツッコミが入りそうだが鋭いアイズ。
『久しいな……貴殿らに頼み事がある』
「……なに? 話は、聞くよ?」
「……まぁ話だけならな」
次の言葉で、2人はそれなりの衝撃を受ける。
『酒場で主らがよくよく見ていたらしい少年と同じファミリアに入った。あの少年は著しいほどの成長をしている。はっきり言えば私ではすでに経験に不足ありと認めよう……お前たちに指導を頼みたい。頼むのは、回避と体術だ。実戦形式で構わない。最初の1日は分からぬが……なに、7日もやればわかる』
思わずベートは舌打ちしたくなった。強者たる目の前の鎧が、あの少年を育て始めたというのか。
「お前が……あの雑魚と同じファミリア、だと?」
『そう猛るな、狼人。いずれは汝らを遥かに越える才能の大器となったぞ、あの少年は。私は神に救われて籍を置くが、今はすっかりかの少年に見いられたようだ……まあそんなことは構わぬ。汝らの団長にはすでに許可は取った。あとは当人の意思をこそ尊ぼうというわけだ』
その続く言葉で、決意したのはアイズ・ヴァレンシュタイン。
「私は……やる。あの子は強くなりたいって思ったから……悔しいから、あの場所から走っていったんだよね? じゃあ……強くして、あげないと。戦い方を、教えてあげないと。ベート、お願い。私の我が儘だけど……」
「チッ……アイズの珍しい我が儘だ。仕方ねぇよな……仕方ねぇな。わかった、俺も行ってやる……だが、見込みがなければすぐ打ち切る。それでどうだ」
『構わん。とかくお主らが一度あやつにお主らの存在を刻み込む、それが大事だ。ベルは、再現性と応用性、それにそれらの複合によるより効果的な技の導出……すなわち守破離のすべてに長けているからな』
「……冗談だと、信じるぜ。とても信じられねぇが……見りゃわかる、か」
こうして、ベートとアイズという2人の師匠(仮)を獲得したオルランドは満足げに帰ろうとして……後ろから呼び止められた。
「あの……せっかくですし、手合わせしませんか?」
アイズ、強者への純粋な興味からの一言である。
もちろん、オルランドの本質は闘争にある故に、オルランドの答えはひとつ。
『よかろう。構えよ……魔法は使わず、体術のみだ。好きに来い』
三十分ほどがたっただろうか。2人の手合わせは3人の手合わせになっていた。ベートとアイズがオルランドに攻め込み、連携してさらなる打撃を入れようとするも、オルランドがそれらを光で具現化させた殺傷能力皆無の安心設計、素敵な投影戦斧で薙ぎはらう。
『ぬぅぅぅぅお!!』
「チッ……強いな。さすがに」
「本当に……どうしてそんなに強いの……強くなれたの? 気になる……気になる!」
『おい』
突然2人以外に声をかけたように見えるオルランドは、声をあげた。
『やりたいのなら構わんぞ、そこな見物者ども。2人と共にかかってくるがいい』
「……言ったね? オルランド」
『あぁ……フィン、ガレス、それにリヴェリアとやら。このオルランドが今代の英雄にひとつ授業でもしてくれようぞ……実戦でな』
「面白いわ……儂らをみな相手にすると言うのか」
「思い上がりと言いたいところだが……どうもそうでもなさそうなのがなんとも言えないな、まあいい。プランはいつも通りだ……【ロキ・ファミリア】特級戦力が5人、あとは勝つだけ。相手は人型のモンスター以上の存在、フルパワーでやらなければやられること以外はな」
並び立つ英雄たちに眩しそうに眼を細める……無論、その様子を知るものはいない……オルランドは、声を張り上げた。
『【デュエルフィールド】!!』
「「「っ!!?」」」
「これは……結界か! なんと見事な……!」
「私から見ても魔法的に完成された代物だ……いずれ詳しく聞かせて貰うからな、オルランド・クラウソラス」
『この中であれば好きなだけ魔法を使える……本来は周辺に被害を出さず悪霊を抹殺する光の神官の技なれどまあこのような使い方もある。というよりはこの名的にはこちらが正しいのやもしれんが、そこは諸説だ』
オルランドは結界を張り、全力を出す準備を整えた。相手にとって不足はない……都市最強の個人を打ち破ったのであれば、次は都市最強のパーティを打ち破る。
そう決意して、オルランドは最初からギアを全開にすると決めた。
詠唱はもはや不要、借り受けるのではなくすでに己の力となったそれ。あえて魔法名……宣誓の名だけでも告げるのは忘れないためだ。
『【光霊器クラウ・ソラス】』
身体から鎧が外れ、今回は顔のある……すなわち本来のオルランドの姿へと戻る。周りには無数の光で作り出された武器。それを確認して、手に戦斧を作り出す。
「待たせたな……そちらにも準備期間を与えよう。好きにしろ」
「……舐めるなよ、私たちを。だが、利用はさせて貰う……【木霊せよ。心願を届けよ。森の衣よ。集え、大地の息吹──我が名はアールヴ】、【ヴェール・ブレス】! さらに……【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬。我が名はアールヴ】!」
「【吹き荒れろ】……!」
「まあ、こんなところでいいと思うよオルランド。さ、始めようか!」
フィンが笑いかけ、オルランドは一言。
「先手は譲る。好きに来い」
先手の譲渡、飛び出す四人の前衛。
「ぬぅぅぅぅぅん!!」
「良き力、良き技よ。老練の一撃、見事なり」
ガレスの豪腕から振るわれる戦斧。己の戦斧とは似て非なるそれを光の剣を複数飛ばして受け止めた。
「はぁぁぁぁぁあっ!!」
「喰らえッ!!」
「連携は素晴らしい……実力もまた素晴らしい。若き力、恐るべし」
次は蹴撃と剣閃が同時に襲いかかり、光の戦斧が2本、正面から攻撃とぶつかった。
「次は僕だ……!」
「如何にもそうだ。見た目によらず老獪、槍というチョイス。まさしく己を理解した技よな、英雄たらんとする者よ」
フィンの槍と、浮かべられた槍とがまるで打ち合いのようにぶつかる。オルランドの空中にあるものの操作は凄まじいものがあった。
「どれ、こちらの番か?」
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」
「おっとこれは……魔法、とやらか!」
魔法の吹雪、三条の風に飲まれ男の氷像ができあがり……男の姿が氷の中から消え失せる。
「この身は光の投影、故に動けなくする程度であればこのように光のある場所に己を転移させることで対処ができる……瞬間的に移動するのは不可能故、これはこの魔法だったから助かったようなもの。見事見事……では」
オルランドの目が剣呑に光ったように見えた。
「こちらの番だな?」
浮かべたそれぞれの武器を破砕した前衛四人に対し、特大の大剣を一瞬だけ出現させて横薙ぎすることで吹き飛ばす。
「くっ……ってなんだいそれ!?」
両腕を指揮者のごとく振るい、剣を、槍を、盾を、斧を、次から次へと放つ。弾幕、と呼んで差し支えない暴力的な数の武器たち。
「武器は人に鍛えられる。光の雨は武器となりて人を鍛える……とくと味わえ、道化の眷属」
「【吹き荒れろ】!!」
「風にて弾く……如何なる強風か! 全く、それには限りという言葉はないな」
武器たちはアイズの刻風に吹き飛ばされ、再びリヴェリアが魔法を唱えきる。
「【ヴィア・シルヘイム】! これならばどうだろうか?」
「障壁か。魔法とはかくも自在にして万能であったか……奇跡と似て非なるモノである、とは正鵠を射る言葉であったやもしれんな……耐久試験と行こうか、リヴェリア」
「っ……来い!!」
「【これは万物を貫く極光、天示すは北の空、我が光の捧ぐ先。届け、遠い遠い無窮の果てへ】」
弓を構え、光を集束させる。今は遠きクラウソラスへ、ソラシアへ届くように。
「さぁ、存分に受けてくれ……【グラン=シャリオ】!!」
光が、束となり、線となって。
【九魔姫】自慢の最強の盾とぶつかった。
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相棒と仲間と
「ふふ……どうだっ……はぁ……っ……!」
「見事……凌いだか。ソラシアの【グラン=シャリオ】を。やはり、所詮は借り物の力。英雄と称えられたオルランド・クラウソラスとはすなわちクラウソラスの力そのもののみを頼りとして戦ってきた、実力のないものでしかないのだとわかっていたが……それでもいささか悲しいものだ」
障壁はまだそこにあり、オルランドは弓を降ろして佇んでいた。しかし、それは降伏ではない。降伏であれば、今オルランドから放たれているこの戦意はなんだという話。
「鎧では勝てず、器では借り物。私は難儀な英雄だ……だが、まだ終わらぬ。まだ、終われぬ」
リヴェリアは、その言葉に顔をひきつらせながら飲み干したポーションの空瓶を投げる。
「まだ、先があるとでも?」
「うむ。生憎、私に負けは許されない。使えるものは全て使わねばならん。ただ……これを使っていたのは数百年前。再び使えるようになったのはつい7日ほど前……手加減はできん。だがまあ、貴殿、貴女らなら受けることも出来よう……しかと焼き付けよ」
【ロキ・ファミリア】筆頭戦力たる彼らが、障壁の裏で再び準備を整えたのだろう、気配は再び戦闘になろうとして、オルランドは口を開いた。
「かつての私は豪気でもなんでもなかった。ただその日を愛する人と暮らせれば良い……隠棲し、森から恵みを受けて暮らしていた」
幼なじみで術式適正が異様に高く、実に強いが病弱だったソラシアと2人で、森の奥にある小さな村で暮らす日々を思い出す。その生活で良く呼ばれたのがオルフェという渾名だ。
それはそれとする。まあ実にソラシアは優しい女だった……見ず知らずの死にかけの子供を復活させるついでに世界から死病のことごとくを消し飛ばして大精霊に昇華した程度には。
比べて、私は卑劣な男だった。彼女の考えに最後まで賛同出来なかった。彼女が大精霊となれば、ラウの街の大神殿、以後神殿と呼ぶが……精霊を奉るといって体よく幽閉し奇跡を封じる地獄に送られる。
結局私はソラシアと一緒にいる時間が大事であって、目の前の子供の命などと比べてはならないように思っていた。
だが、彼女の計画の強行を私は止められなかった。それを私は悔いている……ここまで来て、まだこうなのだ。当時の卑劣さといったら無かろう。
精霊を集める神殿の特異な【奇跡】により大精霊クラウ・ソラス……ソラシアが神殿に幽閉されたのを確認してから、私は神殿の見習い騎士となった。
「英雄になるにあたって、この力は忌まれる力であった。神殿は私が器となったとき私にありったけの武器の扱いを教え、私に人として戦わせる術を教えたのだ」
もちろん、見習い騎士であった私に目をかけるものは少なかった……それこそ教官程度であったが、ある日ついに一人前として大成した。
【神前宣誓】……まあ精霊に対して感謝の祈りなどする儀式のことだ。それを行った時、私はクラウ・ソラスに選ばれた……器、あるいは英雄として。
そして、それ以降、神殿は私の扱いを変えた。反対と言ってもいい。多くの者が私に英雄としての戦いを、所作を教えてくれた。私は非才であったから、その多くを受け止められなかったことは今でも悔いている。
そうして、幾人の英雄から教えを受け、時に実践し、永い年月を神殿の英雄として過ごしたが、結局いつまでたっても、最初に得たあの神秘から抜け出すことはできなかった。
「その……神秘とはなんだというんだい?」
フィンは独白へそう訪ねた。手の槍を改めて握り締めながら。
「私は最初から、光の高い適正を持っていた。私に許された唯一の才能といってもいいだろう。そして、最初武器を映し出し手に取る程度が限度であった光の幻影を生み出す神秘は、私が日常で使ううちに洗練され、ついには極点へと至ったのだ」
「……まさか」
「そう、意思持つ生命の影を映すことだ」
「piiiiiilll……!!」
フィンら【ロキ・ファミリア】の前に姿を晒した、巨大な、光と雷で構成された鳥。
その横にはまだオルランドが立っている。それが意味するところはひとつ。
「投影により、命を投影し顕現させる……これを【生命投影】と呼んでいる。こやつの名は『ソピア』……私を常に支え、勝利へと導く最高の相棒だ。死してなお、その身を落雷と光条で支え、私と共にある」
「バカな……」
「ありえてたまるか、そんな魔法……生命の創造だと?」
「ふん、じゃが実際にわしらはこの目で見たぞ? 年増は頭が固くていかんのう」
「誰が年増だ……!」
軽口を叩くガレスが盾とともに前へ進み、リヴェリアはその逆に下がる。フィンはリヴェリアの側に立ち、アイズとベートはガレスより後、リヴェリアの前の中間にそれぞれの位置を取る。
軽くそれらを眺め、鳥と男はそれぞれに備えた。男の周囲に武器が浮かび、光鳥は地面を踏みしめて飛び上がり、雷光を纏って男の頭上に陣取る。
「怯まぬか、素晴らしい。しかしまあこれを使ったからにはなおさら負けられぬ故……全力で行くぞ」
羽ばたきの音すらなく、雷光が空を駆け、フィンの槍と激突する。同時、地面を蹴る2人。アイズとベートだ。
「寄越せ、吹き飛ばす! てめぇが抜けろ!!」
「任せて! 【吹き荒れろ】!!」
「頼むぞ【フロスヴェルト】……!」
2人の対処のため、飛ばした光の武器がベートの足から解き放たれた風刃により消え失せる。
その間を縫い、アイズが飛び込み、至近距離戦闘へと持ち込む。
「もう同じ手は喰わない……!」
「ふふ……良いだろう! 望みの近接戦に付き合おう、とくと味わえィ!」
風の剣閃と宙に舞う武器を端からひっつかんでは振るう剛撃が交わり、火花が舞う。
数度刃を当て、光の大剣を大きく振るわんとして、
「俺を忘れんなよォッ!!」
強烈な狼人の飛び蹴りが大剣に入り、オルランドは大剣を即座に手放して後退する。
「逃さない……切り抜ける! 【吹き荒れろ】!!」
逃さない、その言葉通りに風を身に纏い、嵐のように飛び込んだアイズがその手を咎めたてた。
「いいものを見ていたな、使わせてもらおうか」
ほんの一瞬だけだ。わずかに一瞬、オルランドとアイズの間にオルランドを中心とした半球状の障壁が出現した。それでオルランドの後退を咎める機会は失われる。
「……今の、リヴェリアの……?」
「あのババア、切り札真似されてやがる……厄介だな、あの壁俺たちじゃ厳しいぞ」
「でも、諦めない!」
「たりめぇだ、合わせていくぞアイズ……まだまだこっからだ」
「好きに来い! 胸を貸してやろうぞ……!」
接近戦を存分にし始める3人から離れて、一羽と3人。
『piiiiiilll……』
「さて、どうするか……とりあえず、いつも通りのセオリーで行くとしようか」
「見た目が見た目、それにオルランドに無効化された【ウィン・フィンブルヴェトル】は有効ではないと思っていいだろう。まずは中位から試す」
「奴は飛べる、それに能もあろうて。行かせはせんが……万一に備えておけよ」
全員が構えたのを見てから、ソピアは大きく翼を叩きつけ風圧を飛ばし、威圧する。そして、雷にも似た恐るべき速度で蹴りを叩き込まんとして。
「来るぞ!」
「儂を舐めるなよ鳥風情が!」
ガレスの盾に阻まれた。即座にフィンの槍が飛ぶが、盾を蹴りつけて空中に戻るソピアの翼端にわずかに擦るのみ。
『piiiiiilll……pillluuuuuuu……!!』
鳴き声と共に、ソピアが次に選択したのは遠距離攻撃。光球が鳴き声をあげる度産み出されては放たれる。が、鳴き声三度、ソピアは少々猶予を与えすぎた。
「詠唱終わりだ! 喰らえ……【レア・ラーヴァテイン】!!」
炎柱に身を焼かれ、ソピアが絶叫する。
『piiiiiguuuuuU!!!!』
怒りの意思を強く込め、ソピアは光で己を再構築。久々のダメージに心沸き踊りながら、翼をはためかせ、敵たる彼らの周りを超高速で周回しはじめた。
「なんだ……なにをしてくる?」
「裏じゃ! フィン!!」
「なっ!!?」
高速で周回しているソピアは切りもんで彼らに突撃してきていた。突撃の終わりに再び周回に戻るソピア、間一髪の回避。そしてフィンは若干顔を渋くする。
「難しいな……これは。周るアイツに合わせるほかにない……だが、僕なら出来る! チャンスは一度きり……! やってみるしかないか」
「フィン! 心は決まったか!?」
「もちろん。ガレス、次の一撃を教えるか君が受けるかしてくれ。リヴェリアをヘイトにして僕が決める」
「任せよ……そうじゃの、【ヴェール・ブレス】でも構えておれリヴェリア!」
「魔法によるダメージが大きかった分私を警戒するはずだという理論と魔法発動による安全確保の二通り、どちらが通るかということだな? 任せておけ」
リヴェリアの周りに魔法円が出現し、ソピアはそれを見てからわずかに周回速度を上げ、周回円の中に光の束を送り込み始めた。だが、完全にそれらを見切るガレスとフィンによりリヴェリアには届かない
そして、それでも止まらないリヴェリアに痺れを切らしたソピアはついに切りもみ突進のため周回を停止して突撃し……
「見えてるよ、ソピア……!」
正面から鋭く、ねじ込まれた槍の穂先を叩き込まれた。
光がほどけ、消えそうになっていたソピアだが、一声鳴くと身体を再構築して主の元へと飛ぶ。
「撃退、というやつか。さて、合流したあやつらと決着をつけるぞ」
「ははっ……見たことない姿になってるけどなんだろうね、あれ?」
「いつものかくし球だろうな……まあ、やるしかないだろう?」
3人は呆れながら、そして強者への渇望を秘めながら合流するため地を蹴った。
ソピアは敗れて戻ってきた。ソピアは光の元でなら無限に己を再構築するという性質を持つ不死の鳳なのだが、さすがに見事にしてやられたので負けたと認めたらしい。
本来ソピアに負けはない……無限の戦いの果て、勝つか、分けるかの怪物なのだが、さすがに模擬戦ということでの自重なのか。
「まあいい……これを見せる以上は私の勝ちだ」
傲岸不遜な言葉が口をついて出る。目の前の者たちが警戒を強めるのが手に取るようにわかるが……
「良いか、英雄ども……真に強きとはなにか? それは理不尽を砕く理不尽に他ならん」
「理不尽を砕く理不尽、ね……どういうことかな」
「理不尽をこう言い換えよう。知っていようがいまいが、対策できぬ。繰り出されればそれにて終幕の絶技と」
そう、これから彼らに見せつけるのは絶対の力。亡者から生者へと戻ったのならば、力もまた戻り来る。今まで戦っていたのはいわば慣らしだ、試運転だ。ここからは躊躇いなく、数段飛ばしの全力を見せつけるのみ。
「ソピア、頼むぞ」
ただそれだけ言葉を発すれば良い。前の世界の微かな記憶、数十万の兵をわずか一刻の間に撃滅した極限の暴力はたったこれだけで行使できる。
ソピアが光に戻り、己に戻り、己から表れる……大きな翼として。
「なるほど……融合、とでも言ったところか?」
「いっそおぞましいほどの魔力だな……警戒、では済まんな」
途端、狼人の顔が真剣なそれへと代わり、エルフに確認を取るように声をかける。
「悪い、リヴェリア……矜持なんざ投げ捨てなきゃ勝てもしねぇ。アレを使う、役立たずにしちまうぞ」
「構わん……私よりもアレのほうが有効だ」
そうして、私に起きている目の前の変化を目の当たりにしながら狼人は言葉を紡ぎ、詠唱をしていった。
言葉の述べ終わりと同時、改めて翼を軽くはためかせる。最高だ……軽く、強く地を叩く風に昔を思い起こす。
「【天翔の雷翼】……さあ、始めよう」
「行くぜ? 【ハティ】……!」
雷の柱が狼人に向かって立ち、その全てを悠然と受け止めて炎を増大させる狼人。性質を理解し、頷く。
「なるほど、魔力を吸収し増幅する焔か。なれば、まず」
姿を掻き消すがごとく、超高速で移動する。身を光とする……これもまた性質の変化によってはできなくもないことだ。
「……ッ!?」
まず風の剣姫に急襲、蹴りを叩き込んだ上で雷により追撃。意識までは刈り取れない、甘かったと理解。最後に回す。
「グォァッ!!」
続き、【重傑】の名を冠するドワーフの腹へ手を当てて、雷撃の波動を叩き込み、大きく吹き飛ばしながらその意識を狩り取る。
「なっ……うおぉぉっ!!?」
さらに、その流れを限界まで追う狂気の目を持つ小人族の男の真後ろへ、流れを作り出し短距離転移……これを【サンダークラップ】と呼ぶ。
それを以て背後へと回り込み、咄嗟に振り上げられた槍を手で掴む。一瞬遅れて、移動した経路に雷が通り予期せぬ一撃を受けることとなった彼もまた倒れ伏す。
最後に、順番を回した剣姫と、そも推察するになにもできなかろうエルフの女に照準を向け、解き放つ。
「蓄力最大……ゆけ! 【サンダーフェニックス】!!」
二匹に分裂したソピアが空を駆ける。己は狼人を仕留めるために動いているのでどうなったかはわからない。
「てめぇなにしやがった……!」
「これがわかっていようがどうしようもないもの、というモノでな。今からその焔も貫いてくれようぞ……その焔、己にも損傷が来るモノであろう? 完全に吸収されたわけではない……さらに、魔力による回復はその焔が吸い取るためにできない。ゆえに、私はお前を削り切ることができる……!」
「……やれるもんならな。仲間もなにもかも持ってかれたが……いくらなんでも戦いすぎたな、オルランド。俺たちの月が、見えるだろ? まだ、こっから勝てる……いくらでもなぁ!!」
雷鳳と孤狼がそれぞれに吼える。決着は、近い。
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