剣姫転生 〜エルフの娘は世界最強の剣士を目指す〜 (カゲムチャ(虎馬チキン))
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1 プロローグ
私『
小さい頃に見たアニメの影響で、剣を振るってド派手に戦うキャラに強く憧れるようになった。
飛天○剣流を使いこなす伝説の人斬り。
海賊王の右腕である三刀流。
オレンジ頭の死神代行。
某大泥棒の仲間にしてなんでも真っ二つにする13代目。
その他諸々。
彼らの勇姿が私の脳裏からは離れない。
その想いに突き動かされるまま、幼稚園時代はチャンバラ遊びを繰り返し、小学生時代からは親にねだって剣道を始めた。
最初こそ剣を振るのが楽しくて仕方なかったけど……少し成長すればこれじゃないと感じた。
私が求めてたのは、アニメのキャラ達のような剣を使ったド派手なバトルだ。
だけど、剣道は自らを鍛えること、他者と競うことを目的とした競技剣術であって、命を賭けた斬り合いをする本物の剣術ではなかった。
そもそも現代社会で命懸けの斬り合いなんてできるわけないし、万が一、億が一、そういう古流剣術を教えてくれるような人に巡り会えて、合法的に命のやり取りができる紛争地帯にでも行ったとしても、ここが現実世界である限り、私が真に憧れたアニメのような人間の限界を超えたド派手バトルをすることなんて絶対に不可能なのだ。
現実とフィクションの区別がつく年齢になった私は、自分の夢が絶対に叶わないと知って静かに絶望した。
それでも、私は剣道を続けた。
一度始めたことを簡単に投げ出すのはよくないと親に言われたからでもあるけど、一番の理由は、望んでいた形とはまるで違うとはいえ、未だに胸を焦がす憧れに少しでも近い場所にいたかったから。
もうね。憧れが強すぎて、剣を握ってないと禁断症状が出るんだよ。
プロ野球選手に憧れて夢破れたけど、野球自体はどうしてもやめられないほど好きだから、仕方なくアマチュアの団体に入るみたいな感じかな。
いや、どんなに頑張っても理想に届かない私の絶望は、そんな例えの比じゃないんだけどさ。
でも、そんな強迫観念にかられて剣を振り続けたおかげで、最近では並み居る男を抑えて最強の学生剣士と呼ばれるようになった。
素直に嬉しくはあるけど、やっぱり心は満たされない。
最近流行りの異世界転生でもして、剣と魔法の世界に行けないかなーと本気で考えてる自分がいる。
もう高校生だというのに、未だ立派な中二病患者だ。
憧れとは、かくも度し難い。
だが、そんなことを考えていた私に奇跡が起こる。
「オギャー! オギャー!」
今、私の隣では綺麗な緑の髪をした赤ちゃんが元気に泣いていた。
緑の髪。
現実ではお目にかかったことのない色だ。
赤ちゃんである以上、染めてるということもない。
しかも、
「*ー、****。************」
その赤ちゃんを抱き上げてあやす金髪の男性。
彼は聞いたことのない言語を話してるけど、何より驚くべきは、彼と赤ちゃんの耳が人間とは思えないほど長く尖ってることだ。
言語だけなら知らない国の言葉かとも思う。
剣道に逃げ、もとい没頭してた私の学業の成績は底辺を這ってたから、正直これが英語とかでもわかる気がしない。
でも、長く尖った耳は別だ。
こんな種族、地球にはいなかったと断言できる。
極めつけは……
「****、********……」
何やら気遣わしげな声をかけながら、私を抱き上げる綺麗な女性。
この人は別に耳が尖ってる訳でもなく、割と普通の外見をしてる。
でも、問題はそこじゃない。
仮にも女子高生だった私を、この細腕で軽々と持ち上げてることだ。
この人が見た目に見合わない怪力を持ってるとかでは、多分ない。
単純に、今の私が小さくて軽いのだ。
比喩でもなんでもなく赤ん坊のように。
ここまで説明すればおわかりだろう。
なんと、私はマジで異世界に転生したらしい。
それも耳の長い種族(恐らくはエルフ)なんてものがいるファンタジーな世界に。
記憶をひっくり返せば、原因はすぐに思い出せる。
キッカケはあまりにもお約束な展開。
暴走トラックに跳ね飛ばされて死んだことだ。
なんか痴話喧嘩してた同じ学校の制服着てる人達に気を取られた隙に、背後からのアンブッシュで一撃だったよ。
いくら鍛えてても、命の危険を想定してない競技用の鍛え方じゃ、本物の命の危機には対応できないってよくわかりました。
で、「あ、これ死んだな」って思いながら意識が消えたと思ったら、気がついたら赤ちゃんになってたわけだ。
最初は普通に混乱したし、隣で寝かされてる恐らくは兄弟と思われる緑髪の子と一緒になって泣いたりもした。
だけど、私は割とすぐにこの第二の人生を受け入れた。
むしろ、この人生にこそ前世では叶えられなかった希望を抱いたと言っていい。
だって、エルフなんてファンタジーな存在がいる世界なら、もしかするともしかするかもしれないのだ。
剣を手に、並み居る強敵をド派手な技でバッサバッサと斬り伏せる。
そんなファンタジーな剣士がいるかもしれない。
そんな剣士に私がなれるかもしれない。
若くして死んだ前世に未練がないと言えば嘘になるし、死に別れた前世の両親や友達には悪いことしちゃったなとも思うけど、この熱く燃え上がる胸の高鳴りを誤魔化すことはできない。
ああ、やはり憧れとはかくも度し難い。
それでも、この憧れに身を委ねることができるかもしれないということが、誇張抜きで死ぬほど嬉しい。
私は! この世界で最強の剣士になる!
好きなことでナンバー1になる!
「おー!」
「!? *、**********?」
突然大声を出した私に、私を抱き上げてた女性(多分、今世の母)がびっくりしてしまった。
あ、ごめんなさい。
最近は双子のお世話で育児ノイローゼになりつつある両親を煩わせないために大人しくしてたから、突然大声出したりなんかしたら驚かれるよね。
情緒不安定な子と思われたかも。
とりあえず体が成長するまでは、この素晴らしい世界(予想)に産み落としてくれた家族に感謝して、精一杯恩返ししておくとしますか。
親不孝しちゃった前世の両親の分まで。
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2 師匠
転生してから5年が経った。
この5年を一言で纏めれば、言語こそが人類最大の発明であると心の底からわからされた5年間だったと言えよう。
何が言いたいかというと、アイキャントスピーク異世界語ってことですよ。
ワタシ、イセカイゴ、ワカリマセーン。
仕方ないじゃん!
私の成績ってガチで赤点だったんだぞ!
赤点ギリギリとかそんな生易しいもんじゃなく、ガチで合格点下回って追試受けて、そこでも散々な結果で、剣道の成績でなんとかお目溢しを貰ってるような状態だったからね!
それがいきなり言語のさっぱり違う世界に放り出されて、まともに話せるかい!
それでも必要にかられるっていうのはいつだって最高の成長の秘訣なのか、それともこの子供の脳みその柔らかさのおかげか、この5年でどうにか聞き取りはスムーズにできるまでになった。
でも、発音はまだまだ拙い。
おかげで家族の中では無口片言キャラが定着しちゃいましたよ。
どうしてこうなった?
「父、これ、お弁当」
「ああ、ありがとう、エミリー」
今も今世の父の職場にお弁当を届けに来たんだけど、単語の羅列でしか会話ができない。
それが年齢以上に幼い印象を与えてるのか、父は凄い優しい顔で私の頭を撫でてきた。
気恥ずかしいし、精神年齢女子高生としては複雑。
まあ、嫌な気はしないんだけど。
ああ、ちなみに、エミリーっていうのが今世の私の名前だ。
中二要素の塊みたいなオッドアイがチャームポイントの、金髪ロリっ子エルフである。
名前が前世と殆ど同じなのは、果たして偶然か必然か。
で、目の前の父はハーフエルフのロールズ。
母は獣族とのハーフらしいボニー。
あの緑髪の子は双子の姉でシルフィエット。
最近になってようやく覚えた。
「お、ロールズ、娘さんか? 可愛い子じゃないか」
「パウロさん……いくらなんでも娘に手出しはさせませんよ?」
「いやいやいや! いくらオレでもそこまで節操なしじゃないからな!?」
父が割と本気で険しい顔をしながら私を抱き締めて、新たにやって来た人から隠すようにした。
このパウロさんという人はそんなに危ない人なんだろうか?
軽薄そうなイケメンって感じで、女の子を食いまくってると言われても納得できる見た目ではあるけど。
しかし、そんな失礼な感想は、パウロさんの腰にあるものを見て吹っ飛んだ。
「剣! 剣!」
「お? ど、どうした?」
「ちょ!? エミリー!?」
パウロさんの腰にあったもの。
それは一本の直剣だった。
前世で見てきた競技用の竹刀や木刀じゃない、正真正銘の戦うための剣。
よく見ればパウロさんは、なんか凄い力強いオーラみたいなものを纏って見える。
私は確信した。
この人こそ、私が求めてやまない異世界の剣士だと!
「ボォオオオオオオオ!!!」
だが、興奮の極地にいた私に冷水をかけるように、遠くからそんな声が聞こえてきた。
恐ろしい獣の咆哮だ。
声の方を見れば、そこには森から現れた、腕が四本ある二足歩行の猪の姿が。
魔物。
この世界に存在する、人を簡単に殺せる力を持った害獣。
父が森に近づくなという言いつけと一緒によく語っていた存在だとすぐにわかった。
「おっと、ターミネートボアか。お嬢ちゃん、ちょっとパパの後ろに隠れてな。ロールズ!」
「わかりました。パウロさん、お気をつけて」
「おう」
全く気負った様子もなくそう言って、パウロさんは駆け出す。
軽く走ってるようにしか見えないのに、その速度は前世における人類最速を上回るほど速い。
そして、パウロさんが腰から剣を引き抜き、振るった。
鮮やかな一閃。
前世の私なんて比較にもならない、ちゃんと命懸けの戦いで相手を倒すために鍛えられた剣。
それがターミネートボアと呼ばれた魔物を一撃で両断するのを見て、━━私は美しいとすら思った。
あれが剣の本当の美しさ。
これが戦いの本当の美しさ。
ああ、なんて、なんて……
「カッコ良い……!」
前世の幼少期から抱き続けた憧れ。
それを体現する人が目の前にいる。
カッコ良い以外の言葉が出ない。
素晴らしい以外の感想が浮かばない。
胸が熱くなって、高鳴って、まるで恋に浮かされたみたいに体が熱い。
そんな私を見て、何故か父が頭を抱えていた。
「ふう。終わった終わった。まあ、今回も楽勝だったな」
「パウロ、さん!」
「ん? どうした? もしかしてオレに惚れたか? ふっ、こんな小さな子のハートすら掴んじまうとは、我ながら罪な男だぜ」
「パウロさぁぁん……!」
「お、おい、そんな目で見るなよ、ロールズ! 冗談! 冗談だから!」
父が般若もかくやという顔でパウロさんに詰め寄ってるけど、そんなことはどうでもいい。
私は全力で父を押しのけ、パウロさんの服の裾を掴んで上目遣いで言った。
「弟子、に、して、ください!」
「……へ?」
その日、私に師匠と呼び慕う人ができた。
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3 弟子入り
「というわけで、今日からお前と一緒に稽古をすることになったエミリーだ! 仲良くしろよ?」
「よろ、しく」
「おお! 金髪ロリっ子エルフ!」
パウロさん改め、師匠に弟子入りを申し込んだ翌日。
私は師匠の家に招かれ、同年代くらいの男の子と引き合わされていた。
彼は師匠の息子さんで、ルーデウスと言うらしい。
……なんか興奮でガン開きになった目で舐めるように見てくるから、あんまり好きにはなれなさそう。
エロガキか、こやつ?
まあ、師匠が私に稽古をつけてくれる理由になったのが「ルディも同年代の友達がいれば嬉しいだろ」だったから、無下には扱えないんだけど。
昨日、師匠は私の弟子入りを快く受け入れてくれた。
父は滅茶苦茶渋い顔してたけど、その理由は師匠が生粋の女ったらしだかららしい。
今は結婚して子供まで生まれたから大人しくなったけど、昔の冒険者時代はそれはもう女の子を食いまくってたんだとか。
どうも、父は私が師匠に惚れてると勘違いしてるような節がある。
発声が上手くいかないせいでその誤解が正せてないから、父は渋い顔してるってわけだ。
まあ、もしも本当にこれが娘の初恋だったら悲劇にしかならないもんね。
そうじゃなくても、男親としては面白くないか。
「じゃあ、いつもの基礎トレーニングから始めるぞ。
エミリーは初めてだし、あんまり無理しない範囲でついて来なさい」
「はい」
そうして始まったのは、筋トレ、ランニング、ストレッチなど体作りを目的としたメニュー。
さすがに、最初から剣を握らせてはもらえないようだ。
当たり前だけど。
で、この基礎トレーニングが終わった頃には、
「……驚いたな。汗一つかいてないじゃないか」
師匠の私を見る目がちょっと変わっていた。
確かにこの基礎トレ、子供がやるにしてはそこそこハードだったけど、私は余裕を持ってついて行けた。
ルーデウスは結構汗だくになって息切れしてるけど、私は余裕の表情だ。
むふー。
「家でも、色々、やってる、から」
この世界に転生し、体が動く年齢になってからこの方、夢を叶えるためにトレーニングはかかさなかった。
子供にできる訓練なんて高が知れてたけど、やらないよりやった方がいいに決まってる。
おかげで、こうして師匠に見直してもらえるくらいの体力がついたんだから。
尚、トレーニングを頑張る私を見て、家族は父の真似をしてる可愛い子みたいな認識で私を見てた。
父も村を守る仕事してるから、自宅でトレーニングくらいやってたからね。
一時期は姉も真似してたんだけど、私のトレーニング量が多すぎてキツかったみたいで、すぐにやめちゃった。
まあ、毎日毎日、一日かけて師匠のメニューの十倍くらいの量をやってたからなー。
そりゃ、普通の子は目的意識がないと耐えられないよ。
私の場合、生まれつきの体質(?)のおかげで、更に無理が利いちゃったからね。
「ほれほれ、ルディ〜。女の子に負けて悔しいか? 悔しいだろう?」
「……うるさいですよ、父様」
なんか、師匠がいい笑顔で息子のこと煽ってた。
めっちゃ楽しそう。
親子関係は良好みたいで何よりである。
「さて。じゃあ次はお待ちかね、剣術の修行に移るか。
ほい、エミリー。これを使いなさい」
「あり、がとう」
師匠が私に渡してきたのは、木でできた訓練用の木剣だった。
ただし、前世の剣道で使ってた木刀と違って、ちゃんと打ち合ったんだとわかる傷やヘコみが大量にできてる。
これで打ち合えると思ったら、もうそれだけで感動だ。
剣道だと打ち合うのは竹刀で、木刀をぶつけるなんて型でしかやらなかったからね。
「最初はオレとルディの打ち合いを見ててくれ。よし、来いルディ!」
「わかりました。やぁああ!」
ルーデウスが私が渡されたのと同じ木剣を振り上げて師匠に打ち込む。
その動きはそこそこって感じだ。
剣道なら四級か五級ってところだろう。
段位者には到底届かない。
まあ、5歳かそこらで段位者並みだったら逆に怖いし、ルーデウスは年齢の割には充分すぎるほど凄いと言えるレベルだと思う。
だが、その程度の腕で師匠と渡り合えるはずもなし。
ルーデウスの攻撃を師匠は簡単に防ぎ、躱し、受け流す。
かなり洗練された動きだ。
昨日見た化け物みたいな身体能力を考慮に入れない単純な技術だけでも、剣道なら四段か五段クラス。
しかも、剣道とは全く違う流派の動き。
私は目をガン開きにして、師匠の動きをこの眼球に焼きつけた。
特に変なものが見えるファンタジーな右眼に。
そして、ルーデウスが甘い動きをした瞬間、師匠の軽い一閃がルーデウスの木剣を弾き飛ばす。
「ここまでだな」
「あ、ありがとうございました……」
ハァハァと息切れするルーデウス。
そんな息子に対して、師匠は今の打ち合いで悪かった点を指摘した。
「ルディ、毎度思うが、お前の剣はとにかく遅いんだ。だから速くすることを心がけろ」
「でも父様、剣速は一朝一夕で速くなるものではないのでは?」
「いや、剣速の話じゃない。なんていうかこう、毎度ぐぐってする感じになっちまってるんだよ。もっとバババッて感じにしろ」
「はぁ……」
師匠、言ってることが完全に感覚派な件。
ルーデウスは全くわかってなさそうだけど、私はなんとなくわかった。
なんというか、ルーデウスは毎回頭で考えて、相手の動きを見てから動いてる節がある。
けど、剣術っていうのは攻め気が大事。
相手を観察して後の先を取るつもりでも、常に自分が攻めてるくらいのつもりで、むしろ自分の動きで相手を誘導して釣り上げるくらいのつもりで積極的に動かないとダメなのだ。
師匠は多分そんな感じのことが言いたいんだと思う。
まあ、これは剣道の教えだから、この世界だと全然違う可能性もあるけど。
「いいか、攻める時はこうバッと動いて……」
私が考えてる間に、師匠はルーデウスにお手本を見せ始めた。
「バババッだ!」
そして、何故か庭にあった岩に対して間合いを詰めて、連続斬りで粉々にする。
木剣で。
さすが師匠!
凄いなんてもんじゃねぇです!
その師匠の勇姿を、私は脳内カメラにしかと記録した。
「わかったか?」
「え、えっと……」
「……伝わらないか。まあ、少し考えてろ。次、エミリー!」
「はい!」
ようやく私の番が来た!
天にも登る気持ちで木剣を握り、師匠の前に出る。
さあ、我が夢への第一歩だ!
ド派手に行くぜい!
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4 VSパウロ
「最初は好きに打ち込んで来なさい。さあ、いつでもいいぞ?」
では、お言葉に甘えて遠慮なく行かせてもらおう。
私は仕掛ける前に軽く目を閉じて集中し、師匠の動きを思い出した。
そして、自分の動きのイメージを師匠に合わせる。
この世界の剣術を自分の動きの芯に据え、今はまだ不確かなイメージでしかないそれを剣道の経験で補完する。
「行き、ます」
宣言し、剣道の中段に似た構えから、左足に力を込めて加速。
5歳の幼女でありながら、生まれついての体質と、生まれてからずっと続けてきた筋トレによって既に前世を遥かに超える身体能力を持つ私の体は、たった一歩で数メートルはある師匠との間合いを詰めた。
「なっ!?」
そして、木剣を斜めに一閃。
動きのモデルは、昨日ターミネートボアを一撃で仕留めた時の師匠だ。
「ッ!?」
師匠は私の予想外の速さに驚愕しながらも、しっかりと自分の木剣で私の一撃をガードした。
更に、剣から伝わってくる、ぬるりとした嫌な感触。
ルーデウスにも使っていた受け流しの剣技だ。
剣閃が逸れる。
体重の軽い幼児の体は、その勢いに持っていかれそうになる。
でも、下半身の安定は剣道の基礎。
師匠の剣術を模倣しながらも、無意識の内に染みついていた癖のおかげで、体勢が崩れることは免れた。
しかし、そこに降り注ぐ師匠のカウンターの一撃。
意表を突いたはずなのに、受け流しから反撃までの時間が驚くほどに短い。
多分、頭で考えるより先に反射で動いてる。
その証拠に、師匠の顔は「やべっ!?」って感じになってた。
友人の娘を傷物にしたらと思うと、そりゃそんな顔にもなるよね。
私はその攻撃を咄嗟に横に飛んで避ける。
余裕を持った回避なんかじゃない。
型も何もない必死の動きだ。
そうしないと避けられないくらい、師匠の太刀筋は鋭く速かった。
そんなザマだから当然、着地もろくにできずに地面に転がる。
だけど、追撃は来なかった。
あくまで稽古だから、そんな容赦ないことする気はないのかもしれない。
なら、
「バッと、動いて」
模倣する。
さっき見た師匠の動きを。
岩を粉々にした連続斬りを。
「バババッ!」
「うおっ!?」
右眼に焼き付いた師匠の技を、剣道で培ったセンスに任せて無理矢理真似る。
ぎこちなくて不出来なモノマネだと自分でも思うけど、それでもこの借り物の技は、今まで自分が使ってきたどの剣技よりも強いと確信できた。
多分、師匠のように岩を粉砕するのは無理でも、大木くらいなら斬れるんじゃないかと思う。
間違いなく今の自分の限界以上を引き出せた会心の一撃だ。
それでも、━━当然、師匠には遠く及ばない。
「ハッ!」
師匠は私の技の全てを完璧に受け流し、私の攻撃が途切れた瞬間に、ルーデウスにしたのと同じように私の木剣を弾き飛ばした。
そのまま、木剣が私の首筋に突きつけられる。
こうなったら、もう詰みだ。
これが実戦なら、ちょっとでも動いた瞬間に私の首が飛ぶ。
ゲームセットである。
「負け、ました」
「あ、焦ったぜ……。エミリー、お前本当に剣握ったの今日が初めてなのか?」
「はい」
今世ではって注釈がつくけどね。
「それにその身体能力だよ! どう考えても5歳の動きじゃないぞ!? まさか、もう闘気でも纏ってるのか?」
「とうき? よく、わからない、けど、私、生まれつき、体、強い」
そう。
今世の私は才能に恵まれてるのか、やたらと身体能力が高いのだ。
生まれた直後で既に前世と同じくらいの力があったし、鍛えれば鍛えるほど天井知らずに強くなっていった。
だからこそ、子供には無茶なトレーニングができちゃったわけだ。
「神子か……? いや、そこまで常軌を逸してはいないよな?
というか、もしそうだったら色々と面倒なことになるし、神子じゃないってことにしといた方がいいな。うん」
師匠がなんか小声でブツブツ呟いてる。
一応聞き取れたけど、さっきから闘気とか神子とか、さっぱりわからない専門用語みたいなのが出てくるからついていけない。
とりあえず、神子とかいうのだと思われると面倒なことになるらしいから、神子を自称するのはやめといた方がいいみたいだ。
「まあ、神子云々は考えないようにするとして。最後の剣撃はマジでなんだったんだ!?」
「師匠の、動き、真似した」
「真似って……」
「こっちの眼、師匠が、何してるか、見える」
私はそう言って右眼を指差した。
正直、この右眼こそが私の体で一番ファンタジーな部分だと思ってる。
この眼には、相手の体を覆うオーラみたいなものが見えるのだ。
そして、オーラは当人の動きに合わせて形を変える。
踏み込もうと脚に力を込めればそこに集中するし、剣を振る時は剣を握る手、腕、肩、腰、脚、とかに凄い効率的ってわかる形で振り分けられる。
某狩人漫画の念能力が一番近いイメージかもしれない。
そのオーラの動きから逆算することで、私は師匠が動く時どこにどういう力を入れてるのか読み取って、ぎこちないながら真似することができたわけである。
他の人の微弱なオーラと違って、師匠のオーラは力強くて見やすかったから特に。
見ただけで相手の動きをコピーするとか、どこの写○眼だと自分でも思うよ。
高い身体能力に特殊な眼とか、この体は戦いの才能に満ち溢れてる。
つまり、私に最強になれと世界が言っているのだ!
「あー、もしかして魔眼か? 言われてみりゃ、右眼の色がギレーヌと随分似てる気がするな。
でも、ギレーヌの奴はこんなことできな……いや、あいつが魔眼を使いこなせるわけないし、別に不思議はないか」
む、師匠には私と同じ眼の持ち主に心当たりがあるのか。
え? もしかしてこれ、そこまでレアな能力じゃない?
まあ、別に才能だけに頼って、努力なしで私TUEEEEしたいわけじゃないからいいんだけど。
でも、似たようなことができる人がいるってことは頭に入れておこう。
敵も使える可能性があるってことだし。
「なんにしても、エミリーがとんでもない天才だってことはわかった。
ライバル出現だな、ルディ。
頑張らないと、あっという間にエミリーに追い抜かれるぞ〜」
「……だから、余計なお世話ですよ父様」
ルーデウスがちょっとふてくされてた。
わかる。わかるよ。
同い年くらいで自分より滅茶苦茶上手い子がいたら面白くないよね。
私も剣道やってた頃はよくそんな感じのこと思ってたなー。
でも、ルーデウスはなんか次の瞬間にはハッとした顔して、頬を叩いて気合い入れ直してた。
へー、こんなすぐに気持ちを入れ替えられるんだ。
子供にしては中々やるじゃん。
「よし! じゃあ次はルディとエミリーで打ち合ってみなさい!」
「「はい!」」
続いてルーデウスとの稽古となり、私は一切の容赦なくルーデウスをボコボコにした。
子供への配慮?
エロガキに慈悲をかける趣味はない。
結果は無論私の圧勝。
実力的には相手にならないレベル(剣道歴10年以上で5歳児に負けたら赤っ恥なんだから当たり前)だったけど、
ルーデウスの動きにも師匠が叩き込んだと思われる技術が随所に見受けられたから、得るものはかなりある戦いだったよ。
ちなみに、ルーデウスはボコボコにされて今度こそやる気を無くすかと思ったけど、普通に奮起してた。
それを見て、私は若干ルーデウスのことを見直した。
どうやら、ただのエロガキじゃなかったらしい。
そんな感じで、私の弟子入り生活が始まった。
・エミリーのルーデウスへの好感度
舐めるような目で見てくるエロガキ。
根性は認めるけど、好きにはなれない。
原作初期のリーリャよりはマシ程度。
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5 我が姉ながら不憫な……
師匠に剣術を習い始めて数日。
たったこれだけの時間でも、確実に自分の中にこの世界の剣術が根付いていくのを感じる。
しかも最高なことに、師匠はこの世界で剣術三大流派と呼ばれる三つの剣術全てを習得していた。
速度と攻撃力に特化した『剣神流』。
防御とカウンターに特化した『水神流』。
臨機応変さに特化した『北神流』。
この三つ全てで、師匠は『上級』という高い位を持っている。
剣道で言えば四段五段の高段位みたいなものだ。
もっとも、この世界の剣術の位は上から、神級、帝級、王級、聖級、上級、中級、初級の七段階に分かれてるらしいので、師匠ですら下から数えた方が早いという、とてつもないインフレが巻き起こってるんだけど。
まあ、剣術は中級で一人前、上級は才能ある人が10年くらいかけなきゃ習得できないって言われてるみたいだから、若くして三大流派の全てで上級の師匠は充分すぎるほどに凄いけどね。
ただ、もっと凄い人が世界に溢れてるだけで。
オラ、ワクワクしてきたぞ!
いつかは私も最上位の神級にまで登り詰めてやる!
そんな感じで、私は順風満帆の異世界ライフを……
「あ、魔族だー!」
「魔族が二人で歩いてるぜー!」
「やっちまえー!」
……送ってはいなかった。
今日は引きこもりがちな姉を外に出すために、一緒に父にお弁当を届けに行ってる途中だったんだけど、そこで村の悪ガキどもとエンカウントしてしまった。
姉がビクッと震えたので、私は素早く姉を背中に庇う。
私の方が小柄なんだけど、精神年齢的には随分上なんだから、私が守らなくては。
「これでも食らえ!」
悪ガキどもの泥玉攻撃!
私は師匠に借りてる木剣を腰から引き抜き、目にも留まらぬ速度で振るって全ての泥玉を撃ち落とす。
しかし、奴らはそれで戦意を失うことなく、連続で泥玉を投げてきた。
なんでも、私の防御を突破できたら100点らしい。
子供を殴るわけにもいかないからって、反撃しないでおいてやったら調子に乗りおって!
こんな感じで、私達は村の悪ガキどもからイジめられていた。
原因は姉の髪の色だ。
どうも、この世界では緑の髪は差別の対象みたいで、理解ある大人はともかく、倫理観のないガキどもは寄って集って姉をイジめようとするし、その姉を守ってる私のこともついでに攻撃してくる。
いや、百歩譲って私はいいんだよ。
ガキに遅れを取るほど弱くないし。
問題は、私がついてない時に姉を狙われることだ。
私だって四六時中姉の傍にいられるわけじゃないし、ウチの家は割と貧乏な上に二人も子供を養わなきゃいけないから、5歳の姉も何かしらのお手伝いでやむを得ず一人で外出しなきゃいけない時がある。
そういう時に限ってクソガキどもとエンカウントするみたいで、姉は泣きながら帰ってくるのだ。
その話を聞いた瞬間、私はクソガキどもに襲撃をかけようとしたけど、父に止められた。
私の力で殴ったら洒落にならないことになるからって。
手加減くらいできるんだけど、まあ、そういう問題でもないよね。
イジメに対して暴力で反撃したら泥沼になる予感しかしないし。
かといって言葉でどうにかしようにも、この片言でどうにかなるはずもなく、解決策を思いつくような頭の持ち合わせもなく……。
そもそも私に剣術以外の有用なスキルは備わっていないのだ。
まともに話せたとしても丸く収められる気がしないよ。
むしろ、火に油を注いで炎上させる気しかしない。
泥沼より酷くなりそう。
で、結局、姉は引きこもりがちになって、外に出る時はなるべく私が盾になるって感じで対処してるけど、根本的な解決にはほど遠い。
ままならないものだ。
やがて、ガキどもは「次こそ成敗してやるからな!」とアホみたいな捨て台詞を残して退散していった。
きっと奴らの中では、私は倒すべき魔王か何かに見えてるに違いない。
そして、奴ら自身は勇敢に魔王に立ち向かう勇者なのだ。
ふざけんな。
「ううっ……ごめんね。ごめんね、エミリー」
「シルの、せいじゃ、ない。悪いの、あいつら」
泣きながら謝ってくる不憫な姉を、私はできるだけ優しく撫でる。
ああ、マジで不憫だ。
どうかこの子の未来に幸あってくれと、私は神に祈った。
◆◆◆
その数日後。
「お、おはよう、ルディ」
「おはよう、シルフ!」
師匠の家で剣術を習ってると、姉が赤い顔してルーデウスに会いに来るようになった。
なんでも、イジメられてるところをルーデウスに助けられたらしいんだけど、奴は未だに私のことを舐めるような目で見てくるような奴なので、ぶっちゃけ姉が悪い男に引っかかったようにしか見えない。
我が姉ながら不憫すぎて、私は泣いた。
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6 魔術
姉がルーデウスに手籠めにされてから数日。
私は師匠の迷惑にならないくらいの間隔で剣術を習いに行き、残りの時間は自主練か家の手伝い、あるいは姉とルーデウスと一緒にいることにした。
二人の傍にいるのは当然姉が心配だからであり、言い換えればルーデウスの監視のためでもある。
それもこれも、ルーデウスから感じるエロガキのオーラが凄すぎるからだ。
性欲を持て余した中年男性レベルにすら感じる。
一応は私も生まれ持った女としての勘が結構な音量で警鐘を鳴らしてるのだ。
ルーデウスの父である師匠の昔のエピソードも聞かされてる身としては、姉を心配しない理由がない。
ちなみに、そのエピソードは師匠の奥さんであるゼニスさんが、普通の子供ならわからないくらいに厳重に何重ものオブラートに包んで教えてくれたんだけど、そのせいで師匠に対する尊敬の気持ちが半分くらい削げ落ちちゃったのは悲しい事件だったよ。
ヤリ○ンなんてレベルじゃない。
大昔の過ちまで含めれば、犯罪者一歩手前どころか普通に犯罪者だ。
何さ、今師匠の家でメイドやってるリーリャさんを
というわけで、そんなエロ師匠の遺伝子をバッチリ継いでると思われるルーデウスを警戒するのは当然なのだ。
姉が剥かれてからじゃ遅い。
そう思って身構えてたんだけど……意外なことに、ルーデウスは紳士だった。
「よし、じゃあ今教えた通りにやってみよう!」
「うん! 汝の求める所に大いなる水の加護あらん……」
今も、私が近くで師匠に教えてもらった型全部を通しでやってる中、ルーデウスは姉にイヤらしいことをするでもなく、私の時みたいに舐めるような目で見ることもなく、なんか魔術を教えていた。
魔術とは、まあ大体の人がイメージする魔法とほぼ同じものだ。
とんでも剣術があり、オーラが見える魔眼なんてものまであるファンタジー世界なんだから、そりゃ魔術くらいあるよね。
というか、前に村に来てたロキシーさんという高名な魔術師の人と何度か会ったことあるから、魔術の存在自体は結構前から知ってた。
残念ながら、魔術自体を見る機会には恵まれなかったけどね。
だから、こうして魔術を見るのは今回が初めてだ。
姉が魔術の発動に必要な詠唱とかいうのを唱えると、私の魔眼は姉の体の中のオーラが腕を通って青いオーラに変換され、それが更に手の平の先で水の玉になる様子を映す。
いや、師匠の言う通り私の眼が『魔力眼』っていう魔眼なら、この眼に映るオーラは魔力ってことになるんだっけ。
まあ、それはともかく。
これが魔術か。
師匠が纏ってるオーラこと魔力(正確には闘気というらしい)ともまた違う。
闘気が少量の魔力を何かと混ぜて変質させた上で体に纏ってる感じなのに対し、魔術は大量の魔力を手動で変換して超常現象に変えてる感じ。
どっちも、この写○眼をもってしても一朝一夕じゃコピーできないだろう。
そもそも魔力の操り方とか知らんし。
闘気の方はそんな複雑には見えないから、取っ掛かりさえ掴めればいけそうな気がしてるんだけど、魔術の方はどう足掻いても独学じゃ無理そう。
……ふむ。
そういうことなら、姉に便乗してここでルーデウスに習っておくっていうのも悪くない?
私の夢は世界最強の剣士なわけだから、魔術を戦闘で使う気はないけど、いつか武者修行の旅に出た時、魔術で飲み水の確保とかできたら相当便利な気がするし。
エロガキに教えを乞うのはちょっと抵抗あるけど……まあ、姉に対しては紳士に振る舞ってるし、私も多少は態度を軟化させてもいいのかもしれない。
ルーデウスは
うん、そうだよ。
私とルーデウスは同じ師匠に教わってる兄弟弟子みたいなものなんだから、これを機に仲良くなっといた方が師匠も喜ぶはず。
というわけで、早速魔術を成功させて喜んでる姉とルーデウスのところに行こう。
「ねぇ」
「ん? どうしたの、エミリー」
「それ、教えて」
姉が出した水の玉を指差しながらそう言う。
そうしたら、ルーデウスがニチャッとした笑みを浮かべて「ついにデレ期が……!」とか言い出した。
早まったか。
「もちろんいいよ! じゃあ、そのためにも手取り足取り教えてあげよう」(にちゃぁ)
「うっわ……」
言葉とは裏腹に、ルーデウスの中年エロ親父のごとき性欲に満ちた笑みがより深く気持ち悪くなった。
思わずガチトーンでドン引きの声が出る。
ギルティ。
こいつはやべぇや。
エロガキどころか未来の性犯罪者だ。
ここで仕留めておいた方が世の女性達のためだと思う。
「ひっ!?」
というわけで、私は全力の殺気をルーデウスに叩きつけた。
安心しろ。
一撃で逝かせてやる。
「ご、誤解! 誤解だから! 別にエロい意味で言ったわけじゃないから! いや、確かにちょっとは思ったかもしれないけど……」
「エミリー! ルディに酷いことしちゃダメ!」
「む」
姉に言われたので、仕方なく殺気を収める。
そうしたら、ルーデウスは半分ガチで泣きながら姉に抱き着いた。
貴様! 今度は姉に狙いを定めたか!
「あ、ありがとう、シルフ。本気で怖かった……」
「ど、どういたしまして……!」
と思ったけど、どうにも下心が見えない。
恐怖が下心を上回ってるのかな?
いや、なんかそれを差し引いても、姉に対する態度と私に対する態度が違う気がするけど。
ルーデウスは金髪フェチとか、カタコトフェチとか、そういう感じなんだろうか?
姉の方は抱き着かれてあんな真っ赤になってるというのに。
姉をエロガキに渡す気はないけど……あそこまで意識されてないと、ちょっと不憫だ。
「ご、ゴホン! じゃ、じゃあ気を取り直して、魔術の授業を始めよう」
「普通に、よろしく」
「わ、わかってますとも、ええ」
ブルっても教えること自体はやめようとしないあたり、ルーデウスはある意味凄い奴なのかもしれない。
そんな感じの茶番を経て、ルーデウスによる魔術の授業が始まった。
姉にも見せてた本を私にも見せて、詠唱を教えてくれる。
本に書いてある文字はまるで読めなかったけど。
……今度、誰かに教えてもらおう。
で、次は早速実践。
「汝、の、求める、所に、大いなりゅ、みじゅの……噛んだ」
おのれ!
このカタコト体質のせいで詠唱が上手くできない!
そんな私を見て、姉は微笑ましいものを見る目になり、ルーデウスは温かい目+なんかねっとりした視線を寄越してくる。
見るな!
そんな目で私を見るな!
「もう、一回。汝、の、求める、所に、大いなる、水の、加護、あらん。清涼なる、せせらぎ、の、流れを、今、ここに。━━ウォーター、ボール!」
できるだけゆっくりと、とにかく噛まないように気をつけながら詠唱を言い切る。
すると、私の中の血液みたいな何かが勝手に動いて右手に集まっていくような感覚がした。
自分の中の魔力がさっきの姉と似た動きをしていることを魔眼が捉える。
しかし、詠唱があれな出来だったせいか、魔力は途中で動きが止まって霧散してしまう。
「失敗」
「ま、まあ最初から上手くいくものでもないからね」
なんかルーデウスがホッとしたような顔してた。
剣術だけじゃなく、魔術まで私に抜かれるんじゃないかとか思ってたのかな。
まあ、そんな幼い自尊心はともかく。
今のが魔力を動かす感覚か。
前世ではあり得ないような不思議な感覚だった。
これは私が求めていたことの取っ掛かりになるかもしれない。
その日は二人がかりで魔術のあれこれを教えてもらったけど、結局、私がまともな魔術を習得することはなかった。
数日後。
私は魔術による魔力コントロールに着想を得ることで、微弱ながらも師匠と同じ『闘気』という身体強化の魔力を纏うことに成功した。
ルーデウスは白目を剝いた。
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7 ドナドナ
7歳になった。
1年くらい前に、師匠がゼニスさんが妊娠したことで溜まった性欲のせいで暴走し、メイドのリーリャさんを妊娠させて家庭崩壊の危機を招くという割と洒落にならない事件が起こったけど、なんやかんやで一応はなんとかなったみたいで、師匠の家族が一家離散することはなかった。
代わりに、師匠はゼニスさんにゴミを見る目で見られて避けられ、愛弟子の私にすら冷たい目で見られ、一時期かなり落ち込んでたけど。
まあ、最近は渦中の娘さん二人も生まれて、いい父親になろうと奮起して頑張ってるから大丈夫でしょ。
あと、雨に濡れたルーデウスが一緒に濡れた姉をお風呂に連れ込んで脱がしたという、私にとっては師匠の浮気よりも重大な事件が起きたりもした。
その時に私が家の手伝いで一緒にいられなかったのが悔やまれる。
今までの姉に対する態度で私の信頼を勝ち取り、まあ、少しは二人きりにしても大丈夫かなと油断させて、その隙を突いた見事な犯行だと言えよう。
もし私が油断さえしなければ、ルーデウスのルーデウスを蹴り潰してでも阻止したのに。
悔やんでも悔やみ切れない。
と思ったんだけど、話を詳しく聞いてみると、どうも故意じゃない可能性が僅かに出てきて私の脳は混乱した。
なんでも、ルーデウスは件の事件の時まで、姉のことを男だと思ってたらしい。
ふざけんな。
そんな一昔前のラブコメのお約束みたいな展開があるわけないだろ。
そう主張したいところなんだけど、当のルーデウスがマジのガチで落ち込んでて、これが演技だったら凄いな、主演男優賞ものだなって感じだったので、頭から否定することもできなかった。
それに今まで私に対する扱いと姉に対する扱いが明らかに違ったことも、そういう理由なら説明がつかなくもないし。
というわけで、ルーデウスに関しては私の中で保護観察処分ということになった。
そんな愉快というにはちょっと行き過ぎた事件が発生しつつも時は過ぎ、今日も私はルーデウスに会いに行きたい姉と、ついでになんか師匠に用があるらしい父と共に師匠の家を目指す。
父はともかく、姉は最近私より師匠の家によく行ってるんじゃないかな?
父や母が、なんか最近姉が親の言うことよりルーデウスを優先してるって悩んでるし。
実際、私から見ても、姉はちょっとルーデウスに依存してるような気がしないでもない。
まあ、姉からしてみれば、ルーデウスはクソガキどもにイジメられてたところに颯爽と現れて助けてくれて、しかも、その後も一緒にいて守ってくれるヒーローみたいなもんだしね。
依存するのもわからんでもない。
え?
その理屈で言ったら、ルーデウスが現れるまで姉を守り続けてきた私にも依存するはずだろって?
家で手仕事の手伝いをすればものを壊し、お使いに出せば道を覚えるまでの間に三回は迷い、時間が余れば剣を振り出して、そのまま時を忘れて夜になること複数回。
畑の手伝いをすれば農地を爆散させ、姉へのイジメに対する効果的な対処法も思いつかなかった、剣術以外になんの取り柄のない無口片言幼女の妹が頼りになる存在に見えるとでも?
寝言は寝てから言ってほしい。
そんなわけで、姉は強くて口も回って、色んなことを教えてくれて、イジメっ子どもからも守ってくれる頼れる男の子であるルーデウスに依存し始めてるのだ。
唯一のマイナス要素であるあのエロい視線も、エロがなんたるものかよくわかっていない年齢の姉にとっては、大したマイナス要素足り得ない。
……こうして並べてみると、あいつスペックバカ高いなぁ。
剣術以外は転生者の私より遥かに上ってどういうことよ?
もしや奴も転生者なのでは?
そんな転生者スペックのルーデウスに依存し始めちゃった姉。
今はまだ可愛いもんだけど、将来姉がヤンデレとか、異世界チーレムものによく出てくる、頭空っぽの主人公全肯定ヒロインみたいになったらやだなぁ。
そうして恐ろしい未来予想に震えてるうちに師匠の家に到着。
すると、そこには一台の馬車が停まっていて、なんとその馬車に簀巻きにされたルーデウスが放り込まれる場面を目撃してしまった。
「ルディ!?」
それを見た姉が狂乱!
無詠唱の中級魔術を、ルーデウスを馬車に放り込んだ師匠に向けてぶっ放す!
師匠は難なく姉の魔術を受け流したけど、私の内心は「何やってんの!?」という気持ちでいっぱいだった。
いきなり師匠に魔術打ち込んだ姉に対しても、ルーデウスを簀巻きにして馬車に叩き込んだ師匠に対しても。
しかし、私の混乱に支配された思考回路は即座に塗り替えられた。
師匠の傍にいた人物から、凄まじい殺気が放たれたことによって。
「ッ!?」
その人物は、猫みたいな獣耳と尻尾を生やし、やたら露出度の高い服を着た褐色肌の女性だった。
腰には刀のような曲剣がひと振り。
そして何より、見ただけでわかるとてつもない強さ!
身に纏う闘気の力強さ、一分の隙も見えない構え、どれを取っても師匠より上だ。
そんな人物に殺気を向けられている。
敵認定されている。
この場にはこんな達人から逃げられるはずもない姉と父が……
土壇場で加速する思考がそこまで回った瞬間、私は殆ど反射で地面を蹴っていた。
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8 VS『剣王』
剣を上段に構え、真っ直ぐに突っ込んで斬る!
「ふっ!」
しかし、そんな単純な戦法が遥か格上の獣人剣士に通用するはずがない。
獣人剣士は目にも留まらぬ速度で鞘から刀を抜き放ち、居合抜きみたいな形で私が振り下ろそうとする剣の軌道上を薙いだ。
闘気を纏った木剣が簡単に斬り裂かれ、切っ先が宙を舞う……ことはなかった。
何故か?
そもそも私は、剣を振り下ろしていないからだ。
「ぬ!?」
北神流『幻惑歩法』!
師匠はなんか北神流が嫌いみたいで教えてくれなかったけど、師匠の動きには度々他二つの流派にはない、奇抜だったり相手の裏をかいたりするような技があったから、見て覚えた。
これもそんな技の一つで、前に進むと見せかけてその場で止まり、剣も振り下ろすと見せかけて止めることで、敵の目測を誤らせる技。
ぶっちゃけ、ただ高度なだけのフェイントだ。
もっと極めれば変幻自在で予測不能の動きができるらしいけど、それは上級の師匠ですら完璧にはできないので遥か先の課題。
けど今は、こんな拙い技でも充分。
多分、相手が私を子供と思って舐めてたおかげだと思うけど、それでもなんとか虚は突けた。
油断によって見せた強者の隙。
そこに渾身の一撃を叩き込む!
剣神流『無音の太刀』!
速さを至上とする剣神流の必殺剣。
風切り音すら置き去りにする音速の太刀が、刀を振り抜いてしまった体勢の獣人剣士の頭に迫る!
「ハァ!!」
「!?」
しかし、獣人剣士はなんと、完璧なタイミングのこの一撃を防いだ。
右手で振り切ってたはずの刀へ瞬時に左手を伸ばし、両手で握った刀で、目にも留まらぬ二の太刀を振るうことによって。
超高速の斬撃が今度こそ私の木剣を半ばから断ち切る。
信じられない……!
音速の太刀が後出しで斬り伏せられるなんて……!
この人の太刀は光速か!?
でも、まだ終わってない!
私は更に一歩前へ踏み出し、小さい体を活かして獣人剣士の間合いの内側に踏み込む。
これだけ接近すれば、向こうは刀を振るえない。
だけど、私の方は子供の体格と斬り飛ばされて短くなった木剣のおかげで、むしろここが絶好の間合い。
無音の太刀を振り切って下段へ行っていた木剣を振り上げ、斬り上げるような斬撃で獣人剣士の脇腹を打とうとして……
当たり前のように対処された。
獣人剣士はバックステップで後ろに下がることで刀の可動域を確保しながら、私の無音の太刀を迎撃して斜め下へと流れていた刀を振り上げてくる。
狙いは私の両腕。
両腕を斬り飛ばすつもり……いや刀の峰を使ってるから叩いて折るつもりか。
だけど、本来とは違う振り方をして僅かに速度の下がった攻撃なら、なんとかなる!
水神流奥義『流』!
受け流しとカウンターに特化した水神流の基礎にして奥義である技。
獣人剣士への攻撃を中断し、向こうの攻撃にぶつけるようにして放ったこの技が、獣人剣士の太刀筋を歪める。
獣人剣士の刀の側面を私の木剣が優しく撫で、斜め下から向かってきていた刀の軌道が歪んで真上へ向かう。
それによって私への攻撃は不発に終わった。
そして、ここからが水神流の真骨頂!
攻撃を受け流した後、即座にカウンターへ繋げる!
僅かな動作で攻撃を受け流した私と、大きく攻撃を空振ってしまった獣人剣士では、次の攻撃へ移るまでの時間が全く違う。
私はさっきの踏み込みの勢いそのままに、更にもう一歩踏み込んで、再び獣人剣士の間合いの内側に入り、その状態で木剣を獣人剣士の喉に向かって突き出そうとした。
その瞬間、獣人剣士の姿がブレた。
「え?」
その時、私は自分に何が起きたのか一瞬わからなかった。
唐突に木剣が完全に根本から切断されて、持ち手だけの短い木の棒にされてしまったのだ。
更に、目の前には私の首に刀を添えた体勢の獣人剣士の姿。
そこまで見てようやく私は理解する。
私程度では反応することすら許されない、まさに光のごとき速度の一撃で木剣を斬られ、その勢いのままに寸止めで刀を首に添えられて詰まされた。
攻撃の瞬間、ほんの僅かに両の眼が捉えた光景。
左眼に映ったのは、完璧なまでに剣を振るうことに特化した動き。
右眼に映ったのは、芸術的なまでに洗練された闘気のコントロール。
そこから放たれた剣の極致のごとき至高の一撃。
「凄い……」
私はただただその一撃に魅了され、刃が首筋に当たる恐怖も、最初に抱いていた姉や父を守らねばという想いすら忘れて、呆然としながらそう呟くことしかできなかった。
「何やってんだお前ら!? やめろやめろ!」
「む」
「あ」
と、その時、師匠が私達の間に入って、獣人剣士に刀を下ろさせた。
私達の間で巻き起こった攻防は僅か数秒の出来事。
きっと師匠ですら止める暇がなかったんだと思う。
ただでさえ、注意が魔術ぶっ放した姉の方に向いてたはずだし。
「色々言いたいが、とりあえずエミリー! なんで、いきなり斬りかかった!?」
「殺気、ぶつけられて、つい。シルと、父、守らなきゃって、思って」
「うっ……そう言われると怒りづらいな……。じゃあ、ギレーヌ! お前も何やって……いや、お前には何言っても無駄か」
「どういう意味だ!?」
言いながら諦めたような顔になった師匠に、ギレーヌと呼ばれた獣人剣士が抗議の声を上げた。
っていうか、この人はギレーヌさんっていうんだ。
わぁ、すっごい聞いたことある名前だぁ。
剣神流王級の達人剣士、『剣王』ギレーヌ・デドルディア。
師匠が前に『俺の知り合いの中で一番強い剣士だ』って言ってた人で、ゼニスさんには冒険者やってた頃の仲間だって聞いた。
つまり、思いっきり師匠の身内です。
勘違いで斬りかかって、すみませんでした!
というか、師匠がこの人を前にして敵意の一つも見せてなかった時点で気づけよ私!
殺気向けられて頭真っ白になってた。
その殺気だって冷静に考えてみれば、どう考えても姉がいきなり魔術ぶっぱしたことが原因だし。
思考停止のまま防衛本能に任せて動いてしまった……。
師匠がよくそういう戦い方してるから移ったのかもしれない。
これはよくない。
後でなんとか直しとこう。癖になる前に。
「あの、ギレーヌさん。いきなり、斬りかかって、ごめんなさい」
「うむ。次からは気をつけろ。それと、あたしのことはギレーヌでいい」
半ば殺す気で襲いかかったのに、普通に許してくれた上に、呼び捨てでいいとフレンドリーに接してくれるギレーヌさん。
器の広い人だ。
呼び捨てなんてちょっと気後れするけど、でもせっかく歩み寄ってくれたんだから、ありがたくギレーヌと呼ばせてもらおう。
「それにしても、この子はパウロ、お前の弟子か? この歳で三大流派全てをあれだけのレベルで使いこなすとはな。もうお前より強いんじゃないか?」
「そ、そんなことねぇよ! …………多分」
師匠の目がめっちゃ泳いでる。
ちなみに今の私の階級は、剣神流上級、水神流上級、北神流中級で、最近の師匠との模擬戦では3割くらい勝てるようになってきた。
でも、師匠はさすがは三大流派オール上級の上に、実戦経験を積み重ねた元凄腕冒険者と言うべきか、やたらと技とか動きの引き出しが多くて、未だに全然勝ち越せない。
その分、戦う度に新しい技を覚えられるから嬉しいけど。
「で、師匠、なんで、ルーデウス、縛ってたの?」
「あー、えぇっと……まあ、エミリーにならいいか」
そうして師匠が語ってくれた内容を要約すると、姉とルーデウスが共依存気味だったので無理矢理引き離すことにした、って感じらしい。
これからルーデウスはギレーヌに預けられてどこかの街に送られ、双方の自立を促すために、5年は帰宅も手紙でのやり取りも禁じるんだとか。
7歳児にやる仕打ちじゃないと思ったけど、それは私の根底に根付いてる日本の常識だ。
師匠も12歳で実家を飛び出したっていうし、案外これが異世界の普通なのかも。
まあ、それはともかく。
「私は、会いに、行っても、いい?」
「え!? ま、まさかエミリーもルディのことを……!?」
「そっちは、どうでも、いい。ギレーヌと、手合わせ、したい」
「……そうか。お前は剣が恋人とか言い出しそうだな」
さすが師匠。
よくわかってる。
「あたしは構わんぞ。お嬢様のいい刺激になるだろう」
「うーん、そうだなぁ……。まあ、それはよく考えた上で追々ってことで」
師匠はちょっと悩んだ様子を見せたけど、強く否定はしなかった。
こうして、私がもしかしたら剣王という極上の達人剣士とまた手合わせできるかもしれないという希望を手に入れてホクホク気分でいる中、ルーデウスはギレーヌに連れられて出荷されていったのだった。
さらば、姉についた悪い虫。
せいぜい姉のことは私に任せて、ギレーヌに年単位で剣を教えてもらえるという幸福を噛み締めながら、向こうで元気でやるといい。
アディオス。
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9 姉妹稽古
ギレーヌとの手合わせの条件として、師匠は色々考えた末に「ギレーヌのところに行きたければ、まずは俺より強くなってからだ!」と胸熱な結論を出した。
それを受けた私はやる気がバーニング。
メラメラと燃えたぎりながら、とりあえず現在の課題であるギレーヌが最後に見せた超光速の剣を模倣し、更なるパワーアップを果たすべく、今日も今日とて剣を振るう。
「ふっ……! ふっ……!」
まずはランニングとかの準備運動の後、毎日恒例の素振りから。
ただデタラメに振るんじゃない。
目に焼きついたギレーヌの太刀筋を意識して模倣し、自分の太刀筋を少しずつ少しずつ改良して、あの光速の斬撃を再現することを目指す。
「フッ! ハッ!」
それが終わったら、教えてもらった三大流派の型を通しでやって体に馴染ませる。
何度も何度も繰り返して、体に動きを覚え込ませる。
覚えた技を忘れないように。
まだ不完全な技は、少しでも師匠の動きに近づけるように改良し続ける。
お手伝いがある日でも、師匠との稽古でクタクタになることが確定してる日でも、これと素振りだけは毎日かかさない。
継続は力であり、毎日の繰り返しこそが私の血肉になるのだ。
「あ、あのね、エミリー」
「ん? どうしたの、シル?」
けど、今日はそこに、いつもと違うことが追加された。
「私に剣を教えてくれないかな?」
剣術漬けの毎日を送る私に、姉が珍しくそんなことを言い出したのだ。
それに対して驚きはない。
最近の姉は、ルーデウスが出荷される間際に「シルフィは、ずっと彼に守ってもらうつもりなのかい?」的なことを父に言われたらしく、なんとなく自分がルーデウスに頼り切りだったと自覚したのか、今は自分がルーデウスの支えになれるような存在になるべく頑張ってる。
具体的には、ゼニスさんがやってる治療院を手伝ったり、何故かリーリャさんに礼儀作法を叩き込まれたり、私を真似て体力作りのための結構ハードなトレーニングを始めたりとかだ。
めっちゃ努力しとるがな。
すげぇ、ルーデウスがいなくなった途端に全てが良い方向に転がり始めたと、私はルーデウスを出荷した師匠の決断力に感服の念を抱いた。
それを素直に師匠に伝えたところ、鼻が伸びて天狗になってたんだけど、それは置いとく。
「わかった。厳しく、する? 優しく、する?」
「厳しい方でお願い」
「ん。了解」
自分の稽古時間が減るのはちょっとあれだけど、こんなに頑張ってる実の姉妹のお願いを無下にするほど冷酷になったつもりもない。
それに他人に教えることで、自分もより理解を深められるみたいな話は有名だし。
というわけで、姉に剣術を教えることが決定した。
師匠に一緒に教えてもらえばいいんじゃないかとも思ったけど、当の本人が「パウロさん、ちょっと怖いからやだ」と言い出したので却下。
なんでも、姉は師匠がルーデウスを叩きのめす瞬間を見てしまったらしい。
私は見てないんだけど、そういえば、あの時は姉の方が前を歩いてたっけ。
で、好きな人が気絶するほどの暴力を見せられて、苦手意識ができちゃったと。
幼女に嫌われるとは。
師匠、哀れ。
それはさておき。
いざレッスンスタート!
教え方は師匠のをお手本とする。
前世の剣道の先生のやり方とどっちにしようか迷ったけど、郷に入っては郷に従えってことで、異世界式カリキュラムの方を選択。
そして、師匠のやり方と言えば、技を教えるよりも先に、とりあえず一回戦わせてみる感じのやつだ。
私が初めて師匠に教えてもらった時みたいに、最低限のお手本を見せる必要はあるだろうけど、見学だけとはいえ、私とルーデウスの稽古を年単位で見続けてきた姉なら、いきなりやっても大丈夫でしょ。
「というわけで、まずは、打ち込み。どこからでも、かかって、来て」
「う、うん。わかった。やぁああああ!!」
片言でなんとか最低限の説明を終え、早速実践。
姉は師匠の家で借りてきたらしい木剣を見様見真似で振るって、私に打ち込んできた。
勢い任せに振り上げて、力任せに振り下ろす。
型どころか基礎も何もなってない動き。
でも、最初は皆そんなもんだ。
私も前世で最初に剣を持った時はこうだった。
懐かしさと微笑ましさを感じながら、姉の剣を真っ向から受け止める。
受け流したりはしない。
これは打ち込みだ。
まずは打ちやすいように打たせてあげることが大事。
これは剣道で学んだ。
「えい! やぁ!」
前に出ながら剣を振り続ける姉。
私は剣道の切り返しと呼ばれる稽古法と同じように、姉の速度に合わせて少しずつ後ろに下がりながら攻撃を受ける。
でも、すぐに姉の剣に思ったより勢いがないことに気づいた。
「シル、遠慮、いらない。私、強い。本気で、やっても、大丈夫」
「う、うん!」
といっても、やっぱり人に剣を向けるのは忌避感が強いのか、姉の剣から遠慮が消えることはなかった。
姉は優しいからなぁ。
これは攻めて攻めてっていう剣神流とかとは相性が悪いかもしれない。
ん?
というか冷静に考えてみると、姉って無理に剣術覚える必要あるの?
攻撃手段ならルーデウス仕込みの魔術があるし、遠距離攻撃があるなら、下手に剣を持って突っ込んでいく必要はないのでは?
姉は私と違って、剣士に憧れてるってわけでもなさそうだし。
「やめ!」
「ハァ……ハァ……」
とりあえず、そこそこ打たせた後に、私はやめと言って最初の戦いを終わらせた。
姉は少し息を切らしてるけど、最近の体力トレーニングの成果が出てるのか、まだまだ元気そうだ。
ふむ。
なら、さっき考えたことを試してみよう。
「じゃあ、次。魔術、使って、戦う」
「え? で、でも、魔術は危ないよ……?」
「大丈夫。さっきも、言ったけど、私、強い、から」
渋る姉を無理矢理説き伏せ、魔術ありの模擬戦を開始した。
そういえば、魔術師相手の経験を積みたくて、ルーデウス相手にもこのルールの模擬戦は持ちかけたことあったっけ。
あいつも私に魔術を向けたくないって言って断られたけど。
そう考えると、これは私にとっても初めての魔術師との戦いってことになる。
そして、姉にはああ言ったけど、私も初めて戦うタイプの相手に絶対勝てるとまでは言えないわけで……。
予想外の動きで虚を突かれて即死とかしないように気をつけよう。
「い、行くよ……『
姉が初手に選んだのは、衝撃波を発生させる風の魔術だった。
本来なら無色透明の一撃なんだろうけど、私は魔力眼のおかげでハッキリと見える。
というか、結構わかりやすく空気が蠢いてるから、魔力眼無しでも普通に対処できそう。
剣を一振り。
それで衝撃波を真っ二つに斬り裂く。
面攻撃なら、受け流すよりも叩き斬った方がいい。
「えい! えい!」
ルーデウスに貰った小さな杖を構えながら、衝撃波だの水の弾丸だの氷の刃だのをぶっぱしまくる姉。
それを見て思ったことが一つ。
魔術って、技術がものを言う剣術と違って、ただ適当に撃ってるだけでもそこそこ強い。
例えるなら、素人が銃を乱射してる感じ。
達人相手には通じないけど、前に師匠が倒してたターミネートボアくらいなら、これだけで仕留められそう。
しかも、ルーデウスが練習で度々見せてた多彩な魔術と、それを使った動きを見るに、研鑽次第でいくらでも応用が利きそうだ。
ルーデウスが試行錯誤してたやつだけでも、衝撃波を自分にぶつけて高速移動とか、泥沼を相手の足下に発生させて移動阻害とか、煙幕や爆発を使った目眩ましとか色々あったしね。
攻撃も搦め手もできるとか、本格的に攻め手は魔術だけでいいような気がしてきた。
そうなると、姉が覚えて一番メリットのある剣術は……
「よ」
「!?」
私は姉の放つ単調な魔術を水神流の技で真っ向から受け流しながら距離を詰めた。
距離が縮まれば縮まるほど魔術の着弾までの時間も短くなるけど、もう完全に姉の攻撃を見切った私には通じない。
単調で単純な素人攻撃相手なんだから当たり前だけど。
むしろ、曲がりなりにも年単位で鍛えてきた身として、対処できない方が恥ずかしい。
そして、距離を詰められると姉は弱かった。
苦し紛れに放ったっぽい私の足下を凍結させる魔術も、踏み込み一つであっさりと効果範囲から抜け出せた。
そこまで行けば姉はもう目と鼻の先。
ルーデウス相手に初めて戦った時と違って、配慮と手加減を重ねた遅い斬撃にすら姉は対処できず、これまたあっさりと木剣を首筋に添えられてジ・エンドだ。
「うん。大体、わかった」
戦いを終えて、私は姉への指導方針を決めた。
姉に教えるならこれしかない。
「シルには、水神流、教える」
「すいしんりゅう?」
「そう。水神流、守りの剣。攻撃、魔術で、充分。だから、剣は、守る技、教える」
多分、姉が一番強くなれる方法はそれだと思う。
魔術と水神流の技を同時に使えるようになれば、盾役に守られた遠距離アタッカーっていう悪夢の組み合わせを一人でやれることになる。
例えるなら、鉄壁の防御力を持った戦車の中から、一方的に戦車砲とかをぶっ放してくる感じだ。
何それズルい。
もちろん、そんな簡単にはいかないと思う。
魔術と剣術の同時使用の難しさは、なんだかんだで魔術の習得を諦めずに練習を続けてる私が一番よくわかってるし、そもそも姉には魔術師としての師匠もいない。
一発で剣術の師匠を見つけられた幸運な私と違って、姉の強さへの道は舗装されていない。
それでも、覚えた技は決して無駄にならないはず。
そうして、私は姉に水神流を教え始めた。
最終的に、姉は右手に短杖、左手に短剣を持った凄腕の魔法剣士になるんだけど、それはまだまだ先のお話。
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10 卒業
「勝っ、た……?」
「くっそ、オレの負けだ」
時が経ち、8歳の誕生日を迎えて少しした頃。
私はギレーヌの使っていた必殺技の劣化版みたいな技をようやく習得し、それを見た師匠に卒業を賭けた真剣勝負を持ちかけられた。
本気で私を殺す気なんじゃないかってレベルの、かつてないほどの気迫を漲らせて襲いかかってきた師匠。
剣神流の技、水神流の技、冒険者として磨いた狡猾な立ち回り、更には姑息だから嫌いって言ってた北神流の技まで存分に使って、師匠は本気の本気で私を倒しにきた。
その師匠を、私は激闘の末に倒した。
紙一重だった。
身体能力的には生まれついての体質もあって互角だったし、単純な技の精度でも師匠と互角と言えるレベルまで私は成長したけど、実戦経験の差だけはどうしても大きく劣り、戦いは終始私の劣勢だった。
ギレーヌから盗んだ技が無ければ、間違いなく負けてたと断言できる。
だけど、勝利は勝利。
私は今日、師匠を超えた。
「あー、くそ。負けたってのにあんま悔しくねぇや。闘争心が衰えてるのかね。
オレも歳を食ったってことか。昔はお前みたいな才能の塊見たら嫉妬しか湧かなかったのになぁ」
地面に大の字に寝転がり、嘆くような口調だけど、どこか清々しい顔の師匠。
そんな師匠に対し、私は自然と口を開いていた。
「多分、師匠が、悔しく、ないの、私の、剣が、師匠の、剣だから。
師匠は、私に、負けたんじゃ、ない。
剣士と、しての、師匠を、師匠と、しての、師匠が、超えたんだと、思う」
私の言葉に、師匠は目を丸くした。
これは紛れもない私の本心だ。
私の根幹を支えてるのは、師匠から教わった剣術だ。
前世で培った剣道という土台と、魔眼っていう才能を受け皿にして教え込んでくれた師匠の剣が私の根底に根付いて支えてる。
盗んだギレーヌの技だって、ベースになったのは師匠から教わった無音の太刀だ。
「私が、凄いんじゃ、ない。私を、強くした、師匠が、凄い」
そこまで言ってから、私は師匠に向かって深く、深く頭を下げた。
「ありがとう、ございました。私を、ここまで、強く、してくれて」
心からの感謝を込めて、心からの尊敬を込めて、師匠にお礼を言う。
そんな私を見て、師匠はちょっと目を丸くしてから、照れたような顔で私の頭を撫でた。
「なるほどな。言われてみりゃ、お前の動きにはオレの面影ばっか見えたわ。
自分が1から育て上げた弟子が立派になってくれたんだ。そりゃ師匠として、悔しさより嬉しさの方が先に来るよな。
……こっちこそ、ありがとなエミリー。お前みたいな奴の師匠になれて幸せだったよ」
「師匠……」
「卒業おめでとう。だけど、お前はまだ剣術でオレを超えただけだ。実戦では剣術だけじゃどうにもならないことも多い。
罠にハメられて、剣を振るう前に負けるかもしれない。あるいはもっと簡単に、寝首をかかれてそのまま死ぬかもしれない。
こうなったら、そういう時の戦い方までオレが知ってる全部を叩き込んでやる。
そもそも、お前にはまだ魔物との実戦とかもやらせてなかったしな。剣術部門は卒業だが、まだまだ学ぶことは多いぞ。覚悟しとけ」
「はい!」
そうして、私は師匠の修行剣術部門を卒業し、剣士として大きな一歩を踏み出した。
そこから先は、宣言通り師匠が生きてきた中で学んだ色んなことを徹底的に教えられ、師匠と同じパーティーで冒険者やってたゼニスさんにも教えられ、魔物との実戦経験も積み。
1年が経って9歳になる頃には、現役時代の師匠とゼニスさんを足したくらいの実力だと当の本人達に認められるまでに成長した。
もちろん、それは技術や知識だけの話で経験が足りないから、まだまだではあるんだけど。
それでも、今すぐに冒険者を始めてもやっていけると太鼓判を押された。
ただ、私のポンコツっぷりは矯正し切れなかったので、教えられたことをちゃんと実践できるかは別問題とも言われたけど。
そこは師匠超えの剣術と差し引きでチャラってことになった。
ポンコツとチャラになるまで鍛え上げた剣術を誇るべきか、そこまで鍛えた剣術がないとチャラにならないポンコツを恥じるべきか……。
それはともかく。
前々から話に聞いてた冒険者っていうのは、冒険者ギルドってところが出してる色んな依頼を片付けるために、様々なところに行く何でも屋だ。
つまり、魔物とか野盗とかが跋扈するこの世界を自由に旅できるほどの能力を持ってるってこと。
その冒険者になれると言われたってことは、村の外へ行っても大丈夫だと言われたようなものなのだ。
後日、私は師匠と両親に許可を貰い、ギレーヌとついでにルーデウスが待つ『城塞都市ロア』という街に徒歩で旅立った。
もちろん、ルーデウスとの接触禁止令が出てる姉には内緒で。
さあ、いざ行かん剣王のもとへ!
私の冒険はこれからだ!
パウロは息子が自分の剣術を継いでくれなくて行き場を失ってた情熱をエミリーに注ぎ込んでくれた感じです。
このタイミングじゃなければ、ロキシーの師匠みたいに、普通に弟子の才能に嫉妬してたかもしれませんね。
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11 ボレアス家
ロアの街には、私の足なら一日とかからずに到着した。
簡単な地図を貰って説明も聞いてたけど、想像以上に近かったっていうのが素直な感想だ。
これ、来ようと思えば姉一人でも来れそう。
だから、師匠達は頑なに姉にルーデウスの居場所を吐かなかったんだね。
とりあえず、城塞都市という名に違わず街全体を覆っている城壁の入口である大きな門に向かい、そこで師匠に預かった紹介状みたいなのを見せて通過。
けど、この先も他の街に行く度に師匠の紹介状を当てにするのもあれなので、師匠にオススメされた通り、まずは冒険者ギルドに向かって冒険者登録をしておいた。
この数年でなんとか覚えたきったない字で必要書類を書き、登録完了して冒険者カードっていうのを貰う。
大体の街だとこれが通行証の代わりになるらしい。
ちなみに、冒険者にはS〜Fまでのランクがあって、登録したての私は当然最下位のFランク。
現役時代の師匠とゼニスさん、ギレーヌなんかは最上位のSランクだったらしい。さすが。
いつかは私もその域に……いや、冒険者として登り詰めるより剣士として強くなりたいかな、うん。
そんなこんなを経て、私は改めてギレーヌが滞在してるというこの街で一番大きな建物……というか城みたいな建造物。
アスラ王国のフィットア領というらしい、このあたり一帯の領地を治めている領主様の館へと向かった。
最初にギレーヌがそこにいるって聞いた時はちょっと首を傾げたよ。
いや、世界的に見ても上位の剣士であるギレーヌが領主様なんてお偉いさんに雇われるのはわかるんだけど、なんでそんなところにルーデウスをぶち込むことができたのかが不思議で仕方なかったんだ。
そこんところもうちょっと深く聞いてみたら、なんと師匠が領主様と親戚であることが判明。
師匠のフルネームはパウロ・グレイラット。
そして、領主様の名前はサウロス・ボレアス・グレイラットっていうらしい。
ボレアスってミドルネームの意味はよくわかんないけど、確かにどっちも同じグレイラットだ。
つまり親戚のコネを使って、師匠はルーデウスをここに放り込んだわけである。
っていうか領主様の親戚とか、師匠ってもしかしなくても貴族出身? とかも思ったよ。
でも、師匠があんまり話したくなさそうにしてたから、それ以上の深入りはやめた。
ということで、色々考えてるうちに領主様の館に到着。
ここでも師匠の紹介状を見せて中へ入らせてもらう。
そこから先は、ギレーヌと同じ獣耳のメイドさんに案内されて、まずは館の主人みたいな人に会わされた。
まあ、家にお邪魔しておいて、そこの主に挨拶しないって失礼だもんね。
もっとも、私が会ったのはフィリップさんっていう師匠と同い年くらいのイケメンで、正確には館の主人である領主サウロスさんの息子さんで、この街の街長みたいだけど、それでも私みたいな庶民からすれば雲上人だ。
フィリップさんへの挨拶は、特に何事もなく終わった。
私の片言にも貴族の礼儀作法知らないことにも怒らずにいてくれたよ。
師匠から何か聞いてたのか若干興味ありげな目を向けられたけど、それだけだった。
そうして色々と用事を終わらせてから、ようやくギレーヌのところへ向かう。
案内してくれる獣耳メイドさん曰く、今の時間は庭でルーデウスとお嬢様なる人物に剣術を教えてるらしい。
そのお嬢様に関しては、来る前に少しだけ師匠に情報を聞いた。
なんでも貴族令嬢とは思えないほどのジャジャ馬で、ルーデウスはそんなジャジャ馬娘の家庭教師という名目で送り込んだんだとか。
当時7歳の子供にやらせることかと思ったけど、まあ、色々事情があるんでしょ。
「やぁああああ!」
「うっ!? ぐっ!?」
そんなことを思いながら到着した庭では、ギレーヌに見守られた見覚えのある茶髪の少年と、見覚えのない赤髪の少女が剣を交えていた。
少年の方はルーデウスだ。
見てなかった2年の間に成長してるけど、面影が無くなるような時間じゃないからすぐわかる。
で、ルーデウスと戦ってる赤髪少女の方がお嬢様とやらかな?
年齢は私達より2歳くらい上って感じで、ルーデウス相手にかなり一方的な試合運びをするくらいには強い。
まあ、ルーデウスは魔術無しの剣術オンリーで戦ってるみたいだけど。
でも、ルーデウスの剣術の腕も2年前よりは遥かに成長してるから、やっぱりお嬢様が強いってことに変わりはない。
さすがに、魔術ありの姉には届かないだろうけどね。
最近の姉はさすがは私、というかこの剣術に必要な才能を全て詰め込んだようなハイスペックボディと血を分けた実の姉と言うべきか、剣術の才も開花させて、上がりたてとはいえ既に水神流中級。
吹っ切れた師匠から叩き込まれ、遂に北神流上級の認可を受けた私がそっちも教えたことで、北神流初級すら会得して、それをルーデウス式魔術と絡めるという、とんでもない成長っぷりを見せてるからなぁ。
下手したら魔術無しでも、このお嬢様とそこそこ渡り合えるかも。
というか、今の姉は魔術ありのルーデウスより強いのでは?
少なくとも今見た限り、互いに魔術無しの剣術勝負なら確実に姉が勝つ。
ルーデウスも剣術の腕が上がってるとはいえ、それでもまだ剣神流中級の中でも弱い方に見えるし、師匠が叩き込んだ水神流に至っては忘れかけてるんじゃないかと思うレベルだ。
魔術に関してなら、今の姉でも昔のルーデウスに勝てないほどの差があるけど、その差を剣術で埋めればワンチャンあると思う。
「ハァアアアア!!」
「うごっ!?」
「やめ!」
あ、そんなことを思ってるうちに決着がついた。
お嬢様の木剣がルーデウスの頭部を強かに打ちつけ、それを近くで見守っていたギレーヌが試合終了を言い渡す。
そして、今の試合の良かったところと悪かったところを二人に伝えた後、ギレーヌはこっちを向いた。
「それと、今日は客が来ている。おい! そんなところにいないで、早くこっちに来い!」
「お邪魔、します」
ギレーヌに呼ばれたので、三人のいる庭先へと出ていく。
さて、ルーデウスはともかく、ギレーヌと貴族のお嬢様にはちゃんと挨拶しなければ。
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12 VSエリス
「エ、エミリー!?」
「誰よ、こいつ?」
私を見て驚いた顔をするルーデウスと、怪訝そうな顔になるお嬢様。
というか、ルーデウスには私が来ること伝えてなかったの?
師匠あたりがイタズラ心出して伝えないように頼んだのかな?
「エリス、彼女は僕の幼馴染です。そして鬼……悪夢……滅茶苦茶強い剣士ですよ」
「……へー。なら、私と勝負しなさい!」
ルーデウスのちょっとあれな説明を聞いた途端、エリスと呼ばれた野生のお嬢様がいきなり勝負を仕掛けてきた。
いや、お嬢様なんだから野生じゃないんだけども。
でも、目が合っただけで勝負を仕掛けてくる、某ポケットなモンスターのトレーナー並みに判断が早いよ。
私はちょっとだけ困惑しながらギレーヌを見た。
さすがに、貴族のお嬢様を無許可でぶっ飛ばしたらマズいことくらい私でもわかる。
「構わん。元々、お前はエリスにとって良い刺激になると思っていたからな」
「わかり、ました。じゃあ、軽く、手合わ……」
「ガァアアアアア!!」
「!」
私が言い切る前に、剣すら抜く前に、お嬢様が突撃をかましてきた。
まさかの不意討ち!?
お嬢様の戦い方じゃないよ!
だけどまあ、その程度で素直にやられる私じゃない。
寝首をかいてくるチンピラ対策として師匠に叩き込まれた対不意討ちの心得を思い出し、慌てず騒がず瞬時に動揺を鎮めて持ってきた木剣を抜き、水神流の技でお嬢様の振るう剣を受け流した。
「!? ラァアアアアアア!!」
体重の乗った攻撃を綺麗に受け流されてバランスを崩しかけたものの、お嬢様は即座に立て直して次の攻撃を繰り出してくる。
目にも留まらぬ連続斬り。
私が最初に師匠から
それを全て真っ向から受け流しながら考える。
なるほど。
さすがはギレーヌの教えを受けてるだけあって、ルーデウスとの打ち合いを見てた時の印象より強く感じる。
具体的には一撃一撃が予想以上に重い。
あと、なんか攻撃のリズムが独特で、ちょっとやり辛い。
色々考えて攻撃が浅く遅くなってたルーデウスとは真逆。
まるで反撃された時のことを考えてないかのように深く、深入りし過ぎなくらい深くまで踏み込んでくるせいで、ちょっと感覚が狂うし押し込まれそうになる。
魔術無しの姉でもどうにかなるかもって評価は訂正した方がいいね、これは。
しかもこの子、師匠やギレーヌと違って闘気のコントロールが未熟なせいで、逆に私の魔眼で動きが読めないわ。
まあ、魔眼に頼り切りっていうのも良くないし、魔眼が通じない相手を想定した練習と思えば私にとっても有意義。
どんどん打ち込んで来いやぁ!
「この! なんで! 当たら! ないのよ!?」
とはいえ、階級の違いはそう簡単には覆らず、お嬢様の剣は私まで届かない。
お嬢様は多分、もうちょっとで上級に上がれそうな剣神流中級ってところだと思う。
対して、私はお嬢様に対して使ってる水神流だけでも上級。
しかも、攻める剣神流と守る水神流は、ジャンケンのグーとパーくらい相性が悪い。
もちろん剣神流がグーで、水神流がパーだ。
それを覆せるくらいの実力差がないと、基本的には水神流が勝つ。
つまり、お嬢様は私に対して相性が悪いのだ。
「よ」
「あっ!?」
そして、大体の動きはもう見切ったと判断した私は、前にギレーヌにやられたみたいに、カウンターでお嬢様の剣を弾き飛ばした。
これで終わり……じゃないね。
「うらぁ!!」
剣を失ったお嬢様は、剣が無くても拳があるわ! と言わんばかりに拳を握りしめて殴りかかってきた。
だから、お嬢様の戦い方じゃない!
「うっ!?」
その拳も避けて、木剣をお嬢様の喉に突きつける。
でも、これでもまだお嬢様は止まらない。
怒り狂った獣みたいな形相を浮かべて私の木剣を掴み、更に殴りかかろうとして……
「やめ!」
ギレーヌの言葉で動きを止めた。
めっちゃ不服そうに唸ってるけど。
これ、目を逸したらその隙に殺られるんじゃない?
狂犬かな?
「エリスの負けだな」
「まだ負けてないッ!」
「いいや、相手を本気にさせることすらできなかった時点で負けだ。それとお前、エミリーといったか?」
「はい」
「相手が貴族のお嬢様だからといって遠慮する必要はない。痛くなければ剣術など覚えないからな。私が許可する」
「わかり、ました」
そんな私とギレーヌの会話を聞いて、手加減されてたことに気づいたのか、お嬢様はその真っ赤な髪色以上に顔を真っ赤にして怒りを爆発させた。
「舐めんじゃないわよ! 絶対後悔させてやる……! ルーデウス! 力を貸しなさい!」
「えぇ……」
突然協力を求められたルーデウスが嫌そうな顔をした。
まあ、ルーデウスは魔術とか剣術とか積極的に習ってはいたけど、戦い自体はそんな好きじゃなさそうだったからね。
怒れる狂犬のお供をさせられそうになったら普通に嫌がるか。
でも、
「私は、構わない。剣士と、魔術師。二人、纏めて、かかって、来て」
その方が良い経験になりそうだし。
上手く連携した剣士と魔術師のコンビは、一人二役をこなしてる姉相手ですら感じ取れるくらいに厄介だ。
しかも、目の前のお嬢様とルーデウスは、総合力はともかく、剣士として魔術師としての個別の能力なら姉より上。
それにちゃんと二人いるんだから、合わせれば一人二役の姉よりは遥かに強いはず。
ギレーヌに挑む前の肩慣らしにはちょうどいい。
普通に負けるかもしれないけど、それくらいの方がむしろ燃える。
そんなことを思いながら、私は二人に向かってクイクイと手招きして挑発した。
「バ、カ、に、すんなぁーーー!!!」
「エリス!? ああもう、どうにでもなれだ!」
怒髪天を突く勢いで突撃してくるお嬢様と、諦めて戦うつもりになったルーデウス。
ボレアス家での戦い、第二ラウンドの開幕である。
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13 VS剣士&魔術師
「ガァアアアアアア!!!」
雄叫びを上げて再度突進してくるお嬢様。
もうこの人を貴族令嬢と考えるのはやめよう。
お嬢様らしくドレスとか着たら化けそうなくらいには可愛らしい顔立ちしてるのに、浮かべた悪鬼のごとき形相が全てを台無しにしてる。
まあ、剣術一筋でせっかくの顔面偏差値を死蔵してる私が言えた義理じゃないかもしれないけど。
最短距離を駆けてくるお嬢様を、再び水神流の構えで迎え撃つ。
でも、お嬢様が私に到達する前に、その後方から水の弾丸が私目掛けて飛んできた。
ルーデウスの魔術だ。
殺傷力の低い水魔術なのは、今でも幼女相手にヤバい攻撃をするのに忌避感があるのかな?
まあ、なんでもいい。
飛んできた水弾を受け流し、カウンターで飛ぶ斬撃をルーデウス目掛けて放っておいた。
「うわっ!?」
フハハ!
闘気のコントロールが上手くなった頃から、遂に私はファンタジー剣術の代名詞の一つ、斬撃飛ばしを会得することに成功したのだよ!
原理としては、剣に纏わせた闘気を飛ばしてる感じ。
実現せし我が夢の前に散るがいい、ルーデウス!
まあ、斬撃飛ばしは直接斬るより遥かに威力も速度も落ちるし、しかも使ってるのが木剣の上に死なないように手加減してるから、散りはしないんだけどね。
「ルーデウス!?」
「よそ見、厳禁」
「ッ!?」
互いの間合いに入る寸前だったのに、ルーデウスの方に意識が持ってかれた未熟なお嬢様の頭を木剣でスパーンと叩く。
ダウンするほどの威力じゃない。
まだロクに戦えてないんだから、ここで終わらせるのはもったいないからね。
案の定、お嬢様はこれで諦めるとか痛みに怯むとか一切せず、叩かれた怒りに任せて攻勢に出てきた。
それをさっきと同じように水神流の技で受け流す。
このままなら結末はさっきと同じなんだけど、もちろんそうなることは私だって望んでないわけで。
「『
「おっと」
手を抜いてたとはいえ、私の遠距離カウンターを食らって割とすぐに復活してきたルーデウスが、側面から再び水弾の魔術を放ってきた。
私の剣速ならお嬢様と打ち合いながらでも間に合うので、もう一回受け流して斬撃飛ばしカウンター。
でも、今度は来るとわかってたからか、ルーデウスは即座に発動させた衝撃波の魔術で自分を吹き飛ばし、私のカウンターを躱してみせる。
そして、衝撃波で移動した地点から再び援護射撃を開始した。
「へぇ」
上手いね。
衝撃波移動はルーデウスに教えられた姉も使う戦法だし、動きのキレも北神流を噛じってる姉の方がいいけど、今の魔術の連続発動速度には目を見張るものがあった。
水弾を放った直後のタイミングとか、姉だったら絶対に発動が間に合ってない。
発動速度がやたら早い……というより、二種類の魔術を同時に使ってるのか。
このへんは戦士ではなく魔術師としての技量だね。
「ガァアアアアアア!!!」
そして、ルーデウスによる援護射撃があると、途端にお嬢様の攻撃も脅威になる。
一対一なら容易に捌ける相手でも、横から銃弾が飛んでくるような場所で相手したら、そっちにも注意を持っていかれて辛くなるのは当然だ。
将棋で二面指しとかしてる人はこんな気持ちなのかもしれない。
でも、まだまだ対応できる範囲内だ。
さすがに水神流だけだと互角の勝負になっちゃってるけど、私は別に水神流の剣士じゃない。
私はパウロ・グレイラットの弟子。
三大流派全てを操る女だ。
「北神流『幻惑歩法』」
「なっ!?」
「うわっ!?」
かつてギレーヌにも使った惑わしの歩法、幻惑歩法を使う。
止まったと見せかけて加速し、加速すると見せかけて止まり、右に行くと見せかけて左に曲がり、後ろに下がると見せかけて前に出る。
北神流上級の認可を受けて、あの頃とは比べものにならないほど上達した幻惑歩法は、予測不能とまでは言えないまでも、相手の目測を盛大に誤らせるくらいの惑わしっぷりを発揮してくれた。
それによってルーデウスの魔術は当たらなくなり、お嬢様の剣も正確な位置に振るえなくなってるから、さっきよりずっと簡単に受け流せる。
受け流すついでに、カウンターがポコポコ当てられるくらいに。
「痛っ!? あ痛っ!?」
「いっつ!?」
至近距離で斬り合ってるお嬢様はもちろんとして、幻惑歩法のせいで遠距離カウンターが飛んでくる方向がわかりづらくなったルーデウスも結構被弾。
これが実戦なら、二人とも今頃なます切りになってる。
だけど、これは手合わせなので死ぬ心配はない。
お嬢様とか、鏡餅みたいなタンコブの山を作られて激昂してるけど、まだまだ元気だ。
「殺してやるーーーーー!!!」
ああ、でも遂に決定的な言葉が出たよ。
やっていいってギレーヌに言われたからやったけど、やっぱりやめといた方が良かったかもしれない。
権力使って殺されたらどうしよう……。
ギレーヌに責任取って守ってもらおう、そうしよう。
そんなことを考えながら、お嬢様が上段から振り下ろした一撃を受け止める。
お嬢様が獣の勘と豪運で私の位置を特定したのと、権力にビビって一瞬動きが鈍ったせいで、受け流しじゃなくて受け止めた方がいい状態になってしまった。
膂力でも私の方が上だから問題はないけど、こんなことで精神が揺らぐなんて、私もまだまだだなぁ。
「! エリス、下がってください! 『泥沼』!」
む?
お嬢様の攻撃で私が地面に縫い止められた瞬間、ルーデウスは地面に手をついて魔術を発動した。
ここらの足場全体を泥沼に変える魔術だ。
姉が使ってるところは見たことない、つまり私にとって馴染みの薄いほぼ初見の魔術。
お嬢様の反応も中々のもので、ルーデウスを信頼してるのか、下がれと言われた瞬間にルーデウスの近くまで飛び下がっている。
やられたなぁ。
今の地面に向かって押し込まれたタイミングだと、効果範囲外に逃げるのは間に合わなかった。
魔眼がルーデウスの魔力が地面に染みていくのを捉えたおかげで、初見にも関わらず咄嗟の判断でジャンプして上に逃れることはできたけど、お嬢様に上から押さえつけられてたせいで飛距離が足りず、足場にできそうなもののところまで跳べなかった。
このままだと逃げ場の無い空中で、ルーデウスによる魔術の集中砲火を浴びてしまう。
「やりなさい、ルーデウス!!」
「これは正当防衛でしょ……。恨まないでくださいね!」
お嬢様は勝利を確信したように壮絶に笑い、ルーデウスは若干苦い顔をしつつも魔術の発射態勢に入る。
でも、勝敗が決したと思うのは早いよ二人とも。
「ハッ!」
「わっ!?」
「ッ!?」
とりあえず、斬撃飛ばしで二人を牽制。
相変わらず手加減した一撃だけど、少しの間二人の動きを止めることはできる。
その間に、
私は剣士だけど、魔術が使えないとは言ってない。
もちろん苦手ではある。
だけど、数年前にルーデウスから教わろうと思った時から諦めることなく、最近では姉に教えを乞うことで最低限の魔術は使えるようになったのだ!
最初に魔術を覚えようとした時は、魔術を戦闘で使うつもりなんてなかったけど、剣術と魔術を融合させて戦う姉がカッコ良かったので、剣術の補助として使う分にはいいかなーと、最近意見が変わったのである。
「『
使用したのは、姉も使っていた衝撃波を発生させる風の初級魔術。
それをルーデウスと同じように、自分に向かって放つ。
これによって弾き飛ばされた私の体は、斬撃飛ばしで体勢を崩したお嬢様のところに向かってかっ飛んだ。
「北神流『滑り雪崩』」
「うぎゃっ!?」
敵の上空から襲いかかる北神流の技により、遂にお嬢様がノックダウン。
それを見て、ルーデウスは衝撃波移動を使って距離を取ろうとした。
正しい判断だよ。
お嬢様とルーデウスはかなり近くにいた。
つまり、そのお嬢様を叩いた私とルーデウスの距離はかなり近づいている。
魔術師がこの距離で剣士に勝つことはできない。
だからこそ、咄嗟に距離を取ろうとしたルーデウスは正しい。
でも、お嬢様も倒れちゃったことだし、そろそろ終わりにしようか。
ここまで有意義な戦いをしてくれたお礼だ。
最後くらい、私の
「必、殺」
私は剣を上段に構える。
未熟な私では、まだこの体勢からしか放てない必殺技。
だけど、その威力は絶大。
何せ、あの師匠を下した技なのだから。
「ギレーヌ、もどき」
「!!?」
正式名称すら知らない、2年前にギレーヌから盗み、そこから1年以上の時間をかけても劣化版しか覚えられなかった、未完の奥義がルーデウスに炸裂する。
この技の特徴は、なんと言ってもその速さだ。
ギレーヌに使われた時は目で追うことすらできなかった。
私のこの劣化版ですら、適切なタイミングで放てば、あの師匠が防御も回避もできないくらいの圧倒的な速度が出る。
技の発動に成功した時点で、そんじょそこらの相手なら確実な勝利が約束される、まさに必殺の一撃。
それを受けてルーデウスは気絶した。
もちろん手加減はしてるから死んでない。
「勝利」
とりあえず、動かない二人を尻目に、ギレーヌに向かってピースしておいた。
そんな私を、ギレーヌは唖然とした様子で見ている。
「最後のは『光の太刀』か? どこで覚えた?」
「光の、太刀? あれ、ギレーヌの、技。前に、会った、時に、見て、覚えた」
「…………お前は剣術においてはルーデウス並みにデタラメだな。エミリー、今日からお前は『剣聖』を名乗ることを許可する」
「へ?」
剣聖?
剣神流聖級ってこと?
「嬉しい、けど、そんな、簡単に、認めて、いいの?」
「構わん。光の太刀は剣神流の奥義。それを使えるようになることが剣聖昇格の条件だからな。少なくとも、あたしが修行した剣の聖地ではそうだった」
「へぇ」
私はいつの間にかそんな大層な技を覚えてたのか。
それにしても……ふ、ふふふ。
剣聖、『剣聖』エミリーか。
実にカッコ良くて素敵な響きだ。
こういうカッコ良い呼び名で呼ばれるのも、私の夢の一つだった。
世界最強の剣士になるって夢はまだまだ道半ばだけど、その中間目標にある夢の一つが叶ったのだ!
超嬉しい!
私は舞い上がった。
「ぶべっ!?」
なお、そんな浮ついた気持ちは、お嬢様とルーデウスを起こしてから行われたギレーヌとの戦いであっさりと吹き飛びました。
ギレーヌの圧倒的な剣速をどうにもできず、木刀で何度もぶっ叩かれ、顔が腫れ上がったり、全身が痣だらけになったり、ゲロ吐き散らしたりした。
それを治癒魔術で治しながら根性で食らいついて、そこそこ粘りはしたけど、前回よりマジになったギレーヌには全然勝てなかったよ。
結局、一度足りとも攻撃を当てることすらできなかった。
世界は広い。
「よくやったわ、ギレーヌ!」
ギレーヌにボッコボコにされる私を見て、お嬢様の溜飲が多少は下がったのが唯一の救いかな。
これで権力に殺されることは無いと思う。
まあ、お嬢様の好感度は依然マイナスに振り切れてて、盛大に嫌われたことには変わりないけどね。
そんなこんなで、私のボレアス家への訪問は終わりを告げた。
お嬢様に嫌われたのを除けば楽しかったよ。
得るものも多かったし、月一くらいでまた来よう。
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閑話
ルーデウス・グレイラットから見たエミリーという少女は、理不尽なほどの剣の天才だ。
5歳の頃から一緒に剣を習うことになったが、転生者であり、前世の記憶がある分、普通の子供よりは遥かに有利であるはずのルーデウスが積み重ねた努力を、初日であっさりと抜き去ってしまった。
その後も、どれだけ努力してもエミリーに追いつける気はしなかった。
パウロも感覚でやっていることを一度見ただけ聞いただけで理解してくれるエミリーに教えるのは楽しそうだったし、パウロの言ってることが感覚派すぎてさっぱり理解できないルーデウスとしてはあまり面白くない。
不貞腐れそうにもなったが、しかし世の中、自分より凄い天才なんてありふれている。
世の中そんなものだ。
自分が一番なんてことはないし、それを理由に努力をやめたら悲惨なことになると、前世で34歳無職ニートだった頃の記憶を戒めに努力を続けた。
まあ、エミリーは剣術以外基本ポンコツだったし、魔術を教えた時みたいな微笑ましい姿も見てるし、何より見た目が金髪ロリっ娘エルフという、それだけでご飯十杯はいけるレベルで好みの外見だったおかげで、不快感や劣等感がそこまで大きくならなかったのが幸いか。
おまわりさん、こいつです。
そんなルーデウスはある日、エミリーの姉であるシルフィをイジメから救った。
彼女は放っておいたらまたイジメられそうだし、自分もボッチでシルフィ以外に友達いないし(エミリーには多分友達認定されてないので除く)、ロキシーの授業を卒業して暇になった時間を使って、ずっと一緒にいた。
ルーデウスに自覚はなかったが、時間が経つほどにその関係は共依存へと変わっていったようで、それを危惧したパウロによってボレアス家へと強制的に出荷されることで引き離されたが。
そうして流れ着いたボレアス家にて、エリスという狂犬お嬢様の家庭教師をする日々。
受け入れてもらえるまでに一悶着あり、受け入れられてからも問題だらけだったが、それがようやくある程度落ち着いたと思った矢先に
ギレーヌは知っていたみたいだが、知ってたなら事前に教えておいてほしかった。
いくら前世を戒めにしているとはいえ、根が遠吠えしまくる負け犬根性全開のルーデウスでは、転生者なのに魔術を使っても勝てないだろう同年代として劣等感を煽りまくってくるエミリーと戦闘訓練の場で向き合うには覚悟がいるのだ。
そして、やはりと言うべきか、久しぶりに覚悟を問われるエミリーとの戦いが勃発してしまった。
ギレーヌに筋が良いと褒められているエリスと組んでの2対1。
途中、隙を突いた泥沼の魔術で逃げ場のない空中に追い詰めた時は「勝ったか!?」とぬか喜びしかけたが、直後に向こうもまさかの魔術を使ってきて、やっぱり負けた。
更に、その後に行われたギレーヌとエミリーの戦いを見て心が折れかけた。
ギレーヌは剣術があまり得意ではないルーデウスですら、その強さを肌で感じ取れるレベルの圧倒的強者だ。
前にルーデウスが殺されかけた誘拐犯を瞬殺してしまうほどの達人剣士。
そんなギレーヌが誘拐犯相手の時より本気で戦ってるように見えるのに、勝てないまでもかなり食らいついていたエミリーは、もうパウロより強く見える。
剣聖の認可まで貰ったみたいだし、ますます追いつける気がしない。
あれを見て逆に奮起したエリスは純粋に凄いと思った。
だが、エミリーが去り際に「今の、シル、ルーデウスより、強いかも」という爆弾発言を残していったことで、シルフィに幻滅されたくないという一心で、ルーデウスもまたエリス同様に奮起した。
「あいつ、いつか絶対殺してやるわ!」と叫ぶエリスに食らいついていき、ギレーヌとの魔術ありの模擬戦も積極的に行うようになる。
彼らの努力が未来をどう変えていくのか、それはまだ誰も知らない。
そうして、エミリーが月に一度くらいのペースでボレアス家に来訪するようになり、その度にエリスが噛みつき、ルーデウスの自信が粉砕され。
そんなやり取りの回数が10に届こうかという頃…………遂に、あの事件が発生した。
歴史を揺るがす、あの大事件が。
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14 ターニングポイント
「よ」
「ボギャアアアアア!?」
「ギャン!?」
「ギャウン!?」
「ギギャ!?」
森から出てきた魔物、ターミネートボア一匹と、それに率いられたドーベルマンみたいな魔物であるアサルトドッグ三匹を一瞬にして斬り裂く。
所要時間は一秒足らず。
剣聖としてはまずまずのタイムだ。
先日誕生日を迎え、10歳になった。
最近の私の生活は充実してる。
村では姉を鍛えつつ、私に追い越されて鍛え直してる師匠と共に研鑽を積む日々。
月一でのボレアス家への訪問も恒例行事になってる。
行く度にお嬢様が奇襲をかけてくるし、一回フィリップさんの厚意で泊めてもらった時には夜襲までかけてきたけど。
あれはあれで不意討ち対策の練習になったし、それより何よりギレーヌという格上剣士に毎回シゴいてもらえるというのが、とんでもない幸運だ。
上達の一番の秘訣は強い人の真似をすることと、強い人に相手してもらうこと。
おかげで、ボレアス家に行く度に私の剣は磨かれ、この前、遂にギレーヌから一本取ることに成功した。
たかが一本、されど一本。
確実に自分の成長が感じられて嬉しかった。
そして今、ターミネートボア達を狩ったみたいに、師匠と父の所属する自警団の狩りに交ぜてもらって、魔物相手の実戦経験も大分積み重ねた。
最初は生き物を斬る感覚に抵抗があったけど、これは剣士を続けていく上で避けては通れないことだと覚悟を決めれば、割とすんなり受け入れられた。
まあ、害獣駆除だしね。
日本でだって普通に行われてることだと思えば、そこまで気が重くなるものでもない。
最近では魔物を斬るのがちょっと楽しく……これは危ない人の兆候だから気をつけないと。
「ふぅ。最近はやけに魔物が多いな。大丈夫か、エミリー、ロールズ」
「問題なし」
「私も大丈夫です。娘には負けていられませんよ」
「ハハッ! 違いないな!」
快活に笑う師匠と、大丈夫と言いながらも若干の疲労を顔に滲ませる父。
師匠の言う通り、最近はなんか妙に魔物が活性化してて、体力のある私と師匠はともかく、父を含めた他の人達は結構疲れ気味だ。
師匠も師匠で、魔物退治に駆り出されまくるせいで、ルーデウスの10歳の誕生日にも行けなかったって嘆いてた。
どうも、この国では5歳、10歳、15歳の誕生日を盛大に祝う文化があるみたいで、親としてそれに出席できないっていうのはかなりショックみたい。
ちなみに、我が家の場合は元々貧乏な上に、まさかの双子が生まれちゃったから家計が火の車で、5歳の誕生日はなけなしのお金で姉に緑髪を隠せるフード付きの上着を買ってくるのが精一杯だったらしい。
緑髪のせいで起こるイジメを少しでもどうにかしようとした結果とはいえ、私にはプレゼントとか贈れなかったことを両親は今でも気にして謝ってきたりする。
個人的には師匠への顔繋ぎをしてくれたのが最高のプレゼントだし、罪悪感抱くくらい大事にしてくれる両親のところに生まれられて幸せだ。
前世の両親にも、もうちょっと親孝行したかったなと思ってしんみりはしたけど。
あ、ちなみに私達の10歳の誕生日については、なんと師匠が私達一家を家に招いてお祝いしてくれた。
両親は恐縮しきりだったけど、私は師匠達がまるで家族の一員みたいに扱ってくれたことが嬉しくて仕方なかったよ。
姉も色々と教わってるゼニスさんやリーリャさん、その娘であるノルンちゃんやアイシャちゃんに祝福されて嬉しそうだった。
誕生日プレゼントに、私は今魔物退治にも使ってる剣を、姉は主に水神流での護身に使う短剣を贈られて、更に嬉しさ天元突破だ。
このプレゼントは大事にしなくては。
……でも、他所の家の子である私達がこれだけお祝いしてもらったのに、実の息子のルーデウスの誕生日が仕方なかったとはいえ祝われないのは、ちょっと気の毒すぎる。
今度会ったら、もうちょっと優しくしてやろうと心に誓った。
そんなこんなで、朝から元気に湧いてきた魔物どもの処理も終わり、村へと帰還。
私と師匠、あと私達二人に守られてた父以外の人は、ゼニスさんのやってる治療院に向かった。
姉も多分、お手伝いに向かってると思う。
師匠もそんなゼニスさんのところへ向かうのか、それとも自宅に帰るのかは知らないけど、私達と別れて帰宅。
私と父も母の待つ家へと帰った。
「おかえりなさい、エミリー、あなた」
「ただいま、ボニー」
「ただいま」
10年経って、さすがに少しは流暢になった言葉でただいまを言う。
古びたボロい一軒家だけど、家族が迎えてくれるこの場所が私は好きだ。
この国では15歳で成人みたいだし、そのくらいの歳になったら武者修行の旅に出るつもりだけど、定期的に帰ってこようと思う。
「シルフィは?」
「いつも通り、ゼニスさんのお手伝いに行ったわ」
「そうか」
父と母のそんな会話を聞きつつ、しばらくまったりする。
平和だ。
武者修行の旅に出たら、こんなにゆっくりできることってないかもしれないし、今のうちにこの平和を満喫しておこう。
「ん?」
そうやってのんびりしてた時、ふと私の右眼が変な魔力の流れを捉えた。
多分私と同じ眼を持ってるっぽいギレーヌは、自然界に満ちる膨大な魔力が見えちゃうらしくて、見え過ぎて疲れるって理由で普段は眼帯で魔眼を隠してる。
でも、私の魔眼はギレーヌに比べて出力が低いのか何なのか、人の体から漏れ出す闘気や魔術の僅かな魔力しか見えない。
そんな私の眼が、家の中に流れてくる魔力を捉えた。
今までになかった事態、つまり異常だ。
そういうのを感じた時は最大限の警戒をしろって師匠に叩き込まれたので、私は咄嗟に近くに置いてた誕生日プレゼントの剣を手に取り、次いでこの魔力が流れてきてる大元を探して眼を向けた。
「何、あれ……?」
異常な魔力の大元は空だった。
ここじゃない、恐らくはロアの街の真上あたりの空に、尋常ならざる魔力が雲みたいな形で渦を巻いている。
出力の低い私の眼にすらハッキリと、眩しいくらいにハッキリと映し出される異常。
ルーデウス曰く、魔術の師匠であるロキシーさんの卒業試験で、水聖級魔術とかいうとんでもない魔術を村の近くで使ったことがあるらしいけど、その時ですら私の眼は何も映さなかったというのに。
しかも、その魔力の色もおかしい。
魔力には色がある。
透明に近い純粋な闘気の魔力、水や風なんかの属性に変換されて青や緑に変わる魔力。
私が見たことある変な魔力は、せいぜいルーデウスが二種類の魔術を交ぜた時に見えるやつくらい。
だけど、あの空に渦巻く魔力の色は二色どころじゃない。
茶色、紫、黒、黄色。
どれもルーデウスの魔術なんかとは比べものにならないくらい強くて濃い色が、うねるように混ざり合ってぐちゃぐちゃになっている。
ヤバい。
あれはヤバい。
剣術とか魔術とか、そういう人間が行使し得る手段じゃどうにもならないタイプのやつだと直感した。
大地震とか大津波とか巨大台風とか、そういう天災にカテゴライズされるやつだよ、あれは。
そんな天災のごとき魔力が、私の見てる前で地面に落ちた。
落ちた地点から爆発的に広がっていく魔力の津波。
あれはここまで余裕で到達する。
でも、何もできない。
あれを前に、ちょっとファンタジー剣術が使える程度の人間が何かをできるわけがない。
それでも私はせめてもの抵抗として、突然様子の変わった私を見て心配そうな顔をしていた両親に飛びついた。
意味のない行動だと思う。
あの魔力の津波がどんな現象を引き起こすのかわからないけど、なんにしても膨大な魔力にもみくちゃにされてすり潰される予感しかしない。
でも、例えそうだったとしても、せめて手の届く場所にいる二人の助かる可能性を少しでも上げたくて、私は二人を地面に押し倒して身を屈めた。
次の瞬間、私の意識は魔力の奔流に飲み込まれ、真っ白に染まった。
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15 転移
「え?」
気がついた時、私の目には理解できない光景が飛び込んできた。
目に映る景色は森の中。
そこで父が血を流して倒れている。
母の方は山賊みたいな格好した男どもに、今にも服を剥かれそうになっている。
そして、私は誰かに首根っこを掴まれて猫みたいに持ち上げられていた。
「え? え?」
何がどうなってるのかわからない。
意味がわからない。
わけがわからない。
頭が混乱する。
私達は確か、あの魔力の津波に飲み込まれて、それで……
「いやぁーーー!!」
「大人しくしやがれ!」
「ッ!?」
だけど、混乱した頭の中に母の悲鳴が響いた瞬間、私の体は勝手に動き出した。
わけのわからない状況の中、それでも戦う訓練を積み重ねてきた体は動いてくれた。
あいつらは誰だとか、ここはどこだとか、あの魔力の津波に飲まれてどうなったのかとか、その全てを一旦頭の隅に追いやって、師匠仕込みの直感に任せた動きで緊急事態に対処する。
そうじゃないと家族が危ないという焦りは、体を無理矢理動かすこの上ない原動力になった。
「シッ!」
まずは私を後ろから摘み上げてる手に向かって、挟み潰すように両手の拳で殴る。
生まれついての体質を聖級剣士の闘気で強化した私の力に耐えられず、私を掴んでいた手はグチャって音を立ててぶっ壊れた。
「ギャーーー!!?」
背後から聞こえてきたのは、年若い男の悲鳴。
それを無視して体を捻り、自分に向かって衝撃波の魔術を発動。
私を掴んでいた手首の砕けた手を引き千切りながら一気に加速し、まずは母を剥こうとしていた男の一人に体当たりをかます!
「げぼぉ!?」
それだけで首が変な方向に曲がった男の体が吹き飛ぶ。
何故か私の剣が見当たらなかったから、吹っ飛ぶそいつの腰から一瞬のうちに剣を奪って、母の近くにいた残りの男どもも斬り捨てる。
更に、今度は魔術より手っ取り早く普通に地面を蹴って加速。
恐らくは父に怪我を負わせたと思わしき奴に斬りかかる。
剣神流『光の太刀』!
「え……ぐぎゃ!?」
そいつは私の動きに反応することもできず真っ二つになった。
人を殺したことに何かを思う暇もない。
まだ山賊っぽい奴らは10人以上残っている。
こいつらは両親に危害を加えた敵だ。
魔物と同じだ。
排除しないと、こっちがやられる。
「ッ……!」
迷うな。
考えるな。
手の震えは無視しろ。
嫌な汗も、荒い呼吸も、バクバクと跳ねる心臓の鼓動も無視しろ。
家族を守りたければ、斬れ!!
「ああああああああああ!!」
「な、なんだテメェ!? ギャーーー!?」
「こ、このガキ! ぐはぁ!?」
「よくも部下達を! 北神流上級剣士の俺が相手だ! ぐっはぁ!?」
斬る斬る斬る。
殺す殺す殺す。
剣聖の速さと水神流上級の防御力、北神流上級の立ち回りを持って、数秒のうちに山賊どもを皆殺しにした。
そうやって直近の脅威を取り除き、急いで倒れてる父の治療を始める。
「『ヒーリング』」
無詠唱治癒魔術。
姉やゼニスさんに習って数年がかりで覚えた、私が使える唯一の怪我に対する治療手段だ。
他の魔術は詠唱するよりむしろ無詠唱の方が使いやすかったんだけど、これと解毒魔術だけは中々感覚を掴めなくて、修行の怪我を何回も何回も治してもらってるうちに、ようやく感覚を覚えて会得した魔術。
これでダメだったらと考えると恐怖で心臓が早鐘を打ったけど、幸い父の怪我はそこまで深刻じゃなかったみたいで、初級の治癒魔術でも殆どの傷は塞がった。
一番深い傷だけは治し切れなかったけど、血は止まってる。
息もしてるし脈も正常だから、とりあえず父が死ぬ可能性は大きく下がったと思う。
でも父を傷付けた武器に毒でも塗られてたら怖いから、念のために解毒魔術も父にかけ、それから気絶してる父を担いで呆然としてる母のもとへ向かう。
私は母を安心させるために、大きく頷いて「父は、大丈夫」と伝えると、母は涙を流しながら私達を抱きしめて「よかった……! よかった……!」と安心してくれた。
でも、やっぱり怖かったんだと思う。
母の体は未だに小刻みに震えていた。
そんな母を抱きしめてると、初めて人を殺した感覚よりも、母への心配の方が勝る。
私は手に残る人体を斬った嫌な感触を努めて無視した。
初めて魔物を斬った時と同じように。
大丈夫。
剣の道を志した以上、いつかはこういう日がくるって師匠に散々言われてきた。
初めて魔物を斬った時、戦いに生きるなら、必ず人を斬る日もくるって言われた。
それでも道を変えなかったのは私だ。
覚悟を決めて突き進んだのは私だ。
だから、大丈夫。
覚悟はとっくに決まってたはずだ。
少なくとも決めた気にはなってたはずだ。
それを問われる場面が、たまたま今日この瞬間に来ただけ。
だから、大丈夫。
大丈夫。大丈夫。
それなのに震える私の体を、母が更に力を込めてギュッと抱きしめてくれた。
自分だって震えてるのに、私を優先して優しく頭を撫でてくれた。
そのおかげで、ちょっとずつ、ちょっとずつ、体の震えが収まっていくのを感じた。
「ひぃ……! 痛ぇ……痛ぇよぉ……!」
そうして、どうにか平常心を取り戻せた頃。
後ろの方からそんな感じのすすり泣く声が聞こえてきた。
声の発生源には、千切れた右手を押さえてうずくまってる年若い男の姿が。
ああ、こいつ最初に私を摘み上げてた奴か。
向かって来なかった上にうずくまってたから、視界から外れてたわ。
私は「もう、大丈夫」と伝えて母の腕の中から抜け出し、それでも心配そうな母に父を託して、一応警戒しながらそいつのもとへ近づいた。
そして、山賊から奪った剣をそいつに突きつける。
「ひぃ!?」
「答えろ。お前達は、誰? なんで、私達、襲った?」
「お、俺達はしがない傭兵だよぉ! ディクト王国に雇われてたんだけど、ついさっき滅茶苦茶な乱戦があって、怖くて逃げたんだ!
お前らは森の中を逃げてる時に出くわして、弱そうなカモだと思ったからそれで!」
痛みから恐怖からか、男は素直にプロフィールと内心をぶち撒けてくれた。
結果、同情の余地なし。
殺されて当然の理由で襲ってきたクズどもだってことが判明した。
というか、ディクト王国?
聞いたことない国名が出てきた。
「ディクト王国って、どこ?」
「こ、ここから北に行ったところにある国で……」
「違う。世界の、どこ?」
「は?」
意味わからんと言わんばかりに疑問の声を上げた男に、いいから答えろと、突きつけた剣を更に前に押し出す。
逆境に弱いタイプなのか、そうしたら叫ぶような声でちゃんと答えてくれた。
「南部だよ! 中央大陸南部の北の方! 『紛争地帯』! そこの更に北の方にある国だ!」
「…………は?」
今度は私が意味わからんって感じの声を漏らす番だった。
中央大陸南部の紛争地帯?
知らないところだ。
将来は武者修行の旅に出たいってことで、前に師匠に世界地図を描いて見せてもらったことがあるけど、地面に木の枝で書いた大雑把な地図だったから、細かいところとか覚えてないんだよ。
覚えてるのはせいぜい世界に五つある大陸の名前と、故郷であるアスラ王国、王竜王国、ミリス神聖国の世界三大国家、あとは剣の聖地という心躍る場所くらいだ。
つまり、ここがどこだかわかんない。
どこだかわかんないような場所に、気絶してる間に移動したらしいってことだけがわかった。
どういうことだってばよ?
「なぁ、もういいだろ!? 正直に答えたんだから見逃してくれよ!」
「ダメ」
とりあえずもうちょっと考える時間が欲しいので、貴重な情報源は頭を叩いて気絶させた上で、死なれないように千切れた手首の止血だけ一応しといた。
私よりずっと長く生きてて、師匠ほどじゃないけど昔は世界を回ったことがあるっていう父が起きたら、改めて尋問しよう。
あ、っていうかこいつ、腰に私の誕生日プレゼントの剣差してるじゃん。
無いと思ったらこいつに盗まれてたんだ。
私の宝物を盗むとは太ぇ野郎だ。
剣を回収した上で、こいつに遠慮はいらないと改めて思った。
どこかの街についたら野盗として衛兵にでも突き出してやる。
そんなことを考えられるくらいには、私の精神は回復していた。
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16 現状確認
あの後、山賊ども(情報源の証言が正しいなら傭兵崩れ)の死体の臭いに釣られてか、魔物が寄ってくるようになったので、持てるだけの装備を剥ぎ取り、父と情報源を担いで比較的安全そうな場所に移動した。
相変わらず森の中だから、気休め程度の安全性だけど。
尚、傭兵崩れどもの装備を剥いでいこうというのは母の提案だ。
私達は着の身着のままでこの森に放り出されたので、現在一文無し。
唯一の財産は、誕生日プレゼントの剣と、師匠の真似をして剣帯に付けておいた冒険者カードだけ。
だったら、手っ取り早く金になりそうなものは何がなんでも持っていくべきだと言われた。
母も大分苦労するような人生送ってきたらしいので、私なんぞより遥かに逞しかったのだ。
それから数時間程度の時間が経ち、母と私の必死の看病の甲斐あって、気絶してた父がようやく目を覚ましてくれた。
「あなた! あなたぁ!」
「ごめんな、二人とも……心配かけて」
「いい。父、悪くない。悪いの、こいつら」
心底心苦しそうにする父を慰めるために、持ってきた情報源に軽く蹴りを入れておいた。
気絶しながら呻いたので、上に座って椅子にしてやった。
慈悲はない。
それから、父と母と共に現状の確認を始める。
まず、二人にもなんで自分達がこんなところにいるのか理解はできてなかった。
つまり、まずあり得ないとは思ってたけど、私が気絶してる間に二人が私と一緒にここに移動したって可能性はゼロだ。
それなら、原因は一つしか思い浮かばない。
「あの、魔力の、雲」
「魔力の雲? ああ、あの不気味な空模様のことかい?」
「そう」
私は二人に、あの時に魔眼で見た光景のことを伝えた。
尋常ならざる魔力の奔流。
それが地面に落ち、周辺一帯に津波のように広がっていった様子。
それを聞いた二人は、やっぱり私と同じ結論を出した。
あの魔力のせいで、私達はこんなところに吹き飛ばされたのだろうと。
恐らく、転移の魔術に近いものじゃないかと父は言った。
転移、つまり瞬間移動。
この世界には禁術だけどそういう魔術があり、自然界にも迷宮っていう場所には転移を使った罠みたいなものがあるんだとか。
あの魔力は、そんな転移の罠の超大規模版じゃないかっていうのが父の予想。
これはまだ運が良かったと言うべきなんだと思う。
あれが転移じゃなくて破壊の魔力だったら、今頃私達は確実に生きていない。
だけど、そうなってくると……
「父。シルは、師匠達は、どうなったと、思う?」
「…………運が良ければ安全な場所に飛ばされてるはずだ」
「……そっか」
父はそうとしか言わなかった。
私もそうとしか返せなかった。
お互いに最悪の可能性なんて想像したくもなかったから。
全く、平和を満喫しておこうとか思った矢先にこれとか、世界は容赦ないにもほどがあるんじゃないかなぁ。
前世の最期のトラックといい、理不尽はいつも突然にやってくる。
でも、嘆いてばかりもいられない。
私達がこうして生きてる以上、姉だって師匠達だって生きてる可能性はある。
私達は生きてることを信じて動くしかない。
「とりあえず、私達はフィットア領を目指そう。そこでこの事件の正確な情報を得る。まずはそこからだ」
「そうね」
「わかった」
今できることはそれしかないか。
仮に、この付近に姉や師匠達も転移してると確定してるんだったら、何がなんでもこのあたりを探すべきなんだろうけど、どこに転移したかは不明。
転移の規模がどれだけ大きいのかも不明。
飛ばされる範囲が中央大陸限定なのか、それとも世界全体のどこかに飛ばされてしまうのかも不明。
おまけに父は手負いで、母は非戦闘員で、ここは世界でも屈指の危険地帯。
悠長に周辺を捜索してる余裕はない。
こんな状態じゃ、とりあえずわかりやすい目的地である故郷を、安全な場所を目指すしかない。
多分、転移させられた人の大半は帰ろうとするだろうし、運が良ければその中に姉や師匠達もいるはずだから。
そして、帰還のために必要なのは、現在地の情報だ。
というわけで、情報源を叩き起こして今度は父が尋問を開始した。
もちろん、私が睨みを効かせて嘘なんか吐けないように威圧しながら。
結果、父は私よりも多くの情報を情報源から引き出してくれた。
剥ぎ取った装備の中に、傭兵親分が記してたという紛争地帯の主だった国、つまりこいつらにとっては商売相手の情報が書かれたメモがあったと判明したのは大きい。
それをもとに、まずはこの紛争地帯とかいう場所を抜けることを目指す。
「よし、二人とも。まずは南に向かうよ」
「了解」
ここは中央大陸南部の北の方。
そして、フィットア領のあるアスラ王国は中央大陸西部。
地理的には、まっすぐ西に向かえば辿り着ける。
だったら、素直に西に進んだ方がいいんじゃないかと思うところだけど、中央大陸は南部、西部、北部の間に横たわる『赤竜山脈』っていう山々のせいで三つに分断されてるらしい。
そこは単純に山としての厳しさ以上に、
通れるのは人知を超えた力の持ち主、世界最強と言われる七人の武人『七大列強』くらいだろうと前に師匠は言っていた。
ちなみに、七大列強の序列一位は私の夢の最終目標だったりするんだけど、それは今は置いとく。
とにかく、今は紛争地帯を抜けるべく南に向かってゴーだ。
紛争地帯さえ抜ければ、その先にはアスラ王国にも通じてる中央大陸を横断する最も大きい街道があるらしいので、そこまで行けば一安心。
ここは紛争地帯の中でもかなり奥地の方らしいから、そう簡単にはいかないだろうけどね……。
まあ、何はともあれ行くしかない。
まずは第一目標、傷の治り切ってない父の治療ができそうな街か村を目指して出発だ。
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17 紛争地帯
「ハァ……ハァ……きっつ」
転移が起きてから一ヶ月が経った。
私はもうこの時点で疲労困憊である。
ここまでの道のりは本当にキツかった。
情報源に案内させて最初の森から街に出たはいいものの、滞在一日目でその街が戦火に包まれた時なんか唖然としたよ。
どうも、このあたり一帯がディクト王国、ブローズ帝国、マルキエン傭兵国という三つの国によるバトルロイヤルの舞台になってたみたいで、父の治療すらまともにできずに逃げ出すはめになった。
街を囲む兵士の群れを強行突破した時に情報源に逃げられたし、父の治療が充分じゃなかったから傷が開いて大変なことになったし、踏んだり蹴ったりだ。
そして、そのバトルロイヤル地帯を抜けるために、軍隊が布陣してる街道を避けて森に入れば、当然のように魔物が襲ってくる。
熟練の狩人である父のアドバイスのおかげで、強そうな魔物の痕跡を見つけてなるべく遭遇しないように努力はしたけど、その父が万全じゃなかった上に、アドバイスを実行する私がポンコツ晒したせいで、遭遇を避けたつもりが大物にエンカウント。
死闘になって私自身が死にかけたりもした。
その時の相手は青いドラゴンだったんだけど、父に聞いてみたら危険度Sランクの怪物だってさ。
Sランクっていうのは、最上位の魔物って意味だよこんちくしょー!
本来、中央大陸南部はそんなに魔物が強くない地域らしいんだけど、でっかい森の主とか、渡り鳥みたいに世界を飛び回ってる魔物とか、例外はそれなりにいるらしい。
あの青いドラゴン、
本来なら雲の上の遥か上空にしかいないはずだし、見た目も空を飛ぶこと前提で陸上戦を想定してないかのようなフォルムだったのに、何故か地上にいた。
何かの拍子に打ち落とされたのかもしれない。
そんなのに遭遇するとか、どんだけ運が悪いのかと。
しかも、戦闘になったら普通に飛ぼうとしてきたし!
まあ、青竜みたいな例外はさすがにそれっきりだったけど、他の魔物だって群れで襲ってきたら充分に脅威だ。
私一人ならともかく、手負いの父と戦えない母を庇いながらだと中々厳しい。
おまけに、森の中を進んでると定期的に野盗とか作戦行動中の兵士に出会ったりするんだよね。
で、出会ったら問答無用で襲いかかってくる。
野盗は言わずもがな、兵士の方にも「作戦の邪魔だ! 目撃者は殺せ!」みたいな感じで襲いかかられて、何回か返り討ちにしてたら、そのうち逃した奴が本国に報せたみたいで、私達の特徴が兵士達に知られるようになり、より積極的に殺しにくるようになった。
ふざけんな!
おかげで、私の殺人数が軽く三桁を越えてSAN値が直葬されそうだよ。
転移初日に人斬りの覚悟は改めて固めたし、相手はこっちを殺しにきてた連中だから正当防衛とはいえ、こう立て続けに来られるとさすがに参る……。
この紛争地帯という場所は、人間ってこんな簡単に死ぬんだなっていう恐ろしい真理を、私の魂の奥底にまで刻み込んでくれた。
おかげで毎夜悪夢にうなされ、正気度が削り切られる前に魔物狩りみたいに慣れて、あるいは正気度とはまた別の何か大切なものがすり切れて、大した感慨を抱かなくなっちゃったのは良かったのか悪かったのか。
あと、あいつら魔物と違って悪意の塊だから、積極的に父と母を人質に取ろうとしてくる点も私の精神を摩耗させる。
更に最悪なことに、そんな連中の中にたまーに私と同格の聖級剣士がいたりするんだよ。
この一ヶ月で二人見た。
武者修行の旅で出会ったんだったら歓喜しただろうけど、家族まで危険に晒される極限状態の中で出会ったら悪夢なだけだ。
その二人は習得してる流派の数を頼りに斬り殺したけど、仲間も連れてたし、人質戦術も当然の権利のように狙ってきたから、どっちの戦いも青竜並みの死闘だった。
それを乗り切るために手負いの父に無茶をさせてしまい、怪我が酷くなっちゃってる。
早く少しは落ち着ける場所で治療をしたい。
というか、医者に診せたい。
さて、ここまで絶望的なことばっかり言ってきたけど、希望が全くないわけじゃないんだよ。
努力の甲斐あって、遂に私達は三国によるバトルロイヤル地帯をもうちょっとで抜けられるところまで来たのだ。
襲ってきた連中から聞き出した情報によると、その三国は滅びるかどうかの瀬戸際の戦いをしてる上に、死にかけの三国からどさくさ紛れに利権を奪おうと他国の部隊まで乱入してくる混沌っぷりだったからこそ、ここら一帯はひときわヤバかっただけで、他の国ならまだもう少しはマシとのこと。
いくら紛争地帯とはいえ、使えるだけの戦力を使った総力戦なんてしてるところはそう多くない。
どっちかというと、睨み合いやら冷戦やらの方が多いから、そういう薄氷の上の平和を維持してる国なら、主要な街道全てに軍隊が布陣してたり、街がなんの前触れもなく戦火に包まれるなんてことも……ないとは言えないけど可能性は低いらしい。
そこまで行ければ、父をしっかり休ませることもできるはず。
最初の峠を越えるまでもう少しだ。
それを希望に、私は警戒のために剣を抱いて仮眠に入る。
母が父の看病の殆どを引き受けてくれたからこそ取れた時間だ。
その他でも戦闘以外のところで母には助けられっぱなしなんだよ。
母に支えてもらえなければ、父にアドバイスをもらえなければ、私はここで力尽きるか、人斬りの業を抱え切れずに野垂れ死んでたと思う。
二人には感謝しかない。
なのに、二人とも足手まといになってゴメンとか言うんだもん。
それは違うと本気で怒ったよ。
そんなことを考えてる間に、疲労によって私の意識は落ちていった。
◆◆◆
気づけば白い場所にいた。
前後左右上下全てが白い。
白以外の何も見えない、何もない不思議な場所。
「やあ、はじめまして、エミリーちゃん」
そこに、周囲の白に同化するかのように、白いモザイクのような何かを纏った存在がいた。
「僕は
ヒトガミ。
そう名乗った何かが、胡散臭い笑顔で私に笑いかけた。
ヒトガミ様、弱ったところに手を差し出していくスタイル。
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18 白い夢
目の前にはヒトガミと名乗る謎の存在。
周囲はこの世のものとは思えないほど何もない真っ白な空間。
随分妙な夢だなぁ。
こんな夢を見るなんて疲れてるのかもしれない。
いや、疲れてたわ。
疑問を挟む余地もなく疲れてたわ。
なんか体に違和感を覚えて自分の体を見下ろしてみれば、今世のエルフボディじゃなくて前世のJKボディに戻ってるし、ここ最近の殺伐とし過ぎた環境のせいで、退屈だったけど平和だった前世の感覚を無意識に求めてるのかな?
「お疲れだねぇ。でも、この夢は君の疲れが見せた荒唐無稽な夢じゃないよ。僕が夢を通して君に語りかけてるのさ」
へー。
どぉーーーでもいい。
今の私に必要なのはヒトガミなる正体不明の存在じゃなくて、この紛争地帯を乗り越えて姉や師匠達を探しにいけるだけの体力だ。
とっととレム睡眠からノンレム睡眠に切り替えよう。
そう思って、私は夢の世界で更に寝るために白い地面に寝転がった。
「ちょっとちょっと! 完全無視は酷くないかい!? 異世界人って皆そんな感じなの!?」
ヒトガミがなんか騒いでる。
うるさいなぁ。
疲れてるんだから、静かに寝かせてくださいよ。
「異世界って単語を出してもここまで無視されるとは思わなかったよ……。君、ホントに前世に未練とか執着とかないんだねぇ」
いや、未練くらいあるわ。失礼な。
もっと親孝行とかするべきだったし、友達とかにも突然死んじゃって申し訳ないと思ってるよ。
ただ、あれって私の不注意もあっただろうけど、ほぼ完全に不幸な事故だったし、それまでの自分の行動に悔いが殆どないから、過去を振り返るより今を頑張って生きようって思えるだけだ。
「あら、前向き。どこかの誰かとは大違いだ。でも、それならこんな話はどうかな? ━━僕なら君のお姉さんの居場所を教えてあげられるよ。もちろん、君の師匠やその家族の居場所もね」
…………なぬ?
その言葉を聞いて、目の前のヒトガミなる存在に若干の興味が湧いてきた。
まあ、どうせ夢だろうし、探す当てもないし、話を聞くだけ聞いてもいいかもしれない。
「お、やっと僕に興味持ってくれたねぇ! いやー、嬉しい!」
そういうのいいから、早く本題に入ってくれません?
「君、態度大きくない? これを伝えたら僕は一応、君の恩人ってことになると思うんだけど?」
荒唐無稽な夢だと思ってるもんで。
「……うん、まあいいや。とりあえず、君のお姉さんはアスラ王国にいるよ。フィットア領じゃないけどね。
逆に師匠の方は今、フィットア領の近くまで帰ってこれてる。その後は多分、ミリス神聖国に向かうだろうね。
他の家族は……いや、そこまで教えちゃうとサービスし過ぎか」
えー、そこで焦らすの?
「教えてほしかったら、もうちょっと僕を敬って信頼関係を築いてからさ。
知り合ったばかりの相手に教えるにしては、これだって破格の情報だよ?」
んー、まあ、確かに。
教えてくれて、ありがとう。
所詮はただの夢だと思うけど、一縷の望みにかけて、紛争地帯を抜けたらその二つの国を真っ先に調べてみるよ。
ダーツで目的地決めるのと同じくらいの効果はあるでしょ。
「だーかーらー! ただの夢じゃないっていうのにー!
……ハァ、まあ仕方ない。信じないなら信じないでもいいよ。
ただ、最後にこれだけは聞いてほしい。これはお姉さんのことでも師匠のことでもなく、君の今後に対しての助言だ」
私の今後?
「そうだよ。このままだと君、お姉さんや師匠を見つけるどころか、両親を守り切れるかも怪しいでしょ?」
……まあ、確かにね。
今凄い大変だし。
何か紛争地帯を抜けるコツとか知ってるなら、是非とも教えてほしい。
「よろしい。オホンッ! エミリーよ、現在想定しているルートを迂回して進み、その先で出会うビゴという男に助けを求めなさい。
さすれば両親を助けることができるでしょう。しかし、そのまま進めば、君はとんでもない化け物と戦うことになるでしょう」
は?
何それ、もっと詳しく……
そう思ったところで、ヒトガミの声はエコーを残しながら、その姿と一緒に遠ざかっていった。
◆◆◆
目が覚める。
体はJKボディではなく、疲労困憊のエルフボディに戻っていた。
そして、目の前にあるのは真っ白な空間ではなく、昨日寝泊まりした宿の中。
目の前にいるのはモザイクのかかった神様ではなく、まだ眠ってる父と、そんな父を看病してる母だ。
「おはよう、エミリー」
「おはよう、母。父の、様子、どう?」
「……あんまり良くないわ。傷のせいか、ちょっと熱っぽくて」
「……そう」
そんな母の言葉を聞きながら、私は父にもはやルーティンワークと化した治癒魔術と解毒魔術をかける。
私の腕が未熟だから傷はそこまで回復しないし、熱も少ししたらぶり返す。
やっぱり、一刻も早くちゃんとした医者に診てもらうべきだ。
「迂回、してる暇、ないよね」
「ん? エミリー、何か言った?」
「ううん。なんでも、ない」
私はヒトガミの助言を無視し、最短ルートでバトルロイヤル地帯を抜けることを決意した。
夢なんかを信じて取り返しのつかないことになったら笑えないから。
例え化け物と戦うことになったとしても、夢を信じた結果、父が手遅れになるよりはずっといい。
そうして、この先の道で私は本当にヒトガミの言った通り化け物と出会うことになる。
それこそが私の運命を大きく変える出会いになるということを、この時の私はまだ知らない。
まさかのガン無視。
ヒトガミ痛恨のミス!
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19 化け物との出会い
ヒトガミの夢を見た日の午後。
私達は街を出て、森の中を進んでいた。
街道はいつも通り軍隊が封鎖してる可能性があるから使わない。
仮に封鎖されてなかったとしても、ここらは道を阻む関所のチェックがやたら厳しい。
国民の流出でも懸念してるのか、基本的に関所は難癖つけて、通行しようとする人全員を国内に押し返すのだ。
来る者拒み、去る者逃さずって感じだよ。
そんなことしたら国の流通とか止まりそうなもんだけど、崩壊寸前の国にはそこまで考える余裕がないのかもしれない。
狂気。
そんなわけで、私達は通れる場所が消去法でここしかないので、街道から外れた森の中を進んでいる。
当然、森は森で危険がある。
ここまでの道中で嫌というほど思い知らされた危険が。
まず魔物。
これはいい。もう慣れた。
対魔物戦の経験値を積んだ今、青竜みたいなヤバい奴さえ現れなければ問題ない。
次に、野盗と兵士。
これもまだいい。
人を斬ることへの躊躇なんて、とっくの昔にそこら辺に捨ててきた。
そうじゃないと、この紛争地帯は生き抜けない。
こっちも聖級剣士みたいな強敵さえ出てこなければ問題なし。
多くの剣士や戦士達との戦闘経験を積み重ね、自分だけでなく両親も守らなくてはという重圧の中で戦い続けたおかげで、皮肉なことに私の戦闘力自体は上がってるからね。
転移のおかげとは口が裂けても言いたくないけど。
で、そうなると懸念は当然、青竜や聖級剣士みたいな強敵だ。
どこまで運が悪いのか、今日も私達はこれに出くわしてしまった。
発端はいつものように、見覚えのある国の鎧に身を包んだ兵士達に見つかったこと。
バトルロイヤルしてる三国のうちの一国の兵士だ。
こいつらは、まるで何かに誘導でもされてるかのように、毎度毎度的確に私達のところに現れる。
そして、いつものように「殺せ!」となり、いつものように私とそいつらによる殺し合いが始まった。
ただ、その日いつもと違ったのは、
「突撃ーーー!!」
「くたばれ! ディクトのカス野郎どもぉ!!」
「なっ!? ブローズのクズどもだと!?」
「迎え撃てぇ!!」
途中で三国のうちのもう一国の兵士達が乱入してきたことだと思う。
そこからは三つ巴の戦いになった。
このまま乱戦に紛れて逃げたいと切に思ったけど、そう上手くはいかない。
こっちには、これまでの戦いで満身創痍の父と、その父を支えて機動力が鈍ってる母がいるのだ。
二人を守りながら戦線離脱するのはキツい。
背中を見せたらやられる。
しかも、私がなまじ強くて兵士達を斬り殺してるせいで、奴らの中で私の撃破優先度が下がらないのも辛い。
だからって、殺さないように手加減なんかしても、奴らの攻勢が強まるだけだ。
この紛争地帯で一度戦闘になれば話し合いは通じない。
二人を守るには、奴らの魔の手が二人に伸びる前に皆殺しにするしかない。
でも、今回は両国合わせて30人くらいの兵士と、おまけに何人かの魔術師、果ては両陣営に一人ずつ聖級剣士と思われる奴らまでいるから、もう運が悪いとかそういうレベルじゃないよ!
運命に嫌われてるか、そうじゃないなら何者かの作為を感じるレベル!
でも、悲劇はまだ終わっていなかった。
むしろ、本当の悪夢の始まりはここからだった。
「グォオオオオオオ!!!」
突如凄まじい咆哮が鳴り響き、轟音と共にそれが戦場に乱入してくる。
翼を持つのに地を這っている、赤い鱗の竜。
━━
中央大陸を分断する赤竜山脈にて、あらゆる者の通行を阻む番人。
こいつがそうだと直感した。
多分、はぐれ竜ってやつだ。
何かの拍子に赤竜山脈から離れ、地に落ち、飛行能力がお粗末だから帰れなくなった赤竜の個体。
そう言うと間抜けなエピソードに聞こえるけど、はぐれ竜は単独討伐がロマンとして語られるくらい有名な『天災』だ。
こいつを倒すためには、事前に罠に嵌めた上で、万全の準備を整えた高ランクの冒険者パーティーが束になってかからないといけないらしい。
前に死闘を演じて殺されかけた青竜と同格の魔物。
それが、あの時よりも疲弊したところに、あの時と違って他にも気をつけないといけない敵がいる状況で現れてしまった。
でも、真の悪夢は赤竜の襲来なんかじゃない。
これだけなら、むしろピンチであると同時にチャンスだ。
こんなデカくてわかりやすい敵なら、兵士達は私よりこいつを優先するはず。
そうすれば、赤竜が兵士達と戦ってる間に逃げられるかもしれない。
だから、真の悪夢はこれじゃない。
本当の化け物は、赤竜の襲来から数秒もしないうちに現れた。
「とりぁあああああ!!」
雄叫びを上げながら、棍棒のような武器を持った、一人の男が現れる。
50代くらいの、黒髪の中年男性。
見た目は普通の人間にしか見えない。
そう、見た目だけは。
私はその男を一目見た瞬間から、この右眼の魔眼が男の姿を捉えた瞬間から……冷や汗が噴き出して止まらなかった。
「せぇえええええい!!」
「ギャアアアアアアアアア!!?」
男が振るった棍棒が赤竜の頭に直撃する。
一撃。
たった一撃で、私が死ぬ気で倒した青竜と同格の魔物が、天災と謳われる有名な怪物が、頭部をひしゃげながら絶命した。
驚愕、唖然。
何が起こったのかわからない。
この場にいる大体の人はそう思ったことだろう。
私としては、むしろ当然の結果すぎて、驚く代わりに戦慄が止まらなかったけど。
「やあやあ! 私は昨日マルキエン傭兵国に雇われた流離いの傭兵、シャンドル・フォン・グランドール! 紛争地帯の勇士達よ! いざ、尋常に勝負をしよう!」
マルキエン傭兵国。
バトルロイヤルやってる三国の中の最後の一国。
そこの傭兵を名乗る化け物を見て、ああ、ヒトガミの助言に従っとけばよかったかなと、私は今更ながら後悔し始めていた。
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20 蹂躪
「マ、マルキエンの犬だと!?」
「こ、殺せ! 殺せぇーーー!!」
男が敵国所属だと名乗ったからか、それとも威圧を撒き散らすように一歩一歩迫ってくる恐怖を振り払うためか。
兵士達は一斉に男に向かって飛びかかっていった。
きっと、誰一人逃げずに向かっていったのは、赤竜が現れてからの展開が急すぎて頭がついていかなかっただけかもしれないけど、逃げてもどうせこの男からは逃げ切れないと、無意識のうちに全員が悟ったからだと思う。
私もそんな奴らの例に漏れなかった。
多分、この黒髪男が本気になったら、この場の全員を皆殺しにするのに10秒かからない。
魔眼が見抜いたあまりにも練り上げられた闘気の質。
曲がりなりにも剣聖として感じた武人としての格の違い。
それらが最悪の未来予想を私に告げてくる。
10秒。たった10秒。
そんな短い時間で、父と母を連れてこの化け物の間合いの外に逃げられると思う?
無理。
絶対無理。
断固として無理。
命乞いも多分通じない。
そんなのが通じそうな奴にはこれまで一度も出会わなかったし、何より黒髪男が所属を名乗ったマルキエン傭兵国とかいうところの奴らも、私は数十人単位で殺してる。
仲間を殺した奴を見逃してくれるわけがない。
だからこそ、私は覚悟を決めた。
狙いは一発勝負だ。
兵士達が全滅する前に、こいつらが黒髪男の注意を少しでも引きつけてくれてる隙に、それを隠れ蓑にして不意討ちの光の太刀で首を飛ばす!
そのために私はでき得る限り気配を消して、両親への流れ弾を警戒しつつ、小さい体を活かして兵士達の中に紛れた。
幸い、兵士達の注意は完全に目の前の化け物に向かってるので、私が攻撃されることも、両親が標的になることもなかった。
そして、
「剣神流『疾風』!」
さっきまで最大の敵と思ってた聖級剣士の一人、多分私と同じ剣聖の男が黒髪男に連続斬りを浴びせかける。
その練度は高い。
ギレーヌには及ばないけど、剣神流だけなら師匠より上だ。
そんな剣聖の攻撃は、当然のごとく黒髪男には全く通じない。
「ほほう! 中々の腕前! 多分剣聖だね! 磨き上げられたその速度、見事だ!」
「ふざけるなぁああああ!!」
黒髪男は手に持った棍棒を変幻自在に操り、軽口を叩きながら剣聖の連撃をいとも容易く捌き切っている。
そこへ他の兵士達が突撃。
剣聖をサポートするべく、あるいは剣聖ごと叩き潰すべく、物量に任せて襲いかかる。
「うらぁあああ!!」
「死ねぇえええ!!」
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん! 勇猛なる灯火の熱さを今ここに! ━━『
「不確かなる神よ! 我が呼び声に答え、敵を打ち砕け! ━━『
更に魔術師達も援護射撃を加え、私でも真正面から相手にしたら容易く押し潰される物量攻撃が黒髪男に炸裂。
その全てを、黒髪男は笑いながら蹂躪した。
「素晴らしい! このあたりでは稀に見る練度だ! どこかの国の精鋭部隊かな? 雑兵の大軍勢を相手にするよりワクワクするねぇ!」
「ぐぎゃ!?」
「ぐえっ!?」
「がはっ!?」
「おぶっ!?」
一人、また一人と黒髪男の棒術の餌食になって兵士達が倒れていく。
剣を捌き、魔術を叩き落とし、地面を棒で砕いて撃ち出すことで、距離を取ってた魔術師すらも撃墜されていく。
最初30人はいた兵士達は、黒髪男が現れるまでの戦いでも多少数を減らしてたとはいえ、既に10人以下にまで減った。
剣聖の男はまだ耐えてるけど、何度も食らった打撃で体中がボロボロだ。
でも、まだ全滅してない。
10秒で皆殺しにされると思ってたのに、戦闘開始から1分近く経っても全滅してない。
何故なら、黒髪男が本気じゃないからだ。
遊んでるってほど隙があるわけじゃないけど、圧倒的な力で踏み潰すよりも、兵士達相手に自分の技を試すことを優先してる感じがする。
だったら、まだ付け入る隙があるはず!
「お?」
そう考えたのは私だけじゃなかったらしい。
兵士達が遂に剣聖以外全員倒され、黒髪男の意識が剣聖のみに向けられて視野が狭くなった瞬間。
隠れていたもう一人の聖級剣士が黒髪男に向かって何かを投げ、それを黒髪男が棒で叩き落とした瞬間、投げつけられた何かから黒い煙が噴き出した。
それを目眩ましにして聖級剣士、恐らくは何でもありの北聖の男が黒髪男に奇襲をかける。
同時に剣聖の方もこれをチャンスと見たのか、煙幕で視界が塞がれながらも、直前までの位置関係を頼りに剣神流の奥義『光の太刀』の構えを取る。
右眼が捉えた煙幕の中でも輝く闘気の光から、私は戦いの状況を把握した。
見えにくいけど、なんとか見えた。
そして……
「なっ!?」
「バカな……!?」
剣聖と北聖の攻撃が同時に受け止められた。
光の太刀は棒の右側で受け流され、棒の左側は北聖の喉に突き刺さって奇襲を封殺している。
「良い動きだった! ただ、連携ではなく互いを利用するような動きだったのが残念だね。君達は敵同士みたいだから仕方ないが、もし味方同士だったなら私も危なか……」
ここだ!
剣聖の背中側、黒髪男の死角になる位置で、更に倒された兵士達に紛れて死体のふりをしていた私は、
聖級剣士二人の同時攻撃を受けたことで、多少なりとも黒髪男の意識が目の前の二人だけに向いていることを祈って、予想外になるだろう位置から渾身の一撃を放った。
剣神流奥義『光の太刀』!
「ぬぬ!?」
私が使ったのは斬撃飛ばしを併用した光の太刀。
それが黒髪男の前にいた聖級剣士二人の背中に炸裂し、真っ二つになった二人を目眩ましにして黒髪男に炸裂した。
こいつら二人と共闘することも考えたけど、ずっと襲ってきた国の連中に背中を預けるなんて土台無理だし、お互いを利用する形の練度の低い連携なんて通じないのは、さっきの光景を見れば明らか。
そもそも、黒髪男がその気になれば、あの二人なんて秒殺される。
だからこそ、奴らには一瞬の隙を作るためだけの豪華な囮になってもらった。
これでどうだ!?
「なんとも思い切りのいい一撃……ん!? 子供!?」
くっ!?
ダメか!?
光の太刀への迎撃が間に合ってしまったのか、黒髪男は無傷。
でも、聖級剣士二人がいきなり死んだことと、それをやったのが
光の太刀の迎撃で多少体勢も崩れてるし、好機だ!
動揺を鎮める暇も与えずに殺し切るしかない!
「『
私は背中側から自分にぶつけた衝撃波と、全力全開の踏み込みで黒髪男に突撃した。
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21 大英雄
「無詠唱魔術!? さっきの光の太刀といい、その歳でいったいどれほどの……!」
黒髪男が何故か目をキラキラさせて私を見るけど、そんなことを気にしてる余裕はない。
私は衝撃波で加速して一直線に突っ込み……幻惑歩法で向きを変えた。
このレベル相手に真正面からの攻撃が有効打になるとは思ってない。
幻惑歩法の敵を惑わす移動法に、更に衝撃波移動という奇抜な動きを混ぜ合わせ、より予測を困難にしていく。
「おお! 今度は幻惑歩法まで! 素晴らしい! それでこそ北神流だ!」
なんか黒髪男が感動してるような気がするけど気のせいだろう。
私は幻惑歩法で撹乱しつつ背後を取る。
そこで更に上に向かってジャンプ!
直後、私のいた位置を正確に棍棒が通過していって冷や汗が出たけど、構わず黒髪男の頭上から二撃目の光の太刀を放つ!
「おおっとぉ!」
「ッ!?」
これでも通じない!?
黒髪男は体勢の崩れも、幻惑歩法による撹乱もまるで意に介さずに私の光の太刀を受け流し、まるで高位の水神流みたいに綺麗なカウンターを放ってきた。
それを私も水神流の技で受け流す。
でも、あっちと違ってカウンターを放つ余裕まではない!
「水神流までも!? 素晴らしいを通り越して凄まじい! 我が息子をも超える才気を感じる!」
「うっ……!?」
黒髪男の連続攻撃。
技のキレは凄まじいけど、身体能力的には手を抜いてるのか、私でもなんとか受け流せた。
でも、やっぱりカウンターの余裕まではなくて、どうにもならずに衝撃波移動で後ろに下がるしかなかった。
どこまでもテンションを上げていく黒髪男と反比例するように、私の胸中は絶望に包まれていく。
距離を、取ってしまった。
攻撃が途切れてしまった。
その間に黒髪男は僅かに崩れていた体勢を完全に立て直す。
聖級剣士二人の命と引き換えに作った僅かな綻びが、綺麗サッパリ消えて無くなった瞬間だった。
もう、勝ち目が見えない。
どうしようもない。
私一人だったら、どうせ一度死んだ身だし、戦いに生きる者の宿命として、最期まで戦って潔く散ってやろうって気にもなれたかもしれないけど、ここで私が死んだら父と母まで死んでしまう。
それはダメ!
それだけはダメ!
せめて二人だけは、何がなんでも逃さないと……!
「む?」
私がそう思った瞬間、黒髪男に向かって一本の矢が飛来した。
聖級剣士どころか、そこらの一兵卒の攻撃にすら劣る弱々しい攻撃だ。
それはそうだろう。
これを射った人は、いつ倒れてもおかしくないくらい弱ってるんだから。
「父!」
「エミリー……お前だけでも逃げなさい!」
母に支えられた父が、弱った体を奮い立たせて、通じないとわかってるはずなのに、何本も何本も、兵士から奪った弓矢を力の限り射る。
「ダメ! 私が、時間、稼ぐ! 二人は、シルを!」
「ダメだ! 子を見捨てて逃げる親がどこにいる!? エミリーこそ生き延びて、シルフィを頼む!」
「ッ〜〜〜!!」
無理だ。
それは無理なんだよ、父。
私が逃げたところで、黒髪男に追いかけられたら、逃げ切るどころか背中を見せた瞬間にやられる。
父達の足止めなんて意味がないくらい、圧倒的な実力差がある。
ここで誰かが生き残れるとすれば、私が黒髪男の注意を引いて、その隙に両親が逃げるくらいしかなかった。
でも、二人はきっと逃げてくれない。
この極限状態ですら、私を見捨てて逃げられないくらい愛してくれてるって、今の行動だけで嫌というほどわかってしまった。
なら、どうする?
勝つしかないでしょ!
それ以外に二人を生かす道がない。
勝ち目なんて見えない。
だけど、やるしかないんだ!
やってやる!
奇跡起こしてやる!
「あああああああああああ!!!」
私はお嬢様のごとく雄叫びを上げて突撃した。
恥も外聞も捨てて、死にものぐるいの全力でこいつを倒す!
「大切な者のため、己より強大な敵に勝算無しで向かってくるか! その歳にして実にあっぱれな心意気だ!」
うるさい死ね!
剣神流奥義『光の太刀』!
「ほい!」
真正面からじゃ光の太刀ですら全く通じない。
あっさりと受け流されて、カウンターの横薙ぎが私に迫る。
私はそれを、自分で振り下ろした剣に合わせて倒れ込むことで回避。
更に左手を剣から離し、両腕の肘から先を地面につける。
北神流『四足の型』!
そこから地面につけた腕で跳ね起きながら体を捻り、真下からの追撃を放つ。
無理な体勢だから光の太刀は使えなかったけど、それでも滅茶苦茶な角度から迫る無音の太刀だ!
「ほいさ!」
それも黒髪男はうねるように棒を回転させて受け流す。
まだ!
私は捻った体を更に捻って一回転。
回転しながら立ち上がり、そのままの勢いでもう一発!
北神流『円天華』!
「なんの!」
黒髪男は冷静に、今度は受け流さずに一歩後ろに下がって攻撃を避けた。
そして、今度は反撃に出てくる。
さっきまで私の攻撃を受け流すために回転していた棍棒が、今度は私の頭を叩き潰す軌道で振り回される。
私はそれを水神流の技で受け流そうとして……
「北神流奥義『朧十文字』!」
「かはっ!?」
突然視界から棍棒が消えて、気づいたら棍棒の反対側を脇腹に叩き込まれていた。
何が起こったのかはわかる。
魔眼も闘気の流れを捉えてたから、どこにどういう力を入れてどう動いたのかは理解できてる。
黒髪男は、振り下ろされる棍棒の軌道をとてつもなく滑らかに変えて自らの体に引きつけ、そこから腰を捻って体ごと半回転。
回転に合わせて、棍棒の反対側で横薙ぎの一撃を放った。
結果、私には来ると思ってた振り下ろしの攻撃が消えたように見えて、突然横からの攻撃が現れたように感じたわけだ。
問題は、見えていても全く反応できないほどの技量の差だよ。
タイミングも、駆け引きも、身体コントロールの技術も圧倒的すぎる。
思いっきり手加減された上でこれだよ?
ギレーヌですら足下にも及ばないだろう絶対強者。
世界最強の七大列強か、そうじゃなきゃ歴史に名を残すような伝説の偉人か何かじゃないかとさえ思う。
400年前、魔族を率いて人族に攻め込み、アスラ王国とミリス神聖国以外の人族の国全てを壊滅状態に陥れた『魔神』ラプラス。
その魔神ラプラスを倒した『魔神殺しの三英雄』、『龍神』ウルペン、『甲龍王』ペルギウス、『北神』カールマン。
三大流派の祖であり、今でも流派最強の長がその称号を受け継いでいる『剣神』『水神』『北神』。
ラプラスより前の時代に魔族を率いた不死身の魔帝、『魔界大帝』キシリカ・キシリス。
そんなキシリカを倒した『勇者』アルス。
復活したキシリカと相討ち、その時、大陸に大穴を空けて二つに分断したという『黄金騎士』アルデバラン。
多くの偉業を成して超有名になった北神英雄譚の主人公。
100年くらい前まで私が目指す世界最強の剣士と呼ばれていた『北神カールマン二世』アレックス・
師匠や父に教えてもらった、歴史に残るような伝説の登場人物達。
目の前の黒髪男は、そういう存在と同一視しちゃうくらいの理不尽な強さだ。
なんでこんな人が傭兵なんかやってるのさ。
国に雇われなくても、紛争地帯で小競り合ってる小国くらい、一人で相手にできるでしょ。
確実に何本か肋骨が逝ってる脇腹の痛みを感じながら、思わず現実逃避気味にそんな感想が頭を過ぎった。
けど、すぐにそんな逃げ腰の思考回路に活を入れ、足に力を込めて吹き飛ばされないように踏ん張る。
向こうの武器が剣だったら私は真っ二つになってただろうけど、棍棒ならその場で耐えて反撃の一撃を叩き込める!
そうして、私はそこから無理矢理光の太刀を放ち……
━━それが黒髪男の棍棒を両断した。
「!?」
苦し紛れの一撃のつもりだった。
でも、そうか!
本人がいくら強くても、武器の方がその使用に耐えられなかったんだ!
もしかしたら、かなり使い古した武器だったのかもしれない!
そう思って、私の思考は一瞬、驚愕と喜びの感情に支配されてしまった。
迂闊だったとしか言い様がない。
そんな都合の良い話があるはずもなく、これが黒髪男の戦略だって気づけなかったんだから。
「ッッッ!!?」
喜ぶ私の目の前で、目と鼻の先で、黒髪男が両断された棍棒を手放して自由になった両掌を強く打ちつける。
大きな音が鳴った。
実際の音量以上に大きく、私には爆音にすら聞こえた音が。
それが私の聴覚を狂わせ、感覚を狂わせ、意識すらも徐々にブラックアウトさせていく。
「北神流『柏手』。特定の音に特定の魔力を流して放つ、獣族の吠魔術という技を参考にして作った技だ。
本家と違って、普通に使っても相手の平衡感覚を僅かに狂わせる程度の威力しか出せないけど、相手の思考を誘導して最も脆いタイミングにぶつければ、こうして意識すら断つことのできる中々に便利な技だよ」
それ、どこかの暗○教室で見た。
思わずそんなツッコミが脳内を飛び交ってる間に、私の意識はどんどん遠くなっていく。
「エミリー!?」
最後に父の絶望したような声が聞こえてくる。
ああ、なんとも最悪な死に方だ。
そうして無念のうちに、私の意識は完全に途絶えた。
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22 新たなる指導者
「やあ! 目が覚めたかい?」
目が覚めたら白い場所にいて、白いモザイクを纏った自称神に話しかけられた。
なんてこともなく、むしろ私に話しかけてきたのは、白とは正反対の黒い髪をした壮年の男だった。
どこかで見た顔……というか意識を失う寸前まで殺し合いをしてたはずの男の顔だ。
「ッ!?」
その顔を見て一瞬で眠気が飛んだ私は、バッと飛び起きて身構える。
激痛が走った脇腹を無詠唱治癒魔術で治して剣を……あれ!? 剣は!? 私の剣はどこ!?
「どうどう、落ち着きなさい。私は君の敵ではないよ」
「嘘!!」
剣は……あった!
何故か困ったような顔してる父が持ってる!
私は即座に男から父を背中に庇うような位置に立ち、剣を渡してもらうべく後ろに手を伸ばす。
「父! 剣、ちょうだい!」
「いや、その、なんというか……」
「早く!!」
「……落ち着きなさい、エミリー。私も未だにちょっと頭が追いついてないんだけど、とりあえず彼は本当に敵じゃないみたいなんだ」
父まで何を!?
すわ、洗脳か!?
と、慌てかけたところで、父の隣にいた母が優しく私の体に手を回し、その豊満な胸に私の頭を埋める形で抱きしめた。
転移初日に抱きしめられた時は精神的にいっぱいっぱいだったから、それどころじゃなかったけど。
今は化け物を前にしてるとはいえ、その化け物が敵意を見せないどころか、一見するとフレンドリーな感じに話しかけてくるという妙な状況だからか、私の胸には場違いにも前世から続く胸囲の格差社会への憤りが湧いてきた。
いや、平常時ならこの憤りが条件反射で湧いてくるのがデフォルトではあるんだけどさ。
でも、それはそれとして、大切な人の優しい人肌の感触が、私に初めての人斬りの業を乗り越えさせてくれた温もりが、私を少しリラックスさせて冷静にさせた。
「エミリー、落ち着いてよく考えましょう? 彼が敵なら、私達はもう生きていないはずよ」
「…………」
母の諭すような言葉によって、私の頭は客観的に現在の状況を考え始める。
私は剣術以外ポンコツだし、成績も壊滅的だったけど、別にバカじゃないのだ。
ただちょっと好きなこと以外(勉強とか)が全然できなくて、覚えるのに時間がかかって、慣れるまで失敗を繰り返してポンコツを晒すだけだ。
決して無能じゃないのだ。
そんな無能じゃない脳細胞が必要に駆られて高速回転した結果、出た結論は「確かに、母の言う通り」だった。
黒髪男がそのつもりなら、私も両親もとっくにこの世にいない。
騙して何かをさせようとしてるって可能性もあるけど、その場合、警戒するだけ無駄だ。
だって、力関係は明白なんだから、向こうがその気になったら、いくらでも強制的に言うことを聞かせられる。
……というか、逃げることすらできない圧倒的な力の差がある以上、何を警戒しても無駄だよねこれ。
全ては黒髪男の気分次第だ。
私達が生き残る方法はただ一つ。
この黒髪男に媚びへつらうことだけ。
うわ、嫌だなぁ。
でも、二人を守る方法がそれしかないなら仕方ない。
「ごめんなさい。なんでも、するから、二人、だけは、助けて、ください」
「ん? 今なんでもするって言ったかい?」
「言った」
例えこいつが真性のペド野郎で、私の体を要求してきたとしても耐えてみせる!
その覚悟でいた私に、黒髪男が要求してきたのは予想外のことだった。
「だったら、私の弟子になってくれないかい!?」
「……弟子?」
「そう! 弟子だ!」
「……なんで?」
私は首を傾げた。
そんな私に、黒髪男は興奮したようにまくし立てる。
「ご両親には既に話したけれど、私は己を磨くと共に北神流を、『北神カールマン一世の教え』を世に広める旅をしていてね!
君の才覚と、何より両親を守るべく、なりふり構わず勝ち目の無い強敵に立ち向かってきたその勇気に、北神一世のような英雄の片鱗を見たんだ!
君のような子にこそ、私は北神一世の北神流を教え込んでみたい!」
熱弁する黒髪男はまるで、部活に熱心に誘ってくる熱血系の教師みたいだった。
その姿からは、これまで紛争地帯で出会い、殺してきた奴らみたいな悪意を一切感じない。
「……傭兵の、仕事は、いいの?」
「構わない! 既にマルキエン傭兵国には契約解除を願い出たし、君を鍛える間は傭兵家業も休業するつもりだ。元々、傭兵という肩書にそれほど思い入れはないしね」
じゃあ、この人が私を殺す理由はなくなったのか。
「私、剣神流も、水神流も、使うけど」
「関係ないさ! 北神流は臨機応変、なんでもあり! 使えるものはなんでも使うがモットー! むしろ、それほどに他人にはない強みを持っている君には北神流が向いている!」
「私、師匠、もういるけど。北神流、嫌いな」
「むむ!? それは悲しいね。その師匠とやらに会った時は、その人にも北神流の素晴らしさを教え込んであげよう!」
私の反論とも言えない確認事項みたいなものを、この人は全て簡単に切って捨てた。
どうしよう。
考えれば考えるほど断る理由がない。
そもそも断れる立場じゃないし、こんなに強い人に教えてもらえるなら、個人的には大歓迎だ。
ただ一つ、さっきまで殺し合ってた相手を信用できるのかが最大の問題だけど……信用するしか選択肢がないんじゃ、腹を括るしかない。
「私は、エミリー。今は、剣聖。よろしく、お願い、します」
「おお! 受け入れてくれるんだね! では私も改めて名乗ろう! さすらいの傭兵……いや、傭兵業は休業するんだった。さすらいの武芸者、シャンドル・フォン・グランドールだ! 気軽にシャンドルと呼んでくれたまえ!」
「わかった。よろしく、お願い、します。シャンドルさん」
「シャンドルでいいよ。それと敬語もいらない。君、敬語あんまり得意じゃないだろう?」
「……わかった。じゃあ、よろしく、シャンドル」
「うん! よろしく!」
こうして、私に新しい師匠ができた。
端的に言って化け物にしか思えない師匠が。
でも、師匠って呼んだら最初の師匠である師匠が嫌な気分になりそうだから、遠慮なくシャンドルと呼び捨てにさせてもらおう。
こうなったら、この化け物から学べるだけ学んでやる。
この日、私はそんな決意を固めた。
ヒトガミ「…………」orz
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23 紛争地帯を抜けた先
シャンドルが師匠として同行してくれるようになってから、紛争地帯を抜けるための旅は今までの苦戦が何だったのかと思えるレベルで順調に進んだ。
シャンドルと戦った場所から少し進んだだけでバトルロイヤル地帯を抜けて、父の治療ができたっていうのも大きいんだろうけど、それ以上にシャンドルという化け物が味方にいるってことの安定感がハンパない。
戦闘自体は修行の名目で私がやらされるんだけど、その後ろでシャンドルが両親を守ってくれるおかげで、目の前の相手だけに集中できる。
そうなれば聖級剣士だってそこまで怖くない。
紛争地帯に飛ばされて、不本意ながら命を賭けての実戦経験を積み重ねた結果、私の戦闘力は自分で思ってる以上に上がってたみたい。
シャンドルに出会った時点で北神流もかなりのレベルに達してたってことで、修行初日に『北聖』の認可貰ったし。
これで二つの流派で聖級。
残る水神流も、認可を貰える相手がいないだけで、シャンドルの体感的に聖級くらいはあるらしいので、実質三大流派聖級だ。
ここまでくれば、一流派だけの聖級剣士よりは明確に格上だと言っていいと思う。
まあ、油断したら普通にやられる程度の差だけど。
でも、旅が楽になった最大の要因は他にある。
それは、シャンドルと戦ったのを最後に、戦闘の機会自体が大幅に減ったことだ。
今までは平均して二日に一度、酷い時は一日に何回も魔物なり野盗なり兵士なり、何かしらの敵と遭遇してたんだけど、それが今では1週間に一度くらいの頻度にまで激減した。
同じ紛争地帯でも、バトルロイヤル地帯を抜けたら天国と地獄だったよ。
だけど、なんかそれだけじゃないような気もする。
なんというか、バトルロイヤル地帯で感じてた、あの運命が私達を殺しにきてるような感覚。
あるいは運命じゃなくて誰かの作為を感じるレベルでの不運の連続。
あれが無くなったような気がするんだよね。
三国のどこか、もしかしたら全部に死ぬほど恨まれてて、そこの領域を抜けたから諦めたとか?
うーん……確かに兵士は殺しまくったけど、国家が滅ぶかどうかの瀬戸際の時に、私情を優先して私達みたいな殺しても何の得もない普通の一家を狙うかな?
まあ、三国の思惑も運命様のご機嫌も考えてたってわからないし、考えるだけ無駄かな。
そんなこんなで、びっくりするくらい順調に(それでも街道封鎖されたり、戦争に巻き込まれたり、密偵と間違われて殺されそうになったりはしたけど)紛争地帯を突き進むこと半年と数ヶ月。
遂に私達は紛争地帯を突破し、中央大陸南部のまともな国に出ることができた。
ついでに、この半年強で色々鍛えられた私は『北王』の認可を得た。
……本来なら一番喜べるはずのことがついで扱いとか、随分余裕のない時間を過ごしたものだなぁ。
で、まともな国に出てからは中央大陸の南部と西部を横断する最も大きい街道に沿って移動。
道中でもシャンドルにシゴかれつつ、故郷であるアスラ王国フィットア領を目指す。
というか、この街道の安全快適っぷりが本当に凄い。
野盗はたまに出てくるけど、そいつらは紛争地帯から逃げ出した上に、食うに困って野盗やってるような奴らなので、随分と弱い。
グラ○ドラインとイー○トブルーの海賊くらい違う気がする。
そんな奴らが生きてられるくらいだから、魔物も滅多に湧いてこないし、湧いてきたとしても、これまた弱い。
中央大陸南部は本来、魔物が弱い方の土地だからね。
街道を通ってる以上、例外的に強い魔物がいて縄張りにしてる森とかも通らないわけだし。
ここは極楽かな?
なお、アスラ王国はもっと治安がいいもよう。
紛争地帯と足して2で割ってどうぞ。
そんなツッコミを毎日のようにしながら街道を進んでいたある日、私達はある人達に出会った。
前方から歩いてくるのは、見覚えのある青い髪の美少女を含む三人組。
最後に会ってから5年以上経ってるはずなのに、何故か当時と全く変わってない中学生くらいに見える魔術師少女。
「ロキシーさん?」
「え? あ、ロールズさん!? ということは、そっちの子はエミリーちゃんですか!? ご無事でしたか!」
驚いた顔のロキシーさんが走り寄ってきて、あ、石に躓いて転んだ。
スカートが盛大にめくれてパンツが丸見えになってる。
可哀想だったので、シャンドルの目に無詠唱魔術で目潰しの火の球を放ちつつ、全速力で移動してめくれたスカートを元に戻してあげた。
「あ、ありがとうございます、エミリーちゃん。というか、凄い身体能力ですね……」
「鍛えた、から」
羞恥心で赤くなってるロキシーさんに、努めて冷静にそう返す。
ロキシーさんと私の関係はそんなに深くない。
故郷のブエナ村にいた頃、数年くらい村に滞在してた高名な魔術師であるロキシーさんに、父が姉の髪色での差別の件で相談をしたのが交流のキッカケ。
道で会えば軽く挨拶する程度の仲だった。
でも、ロキシーさんが村から去った後に、この人がルーデウスの魔術の師匠だったと知り、そのルーデウスがロキシーさんを死ぬほど尊敬してて、布教を目指す
あと、ルーデウスと文通してたことも知ってるので、多分向こうも少しは別れた後の私のことを知ってると思う。
「ロキシーさん、なんで、こんな、ところに? 確か、シ、シーロ……なんとか王国で、王子様の、家庭教師、やってるって、聞いたけど?」
「シーローン王国ですね。そこは雇用期間が終わったので辞めてきました。今はお世話になったグレイラット家の方々を探すために、恐らく捜索の手が及んでいないだろう魔大陸に向かっている途中です」
「ロ、ロキシーさん……!」
私は感動した。
あのルーデウスに魔術を教えたロキシーさんなら、雇用期間が終わっても国に雇われることくらいできたはずなのに、その立場をなげうって師匠の家族を探してくれてるというのだ。
しかも、向かう先は魔大陸。
やたら強い魔物しか出てこない、紛争地帯よりも危険と言われる場所。
どんだけ良い人なんだろうか、この人は。
ルーデウスがやたらこの人のことを尊敬してた理由がわかった気がする。
「凄い。立派」
「そ、そんなことありませんよ! こっちのお二人もわたしと同じ理由で協力してくれてますし……って、あれ? エリナリーゼさん?」
ん?
ロキシーさんと一緒にいた二人、金髪縦ロールをしたエルフの美人さんと、ドワーフっぽい背の低いお爺ちゃんのうち、エルフの美人さんの様子がおかしい。
目を見開いて私の後ろを、というか父を凝視している。
父の方も、何故か美人さんを見たまま微動だにしない。
え? 何? 知り合い?
同じエルフだし、元カノか何か?
「ロ、ロールズ……!」
「……母さん」
…………ふぁ!?
父、今なんて言った!?
母さん!?
母さんって言った!?
え? つまりこの人……私のお婆ちゃん!?
若っ!?
お婆ちゃん、若っ!?
「ぶ、無事で、無事で良かったですわーーー!」
「うわっ!?」
お婆ちゃんが泣きながら父に抱き着き、母はお婆ちゃんのことを知ってたのか、優しそうな顔で二人を見ている。
ロキシーさんと私、ドワーフっぽいお爺ちゃんはポカンとするしかない。
なお、シャンドルは即座に空気に適応したのか、腕を組みながら後方師匠面で「良かった良かった」とばかりに頷いていた。
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24 分岐点
「失礼、取り乱しましたわ……」
ひとしきり父を抱いて号泣し、ついでに母と私のことも抱きしめてきたお婆ちゃんがようやく落ち着いた。
今は気まずそうな顔で小さくなってる。
照れてる、可愛い。
と最初は思ったんだけど、照れてるだけにしてはちょっと雰囲気が固いというか、マジで肩身が狭そうな顔してるというか……。
父はそんなお婆ちゃんを見て苦笑してるし、もしかしたら親子関係がそんなに上手くいってなかったのかもしれない。
それでもお婆ちゃんが父を愛してくれてるってことは今の泣きっぷりを見れば充分に伝わった。
父の方も別にお婆ちゃんに対してそこまで悪感情を抱いてるようには見えない。
何かしらの事情でこんがらがってるのかな?
もしそうなら、これをキッカケに仲直りしてほしい。
「エリナリーゼさん、お子さんどころかお孫さんまでいたんですね……。意外なような、そうでもないような……」
「わしとしては、この女のしおらしい姿を見たことの方が驚きじゃな。まあ、あまり詮索してやるなよ、ロキシー。これはこの女にしては珍しく、他人にずけずけと踏み入られたくない領域と見た」
「は、はい。すみません、タルハンドさん」
ロキシーさんと、タルハンドと呼ばれたドワーフっぽいお爺ちゃんが小声で会話してた。
それはさておき、改めてお互いに自己紹介をする。
父とお婆ちゃん以外、お互いに殆ど面識ないからね。
そうして自己紹介した結果、なんとお婆ちゃんとタルハンドさんが、師匠の冒険者時代の元パーティーメンバーだったと判明した。
なんとも奇妙な縁だと思った。
尚、こっち側の自己紹介は、シャンドルが自分の正体に関するやたらと思わせぶりな発言ばっかりして、結局教えてくれなかったから、ちょっとイラッとした。
教える気があるなら、さっさと教えてほしい。
シャンドルの正体はかなり気になってるんだから。
そんな茶番を挟みつつ、私達はお互いの情報のすり合わせを行った。
とはいえ、こっちは情報なんて入りようのない紛争地帯にいたから、情報を貰うばっかりだったけど。
こっちから提供できた情報と言えば、紛争地帯攻略記くらいだ。
父と私が結構な頻度で死にかけた話をしたらお婆ちゃんが真っ青になり、青繋がりで青竜狩った話をしたら「その歳で竜退治ですか……」とロキシーさんが遠い目になったけど、それは置いとこう。
ロキシーさん達から貰った情報を纏めるとこうだ。
例の極大魔力によって、フィットア領はほぼ全域が消滅。
建造物や自然物は綺麗サッパリ消えてただの草原になり、人や動物、魔物なんかは私達同様転移した。
この転移の範囲が曲者で、転移する場所は世界中のどこからしい。
考えてた中で最悪の可能性だ。
これじゃ、姉や師匠達の転移先の目星すらつけられない。
でも、ロキシーさん達が持ってきてくれたのは、絶望的な情報ばかりじゃなかった。
「シルが、生きてる……?」
「ええ。少なくとも生存確認の報告がフィットア領の難民キャンプに届けられたのは間違いありませんわ」
私達、というか父とその家族の情報を難民キャンプとやらで調べてたらしいお婆ちゃんがそう証言してくれた。
残念ながら連絡先まではわからなかったみたいだけど、生死不明とか、死亡が確認されたとかに比べればずっといい。
最高の朗報に、私達家族は心の底から安堵の息を吐いた。
でも、油断はできない。
死んでないってだけで、どうなってるのかはわからないのだ。
希望は持てたけど、結局のところ早く探し出した方がいいことに変わりはない。
「捜索についても希望はあります。
掲示板に貼られた伝言によると、パウロさんが娘さんの一人を保護した上で、ミリス神聖国で『フィットア領捜索団』を立ち上げたみたいです。
パウロさんはこういう時こそ頼りになる人ですし、きっと大きな力になってくれるはずです」
「おお。さすが、師匠」
師匠の凄さ強さは身をもって知ってる。
転移からもう半年以上経ってるんだし、今頃はしぶとく生きてそうなルーデウスあたりは回収できてるかも。
……それにしても、ミリス神聖国か。
シャンドルの件といい、またヒトガミの言葉が当たった。
もしかしたら、あれは本当にただの夢じゃないのかもしれない。
「なら、私達はフィットア領ではなくミリス神聖国へと移動して、パウロさんと合流すべきですかね?」
「いい判断だと思います。ミリスなら魔大陸までの通り道ですし、私達もご一緒しますよ」
「うっ、パウロに会うのは嫌ですわ……。でも、ロールズ達のためなら……!」
「わしはゴメンじゃから、どっかで時間潰しとるぞ」
私がちょっとヒトガミに関して真面目に考えてる間に、大人達の会議で行き先がフィットア領からミリスへ変更になりそうな感じになってた。
まあ、妥当だと思う。
お婆ちゃん達がフィットア領の現状を教えてくれた上に、もうフィットア領自体が何もない草原になってるんじゃ行く意味がない。
だったら、まずは師匠に合流して情報を共有してから、一緒になって姉や師匠の家族を探すなり、手分けするなり、適切な方を選べばいいという大人達の判断は多分正しい。
でも、仮に姉の居場所が特定できてるんだとしたら、もっと効率的な方法がある。
「わかった。父と、母は、お婆ちゃん達と、師匠のところ、行って」
「え? エミリーは……」
「私は、先に、アスラ王国、探す」
私の言葉に、全員が困惑したような顔で目を見合わせた。
特に父と母、お婆ちゃんが困ったような顔してる。
何せ、私の言葉は両親と別れて一人で別方向に向かうっていう宣言だ。
10歳の子供がそんなこと言い出したら、そりゃ困る。
「エミリー、理由はなんだい?」
「アスラ王国に、シルが、いるような、予感、するから。いなかったら、私も、すぐ、ミリス、行く」
「で、でも……」
「母、心配無用。私、もう北王。それに、どうせ、シャンドルも、ついてくる」
「その通り! 君が一人前になるまで私はついていくよ!」
北王で一人前じゃないなら、北神にでもならないと解放してくれなさそう。
まあ、それはそれで望むところだけどさ。
どうしてもウザくなったら、シャンドルを倒せるくらい強くなって振り払えばいいし。
その後、渋る家族を「ちょっと引っかかってるだけだから。一通り調べたらすぐミリス行くから」と説得し、制限時間付きで別行動を許可された。
期限は半年。
半年間アスラ王国を調べて何もなかったら、私もミリスへ行って師匠達と合流する。
あんな荒唐無稽な夢が根拠なんだし、それくらいが妥当なところだろうね。
というわけで、私は両親をロキシーさん一行、主にお婆ちゃんに任せて、シャンドルと二人でアスラ王国へと向かった。
父と母も、紛争地帯で私だけに戦闘を任せるなんて我慢できないって言ってくれて、それを聞いたシャンドルが上機嫌で鍛えてたから、私と離れてもどうとでもなるはず。
父は元々そこらの一兵卒くらいには基礎ができてたから、短い期間で北神流中級までいったし、母も北神流初級の認可を得た。
この平和な街道沿いに進むなら問題ないだろうし、もし問題あってもロキシーさん達がいる。
思うところがあるとすれば、この旅で父とお婆ちゃんの間にあるのかもしれない、こんがらがった事情みたいなものが解消すればいいなぁってことくらいだ。
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25 アスラ王国
両親と別れた後、二人の指導に割いてた時間を全部私に注ぎ込めるようになって超上機嫌のシャンドルに、鼻唄歌いながらボッコボコにされてシゴかれつつ。
中央大陸を分断する赤竜山脈の二つしかない通行可能なポイントの一つ、南部と西部を繋ぐ『赤竜の下顎』と呼ばれる渓谷を通って、遂に私達は当初の目的地だったアスラ王国へと到着した。
でも、お婆ちゃん達に情報を貰って状況が変化したため、この先の目的地はフィットア領ではなく、アスラ王国の首都『王都アルス』だ。
アスラ王国で情報収集するなら、とりあえず各地の情報が集まる首都で行うのがいいとシャンドルに言われた。
そして、まだ続いてる街道沿いに進んでたら、特に何事もなく王都アルスに到着。
というか、この街道の終点が王都だった。
なお、終点まで街道を歩いた感想は「アスラ王国やべぇ」である。
元から安全すぎる道だったのに、アスラ王国に入ってからはそこに石畳まで敷かれるようになって、世界中の安全と平和が一点集中した国なんじゃないかと思ったよ。
アスラ王国は土地が肥沃すぎて、普通に生きてれば飢えることのない国とまで言われてるらしいし、アスラ王国マジやばい。
ついでに、そんな国で餓死寸前になって、死にかけたところをお嬢様に拾ってもらったっていうギレーヌはもっとヤバい。
まあ、ギレーヌのことはさておき、私の故郷であるブエナ村も当然アスラ王国の一部だったわけだから、私は随分と恵まれた生まれをしてたんだなぁ。
もし紛争地帯にでも生まれてたらと思うと、背筋が凍るよ。
それはそうと、王都に辿り着いたので、早速姉に関しての情報収集を行う。
まずはそこらの酒場をハシゴして情報屋を探そうとシャンドルが言い出した。
なんでも、シャンドルの奥さんが情報関係に強い人だったみたいで、それを見て学んだからこういう系は任せなさいと言われた。
家庭放り出して幼女をたぶらかしてていいのかと聞いたら、もう死別してるから大丈夫と返されて空気が凍ったよ。
直後に笑いながら100年以上前のことだって言ってたけど、そうなるとシャンドルはいったい何歳なんだろう?
まあ、それも今は関係ない。
今はとにもかくにも姉の情報が最優先。
というわけで、情報屋を求めて酒場へゴー。
そこで店主に情報に詳しい人を紹介してくれってシャンドルが頼んだら、あっさりと何人もの情報屋の名前が出てきたし、なんなら情報屋本人が酒場で飲んでた。
情報屋にとって、酔っぱらい達の証言は大事な情報源の一つなんだってさ。
ホントに酒場って情報が集まるんだね……。
そういうのはフィクションだと思ってたよ。
で、情報屋に紛争地帯で襲ってきた連中の身包み剥いで売り飛ばしたお金をいくらか握らせて、姉の情報を求めた。
シャンドル曰く、情報屋と話す時にはいくつか守った方がいいルールと、やった方がいいテクニックがあるみたいで、覚えとくと世界を旅する時に凄い便利だって言われたので、情報屋と話し合うシャンドルをお手本にして必死に覚える。
幸い、自分のことはあんまり話すなとか、情報屋は口車に乗せていらんことまで喋らせようとしてくるから自分のペースで必要なことだけ話せとか、そういう初級編の内容なら私でもなんとかできそう。
気を抜いてポンコツ晒さない限りは。
でも、シャンドルがやってることは明らかに上級編のやり取りだったから、このポンコツ頭と片言言葉がある限り無理だと諦めたけど。
そんなこんなで、私達は姉の情報を得ることに成功した。
姉の情報を得ることに成功した。
そう、成功しちゃったんだよ。
びっくりするくらい簡単に姉の情報が手に入ってしまった。
正確には姉と思われる人物の情報だけど。
シャンドルは一応、姉の情報は私の弱みになり得るってことで、こっちの目的をボカしつつ、流れの旅人って設定で、まずは最近王国内であった面白そうな話とかを聞き出し、そこから会話を広げて姉の情報を探るつもりだったらしい。
ところがどっこい。
話を広げるまでもなく、この段階で姉と思われる人物の情報が飛び出してきた。
情報屋の話では、その人物の名前は『守護術師フィッツ』。
アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラ王女の護衛。
最近の面白い話ということで、他のいくつかの話をした後、情報屋はこのアスラ王国を治める王族のゴシップみたいな話をし出したのだ。
そこで登場したのが守護術師フィッツ。
最近、唐突に王女の護衛に就任した謎の魔術師。
サングラスで顔を隠してるため、素顔は不明。
経歴も不明。
ただし、実力は不明ではなく確かなもの。
無詠唱で魔術を操り、凄腕の暗殺者をも返り討ちにする強者らしい。
無詠唱魔術の使い手であることと、滅多に口を開かないことから『無言のフィッツ』とも呼ばれている。
そして何より、━━無言のフィッツは、10歳程度の白髪のエルフの少年である。
「どうだい?」
「髪の色、違う。少年でも、ない。けど、ほぼ、間違いなく、シルだと、思う」
情報屋と別れてから話しかけてきたシャンドルにそう返す。
緑の髪は不吉って言われてるから、染めたんだとしても不思議はない。
少年って言われてるのはちょっと気になるけど、でも最近唐突に現れた無詠唱魔術が使える10歳程度のエルフとか、ほぼほぼ間違いなく姉でしょこれ。
むしろ、ここまで特徴が一致してて別人だったら、逆にどんな確率だ。
「……いや、しかし、困ったことになったねぇ。王女の護衛となるとそう簡単には会えないよ。何がどうしてそうなったのやら。しかも……」
「うん。アリエル王女、失脚寸前」
情報屋から仕入れた話はフィッツのことだけじゃない。
最近の政権争いの情勢についても軽く聞いた。
それによると姉が護衛してるアリエル王女は、元々王位継承権の低い弱い立場みたいで、最近じゃ他の王族にでも目をつけられたのか、暗殺者とかガンガン送られて、私兵も持ってないから、それを撃退する戦力も姉くらいしかいないという、結構な崖っぷちっぷりらしい。
そんな敗軍の将と一緒にいてハッピーエンドが待ってると思えるほど私はバカじゃない。
私はポンコツだけどバカじゃない。
しかも、フィッツの正体が私の予想通り姉なら、王女様が負けても匿ってくれるような後ろ盾がある可能性はゼロに等しいだろう。
シャンドルもアスラ貴族の政争を少しは知ってるみたいで、負けた側が辿るだろう末路についてもちょっと話してくれた。
良くて飼い殺しか、領地や財産を失って没落。
悪ければ不慮の事故とか不治の病に見せかけて暗殺されるんだってさ。
アリエル王女には複数の暗殺者が既に差し向けられてる以上、悪い方の末路を辿る可能性が極めて高い。
その末路に姉が巻き込まれれば、いっかんの終わりだ。
姉の情報が掴めて喜んだのも束の間。
想像の斜め上を行く姉の置かれてる現状の危うさに、私はひたすら頭を抱えた。
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26 追跡
十中八九姉だと思われる守護術師フィッツの情報を手に入れてから一ヶ月。
私はきったない字でミリスに旅立った両親に姉と思われる人物を発見したという報告の手紙を……出そうとして、字が汚すぎて情報伝達に齟齬が出そうだねってシャンドルに言われ、最終的にシャンドルに代筆してもらったりしつつ、そのシャンドルの知恵を借りて、どうにかして姉に会う方法を模索していた。
しかし、行った作戦は全部失敗。
一番有力だったのは、北王の肩書を活かして護衛として売り込む作戦だったんだけど。
アリエル派唯一の有力貴族だっていうノトス・グレイラット家の屋敷に「北王でフィッツの妹です」って触れ込みで売り込みに行ったら、当主のピレモンさんとかいう人に話すら聞いてもらえずに門前払いされた。
そもそも会おうとすらしてくれなかった。
年齢のせいで北王って信じてくれないのが原因かと思って、門番の皆さんを叩きのめして、やたら強かった用心棒のウィ・ターさんとかいう人まで叩きのめして、デモンストレーションをかねてピレモンさんのところまで押し入ってみたんだけど、それが悪かったのか完全に怯えられたよ。
あと、なんかピレモンさん「き、貴様パウロの回し者だろう!? 騙されるか!」とか言ってたんだけど、何? 師匠の知り合い?
しかも、あんまりよろしくない感じの知り合いっぽい。
それ以降、ピレモンさんは完全に聞く耳を持ってくれず「出ていけ!」としか言わなくなったので、仕方なく退散した。
それでも、この話が姉まで行けばワンチャンあるような気がしたんだけど、ピレモンさんが上に話を通さなかったのか、それとも姉にそこまでの発言力がなくて上の方で弾かれたのか、向こうからの音沙汰は一切なし。
作戦失敗である。
で、一番有力な肩書を活かす作戦がダメだった以上、他の作戦でもどうにもならなかったわ。
後のことを考えると、さすがに世界最大の国の王城に力ずくで乗り込むわけにもいかないし、私達には城に迎えてもらえるようなツテもコネもない。
唯一ツテと言えそうなのはお嬢様の実家のボレアス家くらいだけど、あっちはあっちで転移事件で領地を殆ど失って大変みたいだから頼れるわけないし。
そもそも、今ボレアス家を動かしてるのは、私が会ったこともないフィリップさんのお兄さんだ。
姉の情報をつぶさに調べるべく、貴族関係の最新情報を求め続けてたらおまけで知った。
フィリップさんは転移事件のせいでまだ行方不明。
お嬢様も行方不明。
お嬢様が私に剣術で負けて泣きついたことで一回会ったことのある声の大きいお爺さん、フィットア領の領主にしてボレアス家当主のサウロスさんに至っては、転移事件の責任全部押しつけられて処刑されちゃったらしい。
酷い話だ。
そういう事情もあって、ボレアス家には頼れない。
私達がやれたことと言えば、姉がアリエル王女の巻き添えで暗殺される可能性を少しでも下げるために、シャンドルと一緒に顔を隠して、暗殺を請け負ってそうな組織を片っ端から潰していったことくらいだ。
組織を潰しても貴族お抱えの暗殺者くらいいるらしいから、どこまで効果があるかわからないけど、やらないよりはマシだったはず。
バレたら私達の方が暗殺されそうだけど、北神流の潜入術(そんなものまであるんだ)を駆使して組織に関係ない人の目には一切触れず、私達を見た組織の人間は全員消してるから、まだ犯人グループの特徴すらバレてないはずだ。
……どっちが暗殺者かわかんないなこれ。
事態が動いたのは、暗殺者狩り以外にっちもさっちもいかず、もういっそのこと力ずくで乗り込む作戦を実行して姉を拐ってやろうかと思い始めてた頃だった。
私達は定期的に新しい情報を得るために接触してた情報屋から、とんでもない話を聞いてしまったのだ。
なんと、アリエル王女は中央大陸北部のラノア王国にある『ラノア魔法大学』ってところに留学という名目で、ちょっと前に秘密裏にアスラ王国を旅立ってたらしい。
実態は留学という名の島流しみたいだけど、そんなことはどうでもいい。
問題なのはその護衛の中に『無言のフィッツ』がいて、アリエル王女と敵対してる王族が、念のためにアリエル王女を道中で暗殺しようとする可能性が高いってことだ。
「シャンドル!」
「わかっているとも!」
それを聞いた瞬間、私は取るものもとりあえずシャンドルと共に全力で駆け出して王都を飛び出し、アリエル王女を追いかけた。
今の私なら本気出せば時速100キロくらいで走れる。
シャンドルの全力ダッシュのスピードに至っては私の倍だ。
ここは恥も外聞も捨てて、シャンドルにおんぶしてもらいながら、私はアリエル王女が去ったという北を目指した。
シャンドルは凄まじい体力で、アスラ王国から中央大陸北部に抜けるなら必ず通らなければいけないという関所までの道のりを走破してくれた。
でも、ここから先は赤竜の髭と呼ばれる森林地帯で、ゴールこそ赤竜の下顎と対を成す西部と北部の通り道『赤竜の上顎』と決まってるものの、そこへ行くのにどのルートを通るのかはわからない。
しかも、赤竜の髭は待ち伏せや暗殺に絶好のポイントって話なので、狙う側も狙われる側も通る道を工夫するらしい。
ここまでの道のりで追いつけなかった以上、多分もうアリエル王女一行はこの森に入っちゃったんだろうし、潜んでるかもしれない暗殺者より早く見つけないと大変なことになる。
私はこの広い森からアリエル王女一行を、いや姉を見つけ出すべく、右眼の魔力眼に限界まで魔力を流した。
シャンドルは知り合いに魔眼の専門家がいるとかで、私に魔眼の扱い方も伝授してくれた。
魔眼は流す魔力量によって出力の調節ができる。
同じ眼を持ってるギレーヌと私で見えるものが違ったのは、無意識に魔眼に流してる魔力量が違ったからだ。
私はごく微量で、ギレーヌは多分そこそこ大量に。
その魔力量をコントロールすることで、私はギレーヌが見ていた自然界の魔力を見ることができるようになったし、更に細かい調節次第で、相手の体の中に宿る魔力総量とかも見抜けるようになった。
魔力コントロールが無詠唱魔術を使う感覚に近かったことも幸いした。
覚えといて良かった魔術。
で、今の私は魔力眼を限界まで酷使することで、自然界の魔力に溶け込んだ個人の魔力の痕跡を追ってるのだ。
魔術に変換された魔力には色がある。
だけど、魔術に変換されてない魔力、個人個人が体に宿してるだけの魔力にも、実は個人差みたいに微妙な色の違いがある。
例えるなら、指紋みたいな感じかな。
魔力眼の出力を上げれば、その微妙な色合いの個人差も見分けられるようになった。
限界まで出力を上げれば、自然界の魔力に溶けてしまった魔力の痕跡を追い、その魔力の個人差を見分け、今見える場所から誰がどっちに行ったのかがわかる。
もちろん、見知った人物に限るけど。
姉は見知った人物だから大丈夫だ。
大丈夫なはずだ。
姉の魔力を見てたのは魔眼を制御できるようになる前。
だけど、生まれてから転移で離れ離れになるまでの10年間、毎日のように見てきた魔力。
思い出せ。
思い出せ!!
姉の魔力はどんな色をしてた!?
記憶を頼りに、自然の魔力とこれまでここを通った大量の人達が残した魔力が溶け込み、まるで幾千幾万と重なり合った足跡みたいになってるこの場所から、たった一人の
「こっち!」
そして、見つけた。
姉の魔力の痕跡。
ここを通ったのが最近だからか、かなりハッキリと痕跡が残っててくれたのが幸いした。
その痕跡を辿って全力疾走。
そうしているうちに、遠くから音が聞こえ始めた。
金属同士を打ちつけ合う音、何かが斬り裂かれる音、衝撃波のような轟音。
戦闘音だ。
それを聞きつけて、私は更に加速する。
走り抜けた先にあったのは、横倒しになった馬車、血を流して地面に倒れてる高級そうな服着た人が3人、同じく地面に倒れてる黒装束の不審者の死体がいくつか。
生きて馬車を襲ってる黒装束が15。
それに抗ってる馬車の護衛が6。
その護衛の中にいた。
右手に見覚えのある短杖を、左手にもこれまた見覚えのある短剣を持ち、無詠唱魔術を用いて戦う白髪のエルフが。
髪の色が違くてもわかる。
サングラスで顔を隠しててもわかる。
魔眼なんか使うまでもなくわかる。
あれは私の血を分けた双子の姉、シルフィエットだ。
そして、その姉に殺意を向けながら一塊になって向かっていく黒装束どもの姿も見えた。
「ウチの! 姉に! 何、してんだーーー!!!」
お嬢様以上の怒りの咆哮を上げながら、私は黒装束どもに飛翔する光の太刀を放った。
まだ遠かったせいで3人しか殺せなかったけど、私の存在に奴らが気づき、姉への突撃を中断して警戒しながら距離を取る。
その隙に、私は姉を背に庇える位置へと移動した。
「エミリー……?」
「うん。シル、無事で、良かった」
後ろから聞こえてくるポカンとしたような姉の声に、黒装束どもから視線を外さないまま答える。
姉以外の護衛の人達は、何が起きたのかまだ理解できてないのか、姉と同じくポカンとしてる。
そんなことしてる間に、シャンドルが追いついてきた。
「シャンドル、シルを、お願い」
「わかった。もっとも、私が守らなければならないほどか弱い少女には見えないけどね。……この子も素質ありそうだな」
姉に向かってシャンドルの食指が動いてる気配がするけど、気にしてる余裕はない。
それは目の前の黒装束どもが余裕を失わせるほどの強者って意味じゃないよ?
確かに、魔眼を酷使したせいで右眼の奥がジンジンするし、頭も結構痛い。
右眼は閉じて戦った方がマシだと思う。
それくらい体調が良くない上に、相手は曲がりなりにも王女を狙いに来てる暗殺者集団。
油断できない状況と相手だし、元からどんな相手でも油断なんてする気はない。
どんな強者でも油断すれば簡単に死ぬ。
時と場合によっては不死身の魔王ですら死ぬ。
それは師匠、ギレーヌ、シャンドルの共通の教えだ。
だから、私から余裕を奪ってるのは戦況じゃない。
純粋な怒りだ。
紛争地帯で両親を人質に取ろうとしてきた連中に抱いたのと同質の怒りだ。
その怒りで判断をミスらないように、自分の心を制御するのに余裕がない。
「私は、『北王』エミリー。皆殺しに、される、覚悟は、いい?」
そうして私は、黒装束どもに怒りの鉄槌を下すべく間合いを詰めた。
ピレモン「フィッツの妹、つまりパウロの弟子……! パウロめ……! 弟子を送り込んでくるとは何が狙いだ? アリエル様にすり寄ってノトス家当主の座を狙っているのか? それとも第一王子派と組んで、あの弟子にアリエル様を暗殺させるのが狙いか? どちらにしてもロクなことにはならん。だが、アリエル様はフィッツにご執心だ。フィッツの妹となれば少なくともフィッツを奴と会わせることくらいはしてしまうはず。それでフィッツがパウロに寝返りでもすれば最悪だ。報せるべきではないな」
ピレモンさん渾身のファインプレー。
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27 再会
さっきの光の太刀で3人殺して、残る黒装束は12人。
それが6人ずつに分かれて、左右から私を迂回するように馬車の方を目指して走り出した。
私を倒すんじゃなくて、どうにかして私を避けて後ろの馬車を狙おうとしてる動きだ。
「ふん」
小賢しい。
私は左の集団に向けて横薙ぎの光の太刀。
それだけで6人の胴が上下に別れて絶命した。
そんな仲間の死に様を見てた残りの6人は、一太刀で纏めて倒されないようにバラける。
だけど、複数で纏まってても勝てないのに、バラけて勝てると思ったか。
いや、勝つ必要はないのか。
奴らの狙いは私じゃないんだから。
まあ、どっちにしても全員生かしておくつもりはない。
「ふっ!」
私は踏み込み一つで一番先頭の奴との距離を一足一刀の間合いまで詰めた。
そのまま黒装束が武器を振るう前に、光の太刀で両断して抹殺。
残り5人。
黒装束の一人が私の注意を引こうとしたのか、毒が塗ってありそうな色した投げナイフで牽制してきたので、水神流の技で受け流して遠距離カウンタースラッシュ。
それでそいつは縦に真っ二つになった。
残り4人。
今度はその中の3人が決死の足止めって感じで三方向から私の前に踊り出し、その間に一番身体能力が高そうな奴が馬車目掛けて一直線に進んでいく。
邪魔だ。
「北神流『円天華』」
私はまず間合いを詰めて一人目の喉を貫いて殺し、そこから喉を斜め上に斬り裂きながら剣を引き抜いて、その勢いのまま半円の軌道を描いた剣を二人目の頭蓋に叩き込む。
一瞬で仲間を二人殺された上に、私がそいつらを仕留めるために位置取りを変えてるので、自分の間合いに捉えることすらできなかった三人目は、悠々と光の太刀の構えを取った私に抵抗もできず斬り殺された。
残りは全力で馬車に向かって走る一人だけ。
私は踏み込みと同時に衝撃波の魔術を自分の背中に向かって発動。
一気に加速して最後の一人のすぐ後ろに迫る。
こいつは黒装束の中で一番強かったのか、聖級剣士並みの動きで反撃を試みてきたけど、私は僅かに発動させた幻惑歩法によって目測を誤らせ、一瞬の交差の末に首を飛ばして始末した。
これにて黒装束全滅。
完全勝利である。
私は剣を一振りして血糊を落とし、鞘に納刀。
剣を納めて敵意無しってことをアピールしながら、万感の想いで姉の方に駆け寄った。
そして、姉の腰にしがみつくようにしてダイブする。
「うわぁ!?」
「シル! 心配した! 心配した!」
「エミリー……えっと、いきなり過ぎて頭がついていかないんだけど、どうしてここに?」
「無言のフィッツ、有名! 王女と、一緒に、国外、出たって、聞いて、追いかけて、きた!」
私は姉に会えた嬉しさで興奮しながら、これまでのことを姉に話した。
父と母と共に紛争地帯に飛ばされたこと。
そこでシャンドルに出会って強制的に弟子にされたけど、紛争地帯脱出の時から協力してもらってること。
道中でロキシーさん達に会って、父と母はそっちについていってミリスに行ったこと。
全部話した。
「そっか。お父さんもお母さんも無事だったんだね。よ、良かったぁ……」
姉は安心したのか、腰が抜けた感じでペタンと地面に座り込んだ。
そのままこれまでの不安が一気に爆発したのか、大声で泣きながら私のことを抱きしめ返してきて、姉もこれまでのことを語ってくれた。
なんでも、姉は転移事件で王城の上空に飛ばされたらしい。
落下の恐怖に震えながら半狂乱で魔術をぶっ放して減速してたら、偶然王女のところに転移して王女を殺そうとしてた魔物に魔術が命中。
王女の命を救った恩人ってことになり、あと無詠唱魔術を使える姉の有用性を見込まれたというか目をつけられたというかで、色々な思惑がこんがらがった末に王女の護衛という立場に就任したんだとか。
それからは貴族社会の魑魅魍魎どもに揉まれながら過ごす日々。
でも、姉を拾った王女様は私達が掴んだ情報通り王族としての立場が弱く、それでも頑張って王様になろうと努力してたんだけど、それが目障りになってきたらしい他の王族だか上級大臣だかが権力と勢力の差に任せて暗殺者を何人も放ってきて、このままだと遠からず殺されるってことで国外に逃げてきたらしい。
壮絶だ。
下手したら紛争地帯よりヤバい魔境でよくぞ生き抜いてくれたなぁ。
さすが我が姉!
「シル、私と、一緒に、ミリス、行こう? 父も、母も、待ってる」
「……ごめん、エミリー。それはできないんだ」
「なんで!?」
そんな過酷な一年を耐え抜いてきたなら、もう家族のところに戻ったっていいはずでしょ!?
両親も師匠のところで難民の捜索やってるだろうから、平穏にとまではいかないかもしれないけど、それでも暗殺者に追われるような暮らしを続けるよりずっといいはずだ。
姉は私と違ってバトルジャンキーってわけでもないんだから。
はっ!?
ま、まさか……!?
「……もしかして、王女様に、無理矢理、従わされてる? なら、私が、こいつら、殺すよ? ここなら、さっきの、奴らの、せいに、できる」
姉を奴隷のように使ってるのなら容赦しねぇ。
私が殺気を込めて護衛達を睨みつけると、全員が即座に武器を構えて臨戦態勢に入った。
反応が遅いし、怯えてるのが丸わかりだ。
これならさっきの黒装束の方がよっぽど強い。
この程度、今の体調でも皆殺しまで10秒とかからない。
「エミリー、ダメ! ボクがアリエル様を助けたいと思ってるのはボクの意思だよ。
転移事件のせいで、右も左もわからなかったボクを助けてくれたアリエル様達に報いたいんだ」
「シル…………ん? ボク? 口調、変えた?」
「え? あ、うん。色々あってね」
あ、ヤバい。
思わず突っ込んでシリアスな空気をブレイクしてしまった。
姉は勢いを削がれて、困ったように耳の後ろをポリポリかいてる。
困った時の姉の癖だ。
「と、とにかく! ボクは自分の意思でアリエル様に従ってるから! アリエル様、ごめんなさい。妹が凄い失礼を……」
「いえ、構いません、シルフィ。
今の私達は彼女に生殺与奪を握られているも同然の立場ですからね。
無礼など咎められませんよ」
姉が凄い自然な感じで、なんか師匠に似た顔立ちの若い騎士を連れてこっちに近づいてきた金髪美少女に頭を下げた。
……この人がアリエル王女か。
なんていうか、美術品みたいなレベルの美少女だ。
歳は私達より2〜3歳上、お嬢様と同年代くらいだと思うけど、あの肩書詐欺の狂犬お嬢様と違って、この人にはこれぞ王女様って感じの気品と美しさがある。
私も死蔵してるとはいえ容姿にはそこそこ自信があるけど、この人には何から何まで負けてるね。
あと、なんか声が凄い。
透き通ってて脳に染みてくる声というか。
歌手とかやったら大成しそう。
そんな王女様を見て、シャンドルが見惚れたように目を見開いてるし。
ロリコンへの目覚めかな?
「はじめまして、エミリー様。あなたのことはシルフィからよく聞いておりました。とっても凄い剣士だと。
先程の戦いを見れば、シルフィの言葉を疑う余地はありません。
この度はそのお力で私達を助けてくださり、誠にありがとうございます。おかげで命拾いしました」
「……お礼、いらない、です。私は、シルを、助けた、だけ、です、から」
「それでも私達が助けられたのは事実です。恩人にお礼も言えないようでは、アスラ王族の名折れですからね。どうか受け取ってください。
もっとも、こんな立場ですので、言葉以上のお礼ができないのが心苦しいですが」
アリエル王女は、本気で困ってるのかおどけてるのかいまいちよくわからない仕草で肩をすくめた。
それは自虐ネタと取っていいのかな?
王族の冗談がどんなものかなんてわかんないから判断つかない。
でも、もしそうなら、かなりフレンドリーに接してくれてるのかも。
だからってわけじゃないけど、私は回りくどいこと一切抜きで王女様に問いかけた。
「……アリエル様。シルは、あなたに、ついていく、つもり。じゃあ、あなたは、これから、どうするん、ですか?」
返答によっては、無理矢理にでも姉を連れてミリスに行く。
私は言外にそう言ってると伝わるくらいに鋭い目で睨みつけながら、アリエル王女にそう問うた。
「ラノア王国にて力を蓄え、いつの日か故国に戻って王位を取るつもりでいます。何年かかるかはわかりませんが」
「それ、諦められない、ですか?」
「諦められませんね。それが私のアスラ王族としての使命ですから」
アリエル王女は綺麗な顔で口元には微笑みを携えながら、でも瞳の奥には信念の炎を燃やして私を見詰め返してくる。
……強い目だ。
前世含めて、これほどの目は見たことないってくらいに力強い瞳。
例え崖っぷちでも、国を追われても、この人は王族なんだと思わせてくる目。
「シルも、この人、見捨てられない?」
「うん。見捨てられない。アリエル様はボクにとって大事な人で、大事な友達だから」
「……そっか」
ルーデウスに依存気味で、奴以外に友達と言えるような人がいなかった姉が、王女様と同じくらい強い目で友達を守りたいと言う。
……これに文句を言うのは野暮ってもんかな。
「わかった。好きに、すればいい。でも、しばらくは、私も、一緒にいる。大事な、姉を、暗殺者に、やられたく、ないから」
剣の道に生き、命の危険に積極的に飛び込もうとしてる私が、友達のために命懸けるって言ってる姉に危ないことするなとは言えないよ。
ならせめて、できる限り近くで見守るだけだ。
まだ師匠の家族とか見つかってないから、そっちをどうにかするために離れることもあるだろうけど、とりあえず留学先までの護衛はやる。
またあんな連中が来たら堪ったもんじゃないもん。
「ええ。歓迎します、エミリー様。あなたがいてくれるなら心強いです」
「エミリーで、いい、です」
王女様に様付けされるとか落ち着かんわ。
あ、でも今のセリフ、ギレーヌとかシャンドルみたいでちょっとカッコ良かったかも。
現実逃避気味にそんなことを考えつつ、何故か王女様と一緒の旅が幕を開けることになった。
ホントに人生何が起こるかわからない。
・アリエル様親衛隊
原作よりシルフィが強かったことと、エミリーが駆けつけてくれたことにより、シルフィとルークを除いて10人(戦闘職は4人)が生存。
なお、原作での生き残りは、シルフィとルークを含めても4人。
・聖級暗殺者さん
エミリー達がアサシンギルドを潰し回ったせいで職を失い、つい最近ダリウスさんに個人的に雇われた元アサシンギルド屈指の使い手。
なお、幼女に粉砕されたもよう
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28 北方大地の旅の途中
「さあさあ、どうした! もっと打ち込んできなさい!」
「「「うぉおおおおお!!!」」」
王女様御一行に同行し、赤竜の上顎を越えて中央大陸北部『北方大地』に入った私達。
現在、私達は北方大地の入口あたりの小さな村で、この地域の名物、冬に降り積もる大雪によって足止めされていた。
護衛の何人かは雪より追手を恐れて先を急ぐべきだと主張してたけど、年配の従者の人やシャンドルがそれに反対。
天候を甘くみると、どんな強者でも死にかねないとのことだ。
確かに、この雪も滅茶苦茶降り積もってるし、場所によっては吹雪いてるだろうから、雪に埋もれて凍死なんて未来は容易に想像がつく。
追手を恐れてた人達も、最終的には私と私よりも強いシャンドルがいるから大丈夫ということで、一応の納得をしてくれた。
そして今。
足止めされて暇になった時間を使って、シャンドルが姉を含む護衛の人達を鍛えている。
鍛えてるというより北神流を布教してるだけだけどね。
シャンドルは見込みありそうな人を見かけると、某上弦の参並みの強引さで「君も北神流にならないか?」と誘ってくるのだ。
弟子にして濃密な修行を課すのは私みたいに直接見出した人だけらしいけど、指導くらいなら結構ノリノリでやる。
まあ、彼らもアリエル様を守るための力は欲しいだろうし、ウィンウィンの関係なんじゃないかな?
なお、私は既にシャンドルにボッコボコにされた後なので、冷たい雪の上で死体のように倒れております。
私への修行は護衛の人達への指導より遥かに厳しい。
治癒魔術で治るからぶった斬られるのも骨折られるのも当たり前だし、本当の本当に立てなくなるまで休ませてくれないし、体力がちょっとでも回復したらすぐに再開だ。
血反吐と虹色のゲロゲロをスパーキングしない日は無い。
休日?
ゼロですが何か?
もちろん、それで強くなれてるんだから文句はないし、むしろ、こんな虐待のようにハードな修行は前世じゃ絶対に体験できないから楽しいくらいだ。
しかし、楽しいこととキツくて死にそうになることは決して矛盾しないのである。
「雪、冷たい」
「お疲れ様です」
「あ、アリエル様」
そんな私に、アリエル様が温かい飲み物を差し入れながら話しかけてくれた。
ありがたく頂戴し、ふらふらしながらアリエル様が腰掛けた隣の椅子に座る。
私達の視線の先では、師匠に似た顔立ちの騎士ことルークさんが、シャンドルの持つ石剣(姉の土魔術製)に顔面を打ち抜かれたところだった。
ちなみに、最初会った時のシャンドルは棍棒を使ってたけど、それを私が斬っちゃったのと、剣をこよなく愛する私への指導とお手本のためってことで、最近は剣を使ってるのだ。
元々は剣士で棍棒を使ってた時期の方が短いらしいので、特に問題はないというか、むしろ最初に戦った時より強くてどんだけーってなった。
上を見上げればキリがないです。
「シャンドル様は本当にお強いですね。まるでおとぎ話に出てくる大英雄のようです」
「それ、私も、思い、ました。アリエル様は、シャンドルの、正体、なんだと、思い、ますか?」
「……敬語が使いづらそうですね。公の場ではありませんし、楽な言葉を使ってくれていいのですよ?」
「今から、慣れないと、後が、きつそう、なので」
「そうですか。エミリーは努力家ですね」
いえ、むしろ剣術以外は積極的に怠けたいです。
でも、できなきゃ生活する上で不都合があるものだったり、将来の目標である武者修行の旅をするために必要なスキルが多いから、仕方なく頑張って覚えようとしてるだけだ。
剣術だけじゃギレーヌのごとく行き倒れるのが目に見えてるから。
私が本当に努力家だったら、まずはこの片言を直してたよ。
意思疎通には問題ないからって、自然に滑らかになるのを待ってた弊害が
ぶっちゃけ、もう片言口調が染みついちゃってるから、今更違うイントネーションにしようとしても手遅れな気がしてるんだけど……。
まあ、せめて敬語が普段の口調と同じくらいの精度で出るようにはしたい。
「それで、シャンドル様の正体でしたか。
北神流にとても拘りがおありのようですし、私としては、かの北神英雄譚の主人公『北神カールマン二世』アレックス・カールマン・ライバック様ではないかと考えていますが」
「私も、同意見、です。……ん? でも、カールマン・ライバック?
「ああ、それは北神カールマンという名前が有名すぎて、カールマンをファミリーネームだと勘違いしていらっしゃる方が多いのですよ」
へー。
「何せ、北神カールマンと言えば、現在でもアスラ王国の伝説と謳われる『甲龍王』ペルギウス様と同じ魔神殺しの三英雄の一人。
もしシャンドル様が本当に北神カールマン二世なら、私の体を差し出してでも味方になっていただきたいほどです」
いや、シャンドルはアリエル様に魅了されてる節があるから、体を差し出すまでもなく、上目遣いとネコ撫で声でおねだりしたら、それだけで陥落しそうだけどね。
というか、
「王女様が、簡単に、体、差し出すとか、言って、いいん、ですか?」
「公の場ではマズいですね。ですが、プライベートなら構わないでしょう。王城にいた頃も、何度も可愛い女の子と寝屋を共にしていますし」
「え?」
「ちなみに、私は個人的にあなたとも
シルフィは大切なお友達だから自重しましたが、まだまっさらな関係のエミリーとなら、体を通じたお付き合いで仲を深めていくという道も……」
「私は剣が恋人なので間に合ってますごめんなさい」
「あら、残念」
思わず片言も敬語苦手も吹っ飛ぶくらいの衝撃発言だったよ今の!?
アリエル様は色っぽい笑顔で「うふふ」って微笑んでる。
今のが冗談なのか本気なのか判断できない。
なんとなく目が獲物を狙うハンターの目になってる気がするけど、気のせいだと思いたい。
アリエル様がこの上品の極みみたいな見た目で、中身が下品な好色ビッチだったりしたら、肩書詐欺のお嬢様と併せて、今後アスラの王族貴族を一切信じられなくなりそう。
「よし! 今日はここまでにしておこうか!」
「つ、疲れた……」
「死ぬ……」
「帰りたいよママ……」
「…………」(白目)
あ、そんな話してる間に、シャンドルの修行が終わったっぽい。
6人の護衛のうち、4人はシャンドルが終了の合図を出した瞬間に崩れ落ちたけど、残りの二人、姉と師匠似の騎士のルークさんは根性で立ってアリエル様の後ろに立った。
姉はアリエル様の守護術師、ルークさんは守護騎士という役職で、王城にいた頃からアリエル様の護衛をやってたらしいから、他の道中の護衛に任命された人達より護衛根性が凄いのだ。
「シル、大丈夫、だった?」
「うん。大丈夫だよ。むしろ、自分が強くなってる実感があるから嬉しい。凄いね、シャンドルさん」
姉は元々、故郷にいた頃に私から北神流を習ってたこともあって、アリエル様の護衛の中でも一番飲み込みが早い。
もうかなり力強い闘気も纏ってるし、シャンドルから北神流上級の認可を貰ってた。
魔術を含めた総合的な戦闘力は聖級剣士にも引けを取らない。
最後に会った時のルーデウスは確実に超えてるね、これ。
「アリエル様と何話してたの?」
「ベッドに、誘われ、かけた……」
「アリエル様……遂にエミリーにも手を出したんだ」
「あらあら誤解ですよ、シルフィ。ただの未遂です」
「誤解じゃないでしょそれ!?」
おお。
あの引っ込み思案だった姉が、世界最大の国の王女様にツッコミを入れておる。
成長したなぁ。
……というか、今の会話を考えるに、アリエル様はマジでビッチなお方である可能性が高くなった。
もうアスラの王族貴族は信じない。
「もう、シルフィはこの手の話に過剰反応し過ぎですよ。まあ、そこがいいのですが……。
それはともかく、エミリーほど可愛い娘ならベッドに連れ込みたくなるのは人のサガでしょう。ねぇ、ルーク」
「いえ、自分は絶壁には興味がありませんので」
「ああ、そうでしたね。ここに私の味方はいないようです」
下品な話で小さく笑い合うアリエル様とルークさん。
引いた。
ドン引きである。
姉の貞操のためにも、やっぱり強制的にミリスに引きずっていった方がいいのでは……?
「さて、エミリー。休憩は終わったね。もうワンセットいくよ!」
「あ、うん。じゃ、行ってくるね、シル」
「行ってらっしゃい」
シャンドルに呼ばれたので、思考を打ち切って修行に戻り、ボッコボコにされながら実戦形式で技を学んでいく私。
それを見て、姉以外のルークさんを含む護衛の人達は、毎度毎度化け物を見る目で私達を見てくる。
彼らじゃ目で追うことも難しい攻防を何時間も連続でやってるんだから、そりゃ戦力差に絶句くらいするよね。
「なんで、あんなハードな修行を笑いながらできるんだよ……」
「怖い。幼女怖い」
「俺、今日からロリコンやめるわ」
「…………」(白目)
なんか変な会話してる気がしたけど、シャンドルの修行に集中して強敵相手に剣を磨ける喜びに浸ってる私には聞こえない。
そんな感じで、北方大地での一日は過ぎていった。
アリエル「正直に言って、ドスライクなんですよ。イジメたいし、イジメられたいんです。鞭でも蝋燭でも緊縛でも○○○でも■■■でも△△△でも◆◆◆でも私はイケますよ?」ニッコリ
エミリー「…………」(ドン引き)
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29 ラノア魔法大学
アリエル様がアスラ王国から出た時点で諦めてたのか、懸念してた追手による襲撃もないまま冬が明け、私達は雪解けの季節の北方大地を前進した。
ちなみに、赤竜の上顎から東に進むとアリエル様の留学先であるラノア王国があり、西に進んで大陸の最西端に行くと、私が昔から心惹かれてる剣の聖地という場所がある。
剣の聖地はその時代最強の剣術流派が居を構えてるところで、今は世界で最もメジャーな剣術である剣神流の総本山になってるらしい。
ギレーヌはそこで修行したって言ってた。
しかも、そこには世界最強の七大列強の一人、序列六位の『剣神』までいるんだとか。
いつか抱えてる問題が全部片づいて余裕ができたら、是非とも行ってみたい。
きっと天国のような光景が広がってることだろう。
というか、叶うことなら今すぐ寄りたい。
覗くだけでもいいから。
ちょっとくらい寄り道してもいいんじゃないかな?
そう思って、ダメ元で剣の聖地寄ってかないって提案したら、姉に笑顔でバッサリ切られた。
そんなこともありつつ、私達は東に進んであっさりとラノア王国に入国。
北方大地は結構強い魔物が出る土地らしいんだけど、紛争地帯で青竜との死闘を経験してるからか、そこまで強いとも感じなかったし、特に苦戦もせずに目的地へ到着できた。
そこからはラノア王国の王都に行って、アリエル様がラノアの王族に挨拶した。
他国の王族と向き合うアリエル様は、中身がビッチなお方とは思えない、最初に会った時にも感じた王者の風格を漂わせてたよ。
今となっては詐欺にしか見えないけど。
ちなみに、その時の私は姉以上に『無言』の二つ名が似合うほどに沈黙してボロを出さないようにしながら、アリエル様の護衛の一人としてどうにか無事その場を乗り切った。
……いや、やっぱりちょっと訂正。
久しぶりにポンコツ晒して、うっかり城の美術品を壊したから無事にではないわ。
あの時は本気で血の気が引いたよ。
アリエル様が弁償してくれたおかげでなんとか助かったけど、「この程度の出費でエミリーに恩が売れるなら安いものですよ、うふふ」って言われたし、特大のやらかしをした気がしてならない。
今回はアリエル様の護衛料という名目で相殺になったけど、今後またポカをやらかしたら、その時こそ貞操を失うかも。
そんな未来予想に本気で震えながら、留学先のラノア魔法大学がある街。
ラノア王国、ネリス公国、バシェラント公国の『魔法三大国』と呼ばれる三ヵ国同盟のちょうど真ん中にある『魔法都市シャリーア』へと到着。
早速魔法大学に向かい、大学の名に相応しい広大な敷地に入ったところで、
「おや?」
シャンドルが校門近くにある広場で足を止めた。
そこにあったのは、ローブを纏った一人の女の人の銅像だ。
像に付けられたプレートには『初代学園長、第56代魔術ギルド総帥フラウ・クローディア』と書かれてる。
「どうしたの?」
「いや、懐かしくてね。彼女、古い知人なんだよ」
へー。
こんなところにも奇妙な縁があるもんだね。
私のお婆ちゃんが師匠の元仲間だったことといい、世界は広いけど、世間は意外と狭いのかもしれない。
まあ、それはさておき。
実態は逃走とか島流しみたいな感じとはいえ、名目上は留学だからアスラ王国からちゃんと話が通ってて、アリエル様達の入学はあっさりと許可された。
特別生っていう、前世で言うところの特待生みたいな感じで入ることもできたみたいなんだけど、なんか思惑があるみたいで、アリエル様達は全員その話を断ってた。
で、私はどうするかって聞かれたから、せっかくだから私も入学してみることにした。
アリエル様達は断ったけど、今ならアリエル様の紹介で特別生になれるみたいだし、特別生は学費タダって話だからね。
あと、私はしょぼい初級魔術をいくつかだけだけど、一応無詠唱魔術が使えるので、アリエル様に頼らなくてもギリギリ特別生になれる条件は満たされてたっぽい。
これを機に、便利だけど初級だけじゃ心許なかった治癒魔術と解毒魔術あたりを本格的に学び直してもいいかもしれない。
どうせアリエル様達というか、姉の生活が安定するまではここにいるつもりだしね。
ついでに、何故かシャンドルも特別生として入ってきた。
一分の隙もないアリエル様のコネで。
なんで? って思ったら、目的は見込みのある生徒を北神流に勧誘することだってさ。
要するに、いつものである。
でも、ついでに面白そうな魔術とか魔道具とか漁って、北神流の新たな技を模索するつもりでもあるらしい。
向上心の塊か!
とまあ、そんな感じで、私達の新たな生活が始まった。
従者生存&最強護衛加入により、アリエル様御一緒が北方大地を進む速度が上昇。
学年が原作より一つ上に。
ただし、途中編入なのでリニア、プルセナは既にブイブイ言わせてる。
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30 基盤
魔法大学に入学して一ヶ月。
そろそろここの生活様式にも慣れてきた私は、アスラ王国で姉と思われる人物を発見したって報告を最後に、色々あって後回しになってた両親への手紙を書くことにした。
本当なら真っ先にやらなきゃいけないことだったんだけど、姉と合流した場所は手紙なんて出せるはずもない森の中だったし、そこを抜けたら今度は大雪に足止めを食らった。
私達が足止めされてるってことは、手紙を届けてくれる人も足止めされるってことだ。
しかも、この世界では手紙の配達は基本的に依頼を受けた冒険者がしてるから、私達が足止めされてた冒険者ギルドもない小さな村からじゃ、どのみち手紙は出せない。
で、雪解けの後はラノア王国の王都まで一直線だった。
そこからなら手紙も出せたんだけど、なんとそこでまさかの姉によるストップがかかった。
なんでも、現在私達が持ってる情報が下手に流れたりすれば、アリエル様の首が絞まる可能性があるとのことだ。
家族宛の手紙でも油断はできない。
手紙を運ぶのは赤の他人の冒険者、しかもこの世界では手紙の運び手が途中で魔物とか野盗とかに襲われて配達を続行できない可能性を考慮して、複数の手紙を送るのが基本だ。
つまり、どこかで配達役の冒険者が野盗に襲われて手紙を盗られ、そこに書いてあった情報が情報屋とかに嗅ぎつけられ、巡り巡って知られると都合の悪い相手の手に渡る可能性もある。
いくらなんでも心配し過ぎじゃないかと思ったけど、今のアリエル様は万が一が一つあっただけで崩れかねない崖っぷち状態。
警戒するに越したことはないって言われたら何も言えない。
結果、私の手紙には姉やアリエル様の従者の皆さんによる検閲が入ることになったんだけど、首都じゃラノアの王族と会う準備で皆忙しかったし、魔法大学に来てからも権力の基盤を整えるのに忙しそうにしてた。
でも、一ヶ月も経って忙しさも大分緩和されてきてるし、そろそろ書いてもいい頃だと思うんだ。
というわけで、手紙を書いて姉のところに持っていった。
もはや手紙というか、何かの原稿でも書いてる気分である。
「……エミリー、相変わらず字汚いね」
「ほっといて」
姉に厳しい言葉はかけられたけど、検閲自体はオッケーが出た。
その場にいたルークさんにも確認してもらったから問題ないはず。
アリエル様と一緒に行動してるとか、姉が守護術師になってるとか、そういう重要な情報を全部省いたのが功を奏したらしい。
でも、せっかくの手紙なのに好きな言葉を伝えられないっていうのは、なんかちょっともにょるなぁ。
姉も私の手紙に自分の言葉を書き足し、ついでに私の汚い字だけじゃ不安ってことで補足も書き足してたんだけど、それが書いていいことなのかわかんないって感じで度々ペンが止まってたし。
早く全部の問題が片づいて、なんの気兼ねもなくまた家族で一緒に暮らせる日が一刻も早くくることを切に願うよ。
で、私達がそんなことしてる間に、アリエル様は着々と権力の基盤を整えていった。
そもそも、何もしなくてもアリエル様達は目立つ。
世界最大の国の王女様だし、中身の下品さに反比例するような外面の良さという名のカリスマ性は、多くの人を惹きつけてやまない。
そんなアリエル様の両脇を固めるのは、伝え聞く全盛期の師匠のごとく女の子を食いまくれるイケメンのルークさんと、黙ってれば絶世の美少年に見える男装した姉。
この三人が並んで歩いてるだけで、人々は羨望の眼差しを彼女達に送る。
その上、アリエル様は諸々の手腕も凄かった。
私には何やってるのか全然理解できないけど、なんかお偉いさんとの間にあっという間にツテを作っちゃうのだ。
さすがに、一ヶ月じゃまだ味方に引き込むところまではできてないけど、時間をかければシャンドルのごとく陥落する人は続出しそう。
将来有望そうな生徒への声掛けも、始まったばっかりだけど順調だ。
アリエル様達の計画では、こうして声をかけた生徒が卒業したらアスラ王国に送り込み、アスラ王国の方で出世させて、いざ王位を取りにいく時の味方戦力にするつもりらしい。
随分と遠回りなやり方だと思うけど、国から追放されちゃったアリエル様には、それくらいしかできることがないのだ。
しかも、効果が出るまでかなり時間がかかる。
それこそ、アリエル様は10年単位で計画を見てる。
10年以上をかけて魔法三大国に深く根を張り、王位を争うライバル達と張り合えるだけの味方戦力を作るつもりだ。
その準備期間中に私にできることは殆どない。
せいぜい、北王としてアリエル様に付き従ってるふりして、アリエル派の力の象徴として目立つことくらい。
実際は姉を守ろうとすると必然的にアリエル様も守らなきゃいけなくなるから、なし崩し的に協力してるだけなんだけどね。
まあ、やることが殆どないっていうのはいいことだ。
これなら、アリエル様の権力基盤がしっかりして、権力が姉を守ってくれるようになったら、一時離脱してミリスに行けそう。
そんな感じで順調にやってたんだけど、まあ、どこにでも目立ってる人を疎ましく思う輩はいるみたいで。
「おうおう新入生、ちょっと顔貸すニャ」
「北王だかなんだか知らないけど、最近調子に乗りすぎなの」
中級治癒魔術の授業を受けに校庭を移動してたら、なんか不良に絡まれた。
私に絡んできたのは、特別生の教室で見たことある猫耳と犬耳の少女二人。
同年代くらいだと思うんだけど、既に胸囲の格差社会の片鱗が現れてるから、若干苦手な人達だ。
こいつらは、いつも同じ獣族の取り巻きを20人くらい連れて番長みたいなことしてる。
絡まれるのも今回が初めてじゃない。
でも、アリエル派の力の象徴っていう面倒な看板があるせいで適当に回避するってこともできないから、毎回ちょっかいかけてくる取り巻きを軽く受け流して睨み合ってる関係だ。
それが今回はそろそろ本気で私と戦う気になったのか、取り巻きの数が100人を超えるとんでもない大軍勢を引き連れてきた。
どこにこんな戦力が隠れてたんだろう?
学校中の獣族が集まってるのかな?
というか、こんな小娘どものどこに、これだけの数を率いられるカリスマがあるの?
胸か?
胸なのか?
「素直に調子乗ってましたって謝るなら、勘弁してやらニャくもないニャ」
「お腹を見せて服従するの」
数の暴力に任せてニヤニヤと笑う猫と犬。
この大軍勢に何事かと生徒達が集まり、遠巻きに見守っている。
あ、野次馬の中にシャンドル発見。
面白そうな顔で私を見てる。
これは引き下がれないな。
引き下がる気もないけど。
「通行の、邪魔。どいて、くれる?」
「どうやら死にたいみたいだニャ!」
「やっちまうの!」
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
犬猫の指示によって、獣族の大軍勢が押し寄せてくる。
数の暴力に任せて、聖級剣士くらいならどうにかなりそうな戦力だ。
だけどまあ、
「剣も、いらない」
私は腰の剣に手を伸ばさず、素手で獣族の群れに突っ込んでいった。
学校の喧嘩で真剣使って人死を出すのはどうかと思ったし、何より素手で充分な程度の連中だから。
一番先頭を走ってた虎っぽい耳を生やした獣族の懐に飛び込み、抉るようなボディブロー。
そのまま腹を抱えてうずくまりそうになった虎獣族の腕を掴んでぶん投げ、他の一団にぶつける。
高速で飛んでくる人一人分の重量は普通に凶器だ。
でも、骨折くらいはしてるだろうけど、死ぬほどのことじゃないでしょ。
そして、今度は俊敏な動きで飛びかかってきた豹みたいな獣族の女の人を背負い投げて同じことをする。
……背中に格差社会の象徴が押しつけられて微妙な気分になった。
ギレーヌといい、あの犬猫といい、なんで獣族はこうメロンばっかりなんだ。
次は手刀で斬撃飛ばしをやって何人か吹っ飛ばし、その次は珍しく衝撃波の魔術を攻撃に使って吹っ飛ばし、向こうの攻撃は素手で水神流の技を使う練習台にした。
武器を失った時、それを拾い直すまでの間を凌ぐための格闘術もシャンドルから習ってて良かった。
というか格闘術まであるとか、さすがなんでもありの北神流。
この世界で『剣士』って呼ばれてるのは、『剣を武器にしてる三大流派の使い手』のことだから、剣以外を武器にした北神流は剣士じゃないことになるのに。
潜入術なんてものもあったし、師匠が「あれは剣術じゃない」って言ってた意味がちょっとわかった気がする。
おっと、そんなこと考えてるうちに、今度は犬猫が大きく息を吸い込んだ。
魔力が喉に集中してるのが見える。
獣族、喉とくれば、その攻撃の正体はもう知ってる。
「「ウォオオオオオオオオン!!」」
犬猫が凄い大声を上げ、取り巻きが一斉に耳を塞ぐ。
魔力を込めた獣族の声、吠魔術ってやつだ。
前にシャンドルに使われたクラップスタ……北神流『柏手』の元になった技。
なるほど、確かにオリジナルってだけあって、柏手より随分威力が高い。
初見ならそこそこ厄介だっただろうけど……適切な防御をしてれば問題なし。
「ば、ばかニャ!?」
「なんで動けるの!?」
闘気を耳に集中させてガードしたから。
それだけでこの技は対処できる。
というか、ただ闘気を纏ってるだけでも、上級剣士以上ならちょっとふらつく程度で済むと思う。
もっと技の威力が上がればわからないけど、少なくともこの犬猫の技は、現時点ではただの雑魚狩り用だ。
そして、吠魔術を耐えるために自分から耳を塞いで両手を封じてしまった取り巻きを速攻で殴り倒していく。
こいつらも、所詮は学校という狭い場所で小娘の取り巻きやってる連中というべきか、殆どが中級剣士以下の力しかなかった。
そこそこ強い奴で中級の上の方、一人二人くらい上級剣士クラスが混ざってるって感じ。
……いや、冷静に考えてみたら上級剣士クラスがいるだけでヤバいな。
上級って言ったら、一応は師匠と同格ぞ?
なんでそんな強い人が小娘に従ってるの?
そうこうしてるうちに、取り巻きは全滅。
でも、意外と根性ある奴が多いみたいで、私が手加減してたこともあるけど、立ち上がろうとしてる奴も多い。
犬猫が必死でそんな取り巻き達にすがってる。
なら、ここで一つ、犬猫の心の方を折るか。
「右手に、剣を」
私はまだ覚えきれてない必殺技の構えを取る。
「左手に、剣を」
未完成な上に、剣すら持ってない状態で放つ技。
その威力は本来の力とは比べものにならないくらい弱くなる。
だけど、調子に乗ったヤンキーをのすくらいなら充分すぎるでしょ。
「必殺、奥義もどき」
その一撃は、全てを吹き飛ばした。
剣も使ってないんだから、その破壊を齎したのは私の闘気の噴出だけ。
だけど、それだけで地表を抉り、爆風を生み出し、立ち上がろうとしてた取り巻き達と犬猫を吹き飛ばして、そのまま直進した攻撃は、学校を守る耐魔レンガの壁を一部完全に破壊した。
上級魔術すら軽く超える破壊力。
局所的には、話に聞いた聖級魔術すら超えるかもしれない。
けど、もちろん死んだ人はいない。
「今の、わざと、外した」
地面にひっくり返って、めくれ上がったスカートを戻す余裕すらなさそうな真っ青な顔で私を見つめてくる犬猫と、その取り巻き達に告げる。
「次、絡んできたら、当てる」
そう告げた瞬間、犬猫が泡吹いて気絶した。
パンツ丸出しのまま。
それによって取り巻きは戦意喪失。
逆に、野次馬達は爆発的な歓声を上げた。
「すげぇ! あれがアリエル様の忠臣『妖精剣姫』か!」
「あんな化け物まで従えるなんて、やっぱアリエル様すげぇ!」
「「「アリエル様ばんざーい!!」」」
なんか、いつの間にか私じゃなくてアリエル様が褒められる感じになってたけど。
でも、シャンドルは満足そうにうんうんと頷いていた。
それでいいのか指導者。
後日、あの乱闘に参加した獣族は全員退学となり、特別生ってことで退学を免れた犬猫が私にすり寄ってくるようになった。
校内を悩ませてた不良がアリエル様配下の私に倒されたことで、更にアリエル様の人気がブースト加速。
ついでに、「獣族の姫君達をよく従えてくれました」とアリエル様にお礼を言われ、耐魔レンガを壊した件も有耶無耶にしてくれた。
一方、私は後になってから、現在私にすり寄ってきてる犬猫が獣族の姫君、つまり獣族の王族みたいなものだったと知って、遅れて冷や汗を流した。
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31 ターニングポイント2
入学から1年半くらい。
アリエル様は生徒会にも是非にと乞われて入り、次の年には生徒会長になって、魔法大学での基盤を盤石のものとした。
獣族の姫君の犬猫こと、リニアとプルセナが従ったことで、王を狙う基盤作りとしてもホクホク。
もっとも、この二人が従ってるのはあくまでも私であって、アリエル様達には未だに敵愾心向けてるんだけどね。
そこは後で姉あたりが調教してくれることを祈ろう。
さて、ここまでくれば、もう姉は大丈夫だ。
少なくとも、アリエル様が準備を整え終わって本格的に政争が始まるまでは、よっぽどのことがない限り大丈夫なはず。
その準備が整うまでに10年以上、最低でも数年はかかるって話なんだから、私が一時離脱できるのは今のうちだけだ。
というわけで、姉とアリエル様達に挨拶してから、政争までには帰ってくることを伝えて、私は両親に会いにミリスへ行くことにした。
師匠の家族の捜索がどうなってるのかの進展も聞いておかなきゃいけないし。
私が不在の間にリニアとプルセナが造反しそうでちょっと怖いけど、まあ、あの二人じゃまず姉には勝てないし、即行で鎮められるのが落ちかな。
「そうですか。寂しくなりますね。では、最後の思い出に情熱的な一夜を過ごしてみませ……」
「政争までには帰ってくるから最後じゃないですごめんなさい」
「あら、残念」
またしてもキャラが壊れる早口返答が無意識に口から出るような背筋が凍ることをアリエル様に言われた。
そんな性女様はほっといて、私は姉と抱き合う。
「エミリー、気をつけてね」
「うん。シルも。あと、ルーデウスのこと、調べとくから、安心して」
「う、うん。お願いね」
ルーデウスの名前を出した途端、姉の顔が赤くなった。
そうなんだよなぁ。
姉は未だにルーデウスにほの字なんだよなぁ。
嘆けばいいのか、ルーデウスが立派な奴に成長してることを祈ればいいのか。
そうして、私と当然のようについてくる気のシャンドルは、アリエル様一行の人達全員に挨拶してから、ミリス大陸に向けて旅立った。
特にシャンドルは、護衛の人達から別れを惜しまれてたよ。
あの人達も元々他流派で中級は持ってて基礎ができてる人達だったから、
だから、シャンドルには特に感謝してるんだろうなぁ。
是非とも別れてる間にもっと頑張って北聖くらいまで成長して、次会った時は私と実りある稽古をしてほしい。
ルークさんは、その、なんていうか、あの人の本業は剣士じゃなくて貴族だから。
魔法大学でも女の子を食べ、もとい情報収集とコネ作りの方を優先してたし。
そんなこんなで、私達は来た時のルートを逆走するように北方大地を進む。
両親や師匠の待つミリス大陸のミリス神聖国は、北方大地から見て世界の反対側だ。
寄り道するつもりはないとはいえ長い旅になりそう。
とはいえ、その間もシャンドルの稽古は続くし、なんなら二人きりな上に、アスラ王国の時と違って姉を探すって目的もないから、過去最高に稽古が激しくなる予感がして退屈の心配はしてないけど。
でも、退屈はしなくてもイベントはない旅になりそうだなぁ。
なんて思ってたら、ラノア王国すら出る前に、イベントが向こうから歩いてきた。
街道の先から二人組の男女が歩いてくる。
一人は変な仮面をつけた黒髪の少女。
顔は隠れてるけど、なんとなく日本人っぽい雰囲気があって、ちょっと懐かしい。
いや、黒髪ってだけならシャンドルもそうなんだけど、なんというか、この少女は物腰が日本人っぽいっていうかね。
この危険な世界で戦闘スキルゼロっぽい感じが。
もう一人は、めっちゃ眼光の鋭い銀髪の男だ。
この人を見た瞬間、私は滅茶苦茶驚いた。
物腰がシャンドルをも超えかねないほど一切隙がなかったからだ。
それに何より、その身に纏う凄まじい闘気だよ!
本当に私達のと同じ闘気なのかと疑うレベルの、とてつもなく練り上げられてるというか、丁寧に丁寧に幾重にも織り込んで作られた、極上の芸術品のごとき闘気。
どこかの流派の秘奥か何かかな?
それによって強化された肉体は、いったいどれほどの高みに到達してるのか想像もつかない。
なんか闘気とは別に変な魔力も見えるけど、多分大量の
こっちの魔力は全身にマジックアイテムを装備した姉やルークさんの魔力と似てるし。
なんにせよ、相当名のある武人と見た。
一分一秒を惜しむほど急いでるわけでもないし、是非とも一手ご指南願いたい。
そう思って、「やあやあ、我こそは」とか言いかけたところで、
「エミリー!!」
「わ!?」
シャンドルに凄い力で肩を掴まれて後ろに下がらされた。
何すんだ!?
と思ったら、シャンドルの横顔に大量の冷や汗が浮かんでるのが見えた。
思わず二度見した。
あのシャンドルが、冷や汗を流していたのだ。
しかも、シャンドルはいつの間にか剣を抜いて臨戦態勢に入っていた。
それを見て、私は目の前の男を名のある武人ではなく、超級の危険人物として認識する。
「む、アレックス・ライバックか。お前はどこにでも現れるな」
「私はシャンドル・フォン・グランドールですよ。それに、どこにでも現れるも何も、あなたとはほぼ初対面のはずですが」
「ああ、すまない。こちらの話だ」
シャンドルは敵意むき出しで銀髪の男を睨みつけてるけど、銀髪の男に敵意は見えない。
んん?
てっきり、シャンドルが敵意むき出しにしてるのは、この銀髪の男が因縁のある敵だからとか、そういう理由だと思ってたんだけど……。
というか、アレックス・ライバックって。
いや、状況的にスルーするしかないんだけどさ。
「知り合いじゃ、ないの?」
「残念ながら知り合いと言えるほどの仲ではないね。知っていれば対策の一つも思い浮かんだかもしれないが」
「じゃあ、なんで、戦おうと、してるの?」
シャンドルは武人だけど、意味もなくこんな殺気を放つ人じゃない。
いくら相手が強くても、敵意もない相手に襲いかかるような人じゃないはずだ。
「あれだけの殺気をぶつけられればね……! 嫌でも戦わざるを得ないよ。できれば仲良くしたいものだが」
「殺気?」
私には警戒はしつつも、自然体で佇んでるように見えるんだけど……。
え? 何?
達人じゃないと感じ取れないような高レベルの殺気でも飛ばしてるの?
「……お前、俺に恐怖を感じていないのか」
ふと、銀髪の男が呟くようにそんなことを言った。
やっぱり、達人にしか感じ取れない殺気とか飛ばしてたの?
でも、それにしては男の表情は、殺気を感じ取れない私を嘲る感じではなく、真剣に何事か思い悩んでる感じだ。
「こんな短期間で例外に二人続けて出会うとはな……。お前、ヒトガミという存在が夢に出てきたことはないか?」
「ヒトガミ? そういえば、そんなのも、出てきた……ッ!?」
簡単な質問だったから簡単な気持ちで返したんだけど、その結果、男から私でも感じられる明確な殺気が噴き出した。
重厚で、強い憎しみと怒りが入り混じってるような、下手するとプレッシャーで息の仕方を忘れてしまいそうになるほどの、強い強い殺気。
それを感じて私は瞬時に剣を抜き、次いで思わず先手を取ろうとして突撃しかけた体を必死で止める。
私の悪い癖だ。
これのせいでギレーヌの時とシャンドルの時、二回もやらかしてる。
だから落ち着け。
迂闊に飛び出しちゃダメ。
落ち着いて、いつ襲いかかられてもいいように身構えつつ、殺気の種類を見分けるんだ。
男は確かに殺気を放ってはいるけど、その殺気が明確に私に向けられてはいない。
つまり、多分この男はヒトガミに対して怒ってるのであって、私をどうこうする気はない……のかなぁ?
ダメだ自信ない。
あと、ついでにシャンドルも私の言葉を聞いて驚いた顔してた。
え?
シャンドルもヒトガミのこと知ってるの?
しまった。
相談しとけば良かった。
最近は存在自体忘れかけてたけど。
「ヒトガミの使徒か。だが、前回のこともある。殺すのは早計か? お前、名前は?」
「……『北王』エミリー」
「その歳で北王か。そうなれるだけの力を与えたのはヒトガミか?」
「違う。ヒトガミは、一回、夢に、出てきた、だけ。言われた、ことにも、逆らった」
「何?」
男の殺気が多少弱まり、何やら困惑するような顔になった。
少し考えてから、男は次の質問をしてくる。
「ヒトガミにどんな助言をされた?」
「紛争地帯で、迂回して、進めって、言われた。
あと、その先で、出会う人、えっと、名前、名前……ビ、ビゴ? とかいう人に、助け、求めろって。
でも、父が、危なかったから、早く、治療する、ために、まっすぐ、進んだ」
「その結果、どうなった?」
「シャンドルに、会って、弟子に、された」
「ほう。その前に何か変わったことはあったか?」
「変わった、こと? 転移事件で、紛争地帯、飛ばされた」
「……転移事件の関係者だったのか。では、紛争地帯に飛ばされてからシャンドルと出会うまでの間に何があった?」
なんか色々聞いてくるなぁ。
まあ、答えないとヤバそうだから答えるけど。
剣士として生きる以上、戦いで死ぬことは覚悟の上だけど、さすがに説明不足だったせいで冤罪で殺されましたなんて無益な死に方を積極的にしたいとは思わないし。
えーと、転移してからシャンドルに出会うまでの間に起こったこと?
あ、そういえば、
「やたら、野盗とか、兵士とかに、襲われた。聖級剣士、何人も、出てきた。あと、青竜、出てきた」
崖っぷち国家三つがなりふり構わず戦ってるバトルロイヤル地帯だったからって、いくらなんでも不運が過ぎるんじゃないかと思ってたあれだ。
あの一帯を抜けて、紛争地帯の他の場所も見た後だとなおのことそう思う。
当時は運命が私達を殺しにきてるとか、何者かの作為を感じるとか思ってたやつだ。
「シャンドルと、会ってから、そういうの、凄い、減った」
「ふむ……」
そこまで聞いて、また男は黙り込んで考え込む。
こっちは判決を待つ被告の気分だ。
しかも、裁判官である銀髪の男の心持ち一つで死刑が言い渡されかねない。
そうなった場合、シャンドルと二人がかりで抗っても高確率で死ぬ気がする。
それくらいの実力差を感じるから。
やがて結論が出たのか、男はまっすぐに私を見据えた。
「お前を測ろう。生かす価値があるのかどうかを」
そう言って、男が戦闘態勢に入る。
何がどうしてそんな結論に至ったの!?
「俺は『龍神』オルステッドだ。行くぞ」
そうして、男はシャンドルすら超える凄まじい速度で襲いかかってきた。
龍神を……七大列強第二位の称号を名乗る男、オルステッドとの突発的な戦いが始まってしまった。
ルーデウスを見逃したことで、同類のエミリーに対する反応がちょっと変わった龍神さんの図。
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32 世界最強の男
オルステッドがまっすぐ私に突っ込んでくる。
神速と称したくなるような圧倒的速度。
どことなく剣神流の踏み込みに似てる気がする。
そんな私の直感は正しかったのか、オルステッドは剣神流の技の構えを取った。
オルステッドが手刀を構える。
芸術的な闘気が見覚えのある動きをした。
構えてるのは剣じゃなくて手刀だし、形が随分と違うけど、本質は慣れ親しんだあの技と同じだ。
私がこの技を見間違えるわけがない。
だって、これは私が最初に習得した『奥義』と呼ばれる技なんだから。
オルステッドが放とうとしてる技。
それは剣神流奥義『光の太刀』だった。
本来は両手で剣を握って、全身の動きを完璧に連動させ、それらを加速のためのカタパルトにして、発動の直前、一瞬で一気に両腕に集中させた全闘気により、爆発的な勢いで刃を押し出すことでようやく放てるはずの奥義を、オルステッドはあろうことか手刀で放とうとしてる。
意味がわからん!
これ例えるなら、野球のピッチャーが計算され尽くしたピッチングフォームを使うことでようやく投げられる豪速球を、手首のスナップだけで投げてるみたいな話だよ?
次元が違いすぎるわ!
でも、そんな次元の違いすぎるオルステッドの攻撃に、私の反応はなんとか間に合った。
手刀であるにも関わらず、オルステッドが放とうとしてる光の太刀の練度は、剣王であるギレーヌを遥かに超えてる。
普通に迎撃したんじゃ防げない。
だからって、速すぎるから避けることもできない。
ならどうする?
その答えとして、私は北王として鍛えられた動きで、攻撃が放たれるまでの僅かな時間で瞬時に間合いを調節し、少しでも
そこへ放たれたオルステッドの光の太刀を、聖級相当と言われた頃から更に進化した水神流の技で受け流す。
「ッ!?」
速っ!?
重っ!?
でも、どうにか初撃は防いだ。
だけど、当然ながらカウンターを放つ余裕まではない。
ひとえに今の光の太刀がそれだけヤバかったからだ。
「水神流の受け流しを北神流の立ち回りで補助したのか。中々にやる。だが……」
オルステッドが再び手刀で光の太刀の構えを取る。
さすがに光の太刀の二連撃なんて受け切れない。
でも、大丈夫だ。
だって、私は一人じゃない!
「うぉおおおお!! 奥義『砕鎧断』!!」
私がオルステッドの攻撃を止めた直後に、シャンドルが横合いからオルステッドに襲いかかった。
目の前の龍神には劣るものの、私より遥かに美しく完成度の高い斬撃でオルステッドの首を狙う。
だけど、
「奥義『流』」
「くっ!?」
オルステッドはシャンドルの斬撃にそっと手を触れ、いとも簡単にその軌道を捻じ曲げてしまった。
今のは私も使う水神流の技だ。
完成度が段違いというか、もう水神流の極みみたいな恐ろしい練度だったけど。
でも、シャンドルの方に対処してる今なら、私の方が攻勢に出られる!
私は即座に体勢を整え、オルステッドに使われたのと同じ最速の奥義を繰り出した。
剣神流奥義『光の太刀』!
「ふっ」
それに対し、オルステッドは蹴りで私の光の太刀を相殺した。
しかも、私の斬撃とぶつかったはずの足には傷一つない。
…………は?
うっそでしょ!?
光の太刀は剣神流で最も殺傷力の高い
それを生身で受けて無傷とか、いくらなんでも滅茶苦茶すぎる!
「今度は光の太刀。三大流派の全てで聖級を超えているのか。この歳でこれとは、ヒトガミが目をつけただけのことはある」
「エミリー! 龍神は反則的な防御力を誇る『龍聖闘気』という力を纏っている! 極端に威力の高い技か、防御を貫く技でなければ通用しないよ!」
シャンドルが攻撃しながら私に忠告してきた。
ああ、なるほど。
だから、さっきシャンドルは『砕鎧断』を使ったのか。
あれは名前の通り、本来なら敵の鎧を砕きながら斬撃を浴びせかける防御貫通技だ。
龍聖闘気とかいうらしいこの芸術的な闘気を纏ったオルステッドにどこまで通じるかはわからないけど、少なくともそれ以外の普通の攻撃はおろか、大抵の必殺技すら通じないのは今のでよくわかった。
なら、シャンドルの言う通りに立ち回るしかない!
私とシャンドルは、二人がかりの連携攻撃でオルステッドに立ち向かった。
連携のクオリティーは高い。
だって、私とシャンドルはずっと共に稽古をしてきた仲だ。
私に技を叩き込んできたシャンドルも、シャンドルの動きを見て学んできた私も、お互いの動きは知り尽くしてる。
しかも、今の私は全力のシャンドルについていけるくらい強くなった。
だからこその高度な連携。
北王とそれ以上の剣士が一心同体の動きで攻めてるんだ。
下手な神級どころか、七大列強の一角だって食い破れるんじゃないかと思うくらい、今の私達は強い。
でも、オルステッドがそれ以上に強い!
列強二位は次元が違った。
私達二人がかりの攻撃を、オルステッドは素手で完璧に捌いてる。
何故か、シャンドルの動きが完全に読まれてるのが痛い。
まるで私と同じく、シャンドルと共に長いこと修行した経験でもあるかのように、癖から何から全て見通されてるのだ。
魔法大学で新たに得た付け焼き刃の技や道具を使わなきゃいけないほど、シャンドルは苦戦を強いられてる。
私の動きはこれまた何故かシャンドルほど読まれてはいないけど、そもそもの地力が違うのでどうにもならない。
この状況を打破するには……
「シャンドル! 奥義、使って!」
「!? しかし……」
「時間は、私が、稼ぐ!」
シャンドルには、多分決まればオルステッドにも通じるだろう最強の奥義がある。
北神流最高の必殺技が。
でも、あの技は闘気コントロールの極致だ。
今の追い詰められてる状況だと、崩れてる体勢を立て直して、構えて、闘気を最高の状態に整えて、技の発動まで持っていくのに、シャンドルの技量でも多分数秒はかかる。
オルステッドを前に数秒。
永遠にも感じる地獄の時間だ。
その時間を私が稼ぐ!
それができなきゃ死だ!
「ああああああああ!!」
私の突撃と同時に、シャンドルが私の覚悟を汲んだのか、後ろに下がって奥義の発動準備に入った。
その間オルステッドの動きを抑えるべく、私はダメージ覚悟で前に出る。
北神流『幻惑歩法』!
剣神流『光の太刀』!
「奥義『光返し』」
「ッ!?」
突撃時に幻惑歩法を一瞬使って目測を誤らせつつ、斬るのではなく吹き飛ばすつもりで放った飛翔する光の太刀。
それを、オルステッドは私の光の太刀が最高速度に達する前の位置に、自分の光の太刀の最高速度を合わせて、手首を斬り飛ばしにきた。
ただ、幻惑歩法で微妙に間合いを外したおかげで、本来手首を襲うはずだった返し技が剣に当たり、武器を上に向かって弾き飛ばされるだけで済んだ。
この状況で武器を失ったのは最悪だけど。
「右手に剣を!」
そんな私達の攻防の裏で、シャンドルの奥義発動の準備が進む。
私は剣を弾かれつつも振り切った腕を地面につけて、地面にへばりつくレベルで大きく屈んだ。
北神流『四足の型』。
そうして身を屈めた私の頭上を、連続で放たれた光の太刀が通過していく。
「げふっ!?」
あ、しまった!?
思わず屈んじゃったけど、そのせいで後ろで頑張ってくれてるシャンドルに当たった!?
で、でも、当たったのは距離が開くほどに威力の落ちる斬撃飛ばしだったし、この距離からシャンドルの練り上げられた闘気の鎧を貫通して致命傷を与えることはできないはず。
それに、シャンドルは不死魔族と呼ばれる回復力と生命力がカンストしてる種族の血族だ。
あの程度で死にはしない。
大丈夫。
大丈夫なはず。
「左手に剣を!」
その証明のように、シャンドルは負傷しながらも奥義の発動を進めてくれた。
私もやらかした分、役に立たないと!
四足の型で屈めた体を両手両足を使ってはね起こし、なりふり構わず頭から突っ込んで、オルステッドの腹に向かって頭突きを食らわせる。
ただの頭突きじゃない。
インパクトの瞬間に初級風魔術『
無詠唱魔術のおかげで、体術と魔術を融合できる私のためにシャンドルと共に開発した北神流の新たな技。
本来なら掌底で放つ技であって、決して頭突きなんてカッコ悪い技じゃないんだけど、この状況じゃ文句は言ってられない。
北神流格闘術『波動掌(頭)』!
「ぬ……」
さすがに乙女の尊厳をかなぐり捨てるような動き(頭突き)は予想外だったのか、意識が多少なりとも負傷したシャンドルの方に行ってたのもあって、この日初めてオルステッドに有効打が入った。
といっても、受け流されはしなかっただけで腕でガードはされたし、そもそもダメージを与えようとしたわけじゃないから吹っ飛ばしただけだけど。
しかも、オルステッドは吹き飛ばされながらも、両手を交差させて飛翔する✕字型の光の太刀を放ってくる。
私は闘気の動きからそれを先読みして、咄嗟に両腕を盾にしてガードしたけど、その腕がごっそりと抉られて動かなくなった。
距離が離れるほど威力も速度もガクッと落ちる斬撃飛ばしじゃなかったら、両腕が斬り飛ばされてたところだ。
でも、時間稼ぎはできた!
「両の腕で齎さん! 有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん!」
オルステッドが吹っ飛ばされてる間に、奥義の発動準備は終わった。
シャンドルが剣を大上段に構え、距離ができたオルステッドに向けて突撃していく。
そして……
「不治瑕北神流奥義『破断』!!」
凄まじい闘気の乗った一撃がオルステッドに叩き込まれた。
魔法大学で、私が犬猫の心を折るために使った技の完成形。
シャンドル……いや、100年前まで私が目指す世界最強の剣士と呼ばれていた『北神カールマン二世』アレックス・カールマン・ライバックが、最強のライバル『王竜王』カジャクトに挑んだ時に使ったとされる究極の一撃。
それは全てを飲み込み、全てを破壊し、列強二位の化け物をも……
「北神流『
……破壊、するはずだった。
でも、そうはならなかった。
『龍神』オルステッドは、シャンドルの振るった剣に龍の爪のごとく五指を突き立て、その剣をバラバラに砕いたのだ。
剣という力の集中点を失った衝撃は、オルステッドの水神流によって散らされ、ただの爆風となって周囲に霧散していく。
それでも下手な魔術よりはよっぽど凄い破壊力があったけど、こんなんじゃ龍聖闘気を纏うオルステッドには傷一つ付かない。
せいぜい、オルステッドのお連れの少女が「きゃ!?」って悲鳴上げて倒れて、仮面がどこかに飛んでいったくらいだ。
っていうか、あの女の子のこと忘れてた。
敗因は、武器の質だ。
『強い武器に頼り切りになると強くなれない』という持論により、シャンドルが持ってたのは私と母が紛争地帯で兵士から奪った普通の剣だった。
これが魔剣と呼ばれる業物の類だったなら。
それこそ、北神の代名詞と言われる世界最強の剣『王竜剣カジャクト』だったなら、結果は違っていたと思う。
でも、今のシャンドルが持ってるのは砕かれた普通の剣だった。
つまりは、それが全てだ。
「……なるほど。お前の力はよくわかった。アレックスと協力したとはいえ、俺とここまで渡り合うとはな」
私は魔法大学で数ヶ月かけて習得した中級治癒魔術で両腕を治して剣を拾い、臨戦態勢のままオルステッドの言葉に耳を傾けた。
シャンドルも同じだ。
剣を失おうとも。その戦意は衰えていない。
北神流はなんでもあり。武器を失った程度じゃ終わらない。
私もシャンドルも、ここで死ぬとしても、武人として最後まで戦う覚悟でいた。
「痛たた……」
「どうやら、お前には生かす価値がありそうだ。連れにも流れ弾がいったことだし、戦いはここまでにしておこう」
そう言って、オルステッドは殺気を引っ込めて構えを解いた。
……た、助かった?
こっちはまだ油断できないし、臨戦態勢も解けないけど、それでもオルステッドから戦意がなくなったのは事実だ。
どうせ攻撃しても通じないし、私達が追撃を仕掛けることはなかった。
「立てるか、ナナホシ」
「む、無理……。お尻打った……」
「ハァ。乗れ」
そして、さっきまでの恐ろしさが嘘のように、オルステッドが連れの少女を優しくおんぶする。
お、おんぶ!?
オルステッドがおんぶ……。
似合わない。
だけど、連れの少女は痛みに顔をしかめながらも、割と安心した顔を…………あれ?
『七星さん?』
「え?」
仮面が無くなったことであらわになった少女の顔を見て、私は思わずそう呟いていた。
だって、その少女の顔は、前世でそこそこ見たことのある、クラスメートの顔だったんだから。
えっと、確かこの人のフルネームは……
『七星静香さん……だっけ?』
「ちょ、オルステッド! 降ろして! あう!?」
降ろせと言ってオルステッドの背中から降りたものの、着地の衝撃がお尻の痛みに響いたのか、七星さん(仮)は、その場で可愛らしい悲鳴を上げた。
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33 同郷と別れ
あの後、七星さん(仮)は日本語でマシンガンのごとく喋り出し、色々と私に質問してきた。
なんで日本語が話せるのか?
なんで自分の名前を知ってるのか?
私はいったい何者なのか?
流暢に日本語を話し始めた時点で、七星さん(仮)が七星さんだと確信した私は、特に隠すこともなくこっちの事情を話した。
『え!? じゃあ、あなた剣崎さん!?』
『そうだよ。剣崎絵美理』
私は結構有名な学生剣道の選手だったから、七星さんも普通に私のこと覚えてたみたい。
ちなみに、私が七星さんを覚えてたのは、結構美人で男子からの人気が高くて目立ってたからだ。
『あの剣崎さんが、こんなにちっちゃく……。じゃあ、一応確認なんだけど……』
そして、七星さんは確認のために、通ってた高校の名前とか、クラスメートの名前とか、教師の名前とか、私が剣崎絵美理本人じゃないと知りえないようなことを質問してきた。
クラスメートの名前はうろ覚えだったり、そもそも覚えてなかったりしたけど、教師とか七星さんとイチャコラしてた篠原くんとかのそこそこ目立ってた人のことは覚えてたので、そこらへんの記憶のガバさも含めて私らしいって納得してくれた。
こっちは遠回しにバカと言われて微妙な気分になったけど。
で、次はお互いどうしてこの世界にいるのかの話になった。
結果、
『……じゃあ、剣崎さんもトラックに轢かれてこの世界に?』
『うん。痴話喧嘩してたどこぞのカップルに気を取られちゃってねぇ。背後から一撃だったよ』
『それは、その、なんていうか……ごめんなさい』
『別に恨んでないから安心して。っていうか、これで恨んだら逆恨みでしょ』
そう。
七星さんが謝ってることからもわかるように、私が転生するキッカケになったトラック事故。
あの時、私が気を取られた痴話喧嘩中の人達とは、何を隠そう七星さん達のことだったのだ。
その七星さんも、どうやらトラックが迫ってきた記憶を最後にこっちの世界に来てたらしいから、恨むとしたらトラックの運転手だと思う。
『で、七星さんは気づいたらアスラ王国にいて、オルステッドに保護されて、元の世界に帰るための情報を求めての旅の途中だったと。しかも、転生の私と違って、元の姿のままでの転移』
『そうなるわね』
全力でこの世界をエンジョイしてる転生者の私と違って、転移者の七星さんは望郷の想いが強いらしい。
まあ、そりゃそうだよね。
私だって会えることなら前世の両親や友達に会いたいし。
憧れに思考回路を汚染されて、この世界に根を張るつもりの私でさえそう思うんだから、正常な思考能力を持った七星さんが家族のところに帰りたいと願うのは普通だ。
あと、七星さんがこの世界に来たのは2年ちょっと前、転移事件の時らしい。
私の転生時期と大きくズレてるのも気になるけど、それ以上に転移した場所がフィットア領だったっていう方が重要だ。
転移事件のあった場所に転移……。
嫌な予感しかしない。
それは七星さんも同じで、転移事件は自分が召喚された時の反動で起きたんじゃないかって申し訳なさそうな顔で言ってた。
……まあ、うん。
もしそうだとしても、七星さんだって被害者だ。
恨むとしたらトラックの運転手だろう。
おのれ、運転手!
『それで、世界中を回っても帰還の方法が見つからなかったから、この後は腰を据えてそれを研究するために、魔法大学に入学するつもりよ』
『魔法大学……』
これまた奇妙な縁が増えたなぁ。
つい何日か前まで私がいた場所じゃん。
『剣崎さん。あなたも来てくれたりは……』
『残念だけど、私はこっちの世界の両親とお世話になった人達に会いに行かないといけないから。あっちも転移事件のせいで苦労してるだろうし』
『そ、そうなのね……。ごめんなさい』
『だから七星さんのせいじゃないってば』
泣きそうな顔で謝罪してくる七星さん。
見てられないので、背伸びして軽く頭を撫でる。
そうしたら、七星さんは少しだけ穏やかな顔になった。
『知ってる? こういうのと剣道での姿が凄いカッコ良かったから、剣崎さんって女子のファンが滅茶苦茶多かったのよ?』
『ああ、そういえば昔はキャーキャー言われてたなぁ』
『ふふ。弱ってる時に優しくされて……私に好きな人がいなかったら落ちてたかも』
『やめてね』
そういうのはアリエル様だけで充分だよ。
『とにかく、私は一緒に行けないし、頭悪いから多分研究とかの役にも立てないだろうけど、そのうちシャリーアには戻るつもりだから、その時まだ七星さんが帰れてなかったら愚痴くらい聞くよ』
『ありがたいわ。日本語で話せるだけで、大分心が落ち着くもの』
『そっか。あと、魔法大学に今世の姉と知り合いがいるから、困ったら頼るといいよ。まあ、知り合いは権力を求めてる人だから、頼ったら後が怖いかもしれないけど』
それでも行き詰まってどうにもならなくなるよりはいいでしょ。
というわけで、七星さんが持ってた紙とペンを使って、姉とアリエル様に向けた手紙を書いといた。
友達みたいなものだから、できれば気にかけてあげてほしいって。
『剣崎さん、こっちの世界でも字汚いのね』
『ほっとけ』
伝える内容が少ないんだから、解読がちょっと困難でもどうにかなるでしょ。
そんな軽口を叩かれつつ、手紙を書き終える。
ついでに、日本語で前世の家族や友人に向けた手紙も書いといた。
七星さんが無事日本に帰れたら渡してほしいと頼んで。
その後、七星さんと日本にいた頃の思い出話をして、七星さんの溜まりに溜まってた愚痴と鬱憤と不満と不安を吐き出させてから、私達は互いの道へ進むためにスパッと別れた。
『じゃあね。私も久しぶりに日本語で話せて嬉しかったよ。母国語なら流暢なトークができるし』
『私も、剣崎さんに会えて本当によかったわ。絶対にまた会いましょう』
そうして、七星さんはオルステッドのところに駆け寄っていった。
オルステッドのこともついでに七星さんから聞いたんだけど、ヒトガミを個人的に恨んでるらしいってことくらいしか七星さんも知らないみたい。
ただ、思想はわからなくても、シャンドルがあんなに警戒してた理由はわかった。
なんでも、オルステッドは『世界中のあらゆる者に嫌悪されるか恐怖される呪い』を持ってるらしい。
そういう不便な体質の人は『呪子』っていって、たまにいるんだってさ。
逆に便利な体質の人は『神子』っていうらしい。
こっちはどこかで聞いたことあるような……。
とにかく、シャンドルはその呪いのせいで敵意むき出しだったわけだ。
オルステッドも気の毒な体質だなぁ。
でも、それが私には効かなかったし、七星さんにも効いてないみたいだから、転生者や転移者には効かないのかもしれない。
そのオルステッドは今、いつの間にか回収してた仮面を七星さんに渡してるところだった。
こうして見ると、顔は怖いけど結構優しい人なのかなって思える。
でも、シャンドルは今でも敵意というか警戒心全開で睨みつけてるので、オルステッドの呪いとやらは相当強いんでしょ。
「終わったのかい?」
「うん」
そして、私もそんなシャンドルのところに戻る。
効果あるかわかんないけど、一応オルステッドが呪子ってことも話しておいた。
「……そうか。呪いだったのか。だとしたら、私の反応は失礼すぎたかもしれないね。
だけどそれよりも、私としては君がヒトガミのことを知っていたことの方が驚きだよ」
「ごめん。言うの、忘れてた」
私の弁明を聞いて、シャンドルはガックリと肩を落とした。
全てを諦めたような顔だ。
私に何を言っても無駄だよねって言わんばかりの顔だ。
失礼な。
「とにかく、ヒトガミにはなるべく関わらない方がいい。
私の叔父なんて、ヒトガミに唆されたせいで、愛する人共々殺されたそうだよ。
ヒトガミに与すれば今度は彼も本気で殺しにくるだろうし、早いところ縁を切ることをオススメする。
ヒトガミは敵にしても味方にしてもロクな結果に終わらない存在だよ」
「わかった。次、出てきたら、無視する」
あのモザイクってそんな危ない奴だったんだね……。
最初はただの夢だと思ってたのに。
奴には姉の居場所を教えてもらった恩があるけど、それを踏み倒してでも私はシャンドルの方を信じる。
ヒトガミとシャンドルでは信頼度が違うんだよ。信頼度が。
私達がそんな話をしてるうちに、オルステッドと七星さんは魔法大学の方に向けて去っていった。
七星さんは見えなくなるまでずっと手を振ってた。
めっちゃ懐かれたような気がする。
「さて、私達も行くとしようか。……と言いたいところだったんだけどね」
「ん?」
二人が去ったのを見送って、さあ私達もと思ったところで、シャンドルがなんか言い始めた。
それも、かなり真剣な顔で。
「さっきの龍神との戦いを見て思ったよ。
エミリー、君はもう充分に一人前だ。
よって君に『北帝』の称号を授け、これにて免許皆伝とする」
「え?」
シャンドルの告げた言葉。
それは突然の卒業を意味していた。
「今までよく頑張ったね。これからも頑張りなさい」
「……はい。今まで、お世話に、なりました。シャンドル、先生」
実感が湧いてくると同時に、私は師匠に卒業を告げられた時と同じように、感謝と尊敬の想いを込めて、シャンドルに頭を下げた。
最初は半分無理矢理始まった師弟関係。
でも、この2年くらいの間に、私がシャンドルから貰ったものはあまりにも多く、あまりにも大きい。
返し切れない一生の恩だ。
いつか、シャンドルが困ってたら、貰ったこの力で絶対に助けよう。
私はそう決意する。
「ハハ。先生と呼ばれるのは嬉しいけど、今まで通りシャンドルでいいよ。その方が気楽だからね」
「じゃあ、シャンドル。これから、どうするの?」
シャンドルがついてくるのは、私が一人前になるまでと決まっていた。
なら、私と別れたシャンドルはどこへ行くのか。
「そうだね。まずはシャリーアに戻って、アリエル殿下にエミリーの卒業を報せてくるつもりだけど、その後はどうしようか。
もちろん、アリエル殿下の政争が始まったら戻ってくるつもりだけれど……」
あ、やっぱりシャンドルは完全にアリエル様に籠絡されたんだね。
果たして肉体関係まで至ったんだろうか。
聞きたくないから聞かないけど。
「うん。それまでは魔法大学で新たに得た力を使いこなすために、また修行の旅でもしようかな」
そして、シャンドルは相変わらず向上心に満ちたことを言い出した。
オルステッドとの戦いで、付け焼き刃の技を使っちゃったのを気にしてるのかな?
修行して、付け焼き刃を本当の力にするとか考えてそう。
「連絡、届く、場所には、いてね」
「もちろんだよ。いつでも駆けつけられるように、中央大陸にはいるつもりさ」
こうして、シャンドルもまた去っていき、私は一人でミリス大陸を目指すこととなった。
不安はない。
師匠やゼニスさんに叩き込まれた旅の知識に加え、シャンドル達と共に実際に旅をした経験が今の私にはある。
物覚えの悪い不出来な弟子だったけど、もう最低限は自分でできるという自負はある。
「さて、行こうか」
一人そう呟いて、私はまず北方大地の出入り口、赤竜の上顎を目指す。
北帝の称号に恥じない生き方をしようと心に誓いながら。
あ、シャンドルの正体について問い質すの忘れた。
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34 すれ違い
シャンドルや七星さんと別れ、旅をすること2年くらい。
ようやくミリス神聖国にまで辿り着いた。
さすがに、世界の反対側の北方大地からスタートしただけあって遠かったよ……。
だけど、この道のりは本来もっと短縮できるはずの旅程だった。
それこそ、順当に行けば4分の1くらいの時間で辿り着けたかもしれない。
なのに、こんなに時間がかかった理由は、ひとえに路銀が尽きたことに起因する。
迂闊だったとしか言いようがない。
一応ミリスまでの路銀は姉に持たされてた。
でも、その管理をしてたのはシャンドルだ。
私より確実に上手くお金を使えるんだから当然だよね。
ただし、そのシャンドルとはオルステッド戦の後に、その場の勢いで別れちゃったもんだから、財布まで一緒にシャリーアに戻っちゃったのだ。
そのことに気づいたのは、赤竜の上顎を通ってアスラ王国に辿り着いた後だった。
もうすぐ冬がくるってことで、大雪に足止めされないように、全力疾走と野宿でお金を使わない旅をしてたのが災いした。
それでも出る僅かな出費は、お小遣いとして渡されてた分だけで事足りてたのが、余計に大元の財布の存在を私が思い出すことを阻害した。
結果、気づいた時にはアスラ王国に来ちゃってた上に、北方大地は冬真っ盛りで、引き返すには相当の時間がかかるというありさま。
仕方なく、随分昔に登録した冒険者の資格を使って、冒険者としての仕事で路銀を貯めることにしたよ。
幸いと言っていいのか、冒険者ランクを上げる暇がまるで無かったから、私のランクは最低のFランクのまま。
そして、このアスラ王国では専門職が充実してるせいで何でも屋である冒険者の仕事が少なく、低ランクの仕事しかない。
高ランクの依頼になる強い魔物の討伐とかは、騎士団が片付けちゃうからだ。
で、冒険者はシステム的に、低ランクが高ランクの仕事を受けることも、高ランクが低ランクの仕事を受けることもできない。
高ランク冒険者だったギレーヌがこの国で野垂れ死にかけたのはこれが原因だ。
だけど、私は北帝とはいえ低ランク冒険者なので、低ランクの仕事には困らない。
地道に雑用みたいな仕事をこなしてお金を貯めていったよ。
低ランクに戦闘の仕事なんてないから、苦手分野でしょっちゅうポンコツ晒して延々と貯まらなかったけどね。
それどころか、仕事でドジって備品を壊して、借金まで抱える始末……。
借金ができちゃった以上、踏み倒すわけにもいかないから、路銀なしの強行軍に踏み切ることもできない。
これなら北帝の肩書を活かして、どこかに売り込んだ方が早いと思ったんだけど。
この平和なアスラ王国で、北帝という過剰な武力を必要としてるのは、アリエル様みたいな護衛を欲してる偉い人くらいだ。
さすがに、アリエル様に協力する意思がある以上、そういう人と勝手に接点を持つわけにはいかない。
だからこそ、ここには水神流の総本山なんて垂涎ものの場所があるのに寄りつけないのだ。
あそこは貴族と婚姻関係まで結んでガッツリ癒着してるから、突撃だけは絶対に我慢しなさいって姉に何度も何度も言い聞かされたからね。
ポンコツ戦闘狂の自覚がある私だけど、絶対にやるなと言われたことをやるほど腐っちゃいない。
無意識に向かおうとする足を、その度にぶっ叩いて、泣きながら我慢しましたとも。
ちっくしょー!
この頃は全然貯まらないどころかマイナスの貯金額を嘆きつつ、一人寂しく今まで培ってきた技の鍛錬をしてたよ。
唯一の癒しタイムは、オルステッドが纏ってた龍聖闘気を真似る訓練をしてた時くらいだ。
あの芸術的な闘気を習得できるかもしれないっていう希望は、日々の暮らしの支えになった。
まあ、魔力眼で見た感じ、龍聖闘気は技術だけじゃなくて、特別な才能というか体質というか、そういうのが必要な感じがするんだけどね。
初めて闘気を見た時に感じた『少量の魔力を何かと混ぜた上で変質させて体に纏ってる』という印象。
その魔力と混ぜてる
そして、その何かが私には圧倒的に不足してるってこともなんとなくわかった。
いや、私が不足してるというより、オルステッドが凄すぎるのか。
多分、私がどれだけ努力しようとも龍聖闘気を習得できる日はこない。
でも、オリジナルは無理でも劣化版なら意外といけそうな感じがしてるのだ。
今でも少しずつ、本当に少しずつだけど、龍聖闘気の練り込まれた魔力の流れを再現することで、私の闘気の硬度が上がってきてる気がする。
目に見える変化が現れるまでに何年もかかるだろうけど、そこまで行ければ私は確実に強くなると確信した。
そんな感じで自分を慰めつつ、どうにか時間をかけて最低限のランクになり、弱い魔物の討伐依頼を受けられるようになってからは早かったよ。
弱いとはいえ魔物は魔物。
倒せば雑用よりよっぽどいい報酬が手に入るし、何より得意分野だから連続でガンガン成功させられる。
その好循環でランクは上がり、お金は増え、借金を完済し、遂にアスラ王国を旅立てるだけの路銀とC級冒険者の資格を私は得た!
ただし、それまでにかかった時間、約1年半!
そんな困難に見舞われながらも私はめげず、ミリス大陸を目指して前進した。
平和すぎるアスラ王国を抜ければ、紛争地帯を抜けた後にも通った、それなりに治安が悪くて魔物も出る場所(紛争地帯に比べれば天国だけど)に出るから、得意分野の戦闘が活かせて、旅は順調に進んだよ。
そのまま中央大陸を南下し、最南端の王竜王国に辿り着く頃には私の冒険者ランクはAに上がり、ナナホシ焼きとかいう唐揚げもどきとご飯のセットを食べて喜ぶ余裕すらあった。
というか、ナナホシ焼きって……。
誰が広めたのか一発でわかる。
七星さんも色々やってたんだなぁ。
あと、これは副産物なんだけど、冒険者として活躍してるうちに割かし有名になった。
私がそこそこ高ランクになって強い魔物をバッタバッタと薙ぎ倒し、北帝としては恥ずかし過ぎるくらい遅くにようやく頭角を表し始めた頃。
魔法大学で私のことを見てたらしい卒業生だか落第生だかが、魔法大学での私の逸話と、誰かが言い出した『妖精剣姫』って異名を広めてくれたのだ。
おかげで、最近では吟遊詩人が私のポンコツエピソードを除いたカッコ良い感じの逸話だけを唄ってくれるので、それを聞いてると中二心が満たされる。
そんな激動の冒険者生活を乗り越え、私は王竜王国の港町『イーストポート』から船に乗り、ようやくミリス大陸へと到着した。
時間をかけすぎたので、そこからは走って両親や師匠の待つミリス神聖国首都『ミリシオン』へ。
今の私なら全力疾走で最高時速150キロくらい出せるし、余力を残して走っても100キロは出る。
そこらの馬車よりよっぽど速い。
そうしてミリシオンまで駆け抜け、師匠達が所属してるというフィットア領捜索団の情報を聞いた私は愕然とした。
なんと、フィットア領捜索団はつい先日、資金を出してたアスラ王国のダリウス上級大臣とかいう奴(アリエル様を失脚させた奴だ)から資金援助を打ち切られ、解散したらしい。
師匠達も数日前にミリシオンを去ったとか。
まさかのすれ違い!?
ぬぁーーー!! 財布を忘れたばっかりにーーー!!
でも、師匠達がどこに向かったのかは、ミリシオンの冒険者ギルド本部の掲示板に伝言として残されていた。
多分、すれ違い対策だ。
師匠達の気遣いに感謝しよう。
その伝言によると、どうやら師匠の家族はゼニスさん以外の全員が見つかったらしい。
そのゼニスさんも、どうやってかは知らないけどベガリット大陸の『迷宮都市ラパン』って場所にいるという情報を掴み、師匠達はそこへ向けて旅立ったそうだ。
それを知った私は、ゼニスさんさえ救出できれば、少なくとも私の大切な人達は全員生存でハッピーエンドを迎えられると歓喜した。
そして、即座に師匠達を追ってベガリット大陸へ渡ることを決断。
また走ってミリス大陸側の港街『ウェストポート』に行き、そこから船に乗ってイーストポートに取って返す。
更に、イーストポートからベガリット大陸に出てる船に乗り込んで、私は別大陸に殴り込みをかけた。
待っててください、ゼニスさん!
……思えば、この時もうちょっとよく考えるべきだったんだと思う。
師匠達はそこまで戦闘能力の高くない両親と共に移動してる。
移動手段は多分、徒歩か馬車だ。
それなら、高速で走ってきた私なら余裕で先回りができる。
だったら、ミリス大陸からベガリット大陸に行く時、必ず経由しなきゃいけないウェストポートで師匠達を待つべきだったんだ。
そこまで思慮が及ばなかった私は、ゼニスさん救出しか頭になくなり、一刻も早くという思いで先走って、単身ベガリット大陸へ渡った。
失念してた。
ベガリット大陸は、中央大陸とは
結果、私は言葉も通じない異国で一人、ものの見事に遭難した。
一方……
エリナリーゼ「ゼニスが見つかりましたわ」
ルーデウス「よし、ベガリット行くか」
ヒトガミ「ベガリットにはエミリーがいるから大丈夫さ。それより君は魔法大学に行きなさい。そこで君のEDは治るでしょう」
ルーデウス「マジっすか、ヒトガミ様!?」
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35 ベガリット大陸
ベガリット大陸に渡り、言葉が通じないことに気づいてやべぇって思ったけど、まだそこまで慌てるような時間じゃなかった。
ここは王竜王国のイーストポートから続く港町。
つまり、海を渡ってきた中央大陸の人達も多いわけで、その人達には言葉が通じる。
で、私は言葉が通じる人達に迷宮都市ラパンってところに行きたいんですって話をしたところ、それならラパンの迷宮から出るアイテムを取り扱う商人がいるから、そいつの旅に同行させてもらえばいいって言われた。
なるほど、そういう方法があるのかと感心しながら知恵を授けてくれた人にお礼を言い、私はその商人を探し出して、積荷の護衛をする代わりに馬車に乗せていってもらうという契約が成立。
運が良いと無邪気に喜んだ。
雲行きが怪しくなってきたのは、その商人の馬車がベガリット大陸の砂漠を拠点とする盗賊団に襲われたことだ。
いや、襲われたという言い方は正確じゃない。
実際は商人と盗賊団が組んでやがったのだ。
奴らの会話内容はわかんなかったけど、恐らく「商人、お主も悪よのう」「いえいえ、盗賊団様ほどでは」とかそんな感じだったに違いない。
言葉はわからなくても、商人がねっとりした声で下手に出てたのはわかったし。
私以外にも護衛の冒険者はいたんだけど、どうやらそいつらもグルだったっぽい。
言葉の通じない哀れな旅人を捕まえて売り飛ばすビジネスでもやってたんでしょ。
もちろん、大人数で囲んで武器を突きつけて下卑た笑みを浮かべるような連中に慈悲はない。
まるで紛争地帯を思い出すような、血で血を洗う争いが即座に勃発したよ。
相手は盗賊のくせに、後詰めで出てきたのを含めれば100人規模の軍隊みたいな奴らで、歩兵、弓兵、魔術師、果ては騎兵までいて高度な連携を取ってくるという、もうそのままどっかの国に雇われろ! って言いたくなるようなレベルの高い連中だったけど、個々の力は幹部っぽい奴でせいぜい上級剣士並み。
頭領っぽい奴は驚いたことに王級にギリギリ届くか届かないかってくらいの強さだったけど、所詮強いのはそいつ一人だけだったから、私は個としての戦闘力の高さに任せて無理矢理圧倒した。
「北神流奥義『烈断』!」
シャンドルがオルステッドに放った奥義『破断』の下位に位置する技。
『烈断』という、まあ一言で言えば巨大な斬撃を放つ技と、込める魔力を増やして規模と威力を増幅させた衝撃波の魔術で一気に数を減らしていった。
ひとえに相性の差だね。
私が広範囲攻撃を持たないタイプの剣士だったら物量に圧殺されてたかもしれないけど、持ってるタイプだったから格下がうじゃうじゃって状況には強いのだ。
さすがに、これが千人とか一万人とかになると無理だろうけど、100や200の弱兵じゃ私は倒せない。
もっとも、油断したら毒が塗ってあった矢に当たって死んでたかもしれないけど。
いや、でもどうだろう?
今の私の闘気なら、あの程度の矢が当たってもかすり傷くらいで済むだろうし、それくらいの傷から侵入してくる少量の毒なら初級の解毒魔術でも吹き飛ばせたかな?
まあ、当たらないに越したことはないんだけども。
結局、奴らは頭領っぽい奴が死んで、全体の三割くらいが壊滅したあたりで勝ち目なしと判断したのか逃走を開始した。
また襲われたら敵わないから、追撃してできる限り倒しておいたけど、バラバラの方向に逃げられたせいで全員は倒せてない。
そして、ここからが悪夢の遭難生活の始まりだった。
最初の絶望は、私を嵌めた例の商人が、戦いに巻き込まれて死んでたことだ。
死体は放置しとくとアンデッド系の魔物になりかねないから、できる限り死体は燃やすのがこの世界の常識なんだけど、そのために盗賊団の死体を纏めてる時に、その商人の死体を発見してしまったのである。
それだけならまだ問題はなかった。
私のようないたいけな少女を売り飛ばそうとする奴に慈悲はない。
問題は、その商人以外に中央大陸の言語が通じる奴がいなかったことだよ!
別にわざわざ生け捕りにしたわけじゃないんだけど、たまたま攻撃が急所を外れてて生き残り、仲間に置いていかれた哀れな盗賊が何人もいたから、私は当初そいつらの誰かを脅してラパンまで案内させるつもりだった。
紛争地帯で最初に情報源にした奴と同じ扱いだね。
ところがどっこい。
そいつらは誰一人として中央大陸の言語(人間語っていうらしい)を話せなかった。
人間語で脅しても、わかる言葉で答えろって言っても、この大陸の言語(闘神語っていうらしい。港町で聞いた)で喚き散らしたり、命乞いするだけで、人間語を話し始める奴は一人もいない。
私は途方に暮れた。
そうして私は現在、砂漠の地、ベガリット大陸のどことも知れない場所で、一人さまよってるわけである。
どうしてこうなった!?
商人「話が違うじゃないですか、ヒトガミ様ーーー!!」
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36 遭難中なう
ベガリット大陸で遭難してから半年くらいが過ぎた。
不幸中の幸いとして、死ぬような窮地には陥ってない。
飲み水は幼少期にルーデウスと姉から習った水の初級魔術で出せるし、食料はそこらへんに食いでのあるデカい魔物がいくらでも生息してる。
見える範囲にいなくても、魔眼の出力を上げれば見つけられる。
ベガリット大陸は、世界で屈指の強い魔物が出てくる地域らしいからね。
強い魔物はデカい奴が多いのだ。
そいつらをこれまた幼少期に習った初級の火魔術で焼いて食べれば、とりあえず飢えて死にはしない。
怖いのは魔物を食べた時に毒に当たることだけど、初級とはいえ解毒魔術があれば、生まれついての頑丈さと合わせて大抵の毒はなんとかなる。
習っといて良かった魔術。
教えてくれたルーデウス、姉、ゼニスさん、本気でありがとう。
あと、遭難中って言っても、別にずっと砂漠の中をさまよってるわけじゃないよ?
全力で空に向かってジャンプした後、足の裏に発生させた衝撃波の魔術を踏みつけて上へ上へと飛んでいき、上空から地表を見渡せば、村とか街の場所くらいわかるからね。
あんまり高くは飛べないけど。
空の上、障害物の一切ない場所に吹き荒れる強風。
無理。
砂漠の上なのに寒かったし。
それでも空の上からの観測なんてチートがあるんだから、大きな街くらいすぐに見つかると思ってた。
だけど、あの商人が運んでくれやがった場所が悪いのか、主要な街とかがある地点からは外れてるみたいで、半年経っても小さな村とか小さな街にしか辿り着けてない。
そういう小さな集落には、もちろん人間語を話せる人なんかいるはずもない。
なんとか身振り手振りで最低限の意思疎通をして、必要物資を魔物の素材と交換する物々交換とかはできてるけど、目的地である迷宮都市ラパンの場所を聞くとか、そういう高度なコミュニケーションは取れないのだ。
やばい。
このままじゃ師匠達に合流するどころか、アリエル様が動くまでに帰ることすらできないかもしれない。
結構焦ってきた。
今ならヒトガミの助言にもすがっちゃうかもしれない。
いや、実際に夢に出てきたらガン無視するけどさ。
シャンドルとの約束を違える気はないから。
そんな気持ちで、今日も私は砂漠を行く。
前に打ち上げ花火観測した時から結構進んだし、ここらでもう一回やっとこうか。
今度こそ大きな街とか見つかりますように。
「北神流『花火』」
そんな名前をつけた大ジャンプで上空に飛び上がり、大空の上から地表を観測する。
どうせあったとしても、いつも通り小さな村とかだろうなぁ……って、ん!?
「あ、あった!?」
あった!
あったよ! 大きな街!
苦節半年……ようやく見つけたぁ!
「『
私は空中で回転して、頭をやや下に、足を斜め上に向けた水泳の飛び込みみたいな体勢になる。
そして、足下で強烈な衝撃波を発生させ、それを思いっ切り踏みつけて、街の方向へ落下しながら弾丸のように吹っ飛んだ。
この時、私の目には
だからだと思う。
不幸な交通事故が発生しちゃったのは。
「グギャアアアアアア!!?」
「わっ!?」
限界まで加速してたせいで、雲を突き破って飛び出してきた何かにぶつかった。
その何かは私に巻き込まれて一緒に地表に落ちていく。
最近ようやく形になってきた龍聖闘気もどきのおかげで、追突のダメージが少なかったのが救いだ。
私は衝撃波で減速してから着地し、その何かもどうにか軟着陸。
そして、怒りに満ちた目で私を睨んできた。
いや、さすがに今のはスピード違反してた私が悪かったと思……あっ!?
貴様、青竜じゃないか!
我が因縁の相手!
いや遭遇したのは一回だけだし、あの時の奴は倒したから人違いならぬ竜違いなんだけれども。
でも、例え竜違いだとしても、今のは全面的に私が悪かったとしても、殺しにくるなら容赦はしない。
魔物と話し合いで和解とか無理だからね。
前回貴様の同類と遭遇した時より、私は遥かに成長した!
今回は一撃で葬ってやる!
そうして、私が戦意を漲らせて剣を抜こうとした瞬間……
「とう!」
どこからともなく、でっかい剣を持った黒髪の少年が飛び出してきた。
ここに飛び込んでくるとか、どんな命知らず!?
一瞬そう思ったけど、魔力眼に映った少年の闘気の質を見て絶句。
なんじゃこりゃ!?
シャンドルには多少及ばないけど、それでも私以上の練度だよ!?
「************! *************! ***********!」
その少年は、闘神語で何事か叫びながら青竜に突撃をかました。
青竜が口から青い炎の息吹を放つ。
かつて水神流で受け流したにも関わらず、私を黒焦げにしてくれた忌まわしい攻撃。
そこらへんの剣士が食らったら、一瞬で黒焦げ通り越して昇天するだけの破壊力がある。
でも、彼はそこらへんの剣士ではない。
「*****『**』!!」
少年が手に持った巨剣、とてつもない魔力を纏った魔剣を振りかぶり、見覚えのある技を放った。
私も使う北神流奥義『烈断』だ。
巨大な斬撃が青竜のブレスを引き裂き、そのまま前進を続け……一撃のもとに最高峰の魔物を屠ってみせた。
青竜が断末魔の声すら上げられないまま真っ二つになる。
それを見届けた少年は、なんかキザな感じにポーズを決め、私の方に向き直った。
「******? ****」
「え、えーと、その……」
「*? ああ、人間語か! 言葉がわからなかったんだね。すまなかった。これで通じるかな?」
「あ、はい」
少年は私の困惑とどもった言葉を読み取ってくれたのか、すぐに人間語に切り替えて話してくれた。
人間語……人間語!?
ああ、探し求めてた言葉のわかる人が遂に……!
だけど、落ち着こう。
まずはお礼言うのが先だ。
ぶっちゃけ、ピンチでもなんでもなかったんだけど、助けようとしてくれたのは事実だし。
「助けて、くれて、ありがとう、ございます」
「何、可愛らしいお嬢さんを助けるのは当たり前のことさ。僕は英雄だからね!」
英雄?
勧誘してきた時のシャンドルみたいなこと言うなぁ。
っていうか、この人かなりシャンドルに似てる。
あのナイスミドルを若くすればこんな感じになりそう。
「僕の名前はアレクサンダー。アレクと呼んでくれていいよ、お嬢さん」
そうして、シャンドル似の謎の少年は、私に向けてニコリと笑いかけた。
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37 英雄
「それにしても災難だったね。まさか、こんなところで青竜に襲われるなんて」
「……うん、まあ」
アレクサンダー……アレクさんの言葉に、思わず曖昧に頷いてしまった。
言いづらい。
あれは完全に私の不注意による事故でしたとか、凄い言いづらい。
しかも、被害者もう死んじゃってるし。
哀れ、青竜。
「それで、君はなんで一人でこんなところにいたんだい?」
「迷宮都市、ラパン、目指して、遭難中」
「ラパン? それなら向こうの方角だね」
そう言ってアレクさんが指差したのは、私が飛んできた方向から少し横にズレた場所だった。
と、通りすぎてた……!
薄々そうじゃないかとは思ってたけど……!
「ラパンには何をしに行くんだい?」
「家族と、お世話に、なった、人達、いるから、助けに、行く」
「そうなのか。まだちっちゃいのに立派だね」
アレクさんが頭を撫でてきた。
完全に子供扱いされてる!?
いや、まあ、私今生だとまだ15歳だし、あとなんかエルフの血が変な仕事してるのか、姉より体の成長が遅くて年齢以上に幼く見えちゃうから、仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。
「よし! ここで会ったのも何かの縁だ! 僕が責任を持ってラパンまで送ってあげよう!」
「え!? 本当?」
「本当だとも! 英雄は嘘を吐かないんだ!」
堂々と、微塵の嘘も感じさせないような自信と誇りに満ち溢れた顔でアレクさんは言う。
それを見て、私は既にこの人を信用しかけていた。
チョロいとは思うけど、この人といるとシャンドルといるような気分になるのだ。
顔立ちだけじゃなくて、雰囲気というか、元気の良さというか、そういうのもシャンドルそっくり。
この強さといい、高度な北神流の技といい、シャンドルそっくりの見た目と中身といい。
ここまで揃えば、いくらポンコツの私でも、この人の正体がなんなのか大体察する。
……いや、でも血筋だけで人となりを判断するのは危険だよね。
今だって安易に人を信じた結果遭難してるんだから、不意討ちとか罠とかには警戒しとこう。
仮に真正面から戦った場合、勝ち目は……2割くらい?
いや、あの巨剣が伝説通りなら1割ないか。
果たし合いはバッチコイだし、真剣勝負もなんの憂いもない状況なら望むところだけど……私はまだ色々と抱えてるものがあるから無断で死ねない身だ。
本気の殺し合いになったら逃げよう。
シャンドルも無謀な玉砕は得意技「死んだふり」を使ってでも避けなさいって言ってたし。
「でも、その前に君は街でゆっくり休むべきだね。というわけで、行こう!」
アレクさんは青竜の骸に駆け寄り、軽く引きずりながら私を街へと誘導した。
それ持ってくんだ……。
いや、竜の素材とか死ぬほど高く売れるらしいし、実際私も前に倒した青竜とか、シャンドルが倒した赤竜とかの素材を剥ぎ取ったことはある。
でも、丸ごとお持ち帰りする人は初めて見た。
確かに、街が近ければ丸儲けだね。
青竜を引きずるアレクさんに続いて街に入る。
住人達の視線が凄い。
化け物を見る目がアレクさんに注がれてる。
だけど、アレクさんは全く気にすることなく、むしろ誇らしげに胸を張ってた。
そのままベガリット大陸にも当たり前のようにあった冒険者ギルドへ直行。
こんな言葉の違う大陸にまで進出してるとか、冒険者ギルドっていったいなんなんだろう?
「やあ、素材の買い取りをお願いしたいんだけど?」
「は、はい! 買い取りですね! わかりました!」
受付にいた格差社会を感じるインド人っぽい美人さんが、アレクさんから冒険者カードを受け取って買い取り手続きを開始した。
他の国でも感じたけど、何故か冒険者ギルドの受付嬢は私に劣等感を抱かせる人が多い。
わ、私だって成長すれば……!
あと、さらっと話してたけど、今のベガリット大陸の闘神語じゃなくて人間語だ。
冒険者ギルドの職員なら、多言語もマスターしてるのかもしれない。
これなら万が一アレクさんの気が変わっても、ギルドでラパンまでの護衛依頼とか引き受ければ目的地まで行けそう。
前回のことはギルドを通さなかったから起きたことだと思いたい。
「えっと、アレクサンダー様……え!? アレクサンダー様!? SSランク冒険者、冒険者の頂点と言われている、あの!?」
なんかアレクさんの冒険者カードを見て驚愕する受付嬢。
ギルドにいる冒険者も中央大陸出身がそこそこ多いのか、受付嬢の言葉の意味を理解した層がザワザワとし始める。
そして、1分としないうちに、アレクさんに注がれてた化け物を見る目は、畏怖と尊敬の目に変わった。
ほえー。凄い。
でも、アレクさんのドヤ顔が全てを台無しにしてる気がする。
そこからは素材の買い取り手続きはスムーズに進んだ。
青竜丸ごと一匹とか、買い取り価格がとんでもなくて、お金を準備するのに数日くださいって言われたけど……まあ、数日くらい仕方ないか。
一刻も早くラパンに行きたいけど、半年以上も遭難してた時に比べれば数日くらい許容範囲だ。
ただ、アレクさんが出てこなければ、他の人にくっついてもっと早く行けたのではという思いもなくはない。
「竜退治の記念に乾杯! 今日は僕のおごりだ! 存分に飲んでくれ!」
「「「うぉーーーーー!!!」」」
そんな私と違って、アレクさんは降って湧いた大金で冒険者達に大盤振る舞いしていた。
さっきから「ア・レ・ク!」「ア・レ・ク!」というアレクコールが鳴り止まない。
アレクさんの機嫌は有頂天だ。
楽しそうですね。
……だけど。
「た、大変だぁーーー!!」
そこに宴の雰囲気に水を差す、歓声とはタイプの違う大声が響き渡った。
それを発したのは、軽装の冒険者っぽい男だ。
人間語話してるし、中央大陸出身かもしれない。
「なんだなんだ! せっかく楽しいところだったのによー!」
「空気読め!」
「***! ****!」
人間語、闘神語入り乱れて男へのブーイングが飛ぶ。
でも、男は気分を害する余裕すらないみたいで、真っ青な顔で叫んだ。
「ファランクスアントだ! ファランクスアントの群れが凄い勢いでこの街に近づいてきてやがる!!」
その言葉を聞いた瞬間、あれだけ騒がしかった場の空気が一気に変わった。
言葉の意味を理解したっぽい人から、顔色が情報を伝達してきた男と同じ真っ青に染まっていき、遂に悲鳴が上がる。
もう人間語も闘神語もない。
悲鳴がうるさすぎて何言ってるのかわからない。
わからないので、私はアレクさんの袖をくいくいと引いて疑問をぶつけた。
「ねぇ、ファランクスアントって、何?」
「最強の魔物の一種だよ。千を越える群れで移動するアリの魔物で、進路上にあるものは竜であろうとなんだろうと、全て喰らい尽くして行進を続ける怪物だ」
「せ、千!?」
さすがにそれは私でも勝てる自信がない!
よし、逃げるか。
北神流は引き際の見極めも上手いのだ。
燃える死闘とただの自殺は違うしね。
これがシャリーアに攻め込んでるとかだったら私も腹括るけど、縁もゆかりもないこの街のために捨てられる命じゃない。
ゼニスさんを見つけ出して、アリエル様が起こす政争から姉を守り抜くまでは死ねないのだ。
そうして、逃走手段とその後のラパンへの旅路を計算していた私の頭を、不安に思ってるとでも勘違いしたのか、アレクさんがぽんと優しく撫でた。
「大丈夫だ。僕に任せなさい」
安心させるような声で、自信に満ち溢れた声でそう言って、アレクさんは冒険者ギルドの面々へと目を向ける。
そして、今度は自信も安心感もそのままに大声で話し始めた。
「だいじょーーーぶ!! ここには僕がいる! SSランク冒険者、アレクサンダーが!!」
ギルドの悲鳴をかき消すレベルの大声で、アレクさんが呼びかける。
それだけで、喧騒がやんだ。
ほんの少しだけど、冒険者達の目に希望の光が宿る。
「恐れることはない! ファランクスアントは強大な存在だが、所詮は弱兵の群れ! 一体一体はそう強くない! 群れの大部分は僕が引き受ける! 共に戦う勇気のある者は続け! 僕と共に、この地を襲う災厄を打ち倒そう!」
本当に、一切の不安を感じてないような、堂々とした姿。
シャンドルがよく語っていた、私ならなれると言っていた『英雄』という存在。
ここには、本当の英雄がいた。
私なんかより遥かに英雄に相応しい男がいた。
「行くぞ! 出陣だ!」
「「「うぉおおおおおおおお!!!」」」
英雄に感化されて、戦士達は武器を取る。
今ここに、後に英雄譚として語られる戦いの一節が、なんかついていけないくらい唐突に始まろうとしていた。
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38 英雄達
「君はどこかに隠れていてよかったのに……」
「あんまり、舐めない。こう見えて、私、強い」
もう街からでも大きく見えるくらい近づいた魔物の群れ、赤い大地が動いてるようにしか見えない壮大な数のファランクスアントとかいう魔物を前に、
私とアレクさんは、冒険者と街の警備兵の連合軍と一緒に、街から離れた場所に布陣していた。
これは戦いに街を巻き込まないようにするためらしい。
一応、襲来まで二日くらいの猶予があったので、土魔術による簡易な砦……いや砦っていうには心許ないから壁かな。
うん、とりあえず無いよりは遥かにマシな防壁を築くことはできた。
なんで真っ先に逃げようとした私がここに参加してるのかというと、まあ、普通に勝ち目があるなら逃げるつもりはないからだ。
縁もゆかりもないの街のために玉砕覚悟の特攻をするつもりはないけど、勝ち目のある戦いに助力するくらいは剣士として普通にやる。
相手は千を超える大軍勢って話だけど、こっちにだって100人くらいの戦力がいるし、アレクさんと私は一騎当千だ。
それに、聞いた話だとファランクスアントの一体一体は本当に弱い。
下位の奴だと魔物として最低ランクのEランク、上位の奴でもDランクかCランクらしい。
Cランクなら中級剣士でも何人かで挑めば普通に狩れる。
Eランクなんて言わずもがな。
つまり、勝ち目はあるってことだ。
そうして真っ赤な体をしたアリの魔物どもがハッキリ見えるくらいまで近づいてきたんだけど……ちょっとアレクさん、話が違いませんか?
千どころか、どう見てもその十倍はいるんですけど?
一万越えの大軍勢とか聞いてないよ!
なるほど、こんなに数がいるなら最強の魔物の一種と言われるのも納得だね。
逃げとけば良かったかもしれない。
「突撃! 僕に続け!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
「あ、ちょっ、待っ……!」
アレクさんが迷わず突撃してしまった!
その後ろから近接タイプの戦士達が続き、更に後ろの防壁の上から弓兵と魔術師が味方を巻き込まない位置にいるアリどもに遠距離攻撃を食らわせて数を減らした。
特に魔術師の人達の活躍が目覚ましい。
シャンドルから聞いてはいたけど、本当に魔術師はこういう数対数の戦いになると強いなぁ。
一対一だと、まず剣士には勝てないって言われてる魔術師だけど、戦闘での彼らの真価は集団戦だ。
攻撃魔術っていうのは、ランクが上がれば上がるほど攻撃範囲が広くなっていく。
上級魔術でも数十人を纏めて吹き飛ばせるし、魔法大学で教師に見せてもらった聖級や王級の魔術に至っては、一人で千や二千の軍勢を相手にできそうなレベルだった。
この街にいるのは、せいぜい上級魔術師が二人と、中級魔術師が十人くらいだったけど、それでもかなり心強い。
だけど、そんな魔術師の攻撃も思ったほど効いてない。
なんと恐ろしいことに、ファランクスアントの方も何体かが魔術を放ってこっちの魔術をレジストしてるのだ。
一体一体の魔術は初級魔術程度の威力なんだけど、数が集まれば上級魔術にすら押し勝ってる。
本当にアリなの君達?
どこかの狩人漫画に出てくるキメラなアントを彷彿とさせるよ。
とにかく。
私がまずやるべきなのは、あの魔術使ってくる一団を潰すことかな。
「北神流『花火』!」
私は遭難生活で習得した怪我の功名的な技を使い、一気に上空へ飛び上がった。
ファランクスアントはアリのくせに陣形を組んで、魔術師アリどもを後衛に配置して前衛の壁で守ってるから、前衛を無視した空からの強襲で後衛を潰す!
「北神流奥義『烈断大雪崩』!」
落下する加速エネルギーすら威力に変換した、上空からの巨大斬撃が魔術師アリどもを薙ぎ払う。
さすがに一撃で全滅はさせられなかったけど、何度も何度も剣を振るって確実に削る!
魔術は使わない。
あれの利点は剣を振らなくても発動できることと、魔力さえ込めれば烈断以上の範囲攻撃ができる点なんだけど、その分燃費が悪いからね。
というか、魔術はことごとく剣術より燃費が悪い。
魔力をただの破壊力として放出してる剣術と、魔力を物理現象に変換してる魔術じゃ燃費が違うのは当たり前だと思うけど。
とにかく! こっちの消耗を抑えながら、なるべく数を削る!
「うぉおおおおおお!!!」
私が魔術師アリどもを狙い始めた時には、既にアレクさんが前衛の群れに突撃して無双劇を開始していた。
上級魔術すら超える攻撃範囲を持つ斬撃をポンポンと飛ばし、凄い勢いでアリどもを駆逐していく。
アリがゴミのようだ!
更に、アレクさんの後ろからついていった人達が討ち漏らしを倒し、私が魔術師アリどもを倒したことでレジストされなくなった魔術が、更にアリどもを駆逐していった。
私は龍聖闘気もどきのおかげで上がった防御力に任せて、どうせノーダメージの雑魚の攻撃を無視し、攻撃だけに専念してアレクさんと同等の撃墜数を稼ぐ。
やがて、前方からアレクさん、後方から私に切り崩された陣形の中で、私達二人は合流した。
「驚いた! 本当に強いんだね君は! いったい何者なんだい?」
「別に、ただの、遭難中の、冒険者。Aランク『妖精剣姫』エミリー」
私とアレクさんは背中合わせに戦いながら、そんな会話に興じる。
くっさいセリフ言っちゃったのは、雰囲気に酔ってたからだ。
あとで掘り返されたら悶絶するかもしれない。
「ふふ、そうか。なら、僕も改めて名乗ろう! 通りすがりのSSランク冒険者、アレクサンダー! いずれ父をも超える英雄になる男だ!」
そう言って、アレクさんは右手に握った巨剣を上段に構えた。
「右手に剣を!」
見覚えのある動き。
聞き覚えのある言葉。
最強の技の前口上。
「左手に剣を!」
アレクさんが両手で握った巨剣に魔力を込めた。
力を注ぎ込まれた伝説の剣が、歓喜するように黒く重い色の魔力を放出する。
私の魔力眼にはその光景が見える。
大量のファランクスアントが黒い魔力に絡め取られ、宙釣りになったように空に浮いた。
地に足がつかないんじゃ、魔術とかを使える奴じゃないと何もできない。
身を丸めて防御はできるだろうけど、攻撃も回避もできない。
「両の腕で齎さん! 有りと有る命を失わせ、一意の死を齎さん!」
そんな哀れなアリの群れに、アレクさんはその一撃を振り抜いた。
「奥義『重力破断』!!」
アレクさんの圧倒的パワーに、伝説の剣の能力である重力操作による圧力まで加わって、とてつもない威力となった一撃が、逃げられないファランクスアントの群れを飲み込んだ。
かつてシャンドルが放った奥義を遥かに超える力。
しかも、今回は威力よりも攻撃範囲を重視してるのか、黒い重力の魔力によって押し潰され、薄く引き伸ばされた斬撃が中空を走る。
一撃。
たったの一撃で、千を超えるファランクスアントが跡形もなく消滅した。
「どこが、ただの、冒険者だ」
私の撃墜数なんて目じゃない。
たった一撃で大きく差をつけられてしまった。
これがアレクサンダー。
伝説の継承者。
「さあ、共に行こう、エミリー! 僕達で勝利を掴むんだ!」
アレクさんが私を引っ張るように突っ走って、軍勢が一気に消えて守る壁が薄くなった女王アリっぽいのに向けて突撃していった。
「ふふ」
私は思わず笑いながら、その後に続く。
ああ、楽しいなぁ。
強敵相手に思う存分剣を振るうのが楽しい。
これだけの強者と一緒に戦えるのが嬉しい。
紛争地帯の時のように、守るべきものを満足に守れない焦燥に駆られることもない。
オルステッドと戦った時みたいに、シャンドルについていくだけで精一杯で、サポートが限界だったあの時とも違う。
私の原初の憧れ。
画面の向こうの
まさか、遭難した先でこんな出会いがあるなんて思わなかった。
私はアレクさんと並んで女王アリに向かう。
唯一不満があるとすれば、この敵だ。
この女王アリはそこそこ強い。
単独でも、ランクにしてAはあると思う。
けど、今の私達の前に立つには役者不足だ。
「北神流!」
「奥義!」
私とアレクさんの剣技が交わる。
不思議と呼吸の合わせ方がわかった。
シャンドルと修行しまくったおかげだと思う。
「「『烈風十字断』!!」」
交差する二つの烈断。
それが女王アリを守る最後の親衛隊を無慈悲に葬り去りながら直進し、女王アリ自身をも葬って、そのまま背後の一団を薙ぎ払う。
そして、あの女王アリが指示を出してたのか、司令塔のいなくなったファランクスアントの群れは、果敢に攻めるものの統率を失い、烏合の集となって一匹残らず駆逐されていった。
「僕達の勝利だ!!」
「「「うぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
アレクさんが剣を天に掲げながら勝鬨を上げ、生き残った割と多くの戦士達が大歓声を上げる。
その時、不意にアレクさんが隣に立つ私の方を見て満面の笑みを見せた。
「我が名はSSランク冒険者、アレクサンダー!
またの名を、━━『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバック!
人々を襲う災厄の魔物ファランクスアント! 僕と街の勇者達、そして我が戦友『妖精剣姫』エミリーが討ち取った!」
「「「わぁああああああああああああああ!!!」」」
アレクさんが予想通りの称号を名乗り、あとなんか私が戦友扱いされた。
北神というとんでもないネームバリューを聞き、ファランクスアントを倒した興奮も相まって、戦士達のテンションは最高潮。
アレクサンダーコールとエミリーコールが鳴り止まない。
なんか……いいね! こういうの!
私もテンションが天元突破しそう!
「さあ、街に戻って宴の続きだ! ファランクスアント討伐を盛大に祝おう! もちろん全部僕のおごりだ!」
「「「よっしゃああああああああああ!!!」」」
「わーい!」
私もテンションが上がったまま冒険者ギルドに併設されてる酒場に向かい、乾杯する戦士達と一緒に、前世を含めて人生初のお酒を飲んだ。
浴びるように飲んだ。
飲み比べにも積極的に参加し、最後はアレクさんだけになり、そして……
気づいたら私は、酔い潰れて死屍累々の連中が転がる冒険者ギルドで、最後の一人になっていた。
私、お酒強っ!?
龍聖闘気もどきがアルコールへの耐性まで上げてしまった哀れなエミリー。
魔力総量
ロキシー<エミリー<シルフィ<<<<<<<越えられない壁<<<<<<<<<ルーデウス
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39 ようやく……マジでようやくの到着
ファランクスアントが襲来した街から旅立ち、あの日以来かなり仲良くなったアレクさん……アレクの案内で迷宮都市ラパンを目指してから1年以上が経った。
1年以上が、経った。
ラパンまでの距離はそれなりに遠かったといえば遠かったけど、さすがに1年以上も旅しなきゃいけないほど離れてたわけじゃない。
なのに、こんなに旅が遅れたのは全部アレクのせいだ。
あいつ、行くところ行くところで面倒事に首を突っ込んで、戦闘力で解決できる問題なら解決し、できない問題ならしっちゃかめっちゃかにして去っていくという、英雄というより迷惑系主人公みたいなことばっかりしてたのだ。
途中で呆れかえって、アレクさんじゃなくてアレクと呼び捨てにするようになった。
気安い間柄になったから呼び捨てにしたんじゃない。
敬意が無くなったから呼び捨てにしたのだ。
良かったことといえば、北神三世という極上の修行相手と毎日戦えたことくらいか。
アレクは北神の代名詞である伝説の剣『王竜剣カジャクト』の力がある分、シャンドルより強かった。
重力を増して重くなる攻撃。
重力を軽くしてフワリと浮き上がったり、かと思ったら上や横に落ちたりするする変態軌道。
重力を駆使したアクロバティックな動きの数々。
魔力眼で重力魔術発動のタイミングを察知してもなお戦いづらい。
おかげで、勝率は1割程度だ。
お互い殺す気の本気の戦闘になったら、もっと下がると思う。
あと、アレクがいることによって、オルステッドと戦った時並みのピンチに陥ったこともあった。
このベガリット大陸には、かつて魔神ラプラスがベガリットの屈強な戦士達を滅ぼすべく放ったっていう『サキュバス』って魔物がいるんだけど、こいつの特徴はなんといっても、男を発情させて誘惑して殺すことだ。
サキュバス狩り自体は難しくない。
戦闘力は低いから、見かけた瞬間、斬撃飛ばしで真っ二つにすればいい。
アレクも今までそうやってサキュバスを迎撃してきたらしいし。
ただ、一回だけ私のポンコツのせいでサキュバスの接近に気づかず、アレクがサキュバスの出すフェロモンみたいなのを食らっちゃったことがあった。
そのサキュバスは即座に始末したんだけど、それでアレクの発情が治まるわけじゃない。
そして、サキュバスの誘惑というのは強すぎて、一度かかった男は中級の解毒魔術で治すか、女を抱くまで性欲が暴走して半ば理性を失ってしまう。
ここまで言えばもうおわかりでしょう。
その時、私は血走った目で襲いかかってくるアレクに犯されかけたのだ。
理性が吹っ飛んでたせいで技のキレもなく、あれだけ大事にしてた王竜剣まで手放して押し倒しにきたおかげで、なんとか気絶させて街に運ぶことができて、娼館にぶち込むことで危機は去ったけど、本気でやばかった。
後日、アレクはかなり申し訳なさそうな顔で私に謝罪してきて「責任は取る!」とか言ってきたけど、未遂だったからすげなくふった。
ちなみに、その直後に『七大列強の石碑』っていう、現在の七大列強の序列を表示する謎の石がある場所を通ったんだけど、序列の変化はなかった。
七大列強は前任を倒すか称号を受け継ぐことで入れ替わるって話だけど、どうやらあのサキュバス騒動は戦いとしてカウントされてないっぽい。
痴話喧嘩にでもカウントされたのかな?
そんなこんなのすったもんだがありつつ、1年以上に渡る旅の末に、私は遂に目的地である迷宮都市ラパンに到着した。
長かった。
マジで長い旅だった。
今の感想を語るとしたら、たった一言、こう言いたい。
疲れた。
「ラパンについてしまったね……。これでエミリーともお別れか」
さっきまで街の各地から伸びる12本の白い柱(昔シャンドルが倒した魔物の骨らしい)を見て複雜そうな顔してたアレクが、今度は本気で残念そうな顔になった。
なんかアレクって友達いない上に、弟子にも逃げられたとかでボッチを拗らせてるのだ。
父親とすら上手くいってないっていうか、その父親が唐突に王竜剣と北神の称号を押しつけて家出したまま帰ってこないせいで、アレクは色々と拗らせてる。
迷惑系主人公みたいに色んなことに首を突っ込むのも、「あらゆる偉業を成して、父さんなんか超える英雄になってやるんだ!」って思いが先行してるからだ。
何やってるの、シャンドル。
今度会ったらアレクに会いにいけって言っとこう。
というか、冒険者ギルドを通した伝言でも書いとこう。
なお、家族の問題に首を突っ込んで火傷したくなかったので、私の師の一人がアレクのダメ親父だとは伝えてない。
シャンドルも無駄にもったいぶって隠してたから文句は言えないはずだ。
多分、アレクと同じように、ここぞって時に明かした方がカッコ良いとか思ってたんだろうけど、余計なことしたものである。
「エミリー、僕はいずれ、父さんを超えるほどの英雄になるつもりだ。
そして、英雄の隣には頼れる仲間がいるものだ。
どうだろう? 君の用事が終わったら、また僕と一緒に……」
「ここ以外にも、色々、問題、抱えてるから、無理。ごめんなさい」
「そ、そうか……」
アレクが捨てられた子犬みたいな顔になった。
そんな顔されたら、お姉さん罪悪感湧いちゃうじゃないか。
……全く、仕方ないなー。
「私も、アレクも、長命種。そのうち、また会うことも、ある」
「! そ、そうか、そうだね!」
一気にアレクの顔が明るくなる。
尻尾があったらブンブン振ってそう。
やれやれだぜ。
「エミリー! いつかまた会おう! その時こそ共に偉業を成そう!」
「はいはい」
七星さんのごとく見えなくなるまで手を振るアレクを、控えめに手を振りながら見送る。
よし、見えなくなったね。
さて、行こう。
目的地はラパンの冒険者ギルド。
師匠達がミリス神聖国を出てからもう1年半くらい経ってるんだし、私の予想ではもうゼニスさんを見つけ終わって、フィットア領に帰ってると思うんだ。
ああ、いや、フィットア領は何もなくなっちゃったから、姉のいる魔法都市シャリーアに向かった可能性も高いか。
まあ、ゼニスさんを見つけて帰ったにせよ、ゼニスさんが移動してて追いかけたにせよ、冒険者ギルドに伝言くらい残ってると思う。
ミリシオンにも伝言を残してくれるくらいマメだったからね。
で、もうここにいないのなら、今度こそギルドを通した信用できる移動手段で次の目的地に向かえばいい。
え?
それならアレクと別れなければ良かったんじゃないかって?
さすがにもう、あいつに付き合って無駄にするほどの時間は無いんだよ。
助けてくれた恩と善意を無意にするのはダメだと思ったし、一応目的地に向かって進んではいたから、今まで他の道案内に乗り換えることはなかったけど、さすがにこれ以上あいつの珍道中に付き合ってる時間はない。
暇な時だったら結構楽しそうなんだけどね。
そんな気持ちで冒険者ギルドを探してた私の視界に、見覚えのある人物の姿が映った。
整った顔立ちに、私と同じ金髪。何故か私より短い耳。
それは紛れもなく……
「父?」
「え? あ!? エミリー!? なんでこんなところに!?」
そう。
その人物とは、我が父ロールズだったのだ。
父の影になってた場所には父と同じく驚いた顔の母がいて、少し離れたところからはこれまた見知った人物、師匠の家のメイドさん(いや、お妾さん?)のリーリャさんがいて、父の大声を聞いて近寄ってきた。
他にも見知らぬ女の人が二人と、見知らぬ猿顔の人が一人いるけど、まあ、とりあえず、
「父、母、久しぶり」
「ああ、本当に久しぶりだ。手紙見たよ。シルフィも見つかったみたいで本当に良かった。でも、なんでこんなところに……」
「あなた、エミリー、積もる話は宿でしましょう。ここだと他の方の迷惑になるわ」
「あ、ああ。そうだな」
「わかった」
母に注意されたので、皆に案内されて他の人達もいるという宿に向かう。
どうやら父達は必要物資の買い出しの途中だったみたいで、他の人達は宿で休んでるとのこと。
そうして案内されていった宿では……
「わお」
なんと、師匠、お婆ちゃん、ロキシーさん、タルハンドさん、あと何故か私を見て複雜そうな顔してる青年。
凄い背が伸びてるけど、ルーデウスかな?
とにかく、そんな感じで、この場にはオールスターキャストが集結していた。
「エミリー!?」
「久しぶり、師匠」
「エミリー! お久しぶりですわ!」
師匠を皮切りに皆が押し寄せてきて、お婆ちゃんに抱きしめられつつ質問攻めにされた。
でも、私としてはそれより先に知りたいことがある。
「ゼニスさん、どうなってるの?」
これだけの戦力がここにいる理由。
すなわち、これだけの戦力が無いとどうにもならないと思われてるであろうゼニスさんの現状。
それを知らないと始まらない。
既に嫌な予感しかしないけど。
「ああ、ゼニスは……転移の迷宮ってところに囚われてるらしい。まだ発見できてねぇ」
辛そうな顔で師匠が語った言葉。
それを聞いて「嘘でしょ!?」という感想しか出てこなかった。
迷宮。
私もまだ潜ったことのない未踏領域。
危険な魔物の群れと凶悪なトラップに守られた、難攻不落の天然の要塞。
とっくに救出されてるかもと思ってたのに、そんなところにゼニスさんがいるなんて、予想外もいいところだったから。
ようやく……マジでよくやく原作の流れに合流できた……!
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40 情報交換
その後、私達はお互いの情報をすり合わせた。
ぶっちゃけ、ゼニスさん救出に必要なのは師匠達が持ってる情報だけなんだけど、別れてた家族や知人がどうしてたのかを知りたがるのは人情ってものだ。
まず、この状況に至るまでの経緯だけど。
最初のキッカケは、ロキシーさん達が魔大陸で『魔界大帝』キシリカ・キシリスっていう、歴史にも出てくる大魔族と出会って助力を得ることができたことらしい。
キシリカの持つ『万里眼』っていう世界のどこでも見れるチートな魔眼を使って師匠の家族の場所を探ったんだとか。
さすが歴史の登場人物。
オルステッド並みにぶっとんでやがる。
それで、ゼニスさんがここ、迷宮都市ラパンにいることが判明。
でも、キシリカの万里眼でもラパンのどこにいるのかが見えなかったため、キシリカの能力の届きづらい迷宮の中にゼニスさんがいる可能性が高いと予想した。
その情報を持って、ロキシーさんとタルハンドさんはミリシオンにいた師匠達のもとへ。
お婆ちゃんは師匠に会うのが嫌だったから、ゼニスさんのついでに居場所を探ってもらったルーデウスが北方大地にいたということで、そっちに情報を伝えにいったらしい。
魔界大帝と魔王の助力で海を渡って、魔大陸から北方大地へ一直線で。
……というか、ルーデウスが北方大地にいた?
もしかしたら、私と出会ってた可能性もあるのか。
ちなみに、お婆ちゃんが師匠に会いたくなかった理由は、父達を師匠のところへ送っていった時に大喧嘩したからだってさ。
最初は、当時家族が誰も見つからなくて荒れに荒れてた師匠を見て怒る気も失せたらしいけど、お節介焼いて色々言ったら、酒まで入ってた師匠に逆ギレされて、父の前で過去のことまで掘り返されてお婆ちゃんもブチ切れ。
再びの喧嘩別れになってしまったと。
ただ、ラパンで再会した時に師匠から土下座で詫びられて、まだちょっとプリプリ怒りながらも水に流したらしい。
お婆ちゃん、立派。
で、話を戻して、情報を持ったロキシーさん達が師匠に合流。
その頃には、転移事件で魔大陸に飛ばされて、ロキシーさん達とすれ違ってミリシオンに来たルーデウスと再会できたことで、紆余曲折はあったものの立ち直ってた師匠は、情報を貰ってすぐにラパンへ行くことを決意。
父と母と元々保護してたノルンちゃん、それとルーデウスが探し出したというリーリャさんとアイシャちゃん、フィットア領捜索団が解散してもついてきてくれたさっきの女の人二人と共にミリシオンを出立。
その数日後に、私がミリシオンに辿り着いたわけだ。
「それは、その、なんていうか……悪かったな」
「師匠の、せいじゃない。やらかした、私のせい」
それで、その後は子連れで危険なベガリット大陸に渡るわけにはいかなかったため、イーストポートで偶然再会したという凄い強い知り合いにノルンちゃんとアイシャちゃんを任せ、ルーデウスのいる魔法都市シャリーアに送ってからベガリット大陸へ来たという。
って、ん?
今聞き捨てならないことが……
「ルーデウスが、シャリーアに?」
「ああ、魔法大学に入学するって手紙が来てな。いやー、驚いたぜ。何も言ってねぇのにエミリー達と同じところに向かってんだから」
じゃあ、姉はルーデウスと再会できたのかな?
本人がここにいるんだから問い質すこともできるけど……いや、今は情報のすり合わせが優先。
続きお願いします。
「わかった」
更にその後、ラパンでさっきの猿顔の人、ギレーヌやお婆ちゃんやタルハンドさんと同じ師匠の元パーティーメンバーのギースさんと再会し、ギースさんの情報でゼニスさんがいる迷宮がどこかを特定したらしい。
それが『転移の迷宮』という場所。
パーティーメンバーをバラバラに分断するタチの悪い『転移の罠』がそこら中にある凶悪な迷宮。
その攻略は遅々として進まず、焦れたギースさんが独断でシャリーアのルーデウスに向かって手紙を送り、ルーデウスは同じく魔法大学に入学してたお婆ちゃんと一緒に驚異的な早さで合流。
その時、うっかり転移の罠を踏んで遭難してたロキシーさんを助け、現在はルーデウスが魔法大学から持ってきた『転移の迷宮探索記』という攻略本みたいなもののおかげで、もう少しで最深部まで辿り着けそうな状況らしい。
それを私が聞いて思うことは一つだ。
「ごめん、師匠。超、遅れた」
「いや、謝らなくていい。オレ達のためにベガリットまで来てくれたってだけで充分すぎるほど感謝してるさ」
「師匠……!」
私は感動した。
師匠の人間としての大きさに感動した。
必ずやゼニスさんを助ける力になってみせる!
「パウロ! わたくしの可愛い孫を騙すんじゃありませんわ! あなた普段から尊敬される要素ゼロでしょうに!」
「な、何おう!?」
「それよりエミリー、別れてた間のあなたの話も聞きたいですわ」
「わかった」
師匠とお婆ちゃん、気安い会話できてて嬉しいなぁ。
そう思いながら、私のこれまでの道中の話をする。
えーと……お婆ちゃん達が持ってる情報は、赤竜の下顎の手前で別れた後、シャリーアで出した姉と再会したって手紙の内容までかな?
ああ、でも、ルーデウスが魔法大学にいたなら、姉から魔法大学時代の話は伝わってるか。
じゃあ、魔法大学を出た後からの話だね。
「魔法大学、出た後、シャンドルに、卒業って、言われた」
「ああ、だからシャンドルさんがいないのか」
「うん。それで、卒業の、証に、『北帝』の、称号、貰った」
「「「北帝!?」」」
異口同音で驚かれた。
驚いてないのはルーデウスだけだ。
どこかで情報でも掴んでたのかな?
「シャンドルと、別れて、北方大地から、アスラ王国に、行った。そこで、シャンドルに、財布、預けてたの、思い出して、路銀、尽きた」
「「「ええ!?」」」
またしても異口同音で驚かれた。
今度はルーデウスも一緒にだ。
まあ、北帝になったなんてニュースの後に、即座にこんな間抜けなニュースが出てきたら驚くよね。
「お金、無くて、仕方なく、アスラ王国で、冒険者、やって、お金、稼いだ。そんなこと、してたから、ミリスまで、2年くらい、かかった」
「ああ、だから俺達が出発したすぐ後に到着したのか。急いでる割には遅いと思ったらそういう……」
師匠含め、全員が可哀想なものを見る目で私を見てくる。
見ないで!
そんな目で私を見ないで!
「それで、師匠達が、ベガリットに、行ったって、冒険者ギルドの、伝言で、知って。引き返して、私も、ベガリット、来た。……そしたら、言葉、通じなくて、遭難した」
「「「遭難!?」」」
「ラパンまで、行くっていう、商人の、護衛、やったら、騙されて、盗賊団に、売られかけた」
「大丈夫だったのか!?」
「壊滅、させたから、大丈夫」
「そ、そうか……」
父が喜べばいいのか心配すればいいのかわかんないって顔してる。
こんな残念な娘でごめんね。
「商人の、せいで、よくわからない、場所、来ちゃって。商人、盗賊との、戦いで、死んじゃったから、言葉、通じる奴、いなくて、遭難した」
「な、なんというか、滅茶苦茶災難だったな……」
「エミリー! ダメですわよ! あなたは幼い見た目のせいで侮られやすいんですから、ちゃんと信用できる相手を見極めませんと!」
「うっ……ごめん」
お婆ちゃんに叱られた。
完全に自業自得だけど。
今はもう16歳のはずなのに、外見年齢13歳くらいだからなぁ。
下手したら、そのうちノルンちゃんとかアイシャちゃんにも身長抜かれるのでは?
恐ろしい。
それはともかく。
「その後、半年くらい、サバイバルして、アレクって、奴に、助けられた」
「アレクくんか。どんな人だったんだい?」
「北神カールマン三世」
「ふぁ!?」
父が変な声を上げて絶句。
他の皆も唖然としてる。
いきなりのビッグネームは、やっぱりびっくりするよね。
「会った時、アレクと、一緒に、ファランクスアントの、群れ、倒したり、した」
「おいおい……! それって最近このあたりまで伝わってきた最新の北神英雄譚じゃねぇか!? じゃあ、北神三世の相棒『妖精剣姫』ってお前か!?」
「うん」
ギースさん、よく知ってるなぁ。
ゼニスさんの情報もこの人が見つけてきたっていうし、情報に強い人なんだろうね。
「パウロ、こいつは勝ったぜ。風呂入ってくる」
「落ち着けギース、意味わかんねぇぞ。いや、オレも意味わかんねぇけど」
師匠達の口調が混乱している。
あと語ることといえば……ああ、あれは外せないね。
「アレクが、サキュバスに、やられた、時は、大変だった」
「え!?」
「ま、まさかエミリー、あなた……!?」
「エミリー、北神様の居場所を教えてくれないかな。ちょっと殺してくるから」
「アレク、もう旅立ったから、いない。それに、未遂だから、大丈夫。気絶させて、娼館に、放り込んだ」
母とお婆ちゃんに心配され、父はバーサーカーになりかけたけど、私の言葉を聞いてなんとか沈静化した。
危うく父が列強になるところだった。
「七大列強を気絶させたのかよ……」
「理性、飛んで、弱く、なってたから」
「だとしてもなぁ……。パウロ、やっぱり勝ったぜこれ。飯食ってくる」
「落ち着けギース。ここは宿の食堂だ」
ギースさんが混乱したまま、師匠の手によって口に何か詰め込まれた。
何やってんだろう。
「私の方は、そんな感じ」
「なんつうか……濃いな。滅茶苦茶濃い冒険してきてるじゃねぇか」
自分でもそう思う。
そして、その殆どのエピソードがポンコツの上に成り立ってるからなんとも言えない。
「ぶっちゃけ、エミリーの話で腹いっぱいなんだが、まだもう一つ伝えとかないといけないことがあってな。ほれ、ルディ」
「は、はい!」
うん?
ルーデウスがなんか緊張した様子で、師匠に背中押されて私の前に押し出された。
何故に緊張?
「実は……魔法大学の在学中にシルフィと再会したんだ」
「うん。予想は、してた」
何が言いたいのかと思いながら、私は喋りすぎて疲れた喉を潤すためにジュースを口に入れた。
「それで、その……俺達結婚したんだ」
「ぶぅーーーーー!!!」
思わずジュースを吹いてルーデウスにぶっかけてしまった。
マジか……!?
それマジか……!?
姉の恋心は冷めてないと思ってたけど、まさかゴールインまで行ってしまうとは……!
落ち着くために、私はもう一杯飲み物を口に入れた。
「それで、もうすぐ子供が生まれるんだ」
「ぶぅーーーーー!!!」
もう一発吹いた。
ルーデウス、貴様、狙ってやってるんじゃないだろうな!?
それにしても、こ、こ、子供!?
姉がママになるってこと!?
じゃあ、私はおばちゃんか?
やかましいわ!
こちとらピチピチの16歳(外見年齢13歳)やぞ!
あああ、頭が混乱する!
「…………とりあえず、おめでとう?」
「あれ? 怒らないのか?」
「なんで?」
「だって、エミリーって俺のこと嫌ってたし……」
ああ、ルーデウスはそれを危惧してたのか。
私に結婚反対されるとでも思ったのかな?
「別に、結婚は、シルの、自由」
「そ、そっか」
「それに、今の、ルーデウスは、そんなに、嫌いじゃない。私のこと、あんまり、エロい目で、見てこないし」
「あ、嫌われてた原因はそれか」
長年の疑問が解けたと言わんばかりのルーデウス。
今のルーデウスは、なんというか、少し余裕のある感じがする。
節操なくがっついたりするほど女の子に飢えてないって感じだ。
それはそれで、獣の欲望を受け止めたのが姉だと思うと、なんとも言えない気持ちになるけど……。
「まあ、とにかく、祝福は、する」
「ありがとう、エミリー」
「それで、生まれてきた子は、私が、最強に、育てる」
「それはやめて」
何故だぁ!?
そうして、しばらくぶりに会った皆との会話を楽しんだ後、師匠が言い出した。
「さて、今日のところはエミリーは旅の疲れを取るために休んでくれ。そして明日、エミリーを加えて迷宮に入る。上の階層で慣らしてみて、行けそうなら最深部まで一気に行くぞ」
明日、遂に始まる。
最後の一人を救うための戦いが。
皆にとっては最終局面、私にとっては迷宮デビュー戦になる。
気合い入れていかないと。
ギースの手紙が届いた時のルーデウス
ルーデウス「どういうことだ!? ベガリットにはエミリーがいるから大丈夫じゃなかったのか!?」
ヒトガミ「大丈夫さ。ちょっと遭難中だけど、エミリーはちゃんと間に合う。今のあの子は北帝だよ? 最終的に君が行かなくても君の母親はエミリーが救い出すさ」
ルーデウス「この状況で信じられるか! いくら腕っぷしが強くても、あの子結構ポンコツだし! しかも遭難中ってなんだよ!? てっきりパウロ達と一緒にベガリットに行ってるもんだとばっかり思ってたのに!」
ヒトガミ「とにかく、ベガリットには行かない方がいい。行かなくても君の母親は助かる。行った場合は博打だ。成功すれば君は更なる幸せを得るけど、失敗すれば大事なものを失う。成功した場合でも多少の後悔は残るしね」
ルーデウス「おいちょっと待て! それはどういう……」
ヒトガミ「ルーデウスよ。魔法大学に残ってリニアとプルセナに手を出しなさい。さすれば君は危険を冒すことなく更なる幸せを得られるでしょう」
ルーデウス「は!?」
その後、ルーデウスはヒトガミを疑って悩みに悩んだ末、最終的にノルンに泣かれてベガリット行きを決意した。
そして、ヒトガミの言う通りエミリーがちゃんと合流したので、本当に奴の言った通りになるんじゃないかと思って複雑そうな顔をした。
ヒトガミ式ピタ○ラスイッチ
エミリーの到着が遅れる&ルーデウスが助言に従った場合 → エミリーが壊滅させた盗賊団の残党が運命をジャミング → 他にも色々とヒトガミが弄る → エミリーの運命とその他諸々によってロキシーの運命をねじ曲げ、ロキシー遭難中に死亡 → 未来の救世主誕生阻止でヒトガミにっこり
エミリーが何事もなく到着 → ロキシー&ゼニス普通に救出 → 全員でシャリーアに帰還 → ロキシー魔法大学に就職 → ルーデウスとロキシーが近くにいたら、運命のせいで絶対どこかでフラグが立つ → 未来の救世主誕生でヒトガミが死ぬ
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41 転移の迷宮
「ここが、迷宮……」
翌日、師匠達と共に来た洞窟『転移の迷宮』を前に、私は不気味な何かを感じていた。
単純に迷宮自体の雰囲気のせいでもあるんだけど、それ以上に魔眼の出力が「弱」の状態でも、迷宮から漂う濃密な魔力が普通に見えてしまって、それが転移事件を思い出させてどうにも嫌だ。
でも、嫌だなんて言ってられない。
迷宮は単純な強さじゃ越えられない場所。
そこで索敵に強い魔眼を使わないとかあり得ない。
私は覚悟を決めて、魔眼の出力を「強」に上げた。
「うえっぷ。気持ち、悪い」
「どうしたんですの、エミリー?」
「魔眼、開いたら、色々、
迷宮からは、転移事件の時の極大魔力には及ばないものの、それと似たような感じのする濃密で雑多でぐちゃぐちゃの魔力が渦巻いていた。
長く見てると酔いそう。
「ギレーヌも似たようなこと言ってましたわね。エミリー、魔眼の出力調整はできますの?」
「できる」
「なら、普段は弱くしておきなさい。迷宮の中には魔眼でも見えない罠がありますし、そんな場所で魔眼に頼り切って体力を犠牲にするのはバカげてますわ。魔眼を使うのは要所要所で休み休みに」
「わかった」
お婆ちゃん、アドバイス的確だなーって感心しながら魔眼の出力を弱に戻そうと……する直前に、お婆ちゃんの姿が右眼の視界をかすめた。
出力の上がった状態の魔眼が、初めてお婆ちゃんの姿を映して……
「…………お婆ちゃん、何、その魔力?」
お婆ちゃんの体の奥に、膨大な魔力が渦巻いてるのを見た。
これは単純に魔力総量が多いって感じじゃない。
人間から感じる魔力とは
どっちかというと、迷宮や転移事件の極大魔力に近い感じがする。
何、これ?
「魔力? ああ、わたくしは呪子ですのよ。わたくしから変な魔力を感じるのなら、それは恐らく呪いの魔力ですわ」
「呪子……」
聞いたことある。
確か、オルステッドもそうだって話だ。
生きる上で不便な体質を持った人の総称。
もしかしたら、オルステッドも出力を上げた状態の魔眼で見れば、今のお婆ちゃんみたいに見えてたのかもしれない。
どんな呪いなのかは……聞かない方がいいかな。
お婆ちゃんがちょっと辛そうな顔してるし、話したくなさそうだから。
オルステッドの呪いは常人ならトラウマ不可避のエグいやつだったし、お婆ちゃんだって呪いでトラウマ抱えててもおかしくない。
興味本位で踏み込んじゃダメな領域だと直感した。
私は言われた通り、魔眼の出力を弱に戻して迷宮を見据える。
「よし、行くぞ」
かつて、師匠達の現役時代のパーティー『黒狼の牙』のリーダーだったらしい師匠が出発を宣言し、私達は転移の迷宮の中へと足を踏み入れた。
入るのは、師匠、お婆ちゃん、タルハンドさん、ギースさん、ロキシーさん、ルーデウス、私の7人だ。
父と母、リーリャさん、捜索団の女の人二人(シェラさんとヴェラさんというらしい)は留守番というか、物資調達とかのサポートのために外に残る。
迷宮は通路が狭くて、大人数で行ってもお互いに邪魔になって動けなくなるだけだから、少数精鋭で行くのが基本らしい。
フォーメーションは、斥候のギースさんが先頭。
前衛に剣士の師匠と、細剣と小盾を使う軽戦士のお婆ちゃん。
中衛に鎧を着込んだ魔法戦士のタルハンドさん。
後衛に魔術師のロキシーさんとルーデウス。
そして、最後尾に私という形になった。
これは迷宮初心者の私に、最後尾から迷宮での立ち回り方を見せて教えるためだ。
師匠達はこの迷宮の上層部分は何度も攻略してるらしいので、私なんかいなくても困らない。
だからこそ、私のポンコツを警戒して安全策を取れる。
まあ、剣術以外のことを私が見ただけで実践できるかと言われたら、答えは一切疑問を挟む余地のないノーなんだけど、最悪それでもギリギリ問題ない。
だって、私を抜いても戦力は充分に揃ってるからね。
私が前に出るとしたら、まだ足を踏み入れてない下層で苦戦した場合。
あるいは、迷宮の最奥に必ずいるという、ひときわ強力な魔物、攻略を阻む迷宮の番人『
もっとも、私達の目的はゼニスさんの救出であって迷宮の攻略じゃないから、ゼニスさんが最奥にでもいない限り守護者と戦うことはないだろうけど。
そして、いざ迷宮に突撃。
転移の迷宮はルーデウスの持ってきた攻略本の情報が確かなら、全6層構造。
師匠達が足を踏み入れたのは、第4階層の入り口までらしい。
とはいえ、それはルーデウス達が合流する前、攻略本も戦力もない時期に足止めされてたからだ。
その二つが揃ってからはトントン拍子にきてるらしいので、今回はこのまま最下層まで行けるかもしれないって師匠は言ってた。
まずは第1階層。
ここは大きな蜘蛛と小さな蜘蛛がひしめく、構造としてはアリの巣みたいな場所だった。
アリと言えばファランクスアントを思い出すけど、あれと比べれば、ここの蜘蛛達のなんとお可愛いこと。
師匠とお婆ちゃんに一撃で葬り去られてました。
注意すべきなのは魔物じゃなくて、そこら中に散りばめられてる転移の罠の方。
ギースさんが発見してくれてるけど、うっかり踏めばロキシーさんの二の舞で遭難する。
気をつけなきゃ。
あと気になったんだけど、師匠がいつの間にか二刀流になってた。
一本は昔から使ってる師匠の愛剣だけど、もう一本は迷宮の魔力を浴びることで変質し、変な能力を持つようになった不思議アイテムこと、
マジックアイテム自体は私も何度か見たことがある。
姉がアリエル様の護衛として与えられた装備なんて、全部マジックアイテムだったし。
これは魔眼で見れば一発で判別できる。
変な魔力纏ってるからね。
ただ、今改めて見てみると、どことなくお婆ちゃんの呪いの魔力と似てる気がする……。
で、マジックアイテムはものによって能力が全く違う。
どんな能力が付くかはランダムで、ガラクタ同然の能力が殆どだけど、中には王竜剣もびっくりのチートアイテムがある。
それがマジックアイテムだ。
そして、師匠の新しい剣の能力は『柔らかければ柔らかいものほど斬れず、硬ければ硬いものほど斬れる』という、切れ味逆転の能力。
ハッキリ言ってチートである。クソチートである。
だって、これがあればアレクの王竜剣だろうが、オルステッドの龍聖闘気だろうが斬れるってことでしょ?
世界最強クラスのあの二人に通じる時点で、とんでもないクソチートだよ。
でも、欲しいとは思わない。
シャンドルの教えだ。
強い武器に頼ると強くなれないっていうね。
なんでも斬れる剣に頼れば、より効果的な斬り方を模索することを忘れる。
相手の武器ごと叩き斬れるチートに頼れば、斬り合いを少しでも有利に進めようとする貪欲さを失う。
クソチート頼りのゴリ惜しに慣れてしまえば、それ以上の成長はできなくなる。
そうなったら、いざ魔剣の力が通じない敵に出会った時、私は何もできずに負けるだろう。
だから、あの剣はいらない。
師匠にまだ強くなる気があるなら、後で忠告しとこう。
まあ、今は緊急事態だから、使えるものはガンガン使うべきだとも思うけど。
そんなクソチート武器のことはさて置き。
続いて、第2階層。
ここはさっきの大きい蜘蛛に加えて、鋼鉄の装甲を持つ芋虫が出てきた。
そいつらは芋虫が盾になって、蜘蛛が後ろから糸を飛ばしてくる。
ファランクスアントもそうだったけど、群れる魔物ってなんでか連携が上手いんだよねぇ。
とはいえ、これも師匠達が苦戦するような相手じゃない。
鋼鉄の装甲も、師匠はマジックアイテムの剣を使うまでもなく一撃で真っ二つにしてるし、ルーデウスとロキシーさんが後方から魔術で狙撃するから、後衛の蜘蛛も前衛の芋虫に守られることなく散っていく。
第3階層。
蜘蛛と芋虫に加えて、それを指揮する泥人形みたいなのが追加された。
ルーデウスの狙撃で弱点を撃ち抜かれて死んだ。
弱い。
第4階層。
まだ入り口までしか捜索されてない階層だ。
ここからはアリの巣じゃなくて、石造りの遺跡みたいな感じに変わる。
ここでは蜘蛛と芋虫が消えて、代わりに四本腕の動く鎧が現れた。
なんとこの鎧、魔物のくせに水神流の技を使ってくるのだ。
どこで習った。
でも、まあ、これも敵じゃない。
水神流を使うとはいえ、その練度はせいぜい上級の下位程度。
師匠の敵じゃなかった。
というか、師匠が強い。確実に昔より強い。
総合的に見て聖級の上澄みくらい強いよ。
初めてきたはずの第4階層も、階層中を回ってゼニスさんを探すのに時間をかけただけであっさり突破。
これは戦力以上に攻略本の存在がデカい。
マップが全部攻略本に書かれてるとか、迷宮探索の醍醐味を盛大に潰してやがる。
迷宮探索をエンジョイしにきたわけじゃないから問題ないし、むしろよくやったって感じだけど。
消耗が殆どなかったので、続けて第5階層へ。
ここで泥人形も消えて、代わりに黒くてヌメヌメした気色の悪い魔物が現れる。
ヌメヌメは天井に張りついて奇襲してくるから、視線が上に向いて足下の罠を踏みそうになって厄介だって皆は言ってた。
だけど、ここでようやく私が少し役に立てた。
ヌメヌメが天井から飛び降りて皆のところに到達する前に、剣神流の技を斬撃飛ばしで放って、空中にいるうちに全部真っ二つにしたのだ。
私も一歩も動いてないから、罠を踏む心配もない。
「エミリー、お前強くなりすぎだろ……」
「まるでギレーヌのようじゃな。剣速がやたらと速い」
「北帝のくせに、剣神流使っても強いとか反則だろ……」
「こ、これが北神の相棒の力……!」
「……確かに、これなら俺いらなかったかも」
「さすが、わたくしの孫ですわ!」
……なんだろう。皆褒めてくれたけど、素直に喜べない。
ここまで役立たずだったからかな?
ニートがハロワに行っただけで、就職も決まってないのに凄いって褒められてるような感じ?
結局、ヌメヌメも攻略本に書かれてた、特定の木材を燃やして使うお香の煙を浴びせかけることで、臭いを嫌がって天井から降りて地面で戦うようになったから、私の出番は一回くらいで終わった。
また役立たずに逆戻りである。
そんなわけで、第5階層も突破。
第6階層は鎧も消えてヌメヌメしかいなくなるので、煙無双であっさりとカタがつく。
やるべき作業は、ヌメヌメの巣にあったヌメヌメの卵を破壊していくことくらいだ。
そうして、これにて攻略本に書かれていた全6階層の攻略が終了した。
それはもう、実にあっさりと。
私が魔眼を使うまでもなく余裕で。
だけど、ここまで全ての道を探してきたというのに、ゼニスさんはいない。
なら、残る可能性はただ一つ。
ゼニスさんがいるのは迷宮の最奥、守護者が守る場所だ。
私達は第6階層の一番奥に進み、そこで三つの転移魔法陣を見つけた。
罠として散りばめられてた転移の罠じゃない。
ここまでの道のりでも通ってきた、特定の場所への瞬間移動を可能とする装置である。
「
経験豊富なお婆ちゃんのその言葉。
私が力になれるとすれば、私がベガリットまで来た意味があるとすれば、きっとこの先だ。
私は気を引き締めた。
直後に、特大のトラブルが起きるとも知らずに。
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42 トラブル
ゴール間近、目の前には三つの転移魔法陣。
でも、ここで困ったことがある。
なんと攻略本に書かれてる情報はここまでなのだ。
攻略本を書いた人はここで罠に嵌まり、仲間全員を失ったらしい。
三つの転移魔法陣。
私にはさっぱり違いがわからないけど、ルーデウス曰く、この中の一つは双方向転移の魔法陣、つまり離れた二つの場所を結んでるオーソドックスなタイプに似てて、
残りの二つはランダム転移、乗ればどこに飛ばされるかわからない、そこら中にあった転移の罠と同じ構造に見えるんだって。
ただ、双方向転移の魔法陣はそう見えるってだけで、攻略本の著者はその判断を信じてこの魔法陣に乗った結果、大量のヌメヌメがひしめいてる場所に飛ばされたらしい。
つまり罠だね。
なら、残りの二つのうちどっちかが正解ってことになるけど、もし間違った方を選んだら大変なことになるし、そもそもルーデウスはこの二つのどっちかが正解って答えにも疑問を持ってるみたいで、魔法陣を睨みつけながら頭ひねって考えてる。
頭の良い人の考えはわかんないや。
私だったら勘で選んで、罠だったら叩き潰して再チャレンジくらいしか攻略法が思いつかない。
私は迷宮探索に向いてないな。
「エミリー、魔眼で何か見えないか?」
「ん、やってみる」
ルーデウスに助力を乞われたので、ここまで殆ど役に立ててない分、気合いを入れて魔眼の出力を徐々に上げていく。
入り口付近とは比べものにならない、一気に酔いそうなほどの濃密な魔力が部屋全体に渦巻いてるのが見えた。
特に、三つの転移魔法陣からはひときわ強い魔力が見える。
ただ、なんか部屋の魔力の流れに違和感があるような気はした。
でも、そろそろ目の奥が痛くなってきたので、守護者戦前に消耗するのもやばいと思って出力を下げる。
「確かに、魔力の、流れ、違和感ある、気がする。でも、迷宮、全部、こうだって、言われたら、私じゃ、わかんない」
「そうか……」
「でも、転移魔法陣、そっちの、二つ、転移の罠と、同じだった。もう一つも、ちょっと、違う、だけで、多分、同じ」
私は三つの転移魔法陣を指差してそう告げる。
こうなると、俄然ルーデウスの言っていた三つとも正解じゃないって可能性が高くなった。
じゃあ、正解はどこって話になるから、ルーデウスも皆も難しい顔になる。
「もっと、魔眼、強くすれば、何か、わかるかも。でも、それやると、目の奥、痛くなりそう」
「とりあえず、ルーデウスの推理でなんとかした方がいいですわね。……エミリーの魔眼に頼るのは、ルーデウスにもわからなかった時ですわ」
「まあ、それしかねぇよな。最高戦力を消耗させるのは避けてぇし。ルディ、頑張ってくれ」
「いや、父さんも考えてくださいよ」
「わ、わたしは手伝いますよ!」
ルーデウスはまた難しい顔で考え出して、ロキシーさんや他の皆にも意見を聞き、我慢できなくなってトイレに行って戻ってきたりしながら、小一時間考え続けた。
ちなみに、下品な話になるけど、迷宮内でのあっちの方は苦労したよ。
やってる最中は無防備になるから、基本お婆ちゃんに周囲を警戒してもらいながらだったんだけど、恥ずかしいのなんの。
まあ、それを言ったら普段の旅でもあれなんだけどね。
シャンドルはそのへんの気遣いができてて、遠距離の見えも聞こえもしない場所から警戒してくれてたんだけど、アレクは無遠慮に近づいてきて半径1メートル以内で警戒し始めたから、一回マジ殴りを食らわせたことがある。
友達いないのも、弟子に逃げられたのも、そういうデリカシーの無さが原因じゃない?
そんなことを思い出しちゃうくらい私にはやることがない。
周囲の警戒くらいしかやることがない。
退路を塞がれたら堪らないって理由で、ここまで魔物はまだ孵化してないヌメヌメの卵を含めて全滅させてきたから、警戒してても魔物なんて来ないし。
油断はしないけどさぁ。
「イィイイイイイ!!」
あ、そんなこと思ってたら、魔物来たわ。
出てきたのはちっこいヌメヌメ。
普通のヌメヌメの陰に隠れてたか、それとも誰かが潰し忘れた卵がたった今孵化して誕生したのか。
とはいえ、普通のヌメヌメですら敵じゃないのに、多分幼体と思われるちっこいヌメヌメなんて余計敵じゃない。
一撃でスパッと斬って終了。
天井から襲いかかってきたヌメヌメジュニアは、上半身と下半身が別れて地面に叩きつけられる。
ただ、これこそが……特大のトラブルの引き金だった。
それは「いやそうはならんやろ!?」って言いたくなるような奇跡的な確率の、あるいは運命的な確率の偶然だった。
上下に別れたヌメヌメジュニアの体が迷宮の床に叩きつけられる。
この時、奇跡的な角度でバウンドした下半身が、奇跡的な角度で上半身に当たり、上半身は予想外の方向に跳ねて飛んでいく。
そして、転移魔法陣を睨みつけていたルーデウスの背中に激突した。
「え!?」
「わ!?」
それは一瞬の出来事すぎて、誰も止められなかった。
ルーデウスの体が転移魔法陣に向けて押し出される。
咄嗟のこと、全くの予想外のこと。
そういう時は、頭で考えるより先に反射で体が動いちゃうものだ。
ルーデウスはふらついた体を反射的に支えようとして、近くにある何かに掴まろうとした。
最悪なことに、この時一番近くにあったっていうか、いたのはルーデウスを抱き止めて倒れるのを阻止できない小柄で非力なロキシーさん。
結果、ルーデウスはロキシーさんに掴まったまま転移魔法陣に足を踏み入れて……
二人の姿が消えた。
ついでにヌメヌメジュニアの上半身も消えた。
予想外すぎる事態に皆揃って唖然とし、数秒間呆けてから、全員揃って驚愕の声を上げる。
「「「ええええええええええ!!!?」」」
その日、ルーデウスとロキシーさんは、最下層で行方不明になった。
運命「良い仕事した」<( ̄︶ ̄)>
ヒトガミ「あーあ。フラグ立っちゃったよ」
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43 トラブル
「ッ!?」
二人が転移魔法陣で消えたということに頭が追いついた瞬間、私は二人をどこかに飛ばした魔法陣に向かって走ろうとした。
でも、私の体が加速し始める前に、お婆ちゃんが私の肩を掴んで止める。
「ダメですわよエミリー! 先走ってはいけませんわ!」
「で、でも、私の、せいで……!」
「あなたのせいではありませんわ! あんなの誰も予想できませんわよ! それにあれはランダム転移の魔法陣! 乗ってもルーデウス達とは別の場所に飛ばされるだけですわ!」
「そうだぜ! それにあんたに抜けられたら俺達が地上に戻ることもできねぇ!」
「ぐぬぬ……!」
お婆ちゃんとギースさんに理知的な理由で止められて、私は歯噛みしながら踏み出そうとしてた足から力を抜いた。
くそぅ!
あのヌメヌメジュニア、横じゃなくて縦に斬ってればこんなことには!
「お、おおおおおお落ち着け! まずは、ええっと、ええっと!?」
「パウロ、まずはお主が落ち着け!」
師匠がめっちゃ動揺してタルハンドさんにどつかれてた。
それでもまだオロオロしてる師匠に代わって、タルハンドさんが話し合いの火蓋を切る。
「さて、緊急事態じゃ。ワシらはどう動く?」
「どうもこうもありませんわ! 転移したと思われる場所を片っぱしから探していくしかないでしょう!」
「まあ、それしかないか。全員、どの程度余裕が残っとる?」
「わたくしは、まだまだ余裕ですわ!」
「こっちもだ。今回はやけにスムーズに進んだからな。物資の消耗も殆どねぇ」
「私、大して、働いて、ないから、問題なし」
「パウロ、お主は?」
「あ、ああ、俺も大丈夫だ」
「ならば、決まりじゃな」
そうして、私達はルーデウス達を探すべく行動を開始した。
向かう先はルーデウス達が消えた転移魔法陣だ。
ないとは思うけど、これが正解の魔法陣で、ルーデウス達は今頃守護者と戦闘中って可能性もある。
私達が話し合いに費やした時間は1分足らず。
もし守護者と戦ってたとしても、充分間に合うはずだ。
私達は全員が同じ場所に飛ぶために、手を繋いだ状態で転移魔法陣に乗った。
双方向転移ならこんな必要ないんだけど、ランダム転移は接触してたものしか一緒に飛んでくれないのだ。
転移事件と同じだね。
そう考えたら嫌な予感が更に増した。
転移した先は、大量のヌメヌメがいる空間だった。
攻略本の著者が通った道と同じだ。
だけど、ルーデウス達はいない。
やっぱり、あの魔法陣は正解じゃなくて、ただのランダム転移の罠だったってことだ。
これで少なくとも、ルーデウス達が守護者と戦闘中って可能性はかなり低くなった。
「邪魔! 剣神流『疾風』!」
私は斬撃飛ばしの連続斬りでヌメヌメどもを殲滅する。
前と同じく、うっかり足下の罠を踏まないために、その場から動かず斬撃だけを飛ばす。
さすがに、光の太刀は連続で使えないけど、一太刀一太刀が無音の太刀の速度を誇る連続攻撃だ。
所狭しとひしめいていたヌメヌメどもは、数秒とかからずに全滅した。
「よし、進むぞ!」
師匠の号令により、私達は前進。
ただし、フォーメーションが変わった。
ルーデウスとロキシーさんが抜けて私を温存する余裕がなくなったので、私は師匠とお婆ちゃんに挟まれるポジションで剣を振るうことになった。
これは私がポンコツを起こした場合に備えて、両サイドの二人がフォローするためだ。
更に、少しでも罠を踏む確率を下げるために、私は基本さっきみたいに動かず、固定砲台ならぬ固定斬撃発生装置として立ち回る。
ぶっちゃけ、剣士じゃなくて魔術師の立ち回りだ。
でも、迷宮初心者の上にポンコツの私にはこれが最適解なんだから仕方ない。
ヌメヌメを処理しながら先へ進む。
進路の先の行き止まりにあったのは、いくつもの転移魔法陣だ。
ただし、ギースさんが検証したところ、ここにあるのは双方向転移でもランダム転移でもなく単方向転移、つまり決まった場所に出るけど一方通行の転移魔法陣らしい。
それを分析できる攻略本がこっちに残ったのは幸いだった。
この本を持ってきたルーデウスなら、攻略本無しでも同じ分析ができるだろうし。
で、それしか道がないので、私達は自分達が乗る魔法陣の前に目印を置いてから、念のために手を繋いで飛び乗る。
転移した場所には鎧の群れがいた。
水神流を使ってくる例の鎧だ。
構わずヌメヌメ同様に始末した。
こいつらの技量じゃ私の斬撃飛ばしすら受け流せない。
「アーマードウォリアーが出てきたぞ。ってことは、第5階層に来ちまったのか?」
「いや、まだわからねぇぜ、パウロ。
この本に書かれてるのは第6階層のあの部屋までの情報と、作者が必死の思いで駆け抜けた帰り道の情報だけだ。
あの部屋からだけ転移する作者も知らねぇ区画があって、そこの魔物の生態系が基本と違っててもおかしくねぇ」
ギースさんのその言葉は正解だった。
先に進めば進むほど、魔物の生態系がごちゃまぜになっていく。
ヌメヌメ、鎧、泥人形、芋虫、蜘蛛、今までこの迷宮で出てきた魔物が、この通路には全部いた。
それが連携を取ってくるからめんどくさい。
まだ私だけで処理できる範囲だけど、それで私の負担が大きくなって万が一倒れたら終わりだから、師匠達も戦闘に参加するようになった。
そうすれば問題なく突破できる。
「エミリー、大丈夫ですの? もうかなり戦い続けてますが……」
「余裕。ファランクスアントに、比べれば、少なすぎる、くらい」
「……そうですの。でも、無理をしてはいけませんわよ? それでいざという時に疲れ果てて困るのはあなただけではありませんからね」
「わかってる」
お婆ちゃんに心配されつつ、私は魔眼の出力を上げてルーデウス達の痕跡を探す。
ぶっちゃけ、戦闘よりこっちの方が疲れるくらいだ。
最奥のあの部屋に比べればマシだけど、濃すぎる迷宮の魔力に紛れちゃって、人の魔力の痕跡が滅茶苦茶見えづらい。
唯一幸いなのは、ここの迷宮が高難度すぎて、私達以外にこんな下層まで来てる人がいないから、赤竜の髭で姉を探した時みたいに、魔力の個人差まで見分ける必要がないことかな。
人の魔力=ルーデウス達の魔力である可能性がとても高い。
昔に挑んだ人達の魔力は、さすがに薄れすぎて私じゃ感知できないし。
そんなことを繰り返しながら進むうち、単方向転移で見覚えのある場所に出た。
いや、私は道中の景色なんて覚えてなかったんだけど、他の皆が気づいて、ここが第6階層の既にマッピングを終えてる場所だと判明したのだ。
なのに、ここまでルーデウス達の姿どころか、魔力の痕跡もなかった。
道中、別れ道ならぬ別れ転移魔法陣がいくつもあったし、その先をしらみ潰しに探していくしかないっぽい。
死ぬほど時間がかかりそう。
焦る。
通ってきた魔法陣には全部目印を残してるから、同じ魔法陣に乗っちゃうことはないけど、さすがに分岐が多すぎて体力が持たず、何度も撤退して地上に戻るハメになった。
撤退して、地上で少し休んでから再突入。
それを繰り返し、一つずつ確実に前回とは違う道を攻略していく。
師匠達はルーデウスの優秀さを信じてたし、この迷宮で一ヶ月遭難して生き延びたロキシーさんも一緒だから、二人の生存を疑ってはいなかったけど、そのロキシーさんが生き抜いた期間である一ヶ月を越えても見つからないとなると、さすがに焦燥を隠せなくなってきた。
そんな時、遂に私の魔眼が人の魔力の痕跡を捉えた。
「! 見つけた! あっち!」
いつもだったら考えなしに駆け出して先頭で誘導してただろうけど、ここでそれをやったら転移の罠を踏んでバッドエンドだ。
それが瞬時に理解できるくらいには経験を積んだ。
私が指差す方に向かって、ギースさんが慎重に罠を探しながら歩いていく。
やがて、強く魔力を感じる場所に辿り着いた。
行き止まりだけど、壁の向こうに二人の魔力を感じる!
「北神流『
奥義『砕鎧断』の前段階に位置する技。
鎧を砕きながら中身を斬る砕鎧断を覚えるために、まずは鎧の砕き方を、鎧の代わりに壁を砕いて練習する技だ。
なお、その理由は練習のためにいちいち鎧を壊してたらお金がもったいないから。
そんな、なんとも微妙なエピソードを持つ技を使って、壁の向こうに乗り込む!
「ルーデウス! ロキシーさん! 無事……ッ!?」
そこには、とんでもない光景が広がっていた。
二人は確かにそこにいた。
だけど、変わり果てた姿になっていた。
二人は一糸まとわぬ姿で折り重なるように倒れており、壁の中の狭い空間からは異臭が漂い、ロキシーさんの体には血よりも悍ましい白い液体が付着していた。
端的に言ってエッチの真っ最中だった。
「お邪魔、しました」
「「待って(待ってください)!?」」
とんだ
私は何も見なかったことにして、能面のような無表情で師匠達のところに戻った。
後で聞いた話なんだけど、二人は魔物連合軍に阻まれて先に進めなかったらしい。
ルーデウスが大規模な氷の魔術をバンバン使って善戦はしたけど、ヌメヌメ対策のお香がこっちにあったせいで奴らの天井からの奇襲を防ぎ切れず、疲れたところを不意討ちされてルーデウスが負傷。
ロキシーさんが支えながら撤退して、単方向転移の魔法陣の先にあったヤリ部屋……安全地帯を見つけ出して待避した。
そこで傷の治療をして、体力を回復して、また挑んでの繰り返し。
でも、どう足掻いても魔物の群れに体力を削られて、何度も襲来してくるヌメヌメにそのうち対処し切れなくなって負傷してしまう。
ルーデウスもロキシーさんも闘気を纏えないから、一度の被弾が致命的なのだ。
そんなにっちもさっちも行かない状況。
ロキシーさんはそれが前回遭難した時のトラウマと重なって精神を苛まれ、ルーデウスの方も何週間もやばい遭難生活が続けば参ってしまう。
この状況を例えるなら、無人島、遭難、絶体絶命、男女二人、こんな感じだと思う。
そうなると人間の本能なのか、お互いに身を寄せ合って(比喩表現)精神の安定を図ろうとするわけでして……。
…………うん。
遭難の原因になった私には責められないよ。
姉の旦那の浮気の原因になってしまった……。
帰ったら死ぬほど土下座しよう。
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44 VS『守護者』
「一時はどうなることかと思ったが、お前も隅に置けねぇなぁ、ルディよぉ!」
「……父さん、今はマジで勘弁してくれませんか。僕は今、ロキシーにもシルフィにも申し訳なさすぎて死にたい気持ちでいっぱいなので」
「バッカお前! だからこそ妻を二人娶った偉大な先人としてアドバイスをだな……」
ルーデウスとロキシーさんを救出し、ラパンの宿に戻ってきてから一日。
疲労で寝込んでいた二人が起きてきて、冷静に遭難性活中の自分の行動を思い出してどこまでも落ち込むルーデウスに、師匠が下世話なトークを持ちかけていた。
その絡み方はどうかと思うよ師匠。
あと、同じ浮気でも、師匠の性欲の暴走と、ルーデウスの極限状態での支え合いを同列に語るのもどうかと思うよ師匠。
「わ、わたしは、妻子のある人になんということを……」
「まあまあ、甲斐性のある男が複数の妻を娶るのはよくある話ですわよ? それに、わたくしやパウロなんて、妻や夫のいる相手を数え切れないくらい食い散らかしてますもの」
「私もロキシー様よりもよほど罪深いしょうもない理由でやってしまったことがあります。私に比べればロキシー様は無罪のようなものです。あまり気を落とさないでください」
「うーーーーー!!」
一方、別のテーブルではお婆ちゃんとリーリャさんがロキシーさんのケアをしていた。
ルーデウスの方もそうだけど、お酒を飲ませて辛い記憶を吹き飛ばそうとしてるのだ。
……というか、お婆ちゃんの口からとんでもないセリフが飛び出してきたんだけど?
ロキシーさんを慰めるための方便……いや、思わず見ちゃった父が苦笑しながら頷いてるからマジっぽい。
お婆ちゃん……アリエル様の同類だったんだ。
ちょっとショック。
もしかして、父との仲がこじれたのもこれが原因かな?
でも、軽蔑はしないよ。
師匠も昔は同類だったって聞いてるし、何よりアリエル様というドギツイのによくセクハラされたおかげで慣れちゃったから。
それは置いといてケアの結果だけど……まあ、順調だと思う、多分。
ルーデウスもロキシーさんも、お互いに悪いことしたって滅茶苦茶落ち込んでるんだけど、逆に言えばお互いへの罪悪感が心の大半を占めてるおかげで、迷宮への恐怖とかまで考えてる余裕がないみたい。
「で、ロキシーの体はどうだったよ?」
「……本気で悪いとは思ってるんです。思ってるんですけど……正直興奮しました」
「そうかそうか!」
ルーデウスに至っては、恐怖よりエッチな記憶の方が勝ってる始末だ。
これならすぐに再チャレンジできそうだなってギースさんが言ってた。
それはちょっと早すぎるんじゃないかと思ったし、いっそ二人は宿で休んでてもらった方がいいんじゃないかとまで思ったんだけど、
なんでも迷宮で死にかけた人は、早く入り直さないと二度と迷宮に入れなくなる呪いにかかっちゃうらしい。
迷宮に入ろうとすると恐怖心でいっぱいになって、何もできなくなるんだって。
それ単純にトラウマになっただけじゃない?
いや、でも、苦手意識が完全なものになる前に克服させるっていうのは、意外と理にかなってるのかな?
というわけで、再チャレンジは三日後ってことになった。
遭難前の時点で既に守護者前と思われる場所までは行ってたし、そこから一ヶ月間、最後の罠の先まで捜索してた私達が、今更道中で苦戦することもなく、あっさりと例の転移魔法陣が三つある部屋へと辿り着く。
さあ、ここからまた謎解きの時間だ。
とはならなかった。
なんでも、ルーデウスはヌメヌメジュニアに突き飛ばされる前に、ここの正解についての考察が完了してたらしい。
それを伝えて実践する直前にあんなことがあったわけだけど……。
謝罪はこの三日で死ぬほどした。
二度と同じことが起こらないように、近づいてくる奴は跡形も残さず消しちゃらぁ。
そんな私の決意とは裏腹に、今回は何も襲来してこないまま、ルーデウスの謎解きが終わった。
正解は、床をぶち破ったら出現した隠し階段の先にある、四つ目の転移魔法陣でしたー!
わかるかこんなん!?
ルーデウスは前に似たような遺跡を見たことがあったから気づいたらしいけど、その前情報がなければどうやって見つければよかったんだろう……。
私の魔眼の出力を全開にして、分厚い床を貫いて下から漂ってくる魔力に気づけたらワンチャン?
まあ、なんにせよ解けたから万事オッケー。
隠し階段の先にあった四つ目の転移魔法陣は、これまでの道のりにあった青白い輝きの魔法陣と違って、いかにも不吉って感じの真っ赤な輝きを放っていた。
念のために私の魔眼で見てみると、色が変なだけで、魔力の練り込まれ方というか、術式っぽいものは今まで見てきた双方向転移の魔法陣と同じだった。
そして、迷宮攻略経験者達の感覚が、揃ってこの先に守護者がいると言っている。
「準備はいいな?」
「バッチリですわ」
「ワシも問題ない」
「わたしも行けます!」
「俺も大丈夫です」
「万全」
「通い詰めた道だからなぁ。皆、今さら変な消耗はしてねぇだろ」
「よし、なら行くぞ!」
全員揃って魔法陣に突撃。
それを抜けた先は、凄く広い空間だった。
野球場くらいの広さ、天井も高くて、床は敷き詰められた美術品みたいな綺麗なタイル。
部屋の隅に太い柱が何本もあって、なんというか、古代の宮殿とか神殿を絵に描いたような場所だと思った。
そして、その宮殿の奥に敵がいた。
ドラゴンだ。
輝くようなエメラルドグリーンの鱗を持ったドラゴン。
大きさはかなり大きい。
因縁の青竜より遥かにデカい。
そして何よりの特徴は、ずんぐりとした胴体から生える九本の首。
「ヒュドラかよ……! 初めて見たぜ……!」
そう呟いたのはギースさんだ。
戦闘はからっきしだけど、戦闘以外のことなら何でもできるという、私と合体したら究極生命体になれそうなこの人は、しかし戦闘ができないので戦いに参加することはない。
万が一、私達が全滅した場合に情報を持ち帰る見届け役だ。
「いた……!」
師匠がそんな声を上げた。
その視線はヒュドラに向いていない。
これだけの大物を無視して、師匠の視線はヒュドラが守る部屋の最奥。
迷宮の核と言われる魔力結晶に注がれていた。
ヒュドラの鱗と同じ緑色をした、2メートルくらいはあるクリスタルみたいな巨大な魔力結晶。
その中に封印されるように、その人はいた。
私に治癒魔術を教えてくれた人。
修行で傷付く私を、ルーデウスと離れて頑張る姉を、いつも気にかけてくれた優しい人。
師匠が愛した人。
ゼニスさんがそこにいた。
「ゼニス!!」
師匠が走り出す。
フォーメーションも連携もかなぐり捨てて、ただ一秒でも早くゼニスさんのところに向かうために走る。
「バカ野郎! 早まるな!」
ギースさんの声。
私はそれを聞きながら一気に足に力を込めて加速。
身体能力の差によって師匠を追い越し、ヒュドラに迫る。
師の露払いは弟子の仕事だ。
「北神流奥義『烈断』!」
人間相手には過剰なくらい巨大で強烈な斬撃を飛ばす北神流の奥義を使う。
距離が開くほど威力が減衰する斬撃飛ばしによる牽制の一撃だけど、青竜くらいならこの距離からでも倒す自信のある必殺技だ。
それがヒュドラに激突……する前に、ヒィイイイイン! という甲高い音がヒュドラから鳴り響き、魔力眼が見たことのない魔力をヒュドラが全身から放っているのを捉える。
そして、私の烈断は謎の魔力によって威力を大きく減衰させられた。
ダメージはある。
胴体には巨大な斬撃の痕が刻まれてる。
でも、致命傷には程遠いくらい浅い。
「「「グォオオオオオオ!!!」」」
ヒュドラの九本の首が群れを成して私に襲いくる。
デカい。
けど、遅い!
水神流の技で全ての首を軽く受け流し、カウンターで何本かの首を飛ばした。
「『
「静かなる氷人の拳━━『
後ろからルーデウスとロキシーさんの援護の魔術が飛んできた。
二人とも、ファランクスアント戦で共闘した魔術師達を遥かに超える魔術を使ってる。
でもまた、ヒィイイイイン! という甲高い音と共に謎魔力がヒュドラから放出され、私の烈断と違って二人の魔術は完全に無効化された。
「なっ!?」
「魔術が効かない!?」
他の皆が驚いてる間にも私は動き、更に数本の首をはねた。
だけど、ここで異変。
なんと、烈断で付けた傷も、斬り飛ばした首も、ヒュドラは己に刻まれたダメージをどんどん再生させていく!
そういうタイプか!
「ゼニスッ!!」
「パウロ! 戻りなさい!」
その間に師匠が魔力結晶の中に閉じ込められたゼニスさんのもとに辿り着き、魔力結晶を斬りつけ始めた。
でも、魔法大学とかで見かけたやつと違って滅茶苦茶硬いのか、師匠の斬撃ですら魔力結晶には傷一つ付かない。
ただ、右手の愛剣による攻撃は通ってないけど、左手に持った切れ味逆転の魔剣による斬撃は通ってる。
通ってはいるんだけど……魔力結晶は凄い速度で修復されて、とてもじゃないけど、あれだけでゼニスさんを引っ張り出せるとは思えなかった。
「くそっ!? なんでだよ!?」
「落ち着きなさい! 落ち着きなさいって言ってるでしょう!?」
「へぶっ!?」
一心不乱に魔力結晶を斬りつけていた師匠を、お婆ちゃんが盾でぶん殴って止め、胸ぐらを掴んで何やら説教し始めた。
その説教で何かしら師匠に響くものがあったのか、師匠は焦ったような顔のままだけど、魔力結晶への攻撃をやめて、私の隣に来て戦い始める。
だけど、再生していくヒュドラを見て、大きく顔を歪めた。
「チィ! エミリー! どうだ!? 押し切れそうか!?」
「できると、思うけど、時間、かかりそう」
多分、再生できないくらい細切れにすれば死ぬと思うんだけど、再生が予想以上に厄介。
斬って斬って斬り続けて、休まず攻め続ければそのうち押し切れるとは思う。
魔術が何故か通じないから魔術による援護は望めないけど、師匠と一緒に攻めれば、私が一人で戦うより遥かに時間は短縮できるはずだ。
ただ、今の余裕のない師匠に長時間の戦いをさせるとなるとミスが怖い。
ヒュドラのパワーは相当高い。
龍聖闘気もどきがある私なら多分直撃しても死にはしないけど、師匠の闘気だと一発直撃を貰えばそれで昇天だ。
できれば時間はかけたくない。
そんな都合の良い方法が……あるにはある。
こっちにもリスクはあるけど、長期戦をやるよりはマシか。
「師匠! 皆! 10秒、欲しい! 無防備の、私を、守りながら、10秒! できる!?」
「何か策があるんだな!? 任せろ!」
「10秒くらいなら守り切ってみせますわ!」
「10秒間の護衛か。元Sランク冒険者パーティーに出す依頼としては温いにもほどがあるのう!」
「わ、わたしも微力ながらお守りします!」
「魔術効かないから期待はしないでくれよ!」
ルーデウスだけ弱気だけど、それでも皆と同じくやる気にはなってくれてる。
これならいける!
私はゼロ距離から烈断を叩き込んでヒュドラを後退させ、その隙に師匠と一緒に皆のところへ下がった。
そして、奥の手の発動準備を始める。
「「「グルガァアアアアアアアアア!!!」」」
ヒュドラは私を一番の脅威だと判断したのか、他の皆には目もくれず、奥義発動のために動けなくなった私だけをロックオンした。
ヒュドラの九つの頭が、一斉に大きく息を吸い込む。
「ブレスが来ます! 俺の近くに! 『
「水よ集いて我が身を守れ! ━━『
ドラゴンの代名詞、獄炎のブレスをヒュドラが放つ。
九個も頭があるからか、その火力は青竜なんかとは比較にならなかった。
でも、ルーデウスとロキシーさんが作った滅茶苦茶分厚い水の壁に阻まれ、その炎は私達まで届かない。
どうやら、ヒュドラの魔術無効は自分がブレスを放ってる時には使えないらしい。
あるいは、使うと自分のブレスまで消しちゃうのか。
二人は迷わず防御に魔術を使ってたし、事前にあのヒュドラの情報を少しは持ってたのかもしれない。
「右手に、剣を」
それでも、ヒュドラのブレスの方が二人の魔術より強かった。
水の壁がどんどん蒸発していく。
でも、全部が蒸発する前にタルハンドさんの魔術が間に合った。
「汝の求める所に大いなる大地の加護あらん! 頑強なる盾となり、我が前にそびえ立て! ━━『
タイルの地面を突き破って出現した土の壁が、ルーデウスとロキシーさんの迎撃で威力の下がったヒュドラのブレスを完全に止めた。
土の壁はそれで役目を終えて崩壊したけど、むしろ視界が開けた分ラッキー。
もしかしたら、タルハンドさんがわざと壊したのかもしれない。
「左手に、剣を」
ここまでで約5秒。
ブレスを撃ち終えたヒュドラは、その巨体を使って突進してきた。
九本の首が伸ばされ、私に食らいつこうとする。
「ハァアアアアア!!」
「ぬぉおおおおお!!」
「おおおおおおお!!」
そのうちの一本をお婆ちゃんが盾を使っていなし、一本を鎧を着込んだタルハンドさんが身を呈して逸し、残りの七本を師匠が死力を尽くして受け流した。
ヒュドラが突撃に使った時間が3秒。
首を伸ばした一斉攻撃を師匠達に防がれる間に2秒。
合わせて10秒。
これにて準備は整った。
「両の、腕で、齎さん。有りと有る、命を、失わせ、一意の、死を、齎さん」
私は自分から突撃してきたせいで、目と鼻の先まで近づいていたヒュドラのひときわ大きな真ん中の頭に向かってジャンプする。
剣を大上段に振り上げ、両の腕に限界まで力を込め、闘気を完璧に望む形にコントロールして、━━剣を振り下ろした。
これまでに二人が使っているのを見た、北神流の極北。
北神流最強の奥義を。
「不治瑕北神流奥義『破断』!!」
かつて、大英雄北神カールマン二世は、この技を使って最強の竜を討伐したと言われている。
個体としては全ての竜の中で最強とされる『王竜』。
その王竜達の王、『王竜王』カジャクトを。
竜の頂点すら葬った技。
そんな最強の技が、こんなところにいるただの野良ドラゴンを倒せないわけがない。
烈断よりも遥かに大きく強大な斬撃が、ヒュドラを真ん中の頭から縦に引き裂く。
血しぶきが舞い、ヒュドラの体が二つに分かたれた。
恐ろしいことに、ヒュドラの傷口はまだうごめいて再生を試みてるけど、例え本来ならその状態からでも復活できる再生力があったとしても、もうヒュドラが再生することはない。
何故なら、
「その太刀にて、負わされし疵、不治なり」
これは最強の竜を葬った一撃にして、不死身と呼ばれる再生力と生命力を持った『不死魔王』をも倒した一撃なのだから。
この技で負わされた傷は治らない。
闘気の微細なコントロールにより、特定の波長の闘気の波を攻撃に纏わせることでそうなる。
北神カールマン一世が、不死魔王を倒すために開発した技。
教えられて覚えるだけでも死ぬほど大変なのに、こんなものをゼロから編み出した北神一世は変態だと思ったよ。
そんな変態的なまでに凄い技によって、ヒュドラは再生できずに生命活動を完全に停止させた。
それに連動するように、ゼニスさんを閉じ込めていた魔力結晶が砕けて、ゼニスさんが解放される。
こうして、私達は転移の迷宮を攻略し、ゼニスさんを救い出した。
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45 帰ろう
「ゼニスッッ!!」
魔力結晶が砕けた瞬間に師匠がゼニスさんに駆け寄り、抱き起こした。
私達もすぐに師匠の腕に抱かれているゼニスさんの周りに駆け寄る。
ゼニスさんは、生きていた。
意識はないけど呼吸はしてる。
師匠が脈を確認すれば普通にある。
なんか変な魔力纏ってるように見えるけど、体に異変は見当たらない。
つまり、
「良かった! 本当に良かった! やったぞ! 皆生きて助けられたんだ!」
そう!
私達は大切な人を誰一人失うことなく、転移事件を乗り切ったのだ!
父、母、姉。
師匠、ゼニスさん、リーリャさん、ルーデウス、それから私はまだ確認できてないけどノルンちゃんとアイシャちゃん。
転移事件に巻き込まれた大切な人達皆生きてる!
他の被害者の人達には悪いけど、私達にとっての転移事件はこの瞬間、あの大災害に見舞われたにしては最高の結果で幕を閉じた。
他の皆が、ゼニスさんを抱きしめて涙を流す師匠の背中を嬉しそうに叩く。
私も叩いた。
ボキッて音がして焦ったけど、すぐに治癒魔術で治した。
覚えてて良かった治癒魔術。
何故かお婆ちゃんだけはちょっと難しそうな顔してるけど、とにかくハッピーエンドだ! ハッピーエンド!
さあ、帰ろう!
私達は喜色満面の笑みで帰路につく。
全員で父達待機組の皆に朗報を報せて、その後、師匠はリーリャさんと一緒に眠ってるゼニスさんの傍で待機。
ギースさんは目をお金のマークにしながら人を雇って、攻略し終えた迷宮の奥にある大量のマジックアイテムと、砕けた魔力結晶の欠片、それとヒュドラの素材を拾いにいった。
テンションの振り切れたギースさんに呆れた目を向けつつも、護衛としてタルハンドさんが同行。
何故かまだ難しい顔してるお婆ちゃんもそれに加わり、私もやることがないからついていく。
父達待機組の皆は帰路の相談だ。
ルーデウスはロキシーさんを伴ってそっちに加わった。
そんな二人を見て師匠がニヤついてたから、一応はルーデウスの義妹ってことになる私としては複雑な気持ちになったけど……全ての元凶になった身じゃ何も言えない。
まあ、師匠もゼニスさんとリーリャさんの二人を妻にしてるし、シャンドルも奥さんが二人いたらしいし、前世とは価値観が違う世界なんだから、案外すんなり問題解決するかもしれないけど。
「ひゃっほう! 堪んねぇ! 宝の山だぜぇ!」
「落ち着かんか、ギース」
色々と考えてる間に、私達は一度攻略したからか魔物がやけに減った迷宮をもう一回走破して、ヒュドラを倒した部屋の奥、大量のマジックアイテムが無造作に転がる場所に辿り着いた。
ヒュドラを倒した部屋では魔力結晶の欠片を全部拾い終えてるし、ヒュドラ自体の素材も剥ぎ取った。
これ全部売ったらいくらくらいになるんだろう?
そう思ってギースさんに聞いてみると、マジックアイテムの性能とか売り捌き方にもよるけど、少なくともアスラ金貨千枚は余裕で超えるだろうとのことだった。
アスラ金貨っていうのは、世界で一番信用されてる国であるアスラ王国が発行してる通貨の中で一番上のやつだ。
多分だけど、アスラ金貨一枚が日本円換算で10万円くらいだと思う。
それが千枚ってことは……1億円!?
全員で山分けしても、一人頭1千万円弱にはなるよ!?
しかも、
上手く売り捌けば、これだけで一生暮らせるかもしれない。
やばい。
ギースさんじゃないけどテンション上がってきた!
「ふぅ……」
……にも関わらず、私の隣にいる人はテンションが低い。
ずっと難しい顔してる人こと、お婆ちゃんだ。
ため息なんて吐いてる。
何か心配ごとでもあるのかな?
「お婆ちゃん、この前から、どうしたの?」
「……ちょっと気になることがあるだけですわ。杞憂で済めばいいのですけど」
え、何?
私が見落としてるだけで何か不安要素あるの?
そんなこと言われると、お金の山を前にしてもテンション上げられないじゃん。
お宝の山にダイブせんばかりのギースさんが羨ましい。
お婆ちゃんの嫌な予感が的中したのは、それから数日後のことだった。
私がお見舞いにきたタイミングで、ゼニスさんが目を覚ました。
それだけなら朗報だ。
朗報のはずだった。
だけど……
「ゼニス! わかるか? オレだ! パウロだ!」
「…………?」
師匠が呼びかけても、ゼニスさんは反応しなかった。
いや、かすかに首を傾げてるんだけど、それだけ。
それだけの仕草にしたって、夫を前にして首を傾げるのもおかしい。
「ゼニス?」
ゼニスさんはぼーっとした目で師匠を見ていた。
視線のピントが合ってない。
顔も完全なる無表情。
師匠が顔の前で手を振っても、ほっぺをむにーって引っ張ってみても、ごく自然な動作で胸を揉んでみても、全くの無反応。
せいぜい意味のない小さなうめき声を出すくらい。
何をしても、ゼニスさんが人間らしい反応を返すことはなかった。
ゼニスさんは、廃人となっていた。
その後、天国から地獄に突き落とされた師匠が、ショックのあまりゼニスさんのいる部屋に引きこもった。
しばらくそっとしておいた後に、リーリャさんがお見舞いに行ったけど、「もうちょっと、ゼニスと二人にしてくれ」って言われるだけだったって。
「お婆ちゃん、知ってたの?」
「……ゼニスと同じように、迷宮に囚われていた人のことを知っていただけですわ。
もしかしたら、同じ状況でも違う結果になるかもしれないと淡い希望は持っていましたが」
「そっか」
まあ、確率100%なんてこの世にないだろうし、少しでも希望があるなら、あんなに喜んでた師匠を不安にさせるようなことは言い出しづらかったよね。
「それに、パウロがあのタイミングで不安に苛まれたら、ルーデウスとロキシーのことも変に拗れていたかもしれませんし」
ああ、確かにその可能性もあるのか。
妻が廃人になっちゃった父親の前で、二人目の妻になるかもしれない人の話はしづらい。
その結果拗れて、ルーデウスとロキシーさんの心に消えない傷を残したら洒落にならないし。
「その、迷宮の人、どうなったの?」
「数年で自我は戻りましたが、記憶は戻りませんでした。
そして体に呪いをかかえ、呪子となってしまいましたわ。
もっとも、呪いは迷宮に囚われる以前からのものかもしれませんが」
呪子……。
そういえば、ゼニスさんの体から変な魔力が見えたような。
うわぁ、この上更に師匠に追い打ちがかかるかもしれないのか。
お婆ちゃんが師匠に言い淀むのもわかる。
「まあ、呪子は神子と本質的には同じ存在らしいですし、運が良ければゼニスは呪子ではなく神子となった可能性もありますわ。
あるいは、そもそも呪子となっていない可能性も少しは……」
「それはない。ゼニスさんから、お婆ちゃんに、似た魔力、見えた」
「……そうですの」
お婆ちゃんが深々とため息を吐いた。
こんなもの一人で抱え込んでたのか、この人は。
変なところで不器用な人だよ。
とりあえず、その日はお婆ちゃんが潰れるまで飲ませて色々忘れさせた。
次の日、私は師匠とゼニスさんのお見舞いに出向いた。
師匠がリーリャさんに言ったっていう「もうちょっと」の期限は過ぎたと思う。
それに、お婆ちゃんの話を聞いて、早いとこゼニスさんを魔眼出力強で診察するべきだと思った。
私は医者じゃないから、大したことはわからないだろうけど。
ちなみに、同じ呪子ってことで、お婆ちゃんに了承を取った上で比較対象として色々見せてもらった。
結果わかったのは、お婆ちゃんの呪いの中心はお腹というか、子宮ということ。
お婆ちゃんの呪いは「定期的に男と交尾しないと死ぬ呪い」だそうだ。
より正確に言えば「定期的に男の精を受け入れ、子宮にある呪いの魔力を変質させて排泄しないと、魔力が飽和して死ぬ呪い」。
オルステッドといい、呪子はトラウマ不可避の人ばっかりなんだろうか。
そりゃ、そんな呪い持ってたらビッチにもなろうというものだよ。
だけど、今は魔法大学で出会ったという旦那さんが開発した呪いを抑える魔道具のおかげで、かなり呪いが軽減されてるらしい。
確かに、お婆ちゃんの履いてたオムツみたいなものから放出される魔力が、呪いの魔力の働きをある程度阻害してた。
感じとしては、ヒュドラが出してた魔力を無効化する謎魔力に近い感じだ。
こんなもの作るとか、凄い人がいたもんだなぁ。
なんにせよ、その人に頼れば、ゼニスさんが最悪の事態に陥ることはないかもしれない。
「師匠、入るよ」
「……エミリーか」
それを予防線にして、私は師匠とゼニスさんのお見舞いにきた。
師匠はやつれてたけど、意外と落ち着いてる。
一番辛い時期は過ぎたのかな?
いや、油断はすまい。
ひとまず、私は魔眼の出力を強にしてゼニスさんを見た。
「……わかっちゃいるんだ。ゼニスが生きてるだけでも奇跡だって」
そうして私がゼニスさんを見てる中、ふと師匠が話し始めた。
「フィットア領捜索団で、オレは家族を失った奴らを嫌ってほど見てきた。
そいつらに比べればオレは遥かにマシだ。
わかっちゃいるんだが……感情が追いつかねぇ」
師匠は涙をポロポロとこぼしながら胸のうちを、弱音を私に吐いた。
私に気の利いた返しはできない。
私にできるのはせいぜい……客観的に見た結果を伝えることくらいだ。
「師匠、ゼニスさん、怒ってる」
「…………へ?」
「あるいは、嘆いてる? 慰めようと、してる? とにかく、ゼニスさん、何か、言ってる」
「わ、わかるのかエミリー!?」
「わかる。ゼニスさんの、肺と、喉に、魔力、流れてる」
私の魔眼はシャンドルの教えにより、出力調整とピント調整をすることで、相手の体の中だけをより詳細に見ることもできる。
それによって今、ゼニスさんの肺と喉に魔力を、闘気に至れていない微弱な魔力が流れてるのを感知した。
これは何か言葉を出してる時の反応だ。
この闘気もどきは、多分鍛えれば闘気になる闘気のもとみたいな魔力。
当然闘気と同じで、力を込めようとすればその箇所に移動する。
まあ、ゼニスさんの場合、まともに力が入ってないからか微弱すぎて、魔眼出力最大の状態で、かつゼニスさんだけに注視してないと見えないけど。
でも、確かに魔力は流れた。
そして、ゼニスさんの呪いの中心は頭だ。
もしかしたら、呪いの魔力で脳が機能不全にでも陥ってて、それで声とかが上手く出せないのかもしれない。
あるいは単純にそういう呪いなのか。
さすがに、そこまでは私じゃわからない。
この場で師匠に追い討ちをかける気もないから、ここで言うつもりもない。
後でルーデウスかお婆ちゃんあたりに話して、そっちで何とかしてもらうつもりだ。
ただ、
「喉の、魔力、意味のない、声じゃない。弱いけど、言葉と、同じ、意味のある、魔力の、流れ」
「ゼニス……」
師匠が唐突にゼニスさんの胸を揉んだ。
何故に今?
あ。
「腕、魔力、流れた。っていうか、動いてる」
ゆるゆると、凄く緩慢な動作だけど、ゼニスさんの右腕が動いていた。
そのまま腕は振り抜かれて、ペチンという弱々しいビンタが師匠の頬に炸裂する。
数日経って、少しは体が動くようになったのかもしれない。
なんにしても、ゼニスさんは
「ゼニス!」
師匠がゼニスさんを強く抱きしめる。
ゼニスさんものろのろと腕を動かして、ゆっくりと時間をかけて師匠の背中に腕を回した。
どこまでわかってやってるのかはわからない。
お婆ちゃんの言う通り、記憶は全損してるのかもしれない。
でも、師匠にはそれでも充分だったんだと思う。
もちろん納得もしてないし、満足もしてないし、必死で治療法を探すだろうけど、少なくともこの瞬間、前を向くには今ので充分すぎた。
「師匠、帰ろう」
「ああ……! そうだな、帰ろう……! 皆で……!」
ハッキリとした意思を感じる声でそう言って、師匠はしばらくゼニスさんを抱きしめながら泣き続けた。
これ以上、二人の時間に踏み込むのは野暮だと思った私は、師匠をゼニスさんに任せて部屋を出る。
最後に見た時、ゼニスさんが、ほんの僅かに微笑んでいたような気がした。
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46 帰還
師匠が前向きになり、全員で改めて帰還の算段が話し合われた。
まず、師匠の一家と私の一家は、ルーデウスと姉が家を買って定住しようとしてるらしいシャリーアを帰る場所として定めた。
ロキシーさんもシャリーアについてくる。
理由は言わずもがなだ。
他の人達だけど、ギースさんとタルハンドさんはアスラ王国に向かうらしい。
あそこに高ランク冒険者の仕事はないんだけど、ギースさん曰く、今回迷宮攻略で得たお金でしばらく遊んで暮らすんだって。
タルハンドさんは豪遊しようとまでは考えてなさそうだけど。
捜索団時代から師匠達を支えてくれたヴェラさんとシェラさんも、アスラ王国に向かうっていうか、帰るそうだ。
捜索団時代の仲間のところに戻って、フィットア領の復興を手伝うって言ってた。
なんというか、頭が下がる。
でも、そうしてアスラ王国を目指す人達も、一旦シャリーアに寄ることになった。
私達が抜けた状態でベガリット大陸を抜けるのは難しいし、何より帰還方法として提案された、ルーデウスとお婆ちゃんがベガリットまで凄まじい速度で移動した方法(極秘につき詮索禁止)を使うと、どうしてもシャリーアの近くに出ちゃうらしい。
ベガリット大陸を進んで北方大地のシャリーアに出るってどういうこと?
転移魔法陣か何か?
まあ、とにかく。
どうせシャリーアの近くに寄るなら、少しくらいゆっくりしてけってことになった。
あんまり体を動かせないゼニスさんを運ぶために、ギースさんの提案でベガリットの砂漠を歩けるアルマジロみたいな魔獣を購入して、その子に馬車(アルマジロ車?)を引かせて、全員で帰路につく。
一ヶ月くらいでラパンからバザールって街に到着し、そこで色々とお土産を買ってから、何故かどこの街に通じてるわけでもない砂漠へ向けて行進した。
遭難した時のことを思い出して大丈夫かと不安になったけど、先導役のお婆ちゃんが迷いなく進んでるから信じるしかない。
やがて、吹き荒ぶ砂嵐をルーデウスの魔術でかき消しながら進んで、やたら強い魔物達(ファランクスアントやヒュドラに比べれば雑魚だけど)が生息する地帯を抜け、ここからは極秘事項ってことで目隠しをつけられた。
「その龍はただ信念にのみ生きる。
広壮たる
二番目に死んだ龍。
最も儚き瞳を持つ、緑銀鱗の龍将。
聖龍帝シラードの名を借り、その結界を今うち破らん」
目隠しをされた状態の中、ルーデウスがそんな詠唱をしてるのが聞こえた。
何かの魔術、いや合言葉とか長距離移動装置のパスワードとかかな?
その後はどこかの階段を降りて、転移魔法陣に乗った時みたいな独特の感覚に襲われ、次の瞬間には周囲の温度が急激に下がった。
砂漠の熱気から北国の冷気ってくらいの落差だ。
ま、まさか!?
まだ目隠しをしたまま、今度は階段を登り、少し歩いてからようやく目隠しを外す許可を得て外せば、そこはもう雪の降り積もる森の中だった。
北方大地のどこかの森だ。
そこそこの時間をこの地で過ごしたからわかる。
ホントに一瞬で移動したよ。
「繰り返しになりますが、秘密の移動手段なので、何か察しても口外しないでくださいね?」
ルーデウスにそう言われた以上、何も言えないんだけどね。
気にはなるけど、まあいいや。
そして、そこから腰の高さまで積もってる雪をルーデウスがラッセル車のごとくかき分けながら、二週間くらいをかけてシャリーアに帰還。
まず真っ先に事の顛末を姉やノルンちゃん、アイシャちゃんに伝えるべく、ルーデウスが買ったという家に向かった。
ルーデウス邸は、なんというか、デカかった。
ロアの街にあった領主の館ほどじゃないけど、あれが城みたいなスケールだっただけで、この家も充分に館とか屋敷とかって呼んでいいレベルの大きさだ。
よくこんな家買えたな。
どこにそんなお金あったんだろう?
あ、そういえば転移事件から師匠達がどうしてたのかは聞いたけど、ルーデウスがどう過ごしてたのかについては聞いてないや。
一応義兄ってことになるし、後で聞いとこう。
そんなルーデウス邸の玄関を主人自らがノック。
すると、中からパタパタと元気な足音が聞こえてきた。
「はいは〜い! あ! お兄ちゃん! お帰り!」
「ただいま、アイシャ」
出てきたのは、メイド服を着た笑顔が眩しい茶髪の少女。
最後に見た時から随分と成長してるけど、師匠とリーリャさんの娘、アイシャちゃんだ。
私より6歳年下だから、今は9歳か10歳くらいだろうけど、私の外見年齢が幼いせいでそこまで変わらないように見える。
既に垣間見える格差社会の象徴によって、その差が更に縮まって見えるのも大問題だ。
ぐぎぎ。
「アイシャー! お父さんも帰ってきたぞー!」
「わーおかえりお父さん」
師匠がアイシャちゃんを高い高いするみたいに勢いよく抱っこしたけど、なんかルーデウス相手の時とテンションが違う。
どことなく棒読みだ。
アイシャちゃんはお父さん子じゃなくて、お兄ちゃん子なのかもしれない。
「アイシャ」
「お母さん!」
リーリャさんが呼びかけた瞬間、一瞬でアイシャちゃんが師匠のホールドを外して、リーリャさんのところに駆け寄った。
師匠がしょぼんとしてるけど、仕方あるまい。
アイシャちゃんは転移事件の時、リーリャさんと一緒に飛ばされたみたいだし、ずっと一緒にいたお母さんは特別なんでしょ。
と思ったら、アイシャちゃんは急にハッとしたようにキリッと顔を引き締めてリーリャさんを見た。
リーリャさんも嬉しそうだった顔を引っ込めて、仕事人みたいな顔でアイシャちゃんを見る。
「久しぶりですね。ルーデウス様にご迷惑をかけず、きちんと働けていますか?」
「はい。でき得る限りの努力をしています」
「よろしい。ルーデウス様とは血が繋がっているとはいえ、あなたにとって命の恩人でもあります。以後、気を抜かずに、これからも侍女としての本分を全うなさい」
「はい!」
アイシャちゃんが「サーイエッサー!」とばかりの顔で答え、リーリャさんが満足そうに頬を緩める。
その後、アイシャちゃんは「奥様を呼んでまいります」と言って、しずしずとしながらもできる限りの早足で家の奥に引っ込み、玄関から見えなくなった直後に「シルフィ姉ー! お兄ちゃん達帰ってきたよー!」という元気な声が聞こえてきた。
それを聞いてリーリャさんがため息を吐いてる。
「ルーデウス様のメイドとしてはしたない……」
まあまあ。
きっと、皆揃って帰ってきてくれたことが嬉しくて気が抜けたんだよ。
それでも、リーリャさんは教育ママだったから、色々言いたいことあるんだろうなぁ。
なんか師匠の浮気で家庭崩壊しかけた時にルーデウスに助けられたとかで、「娘をルーデウス様に仕える立派なメイドにする!」とかよく言ってたし。
ちなみに、ルーデウスの妹であるはずのアイシャちゃんがメイド服を着てても、奴の性癖である可能性を疑わなかった理由がこれだ。
やがて、アイシャちゃんに連れられて、姉が玄関にやってきた。
「ルディ、お帰り」
「ただいま、シルフィ」
凄い嬉しそうに出迎える姉と、そんな姉を優しく抱擁するルーデウス。
そして、そんな姉のお腹はぽっこりと膨らんでいた。
これ見れば、二人がもう夫婦なんだと充分すぎるくらいに伝わってくる。
だからこそ、これからの展開を思えば心苦しいんだけど……。
と、そこで姉がルーデウスの後ろにいた両親に目を向けた。
「お父さん、お母さん、久しぶり。無事で、本当に無事で良かった……!」
「シルフィ!」
「あなたも無事で良かったわ……! しばらく見ないうちに、こんなに大きくなって……!」
ようやく再会できた親子三人、全員が涙ぐみながら抱き合う。
事前に全員の無事をこの目で確かめてた私は後方師匠面で良かった良かったって頷いてたんだけど、姉に手招きされたから、おずおずと家族の輪の中に入って一緒に抱きしめられた。
「エミリーもお帰り。ずっと連絡がないから心配したよ」
「ごめん。色々あって、遭難してた」
「そ、そうなんだ……」
そうなんだよ。
姉はそんな私に苦笑してから、師匠達の方を向く。
「パウロさんとゼニスさんもお久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな、シルフィ」
「…………」
「あの、ゼニスさん?」
ゼニスさんの様子がおかしいことに姉が気づいた。
困ったような顔で私達を見る。
「母さんの話は、ノルンが帰ってきてからするよ」
「……わかった」
ルーデウスの言葉で、姉は一旦詮索をやめた。
その後、アイシャちゃんが魔法大学に入学したっていうノルンちゃんを呼びにいき、私達一行は姉夫婦によるおもてなしを受けた。
姉は身重なんだからってことでリーリャさんと母が手伝いを申し出て、私も一緒に手伝おうとしたけど、コップとかお皿とかを落としまくってたら、姉に笑顔で戦力外通告を受けた。
ぐぬぬ。
アスラ王国で低ランク冒険者やってた頃に少しは慣れたと思ったのに。
ただ、この家の食器類がやたら頑丈で、落とした程度じゃ壊れなかったのは幸いだ。
なんでも、ルーデウスの土魔術製らしい。
家計に優しい魔術覚えてやがる。
「お父さん! お母さん!」
「ノルン!」
そんなことしてるうちに、私と同じ金髪美少女に成長したノルンちゃんが、アイシャちゃんに連れられて、息を切らしながらやってきた。
こっちはアイシャちゃんと違って、脇目も振らずに師匠の胸にダイブする。
お父さん子の娘がいて良かったね師匠。
「……さて。全員揃ったので、話をしよう」
そうして、ルーデウスによって、姉、ノルンちゃん、アイシャちゃんの三人にベガリットであったことの説明が始まった。
お婆ちゃんと一緒にシャリーアを出発し、ラパンに辿り着き、師匠達と私と合流して、ゼニスさんの情報を頼りに迷宮に潜り、罠に嵌って大ピンチに陥りつつも、誰も死なずに迷宮を攻略して最奥の魔力結晶に閉じ込められていたゼニスさんを救い出した。
けど、ゼニスさんは迷宮に囚われた後遺症で
ルーデウス視点で簡潔に告げられ、私達がいくつか補足して伝えた事実。
それを聞いて……
「そう、ですか……。でも、お母さん、完全に何にもわからなくなったわけじゃないんですよね?」
「ああ。胸を揉んだら引っ叩かれた」
「それは聞きたくなかったけど……。でも、どんな状態でも、帰ってきてくれて良かった……! 皆、生きて、帰ってきてくれて、良かっ……!」
そこまでなんとか言葉にした後、ノルンちゃんが泣き崩れてしまった。
師匠がオロオロとしながら、そんなノルンちゃんを慰める。
補足は終わったし、これ以上家族水入らずを邪魔するのは無粋だと思ったのか、他の皆は目配せし合って、比較的落ち着いてる姉に細かい話とかは後日するって伝えて、今日のところは退散していった。
グレイラット家以外で残ってるのは、彼らの家族になるかもしれないロキシーさんと、姉側の親族として父と母と私とお婆ちゃんだけだ。
やらかした責任として、私は姉に土下座しながら事情の説明をするつもりである。
修羅場が待ってるだろうけど、なんとか円満に収まってほしい。
その後、ロキシーさんは正式にグレイラット家の一員として迎え入れられた。
一夫一婦の掟がある宗教、ミリス教の教徒であるノルンちゃんが盛大に反発したけど、師匠が取りなした結果、流れ弾を食らってメンタルをズタズタにされたりしつつも、当の姉がロキシーさんを受け入れたことで解決した。
私の立場としては複雜としか言えない心境だけど、あの一家に幸多からんことを心から祈るよ。
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47 帰還のその後
私達がシャリーアに帰還してから数日。
私達は盛大にお疲れ様会的な宴会を開いた。
存分に飲んで、騒いで、笑った。
ギースさん、タルハンドさん、シェラさん、ヴェラさんは、冬が明けたらアスラ王国に向けて旅立つんだし、その前に楽しい思い出を残せて良かった。
師匠はゼニスさん、リーリャさんと一緒に、しばらくはルーデウス邸に住むことにしたらしい。
ただ、息子一家のところにいつまでも厄介になって夜のあれを邪魔するつもりはないみたいで、近いうちに家を建てて、ゼニスさんとリーリャさん、それから師匠を特に慕ってるノルンちゃんと一緒に、そっちに引っ越すつもりらしいよ。
といっても、その建てようとしてる家がルーデウス邸の敷地内に増設する離れみたいな感じになる予定だから、事実上の二世帯住宅だと思うけど。
父と母は、迷宮攻略の報酬でルーデウス邸の近所に小さな家を買った。
私と姉という、王女様の二大臣下の両親ということで、不動産屋がかなりゴマすってきてお安くしてくれたらしい。
これからは私も基本的にそっちに帰ることになる。
お婆ちゃんは愛しの旦那様のところへ帰還。
会えなかった寂しさを埋めるかのように、最近は朝から晩まで愛し合ってる。
その旦那さん、クリフさんっていう人を紹介してもらったけど、印象としては尊大な自信家って感じだ。
ただ、私と同じく身長が低いことにシンパシーを感じたのと、お婆ちゃんとの関係が、完全に強気な男の子と綺麗なお姉さんによるおねショタだったから、嫌な感じは一切しない。
末永く爆発してどうぞ。
ちなみに、師匠と父は無職になるつもりなんてサラサラないので、近いうちに魔法大学の警備員として雇ってもらうために面接に行くらしい。
私のコネも姉のコネも、なんか最近学校でぶいぶい言わせてるらしいルーデウスのコネもあるし、まず間違いなく雇用されると思う。
魔法大学と言えば、ロキシーさんも近いうちに、こっちは教師として雇ってもらうつもりなんだって。
ロキシーさんって魔法大学の卒業生だし、今では世界的に見ても希少な王級魔術師だし、落ちる要素を探す方が大変なくらいだ。
確実に採用されるでしょ。
そんな感じで、皆の今後の予定が決まっていく中、私はひとまず魔法大学に復学した。
いくら特別生とはいえ、何年もサボタージュしてたんだから、とっくの昔に退学になってるもんだと思ってたんだけど、どうも今の私は殆ど広告塔みたいな扱いらしい。
帰還の報告をしに行った時に、アリエル様達にそう聞いた。
私が魔法大学を出てから冒険者として獲得した『妖精剣姫』の名声と北帝という称号は、ただ在学してくれてるだけでも、ウチの学校にはこんな奴まで通ってたんだぞー! っていう箔付けになるらしいよ。
最近まで『不死身の魔王』バーディガーディって人すら在学してたって話だし。
その人はふらっといなくなったまま帰ってきてないそうだけど。
「そういえば、シャンドル様が戻ってきた時、お財布を渡し忘れたと言っていましたが、路銀無しで大丈夫でしたか?」
「色々あって、遭難、しました」
「そ、そうなんですね……」
そうなんですよ。
帰還報告した時にアリエル様とはそんな会話もして、「でしたら、辛い遭難生活を忘れられるように体で慰めてあげましょうか?」と久しぶりのセクハラを食らいつつ、丁重にお断りして、その場を去った。
次に帰還の報告をしにいったのは、最後に会った時、魔法大学に入学するつもりだって言ってた七星さんのところだ。
何かあったらアリエル様を頼れって七星さんには言ってたし、そのアリエル様なら居場所知ってるかなって思って尋ねてみたら、今は特別生のサイレント・セブンスターって名前で、専用の研究室にいるんだって。
サイレント・セブンスター……ああ、七星静香の英語読みか。
なんでそんな名前名乗ってるのか不明だけど、まあ、日本人の名前じゃ悪目立ちするかもしれないって思えば、そこまで不思議でもないのかな?
離れてる間に、なんか生徒全員が高校の制服みたいなお揃いの服を着るようになった魔法大学の廊下を歩いて、七星さんの研究室に向かう。
途中、私のことを知ってる世代の上級生から視線を感じたけど、その人達はなんか変な話題で盛り上がってた。
「妖精剣姫だ! かつての学園最強が帰ってきた!」
「番長とどっちが強いんだろう?」
「さすがに番長じゃないか? あんなちっちゃい子じゃ最強集団『六魔練』にも勝てないだろ」
「バッカお前! あの人はあんなちっちゃな体で、百人の舎弟を引き連れたリニア様とプルセナ様をボッコボコにしたことあるんだぞ!」
そして、なんとも気になる話題が聞こえてきた。
どうも今の魔法大学は『番長』とその配下である『六魔練』なる存在がトップにいるらしい。
六魔練には例の不死身の魔王も名を連ねており、番長はそれを打ち破ったんだとか。
へぇ、いいねぇ。
そのうち手合わせでも申し込みに行こうか?
まあ、それは先の話として、今は七星さんだ。
アリエル様に言われただけだと道がわからなかったので、道行く生徒達に教えてもらいながら辿り着いた研究室。
こんにちはー、と挨拶しながらノックして中に入ってみると、そこには三人の人物がいた。
一人は眼鏡をかけたノッポな男の人。
お婆ちゃんやゼニスさんと似た魔力を体に纏わせてるけど、この感じはマジックアイテムを装備してる人達全員がそうなので、呪い持ちなのかマジックアイテム装備者なのかは詳細に見ない限りわからない。
もう一人は、何故かお婆ちゃんの旦那さんであるクリフさん。
何故にこんなところに?
そして、最後の一人が黒髪の日本人少女。
七星さんだった。
何年も経ってるのに全く姿が変わってないけど、それは前会った時に、異世界転移の影響なのか体が変なことになってて、成長もしないし、髪も爪も伸びないし、生理もこないって、不安そうな顔でぶっちゃけてきたから知ってる。
『剣崎さん!』
「わ」
私の姿を見た瞬間、七星さんが飼い主が帰ってきた時の愛犬みたいに飛びついてきた。
思いっ切り抱きつかれて、凄い勢いの日本語で話しかけられる。
顔面に格差社会の象徴が押しつけられるけど、七星さんはせいぜい並くらいなので、そこまで嫉妬の念にかられることはない。
『何年も連絡がないから心配したじゃない! どこで何してたのよ!?』
『ごめんごめん。ちょっと色々ミスって、ベガリット大陸で遭難しちゃってね』
『遭難!? 大丈夫だったの!?』
『大丈夫大丈夫。今の私って遭難生活に耐えうるくらいには強いから』
怒りと心配の混じった感じの七星さんを、どうどうと宥める。
他の二人が突然知らない言語で喋り出した私達を変な目で見てるから、私は七星さんを促してそっちに意識を向けさせた。
『それより、そっちの二人とか紹介してほしいな。まあ、一人は知ってるんだけど。それと、ここ最近の七星さんの話も聞かせてほしい』
『……うん。わかった』
そうして、七星さんはまず二人を紹介してくれた。
ノッポの男の人はザノバさん。
シーローン王国ってところの王子様で、魔法大学に留学中らしい。
アリエル様と同じだね。
ただ、祖国の規模はアリエル様の方が遥かに上だけど。
あと、このザノバさんは『怪力の神子』らしい。
神子、つまり便利な方の呪いを持ってる人ってことだ。
この人から感じた変な魔力はマジックアイテムではなく、この人自身の呪いの魔力だったみたい。
もう一人は普通に会ったことあるけど、お婆ちゃんの旦那さんであるクリフさん。
冗談でクリフお爺ちゃんって呼んでみたら、複雜そうな顔しながらも受け入れられちゃったよ。
どうやらこの人、思った以上に真面目みたい。
でも、やっぱりお爺ちゃん呼びはやめとこう。
私と同い年かちょっと下くらいだろうし。
この二人はどっちも特別生で、最近は七星さんの研究の手伝いをしてくれてるんだって。
ちなみに、二人ともルーデウスの友人でもあった。
クリフさんはお婆ちゃんと自分を引き合わせてくれた仲人がルーデウスで、ザノバさんはルーデウスが人形作りの師匠だって言ってた。
人形?
で、そのルーデウス自身も七星さんには大分協力してるんだってさ。
ルーデウスの魔力総量は滅茶苦茶多いみたいで、その魔力を使って色々と研究を進めてるんだとか。
他にも色々と手を貸してもらってるらしい。
ほうほう。なるほどなるほど。
ルーデウスには後でお礼を言っとこう。
浮気野郎だけど、それとこれとは別だ。
『それと、剣崎さんに一回会ってほしい人がいるの。できれば私達以外誰もいない場所で』
『ん? あ、もしかして日本関係?』
『そうよ。まあ、相手の方に断られるかもしれないけど』
私達以外にも日本出身者っていたのね。
そういうことなら会おう。
私も自分が転生者だって事実はあんまり吹聴したくないけど、同郷の人には会ってみたい。
『会うならできれば2〜3ヶ月以内がいいんだけど、大丈夫そう?』
『え? 多分大丈夫だと思うけど、なんで?』
『そのくらいしたら姉の出産も終わりそうだし、それを見届けたらまた旅に出ようと思ってるんだよ。ゼニスさん、ああ、ルーデウスのお母さんね。その人のこととアリエル様関係以外の大きな問題が大体片づいたから、今度は私が行きたいところに』
本当は魔眼を使ったゼニスさんの呪い解析担当として残るつもりだったんだけど、そんなのずっとやってもらわなくても自分達でどうにかするって師匠には言われたし、その師匠や両親や姉からも「充分助けてもらったんだから、いい加減自分の好きなことしていい」とまで言ってもらったんだから、その心遣いを無駄にはできない。
皆の言う通り、存分にヒャッハー! させてもらうつもりだ。
もちろん、出発までの数ヶ月でできることは全部やってからね。
『え!? 行っちゃうの……?』
七星さんが庇護欲を誘う悲しそうな目で見てくる。
そ、それはズルいよ!
悪いことしてる気分になるじゃん!
『だ、大丈夫だよ! 旅っていっても近場だから! 手紙くれれば飛んでいける距離だから!』
『そ、そうよね。剣崎さんにも自分の生活があるものね。私のことは気にしなくていいわ。今はルーデウス達だっているもの』
『そんな悲しそうな目で言わないでほしいなぁ! わかったから! 半年はこっちにいるから!』
七星さんの潤んだ瞳に屈した私は、滞在期間を当初の2〜3倍に引き伸ばした。
仕方ない。
その間は師匠と
今の師匠は聖級の上澄みくらい強いし、もうちょっと頑張って王級になってくれれば、修行相手としては申し分ないはずだ。
そこまで行ってルーデウスあたりと共闘されたら、下手すれば私の方が負けるよ。
さすが我が師匠。
『それと、できれば剣崎さんじゃなくてエミリーって呼んでほしいな。前の名前も
『わかったわ。じゃあ、私のことも静香って呼んでちょうだい』
『了解、静香。これからよろしく』
『ええ、こちらこそよろしく、エミリー』
七星さん改め、静香とお互いを呼び捨てにする感じの関係を構築。
その後、私はダメ元で静香の研究を手伝えないかと思って話を聞き、専門用語の嵐に打たれて頭をショートした。
ならばと魔力眼を使って、静香が開発してる異世界転移魔法陣の解析をしようとしてみたけど、他の転移魔法陣とかなり違うってことくらいしかわからなかった。
やっぱり研究の役には立てそうにない。
無念。
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48 平和な日常の一幕
「お父さん! 兄さん! 頑張れぇ!」
「うぉおおおおおお!!!」
「ああああああああ!!!」
シャリーアに戻ってからしばらく。
姉の出産も終わり、私は現在、魔法大学にある本来なら魔術の試合のための会場で、現在この学校を支配している『番長』と、その番長の配下である『六魔練』、否『新六魔練』のメンバーとの決闘を繰り広げていた。
ギャラリーはとんでもない数がいて、確実に授業をサボって見学にきてる奴どころか、番長と対を成す生徒会長一派、青髪の新任教師を含めた複数人の教員、果てはカツラを被った風王級魔術師(校長)という大物達まで足を止めて見入っている。
戦況は私が優勢だ。
既に新六魔練のメンバーは一人を残して全滅。
怪力の神子は気絶させられ、天才魔術師はデコピンされた額を押さえて悶絶し、裏切り者の犬猫はパンツ丸出しでひっくり返り、無詠唱使いの凄腕魔法剣士は会場を包む結界の外に優しく押し出された。
残るは番長と、不死身の魔王に代わって新しく六魔練に加入した新入りのみ。
その残った二人に声援を送るのは、ファンクラブまであるという学園のアイドルだ。
彼女の声には特殊な魔力でも宿ってるのか、それを聞いた二人の戦闘力が目に見えて上昇する。
マジレスすると気合い注入されただけである。
「どりゃあああああ!!!」
新入りの剣士が雄叫びを上げながら凄まじい攻勢に出る。
素晴らしい動きだ。
攻撃、防御、立ち回り、どれを取っても達人の域にある。
お世辞抜きにそこらの聖級剣士より強いだろう。
訓練用の木剣によって放たれるその素晴らしい斬撃の嵐を私は受け流し、カウンターを決めようとするも、それは剣士の後ろから放たれた魔術によって妨害された。
「そいやぁああああ!!!」
番長の放つ必殺の魔術『
本来であればただの中級魔術であるはずのそれも、学園最強の魔術師が使えば、不死身の魔王を一撃で粉砕するほどの攻撃に早変わりする。
それを水神流の技で受け流すも、カウンターは剣士の攻撃によって封じられた。
剣士へのカウンターを番長が封じ、番長へのカウンターを剣士が封じる。
実に息の合った連携。見事なり。
だが、私には及ばぬ!
「剣神流『韋駄天』!」
「ぐはぁ!?」
「お父さん!?」
私はあえて一歩後ろにバックステップした後、全力で走りながら剣を振るう剣神流の技により、急加速した腹部への一閃で剣士を沈めた。
学園アイドルが悲鳴を上げる。
そんな外野を無視して、私は最後に残った番長へと一直線に向かって間合いを詰めた。
「ひぇ!?」
番長は情けない声を上げながら岩砲弾を連打したけど、その全てを水神流奥義『流』にて受け流す。
水神流の基礎にして奥義の名を冠する技。
極めれば受け流せぬ攻撃無しと言われる技を、私はそれなりに高レベルで使いこなしていると自負している。
そんな殺意の無い魔術で打ち破れると思うな!
「『光の太刀』!」
「ほげぇ!?」
やがて、間合いがゼロになったところで、並みの相手には防御も回避もできない神速の一閃を放ち、番長こと学園最強の男を沈める。
ふっ、短い天下だったな番長よ。
魔法大学最強の称号は返してもらおう。
私は今回使っていた訓練用の木剣を天に掲げ、堂々たる勝ち名乗りを上げた。
「我が名は、北帝、『妖精剣姫』エミリー。学園を、支配する、番長と、その一味。この私が、討ち取ったり!」
「「「うぉおおおおおおお!!!」」」
大歓声が上がる。
悪逆非道の番長の魔の手から学園を解放した私に万雷の拍手が送られる。
そんな光景を見て、研究室から出てきてた静香が一言。
「何やってんのよ」
……まあ、静香の言葉が全てだった。
なんのことはない。
これは悪の番長と正義の剣士による学園の覇権を賭けた戦いではなく、ただの身内同士による茶番である。
私が密かに立ち会いを楽しみにしていた番長と六魔練。
その正体は、全員知り合いであった。
番長の正体はルーデウスだったし、怪力の神子はザノバさんだし、天才魔術師はクリフさんだし、裏切り者の犬猫はリニアとプルセナだし、無詠唱使いの凄腕魔法剣士は言わずもがな姉である。
新入りの剣士は、無事警備員に就職した師匠だ。
師匠は最近入ったから無実として、他の皆は何やってんの?
番長なんて名乗って楽しかったの?
って聞いたら、ルーデウスはぶんぶんと首を横に振りながら、全部誰かが勝手に言い出して噂が一人歩きしただけだって供述した。
まあでも面白そうな集まりではあったから、全員纏めてかかってこいや! って感じで渋るルーデウスを引きずってきて、練習場で模擬戦形式の修行をやり始めたんだけど、
なんかいつの間にかギャラリーが集まってきて、いつの間にか世紀の決戦みたいな雰囲気になってて。
生徒会長一派ことアリエル様達も止めてくれないし、学園のアイドルことノルンちゃんが声援を飛ばしたせいなのか、会場が更にヒートアップ。
最終的に、もうどうにでもなれって気持ちで、全員がその場の雰囲気に身を任せた。
結果、妖精剣姫の名声が魔法大学の中で復活することになったのだった。
「くっそ、やっぱ強ぇな、エミリー。さすがは北帝だぜ」
「ありがとう。師匠も、強く、なってた。何年か、すれば、王級に、なれるかも」
「お! マジか!」
最近の師匠は私から教わって光の太刀を習得したので、前にギレーヌが言ってた基準に従えば、もう剣聖だ。
加えて、他の流派の技も磨きがかかってる。
現時点でも王級に手が届くか届かないかってくらいのところまできてるから、あと数年あればマジで王級狙えると思う。
まあ、仮に王級クラスになれたとしても、私は剣神流では聖級、水神流では上級までの認可しか貰ってないから、北神流以外の王級の認可はあげられないんだけどね。
階級の認可を与えられるのは、それ以上の階級を持ってる者だけって感じみたいだから。
「さすがは姉御ニャ! 一生ついていくのニャ!」
「王の帰還なの!」
「裏切り者に、用は、ないよ?」
「そんニャ!?」
「チャンスが! チャンスが欲しいの!」
ルーデウスに尻尾振っておいて、今更私の方に戻ってきた調子のいい犬猫はすげなくふっておいた。
こいつら私がいなくなった後、鬼のいぬ間になんとやらで、案の定アリエル様に舐めた態度とって姉に叩き潰されたみたいだしね。
その後、屈服させられて溜まった鬱憤を晴らすために、弱いものイジメでザノバさんの宝物とやらに手を出して、それの贈り主だったらしいルーデウスの逆鱗に触れ、心を折られたって話だ。
折られた割には随分元気に尻尾振ってきてるけど。
他の面々に関しては、頭を打ったルーデウスが姉に膝枕され、デコピンされたクリフさんがお婆ちゃんに慰められ。
やたら頑丈だったせいで、まさか死にかねないような攻撃をするわけにもいかず、水魔術で窒息という割とエグい手段で倒しちゃったザノバさんには、護衛の女の人と、ちっちゃい女の子が駆け寄って必死に看病してた。
護衛さんはジンジャーさんって名前で、王子様なザノバさんの唯一の護衛。
あのちっちゃい女の子はザノバさんの小間使いみたいなことしてるジュリちゃんって子らしい。
名目上は奴隷だけど、実態はルーデウスの人形作りの弟子なんだとか。
だから人形って何?
いや、凄い熱意で説明されたから知ってはいるんだけど、ディープなオタクのトークそのものって感じの凄い勢いで喋られたから、今いち頭に残ってないんだよね。
「お疲れ様です、エミリー。相変わらずお強いですね」
「ありがとう、ございます。アリエル様」
解散しようとするギャラリーの目に留まるタイミングで、アリエル様が声をかけてきた。
アリエル様に敬語を使う私にギャラリーがざわめき、学園最強に返り咲いた私を従えてる(ように見える)アリエル様の評価が天元突破してるのが目に見えるようだ。
相変わらずだね、この人。
「そんなあなたをベッドの上で滅茶苦茶にしてみたいのですが」
「お断り、します」
「あら残念」
後半の言葉は周囲に聞こえないように私の耳元で言ってたけど、この人はもう完全に私へのセクハラを楽しんでる。
声をかけた時点で目的達成したから、後は遊んでいいってことかな?
この人が王様候補とか、アスラ王国大丈夫?
「なんか……凄かったわね」
「オルステッドに、比べれば、大したこと、ないよ?」
「いや、それはそうなんだけど……」
最後に、ギャラリーが解散したところで声をかけてきたのは静香だ。
あのオルステッドと一緒に旅してた静香には物足りない戦いかと思ったけど、割とそうでもないみたい。
若干だけど、楽しそう?
「オルステッドの戦いって、基本的にどんな奴でも一撃で倒しちゃうだけだったもの。しかも血なまぐさいし。
でも、今のは王道のファンタジーって感じで、映画のアクションシーンとか見てるみたいで、ちょっと楽しかったわ」
「それは、良かった。静香も、剣術の、良さに、目覚めた」
「いや、そこまでは言ってないから」
「何故」
静香とそんな他愛もない話をする。
別に日本語じゃないんだけど、それでも静香は楽しそうだ。
研究の方では役に立てない。
でも、こういうことが少しでも役に立ってるなら嬉しい。
「あ、そうだ。例の件だけど、向こうがもうちょっと時間が欲しいって言ってるわ。覚悟決めるのに難儀してるみたい」
「ん。気持ちは、わかる。私も、あんまり、知られたく、ないし」
「やっぱり、そういうもの?」
『……だって、自分のお腹から赤の他人が産まれてくるとか怖いじゃん。私は今の両親も凄い大切だから、気持ち悪がられるのも、気持ち悪がらせるのも嫌だよ、私は』
同郷以外誰に聞かれてもいいように、大事な部分は日本語で話した。
静香はそんな私を見て、ちょっと申し訳なさそうな顔になる。
「そっか……。そうよね。ごめん、余計なこと言ったわ」
「別に、謝る、必要は、ない。悪いと、思ってるなら、今度、ナナホシ焼き、奢って」
「ええ。それくらいお安い御用よ」
そうして静香にご飯を奢らせる約束してから、私は次の授業へ、静香は研究室へと戻った。
最近の私が受けてる授業は上級治癒だ。
中級解毒も学び直そうか迷ったけど、中級以上の解毒魔術は特定の強力な毒をピンポイントで治すやつで、何個も何個も種類があるから断念した。
それに龍聖闘気もどきが本格的に形になってきた今、毒に対する耐性も上がってるってことに気づいたしね。
本来は中級解毒以上じゃないと治せない毒も、龍聖闘気もどきによって軽減すれば初級解毒で治せる。
ここに龍聖闘気もどきのメイン機能であるスーパー防御力に、上級治癒まで組み合わさったら、早々のことじゃ私は死ななくなると思う。
死ななければもっともっと剣の高みを目指せるし、家族や静香を悲しませることも無くなる。
とっても良いことだ。
ちなみに、今日の授業の成果はほぼゼロである。
詠唱を噛みまくって、同じ授業受けてる生徒達からほっこりとした目で見られただけ。
上級になってくると、詠唱も長くなってくるから嫌なんだよね。
一回成功すれば後は無詠唱で再現できると思うし、まあ、気長にやるしかないか。
授業が終わったら、ゼニスさんの呪い解析のために、お婆ちゃんの旦那さんであるクリフさんの研究室へ。
アポ無しで来たら大抵がエッチの真っ最中で気まずいことになるから、アポイントメントは大事。
いくらお婆ちゃんがエッチ大好きでも、さすがに孫に見られたいとまでは思わないみたいだからね。
そこでクリフさん監修、そして師匠やルーデウス立ち会いのもと、ゼニスさんの呪い解析と、比較対象兼こっちも何とかしたいお婆ちゃんの呪いの解析を行う。
クリフさんが色んな魔道具を使って、その結果二人の体に生じた魔力の変化を私が観測するのだ。
自分で言うのもなんだけど、私は魔力眼を使いこなせてる方だと思うから、研究が捗って助かるってクリフさんに感謝された。
ただ、ゼニスさんの呪いに関しては、下手に手を出すと何故かゼニスさんが混乱したみたいな様子になるし、今のところ体に異常が出てるようにも見えないから、明確な症状が出るまでは経過観察って感じになった。
私が旅に出る半年後までに明確な変化が無かったら、大きな悪影響は及ぼさないタイプの呪いか、あるいは神子っていう結論に落ち着くだろうってクリフさんは言ってる。
もしそうなればひと安心かな。
それが終われば下校の時間。
大半の生徒は学生寮に戻るけど、私やルーデウスみたいに家がある人は家に帰る。
「お疲れ、エミリー」
「父、待った?」
「いや、今勤務時間が終わったところだよ」
学校時間の終わり。
偶然なのか学校側の配慮なのか知らないけど、勤務時間の終わりが下校時刻に被ってる父と一緒に、私は母の待つ家に帰る。
姉はお嫁に行っちゃったけど、それを除けばブエナ村にいた頃と同じ幸せがようやく戻ってきて、私は幸せだ。
……私が転生者だってことを明かして、この幸せを壊したいとは思わない。
勝手だと思うけど、剣術一筋で人だってバンバン殺す不良娘のワガママだと思ってほしい。
知らぬが仏とも言うしね。
こんな名言を残してくれてる分、仏様はヒトガミ様よりよっぽど信じられるよ。
そんなことを思いながら、私は父と共に家路についた。
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49 異世界人集結
この世界に生まれ出でし我が姪であるルーシーもすくすくと育ち、初孫に浮かれる師匠や父と一緒にデレデレになって、生後数ヶ月の時点で訓練用の木剣に触れさせようとして姉に笑顔でチョップされたりしつつ、シャリーアに帰還してから半年が過ぎた。
お婆ちゃんがクリフさんと正式に結婚式をあげ、それを盛大にお祝いしたりもした。
皆、生活がかなり安定してきたし、そろそろ旅に出てもいいかなと思う今日この頃。
そんな時に、遂に静香から例の件の打診があった。
『覚悟が固まったって。今日の放課後に私の研究室で集合ってことになったけど、それで大丈夫?』
『わかった。問題ないよ』
ということで、授業を完全にそれ一本に絞ったおかげで、本日ようやく習得して、教師どころか生徒達にまで思いっきり頭を撫でられて祝福されまくった上級治癒魔術の授業を終え、静香の研究室で同郷を待った。
というか、一応私は番長を倒した学園最強のはずなのに、同じ授業受けてた他の人達の私への接し方が、完全に子供に対するそれだ。
ルーデウスは恐れられてたっていうのに何故……!?
そんなことを考えてる間に、そのルーデウスが扉をノックしてから研究室に入ってきた。
ルーデウスも静香の研究手伝ってるって話だし、そっち関連の用事かな?
と思ったら、ルーデウスは静香になんか目配せして、静香はそんなルーデウスに対して頷いた。
むむ?
『まさかとは思ったけど、やっぱりもう一人の転生者ってエミリーだったのか』
『日本語……ああ、なるほど。そういうことか』
唐突に日本語で話し始めたルーデウスを見て、私は全てを察する。
静香が私に会わせようとしてた日本関係の人物とは、ルーデウスのことだったのだ。
普段から会ってんじゃんとも思うけど、やっぱりお互いに正体を明かした状態で向き合うっていうのは全然違う。
『なるほどねぇ。昔からの年齢不相応のエロい視線といい、魔術教えてもらった時に話してた科学知識の数々といい、師匠が自信無くすくらい大人びてたって証言といい、合点がいったよ。ルーデウスも転生者だったんだね』
『エロって……。ルーデウス、あなた昔から……』
『待って! 色々覚悟してきたけど、予想外の方向から殴らないで!?』
まずは軽い世間話のように、ルーデウスの過去のあれこれを日本語で話して盛り上がる私達。
ルーデウスは悲鳴を上げた。
『というか、そこまで変なら普通気づかない? 科学知識とか確実に転生者特有のものでしょ』
『当時この世界の教育レベルなんてわかんなかったからねぇ。ロキシーさんの教育がいいのかと思ってた』
『それでも成長したら気づきなさいよ……』
『完全に頭からすっぽ抜けてました』
『……まあ、エミリーだしね』
静香が諦めたようにため息を吐いた。
誠に遺憾だけど、私がポンコツであることは認めよう。
『な、仲良いな』
『まあ、元クラスメートだしね』
『そうなのか。っていうか、エミリー、いつもとキャラ違くなくないか? いつもの片言ロリエルフはどこいった?』
『あれは異世界語の発音が上手くできないからああなってるんだよ。こっちが素の私』
『衝撃の事実すぎる……』
『ギャップ萌え……』とか聞こえてきた。
無視した。
『あ、そういえば、まさかとは思ったとか言ってたけど、なんで私が転生者だって気づいたの?』
『クリフとザノバから、エミリーとナナホシが全然知らない言葉で会話してたって聞いたんだよ。
エミリーは人間語以外話せないはずだし、話せたとしてもわざわざナナホシと他の言語で会話する理由なんて日本語くらいしか思いつかなかったからな』
『あー、あれは迂闊だったかぁ』
『うっ、ごめんね。私が日本語で話しかけたから……』
『いやいや、あれは連絡入れずに不安にさせた私も悪いって』
落ち込み始めた静香を宥める。
『百合……』とか聞こえてきた。
無視した。
『というか、こうしてみても、やっぱりエミリーが転生者ってのは信じられないな。だって……』
『転生者にしては、あまりにポンコツだとでも?』
『それもあるけど、元日本人にしては剣術が上手すぎるだろ。命のやり取りとかも普通に慣れてるし』
『私は元々剣道の選手だったからね。これでも学生最強剣士とか呼ばれてたから。命のやり取りに関しては、転移事件で紛争地帯に飛ばされれば誰だって覚悟決めるよ。あそこは地獄だった』
『……今、サラッとポンコツをスルーしたわね』
静香、そこは聞かなかったふりしてくれると嬉しい。
『学生最強剣士……。じゃあ、昔感じてた劣等感は完全に的外れか』
『悔しいって気持ちは大事だと思うけどね』
『まさかエミリーから、そんなそれっぽい言葉が飛び出してくるとは思わなかったな』
『何おう!?』
そんな軽快なトークで場が温まってきたところで……いよいよ、ルーデウスが結構踏み込んだ話をしてきた。
『それで……俺が転生者だって知って、どう思った?』
『納得したって感じかな』
『ほ、他には? 中身おっさんみたいな奴がシルフィと結婚してるんだし、ふ、二股までしたんだぞ?』
『うーん、まあ、思うところが無いって言えば嘘になるけど、私だって転生者であることを明かす気はないし、特に両親には絶対バレたくないし、お互い隠してることを無いこととして考えたら、特に言うことはないかな』
ルーデウスは驚いた顔をした。
正体明かす覚悟決めるのに半年もかかったことといい、もっと色々言われると思ってたっぽい。
『私は転生者だけど、まがい物でもあの二人の娘のつもりだし、シルの妹のつもりだし、あの人達の家族として人生を全うするつもりだよ。それくらい愛情を注いでくれたからね。
ルーデウスだって多分同じでしょ?
だったら前世日本人の誰かとしてじゃなくて、ルーデウス・グレイラットとして好きに生きればいいと思うよ』
前世の価値観に照らし合わせず、ルーデウス・グレイラットというこの世界の人間の常識で考えれば、ルーデウスのやったことは別に何も咎められるようなことじゃない。
姉とは同い年だし、甲斐性のある男が複数の妻を持つのは割とよくある話らしいし。
それでも浮気くらいは咎めてもいいかもしれないけど、前から言ってるように元凶が私だから何も言えない。
『ルーデウスとして生きるか……。そうだな。そうするよ』
ルーデウスも私の言葉で納得したのか、それ以上この話を蒸し返すことはなかった。
その後は、これまでどうにも機会が無くて聞けなかった、転移事件の後のルーデウスの話を聞いた。
魔大陸に飛ばされて、そこを捜索してたロキシーさん達とすれ違ってミリシオンで師匠達と再会したとは聞いてたけど、なんと魔大陸にはお嬢様と一緒に飛ばされてたらしい。
転移初日に助けてくれた子供好きで正義感の強いスペルド族とかいう魔族の人が、フィットア領に帰ろうとする二人を護衛してくれたみたいで、それからは三人で魔大陸を走破。
魔大陸からミリスに渡って師匠達と合流し、中央大陸でリーリャさんとアイシャちゃんを見つけて、フィットア領に帰還。
だけど、そこには何もなくて、ルーデウスは詳細を語りたがらなかったけどお嬢様とも別れて、スペルド族の人とも私がシャンドルと別れたみたいにもう一人前だと言われて別れて。
一人になったルーデウスは、まだ見つかってなかったゼニスさんを探すために北方大地へ移動。
そこでゼニスさんの方から見つけてもらうために、Aランク冒険者『泥沼』のルーデウス・グレイラットという名前を売り込んで有名になろうとしたらしい。
そうしたら、有名になった影響が思わぬところで出て、魔法大学から推薦状が来た。
あとで判明したことだけど、その推薦状は姉の耳にルーデウスの情報が入ったことで、アリエル様が姉のためと有望な人材のスカウトの両方の目的で学園に打診して出させたものだったんだってさ。
その頃にはゼニスさん発見の報告を伝えにきたお婆ちゃんと合流してたので、ゼニスさんを探す必要もなくなり、お婆ちゃんの勧めもあって魔法大学に入学。
特別生として迎え入れられ、旅の途中に縁があったザノバさんと再会し、お婆ちゃんに惚れたクリフさんの仲人をして友達になり、懲りずになんかやってた犬猫にわからせてやったら懐かれ、何故か襲来してきた不死身の魔王ともよくわからないうちに交流が始まり、静香とも知り合って研究に力を貸すようになった。
そして、髪の色が変わってたのと、サングラスで顔を隠してたせいで、再会の時「はじめまして」と言われ、もしかしたら自分のことなんて忘れられてるんじゃないかと怖くなって、なかなか正体を明かせなかった姉とのジレジレな展開に1年弱。
ようやくくっついて結婚して、家を買って、そこに師匠達がベガリットに向かうためにルーデウスのところに送ったノルンちゃんとアイシャちゃんが到着して。
色々あって妹達とも仲良くやれるようになったところで、ギースさんからの緊急事態発生の手紙が届く。
それで師匠達を助けるためにベガリットに飛んで、そこからは私も知ってる通りだ。
『はぁ〜。ルーデウスも色々あったんだね』
『そりゃ、そっちと同じだけの時間が流れてるからな』
そうして話をしてるうちに結構いい時間になってたので、その日はもう解散した。
後日、ルーデウスは師匠と話す時間が増えたように見えた。
私の言ったことに影響受けたのかは知らないけど、転生者とはいえ師匠の息子として、改めて父親と向き合うことにしたんなら良いことなんじゃないかな。
この時、私達は全員が致命的なミスをおかしてることに気づかなかった。
私のミスは、静香とルーデウスがどうやって知り合ったのかを深く聞かなかったこと。
他に気になる話題が山ほどあったからスルーしてしまった。
いや、もしも思い至ってたとしても、ナナホシ焼きとかあるし、そういうのを目印にルーデウスから接触したんだろうなくらいにしか思わなかっただろうけど。
静香のミスは、私にその話をしなかったことだ。
今回の静香は私とルーデウスを引き合わせて、お互いが転生者であることを知っててもらおうと思っただけだから、私とルーデウスの会話にはあんまり口を挟まなかった。
そして、ルーデウスのミスは、フィットア領に帰るまでの道中で、静香と共にいたオルステッドに殺されかけたことを言わなかったこと。
掘り返したくない記憶だったのはわかる。
私もオルステッドの恐ろしさは知ってるし、人殺しを忌避してたりと元日本人としては真っ当で、本質的に戦いに向いてないルーデウスがあの化け物に殺されかければ、そりゃトラウマにもなるだろう。
少なくとも、積極的に話題に出したい存在ではなかったはずだ。
でも、言ってくれてたら、あんなことには……。
結局、私はこの数日後に意気揚々と新天地に向けて旅立ったので、私達が自分達のミスに気づく機会は失われてしまった。
ヒトガミ「勝った! これは勝った! 一生分の運を使い果たしたかもしれないけど構わない! 僕の勝ちだ! ざまぁみろぉぉおおお!」
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50 剣の聖地
皆に挨拶してからシャリーアを旅立ち、途中でラピ○タみたいな空飛ぶ巨大な城を見かけたりしつつ、私は北方大地の果て、中央大陸の最西端へと向かった。
そこにあるのは、私が昔から滅茶苦茶心惹かれていた場所だ。
そう!
剣の聖地である!
長かった……。
この場所の存在を知り、憧れを抱いてから10年以上の時が過ぎた。
寄れそうなくらい近くまで来たこともあった。
でも、来れなかった。
それどころじゃない事態が立て続けに起こってたからだ。
しかーし!
今はそんなことはない!
ゼニスさんの呪いも大きな害の無いタイプか神子だろうって結論に落ち着き、残ってる大きな問題はアリエル様の政争のみ!
そっちはまだ時間がかかるらしいし、最悪何かしらのトラブルで前倒しになったりとか、はたまたシャリーアで何か緊急事態が起きたとしても、手紙を貰ってから動いて普通に間に合うくらいの余裕がある。
シャリーアから剣の聖地までの距離は、急げば一ヶ月くらい。
初めて行く場所ってことで多少迷ったけど、それでも二ヶ月はかかってない。
もう大体の場所(めっちゃアバウトな基準だけど)は覚えたし、全力疾走すれば二週間くらいで。
北神流『花火』を使って、障害物を無視した空中ダッシュをすれば、更に半分の一週間でシャリーアに戻れると思う。
つまり、シャリーアの誰かが私に向かって手紙を出せば、手紙が出された時点から数えて一ヶ月強で戻れるのだ。
要するに、もはや憂いは何もない!
さあ、待っているがいい聖地に集う剣士達よ!
今、手合わせに行きます!
そうしてテンションを爆上げしながら、私は一見すると雪に覆われたただの田舎村にしか見えない剣の聖地の中へと踏み入った。
そのまま村の中心にある大きな道場を目指して……
「へ?」
「お?」
そこで最初に遭遇したのは変なおじさんであった。
変なおじさんとしか言えないくらいには変な格好をした人だった。
虹色の上着に膝までの下履き。
腰には剣を4本差し、頬には孔雀の刺青。
髪型はパラボラアンテナみたいな奇抜なスタイルで、体からは多分香水のものと思われる柑橘系の臭いが漂ってくる。
変なおじさんだ。
変なおじさんとしか言いようがない。
だけど、見た目に反して纏う闘気の質は凄い。
龍聖闘気もどきの技術を除けば、私と同レベルだ。
それによって目の前の人の第一印象は、変なおじさんから凄腕の剣士へと一瞬にして変換された。
「むむ! 幼い見た目に反してその物腰。中々の強者とお見受けする。
「あ、ご丁寧に、どうも。私は……」
「オーベール。何やってんのよ。早く来なさい」
凄腕剣士のオーベールさんが同門だと知ってちょっと嬉しくなってた私達の会話に、一人の剣士が不躾に割り込んできた。
格差社会の権化を胸に実らせた、ボン・キュッ・ボンの赤髪の剣士だ。
纏う闘気の質も、オーベールさんには及ばないけど結構凄い。
具体的に言うと師匠より凄い。
王級下位くらいの強さはありそう。
さすが、剣の聖地。
こんな人がポンっと出てくるなんて。
あれ?
でも、この人どこかで見たような……
「ッ!? あんたは!?」
赤髪剣士は私の存在を認識した瞬間、訓練用と思われる木刀を構えて襲いかかってきた。
獣のような殺気。
それを感じて私はこの人のことを思い出す。
「あ、お嬢様だ」
そう。
彼女はかつてロアの街でルーデウスが家庭教師をしていたボレアス家のお嬢様であった。
転移事件で魔大陸に飛ばされて、フィットア領までルーデウスと一緒に戻ってきた後に別れたって聞いてたけど、今は剣の聖地にいたんだね。
しばらく見ない間に随分と強くなってる。
そして、体の方も剣術と同じくらい育ってるというか、実ってるというか……。
それこそ、一瞬この人がお嬢様だって気づかなかったくらいに。ぐぎぎ。
そんなことを思いながら、お嬢様が放った光の太刀を水神流の技で受け流した。
「お久しぶり、です。元気、でしたか?」
「ガァアアアアアアアアアア!!!」
「……元気、みたい、ですね」
「あがっ!?」
とっても元気に私を殺さんばかりの勢いで攻撃してくるお嬢様を、私は水神流による受け流しとカウンターによって沈めた。
昔より凄い速くなってたし、こっちのペースを崩してくる独特のリズムも健在。
更に北神流を思わせる常道から外れた動きに、殺気を向けるタイミングでこっちの動きを誘導しようとしてくる謎の技術まで使ってきて強かったけど、それでも1対1なら水神流だけでどうにかなるレベル。
というか、あまりにも殺気という名の攻撃意志が強すぎて、狙いにさえ気づいちゃえば水神流のいいカモだ。
相性問題だね。
剣の腹をお嬢様のお腹に向かって叩き込み、それによってお嬢様は目の前の道場の扉を突き破りながら吹っ飛んでいった。
あ、やば。
後で弁償しないと。
こんなことで迷宮貯金が減るとは、相変わらずポンコツだな私……。
「おお、お見事! あの狂犬をこうも簡単に! それに今のは水神流の技。水王か水帝の方ですかな?」
「いえ、私は……」
「おう、なんだなんだ? 面白ぇことになってんじゃねぇか」
またしても私の自己紹介が遮られた。
遮ったのは、道場の奥から出てきた壮年の男性剣士だ。
道場の破壊に関しては全面的に私が悪いので、道場の奥から出てきたこの人にはまず謝罪するのが筋なんだけど……その人の放つ凄いプレッシャーが、私に謝罪よりも先に構えを取らせた。
「いきなりエリスが吹っ飛んでくるから道場破りが来たとは思ったが、予想以上に面白ぇ客だな。ちっこいナリしてるが、相当強ぇだろお前?」
そう言って、きらびやかな鍔を持つ、一目で業物とわかる剣を居合に構える壮年剣士。
その身に纏う闘気の質も、その物腰の隙の無さも、明らかに私以上だ。
シャンドルと同格のレベル。
闘気だけで比べるならシャンドルが勝るけど、実際に戦えばどっちが勝つかわからないくらいには強そう。
「俺様が『剣神』ガル・ファリオンだ。興が乗った。挑戦受けてやるぜ道場破り。かかってきな」
「…………」
どうしよう。
私は道場破りに来たんじゃなくて、ここの人達と切磋琢磨するために来たんだけど、こんなノリノリなの見ちゃうと、ちょっと言い出しづらい。
オーベールさんも息を呑んで観戦モードに入ってるし、これで断ったら空気読めない人みたいじゃん。
それに正直、私もこの人を前にして武者震いが止まらないしね。
『剣神』ガル・ファリオン。
七大列強第六位。
序列の上では七位の『北神』であるシャンドルやアレクよりも上の強者であり、現在最強の剣術流派と呼ばれている剣神流の頂点。
つまり、私の目指す世界最強の剣士。
オルステッドという更なる高みを知っちゃった今では最終目標じゃなくなっちゃったけど、それでも、こんな達人との試合を避けて何が剣士か。
道場破りうんぬんは後で訂正すればいい。
今は私も純粋に、この戦いに心躍らせてもらうことにしよう。
「私は、北帝、『妖精剣姫』エミリー。参る」
「来い!」
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51 VS『剣神』
私とガルさんとの戦いは、まず静寂から始まった。
私からは攻めない。
一目見ただけで、この人相手に先手は取れないと直感したからだ。
私の最速の技は剣神流奥義『光の太刀』。
そして、その分野では間違いなく本家本元の頂点であるガルさんが勝ってる。
光の太刀の打ち合いになれば、オルステッドと戦った時みたいに速度で負けてやられる。
故に、私が狙うのは北神流の技で惑わし、受け流せる位置に来た初太刀を水神流の技で返すこと。
曲りなりにもオルステッドの光の太刀を受け流した戦法だ。
あの時は返す余裕なんて一切なかったけど、今ならやれる! 多分!
そして、ガルさんは私の狙いに気づいてるからこそ迂闊に動けない。
今だって、完全に静寂に包まれてるのは見せかけだけで、私は超細かい幻惑歩法によってほんの僅かに動き続け、何重にもフェイントを入れてるのだ。
そんなことしてるうちに、魔法大学での番長戦の時みたくギャラリーが集まってきた。
大量の聖級剣士レベルの人達に加え、お嬢様と、そのお嬢様と同格くらいに見える女の人が二人。
その三人よりちょっと劣ってそうな男の子が一人。
更に元々いたオーベールさんに、そのオーベールさんと互角くらいに見える、恐らくは剣帝と思われる人が二人。
果ては、ガルさんと同格に見えるお婆さんまでいるよ。
あ、ギレーヌまでいるじゃん。
剣の聖地のパワーインフレが凄い。
「ふっ!」
私がそっちに気を取られた一瞬の隙に、ガルさんが動いた。
光の太刀による神速の居合い斬り。
かかった!
今の隙も見せかけだけのフェイントだ!
北神流『誘剣』!
偽りの隙を見せて相手を誘う技!
いくら私がポンコツでも、こんな達人を前に、こんなわかりやすい隙を晒すか!
「ハッ!」
一瞬で間合いを詰めて放ってきた最高峰の光の太刀を、水神流奥義『流』で受け流す!
よっし、完璧!
このままカウンターを……
「甘ぇ!」
「ッ!?」
ガルさんは速攻で振り抜いた剣を引き戻し、二の太刀に連続の光の太刀を放ってきた。
私がカウンターに移るよりも、ガルさんが振り切った剣を引き戻す方が早い!
ガルさんが更に攻勢に出る。
恐ろしいことに、放つ剣撃の全てが光の太刀だ。
一撃一撃の間に僅かな予備動作は挟まってるけど、それでも滅茶苦茶速い!
速すぎる!
速すぎて受け流しが徐々に間に合わなくなり、立ち回りにも綻びが生じ始める。
私は初めてギレーヌと戦った時のことを思い出した。
あの時はギレーヌが手加減してたこともあって、駆け引きや立ち回りでは意表を突いて善戦できたけど、最終的には単純な剣速の差で押し切られて、ねじ伏せられた。
ガルさんとの戦いはその時を彷彿とさせる。
駆け引きで優位に立とうとしても、カウンターで後の先を狙おうとしても、ガルさんは圧倒的な剣速に任せて先手先手を取り続け、ゴリ押しでこっちの迎撃態勢を崩しにくる。
攻めて攻めて攻めて、攻め続けた末に相手を倒す。
速さと攻撃力に特化した剣神流を体現するような戦い方。
これが『剣神』ガル・ファリオン……!
その称号に一切の偽りなし。
今の私じゃ、純粋な剣技だけじゃ絶対に勝てない。
悔しい。
とてつもなく悔しい。
なまじ斬り合いが成立するくらいまで強くなったおかげで、決して手の届かない遥か高みを見た時の憧れよりも、手が届きそうで届かない悔しさと歯がゆさの方を強く感じる。
だけど、絶対勝てないのは単純な剣技
私は北帝。
何でもありの北神流を主体とする剣士。
剣を愛し、剣の高みを目指してはいるけど、剣だけに
「そら!」
ガルさんの斬撃が私の剣を弾き飛ばす。
オルステッドにもやられたことだ。
その時、私はどうした?
答えは剣無しで向かっていっただ。
私は剣を上に弾かれた勢いを利用して、上体を後ろに倒しながら後方一回転。
その状態でサマーソルトキックに似た蹴りを放つ。
北神流格闘術『浮舟』!
「うおっと! 危ねぇ!」
しかし、ガルさんは北神流との戦闘経験なんていくらでもあるのか、軽く避けて見せた。
まあ、そうだろうね。
この程度の奇策、北帝じゃなくたって、北神流をかじってる人なら誰だってできる。
なんなら非戦闘員の母にだってできる。
そんな技が剣神に通じるわけがない。
だから、これはただの囮だ。
本命はこっち!
「『
「なっ!?」
無詠唱風魔術。
魔法大学ですら使い手が殆どいなかった技。
これにはさすがに意表を突かれたみたいで、サマーソルトキックに意識の向いていたガルさんは、ガードしつつもまともに食らって吹き飛んでいった。
だけど、ガルさんは吹き飛ばされながらも、しっかりと斬撃飛ばしを放って私の動きを牽制してくる。
体勢が崩れてるからか、さすがにこれは光の太刀じゃない。
せいぜい音速、無音の太刀。
それも距離が開いて威力の減衰した一撃。
これなら剣が無くても受け流せる。
私は龍聖闘気もどきによって防御力を格段に上げた腕を剣に見立てて、水神流奥義『流』を使った。
そして、連続の光の太刀ではなく、単発の無音の太刀相手なら、剣神相手でもカウンターが成立する。
水神流奥義『流』は、極めればあらゆる攻撃に対してカウンターを決められる技だ。
その中には当然、遠距離攻撃も含まれる。
それによって私の手刀から遠距離カウンターの斬撃飛ばしが放たれた。
「チッ!」
ガルさんはこれを剣で防いだ。
迎撃ではなく、防御をした。
剣神が、初めて守勢に回った。
その隙に、私は空から落ちてきた自分の剣をキャッチ。
そのまま上段の構えを取り、ガルさんが私のカウンターを食らってよろめいてる間に剣を振り抜く。
ガルさんには到底及ばないけど、私の出せる最高速度の『光の太刀』を。
最後は剣でケリをつける。
これが私の戦い方。
剣を愛し、剣の高みを目指すも、剣以外でその道のりを舗装することを厭わない。
私が憧れたのは剣そのものじゃない。
剣に憧れたのなら剣道で良かった。
でも、剣道じゃダメだった。
だって、私が憧れたのは剣じゃなくて、剣を使ってカッコ良く戦う画面の中の
ド派手に、華麗に、豪快に、自由に、アクロバティックに、ファンタスティックに。
そんな戦い方をする英雄達に憧れた。
彼らの中に交ざっていても違和感がないような『理想の私』になりたかった。
その理想を現実にしたのが私の剣。
これが私の剣術。
さあ、『剣神』ガル・ファリオン。
純粋剣技の覇者よ。
私が愛したこの剣に、純粋なる剣の道を極めたあなたは、どう向き合う?
その答えはシンプルだった。
シンプル過ぎるほどにシンプルだった。
ガルさんは一瞬で体勢を整え、私の攻撃を、私と同じ飛翔する光の太刀で迎撃する。
磨き上げた光の太刀で、剣神流の奥義で、どこまでも純粋な剣技で、私の前に立ち塞がる。
私達の光の太刀がぶつかり合う。
その、結果は……
「げふっ!?」
ガルさんの斬撃が私の斬撃を斬り裂き、そのまま直進して私自身をも吹っ飛ばした。
そのまま後ろの雪の中にダイブしてゴロゴロと無様に転がってから、ようやく停止。
ダメージこそ大したことないけど、どう見ても決着はついていた。
「負け、ました」
雪の中から這い出して、私は敗北を宣言する。
負けた。
悔しい。
大好きなことで一番になれないのは死ぬほど悔しい。
でも、
そんな簡単に超えられたら興ざめだ。
北神流もまだ帝級、剣神流は聖級、水神流は上級の認可しか持ってない。
こんな未熟な状態で超えられるほど世界最強の剣士の看板が軽かったら逆に絶望だよ。
大好きなことだからこそ、目指す頂きは心の底からカッコ良いと思えるような高みであってほしい。
そんな高みを目指すためにここまで来たんだ。
ここでの修行で、私は何段階も強くなるぞー!
「北神流に水神流、光の太刀に魔術、おまけに劣化オルステッドみてぇなやたら硬い闘気か……。へっ! 久しぶりに楽しかったぜ道場破り。おい! 誰かこいつの傷を治療してやれ!」
「必要、ないです。もう、治った」
私は無詠唱の治癒魔術で傷を治した。
私の斬撃とぶつかって威力が落ちた斬撃飛ばしで、龍聖闘気もどきに守られた肉体に大したダメージは入らないよ。
肉は斬られたけど骨は無傷。
当然、内臓にも斬撃は達しなかった。
そのくらいなら初級治癒でもすぐに治せる。
「なんだよ、まだまだ元気じゃねぇか。なんで降参なんかしやがった?」
「あのまま、攻められてたら、多分、死んでた。だから、降参した。まずは、ガルさんの、
そう言うと、ガルさんはポカンとした顔になって、次の瞬間には大笑いし始めた。
「ハァッハッハッハー!! 本気で面白ぇ奴だ! 気に入ったぜ! 足腰立たなくなるまでシゴいてやる!」
「待ちな、ガルの坊や。次はあたしの番だよ。久々に年寄りの血が疼いちまってねぇ」
「おいおい! 今楽しいとこなんだ! 邪魔すんじゃねぇよ婆さん!」
なんか、ガルさんがいきなり出てきたお婆さんと喧嘩し始めた。
口論はそのうち剣を抜いての斬り合いに発展し、二人は一進一退の攻防を繰り広げる。
ガルさんの方が強いけど、お婆さんも相当強い。
10回戦ったら3回はお婆さんが勝つと思う。
結局、その10回の中の3回をこの戦いで引き当てたお婆さんが、息を切らした状態で私の次の相手に名乗りを上げ、私はお婆さんにボッコボコにされた。
この人、水神流の達人だった。
というか水神流の頂点、当代『水神』レイダ・リィアさんだった。
まあ、そのくらいじゃないと剣神に勝てるわけないんだけど。
その後、私がどっちかと戦って負ける度に二人が戦って、次にどっちが私と戦うか決め、お互いに体力を削り合ってヘロヘロになった二人に私が勝ったりした。
だけど、二人が体力回復のために休んでる間にお嬢様が襲いかかってきて、お嬢様と一緒にいた女の人二人も挑んできて、三人に続こうとした男の子も挑んできて一撃KOされ。
更には、ギレーヌとかオーベールさんとか剣帝の二人も乱入してきて、挑戦者同士でのバトルも勃発。
勝って、負けて、全員どんどん疲れていって。
最終的には、体力が回復した神級コンビに全員揃ってボコボコにされ、神級同士の最終決戦をガルさんが制して終了した。
もう完全なるお祭り騒ぎだった。
神級の二人も私に興味があったという以上に、意地になってお互いに譲らなかった結果の剣術祭りだったような気がする。
他の人達は単純に乗っただけだろう。このビッグウェーブに。
剣の聖地にはノリの良い人が多い。
というか、私と同類の剣狂いが多い。
めっちゃ楽しかったです。
ちなみに、この日、七大列強の石碑に刻まれた六位の紋章が、短時間のうちに凄い勢いでコロコロと変わってたらしい。
後日、たまたまそれをリアルタイムで見てて何事かと思ってたというシャンドルに再会した時、真相を話したら呆れた顔で「七大列強の称号も随分軽くなったなぁ」と呟いてたのが印象的だった。
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52 聖地での女子会
「ああ、楽しい!」
「この! このッ!!」
「やっぱり強い……!」
「こんな子がいるなんて、世界は広いですね……!」
剣の聖地に来て二日目。
私は今、前世も含めて人生で一番充実した時間を過ごしていた。
あのお祭り騒ぎの後、私は道場破りに来たわけじゃなくて修行に来たんだとガルさんの誤解を解いたんだけど、
そうしたら、なんか正式に客人として迎え入れられて、初日にガルさんから『剣王』の認可を、レイダさんからは『水王』の認可を貰った。
もう既にそれくらいのレベルには到達してるというのが二人の見立てだ。
総合力では神級の一番下にギリギリ指が引っかかってるくらいだってさ。
大分成長できてて嬉しいけど、まだまだ上がいて登りがいがある。
でも、門下生の皆さん(特に剣聖の人達)からは「外様の子供に剣王の称号を与えるなんて……!」と反発が凄かったんだけど、ガルさんに「じゃあ、てめぇら剣神流だけ使ったこいつに勝てるのか? 束になっても無理だろ?」と一喝されて黙らされてた。
剣士の世界は強さこそ正義。
悔しかったら強くなれってことらしい。
まあ、当たり前のことだね。
とはいえ、認可を貰っても私が三大流派全てに浮気するほぼ我流の外様であることに変わりはないから門下生扱いはされない。
ガルさんは剣王以上になった門下生に『剣神七本剣』のどれか一つを与えるって決めてたみたいなんだけど、もちろん、それも貰えない。
あと、私が剣神や水神になる条件を満たしたとしても、ガルさんやレイダさんの跡を継いで次代剣神や次代水神を名乗ることもできない。
剣神や水神は流派を預かる長の称号だからね。
他の流派をガンガン使う上に、門下生を教えるつもりもない奴が名乗っていい称号じゃないと思う。
唯一、北神だけは色々と自由な感じがするからいけなくもなさそうな気がしてるけど、ぶっちゃけ貰えるとしてもいらないかな。
カッコ良い称号というか、異名なら『妖精剣姫』っていう気に入ってるのを既に持ってるから。
で、そうして客人として迎え入れられた後、初日は疲労困憊の体を引きずってギレーヌのところに泊まった。
久しぶりに会った知り合いだし、何よりギレーヌは師匠達の昔の仲間だ。
転移事件の顛末と今の師匠達、特にゼニスさんの現状を報せておきたかった。
この片言のせいで進みの遅い私の言葉をちゃんと最後まで聞いてくれたギレーヌは、ゼニスさんの現状を知って「そうか……」と悲しそうに言った。
そして、機会があれば一度シャリーアに行って、師匠とゼニスさん、それとお婆ちゃんに会ってくるとも言ってくれた。
また皆で仲良くやってほしい。
二日目。つまり今日。
私は朝からガルさんとレイダさんのところへ稽古の申し込みに行ったんだけど、ガルさんは昨日散々はしゃいだからしばらくはいいやと自由なことを言い出し、そもそも「再挑戦するなら、もっと強くなってから来やがれ」と言われ、レイダさんに至っては老体で無茶しすぎて体の節々が痛いとか言われた。
レイダさんの体は治癒魔術で治したけど、さすがに連日若者に付き合ってやるほどの気力も体力も無いだってさ。
ただ、代わりに二人は別の修行相手を紹介してくれた。
それが今戦ってる三人。
お嬢様こと『剣聖』エリス・グレイラット。
ガルさんの娘さんである『剣聖』ニナ・ファリオン。
レイダさんのお孫さんらしい『水王』イゾルテ・クルーエル。
この剣術三人娘だった。
この三人は、かなり強い。
水王のイゾルテさんは言うまでもなく、残りの二人もイゾルテさんと互角くらいだ。
なんで剣王になってないのかわかんないくらい、他の聖級とは一線を画してる。
つまり、全員が実質王級。
凄いよ剣の聖地!
ここまで質の高い稽古相手と気軽に戦えるなんて!
ここが楽園か!? そうだよ!!
ただまあ、
「よ」
「うぐっ!?」
私のフェイントに引っかかって背後を取られたイゾルテさんの頭に後ろから一発。
水神流はフェイントに弱いから引っかからないように徹底的に稽古を積むんだけど、それだって必死に守り続けてるところに何度も何度も虚実を織り交ぜて攻めていけば、いずれ限界が来て切り崩せる。
使ってるのは訓練用の木刀だけど、なんか剣の聖地の木刀は中に鉄でも入ってるのか重くて、当たるとかなり痛い。
タンコブくらいはできてるだろうし、何より実戦なら死んでるダメージなので、ここでイゾルテさんは脱落だ。
「くっ!?」
そして、水神流の技で盾役を一手に担ってたイゾルテさんが倒れれば、残る二人は裸同然。
ニナさんの光の太刀を同じ光の太刀で迎撃。
剣神流奥義『光返し』!
魔力眼に焼き付いたギレーヌの動きを反芻して鍛え続けてきた私は、実質ギレーヌの教えを長年受けてきたのと同じ!
剣神流王級の認可を貰ったのは伊達じゃないのだ!
光の太刀の打ち合いは、速度で勝る私の攻撃がニナさんの手首を砕く結果に終わった。
「ガァアアアアアア!!!」
そこに最後の一人が踊りかかる。
ニナさんより速いお嬢様だ。
私が光の太刀を放った直後、攻撃直後の隙を狙ってる。
ただ、私は常に隙を突いた光の太刀とかが飛んでこないような位置取りをし続けてた。
今だって同じだ。
そのまま光の太刀を放てばニナさんにも当たる。
だけど、お嬢様は全く躊躇しない。
ニナさんごと私を両断せんばかりの勢いで、剣を振り上げた。
「ちょ!? エリス!?」
「『
このままだとニナさんが可哀想なので、私はお嬢様の顔に向かって無詠唱の初級火魔術を放った。
攻撃用というより、サバイバルの時とかに、狩ったお肉を焼く用の魔術だ。
火力はあんまりない。
でも、そんなのでも顔に飛んできたら、避けるなり迎撃するなりしないといけない。
お嬢様が火の球を斬り裂く。
ニナさんを斬りそうだった攻撃をそっちに使った。
そして、私は火の球がお嬢様の視界を塞いだ一瞬の間にジャンプ。
お嬢様の視界から外れ、どこ行ったのかと一瞬困惑するお嬢様に向かって、上空から強襲した。
「北神流『滑り雪崩』」
「うぎゃっ!?」
なんか、昔もこの技でお嬢様を沈めたことがあるような気がする。
最後に、右手首を砕かれただけで、頑張ればまだ戦闘可能だったニナさんの首に木刀を突きつけて「まいった」と言わせ、三人娘との戦いは終了した。
強いと言っても、王級下位。
北帝として、そう簡単にはやられんよ。
やられたら、帝級の認可をくれたシャンドルの顔を潰しちゃうからね。
それでも決着までにそれなりの時間がかかった激闘、良い勝負だった。
その後、皆の傷を治してから何度も何度も戦ってるうちに三人の体力が切れ、それでも私への殺気が一切衰えなかったお嬢様は念入りに足腰立たなくした後、私達はさっきの戦いでの反省点や改善点、気づいたことなんかを話し合った。
お嬢様はぶっ倒れながら、むすっとした顔で黙り込んでたけど。
なんでも、ちょっと前からこういう話し合いをするようになったらしい。
私より少し前に剣の聖地に招かれたイゾルテさんが、初日にお嬢様を倒して、逆に相性差によってニナさんにやられて、そのニナさんはお嬢様に勝てなくて。
そんな奇妙な三竦みを面白がったガルさんが、三人をくっつけて修行させてたんだって。
で、終わった後はいつもこうしてたらしいので、今日は私もそれに参加させてもらったというわけだ。
でも、女三人寄ればかしましいと言うべきか。
話は段々さっきまでの戦いの話から、お互いの来歴とかを語り合うトークへと変わっていった。
「え!? エミリーって17歳なの!?」
「13歳くらいだと思ってました……」
「エルフってそういう感じなのね。でも良かったわ。さすがに13歳で北帝なんて言われたら自信無くすところだったけど、17歳で北帝なら別に…………いや、待って。やっぱりおかしいから!」
ニナさんが一人でノリツッコミみたいなことしてる。
面白い人だなぁ。
もうちょっとからかってみたくなる。
「ちなみに、北帝に、なったの、12歳の、頃」
「おかしい! やっぱりおかしいわよこの子! 12歳っていったら、ジノが最年少の剣聖になったって騒がれてた頃よ!? その頃に既に帝級ってどういうこと!?」
ニナさんが叫ぶ。
期待通りの良い反応だ。
一方、イゾルデさんの方は口に手を当てて何事か考え込んでいた。
「凄まじい成長速度ですね。何か秘訣とかあるんですか?」
「師匠に、めっちゃ、恵まれた」
「師匠ですか。どんな方だったんですか?」
それを聞かれて私は口元がニヤついた。
待ってました! って気分だ。
今まであんまり師匠自慢する機会がなかったからね。
主にこの片言のせいで! 片言のせいで!
「最初の、師匠は、パウロ・グレイラット。三大流派、全部使う、凄い人」
「ああ、それであなたは三大流派全てに造詣が深いんですね」
「エミリーの基礎を作り上げた人かぁ……いつか手合わせしてみたいなぁ」
イゾルテさんとニナさんが、まだ見ぬ師匠の姿を思い浮かべて称賛と畏怖をしてるみたいな顔になった。
ハッハッハ!
そうだよ!
ウチの師匠は凄いんだよ!
逆に、なんかお嬢様は苦々しい顔してたけど。
あれ?
お嬢様と師匠って面識あったっけ?
一応、領主様が師匠の親戚って話だったから、血縁関係はあるんだろうけど……。
まあ、今はいいや。
「次の、先生は、シャンドル・フォン・グランドール。北神流の、達人」
「聞いたことない名前ね。いや、それ言うならさっきのパウロって人もそうだけど」
「強いんですか?」
「強い。今でも、あんまり、勝てる気、しない」
「どんだけよ!?」
「多分、ガルさんと、互角か、ちょっと上?」
「どんだけよ!? それ絶対北神クラスじゃない!?」
お、ニナさん正解。
まあ、シャンドルは正体隠してたから言わないけど。
ガバガバの隠し方だったし、隠してる理由も多分しょうもないことだと思うけど、それでも先生の意を汲んであげる優しい弟子に感謝せよ。
「ふん! あんたの師匠が誰かなんて興味ないわ。それより体力戻ったんだから、次やるわよ」
そう言って立ち上がったのはお嬢様だ。
体力回復したって言ってるわりに、足腰が生まれたての子鹿みたいに震えてますけど?
「お嬢様……」
「その呼び方で呼ぶんじゃないわよ。私はもうボレアスの名前は捨ててるわ」
「そっか。じゃあ、エリスさん。なんで、そんなに、必死?」
頑張ることは良いことだけど、心身を壊しかねないオーバートレーニングはどうかと思う。
そこまでして私に勝ちたいか。
勝ちたいんだろうなぁ。
私だってアレクに負け続けた時とかめっちゃ悔しかったし。
人のことは言えない。
「決まってるでしょ。そうしないと『龍神』を斬れないからよ」
「へ?」
「私はオルステッドを斬るの。ルーデウスと一緒に」
え?
待って。
ちょっと待って。
予想外の答えが返ってきた。
どういうこと!?
理解が追いつかないよ!?
何がどうしてそうなったのか知らないけど、オルステッドに挑むってこと自体は、まあいい。
私だって、いつかは超えたいと思ってるし。
でも、ルーデウスと一緒に。
これがわからない。
義兄よ、いつからそんな壮大な目標を掲げた?
「落ち着きなさいよエリス。そもそも、オルステッドもルーデウスもエミリーは知らないんだから、混乱してるわよ」
「ううん。その二人は、知ってる。ルーデウスは、一応、幼馴染」
「え!?」
ニナさんが驚いてる。
この人にとってのルーデウスの立ち位置がわからない。
「あ、でもそっか。エリスをお嬢様って呼んでたし、昔からの知り合いならルーデウスとも接点あるわよね」
「待ってください。ちょっと話についていけないです。私はルーデウスという人のことどころか、エリスがお嬢様と呼ばれるような人種だったことすら初耳なんですが……」
「ああ、そういえばイゾルテにはまだ話してなかったっけ。エリス、話しちゃっていい?」
「ふん。好きにすればいいわ」
お嬢様改めエリスさんに一応の了解を取って、ニナさんが色々説明し始めた。
「まず、ルーデウスっていうのはエリスの恋人よ」
ホワッツ!?
いきなり脳が破壊される情報が飛び出してきたぞ!
浮気か?
浮気なのか?
またなのか!?
驚きすぎてフリーズして、逆に何も反応できなかったよ!
「エ、エリスに恋人なんていたんですか!?」
「いたのよ。私も初めて知った時は驚愕したわ。なんでも、小さい頃から一緒に育って、魔大陸から一緒に旅をして、故郷に戻った時に結ばれたとか」
どういうことぞ!?
混乱しまくる私を見て隙だらけだと思ったのか、空気も読まずに襲いかかってきたお嬢様に、脳細胞がシェイクされてるせいで苦戦しながらも、私は考えた。
無い頭をフル回転させて考えた。
お嬢様、じゃなくてエリスさんがルーデウスと一緒に魔大陸に転移したことは知ってる。
フィットア領に帰ってきた時に別れたのも知ってる。
でも、ルーデウスはその時のことを話したくなさそうに濁してた。
明らかに何か辛いことがあった感じの反応だったよあれは。
なのに、ニナさんはエリスさんがルーデウスの恋人だと言う。
エリスさんもそれにツッコミを入れない。
なんだろうねこれ……。
なんなんだろうねこれ……。
何があったのか知らないけど、二人の関係は本人達も知らないところでこんがらがってるような気がする。
これって私が迂闊に突っついていい問題なのかな?
だって、ルーデウスって既に結婚どころか重婚してるんだよ?
そして、エリスさんの私に対する好感度は地を這ってるんだよ?
しかも、エリスさんって昔から話の通じない狂犬だよ?
そんな人が、嫌いな奴から最悪な情報を伝えられたらどうなると思う?
答えは暴れるだ。
ポンコツな私でもわかる。
最悪の場合、そのままの勢いで狂犬がシャリーアに襲来してグレイラット家崩壊の未来まで見えた。
実現しそうで怖い……。
ど、どどどどどうしよう!?
私はどうすればいいんだ!?
グレイラット家の命運が私の行動にかかってるかもしれないとか、ポンコツには荷が重すぎるよ!
と、とりあえず、しばらく狂犬はそっとしとこうかな……。
刺激さえしなければ即座に爆発はしないはず。
そして、近いうちにシャリーアに戻ってルーデウスにこの件を報告しよう。
手紙も出しとかないと。
私の手紙は字が汚すぎて、情報伝達に齟齬が出そうってシャンドルにも姉にも言われたけど、伝えられる最低限の情報だけでも早いとこ伝えておいた方がよさそうだから。
その情報で、なんとか家庭崩壊を避ける作戦をひねり出してくれ!
頼んだぞ、ルーデウス!
自分で撒いた種っぽいし、ちゃんと責任取ってくれ!
そんなことを思いながら、私はエリスさんをボコボコにした。
雑念まみれだったからか、一発いいのをもらってしまった。
痛い。
後日……
手紙を運ぶ冒険者「ぐはぁーーー!?」
ヒトガミ「よっし、握り潰した」
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53 急報
剣の聖地に来てから半年以上が過ぎた。
ここでの毎日は、エリスさんの問題さえ無視すれば楽しすぎて怖い。
どんどん強くなっていく剣術三人娘の皆とは毎日戦えるし、ガルさんとレイダさんもたまには相手してくれる。
他にはギレーヌやオーベールさん、剣帝の二人も相手してくれた。
楽しい。
楽しすぎてシャリーアへの帰還を、もうちょっと、あとちょっとだけって引き伸ばしまくっちゃってる。
ちなみに、神級コンビ以外で私が一番苦戦したのはオーベールさんだった。
彼は何でもありの北神流を私とは違う形で体現してる剣士で、口から火を噴いたり、気づかないうちに床に接着剤を撒いたり、戦いの最中に逃亡したかと思えば、そこらへんを歩いてた剣聖の人を盾にして攻撃してきたりと、マジで何でもやってくる。
そのくせ単純な剣技も普通に強いから、彼との戦績は五分五分くらいだ。
総合能力値では私の方が大分上なんだけど、徹底して真っ向勝負を避けて、こっちに力を出させないように立ち回るせいで、多少の実力差くらい埋められちゃうんだよね。
強者なり、『孔雀剣』のオーベール。
まあ、悲しいことに、そのオーベールさんはもう帰っちゃったんだけどさ。
元々、ガルさんの頼みでエリスさんに北神流を教えるために来てたみたいで、そのエリスさんが北聖になって教えることは教えたって感じで帰る予定だったらしい。
同門だし、縁があったらまた会いたいなぁ。
他の人達との戦績は、剣帝の二人には八割くらい勝てて、ギレーヌには八割強くらい勝てた。
知らない間に私に超えられてたギレーヌは悔しがって鍛え直し始めたよ。
なんでも、私に負けると師匠に負けた気分になるらしい。
ドヤ顔で煽ってくる師匠の顔が頭に浮かぶそうだ。
私としては、昔は追いかけるだけの存在だったギレーヌと切磋琢磨できる関係になれて嬉しかった。
で、そんな強者達との修行に明け暮れてたおかげで、私の剣の腕はこの短い間に急上昇した。
ガルさんとレイダさんという最高のお手本がいて、二人をお手本にして磨いた技を存分に試せる好敵手達がいたおかげで、今の私はもう剣神流帝級と水神流帝級の認可を手に入れた。
つまり、これにて『剣帝』『水帝』『北帝』と、長を除けば三大流派の最高位を全て手に入れたことになる。
まあ、北神流が神級一歩手前の帝級なのに対して、他の二つは王級寄りの帝級だから、まだまだ精進あるのみなんだけど。
でも、剣帝の二人にもギレーヌにも負けなくなってきたし、そろそろガルさんやレイダさんから一本くらい取れるかなー、なんて思ってたら声に出てたみたいで「面白ぇ!」と言い出したガルさんと、後日列強の座を賭けたガチの真剣勝負をすることになった。
超楽しみ。
一方、エリスさん関係の問題は全く解決してない。
成果といえば、割とすぐにエリスさんがルーデウスと離れてこんなところにいる理由が判明したことくらいだ。
なんでも、ルーデウス、エリスさん、護衛のスペルド族さん(ルイジェルドさんというらしい)の三人は、フィットア領に辿り着く直前にオルステッドに出会ったというか、遭遇したみたいで、その時にルーデウスが心臓を貫かれて殺されかけたらしい。
オルステッドの連れの仮面の女の進言でルーデウスは治療されて一命を取り留めたそうだけど、ルーデウスが殺されかけてる時に何もできなかった自分をエリスさんは許せなかった。
今の自分じゃルーデウスの隣に相応しくない。
だから強くなろうと思って、ルーデウスと別れてギレーヌと一緒に剣の聖地に来たと。
うん。まあ、そこまでは理解できる。
絶対にルーデウスの認識と盛大にすれ違ってると思うけど理解はできる。
というか、もしルーデウスがエリスさんの気持ちをちゃんと理解した上でウチの姉と結婚して重婚までしたんだとしたら、ただのクソ野郎だ。
さすがにそれはないと思う。多分。
もしも、本当にルーデウスがそんなクソ野郎だったら、私の手で引導を渡してやる。
正直この問題だけでもお腹いっぱいなのに、エリスさんは更に追加で何故か「ルーデウスと一緒にオルステッドを倒す!」とか言ってるからね。
お礼参り的な意味ならわからなくもないけど、当のルーデウスがオルステッドに挑むとはどうしても思えない。
いくら殺されかけたとはいえ、あの戦いを好まないルーデウスが、家族との平穏な日常を捨ててまで列強上位に挑む姿なんて想像つかないよ。
一体、エリスさんの中ではどんな認識になってるのか。
わからない。
でも、わからなくても、エリスさんは説明なんて面倒な真似はしてくれない。
そもそも、今の話は全部、ニナさんやイゾルテさんとの会話で漏らした情報だ。
私に話してくれるわけないからね!
というか、そもそもの発端となったオルステッドは、なんでルーデウスを殺そうとしたんだろう?
多分、嫌われる呪いに過剰反応してルーデウス達が攻撃しちゃったから、正当防衛でぶっ飛ばしたって流れな気がするけど……この日、珍しく冴えてた私はある一つの可能性に思い至った。
ヒトガミ。
オルステッドといえばヒトガミだ。
私もヒトガミの名前を出した瞬間、記憶に刷り込まれるレベルの凄い殺気を向けられたし。
ひょっとして、ルーデウスも夢にヒトガミが出てきてるのでは?
それがオルステッドにバレて殺されかけたのでは?
正当防衛で思考を打ち切らずに、ちゃんとここまで考えられたこの日の私は本当に冴えてたんだと思う。
そのことも、ちゃんと手紙に書いておいた。
私の汚い字で長文を書くと、日本語でも人間語でも解読に手こずって結局何を伝えたかったのかわからなくなるそうなので。
エリスさん関係の情報を箇条書きみたいに書いた紙とは別にもう一枚紙を用意して、そこにデカデカとした字で『ヒトガミに気をつけろ!!』って書いといた。
正直、私はヒトガミという存在がどんなもので、どう危険なのかすら知らないんだけど、あのオルステッドが敵意をむき出しにし、あのシャンドルが警戒してたってだけで、やばい存在だというのはわかる。
警戒するに越したことはない。
どう警戒すればいいのかもわかんないけど、まあ、手紙で注意喚起するだけでも大分違うでしょ。
全部私の思い過ごしなら、それはそれでいいしね。
むしろ、私のポンコツを思えば、思い過ごしである可能性の方が高いか。
あと気になるのは、ルーデウスを助けるように進言したっていう、オルステッドの連れの仮面の女のことだよ。
どう考えても仮面の下の顔は一つしか思い浮かばない。
静香さんや?
私、そんな話、一言も聞いてないんですけど?
これは帰ったら第二回異世界人会議だな。
「すみませーん! エミリーという方にお手紙でーす!」
「ん?」
そんなこと思ってたら、なんかモコモコとした防寒着に身を包んだ冒険者っぽい人が、道場の前で私宛の手紙が届いたと言っていた。
誰からだろ?
ルーデウス宛の手紙には、エリスさんにバレたら嫌だから返信は出すなって書いといたしなぁ。
「私が、エミリー、です」
「あ、どうも。受け取りのサインお願いします」
日本の郵便と似たようなシステムの依頼達成書に汚い字でサインしてから手紙を受け取る。
えーと、差出人は……ロキシーさん?
どうしたんだろ?
あ、もしかしておめでたとか?
エリスさんのことがある手前、もしそうなら若干複雜な気持ちになるけど。
『エミリーへ
ナナホシさんが倒れたそうです。
お医者さんというか、特殊な診察のできる方の話によると、治療法を探すのにも時間がかかる珍しい病だとか。
正直、どうなるかわからない状況です。
できれば至急シャリーアに戻ってきてください』
「えぇ!?」
静香のこと考えてた矢先に、まさかのこれ!?
マジで!?
私は手紙を読んだ瞬間に身支度を整え、ニナさんにガルさんへの「真剣勝負はお預け。ごめんなさい」という伝言を伝えて、全力ダッシュでシャリーアへと急行した。
森があれば大ジャンプと衝撃波を使った空中移動技『花火』で跳び越し、道中で再びラピュ○を見たりしながら、最速最短でシャリーアまでの道のりを走破する。
待ってて、静香!
なお、真剣勝負の約束をすっぽかされたガルさんは盛大に根に持ったらしいけど、今の私には気にしてる余裕のない話だった。
一方……
ヒトガミ「どうだい? 賭けに勝って更なる幸せを手に入れた気分は?」
ルーデウス「……エミリーの強さ見たら、確かに、お前の言う通り、俺がベガリットに行かなくてもなんとかなったと思えたよ。俺が余計なことしなけりゃ、ロキシーにあんな怖い思いさせることもなかったのか?」
ヒトガミ「そうだね。エミリーなら魔眼を全開にすれば普通に最後の魔法陣を見つけられた。そうなると君が頭をひねって魔法陣を覗き込む必要もなかったし、あんな事故が起こることもなかったよ」
ルーデウス「そうか……」
ヒトガミ「まあまあ、結果オーライなんだから良かったじゃないか。君は今幸せだろう?」
ルーデウス「……そうだな。確かに、俺は今幸せだ。でも、悪かったよ。お前の言うこと変に疑って。素直に言うこと聞いときゃ良かったとまでは思わないけど、お前の言ってること自体に嘘はなかったんだな。思えば今までも散々助けてもらったし……その、ありがとな」
ヒトガミ「アハハ! 良いってことだよ。僕はヒトガミ。人の神様だからね。人を助けてあげて、ついでに面白いものが見れれば満足なのさ」
ルーデウス「最後の一言さえなけりゃ拝んでやってもよかったんだがなぁ。ところで、今日はどうしたんだ? また何か困ったことでも起こるのか?」
ヒトガミ「いや、大したことじゃないよ。助言というより頼みに近いかな。今からちょっと地下室に行って、異常がないか見てきてほしいんだ。何もなかったらなかったで、それでいいんだけどさ」
ルーデウス「地下室? うーん、まあ、それくらいならいいか。今まで変に疑いすぎてたからな。たまには何も疑わず、お前の言う通りにしてみるよ」
ヒトガミ「ふふ、そうかい……あ り が と う」
ル ー ト 分 岐 ! !
ヒトガミ「…………疲れた」
老デウス「未来から来た」
ヒトガミ「ふぁ!?」
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54 お見舞い
私は昼夜を問わず不眠不休で走り続け、事前の見立てより更に早く、手紙を貰ってから5日でシャリーアへと帰りついた。
街中では人にぶつからないように、衝撃波の魔術を足場にして空中を全力疾走し、速攻でルーデウス邸に到着。
ドアノッカーを凄い勢いで鳴らす。
「はーい! あ、エミリー姉……」
「アイシャちゃん! シズカは!?」
出てきてくれたアイシャちゃんに静香がどうなってるのか問えば、何故かアイシャちゃんはポカンとした顔になった後、ハッとしたようにポンと手を打った。
アイシャちゃんの頭の上に電球が見えた気がする。
「ナナホシさんなら空中城塞にいるよ」
「空中城塞……?」
空中城塞……あのラ○ュタか!?
確か、シャンドルのお父さんと同じ魔神殺しの三英雄の一人、『甲龍王』ペルギウスの居城だったはず。
なんでそんなところに!?
「でも、ナナホシさんの病気の件ならもう解け……」
「ありがと!」
居場所を聞いた私は、再びの全力ダッシュで静香のもとへと走る。
ラピュ○……空中城塞なら剣の聖地からの道中で見た。
世界中を飛び回ってるらしいけど、あれから数日しか経ってないんだし、まだその近辺にいるはず!
私は来た道を逆走して空中城塞を探した。
そして、一日もしないうちに見つけた。
空飛ぶ城なんて目立つから、目を凝らせば結構遠くからでも見える。
「北神流『花火』!」
私は足に力を込めて全力ジャンプ!
更に衝撃波の魔術を足場にした空中ジャンプで、ベガリットの時や、ついさっき剣の聖地から帰ってきた時みたいに宙を駆ける。
今回は遠くへではなく、上へ上へ。
空飛ぶ魔物達を追い越し、どこにでもいる青竜を今回は無視し、前世の世界なら飛行機が飛んでるような高度へ到達。
随分と成長した龍聖闘気もどきに守られた今の私は、この高高度の強風にも極寒地獄にも耐えられる。
そのまま空中城塞すら飛び越して、私は上から空飛ぶ城に乗り込もうとした。
「ぶべっ!?」
でも、空中城塞を薄っすらと覆うように存在する、結界的な何かに激突して阻まれた。
いや、結界的な何かじゃなくて結界だ。
結界魔術っていうのが、ちゃんとこの世界にはある。
魔法大学の授業でも教えてた。
私はその授業取ってないけど。
「ッ〜〜〜〜〜!?」
徹夜ダッシュで疲弊した頭の中がグルグルする。
目的地はもう目と鼻の先なのに!
危険な状態の友達がすぐそこにいるのに!
見えてるのに届かないなんて!
「すみません! 開けて、ください!」
私は全力で結界をノックした。
ガンガンと結界を叩く。
「!?」
そうしたら、なんか内側から魔術が飛んできた。
危なっ!?
しかも、同時に結界に結構な魔力が注入されて、その密度が一気に上がっていくのを私の魔力眼が捉える。
おのれ! 門前払いか!?
攻撃してきたってことは敵だな……!
けど、諦めるもんか!
私は静香に会うんだ!
危険な状態の友達を見捨てられるか!
結界は一瞬にしてその強度を上げていく。
今この瞬間じゃないと突破できなくなる。
よし、壊そう!
「北神流奥義『破断』!!」
私は全力で振りかぶった奥義を結界に向けて叩き込んだ。
……後から考えると、考え無しな行動だったと言わざるを得ない。
言い訳させてもらうなら、静香がピンチと聞いて不安に苛まれてたのと、一週間近くに渡る徹夜の強行軍でハイになってたのだ。
攻撃された=敵=静香を取り戻さねば!
元から知能が足りない上にデバフまでかかった私の頭は、そんな安直な結論を弾き出してしまった。
私の奥義が強化される寸前だった結界に穴を空ける。
結界は強化前だったにも関わらず、私の最高の奥義をもってしても全体は砕けなくて、人一人が侵入する分の穴を空けるだけで精一杯だったけど、今はそれで充分だ。
私は結界をぶち破って空中城塞の庭園の中に着地した。
「ペルギウス様! 侵入者です!」
「なんだと!?」
城の中からそんな声が聞こえてきたと同時に、私は魔力眼の出力を強に上げる。
静香は転移者だからか魔力を全く持ってなくて、魔力眼による索敵だと見つけられない。
でも、静香が身につけてた護身用のマジックアイテムの魔力なら追える!
そして、見つけた。
目的の魔力は空中城塞という異名に恥じない立派な城の中から漂ってる。
何故かアリエル様の魔力まで見つけたけど、そっちは無視して、私は新たな目的地を定めて一直線に駆け出した。
全力の踏み込みで、足下の石畳を粉砕しながら。
そんな私に凄まじいスピードで誰かが襲いかかってきた。
「我が名は『光輝』のアルマンフィ! ペルギウス様の居城に押し入る不遜な輩よ、死ね!」
「邪魔!」
「おぐぅ!?」
なんか凄いスピードで近づいてきた狐の仮面をつけた人に攻撃されたので、殴って吹っ飛ばした。
敵✕攻撃=迎撃。
移動速度は誇張抜きで光みたいに速かったけど、攻撃のモーションに入ってから普通の速度になったので、水神流を応用したカウンターパンチが綺麗に決まった。
後から思い返して一言。
剣を抜かなかっただけ偉い。
吹っ飛んでいく狐面の人を無視して、空気中に漂っている魔力を目印に、階段を登って上へ上へと走る。
そうしたら大広間みたいな場所に出て、そこでさっきの狐面の人のお仲間みたいな、色々な形の仮面を被った集団が私の前に立ち塞がった。
総勢11人。
その中から鳥みたいな仮面を被り、背中から黒い翼を生やした魔術師風の女の人が前に進み出てきて口を開く。
「止まりなさい侵入者! なんの目的でこの地に足を踏み入れたのですか!?」
「お見舞い!」
「はぁ!?」
意味がわからないとばかりの顔で、手に持った杖を私に向けてくる女の人を無視し、カーブして大広間の横の扉から先に進む。
静香のマジックアイテムの魔力はこっちから漂ってきてる。
仮面の人達が立ち塞がってた方向に用は無いのだ。
「何をしている!? 早くケイオスブレイカーの迎撃機構を……」
『静香! 大丈夫!?』
『わ!? エ、エミリー……?』
渋い男の人の大声が響いてきた瞬間、私は静香のいる部屋へと辿り着いて、扉をバーンと思いっきり開けながら日本語で叫んだ。
静香は部屋の中で本とにらめっこしながら魔法陣を描いていた。
顔色は別に悪くない。
ベッドの上から起き上がれないなんてこともない。
敵にアレコレされてる様子もない。
…………あれ?
『え? なんで普通に元気そうなの?』
『なんでって……あ、もしかして、私が病気って手紙貰って、それで来てくれたの?』
『そうだよ! 治療法を見つけるのも大変な病気って話じゃなかったの!?』
静香、ピンピンしてますけど!?
『あー、その、ごめんなさい。病気ならもう治った、ってわけじゃないんだけど、とりあえず今すぐどうこうなるような窮地は脱したわ』
『……うん。見ればわかるよ。はぁぁぁ、良かったぁぁぁぁ』
私は徹夜の疲れもあって腰が抜けた。
静香が苦笑しながらそんな私を支えて、でもちょっと嬉しそうな顔で色々と経緯を話してくれた。
なんでも静香の病気はドライン病っていって、この世界の人間は七千年くらい前にとっくに克服した病気だったんだけど、異世界人の静香はその免疫を持ってなくて、七千年も前の病気だから治療法の情報とかも残ってなくて苦労したらしい。
そこで、ルーデウス達は七千年前を知る人物として、魔大陸にいるゼニスさんを探す時にもお世話になった不死身の魔帝、『魔界大帝』キシリカ・キシリスを頼って、この城の転移魔法陣で魔大陸へと赴いた。
そこで運の良いことに数日とかからずにキシリカを見つけ、『不死魔王』アトーフェラトーフェっていう危ない人に目をつけられつつも、どうにか治療法を持ち帰ることに成功。
そのおかげで、今の静香は容態が安定してるんだって。
ただ、静香の体に免疫がないことには変わりないから完治とはいかず、この世界で長く過ごせば今度こそどうなるかわからないそうだけど。
でも、とりあえずは無事で良かった。
『……静香は早く帰らなきゃダメだね。今回みたいなことがまたあったら嫌だし、これからは私も積極的に何かするよ。
研究じゃ役に立てないけど、秘境の地にある伝説の素材が必要になったとかだったら遠慮なく言ってね。取ってくるから』
『ありがとう。その気持ちだけで充分よ』
私の言葉を冗談と受け取ったのか、静香がくすくすと笑う。
その元気そうな姿を見て私も笑顔になれたけど、今のは決して冗談でもなんでもない。
迷宮だろうが、遺跡だろうが、伝説の魔物だろうが攻略して必要物資を取ってくるつもりだよ私は。
『あ、でも今はルーデウスの方が大変だから、できればそっちを手伝ってあげ……』
「おい」
そんな話をしてたら、いつの間にか部屋に大柄な男性が入ってきてた。
銀髪金眼。
どことなくオルステッドに似てる、王者のオーラみたいなものを纏った壮年男性だ。
「あ、ペルギウス様」
「これはどういうことだ、ナナホシ? 何故、我が城に無断で押し入ってきた輩と楽しそうに話している?」
「え!?」
静香は、まさか私が家主に無断で侵入してきたとは思わなかったのか、驚愕と共に真っ青な顔になっていった。
私も自分の顔色が真っ青になるのがわかった。
静香の話を聞いたことによって、この城の人達が敵だっていう誤解はもう解けてる。
チラリと窓の外を見る。
そこには台風でも通り過ぎたかのように滅茶苦茶になった庭園があった。
他のところは芸術品みたいに綺麗なのに、その一角だけが滅茶苦茶だ。
しかも、私は結界をぶっ壊した上に、自宅警備員の一人と思われる狐面の人まで思いっきり殴っちゃったわけでして……。
やっちまった!
私は恐らく家主と思われる銀髪の人に対して、流れるような土下座を決めた。
「ごめんなさい。やって、しまい、ました」
「えっと! その! ペルギウス様! 彼女は私の友人で! 私が病気で大変な状態だって手紙を読んで駆けつけてくれただけで! あと、えっと、その!?」
「ふん! そんなことは先ほどまでの様子を伺えばわかるわ。
忌々しいラプラスの因子を持つ上に考え無しの愚か者が我が居城を荒らしてくれたことには腹が立つが……早とちりとはいえ友のためにと、この空中城塞にまで乗り込んできた気概に免じて、今回だけは不問にしてやろう」
「ありがとう、ございます」
家主の人、ペルギウスさんは寛大だった。
ただし「次は無い」とも言われたけど。
……うん。
とりあえず、誠意を見せるために、私が壊した庭園は弁償しよう。
迷宮貯金で足りるかなぁ……。
足りなかったら、また一攫千金を求めてベガリットにでも行こうか。
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55 どういうことぞ!?
ペルギウスさんに庭園弁償しますって言ったら「いらん!」と言われ、不機嫌そうな様子で彼が退室していった後。
緊張の糸が完全に切れてウツラウツラし始めた私は、何を思ったのか膝枕してくれた静香に甘えて、そのまま眠りに落ちた。
そうして一旦眠ることでランナーズハイ状態を解除し、いつにも増しておかしくなってた頭と、地味に枯渇寸前だった魔力と体力を通常状態に戻す。
いやー、改めて思い返してみると、昨日の私はどうかしてたね。
アドレナリンどばどばで、正常な判断能力を完全に失ってた。
敵だと思って突撃して暴れ回って、ペルギウスさんには本当に申し訳ないことをしてしまった。
やっぱり、いくら強靭な体を手に入れたっていっても、一週間徹夜で全力ダッシュは無理があったんだ。
徹夜って怖い。
疲労と焦燥がセットだと、なおヤバい。
正常な判断ができなくなる。
これからは焦ってる時にこそ余裕を持つことを心がけよう。
最低でも仮眠は取ろう。
紛争地帯に飛ばされた時ですら、父と母に言われて仮眠は取ってたんだし。
……これ、私が一人で紛争地帯に転移してたら間違いなく死んでたね。
そんな頭パーン状態を解除してから、改めて静香と話をした。
話題は帰ったら聞こうと思ってた割と重要なことだ。
そう、オルステッドのことである。
オルステッドがルーデウスを殺しかけたって話をちゃんと聞いておこうと思ったのだ。
そうしたら、なんと静香の方でも今まさにオルステッドが問題になってるらしい。
現在、ルーデウスがオルステッドを殺そうとしてるそうだ。
しかも、静香からオルステッドとの連絡用マジックアイテムを借り、それを使って誘導するための罠を用意し、ルーデウスの戦闘力を飛躍的に高めるための鎧を作り、マジのガチで準備を整えて本格的に殺しにいくつもりらしい。
どういうことぞ!?
まさかエリスさんの言ってた通り、ルーデウスはずっと前からオルステッド殺しを狙ってたんだろうか?
そんな言葉がポロっと口から出た瞬間、「そんなわけないでしょ」と即座に静香から否定の声が上がった。
ルーデウスは静香には事情を話したみたいで、それによると、ルーデウスの夢にヒトガミが出てきてオルステッドを殺せと言ってきたことが今回の騒動の原因だそうだ。
ヒトガミ……あいつやっぱり、そういう奴だったんだね。
でも、なんでルーデウスは実質死ねと言われてるような命令に従ってるのか。
その理由は、一ヶ月くらい前に時間転移魔術とやらで未来のルーデウスがこの時間軸に飛んできたことに起因する。
…………いきなり話がSFに飛んだ。
この世界はファンタジーじゃなかったの?
『もう、静香は冗談が上手いなぁ』
『これが冗談を言ってるように見える?』
静香の目はマジだった。
マジでそんなことが起こったんだと雄弁に語ってる目だった。
つまり、少なくとも静香が納得させられるだけの根拠がある話なのだこれは。
正座して真面目に静香の話を聞く。
未来のルーデウスは、未来で起こる最悪の展開を今のルーデウスに伝えていったらしい。
その未来ルーデウスが書いて持ってきたっていう日記を静香は見せてもらったそうだけど、ちょっと口にするのもはばかられるくらいにエグかったそうだ。
なるべく要点だけ纏めて言うと、ヒトガミの罠によってロキシーさんや姉が死に、そこから未来ルーデウスの人生が絶望の底に落とされるって感じの内容だったとか。
詳しくはルーデウスからその日記を見せてもらえって言われた。
多分、私相手なら見せてくれるだろうからって。
それで、未来ルーデウス曰く、ヒトガミには絶対に勝てない。
あいつには未来が見えて、その未来をある程度自分の望む方向に誘導する力も持ってる。
言われてみれば、あいつは私に対しても予言じみたこと言ってたわ。
で、ヒトガミはそれを使って最悪の病原菌と接触させたり、危険な戦いに参加して負けるように仕向けたり、そういうスケールが大きいくせに自分では絶対に動かないセコい手段で攻撃してくるらしい。
ヒトガミを倒そうにも、あいつのいるところには何をどうしてもルーデウスでは辿り着けない。
敵対しても手の届かないところから一方的に攻撃され続け、いずれ大切なものを全て失うだけ。
なら、媚びへつらってでも敵対を避けるしかない。
そして、ヒトガミは言った。
ヒトガミにとって最大の敵であるオルステッドさえ殺せば、もうルーデウスには手を出さないと。
ヒトガミがルーデウスを狙った理由は、未来視によってルーデウスの子孫が私をお供に引き連れてオルステッドに協力し、ヒトガミを倒してしまう未来が見えたから。
オルステッドと、ルーデウスの子孫&私、どちらか片方だけなら怖くない。
だから、オルステッドを殺せたら、ルーデウスと、ついでに私のことは見逃してあげる。
それがヒトガミの主張。
ちなみに、私は単体なら別に怖くないし何もしないけど、ルーデウスの子孫経由でオルステッドに使われると厄介な装備アイテム扱いだったそうだ。
嫌われる呪いのせいで通常の
強力って言われるのは悪くないけど、アイテム扱いは納得がいかない。
こんなの信じられる根拠の一切ない話だ。
でも、ルーデウスはその希望に縋ってる。
一筋の希望を信じて、絶望のオルステッド戦に挑もうとしてる。
『正直、ルーデウスにはオルステッドを殺すんじゃなくて、オルステッドに相談してなんとかしてほしいんだけどね』
『私も同意見。あの人、静香をおんぶとかしてたし、顔の割に優しそうな人だったしね』
オルステッドと戦いたいとは思う。
超えたいとも思う。
けど、殺したいとは思わない。
私は剣術狂いだけど、別に殺人狂ではないのだ。
私がオルステッドに抱いてる感情は、手合わせ的な感じで戦って勝ちたい一択である。
『そういえば、そんなこともあったわね。……お世話になった人同士が殺し合うとか、本当にままならないわ』
静香は苦しそうにそう言った。
恩人同士が殺し合いか。
私で言うなら、師匠とシャンドルが殺し合うようなものかな?
うわぁ、嫌だなそれ。
そんな立場に立たされた静香の心境は察するにあまりある。
『ルーデウスからの協力の話、断れなかったの?』
『……凄い剣幕というか、凄く必死そうな顔で土下座までして家族を守りたいんですなんて言われたら、断り切れないわよ』
『ごめん。失言だったよ』
断れるんだったら、とっくに断ってるよね。
じゃあ、説得するとしたらルーデウスの方か。
私に説得スキルなんて便利なものは備わってないんだけど、やるだけやってみるしかない。
『話はわかった。後はルーデウスに色々聞いてみるよ。私の頭で何か思いつくとも思えないけど、まあ、できる限り頑張る』
『お願いね』
そうして私は静香と別れ、ペルギウスさんに改めて謝罪と挨拶をしてから、空中城塞から飛び降りようとした。
そしたら、なんかペルギウスさんに連絡を入れるための魔道具を渡された上に、転移でシャリーアの近くまで送ってもらえた。
あれだけやらかしちゃったのにこんなに良くしてくれるとか、懐の広すぎる人だなぁ。
まあ、理由としては、静香はこれから空中城塞に住むことになったから、会いにいく度に今回みたいなことされたらかなわないっていうのが9割。
純粋に静香のためっていうのが1割。
私への配慮では断じてないって言われたけど、それでもありがたいものはありがたい。
頭を下げてお礼を言っておいた。
そうしたら、なんかペルギウスさんは毒気が抜かれたような顔してた。
さて、次はルーデウスだ。
どうすればいいのかなぁ。
誰か教えてほしいよ全く。
・魔剣『エミリー』
強化していけば最終的に初代剣神や初代水神より強くなる、彼らとは方向性の違う才能モンスター。
なんとなくで全ての攻撃を光の太刀で放てたという初代剣神を感覚派の化け物とするなら、エミリーは学習型の化け物。
強い奴と戦ったり、強い奴に教えを乞う度に飛躍する。
呪いのせいで装備できるアイテムが限られているオルステッドが装備できる中では神刀に次いで最強の武装。
ただし、自律型兵器として使用するとポンコツなので、使い方には注意が必要。
運び手であるルーデウスとその子孫をどうにかすればオルステッドの装備から外すことができるので、ヒトガミ的撃破優先度はルーデウスの方が高かった。
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56 日記
ペルギウスさんに送ってもらったところからシャリーアに戻り、もう一回ルーデウス邸に行って、アイシャちゃんに昨日は話聞かずに飛び出してゴメンと謝り、空中城塞での顛末を伝えて化け物を見る目を頂戴した後、ルーデウスの居場所を教えてもらった。
今、ルーデウスは作業のために買い取ったシャリーアの郊外にある小屋で、他の皆と一緒に何かやってるらしい。
そこに向かって空中ダッシュ。
その小屋周辺はガヤガヤしてたので、すぐにわかった。
結構たくさんの知り合いが集まってる。
肝心のルーデウスに加え、姉、お婆ちゃん、ロキシーさん、クリフさん、ザノバさん、ジンジャーさん、ジュリちゃん。
そして、恐らくはクリフさんにくっついてきただけだろうお婆ちゃんを除く全員が一丸となって、何かを一心不乱に作っていた。
鎧だ。
地面に横たわった、全長3メートルくらいの巨大な鎧と、そのパーツ。
完成まではまだ時間がかかりそうな作りかけの状態だけど、この時点で鎧とわかる見た目をしてた。
あれが静香の話にも出てきたやつか。
あんなもの作るとか本気なんだね。
「ルーデウス」
「ああ、エミリー! 来てくれたんだな! 待ってたよ!」
声をかけた私に、ルーデウスがことさら嬉しそうに返事をした。
でも、嬉しそうなのは表面上の雰囲気だけで、ルーデウスは目の下に隈を作ってたり、どことなく呼吸が浅かったりと、見ただけでわかるほど精神的に追い詰められてそうな感じだった。
こうして喜んでるのも、久しぶりの再会を喜んでるんじゃなくて、戦力が来てくれたのを喜んでる感じだと思う。
「話は、シズカから、聞いた。オルステッドに、挑むん、でしょ?」
「ああ。俺はオルステッドを殺さなきゃならない。頼む! 協力してくれ!」
ルーデウスがバッと頭を下げる。
他の皆の目が無ければ土下座してそうな勢いだ。
「その前に、理由、詳しく、教えて、ほしい」
「ナナホシから聞いたんじゃないのか?」
「シズカは、言葉、濁してた。エグい、話だから、ルーデウスに、直接、聞けって」
「……まあ、そりゃそうか。そうだよな。ちょっと待っててくれ」
そう言って、ルーデウスは小屋の中に入り、すぐに何かの金属でできた箱みたいなものを持って出てきた。
開けるための開く部分が一切ない。密閉されてる。
ルーデウスはそれを土魔術で操って開け、中にあった一冊のノートみたいなものを取り出した。
「まずは、これを読んでほしい。これを読めば、俺がどんな理由でオルステッドに挑もうとしてるのかわかると思う」
「例の、未来の、日記って、やつ?」
「ああ。そうだ」
静香曰く、かなりエグい内容が書かれてたって言ってたやつだ。
恐る恐る表紙をめくってみたら、目に飛び込んできたのは私ほどじゃないけど汚い字。
……これ、別の意味で読むのに苦労しそう。
私にとって、この世界の言語はどこまでいっても他国語だ。
それがこれだけ崩れてたら、解読までに数日はかかる。
元日本人なんだから、日本語で書いといてよルーデウス。
「借りて、いい? 読むの、時間、かかりそう」
「構わない。ただ、できれば他の人には見せないでくれ」
「わかった」
日記を借りて、後は他の皆に軽く帰還の挨拶をしてから、今日のところはひとまず家に帰った。
家の仕事を一手に引き受けてる母にただいまを言って、久しぶりに自分の部屋に戻る。
「ふー……よし」
そして、意を決して日記を開いた。
頭を使って解読しながら読み進めていったけど、最初の数ページは拍子抜けするくらい普通の内容だ。
私が剣の聖地に行ってた間のこととか書かれてて興味深かった。
それによると、私の不在中に静香の帰還のための研究、異世界転移魔術の研究が一段落。
異世界から種無しスイカを召喚することに成功し、研究を次の段階に進めることに成功したらしい。
そして、この先の研究のための教えを乞うべく、静香は知り合いである召喚魔術の権威ことペルギウスさんに話を聞きにいき、今まで手伝ってくれたルーデウス達へのお礼として、ペルギウスさんを紹介してくれることになった。
ペルギウスさんとの謁見には、研究に特に協力してたルーデウス、ザノバさん、クリフさんの他に、ペルギウスさんの権力を求めたアリエル様一行と、何故かお婆ちゃんも参加したとか。
だから、空中城塞でアリエル様の魔力が見えたんだね。
で、そこから先は静香からも聞いた通り、静香が急病にかかり、ルーデウス達が治療法を探して魔大陸まで行った話が書かれてる。
あと、何故かペルギウスさんが知ってたお婆ちゃんの過去とか、そのお婆ちゃんが妊娠したとかの気になる情報も書いてあった。
でも、ここまではダイジェストって感じ。
日記を書き始める前にあったことを、思い出しながら箇条書きにしてる感じだ。
それが終わると、全体的に日常での幸せな一幕が多く書かれてて、エグいという言葉からは程遠い内容に見えた。
だけど、それがあるページを境に一転する。
始まりはロキシーさんが倒れ、その病名が『魔石病』だと判明したと書いてあるところから。
魔石病。
どこかで聞いたことがあるような無いような、とにかく私の記憶には残ってない病気だけど、日記によると体が徐々に魔石になっていき、やがては死に至る難病で、神級の解毒魔術じゃないと治らないとんでもない病気らしい。
その神級解毒魔術の詠唱が書かれてる本はミリス神聖国の秘宝か何かみたいで、それを手に入れるべく、ルーデウス達は転移魔法陣を使ってミリスへと向かった。
メンバーはルーデウス、師匠、クリフさん、ザノバさんの四人。
姉は家でロキシーさんを守ってもらうために留守番。
私を待つっていう意見もあったみたいだけど、事は一刻を争うってことで強行したっぽい。
神級解毒の本は、ミリス教団の大聖堂の奥にある。
ルーデウス達はこっそりと侵入して詠唱を書き写してくるつもりだったけど、詠唱がまさかの辞書一冊分くらいの長さだったため、書き写すのを断念して盗むことにした。
でも、ミリスの騎士団だって無能じゃない。
侵入はバレて追いかけられ、追っ手の中にはアナスタシアなんちゃらとかいうやたら強い人達もいて、逃げ切れずに師匠を殿として置いていくハメになった。
その後、師匠が心配だけど、とにかくロキシーさんを早く助けなければという思いでルーデウス達は転移魔法陣を目指す。
でも、そこで待ち伏せによる奇襲を受けて転移魔法陣が崩壊した。
別の転移魔法陣を目指したけど、この頃には完全にミリス中に指名手配されて懸賞金をかけられ、騎士団だけじゃなく賞金稼ぎみたいな奴らまで大量に襲ってきて、先に進めないどころかクリフさんがやられて死んでしまったらしい。
敵の賞金稼ぎの中に、悪を許さぬ正義の英雄とか名乗る、世界最高のSSランク冒険者が交ざってたそうだ。
何やってんの、あのバカ。
そんなバカ相手に、ルーデウス達は分散して撹乱と視界を塞ぐ系の魔術を多用し、真っ向勝負を避けることでどうにか逃げ切った。
分散してたからこそ一人の犠牲で済んだんだろうけど、そんな作戦を取らなければクリフさんは死ななかったんじゃないかって、この日記のルーデウスはずっと後悔してる。
それでもロキシーさんのためにと先に進み、やっとルーデウスとザノバさんの二人はどうにか別の転移魔法陣に辿り着いてシャリーアに帰還するも、その頃にはもうロキシーさんは手遅れだった。
ロキシーさんは亡くなり、追撃のようにルーデウス達を追ってミリスに行ってたらしい私が師匠の訃報を持ち帰ったことで、ルーデウスの心は壊れた。
その後、ルーデウスは酒浸りのダメ親父へと変貌する。
姉がどうにか慰めようとしてたみたいだけど、自分の殻に籠もってしまったルーデウスに言葉は届かず。
やがてルーデウスが酒の勢いで他の女を抱いてしまったのを最後のひと押しにしたかのように姉の心も限界に達して、姉はそっとルーデウス邸を出ていく。
家を出て姉がやってたことは、アリエル様の政争の手伝いだ。
どうも何かしらのトラブルが起きたみたいで、アリエル様は予定をかなり前倒しにして政争を始めたっぽい。
シャンドルの到着すら待たずに。
ルーデウス視点の日記だと細かい顛末はわからないけど、最終的にアリエル様は敵勢力の罠に嵌って、クーデターの主犯ってことにされてしまった。
そのクーデターを鎮圧するって名目で、アリエル様は敵武装勢力に囲まれた。
その戦いには私も参加してたみたいで、ちょうど剣客として傭われてたレイダさんを斬り殺すも、同じく傭われてたオーベールさんに何かやられて姉と共に撤退したらしい。
レイダさんを斬り殺すとか凄いな私。
勝率的にはそんなに高くないと思うけど、シャンドル抜きでどうやって勝ったんだろ?
あ、師匠の使ってた切れ味逆転の魔剣に手を出したとか?
確かに、あの剣があればレイダさんにも勝てそうではあるけど。
でも、レイダさんを倒したところで、戦いに勝てはしなかった。
私達以外の手勢は全滅。
アリエル様は捕えられて処刑。
ルーデウスは全てが終わった後にこのことを知った。
ミリスの一件でアスラ王国でも犯罪者扱いされてたルーデウスは、国境を通してもらえないどころか捕まりかけて足止めされ、密入国のために盗賊ギルドを頼って時間をロスし、アリエル様の情報を掴むために奔走してるうちに全部終わってしまったのだ。
ルーデウスは必死でクーデターの場から逃げたという私と姉を探した。
だけど、やっとの思いで見つけた時、姉の亡骸の前で私が泣いていたそうだ。
姉はオーベールさんに毒の塗られた剣で斬りつけられたみたいで、逃げて傷を治したはいいけど、毒まではどうにもならなくて助けられなかったって、私は泣きながらルーデウスに謝ったらしい。
そんな私にルーデウスは酷い罵声を浴びせて、後になって後悔したと日記には書いてある。
その後、ルーデウスは以前にも増して酒浸りのクズと化す。
自暴自棄になって、娼館通いだの、ナンパだの、果てはレ○プだのを企み、正直ここのページは今までとは違う意味で見てられない。
そんなことしてるからノルンちゃんやリーリャさん、ルーシーにも出ていかれ。
家族と一緒に私もそっちについていき。
だけど、唯一戻ってきてくれたアイシャちゃんと、まだクズデウスを見捨てないでいてくれたザノバさん達によって、ルーデウスは少しずつ立ち直っていったみたい。
あと、このあたりにエリスさんが登場したけど、もう完全に気持ちがすれ違ってた。
ダメ元でもいいから私がなんとかしておくべきだったかなと思うレベルで。
そして、ルーデウスが完全に立ち直る前に、また事態が急転する。
ルーデウスの夢にヒトガミが出てきた。
そして、あいつは盛大なネタバラシをして、ルーデウスを信用させて最悪なタイミングで地下室の扉を開けさせ、そこから魔石病に感染したネズミを出して、ロキシーさんを魔石病に感染させて殺したのは自分だと暴露した。
他にも、アリエル様が罠に嵌って姉が死んだのも、ミリスでやたら強い騎士団が現れて師匠が死んだのも、SSランクのバカが追っ手に加わったせいでクリフさんが死んだのも、そのせいで帰還が遅れてロキシーさんの治療が間に合わなかったのも、全部僕の仕込みだったんだよとヒトガミは笑いながら言った。
それによってルーデウスは激怒した。
必ずヒトガミをぶっ殺すと誓って残りの人生を生きた。
闘神の鎧とやらの文献を参考にして、自分の戦闘力を大幅に上げる『
でも、ヒトガミの情報は全然見つからない。
ルーデウスはまたどんどん荒んでいき、よく遭遇して殴りかかってくるエリスさんに対しても、鬱陶しいを通り越して殺意を抱くようになる。
やがて、ヒトガミの情報は長生きしてる人ほど持ってる可能性が高いと知ったルーデウスは、何千年も生きてる『不死魔王』アトーフェラトーフェから情報を聞き出そうとして会いにいき、何がどうしてそうなったのか知らないけど戦いになって、エリスさんがルーデウスを庇って死んでしまったらしい。
エリスさんと一緒に行動してたらしいギレーヌが、エリスさんの亡骸の前で感情を爆発させてルーデウスを責めたみたいで、その時のギレーヌの話でようやくエリスさんの気持ちをルーデウスは知った。
あまりにも遅すぎる。
もう取り返しなんてつかない。
そして、今度はアイシャちゃんやザノバさん達まで死んでしまう。
ミリスの騎士団が世界の反対側の北方大地まで執念深く追ってきて、ルーデウスの不在中にアイシャちゃん達を殺してしまったのだ。
これによって、ルーデウスの傍に大切な人は誰一人としていなくなり、狂ったようにヒトガミへの復讐だけを支えに生きていく。
やがて、ヒトガミの情報を探す中で古代龍族の遺跡とかいうのを発見し、ヒトガミが無の世界の中心とやらにいることを突き止めるも。
そこに行くにはペルギウスさんを含む『五龍将』という人達が一つずつ持ってる秘宝が必要で、その五龍将がルーデウスの寿命が尽きる前に全員揃うことは決してない。
もう老人と言える年齢になったルーデウスは、その事情を知って愕然とする。
その後、老デウスは諦め切れなかったのかなんなのか、ヒトガミのもとへ至るために続けていた転移魔術の研究中に、古代龍族の遺跡の壁画に書かれてた魔術と転移魔術をこう、上手いこと使えば、莫大な魔力消費と引き換えに過去への転移が可能になるんじゃないかということを思いつく。
全てを失い、大切な人達の仇も取れないと知り、半ば破れかぶれで、老デウスはあんまり安全確認とかしてなさそうな過去転移魔術を使うことを決意した。
日記はここで終わってる。
だから、この後は静香から聞いた話になるけど、なんとか過去に飛べた老デウスはルーデウスに未来で起こることを話して、いくつかの助言と日記を託して、過去転移の反動で死亡。
ルーデウスは老デウスの日記を読み、静香に事情を話し、それが私の方にも伝わってきて……そして今に至る。
数日をかけて日記を読み終えた私は、それを机の上に置いて、ただ一言呟いた。
「きっつ……」
紛争地帯で初めて人を殺しまくってた頃よりSAN値の削れる内容だった。
静香がエグいって言ったのも納得だよ。
この日記には淡々とした出来事の羅列じゃなくて、その出来事を通して体験した、生々しいルーデウスの感情の全てが綴られていた。
怒り、悲しみ、憎しみ、絶望、悔しさ、諦め、無力感、後悔。
正気度を削ってくるほどの負の感情が詰め込まれていた。
ページが涙の跡でヨレヨレになってるのも珍しくなかったし。
未来の自分と話をして、こんなものを見せつけられたら、そりゃルーデウスもああなるわ。
ヒトガミにはここまでルーデウスの人生を滅茶苦茶にできる力があって、挙げ句そんなクソ野郎を倒す手段がないなんて知ったら、そりゃヒトガミに逆らおうなんて考えられなくなるよ。
『ごめん、静香。これは止められないかも』
自然とこぼれ落ちた日本語で、私はここにいない友達に謝った。
・日記ルートのエミリー
塞ぎ込んでるエリナリーゼと落ち込んでる両親を励まし、シルフィの件で責められてる自分がルーデウスの近くにいたらダメだと思って、家族と一緒に出ていくノルン達についていった。
最終的にビヘイリル王国の片隅に流れつき、そこで家族やグレイラット家の皆と一緒に過ごす。
ノルンやルーシー、エリナリーゼの息子のクライブに剣を教えたり、
ノルンの旦那さんの病気の治療法を探して世界中を飛び回ったり、
ルーデウスが原作よりも早く復讐鬼になったせいで協力を得られなかったナナホシのために魔石や魔力結晶集めの旅をしたりと、
過去を悔やんだり、ままならない現実に歯噛みしたりしつつも、前を向いて、そこそこ幸せに生きた。
誰かの作為を感じるレベルでタイミングが悪く、ルーデウスとの再会は叶わなかったらしい。
・日記ルートのヒトガミ
エミリーを待たずにルーデウス達がミリスに行くように助言したり、
夢に出ただけじゃ操れないミリスの狂信者達を他の使徒を使って誘導し、ほっといたらルーデウス達を守り切ってロキシーが死亡する前に帰還させてしまうパウロを仕留めたり、
エミリーとの訓練のおかげで、戦闘力的には原作より少し強いルーデウスの帰還を遅らせるためにSSランクのバカを誘導したり、
普通にやったら勝てちゃいそうなアリエルを負けさせるために色々やったり、
エミリーが老デウスの遺志を受け継いでオルステッドの仲間にならないように、二人の再会フラグを定期的に潰したり、
そんな感じで滅茶苦茶苦労したので、ネタバラシの時にテンションが振り切れてた。
一応このネタバラシ自体も原作よりタイミングが早く、ルーデウスを早めに復讐鬼にすることでペルギウスに敬遠させ、空中城塞やナナホシを介して二人が再会する可能性を下げるための布石の意味もあったが、それにしても調子に乗りすぎた。
そのせいで老デウスに全部ひっくり返された。
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57 準備中
日記を読み終わってルーデウスに返す。
その時、一応聞いてみた。
『確認するけど、ヒトガミについてオルステッドに挑む。その気持ちは変わらない?』
『ああ』
片言による情報伝達の齟齬を避けるために日本語で問いかけたけど、ルーデウスの返答はにべもない。
私は「はぁぁぁぁ」と盛大にため息を吐く。
『ヒトガミは約束を守らないかもしれないよ? これだけのクソ野郎だもん。むしろ、約束なんて平気で破ってせせら笑いそうな気がするんだけど』
『……それでも、俺には約束を信じることしかできない。オルステッドを殺せば俺達は用なし。そう信じることしかできないんだ』
ルーデウスは自分に言い聞かせるようにそう言った。
ヒトガミへの恐怖で視野が狭まってる感じがする。
まあ、この日記見ちゃえば、誰がそれを責められようかって感じではあるけどさぁ。
私ですら、こんな未来がくると思うと怖いもん。
自分視点で絶望の未来を見せつけられたルーデウスの恐怖は、一体どれほどのものか。
『オルステッドに助けを求めるわけにはいかないの? クソ野郎よりかは信じられる気がするけど?』
『いや、ダメだ。オルステッドだけじゃヒトガミに勝てない。ナナホシにも言ったけど、負け戦の将にくっついて全てを失うわけにはいかないんだ』
『オルステッドとルーデウスの子孫と私が協力すれば勝てるんじゃなかったっけ?』
『それもどこまで本当かわからない。それに、仮に俺の子孫が勝てるんだとしても、その子孫だけ生き残って、他の家族が全滅したんじゃ意味ないだろ?』
『あー、まあ、確かにそうだね』
勝てても全てと引き換えじゃ何にもならないっていうのは確かにそうだ。
人、それを勝利じゃなくて相討ちと言う。
オルステッドに土下座して助けてくださいって言っても、そのオルステッドに皆を守ってくれる力がなければ終わりってことか。
かの龍神様は滅茶苦茶強いけど、単純な強さだけじゃヒトガミの攻撃を防げないっていうのは、この日記を見てれば嫌ってほどわかるからね。
『ヒトガミが約束守ってくれる可能性の方が高いのか、オルステッドに皆を守ってくれるだけ力がある可能性の方が高いのか……私の頭じゃ判断つかないんだけど、ルーデウス的にはどう思う?』
『……俺もわからない。オルステッドにどれだけの力があるかなんてわからないからな。
でも、ヒトガミは今この瞬間も俺のことを見張ってるかもしれないんだ。
俺が変な気を起こした瞬間に、あるいはそんな未来が見えた瞬間にヒトガミの攻撃が始まる。そう思わないといけない』
『うっわ』
何それ?
つまり、オルステッドに協力を求めようにも、求めようとした瞬間にヒトガミの魔の手が伸びてきて潰されるってこと?
どうにもならないじゃん!?
警察に助けを求めようにも、犯人に四六時中監視されてるみたいな話だよ。
こういう時の定番は、いかに犯人にバレないようにして救援を要請するかだけど、未来が見える奴の目を欺くとか無理ゲーもいいところだと思う。
あれ?
詰んでない?
『……敵にしてもオワタ。味方にしても裏切られる可能性大とかタチ悪すぎでしょ。敵にしても味方にしてもロクな結果に終わらないとは聞いてたけど、ホントその通りだよ』
シャンドルの言ってたことは正しかった。
ヒトガミとは早急に縁を切った方がいい。
いや、ルーデウスの場合は切った瞬間に襲いかかってくるんだけどさ。
どうにもならないなぁ。
『ヒトガミに気をつけろって手紙に書いたけど、無駄になっちゃったね。これじゃ気をつけようがないよ』
『え? 手紙? なんのことだ?』
『へ? 剣の聖地から出したんだけど、届いてないの?』
重要な情報だから、短い距離だからって油断せずに、シャンドルや姉に言われた通り、道中で紛失しないように複数枚の手紙を出したんだけど?
『……ちなみに、それいつの話だ?』
『半年以上前』
『マジか……。その手紙があれば、未来の俺もこんなことにならなかったかもしれないな。多分、ヒトガミに握り潰されたんだろう』
『うっわ』
あいつどこまでも……。
脅すために突きつけられた銃口が更にめり込んできたような気がした。
『…………はぁぁぁぁぁ。わかった。不本意。本当に不本意だけど、協力するよオルステッド戦。ああもう、静香になんて言えば』
『すまん。本当にすまん。ありがとう、エミリー』
『全くもう。変な奴に狙われる義兄を持つと大変だよホント。生きて帰れたら何か埋め合わせしてよね』
『ダイヤの指輪でも超高級車でも、喜んで献上させていただきます』
『いらないから、シルを全力で愛して、静香を全力で助けてあげてね』
そんなアホなやり取りをして、少しだけ笑い合った私達は、すぐに真剣な顔になって対オルステッドに向けた作戦会議を始めた。
『とりあえず、どんな感じの作戦考えてるの?』
『まず、ナナホシから借りたオルステッドとの連絡用のマジックアイテムを囮におびき寄せて、罠に嵌める。そこに遠距離から聖級や王級の大規模魔術を連続で撃ち込む。
それで仕留めるのが理想だけど、仕留め切れなかったら開発中の魔導鎧を着た俺と父さんで近接戦って感じを想定してる』
『えっぐい』
それオルステッド相手じゃなければオーバーキルだよ。
ガルさんでも倒せそう。
というか、剣の聖地ごと吹っ飛ばせそう。
でも、
『師匠に戦ってもらうのはやめといた方がいいね。言いたくないけど、師匠じゃ力不足だよ』
『え? で、でも、父さんは王級に手が届くくらい強いんじゃないのか?』
『王級下位じゃオルステッドに瞬殺されるってことだよ。王級だった頃に戦ったことがあるからわかる』
『戦ったことあるの!?』
あ、そうだった。
ルーデウスにはまだオルステッドと戦ったこと言ってないんだったわ。
こんなことになるなら、もっと早く言っとけば良かったよ。
ルーシーの天使っぷりのことばっかり語り合ってる場合じゃなかった。
『そ、その時はどうなったんだ?』
『なんか試す? とか言われて戦闘になったけど、シャンドルと2対1で攻めても傷一つ付けられなかった』
『シャンドルって確か、北神流の師匠だったよな?』
『そう。神級クラスの使い手。私はそのサポートが限界だった』
『マジか……』
ルーデウスがより一層絶望が深くなった感じで天を仰いだ。
あ。
というか、
『オルステッドと戦うなら、シャンドル呼べばいいんじゃない? 中央大陸にはいるらしいし、手伝ってくれるかはわかんないけど、呼べばくるでしょ。数ヶ月以内に』
ついでに、アレクとかガルさんとかレイダさんとかも呼んで袋叩きにすればいいのでは?
アレクはどこにいるかわかんないから時間かかるだろうし、レイダさんはオルステッドにトラウマ持ってる感じだったから断られそうだけど。
でも、ガルさんはオルステッドを斬りたいって言ってた。
それにシンパシーを感じたからこそ、ガルさんはエリスさんに目をかけてた節があるからね。
オルステッドを餌に剣神一本釣りできるんじゃない?
そのことをルーデウスに告げてみると、
『エミリーのコネクションが凄い……。でも、他の人はともかく、シャンドルとアレクって人は呼べない。呼ぶなってヒトガミに釘刺されてるんだ』
『なんで!?』
『なんでも、この時期にその二人がシャリーアにいると都合が悪いらしい。理由は知らないけど』
『えぇ、なんじゃそりゃ』
あんな化け物を殺せとか言っておいて、万全の準備は整えさせてくれないとか、いったい何様のつもりなんですかねヒトガミ様よぉ。
『じゃあ、呼べてもガルさんくらいってこと? あ、エリスさんとギレーヌはどう? 二人とも王級上位くらい強いし、戦力にはなると思うよ?』
『……エリスには手紙を送ったよ。一緒に戦うかどうかは、エリスの返事次第だ』
『そっか。オルステッドに挑む前に殺されないといいね』
『もしそうなったら助けてくれるか?』
『やだ。自分で撒いた種くらい自分でなんとかしろ』
『……はい』
ルーデウスは項垂れた。
『で、オルステッドにはいつ挑むの?』
『……今のところ魔導鎧の完成予定の二ヶ月後を想定してる』
『二ヶ月!?』
『早くしないと、ヒトガミの気が変わって攻撃してくるかもしれないからな。魔導鎧制作のヒントまで与えて急かしてきたし』
あー、そっか。
ヒトガミはいつでもルーデウスに攻撃開始できるわけで。
そして、オルステッドに比べればルーデウスを潰す方がよっぽど簡単だ。
今それをしない理由はわからないけど、ヒトガミの気まぐれで生かされてるなら、ルーデウスの言う通り早くしないと攻撃開始される。
『あのモザイク、無茶なことばっかり……!』
ぶっ殺してやりたい。
それができないから、こんなに苦労してるわけだけど。
そう考えると、もうため息しか出ないよ。
『はぁ……。とりあえず、私のやることは師匠の説得かな。ガルさん呼びにいくのはギリギリでいいや』
気が短いくせにフリーダムな人だから、事前に呼んで待たせたりしたら勝手に何するかわかんないし。
だから、ギリギリでいいのだ。
『エミリー、本当に、本当に、ありがとう』
ルーデウスが深く、それはもう深く頭を下げた。
本気の感謝と誠意の伝わってくる姿だった。
『シルを未亡人にするわけにはいかないからね。死ぬ気で生きてよ?』
『ああ、もちろんだ。絶対に生きて帰る。ロキシーも妊娠したし、生まれてくる我が子の顔を見るまで死ねないからな』
『死亡フラグ乙。というか、ロキシーさんもおめでたなんだ。おめでとう』
『ありがとう』
そんな冗談を言い合ってから、ルーデウスは魔導鎧とやらの制作に戻った。
さて、私も気合い入れないとね。
恨みも何も無いし、それどころか静香を助けてくれたことに感謝までしてるけど、こうなっちゃった以上は仕方ない。
挑ませてもらうよ、━━七大列強第二位『龍神』オルステッド。
ヒトガミ「シャンドルを呼ぶ? ダメに決まってるでしょ。せっかく遠ざけたのに、その分の労力がもったいないじゃないか。
アレクもせっかく上手いこと使えそうな感じになってるんだから、わざわざエミリーに近づけて、エミリー経由でアリエルの仲間にさせる必要もないよね。
シャリーアに呼んで、オルステッドが関わらない場合の未来だと厄介なことになってるのが見えるし。
その状態で、何かの間違いでオルステッド戦を生き残っちゃったら面倒だ。
まあ、心配しすぎだとは思うけどねー。
なんにしても、オルステッドがルーデウスとエミリーを殺してくれれば相当楽になるし、十中八九そうなるでしょ。
ついでにオルステッドが消耗すれば万々歳。
使徒としてぶつければ勝手に敵認定して始末してくれる短絡的なバカの相手は楽で良いや」
勝利を確信するヒトガミの図。
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58 準備完了
ルーデウスと話した後、私は師匠に対して、オルステッドと戦うのをやめるように説得した。
当然、師匠は「息子が命懸けるって時に、指くわえて見てろってのか!?」と大変男前なことを言ってくれたんだけど、悲しいかな。
戦闘力の不足だけはどうにもならない。
私は師匠を納得させるために決闘をし、剣の聖地で鍛えた剣技をもって1秒とかけずに師匠を沈めた。
「オルステッドは、もっと、速くて、もっと、強い。最低でも、王級上位は、ないと、サポートも、できない」
「くそっ……!?」
師匠は悔しがってた。
己の不甲斐なさに憤ってた。
でも、不意に立ち上がったかと思うと、家からあるものを持ってきて私に託した。
「せめて、俺の代わりにこいつを連れていってくれ。必ず役に立つはずだ」
「……わかった。師匠の、想い、受け継いだ」
それから、師匠は一層修行に励んだ。
今回の一件が解決した後、次こそは役に立てるようにと。
あわよくば魔導鎧の製作中に成長して戦いに参加できるようにと。
やっぱり、私の師匠は滅茶苦茶立派だと思った。
そんなやり取りから一ヶ月半。
そろそろ頃合いかなってことで、私は再び剣の聖地を訪れて、ガルさんの勧誘をした。
「オルステッドに挑む? エリスも出てく直前にそんな手紙受け取ったらしいが、居場所わかってんのか?」
「わかってる。罠に、嵌める、準備も、できてる」
そう告げると、ガルさんの顔つきが一気に真剣なものとなった。
口元は笑ってるけど、眼光が視線だけで竜を殺せそうなくらい鋭くなり、全身からとんでもない殺気と闘志を隠すことなく噴出させる。
当座の間っていう道場の稽古場に同席してた剣聖達が冷や汗ダラダラになり、中には気絶する人まで出始めた。
「面白ぇ。行方知れずの世界最強。それにもう一度挑む機会が、こんななんでもねぇ日に巡ってくるとはな。真剣勝負をすっぽかされたのは腹立つが、それを差し引いてもお前を客人として迎え入れて良かったぜ、エミリー」
そうして、ガルさんは道場の床から立ち上がった。
その手にアレクの王竜剣と同じ、王竜王カジャクトの肉体から作られたという48の魔剣の一つ、ガルさんの愛剣である魔剣『喉笛』を持って。
「乗った。オルステッドとの戦い、俺様も一枚噛ませろ」
「わかった。よろしく」
こうして、私はガルさんの勧誘に成功した。
一応ダメ元でレイダさんも誘おうかと思ったけど、レイダさんはもうイゾルテさんと一緒に、アスラ王国の水神流総本山に帰っちゃったみたい。
ニナさんと剣帝の二人にも声をかけたけど、ニナさんはジノくんっていう、私の剣の聖地滞在初日の大乱闘に交ざってた男の子をちらりと見て「やめとくわ」って言った。
剣帝さん達には「師匠の戦いに割って入るなど恐れ多い」と断られた。
それを見てガルさんは「根性のねぇ奴らだ」って鼻で笑ってたけど。
で、良くも悪くも一番反応しそうな肝心のエリスさんはというと、
ちょっと前に『剣王』の称号とルーデウスの手紙を貰って、ギレーヌと一緒に既にシャリーアに向けて出発したらしい。
果たして念願のオルステッド戦のために向かったのか、それともすれ違った結果浮気みたいなことしやがったルーデウスを抹殺しにいったのか。
ヒヤヒヤが止まらないぜ。
そんな不安を抱えながらも、私はガルさんを連れてシャリーアへ帰った。
帰り道はもちろん空の旅だ。
誰かを一緒に飛ばすのは初めてだったけど、まあ、ガルさんなら空から落としても死なないでしょと思って、かなり雑に運んだ。
具体的には、自分が飛んでる隣で適当にガルさんにも衝撃波をぶつけてかっ飛ばす感じだ。
「おお! 凄ぇ凄ぇ! これなら空中城塞にも行けそうだな!」
まあ、ガルさんには大ウケだったから問題無し。
空中で上手く体勢を整えて空の旅を楽しんでた。
でも、実際にこの方法で空中城塞に行くと家主に盛大に顔をしかめられるからオススメしないよ。
そんな旅路を10日間。
さすがに一人の時より時間がかかったけど、無事シャリーアに到着。
ガルさんをルーデウスに紹介した。
「は、はじめまして! ルーデウス・グレイラットです!」
「お前がエリスの言ってた奴か。なんだよ、全然強くなさそうじゃねぇか」
ガルさんはルーデウスをジロジロと見た後、失望したみたいにため息を吐いた。
「こんな小僧がオルステッドとの戦いで役に立つのか?」
「ルーデウス、魔術師。剣士と、同じ、基準で、考えるの、ダメ」
「まあ、それもそうか。少しは期待してるぜ。ダメ元でな」
こんな失礼で不遜なガルさんに、ルーデウスは苦笑で済ませた。
ここで悔しいとか感じないあたりが、ルーデウスが戦士タイプじゃない所以だよね。
でも、この頃にはもう魔導鎧が完成してたみたいで、それに乗り込んだルーデウスを見るとガルさんは掌を大回転させた。
魔導鎧は巨大な鎧だ。
全長3メートル。
カラーリングは森林に溶け込むような迷彩カラー。
ガッシリとした相撲レスラーみたいな体格で、右腕にはルーデウスの得意技、超火力の
端的に言ってカッコ良い!
戦闘に特化したような無骨なボディは、私とジュリちゃん以外の女性陣からの評価が悪いけど、君達にはわからんのか!?
あの機能美が!
力士やレスラーを思わせる戦う男の肉体美が!
それに何より、あのメタリックなカッコ良さが!
女性陣にはわからなくても、師匠、ザノバさん、クリフさんみたいな男性陣にはちゃんとこの良さがわかるみたいで、皆目をキラキラさせてた。
それはガルさんも例外じゃなく、表面上は落ち着いてたけど、目は皆と同じで巨大ロボットを見る子供みたいにキラキラしてて、魔導鎧の戦闘テストの相手を買って出てたよ。
「ハハハハハハ! なんだこりゃ! 面白ぇ! 距離さえありゃ、初めて戦った時のエミリーより歯ごたえあるじゃねぇか!」
「剣神様に、うおっ!? そう言ってもらえて、ほわっ!? 光栄です、うわっと!?」
ガルさん、割と本気で戦ってんじゃん。
それについていってるルーデウス凄いな。
アーマードルーデウスの身体能力は私やガルさんと大して変わらない。
鎧一つでここまで変わるとは。
これならオルステッドとも戦えるかもしれない。
とりあえず、ガルさんとルーデウスの戦いが楽しそうだったから私も交ぜてもらった。
ガルさんに剣の聖地に行く前の私より上だと言わしめたその力、見せてみるがいい!
私とガルさんの二人がかりで攻められて、ルーデウスは悲鳴を上げた。
こうして、私達の準備は一応ながら整った。
シャンドルやアレクを呼べないのは腹立つし、エリスさんとギレーヌは道に迷ったのかまだ来てないしと、不安要素が多々あるけど、これ以上はヒトガミもガルさんも待ってくれそうにない。
特にガルさんはハリキリまくってて、せっかくモチベーションが最高潮なのに、時間を空けて水を差すのは得策じゃないからね。
戦いは心技体。
心が占めるウェイトは大きい。
それでもエリスさん達くらいは待った方がいい気もするけど、ここまで遅れてるってことは私みたいに遭難してる可能性もある。
あの二人は私と似たタイプだから大いにあり得るよ。
ガルさんがイライラし始めたし、これ以上は待てない。
それに、エリスさんから見たら浮気みたいなことした形のルーデウスが、どの面下げて「俺のために死んでくれ」みたいなことを頼み込むんだって話でもあるからなぁ。
あまりにも筋の通ってない話だし、拗れる未来が容易に想像できる。
だったら、拗れてルーデウスが調子を崩す前に、それでいてガルさんが絶好調のうちに仕掛けた方がいいんじゃない? ってことになった。
多分、オルステッドを相手にするなら、王級二人が戦力に加わるより、神級一人が絶好調で強くなってる方が有効だろうし。
その王級二人とギスギスする可能性が高いなら尚更。
そんなわけで、私達は皆に見送られながら魔法都市シャリーアを旅立った。
目指すは、シャリーアの北北東にある廃村。
ルーデウスが罠を仕掛けた、オルステッドを誘導する予定の場所。
そこが決戦の地だ。
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59 VS『龍神』
オルステッドを待ち伏せして数日。
近いうちに現れるとは思うけど、どのタイミングで来るかはわからない。
そんな状況でも気分屋のガルさんの調子が最高潮で維持されてるのはありがたい。
オルステッドに対して相当こだわりがあると見える。
そうしてるうちに、索敵のために出力を上げていた私の魔眼に、見覚えのある力強い魔力が映った。
「来た」
「いよいよか!」
「お、落ち着いてください。まだです……!」
ルーデウスが緊張で若干どもってる。
そんなことしてるうちに、誘導地点からもの凄い煙が上がった。
ルーデウスが仕掛けた罠の一つ、転移の迷宮から持ち出したマジックアイテム、蓋を開けると凄い煙の出る箱のマジックアイテムの効果だ。
あれが発動したってことは、オルステッドがあの箱を開けたってこと。
それを認識したルーデウスは、オルステッドの視界が塞がった隙に即座に魔術を発動し、あらかじめ空に作っておいた雲を利用して巨大な雷雲を生成。
かつて幼少期にロキシーさんより教わったという水聖級魔術『
更にその雷雲を一点に凝縮し、電気エネルギーの塊となった一筋の雷光を、煙の発生地点に向けて落とした。
「『
とんでもない雷撃がオルステッド目掛けて降り注いだ。
ピ○チュウの10万ボルトなんて比較にもならない。
私の破断にすら匹敵しかねない圧倒的な破壊力。
これがルーデウスの
術者の差なのか、魔法大学の校長に見せてもらった風王級魔術より遥かに強い。
「まだ!」
だけど、これでオルステッドを倒せてるとは思えない。
あのくらいならレイダさんでも受け流せると思う。
というか、私でも受け流せる。
ノーダメージとはいかないだろうけどね。
いくら不意を突いたとはいえ、その程度の攻撃でオルステッドが死ぬわけない。
ルーデウスはもう一回
広範囲の空を覆う雷雲から滝のような大雨が降り注ぐ。
そして、雨は凄い勢いで凍りついていった。
超大規模な氷の魔術。
それがあっという間にオルステッドを閉じ込める氷山を作り出した。
ルーデウスの攻撃はまだ終わらない。
今度は空中に巨大な岩を生成。
それを氷山に向かって隕石のごとく落下させた。
地面が揺れる。
轟音と衝撃波がかなり離れてるここまで届き、体重の軽い私は吹っ飛ばされそうになった。
氷山は砕け散り、地面にはあれだけ巨大だった岩石の大部分がめり込んでる。
これだけ食らえばガルさんでも死ぬと思う。
実際、ガルさんはルーデウスをチラッと見て、自分だったら今のをどう乗り越えるか的なことを考えてる顔した後、ボソッと「使われる前に斬りゃいいか」とか呟いてたし。
だけど、相手はガルさんじゃなくてオルステッド。
攻撃力特化の剣神ではなく、全てが規格外の龍神だ。
地面にめり込んだ岩石が砕けた。
「ひぃぅ!?」
「ッ……!」
そして、恐ろしいほどの殺気がこの距離まで届く。
ルーデウスは情けない悲鳴を上げ、呪いの効果と昔のトラウマを併発してると思われるガルさんは、好戦的な笑みを浮かべつつもびっしょりと冷や汗をかいてる。
私もゴクリと息を呑んだ。
心臓の鼓動が高鳴る。
これは武者震いの類か、それとも恐怖か。
「ま、まだだ!」
ルーデウスが魔導鎧に乗り込みつつ、鎧越しに杖を持って更なる魔術を放った。
核爆発を思わせる、超大規模な爆発の魔術。
閃光と爆風が周囲を吹き飛ばし、余波で吹き飛ばされそうになるのを避けるためだけにガルさんが爆風を斬り裂いた。
これだけ食らえば私でもただじゃ済まない。
でも、オルステッドは止まらない。
魔眼に映るオルステッドの魔力は、私の全力疾走の何倍もの速さでこっちに向かってきていた。
ルーデウスがガトリングを構える。
ガルさんが魔剣喉笛を構える。
私も自分の剣を構えた。
そして、オルステッドが遂に私達の視界に映る距離に現れた。
「撃ち抜けぇぇぇええええ!!!」
ルーデウスがガトリングの起動音声を口にする。
魔道具は命令を忠実に守って主の魔力を吸い上げ、剣聖の光の太刀を軽く超える速度と、剣帝の光の太刀にすら匹敵する威力の
「二人とも! よろしくお願いします!」
「おうよ!」
「任された!」
そんなルーデウスに続いて、私とガルさんがガトリングの射線を遮らないように、両サイドからオルステッドに接近。
オルステッドは
「ガル・ファリオンか。こんなところで貴様が俺の前に現れるとはな」
「おう、現れてやったぜ! 昔会った時に始末しときゃ良かったって後悔しながら死ねや!」
ガルさんがオルステッドに光の太刀を放つ。
戦いの前、ガルさんは自分が持ってる限りのオルステッドの情報と、自分なりに考えた攻略法を私達に教えてくれたけど、その中には「絶対先に手を出すな。カウンターの水神流で殺される」っていうのもあった。
ただし、それは自分一人で挑んでる場合の話だ。
今のオルステッドは、ルーデウスの魔術を避けるために多少体勢が崩れてる。
そこにガルさんが飛びかかったのだ。
ルーデウスはガルさんを巻き込まないように一時的にガトリングを停止させ、ガルさんの光の太刀とオルステッドの水神流がぶつかった。
結果はガルさんの敗北。
ガルさんの一撃は完璧に受け流され、返す刀ならぬ返す手刀がガルさんを襲う。
「ハァ!!」
でも、ここには私もいるのだ。
剣神の光の太刀を受け流し、あまつさえカウンターを放とうとしてる今、私に割けるリソースはそんなに多くないはず。
ガルさんが斬り込んで崩したオルステッドの僅かな綻びを狙いすますように、背後から私の光の太刀がオルステッドに迫る。
「ふん」
でも、オルステッドはそれすら容易く受け流そうとして……
「何っ!?」
驚愕に目を見開いた。
何故か?
それは私の斬撃を受け流そうとして、刃に触れたオルステッドの指が斬り飛ばされて宙を舞ったからだ。
鉄壁の龍聖闘気を、まるで豆腐のように斬り裂いて。
その斬撃の正体は、脇構えの構えで体の後ろに隠してた、師匠に託されたこの剣だ。
迷宮都市ラパンで手に入れたという、硬ければ硬いものほど斬り裂く、切れ味逆転の魔剣。
初めて見た時からオルステッドにも通じそうだと思ったクソチート武器。
強すぎる武器に頼るのは私のポリシーに反するけど、オルステッドとの力の差はこれくらいの反則がないと埋められないと判断した。
そんな反則武器を使ったとしても、剣の腹に手を添えて受け流されてればこうはならなかったと思う。
だけど、さすがにガルさんに意識が向いたところに剣帝級の光の太刀が飛んできたら、そこまでジャストタイミングの受け流しはできなかったらしい。
あるいは龍聖闘気があるから刃に触れても問題ないと判断したかのどっちか。
後者の方が可能性高そう。
それでも、指を犠牲に受け流し自体は成功した。
頭の先から真っ二つにするはずだった一撃は軌道を変えられ、指一本斬り飛ばしただけで『初見』というアドバンテージは失われてしまう。
二度目はこう簡単には決まらない。
しかも、オルステッドは予想外のダメージを受けてもすぐに動いた。
オルステッドが指を失いながら私の攻撃を受け流したのは左手。
その左手を腰に引き、体を回転させながら反対の右手を貫手の形に変えて私を貫こうとしてくる。
こっちは光の太刀を受け流された直後。
私の受け流しは間に合わない。
「おらぁ!」
「『
でも、そんなことをすれば私の反対側にいるガルさんのいい的だ。
更にルーデウスも私を守るべく、私達にも当たるガトリングではなく単発の
ルーデウスには他者の眼を魔眼に変えられるという魔界大帝に貰った『予見眼』っていう、ほんの少し先の未来を見る魔眼があるからか、この速度の戦いにもなんとか援護を挟めていた。
オルステッドはその二つの攻撃を甘んじて受ける。
ビックリした。
オルステッドの技量なら防御くらい容易かったはずだ。
だけど、結果としてガルさんの光の太刀が背中を斬りつけ、ルーデウスの
完璧な龍聖闘気のせいで全然深手にはなってないけど、それでも確かなダメージが世界最強の男に刻まれた。
これはどういうことか?
決まってる。
オルステッドは多少のダメージ覚悟で、私を真っ先に仕留めることを優先したってことだよ!
「うぐっ!?」
オルステッドの貫手が私を打ち抜く。
この戦いのためにルーデウスに作って貰った、魔導鎧と同じ材質の胸鎧が砕けた。
同じ材質ではあっても、大量の魔法陣とルーデウスの膨大な魔力で防御力を上げてる魔導鎧に比べれば、この鎧は脆い。
オルステッドの攻撃には耐えられない。
でも、そこまでだった。
オルステッドの貫手は鎧を砕いたところで、私の薄い胸を貫けずに肩口の方に滑っていって逸れた。
左胸から左肩にかけて大きく裂かれたけど、見た目の割に傷は浅い。
かなり上達してきた龍聖闘気もどきに守られし私の薄い胸部装甲の防御力はアーマードルーデウスすら遥かに超えるのだ!
って、誰が薄い胸だ!
「硬い……!?」
誰の胸が硬いだ!?
私は踏ん張って吹き飛ばされないように耐えながら、怒りを込めた二撃目の光の太刀を振るった。
避けられた。
オルステッドは横に飛んで私とガルさんの間合いから外れたのだ。
そこにルーデウスがガトリングを撃ち込もうとして……
「「「ッ!?」」」
私達全員の動きが止まった。
オルステッドから不吉極まりない殺気が噴き出し、今攻めれば殺されると本能が叫んで、体が勝手に攻撃ではなく防御の構えを選択する。
でも、私は即座にその殺気の正体を察した。
北神流『迷剣』
私がガルさんとの戦いで使った攻撃を誘う技『誘剣』の対となる、敵に攻めるべきではないと思わせて窮地を脱する技。
知ってたのに動けなかった。
既知の技で私の動きを止めるほど、オルステッドの技の精度が凄い。
参考になる。
いや、この隙に斬り落とした指も、ルーデウスの魔術で与えた傷も、さっき甘んじて受けたダメージも全部治癒魔術で治されちゃったから、そんなこと言ってる場合じゃないんだけどさ。
「……貴様は確か、エミリーだったな。少し見ないうちにかなり強くなっている。その上、龍聖闘気の模倣まで習得しているとは驚いたが……その力を使い、ナナホシに託したマジックアイテムまで使って俺を殺しにくるとは、どういうつもりだ?」
「私だって、不本意。でも、ヒトガミに、脅されてるから、仕方なく」
「何?」
オルステッドが怖い顔で目を細めた。
それはどういう気持ちの顔ですか?
「脅されている? 貴様の意思ではないのか?」
「恨みも、敵意もない、相手を、殺したいわけ、ない。でも、やらないと、ヒトガミが、ルーデウスごと、私の、大切な、人も、殺すと、思うから」
「ルーデウス? それはどういう……」
「あーあーあー! さっきから、ごちゃごちゃうるせぇぞ、てめぇら!」
と、そこで私とオルステッドの会話をガルさんが遮った。
「言いてぇことがあんなら、斬り殺した後でお互いの死体に向かって言いやがれ! 今は殺し合いの途中だろうが!」
「……確かに。それも、そう」
どうせヒトガミへの裏切りは不可能なんだし、やるっきゃないのは変わらない。
言い訳は無しだ。
被害者ヅラもしない。
結局、私達は自分の都合でオルステッドを殺しにきた加害者なんだから。
でも、せっかくできた会話の時間ってことで、私は最後にオルステッドに向けて、決闘のしきたりとも言える名乗り上げを行った。
「私は、『妖精剣姫』エミリー。『龍神』オルステッドに、決闘を、申し込む。どっちが、勝っても、恨みっこなし」
まあ、オルステッドは完全にとばっちりで殺されかけてるんだし、もし死んだら恨まれるに決まってるか。
でも、私の方はそういう覚悟だ。
そういう覚悟でオルステッドに向かっていく。
負けて死んで恨むとすれば、自分の至らなさとヒトガミだけだ。
「いざ」
私はガルさんと共に、再び地面を蹴った。
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60 ターニングポイント3
「あああああああ!!!」
ルーデウスの
「おおおおおおお!!!」
「シィ!」
それを水神流で強引にかき分けて突っ込んできたオルステッドに、ガルさんと私が斬りかかる。
ガルさんの攻撃が受け流されれば私が攻め、私の攻撃が受け流されたらガルさんが攻め、お互いに対するカウンターのタイミングを潰して攻める。
シャンドルと一緒に戦った時と同じだ。
ただし、あの時と比べれば私の実力が段違いに上がってる。
連携の質でいえばシャンドルと組んだ時の方が圧倒的だけど、地力の差が埋まってる上にクソチート武器まで装備して、しかもルーデウスという凄腕魔術師による援護まであるんだから、前回よりは遥かに善戦できていた。
「ハッ!」
オルステッドが師匠の剣に向けて手を伸ばす。
この動きは知ってる。
シャンドルの奥義を無効化した武器破壊技、北神流『破鋼』だ。
クソチート武器のせいで、迂闊に私の攻撃を受けられないからこそ苦戦してるんだから、それを壊せばいい。
実にシンプルで、そして大正解な判断。
知ってる技とはいえ、オルステッドの技量で放たれるそれはタイミングも秀逸すぎる。
わかっていても避けられない。
ギリギリ避けられると思った時は、あえて無理に避けさせて、こっちの体勢を崩すのが狙いと見た方がいい。
今回は前者だ。
タイミングがドンピシャすぎて避けられない方。
「『泥沼』!」
「……チッ」
でも、直前でルーデウスの援護によってオルステッドの足下の地面が泥沼に変わる。
オルステッドは即座にそれを魔術による土のプレートで覆ってレジストしたけど、足場が急に変わって動きがほんの少しだけ乱れ、その隙に師匠の剣の位置をズラすことで破鋼は不発に終わった。
代わりに空いた手でぶん殴りにきたけど、それはなんとか受け流す。
こんな感じで、正直私達三人の中で一番有効打を与えられてるのはルーデウスだ。
ガルさんの動きはシャンドル同様何故か読まれ、私の方は師匠の剣を警戒されすぎて逆に完璧に対処される。
その分、オルステッドの集中力をこっちに割かせてるんだから大事な役割なんだけど、私達だけじゃダメージを与えられない。
そんな中で、ルーデウスの魔術だけがオルステッドに傷をつけていた。
オルステッドは何故か最初の治癒魔術以降自分の傷を治さないから、少しはダメージが蓄積してる。
「奥義『烈断』」
「ぐぅ!?」
当然、そうしたらオルステッドもルーデウスを狙い始める。
距離があっても威力が出る技、私も愛用してる北神流の烈断でルーデウスを狙い撃つ。
ルーデウスはそれを魔導鎧の盾で受けた。
盾に大きなヒビが入ったけど、一発は防ぎ切る。
オルステッドは更にルーデウスの方に手を向け、なんか凄そうな魔術を放とうとしてたけど、そこに私とガルさんが斬り込んで阻止。
私達の攻撃は受け流されたけど、その間に復活したルーデウスがまた援護を入れた。
この繰り返しによって、私達はあのオルステッドと互角に渡り合っていた。
魔術まで使ってるオルステッド相手にだ。
私とガルさんと師匠の剣によって、なんとか近接戦闘で食らいつき。
魔術は私達が斬り込んで発動阻止するか、無理なら魔導鎧に搭載されたあの転移の迷宮の守護者、ヒュドラの鱗から作った魔術分解の魔道具『吸魔石』でルーデウスが無効にする。
それでなんとか互角だ。
神級三人がかりで、ようやく不利寄りの互角。
しかも、ルーデウスがヒトガミから聞いた情報曰く、オルステッドは『本気を出せない呪い』とやらも患ってるらしいから、これでも全然本気じゃないはずなのにだ。
それでも、ここまで善戦できてるだけ奇跡。
ただ、決定打がない。
オルステッドには部位欠損も治せる治癒魔術がある以上、決定打となり得るのは首を飛ばすか胴体を真っ二つにするか、もしくは私の回復封じの不治瑕北神流奥義『破断』を当てることくらい。
首や胴を両断するのは難しい。
狙ってはいるけど、そんな簡単に致命傷を受けてくれる相手じゃない。
というか、そんな簡単に首とか斬れるなら、とっくの昔に倒してるわ!
だったら破断を当てるしかないんだけど、こっちも無理。
ヒュドラと戦った時より私の技量は上がってるし、今なら無防備な状態で発動準備に5秒もかければ破断は使える。
でも、5秒なんて稼げるわけないでしょ!
5秒どころか一瞬でも私が、いや私達の中の誰かが抜けたら、その瞬間に負けるわ!
不治瑕じゃない破断ならもっと早く使えるんだけど、それじゃあんまり意味ないし、多分そっちですら間に合わないよ!
そんな感じで、にっちもさっちもいってない。
お互いにね。
「ぐっ!?」
「ガルさん!」
ガルさんがオルステッドの一撃を食らって血を吐いた。
その瞬間、私達は即座に事前に決めておいた動きをする。
「『
「『烈断』!」
「『光の太刀』!」
私とルーデウスがオルステッドをふっ飛ばすタイプの攻撃をして、ガルさんも無理矢理体を動かして追撃。
ほんの僅かにオルステッドを後退させる。
「『エクスヒーリング』!」
その隙に私が無詠唱治癒魔術でガルさんを治す。
一撃で戦闘不能になるような傷じゃなかったから、中級治癒でも即座に完治した。
こんな感じで、決定打が無いのはオルステッドだって同じだ。
こっちもオルステッドと戦って無傷なわけないし、むしろ被弾回数はこっちの方が多いんだけど、私は龍聖闘気もどきでダメージを軽減し、ガルさんは剣神としての絶大な技量で致命傷を避けてる。
そして、致命傷さえ負わなければ、私の無詠唱治癒魔術で即座に治せる。
回復のタイミングも凄いシビアで、ギリギリの綱渡りが続いてる状況だけど、私達はなんとかオルステッドと拮抗していた。
お互いに決め手がない。
一瞬の気の緩みで崩壊する薄氷の上の拮抗状態とはいえ、戦いはある種の膠着状態に陥っていた。
「……仕方ないか」
その静寂を打ち破るべく、オルステッドが動いた。
左手と右手を合わせ、左手の中から何かを引き抜く。
それは、刀だった。
某なんでも真っ二つにする13代目が持ってる斬○剣みたいにシンプルな造形の刀。
持ち手にはなんの装飾もなく、鍔すらない。
でも、その刀と、何よりそれを持ったオルステッドを見て、私の背筋は凍りついた。
あれは、ダメだ。
勝てないと本能が叫ぶ。
今までも素手でヒグマに挑んでるみたいな戦力差は感じてたけど、これは次元違いだ。
大怪獣ゴ○ラとでも対峙してるかのような絶望感。
オルステッドが動いた。
向かった先はガルさんだ。
ガルさんは動揺しながらもさすがは剣神というべきか、すぐにオルステッドを迎撃した。
その迎撃に放った太刀は見事なものだった。
今まで見たガルさんの攻撃の中で最も速く、最も鋭い光の太刀。
ギレーヌの5倍は速いんじゃないかと思うような、人間の限界を超えた速度。
もしかしたら、ガルさんの生涯最高の一振りとか、そんな感じの一撃だったのかもしれない。
でも、オルステッドの方が速かった。
オルステッドの方が圧倒的に速かった。
「あ?」
ガルさんが何が起きたかわからないって感じの声を上げる。
そんなガルさんには、両腕が無かった。
両脚も無かった。
ガルさんの生涯最高の一振りがオルステッドに当たる前に、オルステッドは二回刀を振るったのだ。
両腕を斬り飛ばすのに一回、両脚を斬り飛ばすのに一回。
渾身の一撃を真っ向から粉砕された剣神は、両手足を失った無力な状態となって崩れ落ちた。
「『
それを見て、私は踏み込みと自分の背後からぶつけた衝撃波による高速移動でオルステッドに向かっていった。
勝算があったわけじゃない。
ただ、後手に回ったら今のガルさんみたく、何もできずに終わると思っただけだ。
「う、撃ち抜けぇぇぇぇえええ!!!」
私と同時にルーデウスも動いた。
オルステッドに向けてガトリングを乱射しようとして……オルステッドが煩わしそうに刀を一振りしただけで、そこから放たれた飛ぶ斬撃がルーデウスのガトリングを斬り裂いた。
だけど、ルーデウスに意識が向いてる隙に私が追いつく。
幻惑歩法、誘剣、迷剣、目潰しの火魔術。
小細工でもなんでも、でき得る限りのことをしてオルステッドを惑わし、渾身の光の太刀を放った。
「ッ!?」
しかし、オルステッドは私の一撃を刀で受け止めた。
硬いものほど斬り裂くはずの魔剣の一撃を、オルステッドの刀は当たり前のように防いだ。
「うぐっ!?」
そのままオルステッドの刀が振り抜かれる。
師匠から託してもらった私達の切り札を両断しながら。
しかも、そこから飛んだ袈裟懸けの斬撃が、咄嗟に後ろに飛んだ私の体に大きな裂傷を刻んだ。
肋骨が両断され、肺にも他の内臓にもダメージがきてる。
真っ二つになってないだけ奇跡だ。
刀身に直接斬られてたら絶対そうなってた。
私の体はその斬撃で吹き飛ばされて、背後にいたルーデウスの魔導鎧に激突した。
「エ、エミリー!?」
「ごほっ!?」
傷付いた体を無詠唱の治癒魔術で治す。
でも、ガルさんも脱落して、師匠の剣も失ってしまった。
戦況は絶望的。
……こりゃ、勝ち目ゼロだわ。
「ルーデウス、逃げて」
「え?」
ルーデウスが何を言われたのかわからないみたいな間抜けな声を上げた。
気持ちはわかるけど、ここは即行で察してほしい。
「あれは、無理。勝ち目、無い。私が、足止め、するから、逃げて」
「で、でも! それじゃエミリーが!?」
「私は、剣士。あれだけの、強敵に、挑んで、斬られるなら、割と、本望」
オルステッドは何故か私とルーデウスが会話してる間に攻めてこなかった。
何かを見極めるように、じっとこっちを見てる。
それを尻目に、私はずっと一緒の相棒だった、師匠から10歳の誕生日プレゼントとして貰った剣を腰から引き抜く。
「早く、行け!」
そして、もう一度オルステッドに向けて飛びかかった。
「『烈断』!」
まずは牽制。
飛翔する巨大斬撃がオルステッドに迫り、当然のごとく受け流された。
だろうね!
「『光の太刀』」
「うわっと!?」
オルステッドの光の太刀をなんとか受け流す。
いや、今のは奇跡だった。
幻惑歩法はもはやデフォルトで使ってはいたけど、そのおかげで直撃コースを僅かに外れたのか、奇跡的に誕生日プレゼントがオルステッドの刀の側面に当たったのもあって、受け流しが成立した。
今のオルステッドは何故か魔眼にも映らなくなってるから、闘気の流れから動きを先読みするのも無理なのに、単純計算でガルさんの最高の一撃の2倍以上の速度を誇るオルステッドの光の太刀をよく受け流せたな私。
……いや、奇跡ではあるけど偶然じゃないっぽいなこれ。
オルステッドの足下が土のプレートに変わってた。
多分、ルーデウスが泥沼を使って、オルステッドがレジストして、それで僅かに剣閃がぶれたんだ。
ルーデウスの逃走前の最後っ屁かな?
ありがたい!
「北神流奥義『砕鎧断』!!」
刀を振り抜いた体勢のオルステッドの肩口から、敵の鎧を砕きながら中身を斬るための防御貫通技を放つ。
「いっつ!?」
でも、私の斬撃が届く前に、オルステッドの斬撃が私を斬った。
受け流した刃が凄い速度で翻って、神速の二太刀目が私の両腕を肘の先から斬り飛ばす。
龍聖闘気もどきなんてものともしない。
豆腐のように斬られた。
だけど、北神流は四肢を失ったくらいじゃ終わらない!
残った足で大地を蹴って加速。
斬られた両腕と共に宙を舞う剣を口でキャッチしながら、もう一撃!
狙いは目だ。
いくら龍聖闘気で防御力を上げてても、脆い眼球になら攻撃が通るかもしれない。
某三刀流のごとき華麗な口技を見せてやる!
「ああああああああ!!!」
その時、私の後ろからルーデウスが飛びかかってきた。
魔術による電撃を纏わせた魔導鎧の拳を振り上げて。
……逃げなかったんだ。
アホめ。
バカめ。
私の覚悟を無駄にしやがって。
だけどまあ、やっちゃったもんは仕方ない。
それにどうせ逃げ切れたとしても、私とガルさんを失った状態じゃオルステッドを殺せなくて、ヒトガミの餌食になる可能性が高いしね。
こうなったら奇跡信じて、二人で玉砕するっきゃないな!
「『
私の口撃と、ルーデウスの雷パンチがオルステッドに迫る!
「フッ」
でも、オルステッドはしゃがんで私の攻撃を簡単に避け、ルーデウスの拳を刀であっさりと両断した。
「うぁあああああ!!?」
魔導鎧ごと腕を斬られて、ルーデウスが悲鳴を上げる。
一方、私の方には蹴りが飛んできた。
思いっきり体重の乗った回し蹴りが、私の脇腹に深々と突き刺さる。
「あ、がっ!?」
痛い。
蹴られた側の内臓が全部潰れたような感覚がする。
背骨もボキッと折れた。
ああ、これは終わった。
上級治癒でも治らない。
「くっ、そう……!」
強い。
強すぎる。
あの刀を抜かれてからは何もできなかった。
これが……これが列強上位の本気。
これが世界最強の男。
あまりに遠い。
憧憬すら感じるほどの遥かな高みだ。
ごめん、ルーデウス。
私はここまでみたい。
無理だと思うけど、後は自分でなんとかして。
そんなことを思いながら、私は凄い勢いで背後に吹っ飛ばされた。
そのまま背後の何かにぶつかり……
「エミリー!!」
その瞬間、聞き覚えのある声が聞こえてきて、私の体はその声の主にキャッチされた。
「うぐっ!?」って声が聞こえてきたけど、背後の人物は私をしっかりと受け止める。
この声は……師匠だ。
なんでここに?
「待たせたわね! ルーデウス!」
そして、現れたのは師匠だけじゃなかった。
行方不明だったエリスさんが、ギレーヌが。
他にも姉が、ロキシーさんが、お婆ちゃんが、父が。
エリスさんとギレーヌを除けば、ウチの家族とルーデウスの家族の中で少しでも戦闘能力がありそうな面子が、全員ここに集合していた。
無理無茶無謀としか言いようがない。
いくら数を集めても、一定以上の戦闘力が無いとオルステッド相手には無力だ。
この中でギリギリ戦力になりそうなのは、エリスさんとギレーヌくらいだと思う。
でも、そんな無理無茶無謀をしてでも助けにきてくれた皆を見て、オルステッドは━━
そこで私の意識は落ちた。
パウロの剣「ぐはぁーーー!?」
これが残ってたら万が一があり得るので、社長に本気で警戒されて叩き斬られたクソチート武器。
バランスブレイカーなど不要だ!
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61 目覚めたら……
目が覚める。
最初は寝起き特有のボーっとした感じが頭を支配してたけど、意識がハッキリしてきて、気絶する前の記憶が蘇るにつれて、なんで私は生きてるのかな? と疑問が湧いた。
目に映る景色は、見覚えがあるようなないような微妙な天井。
困った。
これじゃあの名台詞「知らない天井だ」が使えないじゃないか。
とりあえず、寝た状態から体を起こす。
そしたら二人の男が目に入った。
二人は向かい合うように座ってて、一人は私に背中を向けて、もう一人はその対面に座ってる。
「起きたか」
「わ」
その対面に座ってる方に話しかけられて、目が合って、びっくりした。
銀髪金眼の怖い顔、オルステッドだった。
でも、敵意も殺意も見えない。
あれ?
どういうことぞ?
私達、オルステッドと殺し合ってたんじゃなかったっけ?
「お前達は本当に俺を見ても怖がらないのだな」
「エミリー!!」
「わぷ」
オルステッドがなんとなく、本当になんとなくだけど、ちょっとだけ嬉しそうな顔したように見えた直後、もう一人の背中を向けてた方によって私は強く抱きしめられた。
ルーデウスだった。
色々疑問はあるけど、とりあえず妻子のある奴が義妹に抱きつくなし。
ひるドラみたいな誤解されるのはごめんだよ私は。
あ!
しかもこいつ! どさくさ紛れに手が私の尻に向かってるぞ!
「死ね!」
「ごめんなさい!」
頬骨が砕けるくらいのセクハラクラッシャーパンチを食らわせた後、被告人に事情聴取したら、抱きついた時の感触が姉に似てて脊髄反射的に手が動いてしまったとのこと。
有罪。
腹を切って詫びろ!
「茶番はそれくらいでいいか?」
「あ、す、すみません、オルステッド様!」
「んん?」
ルーデウスがナチュラルにオルステッドを様付けした。
あ、ちょっと今ので展開が読めたかも。
「とりあえず、そいつに説明してやれ」
「イエッサー!」
オルステッドの命令にルーデウスがふざけた口調で答えつつ、私が気絶した後の顛末を説明してくれた。
まず、あの後、駆けつけた皆とオルステッドによる戦いが勃発。
右腕を斬られたとはいえ、まだ魔導鎧のあったルーデウスとエリスさんが協力することによって、なんとオルステッドの片手を斬り飛ばすほどの善戦をしたらしい。
ごめんエリスさん、あなたのこと舐めてたよ。
まあ、エリスさん曰く、オルステッドは謎の舐めプモードだったらしいけど。
本人に真相を聞こうとして目を向けたら「確かめるためにやったことだ」って答えが返ってきた。
よくわからぬ。
で、善戦はしたものの、オルステッドは治癒魔術を使って一瞬で全ての傷を治した後、魔導鎧をバラバラに両断し、飛びかかってくる皆を峰打ちで叩き伏せた。
仲間も魔導鎧も失い、魔力すら枯渇寸前になり、無様に地面に這いつくばって命乞いするルーデウスに対し、オルステッドはこう言ったらしい。
『ヒトガミを裏切って俺に付け!!』
って。
オルステッド曰く、呪いが効かない私達の体質と、純粋な戦闘能力、それとヒトガミがわざわざ始末しようとする厄介さには利用価値があるとのこと。
勧誘するつもりだったから、私にもガルさんにもトドメを刺さなかったのだ。
戦いが途切れた時に私が「不本意」って言ってたのを聞いて、実際に戦ってみて殺すには惜しいほどの力があるって思ったからこそ、オルステッドは勧誘を決意したみたい。
言っといて良かった。
そして、裏切った瞬間にヒトガミの攻撃が始まるんじゃないかという懸念も、どういう理屈かはわからないけど、オルステッドはヒトガミの目に映らない特殊な能力を保持してるらしいので、オルステッド周辺もヒトガミには見えず、裏切って即攻撃が始まるってことはなかった。
しかも、オルステッドに頭を下げて服従を誓ったルーデウスもまた、オルステッドが身につけてた腕輪を媒体に似たような能力を与えてもらい、ヒトガミの目に映らなくなったんだって。
「それ、私にも、くれない?」
「悪いが一人用しかない」
の○太くんをハブる時のス○夫か。
まあ、無いならしょうがない。
話を戻すけど。
ヒトガミにこっちが見えてない間に、ルーデウスはオルステッドにさっき助言と一緒に貰った召喚魔術のスクロールにより、家族を守護する守護魔獣を召喚する予定らしい。
ヒトガミによる不幸連鎖のピタ○ラスイッチ攻撃は、そういう『運命の強い守護魔獣』とやらに守らせることで防げるんだってさ。
これまた理屈なんてこれっぽっちもわからなかったけど、例えるならピ○ゴラスイッチやってるところに乱入してきて、装置のどこかしらを適当にぶっ壊して滅茶苦茶にしてくるペットがいれば大丈夫とか、そういう感じだろうと自己解釈した。
なんのことはない。
要するに、オルステッドにはちゃんと、ヒトガミからルーデウスを守ってくれるだけの力があったってことだ。
先に教えておいてほしかった。
まあ、最終的には最高の落としどころに落ち着いたんだから、結果オーライってことにしておこう。
そうじゃなくたって、一番の被害者はオルステッドなんだから、私に言えるのは「ごめんなさい」だけだ。
ヒトガミ対策はこんな感じ。
で、ルーデウスがオルステッドに下った後の皆の反応はというと、当然のことながら大反対の嵐。
オルステッドには嫌われる呪いがあるからね。
今だって皆はここで何があってもいいように、建物の外で警戒待機してるらしいよ。
中にまで入ってきてオルステッドを刺激したら、私がどうなるかわからないってことで。
言われてみれば気配がするわ。
それと、ここはルーデウスが魔導鎧を作るための場所として購入したシャリーア郊外の小屋だったみたい。
道理で見覚えがあるようなないような天井だったわけだ。
それで、私がここで寝てた理由は何かというと。
驚いたことに、あの戦いから既に10日くらいが経過してて、その間私が全く目を覚まさないもんだから、心配したルーデウスが、私の傷を治療してくれた張本人であるオルステッドに見せることにしたって感じの経緯だったらしい。
ちょうどオルステッドに呼び出されたタイミングでもあったみたいだしね。
で、オルステッドの診断結果はただの過労。
同じく治療されたガルさんは、気絶すらせずに「オルステッドに下る? ふざけんな!」って言って剣の聖地に帰っちゃったみたいなのに、私だけこれとか中々に不甲斐ない。
あ、オルステッドは勧誘を拒んだガルさんを殺すつもりもないみたいだよ。
殺したら私達(特に呪いの影響下にある皆)からの心証が、ドン底を通り越して造反待ったなしになりそうだからって。
まあ、何はともあれ、私はこうして無事に目覚めた。
そして、私が寝てる横で、オルステッドはルーデウスを呼び出した本題であるお互いの情報のすり合わせと、これからどうするのかって話をしてたらしい。
その内容も、ルーデウスが噛み砕いて私に教えてくれた。
説明その1。
オルステッドとは、そもそも何者なのか。
世界最強の男でヒトガミの敵でしょ?
それ以上の込み入った事情にはあんまり興味ないんだけど、上司の行動理念は知っとくべきだってルーデウスに言われて、まあそれもそうかと思って説明を聞いた。
オルステッドの正体。
それはヒトガミに殺されてしまった初代龍神とやらが、ヒトガミを倒すべく『転生法』という秘術を使って未来に送り込んだ初代龍神の息子である。
この初代龍神っていうのは、この世界に伝わる有名なおとぎ話の登場人物だ。
英雄譚じゃないから私はあんまり興味なかったけど、聞いたことくらいはある。
前世で例えるならアダムとイブとか、キリスト神話並みに有名な話だからね。
文明圏で生きてれば、どこかで耳に入る。
かつて、この世界は7つの世界に分かれていて、それぞれの世界の神が、それぞれの世界を支配していた。
人の世界を支配する『人神』。
魔の世界を支配する『魔神』。
龍の世界を支配する『龍神』。
獣の世界を支配する『獣神』。
天の世界を支配する『天神』。
海の世界を支配する『海神』。
無の世界を支配する『無神』。
しかし、大昔に龍の世界の悪い龍神が大暴れして他の世界をぶっ壊し、生き残った人達は唯一残った人の世界へと逃げ込んだ。
その人の世界も龍神は滅ぼそうとしたけど、そこで龍神の配下であった『五龍将』が造反し、龍神と相討ちになって死亡。
その時の戦いの余波で龍の世界も滅亡。
こうして世界は今私達が生きる人の世界だけとなり、他の世界から逃げてきた、魔族、龍族、獣族、天族、海族と、元々この世界に生きていた人族が交わって生活するようになった。
私の種族であるエルフや、タルハンドさんの種族であるドワーフみたいな亜人っぽい人達がどこから来たのかは説明がなかったから知らない。
これがこの世界の創生神話みたいな物語。
でも、オルステッドの説明によると、悪い龍神ことオルステッドのお父さんが大暴れしたくだりには裏があるらしい。
初代龍神が大暴れした理由は、人神を名乗っていたヒトガミに騙されたから。
あいつ、何万年前から悪さしてんねん……。
とにかく、そんな感じで、お父さんの仇討ちのためにヒトガミ討伐に邁進してる人がオルステッドである。
ヒトガミを倒すためにお父さんに色々秘術をかけてもらってるんだけど、その副作用でオルステッドは魔力の回復がもの凄く遅いらしい。
普通の人の千倍は魔力回復に時間がかかるから、軽々しく本気で戦えない。
これが『本気を出せない呪い』の正体だとも教えてくれた。
説明その2。
私達にオルステッドの嫌われる呪いが効かない理由。
答え。
多分、私達が異世界人だから。
ルーデウスは静香に呪いが効かないって話になったあたりで、覚悟決めてオルステッドに自分が転生者であることを話しちゃったらしい。
その結果、転生というものの正体が発覚した。
オルステッドも異世界からじゃないけど、過去から転生してる転生者だからね。
転生については詳しかったっぽい。
そして転生、というより龍族の秘術である『転生法』というのは、己の魂を未来に送り、別の生命体を乗っ取って復活するというもの。
……この時、凄まじく嫌な予感がしたけど、とりあえず最後まで話を聞いてくれとルーデウスが言うので、最後まで聞いた。
転生法にはルールというか、制限みたいなものがある。
本来であれば肉体と魂は唯一無二のものであり、他の体に寄生しても拒絶反応が出て転生は失敗に終わってしまう。
だから、転生法では事前に多くの他者に己の『因子』なるものを打ち込み、その打ち込まれた人が子供を作る度にほんの少しずつ遺伝子情報的なものを書き換えて、最終的にかつての自分と全く同じ体の子供を産ませ、その子供に成りすまして転生するらしい。
頭がパンクしそうな難しい話だったけど、私の根幹に関わる話なので根性で聞いた。
で、その転生法だけど、現代ではペルギウスさんやシャンドルのお父さんに倒されたっていう、あの『魔神』ラプラスがそれをやってるみたいで、今の世界にはラプラスの因子を持ち、ラプラスと似た特徴を持つ人達が多く生まれてる。
その特徴っていうのは、高い魔力や魔術の素質、頑強な肉体、生まれながらの魔眼、緑色の髪、闘気を纏えないなどが該当する。
この条件、思いっきり私に当てはまってるよ!
同じ血が流れてる姉と合わせれば、闘気を纏えない以外全部じゃん!
だけど、それはルーデウスも同じらしい。
ルーデウスの場合は高い魔力と魔術の素質、それと闘気を纏えないに該当する。
確かに、ルーデウスの魔力総量はバカみたいに多い。
私と比べたらバケツの水とプールの水くらい違う。
魔力眼出力強で初めてルーデウスを見た時は緊急事態というか、具体的に言うと転移の迷宮でのロキシーさんとの情事中だったからスルーしちゃったけど、後から考えてみるとツッコミを入れるべき魔力量だったよ。
それにラプラスの因子、通称『ラプラス因子』っていう理由があったなら納得する。
魔神ラプラスの魔力総量は歴史上トップクラスってシャンドルから聞いたことあったし。
で、そんなラプラスの転生法と私達の転生の関係性はというと。
オルステッド曰く、私達のこの体は死産だったんじゃないかって話だ。
「ルーデウスは魔力方面に、お前は肉体方面にラプラスの因子の影響が強く
それだけのデタラメな体ならば魂の方が耐えられなくともおかしくはない。
魂が壊れて死産となるはずだった赤子の体。そこにお前達が滑り込んだのだろう」
そこまで聞いて、ようやく私は少し安堵した。
私は確かに転生者だけど、エミリーという少女の人生を奪ったわけではなさそうだとわかって、安心した。
いや、結局まがい物には違いないんだけど。
それでも、一人の人生を奪った簒奪者ではなく、まがい物でもあの二人の娘として、今まで通り胸を張って生きていこうと誓った。
そんな最重要議題を終えて、説明その3。
オルステッドの仲間になったけど、何すればいいの?
答え。
ヒトガミをぶっ殺す。
うん。それはわかってる。
知りたいのは具体的な方法だ。
聞いてみると、オルステッドでも現時点ではヒトガミを倒すことはできないらしい。
そもそもヒトガミのところに行くことすらできない。
ヒトガミのいる無の世界の中心に行くには、未来ルーデウスの日記に書いてあった通り、『五龍将の秘宝』がいる。
その秘宝は現時点でも四つまでは回収可能だけど、最後の一つは数十年後に転生法で復活する最後の五龍将である『魔神』ラプラスが持ってるから今は回収できない。
この世にいない奴から秘宝の回収はできないのだ。
はい、ちょっと待とうか。
ラプラスが五龍将ってなんやねん?
ラプラスって400年前の戦争で魔族を率いた魔神でしょ?
龍族じゃなくて魔族じゃないの?
というわけで、説明その4。
ラプラスって何者?
答え。
オルステッドのお父さんに仕えてた初代五龍将唯一の生き残り『魔龍王』ラプラスの成れの果て。
すみません、まだわかりません。
もうちょっと噛み砕いてください。
要求通り噛み砕いて教えてくれたルーデウスによると、魔龍王ラプラスは初代龍神と相討ちになったっていう初代五龍将の一人だけど、
そもそも五龍将が龍神と戦うハメになったのもヒトガミのせいなので、真相を知ったラプラスは初代龍神の配下に戻り、崩壊する龍の世界を脱出。
その後は二代目龍神を名乗り、ヒトガミを倒すために色々と頑張ってたらしい。
だけど、そんなラプラスを疎ましく思ったのか、第二次人魔大戦という『魔界大帝』キシリカ・キシリスが起こした二度目の人族と魔族の大戦争のどさくさに紛れて、ヒトガミの使徒となった『闘神』がラプラスを強襲。
大陸に大穴を空けるほどの死闘の末に、ラプラスは魂を真っ二つに引き裂かれた。
これが魔界大帝キシリカが、『黄金騎士』アルデバランと相討ちになったっていうエピソードの真相だ。
実際はキシリカとアルデバランじゃなくて、ラプラスと闘神が相打ちになってたのだ。
いい加減な伝承である。
そして、魂を真っ二つにされたラプラスは、記憶を失って二人の人物となる。
人を憎悪する『魔神』ラプラス。
神を打倒せんとする『技神』ラプラス。
魔神の方のラプラスは、記憶を失ったことでヒトガミへの恨みつらみが、何をどう間違ったのか『人族』を抹殺せねばという想いに変換されちゃったみたいで、400年前に魔族を率いて人族を滅ぼすための戦争を起こした。
『ヒト』と『人』で間違えられた人族は、とんだとばっちりである。
一方、技神の方のラプラスは、記憶を失いつつも自分の覚えてる膨大な技を誰か(オルステッド)に伝えなければならないっていう目的だけは、おぼろげに覚えていた。
そこで『七大列強』というシステムを作り、人々が最強の座を求めて研鑽するように仕向けた。
何を隠そう、私の最終目標だった七大列強第一位こそが、この技神である。
ルーデウスがヒトガミから聞いた話によると、技神よりも本気出したオルステッドの方が強いらしいから、私の最終目標もそっちにシフトしてるけどね。
話が逸れちゃったけど、とにかくヒトガミをぶっ殺すためには、ラプラスから最後の秘宝を回収するのが絶対条件。
他の秘宝はオルステッドが回収するらしいからいいとして、じゃあ私達は何をすればいいのかというと、約100年後に起こるヒトガミとの最終決戦に向けて、色々と布石を打つことだって。
オルステッドはお父さんがかけてくれた秘術のおかげで、ヒトガミには及ばないまでも、ある程度未来が見える。
何をどう動かせば歴史がどう変わって、どうやれば自分に有利な未来になるのかがわかる。
タイムリープ系の主人公みたいな能力だなぁ。
ちなみに、その能力で得た情報を参考に、ヒトガミが今まで私達に接触してきた目的をオルステッドが分析したところ、
「ルーデウスの方は渡された日記を読んでから考察するが……エミリー、お前に対してのヒトガミの狙いはわかりやすい。
確認だが、お前がヒトガミに会ったのは一度だけ。転移事件で紛争地帯に飛ばされ、そこでシャンドルと出会う前。
助言は想定していたルートを迂回して進み、その先で出会うビゴという人物に助けを求めろ。
そして、それに逆らった結果シャンドルと出会った。間違いないな?」
「うん」
もう何年も前だから記憶が曖昧だけど、とりあえず神妙な顔でうなずいておいた。
私が覚えてなくても、オルステッドの方が前に会った時の会話を覚えてるっぽいから問題ない。
「更に、お前はシャンドルと出会う前に大量の刺客からの襲撃を受けたと言っていたな?
それを踏まえれば、恐らくヒトガミは他の者に助言をして刺客達を誘導し、お前を始末したかったのだろう。
だが、予想以上にお前の運命も力も強く、奴が望む未来へ導けなかったと見える」
「運命?」
野郎がそんな前から私を狙ってたことにもイラッとしたけど、ちょっとよくわからない単語が出てきたから、そっちを優先する。
というか、オルステッドの話は転生法だの、ラプラス因子だの、未来視だの、運命だの、難しい話が多すぎて、通訳デウスがいないと理解できないよ。
「エミリー、多分運命っていうのはマンガとかでよくある因果律みたいなものだと思う。
タイムスリップとかで過去を変えようとしても、結局は似たような結果になるみたいな話あるだろ?
あんな感じで、運命の強い奴の行動は、ヒトガミでも中々変えられないみたいなんだ」
「ごめん。私、そういう、頭、使う、作品、苦手」
「そ、そうか。ごめんな」
やめろ!
その可哀想な子を見る目をやめろ!
根本的なところはわからなくても、ちゃんとニュアンスくらい伝わったわ!
「要するに、ヒトガミ、私の、行動、変えられなかった。そういう、ことでしょ?」
「そうだ。奴には恐らく複数の未来の道筋が見えている。助言によって他者の行動を変え、自分が最も望む未来の道筋に乗せるというのが奴のやり方だ。
奴に従わず、奴に従った者によって起こされた現象の尽くを退ければ、奴は望んだ未来に誘導することができなくなる」
追加で語られたオルステッドの話はよくわからなかったけど、とりあえず私の答えは正解だってことはわかった。
それで充分だ。
「お前の現状は、もうひと押しすれば殺せそうに見えたのだろうな。
使徒に何度か助言を与え、お前の未来を悪い方へ悪い方へと数回変化させれば、そのうち増やした未来の道筋の中にお前が死ぬ未来が現れて、ゴリ押しで始末できると思ったのだろう。
ヒトガミが安易に誰かを始末しようと思った時によく使う手だ。
特に転移事件は多くの運命が狂った特異点。
そこで追い詰められていたのなら、始末するには絶好のチャンスに思えたはずだ」
そんな難しい理屈こねくり回してまで殺しにくるとか、ヒトガミめ、そんなに私が怖いか。
装備アイテム扱いしてたくせに。
「だが、奴の狙い通りにことは運ばず、何度変化させてもお前が死の未来に辿り着くことはなかった。
そこで奴は次善策を取ったのだろう。それがお前への助言だ」
「ちなみに、エミリーが助言に従ってたらどうなってたんですか?」
「ヒトガミが助けを求めろと言ったのは、恐らくマルキエン傭兵国のビゴ・マーセナルだろう。
奴はとある戦いで死ぬ運命だが、何かの拍子に生き残ればマルキエン傭兵国の大将軍になる。
そんなビゴに助けを求めれば、恐らく両親の安全と引き換えにマルキエン傭兵国のために戦うことを要求されていた。
結果、エミリーは紛争地帯に押し込められ、本来起こすはずであったヒトガミにとって都合の悪い出来事を起こさない」
「うっわ」
思わず声が出た。
逆らっといて良かった助言。
あの時の私、グッジョブ。
「それと、シャンドルにも会わせたくなかったのだろう。
奴はヒトガミがロクでもない存在だということを知っている。
そのシャンドルから聞けば、お前はヒトガミの言うことをより一層聞かなくなる可能性が高いからな」
「そのシャンドルさんって何者なんですかね……。ヒトガミもオルステッド様との戦いに呼ぶなって言ってましたし」
「北神カールマン二世だ」
「ふぁ!?」
せっかく隠してたシャンドルの正体がさらっとバレてるけど、まあいいや。
どうせアリエル様とかにはバレバレだったし。
「ひとまず、今日のうちに説明すべきことはこれくらいか。次はこの日記を読み終えた後に呼び出す」
その一言で今日のところは解散となった。
私はまだカールマンショックが抜けてないルーデウスを引きずって外に出る。
情報量が多すぎて頭がパンクしそうだ。
知恵熱も出てるから、明日には全部の説明を忘れてそうな気がするなぁ。
けど、創生神話の裏側や、英雄譚に出てくる有名人の真実っていうスケールの大きい話は聞いてて結構ワクワクしたから、意外と忘れないような気もする。
歴史の授業は頭からすっぽ抜けても、好きなアニメとかマンガとかの設定は忘れないのと同じ現象だ。
そして、建物を出た私は、待機してた家族や師匠に「無事で良かった!」ともみくちゃにされたのだった。
エミリー「私はポンコツだけどバカじゃない。好きなことはちゃんと覚えられる」ドヤァ
・エミリーの夢に出たヒトガミの狙い
助言はダメ元。
ワンチャン言うこと聞かせられたらいいなとは割と切実に思っていたが、
本命は夢に出ておくことで、それを知ったオルステッドにエミリーを始末させること。
実際、ナナホシの提案でルーデウスを見逃した前例がなければ、そうなっていた可能性はそれなりに高い。
最悪それで始末できなくても、ルーデウスの方が成功すれば問題なし。
結果。
問題しかなかった。orz
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62 初任務へ
無事目覚めたことで皆にもみくちゃにされ、「オルステッドの呪いかと思った!」とかオルステッドが不憫になるような疑いを持ってた皆の誤解を晴らし、
師匠に剣を失っちゃったことを謝って、「そんなこと気にするより自分の心配しろ!」って男前なセリフに心を打たれた後。
私はペルギウスさんから渡された連絡用の魔道具を使って空中城塞に連絡を入れた。
そこから迎えにきてくれた、前に私が殴っちゃった人こと、ペルギウスさんの12の使い魔の一人『光輝』のアルマンフィさんに転移の魔道具を渡され、ペルギウスさんの転移魔術っていう正規のルートで空中城塞に行って静香に会ってきた。
この連絡用魔道具、七大列強の石碑とかのペルギウスさんに縁のある場所からじゃないと連絡届かないのが不便だけど、
連絡さえ入れば、なんと光の速度で移動できるという最強の伝令兵アルマンフィさんが一瞬で迎えにきてくれるので、総合的には死ぬほど便利。
まあ、私はペルギウスさんに多分嫌われてるから使い倒すことはできないだろうけど。
『そう。じゃあ、オルステッドとは協力することになったのね』
『うん。そういうことになった。最初からこうすれば良かったって激しく思うよ。……ごめんね、静香。ルーデウスを止められなくて』
『いいのよ。エミリーだって凄く頑張ってくれたし、何より結果オーライだしね。ただ、私もオルステッドを裏切っちゃったから、次に会う時が怖いけど……』
『護衛でもしようか?』
『お願いできる?』
『任された』
そんな感じで後日、静香とオルステッドが会った時に立ち会った。
オルステッドは裏切られたことにちょっとショック受けてる感じだったけど、最終的には静香を許して朗らかに会話してたよ。
殺されかけたのにこれとか、懐が深いなオルステッド。
さすが世界最強。
心の広さも世界一か。
静香の方はそんな感じとして、ルーデウスの方でも色々あった。
まず、ルーデウスはエリスさんと結婚した。
なんでも、私もガルさんもやられて絶対絶命のあの状況で迷わずオルステッドに立ち向かい、カッコ良くルーデウスを守ってくれた姿にキュンときたらしい。
そんな神がかり的なタイミングで現れた理由が道に迷って到着が遅れたからっていうのは締まらないけど、それを口に出したら「お前が言うな」の総ツッコミが飛んできたからさて置く。
エリスさんとルーデウスは元々フィットア領ですれ違う前までは両想いだったみたいだし、聞けば初体験もお互いだったって話だし、キッカケさえあれば焼けぼっくいに火がつくのも早かったんだと思う。
エリスさんも私の予想に反して理知的で、ルーデウスとの間にすれ違いがあったって事実をちゃんと飲み込んで、他の女とくっついたことを責めなかったみたいだしね。
とりあえず、更に重婚しやがった上に「エミリーにもキュンときたんだけど」とか笑えない冗談をのたまったルーデウスには「三股野郎に惚れる趣味はない」となじりながらゴミを見る目を向けておいた。
今回は私に浮気の原因がないから存分になじれる。
姉が何も言わないから、私もそれ以上は言わないけどさぁ。
でもまあ、狂犬襲来からの家庭崩壊よりは遥かにマシか。
もっと拗れるかと思ったけど、エリスさんもグレイラット家も、予想以上にすんなりとお互いを受け入れてくれた。
皆の心情が色々と上手いこと噛み合った結果の奇跡だ。
ロキシーさんの一件とか、もっと遡れば師匠がリーリャさんを孕ませた一件とかで、グレイラット家が重婚に慣れてたっていうのも大きい。
あと、エリスさんは重婚が珍しくもない貴族の出身だったから、そういうのに拒否感が無かったらしいのも大きい。
もう貴族らしさなんて微塵も残ってないけど。
いや、それは元からか。
そして、エリスさんにくっついてきたギレーヌも、師匠やゼニスさんやお婆ちゃんと再会して、一緒に宅飲みをしてた。
お婆ちゃんは妊婦だから飲んでないと思うけど、後日見かけた時は皆良い笑顔だったから良かったよ。
ゼニスさんもちょっと微笑んでたし。
転移の迷宮の時に唯一いなかったギレーヌとの縁も戻って、ようやく元Sランク冒険者パーティー『黒狼の牙』の絆が完全復活した感じがして、私までなんだか感慨深かった。
で、オルステッドが日記を読み終えた後でもう一回開いた説明会の方だけど。
私が聞いてもちんぷんかんぷんだし、ヒトガミの目に映らない二人だけで話した方が良いだろうって理由をひねり出して遠慮しておいた。
後で要点だけ纏めてルーデウスが教えてくれる予定だ。
その翌日。
ルーデウスはオルステッドから貰った召喚魔術のスクロールで守護魔獣の召喚に成功した。
一回アルマンフィさんが召喚されて、ペルギウスさんに怒られるというトラブルが発生したものの、仕切り直して無事に召喚は終わったそうだ。
その守護魔獣は見せてもらったけど、でっかい豆柴って感じだった。
実に可愛いけど、守護魔獣としては頼りない。
と思ったら、なんとその豆柴『聖獣様』っていう獣族の信仰対象にまでなってる凄い獣らしい。
オルステッド曰く、この豆柴の縄張り内ならヒトガミのピタ○ラスイッチなんて怖くないんだって。
凄いな豆柴。
ルーデウスによって『レオ』と名付けられた聖獣豆柴は、その日からお散歩でシャリーア中を走り回って、我が家も含むルーデウス邸周辺を自分の縄張りにした。
これでウチの家族も大丈夫だろう。
その後、ルーデウスからオルステッドとの会議で決まった仕事についても説明された。
私達の最初の仕事はなんと、
「アリエル様を、アスラ王国の、国王に?」
「ああ、アリエル様が王になるとヒトガミにとって都合が悪い。逆にオルステッドにとっては都合がいいらしい」
ああ、なるほど。
そういう感じか。
オルステッドがシャンドルのごとくアリエル様の魅力に陥落したのかと思ったけど、そんなことなかったんだね。
でもまあ、アリエル様の手伝いをすること自体は昔から決めてたことだから問題ない。
元々は姉が手伝うなら私も手伝わないと姉が危ないじゃんって理由だったし、それは今でも変わってないけど、そこそこ一緒に過ごしてるうちに、あの人自身にも情が湧いてるしね。
セクハラは許さないけど。
で、そのアリエル様は最近、ペルギウスさんを勧誘しようとしてフラれまくってるらしい。
いつかアリエル様が言ってた気がするけど、ペルギウスさんはアスラ王国の生ける伝説。
味方にできれば勝利確定とまでは言わないけど、滅茶苦茶強力なカードにはなるんだって。
アリエル様は現時点での勝率が30%くらいのところを、ペルギウスさんが加入すれば一気に90%に跳ね上がるって言ってた。
3倍だよ、3倍。
ペルギウスさんのアスラ王国での影響力、発言力はそれくらい凄いらしい。
シャンドルも凄いっちゃ凄いんだけど、あくまでもシャンドルは北神カールマン
アスラ王国でペルギウスさんと同等の力を持ってたのは、シャンドルのお父さんの北神カールマン一世だ。
シャンドル自身にアスラ王国で活動した実績はないから、ぶっちゃけ、アスラ王国でのシャンドルの力は完全に親の七光りに依存することになる。
というのが、アリエル様談。
それでもシャンドルがいなければ勝率は10%を切る上に、万全の準備を整えられたとしても40%いかないって話だから、どれだけ北神一世が偉大だったのかわかるね。
そんなシャンドルにも、近いうちに連絡を入れる予定だ。
オルステッド曰く、あと少しすればアスラ王国の現国王、つまりアリエル様のお父さんが病気になったっていう報せが来て、跡目争いが本格的に始まるらしいから。
連絡手段は冒険者ギルドに依頼して、各地の冒険者ギルドの掲示板にシャンドルへの伝言を貼り付けてもらうこと。
中央大陸にはいるって言ってたし、場所によってはすぐに合流できると思う。
ただ、シャンドルがアリエル様と合流するのは当然ヒトガミも警戒するはず。
私の手紙を握り潰した時みたいに手を打たれて、あるいは既に手を打たれ終わってて、全てが終わるまで合流させてくれない可能性も高いから、シャンドルが来ること前提で考えるのはやめとけってオルステッドは言ってた。
多分、ヒトガミがオルステッドとの戦いにシャンドルを呼ぶなって言ったのは、これが理由だと思う。
同じく北神カールマンの血を受け継いでるアレクも同様。
オルステッド曰く、シャンドルとアレクがこの時期にシャリーアにいたら、アリエル様に協力する可能性が高かったんじゃないかって。
シャンドルはアリエル様に陥落させられてるし、アレクは父親を超える英雄になりたいって言ってたから、活躍のチャンスは逃さないでしょ。
一緒に行動させたら親子関係の問題でギクシャクするかもしれないけど、あの二人だったら私が潤滑油になれる。
そして、北神が二人揃ってれば、戦闘面でも政治面でもアリエル様がめっちゃ有利で、オルステッドはニッコニコ。
逆にヒトガミは涙目。
だから、全力で遠ざけるだろうっていうのがオルステッドの予想だ。
そうなると、シャンドルもアレクも無しでアリエル様を勝たせる方法を考えないといけないわけで。
オルステッドとルーデウスが考えたのは、やっぱりペルギウスさんを仲間に加えることだった。
ペルギウスさんがアリエル様の仲間になるための条件として提示したのはただ一つ。
アリエル様が王として相応しいとペルギウスさんに認めさせること。
ペルギウスさんが出した試験『王にとって最も重要な要素とは何か?』っていう質問に、アリエル様が望む答えを返せたら仲間になってくれるらしい。
それができてないからフラれてるんだけど。
そこで、オルステッドとルーデウスは一計を案じた。
「図書迷宮?」
「はい。そこには、かつてペルギウス様達の盟友として共に魔神ラプラスと戦った当時のアスラ王国国王、ガウニス・フリーアン・アスラに関する資料が大量に存在するそうです。そこになら、ペルギウス様が求める王の姿のヒントが何か……」
「行きます」
ルーデウスが出した提案に、アリエル様は食い気味に即答した。
図書迷宮。
ルーデウスの説明によると、古今東西ありとあらゆる本を、本好きの魔王が魔眼で盗み見て書き写して保管してる場所らしい。
本好きの魔王ってなんだよって思ったけど、世の中には変態な王女様だっているんだから、肩書と中身が一致してない人くらいありふれてるよねと一瞬で思い直した。
魔王だって本を読むし、王女様だってSMに目覚めるのだ。
そこを否定するのは人種差別ってものだよ。
そんなことを思ってたら、SMに目覚めてる王女様の方を自然と見てた。
「そんな情熱的な目で見詰めてきてどうしたんですか、エミリー? もしや遂に私のお誘いに乗ってくれる気になりましたか?」
「違う」
アリエル様は元気であった。
色んな意味で元気であった。
もう無敵なんじゃないかな、この人。
ヒトガミは日記の未来で、この人をどうやって負けさせたんだろうなぁ。
まあ、それはともかく。
オルステッドの仲間として赴く最初の任務地は決まった。
いざ、図書迷宮へ。
ペルギウスがダメでも、シャンドルという保険がいるから元気()な王女様の図。
日記ルートのヒトガミ「まずルークを誘導して目先の勝利を重ねさせて信用させてから、ダリウスを誘導して最後の最後で罠に嵌めるように仕向けて、レイダにもあの魔剣装備したエミリーの詳細情報を伝えとかないと負けるし、その前にシャンドルを中央大陸の端に誘導して戻ってくる前に決着つけないといけないし、ああもう! おのれエミリー!!」
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63 図書迷宮
行くって話が出てから即行で準備が整えられ、三日後には既に私達は図書迷宮の中にいた。
図書迷宮は滅茶苦茶ご近所にあったのだ。
なんてことは、もちろんない。
図書迷宮は北方大地から順当に旅すれば、世界を一周弱しないといけない魔大陸の奥地にある。
それなのに、たった三日で来れたのは転移魔法陣で距離をすっとばしたからだ。
オルステッドの仲間特典の一つである。
彼は武力だけじゃなくて頭の方もよろしいので、色んなことに詳しい。
世界各地にある転移魔法陣の場所も知ってるし、何なら自分で設置できる。
今回のは設置したタイプだ。
ウチの社長が万能すぎてやばい。
そして、図書迷宮の中に足を踏み入れたのは、アリエル様、姉、ルーデウス、私、それから師匠似の騎士ことルークさんを含めたアリエル様の従者の人達5人。
従者の人達は姉を除いて11人いるけど、6人はシャリーアで仕事してるから来てない。
更に、ここに追加で三人。
エリスさんとギレーヌと師匠だ。
この三人に仕事中の従者の人達を加えたメンバーが、そのままアスラ王国の戦いに赴くメンバーになる。
エリスさんは単純な戦力。
アスラ王国ではほぼ確実に戦闘になる。
日記ではレイダさんとオーベールさんがアスラ王国に雇われてるって書いてあった。
あの二人と戦うなら、戦力は一人でも多い方がいい。
戦力って意味ではロキシーさんとお婆ちゃんもそれなり以上に強いんだけど、あの二人は妊娠中だから連れていけるわけもない。
対して、エリスさんには戦えない事情とかないし、しかもエリスさんはルーデウスのために頑張ってたわけで、そのルーデウスが戦いに行くんだから付いていかないわけがない。
ギレーヌの目的は、仕えてたボレアス家の仇討ちだ。
剣の聖地にいた時に聞いたけど、ロアの街の街長だったフィリップさんとその奥さんは、転移事件で紛争地帯に飛ばされて亡くなってたらしい。
ギレーヌも紛争地帯に飛んでて、二人の仇の奴らは見つけ出して殺したから、もう二人の仇討ちは済んでる。
残ってるのは、ボレアス家当主、サウロスさんの仇討ちだけ。
サウロスさんは転移事件の責任を誰かに押しつけられて処刑された。
その押しつけた誰かをギレーヌは探し出して斬りたいのだ。
そいつを政治的なあれこれでギレーヌの前に引き摺り出してあげるから、代わりに力を貸してねって契約で、ギレーヌはアリエル様一行に加わった。
エリスさんもギレーヌと同じく仇討ちも目的としてるだろうけど、比率としてはルーデウスの護衛と半々くらいだと思う。
そして、最後に師匠。
師匠の目的もルーデウス達の護衛だ。
オルステッド戦の時に役に立てなかった分、今回はやってやるって張り切ってる。
でも、それと同時にめっちゃ憂鬱そうな顔もしてる。
なんでかってと言うと、師匠の出自がアスラ王国内でかなりややこしいことになってるからだ。
最近になってようやく知ったんだけど、師匠の出身はアスラ王国の四大地方領主と言われてる四つのグレイラット家の一つ、ノトス・グレイラット家らしい。
つまり、師匠の旧姓というか、元の名前はパウロ・ノトス・グレイラット。
更に、アリエル様の守護騎士であるルークさんのフルネームは、ルーク・ノトス・グレイラット。
更に更に、アスラ王国の王都アルスで私達を門前払いしてくれやがったピレモンさんのフルネームは、ピレモン・ノトス・グレイラット。
これが何を意味するのかと言うと、ピレモンさんは師匠の弟で、ルークさんはピレモンさんの息子だから師匠の甥に当たって、ルークさんとルーデウスは従兄弟ってことだ。
本当に世の中は奇妙な縁で溢れてる。
ただ、今回はただ奇妙な縁だなーってだけじゃ済まない。
ノトス家はアリエル派唯一の有力貴族だったから味方なんだけど、師匠は父親と大喧嘩して実家を飛び出してるので、ノトス家とは相当折り合いが悪い。
その父親はもう亡くなってるそうだけど、勘繰り大好き策謀大好きのアスラ貴族の中に、そんなややこしい事情の師匠が飛び込めば、絶対ロクなことにならないって本人がげんなりした様子で言ってた。
思い返してみれば弟のピレモンさんも師匠に敵愾心持ってたような気がするし、私がピレモンさんに会った時もそのせいなのか色々と苦労させられた。
え?
よくそんな昔のこと覚えてるなって?
されて嫌だったことって意外と忘れないよね。
とにかく、そのせいでルークさんと師匠の仲もちょっとギクシャクしてるし、そういうのと比べものにならないくらいの面倒事が巻き起こるかもしれないと思えば、そりゃげんなりもするよね。
アリエル様が防波堤になってくれることを祈ろう。
そんなメンバーで図書迷宮を進む。
ここは迷宮って名前は付いてるけど、危険はかなり少ない場所らしい。
生息してる魔物は、こっちに敵意のない本好き魔王の使い魔ばっかり。
生やした触手で本を本棚にしまうカタツムリ。
壁を掘って図書館を広げるアリ。
体内に本を入れて運んだり、アリが掘った壁の破片を体内で分解して加工して本棚の素材にしてるスライム。
そういうのしかいない。
実に平和だ。
道中の本棚に入ってる本を軽く確認しながら、数キロ単位の広さを持つ図書館の先へ先へ。
姉が気づいたんだけど、図書館の奥に行けば行くほど、本の年代が新しくなってるみたい。
私達が求めてるのは、400年前の王様の資料だ。
外側にあった本は何千年も前のやつだったし、そうなると400年前なんて比較的新しいことになる。
だからこそ、とりあえず図書館の中心に向かって私達は歩いた。
ただ、図書館の中心には大分毛色の違うのがいた。
「おお」
それは巨大なスライムだ。
何十本もの触手を動かして、同時にいくつもの本を高速で書いてる。
あれが本好きの魔王様かな?
魔王なんて肩書持ってるだけあって、かなり強そう。
でも、私とは相性が良さそうでもあった。
他の皆の話だと、スライムは核を潰さない限りいくらでも再生するし、あんな巨大だと剣が届かないから、剣士は相性が悪そうな感じなんだけど。
王竜王だの、不死魔王だの、巨大な魔物だの、やたらとHPの高い怪物達を倒してきた英雄の剣術を受け継いでる私としては、むしろ、そこらの剣士を相手にするよりやり易そう。
烈断で吹っ飛ばして、再生してる間に破断の準備を整えて放てばそれで終わりそうだ。
破断は不死殺し、回復封じの剣技だから再生もできない。
まあ、もちろん油断はしないし、そもそも戦いにきたわけじゃないんだから、こんなのは無駄な戦力分析に終わった方がいいんだけどね。
魔王様のご機嫌を損ねて襲われないように、図書館ではお静かにを心がけて移動する。
その途中で、
「あ」
姉が何かに気づいたような声を上げた。
「あったよ、この辺りだ」
そう言って、姉が本棚から抜き取って手にした本には『ガウニス王 〜その軌跡と生涯〜』というタイトルが書かれてた。
どうやら目的の区画に辿り着いたらしい。
さあ、検索開始だ。
この膨大な本の中から。
……帰っちゃダメ?
「ダメ」
姉に笑顔で退路を塞がれ、私は皆と一緒に大人しく検索作業を開始した。
それから4日が経過した。
私達は図書館の中でキャンプという、普通の図書館の中でやったら正気を疑われるようなことを実行し、この辺りの本を片っぱしから調べていた。
私は三冊くらい読んだあたりで頭が痛くなった。
どうしてこう歴史書の類っていうのは、カッチリした真面目な文章で書いてあるんだろうね。
もっと軽快に、ラノベみたいな文章で書いてくれれば、私だって頭痛を感じずに読めたのに。
そんな感じで半ば戦力外の私は、とりあえず、それっぽい本を見つけたら、他の人がまだ読んでない本を積んでるところに追加で積むくらいの仕事しかできてない。
でも、そんな私でも、たまに読みやすい本と遭遇することがある。
今読んでるこれなんかもそうだ。
内容はちょっとあれなんだけど、軽い文体で書かれてるから読む分には疲れないんだよね。
ルーデウスの日記と違って字も綺麗だし。
まあ、私にとってはどこまで行っても外国語みたいなものだから、あくまでも比較的にだけど。
というか、よくよく考えてみると、よく読めてるな私。
いつだって人を最も成長させるのは、強く強く必要に駆られることってことか。
まがりなりにも元日本人として、文字が一切読めない生活って怖かったからなぁ……。
『今日は城の女文官にゴミを見るような目で見られた。この大変な時に何してんだテメェって目だ。うるせぇよブス』
『今日は兄上が凱旋した。過酷な戦いだったらしいけど、どうにか勝ったらしい。褒め称えられてた。
局所的な戦いに勝ったところで、ラプラスを倒せなきゃ意味ねぇのにな!
酔ってたせいで思わず口に出てたみたいで、それを聞いてた兄上の護衛騎士の一人にぶん殴られた。でも誰も無礼とか咎めてくれない。
くそう! こうなったら、もう一回飲みに行ってやる!』
『今日は父上にもっと精進しろとか言われた。兄達のようになれとか言われた。
うるせぇ! なれるならとっくになってるわ! 誰も俺に期待なんかしてねぇくせに!
イライラしたから下町に繰り出してチンピラどもをボコしてやった。反撃で歯が何本か折られた。痛い』
姉やゼニスさんに必死で読み書きを教わってた時代を思い出しつつ、日記を読み進める。
綺麗な字に反して、完全にチンピラの愚痴みたいな内容。
どこの時代にもこういう人はいるもんだなぁ。
でも、なんというか、酒場に愚痴を吐きにいって、慰めてくれた給仕の女の子に告白してセクハラしてぶん殴られたとかのエピソード見てると、愛すべきバカって感じがする。
酒場に出没するような傭兵とか末端兵士みたいな人達とは、悪友みたいな関係を築けてたみたいだしね。
ちょっとだけこの人に好感が持てた私は、どこかに名前とか書いてないかなーと思って、流し読みしてたページを少し真面目に見ていく。
そうしてるうちに、あることに気づいた。
この日記、度々王城での出来事が書いてある上に、なんか見覚えのある名前が何度も登場するのだ。
この前からずっと調べてる資料の中に何度も出てきた、大将軍とか、英雄とか、大貴族とか、そういう人達の名前が。
そして、極めつけが……
『今日は酒場でチンピラどもにまでバカにされた。
誰が出がらしガウニスだ! 誰がミソッカスガウニスだ! その通りだよちくしょう!
だけど、そんな舐めたこと言った奴らは全員ノシてやった。
こちとら一応は英才教育受けてる王族なんだよ! いくらミソッカスでもテメェらよりは強いんだ! ざまぁ見ろ!』
「…………」
私は無言で本を閉じ、能面のような無表情でアリエル様のところに行って、日記を押しつけてからその場を去った。
さーて!
それじゃあ、まだ知らない北神英雄譚の一節とか探しにいこうかなぁ!
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64 見てはいけないもの
どこかでアリエル様が失神してる気配を感じながら無心で歩いてたら、私は魔王スライムの近くまで来ていた。
今も魔王スライムが書き上げた本がガンガン本棚に収納されてるから、やっぱりここが一番新しい本棚なんだろうね。
なんとなく、その本棚の中から一冊取り出して読んでみた。
『偉業を成そうとべガリットに渡って随分経った。
父さんが巨大ベヒーモスを倒して、今もそれが巨大な骨と共に語り継がれる伝説になってる地に来たのに、僕はまだ何も成せていない。
いや、それっぽいことは何回かやったんだけど、今ひとつ名声に結びつかない。
どうすれば、父さんを超える英雄になれるんだろうか……』
『今日は冒険者として迷宮に潜る。難易度S級を誇る最難関の迷宮の一つだ。
ここを単独で制覇すれば、まだまだ父さんには届かないだろうけど、それなりに名を上げられるはず。頑張ろう』
『ダメだった。このレベルの迷宮は単純な強さだけじゃ越えられない。
罠を踏みまくって、道に迷いまくって、食料が尽きて、食べられるものが迷宮に溢れる魔物しかなくなった。不味い……』
『吐き気がする……もう嫌だ……なんでもいいから『食べ物』と呼べるものが食べたい……』
『でも、諦めない……! 僕は絶対にこの迷宮を制覇して、父さんの偉業を超えるんだ……!』
『頑丈な不死魔族の血が流れてなければ絶対に食中毒になってただろう魔物の生食に耐えながら、迷宮を進むこと数ヶ月。
遂に迷路を抜けた! ……と思ったら外だった。
どうやら、いつの間にか出口にまで戻ってきてたらしい。
凄まじい徒労感に襲われた。
疲れた。ただ疲れた……』
……なんか、またしても扱いに困るブツが出てきた。
未来ルーデウスの日記の件で若干好感度が下がってた某三世の空回り奮闘記が書かれた日記を見て、なんとも言えない気持ちになる。
少なくとも、哀れみが悪感情を完全に吹き飛ばしてしまった。
『今日は凄いことがあった! なんと最強の魔物と言われてるファランクスアントの群れを討伐したんだ! 吟遊詩人達がこぞって唄を作り始めてるし、今日は本当に良い日だ!』
『一緒にファランクスアントを討伐した少女、エミリーとの二人旅が始まった。
彼女は幼い見た目に反してとても強い。帝級でも上位の力があると思う。僕も負けてられない』
『今日は街で相次いでいる連続誘拐事件を解決した。エミリーのおかげだ。
彼女の魔眼であっという間に犯人達を見つけて、僕が一撃で成敗!
でも、エミリーは戦うタイミングを逃して不満そうだった。ごめん』
哀れみから一転。
楽しそうだなこいつって感想が浮かんできた。
さっきまでの鬱屈とした感情はどこいった?
『今日はサキュバスに襲われて、エミリーに襲いかかってしまった。
不覚だ。エミリーは自分がポンコツ晒したせいだって言ってたけど、気を抜いて奴の接近に気づかなかったのは僕も同じだ。
彼女には怖い思いをさせてしまった……。なのに、エミリーは気にしてないかのように笑ってくれる。本当に強い子だ』
『サキュバスのせいで発情した僕を、エミリーは気絶させて娼館に放り込んだって言ってた。
娼婦の人を抱いて僕は正気に戻ったけど、そのことを少し残念に思ってる自分がいる。なんなんだろう、この気持ちは……』
『エミリーの目的地である迷宮都市ラパンが近づいてきてる。
それに比例するように、僕の心はどんどん曇っていった。
そのせいで最近はエミリーとの稽古で2割負けてる。
いや、単純にエミリーが強くなったのもあるんだけど』
『明日にはもうラパンに到着する。……エミリー、ラパンでの用事が終わったら、また僕と一緒に旅をしてくれないかな?』
『エミリーと別れた。でも、彼女はいつかまた会おうと言ってくれた。
最近は『北神カールマン三世』と『妖精剣姫』の物語が多くの吟遊詩人達に唄われるようになってきてる。
いつかまた彼女と会えた時は、この唄みたいな名声をもっともっと積み重ねて、父さんをも超える英雄譚を作るんだ!
僕達二人で!』
お、おおう。
なんだろう。凄くこそばゆい。
全力の信頼が伝わってくる感じだ。
これだけ信頼してくれてるなら、私と一緒にオルステッドの仲間になろうぜ! って勧誘にも頷いてくれそう。
オルステッドの敵は何万年も前から歴史の裏で暗躍し続ける巨悪ヒトガミだ。
あいつのお爺ちゃん達が倒したラプラスとも多分戦うことになるんだろうし、そんな活躍の機会を与えられたら喜ぶでしょ。
勧誘の手紙というか、アレク宛の伝言はシャンドルへの伝言と合わせて冒険者ギルドに依頼しておいた。
呼ぶなって言ったヒトガミへの嫌がらせも兼ねてね。
敵の嫌がることをするのは戦いの定石だし。
だから、運が良ければ今回の戦いの最中に、運が悪くてもそのうち仲間にできると思う。
伝言を握り潰されようが、こっちにヒトガミキラーのオルステッドがいる以上、いつかはどうにかして接触できるでしょ。
再会が楽しみだ。
私達の未来は明るい。
『僕と別れた後のエミリーの情報が入ってきた。難易度S級の迷宮を攻略したらしい。さすがだ。でも、言ってくれれば協力したのに……』
『最近はあんまり活躍ができなくなってきてる。まるでエミリーと会う前に戻ったみたいだ。
でも、僕は挫けない! 英雄は最後には必ず栄光を掴むんだ!』
『ベガリット大陸を出て、王竜王国に向かった。父さんの伝説が始まった地だ。
そこにランドルフがいるって聞いたから勝負を挑みにいったんだけど、会えずじまいだった。
仕方なく代わりに王竜山脈に入って王竜を何体か狩ってみたけど、ダメだ。
こんなんじゃ父さんの王竜王討伐どころか、エミリーの迷宮攻略にすら及ばない。もっと、もっと頑張らないと……』
それを最後に本は終わっていた。
単純にページが尽きたのだ。
うん。若干病みの気配を感じたような気がしないでもないけど、あいつだって頑張ってるってことは大いに伝わってきたね。
私も頑張らないと。
一応、日記の続きがないか探してみたけど、最新の本棚だけでもとんでもない量がある上に、整理なんて一切されてないから見つけられなかった。
あるいは、まだ本好き魔王様が写本してないのかもしれない。
ちょっと残念に思いながらも、よくよく考えてみれば他人の日記を盗み見るなんて、相手の羞恥心を爆発させて友情に亀裂を入れる行為だよねと思い直して、新しい日記探しをやめるのはもちろん、今見たことも全部私の胸のうちに閉まっておくことにした。
と、その時、私のお腹がくぅ〜と可愛い音を鳴らした。
「おっと」
日記を読むのに随分と時間を使ってたっぽい。
あいつの字は汚くもなかったけど、綺麗でもなかったからね。
そして、私にも読める人間語で書かれてはいたけど、結局のところ母国語が日本語の私にとっては、人間語だって解読に時間がかかる外国語だし。
むしろ、解読できてるだけ凄いと自分を褒め称えたいレベルだし。
まあ、なんにしても、日記に熱中するあまり時間を忘れてた。
お腹の空き具合から察するに、アリエル様にガウニスの日記を渡してから半日ちょっとってところかな?
そろそろ向こうでも結論の一つくらい出てると思うけど……
「ん?」
その瞬間、私は殺気を感じた。
本好き魔王こと、巨大スライムからだ。
何事?
特に機嫌を損ねるようなことした覚えはないんだけどな。
そのうち、使い魔のカタツムリやアリや小型スライムまで寄ってきて、私の周りを囲み始めた。
「……ごー……たぁ……」
「よぉー……しー……」
「よぉー……ごー……しー……たぁー……」
え、なんて?
よごした?
誰が?
私やってないよ!?
「何か、誤解……」
「「「コァーーーーーー!!」」」
私の弁明も聞かず、使い魔達が襲いかかってきた!
え、冤罪だぁーーー!?
「剣神流『光の太刀』!」
「「「ーーーーーー!?」」」
一応、本棚を傷つけないように配慮した飛翔する光の太刀が、使い魔達に命中した。
アリとスライムは何体も倒せたけど、驚いたことにカタツムリは一撃じゃ死んでない。
硬ッ!?
いくら距離のせいで威力が落ちてたっていっても、剣帝級の光の太刀を受け切るとか強いな!?
でも、それなら!
「北神流『烈断』!」
「「「!!!???」」」
光の太刀より速さでは劣るけど、威力では遥かに上の必殺技を放つ。
それによって使い魔達は消滅。
でも、さすがに少し本棚を巻き込んじゃった。
「ーーーーーーーー!!!!!」
それに激怒したのか、本好き魔王が自ら攻撃してきた。
体からおびただしい数の触手を伸ばして私を狙い撃つ。
……うん。ごめんね、本好きの魔王様。
いくら冤罪が始まりでも、殺しにこられたら容赦できないよ。
「もう、一回。『烈断』!!」
「!!!!!!??????」
さっきより力を込めて、全力の烈断を本好き魔王に食らわせる。
ミサイルでもぶつかったかのように巨大なスライムボディが爆発四散した。
でも、見たところ核は壊れてないし、回復封じの技でもないからすぐに回復するでしょう。
お世話になったんだから、命まで取る気はない。
「ありがとう、ござい、ました」
聞いてくれないだろうけど、一応感謝を込めて頭を下げて、私は本好き魔王から離れるように走り出す。
同時に魔眼の出力を強に。
皆の魔力を追っていき、そんなに時間をかけずに合流できた。
でも、皆も何故か使い魔達に襲われてた。
アリエル様にカタツムリが襲いかかろうとしてる。
それを烈断で吹っ飛ばした。
「エミリー!」
「ごめん。離れ、すぎてた。これ、どうなってるの?」
「……その、すまない。俺が本に涙をこぼして汚してしまったんだ。それで、彼らが怒って襲いかかってきて……」
「ルークさんが?」
ルークさんが泣くところなんて見たことないんだけど。
それこそシャンドルにボコボコにされてた時ですら。
そのルークさんが泣くとか何があったんだろ?
「ルーデウス様がシルフィの前任の守護術師、デリックの日記を見つけてきてくれたのですよ。おかげで、ペルギウス様の問いに答えが出せそうです」
「デリック……」
誰だっけ?
いや、アリエル様の言う通り姉の前任の守護術師なんだろうけど、肝心の人物像がまるで浮かばない。
前に会った時、アリエル様達の口から名前が出てたような気もするんだけど……。
まあ、アリエル様達が大切な思い出みたいに語ってるから、きっとラノア王国への旅の途中で死んじゃったっていう5人と同じくらい大切な人だったんでしょ。
なんにせよ、アリエル様がこの図書迷宮で答えを見つけられたなら良かった。
「じゃあ、もう、ここに、用は、ない、ですか?」
「ええ。ありません」
「わかった。突破、します。付いてきて、ください」
そうして、私達は悪いと思いながらも使い魔達を粉砕し、図書迷宮を脱出した。
後日。
アリエル様はペルギウスさんの問い『王にとって最も重要な要素とは何か?』という質問に対して『遺志を継ぐこと』だと答えた。
アリエル様は、アリエル様のために死んでいった人達の想いを継いで、その人達のための王になりたい。そう答えた。
デリックっていう人は、アリエル様のために死んだ最初の一人だったらしい。
その答えを聞いて、ペルギウスさんは納得した。
ペルギウスさんが求めた答えとは違うみたいだけど、それでもアリエル様のことを王に相応しい存在だと認めてくれて、協力することを約束してくれた。
こうして、アスラ王国の生ける伝説、魔神殺しの三英雄の一人『甲龍王』ペルギウス・ドーラは。
アスラ王国第二王女、アリエル・アネモイ・アスラの協力者となった。
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65 アスラ王国へ
ペルギウスさんがアリエル様を認めた後、彼はこう言った。
さっさとアスラ王国に戻って場を整え、自分を呼ぶための舞台を用意しろと。
アリエル様はその言葉に従って、準備が整い次第すぐにアスラ王国に向けて出発し、政争を開始することを決めた。
シャンドルは放置ですか?
そう聞いてみたら、アリエル様は、
「すみません、エミリー。シャンドル様を待ちたいのは山々なのですが、あいにくとペルギウス様のことを差し引いても時間がありません。
父上、現アスラ国王が重病という情報も入っています。
乗り遅れてしまえば兄上が地盤を固め切り、後継者の座を確たるものにしてしまうでしょう。
そうなってしまえば、覆すのは容易ではありません」
それでも、あまりに勝ち目が薄かったら、シャンドル到着を含めた準備を万全に整えるのを優先して、10年単位の時間を使って兄を追い落とすっていうのも選択肢の一つだったらしいけど、
ペルギウスさんがいて、しかも早くしろってせっつかれてるんだったら、多少の準備を放り出してでも早く動いた方がいいんだって。
つまり、ペルギウスさんとシャンドルが天秤にかけられて、ペルギウスさんが選ばれたってことだ。
哀れ、シャンドル。
なお、アリエル様予報では、現時点での勝ち目は、ペルギウスさんの加入と準備が不充分な点を鑑みて、50%くらいとのこと。
既に連絡を入れてるシャンドルが道中で合流してくれれば70%。
ただし、私達の移動時間はペルギウスさんの転移魔法陣を使って短縮する予定だから、シャンドルの現在地によっては間に合わない可能性も高い。
ヒトガミが手を回してたら絶望的かも。
と、そんなことは私と同等以上の情報をオルステッドから与えられてて、かつ私より遥かに頭の回るルーデウスだってわかってる。
そのルーデウスは今、なんかアリエル様に転移魔法陣で赤竜の上顎あたりに出て、そこから歩いていかないかって提案してた。
私も一応聞かされたオルステッドとの会議で決まった作戦(難しくて殆ど忘れたけど)にこういうのもあった気がする。
でも、ルーデウスのプレゼン能力が思ったより低かったせいでアリエル様達には却下されてた。
もうオルステッドから聞いた話、全部ぶちまけちゃえばいいんじゃないかな?
そんなこと思っちゃうあたりが、私が頭脳労働に向いてない所以か。
「失礼します」
でも、ここでペルギウスさんの12の使い魔の一人、私のお見舞いの時一番先頭で通せんぼしてた『空虚』のシルヴァリルさんが、とんでもない情報を持ってきた。
「今しがた、アスラ王国内の転移魔法陣が、全て破壊されていることが判明しました」
「えぇ!?」
まさかの事態である。
これでルーデウスの案で行くしかなくなった。
あまりにもタイミングが良すぎて、ルークさんから思いっきり疑われてたよルーデウス。
まあ、でも良かったんじゃないかな?
これでオルステッドの作戦を実行に移せるでしょ。
それに移動時間が増えればシャンドルと合流できる可能性も増えるし。
いや、これもヒトガミの仕業なら無理かな?
そんなこんなのすったもんだがありつつ、オルステッドから今回戦うことになるだろうレイダさんやオーベールさんの奥の手を教わって、ズルしてるみたいな微妙な気分になったりもして。
そうしてるうちに、アスラ王国へ出発する日がやってきた。
できればアスラ王国の前に剣の聖地に行ってガルさんにお礼を言っておきたかったんだけど、剣の聖地までは往復2週間。
さすがに、そこまで纏まった時間は取れなかった。
私もオルステッドの龍聖闘気をまじまじと観察する修行とかで忙しかったし。
申し訳ないけど、ガルさんへのお礼は全部終わってからだね。
というわけで、アリエル様は小さめの馬車に乗り、私達を引き連れてシャリーアを出発した。
お忍びのはずなのに、シャリーア中から人が集まってるんじゃないかってくらいの盛大なお見送りを受けて。
お忍びとは?
まあ、そんなことはどうでもいい。
アリエル様の味方は政治戦力のペルギウスさんと、そっち方面を請け負ってた侍従の人達6人+ルークさん。
武力的な意味での戦力は、私、姉、ルーデウス、エリスさん、ギレーヌ、師匠、護衛の人達4人。
あと、合流できるか怪しいシャンドル。
ついでに、オルステッド。
なんで最高戦力がついでなのかというと、オルステッドは魔力回復が遅い上に、私達との戦いでかなり消耗しちゃったから、できるだけ戦いたくないそうです。
というか、私達の仕事内容には、オルステッドの代わりに戦って、ヒトガミ戦までのオルステッドの消耗を抑えることも含まれてる。
オルステッドには基本頼れないと見た方がいい。
え? アレク?
あいつにはまだ協力の話すら取り付けてないから勘定には含めない。
ヒトガミがポンコツ晒して、何かの拍子に味方にできたら超ラッキーくらいに思っておく。
味方はそんな感じとして、敵サイドの首魁は当然ヒトガミ。
とはいえ、野郎は陰に隠れてコソコソと動くGみたいなものなので、実行犯は別にいる。
今回倒さないといけない相手は、アリエル様の対抗馬である第一王子グラーヴェル・ザフィン・アスラ。
そのグラーヴェルに味方する悪名高い大貴族、今回一番の難敵と目されてるダリウス・シルバ・ガニウス上級大臣。
更に、武力方面の戦力で見ると、『水神』レイダ・リィアと、『北帝』オーベール・コルベット。
その他にも雇われてる可能性あり。
中々にキツい戦力だ。
特に何やってくるかわからないオーベールさんに道中で奇襲されるのが一番怖い。
オルステッドに私の知らないオーベールさんの手の内もいくらか聞いたけど、あまりに多すぎて覚え切れなかったし。
加えて、ヒトガミによって助言という名の入れ知恵をされてる人達が推定で三人。
オルステッドの予想では、ダリウス上級大臣はほぼ確定。
アスラ王国中の転移魔法陣がぶっ壊れたのはやっぱりヒトガミの仕業で、そんなことができるのはダリウスくらいしかいないだろうとのこと。
もう一人はレイダさんかオーベールさんの可能性大。
最後の一人はこっちの監視役として、まさかのルークさんらしい。
オルステッドによると、ヒトガミが同時に操れる相手、通称『ヒトガミの使徒』は三人まで。
この三人にどう対処するかによって勝敗が決まる。
まあ、私にできるのは剣を振ることだけだ。
それだけ考えて頑張ろう。
レイダさんやオーベールさんみたいな知り合いを斬りたくはないけど、時と場合によっては敵味方に分かれるのも剣士の常。
いざ戦いが始まれば、オルステッドの時みたく躊躇はしない。
覚悟は決めておこう。
二人を斬る覚悟も、二人に斬られる覚悟もね。
アリエル様親衛隊戦闘力
測定不能 オルステッド
神級 シャンドル(合流できるか不明)、アレク(加入するかすら不明)
神級下位 エミリー
王級最上位 エリス、ギレーヌ
王級下位 パウロ、ルーデウス(単独かつ剣士の間合いで戦った場合)
聖級上位 シルフィ(妊娠、出産、子育てによるブランクで停滞)
上級 護衛4名
中級上位 ルーク
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66 襲来! 同門の皆さん!
ペルギウスさんの転移魔法陣により、私達アリエル様御一行は北方大地と中央大陸西部の出入り口、赤竜の上顎の近くにある転移魔法陣へと飛んだ。
赤竜の上顎に来るのはもう何回目だろ?
えっと、最初にアリエル様達と姉をシャリーアまで護衛した時に一回。
シャンドルと別れて路銀が尽きるとは思ってもみなかった時に一回。
今回でまだ三回目なんだ。
一つ一つのエピソードが濃いから、もっと何回も来てるような気がしてた。
そんな赤竜の上顎を抜け、中央大陸西部、アスラ王国が治める土地へ。
その入り口でアリエル様達は、道の端にある✕字の刻まれた飾り気のない石の前に花束を置いて、祈りを捧げた。
この石は覚えてる。
私が駆けつけるまでの襲撃で、間に合わずに死んじゃった従者の人達のお墓だ。
姉の火魔術で荼毘に付して、ここに骨を入れた壺を埋めたのだ。
その時の悲しそうな顔をしてた姉達の姿をよく覚えてる。
話したこともない人達だけど、私が駆けつけるまで姉を守ってくれてありがとう。
アリエル様のついでっていうか、あくまでも姉は一緒に戦う仲間で庇護の対象じゃなかったんだろうけど、それでもありがとう。
昔と同じこと思いながら、私も祈りを捧げておいた。
そして、ここからは遂に、姉がいつ暗殺者に殺されるかと冷や汗が止まらなかった思い出のある因縁の森、赤竜の髭に入る。
ここを抜ければアスラ王国だ。
ただし、前にも経験したように、ここは絶好の暗殺スポット。
まず間違いなく暗殺者が襲ってくると思う。
前回は格下ばっかりだったから瞬殺できたけど……今回襲ってくる可能性が高いのは、あのオーベールさんだ。
剣の聖地での勝率は五分。
あの時から私も剣の聖地で色々と吸収して強くなったとはいえ、何してくるかわからないオーベールさんに、いつ来るか、どこから来るかもわからない暗殺スポットっていう場所は、まさに鬼に金棒。
あまりにも向こうに地の利があり過ぎる。
それでもまだ私を狙ってくれるんだったら対処できる自信があるんだけど、護衛対象を狙われたら私一人じゃどうにもならないかもしれない。
魔眼の索敵に引っかかってくれないかなぁ。
無理だろうなぁ。
アスラ王国には超希少ながらも魔眼対策の装備もあるって話だし。
赤竜の髭に入る前に、最後のフォーメーションの確認をした。
最前列にエリスさんとギレーヌ。
その後ろからサポートできる位置に姉とルーデウス。
馬車の中にアリエル様と侍従の人が4人。御者台に2人。
その馬車を五角形に囲うように、ルークさんと4人の護衛の人達。
後方からの襲撃に備えて師匠と私。
ギレーヌと私は魔眼による索敵も担当する。
魔眼封じの装備を付けてる敵は見つけられないだろうけど、その他の敵は見つけられると思うから。
ちなみに、この一行は全員が馬に乗ってる。
この中で乗馬スキルがないのは私とルーデウスだけだ。
ルーデウスは姉の後ろに乗ってて、ちょっと前までは時々姉の胸を揉んで私からの殺気の視線と、エリスさんからの嫉妬の視線を食らってた。
時と場合を考えろエロデウス!
まあ、さすがに赤竜の髭に入ってからは自重するみたいだけど。
一方の私は師匠の前に乗らせてもらってる。
ヤリ○ン師匠と密着する位置とか、本来なら姉と同じく身の危険を感じて然るべきなんだけど、
悟りきった賢者のような顔で語り出した師匠曰く、ノトスの血筋は女性の格差社会の象徴に強く興奮するみたいで、絶壁の私にはピクリともしないから安全らしい。
それ昔ルークさんにも聞いた気がする。
考えてみれば、師匠の奥さんのゼニスさんも、手を出されたメイドのリーリャさんも格差社会の権化だ。
絶壁でもまな板でもロリでもイケてしまうルーデウスが、ノトスの血族の中では異端なんだって。
そんなことを宣った師匠に嘆けばいいのか、殴ればいいのか、安全なことを喜べばいいのか、もうわかんないよ!
あと気にかかる問題は、馬車が遅いこと。
時速100キロ以上のダッシュで移動することが多い私としては、これが地味に気になる。
危険地帯を進むっていうのに、前世の私のジョギングより遅いんだもん。
前回は刺客が強くなかったから大して気にしなかったけど、今の赤竜の髭はオーベールさんがポップする魔境と化したんだから、一刻も早く抜けたいっていうのが正直な気持ちだ。
いっそ、私が馬車を引いてダッシュすればオーベールさんも追いつけないのでは?
って、深く考えずに口にしたら、「鞭を入れさせてくれるなら喜んで」と、馬用の鞭を華麗に操るアリエル様に言われて意見を取り下げたけど。
アスラの王族貴族はどいつもこいつも!
エリスさんを見習え!
ああ、ダメだ! 姉とイチャつくエロデウスを見てから、ちょっと発情してたわ!
じゃあ、ルークさんを見習え!
ああ、ダメだ!
エリスさんのたわわな果実にチラッチラッと目が行ってたわ!
ここには変態しかいないのか!?
そんな最後の茶番を終えて、遂に赤竜の髭に突撃。
遅い馬車にもどかしい気持ちになりながら前進する。
結局、私が馬車を引く案は、アリエル様の冗談はさて置き、こんな森の中の大して整地されてない地面を私の全速力で駆けたら馬車の方が壊れるっていう至極真っ当な意見によって却下された。
そうじゃなくても、使ってる馬車が転移魔法陣のある遺跡みたいな建物を抜けられるようにってことで分解式の小型のやつだから、これ以上の人数は入らないし。
私とアリエル様と馬車に乗せられる人数だけで先行しても、他の皆を置き去りにして戦力分散したら、オーベールさんに各個撃破されるのがオチだ。
諦めて、皆で仲良くゆっくりと進むしかない。
そんな行進を続けること数時間。
たった数時間の旅路で、私の魔眼は襲撃者の魔力を捉えた。
「敵、発見」
「あたしも見つけた」
私とギレーヌが同時に敵発見を告げる。
ギレーヌは魔眼使ってなかったんだけど、多分鼻と勘で見つけたんだと思う。
さすが獣族。
「場所と数は?」
「場所は、この先。数分、進めば、ぶつかる」
「数は多い。たくさんだ」
「多分、50人は、いる」
ギレーヌの基準が大雑把だったから、一応補足しておいた。
「迂回しよう」
「多分、無理。向こうにも、バレた」
「ああ、臭いが近づいてきてるな」
「何っ!?」
迂回を提案したルークさんの額から冷や汗が流れた。
それにしても、この距離で私達を発見して行動に移せるってことは、向こうにも私達みたいな魔眼持ちか、鼻の良い人か、あるいは耳の良い人でもいるのかもしれない。
「どうにか逃げられないか?」
「馬車じゃ、無理。というか、もう、来た」
私達がそんな会話してるうちに、前方から鎧を着た大量の兵士達が走ってきて私達の前に布陣する。
隠れてるけど両脇の森の中にも結構いて、左右から私達を挟もうとしてるのがわかった。
「護衛術士のフィッツだ! この馬車がアスラ王国第二王女アリエル・アネモイ・アスラのものと知っての狼藉か! どこの兵だ! 名を名乗れ!」
「『烈断』!」
「ちょっ!? エミリー!?」
姉が馬上からカッコ良い感じのこと言ってる最中に、私は馬から降りて、右側の森をゴッソリ抉る烈断を放った。
その一撃で右側の森から来てた兵士達は全滅。
あ、いや、全滅じゃない。
一人生き残って飛び出してきた。
「あ、相変わらず容赦のない攻撃……! だが、相手にとって不足なし!
我が名は『北王』ウィ・ター! 北神三剣士が一人、『光と闇』のウィ・ターである!」
その生き残りは北王を名乗る、キラッキラに磨かれた鎧を身に着けた、身長1メートルくらいの小柄な人だった。
というか、あの人自体に見覚えがある。
王都アルスでノトス家に押しかけた時に用心棒やってた人だ。
私は人の顔と名前覚えるのも苦手だけど、手合わせした強い人のことは忘れない。
「げぇ!? ウィ・ターじゃねぇか!?」
「ん? 師匠、知り合い?」
と、そこで私に続いて馬から降りた師匠が、嫌そうな顔でウィ・ターさんを見て叫んだ。
「……実家にいた頃に雇われてた用心棒の息子だ。昔からセコい手が好きな奴だったが、まさか北王になってるとはな」
「むむ!? その顔立ち、もしやパウロ様!? 何故このようなところに!?」
「そりゃこっちのセリフだ! お前こそこんなところで何してやがる!」
「実は独り立ちしてから、色々あって北王になった頃に父が引退することを知りまして!
ちょうどフリーだったので、父のコネでノトス家の用心棒に就職して今に至ります!」
「そうか! つまりお前もノトスも敵に回ったってことだな!」
「バ、バカな!?」
敵意むき出しで剣を構える師匠。
一方、なんかルークさんが青い顔になってる。
あ、そうか。
ノトスが敵に回った、つまりアリエル様を裏切ったってことは、ルークさんから見ると実家が敵に回った感じなのか。
「「とう!」」
そんなやり取りを師匠達がしてる間に、左側の森からもなんか出てきた。
大量の兵士達と、その先頭に立つ影分身の術でも使ってるみたいに同じ姿をした二人の剣士。
その頭からはウサ耳が生えてる。獣族だ。
あ、もしかしたら、私達に気づいたのは、この人達かな?
ウサギって耳良さそうだし。
なお、二人とも男なので、ウサ耳でもバニーガールではない。
「我らは北神三剣士が一人!」
「二人で一人の『北王』!」
「「『双剣』のナックルガード!」」
「『妖精剣姫』に『黒狼』『泥沼』『狂剣王』!」
「『無言』のフィッツに『剣匠』パウロまで!」
「誰も彼も強敵揃い!」
「だが、それ故に!」
「相手にとって!」
「「不足無し!!」」
同じ声に、完璧に息の揃ったタイミング。
目を閉じてれば一人が喋ってるとしか思えないような以心伝心ぶりを見せつける、北王を名乗った分身剣士。
多分双子か何かだと思うけど、さすがは何でもありの北神流。
あんなものまで強みにしちゃうとは恐れ入る。
私と姉も見習うべきかもしれない。
右からは『北王』ウィ・ター。
左からは『北王』ナックルガード。
正面とナックルガードの後ろには大量の兵士達。
オーベールさんが来るかと思ったら、まさかの数と質に任せた物量攻撃で来た。
「かかれぇ!」
「「「うぉおおおおお!!!」」」
「「ガァアアアアアアアア!!!」」
結構な大戦力が一斉に私達に向かって雪崩込み、それに対して真っ先にエリスさんとギレーヌが向かっていって、戦端が開かれた。
アスラ王国王位継承戦、開幕!
・敵戦力
エミリーとパウロがいる分、原作よりアリエル様親衛隊がやばいので、ダリウスさんサイド出し惜しみ無し。
・ウィ・ターさんの経歴
独自設定。パウロが実家にいた頃に既に北王で用心棒だったら、ウィ・ターさんがとんでもないご高齢ってことになっちゃうので。
パウロだって、もう40近いし……。
ちなみに、前回エミリーが遭遇した時は雇われたばっかりでした。
初任務で幼女にボコボコにされるとか可哀想。
絶体絶命の状況で北王を雇えて喜んでたのに、その北王が幼女、しかもパウロの弟子にボコボコにされるのを見せつけられたピレモンさんはもっと可哀想。
・『剣匠』パウロ
エミリーが師匠師匠って言ってたから、冒険者時代の異名を押し退けて、最近広まり始めた。
三大流派全てを操り、あの妖精剣姫を育て上げた剣士の理想の姿とまで言われている。
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67 VS『孔雀剣』
「「ガァアアアアアアア!!!」」
エリスさんとギレーヌが二手に別れて兵士達に突っ込む。
ギレーヌが正面、エリスさんがナックルガードのいる左側だ。
その二人を姉が魔術で遠距離からサポート。
師匠はウィ・ターさんとぶつかった。
ルーデウスは師匠の戦いに控えめなサポートを入れながら周囲を警戒してる。
護衛の人達は、暴れるエリスさんやギレーヌを避けて馬車に突撃してきた兵士達を迎撃中。
そして、私は動かない。
というか、動けない。
私の仕事はオーベールさんを警戒することだ。
私だけじゃポンコツ晒しかねないから、ルーデウスも同じくオーベールさんを警戒して控えめなサポートしかしてないけど、あくまでもメインでオーベールさん対策を任されてるのは私である。
さっきは師匠がすぐ後ろにいたから大技を打てた。
だけど、乱戦になってきた今はそうもいかない。
私は馬車の上に飛び乗って、全方位を見ながらオーベールさんがどこから来てもいいように警戒する。
いないなんてことはないはずだ。
オルステッドから聞いたオーベールさんが奇襲する時の基本スタイルは、何かで目を引いておいて後ろからバッサリ。
北王二人(三人?)と大量の兵士なんて絶好の囮がいる状況で来ないわけがない。
むしろ、このままオーベールさんが来なかったら、多分私達の勝ちだ。
ギレーヌは正面の兵士達を相手に無双してる。
何の心配もいらない。
エリスさんも心配はいらないけど、ナックルガードにやや手こずってた。
単純な実力ならエリスさんの方が上なんだけど、大量の兵士と一緒に攻められてるっていうのがマズい。
剣神流には光の太刀っていうチートがあるから、相手が一人なら、試合開始! 即終了! ってくらいの無類の強さを発揮するんだけど、
反面、攻撃に特化し過ぎてて、攻撃中に別の奴に側面や背後から攻められると脆い。
特に魔術とか飛んでくると辛い。
格下相手なら今のギレーヌみたいに問題にしないんだけど、敵に同格に近い相手がいれば、剣神流に対して数の暴力は割と有効なのだ。
ナックルガードの、エリスさんの間合いのギリギリ外側をウロチョロして惑わして、その隙に兵士達に攻撃させて、隙あらば自分も攻めるっていう立ち回りも上手い。
さすが立ち回りに優れた北神流。
とはいえ、ナックルガードを仕留め切れてないってだけで、別に苦戦してるわけじゃない。
エリスさんは北聖の認可も持ってるから、そこらの剣神流よりよっぽど対応力あるしね。
ナックルガードは攻めようとしても全然攻められてない。
姉の援護で兵士の数も減ってきてるし、そのうちケリがつくと思う。
師匠とウィ・ターさんの戦いは互角。
最初、ウィ・ターさんはピカピカに磨いた鎧や剣で太陽光を反射して、それを使った目潰しというしょっぱい技を使って師匠を追い詰めてた。
でも、ルーデウスに泥の魔術で鎧を汚されてからは小技が使えなくなって、互角の戦いにもつれ込んでる。
互角ならルーデウスによる援護の差で師匠が勝つ。
こんな感じで、戦況は私達の方が優勢だ。
なら、逆転のために必ずオーベールさんがどこかで仕掛けてくる。
相手は北帝『孔雀剣』のオーベール。
奇襲の申し子とまで呼ばれる男。
彼の一手で戦況は逆転し得るのだ。
私は待つ。
神経を研ぎ澄まして待つ。
オーベールさんが出てくる瞬間を。
奇襲の申し子が姿を現す瞬間を。
そして、━━遂に、その時が来た。
「!」
森の左側、ナックルガードが出てきた方向から、馬車に向けて何かが飛来してくる。
袋だ。
袋と言えばオーベールさんと剣の聖地で戦った時、催涙弾入りの袋を投げつけられて、涙とくしゃみと鼻水で乙女の尊厳が崩壊したことがあった。
苦い思い出。
だけど、それがあるからこそ即座に対応できる!
「『光の太刀』!」
私はそれを飛ぶ光の太刀で撃ち落とした。
前は至近距離で迎撃しちゃったからエラいことになったけど、この距離なら催涙弾は届かない。
そして、袋が飛んできた方向をよく見れば、魔眼にボヤけて映るパラボラアンテナみたいな特徴的すぎる髪型した人影が一つ。
見つけた!
と思った瞬間、
「!?」
斬った袋から催涙弾じゃなくて、凄い勢いで煙が噴き出してきた。
これ見たことある!
ルーデウスがオルステッドへの罠に使った、開けると凄い量の煙が出てくるマジックアイテムの箱にそっくりだ!
それが一瞬で私達の視界を塞いだ。
しまった!? 罠だった!
やっぱりポンコツ晒してしまった!
「『
しかし、こんな時のためのルーデウスが、風魔術で一気に煙を吹っ飛ばした。
視界が塞がれてた時間は2秒もない。
そして、煙袋が飛んできた方向からは意識を逸らさなかった。
あそこからオーベールさんが煙に紛れて飛び出してきても、問題なく対応できた自信がある。
だからこそ、反対方向から飛んできた刃に反応が遅れた。
「え!?」
反対方向。
ウィ・ターさんが出てきた、最初に私がゴッソリと抉った森の中から、よくマンガとかで忍者が使ってる
「ッ!? 水神流『流』!」
私は水神流の技で苦無を受け流す。
でも、意表を突かれた一撃のせいで、咄嗟に体は我が身を守るための防御態勢を取ってしまった。
それを見越したようなタイミングで、右側の森からちょっとボロボロのオーベールさんが飛び出してくる。
あ、これ多分、最初の私の攻撃に巻き込まれたな。
その後、死んだふりで兵士の死体の中に紛れてたんだ!
ってことは、さっき反対側から煙袋を投げたのは影武者か!?
こっちのオーベールさんも魔眼にボヤケて映るし、魔眼封じの装備をもう一個使った上に髪型まで同じにするとか豪華な影武者だな!?
「あっ!?」
しかも、飛び出してきたオーベールさんが狙ったのは私じゃなかった。
今の私は防御態勢で身構えてる。
だからこそ、オーベールさんはそんな私を狙わずに、何が起こったのかわかってない感じのルークさんに狙いを定めた。
あ、ルークさん死んだ!?
「おぐっ!?」
と思ったら死ななかった。
オーベールさんはルークさんを斬るんじゃなくて腹パンを食らわせ、痛みに呻いたところを取り押さえて人質にした。
後ろからルークさんを抱きかかえ、その首筋に剣を突きつけながらオーベールさんが口を開く。
「動くな! 動けばこの青年を……」
「『光の太刀』!」
「ぬぉおおう!?」
「うわぁああ!?」
そんなオーベールさんに光の太刀で斬りかかる私。
驚愕しながら避けるオーベールさんと、悲鳴を上げるルークさん。
チッ! 外した!
「エミリー!? この青年は仲間ではないのか!? 一瞬の躊躇もなく斬りかかってくるとは、どこの狂犬だ!?」
「ルークさん、アリエル様の、騎士。アリエル様の、ために、死ぬなら、多分、本望」
「そ、そうだ! 俺ごとやれぇ!」
ルークさんが取り押さえられながら男前なことを言った。
カッコ良いぞルークさん。
例えヒトガミの使徒でも、あなたの遺志はちゃんと継ぐから安心してください。
もちろん、できることならちゃんと助けられるように全力で頑張るけど。
さっきだって、ルークさんを抱きかかえてるオーベールさんの左腕だけを狙ったし。
遺志を継ぐのは、あくまでも最悪の場合だ。
「せいっ! やぁ!」
「ぬ!? ぬぐっ!?」
ルークさんを盾にしながら私と斬り合うオーベールさん。
四肢欠損とか、胴体に風穴が空くくらいなら、ルーデウスが昨日オルステッドに貰ってた王級治癒魔術のスクロールで治るだろうってことで、割と遠慮なしに攻める私にオーベールさんは防戦一方だ。
一応、ルークさんの致命傷になるような場所に斬りかかるのは避けてるから盾として機能はしてる。
その代わり、オーベールさんはルークさんを抑えてる左手を使えないから、差し引きでトントンくらいだと思う。
いや、右手も私との斬り合いで使ってるせいで、両手が塞がって得意の奇策が使えない分、むしろ不利かな?
「こ、これは堪らん! 人質作戦は逆効果であったか!?」
不利を悟ったオーベールさんが、ルークさんを後ろから蹴り飛ばして私への目くらましに使ってきた。
それを衝撃波で馬車の方に吹っ飛ばしつつ、ようやく盾の無くなったオーベールさんに光の太刀で斬りかかる。
このタイミング、取った!
「ん!?」
その瞬間、一瞬にしてオーベールさんの姿が纏ってたマントを残して消えた。
代わりに丸太がマントの中に出現する。
変わり身の術……マジックアイテムか!?
私の剣は丸太を斬るだけに終わり、森の中からオーベールさんの声が聞こえてきた。
「撤収! 撤収! やり直しだ!」
「むむ!」
「オーベールが負けたのか!」
「仕方あるまい! パウロ様! これにてゴメン!」
「待てやコラァ!!」
オーベールさんの号令に合わせて、ナックルガードとウィ・ターさんが華麗に引いていく。
背中に一発叩き込んでやろうにも、ここからじゃ味方を巻き込むから大技は使えない。
その味方が撤退していく兵士の大部分は討ち取ってくれたけど、肝心の北王以上は全員取り逃がした。
残念なような、知り合いを斬らずに済んでホッとしたような。
こうして、第一回目の襲撃は味方の被害ゼロ、敵は北王以上の3人(4人?)以外ほぼ全滅という結果に終わった。
懸念はオーベールさんを取り逃がしたことと、もう一つ。
ノトス家の裏切りが発覚したことである。
ダリウス「ほれほれ〜! 早く屈服しないと潰しちゃうぞ〜!」
ピレモン「くっ!? だが私は……アリエル様のためにも負けるわけにはいかんのだぁ!」
ダリウス「哀れだなぁ、ピレモン。お前を裏切った主のためにそんなに頑張るなんて可哀想になぁ!」
ピレモン「どういう意味だ!!」
ダリウス「何、アリエル殿下は使えないお前に見切りをつけたのだよ。今のアリエル殿下の傍にはパウロがいる。そう、優秀だったお前の兄、パウロだ! お前がどれだけ頑張ったところで、例え我らに勝てたところで、待っているのはパウロにノトス家当主の座を乗っ取られる未来だけだぞ?」(にちゃぁ)
ピレモン「なん、だと……!?」
ダリウス「そんな主など裏切って我らの仲間になれ、ピレモン。少なくとも我らは当主の座からお前を引き摺り下ろそうなどとは考えていない。ノトス家はお前のものだ!」(ゲス顔)
ピレモン「あ、あああ……」(絶望)
ピレモンさん闇落ち!
おまけ
オーベール「エミリーが強すぎなので、弟子(エリス)の前とか考えずに、手段選ばずガチで殺しにいきました」
オーベールの影武者「本当はね、私だって嫌だったんですよ、こんな変な髪型にするの。でも、命令だから仕方なく……! この作戦が終わったら丸刈りにしてきます」
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68 一手
襲撃の後。
直近の危機が去って、実家が裏切ったという事実を直視せざるを得なくなったルークさんは荒れた。
ウィ・ターさんの証言だけならまだ、敵の動揺を誘う北神流の話術って可能性もあったんだけど、倒した兵士の何割かの鎧にノトス家の紋章が入ってたことで確定しちゃったのだ。
ルークさんは頭を抱えてブツブツと「バカな……こんなバカな……」って現実逃避を始め、かと思えば突然師匠とルーデウスに突っかかって「お前達の策略か!?」とか言い出し、アリエル様に怒られてた。
そんなルークさんを気にかけつつ、作戦会議。
またオーベールさんが来て、今度こそ人質作戦じゃなくてこっちの数を減らしにこられたら嫌だから。
このまま国境に向かうルートはやめて、ここらに住み着いて密輸とか奴隷売買とかやってる盗賊団を利用して密入国しようぜってルーデウスが言い出した。
そういえば、オルステッドの作戦を教えてもらった時に、こういう話もしてた気がする。
これにルークさんが猛反対。
ヒトガミに色々と吹き込まれてるのかルーデウスを疑い、その盗賊団にアリエル様を売り飛ばそうとしてるんじゃないかとまで言った。
さすがに様子がおかしいと感じたっぽいアリエル様が、そんなルークさんを一喝してルーデウスの作戦で行くことを決定。
私達はその盗賊団のところに向けて移動を開始した。
「師匠、大丈夫?」
「……ああ、ちょっと考えごとしてただけだ」
移動中、馬の後ろから漂ってくる師匠の雰囲気がちょっと重いことに気づいて話しかけてみたら、そんな言葉が返ってきた。
……やっぱり師匠にとっても、実家絡みの問題には思うところがあるらしい。
向こうは戦力を失ったばっかりだから、オーベールさんが今すぐにもう一回現れる可能性は低いって皆言ってたし、少しくらいお喋りしても大丈夫だろう。
「実家の、こと、考えてた?」
「まあな。何十年も前に飛び出した家だし、戻りたいとは微塵も思わねぇが……父親と大喧嘩して、売り言葉に買い言葉で飛び出してきた、その時のことは後悔してるんだ。
聞けば弟も、ピレモンもオレが飛び出したせいで随分と苦労したみたいだし、その弟と今回敵になって、場合によっちゃ斬らなきゃならねぇ。
その上、ピレモンの息子のルークまでああなってんの見たら、さすがに色々とモヤモヤしてきてな」
「そっか」
私のこの口と頭じゃ気の利いた返しはできない。
だから、せめて師匠が色々吐き出して、ちょっとでも気持ちの整理をつけて楽になってくれたらと思う。
「ノトスの問題はオレにも責任がある。だから、なんとかしてやれるもんなら、なんとかしてやりたいんだがなぁ」
「師匠なら、できる」
「そうかぁ? オレなんざ、息子の教育もまともにできなかった男だぞ?」
「それでも、ノトス、これ以上、悪く、なりようが、ない。師匠が、頑張って、間違っても、問題ない」
そう言うと、ちょっとポカンとした雰囲気が背中から伝わってきた。
思ったことが口から出ただけだけど、あながち間違ってもいないと思う。
だって、現時点でピレモンさんってアリエル様の敵に回った裏切り者だし、ルークさんからの好感度は最悪だし。
割とマジでこれ以上悪くなりようがない気がする。
「……ハハ。そうだな。確かに、その通りかもしれないな。じゃあ、ダメ元でなんかやってみるか」
「好きに、すればいい。好きに、するのが、一番」
前世で好きなことをできなかった私は、余計にそういう思いが強いのだ。
「ありがとな、エミリー」
「別に、考えなしに、思ったこと、言っただけ」
「それでもだよ。ちょっと、まともな時のエリナリーゼみたいだったぞ」
「どういう、意味?」
「いい女になってきたって意味だよ」
そう言って、師匠は後ろから頭を撫でてきた。
ふむふむ。いい女か。
まあ、悪い気はしない。
むふーって感じで気分を良くしてると、後ろで師匠が小さく笑った気がした。
夜。
森の中を分解した馬車を馬に運ばせながら進んだせいで、ただでさえ遅い移動速度が更に遅くなって、一日では盗賊団のところに辿り着けなかった私達は、森の中でキャンプしていた。
火の番は護衛組11人が二人一組(一つだけ三人一組)になって交代でやる。
今の時間帯は私とルーデウスの担当だ。
で、ルーデウスは見回りの名目で、こっそり私達に付いてきてるオルステッドとの密会に行った。
他の皆は呪いのせいでオルステッドに不信感を持ってるから知らせてないけど、ルーデウスと同じく呪いの効かない私には一応話が通ってる。
だけど、この日はルーデウスが密会してる間にアリエル様が来た。
「刺客が怖くて眠れないのです。一緒に寝てはくれませんか?」
「お断り、します」
「あら残念」
わざとらしいお芝居を軽く一蹴。
そんな茶番をやった後、アリエル様は帰ってきたルーデウスを連れてどこか行っちゃった。
まさか四股目かと疑ったけど、私の耳元でアリエル様が「オルステッド様に会ってきます」って囁いていったから、違うっぽい。
でも、二人が帰ってきた時、アリエル様は妙にスッキリしたような顔をしてた。
溜まってたものが解消されたみたいな顔だ。
しかも、ルーデウスと妙に仲良さそうにしてる。
「ま、まさか……!?」
「違うからな!」
私のゴミを見るような目だけで全てを察したのか、私が言い切る前にルーデウスが反論してきた。
自覚してる時点で有罪じゃねぇか!
「違いますよ、エミリー。ルーデウス様とは何もありませんでした。せいぜいズボンとパンツを剥かれたことくらいです」
「ギルティ」
「やめて!? 剣を抜かないで!? というか、アリエル様も誤解を与える言い方しないでくださいよ!?」
ルーデウスが皆を起こさないように小声で叫び、アリエル様がパンツを剥かれたとは思えないほど上品に微笑む。
……もしかして、またアリエル様に遊ばれた?
「というのは冗談で、本当は私がオルステッド様を見て失禁してしまったので、それで濡れてしまったズボンとパンツをルーデウス様に乾かしていただいただけですよ。
久しぶりに人前での失禁をしましたが、ルーデウス様とオルステッド様の前という絶対に粗相があってはいけない場での文字通りの粗相は、背徳感と絶望感でとても興奮しましたね」
「そっか。よかった」
もうアリエル様にはツッコミを入れるだけ無駄だということがよくわかった。
「それで、オルステッド様と話した結果なのですが、ルークや政争に関しては私に一任してもらえることになりました。
ルーデウス様とエミリーはヒトガミとの戦いに専念してください」
おお、そうなったんだ。
オーケー、わかった、理解した。
「じゃあ、師匠にも、声、かけて、あげて、ください」
「パウロ様に?」
「ノトス家の、ことで、何か、したいって、言ってた」
「なるほど。わかりました。それは心強いですね」
今ここに、アリエル様と師匠のコンビが結成されることが決まった。
師匠が中年の性欲でアリエル様と一夜を共にしないことを祈る。
ゼニスさんがああなっちゃって溜まってなければいいけど。
リーリャさんがどうにかしてくれてるかな?
「では、まずは明日。盗賊団との邂逅での一手ですね。期待していてください、二人とも」
ニッコリと笑うアリエル様。
それを見て私は思った。
最初から協力要請しとけば良かったのでは?
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69 トリス
翌日。
私達は亀のような速度(私基準)で森を進み、盗賊団の縄張りにまでやってきた。
政務とかにかかりっきりで体力トレーニングをする暇がなかったアリエル様は、護衛4人の一人であるアリステアさんにおんぶされての移動だ。
あの人も上級剣士だから人一人運ぶくらいわけないだろうけど、アリエル様のセクハラが心配である。
あの位置からなら、格差社会の象徴を揉み放題やぞ。
なんてことをしてるうちに、盗賊団っぽい連中の気配が、姿を隠したまま私達を囲み始めた。
全員が殺気立つけど、殺し合いに来たわけじゃないから誰も剣は抜かない。
「山彦はなんと返す?」
「兎の穴蔵、それと
やがて姿を現した、ザ・盗賊みたいな格好したリーダーっぽい奴に、ルーデウスが合言葉っぽいのを言って、よくわからないうちに話が纏まったっぽい。
どこで調べたんだろう、その合言葉?
ああ、オルステッドから聞いたのか。
疑問は解消され、私達は盗賊に案内されて小屋みたいなところに連れていかれた。
私達の目的である密入国は明日の朝早くから開始するみたいで、それまでにこの小屋を出たらダメって言われた。
案内役の人に関しては今から連れてくるらしい。
……それにしても、こういう盗賊を見ると、殺人狂じゃない私でも思わず斬りたくなっちゃうな。
盗賊にはロクな思い出がないからね。
紛争地帯の連中然り、ベガリットで遭難するキッカケになった連中然り。
そういう奴らは、ほぼほぼ皆殺しにしてきたから、盗賊見ると条件反射で駆除したくなる。
Gを見たらジェットを噴射したくなるのと一緒だ。
そんな衝動を堪えながら待ってると、扉が凄い勢いでガンガンと叩かれた。
多分、案内役の人でしょ。
それでも皆は警戒しながら、慎重に扉を開ける。
「ったく……さっさと開けやがれってんだい、ウスノロが! このせっかち者のトリスさんを呼びつけといて待たせるってのはどういう了見……ひぃ!?」
入ってきたエリスさん以上に格差を感じる女の人が、大声で文句を言ったかと思ったら、私を見て即座に青褪めた。
漏れてる殺気が強すぎたっぽい。
でも、盗賊見てるとこうなっちゃうからね、仕方ないね。
「エ、エルフの少女で、こんな殺気を放つ化け物って……まさか『妖精剣姫』!? なんでこんなところに!?」
あ、一瞬で素性がバレた。
私も有名になったものである。
「はじめまして、トリスさん。ルーデウスと申します」
「あ、ああ、よろしく……って、ルーデウス? まさかシャリーア最凶最悪の魔術師『泥沼』……!?」
ルーデウスの方はこれ、どんな情報が広まってるんだろ?
「あ、悪い。べ、別に詮索するつもりじゃなかったのさ。この商売では情報が命だからね。危険人物の名前と風貌は知ってるのさ」
「言うほど危険ではないつもりですがね」
「ああ、そうだろうさ。わかってるわかってる。あんたは無名のルーデウス。巷で有名な『泥沼』じゃあない。
そっちの危ないエルフも『妖精剣姫』じゃないし、そこの女も『狂剣王』じゃない。そっちの獣族も『黒狼』じゃないし、そこのイケオジも『剣匠』じゃない。それでいいんだろ?」
その後、ルーデウスとトリスさんは色々と話してた。
ルーデウスが何とか会話を広げようとしてるというか、お見合いでもしてるの? って感じだ。
なんともまどろっこしい会話。
もしや、今度こそ四股狙いか。
私が思わずそんな疑念を抱いた時、
「貴女、もしかしてトリスティーナ・パープルホースではありませんか?」
部屋の奥で寝てたはずのアリエル様が出てきて、そんなことを言い出した。
とりすてぃーな・ぱーぷるほーす?
はて?
どこかで聞いたことがあるような?
「な、なんでその名前を……!?」
「ああ、やっぱりトリスティーナでしたか。ほら、覚えていませんか? 私の五歳の誕生日の時に、お会いした事があったでしょう?」
「ま、まさか……!? いや、でも妖精剣姫が一緒にいるってことは本当に……! ア、アリエル様!?」
どうやら、アリエル様の知り合いだったっぽい。
そこからアリエル様は言葉巧みに、トリスさんがなんでこんなところにいるのか、つまりトリスさんの経歴を話させていった。
それによるとトリスさんは幼い頃に拐われて、例のターゲットの一人であるダリウス上級大臣とやらの性奴隷にされてたらしい。
アスラ貴族ってホントに……。
で、そこから更に盗賊団に売り払われ、しばらく親分の女として過ごし、親分の気まぐれで盗賊としての修行を開始。
その親分が代替わりして自由の身となり、今に至ると。
エグい。
ルーデウスの日記と同じくらいエグい。
今すぐ、そのダリウスとかいう上級大臣を斬りたくなるくらいには不快な話だ。
あ、いや、ダリウスはターゲットなんだから、どっちみち斬るのか。
だったら何の問題もないな。
その話を聞いたアリエル様は涙。
必ずや、かのダリウスクソ野郎を失墜させてみせる。
だからダリウスに性奴隷にされてた証言をしてほしいとトリスさんを説得した。
そんなアリエル様の言葉に、相手の強大さをわかってるトリスさんは悩んだけど、
こっち陣営にはペルギウスさんと北神カールマン二世。
おまけに、私やルーデウスやギレーヌやエリスさんや師匠みたいな、そこそこ有名な戦力が勢揃いしてると知って、
それでもちょっと悩んだ末に、トリスさんはアリエル様の味方となってダリウスを討つことを神に誓った。
感動的なシーンだ。
あまりにもアリエル様に都合が良すぎて、オルステッドの仕込みだろうなって思うしかないって点を除けば。
まあ、なんでもいい。
これでトリスさんは復讐のチャンスを手に入れて、アリエル様はダリウスに対する切り札を手に入れた。
後でアリエル様にコソッと聞いたところ、トリスさん加入によって、現時点での勝率は90%にまで急上昇したらしい。
それくらい貴族の子女だったトリスさんを誘拐して性奴隷にしてたって事実をアリエル様が握るっていうのは大きいそうだ。
これならもう、シャンドルに頼る必要もないだって。
哀れ、シャンドル。
とはいえ、あくまでもこれは政治的な勝率の話であって、レイダさんやオーベールさんを使った力技に頼られると、まだわかんないんだけど。
まあ、何はともあれ。
こうして、アリエル様御一行にトリスさんが緊急参戦し、翌日からアスラ王国への密入国が開始された。
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70 (密)入国
アスラ王国への密入国ルートは、なんと大昔に赤竜山脈の中に掘られたらしい人工のトンネルを通るルートだった。
赤竜山脈といえばあれだ。
中央大陸を南部、西部、北部で分断してる巨大な山々で、赤竜の大群が住み着いてるせいで通行不能になってる場所。
昔は七大列強なら通れると思ってたけど、シャンドルでも多分無理って言ってたし、シャンドルが無理ならガルさんやアレクでも無理だろう。
赤竜山脈を普通に登って通過できるのは、オルステッドみたいな列強上位の真の化け物だけってことだ。
具体的に言うと、四位以上。
列強四位の『魔神』ラプラスと、五位の『死神』ランドルフの間には越えられない壁があるらしい。
ガルさんがマジモードオルステッドに瞬殺されたみたいに、列強上位は皆、列強下位をワンパンできるくらい強いんだろうね。
十二○月の上弦と下弦みたいなものだ。
いつかは超えてやる!
そんな上弦、じゃなくて列強上位しか通れないような赤竜山脈を裏道で通過した私達は、遂にアスラ王国のドナーティ領っていう場所に入った。
そこから懐かしき我が故郷、復興中のフィットア領の近くを通って、王が直接治めてる領地とドナーティ領の端の街に到着。
ここまではオーベールさんの襲撃を避けるために、トリスさんの案内で田舎のあぜ道とかのできるだけ目立たない道を通ってきたんだけど、
ここドナーティ領から目的地である王都アルスに行く道はこの街からしか出てないみたいで、ここには絶対寄らなきゃいけない。
オーベールさん達がまた襲撃してくるならここだろうってことで、皆気を引き締めてた。
……にも関わらず、街の入り口に罠が仕掛けられてることもなく、街中で襲撃されることもなく、私達はトリスさんの同僚の思わず斬りたくなる方々が運営してる、いざって時の脱出路まで完備の安全(?)な宿に到着した。
ひと安心と言いたいところだけど、ここで仕掛けてこないってことは、多分戦力を王都に集中させてるんじゃないかっていうのが皆の予想だ。
王都にいるなら、今度はオーベールさん達だけじゃなくてレイダさんまで一緒に出てくるだろうし、安心どころか余計に怖いわ。
まあ、それは先の話。
今はアリエル様を安全(?)な宿の中に引きこもらせて、私達護衛組がしっかりガード。
その間に、顔が割れてないトリスさんが情報収集に出発した。
そして、持ち帰ってきてくれた情報でひと悶着あった。
エリスさんのお爺さんにして、ギレーヌが忠誠を誓ってた人、サウロスさん。
その人を陥れて殺した仇が判明してしまったのだ。
「ピレモンさん、か」
「マジでやってやがったのか、あいつ……」
ダリウス上級大臣の力を借りて、ピレモンさんがサウロスさんを殺した。
その情報を知らされて、師匠は頭を抱えた。
アリエル様はピレモンさんの犯行と裏切りが誤情報じゃなくてマジだった場合、ギレーヌに斬らせてルークさんをノトス家当主に据える予定だそうだ。
ルークさんは実の父親が処刑されるかもってなって、アリエル様と喧嘩までしたそうな。
そりゃ師匠も頭を抱えるよ。
ただ、朗報も一つあって、喧嘩のせいでルークさんがヒトガミについて口を割ったらしい。
その情報によって、ヒトガミがほぼルークさんを切り捨ててるということが判明。
ヒトガミの使徒としてルークさんを斬らなきゃいけない可能性は下がった。
他は何一つ解決してないけど。
「ハァ……。とりあえず、やれるだけやってみるわ」
「頑張れ、師匠」
その後、師匠が何故かルーデウスを連れて、アリエル様とルークさんと話し合いをしに行った。
結果、何をどうしたのかわからないけど、一応はルークさんを納得させることに成功したそうだ。
凄いな師匠。
何やったんだろ。
代わりに帰ってきた師匠は疲れたような顔で、「ギレーヌに殺されるかもな……」とか言ってたけど。
ホントに何言ったんだろ。
そんなやり取りがありつつ、遂に決戦の場である王都アルスにやってきた。
正直、私はこの場所に紛争地帯には及ばないものの、赤竜の髭やベガリット大陸に匹敵するくらい嫌な思い出がある。
嫌な思い出その1。
姉がアリエル様の護衛になってる上に暗殺者に襲われたと知って、焦りながらシャンドルに知恵を借りて接触を図ろうとして尽く失敗したこと。
そのせいで、姉と合流できたのは赤竜の髭でのピンチの時だ。
あとちょっと遅ければ、姉が死んでた可能性も高い。
あの時、私を門前払いしてくれやがったピレモンさんは許さん。
そう考えると、師匠には悪いけどギレーヌに斬られてもいいような気がしてきた。
せめて、一発は殴らせろ。
嫌な思い出その2。
シャンドルと別れた後に来て、財布をシャンドルに預けてたことを思い出して、路銀を稼ぐためにバイト(低ランク冒険者の依頼)をしまくって、1年以上ここで足止め食らったこと。
懐かしいなぁ。
あそこに見える食堂で皿洗いの依頼受けたら、何枚もお皿割って叩き出されたっけ。
力加減がね、わからないんですよ。
剣術は好きこそものの上手なれだから問題無い。
闘気コントロールにも自信がある。
でも、ラプラス因子による生まれついての怪力だけはどうにもならない。
前世の頃から剣術特化で決して器用とは言えなかったところに、前世と違いすぎる素の身体能力のギャップがあって、そこの誤差が細かいところで修正し切れてないんだよ。
戦闘中は集中してるから大丈夫だけど、日常生活で気を抜いてるとポンコツを連発するのだ。
まあ、せいぜいドジッ娘属性が追加されるって程度のかわいい話で、魔法大学六魔練の一人『怪力の神子』ザノバさんみたいに、力加減をミスって弟の首を引っこ抜いちゃったとか、そういう洒落にならないミスをするほどじゃないけど。
でも、結局ドジッ娘には変わりないから、そのせいで路銀を稼ぐどころか借金までしちゃって、あの優しそうな食堂のおばちゃんにぶん殴られたのは忘れられない。
元気かなー、あのおばちゃん。
と思ったら、帰還したアリエル様を一目見ようと集まってきた民衆の中に、あのおばちゃんが紛れ込んでるのが見えた。
軽く手を振ってみたら、私のことを思い出したみたいで真っ青になってたよ。
別に殴られた復讐なんて考えてないのに。
おばちゃん以外にも、当時王都のお騒がせ娘だった私を覚えてる人達が結構いたみたいで、そんな私が王女様御一行に加わってるの見て、顎が外れそうなほど口開けて驚いてた。
そうして街を進んでる中で、またしても見覚えのある人物と遭遇した。
「エリス、エミリー、ギレーヌ! お久しぶりです! 私です! イゾルテです!」
それは剣の聖地の剣術三人娘の一人、『水王』イゾルテさんだった。
騎士見習いになってたみたいで、最初はフルフェイスの兜して顔が見えなかったから、自分から自己紹介してくれたよ。
他の二人はともかく、私は纏う闘気を見た瞬間に気づいたけど。
そして、闘気を見る限り、前より強くなってるな、この人。
じゅるり。
「エミリー、お友達がご病気という話でしたが、大丈夫でしたか?」
「大丈夫。治っては、いないけど、良くは、なった」
「そうですか。良かったですね」
「うん」
心から喜んでくれるイゾルテさん。
だからこそ、ちょっと心苦しい。
レイダさんが敵ってことは、この人と戦う可能性もあるってことだから。
殺したくないなぁ。
オーベールさんやレイダさんみたいな知り合いより遥かに親密な友達だもん。
どうにもならないようなら覚悟決めて斬るけど、できればお互いに命を取らない形での決着にしたい。
「エリスも久しぶりです。無事だったのですね。龍神と戦ったら生きて帰れないとお師匠様が言っていたからてっきり……」
「ふん!」
エリスさんが不機嫌そうな顔になった。
オルステッドの腕を斬り飛ばしたとは聞いたけど、結局は舐めプされた上でぶっ飛ばされたみたいだからね。
そんなエリスさんを見て全てを察したのか、イゾルテさんは苦笑した。
その後、イゾルテさんはギレーヌにも挨拶した後、師匠に挨拶されて、師匠の悪い噂(昔、女の人を食いまくってたとか)でも聞いてたのか嫌そうな顔をし、私がルーデウスを紹介したら、ルーデウスにも嫌そうな目を向けてた。
イゾルテさんは一夫一妻を掲げるミリス教徒だからね。
女の敵に対する好感度は最悪なのだ。
それを忘れてルーデウスを紹介しちゃったのは失策だったわ。
で、私達はアリエル様の護送中なので、イゾルテさんは遠慮して軽い会話をしただけで去っていき、私達はアリエル様の別邸に辿り着いた。
「さて、皆様のご助力もあり、無事にここまで辿り着けました。
私は明日より動き始めます。ペルギウス様をお出迎えするための、そしてダリウス上級大臣を失脚させるための『場』を用意します」
そうして、アリエル様は遂に決戦の地での本格的な仕込みをするために動き出す。
敵に手を打たせないように、あとペルギウスさんを待たせすぎてヘソを曲げられないように早急に、10日後に決行することを目安に動くらしい。
結局、シャンドルとの合流は叶わなかった。
伝言にはシャリーア、もしくはここ、王都アルスで合流すべしって書いといたんだけど、その伝言を冒険者ギルドに託してから、まだ二ヶ月程度。
これじゃ中央大陸中に伝言が行き渡ってすらなさそう。
それでもシャンドルの居場所によっては普通に合流できただろうけど、ヒトガミの策略で大陸の端にでも誘導されてたら絶望的だ。
結局、オルステッドの言った通り、戦いはシャンドル抜きで始めるしかない。
アレクの方も現れなかったから、こっちにも頼れない。
「シャンドル様がいないのは残念ですが、それでも既にこちらのカードは揃っています。
それ以外にも手は打ちますが、基本的な勝利は疑いようがないものと考えております。
むしろ、シャンドル様を待つことに固執し過ぎて、ダリウスに勝てるタイミングを逃す方が悪手でしょう」
ということになった。
仕方ないね。
「しかし、敵が『場』において苦し紛れに戦闘を仕掛けてくる可能性もありますし、その時にシャンドル様がいないというのは不安要素なのも事実。
できればその前に敵勢力の主要人物を削いでおきたいところですね」
そんなアリエル様の提案によって、わざと隙を見せるというか、隙に見えるような情報を流して、奇襲最強のオーベールさんを釣る作戦が試みられたけど、
さすがに暗殺スポットでもない場所で私達の相手をするのはやめといた方がいいと思ったのか、引っかかってはくれなかった。
そうこうしてるうちに予定の10日間が過ぎ、アリエル様は準備を整え、━━遂にアスラ王国王位継承戦の本番が開始された。
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71 王位を賭けた戦い
決戦は王城の一室を使ったパーティーの形で幕を開けた。
ジェノサイドパーティーとか、そういう意味じゃないよ?
ちゃんと貴族達がキラびやかな服を着て、うふふ、おほほと含み笑いでお互いのお腹の中を探り合う平和(?)なパーティーだ。
ただし、今回はアリエル様が対抗馬である第一王子の……名前なんだっけ?
ダリウスに比べて皆の会話に出てくる頻度が低いから名前忘れた。
出てきたとしても『兄上』とか『第一王子』って呼ばれてるし。
えっと、確か、グラー、グラー……グラードン?
そんな大地を広げそうな名前の第一王子派に、アリエル様が何かしら仕掛けるつもりだって皆察してるからソワソワしてる。
私達はそんな会場の護衛。
というか、アリエル様個人の護衛として会場入りした。
最初に現れた主要人物の一人は、護衛としてウィ・ターさんを引き連れたピレモンさんだった。
苦い思い出が残ってる上に、よく見ると顔が師匠やルークさんに割と似てるからすぐわかる。
ピレモンさんは私の隣に立つ師匠に忌々しそうな視線を向けてきて、師匠はバツの悪そうな顔になった。
ピレモンさんに続いて、続々と今回の戦いの関係者達が会場に入ってきた。
アリエル様の従者の人達の家族。
トリスさんの家族。
アスラ王国の上級貴族達に、四大地方領主と呼ばれる四つのグレイラット家。
最初に来たノトス他、エウロス、ゼピュロス、ボレアス。
ボレアス家と言えば私の中ではフィリップさんなんだけど、そのフィリップさんは転移事件で死んじゃったから、ボレアス家の代表は知らない人だった。
なお、私に貴族の人達の見分けがつくわけないので、隣にいる師匠とアリエル様親衛隊の皆さんが解説してくれないとわかんないです。
そして、遂に最大の大物がやって来た。
でっぷりと太った醜悪な見た目の人物、ダリウス上級大臣。
その姿を見てアリエル様親衛隊の皆が抑え切れなかったみたいに僅かな殺気を放ち、私はダリウスの護衛をしてる人達を見て、隠す気もなく戦意をむき出しにした。
「オーベールさん」
「久しいな、エミリー。1年ぶりといったところか」
「ん? 一ヶ月前、くらいに、会ったよね?」
「そういうのは表に出してはいけないことになっているのでな」
それでいいのかと突っ込みたくなるようなバレバレの取り繕い方をしたのは、道中最大の敵だったオーベールさんだ。
隣にはナックルガードの姿もある。
でも、不思議なことにレイダさんの姿は無かった。
「今回は、負けない」
「ふっ。望むところだ」
「おい! 行くぞ、オーベール!」
剣士同士の宣戦布告に無粋に割り込んできたダリウスによって、オーベールさんは連れて行かれてしまった。
イラッとしてダリウスを睨みつけたら「ひぃ!?」って悲鳴を上げてた。
なんか聞いてたより小物な感じがするんだけど。
仮にも今回最大の難敵(政治的な意味で)なら、初対面の幼女にビビるなし。
で、これにてお互いの隠し球以外、主要人物全員集合。
こっちもアリエル様達が事前にシャリーアで仲間にしてアスラ王国に送り込んでおいた人達を加えて戦力を補充した。
上級剣士と上級魔術師が合わせて数人。
神級、帝級、王級の敵の前だと頼りなく感じるけど、それでも屋内で鎧ピカピカ目潰しが使えないウィ・ターさんくらいなら相手にできると思う。
倒せないだろうけど、時間稼ぎくらいなら何とか。
そうして、遂に色んな意味でパーティーと呼ぶべき戦いが始まった。
「本日、お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます」
まずは主催であるアリエル様による、病気の国王を心配する言葉とか、留学先で何を思っただとか、校長の話並みにどうでもいいトークからパーティーは始まる。
まどろっこしいと思うけど、それが貴族なんだから仕方ない。
でも、割とすぐにそんな話は終わりを告げて、攻撃が始まる。
「さて、本日、皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。二人ほど、皆様に紹介したい方がいるのです」
それで出てきた一人目は綺麗に着飾ったトリスさんこと、パープルホース家次女、トリスティーナ・パープルホースさん。
こうして見ると、ちゃんと貴族のご令嬢だ。
少なくとも昔のエリスさんとは比べものにならない。
そして、トリスさんによる、というかトリスさんを使ったアリエル様によるダリウスへの攻撃開始。
トリスさんは今までどうしていたのかを語り、ダリウスにやられた仕打ちを語り、色々と脚色して完全悲劇のストーリーと化した話でダリウスを狙い撃つ。
「いやはや。本日のアリエル様は、ずいぶんとお戯れがすぎるようだ」
でも、小物っぽいと思ったとはいえ、向こうもさすがに難敵と見られてた上級大臣。
奴は事前にトリスさんの実家に圧力かけてたらしく、既にトリスさんが死んでて、それを両親が確認してるって設定をぶつけてきた。
ダリウスの顔がにちゃぁと、昔のルーデウスを思わせる感じで歪む。
あまりに不快だったから思わず殺気を送っちゃったけど、そうしたらダリウスは一瞬にして冷や汗をかきながらも、顔面の笑みだけは維持した。
器用だなぁ。
「なあ、そうであろう? パープルホース家現当主、フレイタス・パープルホース殿。
そなたは、確かに、死体を確認したはずだ。トリスティーナ嬢は行方不明ではなく、すでに死亡していると認めたはずだ。
そう宣言してくれぬか? この戯言を終わらせるためにも。なあ、フレイタス殿?」
「わ、我が娘は……」
しかし、
「我が娘、トリスティーナは…………ダリウス上級大臣により、奪われました」
「…………は? フレイタス殿!? な、何を!?」
「そちらにいるのは、間違いなく我が娘、トリスティーナでございます! アリエル様、我が娘を攫い、監禁して辱めたダリウス上級大臣に裁きを!」
「馬鹿を言うなフレイタス! 貴様は持っているはずだ! 身元確認のために印を押した証文を!」
「……ダリウス様。そのようなものは、存在いたしませぬ」
「……ッッ!!」
そんな二人のやり取りを見て、アリエル様が薄く笑った。
ああ、根回し済みだったのね。
さすが、我らがアリエル様。
ただの変態王女じゃないわ。
「さて、ダリウス上級大臣。何を隠そうパープルホース家当主にこう言われては……。
貴族の子女を誘拐し、監禁し、辱めるなど、いかに王国の重鎮と言えど、罪は罪。逃れうるものではありません。
あなたは王国の法により、裁かれることでしょう」
「ッ〜〜〜!?」
ダリウスの顔が笑みじゃなくて、追い詰められた焦りで歪む。
ギョロギョロと目線を動かして味方を探すも、そんな人は誰もいなかった。
ただ一人を除いて。
「ずいぶんと騒がしいパーティだ」
そう言ってパーティー会場に入ってきたのは、グラードン第一王子。
舞台裏から気配がしてたから、スタンバってるのはわかってたけど。
腹心のピンチと見て出てきたっぽい。
ただ、所詮グラードンはダリウス以下の警戒レベルでしかない男。
グラードンは罪人であってもダリウスは国にとって必要な人材だと言い、アリエル様の言う通り裁くか、それとも自分の主張に従って見逃すか決めようとか言い出した。
その方法は多数決。
「そんなんで、決めて、いいの?」
「より多くの貴族の支持、つまり、より多くの権力と発言力を持ってる方の意見が通るってことだ。何もおかしくないぞ」
「なるほど」
隣の師匠に聞いたら、補足説明してくれた。
助かる。
「で、まあ、そうなると、ずっと国を離れてたアリエル様より、ずっと王都で権力基盤を築いてきた向こうの方が圧倒的有利だな。普通なら」
「その前に、もう
師匠の説明とほぼ同時のアリエル様の言葉が終わると同時に、城の外から巨大な火柱が上がった。
外に出てた姉の仕込みだ。
そして、炎に照らされて、王城の上空に浮かび上がる巨大な影。
アリエル様の隠し球のご登場だ。
「空中城塞!?」
「いつの間に、こんな近く……!?」
「まさか、おいでになるのか……!」
会場に近づいてくる気配が13個。
空中城塞に住まうという、ある大英雄と12の使い魔。
その伝承通りの人数。
そうして、遂に伝説がこの場に現れた。
「皆様、ご紹介しましょう。『魔神殺しの三英雄』の一人。『甲龍王』ペルギウス・ドーラ様でございます」
心なしか、アリエル様がドヤ顔したような気がした。
アスラ王国においてとんでもない発言力を持ってると、他ならないアリエル様自身が言ってた人、ペルギウスさん。
この人の登場によって、勝負は決した。
「おお、これは困った。空席が3つ。 さて、アリエル・アネモイ・アスラよ。グラーヴェル・ザフィン・アスラよ。我はどこに座ればよろしいか」
「……!」
わざとらしいペルギウスさんの言葉にグラードン、じゃなくて、グラーヴェルが息を呑んだ。
ペルギウスさんのおかげで、ようやく名前を思い出せた。
次の瞬間には忘れてる気がするけど。
話したこともないし。
「それは……もちろん……最上位の席へと、お座りください」
「いいや。我はすでにこの国を長く離れすぎた。次代の王の席を奪うわけにはゆくまい。
アリエルよ。その席には貴様が座れ。我は隣に座らせていただくとしよう」
次代の王と言って、ペルギウスさんはアリエル様の背中を押した。
誰も何も言わない。
誰も何も言えない。
事前のアリエル様達の予想によると、ペルギウスさんに唯一抗い得たはずのダリウスは終わってる。
ゲームセットだ。
━━政権争いはね。
「来た」
グラードンと同じように、途中から会場の近くでスタンバってたのは気配と魔眼でわかってた。
でも、グラードンなんぞとは比べるのも失礼なくらい上手く気配を消してた。
そんなことができる達人が、パーティー会場の天井を突き破って、政権争いというゲーム盤を力技でひっくり返すべく襲来した。
「やれやれ、夢のお告げはこういうことかい」
ヒトガミの切り札。
当代最強の剣士の一人。
「ほれ、助けにきてやったよ」
『水神』レイダ・リィアが、ダリウスに向かってそう言った。
稽古で向き合った時には見せてくれなかった、本気の戦意と殺気を纏って。
不謹慎だとは思いつつも、それを見て私は、━━ゾクゾクしてきて、牙をむき出しにしながら、心の底から笑った。
オルステッドを殺しにいった時には感じなかった感覚。
アレクと一緒にファランクスアントと戦った時や、ガルさんと最初に向き合った時と同じ、確かな胸の高鳴りを感じながら。
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72 命を懸けた戦い
レイダさんが襲来した瞬間に、私は剣を抜いた。
そのまま飛びかかろうとして……やめた。
レイダさんが見たことのない、それでいて滅茶苦茶危険を感じる構えを取ったからだ。
多分、これがオルステッドの言ってたレイダさんの奥の手。
━━水神流幻の奥義『剥奪剣界』
五つある水神流の奥義のうち、最も困難な二つを組み合わせることによって生まれる、幻の六つ目の奥義。
前後左右上下。
レイダさんの間合いの中にいて、レイダさんが知覚できている全員に対して、指一本でも動かせば、否動かそうとすれば、その瞬間に斬撃が飛んでくる究極のカウンター奥義。
稽古じゃ見せてくれなかった技だ。
これを前にしたら迂闊には動けない。
剣を抜かないまま相対してたらと思うとゾッとする。
「誰も動くんじゃないよ。こうなりたくなかったらね」
ただ、私以外に動いた人はいた。
最初に動いたのはペルギウスさんの使い魔『光輝』のアルマンフィさん。
光の速度で動ける彼も、攻撃の時は実体化して動きが遅くなるから、その瞬間に斬り捨てられた。
アルマンフィさんは人間じゃなくて精霊だからか、死体は残らずに光の粒子になって霧散した。
次に動いたのもペルギウスさんの使い魔の人。
名前は知らない。
その人はレイダさんに腕を向けて、何かを放とうとした瞬間に遠距離スラッシュで斬られ、アルマンフィさんと同じように光の粒子になって霧散。
その次に動いたのはルーデウスだ。
動いたっていうか、指に嵌めたオルステッドへの連絡用の指輪に魔力を流そうとしただけなんだけど、それすらも感知されて手首を落とされた。
といっても、斬られたのは籠手だけだけど。
最後に動いたのは逃げようとした貴族の一人。
足の腱を斬られて悲鳴を上げ、更なる斬撃で気絶した。
死んでないから峰打ちだったっぽい。
「……動く奴ぁいないようだね。それじゃ、オーベール」
「な、なんであるか……?」
「アリエルとペルギウスと……あと泥沼とエミリーだね。さっさとそいつらの首を刎ねちまいな」
「そ、
「そうだよ。他に誰がやるんだい? エミリーなんて、この奥義の中でも今にも動き出しそうじゃないか。あんた以外が行ったら斬り捨てられるよ」
あ、バレてる。
バレた上に警戒されてる。
さすがは水神。
なら、そろそろ行こうか。
止まってる間に誘剣と迷剣を使って、フェイントは充分に重ねた。
オーベールさんが参戦してくるなら、あんまりモタモタしてるわけにもいかない。
開戦だ。
私はパーティー会場の床がヒビ割れるくらい強く踏み込んで仕掛けた。
最初に力を込めた足に向かって飛んできた斬撃を、レイダさんと同じ水神流の技で受け流す。
そのために動かした腕に向かって飛んできた斬撃を更に受け流す。
そうして、私は前に出た。
「来たね。『剥奪剣界』!」
正確無比な斬撃が私目掛けて連続で飛んでくる。
大丈夫。
対処できる。
誘剣と迷剣によるフェイントがちゃんと少しは効いてる。
その証拠に、レイダさんの斬撃は最適の場所とタイミングを僅かに外れていた。
剥奪剣界の肝は、斬撃の絶妙なタイミングだ。
動こうとした瞬間に飛んできて、動作の起こりを潰される。
椅子から立ち上がろうとした瞬間に足払いが飛んできて転ばされるみたいな感じ。
だから、誰も動けない。
でも、剣速自体はガルさんの方が遥かに上だ。
そのガルさんの二倍以上の速度を誇るオルステッドの攻撃を見た後だと、レイダさんの斬撃ですら遅く見える。
なら、北神流のフェイントで肝心のタイミングさえズラしちゃえば、水帝級の技術で受け流せない道理無し!
それでも斬撃は何発も何発も飛んでくるんだから、ドンピシャのタイミングで飛んでくることもあるけど、それも三回に一回とかその程度の頻度。
剣帝級の剣速を持つ私なら、そのくらい後出しでも対応可能!
「剣神流『韋駄天』!」
レイダさんの攻撃を受け流しながら、私は衝撃波加速は使わずに、剣神流の踏み込みだけで更に加速した。
さすがに、この奥義の前で多少なりとも体勢を崩す衝撃波加速は使いたくなかったからだ。
だけど、これでも充分な速度は出る!
「ハッ!」
「ぬぅ……!」
加速して間合いを詰め、飛ぶ斬撃ではなく、お互いの剣が直接ぶつかる間合いで放った一撃。
それを防ぐために、レイダさんは奥義『流』を使った。
完璧な動きで私の攻撃を受け流してカウンターが放たれる。
私はさっき使わなかった衝撃波の魔術をここで使い、体勢を無視して横に吹っ飛ぶことで回避。
そして、レイダさんが私に対処するために別の奥義を使ったことで……
━━幻の奥義『剥奪剣界』が解除された。
その瞬間、会場中の時が動き出す。
「「ガァアアアアアアア!!」」
まず、エリスさんとギレーヌがレイダさんに向かっていく。
だけど、すぐにルーデウスが声を上げた。
「違う! オーベールだ!」
「「!」」
オーベールさんは、二人が動いた隙にルーデウスを狙って奇襲をかけていた。
二人はそれに気づいて即座に方向転換し、ルーデウスと一緒にオーベールさんとぶつかる。
3対1の戦いは、ルーデウス達がやや優勢。
それでいい。
あの二人を相性最悪のレイダさんにぶつけるより、オーベールさんを倒してくれた方がずっと助かる。
ナイス判断だよ、ルーデウス!
「「「うわぁーーーーーー!!?」」」
そして、貴族達が悲鳴を上げながら出口に殺到した。
一刻も早くレイダさんから逃げたいっていう心の声が聞こえてきそうな逃げっぷりだ。
それに紛れてダリウスが逃げようとするも、アリエル様の護衛の4人が飛びかかって逃亡を阻止。
ダリウスを守るナックルガードとぶつかった。
あの4人だけでナックルガードと戦ったら数分でやられるだろうけど、そこに師匠が乱入して互角以上の戦いを始める。
更に、ルーデウスがオーベールさんと戦いながらダリウスを狙撃して手傷を負わせ、逃走する力を完全に削ぐ。
あの辺りは、一瞬にして敵味方が入り乱れる戦場と化した。
一方、私の方はレイダさんの注意が飛びかかろうとしてたエリスさんとギレーヌの方に逸れた瞬間を狙って再び間合いを詰め、斬り合いを開始。
本気のレイダさんとの戦いに心躍らせる。
「こ、これは!?」
「ルディ!? エミリー!?」
更に会場に乱入者が現れた。
イゾルテさんと、外でペルギウスさん登場の仕込みをしてた姉だ。
イゾルテさんの方は混乱の極みって感じだけど、咄嗟にレイダさんに助太刀しようとしたのかこっちに向かって走り出し、姉がそんなイゾルテさんを魔術で狙撃して止めた。
そのまま二人での戦いになる。
実力的にはイゾルテさんの方が上だけど、何をどうすればいいのかもわからずに戦ってる感じのイゾルテさんと、こうなるかもっていう覚悟を決めてた姉とじゃ集中力が違う。
その差が実力差を埋めて、二人の戦いは互角の勝負になった。
動いてないのは、シャリーアで仲間にした人達と一緒にアリエル様を必死に守ろうとしてるルークさんと、面白そうな顔してるペルギウスさん。
あと、どうしていいかわかんない感じのピレモンさんと、命令が無いからか、そんなピレモンさんを守ってるだけのウィ・ターさん。
他にグラードン含む上級貴族っぽいのが何人かと、その護衛。
この辺がちょっと不確定要素だけど、それを除けば戦況は概ね互角か、こっちがやや有利の状態で安定した。
なら、心配することは何もない。
私は目の前の強敵だけに集中できる。
オルステッドの時みたく、こっちが一方的に仕掛けた罪悪感もない。
仲間達も皆強いから、私が守る必要もない。
だから、
「存分に、斬り合おう、レイダさん!!」
私は笑った。
獣が牙を剥き出しにするみたいに、好戦的な顔で笑った。
「ハッ! 小娘が! 調子に乗ってんじゃないよ!!」
レイダさんもまた、水神にまで登り詰めるほどの剣士のサガか、私と似たような凶笑を浮かべていた。
知り合いを殺すかもしれないんだから、決して楽しいものじゃない。
けど、楽しくなくても血は滾る。
剣士という生き物に流れる血が、戦いに生きる者としての本能が、強敵を前にして、どうしようもないほど熱く燃え滾る!
そうして、遂に三大流派の長の一角との
オルステッド「…………」
ルーデウスから連絡受けて急行したけど、なんか普通に勝てるかもしれないし、もしそうなら魔力もったいないし、ピンチになったら出ていこうと思ってる社長の図。
ピレモン「政争はアリエル様が勝った。だが、水神が勝ってアリエル様を殺してしまえば、無理矢理ひっくり返ってダリウスの勝ちだ。あのエルフが水神に勝てるとは思えない。だが、ペルギウス様がいれば水神でも退けられるのか? くそっ!? どっちだ!? どっちにつけばいい!?」
ピレモンさん、いざという時に優柔不断(公式)
巻き込まれて参戦できなかったウィ・ターさん可哀想。
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73 VS『水神』
「やぁああああああ!!!」
私は攻める。
剣神流の速度で押し込み、水神流でカウンターを受け流しながら前に出て、北神流の惑わしと立ち回りで常に有利な位置を取り続けて攻める。
「シィィィ!!」
レイダさんが守る。
ただ一つ、極めに極めた水神流の技にて、私の攻撃全てを受け流し、カウンターを叩き込んでくる。
実力的には未だにレイダさんが上だ。
私がレイダさんにかすり傷一つ付ける間に、レイダさんは私に本来ならそこそこ深い傷を刻むだろう斬撃を二回は叩き込む。
だけど直撃は避けてるし、ダメージも龍聖闘気もどきが軽減する。
そして、その程度のダメージなら、隙を見て無詠唱治癒魔術を使えば即座に治せる。
結果、微細なダメージがレイダさんだけに蓄積していた。
「相変わらず硬いねぇ……! それは反則じゃないのかい!」
「戦いに、卑怯も、汚いも、ない!」
「そりゃそうだ! 言ってみただけさね!」
そんな会話が挟まりつつ、私達の斬り合いは続く。
この状況、一見私の方が有利に見えるけど、そんなことは全然ない。
肉体に傷は残らなくても、傷を治すのに魔力をどんどん消耗してるからだ。
衝撃波移動とか火の球使った目くらましとかも全力でやらないと対抗できないし、そんなことしてれば更に消費魔力は増える。
まあ、私の魔力総量はルーデウスに比べれば雀の涙とはいえ、一般人に比べればかなり多いから、まだまだ余裕はある。
消耗の度合いとしては、傷が増えてるレイダさんとトントンくらいかな。
でも、私達は別に消耗戦をやってるわけじゃない。
剣士同士の戦いなんだから、一瞬の隙に相手に致命傷を与えた方の勝ちだ。
「奥義『剥奪剣』!」
「うぐっ!?」
治癒魔術発動に少し意識を割き過ぎて、攻め手が緩んでしまった瞬間に、レイダさんに奥義発動の構えを許してしまった。
水神流の五つの奥義の一つ『剥奪剣』。
『剥奪剣界』の元になった技の一つだ。
目の前の相手しか標的にできない代わりに、より精度を増した剥奪剣界の縮小版。
つまり、動こうとした瞬間に、剥奪剣界より速くて重くて鋭い斬撃が飛んでくる!
「水神流『流』!」
私はそれを無理矢理突っ切って間合いを詰めた。
水神流の技により致命傷となり得る斬撃だけを最低限受け流し、残りの力を前に出ることに使う。
守勢に回って発動を長引かせれば、その分だけダメージを貰うと考えた方がいい。
多少深い傷は許容して、強引にでも発動を止める!
「『光の太刀』!」
「舐めるんじゃないよ!」
作り直してもらったルーデウス謹製の胸鎧も砕かれ、血塗れになるのと引き換えに間合いを詰めて放った光の太刀を、レイダさんは容易く受け流した。
そのままカウンターの一撃が私を襲う。
「!」
これは避け切れない。
避け切れないけど、回避行動を取ればその分だけ傷を浅くすることはできる。
でも、それじゃあ、血塗れになった分だけ私が一方的に不利になるだけだ。
切り札を使うって手もあるけど……まだ今じゃない。
ここで使っても、今までの奮闘に見合うだけの成果は出せない。
「ふんッ!」
だから私は覚悟を決めて、更に前に出ながらカウンターの斬撃を右肩で受けた。
間合いの内に入ることで斬撃の威力を殺し、振り切った剣の代わりに左肩から体当たり。
北神流『当身』!
そして、もう一発!
「『光の太刀』!」
「ぬぅ!?」
体当たりで体勢を崩したレイダさんに向かって、下段から二撃目の光の太刀!
さすがのレイダさんでも、体勢が崩れたところに放たれた剣帝級の光の太刀を完璧には受け流し切れずに、脇腹にそこそこの傷が刻まれた。
代償に私の右肩がバッサリとやられて、二撃目の光の太刀を最後に限界を迎えて動かなくなったけど、剥奪剣で血塗れにされた傷と一緒に上級治癒で無理矢理治す!
ただ、上級魔術は魔力の消費量も相応に多い。
満タンの状態からでも20回は使えない。
今ので私の残り魔力は……体感で6割ってところかな。
レイダさんに与えたダメージに見合ってるかというと微妙なところ。
でも、一方的に不利ってほどじゃないはずだ。
「痛いじゃないかい!」
「お互い様!」
今の攻防でレイダさんは痛みと出血、私は魔力の大量消費という負債をそれぞれ新たに背負って戦いを続行。
「北神流『幻惑歩法』!」
私は右に左に前に後ろにと、僅かに体をぶれさせて狙いを散らしつつも、ほぼ直線距離でレイダさんに向かっていく。
側面や背後を取る戦術は、全くの無駄とは言わないけど、レイダさん相手には効果が薄いからだ。
レイダさんには剥奪剣界の元になったもう一つの技、前後左右上下、どこからの攻撃に対しても同じ体勢からカウンターを放てる奥義『剣界』がある。
おまけに接近に時間をかければ、また剥奪剣の構えを許すだけだ。
だからこその直線距離!
ほぼ最短距離で間合いを詰めて斬る!
……というのを何回もやっておいてかーらーのー!
「む!?」
私はレイダさんに斬りかかる直前で大きく右に曲がった。
そこから更に衝撃波を右から自分にぶつけて左に曲がる。
ジグザグの軌道を描いた二段階のフェイント!
レイダさんの目算を狂わせて、そこからの『光の太刀』!
「この……ッ!?」
これでもまだ裏をかき切れず、光の太刀に対する受け流しが普通に間に合いそうだったレイダさんが目を見開いた。
何故か?
私が光の太刀を放つと見せかけて、振り下ろした剣を途中で手放したからだ。
レイダさんの受け流しは手放された剣に対してのみ決まり、私自身は身を屈めて横から手刀を放つ!
北神流奥義!
「『朧十文字』!」
「がはっ!?」
さっき斬った脇腹の傷にクリーンヒット!!
やっと完全に裏をかけた!
かなり無理な体勢から放ったからそんなに威力は出せなかったけど、傷口を抉るには充分すぎる。
レイダさんは脇腹から血をダバダバと撒き散らしながら吹っ飛び……ただではやられないとばかりに、相討ちのカウンタースラッシュで私の右眼を斬り裂いた。
「うぐっ!?」
目が!?
というか、魔眼をやられた!
魔眼で闘気の流れから動きを先読みしてた私は、これで一手反応が遅くなってしまう。
上級治癒じゃ欠損は治せないし、本当にやられた!
だけど、レイダさんの傷だって、致命傷じゃないけど決して浅くはない。
そのダメージにつけ込むように、私は空中で手放した剣をキャッチして、吹っ飛ばしたレイダさんに再接近する。
レイダさんが痛みを堪えながら構えを取った。
その構えは水神流の基礎にして奥義である技。
私もよく使う『流』の構え。
前にイゾルテさんに聞いたけど、『水神』という称号を得るためには、流派で一番強い剣士になると共に、水神流の五つの奥義のうち三つ以上を習得しないといけないらしい。
当代水神レイダ・リィアが覚えている奥義は三つ。
最も困難と言われる『剥奪剣』と『剣界』。そして基礎にして奥義である『流』。
ただ、『流』は本当に水神流の基本技だ。
それこそ覚えたての初級ですら使ってくる。
昔のルーデウスですら使ってきた。
そんな基本技を『極めた』と言えるレベルにまで磨き上げた時、『流』は初めて真の意味での奥義となるのだ。
つまり、これはレイダさんが最も使い込み、最も慣れ親しんだ技。
剥奪剣界以上に水神を象徴する技。
これを破るのは困難を極めるだろう。
それに対して、私は走りながら剣を大上段に構えた。
レイダさんの『流』に対して、私が選んだ技は北神流最高の奥義の下位に位置する技『烈断』。
巨大な斬撃を放つ技。
ただし、それは烈断を斬撃飛ばしで使用した場合の話だ。
直接刃で斬りつけた時の烈断は、防御不能の超火力の剣と化す。
つまり、私が選んだのは力押しだ。
レイダさんが柔よく剛を制すのなら、私は剛よく柔を断つ。
本当なら北神流最高の奥義である『破断』でいきたかったんだけど、未だに溜め無しで破断を放てない未熟な我が身だから、仕方なく妥協した。
本来なら、こんな選択は水神流のいい鴨だ。
力技で水神を倒せるなら最初からやってる。
だからこそ、今までは私もフェイントと光の太刀をメインウェポンに据えてきた。
でも、その傷付いた体で、吹っ飛ばされて崩れ切った体勢で、果たして本当に受け流せる?
生まれついての馬鹿力を、大物殺しの北神カールマン二世の必殺技で昇華させた、私の渾身の一撃を。
受け流せるものなら受け流してみろ。
そんな私の意思を感じ取ったのか、レイダさんがまるでガルさんのように「面白い」と言わんばかりの壮絶な笑みを浮かべた。
「北神流奥義『烈断』!!」
「水神流奥義『流』!!」
力の象徴と、受け流しの極致がぶつかった。
互いの剣がぶつかった瞬間は、時間にしてコンマ数秒もない。
だけど、私達にはその時間が永遠に思えるほど長く、時が止まったかのように詳細に互いの技を感じ取ることができた。
私の剣にレイダさんの剣が押し込まれる。
完全には受け流せてない。
でも、その軌道は徐々に歪められていく。
完全に押し切れてもいない。
受け流される前に押し込めるか、押し込まれる前に受け流すか。
そんな互いの奥義の攻防は……予想外の形で決着した。
私の剣が砕け散ることによって。
「「!?」」
その現象に、私とレイダさんはお互いに驚愕した。
剣が砕けた。
それは別に不思議なことじゃない。
私の剣は、師匠から10歳の誕生日プレゼントとして貰った剣だ。
魔剣でもなければ業物でもない。
悪くはないけど良くもない、どこにでもある普通の剣。
そんな剣に随分と無茶をさせてきた。
いくら龍聖闘気もどきを纏わせて強度を上げてたとはいえ、紛争地帯での戦争に使い、アリエル様を狙う暗殺者との戦いで使い、中央大陸を旅する道中で何度も使い、ベガリット大陸の強い魔物を倒すためにも何度も使い。
世界最強の王竜剣との稽古で使い、迷宮攻略で使い、剣神との試合で使い、龍神の理を超越した刃とすら接触し。
むしろ、ここまでやってまだ手入れの時に寿命が見えなかったのは龍聖闘気もどきヤバいとしか言いようがないけど、それも今回の水神との戦いで急速に寿命を削って限界を迎えたのだろう。
レイダさんが勝利を確信したような顔になった。
オルステッドと戦った時のシャンドルみたいに、力の集中点である剣を失ったことで私の奥義は霧散し、レイダさんは『流』の真骨頂であるカウンターを何の憂いもなく振るえる。
残心を強く心がけてる達人剣士ですら勝利を確信してしまうほどの致命の隙。
レイダさんの剣が、ギロチンの刃のように私の首に振り下ろされた。
鮮血が舞った。
「エミリーーーーー!!」
姉の声が聞こえる。
悲鳴だ。
今のを見ちゃったらしい。
悪いことした。
「ごめんね、シル……」
本当にごめんね。
━━紛らわしいことして。
「なっ!?」
レイダさんが驚愕の声を上げる。
何故か?
それは水神ともあろうお方の剣が、私の首を両断できなかったからだ。
筋肉を斬り裂き、動脈に刃が達して血がビュービューと出てるけど、切断はされてない。
私の首は、神級剣士の完璧な斬撃の直撃を防いでいた。
すぐに治癒魔術を使えば命も繋がる。
そんなダメージしか入らなかった理由は「ここだ!」と思った私が切り札を使ったからだ。
剣が砕けた瞬間、私は体を守る龍聖闘気もどきの精度を上げた。
更にそれを不治瑕なんてとんでもないことまでできる北神流の闘気コントロールによって首筋に集中させて、レイダさんの剣をガードしたのだ。
今の私の龍聖闘気もどきは、
だけど、この戦いでは剣の聖地にいた頃よりちょっと上くらいの精度で使ってた。
ここぞという時に本来の精度に上げて、レイダさんを驚愕させて隙を作るために。
目先の有利を捨ててでも、知られてないっていうアドバンテージを最大限に活かすために。
その作戦は成功した。
剣が折れたのは想定外だったけど、私ですら想定外だったからこそ、より強く誘えたレイダさんの動揺。
傷付けられて追い詰められ、奥義の打ち合いに全神経を集中し、剣が折れて驚愕し、勝利を確信して油断し、予想外の手応えに動揺し。
今、レイダさんの精神は揺さぶられに揺さぶられまくってる。
そして、北神流にはそういう時に真価を発揮する技がある!
私は残った剣の持ち手を手放し、レイダさんの目の前で、目と鼻の先で、両掌を強く打ちつけた。
「!!??」
パンッという乾いた音が鳴る。
普通に聞く分にはちょっと驚く程度で、だけど精神が乱れてるところに最も脆いタイミングでぶつけられると、とんでもない爆音に聞こえると我が身をもって経験してる音が。
それによって、レイダさんの目の焦点がぶれ、意識が遠退いていくのがわかった。
北神流『柏手』!
初めてシャンドルに会った時にやられた、音に魔力を乗せて相手の意識を揺さぶる技。
使う機会があんまり無くて、レイダさんにも見せたことなかった技。
この隠し球を確実に通すために、防御力減少なんて危ない橋を渡ってまで、龍聖闘気もどきの出力を下げたのだ。
これが私の秘策! 真の切り札!
格上を倒すための奥の手!
本当はさっきの奥義のぶつかり合いで押し切れるのが理想だったんだけど、相手は当代最強の剣士の一人。
舐めてかかれるわけがない。
100%押し切れるなんて思うのは傲慢だ。
最強剣士とぶつかり合うなら、保険の一つくらい残しておくに決まってる!
「くっ……!」
だけど、さすがは水神というべきか。
私が一発で気絶させられた技を受けても、まだ意識を保ち、すぐに体勢を立て直そうとしてた。
でも遅い!
これだけ隙があれば充分!
「北神流『簒奪』!」
武器を失った時に相手の武器を奪って代用する北神流の技を使って、力の抜けたレイダさんの手から、私の首にめり込んでる剣を簒奪した。
発動が簡単で早い初級治癒魔術で首の応急処置をしつつ、そのまま構えて光の太刀!
さらばだ、レイダさん!
「ぬぅっ!?」
しかし、レイダさんはギリギリでこれを受け流した。
素手で水神流の技を使ったのだ。
でも、さすがに龍聖闘気もどきを纏えないレイダさんが素手で、しかも柏手の影響が残った状態で剣帝級の光の太刀を完璧に受け流すことはできず、命拾いの代償に剣士の命である両腕を失った。
そのまま尻もちをつくレイダさん。
勝ったとは思わない。
そう思わせておいて油断させて逆転したのは、他ならぬ私だ。
強敵に敬意を表して、きちんとトドメを刺しにいく。
レイダさんの首筋を狙って光の太刀を放った。
両腕を失っては受け流すこともできず、尻もちをついた体勢では避けることもできない。
それでも一切油断せずに、レイダさんの首が両断されるその瞬間まで、私は気を引き締めて……
「お、お婆ちゃん!!!」
その瞬間、イゾルテさんのそんな声が聞こえてきて。
ピタリと、レイダさんの首筋に少しだけめり込んだ剣を、私は止めてしまった。
「……甘いねぇ。情に絆されてトドメを刺せなかったのかい?」
「違う」
完全に死ぬ寸前だったのに、ふてぶてしい顔で私に不満そうな目を向けてくるレイダさんにそう返す。
別に言い訳じゃなくて本心だ。
だって、
「さすがに、疲れた。ここから、イゾルテさんと、連戦は、キツい」
私はレイダさんへのトドメを中断して、上級治癒で治せる傷を完全に治す。
だけど、失った魔眼も血も体力も魔力も戻らない。
特に血だ。さすがに血を流しすぎた。
そのせいで酷く寒い。
頭がクラクラするし、目も霞む。
そんな私に対して、イゾルテさんは腰が抜けた感じでへたり込んでたけど、その体に大した傷はない。
一方、イゾルテさんの相手をしてた姉の方は傷だらけだ。
もし私がレイダさんを殺してたら、イゾルテさんは無理矢理姉を振り切って、仇討ちのモチベーションマックスの状態で、疲弊した私の前に立ち塞がってただろう。
そうなったら死んでたかもしれない。
咄嗟にそこまで考えが及んだわけじゃないけど、レイダさんを殺したらヤバいと私の生存本能が叫んだのだ。
「それに、結局、これで、私達の、勝ち」
「……そうみたいだね」
イゾルテさんはへたり込んで、姉に魔術で剣を弾き飛ばされた上で杖を突きつけられてる。
これ以上戦うつもりもなさそう。
元々よくわかんないまま戦ってたから、そこまでのモチベーションがなかったんだと思う。
オーベールさんはなんか壁にめり込んでて、その隙にギレーヌがダリウスに剣を振りかぶってた。
もう一人(二人?)の護衛のナックルガードは、師匠達を相手するのに精一杯で、ダリウスを助ける余裕がない。
そして、私達が見てる前で、ダリウスがギレーヌに斬られて逝った。
なんか命乞いしてたけど、聞く耳持たずだった。
むしろ、直前でギレーヌの怒りゲージが更に振り切れたように見える。
「レイダさん達の、雇い主って、誰?」
「ダリウスさね」
「じゃあ、もう、戦う、理由、ない」
仇討ちまで契約に含まれてるなら話は別だけど。
「……あたしはあいつに恩があったんだけどねぇ。まあ、腕を斬り飛ばされちゃ仇討ちもできやしないか」
そう言って、レイダさんは疲れたように体から力を抜いた。
降参と取ってよさそう。
私は初級治癒をレイダさんにかけて、とりあえず出血だけ止めた。
人間、頑張れば足だけでも戦えるから、念のために治療は最低限だ。
これにて完全勝利。
ダリウスは失脚した上にお亡くなりになり、グラードンは真っ白に燃え尽きてる。
アリエル様も普通に無事で、見た感じこっち側の死者もゼロ。
あ、いや、ペルギウスさんの精霊が二人くらいお亡くなりになってたか。
でも、その代わりに敵戦力は全員無力化された。
レイダさんは両腕斬り飛ばされて戦意喪失。
オーベールさんとナックルガードも、やっぱり雇い主が死んだからか投降した。
イゾルテさんは元々戦う理由すら無かったんだから語るまでもない。
戦闘終了だ。
オルステッドも戦わずに済んだし、初任務は大成功と言っていいと思う。
これ以上の問題なんて、もう何も……
「アリエル様! おめでとうございます! このピレモン、この日をどれだけ待ちわびたことか!」
あ、ピレモンさんのこと忘れてた。
ウィ・ター「最後まで出番が無かった……」
おまけ
龍聖闘気学習中の一幕
エミリー「ジー」
オルステッド「…………」(幼女に至近距離から見つめられて気まずい)
エミリー「ジー」
オルステッド「…………」(幼女に数時間ずっと無言で見つめられてとても気まずい)
エミリー「これを、こう」(龍聖闘気もどき進化中)
オルステッド「!?」
エミリー「それで、こう」(龍聖闘気もどき進化中)
オルステッド「!!?」
エミリー「できた」(龍聖闘気もどきアップデート完了)
オルステッド(もう、こいつ一人でいいのでは……)
エミリー「明日も、よろしく」
オルステッド(白目)
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74 兄と弟
「グラーヴェル派を油断させるべく、寝返ったふりをして機を伺っておりましたが、いやはや、私が何かをする必要などございませんでしたな。さすがはアリエル様。異国の地で充分すぎるほどに成長なされたようだ!」
大々的に裏切っといて、いけしゃあしゃあとアリエル様にすり寄るピレモンさん。
やめてくれないかなぁ、師匠と似た顔でそういうことするの。
「ピレモン様……」
「いえいえ、アリエル様、みなまで言う必要はありません。私も味方の少ない中、他人に後ろ指を刺されるような立ち回りをしました。しかしながら、全てはアリエル様を思ってのこと。こうなれば、あとは以前に戻れましょう。私がアリエル様の後ろ盾となり……」
「ピレモン・ノトス・グレイラット!!」
アリエル様が大声出した。
珍しい。
「家のこともありましょう! 立場のこともありましょう! 寝返ったことに関しては、私が弱かったことにも理由がありましょう!
ですが、寝返ったならば最後まで矜持を持ちなさい!
最後の戦いでどちらに加勢することもなく、流されるがまま敗者となった後に、もう一度元の鞘に収まろうなど! 恥を知りなさい!」
「あ……う……も、申し訳、ございません……」
ピレモンさんが一喝されてシュンッてなった。
しかも、この場に何故か残ってた僅かな貴族に笑われて真っ赤な顔になる。
だから、やめてくれないかなぁ、師匠と似た顔でそういうことするの。
「寝返っただけなら、家を存続させるために仕方ないと思うところもありました。
ルークに家督を譲り、領地に隠居するのであれば、それ以上の追求をするつもりはありませんでした!
ですが! 寝返った上で、まだなお裏切った相手に擦り寄るなど!
恥知らず過ぎて、言葉も出てきません!
そなたの今後、誰にとっても害悪にしかならないと判断します! ━━死んで詫びなさい!」
ピレモンさんの顔面が蒼白になった。
でも、あんまり可哀想とも思えないし、助けようって気にもならない。
元々そんなに好きな人じゃないし、私も今のはさすがにどうかと思ったしね。
でもまあ、それはあくまでも私の個人的な感想。
ここに他の人の心情を考慮すると話が変わってくる。
「お待ちください」
そう声を上げたのは、師匠だった。
ピレモンさんが驚いたような顔で師匠を見る。
そんなピレモンさんに苦笑しつつ、師匠はアリエル様に向かってひざまずいた。
「なんでしょうか、パウロ様?」
「助命の嘆願をさせていただきます。今回の戦いにおける私の功績、足りなければ私の貴族籍を永久に剥奪していただいて構いません。
その代わりに、我が弟、ピレモン・ノトス・グレイラットの命だけは、どうか、お助けください」
「なっ……!?」
一応は貴族がいる公の場だからか、似合わない畏まった口調でピレモンさんを助けてほしいって言う師匠。
そんな師匠に他ならぬピレモンさん自身が一番驚いてた。
「……此度の戦いにおけるあなたの功績は大きなものです。
それと引き換えならば、どのみち当主の座を追われる者一人の命の対価としては充分でしょう。
ですが、本当によろしいのですか?」
「構いません。……エリスとギレーヌも、頼む」
そうして、師匠は今度はエリスさんとギレーヌに頭を下げた。
まさかの土下座である。
「百発でも二百発でも、千でも二千でも気の済むまで殴っていい。だから、どうか命だけは勘弁してやってほしい。頼む!」
恥も外聞もない行動に貴族達がざわめいた。
一方、当のギレーヌは不満そうな顔だ。
血走った目で師匠を睨みつけてる。
でも、もう一人の当事者であるエリスさんが、先にピレモンさんの方にツカツカと歩いていった。
「エリスお嬢様……」
「ふんッ!!」
「ぐはぁ!?」
エリスさんがピレモンさんを殴った。
顔面を狙ったストレートパンチだ。
ピレモンさんの歯が折れ、鼻が潰れ、顔面が陥没しながら10メートルくらい吹っ飛んだ。
死んでないから本気じゃないと思うけど、許される範囲での最大限を攻めた、エリスさんの怒りを感じる一撃だ。
だけど、そこまでだった。
「お祖父様の仇は、これとさっきのデブで勘弁してあげるわ! ほら! ギレーヌも殴りなさい!」
「お嬢様……う、うぉおおおお!! よくも!! よくも、サウロス様をーーーーー!!!」
「ぎゃ!? ごべ!? おぶっ!?」
ギレーヌのラッシュがピレモンさんを襲う!
馬乗りになって、顔の原型がわかんなくなるくらいまで、ギレーヌはピレモンさんを殴り続けた。
終わった後、ギレーヌは不満そうだけど一応は納得したっぽい顔になり、ピレモンさんの顔は腫れ上がって汚いア○パンマンみたいになった。
それでも、一応生きてはいた。
剣王二人に本気で恨まれて、ボコボコにされたのに、虫の息とはいえ命を繋いだ。
そんなピレモンさんに師匠が近づいていって……優しく抱き締めた。
「悪かった。本当に悪かった、ピレモン。オレが全部捨てて飛び出したせいで、お前に全部背負わせた。お前に全部の苦労を押しつけちまった」
「パウロ……! 私は、お前が、嫌いだ……!」
ピレモンさんは歯が折れて顎も砕けてグッチャグチャになった口を必死に動かして、師匠を罵った。
今まで溜まりに溜まった悲しみをぶち撒けるように。
「ずっとお前と比較されてきた! 何か失敗する度に、もしお前だったらと家臣にまで陰口を叩かれた! サウロスには事あるごとに豆粒のようだとなじられた!
私に領主の才能などない! 知っている! そんなことは誰よりも私自身がわかっている! お前が出ていってからの日々で思い知らされている!
だが、仕方ないではないか! お前が出ていったから、お前を追い出してしまったから、私が領主になるしかなかったのだ!
他に生き方を知らなかった! 無能でも、卑屈でも、鈍腕でも、それでも領主であることだけが私の全てだったんだ!」
悲痛な、とても悲痛な叫び。
「何故……! なんで……! なんで出ていってしまったんですか……! 兄上ぇ……!」
最後には、ピレモンさんは滂沱の涙を流して、子供みたいに泣き始めてしまった。
師匠は何も言わずに、そんなピレモンさんを、ただただ抱きしめていた。
……これ見ると、二人は兄弟なんだなぁって思う。
どれだけ歪でも、どれだけ拗れに拗れて修復不可能レベルでも、それでも二人は兄弟なんだろう。
ピレモンさんは痛みと疲れと心労で意識が落ちるまで泣き続けて……そして生き残った。
ピレモン・ノトス・グレイラット、生存。
ダリウス死亡、グラードン敗北。
レイダ・リィア戦闘不能。
オーベール・コルベット、ナックルガード投降。
イゾルテ・クルーエル戦意喪失。
ウィ・ター、命令が無かったから最後まで動けず。
こうして、今度こそ本当に敵全員が無力化されて、アスラ王国の王位継承戦は終わった。
我らがアリエル・アネモイ・アスラ王女の勝利によって。
ちなみに、この一週間後。
意気揚々と王都に現れたシャンドルに、もう全部終わったよと伝えると、愕然とした表情で膝から崩れ落ちた。
オルステッド「……帰るか」
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75 アスラ王国の戦い、終了
政争に勝利した後、私は貧血でぶっ倒れて丸一日寝込んだ。
寝てる間にルーデウスが王級治癒のスクロールを使ってくれたみたいで、起きた時には魔眼も復活。
失った血を取り戻すべくガッツリ食べて、すぐに完全回復した。
それから10日。
心配した姉に安静にしてなさいって言われてベッドに叩き込まれてる間に、色々と後始末まで終わってた。
まず、アリエル様が王になることがほぼ確定。
グラードン派が悪あがきはするみたいだけど、油断しなければまずひっくり返らないらしい。
ピレモンさんは領主の地位を追われることが正式に決定。
その後は領地に軟禁状態になり、ルークさんが新しいノトス家当主になる。
どうも、このあたりの流れは、旅の途中で既に話し合ってたっぽい。
師匠がアリエル様とルークさんに話をしにいった時に。
ヒトガミに吹き込まれて師匠とルーデウスがノトス家の乗っ取りを画策してるって疑ってたルークさんの目の前で。
自分の功績と貴族籍と引き換えにピレモンさんを助けることをアリエル様に誓い、誓約書まで書いてルークさんを説得しつつ、自然な流れでアスラ王国の貴族社会からフェードアウトする。
ネタバラシされた時は、あまりにも立ち回りが上手すぎて、師匠にもバッチリ貴族の血が流れてるんだなって思ったよ。
もしくは、立ち回りの上手い北神流の力か。
どっちも言ったら怒られそう。
レイダさん、オーベールさん、ナックルガードの三人(四人?)は、ダリウスに味方してやらかしてくれた大罪人として、アスラ王国から永久追放されることになった。
受け入れ先はオルステッドだ。
これからは私達と同じオルステッドの使いっ走りとして頑張ってもらうことになる。
ついでに、同じ『北神三剣士』を名乗る仲間意識からか、公の場ではやらかさなかったウィ・ターさんもノトス家の用心棒を退職して、オーベールさん達に付いていった。
そして、オルステッドに引き合わされた瞬間、全員揃って己の所業の全てを後悔したかのような真っ青な顔になった。
レイダさんの「こりゃ、裏切れないねぇ……」って言葉が印象的だ。
うん。頑張れ。
ちなみに、イゾルテさんは職務を忠実に全うしただけってことで、お咎め無しだった。
今後はレイダさんの後を引き継いで、アスラ王国の水神流総本山のトップになるべく邁進し、数年後には次代水神を襲名する予定らしい。
イゾルテさんだけこんな感じなのは、水神流全体を敵に回したくないアリエル様の手回しの一環だって話だ。
そして、今回の騒動の全貌を知ったイゾルテさんは、凶行に及んだレイダさんにお小言の嵐を放ち、レイダさんはバツの悪そうな顔で目を逸らした。
でも、なんだかんだで、お婆ちゃんが死ななくて嬉しそうだった。
トドメを刺さなかった私に、剣士として甘いって怒ればいいのか、家族として感謝すればいいのか悩んで、結局お礼を言われたよ。
そんなイゾルテさんの代わりにレイダさんが「甘いねぇ」って言って鼻で笑い、またお小言の嵐を頂戴してた。
懲りない人である。
遅れに遅れてきたシャンドルにも事情を聞いたところ。
なんでも、私が随分前に出した「アレクに会っとけ」っていう伝言を見て、そのアレクが中央大陸南端の王竜王国首都に出没したと聞き、そっちまで行ってたらしい。
結局会えずじまいで諦めて北上してるうちに、アリエル様がアスラ王国に舞い戻ったって情報を聞きつけて、意気揚々と参上して出遅れたと。
あれ?
これもしかして、ヒトガミのせいじゃなくて私のせい?
いやいや、アレクを王竜王国に誘導したのがヒトガミかもしれないし。
シャンドルがしばらく王竜王国に滞在するように誘導したのもヒトガミかもしれないし。
このジャストタイミングでそんなことになってたのは間違いなくヒトガミのせいだ。
間違っても私のせいじゃない。
全部あいつが悪い。
で、政争には間に合わなかったとはいえ無事合流できたシャンドルは、
今後アリエル様の護衛に就職して騎士や兵士に北神流を布教しつつ、私に続く新たな才能を見つけるつもりらしい。
一切のブレがなくて安心する。
アレク探しに関しては、アリエル様にお願いして大国の情報収集能力を使わせてもらうことになった。
一人で世界中探し回るよりは絶対効率的だよね。
権力万歳。
ついでに、ギレーヌもそんなシャンドルと一緒にってわけじゃないけど、アリエル様の護衛としてアスラ王国に残ることを決めた。
アスラ王国の戦力のインフレが凄い。
オルステッドと癒着してることまで考慮に入れたら、世界大戦しても勝てるんじゃないかな?
そんなこんなで王位継承戦は終わりを告げ、帰る直前っていうところで、私は姉と共にアリエル様に呼び出された。
「シルフィ、エミリー。これまで本当にありがとうございました。
あなた達がいてくれなければ、ここまで来ることはできなかったでしょう」
アリエル様にお礼を言われた。
特に姉には深々と頭まで下げて、報酬とかじゃなくて、本気の気持ちと言葉で心からの感謝を伝えてた。
思えば、アリエル様と出会ってから、もう7年くらいになるのか。
姉とアリエル様の付き合いに至っては8年だ。
しかも、私と違って一時離脱することもなく、ずっと一緒に8年間。
病める時も健やかなる時も、姉はアリエル様達と一緒に苦難を乗り越えてきた。
そして、遂に目的地まで辿り着いた。
感無量だろうね。
そりゃ、心からの感謝くらい贈りたくもなるわ。
姉は昨日、正式にアリエル様の護衛を辞めた。
アリエル様はオルステッドの配下になったみたいだし、これからも付き合いは続くだろうけど、ずっと一緒の関係は終わりだ。
シャリーアとアスラ王国で物理的な距離も離れることになるし、そう思うと私も結構寂しいな。
「シルフィ、いつでも遊びにきてくださいね」
「うん」
「エミリー、いつでも夜這いにきてくれて構いませんからね」
「遠慮、しときます」
「あら、残念」
うふふと笑うアリエル様。
思えば、最初は拙かった敬語も、セクハラのあしらい方も、随分と上手くなったものである。
成長したなぁ。
……いや、前者はともかく、後者はこんなことで感慨に耽ってどうするんだ。
知らないうちに常識がアリエル様に寄ってたのかもしれない。
恐ろしいことだ。
ここで離れて正解なのかも。
なんか、気のせいじゃなければアリエル様の目がいつも以上にマジというか、身の危険を感じるレベルで熱っぽいし。
「では、二人とも、お元気で」
「うん。アリエル様も」
「セクハラは、程々に」
「ええ、わかっていますよ」
あ、わかってないなこれ。
余裕ができたら、枷から解き放たれた獣のように、城内のメイドさんとかを片っ端から食い荒らしそう。
まあ、それでこそアリエル様なんだけどね。
アリエル様はこの後、ルーデウスも呼んでお礼言うつもりみたいで、姉は念のためにルーデウスの下半身の監視役として残り、私は苦笑しながらアリエル様と別れた。
翌日。
エリスさんとルーデウスがギレーヌとの別れの稽古をやり。
その隣で私は久しぶりにシャンドルとの稽古をやって、模擬戦で互角に戦えて嬉しくなった。
シャンドルも「素晴らしい!」って大興奮しながら褒めてくれたよ。
それが終わったら出発だ。
お見送りの時にルークさんが師匠とルーデウスに侘びを入れてたり。
姉がアリエル様親衛隊の皆と涙ながらに再会の約束をしてたり。
手錠かけられて連行されるレイダさんに、イゾルテさんに連れられた大量の水神流門下生が涙ながらにお別れを言いに来て、「それでも剣士かい!」ってレイダさんに一喝されたり。
そんなことがありつつ、行きの王女様御一行とは違った意味で豪華すぎる面子(水神、北帝、北王、北王、剣水北帝、剣匠、剣王、元王女の護衛、シャリーア最凶最悪の魔術師)で、ペルギウスさんの空中城塞を経由した転移魔法陣を使わせてもらい、シャリーアに直帰した。
ちなみに、この時なんか当たり前みたいな顔して、お亡くなりになったはずの精霊二人もペルギウスさんの後ろに控えてた。
どうやら、ペルギウスさんの精霊は死んでも空中城塞で復活できるらしい。
便利すぎる。
その後、私達は成功を喜び合ってからお互いの家に帰還。
レイダさん達は死んだ魚のような目でオルステッドのもとへ直行。
こうして、アスラ王国での仕事は完全に終了した。
オルステッドコーポレーション面接会場
オルステッド「…………」ゴゴゴゴゴゴッ
レイダ(……死んだねこりゃ)
オーベール(こ、これまでか……! 無念)
ナックルガード(兄ちゃん、僕達死ぬのかなぁ!?)(安心しろ、死ぬ時は一緒だ!)
ウィ・ター(こいつら見捨てて逃げればよかった……)
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76 近況
「『剥奪剣界』」
「ぐはっ!?」
「ごふっ!?」
「おぶしっ!?」
「あがっ!?」
「「「ギャーーーーー!?」」」
私は今、オルステッドについて魔大陸のとある魔王の城にカチコミをかけていた。
魔族達が大挙して押し寄せてきたけど、レイダさんから教わった剥奪剣界で動いた奴から叩き斬る。
とはいえ、水神流の幻の奥義と言われてるだけあって、この技の難易度は高く、まだまだ精度が荒い。
雑兵相手には使えるけど、聖級剣士以上には無力だと思う。
今戦ってるのは魔王の配下だけど雑兵だから問題なし。
一口に魔王って言ってもピンキリだからね。
かの伝説に残る『不死魔王』アトーフェラトーフェみたいなヤバい奴もいれば、本好きで変わり者のスライム魔王や、魔法大学に留学してたという平和的な魔王までいる。
ここの魔王は強いんだけど、配下の育成には興味がないタイプみたいで、未熟な技でも普通に倒せた。
もちろん、魔王本人とは中々の激闘になったけど。
それでも、最近レイダさんとの模擬戦の勝率が6割に届いた私なら倒せない相手じゃなかった。
「*****」
「***!? ******!」
そして現在、私に倒された魔王の胸ぐらを掴んで、オルステッドがなんか言ってる。
魔大陸の言語である魔神語での会話だから私にはわからないけど、ニュアンスでなんとなく伝わる。
魔王がオルステッドに命乞いしてるのだ。
今回の目的は、この魔王にトラウマを刻むこと。
そうしておかないと、将来この魔王は復活したラプラスの配下として結構な猛威を振るうらしい。
オルステッドにはラプラスに戦争を起こさせないで倒す秘策もあるみたいだけど、上手くいく保証がないから、これは保険だって言ってた。
で、この魔王は力は強いんだけど、心の方は弱くて根性がないから、
こうして叩きのめした後、オルステッドの呪いによるトラウマを植え付けとけば、将来ラプラスに勧誘されても断固参戦しないって感じで、逃げて隠れて勝手にフェードアウトしてくれるんだってさ。
ただし、殺すのはダメ。
殺したら別の魔王が台頭してくるだけだから。
そのうち仕事は無事完了したみたいで、魔王は泡吹いて失禁。
オルステッドに「行くぞ」って言われて、私は彼と共に退散した。
露払いは私の仕事だ。
こんな感じで、最近の私はオルステッドの仕事を手伝っていた。
アスラ王国の戦いから一年半と少し。
ルーデウスとロキシーさんの娘であるララも生まれ、エリスさんも妊娠し、パパデウスは家族のために一層仕事に励んでいる。
まあ、オルステッドがルーデウスに振る仕事は、私と違って人助け系みたいだけど。
オルステッドに壊された魔導鎧の修復も終わった。
ただし、そっちはあまりにも燃費が悪い上にデカくて重くてかさばるから、性能の大幅ダウンと引き換えに小型化して低燃費で運用できるようになった魔導鎧『二式』を開発。
そこから更に改良を加えた『二式改』をルーデウスは主装備にするようになった。
魔導鎧『二式改』は兜のない漆黒の甲冑だ。
性能は聖級剣士と同等の身体能力と、そこそこの防御力を得る程度。
左腕には
その上から魔術師のローブを纏うのが、今のルーデウスの基本スタイルである。
オルステッドと戦う時に使った大型の魔導鎧『一式』は強敵用の決戦兵器だ。
あれ普通に戦ってるだけでも、ルーデウスのバカみたいな魔力量が一時間で空になるっていう、とんでもない兵器だからね。
そんなルーデウスはさて置き。
私の方はオルステッドの魔力節約のための護衛として、オルステッドについて転移魔法陣で世界中を飛び回り、戦いまくっていた。
世界中の強敵達や、しょっちゅう妨害してくるヒトガミの使徒との戦いが結構楽しい。
たまに斬りたくないような事情を持ってる人もいて、そういう時はキツいけど……。
でも、仕事なら致し方なし。
紛争地帯で屍の山を築き上げた時の経験が、普通にそう割り切れるだけの感性を私に与えてしまった。
良かったのか悪かったのか。
まあ、良かったってことにしておこう。
この世界じゃそれが普通なんだし。
あと、レイダさんに壊された剣の代わりも手に入れた。
といっても、私は誕生日プレゼントの剣に凄い愛着があったから、持ち手はそのままで、砕けた剣身だけシャリーアの鍛冶師の人に新しく作ったものと変えてもらっただけだけど。
さすがに10歳の頃よりは身長も伸びてて、ちょっとサイズ的に体に合わなくなってきてたから、ちょうどいい時期だったのかもしれない。
でも、最近はそれとは別にもう一本、オルステッドから渡された剣を命令されて無理矢理持ち歩くことになってしまった。
王竜王カジャクトの肉体から作られた48の魔剣の一つ『仙骨』だってさ。
ひたすらに丈夫で、魔剣としての特殊な能力も『剣身に纏わせた闘気を増幅する』っていう、まあ、わかりやすく言えばただの攻撃力増強。
変な癖がないから、どんな剣技にも使いやすい魔剣だった。
うん。性能は良いんだよ。
というか、良すぎるんだよ。
これで破断とか使うと、ちょっと頭おかしい威力が出るし。
誕生日プレゼントの剣と比べると、弓矢とライフルくらい違う。
だからこそ使いたくない。
シャンドルの教え『強い武器に頼ると強くなれない』が私の根幹に染みついてるのだ。
いや、これはもはやシャンドルの教えというより、心の底から共感してる私自身にとってのジンクスになった。
強い武器に頼ってるんじゃ、オルステッドは超えられない。
そのオルステッド戦で使っただろって?
あれは例外中の例外だから。
だから突き返そうとしたんだけど、怖い顔で「またレイダのような強敵と戦った時にどうするつもりだ?」って、かなり真剣というか、心配そうな顔で言われちゃって、さすがにその厚意を無下にはできずに、渋々腰の後ろに装備してる。
きっとあれだね。
せっかくの呪いが通じずに付き合える相手に死なれるのは嫌なんだね。
ウチの社長は呪いのせいでボッチ拗らせてたから。
静香もルーデウスもいるし、最近ではルーデウスの子孫であるルーシーやララにも呪いが効かないってことがわかってきたのに、寂しがり屋のウサギか!
そんな感じの事情で、私の装備に魔剣が増えた。
普段は誕生日プレゼントの方で戦ってるんだけど、手を伸ばせばすぐ引き抜ける位置により強い剣があるとか、舐めプみたいでなんか嫌だ。
ちょっとピンチになったら、すぐ頼っちゃいそうな気もするし。
そんな甘えを自分に許したくない。
やっぱり、どこかで売り飛ばせないかな……。
あと魔剣といえば、世界最強の魔剣を持つあいつだけど、一年半が経っても未だに音沙汰がない。
もしやヒトガミに始末されたのではって心配になったけど、オルステッド曰く、ヒトガミは私達への対処でてんやわんやしてるはずだから、
ただでさえ強くて死ににくいアレクを仕留める余裕はないはずだって言ってた。
ただし、アレクはヒトガミの使徒になる可能性も高いらしい。
英雄願望を上手いこと利用されて、いいように使われるかもしれないって。
うわぁ、ありそう。
でも、私と出会ったことで運命に変化がどうたらこうたらで、使徒にならない可能性もあるってオルステッドは言った。
実際、ヒトガミはオルステッドとの戦いにアレクを呼ぶなって言ったしね。
多分、アレクはオルステッドの敵になる可能性が高いけど、私の味方になる可能性も高いってことだと思う。
なら、敵になってないことを祈って、各地を回るついでに探しつつ、向こうからの連絡を待つしかない。
もしも敵になってたら私が責任持って説得するか、ボコボコにして説得(物理)しよう。
あいつに確実に勝てるように修行だー!
私生活の方では、お婆ちゃんとクリフさんの息子であるクライブの誕生をお祝いしたりした。
でも、基本的にはオルステッドコーポレーション(ルーデウス命名)に強制就職させられたレイダさん達やオルステッドに鍛えられて修行を積む日々だ。
こっちは剣の聖地にも匹敵する極楽である。
特にオルステッドはこの世に現存するありとあらゆる技を使えるというチート存在なので、いくら学んでも学べることが無くならない。
私には
このペースだと、オルステッドから教えてもらう技術を剣術関連だけに絞っても、全部吸収するまでに100年、200年は余裕でかかりそう。
そして、技だけコピーしたところで、実戦で使いこなせなきゃ意味がない。
果たして、オルステッドを超えるまでに何千年かかることやら……。
エルフの血が混ざってるとはいえ寿命が保つ気がしない。
まあ、総合能力値だけで勝負が決まるわけじゃないし、晩年には勝ちたいなぁ。
で、他の社員であるレイダさん達だけど。
レイダさんは直接戦闘能力こそ高いものの、体力とかはご老人らしく衰えてて長旅とか長期任務には向かないから、基本的にシャリーアの守護を任されることになった。
魔導鎧を制作した時の小屋を改築して作った事務所に住んでもらえばいいやって気軽に考えてたんだけど、そこにはオルステッドも住み着いてるから「冗談じゃない!?」って本気で拒否された。
仕方ないから、レイダさんは自分でシャリーアの中に家を購入して住んだ。
まあ、最近はクリフさんによるオルステッドの呪い軽減実験の成果がちょっとずつ出始めてるし、そのうち改善されることを祈ろう。
オーベールさん達は、基本的に三人(四人?)ワンセットで運用されることが多い。
主な仕事は暗殺である。
奇襲してくるオーベールさんの厄介さは身をもって知ってるし、オルステッド曰く、暗殺に特化したオーベールさんは、暗殺者界隈で1、2を争うほど有能らしい。
その有能さで、オルステッドにとって邪魔な人物をガンガンアサシネイトしまくってるのだ。
たまに目立ちたがり屋な性格が抑えきれずに暴走して大立ち回りになることがよくあるらしいけど、
そういう時は近くでスタンバってるウィ・ターさんとナックルガードと合流して蹴散らすなり撤退するなりしてるみたいで、安定感が凄い。
ちなみに、オーベールさんは最近、休日とか長期休暇とかに特別生として魔法大学に通い始めた。
もう嫌な予感しかしない。
あの人、そのうち『奇神』オーベールとか呼ばれるんじゃないかな?
まあ、こんな感じで、アスラ王国の戦いで仲間になった人達の仕事も生活も安定してきた。
オルステッドコーポレーションはちゃんとお給料も出るしね。
世界のどこに何があるのか大体把握してるっていうオルステッドはお金持ちなのだ。
その気になれば、換金できるものを無限に取ってこられる。
それよく考えたらとんでもないよね……。
なんてことを思う私は現在休暇中だ。
お休みを活かして、今日はルーデウス邸を目指した。
休暇中はよくルーデウス邸とかお婆ちゃんのところとか行って、ルーシーやクライブに会ってるのだ。
あと、ララにも。
ララはルーシーやクライブと違って私と血が繋がってるわけじゃないんだけど、姉の家族である点は変わらない。
それに、まだ赤ちゃんなんだけど、妙に懐いてくるから可愛い。
懐いてるっていうか、オモチャにされてるだけな気もするけど……。
そうして歩いてたら、私と入れ代わりでどこかに出張してたはずのルーデウスを見かけた。
そして、黒服のヤクザみたいな人達に「お帰りなさいませ!」って感じで頭を下げられてた。
……どういう状況?
一年半、助手としてエミリーを連れ回し、修行中にキラキラした目で見られ続けた結果、かなりの情が湧いてしまったチョロボッチ社長。
防犯グッズ(魔剣)を与える姿は、まさに保護者。
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77 未来の救世主
「ルーデウス」
「ん? ああ、エミリー。お帰り」
黒服に頭下げられてるルーデウスに声かけたら、いつも通りの感じで返事してきた。
どうやらルーデウスにとって、この状況は異常事態じゃないらしい。
「これ、どういう、状況?」
「……ちょっと色々あったというか」
「お! 姉御じゃニャいか!」
「久しぶりなの!」
「? 誰?」
突然、ルーデウスの隣にいた、格差社会の象徴を胸に実らせた猫耳の女と犬耳の女が話しかけてきた。
誰?
「酷いニャ!? あちしらのこと忘れちまったのかニャ!?」
「それはないの! あんなに尽くしたの!」
「裏切り者を、覚えとく、趣味は、ないよ」
「ま、まだ根に持ってたのニャ!?」
「そろそろ許してほしいの!」
「いや、さすがに、冗談。久しぶり、リニア、プルセナ」
そこにいたのは、私が剣の聖地に行ってる間に卒業してシャリーアを去ったはずの犬猫こと、リニアとプルセナだった。
ちなみに、私やアリエル様達の卒業のタイミングも二人と同じだ。
剣の聖地での生活が楽しすぎて、卒業式の時期にまで頭が回らなかった。
後悔は一切してないけど。
まあ、それはともかく。
卒業後の二人はどうしたんだっけ?
確か、片方が故郷に帰って、もう片方が旅に出たって聞いたような。
どっちが故郷に帰った方で、どっちが旅に出た方かは忘れたけど。
というか、どっちにしても二人揃ってここにいるのはおかしい気がする。
まあ、聞けばわかるか。
「で、なんで、ここに、いるの?」
「よくぞ聞いてくれたのニャ! 聞くも涙! 語るも涙の物語を……」
「簡潔に、お願い」
「ニャ」
リニアが簡潔にこれまでの経緯を語ってくれた。
どっちが未来の獣族の族長になるかを賭けてリニアはプルセナと決闘し、負けたから族長の役目はプルセナに任せて、自分は好きに生きると決めて商人になったこと。
その後、騙されて借金背負わされて奴隷落ちし、逃げたところでたまたま獣族大好きなエリスさんに拾われ、色々あった末にルーデウスに借金を肩代わりしてもらって、ルーデウス邸のペット、もといメイドになったこと。
しかし、メイドとしては私のごとくポンコツだったリニアは、有能メイドのアイシャちゃんとソリが合わず、ルーデウス邸に置いておいても家庭崩壊の引き金になりそうだったから、ルーデウスに言われてメイドじゃなくて何か別の商売やって借金を返せって言われたこと。
今度はメイドの先輩としてではなくブレーンとしてつけられたアイシャちゃんと一緒に起業することになり。
かつて私に挑んだ時、100人もの手下を率いることができた獣族の姫というブランドイメージのおかげで、なんか凄い勢いで人が集まって、そいつらと共に今は傭兵団をやってるらしい。
その傭兵団こと『ルード傭兵団』は、アイシャちゃんの采配によって規模が膨れ上がり、ルーデウスの配下という名目で街中を跋扈してるんだとか。
そういえば最近、街中で妙に今ここにいる黒服達と同じ、背中に黄色いネズミみたいなマークの入った黒服の集団を見たような……。
凄いなアイシャちゃん。
昔から頭の良い子だとは思ってたし、最近何かやってるとは聞いてたけど、まさかここまでのことをしてたとは。
そう思いながら、途中で傭兵団の建物から出てきたアイシャちゃんの頭を撫でておいた。
むふーって感じになってた。可愛い。
でも、最近は私と外見年齢が同じくらいになってきた上に、格差がとんでもないことになってるから、そう遠くないうちに私の方が歳下に見えるようになりそう。
由々しき事態だ。
姉の結婚相手の妹だから、一応私にとっても義妹みたいな子なのに。
で、プルセナまでいるのは、さっきまでミリス大陸の大森林ってところにある、プルセナが帰ってた故郷である獣族の里まで行ってたからだって。
聖獣様が行方不明だって緊急連絡もらって。
聖獣様とはレオのことだ。
獣族の信仰対象になってるなんか凄い豆柴だって話は前に聞いた気がするけど、より詳しく言うと「生まれてから100年後に、救世主と共に世界を救う聖なる獣」、それがレオらしい。
そんな聖なる獣を召喚魔術で拉致っちゃったから、菓子折り持ってお詫びに行ってたと。
そこで色々と獣族の族長さんと話をした後に、一族の掟を破って牢に入れられてたプルセナと再会。
何やったのって聞いたら、干し肉をつまみ食いしただけだって言われた。
その程度で牢に入れられるとか、獣族怖い。
で、その程度の罪で次期族長の内定が取り消されそうになってたプルセナをさすがに哀れに思い、正式にこっちで飼育する許可を得たレオのお世話係という名目でシャリーアに連れてきたらしい。
無事に任務を全うしたら、その功績でもう一回次期族長に内定できるかもしれないってことで。
戻れてもまたつまみ食いで台無しにするような気がするけど。
プルセナってかなり食い意地張ってたし。
「━━っと、そんニャ感じで、プルセナはあちしの下僕として、再びシャリーアに住むことにニャったのニャ」
「ぐぬぬ! それについてはまだ納得してないの!」
「安心するニャ。傭兵団副団長の椅子は用意してやるから。
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
相変わらず仲良さそうで安心した。
地味にお別れを言えないまま別れちゃったのは気にしてたんだよね。
この調子なら、次はいきなり転移事件に巻き込まれても心配する必要なさそう。
いつでもどこでも仲良く楽しくやるでしょ、この二人なら。
「ワンッ!」
と、ここでお座りしてるのに飽きたのか、レオがルーデウスの背中をグイグイと押し始めた。
早く帰るぞと言わんばかりに。
「わかったわかった。帰るから。それじゃ、アイシャ。プルセナをよろしくな」
「お任せあれ!」
「じゃーニャー、ボス」
「救世主様によろしくなの」
え?
救世主ってルーデウス邸にいるの?
そんな疑問をぶつけながら、家の主と共にルーデウス邸への道を行く。
ルーデウスの説明によると、獣族の族長さんとの話し合いで、なんとララがレオと共にいずれ世界を救う救世主になることが判明したらしい。
確かに、レオはララによく懐いてた。
でも、救世主なんてスケールの大きい存在でしたって言われても実感が欠片も湧かない。
私にとってのララは、ただの可愛い姪っ子の一人だ。
「エミリーねぇ!」
「わ」
家の玄関を潜ると、もう一人の可愛い姪であるルーシーが突撃してきた。
水神流の応用でふわっと受け止める。
これが好きなのか、ルーシーは毎回私のお腹に飛び込んできてくれるのだ。
そして、嬉しそうに笑ってくれる。
可愛い。
「ただいま、ルーシー!」
「……おかえりなさい、パパ」
一方、実の父親のルーデウスには何故か丁寧語である。
しかも、怖がるように私の後ろに隠れてしまった。
ルーデウスが膝から崩れ落ちる。
仕事でしょっちゅう家を留守にするお父さんの悲哀ってやつだね。
「むむ?」
その時、頭が後ろ側から引っ張られた。
そこには玄関を開けて早々家の中に走っていったレオがいて、レオの上にはロキシーさんと同じ青髪の赤ちゃんの姿が。
ルーデウスとロキシーさんの娘、ララだ。
そのララが、お婆ちゃんみたいに伸ばして縦ロールではなくポニーテールに纏めてる私の髪を掴んでグイグイと引っぱってた。
お姉ちゃんをハゲさせる気かね、君は?
いや、その程度で私の龍聖闘気もどきはビクともしないけど。
「でも、やめい」
「あーう」
まだ小さいララがレオの上から落っこちても危ないから、私が抱き上げる。
しかし、ララは抱き上げられても私のポニーテールを離さず、今度はポニテの先端を口に咥え始めた。
ロキシーさんそっくりのジト目で私を見ながら。
ララのこの表情。
何を考えてるのか、さっぱりわからない。
まあ、赤ちゃんなんて皆そんなものなのかもしれないけど。
「この子が、救世主……?」
「あうー」
わけがわからないよ。
でもまあ、可愛いからいいや。
・エミリーの髪型
ゲームに出てくるポニテエリナリーゼから縦ロールを引いた感じのロングポニテ。
ただのポニテだとゼニスやノルンと被り、だからといって下ろすと今度はアリエルと被り、やるつもりはないけど縦ロールにしたらエリナリーゼと被り、ショートカットにしたらシルフィと被る。
周囲に自分と同じ金髪が多く、顔立ちがそっくりな双子の姉までいたことで、本人なりに悩みながら決めたスタイル。
が、悩んだ割には幼少期から大して変わっていない。
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78 新たなる戦場
オルステッドにボコボコにされたり、レイダさんに連日連夜勝負を挑んで「いい加減にしろ」と怒られたり。
珍しくオーベールさん達と休暇が噛み合った時には、前にオルステッドと戦った森を舞台にした全力の隠れ鬼(斬られたら負け)をして、どんどん強くなるのとは別の意味で人間離れしていくオーベールさんとの戦いを楽しんだり。
そんな感じで休暇を満喫してたある日、ルーデウスから合同任務の話を持ちかけられた。
「シーローンの、戦争?」
「ああ。ザノバが行くって言って聞かないんだ」
なんでも六魔練の一人、『怪力の神子』ザノバさんの故郷であるシーローン王国で、島流しになってたはずのザノバさんの弟、パックスとかいう奴がクーデターを起こして他の王族を粛清。
王位を簒奪したらしい。
で、クーデターなんてやったせいで国力が下がっちゃったから、これ幸いにとご近所の国が攻めてきそうになってる。
国のピンチなので、色々と問題を起こして留学という名の島流しにしてたザノバさんを呼び戻して防衛戦力にしたい。
そんな感じの手紙がザノバさん宛に届いたそうだ。
いや、何そのバカ殿。
わざわざクーデター起こして国を危険に晒すとかバカなの? 私以上のバカなの?
でも、ザノバさんは見上げた愛国心で「国がピンチなら帰る」って言って聞かないらしい。
あの人、そんなキャラだったっけ?
私のザノバさんへのイメージは、ただの人形オタクだ。
ルーデウスが土魔術で作ったフィギュアみたいな人形に感銘を受け、それを作るための専属職人(ジュリちゃん)を1から育て、それでも飽き足らず、そこらへんで売ってる気に入った人形は片っ端から買い漁る。
オタクの中でも、かなりヘビーユーザーな方のオタクだ。
どう考えても戦争に行くようなタイプじゃないし、愛国心がうんぬんとか言うようなタイプにも見えない。
でも一応、彼は全力の私と腕相撲をして勝つような『怪力の神子』だ。
戦闘技能は皆無に等しいけど、体も物理攻撃に対してはやたらと頑丈だし、戦力にならないことはないのか。
そして、ザノバさんが頑なで止められない上に、これがヒトガミの罠である可能性まであるらしい。
オルステッドには既に話を通して相談したみたいで、そのオルステッド曰く、パックスが王になって国に与える影響はヒトガミにとって都合が悪い。
だからこそ昔、ルーデウスが転移事件で魔大陸に飛ばされてから帰るまでの道中で、助言によってルーデウスをシーローン王国に立ち寄らせ、色々やらせてパックスを国外追放に導いたはずだった。
それが今回こんなことになってる。
もしかしたら、前回の成果を投げ捨ててでもザノバさんを釣り上げ、そのザノバさんを餌にしてルーデウスを釣り上げ、上手いこと二人纏めて始末するための罠かもしれない。
その場合、ザノバさんを一人で送り出したら確実にヒトガミに始末されるし、ルーデウスがついていっても罠に飛び込むことになるから結構危ない。
そこで、二人の護衛として私に白羽の矢が立った。
という説明をルーデウスからされた。
正直、全部聞き終わった後、説明の内容が半分も頭に残ってなかったけど。
でも、とりあえずヒトガミの罠が待ってるかもしれなくて、それから二人を守ればいいってことだけはわかった。
ちなみに、オルステッドはパックスを唆した可能性のある、パックスの留学先だった王竜王国でヒトガミの使徒探しをするからついて来れないらしい。
一人で大丈夫かなぁって、最近護衛ばっかりやってたせいでつい考えちゃったけど、よく考えたら世界最強の男をどうにかできる相手がそこらへんにいるわけなかった。
私が連れ回された先で戦わされた強敵達レベルの相手が奇襲を完璧に成功させれば、オルステッドの魔力を多少削るくらいはできるかもしれないけど、それで終わりだ。
束になってかかっても、師匠の剣を両断した神刀とかいうあのチート武器を使わせることすら叶わないだろう。
万が一使っちゃえば大量の魔力を持っていかれるらしいけど、それでも死にはしない。
心配無用である。
というわけで、今回の作戦はこうだ。
主役であるザノバさんと、ザノバさんの唯一の護衛騎士であるジンジャーさん。
そんなザノバさんを守りたいルーデウスと、戦争に加えてヒトガミの罠まであるんだから、それを切り抜けられるように戦闘員として私。
この4人でシーローンに向かう。
オーベールさん達がいれば同行してもらったんだけど、残念ながら、つい数日前に別の仕事に行っちゃったからいない。
携帯なんて無いから気軽に連絡も取れない。
姉や師匠を連れていくのはありだけど、今はエリスさんの妊娠中という一大イベントの真っ最中だし、出産に立ち会えないかもしれない自分の代わりに、できるだけ緊急事態に対応できる人員を家に置いておきたいっていうルーデウスの意見を尊重した。
アリエル様の時は、ロキシーさんの妊娠中だったのに、敵が強いってことで戦える人達を全員連れていっちゃったからね。
案外、あの時も内心ではかなり不安だったのかもしれない。
家に妊娠中の妻を残していく旦那の不安は少しでも取り除いてあげた方がいいでしょ。
レイダさんがいれば滅多なことは起きないと思うけど、まあ、いかな水神といえども体は一つ。
二人三人の敵が別方向から同時に来たら対処し切れないだろうし。
で、私達がシーローンに行ってる間に、オルステッドは王竜王国へ。
こっちはシーローンについたら、その後……その後……あれ?
「シーローン、行ってから、何するの?」
ここで私は、今回の目的が大分ふわっとしてることに気づいた。
アリエル様を王様にするとか、魔王にトラウマ刻むとか、今回の仕事にはそういう「これ!」っていう最終目標がないのだ。
何を達成すれば帰っていいのかがわからない。
わからなかったからルーデウスに聞くと、
「……正直、俺もわかってない。とりあえず、パックスの味方として国防に参加することになると思うけど、どこまでやればザノバが満足して帰る気になってくれるかわからないんだ」
「帰る気に、ならなかったら?」
「…………臨機応変にとしか言えないです、はい」
これはしばらく帰れないかも。
家族への挨拶は念入りに済ませとこうか。
そんなこんなで、翌日から準備開始。
ルーデウス達が今回の戦いに使う装備を事務所のオルステッドグッズの中から選ぶって言うので、パーティーの能力を確認しとくために私も同席した。
そうしたら、知らない間に同行者が一人増えてた。
「ロキシーさんも、来るの?」
「ええ。クーデターを起こしたという件のパックス王子は、私の昔の教え子ですからね」
ロキシーさんの話によると、我らが故郷ブエナ村を旅立って、転移事件が起きるまでの間、ロキシーさんはシーローン王国の城でパックスの家庭教師をしてたそうだ。
そういえば、どこかの国の王子様の家庭教師してたって聞いたことあったね。
こんなところで繋がるなんて、やはり世の中は奇妙な縁で溢れてる。
あるいはこれこそが、オルステッドのよく言う『運命』ってやつなのかな。
とはいえ、パックスとの関係はそんなに良くなかったみたいで、自分が行っても藪蛇になる可能性大だと思って、最初は行くつもりなかったらしい。
でも、ララがなんか虫の知らせみたいに泣き喚いて、嫌な予感がしたから同行を決めたとのこと。
未来の救世主の虫の知らせねぇ。
嫌な予感しかしない。
私も注意しとこう。
そんなロキシーさんを一行に加えて、装備の確認。
ルーデウスはいつも通りの魔導鎧二式改と、それに搭載されてる、ガトリングをちょっと弄って作ったっていう小型ショットガン。
あと、一式をバラして運び込んで、現地で組み立てる予定。
ザノバさんの装備は、火を無効化する効果を持ったマジックアイテムの全身鎧。
ザノバさんは物理攻撃に対する頑丈さは凄いけど、魔術に対する抵抗力は大したことないらしいので、対人用の魔術で一番有効な火魔術を無効化する鎧が選ばれた。
攻撃用の装備は、ルーデウスが土魔術でガッチガチに固めて作った巨大バットみたいな棍棒。
これはとにかく固くて重い。
ザノバさんの神子パワーは闘気と違って武器に纏わせられないから、どんな業物でも名剣でも全力で振ってればすぐに壊れる。
だから少しでも壊れにくくて、壊れても簡単に替えが利く土魔術製の棍棒が選ばれたわけだ。
更に、ザノバさんは怪力だけど足は遅いっていうか、神子パワーで強化されてる膂力以外は運動不足のヒョロガリオタクそのものなので、そこをサポートできる『乱獲の投網』っていう、投げると相手を自動追尾して絡め取る網も装備。
これで相手を捕らえて、神子パワーで棍棒の届く範囲まで引きずり込んで仕留めるっていうのが、今回のザノバさんの基本戦法だ。
これだけフル装備なら、雑兵相手にそうそう遅れは取らないはず。
強敵がいたらキツイと思うけど。
ロキシーさんの装備は殆ど冒険者時代のものを流用した。
何事も慣れてる装備が一番ってことだ。
とはいえ、ロキシーさんの能力は対魔物戦では強いけど、対人戦はあんまり強くない。
というか、大抵の魔術師は対人戦が強くない。
だって、この世界にはルーデウスみたいな無詠唱魔術の使い手が殆どいないんだもん。
オルステッドに連れられて戦った強敵の中には魔術師もいたけど、ヒトガミの使徒に選ばれるような人ですら詠唱をしてた。
そして、事前に索敵して発見して遠距離から攻めるのが基本戦術の魔物戦と違って、対人戦が発生するのは大抵の場合がお互いを視認できる距離からのスタート。
そりゃそうだ。
顔もわからない相手を攻撃する状況なんて、戦場でもなければまずない。
そんな距離から魔術師と剣士が戦い始めたら、詠唱が終わる前に魔術師が斬り捨てられて終わりだよ。
魔術師が対人戦で弱いっていうのは、こういうことだ。
とはいえ、それは1対1での話。
強い前衛に守られた魔術師は普通に強い。
まあ、ヒトガミの使徒に選ばれるような人達相手に、悠長に詠唱した魔術が当たるかって言われたら微妙だけど……。
それでも今回は戦争にも行くんだし、大軍を相手にした時の魔術師の頼もしさは、ベガリット大陸でファランクスアントの群れを相手にした時に痛感してる。
完全に足手まといになるってことはないはずだ。
ただ、対人戦に不安があるのも事実なので、物理攻撃に対する結界を張る指輪と、一度だけ致命傷を肩代わりしてくれる首輪を新たに装備してた。
まあ、保険だね。
保険が保険のまま終わってくれるように頑張ろう。
そして、私の装備もいつもと同じ。
誕生日プレゼントの剣と、使うつもりのない魔剣『仙骨』。
後はルーデウスに作ってもらった土魔術製の胸鎧と、動きやすさを重視した防刃布製の薄い手甲に、竜の皮を使って作られた頑丈なブーツ。
加えて、最近は妖精剣姫の風貌も知られるようになってきて、街を歩いてるだけでジロジロ見られることも増えたから、それを隠すためのフード付きの外套。
一応この外套も防刃仕様な上に、風の魔術に耐性のある緑色のやつだ。
私はしょっちゅう自分に衝撃波をぶつけるしね。
龍聖闘気もどきがあれば移動用の衝撃波のダメージなんて通らないんだけど、闘気で頑丈になるのはあくまでも肉体であって装備品じゃない。
剣とかには斬撃飛ばしの応用で闘気を纏わせて、闘気で包み込むようにして守ることで、ある程度は強度を上げられるんだけど、服となると結構難しい。
手でやるなら簡単にできることでも、体全体でやるのは難しいのだ。
なので、服の頑丈さは大事。
そうじゃないと、下手すると戦闘中に素っ裸になる。
緑の外套には大変お世話になっております。
これが私の基本装備だ。
剣と胸鎧以外軽いから機動力がある。
胸鎧が無ければもっと速く動けるんだけど、重要臓器である心臓と肺を守る方を優先した。
そこと首から上さえ死守すれば、龍聖闘気もどきと治癒魔術でなんとかなるからね。
私の身体能力なら、重さもそこまで気にならないし。
ちなみに、首から上を守る兜とかは、無い方が感覚が研ぎ澄まされるから付けてない。
最後に、ジンジャーさんはロキシーさんと似たようなかさばらなくて防御重視というか、生き残ること重視の装備を選んだ。
この人も弱くはないんだけど、その腕前は水神流中級。
戦争でもヒトガミの使徒との戦いでもぶっちゃけ足手まといなので、戦闘以外のことを任せることになった。
具体的に言うと、クーデターがあって荒れてるシーローン王国周辺の情報収集だ。
ザノバさん達が行く前に先行して情報集めてくるって言ってたけど、心配だったから私もついていくことにした。
「こうして面と向かって話すのは初めてですね。よろしくお願いします、エミリー殿」
「こちらこそ、よろしく。それと、エミリーで、いいです」
ジンジャーさんと共に、私はザノバさんが移動手段としての協力を取りつけたというペルギウスさんの転移魔法陣を使って、シーローン王国に飛んだ。
ペルギウスさんの転移魔法陣は、色んなところにある普通の双方向転移の魔法陣と違って、片方が潰れて機能停止しちゃった魔法陣のあるところならどこにでも飛べるというチートなので、ルーデウス達に便利に使い倒されてる気がする。
私とオルステッドが移動する時なんて、最近事務所の地下に設置された数少ない魔法陣に登録されてる場所に行く時以外、人里離れた場所に隠されてる一般転移魔法陣までダッシュするのが基本なのに……。
オルステッドとペルギウスさんの格差を感じつつ、私達はシーローン王国での情報収集を開始した。
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79 情報収集Inシーローン
ジンジャーさんとの情報収集。
否、私に護衛されながらジンジャーさんが行った情報収集の結果、色々なことがわかった。
まず、ザノバさんに送られてきた手紙の内容が真実であることが確定。
パックス王子改め、パックス王が王の座に就いたって大々的に流布されてた。
それを聞いてジンジャーさんが嫌そうな顔してた。
なんでも、ジンジャーさんは昔パックスに酷いことされたらしい。
他の人達と一緒に家族を人質に取られて、無理矢理言うこと聞かされてたんだとか。
パックス、クズじゃん。
オルステッドには、例えパックスがヒトガミの使徒だったとしても殺すなとまで言われたけど、個人的には助けたいとは思えない人物だと思った。
ピレモンさんと同じ枠だね。
次に、ご近所の国との戦争が始まりそうっていうのも本当。
ビスタ王国っていう、紛争地帯のすぐ隣にある国が、国力の弱ったシーローン王国に攻め入ろうとしてるらしい。
街中には防衛戦力として雇われたんだろう傭兵っぽいのがたむろしてた。
……こういう人達も紛争地帯の嫌な思い出を刺激するから、思わず斬りたくなるわ。
トリスさんの同僚の皆さんと同じ枠だね。
そして、これが一番重要な情報。
パックスが王位を簒奪したクーデターで使ったのは、王竜王国から借り受けた、たった10人の騎士。
小国とはいえ一国の王族とそれを守る者達全てを、たった10人で殲滅したのだ。
並の使い手じゃない。
しかも、その中の一人。
最近常にパックスの傍に控えてるという、骸骨みたいな顔をした男。
その人の正体が、七大列強の『死神』じゃないかって噂があった。
「へぇ」
「エミリー、楽しそうにしないでください」
「ごめん」
まあ、あくまでも噂だしね。
それにもし本当に噂の騎士が死神さんだったとしても、一応パックスは味方ってことになってるんだから、向こうから襲ってくるまでは手を出しちゃダメってジンジャーさんに窘められた。
確かに、その通りだ。
私はいくら相手が強者だからって、見境なく相手の事情も考慮せずに斬りかかるバーサーカーじゃない。
でも、味方ってことは合法的に手合わせができるのでは?
むしろ、そっちの方が私的には嬉しいぜ、ひゃっほう!
そんなルンルン気分で、私はルーデウス達に情報を伝えるべく、ジンジャーさんと共に一旦シーローン王国から引き上げた。
ジンジャーさんは、なんか短期間じゃ調べ切れなかった部分にきな臭い何かを感じてるみたいで、もうちょっと時間かけて調べたかったって言ってたけど。
ザノバさん達と一緒に来たら、もう一回調べてみるつもりらしい。
そうして、シャリーアに帰還したジンジャーさんがルーデウス達に情報を伝えるべくダッシュ。
私はオルステッドに情報を伝えにいった。
私の頭じゃ詳細情報なんて覚えてないから報告なんかできないだろうと思ったら大間違いだ。
ちゃんと、ジンジャーさんから要点を纏めたメモを預かってるのだよ。
「骸骨のような顔をした騎士……。死神の噂か……」
ジンジャーさんのメモを読んだオルステッドは考え込んだ。
眉間にシワの寄った怖い顔で。
やがて考えが纏まったのか、私の方を見る。
「王竜王国の騎士で、骸骨のような顔をしていて、小国とはいえ一国の中枢を少数で落とせるほどに腕が立つ。
俺の知っている限り、そんな男は一人しかいない。
――七大列強第五位『死神』ランドルフ・マリーアン本人だ」
「おお!」
色々知ってるオルステッドがそう言うってことは、噂は本当だったってことか!
腕が鳴る!
「奴は王竜王国の切り札だ。他国のクーデターに貸し出されるような男ではないはずだが……ヒトガミの手引きであれば納得できる。
他に俺やお前やルーデウスを殺せそうな駒に心当たりはない」
「どれくらい、強いの?」
列強五位。
シャンドルやアレク、ガルさんより上。
人外と言われる四位以上を除けば最も序列の高い列強。
つまり、まともな人間の中では最強ってことだ。
一体どれほどの高みなのか、想像するだけで武者震いが止まらない。
「期待しているようだが、単純な能力値の比較であれば、恐らくランドルフよりもお前の方が上だ」
「え?」
「奴は長らく戦いから離れていたからな。
全盛期ならばともかく、現在では水神と互角以上に渡り合うお前には遠く及ぶまい」
そこから、オルステッドは『死神』ランドルフ・マリーアンという人物について話してくれた。
彼は北神カールマン二世、つまりシャンドルの孫。
血縁的にはアレクの甥になる。
あの一族、どれだけ強い人を輩出すれば気が済むんだろう。
それはともかく。
幼少期のランドルフさんは今の北神三世、つまりアレクと一緒に修行を積むも、成人した頃にシャンドルと喧嘩。
家出して独自に技を磨く。
またか、シャンドル。またなのか。
息子だけじゃなく、孫にまで反感持たれてるとか……。
子育て下手すぎない?
幼女の私を立派に育て上げたシャンドルは何だったの。
その後、ランドルフさんは長い修行の末に、魔大陸にて当時の七大列強の一人を倒し、彼の称号を受け継いで『死神』を名乗るようになる。
だけど、その日から列強の地位を狙うバトルジャンキー達とのエンドレスバトルが始まった。
彼らとの戦いを10年くらい続けた後、ランドルフさんは哀れにも戦いの日々に嫌気が差してしまい、故郷の王竜王国に帰ってしまう。
列強が戦いが嫌になるとか、バトルジャンキー達はどんだけランドルフさんを追い回したんだろう……。
相手の都合も考えずに襲いかかるとは、バトルジャンキーの風上にも置けない奴らめ。
私の爪の垢を煎じて飲ませたい。
そうして故郷に帰ったランドルフさんは、一念発起して料理を習い出し、親戚の潰れかけの定食屋を継いで料理人になる。
しかし、死神食堂の料理はそこまで美味しくなかったみたいで、赤字が続いて借金まみれ。
とうとう食堂は経営難によって閉店し、借金だけが残って路頭に迷ってたところを、王竜王国の大将軍に拾われて騎士になった。
なんというか、全体的に見て喜劇なんだろうけど、あんまり笑う気にはなれない話だったなぁ……。
だってこれ、ひょっとしたら他人事じゃないかもしれないもん。
私だって、いつか戦いに嫌気が差す日が来るかもしれない。
今は剣の高みを目指すことが楽しくて仕方ないし、人生を全部使っても超えられそうにないオルステッドという壁に挑むことに生き甲斐を感じてるけど、
100年、200年も経てば情熱の炎が燃え尽きてたっておかしくはない。
その時は私もランドルフさんを見習って、妖精食堂でも開こうかな……。
料理なんてできないし、仮に頑張って覚えるなり料理人を雇うなりしても、ポンコツ晒してお皿を割ったり料理をぶち撒けたりして潰す気しかしないけど。
メイド服でも着て、ドジっ娘メイドで売り出せばワンチャン?
いや、情熱が冷めたら、普通に弟子でも育てればいいや。
ガルさんとかレイダさんも、多分そんな気持ちだったんだろうし。
ランドルフさんは何を思って料理に走ったんだろうね。
「とはいえ、単純な能力値の優劣だけで勝敗が決まるわけではない。
衰えたとはいえ、相手は歴戦の経験を持つ七大列強。油断すれば簡単に死ぬぞ」
「わかってる」
能力値だけがそのまま勝ち負けに直結するなら、私はアスラ王国の戦いでレイダさんに勝ててない。
あの時点での勝率は、高くても3割くらいだった。
勝てたのは奇策を使って、レイダさんの隙に徹底的につけ込んだからだ。
立ち回りによって、弱い方が強い方を倒すことは決して珍しくない。
まして、ランドルフさんはシャンドルの孫で、独自に磨いた我流の剣士とはいえ、根底にあるのは多分、立ち回りに優れた北神流。
私がやったみたいに、隙を作るのも、隙につけ込むのもお手のものだ。
舐めてかかれば一瞬で首が飛ぶと思った方がいい。
「俺の渡した魔剣を使って確実に仕留めろ」
「それは、断る」
オルステッドが出来の悪い生徒を見るような目で見てきた。
仕方ないじゃん。
魔剣を使えばそりゃ有利に戦えるだろうけど、その分、戦いを通して得られる経験値は下がってしまう。
経験値が下がれば成長率も下がって、長い目で見れば弱くなるのだ。
魔剣を使うか使わないかなんて、結局今を取るか将来を取るかの違いしかない。
だったら、私は好きな方を選ぶ!
「……とにかく、死神とヒトガミの使徒に注意しつつ、ルーデウス達を守り、パックスを死なせるな。
俺はルーデウスにも死神の情報を伝えてくる」
「了解」
そんなやり取りをした翌日。
私は今度はルーデウス達と一緒に、シーローンでの本格的な戦いへと赴いた。
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80 パックス王
ザノバさんの人望により、昔ラプラスと彼が率いた魔族に散々やられたせいで魔族アレルギーを発症してるペルギウスさんに、魔族であるロキシーさんが空中城塞を通行する許可を貰い。
私達5人は転移魔法陣がある空中城塞下層へとやって来た。
「では、ナナホシ殿。もう会うことも無いでしょうが……お達者で」
「はい……」
そこで見送りに来てくれた静香に、ザノバさんが今生の別れみたいなこと言い出した。
静香はザノバさんに大分お世話になったみたいだし、そんなザノバさんがこんな感じだから、不安そうな顔で私とルーデウスを見てきた。
なので、任せろって感じでサムズアップしておく。
そんなやり取りを経て、ジンジャーさんと一緒に前回も来た、シーローン王国近辺の転移魔法陣へ。
そこから5日くらいかけて、シーローン王国の首都ラタキアへと舞い戻った。
空中ダッシュの『花火』は使わないっていうか使えない。
あれで運べるのは頑丈な人だけだし、人数が増えるほどお手玉みたいに難易度が上がる。
今回は私含めて5人もいる上に、ロキシーさんとジンジャーさんの頑丈さが足りず、
頑丈さって意味では問題ない残りの二人も、ルーデウスは魔導鎧二式改のせいで、ザノバさんは火耐性の全身鎧のせいで重いから、衝撃波移動の花火じゃ吹っ飛ばすのが大変なので、どっちみち無理。
そんなわけで、普通に歩いて首都ラタキアへ。
「ではザノバ様。自分は念のため町中に潜伏し、情報を集めようかと思います」
そこでいきなりジンジャーさんが別行動を願い出た。
前回感じてたきな臭さを再調査するために行くみたい。
戦争間近で治安の悪い街とはいえ、前回もジンジャーさんが対処できないような奴に絡まれたりはしなかったし、オルステッドグッズというお守りもあるし、まあ一人でも大丈夫でしょ。
ということで、ジンジャーさんが別行動。
私達はパックスと確執があって話がこじれそうなロキシーさんを宿に残して、私、ルーデウス、ザノバさんの三人で、手紙で呼び出した形のパックスとの謁見に向かった。
ランドルフさんがヒトガミの使徒なら、その場で戦闘になる可能性もある。
ならなかった場合はどうなるのかわかんないけど、そこらへんは頭脳労働担当のルーデウスに任せよう。
そして、私達は一応は王様なパックスに謁見するためにお城へ。
門でちょっと怪しまれたけど、ザノバさんは一応この国の王子様だし、何より呼び出したのは向こうなんだから、最終的に普通に通れた。
で、小一時間待たされた後に謁見の間へ。
そこには5人の人物がいた。
2人は普通の騎士。
強さ的には、ジンジャーさんと大して変わらないように見える。
多分、中級剣士クラスだ。
注目すべきなのは後の三人。
一人は玉座に座ってふんぞり返ってる小柄な男。
王冠被ってるし、あれがパックスか。
もう一人は、そんなパックスのすぐ隣に座ってる水色髪の女の子。
外見年齢は私と同じくらい。
綺麗なドレス着てるし、王冠のちっちゃいやつみたいなの頭に乗っけてるし、王妃様か何かかな?
王妃ってわりに、意思の感じられない虚ろな目が気になるけど、まあ、もっと酷い肩書詐欺がこの世界の王族貴族にはありふれてるから、そこまで気にもならない。
そして、最も注目すべきは最後の一人。
右眼に眼帯をした、骸骨みたいな顔の中年男性。
物腰は一見隙だらけに見えるけど、あれは見せかけだけだ。
わざと隙を見せて相手の攻撃を誘う北神流の技『誘剣』の応用で、初見の相手を油断させてるんだと思う。
この人はそういうのが得意だってオルステッドも言ってた。
何より、魔眼に映る練り上げられた闘気の質は誤魔化せない。
まあ、オルステッドの言ってた通り大分衰えてるみたいで、レイダさんとかに比べるとかなり劣るけど。
それでもオーベールさんより上だ。
つまり充分すぎるほどに強いってことだ。
「陛下。ザノバ・シーローン。召還に応じ、魔法都市シャリーアより馳せ参じました」
「……随分と、早かったではないか」
「火急とあらば、急ぎにて」
ザノバさんとパックスが言葉を交わす。
ザノバさんが兄で、パックスが弟って聞いてたのに、ザノバさんの態度は完全に部下のそれだ。
TPOを弁えてるってやつかな?
「で、そいつらは?」
「陛下もご存知の通り、ルーデウス・グレイラット殿にございます。もう一方は巷で有名な『妖精剣姫』こと、エミリー殿でございます」
「名前を聞いているのではない」
「では、何を?」
「何故ここにいるかと聞いている」
「戦ともなれば、強力な戦力はいればいたほうが良いゆえ、連れてまいりました」
パックスに聞かれて、ザノバさんが私達を紹介した。
強力な戦力って言われるのは悪い気がしない。
まあ、戦争ってなれば剣士の私より、アホみたいな魔力持ってる凄腕魔術師のルーデウスの方が遥かに役に立つだろうけど。
ルーデウスは人殺しを忌避してるから、そこの問題をどうにかできればだけどね。
アスラ王国の戦いでも、結局直接は誰も殺さなかったし。
ダリウスを狙撃してギレーヌに殺らせてはいたけど。
「ほう、そうか。てっきり、余を殺すために用意した手駒かと思ったぞ」
「まさか……陛下に仇なすつもりは毛頭ございませぬ」
「ほう。お前は簒奪を許すのか?」
「はい。別段、前王に忠誠を誓っていたわけでもございませぬゆえ」
「しかし、余に忠誠を誓いたいわけでもあるまい」
「…………」
ザノバさんが黙った。
まあ、クーデター起こして国をぶん取ったバカ殿とか、忠誠を誓われる要素ゼロだもんね。
そんなのがトップでも頭下げなきゃいけないとか、ザノバさんも大変だ。
「まあよい。兄上……いや、ザノバよ。お前がどのような思惑を抱いていようと、どうでもいい。見よ、王竜王国より連れてきた我が騎士達を」
パックスが騎士達、つまりランドルフさんを含むに声をかける。
騎士達は頭を下げて、ランドルフさんはあくびをした。
やる気ないなぁ。
「特に、この男は凄いぞ。七大列強第五位『死神』ランドルフ・マリーアンだ」
あくびの最中に名指しされたせいで、ランドルフさんがビクッとした。
バツの悪そうな顔で咳払いを一つ。
「ご紹介にあずかりました。ランドルフ・マリーアンと申します。
生まれは王竜王国、育ちは魔大陸。種族は雑種。人族とエルフと不死魔族と、あと幾つかの混血です。
職業は騎士。王竜王国大将軍シャガール・ガルガンティス麾下、王竜王国・黒竜騎士団に所属しております。
主な仕事は殺人。誰でも殺します。流派はありませんが、北神流と水神流をかじっております。
巷では『死神』と呼ばれているゆえに殺人狂と誤解されますが、そのようなことはございません。料理が趣味の、心優しい男です。以後、お見知り置きを」
そして、なんかペラペラと経歴を話した後、ニッコリと笑った。
骸骨の笑顔は中々に怖い。
「普段はこの通りだが、強いぞ? 何せ、兄上たちの親衛隊を瞬く間に全滅させ、余に王位をもたらしてくれた立役者だからな。
どうだ、ザノバ。貴様が連れてきたソイツらと、どちらが強いか試してみるか?」
「え? いいの?」
図らずも列強に挑むチャンスが巡ってきて、私のやる気ボルテージがマックスまで上がった。
なんだパックス良い奴じゃんと内心で掌を返しつつ、私の体から戦意が噴き出し、二人の騎士がガチガチと震えながら腰の剣に手をかける。
パックスは一瞬で真っ青な顔になり、ランドルフさんは苦笑した。
「おお、怖い怖い。さすがは、あの『水神』レイダを倒した妖精剣姫。これは私も勝てないかもしれませんねぇ」
「じょ、冗談だ! 真に受けるな!」
「えー」
パックスが即行で前言撤回してきたから、私も仕方なく戦意を収める。
なんだ、やっぱりただのクソ野郎じゃん。
私は返した掌を高速で元の位置に戻した。
「ま、全く、とんでもない奴を連れてきたものだな、ザノバよ。だが、味方となれば心強い。期待しているぞ」
「ハッ!」
その後、パックスは前回ルーデウスと会って国外追放に処された後、人質として王竜王国に送られてからの苦労話とか、水色王妃様(ベネディクトっていうらしい)との恋愛話とか、クーデターに至るまで顛末とか、もう国外追放の原因になったルーデウスやザノバさんを恨んでないみたいな話をして、
「さて、そういうわけだ、兄上よ……いやザノバよ。
お前は余が復讐のために呼び出したと思っているかもしれんが、そのつもりはない。
書状の通りだ。クーデターのせいで国の戦力は低下し、そこをついて北は攻めてくる。今はザノバのような武人が必要な時だ。
過去のことを水に流し、力を貸してくれ」
存外真面目な態度で、頭を下げた。
ほんの少しだけど。
「無論です陛下。余は、そのために生かされていたのですから」
これをザノバさんは快諾。
二人の間に信頼関係が結ばれたとかは一切なかったけど、とりあえずパックスはザノバさんを味方として扱い、任務を言い渡した。
「ザノバ・シーローン。貴様にカロン砦の守護を命じる。
既に兵は配置してある。指揮官として出向き、北からの軍勢を抑えよ」
「ハッ!」
これにてパックスとの謁見は終了。
ヒトガミの罠もなく、ランドルフさんと戦闘になることもなく、なんとも肩透かしな結果に終わった。
でも、この後には戦争が待ってるんだし、気を引き締めてこう。
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81 砦
謁見の後。
私達は城の一室を与えられてそこで一日拘束され、翌日にようやくルーデウスは宿で警戒待機してるはずのロキシーさんのところに向かっていった。
ついでに意見を仰いでくるそうだ。
私はザノバさんの近くで警戒しつつ、出立の準備を手伝った。
それから、国から支給された馬車でルーデウス達と合流。
待ってる間に、ロキシーさんはジンジャーさんから私達がこれから向かうカロン砦の情報を聞いたみたいで、教えてくれた。
「敵兵、5千」
「はい。対して、こちら側の戦力は500だそうです」
完全に捨て駒にする気マンマンじゃん。
パックス、やっぱりクズだわ。
「まあ、そんなもんでしょうなぁ」
でも、ザノバさんは戦力差を聞いても欠片も動揺しなかった。
普通に勝ち目があるからね。
ザノバさん曰く、聖級魔術師は運用次第で千の兵に匹敵するらしい。
ルーデウスは聖級どころか帝級魔術師。ロキシーさんだって王級魔術師。
おまけに、ルーデウスは魔力切れとはほぼ無縁の燃料タンクだ。
正直、ルーデウスがオルステッドに向けてぶち込んだ一連のコンボを食らわせるだけで、雑兵の5千程度消し飛ぶと思う。
加えて、私も今なら、その程度の数の雑兵に遅れを取るつもりはない。
5千なんて所詮はファランクスアントの群れの半分。
あの頃より遥かに成長した今なら、真正面から斬り込んでいっても勝てる。
敵軍が全員聖級剣士以上とか、雑兵に紛れて神級がいたりとかしない限りは。
そんなことあるわけないだろって言いたいところだけど、紛争地帯の掃いて捨てるほどある小国の一つにシャンドルが雇われてたなんてことがあった以上、否定し切れないのが怖い。
今回はヒトガミの使徒だっているかもしれないし。
まあ、なんにしても私達の勝ち目だって十二分にある。
でも、ルーデウスは言った。
パックスはザノバさんが私達みたいなインフレ戦力を連れてくるなんて知らなかったはずだと。
それすなわち、ザノバさん一人を数の差が凄い戦場に放り込もうとしてたってわけで、
「お前、捨て駒にされたんじゃないのか?」
奇しくも、私が真っ先に直感で思ったのと同じことをルーデウスは言った。
更に、こうも言った。
「そんなのに従う必要はないんじゃないか?」
ザノバさんを引き留めようとするような言葉。
まあ、それもそうだろうね。
ルーデウスの最優先目標は、友達であるザノバさんの無事だもん。
でも、
「戦争では、誰かが犠牲にならねばならぬ時があります。
最初に犠牲になるのは兵ですが、時には王族も、死なねばならぬ時があるのです」
そんなルーデウスに、ザノバさんはフッと笑いながら、そう言った。
……いや、いくらなんでも使命感強すぎじゃない?
この人の人柄は、定期的に遊びに行った時に静香とのお喋りで話題に登るくらいのことしか知らないけど、それでもかなりキャラに合わないこと言ってるってことはわかる。
「でもそれは、パックスの尻拭いだよな。他の王族を全部殺したんだ。お前がやる義理はないだろ?」
「誰かが失敗してもフォローをするのが大事だと、師匠もよく言ってるではありませんか」
のらりくらり。
なんとなく、そんな感じがした。
何がザノバさんをそこまでさせるんだろうね?
あと、今更だけど、ザノバさんはルーデウスのことを師匠と呼ぶ。
人形作りの師匠だからだ。
私が師匠の剣術に感銘を受けたように、ザノバさんはルーデウスの1/10ロキシー人形に感銘を受けたのだ。
確かに、あれは良きものだった。
1/10エミリー人形の出来栄えには私もニッコリだ。
話が逸れた。
とにかく、ルーデウスはザノバさんの説得に失敗。
私達は大人しく砦行きの馬車に乗った。
そこから10日くらいガタゴトと馬車に揺られた。
道中はロキシーさんがシーローンの期間限定宮廷魔術師として雇われ、パックスの家庭教師に選ばれるほどの功績を積んだエピソードであるシーローン近辺の迷宮を単独攻略した話とか、そんなことするに至った動機とか聞いて、
迷宮に潜った理由が、まさかの婚活とかわけがわからないよとか思いながら時間を潰した。
そうして、ようやく砦に到着。
暗い顔してる兵士達を尻目に、ザノバさんは私達を連れて指揮官のところへ。
そのすぐ後に、ザノバさんは暗い兵士達の士気を上げたいってことで、兵士を一箇所に集めて演説を開いた。
ザノバさんは王子様だから、偉い人っぽい感じでお立ち台の上から。
「まずは諸君らに、援軍の紹介をしよう!」
自己紹介と簡単な近況報告的なものを受けた後、ザノバさんは私達を手招きしてお立ち台の上に立たせた。
兵士達がザワザワし始める。
ふっふっふ、妖精剣姫の異名はこんな小国まで轟いてるみたいだね。
と思ったら、兵士達の視線が注がれてるのはロキシーさんだ。
何故!?
「こちらはロキシー・ミグルディア。かつて我がシーローン王国の宮廷魔術師だった者だ。
知っている者も多いかと思うが、現在の対魔術教練の基礎を作った者でもある。
それに、その弟子であるルーデウス・グレイラット。二人とも、王級以上の凄腕魔術師である!」
「「「おおおおおおお!!!」」」
会場中が盛り上がった。
国民的アイドルが投げキッスを送ってもここまでにはならないと思う。
「更に! こちらはアスラ王国の政争にて、あの『水神』を倒した当代最強の剣士の一人! 『妖精剣姫』エミリー殿だ!
彼女一人で万の軍勢に匹敵するであろう!」
「「「おお!」」」
……なんだろう。
さっきのロキシーさん達の時より反応が薄い。
見た目か?
外見年齢14歳くらいのロキシーさんより更に幼く見える見た目のせいなのか?
私だって成長してるんだぞ!
亀の歩みのような速度でだけど、身長は伸びてるんだぞ!
くそう! 覚えてろ!
10年後、20年後には、絶対お婆ちゃんみたいなスラッとした美人さんになって見返してやる!
え?
格差社会の象徴?
成長の兆しゼロですが何か!?
「彼らに加え、神子であり『首取り王子』の異名を持つ余が、前線にて直々に指揮を取る!
余は、諸君らに勝利を約束しよう!」
「「「オオオオオオオ!!!」」」
せ、声援の大きさでザノバさんにも負けた……!?
なんだろう、この敗北感。
私、レイダさんを倒して、有名になって、ちょっと調子に乗ってたのかな……。
若干打ちのめされつつも、演説が終わった後は明るい顔になった兵士のうち、特に若い人に最初は恐る恐るって感じで声をかけられ。
「一手ご指南してください!」って言ってきた人を軽く揉んであげたら、そこからは「本物だぁ!」とか「握手してください!」とか「俺もご指導お願いします!」とかいう人が群がってきて、私の自尊心は満たされた。
正直、ここの兵士達の雰囲気は、ご近所だからか紛争地帯の兵士どもに似てて、うっかり斬りたくなる感じではあるんだけど、あいつらと違ってキラキラした目で見てくるから、苦手意識は大分薄れた。
好きにはなれないかもだけど、そこそこ仲良くはやれそう。
そんな感じで、私達は砦に着任した。
敵はいつ攻めてきてもおかしくないし、その敵もまた私が忌み嫌う紛争地帯の連中と似たような奴らだ。
せいぜい、積年の嫌悪感をぶつけてやるとしよう。
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82 久しぶりの戦争
ルーデウスがザノバさんにお願いされて、敵が布陣するだろうポイントの地形をぐちゃぐちゃにして妨害したり。
ロキシーさんが砦の兵士達に軽く魔術を教えたり。
私が実戦前の演習として砦の全兵士を叩きのめしたり。
そんな感じで砦での生活を送ってると、三日目にはバラして運送してた魔導鎧一式が届き、
四日目には敵軍が向こうの砦から出陣したという情報が入った。
2〜3日以内には敵軍が攻めてくるってことで、砦はにわかに騒がしくなる。
ザノバさんは指揮官の人と部隊編成や作戦をチェックし直し。
ロキシーさんは砦の屋上に殲滅用の魔法陣を書き始め。
ルーデウスはそんなロキシーさんの手伝いへ。
一般兵達は武器や鎧の整備とか、遺書の準備とかを始めた。
私も誕生日プレゼントの剣を念入りに研いで磨いておく。
「エミリー殿、よろしいですかな?」
「うん?」
そんな時にザノバさんが話しかけてきた。
はて、何の用だろう?
「実は折り入ってお願いがありまして。
その部隊にエミリー殿のお力を貸してほしいのです」
へー、そんなこと考えてたんだ。
あれ?
でも、そんなことしなくたって、ルーデウスとロキシーさんの魔術で吹っ飛ばせばそれで勝てるんじゃない?
「別に、いいけど、なんで、わざわざ?」
「この戦いはあくまでも局所的なものですからな。
大勝できたとしても、戦自体を終わらせることはできないでしょう。
しかし、あれだけの大軍勢を率いる者を人質に交渉すれば、戦自体を終わらせることができるやもしれませぬ。
いつまでもエミリー殿達をここに縛りつけておくわけにも参りませんからな」
「んん?」
話がちょっと難しいぞ?
「要は、敵の重要人物を人質にしたいのです」
「なるほど」
ザノバさんがわかりやすく一行に纏めてくれた。
ルーデウスか静香あたりから私の扱い方を聞いてたのかもしれない。
「そういう、ことなら、任せて」
「ありがとうございます」
力こぶを作りながら、ザノバさんの頼みを了承。
ただ、ルーデウス達に言ったら付いて来そうだから黙っとくように言われた。
ルーデウスの目的は砦よりザノバさんだし、そんなルーデウスがザノバさんについて行って砦が手薄になったら落ちかねないからって。
まあ、そういうことなら仕方ないね。
でも、ルーデウス達の予想によると、パックスがヒトガミの使徒で、私達を殺そうと試みてる場合。
戦争で疲弊したところを狙って、背後からランドルフさんを差し向けてくるかもしれないって言ってたから、余力を残して戦った方が良さそう。
ランドルフさんの気配がしたら、速攻で砦に取って返さないと。
パックスとの謁見の時にランドルフさんの魔力は見たから、来ればわかる。
そんな感じで、作戦が決定した。
砦の防衛にはルーデウスとロキシーさん。
敵が使ってくるだろう魔術のレジスト、及び聖級以上の魔術による敵の殲滅を担当する。
別働隊として、私を含む、ザノバさんが率いる人質捕獲用の部隊が100人。
敵の大将を捕まえて、人質交渉による戦争終結を目指す。
これが大雑把な作戦だ。
私にはこの作戦が正しいのか間違ってるのかなんてわかんないけど、ザノバさんは自信ありそうだったし、まあ大丈夫でしょ。
その翌日。
思ったよりも早くに敵が来た。
5千って割には少ないように見えたけど、ザノバさん曰く後詰がいるらしい。
全軍を一度に突撃させてくるようなのは、脳筋のバカか、それしか道がない場合だけだってさ。
そんなことを考えてる私達は森の中。
オーベールさんも言ってたけど、奇襲はタイミングが命。
ザノバさんの狙いは、ルーデウス達の魔術で敵が大混乱に陥った瞬間だ。
異論はない。
私もランドルフさんとの戦いに備えて体力を温存しとかないといけないし、楽に勝てるならその方がいい。
「始まった」
「そのようですな」
敵軍の中から巨大な砂嵐が発生する。
土聖級魔術『
「事前に師匠に作っていただいた大量の落とし穴を、あれで塞ぐつもりでしょうな」
「へー」
ザノバさんによる戦略解説は聞いてて楽しい。
合戦っていうのは剣術とは違ったロマンがあるよね。
魔術ありきのファンタジー戦術ならなおさら。
まあ、今は半分部外者っていう余裕のある立場にいるからそう思うだけで、転移事件の時みたいに余裕のない状態で渦中に叩き込まれると、ただの地獄なんだけどさ。
「おー」
「今度は風聖級魔術『
師匠が
ザノバさんの言う通り、砦から砂嵐をかき消すような暴風が吹いてきた。
砂嵐はあっさりと霧散させられ、敵の作戦は失敗に終わる。
でも、敵はすぐにもう一回砂嵐の魔術を使ってきた。
「あれは、どういう、戦略?」
「ふむ……恐らくは連発することで、こちらが先に魔力切れを起こすと踏んだのかと。
もっとも、師匠の魔力総量の前では失策でしょうが」
ああ、ルーデウスはやたらと魔力量が多いからね。
私より魔力量の多い姉でも、聖級魔術は三回も使えば魔力切れになるって言ってたのに、ルーデウスは多分100回は余裕で使える。
ルーデウスも私達神級剣士とは別方向で化け物なのだ。
その後、砂嵐の発生と暴風による相殺が5回くらい続いた後、敵軍が進行を始めた。
「動いた」
「動きましたな。こちらが魔力を使い切ったと、希望的な観測でもしたのかと」
無能か。
いや、ルーデウスの化け物っぷりを知らないんじゃ仕方ないのかな?
そこからは戦争という名の蹂躪が始まった。
最初はお互いに弓矢と魔術をぶつけ合ってたんだけど、
砦から放たれた大魔術が敵軍の魔術師っぽい一団を壊滅させてからは、敵軍はこっちの魔術をレジストできなくなって、ルーデウス達の大規模魔術によって面白いように崩壊していった。
指揮系統も狂ったのか右往左往。
もう勝敗は完全に決していた。
「では、そろそろ行きますかな」
「了解」
ザノバさんが指差した方向にいる、恐らくは総大将の一団と思われる奴らが逃げようとしてたから、そいつを捕まえるために私達も出撃。
まだルーデウス達の魔術は猛威を振るってて、そこら中に雷やら暴風やらが吹き荒れてるけど、ここで行かないと大将には逃げられちゃう。
暴風を突っ切り、私の水神流で雷を受け流しながら前へ進んだ。
「『光の太刀』!」
「「「ギャーーー!?」」」
混乱状態でも向かってきた敵兵だけをぶっ倒しながら前進。
向こうは大所帯だから、私達より更に足が遅くて追いつくのは簡単だった。
そこへ挨拶代わりに一発。
「『烈断』!」
「「「うぁああああああ!?」」」
それだけで数十人は軽く倒した。
私の技も進化したものである。
そして、私の穿った敵軍の穴からザノバさん達も突撃。
私達は一塊となって敵軍を蹴散らし、大将への道をこじ開けていく。
ザノバさんの戦いぶりは凄かった。
技術なんてこれっぽっちもないんだけど、敵兵の攻撃を食らっても神子パワーの防御力によってビクともせず、反撃の棍棒で殴り倒す。
飛んできた魔術も、火はマジックアイテムの鎧の力で無効化し、
半端な水、風、土は物理攻撃と大して変わらないから神子パワーの前には通じず、進撃のザノバは止まらない。
本当にやばい攻撃は私が受け流せる。
これ、100人もぞろぞろと引き連れてくる必要なかったでしょ。
どう考えても私とザノバさんだけで充分だ。
むしろ、100人もいるせいで守り切れなかった味方がフレンドリーファイアの雷に打たれて何人か逝っちゃってるし……ルーデウスが気に病みそう。
まあ、敵の中にヒトガミが用意した強い奴がいたかもしれない以上、結果論なんだけどさ。
そういうのがいた場合、私がそいつと戦ってる間に、100人の兵士達が敵の雑兵をかき分けて、
ザノバさんが敵の大将に突貫をかますっていうのが、事前にザノバさんが立てた作戦だった。
結局、正解なんて後にならなきゃわかんないってことだ。
少なくとも、盛大に作戦を間違えた目の前のこいつよりは、私達の方が遥かにマシでしょ。
「お、幼いエルフの女剣士……!? 貴様『紛争地帯の悪魔』か!?
最近は全く噂を聞かなかったというのに何故!? 何故こんなところに!?」
私を見て頭をかきむしりながらそんなことを叫んだのは、敵の大将っぽい奴だ。
そういえば、昔はそんな異名で呼ばれてたことがあったなぁ。
妖精剣姫の方が気に入ってるから、できればそっちの方を広めておいてほしい。
まあ、こいつはここで捕まるから無理だと思うけど。
「剣神流『疾風』!」
「「「ぐはぁーーー!?」」」
「せいや!」
「くそっ!? なんだこれは!? 離せ! 離せぇ!」
私の連続斬りで親衛隊っぽいのを全滅させ、ザノバさんがここに来る前に装備したオルステッドグッズの『乱獲の投網』で大将を捕獲する。
目的は果たしたってことで、そのまま私達はトンズラした。
この頃にはルーデウス達の魔術も消えてたから、雷に打たれる心配もなく、私が殿になって確実に生き残りの全員が生還。
別働隊の戦死者は10名。
砦での戦死者も数名。
結局、懸念してたランドルフさん襲来もなく、敵にヒトガミの使徒がいるなんてこともなく、10倍の人数に挑んだ戦いは、蓋を開けてみれば私達の圧勝で幕を閉じた。
「あ、あのさ、ザノバ……落雷とか、当たってないよな?」
「……師匠、戦には犠牲は付き物です。そして、犠牲を出したのは全て、指揮官である余の責任。
師匠が気に病むことはありません」
ただし、自分の魔術が味方に当たったって知ったルーデウスは、可哀想なくらい真っ青な顔になった。
まあ、そうなるよね。
いくら皆覚悟の上だったとはいえ、私だってフレンドリーファイアなんてしちゃったら相当気に病むだろうし。
でも、ルーデウスはそれに輪をかけてトラウマになってそうなほど顔面から血の気が引いてる。
顔面ブルーレイだ。
やっぱり、ルーデウスに戦いは向いてない。
命のやり取りに向いてない。
人が死ぬのが当たり前の戦争なんて、なおのこと。
元日本人としての真っ当な感覚が、ここでは毒なのだ。
今回はザノバさんのためにって頑張り過ぎて、無理し過ぎた。
ゆっくり休んでほしい。
ルーデウスのメンタルケアに関してはロキシーさんに任せよう。
そして、もしランドルフさんと戦いになるなら私がやろう。
改めてそう決意した。
・紛争地帯の悪魔
一時期、紛争地帯の各地に現れ、数百数千の屈強な兵士達を斬りまくり、行く先々で血の海を作り出したという恐怖の象徴。
命が惜しければ、エルフの少女に手を出してはいけない。
見た目に騙されて良からぬことを考えれば、確実な死が待っているのだから。
何千人も斬り捨てたことで、一人の少女の人殺しに対する忌避感をまるっと吹っ飛ばしてしまい、覚悟ガン決まり状態に至らしめた紛争地帯の罪は重い。
ただし、その経験のおかげで最強剣士が誕生したと思えば、むしろグッジョブの可能性も無きにしもあらず。
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83 クーデター再び
敵軍を退け、ザノバさんが捕まえた大将(なんと敵国の王族らしい)を使って人質交渉を始め、ルーデウスのメンタルもロキシーさんの献身的なケアで大分回復してきた頃。
その報せは齎された。
めっちゃ急いだんだろう、疲労困憊のジンジャーさんの手によって。
「クーデター? また?」
「ああ。シーローンのジェイド将軍が、第11王子とかいうのを担ぎ出して、パックスに反乱を起こしたらしい。
もう軍を率いて、王城を包囲してるそうだ」
疲れ切ったジンジャーさんがどうにか伝えてくれた情報を、ルーデウスが遅れてきた私に噛み砕いて教えてくれた。
なんでも、パックスがぶっ殺した前の王様に忠誠を誓ってたジェイド将軍とやらが、まだ3歳で、しかも農民である自分の妹の子供だから隠されてた、けど、そのおかげでパックスの粛清の魔の手から逃れられた第11王子を旗印にして決起。
前王の仇を取るべく、パックスにクーデターを仕掛けたそうだ。
立て続けにクーデター2連発とか、この国ではクーデターが流行ってるのかな?
という冗談はさて置き。
まさかのクーデター返しを食らったパックスは、僅かな手勢と共に籠城してるらしい。
なんで?
ランドルフさんがいればこんな小国の、しかもクーデター2連発で国力の落ち切ってる国の軍隊くらいどうにでもなりそうなのに。
パックスが何考えてるのかはわからない。
でも、ザノバさんは即決でパックスを助けに行くことを決めた。
ジンジャーさんが必死に引き留めても、ルーデウスが頑張って説得しても、ザノバさんが意見を変えることはなかった。
割と揺れてるようには見えたけど。
正直、ザノバさんが愛国心と使命感で戦わなきゃいけない場面はもう終わった。
戦争は他ならないザノバさんの手によって終結に向かってる。
今起こってるクーデターはただの内輪揉めであって、王じゃなくて国のために戦ってたはずのザノバさんが何とかする義理はない。
ルーデウスが説得のために使ったその理屈は、ポンコツな私が聞いても筋が通ってるように感じた。
いや、ザノバさんが論破されかけてるの見てそう思っただけだろうけど。
でも、ほぼ論破されかけてたザノバさんは、この一言で逆にルーデウスを納得させてしまった。
「あんなのでも余の弟……最後の肉親です」
家族のため。
その言葉を持ち出されれば、家族のためにヒトガミと戦う道を選んだルーデウスは何も言えない。
え?
肉親なら第11王子もそうだろうって?
会ったこともない、生まれたことも知らない、そもそも将軍が旗頭にするために前王の血を引いてるって嘘言ってるだけの可能性まである奴を肉親認定はしてないっぽいよ。
こうして、ルーデウスは半ば無理矢理説得されてしまい、ジンジャーさんの必死の懇願も虚しく、私達はパックスを助けに行くことになった。
私は別に異論はない。
パックスを死なせるなっていうのも、今回の仕事に入ってるしね。
ジンジャーさんの最低限の望みである「ザノバさんに死んでほしくない」って願いだけは私もルーデウスも必ず叶えると約束し、私達はロキシーさんも一緒にパックスの籠城してる首都へと向かった。
私の移動手段はダッシュ、ルーデウス達の移動手段は魔導鎧一式だ。
ルーデウスが一式に乗り込んで、ロキシーさんとザノバさんの二人を乗せた馬車を引っ張る形。
これなら、せっかく運搬してもらった一式も首都に持っていける。
私は一式ルーデウスより早く走れるから併走してるだけで良かったんだけど、他の二人は乗り心地最悪の馬車のせいでゲーゲー吐いてた。
休憩を挟み挟みだったせいで、スピードの割に首都まで5日もかかったし、城への突入前にも休憩がいる。
しかも、休憩だけだと一式の稼働に使ったルーデウスの魔力も回復しない。
魔力を回復させるには寝るしかないのだ。
ルーデウス曰く、戦闘稼働じゃなかったからまだ魔力はそこそこ残ってるらしいけど、オルステッドと戦うのは無理なレベルだろうって。
この状態でランドルフさんとやり合うのは危険だね。
「ランドルフさんが、敵だったら、私が、戦うから」
「ああ、頼む。俺はサポートに徹するよ」
「ん」
元々そのつもりだったし、ルーデウスは大船に乗ったつもりでいるといいよ。
その後、休憩を取り終えたロキシーさんとザノバさんと共に、私達はザノバさんに教えてもらった、王族だけが知ってるという城への抜け道とやらを通って王城へ。
ちなみに、一式は大きすぎて通路を通れなかったから、ここに置き去りだ。
ますますルーデウスにランドルフさんと戦わせるわけにはいかなくなった。
城の周辺には兵士とかが大量にいたけど、この抜け道には待ち伏せがいるとかもなく。
ルーデウスが昔ヒトガミに誘導されてこの国に来た時にザノバさんと出会った思い出の場所とか、ロキシーさんが宮廷魔術師だった頃に住んでた部屋の前とかを通って。
緊張を紛らわそうとしてるのか、それとも知識を披露したいだけなのか、結構饒舌に話すザノバさんにこの城のことを色々と解説されながら、王の部屋がある最上階を目指す。
城内は待ち伏せどころか、人っ子一人いなかった。
最上階、王の寝所のある部屋の前。
その入り口である階段の踊り場で椅子に座ってる、一人の男を除いて。
「なんで、この国の王様は、こんな高いところに寝所なんて作ったんですかねぇ」
骸骨みたいな顔をした剣士。
『死神』ランドルフ・マリーアン。
彼は椅子にもたれかかるように座ってて、やる気というものが全く感じられない。
「こんなところに寝所なんて作ったって不便なだけでしょうに。
執務だって、いちいち下に降りるのも面倒でしょう。
食事を運ばせても、1階の炊事場からここまでじゃあ、若干冷めてしまう。
年を取って足腰が弱くなれば、昇り降りにも一苦労だ。
火事なんかあったら逃げ遅れてしまうかもしれない。
私だったら一階に作る。
執務だってスムーズだし、ご飯も温かいものが食べられる。
どこかに出かけるのだって簡単だ。
と、思うのは、私が庶民だからなんでしょうねぇ」
ペラペラと、割とどうでもいいことを喋り続けるランドルフさん。
謁見の時もそうだったけど、見た目の割にお喋りが好きなのかもしれない。
「ランドルフ殿」
「ご機嫌麗しゅう、ザノバ殿下。こんなところまで、いかがなさいました?」
焦れて話しかけたザノバさんに、ランドルフさんはニッコリと笑って受け答える。
相変わらず、骸骨の笑顔は中々に怖い。
狙ってやってるならともかく、本当に友好的に話しかけてくれてるんだったら、ちょっと可哀想。
顔で損してるよ。
「この城の様子について、何かご存知か?」
「ええ、もちろん、もちろんご存知ですとも」
そう言って、ランドルフさんは右眼の眼帯をズラした。
「陛下の命にて、この『空絶眼』の力を使い、王城周辺に壁を作りました。
その力により、現在もなお、敵軍勢を引き止めております」
ランドルフさんの右眼は赤く光ってて、六芒星みたいな文様が浮かんでた。
魔眼だね。
私の魔力眼とは見た目も性能もまるで違うけど。
壁を作る魔眼かぁ。
あれはあれで便利そう。
さてさて、どう攻略すべきか。
「なるほど。他の者は?」
「皆、討ち取られるか、逃げました」
「……それで、その陛下はいずこに?」
「この奥に」
「そうか、うむ、陛下の守護、大義であった」
ザノバさんが奥へ進む。
ランドルフさんがすっと立ち上がって、手を伸ばして止めた。
「何故止める?」
「陛下には、誰も通すなと命じられております」
「しかし、火急の用なのだ」
「例え火急の用であっても、今、陛下は大変お忙しいのです」
「どいてもらおう。余は、陛下をお救いに参ったのだ」
「陛下は、この城を離れる気はないようです」
ランドルフさんが通してくれない。
そして、やっぱりパックスが何考えてるのかさっぱりわからない。
あの魔眼の発動にだって魔力がいるんだし、見た感じランドルフさんの魔力はもう随分と減ってる。
こんなんじゃランドルフさんの無駄遣いだ。
バカなの?
やっぱり、パックスはバカ殿なの?
「陛下と直に話をする!」
「まあ、お待ちください。陛下は今、非常に心を痛めておいでです」
「心を?」
「ここからは城下の様子がよぉーぅく見える。
城壁の内側で敵意を向けて睨んでくる兵士も、城壁の外側に集まりつつある兵士が、なんでか王を助けようともせず、じっと見守っている様子も……」
言われて窓の外を見てみれば、確かに結構な人の群れが見える。
でも、さっき城に突入する前に見てきたけど、城壁の外側にいるのは兵士じゃなくて、クーデター2連発のせいで街から追い出されて途方に暮れてる哀れな被害者の皆さんだったけど。
「その心がお鎮まりになるまで、私はここを動きません」
「いつお鎮まりになるのか」
「さて……いつになりますことやら、そう時間は掛からないと思いますがねぇ」
「ええい! お前と話していても埒があかん!」
ザノバさんがランドルフさんの肩を掴んで強引に押し退けようとする。
あ、それはマズい。
「剣神流『韋駄天』!」
「むぅ……」
ランドルフさんがザノバさんを体術でぶん投げようとしてたので、剣神流の踏み込みで距離を詰めて、ランドルフさんの手を弾いておいた。
一応、ザノバさんを殺そうとした感じじゃなかったから、剣は抜かずに手刀を使った攻撃だけど。
「おお、速い。やっぱり、あなた強いですねぇ。
でも、行かせたくはないんですよ。
どうか引き下がってはくれませんか?
ちょっと待ってくれるだけでいいですから」
ランドルフさんは困ったような顔でそんなことを言ってきた。
戦うつもりはないように見えるけど……でも、心理誘導もお手のものな北神流だからなぁ。
私ですら少しはそういうことができるし。
もっとも、戦闘中に多少意識を誘導するくらいで、話術とかこの手の演技とかは壊滅的だけど。
「どうする?」
戦っていいのかちょっと判断がつかなかったから、私は後ろのルーデウスをチラリと見た。
判断は任せた、頭脳労働担当。
「ランドルフさん、あなたが待てと言うなら待ちますが……。
その前に一つ聞いておきたい事があるのですが、いいですか?」
「なんでしょうか」
「ヒトガミという存在を、知っていますか?」
「ええ、知っていますとも。それが何か?」
ランドルフさんはニッコリと笑いながらそう答えた。
……なんとなく、本当になんとなくだけど、オルステッドと初めて会った時の私の反応と似てる気がした。
聞かれたから答えたけど、別に他意は一切ないって感じ。
でも、ルーデウスはそう思わなかったのか、ランドルフさんに向けて殺気を放ってしまった。
条件反射っぽい殺気だ。
ヒトガミを知ってる=敵みたいな反応。
オルステッドに似てきたね。
「ああ、結局、やるんですか」
その殺気を受けて、ランドルフさんがやる気になった。
緑色に光る魔剣をスラリと抜いて構える。
私もそれに応えるように剣を抜いた。
「さてさて、あまり勝ち目は見えませんが、私もこう見えて腐っても七大列強。
そう簡単に通れるとは思わないでくださいね」
またニッコリと、今度は威圧するような感じで笑うランドルフさん。
……なんだろうなぁ、この感じ。
ギレーヌやシャンドルと戦った時を思い出すっていうか。
つまり勘違いの予感だ。
まあ、向こうが既に戦闘モードに入ってる以上、悠長に話なんかしてたら、誤解を解く間もなく誰かがやられるだろうけど。
私を狙ってくれるならともかく、会話の隙を突いてロキシーさんあたりを人質にでもされると辛い。
まさか、アリエル様に殉じる覚悟があったルークさんの時みたいに、諸共斬るつもりでいくわけにもいかないし。
そうならないためにも、無駄口叩かずに応戦した方が良さそう。
そうして、若干モヤッとするものを感じつつも、七大列強との戦いが始まった。
モヤってるせいで全然楽しく感じない……。
いや、いくら七大列強とのガチバトルとはいえ、シャンドルの孫相手に殺し合うなら、モヤってなくても楽しくはなかっただろうけどさぁ。
それにしたって、レイダさんの時みたいに滾りもしないなんて嫌な感じだ。
おのれヒトガミ!
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84 VS『死神』
私とランドルフさんは、お互いに間合いや体勢を微妙に変え続けながら睨み合う。
ランドルフさんは北神流と水神流を主体とする我流の剣士だ。
その二つを組み合わせた時の防御力の高さは、私自身もよく使うからこそ嫌ってくらいよくわかってる。
だからこそ、迂闊には攻められない。
互いの間合いのギリギリ外側で、私とランドルフさんの剣を交えない技の応酬が続く。
ランドルフさんの得意技は『誘剣』と『迷剣』を最大限に活かした『幻惑剣』。
わざと隙を見せて受けやすいタイミングでの攻撃を誘い、攻められて困るタイミングでは殺気や攻撃の意思をぶつけて防御態勢を取らせたり、あるはずの隙を取り繕って一切隙が無いように見せかけて攻撃を躊躇させてくる。
つまり、ランドルフさんはフェイントの達人。
衰えてるとはいえ、さすがは七大列強。
フェイントの練度は随分と高い。
私だってその技は結構使って鍛えてるのに、そんな私と同等以上だ。
でも、極端に差をつけられてるわけじゃない。
私の見間違いじゃなければ、フェイントの中に針の穴のように小さな本物の隙が見え隠れしてる。
こっちもまたランドルフさんと同じ幻惑剣を使い、その隙を少しでも大きく露出させてやろうと試みる。
その結果がこの睨み合い。
だけど、この嵐の前の静寂は長くは続かない。
ほんの小さなキッカケ一つで、パンパンに膨らんだ風船にちょっぴり針を刺すようにして破裂する。
そのキッカケはすぐに訪れた。
思ったよりも大きな形で。
「『ショットガン・トリガー』!!」
ルーデウスが魔道具を発動させる詠唱をし、ランドルフさんに向けて二式改に搭載されてる小型の
それに対し、ランドルフさんは左手を向ける。
すると、ランドルフさんが付けてる籠手から見覚えのある魔力が噴き出し、
「なっ!?」
ルーデウスが驚愕してる。
今のは多分、転移の迷宮にいたヒュドラの鱗を使った魔道具『吸魔石』だ。
ルーデウスも魔導鎧に装着してるから見覚えがありまくる。
こんなのを装備してるとは思わなかったけど、どっちにしろ隙はできた。
多少なりともルーデウスへと意識が逸れて、私への注意力が少しだけ散漫になる。
警戒心が変化するその瞬間。
意識の波長の隙間を縫うようにして、私はランドルフさんとの間合いを詰めた。
剣神流『韋駄天』+北神流『幻惑歩法』!
迷いのない踏み込みを強みとする剣神流の技に、本来ならあり得べからざる惑わしの技を北神流の技法によって混ぜ込む。
今の私のこの動きにペースを握られれば、レイダさんですら対処に苦労するって言ってた技。
その状態から最速の一閃!
「『光の太刀』!」
「ぬぅ!?」
ランドルフさんは私の一撃を受け流し切れずに、勢いに押されて尻もちをついた。
チャンス!
って、そんなわけあるか!
相手は衰えたとはいえ七大列強だよ?
しかも、相手を惑わすことを得意とする『死神』だ。
よく見れば尻もちをつきながらも、重心はあんまり崩れてないことがわかる。
隙を見せて攻撃を誘う技、誘剣だ。
迂闊な攻撃をすれば、手痛い反撃を食らう。
でも、受け流し切れてないのは演技じゃない。
あんまり崩れてないってことは、言い換えれば多少は崩れてるってことだ。
つまり、ここでの最適解は、慎重にして迅速な攻め!
「『
「ぬぉぉ!?」
私は迂闊に近寄らずに、一歩離れた位置から魔術と巨大斬撃によって遠距離攻撃。
尻もちついた体勢で2連続の広範囲攻撃は受け切れず、ランドルフさんは今ので壁に空いた風穴から城外に吹っ飛んでいった。
「行って!」
ルーデウス達に向かってそう告げる。
それによって、ルーデウス達はちょっと迷いながらも、ランドルフさんの守りが無くなったパックスのもとへと向かい、
私はランドルフさんを追って城の風穴から飛び降りた。
「やってくれましたねぇ。でもまあ、さっきの睨み合いで必要な時間は稼げましたし、良しとしましょうか」
なんか、吹っ飛ばされながらも、ランドルフさんが不穏なこと言ってたけど。
これは、できるだけ早く終わらせて駆けつけた方がいいのかもしれない。
「右手に、剣を。左手に、剣を」
私は空中で奥義の構えを取った。
オルステッドと戦った時より、更に私の腕は上がってる。
高速の斬り合いの中に差し込むならともかく、こうして余裕のあるタイミングで放つなら、溜めに1秒もいらない。
今回は回復封じの特殊斬撃にするつもりもないから、発動時間は更に短縮だ。
ランドルフさんは私の構えを見た瞬間、ギョッとした顔で斬撃を飛ばしてきたけど、
吹っ飛ばされて崩れてる体勢じゃ大した攻撃は放てないし、踏み込む足場もない空中じゃ体勢を立て直して間合いを詰めて直接剣で斬りつけることもできない。
その程度の攻撃なら、オルステッドというお手本から学び尽くし、もう短期間で劇的な成長が望めないくらいの完成度に達した私の龍聖闘気もどきはビクともしない。
「北神流奥義『破断』!」
そして、奥義が放たれた。
まだ王竜剣を使ったアレクには届かないけど、オルステッドに向けてシャンドルが放った一撃には届いてるんじゃないかと思うほどに進化した私の奥義。
それが上空からランドルフさんを飲み込み、地面に叩きつけ、その地面を盛大に抉って、倒れ伏すランドルフさんを中心に巨大なクレーターが出来上がる。
「凄まじいですねぇ。北神カールマン三世の戦友にして、幼くして水神を倒し、他にも数々の逸話を残す稀代の天才とは聞いていましたが、まさかこれほどとは」
だけど、クレーターの中心で、ランドルフさんは普通に生きていた。
多分、かなりの威力を受け流したんだろう。
それでも逃げ場のない空中で北神流最高の必殺技を受けたダメージは大きかったみたいで、全身血塗れな上に、両手足は完全に壊れてあらぬ方向に曲がり、もう立ち上がる力どころか這って動く力すらないように見える。
剣も手放してるし、魔力も魔眼の使い過ぎと、さっき吸魔石でルーデウスの魔術を無効化した分で枯渇寸前。
吸魔石で魔術を無効にするには、その魔術に使われてる魔力と同量の魔力を消費するらしいからね。
思ったより、あっさりと大ダメージを与えられた。
運が良かったって言うべきかな。
空中が私にとって圧倒的に有利なフィールドだと気づかれないまま運良く吹っ飛ばせて、そこで致命の一撃を叩き込めた。
格闘ゲームとかで初見のキャラクターを相手にした時に、これは食らっても大丈夫だろうと思って食らった攻撃が、実はKOされるまで終わらないハメ技の始まりだったみたいな話だよ。
あとは純粋にランドルフさんが衰えてたせいか。
なんにしても、もう一回戦えば、ここまで上手くはいかないと思う。
それでも北神流だし、ここまで追い詰めてもどこぞの二代目火影みたいに口とかから何か飛ばしてくる可能性もあるから、私は油断せずに近づいて、ランドルフさんの首に剣を突きつけた。
そして、聞いた。
「ランドルフさん、ヒトガミから、何、言われた?」
「別になぁんにも言われてませんよ。そもそも会ったこともありませんし」
「じゃあ、なんで、ヒトガミのこと、知ってるの?」
「昔、親戚が騙されて酷い目に遭わされたという話をよく聞いていただけですよ」
「……はぁ」
そんなことだろうと思った。
勘違いの予感は正しかったわけだ。
「あ」
と、そこでピンときた。
「それ、もしかして、北神二世の、親戚?」
「よく知ってますねぇ。そうですよ。彼の叔父、魔大陸ビエゴヤ地方の『不死身の魔王』バーディガーディの話です」
やっぱり。
ランドルフさんが知ってるヒトガミの情報は、シャンドルから聞いたやつと同じだ。
私の頭がもう少し良ければ、ランドルフさんがシャンドルの孫って時点でピンときてたかもしれない。
頭の回転が遅いせいで、こんな半死半生の怪我をさせちゃったよ。
まあ、シャンドルの孫ってことは不死魔族の血を多少は継いでるんだろうし、放置しても死にはしないだろうけど。
それにしても『不死身の魔王』バーディガーディか。
はて、どこかで聞いたことあるような。
それも割と何回も聞いた気がするぞ?
「遥か昔、婚約者のためと騙されて『闘神鎧』を盗み出し、当時最強と呼ばれていた『龍神』ラプラスと戦って相討ちになったそうですよぉ。
その戦いで婚約者も死んでしまい、散々だったと言っていました。
もっとも、それだけの目に遭っておきながら、ヒトガミの助言が無ければただ婚約者を失うだけの結果になっていただろうと、多少の恩義を感じているようなお人好しな方ですがねぇ」
うぉぉい!?
なんか気になる話が飛び出してきたよ!?
詳しく聞きたいけど……さすがに、この状況だと後に回すしかないか。
「『シャインヒーリング』」
「おや?」
私は上級治癒をランドルフさんにかけた。
完治はしなかったけど、不死魔族の血のおかげか、ギリギリ歩けそうなくらいには回復してくれた。
もっと高位の治癒魔術なら完治させられたかもしれないけど、そっちはオルステッドに教わって練習中だから、これで我慢してほしい。
まあ、例え覚えてたとしても、聖級以上の魔術はやたらと消費魔力が凄いから、まだ敵の可能性がある人には使わなかっただろうけど。
「いいんですか? トドメを刺さなくて」
「ランドルフさん、私達の、敵?」
「いいえ。別にそんなつもりもありませんよぉ。私はパックス陛下とベネディクト王妃の味方です」
「じゃあ、パックス、私達の、敵?」
「そんなこともないと思いますがねぇ。
確かに、陛下はザノバ殿下のことも、ルーデウス殿のこともお嫌いですが、敵対しようとは考えていませんでしたから」
「じゃあ、私達が、戦う、理由、ない」
私は一応不意討ちとかされても大丈夫なように警戒しつつ、でも敵意も戦意も引っ込めて、ランドルフさんに手を差し出して起こした。
そして、ペコリと頭を下げた。
「勘違いで、怪我、させちゃって、ごめんなさい」
「いえいえ。私も上手く説明できず、申し訳ない」
ランドルフさんにもペコリと頭を下げ返された。
この人、見た目と雰囲気に反して真面目だ。
死神食堂の接客業で身につけたのかもしれない。
と、そんなことを考えてた、その時。
「何が伝わっているだ! 余の気持ちなど誰にも伝わるか! 見ろ、この景色を!」
上の方からパックスの大声が聞こえてきた。
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85 仕事だから
上から聞こえてきたパックスの大声。
悲痛な叫びみたいな感じだった。
なんだなんだと思って、ランドルフさんに失礼してから声の方に行ってみると、城のバルコニーの上でパンツ一丁のパックスが叫んでるのが見えた。
位置的に見えづらいけど、奥にはザノバさん達の姿も見える。
というか、なんでパンツ一丁?
「あれだけの兵がいるのに、一向に反乱軍を鎮圧しようなどという気配は無い!」
「違います陛下、あれのほとんどは兵ではなく、ただの民。
それも、どこの馬の骨とも知れぬ冒険者や商人たちでございます」
「だから何だというのだ! 余がこの国の全てに疎まれているという事実に変わりはあるまい!」
パックスが叫び、ザノバさんが宥めるも聞く耳持たず。
そんな雰囲気だった。
聞く耳持たずってところが、ザノバさんとパックスはよく似てる気がする。
やはり兄弟か。
「そうさ! 余は昔からそうだった! どれだけ努力しても、誰も認めてくれない!
ちょっといい結果が出せたかなと思っても、すぐに裏目に出る! 台無しにされる! いつもそうだ!
ロキシー! 覚えているか! 昔のことだ!」
「え?」
「余が中級魔術を初めて使えた時だ! 余が、自分なりに勉強して! 訓練して! ようやく中級魔術に成功した時! お前はどんな反応を見せた!?」
「いえ……その」
「ため息だ!」
「え……」
「喜んでお前に見せた余に、お前はため息を返したのだ! 『やっとこの程度か』と言わんばかりのため息に、余がどれだけ傷ついたと思っている!?」
なんかロキシーさんにも飛び火した。
なおもパックスは喚く。
見てて哀れになるような姿で。
「そ、それは……申し訳、ありませんでした……その、わたしも当時は……」
「黙れ! 言い訳なんか聞きたくない!」
フーッフーッと息を切らして、そして、遠目でもわかるくらいにパックスから覇気が消えた。
いや、元々覇気なんてなかったけど、喚く元気も怒気さえも消えた。
「いいさ……実際、余はこの程度だ。王竜の陛下は余にシーローン王国を下さったが、このザマだ。
誰も余を王と認めず、誰も付いてこなかった」
ああ、ダメだこりゃ。
昔、前世で剣道をやってた頃にも、あんな顔の奴を見たことがある。
才能の差に、努力しても報われないことに心が折れて、部活や道場を去った奴らだ。
もっとも、今のパックスに比べたら、ネコのトイレとマリアナ海溝くらい絶望の深さが違うんだけど、それでも本質は同じだと思う。
心が折れたって意味で。
「結局、余を認めてくれたのは、ベネディクトだけだった。
彼女だけが、ありのままの余を愛してくれた。
言葉は少なかったが、一生懸命、笑いかけてくれたのだ。
……なぁ、兄上。余は、どうすればよかったのだろうなぁ」
「わかりませぬ。ただ、親兄弟を皆殺しにしたのはやり過ぎだったかと」
「だろうなぁ。でも、きっと他の兄上たちが生きていたら、こうやって反乱を起こしただろうさ」
「で、しょうな。しかし、誰でも失敗はするもの。反省し、次に活かせばよいではないですか!」
元気づけるためにか、ザノバさんはことさらに明るい声でそう言う。
だけど、
「余は活かせないさ。そういう奴だ。何度も何度も繰り返すだけだ」
パックスは折れていた。
心がめっちゃくちゃのぐっちゃぐちゃなのだろう。
だからこそ、絶望の底の底まで追い詰められた人間が……
「あ」
全てから逃避しようとして、死を選ぶのは別におかしな話じゃないんだと思う。
誰かの間の抜けた声が響くと共に、パックスは城の最上階から飛び降りた。
この世界には高いところから落ちたくらいじゃ死なない人達がそこら中に溢れてるけど、パックスは闘気も纏えない、神子でもない、頑丈な種族でもない一般人だ。
高いところから落ちれば普通に死ぬ。
だから、私はそんなパックスが地面に叩きつけられる前に、ジャンプして空中でキャッチした。
「ぬぉおおおおお!!!」
なんか上からザノバさんまで落ちてきてる。
まあ、あの人は頑丈なタイプの神子だし、この高さから落ちてもかすり傷程度しか付かないでしょ。
でも、一応念のために、下から軽い衝撃波を放って落下速度を軽減させといた。
「お前は、妖精剣姫か……。離せ。死なせてくれ」
「無理」
私はふわりと地面に着地して、パックスを降ろす。
パックスは、全てを諦めたような虚ろな目で私を見ていた。
「仕事、だから」
そんなパックスに、私はパックスを死なせてあげられない理由を端的に告げる。
そうしたら、パックスは笑った。
死んだ魚みたいな目で、壊れたように小さく笑った。
「なんだそれは……。余は、自分の命すらも満足に操れないのか。王の器どころの話ではないな。笑える、話だ」
笑うどころか、死んだ目でただただ涙を流し続けるパックス。
そんなパックスにザノバさんが駆け寄るも、もうパックスは人間らしい反応を返すことはなかった。
殆ど廃人だ。
ゼニスさんともまた違う、心が完全に死んでるタイプの廃人だ。
そこに遅れてルーデウスとロキシーさんが駆けつけてきた。
「エミリー!」
「パックス殿下は!?」
「生きては、いる。けど……」
言いよどんでパックスに視線を向ければ、二人はそれだけで全部察した。
途方に暮れたみたいな顔してる。
でも、何かしら行動しないといけない。
ランドルフさんの魔眼による守りも、本人の魔力が枯渇寸前な以上、長くは保たないだろうし。
と、そこでランドルフさんもこっちに合流した。
「ああ、陛下は助かったんですねぇ」
少しだけ嬉しそうで、だけど99%は悲しそうな顔でパックスを見るランドルフさん。
でも、途方に暮れてる感じのルーデウス達を見て自分が話した方がいいと思ってくれたのか、本来ならこの後どうするつもりだったのかを説明してくれた。
「陛下には自分の死後、王妃を連れて城を脱出し、王竜王国に送り届けるよう頼まれていたのですが……この状態の陛下までは連れていけませんねぇ。
戻れば恐らく、クーデターを許した責を問われて、あっという間に処刑されてしまうでしょうし」
「ならば、魔法都市シャリーアにて匿おう。余が責任をもってパックスを守る」
そう言ったのは、ザノバさんだ。
その腕に抱かれたパックスは、泣き疲れたのか、それとも精神的な疲労がピークに達したのか、涙と鼻水で酷い顔のまま気絶してた。
「ザノバ……」
「師匠、余はきっと、家族に何かしてやりたかったのです。
師匠達と過ごすうちに、友の大切さを、家族の尊さを知って、人間らしくなれて、シーローンで首取り王子などと呼ばれていた頃の己を、心のどこかで後悔し続けていたのです」
ザノバさんは語る。
懺悔するみたいに、あそこまで頑なだった理由を。
「だから、シーローンでは厄介者で、散々家族に迷惑をかけていた分、最後に残った
家族として、助けてやりたかった。
愚かですな。自分のこんな気持ちにすら、余は今この瞬間まで気づかなかったのですから」
ザノバさんもまた泣いていた。
ああ、国のためじゃなくて、家族のために戦ってたんだね、この人は。
例え家族がどんなクズでも、最後に残った肉親を見捨てられなかった。
全力でピレモンさんを助けた師匠と同じだ。
そんなザノバさんの肩に、ルーデウスが優しく手を置いた。
「師匠……」
「ザノバ……。パックスはまだ生きてる。
あんまり適当なことは言えない。取り返しなんてつかないかもしれないけど、まだ生きてる。
やり直しの、チャンスくらいはあるはずだ」
「……そう、ですな」
涙で酷いことになってるのは変わらない。
けど、ほんの少しはザノバさんの目に光が戻った気がした。
前を向いて歩いていってくれる気がした。
……凄いなぁ。
私にはこういう大きな挫折の経験がないから、折れても前に進める人達は、素直に尊敬するよ。
「わたしも……! わたしも、お手伝いします!
何ができるかわかりませんが、どうか、わたしにも過去の贖罪をさせてください!」
「ロキシー殿……。はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
ロキシーさんもまた、さっきのパックスの慟哭を聞かされて、大分心にくるものがあったのか、ザノバさん並みに傷つきながらも、ザノバさんと同じ前を向く意志が見えた。
パックスがこの後どうなるのかはわからないし、立ち直れるかどうかも知らないけど、まあ、支えてくれる人がいるなら大丈夫なんじゃないかなと安直に思った。
さて、ジンジャーさんへの言い訳どうしようかなぁ。
あの人、パックスのこと嫌ってたし。っていうか恨んでたし。
この状態のパックスが一人で生活できるとは思えないから、多分ザノバさんが面倒見るんだろうけど、ザノバさんの家ってジンジャーさんも一緒に住んでるんだよね。
恨みの対象と一つ屋根の下……うわぁ、嫌な予感しかしない。
家庭崩壊、しないといいなぁ。
誰か他にパックスを引き取ってくれる人でもいれば……あ。
「そういえば、ランドルフさんは、どうするの?」
「そうですねぇ。陛下と王妃様のお心次第ですが、陛下はあの状態ですし、そうなれば王妃様も恐らく陛下について行かれるでしょうし、できれば私もお二人にお供したいところですねぇ。
ちょうど列強の地位も失ってしまいましたし、この戦争で死んだことにでもすれば、王竜王国もそう簡単には探せないでしょう。
まあ、その場合、あなた方と王竜王国の関係が悪化してしまうので、許されるならですが」
ランドルフさんはチラッチラッとルーデウスに流し目を送った。
ルーデウスは何事か考えるような顔をした後、ザノバさんやロキシーさんを見て、苦笑しながら頷く。
「わかりました。できるかはわかりませんが、最大限の努力はしてみます」
「ありがとうございます。いやはや、大きな恩ができてしまいましたねぇ」
「返済が大変そうだ」とか言いながら、ランドルフさんは骸骨顔でカタカタと笑う。
「とはいえ、できるかどうかはわかりませんよ? 王竜王国の追求を躱すのは大変そうですし」
「ええ、もちろんわかっておりますとも。
少しでも可能性を上げるために、いい感じの死亡エピソードと遺言でも考えておくとしましょうかねぇ」
死神の遺言……。
聞いたら呪われそう。
「あ、そうだ。言い忘れてましたが、列強の地位獲得おめでとうございます、エミリーさん。
これからはあなたが七大列強第五位です」
「……なんか、あんまり、嬉しく、ないです」
目の前に廃人と泣いてる人達がいる状況で喜べるか!
戦い自体も、列強の座を賭けた割には、ただの不毛な勘違いによるものだったし。
称号だけ貰っても、中身が伴ってないと、こんなに虚しいとは思わなかったよ。
こうして、私は微妙な気持ちを抱いたまま、殆ど成り行きで七大列強になり、あんまり後味がよろしくないまま今回の仕事は終わった。
七大列強
一位『技神』
二位『龍神』
三位『闘神』
四位『魔神』
五位『妖精剣姫』New
六位『剣神』
七位『北神』
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86 シーローンからの帰路
ベネディクト王妃を回収してランドルフさんが背負い、パックスはザノバさんが背負い、私達は行きと同じように秘密の抜け道を通って城から脱出した。
ランドルフさんのヒトガミの使徒疑惑を解いたり、ルーデウスがランドルフさんの知るヒトガミ情報について一応聞いてみたり、抜け道の出口付近に無造作に転がってた魔導鎧一式を見てランドルフさんが驚いたり。
その他にも、こんな話をした。
「そういえば、あなたは北神カールマン三世の戦友という話でしたねぇ。
彼、何年か前に王竜王国に来ましたよ」
「へぇ」
そういえば、シャンドルもアレクが王竜王国に出たって言ってたね。
いや、それ以前に図書迷宮で見たアレクの日記にも、そんなことが書いてあったような気がする。
「私との列強の序列を賭けた勝負をしに来たそうなんですが、私はもうそういうのに嫌気が差してましてねぇ。
同僚に頼んで、のらりくらりと煙に巻いてもらったんですが……その同僚曰く、彼、少し危ない目をしてたそうですよ」
「…………」
「差し出がましいことかもしれませんが、早く見つけてあげることをオススメします」
「わかった」
そんな話をしてるうちに私達は城を脱出した。
この後どうするかって話になったけど、とりあえず反乱軍に見つからなさそうなこの辺りで私達はキャンプし、ジンジャーさんの回収のためにルーデウスが首都に行くことになった。
で、数日もすれば砦から私達を追ってきてたジンジャーさんと合流できたみたいで、ついでに軽く集めた首都の情報とかと一緒に二人は帰ってきた。
二人が集めた情報によると、ランドルフさんの魔眼による守りを失った城は反乱軍が完全に占拠したっぽい。
まあ、あんな人っ子一人いない、もぬけの殻の城じゃそうなるよね。
そして、パックスの姿が見当たらないから、反乱軍は血眼になってパックスを探してるってさ。
これは、早くシャリーアに戻った方が良さそう。
ということで、ランドルフさん達を加えた私達一行は、ペルギウスさんを呼び出すべく、あの人との通信場所になってる七大列強の石碑がありそうな場所に見当をつけて歩く。
ルーデウス曰く、七大列強の石碑は魔力濃度の濃い場所、つまり魔物とかがよく湧いてくる人里離れた場所にしか設置されてないらしい。
魔眼出力強なら、そういう場所を探すのは簡単だ。
任せろ。
でも、そんな旅の途中で、私達は思わぬ人物と再会した。
「よう! センパイじゃねぇか!」
「ギース?」
それは師匠の元パーティーメンバーこと、転移の迷宮の時に随分とお世話になった猿顔の人、ギースさんだった。
なんか変な瓶を小脇に抱えてる。
「ギースさん、何、それ?」
この瓶、なんか変な魔力纏ってるんだけど。
マジックアイテム、だとは思う。
それと似た魔力が見える。
でも、同時に闘気みたいな魔力も見えた。
一番近いのは神子や呪子の人だ。
お婆ちゃんの呪いを治したクリフさん曰く、マジックアイテムの魔力と、神子呪子の人の魔力は同質に近いらしいから。
でも、瓶ってことは人じゃないはずだし、そうなると、生物型のマジックアイテム?
なんにしても、ちょっと首筋がピリピリする。
危険物の予感だ。
大丈夫それ?
「おう、こいつはとある迷宮から出てきた代物だぜ。
いやー、迷宮攻略の金をギャンブルですっちまってよー。
どうにか金になりそうなもんを見つけたから、近くの街に換金しに行く途中だ」
「何やってんだ……」
ルーデウスが呆れたような目でギースさんを見た。
迷宮攻略のお金って、日本円にして1千万円以上あった気がするんだけど、全部すっちゃったんだ……。
ギャンブルって怖い。
それなら危険物に手を出してもおかしくないか。
気をつけてとしか言えない。
「センパイ達こそ、なんでこんなところにいんだ?」
「あー、その、色々あったというか……」
「あん? ……あー、いや、なんか話したくなさそうな事情がありそうだな。わかった。何も聞かねぇ」
死んだ目で沈黙を続けるパックスを見て何か察したのか、ギースさんはそれ以上追求するのをやめてくれた。
この人、軽い感じに見えて結構真面目なのだ。
「とりあえず、換金目的ならシーローンはやめた方がいいぞ。今かなり混乱してるからな」
「へっ! センパイ、俺を誰だと思ってんだ? 戦闘以外なら何でもござれのギース様だぜ?
シーローンがやべぇって情報くらいとっくに掴んでるっての。心配すんな」
「そっか。それならいいけど」
軽い会話の後、ギースさんはあっさりと去っていった。
こんなところで知り合いと会うなんて、やっぱり世間って狭いね。
その後、私達は無事に七大列強の石碑を発見。
五位のマークが剣を構えた耳の長い少女の紋章に変わってるのを見て微妙な気分になりつつ、連絡用魔道具の笛を吹いてアルマンフィさんを召喚。
転移魔術の込められた棒みたいな魔道具を渡されて、それを使って空中城塞に転移。
魔族の血が入ってるランドルフさんと、こっちもどうやら魔族の血が流れてるらしいベネディクトさんを通したことでシルヴァリルさんにお小言を言われ、
ペコペコしながら後日正式に感謝と謝罪に来ることをルーデウスとザノバさんは告げた。
ちなみに、ペルギウスさんは魔族嫌いが極まってるのか、今回私達の前に姿を見せることはなかった。
帰る前に静香のところに寄って、ザノバさんの無事と今回の顛末を話して安心させてから、私達はシャリーアに帰還。
オルステッドへの報告をしに行った。
◆◆◆
「計画を練る時は、計画通りにいかなかった時のことも考えとくべきだ、ってな」
「ジンクスですか?」
「おう、ジンクスだ。さて、じゃあ頼むぜ、『冥王』様」
「出てきて早々にこれですか。君も中々に人使いが荒い」
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87 仕事の成否
「━━と、以上になります」
「……そうか」
ルーデウスからの報告を受けて、オルステッドが眉間に皺を寄せた。
私も一応報告に立ち会ってるけど、正直来た意味なかったかも。
報告はルーデウスだけで事足りるし、私の頭じゃ二人の会議にはついて行けない。
失敗した。
ザノバさんのところがパックスとジンジャーさんで修羅場気味だったから逃げてきたけど、こっちじゃなくて家に直帰すれば良かった。
「……王竜王国国王レオナルド・キングドラゴンはヒトガミの使徒だった。恐らく、シーローン王国将軍ジェイドも使徒だろう。
ヒトガミはこの二人を操る事でパックスを追い詰め、自殺に追いやろうとしたのだ。
それを阻止したことに関してはよくやった」
よくやったと言いつつ、オルステッドの表情は優れない。
あれ?
私、何かミスった?
「だが、パックスは精神が擦り切れて廃人化。シーローン王国は二度目の内乱でボロボロか。
パックスを逃した以上、首魁の討伐で沈静化することもない。国はしばらく荒れたままだろうな」
「申し訳ありません……」
「お前達のせいではない。お前達の立場でこれを阻止するのは相当に困難だったはずだ」
「しかし……」と、オルステッドは更に難しい顔になる。
「ルーデウス。お前から見て、パックスが立ち直るまでに、どれほどの時間がかかると思う?」
「……正直、立ち直れるかどうかすらわかりません。
ベネディクト王妃が妊娠してるって話ですし、父親として奮起できればあるいはといったところですが」
「少なくとも年単位の時間がかかる上に、それも可能性が高いとは言えないか……。
パックスが立ち直るまでシーローン王国が保つか。俺達の手で無理矢理存続させようとしてもギリギリといったところだな」
オルステッドは「はぁ」とため息を吐いた。
「可能性がある以上、あがいてはみるが……シーローン
ん? 共和国?
それがパックスが国に与えるはずだった、オルステッドにとって都合のいい現象だったのかな?
「ぬぅ……」
「あの、シーローン共和国って、そこまで重要な要素なんですか?」
「ああ。パックス・シーローンは本来、クーデターで王となった後、燃え尽きて王政に疑問を持ち、共和制を提案する。これは前に話したな」
「はい」
聞いてない。
けど、頭脳労働担当が聞いてるなら問題ない。
私は事務所の棚からジュースを取り出してきて、そこらの椅子に座って飲みながら二人の会話を一応聞いておいた。
「共和国となってしばらくして、奴隷商人だった男が台頭してくる。名を、ボルト・マケドニアス。
奴隷市場との繋がりが強かったパックスはその男を重用する。ボルト・マケドニアスは、国の重鎮となり、シーローン共和国に根を張る」
「何をする人物なんですか?」
「ボルト・マケドニアス自体は何もしない。ただ、その子孫から、『魔神』ラプラスが生まれる」
魔神ラプラス。
思わぬところから出てきたビッグネームに、聞き耳立ててた私のエルフ耳がピクリと反応した。
「共和国が誕生しなければ、ラプラスがどこから生まれてくるかわからなくなる。
ラプラスはヒトガミに至るため、必ず殺さなければならない相手だ。
奴は復活した後、しばしの潜伏期間を置いた後、仲間を集めて戦争を起こす。
奴の配下を倒しつつ、ラプラスを仕留めるには、多大な労力と魔力がかかる。
その直後には、ヒトガミと戦わなければならないのだからな」
「ええと……ラプラスを倒した後、魔力を回復させてから、という流れではダメなのですか?」
「ラプラスの復活する時期は概ね決まっている。ループの終わりに近い時期だ。
もっと早い段階で復活させようと画策したこともあったが、無理だった」
なんか二人が私の知らない話し始めた。
ラプラスはまだいいとして、もう一個の方はさすがに聞き捨てならない。
「ループ?」
「「あ」」
私の言葉に二人が反応した。
ルーデウスは「言ってなかったんですか?」みたいな目でオルステッドを見て、オルステッドは「忘れてた」みたいなバツの悪そうな顔になった。
こいつら。
「どういう、こと?」
「……俺は前に言ったな。俺には運命を見る力を得ると同時に、世界の理から外れる術がかけられていると」
「言ったっけ?」
「ある程度未来が見えて、ヒトガミからは見えなくなるって言ってたやつだ」
ルーデウスから即行で補足説明が飛んできた。
なるほど、あれか。
「それは半分嘘だ。俺に未来を見る力はない。
俺にかけられている秘術は、魔力の回復力を犠牲に、いつどこで死んだとしても、記憶を保ったまま最初からやり直すというものだ」
「つまり、タイムリープだ。死に戻りとも言う」
「なるほど」
アニメでたまに見るあれか。
滅茶苦茶な能力だけど、オルステッドなら持っててもおかしくない。
だって、オルステッドだし。
「最初とは甲龍暦330年の冬。中央大陸北部、名も無き森の中だ。
猶予はそこから200年。
それを過ぎた時、ヒトガミを殺していなければ、俺は強制的にそこに『戻される』。
例え、その途中で俺が死んだとしてもな」
「つまり、今から100年後くらいまでにヒトガミを倒せないと、ループして全部無かったことになるってことだ」
「へー」
甲龍暦っていうのは、この世界の年号だ。
『甲龍王』ペルギウスさんがラプラスを倒した偉業を讃えてつけられたらしい。
ええっと、今が甲龍暦何年だっけ?
確か、427年だったかな?
「ループすると、私達、どうなる?」
「……今までであれば、俺以外は全員記憶を失っていた」
「そっか。じゃあ、次は、最初から、仲間に、誘ってね」
オルステッドは最高の先生だから、ちょっと叩きのめしてくれれば私はあっさりと懐くだろうし。
そう言ったら、オルステッドは何故かポカンとした顔になってた。
でも、なんかちょっと嬉しそうだ。
ボッチ生活が早めに終わるのが嬉しいのかもしれない。
この寂しがり屋のウサギさんめ。
「そうか……。話を戻すぞ。シーローン共和国が誕生せねば、ラプラスの復活場所がわからなくなるという話だ」
「はい」
「ラプラスは復活直後であれば簡単に倒せる。何せ赤子だからな」
ああ、前に言ってたラプラスに戦争を起こさせない秘策ってこれのことだったのかな?
「だが、復活場所が特定できなければそれもできん。
そして、戦争を経由してはヒトガミに届く可能性は低い。
シーローン共和国の樹立失敗は、ループ全体の失敗に直結しかねないほどに大きい」
「そ、そんな……!?」
ルーデウスが真っ青な顔になった。
追い詰められたピレモンさんみたいな顔だ。
やっぱり血が繋がってるのか、ちょっと似てる。
「そうなったら、私が、ラプラス、倒せばいい」
列強上位に挑む。
望むところだよ。
今はまだ瞬殺されるかもしれないけど、ラプラスの復活って何十年も先なんでしょ?
だったら、それまでに強くなってラプラスを倒す!
寿命が長いエルフの血が入ってて良かった。
「お前一人では、恐らくラプラスには届かんぞ」
「じゃあ、仲間、集める」
前にラプラスを倒したペルギウスさん達だって、一人で戦ったわけじゃない。
魔神殺しの三英雄の他の二人。
更に、その戦いで死んじゃった人を含めれば七人で袋叩きにしたって話だ。
オルステッドに挑む時にも考えたことだけど、シャンドルなり、アレクなり、ガルさんなり、レイダさんなり、ランドルフさんなり、ぞろぞろと引き連れていけば勝てるんじゃないかな?
あ、ガルさんとかレイダさんは寿命的に無理か。
「……シーローンがどうにかなればそれが最善だが、不可能であればそうする他ないか。エミリー、任せられるか?」
「当然」
前の魔王トラウマ任務を始め、オルステッドだってこうなる可能性を考慮してたんだろうし、だったら勝ち目は普通にあるはずだ。
私が魔神殺しの三英雄のリーダー的存在、かつての『龍神』ウルペンの役をやるよ。
いや、やってやるよ。
魔神ラプラス、覚悟せよ!
「そうか。ルーデウス」
「わかってます! 未来の仲間を集める計画、必ずや成し遂げてみせます!」
だから見捨てないでください! って続きそうな必死な声だった気がするけど、気にしないようにしよう。
頼りにしてるよ、通訳デウス。
「だが、まずはシーローンだ。再度調べ上げ、立て直しが可能ならば立て直すぞ」
「了解!」
そうして、私達はまたもペルギウスさんを使い倒してお小言を貰いつつもシーローンに取って返し……そこで知った。
シーローン王国がもう再起不能になってるってことを。
例の第11王子とジェイド将軍とやらは、何者かの襲撃を受けて死亡。
私達が捕まえた敵国の王族も、停戦協定が完全に纏まる前に奪還された。
更に、私達がいないって情報でも聞きつけたのか、敵国は残ってた後詰の戦力を使ってカロン砦を突破。
上層部が丸々ダメになってるシーローンにこれを防ぐ力はないと思ったのか、首都から逃げ出す人達が大量発生。
ボルトなんちゃらとかいう奴隷商人も、店を畳んで我先にと逃げちゃったらしい。
それを聞いてオルステッドは苦々しい顔で一言「ヒトガミの仕業だろう……」って呟いてた。
私達がシーローンを離れてまだそんなに経ってないのに……。
電光石火の早業だ。
アスラ王国の戦いでは、レイダさんをぶつけてきたことと、シャンドルを遠ざけたこと以外はロクな手を打てなくて、割と簡単にボッコボコにされたヒトガミとは思えない手際の良さ。
誰か優秀なブレーンでも雇ったんじゃないかってレベルだよ。
なんにせよ、オルステッド曰く、これでシーローン共和国が誕生する可能性はほぼ完全に潰えた。
約80年後、ラプラスとの戦争が起こる。
それに備えて修行だ!
オルステッド「お前一人では、恐らくラプラスには届かんぞ」(届かないだろう。届かない、はずだ。だが、この成長率からすると…………もしかするのか?)
社長、エミリーのせいで常識が壊れる。
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88 未来を見据えて
シーローンでの戦いが終わってから、ルーデウスは前にも増して精力的に動き始めた。
第二次ラプラス戦役を見据えて、それはもう色々とやってる。
まず、ラプラスの軍勢と正面切って戦うことになるだろう世界各国にラプラスの情報を伝えて、戦争に備えてもらうためのパイプ作り。
つまり、お偉いさんとのコネ作りだ。
とはいえ、これは一朝一夕でできることじゃない。
だってこれ、前世で言えば、日本、アメリカ、中国、ロシア、その他諸々、とにかく色んな国の総理大臣とか大統領とか国家主席とかに声をかけまくる作業だもん。
どれだけの権力があればそんなことできるんだって感じ。
まあ、ウチの陣営には権力最強のアリエル様がついてるから、時間はかかってもどうにかなると思うけど。
アイシャちゃんの作ったルード傭兵団も、ルーデウス自らが口を出して、ルーデウスの活動をサポートするオルステッド配下の組織に生まれ変わらせた。
今後はもっともっと大きくして、各国に支部とか作って、情報収集やら何やらを人海戦術によって効率良く進めるとか言ってた。
これに何の利点があるのかと言うと、例えばシーローン事件の時点でこの組織が世界に広がってれば、
私達が自分の足で頑張って情報収集をする手間を省いて、出発を決めた時点で例の将軍がクーデターを目論んでる情報まで掴めてたかもしれない。
そうすれば、到着して即将軍をぶっ潰すことで、クーデターを未然に防ぎ、シーローンが吹っ飛ぶこともなかったかもしれない。
という説明をルーデウスにされた。
凄いな、アイシャちゃん。
そんなことができる組織を作ってたなんて。
更に、消耗させちゃいけないオルステッドの代わりにラプラス本人を討伐するための、戦闘メインの武闘派集団の勧誘も始めた。
私の将来の仲間候補だね。
列強上位の残りの二人、一位の『技神』と三位の『闘神』は事情があってスカウトできないっぽいけど、その二人には到底及ばないとはいえ、強い人はいっぱいいる。
『剣神』『水神』『北神』『死神』『鬼神』などなど。
神という称号を持ってる人は大体やばい。
オルステッド曰く、七大列強の下位と序列外の15位くらいまでの間に大した力の差はないとのことだ。
つまり、この人達を片っ端からスカウトしていけば、列強下位クラスが10人くらい集まることになる。
とんでもない戦力だよ。
他にも、神の二つ名は持ってなくても『甲龍王』とか『不死魔王』とかの事実上神級の強い人もいる。
神級には届かないまでも、一歩下の帝級や王級上位の人達なら、戦い方によっては、ラプラス相手に一矢報いるくらいはできるってオルステッドは言ってた。
なら、そういう人達も数を揃えて神級のサポートに回せば、ちゃんとした戦力になるってことだ。
ルーデウスはそういう人達のスカウトも始めてる。
剣神や水神は寿命的に第二次ラプラス戦役まで生きられないから、その弟子達や孫弟子達がキーマンになるみたいだけど。
レイダさんにその話をしたら、「紹介状は書いてやるから、後は自分で説得しな」って言われた。
ついでに、オーベールさん達も自分の弟子や北神流奇抜派の皆さんに手紙を書いて話を通してくれるそうだ。
シャンドルは長命だからそのまま仲間になるし、アレクとの連絡が取れれば北神流もコンプリート。
ランドルフさんも抱き込んだし、残るは在野の強い人達と剣神流だ。
というわけで、私は忙しい中でようやく纏まった時間の取れた通訳デウスを連れて剣の聖地に飛んだ。
ここに来るのも久しぶりだ。
アスラ王国の政争が終わった後に、オルステッド戦に協力してくれたガルさんにお礼を言いに来た時以来か。
そんなガルさんに事情を話して勧誘したところ、
「そんな先のこと知るか。俺様はオルステッドを斬るための修行で忙しいんだ。そんな用事なら帰れ」
と、にべもなく追い返された。
せっかく来たんだし、私も成り行きとはいえガルさんより上の列強の地位を手に入れたってことで、久しぶりの勝負はしてきたけど。
結果、お互いの手足が斬り飛ばされて宙を舞う激闘の末に、私が勝った。
ガルさんは荒れた。
荒れて更なる修行に身を投じた。
いつかのエリスさんみたいだ。
体壊さなきゃいいけど。
で、ルーデウスの方もせっかく来たんだから、このままスゴスゴと退散するのももったいないと感じたのか、ガルさんは無理でも他の剣神流の人達に声かけてた。
剣帝の二人とかに。
結果は思わしくなかったみたいだけど。
あの二人、ガルさんの信者みたいなところがあるからなぁ。
私の方はガルさんとの勝負の後、剣術三人娘の一人こと、ニナさんと話してた。
「見てたわよ、エミリー。まさかお師匠様に勝っちゃうとはね。
ちょっと前に稽古した時も、さすが七大列強って感じでやたら強くなってるとは思ったけど、相変わらず化け物だわ……」
ニナさんには、褒めてるんだか引いてるんだかわからない、笑顔だけど若干引きつってるような顔で、そんなことを言われた。
ちょっと前に稽古したって言葉からもわかるように、実はニナさんとはつい最近にも会ってる。
アリエル様の戴冠式の時だ。
ちょっと前に、長いこと病気してたアスラ国王が遂にお亡くなりになり、グラードン派の悪あがきを叩き潰して、アリエル様がようやく正式に国王になった。
その時に戴冠式と合わせて盛大なパレードが開かれたんだけど、イゾルテさんがニナさんにも手紙を出してて再会できたのだ。
お祭り騒ぎを満喫した後、久しぶりに三人とやった稽古は楽しかった。
その時の一件でニナさんも、元々仲間だったエリスさんや、アリエル様配下のアスラ王国所属な上に、レイダさんの紹介状もあって協力を約束してくれたイゾルテさんに続いて、オルステッドの仲間になることを了承してくれたのだ。
寿命の関係で、この三人娘と一緒にラプラスと戦えないのは残念だけどね……。
とにかく、そういうわけでニナさんと会うのは久しぶりじゃないし、既に勧誘が成功してる人と長話する意味はない。
でも、勧誘なんて私の片言でできるわけないので、そっちはルーデウスに丸投げして、私は友達とのお喋りを楽しんだ。
このために通訳デウスを連れてきたといっても過言ではない。
面倒な仕事は丸投げするに限る!
「エミリーさん、お久しぶりです」
「ん?」
そうしてニナさんとのお喋りに興じてた私に、話しかけてくる人がいた。
まだ20歳くらいの若い剣士だ。
「ジノくん?」
「覚えててくれたんですね。忘れられてるかと思ってました」
「戦った、強い人は、忘れない」
ジノくんは前に剣の聖地に来た時、最年少の剣聖って呼ばれてた人だ。
年齢は私の一つ下。
最終的には王級下位くらいまで強くなってたから覚えてる。
でも、これは……
「ちょっと、見ないうちに、見違えた」
今のジノくんが纏う闘気は、王級どころか帝級を超えてる。
確実に剣帝の二人より強い。
戦い方と相性によってはランドルフさんすら倒せるかも。
私以上の超速成長だ。
凄いな。
「何か、あった?」
「ええ。実は剣神様に『ニナと結婚したければ俺様を倒せ』って言われまして。それで頑張って修行中です」
「へぇ」
「ちょ!? ジノ!?」
焦って真っ赤な顔になるニナさんを、思わずニヤニヤとした目で見ちゃった。
そっかぁ。
剣の聖地にいた頃から兆候があったけど、遂にかぁ。
微笑ましい。
「エ、エミリーはどうなのよ!? エリスですら結婚したんだし、あなたにも良い相手くらい……」
「私は、剣が、恋人」
「あ、うん。その、ごめん……」
「なんで、謝った?」
別に強がりじゃないんですけど?
男の剣(比喩表現)握るより、本物の剣握ってる方が楽しいし幸せなだけですけど?
なんで、そんな気まずそうに目を逸らすのか、小一時間ほど話し合おうか?
「えーっと、いいですか?」
「何?」
「いえ、エミリーさんに稽古の相手をしてほしくて。今の自分の完成度を確認しておきたいんです」
「望む、ところ」
私はニナさんへの追求を一旦中止して、木刀を持ってジノくんと向い合った。
ニナさんよ、ほっとした顔してるみたいだけど、これが終わったら追求再開だからね?
「エミリーさん。お願いがあるんですけど、剣神流だけで戦ってくれませんか?」
「ん? いいけど、なんで?」
「僕の目的はあくまで、剣神様に勝つことなので」
「へぇ」
「こっち見ないで!? 戦いに集中しなさいよ!」
もちろんしてますよ。
これはフェイントの一種だ。
まあ、それはそれ、これはこれなんだけど。
「そういう、ことなら」
私は基本的な中段の構えをやめて、上段に剣を構えた。
普段は色んな動きに即座に移行できるように基本の構えを取ってるけど、剣神流だけならこの方がやりやすい。
上段は烈断系でめっちゃ慣れてるからね。
対するジノくんは居合いの構え。
一分の隙もない綺麗な構えで私に相対する。
「じゃあ、行くよ」
一気の出足で間合いを詰める。
そのまま上段から最速最短の光の太刀。
割と会心の一太刀だと自分でも思った。
「ふぁ?」
でも、ジノくんの方が僅かに速かった。
相手の光の太刀が最高速度に達する前に、自分の最高速度の光の太刀で相手の手首を斬り飛ばす技、剣神流奥義『光返し』。
それを使って、ジノくんの木刀が私の右手首を叩いた。
やられる。
そう思った瞬間には体が反射で動き、両手で握ってた木刀から左手をパージ。
光返しで手首を打たれ、右手が弾かれると同時に左手を前へ。
気づけば左ボディブローがジノくんを吹っ飛ばしていた。
「ごふっ!?」
「あ」
「ジノ!?」
ニナさんが慌ててジノくんに駆け寄る。
私も駆け寄って治癒魔術をかけた。
幸い、硬い闘気の鎧のおかげで肋骨が一本逝ったくらいの軽傷だったから、すぐに治る。
「ごめん。拳、出ちゃった」
「ごほっ。いえ、構いませんよ。対処できなかった方が悪いんですから」
「でも、今のは、私の、負け」
勝負としては勝ちだろうけど、試合としては負けだ。
あの拳は剣神流というより北神流の動きに近い。
ルール違反による失格ってところだと思う。
まさか、こうなるとは思わなかった。
「ジノくん、凄い、強く、なってる」
身体能力でも闘気の質でも私の方が上だ。
光の太刀の打ち合いで負けるとは思ってなかった。
それでも負けたのは、あの光の太刀の技としての練度が、身体能力と闘気の差をひっくり返せるくらいに、私の光の太刀よりも勝ってたから。
構え、タイミング、力の入れ方、闘気コントロール、全てで私は劣ってた。
剣神流だけでも神級に達してるってオルステッドのお墨付きをもらった私よりジノくんの方が優れてたのだ。
つまり、新たなライバル発見である。
じゅるり。
「もう一回、やろう」
「いえ、遠慮しておきます。今の自分の能力は大体わかったので」
「えー」
まだ戦いたかったけど、ジノくんは「あくまでも僕の目的は剣神様なので」の一点張りで、木刀を持ったままどっか行っちゃった。
ニナさん曰く、最近は一人で素振りしてることが多いらしい。
私は強い人とガンガン戦うことで強くなったけど、まあ、強者に至る道は一つじゃないからね。
仕方ないから、私はニナさんへの追求を再開し、剣も使わず羞恥のみで剣王を倒すという新技を会得した。
その後、勧誘が上手くいかなかったルーデウスが戻ってきたから、そのまま私達はおいとました。
あ、勧誘ならジノくんを誘っとけば良かった。
まあ、あの様子じゃニナさん以外は眼中に無さそうだし無理か。
末永く爆発しろ。
エミリー「私の負け」(無傷)
列強順位変動なし
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89 イベント多発中
シーローンの一件から1年半くらい。
順調に強くなれてる今日この頃だけど、ここ最近はなんかイベントが多発してる。
15歳で成人を迎えたノルンちゃんとアイシャちゃんの誕生日を盛大に祝ったりした。
この世界の人族の風習として、5歳、10歳、15歳の誕生日は盛大にお祝いするものだからね。
私も10歳の誕生日に師匠の家に呼ばれて、姉と一緒に祝ってもらって、今も愛用してる剣(剣身は別だけど)を貰った時のことは忘れない。
5歳の時だって、家計が火の車で誕生日プレゼントこそ貰えなかったけど。
頑張って当時の基準で言えばご馳走と呼べる料理を用意してくれた家族の温かさは覚えてる。
15歳の時はベガリットで遭難してたから、残念ながらこれだけは良いエピソードとは言えないけど。
そんな私の失われし15歳の誕生日の分まで二人を祝うべく、師匠やルーデウス達と一緒にめっちゃ張り切った。
誕生日プレゼント選びのために、普段は使わない頭を使いまくり、
ノルンちゃんの知り合いである魔法大学の生徒達とか、アイシャちゃんの知り合いであるルード傭兵団の面々も巻き込んで、大いに盛り上がった。
誕生日パーティーというには騒がし過ぎたような気もするけど、二人も楽しんでたから良し!
そして、イベントが多発してると言ったように、イベントはこれだけではない。
次なる大きな出来事は、姉の妊娠だ。
ルーシーに続いて第二子である。
グレイラット家全体で見れば、エリスさんが産んだ初めての男児であるアルスに続いて、4人目の子供だ。
パパデウスは子沢山である。
更に、お婆ちゃんの旦那さんであるクリフさんが魔法大学を卒業し、息子のクライブが乳離れするまで見守ってから、故郷であるミリス神聖国に帰った。
あの人、実はミリス教団教皇の孫であり、本国での政権争いを勝ち抜くために、戦いに巻き込まれかねないお婆ちゃんとクライブを私達に託して帰ったのだ。
一端の地位を築いたら、必ず迎えにくるとカッコ良く約束して。
そんなクリフさんが心配だったお婆ちゃんに依頼されて、ルーデウス達も一緒について行った。
でも、ミリスに行った理由はもう一つあって、随分前にゼニスさんの現状を手紙で知らせたらしいミリスにあるゼニスさんの実家から手紙の返信が届いたからだ。
ゼニスさんを連れてこいっていう。
ゼニスさんの実家には、転移事件の時の資金援助やら何やらお世話になってる上に、そもそも半分廃人状態のゼニスさんを実家というか親が心配してるんだから、連れていくのが筋ってもんでしょ。
というわけで、ゼニスさんを連れたルーデウスと師匠、あと手紙にはノルンちゃんとアイシャちゃんも連れてこいって書いてあったらしいので、アイシャちゃんもクリフさんと一緒にミリスに行った。
ノルンちゃんはお婆ちゃん(ゼニスさんのお母さん)が苦手な上に、今は魔法大学でアリエル様の後任の生徒会長とかやってて忙しいからお留守だ。
アイシャちゃんも苦手そうにしてたから、ノルンちゃんみたいに理由があったら全力で拒否してただろうね。
ゼニスさんのお母さんって、どんな人なんだろう。
でもまあ、今回は切った張ったの戦いはないだろうし、
ミリス教には魔族排斥の思想があって、更に上の方では人族以外の種族を等しく差別する派閥もいるらしいので、私は今回お留守だ。
お婆ちゃんがクリフさんについて行けなかった理由の一端もそれだし、私が行っても事態を引っかき回す予感しかしないから。
「ハァアアアア!!」
「おっと、これは手厳しい」
というわけで、シャリーアに残った私は現在、オーベールさんとランドルフさんによる模擬戦の見取り稽古をしていた。
最近はオルステッドがシャリーアに引きこもり気味だから、護衛の私も暇なのだ。
オーベールさんは長期休暇中である。
ランドルフさんの方は普段パックスの介護で忙しいし、そもそも戦いに嫌気が差した感じの人だけど、
「お世話になってるお返しをしないと、捨てられてしまいますからねぇ」なんてことを骸骨顔でカタカタと笑いながら言って、こうしてたまに私達の稽古相手をしてくれてるのだ。
結局、ランドルフさんに関しては、ラプラスとの戦争を見据えて全力で抱き込むことになった。
本人の希望通り、ランドルフさんは表向き死んだことにして王竜王国の騎士としての立場を捨て、パックス一家共々オルステッドの庇護下に入った。
そのランドルフさんを殺したのが私ってことになると色々面倒だから、ルーデウス達が色々と考えた結果、
ランドルフさんを殺したのは、シーローンでクーデターを起こした例の将軍と、彼が率いた大軍勢ってことになった。
私は戦場で絆が芽生えたランドルフさんの遺言で、ランドルフさんが守り切れずに死なせてしまったパックスの仇討ちを頼まれ、将軍達をぶっ潰した。
結果、列強の地位はランドルフさん→将軍→私の順で変動した。
そういうことになった。
まあ、そんな細かい話が正確に広まることはなく、世間では私がランドルフさんを倒して列強になったってエピソードになってるけど。
捏造までしたのに真実の方が広まるとは、これいかに?
とにかく、そんな感じの捏造エピソードを使って王竜王国を宥めた。
私もランドルフさんの遺品ってことで、何かの骨でできた指輪みたいなものを持たされて、弁明に行かされたりもした。
ポンコツ晒して余計なことを言わないように、徹底的に無口キャラを貫いたよ。
それが何とか成功。
向こうも向こうで、北の防波堤という重要な属国だったシーローンが落ちた上に、王様が何者かに暗殺されるなんて大事件が重なって修羅場ってるから。
この上、更に世界最大のアスラ王国と深い繋がりがある龍神陣営と揉めたくないってことで、この言い訳で一応は納得してくれた。
まあ、王様を暗殺したのもオルステッドなんだけどね。
ほら、シーローンの一件の時にヒトガミの使徒になってたから。
しかも、私達はこの事実を隠したまま、ほとぼりが冷めた頃に王竜王国もラプラスとの戦いを見据えた戦力として味方にするつもりでいる。
……恨まれても文句言えないわ。
で、そんな苦労を経て、めでたくランドルフさんは私達の仲間となった。
多大な恩ができたってことで、ランドルフさんは快くラプラスとの戦争への協力を約束してくれた。
……戦いに嫌気が差した人を戦いの舞台に立たせるのは心苦しいけどね。
でも、列強上位のラプラスを相手にするなら、あんまり甘いことも言ってられない。
一応、ランドルフさんも嫌嫌って感じじゃなくて、納得して覚悟した上で戦うことを選んでくれたから、そこだけは救いかな。
それだけの献身が全部パックスのためとか、ランドルフさんは死ぬほど良い人だね。
死ぬほど良い人だから『死神』なのかもしれない。
そんな忠義者のランドルフさんは結局、
ザノバさんとパックスを一つ屋根の下にするのはジンジャーさんとの折り合い的に見てパックスの精神に悪いと判断して、
ザノバさん宅の近所に家を買って、パックスとベネディクトさんの三人で住み始めた。
ザノバさんはロキシーさんと一緒に、忙しい仕事の合間を縫って、しょっちゅう通ってるそうだ。
ザノバさんが行くならってことでジュリちゃんもついて行き、嫌々ながらジンジャーさんもついて行く。
廃人のパックスに加えて、生まれてきたばかり赤ちゃんまでランドルフさんとベネディクトさんの二人だけで面倒見るのは大変だろうからって。
四六時中一緒じゃなければ、ジンジャーさんも何とか耐えられるみたいだ。
その甲斐あってと言うべきか、それとも父親として奮起したのか、ほんのちょっとずつパックスには生気が戻ってる。
げっそりとやつれて、ヒョロガリのザノバさんとよく似てきちゃったけど。
そんな感じでパックスのところに通ってるザノバさんも、忙しい合間を縫ってと言ったように全然暇じゃない。
シーローン王国が吹っ飛んだせいで、今まで王族として貰ってた仕送りが無くなっちゃったザノバさんは、ルーデウスの提案で新たな仕事を始めた。
それが『ザノバ商店』。
ルーデウスが前々から作ってた『ルイジェルド人形』と、そのモデルになったルイジェルドさんとやらを主人公にした『スペルド族の冒険』っていう絵本を売り出すためのお店だ。
このお店の開店もまた多発してるイベントの一つだね。
なお、絵本の作者はノルンちゃん。
ルイジェルドさんというのは、私も何度か聞いたことがある、ルーデウスとエリスさんが魔大陸に飛ばされた時にお世話になった恩人だ。
ノルンちゃんも師匠達がベガリットに渡る時に、イーストポートで偶然再会したっていうルイジェルドさんにルーデウス達のところまで送ってもらったっていう恩があって、しかもルイジェルドさん自身に懐いてたそうだから、絵本を書くに至ったと。
なんで絵本なんかが必要なのかと言うと、ルイジェルドさんの種族であるスペルド族が、かなりの迫害を受けてるからだ。
400年前のラプラス戦役で、敵味方問わず殺しに殺しまくった悪魔の種族がスペルド族。
あまりに嫌われてて、スペルド族が槍使いだったから、槍みたいな長物の武器を使う人が少なくなったり、スペルド族と同じ緑髪ってだけで迫害される人まで出る始末。
昔の姉が髪色でイジメられたのは、これが原因だ。
ただ、この話には裏があって、私も絵本を読むことで詳しく知ったんだけど、
スペルド族が暴れる原因になったのは、何を思ったのかラプラスがスペルド族を陥れて、精神を蝕む呪いの槍を渡して暴走させたから。
ルイジェルドさんは呪いの槍のせいで暴走して、敵味方どころか奥さんと息子さんまで殺してしまい、
息子さんが命懸けの抵抗によって呪いの槍を折ってくれたおかげで正気に戻った後は、せめてもの贖罪として、地に落ちたスペルド族の名誉を取り戻すための旅を続けている。
泣ける話だ。
絵本を読んで感情移入したせいか、普通に泣いた。
ノルンちゃん、作家の才能あるよ。
それはともかく。
ルーデウス達がスペルド族の冒険の絵本を売ろうとしてるのは、お世話になったルイジェルドさんのために、スペルド族の名誉回復の助けになるためだ。
そして、今となっては第二次ラプラス戦役を見据えて、かつてラプラスに一矢報いたほどの戦士であるルイジェルドさんの勧誘のため、行方の知れないルイジェルドさんの情報をばらまいて居場所を特定して勧誘に行くためでもある。
そんな感じの仕事にザノバさんは従事してるのだ。
最初はパックスの介護も考慮されて、かなり緩めのスケジュールが組まれてたみたいなんだけど、何かの拍子にパックスをあんなにしたのがヒトガミだって話がザノバさんに伝わっちゃったみたいで、怒りでやる気のボルテージが急上昇。
ザノバさんは立派なワーカーホリックと化した。
おかげで、ザノバ商店は予想外の成長を見せてるみたいだけど、ルーデウスは頭を抱えた。
「ぬぉおおおおお!!」
「おっとっと」
まあ、ザノバさんのことは置いとこう。
今はお世話になってるお返しと言いつつ、本当は体動かしてストレス解消したいだけなんじゃないかと私が密かに疑ってるランドルフさんとオーベールさんの戦いだ。
戦いは全くの互角だった。
基礎能力ではランドルフさんが上。
でも、オーベールさんは土遁の術(土魔術)で地面に潜ったり、
出てきたと思ったら、それは魔導鎧の元になった『ザリフの義手』っていう魔道具を上手く使った囮だったり、
オーベールさん専用にカスタマイズされたその義手を爆発させて目くらましにしたり、
その隙に実はこっそりと地中から這い出して、風魔術と装備した布を使ってムササビみたいに滑空しながら上空に潜んでた本体が強襲したり、
かと思えば身代わりの術(マジックアイテム)で丸太と入れ替わったり、
その直後に遠距離から水遁の術(水魔術)で全部洗い流したり。
そういう奇想天外な手でランドルフさんを徹底的に惑わせて、互角の戦いを繰り広げていた。
そして、遂に……
「お見事」
「か、勝った……?
「元ですけどねぇ」
散々惑わされたところに、ようやくまともな斬り合いに持ち込んだと思ったら、
直後にロケットパンチという奇手でランドルフさんの度肝を抜き、
その一瞬の隙に最後は普通に強い剣技でランドルフさんを制してオーベールさんが勝った。
ネタを殆ど晒しちゃったから、次に戦ったらこうはいかないと思う。
けど、勝ちは勝ち。
私が事前にランドルフさんに勝ってなければ、今頃オーベールさんが七大列強だ。
もう本格的に『奇神』を名乗っていいと思うよ。
「オーベールさん、次、私」
「あ、ああ」
オーベールさんとは、向こうが一番得意とする森の中での隠れ鬼ルールで戦い、
本気で逃げ隠れしながら徹底的に隙を狙ってくるオーベールさんを半日かけて追い詰めて何とか勝った。
まともな斬り合いに中々持ち込めないから、もどかしくてしょうがなかったけど、これも良い修行だ。
この人の相手に慣れれば、大抵の奇襲や不意討ちは怖くなくなる気がする。
そんな感じで、私は今日も充実した一日を過ごした。
事態が大きく動いたのは、ミリスに行ったルーデウス達から連絡が届いた時だ。
最近はルーデウスの提案によって、オルステッドが古代龍族の技術とやらを使って通信石板というチャットもどきを作ってたから連絡が早いのだ。
このチャットもどき、じゃなくて通信石板は、石板に書き込んだ文章を、遠く離れたところにある他の石板にも表示するって感じの機能を持ってる。
使われてる技術は七大列強の石碑とか、冒険者カードとかと同じらしい。
そういえば、あれも謎の通信技術が使われてたっけ。
ただし、この通信石版、重くてデカいから持ち歩きは不可。
手書きの転移魔法陣(事務所直通)と一緒に拠点に設置して使う。
そんな通信石板で送られてきたのは、吉報と凶報の両方だった。
吉報の方は、ミリス教団に囲われてる『記憶の神子』っていう人の助力があって、ゼニスさんの正確な容態がわかったこと。
ゼニスさんは『他人の思考を読み取る神子』になっており、思った以上にしっかりと現状を理解できてるそうだ。
師匠とのエッチがないのを不満に思ってるレベルらしい。
あと、クリフさんも無事に功績を積めたこと、ミリス神聖国にルード傭兵団を売り込み、龍神陣営への勧誘が成功したことも朗報。
そして、凶報の方は…………ギースさんの裏切りが発覚したことだ。
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90 裏切りの報せ
ギースさん。
師匠が昔組んでたSランク冒険者パーティー『黒狼の牙』のメンバー。
戦闘はからっきしだけど、戦闘以外のことなら何でもできると豪語するほどに多芸。
私と合体すれば究極生命体になれそうだと思ったこともある人物。
彼はヒトガミの使徒だった。
随分昔からヒトガミの助言を受けて動いており、ゼニスさんが転移の迷宮に捕らわれてるという情報を得たのもヒトガミから。
それは多分、日記の未来に誘導するための布石だったんだろうっていうのがルーデウスの予想。
ギースさんがどこまで知って動いてたのかは知らないけど。
むしろ、ヒトガミのクソ野郎っぷりを思えば、何も知らせずに駒にしてた可能性大だけど。
とにもかくにも、ギースさんは私達を裏切ってヒトガミについた。
理由は、ギースさんが書き残していった手紙によると、ヒトガミへの恩を返すため。
戦闘力皆無のギースさんは、昔からヒトガミの助言に従うことによって命を繋いできた。
もちろん、ヒトガミがそんなことしてた理由は、ギースさんを駒にしてエグいことするためだったけど。
実際、ギースさんはヒトガミに騙されて故郷を滅ぼされたそうだ。
それでも、ギースさんは恨みは恨み、恩は恩として精算するつもりらしい。
ギースさんは私達に恨みなんて無いけど恩も無い。
師匠には世話になったけど、それも転移事件で師匠の家族を探した分でチャラ。
一方、ヒトガミには恨みがあるけど、まだまだ恩が残ってる。
恨みはあっても恩を返す。
それがギースさんのジンクス。
手紙にはそうあった。
それを受けて師匠はキレ散らかし、ルーデウスはギースさんを敵として認定した。
ギースさんの目的はヒトガミの手助け。
つまりオルステッドやルーデウスの妨害。というか殺害。
次はそのための戦力を集めて、正々堂々、正面から宣戦布告するつもりらしい。
ルーデウスはそれに対抗するために、こっちも戦力を集めるつもりだ。
まあ、既に充分すぎるほどの戦力が集まってるような気もするけど。
オルステッドは消耗を抑えないといけないから除外するとして、神級だけでも、私、レイダさん、シャンドル、ランドルフさん。
『奇神』オーベールさんもここに入れていいと思う。
魔導鎧一式に乗ったルーデウスもこのレベルだ。
帝級には、最近の修行で充分にその領域へ達したエリスさんに、『水帝』の認可を受けたイゾルテさん。
この前、久しぶりに会って稽古した感じ、ギレーヌも帝級に達してる。
王級には、胸を張ってこのレベルだと言えるほどに成長した師匠に加え、
度重なる神級クラスとの合同稽古によって、出会った頃より遥かに強くなった『北王』ウィ・ターさん、同じく『北王』ナックルガード。
聖級クラスには、姉とロキシーさん。
怪力無双のザノバさんや、元Sランク冒険者のお婆ちゃん、あと最近北神流上級の認可を得た父だって、そこらの相手には負けない。
姉は妊娠中で戦えないけど、それを差し引いても圧倒的ではないか我が軍は!
これギースさんどころか、王竜王国あたりと正面から戦争してもひねり潰せるような気がするよ。
世界三大国家すら軽く凌駕する我が軍に勝てるとしたら、列強上位くらいでしょ。
と、慢心しまくってるのは私だけで、ルーデウスもオルステッドもギースさんを滅茶苦茶警戒してる。
戦いは数と質だけど、ぶつかり方によって勝敗は大きく変わるというのがオルステッド談。
かつてのラプラス戦役でも、戦力だけで見れば数多の魔王と魔族の大軍、
更に獣族と海族を引き連れ、アスラとミリス以外の人族の国を全部滅ぼして敵戦力を削いだラプラス軍の方が圧倒的だった。
だけど、最終的に勝ったのは人族軍だ。
細かい戦略の内容なんて私は覚えてないけど、とにかく最後には弱い方の軍勢が勝った。
それを同じことをギースさんができないなんて保証はない。
まして、バックにヒトガミがついてるともなれば。
ギースさんだけなら、ヒトガミだけなら、まだ何とかなる。
オルステッド曰く、ヒトガミは未来予知なんてチートで全てを解決してきたからこそ、それが通じない相手との心理戦は苦手だ。
だからこそ、アスラ王国の戦いでは大負けした。
でも、そこに戦闘以外何でもござれのギースさんが力を貸したら。
ギースさんがヒトガミの弱点をカバーしてしまったら。
最悪の展開も大いにあり得る。
フルパワーを発揮したヒトガミのやばさは、未来ルーデウスの日記を見ても明らかだ。
そこまで言われて、私は油断を捨てて気を引き締めた。
油断すればどんな強者でも死ぬって教えられてたのに、お恥ずかしい限りだ。
あまりの大軍勢に、知らないうちに浮かれてたっぽい。
というわけで、慢心せずに更なる戦力を集めていくことになる。
狙い目はアレクと、例のスペルド族のルイジェルドさん。
それから静香が病気になった一件の時にルーデウス達と色々あって、こっちが何もしなければ敵に回りかねない『不死魔王』アトーフェラトーフェだ。
剣の聖地の剣神流も仲間にしたいけど、既に断られてるから無理。
というか、剣の聖地では、ちょっと前に遊びに行った時に波乱があった。
なんと、ジノくんがガルさんを倒して、剣神が代替わりしたのだ。
いつかはそうなるかもと思ってたけど、予想以上に早い。
で、ジノくんは約束通りニナさんを娶ってラブラブというか、軽度のヤンデレ発症して「どこにも行くな」的な感じになってるから、説得が成功してたはずのニナさんの助力すら望めない。
決戦中に妊娠しててもおかしくないよ。
一方、負けたガルさんは剣の聖地を去ってどこかに消えた。
去り際に運良くエンカウントできたから勧誘したんだけど、「倒してぇ奴らの仲間になる気はねぇよ」ってギラギラした目で断られたから、ガルさんを仲間にできる可能性も本格的に潰えた。
まあ、あの調子なら更に剣を磨いて挑戦しに来てくれそうだし、それだけでも良しとしておこう。
念のために「ヒトガミに気をつけて」とは言っておいたし。
ガルさんは前にヒトガミのせいで憔悴したルーデウスを見てるから、多分大丈夫でしょ。
ヒトガミの策略じゃないなら、挑戦はいつでもウェルカムだよ。
というわけで、剣神流は潔く諦めて、次だ。
次は仲間にするのとは少し違うみたいだけど、ギースさん捜索のための検索エンジンとして、かつてゼニスさんを見つけた実績のある『魔界大帝』キシリカ・キシリスを探す。
そのために、まずは最優先で魔大陸にいるアトーフェラトーフェに声をかけて、そのままの勢いで魔大陸中の魔王に声をかけて、魔大陸から出られないらしいキシリカを人海戦術で捜索することになる。
ゼニスさんの時といい、静香の病気の時といい、キシリカ、いやキシリカさんにはお世話になりっぱなしだ。
会う機会があったらお礼の一つでもしないと。
それが終わったら、アレクとルイジェルドさんを探しつつ、オルステッドの経験上、ヒトガミの使徒になる可能性の高い人に接触して、先に倒すか仲間にすることになる。
北方大地の東端、ビヘイリル王国の鬼ヶ島にいる『鬼神』マルタ。
魔大陸の『不快の魔王』ケブラーカブラー。
天大陸にある世界三大迷宮の一つ『地獄』に住まう『冥王』ビタ。
不快の魔王はキシリカさん捜索の時に会うことになるだろうし、冥王のいる地獄は転移の迷宮の比じゃないような大迷宮らしくて、攻略には死ぬほど手間がかかる。
だから、最初に行くのは鬼神のいるビヘイリル王国かなって話になった。
オルステッドとルーデウス達の会議で。
他の皆も参加してたけど、最近のオルステッドはクリフさんの置き土産である呪い封じのヘルメットのおかげで、ちょっと驚かれるくらいで済んでたよ。
あの人がミリスに行っちゃったのは惜しいなぁ。
で、更にその後は、世界三大国家のうち、唯一まだ協力体制を築けてない王竜王国や、
直接戦闘は不得手だけど鍛冶師として最高峰で、質の良い武具を量産してくれるドワーフの『鉱神』に声をかける予定らしいけど、
この二つはギースさんと戦う上ではそこまで重要な要素じゃないので、優先順位は低いらしい。
特に王竜王国はシーローンの一件をまだ引きずっててゴタゴタしてるから、最後に回すことになった。
そんな感じのことが会議で決定し、私達は動き出した。
最初の目的地は魔大陸のガスロー地方にあるネクロス要塞。
そこにいる『不死魔王』アトーフェラトーフェだ。
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91 アトーフェラトーフェ
転移魔法陣を使って魔大陸へ。
メンバーは、私、ルーデウス、シャンドルの三人だ。
なんでこの面子なのかというと、ルーデウスは交渉担当で私は戦闘員。
シャンドルはアトーフェさんの説得役だ。
『不死魔王』アトーフェラトーフェはシャンドルのお母さんだからね。
北神英雄譚で知った。
ただし、息子が頼めばお母さんも協力してくれるだろうなんて甘い考えが通じる相手じゃない。
シャンドル曰く、彼女はバカだ。
私よりバカだとシャンドルがハッキリと明言した。
前に会ったことがあるルーデウス曰く、ギレーヌよりもバカらしい。
だからこそ、彼女には話が通じない。
話の内容を理解できないからだ。
息子の話なら多少は頑張って聞いてくれるみたいだけど、やっぱり、ちょっとでも難しい話をすれば「わけのわからないことを言うな!」って言ってキレるそうだ。
オルステッドに協力してほしいなんて言っても「何故だ!?」って言われて、理由を説明すれば「わけのわからないことを言うな!」からの親子喧嘩一直線だろうと、シャンドルは諦めに満ちた顔で語ってた。
それでもシャンドルがいた方がまだスムーズに話が進むそうだから連れてきたけど。
ついでに、シャンドルの武器がいつの間にか棍棒に戻ってたけど、これは余談かな。
でも、背中に魔剣っぽい大剣も背負ってた。
アリエル様に口八丁で説得されて持たされるようになったらしい。
オルステッドに無理矢理持たされてる私とお揃いだね。
「***! *************!」
「***。*********」
「**!? **、********!?」
で、今はシャンドルが要塞の門番と何やら話してる。
魔大陸の言語である魔神語だ。
当然のごとく私にはわからない。
「なんて?」
「『英雄よ! よくぞネクロス要塞に辿り着いた!』って言われて、シャンドルさんが『すみません。アトーフェの息子なんですけど通してください』って返した感じだ」
「なるほど」
通訳デウスを連れてきて良かった。
ルーデウスはこう見えてなんと、人間語、魔神語、闘神語、獣神語と、この世界で主に使われてる六つの言語のうち四つを話せるマルチリンガルなのだ。
伊達に私を差し置いて『龍神の右腕』なんて呼ばれてないね。
ちなみに、私の呼び名は『龍神の尖兵』である。
使いっ走り感が強くて、なんかやだ。
「****! *******!」
あ、話纏まったみたい。
門が開かれていく。
そのまま私達は要塞の中に案内され、何故か謁見の間ではなく勇者VS魔王の最終決戦の場みたいなところに通された。
そこに、魔王がいた。
天井の無いこの場所で、夕陽に照らされ、禍々しい玉座に腰かける女魔王。
肌は青く、額からは角が生え、背中には蝙蝠のような翼がある。
私が会った誰よりも魔族っぽい魔族。
その身に纏う闘気は、シャンドルとほぼ同レベルなほどに凄まじい。
なるほど、これが恐怖の代名詞として伝説にもなった魔王。
『不死魔王』アトーフェラトーフェか。
「*******! *****! ********!」
「通訳デウス」
「『アーハッハッハ! 久しいな、アール! よくぞ戻ってきた!』」
悪乗りしてるのか、口調まで再現してるっぽいルーデウスの通訳によって、アトーフェさんが何言ってるのかを知る。
楽しそうに高笑いしてるのを見るに、陽気な人みたいだ。
あと、シャンドルはお母さんにアールって呼ばれてるんだね。
本名がアレックスだからアはわかるけど、ルはどこから出てきたんだろ?
あ、いや待てよ。
フルネームはアレックス・カールマン・ライバックだから、アレックスのアと、カールマンのルを取ってアールか。
今日の私は冴えてるぜ。
「******。********」
「『久しぶりだね、母さん。実はちょっと頼みがあって帰ってきたんだ』」
「『***? ******!』」
「『頼みだと? お前がオレに頼みとは珍しいな!』」
アトーフェさんの一人称、オレなんだ。
まあ、カッコ良い黒鎧に身を包んだ女武人って感じだから似合ってるけど。
「*********。**********」
「『実は今、とある強敵と戦っていてね。母さんの力を貸してほしいんだよ』」
「***! *************!」
「『断る! オレはオレが認めた奴としか、共に戦うつもりはない!』」
あ、シャンドルがため息を吐いた。
そのままこっちに戻ってくる。
「すみません、ルーデウス殿。ああなったらもう無理です。理屈による説得は通じないでしょう」
「諦めるの早すぎませんか?」
「母さんは、そういう人なんですよ」
「それは……まあ、わかりますけど」
わかられちゃってるよ、アトーフェさん。
そのアトーフェさんは、シャンドルと一緒にいる私達が気になったのか、息子の友達に挨拶する元気なお母さんって感じの笑顔で近づいてきた。
しかし、その笑顔がルーデウスを見た瞬間に、笑顔は笑顔でも獰猛な肉食獣みたいな牙をむき出しにした笑顔に変わる。
「****……!」
「『お前かぁ……!』だそうだよ」
そんな笑顔を向けられてビビってるルーデウスに変わって、シャンドルが通訳を代わってくれた。
この反応の理由はわかってる。
ルーデウスは静香が病気になった一件の時に、色々あってアトーフェさんに目をつけられたって話だからね。
具体的には、当時アトーフェさんが滞在してた城の地下に静香の病気を何とかしてくれる薬草があったから、ルーデウス達はそれを譲ってもらいにいった。
ついでに、その情報を教えてくれたキシリカさんをアトーフェさんが探してたので引き渡した。
そうしたらアトーフェさんに褒美を貰う流れになって、力をくれてやるって一方的に言われて親衛隊に強制就職させられそうになり、頑張って逃げたら、逃走先の転移魔法陣でアトーフェさんとペルギウスさんがエンカウント。
二人は犬猿の仲なので、油断してルーデウスの魔術を食らって弱ってたアトーフェさんをペルギウスさんがボッコボコにして、ペルギウスさんはニッコリ。
アトーフェさんはブチ切れ。
こんな感じの顛末だったらしい。
個人的には、妻子のある奴をこんな遠方の地で強制就職させようとしたアトーフェさんが悪いと思う。
アトーフェ親衛隊は、10年に一度の2年間の休暇以外では家にも帰れず、死ぬまで訓練を続けさせられる上に、アトーフェさんに逆らえなくなる契約を結ばされるみたいだし。
最後の契約さえ無ければ、私にとってはご褒美な可能性もちょっとはあるけど、ルーデウスにとってはただの拷問だ。
まあ、どっちが悪いなんて話はアトーフェさんには通じないみたいだし、
アトーフェさんにとってルーデウスは、ペルギウスさんにボッコボコにされた原因を作った忌々しい奴って認識なんだろうね。
「***、**、**、***、***********……!」
「*、******、*****!」
ルーデウスがアトーフェさんに命乞いみたいなことしてる。
オルステッドのオススメで持たされた、アトーフェさんの好物らしいお酒を渡してご機嫌を取ってる。
「あ、許してくれたみたいだよ」
「えぇ……。チョロい」
酒瓶を持って喜ぶアトーフェさん。
悪い男に騙されないか心配だ。
具体的にはラプラスとか。
オルステッドの知る限り、アトーフェさんは第一次でも第二次でも、ラプラス戦役ではまず間違いなくラプラス側に付くらしいし。
「*****」
あ、ルーデウスがもう一本お酒を渡した。
アトーフェさんが驚愕した後、飛び跳ねるように喜んでる。
確かあのお酒、オルステッドに持たされた『
アトーフェさんが追い求めてた幻の美酒らしい。
さっきのお酒をあげるから前のことは許してください。
このお酒をあげるから仲間になってください。
今回の作戦を要訳すると、こんな感じだったはず。
それを受けてのアトーフェさんの返答は……
「**、*****!」
「『よし、では決闘だ!』だってさ」
「なんで?」
「ルーデウス殿の話を理解できなくて聞き流したんだろう。
母さんには、戦う、倒す、仲間になる。これくらいシンプルな話じゃないと通じないよ」
私以上のバカと言われた理由がわかった気がする。
まあ、それくらいわかりやすい方が好きなのは私も一緒だけどさ。
でも、脳筋って極まるとああなっちゃうんだね……。
私はせめて今の知能指数を維持する努力くらいはしよう。
そう固く心に誓った。
「***『****』、***********! *********! ***************!」
「『オレは『不死魔王』アトーフェラトーフェ・ライバック! オレに勝てれば勇者の称号をやろう! 負ければ我が傀儡として息絶えるまで使ってやろう!』だって」
「わかった」
負けた奴が勝った奴に従う。
実にシンプルでわかりやすい。
望むところだって気持ちを胸に、私は剣を抜いてアトーフェさんの前に進み出た。
・龍神の尖兵
龍神が動く時、必ず露払いを務め、全てを薙ぎ倒していく最強の剣士。
彼女を止められない者に龍神に挑む資格はない。
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92 VS『不死魔王』
私は剣を構えて伝説と向かい合う。
『不死魔王』アトーフェラトーフェ・ライバック。
4200年前にキシリカさんが起こした第二次人魔大戦、及び400年前のラプラス戦役で名を馳せた大魔王。
彼女は決して倒れない。
そこに技術はない。
剣は鈍く、遅い。
ただ、死なない。
どれだけ攻撃を受けても、どれだけ致命傷を負っても、死なない。
どんな攻撃を受けても立ち上がり。
そして、最後に勝つ。
それが『不死魔王』アトーフェラトーフェ。
でも、その伝説は過去のものだ。
今の彼女はアトーフェラトーフェ・
ラプラス戦役後、どんなラブロマンスがあったのか知らないけど、彼女は魔神殺しの三英雄の一人、『北神カールマン一世』こと、カールマン・ライバックと結婚。
彼との間に子供を授かると同時に、北神流開祖である彼から直接北神流を教わった。
つまり、今私の目の前にいるのは、生まれついての不死能力だけで伝説になった大魔王に、開祖直伝の北神流を組み合わせた化け物ということだ。
相手にとって不足なし。
オラ、ワクワクしてきたぞ!
「*******! ***********!」
「『良い眼をする奴だ! このオレを前にして欠片の恐れもない!』だそうだよ」
「*********!」
「『貴様のような奴こそ、オレの親衛隊に相応しい!』だってさ」
現在の通訳担当はシャンドルだ。
通訳デウスはちょっと別の準備で急がしいから、そっちの護衛をしつつ仕事を変わってくれてる。
ちなみに、シャンドルは私が負けるまで手を出すつもりはない。
アトーフェさんとぶつけることで、私の成長っぷりを見たいからだ。
なお、この思惑はオルステッドとも一致してる。
エリスさん達を連れてこなかったのも、ラプラス戦を見据えて、今の私が本気で向かってくる神級相手にどこまでやれるのかを確かめるため。
先生二人にそんなこと言われたら、期待に応えたいと思うのが弟子のサガでしょ。
まあ、そっちは本来の目的のついでなんだけど。
「右手に、剣を。左手に、剣を」
だから、私は初手から全力で行った。
「両の、腕で、齎さん。有りと有る、命を、失わせ。一意の、死を、齎さん」
「**!? *、*******!?」
「『なっ!? そ、それはカールの技!?』」
シャンドルも通訳デウス並みに悪乗りしてるのか、口調とか抑揚とかまで再現してくれるから助かるね。
「不治瑕北神流奥義『破断』!!」
剣神流の踏み込みで距離を詰め、斬撃飛ばしではなく、剣で直接破断を放った。
アトーフェさんはガードしようとして大剣を盾にするも、私の奥義はガードごと捻じ伏せてアトーフェさんを真っ二つにする。
油断して最初の一撃を食らうのは純血の不死魔族のお家芸って誰かから聞いたことあるけど、まさにその通りな展開だ。
こんなテレホンパンチならぬテレホンスラッシュ、神級の実力者なら、油断してない限り普通に受け流せるはずなのに。
少なくとも、レイダさんやランドルフさんには通じない。
あの人達相手には、フェイントや他の攻撃で体勢を崩してから叩き込むか、この技自体を牽制に使うのが基本戦術だ。
もちろん模擬戦で不治瑕は使わないし、クリーンヒットしそうになったら寸止めもするけど。
「ぐわぁーーーーー!!?」
「『ぐわぁーーーーー!!?』」
アトーフェさんが絶叫しながら吹っ飛ぶ。
叫び声まで通訳しなくていいから。
意味のない声なんだから、通訳なしでもわかるよ。
「****! *******! **********!」
「『面白い! 面白いぞ、お前ぇ! ここまで面白い奴は400年ぶりだ!』」
アトーフェさんは真っ二つになったまま楽しそうに笑う。
そして、傷付いた場所を剣で斬り飛ばして分離し、残った体を合体させて再生してしまった。
そう。
この不死殺しの斬撃をもってしても、不死魔王を一撃で殺すことはできないのだ。
傷付いて再生不能になった細胞を切り離せば普通に再生できる。
まあ、切り離した細胞の分、アトーフェさんはさっきより一回り縮んでるけど。
それも時間をかけて細胞分裂すれば元に戻る。
これが不死魔王の恐ろしさ。
完全に殺そうと思ったら、全ての細胞を再生不能の状態にするしかない。
今回は殺しにきたわけじゃないから関係ないけどね。
「*****! **************!」
「『だが、舐めるなよ! 今のオレは、その技に敗北した時のオレより強い!』」
アトーフェさんから油断が消え、一回り小さくなった体で大剣を構えて突撃してくる。
それに対して、私は構えを取った。
水神流の構えを。
「水神流奥義『剥奪剣』」
「ぬっ!?」
「『ぬっ!?』」
アトーフェさんの踏み出そうとした足が、剣を振り上げようとした腕が斬れる。
今の私は破断以外に不死殺しの効果を乗せられないから、アトーフェさんは斬られても関係ないとばかりに再生しながら向かってこようとしてるけど、一時的にでも手足が無くなれば明確な隙が生まれる。
その隙に私は別の構えに移行し、足に力を込めて踏み込んだ。
「剣神流奥義『光の太刀』!」
「ぬがっ!?」
「『ぬがっ!?』」
すれ違い様に一閃。
アトーフェさんの首を斬り飛ばす。
なおも再生しようとするアトーフェさんに対し、私は振り返って、剣を上段に構えて威圧する。
破断の構えだ。
降参しなければ斬る。
言外にそう伝えたつもり。
そんな私を見て、アトーフェさんは口が裂けそうなほどの笑みを浮かべ……
「ムーアァーーーーー!!!」
「『ムーアァーーーーーー!!!』」
仲間を呼んだ!
ムーアとはアトーフェ親衛隊の隊長さんの名前だ。
見れば、渋いナイスガイの老戦士が他の親衛隊に号令を出して私に攻撃開始しようとしてた。
しまった!
本気でアトーフェさんを殺そうとすれば、親衛隊に敵対と見なされて、全員で来られるってオルステッドに言われてたんだった!
別に殺す気のないただの脅しだったんだけど、そんなの向こうにはわからないよね!
ムーアさんは凄腕の魔術師って話だ。
近接戦担当と思われる親衛隊が私に突撃し、ムーアさん含む魔術担当が詠唱を始める。
私はバッと、サイドステップで横に飛び、アトーフェさんから少し離れたところで次の技の構えを取った。
「不確かなる神よ。我が呼び声に答え……」
「奥義『剥奪剣界』!」
「**!?」
「『何っ!?』」
親衛隊全員の動きが止まった。
というか、私が無理矢理止めた。
まだレイダさんには及ばないまでも、強敵相手に使えるレベルに達した幻の奥義『剥奪剣界』。
私の認識範囲内にいる敵全員、魔術でも物理攻撃でも、動こうとした瞬間に斬撃が飛ぶ技。
それによって親衛隊が斬り裂かれる。
殺す気はないから死んではいないけど、近接攻撃担当は手足を斬り飛ばされ、魔術担当は喉を斬られて詠唱が止まった。
ただ、さすがは魔大陸最強の軍隊と言うべきか、止まらない人も何人かいる。
不死魔族の血が入ってるのか、アトーフェさんみたいに再生しながら動こうとしてる人もいる。
斬撃が通じてないっぽいスライムみたいな人とかもいる。
果てはギリギリだけど、剥奪剣界を普通に受け流してる人までいた。
強いなぁ。
いくら私の剥奪剣界が本家に及ばない上に、殺さないように注意してるとはいえ、並大抵の相手なら封殺できる自信があるのに。
このアトーフェ親衛隊、ほぼ全員が聖級剣士以上だ。
王級や帝級の端に手をかけてる人もいる。
楽しい!
とりあえず、聖級クラスは剥奪剣界で脱落したので、残った人達に斬撃を集中させて無理矢理抑えつけておいた。
スライムっぽい人は、途中で巨大斬撃の烈断を挟んで吹っ飛ばしておく。
体が爆散してたけど、スライムなら死にはしないでしょ。
でも、そうやって頑張っても、アトーフェさんとムーアさんだけは止まらない。
アトーフェさんは再生と受け流しを併用しながら私に突撃し、ムーアさんはズタボロになりながらも喉だけは死守して詠唱を続けようとしてる。
このままなら、アトーフェさんかムーアさんの攻撃を受け流すために、私は剥奪剣界を解除しなきゃいけなくなるだろう。
そうなれば、抑えつけてる親衛隊の人達が自由になって、どう転ぶかわからない戦いになる。
いいねいいね!
最高!
でも、残念なことに時間切れだ。
ここには戦いを楽しみに来たんじゃない。
アトーフェさんを勧誘しに来たんだ。
私が一人で戦ってたのは、あくまでも主目的のついで。
準備が整うまでの時間を有効活用しただけ。
仕事なんだから主目的を優先しないと。
「なっ!?」
アトーフェさんが不意に私の側面を見て驚愕って感じの顔になった。
そこには、いつの間にか石の巨人が立っていた。
身の丈3メートル。
迷彩カラーに彩られ、左手には大盾を、右腕には世界観に合わないガトリング砲を装備したカッコ良い巨大ロボットが。
「闘神鎧……!」
それを見て、アトーフェさんが呆然とした様子で呟く。
固有名詞だから私にもわかった。
「撃ち抜け!」
最近の研究の成果によって遠方から召喚できるようになった魔導鎧『一式』に乗り込んだルーデウスが、ガトリングを起動させてアトーフェさんを蜂の巣にした。
アトーフェさんの上半身が木っ端微塵になって吹き飛び、ムーアさんが本気で焦ったような顔になる。
だけど、そこまでだ。
ルーデウスはガトリングを構えつつも追撃はせず、私も驚愕して動きが止まった親衛隊に剥奪剣界以外の技で斬りかかることはしない。
そして、あくまでもカウンター技の剥奪剣界は、動いてない相手を斬ることはできない。
静寂が訪れた。
「*******?」
「『まだやりますか?』」
バラバラの肉片が集まって再生したアトーフェさんに向かって、ルーデウスが魔神語で話しかける。
ルーデウスの言葉までシャンドルが通訳した。
「***!」
「『やらん!』」
そう言うアトーフェさんは、さっきまでの凶笑が嘘みたいに落ち着いてた。
シリアスな雰囲気だ。
通訳で水を差しちゃいけない感じの。
「***。********」
アトーフェさんは地面にあぐらをかいてどっかりと座り、静かに何か語り出した。
シャンドルはこういう空気は読む男だ。
故に通訳はなく、私には何言ってるのかわからない。
ただシリアスな雰囲気っていうわりに、アトーフェさんはガトリングで服を吹き飛ばされたから上半身裸だけど。
多分、魔導鎧の兜の下で、ルーデウスの視線はむき出しのおっぱいに向かってるんじゃないかな。
いや、さすがに伝説の大魔王相手に劣情を抱く余裕はないか。
アトーフェさんはルーデウスとも言葉を交わし、やがてひと通り語り終わったところで……
「*****。****、********、********」
「『負けを認めよう。約束通り、お前達が生きている限り、オレはお前達の配下となる』」
アトーフェさんは、負けを認めて私達に下った。
伝説の不死魔王が仲間になった。
その後、ルーデウスが私以上にアホなアトーフェさんの代わりに実務の一切を取り仕切ってるというムーアさんと色々話し合ってる間に、魔王討伐の宴が開かれた。
討伐された魔王本人の手によって。
私は何故か、あぐらをかいて座ってる上機嫌のアトーフェさんの足の間に座らされ、親衛隊による出し物の数々を楽しんだのだった。
アトーフェ「こいつ勇者じゃねぇ! ラプラス的なアレだ!」
エミリー、仲間と協力もせず、戦術を工夫することもなく、単純な剣技と身体能力だけでアトーフェ様を圧倒しちゃった強さ+因子による若干の面影のせいでラプラスと重ねられ、勇者認定されずに親衛隊出動案件となってしまった。
今こそ全身全霊を懸けて戦う時!
そうして戦った結果、あれだけ強いにも関わらず、最後はちゃんと
良かったな!
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93 ビヘイリル王国へ
アトーフェさんの勧誘は成功した。
ルーデウスとムーアさんの話も纏まり、ルーデウスはアトーフェさんというか、ムーアさんに貰った書状を手に各地の魔王のところを回り、キシリカさん捜索と第二次ラプラス戦役での助力をお願いしに行く旅に出た。
シャンドルをアリエル様に返却して、代わりにエリスさんとロキシーさんをお供に加えて。
で、ルーデウスのプレゼンの結果だけど、キシリカさんの捜索はともかく、第二次ラプラス戦役に関しては「そんな先のことはよくわからん」って感じで断られた。
魔王は長い寿命を持て余してるから、先のことなんて考えてないんだろうっていうのがルーデウスの予想だ。
良かったのは、オルステッドが要注意って言ってた『不快の魔王』ケブラーカブラーさんにヒトガミの使徒になった兆候がなくて、奴に声をかけられる前に脅し……釘を刺せたことかな。
途中、ロキシーさんの故郷の近くに寄ったので、ルーデウスとロキシーさんがララを連れて挨拶に行ったりもしつつ、魔大陸巡りの旅は終了した。
で、次は当初の予定通り、『鬼神』のいるビヘイリル王国だ。
姉の出産時期が迫ってきてるし、この仕事が終わったらパパデウスは一時休職かな。
いくらギースさんの撃破が急務でも、出産の時くらいは姉の傍にいてほしい。
レオやレイダさんに守られてるとはいえ、ヒトガミが手を出しやすいっていう妊娠中に飛び回ってる分もね。
ビヘイリル王国に行く面子は、私、ルーデウス、エリスさん、ロキシーさん、師匠、北神三剣士の4人。
合計9人の大所帯だ。
鬼神は神級の強力な武人な上にヒトガミの使徒の可能性が高いって話だから、手軽に動かせる戦闘力の高いメンバー勢揃いである。
アトーフェさんの時に私の性能チェックも済んだので、ここからは遊び一切抜きのガチパだ。
ロキシーさんだけ、ややサポート寄りってところかな。
最近は転移魔法陣も書けるようになったらしいし、そのスクロールも用意して持ってきてくれてるしね。
まあ、転移魔法陣ってデカいから、スクロールとなるとめっちゃかさばるけど。
ちなみに、ちょっと前まではルーデウスも腰に魔導鎧『一式』召喚用の同じやつを背負ってたから、めっちゃかさばってた。
でも今はロキシーさんが開発した魔導鎧『二式改』の背中に装着する加速装置みたいな見た目した魔道具。
内部に折りたたんだスクロールを何枚も収納できて、腰のボタンを押すと対応したスクロールの効果が発動する『スクロールバーニア(ルーデウス命名)』によって、召喚用のスクロールを圧縮収納して持ち歩けてるから、随分とスッキリした。
やっぱり、ロキシーさんはサポート職だわ。
そんな9人でビヘイリル王国近くの転移魔法陣へと飛び、鬼神がいるという鬼ヶ島を目指す。
鬼ヶ島はビヘイリル王国の三つある都市の一つ、第三都市ヘイレルルとかいう海沿いの街の沖合にある小さな島で、そこには鬼神の同族である『鬼族』の集落がある。
鬼族は道中でも国の中に普通に紛れて生活してるのを見たけど、2メートル以上の巨体、2本の角、赤い肌、デカい下顎とそこから伸びる牙っていう、日本人がイメージする鬼の姿そのまんまな種族だった。
鬼神はそのリーダーで、他の鬼族よりひと周り大きいらしい。
あ、ちなみに今のは男の人の話で、女の人は割と人族に近い姿してたよ。
牙はあるし、色々とデカいけど。
格差社会の象徴までデカい人が多いけど。
ぐぬぬ。
あっちを見てもこっちを見てもデカい人が多くて、私の神経がささくれ立つ。
こんな雑念まみれなことで神経をすり減らす余裕があるのは、神級一人相手にするくらいなら、この9人組が過剰戦力だと思ってるからだろうなぁ。
魔導鎧を召喚するまでの短い時間とはいえ、私一人でアトーフェさんとその親衛隊を圧倒できた。
なら、9人もぞろぞろと引き連れていけば、鬼神と鬼族の戦士くらい問題ないはずだ。
もちろん、余裕はあっても油断はしてないけど。
懸念もあるっていうか、嫌な予感もしてるしね。
それというのも、ビヘイリル王国に行くってなった時に、オルステッドの顔が明確に曇って、何か言おうか言うまいかモジモジと迷った末に、結局タイミングを逃して言わなかったからだ。
告白できない乙女か。
あんなことされたら気にもなるし、嫌な予感くらいするってもんだよ。
こんなガチパ編成にしたのも、そこらへんが不安だったからって理由がちょっとはある。
そんな嫌な予感に気を引き締められながら、鬼ヶ島に続いてる第三都市ヘイレルルを目指す。
でも、途中で気になる情報をルーデウスが掴んできた。
「え!? この国にルイジェルドがいるの!?」
「いや、待って、落ち着いて、エリス。あくまでも噂だからね?」
エリスさんが過剰反応した情報。
それは、例のルイジェルド人形によく似た感じの人が、第二都市イレルの郊外にある『地竜谷の村』とやらで目撃されたって情報だ。
薬を買いにきたところを商人に目撃されたらしい。
この情報を掴んだ後、ルーデウスは悩んだ。
鬼神を優先すべきか、ルイジェルドさんを優先すべきか。
あと、この情報自体がギースさんの罠なんじゃないかとか、深読みしすぎじゃない? って感じのことまで疑った。
ロキシーさんを始め、頭脳労働ができる面子とも相談しながら。
私は役に立たなかったので、「ルイジェルドに会いたいわ!」としか言わなくてつまみ出されたエリスさんと、同じく頭脳労働が苦手なナックルガードと一緒に、皆の邪魔にならないようにお外で
今更だけど、『双剣』のナックルガードっていうのは芸名みたいなもので、この双子の本名はナクルとガドだ。
どっちがナクルで、どっちがガドかわかんないけど。
この二人を見てると、同じ双子でも私と姉は二卵性なんだろうなぁって強く思う。
私達も顔立ちこそそっくりだけど、体質も髪色も外見年齢も全然違うし。
特に外見年齢なんて、姉は17〜18歳くらいに見えるのに、私はやっとギリギリ14歳に見えるかどうかってところだ。
成長の速度も、成長がゆっくりになったタイミングも違う。
もしかしたら、その分私の方が寿命が長いのかもしれないけど、この大事な時期に肉体が下手したら幼女認定されかねないほど未熟っていうのは、ちょっと思うところがあるよね。
そんな鬼神ともルイジェルドさんとも全く関係ないことを考えながら軽く遊んでるうちに、会議の結論が出た。
「鬼神を優先します」
「なんでよ!?」
エリスさんが猛抗議。
まあ、エリスさんはルーデウスと同じく、この中で一番ルイジェルドさんと縁が深い人だからね。
ルーデウスと一緒に魔大陸に飛ばされて、そこからアスラ王国に帰ってくるまで、ずっと二人ともルイジェルドさんに守ってもらったって話だし。
言わば、私にとってのシャンドルだ。
今までずっと会えなかったんなら、会いたいに決まってる。
そんな正当な理由で荒ぶるエリスさんを「どうどう」と宥めながら、同じくルイジェルドさんと一番縁が深いはずのルーデウスは説明に入った。
「まず、ルイジェルドの情報に関しては、あくまでも噂だ。
確実性がないし、真偽を確かめるのにどれだけの時間がかかるのかもわからない。
だったら、早めに接触しないとヒトガミの使徒になりかねない鬼神の方を先に訪ねた方がいい」
「むぅぅ……」
「だから、鬼神を訪ね終わったら、その足でルイジェルドの方を調べに行こう」
「わかったわ!」
不満を飲み込もうとしてた感じのエリスさんが、最後の一言で一転上機嫌になった。
さすが旦那。
エリスさんの操縦方法をよく心得てる。
というわけで、私達は当初の予定通り第三都市ヘイレルルに向かって、そこから更に船に乗って沖合の鬼ヶ島に上陸した。
でも、そこに鬼神はいなかった。
外出中だそうです。
そして、鬼族達の態度もトゲトゲしいというか、敵意向けられてるような感じがした。
それだけで私達は察した。
頭のよろしくない私やエリスさんですら察した。
鬼神は既にヒトガミ側についたみたいだと。
ランドルフが既に味方になってるから王竜王国に行くイベントが省かれ、北神三世を探しに紛争地帯に行く意味もなく、剣の聖地も既に行った後。
その結果、シルフィの出産やナナホシのイベントの前に鬼神勧誘を差し込めたので、原作よりもかなり早くビヘイリル王国に向かうことになったルーデウス一行。
ただし、持ってる情報量も原作より遥かに少ない。
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94 龍神の隠しごと
鬼神の勧誘が空振りどころか、予想してたとはいえ最悪の結果に終わり。
私達は代わりの戦力を求めるように、推定ルイジェルドさんが目撃されたという、第二都市イレルの近くの村を目指していた。
いっそ、あのまま鬼ヶ島を占拠して鬼神を脅すって案もオーベールさんから出たけど、
それをやったら鬼族と密接な関係を築いてるビヘイリル王国そのものを敵に回すってことで、
少なくともルイジェルドさん捜索が終わるまではダメってルーデウスに却下された。
つまり、裏を返せばルイジェルドさんが見つかったらやるかもしれないってことだ。
私達も
そんなこんなで第二都市イレルに到着し、まずは街の郊外に出て、見つかりにくそうなところに転移魔法陣を設置した。
鬼神の勧誘が成功してたら、アトーフェさんのところのネクロス要塞みたいに鬼ヶ島に設置する予定だったんだけど、ダメだったからこっちになった。
鬼ヶ島に近い第三都市の方じゃダメなの? って一瞬思ったけど、そこじゃ敵陣に近すぎて逆侵攻されたら怖いという真っ当な意見に納得させられました。
で、設置した事務所直通の転移魔法陣を通って、ルーデウスが事務所に帰還。
通信石板を取りに行くと同時に、オルステッドに鬼神勧誘の顛末を報告しに行った。
行ったんだけど……しばらくしても戻ってこない。
「遅いわね!」
「遅いですね」
「何やってんだ、ルディの奴」
エリスさんはお預けを食らった犬みたいに不機嫌になり、ロキシーさんと師匠は訝しげな顔になった。
まあ、遅いっていっても、報告が長引いてるなら別におかしくもないくらいの時間なんだけどね。
だから皆、ルーデウスの様子を見に行こうとまではしてないわけだし。
多分、オルステッドとの話し合いが白熱でもしてるんでしょ。
暇だったから北神三剣士の皆と軽く遊び、オーベールさんのパラボラアンテナがあやうく丸坊主になる直前あたりで、ようやくルーデウスが帰ってきた。
何やら凄い渋い顔をしながら。
「……報告です。オルステッド曰く、どうやら推定ルイジェルドの目撃情報があった場所から更に進んだところに、スペルド族の村があるそうです。
そこにはルイジェルドもいると言ってました」
「ホント!?」
エリスさんがめっちゃ嬉しそうな顔になった。
今にも飛び跳ねたいのを必死で抑えてる感じだ。
私は純粋に良かったねーって気持ちだったけど、他の皆は何故かルーデウスと同じく眉間にシワを寄せてる。
「ルディ、オルステッドはそれを以前から知っていたのですか?」
「はい」
「では、知っていて黙っていたということですか?」
「……そうなります」
「はぁ!?」
ロキシーさんの質問にルーデウスが答えた瞬間、エリスさんの笑顔が一転。
般若もかくやってほどの恐ろしい顔になった。
オルステッド殺したるって心の声が聞こえてきそうなレベルだ。
ルーシーあたりに見られたら泣かれそう。
それにしても、オルステッドが知ってて黙ってた?
意味がわからん。
頭脳労働担当の皆さん、よろしくお願いします。
「オルステッド曰く、ルイジェルド含むスペルド族の人達は疫病に感染しているそうです。
そして、その治療法は無い。
少なくともオルステッドは知らない。
だから俺達に教えてもどうにもならないと思って、黙ってたらしいです」
「何よそれ!! ちょっと、あいつ殺してくるわ!!」
「エミリー、頼む」
「了解」
「離しなさい!! この!!」
暴れるエリスさんを取り押さえる。
この中で明確にエリスさんより腕力が強いのは私だけだからね。
格としてはギリギリ神級のオーベールさんも、あくまでそれは奇策含めた総合力での話だから、肉体のスペックでは帝級相当のエリスさんと大して変わらないのだ。
「エリス、オルステッドも悪気があってやったんじゃないんだ。
実際、隠し切れないと見て、さっきこの情報を俺に伝えてきた時、オルステッドは凄い申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。
許してあげてほしいとまでは言わないけど、この緊急事態の最中に仲間割れするのは堪えてほしい」
「……………………わかったわよ」
エリスさんの体から力が抜けた。
説得の言葉もそうだけど、ルーデウスもやるせないみたいな顔してるのに気づいたからかな。
それはルイジェルドさんと関わりのある人達皆がそうだけど。
エリスさんとルーデウスは言わずもがな。師匠もノルンちゃんとアイシャちゃんがルイジェルドさんにお世話になったことあるみたいだし。
ロキシーさんは……わかんないけど、他の皆が辛そうな顔してたらロキシーさんだって辛いか。
比較的平静なのは、ルイジェルドさんとあんまり縁の無い私と北神三剣士の皆だけだ。
「こうなった以上、オルステッドもでき得る限りのことをすると約束してくれました。
彼は通信石板で各地に協力を要請してからこっちに合流する予定です。
俺達の方は一刻も早くスペルド族の村に行って、ルイジェルドと合流。
オルステッドや各地から派遣されてくる予定の医師達の受け入れ態勢を整えて、一緒に疫病対策を考えましょう」
「「「了解」」」
ルーデウスの言葉によって、私達のこの先の行動が決まった。
鬼神の勧誘のはずが、いつの間にか疫病に立ち向かうことになるなんて想定外。
ここに来る前に、オルステッドが言い淀んでたのはこれだったんだね。
嫌な予感の正体もわかってスッキリ。
ただ、疫病なんて戦闘力で解決できないこと筆頭みたいなのを前にして、私が役に立てる未来は想像できないけど……。
まあ、雑用でも何でも、できることをやるしかないね。
雑用、アスラ王国、低ランク冒険者時代……うっ、頭が。
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95 スペルド族の村で待つ者
転移魔法陣を設置した場所から移動して数時間。
推定ルイジェルドさんが発見されたという『地竜谷の村』までやってきた。
普通に歩けば半日かかる距離なんだけど、急いでるからルーデウスがロキシーさんをおんぶして、皆して走ったのだ。
おんぶされたロキシーさんを除けば、この中で一番足が遅いのは聖級剣士相当の身体能力を持ってるはずの二式改ルーデウスなんだから、この一行の戦力のインフレっぷりがよくわかる。
で、辿り着いた村から更に森に入る。
そこを進んでいくとでっかい谷があって、この谷の下には
だから村の名前が『地竜谷の村』っていうんだね。
地竜はかなり強い魔物みたいだけど、今は用が欠片も無いからスルーする。
谷にルーデウスの土魔術で橋をかけて渡った。
オルステッドから情報を聞いたルーデウス曰く、ここから先は少し注意しろとのことだ。
谷の先の森には透明になれるという能力を持った狼の魔物が住んでて、そこそこ厄介とのこと。
スペルド族は『第三の眼』っていう、額にある宝石みたいな器官でその程度の魔物の隠密性は見破れるから、討伐には苦労しないそうだけど。
ついでに言うと、私の魔眼でも透明狼の隠密性は見破れた。
魔物の魔力はわかりやすいから、出力強にしておけば遠距離からでも察知できるのだ。
更にオーベールさんがペンキみたいなものをまき散らす魔道具を発動させて、ペンキの雨を振らせて透明狼の姿を浮き彫りにしたから、これなら誰でも簡単に討伐できる。
透明能力に頼り切りなのか、それを抜いた戦闘力は大したことなかったし。
というか、オーベールさんの装備がまた増えてるよ。
私との模擬戦でも全部の手札を使い切ることはないから、一体あの人がどれだけの手札を隠し持ってるのかわからない。
まさに『奇神』。
そんなこんなで私達は森を簡単に抜け、私の魔眼による感知によって、森の中に建てられた小さな村を見つけ出した。
2メートルくらいの柵に囲まれた集落。
その入り口には、額に赤い宝石みたいなものが付いてる緑髪の戦士が二人、白亜の槍を持って立っていた。
悪魔として伝えられてる伝承通りの見た目だ。
なんかロキシーさんの膝がガクガクしてるけど、そんなに強そうには見えない。
中級剣士以上、上級剣士以下って感じかな?
大した闘気も纏ってないし。
いや、でも、なんか闘気じゃない変な魔力は纏ってるように見える。
神子や呪子に近いけど、かなり微弱な魔力。
門番二人ともだし、スペルド族の種族特性か何かかな?
それとも弱めのマジックアイテム?
なんか、どこかで見たことあるような魔力だけど……。
「何者だ?」
そんな門番さん達に近づいてみたら、槍を突きつけられた。
警戒心全開って感じだ。
スペルド族は迫害されてるらしいし、無理もないんだろうけど。
そんな警戒心むき出しの門番の前に、敵意は無いって感じで両手を上げたルーデウスが進み出た。
「突然お邪魔してすみません。俺はルイジェルド・スペルディアの友人です。
ルイジェルドに伝えてもらえないでしょうか。ルーデウスとエリスが来たと」
「……ルイジェルドの、客人? わかった。しばし待て」
訝しげな顔をしながらも、門番の片方が村の中に入っていった。
ルイジェルドさんに伝えにいってくれてるんだと思う。
こんなにすんなり行ったのは、門番さん達が私達の実力をある程度見抜いてるからかな。
エリスさんとか、いかにもな強者のオーラがあるし、戦っても勝てないって心のどこかでわかってるんだと思う。
だから要求を聞いてくれたと。
脅迫と同じ原理だね。
私達も
少し待ってると、さっきの門番さんに連れられて、一人の男性が村から出てきた。
門番さん達と同じ緑髪に、額には鉢金、顔には傷があって、手にはこれまた門番さん達と同じ白亜の槍を持ってる。
強い。
闘気の質ならオーベールさんと同等くらい。
でも、注目すべきはそんなところじゃない。
「「ルイジェルド!」」
「久しぶりだな。ルーデウス、エリス」
久しぶりに知り合いに合って、嬉しそうにする三人。
だけど、そんな感動の再会に水を差すように、私は二人とルイジェルドさんの間に入って、剣に手をかけた。
「あんた何やってんのよ!?」
「エミリー!?」
「ルーデウス、エリスさん! この人、変!」
私の魔眼はハッキリと捉えてるのだ!
この人の体に起こってる異常を!
ルイジェルドさんの中に別の魔力がある。
門番の二人と同じで、だけど遥かに強い魔力。
マジックアイテムのような、それでいて生物のような、首筋がピリピリとする危険な感じの魔力。
この魔力には見覚えがある。
前に見た時に嫌な感じがしたから覚えてる!
門番二人のは微弱すぎてわからなかったけど、何故か桁違いに強い魔力を纏ってるルイジェルドさんを見て完全に思い出した!
「体の中、何かいる! ギースさんが、前に、持ってた、瓶と、同じ、魔力!」
「「「!?」」」
「……ぐっ!」
私の一言で仲間達全員が戦闘態勢に入った。
同時にルイジェルドさんが胸のあたりを抑えて苦しみ出し、門番二人も同じように苦しみ出す。
そして、数秒としないうちにルイジェルドさんの目が濃い青に染まり、口は半開きになり、その顔から理性が消失した。
「さすがですね。こうなるだろうと聞かされていましたが、思った以上に早くバレた」
そんな状態でルイジェルドさんが喋った。
いや、これはどう考えてもルイジェルドさんじゃない。
私でもわかる。
今喋ってるのは、ルイジェルドさんの体の中にいる何かだ。
そんな何かに操られたルイジェルドさんの背後に並ぶように、同じく操られてるように見えるスペルド族の人達が続々と村から出てきて槍を構えた。
「お前は……! お前は、なんなんだ!?」
ルーデウスが叫ぶように問いかける。
悲痛な声。
大切な人がわけのわからない状態になって、答えを求めるような声。
ルイジェルドさんを操ってると思われる奴は、律儀にもルーデウスの問いに答えた。
「はじめまして、『泥沼』のルーデウスに『妖精剣姫』エミリーよ。
私はビタ。ヒトガミの使徒『冥王』ビタです」
ヒトガミの使徒を名乗った謎の寄生生物。
『冥王』ビタ。
オルステッドが言ってた要注意人物の一人だ。
カッコ良い異名だったから、よく覚えてる。
どんな人物で、どんな能力を持ってるかは知らないけど。
別に私が忘れたとかじゃなくて、スペルド族の件といい、ループの件といい、最近報連相が下手くそなんじゃないかと思えてきたウチの社長が説明しなかったせいで!
と、その時、更なる異変を私の魔眼が捉えた。
「何か、来る! 後ろから! 凄い、速さ!」
私が叫んだ時には、背後から森の木々を薙ぎ倒すような音が聞こえ始め、すぐにそれを成した存在が現れた。
森から巨大な何かが飛び出し、私達の後ろに着地というか、着弾する。
それは、身長3メートル近い赤い肌の巨人だった。
鬼族。
それも他の鬼族よりひと周り大きくて、とんでもない闘気を纏ってる存在となれば一人しか思い浮かばない。
『鬼神』マルタ。
ヒトガミ側についたと予想した、神級の怪物。
「とう!」
更に鬼神に続いて、見覚えのある人影が森から出てきた。
凄まじい魔力を纏った全長2メートルはある巨剣を持つ、黒髪の少年。
一時期一緒に旅をして、最近はずっと探し続けてた奴。
「アレク!?」
「久しぶりだね、エミリー! 今日は君達を倒して、オルステッドを倒して、僕が君の隣に立つに相応しい英雄なんだと証明するよ!」
『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバックが、わけのわからないことを言いながら、鬼神の隣で私達に向けて巨剣を構えた。
アレクが敵に回った。
このバカ!
ヒトガミにかギースさんにか知らないけど、ものの見事に口車に乗せられたな!
いつまで経っても見つからないからまさかとは思ってたけど、案の定か!
「ッ!?」
その二人に気を取られた隙に、違う方向から凄い速さの斬撃が飛んできた。
水神流『流』で受け流したけど、私以外を狙われてたら一人死んでたんじゃないかって思うほどの素晴らしい斬撃。
この手応え、よく覚えてる!
「ガルさん!?」
「チッ。やっぱ、この程度の攻撃が通用する奴じゃねぇよな、お前は」
「ちょ!? ガルさん!? エミリーは僕の相手ですよ!?」
「うるせぇ。早いもん勝ちだ」
『剣神』、いや元剣神ガル・ファリオン。
かつて一緒にオルステッドに挑んだ戦友。
剣の聖地を去る時に勧誘に失敗して以来、全く音沙汰が無かった人が、私に攻撃しながら現れた。
つまり、この人まで敵に回った。
敵側として現れた師を、エリスさんが殺気むき出しの顔で睨んでる。
ああもう!
ヒトガミに気をつけてって言っといたのに!
それで大丈夫だと思ってたけど、大丈夫じゃなかった!
敵に回るならヒトガミの手駒としてじゃなくて、道場破りみたいな感じで定期的にシャリーアに来てほしかったよ!
けど、嘆いてもどうしようもない。
前には『冥王』ビタに操られたルイジェルドさんとスペルド族の戦士達。
後ろには『鬼神』マルタと、『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバック。
横からは元『剣神』ガル・ファリオン。
神級三人に、人質を兼ねた帝級クラス+戦闘種族軍団。
今の私達にぶつければ、十二分に勝算のある戦力。
やられた!
オルステッドの言ったことは正しかった。
戦いは数と質だけど、ぶつかり方によって勝敗は大きく変わる。
ここまで完璧な状況を用意してみせるなんて……ヒトガミの力を得たギースさんは危険すぎる!
「ルーデウスよ、ギースからの伝言です。『さあ、開戦だぜ、センパイ』だそうですよ」
ビタがルイジェルドさんの口でそんなことを宣い、そして向こうの戦力が一斉に攻撃態勢に入った。
私達はまんまとギースさんの罠にハメられ、最悪に不利な状態から決戦はスタートした。
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96 いきなりの開戦
「剣神流『韋駄天』!!」
私は剣神流の踏み込みで敵に向かって突っ込んだ。
狙いはアレクだ。
初手からいきなり王竜剣によって何倍にも強化された破断を使おうとしてるこいつが一番危ない!
「『光の太刀』!」
「おっと!」
アレクは王竜剣の能力、重力操作で自分に対して横向きに重力をかけ、サイドステップと合わせて私の間合いから簡単に外れて光の太刀を不発にした。
そして直後には逆方向にかけた重力と踏み込みで戻ってきて、王竜剣を私に向けて振りかぶる。
「北神流奥義『重力烈断』!」
「水神流奥義『流』!」
重力操作によって重さを増し、威力を増した烈断を水神流で受け流す。
受け流す方向にも注意が必要だ。
うっかり他の皆や村の方に受け流したら、今の一撃だけでも全滅しかねない。
ええい! やり辛い!
「ガァアアアアアア!!!」
「北神流『色彩弾』!」
一方、私がアレクとぶつかると同時に、他の皆も戦いを開始していた。
エリスさんが迷うことなくガルさんに突っ込み、一人じゃ無理だと思ったのかオーベールさんがそれをサポートする。
さっきのペンキ魔道具をガルさんに投げつけて、ガルさんがそれを思わず斬り裂いたら、大量のペンキが飛び散ってガルさんに降り注ぎ、視界をペンキに塗り潰されるのを嫌がらせて後退させた。
そういう使い方もあるんだ。
「エリスにオーベールか。ケッ、面倒な連中が出てきたもんだ」
「こんなところにノコノコ出てきて! 殺してやるわ!!」
「ハッ! お前が俺様を殺すだぁ?
オルステッドに負け、エミリーに負け、ジノに負け、落ちぶれて剣神の座まで失って。
だったら挑戦者として、覚悟決めたマジの戦場でもう一回あいつらに挑んでやろうと、わざわざ猿野郎の誘いに乗ってこんなところまで来たが、お前ごときに殺されるほど弱くなったつもりはねぇぞ!」
ガルさんとエリスさんの剣がぶつかる。
実力はガルさんの方が上。
しかも、今のガルさんは剣神だった頃以上の、吹っ切れたみたいな気迫を纏ってる。
でも、オーベールさんのサポートがあれば、エリスさんにだって充分に勝機はあるはず!
「ウオオオオオォォォ!!!」
「うわぁああああああ!!!」
そして、鬼神との戦いもまた始まっていた。
巨体と怪力に任せて突進する鬼神と、魔導鎧『一式』に乗り込んだルーデウスが正面から激突し、巨大怪獣VS巨大ロボットの夢の戦いが勃発してる。
師匠が全力サポートしてるのを見るに、師匠が時間を稼いでる間に、ルーデウスがスクロールバーニアで一式を喚び出してライドしたんだと思う。
それでもなお、明らかにパワータイプの鬼神には力負けしてるけど、ルーデウスの真骨頂はあの鎧に守られたところから放たれる大火力魔術の数々だ。
師匠もいるし心配いらないと思う。
「落ちる雫を散らしめし、世界は水で覆われん! ━━『
天より舞い降りし蒼き女神よ、その錫杖を振るいて世界を凍りつかせん! ━━『
混合魔術『フロストノヴァ』!」
ロキシーさんは何故か顔を真っ青にして、膝をガクガクと震わせながら、体の表面を凍結させる魔術でスペルド族の戦士達の動きを止めた。
戦士達はやっぱりそこまで強くないのか、それだけで動きが止まる人も多かったけど、
動きが鈍るだけで止め切れないそこそこ強そうな人も結構いるし、帝級相当のルイジェルドさんに至っては全く止まらない。
そんなスペルド族達に、ウィ・ターさんとナックルガードの二人(三人?)が、ロキシーさんを守りながら立ち向かう。
「うぅ……まさかスペルド族と戦う日がくるとは思いませんでした。しかも、操られた味方としてなんて……。
三人とも! 前衛よろしくお願いします!」
「任せて!」
「できれば師匠と戦いたかったけどね!」
「レディをお守りできるとは剣士の誉れ!
エミリー殿に加勢して師匠との因縁の対決というのも捨てがたいが、これはこれで良し!」
目立ちたがり屋どもがなんかアホなこと言ってる。
それが聞こえたのか、あの二人(三人?)に出ていかれた師匠であるアレクが微妙な顔になって、意識がそっちに逸れた。
「隙あり!」
「うおぉ!?」
一瞬、わざと隙を見せて攻撃を誘う『誘剣』じゃないかと思ったけど、アレクはそういう細かい技が苦手だったし、そもそも私の目には今の隙がフェイクには見えなかったから、同じ北神流としての直感を信じて光の太刀を放った。
結果、普通に隙だったみたいで、アレクは受け流しに失敗して体勢を……崩さない。
重力操作によって体を支えて、ワイヤーで吊られてるみたいな不自然な体勢のまま、普通に強烈な攻撃を繰り出してきた。
「相変わらず、反則……!」
「これが北神の力さ!」
予測も対処も難しい攻撃の数々を、それでも受け流して反撃していく。
こいつに負け続けてた時より、私は遥かに強くなった。
曲がりなりにも、今の私はアレクより上位の列強だ。
そう簡単には負けない!
「強くなったね、エミリー! やっぱり君は北神英雄譚に登場する頼れる仲間に相応しい!」
「なら、なんで、敵に、なってるの!?」
中距離から烈断を叩き込む。
重さを増した王竜剣の一閃であっさりと霧散させられた。
「君の隣に並び立つためさ! 今の僕は君と共に成したファランクスアント討伐以来、大した偉業を成せていない。
対して、君は難易度S級の迷宮を制覇し、水神を倒し、あのランドルフを倒し、他にも世界各地で多くの逸話を残している」
アレクは悔しさと歯がゆさが同居したような顔で剣を振るい続ける。
「今の僕じゃ君の隣に相応しくない。せいぜい、君の引き立て役だ。
だけど、この戦いで僕は君にも、そして父さんにも負けない名声を手に入れる!
神級の集うこの大舞台で列強五位の君を倒し! 君にも倒せなかった『龍神』を倒して! 僕は英雄になる!
そのためにギースの誘いに乗ったんだ!」
そう語る、そう叫ぶアレクの目は。
一緒に旅をしてた頃と違って、どんよりと濁ってるような気がした。
病みの気配をビンビンに感じる。
「アレク…………このアホ」
「アホ!?」
アホが。
バカが。
いくら病んでるとはいえ、ほとほと呆れ果てた。
私を倒す。オルステッドを倒す。
それは別にいい。
だけど!
「剣士なら、剣で、語れ。剣で、誇れ。名声、なんかに、振り回されるな」
自分の剣に自信があるなら。
私にもオルステッドにも勝てると思うくらい自信があるなら。
堂々と胸を張って挑戦しにくれば良かったんだ。
それか私の勧誘に応じて、「僕の力を貸してあげよう!」みたいな感じで自信満々にふんぞり返って、上から目線で協力してくれれば良かったんだ。
「名声、なんかに、振り回されて。勝手に、卑屈に、なって。よりにも、よって、ヒトガミ、なんかの、味方に、なって……!」
あんなのに協力して名声を得ても虚しいだけだと思うけどなぁ!
勘違いと成り行きで手に入れた私の列強の地位より虚しいでしょ!
アホな選択したアレクに怒りが湧いてくる。
同時に、病んだアレクにそんな選択をするように誘導したんだろうヒトガミにも怒りが湧いてくる。
人間は弱ったところに付け込まれると、間違った選択をしがちだ。
実際、紛争地帯でヒトガミが夢に出てきた時は、私も多少なり揺れた。
アレクもきっと揺れて、押し切られて、間違った道に押し込まれちゃったんだと思う。
私の友達に何してくれてんだ!!
スーパーサ○ヤ人に覚醒しそうなほどの私の怒気に晒されて、アレクがビクッとした。
「有名に、なりたくて、唆されて、騙されて、いいように、使われて。
そんなの、英雄じゃない。だって、カッコ悪いから」
「カ、カッコ悪い!?」
ガーン! って感じのショックを受けた顔になったアレクに一撃叩き込み、隙を作って後ろに下がる。
そうして距離を取ってから、剣を鞘に戻す。
戦ってるうちに、皆から多少は離れられた。
この距離なら
「私は、武人には、敬意を、払う。
でも、今の、アレク、注目、されたいだけの、迷惑系、ユーチューバー」
「ゆ、ゆーちゅーば……?」
「だから、私も、敬意は、払わない」
私は剣を引き抜く。
愛剣である誕生日プレゼントの剣ではなく、腰の後ろに装備してた使うつもりの無かった魔剣を。
もしこれを使うとしたら、背伸びをしなきゃ勝てないと断言できる超格上相手の時だけって決めてたんだけど、今の私は剣士としての流儀も敬意もぶん投げてるから遠慮なく使う。
まあ、ここで出し惜しみしたらその間に皆が死にかねないし、どっちみち使うしかなかっただろうけど。
私の流儀より仲間の命の方が遥かに大事だし。
それでも、これから始まるのは剣士と剣士の尋常な勝負なんかじゃない。
気に食わないことしてる友達をボッコボコにして連れ戻すための、ただの派手な喧嘩だ。
「魔剣『仙骨』」
アレクの持つ王竜剣と同じく、シャンドルが倒したという最強の竜、『王竜王』カジャクトの肉体から作られたという48の魔剣の一つ。
この48魔剣は王竜剣を作るための練習で作ったって話だから、刀剣の格としてはまだ私の方が劣る。
でも、英雄と迷惑系ユーチューバーを履き違えてるバカ相手には、ちょうどいいハンデだ。
「行くよ、
「……来い、エミリー。カッコ悪いなんて言わせない。僕はカッコ良く君を倒して、君を僕の仲間にする!」
アトーフェさんか。
ああ、いや、そういえばアレクってアトーフェさんの孫だったっけ。
魔王の血族は、戦う、倒す、仲間になるが好きみたいだ。
なら、私も遠慮なくぶっ倒して、首根っこ引きずって下僕にしてやる。
「右手に、剣を。左手に、剣を」
私は剣を上段に振り上げた。
・アレクの理想の決着
エミリー達がアスラ王国でレイダ達を倒した時みたいなシチュエーション。
戦いに勝ち、されど命は奪わず、昨日の敵を今日の友とする。
ヒトガミ的には、オルステッド陣営を消耗させてくれればそれでオッケー。
・ガルさん
オルステッドとの戦いで生涯最高の一太刀を振るえたせいで、模擬戦じゃ満足できない体にされてしまった。
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97 VS『北神カールマン三世』
「北神流奥義『破断』!!」
私の最高火力。
北神流最高の必殺技を初手からぶっ放した。
殺す気はないし、こっちの方が発動が早いから回復封じの斬撃にはしない。
それに対抗するように、アレクもまた奥義を放った。
「北神流奥義『重力破断』!!」
かつて、最強の魔物ファランクスアントの群れを一網打尽にした最強必殺技。
あの時は重力操作で敵を浮遊させて逃げられなくしたところに打ち込んでたけど、今回は私の奥義を迎撃することに主眼を置いたのか、単純に全てを押し潰す圧力が付与されただけの極大斬撃だ。
それだけでも充分やばいと思うけど。
私達の斬撃は正面からぶつかり合い、
「なっ!?」
相殺した。
ややこっちが押し込まれた形だけど、それでも二つの斬撃は互いに互いを打ち消し合って消滅した。
世界最強の剣とまで言われる王竜剣カジャクトを使って放たれた最高の必殺技を打ち消されて、アレクが驚愕の表情を浮かべる。
魔剣を手にすることで何が一番変わるかといえば、斬撃飛ばしの火力だ。
切れ味とか剣の耐久力とかももちろん大きく上がるんだけど、個人的に一番大きいのはこれだと思ってる。
生まれついての体質、神子であるザノバさんには及ばないまでも、ラプラス因子によって常人より遥かに強化された肉体を龍聖闘気もどきで更に強化してる私の体は、
下手したら幼女認定されかねないくらい未成熟な状態であるにも関わらず、神級の中でも上位の怪力を誇る。
シャンドルにも、レイダさんにも、ランドルフさんにも、一式ルーデウスにも、腕相撲で圧勝だった。
最近は力の入れ方がなってないザノバさんにも勝てるようになってきてる。
勝てないのはオルステッドだけだ。
そんな私の力を魔剣で更に増幅して、剣術三大流派の数ある技の中で最も火力に優れる破断なんて使おうものならどうなるか。
正直、これをぶっぱするだけで大抵の相手に勝ててしまう。
レイダさんにすら「殺す気かい!?」って言われたし。
まさにシャンドルの言った通り、強すぎて成長を阻害する武器だ。
私とこの魔剣は相性が
だけど、目の前の世界最強の剣を使うバカ相手にはちょうどいい!
「剣神流『韋駄天』!」
私は剣神流の踏み込みによって、自信満々の大技を砕かれて隙を晒してるアホに突撃する。
「くっ!?」
アレクが受け流しの体勢を取った。
でも、その時には私はもうアレクの構えた方向にはいない。
北神流『幻惑歩法』+『
もはや、私の黄金コンボと化した動きだ。
「『光の太刀』!」
「ッ!?」
そして、隙だらけの背中から光の太刀。
体の反応は間に合ってなかった。
でも、王竜剣の魔術による反応は間に合ったらしい。
アレクは自分に後ろから重力をかけて前方にスライド移動。
そのまま重力操作だけでぐりんっと体を回転させ、あの状態から体重の乗った反撃を繰り出してきた。
でも、アレクにしては単調な攻撃だ。
焦ったな!
「奥義『流』!」
「ぐぁ!?」
反撃の一太刀を受け流し、完璧に決まった水神流のカウンターで、アレクの右足を斬り落とす。
あのアトーフェさんの血を引くアレクは、この程度ならほっといても出血死とかすることはないけど、純血の不死魔族じゃないんだから、失った手足がすぐに戻ることもない。
「この程度ッ!」
でも、アレクは失った足に頓着せず、すぐに動き出した。
そう。
ことアレクに限っては、本当にこの程度はそこまでの痛手にならない。
元々、四肢欠損まで想定した型がある北神流を極めてることに加えて、王竜剣の重力操作があれば片足でバランスを崩すこともないからね。
あの武器、ますますチートだ。
あれのせいでシャンドルが武器に頼るな主義に目覚めたのもよくわかる。
「北神流『重力歩法』!」
そんなチート武器の重力操作を使い、アレクが片足で私の周囲を凄まじい速度で飛び跳ねる。
前に後ろに、右に左に、縦に横に、上に下に。
急加速したと思ったら急停止。
ジャンプしたと思ったら急降下。
予測困難の動きで私を惑わす。
私の使ってる幻惑歩法と衝撃波移動の合せ技を、より高度に、よりスマートにした感じの技だ。
懐かしい。
ベガリットでの旅の時は、よくこれにやられて敗北を喫した。
けど、今の私は対処法を持ってる!
「水神流奥義『剣界』!」
水神流の五つの奥義の一つ『剣界』。
レイダさんの幻の奥義『剥奪剣界』のもとになった技の片割れで、前後左右上下、どこにいる敵に対しても、同じ体勢からカウンターを放てるという技。
フェイントに釣られて体勢を崩すことがない分、この手の技にはかなり強い。
タイミングを外されるのだけはどうにもならないけど、そこは同じ北神流としての技の読み合いでカバーする。
「くっ!?」
攻撃を尽く受け流され、その度にカウンターでダメージを食らったアレクは、堪らず一時的に距離を取った。
不死魔族の血のおかげで、あの程度の浅い傷は1分もすれば完治するからね。
距離を取って仕切り直すのは正しい選択だ。
でも、逃さん!
「『烈断』!」
「ッ!?」
飛び下がるアレクに、追い打ちのような形で巨大斬撃の烈断を放つ。
咄嗟に王竜剣でガードされたけど、魔剣で強化された一撃は防ぎ切れずに体勢は完全に崩れた。
重力操作があれば1秒で立て直せるだろうけど、最速の剣技を前に1秒は大きすぎる隙だよ!
「『光の太刀』!」
「うっ!?」
最速最短の踏み込みで間合いを詰めて、すれ違いざまに放った光の太刀で、今度は左腕をもらった。
某11番隊隊長も言ってたけど、剣っていうのは片手で振るより両手で振った方が強いのだ。
私だって片手じゃ破断や光の太刀はおろか烈断すら使えない。
片手でその手の奥義を放てるデタラメな存在は、私の知ってる限りオルステッドだけだ。
アレクだって、片手を失えば大きく戦闘力が下がるはず。
ちょっと見ない間にデタラメの領域に片足突っ込むほど成長してたら話は別だけど、それもない。
「なんで……!?」
絶望顔のアレクにトドメを刺すべく、私は再び距離を詰める。
油断せず、幻惑歩法を使って惑わしながら前進。
でも、アレクが王竜剣に魔力を送り、発動した重力魔術が私を含む周囲一帯のものを全て浮遊させて、私から踏み込む地面を奪った。
構わず衝撃波を自分にぶつけて空中ダッシュ。
北神流『花火』!
「どこで、こんな差が……!?」
片手で突き出してきた遅すぎる刺突を受け流し、カウンターで左足を斬る。
「うぁああああああああ!!!」
悲痛な叫びを上げながら、アレクは重力操作でフワフワと浮いた状態で、最後に残った右腕による全力の一撃を放ってきた。
渾身。
死にものぐるい。
残った力の全てを込めたような一撃は、片手打ちで、しかも踏み込む足も失くしてるにも関わらず、充分すぎるほどの威力があった。
それを、私は容赦なく叩き潰す。
「奥義『光返し』」
攻撃特化の剣神流の中で、ほぼ唯一の返し技。
本来なら最速の剣技である光の太刀を、同じく光の太刀で迎撃するための技。
でも、別にそれ以外の技に対して使えないわけじゃない。
アレクの剣が振り切られる前に、私の最速の剣技がアレクの右手首を斬り飛ばした。
「僕は、名声だけじゃなく、剣でまで、君に……」
……アレクの泣きそうな顔に酷く心が痛むのを感じながら、私は剣の腹でアレクの頭を思いっ切りぶっ叩いた。
両手足を失い、王竜剣を失い、意識も失って崩れ落ちるアレクを、そっと抱き止める。
「バカアレク。起きたら、根性、叩き直してやる」
気絶する寸前のアレク(ああ、なんか、いい匂いする……)
愛剣『バースデー』を使った、現在のエミリーの実戦稽古の戦績
VS『死神』(魔剣装備)勝率99%
VS『奇神』(何でもありモード)勝率95%
VS『水神』(魔剣装備)勝率80%
VS『泥沼』(遠距離戦)勝率75%
VS『龍神』(素手)ギリッギリ一本取れた
魔剣装備エミリー戦闘力 ラプラス戦役以前の列強下位並み
世界最強の男の教えを写○眼を使って超効率的に吸収し、習得した技を存分にぶつけて磨き上げられる好敵手達に囲まれた結果、とんでもねぇ化け物が誕生してしまった。
現時点でこれなのに、肉体的にも技術的にも全盛期はまだまだ先なのだから戦慄ものである。
この化け物を見出すという偉業のせいで伝説の登場人物になりそうな勢いの初代師匠は「もうどうにでもなれ」という顔になり、二代目師匠は北神一世の教えの凄まじい可能性を見て大興奮したという。
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97.5 元『剣神』VS『狂剣王』&『奇神』
「おらぁ!!」
「ッ!?」
エミリーがアレクサンダーを遠ざけ、ルーデウスとパウロがどうにか鬼神を押し出し。
ザコの邪魔が入っちゃつまんねぇという理由で、スペルド族が戦っているところから少しだけ場所を移した戦場にて。
元『剣神』ガル・ファリオンが剣を振るう。
剣神を名乗っていた頃以上の速度を誇る光の太刀。
少しでも反応が遅れてしまえば、相対するエリスにどうにかできるものではない。
剣神流同士の戦いにおいて、剣速で負けているというのは致命的だ。
「おおおおお!!」
しかし、エリスに対処できない攻撃を、ガルと同じくエリスに教えを授けた者の一人である『奇神』オーベールが止める。
ガルが剣を振り上げる前にエリスの盾になれる位置に飛び込み、手に持った二本の剣でガルの光の太刀を受け流す。
「奥義『流』!!」
オーベールが使ったのは、畑違いの水神流の奥義。
だが、所詮は他流派の技と侮るなかれ。
今のオーベールは『北帝』ではなく『奇神』だ。
三大流派の全てを極めんとする『妖精剣姫』によくサンドバックにされ、向こうがこちらの技を吸収するのと同時に、こちらもまた向こうの技を吸収してきた。
模擬戦の後には、勉強会のごとく互いの技を教え合ってきた。
結果、オーベールは北帝としての完璧に出来上がった基礎を礎にして、エミリーより『水王』の認可を受けた。
そんな奇神の受け流しは、本家になんら劣らぬ守りの剣。
おまけに、ガルはオーベールの
不完全な技であれば、たとえ剣神の太刀とて受け流せる!
「ぐっ……!?」
しかし、ガル・ファリオンはオーベールの上を行った。
無茶な体勢から放った不完全な光の太刀。
それでオーベールの受け流しを凌駕した。
ガルの剣閃を完全には逸らせず、オーベールの胴が深く斬り裂かれる。
だが!
「北神流『血煙』!」
「あぁ!?」
斬り裂かれたオーベールの腹から、凄まじい勢いで赤い煙が噴き出した。
腹に仕込んでおいた魔道具だ。
裂かれると凄まじい煙を噴き出す、目眩まし用の武器。
被弾をただの負傷で終わらせないための、悪手から勝機をひねり出すための、北神流奇抜派の技。
他流派の技を使おうとも、やはり彼の根っこは北神流だ。
「シッ……!」
オーベールの出した煙に殺気を隠して、エリスが剣を振るった。
己にできる最速の光の太刀。
目の前の男から教わった技。
しかし、剣から伝わってきたのは人を斬る感触ではなく、ヌルリとした手応え。
「奥義『流』」
「ッ!?」
ガルがエリスの剣を受け流す。
彼もまた水神流の技を使ったのだ。
それもオーベール以上の精度で。
才能だけで比較すればエミリーには及ばないものの、それでもガル・ファリオンは紛れもなく剣の天才である。
剣神と名は付いているが、水神流の道場を叩けば、水帝程度までは上がれる才気にあふれている。
そして、彼は今までの人生で水神流の剣士と戦ったことなど何度もあった。
ならば、盗める。エミリーがそうであったように。
しかし、それは剣神流の頂点『剣神』の名にあるまじき行いだった。
「流派の頂点が他流派の技を……! プライドというものは無いのですかな、剣神殿!」
「ハッ! お前にだけは言われたくねぇな、オーベール!」
ごもっともだった。
頂点でこそないが、オーベールもまた流派の看板の一端を背負う帝級の剣士。
本当にどの口が言っているのかという話だ。
さすが北神流。
「そんなつまんねぇこと言うなよ! プライドがなんだ? 流派がなんだ? 失ってみりゃぁ、そんなもんに固執してたのがバカみてぇに思えてくる!」
「ぬぅ……!?」
ガルが剣を振るう。
オーベールが必死に惑わし、受け流し、エリスが反撃して、ガルの攻撃を中断させる。
それでも徐々に徐々に押される。
「剣神流『韋駄天』!」
「「!」」
地面を思いっきり踏みつけて、ガルが加速。
剣神流特有の迷いの無い踏み込み。
最速最短を駆ける、最速の剣技の足捌き。
「北神流『幻惑歩法』!」
「「ッ!?」」
そこに、ありうべからざる惑わしの歩法が混ざる。
剣神流と北神流の基本の歩法の組み合わせ。
エミリーが得意とする技。
ガルはエミリーとの戦いでそれを盗み、この戦いに挑むまでの間に『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバックとの模擬戦を重ねて、この技を完全に己のものとした。
技を確認しながらだったのもあって、アレクには何度も負けた。
剣神だった頃にやっていれば、列強の順位を落としていただろう。
色んな意味で、あの頃の自分には絶対にできなかったことだ。
「ハハハッ! 楽しいなぁ! なんの
エミリーの奴はずっとこんな自由に戦ってやがったのか! そりゃ負けるわけだぜ!」
「くっ!?」
「この……!?」
ガル・ファリオンの剣閃が走る。
『剣神』ではなく、『ガル・ファリオン』の剣が走る。
合理を極めながらも、どこまでも自由に。
どこまでも伸び伸びと。
「ハーッハッハッハ!!」
解けていく。壊れていく。
己を縛りつけていた枷が、一太刀振るうごとに外れていく。
体が軽い。心が軽い。
ほんの少し前であれば、剣神としての振る舞いがあった。
剣神として、剣神流の技を使わねばならぬという義務感のようなものがあった。
ガル・ファリオンは世界最強の剣士であった。
剣の神、七大列強第六位、最強の人族、剣士の頂点に座する君臨者であった。
だが、彼は『龍神』オルステッドに負けた。
列強二位、次元の違う絶対強者に、いとも容易く両手足を斬り落とされて敗北した。
彼は『妖精剣姫』エミリーに負けた。
列強五位、恐ろしいほどの早さで強くなる規格外の天才に追い抜かれた。
彼は次代『剣神』ジノ・ブリッツに負けた。
七大列強の地位も、剣神の称号も失った。
負けた。負けた。負けた。
絶対強者に届かず、規格外に追い抜かれ、後進にまで乗り越えられた。
もうガル・ファリオンには何も無い。
もう彼は最強の人族でもなければ、剣士の頂点でもなく、君臨者でもない。
ガル・ファリオンには何も残っていない。
━━生涯に渡って鍛え続けた、その剣技以外は。
……なら、もういい加減好きにやってもいいだろう?
剣神の称号などいらない。
立場も地位もいらない。
責任もクソも知ったことか。
ただ剣を愛する一人の剣士として、やりたいようにやろう。
人生で一番楽しかった、
どこまでも心の赴くままに。
命懸けの戦いを楽しみたい、その果てに強敵を打倒し、勝利の愉悦に浸りたいという、己の欲望の赴くままに。
『欲望のままに剣を振るえ』。
それはガル・ファリオンが弟子達にずっと言ってきた、彼自身がいつの間にかできなくなっていたこと。
ひたすらにワガママを通す。
ワガママを通すのが生きるってことよ!
「奥義『疾風光剣』!!」
「「ッ!?」」
またガルの剣が鋭くなった。
体のあちこちから飛び出してくるオーベールグッズによる妨害なんぞ、なんのその。
崩れた体勢、不完全な構え。
知ったことかと無理矢理に放たれた光の太刀の連撃が、驚くほどに鋭く、美しい。
「おらおら! どうしたぁ! 俺様を殺すんじゃなかったのかぁ!?」
防ぎ切れずに斬り刻まれていく二人を、ガルは獰猛な笑みを浮かべながら挑発した。
もっと楽しませろ。
彼の表情がそう言っていた。
「舐めんじゃないわよ!!」
エリスが剣を振るう。
実に生き生きとしている
剣神流奥義『光の太刀』+北神流『打鉄』!
「奥義『打鉄光破』!!」
エリスの剣がガルの剣を弾いた。
北神流『打鉄』。
それっぽい名前こそ付いているが、なんのことはない、剣と剣を打ち合わせて弾くだけの技だ。
極めれば防御と武器破壊を同時に行える奥義となるが、ガルを相手にそこまでの余裕は無い。
ただ、光の太刀で光の太刀を強引に迎撃するだけで精一杯。
相手の光の太刀が最高速度に達する前に、自分の最高速度の光の太刀で手首を斬り飛ばす『光返し』を打たせてくれないからこその苦肉の策。
それも速度で負けている以上、全ては防げない。
極限まで集中しても、せいぜい半分しか防げない。
「奥義『光流し』!!」
だから、残る半分はオーベールが防ぐ。
水神流奥義『流』+剣神流奥義『光の太刀』。
エミリーが対オルステッド用に使い、『剣聖』の認可と共に光の太刀を会得したオーベールが、どうにか真似た不完全な奥義。
二本の剣のうちの一本を捨てて両手持ちとなり、なりふり構わず北神流をも投げ捨てて再現したそれを無理矢理に使って、ようやく今のガルを相手にギリギリ生き残れる。
一方的に斬り刻まれ、なんとか生きているだけという薄氷の上の生存だが。
それくらい、今のガル・ファリオンは強かった。
……だが。
「終わりだ!」
「ぐぅぅ!?」
オーベールの左腕が斬り飛ばされて宙を舞った。
不完全な奥義に頼った代償。
とうとう防御が崩れた。
「ま、前座にしちゃ、そこそこ楽しめたぜ!」
ガルがトドメの一撃を構える。
絶体絶命。
次の瞬間にはオーベールかエリスか、ガルが狙った方が死ぬだろう。
絶死を確信してしまうほどの、完璧な状況。
達人剣士ですら、ほんの僅かに気が緩む瞬間。
それを━━待っていた。
「『
「あ?」
ガルの足下が崩れる。
いや、オーベールの爪先の直線上の地面が崩れた。
階段の段差一つ分くらいヘコんだ。
無詠唱魔術……ではない。
オーベールは無詠唱を使えない。
これはブーツに仕込んだ魔道具の効果だ。
魔力を流した瞬間、超簡略化された『
規模を極小にまで絞ることで、発動速度を速めた。
それによって、ガルの右足がガクンと落ちた。
体勢が崩れた。
達人であれば刹那のうちに立て直せる、しかし確実な隙が生じた。
更に、
「『
「おぉ!?」
斬り飛ばされたオーベールの左腕からパンチが放たれた。
ルーデウス達が開発した魔導鎧の前段階『ザリフの籠手』を飛ばすロケットパンチ。
オーベールの要望によって、本来の起動音声より大幅に短縮され、他にも色々と弄ってもらった、オーベール専用のロケットパンチ。
それが奇神らしい予想外の奇手としてガルを襲い、ガルは咄嗟に避けるも更に体勢は崩れた。
……しかし。
(足りねぇなぁ!)
ガルは獰猛に笑う。
体勢は確かに崩された。
だが、この体勢からでも光の太刀は放てる。
そして、左腕を失ったことに変わりはないオーベールに、これをどうにかする手段など無い。
オーベールのあがきは、死の瞬間をほんのコンマ数秒先送りにしただけだ。
だが、
(これで良い)
オーベールにとっては、そのコンマ数秒こそが何よりも欲しかった。
「ガァアアアアアア!!!」
『狂剣王』エリス・グレイラットが咆哮を上げながら剣を振るう。
剣神流奥義『光の太刀』。
他の技など混ざっていない、純粋な剣神流の光の太刀。
ガル・ファリオンより授かった奥義。
(バカが!)
エリスに対抗するように、オーベールからエリスに標的を変えて、ガルもまた光の太刀を放つ。
こちらもまた他の技など混ざっていない、純粋な剣神流の光の太刀。
エリス・グレイラットに授けた奥義。
つまりこれは、光の太刀の打ち合い。
ガルの方が、ほんの少しだけ出だしが遅かった。
オーベールに体勢を崩されたせいだ。
それでも、エリスに負ける気はしなかった。
光の太刀。
ガル・ファリオンが生涯をかけて磨き上げた奥義。
オルステッドに打ち砕かれ、エミリーにねじ伏せられ、ジノ・ブリッツに超えられた奥義。
信じて疑わなかった自分の剣。
信じて疑わなかった自分の技。
それが、いとも簡単に破られ、そして敗北した記憶。
しかし、自由に剣を振っているうちに、失った自信も何もかも戻ってきた。
否、どうでもよくなった。
自信が無いとか、また負けるかもしれないとか、そんなことはもうどうでもいい。
ただ剣を振るうのが好きだから振るう。
その先にある勝利が欲しいから戦う。
それだけで良い。
それだけで良かったのだ。
良い方向の開き直りが、ガル・ファリオンの剣を生き返らせた。
振るう剣が羽のように軽い。
若き日の全盛期を超え、オルステッドと戦った時の生涯最高の一太刀を超え。
たった今放った光の太刀こそが、己の最高の一振りであると、ガルは確信した。
「あ?」
だからこそ、ガルは目を疑った。
光の太刀が、最速の剣技同士が交差する、刹那にも満たない一瞬。
その一瞬の間に、ガルは確かに見た。
エリスの光の太刀が━━己の光の太刀を振り切る瞬間を。
剣速ではガルが勝っている。
同じタイミングで打ち合ったのなら、ガルの勝ちだったろう。
しかし、ほんの僅かに遅れた距離を、オーベールが稼いだ距離を、ガルの奥義は詰め切れなかった。
「ガァアアアアアアアアアアアアア!!!」
「………………は?」
エリスの光の太刀が━━ガルの体を両断した。
肉体の支えを失ったことで、ガルの光の太刀は制御を失い、エリスの体を浅く斬りつけるだけの結果に終わる。
生涯最高を超えた、人生の集大成の一太刀。
それを、真っ向からねじ伏せられた。
鍛え上げられたガル・ファリオンの肉体がただの肉塊と化し、血を撒き散らしながら崩れ落ちる。
「マジ、かよ……」
信じられない。
何故、負けた?
何故、届かなかった?
その答えを求めるように、ガルはエリスのことを見た。
「ふん! 強くなったのは、あんただけじゃないのよ!」
傷だらけの体で、斬り伏せられて地に倒れるガルを見下ろしながらエリスは言った。
息を切らし、全身から血を流し、それでも堂々たる姿で、エリスは立ち続けていた。
彼女の言葉が全てだった。
エリス・グレイラットは、強くなっていた。
ガル・ファリオンの予想を超えるほどに。
『龍神』に、『妖精剣姫』に、ガルの負けた二人に修行で何度も挑みかかり。
負けて、負けて、負けて、それでも食らいついて強くなった。
負けて吹っ切れたガルのように、敗北と屈辱をバネにして強くなったのだ。
あの瞬間、オーベールの稼いだ時間を最大限効果的に使い、体勢を完璧に整え、最善最高の光の太刀を放てるほどに。
その最善最高の光の太刀で、不完全とはいえガルの光の太刀を振り切るほどに。
そんなエリスを見て、ガルは……。
「……そうか。強く、なりやがったなぁ」
自然と……笑っていた。
酷く穏やかな顔で笑っていた。
何故笑っているのか、自分でもわからない。
負けたのだ。死ぬのだ。オルステッドにも、エミリーにも挑めないまま。
悔しい。本当に文字通り、死ぬほど悔しい。
なのに、不思議と穏やかな気持ちしか湧いてこない。
「ったく、エミリーといい、ジノといい、お前といい……。本当に、強く、なりやがって……」
口から言葉が漏れていく。
殆ど無意識に出てきた言葉。
それを聞いて、ガル・ファリオンはなんとなく悟った。
(ああ、そうか)
自分の時代は、終わったのだ。
次代の剣士達が、ガルの剣を継いだ連中が、全力の自分を超えていった。
自分は最後の最後に好きにやれた。ワガママを通せた。一花咲かせられた。
それで充分なんて殊勝なことは思っていない。
エミリーに勝ちたかった。オルステッドに勝ちたかった。
その思いは確かにある。
ただ、なんとなく、本当になんとなく、そんなに悪くない気持ちしか湧いてこないのだ。
それこそが、自分の時代の終わりをガルに感じさせた。
「やるよ。好きに、使い、潰せ……」
ガルは、最後の最後まで離さなかった愛剣、魔剣『喉笛』をエリスに差し出した。
そして……。
「エリス……」
「……何よ?」
最後に、『剣士』ガル・ファリオンは。
「見事だ」
敗者として、勝者を讃えた。
それが、本当に最後だった。
ガル・ファリオンの目から光が消える。
どこか満足そうな顔で、かつて最強だった剣士は逝った。
「…………」
そんなガル・ファリオンの最期に。
彼の愛剣を受け取った『狂剣王』エリス・グレイラットは。
静かに、敬意を込めて一礼した。
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98 最凶襲来
倒したアレクを王竜剣と一緒に引きずりながら仲間達のところに走って戻れば、そっちの戦いももう終わりかけてた。
ちょっと遠くでガルさんはガ/ルさんになってて、愛剣の魔剣『喉笛』をエリスさんに託してた。
悲しいけど、これも剣士のサガだ。
レイダさんの時といい、今回のアレクといい、なんだかんだで知人や友人を斬らずに済んでる私は運が良いだけだよ。
唯一の救いは、ガルさんの死に顔が割とやり切った感じの表情だったことかな。
全力でやって負けたんだから仕方ないみたいな、自分の死に様に納得してるような顔だった。
鬼神の方はまだ暴れてたけど、ルーデウスの大火力魔術を食らいまくったのか既にボロボロ。
そこにまだ魔剣を持ったままの私が参戦してズバッといき、
驚いたことに鬼神はそれでも気絶はしても死にはしなかったから、手足を斬り落とした後、ルーデウスの魔術でガッチガチに固めて拘束した。
殺しを忌避してるルーデウスらしい。
まあ、鬼神を殺すと鬼族全体とビヘイリル王国が敵に回るそうだから、決して甘いだけの判断じゃないんだろうけど。
そんな感じで鬼神も無力化。
でも、鬼神の相手をしてたルーデウスと師匠も無事じゃない。
魔導鎧一式は完全に大破。
二式改まで壊され、背中のスクロールバーニアまで半壊してる。
師匠も剣を折られた上に左腕を失ってた。
けど、ルーデウスが王級治癒魔術のスクロールですぐに治したから大丈夫だ。
ついでってわけじゃないけど、ガルさんとの戦いで結構ズタボロにされたっぽいエリスさんとオーベールさんの治療も完了。
ルイジェルドさんとスペルド族の戦士達は、地面に倒れてビクビクと痙攣してる。
あれはルーデウスの電撃魔術を食らったな。
戦いの中で援護でも入れたのか、それとも乱戦になったのか。
電撃魔術は当たりさえすれば、何故か闘気の鎧を貫通して肉体を痺れさせるから、ルイジェルドさん達も殺さずに戦闘不能にすることに成功したって感じだと思う。
そのルイジェルドさん達の相手をメインでしてたロキシーさんは息切れか、それとも魔力切れか、疲労困憊って感じで倒れてる。
ウィ・ターさんとナックルガードも、三人がかり(四人がかり?)とはいえ、格上+数の暴力はキツかったみたいで、ロキシーさんと同じく疲労困憊でぶっ倒れてた。
最後に、倒れたルイジェルドさんの口からコソコソと青いスライムが這い出してきて、ロキシーさんの口の中に入ろうとしたけど、魔力眼で気づいた私が核を砕いて仕留めた。
このスライムが冥王かな?
なら、これで終わりか。
正直、仲間の何人かは死ぬかもしれないって覚悟してたし、最悪全滅するかもとまで思ってたけど、意外と何とかなるもんだね。
「驚いた……。ここまでの戦力を集めても歯が立たないとは……」
核を砕かれたスライムが、ドロドロと体を崩壊させながら、そんなことを言い出した。
声帯とか無さそうなのに、どうやって声出してるんだろう?
「あなたが、冥王?」
「そうですよ、妖精剣姫。まさか、こうもあっさりとやられるとは思いませんでした。
これでも粘族史上最強の王として数百年を生きた自負があったのですがね」
スライムだから顔色とかわからないけど、そこはかとなく悔しそうな声で冥王は語った。
本当にどうやって声出してるんだろう?
「見事です、妖精剣姫よ。その仲間達よ。
ですが、まだ終わりではない。ヒトガミをあまり侮らない方がいい」
「ん? それは、どういう……ッ!?」
その瞬間。
冥王が完全に崩れて、最後の敵がいなくなったと思ったと同時に。
とんでもない悪寒が全身を走り抜けた。
背筋が凍りつくような感覚。
とてつもない脅威が迫ってくる気配がする。
それは私以外の皆も感じたみたいで、私と同じく一瞬にしてドバっと冷や汗を流しながら、気配のする方向を見た。
そして、そいつが襲来する。
砲弾のように吹っ飛んできた何かが、凄まじい勢いで私達の近くに着弾した。
その衝撃で地面がめくれ、砂柱が立ち、魔術でもないのに衝撃波が吹き荒れる。
ロキシーさん達やスペルド族の人達は近くにいたから守れたけど、そこらに転がしておいたアレクは王竜剣ごとどこかに飛んでいっちゃった。
それを気にしてる余裕もない。
一瞬たりとも、こいつから意識を逸すことは許されない。
「あちゃー。かなり急いでもらったってのに、間に合わなかったか。やっぱ凄ぇな、お前らは」
「ギース!!」
そんなことを言って師匠に怒鳴られたのは、変テコな文様のついたローブを着たギースさんだ。
師匠を見て、苦笑しながら肩をすくめてる。
そのギースさんは、金色の巨人の肩の上に乗っていた。
身長は約2メートル半。
太くて逞しい六本の腕を持ち、異様な雰囲気を放つ黄金の鎧を身に纏う存在。
纏う闘気の強さはわからない。
見えないんだよ。
こいつは私の魔眼に映らない。
魔眼封じの装備を使った時のオーベールさんみたいに、ボヤけて見えるってわけでもない。
完全に見えないのだ。
こんなのは他に一人しか知らない。
その一人っていうのは、私が絶対に勝てないと思った存在。
マジモードのオルステッドだ。
もうヤバさしか感じない。
「やれやれ、あんだけ苦労して集めた仲間があっさり全滅かよ。
センパイ達が思ったより早く来やがるし、仕方なく本来の予定から変更したとはいえ、割と自信ある布陣だったんだがなぁ」
「フハハハハハハハ! つまり、相手がそれほどの強者だったということである!
だが、元より我輩一人で充分であろう!」
「違ぇねぇ」
アトーフェさんみたいな高笑いを上げる黄金鎧。
その声に心当たりでもあったのか、ルーデウスが呆然とした様子で、黄金鎧の名前を呼んだ。
「バーディ陛下……!」
「うむ! 久しぶりであるな、ルーデウスよ!」
「……知り合い?」
「……魔法大学に留学してきた『不死身の魔王』だ。アトーフェの弟で、シャンドルさんの叔父さんだよ」
ああ、聞いたことある人だ。
『不死身の魔王』バーディガーディ。
魔法大学の面々の話に何回か出てきたし、ランドルフさんの話にも出てきたシャンドルの親戚だ。
知り合いの上に仲間の身内とは……やり辛いね。
そんなこと言ってられる相手じゃなさそうだけど。
「なんで、こんなところに……」
「決まっておろう! 我輩がヒトガミの使徒だからである!」
堂々とヒトガミの使徒を名乗るバーディさん。
……一応、これで揃ったってことか。
ヒトガミの使徒は同時に三人まで。
冥王、ギースさん、そしてバーディさん。
残りの三人は……やっぱりギースさんの口車で勧誘したのかな?
有能だよ、ギースさん。
ヒトガミなんかより遥かに。
でも、この二人を倒せば、今度こそ今回の戦いは終わる。
しかも、オルステッド曰く、ギースさんはヒトガミの切り札だ。
このバーディさんだって、間違いなくヒトガミが動かせる最強の使徒のはず。
だから、この二人を倒せれば、ヒトガミとの戦いは滅茶苦茶有利になるんじゃないかと思う。
そう。
倒せれば。
「我は『闘神』バーディガーディ!
ヒトガミの盟友にして、闘神の名を受け継ぎし者!
4200年前、かの『魔龍王』ラプラスと相討ちになった最強の魔王である!」
闘神。
七大列強第三位。
人知の及ばない真の化け物と言われる、列強上位の一角。
まさか、ラプラスの前にこんなのと戦うことになるなんて……!
「『龍神』オルステッドに与する者達よ! 貴様らに決闘を申し込む! 行くぞ!」
そして、黄金の鎧が動き出した。
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99 VS『闘神』
「『破断』!!」
闘神が動き出した瞬間、私は遠距離から破断を叩き込んだ。
肩に乗ったギースさんを守るように、闘神は私の一撃を六本の腕を盾にして防ぐ。
鎧が少し砕けたけど、発動速度を優先して不治瑕を使わなかったから1秒としないうちに全快された。
姉弟ってだけあって、アトーフェさんと同じ手合いだ。
しかも、防御力がアトーフェさんとは桁違いな上に、鎧にまで自動修復機能がある。
だけど、吹っ飛ばして多少の距離を稼ぐことはできた!
さすがに、ロキシーさんとかスペルド族の人達とか、戦闘不能になった人達が多くいる場所で戦える相手じゃないからねあれは。
「ルーデウス!!」
「ッ!!」
この中で一番良い作戦立ててくれそうなルーデウスに頭脳労働を任せて、私は闘神に突撃した。
列強上位に一人で勝てるとは思ってない。
それどころか、この場の全員でかかっても無理だと思ってる。
だからこそ、私の仕事は時間稼ぎ。
ルーデウスが何かしらの対抗策をひねり出すか、あるいは撤退が完了するまで、ひたすら時間を稼ぐ!
ついでに、どうすれば倒せるのか色々試して、あわよくば列強三位の座を貰う!
「不治瑕北神流奥義『破断』!!」
最高火力2連発。
しかも、今回は回復封じ、不死殺しの斬撃。
少しでも効果があることを願って、斬撃飛ばしではなく魔剣『仙骨』の刃を直接叩き込む!
結果、私の一撃は闘神の腕の一本を両断した。
「ほう! 凄まじい一撃だ! しかも、カールマンの技か! 再生できぬわ!」
あれ!?
効いた!?
確かに、闘神の言う通り、斬り飛ばされた腕が再生する様子はない。
傷口は蠢いてるけど、腕も鎧も分離したままだ。
これひょっとして行ける?
相性最高とか、そういうパターン!?
「ぬん!」
あ、無理っぽい。
闘神が肘から先が無くなった腕を含めて、6本中4本の腕を体の中に引っ込めた。
すると、ただでさえ大きかった闘神の肉体が更にむくむくと膨れ上がる。
装甲もさぞ分厚くなってることだろう。
もう破断ですら深手を与えられる気がしない。
というか、その謎の生態も、それに対応する鎧も滅茶苦茶すぎない!?
不死魔族の特異極まる戦い方にも即座に対応する黄金の鎧。
これが闘神の代名詞『闘神鎧』か。
ルーデウスが魔導鎧を開発する時に参考にしたっていうオリジナルの鎧。
オルステッドの話だと、模造品の魔導鎧を遥かに超えるという最強装備。
詳しい性能までは知らないけど、滅茶苦茶やばいってことは今のだけでよくわかった。
「ハァ!」
「!」
闘神が拳を振るう。
さっきより更に太くて逞しくなった腕による、大砲のような一撃。
でも、今まで戦ってきた達人達と違って、技術は大したことない。
スピードも速いことは速いけど、アレクよりも遅い。
全然対処できる範囲。
「奥義『流』!」
水神流の奥義で拳を受け流す。
その拳が地面に突き刺さり、地面が爆発した。
受け流した時の手応えでわかってたけど、奥義でも何でもない通常攻撃のくせに、なんちゅう威力!?
龍聖闘気もどきがある私なら何発かは耐えられると思うけど、他の皆だと直撃したら確定一発で死ぬよこれ!
しかも……
「ッ!?」
流の真骨頂、受け流しからのカウンターを浴びせてみたけど、鎧の表面を削ることしかできなかった。
その傷も瞬時に回復されてノーダメージ状態に戻る。
だったら!
「もう一発! 『破断』!!」
一縷の望みをかけて、三度最高火力の技を振るう。
闘神はそれをガードもせずに胸で受け……鎧をギリギリ貫通する程度の結果に終わった。
しかも、闘神鎧の回復力は不死魔族とは次元が違うのか、多少の回復阻害はできたものの、3秒で修復された。
「フハハハハハ! かすり傷である!」
「うっ!」
反撃の拳を受け流しながら考える。
無い頭を振り絞って考える。
破断を食らわせ続けて、そのダメージで押し切れるかどうか。
無理。
手応え的に、鎧は修復されても、その中のバーディさんの肉体には傷が残ってると思う。
でも、本人の言う通り、かすり傷程度のダメージだ。
いくら回復封じの不死殺しの剣とはいえ、かすり傷の積み重ねであれを倒し切ろうと思ったら、何千何万回の破断を叩き込まなきゃいけないのかわからない。
確実にこっちのスタミナが先に尽きる。
これが『闘神』の力……!
スピードは大したことない。
パワーは凄いけど、充分に受け流せる。
だけど、防御力と耐久力が尋常じゃない。
相性最高の不死殺しの剣技があってなお、到底削り切れないほどに圧倒的だ。
例えるなら、HPが1億とかある感じ。
しかも、特定の攻撃以外によるダメージは自動回復ですぐに治る。
どうやって倒せと!?
これが列強上位の一角『闘神』。
オルステッドとは方向性の違う化け物だ。
でも、戦えなくはない!
相性が良いっていうのだけは本当だ!
「ガァアアアアアアア!!!」
「オラァアアアアアア!!!」
と、そこでエリスさんと師匠が応援に来てくれた。
エリスさんは愛剣である『鳳雅龍剣』を手に、師匠は鬼神との戦いで折れた剣の代わりに、ガルさんの愛剣だった魔剣『喉笛』を持って、闘神に挑みかかる。
使ったのは二人同時の光の太刀。
エリスさんはちょうどいい位置にあった足を刈りにいき、師匠はギースさんだけでも仕留めようとしたのか、ジャンプして肩の上のギースさんを狙った。
「うぉ!? 怖ぇな、パウロ」
「チッ!」
でも、師匠の攻撃は闘神の腕に防がれ、エリスさんの足刈りも私の通常攻撃と同じく、黄金の鎧を多少削ってすぐ回復されるだけの結果に終わる。
「北神流『色彩時雨』!」
「ぬ!?」
だけど、闘神の意識が二人に向いた瞬間、いつの間にか上空をムササビみたいに滑空してたオーベールさんから、まだ持ってたらしいペンキ魔道具による色彩の雨が闘神に降り注いだ。
直接攻撃じゃなくて、ペンキを目にでも浴びせて視界を奪うための技。
上手い!
と思ったけど、ペンキは闘神に当たる前にかき消えた。
まるでヒュドラに魔術を無効化された時みたいに。
あの鎧、まさか魔術耐性まであるの!?
「なんと奇っ怪な……」
「撃ち抜けぇぇええ!!」
「おぶっ!?」
しかし、今度は奇っ怪なムササベールさんに意識がいって、多分目を丸くしてるだろう闘神の隙を突いて、ルーデウスの
見れば、ルーデウスが予備の一式に乗り込んで、ガトリングをギースさんに向けてる。
「おー、危ねぇ危ねぇ。戦闘はからっきしのギース様にこの戦場は辛いぜ。とっとと逃げさせてもらうとするか」
でも、何故かギースさんはガトリングを食らっても無事だった。
今は闘神を目視するために魔眼をオフにしてるからわからないけど、何かそういうマジックアイテムでも装備してるのかもしれない。
そんなギースさんは、すたこらさっさと森の中に逃げていく。
「待ちやがれ、ギースッ!!」
「我輩を前によそ見とは大物であるな!」
「くっ!?」
「師匠!」
ギースさんを追おうとした師匠に向かって振るわれた闘神の拳を受け流す。
その隙にギースさんはもう木々に紛れて見えなくなってた。
あの人を取り逃がすとかやばい予感しかしないけど仕方ない。
列強上位を前にして他を気にしてる余裕なんかあるか!
「ルーデウス! 作戦は!?」
「とりあえず、なんとか無事だった予備の一式召喚用の転移魔法陣で、一式と入れ替えにロキシーをシャリーアに送った! 援軍がすぐに来るはずだ!」
おお!
さすが頭脳労働担当! 頼りになる!
シャリーアにはオルステッドがいる。
あの世界最強の社長が援軍に来てくれれば、さすがに負けはしないはずだ。
あんまりオルステッドを消耗させるとヒトガミがせせら笑いそうだし、
剣士としての矜持的にも、絶対強者には頼らず自分達だけで倒したいんだけど、
私の拘りに仲間やスペルド族の人達の命運を乗せるのは違う。
「スペルド族の人達は村ごと土壁で覆って、ウィ・ターさん達に護衛を頼んだ! 後ろはそこまで気にしなくていい!」
「じゃあ、今は!」
「ああ! とにかく闘神に集中して時間を稼ぐぞ! 『泥沼』!」
ルーデウスの魔術が闘神の足下を泥沼に変えようとして……魔術自体が消滅した。
「なっ!?」
「北神流『蛸墨』!」
それを見て次に動いたのは、ムササビ状態を解除して地面に降りてきたオーベールさんだ。
ペンキ魔道具とはまた別の、スポイトみたいな形した杖を構えて黒い水魔術を放つ。
あの黒い水は墨汁だ。
私との模擬戦でも何回か使ったことがあるからわかる。
でも、さっきのペンキより遥かに勢いのあった墨汁鉄砲は、ルーデウスの泥沼と同じように、闘神鎧の発する黄金の光に阻まれるようにして消えた。
「ぬぅ……! やはり、この程度の魔術では攻撃にもならぬか!」
「それなら!」
ルーデウスがガトリングを構える。
「撃ち抜けぇぇええ!!」
一発でも戦車を貫けそうな岩の弾丸が群れを成して闘神に迫る。
それらは泥沼やペンキや墨汁と違って消されはしなかったけど、闘神鎧の表面をガリガリと削っただけで、有効打になってないのは明らかだ。
すぐに修復されたし。
「蚊ほどにも効かん!」
「ガァアアアアア!!!」
「オオオオオオオ!!!」
遠距離攻撃がダメと見て、いやダメだってわかる前からエリスさんと師匠が突っ込んでいって近接戦を仕掛ける。
私もそこに合流した。
オーベールさんもすぐに来る。
神級の私に、正面戦闘なら帝級クラスのオーベールさんと、同じく帝級クラスのエリスさん、そして王級の師匠。
これでどこまで通じるか……!
「ハッハァー!」
「シィ!」
相変わらず、技術など不要だ! と言わんばかりの拳を繰り出す闘神の攻撃を私が受け流す。
技術が無いおかげで、受け流すついでに力の流れも乱して、体勢を大きく崩すこともできた。
その隙に他の三人が斬りかかる。
「奥義『砕鎧断』!」
「『光の太刀』!」
「『烈断』!」
オーベールさんの砕鎧断で闘神鎧を砕き、そこにエリスさんの光の太刀と師匠の烈断が叩き込まれた。
でも、それで与えられたダメージは私の破断で刻んだダメージより低い。
そして、不死殺しの斬撃じゃないから1秒とかからずに全回復。
ダメか!
「ふん!!」
「ハッ!」
再びの力任せパンチ。
水神流で受け流す。
その隙に他の三人が斬り込んで、今度はルーデウスもそれに加わった。
「『
オルステッド戦でも見せた、電撃を纏った全力パンチ。
それを三人がこじ開けた闘神鎧の穴に叩き込んだ。
多分、予見眼で三人の動きを読んでタイミングを合わせたんだ。
ルーデウスにこの魔眼をくれたキシリカさんには感謝しかない。
ルーデウスのパンチが闘神を捉える。
電撃魔術は闘気の鎧を貫通して肉体を痺れさせてくる魔術だ。
三人の攻撃で多少なりとも鎧が剥がれて、地肌が露出してる部分に当たれば……
「フハハハハハ! 中々に痺れたぞ!」
「くそっ!?」
効かなかったっぽい!
普通に効果が無かったのか、それとも魔術耐性で威力が削がれたのか、闘神鎧の修復が間に合っちゃったのか。
とにかく今の攻撃は不発に終わった。
反撃にルーデウスを狙って拳が繰り出され……
「北神流奇抜派妙技『落涙弾』!」
「む!? こ、これは!? ぶえっくしょん!!」
オーベールさんが袋を投げ、それが破裂して中に詰まってた催涙弾というか、辛子系の粉末が闘神の顔面に直撃。
かつて、私の顔面を涙と鼻水塗れにして乙女の尊厳を踏みにじった攻撃によって、闘神はくしゃみを連発して動きが止まった。
と、闘神鎧の防御を貫通した!?
本日一番の有効打だ!
チャンス!
「「「うぉおおおおお!!」」」
「ぬぉ!?」
闘神の隙目掛けて一斉攻撃。
闘神鎧を大きく砕く。
でも、やっぱりすぐに修復されて有効打にはならない!
せいぜい皆の攻撃で脆くなったところに破断を叩き込んで、鎧の下をちょっと深く斬れた程度だ。
純血不死魔族にこの程度のダメージは無いも同然。
これでもダメか!
そうして何度か攻撃して、無駄に終わってを繰り返し。
元々ガルさんとの戦いで消費してたらしいオーベールさんグッズの在庫も尽きた頃。
戦況が動いた。
「くっ!?」
ルーデウスの乗り込んだ魔導鎧一式が、突如機能を停止したのだ。
闘神の攻撃はかする程度だったから、そこまでのダメージを受けたわけじゃない。
魔力切れによるガス欠だと思う。
元々、一式は凄まじく燃費が悪かった。
普通に戦ってるだけで、アホのようなルーデウスの魔力が一時間で空になるし、燃費最悪のガトリングを使ったり他の魔術を使ったりすれば、稼働時間は更に縮む。
ルーデウスは闘神だけじゃなく、鬼神とまで戦って連戦してるんだ。
ガス欠になるのは、むしろ当然の話だった。
「くっそ……!」
そして、鬼神との連戦を乗り越えて戦ってた人はもう一人いる。
師匠だ。
ここまでは根性で動いてたものの、師匠もまたルーデウスに続いて体力切れで動けなくなった。
残るは、私とエリスさんとオーベールさんの三人。
私はまだ軽く息が乱れてる程度だけど、二人はもうかなり息が上がってる。
この二人だってガルさんと戦った直後なのだ。
帝級クラスでスタミナがルーデウス達よりあったからまだ戦えてるだけで、いつ限界がきてもおかしくない。
「ハァ……ハァ……!」
そして、その限界もすぐに訪れた。
激しい動きが多い剣神流のエリスさんのスタミナが先に切れる。
「くっ……!
オーベールさんも完全に息切れしてる上に顔色が悪い。
見るからに限界寸前だ。
これ以上は致命的なミスが起きかねない。
「オーベールさん! 他の、皆、担いで、撤退して!」
「し、しかし……」
「私は、まだ、大丈夫!」
「…………すまぬ、エミリー!」
オーベールさんは私の言った通りに、他の皆を回収して、ルーデウスがスペルド族の人達を守るために作った土魔術の防壁の中に撤退してくれた。
エリスさんの「離しなさいよ……!」って声が聞こえてきたけど、いつもの元気が無かったから、やっぱりこれで正解だったと思う。
これで残るは私一人。
「一人になっても、まるで諦めぬか! その心意気や見事!」
「かかって、来い!」
そこから、私と闘神による一騎打ちが始まった。
他の皆が抜けた分の負担が一気に私にのしかかる。
闘神の動き自体は単調で、受け流すことは難しくない。
オルステッドやレイダさんと殺し合った時の方が、よっぽど神経を削られた。
けど、いくら単調な攻撃でも神級の打撃。
それを千発、2千発、1万発、2万発と絶え間なく打たれ続ければ、確実に私の体力は削られていく。
対して、向こうはHPどころか体力まで無尽蔵なのか、全く動きが衰える様子がない。
あと、どのくらい耐えればいいのかな。
確か、ルーデウスがロキシーさんをシャリーアに送ったっていう予備の一式召喚用の魔法陣は、ザノバさんのところの工房にあったはず。
あそこから体力の尽きたロキシーさんが、事務所まで助けを求めに行くのに何分かかるか。
いや、工房に誰かいれば伝言を頼めるか。
その伝言がオルステッドに伝わるまで何分だろう?
事務所はシャリーアの郊外にあるから、普通の人の足だとそれなりに時間がかかるからなぁ。
何かトラブルがあってオルステッドに伝わるまでに時間のロスがあれば、更に応援までの時間は伸びる。
ええっと、オルステッドは確か今、スペルド族の疫病をどうにかするために、各国に連絡を入れてるんだっけ?
さすがにそれはとっくに終わってるはずだけど、その後の行動次第では、伝言役の人とすれ違う可能性もあるかもしれない。
そうなってたら多分、私は死んでるなぁ。
極限状態なのに何故かやたらと回転する頭が、援軍が来るまでの大雑把な時間を計算する。
この頭の回転も走馬灯の一種なのか、いつもは苦労する計算が割とスラスラできた。
でも、それって言い変えれば走馬灯が発生するくらい追い詰められてるわけで……
「ッ……!」
遂に疲労から私の動きにミスが出た。
まだ体力は残ってるけど、ミスをするくらいには疲れてきたってことだ。
「かはっ!?」
闘神はその隙を逃さず、右のボディブローが綺麗に私に直撃して吹っ飛ばされた。
龍聖闘気もどきのおかげで耐えたけど、やっぱり痛い。
早く態勢を立て直して構えなきゃ。
それで、まずは治癒魔術を……
「え?」
そう思ってたのに、私の体はふわりと優しく受け止められた。
後ろに立ってた誰かに。
その誰かは、何かの皮で作られたみたいな白いコートを身に纏っていた。
顔を覆い隠すような、黒いヘルメットを身に着けていた。
ちょっと魔眼を開いてみれば、映るのは今の私でも比べ物にならないほどの芸術的な闘気。
こんな出で立ちの人が、世界に二人といるはずがない。
「オルステッド……」
「よくやった。あとは任せろ」
頼もしいセリフと共に登場した世界最強の男。
『龍神』オルステッドがそこにいた。
臨戦態勢の彼を見て、闘神が豪快に笑う。
「フハハハハハハ! 遂に出てきたか『龍神』オルステッドよ!
我が名は『闘神』バーディガーディ! ヒトガミの盟友にして、闘神の名を受け継ぎし者!
貴様に一騎打ちの決闘を申し込む!」
「いいだろ……」
「ちょっと待ったぁ!!」
ふぁ!?
なんか最強同士のカッコ良いやり取りに水を差す、空気読めてない人が現れた!
その人は「とう!」と声を上げてルーデウスが作った防壁の上から飛び降り、ポーズを決めて闘神に向き合う。
「我が名はアレックス・カールマン・ライバック! 『北神カールマン二世』なり!
わけあって龍神殿に助太刀いたす! この決闘、私も参戦させていただこう!」
シャンドルだった。
「決まった」って顔してるけど、完全に空気読めてないよ。
いや、オルステッドの消耗はできる限り抑えたいから、助かるけどさぁ。
「む、アレックスか。久しぶりであるな。だが、魔王の決闘に横入りとは関心せんぞ!」
「それは失礼、叔父上! しかし、こちらにも立場があるもので!」
「****! *******!」
「む!」
そして、ここで更に乱入者が現れた。
凄い勢いで上空から降ってきて、地面に亀裂を入れて砂埃を立てながらカッコ良い着地をした乱入者。
その姿は、青い肌に、額から突き出た一本の角、コウモリみたいな翼。
黒い鎧を纏い、大剣を構え、魔神語で話す女魔王。
『不死魔王』アトーフェラトーフェ・ライバックがそこにいた。
「***! *********! ******!」
相変わらず何言ってるのかわかんないけど。
前に通訳してくれたシャンドルは、さっきは空気読めてなかったくせに今は空気を読んでるのか、カッコ良い感じにポーズを決めるアトーフェさんの言葉を通訳してくれない。
「ウフフフ、お祖父様達は相変わらずですねぇ」
「やれやれ、龍神、闘神、北神に不死魔王。
おまけに死神、水神。果てはあたしらを倒した妖精剣姫。
世界大戦でも起きてるのかねぇ」
「良いじゃないですか、お師匠様。この平和な時代にこれだけの戦いに巡り会えるなんて、武人として最大級の誉れですよ」
「ギースはいないのか? あたしは、あいつにケジメをつけに来たんだが」
続いて現れたのは、またしても大物達。
元七大列強第五位『死神』ランドルフ・マリーアン。
水神流の頂点『水神』レイダ・リィア。
次期水神候補筆頭、『水帝』イゾルテ・クルーエル。
元Sランク冒険者にして『剣王』ギレーヌ・デドルディア。
誰も彼も、一人で小国くらい落とせそうな達人ばかり。
「おお、なんとも凄まじい面子! 余が場違いに感じてしまいますな!」
「……うす」
更に追加で『怪力の神子』ザノバさん。
あと、なんか知らないけど、斧を担いだ巨漢の戦士。
でも、闘気の質は帝級下位くらいある。
味方っぽいし、どこにいたんだろう、こんな隠し球。
「エミリー、彼は『北帝』ドーガ。アスラ王国で見出した君の弟弟子だよ。
本当は戦いの直前にお披露目したかったんだけど、まさかこんな急に決戦にもつれ込むとは思わなくて……」
「ああ」
シャンドル、またもったいぶってタイミング外したんだ。
唐突すぎて出落ちみたいになってるよ。
可哀想なドーガさん。
普通に強そうなのに。
でも、なんにしても戦力が揃った。
ルーデウス達は脱落しちゃったけど、それでも充分すぎるほどの戦力が。
これなら、
「オルステッド、下がってて」
「む。だが……」
「これは、ラプラスの、予行練習」
私は治癒魔術で傷を治してからオルステッドの腕の中から飛び出して、再び剣を構える。
「私は、『妖精剣姫』エミリー! オルステッドに、挑みたければ、私達を、倒してからに、しろ!」
「フ、フハハ、フハハハハハハハ!! 面白い! これだけの戦士達が一堂に会して我輩に向かってくるか!
戦いが好きではない我輩でも、これは滾るものがあるぞ!」
闘神ともあろう人が、どの口で戦いが好きじゃないとか言うのか。
あ、でも、そういえばこの人って魔法大学に留学するくらい平和的な魔王なんだっけ?
じゃあ、なんで戦って、って、ああヒトガミか。
あいつ、ホント、マジで。
「いいだろう! 龍神の前に貴様らに決闘を申し込もう!
我は『闘神』バーディガーディ! 全員纏めてかかってくるがいい!」
そうして、闘神との本当の戦いが始まった。
さっきまでの時間稼ぎじゃない。
私達にも勝機がある、どっちが勝つかわからない、本当の勝負が。
・アトーフェ親衛隊
主要メンバーはキシリカ捜索のために出払ってて留守。
ネクロス要塞に設置した転移魔法陣を通って単独で事務所に襲来した手綱のない状態のアトーフェを、最近雇われた受付嬢のファリアちゃんが上手く誘導できなかったらシャリーアは滅んでたかもしれない。
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100 総力戦
「オオオオオオオオオオ!!!」
闘神が雄叫びを上げながら迫ってくる。
迎え撃つのは、返し技の達人達だ。
「イゾルテ、少しは腕を上げたんだろうねぇ?」
「お師匠様こそ、半分楽隠居で腕が衰えてないですよね?」
「ハッ! 言うようになったねぇ!」
「「奥義『流』!!」」
「ぬぉおおおう!?」
守りの剣の頂点、水神流トップの剣士が二人がかりで使った受け流しの奥義。
それは受け流しだけに留まらず、闘神の体勢を大きく崩して、大きすぎる隙を作り出した。
「****!」
「ランドルフ! 合わせなさい!」
「まさか、あなたと肩を並べて戦う日がくるとは思いませんでしたよ」
「「奥義『砕鎧断』!!」」
「****!!」
飛び出したアトーフェさんの攻撃に合わせて、シャンドルとランドルフさんが剣を振るう。
北神流の中でも源流と言える魔神殺し、大物殺しの剣技を受け継いだ三人の攻撃が、伝説の闘神鎧を大きく破壊した。
当然、すぐに修復は始まったんだけど、神級三人がかりの砕鎧断(アトーフェさんのはただの全力攻撃だけど)は破壊規模も大きくて、2秒くらいは修復に時間がかかると思う。
それだけあれば充分!
「エミリー!」
「わかってる! 不治瑕北神流奥義『破断』!!」
「ぬぅ!?」
鎧が剥がれた右肩のあたりに私の破断が命中し、闘神の右腕を根元から斬り飛ばした。
久しぶりに有効打が入った!
切断された右腕がくっつく気配は無し!
でも、右腕を包んでた金色の籠手は、3秒くらいしたら流動するスライムみたいに右腕から離れて、外見だけは元と変わらない金色の腕に戻ってしまった。
あれ!?
最初に斬った時と違くない!?
「ふん!!」
闘神は中身が無いはずの右腕で、さっきまでと一切変わらない威力の拳を繰り出してきた。
「「ハッ!」」
それを再びレイダさんが受け流して、イゾルテさんが軸足を刈って転倒させる。
「うぉおおおおお!!」
「ふっ!!」
そして、転倒した闘神の頭にザノバさんが棍棒を、ドーガさんが斧の一撃を叩き込んで、地面にめり込ませた。
「ハァアアアアアアア!!」
「よっとぉ!」
「*********!!」
「ウラァアアアアアア!!」
闘神はすぐにノーダメージで起き上がったけど、起き上がるまでの隙に再びシャンドル、ランドルフさん、アトーフェさんによる鎧砕きの連続技。
今度はギレーヌもそこに加わり、光の太刀で砕けた鎧を鱗剥ぎのように削ぐ。
それによって闘神鎧は更に大きく損傷した。
「『破断』!!」
そこへ私がもう一発、不死殺しの斬撃!
腕がダメなら胴体を真っ二つだ!
ギレーヌの攻撃の分、さっきより闘神鎧の破損が大きくなってたおかげで、私の一撃は何とか左肩から右脇腹に抜けて、闘神を真っ二つにすることに成功した。
更にレイダさんとイゾルテさんが、別れた闘神の上半身と下半身を別の方向に吹っ飛ばす。
「フハハハハハハハ!」
でも、闘神はテケテケみたいに上半身だけ、下半身だけで走ってきて、当たり前みたいにドッキングしてしまった。
不死身か!?
いや、不死身の魔王なんだけどさぁ!
それにしたって、これはなくない!?
どうやって倒せと!?
「鎧を本体から引き剥がせ! 闘神鎧はそれで止まる!」
と思ったら、物知りオルステッドがアドバイスをくれた。
「闘神鎧に装着者を回復する機能は無い!
エミリーが不治瑕の技で刻んだダメージは、バーディガーディの本体に残っているはずだ!」
おお、なるほど!
つまり、どういうことだってばよ!?
「不治瑕の技で解体すればいいってことだよ! 右腕はもう無い!
だが、胴を真っ二つにした時みたいに、切り離した状態でも充分に動かせるだけの体が残っていれば、鎧が中身ごと回収してしまうみたいだ!
だから、まずは残りの四肢を奪う! そして最後に、残った頭と胴体の鎧を砕いて、中身を引きずり出すんだ!」
シャンドルが具体的な作戦を立てて教えてくれた。
これ絶対、私への配慮だと思う。
さすが先生。よくわかってる。
「レイダ殿とイゾルテ殿は盾役!
ランドルフ、ドーガ、ギレーヌ殿、ザノバ殿は鎧の破壊をやってくれ!
不治瑕での攻撃は私と母さんとエミリーが請け負う!
***! ****!」
「**ー! ****!」
シャンドルが全員に指示を出し、アトーフェさんにも魔神語で何かしら告げた。
さすがは仲間達と共に数々の英雄譚を紡いできた北神カールマン二世というべきか、的確な指示のおかげで誰からも反論が出ない。
子育てダメダメ男とは思えないリーダーシップだ。
やっぱり、家庭と戦場は全くの別物ってことだと思う。
「話し合いは済んだか! 作戦は決まったか! ならば行くぞ!」
闘神が再び突撃してくる。
ダメージはあるはずなのに、負ける可能性だってあるはずなのに、どこまでも愚直な突進。
それこそが、このバーディガーディという人の戦い方なのかもしれない。
「そら!」
「ハァ!」
でも、そんな単純すぎる攻撃に屈する水神達じゃない。
またしてもあっさりと、闘神の攻撃が受け流されて大きく体勢が崩れる。
闘神が戦い方を変えるか、二人の体力が尽きるまで、この展開は変わらないと思う。
「まずは、さっきの袈裟斬りで脆くなってるはずの左腕からですかねぇ。『砕鎧断』!」
「******!!」
ランドルフさん達がこじ開けた鎧の綻びに、アトーフェさんが全力の破断を叩き込んだ。
それによって闘神の左腕が斬り飛ばされ、それをランドルフさんが遠くに蹴り飛ばす。
右腕と同じように、左腕を覆ってた金色の籠手も中身の腕から離れて本体に合流。
金色の義手みたいな感じになった。
その一連の攻撃が行われるのと同時に、私とシャンドルも仕掛ける。
「シャンドル! 右脚!」
「わかった!」
狙いはランドルフさん達が狙って、闘神の意識が行ってる左腕の正反対。
無防備な右脚。
そこに渾身の十字砲火!
「不治瑕北神流!」
「奥義!」
「「『破壊十字断』!!」」
かつて、ファランクスアントの群れを相手にアレクと一緒に使った、二人同時に烈断を放つ『烈風十字断』の上位互換。
二人同時の破断を叩き込む技。
それが寸分の狂いもなく、闘神の右脚をハサミで切るようにして振るわれた。
左右同時攻撃故に衝撃の逃げ場の無い斬撃は、強固な闘神鎧を無理矢理に両断して、右脚をほぼ根元から斬り飛ばす。
それを今度はシャンドルが遠くに蹴り飛ばし、右脚もまた鎧から分離された。
残るは左脚と胴体のみ!
「ぬ……!」
その時、闘神が跳ねた。
残った左脚による跳躍。
それで私達の頭上を取り、ぐぐぐっと、砲弾の発射を思わせるように強く、強く右拳を後ろに引いて構えた。
「ッ……!」
違う。
これは今までの力任せの攻撃とは違う。
あれはヤバいと私の直感が叫んでる。
あの構えを見てると、まるでオルステッドが刀を抜いてマジモードになった時みたいに背筋が凍る。
あれは、ただの力任せの攻撃なんかじゃない。
あれは……『技』だ!
しかも、かなりとんでもないレベルの!
「レイダさん! イゾルテさん!」
「わかってるよ!」
「はい!」
私もレイダさん達に合流して、水神流三人で攻撃に備えた。
シャンドル達も北神流にもある防御の型を取って、ギレーヌやザノバさんみたいな防御の技に乏しい人を守る。
そして、闘神の拳が放たれた。
拳から発生したのは絶大な衝撃波。
多分、破断系列と似たタイプの技だ。
それでいて、私達全員分の破断を合わせたような、とんでもない威力。
なんで今になってこんな技を!?
まさか、今まで舐めプされてたの!?
そんな嫌な想像を振り払いながら、防御ができる全員で分担して、どうにか衝撃波を散らした。
次の瞬間には、地面に降りた闘神が、今までとは比べ物にならない洗練されたフォームで走ってくる。
「予定変更! 短期決戦だ! 胴体を砕いて一気に決めるよ!」
シャンドルのそんな号令によって、即座に私達は動いた。
闘神が拳を引く。
またあの極大打撃を放つ気だ。
防御を……
「あれはあたしらが防ぐ! あんた達は攻撃に集中しな!」
そこへ飛んだレイダさんの言葉。
レイダさんとイゾルテさんが、二人で闘神の前に立ちはだかった。
無茶だとは思わない。
あの二人は水神流の頂点。
当代最高の守りの剣士。
そんな二人がやるって断言したなら、信じる!
「「奥義『流』!!」」
水神流の基礎にして奥義の技が、闘神の一撃を完全にいなした。
レイダさん達も無傷じゃない。
私達の方には通さなかったけど、我が身を守る余力までは無かったみたいで、かなりのダメージを受けてる。
それでも中級治癒くらいで治りそうな傷だ。
さすがは水神。
なら、次は私達の番だ!
「まずは私達の仕事ですねぇ。もう一発、『砕鎧断』!」
「『光の太刀』!」
「『烈断』!」
「うぉおおおお!!」
ランドルフさん、ギレーヌ、ドーガさん、ザノバさんの一斉攻撃。
でも、闘神はそれを防いだ。
今まではレイダさん達が体勢を崩してくれてた上に、闘神に大した技術が無かったから簡単に決まったけど。
今回はまるで流○岩砕拳みたいな技を金色の腕で振るって、ランドルフさんとギレーヌの攻撃を受け流してしまった。
やっぱり舐めプされてたんだ!
それでもランドルフさんとギレーヌが手を煩わせたおかげで、ドーガさんとザノバさんの攻撃は命中したけど、胴体を砕くには威力が全然足りてない!
でも、行くしかない!
「*******!!」
「エミリー! 母さんに合わせるんだ!」
「了解!」
「「『破滅三極断』!!」」
破壊十字断の更に上。
三人同時の破断。
それが闘神鎧を大きく砕く。
でも、まだ足りない!
もうひと押しなのに、それが足りない!
無情にも闘神鎧は不死殺しの力を振り払い、私達が追撃を繰り出す前に修復が開始される。
「『
「ガァアアアアアアア!!」
「うらぁああああああ!!」
「ぬぉおおおおおおお!!」
「私もいるぞぉおおお!!」
「「食らえーーーーー!!」」
「え!?」
でも、ここで更なる援軍!
魔力を使い果たしてたはずのルーデウスの魔術が飛来し、体力が尽きてたはずのエリスさん、師匠、オーベールさん、
更にはウィ・ターさんとナックルガードまで走ってきて、修復開始直前の闘神鎧に攻撃を叩き込んだ!
そっか!
ルーデウスは魔導鎧を動かせるくらいの魔力は失ったけど、ラスト一発をぶっ放すくらいの魔力は残ってたんだ!
その一発を最も有効に使えるチャンスを狙ってたな!
師匠達は普通に体力を回復させて駆けつけてくれたんだと思う。
でも、やっぱり無理してるのか、全員顔色が悪いままだ。
だけど、これで最後のひと押しは決まった!
闘神鎧の胴体部分が完全に砕け散る。
すぐに飛び散った破片が集結しようとしてるけど、遅い!
「ギレーヌ!!」
「ウラァアアア!!」
胴体をこの場に留めてる最後の引っかかりである左脚を、一番近くにいたギレーヌが渾身の光の太刀で切断。
そのままギレーヌは左脚を蹴り飛ばして遠くにやった。
胴体は皆の攻撃の威力で吹っ飛び、闘神鎧の復活地点から離れてる。
後は
私は衝撃波を自分の背中に叩き込んで加速。
袈裟懸けに斬り裂いた時に胴体と分離して、今は闘神鎧の残骸が集束しようとしてる場所になってる、頭と右肩の部分に狙いを定める。
そこを守るボロボロの兜に向けて、渾身の一撃を放った。
「北神流『
形は違うけど、かつてオルステッドがシャンドルの剣を破壊して奥義の発動を防いだ技。
あれだけヒビだらけになった鎧なら、この技で充分に壊せる。
そして、この技はマイナーだけど奥義でも何でもない普通の技。
その分、難易度が低くて素早く発動できるのだ!
それによって遂に、遂に闘神鎧が完全に砕け、兜の中身が露出する。
私は出てきた中身を闘神鎧の復活地点から離すために、サッカーボールみたいに思いっきり蹴りつけた。
「ふん!」
「ぬぉぉぉ!?」
金色の兜から出てきた、快活な表情が似合いそうな偉丈夫の顔がすっ飛んで地面に転がる。
そして、闘神鎧の方は中身が完全に無い場所で復活して…………動きを止めた。
オルステッドの言った通りだ。
やっぱり、どこまで行っても鎧は鎧。
装着者無しじゃ動かないんだと思う。
「フハハハハ! 見事だ! 少し
「叔父上……」
分離された中身の方、バーディさんが元気にそんなこと言った。
不死魔族だし、再生不能のところを抉り取ったら普通に復活しそうなくらい元気だ。
殆ど頭だけしか残ってないのに。
どんだけだよ。
っていうか、
「飲まれ、かける?」
「闘神鎧は着用してから時間が経つほどに、鎧に備わった自我が装着者の意識を乗っ取る。
その状態になると、鎧があらゆる武器を錬成し、あらゆる武術を模倣し、戦況を見極め、千を超える奥義から最適なものを選び放つようになる。
そうなる前に倒せたのは僥倖だった」
「オルステッド……」
物知りオルステッドによる解説が入った。
はぁ、なるほどねぇ。
つまり最後の方になって急に技を使い始めたのは、それまで舐めプされてたからじゃなくて、バーディさんの意識が乗っ取られかけてたわけかぁ。
呪いの装備じゃん!?
しかも呪われてた方が強くなるとかマジですか?
ば、化け物すぎる……!
マジモードに片足突っ込んだくらいの状態で倒せて良かった。
もし最初から呪い全開の武術マスター状態だったら……正直、勝てたかどうかわからない。
勝てたとしても、最低でも仲間の半分以上は死んでたと思う。
オルステッドといい、闘神といい、そういう相手側の制約に頼らないと、これだけの仲間を集めてもまだ列強上位と対等とはいかないかぁ……。
ラプラスにそういう制約があるなんて話は聞いてないし、これはまだまだ修行しないとダメだね。
「だが、これで終わりだろう。
『不死身の魔王』バーディガーディよ、まだ戦うつもりはあるか?」
「無い! 我輩は敗れた! 完膚無きまでに敗れた!
そして、我輩がヒトガミに力を貸すのはこの一度のみ! そういう約束である!
故に、我輩はもう戦わん!」
「そうか。ならば、ヒトガミを捨て、俺に下れ」
あ、オルステッドが勧誘してる。
普段の仕事で出会うヒトガミの使徒は大体問答無用で殺してるオルステッドだけど、最近はこういう交渉の余地がある時は勧誘するようになったのだ。
ルーデウスとか、レイダさんとか、元ヒトガミの使徒でも頼れる味方になる人だっているって学んだんだと思う。
オルステッドの勧誘を受けたバーディさんは、一瞬ポカンとした顔してた。
「フハハハハ! 嫌われ者の龍族が、不死魔族たる我輩に配下になれと言うか!」
「一時は敵となったが、貴様はルーデウスの友だ。
アレックスも、アトーフェもこちらについた。一考の余地はあろう?」
「無い!」
バーディさんはキッパリと言い切る。
断れば殺されるかもしれないのに、凄い胆力。
「我輩は元々、誰かと戦うのは好きではないのだ。
旅をし、酒を飲んで笑い、行きずりの女を口説き、抱き、時に婚約者にどやされ、友を作って酒を飲み、笑い、歌い、疲れ果てた者達が満足そうに眠る顔を見るのが好きなのだ。
今回はヒトガミが頭を下げて願うので、出向いたに過ぎん。
どうしても、ルーデウス・グレイラットとエミリー、そして『龍神』オルステッドを殺してほしい。
今、我輩とキシリカが同じ時代に生きているのは誰のおかげか。
4200年前のことを思い出し、かつての恩を返してくれ、とな。
それに対して、我輩は「一度だけだ」と了承した」
ん?
いきなりキシリカさんの名前が出てきたぞ?
どういうことぞと思ってると、いつの間にか近づいてきてたルーデウスが小声で説明してくれた。
なんでも、バーディさんはキシリカさんの婚約者らしい。
ああ、ランドルフさんの話に出てきた婚約者ってキシリカさんのことか。
あれ?
でも、その人は死んだって話じゃなかったっけ?
ああいや、キシリカさんは死んでも千年くらい経ったら蘇る『不死身の魔帝』だったか。
うーん、ややこしい。
「そして、その一度は終わった。もはや我輩は誰の味方にもならん!」
「……ならば、ヒトガミとの戦いが終わるまで、どこかに封印する。それでいいか?」
「構わん! 命を取られないだけ儲けものである!」
バーディさんは豪快に笑って、封印という選択肢を受け入れた。
なんにしても戦闘終了だ。
いきなり始まったこの最終決戦も、ようやく終わり……
「ギースッッ!!」
あ、そうだ!
まだギースさんがいた!
師匠の叫びでそのことを思い出す。
その師匠はある方向を見つめて、そこに向かって飛翔する光の太刀を放っていた。
「ぐえっ!?」
その視線の先にはギースさん。
師匠の一撃を食らって死にかけてる。
死んでないのは、何かの防具かマジックアイテムで身を守ったんだと思う。
でも、これでギースさんも捕縛だ。
今度こそ終わ……
「え?」
その瞬間、とんでもないことが起きた。
装着者を失ったまま修復された闘神鎧がスライムみたいに溶けたと思ったら高速で流動して、ある一点で集束する。
ギースさんが倒れた場所のすぐ近くで。
そこには、黄金の全身鎧を纏った一人の剣士が立っていた。
手に持つのは世界最強の剣、『王竜剣』カジャクト。
『闘神鎧』に『王竜剣』。
二つの最強装備を纏って、一度は倒したはずのそいつが復活していた。
「へへっ、戦いは最後の最後まで気ぃ抜いたらダメだぜ? 最後の詰めを誤ると痛い目見る、ってな」
死にかけの状態で、ギースさんが笑う。
……さっき、師匠に斬られる前、ギースさんは何してた?
金色の籠手をあいつに装着してた。
闘神が現れた時、着地の衝撃波でどこかに飛ばされていって、闘神に釘付けにされた皆の意識からも視界からも外れてたあいつに。
それを起点にして、闘神鎧があいつに装着されたんだ。
「なんで……!?」
なんで闘神鎧の一部である金色の籠手をギースさんが持ってるの!?
と思った瞬間、珍しく私は即座にピンときた。
私が最初に斬り落とした腕だ。
何故か鎧の方まで再生しなかった腕だ。
後で皆と一緒に斬った時と違うから「あれ?」って思ったけど、まさかこのために……!?
ギースさん、有能の極みか!?
「英雄は、どれだけ追い詰められても、復活し、逆転する。やっぱり、そういう風にできている」
復活した剣士が。
新しい『闘神』が。
そんなことを口にした。
「我は『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバック。
雪辱を、果たさせてもらおう」
そうして新たな闘神は、アレクは、私に向かって王竜剣を突きつけた。
ラスボス降臨!
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101 最後の敵
アレクの戦意を受けて、皆が一斉に武器を構える。
だけど、私はそれを手で制して、一歩前に出た。
「皆、手を、出さないで。これは、私の、不始末」
これは殺し合いの場なのに、アレクを殺さずに生かしてた私の責任だ。
その選択に後悔はないけど、それで迷惑かけてるなら責任を取らなきゃいけない。
まあ、そんなのただの建前だけど。
「エミリー。それを言うなら、一番不始末を起こしてるのは私なんだけど……」
「それは、そう。シャンドルは、終わった後で、向き合って」
親子の問題は戦いが終わった後でやってほしい。
今は友達同士の喧嘩の続きをしなきゃいけないから。
「一人でくるのかい? 別に他の人達と一緒でも構わないのに」
「思い、上がるな。さっき、私に、ボコボコに、されたの、忘れた?」
「忘れないよ。忘れられるわけがない。あれはショックだった。
だけど、今の僕は最強だ。圧倒的な力を得た。
今の僕なら誰にでも勝てる。もう君にも負けない。
それを今から証明するよ」
「ハァ」
そんなアホなことを言い出したアレクに、ため息を一つ。
兜で隠れて見えないけど、アレクはちょっと不愉快そうな顔になったような気がした。
「調子に、乗るな、バカアレク」
更にアホになりおって。
そんな破滅確定の呪いの装備の力でイキるな!
痛いことばっかり言うな!
カッコ悪いことこの上ない。
あんなにカッコ良かった初めて会った頃のアレクはどこに行ったの。
何をどう間違って、こんな黒歴史量産マシンに成り果てた?
気に食わない。
凄く凄く気に食わない。
私はアレクのことを本物の英雄だと思ったのに。
ちょっとアホな行動が目立つけど、それでも私が憧れた画面の中の
それが今ではこの体たらく。
大事な思い出が汚されたみたいで滅茶苦茶腹立つし、凄く悲しい。
だから、私は剣を構えた。
他の皆には手出しされたくない。
このアホは私の手でイキりワールドから引きずり出してやりたい。
それに多分、皆で戦ったら一番簡単な「殺す」ことでの決着になる。
皆の殺気立った雰囲気と、シャンドルですら覚悟完了って感じの悲壮な顔してるの見てそう思った。
アレクは純血の不死魔族じゃないから、バーディさんの時みたいに手間をかけて分離するより絶対その方が簡単だし、仲間の誰かが犠牲になる確率も下げられるからね。
でも、それは嫌だった。
アレクを殺したくない。
アレクは一生の恩があるシャンドルの息子で、べガリット大陸で1年以上も二人だけで旅をした友達だ。
どうにもならない状況なら私だって覚悟決めるけど、助けられる余地があるなら助けたい。
今は仲間が皆健在で、オルステッドまでいる。
私がやられてもどうにかなるくらい余裕がある。
だったら当然、助けたい。
殺すのも、闘神鎧に飲まれるのも、ヒトガミに酷い目に遭わされるのも嫌だ。
なんのかんのと理由をつけたけど、結局一番の理由はこれだよ。
……私もルーデウスのことを言えないくらい甘いなぁ。
「喧嘩の、続き、しよう。私が、勝ったら、アレク、私の、下僕」
「なら、僕が勝ったら、君は僕の仲間だ」
「いいよ」
私がそう言った瞬間、オルステッドが「え?」って感じで硬直したような気がしたけど、気にしないでおく。
大丈夫大丈夫。
負けを認めなければ負けじゃないのだ。
そして、私は死んでも今のアレクに負けを認めるつもりはない。
「行くよ」
私は剣神流の踏み込みで間合いを詰めた。
いつものように幻惑歩法を組み合わせ、衝撃波移動を組み合わせ、
「ハッ!」
でも、既に見せた動きに対処できないほど、アレクは弱くない。
すぐに背後の私に迎撃の剣が振るわれた。
「ッ!」
速いなぁ!
さっきまでとは次元の違う速さ。
確実に私より速い。
でも、今の攻撃は避けた。
私は背後に回って攻撃ではなく、身を屈めての回避兼フェイントを選択したのだ。
北神流『四足の型』!
そして、地を這うような姿勢から両腕を使って跳ね起き、真下からの!
「『光の太刀』!」
「!」
予想外の角度から飛んてきたはずの光の太刀を、アレクは重力操作によるスライド移動で後ろに下がることで避けた。
だけど、斬撃が闘神鎧を掠めて、鎧に切れ込みが入る。
やっぱり!
バーディさんが着てた時より闘神鎧の強度が随分脆い!
巨体のバーディさんを覆ってた時より明らかに装甲が薄いから、もしかしてって思ってたんだ!
これなら光の太刀程度の火力でもギリギリ手足を斬れると思う。
なら、やることは一つ。
バーディさんみたいにバラして、闘神鎧を引っ剥がす!
「北神流奥義『重力烈断』!」
「うっ!?」
けどまあ、そう簡単な話じゃない。
アレクが放ってきた斬撃飛ばしの烈断は王竜剣の力もあって、闘神鎧に乗っ取られかけたバーディさんが放った拳の一撃よりも強かった。
耐久力が低い分、スピードとパワーの方が強化されてるんだと思う。
装着者によって性能がガラリと変わるとか、闘神鎧って一体なんなの!?
それでも何とか受け流しはしたけど、受け流してなお、無視はできないくらいのダメージを受けた。
中級治癒で全快する程度のダメージだけど、それは龍聖闘気もどきがあるおかげだ。
無かったらと思うとぞっとする。
「北神流『重力加速』!」
「ッ!?」
更にアレクは攻勢に出てきた。
自分に後ろから重力をかけて、強化された脚力による踏み込みと合わせて超加速。
フェイントは入れず、剣神流みたいに真正面から剣を振り下ろしてきた。
くっっっそ速い!
マジモードオルステッドには及ばないけど、ガルさんの渾身の光の太刀より速い!
しかも、この技は烈断だ。
斬撃飛ばしじゃなくて直接刃で斬りつける烈断は、とんでもない破壊力を叩き出す。
闘神鎧で強化された膂力で王竜剣を振るって放たれた烈断なんて食らったら、龍聖闘気もどきごと両断される未来しか見えない。
そんなのが剣神の光の太刀以上の速度で飛んでくるとか、クソゲーもいいところでしょ!
向こうも宣言通り私を殺すつもりは無いみたいで、剣に殺気が乗ってないから致命傷は避けてくれるかもしれないけど、なんの慰めにもならない。
結局、対処できなきゃ勝てないんだ。
勝ちたい!
勝って上から目線で説教したい!
だったら、対処してやる!
ガードは無理。
無理に避ければ体勢を崩して続く攻撃にやられる。
なら、水神流で受け流す。
普通の受け流しじゃ間に合わないけど、これならどうだ!
水神流奥義『流』+剣神流奥義『光の太刀』!
「奥義『光流し』!」
光の太刀の速度で受け流しの技を繰り出す!
それでアレクの攻撃をどうにか受け流した。
「まだ力を隠してたのか!?」
「別に、出し惜しみ、してたわけじゃ、ない!」
この技は通常の『流』で受け流せないような圧倒的速度の攻撃以外には無用の長物だもん。
今の私なら大抵の攻撃は普通の受け流しで何とかなる。
ぶっちゃけ、対オルステッド用の技だったんだけど、私にこれを出させるとは!
仮初の力とはいえ、今のアレクはやっぱり強い!
認めたくないけど! 認めたくないけど!
「『重力歩法』!」
次にアレクが使ったのは、さっき私に打ち破られた技。
凄い速度で変化し続ける重力を使った急加速、急停止、急上昇、急降下、方向転換、予測困難な動きで私を惑わす。
さっきよりも滅茶苦茶速いけど、根本が同じなら同じ技で対処できる。
ただ、全くの同じだとこっちの対応速度が足りない。
だから、こっちもスピードを上乗せする。
水神流奥義『剣界』+剣神流奥義『光の太刀』!
「奥義『光域剣界』!」
前後左右上下、どこからの攻撃に対しても、光の太刀の速度で受け流してカウンターが飛ぶ技!
それでアレクの攻撃を防いでいく。
でも、この技は水神流の五つの奥義の中でも特に難易度の高い技を光の太刀と組み合わせるなんて滅茶苦茶なことやってるから、まだまだ精度が荒い。
正直、とてもじゃないけど使いこなせてるとは言えないレベル。
そんな未完成の技に頼っちゃったから、当然完璧な受け流しなんかできなくて、防ぎ切れずに私の体に傷が増えていく。
技の発動に全神経を集中してるから、治癒魔術を使う余裕もない。
こなくそーーー!
「どうだい、エミリー! これが今の僕の力だ!」
「舐、め、る、なーーーーー!!」
アレクが真正面に来た瞬間、渾身の光カウンターを叩き込む!
それによって、アレクの右脚が宙を舞った。
「なっ!?」
「ちょっと、慣れて、きた!」
貴様のスピードになぁ!
それにアレクはバーディさんと違って魔眼に映る。
だったら、魔力眼によって闘気の流れから動きを先読みすることもできるのだ。
まあ、こういう風に視界の外側を跳ね回られたらキツいんだけど、そこは真正面に来た瞬間を根性で狙いすまして何とかした。
アレクの右脚から金色の鎧がスライムみたいに流動して離れ、千切れた足を捨てて本体に合流。金色の義足となる。
残る四肢は三本。
多いわ!
こんなことなら、さっきの戦いの時に、全部根元から斬り飛ばしとけば良かった!
半端に肩から先とか膝から上とか残ってるからめんどくさい!
でも、斬っておかないと胴体の鎧を砕いて脱がす時に引っかかるんだよ!
「この!」
重力歩法が完全に破られたとでも思ったのか、アレクは戦略を変えた。
後ろに飛び下がって、王竜剣に魔力を込める。
途端、私周辺の重力が一気に強くなった。
重力で押し潰す気……いや、違う!
アレクはそのまま王竜剣を大上段に構えようとしてる!
重力で私の動きを鈍らせて、その隙に破断を使う気だ!
させるか!
これも未完成で成功率がそんなに高くない技だけど、そんなこと言ってられない!
私は更なる切り札を切った。
剣神流奥義『光の太刀』+北神流奥義『烈断』!
「奥義『烈光の太刀』!」
「何っ!?」
よっし! 成功した!
光の太刀の速度で放たれた烈断が、アレクの左腕を両断する。
すぐに左腕も金色の義手になったけど、破断の発動は妨害できた。
烈光の太刀を食らってよろめいてるアレクに向かってダッシュ!
すぐにアレクも体勢を整えて、守勢に回るより攻勢に回った方が良いと判断したのか、向こうもまたダッシュして近づいてくる。
その時にアレクが使った歩法は、私の得意技である幻惑歩法だ。
私の方も、もはやほぼデフォルトで幻惑歩法を使ってるから、接触するまでの僅かな時間に、幻惑歩法同士の化かし合いが発生した。
圧倒的な身体能力に加えて、重力操作によるキテレツな動きで私を惑わしてくるアレク。
最終的にアレクは、腹這いで僅かに浮遊するという重力操作があってこそできる体勢から私の足首を刈る斬撃を繰り出し……それを飛び越えて空中一回転しながら放った私の光の太刀によって左脚を斬られた。
「ッ!? なんで!?」
わけがわからないとばかりに叫ぶアレク。
究極のパワーを手に入れたはずの自分がやられてるのが信じられないらしい。
でも、理由はちゃんとあるんだよ。
私が死力を尽くしてるってこと以上に、今のアレク相手に善戦できてる理由が。
「ゼェ……ハァ……!」
とはいえ、こっちも限界が近い。
最初にアレクと戦って、次に闘神相手に時間稼ぎの泥仕合して、それから皆と一緒に闘神に立ち向かって、最後に闘神鎧アレクとの戦いという、ブラック企業も真っ青の連続勤務をやってるんだ。
体力なんて、とっくに限界越えてる。
もう根性だけで動いてる状態。
早く終わらせないと疲労で死ぬかも。
「あああああああああ!!」
私は残った力を振り絞るように叫びながら走った。
次で最後にする!
残る右腕と胴体と兜、次の攻防で全部纏めて吹っ飛ばす!
「うぉおおおおおおお!!」
アレクも雄叫びを上げて私を迎え撃つ。
左脚をもらった交差からすぐにお互い反転して向き合ったから、間合いはもう随分近い。
斬撃飛ばしの打ち合いが挟まる余地はない。
剣士の本懐、一足一刀の間合いでのガチバトル。
だけど、その前に小細工を一つ!
私は剣を特定の角度に傾けて太陽光を反射し、それをアレクの顔面にぶつけた。
「うっ……!」
太陽光による目潰しを食らって、アレクの動きが僅かに乱れた。
これぞウィ・ターさん直伝、北神流『光鏡剣』!
ウィ・ターさんみたいににピカピカの鎧を着るほど徹底するつもりはないけど、こうして「ここぞ!」って時に不意討ち気味に使うんだったら、特化装備が無くてもかなり有用な技だ。
闘神鎧による防御すら貫通できるし。
ただし、晴れてる時限定!
それによってアレクの動きを妨害してから、真っ向からの斬撃の打ち合い。
剣道の相面に似た激突だ。
私は光の太刀、アレクは光の太刀に匹敵する速度の烈断。
当然、普通にぶつかれば私がやられるから、光流しによってアレクの斬撃を受け流す。
光鏡剣でアレクの動きが僅かに乱れてたおかげで、結構楽に受け流せた。
そして、本命の返す刀のカウンターで砕鎧断を放って、アレクの胴体を守る鎧を砕きにいく。
「そんな姑息な技でッ!!」
でも、さすがに受け流されることは予想してたのか、アレクは振り切った剣はそのままに、肩から体当たりをかましてきた。
北神流『当身』だ。
より近づかれたことで剣が最も威力を発揮する間合いを外され、私の砕鎧断は途中で止まって、大して闘神鎧を砕けずに終わる。
それどころかショルダータックルを諸に食らって、大きく体勢を崩された。
「ハァ!!」
そこにアレクが下段にある剣を横に振るって足刈りの一撃。
だけど、私は体勢の崩れた上半身を更に倒して宙返りすることで足刈りの斬撃を回避。
タックルで吹っ飛ばされる勢いを宙返りの速度に変えて、そのままサマーソルトキックを繰り出す。
「北神流『浮舟』!」
「ぐっ!?」
それを顎先に食らったアレクがよろめく。
闘神鎧に守られてダメージは無いと思うけど、光鏡剣、受け流し、浮舟の三連弾で体勢は崩せた。
ここだ!
「『砕鎧断』!!」
後方宙返りした直後、着地して下段からの一撃!
それによって、遂に闘神鎧の胴体部分を破壊した。
右腕以外の義手義足状態だった四肢が離れて分離する。
「あぁああああああああ!!!」
でも、その最後に残った右腕で、アレクは剣を振るった。
王竜剣の力によって、剣自体に加速する方向への多大な重力をかけて、速度と威力を上げた一撃。
まだ右腕は闘神鎧の籠手に包まれてることもあって、私の光の太刀より速く、私の破断より凄い威力だった。
私の剣は振り切ってるから、剣による迎撃は間に合わない。
「こんのぉぉぉ!!」
私は左手を剣から離して、素手でアレクの一撃を防いだ。
左腕一本で奥義『流』を繰り出す。
龍聖闘気もどきが火花を散らしながらギリギリ耐えて王竜剣を逸していき、どうにか受け流し切る。
代償として、左腕は斬り飛ばされて使用不能になった。
「『
それに構わず、私は自分の背中に衝撃波をぶち当てて、目の前のアレクにタックル!
闘神鎧の復活地点から引き離す。
でも、闘神鎧はまだ残ってる右腕と兜を目指して、スライムみたいに流動しながら元に戻ろうとしてる。
体力はほぼ完全に尽きた。
左腕も無い。
ここで決めなきゃ終わりだ!
最後の力、振り絞れ!
残った右腕を動かす。
この密着状態じゃ剣は振るえない。
だから手放した。
代わりに振るうのは手刀だ。
闘神鎧の無い部分を狙うとはいえ、アレクの闘気を貫けるくらいの手刀を振るう。
お手本は何度も見た。
何度も我が身で食らって死にかけてきた。
成功のイメージはある。
なら、できる!
「『光の太刀』!!」
「!!?」
密着状態で、アレクの脇の下から腕の根本を狙った一撃。
オルステッドを模倣した私の手刀による光の太刀が、アレクの右腕を肩から斬り飛ばした。
そして、これで、ラストォーーー!!
振り切った右腕を伸ばして、アレクの後頭部を掴む。
最後に残った兜。
そこに向けて、龍聖闘気もどきを額に一点集中させた全力の頭突きを叩き込む!
「北神流『
「あ、がっ……!?」
自分の額が割れるほどの衝撃。
それによって無理矢理金色の兜を叩き割った。
そうして、私は闘神鎧が完全に剥がれたアレクと一緒にそのまま吹っ飛んで地面を転がり、最終的に仰向けのアレクの上にうつ伏せの私が乗っかるような形で倒れる。
闘神鎧はそんな私達の後ろ、誰もいない場所で復活した。
そこにオルステッドが駆け寄っていって何かし始めたから、多分もう大丈夫だと思う。
今度こそ、今度の今度こそ、終わった……。
「ああ、そんな……。また、勝てなかった……。あれだけの力を得たのに、僕は、君に勝てなかった……。
僕は、どうすれば、君の隣に立てるんだ……」
私の下敷きになったアレクが泣き始めた。
全てに絶望したような顔で、いつぞやのパックスみたいに。
「バカアレク」
「あだっ」
そんなアレクの頭を軽く小突く。
もう腕にも力が入らないから、砕けたままのオデコで。
痛い。
「私が、なんで、勝てたのか、わかる?」
「それは、僕が弱かったから……」
「違う。それも、あるけど、アレク、武器の、強さに、かまけて、動きが、雑に、なってた」
そう言うと、アレクが愕然とした顔になった。
私が闘神鎧アレクに善戦して、最後には勝てた理由はそれだ。
アレクは突然上がった身体能力を使いこなせなかったのか、それとも俺は今究極のパワーを手に入れたのだー! って思い上がったのか、とにかく動きが雑になってた。
だから、技の打ち合いで私が勝てたんだ。
いくら身体能力が爆上がりしてたとはいえ、散々一緒に修行して手の内が割れてる相手の動きが雑になってたんだから、そりゃ付け入る隙くらいあるよ。
まさに強い武器に頼ると強くなれないである。
シャンドルの教えは正しかった。
「アレクの、敗因、慢心と、技量不足。
名声とか、強い、武器とかに、振り回されて、鍛錬を、怠った」
「そ、そんなことは……」
「アレク、前に、会った時と、大して、変わって、なかった。
どうせ、名声、ばっかり、追い求めて、修行、するより、変な、ことに、首、突っ込むこと、優先、したんでしょ?」
「うっ……!」
アレクが呻いた。
どうやら図星みたい。
前の時は私に引っ張られて一緒に修行してたけど、別れてからは例の迷惑系主人公みたいな活動ばっかりしてたんだろうなってことが剣筋から伝わってきたよ。
アホめ。
バカめ。
「それじゃ、追い抜かれて、当然」
「…………」
アレクが黙った。
全くもう。
私並みに一人で行動させちゃいけないポンコツ野郎め。
「だから、これから、鍛えよう」
ひと通り貶した後、私は改めてアレクにあの話をした。
今までは伝言板越しで、直接は言えなかったことを。
「次は、ラプラスと、戦う。その時、強い、仲間が、いる。
力も、強くて、名声、なんかに、振り回されない、くらい、心も、強い、仲間が。
だから、アレク」
吐息がかかるほど近くで、じっとアレクの目を上目遣いで見詰めながら言う。
「そういう、強い人に、なって、一緒に、戦おう?」
「ッ!?」
声を出す体力も無くなってきたから、囁くような小声になっちゃった。
そしたら、アレクはなんか突然、ボッと火が付いたみたいに赤くなった後……諦めたような、ただ憑き物が落ちたみたいな穏やかな顔になって、頷いた。
「わかったよ。僕は君に負けた。不死魔族の掟に従い、僕は君の仲間になろう。
そして、次の戦いまでに心も体も鍛えて、今度こそ君の隣に立てる英雄になる。
今度は武器なんかに頼らず、名声なんかに振り回されず、君にカッコ悪いなんて言われないような本物の英雄にね。
そんな最高の仲間になって、君を支えよう」
「アレク……違うよ。アレクは、仲間じゃ、なくて、私の、下僕」
「そこ拘るのかい!? っていうか、さっき仲間がいるって自分で言ってたじゃないか!?」
手足無くしてるのに、アレクが元気に叫ぶ。
一方、私は安心したせいで完全に体から力が抜けた。
下敷きにしてるアレクに全体重を預けて、なんかやたらと早いアレクの心音を聞いてることくらいしかもうできない。
満身創痍もいいところだよ。
完全に戦闘不能だ。
でも、やっと、こいつと敵同士じゃない、ボケとツッコミができるくらいの関係に戻れた。
やっと、ただの友達同士に戻れた。
頑張って、良かった。
そんな私達を、シャンドルが後方師匠面で腕組みしながら、泣きそうな顔で見てる。
次はそっちの番だからね、ダメ親父さん。
「へっ、最後の策まで真っ向から打ち破られたか。俺の負けだなぁ。言い訳のしようもない完全敗北だ」
「ギース……」
最後に、さっき師匠に斬られた傷で死にかけてるギースさんが弱々しい声でそう呟いた。
そんなギースさんの近くには、いつの間にか、かつての仲間である師匠とギレーヌがいた。
「結局、なぁんにもできなかったかぁ。
器用貧乏なだけの雑魚で、強い奴の顔色窺ってるだけの人生で。
腰巾着のままじゃ終われねぇと思って、恩返しのついでに負けそうなヒトガミを勝たせりゃ凄ぇ奴になれるんじゃねぇかって息巻いて味方してみたが、最後はこのザマだぜ」
「お前、そんなこと思ってたのかよ」
「思ってたんだよ、パウロ。ま、強ぇお前にはわかんねぇさ」
ギースさんは力無く笑った。
私もギースさんも倒れてるから顔は見えないけど、声がそんな感じだった。
「ギース・ヌーカディアよ」
「よう。あんたが龍神様かい?」
「そうだ」
そんなギースさんに、闘神鎧に何かし終えたオルステッドが声をかける。
私はシャンドルが持ってきてくれた左腕を治癒魔術でくっつけつつ、ギースさん達の会話に耳を傾ける。
「貴様にも問おう。ヒトガミを捨て、俺に下る気はあるか?」
「へっ、それは俺がルーデウス達の知り合いだからか? それともまさか天下の龍神様が俺の力を必要としてんのかよ?」
「両方だ。貴様はこの俺にすらヒトガミの使徒であることを隠し通していた。
最後のアレクサンダーを使った戦略も見事だった。
その優秀さは引き抜くに値する」
オルステッドは真面目くさった声でそう告げる。
まあ、ギースさんの有能さは語るまでもないことだからねぇ。
有能の極みか! とまで思ったし。
「ハッ、そりゃありがたいお言葉だ。ヒトガミの言葉なんかより、よっぽど心に響くぜ」
「ならば……」
「けど、断らせてもらうわ」
ゴフッと血を吐きながら、ギースさんは言う。
ここで断ったら、私達の敵のままだったら、このまま見殺しにしなきゃいけないのに。
「この戦いはよぉ、俺の一世一代の大勝負だったんだぜ?
覚悟決めて、宣戦布告して、世界中を駆け巡って、闘神だの、剣神だの、北神だの、鬼神だの、冥王だの、大物達を仲間にして、ルイジェルドの旦那をあんな風に利用までしてよぉ。
それで、さあ、ぶっ倒すぜって意気込んで、負けたから寝返りましたじゃ、さすがにカッコ悪すぎじゃねぇか」
「パーティーの金でギャンブルして全部すってくるようなカッコ悪い奴が、今更何言ってやがる」
「そんな俺だからこそだぜ、パウロ。ヒトガミにすがってまでカッコ悪く生きてきた俺だ。
だったらよぉ、一生で一度くらいは、思いっきりカッコつけてみてぇじゃねぇか」
「まぁた、ジンクスか?」
「おう、ジンクスだ」
そうして、師匠は笑った。
多分、ギースさんも笑ってる。
師匠の方は強がりだと思うけど。
「先に逝って待ってろ。50年くらいしたらオレも逝く」
「おいおい、50年はちょいと長くねぇか? お前もそこそこいい歳だろ?」
「早死にするバカの分まで長生きして大往生してやるって言ってんだよ。孫の孫の顔まで見てやる」
「へっ、そりゃいい。また会ったら、酒飲みながら思い出話でも聞かせてくれや」
「ああ」
それで師匠のギースさんへの送る言葉は終わったみたい。
師匠はそれ以上は何も言わずに、今度はギレーヌがギースさんに話しかけた。
「ギース、最後にこれだけは言っておく。
お前は自分のことを器用貧乏なだけの雑魚と言ったが、それは違う。
少なくとも、あたしはお前のことを凄い奴だと思ってる」
「……お前、なんか変なもんでも食ったか?
確かに、餓死しそうになって変なもんを口に入れそうな奴だとは思ってたけどよ」
「違う。変なものを口にしたこともあったが……黒狼の牙が解散して、色々あって、痛い目を見て、それから戦い以外のことを色々と知るうちに、お前の凄さが身に染みただけだ」
ギレーヌは真剣だった。
一切の嘘もなく、慰めでもなく、ただただ思ったことを口にしてるだけだってわかった。
何故なら、ギレーヌに嘘や慰めなんて器用なことができるわけないからだ。
無理にやろうとすれば、もっと不自然な感じになる。
それは私なんかより、付き合いの長いギースさんの方がわかってるわけで。
「へっ、ありがとよ、ギレーヌ。割と救われたぜ」
穏やかな声で、そう言った。
「世界最強の男に認められて、剣王様に凄いって言われて。
ああ、なんだか、あれだなぁ。負けたってのに、意外と、悪くねぇ、気分、だぜ……」
そこまで言葉にしたところで…………ギースさんの体を包んでた闘気になり切れてない魔力が、完全に意味の無い魔力になった。
この現象は何回も見た。
人が、ただの死体になった時の現象だ。
ギースさんが、死んだ。
剣神より、北神より、鬼神より、冥王より、もちろんヒトガミなんかよりずっと強いと思った敵が。
下手したら闘神よりも強かったかもしれない最強の敵が、割と満足した感じで死んだ。
こうして今回の戦いは、本当の本当に、今度の今度こそ完全に終わった。
まがりなりにも無職転生の時代における最強の剣士(オルステッドは除く)を一騎打ちにて打倒し、名実共に世界最強の剣士(オルステッドは除く)になったエミリー。
ヒトガミの最強の使徒ギースも散り、遂に戦いに終止符が打たれた。
次回、最終話。
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102 エピローグ
戦いが終わり、『闘神』の称号を持ってるのは装着者じゃなくて闘神鎧に宿った自我そのものだから、闘神鎧を完全破壊しない限り列強の順位は変動しないって知って、
不治瑕の技でバラバラにしても当たり前のように全回復する鎧を完全破壊とか無理じゃん! ってことで、私がちょっと不機嫌になった後。
待ってたのは諸々の戦後処理だった。
割と多くの問題が残ってた。
スペルド族の疫病とか、バーディさんをどこに封印するかとか、闘神鎧をどうするかとか、捕虜になった鬼神をどうするかとか、まあ色々と。
とりあえず順番に語っていくと、スペルド族の疫病は治った。
治ったっていうか、気絶から回復したスペルド族達は普通に健康体になってたのだ。
私達が何かするまでもなく。
別に疫病の情報がガセネタだったわけじゃない。
本人達の口からちゃんと自分達は疫病にかかってたって証言が取れたし、何より彼らは病み上がりな上に操られて戦わされた反動で看病が必要なくらいには弱ってたから。
ノルンちゃんとか、献身的にルイジェルドさんや他のスペルド族の人達を看病してたし。
この劇的な快復の原因は一つしか考えられない。
『冥王』ビタだ。
あのスライムが何を考えたのかはわからないけど、どういう手段を使ってか彼はスペルド族を治したのだ。
オルステッドですら治療法のわからなかったスペルド族の疫病を。
もしかしたら、利用して人質にした上に無理矢理戦わせたことに対する、せめてものお詫びだったのかもしれない。
ギースさん然り、バーディさん然り、ヒトガミの使徒=悪人ってわけじゃないからね。
それを知ったオルステッドは愕然として、次のループがあったら冥王に協力を要請するなり、脅すなり、他の
スペルド族に関してはこんな感じ。
ただ、疫病にかかった原因はわからずじまいだし、とりあえず疫病発生の地からは離れた方が良いだろうって話になって、近場のビヘイリル王国に受け入れてもらうための交渉が始まった。
スペルド族の迫害は根強いから苦労しそうだって、交渉担当のルーデウスは疲れた顔で言ってた。
でも、おかげでルイジェルドさんが正式に仲間になったし、鬼神もギースさんの口車に乗って敵対しちゃったお詫びって感じで味方にできたし、悪いことばかりでもないみたい。
バーディさんはオルステッドが主導になって、私も知らないどこかに封印された。
知ってるのはオルステッドと他数人だけだ。
私に教えられてないのは、うっかりどこかでポンコツ晒して口を滑らせる可能性を考慮された結果である。
今更それに異論は無い。
闘神鎧の方は、オルステッド謹製の結界魔術の魔法陣をふんだんに使って、それをルーデウスの全魔力を使って起動させて、その上から更に土魔術で作った魔導鎧と同じ材質の岩石で覆ってガッチガチに固めた上で、ルーデウスが事務所の近くに作った迷宮ばりの地下通路の最奥に埋めて封印した。
多分、ヒトガミとの完全決着をつける予定の100年後くらいまでは破られないだろうとのことだ。
それでもまだ不安みたいけど、これ以上の封印となると、結界魔術の権威でもあるペルギウスさんに頭を下げなきゃ使えないってことで妥協したみたい。
いや、頭くらい下げればいいじゃんと思ったけど、まあ複雑な事情があるんでしょ。
オルステッドは頑なに五龍将を仲間にしようとしないからね。
ペルギウスさんだけじゃなくて、『技神』ラプラスとかも。
それが社長の判断なら、社員の私は何も言わないよ。
大きな問題はこれで全部として、他にも語っておかなきゃいけないような出来事はある。
とりあえず最初はアレクについて語ろうか。
正式に私達の仲間になったアレクは、武器の力に溺れたのを反省して王竜剣を手放した。
王竜剣は事務所の備品となり、アレクは普通の武器で私やオルステッドに挑んではボコボコにされ、レイダさんとは良い勝負をし、ほぼ引退剣士のランドルフさん相手に勝ってドヤッたり、オーベールさん達奇抜派と和解して染まりかけたりしつつ、
たまに黒歴史を掘り返されて悶えながらも少しずつ成長する日々を送ってる。
これにはシャンドルもニッコリだ。
まだ親子の仲はギクシャクしてるけど、今回の一件でシャンドルは孫のランドルフさんとも和解できたし、そのうち何とかなるんじゃないかな?
まあ、しばらくはダメ親父の称号を返上することはできなさそうだけどね。
だってアレクの奴、シャンドルを無視して、何故かウチの父に懐く始末だもん。
ある時、何故か殺気を迸らせた父がアレクをサシ飲みに誘って、帰ってきたらなんか二人が仲良くなってたのだ。
父がアレクに向ける視線は厳しくも温かい感じになり、アレクはまるで本当の父親のように父のことを慕い、母はそんな二人のことを微笑ましい目で見てる。
何がどうしてそうなったのかと母に聞けば「エミリーもそのうちわかるわよ。うふふ」と笑って誤魔化された。
嫌な予感がする。
親といえば、姉の出産も無事に終わった。
パパデウスはちゃんと仕事を片付けて出産に立ち会うことができたのだ。
ただ、生まれたその子の髪の色が緑で、昔の姉みたいにイジメられないか少し心配でもあるけど。
ちなみに、この件においては致命的にタイミングが悪かったせいで、ペルギウスさんとの間に少し揉め事が発生した。
それというのも、出産の現場にアルマンフィさんが乱入してきたのが悪い。
そのせいでルーデウスは、ペルギウスさんが生まれてきた子供のことを復活したラプラスだと思ってるんじゃないかって不安になり、私とオルステッドを戦闘要員として引き連れて空中城塞まで乗り込むことになった。
まあ、すぐに勘違いだって判明して大事には至らなかったけど。
それどころか、ペルギウスさんは生まれてきた子供に名前を付けてくれた。
前にそういう約束をしてたそうだ。
でも、ルーデウス達はその約束をすっかり忘れて自分達でも名前を付けちゃったので、ペルギウスさんが付けてくれた名前はミドルネームになった。
その子の名前は、ジークハルト・サラディン・グレイラット。
愛称はジーク。緑髪の可愛い男の子である。
何故かパックスの息子の小パックスこと、パックス.Jrと仲が良い。
紛らわしいことに、パックスの息子の名前もパックスなのだ。
息子とかに自分の名前を付けるのは割とよくあることらしいけど。
ちなみに、ルーデウスは戦後処理がどうにかこうにか終わった頃に、三人の嫁達と一時期乱れた生活を送り、更に二人の子供を授かった。
ロキシーさんの第二子であるリリと、エリスさんの第二子であるクリスティーナだ。
本当にパパデウスは子沢山である。
全員、このエミリーお姉ちゃんが鍛えてやろう!
そして、最後に語るのは一番重要な出来事。
なんと、静香の帰還用の魔道具『異世界転移魔法装置』が完成したのだ!
最終実験も全てが成功。
静香は知り合い全員と別れの挨拶を済ませ、私も抱き合って別れを惜しみ、そうして遂に元の世界に帰ろうとして……失敗した。
私はふらふらと部屋に戻った静香を、空中城塞が壊れんばかりのスピードで追いかけて抱きしめて慰めたけど、静香は別に落ち込んでなかった。
どうも、未来ルーデウスの一件の時に、最後の最後に失敗したっていう未来の自分の話を聞かされてたみたいで、静香は落ち込むより先に原因究明のための考察を開始。
同じタイミングで異世界に来たはずの私の転生と自分の転移の時期がズレてることとかを考慮して、同じ異世界人のルーデウスと共に私の理解の及ばない会話を繰り広げた後、帰れない原因が未来にあるんじゃないかという結論に達した。
いや、本当にこの時の静香の理屈はわけがわからなかった。
あのトラック事故の時に静香に抱きついてたはずの篠原くんも一緒に異世界転移してるはずで、
静香が私より後にこの世界に来た以上、篠原くんが静香より後にこの世界に来る可能性もあるわけで、
その未来で何かがあった結果、静香が召喚されたのかもしれなくて、
私達の転生の時は何事も無かったのに、静香の転移の時にだけ転移事件が起きた理由は、未来から強引に過去に干渉したせいで無茶が生じた結果かもしれなくて、
もし本当に未来に原因があった場合、静香は未来で何かしらの役割を果たすことになってるから今は帰れないとかうんぬんかんぬん。
ダメだ。理解が追いつかない。
私どころかルーデウスも完全には理解してない感じだった。
挙句の果てには、説明した静香本人ですら「8割は私の妄想だと思う」なんて言い出す始末。
でも、未来に原因があるんじゃないかって可能性を静香が一番信じたっていうのは変わらない。
信じた結果、静香はペルギウスさんの12の使い魔の一人、『時間』のスケアコートさんの能力で未来に行くことを選択した。
スケアコートさんの能力は、触れた対象の時間を停止させること。
使うと自分も動けなくなるそうだけど、これなら静香の停止中にも世界の時間は進み、静香が寝て起きたら未来にいたって感じになる。
起きるのはスケアコートさんの魔力が尽きるタイミング、一ヶ月に一度だそうだ。
静香はこの世界に来て以来不老になってるけど、この世界特有の病気を抱えてるから、こうしないと長くなんて生きられないからね。
寂しいけど、月に一回のお目覚めの日には必ず会いに行こう。
そんな感じで決戦後に起こった出来事も終わり、それから先の時間もあっという間に過ぎていった。
ノルンちゃんが昔から憧れてたっていうルイジェルドさんに嫁入りして、二人の娘であるルイシェリアが生まれたりした。
ルーシーが7歳になった頃、グレイラット家で家族会議が開かれて、
子供達は7歳から魔法大学に通わせ、そこを卒業したら今度はアスラ王国の学校に通うことが決まったりもした。
王竜王国とか『鉱神』とかを勧誘して、また仲間を増やしたりもした。
他にも、イゾルテさんとドーガ(年下と判明した上に弟弟子だから呼び捨てに変更)が結婚したり。
それを見届けて満足したようにレイダさんが寿命で逝っちゃって、イゾルテさんが新しい水神になったり。
私も母に結婚とかする気はあるのかって聞かれて、「ラプラスとヒトガミとオルステッドを倒すまでは考慮すらしないかな」って答えたら、
次の日からアレクが「絶対に生き残ってやる!」って叫びながらハードな修行に身を投じたり。
ルーデウスとザノバさんがずっと研究してた自我を持つ人形、
その第一号機は、未来に篠原くんが来た時のために、自分の姿を後の世に伝えておきたいっていう静香の依頼で静香そっくりに作られたんだけど、ルーデウス達の悪乗りでエッチな部分まで再現されて静香が怒ったり。
ジークがアレクに弟子入りしたり。
アイシャちゃんが、甥っ子のアルスと駆け落ちしたり。
成長したルーシーが、お婆ちゃんとクリフさんの息子であるクライブと結婚して、お婆ちゃん共々、クリフさんのいるミリス神聖国に行っちゃったり。
いつも弱々しい姿のお父さんの昔の話を聞いて、父の汚名を雪いで無念を晴らすって夢を抱いた小パックスが、
また色々と捏造エピソードを考えて「実は生きていたのさ!」ってことにしたランドルフさんと一緒に王竜王国に行っちゃったり。
そんな小パックスと仲が良かったジークが、色々事情があってついて行けなかったことに悩んで、うじうじして、1年くらい無職やってたり。
無職生活の末に決心したジークが小パックスを追いかけたり。
ララが20歳を越えても魔法大学の研究室でダラダラしてたり。
リリがザノバ商店に就職したり。
クリスティーナことクリスが、アリエル様の息子と結婚したり。
ララが突然何かを決意して家を出ていったり。
気づけば、数十年もの時間があっという間に過ぎ去っていた。
その理由は、闘神とギースさんを倒して以来、ヒトガミがびっくりするくらい大人しくなって、大きな事件が起こらなかったからだ。
小さなイベントはしょっちゅう起きてたし、グレイラット家がてんやわんやになる騒動とかもたまに起こってたんだけど、
戦力を集めてヒトガミの罠を潰しに行くぞ! 戦争だぁ! みたいなことが無かったから、あっという間に感じた。
とはいえ、それはあまりに濃すぎた若い頃の思い出に比べればって話だ。
振り返れば過ぎ去った時間相応の思い出がある。
楽しい人生だったよ。
いや、まだまだ先は長いんだけどさ。
そして、そんな先の長い私の人生に、また一つの転換点が訪れようとしていた。
今、私の目の前には今にも死にそうな顔をした老人がいる。
ルーデウスだ。
御年74歳。
この世界の人族では中々に長生きな方。
ちなみに、私の方も老化というか成長して、外見年齢が20歳手前くらいになった。
13歳の頃からは、大体10年で1歳成長するくらいのペースで歳を取っていった計算だ。
ようやく肉体が全盛期の入り口に差し掛かってきた感じ。
そんな若々しい私とは反対に、同い年のはずのルーデウスは種族の差で肉体の限界を迎えてるわけだけど。
「ルーデウス。今までご苦労だった。お前は安らかに眠れ」
「あとは、任せて」
そんなルーデウスに、隣にいるオルステッドと一緒にそんなことを告げる。
この部屋にいるのは私達だけじゃない。
そこそこ歳を取った姉に、何も変わらないロキシーさんに、寿命で亡くなったエリスさんにそっくりな曾孫のフェリス。
他にもルーデウスの子孫達が多くいる。
孫達に囲まれながらベッドの上で死ぬなんて、絵に描いたような幸せな人生なんじゃないかな。
「はは……まだ、寝るには早い時間ですよ。もう少し、起きていますよ。もう少し……ね」
そうして、ルーデウスは少しずつ、少しずつ、目を閉じていった。
本当に眠るように、微睡みの中に落ちていく。
穏やかに、とても穏やかに、永遠の眠りに落ちていく。
しばらくして、ルーデウスの体を包んでいた闘気になり切れてない魔力が、ただの魔力に変わった。
逝ったのだ。
「お休み、ルーデウス」
私がそう言った瞬間、皆がルーデウスの死を悟って、静かに泣き出した。
オルステッドも悲しそうに目を伏せてる。
でも、私はそうでもない。
満足そうで幸せそうな死に顔しやがって、羨ましいぞって感じだ。
きっと、今頃は先に逝った皆と一緒にお酒でも飲んで、思い出話でも始めてると思う。
ああ、でも、その手の話題は、ギースさんへの宣言通り数年前まで生きてた師匠とかから聞かされて、皆お腹いっぱいかな?
まあ、何にしても、今頃はあの世で皆と仲良くやってるでしょ。
あの世ってシステムが無かった場合は、また転生でもして、どこかで元気にやるんじゃない?
ルーデウスなら大丈夫だよ、きっと。
さて、ルーデウスは満足そうに旅立った。
残された私達は私達で頑張らないとね。
前々から準備してたラプラスとの戦争もじきに始まる。
そうなれば、ヒトガミもそろそろ何かしてくるでしょ。
また若い頃みたいな濃い生活が、いや、それ以上の激動の時代が始まるのだ。
気合い入れていこう。
「オルステッド」
「ああ、わかっている」
そうして、私達もまた歩き出した。
当面の目標は復活する『魔神』ラプラスの討伐。
そして、その後に控えるヒトガミとの最終決戦。
それが終わったら何の憂いも無くオルステッドに挑んで、いつかは勝って私が世界最強の剣士になってやる!
で、夢を叶えた後はどうしようか?
前に考えたみたいに妖精食堂でも開くか、それとも弟子でも取るか、はたまた昔母に言われたように結婚でもしてみるか。
まあ、何でもいいや。
前世ではできなかった
うん。悪くないんじゃないかな。
「さあ、行こうか」
━━To Be Continued
はい!
というわけで、剣姫転生一旦完結となります!
またしても息抜きとかオリジナル優先とかのたまっといて、毎日更新で突き抜けていきましたね。
自分でも驚きです。
だって、この後書き書いてるの、2021年の11月ですよ?
無職転生の二次が楽しすぎて、一日に数話のペースでストックが増えていき、それを全部予約投稿に突っ込んだ結果がこれです。
凄いね、こんなペースで書けるんだねって、自分で自分の本気にビックリですよ。
だったら今回みたいに、もしくはルーデウスみたいに本気出して、オリジナルも頑張れと……。
まあ、それは置いておきましょう。
二次創作とオリジナルじゃ難易度も桁違いなんだから、比べたってしゃーない。
この作品の続きに関しては、無職転生の続編が完結したら書くかもしれないです。
孫の手先生の作品は繊密すぎて、伏線とか凄まじすぎて、完結して全部が繋がってからじゃないと、とても二次創作として纏められる気がしないので……。
今回二次を書いてみて、無職転生という作品により深く触れたことで、作家としての格の違いを見せつけられて脱帽ですよ。
しかーし!
神作により深く触れたということは、それだけ私の糧になったということ!
私はこの経験によって更に高みへと飛翔するぞー!
もしくは消化し切れずにお腹を下して地に落ちるかもしれないけど、それでもこれだけの糧をありがとう無職転生!
そして、ありがとう、エミリー!
君のことは忘れない!
では皆様!
またオリジナルなり、他の二次創作なり、もしくはこの作品の続編なりでお会いしましょう!
番外編もちょっとは書いてあるので、そっちもよろしく!
さらばだ!
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番外編
番外 アレクの人生最大の戦い
ネタを思いついたり、ストレスが溜まってエミリーに癒やしてもらいたくなった時に書きます。
ビヘイリル王国の戦い、及びその後始末が終わってしばらくした頃。
シャリーアでの暮らしに馴染んできた『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバックは今、これまで生きてきた中で最も強大な相手と向き合っていた。
凄まじい威圧感だった。
長命な不死魔族の血を引くアレクは、少年のような見た目に反して、そこそこ長く生きている。
しかも、彼は曲りなりにも世界最強と謳われる七大列強の一角だ。
敵として、味方として、世界中の名だたる強者達を見てきた。
だが、目の前の相手は、今まで相まみえたどんな強者達とも次元が違う。
伝説の大英雄である父、アレックス。
伝説の大魔王である祖母、アトーフェ。
今は衰えたとはいえ、かつての技の冴えは忘れられない兄弟弟子『死神』ランドルフ。
最近までは偏見の目で見ていたが、勤勉を心掛けて改めて向き合ってみれば、自身とは違う形の北神流の体現者であると素直に認められた『奇神』オーベール。
ビヘイリル王国の戦いで肩を並べた元『剣神』ガル・ファリオン。
同じく、『鬼神』マルタ。
シャリーアに来てからよく修行相手になってくれる『水神』レイダ。
根が戦いに向いていない臆病な性格でありながら、家族や友のためならば勇気を振り絞って遥か格上に挑める勇者、『泥沼』のルーデウス。
そんな神級の域に至った世界有数の強者達ですら、目の前の人物と比べれば比較対象にすらならない。
闘神鎧と王竜剣を装備した自分を打倒したエミリーや、修行で相手をしてもらっては手も足も出せずに惨敗し続ける世界最強の男、『龍神』オルステッドすらも確実に超越しているだろう。
そんな相手と一対一で、しかも料亭の個室という逃げ場のない場所で向き合っているのだ。
アレクはさっきから冷や汗が止まらなかった。
「まあ、とりあえず飲もうか。そういう名目で来たんだしね」
「は、はい! いただきます!」
勧められたお酒を、震えそうになる手を必死に制御しながら飲んだ。
味がしないし酔える気もしない。
アレクに対して真っ直ぐに向けられる殺気混じりの視線が、彼から一切の余裕を奪っていた。
戦闘力的には自分の方が圧倒的に上のはずだ。
相手はせいぜい上級剣士クラス。
神級のアレクには到底及ばないし、戦いになれば倒すのに1秒もいらない。そのはずなのだ。
なのに、全く勝てる気がしなかった。
勝利のビジョンがこれっぽっちも見えなかった。
お互いに無言で酒を飲み、やがて頃合いを見計らったかのように相手の方が口を開く。
「君はウチの娘と随分仲が良いようだね」
「は、はい! エミリー、いえ、エミリーさんには大変お世話になっております!」
いきなり核心を突かれて、アレクは動揺しながらも必死に受け答える。
だが、奮闘虚しく、目の前の最強生物が放つ殺気のレベルが一段階上がった。
アレクは「ひぃ!?」と悲鳴を上げそうになったが、北神の矜持でなんとか耐える。
「単刀直入に聞こう。君はあの子のことが好きなのかい?」
「ごほっ!?」
アレクはむせた。
少しでも力を借りたいとすがった酒が気管に入ったのだ。
「ああ、もちろん人間的な意味で好きとか、そういう答えは求めていない。
恋愛的な意味で好きなのか。将来一緒になりたいのかどうか。そういうことを聞いているんだ」
更に、彼はアレクの逃げ道を完全に塞いだ。
アレクに残された選択肢は二つ。
素直に話して殺されるか、誤魔化して不興を買って殺されるかの二択しかない。
もはや、ここまで。
アレクは覚悟を決めた。
覚悟を決めて正直に話した。
「ぼ、僕は……僕は、エミリーのことが恋愛的な意味で好きです! 愛しています!! 将来は一緒になりたいです!!」
覚悟を決めた結果、大声が出てしまった。
個室の外にまで確実に響いているだろう。
下手したら翌日には噂になっているかもしれないが、それを気にしている余裕は今のアレクにはない。
言ってしまった。
アレクの胸中はその一言に尽きる。
最強生物はそんなアレクをギロリと睨みつけ、据わった目で質問を続けた。
「一応聞こうか。キッカケはなんだったんだい?」
「……多分、ベガリット大陸で出会って、一緒に旅してる頃から惹かれてたんだと思います。
当時は空回ってばかりで、独りきりで迷走を続けてたんですが……エミリーとの旅は、ずっと感じていたモヤモヤを吹っ飛ばしてくれるくらい、本当に楽しかったんです」
1年以上に渡ったエミリーとの二人旅のことは、今でも鮮明に思い出せる。
最初はエミリーが青竜に襲われてるように見えた現場にアレクが乱入したところから始まり、ファランクスアントとの戦いを経て交流を深め、共に迷宮都市ラパンまで旅をした。
旅の道中では色々なことがあった。
毎日のように修行で剣を合わせた。
久しぶりに誰かとやる修行は楽しかった。
名を上げるために、困ってる人を見かけたり、何か騒動が起きていたら片っ端から首を突っ込んだ。
エミリーは呆れてたり、イライラしたりしながらも、最後にはいつも協力してくれた。
上手くいったこともあれば、上手くいかなかったこともある。
でも、二人でそういうことをするのは、やっぱり楽しかった。
まあ、当時のことを今思い返してみると、エミリーは急いでたのに振り回して申し訳ないと激しく思うが。
それでも、やはりアレクは楽しかったのだ。
楽しかったのは事実なのだ。
「君はサキュバスにやられて、あの子を襲いかけたと聞いてるけど?」
「その節は大変申し訳ございませんでしたーーー!!」
アレクは土下座した。
こればっかりは本当に洒落にならないことだからだ。
「……まあ、ギリギリだけど許そう。未遂だったそうだし、何よりあの子自身が全く気にしていないからね」
最強生物は嘆くようにため息を吐き、アレクの命は首の皮一枚で繋がった。
もしもあの時、サキュバスのフェロモンで正気を失ったアレクをエミリーが叩きのめして未遂に終わらせてくれなければ、終わっていたのは自分の人生の方だっただろう。
ゾッとする話である。
「それで、君はベガリットの一件でウチの子を好きになってしまったわけだね」
「いえ、その、お恥ずかしながら、エミリーへの恋心を自覚したのは最近です。
どうにも昔から、そういうのに鈍いタチでして……」
アレクサンダーという男は色々と鈍い。
細かいことを気にしないタイプというか、できないタイプなのだ。
自分の内心なんて目に見えないもののことなど、よっぽどのことが無ければ深く考えたりしない。
間違いなく、頭が空っぽな祖母の血筋のせいだろう。
「最近、エミリーの顔を見ると動悸が激しくなって、言葉が詰まるようになって。
ビヘイリル王国の戦いで、ボロボロになってまで間違っていた僕を止めてくれたカッコ良い姿がよく頭に浮かぶようになって……。
エミリーとの修行にも集中できなくて、もしや何かの病気にかかったのではと思い、オルステッド様に相談して、自分の恋心に気づきました」
「天下の龍神様に凄いことを相談したね、君は」
呆れた目で見られてしまった。
ついでに言えば、オルステッドもまた、アレクの相談を受けた時は呪い封じのヘルメットの下で同じ目をしていたことを追記しておこう。
ヘルメットを付けていたが故に、アレクは知らないことではあるが。
「なんにせよ、君の想いはよくわかった」
アレクの言葉を聞き入れ、最強生物は考えるように目を閉じた。
そして、アレクにとっては死刑執行を言い渡される直前のような生きた心地のしない数秒間の沈黙の後、最強生物は目を開いてどこか遠くを見始める。
「あの子は昔から剣のことしか頭にない子でね。
物心ついた頃から、剣に見立てた木の枝を振り回していた。
剣の腕に頭の成長を吸い取られたみたいに言葉を覚えるのも遅くて、
寝る前にお話をしてあげた時とかも、姉のシルフィがお姫様とかの女の子らしい物語が好きだったのに対して、エミリーは英雄譚ばかりねだってきて、聞く度に目を輝かせていたよ」
遠い目をして語り始めたのは思い出話だ。
自分が知らない子供の頃のエミリーの話。
アレクは先程までの恐怖も忘れて聞き入った。
「パウロさんに剣を習い出してからは、休みの日に私も木剣を持たされて、よく遊び相手にされたものさ。
その頃から私じゃエミリーに勝てなかった。
いくら普段は弓矢を使っていて、剣は母に少し習った程度とはいえ、大の大人が5歳の子供に勝てないというのは愕然としたよ。
この子は将来、凄い剣士になる。
そう思ったし、それは間違っていなかった」
彼の言う通りだった。
今のエミリーは七大列強第五位。
剣術三大流派の長を全て倒し、英雄譚に出てくるような強者達の多くを倒し、仲間達と共にあの『闘神』すらも倒した、まごうことなき当代最強(オルステッドは除く)の剣士。
英雄譚に憧れていた少女は、いつしか自らが英雄譚の主人公となったのだ。
「エミリーは、本当に剣が大好きなんだよ。
相手として不足しかない私との打ち合いでも、本当に楽しそうに笑うんだ。
だけど……」
そこで、最強生物は少し寂しそうな目をした。
「剣士のサガなのか、やっぱり強い人と戦う方がより楽しいんだろうね。
私を相手にしてる時より、パウロさんを相手にしてる時の方が楽しそうだった。
そのことに父親として嫉妬したが、それはさて置き。
今のあの子が楽しめるレベルの剣士は、
好きなことを共有できるレベルの相手は、
世界中を見渡してもそう多くはいないだろう」
「だから」と彼は続ける。
「その数少ないエミリーの相手になるレベルの剣士である君があの子のことを好きになったのは、もしかしたら運命なのかもしれないね」
「!? そ、それって……」
「ああ、勘違いしないでほしい。まだ君を認めたわけじゃないよ。
シルフィの時は認める認めないの問答をする前に結婚してしまったからね。
もう一人の娘に対してくらい、父親らしいことをしたい」
そう言って最強生物は……エミリーの父、ロールズは告げる。
「娘を取られる男親というのは複雑な気持ちなのさ。大事な娘をそう簡単には渡してやれない。
今の君はまだ、私から見れば馬の骨だ。
剣術こそ超一流だし、あの子のことを想う気持ちも純粋で好ましくはある。
だけど、まだまだ他の部分が未熟すぎる。
それを何とかしようという努力は認めているが、一朝一夕でどうこうなるとは思っていない。
未熟さ故にあの子の敵に回ったというビヘイリル王国の戦いから、そう時間も経っていないしね。
そして、あの子は剣術以外のことはポンコツだ。
あの子の伴侶になりたいのなら、一人前の男になった上で、あの子のダメなところを支えられるような能力を身につけることを、私は君に求めるよ」
「は、はい! 頑張ります!」
アレクは全力で頷いた。
正直、自分もエミリーと似た剣>頭タイプで、剣術以外のことでエミリーを支えるとなると難易度が高い気がしているが……それでもアレクは全力を尽くすことを決めた。
ロールズの言うことはもっともだし、それ以前に互いに支え合ってこその仲間だからだ。
恋人うんぬん以前に仲間として、アレクはエミリーと支え合いたいのだ。
「とはいえ、あの子もポンコツに見えて、考えなければいけないところは意外とちゃんと考えられている。
君にエミリーの足りないところを完全に補えとまでは言わないさ。
頭の方は二人合わせて一人前くらいになってくれたらそれでいい。
その上で、君が未熟さを克服して立派な男になれたのなら……私は君を応援しよう。
期待しているよ、アレクくん」
「!」
そこで、ロールズは遂に優しい目になった。
ロールズは、アレクを認めてくれたのだ。
無論、それはこれからの成長込みでの話だ。
アレクが成長せずに子供のままであれば、エミリーに相応しくないと思われたら、またあの龍神よりも恐ろしい目で睨みつけられるだろう。
それでも、アレクはこの人に期待してもらえたことが嬉しかった。
正直、実の父親に認められるよりも嬉しいかもしれない。
「あ、ありがとうございます! お義父さん!」
「君にお義父さんと呼ばれる筋合いはない!
それにエミリーは強敵だよ? 何せ、剣が恋人と言ってはばからない子だ。
いくら私が認めても、本人が君との交際を断ってしまえばどうしようもない。
まあ、私としては、それでも一向に構わないが」
「うっ!?」
痛いところを突かれてアレクが呻いた。
そうなのだ。
エミリーは恋愛というものに興味があるように見えない。
それを恋愛初心者のアレクが落とそうというのだから、難易度は想像を絶するだろう。
それでも、やらねばならないのだ。
だって、恋は止まれないのだから!
「ど、どうすればいいんでしょうか?」
「自分で考えなさい」
「……はい」
すげなく突き放され、それを最後に今回の最強生物『お義父さん』との話し合いは終わった。
助言こそ貰えなかったものの、全体的に好印象を持ってもらえたのはアレクにとって最高に近い結果と言えるだろう。
その後、思ったより酒が回っていたらしく千鳥足のロールズを家まで送り、
そこでエミリーに会って今日の話を思い出して赤面し、
「あらあら」
今度はそれを見ていたお義母さんに捕まった。
エミリーの母、ボニーはエミリーを酔っ払ったロールズの介護係に任命して二人を遠ざけ、アレクを家に上げて一対一で向き合う。
しかし、ロールズと違って、その視線は最初から優しかった。
「それで? アレクくんはあの人と、どんな話をしてきたの?」
「え、えっと……」
さすがのアレクも、好きな子の母親にその話をするのには恥ずかしさを感じる。
だが、誤魔化すという選択肢はない。
エミリーの母に悪印象を持たれたくない、とか考えたわけではなく、単純にそうしたくないと思って、何も考えずにその感覚に従っただけだ。
実はアレクは臨機応変な北神流よりも、ノータイムでの即断即決をモットーとする剣神流の方が適性があるのかもしれない。
「ふーん、なるほどね」
アレクの話を聞き終え、ボニーはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
一見すると小馬鹿にされているようにも見えるが、嫌な感じは一切しない。
「そっかー。あの子にも遂に春が来たのね。
アレクくん! ロールズは協力はしてくれないでしょうけど、私は積極的に協力するわ! 頑張って!」
「ほ、本当ですか!?」
「もちろん! ……アレクくんを逃したら、あの子、本格的に行き遅れそうだし」
最後の方にボソッと本音が呟かれたが、喜びの感情で脳が埋め尽くされているアレクには聞こえなかった。
ちなみに、アレクを逃さなくても、エミリーはオルステッドを超えるまで色恋沙汰に興味すら示してくれないような気がしているが、ボニーはその事実からも目を逸らした。
「で、アレクくんとしては、いつ頃告白するつもりなの?」
「正直、今日ロールズさんと話すまでは明日にでもと思ってました」
「キャー! 積極的!」
アレクのイケイケな様子に、ボニーは大興奮。
この勢いなら、その気がない娘を押し切ってくれるのではと若干期待した。
娘を取られるのが嫌なロールズと違って、彼女には息子が欲しい気持ちもあったのだ。
もっとも、実年齢で言えば、ボニーよりもアレクの方が歳上なのだが。
「ですが、ロールズさんに未熟すぎて認められないと言われて、考えを改めました。
僕はエミリーに釣り合う本物の英雄になってから、この気持ちを伝えるつもりです」
「あらら……。あの人ったら余計なことを」
本物の英雄とやらの定義が何かは知らないが、そう簡単になれるものでもないような気がする。
下手したら寿命の関係で自分はエミリーの花嫁姿を見られないかもしれない。
彼女は人族と獣族のハーフであり、長命な種族の血が入っているアレクやエミリーやロールズと違って、寿命は100年もないのだ。
これはお節介を焼かねばとボニーは決意した。
別に結婚だけが人生ではないし、くっつかないならくっつかないで、それも娘の選択だと尊重はするが、それはそれとして、息子になるかもしれない少年の恋路を応援するのは彼女の自由である。
「ねぇ、アレクくん。これはあなた達の問題なんだから、告白するタイミングに関しては好きにしていいと思うわ。
けど、あんまりモタモタしてると、横から他の男にかっ攫われるかもしれないわよ?」
「それは困ります!!」
本気で焦るアレクを見て、ボニーはとても微笑ましい気持ちになった。
きっと、彼が息子になったら毎日楽しいだろう。
「だからね。アレクくんが気持ちを伝えられるようになるまで、あの子が他の男になびかないように、今のうちから好感度を上げていった方が良いと思うの」
「た、確かに……」
「手始めに、そうね。プレゼントなんてどうかしら?
今ならビヘイリル王国の戦いのお詫びとお礼って言えば違和感ないと思うわ」
あと、エミリーには昔貧乏だったせいで5歳の誕生日プレゼントを贈れなかった負い目があるので、こういう機会には色々と貰ってほしいという個人的な思いもある。
まあ、最近は給料の良い仕事に就いたロールズが定期的に貢いでるし、エミリー本人も物欲より修行というタイプなので、そんなに効果はないだろうが。
それでも、全く効果がないということもないはずだ。
「おお!」
一方、アレクはロールズには貰えなかった具体的なアドバイスをしてくれたボニーに感謝と尊敬の念を抱いていた。
今すぐにでもお義母さんとお呼びしたい気分だ。
そして、アレクはそういう時に躊躇わない男である。
「わかりました、お義母さん! やってみます!」
「ふふ、頑張ってね」
衝動のままにお義母さん呼びしたら、ボニーは微笑んで受け入れてくれた上に、背中を押してくれた。
そのことがアレクのやる気を燃え上がらせる。
今なら何でもできる気がした。
「うぉおおおおお!!!」
そして今、アレクは魔大陸にいる。
事務所の転移魔法陣から祖母アトーフェのいるネクロス要塞に飛び、そこから数週間走ってこの場所に辿り着いたのだ。
彼の目の前には、魔大陸の主の一角と呼ばれる巨大な魔物がいる。
世界各地に生息する木の魔物『トゥレント』の最上位種の一つ。
純白の幹と漆黒の葉を持つ、全長1000メートルを余裕で超える大樹の魔物『マスタートゥレント』。
かつてベガリット大陸でエミリーと共に相まみえたファランクスアントと同じ、最強の魔物の一角だ。
しかも、群れとしての強さで最強だったファランクスアントと違って、マスタートゥレントは個にして最強。
知名度はともかく、強さだけなら、かつてアレクの父であるアレックスが倒した最強の竜、『王竜王』カジャクトにすら匹敵するだろう。
そんな化け物にアレクは挑んでいた。
今の未熟な自分が王竜剣無しで勝てるとは思えない。
だが、別に倒しに来たわけではない。
彼はこの化け物の枝を拝借するために来たのだ。
理由はボニーに言われた通り、エミリーにビヘイリル王国の戦いのお詫びとお礼がしたいから何か欲しいものはないかと聞いたところ、
しばらく悩んだ末に、魔術師の杖が欲しいと言ったからだ。
最近のエミリーは聖級治癒魔術を習得し、更に衝撃波を使った長距離空中移動にも磨きがかかっている。
ただし、この二つは魔力消費が本気でバカにならないので、魔術の消費魔力を下げてくれる杖が欲しくなったのだ。
武器には頼らない主義のエミリーだが、治癒魔術と長距離移動のサポートアイテムとなれば、武器というより医療器具や乗り物みたいな扱いなので、装備するのに忌避感はない。
そんな思いを聞き届け、アレクはオルステッドに場所を聞いてこんなところにまで来た。
杖に必要なのは魔石と木材だ。
特に魔石の方が重要なのだが、それは昔倒したベヒーモスという巨大な魔物の腹から出てきた最高級品をまだ持っていた。
ならば、残るは木材。
そして、目の前のマスタートゥレントの枝こそが、どんな杖にでも合う幻の素材とまで言われる最高の木材なのである。
「北神流奥義『破断』!!」
「!!!!????」
アレクの最強奥義がマスタートゥレントの枝を斬り落とす。
山のような巨体からすると掠り傷のようなものだが、それでもマスタートゥレントは怒り狂ったようにアレクを仕留めようと枝を振り回し、刃のように鋭い漆黒の葉を雨のように降らせてくる。
アレクは斬り落とした枝を持って一目散に退散したが、あまりにもしつこくマスタートゥレントは追撃を繰り返した。
この魔物の枝が幻の素材とまで言われる最大の理由は、この執念深さによって枝を斬り落とした不届き者を執拗に狙い、持ち帰る前に殺してしまうからである。
列強下位クラスの力を持つこの魔物から逃げ切れるような猛者は、世界広しと言えども少ない。
だが、アレクは七大列強。
その世界有数の猛者である。
三日三晩の戦いの末、あまりにも巨大なせいで攻撃範囲がアホのように広いマスタートゥレントの魔の手から、アレクは遂に逃げ切った。
体はボロボロだが、不死魔族の血を持つアレクなら、しばらくすれば治る程度の負傷。
彼は達成感に包まれた歓喜の表情で再びネクロス要塞にまで走り、シャリーアに帰還した。
その後、アレクは魔法都市と呼ばれるほどに魔術関連の技術では世界最高峰のシャリーアでも更に指折りの
風魔術の補助に特化した緑の魔石を使った杖と、治癒魔術の補助に特化した黒の魔石を使った杖。
どちらもベヒーモスの腹から出てきた非常に透明度の高い魔石をマスタートゥレントの純白の枝で守るように包み込んだ形の杖だ。
その性能は凄まじく、それぞれ風と治癒の魔術の消費魔力を10分の1にまで抑えてくれる。
おまけに、アレクも習い始めたエミリーの龍聖闘気もどき、巷では『聖闘気』と呼ばれるようになった特殊な闘気を纏わせれば、神級剣士の斬撃すら受け止められるほどに頑強。
かつて、ルーデウスが10歳の誕生日プレゼントとしてボレアス家より贈られた彼の愛杖『
そんな代物を二本も贈られ、幼少期の貧乏生活の感覚を微妙に引きずっているエミリーは、頬を引きつらせながらも、アレクの好意を無下にはできずに受け取った。
そのことを満面の笑みで報告しに来たアレクに対して、ボニーは「重い、重いわ、アレクくん……」と激しく思ったが、アレクの満面の笑みを曇らせたくなくて口には出さなかったという。
・お義父さんのアレクに対する印象
頑張ってる子供。
エミリーのことが大好きで初心な天才剣士。
大恩人であるシャンドルの息子だし、光源氏計画(?)で立派に育てば、娘の相手として認めてやらなくもなくもない。
Q.アレクがビヘイリル王国での決戦時の状態のまま「娘さんをください!」って言ってきてたらどうしてましたか?
A.殺す。
・お義母さんのアレクに対する印象
素直な良い子。
自分に懐いてくれるのが可愛い。
ビヘイリル王国ではちょっと喧嘩したらしいけど、でも、ベガリットの一件以来ちょくちょくエミリーの話に出てくるし、エミリーも憎からず思ってたっぽいし、脈がないことはないんじゃないかと思ってる。
Q.アレクがビヘイリル王国での決戦時の状態のまま「娘さんをください!」って言ってきてたらどうしてましたか?
A.正座させてお説教。
改心したこと込みで考えれば、意外と好印象。
シャンドルの息子で、ベガリットでエミリーが助けてもらったっていう前情報がある上に、二人はシャリーアに来てからの勤勉なアレクしか見てませんから。
ビヘイリル王国の戦いでも、別に誰かを殺そうとしたわけじゃないし。
アレクは多分、一生この二人に頭が上がりません。
もしも、エミリーが絆されてアレクのラブを受け入れた場合、力関係がハッキリしてるのでエミリーにも尻に敷かれ、アレクの家庭内ヒエラルキーは最下層で固定されるでしょう。
首輪を付けられて飼われるがよい!
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番外 エミリーのハイキング
ビヘイリル王国の戦いから数ヶ月。
この前、その戦いの時のお詫びがしたいって言ってきたアレクが、目玉が飛び出るような値段の杖を二本も持ってきて冷や汗ダラダラになったのは記憶に新しい。
まあ、私の冷や汗なんていくら流してもお釣りがくるくらい杖の性能が凄かったから良しとしておこう。
そうじゃないと精神衛生上よろしくない。
似たような値段の魔剣をオルステッドから貰った時は、こんなこと思わなかったのになぁ。
何が違うんだろ?
オルステッドの無限資産のせいで感覚が麻痺してたのか、それとも自分から欲しがったかどうかの差なのか。
……深く考えないようにしとこう。
深く考えて、杖だけじゃなく魔剣にまで冷や汗を流すようにはなりたくない。
と、まあ、そんなことがあって、私の装備に二本の短杖が追加された。
この二つは剣帯の右側の部分に差してる。
左側に愛剣『バースデー』、後ろの部分に魔剣『仙骨』、右側に短杖が二本。
これで剣帯に空きスペースが無くなった。
なんとなく、何かをコンプリートしたような気分。
そんなパーフェクトフォルムになった私は現在、とある山の麓に来ていた。
見上げれば、赤い鱗を身に纏った魔物の群れが上空を旋回してる。
あれは中央大陸最強の魔物だ。
単体でもトップクラスの強さを誇る上に、数百匹単位の群れを作るという悪夢みたいな存在。
そう、赤竜である。
その赤竜が群れてる場所と言えば、もうおわかりでしょう。
ここは中央大陸を北部、西部、南部で分断する巨大な山々、赤竜山脈。
400年前、『魔神』ラプラスが赤竜の群れを放ち、現在では列強上位くらいしか通行できない人外魔境。
本日の私の修行は、そんな人外魔境を北方大地側から踏破し、西部にあるアスラ王国に抜けて、アリエル様のところにお泊りしてから往復して帰ってくることだ。
「よし、行こう」
心も体も準備完了。
右手に愛剣を、左手に風魔術の杖を持って、私は赤竜山脈へと一歩足を踏み入れた。
その途端に襲いくる赤竜の群れ。
こいつらは縄張りに入ってきた獲物は犬程度の大きさでも見逃さないって話だったけど、まさにその通りだった。
奴らは制空権を有することの有利を最大限に使って、上空から一斉にブレスを放ってくる。
不安はない。
オルステッドは今の私ならできると言った。
この人外魔境を越えられると言った。
それに400年前を知るルイジェルドさん曰く、昔は列強下位でも赤竜山脈を越えられたらしい。
でも、ラプラス戦役で三人の列強と多くの実力者達が死んで列強下位の質が下がり、
ラプラスの封印と共に、世界有数の強者達が一堂に会して殺し合う世界規模の戦争が終わったことで、神級でも普通に死ぬような時代が終わった。
そうすると、今のギレーヌやエリスさんみたいに、死ぬ気で研鑽する人達でも帝級や王級に到達した時点でどこか満足するようになって、神級に到達する人が減り、神級が必死こいて更に上を目指す必要もなくなって、そのせいで昔の列強に届く人は現れずじまい。
シャンドルみたいに、やる気のある神級もいるにはいたけど、
己をより高めてくれる同格に近いライバルも少なく、目標とすべき絶対強者の列強上位に至っては全員が行方不明か封印中。
これじゃ強さも頭打ちになって当然だよ。
私だって最初に師匠、次にギレーヌ、その次にシャンドル、その次にアレクやガルさんやレイダさん、今はオルステッドって感じで、常に自分より強い人達を目標にし続けてきたからこそ、ここまで強くなれたんだし。
他の人達はそんな恵まれた環境を手に入れられなくて、成長を止めてしまった。
結果、『最強』の名を冠する七大列強でありながら、下位の三人はドラゴンの群れすら突破できない、最強とは程遠い存在へと成り果てた。
つまり、シャンドルやガルさんやジノくん、王竜剣アレクや全盛期ランドルフさんも、昔の列強下位に比べれば遥かに劣るのだ。
そして、列強上位であるラプラスは、そんな昔の列強下位と比べても格が違う。
ラプラスは赤竜達の王、『赤竜王』すらも従えていた。
というか、ラプラスは赤竜山脈を赤竜まみれにした張本人なんだから、ある程度奴らを操れる力を持ってるってことだ。
そんなラプラスと戦おうっていうのに、雑兵赤竜の群れすら突破できないようじゃ話にならない。
今回の修行は、対ラプラスを見据えた第一歩だ。
気合い入れていくぞー!
「水神流奥義『流』!」
まずはブレスの一斉攻撃を水神流で受け流す。
視界一面を覆う炎の壁をかき分けるように剣を動かす。
そのまま足に力を込めて、ブレスをかき分けて突き破りながらジャンプ。
更に左手に持った杖に魔力を送り込んで、以前とは比べ物にならないくらい少量の魔力で足下に衝撃波の魔術を発動。
それを思いっきり踏みつけて、脚力と足の裏にぶつかる衝撃波の威力の合わせ技で、一歩で1000メートル近い距離をかっ飛んだ。
「北神流『花火』!」
一気に上空の赤竜達の懐にまで到達する。
そして、自分達で吐いた炎で視界が遮られたせいで、私の突撃への対応が遅れた竜どもに一発かましてやった。
剣神流『疾風』+水神流奥義『剣界』!
「奥義『疾風剣界』!」
単純な高速連続攻撃である剣神流の技を、同じ体勢から全方位へカウンターを放つための水神流の奥義の技術を使って打ち出す。
それによって、私の近くにいる全ての赤竜に斬撃が入った。
「「「グギャァアアア!!?」」」
片手持ちの上に、距離によって威力の落ちる斬撃飛ばしだったから、死んだ奴は一体もいない。
けど、全員が前脚と一体化した両方の翼を斬り裂かれ、空から山脈に落ちていく。
地を這うドラゴンに、空中を高速で駆ける私を捉えることはできない。
立場逆転である。
「よっと」
下で怒り狂ったような咆哮を上げながらブレスを放つ赤竜達を無視して先を急いだ。
私の戦いはこれからだ!
その後、私は数時間かけて赤竜山脈を突破した。
赤竜以上の強敵がいるってこともなかったから、基本的には疾風剣界をぶっ放してるだけで勝てたよ。
空を飛べなければ連なった山々を登ったり降りたりで数日かかったかもしれないけど、花火を使いこなす私なら直線距離で数時間だ。
魔力もアレクに貰った杖のおかげで1割も消費してない。
登頂成功してみればあっけなかったなー、赤竜山脈。
まあ、相性が良かったってことだね。
余裕だったし、帰りは花火を封印した状態でいってみようか。
そうすれば良い修行になるような気がする。
そうして、私は予定通りアリエル様のいる王都アルスまで花火ですっ飛んだ。
そこでシャンドルやギレーヌやイゾルテさんと
弟弟子のドーガに姉貴風を吹かせてマウントを取り、
お泊りのために貸してもらったホテルのスイートルームみたいな部屋にガチの夜這いを仕掛けてきたアリエル様をベッドシーツで縛りつけ、
縛られて鼻息を荒くするアリエル様を、引き取りにきたルークさんにパスし。
そんな感じで一泊二日の旅行みたいなことを楽しんだ後、今度は徒歩で赤竜山脈を越えてシャリーアに帰った。
さすがに徒歩だと苦戦して、装備がズタズタになってルーデウス製の胸鎧にまでヒビが入るくらいの激闘になったよ。
不眠不休で戦い通しだもん。
一週間徹夜ダッシュして空中城塞に乗り込んだ時と同じくらい疲れた。
治癒魔術もそこそこ使った上に、寝て魔力を回復させることもできなかったから、アレクに貰ったもう一本の杖が無かったら魔力切れになってたかもしれない。
あの頃に比べれば遥かに成長したとはいえ、やっぱり、どこまで行っても私はエルフなんだよね。
スタミナお化けの不死魔族とか龍族みたいな戦い方はできない。
最低でも休憩と仮眠は取らないと、どんどん弱っていく。
今の私じゃ、赤竜山脈を正攻法で攻略するのはギリギリだ。
花火で駆け抜けるか、魔剣でゴリ押すかすれば話は別だけど。
こんなんじゃ、まだまだラプラスには及ばない。
もっともっと修行だー!
数ヶ月後。
赤竜山脈に足しげく通って赤竜狩りを繰り返してたら、彼らは私を危険生物と認識したのか、私を見たら逃げるようになった。
せいぜい、たまに群れの意向に従わないハグレ竜が襲ってくる程度。
そのせいで攻略難度がめっちゃ下がって、有効な修行ができなくなっちゃったよ……。
こっちから仕掛けて反撃を叩き潰せば修行にはなるかもしれないけど、それはなんか違うでしょ。
私だって襲ってこない魔物を、素材が欲しいわけでも駆除依頼を受けたわけでもないのに虐殺するほど鬼じゃない。
よって、赤竜山脈でのハイキングはこれにて終了である。
残念。
【朗報】エミリー、赤竜山脈のフリーパスを手に入れる。
シャリーア帰還後の一幕。
エミリー「鎧、壊れちゃった」
ルーデウス「……それ付けたまま衝撃波で飛んだのか? 数十キロはあるんだけどそれ」
エミリー「む。確かに、花火とは、ちょっと、合わない」
ルーデウス「……もう何も言うまい。でも、これを機にもっと軽いやつと替えたらどうだ?」
エミリー「でも、軽くて、これより、頑丈な、鎧って、ある?」
アレク「話は聞かせてもらった! 僕に任せろ!」
アレク「素材を寄越せーーー!」
マスタートゥレント(また来やがった……!)
後日、エミリーの胸鎧はマスタートゥレント製の純白の木製鎧になりましたとさ。
ついでに、エミリーの体が成長する度に、アレクがマスタートゥレントに挑むのが恒例行事になったそうな。
しかし、胸部装甲が全く育たなかったせいで、サイズが合わなくなるまでにはかなりの時間がかかったらしい。
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番外 妖精剣姫と救世主
それは平和な日常が続いていたある日のこと。
なんの前触れもなく、突如として事務所のオルステッドの机の上に謎の脅迫文が置かれるという事件が起きた。
すわ、ここ数年大人しくしてたヒトガミが遂に動き出したか!?
ってなって、オルステッドを含めた私達全員が街中を走り回る大騒動に発展。
犯人はすぐに見つかった。
驚いたことに、犯人はシャリーアの中にいたのだ。
それどころか、ルーデウスの土魔術で作られた事務所の地下空間に隠れ潜んでた。
灯台下暗しの心理を巧みに使った知能犯だ。
しかし、我らが国をも落とせる龍神陣営からいつまでも逃げ切れるわけもなく、犯人は即刻捕縛。
エリスさんによるお尻ペンペンの刑に処された。
更に今回はあまりにも悪質な犯行だったってことで、一週間みっちり、学校の後に私に修行をつけられるという刑罰が加算されることに。
この程度の罰で済んだのは、脅迫文がただのイタズラだったことと、何より犯人が身内だったからこそだ。
そう。
犯人はグレイラット家の子供達の一人。
未来の救世主、ララ・グレイラットだった。
「では、これより、修行を、始める」
「えー……」
ララ達が通ってる魔法大学の放課後の時間。
事務所の裏の野原に強制連行してきたララに修行開始を告げると、露骨に嫌そうな顔をした。
それどころか、一緒に付いてきた守護魔獣のレオの毛皮にもたれかかってダラ~ンとしてる。
近くで修行してるアレクとジーク、それと小パックスとランドルフさんの師弟二組から困った子を見るような目で見られてもお構いなしだ。
やる気ゼロどころか、完全に舐められてる。
これまで私はグレイラット家の子供達にこういう修行を施したことはなかった。
私としては全員に剣の楽しさを教え込む気満々だったんだけど、
エリスさんに自分の仕事を取るなみたいな目で睨まれて、泣く泣く断念したのだ。
やってたのは精々、たまに修行相手として超手加減モードで戦いながらアドバイスする程度。
基本的に褒めて伸ばす方針で、めっちゃ優しくした。
おかげで子供達には大分懐いてもらえたんだけど、弊害がこんなところに……。
でも、今日はとことんやってくれって言われてる。
ララが将来、イタズラの延長で絶対に怒らせちゃいけない相手を怒らせたりしないように、徹底的に懲らしめなきゃいけないのだ。
私は心を鬼にして、ララの目じゃ追えない速度で背後に回り、そのお尻をスパーンとぶっ叩いた。
「あうっ!?」
「ルーデウス達から、お尻ペンペンは、許すって、言われてる」
既にエリスさんによって腫れ上がるくらいまでペンペンされたララに追い討ちは相当効いたみたいで、お尻を押さえて悶絶しながら涙目になってた。
「真面目に、やらないと、容赦なく、叩く。わかった?」
無言でコクコクと頷くララ。
よろしい。
では、改めて修行開始だ。
とはいえ、私は意欲のない相手に剣を教えた経験なんてない。
昔、姉に水神流と北神流を教えたり、師匠に光の太刀とかを教えたりはしたから、学ぶ気のある相手に技を教えることはできる。
だけど、相手のやる気を引き出す方法は知らない。
師にはなれても、教師にはなれない感じだ。
なので、ララに修行をつけながら私もそこらへんを学ぶべく、初日はそういうのが得意そうな人の力を借りることにした。
「じゃあ、アレク、ランドルフさん、お願い」
「任せて!」
「いやぁ、気が進みませんねぇ」
やたら張り切ってるアレクと、反対にため息なんか吐いてるランドルフさん、
それと二人の教え子であるジークと小パックスを連れて、私達は移動を開始した。
あ、この二人に頼むわけじゃないよ。
ランドルフさんは知らないけど、アレクなんて弟子のウィ・ターさんやナックルガードに逃げられた師匠だし、とても適任とは言えないからね。
ジークの育成は順調みたいだからワンチャンあるとは思うけど、今回に関してはもっと頼れる人がいる。
二人にお願いしたいのは、その人との通訳だ。
まず向かった先は事務所の地下。
同じ人族とエルフの混血ってことで親近感があって仲良くなった受付嬢のファリアに「行ってらっしゃ~い」って見送られながら、各地への転移魔法陣がある場所へ。
「師匠、どこ行くの?」
「ふっふっふ。着いてからのお楽しみさ!」
「楽しみだね、ランドルフ!」
「あまり期待しない方がよろしいですよ、ジュニア様。
あそこを楽しい場所として認識できるのは、強さだけを追い求める生粋の武人だけですので」
「うへぇ」
ランドルフさんの言葉で、むさ苦しい道場でも想像したのか、ララが逃げたそうにチラチラと後ろを振り向くようになった。
でも残念。
私はララの後ろから付いていってるから退路はない。
そして、私達は事務所の転移魔法陣の一つに乗って、そこに訪れた。
最も過酷な大陸と呼ばれる魔大陸の中でも特に過酷な土地にそびえる巨大な要塞の中。
ここは、とある魔王の根城。
別名『力を与える魔王』とも呼ばれる、伝説の大魔王の住まう場所。
「*****! ****! **********!」
「『アーハッハッハ! よくぞ来たな! エミリー、アレク、ランドルフ!』だそうだよ」
出迎えてくれたのは、通訳してもらわないとわからない魔神語で話す女魔王。
『不死魔王』アトーフェラトーフェ・ライバックが、ニコやかな笑顔で私達を歓迎してくれた。
「ハァ……ハァ……!」
「もう、無理……」
「オロロロロロ……」
アトーフェさんによる地獄の特訓が始まって数時間。
子供達は悪夢の中にいた。
一番体力のあるジークですら疲労困憊。
小パックスは心が折れかけ、ララに至っては乙女にあるまじき虹色のゲロゲロを口からスパーキングした。
彼らがまず最初にやらされたのは、親衛隊の人達との一対一のバトルだ。
できるだけ手加減の上手そうな人が三人選出され、ジーク、小パックス、ララに一人ずつ付いた。
しかし、いくら手加減してもらってるとはいえ、彼らの基準は魔大陸1の過酷な修行を毎日のように積んでるアトーフェ親衛隊の基準。
体力が尽きても容赦はなし。
疲れて動きが止まれば、当然のようにその隙を狙われてボディブローが飛んでくる。
骨折なんて当たり前。
治癒魔術で治るんだから問題ないとばかりに、子供でも躊躇なく殴り飛ばす。
ララの顔面にパンチがめり込んだ時は、私じゃ絶対にできないなって思った。
その戦いは全員が気絶するまで行われ、私が治癒魔術をかけ終わったと同時に水をぶっかけられて叩き起こされ、次は技のお稽古の時間だ。
ジークと小パックスは、張り切ったアトーフェさんに源流に最も近い北神流を体に直接叩き込まれ、
ララは魔術師タイプってことで、ムーアさんに実践的な魔術の使い方を教わった。
これ、感覚派のアトーフェさんに叩きのめされながら実戦形式で教わってる二人も大変そうだけど、
ムーアさんの方も、「さて、今教えた通りにレジストしてみなさい」とか言って、容赦なくララに魔術を叩き込むから、見ててヒヤヒヤする。
アレク、ランドルフさん、私の師匠三人組で、子供達が死にそうになったらいつでも飛び出していけるように身構えてなかったら、とても見てられない。
この授業も全員が気絶するまで行われ、またしても治癒魔術をかけ終わると同時に叩き起こされる。
この時にはもう、子供達の顔は恐怖一色に染まってた。
しかし、アトーフェ親衛隊の辞書に容赦の二文字はない。
次は体作りのためにランニング。
危険な魔物がはびこる要塞の外を、親衛隊の皆さんと一緒に走る。
遅れたら魔物の餌食になるから、疲れ果てても全力で走る。
戻ってきた時にはまたしても全員気絶し、叩き起こされて次は魔力総量を増やす修行。
幼少期に魔術を使いまくると魔力総量が増えるってことで、最近ルーデウス達が開発に成功した
もちろん適当に使うことなんて許されず、三人一緒ってことでララ一人を相手にしてた時より本気になったムーアさんの魔術を命懸けでレジストしながらだ。
で、気絶した後、またしても叩き起こされて修行続行……ってなるはずだったんだけど、
水をぶっかけても死体のように無反応だったから、さすがに限界の限界を迎えたっぽいってことで、ようやく解放された。
アトーフェブートキャンプ入門編、これにて終了である。
これで入門編でしかないっていうのは凄いね。
まあ、とにかく、気絶から回復した瞬間に条件反射で身構えた子供達に終わったことを伝えると、滂沱の涙を流してお互いに抱き合いながら喜んだ。
三人の間に硬い絆が生まれたような気がする。
最後に皆でアトーフェ親衛隊の皆さんにありがとうございましたってお礼を言って、
笑顔のアトーフェさん達を前に真っ青な顔で震える子供達を連れて、シャリーアに帰還。
その日はもう遅かったので、子供達を家に送っていって解散になった。
私が送っていったジークとララは、まだ青い顔で「アトーフェさんには二度と会いたくない」とか言い出したよ。
トラウマになったっぽい。
多分、小パックスもこうなってると思う。
自業自得なララはともかくとして、興味本位で付いてきただけのジークと小パックスには悪いことしちゃったかもしれない。
翌日。
娘や孫に甘いルーデウスと師匠は、昨日子供達が受けた虐待とも言える修行の話を聞いて「もういいんじゃないかな」とか言い出したけど、一週間という予定を反故にする気はない。
さすがに私もアトーフェさんに頼むのは早計だったって反省してるし、アトーフェブートキャンプレベルの過酷な修行をこれ以上やらせる気もないけど、修行自体はちゃんと一週間続けさせるつもりだ。
昨日あれだけ震えてたジークも、ちゃんと今日もアレクのところに行くって言ったしね。
弟がこれだけ頑張ってるんだから、ララだけ逃がすつもりはない。
そういうわけで、授業が終わった頃を見計らって魔法大学に迎えに行けば、困った顔のジークだけが校門にいた。
「ジーク、ララは?」
「えーっと……ララ姉、逃げちゃった」
「は?」
なんと、ララはジークだけ送り出して逃走したらしい。
中々にいい根性してるじゃないか。
私から逃げられると思うなよ。
というわけで、先にジークを事務所のアレクのところに届けてから、私は魔法大学に戻って魔眼出力を強に。
ララの魔力の痕跡を追う。
さすがに、まだ幼いララに私の魔眼をかい潜る知恵はなかったみたいで、倉庫みたいなところに隠れてたララを即座に発見。
逃走の罰として、今日もアトーフェさんのところに放り込むことにした。
「いやぁーーー!!」
本気で悲鳴を上げながら私に担がれて事務所の転移魔法陣に連行されるララを、ジークと小パックスが痛ましげな目で見てたけど、残念なことに付いてこようとはしなかった。
ララは「裏切り者ーーー!」とか叫び、昨日あれだけ強固だった子供達の絆にヒビが入る音を聞きながら、私は何とも言えない気持ちでネクロス要塞へ。
今回はムーアさんが出迎えてくれた。
「ムーアさん、今日も、よろしく、お願い、します」
「はい。その子は中々に才能があって鍛えがいがありますからね。私も楽しみですよ」
ニコリと笑うアトーフェ親衛隊隊長の顔を見て、ララは今にも失神しそうなくらい青い顔になった。
翌日。
修行3日目。
魔法大学に行ったら、またしてもジークだけがいた。
「ララは?」
「逃げた」
「またか」
魔眼出力を強にしてみれば、ララの魔力の痕跡が色んな方向に向かって伸びてるのがわかった。
なるほど、撹乱作戦か。
事前に学校中を歩き回って痕跡を残しておいたな。
しかーし!
その程度で我が魔眼は欺けない!
魔力の痕跡は新しいものほど濃く、古いものほど薄いのだ。
だから一番濃いララの魔力を辿っていけば、あら不思議。
青髪の幼女がいるじゃありませんか。
「み~つけた」
「いやぁーーー!!」
ネクロス要塞送りの刑。
修行4日目。
またしても校門にはジークだけがいた。
「ララは?」
「籠城してる」
「そっか」
どうやら今日は懇意にしてる研究室に籠城してるらしい。
懲りないなぁ。
見上げた反骨精神だと思う。
「なんで、そこまで……」
逃げなければ、普通の修行をするだけなのに。
「なんか、素直に修行したら負けた気がするんだって」
「なんじゃ、そりゃ」
そんな働いたら負けってのたまうニートじゃないんだから。
まあ、なんにしても本日は城攻めである。
一応魔眼出力強を使いながら、ララの痕跡を追って研究室へ。
そうしたら、通路の至るところにイタズラみたいなトラップが仕掛けられてた。
試しにいくつか引っかかってみたら、泥沼を発生させるトラップだったり、上からゴキブリが降ってくるトラップだったり、ゴキブリに怯んだところを捕獲するトラップだったりと、殺傷系トラップこそ無かったけど、かなり凝ってた。
この感じ、なんとなくオーベールさんと森の中で隠れ鬼した時に仕掛けられてたトラップに似てるんだけど、まさか……。
そういえば、ララってオーベールさんにやたら懐いてたような……。
なんか私の知らないところで謎の英才教育が施されてる気がする。
とはいえ、まだまだ本家オーベールさんに比べればお粗末なトラップ。
そのオーベールさんとの修行で慣れてる私の足を止められるはずもなく、あっさりと捕獲。
ネクロス要塞送りの刑に処した。
「いらっしゃい」
「いやぁーーー!!」
修行5日目。
やっぱり、校門にはジークだけがいた。
「ララは?」
「わかんない」
「そっか」
遂にジークからの情報まで遮断したな。
日に日に本気度が上がってる気がする。
早速、魔眼出力を強に。
ララの魔力の痕跡を追って魔法大学の中へ。
でも、今日は意外な人物に捕まった。
「やあ、エミリーくん。今ちょっといいかね?」
「校長、先生?」
私に声をかけてきたのは、バレバレのカツラがチャームポイントの小柄なおじさん。
昔、私に風王級魔術を見せてくれた、魔法大学校長のゲオルグさんだった。
「今、ちょっと、忙しい、です」
「まあまあ、そう言わず。大事な話なんだ」
「むぅ……」
大事な話と言われれば、断るのもちょっと気が引ける。
私の用事は所詮イタズラ娘への制裁であって、いくらでも後に回せる用事だからね。
この人には王級魔術を見せてもらったのに始まり、学生時代は長期休学を許してくれたり、父と師匠を雇ってもらったりと、何かとお世話になってるし。
私は校長に招かれて校長室みたいな場所に通され、そこでお茶菓子を出されて歓迎された。
「いやぁ、聞いたよエミリーくん。最近は王級治癒魔術の習得まであと一歩というところまで来てるそうじゃないか。
王級魔術の習得は魔術師にとって一つの偉業!
魔術を剣術と融合させたユニークな使い方といい、剣士の身で魔術にそこまでの理解を示してくれることを嬉しく思う!
そうそう、君の持つ二つの杖も大変素晴らしい代物で……」
校長は、校長の話とはかくあるべきと言わんばかりに、どうでもいい話を長々と喋り始めた。
いや、褒められてる感じだから悪い気はしないけど、一向に本題に入らないせいで、ちょっとイライラする。
お茶を飲み干し、お菓子を食べきる度に事務員さんがおかわりを持ってきてくれるのは嬉しいけど。
でも、さすがに本題に入らないまま、話を聞き流してお茶菓子を堪能してる時間が30分も過ぎれば、ポンコツな私でも「あれ?」って思ってくる。
「それでだね……」
「校長、先生」
「ん? 何かね?」
「本題は?」
ようやくお茶菓子の誘惑を断ち切ってそう問いかけると、校長は汗の浮かんだ顔で「えーっとだね、その……」とか口ごもって、挙動不審になり始めた。
……まさか。
「校長、ララに、何か、言われた?」
「ギクッ!」
明らかに動揺した!
しまった、ララの策略か!?
まさか魔法大学校長なんて大物を裏で操るとは……!
「し、仕方なかったんだ……。言う通りにしないと、私の秘密を全校生徒に言いふらすと脅されて……」
「どうせ、カツラの、ことでしょ。言うまでもなく、皆、知ってる」
「え!?」
私は即座に踵を返し、「そ、そんなはずはない! 少なくともいたいけな新入生達にはバレていないはず!」とか見苦しい言い訳を重ねてる校長を無視して、ララの追跡を開始した。
どうも、ララは私が校長とお茶菓子に足止めされてる間に魔法大学から逃げたみたいで、
魔力の痕跡を辿ってみたら、街中の人口密度が高いところに逃げ込んでた。
その後、人混みに紛れるようにして逃げるララを、ア○シールド21ばりの華麗な走法で通行人を避けて確保。
でも、追跡中は人混みをかき分けながらの移動だったから、足止めと合わせてかなりの時間を稼がれてしまった。
ネクロス要塞送りの刑に処したものの、門限の関係でいつもに比べれば軽い地獄しか見せられなかった。
翌日。
修行6日目。
今日は校門にジーク以外がいた。
ただし、ララじゃない。
猫耳、犬耳、馬耳、兎耳。
色んな種類の耳と尻尾を生やした獣族達が、私の前に立ち塞がったのだ。
まるで、魔法大学に入学したての頃、不良時代のリニアとプルセナが私を襲撃した時みたいな光景。
その二人もまた、獣族軍団の司令官みたいな感じで先頭に立ってた。
ちなみに、向こうの最高戦力は、最近帝級への階段を登った双子の兎耳獣族『北帝』ナックルガードである。
「リニア、プルセナ、ナックルガード。どういう、つもり?」
ちょっとだけ殺気を向けながら問いかける。
すると、名前を呼んだ三人(四人?)も、それ以外の全員も、一斉に冷や汗をかいた。
でも、誰一人として道を譲らない。
「ひぃ!? こ、怖いの……! でも、今回ばっかりは引けないの!」
「そ、そうニャ! これは聖獣様の命令! 聖戦ニャんだニャ!」
「わ、我ら北帝『双剣』のナックルガード!」
「せ、聖獣様のため、ここで死する覚悟なり!」
ああ、なるほど。
レオの力か。
確か、グレイラット家の守護魔獣であるレオは獣族の信仰対象である『聖獣様』だったね。
そして、ララはそんなレオに選ばれた『救世主』。
レオが一声かければ、決死の覚悟を決めた獣族達を味方にできるってことか。
ララめ。
校長の一件で、人を使うことの有用さを学びおったな。
敵は帝級のナックルガードと、上級剣士クラスのリニアとプルセナ。
更に、オルステッド配下の一員として、充分な訓練を受けたルード傭兵団所属の獣族達。
おまけに、魔法大学在学中の獣族達。
総勢数百名の大軍勢。
「上等。その程度の、戦力で、私を、止められると、思うな!」
その後、私はこんなしょうもない争いで刃傷沙汰にするつもりもないから、素手で全員をのしてララを確保した。
昨日よりも時間を稼がれた。
翌日。
修行最終日。
校門には昨日以上の大軍勢がいた。
数自体は昨日と大して変わらない。
相変わらず、シャリーアにいる獣族の戦士勢揃いだ。
しかし、今日はここに主力を張れるメンバーが追加されてる。
「娘は、俺が守る!」
「孫は、オレが守る!」
最近開発に成功した低燃費で高性能な魔導鎧『三式』に乗り込んだルーデウスと、
ナックルガードと同じく帝級クラスに至った、気迫に満ちた顔の師匠。
「可愛い弟子のお願いだ。悪いが、君を止めさせてもらうよエミリー!」
「すみませんねぇ。ジュニア様に頼まれたら断れないもので」
更に、七大列強第七位のアレク。
元七大列強第五位のランドルフさん。
多分、ララを見捨てたことに罪悪感を感じてたジークと小パックス経由で動員されたんだと思う。
「微力ながら
……色々と教えているうちに弱みを握られてしまったのでな」
おまけに、神級の剣士『奇神』オーベールさんまで。
ララの罠を見た時からもしやとは思ってたけど、やっぱりララと繋がりがあったらしい。
三式ルーデウス、師匠、アレク、ランドルフさん、オーベールさん。
神級四人に帝級一人を加えた大軍勢が、私の前に立ち塞がった。
「なんなの……!」
なんなの、この豪華すぎる面子は!?
最終決戦じゃないんだよ!?
こんな大国を落とせそうな戦力を動かせるとか、ララは将来間違いなく大物になるよ、ちくしょう!
「かかって、来いやぁーーー!!」
「「「うぉおおおおおお!!」」」
その日、魔法大学の歴史に残る伝説の戦いが勃発した。
「ララーーーーー!!」
「ひぃ!?」
全員に刃傷沙汰を避けるだけの理性があったので、武器も奥義も無しで殴り合うことしばらく。
抱きついて動きを止めにきたアレクを締め落とし、ランドルフさんに内臓破裂級のボディブローを叩き込んで気絶させ。
オーベールさんを殴り、ナックルガードを殴り、断腸の思いで師匠も殴り、ルーデウスの三式を連続パンチで破壊し、雑兵達も全員気絶させて。
数時間かけて大軍勢を殲滅した私は、遂に黒幕であるララを追い詰めていた。
現在地はなんと、ミリス大陸の大森林の中。
ララはあの大軍勢を囮にして逃亡し、乱戦に紛れて上手いこと離脱したリニアとプルセナをお供にして事務所に移動してた。
そして、受付のファリアを上手いこと言いくるめようとして失敗した犬猫を見捨てて、ファリアの注意を引きつけるための囮に仕立て上げ、ララはレオと共にコッソリと事務所地下の転移魔法陣でミリス大陸へ。
レオのシンパである獣族の本拠地、犬猫やギレーヌの故郷であるドルディア族の村にまで逃げ込み、そこでギースさんのごとき口車で獣族達をたぶらかしたのか、獣族の戦士団を私にぶつけてきた。
大森林は『獣神語』っていう言語が使われてる土地だから、ベガリット大陸の悪夢の時同様、私の言葉は通じず、
聖獣様のために死にものぐるいで襲ってくる獣族の戦士団と戦争をやるハメになって、更に時間を稼がれてしまった。
獣族戦士団がそんなに強かったわけじゃない。
やっぱり大きな戦争のない時代が長かったからか、本気で武の極みを目指してる感じの人がいなくて、アトーフェ親衛隊とかに比べれば遥かに弱い。
ただ、さすがは人族よりも強靭な獣族というべきか、磨けば光りそうな人はいっぱいいる。
第二次ラプラス戦役が始まれば、この村は量産型ギレーヌの生産拠点になるかも。
そんな有望な味方陣営の人達を、こんなしょうもない戦いで殺したり大怪我させたりするなんて言語道断。
魔法大学の決戦と同じく、殺さないように手加減するために剣も奥義も使えなかったから、相応の時間を消費した。
その隙に、やっぱりララは逃亡。
レオの背に乗って大森林の中に入り、かなりの距離を稼がれてしまった。
その距離を北神流『花火』による空中ダッシュで縮めて、今に至る。
「『
ララは空中にいる私を、ルーデウス直伝の
私は素手で水神流を使って受け流し、全く減速せずに距離を詰める。
「『
攻撃は通じないと即座に学んだのか、今度は濃霧を発生させて目くらまし。
すぐに風魔術で散らしたけど、そのほんの僅かな間にララの姿が忽然と消えてた。
魔力の痕跡を辿ってみれば、大木の影の地面に穴が。
土魔術でトンネルを掘ったか!
こんな感じで、ララはレオの機動力と大森林の地形を利用し、
ルーデウス直伝の魔術、ムーアさん直伝の実践的な使い方、そしてオーベールさんみたいな意表を突いた戦術を使って、この私との追いかけっこを成立させていた。
これって、かなり凄いことだ。
魔導鎧ルーデウスと距離を空けて模擬戦した時でも、もう少し簡単に捕捉できたのに。
まあ、こっちを倒すのが目的の模擬戦と、逃げに徹してる今のララを比べるのは、ちょっと違うかもしれないけど。
でも、ララはまだ10歳の幼女だ。
そんな幼女にいつまでも逃げられ続けたら、七大列強の名折れ!
私は容赦を捨て、周囲の地形を変える覚悟で木々を薙ぎ倒しながら進撃してララに迫った。
「確保ーーー!!」
「いやぁーーー!!」
そこまでして、ようやくララを捕獲!
全く、手こずらせおって。
どうしてくれようか、このイタズラ娘。
とりあえず、この後はいつも通りネクロス要塞送りの刑だ。
それが終わったら、赤竜山脈に旅行に連れて行って、襲ってくるハグレ竜と戦わせてやる。
地獄巡りの旅を楽しむがよい!
そうして、私がララへのお仕置きプランを考えていると、何故か私に首根っこ掴まれたララがニヤリと笑った。
「……何、その顔?」
「ふっ。エミリー姉、西の空を見てみるといい」
「西?」
言われて西を見る。
特に何もない。
空中城塞も見えないから、ペルギウスさんという切り札を隠し持ってるわけでもないはず。
なんだろう?
ララは何が言いたいの?
「わからない? 太陽の位置」
「太陽の、位置……はっ!?」
首を傾げてた私だけど、その一言でようやく悟った。
西の空に浮かぶ太陽は、もう随分と傾いてる。
そろそろ、グレイラット家の門限の時間だ。
つまり、タイムオーバーである。
「勝った! 遂にエミリー姉に勝ったーーー!」
「ぐぬぬ……!」
悔しい!
これじゃ今日はもうネクロス要塞送りの刑にすら処せない!
こ、この私が、10歳の幼女に、負けた……!?
「……次は、負けない!」
「ふっふっふ。いつでもかかってくるといい」
ドヤ顔のララと共に、私はシャリーアに帰還した。
いつの日か、リベンジすることを誓いながら。
後日。
ここまでの大騒動を起こしたララは、姉、ロキシーさん、エリスさんのグレイラット家の三人のお母さん達にコッテリと絞られた。
お尻ペンペン千回の上に、迷惑をかけた関係各所への謝罪祭りをさせられ、
トドメに更なるお仕置きとしてアトーフェブートキャンプ本格編への一ヶ月の強制参加と、
根性を叩き直すべく、最低でも聖級剣士クラスになるまで終われない私への長期弟子入りの刑に処された。
ララに加担した罪でルーデウスと師匠も処されたから、誰もララを助けてはくれない。
「さあ、今日は、赤竜山脈で、修行、しようか」
「いやぁーーー!!」
ニッコリと笑って告げれば、ララはムンクの叫びのような絶叫を上げる。
この一件以降、ララは行き過ぎたイタズラを自重するようになった。
でも、イタズラ自体をやめることはなく、お尻ペンペンされるかされないかギリギリのラインを見極めるようになったから、筋金入りである。
その後、ララは存分にエミリーに可愛がられ、ようやく聖級クラスになって解放された後は、反動でグータラ娘になりましたとさ。
でも、良くも悪くも二人の仲は深まったそうです。
獣族の皆さん「な、七大列強とはここまで強いのか……!」
ヒトガミ「こんな化け物、どうやって殺せと……」orz
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番外 空中城塞にて
「ぐぬぬ……!」
私は今、勝ち目の見えない戦場を前にして唸っていた。
戦いは完全に私の劣勢だ。
いや、劣勢というのもおこがましいくらい一方的に追い詰められてる。
七大列強第五位にして、伝説の『闘神』を打ち破ったこの私が、手も足も出ない!
「どうした? 貴様の力はその程度か、妖精剣姫よ?」
無力な私を、対戦相手が余裕の表情で煽ってきた。
つ、強い……!
オルステッドと戦った時以上に高い壁を感じる……!
でも、私は負けるわけにはいかない!
「うぬぬぬぬぬ……!」
「頑張って、エミリー。逆転の道はちゃんとあるわよ」
そんな私を後ろで応援してくれるのは、我が友である静香だ。
そう、私は彼女のためにも負けられない!
無力な私に力を貸してくれた静香に報いなければならないのだから!
なんか静香の意識は、私の戦いより食べてるチャーハンの方に向いてる気がするけど、それでも負けられないのだ!
ぬぉおおおおおう!!
唸れ! 私の灰色の脳細胞!!
敗色濃厚なこの戦場に、一筋の光を!!
「ここ!」
そして、私の一手が盤上に放たれる。
脳をフル回転させて考えついた会心の一手!
これで、どうだ!?
「あ、その駒はそこには動けないわよ」
「ハァ。いったい何度目だろうな? 貴様がルールを間違えるのは」
「…………もう、限界」
私は知恵熱でパタリと机に倒れ込んだ。
その机の上には、『カルカトランガ』っていう、チェスに似たこの世界のボードゲームが置かれてる。
盤上の状態は悲惨の一言だ。
私がルールを把握し切れてないせいで、どのくらい酷いのかすらわからないっていうのが一番酷い。
そんな私と盤上を見て、対戦相手のペルギウスさんはため息を吐き、静香は苦笑いを浮かべた。
なんで私がこんなことやってるのかというと、話は数時間前に遡る。
今日は一ヶ月に一度、ペルギウスさんの精霊の一人『時間』のスケアコートさんの能力で眠りについてる静香が目覚める日。
どうしても外せない用事がある時以外は毎回会いに来てる私は、今日もいつも通り静香を訪ねた。
いつもと違うことといえば、珍しく訪問者が私一人なことくらい。
普段はルーデウスがアイシャちゃんとかに頼んで研究してもらってる日本の料理を持って一緒に来るし、そうじゃなくてもザノバさんとかが一緒に来る。
でも、今回は私一人だった。
他の皆は用事があったりして、チャーハンを持たされた私が一人で送り出された。
それで静香に軽く近況の話とかをしながら一緒にチャーハンを食べてたんだけど、
この空中城塞には、日本の料理の匂いに釣られてか、毎回ふらりと現れる人がいる。
それが家主こと、『甲龍王』ペルギウスさんだ。
私は初対面の時に空中城塞を荒らしちゃったから、あんまりこの人からの心証が良くない。
だから、普段は他の誰かがペルギウスさんの話し相手をするんだけど、今回は私と静香しかいないから、自然と私もペルギウスさんとの会話に参加することになる。
で、ぎこちない会話をしてるうちに、話が妙な方向に転がり始めたのだ。
「妖精剣姫、貴様は復活したラプラスとの戦いに参加するのだろう?」
「へ? あ、はい」
何の脈絡もなく投げつけられた質問に素直に答える。
すると、ペルギウスさんは後ろに控えてたシルヴァリルさんに目配せして、そのシルヴァリルさんが机の上に芸術品みたいな盤と駒を置く。
それがカルカトランガだった。
前にルークさんがやってるの見て、この世界にもこういうのあるんだなーって思ったことがあるから覚えてる。
でも、なんで今これが出てきたんだろとも思った。
「貴様の話はナナホシやルーデウスからよく聞いている。
それによると、貴様はあの忌々しいアトーフェほどではないにしろ、頭の出来が良くないそうではないか。
いざラプラスとの戦争が始まった時、無能な味方が考え無しに動いて戦線が混乱するのはゴメンだ」
「故に、これで少しは頭を鍛えろ」とペルギウスさんは言った。
そして、有無を言わさず対局に突入。
考え無しに動いて空中城塞を荒らした負い目のある私に、断るなんて選択肢はない。
でも、私はこのゲームどころか、チェスも将棋もわからないし、なんならオセロですら大の苦手だ。
なので、セコンドに静香が付いて、駒の動かし方とか戦術とかのアドバイスをしてくれた。
それでもまあ、対局の内容はお察しでして……。
何度も何度もルールを間違え、その度に待ったをして、どうにかゲームを最後までやり切ってもペルギウスさんに大敗する。
しかも、ペルギウスさんは何度私を叩きのめしても対局をやめてくれない。
私が一端のプレイヤーとまではいかなくても、何かしら成長するまで解放してくれる気はないみたいなのだ。
おまけに、ペルギウスさんは基本暇人だから、他の用事で中断される可能性も低い。
死ぬ……。
脳みそが茹だって死ぬ……。
そんなこんなで、通算20回目の対局。
知恵熱で朦朧とする頭に氷嚢を当て、静香のアドバイスを聞きながら殆ど勘で駒を動かしてた時、奇跡が起こった。
「む……!」
「あれ? これって……」
ペルギウスさんが難しい顔しながら盤上を睨み、静香はどことなく期待してる感じの顔で同じく盤上を見詰める。
やがて、たっぷり1分くらい沈黙した後、ペルギウスさんの額に冷や汗が浮いてきた。
「ここをこうしてこうすると……詰みますね。五手詰めです」
「なん、だと……!?」
静香がすすすっと駒を動かし、ペルギウスさんが愕然とした顔になった。
え? 何? 詰み?
もしかして……私、勝ったの!?
いや、まあ、私の頭じゃ今静香が動かしたみたいに綺麗に詰ませることなんてできないんだけどさ。
それでも順当に進めば勝てる状況を作れたっていうのは快挙じゃない!?
これは成長と呼んでもいいのでは?
解放されるのでは!?
「ふ、ふん。せいぜい今の感覚を忘れず、これからも精進することだ」
そう言い残して、ペルギウスさんは威厳を取り繕いながら退室していった。
カルカトランガを片付けてから後に続いたシルヴァリルさんにはギロッと睨まれた。
なんか、より一層ペルギウスさんに嫌われちゃった気がする……。
でも、今は、
「お、終わったぁ……」
「お疲れ様、エミリー」
この開放感に身を委ねていたい。
やっぱり、頭使うのは苦手だ。
勘で勝てたんだし、今後誰にも頼れない状況で難しい判断を迫られた時は勘で決めよう、そうしよう。
その後は、対局で溜まったストレスを解消するように、静香と日本語でダベって過ごした。
アレクのアプローチが本格的になってきた話とか、
父が上級剣士クラスの闘気がないと引けないマスタートゥレント製の弓(もちろん特注品)の力と、狩人として培った技術をオーベールさんから教わった隠密殺法と組み合わせることで北聖になった話とか、
修行の前に必ず逃げるララが、最近は占命魔術とかいう占いの魔術で私の行動を先読みして、召喚魔術で魔獣とか精霊とか出せるようになって戦術の幅が広がったせいで捕獲が大変になってきた話とか。
そういう雑談で気力を回復した後は、ここしばらくの静香の日課になってるダイエットのお手伝い。
運動のついでに、北神流の生き残ることに特化した逃走派の技術を教えて、
静香が元の世界に帰れるようになる頃には、戦場のゲリラからでも、サバンナの猛獣からでも逃げられるくらいのレベルに仕上げることを目指す。
例の異世界転移魔法装置は、ちゃんと起動すれば、恐らく元の世界に帰れるだろうって話だけど、元の世界のどこに出るかはわからないみたいだからね。
空の上とか海の中とか、そういう即死する場所を避ける機能はあるらしいけど、
日本に飛ぶか、アメリカに飛ぶか、無人島に飛ぶかすらわからない。
水とか食料とか防寒具とか換金できそうなものとか、あと護身用の魔力結晶+魔術のスクロールとかを持てるだけ持っていく予定ではあるけど、最後にものを言うのは体力と生存能力だ。
魔力関連の護身用アイテムは強力だけど、元の世界で使えるとは限らないし。
静香の悲願を成就させるためにも、半端な教え方はできない。
ララへの指導の倍は真剣に取り組んだ。
で、それが終わる頃には遅い時間になってる。
一緒に水浴びをして、ペルギウスさんが用意してくれた夕食をいただいて、それから解散。
静香は自室に戻った後、スケアコートさんの能力で再び一ヶ月の眠りにつき、私はペルギウスさんの転移でシャリーアに送ってもらう。
お休み、静香。
一ヶ月後にまた来るよ。
まあ、静香からすれば、ほぼ毎日会ってる感じなんだろうけど。
【悲報】ペルギウス様、ポンコツに負ける
格下を舐めてかかって、手加減からの取り返しのつかないミスをして敗北。
よくあることです。
・北聖『
障害物に身を隠し、遠距離からスナイパーライフルのごとき狙撃で敵を仕留める。
貫通弾や曲射もお手のもの。毒矢も当然使ってくる。
オルステッドコーポレーション所属のため、事務所の備品であるマジックアイテムを装備する許可を貰っており、それによって天敵である広範囲殲滅系の魔術に対する耐性まで得ている。
距離を取った戦闘では魔術師以上に厄介なくせに、近づいても上級剣士クラスの強さを誇るという理不尽な存在。
第二次ラプラス戦役にて名を馳せる英雄の一人である。
・『七星魔女』サイレント・セブンスター
現在、北神流(逃走派)初級。
異世界人で魔力への耐性があまりないことで気軽に治癒魔術をかけられず、それによってハードな修行を課せないので成長が遅い方ではあるが、世界最強の剣士がマンツーマンで熱心に指導してくれているので、第二次ラプラス戦役の頃には中級くらいには至ってると思われる。
そこまで行けばナイフでライオンを撃退できるし、並の特殊部隊を相手にしても逃げ切れるかもしれない。
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番外 天下一武闘会
この世界の剣術は素晴らしい。
全人類の夢である斬撃飛ばしもできるし、人間の限界を超えたアクロバティックな戦い方は圧巻の一言に尽きるし、無詠唱魔術と組み合わせれば剣からビームだって放てる(使い勝手が悪いからまず使わないけど)。
まさに前世の私が憧れてたファンタジー剣術そのものだ。
エクセレント!
しかし、そんな素晴らしいこの世界の剣術について、私はたった二つだけ不満に思ってることがある。
一つは磨いた剣術を存分に披露して競い合える舞台、つまり武術大会的なものがないこと。
磨いた力を披露したければ達人のところへ道場破りにでも行くか、戦争にでも参加するしかない。
いや、武術大会的なものもあるにはあるんだよ?
アスラ王国とかでも定期的に開催されてるし。
でも、そういう大会は達人ではなく一般的な武芸者向けの大会だ。
具体的に言うと中級〜上級くらいの人が主な参加者で、聖級剣士クラスが出れば優勝候補筆頭になっちゃう。
そんなレベルの大会しかない。
理由はわかってる。
そもそもの問題として、王級以上の強者っていうのは滅茶苦茶少ないのだ。
王級どころか神級がゴロゴロしてる龍神陣営に所属してると感覚が麻痺してくるけど、
実際には神級なんて世界中を見渡しても20人くらいしかいない。
その下の帝級だって100人はいないだろうし、王級ですら1000人には届かないと思う。
この平和な時代、王級以上の強者っていうのは超絶希少種なのだ。
そんな超絶希少種が世界中に散ってるわけだから、それを一箇所に集めて真の最強を決める夢の大会なんて開けるわけがない。
例え強者達に大会に出場する意思があったとしても、地球と違って飛行機もないこの世界じゃ移動に年単位の時間がかかる。
転移魔法陣?
あれって一応禁忌扱いで秘匿されてるみたいで、使えるのは大国の要人とかオルステッドコーポレーションとかの一部例外だけだってさ。
そういう悲しい事情もあって、私は天下一武闘会の開催は諦めてた。
諦めて、大人しくウチの社員や協力者の皆さんと技を磨き合うだけに留めてた。
でも、さすがに何年も何年も同じ面子とだけ戦ってるとマンネリ化してくるし、段々模擬戦じゃなくて本気の戦いがしたくなってくる。
だけど、剣術における本気の戦いとは命の取り合いだ。
それはそれで滾るものはあるけど、仲間の命を奪うのも仲間に命を奪われるのも嫌だし、そもそも仲間同士で殺し合うなんて不毛でしかない。
というか、仲間じゃなくたって積極的に殺したいとは思わないよ私は。
戦場での敵とか野盗とか相手なら躊躇しないけど、技を競い合う目的で誰かを殺すのはノーセンキューだ。
本気で戦うとどっちかが死ぬ可能性が高いこと。
それがこの世界の剣術に対する二つ目の不満。
いや、これは私の贅沢だってわかってはいるけど。
剣術が殺人術である以上、避けられない宿命ってやつだ。
それでも寸止めとか考えずに全力を出し尽くしたバトルをして、なおかつ誰も死なない。
そんな戦いをしたいなーって、ずっと思ってた。
世界中の強者達が一堂に会して、皆が皆、己の全力を出し尽くして戦って、終わった後は誰も死なずに爽やかに健闘を称え合う。
それが私の夢の究極形。
という話を、私は割と色んなところでポロッとこぼしてた。
模擬戦の時にはアレク達に、仕事終わりにはオルステッドやルーデウスに。
空中城塞に遊びにいった時には静香に、アスラ王国に遊びにいった時はアリエル様達に。
その結果、━━私の知らないところで、私の夢の実現が急ピッチで進められていたのだ。
後から聞いた話だけど、最初にどうにかなりませんかと声を上げたのはアレクだったらしい。
相談した先はオルステッド。
オルステッドは真剣に頭をひねり、ふと事務所の備品の中に私の望みの片割れと合致するようなアイテムがあったことを思い出す。
それは、ロキシーさんがシーローンでの戦いに赴く時に装備して、結局使われないまま再び倉庫にしまわれたマジックアイテム。
『致命傷を一度だけ肩代わりする首輪』だ。
もしも、これを量産することができれば、私の夢の片方は叶うんじゃないかとオルステッドは言った。
しかし、マジックアイテムの効果を再現するのは非常に困難というか、まだ確立されていない技術である。
さすがに無理だろうとオルステッドはアレクに言った。
それでも諦めなかったアレクは他の人にも相談した。
次に相談を持っていったのは、アレクの知る中で最も凄まじい魔道具の一つ『魔導鎧』を作ったルーデウスだ。
ルーデウスもオルステッドと同じく無理だろうとは思いつつ、それでもアレクの熱意に負けたのと、私への諸々の借りを清算するために、ツテを使って色んなところに声をかけた。
ルーデウスが声をかけたのは、クリフさんと静香とアリエル様と魔法大学の人達だ。
結果、お婆ちゃんやオルステッドの呪いをどうにかしてしまった天才クリフさんからは、呪いと同質の存在であるマジックアイテムの研究レポートを。
静香にはマジックアイテムの効果を既存の魔術に落とし込めるかもしれない代物として、異世界転移魔法装置の研究の副産物である魔法陣の改良に関する研究レポートを。
アリエル様と魔法大学の人達には、二人のレポートと私の希望を伝えてプレゼンした結果、やる価値ありと判断させて研究費用と施設と人材を提供してもらった。
そうして、何年も前に密かに身代わりの首輪の解析と量産、というよりマジックアイテムの解析と量産に関する研究が、魔法大学とアスラ王国にて始まったらしい。
いや、別に密かにではなかったみたいなんだけど、研究室になんて立ち寄らない私は気づかなかった。
静香との世間話でチラッとは聞いてたけど、まさかそんな本格的にやってるとは思ってもみなかったんだよ。
更に、同時進行でアリエル様とルーデウスは転移魔法陣の禁忌指定を解除し、大国の間を転移魔法陣によって繋ぐという計画を進めていた。
こっちは別に世界中の強者を集めたいっていう私の希望に沿ったわけじゃなくて、元々やる予定だったことらしいけど。
転移魔法陣で流通がスムーズになれば凄い恩恵があるってことは私にだって想像できるしね。
で、最近になってこの二つの試みは一定の成果を上げた。
転移魔法陣はアスラ王国での試験導入を終え、王竜王国とかの大きな国にも置かれるようになったのだ。
さすがに中央大陸以外にはまだ置かれてないけど、逆に言えば中央大陸の中ならかなりスムーズな移動ができるようになったって言っていいと思う。
紛争地帯とかの例外は除くけど。
そして、もう一つの身代わりの首輪の解析も完了し、研究者の人達は遂にその効果を再現することに成功。
ただし、完全再現までは無理だったみたいで、現在可能なのは静香の異世界転移魔法装置並みに巨大な装置を作って、その装置の効果範囲内にいる人に対して身代わりの首輪を装備してる時と同様の効果を付与するって感じらしいけど。
しかも、これ一つ作るのに超高品質の魔石とかを始めとした貴重な素材が山ほど必要で、量産とかは絶対に無理。
そこんところは要改良だって言ってた。
でも、これでも充分すぎるというか、関係者の皆さんは歴史に名前が残るレベルの快挙だ。
実際、この装置の骨子になった理論を提供した静香の『七星魔女』という名声はめっちゃ高まり、クリフさんはミリス教団の中で一気に出世したらしい。
で、アリエル様は完成したこの装置+面白がったペルギウスさんが提供してくれた結界魔術や転移魔術の技術に、追加で魔法大学でも使われてる治癒魔術の魔法陣の技術を存分に使って、アスラ王国の王都アルスに巨大な闘技場を作った。
この闘技場の中では誰もが一度だけ致命傷を肩代わりされてダメージが軽くなり、その機能を発動させてしまった人は結界魔術で保護され、即座に転移魔術でリングの外に叩き出されて治癒魔術で治される。
観客席もペルギウスさん印の帝級結界魔術で守られてるから、私の破断ですら直接刃で叩き込まない限りは壊れない。
「ふふ。どうですか、エミリー?」
「凄い……」
こんなとんでもない代物を完成した後に見せつけてきたドヤ顔のアリエル様に、私は呆然としながら、ただただ凄いって言うことしかできなかった。
現在、闘技場のリングの上では、エキシビションのようにアレクが魔物と戦って装置の効果を実証してくれてる。
アレクが相手にしてるのは、私がこの世界で初めて見た魔物にして、師匠に弟子入りするキッカケになった二足歩行で4本腕の猪、ターミネートボアだ。
危険度Dランク、中級剣士でも一人で狩れるレベルの魔物。
ぶっちゃけ、アレクの相手をするには不足しかない雑魚だ。
そんなターミネートボアに、アレクは北神流最強の奥義『破断』を叩き込む。
オーバーキルなんて次元じゃない。
ターミネートボアなんか千回殺してもお釣りがくる威力。
なのに、ターミネートボアは死なない。
盛大に血を噴き出しはしたけど、すぐにその体が結界に包まれて、数秒後にはリングの下に転移する。
更には急速な勢いで傷が治って無傷の状態に戻っちゃった。
他の魔物とも戦って同じように処理してるけど、その全てがターミネートボアと同じく無傷で生存してる。
「これがアスラ王国と魔法三大国の技術の結晶『コロッセオ』です。
この技術を応用すれば本当に色々なことができるのですが、エミリーの興味を引く話ではなさそうですから割愛しましょう。
あなたの喜びそうな話は、このコロッセオの利用法です」
そうして、アリエル様は実に楽しそうな笑顔で語り出した。
「基本は騎士団の大規模演習などに使いますが……4年に一度、世界中の強者達を集めた巨大な大会を開きます」
「巨大な、大会……!」
「転移魔法陣によって流通に革命が起きた今、強者達がこの大会のために足を運ぶのも不可能ではないでしょう。
あなたやアレクサンダー様のような七大列強に名を連ねる武人が参加を表明すれば、強者達を釣り上げる餌としてはバッチリです。
いずれはこの大会こそが、七大列強の序列を決める夢の舞台になるかもしれませんね」
「凄い! 凄い! アリエル様!」
私は思わず感極まってアリエル様に抱きついた。
アリエル様が恍惚の表情で私の匂いを嗅ぎ始めたけど、全く気にならない。
これぞまさしく、私の夢の顕現だ!
まるで前世のオリンピックのような、私が薄らぼんやりと思い浮かべてた夢そのもの!
それを実現してくれた人達には感謝しかない。
私にできるお礼なら何でもする覚悟だ。
「ああ、この抱擁だけでもコロッセオを作った甲斐がありました……!
このままベッドにお持ち帰りしたいです」
「いいよ! これは、それくらい、価値が、あるから!」
「!?」
できるお礼なら何でもするという言葉に二言はない!
やるならやれい!
「うふふ。うふふふふふ。ここまで嬉しいのは王位を得た時以来です。
さあ、あなたの気が変わる前にイきましょう。
大丈夫。優しく天国に連れていってあげますからね、エミリー」
「ちょ、ちょっと待って!? そういうのはよくないと思うよ!」
「あら、アレクサンダー様。邪魔をしないでいただきたいのですが」
「いや、邪魔するよ!? そんな羨ま……じゃなくて! それなら言い出しっぺの僕にだって権利が……でもなくて! ええっと、その……!!」
「エミリー、行きましょう」
「待って!?」
その後、アレクとアリエル様がにらみ合いを始めてしまった。
まあ、そんなことはどうでもいい。
早く大会開かれないかな!
・天下一武闘会こと、アスラ王国大列強武闘祭
帝級以上の認可を持つ者はシード。
それ以下はいくつかのブロックに分かれてバトルロイヤル形式の予選を行い、勝ち上がった者達とシード枠の強者達でトーナメント戦。
第1回大会の予選では、階位としては王級のエリスやギレーヌ、流派の認可は持っていないルイジェルドや鬼神などが無双し、強制参加させられたララが地味に生き残り、
決勝トーナメントでは嫁と子供に言われて出てきた当代剣神が無類の強さを見せつけたり、
不死魔王が暴れ回ったり、
北神二世VS妖精剣姫の師弟対決が勃発したり、
決戦用の魔導鎧『零式』に乗り込んだルーデウスが、息子の『剣王』アルスに削られ、次戦の『北帝』ジークハルト戦で敗れたり、
アレクが剣神を倒して列強の序列が入れ替わったりしつつ、
最終的にはエミリーが優勝。
その後、シークレットゲストとして登場したオルステッドに、エキシビションマッチで激闘の末にボコボコにされましたとさ。
アスラ王国は興行収入ガッポガッポな上に、周辺国家への示威行為ができて満足。
オルステッドコーポレーションは弟子入り希望の武芸者達が大量に入社して満足。
エミリーも最高の舞台で全力を出せて満足。
ヒトガミだけはオルステッドコーポレーションの戦力拡大で大激怒したという。
・エミリーと添い寝する権利
アレクとアリエルが喧嘩してるうちにお父さんが現れ、「もっと自分の体を大切にしなさい!」とエミリーがお説教されたことでウヤムヤになった。
なお、仲良くシェアしていれば、お父さんが来る前に二人とも天国に行けたもよう。
残念!
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番外 お風呂にて
「あ”ぁぁ〜〜」
現在、私はグレイラット邸に設置されてるお風呂に浸かって、おっさんのような声を上げていた。
この世界には、日本みたいに湯船にたっぷりのお湯を張るタイプのお風呂が少ない。
そりゃそうだ。
ガスも水道も無いんだから。
水魔術と火魔術を使えば簡単に沸かせるんだけど、誰しもが魔術を使えるわけじゃないからね。
魔道具って手もあるけど、あれは手に入る場所が限られてる上に、地味にお高い。
結果、お風呂があるのは王宮とか貴族のお屋敷だけになる。
庶民は基本的にお湯で体を拭くか、そうじゃなきゃ水浴びだ。
魔術も魔道具もありふれてるシャリーアであっても、それは変わらない。
お風呂の魅力を知らないと、作ろうって気にならないのかもね。
なんてもったいない。
しかし、このグレイラット邸は話が別だ。
何せ、この家をリフォームしたというルーデウスは、お風呂の魅力に取り憑かれた元日本人。
魔術も使えて沸かす労力も少ない、土魔術で湯船を作るのも簡単となれば、設置しない理由がない。
おかげさまで、私はお風呂の恩恵にあやかれているというわけだ。
しょっちゅう銭湯感覚で入りにきては感動してる。
元日本人として、十数年ぶりのお風呂は心に染みた。
剣の聖地に行く前は、よく静香と共にこの感動を噛みしめてたものだ。
だが、このグレイラット銭湯には一つだけ問題がある。
入ってると、大抵誰かが乱入してくるのだ。
いや、銭湯と考えれば何もおかしくないんだけど、孤独で救われる感じの一人風呂が恋しい今日この頃でもある。
いっそ、ウチにも設置しようかな?
私もルーデウスには到底及ばないとはいえ土魔術が使えるし、時間をかければ湯船くらい作れるはず。
改築費用は、まだまだ余ってる迷宮貯金と、オルステッドから貰う予定のお給料でどうとでもなるし。
いや、でも、無料で入れる銭湯が近くにあるのに、自宅にも設置するっていうのは、いくらなんでも無駄遣いかな?
そんなことを考えてる間に、本日の乱入者がやってきた。
姉か、ロキシーさんか、それともノルンちゃんかアイシャちゃんか。
ゼニスさんとリーリャさんかもしれない。
ルーデウスと師匠じゃないはずだ。
前回間違って入ってきた時に最後通告をしてるし。
しかして、私の予想は外れた。
入ってきたのは、原色のペンキをぶちまけたような真っ赤な髪をした格差社会の権化。
裸になると、より一層の戦闘力の差を痛感させられる
つい先日からこの家に住み始めた、ルーデウスの三人目の妻。
エリスさんだった。
「ふん! 邪魔するわよ」
「あ、はい。どうぞ……」
堂々と入ってきて、堂々と体を洗い始めたエリスさんを見て、私は湯船の隅で縮こまった。
き、気まずい……。
エリスさんには、とことん嫌われてるからなぁ。
嫌われる理由もわからなくはないし。
やがて、エリスさんは体を洗い終わって湯船の中に入ってきた。
グレイラット銭湯の湯船は、何人かで入っても余裕があるくらい大きいけど、それでもヤバいほど気まずい。
早く出よう。
ああ、でも、お風呂の魅力から中々抜け出せない……!
まだ入ったばっかりだったんだよ!
それに久しぶりのお風呂だったんだよ!
「……あんた、結構傷が残ってるのね」
「え? あ、はい」
なんか、エリスさんが複雑そうな顔で私の体の感想を言った。
チラチラ見てくるから、すわそっち系の人か、でもルーデウスと結婚してるからどっちもイケるタイプか、そういえばアスラの王族貴族はアリエル様のごとき変態だらけだって話だったなとか思ってたけど、どうやら違ったらしい。
確かに、私の体には13歳くらいの幼い外見に見合わない古傷がいくつかある。
斬り傷と火傷の跡。
紛争地帯で聖級剣士や青竜にやられた時の古傷だ。
治癒魔術でも古傷までは消せない。
一回削ぎ取って治せば別だけど、わざわざそこまでする気もない。
静香には痛ましそうな目で見られたけど、名誉の負傷だって言って胸を張っておいたら、何も言われなくなった。
代わりに、なんかしばらく静香が優しくなったんだけど、それも今は置いとく。
「当時は、余裕、なかった、ので」
丁寧に治癒魔術をかければ、古傷が残ることはあんまりない。
実際、エリスさんの体にも目立つ傷はないし。
でも、私がこの傷を負った時は、自分の傷より死にかけの父の治療に魔力を使わなきゃいけなかった。
自分の方は最低限、雑に治してたから、こうして古傷が残ってるのだ。
まあ、そもそも、当時の治癒魔術の腕前はギリギリ初級って感じだったから、どっちみちだったような気もするけど。
それに古傷自体も、ギレーヌみたいなカッコ良い感じだし、大して気にしてるわけでもない。
「ふーん……」
エリスさんは、よくわからない表情で相槌を打った後、
「上がるわ」
「え? もう?」
「何よ。悪い?」
「い、いえ、別に……」
「ふん」
なんか即行でお風呂場から去ってしまった。
え、えーっと、何がしたかったんだろう……?
とりあえず、私はもうちょっと浸かってても大丈夫、だよね?
後日。
なんかエリスさんの私に対する当たりがちょっと柔らかくなった。
こ、これが裸の付き合いの力。
あんな短時間で関係を改善してしまうとは、やっぱりお風呂は偉大である。
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番外 エミリー旅行中
「あ”ぁぁ〜〜」
ルーデウスが逝って、いよいよ世界情勢がきな臭くなってきた昨今。
私はこれからの戦いに備えて英気を養うべく、温泉という名の世界の宝に浸かって、おっさんのような声を上げていた。
現在地はミリス大陸にある青竜山脈。
その麓近くにある温泉。
因縁深い青竜の名を冠してはいるけど、奴らは10年に一回くらいのペースで産卵と子育てに訪れるだけらしいので、ピークじゃない今は姿が見えない。
来たとしても、この温泉よりもっと上の方に来るそうだ。
あいつらは基本的に雲の上が生息域だから。
じゃあ、なんで紛争地帯で最初に出くわした時は地上にいたのかというと、
オルステッド曰く、ヒトガミが使徒をそそのかして上空に聖級以上の魔術を撃たせ、それがピタ○ラスイッチ式に連鎖して、最終的に青竜が地に落ちたんだろうって。
ヒトガミ、あいつ、ホント、マジで……。
近いうちに、ぶった斬ってやるからなぁ!
まあ、今だけはそんな恨みも温泉に流そう。
わざわざ転移魔法陣まで使って温泉に来て、あんなモザイクのことなんか考えたくない。
それに、今日は辛い修行の日々を乗り越えた
「うっひょー! 広ぇー! 泳げるぜー!」
「や、やめなよ、ラピス……。他の人達の迷惑だよぉ……」
向こうで元気に泳いでるのと、消え入りそうな声でそれを止めようとしてるのは、双子のようにそっくりなウサ耳の獣族娘コンビ。
北聖『双剣』のラピスラズリ。
二つ名からわかる通り、ナックルガードの後継者だ。
ラピスがナクルの曾孫で、ラズリがガドの曾孫。
大分血は離れたはずなのに、あの二人だけは何故か往年のナックルガードみたいにそっくりなんだよなぁ。
まあ、そっくりなのは見た目だけで、中身は性格も得意分野も違うんだけど。
ただ、才能って意味だと、それを数値化した場合、多分二人はピッタリ同値だと思う。
実際に剣を教えた私の感想としてはね。
二人とも凄まじく将来有望な剣士だ。
あくまでひいお祖父ちゃん譲りの、二人揃ってのコンビネーションの秀逸さが評価されてのものとはいえ、8歳にして既に北聖だもん。
おまけに、ラピスは剣神流上級、ラズリは水神流上級の認可まで持ってる。
第二次ラプラス戦役の中でうっかり死ななければ、最終的に神級に届きうる才能だと、個人的には思ってる。
なお、それだけの才能を持ってても、二人とも欠片も慢心してない。
何故なら、『強くなりたいなら、ネクロス要塞より、剣の聖地より、まずはそこへ行け』と言われるようになった我らが龍神道場には、
二人がかりで手も足も出ない、それどころか短い獣族の寿命だと、全部使っても届かないかもしれない強者が無数にいるからだ。
そんな絶対強者の一角が、ここにも一人いる。
「温泉というものは初めて入りましたが……中々にいいものですね、師範」
私のことを師範と呼ぶ妙齢の女性。
顔に孔雀の入れ墨があり、体には無数の鱗が生えている、長身の半魔族。
彼女こそは、龍神道場の生み出した最高傑作の一人。
『奇神』オリベイラ・コルベット。
オーベールさんと魔族のお嫁さんの間に生まれた一人娘で、彼の称号と全ての技を受け継ぎ、
更に魔族の血によって先代を超える身体能力を持ち、
おまけに、ルーデウス式カリキュラムを幼少期から学んだことによって結構な魔力総量まで持ち、魔術も私より上手く使いこなすという、まさに傑物。
いや、この子、マジで凄いんだよ。
何せ、アスラ王国の大列強武闘祭で、一回私から列強の地位を奪ったことあるからね。
まあ、その戦いは個人戦で殿堂入りした私が、団体戦に個人でぶち込まれた時に、アレクとオリベイラがチームを組んで向かってきた時の話ではあるけど。
それを差し引いたって、肉体年齢が全盛期に差し掛かってきたパーフェクト・エミリーちゃんをぶっ倒したのは凄い。
今の私って、神刀無しのオルステッドと同じくらいには強いのに。
しかも、オリベイラは私と違って頭の方の出来も良いし、身長も高くてスタイル抜群だし、完璧超人にもほどがあるわ!
唯一の欠点は、オーベールさん譲りの奇抜スタイルを本気でカッコ良いと思ってて、服装のセンスが致命的にダサいことくらいか。
普段着からして虹色の極彩色で、目に痛いし。
でも、温泉でシンプルな薄着(混浴だから水着っぽいものを皆着てる)になると、強調されるそのタワワな果実に嫉妬の炎が燃え上がる。
私なんて成長しても『無』だというのに!
おわかりだろうか?
『貧』ではなく『無』なのだ。
エルフは種族の特徴として肉つきが悪いから、『貧』ならまだ私も納得できる。
実際、姉もお婆ちゃんも『貧』だった。
だが、『無』は納得できない!
ラピスとラズリも獣族らしく、まだ8歳なのに格差の片鱗が見え始めてるし、世の中は理不尽に満ちている!
ちっくしょー!
「あの、師範……
「あなた達にはわかりませんよ、オリベイラ。私達、持たざる者の気持ちはね。
大丈夫ですよ、先生。私だけは先生の味方です」
「チ、チィ……!」
「先生……!」
私はこの場にいる最後の弟子と心を通じ合わせ、絆を深めた。
彼女は北王『光と闇』のチィ・ター。
見た目は12歳くらいの水色髪の美少女で、昔の私のごとき幼児体型。
ラピスとラズリと違って片鱗すらない、私と同じ『無』の一族。
しかも、彼女はこれ以上成長する可能性が著しく低い。
何せ、彼女の実年齢は私やオリベイラほどじゃないけど結構いってて、30を越えてる。
チィはウィ・ターさんの孫なんだけど、あの人が惚れて結婚までこぎつけた相手が、ロキシーさんと同じミグルド族の女性だったのだ。
ロキシーさんを見れば明らかだけど、ミグルド族っていうのは、成長しても人族で言う14歳くらいまでしか育たない。
おまけに、ウィ・ターさん自体が、成長しても子供にしか見えない
そんな二つの種族の血をこれでもかと濃く受け継いでしまったチィは、12歳くらいから完全に成長が止まってしまったというわけだ。
あと、剣術の方は子供体型というハンデを覆し切れず、王級で頭打ちとなってしまった。
才能はあったし、龍神道場というこれ以上ない環境もあったんだけど、そこがチィの限界だった。
まあ、その代わりに、この子は基本七種の魔術(昔は六種だったけど、ルーデウスが雷属性を新しく追加して七種になった)全てでも王級だし、魔力総量もめっちゃ多いから、凄い強いんだけどね。
限界とは?
ちなみに、彼女が『光と闇』の二つ名を持ってるのは、ウィ・ターさんの称号を受け継いだからって理由だけじゃなくて、
普段は穏やかで優しいんだけど、戦闘になると性格が豹変することから、あまりに極端な二面性になぞらえて『光と闇』のチィ・ターと……
「先生。何か変なこと考えていませんか?」
「ナニモ、カンガエテ、ナイヨ」
まあ、とにかく。
この4人がララに続く、私の直弟子達だ。
ララは剣術というより、近接戦に持ち込まれた場合の対処法って意味の技術を徹底的に叩き込んだから、純粋な剣士としての弟子は、この4人が初めてだね。
いや、4人とも私に教わる前に、かつての北神三剣士をベースにした技術を既に習得してたから、私の後継者候補ってわけじゃないんだけど。
『妖精剣姫』の名を受け継いでくれる子に関しては、絶賛募集中だ。
まだまだ私自身が現役だし、気長に探す予定である。
ちなみに、最近の私は晩年のルーデウスのように異名が増えて、『姫神』だの『姫龍帝』だのと勝手に呼ばれるようになったから、
ちゃんと一番気に入ってる『妖精剣姫』の名前が残ってくれるか、若干心配だったりする。
「そういえば、先生。アレクさんとは、どこまでいきましたか?」
「それは某も興味があります」
「えぇ……」
と、そこで二人がいきなり話題をぶち込んできた。
温泉に来てまで、その話しなくちゃダメ?
この二人は長命種の血が入ってるとはいえ、人族換算だと行き遅れもいいところだから、同じく行き遅れまくってる私のそっち方面の話に興味があるのはわかるけどさぁ。
なお、若いどころか幼いラピスとラズリは蚊帳の外だ。
ラピスがバタフライで温泉に津波を起こして、ラズリが流されてた。
「あんまり、進んで、ないと、思うよ。
この前、お風呂で、鉢合わせた時、この傷、見て、硬直、してたし」
男女で裸を見せ合う機会なんてまずないから、何十年もの間、アレクが見ることのなかった私の古傷だけど。
最近になって、ちょっとした事故が発生して見られ、結果アレクは硬直してた。
個人的にはカッコ良い傷だと思うけど、やっぱり女として見たら、マイナス要素の塊だと思うんだ。
ちなみに、アリエル様は王宮の大浴場を使わせてもらった時に突撃してきて、一瞬の硬直の後に新しい扉を開いたかのように恍惚の表情を浮かべてたんだけど、それはさて置く。
あの人は、あらゆる意味で例外だと思った方がいい。
「それ絶対、アレク殿は惚けただけだと思いますが……」
「うふふ。帰ったら汚物として火魔術で消毒してあげましょうかね。先生とのお付き合いは、プラトニックなものしか認めませんよ」
「師範、この過激派は無視してください。大丈夫。師範の裸はとても魅力的です」
「嫌味か……!」
「だから、某の胸に殺気を送らないでいただきたい!?」
「なんの話してんだ、お師匠ー?」
「き、きっと大人の話なんだよ……」
オリベイラとチィと騒いでるうちに、ラピスとラズリも寄ってきて、結局この話はウヤムヤになった。
愛だの恋だの裸だの、子供の前でする話でもないからね。
まあ、なんだかんだで、この子達と一緒にいる時間が私は好きだ。
かつての北神三剣士にならって『姫神三従士』を名乗ってるこの4人は、第二次ラプラス戦役で私と一緒に戦う気満々だし、
この子達と一緒なら、どんな苦難も乗り越えていけそう。
激動の時代が始まる少し前。
平和の象徴である温泉に浸かりながら、私はそんなことを思った。
『奇神』オリベイラ・コルベット!
『双剣』のラピスラズリ!
『光と闇』のチィ・ター!
4人揃って『姫神三従士』!!
・龍神道場
各分野のエキスパートが揃う世界最高の修行場。
どんなに才能のない奴でも、諦めずに血の滲むような修行を10年単位で続ければ、何かしらの分野で聖級にはなれると言われるほどの魔境。
ただし、そこまでの根性を持ってる奴は稀。
・この時点のエミリー
省エネモードの社長とほぼ互角。
魔剣を使えば、社長がちょっとだけ魔術を使い始めても勝てる。
社長が本気になっても数分くらいなら粘れる……かもしれなくもなくもない。
アレク&オリベイラが倒したのは、もちろん魔剣なしエミリー。
・アレク
めっちゃ強くなってる。
エミリー打倒は7割方アレクの力。
・七大列強
大列強武闘祭、及び、その後に確定で行われる場外乱闘によって、割と頻繁に入れ替わっている。
龍神道場で定期的に行われるガチバトル(多対1を含む)でも入れ替わるので、エミリーとアレクも、実は何回も列強の座から引きずり下ろされている。
社長ですら、いくら仲間内の戦いだから魔力がもったいなくて使えなかったとはいえ、複数回に渡って失冠し、その度に鍛え直すという修羅の国状態。
技神さん大満足。
それと、二次創作の新連載始めました。
ダンまち二次で、闇落ちした悪役主人公のドシリアスものですけど、よろしければ見てやってくだせぇ。
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番外 if 日記の未来ルート
北神流『流入効果狙いの術』とも言う。
今回のやつは、剣姫転生に近いノリのオリジナルなので見てね!(ダイマ)
あ、今回の番外編自体は、大分シリアスです。
「遅い! 相手が、振り下ろす、前に、最適な、位置に!」
「はい!」
「おおおおおおおッッッ!!!」
「父も、遅い! フェイント、見抜いたら、即、攻撃!」
「くっ……! わかった!」
私は今、2人の剣士に剣術を教えていた。
一人はゼニスさん似の金髪の美少女、ノルンちゃん。
もう一人は我が父、ロールズ。
残酷な言い方になるけど、2人に大した才能はない。
けど、モチベーションは凄く高い。
加えて、私も人に剣術を教えるのは得意だ。
元々それなりに得意だったところに、魔力眼による読み取りなんてチートが加わったおかげで、相手がどこにどういう力を込めてて、どこを修正すれば良くなるのかが手に取るようにわかる。
その相乗効果を最大限に活かした厳しい修行を結構長いこと続けた結果、2人はそれなりの強者に至っていた。
ノルンちゃんは三大流派全てで中級。
総合力なら上級の下位くらいある。
リトル師匠って感じだ。
父も北神流上級に至り、他2つの流派も中級。
ノルンちゃんには、師匠の形見であるクソチート武器も託してるし、2人揃えば聖級剣士を倒せると思う。
才能の無い身で、よくぞそこまで強くなってくれたって感じだ。
そのモチベーションの源泉を思うと、複雑な気持ちだけど……。
現在、私達は北方大地の東端、ビヘイリル王国の片田舎にある村に住んでいる。
ここに流れ着いた経緯は……思い出すだけで悲しみが沸き上がってくる。
最初のキッカケは、剣の聖地での修行中に静香が危ないって手紙をもらって、急いでシャリーアに帰ったこと。
そうしたら、静香の方は大丈夫な感じになってたけど、代わりにロキシーさんが危ない状態になってた。
ロキシーさんの病名は魔石病。
神級解毒魔術でしか治らない奇病。
私は混乱しながらも、ミリス神聖国へ神級解毒の詠唱が記された本を取りにいったというルーデウス達を追った。
そこで……。
『エミリー……ルディ達を、頼む……』
致命傷を負って、死にかけてる師匠を発見した。
後から聞いた話だと、最初は神級解毒の詠唱を書き写して帰ってくるつもりだったのに、肝心の詠唱を記した本が辞書くらい分厚かったせいで、書き写すのを断念して盗むことにしたそうだ。
だけど、その本はミリス教団の至宝。
そんなものを盗もうとすれば、当然奪い返しにくるに決まってる。
下手人は殺されても文句は言えない。
だから、師匠はミリスの騎士団にやられてしまった。
ルーデウス達を逃がすために
そうして師匠が息絶える寸前の現場に遅すぎる到着をした私は、半狂乱になりながら追手を全員瞬殺して、なんとか師匠を助けようとして、それができなくて、泣きながら師匠の遺言を聞いた。
遺言を言い切って、安心したような顔で逝った師匠を荼毘に付し、遺骨を土魔術で作ったツボに入れて、形見の2本の剣を持って、私はルーデウス達を追いかけた。
結局、ルーデウス達と合流できたのは、シャリーアに戻った後だった。
ロキシーさんは手遅れで亡くなり、ルーデウスと一緒に行動してたクリフさんまで亡くなり、その上師匠の訃報まで聞いた皆は泣き崩れてしまった。
私は師匠の遺骨をシャリーアのお墓に埋葬して、形見の剣をノルンちゃん達に託して、クリフさんと師匠の死で心が壊れかけたお婆ちゃんを必死で抱きしめて、早まったことさせないようにして、ロキシーさんと師匠とクリフさんのお葬式に参列した。
悲しさと悔しさを、なんとか堪えながら。
次の悲劇は、姉の死だ。
ルーデウスがやさぐれてダメ親父と化す中、アリエル様のお父さん、つまり現国王が重病っていう報せが届いた。
王位が変わるタイミングがきたのだ。
このために生きてきたアリエル様達は、当然戦いのためにアスラ王国へと向かった。
姉もルーデウスの現状に後ろ髪を引かれながらも、ルーデウスが自暴自棄になって浮気みたいなことやらかしたのもあって、一度距離を取る意味でもアリエル様に同行。
もちろん、親友の悲願を叶えたいっていうのが理由の大半だけど。
私もそっちに同行し、帰ったらガツンと言ってやろうって姉と話しながら、アスラ王国に行った。
……ガツンと言ってやることは叶わなかった。
アスラ王国王位継承戦。
勝算は充分にあった。
ペルギウスさんの取り込みにこそ失敗したけど、シャンドルという強力な手札は健在。
既に冒険者ギルドを通した暗号みたいなメッセージで呼び出しをかけてたから、そう遠くないうちに合流できるはずだった。
そのタイミングに備えて、アリエル様達は着々と準備を整えてた。
けど、その途中で、政敵であるダリウスが強引な手に出たのだ。
整合性とか一切合切無視で、後で無理矢理つじつまを合わせればいいとばかりに、レイダさんとオーベールさんを含む大戦力でアリエル様に奇襲をかけた。
ありえない、そんなことしたら後でとんでもない問題になるはずなのにってルークさんが叫んでたのが印象に残ってる。
ダリウスは、それだけの無茶をしてでも早期決着を図ったのだ。
まるで、こっちに起死回生のシャンドルがいるってバレてたかのように、ダリウスは無理攻めを選んだ。
私達にとって、その愚かな選択が致命傷だった。
私はレイダさんとの真っ向勝負になって他を気にする余裕が無くなり、他の皆はオーベールさんを含む北神三剣士に蹂躙された。
お守りにってノルンちゃん達に託されてた、師匠の形見のクソチート武器のおかげでレイダさんには勝てたけど、それが限界。
私がレイダさんをなんとか倒す頃には、他の皆は全滅してて、辛うじて生きてた姉も、オーベールさんに深い傷を負わされるところだった。
そんな状況で、敵の兵士に捕縛されたアリエル様は、私を見て言った。
『エミリー。シルフィを頼みます』
アリエル様は自分の敗北を悟って、自分ではなく私達を生かす道を選んだ。
私に選択肢は無かった。
その時の私は、レイダさんとの死闘で満身創痍。
オーベールさん達を倒して、アリエル様を救出できる力は残ってなかった。
できるのは、アリエル様の言った通り、姉を連れて逃げることくらい。
『ごめん、なさい……!』
私は師匠を失った時のように泣きながら、姉を抱えて逃げた。
アリエル様を見捨てて逃げた。
なのに、そこまでして姉を連れ出したのに、姉はオーベールさんの剣に塗られた毒に侵されていた。
私の解毒魔術じゃどうにもならない。
私は必死で足りない頭を回転させて、王都で暮らしてた頃に聞いた凄腕の治癒術師の存在を思い出して、その人に姉を治してもらおうとした。
でも、ダリウスがアリエル様がクーデターを起こそうとしてたとかいうデマカセを広めたせいで、その人は姉の治療を突っぱねた。
だから脅して無理矢理にやらせたけど……それでも姉は助からなかった。
私は姉まで死なせてしまった。
アリエル様に託されたのに、あの人を見捨ててまで助けようとしたのに、助けられなかった。
そこに姉を追いかけてきたらしいルーデウスが来て、姉の亡骸を抱えて泣きじゃくる私を見て、呆然とした。
泣きながら謝ることしかできなかった私に、ルーデウスは「この役立たず!! そんなに強いのに、なんで!?」って、あっちも泣きながら罵声を浴びせてきた。
その通りすぎて、何も言えなかった。
この一件で、ルーデウスと私の距離は完全に離れてしまった。
ルーデウスはますます荒れて、娼館めぐりとかするようになり、そんなルーデウスを見てられなかったノルンちゃん達が出ていく流れになってしまった。
責められてる私が傍にいたら、ルーデウスが立ち直る邪魔になると思って、私もノルンちゃん達についていくことにした。
姉の死を気丈に耐えてる父と母と、生まれてきた
私はアスラ王国に世紀の大罪人として某海賊王並みの懸賞金をかけられちゃってて、ノルンちゃん達もミリスの至宝を盗み出した伝説の大泥棒の家族。
スネに傷を持ってる以上、あんまり目立つ場所には住めない。
結果、流れ着いたのが北方大地の東端、ビヘイリル王国の田舎村。
そこで思いがけない出会いがあった。
なんと、昔ルーデウスやノルンちゃん達を助けてくれた大恩人、ルイジェルドさんがこの近くにいたのだ。
彼の同族であるスペルド族の人達と一緒に。
しかし、彼らは疫病に侵されていた。
どうにかしようと、私はノルンちゃんの助言で一緒にペルギウスさんに土下座して助力を乞い、ペルギウスさんもルイジェルドさんには借りがあるってことで、魔族嫌いなところを無理して、しぶしぶ力を貸してくれた。
ペルギウスさんの12の使い魔の一人、『洞察』のカロワンテさんの力でスペルド族の人達を診察し、病名を把握。
でも、ペルギウスさんの力をもってしても、治療法まではわからなかった。
私は貸してもらった転移魔法陣で世界中を飛び回り、これまた貸してもらった使い魔の人と一緒に治療法を探して回ったけど……結局、できたのはほんの僅かに苦しみを和らげる薬を見つけてきたことだけ。
それ以上はどうにもならずに、ルイジェルドさん達を死なせてしまった。
ままならない。
だけど、一番ルイジェルドさんを大切に思っていたノルンちゃんは、私を責めななかった。
むしろ、頑張ってくれてありがとうって、お礼を言ってくれた。
自分は少しでもルイジェルドさんと一緒に過ごせて、最期を看取ることができたから、それだけで充分だって。
泣きはらした顔のまま、そんなことを言ってくれた。
それを見て私は思った。
この子達だけは、絶対に守り抜こうって。
「お疲れ。ダメ出しは、したけど、凄く、良く、なってたよ」
「あ、ありがとうございます、エミリー姉さん……」
修行の後。
父は気絶し、ノルンちゃんは息も絶え絶えの状態でお礼を言ってくる。
この子、本当に良い子。
マジで幸せになってほしい。
いっそ、私が嫁にもらってしまおうか。
「次はいつ行くんですか?」
「何か、起きなければ、ずっと、いるよ。静香の、方は、一段落、しちゃったから」
最近は、ルーデウスの助力を乞えなくなった静香のために、大量の迷宮を攻略して魔力結晶を集める旅を定期的にやってたんだけど。
異世界転移の最終段階が失敗しちゃった後、なんか静香は私の頭じゃ理解不能の謎理論を提唱して、帰れない原因が未来にあるんじゃないかとか言い出して、未来へ行くためにコールドスリープみたいな状態になっちゃったから、私はしばらくフリーだ。
ちなみに、迷宮攻略は画期的な方法を発見したので、一人でもできるようになった。
まず魔力眼を思いっきり使って、迷宮の心臓部である魔力結晶の位置を特定。
そこへ向かって破断を撃ちまくり、まっすぐに穴を掘っていくっていう脳筋戦法をね。
まあ、これで攻略できるのは、外から魔力結晶の位置を特定できるような浅い迷宮だけだし、そういう迷宮の魔力結晶は小さいんだけど、そこは数でカバーした。
この方法なら、長期出張する必要もない。
一日で10個くらいの迷宮を攻略(物理)できるので、ペルギウスさんに頼めば日帰りで帰ってこれるのだ。
いない間に師匠達を死なせたトラウマもあって、できるだけノルンちゃん達の傍を離れたくない私としては、これは助かる。
マジで思いついて良かった。
私の頭脳も捨てたもんじゃない。
「ノルン姉ー! エミリー姉ー! お爺ちゃーん! ご飯できたよー!」
「はーい!」
「今、行く!」
その時、ルーシーが私達を呼ぶ声が聞こえた。
私は気絶した父を起こして、ノルンちゃんと一緒に現在のグレイラット家へと向かった。
ちなみに、ウチとはお隣同士である。
事情が事情だから、両家は家族同然の付き合いだ。
私はこの2つの家が好きだ。
ノルンちゃんがいて、ルーシーとクライブがいて、父と母がいて、お婆ちゃんがいて、ゼニスさんとリーリャさんがいる。
一ヶ月に一度起きた時は、静香もよくご飯を食べにくる。
ついでに、私が四苦八苦しながら作った不格好なお風呂にも入りにくる。
守れなかったものは多い。
だけど、全てを失ったわけじゃない。
私は、この人達を守るために生きよう。
世界最強の剣士になるって夢を諦めたわけじゃないけど、それを追うのはノルンちゃん達が天寿を全うして、ルーシーとクライブが独り立ちしてからでもいい。
私にはエルフの血が入ってるんだし、それからでも充分に間に合うでしょ。
だから、今は家族の団欒を……。
「「「いただきます!」」」
そんな感じで、私の一日は過ぎてゆく。
このルートは、ノルンちゃんルートと言っても過言ではない。
・ノルンちゃん
ルーデウスという反面教師がいたため、自暴自棄にだけはならないぞとぐっと堪えた強い子。
それ以前に、物心ついた頃には父と共に転移事件の真っ只中、その後は天才どもに囲まれた凡人生活という地獄巡りな人生を送ってきてるため、それを乗り越えて大人になると精神力がヤバい。
このルートのエミリーが、師匠やシャンドル以上に尊敬した人物。
多分、本編エミリーも相当リスペクトしてる凄い子。
・ペ様
ルイジェルドに借りを返せずに死なせちゃった負い目があるので、結構協力的。
エミリーが治療法を探してる間、スペルド村とノルン達に護衛をつけてくれたりもした。
復讐鬼に付き合わせて、彼女達の細やかな幸せを壊すというのはさすがに気が引けるので、暴走ルーデウスのことは失踪して行方不明ということでごまかして、意図的に両者を遠ざけている。
・ルーデウス
エミリーへの罵倒は、後で滅茶苦茶後悔した。
しかし、エミリー達がビヘイリル王国に辿り着く頃には復讐鬼になっていて、シャリーアを飛び出してしまう。
ペ様がそんなルーデウスを危ぶみ、エミリー達の居場所なんぞ知らぬ存ぜぬで通したことで再会できず、謝る機会はついぞ訪れなかった。
まあ、大体ヒトガミのせい。
・エミリー
もし老デウスが過去転移を使わなかった場合、ノルン達が天寿を全うした後、ルーシー達を守るために第二次ラプラス戦役を戦うことになる。
オルステッドに師事できていないので、本編よりはかなり弱い。
それでも人族側最強の一角。
莫大な懸賞金がかかってるダーティ系強者。
・社長
今までのループと変わりすぎてるせいで観察に徹してる。
なので、エミリーを装備してヒトガミに挑むことはない。
何やってんすか社長ぉ!
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番外 危険物処理
「エミリー、ルーデウス、アレクサンダー、準備はいいな?」
「いつでも、オッケー」
「俺も大丈夫です」
「僕も問題ありません!」
現在、私はオルステッド、ルーデウス、アレクの三人と一緒に、お忍びでとある場所へと訪れていた。
その場所とは、各大陸に囲まれるようにして存在する巨大な海『リングス海』の中心。
そこにある世界三大迷宮の一角『魔神窟』の入り口。
かつて最深部に闘神鎧が封印されていたという場所。
そんなところにわざわざ来た理由は、ここなら誰も巻き込まないからだ。
私とアレクは剣を構えて、とあるものに向き合う。
今回は珍しいことに、お互いの武器を入れ替えてる。
アレクから押収して事務所の備品になった世界最強の剣『王竜剣カジャクト』を私が持ち、逆にアレクは滅多に使わない私の切り札こと、魔剣『仙骨』を握りしめる。
それだけの武器が無いとどうしようもない相手と向き合ってるからっていうのもあるけど、それ以上に、これが一番効率的だからそうしてるのだ。
何せ、今回やるのは戦いではなく、危険物の解体作業。
作業に必要なのは、すなわち効率である。
私達の視線の先には、解体するべき危険物がある。
事務所から封印状態のまま持ってきた、中身の入ってない黄金の鎧。
かつて不死身の魔王とウチのアホが着用して、強大すぎる敵として私達の前に立ち塞がった『闘神鎧』だ。
時間をかけて装着者の意識を乗っ取り、バーサーカーに変えてしまう呪いの装備。
元々、これはできることなら壊しておきたかった。
でも、不治瑕の奥義を使っても3秒で修復されるようなオーパーツを壊せるか! ってことで、今まではオルステッドの結界魔術とルーデウスの莫大な魔力で封印してた。
だけど、私の体も大分成長してきて15〜16歳くらいになったし、決して長身ってわけじゃないけど、お子様体型を脱して手足がスラリと伸びて、筋力とかが大きく向上した。
加えて、王竜剣に込められた重力魔術の感覚を覚えるために使ってるうちに、この剣は莫大な魔力を込めた時、とんでもない威力の攻撃を放てるということが判明した。
だったら、これにルーデウスのチート魔力を思いっきり注いで、強化された私の馬鹿力で振り回せばあるいは……って話になったのだ。
まあ、やるだけやってダメだったら、また封印すればいいやって気楽な気持ちで、私達は闘神鎧の解体作業の実施を決断した。
で、有効打を増やすために不治瑕の使い手であるアレクも動員して、うっかり制御をミスると山を吹き飛ばしちゃうような攻撃に誰かを巻き込まないために海の真ん中まで来た。
万が一にでもヒトガミに闘神鎧を奪取されないように、お忍びで。
これにて準備完了。
後は思いっきりやるだけだ。
「じゃあ、やるよ、アレク」
「ああ! 我が未熟さの象徴を、今こそ葬り去ろう!」
北神流の大好きな中二なセリフを叫びつつ、アレクが剣を上段に構える。
それに習って、私も王竜剣を上段に構えた。
「不治瑕北神流!」
「奥義!」
「「『破壊十字断』!!」」
まずは手始め。
二人同時の破断を闘神鎧に叩きつける。
シャンドルと一緒に放った時は、『闘神』バーディガーディにもちゃんと通じた技だ。
あの時より使い手のパワーも武装も上。
おまけに今の闘神鎧は中身が入ってない。
だったら効かない道理はなくて、闘神鎧は一撃で粉々に砕けた。
「アレク!」
「わかってる! たたみかけよう!」
当然のように3秒で全快しようとした闘神鎧に、私達は連続で破断を叩き込み続ける。
まるで餅つきのように、交互に剣を振り下ろす!
余波だけで魔神窟が悲鳴を上げ、流れてくる海水をルーデウスが凍らせて止めてくれてる。
まだまだぁ!
「『破断』!!」
「『破断』!!」
「『破断』!!」
「『破断』!!」
「よいさ!」
「ほいさ!」
「よいさ!」
「ほいさ!」
だんだん、かけ声まで餅つきみたいになっていったけど、私達は構わず剣を振るった。
10回、20回、30回と振るい、何度も何度も闘神鎧は粉々になったけど、まだ回復が止まらない!
「魔力切れ……! ルーデウス!」
「へい! お待ち!」
王竜剣に込められてたルーデウスの魔力が底をつき、私は一旦アレクに連続攻撃を任せて、ルーデウスに魔力の補給をお願いする。
餅つきっぽいテンションに釣られたのか、ルーデウスの言動が若干変になってたけど、魔力の供給は普通に済ませて、再び私は解体作業、ルーデウスは現場の維持管理に戻る。
「えい!」
「やぁ!」
「えい!」
「やぁ!」
破断を使う。
破断を使う。
破断を使う。
何時間もぶっ続けで破断を使い続け……。
「回復が遅くなっている! もう少しだ!」
オルステッドの分析に力をもらい、私達は力を振り絞った。
「「うりゃあああああああああああ!!!」」
渾身。
渾身の力を込めて剣を振り抜く。
回復が止まるまで。
闘神鎧の息の根を止めるまで!
そして、ついに……。
「ハァ……ハァ……。回復、しない……?」
「や、やったか?」
アレク、それフラグ。
そのせいで盛大に不安になったけど、壊れた闘神鎧の欠片にオルステッドが近づいて、確認した。
まじまじと観察し、じっくりと調べ…………オルステッドは、私達に向かって大きくうなずいた。
「や……」
「や……」
「「やったぁーーーーー!!」」
長き死闘を制して、私とアレクは思わず抱き合って喜んだ。
直後にアレクが赤くなってうろたえ始めたけど、知るか!
今はこの感動に浸っていたい!
こうして、伝説の闘神は今度こそ完全に打倒され、七大列強の席が一つ空いたのだった。
ただし、闘神は中身がある状態で倒さないと勝ったことにはならないみたいで、私かアレクが列強三位になることはなかった。
私はしばらくふてくされた。
七大列強
一位『技神』
二位『龍神』
三位『魔神』
四位『姫神』
五位『北神』
六位『剣神』
七位『魔導王』
・闘神鎧
『魔龍王』ラプラスですら壊せなかった最凶の鎧だが、今回は中身が入ってないところに、大人エミリー+王竜剣+ルーデウスのチート魔力+アレク+仙骨というイカれたリンチによって、めでたく完全破壊。
残った残骸は、もったいないという理由で鉱神に預けられ、『闘神剣』という新たな最強装備として生まれ変わった。
闘神剣の詳細に関しては、第二次ラプラス戦役にて。
・大列強武闘祭
七大列強の席が一つ空いたことによって、更なる盛り上がりを見せた。
『魔導王』ルーデウスは絶対に即行で失冠すると自分でも思っていたが、意外と長く君臨した。
ヒトガミはキレた。
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番外 義兄の元カノ
「ハァ……ハァ……くそっ」
Sランク冒険者パーティー『アマゾネスエース』のメンバー『サラ』は今、冒険者になって以来、指折りの窮地を前にしていた。
「そろそろ諦めたらどうだ?」
「うるさい!!」
敵に向かって矢を放つ。
魔術に比べて殺傷力が低く、やたら頑丈な魔物を多く相手にしなければならない冒険者には好まれない弓矢という武器。
それでも、持ち前のセンスによって相手の急所を正確に射抜き、詠唱魔術より遥かに早く致命傷を与えてきた頼れる相棒。
「ハッ! 弱々しい」
「チッ!」
そんな相棒の攻撃を、目の前の男は剣で簡単に叩き落とす。
剣閃が見えなかった。
片手で適当に振るってるように見えるのに、目で追えないほどの剣速だった。
剣神流の達人。
明らかな格上。
「たった一人でよく頑張るなって褒めてやってもいいが、無駄な抵抗だぞ? 何せ……」
男の顔がグニャリと歪む。
自分より下の者をいたぶって悦に浸る奴特有の、下卑た笑み。
サラが大っ嫌いな顔。
「俺は『剣聖』メクジナ・コーザソーク! 剣の聖地で修行を積んだ本物だ! 冒険者ごときが倒せる相手じゃねぇんだよ!」
「うぐっ!?」
気づけば、サラは吹き飛ばされていた。
何をされたのかわからなかった。
いや、斬られたのだろう。
男、『剣聖』メクジナは剣を振り抜いた体勢で止まっていた。
死んでいないということは、峰打ち。
それも全ては後から状況を見て判断できたことだ。
攻撃の瞬間には反応することすら許されなかった。
「『光の太刀』だ。さすがに知ってるだろう?」
知っている。
剣神流の奥義。かの有名な最速の剣技。
だが、実際に食らってみると、こんなに速いのか。
格が違う。
歴戦の冒険者として鍛えられたサラの心が悲鳴を上げる。
「あ、ぐっ……!?」
「そぉら、大人しくしてろよぉ」
「うっ……!?」
痛みで動けなくなったサラにのしかかり、メクジナは思いっきり彼女の服を引きちぎる。
何をされるかなんて誰にだってわかる。
下卑た男が女を生け捕りにしたのなら、することは一つだ。
(ああ、やっぱ紛争地帯になんか来るんじゃなかった)
高額の報酬に釣られて、紛争地帯に行く依頼を受けてしまったのが悲劇の始まり。
依頼を達成して帰ろうとしたところで、山の天気より崩れやすい紛争地帯の情勢の変化に巻き込まれ、脱出が難しくなった。
それでも、どうにか知恵をしぼってこの魔境からの脱出を試みたのだが、結果は途中で盗賊に堕ちた剣聖に見つかるというありさまだ。
仲間達は既に全滅。
アマゾネスエースは全員が女なので殺されてはいないが、メクジナの取り巻きの盗賊どもに服を剥かれている。
最後に残ったサラがやられて、誰も守る者がいなくなったからだ。
だが、仲間を見捨てて逃げれば良かったとは思わない。
かつて、死んだと判断されて見捨てられてもおかしくなかった状況の自分を、それでも助けに来てくれた少年のように、仲間のために動きたかった。
(そうだなぁ。何かの奇跡で生きて帰れたら、あいつみたいに冒険者を引退して、良い男でも見つけて結婚するのもいいか)
現実逃避気味に、そんなことを思う。
最後に会った時は、妻に囲まれて幸せそうにしていた、昔恋した男の顔が浮かんだ。
彼とは比較にもならない最低の男達の下卑た笑い声が聞こえる。
メクジナの最悪な顔がドアップで映る。
(ルーデウス、元気かなぁ)
「へっへっへ。なかなかに良いもん持ってるじゃねぇか……ッッ!?」
だが、その瞬間。
メクジナが咄嗟にサラの上から飛び退き、警戒した様子で剣を構えた。
他の盗賊達も同じだ。
アマゾネスエースの仲間達からバッと離れ、警戒態勢になっている。
性格はともかく、実力的には化け物のようなこの男を有する盗賊団が、何をそんなに警戒しているのだろうか。
「そういうの、好きじゃ、ない」
メクジナ達の視線の先。
そこに現れていたのは、小柄な人物だった。
魔術師風の緑の外套を羽織り、フードで顔は見えない。
だが、声からして少女だろう。
体格から見て、歳は13〜14歳か。
それを見て、男達は冷静さを取り戻していた。
「な、なんだよ、ガキじゃねぇか」
「今のとんてもねぇ殺気は、なんかの間違いだったみてぇだな」
「ヒッヒッヒ! こんなガキなら先生に頼るまでもねぇぜ! おかわりだ! やっちまえ!」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
盗賊どもは少女を逃さないようにか、大人数で囲むように押し寄せてきた。
(逃げて!)
サラはそう声を出そうとするも、メクジナにやられたダメージのせいで声が出ない。
そんなサラの思いはやはり伝わっていないようで、少女は呑気に外套を脱ぎ捨て、服を破かれたサラに着せた。
外套の下から出てきたのは……想像以上に綺麗な少女だった。
笑えば可愛いだろうが、今はクールに引き締めているからカッコ良く見える、整った顔立ち。
顔によく似合う美しい金髪をロングのポニーテールにしている。
眼は不思議な魅力のあるオッドアイ。
魔術師風の外套を羽織っていたくせに剣士なのか、腰に二本の剣を差していた。
しかし、剣帯には二本の短杖も差している。
そして、何よりの特徴は、その尖った耳。
眉目秀麗で知られる種族なら、なるほどこの美しさも納得だ。
しかし……。
「お、おい、幼いエルフの女剣士って……!?」
盗賊の一人が何かに気づいたように顔色を悪くする。
最も強いはずのメクジナに至っては顔面蒼白になっていた。
そんな状態でも、メクジナは剣聖。
覚悟を決めたように剣を握りしめ、盗賊達を盾にして、その中に紛れるようにして少女との距離を詰めた。
「シィ!」
「『紛争地帯の悪魔』……!?」
メクジナの光の太刀と、盗賊の驚愕の声が重なる。
少女は顔をしかめながら腰の剣に手をかけて━━
「━━『光斬剣界』」
一瞬。
瞬きする暇すらない、刹那の一瞬。
たったそれだけの時間で………盗賊達は全員が真っ二つになった。
剣聖すらも、そこらの端役同然に斬り捨てられた。
「その、呼び方は、嫌い」
不満そうな少女の声を聞く者は、生き残ったアマゾネスエースの女冒険者達しかいなかった。
◆◆◆
「大丈夫、だった?」
「うん。助かったよ」
戦闘終了後。
『エミリー』と名乗った独特の話し方のエルフの少女は、傷ついたサラ達を治癒魔術で治療までしてくれた。
地獄に天使。
正直、あまりにも都合が良すぎて、彼女の存在は自分が苦痛の中で生み出した幻想なのではないかとまで思ってしまう。
「サラさんは……」
「サラでいいよ」
「じゃあ、サラは、ここで、活動する、冒険者なの?」
「いや、報酬に釣られて来ちゃっただけ。正直、二度と来たくないね」
「それがいい。ここは、最悪、だから」
エミリーは天使のような顔に、「うげっ」と言わんばかりの嫌悪感を浮かべた顔でそう言った。
どうやら、紛争地帯は彼女ほどの強者でも嫌がるほどの魔境のようだ。
絶対に二度と来ない。
サラは固く心に誓った。
「それにしても、あんた滅茶苦茶強かったね。もしかしなくても有名人でしょ?」
「うん。一応。『妖精剣姫』って、呼ばれてる」
「やっぱり」
『妖精剣姫』エミリー。
その名前は、あまりにも有名だ。
アスラ王国にて水神を倒し、シーローン王国の内乱にて死神を倒し、若くして七大列強第五位にまで上り詰めた、世界最強の女剣士。
最近では剣神や北神、果ては伝説の闘神まで倒したという噂すらある。
サラは冒険者としては最高峰のSランクだが、所詮は冒険者という狭い括りの中での最高峰。
七大列強という全世界の頂点に立つ絶対強者から見れば、ちっぽけな存在に過ぎない。
実際、エミリーからすればザコ同然の剣聖が、サラにとっては逆立ちしても勝てない化け物だった。
そんな次元違いの彼女の武勇伝を聞いてみたい気持ちもあったが……。
「ねぇ、妖精剣姫って、龍神の配下だよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、ルーデウスって知ってる?」
『龍神の右腕』ルーデウス・グレイラット。
エミリーの存在に隠れがちだが、それでも確かに世界中に名を轟かせている実力者。
さっき昔のことを思い出したのもあって、少し感情の乗った声が出てしまった。
やっぱり、ルーデウスの話は、仲間達が気絶してくれている今のうちに出して正解だった。
ところが、エミリーはそんなサラの様子を見た瞬間、愕然としたように動きを止めた。
「まさか、浮気……? またか……! またなのか……! あの野郎……!」
「へ? い、いや違うから! 昔、ちょっと色々あっただけだから!」
殺気すら放ち始めたエミリーを見て、サラは慌てて自分とルーデウスの関係を説明した。
10年ほど前に北方大地で冒険者をやっていた頃に出会って、自分が一方的に恋をして、恋破れたこと。
数年前に再会して、幸せそうに暮らしてるのを見て、過去とはキッチリケジメをつけられたこと。
サラは言うなれば元カノ、いやそれ未満だ。
そこまで説明したところで、ようやくエミリーは殺気を収めてくれた。
「それにしても、ルーデウスの浮気疑惑でそんなに怒るなんて……もしかして、エミリーもあいつのこと好きなの?」
「それは、ない。三股野郎に、惚れる、趣味は、ない。私の、姉が、ルーデウスの、妻だから、怒った、だけ」
「え!? そうなの!? あ、もしかして王女の護衛だったサングラスの人?」
「あ、シルにも、会ったんだ」
「うん。でも、三股って……三人目が増えたことは知らなかったなぁ」
それから、二人はしばらくルーデウスの話題で盛り上がった。
しかし、昔の男の話なんてそう長くは続かずに脱線し、エミリーの武勇伝や、お互いの仕事の愚痴、エミリーはなんでここにいるのかなどの話に変わる。
その結果……。
「迷子って……。天下の妖精剣姫が迷子って……」
「仕方ない。あれは、避けられない、事故だった」
エミリーがここにいる理由が、まさかの迷子だと判明してしまった。
本人は仕方のない事故だと言っているが、サラからすればそうは思えない。
アスラ王国の依頼で紛争地帯の調査に来て、彼女のことをよく知らない騎士から機動力を活かしたお使いを頼まれて、そのまま帰り道がわからなくなって迷子なんて……。
そのお使いというのが、中央大陸南部の紛争地帯から西部のアスラ王国まで空を飛んで報告書を運ぶという、もうわけのわからない神業なくせして、陥っている現状がしょうもなさ過ぎる。
まあ、そのおかげでサラ達のところに迷い込んでくれたのだから、何がどう幸いするかわからないものだ。
「というわけで、護衛、やるから、案内、お願い」
「はぁ。わかったよ。恩返しも兼ねて、その依頼引き受けた」
その後、サラ達アマゾネスエースは、最強の迷子を目的地まで送り届けるという依頼を見事に成し遂げた。
そして、送り届けた先でルーデウスと再会。
エミリーとの話にも出た、三人目の奥さんとも会った。
なんだかんだで結婚生活を謳歌しているルーデウスを見て、サラは改めて冒険者の引退と婚活を決意したのだった。
・サラ
原作と違って、ルーデウス達が北神を探しに紛争地帯を訪れなかったせいで、悲惨な末路を辿る一歩手前に。
その原因はエミリーなので、ある意味、自分で掘った穴を自分で埋めたような形。
しかし、そんな裏事情がわかる奴は、本人達含めてこの世界のどこにも存在しない。
ワンチャン、ヒトガミならわかるかもしれないけど。
・迷子の迷子のエミリーちゃん(23歳)
ポンコツ具合を甘く見ていた現場の人が、うっかりルーデウス達保護者の了承を得ないまま、赤竜山脈を数時間で走破したという逸話だけを判断材料に、緊急連絡のお使いなんか頼んだのが運の尽き。
エミリーちゃんは取り扱い説明書の内容を遵守してお使いください。
・『剣聖』メクジナ・コーザソーク
剣の聖地で修行を積み、若くして剣聖にまでなったが、新しい剣神であるジノの放置式道場運営についていけずに飛び出した剣聖の一人。
流れ着いた紛争地帯で、自分より格下の奴をいたぶる快感と、金、暴力、女の根源的欲望に目覚めたクソザコナメクジ。
ある意味、ガルさんの『己の欲望のために剣を振るえ』という教えの体現者と言えなくもないが、志が低すぎるので落第。
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番外 ルーデウスの学園生活
エミリーがベガリット大陸で遭難してた頃の話です。
甲龍暦422年。
中央大陸北部『北方大地』にて名を上げた冒険者、『泥沼』のルーデウスは。
父パウロの元パーティーメンバーであるエリナリーゼ・ドラゴンロードから母ゼニス発見の報告を受け、今までのように母の捜索に必死になる必要が無くなり、推薦状をもらったラノア魔法大学へと入学した。
本当はパウロ達に合流するつもりだったのだが、夢に出てきたヒトガミがゼニスのいるベガリットにはエミリーが向かったので大丈夫だと言い、更に魔法大学に入れば、現在ルーデウスが患っている深刻な病も治ると告げてきたので入学を決意したのだ。
ちなみに、彼の患っている病の名は『ED』。
男としての自信の全てを根こそぎ奪い取っていく、恐ろしい病だ。
原因は転移事件で魔大陸に飛ばされてから、どうにか故郷のフィットア領に帰ってきた時。
一緒に旅をしてきたエリスと結ばれ、前世からの悲願であった童貞喪失を経験し、幸せの絶頂と思われたところでエリスが突然いなくなってしまったからである。
一言の別れの言葉すらなく、「今の私とルーデウスでは釣り合いが取れません。旅に出ます」という簡潔な置き手紙だけを残して。
ルーデウスはエリスに捨てられたと思った。
冷静に考えれば彼女の気持ちも推し量れたかもしれないが、童貞喪失という天国から、翌朝に彼女がいなくなっていたという地獄にフリーフォールした当時のルーデウスには無理だった。
これが、とあるポンコツの頭を盛大に悩ませることになる、5年に渡るすれ違いの始まりである。
そんなわけで女にトラウマを持ち、呪われし病に罹患してしまったルーデウスは、それをどうにか克服するべく、ワラにもすがる思いでヒトガミの助言にすがり、魔法大学へとやってきた。
そこで最初にやらされたのは、入学試験と称した在学生との模擬戦だった。
「ルッ……!」
「はじめまして、ルーデウス・グレイラットです。
何事もなければ、来期からあなたの後輩になります。
何か至らないところがあればご指導ご鞭撻のほどお願いします」
「…………え? あ、は、はい。フィッツです。よろしく」
相手の名前は『フィッツ』。
白髪のエルフの少年。
現在、魔法大学で唯一ルーデウスと同じ無詠唱魔術が使える天才だそうだ。
数年前まではもう二人いたらしいが、一人は高齢の教師だったために去年亡くなり、もう一人は何かしらの事情で長期休学中だとか。
まあ、ルーデウスには関係のない話である。
「始め!」
教師の合図により、ルーデウスとフィッツの模擬戦が始まる。
場所は魔法大学に設置された、聖級治癒魔術の魔法陣の中。
この中なら怪我を負ってもすぐに回復できるらしい。
即死さえしなければ存分にやれる。
フィッツは右手に短杖を、左手に短剣を構えた。
まずは右手の杖から魔術を放とうとする姿が、少し先の未来を見るルーデウスの魔眼『予見眼』に映る。
ここで負けたら学費無料の特別生の話が無くなってしまうのではないかと思い、ルーデウスは本気でフィッツに対処する。
「『
数年前に殺されかけた世界最強の男、『龍神』オルステッドが使っているのを見て覚えた、魔術を無効化する魔術。
正確には相手の魔術の発生源に向けて、それを乱して妨害するための魔力を放つ魔術。
これに対処するには、
そして、フィッツにその力はなかった。
「え!? あれ!? なんで!?」
普段なら素早く生成されるはずの魔術が出せず、フィッツが動揺する。
「さーて、なんででしょうね?」
その隙目がけて、ルーデウスは最も使い慣れた魔術である『
小指の先ほどの大きさで生成し、高速回転を加え、射出速度も高めに設定して放つ。
下手な場所にぶつけると回復の暇もなく即死させてしまいそうなので、頬をかするような軌道で射出。
しかし……。
「ッ……! 『
「なっ!?」
フィッツは左手に持った短剣で、ルーデウスの
見覚えがある。
水神流の動きだ。
防御とカウンターに特化した剣術流派。
あの短剣は飾りではない。
フィッツは魔術師ではなく、魔法剣士だったのだ!
「ハッ!」
動揺を静め、フィッツがルーデウスに向けて走ってくる。
凄いスピードだった。
ルーデウスの5倍は速い。
というか、往年のパウロよりも速い!
「くっ……!?」
しかも、これまた見覚えのある技をフィッツは使う。
止まったと見せかけて加速し、加速すると見せかけて止まり、右に行くと見せかけて左に曲がり、後ろに下がると見せかけて前に出る。
超スピードのせいで、魔眼に捉えることも難しい。
エミリーが得意とした北神流の『幻惑歩法』。
ボレアス家にいた頃、何度も何度も煮え湯を飲まされた技。
だが、それゆえに、ルーデウスはこの技への対処法を知っていた。
「『
「!」
凄まじい衝撃波を発生させる、風の上級魔術。
かなり強めのそれを全方位に向かって放つ。
回避性能の高い相手には面攻撃。
基本である。
「やぁ!」
だが、フィッツはそれすらも水神流の技で受け流してみせた。
短剣を振るい、衝撃波をかき分けるように斬り裂く。
しかし、さすがに至近距離から放たれた上級魔術を完璧には防げず、体勢が大きく崩れている。
ルーデウスはそこへ、ダメ押しとなる魔術を放った。
「『
「あ……」
最初に撃ったものと同じ岩の弾丸が、フィッツの頬をかすめて飛んでいく。
殺さないために、あえて外した。
それはフィッツも理解しているのだろう。
フィッツはそれ以上の戦意を見せず、両手を上げて降参した。
「参った」
「「「おおおおおおおお!!!」」」
魔法陣の外から歓声が上がる。
凄い戦いを見たって感じの熱気だ。
男としての自信を失っているルーデウスは、突然の大声にビクッとした。
「凄かったね、ルデ……ルーデウスくん。まるで敵わなかったよ」
「い、いえ、初見殺しで魔術を封じられたおかげです。まともに戦ったら、先輩の方がよっぽど強いですよ。足も凄い速かったですし」
ルーデウスはフィッツをヨイショした。
実際、魔術さえ使えていればフィッツが勝っていた可能性も高い。
あの足の速さというか身体能力は、パウロどころか旅の途中で相手をした『北聖』ガルス・クリーナーすら上回っている。
最後に見た時のエミリーと同等クラスだ。
剣術のキレも凄かった。
最低でも、水神流と北神流がそれぞれ上級はあるだろう。
この上、更に魔術まで使えていれば、彼は聖級の中でもかなり上位の力があるのではなかろうか。
ルーデウスが傷一つ負わずに勝てたのは相性によるところが大きい。
そんな先輩に目をつけられたら堪らないので、ルーデウスのコマンドは「へりくだる」一択である。
「そ、そんなことないよ。足の速さは
フィッツは何故か、やたら赤い顔でモジモジとしながら謙遜した。
マジックアイテムの力とはいえ、それを使いこなす技量があるからこそのあの強さだと思うが……。
というか、この先輩でも全然勝てないらしい妹さんとやらがヤバい。
絶対に敵に回したくないとルーデウスは思った。
「先輩! 本日はありがとうございました! 本日のお礼は後日キッチリとさせていただきます!」
「え? あ、うん。そ、そんなに気にしないでね」
90度。
直角のお辞儀で、ルーデウスはフィッツへの敬意を示す。
ルーデウスの入学試験はこうして終わり、これをキッカケにして彼とフィッツの……後に結婚することになるシルフィエットとの魔法大学での交流が始まった。
◆◆◆
これは入学からしばらくが経った頃。
「ファックなの……!」
「あちしらにこんなことして、ただで済むと思うニャよ! お前ニャんか、姉御が帰ってくれば一発ニャ!」
「姉御?」
校内1の不良として恐れられるリニアとプルセナが、魔大陸からの旅の途中で出会ったザノバに託したロキシー人形……ルーデウスが神のごとく崇拝している御神像を壊したと知り。
敬虔なるロキシー教の狂信者としてブチ切れて、ザノバと共にリニアとプルセナをボコボコにして、勢いで部屋に拉致ってしまった後。
二人の口から飛び出した「姉御」という言葉に、ルーデウスはまさか裏ボスが控えているのかと嫌な予感に駆られた。
「そうニャ! 姉御は『北王』ニャ! 100人の舎弟を引き連れたあちしらを一方的にボコボコにした化け物ニャ!」
「服従した私達は姉御のお気に入りだったの。私達に手を出したら、姉御が黙ってないの」
しかし、ルーデウスにはわからぬ話。
彼はちょっと怖くなってきて、翌日フィッツ先輩に相談した。
そうしたら、
「ああ、大丈夫。その子はボクの妹だから。あいつらの方に非があるってわかれば、制裁してもちゃんと納得してくれるよ」
「あ、そうだったんですか」
「うん。それにしても、あいつら。エミ……あの子がいなくなった途端、アリエル様に舐めた態度取るようになって一回シメたのに、まだ懲りてなかったみたいだね。ましてや、ザノバくんとルーデウスくんの大切なものを壊してたなんて……!」
「フィ、フィッツ先輩……?」
明らかに怒ってる様子のフィッツ先輩に、ルーデウスはちょっとビビった。
自分達のために怒ってくれているのだと思えば頼もしくもあったが。
「ルーデウスくん。あの二人へのお仕置き、ボクも一枚噛ませてもらっていいかな?」
「は、はい。フィッツ先輩が一緒なら心強いです」
と、そんな感じのことがあったりもした。
◆◆◆
それから、件のフィッツ先輩の妹の北王様の正体がエミリーで、つまりエミリーの姉であるフィッツ先輩はシルフィだったと知るまでに、しばらくかかった。
ルーデウスの交友関係が、あまり他の生徒達と接点の無い特別生ばかりだったこと。
シルフィが再会した直後に「はじめまして」と言われたことを引きずって、ルーデウスに自分を忘れられていたらどうしようと無駄にウジウジしまくり、エミリーの名前を出さなかったこと。
そういう理由があったとはいえ、凄まじい鈍感力である。
しかも、フィッツ先輩の正体に気づいてからも、シルフィがそれを明かさないのは何かしらの理由があるからだろうと深読みして、ルーデウスは積極的に問い詰めようとしなかった。
そのせいで、ジレジレとした関係が1年弱も続いてしまい、後でその話を聞かされたエミリーが盛大に呆れ返ることになるのだった。
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番外 狂犬と妖精剣姫
エリス・グレイラットにとって、エミリーという剣士はひたすらに腹立たしい存在だった。
初めて会った時、何でもできるルーデウスに少しでも追いつきたくて、ギレーヌに習っていた剣術をより真剣に学び始めた頃。
奴はいきなりやってきて、圧倒的な力でエリスをボコボコにした。
ルーデウスと一緒に挑んだのに手も足も出なかった。
負けず嫌いなエリスは、それだけでエミリーのことが心の底から嫌いになった。
悔しくて悔しくて、それからはギレーヌにより一層厳しく鍛えてもらうようになったが、月一で襲来するエミリーには一度も勝てない。
それどころか、差はどんどん広がっていく。
ボレアス家に来訪する度に、エミリーの太刀筋はギレーヌを勝手に模倣してどんどん鋭くなる。
ギレーヌに対抗するために、防御も立ち回りもどんどんキレを増していく。
転移事件の直前、ついにエミリーがギレーヌから一本を取ってみせた時には、悔しさのあまり祖父であるサウロスに泣きついて、危うく戦争が勃発しかけた。
それも今となっては懐かしい思い出だが。
そして、運命の日。
転移事件が起こったことによって、あの
その間に、エリスは強くなった。
転移で魔大陸に飛ばされ、そこから故郷へと帰還するために、魔大陸の過酷な環境で育った屈強な魔物達と何度も戦った。
転移直後に出会って故郷までの護衛をしてくれたスペルド族の歴戦の戦士、ルイジェルドに積極的に師事した。
それでも足りない。
エミリーうんぬん以前に、愛するルーデウスの隣にいるには全然足りない。
この程度じゃ、最後に会った頃のエミリーにすら届いているかわからない。
ルーデウスは凄い。
強くて、頭が良くて、何でもできて。
あの『龍神』に殺されかけたというのに、翌日にはケロッとして、龍神が使っていた『
次に奴と戦う時のことを考えていた。
……実際にはエリスのこの考えは勘違いであり、ルーデウスはヤバい奴とまた遭遇してしまった時に、せめて逃げられる程度の力を求めただけである。
龍神オルステッドとの再戦を考えていたなんてことは断じてない。
ケロッとしていたのも、オルステッドに殺されかけて意識が消えた後にヒトガミの夢を見たせいで、なんとなくオルステッドに殺されかけたことまで夢のように感じてしまっただけだ。
要するに、感覚が麻痺していただけ。
心の奥底にはしっかりトラウマとして刻まれており、彼は後にオルステッドどころか、オルステッドと一緒にいたナナホシを見ただけで恐慌状態になった。
しかし、そんなことはエリスにはわからぬ話。
ルーデウスは凄い。
今の弱い自分は彼の負担にしかならない。
だから、強くなろう。
一緒にいたら自分は彼に甘えてしまう。
だから、ルーデウスとはここで一旦別れよう。
オルステッドとの再戦の時、彼と一緒に今度こそ奴を倒して、その時こそ結婚して幸せになろう。
エリスはそんなふうに考えてしまった。
これが、とあるポンコツの頭を盛大に悩ませることになる、5年に渡るすれ違いの始まりである。
その後、エリスは修行のために、フィットア領で再会できたギレーヌと共に剣の聖地へと向かった。
そこで当代最強の剣士、『剣神』ガル・ファリオンの教えを受けることができた。
オルステッドを斬りたいと本気で考えるエリスに感化されたガルは、修行相手として『北帝』や『水神』を招いてエリスにあてがってくれた。
ニナやイゾルテといった、同レベルに近い好敵手とも出会えた。
恵まれた環境で、死ぬ気で剣を振った。
それでも、オルステッドどころか、エミリーにすら届かなかった。
修行を始めて数年が経った頃、何の前触れもなくエミリーが剣の聖地に現れた。
そして、条件反射のように襲いかかったエリスを、いとも容易くあしらった。
それどころか、エミリーは当代最強の剣士であるはずの剣神や水神にすら食い下がってみせた。
聞けば、エミリーは既に『北帝』だという。
おまけに、『剣王』と『水王』の認可すらあっさりと手に入れた。
エミリーもまたガルによってエリスの修行相手としてあてがわれたが、一対一では戦いにすらならず、ニナとイゾルテと共に挑んで、ようやくギリギリ勝負になるといったレベル。
幼少期と同じように、差は縮まるどころか更に開いていた。
あれだけ努力したのにだ。
しかも、エミリーの進化は止まらない。
剣の聖地に滞在した僅か1年足らずの時間で、『剣帝』と『水帝』の認可まで得てしまった。
エリスは何年もかけて、未だ剣王にすらなれていないというのに。
もう、ズルいと叫び出したかった。
圧倒的な才能の差。
エリスとて決して凡人ではない。
むしろ、他者から羨望の眼差しで見られるような天才である。
才能だけで言えば、パウロよりも、ギレーヌよりも、ルイジェルドよりも上。
その才能の全てを引き出し、限界まで磨き上げれば、あるいは『剣神』の称号にすら手が届きうるだろう。
だが、エミリーの才能はそんなものではない。
エリスが天才なら、エミリーは歴史上でも屈指の才能を持つ鬼才だ。
未成熟な子供の体でありながら神級剣士を凌駕する、ラプラス因子由来の強靭な肉体。
同じくラプラス因子由来の魔眼と魔術への適性。
幼少期にルーデウスと出会ったことにより、幼少期に覚えなければまず習得不可能な無詠唱魔術を使えるというのも大きい。
同じく幼少期に魔術を使い続けたことで魔力量が増大し、遺伝と合わせて一般的に見れば多大な魔力総量まで持っている。
そして、何よりの才能は、絶妙な出力によって他者の闘気の流れを観測できる『魔力眼』と、観測した情報を余さず自分の動きに取り入れられるエミリー本人の学習能力。
その上で、彼女は強くなる上では最高とも言える環境に身を置き続けてきた。
剣術三大流派の全てを扱えるパウロを最初の師とし、彼の全てを魔眼で観察し、受け継ぐことによって剣士としての土台を固めた。
ルーデウスと姉であるシルフィエットの教えにより、無詠唱魔術を習得した。
転移事件によって紛争地帯へと飛ばされ、極限状態の中で多くの戦士達と殺し合ったことで、実戦剣術の完成度を大きく向上させ、ついでに殺人への躊躇が消えた。
北神二世に拾われ、使えるものを何でも使う北神流の最高峰を叩き込まれたおかげで、他の流派や無詠唱魔術を織り混ぜた戦術を完全に己のものとした。
北神三世と戦友になり、強い相手との戦闘経験を存分に積んだ。
そして、今度は剣の聖地で剣神と水神という最高のお手本を観察しながら、剣神流と水神流を極めんとしている。
剣士、いや魔法剣士として必要な才能という才能をこれでもかと詰め込んだ肉体。
それを十全に活かせる
才能を芽吹かせる完璧な環境と経験。
『妖精剣姫』エミリーという剣士は、まるで剣を極めろと神に言われて誕生したかのような、まさに剣の申し子のような存在だった。
ただの天才に過ぎないエリスが一歩進む間に、剣の申し子であるエミリーは十歩は先に行く。
自分には剣しか無いのに、その剣で圧倒的に負けている。
ズルい、悔しい、腹立たしい。
そうした負の感情が、皮肉にもエリスの剣を鋭くした。
剣神ガル・ファリオンの狙い通りに。
そして、エミリーは唐突に剣の聖地を去った。
エリスは残って修行を続け、ようやく『剣王』の認可と免許皆伝を手に入れた。
免許皆伝。
ガル・ファリオンが、もう教えることは何もないと認めた証。
二人の剣帝も、剣王ギレーヌも、ついでにエミリーも手に入れられなかった称号。
まあ、エミリーの場合は師事していたわけではなく、戦いながら勝手に技術をパクっていた外様なので、ちょっと意味合いが違うかもしれないが。
とにかく。
もう教えることは何もないと言われて、エリスはひとまずルーデウスのところへ帰ることに決めた。
免許皆伝を得た以上、このまま剣の聖地にいても、これ以上の劇的な成長は見込めないからだ。
だが、帰ろうとして馬に跨った瞬間……ルーデウスからの手紙が届いた。
オルステッドに挑むという内容の手紙が。
手紙は2枚入っており、もう一枚の手紙にルーデウスの現状(既に結婚して重婚までしている)が書いてあったため、しばらく頭の中が真っ白になったが、オルステッドに挑むという文言でエリスは目的を思い出した。
ギレーヌと共に馬を走らせ、ルーデウスがいるというシャリーアに向かう。
途中で迷子になりつつも、オルステッドとの戦いの真っ最中という最高のタイミングで到着することができた。
そこで、エリスは見た。
あのエミリーが、両腕を失って吹き飛ばされてくるところを。
あの『剣神』ガル・ファリオンが、両手足を失って地に伏せているところを。
ルーデウスの乗り込んだ
そして、それを成した世界最強の男の姿を。
『龍神』オルステッドは、やはり次元が違った。
当代最強の剣士も、歴史上屈指の鬼才も、その二人と協力したルーデウスすらも、圧倒的な力でねじ伏せたのだ。
そんな最強に、エリスは臆さず挑んだ。
結果はオルステッドの片手を斬り飛ばすという大健闘。
もっとも、それはオルステッドが何かを確かめるように妙な戦い方をしていたからではあるが……。
しかも、結局はエリスもボコボコにやられてしまった。
当然だ。
エミリーとガルが手も足も出ない相手に、エリスが勝てるわけがない。
そして、エリスだけでなく、ギレーヌも、パウロも、ルーデウスも完全にやられ。
負傷者の護衛と応急処置に努めていたシルフィ、ロキシー、エリナリーゼ、ロールズも圧倒的な絶望を前に動けなくなる中。
オルステッドは言った。
「ヒトガミを裏切って俺につけ!!」
ヒトガミとやらが何かは当時のエリスにはわからなかった。
だが、オルステッドの言葉をルーデウスが涙ながらに受け入れたことによって、エリスはルーデウス共々オルステッドの配下となった。
そして、エリスはルーデウスと結婚した。
重婚含め思うところは色々とあったが、意外と簡単に割り切れてしまった。
結局のところ、エリスはルーデウスのことが大好きで、ルーデウスもエリスのことを愛してくれた。
それ以外のことは、エリスにとっては些事だったのだ。
まあ、他の二人の妻であるシルフィとロキシーに自分が並び立てていないのではないかと悩んだりはしたが。
二人は間違いなく、ルーデウスと互いに支え合えている本物の夫婦だった。
精神面、生活面、金銭面、色んなことで二人はルーデウスの助けになれている。
では、自分はどうか?
自分にできることは戦うことだけだ。
なのに、その分野ですら圧倒的にエミリーに負けている。
エリスが自信を持てないのも当然のことと言えた。
だが、この認識は次の戦いを経て少し変わった。
オルステッドの配下となり、最初の仕事として、アリエル王女とやらをアスラ王国の王位につける手伝いをすることになった。
今回の敵には、祖父であるサウロスを殺した仇も含まれている。
エリスのやる気は俄然上がった。
そして……。
「ありがとう、エリスさん。助かった」
戦いが終わった後、エミリーにそんなことを言われた。
「私、一人じゃ、レイダさん、だけで、限界だった。エリスさんが、皆がいて、本当に、助かった」
そう言って、エミリーは頭を下げた。
嫌味でも何でもない、本心からの言葉に思えた。
事実、彼女は本心からこの言葉を言っている。
未来のルーデウスが持ってきた日記を読んだ彼女は、自分一人の奮戦ではどうにもならなかったであろうことを知っているのだから。
そして、どうにもならなかった末に辿るであろう、最悪の未来に関しても。
それを乗り越えられたのだから、感謝するのは当たり前だ。
そんな言葉をかけられて、エリスは確かに感じた。
達成感を。
自分のしてきたことは、決して無駄ではなかったのだという実感を。
エリスは確かに、エミリーに大きく劣る。
だが、決して役立たずではないのだ。
彼女が努力の果てに至った王級最上位という強さは間違いなく大きな戦力であり、ギレーヌやルーデウスと協力したとはいえ、あの『北帝』オーベールをほぼ完封して勝利に貢献できた。
ルーデウスを守ることができた。
胸のつかえが取れた気分だった。
正直、エミリーへの腹立たしさと悔しさは大して変わっていない。
それでも、あのエミリーの言葉で、自分を卑下する気持ちが随分と薄れた。
そうすれば、今まで眼が曇って見えなかったことも見えてくる。
グレイラット家の風呂場で見たエミリーの裸。
エルフの血が変に作用したせいで年齢以上に幼く見える体には似つかわしくない、古傷の数々。
転移事件の傷跡。
聞けば、エミリーは世界でも屈指の危険地帯である紛争地帯に飛ばされ、そこでボロボロになりながら両親を守り抜いたという話だ。
途中でシャンドルとかいう凄腕の戦士に拾われるまでの間、たった一人で。
自分で例えるなら、魔大陸でルイジェルドに出会えるまでに時間がかかったようなものだ。
エリスとルーデウスが、世界で最も危険な大地と言われる魔大陸をわりと簡単に走破できたのは、帝級相当の実力を持つ上に、魔大陸で何百年も暮らし続けたルイジェルドが初日から仲間になったからというのが非常に大きい。
あの出会いが無かったらと思うと、ゾッとする。
エミリーは、そういう地獄を越えてきているのだ。
それだけでなく、当然のごとく鍛錬だって自分よりも長い時間、自分より質も量も上のことをやり続けている。
シャリーアでオルステッドやレイダに何度も打ち負かされながら「もう一本!」と言って向かっていく無限のガッツ。
剣の聖地でガルとかを相手にしている時もそうだった。
これまでの師匠や好敵手を相手にしてきた時も、きっとそうだったのだろう。
剣術に真面目に取り組み始めたのだって、エリスはルーデウスに感化された9歳くらいから。
エミリーは生まれた時から。
エリスは知らないことではあるが、エミリーが剣を振り続けた年月は、年齢+前世の十数年分である。
胸のつかえが取れた今、エリスは素直にとまでは言えないまでも、認めることができた。
エミリーが自分より強いのは、当然のことであると。
才能も、経験も、努力の量も質も、剣に向き合ってきた年月さえも違う。
これで勝てると思うのは傲慢が過ぎる。
それでも悔しいものは悔しいが、納得はできた。
そして、
「へぶっ!?」
シャリーアでの修行中、木刀で放ったエリスの光の太刀がエミリーの頭部を直撃して悲鳴を上げさせた。
勝った。
初めて、エミリーに勝った。
最近のエミリーは世界最強の男の教えを受け、ますます飛躍しようとしている。
そんなエミリーに勝てた。
無論、一対一ではない。
それも何度も何度も挑んで、ようやく一勝をもぎ取れただけ。
しかし、昔は二人で組んでも一撃も当てられなかった戦いだ。
昔であれば、ひと欠片の勝機も見出だせなかった戦い。
だが、二人分の成長を合わせれば届いた!
「ぐぬぬ……! もう一本!」
エミリーは実に悔しそうな顔をして、再戦を申し込んでくる。
その顔を引き出せたことが、堪らなく嬉しい。
エリスは上機嫌で再戦を受け……ルーデウスが先にへばったことであっさりと負けた。
悔しくて腹立たしい。
やっぱり、エリス・グレイラットは、エミリーのことが嫌いだった。
・エミリーの才能
突然変異と言われた初代剣神や初代水神と同等以上。
しかし、彼らよりも恵まれた環境(しかも、自分の才能に合った環境)にいるので、最終的には彼らよりも強くなる。
強さとは、才能と環境の相乗効果だと思ってます。
才能があっても環境が悪かったり意欲が無かったりすれば最強には届かず、逆に才能が無くても環境が良ければそれなりにはなれる。
そして、才能のある奴が最高の環境に置かれたらとんでもないことになります。
だからこそ、龍神道場という最高の環境にいたパウロやナックルガードは帝級に上がれましたし、ロールズも聖級になれました。
多分、本格的に強さへの道を志してれば、ノルンちゃんも聖級になっていたでしょう。
・エミリーの学習能力
勉強はできないけど、スポーツIQは高い。
好きなこと極振り。
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番外 剣匠と水神
時系列は、アスラ王国の戦いを終えて、シャリーアに帰ってきた直後くらいです。
「さて。改めて、久しぶりだね、リーリャ」
「は、はい! お久しぶりです、水神様! まさか、こんな形での再会になるとは思いませんでしたが……」
「ハッ、全くもって同感さね。人生何が起きるかわからないもんだ。そうは思わないかい、パウロ?」
「……そうだな。あんたとこうして酒を飲む日がくるとは思ってなかったよ」
魔法都市シャリーアの酒場にて。
エミリーに敗れ、王族の開いたパーティーにて凶行に及んだことを罪に問われ、アスラ王国を永久追放された『水神』レイダ・リィアは、罪人とは思えない堂々とした姿でワインを飲みまくっていた。
そんなレイダと一緒のテーブルに座るのは、パウロとその
エミリー風に言えば世間は狭いというべきか、彼らの間にも過去に繋がりがあったのだ。
遡ること26年前。
実家を飛び出した直後のパウロ少年(当時12歳)は、色々あって水神流道場の師範だったリーリャの父に取っ捕まり、半強制的に彼の道場で学んでいたことがある。
まあ、学んでいたというよりは、当時互角の実力だったリーリャの父との勝負を繰り返し、勝手に技術をパクっていたような感じだったが。
そこらへんは、本当に似た者師弟であった。
「あの小生意気で、威勢ばっかりいいくせに向上心の無かった小童が、今じゃ『剣匠』なんて呼ばれて、あたしを倒した剣士の師匠とはね……。エミリーの口からあんたの名前が出てきた時は驚いたもんだ」
どこか遠くを見るように昔を懐かしむレイダ。
リーリャの父、オーガスタとレイダは一緒の道場で学んだ同門だった。
恩のある相手でもあった。
そのオーガスタが目をかけていた才能のある、しかし才能だけで他は未熟も未熟だった若造がパウロだ。
そんなパウロを、レイダはオーガスタの道場に逗留していた日々の中で、毎日毎日ボッコボコのボコにしていた。
特に未熟だった精神面、腐った根性を叩き直すように。
パウロにとっては苦い記憶だ。
毎日毎日全く勝ち目の見えない化け物に挑まされ、ボロ雑巾のようにされる姿をソリの合わなかった他の門下生達に嘲笑われ、ストレスばかりを溜め込んで、最終的にはそのストレスをリーリャにぶつけてレ○プした上で逃げるという、割と最低なことをしたことも含めて。
なお、この話は剣の聖地にてエミリーにも伝わっており、幼少期にゼニスが何重ものオブラートに包んで教えてくれたことの詳細を知らされてドン引きした。
それでも過去ではなく、現在のパウロを見て尊敬の念をギリギリ維持してくれたのだから、パウロはもっとエミリーを甘やかしてもいいのかもしれない。
ちなみに、レイダはこの話を孫であるイゾルテにもしており、清廉潔白なミリス教徒である彼女はパウロのことを蛇蝎のごとく嫌っていたりするのだが、それは余談か。
「あんたが道場を出ていった日。いくら本気じゃなかったとはいえ、あたしの剣から逃げてみせた時は、こいつは中々恐ろしい剣士になるかもしれないと思ったが……まさか、あそこまで恐ろしい剣士を育て上げるとは思わなかったよ」
「まあな。自慢の弟子だ」
パウロはドヤ顔で鼻を伸ばした。
自分の弟子が、あのレイダを倒した。
考えてみれば、それはあの屈辱の日々の雪辱を果たしたことになるのかもしれない。
そう思えば、パウロの機嫌も良くなるというものだ。
彼は上機嫌で勝利の美酒をグビッと飲み干した。
「ハッ、弟子の功績で調子に乗るんじゃないよ」
「だったら、久しぶりに戦ってみるか? あの頃のオレとは一味違うぜ」
「……ほう。あのクソガキが、いい顔するようになったじゃないか」
どこか
昔のパウロは才能にアグラをかき、才能任せにザコを蹴散らして調子に乗っているだけの、武人とは口が裂けても言えないようなチンピラだった。
それが変われば変わるものだ。
弟子に影響を受けたのか、それとも人生の経験を積んで成長したのか。
「いいだろう。表に出な。リーリャ! あんたも立ち会いな!」
「は、はい!」
そうして、突発的に二人の達人によるバトルが開始された。
酒場の外で、野次馬が見守る中、二人は剣を構えて向かい合う。
(相変わらず、とんでもねぇプレッシャーだぜ……!)
剣を構える水神を、当代最強の剣士の一人を前に、パウロは冷や汗を流す。
これでも本気には程遠いのだろう。
何せ、エミリーとの戦いで見せた奥義の構えをとっていないのだから。
昔とは比べ物にならないくらい強くなっても、やはり勝ち目はまるで見えない。
昔はこのプレッシャーにビビるばかりだった。
勝ち目の無い戦いなんて、やってらんねーとしか思わなかった。
だが、今はそうではない。
圧倒的な格上に挑むことに、一人の剣士として楽しさとやり甲斐を感じている。
元々、パウロが剣を握った理由は、実家や学校でやらされるクソ面白くもない貴族の勉強の中で、唯一剣術だけが楽しかったからだ。
心の底から剣を楽しむ弟子に当てられて、パウロはその頃の純粋な気持ちを思い出した。
だから、彼は冷や汗を流しながらも笑った。
「行くぜ」
その言葉を言い終わる前に、パウロは駆けた。
剣神流『韋駄天』。
速さを至上とする剣神流の歩法。
最短距離を駆け抜け、最速最短で敵を斬り伏せるための歩法。
レイダにボコボコにされていた頃は、剣神流が自分に合っていると思い込み、相性最悪の水神に対して使い続けた技。
しかし、今のパウロは違う。
「!」
まっすぐに突っ込むと見せかけて、途中で動きを全くの別物に変える。
止まったと見せかけて加速し、加速すると見せかけて止まり、右に行くと見せかけて左に曲がり、後ろに下がると見せかけて前に出る。
北神流『幻惑歩法』。
それを韋駄天と混ぜた。
剣神流の速度に北神流の惑わしを混ぜ込む、エミリーの得意技。
そして、二つともパウロを見て覚えた技。
ならば、教えた張本人であるパウロに取っても、至極使いやすい技となるのは道理だった。
「いい動きだ。けど、それはもう見たよ!」
しかし、レイダには通じない。
彼女はパウロの上位互換とも言えるエミリーの技を、既にその身で味わっている。
そうでなくとも、彼女は水神だ。
たとえ初見であろうとも、この程度の技に惑わされるはずもなし。
レイダは全く動じぬまま、パウロの剣を簡単に受け流して、ついでに力の流れを乱してパウロの体勢を崩す。
「どりゃあ!!」
「む……!」
だが、パウロは体勢を崩されながらも、受け流された振り下ろしの斬撃をそのまま地面に叩きつけた。
北神流『土流隠れ』。
王級に届く怪力によって地面が一部めくれ上がり、大量の土煙が視界を遮る。
そして、土煙の中で二人の剣が交差した。
レイダとパウロでは、レイダがその気になった瞬間にパウロが瞬殺されてしまうほどの実力差がある。
ゆえに、狙うは虚を突いての一発勝負。超短期決戦。
パウロが勝負に費やした時間は、土煙がレイダの意識をほんの僅かに乱してくれた刹那の一瞬。
交わした剣戟は、僅かに一合。
固唾を飲んで見守るリーリャの耳に、金属のぶつかり合う、一度限りの剣戟の音が届く。
やがて土煙が晴れると、そこには……。
「あー、くっそ。やっぱ強ぇな、あんた」
剣を手放して大の字で倒れるパウロと、余裕の立ち姿のまま剣を構えるレイダの姿があった。
「ハッ、あたしに勝とうなんざ十年早いよ。ただ、まあ……」
レイダは片手で頬に触れる。
そこには、小さな小さな傷があった。
血の一滴も出ていない、苦しまぎれの拳か何かがかすっただけの、かすり傷が。
「……昔、修行を嫌がるあんたに言ったね。あんたがあたしにかすり傷一つでも与えられたら、すぐに解放してやるって」
「ああ、言われたな。あの時は舐めやがってと思ったが……すぐに実力差を思い知らされてイジケたもんだ」
嫌なことを思い出して、パウロの顔に苦笑が浮かんだ。
嫌な思い出を苦笑程度で済ませられることこそが、彼が大人になった証なのだろう。
「面白いもんだねぇ。戦いに敗れ、水神流の存続のためにも大人しく裁きを受け入れてこんなところに来たが……エミリーといい、あんたといい、余生を送るには退屈しなさそうだ」
レイダは実に楽しそうに笑った。
彼女は恩のあったダリウスを殺され、屈服させられるような形で龍神陣営に加わった身だ。
ダリウスの死は割り切っている。
いくらレイダにとっては恩人とはいえ、殺されても仕方のない生き方をしてきた奴だ。
全力で助けようとして、正々堂々と戦って、その上で力及ばなかったのだから、もうどうしようもないし、水神流という人質もアスラ王国に握られているのだから、それを切り捨ててまで仇討ちをしてやろうとまでは思えない。
だが、龍神陣営が仇であることも事実。
最低限はちゃんと働いてやるが、それ以上のことをしてやる気はなかった。
しかし、強くなったパウロを見て、少し気が変わった。
パウロの弟子であるエミリーのことも、レイダは気に入っているのだ。
罪人となり、知らず知らずのうちにあの
老い先短い老婆の余生。
その使い道がこいつらのためだというのなら、まあ、そこまで悪くもないかもしれない。
レイダはなんとなく、そんな風に思えた。
「今度、オーガスタの奴も呼んでみるかねぇ。リーリャ、あんたもあたしの下で鍛え直してみるかい?」
「……いえ、今の私はグレイラット家に仕えることが使命ですので。お子様達もまだ小さいですし、剣術よりも子育てを優先したく思います」
「そうかい。あんたも変わったねぇ」
昔はパウロの才能と、それに見合わない堕落した態度に敵愾心バリバリだったくせに。
その変化もまた面白い。
剣士としてはダメなのだろうが、剣だけが人生ではないと、この老婆は知っている。
パウロとリーリャ。
かつては中途半端で消化不良な教え方しかできなかった者達に、こうして再び関わる機会が訪れようとは……。
(ホントに、人生何が起こるかわからないねぇ)
それなりに飲んだ酒の勢いもあるのか、何やら楽しい気分になってきて、『水神』レイダ・リィアはもう一度ニヤリと笑った。
・パウロ
レイダだけでなく、昔の知り合いの何人かにも再会したらしい。
元仲間達とも和解できたし、ホントに死ななくて良かったね!
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番外 たーまやー
本当はスペシャルブック買ったから、それに関連するエピソードをやりたかったのですが、上手く纏まらなかったため、ふと思いついたネタをやります。
無念……!
北神流『花火』。
それは私がベガリット大陸で遭難していた時、上空から地上を俯瞰して見ることで町を見つけ、遭難生活から脱したいという切実な思いから開発された技である。
足の裏に発生させた衝撃波の魔術を全力で踏みつけ、踏みつけと衝撃波の二つの力で空中を跳ねる技。
言うは易く行うは難し。
この技は意外と難しい。
まず無詠唱で衝撃波の魔術が使えないといけないし、踏みつけと衝撃波を発生させるタイミングが僅かにでもズレると効果が半減する。
私のアホみたいな身体能力による超速の踏みつけに合わせようと思ったら、結構な魔術の発動速度と精密さを要求される。
その代わり、正しく使えさえすれば一歩で1キロ近い距離を跳躍することができるスーパーな技でもあるのだ。
その難易度の高さから、私はこの技を使う時、必ず手を使って衝撃波を作っていた。
魔術は基本的に手から出る。
二の腕あたりで魔力が魔術に変換され、最終的に掌や手に持った杖から発射される。
ただ、これは練習次第で足とかからも出せるようになる。
飛ぶ斬撃だって、練習すれば足刀で飛ばせるようになるからね。
それと同じだよ同じ。
今だって、花火じゃない衝撃波移動や衝撃波加速をする時、よく肘とかから魔術を出してるし。
しかし、先に言った通り結構な難易度を誇る花火は、最も楽に魔術を使える手からの衝撃波じゃないと成立しなかった。
けど、花火の発動に手を使っちゃうと、当然のことながら片手が塞がっちゃうわけで。
そうなると空中戦の時とかは、花火を使う度に剣から片手を離さなきゃいけなくなり、その間は両手を使う強力な奥義の数々が使えない。
空中戦なんてやる機会はそうそう無いだろうけど、赤竜山脈ハイキングではやったし、第二次ラプラス戦役で戦うことになる魔族達には飛べる種族も結構いるらしいし、この世界には天族なんて空中戦専門の人達だっている。
何より、制空権を有するっていうのは強い。
空中戦への備えは必要だ。
ということで、私は長いこと他の真っ当な技の鍛錬をする合間に、花火の改良に着手してた。
具体的には足から出した衝撃波を踏みつけられるようになりたいと。
だけど、これが地味に難しい。
衝撃波を出す、それを踏みつける、両方を同じ足で連続してやらなきゃいけないっていうのが難しい。
一回成功の感覚を掴めれば習得できそうなんだけど、その一回が遠い。
今まで、私は剣術の上達のために強い人の真似をして技を覚え、それを自分用にカスタマイズしたり、組み合わせたりして強くなってきた。
けど、今回は殆ど自己流のオリジナル技。
学ぶより切り開く方が遥かに大変なんだということを実感させられる……。
私の糧になってくれた数々の技や奥義を作り出し、継承してきてくれた人達に感謝しなくては。
そうして、某ハンター協会会長のごとく感謝の念に目覚めそうになりつつ、花火の改良を進め……数年をかけてついに完成した!
見よ! これが私のオリジナル奥義、その完成形だ!
「奥義『花火』!」
「おお!」
「わぁ……!」
「ふむ」
事務所にて『奥義』へと改名した花火を見せびらかす。
足だけを使って空中を飛び跳ね、踊るように宙を舞う。
ハッハッハー!
某国民的海賊漫画に出てくる六式のあれより凄いという自負があるぞー!
何せ、速度も飛距離も段違いだからなぁ!
「綺麗だ……」
アレクが熱に浮かされたような目で見上げてきてた。
そんな目で見られると照れるね。
でも、気分は凄く良い。
頑張って改良して良かった。
「なるほど」
しかし、有頂天になって伸びた私の鼻っ柱は、次の瞬間にへし折られた。
「こんな感じか?」
オルステッドがジャンプして空中に飛び出し、私と全く同じように宙を飛び跳ね始めた。
その手には、持ち主が消費するはずの魔力を肩代わりしてくれる、魔術師の必需品こと魔力結晶が。
オルステッドは魔力の回復が遅いため、自分の魔力はもったいなくて滅多に使わないから、魔術を使った軽い訓練とかのためにあれを持ち歩いてるのだ。
だが、そんなことはどうでもいい。
簡単に真似られた。
私の努力の結晶が、簡単に盗まれてしまった!
コピーに定評がある私でも、教えられてもいない技を、一目見ただけで完全再現とか無理だぞ!
光域剣界や烈光の太刀を盗まれた時の比じゃないショックを感じる!
敗北感が! 敗北感が凄い!
「ぬぅぅぅぅぅぅ!!」
「だ、大丈夫! オルステッド様がおかしいだけで、エミリーも充分に凄かったよ。そ、その、本物の妖精みたいに、綺麗で……!」
悔しさで思わず地面に降り立ち、膝をついて地面をバンバンしていたら、アレクに慰められてしまった。
顔赤くして必死で褒めようとしてくれてるアレクを見てるうちに、ちょっとずつ精神が癒やされていく。
ほっこりしたというか、なんというか。
ありがとう、アレク。
「しはん!」
そして、この場にいた最後の一人。
体のあちこちに鱗の生えた可愛い幼女が、キラキラした目で私に話しかけてくる。
オーベールさんの娘、オリベイラちゃん(4歳)だ。
今日はオーベールさんが出張で、奥さんもちょっと忙しいので、事務所で預かってたのである。
「それがしにも、あれ、おしえてください!」
本当にキラキラした目で、まるで師匠と出会った頃の私みたいな感じで、教えを乞うてくるオリベイラちゃん。
彼女を見て、私はとても穏やかな気持ちになった。
「……うん。いいよ」
オルステッドには負けた。
でも、こうして私が頑張って開発した奥義を受け継ぎたいと言ってくれる子がいる。
それは、とても幸せなことなんじゃないかな。
もしかしたら、色んな流派の開祖達もこんな気持ちだったのかもしれない。
そう思った瞬間、私の中にあった敗北感はスッと薄れていった。
後年。
花火で空中に飛び上がり、そこから布を広げてムササビのように滑空することで、大した魔力を使わずに長距離を飛行することをオリベイラは可能とした。
その技術を伝授され、広い戦場を縦横無尽に飛び回る北神流の忍者軍団が龍神陣営に誕生することになる。
彼らを見た時、私は思った。
なんか思ってたのと違うと。
・花火マスターエミリー
天地が逆転した龍の世界に放り込まれてもやっていける。
初代五龍将以外なら、龍士と空中戦をやっても多分勝てます。
・忍者軍団
ネタのように思えるが、実際に戦場にいたらマジで洒落にならない。
姫神三従士は全員がこれを更に改良したパラグライダー的な魔道具を操れるので、国を軽く落とせるエミリー+三従士が、地上の軍勢とか無視して、知らんうちに背後に回ってたりする。
悪夢。
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番外 メリークリスマス!
本日はクリスマス。
嬉しいことに、雪も降り始めてホワイトクリスマスだ。
北方大地では雪なんて珍しくないし、普段ならむしろ移動の邪魔になって鬱陶しいだけだけど、今日だけは特別。
ということで、私も気合い入れてみました!
「メリー、クリスマス!」
私はアリエル様が送りつけてきたミニスカサンタコスを身に纏い、プレゼント袋を担いでグレイラット家の甥っ子姪っ子達のところへ突撃した。
聖闘気(昔は龍聖闘気もどきって呼んでた)があれば、ヘソ出しルックでも寒くない。
お腹にある昔の傷跡が見えちゃってるのがアレだけど、そこはスルーしてくれることを祈ろう。
ちなみに、例年はとある世界最強の男がサンタをやってるんだけど、今年は決闘で私がその座を奪ってきた。
相手は本気モードからはほど遠かったし、実力で上回ったわけじゃなく、奇跡に奇跡を重ねたような運勝ちだったけど、それでも勝ちは勝ちだ。
私はサンタの称号と共に列強二位の地位まで奪い取った。
今の私は無敵だ!
そうして、意気揚々とサンタになった私は……。
「うわっ。エミリー姉、いい歳して恥ずかしくないの?」
「ぐふっ!?」
ララの容赦のない一言によって、膝から崩れ落ちた。
列強二位のこの私が指一本すら使っていない弟子にボッコボコにされ、心を抉られ、手放してしまったプレゼント袋が床に転がる。
「あれ? そういえば、私って、今、いくつ……」
我が不肖の弟子こと、ララが現在13歳。
ララはルーデウスが19歳の時に生まれた子で、そのルーデウスと私は同い年だから……。
あ、私ってアラサーじゃん。
それどころか、前世まで足したらアラフォー通り越してアラフィフ行くぞ。
そんな奴がヘソ出しのミニスカサンタコスではしゃいでるとか……。
「あ、ああ……!? ああああああああ!?」
「エミリー!? 落ち着いて! 大丈夫! 大丈夫だから!」
「ララ! 今のは絶対にダメなやつですよ!」
「ごめんなさい」
その場に居合わせた姉が発狂し始めた私を優しく介護し、ロキシーさんが擁護してくれた。
やばい。本気で涙が止まらない。色んな意味で。
「エミリー。大丈夫だ」
「ルーデウス……」
と、その時、やけに真剣な顔をしたルーデウスが、姉にあやされる私の肩に優しく手を置いた。
何故か、とても目が怖かった。
「大丈夫だ。見た目は15歳くらいなんだから、それでいいじゃないか。ウチの神だってそう仰っている」
「え? 神?」
ルーデウス、いつの間に宗教になんて入ってたんだろう?
自称神がアレだったから、反動で他の神に走ったのかな?
おのれ、ヒトガミ。
「わー! エミリー姉、きれい!」
「クリス……」
騒ぎを聞きつけたのか、家の奥からトテトテと赤髪の幼女が現れた。
グレイラット家の末っ子、クリスティーナことクリスだ。
クリスは曇りのないキラキラとした目で私のことを見てきた。
私はそんなクリスを優しく抱き上げて、
「お姉ちゃん、綺麗? 痛く、ない?」
「痛い? エミリー姉、かわいいよ!」
「……そっか。ありがとう、クリス」
私はクリスをそっと下ろして、転がってたプレゼント袋に手を突っ込んだ。
「メリー、クリスマス」
「ありがとー!」
私からのプレゼントを、クリスは笑顔で受け取ってくれた。
天使。
あの狂犬のごときお方から生まれたとは思えない。
まあ、あの人も年々丸くなってきてるというか、狂犬っぽさが鳴りを潜めて立派なお母さんになってるんだけど。
ちなみに、グレイラット家の子供達は、毎年のようにトナカイのコスプレをしたルーデウスと世界最強のサンタの襲来に慣れてるので、クリスマス文化を理解してくれてる。
あ、考えてみれば、ルーデウスだっていい歳してトナカイやってんじゃん。
オルステッドだって約100歳、ループを含めれば数万歳なのにサンタやってるし、私だって気にすることないよね。
ヘソ出しルックに関しても、私より遥か歳上の身内(お婆ちゃん)が、その格好で冒険者界隈を闊歩してたんだから大丈夫だ。
エルフは外見年齢が命!
私は15歳、私は15歳、私はピッチピチの15歳。
よし。
「はい。ララも、メリー、クリスマス」
「ありがと」
暴言を吐いたバカ弟子だけど、私は15歳だから気にしない。
ちゃんと当初の予定通り、ララにもプレゼントを渡した。
ララはいつもの無表情に、ちょっとだけワクワクしたような顔を浮かべて、
「新しい、修行用の、模擬剣。デザインに、凝ってみた」
「うへぇ……」
冒険者から鍛治師に転職したタルハンドさんに依頼して作ってもらった刃引きの剣。
ララも最近目覚め始めた、中二チックなカッコ良さを盛り込んでもらった。
ジークもアレク経由で感染したし、ララは私経由で感染したしで、ルーデウスが頬を引きつらせてたけど、別に良いじゃん。
中二病は個性の範疇だよ。
「おー」
ララも修行用って聞いて嫌そうな顔してたけど、装飾は気に入ったのか、持ち上げて嬉しそうにしてる。
良かった良かった。
「はい。ルーシー、アルス、ジーク、リリ」
他の子達にもプレゼントを配っていく。
そうしてから、私は次の目的地に向かって飛び立った。
ソリの代わりに花火で宙を駆け、次はオーベールさんの家に。
煙突から突入し、ビックリして斬りかかってきたオーベールさんにごめんなさいしてから、オリベイラにプレゼントを渡す。
「はい。オリベイラ」
「ありがとうございます、しはん!」
うん。可愛い。
それを確認してから、次はウィ・ターさんやナックルガードの子供達のところへ。
付き合いの深い子供達のところへプレゼントを届け終わったら、次は事務所の転移魔法陣でミリスやアスラや剣の聖地に飛んで、お婆ちゃんのところのクライブや、イゾルテさんとドーガのところ、ニナさんとジノくんのところにも行った。
エミリーサンタは国境を越えるのだ。
で、最後に。
「ただいまー」
「おかえり、エミリー」
「もう始まってるわよ」
シャリーアの自宅に帰って、いつもよりちょっと豪華な食事の席についた。
……で、だ。
「お、おかえり、エミリー。その、す、凄く似合ってるよ!」
「ああ、うん。ありがとう、アレク」
なんか、当たり前のような顔してアレクが我が家の食卓にいるんだよなぁ。
割といつもの光景ではあるんだけど、聖夜にまで来るあたり本気を感じるというか。
そろそろ根負けしてしまいそうだ。
まあ、それはそれとして、アレクの真っ赤な顔見てると、私もまだまだ捨てたもんじゃないなと思う。
そんな感じで、今年のクリスマスは過ぎていった。
この物語はフィクションです。
無職転生にクリスマスはありませんし、剣姫転生にもクリスマスはありません。
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番外 エミリーと世界最強の剣
恒例の北神流『流入効果狙いの術』。
時系列は紛争地帯でサラさんを助けた後くらいです。
「おお……」
私は今、全長2メートルはある巨大な剣を持ち上げていた。
外見年齢13〜14歳程度、まだまだお子様程度の身長しかない私には合わないくらい巨大な剣だ。
ぶっちゃけ、この剣と私の相性はそんなに良くない。
今まで普通サイズの剣を好んで使ってきたのもあって、この大剣じゃ実力の八割程度しか出せないと思う。
剣への愛が邪魔してるのか、槍とか斧とかを使うと素手より弱くなるので、曲りなりにも剣の一種であるこれはまだマシな方だけど。
普通の剣が適合率100%、徒手空拳が70%、魔剣『仙骨』が120%、剣以外の武器が10%以下、この大剣は80%って感じ。
適合率とかパーセンテージに直すと、なんかカッコイイよね。
でも、この大剣はそんな80%程度の適合率で、オルステッド(素手)くらいなら倒せちゃうのではと錯覚するくらい圧倒的な力を感じる。
「まずは自重を軽くするところから始めよう。僕も最初はそこから覚えた」
「わかった」
この剣を長年使ってきたアレクのレクチャーに従いながら、剣に込められた力を発動。
その力の名は『重力魔術』。
かつて、ベガリット大陸で旅をしていた頃、私が三桁じゃ利かない回数ボッコボコにされた反則魔術。
アレクのレクチャー通り、剣から流れ込んでくる力に身を任せて、こうやって使いたいっていうイメージを剣に送るイメージ。
たったそれだけで、私は重力魔術を使うことができた。
体が異常なくらい軽い。
今なら脚力だけで青竜とこんにちはできるかも。
それだけじゃない。
やろうと思えば、この剣の中に宿る膨大な魔力を自由自在に扱えそうだ。
この剣、ルーデウスほどじゃないけど、それでも私の魔力総量の何倍もの魔力を内包してる。
その全てが思いのまま。
全然全くこれっぽっちも、この剣を扱うための修行とかしてないのに。
「こんな、簡単に……」
「そうなんだ。まるで、剣が使い手を全力で支えてくれてるような感じがするんだよ。父さんがこの剣を手放した理由が、今ならよくわかる」
「さすが、魔界の名工の最高傑作」と言いながら、訳知り顔でうんうんと頷くアレク。
なるほどね。
確かにこれは、アレクが調子に乗って迷惑系主人公になるのもわかる。
シャンドルが武器に頼るな主義に目覚めるのもわかる。
握るだけで圧倒的な力を使い手に授ける、世界最強の剣。
なんなのこれ。
ホントになんなのこれ。
もう殆ど麻薬でしょこれ。
「『重力歩法』」
私はアレクが使ってた縦横無尽の立体機動をやってみた。
衝撃波移動の上位互換みたいだと思った技。
そのイメージを持ったままやったのが良かったのか、物真似の技はあっさりと成功。
「おお、さすがだね」
「えぇ……」
できちゃうんだ……。
衝撃波移動を覚えようとした時は、何度も何度も交通事故を起こして体がミンチになるような思いを味わいまくって、最終的にシャンドルの指導があってようやく完成したのに……。
その上位互換は、補助輪つき自転車どころか三輪車をこぐがごとく簡単に使えるとか……。
「…………」
試しに世界最強の剣を地面に突き刺して手放し、今の感覚を自分だけで再現してみようとする。
私は闘気のコントロールに一番自信があるけど、魔術のコントロールにもそれなり以上に適性があるみたいで。
魔力眼で見た上に、我が身でも発動して魔力の流れを覚えた魔術なら、時間をかけて練習することで無詠唱で再現できる。
聖級治癒魔術とかも、オルステッドが書いてくれたスクロールに魔力を通して使いまくることで感覚を覚えて、それで詠唱での不完全な発動をサポートして、そっくりそのまま再現した。
もちろん、こんなのは正規の習得方法じゃない。
昔から魔力眼で観察した闘気の流れを真似するってことをやり続けた経験を流用した裏技だ。
それも大抵の魔術は詠唱したら一発で発動、次からは無詠唱で使えますっていうルーデウスには遥かに劣る。
上級とか聖級とかの高位の魔術になってくると応用も利かないし。
「……失敗」
まあ、そんな私なので、当然一発で重力魔術の再現なんてできるわけがない。
だけど、わかることもあった。
本来の重力魔術は難易度が高い。
おまけに、消費する魔力もそれなり以上に多い。
重力歩法みたいな複雑な技を使うためには、尋常じゃない技術と魔力を要求される。
オルステッドが『使い勝手が悪い』って言うわけだよ。
この戦術は、剣が技術も魔力も補ってくれるからこそできる芸当だ。
それを自分の力と勘違いすれば、剣を無くした時、本当に何もできなくなる。
「どうだい?」
「頑張っては、みるけど、効果、薄そう……」
興味があって手を伸ばしたけど、これを練習するくらいなら、もっと他に優先して伸ばすべき技術が山のようにある。
まあ、片鱗だけでも使えれば強そうだから、他の技術の合間に努力は続けてみるけども。
「君、強すぎ」
私はそんな反則装備、『王竜剣』カジャクトを再び持ち上げながらそう呟いた。
このチートめ。
こんなの魔王に挑む勇者が最後の試練を乗り越えた時に手に入れて、魔王との最終決戦でしか使われちゃダメなやつだよ。
それを『北神』の称号と一緒に唐突にポンと渡しちゃうからアレクが歪むんだ。
反省しろ、シャンドル。
「……でも、最後に」
私はちょっと好奇心に駆られ、王竜剣を全力で構えた。
まだまだ全盛期には程遠い幼女体型とはいえ、現時点で既にパワーの化身である『鬼神』マルタさんと同等の怪力を誇る私が、世界最強の剣を全力で振るったらどうなるのかに興味があった。
「ちょ!? エミリー!?」
「奥義『重力破断』」
念のために地面に向けた振り下ろしではなく、空に向けた横薙ぎの破断を選択。
それは英断だった。
だって、私が繰り出した斬撃は━━雲を吹き飛ばして、空を割っちゃったんだから。
「な、なんだ!?」
「天変地異か!? 魔力災害の前兆か!?」
「有識者達を集めるんだ! 早くしろぉ!!」
シャリーアの方から、人々の混乱の声が聞こえてくる。
それすら耳に入らず、私は王竜剣に魔力を吸われてクラクラする頭のまま、ただただ自分で起こしたとんでもない現象に絶句していた。
「「…………うそぉ」」
アレクと二人揃って、そんな声が出た。
チートにもほどがあるでしょ……。
うん。この剣は封印確定だね。
最終決戦の時以外は、事務所の一番セキュリティーが厳重なところに封印しておかないと。
世界最強の
万が一にでも盗まれたら世界が滅ぶぞ。
私はアレクの視線から顔を逸し、町から聞こえてくる喧騒に冷や汗を流しながら、現実逃避気味にそんなことを考えた。
その後。
私はシャリーアを混乱の渦に叩き込んでしまったことを、関係者の皆さんの前で頭を下げて平謝りした。
更に後日。
たまたま斬撃の直線上に来ていた空中城塞の結界にヒビを入れたということで、私はペルギウスさんに土下座した。
「いいか。ケイオスブレイカーが戦闘態勢であればこうはならなかった。
戦闘態勢の我が城は、貴様の攻撃程度ではビクともせんのだ。
それを忘れず、ゆめゆめ調子に乗らぬことだな」
ペルギウスさんは気持ち早口でそんなことを言って、寛大にもお説教だけで許してくれた。
前にやらかした時、次は無いって言ってたのに、凄まじく器の広い人だ。
私は謁見の間の床に頭をめり込ませながら、改めて謝罪と感謝の言葉を伝えた。
『私、寝てる間に打ち落とされかけたんだ……』
『ごめん、静香。いや、ホント、マジで』
最後は、静香のコールドスリープを維持してるペルギウスさんの使い魔の一人、『時間』のスケアコートさんが謎の攻撃に対する備えで出払ってしまい、そのせいで叩き起こされた静香に土下座した。
危うく、事故で親友を殺してしまうところだった……。
力を持つ者は、それを制御できるだけの精神を持たねばならない。
この日、私はそんな当然の心構えを、改めて胸の中に強く刻み込んだ。
・ケイオスブレイカー戦闘態勢
さすがに、400年間ずっと戦闘態勢で飛び回ってるとは思えないので、普段は省エネモードで運行してると考えました。
前回も今回も、省エネモードじゃなければ結界は無事だったでしょう。多分。
ペルギウスさんの言葉に嘘は無い。
・王竜剣+エミリー
危険物。
闘神鎧という特級の危険物を破壊したのは、同等の危険物だったのだ!
なお、威力ならエミリーが使った方が出ますが、総合的な戦闘力なら成長後アレクが使った方が上です。
王竜剣の力をどれだけ引き出せるかって意味で。
・エミリーの剣への愛
アニメにも漫画にも、剣士以外のカッコイイキャラはいくらでもいるし、そういうのも普通にカッコイイと思うけど、やっぱり剣が一番で、他の武器を使うと浮気したみたいな気持ちになって上手く使えない。
根が意外と一途なのかもしれない。
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番外 アレクの未来予知(?)
そうか。私はヒトガミだったのか。
時系列は、エミリー旅行中の直後くらいです。
「うぅん……」
ズキズキと頭が痛むのを感じながら、『北神カールマン三世』アレクサンダー・ライバックは目を覚ました。
珍しい。
頑丈を絵に描いたような、あるいは頑丈という概念が擬人化したような存在である不死魔族の血を引くアレクは、滅多に頭痛など起こさないのに。
「知らない天井だ……」
更に、もう一つ違和感。
目を開けて最初に飛び込んできた天井に見覚えが無かった。
普段お世話になっているオルステッドの事務所の天井でもなければ、割とよく泊まりに行くエミリーの家の天井でもない。
建築様式からしてシャリーアの家屋だと思うが、やけに新しい感じがする。
まるで新築のようだ。
「おはよう、アレク」
「ああ、うん。おは、よう……!?」
そして、トドメに決定的な違和感。
起きたら隣にエミリーがいた。
愛おしげな表情でアレクを見つめている。
この時点で相当おかしいが、それすらも些事に思えてしまう特大の爆弾が目の前にある。
エミリーは……裸だった。
裸でアレクと同じベッドに横たわり、アレクのことを愛おしげな表情で見つめている。
よく見れば自分も裸だった。
裸の男女がベッドで二人。
ルーデウスかナナホシが見たら、朝チュンと称しただろう。
「……………………あぇ?」
アレクの思考は停止した。
そんなアレクを見て、エミリーは訝しげな顔になる。
というか、エミリーの姿もちょっとおかしい。
アレクの知るエミリーより成長している。
具体的には二十代中盤くらいだ。
童顔なので、あどけない少女の面影を残しつつ、大人の女性の色香まで纏っている。
正直に言って、ドストライクだった。
いや、アレクでなくても、これは大抵の男のストライクゾーンに入るだろう。
そんな破壊力抜群の美女が裸で隣に寝ているとか、たとえ思考回路がショートしていても、アレクのカールマン四世は嫌でも反応して……。
「あ」
「ッ!? こ、これは、その……!?」
最悪なことがエミリーにバレた。
アレクは飛び起きながら慌ててごまかそうとするも、混乱のあまり言葉が出てこない。
エミリーは、そんなアレクの姿を見ながらクスリと笑って、
「別に、慌てること、ないのに」
「!? エ、エミリー!?」
エミリーは裸のまま、飛び起きたアレクににじり寄ってくる。
見えている。全部見えているのだ。
成長しても残念だったが、それでもアレクを夢中にさせる胸部装甲も。
それすらも愛おしいと思わせられた、いくつかの古傷も。
あと、その、カールマン四世誕生のために必要なところも……。
全部全部見えているのだ。
「ねぇ、アレク」
「は、はひっ!?」
裸のまま抱きついてきたエミリーが、アレクの耳元で囁くように色っぽい声を出す。
耳はダメだ。そこはアレクの弱点なのだ。
というか、エミリーのせいで弱点になってしまったのだ。
それを知っているかのように、エミリーは弱点を的確に攻めて……。
「昨日、あれだけ、頑張ったのに。アレクの、エッチ」
「ッーーー!?」
効果は抜群だ!
アレクに9999のダメージ!
意味深な言葉による追加効果! アレクは死ぬ!
「まあ、エッチ、なのは、私も、だけど」
「へ?」
次の瞬間……アレクはエミリーに唇を奪われた。
「!!!!????」
アレクの脳は沸騰した。
アレクに99999のダメージ!
やめて! アレクのライフはもうゼロよ!
「ぷはっ。お婆ちゃんの、血が、完全に、覚醒、しちゃった。憂いが、無いと、病みつきに、なりそう」
「ぁ、ぇ……?」
「今日も、よろしくね。旦那様♪」
「━━━━━━━━━!!!」
プツンと、アレクの中で何かが切れた。
え? 何このエロ可愛い生き物?
サキュバスなんて目じゃないぞ。
最強か? 最強だったわ。
もういい。もう何も考えなくていい。
欲望を貫くのだ! 血の訴えに従順であれ! 渇望に忠実であれ! 求めることに純粋であれ!
「じゃあ、いただきます♪」
そうして、アレクは
◆◆◆
「『
「熱ッッッーーー!?」
その瞬間、アレクは全身が燃え上がるような灼熱の痛みに襲われ、転げ回りながら跳ね起きた。
悶えながら地面を転がり、反射的に消火を試みるも、火力が凄まじいのか、まるで火が消えない。
マズいマズい!
このままでは不死魔族のクォーターと言えども、細胞を全て焼き尽くされて死ぬ!
「『
「うわっ!?」
しかし、焼けながら地面を転げ回るアレクに向けて巨大な水の塊が放たれ、どうにか彼は九死に一生を得た。
何がなんだかわからないが、どうやら自分は攻撃を受けたらしい。
超一流の剣士としての鍛え上げられた条件反射により、アレクは即座に下手人に向けて剣……は無かったので拳を構えた。
「チィ。ダメ、でしょ」
「あうっ!?」
だが、下手人は既に罰せられていた。
12歳くらいの青髪の幼女に、二十代手前くらいの金髪の美少女が、結構強めのチョップを入れる。
姫神三従士の一人『光と闇』のチィ・ターと、エミリーだ。
あの二十代中盤のサキュバスエミリーではなく、ちゃんとアレクの見知った見た目のエミリーだ。
「けどよ、先生! このクソッタレの性欲魔神! あろうことか寝言で先生の名前呟きながら、
「だからって、上級魔術で、燃やしちゃ、ダメ」
「汚物は消毒しなきゃならねぇんだよぉ! 先生は危機感が足りねぇんだ、クソがぁ!!」
チィが普段のお淑やかな姿をかなぐり捨てて、まるで戦闘中のように荒ぶっている。
これだ。この二面性のせいで、彼女は『光と闇』の二つ名で呼ばれるのだ。
しかし、今は彼女の態度と行動よりも、発言の内容の方が気になって仕方がない。
「あの、エミリー=サン。僕は、まさか……!?」
「……ああ、うん。まあ、アレクも、男の子、だしね。……『そろそろ私も覚悟決めるべきなのかも』」
後半、エミリーは日本語でボソッと呟いた。
「知らねぇんなら教えてやるよぉ! テメェは先生との模擬戦で頭をぶっ叩かれて気絶した後、気色悪くも先生の名前を寝言で呟きながらおっ勃てて、挙げ句の果てには夢せ……」
「そこまで」
「あうっ!?」
チィが再びチョップを叩き込まれて黙らされた。
だが、殴ってほしいのはアレクの方だ。
なるほど、あれは夢だったのか。
最初に頭が痛かったのは、気絶する前に頭を叩かれたからだったんだね。
そんなことを考える余裕すら無い。
今は無性に自刃したい気持ちでいっぱいだ。
「僕は、最低だ……。死のう……」
「待って」
「止めないでくれぇ!」
「落ち着け!」
「あうっ!?」
アレクもチョップを叩き込まれて強制停止させられた。
その後、エミリーは自分は気にしていないからと繰り返し説き、自殺しようとするアレクと、荒ぶるチィをなんとか説得。
異様に疲れた、とある修行日和の午後のことだった。
・アレクの夢
少し前にエミリーの裸を見てしまったがゆえの煩悩の発露だったのか、それともヒトガミによる精神攻撃という名のマジモンの未来予知だったのか。
真相はヒトガミをぶち殺した後でしかわからない。
・サキュバスエミリー
伝説のビッチこと、祖母エリナリーゼ・ドラゴンロードの血が完全覚醒。
シルフィと違って100年近く剣術愛で蓋をされ、更に妊娠中はヒトガミに狙われやすいということで自重していた分、反動は凄まじいことになっている。
頑張れ、アレクくん。
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番外 エミリーと最強の力(夢オチ)
あと、最終更新日順で下の方になってきたので……。
私に剣姫転生を書かせたければ、無職転生の二次創作をもっと持ってこい!
今回は最初に盛大なネタバレをしておきます。
夢オチです。
「私は、最強!」
気分が良い。
体の奥底から無限に力が湧いてくる。
今なら何だってできる!
「うりゃあああああ!!」
「「「ぐはぁああああ!?」」」
私は剣を振るう。
世界最強の剣、『王竜剣』カジャクトを。
その一撃によって、立ち塞がる連中を薙ぎ倒す。
蹂躙する。
「やめろ! もうやめるんだ!」
「止まってくれ、エミリー!」
最強の私に立ち向かってくる勇者、もとい愚者達が現れた。
ルーデウスとアレクだ。
アレクが私に突撃し、ルーデウスはそれをサポートするべく、得意の
「無駄ぁ!」
「「ぐっはぁああああ!?」」
アレクとルーデウスが吹き飛ぶ。
帝級相当の岩砲弾を連射するガトリングも、今の私には一切通じない。
世界最強の鎧、『闘神鎧』が魔術の威力を大幅に削いでるからだ。
弱体化を極めた魔術ごとき、水神流を使うまでもなく、王竜剣の雑な一振りで吹き飛ばせる。
その雑な一振りでアレクも吹っ飛んだ。
あれだけ強くなったアレクを、こんなに雑に倒せてしまう。
今、私は、
「究極の、パワーを、手に入れた、のだー!」
「「「うぎゃあああ!?」」」
暴れる。暴れる。暴れ回る。
究極のパワーを思う存分に振り回す。
誰も私を止められない。
闘神鎧に蓄積された奥義の数々を王竜剣に乗せて振るう私は、あのオルステッドですら止められない。
「くっくっく。オルステッド、無様なり」
「おのれ……!」
私の足下で、神刀を抜いて全力を出したオルステッドが這いつくばっていた。
この私にやられた敗北者として。
私はとうとう、全力の世界最強に勝ったのだ。
目指した場所に到達したのだ。
技神も、もう倒した。
既に私は七大列強第一位。
実質的な最強まで倒して、名実ともに世界最強の称号を手に入れた。
観衆は大喝采だ。
誰も彼もが私を褒めそやす。
憧れて、恐れて、頭を下げる。
私は世界最強となり、世界の頂点に立った。
そうして、私は……。
「…………虚しい」
━━ひたすらの虚無感に襲われた。
こんな貰い物の力を振り回して何が楽しいのか。
あんなに輝いて見えたはずのライバル達を雑に踏み潰して、何が面白いのか。
謎の高揚感で今までは感じなかったけど、ちょっと冷静になってみれば空虚に過ぎる。
褒められてキャーキャーされても、恐れられてヘコヘコされても、気分が悪くなるだけだ。
自分が成し遂げた偉業と呼ばれることの全てを、皆が凄い凄いと褒め称えることの全てを、まるで誇ることができない。
「はぁ」
貰い物の力によって到達した世界の頂点にて、私はひたすらに憂鬱なため息をついた。
◆◆◆
「んぁ?」
「起きたか」
目が覚める。
真っ先に目に飛び込んできたのは、黒いヘルメットを被った大男。
オルステッドだ。
「あ、そっか」
私はオルステッドにいつものごとく挑みかかって、手刀で頭を打たれて気絶したんだった。
もう痛みは感じない。
治癒魔術を使った覚えは無いけど、誰かがかけてくれたのか、それとも成長によってますます頑強になってきた体のおかげで、既に自然治癒したのか。
「どうする? まだやるか?」
「やる」
私は立ち上がって木剣を構えた。
そして、もう一度オルステッドに挑みかかる。
この最強の男には全然勝てない。
たま〜〜〜にマグレで一本取れることはあるけど、そのまま続けても勝利に手が届くことは無い。
本気なんて、まるで出してない状態でこれだ。
全力全開のオルステッドに勝てるのはいつになることやら……。
そもそも、本当に勝てるかどうかもわからない。
生涯を懸けても、マグレ勝ちすらできないかもしれない。
むしろ、その可能性の方が高い。
「ふふ」
「? どうした?」
「いや、楽しいなって」
手刀で体中を打ち据えられて、全身が痛い。
けど、楽しい。
別にそっち系の趣味に目覚めたわけじゃない。
アリエル様じゃないんだから。
ただ、痛みと疲労と集中の中で、少しずつ少しずつ自分を研ぎ澄ましていくのが、堪らなく楽しいのだ。
それを受け止めてくれる強敵がいてくれることが、堪らなく嬉しいのだ。
夢を見た。
貰い物の力であっさりと最強になる夢を。
虚しさしか感じなかった。
やっぱり、強さっていうのは血反吐を吐くような研鑽の果てに手に入れてこそだ。
そうして手に入れた力で成したことなら、きっと私は自分を誇ることができるだろう。
そんなことを思いながら、私はまたしてもオルステッドにボッコボコにされた。
今日は血反吐じゃなくてゲロ吐いた。
くやちい。
・王竜剣+闘神鎧装備エミリー
夢では無双してたけど、実際はまず間違いなくマジモードオルステッドに負ける。
全盛期ならあるいは……。
・ドMミリー
アリエル様大勝利!
というのは冗談で、実際はただの修行オタク。
でも、アリエル様がなりふり構わず本気を出せばあるいは……。
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番外 エミリーとヒーロー
今回はヒロアカです。
というか、昔書いてたやつのリメイクです。
なので、今回のテーマはヒーローについて。
「正義の、味方?」
「うん! 僕はチェダーマンになりたいんだ!」
甥っ子のジークが、キラキラとした目でそんなことを言う。
チェダーマン。
ルーデウスが子供達を楽しませるために考えたお話。
前世における国民的ヒーロー、顔がアンパンでできた愛と勇気が友達のあいつを、この世界向きにアレンジしたお話の主人公だ。
あんこの詰まったパンじゃ伝わらなかったから、チェダーチーズになったって聞いてる。
ジークはそんなチェダーチーズのヒーローになりたいらしい。
さすが、アニメや漫画のヒーロー達に憧れた私の甥っ子。
ジークは姉の息子で私の血を継承してるから、特に似たんだね。
可愛い子だ。
まあ、子供なら大抵はそういう時期があるような気がするけど。
「師匠は体を鍛えて、剣や魔術を学べばなれるって言ってた! エミリー姉もそう思う?」
「うーん、そうだねぇ」
アレクはそんなこと言ってたのか。
だけど、アレクよ。それじゃ、ちょっと足りないんじゃないかね?
剣と魔術を鍛えただけでなれるほど、ヒーローってのは甘いもんじゃない。
私は悪の剣士も好き(二次元に限る)だったから、別にヒーローガチ勢ってわけじゃないけど、それでもカッコイイヒーローには、戦闘力以外の共通点があると思ってる。
「それも、大事、だけど。一番、大切、なのは、『心』」
「心?」
「そう。どんなに、辛くても、苦しくても、諦めない、折れない、止まらない。
最後まで、頑張れる人。
それが、本物の、チェダーマンだと、思うよ」
「おお!」
ジークの目がキラキラと輝いた。
ふっ、甥っ子にそんな目で見られるのは気分が良いぜ。
子供の琴線に触れるカッコイイこと言えたみたいで良かった。
実際、カッコイイヒーローの一番カッコイイ部分っていうのはそれだと私は思ってる。
どんな困難に見舞われても、どんなに悲しいことがあっても、それを乗り越えて最後まで戦える人。
「なりたい! 本物のチェダーマンに!」
「うん。ジークなら、なれるよ。
最初から、できなくても、いい。折れても、いいし、諦めても、いい。
でも、最後には、必ず、立ち上がって、戦う。
そう、なれれば、すっごい、カッコイイよ」
「うん!」
ジークの笑顔が眩しい。
私も、この可愛い甥っ子に誇れるような奴でありたい。
今の私なんて、まだまだだ。
七大列強第五位だの、希代の天才剣士だのと言われてるけど、私はただ人生をめっちゃ楽しく生きてきただけだ。
痛い思いは沢山したし、紛争地帯に飛ばされた時とかは地獄を見たけど、なんだかんだで本当に辛いことを経験したことが無い。
親しい人との死別とかね。
一応、ガルさんが死んだのはそれに当たる気もするけど、あの人、凄い満足そうな死に顔だったし、どうも悲劇って感じがしない。
数十年後に巻き起こるだろう第二次ラプラス戦役。
いや、不意に『闘神』なんて化け物が出てきたりしたんだから、もっと身近なところにだって危機は転がってると思う。
その危機が悲劇に変わった時、本当に辛いことに出くわした時、奮い立って頑張り続けられるかどうか。
そこが私が本物の英雄になれるかどうかの境。
ジークに誇れるような奴であれるかどうかの境。
「お姉ちゃんも、頑張る。一緒に、頑張ろう、ジーク」
「わかった!」
ああもう、素直で可愛いなぁ、ホントに。
あの
同じ血を分けた姉弟で、何故こうも違うのか。
いや、ララはララで可愛いと言えば可愛いんだけどね。
ダメな子ほど可愛いみたいな感じで。
数日後。
なんかジーク経由でアレクにその話が伝わったみたいで、アレクは目標を定めたみたいに、今まで以上に修行に身が入るようになった。
「うぉおおおおお!」って叫びながら、やる気がバーニングしてる。
私も負けてられないぜ!
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番外 女王と妖精
もっと、無職転生オリ主もの二次創作増えろ!
今回はアニメ0話に合わせて、アリエル様のお話です。
アニメでも発情しておられましたなぁ。
「いい加減に、しませんか? アリエル様」
「あぁん♡ ご、ご褒美、です……♡」
「シル……」
「もう諦めた方が良いんじゃないかな」
「そんなぁ……」
世界最大の国、アスラ王国の王城シルバーパレス。
その大浴場にて、国の最高権力者である『女王』アリエル・アネモイ・アスラが、全裸で恍惚の声を上げていた。
現在、アリエルは二人の
そして、日頃の政務で溜まったストレスをぶち撒けるように妖精の一人に襲いかかり、関節技を極められたところだ。
入浴中ということは必然的に相手の方も裸なので、裸同士で密着する関節技は、彼女の言う通り、ただのご褒美である。
変態だらけのアスラ王侯貴族の一員としてマゾヒズムを習得済みの女王陛下に隙は無い。
なお、このやり取りは妖精がアスラ王国に遊びに来る度に行われているので、もはや恒例行事だった。
無垢な少女のような美貌と、歴戦の女軍人のような雰囲気を醸し出す傷痕を合わせ持つ妖精。
そんな彼女に裸でイジメられるというのは、なんかこう、想像以上に性癖に突き刺さったのだ。
ロリ美少女鬼軍曹様に責められるとか最高です!
最初に大浴場に突撃して締め上げられた時、この新たな扉を開けたことを、アリエルは生涯における財産の一つと思っていた。
大丈夫か、アスラ王国。
「はぁ……。最近、ちょっと、過激すぎ、じゃない、ですか?」
「だって、積極的にアタックしないとアレクサンダー様に取られてしまいますもの。
私は本気であなたが欲しいと思っているんですよ?」
「なら、これは、逆効果」
「あん♡」
妖精の片割れ、エミリーは土魔術を使ってアリエルの両腕に手枷を嵌め、後ろ手で拘束。
格差社会の象徴を隠す術を奪われた屈辱的なポーズにアリエルは鼻息を荒くし、エミリーは壮絶な疲労を感じながら、一緒の湯船に浸かっている
「アリエル様。エミリーは結構誠実な方だから、ちゃんと真っ当な方法でアタックすれば、真っ当に取り合ってくれると思うよ?」
「残念ながらそれで振られてしまったので、肉体関係で落とそうと頑張っているところです」
「あ、エミリー、ちゃんと振ってたんだね」
「うん。王城に、住むのは、ちょっと……」
エミリーにとって、最強の教師と好敵手だらけのシャリーアこそが理想的な環境だ。
そこを離れて王城に住むというのは、残念ながら考えられなかった。
こっちにもシャンドルやギレーヌやイゾルテやドーガがいるので、決して悪い環境ではないのだが、さすがに最近『魔法都市』ではなく『人外魔境』と呼ばれ始めたシャリーアに比べれば、数ランク落ちてしまう。
政治的なゴタゴタもめんどくさいし。
「あれ? その言い方だと、アリエル様自体が嫌なわけじゃないの?」
「まあ……嫌いでは、ない」
「!!」
なんだかんだ、エミリーはアリエルを嫌っているわけではない。
セクハラはドギツイが、こっちが本気で怒るようなレベルのことはしてこないし。
赤竜の髭で出会ってから十年以上。
その間、ずっと好意的に接してきてくれた友達のような相手。
それを嫌いになるエミリーではない。
……ちょっとオイタが過ぎるとは思っているが。
「ああ……! 今の一言でやる気が燃え上がりました……!」
「!? し、しまった……!?」
「アハハ。やっちゃったね」
不用意な一言に取り乱すポンコツ。
いつも通りな妹に苦笑する姉。
そして、全裸で拘束された麗しの女王陛下の脳裏には、この想いの源泉となる記憶があふれ出していた。
アリエル・アネモイ・アスラの、愛しい二人の妖精姉妹。
姉のシルフィとの出会いは転移事件。
王城に飛ばされてきた魔物に襲われ、当時の守護術師デリック・レッドバットがアリエルを守って犠牲となり、絶対絶命の状況。
そこに同じく転移で王城の上空に飛ばされてきたシルフィが、落下速度を軽減させるためにガムシャラに連打した魔術が、アリエルを襲っていた魔物に命中。
アリエルは九死に一生を得た。
その命の恩に報いるべく、転移事件で全てを失ったシルフィを新たな守護術師フィッツとして抱き込むことで庇護し、そこから彼女との関係が始まった。
妹のエミリーとの出会いは、国外留学という名の逃亡の最中。
絶好の暗殺スポットである赤竜の髭にて、暗殺者の集団から守ってくれた。
敵の大多数は大したことがなかったが、一人だけ聖級剣士クラスの猛者が交ざっており、アリエル陣営最強のシルフィが大苦戦。
鬱陶しいとばかりに護衛の魔術師達が先に倒され、このままでは他のメンバーが犠牲になるのも時間の問題。
『ウチの! 姉に! 何、してんだーーー!!!』
そこにエミリーは颯爽と現れた。
『北王』という頼もしい称号を名乗り、大苦戦させられた暗殺者達を、聖級相当の猛者も含めてあっという間に倒してしまった。
まるで、何かの物語に出てくるヒーロー。
カッコ良かった。
あまりにもカッコ良すぎた。
好みドストライクの容姿と合わせて、胸がキュンキュンした。
その後のエミリーとの対話で、浮かれた感情を王女の責務が押さえつけてくれたのは奇跡だ。
その後の道中でも、彼女がいてくれる、守ってくれるというだけで、安心感が凄まじかった。
実情で言えば、当時のエミリーより単純な戦闘力でも実戦経験でも大きく勝るシャンドルの方が頼りになったのだろうが、あの大立ち回りを魅せつけられた身としては、エミリーに心を奪われていた。
割と本気で性的に仲良くなろうとした時の初心な反応もキュンときた。
そして、何よりアリエルの眼に焼きついているのは、王位継承戦の最終段階。
絶対的な脅威、『水神』レイダ・リィアを相手に、一歩も引かずに戦い抜いた姿。
神級の一角を打倒し、アリエルに王位をもたらしてくれた、あの時の姿。
同性愛者の傾向が強いアリエルに、あれを見て惚れるなと言う方が無理な話だ。
彼女にとって、シルフィは大事な大事なお友達で、掛け替えのない戦友。
そして、エミリーは憧れのヒーロー。
シルフィには想い人がいたし、彼女とは友達でいたかったこともあって自重した。
だが、エミリー相手に自重する必要は無い。
かつては王位を取ることが最優先で、色恋にかまけている余裕までは無かった。
しかし、今は念願の王位を手に入れ、その基盤も盤石のものとなりつつある。
一度振られたことなど些事だ。
圧倒的劣勢から王位を勝ち取った稀代の女王、アリエル・アネモイ・アスラの諦めの悪さは筋金入りなのだから。
「そろそろ、上がろう」
「エミリー」
「? ッ!?」
その時、エミリーがアリエルの手枷を解いた瞬間。
自由になった手にエミリーの注意を引きつけ、絶妙なタイミングの声かけで視線と顔の向きを誘導し、体だけでヌルリと動いて━━アリエルはエミリーの唇を奪った。
この時のためだけにシャンドルに習っておいた北神流の不意打ち術。
演説の際に視線を惹きつける王族のスキル。
更には女の子を食いまくって手に入れたキスの技術。
何度も何度もあっさりと撃退されて油断を誘った上で、当然ながら一切の敵意も殺意も攻撃意思も乗っていない行動を繰り出す。
戦いにおいて最も重要な感覚、危機感知が全く機能しない攻撃が、あの妖精剣姫の守りをすり抜けた。
奇襲の申し子、『奇神』オーベール・コルベットですら容易には貫けない守りを。
「ッ!? ッ〜〜〜!?」
「わ、わぁ……!」
結構濃厚なそれに、傍らで見ていたシルフィが顔を赤くする。
エミリーは反射的に引き剥がそうとしたが、混乱で力加減をミスる可能性が頭を過ぎり、華奢なアリエルを冗談では済まないレベルで傷つけるわけにはいかないため、抵抗することを躊躇ってしまった。
「ぷはっ! ごちそうさまです♡」
「ッーーー!?」
アリエルは満足そうに艶っぽい息を吐き、エミリーの顔は凄まじく複雑なことになった。
「うふふ。油断大敵。いただいちゃいましたよ、エミリーのファーストキス♡」
「……………お見事、です」
剣士の心得は常在戦場。
今のは対処できなかった自分が悪い。
(情けない……!)
何が七大列強第五位。
何が稀代の天才剣士。
なんか今の動きだけに限れば、アリエルは神級の域に届いていたような気がするが、それでも非戦闘員にやられるなんて、不甲斐ないにもほどがある。
まだまだ鍛錬が足りない。
「やった! やりました!
エミリーのファーストキスの相手は私です!
この先、例えあなたが私を選んでくれなくても、他の誰かと結ばれたとしても、あなたの初めての相手は私です!」
アリエルは天真爛漫な少女のように喜んだ。
そして、酷く魅惑的な笑みを浮かべ、
「私は人族。あなたよりずっと早く死んでしまう。
だから、長い長いあなたの人生に、今の感覚を刻み込ませてください。
━━最高に美味しかったですよ、エミリー♡」
「!」
その顔を見て、健在の脳に染み渡ってくるような声を聞いて。
エミリーは、ちょっとだけお腹の奥がウズっとなる感覚に襲われた。
彼女は剣を振っている間にあらゆる煩悩が消えていく、天然の修行僧みたいな存在だ。
そうやって剣術で蓋をされている感覚が、ほんの少しだけ、目の前の人に引きずり出された。
別にそっち系の趣味は無いのに。
(いやいや。いやいやいやいや)
エミリーは頭を振って、気の迷いを振り払った。
アリエル・アネモイ・アスラ。
七大列強になって以降の妖精剣姫に、単独で完全敗北を味わわせたことのある、数少ない偉人の名である。
・アリエル様
北神直伝の不意打ち術+王族の中でも屈指の視線誘導術+女の子を食いまくった経験+数年がかりで油断を誘う作戦+エミリーの力加減の不安に付け込んで、
大真面目に凄まじい偉業。
後世に変な感じで伝わり、あの姫神を倒した伝説の王として語り継がれるかもしれない。
・シャンドル
この分野だけなら、エミリーをも遥かに超える凄まじい才覚を感じた!(大興奮)
・アレク
おのれ、アリエルぅぅぅぅ!!!
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番外 妖精剣姫の戦装束
「おー」
「まあ! とってもよく似合っていますよ、エミリー!」
中央大陸北部の入り口、赤竜の上顎に一番近い町。
そこで私は、完全オーダーメイドの戦闘服を手に入れていた。
……アリエル様のお金で。
いや、別にたかったわけじゃないよ?
ただ、仮にも王女様の護衛をやるんだから、相応に身嗜みを整えてほしいって言われて。
「こっちから言い出したことだから」ってことで、アリエル様が支払いを持ってくれただけだ。
その分、デザインにはスポンサーの意向が結構反映されちゃったけど。
「ハァ……ハァ……! 本当に、可愛さと凛々しさが見事に調和していて……食べてしまいたい♡」
「…………」
無視だ。
心頭滅却。あれは無視しろ。
デザインを凄く気に入ってしまった以上、変えるつもりは無いんだから。
気にするだけ無駄というか、気にしたら負けだ。
「シル、どう?」
「うん。とっても可愛いよ」
「ありがと」
姉の
黒を基調にした、丈の短いワンピースみたいな、ノースリーブのバトルドレス。
絶対領域を強調するような、ニーソックス風のブーツ。
ここらへんにスポンサーの下心を感じるけど、絶対領域の上はホットパンツみたいなのを履いてるから、ポロリの心配は無い。
全体的に、お婆ちゃんの色違いみたいな感じだ。
お婆ちゃんと違ってヘソ出しはしてないし、あの妖艶な美女じゃなくて11歳の私が着ると、エロさより可愛さの方が勝る。
そこに胸鎧とか剣とかが装備されると、いかにもファンタジーの女剣士って感じで、カッコ可愛い。
自然と口角が吊り上がっていく。
「むふふ」
いやー、せっかくの剣と魔法のファンタジー世界なのに、これまでの人生では、こんなお洒落する機会が無かったから、想像以上に嬉しい。
幼少期は常に家計が火の車で、お洒落もクソも無い、安上がり重視のシンプルな服しか持ってなかった。
次は転移で紛争地帯に飛ばされて、しょっちゅう服はボロボロになるわ、返り血と自分の血で汚れるわで、お洒落に気を使う余裕なんて皆無。
シャンドルに拾われて余裕ができた後も、ハードな修行に耐え得ること重視の服装をしてた。
頑丈さとカッコ可愛さを両立した服がずっと欲しいとは思ってたけど、そんなお金は無かった。
そこへ来て、今回のこれだ。
スポンサーの下心を差し引いても、普通に嬉しい。
これはアレだ。
ちゃんとお礼を言わなきゃいけないやつだ。
「アリエル様。ありがとう、ござい、ました」
「いいえ。いいんですよ、エミリー。むしろ、マジックアイテムの一つも用意できなくて申し訳ないくらいです」
「そういうのは、大丈夫、です」
目にハートマークを浮かび上がらせたアリエル様の言葉を否定しておく。
弱いうちから強い武器に頼るとロクなことにならない。
武器に頼って、いざそれが無くなった時に慌てるような奴になるより、素の自分の力を徹底的に鍛え上げるべし。
シャンドルの教えだ。
「よし! じゃあ早速、その格好での修行を始めようか!」
「はい!」
そのシャンドルの言葉に従って、私は初めての
プロのデザイナーが手掛けてくれただけあって、今までの服より遥かに動きやすかった。
頑丈さもバッチリで、刃を潰した石剣で叩かれた程度じゃ壊れない。
ますますこの服が気に入って、ニマニマしてしまうのを抑えられなかった。
その後。
何度か装備を交換する機会はあったけど、基本のデザインを変えることは無かった。
初めての戦闘服の感動っていうのは、それくらい私の心に深く刻まれたのだ。
なお、そのせいでアリエル様が「エミリーの初めて……♡」みたいなことを度々言ってきて大変だったけど、まあ些細な問題である。
・妖精剣姫の戦装束
ノースリーブは極寒の北方大地だと寒そうなことこの上ないが、闘気とラプラス因子由来の頑丈過ぎる肉体のおかげでヘッチャラ。
でも、悪目立ちするので、この上から魔術師風のローブを羽織るスタイルが定着しました。
・エミリーの初めて
とある稀代の女王が熱心にコレクションしていたもの。
とある三世は、ことあるごとに「おのれ、アリエルーーー!!」と叫んでいたそうな。
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番外 エミリーと弟子達
「わふっ」
「…………」
ミリス大陸、大森林。
そこに今、一人の旅人と一匹のペットがいた。
14歳くらいに見える青髪の美少女、未来の救世主ララ・グレイラットと、その守護魔獣である『聖獣』レオだ。
「…………」
ララはレオの上に騎乗し、かなり警戒した様子で周囲を見渡す。
今の彼女は実家を飛び出し、旅を始めたばかりだ。
旅に出た理由は色々あるが、面倒なので割愛しよう。
とりあえず今は、魔力濃度の濃い土地を中心に、あっちこっち世界を回るつもりでいる。
魔力濃度の濃い土地と言えば、真っ先に思いつくのは魔大陸とベガリット大陸だ。
だが、どちらも世界屈指の危険地帯であり、駆け出しの旅人であるララには難易度が高い。
しかも、ベガリット大陸には行ったことが無いので土地勘が無いし、魔大陸には
ゆえに、それなりに魔力濃度が濃く、レオの故郷ゆえに多少は安心できる大森林を最初の目的地としたのだ。
「…………」
しかし、比較的安全な土地であろうとも、ララは最上級の警戒をしながら進む。
旅立ちの時、彼女の実母であるロキシーは言った。
『ララ、旅は案外楽しいものですが、気を抜くことだけはしないように。死ぬ時は一瞬ですから』
とてもよくできた娘であるララは、母の言葉を忠実に守っているのだ。
……と言いたいところだが、実際のところ、それは理由の半分でしかない。
もう半分の理由は、得意の占命魔術による占いによって、回避不可能の厄災の未来が見えたからである。
「!!」
「……来た」
そして、それは襲来する。
進行先の巨木の影から、無数の弾丸がララ目掛けて発射された。
岩石で作られた拳大の弾丸。
父ルーデウスが得意とする
さすがに七大列強である父に比べれば、弱々しいことこの上ない魔術だが、人一人を殺すには充分な火力。
「ワンッ!」
そんな岩砲弾の連射を、レオは軽やかなステップで避けた。
しかし、避けたところに次の攻撃。
平べったい板のような刃が複数、岩砲弾を回避した先へと的確に飛来する。
「『
それに対し、ララは旅立ちの際に父に貰った魔杖『
空気振動の盾が、飛来する刃を全て撃ち落とした。
「!」
「ッ!」
だが、次の瞬間、岩砲弾が飛んできた方向とも、刃が飛来した方向とも違う、全くの別方向から襲撃者が現れた。
黒装束を纏い、二振りの剣を両手に握った女。
そのスピードは相当速く、しかも片方の剣を投げつけてきた。
杖を向けて魔術を放つのは間に合わない。
ゆえに、ララは傲慢なる水竜王を握っているのとは逆の手で、腰に差していた剣を引き抜いた。
旅立ちの際に赤ママ……『狂剣王』エリス・グレイラットより授けられた、彼女のかつての愛剣を。
エリスが転移事件で魔大陸に飛ばされた時、そこで知り合ったロキシーの両親より譲られた、無銘の名剣。
元々、魔界の名工がロキシーの種族であるミグルド族のために造って贈った剣であり、その血を色濃く継承したララの手には、異様なくらいよく馴染んだ。
「水神流奥義『流』!」
その剣を使い、襲撃者の投げた剣を受け流す。
大した意欲を持って学ばなかったとはいえ、世界最強クラスのアホ師匠に、せめてこの技だけは鍛え上げろと言われて、徹底的に叩き込まれた奥義だ。
並大抵の攻撃では揺らがない。
「フッ!」
だが、この襲撃者は並大抵ではなかった。
剣を投げるために使った左手を、流れるように右手の剣の柄頭に持っていき、一瞬で両手持ちの形を作る。
両の手で握った剣から放たれるのは、数ある武術の技の中でも
「剣神流奥義『光の太刀』!」
「うっ!?」
放たれた剣神流の必殺剣を、それでもララは受け流した。
ただし、代償として剣は手から弾き飛ばされ、体勢も崩れに崩れる。
追撃が来たら、間違いなく終わりだ。
しかし、一撃を凌いだのは事実。
一発耐えれば、仲間の援護が間に合う。
「バウッ!!」
レオの噛みつき攻撃。
剣を振り切った直後の襲撃者は、体勢を崩しながら後ろに下がる。
しかし、そうなると今度は魔術師であるララの間合いだ。
傲慢なる水竜王が、襲撃者に牙を剥く。
「『
ルーデウスの開発した雷魔術が襲撃者を襲った。
闘気の鎧を貫通して肉体を痺れさせる魔術。
襲撃者はそれを……。
「『
己の体から離れた位置に作り出した水の盾で防いだ。
凄まじい剣術に加えて、ララと同じ無詠唱魔術まで使ってみせた。
尋常ならざる強敵。
これはヤバいと見て、ララは弾き飛ばされてしまった剣の代わりに、懐から祖父より託されたナイフを……。
「そこまで」
……取り出したところで、よく知った声が制止を呼びかけた。
「さすがに、それは、洒落に、ならない」
全く気配を感じなかったところから、一人の少女が現れる。
外見年齢は15〜16歳ほどの可憐な少女。
だが、その中身が見た目とは真逆の、極まった剣キチであることを、ララは知っている。
「まあ、合格点は、あげる。私に、何も、言わずに、行ったことは、許して、しんぜよう」
「エミリー姉……」
そこにいたのは、ララの師匠であり、血こそ繋がっていないが叔母でもあるエミリー。
占命魔術で襲来を予期した相手からお許しの言葉を貰い、ようやくララは肩の力を抜いた。
◆◆◆
「オリベイラも、お疲れ」
「いえ、
その後、疲れてぐで~っとするララをよそに、エミリーは持ってきたお弁当を取り出して、襲撃者役をやってくれたオリベイラと共に食べ始めた。
無論、ララにも「食え」と言って押しつけている。
「白ママの味だ」
「母の味。嬉しい、でしょ」
「いや、まだ旅立って三日も経ってないんだけど」
とか言いつつ、なんだかんだでララも美味しそうに、シルフィエット印のお弁当を食べていた。
なお、食べてる時の二人の表情はわりとソックリで、オリベイラは密かに「似てる」と呟いた。
「さて。じゃあ、総評。まず、オリベイラ。
最初の、時差式、魔道具を、使った、攻撃。
次に、カーブする、手裏剣で、ララの、目を、引いて、逆方向から、突撃。
最後の、雷魔術も、冷静に、対処、してた。
全体的に、良い感じ、だった。
これなら、近いうちに、帝級の、認可を、あげられそう」
「! ありがとうございます!」
オリベイラはガッツポーズを決めた。
歳下のジークハルトに先に帝級に上がられ、しかも、ジークはそのまま王竜王国に行って勝ち逃げされたため、実は密かに帝級の称号を切望していたのだ。
だからこそ、ことさらに嬉しかった。
「次に、ララ。いくら、レオが、いたとはいえ、今の、オリベイラと、あれだけ、戦えれば、上等。
━━安心したよ、バカ弟子」
「……エミリー姉、何か変なものでも食べた?」
「人が、せっかく、素直に、褒めたのに」
「あうっ!?」
神速でお尻を叩かれた。
昔から、ララに対する折檻はこれと相場が決まっている。
「これからも、油断、しないこと。油断して、死んだら、許さない」
「……はい。わかりました」
「ん。よろしい」
お弁当も食べ終わり、エミリーは椅子にしていた岩から立ち上がった。
「オリベイラ、帰るよ」
「はい! では、姉弟子殿。またどこかでお会いしましょう」
「うん。またね」
そうして、ララとエミリーの師弟は別れた。
次に会うのは十年後か、二十年後か。
少なくとも、ララは数十年は帰らないつもりで実家を飛び出した。
だが、お互いにそれなりに寿命の長い長命種だ。
オリベイラも言っていたように、またどこかで会えるだろう。
これは決して、今生の別れではないのだ。
その後。
ララの目撃情報を聞く度に、エミリーはララが弛んでいないかテストのために、抜き打ちで刺客を放ってくるようになり。
いい加減にしろアホ師匠と怒鳴り込むために、実家のあるシャリーアに突撃したのが、僅か数年後のことだった。
・ララが家族に持たされたもの
ルーデウス →
ロキシー → 帽子(原作通り)
シルフィー → レシピ本(原作通り)
エリス → 無銘の剣
パウロ → 特殊なナイフ
原作では、恐らく鳳雅龍剣の成れの果てと思われるナイフをエリスに貰っていたが、この世界線では鳳雅龍剣が折れていないので、代わりに幼少期を支えてくれた無銘の剣をララに。
元々、ミグルド族のために造られた剣なので、異様に手に馴染みます。
そして、パウロお爺ちゃんからのプレゼントが追加。
特殊なナイフ……いったい、どこの社長に折られた剣の成れの果てなんだ。
・ララとエミリー
アホ師匠だのバカ弟子だのと呼び合っているが、なんだかんだで仲は良い。
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番外 聖なる夜
時系列は適当。
子供達がそんなに大きくない時期です。
「あー……」
聖なる夜、クリスマス。
その日、私は事務所でサンタコスに着替えた後、肝心のプレゼント袋を自宅に忘れたことに気づいて取りに行った。
すると、寝室の方から父と母のくぐもった声が聞こえてきて、気まずい思いをすることとなった。
「…………」
うん。
父はハーフエルフらしくまだまだ若々しいし、母もザ・人妻って感じの美熟女だ。
今日は性なる夜、じゃなくて聖なる夜だし、そういう雰囲気にもなるよね。
とりあえず、北神流隠密術でコッソリプレゼント袋だけ回収しよう。
「ふー……」
まだ何もしてないのに、少しだけ精神が疲弊した。
「よし」
気を取り直してサンタをやろう。
最初の目的地は、一番付き合いのあるルーデウス邸。
お婆ちゃん家とどっちを先にしようか一瞬迷ったけど、今は旦那であるクリフさんが一時帰宅してるし、遭遇する可能性が高いと見て後回しにした。
ちょっと、二回連続で身内の濡れ場には遭遇したくない。
……と思ったんだけど、私は甘かった。
ルーデウス邸からは、姉とルーデウスの喘ぎ声が聞こえてきたのだ。
ロキシーさんとエリスさん、離れの方からは師匠、ゼニスさん、リーリャさんの声もセットで。
「…………」
この時間なら子供達がまだ起きてるから大丈夫だろうって思ってたのに、まさか即行で寝かしつけて、クリスマスベイビーの生産作業に入っていたとは……!
修行で研ぎ澄ました鋭敏な感覚が憎い……!
「私は、サンタ……!」
それでも、サンタの使命は果たさなければ……!
夢見る子供達のために……!
私は無心で完璧なスニーキングミッションを行い、誰にも気づかれず、一瞬のうちに子供達の枕元にプレゼントを置いて去った。
リアルサンタも真っ青な恐ろしく速い配達。
オルステッドじゃなきゃ見逃しちゃうね。
次に向かったのはお婆ちゃんのところ。
語るまでも無い。
秒で終わらせた。
絶対に起きるんじゃねぇぞ、クライブ……!
その次はオーベールさんのところ。
奥さんに食べられてた(白目)
ウィ・ターさん、ナックルガードも同じく。
どいつもこいつも……!
唯一の良心が、まだそういうことする気力の無いパックスな時点でもうね。
それだって、夫婦水入らずで甘い雰囲気自体は出てたし……。
小パックス?
ルーデウス邸でジークと一緒に寝てたよ。
夫婦円満なところが多いなぁ! 私の知り合い達は!
いや、良いことなんだけども!!
性夜の魔力に辟易しながら、それでもサンタの使命を果たすべく、私は事務所の転移魔法陣で次の子供達のもとへ飛んだ。
とりあえず、危なそうなところを最優先で回る。
バカップルどものところは、気力が残ってるうちに片付けておきたい。
まずは、ビヘイリル王国のノルンちゃんとルイジェルドさんのところへ。
甘ぇ……甘ぇよ……。
絶対に起きるんじゃねぇぞ、ルイシェリア……!
剣の聖地のニナさんとジノくん。
……さすが世界屈指の攻撃力を誇る剣神流カップル。
プレイが激しい。
アスラ王国のイゾルテさんとドーガ。
新婚の熱がまだ抜けないんですか。そうですか。
もう子供も生まれてるのに長いっすね。
「うぼぁ……」
一箇所回るごとに、気力がゴリゴリ削られていく……。
恐るべし性夜。
だが、本当の恐怖はこの直後だった。
「…………………」
最後に訪れたのはアリエル様のところ。
乱
あの人は結婚したわけじゃなくて、王族として跡継ぎを残す義務を果たすために、大量の妾を囲った感じだからなぁ……。
あれだけ私のこと口説いてきたくせにって、若干面白くない気持ちはあるけど、私に向けて発散できない衝動をお妾さん達にぶつけてるって言われたら何も言えなくなったのは微妙な思い出だ。
「はぁ……」
早くサリエルちゃんとかエドワードくんにプレゼントをあげて帰──
「ッ!?」
ぬ!? 背筋に凄まじい悪寒が!?
この感じはアリエル様……まさか逆探知された!?
バカな!?
神級剣士達にすら気づかれずにミッションを遂行してきた、このパーフェクトサンタが捕捉されただと!?
は、早く子供達にプレゼントを渡して撤退を……って、シャンドル!? ギレーヌ!?
もう先回りされた!?
手回しが早すぎる!!
「王の命令だ! 捕らえろ!」
「悪いね、エミリー!」
「ぬわぁーーーーー!?」
こっちは丸腰どころか、守らなければいけないプレゼントを抱えた状態。
対して、二人は武装を通り越して、捕獲用のマジックアイテムフル装備状態。
加えて、支援者ペルギウスさんの提供した帝級結界魔術の罠まで使ってきた。
職権乱用すんなし!
え? 名目上は動作テスト?
なら仕方ない……仕方ない?
わ、わからん……!
とりあえず、全力で逃げつつ、サンタの使命は全うした。
サンタの使命
でも、撤退が成功したかと言うと──
◆◆◆
「ゔぁぁぁ……」
シャリーアに帰還した時、私は聖夜だというのにゾンビのような足取りだった。
疲れた……。
もうそれしか言えない。
「エミリー!? どうしたんだい!? 凄い顔してるよ!?
それに、なんでこんな早い時間に事務所に……」
「アレク……」
そんな私を発見して、心配そうな顔で駆け寄ってくるアレク。
思わず、私はアレクの体中をクンクンと嗅ぎ回った。
「うひゃぁ!? な、何!? 何!?」
結果、アレクは無罪。
今夜一晩で嫌ってほど嗅がされた、あのむせ返るような匂いがしない。
それだけで、なんか異様に安心する。
「アレク、抱っこ」
「え!? え!?」
疲れて、いつにも増して頭が悪くなってた私は、しばらくアレクに抱きついて、無罪の匂いを肺いっぱいに吸い込んで精神を落ち着かせた。
そして、そのまま寝落ち。
翌朝、私が目にしたものは──
この物語はフィクションです。
無職転生にクリスマスはありませんし、剣姫転生にもクリスマスはありません。
つまり、フィクションなら何をしても良いのでは?
よし。聖夜のアリエル&アレク・R18書くか(性夜の魔力で錯乱状態)
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番外 年越し蕎麦
本当は大晦日に投稿するつもりだったけど、思ったより早くできたので我慢が、その、ね……。
なお、今回はいつも以上にガッバガバです。
『そっか。もう今年も終わっちゃうのね。早いなぁ』
年の瀬、空中城塞ケイオスブレイカーにて。
静香が寂しそうにそう呟いた。
今の静香は不治の病の進行を遅らせ、来るべき未来に辿り着くため、ペルギウスさんの配下の力でコールドスリープ的なものについている。
目覚めは一ヶ月に一回だから、本当に一年なんてあっという間のはずだ。
どこか遠くを見るように寂しそうな顔をした静香の姿は、酷くもの悲しかった。
『年越し蕎麦食べたい……』
どうやら私の目の錯覚だったらしい。
お腹が空いてただけみたいだ。
今日もいっぱい食べたのに……。
ルーデウスが日本食の再現を始めてから、年々食い意地が張ってきてるような気がする。
『じゃあ、ちょっと探してみるね』
『……お願いしていい?』
『任せて。年末までには持ってくるよ』
とはいえ日本食が、というより故郷が恋しい気持ちはわかる。
難儀な運命を背負った友達のために、いっちょ頑張ろうと思った。
◆◆◆
さて、ということでお蕎麦探しの時間である。
まずは静香と一緒に紙と筆を持ってウンウンと悩み、確か蕎麦の原材料って、こんな感じの草花だったよねっていう絵を描き上げた。
これがうどんだったら小麦粉で一発というか、既にうどんはルーデウスがアイシャちゃんに依頼して再現成功してるんだけど、蕎麦となると原材料から探さないといけないから地味に難しい。
それと、ここが異世界である以上、この世界の蕎麦が前の世界と同じ形である可能性だって低い。
この時点で私は「あれ? もしかして、安請け合いし過ぎた?」と不安になり、静香も「やばい。無理なこと頼んだかも」みたいな顔をしてた。
開始数分で暗雲が立ち込めたものの、それでも他ならぬ静香の頼みなんだから、やってもみないうちから諦めるという選択肢は無い。
まずは精一杯これを探してみよう。
ということで、情報収集開始!
一番近くにいる上に、それなりに長生きしててもの知りなペルギウスさんへの聞き込みから始めた。
「ふむ。どこかで見た覚えがあるな」
「ホント!?」
なんと一発目からリーチがかかった。
凄い! さすが天下の甲龍王!
「四百年前のことだ。それなりに印象に残っているから覚えている。場所は、どこだったか……」
顎に手を添えて考えるペルギウスさん。
頑張って! 愛弟子の年越し蕎麦のために!
完成したらペルギウスさんにもあげるから!
「ああ、そうだ。思い出した。
中央大陸北部と天大陸の繋がる場所、その周辺の海域に浮かぶ群島のどこかに生えていたはずだ。
お前にもわかりやすく言うと、『鬼神』のいる鬼ヶ島の近くだな」
「おお!」
超ラッキー!
まさか私の知ってる場所どころか、事務所の転移魔法陣が設置されてる場所の近くにあるなんて!
「ありがとう! ペルギウスさん!」
ペルギウスさんにお礼を言って、私はシャリーアに送り返してもらった。
早速行くぞー! 待ってろ、お蕎麦!
「……しかし、あんな不可思議なものまで食べようとするとは、お前達の食への探究心には驚かされるな」
◆◆◆
事務所の転移魔法陣を経由して、やってきました鬼ヶ島!
すると、ビヘイリル王国の戦いが終わった後に仲間になった鬼ヶ島の主、『鬼神』マルタさんがニコやかに歓迎してくれた。
で、挨拶もそこそこに、早速マルタさんにも静香作のお蕎麦の絵を見せて知らないかって尋ねると、ちょっと驚いたように目を見開いた。
「知ってる。群島の、真ん中。時ヶ島に、生えてる」
「おお!」
ペルギウスさんでリーチがかかり、マルタさんでビンゴした。
今日の私は滅茶苦茶ツイてる!
「でも、あそこ、今迷宮。辿り着くには、朝ヶ島、昼ヶ島、夜ヶ島、三つの島の守護者倒して、道、開かねぇとなんねぇ」
「え……?」
な、なんか話が壮大になってきたぞ……?
え? その島にあるのお蕎麦だよね?
伝説の武器とかじゃないよね?
◆◆◆
「グギャアアアアアアアアアア!!?」
「ふぅ……」
数日かけて、どうにか三つの島の守護者を打ち倒した。
幸い、迷宮の深さはそれほどでもなくて、魔力眼を使えば外から心臓部である魔力結晶の位置がわかる程度だったから、破断で直進戦法で行けた。
ただ、迷宮の深さのわりに、守護者はやけに強かった。
具体的に言うと、一番弱い奴でも転移の迷宮のヒュドラの五倍は強かった。
一番強い奴だと、マルタさんでも勝てるかどうかわからないくらい。
お蕎麦の守護者にしては強すぎない?
いや、別にお蕎麦を守ってるわけじゃなくて、結果的に守られてる場所にたまたまお蕎麦があるだけだろうけど。
でも、これだけ苦労させられて、見た目が同じだけの別物でしたとかいうオチは、さすがに勘弁してほしい。
その可能性が結構高いっていうのが怖いなぁ……。
「……いざ」
ハズレを掴まされてもキレないように深呼吸を繰り返してから、私は最後の島に足を踏み入れた。
すると、確かにあった。
静香の描いたお蕎麦の原材料によく似た花が群生してた。
でも、一目でわかる。
これは違う。
「何、この、異様な、魔力……」
島の一面に咲き誇るお蕎麦モドキの花。
その一つ一つが、王竜剣をも超える魔力を内包して淡く輝いてた。
全部合わせれば、ルーデウスの化け物魔力総量すら軽く超えてるんですけど!?
なんや、この世界の特異点!?
「!?」
わけがわからなくてフリーズしてたら、なんかお蕎麦モドキが一斉に光り始めた。
それこそ転移事件の時みたいに、極光があたりを染め上げる。
そして、私の意識は暗転した。
◆◆◆
「え?」
気づけば、私はどこか知らない場所に立っていた。
周りの風景に一切の見覚えが無い。
更に、ふと空を見上げてみて、絶句。
空の色が──紫だった。
え? 何ここ? どこここ? 地獄?
第二次転移事件で、地獄に転移しちゃった?
「おおおおおおおおおお!!!」
「ぬぉおおおおおおおお!!!」
「!?」
立ち尽くして大混乱してたら、なんか遠くの方から声が聞こえてきた。
ついでに轟音も聞こえてきた。
戦闘音だ。
でも、音のする方向を見てみれば、行われてるのは私の知ってる戦闘じゃなかった。
規模が違う。あまりにも違う。
戦ってるのは、二人の人物。
片方は黒い肌、六本の腕、紫色の髪を持つ魔族の大男。
バーディさんにウリ二つだけど、実力が違い過ぎる。
あの『闘神』バーディガーディをも上回る身体能力に、あまりにも洗練され尽くした武術。
何千、何万年をかけて研鑽したんだってレベルの、まるでオルステッドのような動き。
しかも、オルステッドと違って、一切の温存を考えずに戦ってる。
彼の拳が大地を叩けば山が吹き飛び、外れた拳撃は雲を消し飛ばした。
世界観が違う……!
ド○ゴンボールの世界にでも飛んだの!?
「あああああああああああああああ!!!」
「ぬぅぅぅ……!?」
更に恐ろしいことに、そんな化け物と戦ってるのもまた化け物、というかそれ以上だった。
魔族の大男に対峙するのは、剣と盾を装備した、外見だけならどこにでもいそうな人族の男。
だけど、彼の剣は大男の体を容易く斬り裂き、構えた盾は大男の拳をあっさりと受け止める。
大男の方もバーディさんのごとく再生しまくってなんとか踏ん張ってるけど、明らかに劣勢だ。
ナニアレェ……。
「****!? **********!? ************!?」
ふと、すぐ近くから、多分魔神語と思われる言語で悲鳴が聞こえてきた。
そこにいたのは、扇情的な格好をしたボン・キュッ・ボンの魔族の美女。
でも、彼女を気にしてる余裕は無かった。
私の視線の先でついに決着がつき、人族の男が魔族の大男を完全消滅させる。
そして、殺意に満ちた目をしながら、こっちに向かってきた。
なんで、こっち来るの!?
「******! *******! *****、********!!」
「え? あ、ちょ……」
魔族の美女が、私の腰にすがりついて、何か叫んでる。
あ、もしかして、あの化け物の狙いってこの人の方?
じゃあ、私は関係な──
「最後の護衛か。死ね」
化け物が私に向かって剣を振り上げた。
ちょ!? 誤解! 誤解ですよ!?
「ッ!?」
でも、そう口にする暇も無い。
私は覚悟を決めて腰の後ろから魔剣『仙骨』を引き抜き、化け物に向かっていった。
距離を取っちゃダメだ。
向こうの射程は、拳撃を雲まで届かせた魔族の大男と打ち合えるくらい長い。
なら、超至近距離にしか私の勝機は無い!
「!?」
私のスピードが思ったより速かったのか、化け物は驚いたような顔をした。
見た目で侮ってくれたのかもしれない。
そうじゃなくても、大男との戦いで割と疲労困憊に見えるし、多少なり気力が途切れてたか。
どっちにしろチャンス!
剣神流『韋駄天』+北神流『幻惑歩法』!
「奥義『妖精の舞』!」
最近になって技名を付けた、私の得意技。
それで化け物の目測を外して、剣を空振りさせた。
私は盾を構えた化け物の左手側に跳躍し、化け物は咄嗟に私に対して盾を構える。
さっきの戦い、見てたよ。
凄いよね、その盾。
天を割り地を砕く大男の拳を、完璧に跳ね返してた。
私の攻撃力じゃ絶対に突破できない。
「けど……!」
だからって、私相手に安易に構えたのは失策だと思うよ!
私の体は小さい。
そこそこ成長した今でも姉より小さくて、せいぜい150センチくらい。
そんな私が身を屈めると、盾で見えなくなった死角の中に、すっぽりと体が収まってしまう。
この化け物は身体能力も技術も武器もおかしい。
でも、自分より小さい敵との戦いに慣れてないっぽい。
さっきの大男みたいに、自分より大きい敵ばっかり相手にしてきたのかなぁ!
そんな小さな小さな弱点に全力でつけ込み、千載一遇のチャンスを死力を尽くして狙いすました。
剣神流奥義『光の太刀』+北神流奥義『破断』+北神流『地走』!
「奥義『破光の太刀』!!」
「なっ!?」
破断の威力と、光の太刀の速度を両立させた必殺技が、地を這うような軌道で死角から化け物に迫り──その左足を切断した。
「ぐっ!?」
化け物が痛みに顔を歪める。
そして、そこからは完全に本気になって、私を殺しにきた。
「ハァアアアアアア!!」
「フッ……!」
化け物の間合いの内側、満足に剣を振れないほどの距離を死ぬ気でキープする。
油断と疲労につけ込んで、この位置を取れたことが最大の幸運。
逆に言えば、この間合いを崩された瞬間に、私の敗北が確定する。
それぐらいの実力差がある。
化け物に密着しながら剣を振るう。
やり辛そうに振るわれる不完全な斬撃、それでも私の破光の太刀以上の攻撃を、根性で受け流し続ける。
左足を斬り飛ばしたことで低下した機動力に全力でつけ込み続ける。
そこまでやって、どうにか『超劣勢だけど、一応は戦いが成立してる』レベル。
この化け物め……!
「楽しく、なってきた……!」
自分の口角が吊り上がっていくのがわかる。
わけがわからない状況。
それでも敗色濃厚な強敵との戦いに血湧き肉躍り、滾ってしまう剣士の血には嘘がつけない。
ああ、本当に、楽しい!
「****!! ***、*******!! ****!! *****!!」
そんな私達の戦いを見て、なんかあの魔族の美女が声を張り上げた。
感じからして声援だと思う。
応援ありがとう!
「! そうだ……! 俺の目的はお前じゃない……! 俺は、空を……!!」
その時、化け物の動きが変わった。
私に隙を見せるのを覚悟で、魔族の美女を狙った。
これは、止められない。
遥か格下の私にできるのは、大人しく差し出された隙を狙うことだけ。
「死ね!!」
「*? ********ーーー!?」
私の攻撃が化け物の背中を斬り裂くも、オルステッドばりに硬い闘気に阻まれて致命傷にはならず。
化け物の攻撃が、魔族の美女を消し飛ばした。
その瞬間、周囲に異変が発生。
魔族の美女がいた場所から七色の光が発生し、それに呼応するように紫色の空が、慣れ親しんだ青色に戻っていく。
え!? 何この怪奇現象!?
「!?」
最後に一層眩しく七色の光が周囲に飛び散る。
私の視界を潰すくらいの光量で。
それでも気配だけは見失わないように、私は全神経を研ぎ澄まして化け物の動きを──
「え!?」
見極めようとした瞬間、唐突に化け物の気配が完全に消えた。
同時に私の意識も再び暗転し──気づけばお蕎麦モドキのある元の場所にいた。
あの膨大な魔力は綺麗サッパリ無くなっており、発光していたお蕎麦モドキは、魔力眼で見ても殆ど魔力を感じない、ただの草花に成り果ててる。
「なんだったの……」
思わずそんな声が漏れた。
いや、本当にわけがわからない。
一から十まで、いやゼロから百まで意味がわからない。
「とりあえず……」
このお蕎麦モドキを回収して、オルステッドかペルギウスさんに見せよう。
話はそれからだ。
◆◆◆
「年越し草だな」
「年越し、草……?」
私が回収したお蕎麦モドキを見て、オルステッドはそう言った。
何その、微妙に年越し蕎麦とかかってるネーミングは……。
「普通に生えている分にはただの草花だが、なんらかの偶発的要因で大量の魔力を蓄えると、近くにいる者に過去の幻影を見せる」
「幻影……」
「ああ。だが、実体験に等しいレベルの幻影を見せるなど聞いたことが無い。
しかも話を聞く限り、お前が見たのは第一次人魔大戦の頃、何千年も前の幻影だ。
あそこに生えている年越し草は確かに特殊だが、そこまでの効果は無かったと記憶している。
これもお前やナナホシやルーデウスと同じ変化か……」
なんかオルステッドが考察モードに入っちゃった。
「ところで、これって、食べられるの?」
「……魔力を消費し切った年越し草は、ただの草花に戻る。食べても悪影響は無いと思うが、正気か?」
「さすがに、これを、食べようとは、思わない」
ということで、私はオルステッドに他の年越し草の場所を聞いて、ちゃんと花が散って実を付けてる収穫時期っぽいやつを取ってきた。
魔力アレルギーみたいな病気を抱えてる静香のために、なるべく魔力の宿ってないやつを。
それをルーデウスやアイシャちゃんに依頼して、蕎麦っぽく調理してみたら、なんか普通に蕎麦だった。
「えぇ……」
ここまで苦労させられたんだから、最後まで徹底的に調べてやらぁ! って気持ちでヤケクソ気味に依頼を出したけど、まさか本当に蕎麦になるとは思わなかったよ……。
まあ、何はともあれミッションクリアだ。
私は出来上がった蕎麦を空中城塞に持っていき、今回のエピソードを静香に報告しながら、一緒に麺をすすった。
『……待って。これ、そんな恐ろしい代物なの?』
『人体に害は無いらしいよ。現地の貧民の人達が継続的に食べてたみたいだけど、誰も変なことになってなかったし。
あと、クリフさんの識別眼とかその他諸々で確認したら、昔は普通にこうやって食べてたんだって。
私が見つけたやつは、あくまでも突然変異ってことだね』
『……そうであることを祈るわ』
静香は恐る恐るって感じで、それでもお蕎麦の誘惑には勝てなかった感じで、箸を動かした。
やっぱり、食い意地が張ってきてる……。
第一次人魔大戦のキャラ達は描写が無くて、詳細が全然わからないので、ほぼほぼ捏造です。
個人的な考察として、
社長マジモード≧魔龍王ラプラス>勇者アルス≧不死のネクロスラクロス>技神&魔神ラプラス
くらいだと思ってます。
八大魔王と五龍将の戦力は互角。
その八大魔王の生き残りであるネクロスは、元は五龍将で一番下っ端だったラプラスと互角くらいには強い。
ただ、神様達が死んでからは、ラプラスはひたすらの研鑽に努め、ネクロスはキシリカの子育てで停滞。
そのネクロスに勝った以上、アルスはそれより強い。
そんなアルス相手に善戦できたエミリーですが、もちろんアルスが疲労&油断してなければ一撃KOでした。
エミリーの力を読み違えた勇者さんですが、それだけ強い戦力がいるんだったら、ネクロスに加勢しろって話ですしね。
疲れてたんだし、間違えてもしゃあない。
ただ、もちろん、このアルスは私の想像上のアルス。
実際はこんなシチュエーションで戦ったわけじゃないかもしれないし、アルスには六人の仲間がいたって説もあるので、ネクロスは袋叩きにして倒しただけかもしれない。
その場合は、昔のこと過ぎたから、お蕎麦モドキがバグって誤情報を出したと思ってください。
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番外 甥っ子
パックスが死んだ。
享年41歳。
人族にしても早すぎる死だけど、弱りに弱ってたわりにはよく生きたし、死に顔も穏やかな感じだった。
そして、その一年後に事件は起きた。
あれは小パックスが魔法大学を卒業する直前のこと。
キッカケは王竜王国から留学してきた有力貴族のボンボン。
なんか、そいつの実家は例のシーローン王国の一件のアオリで多大なダメージを受けた上に、権力争いにも負けて立場が悪くなったとかで。
ボンボンは昔のアリエル様のごとく、緊急避難的な感じで魔法大学、というより王竜王国から遠く離れた土地に逃げてきたって話だった。
で、まあ、そんな経緯があるから当然、ボンボンはシーローンの一件の元凶であるパックスへの恨み言を日常的に言ってたらしい。
それ自体は仕方ないというか自業自得なんだけど、ここで話がややこしくなる事件が発生。
パックスはともかくとして、その息子である小パックスは、かなり出来の良い子供である。
真面目で、勤勉で、魔法大学ではウチのジークと一緒に生徒会に所属し。
ちょくちょく正義感で暴走しそうになるジークを
つまり、小パックスは結構目立つのだ。
おまけに、彼を慕ってる生徒が多いってことは、当然彼をバカにすると怒る生徒も多いわけで……。
はい。ボンボンに小パックスの正体がバレました。
父親についてのことは、ロキシーさんとかザノバさんが必死で情報封鎖してたみたいなんだけど。
やっぱり人の口に戸は建てられないみたいで、どこから漏れたのかは知らないけど、生徒の中にもそこそこ秘密を知ってるのがいた。
で、その中でも特に小パックスを慕ってる一派が、あまりにも口が過ぎるボンボンの恨み言に、数ヶ月間必死で耐えた末に我慢の限界に達し、襲撃を決行。
ボンボンは恐怖と共に小パックスの正体を知り、当然のごとくその情報を本国の実家に手紙で送信。
ボンボンの実家は失った権力を取り戻すべく、パックス一家を責めに責めて、責任の所在をパックスの護衛として無断で国を去ったランドルフさん、ひいてはランドルフさんをスカウトしたシャガール将軍とやらに取らせようとした。
どうも、そのシャガール将軍とやらがボンボンの実家の政敵らしい。
責められる口実があれば、なんでも良かったんだろうって。
相変わらず怖いね、貴族。
それで、その後はランドルフさんの言い訳タイムがスタート。
曰く「本国には申し訳ないと思っていますが、全ては先々代国王陛下に守ることを命じられたパックス陛下とそのご家族を守るため、仕方のなかったこと」でゴリ押すつもりみたい。
私にはよくわかんないんだけど、意外と有効な詭弁らしいよ。
王竜王国の先々代国王は、シーローンの一件と時を同じくして暗殺(下手人・オルステッド)されてしまった。
指示を仰ぐべき主がいなくなってしまったので、ランドルフさんは自己判断で王の最期の命令を続行。
パックスを守るために最善の手段を模索した結果、龍神陣営の庇護を受けるしか無いと考えた。
まだ先々代国王を暗殺した犯人も見つかってない王竜王国に戻るのは危険だし、ちょうど良いから自分達は戦争で死んだことにして、パックス達と共にシャリーアに逃げることにした。
全ては先々代国王陛下への忠義ゆえに。
すっごい苦しい言い訳だって私でも思う。
でも、王竜王国側はその言い訳を受け入れてくれた。
色んな思惑とかパワーバランスとかがこんがらがった結果らしい。
細かいところは私の頭じゃ理解できなかった。
で、言い訳を受け入れた上で王竜王国は「任務ご苦労。じゃあ、そろそろ帰ってこれるよね?」と言ってきた。
向こうは諸々飲み込んででも、『死神』ランドルフという特級の戦力を取り戻すことを選んだのだ。
まあ、これは仕方ない。
ということで、ランドルフさんは王竜王国に戻ることになった。
ラプラスとの決戦でまた会おう!
あの人に関してはそれで良いとして。
でも、一番の問題は、自力でどういう風にでも生きられるランドルフさんじゃない。
建前上、ランドルフさんと一緒に王竜王国に行かざるを得ない、小パックスとそのお母さんであるベネディクトさんをどうするかだ。
当初、ウチの陣営では、なんのかんのと理由をつけて二人を守るつもりだった。
しかし、これを待ったをかけたのは、まさかの小パックス本人。
彼は言った。
「僕は父の汚名を雪ぎたいんです。
間違え続けるばかりの人生だったと後悔し続けていた父の代わりに、期待を裏切ってしまったと謝り続けていた王竜王国で、パックスの名を知らしめたい。
それが僕の夢なんです」
なんでも、それは本当に幼少期から持ち続けていた、小パックスの生涯の目標だったらしい。
彼の決意は強く、固かった。
状況が状況だっただけに、誰もその決意に水を差すことはできず、小パックスは魔法大学卒業と同時に、ランドルフさんやベネディクトさんと一緒に王竜王国へ旅立った。
あと、なんか別れの時に、一番の仲良しだったジークとの間に何かがあったみたいで、ジークは心ここにあらずって感じで魔法大学を卒業。
グレイラット家の通例に従い、アスラ王立学校に進学。
大丈夫かなって心配してたんだけど……。
「え? ジークが?」
「はい。緑の髪と、あと、その、ちょっとヤンチャをしてしまったせいで、皆さん怖がられてしまいまして……」
定期的に遊びに来てるアスラ王国で、私はアリエル様の娘であるサリエルから、ジークが学校で孤立してるって話を聞いた。
なんでも、入学直後に昔の姉みたいに緑の髪のせいで避けられた上に、その状態で魔法大学時代みたいなヒーロー活動をしちゃったらしい。
ジークの憧れるア○パンマン……チェダーマンのような正義の味方。
困ってる人を助け、悪い奴をチェダーパンチでやっつける、愛と勇気が友達のヒーロー。
でも世の中は、特に王立学校を含む貴族社会っていうのは、正義の味方にとって死ぬほど生きづらい。
私も語れるほど貴族社会について知ってるわけじゃないけど。
昔からしょっちゅう聞かされた姉やアリエル様の愚痴を聞いてるだけでも、あそこがいかにドロドロの腹黒い思惑を中心に回ってるのか、少しは理解できる。
そんな中で絵に描いたようなヒーロー活動なんかしたら、出る杭として打たれまくるに決まってる。
アスラ王国だとシャリーアほどにはルーデウスの威光も届かないし、さぞ滅多打ちにされたことだろう。
心配だ。
ジークは私の血を色濃く継承する剣の天才で、15歳にして『北王』の認可を受けるほど強い。
けど、体の強さと心の強さは別問題。
ただでさえ小パックスの件で弱ってるのに、追い打ちまでかけられたんじゃ、どうなってることか……。
ということで、会いに行くことにしました。
私はアリエル様にお願いして、ほっぺにチューと引き換えにアスラ王立学校の制服とお忍びの入校許可証をゲットした。
それに着替え、ここだとエルフはちょっと目立っちゃうから、髪型チェンジと二つのデカリボンで長耳を隠す。
「よし」
「コフッ……」
結果、鏡に写ったのは、やたらメルヘンチックなご令嬢。
格好を変えるだけで随分と印象が変わる。
アリエル様を失神させるくらいには新しいイメージになってるみたいだし、自信を持って若者達の中に突撃するとしよう。
私は15歳、私は15歳、私はピッチピチの15歳。
アラフォーで制服なんか着て痛々しくないのとか言う、脳内のバカ弟子みたいな奴はぶっ飛ばす。
よし。
「おい、あれ」
「ほう。中々……」
校内を歩くと、見慣れない私に視線が集まるのがわかった。
……さすが変態だらけのアスラ貴族の通う学校と言うべきか、昔のルーデウスみたいな目を向けてくるエロガキの多いこと多いこと。
ルーシーとか大丈夫だったのかな?
そんなことを考えながらジークを探すこと、しばらく。
ようやく見つけた。
我が甥っ子は、学校の裏庭に寝転がって空を見てた。
「ジーク」
「何、エミリー姉? …………エミリー姉? え!? なんで!?」
声をかけると、ワンテンポ遅れてから驚かれた。
北王とは思えないくらい反応速度が遅い。
鈍ってるなぁ。
「授業、出ずに、サボりとは。中々、良い根性」
「……叱りに来たの?」
「違う。今のは、褒めてる。ジークは、大物に、なるよ」
金持ち学校で堂々と授業をボイコットして昼寝とかロックじゃん。
勉強大ッ嫌いだったのにサボる勇気が無かった前世の私なんかより、よっぽど大物になる。
それにジークは姉に似てイケメンだし、背も高いし、鍛え上げられた筋肉はセクシーだし、そこに不良属性追加とか絶対モテるよ。
グレイラット家の女好き遺伝子を一手に引き受けた兄のアルスに追いつけ追い越せだ。
……いや、ここでモテたら変態淑女ばっかり引き寄せそうだし、それはそれで怖いな。
「よっと」
そんなことを思いながら、私はジークの隣に寝転んだ。
「悩み、あるなら、聞くよ」
そして、本題を口にした。
いつもアレな感じで、子供達から舐められ気味の私だけど。
今回ばかりは真剣なのを感じ取ったのか、ジークは凄く悩ましげな顔になった。
悩んで、悩んで、悩んだ末にジークは、
「…………やめとくよ。エミリー姉、口軽そうだから。他の人に知られたら困る」
「ぐふっ!?」
な、何も言い返せねぇ……!
確かに、どこかでポロッと口を滑らせる自分の姿が鮮明にイメージできる……!
「……なら、せめて、気晴らしに、付き合う」
私は土魔術で二本の石剣を作った。
最近、特に力を入れて鍛えてる魔術だ。
これができると、出張先で有望そうな子とか見つけた時に便利なんだよね。
「今はそんな気分じゃ……」
「いいから。体、動かすのは、最高の、ストレス発散」
「脳筋……」
うっさい。
「行くよ!」
「あ、ちょっ……!?」
問答無用で攻撃開始!
ジークも、さすがに大人しくやられるほど腑抜けてはいないみたいで、しっかりと応戦してきた。
真っ向勝負で剣をぶつけ合う。
私同様、ラプラス因子の影響で強い腕力を持つジーク。
今回はそれを受け流したり避けたりすることなく、同じく怪力で真正面から激突する。
剣士のサガなのか、ジークの口元は少しだけ笑っていた。
結局、私がしてあげられたのはそれくらいだ。
ジークの悩みを解決するどころか、吐き出させてあげることすらできなかった。
状況は何も好転せず、ジークは王立学校での三年間、更にシャリーアに帰ってきてからも一年くらいウジウジし続けた。
でも、最後にはちゃんとルーデウスと話し合って悩みを解決し、ジークは小パックスを追いかけて王竜王国に向かった。
「ありがとう、エミリー姉。なんだかんだで、一緒に体動かしてた時は救われてたよ」
旅立ちの時、そんなことを言われて、不覚にもちょっとウルッと来た。
その後、ジークは小パックスの仲間になり、王竜王国の騎士になった。
で、一応は王竜王の血を引く王子(ベネディクトさんが先々代国王の娘)である小パックスは、色々と複雑な立場のせいで疎まれ、遠ざけられ、赤竜の下顎のあたりにあるちっちゃい領地の領主に任命されて左遷。
ジークもそれについて行った。
聞いた時は「あちゃー……」と思ったけど。
なんだかんだで僻地という言葉すら生温い悲惨な領地を、めっちゃ頑張って、すっごい盛り上げて頑張ってる。
立派に育ってくれて、私はホロリときた。
支援絵に制服着てるエミリーがいたので、安易に学校関係の番外編をやろうと思ったら、何故かいつの間にかジョブレス・オブリージュの話になってた……。
あとエミリーさん、やっぱり37歳にもなって、若者だらけの王立学校で制服はキツ(殴
・小パックス
アスラ王立学校には通えなかったが、代わりに魔法大学に七年通ったので、知識的には原作と大差無い。
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番外 一方その頃
時系列はもちろん、第十三話『夢のマイホーム』のところです。
──シャリーアside
「なんでこんなにおっきなベッドを?」
「そりゃ、もちろんシルフィを美味しく食べるためさー」
「……あ、そっか。そうだよね、えへへ」
魔法都市シャリーア、購入したての夢のマイホームにて。
ルーデウスとシルフィエットは、はにかんだ笑顔を咲かせながらイチャついていた。
恋をして、結婚して、二人だけの家でイチャイチャして。
二人は今、間違いなく幸せの中にいた。
◆◆◆
──ベガリットside
「エミリー! エミリーィィィィ!!」
「うにゃあああああああ!?」
同時刻、ベガリット大陸。
家どころか屋根も無い広大な砂漠の真ん中で、アレクとエミリーは格闘していた。
アレクの顔は剥き出しの欲望で醜く歪み、エミリーを押し倒して上半身の服を剥ぎ取る。
彼の目は血走り、下半身の四世はギンギンに昂り、もう頭の中は目の前の雌を貪りたいという煩悩でいっぱい。
かつて『魔神』ラプラスがベガリット大陸の強者達を滅ぼすべく送り込んだ男殺しの魔物、サキュバスのフェロモンにやられた結果だ。
「フーッ……! フーッ……!」
「あっ!? この……!」
エミリーの大平原に顔を突っ込んで深呼吸を決めるアレク。
決して彼が悪いわけではない。
サキュバスの毒牙にかかった男は、女に一切興味が無い純度100%の男色家でもない限り全員こうなる。
「えい!」
「もがっ!?」
エミリーはそんなアレクの頭を逆に全力で抱きしめ、窒息で落としにかかった。
まことに残念ながらクッションが無いので、アレクの鼻がぺしゃんこになって大平原が血に染まる。
理性が飛んで技巧を無くしたアレクに、この拘束を解く術は無い。
技術無しのパワー対決なら、現時点でもエミリーに軍配が上がるのだ。
「大人しく、しろ……!」
「お、ぉ……!?」
「……ふぅ」
無事アレクを失神させ、貞操の危機を脱したエミリー。
その顔には、ただただ疲労だけが浮かんでいた。
◆◆◆
──シャリーアside
「シルフィは、俺のものだ」
「ふぇ!? あ、はい。ルディのです」
「なので結婚してください」
「……はい」
改めて伝えられたプロポーズに、真っ赤になるシルフィエット。
「突然、いなくなったりしないでね?」
「……ああ。約束だ」
「うん。約束」
ルーデウスとシルフィエットは愛を確かめ合うようなキスをして、ベッドに倒れ込む。
二人の顔には、本当に幸せそうな笑顔が浮かんでいた。
◆◆◆
──ベガリットside
「エミリー! 結婚しよう! 責任は取る!」
「いらん。未遂、だったし」
「いいや、それじゃ僕の気が収まらないんだ!」
「じゃあ、一発、殴らせろ」
「へぶっ!?」
エミリーのアッパーカットがアレクを吹っ飛ばした。
現在地はとある町の娼館に併設された酒場。
アレクを正気に戻すために、とても体が丈夫な娼婦さんの力を借りた直後だ。
治療行為とはいえ他の女を抱いた直後にプロポーズするとは、さすが北神カールマン三世。
あっぱれな胆力。
「飲め。飲んで、忘れろ。それで、終わり」
「カ、カッコイイ……!」
酒をドンッとアレクの前に置きながら放たれた男前な台詞に、英雄願望をこじらせた少年はキラキラした目を向けた。
その後、店の酒を飲み尽くす勢いで流し込んだが、結局アレクの記憶は消えずじまい。
普通に酔ってぐてんぐてんになっただけだった。
「エミリー……嫌いに、ならないでぇ……」
「……はぁ。まったく」
随分と可愛いうわ言を聞いて、エミリーの顔には優しげな微笑みが浮かんだ。
弟の世話をするお姉ちゃんみたいな生暖かい笑みだ。
だからなのか、ふと彼女の脳裏に姉の顔が浮かんだ。
「シル、元気かな」
会いたいなと思いながら、酒の入ったコップを傾けるエミリー。
アレクに付き合って大量に飲んだからか、ほろ酔い気分で姉恋しくなってきた。
◆◆◆
──シャリーアside
「シルフィ……!」
「ルディ……! ルディ……!」
一方その頃。
ルーデウスとシルフィエットは、ベッドの上で激しく愛を確かめ合っていた。
この日の姉と妹は、どこまでもすれ違う……。
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番外 家族飲み会
OPもEDもエモすぎるんじゃぁ……!
時系列はベガリット大陸から帰ってきた直後、シルフィ一家が勢揃いしたあたりです。
「じゃあ、ドラゴンロードの、家族会、始める。とりあえず、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ベガリット大陸から帰ってきて数日後。
ルーデウス邸の二階で、私達は飲み会を開いた。
参加メンバーは、私、姉、父、母、お婆ちゃん、クリフさんのドラゴンロードファミリーだ。
ようやく勢揃いできた。
「それにしても……」
私はチラリと姉のお腹を見る。
ぽっこりと膨らんでいて、小さな命がそこにいるんだってありありと伝わってくる。
「シルが、ママ。未だに、実感、湧かない」
「……そうだね。本当にその通りだよ、エミリー」
「「「!?」」」
その時、隣に座ってる父から「ゴゴゴゴゴゴッ」という凄まじいオーラが噴き出した。
かつて対峙した世界最強の男すら超える、圧倒的威圧……!
「ルーデウスくんとは、明日にでも二人きりでお話がしたいなぁ……!」
「い、今までは、やらなかったの……?」
「ベガリット大陸ではゼニスさんの救出が最優先だったからね。腰を据えてじっくりという機会は無かったんだ」
あ、言われてみればそうか。
他にも一連のロキシーさん事件とかあったし。
と思った瞬間、父も同じことを思ったのか、髪が逆立って怒りのスーパーエルフ人状態に突入した。
ひぇっ。
「ア、アハハ。お父さん、お手柔らかにね」
姉が頬を引きつらせ、困ったように耳の後ろをポリポリしながら、控え目なブレーキをかけた。
残念ながら、その程度でこの暴走トラックが止まるとは思えない。
次回、ルーデウス死す!
「まあ、男親はともかくとして、私は離れていた間のシルフィのことが聞きたいわ。ルーデウスくんとの恋愛話とかも」
「それは、私も、興味ある」
「え、えぇっと、その、ね……」
にじり寄る母と私を見て、姉は顔を赤くした。
父がスーパーエルフ人2に突入し、お婆ちゃんは凄く優しい目でこっちを見てる。
「もちろん、お婆ちゃんと、クリフさんの、方もね」
「うぇ!?」
「!」
あんまり交流の無い人間関係の中に放り込まれて肩身が狭そうにしてたクリフさんが、突然の流れ弾にビックリして声を上げ。
お婆ちゃんは交ぜてもらえて嬉しいのか、花が咲くような笑顔を浮かべながらエルフ耳をピョコピョコさせた。
可愛いかよ。
「ね、聞きたい。お願い、クリフ、お爺ちゃん」
「そ、そうだな! 君達とも仲良くしたいし、聞きたいと言うなら語らせてもらおう! あれは僕がシャリーアでの暮らしに打ちのめされ、大分ふてくされていた頃のことだ──」
水を向ければ、クリフさんは話してくれた。
夕暮れ時、ふと見上げた窓辺に佇んでいた女神。
一目惚れし、当時嫌っていたルーデウスに頭を下げて紹介してもらい、勢いのままその日のうちにプロポーズ。
呪いは絶対に僕が治す! だから結婚してくれと──
「おぉ……」
興が乗ってきたのか、自分の世界に入って語り続けるクリフさん。
さすがに家族の前だと恥ずかしいのか、茹でダコみたいに真っ赤な顔で俯き、でも嬉しそうにエルフ耳をピョコピョコさせ続けるお婆ちゃん。
キラキラした目の母に、スーパーエルフ人状態を解除して酷く真面目な顔で聞き入る父。
今、クリフさんがこの場の中心になっていた。
「なんというか、凄い、人だね」
「そうだねぇ」
クリフさんに注目が集まり、私と母の追求から一旦解放された姉が、微笑みながらその光景を見る。
「シル?」
そして、おもむろに私の手をそっと握ってきた。
「エミリー。ありがとう。お父さんとお母さんを守ってくれて」
凄く幸せそうな顔をして、姉は私の手を握る。
六年ぶりの両親との再会。
楽しそうな家族の姿。
それを噛みしめるような顔で。
「本当に、ありがとう。ボクは今、凄く幸せだよ」
「……そっか」
釣られて私も笑った。
今の姉とそっくりな幸せそうな顔をしてるんだろうなって自分で思った。
……前世の家族とも、もっとこうするべきだったなぁ。
私にできることなんてあんまり無いだろうけど、静香の研究を全力で手伝おうと改めて思った。
死んでごめん、けど私は異世界で幸せにやってるぜ! って、せめて伝えたいと強く思った。
「シル」
「なぁに?」
だから、とりあえず。
「あれが、終わったら、ルーデウスとの、こと、根掘り、葉掘り、聞くから」
「…………うん」
手紙のネタになるような話を大量に仕入れないと。
楽しい思い出にあふれた辞書くらいの厚さの手紙、というか自伝みたいなものを送りつけてやろう。
私は本当に楽しく生きたって、胸を張って書いてやろう。
「ふふ♪」
とうとう愛のポエムを詠み始めたクリフさんの声をBGMに、私はニカッと笑った。
・剣崎家
エミリー同様、精神の強い一族。
妖精剣姫伝説が送られてきたら、涙を流しながらも大声で笑うことでしょう。
・お婆ちゃん
公衆の面前ではイチャつけても、息子夫婦や孫達の前では別問題。
真っ赤になってプルプル震えるエリナリーゼさん……良い!
・クリフお爺ちゃん
アレクよりはまだマシってレベルで空気が読めず、ズンズン行くことに定評のある彼ですが、さすがに嫁の親族(しかも複雑な関係)の前では緊張した。
が、愛を語ってるうちにブレーキは壊れた。
・スーパーエルフ人2
ルーデウスはアレクよりギルティ。
ハイクを詠め!
それはそれとして、クリフお爺ちゃんのポエムは息子として大真面目に聞いていた。
母をよろしくお願いします。
・母
身内の恋バナに興味津々。
が、重婚デウスには少し思うところがある。
ハイクを詠め!
・姉
根掘り葉掘り聞き出された。
翌日、ルーデウスは土下座した。
・エミリー
あれ? もしかして、この場で結婚妊娠どころか、彼氏すらいたことないの私だけ……?
さすがに親族会議の場では多少思うところがあるようです。
多少止まりなのがエミリーさんですが。
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