ソードアート・オンライン アナザーゲート・プログレッシブ  (たかてつ)
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アインクラッド編
001 剣の連鎖


SAOです。
アインクラッド編です。
七十五層攻略中のお話。


静かに構える。ライトエフェクトが輝くと同時に地面を蹴った。

急激な加速、鳴り響く金属質な轟音、迸る血色の閃光。

ダメージエフェクトが飛散する。視界の端に映るHPバーは急速に減少した。

次で終わる――技後硬直から解放された瞬間、反転しながら右腕の剣を再び加速させる。 《ホリゾンタル・スクエア》 その光芒は連続する直角を空間に描く。

正方の光跡が拡散すると、光塊は砕け散った。

「あ、ありがとう……」

回復ポーションを差し出すと、彼は震える手でそれを受け取った。

周囲はすでに群青や深緑の金属鎧達に囲まれ、動揺するプレイヤー達の姿が散見される。

俺は、彼らの方へ進み、 「後はお願いします」 と告げて、転移結晶を手に取った。

青光に視界が染まる。

 

 

アルゲードのカフェテラスは夜になっても満席だ。

喧騒を眺めながら珈琲を味わう俺の隣の席では、パーティーメンバーらしき四人の男女が先日解放されたばかりの七十五層の話題で盛り上がっている。

「そういえば、あの 《二刀流》 の剣士、KoBに入ったらしいぞ!」

――大変だろうな、あいつ。

七十五層開通の二日後に催された 《大イベント》 によって、すっかり有名人になってしまった古い知人は、あの派手な白と紅の騎士服を着させられて、昼夜問わずの攻略にあたらされているのだろう。ご苦労なことである。

とはいえ、いずれソロ攻略は限界を向かえる。それにKoBには彼を愛する女性が所属している。ふたりの時間も増えることだろう。ある意味ちょうど良かった、のかもしれない。

俺は席を離れて、そのまま雑踏へ紛れた。

 

 

無数の店が並ぶ狭い路地が終わり、中央広場へ続く街道に出ようとした時だ。

「ちょっと、こい」

いきなり腕を掴まれた――敏捷値と索敵能力は比較的高いはずだが、それを遥かに上回る能力の持ち主なのだろう。

「……人違いでは?」

そんな俺の戯言を、完全に無視して引っ張り続ける。

フーデッドコートの下に鈍く光る蒼い金属防具とレザーのワンピース。腰には質実剛健な日本刀。そして、深く被ったフードから流れる黒髪――

間違いなく、俺もよく知っている人物だ。

「……疲れて、」

「いいからっ!」

うん、かなり怒ってるな。

「…………はい」

これはもう、どうあがこうと逃げることは出来ない。がっくりと肩を落として、宿に帰ることを諦めた。

黙ってその人についていくしかなかった。

 

 

どれだけ時間が過ぎただろうか――

強引に連れ込まれた和風ホテルの一室は、予想通り修羅場と化した。

その原因はもちろん俺、ではない。

ついに怒りを通り越した彼女は、細い肩を震わせながら泣きはじめた。

「それはアスナさんは凄いよ……攻略しながら料理スキルを 《完全習得》 なんて絶対出来ないもの。でも、それをわざわざ奥さんに自慢する夫なんて、ありえないでしょ……」

――凄いな。料理スキルをコンプリートしたのか、 《閃光》 さん。

「私だって毎日、攻略頑張って、お料理も勉強して……でも、なかなか上がらない。だから……それ、分かって欲しいのに……」

俺はウンウンと、黙って首を立てに振る。

「……もう私、KoBに入れてもらおうかな」

とんでもない騒ぎになるな、それ。

何も言えず、苦笑いを浮かべるしかなかった。

「……でも、やっぱり……いろいろ言われてはいるけれど、それでもDDAでこの世界をクリアしたい」

そう言うと彼女は、すっと腕を伸ばし、その細い小指を俺に向けた。

「だから、シュウ、DDAに来ない?」

何度も聞いたその誘い文句に、一呼吸入れて俺は答える。

「それは無理……とりあえず伝えるから。ナナミは料理、頑張って」

納得出来ない表情のまま涙を拭うと、彼女は巻きつけた手首の髪結い紐に視線を向けて、 「駄目ですか」 と、小さく呟いた。

俺は溜息をついて、それから視線を逸らす。

その瞬間、二人同時にメッセージが届く。顔を見合わせた後、互いに無言でウインドウをタップした。

【ゴドフリーが殺害された。七十五層転移門で待つ】

何も言わず、俺達は転移結晶を取り出す。

 

 

あれから数時間が経った。降り続く雨が夜の闇を深める。

古びた眼鏡橋の向こう側にうっすらと見える人影。目を凝らした。

それは静かに近づいてくると、俺の横に立ち止まり、手にしていた刀の雨露を小さく振り払った。

「転移、してなかったのか……」

無言で小さく頷く。

「シュウ……あの人達、いたね……ほんと、嘘ばっかり……」

刀を鞘に収めると、左腕の袖を指先で掴んだ。

「覚えてる? ゴドフリーさんに結婚したこと、伝えた時……すごく嬉しそうだった。それが私達、とても嬉しくて……」

「あぁ……そうだったな」

指先が小さく震えている。

「あんなに嬉しそうな顔……私、はじめて見たの……ボス戦とかじゃないと、会うこと、なかったから」

「……そうだな」

雨が強くなる。声を掻き消すように。

「どうして……関係ないじゃない……それが間違ってるって、分かってるけど」

「……あぁ、ナナは分かってるよ」

そっと、彼女の腕に掌を重ねる。

「帰ろう……待ってるから」

「…………うん、そうだね」

雨音と静寂を残して、俺達は歩き出す。

 

 

「しっかし、これ、すぐに折れちゃうと思ったのになー」

とてもその剣の作成者とは思えない発言に、俺は何を言うべきか悩む。

「速さと正確さ全振りで、若干の特殊効果ありーって全然いないよ、こんな片手直剣欲しがるひと」

「いや……いい剣だよ。大切に使わせてもらってる。リズ、いつもありがとう」

真顔を作ってそう言った。精一杯思わせぶりに。

「……えっ!?」

柄をがっちりと両手で握ったリズベットは、大きく目を見開いて、紅潮して、固まった。

四十八層主街区 《リンダース》 に凄腕の鍛冶職人がいる――それを教えてくれたのはナナミだ。

あの頃、必要な条件を満たす片手直剣が入手出来ず、すっかり困り果てていた俺に、意味ありげな笑みを浮かべながらナナミは 「じゃあ、紹介しようか?」 と、その鍛冶職人が営む店の場所を教えてくれた。

翌日、巨大な水車が雰囲気を感じさせる 《リズベット武具店》 に……そこから先は、あまり思い出したくない。

とにかく、ソロプレイヤーを選んだことを後悔するほど、素材集めは困難を極めた。

数週間かけて全てを揃え、再び店へ戻ると、 「うわー、ほんとに集めちゃったかぁー」 凄腕鍛冶職人のそんな温かい労いの言葉に、俺はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

リズベットは砥ぎ終えた剣身をゆっくり鞘に戻すと、目を逸らしながら俺に手渡した。

「い、いつもありがとう、なんて言われたら、あたし……って他に格安でメンテして欲しいモノ、あったりします?」

「……そういう下心しかない、と思う」

その言葉に、さっと紅潮は引いた。

「つまらんっ、もうちょっとカッコつけてよー。君の方が剣よりも大切ー、とかさー」

「リズが相手じゃ、これが限界」

「むかっ!! それどういうことっ!?」

怒るリズベットをなだめながら俺は佩剣する。

「ほんとにもうー……で、これから攻略? 七十五層、結構大変なんでしょ?」

「うーん、らしいね」

他人事のように答えた。だが、それが失敗だった。

「らしいねって、アンタ……はっ、まさか!? もしかして、前線から離れっぱなしとかじゃないよね?」

「いや、たまには行ってるよ。気が向いた時とか……」

「いや、絶対行ってないでしょ! なにやってんの、もうー」

リズベットは呆れたように首を振りながら背中を向ける。

「あっ!!」 

素早く振り向くと、ニヤニヤしながら下から覗き込むように俺の顔を見た。

「ふふふ……ナナミちゃんとケンカしたんでしょ?」

予想の斜め上過ぎるその質問に、答えが見つからない。

「あれっ、違った? ……ま、まさか、その逆ー!! 禁断の攻略とかはじめちゃった!?」

もはや答える気もおきない。がっくりと肩を落とした。

「ははは、冗談よ。……ナナミちゃん、今大変なんでしょ? 元気無かったから」

「……そうだな」

虚ろな表情から察したのか、リズベットは笑顔で俺の肩を叩いた。

「だったらシュウさん、攻略頑張らないと! そうだ、あたしとパーティー組もうっ!!」

「……それは、どっちも無理」

「むきーっ!! せっかく誘ったのにー」

堪えきれず、俺は笑った。

 

 

拙い――率直な感想だ。

この数分間、二本のシミターに翻弄され続けている。

戦力的に考えれば、こちらのほうが圧倒的であるにも関わらず、形勢は思わしくない。

三対一の数的優位を全く活かしていない――それが最大の原因だろう。

特に、 《スイッチ》 のタイミングの酷さ、これは深刻である。

連携不足というよりも、全く連携していないに等しい。交互に 《タイマン勝負》 を挑んでいるようなものだ。

総じて、攻撃することよりも、ダメージを受けないことに徹している。

――この世界において、それは間違いなく正しい判断だ。しかし、それが時には危機を招くこともある。

彼らは戦闘時間が長引くことのデメリットを考慮していないようだ。

「…………」

最強ギルドの精鋭部隊って、この程度なのか――そうは口が裂けても言えないが。

 

 

「よおっしゃあああー!」

振りぬいた両手剣をそのまま高らかに掲げ、ガッツポーズを決めた。やっと一匹 (一人?) の 《リザードマンロード》 が撃破されると、ギルドの仲間達は彼に向かって 「おぉー、グッジョブ!」 そんな歓声を上げる。

いやいや、戦闘中に余所見するなよ。さすがに呆れて溜息をついた。

「よし、こっちも終わらせるぞ」

勢いに乗った長槍使いが腹部に単発攻撃を加えると、ギャッと悲鳴を上げ、大きく後方に退くリザードマン。

「スイッチ!」

その声を受けて、片手直剣使いは走り出した。おそらく 《ソニック・リープ》 だろう。

「オッケー! うりゃあああー」

刃が黄緑色に発光したその瞬間、リザードマンは重心を左に変えた――予感に従って、俺は構える。

「え、うそっ、」

剣は空を斬った。ソードエフェクトが消えゆくと同時に硬直する直剣使い。

「「ば、馬鹿っ、おいっ!!」」

ギルドメンバーの叫びも虚しく、狙い通りにリザードマンは背後を取る。

鋭く振り上げられたシミターからオレンジ色の光彩が、ふっと消えると、赤い光芒が切り離した手首もろとも粉々に砕け散った。

動揺や驚愕が入り交ざった表情で固まったままの直剣使いに、俺は肩膝をついたまま、 「はい、スイッチ」 と平坦な口調でお願いした。

その後は、一方的なものだった。

 

 

天気が良いから――そんなどうしようもない理由で七十五層圏外をウロウロしていた俺を、 《血盟騎士団》 の御一行様は、攻略に同行させることにした。

実際は、偶然会って、 「見てるだけでいいから」 と誘って、嫌がる俺を強引にパーティーに加えた、それが正しかった気がする。

彼らがリザードマンとの再戦に奮闘する最中、俺はここぞとばかりに踵を返した。

「おつかれー。さすがだねー。カッコよかったよー」

離脱失敗。見られていたようだ。後ろから声を掛けられた。

がっくりとして振り返ると、コムロンは引き攣った笑顔で手招きしている。

「オマエさー、訓練にならないから見ててねー、ってオレ言ったのにー。みんなビックリしちゃてるしー」

「いや、反射的というか、呆れて、というか……」

コムロンは溜息を吐きながらやれやれと肩を落とした。

「ま、別にいーけどさー。即席の隊だから、まだみんな慣れてないんだよねー」

「そうなのか……」

「うん。七十層以上の攻略はじめてー、っていう人もいるくらいだしねー」

ギルドメンバーのほうに視線を向けて、コムロンはまた溜息をついた。

「あれ以来、KoBは大混乱だよー。ゴドさんが……アスナさんもいなくなって、司令官不在みたいなもんだから、現場の下っ端はしんどいよねー。団長が何を考えているのか、オレにはサッパリ? だしさー」

コムロンはゴドフリーが隊長を務めていたKoBのフォワード隊に在籍している。事件後の混乱と多忙は容易に想像がついた。

「ま、しょうがないけどねー……あ、そうだ! キリト君がいなくなっちゃったから、代わりにシュウ、入団しない?」

すっと振り向いて、人差し指をこちらに向ける。 《似たもの夫婦》 とはこういうことなのだろう。

「それは、無理」

コムロンは頷きながら 「だよねー」 と呟くと、ゆっくりと仲間達の方へ視線を戻した。

 

 

疑いの眼差しを向ける 《コムロン隊長》 に、 「もう無理、時間だから」 と言い残して全力でダッシュした。

事実、集合時間は迫っている。

七十五層の圏外には、主街区 《コリニア》 と同様、ヨーロッパにありがちな歴史的建造物、その朽ち果てた遺跡のようなものが点在している。

「どこだよ……似たようなやつ、ばっかりだし」

途中、何度かモンスターに遭遇したが、 「えい、やー」 と適当にあしらって目的地の場所を探した。

昔はさぞ立派であっただろう 《ナントカ宮殿》 そんな名前が付きそうな遺構の前に、群青の金属鎧二人組みが落ち着かない様子で立っている。

短い金髪の若者が、俺の姿を見つけると大きく手を振った。

「お疲れさまっす! でも、遅いっすよ、シュウさん。やべーって、ドキドキしちゃったじゃないですかー」

「ごめん、遅くなったね」

黒髪の巨漢が宮殿の入り口へ案内する。

「さぁ、急ぎましょう。アネさんがお待ちです」

……アネサン?

「彼女……DDAの人達にアネさん、って呼ばれてるの?」

「えっ……いや、まぁ……」

巨漢が複雑そうな面持ちになると、金髪は俯いて必死に笑いを堪えていた。

 

 

「黙って今すぐ出せよ! アンタにお宝ぶん取られんの、もういいかげんウンザリなんだよ!!」

痩躯な男の激しい怒声が空気を震わせた。

「うるせぇな、街に戻ってからでいいだろ。焦んじゃねえよ、馬鹿がっ」

不愉快そうに追い払うような仕草をしながら、無精髭の男は彼を睨みつける。

揉め事に巻き込まれまいと、足早にその場から去ろうとする群青鎧達。

「はっ、低レベルの新参者が俺に意見してんじゃねぇ……」

嘲笑うようにそう言い捨てると、無精髭も彼に背を向けた。

「ふ、フざけんな、出せって言ってるだろ!!」

叫びながら詰め寄り、掴み掛かろうとする。だが、腹部に強打を入れられて、がくんと膝から崩れ落ちた。

「お前、本当うるせえよ……消えろ」

殴った拳をゆっくりと曲刀の柄に置いて引き抜く。赤黒い閃光を放つ刃。

男の顔から笑みが消えた――切先は小さな掌から光を零した。

「なっ……」

轟音を伴った血色の閃光が首を貫く。蒼い光芒は幾度もその身体を斬り裂いた。

「……斬って」

それに応えるように、 《バーチカル・スクエア》 を放つ――

這い蹲る男の首に剣尖を突きつけた彼女は冷血に告げる。

「クラディールに、よろしく」

何かを言おうとした刹那、その首は転げ落ち、砕け散った。

俺が剣を収めると、彼女は 「後は任せて」 そう言い残し、DDAの仲間と共に五十六層へ転移した。

薄れゆく青い光の結晶が消え去るまで、彼女は俯いたままだった。

 

 

七十五層攻略は難航しているようだ。 

攻略は遅々として進まず、未だフロアボスを倒すに至らないらしい。

《ゴドフリー殺害事件》 によって、有力ギルド内部の人間関係は相互不信により悪化したそうだ。

そして 《攻略集団》 の中心的人物が、二人同時に前線を離脱した影響も大きいらしい。

俺のような 《時々攻略集団プレイヤー》 にも多方面からお誘い、というよりは脅迫まがいのメッセージが度々送られてくる。

【それは、無理】 で押し通すことが出来無くなるのも、時間の問題かもしれない。

そんなわけで、エギルを中心とした 《おじさんパーティー》 も前線攻略に奮闘中のようだ。

「……開いてない」

不要なアイテムを処分しようと思ったのだが、その店の主は留守だった。

 

 

「おいっす。ナナちゃんとのデートで最近忙しいらしいナ」

突然、珈琲を味わう俺の背後からそんなゴシップネタが聞こえてきた。

「珍しいな、直接来るなんて……あと、嘘つくな」

「にゃハハハ。たまにはシュウの顔、見とかないと忘れそうだからナ」

そこに座ったら見えないだろ――

甲高い声と特徴的な語尾の 《情報屋》 は、俺の背中合わせの席に座ると、NPCの店員に 《本日のオススメナントカセット》 を注文した。

「……で、本題は?」

「オマエ、攻略に行かないのカ?」

いきなり痛いところを突いてきた、この情報屋。

「……行くよ。そろそろ天気も、」

「ヒマだったら 《はじまりの街》 に行ってきてくれないカ?」

「それは、無、痛っ!?」

俺の後頭部へ何かが激突した。間違いなく後ろの客の仕業だろう。

「……何で俺が?」

「おれっチは誰かさんと違って七十五層で忙しいんだヨ」

はい、そうですね、ごめんなさい。

しかし、確かに最前線の情報収集で手一杯なのは間違いないだろう。

ひとつの情報の有無で攻略のスピードと安全性は全く違ったりもする。

「……軍絡みか?」

「まーアイツらも絡んでくるだろうナ。だからオマエなんだけド」

それを聞いた瞬間、あの 《トゲトゲ頭》 がすぐに浮かんだ。

俺は溜息まじりにうなだれる。

「めんどうだな、それ」

「んんっ、たあから、オマエなんだオ」

とりあえず、食うか話すかのどちらかにして欲しい。

「いやー、これ美味いナ! で、ヤバそうなダンジョンへ潜入してきて欲しいんだヨ」

おそらく上層階の解放、もしくはクエスト達成によって出現したのだろう。

上しか頭にない 《攻略集団》 とは違って、中層クラスのプレイヤーはそういった場所……ヤバそう?

ゆっくりと後ろの席へ振り向く。どうやら後の客もそうらしい。

「気をつけろヨ! 六十層クラスのボス級モンスターが居るらしいからナ!!」

クリームを口の端につけたアルゴは、満面の笑みだった。

 

 

翌日、 《はじまりの街》 の中央広場は閑散としていた。

他の階層と比較すれば、圧倒的な面積を誇る転移門広場だが、それにしても人が少ない。

「……こんな感じだったかな?」

数ヶ月振りに訪れたとはいえ、その変わり振りに違和感を感じる。

――アルゲードに慣れすぎたのか。

考えてみれば、五十層開通からずっと住み続けているあの街の混沌こそ、むしろ異常、ともいえる。

何度か 《コムナナ夫妻》 が住む六十一層の 《セルムブルグ》 へ誘われたが、あの街の雰囲気と物価は、俺にとってはハードルが高すぎる。何より、引っ越したら毎朝、 「起きろ、攻略行くぞ!」 に違いない。そんな場所に住みたくない。

他の階層にも魅力的な街はあるが、結局住み慣れた街が一番――という結論に毎回落ち着く。

少なくとも 《アインクラッド解放軍》 が統治するこの街で暮らすことはもうないだろう。

 

 

広場から大通りに入り、市場エリアの店先に並んだ商品を懐かしく思いながら眺めていた時――

「あれ、シュウさんっ!?」

突然、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。振り返って視線を合わせる。

「…………」

目を疑う光景が、そこにはあった。知り合いがいた。そして、その二人の間に少女がいた。

「うっす、久しぶり。こんなところで会うなんて」 

俺は、久しぶりに動揺したようだ。思ったことがダイレクトに口から出た。

「凄いな、カーディナルシステム。あの行為の先がある、とは考えもしなかった」

一瞬の静寂の後、

「はっ?」 ――と、相変わらず黒のキリト。

「えっ?」 ――と、騎士服ではないアスナ。

無言で顔を見合わせると、同時にこちらへ振り向いた。

「ち、違う違う、そういうことじゃないぞっ、この娘は……」

「そうそう、シュウさんっ、あのね、これから……」

そんな大慌てな二人の様子を女の子は不思議そうに、嬉しそうな目で見ている。

幸せそうで、なにより――

だが、直感は伝える。この世界には 《NPC》 でも 《プレイヤー》 でもない 《限りなく人間に近い何か》 が存在する、と。 

「オマエは分からないのか――この世界は嘘で成り立っているんだぜ」

忘れることの無い、その言葉が脳裏を過ぎる。

 

 

(終り)



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002 花とひとでなし

SAOです。
アインクラッド編です。
四十八層攻略中のお話。


モンスターをペットにしたら、モテるに違いない。

そう思ったコムロンは、先日攻略を終えたばかりの四十七層へ向かうことにした。

《ピネウマの花》 なんてスペシャルなアイテムが出現するくらいだから、きっと他の層よりモンスターテイムに成功する確率は高いはずだ、と。

翌朝、主街区 《フローリア》 に転移した直後、コムロンは思った――ここはひとりではつらすぎる。目の前に広がる美しく羨ましい光景に耐えられる自信がない。

そんなわけで、俺は今、ここにいる。

友人のメッセージひとつで、いつでもどこでも行けてしまう自分のフットワークの軽さが悩ましい。

「……全然駄目じゃん、お前」

彼の 【大丈夫、オレは動物に好かれるタイプだから】 ――それが通用したのは現実世界だけだった。

「おかしいなー、やっぱりわんこだけなのかなー」

圏外を何時間も彷徨い続け、何度も遭遇した動く草花のバケモノと格闘した結果、コムロンが手にしたものは、その事実だけだった。

「今日は花の収穫と草刈りを頑張っただけで終わったな……」

「でも、いっぱいアイテムドロップしたでしょー。コルも稼げたし、めでたし、めでたしー」

――めでたいのはお前の頭の中だけだ。

「じゃあー、オレは時間だから行くけど、シュウはどうすんのー?」

これから四十八層で行なわれる会合にギルドリーダーとしてコムロンは参加する。その会合の結果によって、彼らの前線攻略は今後大きく変化するだろう。

「疲れたから……今日はこっちの宿に泊まる、と思う」

「オーケー。なんか決まったら連絡するねー」

青光に輝きながら笑顔でこちらに手を振るコムロン。俺も小さく手を振った。

「しかし……その前にやることだったのか? これ……」

 

 

《フローリア》 は観光地として大人気のようだ。

転移門広場に近い宿はどこも満室で、空き部屋があったのは圏外まであと数メートル、といったこの場所の怪しげな安ホテル。

明日からの四十八層攻略の前に――明後日からにするかもしれないが、今日はせめて美味しいものを食べてから寝ようと部屋を出た。

日中は全く気付かなかったが、ライトアップされた美しい花々、それをさらに引き立たせる圏内BGM、夜の散策を多くの男女が楽しんでいる。

――こんなに女性プレイヤーっていたんだな。

コムロンが 「耐えられる自信が無い」 と言っていた理由も少しは理解出来る気がする。

そんな光景を眺めながら大通りをしばらく歩いて、レストランやカフェが立ち並ぶ路地に曲がろうとした時だ。

青紫の花が広がる花壇の前に、美しい女性が立っていた。

それは、美しさだけ、の女性だった。

 

 

「昨日はじめて会ったばかりなのに、来てくれてありがとう。今日は本当に助かったよ」

三十五層、 《迷いの森》 の出口で、ギルド 《フルムーン・ウルフ》 のリーダー・ソウタはそう言って握手を求めた。

――昨夜、偶然俺の隣の席に座った彼らは、今月末に迫った 《サンタ狩り》 の手がかりを探しているようだった。

どうやら最近ギルドメンバーを亡くしたようで、彼らの真剣さは隣でハンバーグに舌鼓を打っていた俺にもひしひしと伝わってきた。

めんどくさいことから距離をおきたいスタイル――の俺は、とりあえず急いで食事を済ませ、その場から離れようとした。

だが、席から立ち上がった瞬間、 「あの、すいません」 ギルドメンバーのひとりから声を掛けられてしまう。

そんなわけで、俺は今、ここにいる。

女性の声ひとつで、いつでもどこでも行けてしまう自分のフットワークの軽さを呪いたい。

「あの木だとは思うけど、絶対ではないから……」

「それでもかまわないさ。この森の攻略法を教えてもらっただけでも全然違うからね。僕らが行った他の場所より可能性を感じたよ」

そう言うと、離した手でソウタはウインドウを操作する。

「……あ、いらないよ。美味しいワイン、ご馳走になったから」

「いや、それじゃ申し訳ないよ。シュウがほとんど一人でモンスター倒してくれたから、僕達は無事帰ってこられたようなものだし……」

「うん、それで稼がせてもらったから。今度は俺がおごるよ」

そう言って俺が笑うと、ソウタは 「それなら、お言葉に甘えて」 と、こめかみを掻く。

長槍使いのササオが振り返り、 「よ、太っ腹」 などと、おじさんめいた台詞を言うと、ギルドメンバーは一斉に笑った。ただひとりを除いて。

その瞬間、すれ違い様だ――狭い林道を先頭で歩いていたカダル、その後ろに並んだソウタとササオが突然倒れる。

「イヤッーホォー、どう? 痺れちゃうでしょう?」

「次はオネーサンとオニーサン、どっちにしようかなあー?」

ダガーやクナイで彼らを切りつけた三人の男達は、歪んだ笑みを浮かべながら俺達を舐めまわすように睨みつけた。

めんどくさい――俺は柄に手をかけず、突っ込んだ。

「えぇっ?」

十字の閃光、ニ閃、そして三閃輝く。ひとつの光塊が弾けた次の瞬間、再び十字の閃光が走る。続け様に輝いた三閃は儚く消え、俺は振り返りながら加速させる。

「お、おい、こ殺すことはないだ、ぉっ!」

硬音と共に砕け散った光彩を背に、その剣尖は喉元を斬り裂いた。

「……何で?」

橙色の光芒が震える声を失わせるまで、それほど時間はかからなかった。

 

 

ドスン、という音が部屋中に響き渡る。

「……もう無理っ」

ようやくベットに倒れこむことが出来た幸せ――この衝撃でHPバーがレッドに変わってもいいとさえ思った。

あれから、転移結晶で 《フローリア》 に戻ると、 「今日はありがとう」 そう言い残して、 《フルムーン・ウルフ》 の面々は足早に転移門広場を後にした。

あれだけのことがあったのだから、それはしょうがないだろう――問題はその後だ。

コムロンから 【大至急、四十八層転移門】 というメッセージが届く。

二分ほど考えて、 「いや、ごめん。ダンジョンに潜っていた」 という言い訳を生み出すと、一時間程度食事を楽しんで四十八層へ向かった。当然、怒っていた。

転移門から数分のスペイン風 (ポルトガル?) のレストランに連行され、そこで俺を待っていた知り合いに、また凄く怒られる。

もうめんどくさくなった俺は、 「無理です」 と告げて、帰ろうとすると、彼女は絶対零度で 「残念ね」 そう言い放った。

そんなわけで深く傷ついた俺は、 《前線攻略》 という名目で変なガイコツやオバケを相手に八つ当たりを済ませ、ようやくこの安っぽいベットに帰ることが出来たのである。

「……もう動けない」

ドアがノックされた。勘弁してほしい。ゲームは一日一時間だったはずだ。

 

 

「こんばんは」

そう言って、すっと窓際へ進んだ。俺はドアを閉め、ゆっくりとソファに腰を下ろす。

立ったまま窓の外を見ている彼女の口元が動く。

「あの、今日は、」

「あっ、悪いけど、 《ありがとう》 とか 《こわかった》 はいいよ……こちらこそ、ありがとう。久しぶりに恐かったよ」

彼女は、振り返らない。しかたなく俺は続けた。

「踏み出す瞬間、もし抜いたら反転して牽制しよう、そう思った……けれど君は抜かなかった。それはどうして?」

月光が薄く差す窓に、無表情の彼女が映る。それは微かに動いた。

「……だって、三人だけのほうが……七人よりも、少ないから」

それは簡単な算数だった。

「そう……なら、命拾いしたわけだ……ありがとうございました」

俺は立ち上がり、目を逸らさずにドアを開けた。

「圏内PKとか……そういうめんどくさいことは嫌いなタイプ、と思うけど、出来れば一緒の部屋には居たくないな……」

彼女は何も言わず振り向くと、ドアの外へ向かう。

「今日はお疲れ様。おやすみなさい」

そう言ってドアを閉めようとすると、

「私のこと、分かるのね」

そんな呟きが聞こえた。俺はドアを閉める。彼女は部屋を後にした。

深く大きい溜息。

再び、ドスン、という音。もう嫌だ。そしてメッセージだ。

俺はウインドウを操作する……明日の予定が決まった。

「もうーまじーむりー」

それが今日、最後の言葉となった。

 

 

まだ薄暗い早朝の圏外。周囲は深い霧と朝露でしっとりとしている。

「おはようございます。ここまでご足労いただきありがとうございます。お久しぶりですね、シュウさん」

ハンチング帽にダークグレーのロングコート、まるで刑事か探偵のような風貌のフロッガーは、にこやかに挨拶をした。

「久しぶりです、フロッガーさん……とりあえずメッセージは飛ばしましたけど、来るかどうかは分かりませんよ」

「はい、それは構いませんよ、その際はこちらで対処いたしますから」

それから数分と待たずに、彼女はひとりでやってきた。

「おはようございます。はじめまして、フロッガーと申します。お願いいたします」

「おはようございます……メッセージ、読みました。お願いします」

そう言って彼女は、柄に手をかける。フロッガーも剣を抜いた。

「あっ、すみません、シュウさん。号令をかけていただいてもよろしいでしょうか?」

えっ、俺っ? ――こういう場合、何て言えばいいんだ。分からないのでとりあえず、雰囲気で叫んでみた。

「……はい、はじめぇー」

二人は動かない。大きく間違えたのか若干不安になったが、間合いを計っているだけ、そう信じたい。

先に彼女が走った。瞬時に下段を押さえにいく。フロッガーの切り上げは間に合わない。

「速いっ!?」

抜き打ちでソードスキルを封じられたフロッガーは驚きを隠さない。そのまま紅い閃光を放った刀身は、右側面から平突きで首を狙った。

「……えっ」

粉塵。彼女は緑と黄の薄い煙状の何かに包まれた。その瞬間、身動きが取れなくなったのか、ばさっと倒れる。

「うっ、げほっ、けほっ、うっ、ぐぅ、けほっ……」

倒れた背中から突き抜ける片手剣、間違いなくクリティカルだろう。フロッガーは笑顔でカウントを始めた。

「十……九……八……七……六……」

涙を流し、咳き込んだまま彼女は痙攣している。

三を数え終えると、フロッガーは溜息でカウントを止めた。

素早く剣を抜くと、つまらなそうに首を振りながらこちらを向く。

「シュウさん、残念です。確かに剣才は素晴らしいのですが、それはあくまで、スポーツやゲームとして、ですかね」

笑顔に戻ったフロッガーのそれに、俺は苦笑いだけで応えた。

「し、けほっ、げほっ、……ころ、」

その瞬間――飛び出した。

刀を蹴り飛ばし、彼女の背中を踏みつけ、振り下ろした刃を首元に当てると、

「君は、命拾いしたんだ……素直に負けを認めてくれ」

俺は彼女にそう言った。

「……シュウさん、優しいですね。相変わらずで、嬉しいです」

「知り合いが死ぬところ、出来れば見たくないんだ……」

柄から放した手でハンチング帽を取ると、フロッガーは軽く一礼して霧に消えた。

剣を納めると、足元の彼女は、咳き込みながら静かに泣いていた。

 

 

「やっぱり、ギルドって……大変だよな……」

湖水に垂れた釣り糸の先に漂うウキは全く沈む気配がない。もうすぐ正午だというのにも関わらず、まだ俺の胃袋に入ってくれる魚は一匹も釣れていない。さすがに飽きた。もう寝たい。というかずっと眠い。

――結局、なけなしのヒールクリスタルを使ってHPを全回復させたものの、彼女は倒れたままだった。

あれっ、死んだ? しかし、 「大丈夫かっ?」 と、知り合いのようにそっと抱き起こす義理も勇気も経験値もない。

そんなわけで、しばらく様子をうかがうことにした。それが最も無難な判断であろうから。

「……あ、まだ、いたの?」

ようやく身体を起こした彼女の第一声はそれだった。

踏みつけてごめん、と言ってはいけない空気であることくらい、さすがに俺でも分かる。

ゆっくりと立ち上がると、それだけを残して彼女は街の方へ消えた。

《聖龍連合》 ――現在この世界で最大のギルド。そこに彼女は所属している。

あの夜の直感は正しかった。それは 《迷いの森》 へ向かう前のこと――ウインドウに表示された 【正解!】 そのメッセージが届かなければ、俺は迷わず最初に彼女を斬っていた。あの情報屋に五百コルもぼったくられた甲斐もある、というものだ。 

《サンタ狩り》 に必死なのはどこも同じで、彼らは至る所に配下を向けている。多分に漏れず彼女が 《フルムーン・ウルフ》 に紛れたのもそれだった。

そして、それを狙っていた 《彼ら》 も動いていた。 【報復してしまったら、流石に攻略集団、動きますよね?】 それは分かりません、とはさすがに返さなかったが、俺は情報提供を条件に彼らの報復先を 《俺のみ》 に絞らせた。

その後、 【上からストップかかりました。またよろしくお願いいたします】 それに安堵したものの、直後に 【女性の方、スカウトしてもよろしいですか?】 ……それは知りません、と。

「おーい、なんか釣れたー?」

背後からよく知っている声が聞こえた。ふっと我に帰り、振り向いた俺は、失笑する。

孫にも衣装――とは、このことだ。

この森の景色に全く溶け込む気がしない、派手すぎる白と真紅を纏ったコムロンがいた。

そして、その後ろに隠れるように、蒼いカーディガンの人影。

「いやー、大成功だよー。オマエには焦ったけどねー。あっ、この人はさっき出来た友達だよー!」

――はいはい、お前は凄いよ。でも、動物じゃなくて、怪物だな。

 

 

(終り)



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003 アリとクリスマス

SAOです。
アインクラッド編です。
四十九層攻略中のお話。


蟻地獄を最後に見たのはいつだったろうか。

大人と呼ばれる年齢になってから、それを見かけた記憶は全くない。

あの砂に開いた穴は何だろう。そんな疑問を抱くような年齢だったら十年以上も前になる。

そういえば、あの砂の穴は蟻にとっての地獄ですよ――そう教えられた時はとても驚いた気がする。

俺はずっと、蟻に襲われる者にとっての地獄、そう思っていたのだから。

 

 

「ソウタ、五分前!」

四苦八苦しながらも、クォータースタッフを巨大アリの腹部に叩きこんだソウタへ撤収を知らせる。

「了解、やっと終わる……」

安心したのか、不用意にこちらを見たソウタの死角へ巨大アリは回り込む。

瞬間、飛び出してソウタを突き飛ばす。二人の間を緑色の酸はすり抜けた。

そのままアリの顔面に二連撃 《ホリゾンタル・アーク》 を放つ。勢いのまま水平に跳び、こちらに反転するタイミングで一閃、さらに左に踏み込んで多足の隙間を縫うように切り上げる。その勢いでひっくり返るアリに最後の閃光を振り下ろした。

「はい、ダッシュ!」

振り向き様、座り込んでいたソウタの肩を叩くと、一気に出口を目指して加速した。

「あっ、うん。了解!」

巣穴から湧き出る巨大アリの群を横目に、ソウタも後ろから全力疾走で俺を追いかける。

三十メートルほど走って 《蟻の谷》 の出口を抜けると、ソウタはもう限界のようだった。ふらふらとしゃがみこみ、そのままぱたりと後ろに倒れる。

「はい、お疲れさま」

大の字の胸の上へそっと小瓶を置くと、 「ありがとう」 そう言ってゆっくりと体を起こした。

蓋を開け、レモン風味の回復ポーションを一口飲むと、ソウタは遠くを眺めるように小さく呟いた。

「これを、ずっとひとりでやらないといけないのか……」

自分に問うように俯いたまま答える。

「それはまだ、決めなくてもいいと思う……」

ソウタは前を向いたまま、 「そうだね」 と言って、飲み干した小瓶を軽く投げる。

ゆるい放物線を描いた小瓶は、地面に落ちると小さく光って消え去った。

「なんだよぉ、こんな時間でも順番待ち多いなあ……」

聞き覚えのある大声がした。俺は素早く立ち上がると、ソウタに 「逃げるよっ」 と言ってウインドウを操作する。

「おっ、シュウ! お前も来てたのか!!」

まずい、見つかった――転移結晶を握る。

「あっ、あー!! 逃げんな、コラ! おいっ、」

唖然としているソウタの腕を引っ張ると、眩しい光の中へ連れ込んだ。青光が視界を染める直前、俺はクラインに手を振った。 

 

 

【相談したいことがある】 そんなメッセージが届いたのは昨日の昼のこと。

四十九層の圏外で珍しく攻略に励んでいた俺は、そのメッセージが届くとすぐに彼を街に呼び出した。

主街区のカフェにやってきた彼の姿は、この世界ではありえないことなのだが、以前よりも少し痩せたように見えた。

ソウタがリーダーを務めていたギルド、 《フルムーン・ウルフ》 は解散していた。

あの日、彼女は彼らに謝罪した――理由を聞いても語らなかったそうだが、涙を流しながら 「すみません」 と一言告げ、その場を去ったらしい。

他の二人も同様の思いだったのか、それからまもなく 《はじまりの街》 へ戻ると言って、ギルドは解散した。

ソウタも今後クリアを目指して攻略を続けるか悩んだ。そこで俺に相談してみようと思ったらしい。

ソロプレイヤーも考えている――それを知った俺は、最近 《攻略集団プレイヤー》 の間で最も人気の高いレベリングスポットへ案内した。ソウタがこの世界のクリアを目指すのであれば、有力ギルドに所属する道を選んでくれることを願ったからだ。

別れ際、 「また連絡する」 と言って笑うと、ソウタは常宿のある十一層へ戻った。

ちなみに、涙を流しながら謝った、という彼女は、俺の左前の席でサンドウィッチを美味しそうに頬張っている。

「まだそんなに流行ってるのかー。この間、ナナちゃんと行ったときも、待ち時間凄かったよねー」

うんうんと、ナナミは頬張りながら頷いた。

 

 

現在、コムロン君とナナミさんは所属ギルド公認のお付き合いをされている。 

――彼女だけはやめておけ。

あの後、俺はナナミについて知っている情報と今後予想される災悪の全てをコムロンに伝えた。

それでも彼は納得しなかった――俺は語気を強めて説得を続ける。その時だった。

「何言ってんだ、明日死ぬかもしれないんだぞっ! あんなに綺麗で可愛いくて素敵なひとっ、もう一生出会えないだろっ!!」

絶句した――あれをそう思えることに。嘘だろ、と。

とはいえ、コムロンがここまで怒ったことはなかった。彼と出会ってからの一年、声を荒げる場面は一度も見たことがない。

本当にめんどくさくなった俺は、 「だったら上司に報告しとけよ」 と彼に告げた。おそらくあの人ならば、上手い具合にコムロンを諦めさせてくれるに違いないと思ったからである。

すぐにコムロンはナナミを連れて、三十九層の 《血盟騎士団本部》 へ向かった。

KoBの副団長は、 「少し彼女とお話してもいい?」 と、部屋にナナミだけを招き入れたそうだ。十五分程でドアが開き、 「大丈夫」 そう言ってナナミは彼を部屋に招いた。

それでも一抹の不安を抱えていたコムロンは、本当に問題が無いのか 《攻略の鬼》 にたずねると、 「うん、いっぱいいるから、大丈夫だよ」 と、にこにこしながら話したそうだ。更には 《聖竜連合》 のほうにも了承済みだった……そうだ。

大手ギルドって凄いな――それが俺の率直な感想だ。

それから数日後、無粋を承知でナナミに 《彼のどこがいいのか》 をたずねると、 「好きになったから」 の一言だった。その鉄壁すぎる返答に、俺は沈黙せざるえなかった。隣のコムロンは固まっていた。

「ではでは、行ってきまーす!」

遅めの朝食を終えると、コムロンはKoBの攻略に参加する為、四十九層圏外へ向かった。

「シュウ、これからどうするの?」

手を振り彼を見送ると、それまでの笑顔が嘘のように一瞬で消える。

「特に……アリの駆除でもしようかな?」

「私も、」

即答ですか――めんどくさいから、断る理由を考えようとしたら、

「行こ、」

彼女はすでに転移門へ向かって歩き出していた。もはや隙が見当たらなかった。

 

 

天性の剣才。特殊攻撃への反応はいまいちだが、とにかく相手の動作に対応する速度が恐ろしいほど速い。

相手の身体操作を観察しながら、最適な動作を最速で実行出来ている。俗に言う 《後の先》 の技術が神懸り的に高い。

それだけならば、俺が知る限りの 《攻略集団プレイヤー》 の中でも、五本の指に入ってしまうかもしれない。

「スイッチ」

水面を飛び跳ねるようなバックステップで後方に下がったナナミ。俺は迷わず 《ヴォーパル・ストライク》 を放った。その轟音を伴った血色の閃光が一瞬で巨大アリを貫くと、光塊が拡散する向こう側から、 「それ、ずるい」 小さな声が聞こえた。

剣技リストに昨夜出現したばかりのソードスキルだったので、俺自身も正直驚いたのだが、 「知らないし」 と、硬直したまま答える。

「やっぱり、卑怯」

側面から襲ってきた巨大アリを、八つ当たりのごとく何度も日本刀で斬り刻むナナミの姿は、とても恐かった。

それから俺はナナミのサポート役に徹し、制限時間が終わると 《蟻の谷》 から脱出した。出口には先週ほどではないが、日中ということもあり二組のパーティーが並んでいる。その最後尾に最近、 《蟻野郎》 という称号が新たに追加されたらしい古い知人が立っていた。

「ナナミ、あの黒い奴に、次いいですかって聞いてくれる?」

「また、やるの?」

「とりあえず、聞いてみて……」

ナナミは一瞬怪訝な眼差しを俺に向けたが、すたすたと近づいていくと彼に話しかける。古い知人は顔を起こさず首を立てに振った後、ちらっとこちらを見るとすぐに横に数回振った。

訝しげに首をかしげながら戻ってきたナナミは、

「いいよって、言って、やっぱり駄目だ、って。次、友達が来るって」

――ふーん、そうですか。友達ですか。

溜息が終わると、 「しょうがないね、ありがとう」 そうナナミに言って、俺は歩き出した。彼の横を通り過ぎた時、 「邪魔するな」 そう聞こえた気がした。

 

 

下層よりも手強くなった二足歩行するカマキリに、ずばずばずばーんと 《シャープ・ネイル》 を浴びせ、そのお友達らしき赤色のカタツムリへずどーん、と 《ヴォーパル・ストライク》 を放った。硬直が抜けた俺は、寄り添いあうように固まった二匹 (二体?) の間へ割り込むように突っ込むと、 《スネーク・バイト》 の一閃、振り向き様にもう一閃。カマキリとカタツムリは、ほぼ同時に拡散した。

「オマエ、ほんとに可哀想なやつだナー」

ほっと溜息をついた俺の背後から、 《情報屋》 は同情の言葉をかけてきた。

「こんな日の、こんな時間に、わざわざ攻略しにくるヤツなんていないゾ」

「そういうお前もここにいるだろ……」

「オマエと違って、オイラは仕事だからナ」

呆れ顔のアルゴは小瓶をぽいっと俺に投げた。左手でキャッチすると 「どうも」 と、蓋を空けて一気に流し込む。

「こっちにいていいのか? お前から情報を買いたい顧客がいっぱいいるだろ?」

「そっちはもう大体終わったヨ。それに今から行っても手遅れだしナ」

すでに目ぼしい場所は全て押さえられている、ということだろう。いまさら情報を仕入れてそこへ向かってもしょうがないのは確かだ。

小瓶を放り投げると、俺は剣を収めた。

「キリトも狙っているんだろ? アイツから奪うのは不可能だろうな……」

「ま、無理だろうナ。ずいぶんとあのアイテムにご熱心なようだから、鉢合わせたヤツは大変だろうナー」

まさかな――不安を感じた俺はすぐさまウインドウをタップし、コムロンにメッセージを送る。

「KoBのパーティーに、オマエもまぜてもらえるといいナ」

ニヤニヤしながらそう言うと、アルゴは背中を向けた。

返信はすぐに届いた――転移結晶を取り出し握る。

 

 

「あっ、おしいっ! イケるぞ、ネーチャン、やっちまえー!!」

「もうバンダナ、へばってるぞ! 斬っちまえっ!」

小雪舞う白銀の森に、屈強な男達の大歓声が響き渡る。

「……邪魔だな」

疾駆する勢いのままに、群青の集団の僅かな隙間に滑り込むと、決闘中の二人に目掛けて、 《ヴォーパル・ストライク》 を放った。

雪原を斬り裂く轟音と真紅の光芒、爆発的加速が膨大な雪煙を吹き上げる。

鍔迫り合いに俺の剣尖が割り込んだ瞬間、ナナミは大きく後方へ跳んだ。

「……なっ!? シュウ、お前ェ、!」

「ナナミ、刀を下ろせ。クラインはデュエルを終わらせてくれ。どちらにしてもあいつらは襲ってくるぞ」

「あぁ? どういうことだ、そりゃぁ……って、まさか、」

察したナナミが無言で刀を鞘に収めるのを見ると、クラインもウインドウを開いてデュエルを終了させる。

「なんだ、てめー! 邪魔すんじゃねぇーぞ、こらぁ!!」

「てえっめぇ、殺されてえのかっ!」

「おいっ、ふざけんじゃねーぞ」 

罵声を上げる者、静かに剣を抜く者、周囲を取り囲んでいる 《青竜連合》 全員が俺に敵意を向ける。

「あぁ、撤収してくれると、思ってないよ」

俺はそう言い放つと、彼らひとりひとりに剣先を向けた――まずい、早く来い。

「静まれーーーいっ!!」

森の木々に積もった雪が一斉に落ちるほどの大声が発せられた。ちょっと格好悪いが 《聖竜連合》 を振り向かせるには、むしろ効果的だったようだ。

「私達も参加していいかしら」

《攻略の鬼》 KoB副団長を先頭に三十名以上の白と真紅の騎士が並ぶ。

「私ひとりで全員片付けるから、あとはよろしく」

その絶対零度の指示だけで全てが終わった。群青の集団は森の暗闇に次々と消えた――

俺は剣を収め、ひとつ溜息を吐くとゆっくりと彼女の前へ進んだ。

「お疲れ様。あなたの焦る顔、見られてよかった」

「あぁ、ありがとう。サンタ狩りから戻ってきたら、優しく慰めてあげたら?」

ものすごい形相で俺を睨むと、 《攻略の鬼》 は即座に振り返り、必死でなだめようとする彼らとともに帰還の途に就いた。

コムロンは俺に向けて、 「ばかやろー」 と声を出さずに罵倒する。そして、笑顔でピースサインをするなり、あわてて彼らを追った。

「あのなぁ、そういうこと言うから、嫌われるんだぜ。ちょっとは乙女心ってものをだなぁ……」

クラインの参考にならない話を聞き流しながら、俺は転移結晶を取り出して 「メリークリスマス」 と 《風林火山》 の方々に告げる。

その青い光は雪原に反射して、いつもより眩しく輝いた。

 

 

(終わり)



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004 桜の足音

SAOです。
アインクラッド編です。
五十八層攻略中のお話。


五十層主街区 《アルゲード》 には無数の飲食店が軒を連ねている。

《はじまりの街》 からグルメマップの作製を続けてきた情報屋も、この街に関してはお手上げのようだ。

俺は、五十層の開通からこの街をずっと生活 (稀に攻略) の拠点にしていたが、およそ二ヶ月が過ぎた今でも常宿周辺以外の店には入ったことがなかった。

「いつものカフェじゃ駄目なの?」

「あー、確かにねー。あそこ二階もあるし、いいかもねー」

「異議、なし」

そんなわけで、二次会会場はすんなりと決まった。だが、あの時は、この状況を全く予想していなかった。

「外って……なんで隣がお前なんだよ?」

「嫌われ者席……ということじゃないかな?」

 

 

二〇二四年、三月十四日、コムロンとナナミは結婚した。

あちらでもこちらでも結婚は人生の一大イベント――らしいので、新郎新婦の関係者に声をかけると、すぐに三十名ほどの参加者が集まった。

当日――四十七層の美しい花畑に囲まれた教会で行われた結婚式は、本当に素晴らしいものだった。

純白に赤、純白に青。

その姿に新郎新婦がいつもとは全く違う人物に感じられて、こちらも妙に照れくさくなった。

みんな笑顔で祝福していた。それにつられて俺も感動させられた。いつしか泣きそうになった。KoBとDDAのおじさん達は号泣していた。

そして二次会。式の後、俺たちは五十層主街区の 《いつものカフェ》 に集合した。二階からは楽しそうな笑い声が絶え間なく聞こえてくる。

だが、俺の席はいつもの一階のテラスだ――目の前のテーブルに飾り付けが施されたプレートへ 【シュウくん】 と、書いてあるのだからしかたがない。そして、その隣の席のプレートには、 【キリトくん】 という、嬉しい名前がある。その文字と飾り付けのセンスに思い浮かぶ顔。

――あいつ、やりやがったな。

 

 

「これ、結婚式で花束渡してた子、だよな?」

「間違いない、と思う。私も、受け取った」

俺とナナミはこの少女が何者なのか、お互いに確認した。

「ということは、まあ、な。あいつだし……」

「犯罪者、レッド、牢獄行き? ふふっ、違う、地獄行き」

もう誰にも彼女を止めることは出来ない。ここが圏内だとしても一瞬にして斬り刻まれるだろう。この横たわっている少女をどうするべきか……とりあえず、俺はこの場から一刻も早く逃げたい。

「しかし、何でここにいるんだ? この子」

「連れ込んだ以外、何かある?」

――はい、もうそれでいいです。

その時、隣の部屋の玄関扉が開いた。俺もナナミも柄を握る。

「私が動きを封じるから、シュウは転移結晶、用意して。圏外に出したら、斬る」

「了解……」

――周りの目、どうでもいいんだな。 

「ただいまー。あれっ、ピナだけ? オマエの主はどこに行ったんだい?」

ナナミの眼から光が消える。ボス部屋突入以外で見たことのない表情に変わった。

――もう、知らないぞ。俺、関係無いし。

部屋の扉が開いた。赤色と青色の光芒が突き抜ける――

 

 

「ご、ごめんなさい。寝ちゃったあたしがいけないんです。ピナとベットで遊んでいるうちについ、うとうとしちゃって……」

少女は先ほどから同様の弁解を何度もする。だが、それは一切ナナミの耳には届いていない。

「彼女、連れ込んだの? それから、何したの?」

ナナミも先ほどからこれの繰り返しだ。もういいかげん飽きてきた。

「いえ、そんなことは絶対にしてません」

コムロンも同様……ずっとこれの繰り返し。

「シュウ、どう思う?」

深く溜息をついて、俺は突きつけた剣尖を彼の首から離した。

「もう、いいよ。とりあえず話を聞こう……」

ナナミも切先を下げた。眼はそのままだが。

「ナナミさん、シュウ、ありがとうー……」

そう言ってコムロンは壁をつたってへなへなと倒れた。

圏内とはいえ突進系単発重攻撃を二発同時に受けたことで、隣の部屋の壁まで転がっていったコムロンは可哀想だった。その後、俺がナナミに斬りかかって……現在に至る。

 

 

先日、シリカは四十七層で友人達とお花見をした。

その最中、風で舞い散った桜の花びらをピナが空中で上手に咥えるとシリカにくれたそうだ。その貰った数枚の花びらの中の一枚が、S級レアアイテムの 《赦しの花びら》 だった。

レアアイテムなど入手したことがないシリカは、そういったことに詳しい知人に相談した。その知人は 《アルゲード》 のエギルの店で買い取ってもらうことをすすめたらしい。

そこでシリカはエギルの店を訪ねた――だが、あいにく店は閉まっていたそうだ。

しかたなく引き返そうとした時、何者かに尾行にされている気配を感じたらしい。そこへ偶然通りかかったコムロンの姿を見つけて話をしてみたところ、この部屋で一時的に匿ってもらえることになった。

 

 

そんなシリカの説明を聞き終えたナナミは、

「つまり、シュウ? S級レアアイテムを入手したシリカさんを尾行して不安を煽ったところでKoBの威光を利用し、安心しきったシリカさんを部屋に連れ込んで、放置することで眠らせた。それで合ってる?」

青ざめた表情で激しく顔を横に振るシリカ。先ほどからずっとうなだれたままで無反応になってしまったコムロン。

「間違ってるし、要約しすぎだけど、おおよそ合ってるよ」

ナナミがいれてくれた美味いお茶をすすっていた俺は、もう本当にめんどくさくなったので適当に答える。だが、それだけでは圏外に連れ出されてしまいそうなので、

「なんでお前、あんな所にいたの?」

「はい、ちょうどフィールドボス戦直後でしたので、キリトくんがそばにいまして、そのことを彼から教えていただきました。あなたの周囲にはオレンジになりそうな方々が多いから、入手しておいたほうがよろしいのではないか、と彼は申しまして……」

ふたりの顔色を伺いながら、普段とはかなり違う口調で少しずつ小さくなっていく声。

まるで悪いことして親や教師に怒られている子供のようだ。

とりあえず、俺とナナミと鬼に向けたあの野郎の悪態は気にしないことにして、俺は続けた。

「ふーん。それで、シリカさんを残してどこに行ってたの?」

「はい、彼女とお連れの方のお口に合いそうなものを、あいにく所有しておらず、それで私ひとりで近所へ買出しに出かけました。敵の襲撃を受ける可能性がございましたので、そう判断いたしました。その判断がこのような事態を……」

気持ち悪いので普段の口調に戻して欲しい。それはともかく、ただの誤解なわけだから俺はもう用済みのはず――  

「なるほど! そういうことかー。ナナミ、分かった? じゃあ、俺はそろそろ、」

「駄目、帰さない」

離脱失敗。柄を握られた。泣きそうなコムロンも 「オマエ帰るなよー」 と目で縋りつく。

――今夜はここに泊まることになりそうだ。俺は、溜息も飽きていた。

 

 

その後、ナナミの静かに攻める 《お説教》 が始まった。我慢して聞いてはいたものの、すっかり夜も更けてしまったので、俺は同じフロアの空いている部屋にシリカを泊まらせることを三人に提案し、この不毛すぎる 《我慢大会》 を無理矢理終わらせた。

さらに明日、俺とナナミが護衛を務めて、シリカをエギルの店へ連れて行くことにした――ナナミは悩んだ末、 「コムくんは、駄目」 渋々了承してくれた。 

「あ、あの、ほんとにすいません。あたしのせいで、こんな大ごとになって……」

空いていた部屋に向かうシリカは俯いたまま、とぼとぼとついてくる。肩に乗ったピナも元気がないように見えた。

「気にしなくていいよ。原因はタイミングだし……時間が解決してくれる」

「で、でも……やっぱり、寝ちゃったあたしが悪いので……申しわけなくて……」

その程度の慰めでは足りなかったようだ。とにかく涙声がつらい。俺が泣かせてしまったみたいでやめてほしい。

そこで俺は、ずっと気になっていたことを質問してみた。

「そういえばあの結婚式の時、君はみんなに花束を渡していたよね。誰かに頼まれたの?」

「あ、えっと……はい。えっと、キリトさんからお願いされて……あっ、あたし、最近 《フローリア》 にホームを変えたので、それをキリトさんに教えたら、キリトさんが知り合いの結婚式を手伝ってくれないかって……キリトさんに頼まれたので……はい……」

俺たちに悪態をついたやつの名前が何度も出てくる。しかし、そういうことを何も言わずさらっと出来るのが、いかにもあいつらしい。

「そうだったのか。じゃあ、結婚式の際は本当にありがとう……君はキリトくんと仲良しなんだね」

「えっ、仲良しっ!?」

――あーなるほど。またか、こりないな。すっかり紅潮して動揺を隠せないシリカに俺は、もうひとつの疑問をまわりくどく質問する。

「ははっ。でも、彼とはいつ知り合ったの? 彼って 《攻略集団》 だからひょっとして前線?」

「いえ、あたしなんかじゃ、前線なんて……キリトさんに助けてもらったんです。あっ、えっと……はい、二月の終わりごろにピナを助けてもらって、あっ、…… 《ピネウマの花》 を一緒に取りにいってもらったんです。その後も怖かったんですけど、キリトさんに助けてもらって……はい……」

シリカの言った、二月の終わり――その言葉で思い出す光景。

それ以上は何も聞かず、シリカを部屋まで送り、「おやすみなさい。また明日」 と言って、ドアが閉まるとナナミとコムロンが待つ部屋へ急いで戻った。

俺はドアを開けるなり、無表情のナナミと泣きっ面のコムロンへ、

「……狙いは花じゃない。俺たちは、勘違いしていた」

ナナミの眼から、再び光が消えていった。

 

 

(終わり)



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005 黒い策士

SAOです。
アインクラッド編です。
五十八層攻略中のお話。


二十五メートル先の標的めがけて、思いっきり石を投げた。

「そういうことで、今後はご遠慮願いたい所存、と、言っても彼のことですからね。無理かもしれませんが」

右に一メートルほど外れる。やはり俺の 《投剣スキル》 の熟練度では、この距離になると厳しいようだ。

「うーん……難しいかもしれないですね。基本的には自分の理屈と自己利益を優先して行動するタイプだけれど、変なところで利他的、というか……」

手頃な石を探すが、なかなか見つからない。

「彼女のようなリーダーシップがある、というか欲求を刺激して人身掌握出来る存在は、こちらでもレアなんですよ」

やや厚みに不満はあるが、これくらいなら許容範囲だ。

「あちらもこちらもそういう女性はレアだから大切に、とか言ったら怒られそうで恐いな……」

微笑しながら標的の位置を確認した。

「分かりました。引き続き、 《タイタンズハンド》 との交渉はこちらで行います。それと、ちなみになんですが……シュウさんに彼女を引き合わせたのは、そういった思惑があってのこと、そう思われますか?」

再び投げる――だが、やっぱり駄目だ。

「その辺は正直分からないんですよね。そこまで考えていそうではあるけれど……あいつの理屈じゃない部分はサッパリ、です」

やれやれと肩を落とした後ろから、小さく笑う声が聞こえた。振り返るとその声の主も、いつのまにか石を手に持っている。

「シュウさんが絡んでくるとなれば、さすがに彼らも下手に動くことが出来なくなる、彼ならそう考えてもおかしくはなさそうですが――」

その恐ろしく速い 《シングルシュート》 は、先ほどから俺が狙っていた、対岸の食べたらまずそうな蟹に直撃する。一投であっさりHPバーをゼロにした。

「凄っ……俺も熟練度、上げようかな……」

「私達のような卑怯者にとっては、重要度の高いスキルですので、これくらいならば」

自虐的な言葉に笑みを添えた彼は、被っていたハンチング帽を取って軽く掲げると、その腕の時計に目を落とした。

「では、そろそろ。ようやく、 《禊》 もクリアしたことですから、街を堪能しようか、と」

「えっ、そんな時間? すいませんでした。急に呼び出してしまって……ありがとうございました」

「いえいえ、大丈夫ですよ。 《赦しの花びら》 が入手出来れば良い仕事が貰えますからね。またお願いいたします。それでは失礼します。」

深く下げた頭が上がって振り返る寸前、彼のロングコートの下の鈍い萌葱が一瞬眩しく輝いた。

 

 

エントランスまであと十数秒、 【裏庭、集合】 目的地を変更させるメッセージが届く。

「はっ……?」

しかたなく通り過ぎて、 《コムナナ家》 がある、 《アルゲード》 ではちょっと高級なホテルの裏に面した狭い空き地へ向かった。

角を曲がったところでキィン! という、出来れば係わりたくない甲高い音が聞こえた。だが、おそらく知人が発生させたと思われるその剣戟音のほうへ向かう。

「あ、おはようー。どこ行ってたの?」

「何してるんだ……あいつ」

頭にピナを乗せたパジャマ姿のコムロンは、あくびまじりに苦笑いを浮かべた。

「いやー、三人で朝ごはん食べてたらさー、なんかさー、急にスイッチ入っちゃったみたいなんだよねー」

「何でまた……」

お手上げです、といった感じで頭を左右に振ると、コムロンは二人のほうに視線を戻した。

「とっ、とりやあああー!」

短剣にライトエフェクトが燈ると、シリカは一直線にナナミへ突進した。

――軽い。素直過ぎる。

僅かな重心移動、上体の捻りだけで捌くナナミ――高速で振り下ろした刀身を左足に軽く当てると、 「わわわ!」 悲鳴とともにシリカは豪快にヘッドスライディングを決めた。

「いたたた……はう……」

「そう簡単に、跳んでは駄目。体勢、崩れてないと斬れない」

「あっ、えっと、はい……」

「はい、次っ」

「あっ、はい、お願いします……」

どうやら朝稽古にシリカを誘った、というか強制参加させたようだ。

しかしそれは、傍からみれば恐いオネーサンが可愛い少女をただひたすらいじめているようにしか見えない悲惨なものだった。

千切っては投げ、かわしては斬る。それを淡々とナナミは繰り返し続ける。

「すげーな、ナナちゃん。結婚してよかったー……」

いつしか表情を失っていたコムロンは、平坦な口調で俺にそう言った。

「……最後は、シュウ、お願い」

「えっ、俺もかよ……」

そんな光景を三十分以上見せられ続け、すっかりくたびれてしまっていた俺は、その突然の予想外すぎるお願いに驚いた。

「じゃあ、その前に、私とやる? ふふっ」

――結構です。お断りです。絶対やらない。

嫌々剣を装備して、もうすっかりへとへとなシリカの前に向かった。

「あ、あの……お願いします……」

――うん、これはきつい。疲れきってふらふらな少女に剣をむけるのは、とてつもなく心苦しいぞ。

「ごめんね、俺から攻撃してもいい?」

シリカにだけ聞こえる小さな声で言った。

「……えっ?……あっ、」

「はじめっ――」

ふたりの声の残響が消える前に、ショートソードの剣身はきらきらと舞い散った。シリカは目を丸くして口をぽかんと開けたまま、微細な煌きを見つめている。

「……やっぱり、卑怯」

俺を見るナナミの眼、それは怖かった。

 

 

「毎度!! じゃあシリカちゃん、またレアアイテムをゲットしたらよろしくなっ!」

「えっと……はいっ!……お、お願いします……」

「シリカちゃんが持ってきたアイテムなら何でも高く買い取るから、シリカちゃん、いつでも遊びにおいで!」

「あっ、はい。また、お願いします!」

巨躯にスキンヘッドの厳ついおじさんが、愛嬌よくウインクしながら、 「シリカちゃん」 を連呼する――俺は噴出すのをかろうじて堪えていたつもりだった。

「おい、何笑ってんだ、シュウ」

「いや、思いのほか、面白くて……」

エギルは俺をぎろりと睨むと、すぐにナナミのほうへ顔を向け、 「ナナちゃんもよろしくな!」 と笑顔に戻った。客対応の男女差が激しすぎて笑える。

「こんにちは。 ……あれっ!? シュウさん?」

店の入り口から俺の名前を呼ぶ声、それに振り返った。

「あ、ソウタさん、久しぶり!」

ナナミとシリカは彼のほうを見ると、 「誰?」 と顔を見合わせた。俺はソウタと握手を交わして、二人に彼を紹介する。

「友達のソウタ。よろしくな」

ソウタは笑顔で軽く頭を下げた。二人も会釈する。

「で、このオネーサンがナナミ。それとシリカだよ」

もの凄く嫌そうな眼で、 「オネーサン?」 と睨まれた。ごめんなさい。

 

 

「シュウ、演技、微妙ー」

俺の背後からそんな駄目出しをするナナミ。

「いいんだよ、それくらいで……」

――あの後、コムロンも合流して俺たち五人は 《いつものカフェ》 で昼食を楽しんだ。四十七層をホームにする同士、ケーキが美味しい店や景色の良い隠れスポット、最近発見されたクエストの話などをしているうちに、すっかり仲良くなった二人は近々、 《巨大花の森》 に行く約束まで交わしていた。

「まー、シュウはダメダメだったけど、結局仲良しになったから大成功だよー、ナナちゃん」

とにかくこういう場合はコムロンの社交性が役に立つ。それは素晴らしかった。さすがナナミの夫だけある。

「ふたりとも、可愛い娘に、甘すぎ」

唐突に恐ろしく冷え切った声で、今まで言えなかった本音をナナミは呟いた。

「……都合があるだけ、だよ。俺は」

前を向いたまま言う。

「いや、ナナちゃんのほうが可愛いよー。オレは」

コムロンのソードスキルが直撃――これは間違いなくクリティカルだ。背後の足が止まった。

美しいほど紅潮して固まっているはず。振り返らなくても分かるその姿に、俺は思わず噴出しそうになる。

「背後から、バッサリ」

その瞬間、俺は飛ぶようにダッシュした。

 

 

(終わり)



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006 宣戦布告

SAOです。
アインクラッド編です。
五十九層攻略中のお話。


斬撃を加えた直後、その勢いのまま壁際まで退避――おそらく 《巨人犬》 の人生 (犬生?) も残り数分、といったところで、俺はいつものように戦線から退いた。

「疲れた……」

どれだけ飲んでも好きになれない小瓶を片手に、必死で頑張っていらっしゃる方々へ向けて、 「がんばれー!」 と観客モードで応援する。

ここから先は、 《ラストアタックボーナス》 奪取の為に、怖い顔で 「下がってろ」 そんな無言の圧力をかけてくる輩がうっとうしい。本当にめんどくさい。

 

 

それにしても最近の 《ボス戦》 は、すっかりお馴染みの顔ぶればかりだ。

あの有名人が大騒ぎする 《攻略会議》 も、俺には何の意味があるのか分からない。情報屋や先発隊の情報を元に、偉くて賢くて美人で怖い人が作成した 《戦闘計画書》 の一枚でも事前に読んでおけば、正直それで十分な気がする。

これまでボス戦を経験して分かったこと――想定外、多すぎ。

大手ギルドの 《固そうな方々》 が引き付けて、その隙をついて 《精鋭陣》 が猛攻撃――少数ギルドや俺のようなソロプレイヤーは、それを邪魔しないように適当に何かする。

そんな 《攻略集団》 のはっきりとした役割分担が、毎回予想外の事態に陥っても何とか臨機応変に対応出来ている理由だろう。現在は攻略のペースも桁違いに早いらしい。素晴らしい。みんな凄い。

しかし、それでも変わらない、この場でしか感じられない、死に迫る感覚。

この世界をクリアする、という大義名分はあったとしても……

かなりおかしなやつ。それが 《攻略集団》 と呼ばれるプレイヤー達の実体だ。

 

 

「ちょっと――あなた、最後に気を抜いていたでしょう」

五十九層に続く階段の脇で、コムロンと夕飯の相談をしていた時だ。

嫌々振り返ると、白と真紅の騎士服を靡かせながら俺たちに近づいてくるなり、これからお説教を始めそうな鬼がいる。

「士気にかかわるから、そういう態度は慎んで――」

こういう場面、遮って反撃するのが効果的。

「了解。キリトくんにも伝えておきます。あっ、アスナさんが伝えますか?」

全力でにっこりした俺を、もの凄い形相で睨みつけると、 「コム君、行こう」 ぷんぷんしながら階段を上がっていく。それに続く紅白の騎士の方々にまた睨まれたり、苦笑いでがっかりされたり。

「オマエさー、なんでいつもそうなのー? そんなにアスナさん、嫌い?」

青ざめと諦めが同居したようなコムロンは、ぽんぽんと俺の肩を叩いて彼らの後を追う。

「いや、あの人……いちいち、めんどくさいから」

 

 

【すぐに記録結晶持って五十九層転移門】 彼はそんなメッセージを楽しんで打ち込んでいる俺に、呆れたような、そして諦めるような視線をずっと向けている。

「……お前、何やってんの?」

「みんなに素敵な写真を見せたいと思って、頑張ってる……」

にっこりと笑う俺を見て、彼はがっくりとうなだれた――ざまあみろ。この間の悪態のお返しだ。

「この人、死んでるの?」

送信を終えた俺は、それがいきなり起き上がって斬りかかってきたとしても、何とか回避出来そうな距離まで間合いをつめた。

「全然起きないんだよ……しかし本当に寝るとは……」

すうすうと寝息を立てている少女に、やれやれとキリトは目を落とした。

「安心するんじゃないの、キリトの隣。毎晩一緒に寝たら?」

「な、なんでだよっ!? それじゃ、俺が寝れなく――」

しーっというポーズをする俺に、動揺と怒りと照れ隠しが混ざり合った表情で、もうどこかに消えてくれ、と追い払うような仕草をする。

そこに 《ビーター》 らしさは全く無かった。ただのお年頃の少年だった。

昨晩からずっと迷宮区の奥深くに潜り込んでいた俺は、 「起きたら楽しみだね」 と、キリトに告げて、逃げるように転移門へ走った。

「おっ、きたきたー。なんだよー、これから攻略だって時にさー」

家族写真用だったはずの記録結晶を握り締めたコムロンに駆け寄ると、

「あそこの丘だから。これを逃したら一生撮れないぞ。頼んだ!」

「えー、なにそれ、」

意味が分からず首を傾けるコムロン。その肩をぱんっと叩いて、そのまま俺は転移門に飛び込んだ。

 

 

まだまだ毛布と仲良くしていたい気分だったのだが、 【起きろ五十七層着いたら連絡】 さすがに連続五通も同じ文面のメッセージが届いたので、しかたなく部屋を出る。

ひとしきり怒られた後、 《アルゲード》 に星の数ほど並ぶ飲食店とは全く違う高級そうなレストランに連行された。

「……それで、俺にどうしろと?」

よく分からない味のパスタをくるくるしながら、俺はナナミに問う。

「どうしなくてもいい。ただ、意見を聞きたいの。可能性、ある?」

あまり好みの味ではなかったようで、そっと皿をよけたまま手をつけないでいるナナミは、二時間ほど前に起こったという不可思議な殺人事件について問う。

「うーん……何でもありなようで、そうでもないからな……ただ、圏内でデュエル以外の何かによってプレイヤーのHPが減るってことは、あんまり……」

「どうして?」

ぐいっと身を乗り出した。背もたれに下がりながら俺は続ける。

「いや、それだと、誰も攻略なんかしなくなっちゃうから……寿命っていう概念がないんだよ。この世界」

「それ、どういうこと?」

「普通にお腹も空くし眠くもなるけど、それでHPは減らないだろ? だから、嫌らしいほど圏内では死ねないように設定してあるんだよ。このゲーム……」 

すっとナナミの眼から光が消えていく。

「つまり、戦えってことでしょ。敵と、己と」

――なんかストイックなことを言い出した。かっこいいな、それ。

「まあ、今は年齢っていうステータスが無いけど、そのうち突然出現する可能性もなくはない。でも、現実の肉体はさておき、こっちでは寿命がないなら永遠に生きられるってことだから…… 《睡眠PK》 でもされない限り圏内で死ぬのはありえないと思う。それに……もしもHPが減るんだったら、こんなにのんきではいられないよ……」

俺は他のテーブルで食事を楽しむプレイヤー達へ視線を向ける。ナナミもそちらに目を向ける。

「時間経過だけでHPが減るなら、誰もクリアなんか目指さないで……それより大事なものにもっと時間を費やすだろうな。普通は……」

視線を戻して、俺は俯きながら呟いた。

「でも、圏内でHPを減らす何か、あるかもしれないよね?」

小さな声が俺に届く。

「それは、白黒コンビにまかせましょう。めんどくさいから……」

 

 

「こういう時だけ、頼りにされても困るんだけど……」

俺は先頭を突っ走るクラインに追いつくと、そっと愚痴をこぼす。

「そんなこと言っても、お前ェくらいしかあんなヤツラと互角に渡り合えるヤツ、いねえだろっ」

「ヒースクリフとか行けばいいだろ……」

「あのなぁ、お前ェみたいにいっつも暇してねえんだよ。ギルドのお偉いさんは」

――悪い人じゃないけど、やっぱりめんどくさい。この人。

突然、止まるクライン――後ろのナナミが俺を追い越して華麗にターンを決める。

「何? 何で止まるの?」

ウィンドウを操作するクラインに詰め寄ろうとするナナミを俺は制した。

「ひょっとして、終わった……?」

凛々しく引き締まったその表情で察した。クラインは目を伏せて大きくうなずく。勢いよく振り返ると、

「はい、解散ーーー! みなさん、お疲れさんでしたっ!!」

クラインの召集に急遽集まった、 《攻略集団》 十数名は、ほぼ同時に大きく溜息を吐いた。

「つまんない」

死んだ目をしたナナミが発したその言葉に、 《風林火山》 の皆様は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 

「……ほぼ壊滅した、ってことですか?」

背後から降り注いだポリゴンの断片が、足元で最後の輝きを失った。

「はい。そういうことになりますね。ですから彼らを牽制出来る勢力は、もう 《攻略集団》 だけになる――と、いうことです」

閃光を走らせたフロッガーは、振り抜くままに笑顔を向ける。

「ですから、近々小規模ギルドや個別のオレンジ達も、大半が彼らに吸収されていくことになるでしょう。そうなれば間違いなく衝突は避けられません。いずれ大規模な抗争に発展するはずです」

硬直が終わり、俺は立ち上がって剣を収める。

「なるほど。それでわざわざ出張ってきたわけか……宣戦布告、ということで……」

「ええ、そういうことです。通常あの程度の案件では彼らは動きませんから。まあ、相変わらずリーダーの方はキリトくんに御執心のようですけれど」

ふっと笑みが浮かんだ。もてもてだな、あいつ。

「シュウさんは、どちらに加担します?」

にやにやしながら返答に困る俺を楽しんでいる。この男もかなりめんどくさい人だ。

適当に笑って、彼に背を向ける。

「それは当然――茅場を殺せるほうに決まってます」

 

 

(終わり)



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007 はじまりの剣舞

SAOです。
アインクラッド編です。
一層攻略中のお話。


薬で治るなら、楽でいいな。

幸薄感を漂わせた母親のお願いを聞かなければ、このクエストは始まらないと分かっていても――めんどくさいから他のやつに頼んでくれ。

今回も同じようにそう思った。

 

 

「わあーっ! シュウくん、マズいって!! それ斬ったらっ、」

大口を開けた 《気持ち悪い植物》 を伐採する俺を大慌てて止める。

「えっ? あっ、」

パアァァン!

と、破裂音。そして臭い……これだからソードスキルはやっかいだ。 《バーチカル》 で加速した切先は不味そうな実を一瞬にして叩き斬った。

「はぁ、そういうことですか……」

「あわわ、はっ走ってー!」

もくもくと広がるひどい匂いの煙から、俺とコムロンはダッシュで逃げ出す。

「あの……まずかったよね? ……」

「もうー、なんでもかんでもズバズバ斬ったらダメだよー。こういうタイプのモンスターは特殊攻撃ありーって、昔から決まってるしー。とりあえず、毒じゃなくて良かったー」

そんなの知らんし――RPG、それこそゲームなんて全くやる時間が無かった俺は、そういった 《お決まり》 についてはサッパリ、だ。

《自称、凄いゲーマー》 のコムロンは困ったように顔を振ると、前を走る俺にショートソードの柄を向けた。

「それよりシュウくんの剣、耐久値が減りまくっているから、こっち使って」

手元の剣に目を落とすと、剣身のいたるところに傷や欠けが見受けられる。下手に振り回せば折れそうだ。

「いいのか? コムロンは?」

「大丈夫っ! 予備のショートソード、買っといたからー」

すでにウィンドウを操作している。現代っ子だな、と、適応力の高さに俺は感心した。

だが、冷静に考えれば同い年――俺がそういった家電製品に関心が無さすぎるだけだろう。電話すら持って歩くのがめんどくさい人間だからか。

まだ使えそうでもったいない気もしたが、やはり命には代えられないので、ぼろぼろになったショートソードをぽいっと投げ捨てると、すぐにウィンドウを開いて貰ったそれを装備する。

――もうまじでめんどくさい。毎回この作業やらないといけないのか?

「……シュウくん。さっきのレベルアップで 《索敵》 と 《隠蔽》 のどっちにしたー?」

先ほどよりも青ざめた様子と震え交じりの声で俺に問う。

「確か……うん、よく分からないから適当に 《索敵》 にしたはず。隠れんぼよりは鬼ごっこのほうが……」

「そっかー。なんかめちゃくちゃ集まってきてるんだけどさー、これって、さっきの煙のせいかなー?」

そう言われて気付いた。視界の赤い点は次々にその数を増している。あの 《気持ち悪い変な草》 に囲まれるのも時間の問題だろう。

「まずいんだろうな、この状況……でも、やっと面白さが分かってきたよ……」

それを聞くなりコムロンは、ほとほと呆れたような声で、

「その発言がマズイよー……パーティー組むひと、完璧に間違えたー」

何故か笑みが浮かんでくる。身体がさらに加速する。

――ずっとこれを待っていたんだな。

「俺が進路を斬り開くから、コムはサポートよろしく……次は早めに言ってね……」

「もうー、了ー解。ダメだよー、適当に斬りまくったら、あっ、」

その声を置き去りにして、 《ホリゾンタル》 で斬り込んだ――

 

 

まもなく日付が変わる深夜、ようやく 《ホルンカの村》 から次の街へ向かう。

あの後、大量発生した 《悪い草》 をこれでもかと徹底的に伐採して、何とか二人分の 《変な種》 を手に入れることが出来た。

それを依頼人の病気に苦しむ親子に届けて、 《アニールブレード》 を入手成功――クエストが達成できれば、もうここは用済み、と村のNPCショップで回復ポーションを大量購入してその足で村を出た。

「何となくだけど……八月の時よりも大変だった気がしないか?」

試し斬りついでに、通行の邪魔をするイノシシをすぱっと斬って爆散させた俺は、振り返ってコムロンに問う。

「いや、だってー、βテストの時とまるっきり同じだったらつまんないでしょー。けどさー、始めっからこうする予定なら簡単なほうに変更してほしかったなー。こんな最初でみんな死んじゃったら、それこそつまんないでしょー。カヤバさんとしてもさー」

確かに――しかも、あの頃の俺はあくまでこのゲームに招かれた 《ゲスト》 であって、その本質はプレイヤーと呼ばれるような能動的存在ではなかった。

多くの関係者、スタッフがサポートに付いて、 《ソードアート・オンライン》 という世界初のVRMMORPGの世界を案内し、全く興味の無い俺でも楽しめるようにしてもらっただけでしかすぎない。

「……うあっ、こっちくんなって!」

唐突に真っ暗な道の先で男が叫んだ。

「何だろー? 狼にでも追い回されてるのかなー?」

額に手をやり、コムロンは目を細める。

「赤い点が追っかけてるからそうだろうな……」

すっと暗闇から姿を現したのは、こちらに向かって必死で逃げてくる男と、圏外に逃げ出したと思われる躾のされていない 《迷惑犬》 だった。

「これって、助けないと駄目なの……?」

「ダメでしょー。普通でしょ、それー」

同時に構える―― 《ホリゾンタル》 の二閃が闇夜を照らした。その振り向き様、一瞬早く硬直が抜けた俺が先に飛び出すと、犬は俺めがけて飛び掛ってくる。

「ホリゾンタル!」

《バーチカル》 で迎撃された犬は地面に叩きつけられ跳ね上がる。間髪入れずにコムロンが 《ホリゾンタル》 の一閃で仕留めた。

「あ、あ、危なかった……すんません、です」

へたり込んでいた男にコムロンが手を貸そうとした瞬間、その右手首から先が、草むらに転がっていった。

「あれっ? 狼さんに食べられたっけ?」

そのあまりにものんきすぎる言葉に、男は一瞬戸惑う――刹那、顔面に青い閃光が直撃。俺は男の右腕を踏みつけると心臓に刃を突き刺した。

「……おまえで、三人目」

 

 

月明かりの下、これで三本目になる小瓶を口に咥えながら、 《新しい右手》 を物珍しそうにじろじろと眺めているコムロン。それに呆れた俺は、

「だから助けたくないって、あんなやつばっかりだろ。この世界……」

「そんなことないよー。優しい人やかわいい人もいっぱいいるよー。この世界」

コムロンは振り向いて満面の笑顔を見せる。

「そうかなぁ、いないぞぉ、きっとぉ……」

「そうだよねー、いたらいいよねー」

俺たちは、そのあまりにもまぬけすぎるやりとりに、堪えきれず笑った。

 

 

――とりあえず、様々なことがあったこのひと月。かろうじて俺もコムロンもまだ生きている。何度か俺は死にかけたが、その都度コムロンの 《ゲーマー知識》 に助けられた。ありがたいことである。

全くこの世界観に参加する気がなかった俺を、ここまで引っ張り続けたコムロンは、本当に素晴らしい人間だと思う。

だが現在、俺はそんなコムロンに腹が立ってしかたがない。

「うーん。どうやって帰ったらいいのかなー? すごい強そうだよねー、この人たち」

――はい、強そうです。全く見たことない斧持った 《妖怪人間》 三人組みに退路を塞がれていますね。

 

 

「まじ死ぬかと……」

迷宮区のダンジョンで生涯の幕を閉じそうになった俺とコムロンは、むちゃくちゃに攻撃して二人 (二体?) を撃退すると全力で回廊を駆け抜けた。

「……いやー、危なかったねー。シュウくん、凄いっ!」

「うん……もうやめよう。こんな奥深くまで来るの……」

何とか逃げきった俺たちは、回廊のど真ん中でその後しばらく大の字になっていた。

「まだ疲れてるだろうけど、ここでは危ないから……」

そう言いながらゆっくり起き上がろうとすると、コムロンが十五メートル先の曲がり角をじっと見ている。

「赤いの、見える?」

「いや……たぶんプレイヤーじゃないか?」

おそらく人間が何かを担いでいる……なんだ、あれは?

二人とも起き上がり、剣を手にしたままゆっくりと近づいていく。

「気をつけろよ……」

「了ー解!」

俺たちはその二つの 《人間っぽいもの》 にダッシュで接近した――だが、その手前で急ブレーキ。止まり損ねたコムロンの襟を掴む。

何も言わず俺たちを睨む少年。その姿に何と声をかけるのが良いのか困ったが、

「ひとさらい……ですか?」

まっすぐにこちらを見る少年は、一瞬悩んでから、

「いや、人助け、かな……」

 

 

「でさー、行くの? 攻略会議ー?」

ベンチに座って足をぶらぶらさせながら、全く美味しそうに見えない変なパンを食べているコムロン。

「行かないよ。あの青いやつと絡みたくないし……」

その隣のベンチで横になっている俺は、ただめんどくさいだけだった。

「でも、キリトくんは行くってよー。せっかく友達出来たのにさー。もったいなくない?」

「……コムロンは、あの少年が死ぬところ、見ても平気でいられるか?」

食べ終わったのか両手を何度かぱんぱんと合わせると、コムロンは立ち上がって俺を見下ろした。

「うーん、それは平気じゃないけど……多分、シュウくんがさー、攻略会議に行ったらー、シュウくんの顔見た瞬間、みんなビックリするよー。うわっ有名人だーって。そしたらみんな頑張ろうって、なると思うんだよねー」

あの瞬間――白い光に包まれて、アバターからリアルの姿に戻った時、たまたま隣にいたコムロンは、俺の 《苗字》 を口にした。

だが、それ以降、俺を苗字で呼ぶ人間はいなかった。

「コムロン……俺はゲーマー、っていうか、こんな世界に来るような人間にまで知られているほど、有名じゃないよ……」

そのまま目を閉じると、ゆっくりと睡魔が襲ってくる――襲われるなら、これがいい。

 

 

(終わり)



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008 ゲーマーの真実

SAOです。
アインクラッド編です。
二層攻略中のお話。


「いやー、ちょっと感動しちゃったよー! オレ、薄いからさー、おヒゲー」

「あぁ、そうなの……」

それは、 《世界初のフルダイブVRMMORPG》 とは思えない過酷なものだった。

素手で岩を割る――何がソードアートだ、ふざけんな! その憤りを俺は岩にぶつけまくった。コムロンはかなり楽しんでいた。

最終的に 《体術》 というコムロンがβテスト期間中に最もハマったスキルを入手することが出来た。

もし途中で諦めたら、俺はこの世界にいる限り覆面でも被って生活しなければいけなくなったのだろう――その恐怖心こそが俺のモチベーションだった。

「これでモンスター相手にアタァー! が出来るねー、楽しみだなー!」

だそうだ。正直言って俺にはよく分からないが、おそらくそれがゲーマーのドリーム的なものだろうと、無理矢理かつ適当に理解し納得した。

 

 

二層主街区 《ウルバス》 に戻った時にはすっかり夜になっていた。

「おー、キリトくん、もう彼女が出来たんだねー!」

「間違っても声かけないでね……コムロン」

迷宮区で出会った少年少女が変な露天商の前で指を絡めあっている。

だが、しばらく見守っていると、両者ともに肩を落としてがっかりしている。

「何だろうー? 恋占いでダメだったのかなー」

「いや、強化に失敗したんだろ……」

あきらかに胡散臭い。絶対駄目だろ、あんなところで強化したら。

そのままどこかへ二人は向かう。これ以上は知らないほうがいい気がした。

「やっぱりさー、同じ部屋に泊まったりしちゃうのかなー? 夢あるよねー、SAOー」

あなたはそういう目的でこのゲームに参加したの? とは、聞けない。

どちらともなく、 「圏外行こうか?」 深夜のモンスター退治に出かけた。

 

 

翌朝、圏外で 《デカすぎる蜂》 の駆除作業。とにかく針が危ない。

「コイツにアタァーは無理だよー。こわいよー」

コムロンは普通に斬った――当然だ。 《蜂》 を素手で攻撃するとか、ありえない。

どうやら俺はこの駆除作業がかなり好きなようだ。何匹斬っても全く飽きない。

「シュウくん、まだやるのー? ゴハン食べに行こーよー」

気がつけば夕方だった。街へ戻った。それからまた蜂退治。

 

 

翌朝、とりあえず行けるところまで進んでみる。

《牛男》 がハンマーを振り回していた。よし、今日は変態駆除だ。

「食べても美味しくなさそうだよねー。牛さんなのにー」

コムロン、これは牛じゃない。ただの変態だ。

社会奉仕活動の一環と思って、 《牛男》 を斬りまくった。鳴き声がうるさい。

一度、素手で勝負を挑んでみたが、やはり剣で斬ったほうが圧倒的に早かった。

「でもー、男同士、正々堂々戦ってる感じしない?」

コムロン、このゲーム、ソード……でも、ゲームの楽しみ方は、ひとそれぞれ。

変態を追いかけまわしていたら、気付けばそこは、迷宮区の入り口だった。

「よーし、行ってみよー!」

コムロン、それで死にかけたよね。もう忘れたのかな?

「……行くか!」

行った。死にかけた。ヤバかった。まじで。

「なんかどんどんレベルアップするよねー。来月くらいには百層攻略出来ちゃうんじゃないかなー」

俺はゲーマーの恐ろしさを知った。こいつらは異常だ。あのチュートリアルって何だったんだろう……

 

 

「それで、オマエらはボス戦に参加する気、あるのカ?」

「嫌です……めんどくさい」

「やりたーい!」

意見は真っ二つ。困ったことになった。というか、あんた誰?

「睡眠時間を削ってまで攻略に挑んでるのは、オマエらだけなんだヨー」

あれ? ひょっとして俺たち異常なことしてるのか……というか、コムロンが異常なのか?

「だってアルゴさん、来月くらいにはクリアしたくないですかー?」

俯いて必死で笑いを堪えている。おそらく相当おかしなことをコムロンは言ったのだろう。

「にゃハハハ! にゃーハハハハハ!! オマエっ最高だナ! にゃーハハハハハ!!」

「シュウくん! アルゴさんに褒められたー!」

目を輝かせないでくれ、コムロン。

 

 

(終わり)

 



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009 真夏の夢物語

SAOです。
アインクラッド編です。
二〇二四年八月のお話。


この世界に来て、おおよそ一年半が過ぎた。

約七千人――今もそれだけの人間がこの世界で暮らしているらしい。

その中の何十人ものプレイヤーが通り過ぎていった。

いつもの珈琲も、すっかり飽きてしまった。

それにしても、待ち人は遅い――嫌な方の予想が当たってしまった。

だから、俺は言ったのに。

 

 

この一時間、 《トゲトゲ》 の代表と、 《ナイトさん》 の代表は、ずっと楽しそうに揉めている。きっと仲が良いのだろう。

――元気だな。羨ましい。

しかし、それを 《最強おじさん》 の代表は、腕を組んだまま何も言わず見守っている。何とも大人の組織らしい振る舞いだ。

――出来ればあの鬼も黙らせてもらいたい。

「……おいっ、そこのチンピラ、オマエらはどうするんだ! 今回の作戦、参加するのか?」

……俺っ? チンピラ?

「オマエっ、話聞いてなかったのか? ぼーっとしやがって……」

この場には四名しかいないので、どうやら俺らしい。とりあえず指名されたので、

「えー、チンピラとしては、今回の作戦、めんどくさいので参加しません」

場の空気が凍りついた。やはり俺の笑顔は他人を不快にさせる効果があるらしい。

その後は、なんかめっちゃ怒ってた。ごめんなさい。

ようやく不毛な会議が終わり、逃げ出すように部屋から出ると無表情のナナミが立っていた。

「どうなったの?」

質問する人を間違えている気がするが、

「俺たちは参加しないよ……」

彼女は目を逸らすと、 「そう、分かった」 と言って、すたすた俺の前を横切って通路の角を曲がり、あっという間にどこかに消えた。

出来ればこの無駄に立派な 《DDA本部》 の出入り口まで、俺を連れていってもらいたかったのだが……

 

 

この数十分、最近引っ越したばかりの 《コムナナ家》 では、全く終わりの見えない議論が続いている。

「でもさー、シュウの予想が当たったら、最悪だよねー」

コムロンもさすがに上司の命令には逆らえないようだ。

「とにかく、犠牲者を出さないようにする、ってことでしょ?」

ナナミもギルドの意向に賛同している。

「上手くいって数人……最悪は双方合わせて数十人、そんな感じだろ……」

二人同時に俺の方を見て固まった。俺は続ける。

「しかも、あいつは逃げるぞ。間違いなく…… 《レッドギルド》 を一掃しようなんて、その発想自体が終わってる……」

ナナミがいれてくれた新しい風味のお茶をすすりながら、俺は続ける。

「おじさん達に押しつけられた正義によって、少年少女は一生癒えない傷を負うことになる。あの白黒、絶対頑張るだろうからな……」

ナナミの眼から光が消えた。

「シュウは、それでいいの?」

俺は煎餅によく似た味のクッキーを割る。

「良いとか悪いとか……そういうことが気になるんだったら、この世界を作ったやつに聞いてくれ、としか、俺は言えないな……」

 

 

雨の向こう側から、待ち人ではないが 《待っていた情報》 を持っていそうな知人が、いつもの笑顔で手を振っている。

「……お疲れ様です。数十名、亡くなりました。あちらの幹部は牢獄に入りましたが、リーダーは逃亡。いやー、最悪ですね」

フロッガーは紅茶派のようだ。

「やっぱり。俺のお友達はみんな無事ですか?」

「はい、残念ながら」

その返答に苦笑いした。彼も笑う。

「もうよほどのことが無い限り、姿は現さないでしょうね。まあ、キリトさんのことは別でしょうけれど」

「ええ、とっくに飽きていたんでしょうね。わざわざ組織を公に、とか……その時点でやる気ないんだろうな、としか思えませんでしたから……」

ちょっと甘すぎる気がする紅茶を美味しそうに飲んでいる。そちらの感性は合わなそうだ。

「これによってさらに潜在化するでしょうね。本当にやり難くなります。シュウさんはどうするおつもりですか?」

またこのひとは……とにかく答え難いことばかり質問する。

「うーん……分かりませんけど、今まで通りじゃないですかね。現状維持、好きなので……」

 

 

《残党》 はかろうじて 《バーチカル》 をショートソードで受け流すと、押されるまま後方に下がった。小さく肘が曲がり手首がしなる。

――やはり 《投剣》 持ってるか。俺は急加速させた 《ヴェノムファング》 の刃でその赤い閃光を逸らすと、勢いそのまま一気に踏み込んで牽制気味に 《スラント》 を放つ。

「ぐふぁっ、」

蒼い閃光が背後から腹部を貫いた。尚も水平に伸びる光芒、 《三代目七香》 の切先が止まる。すかさず俺は、左足で思いっきり地を蹴って反転、 《ヴォーパル・ストライク》 ――。

「後は、お願いします」 「後は、よろしく」

目の前の戦闘に圧倒され、呆然としている群青や深緑の金属鎧達の横を通り過ぎると、俺達ふたりに向けられた小さな拍手、

「いやいや、ナナミさん、お見事。あれから鍛錬を積まれたのでしょう、立派に成長されましたね」

そんな笑顔からの賛辞を無視して、彼女は俯いたまま、 「帰ろう」 と俺に囁いた。

 

 

(終わり)



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010 攻略会議

SAOです。
アインクラッド編です。
二〇二四年九月のお話。


俺の生まれた街では、もうすっかり見なくなった。関東や関西、北海道や九州などには今でも残っているらしい。

この猥雑な 《アルゲード》 という街には、きっと茅場晶彦も足繁く通ったであろう屋台飲み屋、俗にいう赤提灯――そんなカテゴリーの屋外飲食店が星の数ほど並んでいる。

「茅場、行くわけないか……」

そんな屋台群から漂うアルコール臭、そして肉や魚が焼けた美味そうな匂いが充満する誘惑的な小道に並んだ一軒の 《焼き鳥風串焼き》 を提供するNPC屋台。

その狭いカウンターの上に突っ伏した未成年っぽい女性を俺の友人であるふたりは挟み撃ちにして、かれこれ二時間以上あの手この手で必死で慰めている。

そんなのただの吊橋でしょ――開始四分、この一言を華麗に言い放った俺は 《一発レッド》、 つまり退席処分になった。

何とかコムロンの恩情によって、屋台前に特設された丸テーブルと汚れたパイプ椅子、そこに座って試合を観戦することは許されたが、ひとりごとのような野次が運悪くレフリーの耳に届いてしまうと、すごく怖い眼で睨まれるので……野良猫でもいないかと、周囲に意識を散らすことにした。

「……だってえー、てーにぎってっていったらあー、ぎゅって、ぎゅってにぎってぐれたんだもーん」

すでに何度も聞いた切なすぎる涙腺崩壊エピソード。ああ、めんどくさい。

その語り部はカウンターをごんごん叩いて大声で泣き叫ぶ髪を桃色に染めた不良少女――こんなところで飲んでいたら駄目だろう。親御さんはとても心配しているはずだ。さっさと帰宅しなさい。

「……それは、頼まれたからだろ」

刹那、赤い閃光――ほかほかの謎肉とお野菜が刺さっていたはずの竹串が、美しく輝きながら俺の鼻先をかすめる。

――投剣、また上げたのか。

どうやら空腹すぎて俺まで焼いて食う気になったらしい。これからは圏外に出たらそこも警戒しなければならないようだ。プレイヤーに食われて退場するのはかなり嫌だ。

どきどきしながら横目で見ると、ソードスキルを発動して俺を串刺しにしようとした腹ぺこ女は、労わるようにうんうんと頷きながら、震えるリズベットの背中を優しく撫でていた。

 

 

盛りすぎに思える太く鋭い爪は見事に頭上を空振った。斬り込みながらそれを交わした俺は、さらに低く跳んで 《おかず》 の懐に入る。

「黙って食われろ!」

《ホリゾンタル・アーク》 の二閃目は彩やかにわき腹をえぐった。コムロンの背丈より倍近い 《クマブタウサギ》 はギュルっと鳴いて痙攣する。

「捕まえたー!」

瞬間、飛び込んだコムロンの 《ソニック・リープ》 によって、今晩のメインディッシュはきらきらと爆散した。

さっそくウインドウを覗き込むと、ぽーんと剣を放り投げて喜ぶコムロン。

「わーいっ!! これ、ちょっといいお肉だー! シュウ、ナナちゃんに褒められるねー!」

やれやれと剣を拾ってコムロンに手渡しながら、

「ナナミ、どんどん料理上達してるよな。ありがたいことに……」

「うん。でもアスナさんはもっとすごいよー。レベルは内緒ーって言われちゃったけど」

――えっ? 鬼って料理するの? プレイヤーとかモンスターを生でばりばり食ってるんじゃないの? 歪んだ知的好奇心を刺激された俺は一応確認した。

「コムは、あれの料理、食べたことあるの?」

首を傾げ何か思案するようなコムロンは、 「うん、ま、いっか!」 と言うと剣を収めながら、

「シュウはあんまり誰ともしゃべらない人だから大丈夫だよねー! オレ、実験台にされてるんだー。アスナさんにっ!!」

久しぶりに絶句した――それは誰にも話せないよ、コムロン。

 

 

食後にナナミのいれてくれた濃い目のお茶をすすっていると、

「シュウ、女の子、嫌いなの?」

この世界だと数秒であっさり終わらせることが出来る簡単な洗い物を済ませた彼女は唐突に聞いた。

「その辺り、よく分からないんだけど」

「どういう意味で言っているのか分からないけど……普通に好きだと思うよ……」

じーっと俺を見続ける。それがとにかく怖い。

「自覚なく、酷いこと、言ってるの?」

なるほど、昨夜の話か――俺はお茶をすすりながらその問いに答える。

「自覚は知らない……でも、俺みたいな 《枠外》 はともかく、基本的に女性ゲーマーさんとは全然合わないんじゃないかな、とは思ってる……まあ、ゲーマーとか全然関係無い気もするけどね。よく怒らせるし、男女問わず……」

うんうんと頷く。

「でも、それで、困らない?」

さらに続くのか――もうかなりめんどくさい。俺はコムロンに助けを求めた。が、いない。どこに消えた、あの野郎。

「うーん……あんまり困っていない。それが問題なのかもしれないけれど……」

ナナミは 「ふーん」 といって立ち上がった。やっと終わった――

「信頼はしてるけど、好きにならないのは、そういうところ」

はっ? 信頼って……何?

 

 

「先月の 《討伐作戦》 にあなたが参加しなかった理由を教えて」

《アルゲード》 のいつものカフェよりかなり高級で綺麗で高そうなカフェテリア。そこへわざわざお越しいただいた、というかそこに俺を呼びつけたDDAのナナミの上司、そして、料理上手らしい素敵な鬼は開口一番そう言った。

「……めんどくさいから?」

その瞬間、記憶が蘇る――多分、これか。これが駄目なのか。だって、鬼が赤鬼になったし。

俺はその変身が面白すぎて、きっとにやにやしていたのだろう。俺を見る青いおじさんは呆れたように首を振ると、

「いや、君を疑っているようにとられたのなら申し訳ない。とにかく今後、我々は同じ失敗を絶対に繰り返すわけにはいかないんだ。その為に是非、君の協力を得たいと思っている」

――うん、めんどくさいひとだ。俺は青いおじさんを無視して、ずっと睨みっぱなしの鬼へ視線を合わせると、

「協力はする。というか、してるつもり……ただ、俺が、いや、あんたらも含めて今すぐにでも斬り殺さなきゃいけないプレイヤーは、間違いなくすぐ近くにいるはずなんだ……それが誰なのか、まだ俺には分からない……」

ふと気付く。鬼の目、実は透き通った美しいはしばみ色――ということに。

少年はこの瞳に騙されたのか。そう思ったらふつふつと湧き上がる面白さ。どうしようもなく表情から溢れてしまう。

――まずい、堪えないと。

だが、すでに手遅れだった。もう睨んでいた。凄い眼で。

 

 

(終わり)



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011 儚い邂逅

SAOです。
アインクラッド編です。
二〇二四年十月のお話。


誰しも、分かっていても言葉に出来ないことがある。

それを言ってしまえば、大切なものが壊れてしまうからだ。

 

 

《セルムブルグ》 に憧れる気持ちを理解したければ、この時間に訪れてみればいい。

外周から差し込む夕日が水面を煌かせる様を見るなり、どんな人間であっても一瞬でこの街の虜になる。

「やっぱり、綺麗だな……」

「え、…………?」

広大な湖水と濃紺と朱色に輝く街並み、それにすっかり見惚れていた俺の視界の端に彼女は立っていた。

その驚きと警戒が入り混じった複雑な表情へ、

「……アスナじゃないよ。景色だよ」

これがいつも余計なのだろう。さすがに馬鹿な俺でも理解している。でも、やめないけど。

それによって、腰にぶらさげたレイピアを刺せそうな距離を保ったまま、ずっと 《攻略の鬼》 の姿でついてきたアスナに、

「近所に行くだけなのに、その格好なんだな……」

と、つぶやきながらコンコンとドアをノックする。当然、無視された。こわいなー、やだやだ。

「はい、ただいま、」

玄関の奥から若干の緊張を感じさせる声。静かにドアが開く。

「えっ……ナナミさんっ!?」

「いらっしゃいませ。さあ、どうぞ、お上がりください」

旅館、もしくは料亭――俺がよく知る場所だったら和風居酒屋の従業員のような格好のナナミが微笑みながら招き入れる。

「あっ、はい……おじゃまします」

アスナは後ろで必死に笑いを堪えようと震えている俺などまったくお構いなしに、ナナミの後を追って奥の部屋へ向かった。

「アスナさん、いらっしゃーい!」

緊張感のない 《パジャマ男》 の嬉しそうな声が聞こえた。俺はもうひとりのゲストをこの部屋に迎える為、苦笑しながらゆっくりとドアを閉める。

 

 

「美しい街ですね……シュウさんはここに引っ越さないんですか?」 

女性の衣服に疎いので何と表現するのが正確なのか分からないが、とりあえずほわほわした若い女の子らしい服装の彼女は、湖に浮かぶ島々を眺めながらそれを問う。

「ここに住んだら、俺は間違いなく圏外に出なくなりますから……」

その答えにくすくすと笑いながら、 「それは困りますね」 と、視線を俺に向けた彼女。

「とはいえ、プレーヤーホームを購入する時に、俺も多少協力しているんですよ……いずれ食費と宿泊代であいつらがマイナスになりますけどね……」

「えっ、そうなんですか!? いいなあ……わたしたちがホームを購入する時は大変でしたよー。アインクラッド中の街をあちこち……」

その幼い外見には似つかわしくないリアルな 《新婚物件探索クエスト》 の苦労話を、俺は到着するまでずっと聞かされ続けた。めんどくさかった。興味、無いし。

 

 

それは、我ながらおかしな発言、そう思った。

「うりゃー、しねー!」

《シャープ・ネイル》 によって爆散した光塊は、素敵なドレスをお召しになられているとはいえ、 《白骨死体》 だからとうの昔に死んでいる。いまさらそう言われても困ったに違いない。

そんなわけで、ボロボロの鎧を纏った 《骸骨騎士》 に斬りかかる瞬間、 「成仏しやがれ!」 と叫んでみたものの、ライトエフェクトとの相乗効果もあってそれなりの納得感はあったのだが、語呂がいまいち……かといって 「悪霊退散!」 はこのゲームの趣旨としていかがなものか……

そんなどうでもいいことを考えながら 《深夜の幽霊駆除作業》 に励んでいたら、 【そろそろ終わる下で待て】 ということなので、今にも崩れそうな荒らされ放題の古城を後にした。結構、どきどきした。もうひとりではやりたくない、こわいもの。

「…………来ない」

やはり、女性の 「そろそろ」 という発言はあてにならない――この経験によってまたひとつレベルが上がっただろう。

とはいえ、 《始まりの街》 から全く圏外に出ていないプレイヤー並みのレベルでしかないのだが。

「お待たせ。別にひとりでもいいけど、ナナミさんが……」

ふと気付けば、今まで一度も見たことのない、それは可愛らしい格好をしたアスナが後ろに立っていた。

ここで、 「あんた、誰?」 と言ってはいけない。さすがに学習した。言いたいけど。

 

 

「いまさら謝る気は無いけど……考えを改めた、とは言っておきます」

唐突にめんどくさいことを背後からぶつけたアスナに、

「いいよ、別に……俺に問題があるのは間違いないから。それに人を疑うことは、けして悪いことじゃないし、」

と、適当に答えてみた。が、それを遮って、

「なんだろう、現実のシュウさんを知っていたからかな? そのギャップに戸惑った、みたいな……」

さらにめんどくさいことを重ねてきた。とりあえず、どうにかして黙らせよう――

「あの日、いかにも御家族に無理矢理連れて来られたって感じの不機嫌で興味なさそうな少女が、立ち上がって笑顔で拍手をする姿、しっかりと俺は覚えているよ……」

作戦成功――アスナは赤面して俯いて黙った。さすが、俺。

「……見えたの? 結構距離あったけど……」

アスナにひとつ笑みを見せると、振り返って俺は、久しぶりに大切な思いを伝える。

「見えるさ……それが俺たちの戦うモチベーションになるんだから……当然、君たちに喜んで、楽しんでもらう為だけどね……」

ふふっと笑うと、少しだけ 《攻略の鬼》 の表情に戻ったアスナは、

「じゃあ、今のシュウさんを支えているものって、何?」

――ほんと、めんどくさいな、この人。うなだれながら適当に俺は答える。

「かわいいリッちゃんの笑顔、かな……」

真に受けられて告げ口されたらシヴァタに怒られる――そんな後悔も、背後から聞こえるのほほんとした笑い声で、あっという間に拡散した。

 

 

(終わり)



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012 加速した攻略

SAOです。
アインクラッド編です。
七十四層攻略中のお話。


「えー、この数日間たくさんの方からー、お叱りのー、クレームをー、いただきましたがー、身に覚えはありますでしょうーか?」

「せっかくリーテンさん、来てくれたのに、何考えてるの?」

正座がきつい――耐えろ、脚。いつかは終わる。

 

 

《血盟騎士団》 は辞めたほうがいい。それと 《桃色鍛冶屋》 に横取りされる前に既成事実を。

――それはもう遭難してもおかしくないほど遠回りしたはずだった。だが、どうやら俺の選んだルート、アスナにとっては 《直登コース》 だったらしい。

やれやれ、ほんとにめんどくさい少女だ。 《攻略の鬼》 なんだから、もっと鬼らしくすればいいのに。

そんなわけで俺の大切な友人ふたりは、上司その他各方面から様々なご意見をいただいたらしい。良かったじゃないか。ますます親交が深まったじゃないか。

――共通の敵を見つけるのが、その人と仲良しになる最も簡単な方法。

それは歴史が証明している。学校で教わったはずだ。

いまさらひとりふたり敵対視してくるめんどくさい人が増えたところで、俺は困らないし、面白いし、変わらない。

「はい……すいませんでした」

素直に謝った。悪いと思った。

 

 

ナナミのいれてくれたすっかり冷めてしまったお茶をすすっていると、

「シュウは複雑なこと、簡単にまとめすぎ。だから誤解される」

白い湯気が急須の注ぎ口から立ち昇る。俺は一息に飲み干すと、

「いいんだよ……めんどくさいことを俺に聞くほうが間違ってる……」

かしこまって会釈をして注いで貰う。

「でもさー、懇切丁寧ーに説明したところでー、それを受け入れてもらえるかは、別だよねー」

チョコクッキーの味がする煎餅を片手に、コムロンは先週新調したばかりのソファーでごろごろしている。やめなさい、怒られるぞ。

「まあ……それは分かってる。何と戦えばいいのか、分からなくなったら……やってられなくなるよな……」

ほどよい梅の風味がきいた煎餅のようなクッキーをぱかっと割って、その大きいほうを俺に手渡しながらナナミは、

「そういう言い方。それが伝わらないって、言ってるの」

 

 

顔を見るなり溜息を吐かれた――どうなっているんだ、この店の接客態度。

「あのなぁ、 《攻略集団》 ってのは、昼間は前線に行くもんだぞ……」

最近になってようやく慣れてきたウインドウ操作。あれからずいぶん俺も進歩したものだ。

「そいつらが来たから……今、来たんですけど……」

やれやれと天を仰ぐと、嫌々感を漂わせながらエギルは査定を始めた。

うん、やっぱりナナミかシリカに頼むべきだった――どうせ俺は 《かわいい女性》 ではないから、せっかく持ち込んだアイテムも適当に安く買い叩かれる。そろそろ別の買取屋を見つけたほうがいいかもしれない……あっ、そういえばコムロンが 《セルムブルグ》 に新しいプレイヤーショップが出来た、とか言ってたな……そっちに移るか? でも、六十一層か……オシャレな感じのお店だったら、めんどくさいぞ……

「まあな……オマエの持ち込むアイテムを見れば、めんどうなモンスターやクエストをひとりでこなしているのは分かるけどよっ」

表示された金額――あれっ、そうでもない? やっぱり良心的なお店かも。店主、いかついし、めんどくさいけど。

にやにやしている俺を見て、また溜息をつくエギル。

「あぁ! そういやシュウ、新しい片手直剣どうだ? オマエなら大丈夫だろ……」

「えっ……リズに、」

俺の言葉を無視して、ずかずか二階に上がっていく……ちょっと、買わないし、いらないよ。

カウンターに頬杖をついて待つこと三分、にやにやしながらエギルはそれを持って降りてきた。

「ちょうど困ってたんだよ。こんなバケモノ扱えるヤツは限られるし、かといって変な野郎に転売目的で買われるのも、どうかと思ってな……」

「ふーん、珍しいね。そんなの、思いっきりふんだくればいいのに……」

エギルから渡されたそれは、デザイナーの手抜きを感じさせる真っ黒な鞘――そこから地味な濃紺と漆黒の柄を握って、いかにも 《怪しげな剣》 をゆっくり引き抜いた。

「重っ……いや、そうでもないか……」

「固有名は 《デスブロー》 。七十三層フロアボスの 《ラストアタックボーナス》 だそうだ。コイツを持ち込んだヤツは……まあ、分かるよな」

「ふーん、自分で使えばいいのに……あぁ、いっぱい持ってるのか、こんな感じの……」

俺は、 「ちょっと、ごめん」 エギルに背を向けると、適当に剣を振った。とはいえ、 《スラント》 からの 《ホリゾンタル》 だが。

あれっ怒られない? すぐさま怒声が飛んでくると予想したのだが……むしろ気持ち悪い静寂が続いた。

「しかし……速え、とは分かっていたが、目の前で見ると……恐ろしくて、笑っちまうぜ」

鞘に戻して振り返ると、引きつった笑みを浮かべて固まっているエギル。ちょっと面白い。

「いいね、これ……さっきのお金返すから、それで、ください……」

その言葉によって、あっさり硬直から開放されたようだ。ふにゃっと崩れ落ちた。

 

 

【変な剣、買わされた】

【いいね!前線おいでよ!】

【本部前デュエル申請了承】

 

 

迷うことなく七十四層へ転移した。本日三回目の前線攻略だ。偉いな、俺。

「邪魔すんな、このヘビムカデ!」

気持ち悪い生き物ばかり襲ってくる。それらを相手に 《デスブロー》 の試し斬りをしながら、森の奥の迷宮区に向う。

「でか過ぎだろ、トカゲタヌキっ!」

「……お前、何? 鳥? 虫?」

もう二時間以上、全速力で走りながら森林の 《害獣駆除作業》 を続けている――若干の疲労を感じてきたうえにやっぱり飽きてきた。しかし、ここで帰ったら、また怒られそうなので、頑張って進む。

ようやく迷宮区の入り口が見えて――あれ、わざわざお出迎え?

いつもとは違う変な笑い方で俺に手を振るコムロン。

「悪い、遅くなった。思いっきり走ってきたけど……」

なぜかコムロンは申し訳なさそうに頭を掻いている。

「いやー、なんかさー、前線、進んじゃったんだよねー」

「そうなの? やっとボス部屋、見つかったのか……あっ、攻略会議、欠席で……」

これからコムロンはあの 《鬼》 と攻略会議の準備に取り掛かるはずだ。よし、すぐに帰って遅くなるであろう夕飯までぐっすり寝よう。

「えーっと、多分だけどー、攻略会議は来週以降ーになる、と思うんだよねー」

すでに踵を返した俺は、その言葉に首を傾げながら振り返る。

「……何で? 見つかったんだろ、ボス部屋……」

コムロンは頬っぺたを両手で押さえながら口をとがらせると、

「いやー、デートのついでにボスー、倒しちゃったみたいなんだよねー。いやー、ほんとにあのふたり、凄いよねー……」

絶句した――それはデートじゃないよ、心中だよ、コムロン。

 

 

(終わり)



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013 神の失敗

SAOです。
アインクラッド編です。
七十五層攻略中のお話。


こつ、こつ、こつ、……ひょこ。

「みーつけたっ」

すぱーんと輝く茶碗が飛んできて、ぱりーんと砕けてきらきらと舞い散った。

 

 

あれから一晩中、開通したばかりの七十五層主街区 《コリニア》 周辺の 《害獣及び変質者駆除作業》 に従事した俺は、うっすらと周囲が明るくなった頃にメッセージを送り、少年の行動パターンを間違いなく掴んでいると思われるアインクラッド最強の敏腕情報屋を呼び出した。 「あんまりイジるなヨ!」 と満面の笑みでご忠告をうけたので、 「ご心配なく!」 とにこやかに返答し、提示された結構な金額を気前よく支払った――なんならもう少し上乗せしてもいいくらいでした。ありがとう、アルゴさん。

 

 

「エギルのやつ、何やってんだよ……」

あきらかに不機嫌な少年の声。もうそれだけで、笑いが止まらない。

とはいえ、次は間違いなく刃物が飛んでくるだろう。俺は開いたままのドアから少年に見えるように腕を伸ばして、 《デスブロー》 におしゃべりをさせることにした。

「キリトくん、これ、ありがとう」

しっかりと口調に合わせて剣を動かす。結構面白いぞ、これ。

「あっ!? それ、シュウが買ったのか! それさ、悪くないけど耐久力が――」

ヘビーゲーマーのアイテムウンチクが始まった。こいつらは 《それ系》 の話をはじめると大概早口になってめちゃくちゃ長くなる。俺は適当に聞き流しながら左手に相槌をうたせる。コツを掴んだら、さらに面白くなった。

「……だから六十七層のクエで入手出来る、ってシュウ、聞いてるのか?」

「うん、……キリトくん、大切に使わせてもらうね……」

深々とお辞儀をする 《デスブロー》 、もう笑いを堪えるのに必死。ほんと面白い。

「ああ、って別にどう使っても構わないよ……」

先ほどよりも穏やかになった声。よし、ここだ、ここしかない。

「……でさー、五十連撃って、直剣スキルがいくつに、」

モーションを起こす気配、瞬間俺は構える。閃光が入り口を照らした。最高速で 《バーチカル》 を放つ――

ギンッという硬質の金属音が鳴り響いた。輝きを失ったピックはバチンッと壁にぶつかり失速、ころんと床に落下する。 

ほどなく視界に 【Immortal Object】 のシステムタグが浮かんだ。

「……そっちこそ、なんだよ、それ」

呆れたような、けれど関心したような少年の声が部屋から聞こえる。

「まぐれですよー。じゃあ、頑張ってねー!」

俺はコムロンの口調を真似て少年を励ますと、一目散に階段を駆け下りた。

 

 

【トゲトゲ、何やってんの】

昨晩そんなメッセージを送っていたことをすっかり忘れていた俺は、上手い具合に記号を使ったその泣き顔を見るなり、大手ギルドのめんどくささを再確認した。

「リッちゃん、かわいそうに……大変だろうな」

ちなみにその旦那は、俺から数十メートル離れた場所で無駄に凶暴な二足歩行の 《ゾウさん》 を数人で取り囲んで叩きのめしている。

「シヴァタさん、頑張って……」

さすがに眠くなってきたので帰ろうと思うのだが、コムロンとナナミからの返信はまったく届く気配がない。

「……家は、やめとくか」

すっかり疲れきっていたので転移結晶を使って 《アルゲード》 に向う。

《いつものカフェ》 のいつもの席に座った俺の耳に入ってくる話題は、客が入れ替わってもずっと同じだった。

久しぶりに常宿に戻って、ふたりの 《あれ》 が終わったら返信もくるだろうと、装備を解除してぱたんとベッドに倒れ込む。

毛布に包まって 「おやす」 まで言った時だった。

【大変なことになっちゃった】 ……知らんし。若いふたりで協力して乗り越えなさい。

俺はまぶたをゆっくりと閉じた。 

 

 

「ふあぁー、いやダイゼンさんもいきなりだからさー、露店手配するの大変だったよー。ナナちゃんに手伝ってもらわなかったら、完徹確実だったしー」 

あくびをしながらソファーに横になってぐったりしているコムロン。もう日付は数時間前に変わっている。

「KoBにも、愉快な人いるね。意外だった」

香ばしい濃い目のお茶を飲むナナミ。今日の夕食はNPC屋台で簡単に済ませた。

「じゃあ、明日はそのイベントの間に、さくっとフィールドボスをやっつけようかな……」

「うそだー」 「嘘つき」

あっさりだった。俺もたまにはボスを倒してみたいのに。

 

 

「凄かったね……私、まだ全然駄目」

ふたりの壮絶なデュエルが終わり、巨大なコロシアムから足早に去ろうとする人流のなかで、ぽつりとナナミは呟いた。

「ユニークスキルとか、そういうことじゃなくて、彼らにはあって、私には無いもの、それを見つけないと、駄目」

俯いたまま歩くナナミに、後ろから押された男がぶつかる。俺はその細い肩を掴んでナナミを抱き寄せた。

「えっ、なんで……」

視線を合わせてから、そっと耳元で囁く。

「ナナミ、気づかなかったのか?」

「えっ……?」

ナナミは無表情のまま視線を逸らした。俺は笑みが湧いて零れ落ちるのを感じた。

「探しもの、おそらく見つけた。それにあいつは気づいたかもしれない……さて、どうしようか……」

瞬間、わき腹に思いっきり、がつんと柄が当たった。すごく痛い、気がした。

「シュウ……困るし、めんどくさい」

ナナミの眼が怖かった。

 

 

(終わり)



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014 鐘の音

SAOです。
アインクラッド編です。
七十五層攻略中のお話。


あいつは俺に死んで欲しいの?

真っ黒――次の瞬間、薄暗い回廊を必死で駆け抜けた。

 

 

「そのバケモノ、オイラも生で見てみたかったナー」

《はじまりの街》 での恐怖体験を聞き終えたアルゴの感想は、それだけだった。

 

 

「シュウが遭遇したヤツ……そんな感じのヤツが次のフロアボスだったら、みんな死んじゃうよねー」

迷宮区のボス部屋を発見した帰り道、そう言ってコムロンは溜息をついた。

 

 

「私も参加する。大丈夫、自分で決めたから」

DDAの攻略会議が終わり、帰宅したナナミは俺たちにそう告げた。

 

 

七十五層フロアボス攻略戦、最終的にヒースクリフが選抜した精鋭三十二人、そこに俺は入っていない――

 

 

「あっ! シュウ、鍵、預けとくねー」

部屋のドアの前で振り返り、ぽーんと鍵を投げた。

「了ー解」

俺はそれを右手でキャッチすると、ソファーから落ちるのをこらえながら腕を伸ばしてテーブルに置こうとした。が、背中を何かで突つかれ、どすんと転げ落ちた。

「もうちょっと……別にいいけど」

「何だよ……緊張してるのか?」

ボス戦用の蒼い金属装備の上に濃紺のロングコートを羽織ったナナミは、 「別に、いつもと同じ」 ひとつ睨むと玄関へすたすた歩いていく。

ゆっくり立ち上がろうとする俺に、コムロンは苦笑いを浮かべながら右手を差し出すと、

「でもさー、マジで全滅もありえそうだから、いつもとはちょっと違うよねー」

俺にだけ聞こえるように小声で言う。

「だからお前に預けたんだよ。まじで危なくなる前に、絶対装備しとけ」

「でも、シュウみたいに使えないよー。ぱきってすぐに折れそうだから、」

「大丈夫だって。一発ヒットした後は適当に斬りまくればいいだけなんだから……」

「何してるの?」

すぐ目の前に無表情が。俺とコムロンは頑張って変な笑顔を浮かべる。

「えっ?」 「はっ?」

瞬間、俺とコムロンは、細い両腕で抱き寄せられた――あのナナミが、震えている。

「…………大丈夫だよ、ナナちゃん。オレはともかく、団長もいるしー、アスナさんもキリトくんも一緒だよー」

ぽんぽんと背中を優しく叩くコムロン。

「……何回も説明しただろ。茅場は全滅なんか望んでいないから大丈夫。適当に回避しとけばいいんだよ……」

ちょっと、どうしたらいいのか分からない、俺。

「入ったら……死んじゃったら、ふたりに会えなくなる」

「ナナちゃんは死なないよー。だってオレより強いしー、オレも結構強いしー、みんなはもっと強いし!! そうだよね、シュウ!」

「ああ……大丈夫。ナナミは俺よりも、ちょっと弱い程度、痛っ……」

ぱんっと後頭部を叩かれた。

そしてさらに強く抱きしめられる――苦しい。少しでいいから自分の筋力値、考えてくれ。

「私は……コム君が大好き。シュウは大っ嫌い。でも、どっちも大切だから、怖いの……」

やれやれ……コムロンと目を合わせる。

「オレもナナちゃんが大好きだよー。だから団長に、オレ行きまーすって、志願したんだしー。それにボスを倒して、シュウと一緒に七十六層、攻略したいしー」

「好きも嫌いもないし、攻略に行くのもめんどくさいけど……さくっと倒して、帰ってこいよ……」

「…………うん。了解」

俺たちを解放すると、何事も無かったかのようにすたすたと玄関へ。

「じゃあ、シュウ、行ってきまーす!」

いつも通り、俺たちはパンッと右手を合わせる。

「はいはい、楽しんでこいよ……」

俺はコムロンを玄関まで送る。

コムロンが外に出ると、ドアの外のナナミはじっと俺を見つめながら、

「絶対に、ゲームが嫌いで、剣が使えない女の子、紹介するまで死なない」

微かに微笑むと、ゆっくりとドアを閉めた。

「いないでしょ、そんな女の子……ソードアートだし……」

大切なふたりが去った部屋で、ひとりになった俺は笑いながら呟く。

 

 

【暇だろ?全滅したら攻略手伝って】

【Ok! It's Showtime! 】

 

 

「早っ、……暇なんだろうな……」

たまに殺そうとしたり、されたりするくらい仲の良い古い知人からのメッセージが届くと、 「おっ! これはデカいで!」 隣の竿が大きく曲がる。

あっという間に釣り上げられた 《手足の生えた変な色の魚》 はぴちゃぴちゃと暴れた。

慣れない手つきで針を外そうと悪戦苦闘しているのを横目に、俺はアタリが全く出ない仕掛けを上げてみる。

餌がついていなかった。これでは釣れるわけがない。

「フン、誘っておいてジブン、ヘタクソやな」

相変わらずの口の悪さだな――このトゲトゲ野郎、へこんでるくせに。

「あれから 《はじまりの街》 に引きこもってた誰かさんと違って、釣りをする暇なんか無かったんだよ……」

作戦成功。見事に俯いて黙りやがった、このトゲトゲ。

「……確かに、ジブンに丸投げしたのは、わいや…… 《攻略集団》 を支えてくれ、何でも協力するからプレイヤーを護ってくれと、言ったのは、」

「めんどくさいから、そういうの……あんたが下で頑張ってたの、知ってるし……」

俺はキバオウの言葉を遮って、ぽーんと仕掛けを投じる。

「最初から答えが分かっていても、その方法が分からなかった俺は……あんたと同じだ……本当に、いつも間違えてばかりだよ……」

キバオウは 「フンッ」 と荒々しく仕掛けを投げると、それからは黙ったまま、ただひたすら浮きを見つめていた。

【ナナちゃんへのプレゼント!出来たよー!!】 ――桃色鍛冶屋からのメッセージ。

「悪い、ちょっと出かけてくる……」

視線を浮きに向けたまま、キバオウは行ってこいと小さく手を振る。

「うーん……もったいないか……」

使うかどうか迷ったが、転移門広場へ続く街道に向かって歩きだす。

――この美しい景色を出来るだけ見ておこう。

 

 

それから程なく、鐘の音が鳴り響き、空が赤く染まった――はじまりのように。

 

 

 

 

(終わり)



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015 世界のはじまり

SAOです。
アインクラッド編、完結です。
お願いいたします。


どうやら今年は暖冬のようだ。

もう一月だというのに、圧雪どころか凍結もしていない。

すんなり実家に到着――日陰にほんの少しだけ残っている。

「お帰り。雪、少ないだろう?」

父は忙しいのか、それだけ言って作業小屋に戻る。

「ただいま。そうだね……」

かさっとお土産袋を見せると、俺は久々に玄関の扉を開けた。

 

 

きっと母が掃除をしたのだろう。とても綺麗だ。

とはいえ、そもそも物が全く無い部屋なので、そう見えるだけかもしれないが。

目の留まるものと言えば、窓、パイプベット、壁に写真……以上。

――それも失礼か。

俺はバッグをどすっと床に落として、そのままばたんと倒れ込む。

「……おやすみなさい」

枕に埋めた顔。ふわふわすぎて苦しい。ごろんと仰向けになる。

ふと、写真に目を向けた。

水色、黄色、青色、赤と黒――その胸と袖の文字、溜息が零れた。

 

 

「中島さん、勝ったら焼肉、お願いします!!」

その威勢のいい約束に、俺は苦笑いで答えると二階のフロアへ上がる。

「今の子はいいよな……これ、十年前に出来てほしかった……」

改修工事が終わったばかりの総合体育館。

めちゃくちゃ綺麗だし、何より暖房のおかげで暖かい。昔は 《冷凍庫》 だったのに……

客席に人はまばら――当然である。平日開催の地方大学フットサルリーグなんて見に来るやつは、よっぽど暇なやつだけだろう。

――そんな暇なやつ、無職の俺くらいだ。

しかし、二年間も寝たきりだったわりには、可愛いマネージャーさんにサインを求められたりするくらいの知名度は残っていたようだが。

 

 

大学生になっても弟は相変わらず、 「みんなで楽しむ」 そのプレースタイルを貫き通していた。

そんな彼に自然とボールは集まってくる。チームの 《呼吸》 を生み出している。

「おいっ、出せよ!」

小中高、海外、国内……いつもピッチで喧嘩ばかりしていた俺とは大違い。それが嬉しくて、羨ましい。

けしてレベルは高くない。けれど、楽しそうだ。みんな、嬉しそうだ。

だが、そのプレーする喜びが、俺には眩しくて、何よりも辛い。

 

 

ベンチに戻りながら、二階に俺の姿を見つけると笑顔で手を振る。

俺もそれに小さく返すと、隣の席に置いたペットボトルを手に取った。

「……無い……あっ、」

習慣とは怖いものだ。いつものようにぽいっと放り投げそうになる。

やれやれと、空のペットボトルをエナメルバッグに戻そうとした。が、すっと消えて、空いた席にぽすんと座った。

 

 

小さな蒼い水筒から注がれる。白い湯気が立つ。手渡される温かそうなプラスチックのコップ。

自然に受け取って、その薄めのお茶をすすりながら、

「あいつ、余計なことを……遠かっただろ?」

うんうんと頷きながら、小さな煎餅をふたつに割ると、自然にその大きいほうを俺に手渡す。

久しぶりの醤油らしい味の煎餅。ぽりぽりとかみしめる。

コップをよこせと手を伸ばす――黙って渡す。また、注ぐ。

「とりあえず、こんな所まで来てくれて、ありがとう……」

唇にコップをつけたまま、うんうんと頷く。

そして、溜息――

「何しに来た、とか、あんた誰って、言うのかと思ってた」

俺は苦笑いで 「誰だよ、それ」 とコップを要求したが、首を振って拒否される。

「でも、可愛い娘に甘いの、こっちでも変わらないね」

――見てたのかよ。

深い溜息を吐くと俺は、

「立場ってものがあるの。こっちでは……」

それを聞いてふふっと笑う。

「だから、誘っても、誘われても、ギルドに入らなかったわけ……めんどくさいね」

「ああ、めんどくさい……」

少しの静寂……ふたりは小さく笑う。

「秀……約束、覚えてる?」

「ああ、おぼえてるけど……」

湯気が立ち昇るコップを渡された。俺はそれに口をつける。

あれ? ほとんど残ってない。しかたなく隣の席に置いた。瞬間――

俺は細い腕で優しく抱きしめられた。

「……ゲームは嫌い、こっちで剣は使えない、だからもう、ナナミじゃない……瑞希で、いいよね」

俺たちは、いつも間違えてばかりだった――きっとそれは、こちらでも同じなのだろう。

素直に言った。 「はい」 と。

 

 

(終わり)



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016 再会

SAOです。
アインクラッド編のおまけ回です。
二〇二五年五月頃のお話。


「ふーん。なるほどね……とりあえず、お疲れ様でした、なのかな……?」

チームの地域イベント以来だから、おそらく四年ぶりになるのだろう。

《懐かしい》 という感覚を全く感じさせない現代的な校舎の雰囲気に 「今の子はいいなー」 と羨ましい気持ちが半分、そして学生なんてもうめんどくさいから勘弁、そんな気持ちが半分。

とはいえ、正直、学校なんて絶対通いたくない。めんどくさい。

それが本音かもしれない。

「……そういえば、エギルから聞いてるだろ? 明日のオフ、お前は参加しないのか?」

面談室、というよりもオフィスのミーティングルームといった感じの一室で、学生さんは飲み会に俺を誘う。

――こらこら、未成年がそんなところに出入りしちゃいけません。不良になっちゃうぞ。

しかし、そんな彼が上手い具合に手続きをしてくれたおかげで、俺はこの 《帰還者学校》 に潜入できたわけだが。

「でもさ……どうせ俺たちはまた外の席だろ? 店の中の楽しそうなおしゃべりを聞きながら、まったり飲むのも悪くは無いけど……」

「……ああ、そんなこともあったな」

すでに懐かしい、楽しかったあの日――それをお互い思い出したのか、顔を見合わせて苦笑いする。

「とりあえず……瑞希と相談してみるよ。行けそうだったらエギルに連絡入れる……と、思う」

「ミズキ? ……誰だよ、それ?」

あ、そうか――キリトくん、いや和人君は知らないのか。

「ごめんごめん、ナナミだよ。週末、彼女の実家に行くことになってて……他の用事もあるけど、今回はその為に東京に戻ってきたんだよ……」

「そうだったのか……お前らって、いつも一緒にいたから、こっちでもそういう感じなんだな……」

おや、ちょっと面白い反応してる。ここでさらに押してみるか――

「ああ、近々結婚するからな。ちゃんと挨拶しておこうと思って……」

「えっ、そうなのか!? それはおめでとうございます……って結婚? ……えっ、えええーーー!!!」

俺は、この少年と遊ぶのが面白くてたまらない。それを再認識した。

 

 

まだ動揺がおさまらない和人を楽しみながら校舎のエントランスから出ると、十名程の男子生徒が狭いながらも立派なグラウンドでボールを追いかけている。

「ごめん、和人くん、ちょっと 《嘘つき野郎》 に挨拶していっていい?」

「ああ、構わないけど……俺は校門で待ってるから」

それはそうだと思う。どうしていいのか分からないのだろう。いかにも少年らしい。

和人と別れ、俺はグラウンドに向かう。

そこから聞こえてくる走る音、いつも耳にしていたボールの音が心地良い。

「……ごめーん、ちょっと抜けるねー! ……おつかれー、結構早かったねー。もう終わったの?」

俺の姿を見つけると、 《あっち》 より、かなり遅いダッシュで駆け寄ってくる。

汗でびっしょりと濡れたTシャツ姿の 《小村龍司》 に、

「ああ、それよりおまえ……めっちゃヘタクソだな。何が 《東京選抜》 だよ。ほんと嘘ばっかりだな……」

「いやー、やっぱりプロの目はごまかせないかー……ごめんねー。でも、幼稚園の頃は本当に凄かったんだよー!」

その言葉に呆れながら、 「はいはい」 とエナメルバッグからペットボトルのお茶を取り出して、いつものようにぽーんと放った。

彼はそれをいつものように左手でキャッチして、蓋を開けるなりぐびぐび喉を鳴らすと、

「明日、オレは行くけど、秀はどうするのー? みっちゃん家に行くのは土曜の午後だっけ? 二日酔いになっても午後なら何とかなるんじゃない?」

――おまえ、未成年だろ。二日酔いを語らないでくれ。

「まあ、瑞希と相談するよ……おまえはこっちに帰ってくるのをずっと待っていてくれた可愛いゲーマーの 《彼女さん》 をみんなに紹介しに行くんだろ? ……それに加えて俺と瑞希……大パニック、確実だろうな……」 

「えー、大丈夫だよー……多分」

俺たちはその光景を想像して、同時に変な笑顔になった。

「それにさ、もし二日酔いが抜けなくて失礼があったりしたら……瑞希のお父さんの 《リアルソードスキル》 発動とか……絶対嫌だし……」

「うん。オレも観たよー、みっちゃんのお父さんの動画……凄いよねー。あんなスピードで飛んでくるボールとかBB弾とか、本当に斬っちゃうんだもん。あっちなら秀とか和人くん、出来たかもしれないけどさー、こっちではありえないよねー……」

瑞希の 《剣才》 は見事に父親から受け継いだものだった――彼女の父親はそちらの界隈では超有名な 《現代の侍》 だった。

「……なんか、あのお父さん、 《アミュスフィア》 買ったらしくて…… 《ALO》 で立会いやろうぜ、とか言ってるらしいんだよ……そうなったらさぁ、どうしたらいいのか分かんないだろ……」

「それは……大変だねー。手加減するのも違う気がするしー、かといって本気でやるのもー……秀、大変だね……」

俺たちは変な笑顔から同時に苦笑いに変わる。それからすぐに、 「悪い、和人待ってるから」 と言って校門へ向かう俺の背中に、 「またねー」 の声。

俺は振り返らずに、何度か手を振った。

 

 

「ふーん、その学校、私も行ってみたいかも」

ちょっと熱そうなお茶を注ぎながら、瑞希は羨ましそうにそう言う。

「でも、学校って感じがあんまりしない……最近出来たやつはみんなあんな感じなのかもしれないけどね……」

海苔が固くて上手に割れた煎餅の大きさを比べながら俺はそう言う。

「こっちがいい……リズさん、里香さんと明日奈さんは元気だったよ。でも、やっぱり、凄く驚かれたけど」

俺の右手から煎餅を奪い取ると、美味しそうにぽりぽりしている。

「和人くんも……面白かったよ。久しぶりにからかえて、ほんと楽しかった……」

瑞希はちょっとだけ俺を睨むと、すぐにいつもの優しい笑顔に変わった。

「でも……」

「だよな……」

俺たちは、お互いの目をまっすぐに見る――

「めんどくさいよな」 「めんどくさいよね」

ふたつ同時に溜息。それからすぐに、ふたりとも俯いたまま笑う。

 

 

(終わり)



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新生アインクラッド編Ⅰ
017 依頼


SAOです。
今回から 《新生アインクラッド編》 です。
二〇二五年六月頃のお話。


鮮やかな緑の芝が宙を舞う。

「危なっ――」

俺の左脚目がけて何本もの鋭利な棘が迫り来る――直撃寸前でジャンプして回避した。

着地と同時に細かいステップ。目前に迫る赤い影。

――えいっ。

「うわっ!? ……マジか」

緩やかな放物線を描き、ふわっと頭上を越える。

ぽんぽんと弾みながら、少しだけ重いボールは白線を越えた。

 

 

「お疲れさん。こっちでも変わらんなー、オマエ」

ひとりベンチでスポーツドリンク片手にぐだぐだしている俺の背後から、嫌いではないけれど、あまりかかわりたくはない――しかし戦友にして、尊敬すべき恩人でもある 《白髪のごつい日焼けしたおじさん》 が大声で話しかけてきた。

うわっ、まじめんどくさいやつ、きちゃった――怒られるのが嫌なので、素早く立ち上がると両手を差し出して頭を下げる。

「お疲れ様です、内澤さん。今日はこっちで打ち合わせですか?」

俺の手を凄い力で握りしめる。相変わらず加減というものを知らないようだ。

「そうだよー。しっかし会長もひでーよな、協会公認だから失敗出来ないー、なんてぬかしやがって。その責任、ぜーんぶ俺に丸投げだぞ。サッカーしか分からん年寄りにVRなんて勉強させるなよなー。他に若い暇なヤツ、いーっぱい、いるだろうが!」

――それはグループリーグで敗退したからでしょ。なんて、絶対、言えない。

 

 

昨年オーストラリアで開催された 《U-17ワールドカップ》 に出場した若き日本代表チームは、強豪国相手に思いっきりボコボコにされていた。

「うわぁ……かわいそう……」

リハビリ中に言い訳出来ないほど惨敗した試合の動画を見た俺は、ピッチに泣き崩れる選手達に同情してしまい、ちょっと泣きそうになった。

そのチームを率いていたのが、この内澤さんだ。現在は日本サッカー協会の 《現場》 から外されて……こんな場所にいる。

ちなみに俺も出場した 《U-20ワールドカップ》 では、コーチとして良くも悪くも 《個性的な集団》 を上手くまとめ、紆余曲折ありながらも準決勝まで勝ち進み、 《奇跡の世代》 と世間から称えられた (若干馬鹿にされている気もしたが) チームを影ながら支えた続けた功労者でもある。

 

 

「それよりどーよ? 膝の具合。少しは走れるようになったのか?」

握手した手を俺の肩に置いて、心配そうに左膝に目を落とす。

「うーん……微妙ですね。十五分くらいならいけるかもしれないけど……そんな感じです」

「そうか。まあ、まだ若いから色々試してみるんだな。 《レジェンド藤山》 みてーに四十過ぎてから現役復帰ってのも、あるからなっ!」

がつっと俺のぶっ壊れた左膝をキックした――相変わらず、ひどいおじさんだ。本当にめんどくさい。

俺は勘弁してください、と胡散臭くにやにやした後、

「まあ、地域リーグでプレー出来るくらい回復したら御の字ですよ。それに今のこの仕事、結構楽しませてもらってますから。協会とスポンサー様……内澤さんには感謝してます……」

意外な謝辞に驚いたようで、目を丸くした内澤さんは頭を掻きながら、

「そうか……それは良かったよ。海外経験もある選手で 《SAOサバイバー》 なんて珍しいヤツは、オマエしかいないから協会としても都合はいーさ……それに、やっぱりピッチに立ってプレーするのは、最高だろう?」

俯いて 「そうですね」 と、少し照れくさくなる本音を呟いてしまった俺は、青いユニフォームの胸にプリントされた 【レクト】 の文字を無意識に軽く掴んでいた。

 

 

心地よい疲労感を感じながら瞼を開けると、ベッドサイドのデスクに座っていた瑞希がすっと振り向いた。

「ただいま」 「おかえり」

その絶妙なタイミングに、ふふっと笑う瑞希を横になったまま両手を広げて誘った。

不思議そうに首を傾げながらゆっくり立ち上がると、俺の上にぱたっと倒れ込んだ瑞希は、

「どうしたの? 何かあった?」

その細く柔らかな身体を軽く抱きしめて、

「懐かしい……めんどくさいおじさんに絡まれて、疲れた……」

「ふーん。サッカーの人?」

「ああ、いつもロッカールームで喧嘩になって……悪い思い出、ではないけどね……」 

そう言いながら、長く綺麗な黒髪をそっと撫でると身体を起こして、

「もう夕飯済ませた? ごめん、遅くなったね……」

瑞希はうんうんと頷くと、

「秀のご飯、作ってある」

ぴょんとベッドから飛び起きて、すたすた隣の部屋へ向かった。

 

 

瑞希の入れてくれた食後の香ばしいお茶をすすりながら、

「明日って十三時頃着の新幹線だよな?……それほど早起きしなくても大丈夫……」

駄目駄目、と首を横に振る瑞希。どうやら毎週末恒例の早朝散歩に俺も付き合わなければいけないようだ。めんどくさい。

「とりあえず……どうしたらいいのかな?」

今朝届いた瑞希のお母さんからの、困難極まりない 《お願い》 について、俺は未だ答えを見出せないでいた。

「うん。斬っちゃえばいい、と思う。容赦なく」

物騒なことを……しかし、確かに一番分かりやすいし、間違いないはず。

とはいえ、全く 《ALO》 をプレイしたことがない俺に出来るのだろうか――

「でも……卑怯なことは出来ないしなあ……かといって、正面からぶつかるってのも……」

「卑怯なこと、秀、得意だもんね」

ふふっと笑う。だが、全く眼は笑っていない。どうやらその辺、まだ根にもっているらしい。怖いな。気をつけよう。

俺はテーブルの端に置かれたパソコンのモニターに目を向けた。

【謎の侍軍団が牽引――第六層フロアボス撃破!】

昨日報じられた 《MMOトゥデイ》 の大見出し……俺と瑞希は目を合わせると、溜息と同時にがっくりと肩を落とした。

 

 

(終わり)



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018 初飛行

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年、六月頃のお話。


瑞希の母は、かんかんだったらしい。

 

 

はるばる京都から訪れた瑞希の母親を東京駅で出迎えた俺たちは、まるで 《セルムブルグ》 の馴染みのカフェのような駅構内の高級喫茶店に入った。

美しく、穏やか。終始そんな印象で俺は全く気づかなかった。

確かに瑞希と同じように、俺の人生で出会った人達――家族や友人、知り合いからは感じたことがない圧倒的な 《品格》 のようなものを、瑞希以上に醸し出していらっしゃったので、ちょっとどう接していいのか分からず戸惑ってはいた。

俺は冷静ではあったが、平静ではなかった、かもしれない。

とにかく瑞希曰く、 「うん。あれは危ない」 そうだ。 「怒り、マックス」 だそうだ。

――女性は分からん。ほんと怖いな。

 

 

「……じゃあ、行ってくるけど……やっぱり、めんどくさいな……」

ベットに横になって 《アミュスフィア》 をセットしても、全く行く気はおこらない。出来れば行きたくない。誰かに代わってほしい。

「えっと……日付が変わる前には帰ってくる予定……瑞希は夕食食べて、お風呂入って、先に、」

「はいはい。ちゃんと待ってるから」

俺の言葉を遮ると、まるで駄々をこねる子供をあやすように瑞希の掌が胸をぽんぽんと優しく叩いた。

その穏やかな表情に、俺は様々諦める。

「じゃあ、よろしく」

瑞希はすっと隣に身体を倒した。俺の肩に腕をまわす。それを受けるように瑞希を抱き寄せる。

「安心して、隣にいるから」

「……了解。行ってきます」

ひとつ溜息。俺たちは小さく声を合わせて――

 

 

《妖精》 といえば、革靴でスーパーなロングシュートをぶち込み、見事退席処分になった 《超カッコいいおじさん》 しか頭に浮かばないサッカー馬鹿は、予想通り出だしで躓いた。

「何ですか……これ?」

妖精イコールピクシー、ではないらしい。もうわけの分からないカタカナだらけ。誰か助けて欲しい、が、ここには俺しかいない。 

とりあえず、少年とかぶりそうな黒っぽいものを選ぶ。

《ホームタウン》 なるよく分からない街に転送されるらしいので、ばったり遭遇する確立も高まるだろう……知らないけど。

人口音声の 「幸運を祈ります」 というアナウンス――不運しか訪れない気になった。

眩い光に包まれる。懐かしい感覚。ふと、あの頃を思い出す。

だが、そんな余裕はあっさりと消え去った。

「……これ、大丈夫なの?」

とてつもない高さから落下している。普通、死ぬ。

徐々に暗闇の中からその姿を現した、 《いかにも》 なゲームっぽい街並み。その中央にRPGっぽい城が――ああ、やっぱり。

【SAOのデータを引き継ぐと 《稀に》 起こるらしいから気をつけろ】

フリーズした。盛大にノイズが走る。バリバリと世界が崩壊する。

「ああ……稀に、ねえ……」

俺はエギルからのその一文を思い出して、やれやれと諦めて、そっと瞼を閉じた。

 

 

「むしろ死んじゃったほうが……良かったかも?」

途方もない時間落下したあげく、実家の周辺よりも激しい森の奥深く。

変な草。気持ち悪い虫。遠くに聞こえる唸り声。闇を深める見たことのない木々。そして、夜空に輝く月と星。

「……また、来ちゃったな……めんどくさい世界に……」

もうこの手のゲーム、この世界に足を踏み入れることは一生無い、と思っていた。

けれど、こうして実際に訪れてみれば、どこか懐かしく、そして少しだけ嬉しく、なによりも、めんどくさい。

とりあえず、このまま草むらでごろごろしていると痒くなりそうなので、ぴょんと飛び起きた。

ウインドウを……ウインドウが開かない。あれっ、これトラブル? またですか、これちょっと、帰れなくなるやつですか? 攻略とかまじで嫌ですけど。

【……操作は左手】 またエギルのメールを思い出す。持つべきものは頼りになる友人――ありがとう、エギルさん。また飲みに行きます。大酒飲みの 《元同僚》 も紹介します。

左手の指を揃えて適当に振り続ける。それは 【全く困らないはず】 だ。

確かに。よく分からない数値はともかく……あの頃のままだ。それがこのゲームにおいて、どの程度役に立つものなのか、は知らないけれど。

――ゲームを楽しむ為に、この世界に来たわけではない。

それを確認した俺は、慣れない左手でのウインドウ操作に悪戦苦闘しつつ、ようやくこの世界のマップを開くことに成功した。

しかし、さっぱり……だった。

 

 

「こ、コイツ、なんなんだよ!?」

「おいっ、……このスプリガン、例のウワサの奴じゃねーのか?」

気持ち悪い羽を装備したうえに、赤を基調とした趣味の悪い鎧を着込んだ二人組みは空中でなにやら喚いている。

――しかし、恐ろしい時代になったものだ。 

《森で不用意に火を使ってはいけません》 そう学校で教わらなかったのだろうか。いや、家庭教育が原因か? 不運な境遇で育ってしまったのだろうか……それならば彼らに責任はない、かもしれないが、大人なら判断できるだろう。いや、案外そうでもなかったりするか。

もちろん――これはゲーム。

プレイヤー目がけて火の玉を飛ばして遊ぶのは一向に構わない。ただし、場所を選べ、と。

俺はそんな不良の片割れが放った火の玉を、最高速で思いっきりぶった斬った――上手い具合に火は消えて、森林火災を防ぐことが出来た。

――ひとつ間違えれば消防に緊急連絡を入れなければならない事態だぞ。馬鹿者め。

しかし……ここから最も近いであろう街に辿り着くためには彼らに協力を願うのが妥当。

もう一時間以上この深い、いや、不快な森を散歩している。本当に飽きた。めんどくさい。

相変わらずの、この手のゲーム恒例 《ヘンテコ生物駆除作業》 もウンザリだ。コル、ではなくユルドが貯まるのは何となく嬉しいけれど。

いやいや、二年間もそんな履歴書に書けない仕事を不眠不休で頑張ったんだぞ。真面目に書いたら書類選考で落とされる全く役に立たない経歴だ。

あれっ? でも最後の二ヶ月くらいは適当に……うん、今それを思い出してもしょうがない。

「あの、すいません。ちょっと教えて欲しいんですけど……」

空中の不良二人組みに呼びかける。だが、無視だ。

「ちょっと、すいませーん」

大声を出してみる。あ、気付いた。

俺からかなり離れた場所にすーっと降下する。どうやら警戒されているようだ。

「あの、すいません。ちょっと教えてほしいんですけど……」

比較的、まだ不良感が薄いほうの若者に歩み寄る。彼は立派な直剣を鞘に収めながら、

「もしかしてアンタ、あの 《世界樹》 で百万のNPC兵士を単独で撃破して……クリアされた方、ですか?」

――多分、知ってる人、その方。ちょっと聞いた話と違うけれど。

俺は精一杯の作り笑顔で答える。

「あれっ? ひょっとして、キリトくんの友達ですか? いやー、良かった、助かった! 俺は……」

嘘も方便……とは、このことだ。

 

 

「いや、オニーサン、マジヤバいっす。こんな短時間で 《随意飛行》 マスターしちゃうなんて!」

タトゥーが入っていそうな若者に褒められる――なんだ、話してみれば良い子じゃないか。やっぱり学校と家庭、つまり社会問題だな。

「ありがとう……こういう身体操作系、すぐにマスターしないとクビになる仕事をずっと続けていたもので……」

「えっ? なんですか、それ? ダンサーとかすか?」

うーん、ダンサー……知らないけど、それでいいや。

俺はにこにこしながら 「そんなやつっす」 と答え、さらにスピードを上げる。

「おっ! いいっすね。 《スイルベーン》 まで競争しますかー!」

気さくな若者二人組みは、俺を追い抜いて、まだ遥か彼方――闇夜にうっすらと輝く街の光を目指す。

その光に俺は、不安しか感じられない。

「……めんどくさい」

そんな呟きを置き去りにして、儚い光跡は朝焼け間近の夜空を彩る。

 

 

(終わり)



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019 妖精襲来

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。


確か、あれは四層を攻略していた時だ。

やたら人懐っこい熊やでかいクマやバケモノグマに怯えながら、明け方まで 《天然素材の収集》 に励み、船大工のめんどくさいおじいさん家の木の椅子で寝る気満々な俺に、半分瞼が閉じていたはずのコムロンは、何を思ったか唐突に語りだした。

「シュウくん、ナーヴギアの電子信号に対して、脳の反応速度……」

速攻で俺を眠らせるには、間違いなく最適解だった。

とりあえず、そのめんどくさいお話の結論は 《結局、才能》 だった気がする。

「球を蹴っ飛ばすだけで、いっぱいお金を貰えていいね」

社会に生きる結構な人数の方々から、散々そう言われ続けている職業に間違って就いてしまった俺は、それを小さい頃から嫌になるほど経験してきた。

とはいえ、正直言ってそんなものを考えても意味は無い。

――世界とは、カオスでありフラクタルである。

間違いかもしれない。しかし、それがサッカーでしか生きられなかった俺の答えだ。

だが、ちょっとカオスすぎやしませんか?

「だめです! このひと……あたしの彼氏なんです!」

……あんた、誰?

 

 

赤組のふたりのお兄さんに 《スイルベーン》 まで案内してもらった俺は、街の良さげな酒場に彼らを招待……といっても、彼らに連れていってもらったのだが、お礼に一杯おごることにした。

乾杯の合図と共に怒涛の 《ALOチュートリアル》 がはじまり、魔法やらアイテムやら何やらかにやら、一時間以上途切れることなくずーっと彼らはしゃべり続けた。

――この種族の人間はどこでも変わらないな。

ということで、すぐに飽きた。顔や言葉には絶対出せないが。

そんな時だった――

「あれっ!? ひょっとして、中島選手ですか!?」

ちょうど店に入って来た二人組みの友人らしき人物――赤い鎧を装備した背の高い若者は、どうやらマニアックなサッカー経験者のようだ。店中に響き渡るほどの大声で 《俺の苗字》 を叫んでしまった。

――あっ、まずい。

俺の前にダッシュで駆け寄ってきたその若者は、スタジアムで実際に俺のプレーを見たそうだ――にこにこしながら握手を求められる。当然、すぐに立ち上がってそれに応じた。そして、 「誰?」 訝しがる友人達に対して、めちゃくちゃ興奮しながら俺に変わり 《自己紹介》 をしてくださった。ありがたい……ことである。

「「えっ!!! マジの日本代表選手なんすか!?」」

……いえ、世代別代表程度の者です。ごめんなさい。

そんなことを説明してもしょうがないので、瞬時に 《営業モード》 に切り替えると、頑張ってにこにこした。

すぐに 《お決まり》 の握手とサインと 《記録結晶》 的なアイテムでの撮影会が始まった。

「すいません。ちょっとスポンサー的なやつで……SNSはNGでお願いします」

みんな、にこやかに 「OKです!」 と、言ってはくれたのだが……まあ、その時は怒られるだろう。内澤さん、ごめん。

彼らは同じ高校の同級生だったらしく、卒業してもこのゲームで一緒に楽しく遊んでいる、とのことだった。

 

 

「せっかくだから、もう一軒行きましょうよ!」

ちょっと断り辛い雰囲気。これはどうしたものか――と、言い訳を考えていた時だ。

天空から金髪の美少女が落下してきた。

いや、物凄いスピードで墜落気味に着地した、のほうが、より正確だろう。

彼女はすくっと立ち上がると開口一番、

「だめです! このひと……あたしの彼氏なんです!」

そう言い放つと同時に、ぐいっと俺の襟首を掴んで一気に急上昇。

赤組の皆さんの呆気にとられた表情はあっという間に見えなくなった。

「ちょ、ちょっと……人違いでは?」

「いいからっ!」

あまりの速度と高度にびびる。もう月まで飛んでいってしまう勢いだ。

そこからジェットコースターなんて目じゃないほどの猛スピードで放物線を描く。

――本気で気絶しそう。何なんだ、これは。何したいんだ、この娘。

 

 

この街で最も高いであろう塔の展望デッキに到着――ぽとっと、落とされた。まるで物扱い。ひどい。

彼女はすたっと軽やかに着地を決めると振り返って、

「もう! 何で 《スイルベーン》 で飲み会なんてやってるんですか!? 見つけるの大変だったんだからー!」

とりあえず……この緑の 《金髪美少女》 は俺を探してくれていたらしい。べたっと、格好悪くうつ伏せに倒れていた俺は、ゆっくりと起き上がりながら、

「痛ったたた……えっと、ごめんなさい。見つけてくれて、ありがとう……」

先ほどまでの名残のような、営業スマイルでお礼を述べる。

だが、彼女はその言葉と態度に大変驚いたようで、それまで怒っていた眼がいきなり大きく見開いた。

「あれっ? もしかして……人違いかも。でも、写真と同じ顔だよね……」

ささっと近くに寄って、俺の顔をじろじろと見る。いや、何か怖いんですけど……

「うん、やっぱり。あっ、……あの、シュウさん、ですよね?」

顔が近すぎることに気付いたのか、若干紅潮しながら目を伏せて俺が何者かと彼女は問う。

「えっと……ごめん。俺の名前はキリトだよ。きっと人違いだね……」

ほーら始まった。これだからVRMMORPGなんか参加しちゃ駄目なんだよ、俺。

しかし彼女は 「あはは」 とにっこり笑う。

「うん、シュウさんですね。お兄、キリト君から 《あいつの口からは嘘とめんどくさい以外の言葉は絶対に出てこない》 って聞いていたんで、さっきのはちょっとびっくりしちゃった。けど、やっぱりキリト君の言うとおりの人ですね!」

「…………あはは、そうだね」

――何故だろう? 今まで似たようなことを多くの方々から散々言われながらこれまで生きてきたけれど、この娘に言われると、凄く、傷つく。

そして、この兄妹、ひとさらい……いや、人助けが出会いとは……偶然とは面白いものだ。

「あたしはリーファ。キリト君とエギルさんに頼まれて、シュウさんを迎えにきました!」

金髪美少女は、にこやかな笑顔で右手を差し出した。

とりあえず、クライン氏がわざわざメールで教えてくださった 【今後成長に期待する若手ナンバーワン】 その意味がようやく理解出来た。

あいつ、アホだ。まあ、この目で理解したけれど。俺もアホだ。というか男はみんなアホだろう。うん、それでいい。ごめんなさい。

そんな理解が深まったところで、

「改めて、シュウです。よろしくお願いします。あっ、今日は俺達ふたりの記念日になるね……」

ん? っと握手をしたまま不思議そうに首を傾けたリーファに、

「いや、お付き合いを始めたわけだから、これからは毎年今日が記念日だろ? そうそう、お兄さんにもご挨拶しないとね!」

――ああ、やっちまった。もう駄目だ。

リーファは顔を真っ赤にすると、一気に飛び立った。

「もう、ほんとにお兄ちゃんの言ったとおりだっ!! すっごいむかつく! ほらっ、さっさとついてきて!」

猛烈なスピード、あっという間に見えなくなりそう。まあ、しょうがない、自業自得だ。 

やれやれと、羽を広げて俺の 《友達の妹さん》 の後を追う。

……これ、追いつけるのか?

 

 

(終わり)



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020 喜ばしき変貌

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。


蒼穹に浮かぶ石と鉄の城、その巨大すぎる存在に俺は圧倒された。

少年時代、初めて日本最大級のサッカースタジアムに入った日の記憶――大歓声に包まれた、歴史ある海外名門クラブのピッチに入場する瞬間の緊張。

それらに匹敵するほどの、深く熱い興奮。

「凄いな…………」

空中で静止した俺に気づくと、リーファは振り返って微笑んだ。

「あの時、キリト君も……さあ、行こ、シュウさん!」

美しく翅を羽ばたかせて、リーファは身を翻した。

「……………」

ふいに、零れた言葉。それは、自分でも驚いた。

俺は顔を上げた。

「行こう――」

喜び溢れ空を舞う、その妖精達の後を追った。

 

 

「えっ……こんな感じだったかな……?」

数ヶ月ぶりに戻ってきてしまった 《はじまりの街》 の印象はかなり違ったものだった。

街並み、NPC、それらは全く変わっていない。

とにかく驚いたのは、空を舞う人々――自由に飛び回る妖精達、その誰もが幸せそうなこと。

《アインクラッド解放軍》 統治下にあった閉塞感は一切消えていた。

「……やっぱり変な感じ、しますよね?」

その光景に呆然と立ち尽くしていた俺の背後から、懐かしい声が聞こえた。

振り返ると……あんた、誰? とは、言わない。怒られるから。あぶない、あぶない。

髪色が水色になったことによるものか、ちょっと大人になったような気がするアスナが微笑んでいた。

「全然違うもの。みんな嬉しそうで、楽しそうに……それこそシュウさんと最後に会ったの、この街ですよね?」

少しだけ、美しいその微笑みに影を見る。

――当然だ。この場所は誰にとっても、複雑な思いがあるだろう。けして良い思い出、それだけではない。

「そうだったね。でも、今のほうがいいな。あれは、もう懐かしい……まあ、ね。それより、ここまで来てくれてありがとう」

うんうんとアスナは頷くと、

「どういたしまして……シュウさん、ちょっと変わりましたね。ナナミさんのおかげかな?」

にこにこしながら、いきなりぶっこんできた――さすが、閃光。

「でもアスナさん、このひと、お兄ちゃんの言ったとおりの人でしたよー。すっごい、むかつきましたもん」

やめてください――桐ヶ谷、妹。

ぱたぱたとアスナに駆け寄ると何やら……間違いなく先ほどの件だろう。こちらにじっとりとした視線をぶつけながら耳打ちする。

にこにこに、時折ぴくぴくが混じる。なんか面白い。けれど、笑ってはいけない。堪えろ、俺。

リーファの告げ口を聞き終えたアスナは、一度表情を戻すと気持ち悪いくらいにっこりして、

「リーファちゃん、大丈夫。このひと、もう無敵じゃないから」

……そうですね。ありがたいことですけれど。

 

 

キリトくんの素敵な奥様、そして可愛い妹さんに丁寧にお詫びした後、 《あっちの時間》 を確認した。

「遅れた俺が言うのもどうかとは思うけど、時間大丈夫なのか? 明日学校あるだろ?」

アスナとリーファは顔を見合わせると、

「うん。そろそろあたし達はログアウトするつもり。もしシュウさん、このまま続けるなら……お兄ちゃん、今はちょっと手が離せないらしいけど 《七層》 にいるから、行ってみたら?」

隣でぴくついている素敵な奥様――ああ、あれね。旦那さん、あれにハマってしまいましたか。心中お察しします。大変ですね、アスナさん。

「そうか。俺もナナミが待っているから、ログアウトするよ。確か宿屋に泊まってからのほうがいいんだよね? ……で、アスナ、あいつ、あそこだろ? 俺が行って連れて帰ろうか?」

ふるふると首を横に振ると、にっこり笑って、

「ありがとう。でも、大丈夫。明日学校でちゃんとお話するから」

リーファの顔面が真っ青に染まった。それを俺は見逃さなかった。

その瞬間、谷間からひょこっと、小さすぎる可愛い顔。

「わっ……あ、あれ、もしかして……」

すーっと飛んで、アスナの肩に降り立つと、丁寧にお辞儀をする。

「お久しぶりです。シュウさん。また、会えましたね!」

「ああ、ユイちゃんだね? 久しぶり。また会えて嬉しいよ」

ちょっとどうしたらいいのか分からなかったが、とりあえず、ものすごくゆっくり右手の人差し指を差し出すと、彼女はそれに握手をしてくれた。

アスナは愛しそうにユイを撫でる。その姿は、もう完璧に母親だった。

 

 

「お帰り。予定通りだね」

隣で俺の顔を眺める瑞希。

「ただいま……大変疲れました」

アミュスフィアを外して、そっと抱きしめる。

「お疲れ様。明日奈さんから連絡あったよ。行方不明になって、捜索して、見つかった、って」

俺の頭をやさしくぽんぽんと叩く。

「ごめん、心配させたね……まあ、めんどくさいほうの予想が当たったな……」

うんうんと頷く。

「だから、あんまり心配しなかった。ごめん」

そう言ってふふっと笑うと、ぴょんっとベットから飛び起きて、 「夜食、一緒に食べよ」 と、すたすた隣の部屋へ。

 

 

瑞希が入れてくれた、ちょっと苦い気もする食後のお茶をすすっている俺に、

「ところで、私、どうしたらいい?」

意味が分からないので、瑞希の目を見て首を傾げた。

「シュウ、未成年の彼女、出来たんでしょ?」

かろうじて噴出すのは堪えた――だが、思いっきり咳き込む。まじ、あの 《閃光》 めんどくさい。

テーブルの端に置かれたパソコンのモニターを指差して微笑む。しかしその眼は、あの頃のようだ。

俺は視線を……あいつ、やりやがった。

そこには 《はじまりの街》 の中央広場。そして 《緑と黒の妖精》 が寄り添うように……上手い具合の角度とタイミングで撮影した画像。

【証拠、押さえました】 何の証拠だよ、これ。ただの盗撮じゃねえか……ちょっと、面白いけど。

ふふっと笑う瑞希。

「相変わらず女の子との接し方、下手だね。でも、それってわざと、でしょ? 仲良しになると、辛かったから」

がっくりとうなだれた俺に、先ほどとは全く違う優しい眼差しを向けた。

「まあ、下手なのは間違いないけど……もう、あの頃とは違うしなあ……何もないけど、なんか、ごめんなさい」

見透かされたようで、恥ずかしくなった俺は、お茶を濁しながら謝罪して、またすすった。

「でも、そういうところ、ほれたところ」

……おそらく、自分で言って、恥ずかしくなったのだろう。頬杖をついたまま、瑞希は紅潮して俯いた。

俺は、素直に 「ありがとう」 と言って、瑞希の茶碗にお茶を注ぐ。

 

 

(終わり)



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021 心配事

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。


淡い水色の閃光は、まるまると太った 《黄色いモンスター》 の短い脚の間をすり抜ける。

システムアシストに押されるように右脚が急角度で開かれた。

――ちょっと強引すぎるだろ。

そのまま前方へ弾む光塊をスムーズに運ぶ身体――左脚から迸る真紅の光彩。

ぎこちないシュートフォーム。まるで、コマ送り。逆に面白い。

「いっけぇー!」

……けっこう、はずかしい。これ、言わないといけないの?

左足から放たれた 《ファイヤー・ショット》 は、火の粉のようなキラキラしたポリゴンを撒き散らしながら猛烈な勢いで飛んでいく。

ぴょーんっと思いっきり横っ飛びした、可愛らしい 《緑色のトカゲくん》 の掌をかすめてゴールネットを揺らした。

 

 

「やっぱエフェクト効きすぎてるっしょ。あれじゃ小さい女の子はびびっちゃうよ? もうちょい弱く出来ない? あっ、ふわっとした色味にするだけでかなり違うから、そっちでもOK!」

額から滴り落ちる大量の汗。それを一生懸命タオルで拭きながら開発スタッフに駄目出しする、ぐっちょぐちょでびっちゃびちゃの奈良さん。

現在は人気動画番組 《ピッチのNARA様》 で様々な体当たり企画を面白可笑しくこなす 《サッカー芸人》 といった感じではあるが、現役時代は日本代表のワールドカップ出場に貢献したスーパーなセンターバックだった。

「秀ちゃんもそう思うだろ? あれ、かなり眩しいよなっ?」

ベンチに横になってぐだぐだしている俺に振る。めんどくさい。すっと起き上がって答える。

「うん。そうですね。あとはシステムアシスト、まだ効きすぎですね。あれだとミスは減るかもしれないけど、 《動かされてる感》 がすごいっす……分かってても怪我しそうで怖い……」

うんうんと頷くたびに汗が飛ぶ。分かっていても……なんか汚い。

「そうそう、ハイボール対応でジャンプした時、クロスバー越えるんじゃないかって笑っちゃったよ。そのあたり次回、あっ、それと味方のNPCプレイヤーのポジション移動! オレがこう、バックラインでボール持ったら普通…………」

身振り手振りを交えた奈良さんの熱弁を、調整スタッフの方は熱心に聞きながら素早くウインドウを操作する。

――熱くなると長いからなー、奈良さん。とりあえず、逃げるか。

俺はそーっと、ロッカールームに向かった。

 

 

「じゃあ秀ちゃん、木曜日よろしく! 次回はいよいよ伝説の 《顔面ブロック》 だな。オレ、マジで楽しみなんだけど!」

ちょっと……そこらへんの 《ディフェンダー魂》 的なものは理解しかねる。

「あはは、そうですね。今日はお疲れ様でした。木曜、お願いします!」

握手を交わすと奈良さんはウインクしてログアウトする――めんどくさいけれど尊敬できる熱血でお茶目な先輩だ。

俺もウインドウを操作して薄いピンク色の光に視界を染めた。

 

 

「……疲れた……ただいま」

アミュスフィアをそっと外して枕の横に置いた。

――奈良さんが主体になって調整中の 《サンダーイレブン・オンライン》 は今作が初のVRMMOゲームということで、企画、製作、開発スタッフ全員の気合が感じられる。

どちらかといえば低年齢向けのゲームではあるが、子供達がVRMMOサッカーゲームを楽しむ最初のきっかけとしては、素晴らしい作品になりそうだ。

さらに、フルダイブ型VRの特性を生かして、様々な理由で身体を動かすことが出来ない子供達にもサッカーを楽しんでもらうことが出来る。

予定としては夏休みに合わせて 《βテスト》 を行い、今年のクリスマスには販売になるそうだ。

 

 

ちなみに、例の協会の威信を賭けた 《グロリアスイレブン・オンライン》 通称、GEOはまもなくβテストがはじまる。

そのプレイベントとして来月の初めには、日本サッカー会のレジェンド選手を集めた 《GEOキックオフゲーム2025》 が行われる。

なんとレジェンド選手達の現役時代の映像データを解析して、ベストパフォーマンスを発揮していた頃のステータスで試合をする……という、かなり恐ろしいイベントだ。

その試合に 《SAOサバイバー》 として、というよりゲームの協力者として、というか、内澤さんのお情けで俺も出場させてもらえるらしい。(ほぼベンチ係)

正直、あんな 《バケモノ達》 と一緒にプレーしたら、俺のちょっとだけ残っているサッカー選手としての薄っぺらいプライドが粉々に砕け散ってしまうだろう。

なにより、試合前、試合中、試合後、ずーっと彼らに気を使い続けるの……超絶めんどくさい。

それはともかく会長曰く、 「VRMMOサッカーゲームの覇権を握るのは日本だ!」 とか、……FIFAやUEFAも絡んで壮大なプロジェクトを進行中とか、なんとか……まあ、めんどくさくなる前に、俺は逃げますけど……

「風呂、入ろ……」

俺はゆっくりと起き上がって、バスルームに向かった。

 

 

《アルゲード》 のいつものカフェよりも、ちょっとお洒落な近所のカフェで和風パスタをくるくるさせながら瑞希は、

「三番勝負、だって。門弟さんも参加させたい、って。可哀想だよね、無理矢理付き合わされて」

ご機嫌斜めである。眼が怖い。

「それは……あと二人、誰かを誘わないといけないのか……何か巻き込むの、嫌だな……」

同じ和風ではあるが、瑞希が注文したやつよりも鶏肉が多いパスタをくるくるする。

「そうだよね、ほんと迷惑」

くるくるしては食べずにほぐして、またくるくるする瑞希。かなり、いらついて、いらっしゃる。

「確かに 《SAOサバイバー》 と立会いしたいってのは、理解出来なくはないけど、別にみんな 《武道家》 じゃないからなあ……」

真っ白なシャツの上に濃紺のカーディガンを羽織った瑞希は 「もう、ほんとに嫌」 と、フォークを離して背もたれに寄りかかる。

美しく艶のある長い黒髪をくしゃくしゃして……なんか、かわいいぞ。普段落ち着いている瑞希にしては珍しい行動だからかな?

俺は苦笑いでフォークを皿に置くと、

「とりあえず、考えてみるよ。まあ、遊んでくれそうな人、結構思い当たるし……大丈夫」

瑞希は両手で頬杖をつくと、唇を尖らせながら、

「でも、秀……負けちゃったら 《七瀬剣心流》 に入るんだよ? それにギルド、嫌でしょ? 攻略、めんどくさいでしょ?」

それを心配していたのか――嬉しいな、ありがとう。

俺はすっと右手を伸ばし、掌を上に向ける。

頬杖をついたまま、瑞希は一度首を傾げると、それに左の掌を重ねた。

「瑞希は……俺が、というか 《攻略集団》 が……あの世界で誰かに負けると思う?」

そう言って胡散臭く微笑む俺に、ようやく眼の光が戻った瑞希は、

「……やっぱり、卑怯」

いつものふふっとした笑みを見せると、瑞希はフォークを手にして、くるくるを再開する。

 

 

【ギャンブル依存症患者、どうなりました?】

【ご心配なく。もうすっかり治りました!】

……かわいそうに。怖かったろうに。

とはいえ、その程度で諦めるような少年ではないだろう。

他のやつらからの返信は無い。もうすでに行ってしまったのだろう。

ゲーマーは凄いなあ……全然、行きたくないのに。

 

 

「このまま、隣で寝る」

そういって瑞希は俺をぎゅっとすると、ふっと目を閉じた。

「今日は遅くなるかも……おやすみ」

一瞬の静寂――

そして、俺は小声で 《あの世界》 に向かう。

 

 

(終わり)



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022 代理人

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。


若くして中途半端な小金持ちになってしまった俺は、驚いたことがひとつある。

それはよく分からない 《儲け話》 をやたらと持ちかけられることだ。

ナンチャラ投資、ナンチャラ経営、その他様々……

まったくもって、そういった事に関心がないサッカー馬鹿は、 「嫌です。めんどくさい」 それだけで話を終わらせていた。そういった話を聞く気がなかった。

 

 

プロサッカー選手、特に若い選手は想像以上に暇である。

チームキャンプやアウェーゲーム等での移動がない場合、チームに拘束される時間は通常三、四時間。(短ければ二時間)

当然、十代で海外クラブと契約するような選手――プロフェッショナルアスリートとして意識の高い人間はクラブの練習が終わってからもサッカーに、仕事に関連した何かに取り組むことが多いだろう。

だが、全ての若手選手、皆が皆、そんな高尚な人間のはずがない。

ということで各々が暇な時間を潰す為に、様々な趣味や勉学、また恋愛や婚活などを頑張るわけだが……球、以上に、玉が大好きな方々も数多くいらっしゃった。

ど田舎生まれ、ど田舎育ち、挙句の果てに夢の欧州クラブと契約しても、その本拠地は、ど田舎……結局、国内の首都クラブと契約するまで都会で生活したことがなかった俺は、どうしようもなく静かな環境を好むようになったわけで、あのジャラジャラピコピコの密集空間に長時間居続けることは不可能だった。

 

 

とはいえ、ギャンブラーの気持ちは理解できる――その生死をかけた、ひりつくような感覚に魅了されるのは分かる。

俺自身、プロサッカー選手を選んだ時点で、就職というよりは人生を賭けた 《ギャンブル》 、そうとしか思えなかった。

おそらく今、目の前にいる少年も生死をかけた戦いの真っ最中なのだろう。

いつまで経っても背後に立つ俺と、素敵で可愛くて綺麗で優しくて料理上手で母性溢れる……鬼に気づかない。

あっ、小さくガッツポーズした。なんか小刻みに震えている。勝ったのかな?

でもね、震えたいのはこっちだよ。ほら、かわいい妹さんも真っ青だ――キリトくん、うしろ、うしろ。

 

 

「はじめて、お前に感謝した。いい奴だったんだな、お前……」

「そうだよー、お兄ちゃん。シュウさん、ありがとう!」

きらきらと目を輝かせた桐ヶ谷兄妹は俺と握手した手をいっこうに離そうとしない。さすがにちょっと気持ち悪い。離してください。

隣のアスナに助けを……こいつも駄目か……るんるんにこにこしている。心ここにあらず、だ。

 

 

キリトが 《ギャンブラー》 になった理由は、共感できるものだった。

ひとつめ、世界樹攻略――アスナ救出の際に所持金の大半を使用したことによって財布の中身が寂しくなった。

ふたつめ、おそらく今後のアップデートによって追加されるはずの二十二層の 《森の家》 の購入資金。

みっつめ、家族や友人とビーチで遊びたい。

よっつめ、本来の 《ソードアート・オンライン》 を楽しみたい。

最後に……男の子だから。

 

 

それらの理由のおおよその部分を、俺はあっさりと解決してみせた。

簡単である――俺にとっては、もうほとんど必要がない 《ユルド》 をプレゼントしたのだ。

あの当時、気楽な独身生活 (現在も独身だが) を満喫していた俺は、無駄にコルが貯まっていった。

ゲームクリアの時点の所持金をそのままこの世界に持ち越すことが出来たので、おそらく 《かなりの額》 と思われるのだが、正直この 《アインクラッド》 を真面目に攻略する気なんて皆無なので、多額のユルドを持っていても意味がないのだ。

そんなわけで、 「じゃあ、これ、あげるよ」 と言ってウインドウを開かせ、俺の所持金を彼らに譲渡すると――若夫婦は固まった。

その変わりに 《こちらの問題》 を解決するべく、キリトに協力をお願いしたのだが、

「いや……俺さ、ステータス、リセットしちゃったんだよ」

ということで、期待が外れてがっかりする。

だが、俺の斜め前の席に座っていたリーファが立ち上がると同時に、

「それ、私がやる……絶対、私じゃなきゃ、だめ!」

 

 

《七瀬剣心流》 は、その道で頑張っている人間ならば誰でも知っている流派らしい。

正確には 《居合い》 と呼ばれる武術だそうだが……俺は 《そっち系》 に全く関心が無かったので、瑞希に教わるまではその存在を知らなかった。

有名なものにはつきものである 《賛否両論》 様々あるらしいが、ネットを活用した戦略――何より瑞希の父親の剣技に魅了されて門下生が増え続け、現在では本部道場がある京都以外に、東京、大阪、北海道など全国に道場を構えているそうだ。

ちなみに瑞希は東京道場の事務員兼、道場の下の刀剣店の店員だ。本人曰く 「専業主婦希望」 だそうだが……

 

 

「七瀬さんと立会いができるなんて――凄いよ、お兄ちゃん!」

だそうだ。俺はそれをやりたくなくて、しかたがないのだが。 

顧問の先生からは、 「あんなもの、真似しちゃ駄目」 そう言われているそうだが、 《リアル》 で剣の道を追求するリーファにとっては憧れの存在らしい。

俺としては正直、初対面で記憶が吹き飛ぶまで飲まされ続けたので……剣術の達人で、酒豪で、娘思いのお父さん、という印象だが。

まあ、理解は出来る。あれは凄い。あの動画を見たら真似したくなるだろう。俺はしないけど。

 

 

「そのイベント、会場や日程は俺にまかせろ!」

「絶対勝つから! 安心して!」

「大丈夫、私たちにまかせてね!」

にっこにこでこちらに手を振りながら 《桐ヶ谷家》 の四人は、カジノ近くの高級レストランを後にした。

幸せそうで、なにより――

俺はその後ろ姿に微笑ましさを感じて笑みが零れた。

【到着したよー】

ひとつ溜息、カジノに向かう。

 

 

《ウォルプータ・グランドカジノ》 のエントランスホール。

俺は待ち人を探してうろうろするが、見当たらない。

「あいつ……プレイルームか?」

たくさんの妖精たちがゲームを楽しんでいる。ごちゃごちゃしていて、行きたくない。

その時だ――

「おーい。ひさしぶりー」

巨大扉の影からひょこっと、そいつは姿を現した。

「ちょっとルーレットやってみたけど、ダメだったよー。やっぱりオレ、ギャンブルむいてないなー」

懐かしいその声。間違いなく、これは俺の親友……だが、しかし、

「おまえ……コムだよな……」

ひょこひょこと動く。まじでやめろ、それ。

「ひどいなー、あんなに一緒にいたのにー。アバター同じだし、忘れないでしょー、半年くらいでさー」

メンタルと連動するのか? それ……まじでやめて。

俺は必死に堪えた。だが、もう、限界だ――

「くく、くくっ、あっ、あはは、ああっーははははー。なんで猫なんだよ、あははははあー、猫耳って、あーっはははは、あっはははー」

きょとん、としているコムロン。しかし、にこっと笑って、

「だって、かわいいでしょ? ほらっ、しっぽもあるんだよー」

ぴょこっと尻尾が出てきた。もうだめだ。

「あはは、あっははは、それ、まじか、おまえ、、ぎゃははははー、最高だな! あーっははははー」

間違いなく、俺は 《アインクラッド》 で、これほど笑ったこと、ない。

 

 

(終わり)



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023 他流試合

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。


アミュスフィア、買ったよ――

 

 

「パパ、ママ、すごいです! お客さん、いっぱいですね!」

くるくると飛び回りながら、ユイが歓声を上げる。

――唖然とした。キリトを肘で突付きながら、

「ちょっと……これじゃ、モンスターバトルだよ……」

カジノの地下一階、 《バトルアリーナ》 の客席は、色とりどりの妖精達で埋め尽くされている。

キリトの後ろに隠れ、その光景に愕然とするリーファは、

「す、すごい、いっぱい集まってるね。これ、あたし、緊張しちゃうよ……」

それは……そうだろう。

「スグ、大丈夫だ。七十五層のコロシアム――これよりもっと酷かった。しかし、客を入れるとはなあ……」

――あれと比較してどうするんだよ。それじゃ妹、可哀想すぎるだろ。

頭を掻きながら、このイベントのプロディーサーは申し訳なさそうにしている。

「すごいね……でも、やっぱり団長との時よりは、うん、お客さん少ないかなぁ……」

頑張ってフォローするアスナ。だが、まったくフォローになっていない。

 

 

「おいおい……あと五分で始まっちゃうけど、お前の友達、本当に間に合うのか?」

落とし戸の向こう側から観客の大歓声が漏れ聞こえる。

キリトの不安そうな顔を楽しみながら、俺は笑顔で 「大丈夫!」 とは言ったものの、若干の焦りはあった。

――あいつが来なかったら、アスナに頼むか。お客さんもそっちのほうが盛り上がるだろう。

「すいません、遅くなりました」

突然の声にぎょっとする四人――同時に振り向く。俺は、ほっとして溜息をつくと右手を差し出して、

「お久しぶりです。こちらこそ、すいません。なんか大事になってしまって……」

握手を交わしながら小さく頭を下げると、

「大丈夫ですよ。私も一度くらいは表舞台に立ってみたかったので。それに有名な 《攻略集団》 のおふたりと、その妹さん、それに娘さんにお会いできて光栄です」

深く被ったフードを脱いでハンチング帽をとると、四人にむけて丁寧に頭を下げた。

ゴゴゴ……という重い音が鳴り響くと同時に会場を揺らすほどの大歓声――

 

 

「それでは、選手の入場です!」

NPCのアナウンスが聞こえると俺は、 「じゃあ、いこうか」 と、だらだら歩いて入場する。

俺の後ろにフロッガー、キリトとアスナに挟まれるようにして、めちゃくちゃ恥ずかしそうにしているリーファが続く。

入り口からちょっと進んで横一列に並んだ。正面に一礼、振り返って一礼。

横目で相手陣営を……ひとりだけ、そっちにいてはいけない奴がいる。

頭に手をやりながら 「悪りぃ」 といった表情でこちらを見ているが……俺たちの視線は冷たいものだった。

 

 

「とりあえず、俺、フロッガーさん、リーファの順番で。先に二勝するから……あとはリーファ、楽しんで!」

そう言ってすたすたと中央へ。

「すいません……館長が、絶対参加って言ってきかなくて……僕は全然やりたくないんですけど」

師範代の角田さんは、すまなそうに右手を差し出した。

「いや、こちらこそすいません……俺もやりたくないんですよ。ほんとに……」

握手をしながら苦笑いする二人。とてもこれから立会いをする雰囲気ではない。

俺たちはお互い下がって距離をとる。

剣を鞘から抜いた。だが、角田さんは抜かない。

――さすが、七瀬の抜刀斎。

「それでは、第一試合――はじめっ!」

瞬間、歓声が消える。

俺は迷うことなく中段に構えたまま突っ込んだ。ソードスキルなら 《ヴォーパル・ストライク》 のように。

眼鏡の奥の瞳がにやりと笑う――読まれていた。剣尖が触れる寸前、僅かな重心移動と捻り。

高速の抜刀――右上から迫る刀身。

俺は、それを待っていた。

剣に導かれるように、宙に浮いた俺の身体は反転する。

「えっ、」

刀を握り締めたまま右手首が吹き飛ぶ。角田さんは動かない。

胴、右、背、左――滑るように四閃。

固まったままの角田さんの首に剣身を当てると、

「……すいません」

ぽろんと落ちて、ころころと転がるその顔は、笑顔だった。

 

 

静寂……お客様、どん引き。なんか、申し訳ない。

「おーい、リーファ、生き返らせてー」

その声に、はっと我に返ったリーファは、あわててこちらへ駆け寄ってくる。

ふわふわした歓声と拍手の中、俺は自陣の方へすたすたと歩く途中、客席に瑞希の姿を見つけると、ピースサインを送った。

瑞希は無表情で小さくピース……おい、隣の猫二匹、それやめろ。ひょこひょこしない。

にやにやしながら椅子に座ると、肘で俺を突付きながら小声でキリトが、

「おい、何だよ、今の? ソードスキルじゃないだろ……」

俺は耳元に顔を近づけると、

「アスナから聞いてない? ほら、これこれ。奇跡的に残ってたんだよ……」

俺はコムロンから返してもらった 《愛剣》 を指さした。

それに目を落とすと、苦笑いのキリト。

「なるほどな。その剣……あの頃、リズは 《意味不明》 って呼んでたな。まあ、アスナから聞いて納得したけど」

くすくすと笑う俺たちふたりの間にぐいっと割り込んできたアスナが、

「とりあえずおめでとう。でも、あの人、本当に大丈夫なの? 失礼だけど……ただのおじさん、って感じだけど」

心配そうなアスナに、胡散臭い笑みを浮かべた俺は、

「大丈夫。間違いなく 《対人戦》 だったら……ここにいる誰よりも強いよ。こっちでも、あっちでも、絶対に勝てないから……」

「それって、どういうこと?」

角田さんの蘇生を終えて戻ってきたリーファ。不思議そうに首を傾ける桐ヶ谷家の面々。それから視線を闘技場の中央へ移す。

向かい合う二人。握手の最中、フロッガーはいつものように笑顔で何かを伝えたようだ。門弟さんの表情が一気に曇る。

――はい、終了。俺はこの 《ゲーム》 の勝利を確信した。

「それでは、第二試合――はじめっ!」

その後は、一方的なものだった。

 

 

勝敗はついたものの、第三試合は素晴らしかった。

流石、の一言である。

瑞希の父親はリーファの剣を上手く受けて見せ場を演出――互いに剣技を存分に披露し、客席を大いに沸かせた。

試合には負けたものの、 「悔しいけど、すごく面白かった!」 と満足気なリーファ。アスナとユイも嬉しそうだ。

幸せそうで、何より――

ということで俺はキリトのロングコートの背中をくいっと引っ張る。

「ちょっと……儲かりました? 最低でもビーチの分、勝ちました?」

ぎくっとして、ゆっくり振り返ると、あらぬほうに視線を向けながらキリトは、

「いや、実はカジノのオーナーに 《無料でいい》 って言われてさ……お前、ナナミと一緒に来る?」

焦る表情の少年が面白すぎて、にやにやが止まらない俺は、

「いいよ、俺たちは……あっ! あの 《猫耳カップル》 招待してあげて。きっと喜ぶから……」

ふっと笑顔を見せると、 「ああ、分かった」 と、キリトは前を見据える。

俺は、そこで彼らと別れた。

 

 

【お疲れ様でした。ありがとうございました】

 

 

【こちらこそ楽しませてもらいました。またお願い致します】

 

 

(終わり)

 



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024 思いの重さ

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年六月頃のお話。


海――か。なるほど。

アスナ曰く、 

「絶対、あそこにしなさい――七層だったらあそこしか、絶対駄目!」 

それは、 《お勧め》 というよりは、どちらかというと 《脅迫》 だった。

「別にログアウトするだけだから、どこでもいいよ……」

そんな俺の適当な意見を完全に無視して、問答無用でアスナがこのホテルのプラチナスイートを押した理由も分からなくはない。というか、むしろ強くお勧めしてくれたことに感謝したい。怖かったけれど。にやにやしていた少年、覚えていろよ。

疲れた身体にはちょっとしんどい階段がようやく終わり、その部屋のドアをノックする。

 

 

俺は、窓辺に立つ瑞希の後姿を、しばらく無言で見つめていた――いつまでも、見蕩れていたかった。

 

 

ふいに、くるりと振り返ると、月明かりに照らされた美しい黒髪をなぞるように両手を頭の上に乗せた。

「こういうの、付けたほうが良かった?」

掌を開いたり閉じたり……ひょこひょこと動かしてみせる。まじ、それやめろ。

「くくっ、あはは、それはいらないよ。もうあいつらだけで、あはは……」

ふふっと笑いながら、瑞希はすっとソファーに座るとウインドウを操作して、コップをふたつ。

そこに 《水筒のようなアイテム》 から、冷えていそうなお茶を注ぐ。

「お母さん、こっちの世界に緑茶はないの? って。美味しいの探すの、大変だった」

――はっ? 嘘でしょ?

「……客席に、いた?」

よろよろとソファーに座った俺の前にコップを置きながら、

「やっぱり。私の隣に座っていたけど……お母さん、緑の 《妖精さん》 になってたから」

かろうじて噴出すのは堪えた――けほけほと咳き込む。その姿にくすくすと笑う。

「すごく嬉しそうだったよ。幼稚園の頃の夢が叶った、って」

そうですか……だそうですよ、茅場。

俺たちの 《出会い》 を創った天才に、ほんの少しだけ感謝する。

「お母さん、子供の頃、劇で妖精になった、って。それを、おじいちゃん、とってもかわいいって。おばあちゃんも、すごく良かったって、褒めてくれたんだって」

《アインクラッド》 に囚われている間に他界してしまった祖母と、解放後まもなく亡くなってしまった祖父を思い出しているのだろう。瑞希は懐かしそうに、そして寂しげに俯いたまま続ける。

「おじいちゃんも、おばあちゃんも、家でも道場でも、とても厳しかったから……あんなに褒めてもらったことなんて、なかったから……お母さん、大きくなったらもっと素敵な妖精になろうって……かわいいでしょ?」

俺は、 「そうだね」 と小さく頷く。

「でも、七瀬の流派は男女関係ないから、お母さんしかいなかったから、あっという間に妖精じゃなくなった、って。全然かわいくない剣士になっちゃった、って」

少しだけ微笑む。

「だから、瑞希には素敵な妖精になってほしいって、生まれた時、思ったって。 ……それはちょっと、無理だけど……でもお母さん、剣を教えたりは絶対しなかった。私が振り回して遊んだりすると、すっごく怒られたし。全然、道場に入れてくれなかったし」

――お母さん、ありがとう。もし、教えていたら、俺は彼女に殺されています。

心の底から感謝した。

「でも、お父さんのせいで、私が……だから、お父さんを責めたって。もう破門だって。出て行けって……それ聞いて、ちょっとお父さん、可哀想になっちゃったけど。すっごく怖かったろうな、って。落ち込んだろうな、って……」

おもむろに立ち上がった瑞希は、すっと拭うと窓辺に向かう。

 

 

ビーチのかがり火、星明りと月光が差し込む窓辺で、俺に背を向けたまま、

「お母さん、すごく嫌だったって。私から秀が剣を使ってたって話聞いた時、なんでそんな男、瑞希が選んじゃったのか……って、すごく悩んだらしいの」

……すいません。本当、すいません。ごめんなさい。

「でも、実際に見てみよう、って、どうせ遊びだから、ゲームの世界だから……ふざけているんだろうなって」

ごもっとも――全然やる気なかったもの。あの世界だって……ただの偶然、でしかない。

「でね……全然駄目だって。秀の剣は、全然気持ちが入っていない、って」

――はい、すいません。めんどくさいしか思っていません。

プロの目は絶対にごまかせない。というか俺、剣士じゃないけど。

「気持ちが入っていないから、軽くて速いって、全然ぶれがないって……そういう人、あんまりいないって」

苦笑いで 「そうなんだね」 と呟く。

ふふっと笑うと瑞希は、

「でもね、そんな軽い剣なのに、あんなに斬れるのは、ゲームだから、っていうのもあるけど、おもいから、だって」

ん? 矛盾……よく分からない俺は首を傾げる。

「思いが剣に乗ってる、って。 《思い》 の重さが秀の剣には乗っている……ただ人の命を奪う為に斬っている、って」

分かるような……分からないような。

「ちゃんと 《命》 っていうものを考えて、自分なりの答えを持っているから、秀が剣を抜いた時、良い気持ちも悪い気持ちも、全く無いって。それ、すごく難しいらしい……やっぱり、人だから」

……分かりません、ごめんなさい。

「お母さん……中島さんはきっと自覚してないけど、それをちゃんと考えなければいけないような環境にいたんだろうね、って。大変苦労されたはず、って」

――はい、何も自覚はございません。そして、多分そうでもないですよ。お母さん。

「無意識に、七瀬の剣、 《一会必殺》 が出来てるって、秀は……」

いやいや、その手にはのりませんよ。お母様。

「でも、めんどくさいって中島さんは言うだろうから、誘ったりしないよって……秀は誘われても絶対断るからって、私も言ったけど」

あんなに短い時間で……よく分かってるなあ。完全にバレてるなあ。怖いなあ。

ゆっくりと振り返った瑞希は、涙を流していた。だが、今までに見たことがない――満面の笑顔で泣いていた。

「お母さんが選んだ人も、変なひとだったから、瑞希が選んだ人が、変なひとでも、いいって。もう遺伝だから、諦めるって、笑ってた」

「…………」

何も言えなかった。申し訳ない気持ちと……感謝で。

瞬間、飛び込んできた瑞希――どうやらステータスは、そのままらしい。

俺は、最高速で瑞希を抱きしめた。

 

 

椅子をふたつ窓辺に並べて、頬杖をつきながらしばらく海を眺めていると、唐突に睡魔が襲ってきた。

俺の頭をぽんぽんと優しく叩きながら瑞希は、

「疲れたでしょ。 《寝落ち》 って言うんだっけ……?」

珍しくゲーム用語が出てきた。似合わない。なんか面白い。

俺がにやにやしていると、ぽんぽんが強くなった。

――あなた、リセットしてないでしょ。筋力値、考えて叩こうね。

「あっちの予定もないし……このまま寝落ちでいいよ……」

寝室に向かおうとした時だ――また、しょうもないことを思いついてしまう。でも、見てみたい。

「瑞希、羽、広げてみせて……」

これが 《変なひと》 なのだろう。どうでもいい好奇心を抑えられない。

「えっ……そういう趣味、あったの? 変態だったの?」

変態ではないが……変ではある。その自覚はある。

「嫌だったら別にいいよ……おそらく、ふたりでこっちに来ることはもうないかもしれないからさ……記念、じゃないけど」

瑞希の眼から光がすーっと。俺は瞬時に頭を下げる。

「ごめん、ごめん……悪かったよ。調子にのった、…………」

薄く深い漆黒。美しさと妖艶さを兼ね備えた月光に輝く黒い翅。

照れくさそうに俯いたまま瑞希は 「変?」 と、問う。

「いや……確かに妖精だけど、なんか綺麗な……悪魔っぽい」 

瞬間、翅が消える――まずい、怒らせた。って、おい、買ったのか? その刀……あ、終わった。

「秀……大っ嫌い――!」

ずばーんと、久しぶりに受けた単発突進重攻撃。ぽーんと吹き飛ばされた俺は、ころころと寝室まで転がる。

「護身用、買って良かった」

《ナナミ》 はふふっと笑みを浮かべていた。その眼は……あの頃は考えもしなかった、幸せに潤んだ瞳だった。

 

 

(終わり)



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025 奇跡のゲーム

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年七月のお話。


御徒町のエギルの店、 《ダイシーカフェ》 の黒いドア。

無造作に掛けられた傾いた木札に 《貸切中》 の無愛想な文字。

集合時刻を二十分ほど過ぎた時、カランと乾いたベルの音。

「わりぃわりぃ、もう始まっちまったか?」

冷たい視線が一斉に向けられる――

「敵だ」 「敵襲ー」 「敵です」 「裏切りものー」 「裏切り者は、お断りだぜ」

カウンターのスツールで、角田はその光景に苦笑いを浮かべる。

額のバンダナから滑る汗。

「もうみんなして、いじめるなよお。だから何回も謝ったじゃねえか……」

ふらふらと肩を落としながらスツールに腰掛けると、申し訳なさそうに角田が 「すいません」 と頭を下げた。

クラインは苦笑いしながら、 「コイツら、ひどいだろ?」 と右手を差し出す。

「レクトプレゼンツ―― 《GEO2025キックオフゲーム》 それでは選手、入場です!」

スピーカーからのアナウンス、大型モニターに映し出されたスタジアムは一瞬で暗転した。

正面スタンド下の選手入場ゲートに眩いスポットライトが集中する。

「ジャパン・ドリームブルー、背番号、1――」

スタジアムDJが背番号と名前をコールする。続々と登場する歴代の名選手達――その姿に超満員のスタンドから大歓声が送られる。

「おいおい、セルジ本郷も出んのかよ……うわあっ! ファンタジスタ三村じゃねえか。いやあ、懐かしい!」

選手が入場するたびに、ひとり盛り上がるクライン。

テーブル席のキリトはカウンターに怪訝な表情を向けると、

「お前、サッカー、見てたの?」

興奮するクラインは立ち上がって胸を張ると、キリトを若干見下すように、

「ったりめえよ。社会人なら当然だぜ。お前ェみたいにゲーム知識だけじゃ、大人の世界は渡っていけねぇ、ってことだな」

「どうせ、ワールドカップの時だけ騒ぐ 《にわかサポーター》 だろ」

エギルの的確なつっこみに、焦ったクラインは 「うるせえ」 と食って掛かる。

やれやれと、モニターに視線を戻したキリトの袖をくいくいと直葉が引っ張った。

「ねえ、お兄ちゃん……この人達って、みんな凄いひとなの?」

困ったように首を傾げてこめかみを掻くキリトは、

「うーん、サッカーとか、全然分からないからなあ。でも、凄いんじゃないかな?」

にやにやしながらリズベットは、

「あんた、体育の球技、全然駄目だもんねー」

「うるさいな、しょうがないだろ……あんまり好きじゃなったから、やらなかっただけだよ」

めんどくさそうに、じとっとした目でキリトは睨みつける。それに悪戯な笑みを返すリズベット。

その様子に苦笑いを浮かべたシリカは、大型モニターに視線を戻すと、

「でも、もしかして、シュウさんって……凄いひと、だったんじゃないですか?」

しばし静寂――沈黙をキリトが破る。

「いや、絶対にそれはない。嘘とめんどくさいしか言わない奴だ」

「うん、それに冗談ばっかり。ほんとにむかつく」

「ないないっ! あんな適当なやつ、凄いわけないでしょー」

「だよなあ。あいつ本当にやる気ねえからなあ……」

「ああ、攻略もさぼってばかりだったしな」

「そうだったんですか!?」

驚く角田に視線が集まる。

「「うん!」」

あはは、と困ったように小さく笑うシリカ……

「――背番号、21、中島、秀――!!」

その名前が店内に響き渡った瞬間、それぞれ複雑な表情で大画面に眼差しを向ける――

 

 

いや、それにしても絶景――

最大収容人数六万の大規模スタジアムに超満員のサポーターと……珍獣が大集合。

様々なアバターで来場された方々が、今日の試合の為に用意された特別な代表ユニフォームを纏って楽しそうに観戦していらっしゃる。

――本当にありがたいことである。

まあ、このゲームは 《サッカー好き》 でなくとも面白いはずだ……だって、こんなの、見たことないし。

 

 

おじさん達が現役時代そのままのフィジカルで、きれっきれのプレーを披露している。

当然公式戦ではないから……とはいえ、みんな公式戦とは違う方向で 《がち》 っぽい。

――すげー面白い。ずっと観ていたい、この試合。

ウォーミングアップゾーンで適当にジョグとストレッチをしていると、今回参加したメンバーの中で唯一、全く気を使わなくてもいい人が、

「なあシュウ、これ、俺たち出なくてもいいんじゃないか? 面白いから見てるだけでいいんだけど」

やはり同じ気持ち――現役の日本代表選手だったとしても、この状況は……さすがに引くようだ。

「だよな……シンでもそう思うんだから、俺なんかが出て行ったら……場違い感、凄いだろ……」

そう言ってがっくりと肩を落とした俺を見て、過去の戦友であり、現在も親友の 《中村真一》 は苦笑いを浮かべる。

「プレーはともかく、有名人ばっかりだから……こんなのキツイよな」

俺たち二人が出場した 《U-20ワールドカップ》 の直後、ポルトガルのクラブに移籍して活躍、現在はフランスの名門クラブに所属しているシン。

そんな彼ですら、このピッチで元気いっぱい好き放題暴れまくっているおじさん達に……知名度では全く敵わない。

「「おっ、きたか!?」」

右サイド奥からのピンポイントクロスに 《持ち場を放棄して》 疾駆した奈良さんがダイビングヘッド……正確には、ヘッドダイビング。

湧き上がる大歓声――素早く立ち上がり、ちょっとだけ伸びた坊主頭をぺちぺち叩きながらバックスタンドに駆け寄っていく。

――すげー面白い。さすが奈良さん。持ってるなあ。

後ろから引っ張られて派手に倒れた 《高校時代》 の奈良さんを押し潰すように次々とおじさん達が重なっていく。

その時――内澤さんが叫んだ。

「シン、シュウ、いくぞ!!」

 

 

日本で開催されたワールドカップの代表監督だった 《赤鬼》 こと、フランス人のおじいちゃんは、俺達の肩をぽんぽんして、にこっとウインク……それだけだった。

「ロス入れても二十分だから! シンはがんがん回していけ。シュウも取られんの、気にすんな。ふたりとも思いっきりやってこい!」

懐かしくて相変わらずな内澤さんの指示を適当に聞き流してピッチサイド中央へ向かう。

「やっぱり、場違いだよなあ……」

「もうやるしかないだろ。裏も出すから走れよ」

俺達はレフリーチェックを受けながら握手を交わした。

ふと、 《家族ゾーン》 に目を向ける。

――あら、嬉しそう。

青のユニフォームに袖を通した 《緑の妖精さん》 と 《赤いお侍さん》 と 《化け猫バカップル》 は笑顔でこちらに手を振っている。

妖精達に挟まれた瑞希……恥ずかしそうだ。なんか面白い。

それから豪華な 《VIPゾーン》 に……あ、いた。

疲れた様子を見せず、こちらに上品な笑顔で手を振るアスナの姿。

――かわいそうに。あと二十分、頑張れ、お嬢様。

ボールがタッチラインを割った。長いホイッスルがスタジアムに響き渡る。

「行くぞ」 「行こうか……」

《奇跡の世代》 を牽引して、強豪アルゼンチンからふたりで三得点を奪ったものの、その後のPK戦で二人とも見事に外した残念すぎる 《奇跡のコンビ》 は、その絶妙すぎるタイミングに、あの頃と全く変わらない、へんてこな笑みを浮かべてくすくす笑った。

無意識に――久しぶりに俺は、胸の誇り高き 《代表エンブレム》 を握り締めていた。

 

 

「お前、決めろよー。アシストついた、って思ったのにさあ……」

シンはようやく起き上がった俺のお尻をキックする――蹴るな、ポンコツボランチ。

「はい決まった、って思ったよ……ま、こんなもんっすよ……」

にやにやしながらシンと握手を交わす。

――ちょっとまだ怒っている。相変わらず、こいつの不機嫌な顔は面白い。

そのまま二人でだらだらと歩いてセンターサークルに向かう途中、いきなり背中をどんっと思いっきり叩かれた。

「おいシュウ、またやられたって思ったぞ。マジ焦ったし。右利きのくせにオマエの左、やっぱりヤバイなー!」

俺の首に太い腕を回してぐいぐい締める。

――めんどくさい。離してくれ。筋力値、考えてくれ。

十五年間も日本代表のゴールマウスを守り続け、二〇二二年に引退した水口さんは笑顔で俺の頭をぽんぽんと叩く。まじうっとうしいおっさんだ。

「現役最後のゴールがお前でさー、またここで決められたらマジで嫌いになりそうだったからさー、クロスバーに救われたよ、オマエ!」

嫌いになってくれても構わないですよ……とは、絶対言えない。

胡散臭い笑みを浮かべながら、 「すいません」 と適当に頭を下げた。

「おい、シュウ、急げ」

シンはそう言って足早にセンターサークルに駆け出した。

……あ、めっちゃ怖い先輩方が睨んでいらっしゃる。

 

 

ひたすら気を使い続ける過酷な時間がようやく終わり、全てのめんどくさいことから解放された俺は、隣のメンタルが疲れ切って変な笑顔になっているシンと握手を交わす。

「暇だろ? 都合のいいタイミングで 《優》 誘ってマルセイユに来いよ。またみんなで飯食おうぜ」

「了解。大学の休みに合わせて一緒に行くよ。けど、それまでクビになるなよ。ポルトガルの田舎とか、絶対行きたくないし……」

「うわっ、ありそうで怖いな。その時はスペイン行こうぜ。バルサのたっちゃんに奢ってもらおう」

にやにや笑う俺の胸をぽんと叩くと、「またやろうぜ」 さやわかな笑顔でそう言ってシンはスタッフと共にログアウトした。

それを見届けて、俺もウインドウを操作する。眩い光に包まれる――あーまじで疲れた。

 

 

優しくアミュスフィアを外された。

「はい、そのまま。動かない」

瑞希の柔らかい指先が俺の瞼を閉じさせる。ちょっと怖い。

暗転して静寂――唇が。

すっと身体を起こして、ぴょんっと立つ。

「はいっ、残念賞。でも、格好よかった」

ふふっと笑ってくるりと反転、 「これ、買ってみた。似合う?」 俺のネームと背番号を見せるなり、恥ずかしそうに隣の部屋へすたすた向かう。

――なんだ、今の。こんなこと、出来るひとだったの?

 

 

(終わり)



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026 もうひとつの約束

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年七月のお話。


カウンターにべたっと潰れている俺に、 「お疲れさん」 とんっと、グラスを置くと深い溜息。

「最後、惜しかったな。あの瞬間はこっちも総立ちだったぜ」

俺は身体を起こして、 「どうも」 エギルに適当な会釈をすると、キューブアイスが浮かぶ透明な液体を一口飲み込む。

微かにレモンかグレープフルーツかオレンジか蜜柑……ほのかな柑橘系さわやか風味の水。

美味しい。胃に優しい。これでいい。

ひとつ溜息、グラスを置いて再びぺしゃっと潰れた。

――このカウンター、冷たくて気持ちいい。もう動く気、全くない。

だらしない姿にフフっと笑うと、

「きつそうだな。久しぶりの試合だったからか?」

俺は潰れたまま、まったく働く気がない頭を頑張って……適当に考えながら、

「うーん、昨日のゲームはちょっと違った……あっちで例えるなら、七十五層までのフロアボスが大集合……退避不可、結晶無効化エリアにお友達とふたりで九十分……いや、前後も含めたら半日閉じ込められた……みたいな?」

先ほどとは違う感じでフフっと笑うと、

「それは……死ぬな」

エギルは溜息をついた。

「はい。ご覧の通り、死んでいます……」

潰れたまま、俺は答える。

背後でカランと乾いた音。ドアが開いた。

「こんにちは、エギルさん――お久しぶりです、シュウさん!」

懐かしい声が俺の名を呼んだ。

のっそりと身体を起こすと、ふわふわした笑顔で振り返る。

「お疲れ様です。シンカーさん……」

 

 

今頃、 《あちらの業界》 のライターさん達は、俺のような無名選手ではなく、とってもレジェンドな偉い方々を取材されているはずだ。

とはいえ、 《そちらの業界》 でも昨日のゲームは注目度が高かったそうだ。

なにせ日本サッカー協会が主体となって、今後世界のVRMMOサッカーゲームの覇権をナンチャラするという意気込みで作ったゲームである。

お金と時間と人――その本気度は凄まじいものだった。

まあ、βテストも始まり、 《中島秀はもう用済み》 といった雰囲気はある。よかった、よかった。

そんなわけで、 《GEO》 関連では最後の仕事となるはずの 《MMOトゥデイ》 様の単独インタビューが無事終了。

――さて、無職になった。どうしよう? まあ、いいや。めんどくさい。

事前の予想を遥かに超える報酬をいただいたので、馬鹿な使い方をしなければ、来年末くらいまでなら余裕で暮らせる……はず。

「エギルさん……俺、いる?」

やれやれと、首を横に振りながらエギルは、

「金を貰ったしても、いらねえな」

だそうだ。当然である――俺でもいらない。こんなやつ。

 

 

「ということで、協会のVR担当の部署からちょろちょろ仕事を貰う感じで……安定しない貧乏人ですけど、大丈夫?」

くるくるしながら瑞希はうんうんと頷く。

「家も普通にお金、無かったよ。道場はいっぱいあるけど、全然儲からないし、安定もしないお仕事だから。全然気にならない」

――なるほど。こっちの業界と似たようなものだな。

俺はほっとして、くるくるを再開した。

「それで、パスポートって、いつ頃取ればいいの?」

あっさりした和風パスタを味わいながら、ちょっとだけ考える。

「うーん……夏の移籍市場がクローズしてからのほうがいいかもな。あいつは代表戦もあるし、移籍が決まったら大変だろうし……十月までに間に合えばいいんじゃないかな?」

珍しく海鮮系パスタを注文した瑞希は、大げさすぎる海老と格闘しながら、

「ふーん……海外って、行ったことないから、ちょっと怖い、かも」

――かわいいな。そして、お箸、もらおうか?

「そこは心配しなくてもいいよ。シンが連絡貰えれば誰か向かわせるって言ってたから……俺は初めてじゃないし 《あっち》 に比べたら全然安全」

ようやく決着がついて、美味しそうに頬張ると、

「うん、分かった。楽しみ」

瑞希は穏やかに微笑む。

俺もそれに応えるように、自然と笑顔が浮かんだ。

 

 

瑞希の入れてくれた胃に優しい濃さと温度のお茶をすすっていると、

「なんか、プロって感じ。めんどくさかった、とか言わないし」

パソコンのモニターに映し出されている 《今日の俺》 はどうやら……それっぽい、らしい。

「ありがとう、ございます……」

変な感じなので、とりあえず頭を下げた。

モニターを見ながらふふっと笑う瑞希。

「なんか、格好いい。ずっとこれでいればいいのに」

珍しくにやにやしている。俺は溜息をひとつ。

「疲れるから嫌っす……まあ、瑞希がそれがいいなら、そうするけど……」

こちらを見るなりひょこっと首を傾げると、瑞希はさっと立ち上がり俺の背後へすたすた回り込んで、その勢いのまま、がばっと抱きついた。

「このままでいい。こっちが好き」

その細い腕を俺は掌でぽんぽんと優しく叩く。

「ありがとう……」

せっかくの雰囲気を思いっきり邪魔するようにメールの着信音――瑞希の携帯。

俺は瑞希を背負ったまま腕を伸ばして、それを何とか取ろうとする。

「あははっ、頑張って!」

微妙に届きそうで届かない。 

「うりゃっ!」

指先が届いた瞬間、 「あっ、」 俺はテーブルにぺしゃっと潰れた。

「ふふふっ、面白かった!」

俺の背中から離れた瑞希は、立ったまま 《板電話》 をすっすと操作――俺に画面を向けた。

【ケータイふけーたーい。明日の19時こっちで待ってまーす】

どうやら、そうらしい。というか、どこにいったのかな? 俺の電話。

「何かあったっけ? 覚えてないんだけど……」

瑞希はにこにこしながら、

「だって、秀には内緒だったから。ごめん」

俺は潰れたまま、首を傾げる。

「みんなが、秀の 《ご苦労さん会》 やろうって。嬉しいよね?」

……いや、嬉しいけれど、何故に、あっち?

「うん……それはありがたいことだけど、終わったら攻略に参加しろ、とか、ありそうじゃない……?」

瑞希はちょっと考えてから、にこっと笑うと、

「その時は、ふたりでみんなを、バッサリする」

……物騒だなあ。

しかし、そんな危ない冗談が楽しめるほど 《過去》 になった、ということだろう。

俺は身体を起こして、お茶を一口。

「そうだな、全滅させるか……瑞希、俺が言った約束、覚えてる?」

俺はそっと右手の小指を瑞希に差し出す。

それに、少し照れた様子の瑞希は小指を絡めた。

「うん、覚えてる……死ぬ時は一緒、でしょ?」

……うん。こっちで聞くと、すごく恥ずかしい。まじで死にそう……今更、だけど。

 

 

(終わり)



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027 卒団式

SAOです。
新生アインクラッド編です。
二〇二五年七月頃のお話。


いつの間にか 《毎日》 になってしまった早朝散歩。

シャワーを浴びたら、軽い朝食。ちゃちゃっと化粧、いつもの事務服。

キスをして、 「行って来ます」 と 「行ってらっしゃい」 で、ぱたんとドアが閉まる。

俺は溜息をひとつ――

すたすたと寝室に向かい、ぱたっとベッドに倒れこむ……うん、めんどくさいけど、行くしかない。

ちょっと、ごろごろしてみる。駄目だ、寝てしまう。

「わあい。久々のソロだあ……冒険だぜえ……」

何となく言葉に出してみたが、全くテンションは上がらなかった――よけいに寂しくなっただけだった。

……じゃあ、レッツ、五層。

ぼそぼそと 《魔法の呪文》 を唱える。

 

 

「おお、凄いな……」

「うん、こっちもいいね」

《ウォルプータ・グランドカジノ》 の三階、高級パーティールームは素晴らしい部屋だった。

街と海が見渡せる造りになっている――装飾品も派手過ぎず、見事に美しいものばかり。

この部屋を一晩借りたら……それは考えないことにした。

とはいえ、この部屋にいる全員で割り勘だったら、それほど、でもないかもしれない。

《いつものメンバー》 に風林火山の方々と角田さん、シンカー、ユリエール夫妻。エギルのお友達にリーファの彼氏風の少年。

「シュウさん、ナナミさん、お久しぶりです!」

久々のリッちゃんにシヴァタさん。

……で、何故か、皆様、お洒落さんだ。少年はいつもどおりの、真っ黒だけど。

事務服風のナナミ、ダークグレーのロングTシャツにブラックのカーゴパンツ。挙句の果てに足元がスポサンの俺。

「コンビ二感覚で来ちゃったね」

「そうだね……」

俺たちふたりはお互いの服装を確認して……苦笑いを浮かべて。

 

 

「はいはーい! 主役が到着しましたので、はじめまーす!」

仕切りたがりの 《桃色不良鍛冶屋》 が俺の背中をぐいぐい押す。

ぽつんと立たされた俺は、ぽかーんとしていると、

「えー、それでは皆さん、ご唱和ください。……せーのぉ!」

「シュウ、GEOキックオフゲーム、お疲れさまー!!」

全員の唱和、盛大なクラッカーぽい音、拍手。

目の前の光景に、俺は高校時代のユースチームで行った 《卒業パーティー》 を思い出していた。

 

 

「ではではー、乾杯の挨拶を、クライン! は、長くなるからコム君、お願いしまーす!」

ぴょこんと耳が立って首を傾げると、グラス片手にひょこひょこしながらこちらに近づいてくる。

――それやめて、マジで。

くすくす笑っている俺の肩をぽんぽん叩いて、

「じゃ、シュウおつかれー、かんぱーい!」

「乾杯ー!!」

短すぎるし、いつものテンションすぎるその挨拶に、みんなが笑う。

 

 

しばらく、わちゃわちゃしていたら、どこからともなく、 「主役、なんか言えー」 の声……余計なことを。

そんなわけで、また、ぽつんと立たされた。

「えー、本日はこのような素晴らしい宴にお招きいただき、まことにありがとうございます」

……適当に考えながらしゃべってみる。

「スタジアムにお越しいただいたサポーターの皆様、またテレビやモニターの前で応援してくださったみなさん、ありがとうございました。次の試合も頑張りますので、また応援お願いします」

……うん、テンプレ。ちゃんとすらすら出てくるな。というか、次の試合って……あるのか?

「で、せっかくだからここでみんなに話したいことがありまして……」

当然みんな、はてなに、なった。

 

 

「えーっと、アスナやキリト、リーテンから聞いているかもしれないけど、前の 《アインクラッド》 で攻略を目指していた俺は、ちょっとみんなとは違う方向……違う出口を探していた」

――おっ、静まったぞ。面白い。

「そんなわけで、俺とコム、それにナナミはみんなの気持ちを踏みにじるような……騙すようなことも、手段として、実行してしまった……」

――なんか神妙に。面白い。笑うな、俺。

「だから……みなさんに謝ります。ごめんなさい――」

俺は深く頭を下げる。

みんな無言――静寂。

「ってことで、ちゃんと謝ったし、水に流してくださいね!」

失笑……皆様、何とも言えない表情をしていらっしゃる。

「ちょっとナナミ、こっち来て……」

リーファの横で無表情の瑞希は首を傾げる。

グラスを置くとすたすた歩いて俺の横に立つ。 「何?」 と、再び首を傾げた。

 

 

「瑞希、ウインドウ開いて……心の準備、しといてね」

そう言いながらウインドウを操作する。

意味が分からない様子の瑞希はウインドウを……指先が止まった。

「嘘…………」

無表情のまま、その美しく輝く漆黒の瞳から、すっと流れる涙。

俺は瑞希のそれをそっと拭うと、細く柔らかな左手に触れて、

「嘘じゃないよ…………瑞希、結婚しよう……」

すっと薬指に指輪をはめた。

「うん……はい…………」

瑞希は微笑むと、そのまま俺の胸に顔を埋めて声を上げて泣きだした。

その瞬間、大歓声……というか悲鳴のような……もう、めちゃくちゃ。

 

 

ようやく俺の薬指に指輪がはめられると、部屋の隅のほうから、まるで 《小学生》 のようなコールが上がる。

そして、それはあっという間に全員に……コールに合わせて鳴り響く手拍子。

――ほんとにこいつら、めんどくさい。もうやるしかなくなったし。

「瑞希、大丈夫か?」

「うん、大丈夫」

瞳を閉じる瑞希――俺たちは唇を合わせる。

揺れる様な大歓声、悲鳴、奇声……お前ら、ほんとに小学生か。

俺と瑞希はそちらをむくと、

「じゃあ、結婚するんで、 《攻略集団》 辞めます。みんな、頑張ってね!」

そういって俺がピースサインをすると、瑞希も小さくピース。

瞬間、 「おめでとう!」 涙で笑顔なアスナが瑞希に突進。それにリズも続く。

急に抱きしめられて、 「わっ」 と声を上げる。

横でにやにやしていたら、俺には……化け猫が飛び掛ってきた。

その後は――もう、すごかった。

 

「ただいま」 「ただいま」

「すごかったね」 「すごかったな」

顔を見合わせて笑う。

そっと瑞希を抱きしめると、耳元で 「ちょっと、そのまま」 俺はアミュスフィアをふたつ外して、身体を起こした。

ベットサイドのデスクの引き出しからスポーツメーカーのロゴが入った小箱を取り出す。

瑞希は身体を起こして首を傾げた。

「一応、カモフラージュしといた……」

その小箱の蓋を開いて小さな箱を取り出す。

「やっぱり、卑怯。秀、大っ……好きだけど」

ベッドに腰を下ろしながら蓋を開ける。

「ありがとう……」

瑞希の左手をとり、

「あらためて……結婚しよう……」

指輪をはめた。

「……はい」

笑顔に涙。そんな瑞希を優しく抱きしめる。

ふいに、俺の目から……ようやく涙が零れ落ちた。

 

 

(終わり)




はじめての、あとがきです。

今回のお話でファーストシーズン終了……そんな気分になりましたので。

この 《SAO AGP》 は初めて執筆した二次創作小説になります。

よくわからない物語、文章、表現、誤字、脱字、すいません。ごめんなさい。

1話ずつ、毎回お話を考えながら執筆した為、かなりおかしな部分も見受けられるはず……ごめんなさい。

一応、このお話のテーマは 《仮想世界の嘘》 だったりします。

仮想世界の中で本物を探し続け、見つけたり、見つけられなかったする少年少女達 (おじさんもいるけど) とは違って、偽りを探し求める主人公のお話を書いてみました。

オリジナルキャラクターの3人を中心に据えたせいで、原作の方々が活躍する場面が少なくなってしまい、大変申し訳ないです。

とにかく、1話から27話まで全て読んでいただいた方、ありがとうございました。

どれか1話だけでも読んでいただいた方々、ありがとうございました。

最後に、このお話、まだ続きます。今後もお願いいたします。

あ、 《冥き夕闇のスケルツォ》 を観るまでは、何とか生きていたいっす(笑)。

それでは 《SAO AGP》 何卒お願いいたします。

たかてつ






  


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アインクラッド編・サイドストーリー
028 こむろん・あんぐる 1回目 ―はじまりの街だよー! 全員集合―


《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
コムロンさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。


『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

あ、おじゃましてまーす。

 

『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界を――』

 

あ、カヤバさん、お疲れさまでーす。

 

『――本来の仕様である』

 

……ほんとにー? 直らなくて困ってない?

 

『――永久退場している』

 

……うわー、かわいそう。

 

『――ゲーム攻略に励んでほしい』

 

うん、がんばるぞ!

 

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

……うーん。痛くなさそうだから、それでもいいや。

 

『――安全にログアウトされることを保証しよう』

 

えー、ほんとにー? また裏面クリアしろ、とか言うんじゃないのー?

 

『――確認してくれたまえ』

 

――やった! ありがとう。カヤバさん!

 

 

多分良い鏡――オレ愛用の百均よりもすごい綺麗。

あれ? ……あれも掃除したら、こうなるのかな?

それにしても、クールだけどかわいい感じ、うまく出来たなー。頑張ったもんなー、オレ。

「……あっ、」

ぴかっと真っ白――ログアウト、直った?

 

 

うん、カヤバさんはきっと天才だから凡人の気持ちなんて理解できない。

アバターを作る……それがどれだけ大変なのか。

そのへんはきっとサッパリなんだ。

そうだよね。ぱっとカッコいいやつ作れそうだもの。

「ひどいよー……せっかく、頑張ったのにー」

オレは泣きそうに、もう涙が出ちゃった。ほら、みんな怒ってる。びっくりしてる。泣いてる人もいる。

「……んっ!!」

隣に、知っているけど、知り合いじゃない人がいる。

――嘘でしょ……有名人。

昨年の 《U20ワールドカップ》 でPK外して叩かれちゃったプロサッカー選手、 《ドリブルジャンキー・中島秀》 がオレの隣に……ぼけーっとつまらなそうに立っている。

「中島選手、ですかー?」

彼はオレの方に顔を向けた。にこっと笑ってお辞儀をする。

――間違いなく 《営業スマイル》 だねー。カッコいいけど、胡散臭い笑顔するなー。

「えっと、家族みんな 《デポルティボ東京》 サポです! 中島選手の 《首都クラシコ》 の二人抜きゴール、すっごい興奮しましたー!!」

「……ありがとうございます」

オレが握手を求めると両手でがっちり握ってくれた。

――パパ、ママ、すごいよ!! オレ、中島選手と握手しちゃった! もう死んでもいーや! ん? 駄目かな?

 

 

『――この世界を創り出し、鑑賞するためにのみナーヴギアを、』

急に中島選手はするすると人の間を擦り抜けるようにして、どこかへ向かう。

オレはそれに自然とついていった――なんとなくだけど、彼についていきたくなったのだ。

広場の出口付近でようやく追いつく。

「あのー、どこ行くんですか?」

後ろから声を掛けてみた。

『――諸君の健闘を祈る』

彼は無言でそのまま歩く。

「ちょっとー、どこ行くんですか?」

ひとつ溜息――こちらに振り返ると、笑顔で 「ごめん、トイレ」 と、嘘をついた。

「えー、トイレしないでしょー」

ふふっと笑うと彼はそのまま歩き出す。

「なんで嘘つくんですかー。ひどいなー」

彼は、前を見据えたまま、

「だってさ……この世界には、偽りしかないだろ……?」

……なんか、こじらせてるなー、このひと。

 

 

(終わり)



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029 こむろん・あんぐる 2回目 ―ばいばい、ホルンカ―

《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
コムロンさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。



「しかし……こんな剣欲しさに、可哀想だよな……」

瞬く間に殺人を終わらせたシュウは、 《アニールブレード》 を器用にくるくると回転させると腰の鞘にすっと収める。

「欲に目が眩むのは理解出来るけれど……それを実行出来てしまうのは、格差社会の被害者だから、ってところか……」

……すごくめんどくさい考え方するなー、このひと。

「確かにねー。この剣、それほどレアってわけでもないしー。クエスト受けるのがめんどくさいからって強盗はよくないよねー」

「日本は治安が良過ぎるっていうのもあるからな……枷が外れれば、これが現実だろうね。まあ、所詮動物ってことだよ」

いやー、めんどくさい。おじさんくさいなー。ほんとに二十代かなー? このひと。

オレは話題を変えた。

「そういえばシュウくんって、膝治ったの?」

彼はちょっとだけ首を傾げると、左膝に目を落としてくすくすと笑いだした。

「あれ? 変なこと言ったかな? オレ」

「いや、こっちではあっちの身体の怪我って再現されなかったからさ。すっかり忘れていたよ……」

あー、なるほど。オレもニキビ潰しちゃったところ、痛くないし。

「手術が成功したから……日常生活に支障が出ないくらいには回復するらしい。まだ、ほとんど歩けない状態だけどね……」

あー、この話題、あんまり……

「そうなんだ……オレさー、高校の頃 《東京選抜》 の試合でゴール決めた後にさー、ズサーって滑ったら、ぐきーってなったことあって、すっごく痛かったんだけどさー、それよりもっと痛かったんだよねー……手術頑張ったんだね。すごいよ、シュウくん!」

……ほんとは、中学の体育、ですけどー。

にやにや笑いながらシュウは、

「ありがとう……」

オレの肩をぽんぽん叩くと、次の街へ向かって歩き出した。

 

 

次々にプッギイイというあんまり可愛らしくない悲鳴をあげるイノシシくん。

……しかし、容赦ないな、このひと。

きっと運動神経が良すぎるんだ。弱点の場所を教えると、あっさりクリティカルヒットさせてしまうもの。

ほとんどゲームの知識は無いのに、とにかく飲み込みがすごく早くて……本当にすごい。

オレもβテストでいっぱい練習してマスターした 《ソードスキル》 だけど、シュウと比べちゃうと同じ技が全然違う技に見えちゃって、正直悲しいな。

これが持って生まれた才能、というものか。自己嫌悪になっちゃうな。

――でも、それでも嬉しいな。こんな人と冒険できるなんて。なんかヒーローマンガみたいだし。もう死んじゃっても悔いはないかも。ん? それは……あるかも。

「コムロン、何でこのイノシシ全部同じなの? もうちょっと、いろいろ……流石に飽きてきちゃったよ」

あはは、さっきからずーっと狩りまくっているもの。それは飽きるでしょ、普通。

「めんどくさいから、でかいイノシシ倒して一気に上限までレベルアップ……まあ、それは無いか……」

そいつに出会ったら、多分死んじゃうよー。ふたりとも。

背中の鞘にアニールブレードを収めながら、

「オレもβテストでそれ系、探してみたけどさー、出会えなったよー。かなり上のほうまで行った人の話でも、あんまり……まー知ってても教えてくれる人のほうが珍しいからねー」

オレの話を聞きながら、すぱーんと 《ホリゾンタル》 を決めるシュウ。その華麗な姿は男の子のオレでもカッコいいと思っちゃう。

――ただ、最初からずっとつまらなそうにしているよね、シュウくん。

でも 《リトルネペント》 の大群に襲われて死にそうになった時だけはイキイキしていたな……もうやめて欲しいけど。

きっと、変わった感覚のひとなんだ――でも、もうちょっとこのゲームを楽しめばいいのにな。

 

 

「こんばんわー。すいません、ホルンカの村ってこっちで合ってますか?」

振り返ると、道端に男の人が二人立っていた。

シュウと目を見合わせる――了解。また強盗さんですか。お疲れ様でーす。

オレは膝まで伸びている背の高い草をのしのし踏み付けて、草原よりもちょっとだけ高くなった道端へ上がろうとした。けれど、

「わあ、」

草で滑ってズテーっと、かっこ悪くこけちゃった。恥ずかしい。

剣を抜く気配――バカだなー、この強盗さん。

「おいっ、お前、動くなよ。このマヌケが死ぬことになるぞ」

あーあ、すぐに刺せば良かったのに……でもカッコつけたいんだよねー、わかるわかる。

「よいっしょっ!」

背中にちくっと刺さる感触……痛くないけど気持ち悪い。

「ありがと――」

頭上からそれが聞こえた次の瞬間、ばたーんっと倒れる音。

「おめえ、」

「あ、動かないでねー! すぐに終わるからさー」

強盗仲間さんの喉元に、オレはアニールブレードの剣先を突きつけた。

おー、ちょっとカッコいいこと言えた。えへへ……うわーかわいそう。なむなむあーめんごめんなさい……

シュウは斬殺を終えるとすっと振り向き、強盗仲間さんに剣先を向ける。

瞬間、こっちにダッシュ。速いなー、カッコいい。

「はわあっ、」

強盗仲間さんの変な声――と、同時にオレはしゃがみこんだ。

アニールブレードの剣尖が強盗さんの眼球すれすれで止まる。

「追うなよ……」

――よーい、どん。オレは一気にダッシュ。ぐんぐん加速する。

シュウは異様に速いダッシュで後ろから追いかけてきた。すぐにオレの横に並ぶと、

「ほんと、めんどくさいな……」

不機嫌そう……それはそうか。

「アイツ、来るかなー?」

シュウは首を横に振ると、苦笑いで、

「時間が経てば復讐を考えるかもしれないけど、今は……」

走りながらちょっとだけ振り返る。強盗仲間さんは、まだ道端にぺたっと座っていた。

 

 

あれからしばらく走り続けた。

ようやく街の明かりが見えてくると、シュウはやっと減速してくれた。

「もう圏外バトルの全滅エンドでよくないか? ゲーム好きってこんな奴らばっかりだろ。社会的にも喜ばしいだろうな……」

うーん。何も言えないなー。

急に足を止める。やった、ようやく深夜のマラソン大会が終わったよー。

「……ごめんなさい。コムロンは別だ。ちょっと疲れてるのかも」

シュウはそう言って小さく頭を下げた――オレもへとへとだよー。こんなに走ったの久しぶりだしー。

「大丈夫。さすがにこれじゃー疲れるよねー……オレのほうこそ、ごめんね。シュウに殺させてばっかり、」

「いや、お前が謝ることじゃないよ。俺のほうが……人殺しっぽいからな……」

そう言って微笑むシュウ。なんか……ほんとにこじらせてるなー。

「でもさー、もしも圏外バトルで好みのタイプの女の子が相手だったらさー、シュウくん、どうするの?」

首を傾げるシュウ。それから俯いてすたすたと無言で歩きだした。

……もしかして、いちいち考え込むタイプかな? だからめんどくさいのかなー?

「……コムロン。俺は、こんな世界に来なきゃいけない女の子って、申し訳ないけど時代の犠牲者……そう思ってしまう」

――うわー、めんどくさいよー。

「う、うん……それは可哀想だよねー。うん……」

「だから、極端な奴は彼女達の為を思って、とか……でもさ、理不尽に斬り殺される彼女達の気持ちを考えれば、それって違う気がするし……ごめん、後でゆっくり考えてみるよ」

――いやー、考えなくていいよー。これ失敗だったー。

オレはもうめんどくさくなるのが嫌なので、ふわっとした話題を振った。

「そ、そうだね……ちなみにシュウくんの好みの女性って、どんな女の子?」

それに目を丸くして驚くと、すぐにシュウは笑いだした。

「あはは、そうだねえ……ナーヴギアが似合わない娘がいいな」

……このひと、絶対こっちでモテないや。かわいそうに。

 

 

(終わり)



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030 こむろん・あんぐる 3回目 ―ナナちゃん― 前編

《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
コムロンさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。



よかった、よかった、よかったよー。

これでオレも立派な 《攻略集団》 プレイヤーだよね。えらいよねー、オレよく頑張った! えらい!

毎回ボス戦は大変だったけど、ここまで死なずに攻略頑張ったもんね! えっへん。

こんなオレを見てくれているひとが……いたんだな、嬉しいな。えへへ。

でも、やっぱり派手すぎない? この騎士服。

アスナさんは、 「うん、似合ってる。かっこいいよ!」 って言ってくれたけど……

あれ絶対、お世辞だよねー。なんか笑い方、変だったもの。

まあ、しょうがないよね。着ているうちに慣れるでしょ……慣れるのかなー?

それにしても団長さんと隊長さん、思ってたよりもずっといい人だったなー。

「君の活躍に期待している」

なんて、今まで言われたこと、ないもんね……ちょっと泣きそうになっちゃった。

う、思い出すとやばい。泣いちゃう。だめだめ。

頑張って期待に応えないとね。うん、頑張ろう、オレ! 

シュウとふたりぼっちのギルドは解散しちゃうことになるけど……まあ、ふたりしかいないのにギルドって言い張るのも限界だったよねー。

せっかく 《デポルティボ・アインクラッド》 なんてカッコいい名前つけたのになー。

……シュウはすっごく嫌がっていたけど。 「意味、分かってるのか?」 なんて言ってたけど。

めちゃくちゃカッコいいのになー、デポルティボ……でも、どういう意味だっけ? 忘れちゃった。

――あっ、後ろのひと、いらいらしてる。ごめんなさい。

「転移、コラル!」

 

 

しかし……シュウにはひやひやさせられたなー。

どうしてあんなにアスナさんと上手くいかないのかな……?

まさか、好きなのかな? 相思相愛なのかなー? 

いやいや……そういう感じでもないんだよなー。なんだろうなー、ほんとに。

すごい嫌い合ってる、って感じはしないんだよなー。なんだかんだ言いながら、いつもお互い気にかけてるしー。

かわいいしなー、アスナさん。それに強いし、綺麗だし、かわいいし。

シュウも無表情で黙っていればカッコいいもんなー。

ただ……見た目のよさを言動と行動で台無しにしちゃってるもんなー。もったいない。

まあ、黙れって言われたら、余計にしゃべりだしちゃうのが、シュウだけど。

でも……それはないよなー。あのふたりだもんなー。

だって、アスナさんは頑張って隠してるつもりだけど、 《キリトくん大好き!》 だしさー。

みんな分かっているしー。バレバレだしー。かわいそうだよねー、アスナさん。

それにシュウは……あれだしなー、はあー……

確か二十六層だよね、ボス戦に参加し始めたの。

あの頃から……ちょっと変わったもんね、シュウ。

ひとりでどこかに行って、帰ってくると死んだように寝るか……むちゃくちゃな攻略するか、みたいな。

あれはきっと、ストレスだよねー。ほんと大変なんだなー、不倫って。

 

 

シュウは 《女の子に興味ないですよオーラ》 出してるけど、オレ分かっちゃうんだよねー。そういうの。

幼稚園の頃からクラスの好きな子とかカップルとか隠しててもすぐに分かっちゃうんだよねー。なんでか。

恋愛相談とか告白の手伝いとか、しょっちゅうだったもんなー。大変だったなー。

シュウって、いつも人を寄せつけない、っていうか、怒らせるようなことばっかりしてるけど、リッちゃんだけは対応が全然違うもんねー、シュウ。

自然な感じで、普段見せない笑顔で話せてる女の子って、リッちゃんだけだもんなー。リッちゃん大好きだもんねー、シュウ。

まあ、わかるよー。ほわほわしてるけどしっかりしてて、とにかくかわいいもんね。リッちゃん。

外側はごつごつで強そうな軍人さんだけどさー。

あのギャップにやられちゃったのかなー? ギャップ萌えちゃったのかなー?

でもなー、シュウは成人だし、リッちゃんは多分十代……もしかしたら前半かな?

シュウ……ロリコンで不倫はマズイよなー。どこかで止めてあげないと。

なにより 《アインクラッド解放軍》 と 《聖龍連合》 敵に回しちゃだめだよねー。

さすがにシュウでもそれは無理ゲーだよ。殺されちゃうよー。

ほんと、ちゃんとカミングアウトしてくれればいーのにさー。

もう一年の付き合いなんだから、オレも頑張って手伝うのにさー。

まあ……せっかく 《フラワーガーデン》 に誘ったのに……あれだったしなー。

困ったなー、 《はじまりの街》 で声でもかけてみようかなー。

あっ! この騎士服に……だめだめっ、絶対怒られる。

それになー、そういうの嫌がるもんなー、間違いなく。

でも、ゲームだからロリコンでも大丈夫だよねー。たぶん。

変なことしなければ 《牢屋行き》 にもならないだろうし。

まあ、解除しても駄目かもしれないけど……こわいなー。試したひと、いるのかなー?

うーん、めんどくさいなー。ロリコンかー。

考えてみたら普段、 「めんどくさい」 ばっかり言ってるけど、シュウが一番めんどくさいひとだもんなー。

よくわかんないことばっかり言うし、なんかずーっとひとりで考えてるもんなー。

……なんであんなにめんどくさいんだろう?

 

 

あっ、そっか! わかっちゃった!

めんどくさいキャラで隠しているんだ――カモフラージュだね!

もう、ほんとにめんどくさいなー、シュウ。

でも、確かに、 「俺、ロリコンです」 って宣言しちゃうのも大変だよねー。

シュウのキャラじゃ言えないよなー。言ったらシュウ、死んじゃうよねー、多分。

別にプライド高いってわけじゃないんだけど……言えないよなー。

しかも、全然馴染もうとしないもんなー、こっちに。相変わらずゲーム、嫌いだし。

みんなも 《空気読めないひと》 ……みたいになってるもんなー。実際そうだけど。

そもそも、 「変だから」 って、まともな装備もしないで圏外行っちゃう時点でおかしいよねー。

いっつもダークグレーのフード付きコートだけで、下は適当な布装備だもんなー。

あれで、よく今まで死ななかったよねー……何回も死にかけてたけど。

まあ確かにあっちで鎧とか着ないけどさー、業になんとかかんとかだよねー、普通。

でも……シュウの場合、マジになったらシヴァタさん……まあ、それはないと思うけど。

いや、あれかな? 人妻だから燃えるってやつなのかな? わからないけどそういうもんなのかなー?

でも、考えてみたら 《人妻軍人ロリ》 って、なんかすごいなー、リッちゃん。

 

 

あー、でも女の子のこと考えてたら 《サキちゃん》 の事、思い出しちゃった……

元気にしてるかな? もう新しい彼氏……しょうがないよね……

 

 

「あの、すいません」

ふいに声をかけられてびっくり――ぽろっと零れた涙をあわてて拭いて、にっこり笑った、けれど……

うわー、シュウの予言どおりだよ。もう占い師になれちゃうよ。シュウ、おめでとう……おめでたいのかな? もうわかんないよー。

「友達に、この層の湖畔で取れる 《アユヤマメ》 っていうアイテムを取ってきて欲しい、ってお願いされて」

――確かに、すごい綺麗なひと……これは、騙されてもおかしくないね。

オレの目の前に長い黒髪、漆黒の瞳、すらっとした身体。そして青を基調とした服装。

【……そんな女が現れるかも。気をつけろよ。油断したら殺される】

出ちゃったよ――ずばり、すぎて、びびるよ、シュウ。

とりあえず、動揺を隠して……隠せないけれど、

「えっ、そうなの? オレも友達に会いにこれから湖に行くから一緒に行く?」

軽くお辞儀をすると、 「嬉しいです、お願いします」 そう言って微笑む姿がなんとも……こわい。

「じゃあ、よろしくね! オレは 《血盟騎士団》 のコムロンだよっ!」

そう言って右手を差し出すと、彼女はふふっと笑って、

「素直な方ですね。私は 《聖龍連合》 のナナミです」

……あれ? それ言っちゃって、いいの?

 

 

(終わり)



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031 こむろん・あんぐる 4回目 ―ナナちゃん― 後編

《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
コムロンさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。



「凄いですね! ボスを倒しちゃうなんて……私には無理だから、尊敬します」

うん、なんかすごく嬉しいけれど……こわすぎだよー、この状況。

 

 

ナナミちゃんはあれからずっと質問攻め――オレのこと、シュウのこと、そして、 《攻略集団》 のこと。

もし会話が途絶えたら、もし答えられなかったら、もし攻撃されたら……

殺されるかもしれない――猛烈な恐怖と不安に襲われながら、オレは最大限の集中を保ったまま必死で頭を動かした。

――もうやだよー。せっかく 《血盟騎士団》 に入ったのに……ここであっさり殺されちゃうのかな? この娘、絶対強いよー、わかるよー。戦っても勝てないよー。無理無理無理無理……

とにかく質問に答え続ける。適当でもなんでもいいから会話を続ける。オレに残された生存ルートはそれ以外ないはず。

時折、彼女がふふっと笑う。それがたまらなく怖い。

その度に冷や汗――手汗、腋汗、額の汗、すごいでーす。びちょびちょ。ぐちょぐちょ。

にっこり笑っているつもりだけど、ちゃんと笑えているのか心配でーす。あはは、えへへ、うふふ。

「あっ! ほら、あそこで釣りをしているのがシュウくんだよ!」

どよーんとしたシュウの後姿発見! もうダッシュで飛びつきたいくらい嬉しい。

でも、落ち着いて、オレ。

「おーい、なんか釣れたー?」

はやくたすけてー、おねがいしまーす。

くるっと振り向いた。

……うわー、笑ってるよ。絶対これ、似合わないんだ、オレ。

シュウは一度俯いて、溜息。

……うわー、おもしろーい。器用だね、シュウ。

目は怒ってるけど、すっごい笑顔。こわーい。

「いやー、大成功だよー。オマエには焦ったけどねー。あっ、この人はさっき出来た友達だよー!」

やった。ようやく辿り着いた……カミサマ、ありがとうー! そのうち、なんかお供えしまーす!

ウインドウをタッチして釣竿がふっと消えると、シュウはゆっくり立ち上がった。

ナナミちゃんを一瞥、それから気持ち悪い笑顔を浮かべながらオレにむかって、

「それ、どこで拾ってきたの? 返してきなさい……」

――もう絶対殺される。パパ、ママ、サキちゃん、ごめんなさい。

 

 

うへー、めちゃくちゃ睨んでるよ……こわいなー、ナナミちゃん。

かれこれ五秒、けれど体感では一時間くらいナナミちゃんは無表情で、それが余計に迫力があって怖いんだけど、だらーっとした感じで眠そうなシュウを睨み続けている。

「ごめん……でも、何しにきたの?」

ようやくシュウが……って、知り合いなの?

「会いに」

うわー、こわいよー。駄目だよ、シュウ。そんな謝り方じゃ許してもらえないよー。かえって怒っちゃうよー。殺されちゃうよー。

「そうか。じゃあ、お疲れさま。コム、めんどくさくなったから、結晶使って帰ろう……」

ばかやろー! なんでそんな言い方しかできないのー。オトナでしょー、シュウ!

「私も行く」

……はい? なんで? どういうこと? ……ん? もしかして、えっ、ひょっとして……

「は? 俺は、あれを取りに行くつもりはないよ……とりあえず、あの場所は確立高いと思うから、頑張って」

違った? でもさっぱり意味がわからないよー。

そう言って背を向けると、シュウはウインドウを開いて転移結晶を取り出そうとしている。

「それはそれ。私の仕事、他にもあるから」

うん、もうついていけない……さっぱりわかりませーん。

「じゃあ、その仕事も頑張って」

瞬間、水色の閃光――あ、シュウ、死んだ。

と思ったら、すっごいでかい布? 布団? 絨毯? なにこれ?

「わっ、」

ナナミちゃんがそれに突っ込んで……包まれた。

「転移、フローリア!」

「えっ、」

ひょいっと襟首を掴まれた。そのまま光の中に――

 

 

笑ってる……

「くくっ、ふふふっ、いやー面白かったな。ありがとうコムロン、ふふっ、いや、ほんと面白かった。ふふふっ、わっ、だって。あははっ……」

このひと、さいてーだ。絶対モテないや……もう無理だよ、性格ゆがみすぎだよ。

転移門広場の噴水の石積みに腰を下ろしたシュウは、訝しがる周りのラブラブカップルさんの奇異の視線を全く気にせず、お腹を抱えてひとりで笑い続けている。

オレはどてっと隣に座ると、

「ねー、さっぱり意味わからないんだけどさー。あの娘、知り合い? どうなってるのー? 説明してよー」

「ふふふっ、ああ、ごめん。まあ、彼女が、ふふっ、彼女が話してくれるよ……あははっ……」

笑いながらシュウはゆっくり顔を上げた。オレもそちらに……うわー、ぷんぷんだよー。やばいー。

誰が見ても分かるほど、とてつもなくご立腹なナナミちゃん――もう、殺してください。ごめんなさい。

「ふふっ、あれ、どうしたの? ふふっ、あはは」

……シュウ、もう勘弁してくださーい。煽んないでくださーい。お願いだよー。

「………………」

あっ、……泣いちゃった。さいてーだよ、シュウ、さいてー。もうさいあくだよー、シュウ。

「ふふっ、ふふふ、あはは」

笑ってる……すごいよ、シュウ。逆に尊敬しちゃうよー。

なんなの? そのメンタル……鋼どころかオリハルコンだよ、アダマンタイトだよ。

もうどうしていいのか……ラブラブカップルさんも足早にこの場を去ろうと……もうどうしたらいいのかわかんないよー、たすけてー、だれかー。

「……ありがとうって」

俯きながら、ぼそっとナナミちゃんが、

「……ただ、それだけなのに……どうして」

分からないけど、シュウが何かした――それは分かった。

「俺、君達のこと、めんどくさいから大っ嫌いなんだよ……でも、別に君のせいではないから……ごめんね……」

そう言ってシュウは立ち上がると、すっと頭を下げた。

「だから……もし俺が許せないなら、上司に相談してみるといいよ。その時は……まあ、殺し合い、しましょうか……」

このひと、何言ってるんだろう……

「…………もう、聞いたの」

えっ? どういう……

「絶対駄目だ、って……シヴァタさん、だけじゃない。みんな、嫌ってる。けど、絶対駄目って……シュウ、あなた、何者なの? 何やってるの?」

涙を流しながらシュウを睨みつけるナナミちゃん。もうオレは思考を停止して成り行きを見守るしかない……わけわかんないから。

胡散臭い笑みを浮かべていたシュウが、いきなり真顔――

「……当然、攻略だよ」

俯きながら、優しく微笑んだ。

 

 

もうさすがに耐え切れなくなったので、オレがこの場を離れようと提案したら、 「ああ、いいよ」 ということで、昨日シュウが泊まったホテルに向かった。 

――うん、これは、えっちするところだ。

そうとしか思えない怪しいホテルに入る――これ絶対、三人で楽しむんだーって思われるよねー。ほら、NPCのオニーサン、にやにやしてるもん。

どきどきしながら部屋に入ると……普通だった。おもちゃ、なかった、残念。ん? 残念?

ちらっとナナミちゃんのほうを見てから、シュウは三人分のコップをテーブルに用意する。ウインドウを操作して瓶を取り出すと、お茶っぽい濁った緑色の液体を注いだ。

「……心配なら、飲まなくてもいいよ」

「……うん」

ナナミちゃんはウインドウを操作して小さな水筒を。

――だよねー。それは警戒するよねー。

みんな喉を潤す。そして無言……うわー、気まずいよー、どうしようー。

「えっと、コム……このひと、 《蘇生アイテム》 の情報を集めているらしくて、それでたまたま知り合った。そして、殺そうとしたところを、殺されそうになって……今に至る。分かった?」

うん、全くわかりません。ごめん……なさい?

「あっ、ごめん。俺も手が滑ったら殺してたかも……ごめんなさい」

苦笑いを浮かべながら、シュウはソファーに座ったまま、ナナミちゃんにちょっとだけ頭を下げた。

とりあえず、まったくわからないけど、大変だったらしい……ということで、おーけーかな?

「えっと、ナナミちゃん、ごめんなさい。きっとシュウが全て悪いから。ごめんなさい」

ひたすら謝る――オレにはそれしかできないよー。

「そして、憶測だけど……コムが 《KoB》 に加入したから、だろ?」

……は? 何が?

「……凄いね、シュウ」

両手でコップを握り締め、俯いたままナナミちゃんが呟いた。

溜息を深く吐くシュウ。窓のほうに視線をむけると、

「だから 《DDA》 嫌いなんだよ……賢いけど、アホだから……」

うわー、もう完全に置き去りです、オレ。

「ふふっ、賢いけど阿呆、って、すごい的確かも」

笑ってる……オレはちょっとどうしたらいいのか、どうなっているのか分からなすぎて、なんか腹が立ってきた。

「ねー、シュウ。全然わかんないよ。これって、どういうことなのさー」

きょとんとした表情で首を傾げるシュウ――すっごい腹立つな。オレ、ぷんぷんだぞー。

「だから、このひと……俺たちを篭絡してこいって、命令されてきたんだよ。アホな上司に……」

……ローラクって何?

「おそらく、殺さなかったから……そこに付け入る隙があるんじゃないかって。しかもコムが 《KoB》 に加入したから一石二鳥……ですよね?」

うんうんと頷くナナミちゃん……

「シュウ……ローラクって何?」

分からないことだらけなので、とりあえずそこから聞いてみる。

「ああ、そこね……つまり、ハニートラップ、美人局、色仕掛けだよ……このひと、美人だろ?」

……シュウの口から 《美人》 という言葉が出てきたよ。どういう意味で言っているのか分からないから怖すぎて何も言えない。

しょうがないので、オレはうんうん頷いてみた。

「でも、どうしようね……このまま何も持たずに帰ってしまったら、怒られるだろうし……かといって俺が直接言っても……同じだよなあ」

ナナミちゃんはうんうんと頷く……えっ、ちょっと、えっ?

「アスナに頼んで……頼みたくないなあ……それに、それはそれで……いやー、どうしよう……」

あー、はじまっちゃった……こうなるとシュウはもうずーっとひとりの世界だよー。

オレは頭を掻きながらナナミちゃんのほうを……あれっ?

全く分からないことだらけの話をずーっと聞かされ続けてきたので……今まで気がつかなかったよ。

オレの 《恋愛センサー》 が、びびびっと反応しちゃってる。

――おいおい、それじゃ、恋する女の子の目だよ、ナナミちゃん。殺したいほどむかついていたんじゃないのかーい?

 

 

ごちゃごちゃめんどくさいことをぶつぶつ呟いているシュウ。

その姿を見ながら黙って、うんうん頷いているナナミちゃん。

このふたり……なんだか……なんだかなー?

「うーん、俺たちが死ぬか、この人が死ぬか、騙されたふりで騙すか、その三択だね……」

――理由はともかく、すごい三択だ。もうどれ選んでも大変なの間違いなし。

「あいつら、しつこいから……それしかないよね……」

うんうん頷くナナミちゃん。

このモードのシュウについていけるのか、すごーいなー……きっとこのひと、変なひとだ。

「コム……どうしたらいいと思う?」

ここで聞くかー!? オレに聞くのかー?

「えっ……死んじゃうのはいやだから、騙すしかないんじゃないかなー?」

うんうん頷くナナミちゃん……あなた、 《DDA》 のひと、だよね?

「でもさー、俺はこの人を殺すのが、俺たち、というか 《攻略集団》 にとって最も有益な判断かもしれない、って思ってるんだよ……」

は? 何言ってんだ、こいつ……

「おそらく結婚――全ての情報とアイテムを掌握して、それを横流しすることで 《DDA》 の強化と 《KoB》 の弱体化……まあ、そこまでコムが偉くなるかどうかは知らないけどね……偉くなればなるほど 《KoB》 の情報も掴めると……」 

うんうん頷かないで、ナナミちゃん。

「まあ、一番はレアなアイテムを入手したタイミングで攻略中にコムが死んで自動的に……殺すよりもよっぽど楽、あいつらだったら、そう考えるよ……ほんとアホだ……」

……えっ、なに、それ?

「だから、この人を殺しちゃえば、 《DDA》 は 《KoB》 に対しては、流石にこの方法は使えなくなるだろう? あとは勝手に上が揉めて、時間が解決……とかね」 

――ギルドの幹部って、そんなことを考えているのか?

きっとみんな、ではないだろうけど、そんなヤツラが……ただのクズヤローじゃないか。

オレはどうしようもなく腹が立って、思いっきり拳を握り締めた。

ずっと、すごいひとたちって思ってたよ。でも、たしかにすごいけどさ……それって、どうなんだろう?

シュウ、それ知っていたんだろう――ずっとわかっていて、あのひとたちと……そうか、そういうことだったんだね。

拳に冷たいもの――オレは自分が涙を流していることに気づいた。

そして、ナナミちゃんも、泣いている。

無表情だけど、きっと、そうだよね――

「……シュウ、オレ、ナナミちゃんと結婚するよ」

その言葉を聞くなり、怪訝な表情に変わる。

「だから、そうするとさ、この先、」

「だから、オレ、死なない。情報もアイテムも全部 《DDA》 が欲しいものは渡す……」

はじめてだ、シュウの話を遮ったの。でも、絶対に違うんだ。

「……それが、どういうことか、分かってるのか?」

溜息混じりでシュウは問う。

「分かってるよ……裏切るってことだよね。騙すってことだよね」

「……俺はそれをコムに望んでないって、言ってるわけだけど」

いらついている――分かるよ、シュウ。もう一年も一緒にいたんだから……でも絶対違う。

「オレはこのひとが死ぬのは嫌だ。だから、」

「このひとは命だけじゃない。 《倫理コード》 を握られているんだよ。失敗したり、逆らったりしたら解除か死……そうだろ、ナナミ?」

えっ……

無表情のまま、涙を流したまま、ナナミちゃんは、小さく頷いた。

 

 

「このひと、残念ながら 《DDA》 に入る為に用意出来た物、おそらくそれくらいしかなかったんだよ。この世界だって生と性……それが売り買いされてるんだ。しかもな、それがS級レア扱いなんだよ……アホだろ? でもそんなもんなんだよ。どれだけ仮想の世界が素晴らしいものであっても所詮人間だ。おまえだって、最初から散々経験してきたろ?」 

……言葉が、でない。

「アイテムが、レベルが、攻略が、……もうまじで、呆れるよ。何なんだよ。これ……もう黙って圏内で生身が腐るまで待っていればいいだろうが。アホが勝手に攻略を目指して死ぬのは構わないけどな、 《攻略集団》 が焚きつければその結果、こういうことする人間が現れんだよ。バカじゃねえか、ほんとに」

……確かに、その通りかもしれない。でも、

「そうかもしれないけどさ、でもさ、シュウ……シュウは分かってないよ」

溜息。やれやれと首を振っている。

「シュウはいろいろ分かっているけどさ……自分のこと、ナナミちゃんのこと、全然分かってない」

きょとん、って感じのシュウ。すっかり怒りが消え去っている。

――もうさー、笑っちゃうよ。感情のコントロールが上手いって、気づいてないよね、シュウ。めんどくさいなー。

「オレ、ナナミちゃんと結婚するよ。だからシュウは……オレとナナミちゃんを護って欲しい……オレ、バカだから、そういうの、気づけないから……でも、シュウのバカなところ、オレは気づけるし、ナナミちゃんも気づけるから……三人で頑張れば、絶対にうまくいくよ……そんなヤツラに、この世界に絶対負けないよ――」

瞬間、ナナミちゃんが立ち上がる――あっという間に部屋から出て行った。

「あっ、ほらな、耐えきれなくなった……だから、適当にごまかしといて明日また違う方法をゆっくり、」

「何言ってんだ、明日死ぬかもしれないんだぞっ! あんなに綺麗で可愛いくて素敵なひとっ、もう一生出会えないだろっ!!」

ぽかーん、としている。意味がわかってない顔。

このばかやろー。本当にばかやろー。ばかであほでめんどくさいのはオマエなんだよー! 

「早くナナちゃん、捕まえてきて――シュウ、殺してもいいから絶対捕まえるんだ!」

「……は、はい」

とぼけたような、驚いたような、気の抜けた返事をするなり、シュウは凄い勢いで部屋から出て行った――

シュウ、ほんとにバカだよ……めんどくさいなー。

 

 

(終わり)



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032 ナナミ備忘録 ―聖龍連合―

《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
ナナミさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。



父の為に。

軽い気持ちで、下見のつもりでしかなかった。

囚われた直後、夕食の仕度の前には戻らないと。

それが一番の心配。今も心配。

帰ることが出来ないという実感、はじめての日没が訪れた頃にゆっくりと私を蝕む。

ひとりは怖い。街に出よう。

 

 

刀っぽいの、あったよ。お母さん、ごめんね。

圏外、大丈夫。お父さん、ありがと。

みんな、強いよ。大丈夫。心配ないよ。

 

 

数字。それだけが人間を分かつ。生と死を分かつ。

本当にあっけないほどの死。あっさりと情けなく死ぬ。

強き者はもういなくなった。

私は私を守らないと。

お母さん、お父さん、お願い。

七瀬のみんな、お願い。

 

 

βテスター。卑怯者。

 

 

声をかけられた。

声かけたくせに、死んだ。

離れていく。隠れてしまう。

情けない。けど、そういうもの。

誰だって、死にたくない。

私も死にたくない。

笑っていればいい。それで何も問題ない。

 

 

みんな、いいひと。

これから楽しみ。

頑張ろう。

みんなが守ってくれる。

だから、みんなを守ろう。

 

 

攻略、解放。

もう、差は埋められない。

頑張り、じゃない。情報の差。

笑おう。

みんな嬉しそうだから。

私も嬉しいから。

 

 

メリークリスマス。みんな、ありがと。

ほんと馬鹿すぎ。笑う。いい思い出に。

 

 

お風呂、あった。

ほんと、よかった。

毎日行こう。

 

 

あけましておめでと。今年もよろしく。

初日の出、よかったね。

おもち、面白かったね。

ほんと馬鹿。

 

 

また死んだ。何がしたかったの?

 

 

湖を見た。とても綺麗。

船、はじめて。

面白かったね。楽しかったね。嬉しかったね。

ちょっと幸せ。

家、いいね。夢っぽい。

 

 

レベルと命、どちらが大切?

アイテムと命、どちらが大切?

怖いらしい。私も怖い。

 

 

《攻略集団》 だって。笑える。

馬鹿みたい。

 

 

また死んだ。何がしたかったの?

 

 

もう嫌。どうでもいい。

 

 

新しい剣、貰った。

いいね。ありがと。

 

 

喜んでた。かなり嬉しい。

笑ってた。まだ笑える。

ずっと、このままがいい。

 

 

また死んだ。何がしたかったの?

 

 

不安。でも大丈夫。

頑張るよ。ちゃんと守るよ。

 

 

ありがと。ばいばい。

大切だから。

悲しい。寂しい。苦しい。

それは弱いから。

私のせい。弱かったから。

 

 

久しぶり。街、出ます。ばいばい、私。

 

 

久しぶり、私。

書きたいことも、書けることもないけど。

 

 

攻略って何? 私、何してるんだろう?

 

 

久しぶり、私。もう私じゃないけど。

 

 

ディアベルの意思。

分かんない。

 

 

久しぶり、私。

死にたい?

殺したい? 

殺されたい?

気になるの?

会いに行ってみようよ。私。

 

 

(終わり)



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033 ナナミ備忘録 ―アインクラッド解放軍―

《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
ナナミさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。


「……以上だ。悪いが質問はするな」

シヴァタはそう言って、足早に会議室を後にした。

「…………」

私には、さっぱり――これは終わったら、いや先にメッセージ、かな?

溜息をひとつ。私も席を離れた。

 

 

数ヶ月もこの街で暮らしたというのに、 《アルゲード》 はまだまだ知らない場所ばかり。

迷い込んだら脱出は困難――

そう例えられるように入り組んだ路地。無秩序に配置された建物。膨大なNPC。

「探検するのはやめといたほうがいいらしいぞ……」

当時、あの出不精にそう忠告されたものの、攻略の合間にコムロンと知らない路地を散策するのが楽しかった。

――それにしても、これまでのルート、そしてこれから向かう場所、一度で覚えるのは難しいかもしれない。

地上だけでなく、幾度か地下道を利用……とにかく見つかりにくい場所を選んだようだ。

ここまで徹底して隠匿する必要性――悪い予感しかしない。

そんな時に限って、あのめんどくさがりからの返信は、ない。

――あとで、お説教。

帰宅後の楽しみが出来た。嬉しい。

「ここだ。」

転移門から二時間ほどの場所で、やっとシヴァタの足が止まった。

「…………」

到着したけれど……本当に、ここ?

 

 

そこは今にも朽ち果てそうな民家が並ぶ路地のちょうど曲がり角。

おそらくこの裏手に水路があるのだろう。ちょっと臭う。

並びの中で最も崩れそうな家……というより小屋。

路地に面した窓には薄汚れた淡いグレーのカーテン。

腐りかけた玄関の表札には 《佐藤》 という文字。

……絶対、嘘。

歪んだドアはノックをしたら外れてしまいそうだ。

そう思った瞬間、ガチャっと開く――

「おっ、ナナちゃん、久しぶり。ようこそ、秘密基地ヘ!」

 

 

……それだけ?

あっという間に姿を消したアルゴさん。

「ナナミ、入って」

振り向いて玄関に……入りたくないけど、足を踏み入れる。

乱雑。その一言に尽きる。

落ちているものを気にせず、踏みつけながら進むシヴァタの後を追う。

短い廊下を右に曲がると、床にぽっかり穴が開いていた。

人ひとりならかろうじて入れそうな、ぎりぎり通れそうなその穴には階段が――悪い予感どころではない。

――あいつ、ほんとに説教。

私はいらいらしながら、その暗く狭い階段を下りた。

 

 

あきらかにおかしい。下りすぎ。

もう五分は下っている。

――地下ダンジョン、じゃないよね?

唐突に前を行くシヴァタが止まる。

暗闇から浮かび上がる真っ白なドア。

無言でシヴァタが開く。

「…………」

レンガの壁に均等に配置された蝋燭は、優しい明かりを部屋の隅々まで照らしていた。

広さは学校の教室程度――中央に置かれた黒皮のソファーとウッドテーブル。

それだけ。それに驚いた。

――何、これ?

アルゴさんの 《秘密基地》 という言葉が脳裏を過ぎる。

しかし、基地という割には何も無い。ただの会議室、といったところ。

「そこに座って待っていてくれ」

部屋の奥の黒いドアへ向かうシヴァタ。

私はソファーに腰を下ろした。

……ここって、圏内?

鞘から刀身を僅かに抜き、指を当ててみるがカーソルに変化はない。

その時、勢いよく奥の部屋のドアが開いた。

ダークグレーのマント。深く被ったフードから流れる長い髪の毛。

手にはティーセットが載ったトレイ。

「こんにちは!」

元気な女性の声。

「……こんにちは」

座ったまま小さく頭を下げた。

その時、奥の方から、

「ちょっと待って、お茶のほうがいい……」

……ん? あれ?

彼女はテーブルにすっとトレイを置くと、素早く振り返って、

「うるさいなあ、女の子は紅茶がいいに決まってるでしょ!」

……すみません、お茶が好みです。

 

 

シヴァタの後について、だらだら歩く、今、とっても怒りたい人。

各自手にパイプ椅子。

座るなり、深くフードを被ると、脚と腕を組んで俯いている。

――何、その態度……でも、椅子ぐらい置いといたらいいのに。

彼らが壁際に一列に座ると、奥の部屋から現れた少し大きめな深緑のマントを着た若い女性が、 「お待たせしました」 と向かいのソファーに座った。

「はじめまして、ナナミさん。 《アインクラッド解放軍》 のリーテンと申します」

……えっ、確か、リーテンって。

私はその名前を聞いたことがあったはず……知っているはず。

「……はじめまして。 《聖竜連合》 のナナミです」

思い出せないまま名乗った……でも、確かに聞き覚えのある名前。

「きっと、この状況に困惑していらっしゃると思います。ですから――」

いえ、あなたの名前を必死に、あっ、そうだ。

瞬間、そちらに視線を向ける……寝てる? 

――こらこら、こちらでもそういう感じなの? 怒られるよ。起きなさい。

私の視線の方向へ、リーテンも顔を向ける。

その時、おもむろに立ち上がった女性。 《寝てる馬鹿》 につかつかと歩み寄ると、

「起きろっ!」

速い平手、空を切る。

「……ごめん、起きてる」

全く見えなかった――テーブルの横に立ち、ウインドウを操作するシュウ。

「はい……ほうじ茶っぽいやつ」

私の前にカップを置いて水筒からそれを注ぐ。

彼女はいらいらした様子でばさっと乱暴にフードを脱いだ。

「まったくもう……」

――えっ、アスナさん!? ……じゃない、誰?

 

 

(終わり)



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034 ナナミ備忘録 ―シュウの仲間―

《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
ナナミさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。



「じゃあ、またね!」

彼女は軽く右手を上げると、眩い光に包まれる。

――そういえば名前、聞いてなかった。

しかし、すでに手遅れ――はにかみながら小さく頭を下げて、拡散する残光を見送った。

さて……これからどうしよう?

この部屋に残っているのは、この眠そうな馬鹿だけ。

「……よいしょっ」

おじさんのような掛け声。くたっとソファーに腰を下ろしたシュウはフードを脱ぐと、

「いやあ……ほんとながかった……ふあぁ……」

欠伸をしながらウインドウをタップして水筒を取り出し、私のカップにお茶を注いでから自分のコップに。

「いつもここ、使ってるの?」

とりあえずの質問……熱そうなお茶をゆっくり口にするとシュウは、

「いや、俺も初めてだよ……誰かがアルゴに相談して、適当に決めたんじゃないかな?」

「ふーん」

そっとカップをテーブルに置いて、

「お茶、ありがと」

とりあえず……お礼を述べてみた。

シュウは首を横に何度か振って、それから傾げて、今度は一度縦に振った。

――きっと、いやいや、ん? 違う? どういたしまして、かな?

そのまま俯いているシュウに、

「じゃあ、誰かと一緒に来たの?」

「いや、ひとりだよ。適当に……かなり早く着いちゃって、暇だった……」

らしい行動……これだからあまり出歩きたがらないのだろう。

同時に深い溜息――すっと顔を上げたシュウ。

今まで見たことのない、恐怖を感じるほど真剣な表情で、

「……ナナミ、どうするの?」

 

 

貰ったばかりのダークグレーのコートを装備し終えると、

「じゃあ、行くけど……約束」

シュウはそう言ってゆっくりと右手の小指を私の胸の前に。

「えっ、何……?」

よく分からないけど、とりあえず小指を絡めてみた。

「……死ぬときは、一緒だから」

瞬間、指をほどいて猛烈な勢いで走り出した。

「…………」

――ほんと、馬鹿。

どうしても笑みが浮かんでくる。けれど、それを置き去りにして必死で後を追った。

 

 

大鎌に弾き飛ばされ、後方に退く黒マントの男。

さらに無音で加速したシュウ。迸る橙色の光彩が男の背中を袈裟に切り裂く。

続けざまの一閃が腹部をえぐった瞬間――柔らかく右腕を振り抜いた。

音も無く滑るように落ちる首。

直後、シュウは光を失った大鎌の脇を擦り抜けるように跳ぶ。

――仕留める。絶対に。

弾ける光の断片を突き抜けて、私はシュウの軌跡を全速で辿る。

紅い閃光の先に崩れ落ちた男の顔面を私の剣閃が切り裂く。

「――終わり」

背後から聞こえる冷めたい声。

振り返ると鮮やかに拡散する光の欠片。

声の主は大鎌を何度か回転させると肩に担ぎ、口元に笑みを浮かべて左手を軽く上げた。

「おつかれさま!」

髪を靡かせながら素早く私達に背を向けると、颯爽と走り出す。

見計らったかのように周囲から近づいてくる深緑の軍人達。

「後は、お願いします」

俯いたまま彼らに一言そう告げると、私の横を通り過ぎる瞬間、掌でぽんと肩を叩いた。

「帰るよ……」

「……うん」

そのまま無言で歩くシュウの背中を私は追った。

 

 

《アルゲード》 のいつものカフェ。珈琲を飲みながらぼんやりと雑踏を眺めている 《可愛い馬鹿》 に意地悪な疑問をぶつけてみた。

「あれ、どういう意味?」

シュウはカップを手にしたまま首を傾げ、五秒ほど固まり、また逆に傾げ、その三秒後にがっくりとうなだれた。

「あれって何、は愚問……まあ、なんだろうね……大切だ、いや、大切なことだから……かな?」

――何その中途半端。

らしくないその答えがおかしくて、声を出して笑ってしまった。

シュウはゆっくりと顔を上げると視線を落としたままで、

「まあ、お疲れ様。初仕事……」

「ありがと……」

私は小さく頭を下げると、両手で握っていたカップをテーブルにそっと置いた。

「とりあえず、シュウがロリコンの人妻好きじゃなくて、良かった」

「なんだよ、それ…………あいつ、アホだな」

さらに笑うと拗ねた様に頬杖をつくシュウ。

ふいに面白そうな悪戯が降りてきた。

――ちょっとは、やりかえさないと。

えいっと身を乗り出し、テーブルに肘を置いて、シュウの目の前に小指を立てる。

「はい、約束」

シュウはちょっと嫌そうな表情をしてから、すっと顔を背けて小指を絡めた。

「死ぬときは、一緒に、ね?」

にこっと私が笑うと、シュウはくすくすと笑いながら、 「おまえ、めんどくさい」 と呟いて、優しくそっと指をほどく。

……めんどくさいのは、おたがいさま。

シュウはまた雑踏に視線を向ける。私はそんなシュウを眺めながら、両手で少し冷えたカップを握った。

 

 

(終わり) 



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035 ナナミ備忘録 ―ラフィン・コフィン―

《SAO AGP》 の付録みたいなものです。
ナナミさん目線のお話です。
多分……続きます。ごめんなさい。


私はシュウのこと、何も知らなかった――

 

 

眼前で繰り広げられる激しい戦闘――何も出来ず、ただ立ち尽くして見守ることしか出来ない。

そのあまりの違いに、これまで経験した戦闘とは全く別種の 《殺し合い》 に私が割って入る隙など全く存在しない。

――こんなに速く、しかも連続で斬り込めるなんて。

想像を超えた速度。異常なまでの正確さ。繰り出される剣技。

その全てに圧倒されている。予測はおろか目で追いきれない瞬間さえもある。

そして、相手もシュウと同等……それ以上に強い。

リーチの差を全く感じさせない攻守。シュウの剣を交わし、逸らし、受け止める。

おそらく、それだけではない――常に何か狙っている。罠を仕掛けようとしている。

剣に気を取られれば、その一瞬の隙に特殊攻撃を受けて倒れるだろう。

 

 

おそらく一分も経過していない。

けれど、やっと止まった――そう感じさせるほど集中を切らせなかった。

シュウはいつも通りの無表情。相手の表情は深く被ったフードで遮られ、ほとんど伺えない。

ふいに男の口元が動く――次の瞬間、シュウが消えた。

複数の紅い閃光の後、黒いポンチョの男に袈裟の斬撃。

バックステップでそれを回避すると鮮やかな一閃がシュウの頭上をかすめる。

しゃがみこんで下段水平に振り抜かれたシュウの剣。男はすかさず跳んで唐竹にダガーを振り下ろした。

刹那、シュウは剣を垂直に立てて華麗に受け流すと逆手の切り上げ――剣閃が僅かにかすり、男は瞬時に後方へ退いた。

水色の閃光がシュウの身体を急加速―― 《ソニック・リープ》。

次の瞬間、黒いポンチョの男は高い跳躍。赤黒いダガーが発光する。

――斬れる。

私は右足を踏み出した。両者が硬直する瞬間、そこならば踏み込める。

その時、シュウの剣先が私に向けられた。

えっ、なんで――

振り下ろされたダガーがシュウの胸を斬る。拡散する細かな光彩。

反動で私のほうに向かって飛ばされるシュウ――私は受け止めようと、

「「駄目だ――」」

瞬間、身体は宙を待っていた。

地面に叩きつけられると同時に耳を劈くような爆音。黒い粉塵が舞う。

「え、……シュウ?」

広がる粉塵から飛び出す男――直後、交錯する幾つもの紅い閃光。

「……相変わらず面白ぇな、貴様も」

身体に突き刺さったピックを投げ捨てると、男はゆっくりと粉塵のほうへ向かう。

……やめて。

それは、声にならなかった。全身が震えている。

これから起こることを止めなければ、シュウが――けれど、私は動けなかった。

笑っている……

男の歪んだ笑みは、硬直した私の精神を斬り裂いて、絶望させた。

「…………Suck」

脚が止まる――無数の閃光。それを男は巧みに回避すると、瞬く間に闇夜に消える。

「シュウ、…………」

粉塵の中から引きずり出されたシュウは左目、首、腕、腹……何本もの真っ黒なピック……

我を忘れ、這い寄り、その傷ついた身体に触れようとした。

「シュウ? ねえ、シュウ、」

瞬間、襟元を掴まれ後方に投げ飛ばされる――

「ヒール!」

必死で身体を起こすと、紫色のストールで顔を覆った彼女が、シュウの胸元に手を置いていた。

直後、ふたりは何事も無かったかのように立ち上がる。シュウは大きく伸びをしながら、

「いやあ、負けたな……やっぱりプロには敵わない、か……困ったね、ミト」

「えっ!? 勝てると思って戦っていたの? ……ほんとにバカ」

笑うふたり……私はその光景をただ眺めていた。

背後から足音。それは私の横で止まった。

「無知なうえに臆病。そう評価せざるえない働きでした」

その言葉が私に……この僅か数分の間に起きた出来事を理解させた。

頭上の声の主は、足早にふたりのほうへ向かう。

「あっ、すいません。助かりました……ぼろぼろになっちゃったので、新しいやつ、お願いします」

シュウは軽く頭を下げると、穴だらけになったコートを指差して苦笑い。

「了解しました。しかし派手にやられましたね。とりあえず追跡はしますが……まあ、深追いする必要もないでしょうから、ほどほどで」

「そうですね。シュウのやられっぷりも見ちゃってるし……彼らも怪我しない程度で」

そのふたりのやり取りを聞いて、穏やかに笑っているシュウ。

ふいに私のほうへ視線を向けた。首を傾げると、微笑みながらゆっくり近寄ってくる。

「ごめん、心配させたね。もうちょっとやれると思ってた……過信は怖いね」

そっと私の肩に掌を乗せる――結晶の輝きが消えて、シュウの体温が伝わった瞬間、私は音を立てて瓦解した。

「ごめん、……。 シュウ、……私、……ごめんなさい、…………」

私をそっと抱きしめるとシュウは、 「ありがとう」 そう呟いた。

 

 

「あのー、そろそろむかついてきたので、他所でいちゃついてもらってもいいですかー」

その平坦な口調が聞こえると、シュウは私の背中をぽんぽん叩いて、

「だってさ。ほら、怖いオネーサンに刈られる前に帰ろうね……」

私の両腋に腕を突っ込んで、ひょいっと無理矢理立たせた。

「……ひ、……ひどい、……立たせかた、した、…………」

まだ涙が止まらない。声が途切れて恥ずかしい。

彼女はすっと近寄ると私の頭を優しく撫でながら、

「うん、こいつはひどい奴。ナナミちゃん、あとでぶん殴っていいからね」

「……うん、……ごめん、……ぶん殴る、……」

私の顔は、ようやく笑ったようだ。

シュウは笑いながら、 「これだけやって、殴られるのか」 そう言って優しく私の手を引く。

「じゃあ、またね!」

その声の方向に、泣き笑いのまま私は手を振った。

 

 

「……シュウがね、……殺される、って、……死んじゃう、って、……」

「あのさ、死ぬわけないだろ。だって、死ぬまで一緒……ん? ……まあ、そんな感じだったろ? ……」

 

 

(終わり)




ここまで読んでいただきありがとうございます。

今回でナナコム目線のお話、一旦終了です。

筆者執筆中、正直本編よりも楽しんでいました。(シュウくん、ごめんなさい)

とりあえず今後の原作、映画、アニメでミトさんが退場されてしまうと……大変困る内容になってしまいました。
その際はご容赦ください。すいません。ごめんなさい。

劇場版SAOPを鑑賞後、ミトさんとシュウくんを組ませたいなーと思いまして……こうなりました。

最後にSAOアンリーシュ・ブレイディングの2周年PVが素敵すぎて再生が止められず、困っています(笑)。


たかてつ


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新生アインクラッド編Ⅱ
036 孤独の淵


SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


妻が、いない。

 

 

それが、これほど人生をつまらなくするとは知らなかった。

当然、はじめての結婚生活――人生初の体験なのだから、余計にそう感じてしまうのだろう。

――超、ひま。

彼女と同棲するようになってから、俺の生活リズムは激変した。

起きてから、眠るまで。

ある意味、選手時代以上のストイックさを求められた。

他人と生活を共にする、それはこんなにめんどくさいものだったのか……

なんて、口が裂けても言えないが。

しかし、そのおかげでこれまで全く触れることのなかった世界――俺にとってはどうでもいい世界に関わることが出来たのは間違いない。

それが俺の 《人間力》 と呼ばれるようなもの、特にまともな社会人としての素養的知識を深めさせたのだから、けして悪いことばかりではなかったはずだ。

――最近あんまり怒られなくなった、気がするもの。

だから良かったのだ。これでちょっと大人になれたのだ。良かったね、俺。

先程から、この冷たくて気持ち良いカウンターに潰れている俺は、隣の女に髪を引っ張られて遊ばれている。

そんなオモチャ扱いを受けたとしても、全く腹が立たない。あ、ぐるぐる絡ませて引っ張るのはやめて。いっぱい抜けちゃうから。

成長したんだな、俺――ちょっと痛くても、がまん、がまん。でも、あんまり痛くしたら腕をパチンだぞ。

しかし……変な時間にアルコールを摂取したことによるものだろう。

まじで、眠い。

もう帰りたいのだが、楽しそうにエギルとお話しているので、そういうわけにもいかない。

――あ、ほら大人。前なら即帰宅。すげーな、俺。というか、結婚。

そう思わざるえない。ありがとう、奥さん。そして、こっちの世界の結婚システム。社会的、家族的、個人的同調圧力。

まあ、それにしたって朝方まで親友の 《化け猫》 改め 《筋肉おじさん》 と銃乱射事件を起こしていたわけだから、眠いのも当然である。

初めての銃の世界――もう二度と撃ちたくないし、撃たれたくない。

……もう絶対、まじで行かない。

筋肉おじさんの 【簡単にコンバートできるよー】 という甘言に騙された俺は後悔した。

ひまがひとをだめにする――それは間違いなかった。俺の場合は確実にそうだった。

――そして桐ヶ谷和人、お前のせいだぞ。いや、違うか。ごめん、ごめん。

最初は普通に 《サバイバルゲーム》 を楽しんでいた。ちゃんと銃の世界を満喫していた。

だが、筋肉おじさんの 「キリトくんが出来るんだから、シュウも出来るよー!」 で状況は一変する。

俺は、動く的になった――

 

 

へんてこな 《ビーム剣》 を渡されて、ひたすら銃撃される。

最初は筋肉おじさんと、その彼女の 《草まみれ外国人》 だけだった。

しかし、 「よし、仲間を増やそうー!」 と、急遽召集された友人数名はさっぱり当てられないことに業を煮やしたのか、どんどん凄い鉄砲になっていき……挙句の果てに爆弾を投げやがった。

当然、俺は、粉々になって死んだ―― 

……あんなものは、ただのいじめ。

きっと彼と彼女は、俺に対して何らの恨みがあったのだろう。

特に筋肉おじさんは酷かった――彼の口から、 「おらー死ねー!」 という言葉を聞いたのは初めてだ。

銃弾の嵐の中、ひたすら逃げ惑う俺の姿を見て、奴はすごく楽しそうだった。

ずっと笑顔だったもの。にやにやしていたもの。

おそらく、嫉妬かな? 散々GEOで遊んであげたからかな? いや、妻かな? 俺の妻のほうが……だもんなあ。

おっとこれはいけない。心にもないことを。アルコールのせいであろう。危ない、危ない。

そして、友人のひとりは、間違いなく 《がち》 のひとだった。

あのひとの戦闘技術には驚いた。ちょっと違った。ひとりだけ動きが違かった。みんなに細かく指示を出したりしていた。

まあ……現実においても絶対に必要なもので、世界中に多くの愛好家が存在し、挙句の果てにプロがいる世界である。

俺のようなそういったものに全く興味の無い人間がまともに戦えるはずがない。

ALOのような魔法ならまだしも、本物の鉄砲は本当に怖かった。

そんなわけで、様々な理由でこの現実の世界において頑張っていらっしゃる勇敢な方々を改めて尊敬した。

そして俺のような無力な人間であろうとも、こっちがあんな世界にならないように、出来る範囲で、めんどくさくない範囲で頑張ることも必要だろう。

……まあ、とにかくあのゲームはもう嫌。

 

 

「……ふふっ、そうだったんですね、って、起きて。ほおらあっ、起きなさい、秀くん」

顔、ちかいっす……腋に腕を突っ込まれ上半身を起こされる。

「いや、そんなことされたら女子は嬉しいですよお~。まさか、この秀くんにそんな一面があったとはねえ~」

高さそうなシャンプーの良い香りのする頭を肩に乗せ、俺の左腕を柔らかい部分にぶち当てながら褒めているような、貶しているような……うーん、頭が動かない。さすがにもう限界。帰って寝たい。

「秀くんがドイツ行っちゃう前にね、押し倒しちゃおっかなって、ちょっと迷ったんですよね~」

……なに言ってんの、このひと。この男にそんなことカミングアウトしないでくれますか? あの時俺、十八だし。それ犯罪だし。そもそも俺、年上興味ないし……

カランと音がして、 「うっす」 という聞き覚えのある声。

――おや? 俺が大好きなお友達ではないかな?

左腕は相変わらずなので、右に反転――うわ、面白い。目は睨んでるけど口元ゆるゆるだね。

「こんにちわ、和人君……」

とりあえず頑張って、今、出来る最大のにこっとをした。

「……ああ、久しぶり」

挨拶するなり、彼は俯いて 《板電話》 を高速で操作しはじめた。

直後、俺の電話が振動する――なんだろう?

【黙っててやるから絶対にいじるな】

……弄るな、かな?

「おせえぞ、キリト。もう三十分は待ってたぞ」

「悪い、例の通信プローブ。あれのカメラの調整がなかなかに難航して――」

何やら小難しそうな言い訳をしながら俺たちを無視して和人はテーブル席に向かった。

――そこに座るのか。なるほど。では明日奈に……いや、もしかしてそういうことか?

「エギルさん、あれ、誰?」

やれやれと肩を落とすと親指をそちらに向け、くいくい動かしながら、

「直接オマエが、いや、今のオマエは関わらないほうがいいかもな」

そう言われると……関わりたくなっちゃうんですけどね。

俺は頭で彼女の頭を押し返してからゆっくりと腕をほどくと、よいしょと重い腰を上げた。

「あれ? お友達? 私、置いてかれちゃうの?」

……めんどくさいな。

「大丈夫、後で紹介するから……」

そのままテーブル席へ……そんなに睨みます? こわい、こわい。

半身を捻って俺をめちゃくちゃ睨んでいる和人くん、そして……うん、これはやばい。

それほど多くない経験、そして直感は伝える――

俺、絶対嫌われるタイプだ。このメガネ女子に。

 

 

「あー……疲れた」

パタンとベッドに倒れ込む……もう動くのが、嫌だ。

――あれから俺は、最大限の集中をもって対応した。和人とそのお友達、 《浅田詩乃》 に。 

まあ、多分大丈夫であろう。なにより 《不倫》 の疑念は晴れたに違いない。

彼女も大人の振る舞いをしてくれたので助かった。

――まじで助けられたよ、ありがとう、香織。

それにしても名刺って便利。あれ一枚で何とでもなるもの。

【JFA日本サッカー協会/技術委員会/VRテクニカルアドバイザー/中島秀】 なんて大げさな役職名が記載されているのだから。

実際は、ただのサッカーフリーター……なのにね。

そして 【デポルティボ東京/フィジカルトレーナー/ドクター/内田香織】 なんて……ちょっと普通は見かけないだろう。

実態は、ただの酔っ払い、酒好きで酒癖の悪い女性……とはいえ、彼女がいなくなると俺は大変困ることになるので、悪態はやめておこう。

彼女がいなかったら俺の左膝は完全に終わっていた。

近い将来、車椅子、もしくは松葉杖、だったはずだ。それには感謝してもしきれない。

下手をすれば妻以上に俺の身体を知っている――

それはもう 【U-17ワールドカップ】 からの付き合いだから……何年? 計算、出来ない、っていうか今は嫌。

彼女がデポルティボ東京にいたから――幾つかあった選択肢の中から帰国を選んだのは、それも大きな理由のひとつだった。

着信音――瑞希かな?

【おーい、銃撃戦やろー!】

……絶対やらねー。

その時、ふと、思い出す。今日の話……よし、あの 《がちっ娘》 に蜂の巣にされてしまえ。

俺は酔っ払った頭で必死に電話を操作した。

だが、返信はこない。

「この時間だし…………攻略でもしているんだろ…………」

がたっと落ちる電話。それと同時に睡魔。

……もう寝ます。ごめんさない。

床から伝わる細かな振動音を無視して、俺は夢の世界へ旅立った。

 

 

(終わり)



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037 師走と疑惑

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


ベッドから転げ落ちるように起床。デスク上のアラームを止めた。

つま先に触れる冷えた電話。どうやら壊れてはいないようだ。

 

 

メール着信のアイコン――

小村、沙希、明日奈、直葉、珪子、里香、壷井、角田。

「…………」

ようするに、 【最低。死ね】 ということか。

女性陣は嫌悪、男性陣は妬み。

……めんどくさいな。

「とりあえず、シャワーしよ……」

電話をベッドに放り投げた。 

 

 

年長者として、いつかハッキリと彼らに伝えなければならない。

――ゲームばかり、やっていては、いけない。

だから、あんな画像一枚で、いちいち困惑し、激怒し、嫉妬せねばならんのだ。

世の中は広い――社会は己の価値観だけで形成されておらず、常に流動的で変化し、拡大し、縮小するものなのだ。

いつだって観察し、考察し、体験せねばならんものなのだ。

世界とはカオスでありフラクタル――

自分の価値観でさえ疑ってかからなければ本質を見失う。

常に科学的に、そして自然的に。そのバランスを欠いてはならない。

――冷静に考えてみろよ。新婚さんだぞ、俺。

君達が考えているようなこと、するわけないだろ……まあ、信用されていないのは自業自得なんだけど。

あの世界で出会った最愛の女性が悲しむようなこと、するわけないだろう。

……まあ、あっちではしょっちょう泣かせたり、怒らせたり……だったけれど。

欲望くらいコントロール出来なかったら、プロアスリートなんてやってられませんから……まあ、今はフリーターだけど。

特に女性陣よ……少しは学んでくれ。

そんな感じだから、あんな黒一色のごつい剣を両手で振り回して喜んでいる少年に憧れてしまったりするのだぞ。

まあ、しょうがないか……それは十代だもの。未成年だもの。

今後様々な男性と知り合って、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも経験して素敵な女性になってくれ。

君達が強く、美しく、たくましく成長することを願っているよ。

「……まずいな……どうしようか?」

俺はシャワーを止める――瞬間、ぶるっと悪寒がした。

 

 

冷蔵庫からサンドウィッチを取り出し、適当にお茶を入れて、テーブルのパソコンを立ち上げた。

メール……瑞希。

「おお、かわいい……」

中学時代の同級生に囲まれて、満面の笑顔の瑞希。嬉しそうで、楽しそうだ。

【今日は温泉。楽しみ】 とのこと。

――良かったな。最近は寒いから、ゆっくり温まっておいで……香織に会わせておいて良かった。さすが、俺。

当然、あの画像は瑞希も目にしたことだろう。だが、あんなもので心が動くような彼女ではない。

――さすが、瑞希。最愛の妻。愛しています。

【行ってらっしゃい。楽しんで】 さくっと返信すると、俺は今日の仕事の準備をはじめた。

 

 

「秀ちゃん、お疲れ。またよろしくー」

「はーい。お疲れ様ー」

「中島さん、面白かったです。お疲れ様でしたー」

「はーい。お疲れ様ですー」

ひとりベンチに座って報告書を作成している俺の前を、次々に通り過ぎていく 《デポルティボ東京》 の選手達。

歴史ある元旦決勝――冬のリーグカップは残念ながら準々決勝で敗退。

そんなわけで、この 《VRトレーニングセミナー》 終了と同時にチームはシーズンオフに入る。

まあ、それはそれで休みが長くなる、ということでもあるので、選手としては微妙な感じだろうけれど。

プロチームのサイクルは早い――俺が在籍していた当時の選手はもう半数程度。

これから契約更改、また移籍などもあるので……オフとはいえ、選手それぞれ様々大変だ。

とにかく、オフに入ったチームから片っ端に片付けていかないと――

「おっつ、シュウ! すっかり協会人だな」

思いっきりチャージを受けて、俺はごろんと転がった。

「……全然っす。というか、相変わらずですね。西さん……」

俺をいきなりぶっ転がした 《西圭介》 は満面の笑み。ほんと、めんどくさい。

「しかし、すげえな。これがVRって……おっさんには信じられないよ」

……でしょうね。おっさんだもの。とは言えない。

西さんはデポルティボ東京のジュニア出身――つまりずっとこのクラブを支えてきたバンディエラ。

とはいえ、俺がドイツに渡る数年前から、あの超名門クラブ 《ミュンヘン》 のボランチとして活躍。

当然、日本代表でもキャプテンを務められた、レジェンドクラスにスーパーな方である。

ちょうど俺の帰国と同時にデポルティボ東京に復帰。その後も日本代表を支え続けている。

プレイメイカーのシンとハードワークの西――俺はこのコンビが最も日本代表を輝かせると思っているのだが、年齢的なものもあるのか最近はバックアップ……といった感じの扱いが、俺は大変不満だったりする。

 

 

「でもさ、お前、やっぱり惜しいわ。ドリテクある若いやつはいっぱいいるけどさー、お前ほど点取れるやつは、そうはいないからな」

なんだろう……褒められているのか?

「特に今はウイングの時代だからなあ。やっぱりもったいないって……まあ、そんなこと言っても今更だけど」

……うん、いまさらだね。

「後ろから見てるとむかつくけどな。なんで全部仕掛んだよって。でも向こうはみんな、そんな感じだからな」

……俺は忙しいし、めんどくさいので、黙らせることにした。

「でも、西さんのおかげですよ。あの時、すぐ帰国しろって、西さんのアドバイスを貰えなかったら……俺の最後の一年は無かったと思いますから……感謝してます」

――ほら、黙った。西さんは、照れた感じで、

「……なんか気持ち悪いなあ。まあ、お前も色々あって人間的に成長したってことか……また来るんだろ? よろしくな!」

がっちりと握手を交わすと、さっと立ち上がってロッカールームに向う西さん。俺はその背中に向けて、

「あっ、結婚式の動画、ありがとうございました。めちゃくちゃ歓声上がってましたよ!」

その言葉に振り返らず、すっと腕を上げて応えるスーパースター。

……相変わらず、かっこいいっすねえ……本当はシンが一番盛り上がったんだけどねー。 

 

 

「……ということで、終わり、でいいですか?」

特に質問は無いようだ。 「じゃあ、お疲れ様でした」 と言ってコーチ・スタッフ陣へのセミナーを終了した。

皆がログアウトする中、椅子に座ってウインドウを操作していると、

「お疲れさま。今日も行く?」

……めんどくさいひと、やはり絡んできたか。

「行きませんよ。昨日の今日でしょうが……」

「え~、行こうよ~。やっとオフなんだからさ~」

気持ち悪い甘え声――ちょっとは年齢を考えなさい。あんた、おばさんでしょ。

俺はウインドウに視線を向けたままで、

「なんか少年少女が勘違いしちゃって大変だから……嫌っす」

「え~、なにそれ! めっちゃかわいいじゃん。秀くん、ロリコンだから最高でしょ?」

いつから俺はロリコン認定されたんだ……意味が分からない。

「妻が瑞希なのに、それで 《ロリコン呼ばわり》 されるなら……もう大半の男性がロリコンってことになっちゃうよ」

早く帰りたいので適当に答えてみた。

「あはは、そうだね! じゃあ、おばさん、かえりまーす。お疲れさま~、秀くん!」

俺の頭をぽんぽん叩いてから、ウインドウを操作して香織は光に包まれた。

それに視線を向けずに俺は手を振る……ああ、まじ、めんどくさい。

 

 

「……ただいま」

アミュスフィアを外す。

やはり、プロ選手。新しいものを学ぼうとする意識が素晴らしい。

協会のおじいちゃん達とは頭の柔らかさが全く違う。

……だから、疲れるんですけどね。ん? なんか光ってる?

俺は枕元に置いておいた電話を手にする。

それは、画像流出の犯人からだった。

【今夜ちょっとALO来れる?】

――よし、いじめてやる。いや、いじめられるかもしれないけど……面白そう。

【おーけー】

電話をベッドに放り投げると、俺はうきうきしながらシャワールームに向かった。

 

 

(終わり)



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038 捜索開始

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


よくよく考えてみれば、この桐ヶ谷少年に出会ってから、すでに三年が経過したわけで……

 

 

別に親友と呼べるような間柄でもないし、また仲間というのもちょっと違う気がする。

かといって、友人ではあるものの微妙な関係であり、知人だと縁遠い気分になってしまう。

確かに恩人ではあるけれど、そういった態度や姿勢でお互い付き合いたいわけでもない。

まあ、 《お友達》 と便宜上定義するのが、最も正しいのではなかろうか。

「……ということなんだけど、分かったか? シュウ」

ずーっとなにやらかにやらめんどくさいお話を聞かされ続けた俺は、適当にうんうんと無言で頷いておく。

とりあえず、 《ソードスキル》 が復活したのは知っていた。

六月に開催したあの 《モンスターバトル》 では、それを使用しない協定を結んだ為、俺はあれ以来全く使っていない。

そのソードスキルだが……どうやら昔よりもめんどくさくなったらしい。

ちらっとコムからは聞いていた――はい。その時も聞き流してしまいました。ごめんなさい。

ということで知らないふりをしてまたイチから少年のレクチャーを受けたわけだが……

――まじで、どうでもいい。

普通の攻撃が効かない場合、いろいろあって有効……その程度で足りる気がした。

俺は本当にこの手のゲームのめんどくさい 《カタカナ攻撃》 にはウンザリしている。

――もうクエストとか迷宮区とか絶対やりたくないし、入りたくない。だからソードスキルなんて使う機会ないよ。おそらく。

ということで、早速本日の本題を見せてもらった。

「……ッ……ッ……ッ……ッ!!」

はい、 《バーチカル・スクエア》 ね。

「…………ッ!」

うん、 《ヴォーパル・ストライク》 だ。

――確かに 《二刀流》 だね。ちょっと変な感じはするけれど。

技後硬直が終わると溜息をひとつ。

「こんな感じなんだけど、どうだ?」

俺は拍手をしながら、また無言でうんうん頷いた。

「まだ成功率は五割ってところだけど、とにかく――」

そして、また長い説明。

……ほんとに好きなんだなあ。まあ、そのおかげでみんな助かったわけだから、ありがたいことだけどね。

「……ってことだ。分かった?」

またうんうん頷く。そして、

「じゃあ、ちょっと軽めの剣、貸してもらえる?」

キリトはウインドウを操作して、いかにも 《キリトらしい》 片手直剣を俺に手渡した。

……重っ。相変わらずですね。

趣味が全く合わない。それも懐かしい思い出。

そんなわけで俺は右手に愛剣 《ヴェノムファング》、 そして左手に 《レンタルキリト》 を装備した。

――すげー違和感。気持ち悪い。

とはいえ、とりあえず 《キリト君ごっこ》 をしてみる……せーのっ、

「……っ……っ……っ……っ……よっ…………はいっ」

――あ、出来ちゃった。

長いスキルディレイの後、おそるおそる振り返る。

「おまえ……一発、ってさ……」

とてつもなく申し訳ない気分になる表情が、そこにはあった。

……ごめん、キリトくん。

 

 

一応、言い訳、した。

商売柄というか……それこそ小さい頃から左右の切り替えと予備動作の訓練は、文字通り一日中繰り返し続けてきたから……と。

難しい表情をしてはいたものの、とりあえずの納得はしていただけたようだった。

 

 

数分後、別の場所に移動。

そこには昨日知り合ったばかりの 《メガネっ娘》 改め 《猫娘》 が待っていた。

「遅いっ!」

と叱られる。まじで怖い。この女子。

そして、俺は再び、 《動く的》 をやらされる。

「キリトだけだと思ってた……」

……はい、すいません。

あまりに彼女がばんばん矢を放つので、めんどくさくなった俺は近距離ですぱーんと斬り落としてしまった。

というより、長距離から正確に狙えるほうが恐ろしいのだが……やはり、もう二度と 《GGO》 はやらないことにしよう。

そしてキリトも加わり、ひたすら彼女の矢を回避して、切り落として……だんだん、めんどくさくなってきたので 《投剣》 スキルを発動。

ふたりで子供のように、 「おりゃー!」 と石や枝など落ちているものを拾って思いっきり投げつけた。

そっちのほうがめちゃくちゃ面白かった。ふたりは自然に笑顔になった。

そして、当然、怒られた――まじで、怖いっす。シノンさん。

 

 

「とりあえず、ありがとう。いろいろ検証出来たし、シノンの練習にも……なったんじゃないかな?」

そういってキリトは複雑な表情を浮かべた。

「いや、瑞希が帰ってくるまで暇だったから……こちらこそ誘ってくれてありがとう」

と俺は謝辞を述べた。

――ふふっ、覚えておきなさい。少年。

例の画像流出については一切触れなかった。あえて……

 

 

「……ただいま」

アミュスフィアを外す。電話が光っていた。

……なんだ? これ?

【みっちゃんってこっち来てる?】

小村からのメール……意味が分からない。

とはいえ、アミュスフィアを持って行ったので、その可能性はあった。

俺は瑞希に電話を……出ない。

しょうがないので、小村にメール。

【こっちってALO?GGO】 

すぐに返信――

【ALOっていうかアインクラッドだよー】

【えっ、あいつ攻略してんのか?】

【いーや、なんかはじまりで見かけたような気がしてさー】

【今帰ってきたばかりだけどもう一回行ってみる】

俺はアミュスフィアを被り、またあの言葉を―― 

 

 

とりあえず、ばきゅーんと飛んで 《始まりの街》 到着。

メッセージを飛ばしてみる……が、返信なし。

コムロンにメッセージ。五分もせずに 《サッキン》 と姿を現した。

「おつかれー、シュウ。あっちで連絡とれないの?」

「ああ、今日は友人と温泉って……まさか、こっちの温泉じゃあ、無いよな……そんなめんどくさいこと」

三人とも首を傾げ考える。ふとサッキンが、

「シュウさん、この時期って何してました?」

なるほど、この時期か……昨年はリハビリだし、一昨年は確か五十層くらいだったはず……ああ、サンタ狩りか……

「去年は病院だしー、一昨年は五十層くらいを攻略してた気がするしー、その前はなんだったかなー?」

「ああっ! クリスマスが四層だ。思い出したよ、コム! ……辛い思い出を……」

瞬間、俺とコムロンは互いに顔を見合わせ、がっくりと肩を落とし、苦笑いを浮かべた。それを見たサッキンは不思議そうに首を傾げる。

――そう、あれは悲惨だった。

ふたつのギルドが合同で開催した 《クリスマスパーティー》 で多くのプレイヤーが盛り上がっている最中、俺たちは……やはり俺たちだった。

「ねー、あの頃ナナちゃんって何したのか、シュウは知ってるの?」

……するどいな、コムロン。ちょっとは成長したようだな。

俺はサッキンの直感的発言を聞いた瞬間、背筋に冷たいものを感じた――きっとこれから、すげーめんどくさいことになりそうだ。

「コム、サッキン、俺さ、何となく何処にあいつがいるのか分かったよ……ただ、きっとめんどくさいことになるから……全部終わったら連絡するよ」

二人とも察しが良い――無言で頷くと、 「じゃあ、またねー」 と転移門へ消えた。 

 

 

「うわっ、懐かしい……辛い…………」

アインクラッド四層、主街区 《ロービア》。その景色はやはり美しかった。

白亜の都――宝石のような輝きを放つ水面、大小様々なゴンドラや小船が浮かぶ水路。

「いやー、よくあの辛さに耐えたよなあ、俺たち……」

この美しい街で最も印象に残っているもの――それは熊狩り。

皆が小雪舞う美しい景色の中で 《クリスマスパーティー》 を楽しんでいる最中、俺とコムロンは 《マタギ》 の如く、ひたすら熊を狩っていた。

狩りの最中は、ただひたすらに、無心だった……しかし翌日、アルゴの 「イブに何やってんだヨ、オマエラ……」 その一言で俺たちは全てを覚り、一瞬で燃え尽きて灰になった。

別に悔しくは無かったが、悲しく、切なく、泣きたくなった。

そんなわけで、その感情をまた熊にぶつけたのだった……バカすぎる。今思えば。

溜息を深くひとつ――捜すか。

俺は黒い翅を広げ、青空に飛び立つ。

 

 

(終わり) 



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039 過去との遭遇

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


究極の選択――

何かを決めなければいけない場合、ひとそれぞれ様々な考え方、いろいろな理由や方法があるだろう。

俺の場合はいつも 《面白そうな方》 そんな子供のような、とてもシンプルな選び方をしてしまう。

ただし、それはあくまで俺自身の主観に基いたものであって、他者からすればまったくもって理解不能――これまでずっと、いつだって、そんなことばかりだった。

そんなわけで、今こうして瑞希の姿を見つけたわけだが……俺はどうするべきなのか、非常に悩んでいる。

女性……というより他者の考えを理解することが出来たとしても、他者が俺に何を望んでいるのかが分かったとしても、俺の選択しがちな行動はいつも相手の望まない方へ真っ直ぐに突き進む、ことが多い。

だから、この現状も、これから起こることも、瑞希にとって……

 

 

「何も言わないのは、卑怯」

美しい街並みと輝く水路が一望出来る 《ロービア》 の北東エリアの高台広場。

そこにぽつんとひとりベンチに座っている瑞希を見つけるまで、それほど時間は掛からなかった。

「そうだね……でも、それ以前の問題……」

彼女が何故こんな場所にひとりでいるのか――憶測がどうであれ、俺がここに来るべきだったのかは、分からない。

だが、もうここにいる以上、それを考えても意味は無い。

「まあ……来ちゃったよ」

それは、あまりに残念すぎる、本当にどうしようもない言葉だった。

瑞希は少し右にずれると、掌でぽんぽんとベンチと叩く。

俺はその左の空いた場所に座った――瞬間、肩に寄り掛られ、こつんと頭がぶつかる。

「ふふっ、勢い良すぎたね」

「ああ、別にいいけど……」

そのままふたりとも無言でぼんやりと景色を眺めた。

 

 

「あ、写真、見たよ」

ふいに、あの流出画像の話題――いやいや、それ今話す?

「楽しそうだなあって。それだけだった」

さすが、瑞希。そして、俺。

「俺も瑞希の写真、楽しいそうだな、と。でも、あれのおかげで何となく……分かった気がする……」

瑞希は溜息をひとつ。

「ほんと、さすがシュウ……嫌なほど分かってる」

ふふっと笑うと、瑞希はぎゅっと握り締める。

「女の子だから。すごく大変だった。話せないことばっかりで」

やっぱり……俺以上にそれは大変なのだろう。気を使うのだろう。

これまで、ずっと――そして、これからも。

人間の好奇心、それに集団的幻想との乖離。それがもたらすもの。

女性である瑞希は、こちらの世界で生きていく以上、ずっとその呪縛から抜け出すことは出来ない。

いつかは上手い方法を見つけるしかない。そして時間が解決する、ということもあるだろう。

――まあ、ここがしんどいところ、かもな。

「全部忘れちゃうのも、違う。けど、思い出、ってものにもしたくない……どうしたらいいんだろうね? 私」

……めんどくさい。が、さらに俺はめんどくさいことを言い出す。

「それの答えは、俺には言えない……けど瑞希……多分ヒントくらいは出してもいい気がするから……」

うわー、言ってる自分がめんどくさい――だが、俺は、

「おそらくだけど……茅場晶彦が創りたかったもの、何となく分かる気がするんだ……」

瑞希は身体を起こして首を傾げた。

――それは当然だ。俺も何故ここでそんな話をするのか……全然理解不能だもの。

「変化と永続。邪魔なものを排除した世界……」

きょとん……だった。そして笑う。

「全然わかんない……でも、それでいい」

俺は瑞希の美しい黒髪を撫でると、ゆっくりと立ち上がる。

「じゃあ、帰るから……ごゆっくり」

そう言って瑞希に背を向けようと――

「シュウ、……元カレの話って聞きたいひと?」

……まじで、やめてくれ。絶対掘り起こしちゃうだろ。

俺は首だけをちょっと捻って、

「いや、いいっす……俺の性格、分かってて聞いてるでしょ? 瑞希」

ふふっと笑う。

「うん……明後日帰るから」

 

 

ひゅーんと飛んで南西の宿屋街。

適当な場所でログアウトしようと、あんまり高級そうではない二階建のホテルの入り口に足を踏み入れようとした瞬間――脚で止められる。

「生き残っていても――またこっちに来るとは思わなかった」

懐かしい声。俺はその美脚の持ち主に視線を合わせず、

「生きているなら、絶対来ると思っていたよ……」

 

 

「……だから、あいつらは来てないらしい……まあ、フロッガーもあっちで忙しいみたいだから正確なことは言えないらしいけど……」

俺の見解を聞き終えた彼女はティーカップを置いて、

「でも 《GGO》 の事件は完全にやられたって感じ……こっちでも可能性あると思う?」

……めんどくさいな。俺には分からないよ。

「まあ、無いこともないだろうけれど……俺たちで防ぐのはかなり無理があるだろうね……」

俺はコップを置いて頬杖をついた。それに合わせるように……顔、近いよ。

「だろうね……しかし、本当に結婚しちゃうとはねえ。可哀想、ナナミちゃん」

……おい、ひどいだろ。それ。

「吊橋効果――しかもシュウは口だけは上手いからなあ」

――はい、すいません。そうかもしれませんね。

「あ、でも試合見たよ。思ったより上手だった。あれって別人?」

くすくす笑う。ひどい女子だ。相変わらず。

俺は苦笑いを浮かべながら、

「ああ、あれはきっと別人だよ……」

そんな卑屈な発言にさらに笑う。

「ごめんごめん。でも面白い試みだね。あれにシュウもかなり関わっていたんでしょ? すっかり偉くなって――」

ふいに疑問が沸く。

「お前は何やってんの?」

きょとん……だった。

「学生――」

……それはそうだ。どう見たって未成年だもの。

「まあ、そうだよな……あの学校?」

窓の方に視線を向けると、

「いいえ……別の学校だよ」

余計な質問……これこそまさに無意味な好奇心、と反省。

 

 

「ただいま……」

アミュスフィアを外す。

電話が光っている――瑞希だった。

【ありがとう】

どうやら俺の選択は瑞希にとって、それほどひどいものではなかったらしい。

「シャワー、だな……」

ベッドに電話をそっと置いた。

 

 

鳴り続ける振動音――それに無理矢理起こされた。

ぱかっとして耳に当て、

「……はい、寝てますけろ……誰っすか?」

「私」

うん、間違い電話だろう、きっと。

「……おかけになった電話番号は、」

「いいから、着替えて表に出ろ。すぐ近くに来てるから――」

……こわっ、なんですか、それ。

俺は全く聞き覚えの無い気がする声の主に問う。

「……誰?」

「名前、聞いても分かんないから――すぐに出てこい」

めんどくさいな……どうしようか……でも、面白いか。

「了解っす。今から出まーす……」

ぶちっと切られる……なんか怒ってるっぽいなあ。

俺は無理矢理身体を動かして、クローゼットから適当な服を取り出し着替えると、玄関に落ちていたダウンを羽織って外に出た。

……寒い。

とりあえず、電話を掛けてみる――速攻で出た。

「あのー、どこ行ったらいいっすか?」

「公園」

また、ぶちっと。ひどい。

まだ朝方の薄暗い路地をとぼとぼ歩いて公園を目指した。

街頭が照らす角を曲がった瞬間、公園の入り口に人影――こいつ、誰?

俺はそこにゆっくりと近づく。

「遅いよ」

……そう言われても困るんですけど。でも、分かったよ。

俺を早朝の公園に呼び出した 《困り者》 は、深く被ったフードを脱ぐと、

「約束、守ってもらいに来た――」

とのこと。

……まじか。しまったな。

「……えっ、何のことか、」

がつんと公園の車止めに足を乗せる。

――こらこら、やめなさい。怒られるよ。

俺はがっくりと肩を落とした。これからきっとめんどくさいことになるのだから。

「分かったよ……でも、こんなに早く来ることないだろ……ミト」

 

 

(終わり)



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040 秘密と約束

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


瑞希は予定通りに、帰ってきた。

 

 

世の中はクリスマスイブということもあって、どこもかしこも幸せに満ち溢れているようだ。

間違ってもこの瞬間、必死で 《バケモノ熊》 を狩りまくっている奴なんていないはず。

とはいえ、若者達はマイホーム購入の為、必死になって戦っているらしい。

【参加しませんかー!】 とのことだったので、 【しない】 とだけ伝えた。

 

 

「うん。おうちが一番」

荷物を降ろすと笑顔で言う。

――まあ、そうだろうね。

瑞希が帰ってきたことが、とにかく俺は嬉しかった。

それが最高のプレゼント――心の底からそう思った。

だが、瑞希が求めたプレゼント、それは俺の想像を遥かに超えたものだった。

いつもより少し豪華な夕食を終えると、唐突に彼女は切り出す――

「秀……昔の話、しない?」

自分で入れたお茶をすすりながら首を傾げる。

「さすがにもう、聞いておこうと思って」

……意味が分からない。

逆に傾げた。それを見るなり、瑞希は溜息をひとつ。それから顔を上げて、

「シュウ――ミトさんって、彼女だったの?」

俺は、傾いたまま、硬直した。

 

 

瑞希は定義や境界線の話などは聞いていない。

ただ、事実を問われている――そう判断した。

「付き合ってはいない……が、何度かそういうこともあった…………」

素直すぎるほど、分かりやすく事実を伝えた。

もう、ここで嘘をつくのは愚策だろう。おそらく知ったうえで、覚悟のうえで聞いてきたのだから。

瑞希は特に表情を変えることもなく、小さな溜息をひとつ。

「ふーん……で、まだ続いてるわけ?」

「続いてない」

「そう。じゃあ、何で昨日こっちで会ったの?」

……なるほど。おおよそ分かった。まあ、あいつらしいな。

俺はもう、瑞希に全て話すことにした――というより、ずっと俺は話したかったのだろう。

そして、瑞希も俺の口から直接それを聞きたい、事実を確かめたいのだ。

「向こうでの約束……それだけだよ……」

「約束?」

――変わったな、瑞希。

目から光が消えない。それが瑞希にとって、どれだけ……

 

 

 

――ミトはあの世界において、最も信頼できる人物だった。

 

 

彼女の対人戦闘技術は素晴らしかった。

それなのに何故、彼女は 《攻略集団》 を避けるのか――それが不思議でしょうがなかった俺は、二十六層攻略直後、何気なく彼女に尋ねた。

その資格がないから――それを聞いた瞬間、最悪な好奇心を止められなかった俺は、さらにその理由を尋ねてしまった。

彼女が語った 《過去の過ち》 を聞いた俺は、それを何とか解決しようと……

 

 

「……だから、言ったんだよ。アスナを一緒に守ろうって……その後は、お互い精神的に厳しかったし……依存し合ってただけ、かもしれない……」

瑞希は無言……まあ、そうだろう。

「とはいえ、あの少年がいるわけだから……俺にもあいつにも出来ることなんて、それほど無いわけでさ……」

ふいに立ち上がると、キッチンに行ってお湯を急須に注ぎながら、

「そうだったんだ。まあ、秀らしいね」

テーブルに戻ると俺の茶碗と自分の茶碗に注ぐ。

「で、私に会う前まで、そういう関係だった、ということですか……」

「……………」

知ったうえでの話なので、とりあえず、黙っておこう。

「じゃあ、何で昨日、来たの?」

茶碗を両手で握り締める瑞希。

――それだよね。一番聞きたいこと。

「今後、どうするか……その話だよ。学校が始まる前に終わらせるつもりだったらしい」

「どうするの? 秀」

俺は溜息をひとつ――そして、

「当然、無理……ミトとアスナには悪いけどね……あいつもそれは分かってたよ」

じっと俺の目を見つめる……もう、しょうがない。

「瑞希、それにもうひとり……それが現在の俺が護るべきひと、だから……」

ぱっと目を見開いた――よほど驚いたのだろう。

瑞希はがっくりと肩を落とすと、吐息をひとつ、そして微笑みながら、

「どうして、分かっちゃうのかな……プレゼントだったのに」 

 

 

瞼を開けると、無表情で俺の顔をじーっと見つめている瑞希。

――こわいっす。まあ、いいけど。

ちらっと輝いた小指を見せると、

「おはよ。これ、ありがと」

そのまま俺の上に倒れこむ。若干潰れた俺は、

「おはよう……どういたしまして……」

そのままぎゅっと抱きしめた。

俺の耳元でそっと囁く――

「ねえ、なんで瑞希なの?」

……めんどくさい。ということで、

「……好きになったから……ふっ、あはは……」

じたばたしながら、ぐんぐんと頭を押し付けてくる。

「もう……懐かしいけど、それ、駄目でしょ」

すっと身体を起こしたタイミング――

「愛してる」 「愛してる」

しばし、静寂……の後、ふたり同時に笑った。

 

 

(終わり)



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041 幸せなクリスマス

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。



穏やかな抱擁を終えると、俺たちは 《近所のカフェ》 で遅めの朝食を済ませて、七瀬の東京道場へ向かった。

 

 

到着すると、瑞希の父は角田さんと居合の新作動画を撮影していた。

やはり、こちらの世界の剣技……怖すぎる。

――とてもじゃない。俺には無理。

「秀君、ちょっと振ってみる?」

ひとしきり撮影が終わると、刀を片手に額の汗を手ぬぐいで拭きながら瑞希の父は笑顔で俺を誘う。

刹那、思いっきり睨みつける娘――

すぐに刀を仕舞うと、大人しく正座した。

 

 

瑞希の父は俺たちの報告を終始無言で聞いていた。

「……ということです。お願いします」

俺が頭を下げた瞬間、 《ヴォーパル・ストライク》 以上の速さで間合いを詰める――俺たちふたりを凄い力で抱きしめると号泣。

……このままだと、三人とも死んでしまう。

ということで、瑞希が一撃。

しばし、泣き笑い――角田さんに、 「酒っ、一番良いやつ!」 と大声で命じるも、にこにこしながら瑞希がひとこと、

「飲ませるなら、抱かせてあげない」

「…………」 

事前の打ち合わせ通り、見事 《泥酔地獄》 に落ちることを回避した。

そして追い討ちをかけるように、 「二月からお母さん、東京来るから」 の直後、瑞希の父は愕然として可哀想なほど顔面蒼白……がっくりとうなだれた。

俺は、それに関しては一切関与しない――考えることはしないでおこうと思う。

――頑張れ、お父さん。俺は何も知りません。

帰り際、角田さんが、

「いつかソードスキルの稽古、手伝ってもらえると助かります」

その真面目すぎるお願いに、俺たちは苦笑いで了承した。

 

 

帰宅して、中島家に電話。

「ああ、そう。良かったね」

それだけ。俺のターン、終了。早急に瑞希に代われ、の圧力を感じる。

「……はい、瑞希」

およそ一時間程度、俺の両親は楽しそうに瑞希とおしゃべりをしていた。

それから 《近所のカフェ》 で遅めの昼食。

帰宅後、俺たちはベッドに横になり、あの言葉を同時に呟いた。

 

 

アインクラッド・四層主街区 《ロービア》 北東エリアの高台広場。

後のコムの話では、前夜は雪が降ったらしい。

しかし、その雪は全く残っておらず、のんびりするには調度良い気象条件であった。

先日と同じようにベンチに座ると、瑞希は穏やかに語り始めた――

 

俺たちに出会う前の日々。

 

はじまりの日のこと。

 

圏外でのこと。

 

パーティを組んだこと。

 

クリスマスのこと。

 

正月のこと。

 

ギルドのこと。

 

大切なひとのこと……

 

その話を何も言わず、俺はただずっと、聞き続けた。

 

 

ふいに、瑞希は立ち上がる。ちょっと伸びをして、

「ちなみにシュウとコム君って、クリスマスイブ、何やってたの?」

俺は苦笑いを浮かべながら、 「クマ退治」 と告げると、瑞希は笑いだして、

「あはは、何やってるの。ほんとバカ」

そう言って、俺の前に右手を差し出した。

「馬鹿だろう? 翌年は、あれだし……あっちのクリスマス、散々だったよ」

笑いながら、その掌を握った。

 

 

夕食後、瑞希の入れてくれたお茶をすすっていると、

「でも珍しいね、秀が何も言わずに、人のお話聞くなんて」

……ああ、そうですね。ごめんなさい。

茶碗をテーブルに置いて、溜息混じりに、

「まあ……そういうこともありますよ、たまには……」

俺は適当に答えた。

「ねえねえ、嫉妬した? 妬けちゃった?」

楽しそうに両手で頬杖をつきながら、目を輝かせて、にこにこしながら俺を見つめる瑞希。

――かわいいけど、めんどくさい。

溜息をひとつ。俺は首を傾げながら、

「うーん……嫉妬、というか……良かった、って思った」

瑞希も首を傾げる。

「だってさ、もしも……まあ、一緒に死んでたら、それは残らなかっただろ? だから、良かった……」

ふふっと瑞希は笑い、ぐいっと身を乗り出すと、

「秀らしいね。でも、ちょっと嘘、でしょ?」

……ばればれ、だった。

 

 

「おめでとう!」

それを聞くなり、懐かしい新居に家具を配置していたアスナは、すぱーんと瑞希に抱きついた。

ただ、瑞希を抱擁しながら俺に向けられた鋭い眼差し――それは怖かった。久しぶりに。

そして俺のじっとりとした横目の視線を感じ取ったキリトは……素早かった。相変わらず。

その状況を見たユイは、不思議そうに首を傾げた。

 

 

……ちなみに、 「オレにまかせてー! ネーミングセンス、バッチリだからー!」 というありがたい申し出は丁重にお断りした。

あまりにも馬鹿すぎる猫耳彼氏の言動に……さすがに彼女も呆れていた。

――サッキン、頑張れ。こいつを何とかしてくれ。

 

 

顔のすぐ隣に輝く黒髪をさっと撫でる。

「この髪が好きなのかも……」

ぼそっと呟いた。

「えっ、それだけ?」

けっこう睨んでいらっしゃる――俺は苦笑いを浮かべながら、

「それだけ、ってことは当然無いけど……初めて会った時、そう思った……かも」

ごんごん頭をぶつけてくる瑞希。ちょっと面白い。

「でも、最初の印象……あんまり良くないかも」

にやにやしながらそう囁く。

「あからさまにめんどくさそうだったよ。関わりたくないーって」

俺はあの時の光景を思い出しながら、

「それは……まあ、そうだったよ。だってさ、綺麗だけど空っぽの女の子が殺気も隠さず、可哀想なふりしてお願いしてるんだから……」

ぽかぽか俺を叩きながら、じたばたする瑞希。かなり面白い。

「ほんと嫌い。もう……それでも、なんで瑞希なの?」

……よっぽどだな。あいつは余計なことをしてくれたものだ。

好きだから――それは、答えにならない。

俺は、思いつくままに、

「何故か……何でだろうね……ちゃんと心が動くんだよ。瑞希がいると……だから、あんな世界でも、ずっと一緒にいたい……そう思った……まあ、戻れないだろうなって……本当は戻りたいと思っていなかったし。でも、瑞希に出会ってからは……少しずつだけど、こっちに戻りたくなった……ただ、生きたいと思ったよ。だから、瑞希は絶対に護りたいと思ったし、ずっと一緒にいたいと……思った……俺の勝手な理由だったかもしれないけど、」

ふと瑞希の顔に視線を……うるうるしていた。なんか、かわいい。

「秀、良かったね……私も、良かった」

胸に顔を埋めて声を上げて……ああ、スウェットがぐちゃぐちゃに……

俺は、その程度のめんどくささも幸せに感じるほど、瑞希という人間に感謝した。

それは、あの世界でも、この世界でも、全く変わりはない。

「ありがとう。だから、瑞希じゃなかったら、絶対に駄目なんだよ……」

 

 

翌朝、目を覚ますと、瑞希は俺の電話をつまんでぷらぷらさせながら、

「おはよ、光ってるよ」

俺は、まだ覚醒していない頭でぱかっと……した。

「おはよう……プレゼント、届いたようだ」

首を傾げる瑞希。

「いや……約束守れなかったし、ちょうどクリスマスだからプレゼント、あげたんだよ……」

ちょっとぴくぴくしている……笑うな、俺。堪えろ。

「ふーん、何あげたの?」

平坦な口調で問う瑞希。俺はにやっと笑いながら、

「総務省と警視庁、そこのひとの名刺……」

瑞希は俺の上に倒れこむと、

「ちょっと、それは、無理かも」

顔を枕に押し付けたまま、くすくす笑う。

「ふっ、まあ、散々だったし……ふふっ、瑞希はあの人、嫌いだもんな。ふふふ」

懐かしいあの光景を思い出してしまい……

ぽんと頭を叩かれたので、さらに笑った。

「秀のこと、あの頃は、あれと同じくらい嫌いだった……」

俺は瑞希の頭を優しくこっちに向けると、

「それ、絶対、嘘だろ」

じーっと俺の目をみつめる瑞希。

「秀、ほんと、嫌い」

微笑みながら、俺の頬に唇をぶつけた――

 

 

(終わり)



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042 帰省

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


「……終わった」

慌しかった二〇二五年もあと数日――年の瀬の土曜日、正午前。

一部リーグ・全十八クラブの 《VRトレーニングセミナー》 を何とか無事に終了することが出来た。

元旦の決勝戦を控えるふたつのクラブはさすがにピリピリムード――選手・スタッフ共にまだシーズンモードだったが、ほどよい気分転換になったようで両クラブの監督さんからは好評をいただいた。

ちなみにミニゲームで俺のプレーを見た外国籍の監督さんは通訳の方に、 「あいつ、補強リストに」 と言ったらしい……だが、アシスタントコーチの方が苦笑いで俺の膝の状況を伝えると、悲しそうに天を仰いだそうだ。

……ありがたいことである。

そのクラブに所属していたSBとGKは 《U-20代表》 で共に戦った戦友だったこともあり、めちゃくちゃ本気で遊んであげた……当然、ちゃんとセミナーしたうえで……嬉しいことである。

「趣味と実益……か」

アミュスフィアを外し、疲れているわけではないが、ぐったりとした身体を起こすとシャワーに向かう。

「あ、おかえり」

瑞希はキッチンで何かをレンジで温めている最中だった。

「ただいま……疲れたっす……シャワーします」

軽くハグをしてタオルを手にバスルームへ入ろうと――突然、がくんと背中に重量感。

「ふふっ、一緒に」

がっちりと俺を後ろから捕らえた瑞希。

……こんな甘えっ娘に、何時からなったんだ?

 

 

遅めの昼食を終えると七瀬の東京道場へ。

二〇二五年の稽古納めということで、沢山の門弟さんが集まっていた。

本来なら稽古を見学する場合、 《正座》 なのだが、俺は膝がぶっ壊れているということもあり、椅子を用意していただいた。

――うん、眼差しが痛い。なんか、ごめんなさい。

どうしても偉そうに見えてしまう、という理由以上に……思うところが、様々あるのだろう。門弟の方々。

特に若い男性の俺を見る眼……いやー、こわい、こわい。

「すいません……挑戦者全員、ミズさんに斬殺されていますから」

角田さんは頭を掻きながら、小声でそう教えてくれた。

稽古終了後、瑞希の父から忘年会に誘われたものの、事前に瑞希が 《はっきりと》 伝えた通り、俺は丁重にお断りをして道場を出た。

 

 

何とか取れた指定席に座ると、人だらけの新幹線が動き出す。

「久しぶり。楽しみ」

そう言って、笑う瑞希。

だが、がちになった、あの世界の恐ろしさを、彼女はまだ知らない――

 

 

「ねえ、秀……これって、大丈夫なの? おうち、潰れない?」

揺れる窓に顔を近づけて、唖然とする瑞希。

京都のど真ん中に生まれて、高校入学と同時に上京した彼女にとって、この悲惨な光景に驚くのは……当然だろう。

「……たまに、潰れる」

素早く俺のほうを振り向くなり、心配そうに袖を引っ張る。

「ほんとに? 秀のおうち、潰れてない?」

にやにやしながら俺は、

「今夜、潰れるかも……」

適当に答えると、ぽんぽん叩かれた。

そのやりとりに、ミラー越しの運転手のおじいさんは、にこやかだった。

 

 

「こんばんは!」

身軽な瑞希は玄関を開ける――少しは荷物を持って欲しい。

それに応じる嬉しそうな母の声が聞こえた。

――やれやれ、少しは荷物を持ってくれ。

雪だるまになりかけた俺は、両肩、両腕の重いバッグとお土産袋の山をどさっと置くと、玄関から外に出て雪を払い落とす。

振り返ると、リビングの入り口に立ち尽くす瑞希の姿。

口元に握り締めた両掌を当てて……その目は輝きすぎて星でも飛び出す勢いだ。

「秀……おこた、あるよ」

……やれやれ、だ。それが無ければこっちの世界では生きていけないというのに。

すっと、その 《おこた》 に忍び寄ろうとする瑞希。

「瑞希、コート」

ぱたぱた走り、ばさっと脱いで、さっと俺に手渡すと、そっと進入――だが、違和感を感じたかのようにコタツからぴょんと飛び出ると、かかみこんでそーっと布団をめくる。

「すごいよ、秀! にゃあがいるよ!」

ゆるゆるの表情、きらっきらした瞳で、にゃあ……俺はくすくす笑いながら俯いた。

「おかえり、嬉しそうだね」

母は微笑みながら俺にハンガーを手渡すと、楽しそうな瑞希の姿に視線を向けた。

「ただいま……そうだね」

俺は、コートとダウンを廊下に吊るしながら、 「優は?」 と問う。

その質問に苦笑いで母は、

「同級生、それにユース……飲み会、三日間連続だって……」

……若いって、すごいなあ。頑張るなあ。俺には無理。

 

 

到着が遅くなったこともあり、家族四人で軽い夜食を済ませると、両親に風呂をすすめられる。

「ねえ、にゃあと一緒に入っていい?」

温かい猫を抱いた面白い……かわいい瑞希が問う。

「いいけど、猫を風呂に入れると溺れちゃうよ……」

はっとして両親の顔を見る瑞希。

ほどよくアルコールが回っているとはいえ、苦笑いで掌を振る両親。

俺は怒られる前に浴室へ向かった。

背後から 「嘘つきー」 と……まあ、いまさらだ。

 

 

俺のシングルベットから、穏やかな口調で、

「秀の部屋って、何にもないね」

……確かに。

床に適当に敷いた来客用の布団に包まりながら、雪明りが差し込んで微かに見える部屋の光景。

「あれじゃないけど……ボールが友達だったからね」

くすくすと笑う瑞希。

「あっちでもコム君しかいなかったもんね、友達」

……確かに。って、いやいや、いたよ。少年とか……黒いのとか。

「そうだね……ああ、そういえばあいつ、ボールっぽいもんな……」

我ながらひどい発言。ごめん、コムロン。

変わらず笑っている瑞希――彼女も同罪、ということで。

「でも、ひとり、いたでしょ、友達っていうか……ね」

……めんどくさい。まだ、言うか。

「ああ、そうだね。最愛のひと……俺のベッドでぬくぬくのひとが……」

布団からそっと左手を伸ばす――瞬間、ひんやりとした。しかし、ほどなく掌が温かい温もりに包まれる。

「そっちじゃないけど……もう、それでいいよ」

ひとのベッドでじたばたする瑞希。

俺はその温もりを感じながら、そっと瞼を閉じた。

 

 

目を覚ますと、瑞希の姿がない。

ぼんやりしたまま、布団を抜け出し窓へ向かう。

快晴――反射光が眩しい。けれど、久々に見る美しい白銀の世界。

下の方から、ざくっ、ざくっと固い音がする。

……楽しいんだろうな。はじめてだから。

俺の真っ黒なダウンを着た瑞希――プラ製のスコップを手に雪かきをして遊んでいる。

……黒い雪達磨、なんて、絶対言えない。

笑みを浮かべながら、がらっと窓を開けて、素早く雪をすくった。

シングルシュート――

べちゃっと固まった雪球はふんわりと瑞希を襲う。だが、かなり手前で落ちた。

「ちょっと! 上から投げるのは卑怯」

にこにこしながら瑞希はスコップで俺を誘う。

「寒いから嫌だよ……屋根の下、危ないからね……」

俺は首を横に振って笑うと窓を閉めた。

 

 

リビングで珈琲を飲んでいると、ぼさぼさの弟が階段から降りてくる。

「悪い、うるさかったか?」

弟はコタツにずぼっと入ると、猫を引っ張り出して、

「いや、大丈夫。まだグループリーグ初戦だから……」

相変わらずのサッカー馬鹿……まあ、それが俺としては嬉しいのだけれど。

「ああ、そういえば、これ……」

俺はコタツから抜け出して、部屋の隅に置かれていたお土産袋を手に取ると、弟に手渡した。

ぼさぼさで、まだ 《おやすみ中》 といった感じの弟は、その袋をがさがさ開くと……目をがっと見開いた。

「これって……レアすぎる。マルセイユのサードって……」

さっと取り出してシンのネームと背番号が入ったユニフォームを広げ、にやにやする弟。

「着られるようにサイン入りとネーム無しのオーセンティック、二枚送ってくれたから……後でお礼、送ってね」

弟の憧れの選手であり、俺の親友でもある男の気遣いにふたりは深く感謝した。

仲良くふたり並んでオコタに入り、にこやかな表情で強く握手を交わす、ぼさぼさ兄弟……その光景に、

「何やってるの?」

額に汗――黒い雪達磨は不思議そうに首を傾げていた。

 

 

大型スーパーへ買出しに向かう両親と瑞希を見送った直後、細かい振動――

【暇? リズちゃんのお店いこー!】

ということで、自室でごろん、れっつごー……

 

 

「なんかのクエに行くらしいよー、キリトくん」

相変わらず笑わせてくれる親友の化け猫の後姿……やめてほしい。アバター、変えて。

「年末だというのに……ああ、冬休みだからか……」

本当にゲームが好きなのだろう。

「そういえばシュウはみっちゃんと実家でしょー。いーなー、オレさー、東北って行ったことないから、行ってみたいんだよねー」

……今は来るな。まじで死ぬぞ。

とはいえ、東京都心住まいのコムロンの気持ちは分からなくもない。

「ああ、春休みにでも行けばいいよ……俺は案内しないけど」

「えー、案内してよー……あー、でもシュウは地元の面白い所とか、全然知らなそうだもんなー」

……うるさいな。その通りですけど。

ようやく 《リズベット武具店》 に到着。コムロンが、 「こんにちはー」 と店の扉を開いた……うわー、やべー。

店内には暇人、ではなく素晴らしいゲーマーの皆様が集結していた。

その全員、黒の少年を除く、特に女性陣の熱い視線に耐え切れなくなった俺は、コムロンに、 「悪い、また今度」 と言って扉をそっと閉める。

 

 

適当な宿を探してうろうろしていると……うわー、まじか。

「アスナさん、これ、斬ってもいいかな?」

バスケットを抱えた金髪緑と水色の鬼が俺の前に立ちふさがる。

「うーん、いーかなー?」

笑顔の鬼。懐かしい。

俺はウインドウを素早く操作――借りっ放しだった 《レンタルキリト》 を取り出すとアスナのバスケットの上にぽんと乗せる。

「わっ、」

「こらっ、」

ふたりのかわいい叫び声が一瞬で聞こえなくなるほど全力で、殺されたくない一心で、その場から全速力で逃走した。

 

 

(終わり)



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043 兄弟とギルド

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


リビングに横たわる弟、そして猫。

……おやすみ。

俺はダウンを羽織って玄関を開ける。

正午間近の眩しい日差し――ぽかぽかして気持ちが良い。寒いけど。

 

 

久しぶりの重量感。

ぽん、ぽん、ぽんっと軽やかな音。

左膝に走る鈍い痛み――これが現実か。まあ、これでも御の字、か。

 

 

我が家の車が雪煙を上げて帰宅した。

「こら、香織さんに怒られるよ」

ドアを開けるなり、心配そうに瑞希が言う。

「まあ……そうだね。ごめん……」

苦笑いの両親。母が言う。

「蹴ってると不安だし、蹴らないと死んじゃうし……困ったね、瑞希さん」

「……はい。ほんと、困ります」

 

 

親友が出場した昨夜の試合に盛り上がる、ぼさぼさ兄弟。

「この監督に信頼されてるよね、シンくん。ずっと使われてるし――」

「ああ、でも大変だってさ。守備の約束、すげえ細かいらしい……まあ、パリとリールが反則級だから――」

中島家の 《謎鍋》 に舌鼓をうつ瑞希が、俺を肘で突付きながら、

「ちょっと、秀…………お母さん、このひと達って、ずっと、こうなの?」

それに苦笑いで母が答える。

「そう。ご飯とか興味無いの、このひと達。せっかくねえ……美味しいのにねえ」

「美味しいです……」「美味しいよ!」

「確かにパリの前はずるいよね。現在の三人、止めるの無理だよ。速いし、上手いし――」

「ああ、確かに。ドリにワンツーに裏ケア……ちょっと無理だよな。シンもこの間の試合、全く何も――」

「実際、ファイブレーン対策ってもう一般的になっちゃって、次の攻撃戦術は――」

「いや、結局さあ……位置的優位とか質的優位なんて言葉がひとり歩きしちゃってるだけで――」

「そういえば、兄さんが代表の頃にヤバイって言ってた奴、シティ行くんでしょ? 大丈夫かな? 機能しないような――」

「まあ、恐ろしく速かったけど、アホっぽかったからなあ……あそこの天才監督に調教されて――」

「むしろシンくんとか気に入られるんじゃないの? あの監督さんの好みっぽいし、気が合いそうだし――」

「でもさ、あそこの中盤はフランスにイタリアにブラジルにベルギー……W杯四強の代表メンバー揃いだよ? 儲かるけど出られなく――」

「………………」

横目で見る――箸を手にぽかーんと、呆れている瑞希。そんな姿に、父は無言で笑っていた。

 

 

「食べてすぐ寝たら、牛さんになるよ」

ベッドに横になった俺のお腹を擦る瑞希。

「そうだな……そういう意味ではむこうは良かったよね。年頃の女の子としては……」

むっとした感じ――それはそれで、かわいい。

ぱたっと俺の隣に倒れ込む。

「狭いから、そっちいって」

背中で俺をぐんぐん押す。

「これ、俺の、」

「いいから、いいから」

壁に密着。挟まれた。

ふふっと笑う。くすくす笑う。

「秀……優くん、大好きなんだね。あんなに楽しそうにしてる秀、はじめて」

……恥ずかしいことを。

それでも、俺は思いを伝える。

「ああ、だって、凄いとか上手いって思う選手は、いっぱいいるけど……好きな選手は誰かって聞かれたら、必ず、弟って……いつも答えていたから……」

くるりと振り返る瑞希――ますます壁に密着。狭い。

「ふーん、意外。秀だったら、俺、とか言いそう」

にやにやしながら顔を埋めた。俺は腕をまわして抱きしめる。

「……それは、ないなあ。こんな自己中はちょっと……まあ、優やシンみたいな人達に憧れ……いや、ちょっと嫉妬みたいな感情があるからね」

ひょこっと顔を上げる。不思議そうな表情で、

「そうなの? よく分かんないけど」

俺は美しい黒髪に優しく触れる。

「まあ、ね……あんな風には、なれなかったからな、俺……ずっと中途半端に速くて上手かったから……いつでもひとりで突っ込む係だったし……それでぶっ壊されたんだけどね。とはいえ、好き勝手なことしか、しなかったからな。自業自得だよ…………」

 

 

しばらく黙っていた瑞希が、

「同じだったんだね、秀。こっちでも、あっちでも。けど、……変わったと思う」

――変わった? そうなの?

「だって、あんなに危ない戦闘、死ぬかもしれない状況でも、私のこと、気にしてた」

俺の目をじっと見つめる――なるほど、そういうことね。

「まあ……瑞希だから、かな……」

適当にお茶を濁して瞼を閉じた。

 

 

目を覚ますと、ベットに座ったまま、ぼんやり瑞希は壁の写真を眺めていた。

「おはよう……それ、おもしろい?」

まだ頭が起きていない。ふわふわした質問をしてしまった。

「おはよ。これって、みんな友達?」

なんとも微妙――思いつくままに答える。

「うーん……同級生、かな。仲良しってわけじゃないし……でも先輩後輩もいるから、チームメイト……かな?」

ふふっと笑う。振り返ると、

「ふーん、何か微妙な言い方。学校のひとじゃないの?」

……うわー、これはめんどくさい。どう説明したものか。

俺は身体を起こして瑞希の肩に腕をまわすと、

「えっと……長くなるから、」

「長くても、いいよ」

――そうですか。めんどくさいな。

「うーん……ウザい自慢野郎みたいに、」

「自慢でもいい」

……はい。

様々諦めて、俺は脳を回転させる。

「小学生……っていうか気がついたらナショナル……ああ、日本代表ね。小さい頃から海外遠征とか普通で……中学も地元じゃなくて県外の強豪校に……で、そのまま東北で一番実績のあるユース、高校年代のクラブに入ったから……まあ、いつも知らない奴と一緒だったわけ……高校は寝る場所で、グラウンドが戦う場所……小学生の頃からずっと就職活動……みたいな」

分かりやすく、なおかつ、相当はしょって説明した。

それを無表情でうんうん頷きながら聞いていた瑞希。ふいに、

「それって、大変じゃなかった?」

「うーん……大変だったかもしれないけど……あの頃は、それが普通、そう思っていたよ。シンとかもそうだったし……」

「シン君って、そんなに前から友達だったの?」

「ああ、確かジュニ、中学の代表で知り合ったはず……ん? 小六? ちょっと思い出せないくらい前から……あいつ神奈川だけど、いつも遊んでた気が……懐かしいね。シンの奥さんに初めて会ったのが中三だから……ふふっ、あいつさ――」

遠い昔の記憶……辛く厳しく、それでも本当に楽しかった日々。

俺のウザい自慢話のような昔話を微笑みながら、うんうん頷き、楽しそうに聞く。

「……だから、あんまりサッカーの話って好きじゃないんだよ。どう頑張っても偉そうに受け止められちゃうから……ただ事実を伝えてるだけ、なんだけど……でもさ、所詮、玉蹴りが少し上手いだけのバカだろう? 俺なんて……そこを分かってもらえないからね……」

 

 

すっと瑞希は立ち上がり、おもむろにクローゼットを開ける。

「……何してんの?」

瑞希は首を傾げながら、がさがさと漁り、

「えっちな本とか、探してる」

――甘いな、そこにあるわけがない。というか、何故、今。

瑞希は、はっとした表情で真空パックを手に取ると、

「あった! ……私ね、分かったの」

汚い字で書かれたサインだらけの青いユニフォームを広げる。

「秀、ずっとギルドに入っていたんだよ。しかも、ずーっと 《攻略集団》 だったんだよ。」

さっと俺の膝にユニフォームをかけると、瑞希の柔らかい掌が頭に触れた。

「偉かったね……お疲れ様」

――えっ、嘘だろ? なんで、……そんなことを言われたら、俺は……

その言葉に、きっとどこかで望んでいた感謝に……瑞希の思いに自然と瞳が潤む。

「日本代表――それが秀のギルドでしょ? ありがとう、みんなの為に、頑張ったね……」

瑞希の胸に引き寄せられ、ゆっくりと、優しく、背中をぽんぽんと――

俺はただ、何も言えないまま、ゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

(終わり)



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044 はじまりの町

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


相変わらず何も変わらない真っ白な景色を進む。

「優、六時半でいいのか?」

「うん、七時頃に迎えに来るって言ってたから」

運転する父、第二戦を控えている弟。

俺は瑞希の太腿をぽんぽん叩くと、

「めちゃくちゃに……めんどくさくなるから、真っ直ぐ二階へ、ごー……」

若干緊張した面持ちの瑞希は、無言でこくりと頷いた。

……ああ、めんどくさいなあ。これから疲れるんだなあ。

ミラー越しの父は、うなだれる俺を見て、にやにやと笑っていた。

 

 

相変わらず――ぼろっちい。

幼い頃は大好きだった、地元の体育館。

俺、優、瑞希を車から下ろすと、裏手の駐車場に向かった父。

「じゃあ、優、頑張って――」

「いやあ、兄さんみたいに遊べるかなあ……?」

「ふたりとも、頑張って」

俺たちは深い溜息をひとつ――エントランスに突撃した。

 

 

相変わらず……元気がよい。

「うわあ! 写真のひとだあ!」

「ぎゃあああ、ほんももだあ!」

「……だれー、おじさん?」

「秀、ひさしぶりー!」

「今日試合するのー?」

「今年は何くれんの? オレ、レアルが欲しいなあ……」

予定通り――知っていたり、知らなかったりする、ちびっこにめちゃくちゃにされる。

「……はい。こんばんは」

きっく、ぱんち、ひっぱり、たいあたり……四方八方から攻撃を受ける俺。

直後、パンッ、パンッと大きく響き渡る。

「はーい、じゃあ、的当てゲームやるぞお! 二列に並べえ、中島選手のプレゼント、早いもの順だぞお!」

俺から離れ、さっと一瞬で並ぶ、ちびっこ達……モノが貰えるとなると、素早いものである。

――ありがとう、監督。

ふと、二階に目を向けると……ああ、頑張って、瑞希。

 

 

優が仕切る 《的当てゲーム》 に一喜一憂する、元気で可愛いちびっこ達。

……全員分、あるけどね。

壁に寄り掛かってぼんやり眺めていると、

「今年もありがとうな」

めんどくさいおじいちゃん……俺の最初の監督がにこにこしながら右手を差し出す。

「いえ、ここ数年、来てなかったし……すいません」

俺は握手を交わしながら頭を下げた。

「GEOの試合見たぞ……いいドリブルだった。でも、最後に外すのが、お前だよなあ……」

……はい、すいません。

 

 

まだ当てていない――最後まで残ってしまった、ぶかぶかなトレーニングウエアを着ているとっても小さな女の子。

ぽんっと蹴ってころころと転がったボールはようやく、半分くらい水が入った透明なペットボトルに、こつんと当たってぴたっと止まった。

嬉しそうに両手を挙げて、 「やった!」 ぴょんと飛び跳ねる。

だが、 「倒してないから駄目ー!」 と大声で煽る幼い男子達……それに慌てる女の子。

「当てたもん!」

怒ってはいるけれど、幼い女の子は今にも泣き出しそうだ。

しかし、馬鹿な男子は、 「倒れてませんー!」 と更に煽る。

――やれやれ、女の子には優しくした方が、得だというのに。

「はーい、ちゅうもくー!」

それはやる気のない大声に、ちびっこ達の視線が集まる。

俺は足元に置いていたボールを、すっと右足の外側に移動、瞬時に左足が右脚を追い越す。

痛んだフロア、そのすれすれを高速で移動するボール――女の子の脇を通過――ゴール前の止まったボールに直撃。

軽やかに吹き飛ぶペットボトル。ベコンと鈍い音を立ててゴールネットを揺らした。

「はいっ、倒れたから、おっけ!」

うるうる気味でぽかーんと、びっくりして固まっている幼い女の子に、俺はピースサインを送った。

「うわ、すげえ……」

「かっこいい! らぼーな、はじめてみた!」

「もっかいやって!」

……嫌です、外したら格好悪いから。

歓声が上がる二階に視線を向けると……拳を突き上げて喜ぶお父様方、満面の笑みで拍手する若いお母様方、すっかり変な笑顔になってしまった瑞希。

……いろいろ聞かれて、いじられて、可哀想に。

俺はそのまま、くいくいとピースサインを送る。

両肩をぺちぺち叩かれながら、瑞希は小さくピースした。

その表情は、かわいいものだった。

「変わらんな。そんなことだけなら……やっぱりプロだよなあ。お前」

めんどくさい――俺が大好きな監督は、隣でにこにこしながら呆れていた。

「すいません……」

俺は苦笑いで頭を下げた。

 

 

「「ばいばいー! 秀っ! 」」

各国代表や海外有名クラブ、デポルティボ東京の小さなレプリカユニフォームを片手に大声で挨拶するちびっこ達。

「はい、またねー」

笑顔で手を振る。

体育館の扉を開くと、疲弊ぎみの瑞希が待っていた。

「お疲れ様」 「お疲れ様」

苦笑いするふたり。

「いろいろ聞かれて、大変だっただろ……」

「パンチにキック、大変だったね。あと、香織さんに叱ってもらう」

ふたりは同時に、ふふっと笑った。

瑞希はエントランスの少し埃っぽい、くすんだガラスケースに視線を向けて、

「秀、人気者だね。良かった」

そのガラスケースの中には俺のネームが入った日本代表、さらにドイツと東京のクラブユニフォームが写真を添えて展示してある。

「まあ、田舎の小さい町ですから……それ、すごい違和感あるけど」

弟から借りたシューズケースに、先日購入したばかりの固いフットサルシューズを仕舞っていると、

「あ、でもほんとに可愛い娘に甘いね。やっぱりロリコン?」

こちらに目を向けず、スリッパを下駄箱に戻す瑞希。

――やっぱり、ってなんだよ? やっぱり、なんか無いでしょ。

「……それはひどいっす」

「ふふっ、嘘」

瑞希は、穏やかな笑顔で柔らかそうなブーツを履いた。

 

 

入浴後、髪を乾かしながら猫と遊んでいた瑞希だったが、ようやく寝る気になったのか、そっと抱き上げて部屋を出る。

――あっちで飼ってもいいけど、世話するの、大変だしなあ……

俺はベッドから降りて、適当に布団を敷いた。

「あれ? 一緒に寝ないの?」

部屋の入り口で不満そうな瑞希。

「いやいや、狭いし。落ちるか、潰されるか、」

「うるさい」

ぽーんと体当たり――柔らかく軽い衝撃、そっと抱きしめる。

「ちょっと、お母さん、危ないから……びっくりしちゃうよ」

「まだ全然大丈夫、なはず」

にこにこしながら、瑞希は俺をベッドに押し倒した。というか、俺が倒れ込んだ。

「うーん、逆じゃ駄目っすか?」

きょとん、として、しばし悩んでいる様子。

ほどなく瑞希は俺の上を、 「えいっ」 と移動して壁際に。

「何か、違和感あるけど、これがいい」

いつもとは逆の位置だから……それはそうだろう。

俺は部屋の照明を落とすと、ふかふかな布団に潜り込んだ。

「うん、こっちの方が全然暖かい。昨日はちょっと寒かった……」

「だから、こっちおいでって、言ったのに」

 

 

ぬくぬくした優しい睡魔に襲われそうになった瞬間、

「いっぱい、ありがとって言われた」

耳元で、瑞希が囁く。

「お父さん、お母さん、優くんに、父兄の人達……ありがと、って」

「……そうなの? 良かったね」

適当に答えると……柔かな頭突き、ごんごんされた。

「秀が変わった、って。前は笑っていても、何処かぴりぴりしてた、って。全然雰囲気違うって」

「ふーん……自分では分からないよ」

じっと見つめられている気配を感じ、俺は目を合わせた。

「だから、秀をよろしくって言われたんだけど……どうしますか?」

「どうするって……死ぬまで一緒にいてください」

――うん、死ぬほど恥ずかしい。眠気はヤバい。素直になりすぎる。

「うん……でも、不安。何か秀って……凄い人って思っちゃった」

……どこがだよ。ただの田舎生まれの変な 《ニーチャン》 だろ、俺。

「俺が全然駄目な人間なのは、瑞希が一番理解してるから……瑞希じゃなきや駄目」

「でも、私、」

素早くそっと唇を塞ぐ。

――めんどくさい。黙れ、最愛のひと。

唇を離すと、うるうるした瞳。瑞希は、

「……ありがと。もう寝る……あ、駄目だよ、しないよ」

くすくす笑って、ぎゅっと身体を押し付ける。

――アホか。そんな気ならんし……しかし、明け方寒そうだから、床で目を覚ますのは、嫌だな。

俺は星明りに輝く美しい黒髪を、いつまでも撫で続けた。

 

 

(終わり)



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045 仲間達の真実

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。


ずいぶんと少なく、とっても軽くなった手荷物。

「何か食べる物、適当に入れて送っていただけると助かります……」

そんな子供のようなお願いに、ただ黙って頷く父と母。

「実家から、美味しい物、送ってもらいますね」

という瑞希の言葉には、満面の笑みだった……

 

 

「すぐに降りるの?」

隣の瑞希は不思議そうな顔。

俺は、にやにやしながら、

「ああ、こっちに来たら絶対に顔を出さないと……もったいないし、怒られるから」

 

 

仙台市からやや離れた大きな街。

「えっと、山田さん家の本店、お願いします……」

お疲れ気味のおじさん運転手に、俺は笑顔で告げる。

よく分からないといった感じで、瑞希は首を傾げた。

 

 

到着――全く変化無し。懐かしい。

「……ここなの?」

瑞希が驚くのも無理はない。

……ぼろいもんなあ。相変わらず。

新築も目立つ住宅街――その中にぽつんと朽ち果てそうな、ちょっと痛みすぎている店舗。

薄汚れた看板には 《山田精肉店》 とかろうじて読める文字。

その裏口に案内すると、

「あぁ、こっちが入り口なの」

にやにやしながら俺は、がたつきのあるアルミサッシの扉を開いた。

 

 

お昼時、店内は満席――熱気と煙が凄い。

「あっ、秀ちゃん、おかえり! 」

懐かしすぎる、元気なおばさんの大声。

それに俺が会釈をすると、瑞希も真似た。

ぼろぼろでべたべたな階段をそのまま上がる。

二階には六室ほどあり、その一番奥へ進む。

他の部屋の扉とはあきらかに違う立派なドア。

下品に輝く金属プレート、そこには 《VIPルーム》 というふざけた刻印。

それを見た瞬間、訝しがる瑞希。

「何これ?」

「ふっ、……ただのネタだから。気にしないで」

俺はふたつノックをして、 「こんちわ」 とドアを開けた。

「うーっす。お疲れ、秀、瑞希ちゃん――」

やる気の無い声。

次の瞬間、ちょっと震えたような、緊張したような声で、無表情になってしまった瑞希は、小さくつぶやいた。

「……世界の、山田、さん」

 

 

全くサッカーに関心が無い瑞希のような人間でも知っているはず。

――世界のYAMADA。

欧州四大リーグの各クラブで年間チャンピオンを獲得。

スペインの 《バレンシア》 では、ヨーロッパCL準優勝。

さらに、日本代表をW杯の決勝トーナメントに導いた立役者。

あの 《ファンタジスタ三村》 から、栄光の背番号 《10》 を受け継いだ、 《日本サッカー至上最高》 と称される選手。

テレビ、ネット、CM、街の看板、スポンサー商品……様々な場所に登場しまくり……まあ、良くも悪くも国民的有名人。

《バレンシアの太陽》 こと、山田真――俺が唯一憧れた人間であり、ずっとその背中を追いかけて……今でもお世話になり続けている、同郷のユースクラブの偉大すぎる先輩――

その華奢な男が真っ白なTシャツ一枚で、雑に野菜を焼きながら旨そうに烏龍茶が入ったビールジョッキを傾けていた。 

 

 

「マコさん、寒くないすか。あっち夏でしょ?」

そう言って俺は右手を差し出すと、

「寒いよ。オーストラリア、真夏だぜ? 怪我もあるし帰ってくるか、マジ悩んだよ」

苦笑いでがっちり握手。そのまま、俺の肩をぽんっと叩くと瑞希に向かい、

「瑞希ちゃん、はじめまして。こいつワガママだから、大変だろう? 今日はゆっくりしていって」

さわやかな笑顔で握手を求めた。

「はい。はじめまして。あっ、結婚式、ありがとうございました」

がちがち――珍しい。

変な笑顔の瑞希はぺこぺこしながら両手で握手を交わした。

 

 

ほどなく、 「遅くなりました!」 とドアが開く。

瞬間、ぎょっとする瑞希。

でかすぎる男――2メートルに迫る巨躯に立派な髭、さらにスキンヘッド。その後にふたりの美しい女性。

「おっす、秀、久々。おおっ! 瑞希ちゃん、はじめまして」

柔らかい牛タンを味わう俺の肩をぽんと叩いて瑞希と握手。

さらに美女達もにこやかに挨拶する。

「ねえ、シマ。今年、何点?」

にやにやしながら俺は、完全に嫌がらせでしかない質問をぶつける。

「うるせえよ……三点だ」

それにマコさんがのっかり、 「カップ含めて?」 と、にやつきながら問う。

「……はい。いやね、あの監督さ――」

俺たちは 《嶋章》 の苦しい言い訳をにやにやしながら聞き流す。

「もう一生無理だね……マコさんどころか、まず、俺を抜けないでしょ……可哀想に」

「それは、わかんないっしょ。つうか、秀が異常なんだよ。ウイングのくせに九月でリーグ十九得点っておかしくない?」

「だって、秀は外国籍枠だから」

「……いつから日本人じゃなくなったんすか、俺?」

そんなサッカー馬鹿達のやりとりに、終始女性陣は穏やかに笑っていた。 

 

 

「暇だろ? そのうちシドニー遊びに来いよ!」

「了解っす……クビに、いや、引退しちゃう前に行きますね」

にやにやしながら戯言を残す俺。

胸にどんとパンチを食らわせると、山田真はさわやかな笑顔で手を振って、寒そうな仕草をしながら急いで店内に戻った。 

 

 

「瑞希、美味しかった?」

「うん、何か、全然違った」

満足そうに頷く瑞希。

俺はそれが、ただ嬉しかった。

 

 

軽い夕食を済ませ、瑞希が入れてくれた薄めのお茶をすすっていると、

「ちょっと、疑問なんだけど……サッカーのひとの奥さんって、みんな美人さんなの?」

俺は首を傾げる。

「うーん……考えたことないけど、その傾向はあるかも。でも、顔の好みはひとそれぞれだから……分からないよ」

じっと両掌で握った茶碗を見つめる瑞希。

「シン君もそうだけど、山田さんも嶋さんも、奥さん、素敵なひとだったから」

……ああ、これはまためんどくさいことを。

俺は溜息をひとつ。そして、

「まあ、あの人達の奥さんってみんな若い頃から付き合ってた人達だから……俺からすると、普通の女の子って感じだけど」

瑞希はお茶を一口飲むと、首を傾げて、

「そうなんだね。なんか……ちょっと、困った、というか、気後れ、でもないけど」

「私でいいのかな、っとか、やめてね……ふっ、ふふ」

にやにやする俺。ちょっと睨まれる。

「もう、……でも、ほんとこの数日で、よく分かった、みたいな」

――なるほど。それは、そうだろう。

「むしろ……瑞希がしんどい思いしちゃってるなら、それは申し訳無いと思う。ごめんね……」

ぶんぶん首を振る。ちょっと面白い。

「全然。すごい楽しかったの……びっくりした、だけなの」

「ああ、まあ……でも、瑞希が考えていることの……ちょっと違うかもしれないけどさ……」

――やばい、めんどくさいことが口から飛び出してきた。

しかし、俺は、止めない。

「俺の前の職業って、明日、下手したら、一試合、ひとつのプレーでそれまでの人生が、全部駄目になってしまったりするようなヤバい仕事だったから……」

無言でうんうん頷く瑞希。

「だからさ、ピッチの外って結構重要で、ほんとにリラックス出来るようにしないと……それこそ、シーズン中はメンタルが普通じゃないから……まあ、人にもよるだろうけれど。だから、周りの人、特に彼女とか、奥さんって大変なんだよ。きっと本人が思っている以上に」

俺はそこでお茶をすする。瑞希は黙ったままだ。

「まあ、上手に合わせてくれるってだけでも駄目で……現代では偉そうな職業だけど、所詮ただのサッカー馬鹿、あ、みんなじゃないけどさ。よく分からんビジネスとかやってる人もいるから……だから、変な言い方だけど、普通に人間として生活出来る相手、見た目どうこうよりも、そういう女性じゃないと、しんどいんじゃないかな……とはいえ、遊び人的な奴もいっぱい、いるらしいけれど」

その瞬間、にっこりと笑う瑞希。

「秀、遊び人?」

……怖いよ。何それ?

 

 

「えっと、遊ぶも何も……俺はそういうのがめんどくさいって、思ってたから……まあ、証拠も何もありませんけれどね。ただ、先輩方を参考に話を進めると、特に海外は、まじで家族とか恋人って重要。何せほんとに日本とは全然違うから。勝てば英雄、負ければ罪人――そのギャップ、ほんとに凄いよ、街なんて、危なくて出歩けなくなるから。だから、せめて家とか家族、そこだけは安心出来ないと、とてもじゃないけど、やっていられなくなる……いや、そんなの全然気にならないって人もいるけど……」

瑞希は小さく頷く。

「変な話だけど、その経験……それが 《アインクラッド》 で、役に立ったよ……俺と瑞希とコム、その三人だけの空間がしっかりあったから……だから、生き残れた、ような気がする……当然、それだけではないけど」

 

 

しばらく黙っていた瑞希は、ふいに、

「じゃあ、ますます変じゃない? だって、私、あの 《聖龍連合》 のひと、だよ。めんどくさくなかった?」

その言葉に俺は堪えきれず噴出した。

「ふっ、ふふ、だから、嫌だって。しかも、あんなに遊んであげたのに……あなたとコム、しつこいから……」

むっとする瑞希――それはそれでかわいい。

「秀、嫌い……でも、もう分かった。ありがと」

すっと立ち上がってキッチンに向かう。俺はその背中に、

「だから、ありがとう……本当に好きなんですよー。瑞希さーん……」

にやにやしながら、お茶をすする。

やれやれと急須にお湯を注ぎながら、

「はいはい。大好きですよ、秀さーん」

瑞希は俯きながら平坦な口調でそう言う。その美しい漆黒の瞳はほんのりと、嬉しそうに、うるうるしていた。

 

 

(終わり)



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046 ふたりだけ

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二五年十二月のお話。



二〇二五年、最後の日。

 

 

「おはよ。大丈夫? 頭、痛い?」

ほんのりと険しさを感じさせる優しい表情を、くんっと抱き寄せると、俺は眼前の柔らかな唇を押さえ込む。

――何だろう、この気持ち? これが幸せなのか? 分からんけど、それがいい。

「ん――――っん、お酒臭いよ、ちょっと、」

半笑いで面白い動き――脱出しようと頑張ってじたばたするので、俺はさらに強く抱き締めた、が、ぽんと頭突きを喰らう。

「ふふっ。心配して、損した」

「ありがとう……大丈夫だよ……」

 

 

パンを焼く瑞希をぼんやり眺めつつ、腕を伸ばしてパソコンを起動させる。

珈琲カップを片手に、くりくりしていると、

「あっ! ……へええ…………あっ、……ああ…………」

変な声を聞きつけた瑞希は、 「何?」 と首を傾げた。

「いや……知ってるひと、ふたり、載ってるから……」

ぱたぱた走る瑞希は俺の肩に両手を置くと、 「見せて」 とせがむ。

俺は無言で……くりくりした。

「……あっ! キリト君……ふーん……は、? ……見なきゃよかった――」

すっとキッチンに向かう。

俺は苦笑いで、そのぷんぷんして、若干うなだれた背中に、

「まあ、広告は大事……でも、な……」

瑞希を慰めながら、サッカー情報サイトをクリックした。

 

 

昨夜は瑞希の父をこちらに誘い、三人でささやかな忘年会を開いた。

終始穏やかに、楽しく、ほどほどに酒を飲み交わしたわけだが……やはり酒豪。

実家土産の日本酒は、あっさり空になった。

そうなることが分かりきっていた俺達は、大晦日の本日、何も決めていない。

予定を立てずに思いつきで――その時の気分にまかせることにしていた。

 

 

瑞希が入れてくれた、二日酔いに効果覿面らしい変な風味のお茶をすすりながら、

「昼はカフェに行くとして……どこか行きたい? ひと、いっぱいは……俺はあんまり……」

「うん、お昼はカフェがいい……あっちってどこまで行けるの?」

「ああ、確か二十五、六層くらい……そうコムが言ってた気がする。でも、二十五層か……あの辺は、あんまりなあ……」

「あれ? 秀は思い出、いっぱいあるんじゃないの? ふふっ……」

……めんどくさい。余計なことを言ったなあ、これは失敗。

「えっと、俺はシャワーしますので、」

「駄目だよ、私もー」

頬杖をついて、にこにこの瑞希は……俺を逃がしてくれなかった。

 

 

ちょっと遅めの昼食――瑞希はくるくるしながら、

「でも、明日行くから、今日は行かなくてもいいかな……おうちにいたい、かも」

俺も今年最後のくるくるをしながら、

「ああ……それでもいいよ。最近は忙しかったから……」

 

 

カフェを出たとたん、瑞希は明らかに今思いついた風に、

「あっ! 秀、にゃあが欲しい――」

くるりと振り返り、俺の顔をみるなり、

「……うん、ばれてるね」

俺は無言で頷いた。

 

 

「これがそっくり、かも!」

初めての雑貨屋――とはいえ、瑞希は下見を済ませていたのだろう。

灰色と白の小さな猫のぬいぐるみを手にとって、ぐいっと俺の顔面に近づける。

「……じゃあ、これ、連れて帰りましょうか」

「うん。ありがと」

すたすたとレジに向かった。

 

 

「そういえば、秀? あの時、 《拾ってきた所に返してこい》 って言ったよね……あれ、ほんとにむかついた」

紙袋を抱きしめ、かわいいふくれっ面を見せる瑞希。

「ああ、そういえば、そんなことも言ったな……ふふっ、ほんとにひどいな、俺 ……ふふ、あはは」

直後、膝でお尻をキック――全然痛くないけれど。

「ほんとだよ。何てことを言うんだ、こいつ、って。それで頭にきて斬りつけたら、あれだし……もう最悪って」

「まあ……ごめん、だけど……面白かったっす……ふっふふ、」

ぐんぐんと肘打ち――痛くないけど、正確に急所に入る。それが怖い。

「でも、あれにはちゃんと理由があって……確か、コムが 《オレは動物に好かれるから》 とか言ってさ、モンスターをペットにしようとかなんとか……それで 《聖龍連合》 連れて帰ってきちゃうから、俺、笑っちゃって……本当に馬鹿なことばかりしてたな、俺達……」

じっとりと睨む瑞希。

「それって、私がモンスター、ってことだよね?」

「まあ、猫とか犬とか……引っ掻かれたり、噛まれたりすることもあるじゃないですか。でも、大人しくしてるなら、それだけで可愛いし、それならいいかって、思ったり。ふっ、あはは、」

ぱしんと、ちょっと強めに叩かれる。面白い。

「もう、ほんと秀、嫌い」

 

 

来客用の椅子にスポーツタオルを敷いて、にゃあの居場所を新設すると、俺たちはかなり適当 (瑞希はしっかりと) に部屋を大掃除――それを終えると、母から貰った謎のお茶の楽しんだ。

「なんだろう? やっぱり、地方によって好みがあるのかな? あんまり飲んだことない、この風味……」

「うーん……俺は何でもいいけれど。瑞希が選んだやつなら……」

うんうんと頷く。それから、

「そういえば、さっきの話。あれって、コム君は秀に女の子に興味を持ってもらおうって考えがあった、とか、言っていた気がする」

……はい?

「なんか、リーテンさんと不倫はマズイだろう、って。当然勘違いなんだけど……優しいよね、コム君」

――うん、優しいかもしれないが、伝わるわけがない。

「ああ、だからか……ロリコン。でも、それってリッちゃんが可哀想だな。あの人、幼く見えるだけだよ。正しいけれど、根っからの変人……そう思うけどね、俺は……」

ふいに振動する俺の電話――

瑞希が手に取り、無表情で俺に渡す。

ぱかっと……嘘、でしょ?

「うわあ、まじか…………瑞希さん、また応援してくれますか?」

俺は右腕をいっぱいに伸ばして、電話の画面を瑞希に見せる。

【GEOキックオフゲーム2026、出場決定! スケジュール、入れとくぞ】

きらっきらした目で……うなだれた俺を慰めた。

 

 

ふたりでベットに横になりながら、よくわからない映画を見ていたのだが、いつの間にか俺は眠ってしまったようだった。

「あ、おはよ。今夜はお刺身だから、特にやること無いよ」

あわてて起こした身体を、またベッドに倒す。

「だからって、寝てもいいって、言ってないけど」

ベッドサイドの椅子から立ち上がり、そのまま俺の隣に倒れ込む瑞希。

「……そう言って、あなたも寝てるじゃないすか……まあ、それがいいんだけど」

その細く柔らかい身体を抱きしめる。

「怖い夢でも、見たの?」

俺の頭頂部に温かい掌が……滑るように行ったり、来たり。

「懐かしい……怪我する前の、まあ、もうよく分からなくなって……」

ふわふわした感じで説明する俺に、ふふっと笑う瑞希。

「やっぱり……凄いプレッシャーなんだね。でも、いつでも隣にいるから。大丈夫……大丈夫……」

 

 

瑞希の入れてくれた今年最後のお茶をすすっていると、

「秀ってこういう時、夜更かしするひと、だった?」

首を傾げながら、それを問う。

「うーん……あんまり。朝練したかったし……どうだったかな? 興味無かったからなあ……」

瑞希は笑いながら、

「秀らしいね。私も実家の頃は道場開きがあって、こっちでは……朝から大宴会の片付け作業。今年は参加者のみなさんがやってくれるみたいだけど」

――それは大変だったろうに。可哀想に。

「……普通に風呂入って寝てもいいかも。明日、大変だし……さ」

「そうだね……ほんと嫌。めんどくさい」

 

 

髪を乾かし終えると、俺の隣にころんと転がりこんだ。

「ねえ? なんか……こういう普通がいいよね? 毎年……ずっと続けばいいなって、思う」

俺は美しい黒髪を撫でながら、

「そうだね……もう病院とか、明け方まで、へんてこな生き物やっつけるとか……こりごりですよ」

ふふっと笑う瑞希。

「それは秀とコム君だけでしょ、あっちでもみんな、普通にパーティーとか楽しんでたよ?」

……でしょうねえ。そうらしいですもんねえ、皆様は。

「もう、それはないだろうから……懐かしいけれど、まじで嫌だな……本当に、瑞希がいれば、それでいいよ……」

……眠気は危険だ。素直になりすぎる。

きょとん、と俺の顔を見つめる。

「変わったね、秀。でも、……私も、ほんとは……ずっと、こうしたかった……秀に、こうしてほしかった……ありがとう、秀……」

胸に顔を埋めると、静かに泣き出す――ああ、スウェットが、ぐちゃぐちゃに。

それもかまわず、黙って俺は瑞希を抱きしめた。

 

 

(終わり)



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047 絶剣前夜

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二六年一月のお話。



ひとだかり――この広大な中央広場に出現した、眼前のめんどくさすぎる数の人の群れに加わる気など、全くもって皆無な俺は、死人のような表情で正座する瑞希を遠くから見守ること以外、出来ることなど何ひとつ無いだろう。

というか、こんなものに絶対、死んでも絡みたくない。めんどくさい。

 

 

二〇二六年、元旦。

ついに 《七瀬剣心流》 は仮想の世界に本格進出――この思い出深い 《はじまりの街》 に立派な道場を構えてしまった。

 

 

なにせ、がちの剣術道場だ……いくら剣と魔法の世界とはいえ、本格的な居合を学ぶことが簡単に、しかもリアルでどこに住んでいようとも本物の稽古に参加することが容易なわけだから……これだけ注目されるというのも理解できる。

 

 

さらに 【OSS】 である――よく知らないが、自らソードスキルを作成出来るようになったらしいALOにおいて、瑞希の父は、とてつもなく難しいらしいそれを……あっさりと幾つも生み出してしまった。

――当然である。何故なら、がち、だもの。ギネス持ち、だもの。

とにかく、カタナスキルの 【OSS】 はもちろん、七瀬の流派の作法、型、立会い……それを身に着けることが出来れば、おそらくこのゲームがますます楽しくなるのであろう……知らないけど。俺はやる気、全く無いけれど。

 

 

「凄い人気だな。お前のお父さん――」

ふいに背中からお友達の声が聞こえた。

「……まあ、あっちでも人気者だしね。それに、あれ以降も内緒で、ちょこちょこ頑張っていたみたいだから……ずっとお母様がご立腹で、俺たちは大変なんだけど……」

背後に立つ黒ずくめの少年は小さく笑う。それから、

「それは、大変だな……リズが出来たって。後で取りこいってさ」

それを伝えると、少年の気配はふっと消えた。

「了解……瑞希、頑張って……」

ゆっくり背を向けると、俺は感嘆の声が上がる円舞会場の人の輪を抜け出した。

 

 

「おかえり。お疲れ様……」

瞼を開ける瑞希の目の前で 《にゃあ》 を動かす。

そっとアミュスフィアを外すと、ぬいぐるみにキスをさせた。

「ただいま。疲れた」

ぽんぽんと隣を叩くので、俺は 《にゃあ》 を瑞希に渡して、ごろんと横になる。

「マスコットになった気分……こっちでも、そんな感じだけど」

がしっと俺にしがみついて、ぐいぐいして、じたばたする――かわいい俺の妻。

「まあ……しょうがないけど……しんどいよね……」

その美しい黒髪をそっと撫でる。

「うん。でも、これであっちは終わりだから、もういい」

ぐいっと身体を起こすと、 「シャワー、する」 俺の上を乗り越えてすたっと立ち上がった。

「いってらっしゃい……」

次の瞬間、ぐいっと右腕を引っ張られた。

 

 

慌しかった三箇日も終わり――協会の細々した仕事を終えて、お茶でも飲もうと椅子から立ちあがる。

ふるふる震える電話――

【ちょっとアインクラッド来てー!】

時計に視線を向けた……まだまだ瑞希は帰ってこない。

俺は電話を置くと、冷蔵庫からペットボトルを取り出した。

 

 

「もう、あの剣、使ってみたー?」

相変わらず、ぴょこぴょこさせながら、俺の前を飛ぶ化け猫。

「いや、元旦以来、忙しくて全然こっち来てなかったから……」

どうしても沸いてしまう笑いを、何とか堪えながら答える。

「あれねー、サッキンがドロップしちゃったんだけど、使わないからシュウにあげようってなってさー。俺もあんまり趣味じゃなかったしー」

……確かに。コムロンはどちらかといえば 《キリトくん派》 だからなあ。

「へえー……そうだったのか。とりあえずリズに強化してもらったけど……まあ、いい感じ、じゃないかな?」

「せっかくだからー、今日試してみたらいいよ……………あっ! あれじゃないかなー?」

 

 

――ああ、なるほど。これは、絶対に無理だ。

「うわあっ、……こうさーん! ごめんなさい。負けましたー!」

化け猫はほんわかした声と共に両手を高く上げた。

相手はすっと細い直剣を下げると、にこっと笑う。

面白いアレは、見事にしなっとしおれて、首を傾げながらてくてくとこちらに戻ってくるコムロン。

「すっごい強いよー……次元が違いすぎるよー……」

がっくりと肩を落としたコムロンの頭をぽんっと叩いて、

「お疲れ。まあ、しょうがないよ……で、俺もやらなきゃ駄目なの……あんなのと?」

「うん! だって、シュウが勝ったら 【OSS】 オレにくれるでしょ?」

「いや……無理だな。一応頑張るけどさ……」

背中をぽんっと叩かれ、俺はそれに向かって嫌々歩き出す。

 

 

「……じゃあ、地上戦ね。よろしく!」

にこにこしながら、戦闘狂の 《ちびっ娘》 は剣を構える。

……ほんと、何で少女に剣を向けなきゃいけないんだ? 俺、大人なんだけど。

苦笑いしながら頭を下げて、強化したばかりの 《ムーン・ライトソード》 を抜いた。

 

 

【DUEL】 の閃光が消え去っても動かない。

――隙がないなあ。とりあえずで、いってみるか。

俺は突進して下段から振り上げる、が、予定通りあっさり捌かれ、驚異的高速の突き。

かろうじて捻りで交わすと、また薙ぎ払い気味に剣先が迫る。

……うわあ、めんどくせー。速いし正確だし。

肩口まで柄を上げ剣身を盾にした。瞬間、彼女は肘を引いて高速の突き――剣尖が胸に触れ、俺の斜め後方に跳びながら放った 《バーチカル》 は彼女の小手をかすめた。

「いやー、お兄さん、速いねー! 今までで、一番早いかも!」

……絶対、嘘。全然本気じゃねえだろ、あんた。

愛剣 《ヴェノムファング》 で勝負をつけたい気もするが、そういうことではないだろう。 

「なんか、すいません……いや、ありがとう。では、いきますよ……でも、しんどいなあ……」

俺の全くやる気を感じさせない発言に苦笑いを浮かべると、すっと眼に光が宿る。

――瑞希の強化版、そんな感じか。

瞬間、跳ねるように迫った。

――やはり、待ちか。

俺はソードスキルが発動しないように 《バーチカル・スクエア》 を放つ――が、あっさり。

四撃目が終わると、狙い通りの如く、驚異的な速度で振り下ろされる剣先。

後方に跳ぶ。地を蹴り追撃。

「――はいっ」

彼女の突きの直撃を受けるとほぼ同時に、最高速で振りぬいた俺の剣尖は髪を飛ばし、首をかすめた。

――次がヤバイんだろ?

反転と共に閃光。俺はそれに向かってさらに加速。

眩い光と激しい硬音。

真剣な面持ちで彼女が振るった剣が俺の胴を斬り、俺の剣先は肩を貫く。

「よいしょ、――」

マヌケな掛け声と共に全力で後ろに跳んだ。

迫り来る連撃を適当に受けながら、全力で後方に跳んで、かなりの距離をとった。

「はい! 降参。もういいっす……」

めんどくさいので、俺は剣先を下げて左手を上げた。

「えー!! ずるいよー、お兄さん。せっかく面白くなってきたのにー!」

唇をとがらせて、明らかに不満そうな 《ちびっ娘》 に、俺はにやにやしながら、

「ごめん、ごめん。おじさん、忙しいから。帰ってお風呂掃除しないとさ、こわーい奥さんに叱られちゃうから……」

その適当すぎる言い訳に、彼女はくすっと笑うと、

「そっかー。それじゃあ、しょうがないか……また暇な時に遊びにきてね!」

 

 

「やっぱり、シュウでも無理かー……凄いなー、あの娘」

俺の前をひょこひょこ、ぷるんぷるんさせながら歩くコムロン。まじで、アバター変えて欲しい。

「ああ、あれは普通にやったら絶対に無理だよ……バケモノだな」

「そうだよねー、さすがゼッケンさん、だよなー」

……意味が分からない。

「あの娘……ゼッケンっていう名前じゃなかっただろ? なんだよ、ゼッケンって……あだ名か、それ?」

コムロンはくるりとこちらを振り向く――すっと人差し指を上に向けて、

「ほら、ずっと勝ちっぱなしだから。今、絶好調の剣士でしょー。だから絶剣! カッコいいでしょ?」

……言葉を失う。

とにかく、こいつのセンスを何とかしてくれ。サッキン……

 

 

(終わり)



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048 迷宮区デュエル

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二六年一月のお話。


懐かしくもウンザリな迷宮区を、懸命にひた走る――

「ああ、いたいた……みんな、暇なんだなあ……学生って、まだ冬休みなのか?」

「でも、おじさんもいるよー。ニートさんなのかなー?」

お互い、これから戦場へ、死地へ赴く気負いは……全く無かった。

 

 

遠くから様子を伺う俺達――

 

 

「あっ! 飛び出しちゃったよ、少年…………ああ、何かカッコつけてるぞ。多分あれは……」

 

「クラインさんも後ろから斬る気まんまんだねー。なんか武士道っぽくないなー」

 

「ああ……むかつかれて……おいおい、それ斬ったら……ああ、あれじゃあ、かえって怒らせちゃうだろ……それが狙いなのか?」

 

「あちゃー……珍しい剣だからって、見せびらかしちゃ駄目だよねー。みんな、羨ましくてぷんぷんしちゃうよー」

 

「まあ……俺もちょっと……最近、そういうことしちゃう気持ちも理解出来るようになったけど……」

 

「あれ? シュウもみっちゃんの前でいいところ見せたいとか思うようになったの?」

 

「うーん……やっぱりさ、浮気とかされたくないしさ……夫が魅力的であり続けるって大事、なんて言われたりもするわけで……人生の先輩方にさ……」

 

「なるほどねー。変わったね、シュウ。昔はだらしないところばっかりさー、みっちゃんに見せ続けるから……オレはひやひやしたんだよー?」 

 

「まあなあ……結婚って凄いよな……あれは、人間、変えちゃうよ……」

 

「そうなんだ……不安になっちゃうなー、オレ」

 

「大丈夫だろ? 沙希はしっかり者だから……コムは尻に敷かれて生きていけばいいんだよ……多分」

 

「でもさー、亭主関白的なものにもちょっと憧れちゃうところもあるんだよねー……時代遅れなのは分かってるけどさー」

 

「やめときなさい……女の子には黙って優しくしといたほうが、絶対得だから……」

 

「シュウ、全く説得力無いよ……それ」

 

「ああ、そうだな……ごめん」

 

 

魔法やら弓矢やら、なにやらかにやら飛び交う最前線。

「じゃあ、俺は前のほうに突っ込むから、コムはクラインさんをよろしく……」

「りょうかーい! 頑張ってねー!」

ボス部屋の大扉にアスナが飛び込んだのを確認すると同時に、コムロンの背中を……くすくす笑いながら追いかけた。

きらきらした鎧を纏う騎士風のプレイヤーにコムロンが斬りかかる瞬間、一気に加速して壁に跳ぶ。

そのまま、すたたたっと壁を走るとすぐに先頭集団が見えた。

――悪いな、コム。

フルジャンプ。そして、剣を抜いてを構える。

轟音をともなう血色の閃光――久々の加速感。ちょっと快感。

一瞬で眼前に黒ずくめの少年。俺は叫んだ――

「おりゃあああ、積年の恨みいいい!」

「ええっ!? おいっ――」

驚愕の表情、目を見開くキリト。

それでも、さすが最強の二刀流――不意打ちにもかかわらず、瞬時に後方に退いた。

立派で偉そうな剣を俺に向けて突きつけると、

「何のつもりだよ、シュウ」

にこっと笑い、立ち上がって剣を構えた俺は、

「風説の流布、その犯人を成敗してやろうと思ってね……」

 

 

ひとときの静寂。周囲のプレイヤーも驚きすぎて固まっている。

キリトは俺の言葉に怪訝な表情を浮かべていたが、小さな溜息をひとつ吐くと、一気に引き締まった。

「なるほど。だけど、あれはお前がシノンにあることないこと、適当な事ばかり言うから……その報復だ」

……あれ? そうだったかな……全く記憶が無いんだけど。

「いや……事実だ。おまえがハッキリしないから、前のアインクラッドで俺、すげえ怒られたんだぞ……アスナとか、コムとか、ナナミとか……特にアスナに」

――うん、言ってて全然関係ない気がする。ごめんね、キリトくん。

「はあ? それは関係ないだろ……シュウ、お前、さては覚えてないな?」

……察しがいいなあ。もう今さら後には引けないし、どうでもいいけど。

「まあ、いいよ……たまには剣で遊ぼう、キリトくん……」

にやっと笑うと、キリトも不適な笑みを浮かべる。

「ああ、そうだな。お前とデュエルか。面白いかもな――」

その声の残響が消えると同時に、ふたりとも地を蹴る――刹那、弾けるような硬質の剣戟音。

だが、 「あっ」 キリトは視線を俺から逸らす。

「えっ?」

そちらに顔を向けた瞬間、とてつもない衝撃が俺たちを襲った……ようだ。

吹き飛ばされて……うわあ、矢が嵐のように……燃えちゃうし、めった斬りっすか……おお、これはすごい……あ、無理だ。死んだな、俺……

 

 

「ねえ、キリトくん……俺って、まだ嫌われてるのかな……?」

 

「まあ、な……ほら、お前がナナミの夫っていう情報、もう漏れてるから……」

 

「えー、そうなの? ……嫉妬とか妬みってことですか……」

 

「もうファン的な……ああ、見ないほうがいい。気になっても、調べないほうがいいぞ……」

 

「そうだね……まあ、キリトくんの奥様ほどではないだろうけれど……ネットって、こわいね」

 

「…………」

 

 

「……あー、楽しかった……のかな?」

そっとアミュスフィアを外す。

枕元の光る電話をぱかっと……

【何やってんだよー(怒)】

……そうですよね。ごめんなさい。

電話をベッドにぽんと放り投げて、俺はシャワーに向かった。

 

 

「ふふっ、あはは。何やってるの、秀、ふふっ」

くるくるしながら声を上げて笑う瑞希。

「……すいません。何か面白くなっちゃってさ……まあ、面白かったよ」

俺は窓の外に視線を逃がしながら、くるくるくるくると……

「でも、それはちょっと見たかったな。キリト君とデュエルしてるとこ、見たことないし」

フォークを置いて頬杖をつくと、にやにやにやにや……

「前はそんなことして遊ぶ意味が無かったから……まあ、今だから、そんなことも楽しめるってことですよ……」

俺もフォークを置いて瑞希に右手を差し出す。

そっと俺の掌に重ねると、

「そうだね……今だから、だね」

にこっと笑う。

「いい時代になりましたなあ……」

適当に答えてみる。

すっと掌を離すと、 「おじさんみたい」 と苦笑いして、フォークを手にする瑞希。

俺は溜息をひとつ。

「まあ……おじさんに向かっているのかもねえ……」

 

 

【アスナさんちでバーベキューするよー!】

そんな魅力的なお誘いを 【めんどくさいから嫌】 と丁重にお断りして、電話をデスクに置くと、ごろんと俺は横になった。

 

 

髪を乾かし終えた瑞希は、軽やかにベッドへ滑り込む。

「せっかく時間、空いてるのに行かないの?」

俺の頬を人差し指で突付きながら、悪戯な笑顔を浮かべた。

「ああ、何かね……うん、まあ、めんどくさいなあ、と……」

すっと瑞希の右手を捕まえると、そっと唇を合わせた。

 

 

しばらくして、瑞希の目を見つめながら俺は、

「いや、あの人達さあ……前の俺たち、みたいな……ちょっと違うけど、何か……変なんだよねえ……分からないけど」

首を傾げ、枕がへこむ。

「どういう意味か分かんないけど……何かある人達なの?」

俺はくるっと仰向けになって、天井を見つめながら、

「うーん……分からないけどゲームが、ただ好きって感じ、ではない……何か妙に真剣というか……考えすぎかもしれないけど」

瑞希も仰向けになると、俺の右手を握る。

「秀のそういうの……当たっちゃうから、ちょっと不安」

静寂――ふいに、

「秀は、何かしたいって、思ってるの?」

「いや、全く……というか、無理な気がする……むしろ、ほっとくしかない、気がする」

ふふっと笑う瑞希。

「何か中途半端。珍しいね」

……そうかな? いつも曖昧な気がするけど。

「ああ、ごめん……久々にあっちに行ったからかも。余計なことまで考えてしまっているのかも、ね……」

 

 

(終わり)

 



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049 父母になる

SAOです。
新生アインクラッド編Ⅱです。
二〇二六年春~夏のお話。


「……辛いのは、これから、か」

珈琲カップをテーブルに置くと、背もたれに体重を預けた。

「そういうこと――だから、心配はないけれど、辛い思いをすることになる、ね……」

組んだ両手に顎を乗せたまま俯いた。

 

 

喫茶店を出ると、 「ありがとう」 珍しいお礼の言葉――

「いえ、どういたしまして……」

俺は、細い背中にそんな言葉を掛けた。

 

 

二月――予定通り、瑞希の母が上京。

俺たちはとりあえず、何も言わずに状況を見守ることにした。

瑞希も道場に出勤する回数を減らし、母親勉強会みたいなセミナーに通うことになったので、毎日楽しそうだ。

俺は相変わらず協会の仕事をこなしつつ、GEOのトレーニングと平行してイチから身体を作り直す日々。

 

 

そして、三月。ついにその日を迎える。

「それじゃ、行ってきます……」

「頑張って」

《GEOキックオフゲーム2026》 俺は、後半三十分から出場し、前年の雪辱を果たした。

「ただいま……疲れたっす」

「おかえり。格好良かった」

 

 

四月になり、春を迎えると激務に追われる日々。

協会絡みのVR関係の仕事が倍増する。

俺は肉体的・精神的にへとへとになりつつも、瑞希と生まれてくる子供によって、人生が豊かになるのを少しずつ感じられるようになっていた。

お父さんの為の勉強会――これが、思いのほか、楽しい。

 

 

五月。

父親、母親になる実感がどんどん増していく。

「そろそろ名前、決めないとね」

「ああ、どちらでもいいような名前……とか、卑怯かな?」

「それでも、いいかも」

 

 

六月――

何もかもが順調で、そして毎日が忙しく、俺たちは幸せを謳歌していた。

俺、そして瑞希――互いに嬉しそうな顔を見る度、ようやく手に入れた普通の日常を確認し合う日々。

他愛もない会話で笑い、どうしようもないことで怒り、しかたがない出来事で悲しむ。

それが、ふたりの願いであって、心の底から欲したもの……だったようだ。

 

 

もう、ふたりとも、あの頃の事を懐かしく思い返すこともなくなった。

それが、心地良くもあり、切なくもあった。

 

 

そんなある日……

「……秀、何かずっと震えてるよ」

俺は、ゆっくりと瞼を開けた。

眼前に光る電話――ゆらゆらと揺れている。

「ぽいって、して……」

瑞希をぎゅっと引き寄せた。

「わっ、ちょっと。ふふっ」

細く柔らかい身体、そのぬくもりが伝わると同時に、穏やかな睡魔に襲われる。

「でも、さっきからずっとだから」

瑞希はぽんぽんと俺の頭を優しく叩いた。

「ほら、起きて。めんどくさいけど」

「ふあぁ……めんどくさい……まだ、寝てますよって、ことにしようよ……」

 

 

(終わり)




次回、最終話。


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050 最後の秘密

SAOです。
最終話です。
二〇二六年七月のお話。


荒涼とした大地――傷ついた人々の輪の中心めがけ、疾駆する俺に合流する人影。

「遅すぎ――何やってたんだよ!?」

その不満そうな声に俺は、

「寝てた……普通だろ? ……」

 

 

瞬間――分裂した 《ストーカー》 の片割れに加速して斬りかかる。

「お久しぶり――」

馬鹿デカい包丁を受け止めた愛剣 《ヴェノムファング》 から激しい発光。

「Suck!! オマエまで来るとはな――」

横薙ぎの一閃を退ける――最高速の突き。

そのまま後方に回り込んで横一閃。煙のように消える。

……あっちはどうなった?

どうやら苦戦している模様。

即座に地を蹴った。

 

 

大鎌と包丁の鍔迫り合いに後方から突進する。

右手を大きく振りかぶる――迸る赤い光。

「おりゃっ!」

投げつけた 《ヴェノムファング》 はフードをかすめる。

後方に退くのを目視して、俺はそのまま 《ストーカー》 に突進した。

「バカか、てめえは――」

にやりと笑い、黒光りする包丁を振り上げた――

……馬鹿はお前だよ。PoHさん。

ふいに目の前に投げ込まれた直剣を左手で掴む。

轟音を響かせ、血色の閃光――

「な、……」

ゆっくりと立ち上がると、俺はすっと振り向いて、

「左利きなんだよね……ごめんな、PoH」

大鎌が振り下ろされた瞬間、薄気味悪い色の煙は風に漂い、拡散した。

 

 

雨が降り出した――

俺は大鎌の背中を追う。

アスナの前で立ち止まると、

「私が絶対守るって……バカのせいで、ちょっと、遅くなったけど」

その美しい抱擁を横目で見ながら追い越す。

「遅いよー、シュウ……」

にこにこした化け猫と、ぱんっと右手を合わせ、そのまま歩くと背後から、

「絶対、お前ェは来るって……じゃあな!」

……こういう時だけ頼りにされても困るんですけど。

俺は振り返らず右手を上げて、その場を後にした。

 

 

人々の輪の中心から緑色の光が飛び立つと、同じ色のマントを纏った人影が、ゆっくりと近づいてくる。

 

 

「ほんとに、ぎりぎりだった――絶対、無視しようと思っていたでしょ?」

 

「…………」

 

「あれだけ……まあ、来なかったら全部しゃべってしまえって思ったけど……ふふっ」

 

「……そうすると思ったから、来たんですけど……朝、早すぎるだろ、まったく」

 

「でも、間に合って、本当に良かった……ありがとう、シュウ……」

 

「いえいえ、どういたしまして……」

 

 

俺が右手を差し出すと、その細い指が絡まる。

 

 

「で、どうやって帰るんだ……あっちに?」

 

「さあ? ……ログアウトも出来なそうだし……死に戻りかなー?」

 

「えー……痛いんだろ? この世界……それは嫌だな……」

 

「ほら、これで、すぱっとしてあげるよ。ふふっ……痛くないよ、大丈夫」

 

「…………」

 

「まあ、帰れなかったら、こっちで約束守ってもらうってのも、ありかなー」

 

「…………」

 

「ほら、そうすれば、もう犯罪者じゃなくなるよ。グリーンにもどれるじゃない……」

 

「……あのさ、お前……早く彼氏、つくれよ、」

 

「秀、可哀想だから通報しないであげたんだから、ちゃんと感謝しようよ。ふふっ、あはは」

 

「……そうっすね。深澄さん、ありがとうございます」

 

「でもなー……子供生まれちゃったら、さすがに……」

 

「だから、彼氏、見つけなさい。俺なんかと遊んでないで……」

 

「そうだね……あっちに戻れたら、考えてみるよ――」

 

 

(終わり)




第1話の最後から2行目――これが、この物語の全て、です。ごめんなさい。

このお話の原点は、SAOアリシゼーションのリズベットさんの演説でございます。

本物とは何か――

それが、現実と仮想の真実を描くきっかけとなりました。

原作に満ち溢れる美しき世界とは裏腹な、人間の業を書いてみたいと……

それで、こんな救いようのないオチになってしまい……本当にすいません。ごめんなさい。

1話から全て読んでいただいた方、ありがとうございました。

1話だけでも読んでいただいた方々、ありがとうございました。

最後に次回作、すぐに執筆をはじめる予定です。

SAOしか分からないので、またSAOになります。ごめんなさい。

とりあえず、タイトルは 《SAO -GRAVITY-》 と、なる予定です。

次はちゃんと冒険する物語……書けたら良いなあ……です。ごめんなさい。

《SAO AGP》 読んでいただいた方々、本当にありがとうございました。


たかてつ


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