見た目は重巡、頭脳はパパラッチ、その名も青葉 (蒙古襲来)
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 「ん―あれ~?あの資料どこ行っちゃったかな~?」

 

 がさがさと机の中を漁ってみるが出てくるのはくしゃくしゃになった書類やインク切れを起こした数本のペンのみ。青葉の探しているものは見つからない。

 

 「あちゃー…もしかして失くしちゃった?」

  

 やってしまったかもという思いが頭を過る。辺りを見回してみるけれど、うーんやっぱ見あたらないなぁ。

 

 大量の紙と雑誌に床を埋め尽くされた私の作業部屋は少し歩くのにも一苦労だ。

 

 「痛っ!」コチン

 

 山積みにされた書籍を倒してさらに床を覆わないようにと下を向いてソロソロと歩いていたらおでこに痛みが走った。見ると天井からぶら下げられた一つの裸電球がゆらゆらと動いている。

 

 「…やっぱり掃除しなきゃかな」

 

 以前にも同じようなことを言った気がする。でもどうにも気が進まない。

 

 整理整頓しなければ…とは思うのだけれど、原稿を書いてからねとか取材に行ってからね等と何かと理由をつけては後回しにしてしまう。そして後回しにし続けた結果がこれだ。

 

 「あ、ちょ―――」ドタバタドンドン

 

 でも今回ばかりは本当に掃除しないとなぁ…。そんなことを思いながら一歩踏み出したら足元に積まれていた本の山を崩してしまった。なんてこった!

 

 「……………」チラッ

 

 うーんでもこれは相当に骨が折れるぞ…。紙類はともかくとして床に散乱しまくった雑誌の類をしまうところがない。ただでさえ狭い部屋をさらに狭くしている二つの本棚はもうすでに本でギュウギュウの状態だ。

 

 「…断捨離」ゴクリ

 

 不要な書籍は捨ててしまえ!なんて思い切りが良ければ苦労しませんよっ!

 

 せっかく買った本を床に放置している私が言えた口ではないけれど、やっぱりこういうものはなかなか捨てられない。たまに読み返したくなったりとかするし!

 

 「…応急処置ですよこれは」ガサガサ

 

 とりあえず足元にある数冊を手に取って机の上へと移す。これを何度か繰り返すこと数十分、少し床が歩きやすくなったような…。代わりに机の上は積み上げられた本でいっぱいだけど…偉いよ私。

 

 あ、そういえば…!ちょっと整理整頓したことで終わった気になってたけど私が探しているあの資料はまだ見つかってないじゃないか!

 

 ふおぉぉぉっ!今の数十分があれば見つけられてたんじゃないか!?

 

 「はぁー、もういいや今日は。明日探そう」

 

 人の秘密を探すのは好きだけど…こういう探し物はもう今日はうんざりだ!明日だ明日!明日やろう!

 

 「…さてと」ヨッコラセ

 

 とは言っても今日はまだ始まったばかりだ。壁に掛けられた丸時計を見ると時刻は午前九時をまわったくらいを指していた。

 

 さてさてじゃあさっそく…!昨晩回収しておいた意見箱の中身を見てみますか!今回はどんな依頼が入ってるのかな~

 

 あ、意見箱って言うのはいわゆる目安箱みたいなもんで…うちの鎮守府に所属する艦娘が誰でも匿名で悩みを紙に書いて投函出来るものなんです!それがまた出入りの激しい食堂に設置したこともあってか、毎回結構入ってましてねぇ!あ、ちなみに意見箱は私が廃材を使って作りました!青葉特製ですっ!

 

 「おほォ~今回も大量!大量!」

 

 例によって今回もたくさん入っている。その多くは取るに足りないものばかりだが、数件、むむっ!これは!?と思うものがあるのだ。それを青葉が依頼として引き受けて解決へと導く…随分と申し遅れたがそれが今の青葉のこの鎮守府での仕事なのだ!

 

 そもそもこの鎮守府は金剛さんとか神通さんとか怖いひ―――げふんげふん!強い人たちがたくさんいて深海棲艦たちをボコボコにしているみたいだから青葉が出撃するなんてことは滅多にない。

 

 「おっ!これはなかなかの事件ですね~!引き受けましょう!」

 

 でもただ飯食らいはなんか性に合わないし、それだったら私が得意な分野でみんなの役に立ちたいのだ。

 

 幸い司令官も青葉のすることを度が過ぎなければ容認してくれるみたいだった。まぁ、司令官絡みのお悩み…依頼って結構多いんだけれどね。

 

 というか今追っている依頼の一つも司令官絡みなんだよなぁ…。しかもなかなかにヘビーな…。

 

 まぁ、司令官なら笑って許してくれるでしょ!!

 

 「さーて後はこれとこれも…」

 

 …と、そんな感じでどの悩みを依頼として引き受けるか吟味しつつ、現在抱えている依頼をリストアップしていた時…

 

 「…………」

 

 普段ノックされることのない部屋の扉がコンコンと音を立てた。来客とは珍しい。鍵かけてないんでどうぞ~ 

 

 「失礼します!!」ドサッガッシャーン

 

 ちょっ!結構勢いよく扉を開けるね!?よく分からないけど開けた時の振動で机の上に積み上げたものが音を立てて崩れていくぅ!!

 

 「…朝潮型一番艦、朝潮!ただいま参りましたっ!」

 

 「あ、はい」

 

 朝潮と名乗った子は私を見つけるとシュババババと駆け寄って来た。そしてあまりに大きな声でしゃべるんでその声が室内に響いて頭がぐわんぐわんする…。おかげで素っ気ない返事をしてしまった。

 

 なかなかに強烈な子だけど…実を言うと彼女に会うのはこれが初めてではない。少なくとも私にとってはだけど…。朝潮ちゃんは最初に自己紹介をした辺り、私のことを知らないのかな。青葉、用事がない限りはここに籠ってますし!

 

 対して朝潮ちゃんはある意味有名人だ。司令官からの信頼も厚いみたいで彼の隣には必ずと言っていいくらいいるし、この元気さしかり、素直で真面目…うん、真面目。クソが付くほどの真面目…。うーん、でもここだけの話、朝潮ちゃんが真面目過ぎるっていう悩みを結構見かけるんだけどね。彼女と近しい子から相談を持ち掛けられたことも何回かあった。

 

 きっと悪い子ではない、悪い子ではないのだ。ちょっと元気が良すぎて真面目過ぎるがゆえに空回りしちゃうドジっ子ちゃんなのだっ!

 

 「さっそくですが何をしたらよいでしょうか!ご教授ください!」

 

 私がそんな失礼なことを考えているとは露知らず、彼女はビシッと敬礼を決めながらしゃべり始める。

 

 す、すごい…!鼓膜がキーンとする!そして目がキラキラ輝いてる!フンスフンスとやる気いっぱいだ!!

 

 というか…何をしたらいい?ご教授ください??

 

 ん?どゆこと?

 

 と、とりあえずここは…

 

 「な、なんかすごいけど…よろしくね?」

 

 「はいっ!!よろしくお願いします、青葉さんっ!」

 

 彼女に差し出した手が固く握られて上下にブンブンと振られる…結構激しいですねぇ!

 

 さてそれはそれとして…今更ながらなんで彼女がここへ? 

 

 「ああ、それはですね…!青葉さんは以前、司令官にお手伝いさんが欲しいとおっしゃっていたらしいですね!」

 

 お手伝いさん…?

 

 あ、そういえば冗談で助手が欲しいとかなんとか司令官に言ったような言ってないような…。

 

 「ですので!司令官からの命令でこの朝潮がお手伝いに来ましたっ!」ドンッ!

 

 oh… 

 

 「何をしたらいいですか!何でもしますっ!あ、まずはお掃除ですか?お掃除ですね!ここに落ちてる本全部縛ってゴミ捨て場に持っていけばいいですか?あ、それならヒモ要りますよね、ヒモっ!!ヒモありますか!なければ取ってきますっ!」

 

 司令官、あなたはなかなかとんでもないものを送り込んできましたね…。

 

 「とりあえず朝潮ちゃん…」

 

 「はいっ!!!」

 

 「落ち着きましょうか…」

 

 「はいっ!!!」

 

 ■ 

 

 「あー、朝潮ちゃんどこか座る?立ちぱなっしも疲れるでしょう?」

 

 「大丈夫です!お構いなくっ!!」フンフン

 

 「そ、そう…」

 

 朝潮ちゃんの来襲…じゃなくて来訪からしばらく経ったが、青葉は今もこうしてずっとソワソワしている彼女をどうやって取り扱ったらいいか考えに考えている。

 

 でも答えは一向に出そうにないですっ!ついでにその間も彼女は早く助手として働きたいようでウズウズしっぱなしですっ!

 

 とは言え、彼女に部屋の掃除なんて頼んでしまったら最後、青葉の城は何一つ残らないまっさらの状態になってしまうでしょう…。

 

 うーん、困ったなぁ…。あ、いつも青葉がおやつとして食べてる山本山の海苔食べます?

 

 「いただきますっ!!」パクッ

 

 あ、それは受け入れるんだね…。そうだよね~山本山美味しいもんね。それにしても…もきゅもきゅと食べる朝潮ちゃん、可愛いなぁ。青葉の写真家魂に火が点きそう…。

 

 あ、写真と言えば…!

 

 「あ、これって…」

 

 見ると彼女は壁に乱雑に貼られた写真、そのうちのいくつかを穴が開くほど見つめているようだった。

 

 「それ妹さんたちの写真ですよね?なかなかかわいく撮れましたよ!被写体がいいんでしょうね~」

 

 青葉の部屋の壁にはたくさんの写真が貼ってある。というのもここに初めて来た時、壁がコンクリートみたいで殺風景だったのが嫌だったので、近くの風景とかここに所属する子たちの写真を撮っては飾っていたのだ。おかげで今は大分壁はにぎやかである。もはや部屋中が絶賛にぎやかパレードなんだけどね。

 

 朝潮ちゃんはその中から姉妹艦が写ったものを見つけ、眺めていたのだ。

 

 「欲しいならあげましょうか?」

 

 「い、いえっ!」

 

 彼女はそう言うと慌てたように写真から顔をそむけてしまった。熱心に見てるから欲しいのかなって思ったんだけど…余計なお節介だったかな? 

 

 「あ、あの…私は何を?」

 

 あ、忘れてた…。そろそろいい加減彼女に仕事を与えないとっ!さもなくば青葉の城が…!! 

 

 あっ…!そうだ!

 

 「朝潮ちゃん、よかったらこれ手伝ってくれない?」 

 

 「?」

  

 …私が差し出したのは引き受けた依頼をリストアップしておいたもの。そうだ、最初から彼女と一緒に依頼をこなしてしまえばよかったんだ!

 

 「これは…?」

 

 朝潮ちゃんは首をかしげる。そして私の差し出した紙を受け取ると書かれた文字を目で追っているようだったが、それでもチンプンカンプンなようだった。

 

 ふふ、それは致し方ないだろう…。 

 

 なにせリストアップされた内容というのが… 

 

 『飼い猫を探してほしいのにゃ!もうどこ行っちゃったか分からなくて夜も眠れないのにゃ!助けてにゃ!一緒に探してにゃ!ちなみに私は猫じゃ……』

 

 『テートクに不貞疑惑がありマース!ワタシという者がありながら…いかがわしいお店に通っているようデース!!ふぁっきん!場合によっては沈めマース!絶対にユルサ……』

 

 『最近、鎮守府の物がよく失くなるようです。しっかり管理していたはずなのに失くなったケースがあとを絶ちません。特に外に置いていたものが……』

 

 『私たちの鬼教官の弱みを知りたい。お願い助けて。前に一回遅刻してるからもう次はない。でも私、次も遅刻しそうな気がする…なんかそんな気がしてなら……』

 

 『艦娘ってその名の通り女の子しかいないよね?でも…多分周りの子は気が付いていないと思うけど、その、モッコリしてる子がいるんだ。あれは見間違い?いや……』

 

 『手のひらにも収まるような超小型の拳銃を作れだなんて無理な話ですよ~。私は青ダヌキじゃないんですからね?でもまあ作りますよ、頼まれちゃったし!あーどうする……』

 

 ね?なかなかにカオスでしょう?

 

 「よ、よくわかりませんが頑張りますっ!!」

 

 うん、その意気は良しっ!これくらいのカオスには同じくらいの熱量ぶつけんだよっ!

 

 …と、こうして私青葉と朝潮ちゃんの長い一日が幕を開けるのでした。



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 「…という感じで!今ざっと説明したのが青葉がここでやってるお仕事の内容だよっ!」

 

 「なるほどっ!」

 

 …かくかくしかじか。青葉と朝潮ちゃんが一緒に依頼をこなすにあたって、まずは普段青葉がどういうことをしているのかを一通り彼女に説明してみた。

 

 それにしても朝潮ちゃんはやはり真面目だ。私の言葉を一言も聞き漏らさないと言わんばかりに鬼気迫る表情を浮かべ耳を澄ませていた。相槌もしっかり打ってくれていた…その様子がどこか首振り人形を彷彿させてちょっと怖かったとは口が裂けても言えないですけどねぇ…。

 

 「青葉さん、質問いいですか?」

 

 ザ・優等生という感じでまっすぐ挙手する姿がまぶしい。はい、朝潮ちゃん!何ですか?

 

 「依頼を引き受けるとのことですが…これ、全部匿名ですよね?鎮守府には百人以上の艦娘が所属していますし…どうやって依頼主を判別するのですか?」

 

 お、いいところに気が付きますね!

 

 確かに匿名である以上、依頼主が誰なのかを判別するのは難しいところがある。もちろん依頼主を介さず解決出来る場合もあるけど、依頼主に接触を図って一緒に解決を目指すケースも少なくない。

 

 ふふふ!そんな時、青葉がどうしているかというと…

 

 「しっかりと声を拾う…ですか?」

 

 「そう、それですっ!それが大事なんですよぉ!」

 

 悩んでいる子たちの声をしっかりと拾うこと…これが鍵になってくるのですっ!

 

 「…すごいっ!!!」キラキラ

 

 朝潮ちゃんから尊敬のまなざしが向けられている…。えへへ、青葉ちょっとかっこいいですかね?

 

 話が逸れちゃいましたね、ゴホン!えっと声を拾うって言うのは具体的に言うと依頼主が投函したものをしっかりと読み込むってことなんです!

 

 例えば…

 

 『飼い猫を探してほしいのにゃ!もうどこ行っちゃったか分からなくて夜も眠れないのにゃ!助けてにゃ!一緒に探してにゃ!ちなみに私は猫じゃ……』

 

 これなんかすごい簡単ですよ!まず依頼主は猫を飼っている…これだけで結構絞られてきますね。それに『にゃ』という特徴的な語尾、自分は猫ではないという意味ありげな主張…。

 

 はい、もう分りましたっ!これは軽巡多摩さんからの依頼ですっ!

 

 『テートクに不貞疑惑がありマース!ワタシという者がありながら…いかがわしいお店に通っているようデース!!ふぁっきん!場合によっては沈めマース!絶対にユルサ……』

 

 これもイージー!朝飯前ですよっ!

 

 わざわざ文章にカタカナを織り交ぜてまで…というところを見るに、相当自己主張の強い方だと見受けられますね、これは!そしてあふれでる司令官へのLOVE、まぁなんか嫉妬っぽいですけどね。これはもう言わずもがな、ですねっ!

 

 …その他の依頼についてもよくよく読み込めば依頼主の特定に足りうる情報があったりするもんなんですっ!まぁ、紛失物ともっこりの件についてはちょっと謎が多いですけどねぇ…。 

 

 と、得意気に語ってみるけど、朝潮ちゃん置いてきぼりになってないかな…。青葉がこういう話始めるとドン引きされることもあって…。

 

 「す、すごいっ!!コールドリーディングってやつですねっ!?」

 

 うん、それは違うと思う。というかよくそんな難しい言葉知ってるね。

 

 でも安心した。少なくとも朝潮ちゃんはドン引きはしてなかったみたいだ。むしろここまで食いつき高く聞いてもらえると…なんだか青葉、照れちゃいますっ!

 

 「あ、ちなみになんですけど…」

 

 ん?どうしたのかな?

 

 「この、司令官の不貞疑惑というものについてなんですが…」

  

 あれ、なんか朝潮ちゃんの顔つきが険しくなったぞ…?

 

 なんで…? 

 

 はっ!?しまった!やらかしたかもっ!?

 

 「あ、朝潮ちゃん、あのこれはね…その!」

 

 「…………」ゴゴゴゴゴ

 

 朝潮ちゃんは明らかに何か言いたげだ。

 

 それもそうだろう。そもそも司令官に関する依頼はセンシティブなもの、色恋についてのものがほとんどだ。それだけ多くの子が彼のことを気になっているのだ…そしてもちろんその中には朝潮ちゃんも含まれているだろう。

 

 常日頃から彼の側にいて、口を開けば彼への忠誠、尊敬しか出てこない。彼女にとって彼は絶対的存在なのだ。

  

 そんな彼女のことだ…もし彼を冒涜するような内容があればどうするだろう?きっと全力でそれを潰しに来るだろう。

 

 いやああああっ!よく考えたらこの件については彼女の目に触れさせるべきじゃなかった!というかもうすでに司令官の不貞に関する有力な証拠、いくつか掴んでるんだからリストから外しておくべきだったあああああ!

 

 ふおぉぉぉぉぉぉぉっ!!青葉、もしかしたら朝潮ちゃんに八つ裂きにされてしまうのでは!?情報を開示する間もなく消されてしまうのでは…?

 

 まぁ、司令官にとってはそっちの方が都合よさそうですけどね…。

 

 「…これは本当ですか?」ゴゴゴゴゴ

 

 長い沈黙の後、彼女が切り出した言葉に私は血の気が引いていくのを感じていた。

 

 ああ、さようなら。短い人生…艦生でした。

 

 「…はい」

 

 リストも見せているし、あれだけ饒舌に語った以上、今更あれは嘘でしたなんてごまかせるわけがありません。尤も今にも肉薄してきそうな彼女を前にしたら嘘なんてつく勇気出ないですけど。

 

 だから私は覚悟を決めて正直に答えました。

 

 「…そうですか」

 

 ふぅ、と小さく息をつくと朝潮ちゃんはじっと青葉の目を見つめて何かを考えているようです。正直、生きた心地がしません。蛇に睨まれた蛙とはこのことか…。

 

 「…それについてはもう調査済みなんですか?それともこれからですか?」

 

 「あ、もうほとんど情報は…その、証拠は掴んでまして…」

 

 「その証拠はどこに?」

 

 「あ、えっーと青葉がいつも使っているUSBの中に全て…」

 

 「この件について私以外の誰かに話しましたか?」

 

 「い、いえ…」

 

 「…………」

  

 なんだこの死刑執行を待っているような息苦しい時間は…。尋問!?尋問されているのかっ!?

 

 朝潮ちゃんのギラギラした目が青葉の体を射抜くように見ている…。ああ、いったいいつになったら…。

 

 「そうですか!もしそれが本当なら司令官には反省してもらわないとですねっ!」

 

 え?

 

 「青葉さんのお陰でやることがちゃんと理解出来ましたっ!この朝潮、いつでも出撃出来ますっ!」ニコッ

 

 「…!」

 

 「…司令官のことになるとつい熱くなってしまって!すみませんでしたっ!」

 

 な、なんかよく分からないけど…

 

 た、助かった~~~!!

 

 ペコリと頭を下げた朝潮ちゃん、さっきまで纏っていた気迫はどこへやら…。あの険しかった顔つきも今はちょっと照れたような可愛らしい笑顔になっている。

 

 「どの依頼から片づけていきましょうか?」

 

 「あ、ああ!えっと…!」

 

 うん、そうだ!そうだよ!さっきは司令官のことで頭がいっぱいになっていただけで、本来は真面目でいい子なんだ!そんなのもう分かりきったことじゃないか!

 

 さっきまでのことが急に馬鹿らしく思えてきて、思わず笑みがこぼれる。

 

 「じゃあ、えっと最初は多摩さんの依頼を片付けに行きましょうか!実はもう彼女に声掛けてあるんです!」

 

 「はいっ!」

  

 ホッと胸をなでおろす。

 

 さぁて、気を取り直してさっそく依頼に取り組んでいきましょうっ!多摩さんが依頼主なのは確認済み…!今朝早くにアポは取っておいたからきっと彼女はすでに待ち合わせ場所で猫の捜索を始めているだろう…。

 

 ■ 

 

 「…ところで青葉さん、さっき話したUSBっていつもはどこに保管しているんですか?」

 

 依頼主多摩さんの元へと向かう途中、朝潮ちゃんは思い出したようにそう言って青葉に尋ねてきた。

 

 あー、実を言うとね…。本当、お恥ずかしい話ではあるんだけどさぁ…。

 

 「紛失…ですか」

 

 「…はい」

 

 いや、本当にっ!あれだけ苦労して証拠も集めたのにっ!まさかそのデータが詰まったUSBを失くすなんて誰が想像できますかっ!?ええっ!?

 

 でもこれだけは信じてほしい。確かに整理整頓が出来なくて汚部屋にしちゃったり、よく物を失くしちゃったりするけどっ!あのUSBに関しては失くしたんじゃなくて、盗まれたんですっ!

 

 「紛失と盗難では全然違いますよっ!いったいどこで…」

 

 私の記憶が正しければ、USBは一昨日まではあったはず。でも昨日のお昼に鎮守府の外にあるベンチに腰掛けて衣笠たちとご飯を食べてた時、ちゃんとあるかなって確認した後にそのままベンチに置きっぱなしにしちゃったんだよ…。部屋に戻った時に無いことに気が付いてすぐに戻ったけど…もうベンチには置いてなかった。今のところUSBの忘れ物は届けられてないみたいだし…はあ。

 

 「…なるほど」ウーン

 

 朝潮ちゃんは私の話を聞いて、腕を組んで唸っていた。私も考える…果たして私のUSBはどこに行ったのか、誰が持って行ったのか…と。

 

 「分かりました!」ポンッ

 

 …突然手を叩いたかと思えば、なんだって!?分かったんですかっ!?

 

 「あ、いえ…犯人とまではいかないですけれど。もしかしたら青葉さんのUSBを持って行ったのってリストに載っていた紛失物の件と関係あるんじゃないですか?確か鎮守府の外で紛失物が多発しているとのことでしたよね…そして青葉さんがUSBを失くしたのも外…」

 

 「つ、つまり…?」

 

 「つまり件の依頼を調べれば、青葉さんのUSBも見つかるってことですっ!」ドンッ!

 

 お、おお!!!エッヘンと胸を張る朝潮ちゃんの姿がまぶしいよ…。

 

 でも確かにその通りですね。その依頼を調べていけばUSBの手掛かりが見つかるかも!

 

 「でも青葉さん!大事なものはしっかり肌身離さず持ってないとダメですよっ!ほら、このように…!」

 

 うんうん、本当にそうだ。まあ、今回は肌身離さずに持ってたがゆえに盗まれることになったんだけどね…。

 

 …って、え?

 

 ええっ!?

 

 ええええええええええええっ!?

 

 ちょ、ちょっと!朝潮ちゃん、なんでスカート捲り上げてるの!?

 

 「このように肌身離さず持つことが大事なのですっ!」ドヤァ

 

 その時、私の目には得意気にスカートをたくし上る朝潮ちゃんの姿が映っていた。

 

 というかパンツ!パンツ見えちゃってるっ!!縞々のパンツが露出されてるぅ!!!

 

 というかそれだけじゃないっ!?

 

 晒されたパンツをよく見るともっこり…!?隆起してる…はへぇ?

 

 アイエエエエ!?アサシオチャン!?アサシオチャンナンデ!?

 

 「ふふっ…!こうしておけば失くすことはおろか、盗まれることも絶対にありえませんっ!そして必要になったらこうして…んんっ!」

 

 …そう言って下着の中に手を入れた彼女は甘い吐息を吐きながら何かを取り出した。

 

 「はぁ、はぁ…ちなみにこれは部屋の鍵です///」

 

 頬を赤らめた彼女は手に持った鍵を私に見せるとまた甘い吐息を吐きながらそれを下着の中にしまった。

 

 「あ、えっーと…朝潮ちゃんはパンツの中に大事なものをいろいろしまっているってことでいいのかな?」

 

 「はいっ!ぜひ青葉さんも真似してみてくださいっ!」ドヤァ

 

 誰が真似するか、そんなことっ!!

 

 朝潮ちゃんの新しい一面が知れたのは嬉しいことだけど、出来れば違う形で知りたかったなぁ…。朝潮ちゃんがこれを他の子の前でやってないことを今は祈るばかりだ…。 

 

 あ、それと朝潮ちゃんのパンツがもっこり隆起していたのはそういう理由ね…。

 

 もしかしたら朝潮ちゃんは司令官と同じものをお持ちなのかと思ったけど違ったみたいで安心しましたっ! 

 

 というかリストの一つ、もう解決したのでは…?

 

 「おーい!!こっちにゃー!!」ブンブン

 

 「あ、多摩さんです!」ブンブン

 

 いろいろと怒りすぎて頭がパンクしかけていたところ、私たちに呼びかける声が…。

 

 ああ、多摩さん!よかった!

 

 声のした方を見ると多摩さんが大きく手を振りながら私たちを呼んでいる。隣のいる朝潮ちゃんはもうスカートを降ろしていて、多摩さんに負けないくらいの勢いで手を振り返している。

 

 「行きましょうっ!」

 

 そう言って元気に駆け出した朝潮ちゃんの後姿を見ながら、私は依頼が一段落したら彼女にしっかりと常識を伝えてあげなければいけない、そんな使命感に駆られていたのだった。

 




次でラストの予定です。


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最後の方はもうセリフのみに近いです。


 「うーんいないですね~」ガサゴソ

 

 「そうですね…。猫さん、無事に見つかるといいのですが…」ガサゴソ

 

 多摩さんと合流した後、私たちはさっそく彼女の飼い猫の捜索を始めた。近くの草むらや雑木林などを泥まみれになって一生懸命探している…けどやっぱりなかなか一筋縄ではいかないようだ…。 

 

 「特徴は黄緑の目に、白い毛なみ。名前は多摩ごろうねぇ…」

  

 「おーい、多摩ごろうさーん!!」

 

 朝潮ちゃんは猫の名前を呼びながら熱心に探しているみたいだけど…逆に大声を出してしまうと逃げてしまうのでは、と思ってみたり…。

 

 「多摩ごろー!!どこ行ったにゃー!!」

 

 …飼い主も名前を呼んで探しているから問題ないか。

 

 そうして手分けしてしばらく探し続けたが…努力の甲斐むなしく尋ね猫はおろかその足取りさえ見つからない。

 

 うーん…お昼前から探し始めたのにも関わらず、時刻を確認するともうとうにお昼は過ぎていて、もうすぐで午後のおやつの時間を回ってしまいそうである。

 

 ああ、山本山の海苔を少し持ってくるんだったなぁ…なんて後悔していると

 

 「みなさーん!ちょっとこっちに来てくださーい!!」

 

 朝潮ちゃんのクソデカボイスが聞こえてくる。何か見つけたのだろうか?

 

 「どうしたんですか!?何か見つかったんで…」

 

 期待を胸に急いで彼女の元へと向かう。遠目に見るともうすでに多摩さんは駆けつけているようで、彼女の姿がそこにはあった。

  

 あれ、でも朝潮ちゃんの姿が見当たらない…。彼女はどこに…?

 

 そして現場に到着してようやく気が付いた。

 

 「…何してるんですか?」

 

 朝潮ちゃんはいた―――いたにはいたのだけれど。茂みに頭を突っ込んでお尻だけが突き出ている状態だ…。 

 

 「…抜けなくなったのかにゃ?」

 

 目を丸くしていた多摩さんが心配そうに尋ねる。あ、それ十分あり得そうと私は思ってしまった。 

 

 そして彼女を茂みの中から引っこ抜いてあげようと近づいたその刹那… 

 

 「…ここ!この先に獣道があるんですよっ!」フリフリ

 

 お尻を振りながら彼女は叫んだ。

 

 え、獣道…?

 

 「ほ、ほんとかにゃ!?」

 

 朝潮ちゃんの言葉に多摩さんは驚きを隠せないようだった。そしてもしかしてと朝潮ちゃんのように彼女も茂みに半身を突っ込んだ。

 

 端から見ると茂みから二つのかわいいお尻が飛び出しているかなり面白い状況なので写真を撮りたいと思ったのだが…さすがに堪えた。そもそもカメラ、部屋に置きっぱなしだしね!

 

 「ほんとにゃ!」

 

 「ですよねっ!きっと…きっとこれを辿れば!」

 

 「うおおおっ!多摩ごろー!!」ガサガサ 

 

 …どうやら獣道があるのは本当らしい。ならそれを辿ればもしかしたら何か手掛かりが…と思ってる間に、多摩さんは言うが早いか無理やり茂みの奥へと入って行ってしまい、ついにはその姿が見えなくなった。

 

 「青葉さんもっ!行きましょうっ!」フリフリ

 

 …ここまできたら後には引けないよね。よしっ!

 

 私は彼女たちと同じように体を茂みに入れ、その先へと足を踏み入れた。獣道は薄暗く、じめじめしていて、まるでトンネルの中にいるよう。しかもその名の通り獣が通るところなので青葉たちは屈まないと進めない。

 

 それでも懸命に…時には体を這わせながら進むこと数分。

 

 「多摩ごろ~!!!こんなとこにいたにゃー!!!」スリスリ 

 

 「よかったですっ!!」

 

 薄暗の中、私の少し先の方に光がさしているのに気が付く。そして多摩さんと朝潮ちゃんの歓喜の声が聞こえてくる。 

 

 「…ここは」

 

 目先の光を頼りに狭い獣道を抜け、辿り着いた先は随分と開けているところだった。

 

 暗がりから出たばかりでまぶしさに目を細めるが、それでも多摩さんが白い猫を抱き上げて頬擦りしている姿が見られた。怪我もなさそうだ。 

 

 「…よかった。見つかったんだ」

 

 多摩さんの飼い猫が無事見つかったことに安心する。そしてそれも束の間、周りを見て驚いた。

 

 「青葉さん、これって…」

 

 「…!」

 

 私たちが辿り着いた場所、そこには片っぽだけの靴下や小さなハンカチ、小物のような物が複数散乱していた。

 

 もしや…!

 

 記名されていないかと一つ拾ってみると…うん、やはりそうだ。そこには鎮守府に所属する子の名前がしっかりと記されていた。おそらく他の物もそうだろう。

 

 状況から見るに…おそらく多摩ごろうが鎮守府の外に置いてあった物を拾い集めてここに持って来ていたのだろう。

 

 「多摩ごろ~」キャッキャッ

 

 でも多摩さんはそのことを知っているのだろうか?いや、鎮守府で紛失物が多く発生していたことだって実際に失くした子たち以外は特に気にさえ留めていないだろう。飼い猫のことでいっぱいいっぱいだった彼女はなおさらだ…。 

 

 「…青葉さん」

 

 朝潮ちゃんが心配そうに私を見ている。分かってるよ、このことを彼女に伝えるかどうかってことだよね? 

 

 …多摩さんと多摩ごろうの再会、出来れば水を差したくはない。でもね…

 

 「…多摩さんと多摩ごろうの為にも、青葉は言った方がいいと思います」

 

 「…そうですね」

 

 このまま黙っていることだって出来るけれど、やっぱり伝えておいた方が二人の為になる…青葉は直感的にそう感じていた。

 

 「…多摩さん実は」

 

 「?」

 

 それから青葉は多摩さんに詳細を語った。

 

 「…そっか」

 

 私が話し終えると、多摩さんはそう言って俯いた。心なしか多摩ごろうを撫でる手が弱々しかったように見える。

 

 どうしよう…伝えるべきではなかったか?でも多摩さんの様子になんと声を掛ければいいか分からない私に代わって朝潮ちゃんは言ったのだ。

 

 「…大丈夫です!ちゃんと事情を話せばみなさん分かってくれますよっ!」

  

 「…許してもらえるかにゃ?」

 

 「大丈夫です!!!」ニコッ

 

 …きっと根拠なんてないんだ。だけれど朝潮ちゃんの自信に満ちた表情と声が背中を押す。

 

 「そうですよ!青葉たちも謝るの手伝いますっ!」

  

 「で、でも…」

 

 「乗りかかった船です!ね、朝潮ちゃん!」

 

 「はいっ!!!」

 

 自然とそんな言葉が出た。私だけではもしかしたら多摩さんを追い込むだけで終わってしまったかもしれない。でも朝潮ちゃんがいたから…彼女の力強い言葉は青葉と多摩さんを勇気づけてくれたのだ。

 

 「…ありがとにゃっ!!」

 

 吹っ切れたように多摩さんが言う。よーしやりますかぁ!

 

 「三人で落ちてるもの集めて謝りながら届けて回りましょう!」

 

 「三人じゃないにゃ!三人と一匹にゃっ!」

 

 「ははっ!確かに!!」

 

 そうと決まればさっそく!私たちは落ちている物を集めて鎮守府まで持ち帰ることにした。

 

 「あ、そういえば…」

 

 辺りをよくよく見回すとやはりあった。朝潮ちゃんの言う通りだ。

 

 「…あ、USBあったんですねっ!良かった!」

 

 「うん!朝潮ちゃんの言う通りだったよっ!」

 

 たくさんの物にまじって私のUSBもそこにあった。

 

 「…もう失くさないように気を付けてくださいね?」

 

 「うん…これからはちゃんと机の引き出しにしまっておくよ」

 

 「…はい!それがいいですっ!」

 

 「…………」

 

 …その後、私たちは一つずつ丁寧にそれらを持ち主の元へと届けていった。朝潮ちゃんの言う通り、誰一人として多摩さんや多摩ごろうを責め立てる子はいなかった。

 

 そして最後の荷物を届け終わる頃にはもう日も暮れていた。半日駆け回って泥と汗にまみれた体をさっぱり洗い流してから、私たちは今日一日お疲れ様という意味合いも込めて夕飯を一緒に食べた。もちろん多摩ごろうも一緒だ。

 

 それから就寝時間までたくさんお話をした。

 

 別れ際、多摩さんは…

 

 「今日はありがと!助かったにゃっ!!」ニャー

 

 笑顔でそう言って自分の部屋へと戻っていった。

 

 それから少しして…今度は今日一日ともに奔走した朝潮ちゃんと別れる時が来た。

 

 「…ありがとうございましたっ!」ペコリ

 

 最後まで元気いっぱいな朝潮ちゃんに思わず苦笑してしまう。でも今日一日を通して青葉は彼女のことをちょっと知れたような気がする。

 

 真面目で、しっかり者…。でもそれだけじゃなくて、優しさもしっかりあって…。ちょっと変なところもあって…。いろいろあったけど楽しかったなぁ…。

 

 また一緒に依頼を引き受けてくれますか?そう尋ねると朝潮ちゃんは…

 

 「はい!もちろんですっ!」

 

 笑顔でそう答え、おやすみなさいと言って行ってしまった。

 

 「…………」

 

 彼女の姿が見えなくなり、急に静かになったことに物足りなさを感じながら…私は自分の作業部屋へと急いだ。まだ最後の仕事が残っているからだ。

 

 「…………」

 

 ―――青葉の考え過ぎであればいい…。

 

 「よしっ!」

 

 ■ 

 

 時刻はもうとっくに就寝時間を過ぎ、真夜中を回った頃…

 

 「…………」ガサゴソ

 

 裸電球が照らす中、物音を立てぬように、静かに動く黒い影が一つ… 

 

 「…………」ガサゴソガタンッ

 

 おかしい。ここにあるはずのものがない。どこにあるのだ。

 

 あるべきところにそれがない…焦りを隠せず思わず大きな音を立ててしまった。

 

 「…何をしているんですか?」

 

 ふいに声を掛けられて黒い影はその動きを止める。

 

 声を掛けられた方を見ると見慣れた顔が一つ…その表情はどこか悲しそうに影を見つめている。

 

 「…質問を変えましょう。何を探しているんですか?」

 

 影が何も答えないので、再びその者は声を発した。その声は悲しみをはらんでいるようだった。

 

 影は何も答えない。ただ沈黙を貫いている。

 

 「…お探しのものはこれですよね?」

 

 「…!」

 

 差し出されたものを見て、ようやく影が小さく息を漏らした。

 

 「残念ですよ…朝潮ちゃん」

 

 自らの懐から取り出したそれ―――USBを手に青葉は黒い影もとい朝潮に呼びかけた。

 

 「…机にしまったんじゃなかったんですか?」

 

 低く唸るような声でそう言う朝潮に青葉は未だに信じられないという表情を見せる。

 

 「…肌身離さずって教えてくれたじゃないですか」

 

 「ああ、そうでしたね…」

 

 どこか納得したように小さく笑う朝潮。でもそれもすぐに消え、冷淡な顔を覗かせる。

 

 怒りでも失望でもなく、ただ悲しい事実だけがそこにはあった。 

 

 「…どこから疑ってたんですか?」

 

 「…最初に違和感を覚えたのは、司令官についての依頼だけ妙に朝潮ちゃんが食いついてきたことです。でも…あなたであればそれもあり得なくはないと思って青葉の考えすぎかな…と思ってました」

 

 「…………」

 

 「青葉、あなたなら司令官の不貞疑惑を真っ向から否定してくる、もしくは信じないと思ってました。そんなデタラメ言うなと食って掛かってくると思って身構えてました。でも違った。あなたは否定することもなければ、信じないということもなく…ただ私の言うことを素直に受け取っていました…妙なくらいに」

 

 「…………」

 

 「…もうその時にはすでに知っていたんですよね?司令官が不貞行為をしていることが虚偽ではなく事実であることに…!だから簡単に納得することが出来た…」

 

 「…………」

 

 「…そしてあなたがそれを知っているのは、司令官が自らあなたにそれを告げたからではないですか?あなたが青葉のUSBを探していたのが何よりの証拠です。今日、あなたが青葉の助手として送られてきたのも…すべては最初から仕組まれたことだったんですね?おそらく司令官は自分の不貞疑惑の証拠を青葉が掴んでいることを知り、危惧したのでしょう…だからあなたに頼んだ!青葉からその証拠を奪い取れと!」

 

 「…………」

 

 「…不貞疑惑の証拠をどこにデータとして入れているのか、そしてそれを知っているのは誰なのか詳しく尋ねてくるのも少し妙だと思いました」

 

 「…………」

 

 「…そしてUSBを見つけた時、青葉が机の引き出しにしまっておくと言ったのに対してあなたはなんと言ったか覚えていますか?はい、それがいいですっ!…と言ったのです。これはおかしい。今日あなたが一貫して言っていたことにそれは矛盾するんです!」

 

 「…………」

 

 「…あなたはパンツの中に室内の鍵をしまうくらい徹底的に紛失盗難防止に努めていました。そして青葉に言ったじゃないですか!大事なものは肌身離さず持っているべきだと…。それがなせ?なぜUSBの時は机の引き出しにしまうことを容認したのでしょう…!答えは簡単です!USBに関しては肌身離さず持たれたら困るんですよ、奪うことが出来ないから!」

 

 「…………」

 

 「…朝潮ちゃん、本当に残念です。なぜそこまでして司令官の…」

 

 「…くくッ」

 

 「…朝潮ちゃん?」

 

 青葉が話し続ける中、朝潮は顔を伏せていたこともあり、その表情は青葉にはよく見えていなかった。

 

 しかし朝潮が小さく言葉を漏らし、顔を上げたことで青葉はその表情を窺い知ることが出来た。 

 

 朝潮は笑っていたのだ。

 

 「く、ククッ…!クククククッ!!アーハッハッハッハ!!!」

 

 「朝潮ちゃん…」 

 

 最初はあふれ出る笑みを堪えようとしていたが、次第にそれも抑えきれなくなり…。最後は高揚した様子で体を震わせ、朝潮は高らかに笑い出した。

 

 「…お見事です、青葉さん」

 

 そして一頻り笑った後、朝潮は観念したように肩をすくめた。

 

 「…すべて青葉さんが今話した通りです。しかし…少し油断しすぎましたね」

 

 「…………」

 

 「どうして…という顔をしていますね。でも青葉さんならもうお判りでしょう?」

  

 「…………」

 

 「…すべては司令官の為。それ以外の何物でもありません」

 

 「…………」

 

 「司令官が奪えと言ったら奪う。殺せと言ったら殺す。司令官の言葉がすべてなんですよ」

 

 「…………」

 

 「…それが私、朝潮なんです」

 

 冷たくそう告げる朝潮の顔を青葉は見続けることが出来なかった。視界が歪み、喉が詰まるような気がした。

 

 でも…それでも。

 

 「…今日一緒に過ごして分かったんです。朝潮ちゃんは真面目で、一生懸命で…」

 

 「それはすべて司令官の為にと演じた虚構の私です」

 

 「あ、明るくて…元気いっ、ぱいでぇ…たまにドジっ子でぇ…」

 

 「おや泣いているんですか?本当の朝潮を知って失望しましたか?」

 

 「…妹さんたちの写真をぉ、見る時のォ、顔はとっても優しくてぇえっ!せ、せっかく…と、ともだちにぃなれたと…」

 

 「…残念でしたね。あなたとはお友達にはなれません」

 

 朝潮の言葉に青葉はもう涙で何も見えなくなっていた。そして嗚咽で伝えたい言葉が出てこなくなりそうになりながらも、それでも必死で伝えようとした。

 

 今日一緒に過ごした朝潮ちゃんは決して虚構の姿じゃない!それも含めて朝潮ちゃんなんだって…! 

  

 「…さて、そろそろこの茶番も終わりにしましょう。司令官がお待ちです」

 

 いい加減この状況に飽きたと言わんばかりに、朝潮は冷めた顔でそう言い放った。そしてスカートを捲り、パンツの中から取り出したのは…手のひらに収まるぐらいの超小型拳銃。

 

 「…今から十秒数えます。それまでにそれを渡してください」

 

 「…う、ううッ!」

 

 青葉は涙を拭い、ようやく朝潮を見る。そして銃口が自分に向けられていることを知り、心臓がバクバクし始める。

 

 「…十、九、八、七、六」

 

 どうする…どうすればいい?

 

 「…五、四、三、二」

 

 朝潮ちゃんっ!!!

 

 「…一、零。さようなら」

 

 「ちょっーとまったぁあああああああっ!!」

  

 青葉の叫びに朝潮の引き金にかけられていた指が動きを止めた。

 

 「命乞いですか?それなら早くそのUSBをこちらに―――」

 

 「…取引しませんかっ!?」

 

 「取引?フフ、何をバカなことを…」

 

 「本気ですっ!」

 

 じっと朝潮を見据える青葉の視線。少し前の取り乱していた青葉とは明らかに違う…朝潮はそう感じた。

 

 青葉がこの土壇場で持ち出した取引の内容…朝潮は好奇心を抑えることが出来なかった。

 

 「…取引とは?」

 

 朝潮が引き金にかけていた指を外すのを見て青葉は一呼吸おいて話し始める。

 

 「…実はあの時朝潮ちゃんに渡したリストには載ってなかったんだけど…もう一つ司令官に関する重要な案件、それについての写真があるんだよ。そこの山本山の缶からに入ってる」

 

 「…取って見せてください。おかしな真似をしたら分かってますよね?」 

 

 「…わかりました。下に置いて探してもいいです?なにぶんたくさん写真が入っているので探すのも一苦労で…」

 

 そう言って山本山の缶からを下に置き、ガサガサと漁り始める。そしてしばらくしてからいくつかの写真を取り出した青葉に対し… 

 

 「…見せなさいっ!」

 

 朝潮が催促をしたので、パッと投げるようにして彼女に写真を渡す。そして写真を見た彼女は…

 

 「こ、これは…///」ズキュンドキュン

 

 今だ―――

 

 「いっけええええええええ!!山本山ァ!!」ドカーン

 

 「なっ!?」

 

 青葉の全力のキックが山本山の缶からを思いっきり蹴り上げ―――刹那、山本山の缶からはすさまじい勢いで朝潮の顔面へと吸い込まれていった。

 

 「がっ!?ば、かな…」バタン

 

 あまりの衝撃に脳震盪を起こした朝潮…彼女は薄れ行く意識の中で自身の手に握られた数枚の写真―――妹たちの水着姿を収めた写真を見ながらその場に倒れ込んだ。

 

 「今日私が見た朝潮ちゃんは虚構じゃない!それも朝潮ちゃんの一面なんですよ!」

 

 誰に聞かせるわけでなくそう吐き捨て、肩で息をしながら朝潮を見下ろした。

 

 朝潮はスヤァと穏やかな表情を浮かべ気絶しているようだった。

 

 「そう…自分の妹が大好きで仕方がないシスコンのあなたもね」

 

 そう言って遠くを見るような目をした青葉の視線は壁に貼られた朝潮型の写真に注がれていた。

 

 ~場面は暗転しエンディングテーマ『初恋!水雷〇隊』が流れ始める~

 

 このSSは…御覧のスポンサーの提供で…お送りしました(名探偵コ〇ソ風)

 

 FIN




正直言うと、山本山の缶からを蹴って「山本山ァ!!」の描写がやりたくて書いただけのところある。


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