キャラクリオタクのTS聖女キャラクリ計画 (りりー)
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1 神様転生
「突然ですが貴方は死にました」
「話は解りましたので、本題に入っても大丈夫ですよ」
「うわ、本当に話がはやい……んじゃ早速、死んでしまった貴方には転生してもらいたいのよ」
どうやら死んでしまったらしい、そして転生することができるらしい。
オタクなら一度は夢見るシチュエーション。いや、この場合見ているのは夢ではなく走馬灯かなにかだろうか。
「私達は貴方達の概念でいう神という存在なの。人々から信仰を得ることに依って存在してるのよ」
「こんな真っ黒な空間で神々しい光を帯びて出てきた人が神かガチャから排出された最高レアのキャラじゃなかったら驚きですよ」
「何を言ってるの?」
凄くピカピカしている女の人だった、女神サマなんだろう。
「こほん、実はそんな私達神々の中で、最近世界の管理放棄というのが問題になっているわ」
「とてもパワーワードですけど、つまり赤子の育児放棄みたいなものってことですか?」
「概ねそんな感じです。貴方に転生してもらいたい世界も、その一つなの」
なんとなく話が見えてきた。信仰を得ることが必要な神が管理を放棄すると、神は信仰を得られないんだろう。
「ボクに、放棄してしまった神様の代わりになってもらいたいということですか」
「そのとおり、貴方の暮らしている世界……地球の神様から、死んでしまった日本のオタクの魂を転生させれば話は早いと聞いていたんだけど、本当だったのね」
「まぁ、流行ってますからね、神様転生」
「実は現実でも流行ってるのよ。神様の代わりに信仰を集めるための転生」
事実は小説より奇なりとはよく言ったものだ。
「ただ、一つだけ問題があるわ」
「と、いうと?」
「
「つまり」
「……貴方には、女性になって転生してもらいます」
TS転生だったかー。
ううん、女性になるのはいささか抵抗があるな……
「もちろん、性別を変えることは貴方にとっても抵抗のある行為でしょうし、何より本来なら必要のない手間を頼んでいる以上、神々はバックアップを欠かさないわ」
つまり、
「チート、といえば伝わるらしいんだけど、解る?」
「もちろんです」
異世界TS転生チート付き、神様にチートの解説がしてもらえるのは、中々転生としては高待遇だと思う。
「じゃあ、簡単に説明するわね? 貴方には今回の転生に際して、スキルポイントというものを付与するの」
ぽん、と女神サマがホワイトボードとマジックを取り出して、解説を始めた。
転生する際に得られるチートは、スキルポイントによって得られるスキルだということだ。
スキルには上位スキルと下位スキルがあり、ポイントを消費してこれを取得する。
ポイントは500ptが初期ポイントとして配布される。スキル取得に必要なポイント数は上位スキルが200、下位スキルが50。
「あ、上位スキルの中には取っちゃいけないスキルもあるわ。ここで取得できるスキルは貴方が転生する世界で女神の加護って言われてて、この『魅了肢体』なんかは、取ったが最後男どもによってたかって……」
「……あの、一つ聞きたいんですけど」
「なにかしら」
「転生後の容姿って、決められないんですか?」
話を聞いていて解った。ステータスにポイントを割り振れないけれど、これはいわゆるキャラクリだ。
キャラクリエイト、そのキャラクターの容姿とステータス、スキルを決めること。
……ボクの大好物だ。
「ふふ、転生の際にそういうことを聞いてくる地球人は多いから、きちんとシステムを作ってあるのよ、じゃん」
「おお、すごい!」
目の前にモニターが現れた。いわゆるステータスオープン、して出てくるモニター、すごい、本当に転生するんだ。
そして早速いじってみた……けども、
「あのこれ、髪の長さが弄れないんですけど」
「え?」
なんだその、それ必要ある? みたいな。オタクに対する不理解を感じる。
「髪の色もRGBで弄れないし、体型だってプリセット三つしかないじゃないですか、瞳の形も選べないし八重歯やアホ毛のオプションもない。あと何かしらポーズとってもらえませんか? 棒立ちだと細かい所の確認ができないんですけど。というかこれ前髪と後ろ髪別で選べないんですね髪型も完全にプリセットじゃないですかどうなってるんですこれ。あとUIがわかりにくい」
「……………………一言で」
「直接全部イジらせてください」
ビシっと言ってやりましたよ。
女神サマは顔を真っ赤にしているけれど。
「……かかるわよ」
「はい?」
「
「もちろん」
もちろん即答だ。女神サマはいよいよ堪忍袋の緒が切れたんだろう。
「好きにしろ!!」
そう言ってモニターに手をかざすと、UIが変化した。
やたらわかりにくかったUIが、凄くわかりやすく、髪の長さや体型をポイントを割り振ることで自由に変更できるスライダーまで完備、服装がデフォルトなのは向こうの世界で好きに着替えろってことだろう。
よし、これなら満足行くまでキャラクリができそうだ!
次の日、
「……あの、終わったかしら?」
「まだです」
二日後、
「ねぇ、もうここに来て二日立ってるんだけど?」
「まだです!」
五日後、
「さっさと終わらせなさいよおおおお! アンタが終わらせないとアタシ帰れないんだけど!?」
「目の前がどんどんキャンプ地になってて草」
一週間後、
「お願いよ……もう終わらせてよ……アンタがそこまでこだわるのは解ったから……」
「寝っ転がって漫画読みながら言うセリフじゃないですよね?」
十日後、
「お、お願い……あと一日だけでいいの、あと一日でイベント完走できるから……今日中に終わらせるから……」
「なんで終わらせないように頼まれてるんだろう……まぁまだディティールでこだわりたいからいいですけど……」
なんてことがあった。
どうやら女神様はボクの転生が終わるまでこの場から離れられないらしい。最初のうちは勤務態度真面目な女神様がなんとかボクを転生させようと頑張っていたけど、五日目あたりからこの状況なら好き勝手サボれるということに気が付き、最終的に目の前には立派なコテージが完成、女神様はゲーム三昧で時折ボクの進捗を確認してくるようになったのだ。
その間ボクはといえば、ずっとキャラクリをしていたのだけど。
苦節二週間、あまりにも強敵だったキャラクリエイトは、こうして完成の日の目をみた。原因はあまりにも自由度の高すぎるシステム。髪型も、体型も、顔つきも、イチから自分で決められるのだ。
一つをずらせばバランスが悪くなる、遠くから見ると腕の長さが異常だったり、それがあらゆるところで発生するんだ、如何にキャラクリになれたボクでも、調整は難航した。
「というわけで、できたのがこれになります……」
「あと一日くらいサボってもよかったのに……どれどれ?」
二週間くらいタメで離していたからか、女神様は随分口調がフランクになった。
「うわ、美少女。神様レベルで肉体も完成されてる。人体創造の観点で言えば、アンタの実力は神業級ね」
「ありがとうございます」
「それでスキルは…………あれ? なんで下位スキル二つしかないの?」
「え? だってそりゃあ――」
俺は誇らしげに言う。神に認められたというのが、案外嬉しかった。
「残りは全部容姿にぶっこみましたから」
〆て400pt、まぁ大分安上がりなんではなかろうか。
「……おバカ!」
「ほわい」
「何故じゃない! 当たり前でしょ、コストかかりすぎよ! こんなもん量産できるわけないでしょ!? アンタの趣味で会社運営してるわけじゃないのよ!」
「何言ってるんですか」
「…………わかんない」
自分でもわからないらしい。何かに乗っ取られた?
「とにかく、お願いだから上位スキルを取ってよ……いくらなんでも400もポイント無駄にしてまともに戦えるわけないわよ……」
「いやです」
「せめて半分くらいに」
「いやです」
「下位スキル二つの分含めて200確保して、上位スキル一つ……」
「いやです。というか作り直しになるとまた二週間かかりますよ!」
「そうしてほしいから頼んでるんじゃない!!」
本音が漏れた。
「ああもういいわよ! 好きにすれば!? アンタが死んだらまたこの場所で会うけど、その時は盛大にバカにしてやるんだから!」
「その時は使命を全て果たして、凱旋した時ですね」
「どこから来る自信なのよ! ……まぁいいわ、ほら」
女神様が指をスカッとさせると門が出現する。パチンとやりたかったんだな……
顔が真っ赤な女神様は、ボクに促した。
気まずい沈黙を背に、ボクは門をくぐる。
「あっちの世界のことについては、わかりやすい冊子を用意してあるから、あっちについたら必ず読みなさいよ!」
さて、ここまで随分かかってしまったけれど、ようやくボクのTS異世界転生チート物語が始まりだ。
何が待っているのかという期待と、ボクの人生における最高傑作と言ってもいいキャラクリボディ、とまらないワクワクに背中を押されて、最初の一歩を踏み出した。
=
――転生する地球人は曲者揃いだ。と地球の神から教えられていた女神は、それを思い知らされた上でようやく肩の荷が降りたことを自覚した。
管理放棄した世界に地球人を送り出す事業をはじめて幾星霜、多くの神々が転生者を送り出してきたが、その成果は目覚ましかった。
転生者というのは応用力の塊だ。チートを与えれば、それを思いも寄らない方法で活用して見せる。中には一体どこからそんな専門知識を学んだんだという転生者もいて、見ていて飽きないというのは先輩女神の言だ。
とはいっても、自分はそんな風には思えなかった。転生していった彼がキャラクリオタクだったせいでろくにスキルも取ってもらえなかったこともそうだが、何よりあの世界は、管理放棄された世界の中でも特にひどい。
地獄だ、と誰かがいった。
女神の管理ミス、というよりも何者かの悪意に女神が誘導されたかのように、その世界は悪い方へ悪い方へと進んでしまった。
そんな世界を――“彼女”が運営していたというのが今でも信じられない。
女神がこの世界へ転生者を送り出す決意をしたのは、この世界の管理者が女神の親友だったからだ。そしてその親友は善良で、こんなミスをするようなタイプではなかった。
真実が知りたい、消えてしまった親友がどこへ行ったのかを知りたい。その一心で志願して、転生者を送り出した。
――どうか、彼女を見つけ出して救ってほしい。
あの風変わりなキャラクリオタクへ、女神はそう祈らざるをえないのだった。
と、その時。
ふと、女神は気付いてしまった。
あの世界には上位スキル『魅了肢体』が存在する。それは言ってしまえば、200ptのスキルポイントを使用して、肉体を周囲の男性を魅了する肢体に作り変えるスキルだ。
そして先程、彼は400ptのスキルを使って肉体を作り変えた。
それって、魅了肢体の二倍の効果が肉体へ発揮されるということではないか?
「あ、あああ……あああああああああああ!?」
叫んでも、もう遅い。彼は既に旅立ってしまった。
「待って待って待ってぇ!! 待ってええええええええええ!!」
叫びは虚しく、真っ黒な世界に響く。
――キャラクリオタクを使ったTS聖女キャラクリ計画。それは最初の一歩から、女神の想定を超えた方向へと、動き出すのだった。
女神様はたまに出番があります。
主人公のTS後の容姿に関しては次回にまとめる感じになりました。
よろしくおねがいします。
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2 聖女到来
神が隠れて以来、世界は四つに分かたれた。
地獄と呼ばれて久しいこの世界は、神に向けられていた信仰をが神を支えていた天使、四方天によって分割されている。結果、それぞれ信仰を得た天使がその信仰を使って好き勝手をするという構図ができあがっていた。
ここ、西方地域と呼ばれる土地では謎の奇病『カリフ病』が蔓延していた。ある日突如として人間の腹部に異様な斑点が発生し、その斑点が発生した人物は数日のうちになくなってしまうというもの。
この病気のせいで、西方地域の経済は大きく麻痺、それを見た西方地域をまとめる天使を信仰する教会『西方修道会』が現在西方地域の統治を一手に担っている状態だ。
『西方修道会』では『カリフ病』の進行を押し止める薬の開発に成功した。この薬を使えば、カリフ病にかかっても普通の人間と変わらず生活することができるという。
しかしこの病気の特効薬は、ある条件を元に作られていた。
その条件とは、若い少女を天使『ガブリス』に捧げることだった……
=
「皆様、お集まりいただき誠にありがとうございます」
西方修道会の教会、その祭壇に一人の男が立っていた。神父の服を身にまとった肥え太った豚のような大男。見るからに贅の限りを尽くした生活を送っていることが解る男の名を、西方修道会会長、ダグラス・トレインと言った。
つまり、現在この西方地域で最高の権力を有し、人々を導く立場に立っている男というわけである。
そして教会には、彼に勝るとも劣らない醜い容姿の男たち、明らかに富裕層の男であることが解る者たちが集まっている。
ダグラスはこれらを信徒、と呼んでいた。
「今宵は月に一度の贄納めの儀、西方各地より集められた少女たちを、皆様信徒が救済に導く大事な日でございます」
現在、西方教会では少女をガブリスに捧げるための準備段階である『贄納めの儀』が行われていた。これは今この場に集められた信徒たちが、捧げられる少女たちを自身の所有する『聖櫃』へと持ち帰り、その信仰を高める行為を指す。こうして聖櫃で信仰の高まった少女達は贄として高い効果を発揮し、『カリフ病』の特効薬となって信徒達へ配られる。
「皆様の信仰を神へ捧げる大事な日、誠意ある信仰を願います」
そしてその信仰は通貨によって示される。
建前を全て取っ払うと、カリフ病の特効薬に加工される直前の少女をオークションで売り払い、生贄にされるまでのあいだ好きに扱うことができる。そうして生贄の期日になると回収され、代わりに彼女たちから採取できるカリフ病の特効薬を受け取ることができるという仕組みだ。
得られる対価は若く美しい少女たちの肉体と、信徒たちを苦しめるカリフ病の進行を抑える薬。厄介なところは少女たちの肉体という対価こそ存在しているものの、本質的にこの場へ集まった富裕層の信徒すら金を払ってカリフ病の特効薬を手に入れなければならないということだろう。
現在、西方修道会はカリフ病とその特効薬で、西方地域全体を効率的に支配することを成功させていた。
「さて、儀を始める前に、本日は先にこちらの紹介をさせていただきたく思います。本日の儀における目玉。“加護”を所有した少女であります」
ダグラスがそういうと、おお……と周囲から声が上がる。
加護というのはこの世界において、魔術と並んで特別な力である。魔術は神から敵視される悪魔の力がもととなっているが、加護は神の力がもととなっているため、どこでも大手を振ってつかえることが魅力だ、建前上の話だが。
「こちらの少女は儀にも出品されますが、価格は30億とさせていただきたく」
どよめきが増す。どうやらダグラスは彼女を売り払うつもりはないようだ、と周囲は理解したのだ。もちろんそれに不満はあるが、ダグラスがこの場における最高権力者であることは理解している。
誰も意義を唱えるものはいなかった。
ちなみに30億は、この場にいる信徒全員の資産を足しても足りない数値だ。暴利以前の問題である。
「では、まずはご覧いただきましょう、彼女こそ我が教会が見出した加護の聖女――」
ダグラスが示すと、一つの棺が運ばれてくる。この棺は贄となる少女を収めるための棺であり、棺には睡眠の魔術が仕込まれている。少女たちは眠りについた状態で信徒たちの前に晒され、その美貌を観察されるのだ。
そして、運び込まれた棺は、ダグラスの手によってゆっくりと開かれる。
そして現れたのは――
神と見紛う少女だった。
蝋燭の明かりだけが照らす室内で、彼女はほのかに光を帯びていた。故にその肢体は遍く室内へと届く。
とはいえそれは異様な光景だ。加護と片付けてしまえばそれまでだが、現れた少女に愕然としているダグラスがこれを否定する。
年齢は十五前後だろうか、流れるような黒髪は、丁寧に切りそろえられ、前髪は若干長めだが目が隠れないように流されている。目が閉じているため瞳は覗けないが、柔らかい目つきをしているだろうことは想像できる。
顔つき自体が小顔なのもあるが、年齢の割に幼い印象を受ける少女は、手足が細く若干短め、華奢という言葉がよく似合う肩幅、腰つき、そして年齢で見ると相応だが、顔つき故に若干豊満に思える胸部。
一つ一つが完成されたバランスの中にあり、それは少女に神という印象を植え付けるには十分なものだ。
そしてそれを目にした信徒たちは、
「が、ああああああああ!」
「ぎゃああああ!」
「いたい、いたい、いたい、剥がれる、剥がれる――――!!!」
阿鼻叫喚。
そんな中で、唯一痛みを覚えないダグラスが、周囲に怒鳴り散らして状況をなんとか把握しようとしていた。
「おい、どういうことだ! こいつはマリアではない! 早くマリアを探せ、こんな奴がここにいるはずがないのだ! おい!」
しかし、そう叫んだ相手もまた、腹を抱えて苦しんでいる。それはダグラスの小間使いであり、今この場で苦しんでいる富裕層と違い、奴隷未満の扱いをされる存在である。
それが苦しんでいるということは、苦しむ理由は富裕層だから、ではないのだ。
ダグラスは少し考えて、ハッとなにかに気がつくとその小間使いに駆け寄り、服をめくりあげる。ローブ姿の少女は、あちこちを痣や打撲痕だらけにしていたが、何よりも特徴的なのは体の斑点だ。
『カリフ病』を患っている証拠である。そしてそれは、信徒と呼ばれていた富裕層たちも同様。
だとすれば、
「こいつ、まさか――!」
事のあらましを察したらしいダグラスが、棺の中に目を向ける。光を帯びたおかしな少女、彼女が全ての原因だ。
だからこそ、ダグラスは少女の存在を確認したのだが……
「……っ、いないだと!?」
既に少女の姿はそこになかった。
逃げ出したのだ、ダグラスが目を離した一瞬で。この場で平静を保っているのはダグラスだけ、祭壇の下では腹を抱えて苦しむ信徒達が、ダグラスに救いを求めている。
とてもではないが、少女を止められるはずがない。
「クソどもがぁ!!」
一人、ダグラスの叫びだけが教会に響くのだった。
=
びっくりした。転生したと思ったらいきなり棺に入れられていた件。しかもどこかに運ばれている最中で、周囲には物々しい服装の連中に囲まれていたら、逃げるものも逃げられない。
ただ、幸いなことに人目に触れた途端、周りの人間が苦しみだして、唯一そうではないおっさんが目をそらした隙に逃げることができた。
いきなり何だそれ、っていう事態に見舞われたものの、現在は身を隠してボクが逃げてきた教会らしき場所を眺めている。
贅沢な作りの教会だ。あちこちに宝石や金をあしらって、その存在を周囲に誇示している。質素なイメージの教会とは正反対の、金持ちが道楽で建てた場所、以外の何物でもなかった。
さて困ったことになった。現在時刻は夜の真っ只中、ステータス画面を呼び出すと確認できる時計によると、二十三時、基本的にこの世界の時刻は地球とそう変わらないんだろう。
そして何に困っているかといえば、ボクの体のことである。
光っているのだ、ほんのりと。
人がいないので助かったが、もし目についていたらそれはもう目立っていたことだろう。まぁ、目立つだけで済めばいいが。その後の光景は壮絶としかいいようのないものだったからな。
とはいえ、ここまではある程度
こうなることも。
というのも、キャラクリの段階でボクは一つの問題に直面していた。
スキルを取るのにポイントが足りないのだ。確かにボクは400ptを容姿の変更に突っ込んだが、それはそれだけ容姿にポイントをぶっこんでもビルドとして成り立つと考えたからだ。
そもそもキャラクリは確かに大事だが、容姿以外の性能もとても大事だ。
顔がいいだけの女とか、異世界でどんな目に遭うか想像するまでもない、最終的に快楽に負けて幸せになれそうだよね。
だからもちろん、ビルドとしての強さも重要だった。苦渋の決断だが、いくらかはポイントを容姿ではなくスキルにぶっこむことにしたのである。
ビルド案としては幾つか選択肢があった。上位スキル二つを取得してそのシナジーを利用する。もしくは上位スキル一つと下位スキル複数でシナジーを構成する。どちらも間違いなくチートでTUEEができるが、どちらの場合でもスキルポイントが300から400必要になる。これでは容姿に回せるポイントが100しかない。
これならいっそ、容姿を通常のキャラクリでなんとかして、ポイントを全部スキルに回したほうがマシだ。
そこで行き詰まったのだが、ふと女神様との会話を思い出した。スキルとは加護であり、スキルポイントとは信仰であると女神様は言っていた。であれば、スキルポイント自体にも力があるのでは? そう考えたのである。
結果は正解だった。スキルを見てみれば、信仰を使って肉体を作り変える『魅了肢体』というスキルが存在していた。女神様がこのスキルを取ってはいけないと言っていたが、そこは下位スキルのシナジーで補えば問題ない。
結論はこうだ、スキルポイントのうち400ポイントで上位スキル『魅了肢体』二つ分の肉体を作り、それを下位スキルで補う。実質上位スキル二つと下位スキル二つのシナジー構成だ。
そして今、ボクは取得した下位スキルのうち、一つを使用する。
「……下位スキル、“身体正常化”」
直後、ボクの体から放たれていた光が収まった。おそらく、ボクを見ても周囲の人々が苦しんだりすることはなくなるだろう。今のボクの肉体は、身体能力のクソ高い普通の少女という状態で正常化されている。
身体正常化。
効果をそのまま読み上げると、『使用者の肉体を正常な状態に変化させる。この場合、正常な状態とは使用者の認識に依って変化する』。
さっきも言ったが、ボクの認識する正常な状態は『身体能力のクソ高い普通の少女』である。現在、ボクの体には上位スキル二つ分の信仰がぶっこまれていて、その肉体は神にも等しいスペックを有している。それを正常化によって地に足ついた状態で固定するのだ。
結果、ボクからあふれる神々しいまでの信仰は収まった。想定通りである。
「さて、いきなり変な状況に巻き込まれてしまったけど、まずはこの世界について把握しないと。……それに」
ここまでは想定通り、既定路線である。
が、しかしここからはイレギュラー、というよりボクもここから先のことは場当たり的になんとかしようと思っていたところだ。
その上で、まず真っ先に考えるべきは――
「この子、どうしよう」
ボクは、自分が連れ出した一人の少女に目を向けた。
あの棺に、
加護――スキルを有し、豚男のものになるはずだった少女である――
存在しているだけで呪いとか浄化します。
スキルはスキル同士を組み合わせるとTCGみたいなシナジーを発揮しますが、
組み合わせることができるのは転生者だけです。
普通のスキル持ちは一人一つしかスキルを持てないんですね。
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3 少女信仰
マリア・アトライナは記憶喪失の少女だ、ある時西方地域のとある貧民街で倒れていたところを拾われた。当時の年齢は十歳ほど、見た目の良かった少女はそのまま娼館に連れて行かれ、売り払われた。
ただ、そこで客を取るより前に、彼女の加護「神聖浄化」が判明し、娼婦としてではなく医者として娼館に囲われることとなった。
「神聖浄化」は、あらゆる病気や不調を浄化することのできる加護である。言うまでもなく、西方地域で蔓延している「カリフ病」もまた、治療することができる。
間違いなく、西方においては爆弾となりうる少女だった。
そんな少女を匿う決断をしたのは、娼館の女経営者、いわゆる遣り手婆と言われる老女だった。理由は様々だったが、老女の根底にあるものが娼館を経営するのが路頭に迷う少女たちを守りたいという意志だったことが大きいだろう。
そうして少女は、年上の娼婦や同年代の禿とともに成長した。彼女のおかげで病気を恐れる必要のなくなった娼館は商売に精を出し、間違いなくこの時代のマリアは幸福だったと言えるだろう。
老女が倒れるまでは。
理由は寿命だった。既に七十を越えていた老女は、この世界では長寿の域を越えた長命である。マリアの加護があったにせよ、相当な活力に満ちていたことも大きいだろう。
厳しいが、慈愛に満ちた人だった。
だが、彼女が倒れれば娼館は一気に苦しい立場になる。
老女の存在だけが少女たちを守る防波堤だったのだ。老女は後継者育成にも尽力していたがうまく行かなかった。娼館の少女たちを欲しがる富裕層の信徒達が後を絶たなかったからだ。
贄納めにこの娼館の少女を差し出せという突き上げは年々激しくなっていた。老女はそれをなんとか食い止めていたが、それ以上のことは難しかったのだ。
そして、老女の死とともにその後を受け継いだ女性は、老女を裏切った。
かくして娼館からマリアを始めとした少女たちが贄納めの儀に送り出されることとなる。
――マリアはそのことを、決して恨んだりはしない。この地獄のような世界で生きていくためには、老女のような頑ななまでの覚悟か、強者に阿る姿勢のどちらかが必要だ。
老女には前者があって、後継者には後者があったというだけの話。
ああけれども……叶うなら、外面くらいは繕ってほしかった。だって自分たちは老女に救われた立場なのだ、だからその恩を返すことに躊躇いなんかなかったのに。
涙の一つでも欲しかったな、とマリアは思いながら棺の中に入れられて、その時を待っていた。
そんな時、声をかけられた。
「――ああ、ようやく手に入ったぞ、マリア……俺のマリア」
棺の向こうから聞こえてくる声は、顔が判別できない。けれども、どこかで聞いたことのあるような声だった。覚えがあるが、思い出せない。
「覚えているかマリア、俺はダグラスだ、ダグラス・トレインだ……覚えているだろうマリア、ああ答えなくていい、わかっているからな」
――ダグラス。
スグにピンと来た。西方地域の最高権力者、西方修道会の会長、ダグラス・トレイン。知らないはずはない、しかしどうして自分に声をかけるのだろう。
「お前をあの娼館で見た時から、お前は俺のモノになると決まっていたんだ。その目、その顔立ち、間違いない。お前は聖女となる器を持っている。そのためにどれほどの苦労をしたか」
……わからない、本当に覚えがない。声に聞き覚えがあるということはどこかで声を聞いたことがあるのだろうが、
「あのババアがあそこまで頑なだとは思わなかったよ。
――――――――待て。
この男は何を言っている? 店の女を潰した? 知らない。
「ステア、ライナ、クロン、ミトラ、お前の店から消えた女の名前だマリア。知っているだろう? そいつらは俺が潰したんだ。方法は――クク」
――――知っている。
遣り手婆が「身請けされた」と言っていた姐さんたちだ。自分に良くしてくれた、大切な人たちだ。
それが、潰した?
「
棺の向こうから、いやらしく笑う男の声が聞こえてくる。
理解できない、理解したくない。それじゃあその人達は、自分のせいで死んだのか? 自分が拾われたせいで、犠牲になったのか?
「――――ハハハ! 中から殺意が伝わってくるようだ。いいぞ、俺を恨め、俺を憎め。世界を憎め! お前が憎めば憎むほど、それを屈服させた時の絶頂も捗る」
――冷静でいられなくなりそうだ。
声を上げて叫びたいが、敵わない。睡魔が突如として襲いかかってくるからだ。棺には贄を眠らせる力があると説明を受けていた。贄を苦しませないためだとも説明されたが、今となってはそれが欺瞞だと解る。
ああ、こんなことなら――
――自分を棺に入れた連中を、一発ずつぶん殴っておくんだった……
=
――気がついたら、それはいた。
中に入れられたモノを眠らせる魔術が施された棺で、本来マリアが目を覚ますことはない。なのにどうしてかマリアは目を覚ました。マリアはどうやら運ばれている最中のようで、近くからダグラスが周囲を罵倒する声が聞こえてくる。
やがて、喧騒が近づいてくる。どこかで自分が見世物にされようとしているのだと、マリアは悟った。
そして、それに気がついたのだ。
棺の中に、もうひとりいる。
自分しかいないはずだった棺に、誰かもうひとり、女の子が収まっている。自分より二つくらい年下に見える少女は、淡く光を帯びていた。
そのことを認識した時、マリアは理解した。
神がそこにいるのだということを。
この世界は腐っている。どれだけ幸せに命を終えても、その後に大事なものを喪ってしまうかもしれない。どれだけ幸せな人生を歩けても、ある時突然それが終わってしまうかもしれない。
人は生きているだけで腐っていく。そんな世界に価値はあるのか? 考えたこともなかったが、今ならそんな考えが今なら浮かぶ。
悟りを得たのだ。世界は救われない、腐っている、終わっている。そんな世界で、神がいるとしたら、彼女なのだと。
なぜなら光っているし、あまりにも可愛らしい、そしてなにより、
そう、マリアは今尻に敷かれていた。
棺は大きかったのである。だから出現した少女は、マリアの少し上に出現した。ちょうどマリアの顔のあたりにお尻が当たる位置である。
やわらかかった。娼館では良くおっぱいの大きい姐さんたちに挟まれたりしていたのだが、それの比ではないくらいやわらかかった。
マリアもそこそこ容姿は優れている方だ、加護を持っていなければ娼館でもトップを取る娼婦になっていたと言うくらいだ。
ふわりとウェーブがかったプラチナブロンド、意志の強いキレ長目と同年代と比べても豊満なボディは男性ウケがいいと評判だ。
まぁ、客を取る機会は一生訪れなかったわけだけど。
けれども、そんな自分の容姿など関係ないくらい、それは神々しいまでのボディだった。神が作ったのではないかというほどのその体に、一瞬でマリアは引き込まれてしまった。
何より、彼女の存在は救いだ。
自分の人生は、誰かの人生を犠牲にして育まれたものだった。どれだけ幸せにしようと誰かが努力してくれたとしても、それが一度でも途切れてしまえば終わりなのだと知った。
そんな世界に、ただいるだけで救いを与えてくれる存在。
ああ、そこにいてくれてありがとう。そう伝えたいと思ってしまう少女が、そこにいた。
そして、棺は開かれた。
突如として光が外へと漏れる。棺が開かれたのだ。全く耳に入っていなかったので、外で何があったかは見ていなかったが、おおよそ想像は付く。
マリアを見せびらかせるつもりなんだろう。でも、それは敵わない。現れるのはマリアではなく神だ。神がそこにいる。きっと神は、奇跡を起こしてしまうだろう。
それはまったくもってそのとおりだった。
苦しむ信徒、狼狽するダグラス。
信徒達は、だいたいが娼館にもやってくる横暴な客だった。姐さん達が彼らに傷つけられて泣いていたのを知っている。それ故に、胸がすく思いだった。
夢のような光景だった。
そして、夢の終わりでもあった。
――マリアは知らなかったとは言え、大切な人を傷つけ死なせてしまっている。そんな罪深い存在には、ダグラスに食い殺されるのがお似合いだ。
そう、思っていた。
でも、
――少女が、それでも手を伸ばして来た。
救いを求めたわけではない。何より少女は、本当に何気なく自分の手を掴んだ。救いたくて手を伸ばしたわけではないんだろう。
それがどうしようもなく、マリアには眩しくて――何よりも、手を取るよりも早く彼女はマリアを掴んで。
その場を逃げ出したんだ。
気がつけば、二人は町の外を抜け出して、夜の闇に紛れていた。
そこは教会が望める高台で、気がつくと光を帯びていた少女から光が消えて、その姿もどこにでもいるとは言わないが、優れた美貌を保つ普通の少女へと変化した。
いや、『それが正常になった』のだとマリアは理解する。加護の一種なのだろう。
それでも、少女が神であることに違いはない。
風に髪をなびかせながら、少女は教会を眺めている。
マリアは、ぽつりと問いかけていた。
不敬にも、不幸にも。
「あ、貴方……名前は?」
――少女の名前は、以降歴史に記されるだろう。その第一歩を自分が為してしまったのである。
「――ボク?」
どこか性別を感じさせない神秘性を有する少女は、自分をボクと呼んだ。マリアは、彼女こそが神であるという確信を強める。それは性別を感じさせないのではなく、超越しているということだ。存在を、人という枠を超越している。
「ボクは……そうですね、あえて名乗るなら――」
少し考えて、少女は口にする。
それが、始まりであるということを自覚してか、していないのか。
「クリエイト……うん、クリエイトがいいです」
クリエイト――少女はそう言って納得したようにうなずいた。
それから、促すようにマリアを見る。名を聞かれているのだと、最初は信じられなかった。
――それでも、答えるしかないことを理解して、答える。
それが、始まり。
「……マリア・アトライナ、女宮アトライナのマリア……だから」
クリエイトと、マリアは出会う。
少女の信仰とともに、世界の救済はここから始まった。
神はいます、今お尻に埋もれました。
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4 聖女侵入
「この世界は、主に四つの宗派が領土を分割した状態で所有していて、それぞれの地域で無法を働いているんですね」
「うん、クリエ様」
「なんです?」
「クリエ様は……女神様だから……」
「もう体から光は発してないんですけど……」
今のボクはスペックの高いキャラクリ聖女なだけなので、マリアがボクを女神と呼ぶのは彼女が先程の少しの行動でボクに心酔してしまったということだ。
大丈夫かな、マリアちゃんチョロくない?
「えっと、うん。ここは西方地域って呼ばれていて……西方修道会が支配してる」
「あそこで偉そうにしてたダグラスって男が、この地域の最高権力者なんですね」
「そう。私が加護付きだから、彼は私を狙っているみたい」
加護付き、つまるところスキル持ちだ。
スキルとはこの世界に実在する加護のことだと、女神様も言っていた気がする。
そんな中でマリアが所有する加護は上位加護――上位スキルだ。ダグラスが欲しがるのもうなずける。
「そういえば……その、クリエ様、クリエ様はどこから来たの?」
「ボク? ボクはちょっとこの世界を救いに来たんだ。正直に言うと、マリアがボクを女神様っていうのは半分くらいあたってる」
正直に話す。
理由は色々あるけど、なにもない棺に突然出現したことを知っていて、ボクに心酔してくれている相手。
信頼できる存在なのは疑いようがないんだ。
何より、彼女には嘘を付きたくないと思った。
彼女を棺の中から引っ張り出す時、今にも消えてしまいそうな顔をしていたからかな?
「女神様……! クリエ様! 女神様! クリエ様!」
「うわぁ抱きついてこないでくださいよ! あ、おっぱいが柔らかい……」
「す、吸ってもいいよ!」
「はしたないですよ!?」
なんか服をめくりあげようとしてきた。娼館育ちだから躊躇いが薄いんだろうか。
「話を戻すと、ボクはこの世界の救済をするためにやってきました。そのために、まずはダグラスをどうにかしたい」
「……この世界は、ダグラス一人をどうにかしたって、どうにかなる世界じゃないよ」
ふむ? と問いかける。
彼女は現地住人だ。あそこまでわかりやすい悪役を排除してどうにかならないとは、どういうことか。
話を聞く必要がある。
「西方地域では、『カリフ病』っていう病気が蔓延してて、その特効薬はダグラスしか作れないの。だから、特効薬が作れないのにダグラスをどうにかすると……」
「ああ、それなら問題はないでしょう」
――どうやら、この地域の問題は結構単純なようだ。
「
「……ど、どういうこと!?」
いいながら、ボクは女神様が持たせてくれた旅のしおりを取り出す。
いや、旅のしおりではないんだけど、分厚い攻略本のような書物は、評するなら旅のしおりが一番適当だと思う。
そこには、こう記されていた。
「カリフ病はダグラスが生み出して、ばらまいているんですよ。自作自演ということですね」
「…………!」
マリアにもピンとくるものがあったらしい。
女神様曰く、
『西方地域はその地域を取り巻く問題が、修道会のダグラス・トレインに集約されている。他の地域と比べて悪の親玉を一つ排除してしまえば物事が解決するため、最初に関わるのに向いている』とのことだ。
合わせて、ボクの転移先を西方地域にしたのも女神様のはからいのはずだ。
さすがにあそこの棺にピンポイントシュートされたのは、別の要因があると思うけど。
「ボクがあの場に現れた時、ダグラス以外の全ての人間が一斉にお腹を抱えて苦しみはじめました。ダグラスの小間使と思われる子たちも、です」
「あそこにいるのは、その小間使の子たちと、ダグラスにお金を払うことで特権階級を得ている、信徒って呼ばれる富裕層のはずなの」
「ダグラスは富裕層を信徒にするために、信徒へカリフ病を感染させたんですね。彼らは命を握られているから、ああしてダグラスの下で信徒をしている、と」
どっちにしろ、倒すべきはダグラス・トレインだ。
だったらスグにでもあそこに乗り込んでいって、ダグラスをぶん殴ればいいんだろうけど。
「顔を見られちゃってるんですよね」
「……? えっと」
「ああ、ダグラスにボクの顔を見られてるって話ですよ」
なるほど、と頷くマリア。
これで向こうがボクを知らないのなら、取れる手段は幾らでもあるんだろうけれど。
ああ、でもその代わりに……
「といっても、その御蔭で君を助けられたんですから、安い買い物だったと思いますけどね」
「クリエ様……マリアは今貴方の元へ逝きます……」
「やめてくださいねー?」
感極まりすぎて昇天しかけているマリアは放っておいて。
つまるところ、問題はボクのことを警戒しているダグラスにどう打って出るかというところ。
さすがの最高権力者、ボクが加護を持っていることは見抜いているような反応を見せていた。
であれば、無闇矢鱈に正面から突っ込むのは愚策だと思う。
じゃあどうするか?
――まぁ、一番素直でわかりやすい方法を取るのが一番だろう。
ボクのもう一つのスキルの試運転にもなることだしね?
=
――それが西方修道会の本拠地である街に出現したのは、クリエイトが棺の中に出現した次の日の昼のことだった。
ダグラスはマリアの捜索を急いでいた。
相手は意味不明な神々しい光を放つ女、加護の具合でいえば、おそらくあの女のほうが上等な加護を持っているのだろう。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ダグラスがマリアを欲するのは単純に容姿だ。
あんなちんちくりんで胸の薄い女などダグラスの趣味ではない。
おっぱいぼいんぼいんでむっちむちな女でなければ意味がないのだ。
そんなダグラスの前に、それは突如として現れた。
『はじめまして、そうでない方もいらっしゃるでしょうが、名乗らせていただきましょう』
それは巨女だった。
とても大きい女だった。
三十メートルはあるかという巨大な女だった。
『ボクはクリエイト、この世界の救済を目的としてやってきた、聖女です』
とてつもない美貌を誇る、完成され尽くした肢体の少女である。
ダグラスからマリアを奪った、憎い敵でもあった。
――それが、街の端に出現している。
『この世界は腐っています。多くの人々が傷つき、苦しみ、少数の人間がそれを貪っているのが現状です』
最初に贄納めの儀に現れたクリエイトは特徴の薄い白のローブをまとっていた。
しかし、今のクリエイトは美麗なドレスに身を包み、威厳と慈愛に満ちている。
『それを嘆いた神が、ボクをこの世界に遣わしたのです』
幻想的な光景だった。ドレスを下から覗き込んでも光に包まれてその奥は覗けなかった。
『つきましては、手始めにこの地の悪を排しましょう。この地の悪、西方修道会、その会長ダグラス・トレイン。そして――』
力強く、クリエイトは断言する。
『カリフ病を、ボクは排します』
それはまさしく希望だった。
驚くべきほどに力強いその物言いは、人々に希望を教えるものだった。
西方修道会の本拠地であるこの街は、ダグラスと信徒を中心とした富裕層の街であるから、こうした宣言が街を震わせることはあまりない。
それでも、そんな信徒に仕える奴隷のような立場のモノが大多数を占めるために、動揺というものはそこそこ広がるものだ。
そもそも、この宣言の目的は、宣戦布告が本命ではない。
「――これは目くらましだ」
ダグラスは冷静である。
葉巻を吸いながら、側に控える奴隷たちに支持を出す。
「相手は認識を誤魔化す類の加護を持っているのだろう。あれは映像だ。奴はこの混乱に乗じて行動を起こすつもりだろう。警戒に当たれ」
「かしこまりました」
恭しく礼をする二人の奴隷。
ダグラスはそれを見て頷くと、外にでかでかと出現しているクリエイトから目を離し、教会の中へと入っていった。
後には二人の奴隷が残される。
「――ダグラスは思いの外優秀ですね。あの映像と、一度の邂逅からこちらのスキルを推測しています」
「仮にも、世界の四分の一を手中に収める男だから。それくらいは当然だよ」
その声は、先程と打って変わって、マリアとクリエイト――つまりボクのものである。
ただし、その容姿は元来の両名とは打って変わって、今にも折れてしまいそうな奴隷の佇まいであった。
「ただまあ、流石にこっちのスキルがどういうものか、までは完璧な予測ができなかったみたいですけど」
いいながらも、手を奮って自身の様子を確認する。
“幻術”は完璧なようで、目の前にボクとマリアがいたにも関わらず、ダグラスは一切それに気が付かなかった。
――あの映像も、今こうしてボクらがダグラスの元へ侵入しているのも、ボクのスキルによるものだ。
「素晴らしい物だよね、“幻覚創造”という加護……スキルは」
「あくまで下位スキルですけどね」
上位スキルとはできることの幅が異なる。
とはいえ、今はこれで十分だ。
幻覚創造、ボクがこれだと思ったスキルだ。
効果は『見せたい幻覚を思うがままに創造する。ただし人体に限る』といったもの。
できることは見ての通り、ボクの巨大な幻覚を投影したり、誰かになりすましたりするといった効果。他人にも使えるのが便利だ。
けれども、何よりこれの素晴らしいところは、簡単なキャラクリを思う存分できるところにある。
今回は潜入という形を取るため、あくまで奴隷に扮したが、場合によっては別の存在に変身することも考えられる。
たとえば怪盗とか、そういう新しいキャラクターを
……このスキルがあればキャラクリいらなかったんじゃないかって?
ボクもそれは考えたけど、あくまでこのスキルは簡単なキャラクリしかできない。
というか、二週間かけて創り上げた最高傑作であるボク自身を超えるキャラクリがそうそうできるわけないのだ。
あくまでボク自身は最高のボク自身でなければならない。
キャラクリは一日にしてならず、妥協は許されないわけで。
「――さて、それじゃあ行動開始です」
「まずはどこを目指すの?」
「ダグラスを殺したら、あいつが抱えてるカリフ病がどうなるかわかりません。だからあそこでダグラスは殺さなかったのですからして」
いつでも殺せるだろう、という目算もあるけど。
――本命はあくまでカリフ病だ。
「カリフ病の原因を突き止めます」
端的な宣言。
ボクたちは行動を開始する。
さぁ、ためらってはいられない。
この世界を救済する大事な初戦、ダグラス・トレインと西方修道会を、打倒するための戦いが幕を切った。
キャラクリオタク、スキルすらキャラクリに寄せる。
今後も重宝しそうなスキルですね。
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