とあるオタク女の受難(魔法科高校の劣等生編)。 (SUN'S)
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第1話

○月%日

 

今日は娘の入学式だ。

 

私の様なサブカルチャーに染まらず、真面目で優しい女の子に育ってくれて嬉しい限りだ。幼い頃に変なことを教え込んだせいで、よく分からないことになった時もあったけれど。

 

今となっては素敵な想い出だ。

 

まあ、私の仕事を探ろうとするのは止めて貰えると助かるが大切な娘も高校生になる。そろそろ私の仕事を教えても良い頃合いだろう。

 

たぶん、嫌われたら私は死ぬ。

 

それこそ絶望してショック死する。それだけは避けたいけど、どうやって仕事の話を切り出すべきなのか、それが私たち家族での一番の問題だ。

 

いっそのこと素直に話すべきかと考えつつ、入学式に出席している私の大切な娘を撮影するため、十数万円の大型カメラを構える。

 

くっ、ここだと後ろ姿しか撮れない。そう心の中で悪態を付きながら姿勢や角度を変えて横顔を撮影する。もっと近くで撮りたいのに、なんで保護者席が一番後ろなんだ。

 

○月♯日

 

早朝、朝霧の立ち込める時間帯に近くの公園で娘と組み手を行うのは日課だ。まだ、娘が小さかった頃は眠さに負けて公園に着く前に眠っていたけど、あれはあれで可愛かったので問題ない。

 

今も寝顔を見たいが、今は組み手を優先する。

 

もっとも魔法を組み込んだ近代格闘技と呼ばれるものと違い、私が教えるのは二千年と九十年間、ずっと不敗という称号を誇る圓明流だ。

 

私たちは陸奥でも不破でもない。

 

いくら彼らの名を騙ったところで、ましてや奥義を使うことすら不可能だ。

 

かろうじて虎砲のような打撃技は使えるが、私と比べても娘の虎砲は弱い。精々、よくて大人の男性を吹き飛ばせる程度だ。しかし、それは単なる経験と積み重ねの違いでしかない。

 

もっと長く練習を続ければ私の虎砲を超えることだって出来る。なにより強くなれば強くなるほど彼らの技を使えるようになるはずだ。

 

○月₩日

 

ようやく帰ってきたかと思ったら「お母さん、人前で使っちゃった」と泣かれた。昨日の今日で虎砲を使ったのと驚き、左手に持っていた菜箸を床に落としてしまった。

 

しかし、面倒事を嫌う娘の事だ。

 

きっと、なにかの騒動に巻き込まれたに違いない。むしろ私の娘を泣かしたヤツを連れてこいよ。私が直々に身体を内側から炸裂させてやる。

 

そう怒り心頭のまま電話を取ると腕を掴まれ、それは流石にやめてと娘に止められた。くそっ、これを口実に娘の授業姿を見るつもりだったのに…。

 

まあ、泣き顔も可愛いから良しとする。

 

それでも娘を泣かせたヤツは人間的にも世間的にも追い詰めて、生きることすら地獄だと錯覚するまで何もかも搾り取ってやる。

 

あと今夜はグラタンだ。

 

ちょっと知り合いのおじさんに海外産のチーズを丸ごと貰ったというか、無理やり押し付けられたものだけど。今日の悪かったこと美味しいものをお腹一杯に食べて忘れよう。

 



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第2話

●月$日

 

ようやく帰ってきたかと思ったら女の子を連れて帰ってきた。もしかして、あの子、意外とアグレッシブなのかしら?なんて思いながら娘の友人と思わしき女の子に挨拶する。

 

今日の学校での事を聞きたかったけど、新しく出来た友達と遊ぶなら仕方無い。あとで聞くということで少しだけ我慢してあげよう。

 

いや、もう、いっそのこと娘の部屋に押し入って三人で話すのも有りかもしれない。あっ、窓と扉のどっちにも鍵掛けられてる。

 

流石に娘の部屋の扉を壊すのはダメだ。

 

しかし、それだと娘との親子愛を育めない。あわよくば娘の友達にも仲良し親子だって見せ付けたい。いったい、どうすればいいんだ。

 

そんなことを扉の前で考えながら頭を振り乱していると「先輩のことなんだけどさ、なにか分からないですか?」なんて声が聞こえた。

 

どうやら娘への相談事の様だ。

 

●月♭日

 

いつもより早めに家を出ようとする娘に徹夜で調整したCADを手渡す。母親としては防具一体型のCADを使っているところは見たくないんだけど、そんな贅沢を言えない状況だ。

 

しかし、十師族の通っている魔法科高校を狙うなんて無謀にもほどがある。今どきの小学生でも分かりやすく効率的な作戦を考える。

 

全くブランシュの日本支部を統括しているヤツは何を考え、魔法科高校を占拠すると決めたんだ。どう考えても人員も装備も整っていない。

 

半世紀以前の戦争を真似たごっこ遊びだ。

 

本当に近頃の政治団体は無知だ。如何なる状況にも対応しうる人間、もしくは兵器を常備するのは当たり前の常識だろう。

 

それなのに用意するのは他国で転売されているハイパワーライフルと粗悪品のアンティナイトだけというのは、明らかに彼ら彼女らを高校生だと侮り、いつでも倒せると慢心して驕っている証拠だ。

 

●月√日

 

昨晩、我が家の敷居を跨ごうとした不審者を捕まえた。どうやら娘の使った古式魔法を尋問して聞き出そうと考えていたそうだ。

 

ブランシュは人員不足で随分とお困りのようだが、私の大切で大事な娘を傷付ける存在は不愉快だ。即刻、この世から消えるべき存在だ。

 

もっともブランシュの持つ数少ないアンティナイトの一つを排除できたと思えば及第点だが、本当に面倒なことばかりする組織だ。

 

そういえば学校の方は大丈夫だろうか。

 

私の娘は魔法の制御は苦手だ。

 

もしかしたら手加減できずに吹き飛ばしている可能性もあるが、それはそれでテロリストの自業自得だから仕方無い。

 

今はそう思うことにしよう。

 

しかし、此処まで黒煙が見えるほど燃えると収束系統の魔法で押さえるのは無理だな。もしも押さえ込むのに失敗すれば圧縮されたガスが火種となってバックドラフトを起こしかねない。

 

そうなれば最悪、高校付近は火の海だ。

 

本当に面倒ばかり起こす奴らだ。

 



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第3話

◎月ヾ日

 

娘に新しく出来た友達を紹介された。

 

人形だって説明された方が納得できるほど綺麗な女の子、キリッとした目付きの似合う男の子、二人は兄妹で高校でも仲睦まじいと教えてくれた。

 

お兄さんが司波達也で妹さんが司波深雪というらしい。どこかで聞いた覚えのある名前だが、今は娘の友人と出来るだけ仲良くなって学校での娘をこと細かく聞き出す。

 

楽しそうに笑う娘を見るのは幸せだ。まあ、それも訪問してくれた二人のおかげだ。あとで来客用のクッキーと紅茶を持ってこよう。

 

もう、るんるん気分だ。

 

いそいそとティーカップを用意していると司波のお兄さんに娘の使っていた魔法について問われた。いきなり、人様の秘密を探ろうとするのは悪いことよ?と答えても無反応だ。

 

べつに教えても問題は無い。ただ、それだと等価交換とは言えないので、私達の使っている魔法を教える代わりに娘と仲良くしてほしい。

 

これだと、ただのお願いみたいだけど。

 

司波のお兄さんはアストラル体は知ってるね。今だと情動を形作っている霊子だ。それを荒行や苦行による生の再確認で硬質化、あるいは実体として取り出すSB魔法の一種だ。

 

もっと分かりやすく言えば「プシオン」は精神的物質の塊だ。私の場合は「心の力」を、つまりは志念と呼ばれるものを引き出すイメージだ。

 

これも一応は古式魔法「忍術」だ。

 

◎月‰日

 

私の説明は下手だったのか、休日だと言うのに兄妹揃って訪問してくるのは予想外だった。べつに娘を訪ねてくるのは来るのはいいが、予め連絡を貰えれば料理を準備する時間はあった。

 

我が家を訪ねてきた理由を教えてほしい。

 

そう二人に問えば入院中の先輩のお見舞いに行くらしく、どうやら娘が寝坊してしまったようだ。あはは、と笑って二人を誤魔化す。ただ、こんな作り笑いで誤魔化しきれるとは思えない。

 

まだ、娘は夢の中にいる。

 

二人に娘が待たせてしまったことを謝り、あの子が起きるまで淹れたてのレモンティーを飲みながら少しだけ待ってもらう。

 

まったく用事を入れてるなら時間管理は、しっかりとしていないとダメじゃない。まあ、ずぼらな娘も可愛いので問題ないけど。

 

そろそろ起こさないといけないかな?なんて考えていると急ぎすぎてボタンを留め間違えた娘が階段を降りてくるのが見えた。

 

司波のお兄さんに見せるのは勿体ない。

 

だらしないところを見るのは私だけで十分だ。

 

◎月¥日

 

早朝、志念で作ったスリケンを乱用する娘に志念抜刀法の極意を教える。いくら手数を増やしても精神に乱れがあれば志念も塵と同じだ。

 

私の作ったスリケンは薄く頑丈だ。

 

これは注ぎ込んだ志念の多さではなく、スリケンを作るときのイメージの違いだ。僅かな志念で作ったスリケンでもイメージ次第では大木を切り裂ける。

 

私のスリケンと比べると貴女のスリケンは歪んでいたり、どこか短くてどこか長くなってる。これも作る時のイメージだから、ずっと刀を触ってきたから刀や剣を作るのは安定しているでしょ?

 

私達の使っている志念の法は精神の強さを必要とする反面、物理的殺傷力を持つことを嫌ってしまうと人を斬れず、相手の精神や霊子を斬って昏倒させることしか出来なくなる。

 

この場合は殺さずになるが、信念や覚悟を決め込んだ相手に殺さずなんて通用しない。むしろ斬れない刀を怖くない、斬撃を受けながら向かってくる。

 

その時は貴女も覚悟を決めればいい。

 

大切なものを守りたい。

 

絶対にあいつを倒す。

 

こんな考え方でも心の強さは変わるよ、私は母親として大切な娘を守るという信念を持ってるだけよ。だから、彼氏が出来たらいの一番に教えて、ちょっと一人で泣いてくるから…。

 



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第4話(司波達也)

俺と深雪が共通して交遊を持つ拝郷信乃、彼女が深雪の悪影響となる危険性は限り無く低い。しかし、桐原先輩の高周波ブレードを弾く瞬間、僅かに見えた日本刀のような物質はなんだ。

 

サイオンその物は見えなかった。

 

それ以前にアレは魔法に分類されるものなのか?彼女は体術の延長線と言っていた。そうだとしても高周波ブレードを体術で弾くなど有り得ない。それが彼女に出来たとして超振動を続ける竹刀を掴むことは出来ない。

 

彼女が俺を庇ったところで、彼女に何かメリットはあるのか。ただの同級生の兄というだけで、通常の魔法に関しても彼女の方が優秀だ。

 

先日のブランシュ事件に関してもだ。

 

ハイパワーライフルの弾丸を見て避けるという荒業をやってのけ、桐原先輩の高周波ブレードを弾いた日本刀を公共の場で見せ付けるように左手のひらから引き抜き、誰一人として殺さず、武装したテロリストの集団に千葉エリカと競うように斬り込み、もっと前へと突き進んだ。

 

あれは下手すれば死ぬ状況だ。むしろ、彼女達は怯むどころか嬉々として銃弾を避ける、反撃を加えて倒すのを一呼吸の間に行った。

 

エリカと彼女が競う必要はないと思ったが、あそこまで白熱している二人を止めるのは無理だった。もしも、二人を止めようと割り込めば特殊警棒と日本刀で斬られていた。

 

「お兄様、なぜ信乃を見詰めているのですか?」

 

僅かに冷気を発する深雪を宥めつつ、今のは観察していただけと説明する。あまり他の女性を見ないでほしいと言われたが、俺が大切なのは深雪だけだ。

 

そう深雪に伝えると「ああ、いけません。この様な公共の場で、そのようなことを言われては、深雪はどうにかなってしまいそうです!」と嬉しそうに頬を染めた。

 

「おはよう、司波君」

 

「……ああ、おはよう」

 

彼女から視線を外したのは数秒だ。

 

たった、それだけの時間で距離を詰めてくるのは予想通りだが、なにか深雪に用事でもあったのか?と考えていると彼女が喋り始めた。

 

「この前はごめんね。壬生先輩のお見舞いに誘ってくれたのに寝坊しちゃってさ」

 

あまり当たり障りのない言葉を選んで「それに関しては問題ない。君の母親から面白い話を聞けたよ」と返すと、不思議そうに首を傾げながら「面白い話って『志念の法』について?」と聞き返された。

 

どうやら彼女は勘も良いようだ。

 

普通であれば困ったように言葉を濁すか、どういった話だったのかを聞いてくるはずだ。…だというのに、彼女は秘密を晒すように問い掛けてくる。

 

「わたし、司波君が知りたいなら教えるよ」

 

クスクスと笑いながら言ってくる拝郷信乃に不信感を抱いてはいるが、彼女の使う魔法に興味を惹かれているのも事実だ。

 

それに彼女がCADを使ってブランシュの構成員に放った紫電(Violet Spark)を俺は数年前にも見たことがある。だが、あれは忍びを彷彿させる仮面を着けた軍人だった。

 

なにより背丈も動きも違いすぎる。

 

あの人は自己加速術式を展開せず、微弱な電流による身体強化と並行して魔法を使っていた。拝郷信乃の関係性を考えたとして、俺が得るのはあの人のかもしれないという不確定な情報だけだ。

 



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第5話

☆月,日

 

今日は約2600年ほど前、とある部族の作った究極にして完全なる拳法の極意を教える。その拳法の名前は天斗聖陰拳と言い、この世で最も神の御技に近いとされるものだ。

 

この拳法は(ルーアハ)の流れを操り、自他の「奪い取る」「溜める」「括りなおす」「ほどく」と言ったことを行える。また、天斗聖陰拳を極めれば生体構造を書き換え、不要な部位を必要とする部位に持っていくことが出来る。

 

それに何度も生体構造を作り替える事は出来ない。

 

例えば脂肪に包まれたデブの生体構造を書き換えたとして、まともに使えるのは余っている脂肪だけだが、脂肪や筋肉の少ない人間には使えない。

 

その理由は言わなくても分かると思う。

 

しかし、ここは敢えて言わせてもらう。それは肉体の質量の違いだ。細く軽いことは女の子の憧れ。けれど、天斗聖陰拳の使い手からすれば一突きで殺せる的と変わらない。

 

まあ、分かりやすく言えば太った分の脂肪はお胸に押し付けることが出来るということだ。そう娘に伝えると「私の胸を司波さんみたいな巨乳にする方法を早く教えて!」と詰め寄られた。

 

お胸の大きさを気にしてる娘は可愛い。

 

☆月.日

 

早朝、ちょっと大きくしすぎたお胸に困惑する娘の気の流れを正常に戻す。まだ、いつもより大きく見えるけれど、ただの成長期だと言い張りなさい。

 

もしも天斗聖陰拳のことを知られたら毎脂肪や筋肉を書き換えてと、朝から晩まで毎日のように取っ替え引っ替えされるのが落ちよ。

 

私の学生時代は、そうだったもの。

 

なんだか学生の頃が懐かしい。

 

今では仕事の都合で旧友と話す機会も年月を重ねる毎に減っていくばかり、貴女は友達との関係を長く続けなさい。もしかしたら、貴女の一生の付き合いになるかもしれないのだから…。

 

あとで娘の写メを送ってやろう。

 

ふふっ、私の娘の可愛さに崇め奉りなさい。

 

そして、あわよくば上司に有給休暇の受理するように言ってくれ。そうすれば私は娘と一緒に出掛けることが出来るんだ。

 

☆月。日

 

なぜか娘に家系について聞かれた。

 

それほど珍しくない平凡な家系だと説明したところで信用してくれるとは思えない。いっそのこと冗談じみたことを言えば納得するか。

 

ただ、下手すれば娘と擦れ違いを起こす可能性もある。そうなったら潔く死ぬ。私は娘に疑われて生きるなんて出来ない。

 

あとで娘と話し合おう。そもそも家系となると娘に説明するにしても難しいものばかりだ。拝郷という苗字も取って戻しているだけで、本来はと名乗るのが正しい。

 

今の時代に公儀介錯人は必要ない。

 

ほとんど軍事関係ばかりだ。と娘に言うことはできるが、そんな説明をされて納得できるとは思えないけど。もう、ちょっと後でも良かったんじゃないかとも思える。

 

こんな長々と屁理屈を言って、家系の話を反らすつもりはない。私達は公儀介錯人、簡単に言ってしまえば処刑人だ。

 

今じゃ使われることすらないけど。初代様の使っていた剣術は、その時代の当主へと受け継がれているということだ。

 

私の代で技は途絶えさせるけどね。



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第6話

★月⊂日

 

突然、あの剣の名家と名高い千葉家へと遊びに行ってくると言い出した娘を引き止め、もしも乱取りの練習に巻き込まれたら全力ではなく手加減して倒すように言い聞かせる。

 

純粋な剣の腕を競うのは構わないけれど、忍術や忍法を使うのは禁止だ。竹刀で打ち合うなら飛天御剣流を使ってでも勝ちなさい。

 

えっ、普通に遊ぶだけなのね?

 

もう少しで危ないものを持っていかせるところだった。べつにアタッシュケースの中身は珍しくない。ただの武装一体型CADが入ってるだけよ。

 

ほら、そろそろ出掛ける時間じゃない。

 

ああ、それと、あわよくば千葉の剣士を二百人ぐらい倒して来なさい。今のは軽い冗談だから普通に遊んでくるだけで良い。

 

貴女より強い子と会えるかもしれない。

 

それはそれで素敵なことよ。

 

★月⊆日

 

千葉の人間は凄いと朝早くに帰ってきた娘の一言だけ残して部屋に籠ってしまった。なにがあったの?と聞きたくても扉に鍵が掛かっている。

 

私の娘は千葉の家で何を体験したんだ。

 

もしかしたら想像を絶する苦行を、それは私が娘にやってるわね。防具を着ずに竹刀や木刀で打ち合うというのも、私は娘と毎日のようにましてるわね。

 

いったい、何を見たのかしら?

 

★月∈日

 

私の娘が九校戦の選手に選ばれた。

 

一刻も早く海外出張中の旦那に教えてあげなくてはいけない。リビングにあるテレビを通話モードに切り替え、ストレスと過労で顔色の悪い拝郷元輔が映し出される。

 

ちょっと心なしか痩せているようにも見えるが、その手元にあるコーヒー缶の山の所為なのは一目瞭然だ。まったく不摂生な生活は控えなさいって言い聞かせてるのに仕方ないわね。

 

私達の娘が九校戦に出場することを教えると「僕も直ぐに帰る、今の仕事は部下たちに任せても問題ないからね」と言い出した。

 

一応、テレビ通話なのよ?

 

そう伝えれば「後ろの連中は効率ばかりを求めてるだけだよ、僕が抜けたところで支障はない」なんて言いながら部下を引き摺っている。

 

私の隣に座っている娘も苦笑いを浮かべながら元輔さんを見ている。とりあえず、あまり職場の人に迷惑を掛けるのはダメだ。

 

こうして娘のことを元輔さん報告するのは彼のストレス発散も兼ねているのだけれど、最近は暴走している姿しか見ていない。

 

このままだと「お父さんなんか大嫌いっ!」なんて言われるかもしれない。ああ、もしかしたら私も「いつもベタベタしてきて鬱陶しいのよ!」と言われ、だんだんと家出されるかもしれない。

 

うぅっ、それだけは嫌だ。

 

どうにかしなければいけない。テレビ画面越しに元輔さんと視線で言葉を交わし、ほぼ同時に九校戦は絶対に二人揃って見ると娘に宣言する。

 



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第7話

◇月㍉日

 

まだ、九校戦まで時間はある。いくら身体能力は高くても不安定な足場に加え、ずっと加速魔法を使っていれば僅かに隙を晒すかもしれない。

 

そうなれば必ず負ける。

 

どれだけ長く苦しい練習しようと、たった一瞬の気の緩みで勝敗を分けるとはいっても駆け引きを気を付ければ何一つ問題ない。

 

もっとも、それは相手も同じだ。あと直接的な妨害は禁止されてるけど、間接的な妨害は規則の対象外だって判明している。

 

この規則を利用して不意を突けばいい。ほんの小さな魔法でも貴女なら一秒あれば、いっきにトップスピードを出せるはずよ。

 

ちょっと特殊になるけど、加速魔法を使う時は楕円形に変えたサイオンで身体を覆いなさい。それが一番、空気抵抗を反らす最適のフォルムだし、私の得意とする雷速に匹敵する走法の秘密だからよ。

 

ただ、このフォルムを使うのはゴール直前のコースでだけにしなさい。もしかしたら変に付け狙われたり、貴女の使った走り方を聞き出そうとする人が現れるかもしれない。

 

◇月㌢日

 

私の足刀蹴りを受け止め、娘によって外側に受け流される。その勢いを利用して右の裏拳を放ってくる娘の襟首を掴んで左右前後に揺さぶる。

 

ほんの僅かな時間とはいえ相手を無理やり脳震盪に似た状態に出来る技とも言えない代物だ。元輔さんは勝手にシャッフルと名付けているけれど、それほど大層なものじゃない。

 

むしろ、これは児戯その物だ。

 

もっと言えば花山薫の戦い方に技なんて必要としない。私の筋力と握力じゃ彼のスタイルを再現することは不可能だ。

 

まあ、今のところはということだ。

 

私には出来なかったことでも若くて元気の有り余っている娘なら会得できるはずだ。あれを会得と言っていいのかは分からないけれど。

 

それにしても最近の娘は覇気に満ちているようで安心した。小学校や中学校の頃は物凄い面倒臭がりで、あれが反抗期だって知った時は驚いた。

 

◇月㍍日

 

なんで保護者と子供を分けるんだ。

 

私は友達と楽しそうに笑い合っている娘を見たかった、元輔さんだってカメラマンが持ってる大型カメラを持参してるのに……。

 

まあ、それはいい。

 

先ずは見晴らしの良い場所を選び、他の人が来ても邪魔にならないようにカメラを設置する。あわよくば選手の控室へ夫婦揃って行きたい。

 

なによりボディーラインを隠したがってる娘がピッチリしたスーツを着ている。なにがなんでも撮影して、大きく現像して家の壁に飾る。

 

キリッとした瞬間の娘を四六時、ずっと中見れるなんて最高だ。あとで元輔さんに現像する時は限界まで拡大してって提案しようかしら?

 

そんなことを考えながら隣を見ると「一年と七ヶ月、十三日ぶりだ。どうやって話し掛ければいい、僕は何て激励すれば良いんだ」と聞かれた。

 

いや、普通に頑張れで良いのよ?

 



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第8話(司波深雪)

どこか落ち着きのない信乃を心配している。

 

私を含めた第一高校の選手が話しかけると「うちの両親が絶対に来る。そう言ったので変なものが仕掛けられてないか、ちょっと探していたんですが、母は骨格や肉付きを自在に変えるので生徒に紛れてる可能性も…」と申し訳なさそうに教えてくれた。

 

それは本当に人間なのだろうか。

 

そう思ったのは私だけではないはずだ。それに身体的特徴を変えることが出来ると、本当に可能だと言っているのですか。

 

普段は冷静な信乃が危惧するほど卓越した魔法なのか、それとも本当に技術のみで骨格を変動させるのか。なにより穏和そうな信乃の母親がバスの中に潜んでいるとは思えない。

 

ちらりと視線をお兄様に向けると一校の制服を着た小柄な小柄な少女と話している。お兄様へ激励の言葉を贈っているのは唇の動きで理解できる。

 

しかし、その女の子は誰ですか!?

 

私というものがありながら節操なしに女の子を誘惑するなんていけません。うーっ、うーっ、私もバスを出てお兄様のお隣に立ちたいた。

 

「ねぇ、深雪さんどうしたのかな?」

 

「たぶん、あれのせい」

 

「ああ、なるほど、達也さんか」

 

「二人とも今のは雑念を払っていただけよ」

 

そう、そうよ。

 

たとえ見知らぬ女の子と話していたところを目撃してしまったけれど、お兄様は必ず私のところへ帰ってきてくれるはずよ。

 

でも、もしも、お兄様がその子に興味を持っているのならば、私は自分を抑えられる自信がありません。だから、その子は誰なのか、今すぐ教えてもらえると嬉しいです。

 

「はぁろぉ~うっ、あなたが深雪かしら?」

 

その問い掛けに答えるため顔をあげると、お兄様に話し掛けていた女の子がいた。しかし、その顔は、あまりにも私に似ていた。どうして、みんな部外者が乗っているのに騒がない。

 

「あなたは誰、なのですか?」

 

「貴女達、兄妹の近くて遠い親類よ。みんなが眠ってるのは気にしないで良いわ、貴女との話を邪魔されたくなかっただけだもの」

 

「たった、それだけのためにエンジニアの乗車するバスまで覆っているというの?」

 

そう彼女に聞けば「えぇ、そうよ。それと、おば様の娘なのだから分かると思うけど。私は候補ではなく直系であり、次期を名乗れる立場にいる」と話す彼女は楽しそうに笑っている。

 

そして、どこか不満そうに「それだけ伝えておきたかっただけよ」と言いたいことだけ言って、悪戯を終えた子供のようにバスを降り、お兄様となにかを話して日陰の中に消えた。

 

光の屈折現象を利用して姿を隠し、最初から存在しなかったように記憶にすら残らない。それは、まるで鏡に映る花の如く存在しているのに、水に浮かぶ月のように存在しない。

 

今のは紛れもない鏡花水月(ミラージュ)だった。

 

けれど、あれはお母様の御友人が作った魔法だと話してくれた。そして、あの魔法を使えるのは、この世でお母様を含めた三人だけと───。

 

まさか、おば様がご教授されたの?

 

お母様は「私の初めて出来た友人がプレゼントしてくれた魔法」だと嬉しそうにネックレス型CADを触りながら話してくれた。

 

だからこそ私は当たり前のように、おば様もお母様と同じく「あの魔法」を肌身離さず大切にしているのだと思っていた。

 



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第9話

◆月㌘日

 

私は元輔さんと一緒にホテルのいる。

 

決して如何わしい場所じゃないと分かっているけれど、ちょっとした弾みで娘の泊まっている部屋を覗いてしまうかもしれない。

 

そうなれば今度こそ言われる。それも世界中に響くぐらい大きな声で「お父さんもお母さんも大嫌いっ!」と言われるんだ。

 

もし、もしも、そうなったら元輔さんは人目も憚らず泣き叫ぶだろう。私も絶望して架空の娘を作り出して、ぶつぶつと虚空と話すようになる。

 

きっと、そうだ。

 

自分の事は自分が一番、分かっているつもだ。私達は娘に嫌われたら人生終了、もはや生きていく理由すら無くした脱け殻その物だ。

 

元輔さんが持ってきたアタッシュケースを開け、ハイスピード撮影にも対応できるカメラを構える。少し見方を変えるとランチャーにも見えるが、ただの通販で買った高性能な大型カメラだ。

 

◆月㌔日

 

早朝、私は何食わぬ態度のままジョギングしている娘を追い掛ける。本当は仲良く並んでジョギングしたかったけれど、今は娘の成長のためにも出来るだけ接触するのも我慢だ。

 

一刻も早く家族揃って話したい。

 

そんなことを考えながら隠れて娘を追っていると司波のお兄さんに追い越され、仲良く肩を並べて話すところを見せ付けられた。

 

あれは、ただの挨拶だ。

 

私の大切な娘に彼氏なんていないのよ、そう普通にジョギングしていたら出会って話しているだけ、二人は付き合っている訳じゃない。

 

そうに決まっている。娘だって司波のお兄さんはドン引きするぐらいシスコンと言っていたじゃない。むしろ年下か妹にしか興味ないはずだ。

 

それはそれで危険かもしれない。

 

しかし、今は落ち着かないといけない。

 

あまり家に帰ってこれない元輔さんのためにも沢山の思い出を、あわよくば娘とのツーショット写真を元輔さんに贈るためにもだ。

 

◆月㌧日

 

どうして、こうなるんだ。

 

私は夫婦揃って応援するつもりだったのに、わりと面倒なぐらい職場の人間がいる。すでに家系の事は話しているけれど、私が軍人というのは未だに秘密にしている。

 

それにしても司波のお兄さんが軍人だったのは予想外だ。もしかして、昨日のあれは面倒事を起こすなって合図だったのかしら?

 

そう考えると色々と納得できる。

 

あの、ふとした瞬間に感じていた視線も居場所が分からなくて警戒してたけど、司波のお兄さんなら安心だ。まあ、それでも娘に技法を教えているところは見ないでね。

 

一応、秘術に分類されてるものが混ざっているかもしれないからね。どうしても気になった時は、この前みたいに聞いてくれて構わないよ。

 

それでも覗き見は立派な犯罪だ。

 

あとで元輔さんにも説明する。そう同僚や上司に言ったら苦笑いされた。

 

それと私は見られても見付けるから問題ないけど、貴方も学生なのだから危ないと思ったら出来るだけ避けるようにしなさい。

 



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第10話

□月¬日

 

私は銃器や遠距離系統の魔法は不得手だけど、第一高校の生徒は凄いのは理解できる。あそこまで変則的な射撃、防げたとして戦うのは絶対に嫌だ。

 

それに彼女は七草家の御令嬢だ。

 

たとえ実戦の場で出会ったところで相手するつもりはない。なにより娘と話しているということは友達に違いない、そんな子を攻撃したら娘に嫌われちゃうかもしれないからな。

 

しかし、ずいぶんと手加減している。

 

おおよそ把握できる範囲だけれど、彼女なら射程なんて関係無く撃ち落とせるはずだ。来年や再来年は娘が出るかもしれない。

 

今のうちに選手に必要なものを覚えておこう。

 

もっとも銃器に関しては私より元輔さんの方が適している、元輔さんもこの競技を話題に娘と話せばいいのではないだろうか。

 

□月⇒日

 

あの事故は明らかに第三者の妨害だった。

 

ただの学生同士の交流会を兼ねた場所を襲撃する理由はなんだ。もしも妨害の対象に娘が加わっているのであれば必ず見付け出して殺す。

 

ああ、本当に最悪だ。どうやって妨害しているのか、それが分かれば対処することは可能だ。だが、そんなことをしたところで大会は止まらない。

 

私達は普通に応援したいだけなのに、なんで面倒事ばかり起こす奴らがいるんだ。直接的、間接的、どちらも子供を傷付けていることに代わりはない。

 

いっそのこと所属と名前を使って大会委員会に抗議するべきかと元輔さんに聞けば「まだ、僕達は信乃の晴れ姿を見ていないんだ。それに、僕と君の娘が姿も見せられない軟弱な奴らに負けると思うかい?」と頭を撫でながら言ってくる。

 

ふむ、それもそうね。

 

あと三十路過ぎの頭を撫でるのはやめて、ちょっと仕事の関係者もいるかもしれないから恥ずかしかったりするのよ。

 

□月⇔日

 

うむむっ、あの閃光魔法は良い作戦だった。それでも娘が二位になるほど距離を離されるなんてビックリしたといえばビックリだ。

 

水面を加速して疾走する競技「バトル・ボード」の不審点は三つだ。一つは後方に位置していた筈の選手による過剰加速、二つはゴール直前の曲線での異常な水没、三つは選手の異様な想子枯渇状態だ。

 

第一高校の優勝選手は問題なく進めていた。

 

直接的な工作を行っていれば彼女も対象のはずだが、明らかに他校の生徒を無理やり勝たせようとしているように見えた。

 

この妨害工作の理由は博打だ。

 

まったく子供の交流会を賭け事の場所にするなど許されない。なにより私の娘を意図的に狙わせていた。あれは優勝は無理と判断して、準優勝という立場だけは確保しようと考えた。

 

そう、私の娘を狙った。

 

どこへ逃げようと必ず見付け出して殺す。あの子は私達の大切な娘だ。それを単なる博打の道具にしようとしたんだ、たたで済むと思うなよ。

 



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第11話

■月⊃日

 

私は横浜の中華街に来ている。

 

司波のお兄さんも到着次第に対象を狙撃すると言っていたが、自分は軍事関係の魔法師だからと人殺しの罪を背負おうとするのは止めてほしい。

 

私達は子供を守る大人だ。

 

本当なら私だけで台湾系国際犯罪シンジケート「無頭龍」を殲滅する予定だった。いや、どちらかと言えば彼の任務に無理やり割り込んだのは私だ。

 

しかし、それだけ危険な仕事だ。

 

そう思っていたのに無頭龍の密会に使われたホテルの警備はおざなり、各部屋の電子機器は元輔さんの携帯端末だけでハッキングできる程度のセキュリティしかない。

 

ハッキリと言えば日本を嘗めている。元輔さんの渡してくれた資料にあったジェネレーターという自我を剥奪された魔法師、どこをどう弄ればここまで弱くなるんだ。

 

九校戦を賭け事になんて無謀な事を考えず、ただのマフィアとして小競り合いしていれば、自ら安全な場所を出ずに暮らしていれば、自分の国で死ねたかもしれないのに、本当に無知で馬鹿な奴らだ。

 

■月⊇日

 

今日の特訓はお休みだ。

 

そして、まる一日使って娘の準優勝をお祝いする。

 

元輔さんは少し前にアメリカに連れ戻されたけど、今は「僕もお祝いしたかったのに」と愚痴を言いながら仕事してるって連絡がきた。

 

私が元輔さんの分までお祝いするから安心してと言ったから大丈夫だとは思うけど、元輔さんはテレビ越しにお祝いできないか、上司や部下に掛け合っているそうだ。

 

たぶん、私も同じことすると思うけど。

 

ちょっとお祝いされるのが照れ臭くて、ずっとソファのクッションを抱え、ずっと悶えている娘の写真を送信する。

 

これさえあれば仕事なんて一瞬だ。

 

ちらりと元輔さんが娘のために買っていた。どうやって家の中に運び込んだのか、それも分からない2メートルのクマの縫いぐるみを見上げる。

 

■月∋日

 

ちょっと二泊三日ほど友達の家に泊まる。

 

そういって友達と遊びに行った娘の事を考える。お母さん、お母さん、って後ろを着いてきていた娘が外泊する。なにも危険なことに巻き込まれてないと良いけれど。

 

それにしても何処か彼女の面影を感じる女の子だった。もしも私の考えていることが当たっていたら、絶対に面倒なことになる。

 

むしろ面倒だけしか残らない。

 

ああ、本当に嫌だ。

 

たとえ元輔さんの実家でも娘に危害を加えようとするなら全力で応戦するつもりだし、元輔さんだって婿入りするときに「僕も最後まで一緒にいるって覚悟は決めてるよ」と言ってくれた。

 

あの言葉には何度も救われた。

 

それでも彼に負担を掛けてしまっているのは事実だ。あの時、もっと私が二人を守れるぐらい強ければ良かったんだけどな…。

 



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第12話(四葉月夜)

司波深雪、あれは私の知り得た情報以上の存在だ。しかも守護者も超一流って、おば様の過保護は常軌を逸しているとしか思えない。だが、あの二人は拝郷信乃について何も理解していなかった。

 

彼女の両親は四葉当主である私のお母様と張り合える数少ない魔法師だ。そして、信乃の母親は私の母親とも言える人物だ。もしも彼女が居なければ私は最初から生まれてすらいない。

 

それゆえにお母様は信乃の母親を欲しがり、おば様は信乃の母親を隠していた。けれど、それも今日で終わりを告げた。いや、終わりを迎えることが出来たと言うべきなのだろう。

 

「四葉さん、御招待感謝します」

 

「そう畏まらなくて良いわ、私と貴女は同じクラスで勉学に励む友達だもの」

 

私はお母様の欲しがっていた情報を先に手に入れ、お母様が求め続ける人の子供と仲良くなった。最初は私に構ってくれないお母様への嫌がらせのつもりだったけど、信乃とは本当の友達になりたい。

 

そう思えるほど彼女は優しい。

 

私はお母様から生まれたけれど、私は信乃の母親にも産んで貰っている。本来は血縁関係者でしか出来ないとされていた子宮移植を信乃の母親とお母様は無事に成功させた。

 

それだけならば良かった。

 

しかし、四葉の人間と関わったことが分かれば人は離れる。それが分かっていたおば様は信乃の母親の情報を消し去り、生まれたばかりの信乃を連れてアメリカへと送った。

 

「四葉さん、これはアンティークすぎる」

 

「えっ、そうかしら?まだまだ遊ぶことのできる現役のゲームだと思うわよ」

 

確かに製作されたのは1997年頃だけれど、しっかりと手入れしているから未だに使えるソフトは沢山ある。まあ、古いと言えば古いのは事実ではあるが、それでも使わないのは勿体無い。

 

「そういえば信乃のお父さん、この前も六十歳を越えてるって言っていたけれど。それって本当に本当なのかしら?」

 

「お母さんと二十歳は離れてるのは事実だよ」

 

「…拝郷って延命の技術を持ってるの?」

 

私の問い掛けに「さあ、どうなのかな?」と首を傾げながらコントローラーを触っている信乃は「あっ、これで動くのか」なんて一人でゲームを始めている。私との会話は終わっていないのだけれど。

 

「私のお母さんって侍の家系なのに忍者だったりするし、いろいろと変なところあるから何とも言えないけど、お母さんのことだから『ただのアンチエイジングよ』って言いそうだな…」

 

「お互いに母親で苦労するわね」

 

「うん、まあ、そうだけど」

 

たぶん、きっと、これは本心だ。四葉の直系として隠すべき心のうちを溢すのは、この一度だけだ。それ以外では絶対に心を晒さない。

 

「「やっぱり、母親なんだって納得できる」」

 

この会話は二人だけの秘密───。

 



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第13話

△月∧日

 

早朝、ようやく帰ってきた娘は開口一番に「ただいま。あとお母さんってすごいね」と言われた。とくに誇れることはしてないと思うけど、娘に褒められてすごく嬉しい。

 

友達となにかあったの?

 

それとなく聞けば「んーっ、今は秘密かな?」なんて曖昧に言葉を残し、自分の部屋に入ってしまった。あっ、そういえば縫いぐるみを放り込んだまま放置してたの忘れてた。

 

たぶん、きっと喜んでくれるはずだ。ちょっとベッドを独占してるけど、あれは意外にも柔らかくて抱き締めるのには適していた。

 

まあ、普通に寝るときは邪魔だな。

 

元輔さんがこっそりと作っていたのは知ってるし、材料を余さず使うのは良いことよ。それでも娘の部屋の二割を独占する縫いぐるみはダメだと思う。

 

しかし、あのクマと戯れる娘を覗き見れるのは楽しく素敵だ。どこか悔しそうにクマのお腹をペチペチと叩きながら「これ、やわらかすぎるうぅ……っ」と言葉を漏らす娘は最高だ。

 

もっと近くで見たいけれど、あの子も年頃の女の子なのだ。こっそり、絶対にバレないように見るだけで我慢するとしよう。

 

△月∨日

 

なにやら実家にある秘伝書を盗み出そうとした不届きものがいるそうだ。まったく拝郷の持っている秘伝なんて、それほど凄いものじゃない。

 

あんなものは単純に文字として書いてるだけ、私達の家に必要なのは「死」その物を見つめ直し、自らを修羅の道へ落とす覚悟だ。

 

もっとも私は当主に必要とされる死生眼は持っていない。あれは何百人と殺し続けて、ようやく手に入る代物だ。

 

私は元輔さんと出会ったおかげで冥府魔道を歩むことなく拝郷の当主を務められているが、実家の奴らは「あの眼は戦いの中で培われ観察眼だ、いずれ必要となる」と言ってくる。

 

いくら観察眼を鍛えようと現代の戦いにおいて必要なのは守る覚悟だ。秘伝書にあるからと言っても死生眼は、ただの観察眼に代わりはない。

 

むしろ心配なのは秘剣の秘伝書だ。

 

あんな誰でも使える剣技を盗んだところで、まともに実戦で使えるヤツはいない。たとえ使えるやつが現れても破る技は口伝で教わる。

 

△月∠日

 

これは、なんとも言えない。

 

私の娘が送られてきた秘伝書を読んでしまい、次の当主にも抜擢された。それだけはダメだ。私は自衛のために人を殺す技は教えるが、あの秘剣は絶対に教えたくなかった。

 

そんなことを後悔しても遅いのは分かっているが、それでも娘にだけは知られたくなかった。我が家の必殺技は騙し討ちじみた技だなんて…。

 

やっぱり、怒ってるかな?

 

そう仕事中の元輔さんに電話して聞くと「まあ、昔の剣術は騙し討ちを取り込むことが多かったのは聞いているよ。いっそのこと信乃に教えて、自分なりに改良を加えさせてみれば良いんじゃないかい?」と言われた。

 

たしかに、そうだな。

 

ちょっと卑怯な技ではあるけれど、あれだって使えば実用性はあるんだ。わりと使える場所は限定されてるけど、ほんの少しは役立つ技ではある。

 

まあ、私のは古式魔法と併用して使えるように改良を重ねて、やっとの思いで編み出した本当の秘剣なのは事実だけれど。

 

よし、私の秘剣を教えよう。

 

あの秘伝書はカモフラージュで、本当の秘伝書は当主が人知れず伝授する。そう娘に納得してもらわないと母親の威厳が損なわれるかもしれない。

 



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第14話

▲月⊥日

 

私の秘剣は人に見えない。

 

正確に言えば相手を斬らず、強烈な死のイメージを対象の脳内に飛ばす。いわゆるプラシーボ効果と言われるものを技へと変えた物だ。

 

ただし、この技は味方のいるところでは使えない。

 

どうやってもイメージを与える対象を一人だけに絞ることは出来ないし、戦いの最中に人を選んで、そいつだけを狙うなんて不可能だからだ。

 

どれだけ修練を重ねた達人でも人を斬らず、その後ろのものを斬るなんて芸当は出来ないのと同じだ。ただの斬り合いなら使う必要もない。

 

私の秘剣は人を斬れない。

 

もっとも志念の法を使っている方が安定して、誰も傷付けることなく倒せる。私はどちらを選んでも怒らないけれど、人の道を踏み外さず生きてほしい。

 

それだけはお母さんと約束してね。

 

▲月+日

 

最近の女子高生、アバウトすぎないかしら?

 

私の用意しておいた巻き藁を突き刺し、志念の刀をねじりながら相手を切り裂く鏡飆唐竹割を聞いて、直ぐに実践するとは思わなかった。

 

いくら人を殺せない志念の法とはいえ斬られる相手は恐怖を感じるのよ。もしもビックリしすぎて気絶でもしたら大変なことになる。

 

あと今の切り方は上出来だった。

 

もっと斬る瞬間を意識すれば一撃で倒せるようになるわよ。あわよくば娘に近寄る不埒な輩を自動で斬ってほしいけど、流石に無理があるので諦めた。

 

しかし、べつの方法は考えてある。

 

そう、いっそのこと近付いてくる不埒な輩を娘に斬らせればいいのだ。ちょっと刺されたことに驚いて気絶したりしても問題ない。

 

娘に嫌がらせしたやつは憎しみで殺す。

 

これは、ほんのちょっとした仕返しだ。

 

たった、それだけのことなので警察は婦女暴行未遂で助けてくれるはずだ。それでもダメなら実力を行使して不埒な輩を娘から引き剥がす。

 

▲月-日

 

早朝、学校に向かう娘を見送る。

 

もっと夏休みはな長くても良いと思うんだ。私は娘とのスキンシップを増やしたり、それとなく一緒にお風呂に入れる夏休みが好きなのだ。

 

次の冬休みが待ち遠しい。

 

ああ、どうして、一年を春休みとか夏休みとか冬休みなんかに分けるんだ。それなら秋休みがあってもいいじゃないか。

 

私は毎日のように娘といたいんだ。

 

その気持ちは元輔さんも同じだ。

 

ほんの少しだけ休む日が増えるだけで、なにも困ることなんてない。むしろ最愛の娘と一緒にいられるなら、ずっと休みでも構わない。

 

いや、ずっと休みがいい。

 

私は元輔さんと娘に囲まれ、楽しい団欒を味わえれば幸せなんだ。それを邪魔するやつは誰だろうと絶対に倒してみせる。

 

はやく帰ってこないかな……。

 



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第15話

▽月〓日

 

早朝、第一高校の近くで呂剛虎と思わしき人物を発見したと報告された。すごいビッグネームが観光に来てるわねと冗談っぽく言おうかと思ったけど、それは場違いなので止めた。

 

しかし、あの人喰い虎と呼ばれる拳法家と互角に渡り合える人間は限られている。数年前、あいつと戦ったときは痛み分けたが、あのまま力で押されてたら確実に負けていた。

 

私と彼では拳法家としての純度が違う。どちらかと言えば私は剣法家だ。ただの全力で殴り合えば勝つなんてことはない。

 

そう思えてしまうほど彼は強い。

 

その拳は鉄骨をバターのように切り裂き、その蹴りは大地を叩き割る。そんな情報ばかりメールで送られてくる。もっと弱点や苦手な魔法を教えろよ。

 

彼は誰かに付き従ったりする性格とは思えない。あいつは強い奴と死ぬまで戦うためだけにテロリストになるタイプだ。

 

まあ、私はわりと平和主義者だ。

 

あまり面倒さえ起こさなければ出来るだけ優しく対処するつもりだ。あと元輔さんを戦場に引っ張り出そうとするのはやめてもらおうか。

 

▽月&日

 

開口一番、彼は人目も気にせず大きな声で「ようやく出会えたな、我が最愛の好敵手よっ!」と叫びながら突進してきた。

 

あの頃と戦闘スタイルは変わっていないけれど、新しく拳法を学んだようにも見える。もっと強引に防御を抉じ開け、強烈な一撃を見舞うスタイルを止めたのか、今は小さく急所のみを狙っている。

 

こういう戦い方をする奴と戦ったことは一度もないが、一呼吸の間に十数発は拳は打っている。まともに防げるのは五発か六発だけ、それ以外は後退して避けるしかない。

 

まったく、嫌な戦い方を覚えやがって…。

 

こうなるんだったら彼とは早めに決着を付けておくべきだった。そうすれば加速魔法を使わず、単純な身体能力だけで音速に達する拳をまともに受ける必要はなかった。

 

本来の防御魔法と違って分厚い装甲を纏う鋼気功を突き破る技はあるけれど、呂剛虎を足止めしないと使えない。

 

それだけ彼に技を仕掛けるのは難しい。

 

▽月₩日

 

私は身体中に包帯を巻いたまま娘にお弁当を作り、ちょこっと出掛けるついでに密かに家を監視してくるテロリストを捕まえる。

 

ほんの少し呂剛虎と戦っただけで、四葉を除いた他の十師族に勧誘される。まったく面倒なことばかり起こして、私はどこにでもいる専業主婦だぞ。

 

そんな如何にも辛くて面倒臭そうな、とっても危ないことは専業主婦には無理だ。ちょっと強いぐらいで悪い奴らと戦うなんて出来ない。

 

むしろ面倒なので誰かにパスしたい。

 

しかし、そう簡単にやめることは出来ない。

 

あわよくば誰かに手柄を渡して、ひっそりとバレないように仕事したい。もっと欲を言えば娘と添い寝して、ずっと子守唄を歌い続けたい。

 

まあ、私は娘の子守唄も聞きたいがな。

 



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第16話(拝郷信乃)

少し中途半端ですが、このお話で最終回です。

読んでくれて、ありがとうございます。



私のお母さんは不思議な人だ。

 

いつも家にいるかと思えば多額の謝礼金が送られてきたり、買い物に行ったかと思えば犯罪者を捕まえていたり、本当に何をしているのかも分からない。

 

うちが普通とかけ離れている事は理解しているし、お母さんが危ない仕事をしてるのも知ってるつもりだけど。いまテレビで報道されてる大亜連合の幹部を拾うなんて有り得ない。

 

しかも大陸屈指の剛拳の使い手と謡われる呂剛虎を連れてきて、二人して普通に和んでるのはわりと可笑しいことだと思うんだ。

 

あと呂剛虎の目付きが怖すぎる。

 

お父さんに「信乃は顔に出やすいからポーカーフェイスを心掛けなさい」って言われてたおかげで、あんまり顔には恐怖心は出てないはずだ。

 

むしろ私は「どうして、お母さんは包帯まみれで呂剛虎と話せるの!?」と叫びたい。どう考えても呂剛虎が攻撃したせいで、お母さんは怪我してるんだよね。なんでお互いに笑い合えるのよ。

 

こんなの絶対に可笑しいよ。

 

「信乃、彼に聞いてみたいことない?」

 

「えっ、いきなり、なの?」

 

「えぇ、いきなりよ」

 

「そ、それじゃあ、お母さんとはどこで?」

 

私は何を聞いているのだろうか。そんなの戦場とか修行の最中とか言うに決まってるじゃない。突然の呂剛虎への質問タイムに対応しきれず、変なことを聞いてしまったことを後悔した。

 

「数年前、中国の秘境にて…」

 

「あっ、そうなんですか……」

 

うん、私は知っていた。

 

どうせ、そんな答えが返ってくるんじゃないかと思ってたよ。だいたい、お母さんの行動範囲が掴めなさすぎるのもあれだ。ふつうに考えたら中国の秘境って何処にあるのよ。

 

「お前の父も良き武人だ」

 

お父さん、どうしてなの?

 

私は海外出張している頑張り屋さんなお父さんに聞きたくなった。ただでさえ謎の多いお父さんに新しい謎が二つも増えたよ、お父さんはエリートなサラリーマンですらなかったじゃん。

 

お父さんについて話すは呂剛虎が強敵と書いて「とも」って読むタイプの顔しながら話してるよ。なに、なんなの?私の両親って格闘家だったの?と自問自答を繰り返していると呂剛虎に「いずれ相見えよう」と言われた。

 

私は絶対に嫌だよ!?

 

いくらお父さんとお母さんが呂剛虎と互角に戦えたからって私が強いって決めつけるのは良くない。私は志念の法や圓明流を習ってるだけで、それ以外は普通の女子高生と変わらないんだ。

 

お父さん、早く帰ってきてよ!!

 

そう思わずにはいられない。こんなの普通の家だったら有り得ないよ。いや、四葉さんの家はわりとゴタゴタしてたから普通なのかな?

 

もう、何がなんだか分からない。

 

いっそのこと司波君に「呂剛虎はお母さんの知り合いだから問題ないよ」って伝えてみようかな。そうすれば丸く収まるんじゃないかと思えてきた。

 



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