『書籍化!』自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台が、主人公を踏み台だと勘違いして、優勝してしまうお話です (流石ユユシタ)
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第一章 仮入団編
1話 覚醒イベントは常識だよ


 俺は主人公に憧れている少年である。幼い頃から、本などに出てくる主人公に勇気を貰い、夢を貰い、情熱、努力の大切さ、色んな物を教わった。カッコいい、俺もあんな風になりたい。

 

 そう幼い時から思って行動してきた。厨二過ぎて、周りから引かれることは多数。修学旅行では女子が俺の隣に座る罰ゲームとか言って遊ぶこともしばしば……。まぁ、仕方ないとあきらめていた……。だが、心の中ではどうしようもなく焦がれていたのだ。

 

 ハーレムとか、ファンタジーとか。そう言ったものに。あぁ、そんな風な世界に転生したい。

 

 そういつも、俺は思っていた。

 

 

 そんな時だ。高校一年生の朝の登校。赤信号を無視して、横断歩道に入る小学生を庇って俺は死んでしまった。どうしてなのか、よく覚えていない。もしかしたら、主人公っぽいことやりたいと言う厨二心かもしれない。

 

 鈍い音がして、これで人生が終わりだと感じる。だが、それで終わりではなかった。神が俺を転生させてくれると言うのだ。

 

「はい。貴方を円卓英雄記と言うノベルゲー世界の主人公に転生させてあげます(本当は噛ませ犬のフェイってキャラだけど)」

「ほ、本当ですか!?」

 

 

円卓英雄記と言うノベルゲーは聞いたことがある。友人が薦めてくれたけど、結局プレイできてないんだよな。人気投票1位のキャラだけは知ってるんだけど。でも、主人公ならそれでいい! だって、大抵の子と上手く行くもん!

 

 

「はい、子供を庇う姿に神である私の心は打たれました」

「おっしゃぁぁぁぁ!! 勝ち組だぁぁぁ!」

「思う存分、夢の主人公ロールプレイを楽しんでくださいね。因みに転生先はフェイと言う名前の男の子、記憶は13歳くらいになったら戻ります」

「な、なるほど。フェイって人気投票1位ですよね? ノベルゲーはやったことないんですがそのキャラの名前だけは知っているんです」

「あー、その通りです」

「1位キャラって、ことは」

「はい。勿論、フェイと言うキャラクターは主人公です。だって人気投票1位ですから!」

「おぉぉぉ!」

 

 

 

 どうやら、俺は勝ち組らしい。何という素晴らしい女神さまに会う事が出来たのだろうか。俺はただ、幸運に打ちひしがれた。そして……あたりが眩くなって……

 

◆◆

 

 私の名は女神アテナ。死者を導き新たなる生を与える仕事をしつつ、暇つぶしにニヤニヤしながら観察するのが仕事だ。と言うわけで次の魂は……ふーん、物語出てくる主人公が好きな男子高校生……それが車に引かれて死亡。ふーん

 

 まぁ、子供を庇って死ぬ当たり、善人かぁ……。

 

 

 そして、その少年が私の目の前に現れる。その時、あることを思いついた。

 

『こいつ、主人公キャラに転生させるとか嘘ついて、噛ませキャラに転生させたてやろう笑』

 

 どういう風に泳ぐのか、見てみたい。そう思った、神は娯楽に飢えているから仕方ない。

 

「はい。貴方を円卓英雄記と言うノベルゲー世界の主人公に転生させてあげます」

「ほ、本当ですか!?」

 

 本当はフェイって言う鬱ノベルゲーの噛ませキャラだけどね笑

 

 

「はい、子供を庇う姿に神である私の心は打たれました」

 

まぁ、嘘じゃないけど……そんなに心は打たれてない笑

 

「おっしゃぁぁぁぁ!! 勝ち組だぁぁぁ!」

「思う存分、夢の主人公ロールプレイを楽しんでくださいね。因みに転生先はフェイと言う名前の男の子、記憶は13歳くらいになったら戻ります」

「な、なるほど。フェイって人気投票1位ですよね? ノベルゲーはやったことないんですがそのキャラの名前だけは知っているんです」

「あー、その通りです」

 

変な所だけ知ってるんだな。まぁ、そのランキングはスレ民が原作ファン泣かそうぜって言って共謀した結果だけどね笑

 

こいつ、いきなり面白い笑 嘘ついて正解だった!!

 

 

「1位キャラって、ことは」

「はい。勿論、フェイと言うキャラクターは主人公です。だって人気投票1位ですから!」

「おぉぉぉ!」

 

 クツクツと私は笑ってしまう。この子はさぞや愉快に踊ってくれるだろう。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 高熱に打ちひしがれた。そう、それは俺がフェイと言うキャラに憑依をした証であるように、神様の言う通り、俺はフェイと言うキャラ13歳になっていた。黒い髪に黒い眼、顔立ちはまぁまぁ、主人公にしてはちょっと悪者顔と言うか、目つきが悪いと言うか、まぁ、こういう主人公も居るだろう。

 

 ノベルゲーの主人公。その言葉だけでなんだかワクワクする。だが、取りあえず現状を確認するために、転生先で数日過ごした。そこで分かった事は沢山ある。

 

 先ず、俺の話す言葉。これが、妙にとげとげしく変換されてしまうのだ。『ねぇ』と言ったら『おい』とか、『おはよう』が『何をしている?』みたいな勝手に翻訳機能みたいなのがついている。どうして、こんな感じになるのか?

 

 

フェイと言うキャラはクール系の主人公なのだろうか? それが主人公補正のようなものになっているのかもしれない。だったら問題ない。クール系の上から目線は基本だからだ。

 

 

 そして、俺が住んでいる場所は孤児院であるらしい。つまり俺は孤児であり、俺以外にも沢山の子はいるようだ。まぁ、主人公が孤児って割とあるある展開だよね。あとシスターのマリアと言う若い金髪巨乳美女がヤバいほどに可愛い。本当に可愛い。25歳らしけど。エグイ位可愛い。

 

 

 

 さて、ノベルゲーであると言う事はどこかで原作が開始されると言う事だ。一体、いつになるのかは分からない。だが、予想は出来るし、今の時期から戦える準備をしておいた方が良い。

 

 ここは剣と魔法の中世ファンタジー世界らしいからな。この世界には聖騎士と言われる者達が居て、彼らの最優先事項は孤児院があるこのブリタニア王国領土を逢魔生体(アビス)と言う化け物から人々を守る事らしい。

 

 そして、騎士団には15歳から入団テストを受けることが出来るらしい。ここでピーンと来たよね! ありとあらゆる物語を網羅している俺からすれば、15歳になった時に、騎士団に入団!! そこから閃光のような活躍を見せて、民を魅了、ヒロインに囲まれて素晴らしい余生を送る!

 

 

 大体頭の中で計画は出来た。なら、することは一つだ。13歳、つまり2年後に向けて、先ずは剣の修行をする! 孤児院には木剣があるから、これを使って今の内から剣を振って鍛錬をしよう! 

 

 

 そう思い、剣を振り始めた。元々、フェイと言うキャラは孤児院では浮いていたようで、誰も俺に話しかけてはこない。思う存分、俺は未来への投資を出来るのだ。

 

「フェイ、あまり無茶はダメですよ」

「あぁ、無論だ」

 

 

 勝手に刺々しい言葉になる。クール系主人公は上から目線は基本だから仕方ない。心配してくれたマリアには申し訳ないが、こればかりは止められない。何故なら、俺は主人公、俺がやられたら一体だれがこの世界を救うのか。一応、その責任もある。

 

 

 だが、剣を振る。強くなる。そう決めているのだ。

 

 

 だって、主人公だから!

 

 

 そう思って転生してから毎日、剣を振る。その姿をジッと見ているマリア。もしかして、マリア……俺のヒロインなのか? 疑ってしまうがマリアヒロイン説は後々、分かる事だろう。それよりも……

 

「おい! 何を企んでいるんだ!!」

「俺に何か用か?」

 

 

 俺と同じ年齢、孤児院で過ごしており、訓練の邪魔をする金髪に碧眼のイケメン男。トゥルー。こいつは毎日、毎日、俺の邪魔をする。何故だかは分からないが、絶対邪魔をしてくるのだ。俺の推測だが、こいつは絶対噛ませ犬だな。間違いない。

 

 

「ふざけるな! お前が真面目に訓練なんてするはずがない! 今までの行いを忘れたのか!」

 

 申し訳ないが、憑依前の記憶は殆どない。トゥルーがいくら言っても俺はそうか、とかそんな事しか答えられないのだ。それに俺には他にやることがある。主人公として、やることが。そんな冷めて相手をしない俺にトゥルーが木剣を突きつける。

 

「勝負だ。俺が勝ったら、全部話して貰う!」

 

 

そんなことを言われてもな……。だが、良いだろう。世界が俺を知る前に、お前に俺を凄さを教えてやろう。こいつも俺より前から訓練とか我流でしているらしいが、主人公の俺の才能の前には無力だろう。

 

 

「構わん。世界を教えてやろう」

「んだと!!」

 

 

俺とトゥルーが互いに距離と取る。そして、目の前に木の葉一つ舞った。互いに何も言わずとも理解する。あれが、おちたとk

 

「どらぁぁ!」

「――がはぁ!」

 

 

落ちる前に、トゥルーが俺に斬りかかる。それがクリティカルヒット。俺は腹部に直撃した斬撃に耐える。とんでもなく痛いんだが……、しかも、滅茶苦茶こいつ、速いんだけど……

 

 

主人公の俺よりも、速いんだが……一体全体どうなっているんだ? 俺、主人公だよね?

 

 

よし、落ち着け。今のはまぐれ。そうに決まっている……。ならば!! 俺は立ち上がり、トゥルーに向かう。風を切るような速さで向かったはずなんだが……あっさり避けられ、もう一度、腹部に斬撃を当てられる。

 

もう一度、もう一度。そう思って立ち向かっても敵わなかった。どうしてだ? 

 

 

 地面に倒れながら、勝った事を周りの孤児たちにアピールをするトゥルー……、それを称える孤児院たち。

 

 俺は主人公……のはず……。だが、こいつにはどうあがいても勝ってこない……ん? 勝てる訳が無い……そう、どうやっても勝てるわけがないのだ。

 

 

 

 

その時、俺の頭に稲妻が走る。あ、これ覚醒イベントじゃね? 良くあるやつだ。序盤は力なしで特別な力を知らない主人公が、危機に扮して覚醒を果たす、あれだ!

 

そうか。そう言う事か。どうりで勝てないはずだよ。これは、覚醒が来るまで、耐え忍ぶ、そして諦めるなと言うイベントだったのか。盲点だったぜ。原作は2年後、聖騎士として活躍する前から始まっていたのか。

 

 

そうと決まれば……

 

「まだ……だ……勝負は、終わってねぇ……終わってねぇぞ!」

「――ッ!」

 

 

そこからは戦いとは言えなかった。トゥルーの戦闘技術にはどうあがいても勝てない。だが、覚醒を信じて、只管に俺は立ち続けた。

 

まだか? ワクワクするな……まだか? ワクワクし続けているぜ、覚醒に期待しているぜ。……さぁ、さぁさぁさぁ、と願い続けた。

 

だが、あまりに激しくなり過ぎたのか

 

「そこまで! 何をしているの!!」

 

マリアが俺とトゥルーを止めた。傷だらけの俺と無傷のトゥルー。ボロボロの俺は覚醒をすることなく深い意識の底に沈んだ。

 

 

◆◆

 

 

トゥルーと言う少年にとって、フェイは気に入らない男であった。誰もが孤児院では他者を気遣い、敬っているのにも関わらず、彼だけは我を通し、他者を貶める発言をする。

 

 

 

それ故に彼だけでなく、他の孤児院にも嫌われておりシスターマリア、彼女にも手に負えない少年であった。いや、手には負えたのかもしれない。トゥルーは何かあるたびに彼の蛮行を止め、孤児院でも絶大な信頼を得ていた。

 

 

そう、手には負えていたのだ。

 

 

 

あの、13歳の高熱を彼が出すまでは……。

 

 

今まで他者に構い、散々好き勝手してきた奴を何を思ったのか、急に自分のように剣を振り始めたのだ。トゥルーは己の両親が化け物に襲われ、死んでしまった事を他の誰かにも味合わせない為に、聖騎士となり全てを守るために幼い頃から研鑽を積んでいた。

 

その才能も凄まじく、原石と言えるような物だ。

 

 

そう、自分は特別な人間であると彼は感じ、自身を彼は疑わなかった。だからこそ、彼はフェイと言う人間が今度はどんな悪行を考えているのかを確かめる為に、決闘を申し込む。

 

日々鍛錬を続ける俺と毛の生えた彼。こんなもの、結果は言うまでも無い。孤児院の子供も、トゥルーも勝利を疑わなかった。

 

 

「勝負だ。俺が勝ったら、全部話して貰う!」

 

 

決闘が始まる。そう、誰もが分かっていたようにそれは圧倒的な差であった。1と10。どちらが凄いか、言うまでもない。

 

木剣で彼の体に軽くあてる。優しさがトゥルーと言う少年の強さであった。どんな相手にも、施しを与え、非道に徹しきれない。だが、それは彼の甘さ、いや、傲慢と言うべきもの。

 

 

「――も、もう、いいだろう」

「まだだ……」

 

 

何かを求めている男の眼であった。何度も何度もフェイは倒され、ボコボコにされ、優しく剣はあてているがそれでも痛い事には変わりないはずなのに。

 

 

「俺は……こんなところで」

「なんだよ!」

 

自然と、力みが入る。それは恐怖であった。トゥルーにとって目の前の何かは許容し難い、何か。

 

――人、否、力を求める餓狼に近しい眼。

 

その目の奥に、どろどろした深淵のような何かを感じた。

 

 

周りの孤児たちも、戦慄をしていく。あれは、今までの自分たちの知るフェイなのかと。全く違う、異質な物なのではないかと。

 

 

「――まだ……だ……勝負は、終わってねぇ……終わってねぇぞ!」

「――ッ! う、うわあぁぁぁあ!!」

 

 

恐怖。漠然とした大きな恐怖。自分の理解の及ばない存在に、初めてトゥルーは、いや、円卓英雄記、メイン主人公(トゥルー)は恐怖を知った。

 

化け物。

 

 

ただ、それを目の前から消したくて、強く強く、剣を振ろうとした。だが、それを

 

「そこまで! 何をしているの!」

 

シスターマリアが止めた。自身にとって、姉のように、家族のように慕っている彼女が来た事によって、彼は正気を取り戻す。あまりに行き過ぎた行為であったと自身を恥じる。

 

見れば、目の前にいるフェイが傷だらけ。

 

「トゥルー、どうして!」

「ご、ごめんなさい……」

「フェイ! 貴方は……」

「――ッ 嘘だろ、立ったまま気絶してる……」

 

 

シスターもトゥルーも言葉を失った。気絶をしていた。最早、限界だったのだろう。だが、それでもその男は立っていた。限界の更に先。それを越しても、魂の意地で彼は立っていた。

 

これほどまでに、力を求める者が今まで居ただろうか。

 

この日の事を、主人公であるトゥルーは忘れない。彼の記憶の深くに恐怖が刻まれた。

 

 

 

 




面白ければモチベになりますので、高評価、感想お願いします


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2話 マリアはやはりヒロイン?

 トゥルーとの決闘の後、俺は目を覚ました。医務室のベッドの上、頭は包帯が巻かれている。そして、隣にはシスターであるマリアが俺が目を覚ますと嬉しそうに笑顔を向ける。

 

 可愛い、やはりヒロイン枠か? 

 

 そして、体が痛い。まぁ、あれだけボコボコにされたから当然である。トゥルーにあんなにボコボコにされるとは。

 

 あそこまでボコボコにされた。木っ端みじん。手も足も出ない。しかも、覚醒も起こらなかった。主人公であるのかと疑問になってしまう程に、無様であった。

 

 あ、あれ? 俺主人公だよね……僅かに不安がよぎる。だが、その時、またしても頭に電流が走る!!

 

 

 ――あれは、意味のある敗北だ。だって、主人公なのだから。

 

 そうだよ! 前向きに考えよう! ノベルゲー世界の主人公だぜ? 人気投票でも俺は1位なんだぜ? だったら、あれはちゃんと意味がある。この世界に俺がしたことが無意味になることはない! だって主人公だから!

 

 

 だとすると……考えられるのは一つ。あれは主人公の覚醒イベントでは無くて、もっと違うイベント。

 

 つまり、主人公専用負けイベントであったのだ。

 

 そっちかー。主人公である俺も流石にそれは初見では見抜けなかったぜ。まぁ、ああいうのは後々、伏線になったり、強化の足掛かりになったりするから無駄ではないと考えて、この怪我も良しとしよう。

 

 

 

 トゥルーとか、あれ絶対カマセキャラだな。そういう匂いがするんだ。

 

 

「フェイ? 大丈夫?」

 

 

 考えていると美人シスターマリアが覗き込む。心配そうに不安そうに、いい奴だなぁ。

 

『大丈夫です、気にしないでください』

 

 安心させるようにそのように言葉を発する。だが、

 

「無論だ。この程度、かすり傷」

「そ、そんなことないよ! フェイ!」

 

 

やはり、上から目線翻訳をされてしまう。きっとフェイと言うキャラはクール系主人公なんだろうなぁ。

 

ごめんね。マリア、年上なのに。でも、クール系主人公の上から目線は基本だから。

 

 

「ねぇ、フェイどうして、急に剣を振り始めたの?」

「どうして、か……」

 

うーん、主人公だから今の内から鍛えておこうと思って……。等と言えるはずもない。

 

まぁ、でも、強くなるためだよな……。ノベルゲームがどんな構造なのか、完全に把握をしていないが、逢魔生体(アビス)とか言う化け物が居るんだろ? だったら、多分これを倒す感じだと思うんだよね……。

 

だから、強くなるため……ただ、これだけだな分かりやすく言うと。あとは逢魔生体(アビス)を倒すようにするため

 

 

「高みを目指すためだ。そして……逢魔生体(アビス)を俺が滅ぼす」

「――ッ……」

 

 

マリアは欠伸をしたいのか、それとも驚いてあんぐりと開けてしまった口を隠す為なのか、美しい手で口元を隠す。

 

それにしてもちょっと盛ってるような、発言になってしまったなぁ。でも、きっとそれが何だかんだでゴールであるような気もする。

 

主人公は壮大な目的は基本だし。

 

 

「そう……まだ、あの時のことを……いえ、ずっと一人で……まだ、覚えているのね。両親が居なくなってしまったことを」

 

 

え? あー、なんか心配してくれてるけど、憑依する前のフェイって言うキャラの心配なんだろう。申し訳ないが全然俺覚えていないんだよね。憑依前の記憶とか無いし。思い出す気配すらない。

 

「昔の事は、一切覚えていない。だから気にするな」

「……いえそんなはず……ッ。そう、そうよね」

 

 

気にするなと言っているのに、凄い気にしている。あぁ、なんだかこっちがいたたまれないぞ。記憶は覚えていないし、それでもマリアは心配しているし。

 

 

「……あぁ、だから無用な心配は不要だ」

「――ッ……そう、そうね。ごめんなさい」

「何故謝る。お前が気にする事ではない」

 

 

なんか、凄い気にしてくれてるから本当に申し訳ない。マリアは本当に良い人なんだな……。

 

「それで、その怪我は大丈夫? トゥルーには私が叱って……」

「いや、その必要はない」

「どうして?」

 

 

別に怒ってないし。ああいうのが後々俺にとってプラスになるやなって。知ってるからな。俺にとって意味のないイベントは起こらない。

 

どっかで、今回のイベントが伏線になってるんだろうなぁ。それに、何だか自身の現状を知れたし、もっと頑張らないと。みたいな闘争心が湧いてきたと言うか。あのトゥルーと言うカマセみたいなモブキャラに負けたこの現状を認めて、俺は先に進もう。

 

 

主人公だからな! 常に向上心を持っているのだ! 世界は俺を中心に回っている。あの負けイベントも起きるべくして起こり、誰にも止めることなんて出来なかったんだろう。

 

結果。俺にとってプラスであったイベントであり、しょうがない

 

 

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「――ッ。そう、そうなのね……ごめんなさい」

 

おお、納得してくれたのか。マリアは笑顔になる。そして、あろうことか、俺を抱きしめた。柔らかい胸に顔がうずまる。お、おい……前世から童貞の俺にはそれはきついぜ…‥

 

 

「大丈夫。私がどこまでも一緒に居るからね……フェイ……愛してる」

 

 

耳元で囁く。その声ヤバい。耳溶ける……。良く分からないが、雨降って地固まる的な感じなのかな?

 

それにしても、柔らかい。ドキドキする。童貞心の俺にはどうしていいのか分からず、体が固まっていた。マリア、優しくて美人でいい匂いもする。しかも、俺を抱きしめてくれるなんて……。主人公が孤児出身で孤児院を取りしまるシスターがヒロインって割とよくある話だよな?

 

 

――やはり、マリアはヒロインなのかもしれない

 

 

■◆

 

 

 ボロボロになったフェイの側で一人の女性が心配そうに眺めている。ベッドの上のフェイの手を握り、まだ目覚めないのかと、不安を募らせ、願いにも似た、祈りを神にささげた。

 

 彼女の名はマリア。元は聖騎士として活動をしていたが今では孤児院を立ち上げ、孤児たちの面倒を見るシスターである。ノベルゲーム円卓英雄記ではメイン主人公のトゥルーの育て親。そして、ルートを辿ればヒロイン枠にも該当する。

 

 身寄りのない子、恵まれない子を、そんな子達を彼女は保護している。そんな彼女も逢魔生体(アビス)によって彼女も両親を失い身寄りが存在しなかった。飢餓に苦しみ、だが、様々な人の支えもあって彼女は生きながらえてきた。

 

 その時の自身の経験、そして、聖騎士として活動をするうちに人の笑顔に触れていき、彼女はもっと誰かの為にと思い立ち、自分に出来る事を探した。その結果聖騎士を若くして引退し孤児院を立ち上げることになる。

 

 

 子供の笑顔を守りたい。そんな願いからこの場所は作られた。だが、現状はどうだろうか。フェイと言う少年は怪我をし、笑った事はない。今まで一度も。

 

 

 マリアにとってフェイは苦手な少年であった。誰に対しても横柄な対応、誰もが心を開くマリアにも心を開くことはなかったからだ。

 

 自然とマリアもフェイと距離をとってしまっていた。

 

 誰もを平等に出来なかった。マリアの失態でもあった。

 

 だが、そんなフェイと言う少年はある日を境に大きな転機を迎えた。全てが変わり、そして、あの決闘へと向って行く。フェイはサンドバッグの様にされた。大けがに近い物をおった。

 

 だが、なんとか、治癒系のポーション、薬などを使い傷を完治させたのだ。あとは、目覚めを待つだけ、その間、マリアは只管に考える。何と声をかけるべきか。

 

 フェイが目覚めた。彼女は精一杯の笑みを向けて、彼に語り掛ける。

 

(フェイ……大丈夫なのかな)

 

「フェイ、大丈夫?」

「無論だ。あの程度のかすり傷」

「そ、そんなことないよ! フェイ!」

 

(あれが……かすり傷? そんな事あるわけがない。でも、嘘を言っているようにも見えないし)

 

彼女からすれば、一気に不気味な存在に変わってしまった。余計に近寄りがたいような気もする。だが、知らないと、自身はシスターそして、この子は孤児なのだから。

 

「ねぇ、フェイ。どうして、剣を……」

 

彼女は聞いた。少し考える素振りを見せて、彼は語る。

 

「高みを目指すためだ。そして……逢魔生体(アビス)を俺が滅ぼす」

 

その時、マリアはハッとした。ピースがパチッとはまり全てがつながった様な気がしたからだ。

 

 そうだ、この子も私と同じで両親をアビスに殺されて……そしてここに来たんだ。と

 

(もしかして、剣を急に握った理由は騎士になる為……? 両親の仇を討つため? そうか、この子は私と同じ……復讐者(アベンジャー)。化け物に殺された両親の無念を晴らそうと……)

 

 

(それをずっと抱えていたのね。でも、きっと復讐に身を堕とすのか、どうするべきかフェイは迷っていた。きっと怖かったのね。その道を選ぶことが……嘗ての私のように)

 

(だから、ずっと他者との関りを無理やり持とうとしていた。不器用だから関係性は構築できない、理解は、私も、孤児院の子達も出来なかったけど……ずっと一人で、本当は誰かに止めて欲しかったのね)

 

 

 嘗ての彼の孤児院での横柄な態度をそう結論付ける。マリア。

 

自然と彼女は、過去を思い出す、彼女も復讐に生きて来た。だが、彼女は騎士として活動していくうちに仲間が友が、救われ子達からの感謝があった。だから、復讐ではなく、救う道を選んだ。

 

周りの仲間が復讐を自分の傷つけることを止めてくれたのだ。

 

「そう……まだ、あの時のことを……いえ、ずっと一人で……まだ、覚えているのね。両親が居なくなってしまったことを」

「昔の事は、一切覚えていない。だから気にするな」

 

 

(覚えていない? そんなはずはない。私は……この子に……フェイに悲しい嘘を言わせてしまった)

 

彼女は自身を恥じた。ただ只管に、そんな噓を彼に語らせてしまった。何という事をしてしまったのだろうかと……

 

「……あぁ、だから無用な心配は不要だ」

 

だが、フェイは何てことないような顔で彼女に語り掛ける。それがマリアにとってまた一つの驚きであった。

 

「――ッ……そう、そうね。ごめんなさい」

「何故謝る。お前が気にする事ではない」

 

――フェイ、貴方は……

 

(私が失言をして、自身を責めていることを感じて。それが分かったうえで気にするなと。また嘘をついている……)

 

いつの間にか、この子は変わった……いや、違う。一人になる覚悟が出来たんだと彼女は悟った。復讐の道に歩く覚悟が。闇の道を歩く覚悟が……。

 

(私には分かる。嘗て、復讐者であった私には……)

 

(人を頼るではなく、己で切り開くつもりなのね……ずっと不器用に関わりを求めて。でも、誰も理解をしてくれないから。止めて欲しいと何度も助けを求めることはもうやめてしまった)

 

「それで、その怪我は大丈夫? トゥルーには私が叱って……」

「いや、その必要はない」

「どうして?」

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「――ッ。そう、そうなのね……ごめんなさい」

 

 

――この子は一体どこまで……

 

三度、彼女は戦慄をした。

 

(今まで、自分のしたことに報いを受ける為に、敢えて、孤児院たちの前で醜態をさらした。派手にやられ、怪我をし、そうすることで遠回しに今まで酷いことしてしまった孤児たちへの懺悔をした)

 

(罰を受け、そうすることで前との自分との決別の意味もあったのだわ……)

 

(そして、復讐を選ぶために、自身を強くするためには命すらなげうつ覚悟……きっとそう言う事なのね)

 

(根はきっと優しい子のはずなのに……どうして、私はこんなにも、なるまで放っておいてしまったのか。私は一度でもこの子を力いっぱい抱きしめたことがあっただろうか……)

 

 

彼女は力いっぱい、フェイを抱きしめた。でも、フェイは抱き返すことはなかった

 

 

(もう、私達とは相いれない……遠回しにそう言っているのね。私を気遣って……)

 

 

 

「大丈夫。私がどこまでも一緒に居るからね……フェイ……愛してる」

 

 

(もし、この子がその道を選んだ時は私が止める。この子が抱きしめ返してくれるまで、私は何度でもこの子を……)

 

 

 

シスターマリアは深く誓った。もう、これ以上、この不器用で孤独な少年を一人にしないと。




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3話 主人公、その名はアーサー

 なんやかんやで二年が経った。ラスボスを見据えて、剣を必死に振り、常に高みを目指す俺。向上心の塊である主人公である俺。これには孤児院の奴らもビビってたなぁ。尊敬の眼差しって言うかさ。トゥルーは決闘の後からは、あれっきり全然かまってこないし。ビビってんだなぁ。

 

 それとも、もう出番がない? モブキャラだから、出番が終わったらもう、関わるイベントももうない感じなのか、どうなのか、知らないが。まぁ、俺は俺の事を考えよう。

 

 俺は聖騎士として活躍するために、ブリタニア王国、王都の円卓の騎士団と言う騎士団の入団試験に馳せ参じていた。

 

 孤児院からそこまで距離も無いので、いつでも帰れると言う状況。だが、騎士団には宿泊できる寮みたいな感じのがあるらしい。

 

 うーん、主人公として直ぐに実家に帰るのは、なんかな……と思った俺は、英雄になるまで俺は帰ってこないみたいな感じでマリアに

 

「俺は、成すべきことを成すまで帰ってこない……それまで、さよならだ、マリア」

 

と言っておいた。そしたら、マリアが泣き始めて、もう、会えないとか、そんな嘘つかないでとか言い始めるので、ちょっと困った。マリアって心配症でいい奴なんだなと改めて実感。

 

 

 そのまま俺は円卓の騎士団の入団テストを受けに、王都ブリタニア、騎士団本部に訪れていた。大きな建物だ。近くにブリタニア城があるが流石にそれには及ばない。ただ、何と言えば良いのか、横に大きく、縦に大きいアパートのような感じだ

 

 四階建てくらいかな? 入団テストを受ける受験者は受付を済ませて外で待てと言われているので俺は待ちながら周りを見る。

 

 

俺のほかにも同年代のやつらが居るなぁ。

 

 どう考えても、俺の踏み台ですね。ありがとうございます。俺は自身の事を過大評価も過小評価もしない。だが、評価をするならば常に最高。だって主人公だからね。こいつらに負けるはずないよね?

 

 そして、驚くことにトゥルーが騎士団に入団するためにテストを受けるらしい。あれま、マジか? 全然知らなかった。まぁ、放っておこう。

 

 さーてと、他の受験者にちょっかいを出してもいいが、この二年間で俺がクール系主人公であると言う生き方が染みついているので何もしない。ただ、じっと試験が始まるを俺は待つ。

 

 

 クールに近くの木に寄りかかり、腕を組み目を閉じる。これぞ、主人公的カッコいいスタイリッシュな待ちの姿勢。

 

 まぁ、そんなに待たないだろうなぁと思っていると……誰かが俺のポジションに近づいてきたので眼を開ける。金色の綺麗な髪、それが腰まで伸びている。眼は右が菫、左が蒼。体の凹凸もしっかりしていて美しい少女。

 

 うわぁ、ガチガチの美人……。

 

 何で、この子、俺の元に来たのだろう? もしかして、一目ぼれか!? あー、その説アリだな。主人公だし、この子、ヒロインの可能性も出てきたな。となるとマリアはヒロインではなかった?

 

 

うーんと考えていると……騎士団本部の建物中から誰かが出てきた。

 

「はーい、未来の英雄たちこんにちわー。僕の名前はマルマル、五等級聖騎士をしているものだー」

 

 気の抜けたような声。青い髪に青い眼のイケメン男性。前世の俺なら絶対嫉妬をしていた。ああいう奴はモテるからだ。だが、しかし、今の俺は主人公、可愛いヒロインが寄って来るので嫉妬などしないのである。

 

 それにしても五等級聖騎士から。このブリタニア王国の聖騎士は誰もが十二から一までの等級を言う概念を持ち、数字が少ない程に優れた騎士であるとされているらしい。五か……まぁ、ぼちぼちだな。俺はどうせ未来の一、いや零くらいの器だからな。

 

「さて、そんなわけで入団テストをするんだけどー。まぁ、騎士はいつの時代も不足してるからー、ここに居る君たちはもう、合格と言ってもいいくらいなんだよねー。仮入団からの訓練が大事って言うか……」

 

 

あー、試験官がそう言うことを言っても良いのだろか? 確かにこの世界の聖騎士はいつもいつも、危機的状況に身を乗り出す。だからこそ、成りたくない者が大多数なのだ。

 

 

だが、給料はそれなり。だから、少数でもこうやって集まるのだ。まぁ、俺はそんなスケールの小さい事は言わないがな。

 

「てなわけだから、気楽でいいからー。と言うわけで、まぁ、一応適正テストみたいな? そんな感じのをするからさ。二人組を作ってくれるかな?」

 

 

「え、どうする?」

「俺と組もうぜー!」

「しょうがねぇなぁ!」

「私と組んでくれる人!」

 

 

先程の既に合格と言う言葉を聞いたからだろう。一気に同年代の踏み台たちが気の抜けた声をあげる。何と意識の低い事か。まぁ、俺は主人公なので、常に全力である。気を引き締めて……あ、二人組どうしよう……

 

「ねぇ」

「……」

「貴方に話しかけてる……」

「俺か」

「そう……逆にあなた以外に誰が居るの?」

「そうか……それでどうした?」

「どうして、そんな顔してるの?」

 

 

……もしかして、この子俺の事をブスと言っているのか? 先ほどの金髪美人が俺に話しかける。ちょっと嬉しい気持ちあったのだが……そんな顔してるってなに? 

 

「どういう意味だ?」

「そのまんま……ほかの子は皆気を抜いてる。でも、貴方だけ、抜いてない……どうして?」

 

あ、そう言う意味ね。馬鹿にしているかと思った。なんか、感情の読み取りにくい子だな。美人だけど、人形みたいに冷めていると言うか……。まあ、顔がイチバンだけどさ……

 

「お前は何を当たり前のことを聞いている? 常に己を超さねば成長はない。ただ、それだけだ」

 

いや、どうしてこうも名言がどんどん飛び出してしまうかね? いやー、俺は流石だな。

 

「……なるほど。そう言う事か……気付いてたんだ」

「……んん?」

「あの人、合格にするとは言った。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これから命を懸けて聖騎士として活動するのに、試験が何も無いなんてあり得ない。これは、いかにぬるま湯でも己を律することが出来るか、そう言うのを見られている。その裏の評価項目に最初から気付いてたんでしょ?」

「……フッ、当然だ」

 

 

全然気づいていなかった。そんな意図があったのね。知りませんでした。だが、やはり俺は主人公、大抵のことは上手く行くのである、流石俺。

 

「……私と組んで」

「……構わん」

 

 

やはり、こんな美人の子と組めるなんて……俺は主人公だ。世界が味方している。

 

「さぁて、皆、組めたみたいだね。試験は簡単、そして必ず合格すると言う事を先に言っておこう。さて、試験だが、ここに僕が用意した訓練用の木剣がある。それを持ってペアと打ち込んでくれ……こちらが止めと言うまで。続けるんだ。いいね?」

 

 

フッ、俺が二年間どれほどの訓練を積んだか。見せてやろうじゃないか。目の前の子の金髪女子、そいつに俺の強さを見せつけて、どうしてそんなに強いの!? 貴方に勝つまで私は貴方の奴隷! とか、そんなことを言わせてやろう

 

 

「あ、そう言えば……あなたの名前は?」

「フェイだ」

「そう、私はね……()()()()

 

なんか、主人公みたいな、名前だな。アーサーってあの歴史上の人物だろ? そう言えばこのノベルゲームの名前は円卓英雄記だっけ? あー、てことはコイツが主人公か……?

 

 

いや、それは無いだろう。主人公は俺だ。それに歴史上の人物って著作権フリーだったから色んな所に出張してる感じだし。もう飽和状態って言うか。主人公としてはもう、時代遅れって言うか。

 

だが、まぁ、アーサーと言う名前からすると……ヒロインとか、それなりのポジションだろうなぁ。主人公である俺には劣るポジだろうけど。

 

 

「じゃあ、始めてくれるかなー」

 

「よろしく、フェイ」

 

マルマルの合図でアーサーが木剣の剣先をこちらに向ける。俺もアーサーに剣を向ける。

 

「あぁ、始めよう……アーサー。俺とお前の……闘争を」

 

 

きまった……。これ、絶対MADとかで使われるわ。それは名言集、フェイ語録とか、そう言う感じだろうなぁ。感傷に浸る俺。

 

 

「うん」

 

 

次の瞬間、アーサーの動きが光のように速くなった。

 

 

「え!?」

 

 

■◆

 

 

 アーサー。円卓英雄記と言うノベルゲームを知っているなら誰もが知っている。トゥルーと言う主人公と並ぶ、メイン主人公の一角だ。このノベルゲームは円卓、つまりは誰もが平等であり主人公であると言うメインテーマが隠されている。

 

 無論、だからと言って全てのキャラに途轍もない程のエピソードを用意することは出来ないので、あくまでアーサーとトゥルーがメイン主人公、その他にサブ主人公が存在する。

 

 そして、サブ主人公にはdlcで補填などをしてさらに深堀をすると言う感じで物語は更に深みを増すと言う感じである。

 

 シスターマリアもヒロインであるのと同時にサブの主人公でもあると言うわけだ。dlcで彼女視点で物語も展開されるなど、様々な醍醐味がこのゲームにはある。

 

 だからこそ人気を博したのだ。その中でも永遠に人気投票で()()と言う不動のポジションを獲得しているのが、アーサーと言う少女である。

 

 だが、このアーサー……色々鬱な過去を抱えており、あまり人との接触に慣れてはいない。なので、この円卓の騎士団、入団テストと言う最初の試験では誰に話しかけて良いか、迷ってしまうのだ。

 

(どうしよう……入団会場、ココで良いのかな?)

 

 

 キョロキョロと辺りを見渡して、同年代のような子達が集まっているのを確認。盗み聞ぎをして、ここが会場であると把握したアーサーはホッと一息をつく。

 

 だが、どうしたものか。周りでは楽しそうに笑って居る同年代。試験を前にして緊張を互いに解こうとしているようだ。それを見て、少し、悲しい過去を思い出す。だが、頭を振って気持ちを切り替える。この場は落ち着かない。

 

 どこか、静かな場所を……

 

 その時、アーサーの眼はとある場所へ釘付けになった。近くにある一本の木。そこには一人の少年が腕を組み、木に寄りかかって眼を静かに閉じていた。

 

 たった一人……静かに静かに、そこに佇んでいる。そこだけ、まるで異界であるようにアーサーは感じた。誰も彼もが誰かと話している中、たった一人で風を感じている。

 

 アーサーはなぜだが、分からないが自然とその場所に惹きつけられた。特に何かを話すことなく、木の葉から漏れる僅かの陽光。周りの音が隔絶する。自然と、アーサーは心を許してしまった。

 

 

(この人、何だか不思議……ワタシと同じ……異端な気がする……)

 

 

 チラチラと話した事もない少年をアーサーは見る。だが、少年は一度こちらに気づいてチラリと目が合うがその後は再び、眼を閉じた。

 

 不動、この中でただ一人、孤高であると言う事を貫いていた。誰もが試験に不安を感じ、他者との交流を求める仲、この少年だけは一人、佇む。その姿を見て、アーサーは凄いと素直に感じた。

 

 

(凄い……ワタシにも、これくらいの精神力が欲しい)

 

 

 アーサーにとって、一番の欠点、最大の弱点と言えるのは精神のもろさであった。ありとあらゆる才能を持っているアーサーであるが精神力だけはどうしても持ち合わせない。

 

 

(どうすれば、こんな風に孤高になれるんだろう……秘密を聞きたい)

 

 

 名前をなんていうのだろう。自然と疑問が浮かんでいく。そして、結局話しかけられないまま、時間は過ぎていき、試験責任の聖騎士が現れる。そこで試験の概要を聞く受験者たちは一気に気が抜けた。なぜなら、絶対合格と言われたからだ

 

 

(なんだ……そんな簡単なんだ)

 

 

アーサーも最初は気の抜けた、考えであった。だが、目の前の少年は一切、そのような事はなく、顔を先ほど以上に引き締め、眼を細めた。

 

 

(どうして? 試験は絶対合格のはずなのに……)

 

 

そうだ、話す話題が出来たと。アーサーは少年に語りかける。

 

「ねぇ」

「……」

 

(聞こえていない? 他どうでもよくなるくらい集中しているのかな? それとも無視してるのかな?)

 

「貴方に話しかけてる……」

「俺か」

「そう……逆にあなた以外に誰が居るの?」

「そうか……それでどうした?」

 

 

(えっと、えっと……必ず合格で、そんな集中する必要ないのに、どうして、そんなに強張った顔をして、眼を細めて、集中しているのですか……? ちょっと長いかな?)

 

(いきなり、あんまり長く話しかけたら変な風に思われるかも)

 

(えっと、端的に換言すると……)

 

悩み悩んで、彼女は言葉足らずの結論を出した。

 

「どうして、そんな顔してるの?」

「どういう意味だ?」

 

(あ、伝わらなかった。だから、もっとちゃんと言わないと)

 

 

そう思い、今度は長めの説明をする。すると、少年は極自然に、それが当たり前であると言わんばかりに結論を語った。

 

 

「お前は何を当たり前のことを聞いている? 常に己を超さねば成長はない。ただ、それだけだ」

 

(……凄い。そんな風に日頃から考えられるなんて……でも、その考えはきっと異端。ワタシと同じで一人ぼっちなんだろうなぁ……)

 

(もしかしたら……ワタシと彼なら……友達に……)

 

 

淡い想いが、同族に対して湧いた。一人を寂しく思う少女(アーサー)と孤高で誰も寄せ付けない少年。

 

 

(これほどの高尚な考えを持っている人がこんなに真剣になるなんて……何かわけがあるはず……あ……)

 

そうだと彼女は思い返す。あのマルマルとか言う男は全員合格であるが優劣が無いとは言っていない。

 

(凄い、あの僅かな言葉からここまでの結論をはじき出すなんて……)

 

 アーサーは素直に彼に気づいていたのかと問いをした

 

「その裏の評価項目に最初から気付いてたんでしょ?」

「……フッ、当然だ」

 

 

当然であると。彼は答える。そこに嘘はなく、過大も過小もない。ただただ、これは普通の事であると心の底から思っているようであった。

 

(きっと、普通の人とは、成功とかの基準が違う……周りから見れば及第点をこの人は許さない。常にその上を及第点としているんだ)

 

 

(名前、なんて言うんだろう)

 

 

(フェイ……良い名前……)

 

 

(ワタシと組んでくれるかな?)

 

 

(やった)

 

 

 

この日、本来ならばメイン主人公格であるトゥルーとアーサーが邂逅を果たす試験であった。一人きりのアーサーに噛ませキャラのフェイが声をかけ、それを見たトゥルーがそれを止める。

 

そして、アーサーとトゥルーが二人組となるはずだったのだ。

 

だが、トゥルーはフェイを恐怖しており、近づきたくない。そして、分岐としてアーサー自らフェイに近づくと言う特異な事となってしまった。これは後々、大きな波紋を呼ぶことになる。

 

この日は大きなターニングポイントなる。

 

そして、ここでトゥルーがアーサーに話しかけない事により、トゥルーのアーサールートが消えた日でもあった。




面白ければ、感想、高評価宜しくお願いします!!


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4話 俺は主人公なんだ、誰がなんて言おうと主人公なんだ

日間1位!? ありがとうございます。


感想や高評価を沢山いただけて、モチベになります。これからもよろしくお願いします。


 アーサーは馬鹿みたいに強かった。いや、強いとか、そう言った次元じゃない気がした。

 

 木の剣は、まるで鞭のように姿が変わっていた。ブレブレで原型などを見ることは出来なかった。2年間、俺が必死こいて頑張ってきた努力は全く、このアーサーと言う少女には通用しなかった。

 

 剣ははじかれ、ブーメランのように宙を舞う。

 

 

 え? なんなん? こいつ……。滅茶苦茶強いんだが……。馬鹿なん? 馬鹿なのか? 馬鹿強い。凄いムカつく。何がムカつくって、こいつ一度も俺の体に剣を当てないのだ。

 

 剣をはじいて、早く拾ったら? みたいな顔するし。気付くと周りの受験生も俺の無様な姿を見て笑っていた。そんな風に見られたら悲しいよ!!

 

 でもな!!! 

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、諦めない。絶対、覚醒とか、なんやかんやあって、俺が勝つ。

 

 

 あ、また、剣がはじかれた

 

 

「……どうして、そんなに不細工なの?」

「……どういう意味だ」

「そのまんまだけど……?」

 

首をかしげて、可愛い子アピールをしながらとんでもないことを言ってくるバカ。

 

……こいつ。マジでぶっ飛ばす。俺にも主人公としてのプライドってもんがある。

 

「まぁ、いい。まだ、続けるぞ」

「うん」

 

 

強いのはコイツだ。だが、なんだかんだで俺が勝つ。

 

 

「……もう、終わりにしよう……だって、見てられないから、フェイの事」

 

 

 

こいつ、ドンだけ俺の事煽るんだ? アーサーとか言う大層な名前だけどさ。うわぁ、こいつ美人の癖に嫌味とか言って視聴者からヘイトを買うクソキャラだったのか。何かビジュアルが良いだけ、残念。

 

でも、強さは相当だ。うーん、だとすると、こいつは俺の生涯の敵みたいな感じか?

 

性格の悪いライバルキャラってよくいるしな……。あぁ、そんな感じだろう。最初は主人公を見下しているが、徐々に主人公の強さを肌で感じて、改心するみたいな。

 

だったら、納得だ。

 

 

「もう、終わり……」

 

 

 

終わり終わり、五月蠅いな。終わりかどうかは俺が決めることなんだよ! 俺は突進した! そして、もう一度、剣を振り上げた。

 

完全に舐めプのコイツは、もう剣を構えるのではなく、ただ、持っているだけになっている。

 

舐めプしているこいつの首に剣を当てて、後悔させてやるぜ。

 

 そう思って剣を振る。すると、彼女は驚いたような表情で俺の剣を先ほど以上の速さで剣を振るい、はじいた。物凄く速い一撃。俺でなくても見逃していた。

 

 え? こいつ、マジでやばい……目の前の一撃に思わず目を疑う。俺とあいつ、両方の剣が壊れていた。

 

 え、えぇ……ちょっと、オーバーキルすぎん? これ、返さないといけないんじゃないの? 人から借りたのを壊すって……まぁ、ファンタジーの演出としては良い感じだし、カッコいいし……いつか、俺もやろう!!

 

 

 そう思っていると

 

 

「はい。そこまで……受験は終了。全員合格だから、木剣返したら帰っていいよ。その後の連絡は梟が行くから」

 

 

何てことだ……。一度も良いところを見せることが出来なかった……。クソ……。

 

周りの奴らも俺の事を笑って居る。だが、これは最初は落ちこぼれだが、後から英雄になると言う奴だ。あるあるだからな、今回は引いて、トレーニングを積んでやる!!

 

そう思っていると、アーサーが近寄ってきた。

 

「ありがとう……勉強になった」

「……次は倒す」

 

 

 勉強ッてなんやねん。やっぱり性格悪いライバルキャラか。

 

 捨て台詞を吐いて、その場を俺は後にした。くそ、覚えていろよ。アーサー。この屈辱はいずれはらすぞ。

 

性格の悪いライバルキャラが強いのは最初だけだからな!!

 

 

あ、木剣の事はどうしよう。

 

 

◆◆

 

 

 アーサーと言う少女にとって、それは驚きであった。高尚な魂を持つフェイならば、その剣の実力も相当の物であると考えていたからだ。一度、突進して剣をはじいてそこからは首を傾げることが止まらなかった。

 

 フェイの剣術はお世辞にも優れているとはいえず、一体どこの流派なのか、我流なのか分からないが、それはまさしくアーサーにとって期待外れ、と言う評価をするしかなかった。

 

(全然、強くない……剣術もハチャメチャ……。あれだけの優れた精神力と洞察力を持っていると言うのにどうしてなんだろう?)

 

 

(体に当てるのは可愛そうだから、剣をはじくだけにしよう)

 

 

(うーん、本当に変な剣筋……誰でもある程度の剣の教えを請えばそれなりになるのに……)

 

 

 疑問は重なり、アーサーは正直に聞いてみることにした。

 

(えっと、どうして、そんなに剣筋がオカシイって、聞けばいいのかな? あー、えっと、うーんと……端的に還元すると)

 

(どうして、そんなに素晴らしい精神力を持っているのに剣筋が不細工なのか、ワタシは彼に問いたいから……つまり……)

 

 

頭の中で的確に質問しようと彼女は頭を回す。長すぎるとウザイと言われてしまうので最適な分量で聞けるように言葉を紡いだ。

 

「――どうして、そんなに不細工なの?」

 

残念な事に彼女にはコミュ力がない。いくら頑張っても、妙な言い回しをしてしまう。それがアーサーと言う少女である。案の定、フェイも怪訝な顔になる。

 

「……どういう意味だ?」

「そのまんまだけど……?」

「……まぁ、いい。まだ、続けるぞ」

「うん」

 

 

(教えてくれなかった……でも、そんなにまだ親しくないから仕方ない)

 

 

 

 その後もアーサーは彼の剣をはじき続けた。強くない、自身の格下。だが……それでも喰い下がってきた。

 

 

(諦めない……)

 

 

 アーサーもどこかで彼が手を緩めると思っていた。だが、そんなことはなく、寧ろ剣の覇気が増しているかとすら感じるほどだ。これほどのアンバランスの剣士は彼女にとって初めてであった。

 

 

 彼は直ぐに剣を取る。はじかれても、はじかれても、その度に。剣を取る。その度に、彼が、フェイと言う少年が強くなっていく気がした。

 

 それに眼を見張る。逸らすことは出来ない。逸らしたら自分(アーサー)は負ける。そんな気がしたからだ。

 

 

「クスクス」

「なにあれ」

「弱いな……星元(アート)すら使えないのか?」

 

 

 星元、言い変えれば魔力のようなもの。超常的な現象、魔術を引き起こすために必要な概念であり、それは誰にでも宿っている。

 

 だが、アーサーにとって、眼の前の闘争からすればどうでも良い事であった。

 

 

(もっと大事な、根源的な力……)

 

 

 誰かに笑われても、それを気にすることなくがむしゃらに喰らい付く、真の戦士の力と姿を見た気がしたからだ。

 

 だが、

 

(……なんで笑う? おもしろくない……)

 

 真の英雄の器(フェイ)は気にしなくても、偽の英雄の器(アーサー)は周りの声が気になって仕方ない。自分が魅せられた大切な姿。

 

 それを笑われて、彼女は憤りを強く感じざるを得ない。彼女にとって、それは英雄の姿、そのものであった。何度も何度も、立ち上がり、向かい続ける。

 

 英雄譚の欠片(一ページ)をまるで読んでいるような。

 

 ――現実は非情である。この世界は残酷である。

 

 彼女はそれは知っている。何処まで行っても強さが全て。精神の強さ、それも大事だ。だが、単純な力、暴力、悪逆非道な研究、逢魔生体(アビス)、大罪人。それに善人が喰いものにされる。醜い、醜い世界。

 

 力が全て。力があれば何をしてもいい。全ては力できまる。

 

そんな残酷な真実(自分)綺麗な理想(フェイ)に打ち破って欲しかった。

 

 

 でも、そんなことはあり得なかった。正直者が、善人が、一生懸命な青年(フェイ)が報われる。そんな世界ではない。理想(フェイ)現実(理想を笑う残酷)を目の前で見せつけられている。

 

 彼女は理想ともいえる美しい在り方を否定されたくなかった。自分にとって、大切であり理想の姿に見えた。

 

 

「……もう、終わりにしよう……だって、(ワタシにとって素晴らしいあなたの姿が周りに穢されるのは)見てられないから、フェイの事」

 

 

 彼女は、腕の力を緩める。そして、右の菫色の眼に星元(アート)を込めた。菫色の眼が怪しく光る。それは()()

 

 魔眼とは、特殊な能力を宿した眼である。これは先天的な才能によってのみ、開眼することができる。

 

 彼女が持つのは支配の魔眼。星元(アート)を消費することで、眼を合わせた相手を操ることが出来る。理想(フェイ)現実(アーサー)の眼があった。星元すら使えなかったフェイに勝ち目はない。

 

 これで、ゲームセット。

 

 

(残念……こんな形で終わるのは……()()()

 

 

 理想は潰えた。

 

 

そう、見えた……彼女は完全に集中力を無くし、戦闘モードを解除。完全に気を緩める……

 

寸前……

 

 

ゾクりと、彼女の全身の全細胞が大音量で警報を鳴らす。

 

――死、死死死死死死死死死死死死死死

 

完全に臨戦態勢(スイッチ)を切りかけていた。だからこそ、眼を疑い、驚きを隠せない。眼の前に、未だに剣を持ち、今まさに、斬りかかる寸前の理想(フェイ)が居たからだ。

 

 

(――どうしてッ!?)

 

 

支配の魔眼。これは目を合わせた相手を強制的に操作することができる。簡単に言うのであれば()()の一種である。

 

一見すれば、かなり強力であり出した瞬間に勝つロイヤルストレートフラッシュのようなもの。

 

だが、完璧なものなどなく。どんなものにも弱点とリスク、対応が存在する。

 

 

一つ、同じく魔眼持ち。眼には眼を。そんな言葉があるように、魔眼には魔眼で対応が出来る。だが、これは魔眼同士の相性もある。

 

二つ、相手が何らかの耐性を持っていた場合。魔眼で操られ続け、耐性が出来てしまう、元から特殊な耐性を持っていた、対魔眼の特殊な道具を持っていたなどが場合などがこれは該当する。

 

三つ、眼を合わせない。眼が合わなければ問題は無い。

 

そして、四つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

魔眼とは暗示だ。アーサーの魔眼も最高クラスの魔眼である。そこから付与される暗示は通常の騎士であればひとたまりもなく地に落ちるだろう。

 

 

だが、フェイと言う少年は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼が生まれてから、二年。毎日、自分は主人公であると自分に言い聞かせてきた。

 

スレ民の暴走を知らない彼は人気投票1位になってしまった自分(フェイ)を主人公だと完全に思い込み、神にたぶらかされ、その思い込みは留まることを知らず、二年。

 

その自己暗示は最高クラスの魔眼すらもはねのける暗示と昇華していた。皮肉な事に、剣術と魔術の腕は全くと言っていい程に成長はしていない。

 

それは彼を危惧した、マリアが剣術の指南書や魔術の書物を隠したことに影響をしている。

 

だが、そんなことは些細な問題だ。今、まさに、フェイの剣はアーサーの首を捕えようとしていたからだ。ここまで接近して、完全な不意打ち。

 

もう、才能、剣術、技能。そう言ったものが問題になる距離ではない。フェイと言う異常者はアーサーを捕える……はずだった。

 

だが、皮肉にもアーサーも異常者であった。空気が割けるほどの極限の速さ、魔術による自己強化と木剣の強化、己の筋肉をフルに使った。文字通りの本気。

 

緊急脱出のように大急ぎで作り上げられた、一撃。それは眼の前のフェイの剣(死神の鎌)を砕き、生命を確保するための本能によって為された行為。

 

それによって、フェイの剣は……宙を舞った。

 

 

互いに木剣の形が失われた。フェイの剣はアーサーの剣の一撃によって砕け散り、アーサーの剣も無理な強化によって砕け散った。

 

 

(……あり得ない。ワタシが……()()()()()()()()()

 

 

眼の前で起こった奇跡。彼女はそれに放心状態であった。明らかに自分の方が強者。だったのに、引き出された。

 

自分で引き出したわけではない。眼の前の騎士によって、無理やりにそれを引きだされた。前者と後者では明らかに成しえた事柄に差がある。

 

後者、それをフェイは成し遂げた、格上相手に。

 

 

(すごい、すごいすごいすごいすごいすごい!!! 何がどうなったのか、全く分からないけど!!)

 

 

感動に近い感情の嵐。アーサーの心は浮き足立っていた。理想が現実に勝った。いや、喰い下がった、引き分け。とも評価できるが、彼女にとって今はそれどころは無い。

 

 

(びっくり! こんな事ッて! あるんだ! 力は肉体や魔術だけに表されるものではない!! 精神力……私も鍛えないと……師匠になってくれないかな……?)

 

 

嬉しそうに心を弾ませるアーサー。だが、眼の前の少年は悔しそうに拳を握っていた。

 

(……あれほどの結果を見せたのに……一体、どこまで貴方は底が見えないの……?)

 

取りあえず、自身の理想の体現。そして、自身の新たなる課題が見つかった事に対して彼女はお礼を言うことにした。

 

「ありがとう……勉強になった」

「……次は倒す」

 

ただ、それだけ言って、フェイは去った。その後ろ姿をアーサーは眼で見えなくなるまで追い続ける。

 

(次は倒す……また会おうってことだよね?)

 

(またね……フェイ)

 

 

心の中で彼女は再び再会を誓った。

 

(あ、剣どうしよう)

 

壊した木剣をどうしようかと今更になって彼女は我に返る。

 

(フェイと一緒に謝れば……あ、フェイもう帰った……むぅ、私に押し付けて)

 

少し、膨れ顔。一緒に謝ってくれれば何の問題もないと言うのに。そして、彼女がどうしようかと考えていると

 

「あの」

「ん……?」

 

 

誰かが彼女に話しかける。アーサーが目を向けると自身と同じ金髪、そして碧眼。顔立ちが整っている少年であった。

 

「えっと……」

「あ、僕はトゥルー。えっと、君に聞きたいことがあって」

「そう……なに?」

「あいつ、さっきまで君が組んでたフェイって言う名前なんだけど」

「うん、知ってる」

「いきなりだが、アイツとは関わらない方が良い……」

「……」

 

 

いきなりそれを言われた。自身の理想を否定された気分になって、気持ちが悪くなる。

 

「アイツはヤバい。何かは分からないが、アイツはヤバいんだ」

「……そう」

 

(あなたの方がヤバい気がする……けど)

 

 

トゥルーは善行の少年だ。円卓英雄記の主人公でもあって、彼の行為には悪意がない。ただ単に、自身が体験した異様な何か、その危険を知らせたかっただけであった。

 

先程のやり取りを見て、彼女が僅かながら彼と関わりを持ったことを危惧した。ただ、それだけなのだ。

 

 

だが、トゥルーと言う少年に刻まれた恐怖がやり方を誤らせる。いきなりそんな事言ってしまえば、どう考えても事態は良くならない。

 

 

「と、とにかくアイツは、化け物だ。倫理と言う一線を軽々超えてしまうほどに」

「そう……」

 

 

(確かに、あの精神は異様だけど。畏怖すると言う感覚ではない気がする。この人、眼が節穴なのかな……)

 

 

「ん……分かった。覚えておく……覚えておくだけかもだけど」

「そ、そうか」

「ワタシも一つ聞いて良い?」

「なんだい?」

「あの人、フェイは何処の流派?」

「……アイツは独学だ。誰も教える人が居ないんだ。孤児院でも浮いてて、いや、不気味がられてると言うか……」

「……そ。もういい。ありがと」

 

 

(そっか、それであれほど。剣術が不細工になって……孤児院でも浮いて……それでも自身を高めていたから、妙な剣のスタイルに……)

 

 

(納得した。あれほどの精神力。だからと言って全部が上手く行くわけじゃない。日々積み重ねて、回り道をしているのか……)

 

 

(そして、ワタシと同じ……一人。同じ孤児院の子にここまで言われてしまうなんて)

 

 

 

(フェイ……また会えたら、友達に……)

 

 

彼女は思いを馳せた。トゥルーは心配そうに彼女を見て、そんな彼女達を受験監督の騎士であるマルマルは眼を細めて眺めていた。

 

 

 

 




モチベになるので。高評価、感想、お願いします


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5話 マルマル

感想高評価、ありがとうございます。マリアの言動について可笑しいと沢山のご指摘ありがとうございます。

いや、すいません。粗くて……そう言うのは直ぐに説明をするべき事でした。今回補足をしておきましたが

また、ご指摘が多く上がった場合は修正の場合もあるので、その時はご了承をお願いします。


 聖騎士マルマル。五等級聖騎士である彼は入団試験の責任者である。今回大役と言う役職を任された彼であるが、彼の口調と顔つきは緩い。だが、それと相反するように心中では注意深く受験者を見るように心掛けていた。

 

 

 いつもと同じ、いつもと同じように真剣にやるべきことを自身はやるのだと。ただ、それだけ。それが世界をよくすることに繋がると信じているから。裏の評価項目。どれだけ、緩い試験でも己を律するのかと言う項目を特に注意深く見ていた。

 

 試験の内容を伝えて、数秒。

 

 

(……どうやら、今期の中ではこの項目に気づいた者はいないみたいだね)

 

 

 周りでは既に談笑を始めている聖騎士の卵が見受けられ僅かに期待外れである気がした。

 

 

(僕たちの世代では気付いていた奴も、それなりに居たんだけど……あとは、聖騎士の心構えがしっかりしている者は気付かなくてもそれなりに振る舞うが……)

 

 だが、別にそこまでその項目を気遣うつもりもなかった。気付いた者が居ないのであれば、あとはラフな感じであるが単純な剣の打ち合いなどを注意深く見て、順位を付けるだけ。

 

 聖騎士団は人員が不足している。使える者を選別するのではなく、使えるように育成すると言う方に方針を定めている。だからこそ、全員合格。仮入団させ、そこから厳しい育成をすれば問題は無い。

 

 そう、例外はあるにしろ、実力はあとから嫌と言う程つけさせれば問題は無い。この試験で重要なのは。

 

 

(注意深く物事を認識する観察力、そして、周りに流されない判断力……強靭な精神力を持っていると言う事。まぁ、精神論だからかなり難しい議題ではあるんだけど)

 

 

 鉄を叩けば伸びるように、体も鍛えれば伸びる。だが、精神面は叩き過ぎれば折れてしまう事もある。精神だけはそう簡単に鍛えられない。

 

 完全なアウェーの空間。この中でそれに気づけた者だけが、どんぐりの背比べの評価の上の行くことが出来る。

 

 入団してから、誰も彼もが嫌になるほどの訓練をする。その中でも、さらに上、公表はしないが特別部隊として訓練を受けることになる。あまりに想像を絶するのでそう簡単に騎士の卵を入隊させ潰すことはできない。

 

 だが、強靭な者達。彼らだけには期待と言う名の地獄を味わうことになる。

 

 

(今期は居ないか……しょうがない、星元(アート)とか、剣術を見て判断を……あらら、いるね、気づいている奴が)

 

 

 一人だけ、一切表情を崩さずに自身の話を聞く男。その男に感化され金髪の少女、そして、金髪の少年、そしてもう一人の少女が何かに勘付いたようだ。

 

 

(あの子は……確か、フェイだったか? マリアの孤児院の……)

 

 

マルマルの頭には嘗ての記憶がフラッシュバックした。マリアとの入団試験、ここで交戦をしたことを。

 

 

復讐者(アベンジャー)と言われたマリアに、あの子は重なる)

 

 

何度も何度も、喰らい付く。そのフェイの姿に幼い時のマリアを重ねていた。自分と彼女はまさしく死闘を繰り広げたのだ。何となくで合格と言われたのに、マリアはそれを許さず、自身に剣戟を繰り返す。

 

 

マリアとフェイ、その二つ知るマルマルにとって、二人は同郷の人間に近い感覚を得た。ほぼ同じ、唯一違うのは、剣戟にキレがないと言う事だけ。

 

 

闘争は進み、結局アーサーが必死の一撃をも凌ぐ。

 

 

(優れた精神を持っているが、それを生かす技能がない……。独学? マリアが教えたりはしなかったのか?)

 

 

フェイのアンバランスさを見て、疑問を掲げるマルマル。だが、その後のアーサーとトゥルーの話を聞いて、納得をした。あのマリアが独学を許すはずがない。一人にさせることはない。

 

 

だとするなら。

 

 

(なるほど……マリアらしい。完全な独学をさせることで……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 騎士団も受験に合格を出したからと言って、いきなり前線に引きずり出すことはしない。ある程度の実力を仮入団で付けさせ、そこから初めて十二等級を授け、その実力にあった任務をだす。

 

 

 

(実力の無い者は多大な育成期間を過ごすことになる。マリアは少しでも前線に送るのを遅らせたかったと言う所か)

 

 

(そして、独学で学ぶ者は高確率で妙な癖がつく。その癖を改善するとなれば更なる時間もかかるだろう)

 

 

 フェイはなんかカッコいい剣術をしようと適当に剣を振っていたので、妙な癖がついてしまっている。それを知らないマルマルだが、フェイの剣術が癖だらけと言うのを見ていて感じていた。

 

 

(そして、あの子は引くことが出来ない。引き下がれない、嘗ての自分(マリア)と同じで死ぬか、倒すかそれしかない)

 

 

(細い糸を渡るような生き方をしたマリアには分かったのだろう。()は自身よりも深いのだから。道を変えるよりも、道を遠ざけることにした。無論、彼女は変えることも諦めるつもりは無いだろう)

 

 

取り返しのつかないことになる前に、道を変える為の時間稼ぎの一環として、マリアは指南書を隠し、人としての接する時間を多くしてきた。そして、それを嘗ての同期であったマルマルは簡単に推理できた。

 

 

(マリアには分かった、このままではあの子の行く末は二つに一つ。無様にくたばるか、喰い下がり一人の道を歩き続けるか)

 

 

 マルマルもさて、どうするかと頭を悩ます。マリアの意図を汲んで、彼の特別部隊入りを無しにするか。それともあの魂の輝きを信じるか。

 

 特別部隊に入れるような精神力は持っている。あそこで耐えることができる精神も持っている。どの程度の時間かかるか分からないが、あそこから出ればフェイと言う聖騎士は前線を駆け回り、危険な任務に身を投じる確率も高くなる。

 

 それとも普通の仮入団部隊に入れるか。こちらでも彼はきっと耐えるだろう。無論、特別部隊よりは育成も遅くなる。こちらはマリアの意思を汲む。マリアも何とか、仮入団の間にフェイの気持ちを改善させたいと感じている。

 

 

 

(後者はない……すまないマリア。僕は見てみたいんだ。あの子がどんな聖騎士になるのか)

 

 

 意を決し、マルマルはフェイを特別部隊に推薦することに決めた。

 

 

(アーサー、トゥルーこの二人も素晴らしい実力と才能を持っている。正統派の騎士。この二人からも僕は何かを感じた。だが、僕は……フェイにもそれ以上に何かを感じてしまった)

 

(この世界は、昔から変わっていない。僕は変えて欲しいんだ)

 

人が当たり前のように死んでいく。マルマルと言う聖騎士もかつては家族を失い、その悔しさをバネに聖騎士の道を進んできた。

 

だが、自分と言う力はちっぽけで世界は変わらない。どうか、変えて欲しいと願っていた。

 

 

(この世界を変えるのは、正統か、狂気か……見せてもらう)

 

 

 

◆◆

 

 

 何やら、梟が俺に手紙を届けてくれた。おー、嬉しいなぁ。この世界では特殊な訓練をされた梟が郵便配達物を届けてくれるらしい。

 

 凄い、どういう仕組みかは全く分からないが……。手紙を開けていくぅ!

 

『フェイ殿。この度、貴殿を円卓の騎士団、仮入団聖騎士として任命をされたことを通達致します。よろしくお願いします……』

 

 

 ふむふむ、まぁ、合格か、当然だが。逆に俺が不合格だったら物語終わってしまうからな。

 

 でも、実は普通に嬉しかったりする! 勝利のダンスでも踊りたいが、クール系の主人公はそんな事しない。偉そうに淡々とするのが基本。

 

 俺は孤児院の一室、いつも孤児たちと一緒に食事をする場所で手紙を開けて読んでいた。すると、ドアが開いて、マリアと眼を閉じている子が入ってくる。

 

「あら、フェイ。それ合格通知?」

「あぁ」

「ふぇい、すげぇぇぇ!」

「フンッ、この程度、騒ぐほどではない」

 

 この眼を閉じている。いや、眼が見えない男の子。レレと言う子だが、何故か懐かれている。基本的に孤児院とはあまり接する機会がないが、この子とマリアだけは例外であり、ちょくちょく話しかけてくる。

 

 二年間経って、この二人しか話す人居ないって……クール系主人公は無口だからな。

 

「ふぇい、てがみよんで!」

「仕方ない……フェイ殿。この度……」

 

 

仕方ないから、読んであげた。こういう時、流石の翻訳機能も働かない。

 

「すげぇな! おれにも、なれるかな?」

「……俺に聞くな。お前次第だ。それを掴めるかはお前の覚悟にかかっている」

「うん! がんばる!」

 

 

眼が見えないらしいが、俺からすればそれは別に聖騎士を否定する材料ではない。俺は常に客観的な評価を下す。

 

そうすると嬉しそうにきゃっきゃと騒ぎ出す。子供の無邪気な所は嫌いじゃない。

 

「ありがとう、フェイ」

「なにがだ?」

「あの子は眼が見えなくて、自分に諦めている子だったから」

「……俺は何もしていない。同情も、手助けも。ただ、俺は思ったことを言っただけだ」

「そう……聖騎士……大変だから……頑張ってね」

「あぁ」

「帰って来てね。ここに」

「出来る限りだ。約束は出来ん」

「うん……今はそれで」

 

 

 まぁ、俺は主人公だから遠征とか、特別任務とか発注されて色んな所行くだろうしな。約束はできない。俺はあまり虚言を吐かないのだ!

 

 マリアに言われ改めて実感する。聖騎士になるのか。俺。本当は円卓の騎士団の宿を使わせてもらおうと思ったんだけど、マリアが帰って来て欲しいと言うから、ここで過ごすことにした。

 

 

「ふぇい!」

「ん?」

「さきにいってて! おれもきしになって、おいつくから! そして、おれがふぇいをこえるきしになって、ふぇいもまもる!」

「……出来るなら、やってみろ、先に高みで俺は待つ」

 

 

 もしかして、フラグか!? いつか、あの時の約束を果たしに来たぞ。みたいな展開になるのかな? レレ良い奴だからそうなったらそうなったで面白い

 

 

■◆

 

 

 レレと言う少年にとって、孤児院は優しい孤児とシスターに囲まれた最高の場所であった。親を山賊によって殺され、だがその姿を見ることも出来ず、聖騎士に保護され、孤児に預けられた。

 

 真っ暗で何も見えない生活だが、満足をしていた。シスターの声は優しくて、誰もが手を取って導いてくれる。

 

 不満はない。でも、少しだけ寂しくもあった。皆優しくて、過保護に育てられる。自分は人の手を借りて、生きていくことが定められていると幼い心ながらも感じていたからだ。

 

 レレの夢は聖騎士になる事。だが、それを言ったら危ないからやめた方が良いと他の孤児に言われ、料理も危ない。あれも危ない、これも危ない。と言われる。そこに悪意はない。

 

 遠回しに全てを無理と言われている気がした。

 

 そこには善意しかない。だが、どこか苦しかった。

 

 そんなとき、あることに気づいた。この中で自分に一切手を貸さない人が居ると。

 

 フェイ、孤児院での嫌われ者。姿は分からないが、声は少し知っている。相当悪い奴だ。

 

 昔はあくどい事を沢山してたけど、話によると、最近はいつもいつも剣を振っているらしい。そう聞いた。

 

 ずっと、フェイに聞いてみたいことがあった。以前から聞きたかったけど、フェイは危ないから近寄らない方が良いと他の孤児に言われ、近づけなかった。

 

 だが、最近は大人しいらしいのでレレは好奇心に任せて足を運ぶ。

 

 

おぼつかない足取りで彼の元に向かう、彼が剣を振る庭の一角。近づくほどに剣を振る音が鼓膜に響いて、大体この辺かな? と思う所で足を止めた。

 

 

「あ、あの」

 

 

 声を出すと、剣を振る音が止んだ。そして、鋭い声が聞こえる。

 

「なんだ?」

「えっと……」

「……」

「どうして、」

「……」

「どうして、どうしてぼくにやさしくしないんですか?」

 

 

それは、子供だから聞いてしまった純粋な疑問。不満とかではなく、ただ、純粋にどうして、この人は皆と違うかを知りたかったからだ。

 

 

「なぜ……か(え? そんな事言われてもな……常に周りに人が居て、俺は主人公オーラで避けられてるから近づきにくいから、そもそも優しくするも何も無いんだが)」

「……」

「……する必要がないからだ(常に誰かと支え合ってるし、俺はオーラが強いからな。無理に入ることでそれを壊す必要はないだろう)」

「……!」

 

 

それは新鮮であった。別に卑下をしているわけではない。だが、不思議な感覚で会った。

 

レレは何かが変わる気がした。守る対象で保護をすべき対象でなく対等な関係として見られている気がしたからだ。孤児院の子達が嫌いなったわけじゃない。

 

ただ単に新鮮だったのだ。

 

だから、この人は何て言うのか気になった。他の孤児院の子達が無理と言った事に対して。

 

 

「ぼく、ゆめがあるの……」

「そうか」

「でも、ぼくはめがみえないから」

「……だから?」

「むり、かな?」

「さぁな。そんなこと俺は知らん。ただ、夢は逃げない……逃げるのはいつも己だ。それを覚えておけ」

 

 

そう言って、彼はもう、何も語らなかった。話は終わりだと言わんばかりに仏頂面で剣を振る。

 

レレの耳にはまた、剣を振る音が聞こえる。

 

僅かに、レレは彼の小さな小さな優しさを感じた。きっと、普通だったら気付くはずのない程に砂粒のような優しさ。だが、レレはそれに気づくことが出来た。

 

それはずっと暗闇に居たからこそ、その僅かな小さい(やさしさ)に気づくことが出来たのだろう。

 

 

この時から、レレにとってフェイは何とも言えない兄のような、何かを感じることなる。

 

そこから、話す機会が多くなったわけではない。だが、レレは偶にフェイに話しかけるようになった。

 

ただ、それだけの話だ。

 




モチベになるので、感想、高評価、よろしくお願いいたします!!


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6話 たかが石ころ




 朝の日差しが俺を照らす。その明るさに目を覚まし、孤児院のベッドから体を起こして着替えを済ませる。

 

 日課のトレーニングの為に庭に出る。素振り、反復横跳び、筋トレをこなす。朝は多少の涼しさがあるからトレーニングが捗って気持ちがいい。

 

 二年間、朝のトレーニングは毎日欠かさず行う事にしてきた。主人公だからだ。日々の積み重ねは大事。

 

 当たり前のことだ。二年間もやり続けてきたからか、俺の体も大分引き締まっている。二年前よりは格段に強くなっているだろう。無論、これからも成長をしていくが。

 

 体が引き締っているからな。ポージングとかすれば絶対に絵になるやつだなこれは。そんな事を考えながらトレーニングを済ませて、布で汗を拭う。

 

 それが終わったら、朝食をするために食堂に向かう。孤児院の子達は全員同じ時間に同じものを食べる。

 

 席は自由であり、俺はいつもと同じように端っこに座る。大体俺の側には誰も座らないのだが、偶にレレとマリアが座る、今日はその日のようだ。

 

 俺はいつもよりも多くご飯を食べる。今日から円卓の騎士団、仮入団団員として活動を開始するからだ。いや、ついにこの日が来てしまったな。

 

 

 ふっ、一体全体どんなことになるのやら楽しみだ。

 

 

「ふぇい、きょうから、えんたくのきしだん、かりにゅうだんだんいんなんでしょ?」

「あぁ」

「きゅうりょうももらえるの?」

「そうだな」

「ぼくけんがほしい!」

「……俺に給料が入ったときに何か出来るようになっておけ」

「そしたら、かってくれる?」

「……あぁ、だが勘違いするな。それを手に入れられるかはお前次第だ」

 

 

レレは素直で可愛いなぁ。マリアにやったぁと喜びの声を向けているのも可愛い。そして、マリアも可愛い。

 

 

俺が優雅に食事の時間を過ごしていると、

 

 

「ちょっと、私がトゥルーにするのよ!」

「わ、ワタクシですわ!」

「ふ、二人共落ち着いて」

 

 

金髪に碧眼のツンデレ系の少女、レイ。お嬢様口調で青髪青眼のアイリスがどちらがトゥルーに朝ごはんをあーんするのかと言ういつもの激闘を繰り広げていた。

 

……俺にもああいうのがいつかあるのかな?

 

 

それにしてもトゥルーって、噛ませっぽいのにヒロイン枠みたいなのが二人も居るんだよなぁ。まぁ、俺にもいつかできるんだろうけど。

 

 

朝食を終えて、身支度を整える。そして、孤児院を出る。

 

「ふぇい、がんばれー」

「いってらっしゃい」

 

 

俺の見送りはレレとマリアだけだ。トゥルーは他の孤児達からの激励の言葉を聞いており、まだまだ出発に時間がかかるようだ。

 

 

王都ブリタニア。レンガで作られた家が多く、二階建ての家もあるがそういう家は大体が商人の物だ。出店なども多少あり、活気がある。

 

 

 

偶に豪華な服を着ている者が居るが、あれは貴族か? 一応聞くところによると封建制度らしいけど、主人公である俺が貴族と関わるイベントもありそうだな。

 

 

 

クールに歩きながら、目的の場所に向かう。そこは騎士団本部より少し離れた場所、空地のように僅かな雑草と三本の木、それだけしかない。

 

 

俺が一番乗りか。あ、ふてぶてしく遅れても良かったかもしれない。遅れてやってくるのも主人公っぽいよな。

 

いや、集合場所に遅れるって言うのもそれはそれで……良くないような。主人公としての集合の仕方について悩んでいると。

 

 

「あ、フェイ」

「……アーサーか」

「一番乗りなんだ」

「あぁ」

 

 

アーサーが来た。その後、トゥルーと二人の女の人もやってくる。

 

 

◆◆

 

 

 アーサーが仮入団団員として最初に活動するための目的地に到着すると、既に誰かが自分より先に居るのが分かった。三本の木の一本に背中を預け、腕を組んで眼を閉じている。

 

 

「あ、フェイ」

「……アーサーか」

「一番乗りなんだ」

「あぁ」

 

 

沈黙。互いに多くを語ることがない性格。故にその沈黙とは当然の物であった。

 

 

(……フェイって、何歳なんだろう。聖騎士は十五歳からなれるけど、ワタシは17歳だし)

 

「フェイって、何歳?」

「……十五だ」

「あ、そうなんだ」

 

(大人っぽいから、もっと上の年齢だと思ってた)

 

 

なんて言おうかなと頭で考える。だが、彼女は極度の言葉足らず。発した言葉がフェイにとってその通りに通じるかは分からない。

 

「フェイって、良い意味で老けてるよね」

「……さぁな」

 

 

明らかに侮辱であるがアーサーは天然なのだ。フェイの内心は嫌味を言われたと感じている。

 

(ワタシって、子供っぽいなぁ。フェイと比べると)

 

「ワタシは十七歳だけど、まだまだぴちぴち。フェイと比べると」

「……そうだな」

 

 

ぶっきらぼうにフェイは呟く。アーサーは気付かないが、フェイの眉間にはしわが出来ている。

 

 

時間は過ぎていき、二人の空間に新たな人物がやってくる。

 

「あぁ!? んだよ。一番乗りじゃねぇのか!」

「「……」」

 

 

 

腰まで伸びる赤い髪。眼も紅蓮のような赤。八重歯が鋭そうなまさしく自由と言う言葉が似合いそうな一人の女の子。そんな彼女が二人を見ながら寄って来る

 

 

「あ! お前、試験の時の!」

「……誰だ」

「ボウラン! アタシの名前だ、憶えておけ! 三下!」

「……そうか」

 

 

フェイはクールに流す。彼女は円卓英雄記と言うノベルゲームで、アーサー、トゥルーとスリーマンセルとして特別部隊として活動をする少女。ボウラン。ガサツな言動が目立つが、鬱ノベルゲーなのでその内死亡する少女だ。

 

 

「あわわわ! すいません! 遅れてしまいましたか!?」

 

 

彼女が来た後すぐに、銀髪に碧眼、小さい背にアーサーより凹凸のある体。少女が現れる。

 

 

「す、すいません……教師なのに、遅れてしまいまして……」

「遅れていない……」

 

アーサーが教師と名のる、その白い少女にフォローを入れる。

 

「よ、よかったぁ」

「でも、私とフェイはかなり前から待ってた」

「わわわ、ご、ごめんなさい!!」

「別に、謝る必要はない」

 

アーサーは淡々と事情を話して落ち着いてもらおうと思ったのだが、逆に慌てさせてしまった。そして、ボウランは教師と名乗った少女に対して疑問を向ける。

 

 

「教師!? お前みたいなチビが!?」

「あはは……すいません、チビで。えっと、ボウランさんに、アーサーさん、そしてフェイ君ですよね? あと、トゥルー君……はまだのようですね」

 

 

教師役と言う事で全員が僅かに驚く、明らかに教師と言うよりも生徒と言う程に幼さを感じたからだ。

 

「あ、誰か来るぞ?」

 

 

ボウランが目を向ける。そこには、トゥルーの姿があった。彼は素早い身のこなしで三本の木のふもとに到着する。

 

 

「お、遅れてすいません」

「いえいえ、私も今来たところです!」

 

 

五人、本来なら四人であったその場所にフェイと言うイレギュラーが入った事で物語は大きくねじれていく。

 

「自己紹介をしましょう! 私は、ユルル・ガレスティーア、皆さんの教師として一緒に活動をする十二等級聖騎士です! よろしくお願いします!」

 

 

鬱ノベルゲーと言われる円卓英雄記で一番最初に酷い目に遭ってしまう。ユルル・ガレスティーアが挨拶をした。

 

 

彼女に言われ、全員が挨拶をする。知っている者、初めて見る者、さまざまに交差する。そして、ある程度談笑を済ませると、早速教師であるユルルが一つの白い水晶を取り出す。

 

 

手の平に収まるサイズ物だ。

 

「早速ですが、訓練を開始します。聖騎士についての詳しい授業はまた次回に。皆さんは仮入団とは言え、聖騎士として活動をする道を選びました。これは相当な覚悟を持っているからであると私は考えます」

 

 先程までのゆるキャラみたいなほわほわした感じとは違い、凛々しくなったユルル。

 

「私以外にも皆さんを担当する教師の方々は居ますが、取りあえず私は主に剣術について皆さんに指導をします!」

 

 やる気、やる気! そんな感情が彼女からは伝わってくる。

 

「と、言っておいてなんですが……」

 

 やる気のある顔から少し、何とも言えないような顔に変わる。若干苦笑いも混じり、厳しい空気が霧散した。

 

 

「これは、魔術適正を測ることが出来る水晶です。まぁ、私は魔術担当ではないのですが……ワタシとは別に皆さんを担当する魔術の先生から事前に測っておいて欲しいと言われているので、測りましょう!」

 

 

 

やる気満々と言った具合で彼女は水晶をボウランに渡す。

 

 

「それを手の平に乗せて、星元(アート)を込めてください!」

「……」

「火、水、土、風。そして誰もが持っている無属性。持っている属性に対応するように、それを連想するような光がそこから溢れてきます。まぁ、大体の人は無属性にプラスして、四属性の内の一つしか獲得している属性はないんですけど」

 

 

ユルルが淡々と説明をしていく。聖騎士になった者なら、必ず学ぶことになる魔術と言われる超常現象。元々学んでいる者、知っている者でも基礎から再び学ぶことになる。

 

魔術とは超常的な現象。何も無い所から火を水を。吹くはずのない場所に風を。そう言った現象を起こすことが出来る。だが、無制限に何でもできると言うわけではない。

 

これには属性があって、その属性を持つ者にしかその系統の魔術は使えない。火の系統の魔術なら、火の属性が、水系統の魔術なら、水の属性が必要。

 

 

「……まぁ、アタシは自分の属性は既に知ってるんだけど。折角だから見せてやるよ」

 

ボウランの手の平の水晶から、淡い光が溢れ出す。炎、水、土、を連想する光が現れる。

 

 

「ええぇぇぇ!? う、うそ四属性持ち(フォース)!? すごいですよ!」

「当然だぜ。アタシは天才だからな!」

 

 

そう言いながら不敵に笑って、水晶を返す。アーサー、トゥルー、フェイは次はだれが測る? と視線を互いに投げる。

 

 

「――俺は最後で構わん。先に行け」

 

唐突に、フェイがそうつぶやいた。それならと、トゥルーが今度は水晶を受け取る。そして、それに力を注いでいくと先ほどのボウランとは比べ物にならない程の、炎、水、風、土のような光が輝く。

 

 

 

基全属性持ち(オールマスター)!? えぇぇぇ!?」

「次はワタシ……」

 

 

驚くユルルを差し置いて、アーサーがその水晶を持ち、同じように力を加える。すると……二人とは全く違う、光。輝かしく、猛々しい。星のような光であった。

 

これは、先ほどユルルがあげた例のどれとも違う。

 

「……固有属性(オリジン)。あわわわ、私は何という子達を担当に!?」

 

 

ユルルも驚きを隠せない。通常、星元(アート)には基本属性となる五つ。火、水、風、土があり、大体の者は誰もが絶対に持っている無属性とそれにプラスして四属性のいずれかを獲得している。

 

多くの物は、無属性に四属性の内一つだけ。だが、稀に二つ、三つと属性を併せ持つ者が居る。それがボウラン(四属性持ち)トゥルー(基全属性持ち)

 

 

これだけでも、ユルルの理解を大きく超えていた。だが、さらにアーサーは固有属性(オリジン)。基本から外れた例外属性、持っているものなんて世界に何人いるんだろう。ユルルは戦慄した。

 

そして、劣等感を覚えた。自分は……無属性しか持って居なく、そのことでずっと馬鹿にされるような事もあったからだ。彼女の場合、様々な事情が重なってしまっているから、バカにされる理由はそれだけではない。

 

だが、その一つであることに間違いはなかった。

 

まさか、最後の人も……とユルルはフェイに顔を向ける。アーサーから水晶を受け取る。

 

ゴクリとユルルは唾を飲む。

 

そして……

 

■◆

 

 

 

 ユルル先生、ゆるキャラ先生と俺は心の中で命名している。その話を聞いていると、面白そうなイベントが起こった。水晶による適正テスト。

 

 ふふふ、遂に来たな。俺の隠された力を紐解くイベントが! あー、今までは自分ではどうしても実力を測りかねていたんだよな。

 

 やっぱり、自分の力ってさ、良く分からないんだよね? ほら、自分の体の事は自分が良く分かるって言うけど、あれってちょっと違くない?

 

 だってさ、よく健康だと思っていたけど人間ドッグをしたら実はそんなことなかった。みたいなさ。人間では分からない事も、無機物的な調査で分かるって言うのはよくあるよね。

 

 よっ! 水晶最高! 

 

 ようやく俺のイベントが来たな! あー、実は入団試験でそんなにいい格好が出来なかったら心配してたんだよ。あんまりカッコいい場面無いなって。

 

 やっぱり、俺としても、最高の主人公を目指したいって言うか? 

 

 ――あ、俺は属性テスト測るの最後でいいよ。

 

 だって、俺がいきなりとんでもない感じの結果出したら後の人可哀そうじゃん?   

やりずらいって言うか。そんな気がする。さて、全員が測り終わったようだな!

 

 そして、アーサーから水晶を渡される。

 

 へぇ、三人共まぁまぁじゃん? 結構凄いんじゃなかったっけ? 先生メッチャ驚いてるし。あんまり魔術知識ないから知らんけれども。

 

 さーてと、やりますか。星元、実は殆ど感じ取れないんだけど。指先に少し集めるくらいなら行けるから……よし!

 

 どうですか? ユルル先生!?

 

「フェイ君は……無属性しか、持ってないみたいですね……」

 

 

なんだと!?

 

 

ど、どう言う事だ!? 俺は慌ててしまう。う、嘘だろ!? マジかよ!?

 

俺は主人公、俺は主人公。落ち着け、冷静に考えよう。

 

……

 

……

 

……

 

まぁ、そもそも元も子もないけど、こんな石ころに俺の実力は分からんよね。自分の体の事は自分が一番分かっているって言うか? 無機物なんかに繊細な人間と言う無限の生命体の可能性を測るって無理だよね。

 

納得。俺がうんうんと頷いていると、ユルル先生が俺の耳元で小声で話す。

 

「あ、あの、元気出してくださいね。実は私も、フェイ君と同じで無属性しか持ってないんです」

「……そうか」

 

 

あ、このタイミングで俺と同じ境遇の先生。これは俺の強化フラグかもしれないな……。師匠ポジみたいな。

 

『無属性の可能性……貴方にだけ、教えますよ。フェイ君』

 

あー、これだ。流れが見えたな。俺はこの人に色々教わるとしよう

 




モチベになるので、感想と高評価よろしくお願いいたします。


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7話 織田信長

感想、高評価ありがとうございます!!


「え、えっと。まぁ、私の訓練では魔術は関係ないので、気にしないで、早速剣術の授業に参りましょう!」

 

 

 ユルルが気を遣って、先ほどの魔術適正のテストを無かったことにしつつ、剣術の授業を始める。

 

 

「ぷ、アハハハは! 無属性しかないって! んだよ! 入試で面白い奴だと思ったら雑魚じゃん!」

「……五月蠅い」

「……ボウランさん、そこまでに」

 

アーサーとトゥルーがボウランの笑いを止める。アーサーはただ単に何となく嫌だから。トゥルーは、どことなく恐れがあった。フェイを怒らせるのは不味いと。

 

そして、これからフェイとはこの部隊で一緒に過ごすことになる。なんだかんだで訓練するのなら悪戯に関係性を悪化させるべきではないと言う判断でもある。

 

「あぁ!? 本当の事だろ!?」

「そ、そのボウランさん、先生もあまりそう言うのはダメかなと、こ、これから一緒に……」

「んだよ、本当の事を言って何がわる――」

 

 

そう言いかけた時に、フェイが口を開いた。特に何事も無いように、何の感情もなく、機械のような声で。

 

「構わない。そいつの言った事に間違いはない」

「……あ?」

 

ボウランが予想をしていたフェイの反応と全く違ったようで、先ほどまでの下に見るような眼ではなく、不可解な物を見るような眼だ。当然だ。誰でも馬鹿にされたら、怒るし。

 

笑われたら、不快だ。感情が揺らぐ。

 

だが、フェイは全くそれがない。

 

「好きなだけ言え。それが……()の俺であるからな」

「……」

 

フェイにそう言われて、ボウランは何も言えなくなった。口を閉じて、舌打ちをしながら目線を外す。

 

「……えと、その、では剣術の訓練を始めましょう」

 

 

ボウランが黙った事で、ユルルが安心して剣術の授業を再開する。持ってきていた五本の木剣をそれぞれに渡す。

 

 

「先ずは軽く打ち合いをお願いします! 一応、多少の腕は聞いているのですが……それでも実際に見てみたいので」

 

 

そう言って、ユルルは四人に目を向ける。

 

「そうですね……取りあえず……三回、一度も戦わない人が居ないようにお願いしますね」

 

 

最初の訓練を彼らに与える。そう、ここは特別部隊

 

 

「最初に言っておきますが、一番黒星が多かった人は、訓練が全て終了した後で王都を逆立ちで十周回ってもらいます」

 

 

異様な試練を課す部隊である。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 クソ、王都を逆立ちで十周かよ……。俺は逆立ちをして、王都を回っていた。負けた、全て負けた。

 

 いや、アイツら全員強い。はぁぁ、強いわ。今はね? いや、いずれ俺の方が強くなるだろうからさ。まぁ、花を持たせてあげてるみたいな?

 

 それに、今は俺にとって下積み時代。俺は明らかにあの部隊の中で一番弱い。ぶっちき切りに弱い。ここまで弱いって事は何か、意味があるのだろう。

 

 落ちこぼれでも必死に努力すれば……とは良く言う。

 

 それにしても、訓練はかなりハードだったな。まず、剣の模擬戦が終わってから、只管にダッシュ、ダッシュ、ダッシュ、体力作りは大事ですよね? はい、ダッシュ、ダッシュ、ダッシュ。

 

 あのゆるキャラ先生、可愛い顔してえげつない事をする。それにあの先生での訓練では星元(アート)の使用は禁止であるらしい。だから、全員かなり瀕死状態で走っていた。

 

 身体強化をされて純粋な体力をつける為だと言う。全員瀕死だったけど、俺はその中でもさらにドベだ。ここから、だ。こっから、俺は……。

 

 この逆立ちは辛いが、俺は主人公。こんなの、そよ風くらいだ。いずれ、とんでもない敵とかも出てきそうだしな。

 

 いつか……

 

『あの時の、成果が出たな……』

 

 

みたいなセリフを吐くに決まっている。腕が体幹が限界だ、バランスを崩して何度も倒れる。だが、それでも筋は通す。妥協はしない。

 

 

俺は主人公だから。

 

 

やり遂げると、急に先生が出てきた。どうやら、俺を見ていてくれたらしい。よくある、主人公を見出してくれるやつだ。

 

折角だ、彼女は恐らく、俺と言う存在が強くなるためのキーマンだろう。修行を付けてもらおう!

 

 

 

◆◆

 

 

(まだ、頑張っている……)

 

 

 フェイが逆立ちで王都を回る。その様子をユルル・ガレスティーアがこっそりと後を尾行し、覗いていた。

 

 あれほどの訓練をこなした後なのに、それなのに、続ける。特別部隊は訓練の辛さは桁違い。

 

 

(彼はあの中で剣術、純粋な体力、魔術適正……全てが最下層だったのに)

 

 妙な癖、体力はまぁまぁ、だがそれも三人に比べたら見劣りが確実な物であった。魔術適正も無し。

 

(恐らく、歴代特別部隊の中でトップクラスに精神に負担がかかっている)

 

 

(自身より優秀な者が身近に三人もいる、それに明らかに成長速度も違うだろう。そうなったら、フェイ君にとって凄く辛いことになる。一歩自分が行くところを、十歩歩かれる。それはきっと……)

 

 

 ユルル・ガレスティーアにとって、それは痛いほどに共感できた。彼女もどんなに頑張っても先には中々進めず、日々足踏みを昔も、今もしているのだから。

 

 

(……私も、よく逆立ちをしてたなぁ。周っていた、このルートを)

 

 

 笑われたり、バカにされたり、道化みたいに見られたりした。だけど、彼女はそれをやり続けた。その姿が重なる。馬鹿みたいに頑張っていたあの頃に。

 

 

(聞く話では、さぼる子も居るらしいけど……ちゃんとやるんだ……)

 

 

 彼は肩で息をしながらもそれをやり遂げた。終わると彼は三本の木の所で腕を付き、何度も何度も呼吸を肺に入れる。

 

 

「お疲れ様です」

 

 

 自然と彼女は彼の元に行って、水が入った羊の胃袋によって作られた水筒を渡す。

 

 

「はぁ、はぁ……見ていたのか?」

「ごめんなさい。気になってしまいまして」

「そうか……世話をかけるな……」

 

 

彼はユルルから貰った水筒の中の水を飲み干した。

 

「すまない……空だ」

「いえ、いいですよ。別に」

「そうか……今から時間はあるか?」

「え? あ、ま、まぁありますけど?」

「そうか、では剣の修行に付き合ってくれ」

「……えぇ!? で、でも、今日あんなに……もう、限界では?」

 

ユルルは驚きのあまり、大きな声を上げてしまう。当然だ。先ほどまで、訓練をして、罰ゲームで逆立ちで王都を回っていたのだから。

 

様子を見ても、何度も転んで服や体が砂まみれ。限界であると彼女は感じた。

 

 

「限界を超えなければ……意味はない」

「フェイ君……」

「俺は、あの中で一番弱い……だから、俺は強くなりたい……誰よりも、何よりも」

「……ッ」

 

 

その時、彼女は何かを思い出す。それは嘗ての頑張っていた自分では無く、もっと怖い、何か。思い出したくもない。深い深い闇のような深淵、この眼を以前にも見たと彼女は感じる。

 

 

(兄さま……)

 

 

覇道を行った兄の一人。全てを切って、父を切って、闇へと進んだ。自身の兄。もう、分かり合う事も会う事もないだろうと思っていた兄を彼女は思い出した。

 

 

「フェイ君、もう限界です。明日は座学もあります……私が担当になっていますが、朝から早いです。今日はもう……」

「お前しかいないんだ……頼む」

「……分かりました。でも、そこまでの時間はダメです、だってフェイ君を心配している人が」

「それなら、既に今日は遅くなると言っている」

「……良いでしょう。では、先ずフェイ君の欠点について、説明をします。単純に言うと、妙な癖、そして、力み過ぎです」

 

 

彼女は淡々と話した。教師として教えを乞う者が居れば断ることなど出来たい。

 

「癖の方がそう簡単には直りません。ですので、先ずは力みの方から、口で説明するより、実践した方が早いですね。まず、利き手の腕を出して、肩くらいまで上げてください」

 

彼女に言われて、フェイは右腕を出す。肩くらいまで上げられ真っすぐ伸びている。

 

「いいですか? では、先ずこの腕を私が上から自身の腕で叩きます。フェイ君は現在の腕の高さを保って、下げられないように必死に力を込めてください」

「分かった……」

 

 

右腕にフェイは力を籠める。僅かに血管が浮き出て筋肉が硬直する。

 

「では、行きますね?」

「――ッ」

 

ユルルが腕を叩くと、あっさりと腕は下に下げられた。

 

「では、今度は脱力状態。そこから私が叩く寸前に力を込めてください」

「あぁ」

 

言われるがまま、フェイは腕の力を抜いた。そして、彼女が腕を上げ、振り下ろす。腕に当たった瞬間に、フェイは力を込めた。

 

だが、今度は下に下がらなかった。上からの力をしっかりと受け止めていた。

 

「……ね? 下がらないですよね? つまり、こういう事です。力は常に入れていればいいと言う事ではなく、剣と剣がぶつかるときに力を込める、グリップを握る。そうすることでより大きな力となります」

「……そのようだな」

「では、気を付けてください。そして、癖の方ですが……うーん、こればっかりは打ち込みとかをしつつ、実戦で最適解を見つけるのが最善ですので、直ぐには無理ですね」

「……どれくらいかかる」

「かなり、かかるかと……」

「……お前は朝は空いているか?」

「……朝から訓練をしたいんですか? 恐らくですが、死ぬほど疲れますよ?」

「望むところだ」

「望むところ……ですか……」

 

 

彼女は少し、眼線を下げて悲しげな顔をする。だが、直ぐに顔を上げて、常備していた鉄の剣を渡す。

 

「……まぁ、いいでしょう。拒む理由はありません……では、ビシバシ行きますよ! フェイ君!」

「あぁ」

 

そうして、夜は更けていく。

 

そして、かなり遅くなったフェイはマリアにめっちゃ、怒られた。

 

■◆

 

 

 次の日。座学の為に五人はとある一室を借りて授業をしていた。前にユルルが立ち、その前には四人が座る。それぞれに机が用意してあり、いかにも授業と言う感じだ。

 

 

「さて、皆さん。今回は聖騎士が相手をすることになる中でも、一番危険な存在である逢魔生体(アビス)について解説をします。逢魔生体(アビス)の活動時間は、昼が過ぎて、夕方が終わりかける夜との間から主に活動をします」

「先生ー」

「はい、ボウランさん」

「どうして、朝は活動しないの?」

「そうですね。災厄の逢魔(オウマガドギ)と言う古の化け物、これは五百年前に原初の英雄(アーサー)によって封印されました。逢魔生体(アビス)はこの、災厄の逢魔(オウマガドギ)から派生をしたと言われています」

「ふーん」

 

ボウランが先生からの話に相槌を打つ。そして、トゥルーとフェイは特に何かをすることなく話を聞いて、アーサーは少しだけ顔を暗くしていた。

 

 

「この、災厄の逢魔(オウマガドギ)は元は人間の聖騎士だったと言われいます。ただ、様々な違法実験、犯罪を起こしたことによって体を炎で焼かれ、その結果、大火傷を負い、そのせいで陽の光が浴びるのが苦痛だったそうです。ですから基本的には日が沈むころに活動をするらしいです」

「へぇ、そんな逸話がアーサー云々とかは知ってたけど」

「元凶からの遺伝のような、特性、人間時代の記憶、習慣が影響をしているのかもしれないと考えられています」

「ふーん……そう言えば、アーサーって英雄と同じ名前だよな。何か関係あるの?」

「……ない」

「でもさ、大層な名前を付けたよな。親って」

「……うるさい」

「……なんだよ、怒ることないだろ?」

「ちょっと、ボウランさん、落ち着いて。アーサーさんも話したくないみたいだし」

 

 

アーサーは途端に不機嫌になった。いつもの感情の無い彼女が僅かに言葉を強める。それを察したトゥルーが仲裁に入り二人を宥める。

 

ユルルもあわわと、空気が重くなっていく室内を慌てながら見ていた。

 

「そんなことはどうでもいい……早く話の続きを」

 

その中で、唯一何事も無いように話を促すフェイ。彼にとってこの話はどうでも良い事であると言わんばかりだった。

 

「え、あ、そ、そうですね」

「それと、ボウラン」

「あ?」

「名前でガタガタ騒ぐな。お前も子供ではないだろう。どうでも良い事を紐づけも、そこには何もない。お前は面白いのかもしれないが、ただ、詰まらないだけだ」

「……ッ」

 

 

黙って、彼は前を向く、その姿をアーサーはジッと見ていた。授業が終わり、室内から五人は出る。次は剣術訓練と言う名のフィジカルトレーニング、昨日と同じユルルが担当だ。

 

 

真っ先にそこに向かう、フェイの隣をアーサーは陣取った。

 

 

「さっきは、ありがと……」

「……何を言っているのか、良く分からないが」

「あの、名前のやつ……」

「あぁ、それか。勘違いするな。あれは、俺の為にしたことだ」

「そ……フェイは名前気にならない?」

「どうでもいい。興味もない。俺は、俺の道を歩くだけだ」

 

 

そう言う彼の顔はいつもの仏頂面。だが、その隣のアーサーはいつもの、感情の無い真顔ではなく、自然と薄く笑う少女であった。

 

 

■◆

 

 

 いや、名前とかどうでもいいわぁ。あのさ、歴史上の人物と名前が似ているからって騒ぐの俺嫌いなんだよね。

 

『今日の授業は織田信長です』

『あれ? そう言えばお前って、苗字織田だったよね!?』

 

 ――女子からのウケ狙いの為にそこそこの音量を出す男子高校生特有のノリ。よく分からないこじつけ。

 

 

 前世からそう言うの嫌いだったわぁ。いや、見ていて面白くないって言うかさ。こっちは真面目に授業受けとんねん。みたいな。そう言うので全体の動き止めるの止めて欲しいわぁ。

 

 ボウランも何というかさ、子供じゃないんだから。いや、あいつ子供っぽいなぁ。本当に、そのまんま、教育を受けないで生きて来たみたいな感じ?

 

 まぁ、アーサーの名前がこの世界の歴史上の人物と同じって伏線なのかもしれないけど、今はどうでも良いわ。ああいうの嫌い。あそこで盛り上がっても面白くないし、意味とか無いだろうし。

 

 アーサーも大変だよな。名前が一緒って。絶対織田信長と同じ苗字みたいなノリ沢山されてるだろうし。

 

 

「あの、名前のやつ……」

「あぁ、それか」

 

アーサーもやっぱり一々ムカついてたんだろうなぁ。あの嫌味のアーサーがお礼を言ってくるってことはさ。

 

まぁ、名前は大事だ。それは否定しない。アーサーの親が誰だか知らないが、英雄の名前を付けることは何か意味があるのかもしれない。だが、そう言う事で一喜一憂する程、俺は暇ではないと言う事だ。

 

 

 

 

 




モチベになるので、面白ければ感想、高評価をよろしくお願いいたします!!

あと、読者様の中に増田さんと言う苗字が居て不快な場合は言ってください。変えますので


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8話 フェイに隠された才能

 フェイ、トゥルー、アーサー、ボウランが特別部隊に入隊をして、一か月が経過した。フェイ達は毎日、正式な聖騎士となる為に訓練を積んでいる。

 

 そして、フェイはほぼ毎日罰ゲームとして、訓練後も逆立ちで王都十周をこなす。

 

「あ! さかだちのにーちゃん!」

「ねぇねぇ、なんで、いつもやってるの?」

「ぼくにもおしえて!」

「煩わしい……俺の邪魔をするな」

「わずらわしいってどういういみなのー?」

「五月蠅いと言う意味だ」

 

 広い広い王都の一角。そこではフェイの逆立ちが一種のブームとなり、注目を浴びていた。

 

「お、あの小僧が来たって事は……そろそろコロッケの安売りが始まるな」

「あら、もう、こんな時間なのね。早く家に帰って夕飯の支度をしないと」

「くー、アイツを見ながら飲む酒にハマってるだ、おかわり」

 

 

 子供たちは純粋な興味。大人たちは時計として使ったり、お酒のつまみとして使ったり、安売りの合図として使ったり様々だ。無論、全ての人間が好意的ではない。時折、陰口、小馬鹿にする笑い声が聞こえるのもフェイは知っている。

 

 

 だが、それを続けて、一か月……

 

 

 フェイとユルルは毎日のように、朝練を行っている。剣術、つまりはその訓練だ。ユルルから癖を直され、そして、実戦としての経験。それらを彼は積んでいる。

 

 

 そこでユルルはあることを感じていた。

 

 

(…最初は気付かなかったけど……フェイ君には()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それは驚きに近いものだった。最初彼の剣戟を見た時は、あまりに不細工でこの子は才能がないと感じていたからだ。

 

(最初は、なんてヘンテコな剣だなって少し、思ったけど……癖が治りつつあって、純粋な剣戟がものすごい勢いで伸びてる……)

 

 

(でも、それだけじゃない。フェイ君が凄いのは……変化を恐れない、直ぐに自分の積み上げたものを壊して新しくする)

 

 

(フェイ君みたいな諦めの悪い人って、変化を拒否する人が多いんだけど……この子は違う。常に自分を壊して、どんどん駆け上がって行く。過去なんて、忘れて……)

 

 

フェイは真面目であった。誰よりも、彼はユルルの事を師匠ポジであると勘違いをし、真面目に話を聞いて、それをこなす。ユルルもここまで物分かりが良く、仏頂面に相反して素直な生徒を持つのは初めてであり、やる気もあった。

 

 

(……どうして、あそこまで妙な癖が。)

 

 

 朝の訓練が終わる。そこでユルルはフェイに聞いてみることにした。

 

 

「あの、フェイ君は元々独学だったのですか?」

「あぁ……そうだ」

「そうなんですか……」

 

 

(独学でも、あそこまで妙な癖は普通付いたりはしないんだけど……何か、フェイ君の場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……)

 

 

 ユルルは悩む。だが、彼女の考えである、フェイの剣術の才能と存在しない剣術については的を得ていた。

 

 元々、フェイと言う噛ませキャラであり、踏み台キャラ。途中、途中で主人公を邪魔する丁度良い敵なのだ。だからこそ、スペックはそれなりである。剣術においては多大な才能を保有していた。アーサー、トゥルーに勝るとも劣らないまでの才能を。

 

 素晴らしい剣の才能があったのだが、魔術の適性はからっきし。だからこそ、彼は同期や馬鹿にする者を剣でボコボコにしていた。それを毎回、トゥルーに止められるのだが、その才能があってもトゥルーやアーサーには遠く及ばなかった。

 

 理由は二つ、一つ目は元々フェイと言うキャラが傲慢であったこと努力などをしない。だから、素晴らしい才能があってもそれを生かせなかった。二つ目、フェイには魔術適正が全くなかった。後者の比重が特に大きい。

 

 アーサー、トゥルーといった規格外。彼らにはいくら頑張っても半端な者では勝てない。例え素晴らしい才能があっても、より才能に溢れ、より努力をする者には敵わない。だからフェイというキャラは、精神的に未熟であり、非道な者にたぶらかされ、闇の星元を預けられ暴走する末路を辿った。

 

 だから、アーサーとトゥルーに叩きのめされた。それなりの物を持っていたのに。

 

 だが、フェイに成り代わった少年には努力をすることが出来た。しかし、それは実を結ばない。なぜならフェイの剣術が独学だからだ。頭の中がお花畑の現在のフェイは

 

(十六連撃出来たらカッコいいだろうなぁ)

 

(十字斬りをもっとスタイリッシュに!)

 

(これ、剣を逆手で持ったら忍っぽくてカッコよくね?)

 

 

みたいな事を考えて孤児院で過ごしていた。原作のフェイはマリアが剣術の本を隠すなどという事はしなかったために、ある程度読んでおり、それなりの型が最初に出来ていた。

 

だが、お花畑のフェイはマリアによって本を隠され、伸びることは無かった。トゥルーは元々、フェイより前から型が出来ていたために、彼はしっかりと成長する。これによって、多大な差が出てしまった。

 

 

フェイは最新型のスマホを所持しているのに、使い方を誤り、興味本位でアダルトサイトを閲覧し、ウイルスが蔓延して本来のスペックを出せないような状態なのだ。あまりに不格好な為に一人を除いて才能を見抜けなかったが。

 

マリアだけは僅かに勘付いていた。だから隠したのだ。剣術の本を。つまり、大体、マリアが悪いと言う事だ。

 

ウイルスを除去して要所を見ていけば、剣に全てをかけてきたユルルには分かった。

 

 

 

「あの、フェイ君は剣術の才能がかなりあると考えています……」

「そうか……」

「はい……でも、少しだけ聞かせてください。フェイ君はどうして、強くなろうとするのですか?」

「……」

 

 

ユルルがそう聞くとフェイは眼を遥か上に向けた。

 

 

「なぜか……」

 

 

ここではない、別の何処かを見ているようで。その眼は誰かに似ているようで。

 

 

「理由と言われると……そうだな……。漠然と強くなりたい……この世で一番。それだけだ」

「――ッ」

「……」

「どこまで、強くなるつもりですか……?」

「――どこまでも」

 

 

 

(兄さま……)

 

 

 

ユルルの瞼の奥に焼き付いている古い古い記憶。彼女は元々、ユルル・ガレスティーアと言う貴族であった。父と母、そして、三人の兄が居て、幸せだった。

 

家族は全員聖騎士。だから、自分もと、夢を追いかけていた。

 

だが、先ず三男である兄が母を殺した。次に次男が騎士を十二人惨殺した。そして、長男である兄は……父を殺した。

 

 

 

『どう、して……父さまを……ころしたの、ですか?』

『……なぜ? ただ、強くなるためだ。その通り道にコイツが居た。それを切っただけの事……』

 

 

首がきれた父。鉄のような血の匂い。水たまりのようになった父の血液がある。胃液が逆流して、吐き気が湧いてくる。長男である。ガウェイン・ガレスティーアが虚空を見ながら機械のように呟く。

 

『これは……深みに落ちた者しか分からない。理解する事など出来ない。お前ではな』

 

 

(兄さまは、()()()()()()()()()()()()()。修羅の道を行き、後には帰らない。大事な物も全部捨て、全てを切って強くなるだけ……)

 

 

(そこに、目的も誇りもない。人の道を外れて、ただ、進んでいった。あの人……フェイ君は、あの人に似ている)

 

 

ただ、己の体を痛めつけ、狂ったように訓練を積むフェイを見て彼女は思い出す。あのドロドロした深淵の眼が兄を連想させた。

 

 

(もしかして……フェイ君も、兄さまのようになってしまうのだろうか。強くなるためには手段を択ばない、目的に達するために強さを手段とするのではなく、強くなることを目的にしてしまう人に)

 

 

(強さの深みに落ちた……修羅に……)

 

 

 仏頂面で寡黙で、強くなる以外に興味がないと言わんばかりの彼を見て、ユルルは心配で胸が苦しくなった。

 

 

◆◆

 

 

 

 最近、順調に強くなっている気がする。やはりユルル先生は凄いなぁ。俺に才能があるかもしれないだって?

 

 やはり、分かる人には分かるんだろうなぁ。剣術の才能ね……。ユルル先生は凄いなぁ

 

 まぁ、魔術はからっきしだけど。剣も隠された才能だったし、魔術も才能あるだろうなぁ

 

 「はい……でも、少しだけ聞かせてください。フェイ君はどうして、強くなろうとするのですか?」

「……」

 

 何で強くなりたいのか、って先生が聞いてきた

 

 うーん、まぁ、強くなるのに理由はそんなにいらない気もするが。俺の場合ッて主人公だからさ。どこまでも強くなるのは絶対じゃん?

 

 

 しかし、そうだなぁ。主人公なんでって言ってもね。理解はされないだろうし。クール系だからな、あんまりくどい事を言うのもどうかもと思うし、偶にならイイとは思うけど……今回はクールに返すぜ

 

『特に理由は無いです』

     ↓

「理由と言われると……そうだな……。漠然と強くなりたい……それだけだ」

 

翻訳機能が働いたな。クールにしっかりとしてくれている。

 

「――ッ」

「……」

「どこまで、強くなるつもりですか……?」

『「――どこまでも」』

 

 

 

これは翻訳されなかった。だって、俺はどこまでも強くなって世界を救うからな。これは当然だ。その後、俺達は再び剣を交えた。

 

 




面白かったら、感想、高評価お願いします


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9話 見出す存在か、守る存在か

 木剣がはじかれる音がする。筋肉に太刀をいれる鈍い音が響く。男が咳をする音が響いている、膝をつき、太刀を当てられた場所を手で押さえている

 

 

 それを見下ろし、ボウランは勝者の笑みを浮かべていた。反対に見下ろされているフェイが見上げる。悔しさが浮かんでいない、ただ、虚空を見るように。だが、その眼は彼女を通して、遠くを見ていた、

 

 遥か、遠くを……

 

 

 

 これが、何度何度も繰り返される。只管にフェイは負ける、ボウランに、トゥルーに、アーサーに。何度も何度も完膚無きままに負ける。

 

 ボウランはいつも、いつも、いつも、フェイに勝利をしてきた。

 

 これがいつまでもずっと続くと思っていた。そして、価値観が変わるはずはないと思っていた、ボウラン(勝者)フェイ(敗者)。これは、それが僅かだけ、反転し、そして、ボウランと言う少女が変わるきっかけとなるプロローグである。

 

 

 

■◆

 

 

さて、ユルル先生と個別ワンツーマンレッスンが開始してから、大分時間が経過した。仮入団の時から、約三か月。

 

そう、この俺、フェイはある変化を迎えていた。剣術がそれなりに強くなっていたのだ。前までは拮抗しなかったアーサーやトゥルーとも渡り合い、ボウランともまぁまぁの勝負をするほどに。

 

 

成長がかなり速い、とユルル先生は何とも言えないような表情で言う。あー、分かってるよ、先生。

 

やっぱり……驚きが隠せないよな。ここまで急激に強くなったらさ、それにかなりのハードワークだから先生としても生徒の体調が心配なんだろう。流石師匠ポジ!

 

 

「えっと、では、また模擬戦を」

「あぁ」

 

 

何度も俺と先生は打ち合う。彼女はまさにプロフェッショナルで滅茶苦茶教えるのが上手い。いや、俺がここまで成長をしているのはこの人のおかげであると素直に思う。

 

同時に俺の才能もあるけどね。

 

あ、そう言えば先生の剣って流派とかあるのかな? 滅茶苦茶剣術とかに詳しいからな。

 

「おい、お前には特定の流派があるのか?」

「え? あ、まぁ……ありますけど……」

「……そうか」

「その、ただ、なんて言うか。この剣術はあまり広まっていない言うか……広めてはいけないような、気がしたり」

 

 

禁断の剣術と言うやつか!?

 

興味が湧いてくる

 

「それで、どのような剣術なんだ?」

「あー、その、フェイ君はガレスティーア家と言う家名はご存じですか?」

「……お前の家名と言う事しか」

「ですよね。数年前に没落をしてしまった貴族です……そのガレスティーア家に代々受け継がれてきたのが、波風清真流、私の流派です」

「そうだったのか」

「えぇ、ただこの剣術はあまり良く思われていないようで……その、人には教えないようにしています……」

「……」

 

 

そう言われると、無理に聞くべきか迷ってしまうなぁ。俺もそれが使えたらカッコいいような気もするんだが。

 

「……」

「あの、もしかして、気になってます? 波風清真流……」

「あぁ、興味がある」

「……えぇ……どうしましょう。その、この剣術は本当に好かれていないんです……だから、その、教えてしまうとフェイ君の等級も上がりにくく……評判も」

「俺は名声や等級を上げたくて、仮入団をしたのではない。強くなるためだ」

「……そう、ですか」

 

 

彼女はうーんと悩んでいる。そんなに教えたくないのか。呪われているのか? その剣術。

 

 

「私は聖騎士の中でかなり嫌われています。本音の言うなら、皆さんを担当することすら、奇跡と言うか……周りからは出世を奪われたとか、思ってる人が居て」

「……そうか」

「私は十二等級と言う最下層のランクなんです。本来ならこの役割(特別部隊)は他の高名な騎士になるはずだったのですが、知り合いが私を推薦してくれたようで。まぁ、これ以外にも偶にフェイ君みたいな若い騎士に色々教えたりしていましたが、一度も、波風清真流は教えたことがありません」

 

 

この人、事情かなり重そうだな……。でも、俺は教わりたい。

 

 

「剣術だけは取り柄があるので、あくまで妙な癖があったら修正。あとは実戦経験を積ませながら近接戦闘を仕上げると言うのが与えられた仕事です」

「……」

「波風清真流は特異剣術と言うわけではないのですが、私からそれを教わったと知られれば面倒な事になるかもしれません。それでも良いのですか?」

「構わん、早速教えろ」

 

 

あ、俺的にはよろしくお願いしますと言ったつもりだったんけど。翻訳機能で…‥まぁ、上から目線は基本だから。先生も気にしてないみたいだし。

 

 

「……そこまで言われては……教師として拒むわけには行きませんね」

「……あぁ、頼む」

「では、私が最初に覚えた、波風清真流(なみかぜせいしんりゅう)初伝(しょでん)波風(なみかぜ)を伝授します」

「……頼む」

 

 

 ふっ、どうやら弟子のやる気を試していたような展開になってテンション上がるな。

 

 

「これは、私が父さま、父親から最初の技です。フェイ君は私に向かって真っすぐ剣を下ろしてください」

「分かった」

 

 

俺は風、いや、光のような速さで正面から剣を叩き落す。すると、先生は刃を横にして、俺の剣と先生の剣が十字のように交わる、だが、次の瞬間には先生は剣先を下に向け、刃を縦にしていた。

 

 

縦にした先生の刃が、俺の上からの剣を下に滝のように流し、そのまま剣先は地面についてしまった。そして、そのまま流れるように先生は俺の首元に剣を向ける。

 

 

「これが波風です。相手の上からの剣戟を流し、そしてそのままカウンターを叩きこむ。ざっくりいうとこんな感じです」

「……大体わかった」

「思っているほどに簡単ではないですよ?」

「無論、そのつもりだ。だが、俺はお前の腕を買っている。だから、俺が自身を追い込めばできなくはないだろう」

「……もう、フェイ君って偶に口説きみたいなこと言いますよね」

「そんなつもりはない」

「分かってます。では、始めましょう」

「あぁ」

「……フェイ君」

「……?」

「強さを求めるのは良いと思います。私は貴方の素直な所が好ましいです。今まで私を毛嫌いする人とか、沢山いました。でも、貴方は三か月、毎日私の元に来て剣を教えさせてくれた」

「……」

「ちょっと、嬉しかったです。こうして、誰かに教えられるのが……だから、私は……。フェイ君、強くなることを目的にしないでくださいね。そうすると、きっと大事な物が見えなくなります。失っても痛くなくなりますから」

「……あぁ、覚えておこう」

 

 

 凄い良い事言ってくれた。これは心の底に置いておこう。それにしても、この先生本当に良い人だな。マリアと並ぶくらい良い人かもしれない。

 

 

 

◆◆

 

 

 ボウランと言う少女にとって、弱者は嫌いだった。強くなろうとしない者、強くても意地汚い者、それに群がる弱者。それが全部嫌いだった。

 

 

 彼女は、嘗てとある里の住人だった。獣人(ビースト)と言われる種族が長をしている里、獣人だらけの里だが、そこに居る唯一、人族(ヒューマン)の妾の子供であった。母直ぐに死んで、彼女は人間と言う種族の血の遺伝子が多かったのか、獣人ではなく、人族(ヒューマン)と言う種族であった。

 

 彼女は生まれた時から、強かった。魔術適正も、純粋な力も、格闘センスも。里の中では明らかに強者であった。だが、人族と言う事で差別され、長の争いで彼女が長になることを恐れた、者達。

 

 彼女の腹違いの者達によって、卑劣な罠にかかった。薬を盛られて、先に潰された。彼女は元からその争いをするつもりはなかったが、周りはそれを信じる気はなく、大けがを負った。

 

 この時から、彼女は弱者が嫌いだった。

 

 ――私は、本当の強者になってやる

 

 嫌悪、弱者への嫌悪が彼女の全てだった。

 

 何とか生きながらえ、里を飛び出し、冒険者をやったり、色々しながら聖騎士として活動するのが本当の強者への近道であると彼女は考える。

 

 そして、出会った。フェイと言う強者と思わしき者に。試験の中で明らかに浮いている存在。

 

 強者であると感じた、期待をした。だが、実際はただの雑魚であった。

 

 魔術適正も、剣術も。全てが雑魚であった。期待外れであった。彼女が嫌いな弱者であった。

 

 もう、興味はアーサーやトゥルーに移っていた。この二人は明らかな強者であった。自身よりも、強く、才能も桁違い。もう、フェイに目を向けることは無かった。

 

 

 だが、その眼は無理に惹かれる

 

 彼女は気付かなかった。すぐそばに迫っている餓狼に。

 

 

「えっと、ボウランさんとフェイ君の実践訓練を始めてください」

「あーい」

「…‥」

 

 

フェイとボウラン。二人が互いに剣を構える。一瞬で二人は距離を詰める。剣舞、互いに剣を振り、激突。

 

木剣の音が聞こえる。只管に、ぶつかり合う音が

 

(あ? こいつ……前より)

 

僅かに以前とは違う違和感。だが、それだけで彼女は負けない。勝った。剣を飛ばして。

 

 

次の日。

 

(……また、アタシの勝ち)

 

 

次の日。

 

 

(っち、めんどい所に剣を……)

 

 

徐々に、迫ってくる強烈な何か。眼力、異様な覇気。それがどんどん迫ってくる、迫ってきていることに気が付いていた。

 

 

(……なんでだよ、互角だと)

 

 

 

着実に、それは近づいていた。興味すらなかった対象は気付けば……

 

 

剣と剣がぶつかる。だが、流れるような連撃をフェイは繰り出す。それを只管に流す。僅かに、焦りが出始める。

 

 

(弱者に、負ける? アタシが)

 

 

焦り、焦り、手汗が滲んでいき、剣が滑り始める。一定のリズムで、打ち込まれる。剣戟、だがそれを必死に受け流す。

 

雨のように何度も、何度も。

 

――お前を倒すまで、この雨はやまんぞ

 

そう言いたげな眼と連撃。つい、彼女は、心が折れそうになる。だが、何とか立て直す。だが、次の瞬間、強烈な連撃、汗、そして、焦り、それによってボウランの剣が彼方に飛ばされる。

 

 

「フェイ君の勝利です!」

「……」

「アタシが……」

 

 

 フェイの初勝利。今まで一度も、誰にも勝った事がない、彼が初めて白星を挙げた。

 

 フェイがボウランを見る、眼が合う。その眼は虚空で、もう、お前(弱者)などに興味がないと言っているようであった。

 

「ッ、お前」

「……ボウランさん」

「ッチ」

 

 

トゥルーが止めに入り、ボウランはそこで舌打ちをして止まる。

 

「マグレに決まっている。あんな雑魚に、弱者に……」

 

譫言のように彼女は呟く。それをトゥルーは眺めていた。だが、何も言わず。そして、その日の訓練が終わり、一度しか勝てなかったフェイが結局、逆立ちで一周をすることになる。

 

 

「ちくしょう! アタシが、あんな、あんな、弱者に!」

 

 

 とある、空き地の一角。訓練が終わり、日が落ち始めている時間帯に彼女は剣を振っていた。いつもなら、訓練を終えたら寮に帰るが、今日だけは追加で訓練をしていた。

 

 

「ボウランさん」

「あぁ!? なんだよ、トゥルー!?」

「いや、その……勘違いをしてるなってずっと思ってたから。言おうと思って」

「……あ!?」

 

 

突如現れたトゥルーに、不満の視線を見せるボウラン。

 

「付いて来て欲しいんだ、僕に」

「……ッち。なんだよ」

 

ぶっきら棒に言いながらも、彼について行くボウラン。暫くすると、いつもの訓練の三本の木が生えている場所に到着した。

 

「あれ、見えるかな?」

「……フェイと、ユルルか」

「うん」

 

 

日が沈んだ夜。涼しい風が吹き抜ける。だが、彼らが見るその場所はまるで煉獄のようであった。只管に高める、自身を高める者が居た。

 

 

「十周、まだやってないのか?」

 

罰ゲームの逆立ち十周の事を彼女は言った。だが、その疑問をトゥルーは否定で返す。

 

「いや、既に終わっているよ」

「……は?」

「あれは毎日、十周終わった後にやってるんだ」

「……毎日。あんなに訓練を――」

「関係ないんだ。アイツには……俺はアイツが嫌いだ。孤児院でも昔から素行はかなり悪かったし、俺も他の孤児も酷い事は沢山言われた」

「……」

「だけど、アイツは急に変わったんだ。恐ろしい何かに……僕はアイツが怖い。でも、一つだけ言えることがある」

 

 

トゥルーが無表情で言葉を発する。

 

「あいつは()()だ」

「……」

「孤独を力に変えて、只管に走っている。二年前、あいつは唐突にそうなった。ずっと僕は怖くて、アイツを意識していた。だから、僕には分かる。あいつはずっと走り続けていたんだ。最初は色々、泥沼にはまっていたけどね」

「……」

「でも、アイツは今日、ボウランさんに勝ったのはマグレジャないよ。只管に突き詰めて来たんだ。それが、ボウランさんの背中を掠めた……だと思う」

「なんで、一々そんな事言うんだ?」

 

 

ボウランがそう言うと、トゥルーは苦笑いをした。いや、乾いた笑みに近いかもしれない。それは同情に近い警告であった。

 

 

「何でだろう。ボウランさんが、アイツを……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

嘘偽りのない、恐怖。それを味わったトゥルーにはそれが分かった。この子もいずれ、味わうかもしれない。

 

蛇だと思って踏んでいたら、それは龍の尾であった恐怖を。

 

 

「僕みたいに」

「……お前も見たのかよ?」

「あぁ、恥ずかしいんだけど、僕はもう、トラウマだよ……あんな恐怖体験は二度としたくない。だから、模擬戦でも直ぐに剣を飛ばすでしょ?」

「……模擬戦だからな」

「実戦だったら、アイツは蛇のようにしつこいさ。そのしつこさは、痛みを伴う程に、しれんが厳しくあるほどに、強くなっていく」

「……」

「まぁ、それだけかな。僕は移動するよ。ここに居たらバレそうだし」

「……おい、お前はいつも見てたのか?」

「……まぁね。シスターにも頼まれてるし、僕個人も眼を離しておきたくないんだ」

 

 

逃げるように、トゥルーは去った。風が吹いて、そこには彼女だけになる。弱者。そう思っていたが……と彼女はもう一度、考え直す。

 

 

魔術を使えば、間違いなく彼女は勝利する。だが、それでは最早、勝負を捨てたも当然だ。

 

あの、何もない対等の剣戟の勝負で……

 

 

「認めてやるよ。()()だってな。フェイ。そして、覚えてろ、完膚なきまでにお前に勝つ」

 

 

宿敵を定め、彼女も去る。そこにはもう、強者しかいなかった。

 

 

 

■◆

 

 

 

 

よっ! 俺初勝利!! 1200戦、1199敗、1勝! いや、ここまでくるとね。俺も察するわ。

 

 

努力系主人公だね。俺は、間違いない。2年以上の歳月でやっと確信したわ。クール系でありつつも努力家と言うね。そりゃ、試練も大きいはずだよね。

 

まぁ、未だに実はとんでもない覚醒イベントがあると言うも期待をしているが。

 

 

恐らくだが、ボウラン→トゥルー→アーサー、みたいな順で倒していけ、みたいな感じかね?

 

段階を踏んで、強くなっていかないとね、やっぱり。

 

さて、次はお前だー! トゥルー! ボウランは一回倒したから、それほどまでに興味なし。一回倒した敵が、また出てきてもね。

 

次々とステップアップしていかないと。

 

そして、アーサーが強すぎる。マジでコイツやべぇわ。今はまだ勝てる気しないけど。

 

だが、勝つぜ。俺は。

 

頑張りますかね?

 

 

 

 




アーサー 1200戦 1200勝 無敗
トゥルー 1200戦 750勝  450敗
ボウラン 1200戦 449勝  751敗
フェイ  1200戦 1勝   1199敗


感想、高評価ありがとうございます。


面白いと思ったかは感想と高評価よろしくお願いします


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10話 鬱対お花畑 前編

 最初に死んだのはユルルの母であった。ガレスティーア家三男であるユルルの兄、ガへリスが自身とユルルの母を無残な姿で殺した。死体はバラバラで、それを見たユルルはそれがあの母であると言う事に気づくことが最初は出来なかった。

 

 これにより、ガへリスは六等級聖騎士の称号を剥奪。指名手配に。

 

 次に、次男であるアグラヴェインが聖騎士を十二人惨殺した。アグラヴェインは五等級聖騎士であり、彼も剥奪され犯罪者として指名手配。

 

 そして、長男であるガウェインも元々は三等級の聖騎士であったが、父を殺し、剥奪をされ指名手配。

 

 彼女は一気に全てを失った。あれほどに優しかった兄がどうしてなのか。そして、最も衝撃的だったのが、長男、ガウェイン。

 

 ずっと優しくて、幸せな生活だったのに。父のような、母のような、兄のような、誇り高い聖騎士を目指していたと言うのに。彼女は全てを失って、周りからは遠ざけられるようになった。

 

 惨殺された十二人の聖騎士は波風清真流によって殺されていたらしい。さらに、未だに三人の兄は犯罪者として世界に解き放たれている。三人は曲がりなりにもガレスティーアの子、父から波風清真流は学んでおり、それを使っている。

 

 だから、自然と剣術の評価は悪くなる。人殺しの剣。惨殺された十二人の聖騎士の親しい者も円卓の騎士団におり、それにより聖騎士の中でもその剣術は好ましくないものとなる。

 

 もう、何年も前の出来事である為に少しづつ忘れ去られているが、やはり忘れずに恨みを持つ者は沢山いる。

 

 未だに、被害者である父も母も悪いように言われるようになったいる。特に騎士団ではその噂が強く残っており、等級の高い聖騎士三人が唐突に起こした大惨事。そんな場所に己を置くことがどんな覚悟であったか。

 

 だが、彼女は父と母の汚名を晴らしたかった。貴族でもない、既に没落をした家。でも、彼女にとっては誇りであった。だから、彼女は必ず家名を名乗る。どんなに否定をされても。

 

 でも、やはりそんな簡単にはいかなかった。等級は上がらない。嘗て、兄たちが高い等級で事件を起こしたから。等級が高くなるほどに影響力は強くなる、再びそんな事件が起きるかもしれないと勘ぐる騎士は多かった為である。

 

 それに加えて、無属性しかもっていないと言う欠陥性を指摘された。剣術だけでは意味がない。ガレスティーア家の子が聖騎士として活動を大きくするのは不安分子となる。と大多数の聖騎士は感じていた。

 

 未だ白き手の剣士(ボーメイン)。これは彼女に勝手に付けられた侮辱と軽蔑を表す二つ名。いつか、あの呪われた一家の子が災いを起こすと、嘲笑う呼び名。

 

 

  でも、それでも、彼女は必死に走る。聖騎士とて、任務に。兄たちの足取りを追うために休日を捨てて情報を探索。必死に、毎日喰らい付いた。何か、大きな功績を残せば変わるかもしれない。父との約束、汚名を晴らす。その為には……

 

 そう思って、六年間活動をしてきたとある日だ。

 

 頑張っていた彼女に救いの手が僅かに差し伸べられる。彼女を評価をする聖騎士が現れた。五等級聖騎士であるマルマルだ。

 

 マルマル、彼は彼女の剣の腕を高く評価をしていた。それなりの影響力がある彼は彼女を剣術の教師役として推薦をし、それに便乗するように他にも、彼女の僅かな同期数名。それにより、彼女は剣を教えることになる。

 

 彼女を知る教え子の中には、拒否反応を示す者が殆どだ。辛いと言えば嘘になるが、それでもそれが何かに繋がればと。

 

 そして、掴みとった特別部隊の剣術指南。この部隊から育った聖騎士は偉大な功績を残すことが多い。だから、彼女は張り切っていた。

 

 もし、この中から次世代の英雄が選出されれば、英雄を育てた教師として、少しだけ評価を変えられるかもしれない。

 

 

 希望に縋ってずっと生きて来た。そこで出会ったのだ。嘗ての兄と同じ眼を持つ少年に。

 

 

■◆

 

 

 フェイに付き合って、夜の訓練を終えたユルルが人通りのない王都を歩く。彼女は騎士団の寮が好きではないので、宿を借りてそこに住んでいる。そんな彼女は少しだけ、嬉しそうであった。

 

 先ほどの訓練ではフェイが『波風』を習得することが出来たからである。父から始めて自身が教わった剣術、それを誰かに繋げたことが少し嬉しかったからだ。

 

(フェイ君は……危ない所もあるかもしれないけど……私が教師として、そんなことさせないように導けば!)

 

 気付けば、彼女はフェイに入れ込んでた。犬のように訓練訓練と寄ってきて、仏頂面であるが、日々、真面目に訓練をする者に好感を抱くのは当然である。頭の中でフェイの事を考えていると、自宅に到着する、僅かに前。

 

「……誰ですか?」

 

 彼女は重々しく呟いた。気付けば常備をしている鉄の剣に手を掛ける。だが、返答の声は彼女の重々しい物とは異なっていた。

 

「すまないすまない、驚かせてしまったようだ」

 

 黒いローブ、顔が見えない。だが、声からして男性であった。

 

「あなたは?」

「僕の名は……そうだな。ナナシって言っておこうかな」

「……私に何か用ですか?」

「あー、何というか、可哀そうだったから救ってあげようと思って」

「……」

「これ、あげるよ。それで、恨みを込めながら、自分の腕を刺すんだ。呪いと自身の血が……()()()()()()()()()()()

 

 

 男に黒い短剣を渡され、そこから、プツリと記憶が途切れた。彼女はフラフラと人形のように自身の宿に帰って行く。それを見て、ローブの男は嗤った。

 

「まさか、あの三人の妹が居るとは……これも運命か、四人そろって実験に付き合ってくれるなんて。素晴らしい家族だ」

 

 

そうして、その男は消えた。そこには誰も居ず、何もない。ただ、冷たい風が吹いていた。

 

 

■◆

 

 

 ――グシャ

 

 何かが、えぐれる音がする。水をはじくような音がする。血が机の上に水たまりのように溜まって行く。何度も何度も何度も何度も、ユルルは自身の手に短剣の突き刺していた。

 

 白い手が、気づけば、生々しい赤に。恨みが大きくなっていく。不満が大きくなっていく。

 

(無属性しかないから、なんだ。兄が三人共、殺人鬼だからなんだ)

 

 

  只管に狂ったように、手に短剣を刺す。痛みが、僅かに恨みを緩和させてくれる。

 

 

(私が、何をしたって言うんだ。あいつら、妙な二つ名つけやがって、教え子の癖に、生意気なんだよ)

 

 

 衝動が、衝動が、只管に強くなる。この恨みを、怒りを、もどかしさを、誰かに、アイツらにぶつけたい。

 

 黒い黒い感情が、彼女に湧いた。血の池に僅かに顔が映る。もう、どうしようもなく彼女は歪んでいた。

 

 

(あぁ、あぁぁぁぁぁ!! 衝動が止まらない!! この衝動を誰かにぶつけたい!!!)

 

 

 彼女は狂い始めていた。

 

 

 

■◆

 

〈速報〉俺氏、波風を習得!!

〈速報〉俺氏、波風を習得!!

〈速報〉俺氏、波風を習得!!

〈速報〉俺氏、波風を習得!!

 

 

 いや、遂に俺も必殺技を習得してしまった。トゥルーとかボウランが、魔術の授業でエンチャントとか、砲撃魔術とか、ぶっ放しているからさ。隣で少し、肩身が狭かったから余計に嬉しい。

 

 アーサーも魔術やべっぇし。何なんだろう、バカみたいに魔術放つの、止めてもらっていいですか?

 

 俺は、今の所、魔術適正がなく、星元(アート)操作もクソらしい。ダントツのドベ。

 

 魔術の教師役の人っていつも、俺に嫌味言うんだよな。才能ないとか、止めろとか。

 

 お前はドベだって? それって、俺からすると、もう上がるしかないって意味に聞こえる。これくらいの事を考えられる鋼のメンタルは主人公の基本。ドベなら下がる事もないんだろう? 上がるだけしょ?

 

 

 はぁ、はぁ、波風を試したい。

 

 あぁ、衝動が止まらない。この技を誰かに試して、ドヤぁ! ってやりたい。波風を誰かにぶつけたいぃぃぃぃぃ!!!!!

 

 やっぱり、主人公は新技を習得したら、それを試す機会がないとね。俺主人公だから、そろそろイベント来そうだなぁ。

 

 それにしても、波風を試したい、衝動が、衝動が止まらないぜ!

 

 俺は新技を披露したくて、狂い始めていた。

 

 

 

 




感想、高評価いつもありがとうございます。励みになってます。


モチベになるので、感想、高評価よろしくお願いいたします。


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11話 鬱対お花畑 後編

感想と高評価ありがとうございます!!! 滅茶苦茶モチベになります!!


 古い古い記憶、綺麗な豪邸。鮮やかな花が咲き誇る庭。そこに小さい少女が剣を振っていた。彼女は銀髪で、必死に剣を振っている。

 

「そうじゃないよ。貸してごらん」

「うん」

 

 

 彼女と同じ、銀の髪を持つ男性が声をかける。顔立ちはどこか似ていて、だが少女以上に凛々しさがあって少女とはまた違う顔立ち。

 

「波風は、そうだな……もっと、こう、型があるんだけど、それにこだわり過ぎない順軟性と言うか」

「……?」

「あぁ、難しかったね。僕が一緒にやってあげるから」

 

 

 そう言って、男性は少女にもう一度、剣を手渡す。そして、今度は少女の手を握って、一緒に体に教え込むように振るう。

 

「わたし、とおさまみたいになる!」

「そうかい?」

「まじゅつてきせいなくても、とうさまいじょうのせいきしになる!」

「……たのしみにしているよ」

「うん、やくそく!」

「ユルルなら、きっと僕以上の騎士になれる。だから――」

 

 

「父さん! 僕、聖騎士に成れたよ!」

「やったな。ガへリス」

「父さんの部隊で僕を……ユルル?」

「わたしもはやくなりたい!」

「十五になってからだな。それにしてもアグラ兄さんはもう、九等級か」

「あの子は、才能があるからね」

「それに引き換え、ユルルは魔術適正ないからな」

「わたし、なくてもりっぱなきしになる!」

 

 

 全てを覚えている。優しかった兄達を。背中が大きかった父を。厳しかった母を。

 

 

 もう、戻ってはこない

 

 

 

 ■◆

 

 

 

 

 一晩明けた。ユルルは昨日は自身を痛めるのみにとどまった。大量の出血、そして訓練の疲れ、それで寝てしまった。だが、朝起きると血液の不足による体への倦怠感がない、出血多量による死亡になってもおかしくなかったのに。

 

 だが、そんな純粋な疑問は湧かなかった。ただ、衝動がまた湧いてしまう。

 

 自然と、剣を持って、外に出てしまう。

 

 視界が歪む。衝動が止まらない。持っている剣であの、いつも自身を馬鹿にし、父と母をけなす狼藉者を殺したいと彼女は考えていた。

 

 

(あ、ああ、だ、め……もう、これを、し、たら、とう、さま、と、かあ、さまのことを、だれも、しんじて、くれなく、なる……)

 

 

 朝、道行く人。

 

 

(ころ、したい……あの、ひとも、あのひとも、わたしを、わ、らって、る)

 

 

 誰も彼もが敵に見えた。体が疼いてしょうがない。早く、剣をあの、首にあてて刃で切り裂いて真っ赤な、自身が昨日出したような血を見たいと。

 

 

 恨みだった。怨讐、怨念。それらが彼女を満たしていた。だが、僅かに彼女に残っている。優しかった父と母の記憶が。それが何とか、彼女を留まらせる。

 

 だが、その記憶も徐々に真っ黒になっていく。ただの記憶になっていく。グラグラと彼女の芯が揺れ始める。

 

 

 私怨が満たされたら、彼女は崩壊する。復讐を肯定する存在が現れたら彼女は、一瞬で殺人鬼になる。それでなくても、時間が経てばたつほどに、彼女の衝動が高まる。

 

 舌を、噛む。血の味がする。それでなんとか、理性を保ち、円卓の騎士団本部ではなく、誰も居ない三本の木が生えているいつもの場所に行った。幸い、今日は剣術の訓練ではない。

 

 だから、あの子達も来ないだろうと彼女は踏んでいた。

 

 

(あぁ……きょう、ふぇい、く、んの、あさ、れん、いけ、なかった……)

 

 

 木に寄りかかり、彼女はふと思い出した。虚ろになって行く記憶の中で、黒髪の少年の背中が見えた。波風を教えて、少しだけ、成長をさせてあげられたと、思うと、喜びが湧いてきた。

 

 

(いやだぁ……もっと、ほんとうは、おしえて、あげた、かった……)

 

 

 これから、もう、自分は戻れなくなる。兄たちのように人の道を外れてしまうことを彼女は察した。涙が零れる。ガムシャラに教えを乞う少年が、私の無残な最期を聞いたら、きっと……と彼女はそれが悲しくなる。

 

 

(かれを、にい、さま、みたいに、しない、よう、に、みまもる、つもり、だったのに……、わた、しが、さきに。みちを、ふ、みはずす、なんて)

 

 

 一体、いくら時間が経ったか。ただ、後悔が湧いてくる。だが、それもいつしか、憎しみに呑まれる。呑まれて、()()無くなった。

 

 

(……そうだ。私は、悪くない。私は、全然悪くない。悪くない、悪くない、悪くない、悪くない、悪くない、悪くない)

 

 

(馬鹿にしたアイツらが悪いんだ。全然私は悪くないんだ)

 

 

「ア、ハハハハハ! 悪くない、私は、悪くない!」

 

 

 そう言うと、彼女は立ち上がる。足を向ける。だが、そこに……

 

 

「あれ! 先生じゃん!」

「先生、こんにちわ」

「……」

 

 

 ボウラン、トゥルー、アーサーがそこに居た。どうして、と言う疑問は既にない。三人は魔術訓練の後に自主的にこの場所を訪れているのだが、それを知る由は彼女にはない。

 

 ついでに言うと、フェイは魔術の先生に嫌味を言われながらも、頼んで魔術の本を借りていた。適正は無いのだが、自身の可能性を諦めずに。

 

 

(私より、才能も有って、適正属性もあって……見下してる。こいつらも私を馬鹿にしている。殺そう、殺そう、殺す)

 

 

「誰?」

 

 

 アーサーが聞いた。その眼は疑惑だった。直感で彼女は感じ取った。眼の前の存在が自身の知るユルル・ガレスティーアではないことに。

 

「あ? 何言ってんだ?」

「アーサーさん?」

「この人、先生じゃない……」

 

 

 そう言って、アーサーは付与魔術(エンチャント)の練習の為に借りて来た。鉄の剣を抜いた。

 

 何も答えず、ユルルも鉄の剣を抜いた。

 

 

 次の瞬間、両者は風になり激突する、その突風でボウランの長い髪が揺れる。

 

 

「……あぁ、良いなぁ、そんなに才能あって」

「……もう一度聞く。誰?」

「どうでもいいじゃないですか。私は、もう、殺したいだけですよ!」

 

 

 会話にならない、そうアーサーは感じた。自身の事を完全に棚に上げているが。

 

 

 星元(アート)による身体強化、それをどちらも行っている、これは無属性で出来る事で純粋で単純な力でもある。互いに、いや、その精度はアーサーに軍配が上がる。

 

 

 徐々にアーサーの剣の速度が増していく。精度の才能、星元(アート)の量は比べ物にならない程にアーサーは持っている。無属性の身体強化はやり過ぎると体が壊れてしまうために塩梅が大事だ。だから、アーサーは

 

 アーサーも全てをマスターしていると言うわけではない。

 

 長年の訓練。そして、積み上げてきた物。それはユルルの方が上であった。

 

「……手抜いてる?」

「……は?」

 

 アーサーはそうつぶやいた。彼女には分かっていた、ユルルが僅かに、手を緩めて、実力を抑制していることに。

 

 星元(アート)の量はアーサーの上。だが、その精度と剣術の腕はユルルの方が格段に上であった。

 

 それをアーサーは知っている。偶に訓練で軽く打ち合って貰っているアーサーには、それが分かっていた。

 

 

「……馬鹿にしてるんですか?」

「……違う」

 

 打ち合いが強くなる。だが、それでもアーサーが優勢であった。

 

 

「おい、アーサーどうするんだ!?」

「取りあえず、ボウランは他の聖騎士に応援を」

「お、おう! わかった」

「トゥルーはワタシの援護。魔術プリーズ」

「わ、分かったよ」

 

 ボウランが去り、トゥルーが詠唱を開始。水の弾丸が複数形成される。手加減がかなりされており、当たっても死にはしない。多少のダメージはあるが。

 

「っち……」

 

 

 ユルルは舌打ちをした。徐々に二人のコンビで体力が星元(アート)が削られていく。だが、そこに僅かな安堵もあったの事実。

 

 そして、アーサーの光の魔術が……

 

 黄金の風。それが彼女を吹き飛ばす。闇の星元が、少しづつ、削がれていく。削られていく。

 

 彼女は少しづつ、正気を取り戻しつつあった。だが、それでも止まることのない。根源的な怒り。

 

 

 それを覚えて、忘れられなくて、彼女は最後。アーサーにもう一度、光の魔術を喰らって、終わる。

 

 

 その後は、ただ、一人の聖騎士が王都を去るだけの話だ。

 

 

 彼女は騎士団からの除名処分を宣告され、王都ブリタニアを去ることになる。居場所が消え、周りからの視線が失望で埋まる。元々、善良であったために、僅かな期待をした者が大きく落胆する。

 

 彼女の様子が可笑しかったことも説明はされる。アーサーもトゥルーも、ボウランも色々と説明をするが、周りはあの忌まわしき事件が頭をよぎる。

 

 あの子も可笑しかったのだと。

 

 どちらにしても、無駄なあがきであった。何故なら、もう、ユルル・ガレスティーアがここに留まることを、父と母の汚名を晴らすことを、諦めたのであるのだから。

 

 

 彼女自らが、この場所を去ったのだ。

 

 

 それが、彼女の選んだ結末。救われない。そして、この場を去った彼女は自身の兄によって……陵辱されて、殺される。

 

 最後の、アーサーの魔術が……彼女に向かって。アーサーの手に光が集まるのを感じて、彼女は、涙が溢れた。

 

 

 終わった。全てが……

 

 

「待て」

 

 

 その声はそこに響いた。アーサーが魔術の構築をやめる。手から光が霧散していき、何事も無いように消えた。

 

 

「フェイ……どうして」

「ボウランから、色々聞いた。アーサー、その剣を渡せ」

「……」

「二度言わせるな。渡せ。これは、俺の物語(たたかい)だ」

 

 

 無理やり、アーサーから剣を受けとる。彼の目の前には満身創痍のユルルが、アーサー達に削がれて、体力はかなり無い。だが……フェイとどちらが勝負になって勝つことになるのか、それは考える間もなくユルルである。

 

 

「……」

「……フェイ君が今度は私と戦うと?」

「あぁ、アーサー、トゥルー。お前たちは手を出すな」

「……ふふ、可笑しなことを言いますね。貴方では私には敵いませんよ? それに、フェイ君は鉄製の剣を使って戦った事はないでしょ?」

「だから?」

「死にますよ。私とやったら? そんな事も分からないお馬鹿さんでしたっけ?」

「ふっ。俺は……」

 

 

 クスクスと笑うアルルに、フェイも鼻で笑って返す。

 

「確かに、バカだな。あぁそうだ。馬鹿だからこそ、やってみないと、分からないのさ」

「……いいでしょう。死んで後悔しても遅いですよ」

「来い」

 

 

 互いに大地を蹴る。鉄の剣と鉄の剣。いつもの木剣とはわけが違う。鳴り響く重厚な金属の音。

 

 互いに、筋の通った美しい太刀筋。全く同じと言っても過言ではない。

 

 清流のような、ユルルの太刀、それを無表情で受け止める。フェイには星元(アート)が使えない。まだまだ、未熟であり星元操作が全くできないと言っても過言ではない。だから、先ほどのアーサーとユルルのような高速には及ばない。

 

 だが、ユルルも、アーサーとトゥルーによって星元(アート)がそがれている。殆ど、残りは無い。

 

 そして、彼女もそれを無意識のうちに使う選択肢を放置していた、それは彼女の僅かに残る良心か、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは誰も知る由がない。

 

 

 何度も金属音が鳴る。

 

 

 綺麗な三日月を思わせる太刀、それによって僅かにフェイの右肩に切れ目が入る。だが、それを気にせず、フェイはなぞるような三日月の剣筋。

 

 フェイとは対照的に、それを難なく彼女ははじいた。

 

 二人の決闘は拮抗をしている……ように見えた。だが、徐々に差が開き始める。

 

「もう、止めた方が良いと思いますよ?」

「まだだ」

 

 

 上からの圧倒的な騎士の言葉。勝利を確定させる予言のような物言いをフェイは否定する。だが、肯定をするように、フェイの左肩に剣が刺さる。

 

 ぐさり、っと音がしたわけではない。だが、そんな音が聞こえるようであった。肩から血が溢れ、フェイは舌打ちをしながら、距離と一旦取った。

 

 

「フェイ、もうやめろ。死ぬぞ、僕達と一緒に――」

「黙れ。お前は手を出すな」

「フェイ……ワタシ」

「俺の話を聞いていたのか? 手を出すなと言っている」

「でも、このままだと、その……それに肩、痛くないの?」

「こんなもの、当然だ。これくらいを背負えない様では俺に道はない」

 

 

(傷が当然? かなり深く入ってるぞ。血がかなり溢れている)

 

 トゥルーも流石に目の前で人が死んでしまうのは許容できない。全員で戦って勝てると言うなら。

 

(フェイ……もう)

 

 アーサーもフェイが気がかりだ。二人して、止めようとしたら

 

「なんだ? その眼は? ()()()()()()

 

 ゾクりと、背筋が凍るような、本当に氷河に居るのではと感じるほどの覇気。あり得ない程に研ぎ澄まされたその視線。

 

 

 眼力が二人の口を閉じさせた。

 

 

「ふふ、フェイ君は本当におバカさんですね」

「……」

「だって、もう、貴方の負けは決まったも当然。これ以上何をすると言うんですか?」

「……ふっ、茶番だな」

「……はい?」

「なぜ、あの時に俺の頭を砕かなかった。肩ではなく頭を狙えたはずだ」

「……」

「気に入らない。全てをかけて、殺す気で来い。俺が、全てを受け入れてやる。そして、ここで超えてやる」

「っ……何なんですか、貴方は。一体、私の何を知っているって言うんですか!?」

 

 

 激昂を飛ばし、彼女が襲い掛かる。だが、フェイも負けじと応戦をする。力を込めた肩からは血が溢れる。

 

「ほら、痛いでしょう? もう、やめましょう?」

「やめない。それに、そこまでの痛みはない」

「……あぁ、そうですか。なら、もういいですよ! 貴方みたいな愚者なら何の慈悲もなく殺せます!」

「それでいい」

 

 

 ユルルが剣を振る。それを、捌く。攻防は変わらず、只管に防戦一方。

 

 

「前から、思ってましたけど、貴方才能ないですよ? 魔術適正もない。剣術だって、出来る人は大勢います。貴方の上位互換なんて沢山います」

「だろうな」

「聖騎士は、魔術の方が凡庸性が高いって実は言われているんですよ。そうですよね。剣を一回振るより、魔術一回でそれ以上の成果が出るんですから。これ以上やっても誰にも認められず、落ちぶれて、年を取るだけかもです」

「ふっ、かもな」

 

 

 それは一体、誰に言っているのだろうか。フェイか、それとも自分自身にか。彼女は徐々に分からなくなっていった。

 

 

「貴方はそれでもいいんですか? 聖騎士として貴方が輝く未来は――」

「ククククッ」

「なにが可笑しいんですか……」

「いや、なに……さっきから何を当たり前のことを言っているのか思ってな」

「……」

 

 

 一度、互いに距離をとる。ユルルは眼を鋭くして、フェイを睨む。

 

「どこでも輝く者など居ない。だが、どこでも輝かない人間も居ない。それだけだ。お前がいくら言おうと俺は変わらない。お前をここで叩き潰すだけだ」

「そんなに私が嫌いですか?」

「あぁ、見ていられない。俺はお前の剣が自身の強さに必要であると感じた。だが、今のお前はその価値はない」

「……」

 

 そこから、フェイが僅かに声を荒げた。別に怒声ではない。だが、いつも譫言のような声。そこに確かな重みがあった。

 

「ふざけるなよ。俺が認めた剣がこんなざまなど、断じて許さん。だから、俺が教えてやる。俺が認めた剣をな」

「――ッ」

 

 

 右手で剣を持ち、剣先を向けて、言い切った。そして、再び両手で握った構える。

 

「語り過ぎた。もう、終わりにしよう」

「……」

 

(……私は、私は……。いや、違う。この人も私の事を馬鹿にして、笑って……笑って……)

 

 

 否定をする材料を探そうとした。だが、彼女の中の彼はいつも真剣な目を向けていた。四六時中一緒に居るようなものであったのに。一度も笑う事は無くて、いつもいつも。一生懸命であった。

 

 だから、そこから先の言葉は無かった。

 

 この時点で彼女は負けていたのかもしれない。

 

「くっ、私はまだ……」

 

 互いに走る。そして、彼女は彼の肩に目を向ける、血が出ている。あれ以上の出血は命取りであると言う事を感じていた。

 

 

 

(もう、感覚だってないはず……動きも先ほどより散漫している)

 

 

 彼の走りが僅かに遅くなっている。と彼女は感じた。だが、それは自身もである。

 

 

(もう、両手が……足も……)

 

 

 条件は互いに同じだった。だが、フェイの気迫、そして、その眼力が彼女にプレッシャーをかける。

 

 

「これで、終わり!」

 

 

 だが、彼女の方が僅かに早かった。フェイの左下から、上に向かって一閃を放つ。勝ったと彼女は確信した、

 

(さようなら。フェイ(わたし)

 

 

 そう、思いかけた。それはただあの思い込みであった。剣が届く寸前。彼は体制を低くした。それによって、剣は空に呼び寄せられるように空を切る。

 

 それはフェイが彼女と一緒にずっと鍛えてきたからこそ、分かった間合い。極限の中でプレッシャーをかけ続けた事での相手の視野を狭くし、そして、最後まで勝利を諦めなかった者が掴んだ極限の王手。

 

 

(しまった……ッ!)

 

 

 だが、直ぐに軌道を修正し、斜め上にある剣をそのまま振り下ろす。それをフェイは横の刃で受け止め、そして、次の瞬間には縦に変えた。

 

 

 滝のように彼女の剣が下に流される。そして、そのままフェイはカウンターをする。

 

 波風清真流(なみかぜせいしんりゅう)初伝(しょでん)波風(なみかぜ)

 

 

(あぁ……私の……)

 

 

 彼女の記憶が蘇る。フェイがカウンターの剣技を叩きこむ刃をこちらに向ける。その姿が過去の自分に重なる。何も知らない時。全部があった時のことを。

 

 

(そうか……私は戻りたかっただけなんだ……才能とか、しがらみとか、そんなものに囲まれていた今じゃなくて)

 

 

(父が居て、母が居て、兄が居て、何も考えずに楽しく剣を振っていたあの頃に……)

 

 

 フェイが剣を振る。だが、それは彼女の首に届かず直前で止まっていた。

 

「俺の勝ちだ。文句は?」

「ないです……私の、完敗です……」

 

 

 彼女はただ、笑っていた。これから先、自分はここに居られない事は分かっていたのに。それなのに、その笑顔はとびきりのものであった

 

 

 ■◆

 

 

 

 あれ? 今日先生朝練来ないな?

 

 どうしたんだろう? ポンポン痛かったのかな?

 

 今日は魔術の訓練先生は滅茶苦茶意地悪な爺さんだけど俺はめげないぜ。あ、爺さん、本かしてよ。覚醒したときの為にさ!

 

 

 そんな感じで過ごしてると

 

 

「あ! フェイ!」

「なんだ?」

「大変なんだ。実はカクカクシカじーか!」

 

 

 な、なんだってぇぇ!? 先生が暴走!? これは明らかに俺のイベントだな! しかも、昨日波風習ったばかりだし!!

 

 

「よし、分かった」

 

 

 俺は風になった。これは闇落ちした師匠が弟子から救われるあるある展開だな! いぜいかん! イベントへ!

 

 

 いや、熱い展開だな! 闇落ちした師匠から最初に伝授された技で止めを刺す。そして、救うとか胸が()すぎて、()焼き豆腐ね!!

 

 

 ダッシュで向かうと、アーサーが止めを刺す所だった。危ないなぁ? それは俺のイベントですからね?

 

 

 いやー、本当にこいつは油断ならないな。アーサーとトゥルー俺の出番を取ろうとしてるわぁ。

 

 

 よくさ、マンガとかでも主人公じゃない奴が、人気投票で一位獲っちゃうみたいな。主人公より、主人公してるか、そう言う感じになってしまうんだよね。そう言うのあんまり好きじゃない。

 

 主人公第一主義だよ。

 

 やっぱり、俺が活躍しないと!!

 

 先生やっぱり強い。闇落ちしてもこれって、しかもアーサーとトゥルーにある程度削られてるんでしょ?

 

 いや、強いなぁ。鉄の剣初めて使うけど……まぁ、主人公だからこれくらいの覚悟はありますよ。俺は主人公なのでダイヤメンタルです。

 

 

「フェイ、もうやめろ。死ぬぞ、僕達と一緒に――」

「黙れ。お前は手を出すな」

「フェイ……ワタシ」

「俺の話を聞いていたのか? 手を出すなと言っている」

「でも、このままだと、その……それに肩、痛くないの?」

「こんなもの、当然だ。これくらいを背負えない様では俺に道はない」

 

 

 努力系主人公の怪我は基本。

 

 

 だから、まぁ、別に。気にならん。それに、傷もそんなにね? 

 

 

 主人公は痛みに耐えるの基本だし?

 

「なんだ? その眼は? ()()()()()()

 

 

 俺の出番を取るな。これは弟子イベントだ。

 

 

 あー、先生。ちょっと剣が変だな。いや、弟子として言うけど、いつもよりキレがないね……上から目線で申し訳ないけど

 

 

 まぁ、なんやかんやしてと……最後は波風は実はずっとどうやったら、カッコよく決まるか、頭の中で考えた事したら上手く行った。

 

 

先生と戦いながら、これ絶対、波風で勝負つけないといけない使命感を感じていた。

 

 

絶対に波風で決めた方がカッコいいし、先生も感動で闇落ち救われるだろうし。

 

 

 

最後は、三か月の訓練とか、色々頭の中に浮かんで何となくでやったらうまく言ったぁ。これが主人公補正か……。

 

「俺の勝ちだ。文句は?」

「ないです……私の、完敗です……」

 

 

先生は笑っていた。ありがとう先生。今日の俺、まさしく主人公だったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モチベになりますので面白かったら、感想と高評価よろしくお願いいたします!!


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12話 聖騎士長様

「では、ユルル君。君は衝動に駆られ、自身の教え子を手に掛けようとしたと? そういうことでいいんだね?」

「はい……」

「うむ……そうか」

 

 重々しい声を発して、眼を閉じ、悩むそぶりを見せる。とある男性。彼は豪華な執務室で両手を組んでいる。

 

 そんな彼の前にはユルル・ガレスティーアが暗い顔をして立っていた。彼女はあの後、フェイに敗れて正気を取り戻した。無論、フェイとの戦闘中にも徐々に戻る兆しは見せていたのだが、完全となった。

 

 

 彼女は闇の星元による反動によってあの惨事を引き起こしたことは誰も知らない。だが、彼女が生徒を襲ったと言う事は知られてしまった。

 

 そして、彼女は自らの意思で今ここに居る。円卓の騎士団本部、四階。執務室。

 

 円卓の騎士団、聖騎士長、ランスロットの元に。

 

 白髪で髪を上げてでこを出し、そこには十字の傷が。年齢は40歳でありかなりの年配者。だが、そこからは重々しい覇気を感じる。

 

 

「いやいや、どうしたものか。どうかね? コンスタンティン君?」

「……今回の事件、そして、身内問題、全てを考えると、騎士団除名も考えられるとコンは返答します」

 

 ランスロットの隣には、金髪の女性が居た。顔は包帯によってグルグル巻きにされている。その為に見えないが、声からしてまだまだ若いようイメージをユルルは受けた。

 

 

(初めて、声を聴いた……この人が副聖騎士長、コンスタンティン)

 

 

 長年騎士団として、活動をしている彼女にとってランスロット聖騎士長は話したことはないが、声を聴いたことはあった。だが、コンスタンティンは一度も無かった。実力はかなりのものだと聞いたことがあるが。

 

 彼女は最下層である為に、最上層と言われる二人とは話した事もない。だが、コンスタンティンは特例でいきなり、副聖騎士長に任命をしたと言う話は有名であった。

 

 聖騎士長が実力を認め、さらには超強個体である逢魔生体を撃破したと言う事から、聖騎士長自らスカウトをしたと言う話を何度も聞いていた。

 

 

 

「確かにそうとも言えるかもしれないね。いやいや、困ったものだ。マルマル君から直接推薦を受けた君を除名しなくてはならないとは……君個人としてはどう思うのかね? ユルル君」

「わ、私は、本当に、取り返しのつかない事をしてしまったと感じています……その、除名も当然であると」

「ふむ」

「で、ですが……もう少しだけ、聖騎士としての活動を許していただけないでしょうか!?」

「ふむ……なぜ、と聞いてもよろしいかね? 正直に言ってしまえば、君はこの騎士団での居場所が無いのではないかな。それでもすると?」

「ど、どうしても、ここに残りたい理由が、あ、あるんです。け、剣を教えたい教え子が居ます!」

「なるほど……しかし、どうしたものか……騎士団の中では既に君の除名を求める声が多数存在するのも事実。ここは組織である為に統制が取れなくてならない。この状況を打開する何か、良い案でもあるかね?」

「そ、それは……」

「まぁ、まだ全てがわかったと言うわけではない。詳しく追及をし、議論をし、結論を出す。それだけだがね」

 

 

そう言われてしまえば、彼女は何も言えない。沈黙が支配をする。このままでは除名となってしまう。だが、彼女はどうしてもここに居たかった。

 

でも、と目の前の存在をどうにかする力は自分にはないと思っても居た。

 

そんな時、執務室のドアをノックする音が響く

 

「入りたまえ」

「失礼します、聖騎士長。いきなりで申し訳ありませんが、急ぎの様故、急な来訪をお許しください」

「構わんよ。マルマル君。そして、その後ろに居るのは」

「彼女が担当をしていた仮入団団員の者達です。事情を話して貰う為に連れてきました」

「そうかね。では、詳しい事を聞くとしよう」

 

 

マルマルがフェイ達を連れて、執務室を訪れていた。ランスロットが最初に目をつけたのはフェイ。

 

 

「君が彼女と戦って勝ったと聞いている。詳しく聞いても?」

「あぁ、構わない」

「ちょ、フェイ君。敬語は使って!」

「マルマル君、構わないよ」

 

 

ハハハと豪快に笑い飛ばすランスロット。だが、マルマル、そして、ユルル、トゥルーもボウランも、驚いていた。何処の世界に聖騎士長にいきなり、溜口で話す十二等級の騎士が居るのか。

 

(フェイ、流石。相手が誰でも対応を変えないメンタル。凄い)

 

 

アーサーだけは感心していた。

 

 

「そもそも、こんな茶番に付き合う気はない。手短に終わらせよう」

「ははは、茶番か。面白いことを言う、どういう意味だね」

「そのまんまだ。そもそもそいつが襲った理由は訓練の一環だ、聖騎士たるもの常にどんな時でも最適な行動をしなくてはならない。その訓練をして、そして、このボウランが焦って勘違いした。それだけだ」

「ガハハハッ、面白い! では、あれは全て訓練だと? 命のやり取りをした君との戦いも?」

「あぁ、その通りだ。命のやり取りをして、初めて強くなれる」

「いやはや、面白い子だ。だが、既に他の聖騎士たちは除名を求めている」

「たかが、訓練如きに随分と騒ぐんだな、聖騎士と言うのは。仮入団の俺が言うのもなんだが、暇な奴が多いらしい」

 

「「「「!?」」」」

 

 

ほぼ全員が驚きを隠せない。

 

 

「も、申し訳ありません、聖騎士長! 彼はまだ」

「構わんよ、マルマル君。彼の言う事は実に面白い。全てを許そう。だがね、少年。世の中にはどうしても曲げられない事がある。私達は今回の一件を強く受け止めている。過去の事件について君も少しは聞いているだろう。それが今も尾を引いており、そして、この一件が流れた。これで何も処罰なしでは、組織としての体制を揺るがしかねない。それに今まで以上に聖騎士たちの眼は彼女に厳しくなるだろう」

「……」

「だからこそ、正直私としてはね。彼女を除名するしか道はないと感じている。多数の聖騎士たちの意見。覆したいのであれば、それに勝る何かを君が提示しなくてはならない。彼女があのガレスティーア家の子女として生きることで他の騎士が不安になり、最悪の場合死んでしまうと言う可能性がある中で、それでも君は彼女を庇うつもりかね?」

「あぁ、俺にはそいつが必要だ」

 

 

即答。自然とユルルの瞳から涙が溢れる。

 

 

「では、問おう。そこまで言うならばその道を示す覚悟。そして、責任が生まれる。もし、彼女がガレスティーア家の子息達のように、何らかの不祥事を起こした時、君はどう――」

「腹を切って死んでやる」

「……なに?」

「俺が、腹を切って死んでやると言った」

「……ククク、がハハハは!!! いやはや、本当に面白い子だ。命を懸けると? コンスタンティン君、君はどう思うかね?」

「……聖騎士たちの多数意見は重要ですが、一人の聖騎士の生命には及ばないとコンは考えます」

「ふむ、では?」

「本当に生命をかけるのであれば、除名を免除することも可能ではないかと。彼女を除名するには聖騎士たちも命を懸ける他ないとコンは考えます」

「そうか……では、今回の一件は訓練の一環が誤った情報で流れ、そして、もし、本当にそのような事があれば、誇り高き聖騎士一人が腹を切って死ぬほどの約束をし、除名に強く反対をした。そのように聖騎士たちに通達を」

「了解しましたとコンは早速業務に向かいます」

 

 

コンスタンティンは暗殺者のように静かな、足取りでその場を去った。

 

「おい、話は終わりか?」

「勿論だよ。ただ、本当に何かあった場合は死んでもらうことになるだろう」

「そうか。おい、行くぞ」

「え!? あ、あ、はい!」

 

 

フェイはユルルを連れて、勝手に出て行った。アーサー達はそんな自分勝手に動くメンタルは持って居ないので執務室に残る。

 

「聖騎士長。申し訳――」

「いや、気にしないでくれたまえ。命を懸けるとまで言われては、聖騎士長として動かざるを得なかったと言うだけなのだから」

「はい。感謝します」

「君たちも帰ってよい。ここの空気は重々しくて辛いだろう? ハハハ」

 

 

豪華にジョークを飛ばす。アーサー以外の全員がハハハっと空気を読んで笑う。だが、アーサーだけは……

 

 

「はい。確かにちょっと重かったです」

「「「!?」」」

 

 

アーサーお前もかと全員が思った。

 

 

■◆

 

 

 フェイがユルルの手を握って、外に出る。王都を歩き、行先を告げずに只管に歩く。

 

 

「あ、あのフェイ君……」

「なんだ」

「ど、どこに行くんですか?」

「戯け。お前が朝の訓練をすっぽかしたのだろうが。それをやりにいく」

「そ、そうですか。でも、もう、私に勝ちましたよね? 私なんかで……」

「あれは本来のお前ではない。それに既にある程度の体力は削られていた。本来なら俺が負けていた」

「そ、そうですか……」

 

 

 魔術的要素、身体的要素それらを加味すれば自身は負けていたと素直に告白するフェイ。だが、彼女からすればどうしたらいいのか少しわからなかった。自分は酷いことをしてしまった。

 

 彼を踏みにじる事を沢山言ってしまった。そんな自分に教える資格があるのかと彼女は悩む。

 

 

「私で、いいんですか?」

「お前しかいない。俺が強くなるためにお前が必要だ」

「……酷い事を沢山言ってしまいました」

「あれは本来のお前では――」

「でも、きっと心の奥底では思ってました……それがきっと」

「どうでもいい」

「え?」

「俺は、そんなこと気にしている暇はない。ただ前を向くだけだ。それに、あれは間違ってはいなかった」

「……」

「だが、勘違いするな。それでいいと思っているわけじゃない。お前の、ユルル・ガレスティーアの全ての認識を改めさせてやる。言ってしまった事を気に病むなら、お前は俺の近くで俺を見ていろ」

「――ッ」

 

 

その眼は、男の眼だった。その眼に、ドキリと胸が弾む。矢で刺されでもしたのかと心配になるほどに、彼女の心臓が跳ねた。

 

 

 

「俺が、最強になるのをな」

「……はい。私、そうさせてもらいます」

 

 

 

ドキドキと心臓の鼓動が大きくなる。彼が握る手を自然と強く握ってしまう。彼女は皮肉にも破滅を辿った兄と同じ眼をする男を愛してしまった。

 

それは、きっと魂の輝き。ひたむきさ、自分を誰よりも必要としてくれることへの喜び。

 

嘗て、幸せを全て溢し、失った。そこからは苦難の連続で悲しい出来事も沢山あった。

 

でも、自分の手にはまだ、幸福があったと、再び掴みとれたのだと、彼女は嬉しくなる。

 

兄のように彼はなるのだろうかと彼女はふと思う。だが、関係ないのだと彼女は頭を振るう。

 

(私が、彼を導く……そして、願わくば……一緒に、ずっと、同じ景色を、貴方と……)

 

 

彼女は再び、彼の手を強く握る。

 

 

「ありがとう。フェイ君」

「ふん、そんなことを言ってる暇があれば、剣を教えろ」

 

 

■◆

 

 

 

 ユルル先生に勝った後に、俺は気絶した。そして、ボウランから聞いた。

 

 

「おい、ユルル先生が除名、かくかくしかじか!!!」

「ほう」

 

 

なん……だと……。そんなことはさせない。師匠ポジが消えてしまうのはダメだ。それにこんなに俺を育ててくれて、素敵なイベントまで提供をしてくれた人が除名だなんてダメだ!

 

 

 

これからも、弟子として色々聞きたいのに! まだ初伝しか教わってないですよ! 先生!

 

 

そんな訳でマルマルとか言う先生にあって、乱入を決意。闇落ちの理由を全部ボウランのせいにして、誤魔化そう。そう思って四人には話しておいた。

 

そして、説明の為に四階の執務室に行ったが……あー、豪華だな。そして、おじさんが出てきた。

 

ふーん、聖騎士長様ね……あー、ごめん。上から目線は基本だから、マルマル先生も我慢してね。

 

うーん、いずれ俺がこの執務室で偉そうにふんぞり返ることもあるかもしれないな。ちゃんと掃除とかしておいて感心だな。

 

あの席良い感じだから、俺が英雄になったら使おう。

 

さてと、後は適当に嘘をついて、終わりにしますね。

 

そう思ったのだが、あの聖騎士長様にはバレている感じだった。ほう? やるじゃないか? 

 

 俺の嘘を見向くとは? 貴様、只者ではないな? あ、そう言えば聖騎士長か。

 

 

「では、問おう。そこまで言うならばその道を示す覚悟。そして、責任が生まれる。もし、彼女がガレスティーア家の子息達のように、何らかの不祥事を起こした時、君はどう――」

「腹を切って死んでやる」

 

 

 ――判断が早い!!

 

 これには聖騎士長様も納得の表情である。まぁ、俺は主人公だから、主人公補正とかあるし、死ぬわけ無いんだけどね。

 

 取りあえず、師匠の為に命かけときます!

 

 

 ユルル先生の手を取って、執務室を出る。朝の訓練できなかったからやらないとね。それに先生も悪いことしてると思ってるわけだし、体動かしてリフレッシュしてほしいみたいな弟子の気遣いである。

 

 

「ありがとう。フェイ君」

 

 ちゃんとお礼が言える先生。これは闇は晴れたな? ふ、主人公の俺としては当然の結果だな?

 

 闇落ちから救うとか、こんなの偉業でもなんでもない。空気を吸う位の事だしね? 

でも、お礼を言われて悪い気はしない。

 

 

『まぁ、でもどういたしまして。これからも剣教えてくださいね」

             ↓

「ふん、そんなことを言ってる暇があれば、剣を教えろ」

 

 

 

 




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幕間 ユルル・ガレスティーア

 剣と剣の何度もぶつかる音が鳴り響く。とある朝、いつものようにフェイとユルルが剣舞を繰り広げていた。拮抗のように見えて、全くそんなことはなく、フェイの剣は宙を舞う。

 

 

「っち」

「……強くなりましたね」

「ふん、ここまでボコボコにされて強くなったと言われても皮肉にしか聞こえんな」

「いえ、そんなつもりはないのですが……でも、本当に強くなってますよ」

 

 

 ニコニコの笑顔でフェイにそのように告げるユルル。だが、本人のフェイは相変わらずの仏頂面で眉を顰めている。

 

 

「フェイ君、少し休憩にしましょう」

「あぁ」

 

 

 二人して、一旦剣を置いて、木に寄りかかる。相変わらずの仏頂面で腕を組み眼を閉じているフェイ。寡黙で盲目が彼の取り柄ではある。いつもであるのなら、ユルルも特に不要な要件を話したりはしない

 

「あ、あのー」

「なんだ?」

 

 

 だが、その日は無理に話しかけた。フェイが目を開けて彼女を見る。すると、ユルルは頬を少し赤くして、下を向く。

 

 

「そ、その、これ……」

 

 

 彼女は彼にそっと、袋から出した木の箱に入っているサンドイッチを差し出す。

 

 

「……これは?」

「ちょ、朝食です。その、たまたま、今日は朝は食べたくなくて……で、ですのでどうぞ」

「……そうか。では、貰うとしよう」

 

明らかに私情が混ざりに混ざったサンドイッチをフェイは口にする。普通の男性であれば、朝食を作ってくる異性、そして、ユルルの場合、明らかに顔に秘めている物が出てしまっているために色々と察してしまうのだが。

 

 

 

「ど、どうですか?」

「まぁ、悪くない」

「ほ、本当ですか!? う、嘘じゃないですか!?」

「あぁ」

「で、でも、他に何か言いたい事とかありませんか!? な、なんでも言ってください、リクエストでも……」

「特に無い。悪くない。それだけだ、それよりお前は食べないのか?」

「え? あ、わ、私は、別に……今日は良いです……」

「そうか」

 

 

 

俯いて、何も言わない。ユルル・ガレスティーアと言う今年で23歳になるが、恋と言うのをしたことがない。幼い時から、剣術バカであり、災難があり、只管に汚名を晴らすことに執着をしてきた。

 

恋などと言う概念は知っているが、それを己に見出すことをしなかった。

 

そして、彼女はかなり慌ててしまう性格でいつもアタフタしていることが多い。23歳で教え子15歳に恋を等をしてしまうなど言う自身が一度も体験をしたことがない未知。

 

だから、かなり、慌てている。

 

(あわわ、こ、こんな分かりやすい手段で気を惹こうだなんて。ば、バカじゃないの、私……)

 

 

「まさかとは思うが……わざわざこれを俺に作ってきたのか?」

「……!? い、いえ、ち、違います! その、今日はお腹が痛くて……」

「そうか」

 

 

(お、落ち着いて。この子は教え子、私は教師。適切な距離と保たないと……切り替えて、世間話を……)

 

 

「フェイ君のおかげで私は聖騎士として、居られます。フェイ君にまだ剣を教えることも出来ます。改めて、ありがとうございます」

「気にするな。俺にお前は必要だった。ただそれだけだ」

「……ッ」

 

 

とんでもない思わせぶりなセリフを言われて、再び俯いてしまう。これではいけないと気持ちを切り返る。

 

 

「あ、あー、それにしても、フェイ君は私の事を引き留めてくれたおかげで毎日楽しいです。もし、それが無かったらどうなったのかと考えると、少し、悲しくなりますね」

「そうか」

「はい。ダンジョンがある、自由都市でも行ってたのかもしれません」

「そうか。だが、その選択肢はあり得ないな」

「え?」

「もし、お前が除名されても俺の剣の師はお前であることは変わらない。最悪の場合は孤児院の俺の部屋で過ごしてもらうと考えていた」

「え、ええ!? で、でもそうだったらお金が、私の生活費とかかかってた場合が」

「俺の給料から出せば良い。お前の剣の指南代金は生活代金を出しても余りあると俺は判断する」

「……ッ」

 

ドキドキが止まらない。顔が真っ赤になって、手で顔を覆って完全に俯いてしまったユルル。

 

 

「……あぅあぅ」

 

 

言葉にならない。衝動が彼女を襲った。これで相手は真剣な表情で本心から言っているのだから、余計にたちが悪いと彼女は思った。

 

 

 

「どうした?」

「い、いえ……」

「……、今日はもういい」

「え?」

「色々、抱えているような気がする。そんな状態でも集中できんだろう。それに、毎日訓練は流石のお前もきついだろう。今日は帰れ」

「あ、は、はい」

 

 

(こんな、気持ちじゃ、まともに、教えてあげられるはずない……きっと、顔だってまともに見られないよぉ……)

 

 

(フェイ君は、私が前と抱えている気持ちが違うって、気づいたのかな……。うぅ、恥ずかしい……)

 

 

フェイはそう言って立ち上がる。訓練をする気はもう無いのだろう。彼女は顔が真っ赤で彼を見ることが出来ずに、その場で顔を隠すだけだった。

 

「ふぇ、フェイ君。ま、また明日」

「あぁ」

 

 

(あぁぁぁぁぁぁっぁ、ハズかしぃぃぃぃぃ!)

 

 

そう言って彼女は顔を隠して、猛ダッシュで三本の木のふもとから逃げるように去った。

 

 

 

 

■◆

 

 

先生、ポンポン痛いのかな?

 

 

俺は朝の訓練をこなしながらそんな事を考えていた。何だか分からないが、先生は訓練中も眼が合うとサッと逸らす。

 

 

それに何だか、慌てているようなよそよそしいような感じがする。うーん、俺の中で先生のイメージっていつも慌てているイメージだからな。特に変ではないような気もするが。

 

 

23歳であわわとか言っているし。いつも慌てて、心配性な感じがする。それに先生って結構神経質な感じがするし、ポンポン弱いのかな?

 

 

ポンポン痛くて、実は帰りたいとかは考えられるかな。でも、弟子の手前、そんなことを言いだすわけには行かないみたいな……

 

 

先生が、休憩と言ってサンドイッチを渡してくれる、おおーありがてぇ、キンキンに美味しくなってやがる。

 

 

まぁ、正直マリアの方が……それを言わない

 

――そう、俺は気遣いが出来る主人公である。

 

それにしても、先生は食べないのかな? 折角だから、食べればいいのに、やっぱりポンポン痛いのかな?

 

 

「まさかとは思うが……わざわざこれを俺に作ってきたのか?」

「……!? い、いえ、ち、違います! その、今日はお腹が痛くて……」

「そうか」

 

あー、やっぱりポンポン痛かったのか。それで自分用のやつを俺にくれたのか。万が一、反応的にヒロイン説も考えたけど、それはないようだ。

 

 

ん? 私がもし除名されたら? いや、アンタが居なくなったら誰が俺に剣を教えるんだよ。金くらい俺がだすぜ?

 

 

日本でも塾とか、習い事ってお金出すからさ、そんなにそう言うの抵抗がない。そう言うと、先生は俯いた。

 

そ、そんなにポンポン痛いのかな……。あー、先生苦労人らしいし、最近まで騎士団除名とか言われてたからな。俺とこうやって訓練することで安心感を得て、緊張感が溶けて

 

ポンポン痛くなったのかな?

 

 

「どうした?」

「い、いえ……」

「……、今日はもういい」

「え?」

「色々、抱えているような気がする。そんな状態でも集中できんだろう。それに、毎日訓練は流石のお前もきついだろう。今日は帰れ」

「あ、は、はい」

 

 

俺がそう言うと、先生は直ぐに訓練中止を宣言、やはりポンポン痛かったんだな。ダッシュで帰って行くし。無理に付き合わせて悪かったな。

 

――フッ、流石、だな。俺は気遣いが出来る主人公だから、賢明な判断が出来たぜ

 

俺の気遣いに先生が気付いたのか分からないが、師弟で気遣いをしあう。何て素晴らしい師弟関係なんだ!!

 

そうだ、今度お腹に良い、薬でも買ってあげようかな?

 

 

 

■◆

 

 

1名無し神

最近の転生者、面白奴居なくね?

 

2名無し神

あー、確かに。ちょっと、普通の奴多いよな。まぁ、でもしょうがない。

 

3名無し神

最初は転生させるだけで面白かったけどさ、やっぱり飽きがくるよな、あれだけ無差別に転生させたら

 

4名無し神

フェイって言うおもろい奴おるで

 

5名無し神

だれ?

 

6名無し神

あー、噛ませキャラ転生なのに自分の事を主人公だと思ってる奴だろ?

 

7名無し神

あいつ、クソおもろい

 

8名無し神

え? マジ、そんなやつおるのか?

 

9名無し神

どういう感じなん? 詳しく

 

10名無し神

魔術才能なし、剣術は才能アリ。あと精神が異常←ここ大事

 

11名無し神

ふーん

 

12名無し神

フェイ様のこと話してる?

 

13名無し神

フェイ様はウケル!

 

14名無し神

いや、最近の中でアイツはマジで熱い

 

15名無し神

転生させたん誰?

 

16名無し神

アテナだろ?

 

17名無し神

へぇ、気になるなぁ

 

18名無し神

円卓英雄記って言う鬱ノベルゲーの噛ませキャラに転生、しかし、気づかずに主人公ロールプレイしてる感じ

 

19名無し神

あ!! 俺そのノベルゲー知ってる! ロり巨乳のユルルちゃん大好きなんだ!

 

20名無し神

>>19

もう、フェイに誑し込まれとるで!

 

21名無し神

>>20

それ、まじ?

 

22名無し神

>>21

マジマジ、ガチガチに惚れてる。抱かれてもまんざらでもない感じすらある

 

23名無し神

いや、でもあれはしゃあない

 

24名無し神

判断早いしな!

 

25名無し神

もし、ユルルが人を襲ったら、フェイが腹を切ってお詫びいたします!

 

26名無し神

聖騎士長、ずっと笑ってたな

 

27名無し神

マジかよ。俺のユルルちゃんが……推しだったのに

 

28名無し神

諦めろ、もうフェイのもんだ。写真でシこっとけ

 

29名無し神

>>28

推しじゃ逆に抜けないんだよ!

 

30名無し神

それな! 推しだと逆に抜けない

 

31名無し神

ボウランとか結構良い感じじゃね?

 

32名無し神

あー、俺はアーサー

 

33名無し神

アーサーコミュ障すぎでキモイ

 

34名無し神

>>33

包茎は黙っとれ

 

35名無し神

>>34

包茎じゃないんですけど笑。勝手に妄想してだせえ

 

36名無し神

>>35

本当の事言われたからって、怒るな笑

 

37名無し神

これは、包茎だな。間違いない

 

38名無し神

先端がドリルのやつね笑

 

39名無し神

ドリル包茎笑

 

40名無し神

いや、でも、フェイ様が一番。早く死んでくれないかな?

 

41名無し神

>>40

怖い怖い怖い

 

42名無し神

なんで、死んでほしいん?

 

43名無し神

だって、死んでくれたら魂、私の物にして、ドロドロに溶かして一生側におけるじゃん

 

44名無し神

いや、マジでサイコパス。お前、フレイヤだろ?

 

45名無し神

フレイヤだな、このヤバさは

 

46名無し神

この、ユルルって子は処女なんだろうね? でないと認めないよ

 

47名無し神

処女厨が居るぞ笑。ってことはお前、ヘスティアだろ笑

 

48名無し神

いや、でもユルルちゃん可愛いな。ガチで俺は応援したい

 

49名無し神

でもさ、フェイ全然気づていないぞ笑

 

50名無し神

ポンポン痛いのかなって、バカか?

 

51名無し神

アイツの中で完全に師匠ポジだろ。あいつ思い込み激しいから

 

52名無し神

ドンだけヤバい精神してんだろうな。人間じゃ、稀じゃね?

 

53名無し神

>>52

主人公だと強く暗示がかかり

他者の暗示無効

主人公だから怪我も普通

怪我への恐怖耐性

主人公だから痛みに耐えるのは普通

痛覚への耐性

 

54名無し神

ヤバすぎだろ。何やコイツ。

 

55名無し神

精神はガチで歴代人類でトップクラスだと思う

 

56名無し神

ユルルちゃん、報われるかな

 

57名無し神

23歳までろくに恋とかしたことないらしいし、多難だな

 

58名無し神

可愛すぎる。

 

59名無し神

ユルル、フェイには既に、股ゆるゆるやな。焦ったユルルがフェイに逆夜這いの展開待ってます(笑)

 

60名無し神

>>59

死ね

 

61名無し神

>>59

死ね

 

62名無し神

>>59

死ね

 

63名無し神

キモすぎて草も生えない。

 

64名無し神

>>59

これゼウスやろ

 

65名無し神

この頭おかしい感じは間違いない

 

66名無し神

フェイって奴がそんなに好きになれん、キモすぎ

 

67名無し神

あ?

 

68名無し神

>>66

あ、フェイガチ勢に殺されたな

 

69名無し神

そんなの居るんか?

 

70名無し神

いるいる

 

71名無し神

結構人気出てきてる。死んだら魂はアテナ回収らしけど、かなりの金額で欲しいって奴が沢山いるらしい。フレイヤとか

 

72名無し神

お、そうなんだ

 

73名無し神

いや、フェイとか大したことないだろ

 

74名無し神

>>73

殺すぞ。フェイ様に向かって、そう言う事言うな。上から目線で言いやがって、お前何様だよ

 

75名無し神

>>74

いや、神様だよ

 

76名無し神

 

77名無し神

マリアはどうなん?

 

78名無し神

フェイ弱体化の元凶か。大体マリアが悪い

 

79名無し神

せやな、マリアが悪い

 

80名無し神

でも、マリア結構可哀そうやで。ワイはゲームやってたから知ってる

 

81名無し神

>>80

どういうこと?

 

82名無し神

>>81

両親がアビスに殺されたみたいな話やろ?

 

83名無し神

>>82

違う、ワイはクリアしたから知ってるけど、マリアの√マジで救いない。トゥルーのヒロインみたいな感じになるんだけど、結構可哀そうな感じになる。それに両親云々も色々裏がある

 

84名無し神

どういうこと?

 

85名無し神

>>84

マリア、記憶改竄され取るってこと。ワイは知ってる

 

86名無し神

まじ? マジで色々ヤバいやん。流石鬱ノベルゲー

 

87名無し神

まぁ、でもフェイが何とかするやろ

 

88名無し神

せやな

 

89名無し神

フェイがまだだって言って、全部解決やろ笑

 

90名無し神

と言うか、ユルルちゃんの時も思ったけど、シナリオ重くない?

 

91名無し神

シナリオライターがビターエンド好むからやろ

 

92名無し神

ワイ、知ってる。その人、素直なハッピーにはそんなにしない。入団試験に居た受験者半分以上死ぬ。それに、トゥルーとアーサーも選択肢ミスったら死ぬこと多いで

 

93名無し神

え? じゃあユルルちゃんは死ぬの? 死なないよね?

 

94名無し神

あそこで、フェイが見逃して、自由都市行ってたらエグイ目に遭って死んでた。

 

95名無し神

流石フェイやな

 

96名無し神

まぁ、もしかしたらなんやかんやで自由都市行くこともあるかもだけど、そしたら危ないかもな

 

97名無し神

まぁ、フェイが何とかするやろ

 

98名無し神

だろうな

 

99名無し神

謎の安心感ある

 

100名無し神

これからも見守っていきましょうね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

名無しの神のモデルは読者の皆さんです。それと語るだけで何もしてこないですので安心をしてください。

 

 

面白ければ、モチベになるので感想、レビューよろしくお願いいたします。




オリジナル四半期一位を獲得しました!! ありがとうございました!!

感想や、高評価モチベになっています、ありがとうございます。


面白ければ、感想、高評価よろしくお願いいたします


ご注意点
神はあくまで観察をするだけです。神々の介入を心配をしている方が居るので、書いておきます。介入とかはしてきません。それは天界の掟(適当)によって転生が完了した者への介入はできません!!!

これはあくまでフェイが自力、己のみでどこまでも、主人公を貫く物語です


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第二章 本入団編
13話 月下アーサー


感想、高評価ありがとうございます!!
面白ければ感想と高評価よろしくお願いいたします。


 真っ赤な水溜まりが出来ている。それはもう血の池とでも言えるのではないかとおもえるほどに大量の血が地面に迸っている。

 

 血、血、血、その真ん中で一人の少女が立っていた。眼が虚ろで絶望の血の海に膝を折る。

 

 血の海に波紋が広がって行く。彼女を中心にどんどんと広がって行く。それに引き寄せられるように何かが彼女に近寄って行く。

 

 

「か、え、して……」

「いた、い……」

「か、えして」

 

 

眼が消えてしまったとある二人の女性。心臓部に穴が開いた女性。血だらけの三人が金髪の少女に縋るように寄って行く。

 

気付けば、少女の周りには死体が数多存在していた。吐き気がする、めまいがする、耳を塞いで、眼を閉じて、ただ、ただ、ふさぎ込む。

 

殺した、殺した、殺した、殺して、奪って、彼女は生きている。真っ赤な自分の手、綺麗な体も血で染まり、生暖かい血が全身に染みこむような拒絶感を感じる。

 

耳を塞いで、眼を閉じても、心が覚えている悲鳴が己の中でこだまする。瞼の裏に縫われた血まみれの少女の姿が想起される。

 

 

「え、いゆうに、ならなきゃ……ワタシは、それまで、死ぬことも……」

 

 

呪いのように呟いて、己を保つ虚言のように呟いて、彼女は、アーサーは眼が覚めた。冷や汗で体が濡れて、悪夢を見た事で精神がやつれている。

 

「……」

 

 

円卓の騎士団の女性専用寮。その二階で彼女は眠気が消えた体を起こし、窓から自身を照らす月を見る。

 

彼女は月は嫌いではない。何だか、あの光に照らされていると自身も綺麗になるような気がするから。

 

ぼうっと、月を見上げる。ただ、只管に。眠気は湧いてこない。何も考えずにただ、見上げているまま時間が過ぎていく。

 

閉めきった窓を開けて、風を感じる。汗が少し乾いて、気分が落ち着いてくる。だが、それでも何だか、落ち着きは完全ではなかった。

 

彼女は寮を出た、風に当たりながら王都を歩きたかったから。ただの気分転換。少しでも悪い何かを思い出したくはなかった。もう少しで、仮入団が終わるらしい。だから、訓練もますます過酷になっている。

 

明日も訓練があり、その為には万全のコンディションで臨むことが求められる。睡眠をとらなくてはならない。だから、少しだけ外に出た。少し、体を使って気分も変われば眠れるはずであると彼女は考えていたからだ。

 

 

人が居ない。人の音がない。王都を歩いて、彼女は何だか、自分が一人のような気がしてしまった。

 

だが、それは当然のことであるとも割り切った。

 

 

行く当てもなくただ、歩いた。気付くと、自身の足がいつもの訓練場に向かっていると彼女は気付いた。荒野を歩く。誰も居ない、ただ風だけが……

 

 

――吹いていて。でも、誰かがそこに居た

 

 

雲によって、そこが隠れているからよく見えない。だけど、彼女はそこに近づいてしまった。風が吹いて、雲が動く。次第にそこが月によって明かりを帯びていく。

 

「フェイ……」

「……アーサーか」

 

そこには、フェイが居た。同じ隊の仲間と言っていいのか彼女には分からないが、それでも見知った仲である。

 

興味なさそうに彼女の声に反応し、こちらに目を向けることもなくただ、背中をこちらに見せている。

 

「どうして、ここに居るの?」

「……それを話す必要があるか?」

「なんとなく知りたいから聞いた」

「……訓練だ。今は少しだけ、呼吸を整えているがな」

 

 

いつものように感情を感じさせないフェイの言葉に自然と安心感を彼女は感じていた。互いに低い声のトーン。機械同士の会話に聞こえる者も居るだろう。

 

ただ、彼女はそれが気に入っている。

 

なぜだが分からないが、同じように物静かな感じが、異端な感じが気に入っているのだろう。

 

今も、気持ちが落ち着かなかったがどことなく、不思議と満たされているような気がしていた。

 

 

「フェイは……どうして、そんなに強いの?」

「……それは嫌味か?」

「……違う」

「……ふんッ、いつも俺を圧倒する貴様にそんなことを言われても嫌味にしか聞こえんがな」

「……嫌味じゃない」

 

 

 

フェイは不機嫌そうに鼻を鳴らし、彼女を見ずに低い言葉で強気の姿勢を見せる。フェイからすればいつも自身をこれでもかとボコボコにするアーサーにそんなことを言われれば嫌味に聞こえても仕方がない。

 

 

「ワタシは弱い……フェイの方がきっと強い……ワタシなんて、ズルだから……」

 

 

言葉がどんどんしぼんでいった。その言葉には嘘など無く、己を見つめてただ悲しくなったアーサーの本心。無機質で整っている顔が悲しく、萎れた花のように見るに堪えないものになっていく。

 

彼女は顔が整っているから余計に、その表情を見た者は同情心がわくだろう。何か優しい言葉をかけなくてはと思う事だろう。

 

だが、フェイから出た言葉はそれとは真逆とも言っていいものであった。

 

 

「……気に入らん」

 

 

その声は、夜に響いた。彼女の悲壮な言葉と裏腹に苛立ちが籠った言葉。

 

 

「え?」

「貴様は気に喰わん。俺達の部隊で最も強いお前がそんな言葉を吐くな。お前は強者なんだ。上でふんぞり返るくらいしたらどうだ」

「……でも」

「ふん、まぁいい。少し、付き合え」

 

 

 

そう言ってようやく彼女の方を彼は向いた。そして、予備の木剣を投げる。アーサーはそれを右手で受け取る。

 

「……別に良いけど」

「いつも通り、来い」

 

 

 

その言葉と共に最初にアーサーが動いた。右斜めからの斬り下ろし。それを読んでいたと言わんばかりに無表情でフェイが防ぐ。

 

 

だが、そこから更にアーサーの剣が加速する。淀みなく一定の間隔を置き徐々に速度を上げていく。ウォーミングアップを兼ねた剣。それを感じたフェイに再び怒りがわく。

 

フェイは元々体は温まり、筋肉もほぐれていた。疲れは溜まっているが、アーサーよりは調子が整っている。そのはずなのに、アーサーに押されているからだ。

 

 

いつものように、彼の剣が空を飛ぶ。

 

 

 

「っち、貴様の勝ちだ」

「……うん」

「言いたくはないが、圧倒的であった。俺とお前とでは天と地の差があるだろう」

「……」

「これでも、まだ弱いと言うつもりか」

「……ワタシは、それでも」

「戯けが……。勝者の貴様が己を弱いだと? ふざけるのも大概にしろ。貴様は俺に勝ち、トゥルーに勝ち、ボウランにも勝った。貴様に負けた俺達は何になる」

「……」

「本当にいけ好かない奴だ。お前のそれは謙虚ではない。ただ卑屈になって、他者を不快にしてるだけと知れ」

「……ごめん」

 

 

 

彼女は再び俯いた。

 

 

「……お前が辿ってきた道。それを否定するな。それはお前に関わった者達への侮辱だ」

「……」

「勝者は敗者の重荷を背負って先に進む義務がある。振り返り、同情をする暇があるなら先に進みふんぞり返っていろ」

 

 

初めて、フェイとアーサーが対立をした時かもしれない。フェイに言われてもアーサーの考えは変わらなかった。

 

 

フェイもそれを悟ったのか、それ以降何も言わなかった。それは当然のことで、誰しもが完全に分かり合うなんてことは不可能であるからかもしれない。

 

アーサーはフェイの事を自分と同じであると考えていた。だが、今対立をして、相違があると知って、それが僅かに変わった。だから、悲しくもなった。

 

 

それを埋めたくて、また一つ、また一つと、共通点を探したくなったのかもしれない。

 

 

 

「……ワタシ、は英雄に、ならなきゃ、いけないの」

「……」

「その為に戦っている」

「……」

「フェイはどうして、戦うの」

「……なぜか。そうだな。俺は……己が己であるため。ただ、俺はそうすべきであると思うからだ」

「……よくわかんない」

「……まぁ、お前と近い。英雄になる為と言っても間違いではない」

「そうなんだ。フェイは英雄になりたいんだ?」

「……そんな所だ」

「ワタシはなりたくない。でも、ならなきゃいけないの」

「……良く分からん奴だな。貴様は」

 

 

(……ワタシとフェイは違う。ワタシは英雄になりたくないけど、目指して。彼は英雄になりたくて、目指して。きっと彼は本物の器)

 

 

(でも……多分。私がならないといけない……魔術の適性。剣術、全てが……偽物の継ぎ接ぎだけど)

 

 

(……英雄、アーサー……か……)

 

 

 

彼女は英雄を目指している。目指さなくてはならない。アーサーと言う少女に課せられた重みは他の聖騎士とは比べ物にならない。その重みに彼女はいつも潰れそうになる。

 

普通に、ただの村娘として生きられたのであればと彼女は願った。だが……運命がそれを許さない。その重荷から逃げることはきっと……

 

 

「だが、安心しろ。お前が英雄になることはない」

「――え」

 

 

それは彼女にとって驚愕であって、救いの声に聞こえた。それを誰かに言って貰えたくてどれほど、悶えていたか。だが、それを言われても、意味はない。

 

自分が、この重みを背負う自分が、それをしなければと。呪いのような強迫観念に彼女は苛まれた。

 

 

「何故なら、それになるのは俺だ。俺がその座をとり、頂点に立つ。トゥルーや貴様を倒し、先に進む」

「……フェイは強いけど……その……」

 

 

 

精神的には言わずもがな。だが、魔術適正や剣術、星元操作。それらを加味すると、フェイと言う少年は自分を超えるなど……とアーサーは正直にそう思った。

 

 

如何に彼でも自分を超えて英雄にはなれない。精神だけで自分を超えて重荷を消すなど出来るはずがない。それは落胆であった。

 

悲しみが支配し、彼女は気が落ちる。だが、それを鼻で笑い眼の前の存在は言葉を続ける。

 

 

「やはり貴様は気に入らんな。だが、俺がお前を倒し、勝者となる。そして、敗者のお前の全てを背負って、俺は先に進む」

「――ッ」

「なんだ? その顔は」

「本当に、背負ってくれるの?」

「……なぜそこに反応をするのか知らんが……そうだな。それが勝者の義務だ。敗者の悔しさ、後悔、それを背負い最後の最後まで諦めずに戦う。それが俺の魂に刻まれている勝者の概念だ」

「……」

「今はそこでふんぞり返っていろ。いずれ、お前を倒し、全てを貰い受けよう。そして、俺は……」

 

 

彼は遠くを見ていた。只管に。アーサーなんて存在よりも、もっと大きい存在。憧憬に焦がれた無垢な少年のように、ただ、そこを見ていた。

 

 

 

「話が過ぎたな。俺は訓練に戻る」

「まだ寝ないの?」

「貴様に勝つには、この程度は成しえないとならんのでな」

「……さっきの、倒すって本当に期待していい?」

「あぁ、俺は約束は守る。だから、勝手に期待していろ」

 

 

こちらを見ずにフェイはそう言った、彼からすれば大した事ではないのだろう。それは彼が今まで生きてきた中での当然の信条であったのだから。

 

だから、それに一々恩着せがましく反応はしない。だが、アーサーにとってはそれは……

 

再び、剣を彼は振った。アーサーの方を見ずに再び、背中を向けていた。

 

 

「ねぇ」

「……なんだ? 邪魔だからさっさと――」

 

フェイがそう言って不機嫌そうに振り返る。その時、アーサーは自然とその言葉が出ていた。その言葉を彼は求めていないだろうというのは分かっていた。

 

だが、言った。

 

 

「ありがとう」

 

 

その時、アーサーは初めて笑顔を見せた。それは万物を魅了するような笑み。愛しく、美しく、ガラス細工のように儚げで、それをきっと見た異性がいるのであれば一瞬で魅了をされてしまうような。そんな、笑顔。

 

だが、彼はそうかと適当に手を振って、剣を振る。

 

「ねぇ」

「なんだ? 早く帰れ」

「ワタシ、もう少し付き合う」

「なに?」

「だって、ワタシを倒してくれるんでしょ? だったら、ワタシの剣。もっと見て欲しくって」

「……妙な奴だ。倒してもらうために剣を交えるとは。だが、良いだろう」

 

 

そう言ってフェイが再び、アーサーの方を向く。互いに剣を構える。アーサーの顔も既に機械のようになっていた。

 

そして、二人は剣を交える。

 

結果は言うまでもない。アーサーの圧勝だ。フェイはコテンパンにされた。だが、僅かに救われたのはアーサーであった。

 

 

■◆

 

 

 

 

 夜に風に吹かれて体温を調節している。先生が夜遅くなったので帰り、それでも俺は剣を振る。

 

 努力、努力。努力。

 

 先生曰く、かなり良い感じで成長をしているとのこと。当り前です、主人公ですから。

 

 風に吹かれていると、アーサーが来た……どうしたの?

 

 え? 何でここに居るかって訓練だけど。お前たちに勝つためにな!! トゥルーとアーサーにはマジで勝てん。

 先生はいずれ勝てるとは言うが、それでもなぁ。少しでも早く勝ちたい。ダサいから言わないけど。

 

 まぁ、努力系主人公と言う理由もあるけど、どちらにしろ言えん。

 

 

「フェイは……どうして、そんなに強いの?」

 

 

 本当に偶にコイツって煽っているのか、何なのか分からないが、結構エグイ事言うよな。東大医学部なのに、ニートに向かってどうしてそんなに頭良いの? って聞く感じではないだろうか。

 

 俺、お前にトータル860戦、860敗してるんだぜ?

 

 まぁ、なんか、落ち込んでるみたいだけど、体動かせば元気になるんじゃない? 剣を渡して、負ける。いや、改めてなんでこんな強い癖に弱いとか言うんだ?

 

 

 

「……お前が辿ってきた道。それを否定するな。お前に関わった者達へのそれは侮辱だ」

「……」

「勝者は敗者の重荷を背負って先に進む義務がある。振り返り、同情をする暇があるなら先に進みふんぞり返っていろ」

 

 

 結構良い事言ったつもりなんだが、あんまり響いてない? あれ。おかしいな。マジで手ごたえを感じたんだけど……。あれ? おかしいな。

 

 英雄になりたい? へぇー、まぁ、俺も似たような感じか? 主人公として生きていきたい。結果は英雄みたいな感じだし、主人公はそもそも英雄だし。

 

「ワタシはなりたくない。でも、ならなきゃいけないの」

「……良く分からん奴だな。貴様は」

 

 ど、どっちなんだ? なりたいのか、なりたくないのか……う、うん。でもまぁ、最終的には俺が英雄になるから気にしなくていいぞ?

 

 

 

「俺がお前を倒し、勝者となる。そして、敗者のお前の全てを背負って、俺は先に進む」

 

 まぁ、これって普通だよね。スポーツ漫画とか読んでてもこういうセリフ良く出てきたし。パロって言っておこう。と言うかこれは割と普通だしな。

 

 

「――ッ」

「なんだ? その顔は」

「本当に、背負ってくれるの?」

 

 ん? そんなに反応する? さっきの方が結構良い事言ってたんだけど……アーサーのツボは分からんな。

 

「……なぜそこに反応をするのか知らんが……そうだな。それが勝者の義務だ。敗者の悔しさ、後悔、それを背負い最後の最後まで諦めずに戦う。それが俺の魂に刻まれている勝者の概念だ」

「……」

 

 

 あれ? なんだが真面目に聞いてる。ここで畳みかけて滅茶苦茶良い事言ってやろうじゃないか!!

 

 

「今はそこでふんぞり返っていろ。いずれ、お前を倒し、全てを貰い受けよう。そして、俺は……」

 

 え、えっと、う、うーん。ちょっと、俺も何言ってんだが分からない感じがして来たぞ。気まずいから、遠くを見て話は終わりだみたいな感じ出しておこう。

 

「話が過ぎたな。俺は訓練に戻る」

 

 あー、続きの言葉が思いつかねぇ。あらかじめ考えておいた方が良いかな? やっぱり名言が多い主人公はカッコいいからな。よくもまぁ、スラスラとでるよね。

 

 と言うか、ちょっとセリフ纏まらなくて気まずいからアーサー帰ってくれない?

 

 いや、まだ居るんか?

 

「ありがとう」

 

 

 ……おー、可愛い。もしかして……アーサーってヒロインなのかな。顔はかなり、スタイルも良いし、ワンチャンあるかも。ライバル系のヒロインみたいな。

 

「ねぇ」

「なんだ? 早く帰れ」

「ワタシ、もう少し付き合う」

「なに?」

「だって、ワタシを倒してくれるんでしょ? だったら、ワタシの剣。もっと見て欲しくって」

「……妙な奴だ。倒してもらうために剣を交えるとは。だが、良いだろう」

 

 まぁ、手伝ってくれるなら別にいいけどさ。ヒロインかどうか、もうちょっと間近で感じて考えたいし……

 

 

……

 

 

……

 

 

……

 

 

いや、こいつヒロインちゃうわ。ジャイアントパンダやな

 

 

顔可愛いし、スタイル良いけど、マジで強すぎだろ。さっきより、剣の勢い強いしなに? 機嫌良いの?

 

マジで力強いし、速いし。これはヒロインっぽくないな。やっぱり主人公である俺の直感力を信じていかないと。ビビってきたのはマリアだよなぁ。やっぱり。

 

でも、アーサーは多分違うな。ジャイアントパンダみたいに見た目は良いけど、狂暴、強いし……俺の直感力、主人公補正的な物を考えると……

 

これはジャイアントパンダ系ライバル枠ですね。間違いない。

 

見た目は良いけど、中身狂暴なライバルキャラみたいなもんだ。

 

美女で笑顔可愛いからって全員がヒロインって訳じゃないんだな……当たり前だけど、アーサーを見て強く感じた。

 

つまり、アーサーは

 

ジャイアントパンダ系ライバル枠だな。俺の直感力が新たなライバル枠を作り上げてしまったぜ。

 

流石主人公、万に通じるとはまさにこのこと。

 

アーサーは、ジャイアントパンダ系ライバル枠として、これからも宜しくしていこう。




https://kakuyomu.jp/works/16816700427392241098

カクヨム様でも連載をしているので、お手数ですが、応援できる方はよろしくお願いいたします。


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14話 勘違いフェイ

感想、高評価ありがとうございます!!


 薄暗い牢のような部屋。僅かな星の明かりだけがその部屋を照らす。そこに、一人の少女と思われる子が椅子に座っていた。小さく、黒髪に赤い眼。

 

「それで、俺に何の用なのですか? 任務から帰ってきたばかりなのですが」

 

 そんな少女の前に一人の男性が立っていた。赤い髪、赤い眼、鋭い眼光は見る人によっては恐怖となりえるだろう。

 

「あぁ、別に大したことじゃねぇ。新たな任務をお前にやるよ、サジント」

「……大した事のように思うのですが」

「うるせぇな。お前は俺の駒だろうが。バリバリ働いてろ」

「はぁ」

 

 

 年齢的にはサジントと言われた青年の方が明らかに年が上であるにもかかわらず、少女の方が偉そうに暴言を吐く。それを彼はいつものこととして割り切っているようだ。

 

「それで、何をすればよいのですか?」

「なに、簡単な教師の仕事だ」

「教師ですか」

「あぁ、先日仮入団が行われた聖騎士モドキ、そのとある部隊の初めての任務にお前が同行し、その後も監視をする。それだけだ」

「……はぁ。なぜ、監視を」

「まぁ、取りあえずこれ見ろ」

 

 

そう言って少女は袋の入った書類を無造作に投げる。その中にはとある特別部隊の聖騎士たちの名が。

 

「アーサー……確かに何かありそうではありますが」

「そいつ、ここに来る前の経歴が一切わかんねぇ。どこで何をしていたのか、しかも、それなりに戦える。こんな化け物がどこに隠れてたのか謎だ」

「冒険者とかでは」

「それもあるが、もっと前だ。生後から十数年、そいつを知る者が誰も居ない。剣術の才能、加えて、光の星元? 馬鹿か、原初の英雄、アーサーとまるっきり同じじゃねぇか。そいつはぜってぇ何かある。監視して報告しろ。そいつがお前の最大にして最も優先すべき任務だ」

「……了解しました。そして、トゥルーと言う少年も監視対象ですか?」

「あぁ、そいつ、あの災厄の村の出身だ」

「……なるほど」

「それに加えて、全属性適正(オールマスター)だとよ。いやだね、天才って言うのは。とりまそいつも監視対象だ」

「それだけで?」

「あ? 文句あんのか? 俺の決定に」

「……いえ」

「まぁ、勘だけどよ。そいつは」

「そうですか」

 

 

はぁと、ため息を溢すように吐き捨てる。サジントと言う青年。こういった横暴には慣れているのかもしれない。

 

彼は資料に目を通していく。そうすると、もう一人の少年の資料に気づいた

 

「そして、フェイ……と言う少年ですか。今年で15……無属性だけ。特別部隊に入団したが……そんなに」

「馬鹿、重要なのはその後だ。二枚目の資料を見ろ」

「……」

「一枚目、それは普通の表向きのそいつの評価だ。だが、先日のガレスティーアの馬鹿の件は聞いてるな?」

「はい。色々と騒ぎ立てている者が居るらしいですが」

「それ、黙らせたのほぼそいつだ」

「……腹切り、ですか」

「馬鹿だろ。そいつ? ただの剣の指南役の為に命を張ってんだ。表向きはとある聖騎士って言われてるが、情報によればわざわざランスロットの馬鹿に直談判をしたらしい」

「誇り高い、騎士に思えますが」

「俺がそいつを妙だと思っている理由はいくつかある。一つは、成長速度だ」

「成長速度ですか?」

「あぁ、そいつ入団時はダントツのドベだったらしい。入試では剣術のけの字も知らない雑魚。だが、この5か月で信じられない程の上達ぶりを見せたらしい」

 

 

 スラスラとフェイについて、話していく少女。その話を聞きながら資料に目を通す、サジント。

 

「かなり、努力家なようですが。ほぼ毎日訓練をして、実を結んだのでは?」

「ただの餓鬼だぞ? 特別部隊の訓練に加えて、自主的に訓練をするってどんな異常者だ。お前だってあそこの訓練のヤバさは知ってるだろ」

「まぁ、そうですが……」

「あり得るか? いきなり馬鹿みたいに力も求めて。剣の指南役の為に、いや、自身が強くなるためと言った方が良いか。命を懸けてんだ」

「ユルル・ガレスティーアと恋仲的な関係では」

「それはねぇ。俺の女の勘を信じろ」

「はぁ……ですが、特段怪しい点は無いように思います。出身の村が多少、聞いたことがある所ではありますが……」

「成長速度……そして、異常な訓練力。色んな意味で危険だ。力だけを求めて破滅する騎士は多い。最も監視すべきはアーサーだがそいつもついでに見張っとけ」

「命令ならば了解しますが……自分はそこまで――」

「四枚目見ろ」

「……」

「聖杯歴3027年。そいつの村が滅んだ。同じくさっき言ったトゥルーもだがな。そして、その時期にマリアの孤児院に二人とも入っている」

「……」

「そして、聖杯歴3029年。そいつが13歳の誕生日になった時だ。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なるほど」

「親が死んで、ショックを受けて人格が変わるって話はよくあるが。そいつは二年のスパンが空いている。良く分かんねぇ。だが、これは何かある気がする……俺達の想像を超えるような現象……そんな気がする……」

「貴方が言い淀むなんて、明日は槍でも降るんですか?」

「殺す……コイツの場合は少し、何とも言えない勘だ。無論、アーサーが最優先だ。そいつは勘は勘でも、確信している勘だ。残り男二人は……アーサーを最優先と言う事を守る範囲で報告」

「了解しました」

「まぁ、仮入団が終わった後は、一回目の任務以降、相性とか、経験、互いの良い刺激とするために別々の部隊のメンバーと組むって話はよくあるんだが……」

「その場合、三人全員の監視は不可能です」

「アーサー、一択だ。必ずそいつの任務に同行しろ」

「……分かりました。ただ、根回し頼みますね。俺、ロリコン認定されそうで」

「あー、まぁ、一応、俺は円卓騎士(ナイツ・オブ・ラウンズ)だからな。才能ある原石に三等級聖騎士を付かせたいとか言っておいてやるよ」

「流石、円卓の騎士団。11人しかいない最高等級である一等級聖騎士。頼みますね。ノワール様」

「あぁ、そこら辺は任せとけ。本当はもっと駒が欲しんだがな、そしたら全員監視できるんだが」

「誰か引き入れればいいのではないですか?」

「騎士団はきな臭い奴が多い。それにあんまり多くすると漏れるからな」

「ですが、十二人しか駒が無いのに、明らかに仕事が過剰な気が」

「うるせぇ、話は終わりだ。とっとと行け」

「了解です」

 

 

追っ払うようにサジントをノワールと言う少女は部屋を出て行くように命令する。そして、彼女はとある聖騎士の資料に再び目を通す。

 

 

フェイについて、書かれている資料だ。

 

 

「……アーサー、が最優先で良かったのか……? こいつ、俺が思っているより危険なんじゃ…‥いや、考え過ぎか」

 

 

これは本当であるならば、アーサーとトゥルーを怪しんだ聖騎士が監視をするために行われるイベントであった。だが、そこにフェイが紛れ込んでしまった。無論、彼女がフェイの信条を知ることはない。ここから、ゲームのシナリオとはかけ離れていく。

 

だが、ゲームと同じ点として、言えるのはボウランは何の話もされないと言う事である。

 

 

◆◆

 

 

アーサー達の仮入団期間がもうすぐ終わろうとしている。

 

「はい。皆さん! もうすぐ仮入団が終わります! 本当にここまでよく頑張りました! 先生は嬉しいです! ここからも色んなことがあると思いますが頑張ってくださいね!」

「おう、先生も乳揺れて大変だと思うけど」

「ボウランさん! 下ネタは止めてください! 私、あまり好きではないので!」

 

 

ボウランがケタケタと笑う。それを見ながら一人を除いた全員がもう、この風景も見納めかと複雑な心境になる。

 

アーサーとトゥルーがお礼を口にする。

 

 

「先生、色々、ありがとう」

「僕も本当にお世話になりました。ありがとうございました」

「いえいえ、アーサーさんも、トゥルー君も頑張ってください! お二人は私なんかより、才能あふれているのでこれからが楽しみです!」

 

 

頑張れ! 頑張れ! そんな元気一杯な感じで23歳であるユルルが応援を送る。その様子を見て、一人を除いた三人が、子供っぽいなと感じる。

 

 

だが、そんな彼女が少しだけ、言い淀むような感じでフェイに目を向ける。

 

「そ、その、フェイ君は今後も、毎日、訓練を一緒にすると言う事なので、お、お別れはまだまだ、ですね。えへへ」

「そのようだな」

 

 

まだまだ別れるなんて、事が無いと分かっている。それが嬉しくて、顔を赤くして、先ほどまでの様子とは全く違う乙女の様子をのぞかせるユルル。

 

この様子を見ている者が居れば、一瞬でフェイの事をユルルは好きであると看破できるのであるが……もし、居たとすれば応援する者もいたのかもしれない。

 

だが、非常に残念な事に……

 

ボウラン……天真爛漫でガサツで気付かない

アーサー……そもそも恋とかよく知らない。ガチガチのコミュ障天然

トゥルー……モテるくせに鈍感系。恋愛全く知らない

 

――そしてポンポン痛いのかなと考え、勘違いしているフェイ

 

 

ユルルの恋は多難であった。

 

 

「で、では、今日の訓練はここまでです! お疲れさまでした!」

 

 

そう言って解散をする三人。だが、フェイは訓練の為にそこに残った。

 

「あ、あのフェイ君」

「……どうした?」

「か、仮入団が終わったら、正式な聖騎士として活動をすることになります。その、お祝い、と言うか、これからの活躍祈願みたいな……その、ですから、こ、今度の休日、私と、一緒にご、ご飯とか、どう、ですか?」

「俺は基本的に訓練をしていて、休みがないのは知っていると思うが」

「あ、そ、その、訓練がない日にも訓練をしているのは知っています。私も手伝っていますから……で、でも、あまりきつくやってもいけないなって……偶には訓練を休んですね、一緒に、ご飯を」

「そうか……」

 

 

 纏まらないうちに食事を誘って、頭と眼がぐるぐる状態で顔真っ赤状態のユルル。だが、そんな彼女を気にせず、ふむと僅かに腕を組みに考えるフェイ。

 

 

 

「や、休むのも訓練ですよ。た、偶にはいいではないでしょうか?」

「そういうものか」

「し、師匠として言わせてもらえば、休むのも訓練です!」

「では、そうしよう」

 

 

(や、やったぁ。ちょっと罪悪感あるけど、で、でも嘘じゃないし、そもそも、本当の事を言ってるだけだし。休むのも訓練だよね!)

 

 内心すごい喜んではいるが、それをあまり表に出さないように心掛ける彼女。だが、素直なので思いっきり出ている。

 

 

「や、約束ですよ?」

「あぁ」

 

 

 

そう言って、またしても何も知らないフェイは逆立ちで王都を回り始めた。

 

 

ドキドキと胸が高鳴るユルルは逆立ちをして離れていくフェイは熱い視線を注いでいた。

 

そして、フェイが完全に見えなくなったら、嬉しくてウサギのように二回ほど跳ねた。

 

 

 

 

 

■◆

 

 

それは、とある日。

 

 

紫の髪のポニーテールに、灰色の眼。体も凹凸があり美しく、百人いれば百人振り返るほどの美女。そんな少女が王都ブリタニアで柄の悪い男に絡まれていた。その男はお酒臭く、明るい時間帯、昼頃から酒を飲み、冷静な判断力を失ってしまっていた。無理に自身好みの女に手を掛けようとする。

 

「なぁ、ちょっと良いだろうって。付き合えって」

「……」

 

 

乱暴な男性に腕を掴まれるが、何もしない少女。言葉が出ないのか、出さないのか、それは誰にも分からない。

 

ただ、感情は僅かにあるようで大人しそうな目から僅かな反抗心が伺える。男性の手を振り払って、距離をとる。

 

「おい、だから、ちょっとだけ――」

 

 

そう言って三度手を伸ばそうとする。男性の手を、誰かが掴んだ。黒髪に黒い眼。その眼は虚空のようで同時に龍のように鋭かった。

 

 

「不快だ。去れ」

「ああ!?」

「……もう一度言う。去れ。三度は言わせるな」

「――ッ」

 

 

ゾクっと、全身の毛がよだつような感覚に男性は襲われた、酔いは一気に冷め。震える脚を無理に動かしながらそこを去る。

 

それを見て、男は僅かに助けた女を見る。だが、何も言わず、礼を求めず、気遣いもせず、彼女の元を去った。

 

 

本当に、自身が不快であったから助けたのであろう。彼女に見向きもなく、ただ、ただ、その場を去る。

 

 

自然と女性はその男性の背を負っていた。

 

 

「ベータ?」

 

 

男が向ける背の反対方向から、優しそうな女性の声がする。振り返ると、助けられたベータと呼ばれた少女と全く同じ外見の女が居た。眼は少し、鋭く、髪型はショート。

 

 

ただ、体の凹凸は同じようにしっかりとでていて、美しかった。

 

 

「……」

「どうしたの?」

「……」

「なにかあった?」

「……ッ」

 

 

ベータと言われた少女がコクリと頷いた。

 

 

「そっか。ごめんね。私、少し買い物に夢中になっちゃって。怒ってる?」

「……」

 

 

頭を二回振って、少女は答えた。

 

「そっか、じゃあ、寮に帰ろう。ガンマも待ってるし。今日はお姉ちゃんが昼食作るからね」

「……」

「その眼は何? もしかしていや?」

「……」

 

 

コテンと首を傾げる、何とも言えないようだ。

 

 

「まぁ、良いけど。私が作るから」

「……ッ」

「え? ベータが作る?」

「……!」

「え……まぁ、歩きながら決めよう」

 

 

そう言ってベータと彼女の姉であるアルファは歩き始めた。ふいに、僅かにベータが足を止める。

 

 

そして、先ほどの男の歩いて行った方を振り返った。だが、そこにはもう、その姿は無かった。

 

あの彼をどこかで見た気がする。僅かにベータはそう感じた。男らしく、寡黙でどんな人なんだろうと気になった

 

 

■◆

 

 

 

さっき、美少女が変な奴に絡まれてたから救ったぜ。

 

いや、それにしてもベタだな……

 

でも、嫌いじゃないよ、ああいうの。主人公の見せ場を作る代表的な奴だもんね。

 

あの女の子、誰だか全然知らんけど。いやー、救った俺が、俺の出番を作ってくれてサンキューとでも言いたい位だ。

 

ビシッと決まったよね。こう、カッコよく雑魚を撃退する主人公。これはあるあるよ。もう、これやらないとみたいな? 通過儀礼だよ、あれは。

 

 

俺が今まで訓練してきたから、その覇気にもやられたんだな。お酒臭かったけど、酔いも覚めた感じだったし、ええ感じに小者や。

 

あそこでさ、実は滅茶苦茶アーサー位強いとダメなんだよ。いや、本当に良い感じの小者だったなぁ。今後もああいうの期待。俺の見せ場を作る小者は嫌いじゃない。クズだとは思うが。

 

 

普通に女の子に絡むのはクズ、これは変わらない。

 

 

そして、俺はクールに去るぜ。クール系主人公なんで、助かった子に一々声はかけないのだー。

 

 

クール系主人公は背中で語るんだぜ。

 

 

さてさて、師匠との食事に向かいますかねー。あ、やばい、不良から救って、ちょっとカッコいい背中を見せたくて、ゆっくり歩いてたら遅刻だ!!!

 

 

 

 




https://kakuyomu.jp/works/16816700427392241098

カクヨム様でも投稿していますので、応援できる方はよろしくお願いいたします。


あと、関係ないのですが、神様たちのモデルはお察しの通り、読者様、(感想やここすきで判断した)皆さまです(笑)。面白い感想はまた、スレで使わせて頂きますのでよろしくお願いいたします。



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15話 序盤の敵

 遂に、この日が来たぜ。本入団、そして、初任務。朝から気合が入っていますよ。

 

 

「ふぇい、きょうからにんむ?」

「あぁ」

「すげぇ! がんばれ!」

「あぁ」

 

 

レレも応援をしてくれる。

 

 

「フェイ、無茶はダメよ? 絶対に帰って来てね……」

「あぁ」

「ふぇい、おみやげ!」

「あぁ」

 

 

 

任務が楽しみ過ぎて、集中できないなぁ。周りの話が頭に入って来ない。あぁ、楽しみだなぁ。一体全体、どんな活躍をするのだろうか。

 

主人公の伸びしろとか、成長速度は誰にも測ることなど出来ないからな。俺が考え込んでいると、マリアが柔らかい手でそっと俺の手を包み込む。

 

 

あ、柔らかい。

 

 

「帰って来れるように、おまじない……昔、誰かがこれをやってくれたような気がして。だから、フェイにもやっておくね」

「……そうか」

 

 

 

うーん、この健気で素晴らしいこの感じ、マリアは聖女と言うか王道的なヒロインの匂いがするなぁ。

 

アーサーとは違う。ジャイアントじゃない、小さいパンダみたいな愛嬌があると言うか。

 

 

そして、俺はクールに孤児院を出るぜ。トゥルーとは全く話さない。あいつ、マジで訓練以外俺と関わりが無いな。

 

いや、別にいいんだけどさ。

 

俺との絡みが無いと出番へってくぜ? いくら魔術適正があったとしてもさ。いや、別に出番とか気にするはずないだろうけどさ。

 

ポテンシャルとか結構あると思うから。その内、主人公である俺の右腕くらいにはねぇ?

 

してあげてもいいけども。

 

そんな風に主人公として、モブキャラ的なトゥルーの心配をしながら俺は初任務の集合場所である王都ブリタニアの門の場所に向かう。

 

 

「あ、フェイ」

「アーサーか」

「おはよう」

「……あぁ」

「おはよう?」

「あぁ」

「……どうして、挨拶返してくれないの?」

「……返したが?」

「おはようってちゃんと言って欲しい」

「……そのうちな」

 

 

 

アーサーが俺とほぼ同時に場所に到着をした。そして、その後にボウラン、トゥルーも来場する。

 

そして、本日の任務は今までの先生とは違う聖騎士が付くらしい。ユルル先生。魔術のジジイ。

 

偶に座学を教えてくれるおっちゃん先生。それらすべてとは違う新しい先生か。

 

まぁ、新キャラって奴かね? 主人公の俺に付く新しい先生が只ものであるはずがないよな?

 

 

実は滅茶苦茶凄いエージェントみたいな先生だったりして。

 

 

待って居ると、

 

 

「すまない。遅れたようだな」

 

 

赤い髪に、赤い眼。顔立ちが整っている良い感じの男性。眼がちょっと鋭い。俺とキャラかぶりを少ししてるような……

 

 

「俺の名は、サジント。三等級聖騎士だ。今日はお前たちと一緒に任務に行くことになる。よろしくな」

「よろしくお願いします」

「よろしくー」

「……よろしく」

 

 

トゥルー、ボウラン、アーサーの順で挨拶をしていく。俺は無表情で特に反応をせずに静かにたたずむ

 

 

クール系なんでね。

 

 

「まぁ、色々聞きたい事とかあるかもしれないが。それは任務に向かいながら話そう」

 

 

サジント先生が門に向かって行く。門番の聖騎士たちに挨拶をして、外に出る。あれ、そう言えば外に出るのって俺初じゃない?

 

 

わぁぁぁぁ! お外だぁぁぁぁ!

 

 

ちょっと興奮だぜ。

 

 

■◆

 

 

 

 サジントを先頭にして、四人は歩いていた。

 

「なぁ、アンタはどれくらい強いんだ?」

「そうだな……それなりにだな。これでも三等級だ」

「おー、やるじゃん」

 

 ボウランがサジントに向かって質問を投げる。アーサー、興味なし。トゥルーは何となくで相槌を打つ。

 

 フェイは一番後ろで少し距離をとって歩いていた。

 

「聖騎士に成る前はなにやってたんだ?」

「とある貴族の執事をしていた」

 

 

 サジントがそう言うとずっと興味無さそうにしていた。アーサーが口を開く。そんな彼女の眼は少しだけ、ワクワクを宿している。

 

 

「あんまり、もふもふしてる感じしないけど……ッ」

 

 アーサーの頭の中には羊の毛でもふもふ状態になっているサジントの姿があった。何だか面白そうと彼女は思っている

 

「それ、羊な。俺がやっていたのは執事だ」

「……そっか。もういい」

 

 

 一気に興味を無くして、絶望をした様な表情になるアーサー。彼女の興味は一瞬で消えた。

 

 

(え? 俺そんなに悪い事言った?)

 

 

サジントがアーサーの反応に僅かに驚きを見せる。だが、切り替えて。今度はトゥルーに話を振った。

 

 

「トゥルーだっけ? 騎士になる前はなにしてたんだ?」

「孤児院で過ごしていました」

「へぇ……その前は?」

「村で暮らしてました。もう、無いですが」

「すまん。そうだったとは知らず」

「いえ、お気になさらず」

 

 

トゥルーにそう言って、今度はボウランに話を彼は振った。順番に聞くことでその行為が特定の誰かだけにしていると怪しまれないように。

 

「ボウランはどうなんだ?」

「あ? アタシは村で追放みたいな感じで死にかけて、色々やって生き延びて、強くなりたくて聖騎士やってるな」

「そうか……」

 

 

(資料見てないから知らんけど、この子結構重いな……)

 

 

「アーサーはどうなんだ?」

「……なんで? そんなこと聞くの?」

「あー、全員の事を知りたいみたいな感じだ。これから一緒に任務をするわけだしな。いつもやってるんだ」

 

(よし、これで怪しまれることは無いな)

 

 

心の中で彼は少し、ガッツポーズ。この流れで下手に会話を切れば何かあると言うような物。それだけで彼は良かった。その情報だけで。しかし……

 

「……先生は年下の男性や、年下の女性の身の上話を根掘り葉掘り聞くのが大好きなんだね」

 

 

(その言い方、ちょっと嫌なんだが……)

 

 

「アーサーは聞かない事にするよ。えっと、フェイはどうだ?」

 

 

少し後ろに居て、ずっと沈黙を貫き興味が一切ないと言わんばかりの彼にサジントは聞いた。アーサーが真の目的。だが、ここで聞かないと言うのももったいない。折角の流れをアーサーに壊されたが、聞いても変ではない雰囲気なのだ

 

 

「それを話して、何になる? 雑談をするつもりはない」

「あ、そうか」

 

(えー、なんだよ。こいつら……俺もそんなに感情を表情に出すタイプじゃないけど……俺以上に全然動かんし。いや、マジでやべぇなぁ)

 

 

空気が死につつある中、五人は任務のとある村に向かう。

 

「今回の任務の確認とかしなくて良いのか?」

「そうだな、ボウランそうしよう」

 

(いや、助かるボウラン。空気が死んでいた。と言うかこいつらいつもこれか? 年中葬式か?)

 

 

「あー、今回は魔物によって農作物が荒らされてしまった、スタッツの村。そこでハウンドと言う狼の魔物を退治することになる」

「へぇ、在留の聖騎士とか居ないのか? 偶にいる村もあるだろう」

「聖騎士はいつも人手不足、何処でも居ると言うわけじゃない。だから定期的に派遣をしている、今回はそれを兼ねている」

「へぇ」

 

魔物。それは逢魔生体(アビス)とは違う脅威。人間を襲ったり、農作物を荒らしたり、害を及ぼす存在が多い。フェイ達はその駆除にやってきたと言っても過言ではない。

 

 

ボウランの話、そしてトゥルーの相槌によって何とか空気を保ちながらスタッツ村に一同は到着した。村の近くに木々が生い茂っており闇が深く、どこか不気味さを感じる。

 

「おお、これは聖騎士様」

「どうも、事情は聞いています。早速調査をさせて頂きます」

「お願いします」

 

年寄りの村長とサジントが話をして、調査が開始される。フェイ達が命じられたのは村の周り、林を見てそしてハウンドと言う狼に似ている魔物に出会ったら駆除を命じられている。

 

腰の鉄の剣。今までとは違う重みのある剣に緊張が走る一同。とはいうが、アーサーとフェイは無表情。緊張しているのはボウランとトゥルーだけである。

 

 

「じゃ、アタシはこっち見てくるわ」

「……ワタシはこっち」

「……僕は……」

 

 

トゥルーが迷う。それはまるで、そこから先が天国であるか、地獄であるか。それを決めるように。

 

そう、ここでのトゥルーの選択が彼の命運を分ける。どちらにしろ悲惨な運命が待つのだが……生きるか、死ぬか。それが今……決定する。

 

トゥルー最初の生死を分ける選択肢。

 

 

『僕は……あっちにしようかな?』

『いや、初めての任務だし、やっぱりここは皆で行くべきだよ』

 

 

 彼は迷う。それが生死を分けるとは知らないが、初めての任務。一人ずつで回った方が効率は良い。だが、全員で回った方が何かあった時に対処が出来る。

 

「いや、初めての――」

「おい! フェイ!」

 

 

彼の言葉を遮るようにフェイが単独で動いた。それは先ほどまでトゥルーが一人で回るならこっちだなと考えていた方向だ。

 

 

「俺は一人で回る。この程度、一人で十分だ」

 

 

そう言って近くの林に足を進めた。彼がそう言ったら誰にも止められない事は三人とも知っていたので、見送るだけとなった。

 

 

そこへ

 

「あ、聖騎士様方」

「お、村長じゃん」

「村長さん、どうかしましたか?」

「いえ、実は村の娘が一人、山菜を取りに林に行ってしまったとかで」

「「え?」」

「……」

「なんでも、村の農作物がやられたからご飯を取らないととか思っていたらしく」

 

 

心配をする村長の言葉に三人共それぞれ反応を示す。そして、次の瞬間

 

 

――ガァァ

 

 

大きな咆哮のような音がした

 

 

「っち、ハウンドか?」

「……変な感じがする。前に見たことあるのと、ちょっと違うかも」

「僕たち三人で村の人を守ろう」

 

 

三人が剣を抜く。そしてそこへサジントも合流をする。

 

「このハウンド、どこかおかしい。お前ら、気を抜くなよ」

 

 

異変に気付いたのは、アーサーだけではなく、サジントもであった。彼はフェイが居ない事に気づく。

 

「フェイはどこだ?」

「アイツなら一人で林に行ったぞ!」

「そうか……っち、こんなの聞いてないな。量も迫力も普通じゃない。フェイは後回しで、取りあえず村の住人を守れ」

 

 

既に、百近いハウンドが村を囲っていた。

 

 

これは、円卓英雄記トゥルー生存ルートに入った証でもある。トゥルーが三人で回ろうとボウランとアーサーに告げる。それと同時に、村長、サジント、普通ではないハウンドが現れ、それを倒す。

 

 

村の住人は一人だけの犠牲によって、助かるのだ。一ではなく十の命を優先をした結果だ。これは誰にも咎められない。だが、淀みがないわけでも無い。これが、選択をした責任。

 

鬱である証だ。

 

 

これでトゥルーたちは、一応生存なのだ。しかし、先ほどの村長の話にあった一人の村の女の子は無残な姿に……

 

 

■◆

 

 

 一人の村娘が林の中を歩いていた。農作物が魔物にやられてしまい、彼女は林の中で山菜などを取り、それを少しでも食料として食べようと思っていたからだ。黄色の髪に、黄色の眼。優しそうな顔立ちにショートヘアー。

 

 村一番の美女と言われているヘイミーと言う子だ。14歳で体からは凹凸が出来始めている、将来は間違いなく天下一の美女になると村では予言のように言われている。

 

 

 冬も近くなっており、貯蓄に簡単に手は出したくはない。それに彼女は星元を少しだけ使えるので、何かあっても問題なく、逃げるくらいなら出来るだろうと高を括っていたのだ。

 

 

「あ、この山菜食べられる。こっちも」

 

 

 そう言って手提げの木の籠に次々と山菜を入れていく。村からかなり遠くになってしまっているので、今ここで狼が遠吠えをしてもあまり聞こえないだろう。

 

「キノコも食べられるな……でも、ハウンドが森の作物には全然手を出してないように見えるような……」

 

 村の物には手を出すのに、自然の物にはあまり手を出さない事に僅かに疑問がわく。

 

 

「あれ? それって、食べられるんだ? 随分汚い感じがするけど」

「……ッ」

 

 

 急に前の木々から声がした。

 

「あ、驚かなくていいよ」

 

 そう言って出てきたのはローブの男。姿が良く分からないが、声で男性であると彼女は判断をした。そして何か、嫌な予感も。

 

 

「いや、それにしても、折角実験体のハウンドなのに見せ場が無かったよ」

「……え?」

「聖騎士を呼び出すために、多少農作物に手を出させて、おびき寄せた活きの良い聖騎士と戦わせて実験のデータを得ようと思ったのに。闇の星元を無駄にしちゃったよ。アイツら、ちょっと実験としての相手では収まらない過剰戦力。教師役もかなりの腕だし、本当についてないな、僕は。まぁ、噂の光の星元の一端を見られただけでも良かったんだけどさ。ユルル・ガレスティーアも、彼女が抑えたわけだ。納得。まぁ、あんなにヤバい奴らが居るから、逃げた方が良いんだけど、それでも、ここで引き下がったらなんかスッキリしないからさ」

「……ッ」

 

 

話にならない。一方的に事情を言われて、彼女は頭がパンクしそうであった。そして、今現在自分が異常者と対面して生死にかかわる状況であると彼女は判断した。

 

僅かにローブの中の男が見える。蛇のような黄色の鋭い不気味な眼であった。

 

逃げよう。そう思って足を……

 

 

「あ、動かないよ。僕の魔眼で動けなくしてるからさ。あー、ちょっとついてない。でも、君で少し、発散できそう♡」

「――ッ、あ、あ、あ」

 

声が上手く出ない。助けが呼べない、足が動かない。逃げられない。

 

「先ずは爪を剥いで、悲痛な顔を見せてもらおうかな。あんまり時間はかけないから、安心して。あとは、足の骨を折って、その後潰れるまで踏み続けよう。最後に頭を足で叩き潰して、脳汁をドバっといきたいよね」

「あ、あが、あああ」

「助けなんて呼べないさ。魔眼が……うわ、君漏らした?」

 

 

彼女は恐怖のあまり、失禁をしてしまった。

 

 

「汚いな。まぁ、そこら辺は、踏まなければいいか……さて、あんまり時間かけてると、聖騎士たちが来ちゃうかもしれないから、手早く済ませようね♡」

「あ”、嗚呼””」

 

 

死にたくない、死にたくない、そう彼女は願った。眼からは涙が零れて、何も悪いことはしていないのにどうしてと自身の運命を恨んだ。

 

「それじゃ……ん?」

 

彼女に近寄ろうとした瞬間に、彼に一本のナイフが飛んできた。それを避ける、そしてそれは綺麗にストンと後ろの木に刺さった。

 

 

風が林を突き抜ける。

 

 

ザッ、ザッっと馬が走るような軽快でそれでいて荒々しい重厚な足音。

 

 

「あーあ、聖騎士が来ちゃったよ」

「……」

 

 

黒髪に黒い眼。腰には一本の鉄の剣。

 

 

「まぁ、二人パパッと、殺そうかね」

「……おい、お前は逃げられるか?」

 

 

眼の前の敵よりも、動けなくて泣いている少女に彼は尋ねた。眼の前の男の甲高く、見下すような声音ではなく、ただ、淡々とこなしていく戦士の声。

 

「あ、あ、あ、あ」

「……なるほど」

 

 

全てを察した彼が目の前のローブの男と向かい合う。本当であったらここに居たのはトゥルーと言う少年であった。そんな彼は駆け付けたは良いが、眼の前の男の魔眼によって、なすすべなく殺されゲームオーバー。

 

 

「まぁ、いいや。()()()()()()()()()

 

 

その、全てを見下した彼への返答は、剣戟であった。

 

 

「ッ」

 

咄嗟に後ろに跳躍をして、男は避けた。だが、更に彼は接近をする。連撃が繰り出され、それらを慌てながら手で捌く。手で金属の剣にあてるなど普通ではない。

 

 

そして、捌ききった男は更に距離をとった。

 

 

「……? 眼を合わせていなかったのか?」

「……」

「……ローブで僅かに隠れたのか?」

 

 

彼は何が起こっているのか分かっていない様であった。

 

 

「魔眼持ちでないように見えるが、何らかの加護を……?」

「……」

 

 

ブツブツと独り言を言っている男に彼がまた迫る。感情を無くした眼で、恐怖などないような眼で、機械的で無機質な表情で。

 

さほど速くはない。だが、ローブの男は警戒をしていた。再び、ローブの男と彼が眼を合わせる。

 

()()()

「……」

 

 

返答はまたしても剣。再び距離をとり、剣戟に手で応戦をする。

 

 

「いや、まさか、最高ランクの魔眼だぞ!? 龍蛇の魔眼だぞ、これは!! 僕がどれだけこの眼を苦労して!?」

 

 

避けられないと言う程ではなかった。だが、眼の前の男に僅かに驚愕をしてしまったというのも事実。

 

剣をローブの男に向ける剣士。彼と男が僅かに対峙をする。互いに()()()()()()()()()()()()()

 

 

(落ち着け。さほど速くはない。ならばここで身体的な差で……殺せる)

 

 

そう、単純な戦力であればローブの男は剣士を遥かに凌駕している。ローブの男はゲームでもそれなりのボスであるからだ。今の力は完全ではないが、その実力は単純に現時点のアーサーに匹敵する。

 

だが、普通であれば、普通に戦えば、そんな選択が彼には出来ない。眼の前の黒の剣士の歪さがその判断を迷わせる。

 

 

(だが、なぜ魔眼が効かない!? そして、あの眼はなんだ!? 魔眼ではない、純粋な狂気のような)

 

 

(自身が負けるなどとは微塵も感じていないような眼。明らかに僕の方が強いように見える。それに相手は星元を使っても居ない)

 

 

(手札が分からない。だが、闇の星元を研究し尽くしてきた僕なら……だが、ストックがあまりない。ユルル・ガレスティーアから生み出した闇の星元もハウンドによって全部チャラ。あまり無駄な戦闘で……)

 

 

(だが、ここで純粋な実力で……だが、眼の前の男の眼が不気味でしょうがない。なぜここまで()()()()()()()()()()()()()!?)

 

 

(まさか、僕を殺す手段を持っているのか!?)

 

 

(それに剣技も雑魚には見えない……透き通るような太刀……)

 

 

(ここは……)

 

 

(ハッタリであるのなら、大したものだ。だが、そうは見えない何か、()()()()を感じる。こういう奴に手札が分かっていないのに戦うのは危険か……)

 

 

(まだだ、僕は完璧になる。そうだ、ここでリスクを背負う必要はない。他の聖騎士たちの合流を待ってるという可能性もある、ここは……引くか)

 

 

 

「覚えていろよ、黒の剣士」

 

 

そう呪いのように呟いて、ローブの男は走って逃げるように去っていた。それを彼は眼で確認すると腰の鞘に剣を収める。

 

 

そして、動けなくなって泣いている少女に近寄った。

 

「おい、動けるか」

「あ……」

「……良く分からんが動けんようだな」

 

 

そう言うと彼は少女をおんぶした。失禁をしているので、それを気にする素振りを少女は見せた。

 

「あ、あ」

「大体、考えていることは分かる。だが、気にするな」

「……」

「俺は、ただ己の責務を果たしているだけだ。だから、暫くそこでそうしていろ」

 

 

そう言った彼がただ林を抜けて行く。いくら歩いたか、次第に村が近くなってきて。

 

「あぁぁ」

 

彼女の瞳から涙が零れた。

 

そして、村に入ると、最初に金髪の少女、アーサーが彼らに近寄った。

 

「フェイ? その子……」

「拾った、この村の住人だろう?」

「……ねぇ、ワタシの眼を見て」

「……」

 

 

アーサーと彼女の眼が合う。すると、動かなかった体が完全に自由を取り戻し、少女は再び涙をこぼした。怖かったのだ。全てが、死の体験、このまま自由に動けなかったらと思うと。

 

 

「フェイ、その子、もう大丈夫」

「……いや、こいつは家の()まで運ぶ。おい、家はどこだ、さっさと答えろ」

「え? あ、その、あそこの」

 

 

そう言うと彼は少しだけ急ぎ足でその家に向かった。そして家に入り、少女を置いて直ぐに家を出る。

 

 

取り残された少女は分かった。彼は自分の背で自身の失禁を隠し、そしてそれを周りにはバレさせないように急いで家に置いて、着替えをさせようとしたのだと。

 

「……う、うぅぅ、あぁあぁっぁあぁ!!!!」

 

 

声にならない鳴き声がそこに鳴り響いた。ただ、それを聞いていたのは誰もその家に入らないように入り口で腕を組んで眼を閉じている黒の剣士だけであった。

 

 

■◆

 

 

 時は少し経ち、互いに報告をしあう聖騎士たち。フェイはサジント達に全てを話した。

 

 

 彼らはローブの男が何者であるのか。それを只管に考える。するとそこに村長と黄色髪と黄色眼の少女が。

 

「いや、聞きました、命を救っていただけたとか、ありがとうございます。聖騎士様」

「それが責務だ。一々、そんなものはいらん」

「ハハハ、どうやら誇り高いようで、それとこの子も礼を言いたいそうです」

「いらんと言っている」

 

 

ぶっきら棒にそう言った。だが、少女は彼の前に歩み寄る。

 

 

「ありがとうございました、あの、本当に、どうなっていたことか」

「気にするな。何度も言うが責務を全うしただけだ」

「……そ、それでも!」

「……分かった。その礼は受け取っておこう」

「……は、はい。その、お名前は?」

「ッ……名乗るほどの者ではない」

 

 

 

会話をすぐに断ち切りたいような雰囲気を出す彼と、何とかして会話を繋ぎたいヘイミーという少女。

 

 

「フェイだよ」

 

 

アーサーが答えないフェイの代わりに答えた。僅かにフェイが眼を細める。

 

 

「……フェイのそれは謙虚じゃないと思うよ、卑屈になって、その子を悲しませてるだけ。助けたんだったら、偉そうにふんぞり返ったら良いと思う」

 

 

少しだけ、どやぁっとした顔を見せるアーサー。それは彼が月下で彼女に言った言葉であったからだ。

 

ふんっと鼻を鳴らし、ヘイミーを彼は見た。

 

「改めてだが、俺はフェイだ」

「わ、私は、へ、ヘイミーって言います! その、名前を覚えて頂けると非常に嬉しいです……」

「……ヘイミーか……」

「はい!」

 

 

麗しい花のような笑顔を彼に向ける。だが、彼はいつもの無表情でその顔にデレたりはしない。

 

 

「あ、あの王都で暮らしていらっしゃるんですか?」

「あぁ」

「じ、実は私も来年、聖騎士に成ろうかなって!」

「そうか」

「で、ですから、フェイ先輩と呼んでも宜しいでしょうか?」

「あぁ」

「あ、あの、ご趣味とかは」

「訓練だな」

 

 

あまり会話が盛り上がっているように見えない。それを見たアーサーが

 

 

「フェイ、会話はちゃんとしないとメッ!」

「……お前は俺の何だ?」

 

 

そんな感じで、ヘイミーと彼の会話が終わった。そして、五人は一度王都に帰宅をする。

 

その道のり、フェイ以外の四人はハウンドの事などを思い返していた。

 

「あれは、普通のハウンドじゃなかったな」

「……うん。ユルル先生と同じ感じがした」

「じゃあ、ユルル先生との一件と何らかの関係が」

「それはまだ分からない、取りあえず黒ローブはマークをする必要あると思うが……フェイ、お前はどう思う? お前があの男と対峙をしたんだろう?」

「……」

 

 

そう、サジントが聞いたが返事はない。ただ、フェイは一人唸り、只管に何かを考えこんでいた。

 

 

「先生、フェイをそっとしておいてあげて。フェイは対峙したから、色々考えこんじゃってるだけ。きっと、ワタシ達より深いことを考えてる」

「あ、ああ、そうか」

 

(こいつ、フェイのことになると急に話すな。しかも、なんかこの彼女面みたいなの鼻につくな……言わないけど。先生は年下の恋愛が凄い好きなんですね、とか言われそうだし)

 

 

四人にはこれから何かが起きそうな予感がした。世界を巻き込むような、何かが。

 

 

■◆

 

 

 さぁって、村に到着をした俺! 主人公の最初の任務いやー楽しみだな、何が起きるのだろうか?

 

 ハウンドかぁ? ちょっと地味なような気もするがまぁ良いだろう。これくらい一人でこなしてやるぜ。アーサーとか居ると俺の活躍奪いそうだし。

 

 

 そう言って林を抜けて行くと、何やら女の子が襲われている。助けないといけない!!

 

 ナイフを投げるぜ。ユルル先生直伝!!

 

 ローブの男、明らかに怪しい。この子も泣くほど怖がってるし。失禁もしている、だが安心しろ主人公である俺がこいつをぶっ飛ばしてやるぜ!!

 

 

何か、止まれとか跪けとか言ってるけど……だいじょぶか? コイツ。まぁ、初任務の序盤の敵だからな。虚言が多いだけやろ。

 

 

そんなに強くは無いだろうさ。

 

 

なんか、初めて正しく敵ってやつが出てきたな。まぁ、こういうのはチュートリアルだろうし、余裕だろ?

 

 

「いや、まさか、最高ランクの魔眼だぞ!? 龍蛇の魔眼だぞ、これは!! 僕がどれだけこの眼を苦労して!?」

 

良く分からないが、俺には耐性があるのか? まぁ、主人公だし、多少はあるだろうな。

 

いやそれにしても、驚き方が三下。流石序盤のボス。

 

残念でした笑。魔眼効きましぇーん笑

 

なんか考え込んでるけど……どうしたんだ? 変な敵だな。まぁ、女の子を失禁させて恐怖させるとか碌な奴じゃないけどな。

 

 

だが、こいつ序盤にしては中々の敵だな。剣も結構捌かれるし? 

 

(だが、ここで純粋な実力で……だが、眼の前の男の眼が、不気味でしょうがない。なぜ、ここまで()()()()()()()()()()()()()!?)

 

――まぁ、結構強いけど、俺が負けるはずないだろ!! お前のような序盤の敵に!!

 

俺が死んだら、終わりやからな。世界は俺に乗り越えられる試練しか与えないのだ。残念、お前じゃ俺に勝てないぜ。

 

 

(ハッタリであるのなら、大したものだ。だが、そうは見えない何か、()()()()を感じる。こういう奴に手札が分かっていないのに戦うのは危険か……)

 

――俺は主人公だ、つまり……序盤のボス絶対殺すマンだぜ。女の子を虐めた罪は重いぜ。

 

 

「覚えていろよ、黒の剣士」

 

 

あれ、逃げた。

 

序盤の敵だから、主人公の俺に恐れを抱いたのか。まぁ、序盤の敵な感じだから、内心も結構小物なんだろう。

 

 

さて、この子どうするかな。村に取りあえず持ち帰ろう。名前も知らないし、本当に村の子か分からないが。

 

 

ん? 失禁? 気にしなくていいよ。そんな細かい事気にしてたら主人公なんて、やってられないから。

 

 

え? 村に帰ったら、アーサーが何か呪いを解くみたいなことをした……こいつ、本当に活躍の場を奪うよな。俺の活躍()を食べるジャイアントパンダ、ライバル枠だからな。

 

 

気を付けないと。

 

 

あー、失禁バレたら恥ずかしいか。家まで送ってやろう。背中で隠れてるからバレないぜ。

 

 

誰かが入らないように少し見張ってやるかな。さてさて、時間が経ったらサジントに報告をしましょう

 

かくかくしかじかと。

 

 

ん? 村長と少女がお礼に? いやいいよ今回そんな凄いことしてないし、と言うか、

 

主人公が命の危機を救うのは基本。

 

 

それにしてもこの黄色の子、凄い話しかけてくるな。俺的にあれは基本だぜ、と言うかアーサーに活躍盗られたからちょっと複雑ですらある。

 

 

 

「……は、はい。その、お名前は?」

 

あ、一回くらい『名乗るほどでもない』って言ってみたかったんだよね。言うか、ここで。

 

 

「ッ……名乗るほどの者ではない」

 

 

言えた。一回言いたかったんだよ。ん? アーサーが俺の名前バラしやがった! いや、いいんだけどさ。ちょっと、間を考えて……

 

 

「……フェイのそれは謙虚じゃないと思うよ、卑屈になって、その子を悲しませてるだけ。助けたんだったら、偉そうにふんぞり返ったら良いと思う」

 

 

 

コイツ、凄い良い事言うな。俺が前に言ったような気がするが……何か、論破された気分だ。

 

 

「わ、私は、へ、ヘイミーって言います! その、名前を覚えて頂けると非常に嬉しいです……」

「……ヘイミーか……」

 

 

ヘイミーだって!?

 

 

あれ、そう言えばこの世界ってノベルゲーだよな。

 

 

平民のヘイミー……明らかに韻を踏んでるよな? これあれだな。作者がゲーマーたちに名前覚えやすいようにしたんだな。

 

 

えー、じゃあ、どっちだ。平民だからヘイミーって名前にしたのか、ヘイミーって名前を思いついたから平民にしたのか……。こういうのって気にしちゃうと暫く悩むんだよな……。

 

ゲームの裏事情みたいな、作者側の気遣いみたいなのって気になるのなんでだろー!

 

普段は気にしないことをふと考えると、気になるのなんでだろー!

 

 

あー、全然話が頭に入って来ない。

 

 

帰りもずっとこのことが頭にあって、四人の話が聞こえないし、夜もよく眠れなかった。

 

 

そんな感じで初任務は終わった。

 

 

 

 




いつも応援ありがとうございます!!!

カクヨム様の方でも投稿しているので応援できる方はよろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16816700427392241098


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16話 狂気の伝染

いつも応援ありがとうございます!! これからもよろしくお願いします。


 薄暗い牢のような部屋。そこでサジントがノワールに初任務の経緯について説明をしていた。

 

 

「ローブの男か……」

「はい。フェイが確認した様で、ほぼ戦わず逃げられたようです」

「……そいつはハウンドを改造してたんだろ? そんな奴に、ただの仮入団卒業してばかりのルーキーが犠牲も出さずに退けられるのか?」

「それは見てないので……しかし、村の少女が言うには助けられたのは事実だと。記憶が混同してあまりはっきり一件を覚えてはいないようですが」

「トゥルーの方は?」

「彼は非常に優秀です。魔術の精度や、剣術、恐らくですが、彼の同期の中では頭一つ抜けているかと」

「……アーサーは?」

「頭二つくらい抜けてます。化け物でしょう」

「光の魔術を出したか?」

「はい。恐ろしく精度が高いです」

「……アーサーに他におかしな点は?」

「彼女は口数が少なく、普通に人にずばずば際どい事も言います」

「そう言うのは良い。怪しい点とかだ」

「怪しくはないと思います。ただ」

「?」

「フェイのことになると急に口数が増えます。しかも、私は彼の事全部分かってますよ感というか、後方彼女面みたいなことをしてました」

「なんだそりゃ」

「いえ、俺も良く分からないのですが二人はもしかして、恋仲」

「いやねぇよ。俺の勘がそう言ってる。つうか、どっちも重度のコミュ障なんだろ? アーサーの方はよく本が好きなコミュ障男女が自分の好きなことになると饒舌になるみたいな感じだろ」

「あぁ、なるほど」

 

淡々とアーサーフェイ恋仲説を否定していく。ノワール。小さい少女ではあると思えない程に言葉が乱暴である。

 

「まぁ、いい。お前はアーサーを見てろ……俺は、少し、このフェイって奴を見ることにする……」

「任務同行ですか?」

「一般人のふりをするがな。ノワールの方の姿、つまり今現時点でのこのプリティーな娘の姿でちと見張る」

「……プリティ」

「あ?」

「あ、すいません。表向きの一等級聖騎士、ブルーノの方の姿の方ではないんですね」

「あの高身長の男装姿じゃ目立つ。それに一等級が身近に居たら色々と本性出さないかもだろ」

「貴方がわざわざ動くのは珍しいですね」

「このフェイって奴……妙な感じがするのが頭が拭えねぇ。取りあえず、こいつの次の任務は俺が見るから、お前はアーサーしっかり見とけよ」

「はい」

 

 彼女には二つの顔がある。

 

 彼女は11人しか存在しない、一等級聖騎士。円卓騎士(ナイツ・オブ・ラウンズ)であるブルーノとしての姿。この姿は表向きで高身長の男性であると偽装をしている。

 

 そして、裏で汚れ仕事や貴族を探ったりを個人でしている、本当の姿。小さい少女ノワールの姿を使い分けている。

 

「フェイか……」

 

 

彼女は眉を顰めて、とある聖騎士の名を呼んだ。

 

 

 

■◆

 

 

 フェイが初任務から帰った次の日、再び朝の修業をフェイとユルルは行っていた。二人はある程度の修行を終え、一度休憩にそこでユルルがうーんと唸る。

 

 

「フェイ君は星元操作があまり得意ではないようですね」

「……把握している」

「はい、かなり勿体ないことをしているような気がします」

「……そうか」

「普通、無属性の強化魔術。これは、星元を身体の外皮に纏う事も重要ですが、それよりも内側への内包と言うのも凄い大事です。フェイ君の場合、恐らくですが、内側にとどめておかなくてはならない星元が全て外に流れてしまっているのかと……」

「なるほど」

「しかし、無属性強化は感覚的な所もありますからね……難しいと言えばそうなのかもしれません」

「無論、一朝一夕で出来るようになるつもりはない」

「……で、ですよね。その、そこで提案なのですが」

 

 

 

ユルルが僅かに言い淀む。震えながら手を伸ばす。

 

 

「わ、私の星元をフェイ君に直接手で流して、ある程度コントロールするのはどうでしょうか? もしかしたら、感覚が――」

「よしやろう」

 

 

即答をして、フェイがユルルの手を握った。判断が早いフェイの行動に思わずドキリとしてしまうユルル。

 

「はぅ!」

「……」

「あ、すいません……な、流しますね」

 

 

彼女の綺麗な手から、透明の星元が流れ込む。それをコントロールし、フェイに星元を纏わせる。

 

「どうですか?」

「……何となく、普段より体が軽い気がするな」

「この感覚を忘れないようにしていればきっと、強化も上達できると思います!」

「……そうか。覚えておこう」

「あ、はい。で、でも、感覚忘れないように、もうちょっとこのままで……」

 

 

 

未だに彼の手を握って星元を流し込む、ユルル。

 

 

「あー、そ、そう言えば、フェイ君は、今お付き合いしてる異性とか居るんですか? 」

「いや、そう言うのはあまり興味がない」

「ですよね!」

 

 

ちょっぴり笑顔。

 

 

「なぜ、そんな事を聞く?」

「そ、それはですね……えっと、戦いにおいては相手の事をよく知ると言うのはとても大事な事なんです……()()()()()()()()()()()()()()()みたいな……はい、そんな感じです」

 

 

適当にそれっぽい理由を付けてユルルは話した。フェイは一瞬だけ、怪訝な顔をするが師匠がそう言うのであればと納得の表情。いつもの無表情に戻る。

 

 

「あ、えっと、好きな女性のタイプってありますか……? 例えば、年上、とか」

「特にはない」

「へ、へぇー。そうなんですね……好きな食べ物とかは……」

「ハムだな」

「あ、可愛い」

 

 

そこから、何度かユルルの質問が繰り返された。

 

次の日、彼女が持ってきたサンドイッチはハムサンドと言うのはまた、別の話だ。

 

 

■◆

 

 

 

 とある日、フェイにある任務が命じられた。ニママの町。最近、その町の外では人が襲われ、行方不明になると言うのだ。死傷者、未だに三名と言う少ない数だが、早急な対応が求められている。

 

 

 ニママの町では在留する聖騎士が居るが、原因を解明するには至っておらず、町の巡回などの仕事もある為に町の外まで活動範囲を広げると町が手薄になってしまう。

 

 

 そこで、フェイととある二人の聖騎士団員、そして、とあるベテランの聖騎士に任務が回ってきた。

 

 

 これは円卓英雄記でもあったイベントである。……フェイと言うキャラクターが最初に人を見殺しにし、逃げ腰先輩だとネットで馬鹿にされるイベント。

 

 

 しかも、このフェイに同行する二人の聖騎士、フェイと同期であるがフェイと並び立つ噛ませ同期と言われている二人。ついでに同行するベテラン聖騎士もなかなかのクズカマセである。

 

 

 

 そんな事など知らず、孤児院で朝食を食べるフェイ。前にはレレとマリア。

 

「ふぇい、もうすぐまりあたんじょうびだって!」

「そうなのか」

「ふぇいはなにあげるの?」

「……決めていないな」

「あら、フェイ。気にしなくていいわ。私は何もいらない」

「だめ! フェイあげてね!! ぼくは、がんばってえをかく!」

「……やるからには最高のモノにする事だな」

 

 

 そう言いながらフェイは朝食を済ませて、孤児院を出る。いつもの事だがトゥルーとはあまり話さない。今日は任務も違うので益々話さない。二人は何も言わずにそれぞれ、孤児院を出るのであった。

 

 

 フェイとトゥルー、互いにこの後に試練があることも知らずに。

 

 フェイが門でメンバーを待つ。あまり詳しく聞かされてはいないが、名前だけは聞いているので待って居ると、二人組がやってくる。

 

「あれ? もしかして、君がフェイ君やろ?」

「僕様より、前に門で待って居るとは感心だな」

「あ、ワイの名前はエセや、よろしゅう」

「僕様はカマセだ」

 

 

 えせ関西弁を話す、青髪糸目のエセ。僕様と言う特徴的な一人称の茶髪黒い眼のカマセ。

 

「あ、既に来ていたでヤンスね」

 

 年は二十代後半と言った風貌の聖騎士が彼らの前に姿を現す。黒目、坊主。明らかに覇気のない騎士であった。

 

「えと、エセにカマセ、それにフェイでヤンスね? オレッチの名前はヘッピリ、ベテランの十一等級聖騎士でヤンス」

「よろしゅうな、おっちゃん」

「僕様の足手まといにならないでくれよおっさん」

「へっ、あんまり生き急ぐなでヤンスよ、新入り」

 

 

 彼らこそが鬱ノベルゲーム円卓英雄記でフェイと一緒にいきなり、死亡フラグがビンビンに立ち、そのままフェイ以外が死亡すると言うネット界でネタにされて来た聖騎士たちである。

 

 彼らは早速、町に向かう。偉そうな四人が並んで歩く。

 

 元々、フェイは特別部隊ではなくこの二人と一緒に部隊を組んでいるはずであった。だが、フェイは特別部隊に入ってしまったので、エセとカマセはずっと二人で訓練に励んでいた。

 

 そして、今日が彼らの初めての外来任務。流石に二人では少ないと言う事で、フェイがゲーム運命の修正力とでも言うべきものによるのかもしれないが選ばれたのだ。

 

 ――この部隊こそフェイが本来いる部隊であったのだ。

 

 

 町に着いた四人は早速、聞き込みを開始……することなく

 

「ワイ、ちょっとスロット回してくるわ。あー、あれやで聞き込みやで」

「僕様はちょっとあそこの美女に聞いてくる」

「オレッチは酒場で聞き込みをしてくるでヤンス」

 

 

フェイ以外の三人は任務をほっぽりだし勝手に動き回った。フェイは一応、町の外を見回ったが特に怪しい所は無し。

 

 

気付けば辺りが……夜に向かっていた。

 

 

「なー、おっちゃん。そろそろ帰らへん? ワイもう、疲れたわ」

「ふっ、僕様も聞き込みをしたのだが中々尻尾は掴めん」

「そうでヤンスね。取りあえず、今日は成果なしってことで帰るでヤンスよ」

「……」

 

 

フェイはもう、何も言わなかった。と言うか、この任務に来てから一言も話していない。

 

 

「なぁ、フェイ、君って全然話さないんやな」

「そうだぞ。僕様が折角……」

 

 

二人がフェイに言葉をかけようとした時、大きな叫び声が聞こえて来た。男性の声と女性の声。

 

 

「た、助けてくれ!」

「あぁぁ!!」

 

 

 

――それは悲鳴以外のなにものでもなかった。

 

 

 

 

  不細工な走り方。周りの眼などどうでも良い程にその二人は焦っていた。足取りがあまり芳しくない。

 

 

「お、お前ら聖騎士だろ!? あれを何とかしてくれ!」

「なんや? 自分らどうしたん?」

「ば、化け物よ。最近、ちょっと不気味だから肝試ししてたら」

「ふーん、それで? 化け物ってのはどんな――ッ」

 

 

 気付いたら、そこに居た。灰色の粘土のような色。人の模型のような形なのに、服を着ていない。筋肉質の男性型。

 

 髪もあるがそれも灰のような、色味を失った色素。

 

 

逢魔生体(アビス)……やないんか。あれ……」

 

 

エセがそうつぶやいた。呼吸は荒々しく、こちらをジッと見つめて既に臨戦態勢に入っていた。

 

ゾクり。生きた心地がしない。エセ、カマセ、そしてヘッピリこの三人にこの圧は強すぎた。

 

 

「あ、ああぁぁ、これ、ヤバい奴やろ」

「うわぁあぁぁ!!」

「ちょ、ヘッピリ!? ジジイクソ! 先に逃げんな」

「ちょっと、俺達を置いて行くなよ! 聖騎士だろ」

 

 

誰もがそこから逃げ出そうとした。これはゲームと同じ展開である。誰もが逃げ、ここに居るフェイ、エセ、カマセ、ヘッピリ、肝試しをしていた男女二名を含めた六人は一目散に逃げだす。

 

 

だが、助かったのはフェイだけである。

 

 

 

頭が無くなり、足が無くなり、血のシミが地面にべっとりと付く。乾いてただのシミになった後に、聖騎士たちの応援が到着し、それは討伐される。

 

 

「おい、お前逃げなあかんやろ!」

「そうだ! 僕様たちと一緒に」

「……逃げたければ逃げていろ」

 

 

それは今日初めて聞いた男の声であった。地面に張り付いた銅像のようにその男の足は動かなかった。

 

振り返らず、声だけエセとカマセは言った。ヘッピリとカップルは既にここから走り去っていく。

 

フェイは剣を抜き、眼の前の存在を捕える。僅かに、エセはその背中を捕えた。その時、僅かに彼の時間は止まった気がした。

 

 

あれは……と彼の幼い憧憬が蘇った。

 

 

エセは昔から英雄に憧れていた。ずっと自分は凄い存在に成れると思い込んででもそんなことはただの空想であった。だから、彼は面白おかしく道化のように生きていくことになった。

 

 

適当にお金を稼いで、女を抱いて、酒に溺れ、訓練はバレない程度にさぼって、気楽に、気楽に、気楽にと。

 

 

でも、心の底では

 

 

自然と、彼の足は止まった。

 

 

剣を抜いたフェイが怪物と対峙する。エセたちは真逆の方向に走る。アビスが左腕を上げる。

 

それを見て、一瞬で右に跳躍。アビスの腕が地面に刺さる。

 

 

ドンっと、クレーターが出来た。拳と言う物では想像もできないような重い音。あれを生身で受けたなら、生身のフェイならば死んでしまうかもしれない。

 

 

だが、そんな死の恐れなど彼にはなく、一瞬で再び距離を詰める。アビスが再び、左腕を振り上げフェイにあてようとする。

 

 

それに呼応するようにフェイも剣を振った。タイミングは両者同じ、全力と言ってもいい程のフェイの一撃が振り上げられた僅かな腕によって相殺され、彼は宙に舞った。

 

 

「ガァぁあ!」

 

 

宙に舞って、落ちてくる彼に向かって拳をぶつける。くるりと空中で腰を捻ってそれを彼は躱す。

 

強靭な体幹がそれを可能にしていた。

 

躱した、だがそこから左腕、そして右腕と拳の雨がフェイに注ぐ。交わしきれない拳、捌ききれない拳、それを彼は左腕に右腕で受けた。

 

 

一瞬で数メートル吹っ飛ぶ。ボールのように地面に跳ね、エセの近くでようやく止まった。右腕は恐らく折れている。そして、吹っ飛んだことで地面に額に傷が出来、血が出ている。

 

 

「逃げなきゃいけんと、ちゃうんか」

「……まだだ」

「……あんなの勝てるわけないやろ」

「……勝つ。俺が負けるはずがない」

「自惚れすぎや、だってワイらはまだ、仮入団終えたばかりやで……もっと経験を積んで、それにそんな右腕折れて、怪我だってして、頭も打って脳震盪起こしても可笑しくない……そんな状態じゃ不可能や。勝てへん」

「不可能か……」

「……そうや、だから――」

「クククク」

「なにが、おかしいんや……?」

「俄然、やる気が出てきた。不可能か。それを成した時、俺と言う存在は更に無限の空への階段に一歩足をかけたと言うになる。俺は高みに登るとしよう」

 

 

「クク、こんなにも、俺は昂っている」

 

 

それは強者の笑みだった。大気が重くなるほどにその者の圧が強くなる。アビスもフェイの笑みと迫力に一歩下がる。そして、敵と見定めて、咆哮を上げる

 

「■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!!」

 

フェイの圧。それを自身の闘気で打ち消すように。だが、それでも目の前の存在を下がらせるに至らなかった。

 

一歩下がった者と、下がらなかった者。満身創痍は後者であるのに明らかに佇まいが違った。

 

その姿に魅せられた。

 

 

アビスの咆哮、それによって魔物がハウンドが呼び寄せられる。数は十数匹。

 

「ふっ、俺と踊るか。試練ども」

 

気付けばエセが剣を抜いた。

 

「あっちはワイに任せておき、時間位稼いでやるわ、速くあっち殺せ」

「……そうか。だが、逃げても構わんぞ。全て俺が切る」

「あほ抜かせ。美味しい所、全部持ってかれてたまるかいな」

「勝手にしろ。だが、あれは俺が貰う」

 

 

フェイがアビスを見据えた。

 

 

「当たり前や! あんなのワイには無理も無理! だから、ハウンドの方を時間稼ぐって言ってるんや」

 

 

エセが馬鹿を言うなと言わんばかりに突っ込む。だが、その後に眼を少し見開いて笑った。

 

 

「まぁ、時間稼ぎついでに倒してしまうかもしれへんかもな」

「それだけ口を叩ければ十分だ」

「僕様もいるぞ! ここらでお遊びは終わりってのを見せてやる!!」

 

 

気付けばカマセも剣を抜いていた。魅せられたと言うべきだろうか。フェイに感化をされ、剣を抜いたのだ。

 

 

「あれ倒して、帰るんや。実はワイ、犬飼っててな。餌あげないといけないんや。はよ済ませてな」

「では、俺は丁度いいあの試練を突破して帰還することにしよう」

「クソ、僕様は本当は安全に出世したかったのに! だが、しょうがない! 終わったら全員で一杯やろうぜ!」

 

 

 

 二人が、ハウンドに向かって行く。フェイはただ、アビスを見る。彼には既に勝利のビジョンが見えていた。アビスは核があり、それを破壊すれば良いらしい、人型は心臓部に核が有り、そこを刺せばフェイの勝ち。

 

 だが、刺す暇があれば苦労はしない。殴られて終わりだ。

 

 

 彼が選んだ選択は接近。ただ、真っすぐ走った。剣を左手に持ち替える。そして、アビスが接近するフェイにタイミングを合わせて拳を握る。全体重と勢いを付けて今までの比ではない左腕それを彼に向ける。

 

 それはフェイは再び右腕で受けた。本来であれば、折れて吹っ飛んで死んでもおかしくはない。だが、彼の右半身には星元を纏っていた。強化された、右半身、しかし、吹っ飛ばされる。

 

 

 

 再び地面を転がるように進む。

 

 フェイの負け、ではない。アビスの心臓に剣が刺さっていた。一撃必殺の絶命。

 

「あ? 嘘やろ、もう、終わったんか!」

「僕様たちも終わらせる!」

 

 

二人がハウンドを片付け、フェイに近寄る。三人は何とか、生き残った。

 

「聞きたいこといくつか、あるんやけど」

「なんだ?」

「一つ、あのアビスが現れた時、そんなに驚いてなかったみたいやけど」

「ふん、常に何らかのイレギュラーが起こるのは当然だ」

「……じゃあ、あれ、どうやって倒したん? よう分からないんやけど」

「奴は左利きだ」

「え?」

「攻撃の時に必ず左腕から攻撃をする、だから右半身に全部星元を集中して、一発受けた。そして、俺も吹き飛ばされる前に、一発返した。それだけだ」

「み、右利きやった可能性もあるやろ?」

「俺の勘は外れない」

「……キモいわ。お前」

 

 

つまりはギャンブル。フェイは星元操作が上手くない。だから器用なことが出来ない。だから、あらかじめ右に溜めておいた。高速で強化する場所を選べないからだ。ギャンブル。

 

生と死を駆けた狂気であった。

 

 

コイツは本当に狂ってると、二人は感じる。

 

 

だが、なんとかカマセとバカにされた三人は生き残ったのであった。エセとカマセはフェイは狂っていると感じたが同時に自然と好意を持っていた。

 

 

「ふぇ、フェイ君! その腕どうしたんですか! もう、無理してバかバか!」

 

 

王都に帰った後、ユルルが心配してフェイに絡み、胸が押し付けられる光景を見て、二人はこいつクソだなと感じることになる。

 

 

 

■◆

 

 

 

 んー、新たな任務か。メンバーがかなり変な感じするけど。こいつらモブやな

 

 

 しかし、なんだろうか?

 

 この、何とも言えないフィット感と言うか……元々俺の居場所はここではないかと思うような……。

 

 いや、主人公である俺がこんなエセ関西弁とただ偉そうや奴と、でヤンすとか言う奴らと一緒の訳が無い。

 

 

 

 町に着いた。こいつら、全然仕事しないな。まぁ俺は俺でしっかりやるからいいけどさ。

 

 

――俺、意識高い系主人公だし。

 

 

 はぁ、何もないやん。つまらんわー。お? 何か出てきたな。

 

 アビス? 初遭遇や!!

 

 おー、ええなぁ。よっしゃ、ワイが倒したる! 

 

 こいつ、強いな……。でも、主人公である俺が負けるはずない!!

 

 はッ!! その時、主人公である俺に電流が走る。

 

『それはですね……えっと、戦いにおいては相手の事をよく知ると言うのはとても大事な事なんです……()()()()()()()()()()()()()()()みたいな……はい、そんな感じです』

 

 

 ユルル先生!! 実はあれ、もしかして俺のことが異性として気になってるのかなって思ったけど、ここの伏線かぁ! いや、流石師匠ポジ!

 

 戦闘での伏線を張っていてくれたんだな。

 

 そう言えばこいつ左利きっぽくね? さっきから左から攻撃だし、うわ、ユルル師匠!! 恋愛系の相談かなって、一瞬思ったんだけど杞憂だったな。

 

 と思っていたら助っ人が。あれ? 逃げてなかったんだ? 俺の姿に心動かされたのか?

 

 友情・努力・勝利……系、主人公か……? 俺は? 新たなる主人公疑惑が湧いてくるが、それを考える前に倒す! これで倒したら師匠も鼻が高いよな!

 

 星元操作上手く出来ないけど、右に溜めるくらいはできる。心臓の核に剣を刺して、俺の勝ちだ!!

 

 流石、一歩間違えたら死んでたかもしれないけど

 

 まぁ、俺の勘が外れるわけないやろ!!

 

 ん? なんや?

 

「一つ、あのアビスが現れた時、そんなに驚いてなかったみたいやけど」

 

 何言うとりまんねん。こっちは主人公やぞ?

 

 常にイレギュラーが起こるのは分かってんの。だいたい、初心者の任務ですとか言われても『これはS級任務になったな』みたいなのはあるあるでしょ?

 

 俺、意識高い系主人公なので、常に心構えしっかりしてんですよ。

 

「み、右利きやった可能性もあるやろ?」

 

 いや、主人公だから。それはない。俺の勘は絶対外れない。奴は左利き、

 

 俺の主人公補正(かん)がそう言ってた。それが全てだ。

 

 

 

■◆

 

 

 フェイ達の光景を遠くで見ていたノワール。小さい少女。

 

(おいおい、嘘だろ……狂気が伝染しやがった……)

 

 彼女は何かあれば即座に助けるつもりであった。ゲームではフェイの事を怪しんでいない彼女は本来ならここに居ない。だが、フェイをマークしていた彼女はそこに居た。

 

 つまり、フェイ達はどちらにしろ生きていたことになる。

 

 

(さっきまで逃げることしか考えていなかった奴らに、息を吹き込みやがった。何もせず、ただ背中を見せただけで……同じく命を賭けさせた、だと? どんな冗談だ)

 

 

(あいつ……自身の命をなんだと思ってる? なぜ、あんなに簡単に命を賭けられる!? 死ぬことが怖くねぇのか!?)

 

 

(ガレスティーアの娘がアイツに入れ込んでるのはそう言うわけか? あの感じ、死を恐れず、ただ覇道を行くあの感じ……ガウェイン……と同じ、強くなると言うこと以外全てを放棄した愚者……)

 

 

 彼女は一度、ガウェインに殺されかけたことがあった。だからだろうか。フェイに僅かにその雰囲気を感じた。

 

(だが、アイツはガウェインより質が悪いかもしれねぇ、あの他者に意思を伝染させる蔓延力……危険分子と決めつけるのは早計か……? 俺だって暇じゃねぇ、他にもやることはある……今動かせるのはサジントだけ……アーサーが終わったら休みなしでフェイの監視させるか……)

 

 

(あと、フェイの過去とかも洗い直さねぇと動かせるのは……サジントだな。よし、全部任せよ)

 

 

彼女はそう言って闇に姿を染めた。

 

 

一方、その頃、トゥルーは……もう、聖騎士を辞めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




カクヨム様でも投稿しているので、応援できる方はよろしくお願いいたします。


https://kakuyomu.jp/works/16816700427392241098#reviews



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17話 トゥルー聖騎士やめるってよ

いつも、感想、高評価ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。


「それで、どうでしょうか? フェイ君の腕は」

「うーん、これはこれは……あらあら、骨が折れてるだけじゃないね。砕けてる……どうしちゃったの?」

「アビスの攻撃を二回受けた」

「ふーん。痛いんじゃない? と言うか絶対痛いでしょ、うわぁ、すっごぉ!」

 

 

 紺色の髪に赤い眼で眼鏡をかけた女性が白衣を着て椅子に座りながら、赤黒く腫れているフェイの腕を見て興奮している。彼らが居る部屋はまるで学校の保健室のようであった。

 

 円卓の騎士団本部。別名円卓の城と言うべき場所の一角にある医療室。

 

 そこにユルルが腕を無理やり組みながらフェイを連れてきたのだ。

 

 

 

「エクター先生!」

「悪い悪い。でも、僕も正直本当に驚いてるんだぜ? だって彼、全然痛がってないんだもん」

「でも、早く治してください!」

「わかった、恋人の事だからって焦るなって」

「こ、恋人!?」

 

 

 エクターと呼ばれた彼女はクスクスと笑いながら、腕に治癒の魔術を行使する。彼女が使うのは四属性から外れた固有属性(オリジン)

 

 みるみるうちにフェイの腕は回復をした。元から怪我など無かったかのように。

 

 

「ほいほい、出来たよ! それにしても、君、全然痛くなさそうだったね! 僕もビックリだぜ!?」

「……この程度、一々口に出すほどでもない。だが、手間をかけたな」

「いや、面白いな、君。かなり激痛のはずなのに……痛覚ないの?」

「ある」

「あっそ……まぁ、いいや。それより……君、良い体してるね? ちょっと服まくってよ」

「……なぜ?」

「そ、そうです! そんなハレンチな……」

「おいおい、僕が治してあげた恩を忘れたのかい? 確かに僕はここで医療をする事を定められた聖騎士だ。でもでも、多少のギブアンドテイクだって必要だと思わないかい?」

「……まぁ、良いだろう」

 

 

やれやれ仕方ない、確かに恩はあるからなとフェイは服を上げた。そこにあるのは白く、そしてシックスパックに割れた見事な腹筋。その腹筋は毎日の逆立ち王都周回による成果でもある。

 

誰よりも主人公らしいシックスパックを目指した彼の発展途上の筋肉。発展途上ではあるが、それは常人の腹筋ではなかった。

 

「うへー、すげぇ。色んな団員の体を見て来たけど。流石の僕もこんなのは久しぶりに見たぜ」

「あわわわ……」

 

 

エクターは驚き、ユルルは手で顔を隠して見えてないと言う感じを出す。指の隙間が少し空いてるので見えてはいるが……

 

 

「ちょっと、触るね。うお、なんだこりゃ、かってぇ笑。なにこれ笑、受けるんだけど笑」

「……」

「へぇ、ユルルちゃんは触らなくて良いの? 恋人でしょ?」

「ち、違います! 師匠です! あ、あとそれ以上触るのは止めてください! フェイ君にはまだ刺激が強いですから!」

「いや、刺激が強いのは君じゃない?」

 

 

ユルル23歳。未だに生娘。剣しか握って来なかった彼女には少々、刺激が強いようだ。

 

「ふむふむ、いや、それにしても固い。何をどうやったらこうなるの?」

「ただ単に訓練しただけだ。それともう終わりだ」

「あとちょっと! うぇ、これはこれは……ユルル師匠ちゃんは触らないの?」

「え?」

「だって、弟子の体を管理のするのも師匠の役割でしょ? 色々とチェックしてあげなきゃ」

「あ、いや……私は、そんなハレンチな」

「こんなのどこの師弟もやってるよ」

「え? そ、そうなんですか?」

「寧ろやらなきゃ師弟じゃないね」

「そ、それなら……し、失礼しますね。フェイ君」

 

 

興味が実はあったと言わんばかりで、ユルルは人指し指の先でフェイの腹筋を触る。

 

 

「あ、これ、凄く硬い……こんなに、なっちゃうんだ……」

 

 

指先から徐々に手全体で体を感じるように動かしていくと、彼女の息も少しずつ上がっていた。そして、触り始めてから1分経過。

 

 

「いや、ユルルちゃん触り過ぎ」

「え!? あ、こ、これは」

「はいはい、もう良いからね。弟子に欲情する淫乱師匠だったみたいだから」

「ち、違う! 私は違う!」

 

 

フェイはぼうっとした顔でこんな事を考えていた。

 

 

(……これは、後々の伏線か?)

 

 

 

■◆

 

 

 

 

 フェイがアビスと戦う任務に派遣をされていた時、トゥルーも同じく任務に派遣されていた。とある村で行方不明になる者が続出しており、その原因を究明する任務だ。

 

 アーサー、フェイ、ボウランと言う、いつものメンバーではないが、同期で僅かにしか面識のない二人の女の子。そこにベテランの聖騎士一人。四人でトゥルーたちは任務に向かう。

 

 

 その二人の女の子は特に話したことはないが、トゥルーはイケメンなので好意を持たれていた。彼が知る由もないが。

 

 

 そして、彼らはとある村の近くの森に肉食の魔物が住んでいるのではないかと言う事で、森の調査をすることになった。

 

 時間は丁度お昼ごろ。だが、その森は日を通さない程に葉の屋根が深く、そして昏かった。四人全員が揃っての調査。

 

 

そこで、事件が起きる。急に女の子一人が何処かに連れ去られた。

 

 

「きゃああああ!」

 

 

叫び声、眼の前で少女が宙を舞う。彼女の足元には白いような、灰色のような根っこが付いていた。

 

 

一瞬の出来事だった。大地から大きな花のようなアビスが現れ、花弁が大きな口を開ける。

 

そして、何かを咀嚼するような鈍い音。

 

頭が、喰われた。

 

叫び声はもう無い。だらんと頭がない身体が生気を失う。トゥルーは吐き気を抑えながら剣を抜いた。そして、一瞬で炎を纏わせた剣を振る。灰の根、蔓を無我夢中で切り裂く。

 

 

もう一人の少女は驚きで腰を抜かす。ベテランの聖騎士も急いで剣を抜くが、次の瞬間、二人とも宙に舞っていた。

 

 

――え?

 

 

トゥルーが驚きの声を上げる。その二人の血に染まった、食人花のアビス。それは地下に根付いており一体だけではない。それを冷静に考えられなかった。

 

 

結局、彼の実力で全てのアビスを消すことが出来た。

 

 

だが、彼の心には大きな歪みが出来てしまった。これはノベルゲーム円卓英雄記でもあった展開でトゥルーと言う少年の大きな試練でもある。

 

 

血の光景、それを見て、彼の心が逃げる方に向かって行く。自分が救えなかった命。これから、ずっとこんな光景を目にするのなら。

 

『村が滅びて、母や妹が死んでしまい、そんな目に遭う人を無くしたいと考えていたのに……だが、これでは……』

 

彼にはニつの選択が迫られる。

 

『もうやめよう、このまま聖騎士をやってもしょうがない』

『やめるけど、最後にいつもの訓練場所を見に行こう』

 

上を選んだなら、彼はもう聖騎士の道を諦め、それ以上の事は何も起こらずに彼の物語は終える。

 

 

■◆

 

 

 トゥルーはいつもの場所に来ていた。もう、これ以上あのような光景は見たくはないが、それでも自身が辿ってきた道を最後にもう一度だけ見たかったのだ。

 

 風が吹いている。

 

 夕暮れ。赤い夕陽、冬に近づいている冷たい風。

 

 彼の心にその冷たい風が吹き抜ける。もう、逃げたい、と言う感情しかなかった。あんな光景からもう逃げたい。ただ幸せな世界を見ていたい。

 

 逃げて縋るように向った場所。眼は虚ろの彼が僅かに眼を見開く。

 

 そんなトゥルーは虚ろな目で誰かに気付いた。

 

 黒い髪、黒い眼。彼が一番苦手であった戦士。フェイだ。

 

 本当であるのなら、ここに居るのはアーサーであった。だが、現実に居たのは彼である。

 

 

 フェイにとって、この場所はいつもの場所。特に意識をすることなく自然と彼はここに居る。

 

 フェイは背中を向けていたが、トゥルーに気づくと剣を振るのをやめた。そして、僅かに振り返る、トゥルーには彼の横顔が見えた。

 

「……何のようだ」

「大した用じゃない。最後にここを見ておこうと思っただけだ……聖騎士をもう、辞めるからな。最後に見ておこうと思っただけだ」

「そうか」

 

 

去る者を追わず。そもそも興味ない、トゥルーにはそんな風に言われているような気がした。

 

「……お前はこのまま戦い続けるのか」

「愚問だな」

「……なぜ、そこまで出来る。僕とお前の何が違う」

 

 

トゥルーは聞いていた。フェイが同じようにアビスとの戦闘を体験していることを。だが、彼は自分のように死傷者は出さなかった。それだけではない。彼はマリアに気にかけられている。孤児院の中で特別扱いをしない平等なマリアがである。さらにレレもフェイにトゥルーとは全く違う感情を向けている。

 

 

なにが違う。眼の前の男と自分の何が違うと言うのか。トゥルーにはそれが分からなかった。

 

 

()()()

 

 

即答。フェイはトゥルーに答えを教えた。

 

 

「俺には何が何でも、最後の一人になっても進み続ける覚悟がある。それがお前と俺の違いだ」

「……」

「なにがあったのか知らんが、貴様が選んだ道だ。横にそれようが、曲がろうが、逃げようが勝手にするといい。それをどうこうする権利も理由も俺にはない」

「……」

「だが、お前の質問に答えてやったのだ。俺にも一つ聞かせろ」

「……?」

「その道の先にお前が求める物はあるのか?」

 

 

――ゾクリとまたあの恐怖が蘇る。

 

 

心の奥底を見透かされているような、そんな恐怖。何を見透かされているんだとトゥルーは慌てる。そして、自身をそこで振り返る。

 

 

(……僕が、求めていた物)

 

 

母と妹、二人を彼は守れなかった。だから、強くあろうとした。これ以上誰かを同じような酷い目に遭わせたくなくて。

 

だから、彼は剣を取った。だが、その剣を置けばこれ以上の道はない。それを彼は理解した。

 

 

「……」

「答える必要はない、あとは好きにしろ」

 

 

もう、フェイがその眼を向けることはない。ただ、トゥルーは完全な敗北感を味わった。

 

――格が違う

 

己を超越し、超越し続けてきた男の声、信条、信念。それは異常なほどに、格の違いを感じさせる。

 

トゥルーが怖くて、ずっと監視のようにしてきたからこそわかる。言葉の重み。覚悟の強さ。

 

それを見せられた後に、辛いからと、もうあの光景を見たくないからと自身の願いを捨て逃げようとしている自身を彼はどうしようもなく恥じた。

 

 

 

そのとき、そう言えばと思い出したかのようにフェイがトゥルーの方を向いた。そして、木剣を投げる。

 

「最後と言ったな。少し付き合え」

「……あぁ」

 

 

一瞬で二人は交差する。剣戟が始まる。星元を使わない純粋な勝負。そこで、フェイが負けるのがいつもの事だ。

 

 

だが、今日は違う。信念を無くしかけた迷いがある者に対して、フェイの剣が鳩尾に叩き込まれた。

 

 

「――かはッ」

 

(コイツ、以前と全然違う……()()()()()()()()()()()()……それに比べて、僕は)

 

 

「そうか。それが今のお前か……」

 

 

これ以上、何も彼は言わず、トゥルーを見ることなく、剣を振り続けた。それを見て、歯を食いしばりトゥルーはその場を去る。

 

 

(僕は、僕も……理想を捨てて、たまるか……)

 

 

僅かに彼は覚悟が決まった、逃げるのではなく背負って先に進むと言う覚悟が。

 

離しかけていた願いと剣を彼は再び握る。

 

 

■◆

 

 

 

カルテ1

患者 トゥルー

症状……鬱イベントにより、精神弱体化

 

鬱展開によって、精神的にまいってしまう。本来であればアーサーと話して、彼女との共通点を見つけつつ、互いに友情が生まれて、泣きながらも立ち上がるはずであった。

 

しかし、アーサーはその場に居なく、代わりに居たのはフェイ医師である。フェイ医師の的確な助言と、魂のこもった鳩尾への一撃によって精神を回復し、僅かにだが覚悟を決めた。

 

『結果』フェイ医師によるソードバトル荒治療により、鬱によって精神が衰弱していた主人公トゥルーの施術に成功。

 

 

 

ユルルジャーナリスト

『フェイ先生。今回はどうして、急に荒治療を?』

 

フェイ医師

『夕焼けで、落ち込んでいるのでこれは主人公がモブキャラを元気づけるイベントであると判断しただけだ』

 

ユルルジャーナリスト

『これはかなりの荒業でしたね? 一歩間違えば喧嘩になってたかと』

 

フェイ医師

『夕焼けの中で殴り合って分かり合うみたいなのはよくある事だ。それに俺は主人公だから失敗はあり得ん。だが、これは現実でしてはならん。異世界のノベルゲー主人公の俺だから許された事と言えるだろう』

 

ユルルジャーナリスト

『なるほど。おかげでトゥルー君も回復した様です。……わ、私も先生に施術、お願い、しようかな? 優しく、して欲しいけど……』

 

フェイ医師

『その時が来ればしよう……』

 

ユルルジャーナリスト

『お、お願いしますね……?』

 

フェイ医師の内面

(ん? 戦闘イベント伏線か?)

 

 

 

 

 



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18話 レタス畑

いつも、応援ありがとうございます! 感想とか全部チェックさせてもらっています。


励みになっています!!


これからもよろしくお願いいたします。


「えー、今日は急遽君たちに集まってもらったわけだけど……」

 

 

のんびりとした話し方でマルマルが訓練場で若手聖騎士数名に要件を伝えていた。フェイ、ボウラン、アーサー、トゥルー、エセ、カマセ。なぜこのようなメンバーで訓練が再び始まったのか。

 

それは、今期の騎士団団員が次々と死んでいっているからだ。既に死んだ数は六名。仮入団期間を終わった聖騎士がここまで速く死んでいくのは異例と言う事で、何らからの措置をしなくてはならないと言う事で再び訓練をすることになる。

 

任務も行いながらの訓練。これはかなり体に負担がかかる。

 

 

「じゃ、取りあえず走り込みからね」

 

 

マルマルが始めと、手を叩く。そうすると全員が荒野を走り出す。一番に飛び出したのはフェイであった。グングンと他の者達と差をつけていく。星元なしの走り込みでは彼に勝る同期はほぼいないのだ。

 

 

そこへ、無理にペースを上げたエセがやってくる。

 

 

「フェイ、久しぶりやな」

「……エセか」

「せやせや、まぁ、別に挨拶をしたいわけやないねん……あの金髪の女の子、同じ部隊やったんやろ? 紹介してくれへん?」

 

 

走りながらエセがフェイに話しかける。エセの眼にはチラチラとフェイを見るアーサーの姿があった。フェイに話しかけたいが、エセが邪魔だなと思っていることを彼は知らない。

 

 

 

「アイツとはそれほどの仲ではない」

「え? でも、さっき話しとったやろ?」

「……レタス」

「レタス?」

「レタスの感想を聞かれた」

「は? どういう意味なん」

「俺が知るか。もう行く」

 

 

フェイが更にグイッと一段階スピードを上げる。星元なしの純粋な力。それによってエセは突き放された。すると、待って居たと言わんばかりにアーサーがフェイに追いついた。

 

 

「フェイ」

「……」

「さっきの人、知り合い? 友達?」

「……アイツとはそれほどの仲ではない」

「え? でも、結構楽しそうだった」

「……アーサー」

「ワタシ?」

「お前の事を聞かれた?」

「え? どうして?」

「……さぁな。俺はもう行く」

 

 

グイッと更にスピードを上げるが、アーサーは振りきれず。

 

 

「レタスが美味しく食べられるドレッシング欲しい?」

「……無駄口を叩くな。黙って走れ」

 

 

デジャブとレタス推しの謎のアーサーを気にせず彼は訓練に取り組む。フェイは真面目なのである。そのままフェイは一位で訓練を終える。

 

 

 

そして、純粋な筋力的なトレーニングの後は星元を使用してのダッシュ訓練が行われた。

 

一番、遅かった者には罰ゲームがあると言う。純粋な筋力であるならフェイだが、星元操作をするとなると結果は異なる。

 

先程とは打って変わり、最下位はフェイであった。

 

 

「じゃ、フェイ。君には罰ゲームとして……そうだな。かなり疲れて限界だろうから、素振り百回してもらおうかな?」

「む……」

 

 

 

マルマルの言葉にアーサーが反応する。

 

(この先生、フェイの事を舐めすぎ……フェイはもっと頑張り屋さんで、たかが百回程度で限界じゃないのに。それが限界みたいに言うの、本当にダメ)

 

 

(えっと、こういうのって、どういう感じで言えば……あんまり強く言うと豆腐の角が立つし……)

 

 

「先生」

「ん?」

 

(フェイには、素振り回数をもっとやらせても良いって言おう。ポテンシャルが高くて、一生懸命で、集中力のあって、意識の高いフェイなら素振り回数そんなんじゃ満足しないはずだしね)

 

「フェイには、素振り回数、0が1個足りないと思う。それくらいやらせるべき」

「E?」

 

 

周りからは煽っているのかこの子? と言う視線を向けられるが彼女はそれに気づかない。

 

それを聞いていたフェイも僅かに怒る。

 

(――流石、ジャイアントパンダライバル枠……的確に嫌味を主人公である俺に言ってくるな……ひじょーに、ムカつくが……良いだろう。乗ってやるよ!!!! そして予想を超えてやるよ!!)

 

 

「元より増やすつもりだった。そして、0は2つの間違いじゃないか? アーサー」

「……フェイ」

 

 

(流石、フェイ……ワタシの考えの上を行くだなんて……でも、ワタシと考えは近かった。やっぱりフェイの事をワタシが一番理解してる)

(こいつ、俺が10000回素振りするって言ってるのに……驚かない。お前程度に出来るのか? って煽ってるのか? 絶対やってやるよ)

(頑張れ。フェイ)

(こいつ、無表情で俺のこと見やがって……滑稽だなって思ってるのか? いずれ、主人公の俺の踏み台にしてやるから覚悟してろよ)

 

 

 

「えっと……じゃあ、訓練はここら辺にしておこうかな?」

 

 

マルマルが居た堪れなくなって、訓練を終わらせた。

 

 

■◆

 

 

 素振りを終わらせ、既に辺りは真っ暗に。いつもの通りユルルが夜練をしに三本の木の元を訪れる。

 

「えっと、フェイ君。汗びっしょりですが……」

「問題ない」

「今日は訓練止めておきませんか?」

「やる」

「でも、皆さんフェイ君を待っているみたいですよ?」

 

彼女の目線の先には今日フェイと一緒に訓練をこなした聖騎士たちの姿が。フェイが来るのを待って居るのだろう。訓練終わりに騎士団の浴場で汗を流そうと全員で話している。

 

だが、フェイがなかなか来ないので待って居るのだ。

 

「なぁ、フェイ。ワイ達と風呂行こうや」

「――だが断る」

「即答かいな!?」

「フェイ君、今日は同期と親睦を深めてください! 師匠としての助言です!」

「――そうか。お前が言うなら何か意味があるのだろう」

「なんや、お前。その女の子の言う事は聞くんかい」

 

 

 

ユルル師匠の言う事には意味があると言わんばかりにフェイは浴場に向かう。だが、ユルルは行きにくいと言う表情だ。彼女はあまり騎士団の浴場や施設を使いたがらない。

 

ボウランがそれに気づいて声をかける。

 

 

「なんだ? 先生は行かないのか?」

「えっと、私は」

「アタシたちが一緒だから、一人じゃないぜ! 一緒に行こうぜ!」

「……そう、ですね。アーサーさんも一緒みたいですし……一人じゃないなら行っても良いかな」

 

 

 僅かに乾いた笑みであったが、一人ではないならと彼女は浴場に向かった。

 

(……行っても良いのかな)

 

 

何かを言われたり、ひそひそと言われたりしないかなと心配になる。だが、そんなことは全く無かった、確かに何か言われたりはしていた。

 

だが、隣にはフェイが居て、それが気にならなかったから。腕を組み仏頂面な彼が隣に居るだけで何となく心強かった。

 

 

アーサーやボウランも彼女にとって心強くて、良い生徒に恵まれたと感じる。フェイと彼女は男女で別れて入ってしまうが近くに居ると思うだけで心強かった。

 

一通り、体を洗うとユルル達3人は湯船に浸かる。

 

 

「はぁ効くぜー」

「ん、気持ちいいね」

 

 

ボウランとアーサーの湯船に浸かる姿にどこか色気を感じたユルル。自分より年下なのに、自分よりも色気を感じて複雑な心境になる。

 

「ボウランさんもアーサーさんもお綺麗ですよね」

「え? まぁね。でも、先生も可愛いと思うぜ」

「確かに、先生も可愛い」

「そ、そうですかね?」

「なんかこう、子供みたいで可愛い!」

「こ、子供……」

 

年下に子供と言われたと彼女は少し落ち込む。そこへ、隣の男風呂から声が聞こえる。

 

 

「ふぇ、フェイ! お前、なんやそれ!? でっか!? こっちが恥ずかしいわ! カマセ、お前まじで隠した方がええぞ。フェイを竜とするなら、お前は土竜(もぐら)や!」

「か、格が違う……」

「ぼ、僕様も下半身に血流が流れればそれくらい!」

 

 

エセ、トゥルー、カマセの驚く声が聞こえてくる。かなりの大きな声なので女風呂にもその声が響いた。アーサーとボウランには何の話か分からないが、ユルルには分かった。

 

 

(フェイ君……そんなに大きいんだ……)

 

「何の話だろうね?」

「さぁ、アタシには分かんねぇ。先生わかる?」

「さ、さぁ? な、なんでしょうねぇ?」

 

適当に分からないふりを彼女はしておいた。だが、分からないアーサーとボウランは話を続ける。

 

 

「フェイのナニが大きいんだろう」

「鼻じゃね?」

「フェイ言う程大きくないよ。スッとして高い鼻だし」

「あーそっか。アイツ、顔のパーツ良い感じだしな。結構イケメンだよなー。目つき悪いけど」

「フェイは、目つき悪いけど悪い子じゃないよ」

「え? 何お前。分かってるよ感だすじゃん」

「実際、ワタシが一番フェイの事分かってる気がする」

「へぇ、好きな食べ物って分かるのか?」

「フェイはね、レタスが大好きだよ」

「なんで?」

「フェイは偶にパン屋さんに行く。ワタシも買いに行くから偶に会う。そこでフェイはいつもハムレタスサンドを買ってるから……ワタシは確信した。フェイはレタスが好きだって」

「ふむふむ、そう言われるとそんな気もするな!」

 

 

 アーサーの迷推理。そして、あまりにピュアになってしまっているボウランを横で見ていたユルルは乾いた笑みを浮かべる。

 

(――フェイ君、ハムが好きだから買ってるんじゃ……あと、ボウランさん、ピュアすぎです……)

 

 

「だから、この間色々お礼したい事あったからレタス3つ袋に入れてプレゼントした」

「どうなったんだ?」

「あぁ、って言いながら受け取ってくれたよ。眼三回くらいパチパチしてたから、びっくりするくらいよっぽど嬉しかったんだと思う」

 

 

(――それ、プレゼントがトリッキー過ぎてフェイ君驚いてたんじゃ……鵜吞みにし過ぎです……ボウランさんも)

 

 

 ――迷探偵アーサー。

 

彼女の推理に理解などない。理解などできない。彼女の推理は理論的に紐解くのではなく、ただ感じるのみ。

 

 

「おお! 確かにそうかもな! しっかし、アイツレタスが好きだったのか!」

「今度、レタスに合うドレッシングもあげようと思ってる」

「ドレッシングかぁ!」

「きっとフェイの頭の中には妄想のレタス畑があるくらい好きなんだと思う」

「そうなんだ! アタシも覚えておくぜ!」

 

フェイがレタス好きと言う謎の個性が付与されていく。

 

 

「そっかー、アタシも今度からアイツに何か渡すときはレタスにしておくぜ!」

 

 

(ボウランさん……ピュアすぎです。私もちょっと見習わないと……いけないかも)

 

 

――ピュアボウラン爆誕!!

 

 最初の刺々しい感じはどこへやら。彼女は大分丸くなっていた。ボウランはピュアボウランに進化した。

 

 

そして、フェイの誕生日には大量のレタスが送られる事だろう。ユルルはフェイのプレゼントにはハムをプレゼントしようと決めた。

 

 

 

■◆

 

 

 

 

 

 虫食いのように、記憶が所々空いている。思い出せない。でも、恐怖であると言う事は分かる。それが、■リアを殺しかけた記憶であると言うのを覚えている。

 

 母は金髪……であったような気がする。でも、実際私の母は赤髪で……。

 

 私は村娘。普通に育って、魔術適正があって剣術の才能があったから、母を殺されてその恨みを晴らすために……。

 

 

 自分を見失う事がある。記憶に疑惑を持ってしまう事がある。私は、だれ、だっけ?

 

 

 私は■リア……? それとも■リア……?

 

 

 

 

 

 

 

 




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19話 マリアとリリア

いつも応援ありがとうございます!!! これで二章の山場は終わりです!! あとは神たちの反応と、幕間書いて終わりですね!!!


「あれ、フェイなにしてるの?」

「アーサーか」

 

 

 とある日、任務も訓練も何もない日。アーサーが王都を歩いていると雑貨屋にフェイの姿があった。彼の首にはユルルからプレゼントされた手作りの赤いマフラーが巻かれている。

 

 手には花の髪飾りが二つ握られている。

 

 

「それ、女の子が付ける髪飾り?」

「……そうだな」

「フェイが付けるなら黒い奴の方が」

「戯け。俺ではない。マリアのだ」

「あ、そっちか。孤児院に居る人だっけ?」

「あぁ、もうすぐ誕生日らしいからな。俺は恩には恩を返す。それだけの為に買うことにした」

「赤と青い髪飾り二つ買うの?」

「……何となくだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「そっか」

「俺はこれを買ったらもう行く」

「そ……またね」

 

 

フェイはアーサーに返事をせずに二つの髪飾りを買うとその場を去った。冬が本格的になり寒くなっているが、フェイが居なくなったことでアーサーはより寒さを感じた。

 

 

■◆

 

 

 

とある村に一人の少女が居た。もうその少女の居た村は無くなってしまっているが、確かに存在していたのだ。

 

名前は、()()()。容姿に恵まれ、お花が大好きな普通の少女であった。父は物心ついたときから居らず、母だけが彼女の知る親であった。

 

 

金髪で優しそうな顔をしている美人であり村でも慕われていた。リリアにとって村も母も大好きで大切な存在であった。

 

 

だが、全てが壊れた。八歳の時だ。

 

 

村に山賊がやってきて彼女はすべて変わった。

 

母はリリアを家の隅に隠した。そして、母は彼女の眼の前で山賊たちによって凌辱され、殺された。

 

 

それは悲惨な光景であった。もう、やめてあげてと声を出したかった。だが、それは無理であった。恐怖で声が上がらない。

 

母が、どんなことになってもここから出てはいけないと言ったので、その約束を破ることが出来なかった。

 

火が放たれた。燃え広がる村。死体の焦げる異臭がする。血の焼ける悪臭がする。

 

 

山賊が消え、村にただ一人。何もかもを持っていかれた。そこへ、一人の男の聖騎士が現れた。

 

 

ニコニコしているが、直感で彼女はこの聖騎士が人道を外れているのではないかと言う恐怖に襲われた。

 

「あれ、山賊のやつら取り残ししてるな……折角だから、俺が飼ってやるか」

 

その聖騎士は山賊と共謀をしていた。山賊を見逃し、礼に金品を貰う。警備の手薄な村や集落を指示して襲わせていたのだ。

 

 

リリアは捕らえられて……とある小屋に監禁された。そこからは地獄であった。暴力と凌辱、恐怖だけが彼女にあった。逃げたい逃げたいと何度も願うがそれは敵わなかった。

 

 

その小屋はとある森の奥にあって、誰もそんな場所に少女が監禁されているなんて思わなかったのだろう。

 

 

地獄だった。地獄、地獄、地獄、地獄。死にたい、死にたい、でも怖い、死にたくない。

 

徐々に虚無になって行く。感情が消えていく。

 

 

諦めて、リリアと言う少女は一度、死にかけた。

 

 

聖杯歴3017年、リリアが十二歳になった時の話である。とある聖騎士が彼女を見つけた。赤髪の女の聖騎士だ。

 

 

マーガレットと言う名で彼女を捕えた男の聖騎士の悪行を見抜いたのだ。そして、その男は指名手配になり、リリアは保護された。

 

 

だが、リリアはもう虚空のような存在になってしまって。時折パニックになり、嘔吐や嗚咽を繰り返し、普通に生きられるような状態ではなくなってしまった。

 

 

それを見かねたマーガレットが彼女に自身の魔眼によって暗示をかけた。

 

――リリアと言う少女など最初からいなかった。貴方はマリア、マーガレットの娘でずっと二人で生きてきたのだ。

 

 

恐怖も、昔にあった幸福も全てがリセットされた。これによってマリアは正気を取り戻し、普通の村娘へと戻ったのだ。

 

 

そして、マーガレットはマリアの本当の母になろうと聖騎士を辞めてとある村に二人で一緒に住むことにした。

 

 

幸せな日常が続いていた。マーガレットも本当の娘、いやそれ以上の存在であると感じて、ずっと愛すると誓った。夜には本を一緒に読み、休日には一緒に花の絵を描き、偶には外食もして一生懸命に彼女の母になろうとした。

 

 

 

無慈悲にも再びその平穏は崩れることになった。逢魔生体(アビス)によってマーガレットが死んだ。村ごと全部が無くなった。再び全てを持っていかれた。

 

 

その恨みがどれほどのモノであったのか、想像できないだろう。覚えてはいないがリリアの時に蓄積されていた恨み、記憶に焼き付いたマリアの全てを喰われた怒り。

 

彼女は復讐者(アヴェンジャー)になるしかなかった。なるべくして彼女は復讐者の道を辿ることになった。

 

 

何度も何度も死にかけて、何度も何度も殺してもその怒りは収まらず、復讐は成し遂げられない。焦りと怒りだけの生活だったが、自身が助けた子達の笑顔で彼女は僅かに救われた。

 

 

復讐の炎を鎮火させたいとどこかで感じていたのだ。だから、孤児院を作った。不幸な子供を集めて偽善で彼女は救い続けた。

 

 

鎮火していく炎。

 

 

自己嫌悪で自身は復讐を辞める為に子供を利用していると苛まれながら。それでも徐々に炎は無くなっていった。

 

 

そう、これで終われば良かったのかもしれない。だが、これで終わるはずがない。

 

 

鬱ノベルゲーはここで終わらない。残酷な運命が彼女に迫っていた。彼女の誕生日、そこで全てをまた失うことになる。

 

 

■◆

 

 

 マリアの誕生日がやってきた。トゥルーにはある任務の話が来ていた。単純な魔物討伐。急遽それが入ったのだ。ゲームではトゥルーが部隊の仲間をアビスに殺されて鬱になった後、アーサーとの話をした後に選択肢を迫られる。

 

 

『今日は任務をしよう。アーサーに元気づけて貰ったからな。帰ってきたらマリアにお祝いしよう』

『いや、確かに頑張ると約束したが今日はマリアの誕生日だ』

 

 フェイにトゥルーは元気を貰ったが、選択肢としては変わらない。任務に行くか、それとも今日は残るか。

 

 もし上を選んだのならマリアは死ぬ。そして、再び鬱状態になりゲームは進む。下を選んだ場合はマリアの√として物語はエンド分岐をして終わる。

 

 

「今日は、僕は……アイツに負けてられないからな。任務に行くか……」

 

 

 フェイに背中を蹴られ、トゥルーは任務に行くことを選んだ。それしか無かったともいえるだろう。ゲームでも大体のプレイヤーは元気付けてもらった後だから頑張って任務に行くだろうと考える。

 

 朝食の時にトゥルーは急遽入った任務に行くことを選んだ。手早く済ませて、彼は孤児院を出る。

 

 

「ねぇ、ふぇい」

「なんだ」

「きょうはぼくとまりあのたんじょうかいのじゅんびして」

「俺が?」

「うん、きょうだけはして!」

「……仕方あるまい」

「そういえば、まりあは?」

「さぁな」

「まりあたまにさびしそうだから、きょうはいっしょにいてあげてね、ふぇいがいっしょだとすごいまりあうれしそう」

「……」

「いまもきっとひとりだからよんできて」

 

 

レレに誘われ、フェイは今日は何処にもいかない事を選んだ。徐々に歯車が狂っていく。

 

マリアに終わりが迫りつつあった。

 

 

 

 

 

■◆

 

 

 マリアは朝から孤児院にある聖堂に足を運んでいた。何故だかは分からない。祈りは毎日捧げている。だが、神に等しい聖杯に祈る時間ではない。

 

 それなのに……

 

 自身の誕生日。これで彼女は26歳になってしまった。もう、嘗ての同期には結婚して子供が居る者も多い。

 

 だが、彼女はそういったこととは縁がない。孤児院の子達は可愛い。だが、運命の人と愛し合うということにもひそかに憧れていた。

 

 

(……私は、どうして……ここに……)

 

 

 彼女自身もどうしてこの聖堂に足を運んだのかは謎であった。ただ、何となく一人になりたかっただけなのかもしれない。

 

 

(私は、もう復讐をしたいとは思っていない……子供たちの愛情や笑顔を水のようにして、炎に向けているからかな……)

 

 

(子供たちの笑顔に救われたのは本当だけど……私はただ、利用をして……今日も誕生日を祝ってくれている子供たちを騙して……)

 

 

(フェイ……貴方には復讐に染まり続ける生き方はさせたくない……)

 

 

 聖堂でただ一人。彼女は思っていた。まだ朝だと言うのに夜のように気持ちは暗かった。

 

 何だか、彼女には嫌な予感がしていたのだ。何度も何度も味わったような、抉るような、身に覚えのない記憶の痛み。

 

 母マーガレットを失った時のような喪失感。あれが、少しづつ蘇ってきている。一度しかそれを味わっていないはずなのに、一体何度味わえば良いのかと言う怒り。

 

 

 安定しない精神を抑えたかった。

 

 

 何度も溜息を吐く。きっと今自分は暗い顔をしていると彼女は感じて、パチパチと顔を叩く。そして、気合を入れて子供たちの元へ――

 

 

「久しぶりだな。リリア」

「――ッ」

 

 

体が震えた。その声を知っているような気がした。知らないはずなのに。恐る恐る振り返る。

 

全く知らない顔であった。聖堂のとある席に座って彼女を見ている。青い髪に青い眼。薄ら笑みが不気味な男性。

 

 

「あ、顔を変えたんだ、分からなくて当然さ」

「……」

「うん? まさか、覚えていないなんて言わないだろう? いや、その顔は本当に知らないように見える」

「……誰」

「どういうことだ。まぁ、いいんだけど。ちょっかいを出しに来た。昔のあの感覚が忘れられなくて」

「――あ」

 

 

その言葉、嫌悪感しかない薄ら笑み。記憶が、蘇りつつあった。

 

 

「指名手配されたからさ、顔を変えて色々渡り歩いたんだ。俺は君を探していた。あの恐怖の顔。あれが堪らなくて、君の悲鳴に勝る興奮感と幸福は無かった」

「い、や……」

 

 

リリアの恐怖の声が漏れる。男は歩きながら彼女に近づく。

 

 

「迎えに来たよ。俺と一緒に何処までも行こう。実はね、今日の朝この王都から去ろうとしてたんだけど、君を見つけたんだ。嬉しかったよ、やはり俺達は運命に結ばれていたようだ」

 

 

朝、マリアは洗濯物を干したり、庭の整備をしたりする。その時に彼女は男に見つかってしまった。

 

 

 

「……や、めて、帰って」

「言う事を聞け。遠くから一人になる所を狙ってたんだ。早くしないと他の孤児達に気づかれてしまう。もしかして、孤児たちの前で愛し合いたいのかい」

「……ひっ」

 

 

腰を抜かした。足がすくんで、動かない。

 

「早くしろ。でないと……()()()()()()()

「……お、ねがい、それだけは、やめて」

「うん。じゃあ俺と一緒に行こう。また、あの小屋で……」

「あ、あ、いや……やめて、ひどい、こと、しないで」

「孤児全員血まみれの姿が見たいならそれでもいいけど」

「……、あ、いやだ、やめて」

「あぁ、その顔が見たかった。同じようなことをしてきたけど、君に勝る子はいなかったよ、リリア」

 

 

興奮して男の息が上がっていた。倒れている彼女の服に手を掛けて覆いかぶさる。興奮で眼が血走っていた。

 

マリアには涙と恐怖しかなかった。

 

 

「ここで、済ませよう。なに、すぐに終わるから。大声とか出したら、全員殺すから、そのつもりで居てね」

「いや”だ”、やめてください、おねがい、します……ほんとうに、それだけはいやだ、やめて、おねがい、ごめんなさい、あやまるから、やめて、おねがい、やめてください、おねがい、おねがい」

「最高ッ。君をもう一回見つけられて――」

 

 

マリアに覆いかぶさっていた男は直後として、腹を蹴られた。聖堂内を吹き飛び、床を転がる。

 

 

「――どうやら、招待状もない者が誕生会に来たらしい」

 

 

いつもと同じ声。ただ、僅かに怒気を含んだ彼の声は自然と聖堂内に響き渡った。眼をいつもよりも鋭くしてその男は立っていた。

 

 

「ふぇい……」

「……下がれ。お前の客じゃない、俺の客だ」

 

 

吹き飛ばされた方から男が再び歩み寄る。不快感を露わにしてフェイを見た。

 

 

「君は誰だい。俺と彼女の逢瀬を邪魔しないで欲しいな」

「ふっ、物事を理解し話すという行為が出来ていないお前の頼みなど断る一択だ。だが、代わりに俺がお前と戯れてやる。来い、格の違いを教えてやる」

「……あまりこの王都で大事にはしたくないんだけど。まぁ、君を殺して彼女を連れ去るくらい出来るかな!!」

 

 

そう言ってナイフを抜いてフェイに迫る。星元による身体強化で一気に距離を詰め、そのナイフがフェイに牙をむく。

 

フェイよりも速い。だが、積み上げた経験から一瞬で軌道を読んでフェイは手首をつかむ。

 

 

「へー、やるね。ただ、星元による身体強化が随分と不格好みたいだ」

「……」

「魔術で焼き払っても良いんだけど……今はリリアを傷つけたくないし、大きな音を立てると聖騎士が寄って来ちゃうかもだし……まぁ、関係ないか。だって、君なら属性使わずに勝てるからさッ」

 

 

手首を振り払い再びナイフを振る。手早く済ませたい。その言葉通り彼は殺す気でナイフを振る。それを不格好な星元の身体強化で応戦する。

 

これがトゥルーであれば手早く応援と取り押さえが出来たのだが、フェイにはそれが出来ない。

 

捌く捌く捌く捌く。ナイフの軌道を逸らして致命傷に至らないように立ち回る。だが、徐々に目の下、腕、胸に少しづつかすった傷が出来ていく。

 

 

「ふぇい……やめて、もう、いいから、しんじゃうよぉ……」

「……引けない。ここで引いたら俺は死んだも同じだ」

「美しい親子愛ってやつか。理解できないけど!」

 

 

剣を振るスピードが速くなる。捌ききれなくなって左肩に鈍い音が。血が布の服に染みこんでいく。

 

「あー、筋は良いけど星元強化が不格好だからそうなる。覚悟だけでは、俺には勝てないってことさ。ここで引いたら見逃してあげても良いけど」

「まさか。ここで終わるとでも?」

「君、変わり者だね」

「貴様だけには言われたくないがな」

 

 

左肩から流れる血。だが、それを何事も無いようにフェイは振る舞った。血が流れていくごとに彼は不利になって行く。右肩にもナイフが刺さる。

 

血が、流れていく。床に徐々に血が滴り落ちていく。

 

ナイフの速さにフェイは徐々に対応が出来なくなっている。星元操作が上手く行っていない事、血が足りなくなっている事が積み重なっていく。

 

「いや、凄いな。よくそれほどの血が出て立てるものだ。でも、もう」

「――ッ」

 

 

ここまで、戦闘時間僅か二分足らず。だが、既に満身創痍であったフェイが初めて攻めた。左腕を振って殴る。

 

(馬鹿だな)

 

 

男はそう思った。眼の前の男は焦ったのだ。勝てないからと大振りをした。先ほどからずっとコンパクトにただ守っていたから二分弱もの間自身の相手が出来たのにそれを捨てた。

 

故に、フェイは隙を作った。胴をがら空きに。鋭いナイフが刺さった。赤い染みが服全体に広がる。

 

 

「ふぇ、ふぇい……いやぁ、なんで、なんでいつも、うばわれるの」

「よし、リリア早く行こうか……ッ!?」

 

 

 

腹部に刺さっているナイフが抜けなかった。そして、次の瞬間、手首を握りつぶされた。フェイが星元を右手一本に溜めていたのだ。

 

一瞬で一か所に集めるなどと言う芸当は今まで彼には出来なかった。だから、徐々に右腕に集めて行った。そして、腹部を刺してくるだろうと予見をし、刺させて油断させた。

 

これで終わりだと。

 

だが、それこそ狙い。フェイはそこら辺の聖騎士とは違う。実力はまだまだだが、覚悟と精神力だけは群を抜いている。星元を切りかけた男の手首を自身の全力の右手で潰した。

 

フェイの星元操作は最悪で、十あれば十の力を完全に引き出せない程に不格好。右手に集めても、男の身体強化に一歩及ばない。だから、安心感を得させて強化を切るように仕向けた。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ!!!」

「……」

 

手首を潰され悲鳴を上げる男と、腹部と両肩をナイフで深く刺されても一切顔に出さない狂人。覚悟の重さが違った。比べるほどですらなかった。実力差が開いていたが、それを埋める為に命すらも引き合いに出したものが掴んだ、一瞬の隙。

 

 

カランとナイフが落ちる。手首が握り潰された事で男が悲鳴を上げる。そして、ナイフを一瞬で拾う。

 

流水のような流れる太刀捌きで両目を潰し、そのまま両手で頭を地面に叩きつけた。床に大きな亀裂が入るほどに思い切り叩きつけた。

 

 

「ふぇい……」

「……俺の勝ちだ。誰だかは知らんがな。それよりお前は大丈夫か」

「ふぇい、ふぇいは…?」

「フッ、たかが両肩と腹部をささ、れ、た……」

 

 

 

ふらっとフェイの体が倒れる。そこでフェイは目の前が真っ暗になった。

 

 

 

■◆

 

 

 事の顛末はあっさりとしたものだった。マリアは大声すら出せぬほどに気力が無くなっていた。だが、恐怖で動かなくなった足の代わりに腕を使って、何とか孤児たちの元へ。孤児が状況に気づいて王都の人たちに報告。大事となって、眼が無くなった聖騎士はライと言う元聖騎士であったことが判明した。

 

 顔を変えて王都に再び、犯罪者となった聖騎士が潜んでいたと分かり、今回のような事が二度とないように、警備強化が呼びかけられた。

 

 そして、意識不明の重体であるフェイは再びエクターの元に運ばれ、看護されることになった。

 

 

「あの、エクターさん、フェイは」

「うーん、孤児院でポーションをある程度使って応急処置をしてたから大丈夫そうだけど……してなかったら確実に死んでたね。血が出過ぎ。よくもまぁ、そんな戦法を思いついたもんだ」

「……私のせいなんです」

「いやいや、君はただの被害者だろう。それにこうやって命が助かってるからいいじゃないか」

「で、でも目覚めていない」

「こればっかりはね。何とも言えないな。傷は塞いでるけど、血が足りてないだろうし。目覚めるのはもうちょっと先かもね」

「……」

「大丈夫さ、僕を信じたまえ。何だか彼はここの常連になりそうだから、きっと助かって何度もここに運ばれる感じになるさ」

 

 

気楽にハハっと笑うエクター。

 

 

「しかし、この子は一体何者なんだい? 明らかに精神が普通ではない気がする。経歴を聞いても良いかな?」

「私が、悪いんです……この子をずっとほったらかしに」

「いや、それは違うと思うけど……稀に居るんだよね。こういったイレギュラーが……普通の生態系から外れた番外の存在とでも言えば良いのかな。こんな存在は普通現れない」

「だ、だから私が」

()()()()()()、マリア。君程度のさじ加減でこんな存在が生まれるはずないんだ」

「――ッ」

 

 

 

目線を鋭くしたエクター。彼女にとってフェイと言う存在はマリア如きの不手際で生まれるはずがないという格付けをされるほどのイレギュラーであった。

 

 

「死と言う恐怖の超越……そんな簡単に出来るはずがないんだ。この子は君がおかしくしたんじゃない。元からそんな素質があったんだ。僕達が理解できるような物ではない異次元の価値観と価値基準。あり得ない程に逸脱した精神。この子は普通じゃない。君程度がどうこう言う存在じゃないんだ。分かったかい?」

「……」

「分かったら卑屈になることは止めて、彼の眼が覚めるのを――」

「フェイ!」

 

 

ベッドの上で眼を閉じていたフェイが眼を覚ました。僅かに寝ぼけているようだ。

 

 

「知らない天井だ……」

「エクターさんの医療室よ」

「あいつは?」

「捕まったわ。フェイのおかげよ」

「そうか……俺は何日位寝ていた?」

「四時間よ」

「……そうか」

 

 

フェイはそう言って起き上がる。エクターはそれを見てまたしても驚きの表情をする。

 

「驚いたな……目覚めるのが早すぎる。僕の見立てでは今の時間の倍はかかると思ってたんだけど」

「大したことではない。ただ眼が覚めた、それだけだ」

「随分と落ち着いているね。君、死にかけたんだぜ?」

「……かもな。だが、俺は生きている。俺がその結果を選んでこの手で掴みとったのだ。この事実に一々驚くことはない。それにもう、過去の事だ。俺は先に進む」

「……そうかい」

 

 

エクターは興味ありげな視線をフェイに向けていた。医者であると同時に研究者である彼女にとってフェイは魅力的な研究対象に見えているのかもしれない。

 

 

「フェイ……ごめんね」

「気にするな。お前が気に病む必要はない。俺があれを選んだ、それだけだ」

「彼の言う通りだぜマリアちゃん。それに、君が彼に言うべき言葉はそれではない気がするけど」

「……ありがとう」

「気にするな」

 

 

 

彼はそう言った。本当に気にしてない。これは俺が選んだのだから。当たり前だと言わんばかりに。

 

 

「あ、そう言えば君のズボンにこんなのが入っていたんだけど」

 

 

エクターが思い出したと言わんばかりにフェイに紙袋を渡した。血が染み込んでしまっている何かが入った紙袋。

 

 

「あぁ、そうだったな。これをお前にやる」

「……これって」

「……察しろ」

「私の誕生日プレゼント……?」

「……」

 

 

フェイは無言だった。だが、それを肯定であると彼女は受け取った。

 

「開けて良い?」

「勝手にしろ、それは既にお前の手にある。お前のモノだ」

 

マリアは紙袋を開けた、中には綺麗な赤と青、それぞれ一づずつ花の髪飾りが入っていた。

 

「……ありがとう。フェイ。大切にするわ」

「……勝手にしろ。どうするのもお前の勝手だ」

「いやいや、これは綺麗だね。赤と青一つずつとは」

「確かに。でもどっちが一つで良かったのに。これ、結構お値段するでしょ?」

「……一つではいけないと思った」

「――え?」

 

 

 フェイがマリア(リリア)の眼を見た。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 一体全体彼は何を言っているんだろうと一瞬、疑問が湧いた。だが、彼女の眼からは、大粒の涙が溢れた。

 

 

「そっかぁ、そうなんだぁ……ありがとう。(わたし)に、気づいてくれて。本当に、ありがとう。フェイ(ふぇい)

「泣くほど嬉しかったのかい? 僕も買ってあげようか?」

「いえ、そういうことではなくて……何て言えば良いのか分からなくて、でも、嬉しい」

 

 

 

 フェイは礼を言われて、そうかといつも通りの反応をする。彼女は嬉しかった。フェイがマリア(リリア)に気づいてくれたことが。今まで誰一人としてそれに気づいた者は居なかった。

 

 

「本当にありがとう。付けて良いかな?」

「勝手にしろ」

 

彼女は()()()の髪飾りを付けた。

 

「似合う?」

「さぁな」

「もう、意地悪ね」

「僕は似合うと思うぜ? 青の方も付けたらどうだい?」

「これは、また後日に」

「そうかい」

 

 

二人が話し込んでいるとフェイが立ち上がった。もう帰るということらしい。それをマリアは察した。

 

 

「帰るのかい? 今日一日はここに居た方が」

「不要だ。それに、レレに頼まれているのでな」

「何をだい?」

「そこの女の誕生会の準備だ」

「本当に君は謎だね。実に興味深い」

 

 

 

そういって、エクターはニヤリと笑みを浮かべる。フェイとマリアは医療室を出て、孤児院に向って行く。

 

 

「ねぇ、フェイ」

「なんだ?」

「ありがとう」

「……くどい。もう良いと言っている」

「でも、私、貴方に何度も言いたいわ」

「そうか。だが、もうそれ以上はいらん」

「もう、もっとどういたしましてとか言って欲しいのに」

「……」

「あ、もうまた無視。冷たいな……ねぇ」

「……なんだ?」

「手、繋いでもいいかな?」

「……今日だけは貴様が主役だ。仕方ない」

「ありがとう」

 

 

彼女はフェイの手を握った。彼からすればなんてことない戯言なのだろう。だが、彼女にとっては……

 

 

ずっとこの手を、と思わずにはいられない程に嬉しかった。

 

 

■◆

 

 

 

 誕生会は盛大に行われた。色々と不祥事が起きたがそれも無事解決し、食堂も飾りで華やかに。フェイは相変わらず一人で腕を組んでいたが、誕生会にはちゃんと出席をした。

 

 

 どんちゃん騒ぎで終えた誕生会。そして、次の日。

 

 フェイは再び、朝の訓練に向かう。

 

「あ、ふぇい。もう、行くの?」

「あぁ」

「昨日はあんなに騒いだのに今日くらい」

「関係ない。俺にとって訓練はどんなときでもどんな状況でも欠かせない」

「そっか」

 

 

 孤児院の入り口。そこには金髪のシスターが彼を見送る為に居た。彼女の髪には()()()の髪飾りが添えられている。

 

「ふぇい、朝ごはんは?」

「俺の師が作るだろう」

「……そっか。偶にはここで食べてね?」

「覚えておこう」

「ねぇ」

「なんだ?」

「いってらっしゃいのハグしていい?」

「……なぜ?」

「わたし、主役だから」

「もう終わったはずだ」

「いいでしょ」

 

そう言って少女(リリア)はフェイに抱き着いた。数十秒、それを終えたら首筋から手を離す。

 

 

「ではな」

 

 

顔色一つ変えずに、フェイは彼女の元を去った。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

フェイと反対にリリアの顔は熱を帯びていた。

 

 

 

■◆

 

 

 

マリアを呼びに行ったら、明らかなクソがマリアを襲おうとしていた。そうはさせんと俺は華麗に参戦。

 

だが、コイツ強い。

 

クソ、だが、俺は負けないぜ? だって、主人公だもの。後ろにヒロイン疑惑のマリアが居て守るような状況。ここで負けるはずないよね?

 

だって、主人公だもの。

 

 

しかし、どうしたものか。あ、そうだ。アビスの時の手を使ってやろう。ユルル師匠直伝奥義、一発やられて一発返す戦法だ!!

 

 

敢えて大振りをするぜ。すると男が狙い通りに腹にナイフを刺す。

 

 

かかったな! 馬鹿が!!!

 

 

もしかして、これが必勝パターンになるのかな? うっ、腹が痛い。だが、クール系は腹が痛いのを耐えるのだ。

 

それに主人公だしね。腹に穴が開くのは普通でしょ。クソ強メンタルなので驚きません。

 

 

腹に穴が開くのは基本。主人公は鬼メンタルなので動じません。

 

 

ナイフで相手の眼をスパッと切るぜ。現代日本人の倫理観がどっかに行ってしまっている気がするが……まぁ、こういう状況だしね。ファンタジー主人公に現代倫理観は合わないでしょ。

 

 

相手の頭を地面に叩きつける!!!!

 

 

本当は殺そうかなと思ったけどね、ここ孤児院だしね、小さい子がその光景見たらトラウマになっちゃいそうだし、頭叩きつけた方がまだね? 年齢的にも、見られてもダイジョブみたいな

 

 

しかし、俺の勝ちだな。お前程度じゃ俺には勝てんよ。覚悟が違う。それと舐めプはダメよ? 

 

そう言う奴って大体負けるから。

 

 

しかし、中々の死闘だったな。マリアが無事でよかったぜ。

 

 

あれ? 意識が……遠く

 

 

まぁ、そりゃそうか。主人公だし、出血多量で倒れるのも割とよくある事だな。主人公は神メンタルですので出血多量であっても落ち着いています。

 

 

おやすみなさいー

 

 

――俺は目覚めた。

 

 

「知らない天井だ……」

 

 

これを一回言ってみたかったんだよね。どうやらここはエクターさんの医療室らしい。俺絶対ここの常連になるだろうな。努力系主人公だしね。怪我とか沢山しそう。これからよろしくお願いいたします、エクター先生。

 

アイツも捕まったらしいしハッピーエンド!

 

 

そう言えば俺ってどれくらい寝てたんだろう。死闘だったから三日くらいかな?

 

 

「そうか……俺は何日位寝ていた?」

「四時間よ」

「……そうか」

 

 

いや、恥ず笑。ただのお昼寝くらいですやん、一週間くらい寝込んでいるのかと思ったのだが。まぁ、主人公だからね、回復力も高いぜ!!

 

 

え? 俺のズボンに何か入ってた? あー、プレゼントやな。あげるよー、いつもありがとう……まぁ、クール系なんであんまり言葉にしないけど

 

「あぁ、そうだったな。これをお前にやる」

 

あ、流石に翻訳されないよね。流石、クール系主人公である俺の翻訳機能。しっかり仕事してるな。

 

 

「いやいや、これは綺麗だね。赤と青一つずつとは」

「確かに。でもどっちか一つで良かったのに。これ、結構お値段するでしょ?」

「……一つではいけないと思った」

「――え?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

いや、これだけは勘だな、何となくマリアには二つプレゼントあげるべきだと思ったんだよな。なんでか本当に分からんけど。

 

主人公補正、別名勘ってやつだな。何でかな? 二つあげるしかないって思ったんだな。

 

「そっかぁ、そうなんだぁ……ありがとう。(わたし)に、気づいてくれて。本当に、ありがとう。フェイ(ふぇい)

 

 

え、あ、うん。そんなに嬉しかったんだ……まぁ、プレゼントして泣かれた経験がないから何と反応していいか……。

 

マリア、俺のプレゼントに泣くなんて……良い人だな。人柄の良さが出てるよね。滲み出てる。

 

 

いつもと少し雰囲気違うけど……誕生日でテンション上がってるんだろうなぁ。

 

 

――帰りに手を握られた。やはり、マリアヒロインか?

 

 

どっかのパンダとは全然違うなー

 

 

 

 




https://kakuyomu.jp/works/16816700427392241098

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幕間 マリア&リリア

 とある孤児院の朝のことである。いつものように孤児の子達が席に座り朝食を談笑しながら済ませている。()()()の髪飾りをしているマリアとレレが目の前で一緒にご飯を食べている。

 

 ユルル師匠が朝食を偶に作ってくれるが、それにあまりお世話になり過ぎると言うのも良くないよな……

 

 

 なので、俺は孤児院で朝食を取っている。

 

 本日の朝食はハムレタスサンド。どこぞのパンダが大量にレタスをプレゼントするから一人では消費できないのだ。なので孤児達全員ハムレタスサンド。

 

 いや、好きだから良いんだけどね。

 

 さてさて、マリア特製のハムレタスサンドを頂きますかね。俺結構好きなんだよね。師匠ユルルのサンドも好きなんだけれども……やはりマリアのサンドが一番かなぁ……。

 

 

 むっ……このハムレタスサンドいつもと味が違うな。マリア。俺の舌は誤魔化せないぜ。

 

「ふぇい? どうかした? 美味しくなかったかな?」

 

 

 あれ、凄い悲しそうな顔をしているマリア。

 

「いや、ただ、いつもと味が違うと思っただけだ」

「あ、そ、そうなの! 実は、変えてるの!」

「やはりな」

「気付いてくれたんだ」

「俺の舌は誤魔化せん」

 

 

 格付けチェックやってるからね。一流の主人公を目指しているから些細な事でも見逃さないように俺は気を配っているのさ。

 

 伏線とか見逃すと、二流、三流、映す価値無しの主人公にランク付けされていきそうだからな。俺自身も目指すなら一流を目指す。それだけなのだ。

 

 

「美味しい?」

「悪くない」

「……そっか」

「……お前、いつもと雰囲気が違うな」

「え? あ、そ、そう?」

「あぁ」

「ちゃんと、見てくれてるんだ……」

 

ん? 何か言ったか? 良く聞こえなかったな。それにしても髪飾りを変えてるからか? いやーやっぱり、ちょっと身に着ける装飾品とか違うだけでもまるで()()だな。

 

ソシャゲとかで、いつものキャラが限定水着キャラになって性能代わるみたいなイメージで良いのか?

 

 

でも、こういうのって重要なポジションキャラ特有のあるあるみたいな奴だから。やはり、マリアはヒロインかもしれん……。

 

 

「ふぇい、まりあいつもとちがう? ぼくわかんない」

「何となくだが、俺はそう感じた」

「ふーん、ぼくにはわかんない。いつものやさしそうなまりあなきがする!」

「それも正解なのかもな」

 

 

レレがそう言う。まぁ、それも正解なのかもね。知らんけれども。

 

「ふぇい、おなかさされたのにもうだいじょうぶなの? たくさんたべたら、きずぐちひらかない?」

「あぁ、大丈夫だ」

「ふぇいがぶじでぼくよかった。でも、ぽんぽんいたいとおもうからむりしないで!」

「お前が気にする事ではない。俺なら平気だ。それよりお前は自分自身を高めることを忘れない事だ」

 

 

レレ、お前は良い奴だよ。もう大丈夫だから気にしなくて全然オッケーだぜ。

 

でも、刺された時はポンポン痛かったけどね……ん? ポンポン痛い……

 

戦闘でお腹刺された→ポンポン痛い→ユルル師匠→戦闘系の伏線を張ってくれていた!!

 

いや、流石だぜ。実は未来の戦闘イベントに伏線を張っていてくれたとは。これは流石に気づかなかったな。やはり、ユルル師匠は戦闘系イベント伏線をちゃんと張ってくれている。

 

 

戦闘のことなら、私に任せておけ! まさにこんな感じだ。これからもちゃんと、ユルル師匠の言動にアンテナを張って解釈をしっかりとしないとな!

 

「ふぇい、今日はまた訓練?」

「あぁ」

「あのユルルって女の人と?」

「それしかあるまい」

「そっか……頑張ってね」

 

 

マリアが激励を飛ばす。前から思ってたけど人柄が素晴らしいと言うか、ここまでの良い人は中々いないと思う。

 

 

朝食を終えて、孤児院を出る。すると、いつもの様にマリアが見送りをしてくれるようであった。

 

 

「ふぇい」

「なんだ?」

「今日、訓練終わったら、お買い物手伝ってくれないかな……? いつもはレイとかトゥルーとかアイリスに頼むんだけど……偶にはふぇいに頼みたくて」

「……気が向いたらな」

「あ、うん! ありがと!」

「気が向いたらと言ってるのだがな」

「ふぇいは、優しいからきっと来てくれるって私、分かるんだ」

「……そうか」

 

 

 

そう言われてしまうと、行かざるを得ない感じがするな。何というか、ちょっと強引なこの感じはいつものマリアとはやはり違うような……。

 

「いってらっしゃいのハグしていい?」

「……またか」

「うん!」

 

 

最近、このいってらっしゃいハグが増えたな……まさか、フラグでも立ったのか?

 

 

■◆

 

 

 寒さが本格的になりつつある、とある日。夕暮れに近づきつつあり気温がさらに下がっている。そんな時間に二人の影が並んでいた。()()()の髪飾りを付けたマリアと隣に居るフェイ。

 

 フェイとマリアの手には紙袋に入った食料が入っている。

 

 

「ごめんね。フェイ。急に頼んで」

「気にするな」

 

 

  いつもと変わらない感情の死んだ眼。変わらない表情筋のフェイ。そんな彼の隣をマリアはただ一緒に歩く事だけで嬉しく感じていた。

 

 フェイは歩幅を合わせない。勝手気ままに歩いて行く。マリアが無理に合わせている事で一緒に歩いているのだ。

 

 

「今日はね。シチューにしようと思うの。どうかな?」

「お前がそうだと決めたなら、そうするといい」

「うん。じゃあ、シチューにするね」

 

 

 会話だって、フェイは無理に続けない。マリアが無理に続けなくては沈黙が支配してしまうだろう。

 

 それなのにマリアの顔は幸せそうだった。

 

 

「腕によりをかけて作るから、楽しみにしててね」

「……あぁ」

 

 

 二人は孤児院に戻る。そして、その日は(スパイス)が入っている最高のシチューだった。

 

 

 

■◆

 

 

 日が暮れた、王都。その一角にある孤児院。子供たちは既に眠りにつき始めている。起きているのは僅かだ。

 

 そして、フェイもまだ、起きていた。特殊な魔石によって作られた蛍光灯。オレンジ色の光が部屋を照らす。

 

 ベッドの上に横になり、ただ天井の染みを数えながら彼はぼうっとしていた。そんな彼の部屋を誰かがノックする。

 

「フェイ。私なんだけど。ちょっといいかな?」

「……構わん」

 

 

 パジャマ姿のマリアがフェイの部屋に入ってきた。

 

 

「何の用だ」

「ちょっとだけ、話したくなったの」

「……それに付き合う義務はないのだがな」

「ダメ、かな……」

「……手短に済ませろ」

「……ありがと」

 

 

 溜息を吐きながら仕方ないとフェイはマリアの誘いを承諾した。マリアは嬉しそうにフェイの隣に座る。二人がベッドの上に並ぶ。

 

 

「あのさ……本当にありがとう」

「……またそれか」

「うん。でも、二人きりでゆっくりちゃんと、お礼を言いたかったから」

「もういい」

「うん。偶にしか言わないね」

「……二度と言うな。それを受け入れていたら、俺も一々礼を言わねばならなくなる」

「どういうこと?」

「っち……察しろ」

 

 

不機嫌そうに舌打ちをして、腕を組む。そこからフェイが語ることは無かった。自身の口からは言いたくないと言う事だろう。

 

「えっと……もしかして、ご飯を毎日私が作ってるから、そのことを言ってるの?」

「……」

 

沈黙は肯定であった。

 

(そっか……私がご飯作ることに感謝してくれてるんだ。だから、私が一々気にしたら、自分も言う必要があるって……)

 

 

マリアの頬が少しだけ、赤くなる。気付いたら、ベッドの上のフェイの手に自身の手を重ねてしまっていた。

 

フェイが鋭い眼を向けて、何のつもりだと視線で訴えかけてくるがマリアが寂しそうな眼をするとフェイは黙って眼を閉じた。

 

 

マリア(リリア)はフェイに……■をしている。そんな人に純粋な感謝を向けられていることに嬉しさと悲しさを覚えた。何故なら、彼女は復讐と悲劇の炎をフェイ達の純粋無垢な気持ちを利用して抑えているから。

 

 

彼女は自分を知って欲しくなった。自分について語りたかった。今まで溜め込んできた不安を怒りを、そしてそれを鎮火させるためにしてきた愚行を。吐き出してしまいたかった。例え、幻滅をされたとしても。

 

 

「私はさ……昔色々あって、辛いこともあった。この間も、あと少しでまた、全部終わっていたかもしれない。だから、フェイにはずっと感謝していくと思う」

「……」

「私は怖がりなの……きっと、これからも、ずっと、恐怖で支配されていく生き方しかできない。私が、この孤児院を作ったのも……私の為なの」

「……」

「孤児たちの笑顔とか、幸せな声とか。それを利用して幸福感を得て、醜い感情を抑える材料にしてただけなの……わ、たしッ、ここに、いても、いいのかなッ、ふぇいと、みんなと居る資格、あるのかなッ。わたし、なんだか、もう、分からない。利用をしてるだけ……わたしは」

 

 

彼の手を強く握った。否定をされるかもしれないと言う恐怖があった。そんな邪な思いで孤児達を利用していたとしれば糾弾する者は居るだろう。彼女も覚悟はしている。当り前だと思っている。でも、フェイにだけは否定をして欲しくなかったのかもしれない。

 

 

「……俺にはお前の言っていることが分からない。俺はお前の過去など知らん。その葛藤を理解は出来ん」

「そう、だよね。ごめんね、変な事言って――」

「――だが、一つ言えるとすれば……やらない善意より、やる偽善だ」

「――ッ」

「お前がどんな想いから孤児たちを育てているのかは知らんが、お前の偽善で救われた者が居るのは確かだろう。お前にアイツらは感謝をしている。俺は、あまり親密ではない、なりたいとも思わない。俺にはアイツらは必要ではないし、アイツらに俺は必要ではない。だが、アイツらにはお前が必要だ。だから――」

 

 

フェイの無機質な眼が彼女を捕える。同情は無く、主観的な感想でもない。ただ、公平な第三者としての意見。

 

「一緒に居てやるべきだと俺は感じた」

「……あ、あ、あ、わ、たしッ」

 

 

だから、救われたのかもしれない。マリア(リリア)が感じて来た、ずっと溜め込んできた恐怖と怒り、憎しみ、嘆き、懺悔、それが弾けてしまった。

 

声を抑えようとしても、抑えられなかった。涙が留まるところを知らず、フェイの前で彼女は恥ずかしい姿を見せてしまう。

 

そんな事は無かった。

 

 

フェイが優しく、彼女を抱き寄せた。厚い胸板に彼女の顔が埋まった。もう泣いても良いんだとそう思えた。

 

 

「……勘違いするな。ただ、泣いている女を見る趣味がないだけだ」

「あ、あぁぁ、うあぁあぁあぁあああああああああ!!!」

 

 

 

その日は彼女はそのまま、フェイの腕の中で眠った。

 

 

■◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1名無し神

と言うわけでフェイについて振り返りますか

 

 

2名無し神

せやな

 

 

3名無し神

俺アイツもう理解できないんだが。刺された時に、ちょっと今日はお腹が緩いなみたいな反応で済ませるのは狂気すぎる

 

 

4名無し神

>>3

フェイは理解すんじゃない、感じるんだ

 

 

5名無し神

主人公なのにトゥルーが空気

 

 

6名無し神

トゥルー全然活躍してないやん

 

 

7名無し神

いや、でも鳩尾あったで!

 

 

8名無し神

あれ結局フェイだろ

 

 

9名無し神

フェイ医者の才能もあるからな

 

 

10名無し神

あんな、荒治療でよく治せるわ

 

 

11名無し神

トゥルーとフェイ戦ったらどっち勝つん?

 

 

12名無し神

>>11

それは……フェイって言いたいけど、トゥルーに一票

 

 

13名無し神

せやな。魔術適正とか、込みして

 

 

14名無し神

剣術だけならいい勝負するけどな

 

 

15名無し神

こればっかりはしょうがない。でも、フェイって言いたいよな

 

 

16名無し神

才能とか実力はトゥルーだけど、なんだかんだ言ってフェイが勝つ

 

 

17名無し神

>>16

それやな

 

 

18名無し神

ナイフで刺されるのは基本やからな

 

19名無し神

腹に穴が開くのは基本

 

20名無し神

出血多量で気絶するのは基本

 

 

21名無し神

マジであいつ精神狂ってる

 

 

22名無し神

トゥルーと戦ったら、頭飛ばされても蘇りそう

 

 

23名無し神

まだだ!! とか言ってな

 

 

24名無し神

ぶっちゃけ全部フェイが解決しとるしな。なんかフェイの方が強い感ある

 

 

25名無し神

今回フェイが救った、マリア&リリア、好きすぎる。幸せになって欲しい

 

 

26名無し神

あれは胸が熱くなった。ユルル推しからマリア&リリア推しに変わった

 

 

27名無し神

いや、確かにマリア&リリアも良いけどさ。フェイユルが原点にして頂点なんだよなって

 

 

28名無し神

いや、ユルルもサブヒロインくらいにして欲しい。もう美味しい思い沢山してるし

 

 

29名無し神

>>28

どこがやねん。全部戦闘の伏線と勘違いされ取るぞ

 

 

30名無し神

アーサーちゃんも良くね?

 

 

31名無し神

>>30

アーサーはヒロインじゃないでしょ笑

自分の事をフェイの彼女だと信じてやまないジャイアントパンダ系ライバル枠が正解だろうね

 

32名無し神

ジャイアントパンダライバル枠

 

 

33名無し神

あれはマジで草

 

 

34名無し神

最高やったな

 

 

35名無し神

あと、彼女面ね

 

 

36名無し神

そのうち嫁面とかしだすぞ

 

 

37名無し神

と言う事はやっぱりマリア&リリアやろ?

 

 

38名無し神

いや、ユルル

 

 

39名無し神

もうさ、二人共ヒロインにして、フェイと純愛4Pしてくれないかな? フェイが受けでさ。

 

 

40名無し神

>>39

お前ゼウスだろ

 

 

41名無し神

本当にいい加減にせぇよ? と言うか毎回発想ドМか!

 

 

42名無し神

フェイ様、Tレックスだから。私、マリアが泣いているときに股濡れてたわ

 

 

43名無し神

>>42

フレイヤ死ね

 

 

44名無し神

本当に古参神ええ加減にせぇよ?

 

 

45名無し神

マジでこいつら最高神ちゃうんか?

 

 

46名無し神

フェイってTレックスなの?

 

 

47名無し神

>>46

そうよ。フェイ様はただデカいだけでなく形も良いの。あれはマジでえぐい奴だと思う。

 

48名無し神

>>47

フレイヤ何故知ってる?

 

 

49名無し神

>>48

アテナの十八禁版のフェイ様ジュニア見てたから知ってる。結構配信高かったけど……英雄の剣ね。あれは。値段に見合う配信だったわ

 

 

 

50名無し神

フレイヤ……本当にヤバいと思う、と言うかアテナ。フェイでどんだけ稼いでんだよ

 

 

51名無し神

昔からヤバかったけどな

 

 

52名無し神

でも、フェイが英雄の剣並みの最高峰のTレックスって結構良くない?

 

 

53名無し神

>>52

なぜ?

 

 

 

54名無し神

>>53

だって、ユルルとマリア&リリアは心に惚れたでしょ? 体も完全にフェイに惚れたら依存的な三人を見ることが出来るやろ?

 

 

55名無し神

>>54

ヤンデレ、依存とか好きな奴って……お前ロキだろ? そう言う発言いい加減にしてくれよ。俺達は純粋にフェイとヒロインについて語ってるんだよ。いやまぁ、俺も見たいけどな

 

 

56名無し神

本当に、そういうフェイの英雄の剣と心によって三人が完全に堕ちる姿とか、ねぇ? そう言うのまだ早くない? 見たいけどな

 

 

57名無し神

結局神ってクソだよな

 

 

58名無し神

本当に早くフェイ様死んでほしい。私が傷を慰めて、千年くらい繋がり合いたい

 

 

59名無し神

一部、一線超えてるけどな。特にフレイヤ

 

 

60名無し神

あの、平民のヘイミーもヒロインちゃうん?

 

 

61名無し神

あー、あれは墜ちてもしょうがない

 

 

62名無し神

フェイがイケメン過ぎたな

 

 

63名無し神

アイツ変な所でイケメンなんだよ

 

 

64名無し神

平民のヘイミーって韻を踏んでないとか馬鹿な事考えてたけどな

 

 

65名無し神

と言うか、あれってフェイだから助かったんだろ? 色々鬱エンドとか詳しく解説してほしいわ。マリアの√についてとか。ワイ神行けるか?

 

 

66名無し神

>>65

ワイ知ってるから解説するわ。ちょっと長くなるで。まず、あのローブ男はかなり先の敵だったからトゥルー単独行ってたら死亡。行かない場合はヘイミーちゃんが眼玉くりぬかれて、喉短剣でつき刺されて死亡

 

 

67名無し神

えぐい……

 

 

68名無し神

基本的にだけど、トゥルーが生き残って先に進む場合は誰か死ぬみたいな感じやで。個別ルートに入ると少し違うけど、まぁ、大体死ぬ。

 

 

69名無し神

うわぁぁ、心折設計やな

 

 

70名無し神

それでマリアは?

 

 

71名無し神

急に入った任務に行かない場合。マリア√。ただ、行くはずだったメンバーが死亡。行った場合はマリア&リリアが連れ去られて、言うまでも無くバッドエンド。マリア&リリア死亡

 

 

72名無し神

ま、まぁ、犠牲はあるけど、でも√入ったらマリア&リリアは幸せになるんやろ?

 

 

73名無し神

>>72

ならへんよ。まず、マリア√はエンディングが三つある。一個はトゥルーがあの元聖騎士をあっさり倒して救うんだけど、最後の最後にリリアの怨念が蘇って、聖騎士に止めを刺す。これで恨みを晴らして、誰にも知られずにリリアは完全に自我が消える。

 

 

74名無し神

え?

 

 

75名無し神

リリアは消えたけどマリアは残ってるから、ずっとシスターとして笑いながら生きるシスター√。それで、もう一個がトゥルーと恋仲みたいになって体重ねるけど、トゥルーにはまだまだ道が続くって事で母親としてのポジションを優先して身を引く、尚、結婚式に母親として出席すると言う母親√

 

 

76名無し神

ん?

 

 

 

77名無し神

マリアはトゥルーに恋をしてたけど、年の差とかトゥルーモテるからしゃあない。複雑な心境で涙流して結婚式で笑うマリアは泣けるんやで。それで、もう一個がマリアとトゥルーが完全な恋仲になるんだけど、トゥルーがバッドエンドを踏んで死亡。復讐に駆られてマリアが再び剣を持つトゥルーエンドと言われております

 

 

78名無し神

救いなさすぎ

 

 

79名無し神

そもそも、トゥルーはリリアに気づかんしね。いや、でもこれはしゃあない。誰が逆に気付くん? 無理やろ。二重人格と言えるか分からない程にほぼ一緒なんやから

 

 

80名無し神

リリアはじゃあ、救われない?

 

 

81名無し神

>>80

救われないし、そもそも殆ど誰も知らない。知ってたのはマーガレット、二重人格とは知らないけど、あの元聖騎士だけ。あとは、尋問して断片的に元々の名前はリリアって知った聖騎士じゃない?

 

 

82名無し神

えぇ、マリア&リリア救いなさすぎやろ

 

 

83名無し神

せやな、マリアはともかくリリアなんて殆ど自我なんて無いようなモノ……だったんやけど

 

 

84名無し神

フェイやろ? あいつプレゼント的確過ぎ。どうした? ユルルとかアーサーの時はすれ違いコントみたいになるのに

 

 

85名無し神

主人公補正……? (尚、勘の当たる確率は三割ほど)

 

 

86名無し神

いや、アイツ噛ませだから無いだろう。いや、狂気の思い込みで無理やり再現してるんかね?

 

 

87名無し神

いや、分からん。どういう事? ワイ神、説明せい

 

 

88名無し神

>>87

マリアって元々は良くも悪くも皆に平等やから、でも、フェイには復讐の道を行って欲しくないとか勘違いしてずっと特別な思いを持って接してきたから……フェイもヒロイン疑惑持ってたし。すれ違ってるけど、互いに特別な思いを持ちながら一緒に居たから、奇跡的になんか通じ合った……とか……

 

いや、ワイも知らんわ!!!!

 

 

89名無し神

神すら理解できない精神とか

 

 

90名無し神

フェイは理解するんじゃない、感じるんだ

 

 

91名無し神

トゥルーがどんどん空気に

 

 

92名無し神

トゥルー大分活躍の場面カットされとるで。魔術の先生とかべた褒めされるイベントとか結構ある。でも、アテナがカットして配信しとるな

 

 

93名無し神

なるほどね。

 

 

94名無し神

フェイとマリア&リリアは結ばれる可能性はあるん?

 

 

95名無し神

意外と今の所、一番確率高いと思うで。ヒロイン疑惑あるし、フェイはマリアの事母親とか思ってないし、リリアも気付いてくれて、守ってくれて、プレゼントもくれて自我がちょっとずつ強くなってる感あるし

 

 

96名無し神

リリアちゃんが死ななくて良かった

 

 

97名無し神

それでフェイはいつ死ぬの? 私的には早く天界に来て欲しい

 

 

98名無し神

話の折り方!! 本当にヤバいな、こいつら。折角の配信の空気が壊れる。でも、まぁええか。そろそろ面白いことになりそうやし

 

 

99名無し神

>>98

どういうこと?

 

 

100名無し神

ユルルとマリア&リリアの修羅場絶対来るやろ? 愉悦!!!!

 

 

101名無し神

結局、神は全員クソって事やな

 

 

 

 




感想、高評価いつもありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします


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第三章 灰色開花編
20話 フェイの隣は誰だ!?


 王都ブリタニアにはいくつもの料理の名店が存在する。お昼や夕食の時間には人でそこはいっぱいとなる。

 

 その中でもスパゲティが美味しい『グランド』と言う店がある。味よし、内装よし、店員よしと言う人気が出て当たり前の店と評価される。

 

 男女ともに人気であるが、特に店員が美人であることで有名で特に男性に支持されているのだ。

 

「ねぇ、フェイ。偶には一緒にお昼に行かない?」

「……なぜだ?」

「なぜって……フェイって大抵ハムレタスサンドしか、お昼食べてないでしょ? 偶には趣向を変えて、名店のご飯食べたりしなきゃ」

「……ハムレタスサンドの事を言ったつもりはないが」

「フェイはちょっとした有名人よ。パン屋のハムレタスサンド絶対買うマンって言われているんだから」

 

 

 赤い花の髪飾りをしたマリアが朝食のハムレタスサンドを食べているフェイの前でくすくすと笑う。

 

「せっかく、だしさ。私と一緒に、どうかな? いや、なら別にその、やめるけど」

「……俺は昼食を嗜むより、剣を振るのが合っている」

「そっか……じゃあ、やめようかな」

 

 

 マリアが少し悲しそうに笑いながら昼食をフェイと共にするのを諦める。すると、マリアの隣に座っていたレレが声を上げる。

 

「え! いっしょにいってくればいいじゃん! ふぇいもはむれたすさんどしかたべないと、はむれたすおばけになるよ!」

「……そうか、俺はそれで構わん。お前が一緒に行くといい」

「ぼくはけんのくんれんがあるから!!」

「奇遇だな。俺もだ」

「むむ、でもー! まりあ、ふぇいといっしょにごはんいきたいってまえからいってたからいってあげて! いきぬきしないとしゅぎょうもしゅうちゅうもできないとおもう!」

「……一理あるな……修行の合間であるなら。考えておこう」

「ふふ、ありがとう。レレ」

 

 

レレの必死の説得により、フェイが一緒にご飯に行けるようになったマリアは嬉しそうだった。マリアはレレが一緒に行けなくて寂しそうな自身の声に反応をしてくれたと思っている。

 

だが、実はレレはフェイをお父さん、マリアをお母さんのようだと勝手に思っており、出来れば二人に結ばれて欲しいと思っているとは誰も知らない。

 

レレの中では右手をフェイに、左手をマリアに握ってピクニックに行くイメージまで勝手に進んでいる。

 

 

無垢な少年の気遣いによってマリアは食事を勝ち取ったのだ。

 

 

■◆

 

 

 

ユルルとの午前の訓練を終えたフェイ。彼はマリアとの昼食の為に聖騎士の銅像の前で待ち合わせをしていた。

 

 

仏頂面のフェイ、赤い花の髪飾りを付けた笑顔のマリア。二人が並んで歩き、とある店に足を進める。そこはグランドと言う名の人気店だ。

 

「ここなの。凄い美味しいんだって」

「そうか」

「そうなの。だから、一緒に――」

 

 

マリアがそう言いかけた時、

 

 

「あれ? フェイ君……?」

 

 

 

同じくして、その店に立ち寄ろうとしていた者が居た。先ほどまでフェイと一緒に訓練をして、午後も一緒にしようと約束をした剣の師。その名を、ユルル・ガレスティーア。

 

 

「奇遇ですね。このお店に来る……な、んて……」

 

 

ユルルがフェイの隣に居る女性に気付く。

 

 

「え? あ、え? あ、あの、その、人は……」

「あぁ、孤児院のシスターのマリアだ」

「あー、そういう。えっと、彼女さんとかでは」

「ない」

「そ、そうでしたか……」

 

ユルルはフェイに悟られないようにホッと一息ついた。

 

ユルルがガールフレンドではないと知り、安心感で体が包まれていた時、マリアはユルルを見て、複雑な心境だった。

 

 

(ユルル・ガレスティーアさん……名前も姿も勿論知っていたけど……フェイと師弟関係……って、それだけだと思っていたけど、違うみたい)

 

 

今の反応を見て、マリアは察した。この人も自身と同じようにフェイの事を特別な異性として見ていると言う事を。

 

 

「お前もここで食べるつもりだったのか?」

「そうですね。ここ凄く美味しいみたいで一回食べてみたくて……でも、なんか、お二人のお邪魔のような……」

「俺は気にしないが……どう思う」

「そうね。私も気にはしないかな……」

 

 

 

少しだけ歯切れが悪そうに言ってしまうマリア。本当は二人きりの時間を過ごしたいと思っていたが、フェイがいつもお世話になっている恩師の手前そんな言い分を通すことも出来ない。

 

だが、ユルルもマリアを見て何かを察する。

 

 

(あ、この人、もしかして……私と同じ……)

 

「えっと、私、やっぱりやめようかな……ハムレタスサンドの気分になってきたかもしれません」

「気を遣うな。入れ。お前はここで食べたかったのだろう?」

「え、えっと」

「早くしろ。くどい」

「す、すいません。お邪魔しますね……」

「い、いえ、気にしないで……」

 

 

マリアとユルルは互いによそよそしくなってしまうがフェイは気にせず入店し、席に着く。丁度、三人が座り席は満席。一応、全く知らない人と相席をすれば座れない事もないがそう言う事をする者は稀だろう。

 

 

木の大きめの四角テーブル。ユルルとマリアが何故か隣に。反対にフェイは一人で座る。

 

 

「あ、え、えっと、私は何にしようかな……マリア先輩はどうしますか?」

「え? あぁ、そうね。私は……」

 

 

互いに互いの状況を知っている。マリアはガレスティーア家の事、ユルルは孤児院のシスターだが、元復讐者で年上の元聖騎士の先輩。凄い実は気まずい。

 

だが、そんな女性二人のよそよそしさを知らずフェイは通常運転であった。

 

 

(あそこの人の食べてるナポリタン旨そうだな。あれにしようかな……二人は何だか、よそよそしいな。ははーん、さては、メニューが魅力的過ぎて決められないな?  

急かすのも悪いから決まるまで()()()()()()。俺は気遣いのできる主人公だからな!!)

 

 

(ふぇ、フェイ君何か話してください……私、マリア先輩とは一度も話したことは無いんです……そ、それに互いにフェイ君を……)

 

 

(き、気まずいなぁ……互いにフェイを意識してるのを勘付いているから尚更……)

 

 

「わ、わぁぁ、ここのスパゲッティ凄く美味しそう! そ、そう思いませんか? マリア先輩」

「そ、そうね。凄く美味しそう……」

「「……」」

 

 

無理にテンションを上げようとしても、上手く行かない。互いにフェイを意識しているのを感じ取ってしまっている。同じ人を好きで、三角関係状態、これは気まずくてしょうがないのだ。

 

(フェイ君話してください! お願いします!)

(お願いフェイ。何か言って!)

 

 

二人の願いは通じず、フェイは腕を組んで遠くを眺めている。

 

(二人とも迷ってるなぁ。意外と食いしん坊なんだな……お、あそこの人が食べてるエビピラフも美味しそう)

 

 

「わ、私はこのミートスパゲッティしますね!」

「それじゃあ、私は……ナポリタンにしようかな」

「ふむ、では俺はエビピラフにしよう」

 

 

フェイが手を上げると、店員が寄って来る。フェイが代表をして注文をオーダー、再び沈黙に。

 

 

「え、えっと、ユルル、さん? フェイはいつもどんな感じなの?」

「フェイ、君は凄い頑張ってます……」

 

 

気まずい感じが強まって行く。

 

 

(どうしよう、凄く気まずい。フェイ君は普段から寡黙だから余り話したりしないだろうし……それにこのマリアさん、凄く美人。私みたいな幼児体型と違って、大人の色気のある肉体美。こんな人が相手とか……自信無くなるなぁ)

 

 

(そっか……フェイの師匠さんはこんなに可愛い人だったのね……私なんて、もう、行き遅れみたいに思えてきちゃうな……優しそうで顔立ちも整って、フェイのこととか誰よりも理解してそう……)

 

 

((自信無くなるなぁ……))

 

 

 

互いにため息をつく。隣の芝生は青く見えるどころではなく、金色に見えているのかもしれない。

 

 

フェイの事が好きだけどだからと言って強気に出れない二人。沈黙の時間が徐々に大きくなっていくその時!

 

 

「えー! 満席かよ!」

「……残念。ボウラン、店変える?」

「いや、アタシはここで食べたいんだよ! でも、知らない人と相席もなぁ……あ!  フェイと先生じゃん!」

「……フェイ」

 

 

まさかのボウラン&アーサー参戦!!

 

 

「なぁなぁ、席一緒に座って良いか? アタシたちもここで食べたいんだけど……」

「俺はあまり騒がしいのが――」

「フェイはあんまり大勢の感じ好きじゃないから、ダメかもよ?」

 

 

――知ったかアーサー爆誕!!

 

 

フェイが言い切る前にアーサーが知ったかをする。しかもそれが当たっていると言う奇跡。フェイもつい口を閉じた。

 

 

「ええー? アタシパスタ食べたい!」

 

 

駄々をこねる子供のようにボウランはやだやだと首を振る。

 

 

――駄々っ子ボウランが爆誕した!!

 

 

「……迷惑かも」

「私は構わないわ。フェイの友達なら」

「マジ!? ありがと、金髪姉さん!」

 

 

聖女マリア、まさかの受け入れを宣言。

 

「じゃあ、ワタシ……フェイの隣で」

 

 

さらっとフェイの空いていた隣に座るアーサー。そして、アーサーのもう片方の隣にボウランが座った。

 

 

「えっと、アタシはー、このナポリタンで」

「ワタシは……エビピラフにしようかな?」

 

 

二人は注文をして、何でも無いように座る。

 

「えっと、そっちの姉さんは……」

「フェイが住んでる孤児院のシスターよ。よろしくね」

「おお、アタシはボウランだ! よろしくな!」

「ワタシ、アーサー」

「ボウランさんもアーサーさんも今後ともフェイをよろしくね?」

「任せておけ!」

「勿論……言われるまでも無い」

 

 

 

ボウランとアーサーがフェイの事は任せろと胸を張る。フェイからすれば面倒などかけているつもりもない。

 

 

ボウランがマリアに質問とかをしていると

 

「お待たせしました! エビピラフです!」

「あ、フェイの来たみたいね」

「そのようだな」

 

 

ずっと黙っていたフェイの注文品が真っ先に届く。

 

「フェイもエビピラフ?」

「そうだ」

「ワタシも、そう。気があうね」

「偶々だろう」

 

 

仏頂面でフェイは腕を組んだまま折角来たのに食べない。それを見てアーサーが不思議そうに首を傾げる。

 

 

「フェイ、食べないの?」

「……」

「フェイ君はきっと待って居てくれてるんですよ」

「そうね、フェイは優しいから」

「む……ワタシだって、それくらい分かってた」

 

 

ユルルとマリアに対抗するようにワタシも本当は分かっていた感を出すアーサー。

 

ユルル、マリア、アーサー、ボウラン。この美人四人、厳密には五人だが誰もが羨ましがるほどの美人。それを周りでは疎ましく思う者も居た。そして、その中でも一際殺気を立てる者が一人。

 

 

 

(っち、アーサーを監視してたらこんな不快な物を見る羽目になるとはな!!)

 

 

 

過労死と恋人であるサジントである。

 

 

 

(あ? おいおい、何だよアイツ! 前から気に喰わなかったけど! 余計に気に喰わんわ!!)

 

 

 

アーサーの監視。その名目で全然知らないおじさんと相席をしていたサジント。服装、髪型を変え何処にでも居る一般人のように振る舞う。

 

まさか、彼が三等級の聖騎士だとは誰も思わないだろう。

 

 

「え? エビピラフ旨そうだな! アタシ一口くれよ!」

「断る」

「んだよ、ケチだな。お前って意外と器小さいんだな」

「っち……ほら」

 

 

眼の前では舌打ちをして面白くなさそうにフェイがボウランに皿を差し出す。ボウランは大きなエビの所をガッツリと食べる。

 

「おー、美味いな! あとでアタシのもやるよ」

「いらん」

「もう、フェイ。お友達にそんな冷たい対応はダメよ」

「アタシは大丈夫だ!」

「フェイはいつもこんな感じ。でもワタシはこれが良いと思う」

 

 

(ワタシはフェイの良さを分かっている……この中で分かっているのはきっとワタシだけ)

 

 

 まさか、この中の全員が良さを分かっているだなんて夢にも思っていない知ったかアーサーであった。

 

 

「フェイ君、私がこの間作ったマフラーは使い心地どうですか?」

「普通だな」

「もう、フェイ。そう言う言い方はダメよ」

「あ、私は大丈夫です」

「――フェイはいつもこんな感じだからね」

 

またしてもアーサーは知ったかをした。

 

(ワタシは分かってる、フェイのこと)

 

知ったかをする自己完結美女、それがアーサーである。

 

そして、美女たちに囲まれているにもかかわらず、まるで大したことは無いように振る舞うフェイ。

 

 

(クソがぁかか!!? 人生悔い改めろよ!! 本当に羨ましい……あれってマリアだっけ? そして、ユルル、アーサー、ボウラン、全員可愛いじゃん! なんでスカシてるんだよ!)

 

 

「あ、あの、フェイ君、もしよかったら私のスパゲッティ、一口……あ、あーんしてください」

 

 

 いつまでたってもあそこの席は不愉快だとその店に居る客たちは全員思った。ユルルが恥ずかしそうにフェイにスパゲッティをあーんしようとするところなんか、全員が舌打ちをしてオーケストラと化す。

 

「っち」

「っち」

「っち」

「っち」

「っち」

 

 

勿論、フェイはそんなあーんなどで食べたりはしない。だが、それがどれほどの夢であろうか。どれほど崇高な願いであろうか。彼は知らない。余計に周りは鬱陶しい。

 

「スカしてるなぁ」

「あれがカッコいいと思ってる?」

「女とか居てもねぇ? 別にさ、男だけの方が気楽だしさ?」

 

 

男性客が血涙をこぼしながらフェイを見る。そして周りの美女を見て、精神に大きな負担をかける。

 

 

「……フェイ」

 

ユルルにあーんをされかけたフェイを見て、マリアは少し悲しくなる。やはり、自身では釣り合わないように感じた。

 

 

(ふぇいは私のだから!!)

 

 

「――ッ」

 

 

 

ぽとりと、彼女の赤い髪飾りが膝に落ちる。そして、それをしまって、青い花の髪飾りを付ける。その直後、彼女もスパゲティをフォークに巻き付ける。

 

 

「ふぇい、あーんして? このスパゲティ凄く美味しいから」

「いらん」

「ふぇ、フェイ君、せ、折角ですから」

「いらん」

 

 

(クール系は、あーんとかして貰わないのは基本)

 

 

美女二人のあーんを断るフェイ。それがさも当然のようで周りは激怒。リリアとユルルからすれば少しだけ恋人のようなことをしてみたいと言う願望が見え透いているため、周りは更に嫉妬する。

 

しかし、嫉妬の対象はクールに冷めている。

 

 

(この状況……二人の女性にあーんをして貰うか……勿論、俺はそれに乗ることはしない。だが、仮に乗るとしても俺の口は本来一つしかない。それなのに、二人揃ってスパゲティを差し出す。ユルル師匠がこれをすると言う事、即ち、これは……)

 

 

(一つの口に、両方向からのスパゲティ。自身一人では対処できない何かが来ると言う伏線とも考えられる)

 

 

(俺はクール系主人公、あまり協力をし過ぎるのは適切ではない感じもする。だが、先日のエセとカマセの件もある。偶にほどほどになら協力をするのもありか……もし、俺が組むとしたら誰だ)

 

 

考えているとアーサーがスプーンにエビピラフを乗せていた。これで三方向からあーん状態となる。

 

 

「フェイ、ワタシのエビピラフ……」

「一番いらん。俺もエビピラフだ」

 

 

(アーサーのエビピラフを断るのは基本)

 

 

「アタシのやるよ。皿によそっておくからな!」

 

 

(ボウランは、まぁいいや)

 

 

 

ボウランがさっさと勝手にフェイの皿にスパゲティを置いた。結局、フェイはボウラン以外からのスパゲティ、エビピラフは貰わなかった。

 

 

尚、フェイが華麗に全員分の食事代を払って、周りがさらに激怒することになったのは言うまでもない。

 

 

(ふぇ、フェイ君、まるで私はエスコートを受けている気分で幸せです!)

 

()()()、やっぱり好き!……()()()、ありがとう……)

 

(フェイ、やっぱり紳士的……ワタシは知ってたけど)

 

(コイツと一緒に飯食えば基本タダになるのか……最高じゃん!)

 

 

 

■◆

 

 

 さて、昼は色々騒がしかったが……午後も剣の訓練をしなくてはならない。それにあれが伏線ならどこかでパートナーとか探したりする必要があるのか?

 

 

 ユルル先生より、一足先に三本の木の所で食後の軽い運動をしつつ剣を振る。すると誰かが歩いてくる。

 

「フェイ……またお前は剣を振っているのか」

「……トゥルーか」

「……お前に言いたいことがある」

「なんだ?」

「シスターの事だ。お前が守ったと聞いた」

「そんなことか」

「……僕にとっては重要な事なんだ」

「そうか。あれは俺にとっては大したことではない」

「だとしても……一応、礼を言っておく。もし、シスターに何かあったらあの孤児院は終わりだった」

「それを言うためだけにここに来たのか」

「そうだ。僕はその為だけにここに来た」

「そうか」

 

 

 普段は全然話語りしない癖に。この状況でトゥルー登場……まさか、俺のパートナーはお前か? トゥルーよ……

 

 一瞬、ボウランとかアーサー、ユルル師匠、大穴でマリアとの共闘が頭を過っていたが……そうか、トゥルーが居たか。

 

 

 思えば俺の鳩尾で元気になったからな。それで俺の事を尊敬して相棒ポジになる可能性もあったのかもしれん。

 

 

 ――トゥルー俺のパートナー説を提唱したい。

 

 

 

 

 

 

 



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21話 相互理解

 三本の木。そこでトゥルーがフェイに礼を告げた。互いに相性が悪いと何処か感じていた。

 トゥルーはフェイの事が嫌いであった。だが、マリアを救ったのは事実であるのだから礼を言わないわけには行かなかった。

 

 それだけ言って彼は一刻も早くここから去りたかった。フェイが怖いからだ。人道に反さない為に、礼を行ったから、もうここから去りたい、彼の頭はそれでいっぱいだ。

 

 

 

(未だに……恐怖が克服できないとは情けないな……僕は……でも、やはり、()()の怖さを忘れられない。深淵……とでも言ったらいいのか。同族嫌悪に似た、恐怖、それが強くなる。()()()()()()()()()()()()()僕はこれがダメなんだ……)

 

 

 得体の知れない恐怖。眼の前の存在がどうにも嘗てのフェイではない。全く違う別次元の常識の範疇の存在であると感じてしまう。人間は未知に対して恐れを抱く者である。

 

 トゥルーと言う存在はそれを十三歳の時に、その深淵を見てしまった。あり得ない程の執念。何かまでは彼は知らないが、その圧倒的な覇気が本能に刻まれてしまった。

 

 神ですら理解できない魂の深淵を僅かに覗いてしまった者へ対してのそれは呪いのようであった。

 

 

「……」

「……」

 

 

(早く、ここから去ろう)

 

 

 

トゥルーが足を孤児院に向けようとしたその時、とある二人組がフェイとトゥルーの元にやってくる。紅蓮のような紅い髪に同じように燃えるような眼の男、反対に氷結のように冷めている眼に、青い髪の男。

 

 

(確か、彼らは)

 

 

トゥルーにはその二人に見覚えがあった。仮入団期間の時からトゥルーに絡んできていた二人組であったからだ。円卓英雄記と言うノベルゲームではトゥルーが絡まれ、何度も戦闘を迫られるイベントが存在する。

 

 

これはアーサーも実はこの二人に絡まれており、二人で倒して互いの好感度を上げると言うイベントでもある。

 

 

*注意 尚、アテナの意向により、トゥルーとアーサーが二人組に絡まれるイベントシーンはフェイが出てこないのでカットされております。

 

 

「また、君たちか」

「おう、またオレ達だ、戦おうぜ。模擬戦だ!」

 

赤い髪の少年が好戦的な視線を向ける。だが、トゥルーは無闇に戦闘をしたくはないために首を振る。

 

「僕達も貴方の実力が気になっているんですよ。基全属性持ち(オールマスター)である貴方の実力が」

 

冷ややかな視線を向けながらも引くつもりがないとでも言いたげな青髪の少年。

 

「悪いけど、僕は」

「たく、どんだけビビりなんだよ。まぁ、所詮は孤児上がりだからな。オレ達みたいに、戦ってきたわけじゃないから期待はさほどしてないけどよ」

「……孤児が関係あるのか」

「あー、別に悪いとか言うつもりはないけどよ。オレたちはずっと冒険者として活動してきたから、ただ孤児院でぬくぬく育った奴と腕っぷしが同じわけがないってだけさ」

「ほう、それは面白い」

 

 

赤髪の男とトゥルーとの会話の間にフェイが入った。赤い髪の男と同様に僅かに好戦的な眼を向けている。

 

 

「お前が言っているのは孤児は劣っていると言う事に変わりない。ならば代わりに俺が相手になってやろう。俺も孤児だが、ぬるま湯に浸かっていたわけでもない。それを教えてやる」

「……へぇ、いいぜ」

「僕としては、トゥルーの方が気になっていたんだが……面白い」

「二対一で構わん」

「オレ達だったら、そこのトゥルーを入れても相手にならねぇよ」

 

 

 

明らかに舐められているそうトゥルーは感じていた。自身個人であれば問題ないが、孤児であることを馬鹿にされ劣る存在であると言われたことは彼だけでなく孤児院の家族を馬鹿にされているような気もしていた。

 

 

 

 

(こいつは……なぜ、対戦を受けた? 何か訳があるのか……。だが、孤児であることが劣っているような言い回しは僕も気に喰わない……。こいつが何を考えてそれを受けたのかは知らないが……)

 

 

(……マリアはコイツが守った。今だって孤児たちの評価を覆そうしているのはコイツなんだ。僕は、ここで引いても良いのか……)

 

 

葛藤。恐怖と意地。二つの間で彼は揺れていた。だが、悩みに悩んで彼は一つの結論を出した。

 

 

(僕は進むと誓ったのに……また、恐怖に折れようとしている。それでいいのか。例え克服が出来なくても、それを成そうとすることに意味があるのではないか……だとしたら)

 

 

「僕もやるよ。二対二だ」

「それでいい。そうじゃないと盛り上がらないぜ? なぁ、フブキ?」

「あぁ、その通りだね、グレン」

 

 

 

赤い髪の燃えるような少年はグレン、青い髪の冷ややかな少年はフブキと言うらしい。本来であるならばアーサーとトゥルーのタッグによってあっさりと倒されてしまう二人組である。

 

 

「気絶か、木剣が手から離れる、壊れる。そして降参の宣言で勝負を決めようぜ!」

 

 

だが、異分子によってその結果が変わる。

 

 

互いに木剣を構える。トゥルーは置いてあったフェイの予備の剣を、グレンとフブキが持ってきていた木剣を抜く。

 

最初に動いたのはフェイだった。地を蹴り、急激に接近をする。それを受け止めたのはフブキ。フェイの不完全星元強化、フブキも完璧ではないがフェイより精度は上である。

 

 

剣の腕ならばフェイが上だが、それを生かす地力がない。

 

 

あっさりとフェイの剣を受け止める。そして、フブキの表情と雰囲気が一変する。

 

 

「ヒャッはぁぁぁぁあ!!! やるじゃねぇかぁ!!! この僕にそう言われるなんて! 大したもんだぁ!!」

 

 

 

 先ほどまでのクールなイメージが急に変わり、大声で戦闘狂なことを言い始めるフブキ。そして、呼応するように暑苦し言葉使いであったグレンも変わっていた

 

「言い忘れていた……フブキは戦闘になると性格が変わる。暑苦しくて、合理的に欠ける動きをするが、まぁ、オレが使えば問題ない」

 

 

(この二人……急に人格が変わった!?)

 

 低い氷のように冷たい声。フブキとグレンの人格が入れ替わったように見えるかもしれない。現にトゥルーは内心驚きを隠せていなかった。

 

 

「……っち」

 

 

 トゥルーが舌を打つ。魔術によってフェイをサポートをしようとしたがそれが出来ない。常にフェイが目まぐるしく動くので狙いが定まらない。それにグレンとフブキもフェイを盾のようにしながら動くので尚更であった。

 

 二対二ではなく、最小な動きで最大の利益を出す、二対一の動き。フェイもフブキとの戦闘をしながらグレンの魔術サポートは捌ききれない。

 

 グレンの炎の矢がフェイの肩を打ち抜く。

 

 

「……」

 

 

 痛みを訴えるような視線は向けず、だが、左腕が使いモノにならない。片腕のみ、右で剣を振り続ける。

 

 

 トゥルーの魔術サポートも上手く行かない。理由は単純だった。フェイに気を割かれ続けてしまうから。フェイと言う駒があまりに主張が強い。そこに常に意識を持っていかれる。

 

 グレンの魔術サポートを相殺、それよりもまずフェイが気になって仕方ない。敵よりもまず味方の方を脅威と捕らえてしまうあり得ない現象である。

 

 

「どうやら、本当に期待外れだったな……オレ達の敵じゃねぇ」

 

 

 フェイが吹っ飛ばされた。次の瞬間にはトゥルーの前にグレンとフブキが突撃をする。二対一、吹っ飛ばされたフェイはどうなったのかと気になり視線を向ける。頭の皮膚が削れて血がでている。口も切れて、そこからも血がでていた。

 

 

 

「ったく、お前らぁあ! もっと気合出せよ!!!!」

 

 

 フブキの豪烈の剣によって、トゥルーの剣は宙を舞う。フェイに意識を取られ過ぎていた。完全なる彼の落ち度。

 

 

「やはり、オレ達が最強だ……たかが多少の魔術適正ではオレ達と言う相互理解を超えられないと言う証明になった」

「ははは!! 当然だな!」

 

 

 勝負はついたと言う雰囲気の二人。フェイの木剣も気付けば折れていた。

 

「所詮孤児などと言う檻の中に居ては成長はない……オレ達、やはり飛び出して正解だったわけだ」

「……」

 

 

 それだけ言って二人は去った。残ったのは敗北者の二人。フェイは直ぐにトゥルーの落とした剣を持ち再び素振りを始める。

 

 もうすでに、先ほどの戦闘が頭の中に染みこんでいるのだろう。常に彼は成長を続けている。

 

 

「……孤児は劣っていないと証明できなかった。僕は……何も出来なかった……クソ、またかよ……」

「……」

 

 

 トゥルーに目を向けず、フェイはただ剣を振る。その姿に自身の弱さと未熟さを改めに痛感させられた。

 

「もう一回、挑む……僕は……お前はどうする」

「……俺は強くならなければならない。他者の手を借り、只管に寄りかかるのは俺の主義に反する。だが、良いだろう。乗ってやる。あとはどうするか、お前が決めろ」

 

 

 

 その眼にはお前を試すと言うフェイの強い意志が感じられた。その眼線にトゥルーは何かを感じる。

 

 

(コイツ……僕を試しているのか……さっきの戦いももしかして、手を抜いて、僕の何かを試していた? 相変わらず、良く分からない奴だ……、でも今は一時的に同じ目的を持っていることに変わりなはい)

 

■◆

 

 

 

 最初にトゥルーが始めたのは理解だ。フェイと言う存在をいかにして理解をするべきか。どうやって連携をすればよいのか。

 

 

 あの二人は連携が取れていた。相互理解、それが完璧であった為に、フェイとトゥルーは負けた。いや、フェイはいつも通りであった。だが、トゥルーはフェイに意識を取られて、1+1がマイナスになっていた。

 

 

 フェイは得体が知れない。本人に聞いたところでその器は一切分からない。だがこれで諦めて、全く理解をしないで連携は出来ないだろうと考え、トゥルーは彼について考えていた。王都を歩きながら

 

 

 

(どうすれば……あ! あそこに居るのはユルル先生!)

 

 

 フェイといつも一緒に居る剣の師。フェイと大体一緒に居るの彼女なら何かを知っているのかもしれない。

 

 

「ユルル先生!」

「あ! どうもどうも。トゥルー君、どうかしましたか?」

「実は……かくかくしかじか」

「なるほど……そんなことが。フェイ君を理解ですか……うーん、フェイ君は私でも理解が難しいと言いますか……」

 

 

 ユルルでもフェイについての理解が難しいらしい。

 

「その二人に勝ちたいと言うか、だから何でも良いから教えてください」

「うーん、先ずフェイ君とトゥルー君が負けたという事実にちょっと驚いています。ベテランではなくその、グレン君とフブキ君は同期なんですよね? うーん、トゥルー君は優秀ですし……それにフェイ君も剣の腕はかなりの物です。状況を完全に理解できないのであまり言えませんが……フェイ君と連携がそれほどまでに上手く行かなかったと言う事なんでしょうね。……連携、フェイ君と……そんな大層な事、しなくてもいいかもですね。最悪ですが……()()()()()()()()2()()1()()()()()()()()()()()()

「え? それってどういう?」

「えっと、あんまり答えを言いすぎるのも教師としてどうかなと思うので、ここで止めておきます! でも、絶対に分かるはずです! 頑張ってください! 絶対勝てます!」

「は、はぁ」

 

 

あまり良く分からない。そう言う感想を抱いてしまったトゥルー。

 

 

「えっと、では、他に何か知ってませんか? パートナー(共闘仲間)としての相性みたいな」

「ぱ、パートナー(結婚相手)!? え、えと、フェイ君は、乱暴で危なっかしい所があるから、8歳くらい年上で、包容力のある女性が良いかもですね……。あ、あと趣味があう人、フェイ君剣が好きみたいですから……同じように剣が好きな銀髪の女性が良いかと……な、なんちゃって! 私ったら何を、言ってるんだろう! ハズカシイ!」

「……な、なるほど」

 

 

(一体、誰の事言ってるんだろう……良く分からない……。共闘仲間に女性とか関係あるのか? うーん、ユルル先生って意外と難解な問題を出すんだな)

 

 

 

答えが出るはずもなく、トゥルーは再び三本の木の元に戻っていく。その道中でアーサーと出会った。

 

 

「あ、アーサーさん」

「……トゥルー」

「かくかくしかじか」

「……なるほど。どこの馬の骨か知らないけど、フェイが負けたんだ……」

 

全く知らない等と考えているアーサーだが、実は一度グレンとフブキに絡まれた事がありぼこぼこにしたのにそれを一切覚えていない。

 

 

そんなアーサーにこれまでの事を話していくトゥルー。本当ならばこの二人が組んで初見で圧倒をするのだが、そこに居たのはフェイであった。残念な事にまたしてもアーサーとフェイの好感度上げイベントがフェイによって邪魔をされたとこになる。

 

 

 

「それでリベンジをしたいんだけど」

「……フェイがポテンシャル全て引き出したらそんな馬鹿達に負けるはずない。でも、それはトゥルーには無理。なら、答えは一つ」

「……」

「トゥルーはフェイを怖がってる。それでマイナス。だから、足しても所詮1。なら、相手もマイナスにすればいいだけ」

「……マイナス……マイナス」

「そう、マイナス」

「何か、分かったかもしれない。ありがとう! アーサーさん何か掴めたかもしれない。他に何か知らないかな? パートナー(共闘仲間)としてどんな条件が必要とか、気を付けることとか」

「フェイのパートナー(恋人)。勿論知ってる。断固として年上にするべき。金髪で剣の腕が経つなら尚よいと思う。あと、レタスをプレゼントできる人」

「……あ、そう」

「うん。これはワタシには分かる、あと馬鹿二人はちゃんと倒しておいてね」

 

 

 

(良く分からない……金髪? 銀髪? 剣の腕が優れていると言うのはユルル先生も行ってたけど……。えぇ? どういう事? しかも女性限定なのはどうしてだろう……う、うーん、分からん)

 

(……こればかりは優れた心理学者とかじゃないと分からない哲学的な問題かもしれないな。これは短時間では無理だろ)

 

 

頭を切り替えて、トゥルーはアーサーのアドバイスをもう一度思い出す。

 

 

(……僕がアイツを強く意識し過ぎていた……なぜだ? あの時の、恐怖が……足しても僕たちはマイナス……マイナス……なら……相手もマイナスにすれば……それには……)

 

 

結局、ユルルの()()()アドバイスは理解など彼に出来るはずがなかった。

 

 

 

■◆

 

 

 

 場所は変わって、再び三本の木の場所。なんと、トゥルーはその日のうちに二人に対して勝負を挑んだ。

 

 

 

「同じ日に僕たちに挑むなんてね」

「また、オレ達との格の差を教えてやるよ」

 

 

並列に並ぶ、グレンとフブキ。だが、フェイとトゥルーは直列に近かった。トゥルーが後ろに行き、前ではフェイが腕を組んでいる。

 

 

「それじゃあ、始めよう。僕とこいつはもう準備万端だ」

「あ、そうかい! じゃあ、僕達も本気で行かせらもうぜぇぇぇぇ!!!!!!!!」

「手早く終わらせよう……合理的にな」

 

 

トゥルーが合図をすると、グレンとフブキが走る。だが、

 

 

「「――ッ」」

 

 

 

足が止まった。ここに居る誰かが何かをしたわけではない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

眼を僅かに見開いて、剣も抜かず、ただ、覇気を飛ばす。それだけで二人の足を止めさせた。異様な魂を持つ者が、精神だけなら世界を取れるほどの猛者による気迫。無論、これは、()()()()()()()

 

 

トゥルーに言われて、フェイが今まで無意識にしていたことに対して、僅かに意識を加えただけ。器用にそんな殺気をのようなと事などは彼には出来ない。

 

 

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

(……本当にコイツは……意味が分からない。向けられていない僕ですらうすら寒さを感じさせるなんて)

 

 

トゥルーが考えたのはシンプルだった。この二人にもあの恐怖の一端を知ってもらう。それで互いにマイナスの状況を作り上げただけ。

 

 

(……並の聖騎士ならこれで終わりだろうね。同期でこの圧に耐えられるのが何人いるか分からないけど……)

 

 

 

(本当に恐ろしい……もうすでに、1()3()()()()()

 

 

 

 風の魔術、トゥルーの精密な星元制御によってそれは行われる。風のカーテンで二人を分断する。

 

 最初はフェイ()グレンとフブキ()、それを()()()()によって足止めし、トゥルーの風の魔術によってフェイとトゥルー()グレンかフブキ()に持ち込んだ。

 

 

 

「……締めるか」

 

 

 

 フェイが口を開き、剣を抜く。

 

 

 

「あぁ」

 

 

 

 呼応するようにトゥルーも剣を抜いた。

 

 

 

(クソが……あり得ねぇぞ。こいつら、相互理解なんてしちゃいねぇ。あの金髪魔術師のトゥルーはただ、風のカーテンで分断しただけ。あんな大技、普通出来なぇ、なのに、なのに、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

フブキが心の中で悪態をつく。

 

 

(……あの黒い奴、フェイと言ったか。オレ達みたいに理解をしあおうなんて思っていない、独断と絶対なる個なんだ。だから、()()()()()()でここまで……あれと理解など出来るはずがない……トゥルーはただ、邪魔をしなかっただけ)

 

 

グレンがすでに負けを悟り、分析をする。今後どのように強くなっていけばよいか、この敗戦を次にどう生かすか。考えていた。

 

 

(……僅か数時間でオレ達の相互理解を超えて来たのか。いや、元々超えていたと考えるべきか……フェイと言う奴は単体なら倒せる。剣の腕はかなりだろうが、星元操作があまりに不細工。だが、それを補ったあまりある何か……。それを僅かに理解をしていたアイツ(トゥルー)の勝ちか)

 

 

 

 フブキの剣が宙を舞った。それを見て、グレンはこれ以上の戦闘に意味はないと投げるように剣を捨てた。

 

 

 

 

 

 

「ったく、負けたぜ! オレ達の負けだよ! ちくしょう!」

「鍛錬が足りなかったようですね……」

 

 

再び人格が入れ替わったように、グレンが情熱的にフブキが爽やかになる。

 

 

「完敗だったな! 圧勝されたぜ」

「いや、僕たちもぎりぎりだったよ」

「嘘をつかなくていいですよ、僕たちは完膚なきまで負けた、それだけです」

「悪かったな、孤児が劣るとか偏見だった!」

「また一つ、学ばせてもらいました。何処でも咲く花があると」

「気にしないでいいよ。僕もいろいろ学ばせて――」

 

 

 

グレン、フブキ、トゥルーが三人で話していると、フェイは無駄口を叩かず黙ってそこを去った。勝利の余韻にも浸らず、無駄な干渉もせずに、ただ黙ってそこを去って行く。

 

去り際に見えた、無機質な顔。

 

 

彼にとってはあの程度の闘争は何も感じなかったのかもしれない。

 

風が吹き抜ける。その背中を見ていると三人の心は急に冷めていく。

 

 

「アイツは誰なんだ? 入試でただの雑魚だったとオレは思ってたんだが」

「……僕にも分からないよ。アイツの本質はきっと誰にも分からない。誰にも、分かってはいけない深淵のような何かかもね……」

 

 

三人は背中が遠ざかって行くのをただ見ているだけであった。拳を交えてグレンとフブキ、トゥルーが僅かに距離が縮まった。

 

 

だが、何も言わずに去って行くフェイ。三人から離れて行く彼を見て誰とも縮まらない距離を微かに感じていた。

 

 

 

■◆

 

 

 

 

 

トゥルーは俺のパートナー説浮上中!!!

 

 

そして、何だか良く分からない二人組登場、これは……説の裏付けになっているのではないだろうか?

 

 

そして、まさかの対戦! ベタだなぁ。でも好きだよ?

 

 無理してボコボコにする、一発受けて一発返す戦法、『ダメージ交換』をしても良いんだが……それやるとこのイベントの趣旨からぶれる気がするんだよね。

 

 

「ヒャッはぁぁぁぁあ!!! やるじゃねぇかぁ!!! この僕にそう言われるなんて! 大したもんだぁ!!」

 

 ん? どうしたん? 急に人格が変わった感じになったぞ、この青い奴。

 

「言い忘れていた……フブキは戦闘になると性格が変わる。暑苦しくて、合理的に欠ける動きをするが、まぁ、オレが使えば問題ない」

 

 

 いや、絶対言い忘れてたはずないだろ。その、『言い忘れていた……』が使いたかっただけでしょ?

 

 それにしても、その辺の雑魚ならその変化に驚いたかもしれんが俺は主人公。そんなに驚かない。精々、小学生の時に校庭の大きな岩をどかしたら岩下に大量の知らない虫が居た時程度の驚きしかない。

 

 さて、さて。

 

 見極めさせてもらおうじゃないか? トゥルーのパートナーとしての実力とやらを……あれ? こいつなんもしないぞ? botか?

 

 

 あっさり負けたんだけが……何をしてるの? それでも俺とパートナー説浮上した奴か? これは買いかぶり過ぎたか。

 

 え? リベンジしたいだって? 俺だって元からそのつもりだよ。

 

 やはり、一回負けておかないとね? なるほどなるほど、分かってるね? 初見から連携出来たらそれはそれで面白くないもんね?

 

 一回負けて、そこから倒す、努力系主人公の俺に相応しいイベントじゃないかぁ。だから、最初から勝つわけには行かず、botだったのね?

 

 

 では、お前の実力を見せてもらおう。

 

 

 トゥルーは何処かに行った。情報収集でもしてるのかね? その間、俺は剣を振っている。

 

 

あ、戻ってきた?

 

 

「お前、あれは出来るか」

「あれとはなんだ」

「……昔僕との決闘でやった、あの、殺気のような何かだ」

「……知らん」

「……そうか。無意識か」

 

 

え? 何か、俺の好きそうな覚醒伏線が……やはりパートナーか?

 

 

「僕に殺気を飛ばせるか?」

「……」

「――ッ。それ今すぐやめろ!!」

 

 

ちょっと、目を見開いて威圧みたいなことをしたらビビッてるな。威圧ね……地味だな。気絶くらいして欲しいものだけど。

 

「それを使って勝つ」

「……あぁ」

 

 

良く分からんが、指示通り威圧をしたら滅茶苦茶ビビッてるんだが……。

 

しかも、再戦今日やるのか。早いね。別にいいけど。

 

再戦をしたらあの二色頭凄いビビってるし。しかも、良く分からないうちにトゥルーはカーテンみたいなのを張るし。

 

 

うーん、地味だな。でも、大体気とか、剣気とか氣とかって使える主人公多いイメージだからな。

 

まぁ、威圧は基本って事でいいか。

 

新しい何かを得るのは普通に嬉しい! ユルル師匠に今度見せてやろー!

 

新しいおもちゃを買って貰った子供の頃ってこんな風にワクワクしたよね? 懐かしい気持ちになったぜ。

 

 

 ついでアーサーにもやるか。もしかしたら、今なら勝てるかもしれない!! ジャイアントパンダに一泡吹かせてやろうじゃないか!

 

 

そうと決まれば、ここから去ろう。新しい力を得た弟子の力を見せてやりますよ。

 

 

あー、結局トゥルーは俺のパートナーなのか分からんかったな、ただ、ダブル主人公は無いと思うんだよな。トゥルーって俺より活躍してないし。俺が一番だと思うんだよ。

 

 

まぁ、それはおいおい分かるとして、ユルル師匠に威圧見せてやろー!




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22話 対比

 フェイは王都を歩いてユルルを探していた。だが、結局見つからないため、フェイはいつもの三本の木、先ほどの戦いを終わらせた場所に再び足を運んだ。

 

 そこでいつものように彼は剣を振る。ただ只管に己を常に越していく。鬼気迫る表情で彼は振り続ける。誰かにお願いされたわけでも無く、己の信念を果たすために。

 

 只管に剣を振って、暫く時間が過ぎて行った。フェイの額には汗が滲んでおり、全身から汗が噴き出すように飛び出ている。

 

 だが、表情にはそれを一切出すことがない。体力が限界に近かろうが、腕の筋肉がこれ以上動かせないと嘆こうが、無理に精神で機械のように動かしていく。一つの選択肢それ以外を無くしてしまったように。

 

 

 限界を超えた、更にその先へと進んだ彼の肉体は一瞬で活動限界を迎えてしまった。酸欠、肉体の限界行使、ただ精神は生きている。だが、肉体の疲労は彼の意識を奪っていった。

 

 

 

■◆

 

 

 ユルル・ガレスティーアはそれを知っている。一つの道を行くために全てを捨ててしまった者が辿った末路を。全部を捨てて、自身を切り捨てられて、眼の前の全てを失った。

 

 

 そこからは厄介事を背負った人生であり、自身で道を切り開くことしか出来なかった。道は険しかった。彼女を慰める者は居た。凄いと称える者も居た、同情をする者も居た。

 

 だが、彼女と道を共に歩もうとする者は居なかった。

 

 

 だから、終わってしまうはずだった。あっさりと兄達と同じ結末を辿って、無残な死を迎えるはずであった。

 

 

 でも、気付けば救われていた。とある男に救われていた。勝手に後ろに居て、何も言わずにユルルの手を彼は握っていた。誰も隣に居ないと思っていたらそこに既に居たのだ。

 

 だから、彼女は彼に恋をしてしまった。ずっと剣しか、過去しか、周りの眼しか、未来への不安しか見ていなかった。

 

 

 彼女も見られてはいなかった。でも、その人は誰よりもユルル・ガレスティーアを見ていたのだ。

 

 二十三歳、恋をしてしまった少年は十五歳。年齢差はあるがそんなことがどうでもよくなるくらい彼女は恋をしていた。そして、心も体も許していた。

 

 不用意に触れられるのは彼女は好きではない。自分から触れることもあまりしない。そんな彼女が今は気を失っているフェイの頭を自身の太ももに置いている。

 

 

 少しだけ肌寒い。とある冬の日。そんなことがどうでもよくなるくらい、彼女の心は踊っていた。

 

 

 上から見下ろすフェイは素直にカッコよく、同時に愛くるしくもあった。彼女は髪の毛を撫でるように触れる。柔らかい感触、ふさふさであの目つきの悪い無機質なフェイからは想像が出来ないような感覚。

 

 ずっと、上からその表情を見ていても良かった。だが、それも終わる。ゆっくり、彼が眼を開ける。

 

 フェイの視界はゆっくりとクリアになって行き、ユルルが膝枕をしていることに気付いた。

 

 

「おはようございます。フェイ君」

「……手間をかけたな」

 

 

 ユルルの笑顔に反して、フェイは無表情であった。すぐに起き上がろうと頭を上げようとした。だが、彼女は両手でその頭が上がらないように抑えた。

 

 

「……なんのつもりだ」

「もう少しだけ、いいじゃないですか……きっと体も疲れてますよ。休めないと」

「不要だ。もう十分回復した。だから手をどけろ」

「……嫌です。気絶するほど訓練をしたフェイ君はもう少し休まないといけません。これは師匠からの命令です」

「……」

 

 

無言で頭を上げようとするフェイ。だが、抑え込まれて上がらない。その光景がどこか可愛くてユルルは微笑みを向ける。

 

 

「ふふ、残念。ここを抑え込まれると人は力が入らないんです。それに私は星元操作が出来ますが、フェイ君はまだまだ甘いですから諦めた方が良いですよ?」

「っち」

「もう、舌打ちしないでください」

 

 

師匠には未だ勝てない事を彼は悟っている。無論、今はと言うだけでいずれは超えるつもりであり、ユルルも超えられると感じてはいるが。

 

 

「トゥルー君から聞きました。グレン君とフブキ君に勝ったそうですね」

「……随分とアイツは口が軽いようだな」

「もう、その言い方はダメですよ?」

 

 

 出来の悪い弟に言い聞かせるように優しく彼女は言った。フェイはふんとそっぽを向きながらそれを無視する。

 

 

「トゥルー君はフェイ君が大活躍だったと言ってました。新しい特技みたいなのあるんですよね?」

「そんな大層な物ではない」

「聞いた限りだと、威圧? だとか? どんな感じなんですか?」

「……見せる方が早い」

 

 

そう言って僅かに眼を閉じ集中をして、そしてまた開いた。途轍もない眼力が彼女を襲う。

 

 

まるで冷水を浴びせられた気分であった。幸せから引きずり降ろされたような、理想から現実に戻されたような悲しさがあった。

 

 

(――あぁ、その眼……理解できない欲の渦のような、悲しい孤高の眼)

 

 

 

(……兄さまよりも深い。求める渦の眼。呑まれてしまいそうな恐怖。やっぱり……フェイ君は……)

 

 

(兄さまのように悲しい結末を辿ってしまうのだろうか)

 

 

「……どうした?」

「いえ……何となく、ですが……私はあまり好きではないですね。その、雰囲気は」

「そうか」

「はい。だから、手で隠しちゃいます! フェイ君はもう少しだけ、おねんねの時間です!」

 

 

逃げるように、仮面のような空元気の笑顔。きっとバレてしまうからと彼女はフェイの眼を隠した。

 

 

「おい……俺はもう寝ない」

「いえいえ、寝てください! こう見えても太ももは柔らかいですから、それなりに寝やすいです!」

「だから、寝ない……俺は訓練がある」

「むぅ、あまり言う事を聞かないと約束していた波風清真流、中伝教えませんよ?」

「……」

「ふふ、ではでは、フェイ君おやすみなさい」

 

黙りこくったフェイが少しだけ可愛くて、本当の笑顔を取り戻す。本当にフェイのさじ加減一つなのかもしれない。

 

彼の眼を隠して、頭を撫でる。愛でるように、想いが伝わってくれるように。思いが届いて変わってくれるように願いを込めて。

 

冷たい空気、寝にくい状況なのに、フェイは気付けば寝てしまっていた。

 

彼女は目隠しを解いて、再び顔を見下ろす。自然と自身の顔をフェイの顔に近づけていた。

 

額と額を合わせて、そっと告げた。

 

 

「――好きです、貴方が……、大好きです」

 

 

その彼女の声は誰にも聞かれずに、風に吹かれていった。誰にも聞こえていない、聞こえるはずはない。それは彼女にも分かっていたし、フェイが聞いているはずもない。だけど、少しでも届いてくれればいいなと想い続けた。

 

 

その後、夜寝る前に自身がしたこと、膝枕、告白、全部を思い出して、ベッドの上で悶えることに彼女はなる。

 

 

 

 

 

 

 

■◆

 

 

 

『アテナ切り抜き! アーサーさん観察日記!!』

 

 

 ナレーション:アテナ

 

 

 

 

 

 フェイ君がぶんぶんと剣を振っている!!! とある冬の日である。それを見ている者は誰も居ない!

 

 フェイ君は異常で、ものすごーい剣の修行を頑張っているためにその内、気を失いかける。だが、フェイは頑張って何度も何度も剣を振って行く!

 

 冬も本格的になっているその日、寒いのに猛烈な温度を体内で叩きだすフェイ君。頭からは湯気が出ている!!

 

 

 あらあら大変! フェイ君ったら酸欠とか限界を超えた筋肉行使で気絶をしてしまう!!

 

 

 おやおや、そこにジャイアントパンダライバル枠こと、アーサーが偶々通りかかったではありませんか。

 

 

(……フェイの訓練を見ようと思ってきたら、寝ている? ……頭が冷えちゃうから、膝枕してあげよう)

 

 

 おやおや、アーサーさんお優しいんですね? 

 

 通りかかったアーサーさん、フェイ君の頭を自身の膝の上に乗っけます! 

 

 

(あ、フェイ、髪の毛ふさふさ、肌も結構張りがあってぷにぷに)

 

 

 おやおやアーサーさん、寝ている人に対してあり得ない程に肌や髪をわしゃわしゃと触ります。人間の指には大腸菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌などの細菌があることがあるのですが……あまり手で触り続けるとニキビの原因になったり色々とアウトなのですが……

 

 流石は手洗いうがいを毎日しっかり行っているアーサーさん。彼女の手は綺麗です! 

因みにですが、彼女は綺麗好きであり、部屋の片づけはしっかりしています!

 

 ですので、遠慮なく触ります。光属性の綺麗好きは基本なのかもしれないですね。

 

 おや? あまりにわしゃわしゃし過ぎたのか、自然にではなく、人為的にフェイ君が目を覚まします。

 

 

「……おい、何の真似だ」

「あのままだと頭が冷えると思って……」

「そうか。では今すぐにこれをやめろ」

「ダメ、もうちょっと休んで」

「……俺にこんな所で寝る趣味はない」

「メッ、寝るの!」

 

 

出来の悪い弟に言い聞かせるように、アーサーさんはフェイ君に諭します。ですが、フェイ君はこういうのが嫌いなようで起き上がろうとします。ですが……

 

「おい、貴様」

「寝るまでこのまま」

 

 

なんとアーサーさん、人差し指をフェイ君の額の上に置いて動けなくします。星元操作、単純な筋力、そして、頭を抑えられると動けなくなる人間の構造を利用した人差し指によって流石のフェイ君も動けません。

 

 

「フェイ、馬二人に勝ったんだって?」

「……よくこのまま何事も無いように話を続けられるな貴様……それより指を離せ」

「メッ! ダメ! それより馬に勝ったんでしょ?」

「……もういい。それより馬とは誰だ」

「えっと……あの、トゥルーが言ってた」

「アイツは本当に口が軽いな……」

「フェイが大活躍だったんでしょ? だろうね!」

「なぜ貴様が誇らしげかは知らんが、そこまで大したことはない」

「新技気になる」

「大層なものではないが……」

 

 

おや、フェイ君、アーサーさんに威圧をします。ちょっとイラついているようにも見えますね。

 

「それが新技?」

「……」

「ふーん、確かに何となく圧はあるね」

「……」

「でも、入試の時の方が圧はあったよ」

「どういうことだ?」

 

 

おや、戦闘のことになるとフェイ君は直ぐに飛びつきますね。アーサーさんも聞き返してくれて嬉しそうです。

 

 

「そう言うのって、理解できない存在がするから意味があるって感じだと思う。えっと、フェイは凄い変わってるから、部品が一つ飛んでった頭? むしろ、飛んでった部品の方? みたいな」

「……喧嘩を売っているのか?」

「ん? 違うよ? 良い意味で言ってる。えっと、周りからしたら自身と同じ人間なのに行動理念とかそう言うのが全く違うからフェイは未知で怖いんだと思う。だから、自身が知ってる感覚と重ねたり、似ている人と重ねたりして理解とか共感をしたい、理解できないから怖くて離れたいとか、そう言う感覚を持ったりしてるかもね。フェイの深層心理にあるその未知のエゴを僅かに表に出すから威圧になる。でも、フェイは今まで人為的じゃなくて、自然にそれをしてた。フェイが心の底からそれを出したい、出すべきだ、これがしたい、これをしないと狂ってしまう、そう言う時の方がやっぱり凄かった。だから、入試の時の方が凄いっていう感覚だったと思う。今はそんなに何かしたいとかじゃなくて何となくでしてたからさほどだった」

「……そうか」

 

 

アーサーさんの長文解説に何か思う事があったのか、フェイ君は僅かに考え込んでいます。

 

「あと、フェイはそう言う人為的に何かをするのは苦手、星元操作もそうだけど。自然が一番だと思うよ」

「……上から目線は気に喰わんが……無下にもできんか……」

「うん!」

 

 

(やっぱりフェイの事は一番ワタシが分かってる!)

 

 

 

一本指で押さえながら、アーサーさん満面の笑みです! 今日はぐっすり眠れそうで良かったですね、アーサーさん!

 

 

 

 

『アテナ切り抜き! アーサーさん観察日記!!』 完

 

 

『アテナ編集者』

ユルルとアーサーさんの膝枕イベントを重ねた事に悪意はありません

 

 

 

■◆

 

 

 

 何だか、不思議な感覚がある。気付いたらユルル師匠に膝枕されていた。修行のし過ぎで気絶をしてしまったらしい。

 

 まぁ、修行のし過ぎで気絶するのは基本。

 

 酸欠で気絶するのは基本。

 

 

 だから、修行で気絶をしたことは驚くべきではない。だが、ユルル師匠が膝枕をしてくれるとは、俺はクール系だから脱出しようとするがそれは出来ないようだ。頭を抑えられたら流石に何もできない。

 

 威圧を見たい? ふふ、ビビるなよ師匠! あれ? あんまりビビッてない? 格上には効かないのか?

 

 まぁ、そんな努力系に直ぐに力が付くわけないか。何だか、ユルル師匠が眼を隠して眠れと言う。冬なんだけど……でも、寝ないと中伝教えてくれないって言うし寝るか。

 

 でも、膝枕ってヒロインがするんじゃ……これも伏線かぁ? 膝枕ってヒロインがする重要なイベントのような……気が……。

 

 

 寝た。

 

 

 

 また違う日、気絶した。今度はアーサーが膝枕をしている。と言うかコイツ、触り過ぎ、人形か何かかと思ってるのか?

 

 

 人差し指で額抑えやがって……マジで動けん……。しかも、会話もかなりぶっ飛んでるし。

 

 

 え? 新技が見たい? ちょっとビビらせるか、こいつ。今も一本指で押さえられてるし。全然ビビらない……、やはり格上には通用しないか……これはまだまだ鍛錬が足りないな。

 

 アーサー、凄い長文で解説してくれる。いや、なんか的を得てる感があるから余計に気に喰わん。

 

 アーサーの顔を見上げる。本当に顔は美人だよなぁ。残念美人の典型例と言うか。ノベルゲーではそれなりのポジションである俺のライバル枠なんだろうけど……いや、本当に残念美人。

 

 

 一歩間違えばヒロインとなっても可笑しくないほどに顔立ちが良い。スタイルだってかなり良い。でも、ヒロインじゃないだろうな。

 

 膝枕を一本指で額抑えるって……何だか、膝枕イベント自体もコイツのせいで大したイベントとは思えないような気も……ヒロインじゃなくても膝枕って基本なんだなって……。

 

 

 暫く休んだ。頭を上げようとしても一本指で容易く押し込まれる。

 

 

「おい」

「うん。分かった」

 

 

流石にこいつももう良いと思って解放をしてくれた。このままコケにされたままでは主人公が廃る。一本指、人差し指で抑え込まれたこの屈辱……、主人公を舐めるな!

 

木剣を投げる。

 

 

「ワタシと、したくなっちゃった?」

「黙れ。お前を今、叩き潰す」

「いいよ、いくらでもしてあげる」

 

 

ボコボコにされた……クソ、マジでいつか叩き潰す。ライバル枠がいつまでも粋がるなよ! アーサー!

 

最後に輝くのは主人公である俺だからな!!




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23話 アルファ、ベータ、ガンマ

 フェイにとある任務が命じられた。それは村や町といったコミュニティからの依頼ではなく、個人での依頼。

 

 個人依頼にしては報奨金がかなり出るらしく、フェイ以外にも何人か団員が居るらしい。

 

 いつものように王都ブリタニアの門の前で一人待つ。何気ない日常の始まりのようであるが、ここは息を吸うように人が死んでしまう世界。今回の任務も当たり前のように人が死ぬイベントである。

 

 原作ではフェイが最初の任務でエセ達を見殺しにした後、彼はまた任務を与えられる。彼以外死んでしまったが、アビスは想定外であるとされ、生きて帰った事だけで幸運であると評価されていた。尤も、全ての者がそう思ってくれたわけではなく、一部はフェイを非難していた。

 

 フェイは悪態をつきつつもサブ主人公的ポジションのアルファと一緒に任務に行くことになる。

 

 

 冬も本格的になりつつあり、最近の王都では雪が降り始めていた。もうすぐ年越し。王都中の住人も厚い袖を着る者だけで埋まっている。フェイも服を二枚ほど着込んで、首にはユルルマフラーを巻いている。

 

 

 そんな彼の元に二人組の男が歩み寄る。

 

「よう、フェイ。久しぶりやな」

「エセか……」

「僕様も居るぞ」

 

 

本来なら既にここに居るはずのない二人組、エセとカマセである。そんな二人に対してフェイは特に反応をするわけでも無い。一瞬だけ目を向けると興味を無くしたように再び目を閉じた。

 

 

「なぁ、今日一緒に任務行く女の子達メッチャ可愛くて有名な子達なんやで」

「興味ない」

「僕様的に、お友達から狙って行くな!」

「ワイとカマセは果物屋のおばちゃんにはモテるんやけど、同年代からは全然モテへんからな、ここでええとこ見せておくんやで!」

「……」

「くっ、やはりアーサーやボウランとかと知り合いのやつは僕様たちの気持ちが分からないようだな」

 

 

 

フェイが一切そう言った事とに興味を示さないのでエセとカマセは面白くなさそうに顔をしかめる。そんな三人の元に歩み寄る足音が。

 

「おー、来てるね」

 

 

聖騎士マルマル、教官役として登場。そして、彼の後ろには三人の絶世の美女が並んでいた。エセとカマセが眼を見開く。

 

 

「おおー、メッチャ美人やな、やっぱり!」

「ようやく僕様たちにも春が!」

 

 

紫の髪、銀のような輝かしい眼。スタイルも良い、多少の違いがあるがついつい視線が胸元に寄ってしまいそうになるほどには凹凸がある。

 

 

「とんでもない班に来てしまったみたいね」

「……」

「ガンマ的にもあの二人はないのだ……」

「あー、いきなりコミュニケーションが失敗してしまったようだけど……大丈夫かい?」

 

 

三人の美女の内、二人が汚物のような物を見るような眼で二人を見る。

 

「自己紹介、しておこうかな? 全員知ってると思うけど一応ね。僕はマルマルだよ」

「私がアルファよ……よろしくしたくないけどね」

「……」

「あぁ、この大人しい子は私の妹のベータよ。それで、こっちが」

「ガンマなのだ……」

「はい、そう言うわけ」

「ワイはエセや!」

「僕様はカマセだ!」

「「よろしく!」」

 

 

エセとカマセがニコニコ笑顔だが、アルファとガンマは下種な視線を向けられて相反する表情。ベータだけは無表情である。

 

「で? そっちは誰よ」

「あぁ、こいつはフェイやで」

「ふーん」

「フェイも挨拶した方がええんちゃうか? こういう出会いを掴みとれるかは日々の積み重ねやで」

「今お前が俺の名を語った。それ以上何かを言う意味はない」

 

 

それだけ言って、興味が一切ないように黙るフェイ。一人くらいましな異性が居て安心の表情のアルファとガンマ。

 

 

「はい。と言うわけで自己紹介も済んだみたいだし、向かおうか?」

 

 

マルマルが笑いながらそう言い、七人は門を抜けて出発をした。フェイはこれから任務だが、メイン主人公のアーサーとトゥルーも今日は別任務である。アーサーは今の所、特に問題はない。トゥルーも今回ばかりは鬱はお休みなので平和であった。

 

 

■◆

 

 

「先生、今日は新種のダンジョンの調査に行くんでしょ?」

「あぁ、そうだ。とある冒険者が見つけたらしくてな。調査を手伝って欲しいらしい」

「へぇー」

 

 

アルファとマルマルが和やかに会話をする。

 

「なぁなぁ、ガンマちゃんは何が好きなん? ワイはパスタなんやけど」

「……ガンマは卵なのだ」

「おおーかわえぇなぁ」

「……私の妹にちょっかい出すのやめてくれる?」

 

エセがガンマにちょっかいを出すが全く相手にされずアルファに不躾な存在だと認識されている。アルファが長女、無口ベータが次女、なのだのガンマが三女の美人三姉妹として同期の中では有名な話であった。

 

だからエセとカマセは話しかけたかったのだが機会がなく、今回のチャンスを逃すまいと積極的だった。

 

 

「僕様は将来有望なんだ! この間もハウンドの群れを」

「……」

「あれ? 聞いてる?」

「……」

「え?」

「……」

 

 

ベータは一切会話をシャットアウト。まったく口を開かない。そのうち、カマセも大人しくなっていく。それをマルマルは見ながら苦笑いを浮かべる。

 

(この部隊、失敗だったか……急な寄せ集めだったし、仕方ないけど)

 

マルマルはチラリと後ろで一人歩くフェイを見る。誰かを寄せ付けず、群がる事もなく、本当に今一緒の部隊として活動をしているのか不安になるほどに一人だけ冷めていた。

 

 

(……マリア。そう言えば君と最初に任務に行ったときもこんな感じだったな。君は一人だけ何も語らずただ、黙って復讐の炎を燃やしていた。こんなにも重なるとは……)

 

 

(アルファ……君はフェイを見て何を感じる?)

 

 

 

(同じ、復讐者(アベンジャー)として)

 

 

 

マルマルは教官としてアルファたち三人を仮入団期間育成と担当してきた。その過程で彼は気付いた。アルファが復讐であることに。ベータとガンマも中々に謎な所が多い。

 

 

ただ、彼女は顕著だった。フェイやマリアほどではないが眼が泥のように濁っているときが多かった。マルマルもそれなりのベテラン騎士、様々な者を見て来たからこそ気付いた。

 

アルファは復讐者であると。

 

マルマルはフェイに期待をしている。不確定要素に何かを期待している。アルファが不確定要素に触れた時、一体何が起こるのかマルマルに予想はつかない。

 

だが、何かが良い方向に行ってくれればと願うだけだった。

 

 

 

「ったく、これだから男って……ん? どうしたのベータ?」

「……!!」

 

 

アルファの服の裾を引っ張るベータがフェイの方をチラチラと見る。それを首を傾げながらアルファはどうしたのかと考える。

 

 

「あれが、なに?」

「……!」

「……この前の絡まれた時に助けてくれた人?」

「……!!!」

 

 

二回頷いたり、ジェスチャーをしたり、決して彼女は声を発しない。だが、それを理解できるアルファ。姉妹の絆が感じ取れる。

 

ベータが表しているのは先日、昼間に酔っ払いによって絡まれたがそれを助けてくれた紳士と言う構図をジェスチャーで何となく表したのである。

 

 

「へぇー。アイツなんだ」

「……」

「お礼を言いたいの?」

「……!!」

 

 

狼の真似をしたり、オーケーサインを出したり、表情筋が死んでいるが意外とどこぞのパンダとは違いコミュニケーション能力はしっかりとあるのかもしれない。

 

 

「分かったわ。じゃあ、ちょっと行きましょう」

 

 

そう言ってベータの手を取って、一番後ろで無機質な表情で歩き続けていた男の側に寄った。

 

 

「ねぇ、ちょっと良い?」

「……」

 

アルファとベータ、フェイが横一列に並んだ。ギロリと二人に鋭い視線が注ぐ。初対面でそんな目を向けられる事などほとんどない二人には少し新鮮だった。

 

 

「……何の用だ」

「この前、この子を助けてくれたんでしょ? お礼が言いたくて」

「……」

 

 

鋭い視線がさらに鋭くなった。眼を細め何かを思い出しているだけなのだがフェイの目つきは凄く悪い。

 

フェイは最初にベータの少し長い髪がポニーテールで纏まっている髪を見た。無表情でジッと見つめ返してくる彼女の眼を数秒歩きながら眺める。

 

すると、あぁ、と思い出したかのように目を逸らした。

 

 

「……興味もない、そんなのは不要だ」

「ええ? ちょっとそんな反応予想外……まぁいいわ。兎に角、ありがと」

「……!!」

 

 

 アルファがお礼を言って、ベータが会釈をする。だが、一切興味がない、そんな雰囲気を醸し出しながら適当に手で制す。それ以上話すつもりはないとでも言っているのかとアルファは感じた。

 

(変な奴……)

 

 

ベータがじっとフェイを見るがその視線が鬱陶しいのか、アルファたちより少し後ろに下がる。

 

 

(……ベータって凄い言い寄られることあるのに……どうでもいいのかしら? 普通ベータほどの美人に見られたら妙な期待とか勝手にする奴が多いんだけど……本当にコイツは、全く興味がないって感じね)

 

 

(なんや、アイツ……また女よって来とるやん!! はぁ? なんでアイツだけ!!)

 

 

(変な香水でもつけてるのか? アイツ)

 

 

 

そのフェイの様子を見ながらエセとカマセはモテまくっているフェイに戦慄をしていた。

 

 

 

■◆

 

 

 指定された大きな洞窟。そこにはとある青年が立っていた。紅の髪、赤い眼。カウボーイのような帽子をかぶってフェイ達を見つけると大きく手を振る。

 

 

「いやいや、待ってたよー! こっちこっち!」

「すいません、遅れました」

 

 

 マルマルが代表をして挨拶や依頼についての確認を行う。どうやら新種の迷宮区を発見をしたのだが一人では入れず、かと言って他の冒険者はがめついから信用できないという事で聖騎士へ個人的な依頼を出したようだ。

 

 

「デカく使って、デカく稼ぐ! それがモットーなんだ! さぁさぁ、行こう! おっと、ボクの名はジーン、よろしく!」

「は、はぁ……皆、油断するなよ」

 

 

 軽快な雰囲気でそさくさと進んでいく。彼はウキウキで一刻も早く洞窟を調べたいようだ。

 

 洞窟の中は湿っており、水滴が弾けるような音が稀に耳に響く。全員が僅かに警戒をしているが、マルマルだけは疑惑があった。

 

 

(こんな洞窟、何処にでもあるような気がする。これが新しい迷宮区、ダンジョンなのか? 分かりやすい場所にあったしすでに調査が終わっているのでは)

 

 

「ふふふ、そこの教師役の人。言いたい気持ちはわかる。ただね、ボクは読み解いたんだ! とある財宝のありかを!」

 

 

 そう言って、ジーンは土の壁の一部に触れる。大きな音が鳴り響いて壁が裂けて行った。

 

 

「ふふふ、ボクが依頼するのはここからの調査だ! さぁ、冒険を始めよう!」

 

 

 

 ジーンが先頭に立ちながら歩いて行く。そんな彼に周囲を警戒しながら歩いていたアルファが疑問を呈した。

 

 

「よく、こんな場所気付いたわね」

「昔、近くの村に二人の剣士が居たんだ。互いに高め合っていた。だが、所詮井の中の蛙ではないかと感じ、このままではいけないと二人して世界に旅に出たらしい。再会の約束をしてね。一人の剣士は戻ってきた……だが、もう一人は」

「戻らなかったのね」

「そう、だけどその剣士は今も待って居るらしい。世界を渡り歩いた財宝とかを身に置いて。という日記を古い雑貨屋で見つけてね。解読をしたってわけさ」

「へぇ、随分とロマンチストね」

「そうだね。僕もそう思う。その剣士は再戦を望んでいたんだ。世界を渡り歩き集めた財宝とかを、決着が着いたときに高い酒とかを買うために貯め込んでいた。強くなった宿敵と杯を交わすために」

「ふーん。その宝がここにあるんだ?」

「だろうね。聖騎士の君たちへの依頼料以上だと思ってるよ」

「それはそれは、だとしたら凄いわね」

 

 

 

 軽口を交わしながら歩き続ける一同。だが、ここで何かが変わる。マルマルが真っ先に臨戦態勢に入る。

 

 

「……何かいる」

「おっと、では後は頼むよ。聖騎士さん」

 

 

 

 ジーンが下がり聖騎士たちが剣を抜く。日が届かない暗い洞窟。火の魔術で視界は多少明るい。持ってきていた灯の明かりを頼りに視線を先へ向ける。

 

 

「……リビングデッド、珍しいな」

 

 

 マルマルがそうつぶやいた。明かりによって照らされた先には骨だけになった人。肉が一切ついていない骸骨が剣を持ってゆっくりと彼らに向かってくる。

 

 

「アルファ、ベータ、ガンマ……魔術に秀でた君たちが僕と一緒に遠距離からの殲滅。洞窟だから崩れないようにリビングデッドのみを狙って外さないように。残りのフェイ達は後方の守備を」

 

 

 マルマルが指示をする。それによって、アルファたち三人が水の魔術を繰り出す。詠唱をし、水の玉、水の矢が繰り出される。遠距離からの的確な魔術によって次々とリビングデッドが殲滅されていく。

 

 

「なぁ、ワイたち……居る意味あるん?」

「ぼ、僕様だって」

「お前、魔術苦手やろ」

 

 

 

 エセ、カマセ、フェイは魔術が苦手軍団なので後方支援を中心にしている。洞窟の中には何があるのか分からない。遠距離からの攻撃手段でゆっくり進む方が安全であると判断したマルマル。

 

 

 その後も、アルファたちの活躍は止まらない。

 

「まぁ、当然よね」

「……」

「ガンマには余裕なのだー」

 

 

「「……」」

 

 

気まずい表情のエセとカマセ。それを見て、ジーンが一言。

 

 

「君たち、立場無いね……プー、クスクス」

「「……」」

 

 

エセとカマセはもう何も言えなくなっていた。ただ、ジーンは気になった。一人だけ、何事もないように涼しげな表情でここまで歩いてきている一人の少年が居るからだ。

 

腕を組み、まるで()()()()()()()()()()()()

 

 

「君はさっきからなんか……変だね。何を待って居るんだい?」

「感じる……呼んでいる。俺の試練が」

「……??」

 

 

ただ、それだけを呟いた。うずうず、と何か禁断症状が出てしまっている異常者のように落ち着きがない。

 

腕を組みながら右手の人差し指をトントン何度も腕に当てたり離したり本当に落ち着きがない。

 

 

(……この子、大丈夫かな?)

 

 

 

 心配になるジーンだったが、一同は進み続けていく。他にも魔物が出たり、トラップがあるが前方の聖騎士しか仕事がない。すっかり暇になったエセがジーンに話しかける。

 

 

「ジーンさんは、冒険が好きなんか?」

「ん? ボクかい? 別にただ単にお金が好きなだけさ。沢山あれば自由に出来るだろう? 踊り子のお姉さんと良いこと出来たり、お高い面白い舞台とか見て笑ったり、それがしたいだけさ。お金の心配を忘れて自由になりたいって感じ?」

「へぇ、お金か。確かにワイも好きやな」

「そうだろ? お金で買えない物はないからね。あるに越したことはない」

 

 

 

 お金の話で盛り上がる後衛。それを聞きながら呆れるアルファとガンマ。また好感度が下がった瞬間である。そして、前衛たちが活躍をし続け、遂にとある大きな空洞に辿り着いた。

 

 そこで行き止まり。マルマルが空中に火を置いて全体を照らす。

 

 

「おお!! めっちゃ財宝っぽいの有るやん!!」

 

 

 その部屋の壁。そこには山積みにされている金貨。とある剣士の生涯の財産が置いてあった。

 

 

「取りあえず、あれは置いておいてトラップがないか調べよう。注意してくれよ」

 

 

 マルマルの指示で部屋を調べていく。だが、特に何かがあるというわけでも無く一同は金貨の山に向って行く。早く金貨に触れたいと何名かの頭にあった。

 

「おおー、凄いな。ガンマも驚きなのだー」

 

 一通り調べ終わると、金貨の山に興味津々のガンマ。彼女は好奇心が強い。お金にがめついわけではないが宝と聞くと心が疼く。マルマルもすっかりこれ以上は何もないと油断をしていた。

 

 

 ――ガンマが興味本位で金貨の山に近づく。グサっと、何かが()()()()()。ガンマの頭には剣が刺さり、血が噴き出し、彼女は死亡する……はずだった。

 

 それは、とあるゲームの話。アルファとベータの妹が一瞬で死に至るのはゲームの中だけの話。

 

 だが、ここには既に異分子が居る。ガンマが興味を持って近づこうとした時、誰かが剣を抜いた。

 

 

「――出ろ。居るのは分かっている」

 

 

 低い、怒りのような声。誰もが安心しきった空間に先ほど以上の緊張が走る。ジーンがフェイに対してどうしたのかと問う。

 

 

「何を言って――」

 

 

 そこまで言って、そこから先の言葉は出なかった。目を疑う光景、金貨の山が勝手に動き出したからだ。金の山が崩れていく。そして徐々に何かが埋もれていることに気付いた。

 

 

 骸骨。先ほどのリビングデッド、生きる屍と同じような何かが隠れていた。その骸骨は服を着ていた。黒い、装束のようなものを骨の上からまとっている。その手には鉄の剣が握られていた。

 

 ただの鉄の剣。業物というわけでも無い、どこにでもあるような純粋に剣技のみで再戦を願う誓いの剣。

 

「……」

 

 

 気付いたら剣士は立っていた。フラフラと足取りがおぼつかない。だが、その雰囲気は先ほどのリビングデッドと格が違った。

 

「お前気付いていたんかいな!?」

「当然だ」

 

エセが驚いたようにフェイに語り掛ける。周りもフェイの言葉に目を見開く、どうして気付くことなどが出来たのだろうか。分かるはずもない、金貨の山に骨の剣士が隠れていたなど。

 

 

「全員――」

 

 

 全員で態勢を整えて、そう指示をするつもりであったマルマル。そして、それを察して動こうとしていた全員に莫大な滝のような圧がかかる。

 

 

「――()()()()()()()()()()()

 

 

 その瞬間、全員が戦う事を放棄した。リングから強制的に降ろされたと言うべきかもしれない。フェイと骸骨騎士が剣を構える。

 

 金属音が木霊する。重厚な命のやり取りの音。それが小刻みに全員の耳に響いて行く。

 

 

「アア、マッテイタ……」

「奇遇だな。俺も待って居たぞ。お前をな」

 

 

 骸骨が言葉を発した。その言葉は広がって行き耳に届く。待って居た? 全員が首を傾げる。だが、数秒後には直ぐに納得をした。ジーンの話にあった待ち続けていた剣士だ。

 

 

「ワガショウガイノテキ……サイセンヲ」

「来い」

 

 

かみ合わない歯車。両者共に何か部品が違うのに無理に回っている時計のようなやり取りだった。

 

 

――グシャ

 

 

骸骨の剣がフェイの左肩に刺さる。だが、それを気にせず、フェイも剣を下ろす。

 

『ダメージ交換』

 

フェイの必勝パターン。相手の攻撃を受け止めて、相手にも剣を突き立てる。防御を捨てた攻撃は自身の身体へのダメージを考えなければ効率的な一撃となる。

 

 

血が舞う。肩から落ちた血がゆっくりと地面に落ちる。致命傷でないがあれ程の傷を負わせてしまったのなら教官として引かせることが最善であるはずなのに。

 

(……言えない)

 

 

マルマル、五等級聖騎士の存在が小さくなってしまうと錯覚するほどに、十二等級聖騎士と骸骨の剣士の圧が膨れ上がって行った。

 

 

フェイは左肩を使い物にならなくされた。だが、骸骨の騎士も左腕が飛ぶ。互いに右側の攻守に意識を集中する。

 

大きく振りかぶった骸骨の騎士の一撃、フェイも真っ向から大振りで打ち返す。

 

 

大きな鉄の太鼓を叩いたような音が鳴る。

 

 

「クク」

「ハハハ!!! コレダ! コレコソモトメテイタ!!!」

「あぁ、俺もだ。戦おう、分かっていた、お前が待って居るのはな」

 

 

命のやり取り、そこに快楽などない。それは娯楽ではない。にも関わらずフェイは嗤っていた。

 

 

「なんで、笑ってるのよ……」

 

 

アルファが意味の分からない化け物でも見たように呟いた。理解など出来ない領域の剣士。強いとか弱いとか、そう言った事の問題ではなく、もっと根本的な精神的な問題。

 

 

「アンタ、一歩間違えば死ぬのよ……」

 

 

 

絶望と死と隣り合っているのに頬を吊り上げている少年の剣舞を見て戦慄が隠しきれない全員。

 

 

「な、なんだよ、あれ、ば、バカじゃないのか? なんで笑ってるんだよ!? 可笑しいだろう!」

 

 

ジーンが恐れたように言葉を吐きながら目をさらす。

 

 

「ジーンさん、眼、逸らさん方がええで……こんな英雄譚の一片。いくら金払っても見れへんからな」

「は……?」

 

 

 

ジーンがフェイを見る、死の間際で只管に嗤い、戦う強者。確かにと納得をした。こんな光景は一生で一度見れたら幸運かもしれない。そう思う程に煌めていた。

 

 

血が、剣が、瞳が、背が、何より魂が。

 

 

歪で理解が出来ない正体不明の存在。だが不思議と人を魅せてしまう狂気がそこにあった。

 

 

「……アァ、コレガ」

「どうした? キレが落ちて来たぞ」

 

 

上からの剣の一撃を波風清真流初伝、波風を片手で再現し流す。そのまま脳天に剣を叩きこんだ。骨の割れる音がして、数メートル骸骨は吹っ飛んだ。骸骨の頭部に大きなひびが入る。

 

リビングデッドとは後悔の塊である。生前の願いを叶えたい、欲望を叶えたい、未練を叶えたい。その悔いある魂が肉が消えた骨に宿る。

 

だが、大抵の存在はリビングデッドになると願いを忘れてしまう。ただ襲うだけの獣に堕ちる。そういった存在は空っぽになった願いの器を壊せば未練など残らず消える。

 

ただ、忘れない個体も居る。ずっとずっと只管に生前の願いを叶えたいと意識と願いを持ち続ける存在も居る。

 

そうなると面倒になる。原作でもガンマが殺された後に対処が出来ず、骨が何度もくっつき再生をする。光の魔術や聖水を使用すれば問題は無いがそんなものを都合よく持っている者は居なかった。

 

だが、願いが叶えば徐々に体は崩れていく。執念が消えていく。骨だけになった剣士も再戦の約束が果たされ徐々に……

 

 

「……そろそろ、終わりにしよう。もう、貴様の剣に価値はない」

「――ッ」

 

 

骨の剣士に蘇る過去の記憶。おぼろげな中で忘れかけた中で微かな糸を辿って思い出した闘争。果たしかけていた欲望が再び乾く。

 

「ハハハはぁぁあ!!! ヤクソクヲコエヨウ!!!」

「それでいい、そうでなくては面白くないッ」

 

 

眼が無いのに、眼力のような圧がかかる。だが、それに一切ひるむことなく真っすぐフェイが進む。

 

真っすぐ。真っすぐ。フェイが剣を下ろす。骨の剣士が剣を振り上げる。互いに大振り。力と力の真っ向勝負。

 

互いに衝突をして剣が離れる。その瞬間、骨の剣士が更に猛攻を仕掛ける。衝突によって下げられた剣をフェイの足に向け、疾風の突きが太ももに刺さる。右の足が死んだ。

 

だが、フェイも負けてはいない。

 

 

「等価交換だ。貴様の右腕を貰う」

 

 

刺した剣を持っている右腕を左腕で押さえ、剣を下ろし右腕を叩き折る。また、『ダメージ交換』。血が徐々に足りなくなっていく。右太ももの剣を引き抜くと、更に血が滴り落ちた。

 

視界がぼやけていく。少しづつ、闇に落ちていく。それを精神力で無理やり耐え、左足で地を蹴る。

 

 

「……」

 

 

無言で再び頭部に剣を振り下ろし、頭部を叩き潰した。その瞬間に消える煙のように骸骨が何かを呟いた。

 

 

「あぁ、たのしかったよ……また、さ、い、せんを……」

 

 

それっきり、何も語らなくなった。そこにはもう動かないただの骸骨が横たわっていた。

 

 

「勝ったの……? アイツ……」

 

 

アルファが呟く、眼の前で見たのは一体何であったのか。本当に現実であったのか疑ってしまう程であった。きっと、一生忘れることなどあろうはずがない。その戦いを。その男の名を。

 

 

勝った男は肩で息をし、血を流しながらも立っていた。

 

 

――血が滲んでいる拳をフェイは強く握った

 

 

俺は勝ったのだと。先に進んだのだと。そう己の成長に歓喜し、次の瞬間に意識を失って倒れた。

 

 

 

 

■◆

 

 

 任務に行くデー!

 

 なんと、新種のダンジョンだとか!! テンション上がるなー!

 

 うえぇぇぇい!! ダンジョン、ダンジョン、ダンジョン! やっぱりさダンジョンって響きが良いよね?

 

 主人公と言えばダンジョンみたいな感じもあるしさ!

 

 

 今回の任務メンバーはエセとカマセとマルマル先生と……だれ? 知らん。エセが凄い口説いているけど、美人ねぇ……

 

 正直主人公である俺にはいずれ最高のヒロインが来るからさ。あんまり女性関係に困ってないって言うか? 口説く必要がないって言うかさ。

 

 まぁ、でも可愛いと思うよ。エセとカマセ頑張れ。

 

 俺はクールに後方で腕組んでますよ。それにしてもダンジョンか、楽しみだなぁ。俺が凄い活躍をするのは基本でしょ? 

 

 いやいや、楽しみ楽しみ。

 

 

 ん? お礼が言いたい? ベータ? ……あぁ、この子、前にベタな展開に巻き込まれてたポニーテールの女の子か……ベタな展開だからベータね。韻を踏んでるな。やっぱり。

 

 覚えやすいような処置されてるって事はモブかね?

 

 あー、どうもよろしく。気にしないでいいよ、あれくらい別に基本だから。人を助けた事一々気にしてる暇ないよ

 

 

 さーて、ダンジョンに入りますよ! さぁさぁさぁ、俺の活躍の機会は!?

 

 ん? え? 魔術適性ないから後衛? 

 

……

 

……

 

……

 

 アルファって子達が凄い活躍してる……えっと、俺主人公だよね? なんで俺より目立ってるの? 俺、初ダンジョンなんですけど……。

 

 うわぁ、こういうの嫌いだな。主人公である俺より活躍ってさ。この円卓英雄記って言う世界は俺が主役だから。俺が一番活躍しないといけないんだよ?

 

 こいつら、もしかして人気投票一位狙ってるんじゃ……いや、そんな訳ないか。そもそもこの世界にそんなのあるわけ無いし。でも、俺が活躍したい。

 

 あー、もしかして俺が大トリ? 最後の最後に美味しい所を持っていくみたいな? それだな。さぁこい、俺の出番!!

 

 最深部まで来てしまった。あれ? 俺の出番は……いや、無いはずはない。ここでボス的な奴が登場するはずだ。

 

 と言うか出てください!! お願いします!! 俺の出番をください!! 主人公が活躍しないっていうのもあるかもだけどさ。流石に何も無さ過ぎでしょ。なんかあるでしょ?

 

 出番をください!! 主人公である俺の!!!

 

 

「――出ろ。居るのは分かっている」

 

 

 来い来い、来い、出番来い。骨が出た!

 

 ――はい来たー。分かってました。明らかなボス。常に準備してたからね。ガンマって子、俺が止めなきゃ危なかったかもね。

 

 

 おいおいマルマル全員で倒すなんて野暮な事はナシだぜ? どう考えても俺がタイマンで倒さないと主人公の活躍値が稼げないでしょ。

 

 

「アア、マッテイタ……」

 

俺も待って居たぜ? 俺のボスって奴をさ。

 

「ワガショウガイノテキ……サイセンヲ」

「来い」

 

 

 さぁ、始めようぜ。まず、多少の流血をして相手にダメージを与えていくぜ。多少の血では驚かない。

 

 

「クク」

「ハハハ!!! コレダ! コレコソモトメテイタ!!!」

「あぁ、俺もだ。戦おう、分かっていた、お前が待って居るのはな」

 

 

 何だか、こいつも笑っている。いや、俺もちょっと感情が解放されて笑ってるな。もしかして、万が一、億が一、兆が一の確率くらいで出番がないかなって不安だったからさ。

 

 

 主人公だよね? 俺? みたいな。出番がやっぱりないとさ不安って言うか。活躍を周りに取られるって主人公として最悪だからさ、ちょっと悩んでた。

 

 

 いやでも、ちゃんと出番が来たからスッキリだな。思わず笑ってしまう。血が流れてても気にしない!

 

 寧ろ、血が沢山流れるほどに強くなっているみたいな気もする!!

 

 

 

 さぁさぁ、戦おうぜ!! 今の俺は血に飢えたバーサーカーだ!!

 

 あれ? ちょっとキレ落ちてない? 大丈夫? もっと熱くなれよ!! 俺は今バーサーカーなんだよ!! 

 

 あ、右太ももに剣が刺さって血が噴き出た。まぁ、主人公にとってこんなのは蚊に血を吸われた程度でしょ!!

 

 

 じゃ、こっちも右腕貰いまーす! バーサーカーですので!!

 

 

 頭砕きまーす、バーサーカーなのでこれくらい雑な感じで戦うのが丁度いい

 

 

 よし、俺の勝ちだな。勝利と血を流して気絶するのもセットだよな。それにしてもエセが凄い良い味出すな。

 

 解説役みたいな感じで……。今度から行けるんじゃない? あれは○○剣の何々奥義であれを出されたらヤバい!! とか。

 

 解説役だったかもしれないなエセは……

 

 まぁ、出血多量で気絶しかけてるときに考えることじゃないかもな。あと気絶したら運んでね?

 

 

 出血多量でお休みなさーい。

 

 




いつもお世話になっております。面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします


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24話 永遠機関

 とある場所に永遠を求める者が居た。最初は無垢でバカげた願いだった。そんなことは不可能で出来るはずはない。誰もが不可能だと笑う。

 

 しかし、それを願う者が次第に数を増やし、異なる目的であるが利害が一致した者が歩み寄り、いつしか大きな組織として永遠を求めるようになる。不老不死と言い変えても良いかもしれない。生命の理の範疇から外れたその目的。

 

 誰もが死ぬのは怖い。だが、それを簡単に成し遂げられる訳が無い。真っ当な方法で実現できるわけがなかった。

 

 実験が必要だった。新たな神秘の形態が必要であった。それを一体どうやって確立するのか。簡単だ。現在の生命たちで道を切り開くだけ。

 

 

 そこに犠牲の枠があるのは当たり前だった。いくら犠牲を払ってでも構わない外道。

 

 ある場所に三人の姉妹が居た。優しい母と一緒に暮らしていた。いつかは三人で仲良く花屋を開くのが夢であった。そんな少女たち三人の父は研究者であった。

 

 

 熱心に生命の神秘を研究してはいたが、特に可笑しなことは無かった。だが、生活が一変した。

 

 

 三人は永遠を求める為の道具になった。痛みが支配をしていた。感情が欠落をしていった。自分たち以外にも子供は居て、研究者のような人も多数存在していた。

 

 三人の母は助手として働き、父に従い何も言わなかった。痛みが襲う毎日、一体どれほど味わったのか分からなくなるほどの痛みを味わった。

 

 三人の母は恐怖でずっと娘を救うことが出来なかった。見捨てられる毎日であった。しかし、転機があった。母が三人を逃がしたのだ。

 

 そこから、母がどうなったのかは知らない。だがきっと。三人はそれを知っていた。

 

 三姉妹の長女には恨みが湧いていた。二人の妹が残虐な目に遭って、そして、怒りこそあるが優しかった母も殺したであろう父に。

 

 妹二人にはそんな感情すら残ってはいなかった。自由を得ただけでもと感謝していた。

 

 確かにと長女は思う。大切な妹が残っているのならそれでいいかもしれない。だがそれだけでは満足できない怒りが……

 

 

 

 

■◆

 

 

 新種のダンジョン、その近くの村に一同は滞在していた。その理由はたった一つ。とある聖騎士が大怪我をして出血多量で倒れてしまったためにその応急処置の為だ。

 

 

「ねぇ、先生。そいつ大丈夫なの」

「大丈夫だろう。幸い命に別状はない」

「……そう」

 

 

 

 簡易なベッドの上にフェイが静かに瞳を閉じていた。死人のように生気が無いようにも見えるがしっかりと生きている。アルファ、マルマル、ベータ、ガンマ、カマセもフェイを見ている。

 

 

 思い出す、あの猛々しい姿。記憶に焼き付いて離れない死闘。あれほどの騎士が身近にいた驚き、様々な感情が交差していた。

 

「まぁ、大丈夫なんやろ? 分かってたけどな。ここで死ぬような男ちゃうわ」

「そうだな。僕様はちょっと昼食取ってくる」

「ワイも行くわ。これ以上此処で辛気臭い顔してても何の得にもならへんしな」

 

 

そう言ってエセとカマセは部屋を出て行った。フェイがここで死ぬはずはない。アイツならば大丈夫だろうと確信をしているようであった。

 

 

「ま、取りあえず僕も一旦出ようかな。ここを用意してくれた村の方達にお礼とかも必要だしね。フェイが目覚めるまではこの村に居る予定だから昼食とか済ませたりしておいてくれよ」

 

 

マルマルも部屋から出て行った、残されたのは三人の少女達。ベータがじっと未だ起きないフェイを見つめている。

 

 

「どうしたの?」

「……!」

 

 

ベータが自身を指さして何かを訴える。数秒経過する。アルファが首を傾げ、デルタも答えが出ずに唸る。ベータは次にガンマを指さし、そしてアルファも指を指した。

 

そして、再びフェイを指さす。アルファがその行為の一連でベータの言いたいことに気が付いた。

 

 

「……同じって言いたいの?」

「……ッ」

 

 

ベータが一度頷いた。ガンマもそこでようやくハッとする。あり得ないと彼女は口を手で覆う。

 

「あり得ないのだ……」

「いや、ベータの言う通りかもしれないわね。コイツも私達と同じ()()()()の被験者、もしくはその関係者……。そういえば言ってたわね。(アイツ)、完璧な魂が永遠のカギの一つだって」

「で、でも」

「でも、普通じゃなかったわよね? 実力は剣の腕が眼を引くくらいだけど……異様な精神力、完璧と言っていい程に淀みが無かった。死と言う恐怖の超越、極限を超えようとする狂気が混ざり合っているような混沌……あんな精神力を持つ人間が自然発生するかと言われたら確率は低いわね」

「い、居なかったのだ。あそこには、こ、この人」

「あそこだけが研究所じゃないって可能性あるわ。単純に気付かなかったとか……まぁ、本当に自然発生の可能性も無きにしも非ずね……。コイツ、暫く見張るわ。関係者だったら私が対処する」

 

 

 そう言ってアルファは眼を細める。フェイが一体何者なのか。そして、

 

(あの時感じた、狂気……相手を刺し違えてでも殺そうとする覚悟。あれが、もしかしたら私に足りない……暫くこいつを観察しましょう。そして、見極める)

 

 

 アルファはある意味ではフェイに釘付けだった。恨みを晴らすため、自身の復讐の確率を少しでも上げる為、全てに彼女は気を配っていた。

 

 

(復讐の道に人は完全に堕ちると……もしかしたら、自分を顧みずに成しえるために力を求める、コイツみたいになるのかもしれないわね)

 

 

 あの姿に彼女は畏怖をした。だが同時に自身の未来を見た気がした。何もかも捨てて、命を投げうって、孤独になって、誰からも理解できない存在になるのかもと。

 

 彼女の勘は間違ってはいない。きっと、彼女が完全に復讐の道に落ちた時、もう誰も理解をする者は居ない。誰も止められない存在になるのだから。

 

 

 

 

(そう言えば、行きはコイツが一番ましな異性とか思ったけど、一番ヤバい奴だとは思わなかったわね……)

 

 

 アルファは自身の観察力の無さに少しだけ、溜息を吐いた。

 

 

■◆

 

 

 フェイが目覚めた。あれほどの重症であったのに恐るべき回復力であると感心をされ、帰らなくてはならないフェイ達は村を出る。村で買ったハムサンドを歩きながらフェイは食べる。

 

「なぁ、フェイ。ダイジョブなんか?」

「何がだ?」

「なにって、傷や傷。ダイジョブなのは知っとるで? ただ、一応心配しとるんや」

「あれくらい、必要経費だ」

「何の?」

「……それを話したところで意味はない。俺にしか分からない魂の叫びだ」

「ふーん」

 

 

 どこか虚空を見て、フェイは答える。そのままハムサンドを食べる。そんなフェイをアルファは怪しむような視線を向けていた。

 

 

「そう言えば、フェイは自由都市って知っとるか?」

「僕様は知ってるぞ!」

「いや、お前に聞いてないわ」

「……あまり聞かんな」

「世界最大級の一つであるダンジョンがある場所や。レギオンって派閥とかあって、色々と面白い都市らしいで、カジノとか、剣術大会とか」

「……そうか」

「グレンとフブキとか言う同期に聞いたんやけどあそこは血の気が多い奴が多いらしいで。一応治安は良いらしいけど」

「ダンジョンか……いずれ向かうか」

「お、ええやんけ。ただ、聖騎士の中には冒険者なんて訓練とか苦労せずに簡単になれるから無法者とか言って馬鹿にする奴おるからな。聖騎士をあまり良く思わん冒険者とか居るみたいやで、気を付けるんやな」

「……誰でもなれるか」

「ワイらも全員合格って言われたのにな。まぁ、仮入団の期間とはあったけど、冒険者はそう言うの無いみたいやし。きつい訓練した俺達の方が強いんやで! って言いたい奴がおるみたいやね」

「……下らんな」

「まぁ、価値観の問題なんやろうな。フェイみたいな奴は他にはエルフの王国とかも良いと思うで、あそこも世界最大級のダンジョン、奥底には伝説の武具が眠っているとか」

「……そうか」

 

 

フェイはあまり口数は多くない。それに興味がない事に反応はしない。フェイが僅かに反応をすると言う事は彼の何かを刺激するモノがエセの話にあったと言う事だ。

 

 

「僕様的に、ダンジョンに言って一攫千金を狙いたくもある!」

「あほ。お前みたいなのが出来るかい。冒険者も楽な職業ちゃうぞ」

「いや、僕様は成功できる気がする。カジノで」

「カジノって……借金とかできるで」

「借金が出来てもギャンブルで返せば問題ない」

「ギャンブラーの鑑か」

 

 

 

 フェイの興味が一切消えた。最早二人の会話はどうでも良いと言う事なのだろう。フェイはハムサンドを食べ終えて、冷ややかな顔で先頭を歩く。夕暮れで辺りは赤く照らされている。

 

 先頭を歩く彼の背は、惹きつける魅力があった。

 

 

 王都に到着をしたら一同は解散をする。フェイは孤児院ではなく、とある場所に歩みを進める。そんなフェイの後を付ける影が三つ。

 

「ちょっと、アンタ達はいいのよ」

「……!!」

「が、ガンマはアルファを一人にしたくないのだ」

「も、もう……まぁ、いいわ。気付かれないようにね」

 

 

 ベータが体の前でバッテンの文字を腕で描く、ガンマも気になってついてくるのでアルファは溜息をついて、二人の動向を認めた。フェイは一人、夕日によって赤く染まった王都を歩いて行く。一体どこに向かっているのか。三人は疑問に思っていた。

 

 

一方、そのころ、同時刻、同場所、そこにジャイアントパンダの影あり。

 

 

「あ、フェイ」

「え? 何処に居るんだ?」

「ほら、あそこ」

 

 

 アーサーと一緒に歩いていたボウラン。二人は同任務を終えて先ほど帰還をしたばかりであった。

 

 アーサーが指を指した先にはフェイの姿があった。

 

「あ、確かに居るな。アイツ、こんな時間になにやってたんだ?」

「折角だし、声かけようかな」

「夕食一緒に行くか!」

「うん……あれ?」

「どうした? 早く夕食誘おうぜ」

「誰かいる」

「ん?」

「ほら、あれ」

「……誰だあれ?」

 

 

フェイの後ろには紫の髪が綺麗な三人の少女が後を付けていた。

 

「……大変、フェイがストーカー被害に遭ってる。守ってあげなくちゃ」

「いや、でも、偶然ってことも」

「ううん。きっとフェイに何か悪い事しようとしてる。尾行をして護衛をする」

「え、それってストーカーじゃ」

「違うよ。守る為に尾行をするのは護衛って言うから」

「そ、そうか? アタシはあんまり知らないって言うか」

「ボウランは15歳、ワタシは17歳、ワタシの方が二歳年上、だからワタシの方が賢い。言う事を聞くべき、年長者の言う事聞いた方が良い、絶対聞くべき、フェイはストーカーされてて大変だから助けるべき」

「た、確かに……そうともいえるかも……?」

「助けるべき」

「そ、そうだよな! 助けないといけないのよな!」

 

 ピュアボウランのピュアに漬け込んだ、洗脳アーサーによって二人はフェイを護衛を勝手に非公認ですることになる。

 

 

 アーサーとボウランはこっそりアルファたちを尾行する。そして、そんなアーサーを尾行をしていたサジント。

 

 

(なにやってんだ。アイツら)

 

 

 ただそれだけが彼の感想であった。

 

 

 

■◆

 

 

 王都にとある鍛冶師が居る。拘りが強く、認めた者にしか剣を与えない頑固者。ガンテツと呼ばれている熟年の鍛冶師だ。店に名前はなく、殆どの者が門前払いをくらうのでそこに行く者は殆どいない。

 

 気付けば客など殆どいない。

 

 錆びれた小屋のような内装。あらゆる武具が一度も宿主を見つけることはなく、ただ眠っているその場所。

 

 誰も来なければ、誰も求めなくなってしまった鍛冶屋。

 

 ガンテツには悲しみと憐れみがあった。この時代に自身が心の奥底から剣を託したいと言える若者は居ない。幼い時から英雄の武具を作るのが夢であり、それだけに魂を注いだ。

 

 気付けば腕利きの鍛冶師に成ってはいたが、彼が求めるような武器が作れなくなっていた。魂を注いで剣を託したいと思える存在はいずこに。

 

 求めてはいる、店はいつも開いている。だが、誰も来ない。待ち人はこない。

 

 

(今日も、なしか)

 

 

 求めて期待をし続けた彼の元に、今日も誰も来なかった。白髪で黒目、頑固な精神を持つ老人鍛冶師など時代遅れかと哀れに思い自身へ嘲笑を投げかける。

 

 

 夜が近づき、店を閉めるかと思ったその時……誰かがそこへ足を踏み入れる。黒髪に黒い眼。鋭い眼が()()()()()()()()ように見えた。黙ってただ、その男は剣を見る。

 

「……」

「……」

 

 

(なんだ、この男は……)

 

 

 いつもならガンテツが見定めるというのに、全くの逆であった。眼を開いてただ、見極める。そして、はぁ、とため息を溢した。

 

 

(――ッ。コイツ!)

 

 

 その溜息に彼のプライドは深く傷ついた。いや、許せなかった。全く知らない聖騎士、覇気はあるがまだまだ若いひよっこ。そんな相手に長年鍛冶師として腕を磨いていた男が落胆をされる。侮辱であるように思えた。

 

 

 男はそのまま店を去る。

 

 

「待て。餓鬼」

「……なんだ?」

 

 

 背を向けかけていた男が再びガンテツに眼を向ける。人と呼ぶには余りにその眼は異様だった。思わずごくりと唾を飲む。早く済ませろ、お前に用はないとでも言うようにその男は眼力を上げる。

 

 

「なんだ? だと、どういうつもりだ」

「……ここに用はない。お門違いだった、ただ、それだけだ」

 

 

 熱量が全く違った。ガンテツにとって最大級の侮辱であったがその男にとっては息をするように当然の行動。『お門違いであった』、自身と言う存在にここの門はあまりに小さい、つまり『俺に見合う剣はここにはない』そう言いたげな眼であった。

 

 

 その男は、黙って再び背を向ける。

 

 

「また来る。その時に剣を買おう」

「ッ」

 

 

(コイツ、その時までに俺に見合う剣を作っておけとでもいうつもりか!?)

 

 

怒り、それよりも驚愕とでも言うべきか。ここまで自身を下に見られたことは無かった。ここを知る者は少なくなっている。だが、少し見ればここの置いてある剣がいかに凄いかは剣士であれば分かるはずだ。

 

だが、それでも足りない。俺に見合わない。だから、作って置け。

 

傲慢、その言葉が頭の中に埋まる。あまりに分不相応、強欲であるその態度。許しがたい。一生門前払いをしてもいい程であるとガンテツは感じる。

 

感じたはずであったのに、不思議と剣を打ってみたいと思った。ここまで大きな口を切った馬鹿は一人も居なかったからだ。

 

そこにもう、黒の男は居ない。

 

いずれ来る再会に備えて、竈に再び炎が上がった。

 

 

 

■◆

 

 

 んー、俺は目覚めた。話を聞くと出血多量で死にかけていたらしい。へぇー、一歩間違えば死んでたんだー、へぇー、ふーん、かなりの量が出てたんだー、へぇー。

 

――それよりも気になることがある。

 

 ベッドの寝心地が悪い!!

 

 何処なのか知らないけどさ。ここのベッドちょっと感触悪いな。エクター先生の保健室の方が絶対最高だった。

 

 出血多量で起きた時に寝心地が悪いベッドだとちょっとね。いや別に、介抱してくれた人に文句とは言わないぜ? ただ、ちょっとベッドがなぁ。

 

 出血多量の後に目覚めるならふかふかのベッドが個人的には良いなって……介抱してくれた人に失礼だから口には出さないけど。

 

まぁ、起きたわけだし帰りますか。そう言えばあの一戦はかなり最高だったな。右足に刺さって……ん?

 

 あれ? そう言えばこの間ユルル師匠が膝枕を……膝枕、俺が頭を乗せた場所って、今回刺されたところでは……? 

 

 いや、これはヤバいでしょって話だよね? もうこれはユルル師匠のパンドラの箱を開けてしまったも当然だよねってこと。

 

 ユルル師匠はいつも、伏線を張ってくれている。いや、これはもう、ヤバいでしょって話だよね? もうこれは、ユルル師匠のパンドラの箱を開けちゃったも当然だよね?

 

 必ず伏線を張ってくれるって話だよねって事。

 

 そう、今回の敵は金貨の中に隠れていた……ここで思い出すのはあのセリフだよね?

 

 『はい。だから、手で隠しちゃいます!』

 

 これは、膝枕中にユルル師匠が言ったセリフだよね? つまり、眼を隠す→眼に頼るな、眼で見えている事だけが全てではない! 眼だけでは対応できないイベントがある →見えないところに骸骨のボス。

 

 これはもう、ヤバいでしょ、ユルル師匠の伏線は見えない場所にも張られてしまったと言う事の証明だよねってこと。

 

 信じるか信じないかは俺次第。信じます! ユルル師匠!!

 

 いや、流石だわ。もしかして、アーサーのせいでイベントの重要性薄れたけど、膝枕って恋愛イベントかなって思ってたらガチガチの伏線かよ。そしてそれを見抜けなかったがちゃんとイベントに反映した俺ね。

 これが師弟の絆って奴だな。相互理解、互いに互いを理解してるッてことだよね?

 

 今後もついていきます!! ユルル師匠!!

 

 ジーンとか言う人から報奨金貰った。俺だけちょっと多めに。良い物を見せてくれた礼だとか。普通に嬉しい、()()()()()()()()()()()。遂に俺に新しい武器が来る。

 

 主人公としては普通だよな。新しい武器を獲得、久しい強化イベント。前から気になっていた武具のショップがあったんだよね。

 

 

 帰り道にハムレタスサンドを食べながら帰る。エセが何か言ってる。自由都市? あ、前から気になってたんだ。もしかしたら俺の活躍の場はダンジョンかもしれないしな。

 

 主人公がダンジョンに潜るというのはあるあるである。そこから俺の物語が加速するという可能性もあるな、今度長期休暇とかあれば行って見よう。

 

 

 王都に着いたので、早速以前から気になっていた店に向かう。凄い古臭い汚い、非清潔、ボロボロなお店。俺は綺麗好きだから住むとしたらこんな場所は絶対願い下げであるが、こういった場所に意外と良い剣がある気がする。

 

 俺は賢いので分かります。

 

 中に入ります。剣を見ます。奥にTHE職人って感じの人が居るな。銀座の高級すし職人みたいな感じがする。

 

 さてさて、どれが良いかなー。俺ここ一回も入ったことないから分かんないんだよねー。

 

 基本的に買わないのに店に入るとか、店の人に失礼かなって思うからあんまりしないようにしてるし(急な良識)

 

 

 お、これいいじゃん。買おう……え? 嘘でしょ? 高い!? 今日特別報酬貰ったのに買えないんだけど!?

 

 えー、これは溜息だな。折角買えると思ったのに……いやこれはお店の人に悪いな。買わないのに買うみたいな感じ出しちゃったし(唐突な良識)

 

「なんだ? だと、どういうつもりだ」

「……ここに用はない。お門違いだった、ただ、それだけだ」

 

いや、マジでお門違いだった。お金足りないもん。また、今度来た時に買うから許してね? おじさん。

 

そう言って店を出る。

 

あー、もしかしてあのお店……実は凄い隠れた名店とかじゃなくて、普通に経営に厳しいお店だったのかな。

 

奥さんに逃げられて、脱サラして始めたカフェみたいな……。お客さんとか全然いなかったし、久しぶりに来たと思ってた客が何も買わずに帰ったら不機嫌にもなるよな。

 

剣の値段が高いのも、それくらい高くしないと生活が凄い厳しいのかも……。やっぱり悪いことしたかな……

 

 

今度、買ってあげよう。隠れた名店を発掘するスコッパーみたいな感じで、主人公である俺が剣を使えば有名になること間違いなし! 今度、絶対買ってあげよう。

 

 

「フェイ」

「……なんだ?」

 

 

気付いたら後ろにアーサーが居た。どうして、こんな場所に居るんだ。普通こんな場所で遭遇するか? 寮の近くでも無いし、何こいつ、ストーカーでもしてたの? ボウランも居るし。

 

 

「任務お疲れ様」

「……要件を言え。まさかそれだけではあるまい」

「うん、実は……フェイの周りに変な奴がウロチョロしてるから気を付けて欲しい」

 

 

いや、それお前。

 

 

「フェイをストーカーしてる複数犯と断定してる」

 

 

いや、それお前とボウランだろ。

 

 

「……そうか」

「うん。気を付けて」

「それよりさ、飯行こうぜ! 飯!」

「断る」

「えぇ! いいじゃん、飯行こうぜ! 飯!」

「なら二人で行け」

「いいじゃん、飯行こうぜ! 飯!」

 

ボウランしつこいな。どんだけご飯行きたいんだよ。飯行こうぜbotか。しつこいなと思っていたらボウランが片腕をがしっと掴んだ。

 

 

「よし行こうぜ。アタシお前の任務の話とか聞きたいんだ!」

「なら、ワタシも行く。気になる」

 

 

行く方向で完全に話が進んでいる。

 

 

「フェイ、お肉好き?」

「……なぜ、行く方向で話が進んでいるのか分からんな。俺は行かないと言っている」

「と言いつつフェイは来てくれるでしょ? ワタシ分かる。フェイ優しいから……、でも、年上のお姉さんとご飯行くの恥ずかしいなら逃げてもいいよ?」

 

 

なにその……お隣アパートに住んでるからかい上手系年上大学生風みたいな感じは……

 

その感じは素でなんかムカつく。顔かなり整ってるから余計になんかムカつくな。別にドキドキとかしないけど。逃げてもいいよ? みたいに言ってくるムカつく。行ってやるよ。

 

 

「……貴様らは俺に本当に手間をかけさせるな」

「よっしゃ!」

 

 

まぁ、いいか。クール系はやれやれ見たいな感じだったら飯行ってもおーけーだからな。

 

 

「フェイって、もしかして……ツンデレ♂?」

「……」

 

 

コイツ絶対いつかしばく。

 

 

■◆

 

 

 

 

「あぁ♪ 見つけましたわ♪」

 

 

 とある場所、檻のような場所。そこに金髪に血が混じっているような真っ赤な瞳を持つ少女がとある男の胸倉を掴んでいた。美しい顔立ちからこぼれる狂気の笑みは不気味さを感じさせる。

 

 

「な、なにを!」

「別に、殺そうとしただけですわ♪ ただ、その前に……ちょっと()()()()()()()()()♪」

 

 

 そう言って左手で額に触れる少女。

 

 

「なるほど……ここでしたのね……噂では善良であっても、行っていることは非道とは面白い物ですわね、人間って♪ 貴方もですけれど♪」

「くっ、殺すのか!?」

「当り前ですわ♪ 貴方がしてきたことに比べたら死ぬだけなんて、お釣りがくると思いますわよ?」

「ぼ、ぼくは! 未来の為、人の為に、あれを行ったんだ!! 多少の犠牲を払ってもそれが未来の!!」

「はぁ……永遠機関と言い、()()()()()()、本当にクズですわね♪ ワタクシ自身もクズですけれど♪ 結局、根が善良であろうとなかろうと、正義を盾にしても、しなくても、人とは何かを理由にして、何かを簡単に虐げられる生き物ですわね。まぁ、別にもう、いいですわ♪」

 

 

 そう言って、剣を向ける。ぐさりと、顔面から血が噴水のように吹きでた。

 

「はぁ……闘争が死闘が、魂が沸騰するような激戦が欲しいですわ……。次が当たりなら良いのですけれど……」

 

 

 欲求不満であるような少女はそのまま檻のような場所を去る。そこに捕らえられていた少女達。だが、誰一人として既に息はしていなかった。

 

 

「まぁ、良いですわ……せめてもの慈悲を……」

 

 

そう言って、右腕を振るう。光がそこに満たされて、何かが浄化する。そのまま、彼女は再び、腕を振るう、今度は右腕に異様な極代の光を集めて。

 

 

そのまま、そこは跡形もなく消え去った。

 

 

 ――ある場所で、一つの任務が発注された。鬱がトゥルーを襲う任務が……本来ならあり得ない再会。異分子が入った事でそれは大きなうねりとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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25話 ロマンス小説系主人公

 ある場所で任務が発注された。貴族、ジョニー・ポイントタウン。領民に優しく、誠実。ポイントタウン現当主である。冬になり、ホワイトウルフが領内の家をよく荒らしたり、人を襲ったりしてしまうらしい。

 

 冬になると一部の魔物は活動を停止し、冬眠などに入るが逆に冬になると活動が活発になる魔物も居る。それがホワイトウルフ。ハウンドの色違い白いバージョンの魔物である。狡猾で数が多く、対処に手間がかかる。その為にフェイ達が派遣された。

 

 ポイントタウン領。広い領地、感じの良い領民、優しい空気感全てが理想の領地と言える。

 

 

「あ、フェイ、あそこに美味しそうな串焼き売ってる。買ってきてあげようか?」

「いらん」

 

 

 姉面をするアーサーなど相手にもしないでフェイは歩く。彼の前にはトゥルーとサジント、横にはアーサーと苦笑いをしているユルル。本来ならユルルを除いた四人が任務に派遣され、トゥルーの隣にアーサーが居て話をするのだが、そんな原作など彼らは知る由もない。

 

 

 五人は依頼を発注したジョニーの屋敷へと到着する。白を基調とした美しい二階建ての屋敷。窓、屋根、壁、それぞれが淀みなく家を構成している。この家に住む者のセンスがヒシヒシと感じられる。

 

 尋ねた事を伝えると屋敷から出てきたのは茶髪の男性。若さはないが、若者にはない大人の魅力を感じさせる優しい笑みを浮かべている。

 

「わざわざありがとうございます。ささ、入ってください」

「ありがとうございます」

 

 サジントが代表をして挨拶をし、中に入る。外装もさることながら内装も素晴らしかった。

 

「う、うわぁ、凄い綺麗。……私の家もこんな感じだったなぁ」

 

 ユルルが内装の美しさに驚きながら懐かしさも感じる。どこか寂しさも彼女は感じるがそれを表情に出すことはない。

 

「ちょうど、お茶が湧きましてね。お茶をしながら話しましょう。メイ、頼むよ」

「はい。ジョニー様」

 

 

 高い女性の声がする方向を見ると、赤い髪、黄色の眼をしており、スタイルもジャイアントパンダ並みのメイド服を着ている美女がいた。その女性とユルルの眼が合い、互いに驚きに眼を見開く。

 

「め、メイちゃん……」

「ゆ、るる、お嬢様……」

「メイ、知り合いなのかい?」

「はい。メイが以前お世話をしていたお嬢様であった方です」

「なんと、そうだったのですか」

「は、はい……こ、ここで働いていたんだ……」

「その、お久しぶりです……お嬢様」

「もう、私はお嬢様でも何でもないですから、気を遣わないで大丈夫だよ……」

「いえ、メイにとってユルルお嬢様は仕えるべき立場でなくても、大事な方には変わりありません」

「め、メイちゃん……」

 

 

 ユルルがまだ貴族であった時、ガレスティーア家が没落をしていなかった時、ユルル専属でお世話をしていたメイドであるメイ。元々は行く当てのない子供であり、それをユルルの父が引き取り、年の近いユルルのメイドとした過去がある。

 

 ユルルの二歳年下で、話も合う。立場と言うのはあるが主従関係よりも友達の関係に近かった。ただ、ガレスティーア家が没落し、ユルルは聖騎士として活動をし、互いにすれ違い会う事もなかった。

 

 行先は互いに知らず、メイは冒険者として活動をしていた。その時、魔物に襲われたジョニーの妻を助けた事で気に入られ、この屋敷のメイドとなったのだ。

 

 本来ならもう会う事もなかった二人が再会をした瞬間である。

 

 

「どうやら、互いに話をしたいことがあるようですね。私の事は気にしなくていいですから、ここを出てお二人で話されてはいかかでしょうか?」

「ジョニー様……よろしいのですか?」

「構わないよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ジョニーの勧めで二人は部屋を出た。残された四人でジョニーからホワイトウルフの被害について説明を受けながら茶を味わった。

 

 

 

■◆

 

 

 ホワイトウルフが出現するのは人が寝静まった夜が多いので、それまで自由時間を過ごすことになったフェイ。彼は特に意味もなく、領内を歩く。アーサーが一緒に来ようとしたが素早く振り払ってクールに孤高を彼は貫く。

 

 

 フェイが頭お花畑に歩いていると、前からユルルとメイが楽しそうに話しながら歩いてくるのがフェイには見えた。

 

「あ、フェイ君ー!」

 

 フェイに気付くと手を振って、近寄ってくるユルル。いつものように笑顔が煌めている。それを見てフェイは思う。

 

 

 

「この方が、先ほどお嬢様が言っていた……」

「うん! 私の弟子なの!」

「なるほど、そうなのですね」

 

 

 ユルルが笑顔で肯定をする。メイはそれを見て全てを察した。話を聞いてユルルが如何に苦労をしたか、そして救われたのかそれを理解していた。その中でも特に口調を強めていた男、フェイ。

 

 これで分からないほど、メイは鈍感ではない。ユルルが恋をしていることを察した。だが、同時にフェイに不信感を抱いた。

 

(まるで、虚空のような虚無感。彼の眼はこちらを向いている。それなのに、メイ達を別の何かと見ているような……何か他に常人では考えつかないような何かを、頭の中ではじき出しているような……)

 

 フェイの眼、それはメイと言う存在が未だ体験したことがない異様な眼であった。

 

(こんなにもユルルお嬢様に好意を向けられているのに……それに気づかないほど愚かには見えない……感情のないような眼……一体)

 

「あ、メイちゃん。大丈夫?」

「はい、少しだけ、考え事をしてしまいました。お気になさらず……フェイ様、以前、ユルルお嬢様の専属()()ドとして働いていた、()()と申します」

「――そうか」

 

 

フェイの眼が僅かに興味を持ったようにメイに向いた。

 

(……メイを見ている? 一体なぜ……もう少し、探りを入れてみるか。お嬢様が惚れこんでいる男がどんな存在なのか気になる)

 

 

相手から聞き出すときは自身を開示することが一般的である、相手に話させたいなら、先ずは自身がさらけ出す。それが基本である。

 

「はい。メイはユルルお嬢様の元で毎日、()()杯働いておりました。その後、ユルルお嬢様は度重なる不幸故にメイとは離れ離れに……まさに気が()()るような過去でありました。ですが、こうやってお嬢様と楽しく再会できたのは貴方様のおかげでしょう。ありがとうございます。フェイ様」

「……」

「ユルルお嬢様に貴方様が如何に素晴らしい方かはお聞きしました。ですが、メイはもっと貴方について知りたくなりましたので、その、よろしければ――」

「……」

 

 

――フェイ様の今までの事を詳しく教えてくださいませんか? と、メイはフェイについて聞こうとした。だが、そこで気付いた。フェイの視線が自身に釘付けになっていることに。

 

 

ユルルが居るのに、彼の眼は彼女ではなく、先ほどまでの虚空を見るような眼も、彼女に、()()()()()注がれていた。

 

 

(え……?)

 

 

 

 目は口程に物を言うと言う言葉ある。メイはそこであることを察した、彼女は察しが良いメイドなのだ。『そんなに分かりやすい好意』があるのかと

 

 

(もしかして、この方……メイに恋をしてしまったのでは?)

 

 

(先ほどまでの虚空のような眼。もしかしたら、今まで愛するような存在が見つけられなくて誰も瞳に写すことが出来なかった。でも、丁度そこに可愛いメイが現れて一気に恋に落ちた?)

 

 

(なんか、そういうロマンス小説読んだことあるー!!)

 

 

 メイは察しが良く、ロマンス小説が大好きなメイドである。

 

 

(も、申し訳ありません、お嬢様……メイはなんてことを……お嬢様の初恋の御方をこの美貌で奪ってしまうなんて……で、でも、もしメイがこの御方に告白をされても、お断りします!!)

 

 

(あー、でも、そうなっても、どろどろとした女の戦いに……)

 

 

 頭の中ではロマンス小説のように自身を廻って、様々なイベントが起こるみたいな妄想が膨らむ。メイは今までメイドとして活動をしてきたが同時に、憧れがあった。

 

 

 それは……ロマンス小説の()()()のような素晴らしく、激熱でカッコいい男性に愛されたいと。ようは、主人公に憧れているどこぞのお花畑と似ているのである。

 

 

 

「フェイ、一緒にご飯行こう」

 

 

 そこにジャイアントパンダが現れる。傍から見ると四角関係で痴情のもつれがあったかのようである。

 

 

「いかん」

「照れなくていいよ」

「……」

 

 

(あわわわ、この金髪の御方もフェイ様に恋をしている!? め、メイはロマンス小説の主人公のようにねばねばとした女の戦いに!?)

 

 

(フェイ様……顔は良い感じ、ちょっと目つきの悪いこの感じもロマンス小説に出てくる、オラオラ系の男性王子っぽい……あわわ、メイは、メイは、ロマンス小説の主人公だったのかもしれません!?)

 

 

(う、うへへ、ずっとそう言うのに憧れていたからちょっと嬉しいかも……で、でもユルルお嬢様には申し訳がない。ユルルお嬢様に結ばれてもらって、メイはメイドとして、おそばに……)

 

 

 ユルルの恋を感じ取っているからこそ、彼女は揺れている。だが、その()()も今では主人公のようで嬉しくもある。頭の中でイケナイ妄想が広がっている。

 

 

 大きな屋敷、誰もが寝静まった夜。そこのとある一室。そこでメイはベッドに押し倒される。

 

『い、いけませんッ、だ、旦那様……メイは、メイドで……ユルルお嬢様に何といえば』

『俺にはお前しかずっと見えていなかった』

 

 

 顎クイ。からのー、鋭い視線。

 

 

『だ、旦那様……』

『安心しろ、誰も俺達の関係になど、気づいていない』

『メイは……』

 

 

 うっとりとした自身の顔が、フェイの瞳に映る。彼の眼にもきっとフェイ自身の焦がれたような顔が映っているのだろう。優しく口を封じられ、互いに吐息が荒くなっていく。

 

 彼の手が肩から徐々に下へ、だが、その手さばきはイヤらしくもなく、どこか幸せを感じる手でもあった。背徳感、そして、ずっと隠してきた愛を互いに開放して……

 

 

(うへへ、最高……じゃなかったそんな結末は断じて許してはいけません!! お嬢様、数年ぶりに再会したお嬢様に幸せになってもらわなくては……)

 

 

 ぶんぶんと頭をこれでもかと振って、思考を蹴散らす。自身がロマンス小説の主人公説を彼女の中で一時的に否定をした。だが、何度も何度も妄想が頭をよぎる。

 

 フェイは目つきこそ悪いがかなり顔は良い感じ。雰囲気もそれなりにある。体も鍛えているので体型も良い。仏頂面であるがどこか品があり、声質も実はかなりクールで良いのだ。これこそずっとメイが考えていたロマンス小説の主人公を好きになる男性キャラである。

 

 本来なら、フェイは嚙ませキャラでメイはどうでも良い存在であると感じていた。お茶の飲み方もガサツ、ただただ偉そうな存在。だが、今のフェイは違う。偉そうで仏頂面だがどこか品があるのだ。ずっと己を鍛えてまっすぐ進んできた者特有のオーラ。

 

 

(……結構いい男かも……、メイを好きになる純愛系男性キャラとしては申し分ない……だから!? メイはロマンス小説の主人公じゃないんだって!?)

 

 

 自分で自分に言い聞かせてはいるが、幸せな出会い、妄想が膨らんでいく。どこか心の中で求めていた劇的な出会い。ロマンス小説の男性のような、風貌。色々相まって変な方向に彼女は進み始めていた。

 

 ただのモブキャラであったはずのに。

 

 

「あ、あのメイちゃん、大丈夫?」

「え? あ、だ、大丈夫ですよぃ」

「大丈夫ですよぃ……そんな変な言い方してたっけ?」

「か、噛みました」

 

 

 

 最早、落ち着けるはずもなくメイは混沌としていた。そんな時、何かが爆発するような大きな音が聞こえた。

 

 

「え?」

 

 

 魔術的介入、異常事態、緊張感が走る。領民たちも急に襲ってきた恐怖に驚きを隠せない。ユルル、アーサー、フェイが現場に向かう。

 

 誰もが慌てる非常事態、その中で二人だけ頭の可笑しい者達が居た。

 

 

(これは、まさか、ロマンス小説の主人公であるメイのイベント!?)

 

 

 

 もう、彼女は手遅れかも知れない。

 

 

■◆

 

 

 ホワイトウルフを討伐せよ!!

 

 そんな依頼を受けた俺達であるが、暫く自由にしてていいらしい。さてと、どうしますかね。そう言えばあの領主、ジョニーだっけ? 優しそうだけど、ああいう人に限って実はみたいなオチがありそうだな。

 

 悪いキャラですよみたいな? 

 

 

 この後どんな展開になるのかなー。どんなイベントがあるのかなー。

 

 

 取りあえず、クールに領内を歩く。すると前からユルル師匠が。

 

 

「あ、フェイ君ー!」

 

 

 子供みたいに元気よく手を振る師匠。偶に、()()キャラに見えるな。()()ル師匠なだけに。隣にはメイドが居る。あー、さっきの、昔専属メイドだったんだっけ?

 

 

 名前なんだっけなぁ?

 

 

「はい、少しだけ、考え事をしてしまいました。お気になさらず……フェイ様、以前、ユルルお嬢様の専属()()ドとして働いていた、()()と申します」

 

 

んん?

 

 

「はい。メイはユルルお嬢様の元で毎日、()()杯働いておりました。その後、ユルルお嬢様は度重なる不幸故にメイとは離れ離れに……まさに気が()()るような過去でありました。ですが、こうやってお嬢様と楽しく再会できたのは貴方様のおかげでしょう。ありがとうございます。フェイ様」

 

 

怒涛の韻を踏む行為。これは間違いない、モブキャラだ。凄い悲しそうな過去なのに、ごめん、全然内容が入って来ない。それより、韻を踏んでるしか頭にはない。

 

 

――気が()()るくらい、()()杯、働いていた、()()ドの()()ちゃんね? ククク、ここまでくると面白いじゃん。

 

 

もう、名前覚えたよ。メイね。何というか、ここまで推しが強いとな、逆に好きよ

 

 

原作者さんのノベルゲーするユーザーへの配慮やね、これは。意識付けをして覚えやすくして、物語に入り込んで貰いたいって言うね。キャラの名前をちゃんと覚えておいて欲しいって言うね。

 

 

――やっぱりこの世界の主人公として、この世界を作った原作者の配慮を読み解くのは基本。

 

 

いや、しかし、メイね。もう、おもろいな、ここまで来るとね。

 

 

その時、どっかーんと大きな音が!?

 

 

これは、主人公である俺のイベントだぁ!!!

 

 

いざ、出発進行、止まらず参りまーす! 

 

 




いつも応援ありがとうございます。面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします


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26話 モードレッド

 大きな音が響いた。何かが爆発するような音。そこに人が居れば、必ず誰かは死んでしまっていたであろう大きな音だ。

 

 ジョニーの妻やフェイ達がそこに向かう。そこは地面が抉れていた。地面が割けたように割れて、中には何か、地下通路のような物が見える。

 

 

「奥さん、これを知っていますか?」

「知りません……何も、こんなのが領内にあったなんて」

「……そうですか。少し、調べさせてもらっても」

「はい、お願いします……少し、気味も悪いですし」

 

 

 サジントがジョニーの奥さんから了承を貰うと全員で中に入る。中は岩のがれきによって作られた迷宮のようであった。

 

 外とは気温はさほど変わらない。だが、どこか鳥肌が立つような不気味さをそこら中から感じる。いつ何かが出てきてもおかしくはない。なるべく足音を消して五人が歩くと分かれ道があった。前、右、左、一体どこに行けばよいのか。

 

「分かれ道か、どうする?」

「……俺とアーサーはこっちに行こう」

「なんで、ワタシがサジントと……フェイと一緒に行きたい」

「……さて、他はどうするべきか」

 

 

 サジントがアーサーの抗議を無視する。監視という任務があるために離れることを少なくしようという考えがある。そして、普通に疲れが溜まっているためにアーサーとの会話を減らしたいという欲求による無視であった。

 

 

「俺は一人で良い……このまま真っすぐ進む」

 

 

 それだけ言ってフェイは一人で真っすぐ道を進んでいった。その覇気に誰も異を唱えることはできない。ユルルも止めようと手を伸ばすが、彼は一人消えていく。

 

 

「……フェイ一人か…………いや、アイツなら大丈夫か……ユルルとトゥルーは右を頼む」

 

 

 フェイが消え、ユルルは心配そうに見えなくなった彼を想う。だが、急がなくてはならない。サジントの指示で全員がそれぞれの道を歩き出す。

 

 

 このイベントではどこを選んでも大して結果は変わらない。この迷宮ともいえる研究所ではジョニーがとある女に殺される。その死体、そしてここにある研究所の子供の死体。それらがトゥルーやアーサーにとってトラウマイベントなのである。

 

 ジョニーが死ぬのは因果応報ともいえる。ジョニーは善人であるが非道な道を歩き続け、何人もの子供を殺しまくった殺人鬼の片棒を担いだような存在だからだ。

 

 

ここはとある研究所である。誰にもバレない様に地下に研究所を作り通常では入れないように細工をしている。

 

その研究所のとある空間。石の壁に囲まれ薄暗い部屋。そこでジョニーが誰かに腹部を剣で刺される。

 

「ガッ……」

「あーあ、大したことのない存在でしたのね♪ がっかりですわ♪」

「……わた、しは、みらいのため、ひとのために……」

「何を言ってももう変わりませんわ。ワタクシからすればどうでもいいこと……まぁ、どんな理由があろうと数多の犠牲を出した貴方に相応しい末路では?」

「……犠牲、は、ひつよう、わく……わた、しは、みらいのために……」

 

 

ジョニーは息絶えた。剣を引き抜くと血が落ちる。水溜まりのようになった血の池。そこを後にして女性はそこを去ろうとする。

 

 

「こんなものでしたのね。それに、この男もただの下っ端……大した情報もないだなんて……骨折り損のくたびれ儲けですわね」

 

 

 溜息を吐きながら、そこから消えようとした時、二人組が彼女の前に立ちふさがる。

 

 

「あら? どちらさまですの?」

「……僕たちは聖騎士だよ」

「ジョニーさん……!?」

 

 

 トゥルーとユルルがその女性の前に立ちふさがった。ジョニーの死体、そして、僅かに返り血を浴びている女性の服。状況を考えればすぐに答えがでる。眼の前の女にジョニーは殺された。

 

 だが、妙に納得が出来ない。ここは何処なのか。なぜ、ここで殺されているのか。トゥルーは悩む。何かこの状況には訳があると。

 

 

(僕は、また救えなかった……でも、ここで折れるわけには行かない)

 

 

 本来なら胃液が逆流し嘔吐をして、膝をつく。だが、それでも戦いに挑む。だが、優秀な医者によって的確な治療が行われたために彼の胃は守られた。

 

 

「僕たちと一緒に来てくれるかな……」

「お断りしますわ♪」

 

 

 トゥルーが出した覇気に僅かに喜びを感じているような女性。その返答を聞くとそうかとトゥルーは剣を抜いた。

 

「やはり、闘争とは良い物ですわ♪」

「……ユルル先生。他の団員に連絡をお願いします……()()()()()()()()()

「トゥルー君……ですが」

「大丈夫です。あくまで時間稼ぎ、全員揃ってから取り押さえる方が良い。ですから、お願いします」

「……分かりました。どうかご武運を」

 

 

 ユルルはそう言って急いで他の団員の為に引き返す。トゥルーの頭の中には全員で、等と言う発想は無かった。ただ、自分で、己だけで何かを勝ち取りたいと考えているだけだった。その為に言った詭弁。

 

 

 頭の中に一人の男が浮かぶ。黒い髪、鋭い眼。だが、たった一人でも戦い続ける剣士。

 

 

 互いに地を蹴る。大きな金属の音が響く。星元による身体強化によって繰り広げられる剣舞。

 

 

「いいですわね。ワタクシ嫌いではなくってよ」

「……」

「レディに向かって無視とは頂けないですわね」

「……僕はお前を倒すことしか考えていないからね。余計な事はいらないよ」

「へぇ……面白い事を……あら?」

 

 

 女が気付く、足元に大きな水溜まりが浸かっている。そして、自身の四方八方から細い矢のような水が飛んでくる。

 

 

「良い操作ですわね……でも、()()が足りてませんわ♪」

「――ッ」

 

 

 ギアを一段階あげた女の剣によって一瞬で水の矢が霧散する。今ので自身より格上であることにトゥルーは気付いた。

 

 

「もう、いいですわよね? まだ、狩るに値しないですわ。それに覚悟も足りていない。そして、一番は、その雰囲気、誰を真似ているかは知りませんが不格好にも程がありますわ」

「――いや、まだだ!」

 

 

 格上と分かっていながらも再び特攻をする。恐怖で怯えながら、足を震わせながらも突進をする。

 

 

「そんな状態では倒せる者も倒せませんわよ……」

 

 

 

 トゥルーの剣を交わしながら彼女は鳩尾に拳を叩きこんだ。焼けるような衝撃にトゥルーの意識は深くに沈んでいく。

 

 

「さて、帰りましょう。ここを破壊……あー、この方気絶をして……」

「……ま、だ」

「あら、起きてましたのね。好都合ですわ。近いうちにここを消し去りますの。逃げた方がよろしいですわよ」

 

莫大な星元が彼女の右腕に収束する。星のように煌めく輝き。それを地面に叩きつけると、手から地に星の輝きが移る。

 

 

「時間にして……一時間、ってところですわ。どうか、死なないでくださいまし。面白いお方」

 

 

 

 それが本当に彼女が発した言葉であった。トゥルーは腹を抑えながらも惨めな芋虫のようになっても彼女を追う。だが、既にそこに姿はない。だが、それでも――

 

 

 そこへ、サジントとアーサーが到着する。腹部へのダメージが回復し、普通に歩けるようになったトゥルーは歩きながら脱出をしなくては不味い事を伝えた。そして、自身が知らない情報も受け取る。ユルルは未だにフェイを探しているとのこと、そして、ここが何らかの実験施設で子供の死体が多数あった事を彼は知らされた。

 

 アーサーが寂しそうな顔をしていることにトゥルーは気付いたが最早、一刻の猶予もない脱出とフェイ発見が大事である為に声はかけられなかった。

 

 

 

■◆

 

 

 

「道に迷いましたわ……」

 

 

 金髪の女が道に迷っていた。トゥルーを倒し、自身も脱出をしようと歩いていたのだがあまりに広い迷宮のような研究所に彼女は足を止める。

 

 

「……どうしましょう。ここから上に魔術を放ってもいいのですが、ここが崩れてあの方が確実に巻き込まれて死にますし……」

 

 

 

 迷いながらも先ほども歩いた道をグルグルと回る。だが、出口が分からず、またしてもグルグル回る。

 

 はぁと溜息を吐く。どうしたものかと考え込む。

 

 

 薄暗い迷宮。音が殆ど消えたその場所に何かが聞こえる。誰かの足音であった。誰かがどんどんこちらに近づいてきていることに彼女は気付いた。

 

 足音を隠す素振りすらない傲慢な足音。女は面白いとその傲慢な人物に興味を持つ。

 

 シルエットが見える、女より背は大きい。腰に剣を置いており、先ほどのトゥルーと同じ団員の服を着ている男であることに気付いた。そして、その男の顔が見える。

 

 

「誰だ? 貴様は」

「レディに名前を聞く時はご自分から名乗るのがセオリーではなくて?」

「もう一度聞く。三度はないと知れ……誰だ貴様は」

「せっかちな方ですわね。まぁ、良いのですわ……ワタクシはモードレッド。ただ気まぐれにいろんな場所を爆破させたり、強者との戦いを好んだりする自由な剣士ですわ♪」

「……なるほど。察してはいたが剣を交えるべき相手のようだな」

「その通りですわ。先ほど、貴方と同じ服を着た男を倒してきましたの♪ お仲間の敵討ち、是非果たしてくださいまし♪」

 

 

 モードレッドと名乗った長い金髪をポニーテールに縛った女の剣士。血のような眼をフェイに向ける。彼女にとって戦闘は闘争は三度の飯よりも好物であった。自身を心の底から沸騰させてくれるような激戦を求めている。

 

 

「俺は俺の為にしか剣を振るわない。そこを履き違えるなよ、女」

「……へぇ、そう言う理念とは珍しい方ですわね!」

 

 

 フェイが先に動いた。不格好な星元操作によって強化されたフィジカルからモードレッドに剣が振り降ろされる。先ほどのトゥルーよりも遅い剣。てっきりかなりの強者であると思い込んでいたモードレッドにとっては肩透かしであった。

 

「うーん?」

「……」

「まぁ、太刀筋は素晴らしいですが……」

 

 

 それは彼女の求めている闘争ではない。沸騰するような魂の交差でもない。だから、詰まらない。トゥルーも彼女を満足させるような存在ではないが期待はあった。ただ、この男は……

 

 

(期待外れですわね……もう、器は見切りましたわ、早めに終わらせましょう)

 

 

 フェイよりも速い斬撃が彼を襲う。剣舞を捌ききれるはずがなく、肩や、足、頬を掠める。血が服に、靴に滲んでいく。しかし、それを一切気にする事はなく剣を振り続けるフェイ。

 

 早めに終わらせる、おもちゃに飽きた子供がそれを捨てるように彼女はフェイを切り捨てようとした。だが、喰い下がる。

 

 剣が体を掠めるがそれは致命傷ではない。速さでは圧倒的に優れているにもかかわらず勝負は決着しない。

 

 

(何ですの? この違和感……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 不意打ちとして、モードレッドは蹴りを叩きこんだ。剣ではなく身体による直接の暴力。だが、彼女の左足はあばら骨に至ることなく、フェイの右腕によってガードされる。

 

 

 僅かに骨のきしむ音が聞こえた。だが、それによって彼が倒れることはない。眼線が交差する。これで終わると思うなよと訴えられる。

 

 

 今度はフェイが左手に持ち替えていた剣を彼女に向かって突き刺す。咄嗟に星元によってさらに強化した身体によってそれを交わす。

 

 

 それは違和感だった。圧倒的に有利、星元操作、身体能力、剣の冴え。何一つ劣っているはずはない。それなのに喰い下がられる。闘争、それが好きな彼女。だが、自身への絶対の自信が根柢の一つとして存在する。ありとあらゆる強さを理解している。

 

 そして、フェイは強いのかと問われたら、そうではない。

 

 にも関わらず、明らかに優位な立場であるのに勝てない。それが違和感を強める。更に星元強化をする事があれば倒すことは可能である。だが、それではただの暴力のようであり、美しくない。

 

 これ以上強化すれば、眼の前の男の真の価値を見定めることはできない。彼女はそう感じた。

 

 

「貴方、未来でも見えてますの?」

「……」

 

 

返答は剣による流れるような太刀。それを捌き、お返しに七連の斬撃を彼女は繰り出す。高速、頭、両肩、両ふくらはぎ、胸部、腹部、それぞれを狙った。

 

彼女もこれで致命傷を負うはずだろうと思う反面、同時に捌いて欲しいと感じていた。

 

未知(フェイ)への期待。

 

 

それに答えるように、フェイが眼を見開く、その時モードレッドは見た。彼の眼が全ての斬撃を眼で捉えていたことに。

 

両肩を掠め、両ふくらはぎを掠め、額、心臓に近しい部分の胸部から血が流れ、腹部も少しだけ刺された。だが、倒せない。

 

 

 

「――その剣は、もう見た。違うので来い」

 

 

 

圧倒的弱者、彼女が興味を持つような対象外の存在であったのにもかかわらず、割り込むように対象内にされた。そんな経験は初めてである。

 

 

「へぇ……」

 

 

ニヤリと下品な笑みを彼女は浮かべる。またしても予想の遥か上をいかれたことに興味が深まる。

 

 

「……」

「もう一度聞いても宜しくて? ()()()には未来が見えていますの?」

「……そんなものは見えん。俺は今に喰らい付き戦うのみ」

「……ふむ……だとすれば……成程……そういうことでしたのね。貴方様、ワタクシと()()()()()()()を使う方が身近にいるでしょう?」

「……」

「沈黙は図星と見て間違いはなさそうですわね。いずれその方も潰さないといけませんわ。ただ、今は――」

 

 

一瞬で距離がゼロになる。剣が十字に交差する。フェイが身体強化によって対応するが上からの彼女の剣に押し込まれる。あまりに一瞬の出来事でフェイも僅かに反応が遅れる。刃が自身の方へ向き、肩に食い込んでいく。

 

 

「ワタクシには貴方様しか見えていませんわ♪」

 

 

 時間を忘れ、目的を忘れ、彼女には闘争を満たしてくれる眼の前の存在しか頭にはない。

 

 

「ほらほら、このままでは自身の剣に切られてしまいますわよ♪」

「……」

「その表情、焦りも無ければ恐怖もない。生死を分かつ状況で人の本性は出るという物。貴方様は相当タフな方なのですわね♪ あぁ、イイですわ♪」

 

 

次の瞬間、フェイは剣から手を離し、体を捻る。モードレッドの剣を交わし拳を彼女に向ける。

 

 

「ふふ、荒っぽい肉弾戦も嫌いではないですわ。ですが、ちょっと、お粗末でしたわね♪」

 

 

 フェイの拳は空を切る。モードレッドはニヤリと笑い、フェイの腹部に剣を刺した。

 

 グシュ、と鈍い音が鳴る。彼の服は一気に赤に染まる。壁にフェイの腹部が貫通した剣が当たり彼女の手にその振動な響く。そこで気付いた。刺すつもりはなかった。殺す気もなかったが、このままではフェイは死ぬ。

 

 

「あ……思わず、刺してしまいましたわ……。貴方様が生きが良すぎるからつい♪」

「……」

「どうしましょう。ここで殺すには非常に惜しい――」

 

 

 次の瞬間、彼女の頭がフェイの両腕によって掴まれる。

 

 

「――はにゅ?」

 

 

 そのまま、フェイは己の頭を彼女の頭へとぶつけた。その時彼女は頭まで強化に回してはいなかった。腹部へ刺した時点でその先は無いと勝手に思っていた。

 

 

「あひぃ」

 

 

 初めて可愛らしい女の子の声が響いた。剣から手を離し、二歩、三歩、四歩を下がって行く。そして、彼女も壁に背を預けた。くらくらする頭、視界が少しだけぼやけている。

 

 

 一方フェイも剣を腹部から抜く。そのまま両手を膝につく。これほどまでの出血多量は恐らく初めてであろう。

 

 

 フェイの方が彼女よりも状態は悪い。だが、それでも再び立つ。彼女も軽い脳震盪の状態ながら立ち上がる。

 

 

「わ、笑っていますのね……貴方様は……嗚呼、最高。これが、これこそがワタクシが求めていた闘争♪」

 

 

 彼女の眼の前に居るフェイは嗤って居た。死がそこに迫り、死神が鎌を首にかけているような状況でもあるはずなのに。

 

「ですが、惜しいですわ、このまま貴方様と戦い続けたいですが……もう、限界ですわ。死んでしまうのはとても惜しい。もっと熟してから――」

「――まだだ、俺は、終わってないッ」

 

 

  その眼が煌めていた。灰色の中で赤しか見ない彼女にとってそれは宝石のように美しかった。

 

「あぁ、良いですわ♪ 食べちゃいたい♪」

 

 

 そして、フェイの姿を見て彼女は察する。先ほど、僅かながら剣を交えた少年が頭をよぎる。

 

 

「先ほど、あの方の不格好な姿、誰かの猿真似をしているのかと思ったら……貴方様でしたのね」

「……知らん。それより」

「いえ、ここでお終いですわ。本当に勿体ない。貴方様をここで殺すのは……血が足りなくてもう、足がおぼついていますわよ? よくもまぁ、立って居られるものですわね」

 

 

 血が止まらない。血の池で足を震わせながらフェイは立っている。もう、勝敗はついた。モードレッドは笑みを浮かべながら彼の元に向かう。拳によるあがきを恍惚な笑みを浮かべながらいなし、フェイの腹部に回復ポーションを散布する。

 

 

「……ッ」

「全ては治っていませんわ。僅かに傷口が塞がった程度。またお会いしましょう。あぁ、そう言えばお名前を聞いていなかったですわ♪」

「……」

「そんなに怒らないでくださいまし。貴方様を哀れみで見逃すわけではなく。期待を込めて投資をしたのですわ♪ ですが、今回はワタクシの勝ちですわね、勝者の特権としてお名前を」

「……フェイ」

 

 

 未だ癒えぬ傷を気にする事もなく、いつでも噛みつく猛獣のようにぎらぎらと目を輝かせるフェイにまたしても頬が吊り上がる。

 

 

「フェイ、フェイ……覚えましたわ、フェイ様♪ いずれまた……あ、最後にもう一つ。フェイ様は戦闘中に嗤っていらしたけど、それはなぜ?」

「……嗤っていた、俺が……」

「あら、無自覚でしたのね」

「……そうか、俺は……」

 

 

 解せないような表情であったフェイの表情に納得の顔が浮かぶ。勝者の特権として彼女は再び答えを待つ。そこへ、誰かの走る音が聞こえる。銀の髪が風で揺れていた。

 

 

ユルルがようやくフェイを見つけた。アーサーやサジントと会う事は出来たがフェイだけを見つけることが出来なかった。それを遂に、だが、彼女はそこに喜びを感じない。

 

 

「フェイ君!」

「あら、先ほどの」

 

血だまりの弟子、返り血が増えている女性。ユルルの中に怒りが湧いた。

 

「……貴方は」

「貴方と戦う気はありませんわ。ここで戦えばお仲間が巻き添えになりますわよ」

「――ッ」

 

 

ユルルはモードレッドを見た時から嫌悪感を感じていた。そして、それが更に増えていく。あれは狂気の存在だと感じる。

 

 

「それよりもワタクシの問いに答えてくださいまし。もしかして、楽しかったのではなくて?」

「……あながち間違いではない。あの時、俺は震えていた……歓喜に打ち震えていた、また高みに登れると」

「――フェイ君……」

 

 

 ユルルは寂しさに心が締め付けられるようだった。

 

「ふふ、やはり、ワタクシと同類でしたのね。もしよろしければ、ワタクシと一緒に来ませんこと? きっと、色々と今より楽しいですわよ? ワタクシが戦い方をレクチャーして差し上げますわ。己の敵を己で作るのもきっと楽しいでしょうから♪」

「え……?」

 

 

 何気ない誘い、それを聞いたとき、乾いた声が彼女から出てしまった。もし、このままフェイが消えてしまったらと思うと自暴自棄にでもなってしまいそうであった。どうかどうか、私から離れていかないでくれと彼女は願う。

 

 あの女とフェイはもしかして似ているのかもしれない。それはきっと自分では理解できない強さの深み。でも、だからこそ離れていってほしくなかった。ここで別れたらもう一生、道が交わることがないからと分かってしまったから。

 

(フェイ君……お願い、貴方だけは、私から離れないでよッ)

 

 

 願いが叶わない事、きっと目の前の女が自分より強くて、彼を理解できることを彼女は察した。徐々に彼が遠くに見えた。

 

 

(いやだ、その先を、私は……聞きたくないッ)

 

 

 

 答えが分かった気がした。強さを求めるなから彼は――

 

 

「――断る」

 

 

 

 その声を理解するのにユルルは数秒費やした。血で染まって、もう動けないフェイ。だが、闘志を失っているわけではない。その眼とモードレッドの狂気の眼と交差する。

 

 

「貴様に教わることなど何一つない。俺の師はそこに居る女たった一人。俺が教わるのはユルル・ガレスティーアただ一人だ」

「――ッ」

 

 

 

言葉が出ない想い。体が熱くなる、涙が滲む。初めて彼がユルル・ガレスティーアと呼んでくれた事が彼女には嬉しかった。

 

 

「ふーん、まぁ、いいですわ。それではフェイ様、いずれまた」

「待て」

「なんですの?」

「いずれ、お前を斬る。今日の屈辱を俺は忘れない。そして、お前も後悔するだろう、俺をここで殺さなかったことをな」

「楽しみにしてますわ♪ それでは」

 

 

 

 嬉しそうに嗤いながらモードレッドは消えた。そこに残ったのはフェイとユルルのみ。フェイは次第に意識が朦朧とし始めていた。限界も限界、体には疲労が溜まり、死がそこまで迫っている。

 

 だが、彼はそれを感じさせない。何気ない顔でそこに居る。その精神は異常そのものであるが、体の問題はどうにもならない。精神には余裕があるが肉体にはもう、一切の余裕がなく、彼は意識の底に沈んでいく。

 

 

 そんなフェイをユルルが抱きしめる。もう彼に意識はない。腹部からも絶えず血が垂れている。ユルルは急いで自身の手持ちのポーションをフェイの腹部にかける。他にも傷はあるがそこが一番問題であった。

 

 ポーションを使い果たし何とか傷は塞がる。モードレッドがポーションによる投資をしていなかったら彼は死んでいただろう。

 

 しかし、血は足りていない。フェイは気絶。ユルルは彼をおんぶして急いで出口を目指す。

 

 

 

 

■◆

 

 

 

 道に迷った。不味いな……一人で大丈夫、助けは不要みたいな感じを出したのだがここさっきも通った様な気が……。

 

 

 あれ? まぁ、人生はさ、迷ってなんぼ、主人公は迷走してなんぼなんだけど……

 

 

 しかし、どうしよう。探検をしていたら、前から見知らぬ女性が、ポニーテールの金髪美女。

 

 コイツ……味方ではなさそうだな。怪しい感じがビンビン伝わってくる。え? さっき他の団員を倒したって?

 

 

 うわぁ、コイツやっぱり敵だな。今すぐ倒そう。

 

 

 戦闘開始。

 

 

 速いな。普通なら対応できない。俺がこのレベルの相手をするのは少しきついだろう。だが、俺は主人公、こんなところでめげない。

 

 それにコイツの剣技、アーサーに似ている。と言うかまるっきり同じだ。アーサーに今まで2000戦2000敗。

 

 

 いつもボコボコにされている俺からすれば最早、既知!!

 

 

 それにしても、アーサーの関係者か? こいつ。ちょっと頭おかしい感じもするし……人を弄ぶクズのような……結構可愛いのに。そう言えばイルカって可愛いけど実は凄い裏があるって聞いたことがある。

 

 親イルカが子イルカを殺してしまったり、虐めたり残虐な習性があるらしい。ふーん、アーサージャイアントパンダだから、剣技似てるし、モードレッドイルカなのかもね。

 

 

 ちょくちょくかすり傷をくらうが主人公にとってかすり傷はジーンズにダメージが入ってオシャレになるような物なので気にしない。

 

 

 

 腹を刺されたが、そのまま頭突きへ。これくらいじゃ、俺は折れないよ。寧ろ、お腹が貫通して、空気抵抗なくなって動きやすいぜ!

 

 あ!? コイツ倒れねぇ……最高の頭突きがきまったのに、嗤ってるバーサーカーかよ、こいつ、イルカ系バーサーカーなのか?

 

 

 血が出て動けねぇ、だが、気合で何とかなる!!! 血はなくても動けるのが主人公だ!! 気合で大体何とかなるのが主人公だ!!!

 

 

 え? 見逃す? こいつ、舐めてるのか? いや、もしかしてあれか、偶に出てくる主人公の未来への成長を予見して倒すのは今ではないみたいな……。

 

 偶にいるよね、倒せるのに舐めプして見逃す敵。よし、次にあった時がお前の最後だ!!

 

 そして、ユルル師匠到着。え? なに? どうして嗤って居たのか?

 

 俺、嗤ってたのか?

 

 ……あぁ、そうか。なるほど。俺はずっと憧れていた。前世ではずっと焦がれていた。だけど、現実じゃ、そんな主人公みたいな何かは起きない。でも、それでも願っていたんだ。

 

 

 誰かに夢を与えて、どんな時でも諦めない存在に。そんな存在になれるなんて簡単じゃない。雨の日に傘を持って雨を防がず、飛天流神龍とか妄想をして傘を振り回しても、マンホールが異世界への召喚魔法陣ではないかと勘ぐっても、血管が浮き出るほど腕に力を込めても、

 

 頬に包丁で十字の傷を描いても、現実は現実で変わらない。何も、変えられない。でも、今は違う。

 

 俺は主人公なんだ、憧れと同じ遺伝子を持っているんだ。だから、楽しいんだ。毎日、修行をするたびに、死線を超えるたびに俺はまた一歩強くなる。

 

 憧れに手を伸ばすことが出来る。例え、それで何かを失ってもそれが楽しくて楽しくて仕方がない。憧れに真っすぐ向って行けるこの瞬間が、この人生が、楽しくて仕方がない。

 

 

 だから、俺は嗤っていたんだ。不格好で惨めで勝てないかもしれない、死ぬかもしれない戦いでも。きっと、諦めずに走っていれば何かを掴めるから、掴める気がするから。

 

 まぁ、主人公なので死ぬわけがないけど……!! だって、俺が死んだらこの物語が終わってしまう、補正がある俺は死ぬわけがない。

 

 だから……死ぬわけがないから死ぬ気で死ぬまで頑張って生き残るのは基本

 

 

 さて、さて、徐々に意識が遠くなる。まぁ、出血多量で気絶して、ベッドで目覚めるのは基本なんでね。え? 俺に一緒に来ないかって? 行かないよ、だって、俺には

 

 

ユルル師匠が居るからな。

 

 

急に師匠面みたいなことするなよ、調子に乗るな。お前はイルカ系バーサーカー舐めプをする敵だ。

 

 

いずれ、この借りは返す。そう言えばアーサーにもこんな感じのこと言ったな。アーサーと剣技似てるし、アーサー関連って碌なことないな。

 

 

あー、ヤバい、気絶する。

 

 

それではユルル師匠、知らない天井でお会いしましょう。

 

 

 

――オールボワール

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間1 姉を名乗る不審者

 フェイはベッドの上で瞳を閉じていた。ポイントタウン領主の嘗ての屋敷の一角の医療室。彼の隣にはユルルが座りながら心配そうに顔を見ている。フェイはあれ程の血を流したのに顔色は悪くない。ユルルがフェイに血を与えたからだ。

 

 フェイの顔をユルルは何度も撫でた。助かった事への安堵が強かった。何度も何度も触れてフェイを感じる。

 

 

 優しく、無理に起こさないように眠りが浅くならないように。優しく撫で続ける。一体どれほどの時間が経っただろうか。フェイが眼を開ける。

 

 

「知らない天井か……」

「あ、フェイ君、よかった」

 

 

 フェイとユルルの目線が合う。彼女はフェイの首に手を回して自身に抱き寄せる。彼の顔が彼女の胸に埋もれる。

 

 

「もう、心配をかけて……ばか」

「……」

「あ、ご、ごめんなさい! 変なことして!」

 

 

 彼女は思わず抱きしめてしまった事に恥ずかしさを覚えた。あまりに無意識に彼を求めていた自分。只管に彼を求めてしまった自分。それに同時に驚愕をする。

 

 

「いや、俺も手間をかけたな……」

「い、いえ、お気になさらず……えっと、色々あの後の事をお話ししますね」

 

 

 ユルルは切り替えて、聖騎士としてあの後の状況を話した。あの迷宮のような場所は大爆発を起こして跡形もなくなくなってしまった。ジョニー・ポイントタウンはあのモードレッドと言う剣士によって殺されてしまった事。

 

 今回の一件はモードレッドの単独犯として表向きは処理をすると言う事。だが、あの事件には何らかの裏がある可能性がある為、あの迷宮のような場所で見たことは隠すこと。

 

「そう言う感じです……フェイ君はどう思いますか? 今回の事……」

「ジョニーと言う男は元からきな臭い感じはしていた……真相は分からんが奴が今回のただの被害者であると言う事は無いだろう」

「私もそう思います。メイちゃんやジョニーさんの奥様もどこか影を感じていたと先ほど話していましたし……」

「これ以上、考えても意味はない。現時点では分からないことだ」

「そうですね……あんな場所、私ももう考えたくないです」

 

 

 子供の腐った死体そこに蛆虫が湧いていた。それを思い出して背筋が凍るような思いをしてしまう。

 

 あれは何であったのか。ジョニー・ポイントタウンは何者であったのか。それはもう誰にも分からない。ただ、モードレッドと言う剣士が全てを破壊をしたと言う事だけが明るみになった。

 

 もし、ジョニーがしていたことが全て明るみになっていたら、その妻や子供たちはユルルのようになっていたかもしれない。

 

 

「あ、フェイ君、体調は大丈夫ですか? 具合が悪かったりは?」

「いつもなら、気絶をした後はもう少し気だるい感じがするが……どうやら今回は大丈夫のようだ」

「そうですか……それは良かったです」

「お前、まさか俺に血を……」

「え!? あ……そ、そうです、良く分かりましたね……」

「その隠している左手が妙に気になった……手間をかけたな」

「いえ、私は師匠ですから! これくらいは……フェイ君が無事なら私は、何でもいいです」

 

 

 

ユルルは照れながらフェイの手を握る。何だか無性にフェイを体が求めてしまう。温もりを味わいたいと彼女は思ってしまう。

 

 

「あの、さっき、わたしのこと……ユルルって……呼んでくれましたよね……?」

「……」

「おい、とか、お前とか、熟年夫婦みたいに聞こえてしまうから、そ、それでもまぁ、良いですけど……これからはユルルって名前で呼んでもらえると嬉しいなって……」

「そうか」

 

 

淡泊なフェイの返事。了承をしたわけではないがそれが頭の片隅にでも残ってくれていてくれればなと彼女は思う。

 

どこか甘酸っぱい気持ちが彼女に湧いてくる。恋、もっとフェイを求めて、触れたくて仕方がない。

 

 

死ぬ寸前だった、置いて行かれると思った、また一人になると思った。安心感、歓喜、安堵、極限まで高まってしまった感情。もう、彼が自分の側に居てくれるだけで嬉しくて仕方がない。

 

 

また、いけないのに手を伸ばす。フェイを抱き寄せる。顔を自身の胸にうずめて顔を腕で上がらない様に固定をする。匂いも髪も僅かに感じるゴツゴツとした体の感触も全部を味わう。

 

 

「……」

 

 

フェイが無言で抵抗をしようとする。彼はあまりそう言った接触を好まない事をユルルも理解している。

 

 

「ダメですよ、心配をかけたフェイ君は、私に抱かれててください」

 

 

 耳元でそう囁く彼女の姿は師匠としての顔ではなく、一人の男を愛する女の顔であった。フェイも寂しくも、歓喜のように聞こえる小さい彼女の声に抵抗をしなくなる。

 

 その後、暫くこのままで流石に自分を抑えられなくなっていたユルルは悶絶死は確定事項であった。

 

 

■◆

 

 

 一方その頃、サジントがその様子を見ていた。ユルルとフェイの甘酸っぱいイベントシーンを。

 

 

(がががががあがああー、クソ、う”ら”や”ま”じ”い”!!!!)

 

 

 フェイの顔がユルルの胸に埋められている。それをされながら耳をさわさわされたりしながら、可愛いとか、心配をかけて悪い弟子ですね、とか囁かれている。

 

 

(何だよ!!! めっちゃ羨ましい!! がlがgぁgぁwgwがぐぇがgw!!!!)

 

 

(――がぐぇぐぁえがげあぐぁgwがわ!!!)

 

 

 

――嫉妬のし過ぎで内心の言葉も上手く出せないサジントさん。

 

アーサー監視の過労、時折、もしかしてロリコンみたいな視線をアーサーから向けられ、胃が死にそうなサジント。

 

もう、彼にとってユルルのような母性のある、年上童顔系クソ可愛いエロロリ巨乳に甘々に甘やかされるのは夢であった。

 

 

(アイツ!!! 自分で怪我して心配かけて、自分でフォローするってマッチポンプじゃん!!)

 

(自分で落として自分で上げて、最低な男が良くやる手段ジャン!!)

 

 

(がげわgjうぇぎあじゃいげw)

 

 

(落ち着け、俺。俺は三等級の優秀な聖騎士、大丈夫、俺にだっていい人は見つかる。大丈夫、大丈夫、大丈夫)

 

(大丈夫、今モテてもいずれどうなるかなんて分からないんだ。アイツだって今が旬なだけだ。いつか冷めるさ)

 

――残念、フェイは年がら年中、自分でこれからも怪我をして、自分で好感度を上げるマッチポンプ系主人公なので一年中、旬である。

 

要は暑さと寒さに強くいつでも美味しく食べられる小松菜のような男である。

 

 

フェイを見て血涙を流していたサジント、そんな彼の横を小松菜が好物なジャイアントパンダが通り過ぎる。

 

「あ、フェイ、起きたんだ。良かった」

「あ、え、ど、どうも、アーサーさん……」

「フェイ、ユルル先生に甘えてるの?」

「いえ、私がこうしていたいというか……フェイ君はあまりこういうのは好まないと思うのですが、無理やりに私が」

「そう……フェイ、私にも甘えて良いんだよ?」

 

 

アーサーが唐突にフェイに向かって姉面を始めた。彼女面の後は姉面だが、それを見ていたサジントは思う。

 

(アーサーは別に羨ましくならないのが不思議だな)

 

 

サジントはアーサーを見ながらそう思う。未だに逃さないと言わんばかりにユルルに抱擁をされているフェイが羨ましくてたまらない。

 

 

「ねぇ、そろそろフェイを離して……今度はワタシが甘やかす番」

「えぇ、今日だけは、私が……」

「フェイはワタシみたいなお姉ちゃんに甘えたいと思う」

 

 

(姉面が鼻につくなぁ)

 

 

 サジントはそう思う。なんやかんやでフェイはアーサーに抱擁されることは無かった。

 

 

 

■◆

 

 

「奥様」

「メイ……あれは」

「お気を確かに。もう、何も残っていません。ジョニー様が一体何をしていたのか、メイ達には分かりません。メイ達は勘付いていたかもしれませんが、もう、しょうがないと割り切るのが賢明かと」

「そうね……うじうじはしていられないのは分かっているの、領民や息子たちも居る。でも、私がちゃんと向き合って止めていれば……」

「もしを話しても何も変わりません。もしを考えても今は今のままです。メイ達はもしではなく、次を考えるべきかと」

「……メイ」

 

 

とある執務室。そこでは夫のぬくもりを感じるジョニーの妻とメイドのメイが言葉を交わしていた。互いに僅かに罪悪感が残る。妻の方には夫を失った喪失感も。

 

 

「そうね」

「はい。忘れずに覚えていくだけでもジョニー様は救われるかと」

「えぇ……ねぇ、メイ」

「はい?」

「今までありがとう……貴方には沢山救われたわ」

「いえ、そんな」

「本当よ。出来ればずっとここに居て欲しい……でも、貴方にはもっと幸せを勝ち取って欲しい」

「……?」

「あの、嘗ての主人の元へ行きなさい」

「え……」

「いいの、ようやく会えたんじゃない。私は大丈夫、貴方は誰よりも幸せになって欲しいから……だから、今日でお別れ……夫は居なくなったけど、でも、まだ私には子供と領民が残ってる」

「メイもそれを支えます……それが幸せです」

「そうかもしれないけど、もっと幸せになって欲しい。あの、男性の事気になっているんでしょ。フェイって言ったかしら? 貴方に興味深いような視線を少し送っていたし、運命ってものだと思うわ」

「……奥様」

「いいの、私は大丈夫。貴方にこんな小さな家のメイドは似合わないわ。だから、行きなさい。ここは大丈夫、他にもメイドは居るしね。私も……前に進んでいかないと、ずっとあの人に色々頼りきりだった自分を変えたいから……だから、行ってきなさい。そして、貴方だけの幸せを掴んできなさい」

「……メイは」

「行って、これは主人からの命令よ。そして、いつか世界一幸せになって私の元へ顔を出しに来て。元メイドとして、友達として」

「……はい。奥様」

 

 

メイに瞳に僅かに涙が滲んだ。嘗ての主人、今の主人、彼女にとってどちらも大事な存在であることに変わりはない。今までの感謝、そして別れへの寂しさを噛みしめて、彼女はそこを去る決意をする。

 

 

原作でもメイはジョニー・ポイントタウンの死をきっかけにここを旅立つ。様々な所を旅して死亡をする運命にあることは誰も知らない。

 

彼女の行く先は幸福か、不幸か、それはきっと神にすら分かるはずもない。

 

 

 

■◆

 

 

 

 俺は目覚めた。知らない天井。目覚めるとユルル師匠がハグをする。胸に顔が埋まる。流石の俺もちょっと緊張。

 

 俺は前世から童貞だからだ。刺激がちょっと強い。

 

 まぁ、主人公の童貞は基本だけどさ。

 

 クール系なので顔には一切出さない。流石に俺の主人公像がぶれるから拒もうと思ったけど、ユルル師匠がちょっと泣いている感じなので何も言えない。

 

 その後、色々話したらまたハグされた。そんなに心配をかけてしまったのだろうか。ちょっと申し訳ない。いや、ちょっとどころじゃない。かなり申し訳ない。これからも俺は無理をして戦い続けるだろう。

 

 

 これからも心配をかけてしまう。ユルル師匠良い人だからなるべく怪我しないように修行を頑張りますかね。

 

 

 それにしても……師匠キャラってこんなに甘やかすかな? 何だか、面倒見のいい大学生のお姉さんみたいな感じがするなぁ……。

 

 うーん、こんなに甘やかされると……お姉ちゃんキャラに近い何かなのかな?

 

 そこへ、アーサーが登場!!

 

 ん? なに? ワタシはお姉ちゃん?

 

 いや、何言ってんの? しかもそう言うのって自分で言わないでしょ? あぁ、これってあれだ。

 

 

――主人公の前に現れる、自分の事を主人公の姉だと名乗る不審者だ。

 

 

 居るんだよなぁ、偶に。お姉ちゃんだよ!! とか言ってくる全然知らない不審者って、アーサーって何だかそんな感じがする。

 

 

 不審者系お姉ちゃんキャラだなぁ、コイツ。さて、抱擁もあまりされ続けるのはクール系に反するのでほどほどに。

 

 

 さてと、帰りますか。流石にホワイトウルフの討伐も見送りらしい。帰還するかぁ。王都に帰ったら武器買うかな。

 

 

 

■◆

 

 

 

 フェイ達が王都への帰還をするためにポイントタウン領を後にしようとしたその時、誰かが彼らの元へ走って行く。メイド姿、赤髪のショートヘアー、眼は綺麗な黄色。

 

 凹凸のある体が走って揺れている。滅茶苦茶美人のメイド、驚異のバストは84。揺れる胸にサジントは僅かに見入ってしまう。トゥルーは特に反応なし、フェイは振り返りもしない。

 

 

「メイちゃん!?」

「お嬢様、メイもお嬢様と一緒に」

「で、でも」

「許可は貰ってまいりました。メイはこれからお嬢様たちと」

「……い、いいの?」

「はい」

「や、やったぁ!」

 

 

 ユルルは嬉しくて宝石のような瞳を輝かせる、メイもユルルの事は大好きである為に頬が僅かに優しく上がる。

 

「フェイ様もよろしくお願いします」

「そんなつもりはない」

「……そうですか」

「あ、その、メイちゃん、フェイ君は悪い子じゃなくて、ちょっと誤解されやすいというか……」

「分かっております、お嬢様」

 

 

 自分は全てを分かって、受けいれると言わんばかりのメイ。そんな彼女を見て大好きなフェイが親友メイドに誤解をされていない事に安心感を持つユルル。

 

 

(最初は、つんけんするのが()()()()ですよね。最初から好感度が高いと物語は終わってしまうという物。ロマンス小説系主人公であるメイには分かります。ここから徐々に好感度が上がり軟化し、最終的には俺だけを見ろ、みたいな感じになるのは)

 

 

 

 ふふふと内心ほくそえむメイ。まさかの嘗ての主人の想い人を寝取ろうとしている自分の事をロマンス小説系主人公だと勘違いしているメイドの誕生であった。

 

 

(はッ!? いけない!! メイはメイド!! お嬢様の幸せを第一に!! ですが、奥様はメイの幸せを掴めと言っている! あぁ、どうしましょう!!)

 

 

(メイちゃんって大人っぽいなぁ……凄い大人っぽい事考えてるのかな。私もメイちゃんみたいに大人の魅力欲しいなぁ。そしたらフェイ君も私に……)

 

 

(おい、なんでフェイだけ可愛いメイドちゃんから挨拶されるんだよ!! ムカつく!!がわげふぁがgwげわwg!!!)

 

 

(誰だっけ……ワタシ忘れた)

 

 

 

(僕はまだ、強くなれる……フェイ……僕が強くなるには……)

 

 

 

(夕食はハムレタスサンドかなぁ)

 

 

 

 

 互いに何を考えているのかは分からない。自分で精一杯なのかもしれない。そして、これにてモードレッドとの邂逅、重要なイベントは一つ終わった。ここから更に物語は加速するのかもしれない。

 

 本来なら鬱イベント、無残な死体などを見て重い空気感であるはずの雰囲気が霧散しているのはフェイが居るからかもしれない。彼がいつも前を向いているから知らないうちに誰もが前を向こうとしているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

――次回、神々がフェイ達について、語り尽くす。




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします


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幕間2 ガンテツ

 カンカンと鉄を打つ音が聞こえる。ハンマーで鉄を叩き剣の形を作る。そして、叩きながら魂を込めていく。

 

 額の汗を拭いながら必死に剣を作る鍛冶師ガンテツ。必死に必死に彼は鉄を打つ。あの男が満足をするよう一振りの剣を彼は求めた。

 

 

 そして、一つの武具が出来上がる。それは綺麗であった。一本の美しい刀、鍔は黒い花形である。鞘も見事であり、綺麗に刀身を隠すことが出来る。

 

 

 正しく、名刀と言えるような一品。

 

 名を、花紅氣(はなくき)と彼は名付けた。丁度、それが打ちあがった時、再び鍛冶屋の戸が開く。黒い髪、傲慢な眼。フェイであった。彼に無言で刀を出すと、何も言わずに金だけおいてその場を去る。

 

 

(刀身を見ずとも、良い刀であると見破ったか。俺の打った名刀に魂の入った一振りに文句などあろうはずはない)

 

 

 

(だが、俺の手は鈍っている。もっと、もっと熱い剣が出来るはずなんだ。それは今の俺に作れん、そして、お前の手にも余るだろう)

 

 

 

(剣が担い手を選ぶと聞いたことがある。黒の剣士よ。お前にその刀が扱えるほどの器量があるのか、それとも扱いきれずにただの鈍らになるのか……)

 

 

 

(楽しみにしているぞ……)

 

 

黒の剣士が消えたその場所で鍛冶師ガンテツが静かに笑った。

 

 

 

 

■◆

 

 

 

 ようやく買えたな。前回は思わせぶりな態度をしちゃったから悪かったし、気まずいから直ぐに買ったら店を出てしまった。

 

 どんな武具でも剣なら買おうと思ってたし、それにしても刀か、元々ジャパンだから嫌いじゃない。後で試し切りしよう。

 

 あの鍛冶師の人、脱サラして始めたカフェの店長みたいだからなぁ。大変だろうなぁ。

 

 

 以前の申し訳ない気持ちがあるから買ったみたいな感じだけど……刀身見たら結構良い感じに見えるのは気のせいか? 脱サラカフェみたいな鍛冶屋と思ったけど結構才能ある方かも?

 

 本当は凄い名店? 分からん……

 

 そう言えばそろそろ一回、自由都市行きたいなぁ……

 

 ユルル師匠にこの新たなる刀を見せたいが、メイドのメイと一緒に色々と話すことがあるらしい。昔は主従関係見たいだし、今もきっと仲良しなんだろうなぁ。

 

 あの二人、どこか似てる感じあるしな。

 

 あー、そう言えばずっと俺聖騎士の仕事真面目にこなしている。偶にはダンジョンとか行きたいなぁ。

 

 行こうかな……。と言うか行きたい。長期休み早く来て欲しい。

 

 

 

■◆

 

 

 ユルルがいつも過ごしている部屋。賃借の宿にメイは荷物を置いて腰を下ろす。

 

「お嬢様一緒では窮屈ではありませんか?」

「いいのいいの! 気にしないでメイちゃん! 一緒が楽しいから!」

 

 

 そう言ってユルルはニコニコ笑顔。純粋無垢な二十三歳である。そして彼女の嘗てのいや、今現在のメイド兼親友であるメイ。

 

 

 ユルルがお茶を淹れそれを彼女に差し出す、狭い部屋に机は一つしかない。ユルルはベッドにメイを椅子に座らせて間に机を挟む。

 

「あ、美味しいです」

「そうでしょ? 私お茶を淹れるのは得意だから」

「……お嬢様、ご立派になられましたね」

「え? そ、そう?」

「はい。昔はおトイレに一人で行けないとメイに泣きついてきたり、私が寝るまで寝かさないと我儘を言ったりしていた方とはとても思えないほどです」

「も、もう、昔のことは忘れて?」

 

 

 照れながらメイの話を中断させようと首を傾けて上目遣いのユルル。願いことがあるときにする上目遣いは変わっていないなとメイは昔を思い出して、頬を緩める。お茶を飲みながら話は進み、昔の事を話したり、今の事を談笑したり、時間は過ぎていく。

 

 

 その流れでメイがあることを聞いた。

 

 

「お嬢様は、フェイ様がお好きなのですか?」

「え……? あ、その……ち、違うよ?」

「では、どのような方がタイプなのですか?」

「えっと、目つき悪くて、剣が好きで……ちょっと愛想が無いけど実はとっても優しくて……」

「さようで」

 

 

 もう、何処の誰であるかは言っているような物であるのだがそれに彼女は気付かない。メイは全てを察するメイドであるのでユルルの心を読み取る。

 

 

「あとは、と、年下かな? は、八才くらい……その、変かな? 年下の男の子好きになるのって」

「いえ、そのような事はありません」

「だ、だよね! ブリタニアに八歳年下の男の子を好きになったらいけない法律無いもんね!」

「さようでございます」

「め、メイちゃんは好きな人と言うか、タイプとか無いの?」

「メイは……好きになった人がタイプと言う感じでしょうか」

「へぇ……何か深いね」

「さようでございます」

 

 

 自分でちょっと深い事言ったと感じているメイ。ほぇと関心をするユルル。何とも言えない暖かい雰囲気に二人は包まれる。そして、その後、二人はパジャマに着替えて一緒のベッドに入る。

 

 

「えへへ、久しぶりだねメイちゃん」

「そうですね。昔を思い出します。お漏らし用の下着は用意しておりますか?」

「もう! メイちゃん!」

「メイドジョークでございます」

「ふふ……じゃあ、また明日ね。おやすみ」

「はい。明日は……またフェイ様との朝練ですか?」

「うん」

「分かりました。では、おやすみなさい。お嬢様」

 

 

 互いに手を繋いで目を瞑る。すぐに二人は気持ちよく寝息を立てる。そして、二人は夢を見る。朧気ではなくハッキリとした夢を。

 

 それは二人で過ごした無垢な頃の夢……ではない。

 

 ユルルは気付いたら、パジャマ姿でベッドの上に座っていた。後ろから誰かに抱き着かれる。腕が彼女の体を逃がさないように確保する。

 

『ふぇ、フェイ君、ダメ、ですよ……私達は、師匠と弟子の関係……』

『もう、抑えられない』

『あ、そこは……フェイ君……ダメぇ』

 

 

 フェイが優しく首に口づけをする。感度が徐々に高まって行く。そして、メイの方は……

 

『だ、旦那様……いけません……やめて、メイの魅力に負けないで!』

『お前はメイドだ。俺のな……これは職務の一環だから、従え』

『しょ、職務……それならまぁ……』

『本当はお前もしたかったのだろう』

『い、いえ、職務ですので……そのような感情はありません……そ、それより、ひ、人が来る前に早く済ませてください……職務を、的確に遂行するのもメイドの役割でございます……ですから、早くして?』

『欲しがりだな』

 

 

 ベッドに押し倒され、鋭い鷹の眼のような瞳に見下ろされ自身で職務と言い聞かせながら背徳恋愛を味わうメイ。

 

 

 互いにフェイのイメージが大分壊れているのだが、二人は夢の中なので一切気にしない。

 

「えへへ……フェイ君、ダメですよぉ」

「えへへ、旦那様、これは職務ー」

 

 

 もしかしたら、二人が仲良しなのは互いに好みの男性が同じで妄想が好きだから波長が合うのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■◆

 

1名無し神

振り返りますか? はいorYES

 

2名無し神

まぁ、しておくか。フェイ……取りあえずクソ羨ましい

 

3名無し神

いや、マジでユルル師匠によるパフパフ、ちょっと緊張で済ませるの納得いかん

 

4名無し神

ちょっとで済まないだろ、童貞の癖に……羨ましい

 

5名無し神

いやでも、しょうがないよ。フェイ頑張ってるから

 

6名無し神

ちょっとご褒美あってもいいよね

 

7名無し神

アテナの配信って結構カットされてるんでしょ? フェイ配信外でも修行頑張ってるじゃないの?

 

8名無し神

配信内でも頑張ってるって思うんだから、外ではもっと頑張ってるでしょ。それは基本

 

9名無し神

だね。フェイって強さどれくらい? 俺的にかなり良いところまで来てる気がするんだけど?

 

10名無し神

いや、実際いいよ。最初に比べたら月と小松菜

 

11名無し神

小松菜はウケル

 

12名無し神

いや、あれはアテナの言い回しが悪いで

 

13名無し神

そうだな、狙ってるもん

 

14名無し神

悪いと言えばフェイだね、あれも悪い男やで

 

15名無し神

マッチポンプだしね

 

16名無し神

マッチポンプと言えば、その言い方もアテナ悪いな

 

17名無し神

でも、確かにフェイ良い感じになってきたよな。星元操作だけじゃない?

 

18名無し神

いや、フェイは無属性しか持ってないからここからさらに飛躍必要

 

19名無し神

確かに、と言うか良く今の状態で渡り合ってるよ。トゥルーとかアーサーよりは大分弱いんじゃないの?

 

20名無し神

弱いね。でも、それを感じさせないほどに輝けるのがフェイだから

 

21名無し神

これはユルルちゃんも惚れちゃうよな

 

22名無し神

本当に、俺が教わるのはユルル・ガレスティーアだけだ的なセリフは痺れた

 

23名無し神

あれはずるい。ユルルちゃん、ガチガチに更に惚れてしまった。ヤンデレ化するんじゃない? と言うかしてくれ、頼む!!

 

24名無し神

ユルルちゃんはそれはない気がする。後、ヤンデレ好きお前ロキだろ

 

25名無し神

でも、ちょっと影薄いな。ユルルちゃん。ジャイアントパンダ系姉名乗り不審者。元、メイドで自分の事をロマンス小説系主人公だと思い込んでいるメイ

 

26名無し神

アーサーちゃんは属性どんどん増やしてるなぁ。まぁ、転生者の世界ってよく称号とかで色々獲得したりするからそんなに気にならないけど。それよりメイちゃんでしょ?

 

27名無し神

あの子、モブじゃないの? 濃すぎでしょ。元の主人から想い人寝取ろうとしてるってやばい。

 

28名無し神

フェイのせいだろうね。知らず知らずのうちに主人公症候群移しちゃったんだと思う

 

29名無し神

どういう事?

 

30名無し神

フェイは理解するんじゃない、感じるんだ!

 

31名無し神

まぁ、そうなるとユルルちゃんちょっと見劣りするか?

 

32名無し神

いやしねぇよ。ユルルちゃんはヒロイン神聖属性だよ。あれほどまでの存在居る? ちょっと頭一つ抜けてる。いや、たわわ部分まで抜けてる

 

33名無し神

確かにユルルちゃんちょっとエッチだしね

 

34名無し神

>>33

ユルルちゃんをエッチとか軽はずみに貶すな! 叡智(えいち)って言え!!

 

35名無し神

ユルルガチ勢が……

 

36名無し神

マリア&リリアにちょっと期待してるんだが。

 

37名無し神

カットされ取るけど、結局フェイと一番接しているのはこの二人でしょ? あとはレレがどこまでうまく立ち回ってくれるかで変わる

 

38名無し神

せやな、遠慮がちだし

 

39名無し神

あのさ……今日のコメントなんか……平和だね

 

40名無し神

まぁ、例のアイツらが居ないからね

 

41名無し神

はぁ、ユルルちゃんマジで好き

 

42名無し神

確かにね。ユルルちゃんマジですこ

 

43名無し神

ゆるるすこ!

 

44名無し神

ゆるる()()!!

 

45名無し神

ん?

 

46名無し神

>>44

ゼウスが出たぞーーー!!!!

 

47名無し神

引っ込んでろよ。ゼウス

 

48名無し神

いや、今回も凄かったね。ユルルちゃんとフェイが体液交換(血液)するってさあ、ある意味俺達が求めてた展開だよね!

 

49名無し神

いきなりキモい

 

50名無し神

引っ込んでろよ

 

51名無し神

ユルルりゃんのスリーサイズ知りたいんだけど? ワイ神知ってる?

 

52名無し神

ワイ知ってる。ユルルちゃんはB93/W57/H84

 

53名無し神

……丁度ええなぁ!!

 

54名無し神

キモい、と言うか丁度ええってなんだよ

 

55名無し神

いや、俺さ、同人漫画とかである異常に大きい胸とか好きじゃないのよー。その点ユルルちゃんは丁度いい!!

 

56名無し神

お前の好みとか知らんねん

 

57名無し神

因みにだけどマリア&リリアちゃんは?

 

58名無し神

ワイ知ってる、B100/W61/H89

 

 

59名無し神

え? バストジャスト100!?

 

……縁起ええなぁ!!

 

60名無し神

お願いだからさ、ゼウス……帰ってもらっていい?

 

61名無し神

お前は顔出すな。空気が壊れる、空気よめ

 

62名無し神

>>61

なんで、空気読まないといけない?

 

俺達神だぜ? なんで人間の悪しき風習である空気を読むという事をしないといけない? 勝ち馬に乗った奴に皆群がるみたいな生き方を、何でフェイを推しているのに推奨する? それが分からん

 

――byゼウス

 

63名無し神

論破すんなよ。と言うかとうとう名乗ったなゼウス

 

64名無し神

個人の自由だろ? そんなの

 

――byゼウス

 

65名無し神

うぜぇぇぇ

 

66名無し神

無視しよ。無視。

 

67名無し神

それより、そもそも鬱ノベルゲー世界なのに、あんまり鬱がない件について

 

68名無し神

フェイが全部壊してるからね。全部フェイのおかげ

 

69名無し神

ヒロインが可愛いのもフェイのおかげ

 

70名無し神

配信が楽しいのもフェイのおかげ

 

71名無し神

だよね、フェイのおかげ

 

72名無し神

フェイに本の栞でも挟まれとるんか?

 

73名無し神

実際、どうなん? 何か、ノベルゲー的な要素が薄味になってきている感がる。フェイが強すぎるからだけどさ。ワイ神説明はよ

 

74名無し神

ワイ知ってる。フェイのせいで鬱は消えたけど、ノベルゲー『円卓英雄記』の一番の良さが潰れているというのが一番の理由やね

 

75名無し神

どういうこと?

 

76名無し神

いや、興味ないなぁ

 

77名無し神

うん、別にあんまり円卓英雄記興味ない。フェイの活躍が見れたらそれでいいって言うか。

 

78名無し神

え? そう……あー、じゃあ話さないでおく。円卓英雄記、一番の人気である要素の一つ、アーサーちゃんとのえっちシーンについてだったんだけど、興味ないなら他の話しようか

 

79名無し神

詳しく

 

80名無し神

叡智を知るのは基本

 

81名無し神

やっぱり、フェイの物語をちゃんと楽しむには土台である円卓英雄記を理解する必要はあるよね?

 

82名無し神

>>81

その通り。当り前

 

83名無し神

え? あ、そう? じゃあ話すけど……ワイ知ってる。そもそもこの鬱ノベルゲーなんだけど、トゥルーがメイン主人公って言うのは知ってるよね?

 

84名無し神

あ、そう言えばトゥルー主人公だっけ?

 

85名無し神

忘れてた。もう空気と言うか、二酸化炭素

 

86名無し神

トゥルーは二酸化炭素は共通認識

 

87名無し神

まぁ、それでな。フェイが鬱壊し取るけど、例えばフェイが夕日でトゥルーに叱咤をかけるシーン。あれは本当なあアーサーちゃんがやります。

 

88名無し神

前も言ってたな

 

89名無し神

だけど、実はこの後、ちょっと元気出るんだけど、僅かに心に泥が残ったトゥルーはアーサーちゃんの部屋に行って叡智な事をします。

 

90名無し神

まじ?

 

91名無し神

後はことあるごとにアーサーちゃんと叡智。このアーサーちゃんが凄いエロカワイイ。いやね、本当に。トゥルーが元気ない時はアーサーちゃんが攻めで甘やかしながらしてくれる。

 

フェイに対して姉面をしているアーサーちゃん要素はここから来てると思われる

 

92名無し神

どこの世界線のアーサーの話?

 

93名無し神

信じられないなぁ

 

94名無し神

いや、でも、アーサーちゃんて……金髪でスタイル良くね……?

 

95名無し神

ワイ神、スリーサイズ

 

96名無し神

ワイ知ってる。B81/W55/H78

 

 

97名無し神

うーん、実に面白い

byゼウス

 

98名無し神

黙っとれ。ゼウス

 

99名無し神

いや、でも……アーサーちゃんってポテンシャル高い?

 

100名無し神

ワイは高いと思う。そもそもアーサーちゃんの叡智が見たくて買うって言うのが殆どだった。アーサーちゃんって処女なんだけど、それなのに、凄い上手。勘が良い。やればやるほど床上手になる。

 

トゥルーが毎回、骨抜きにされてた

 

101名無し神

フェイと絡んだらどうなる? 

 

102名無し神

フェイエクスカリバー持ってるからな……逆に分からせられる? 

 

103名無し神

フェイに対してお姉ちゃんで年上感出そうとしたら、フェイのエクスカリバーで分からせられるアーサーちゃん……

 

104名無し神

いや、逆にフェイが分からせられるのか?

 

105名無し神

それで、いつになったらフェイは逆夜這いされるの?

byゼウス

 

106名無し神

だから、お前は黙っとれ

 

107名無し神

話し続けるで。アーサーちゃん、確かにお姉ちゃん気質あるけど……アーサーちゃんに鬱があった時ってマジで性格変わったみたいに甘えてくる。妹キャラの素質もあるって事。攻守が完全に変わるというか。甘やかされたくてたまらない感じになる。

 

ネットではアーサーの変化についてカメレオンってあだ名があった

 

108名無し神

まじ? アーサーちゃん……ネタキャラじゃなかったの?

 

109名無し神

ちょっと、ジャイアントパンダ、姉を名乗る不審者、迷探偵、カメレオン、彼女面、姉面……要素が多いなぁ

 

110名無し神

妹アーサーについては、事あるごとに指を絡めたり、ハグしたり、体触らせたり、叡智したり、って感じ。因みにマリア&リリアは好きな人には攻められたいМっ気が少しあったりする

 

111名無し神

なるほど、鬱だからこそそう言った叡智なシーンが輝いてたって事か、フェイのせいで全部吹き飛ばされたけど

 

112名無し神

フェイって結局叡智はするのか?

 

113名無し神

しないだろ、アイツは。クール系だから

 

114名無し神

多分しない

 

115名無し神

フェイいつも大怪我するから、普通だったら鬱になって叡智な感じになっても……

 

116名無し神

アイツにとって怪我はダメージジーンズなんだから鬱になる要素無いだろ

 

117名無し神

いつか、フェイって惚れた女達に監禁されそう。私としては夏の暑い交通道路に上向きで干からびているカエルみたいにこってり絞られて欲しい。フェイってそう言う要素もあるよね? だってさ、強さはそこまでじゃないしさ? 監禁エンド行けるよね? と言うかしてください、300円上げるから

 

118名無し神

ロキの性癖も中々だな

 

119名無し神

フェイが自由都市行きたいって言ってたけど、あれはどうなの? と言うか自由都市ってなに? ワイ神説明

 

120名無し神

自由都市は、DLCで補填された舞台って感じが強い。外伝主人公であるトゥルーの妹が主人公。そこで色々ある。腕が飛んだり、片目を失ったり、当たり前の如く、悪い冒険者に……みたいな。ユルルちゃんも外伝登場って感じだったんだよ、本来。

 

121名無し神

あー、鬱

 

122名無し神

あれ? トゥルーの妹って死んでるんじゃなかったっけ?

 

123名無し神

それは義理の方ね。外伝主人公は血縁の妹。因みにですがトゥルーはこの妹の事は覚えていません。

 

124名無し神

ふーん……因みにだけど、外伝にも叡智はある?

 

125名無し神

あるで。と言うか円卓英雄記は叡智なシーンが凄い人気の一つだったから外伝でもそこは引き継いでる。ただ、乙女ゲーみたいな感じも若干ある。男性ヒロインみたいなのが多くて、それを妹ちゃんを巡ってみたいな感じ? まぁ、誰も妹ちゃん救えなくて事後処理みたいな感じでの叡智だけど。でも、妹ちゃん、結構いい。やっぱりトゥルーの妹だから顔立ちは整ってる

 

126名無し神

気になってきたなぁ、自由都市

 

127名無し神

妹ちゃんて、ロマンス小説系主人公みたいだね!!

 

128名無し神

トゥルーの妹、本物のロマンスノベルゲー主人公VS自分の事をロマンス小説系主人公だと思い込んでいるメイの矛盾対決期待してます!!

 

129名無し神

因みに妹ちゃんは物凄い、生意気なツンデレキャラとなっております。これ以上はネタバレだから言わないけど。

 

130名無し神

ユルルちゃんが本来そこに居たらどうなっただけ、ちょっと詳しく

 

131名無し神

ユルルちゃんはね……外伝が始まって、ちょっと時間が経過したら鬱だね。妹ちゃんと少しだけ面識イベントあるから。悲しいよね。兄弟そろって見捨てるしか方法無いなんてさ

 

132名無し神

うわぁ、いやだぁぁぁぁぁ!!!

 

133名無し神

ユルル幸せになってくれよ!!!

 

134名無し神

ドウシテ、ユルルは酷い目に合うんだぁぁぁぁぁぁ!!!

 

135名無し神

どうしてだよぉぉっぉぉぉぉ!!

 

136名無し神

もう、ダメだ、お終いだ……

 

137名無し神

ノベルゲーの世界は残酷だ……だれか、だれか、救ってくれ……

 

138名無し神

まぁ、フェイが何とかするやろ

 

139名無し神

せやな

 

140名無し神

せやな

 

141名無し神

せやな

 

142名無し神

安心感が違うよ、フェイは

 

143名無し神

ユルルちゃんは大丈夫。ユルルちゃんフェイが望むならどんなプレイでもしてくれそう、あの可愛さでただの鬱要員なの不思議

 

144名無し神

ユルルちゃんにバブバブされたい……

 

145名無し神

ツンデレキャラも行けない? 長髪なんだからツインテールにしてさ。ちょっと物腰柔らかいツンデレみたいな

朝『しょうがないですね、私が剣を教えてあげますよ。しょうがない弟子ですね』

夜『ねぇ……いつも修行頑張ってるから、ちょっとだけ、甘やかしてあげますよ』

 

146名無し神

>>145

今度家に来い。ユルルについて語ろう

 

147名無し神

これをいつでも味わえるのに味あわないフェイって……

 

148名無し神

いや、お願いだから。叡智なシーンになったらさ……配信してくれない? アテナ様?

 

149名無し神

流石にアテナもガチな所は配信は止めるんじゃないか?

 

150名無し神

いや、アイツは超高額のサブスクみたいにして配信するに決まってる

 

151名無し神

だろうね

 

152名無し神

ジャガイモ四つ

ニンジン三本

玉ねぎ安売りだから 四個入り一袋

卵も安いので 二パック

しらたき

豚切り落とし 三パック

 

153名無し神

>>152

誰だよ笑 買い物メモここに残してるの、絶対、夕飯肉じゃがだろ!!

 

154名無し神

フェイのスレでメモ書きすんな

 

155名無し神

まぁ、そろそろお開きにしておきますか? 大分語ったし

 

156名無し神

モードレッドが気になったんだが

 

157名無し神

あの子は、もうちょっと先の方がいい。何か、アーサーの重要な秘密知ってそうだから。重大なネタバレになりそう

 

158名無し神

せやな。と言う事で今回はここまで……

 

 

159名無し神

ちょっと待って貰えるかしら? あのクソ鍛冶師ガンテツについて語らせてほしいのだけれども

 

160名無し神

え? ガンテツ?

 

161名無し神

忘れてた他のキャラが強すぎて

 

162名無し神

それで何? クソ鍛冶師は言いすぎじゃない?

 

163名無し神

いえ、そんなことはないと思うのだけれども。そもそもあんなクソみたいな剣をフェイ様に高値で売りつけるなんて、許せない!!

 

164名無し神

フェイ様?

 

165名無し神

クソ剣を安易にフェイ様に渡すという『軽挙』

その剣に高値を付けるという『暴挙』

そして、三流の鍛冶師の癖に一流っぽい感じを出す『愚挙』

 

全てがフェイ様に相応しくない

 

 

166名無し神

怒ってるなぁ、あと韻を踏んでる笑 フェイのファンだな笑

 

167名無し神

落ち着いて? 韻を踏んで荒ぶらないで笑

 

168名無し神

鎮まりたまええ!! さぞかし名のある鍛冶師の神とお見受けしたが鎮まりたまええ!!

 

169名無し神

フェイ様と言う至高の存在にどうして、鼻くそみたいな刀を渡すの? 鼻くそ鍛冶師ガンテツ!! 許せない。私ならもっと良い刀を与えられるのに!!

 

それに

 

『お前にその刀が扱えるほどの器量があるのか、それとも扱いきれずにただの鈍らになるのか……』

 

クソ鍛冶師の野郎、そもそも本当の名刀って言うのは誰でも扱える素晴らしい刀だからね? 誰でも使えて、誰でも強い、ただ、使い手が違えばさらに強いって言うのが名刀だからね?

 

剣が担い手を選ぶとか、担い手を選ぶ剣とか剣として二流でしょ? 本当の銘は誰が使っても強いんだよ!!!

 

それをさ、なんだよ。

 

――三流の事をゆっくりそれっぽく言って、一流っぽく言うんじゃないよ!!

 

 

もうフェイ様、詐欺にあって可哀そう!! 私が抱きしめて慰めてあげたい!!

 

 

170名無し神

長文笑

 

171名無し神

>>169

これヘファイストスやろ笑

 

172名無し神

間違いないね、この武器にうるさい感じは。フェイの配信見てたとは知らんかったけど、いつも部屋にこもって武器をずっと作ってるイメージだったのに。

 

173名無し神

フェイ陰キャ神ににもモテるんだな

 

174名無し神

そう言えば忘れてた、トゥルーってフェイのモノマネしてたよね?

 

175名無し神

あぁ、してたね。フェイとの関係にもこれから注目していこうか

 

176名無し神

ちょっと、私は、まだ、クソ鍛冶師について――!!

 

 

『アテナ』

今回のスレはここまでとなります。




いつも応援、ありがとうございます!!!

ちょっと、ここで更新をお休みして、プロットの見直しとかに入ります。

これからも頑張りますので高評価と感想よろしくお願いいたします。


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第四章 微少外伝編
27話 アイツに出来る事


 誰かが刀を振っている。たった一人で誰にも言わず、孤高を貫き剣を振る。一回一回刀を振るうたびに彼は強くなる。

 

 空気を斬る音がそこにはあった。その音だけが彼の耳に入る。恐ろしい程の集中力であった。彼を見る者がそこに居たとしても彼は気付かない。なぜなら、完全に自己意識の世界に彼は居るから。

 

 誰も見えない、誰も気付かない、誰も意識しない、誰も巻き込まない、一人だけの世界で彼は剣を振る。どこまでもどこまでも強くなるために。

 

 その姿に修羅を連想する者、復讐鬼に重ねる者、異端な化け物と見えてしまう者様々な姿に見る者によって姿を変える。

 

 だが、彼の本質を理解する者はきっと、誰一人存在しない。

 

 休息を忘れ、時間を忘れ、あるのはただの憧れだけで、ただ刀を振る。魂を震わせて、込めて、追い込んで高みへと登ろうとする。

 

 

 肩で息をする、微かな休息を取るとまた刀を振るう。そして、彼は追い込み続けて、自分自身では追い込んでいる事すら認識せず、体力の限界を容易く超える。

 

 超えて、あがいて、そして……訓練と言う範疇を超えてしまった彼の素振りは自身の身体の生存本能によって気絶を迎えた。

 

 

 誰かが彼を見ていた。触れることはせず、気絶する彼を見て、魂を震わせた。

 

 

 

◆◆

 

 

 とある日、冬による寒波が強い日、フェイが王都を歩いていた。彼は訓練に向かうためにいつもの三本の木の場所へと向かっていたのだ。ユルルとの朝練をこなした後も彼は自分を追い込む。

 

 

 フェイが歩いていると、前からメイド姿のメイが現れる。フェイは特に興味もなく、メイが居るという事に気付くが無視をして彼女の横を通り過ぎる。すると、ひょっこりメイがフェイの前に現れる。

 

 邪魔だとフェイが眼で訴えるが彼女は何のそので挨拶をする。

 

「こんにちは、フェイ様」

「……どけ」

「せっかちなのですね。少しくらいお話をしてもよろしいのでは?」

「俺には他にやることがある。お前とのなれ合いの時間は無駄だ」

「……そうですか。しかし、お嬢様が仰っていました。フェイ様は大変お優しい方であると、きっとメイの話を無視してどこかに行かれてしまう等と言う事は無いのでしょう」

「……アイツがどういったのかは知らんが。俺には優先することがある」

「その刀ですね? 新しい武具、ユルルお嬢様が仰っていました。かなりの()刀であると、少しだけ見せていただけませんか?」

「……っち、手早く済ませろ」

「はい」

 

 

そう言ってメイに新しい武器である刀を手渡すフェイ。丁度手渡したところで二人きりの空間に這い寄る哺乳類が現れる。

 

 

「フェイー、こんにちは」

「……」

「無視? そういう反抗期みたいなところ、可愛いと思う」

「……」

「えと……貴方は……」

「アーサー様、こんにちは。ユルルお嬢様のメイドであるメイです」

「そう……それフェイの新しい武器?」

「はい、フェイ様が見せてくれると言ってくれましたので」

「ふーん……フェイ、私も見たい」

「断る。これ以上の時間のロスは許容できん」

「むぅ……メイは良くて、私はダメってどういうこと?」

 

頬を膨らませて不機嫌をアピールするアーサー。周りではアーサーとメイに注目が集まっている。

 

メイはとびきりの美人。赤い綺麗な艶のある髪、眼も二重でクリっとしている黄色で美しい。スタイルも良い、可愛いというより美人であるという印象が強く、どこか冷めているような顔立ちが余計にその雰囲気を出させる。

 

男たちが一度は食事を共にしたいと思ってしまう。想いを向けられたいと願ってしまうような女性だ。

 

アーサーも表情はどこか冷めている。だが、膨れっ面になった時の可愛さが犯罪クラス。スタイルも眼が向かってしまう程、ちょっとだけ子供っぽいが色気がないわけじゃない。子供と大人の丁度間の存在であり、どちらにも成れる柔軟性。

 

紛れもなく、美人、圧倒的美女。

 

 

そんな美女二人に囲まれるあの男が羨ましく妬ましいと思うのは当然であり、興味が湧くのは必然であった。

 

 

周りの男性からの目線がレーザーポインターのように刺さる。普通の男性であったのならデレデレになり鼻の下が伸びても可笑しくはない。

 

だが、フェイは違う。

 

二人は美人だなと思ってはいる。しかし、彼にとって何よりも重要なのは今は修行であった。そして彼は自身にとってヒロインだと認識しないと特に女性としての意識をしない。

 

フェイが今現在意識をしているのはマリア&リリアだけであった。孤児院ではかなり接する機会が多く、女性陣の中では一番だ。人間は同じ物を何度も見ると愛着が湧いたり、綺麗に見えたりする。

 

ヒロイン疑惑のあるマリア&リリアはフェイにとってはヒロインではないかと検討を続けるほどの存在であった。

 

しかし……アーサーとメイ。この二人には特に何の意識もない。フェイは韻を踏む行為に反応をするので、メイが名刀と言った時にちょっと面白いなと感じた程度。そして、アーサーは剣の腕は認めているし、勝てない存在としてライバル視をしている。

 

だが、ヒロインとして二人を見た時、メイとアーサーのビジュアルは彼の中では……

 

『いらすとや』程度に落ちる。

 

周りからは如何に美女に見えても、最高峰の女性に見えてもフェイも美人と分かっているがヒロインとしては『いらすとや』になっていた。

 

だから特に靡かない。

 

 

「見せてよ。フェイ」

「断る、()()()()()()使()()()()()()だ。貴様に見せるよりも早く刀を振るう方が大事だ」

「むぅ……反抗期なのは分かるけど、偶には素直はフェイが見たい。でも、今の言葉は良いと思った。頭ナデナデしてあげよっか?」

「……」

 

 

 アーサーの会話に対して、沈黙を貫くフェイ。これ以上何かを話すという事は無いと告げていた。アーサーは頭を撫でようとするが、フェイはそれを交わす、手を払いのけたりしながら不快そうに顔を歪める。それを見ながらメイはあることを思う。

 

 

(あぁ……これは……ロマンス小説系主人公であるメイによる確執! よくあるんですよね……元から仲の良い女の子が、ぽっとでのロマンス小説系の主人公によってツンツン男性を取られてしまうと言う展開は)

 

 

 真面目でクールな表情をしながら、頭の中では素っ頓狂な事を考えているメイ。彼女にはアーサーが幼馴染でロマンス小説系主人公の男性ヒロインを昔から好きだが、報われない悲しいキャラに見えていた。

 

 

(お労しや、アーサー様……メイの魅力でフェイ様との関係に傷が……メイって罪な女……なんちって! くふふ、一回素で思ってみたかったんだ! フェイ様と一緒に居るとやっぱりロマンス小説系主人公であると再認識できる!!)

 

 

(しかし、アーサー様本当に不憫……メイって……罪な女、くふふ)

 

 

「……何か、そこのメイド、ワタシの事馬鹿にしてる気がする」

「そのような事は一切ございません」

「内心では馬鹿にしてない?」

「まさか、敬意を払っております」

 

 

(だって、メイはアーサー様みたいなキャラが大好きだから、敬意は払っている!! 

これは本当)

 

 

メイはある程度、刀を見るとフェイに返す。返却をされるとフェイはもういいなと眼で訴えながら二人から離れていく。

 

「ねぇ、メイドは何してたの?」

「メイは夕飯の買い出しをしておりました」

「そう……」

「アーサー様、それでは失礼しますね」

 

 

そう言って互いに反対方向に足を向ける。

 

(あの人、絶対ワタシの事馬鹿にしていた。素で許さない)

 

 

(やっぱり、ロマンス小説系主人公は一々イベントに遭遇するんだなぁ、女のドロドロとした戦いに足を踏み入れるかもしれないメイ。素で楽しみ!! は! そのような考えではいけない! メイはメイド、お嬢様を第一に考えて、奉仕をするという心情を忘れてはならないという設定を貫きながらも……設定ではない! 実際の信条を忘れないように……)

 

 

女の戦いのような何かの前哨戦のような嵐の静けさのある出会いであった。

 

 

 

◆◆

 

 

 王都ブリタニア、円卓の騎士団が保有する訓練場の一つ。荒れた土地で草木がない冷えた荒野のような場所。木すら一本もない。

 

 ただ、訓練をするだけ余計な事をしない、する必要性を与えない為の場所。そこには三人の少年が居た。トゥルー、そしてグレンとフブキ。以前一悶着会ってからは食事を共にしたり、一緒に訓練をしたりしている。

 

 

 グレンとトゥルーが剣を交わらせている。互いの木剣がぶつかり合う度、心地の良い気の音が鳴る。

 

 グレンが火の魔術を展開しながら地を蹴る。トゥルーの右足と左肩、右膝の当たりを狙った火炎の玉、それを盾にしながら同時に攻撃の手数を増やす。

 

 

 火炎の後から追尾をする形のグレン。彼の冷ややかで冷静な攻め。トゥルーは一息ついた。星元操作、身体能力強化、剣の腕だけで対抗をしよとする。

 

「――遅い」

 

 

 その発言は普段の彼なら口に出すことのない冷徹な言葉。全てをただ剣で切って、そして、追尾に懐に入ってきたグレンの剣と打ち合う。一瞬で火の魔術を無効にし、純粋な剣の打ち合いとなった事にグレンは眼を見開いた。

 

 接近戦でのトゥルーに勝てるはずはないと分かっている。だから、即座に再び魔術をと考えるが既に剣は空を舞う。

 

 

「オレの負けみたいだな……」

「うん」

「ったく、お前ドンドン強くなるよな」

 

 戦闘中は性格ががらりと変わってクールになるグレンだがそれが終わると一気に明るい太陽のような笑みを溢す。

 

「トゥルー、貴方は戦闘中グレンのように性格が変わっているように見えましたが?」

 

 フブキが戦闘中の違和感をトゥルーに問いただす。それを言われるとトゥルーは何とも言えない神妙な趣になる。

 

 

「あれは……アイツの真似をしただけだよ」

「あいつ? フェイだっけ?」

「うん」

「理解できませんね。確かにフェイは強く、驚異的な人物であると僕たちも身をもって知っています。しかし、貴方は基本属性全てに適性があり、剣術、星元操作共に彼を上回っていると思いますが? わざわざ真似をする必要は」

「違うんだよ。フブキ」

「何がですか?」

「アイツの凄い所はそこじゃない。魂が凄いんだ……精神が肉体を凌駕している」

「……なるほど。だとしてもそこには限界がある。崇高な動機、気高い魂が勝負の勝敗を分けるのかと言うのであれば、誰も死んでいないと思います」

 

 

フブキの言う事は最もであった。精神や魂が勝敗を分けることがない。圧倒的な力、暴力の差がそんなものでは埋まるはずはない。トゥルーも理解をしていた。だが、トゥルーは誰よりも注意深くフェイを見ていた男は、正解と言えるフブキの答えに異を唱える。

 

 

「確かに、僕の方が強い。僕が1000としてアイツが100、確かに僕が勝つ。でもアイツは必ず、100が限界なのに101を叩きだす。次は101になった限界から102を精神で引き出す……負けても折れないし、壊せない、引き下がらない。僕の理解を超えている異次元の存在なんだ」

 

 

「執念と覚悟、超越された精神で……アイツは引き寄せるんだ。糸のよりも細い、輝ける運命を。アイツは……」

 

 

「僕はこの間、ある剣士と戦ったんだ。動けなかった。でも、アイツを真似た時、少しだけ体が動いたんだ。無様に這いつくばったけど、()()()()()。今まで怖いと思ったら足がすくんで、実力が十分の一も出せない事もあった。でも、あの瞬間だけは、いつもの僕を超えられたんだ……」

 

 

「だから、あまり好まないアイツの真似を、偶にしているんだ」

 

 

 

トゥルーの告白にフブキとグレンは目を丸くする。正直何を言っているのか理解が出来なかった。単純にトゥルーの評価が壮大過ぎるという事。フェイがトゥルーにとって嫌いな存在であるという事は知っている、それなのに、誰よりも褒めているように感じたからだ。

 

 

「僕のできることは、世界の誰かが出来る事。手札が多いだけなんだ。だけど、アイツのできる事はアイツにしかできない。誰も真似を出来ることじゃない。しようとするようなものでもないんだ。でも、僕は、僕の魂に誓って……理想を叶えたい。その為には……アイツにしか出来ない事を僕も出来るように……」

 

 

トゥルーは遠くを見た、遥か先を行く黒髪の男の幻想を影を。それを聞いてグレンとフブキは益々分からないという表情。

 

 

二人の大丈夫かと言う視線を気にもせず、トゥルーはフェイの影の幻想を見続けるだけだった。

 

 

 

◆◆

 

 

 最近、刀を手に入れた。新武器だ。新武器だ! 

 

 わーい! わーい!

 

 やったぜ! しかも、この刀、スコッパー的な考えで買ったのに滅茶苦茶良い感じがする。手になじむというか、やはり刀は良いなぁ。

 

 

 ユルル師匠もかなりの名刀だと言っていた。へぇ、名刀なんだ? 俺の新しい武器としてふさわしい。

 

 

 名前どうしようかな。鍛冶師の人からは無言で貰ったから名前とか知らないし、俺が付けて良いよね?

 

 村正、草薙、十束、曙、色々あるけどな……敢えて名前を無しにするというのもありかもしれない。名無しの名刀、みたいな?

 

 いいねぇ。

 

 ただ、刀は折れやすい。単純な話だ、鉄の針を手の平に刺すと血がでる。しかし、鉄でも太い棒は刺しても血が出ない。面積が小さい程、力が一点に集まるほどに力は強くなる。だが、どちらが丈夫かと言えば後者になる。力の入れ方、一歩ミスをすればこの刀は折れてしまうだろう、多分……かなりガチの考察をしたがあっているか分からない。

 

 まぁ、主人公だからなんとかなるさ!

 

 これは、今までのバスターソードも常備しつつ刀は切り札として使う方がいいだろうな。

 

 刀が折れたらちょっと申し訳ないしさ。

 

 よし、先ずは手に刀を慣らすために素振りだな!!

 

 どれくらい素振りをしようかな? 沢山やらないと、慣れないと思うし、えっと一回の素振りを大体二秒だとして……

 

 

 一日が二十四時間、千四百四十分、つまり一日は八万六千四百秒と言う事になる。えっと、八万六千四百を二で割ると……

 

 嘘だろ? 一日、たったの四万三千二百回しかできないって事?

 

 少ないなぁ……ここに睡眠の時間とか食事の時間とかアーサーに絡まれる時間とか入ってるんでしょ?

 

 これは少ない。時間は有限、使い方は無限は基本。

 

 これは必死に振るしかないな。手に馴染み様に魂を込めて振るしかないな。クソ、次のイベントまでに使いこなせないといけないのに!!

 

 

 時間がない。早く刀を振って馴染ませないと!!! 次のイベントで大活躍をするんだ! 新武器に活躍をさせるんだ!! 何としても!!

 

 主人公が新しい武器を手にしたら、活躍するのは基本!!!

 

 

 だが、一日に最高でも四万三千二百回しか素振りが出来ないなんて……

 

 

 一億年ボタンとか誰か持ってないかな?

 

 

 

 

 



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28話 ハンカチ

 寒さも本格的。もうすぐ年越しの季節。雪が僅かに王都には降っていた。しんしんと降り続ける雪に風情を感じることが出来る王都。

 

 大人は肌をさすり、子供は元気よく駆け抜ける。

 

 そこを一人の男が歩く。フェイだ。彼は尋常ではない訓練をし、身体的にはかなり疲弊をしていた。彼は彼の信念に反した行動はしない。彼が信じた道しか行かず、信じるに値しない、信条に反した道には決して落ちない。

 

 

 そんな彼が雑貨屋に立ち寄っていた。店内に入り、鋭い目つきで品々を物色していた。髪飾り、指輪、首飾り、装飾品などには一切目を向けない。何かをただ探している。

 

 彼の眼と雰囲気に恐れを抱く客も一部いたのだが、それを気付くことはなく、彼は探し続ける。そして、彼の目が止まる。そしてフェイは手を伸ばす。フェイの手には一枚の黄色のハンカチが握られる。

 

 

 それを彼は会計に持って言った。そこそこ値段をする黄色のハンカチ。金を払って、店を出る。

 

 すると、丁度、彼の前にユルル&メイが現れる。どうやら二人は一緒にお買い物をしているようだ。

 

「あ、フェイ君ー!」

 

 いつものように子供っぽく元気よく手を振るユルル23歳。一礼をして、挨拶をしながら近づいてくるメイ。

 

 

「珍しいですね。フェイ君が雑貨屋さんから出てくるなんて」

「……特に理由はない」

「フェイ君はあまり自身にとって意味のないような事をするとも思えませんが……まぁ、聞かないでおきますね」

「フェイ様、こんにちは」

「あぁ」

 

 

淡泊に返事をして会話を切り上げようとするフェイ。ユルルはフェイが余り話すことを積極的にしない事などとうに分かっているので無理に足を引き留めようとはしない。フェイが二人から去ろうとした時。

 

「あ、フェイじゃーん!」

「フェイ、こんにちは」

 

 

前門のユルル&メイ、後門のボウラン&アーサー。フェイの状況を一言で表すならそれしか表現しようのない。

 

 

「えっと、ユルル先生と……そっちは、アタシ知らねぇ、アーサー知ってる?」

「ユルル先生のメイドのメイって言うんだって……」

「へー、そうなのかー! アタシ、メイドって初めて見た!! ひらひらしてなんか可愛い服してるな!!」

「ありがとうございます。ボウラン様」

「え? アタシのこと知ってるの?」

「はい。ユルルお嬢様から拝聴いたしました。その中の話を照らし合わせ、貴方様がボウラン様であると判断いたしました」

「メイドすげえぇ!!」

「当然の嗜みでございます」

 

 

 

 初めて見たメイドと言う存在に興味津々と言った表情のピュアボウラン。一方アーサーはメイに対してあまり良い印象は持っていない様子であった。アーサーの勘がメイの何かが気に入らないと言っていたからだ。

 

 

「俺はもう行く」

「えー? フェイ、お前さ、」

「……なんだ?」

「飯行こうぜ!」

「アーサーとでも行くといい」

「いやさ、アーサーとは何度も行ってるからさ。偶には行こうぜ。そっちの二人も一緒にさ」

「断る。俺には時間がない」

「ちぇー、まぁいいか。また今度誘うからな!」

「俺が行くとは限らんがな」

「フェイは優しいから行ってくれるってワタシ、知ってる」

 

 

 

お決まりの何度も知ってる感を出すアーサー。ユルルはやり取りを微笑ましく思い、メイは素っ頓狂な事を考えていた。

 

 

(これは……修羅場!? お嬢様、アーサー様、そしてメイの三つ巴の伏線!? ボウラン様は……ピュア枠ですね。間違いない、恋愛には関係ない方ですね)

 

 

 

フェイはこれ以上は付き合っていられないとその場を去る。思ったより話せなくて、若干ガッカリなアーサー、ご飯行けなくて少し残念なボウラン、伏線疑惑で頭がいっぱいなメイ。

 

そんな中でユルルだけはフェイが自分が作ったマフラーを使ってくれていたことに頬を緩めながら満足な表情をしていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 冬の孤児院、フェイがいつものように朝ごはんを食べている。彼の前には赤の花の髪飾りを付けているマリアとレレが居る。いつもと変わらぬ日常の一幕。ただ、少しだけ違うとすればマリアが僅かに瞬きが多いという事だ。

 

 フェイをチラチラと見ながら、目線を逸らしたり、と思えば意を決して見たり、見たらやっぱりやめようとそっぽを向いたり忙しい。

 

「なんだ? 俺の顔に何かついているのか?」

「え? あ、いや……なんでもないの、忘れて、フェイ」

「……そんな目線を向けておいて、なんでもない訳が無いだろう。なんだ? 言え、不快だ」

「……ご、ごめん。その……」

 

 

 言い淀むマリア。その雰囲気を察したレレが声を上げる。

 

 

「まりあはふぇいにおかあさんのおはかまいりについてきてほしいんだって!」

「……なるほど。そう言う事か」

「れ、レレ!? ど、どうして、それを!?」

 

マリアはレレに、勿論孤児院の誰一人としてそのことを言ってはいなかった。フェイにお墓参りについて来て欲しいと思ってはいたが口に出すことは無かった。それを見破ったレレに驚愕をするのは当然だった。

 

「だってまりあいってた! いっかいくらいおはかまいりにいかないとって! ふぇいにいっしょにきてほしいんでしょ!」

「レレ……鋭いのね。私、びっくりしたわ」

 

 

確かにお墓参り云々はぼやっと独り言のように呟いた記憶が微かに彼女には残っていた。だが、そこからフェイと結び付けて、マリアの願いを読み取ったレレは天才かもしれないと彼女は思う。

 

だが、レレとしてはマリアはフェイに恋をして、頼りにしているのを知っていたから、お墓参りにマリアが行こうとしている時点で、最初からフェイに頼んで一緒に行かせるつもりだった。

 

ただ、どこかで言いだそうとしていただけで、マリアの考えを読み取ったわけではない。

 

適当に結び付けて話しただけ。どうにかして、フェイとマリアをくっつけてやろうと考えての行動だった。言ったことが間違いであってもフェイならばマリアを一人で墓参りに行かせるわけがない事をレレは知っている。

 

 

 

「……そうか、何故それを言い淀む」

「あの、だって……迷惑かなって、フェイ忙しいでしょ? その……訓練とか、訓練とか、訓練とか……訓練とか」

「……間違いではない。ただ……まぁいい、一緒に行ってやる」

「え? い、良いの?」

「……っち。仕方ないが、俺もお前には……いや、今のは忘れろ。兎に角、着いて行ってやる、魔物とかが出ればそれも訓練になるからな」

「あ、ありがとう」

 

 

(ふぇいとまりあ、いっしょになってくれたらぼくもうれしい!)

 

 

どこか初々しい互いを気遣う新婚のようにレレは感じた。フェイは仕方ないという雰囲気だが、マリアに普段から世話になっていることへの感謝は忘れていない。言い淀んだが彼の想いはマリアとレレには伝わっていた。

 

 

(まりあー! がんばれー! ちゅーしろー!)

 

 

眼は見えないが、心を読むことに長けているレレはマリアを密かに応援していた。

 

 

◆◆

 

 

 赤いマフラー、黒い衣を着たフェイ。腰には刀と剣。一方で青い花の髪飾りを付けているマリアはいつもよりちょっとだけオシャレをしていた。

 

 髪も念入りにサラサラにし、服装もいつものシスターの服ではなく、白い長そでのブラウス、それに一枚茶色のコートを羽織り、赤の花柄のロングのスカート。白い長そでのブラウスは彼女の体にサイズには合っていないためにぴちぴちであった。

 

 大人の色気が彼女からは滲み出ていた。

 

(うぅ、この服ぴちぴち……ボタン取れちゃいそう……もう、こんな服着ることもないだろうって買わなかったらサイズ全然合わない……)

 

 

 

 昔から特にオシャレに気を配ることは無かった。復讐に囚われた騎士の時代、シスターの道を選んだ時から今。騎士団の服、シスターの服、彼女が着るのは昔から殆どそれだけ。

 

 まさか、自分が気になる異性とお出かけをする日がこようとは彼女は夢にも思っていなかった。

 

 

 豊満な胸と尻、エロスを感じる彼女に周りの男性から目が行ってしまうのは当然。だが、フェイだけは特にマリアに目を奪われることはない。いつもの冷ややかな表情を貫き王都を出る門に向かっていた。

 

 意識をしてくれない事に不満が湧くが、フェイが隣に居てくれる、一緒に歩いてくれることだけで彼女達は満足であった。

 

 

 二人で歩き進めるとマリアの色気に誘われた男が彼女の前に現れる。

 

「いいねぇ、姉ちゃん、俺とちょっと酒でもどう――」

「……消えろ」

「ひぃ! も、申し訳ありませんんん!!」

 

 

 

 フェイの圧によって軽はずみな言動を行った男はどこかに逃げて行った。マリアにはそれが恋人に悪い虫がつかないように守る彼氏のように思えて頬が熱くなる。

 

 

 一方でフェイはただ歩き続ける。常に圧を飛ばしているので、もうマリアに近寄ろうとする男性は現れない。無事に王都を出て、マリアの、いや、リリアとマリアの故郷へと足を進める。

 

 王都を出てからはリリアとマリアしか道は知らないのでフェイはペースを落とし、やや下がる。二人で並びながらどこか遠くに出掛けるなど一度もなかったので、空気が死んでいる。

 

 いつも死んでいるが、今はレレも居ない。何か話したいとマリアは思うが言葉が上手くでない。

 

「えっと、最近フェイはどうなの?」

「訓練をして、腹を満たし、寝て、訓練をして、それを繰り返している」

「あ、うん。知ってた……えっと、最近メイさんって言う人と知り合ったんでしょ? トゥルーが言ってたの」

「……あぁ、アイツか」

「どうなの? かなりの美人さんって聞くけど」

 

 

若干、フェイの女性関係については知ってはいる。だが、本当の所どうなのか。最近変化が無いのかマリアには気になってしまっていた。

 

任務には行くことはできない、フェイはそう言ったことはあったとしても話さない。

 

 

自身がフェイの恋人であるなどと己惚れてはいない。でも、好きな人の事は気になってしまう。

 

 

「特に何もない。俺は殆ど訓練だからな」

「……そっか。フェイだもんね。それじゃあ……ユルルさんとは、どんな感じ?」

 

 

ある意味、一番気になっていたと言っても過言ではない。ユルル・ガレスティーアと言う女性とフェイはどんな関係なのか、師弟関係であるとは知っている。だが、彼女は弟子に向ける感情ではない別の想いを持っていることをマリアは知っている。

 

マリアから見れば二人が一番距離が近いように見えるのだ。

 

 

「この間、中伝を教わった」」

「中伝? あー、波風清真流だっけ?」

「あぁ、縦からの流しのカウンターではなく、横からの流しのカウンター。流し損ねたりタイミングを誤ると自分自身にもダメージを負う」

「……あぁ、うん。他には?」

「あとは体術だ」

「へ、へぇ」

 

 

(多分、ユルルさんも苦労してそう……フェイって女性の好意とかには鈍感なのね……まぁ、フェイよりもトゥルーの方が大分酷いけど……アイリスが付き合ってって言ったら買い物の荷物持ちか? とか言い出すし……)

 

 

 

 淡々と事実だけを述べるフェイ。マリアが質問をしないと自分からは話してこない。だが、質問をすれば無下にはしないフェイに優しいなと思うが、女性への関心が少しずれているような気がするマリアであった。

 

 

 

 

 

 

 二人が歩き続け、一つの村に到着する。そこはまだリリアだけであった時の村。何も失って居なくて幸せだけであった時の場所だ。

 

 到着するとマリアは口を無意識のうちに開いていた。

 

「そっか……村は蘇ってたんだ」

 

 彼女の眼の前には嘗て地獄であった村の様子など微塵もなかった。焼けた家があった場所には綺麗な家が建っている。どこにも血の跡などはない。吐き気がする異臭も一切しない。

 

 

 悲しみが見えない綺麗な場所に少しだけ嬉しくなる。()()()は村へと足を進める。

 

 懐かしむように村を見て回る。嘗て自分が住んでいた家には全く別の家があって、幸せそうな家族が暮らしていた。

 

 フェイは黙って彼女の後を歩く。リリアは村の人にあることを聞いた。嘗て、この村に住んでいた人達のお墓は無いかと。

 

 あぁと、思い出したかのように村の住人は答える。指を指され、そこへ向かう。もう、誰も居ない場所。

 

 

 忘れ去られて、誰もそこには来なかった。墓標の石が並んでいる。その中の一つにリリアは眼を止める。

 

 

 ――母の墓だ。

 

 

 リリアはそこで膝を地につける。微かに瞳が揺れる。眼を閉じて祈る。

 

 

(ようやくこれたよ……ママ……)

 

 

心の中で伝えた。昔の村の住人たちにも手を合わせる。ようやくここに来ることが出来たと彼女は感無量だった。

 

 

彼女は昔を思い出す。忘れたくても忘れられない悪夢を、何も失っていなかったときの幸福を。

 

 

きっと、忘れることなど……と少しだけ悲しくなる。

 

 

涙が微かに溜まる眼をフェイに見られないように隠す。眼が合わない。近くにフェイが居ることは分かっている。

 

 

だけど、そちらを振り向くことはできない。今フェイを見たら涙が止まらなくなってしまうから。

 

 

リリアが黙って、背を向ける。荒れ果てた墓標で一人立つ彼女達は過去に囚われた囚人の様。

 

 

ふと、風が吹く。リリアの頬をすり抜ける。このまま涙が風に乾くまでこのままで居たいと彼女は思った。

 

 

時間が過ぎていくと、足音が聞こえる。フェイではない、複数で、人ではないような音。

 

 

少しだけ、彼女がそちらへ目を向ける。魔物だ、ホワイトウルフ。涎を垂らしながら彼女を狙っている。

 

不思議と今は逃げようと彼女は思わなかった。墓標に佇む自分、もう、自分は死人で本当はずっとここに居るべきなのではないかと思ったから。

 

 

悪夢を思い出す、幸福を思い出す。これを抱いたまま死ぬのも……と微かに考えた。ホワイトウルフが彼女へ飛ぶ。

 

 

鋭い歯が彼女に近づき、肉を喰らおうと本能で襲い掛かる。

 

 

――再び、風が吹いた

 

 

赤い血が、空を舞う。剣士が刀を振り終えていた。

 

 

美しい筋で、地を赤に染める。

 

 

「――遅い」

 

 

重圧なその場を支配するような一言。同胞がやられた事でホワイトウルフたちは一斉に襲い掛かる。

 

 

フェイが刀に付着した血を振り払い、再び刀を振るう。剣技であるがそれは高位な存在に捧げる剣舞のように美しい。

 

 

「――試し斬りにすらならんな」

 

 

落胆の声が響き、赤い血が舞う。一匹、二匹と次々と斬りさく、斬斬斬斬、簡単に単純な作業のように素人が見たら思うだろう。

 

それほどまでに洗練された斬撃、

 

ホワイトウルフの群れの長が眼の前の男の存在を敵ではなく、格上の生命体と認識する。

 

手を出すな、逃げに徹しろと本能が判断する。

 

 

蜘蛛の子が散るように、フェイの周りから続々とその場から群れは去る。リリア(マリア)がその背中を見る。

 

 

あの時の、ただ闇雲にあがいていた少年はもう居ない。覚悟を決めて、至るべき道を知り、どこまでもその道を歩こうとする男の背。

 

マリアはその道に、一人の道に行ってほしくなかった。だけど、今、あの背を見て成長をしたなと嬉しくもなる。でも、きっと、彼にマリア(リリア)は必要ではないと感じた。

 

 

もう、(わたし)なんて……

 

 

涙が溢れていく。彼がもう追いつけない場所に行ってしまったと思ったから。彼が振り向く時に再び目線を下げる。

 

 

泣き顔を隠し、虚勢を張る。明るい声を上げる。フェイが彼女達の方に歩く。

 

 

「もう、帰ろっか……」

「あぁ」

 

 

それだけ彼は言った。そっぽを向いている自分を追いて、フェイは帰りの道を歩き始める。彼はいつか、こんな風に自分を追いて……そう思いかけて彼の足が止まってることに気付く。

 

 

彼女を泣き顔を見ず、彼もまたそっぽを向いて、何かを差し出す。

 

 

「勘違いするな。俺の為だ……そんな顔で帰りの道を歩かれたら不快だから……使え」

 

 

彼の顔を見ず、その手を見る。黄色のハンカチが差し出されていた。それだけ渡すとフェイは背を向けて歩き出す。ただ、少しだけ彼のペースが遅かった。いつも、誰かに合わせたり、自分を変えることのないフェイが遅かったのだ。

 

誰かが来るのを待っているかのように。

 

 

(……そっか。(わたし)を待って居てくれてるんだ……全部理解して、追いつけるように待って居てくれてるんだ)

 

 

(――今だけは、悲しんでいる(わたし)を気遣って)

 

 

 墓標(過去)から彼女は走り出してフェイを追った。彼は振り返らない、ただ彼女を待って未来へ進む。その背を追って、少しだけ彼女は振り返る。

 

 

(ごめん、まだ行けないよ、まま……(わたし)には一緒に未来を歩きたい人が居るから……)

 

 

 

 リリア(マリア)はフェイの隣に追いついた。彼女を見ることなく、彼は前を見据えている

 

 

「ねぇ、このハンカチ……貰っていいかな?」

「好きにしろ。たかが布切れ如きどうでもいい」

「そっか……じゃあ、貰うね……ありがとう、フェイ(ふぇい)

 

 

 

 それだけ言って、彼は何も言わない。ずっと逸らし合っていた眼が合う。互いの顔が見える。

 

「――()()()

 

(え……?)

 

 

 一瞬だけ、()()()()()()()()()()()。見間違いかと思って瞬きをしてもう一度見る。そこにはいつもの無機質で仏頂面の彼が居た。

 

 

(もしかして、安心させようとして笑顔を……まさかね……いや、でも、きっと)

 

 

 二人は未来へ歩き出した。微かに後ろから吹く風が祝福をしてくれているように彼女は感じた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 マリアからデートに誘われたと思ったらお墓参りだった。ヒロインと墓参りってあるか?

 

 マリアはヒロインなのか、どうなのか、俺の中では未だ審議中である。色々ぐだぐだ話ながらお墓に向かう。

 

 

 それにしても冷えて来たな、まぁ、冬だしね。普通だけど。あれ、でも、氷を操る敵とか出てきた対策として、裸で滝に打たれるとかした方が良いのかな?

 

 

 お墓に到着、するとホワイトウルフが!! 

 

 まかせろー! スタイリッシュにばっさばっさとなぎ倒していくー!

 

 あれ? マリア、泣いてない?

 

 もしかして、ホワイトウルフが怖かったのかな?

 

 ふと、俺は懐に入れていたあるモノに気付く。先日かった黄色のハンカチである。ここで俺は自問自答をする。

 

 主人公にとってハンカチとは?

 

 自分の為に使う? NO

 

 血を抑えるための応急処置? NO

 

 

 

 そう、答えは……主人公にとって、ハンカチとはヒロイン若しくは、ヒロイン疑惑のあるこの涙を拭くために存在する……。これは基本だよね。

 

 

 マリアの顔を見ないようにハンカチを渡す、クール系なんでね、渡す理由はちょっと捻くれてないといけない。

 

 俺が不快だってね。まぁ、マリア泣いてたらちょっと悲しいし、お世話になっているからな。

 

 もし、マリアがヒロインではなかったとしても、普段お世話になっている人に恩義を返すのは、主人公の基本ではなく、人としての当然である。

 

 あれ? 気付いたらマリア元気になってる?

 

 何で……? え? ハンカチ欲しい? ちょっと高かったけどあげるよ。それくらい買えば良いし。

 

 マリアがありがとうって言った。

 

 やはりヒロインかもしれない。その声にちょっとだけ、頬が上がる、危ない危ない。

 

 クール系は表情筋が死んでいるのが基本だったぜ。キャラ崩壊はしたくないのさ。俺は笑わないクールな仏頂面で行くぜ!!

 

 

 さてさて、帰るか。帰りもちゃんと護衛するから安心していいよ。泣き顔はあんまり見ないから隠さなくてもいいんだぜ?

 

 そんなこと口に出さないけど。でも、きっとそれっぽいことしていれば彼女には伝わるだろう。

 

 

 ――そう思ってクールに俺は歩く、いつものように

 

 

 

 

◆◆

 

 

アテナ切り抜き!!

 

 

帰りの道!!

 

 

小松菜(ハンカチ渡した時の俺、決まってたなぁ)

リリア(ふぇい、わたしにハンカチくれた!)

マリア(ええ?! 私にくれたのよ!)

リリア(違う! ふぇいはわたしにくれた!)

マリア(いいえ、私にくれたの!)

 

 

 

今度からハンカチは二枚あげた方が賢明かもしれない。

 

 

 

 

 

 



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29話 ジャイアントパンダ対小松菜

 冬の孤児院、洗濯物が異様に冷たく手に吐息をかけて寒さをやわらげながらマリアが洗濯物を干していた。

 

 孤児院の子供たちは沢山いる。だから、洗濯物も多い。全部干し終えたマリアは一息ついた。

 

 一息つくと彼女はあることを思い出す。それを思い出すと彼女は、はぁと溜息を溢す。焦がれて冷たい風が頬に当たるのに彼女の顔はどこか熱を帯びていた。

 

 マリアはフェイから貰った黄色のハンカチを出す。微かに香るフェイの匂い、あまりにも紳士的な対応。

 

 そして、あの反則ともいえる微笑。

 

 それらがマリアの心を強く締め付けていた。特にマリアの心に残っているのはフェイが一瞬だけ見せた見間違えともいえる笑顔。あれは都合よく見てしまった幻想なのか、本当にマリアとリリアに向けた笑顔なのか、真実は分からない。

 

 

 それでも、脳裏に焼き付いて離れない。ため息が絶えず、彼女から漏れる。

 

 

(やっぱり、私、フェイの事……好きなのね……)

 

 

 彼女は改めて自覚する。

 

 

 フェイのあの笑顔。完全なる反則中の反則。

 

 

 ――クール系の偶に見せる微笑はマリア&リリアに効果は抜群だった。

 

 

 普段無表情の癖に稀に笑顔を見せるというクール系主人公の基本、いや、()()。普段から表情筋を殺しておいて、ここぞとばかりに表情筋を蘇生するというクール系にのみ許された専売特許。

 

 それを無自覚に成してしまったフェイは鈍感系である可能性が僅かに出てきたのかもしれない。

 

 鈍感系主人公と言うのは非常に質の悪い存在である。ヒロインを惚れさせておいて、全く触れないで放置プレイをするようなものなのだから。

 

 フェイも無自覚で微笑を見せておいて、スルーするという愚挙をしてしまった。しかも、普段仏頂面だから見せてくれたのは私達だけだとマリア&リリアは考えてしまう。

 

 本人のいないところで美人を曇らせる、想いを増幅させるという荒業。マリア&リリアはそのドツボにハマってしまっていた。

 

 

(はぁ……でも、私はお母さんみたいな感じにも見えるし、フェイはそんなことないって言うけど、フェイの周りには若くてかわいい女の子沢山いるし。諦めて楽になった方が)

(ダメ! ふぇいは諦めない!)

(そんな事言っても)

(じゃあ、マリアは諦めればいいじゃん! わたしは諦めない! ふぇいが好きなんだもん!)

(そ、そんな事言っても、私と貴方は表裏一体なのよ……)

(わたしはふぇいを諦めない! 絶対に!!)

 

 

マリアの脳内リリアがマリアのラブコメを全力で諦めさせてくるような状況。マリアとしては微かに年齢の事が心に引っかかっている。

 

 

好きになってしまった。一緒に道を歩みたいと思ったけど……どうしたものかと考える。フェイに復讐の道を行かせたくないと考えても居る。

 

そこに脳内リリアの大騒ぎが混ざり合って結局、結論は何も出なかった。ただ、マリア&リリアのフェイへの好感度が上がっただけだ。

 

 

◆◆

 

 

 新人聖騎士たちはとあるイベントが起こることに浮足立っていた。大都市リナリーに存在する円卓の仮城(えんたくのかりじろ)、そこで年越し前に毎年新人たちを鍛えるために行う遠征訓練合宿。

 

 遠征訓練は幾つもあるが、その内の一つ、無属性しか魔術適正を持っていない者は非推奨とされている。二等級聖騎士マグナスによる訓練。

 

 メイン主人公であるトゥルーとアーサーの無双するイベントとして有名である。多少訓練に四苦八苦する場面もあるが、模擬戦に置いて異常な強さを発揮して周りからちょっと引かれる。

 

 そんな二人が若干ハブられながら、結局二人の仲を深めるという色んな意味で忙しいイベントである。

 

 本来ならフェイはそこに居ない。無属性のみは無能であるとマグナスが考えており、訓練に呼ばない、来たとしても何も教えず騎士団の退去を進めようとする。そんな場所に本来のフェイは行かず、訓練が面倒くさいとそもそも彼自身も行くつもりはない。

 

 しかし、今のフェイは……どうなるのか。それは誰にも分からない。

 

 

 

 

 フェイがいつものように訓練をし、ハムレタスサンドを買いにパン屋に行っていた。その時に偶々エセとカマセに遭遇する。

 

 

「なぁ、フェイは明日からの遠征合宿どうするん?」

 

 

 エセがフェイに聞いた。それを聞くとフェイは微かに眉を顰める。何の話だ、続きを話せと眼でで訴える。

 

 

「え? 知らんの? 都市リアリーで行うって言われとるやろ? 新人聖騎士は」

「あ、もしかして、無属性だけの奴って非推奨だから……フェイは知らないんじゃ」

「え? マジで無属性だけって拒否られるんか!?」

 

 

 驚いたようにエセがフェイを見る。フェイは何か考えるような素振りを見せる。

 

「僕様が聞いた噂だと、無属性だけだと聖騎士としての可能性はないって考えてる聖騎士が訓練を取り締まってるって……」

「なんでや? どうして、無属性だけが」

「何でも……偉い聖騎士の兄とか恋人が無属性だけで聖騎士をしてたけど、死んでしまったらしい。そこから無属性だけは命を捨てる愚行とか考えるようになったらしいぞ。僕様はそこまでしか知らん」

「なるほど……大切な人が死んでしまった事で、考えが反転してしまったんやな。命を賭けて聖騎士をするのを命を下水に捨てる愚行と考えて、そう言う聖騎士に引導を渡したり、別の道を示したりする……歪んだ優しさってやつやな」

 

 

 解説要員として板についてきたエセ。そして、データバンク、情報を引き出すカマセ。二人によって勝手に話が進んでいく。フェイはそれを聞いてどういう状況かと大体納得したような表情になる。

 

 

 

「多分やけど、フェイは行ったら面倒な事になるで」

「そうか……では、行くとしよう」

「そう言うと思ったで!」

「実は女の子たちが沢山いるから一緒にナンパに誘おうと思ってたんだ! ぐへへへ、頑張る姿を見せて、そのまま部屋にお邪魔して据え膳食おう!」

「ええなぁ……アルファちゃん達も来るんやろ?」

「まだ、狙ってたのか!? 僕様も狙ってたけど」

「まぁ、第一希望はあの子達で二番三番って考えておいた方がええわな」

「確かに」

 

 

 

 パン屋でそこそこのクズな事をそこそこの音量で話す二人、それを周りは呆れたように見ていた。一方フェイは興味が一切なくなったのでハムレタスサンドを買って店を後にした。

 

 

 

■■

 

 

 フェイはエセ達と別れ、ハムレタスサンドで小腹を満たした後、再び訓練に戻った。刀を振るって己を鍛える。

 

 ユルルも朝の訓練以外にもフェイの訓練に付き合う時もあるが今日は居ない。そして、それをまるで、狙いすましたかのように自称お姉ちゃんが現れる。

 

 

「フェイー、お疲れー」

「……」

「……ん?」

 

 

無視。フェイはアーサーを無視。アーサーはフェイが返事をしてくれない事に首を傾げる。だが、アーサーは自分の挨拶がフェイが聞こえていないんだなと結論を出した。

 

 

「……あ! ふぇいー、おつかれー」

「……」

「……むむ?」

 

 

無視、またしても無視。そして、アーサーはまた挨拶が聞こえていないと頭の中で考える。

 

 

「……フェイー、おつか――」

「聞こえている。聞こえていて無視をしているのが分からんのか?」

「あ、聞こえてたんだ」

 

アーサーは聞こえていたことに安心する。そして、ある疑問が湧いた。

 

「何で無視したの?」

「逆に聞くが、なぜ貴様に挨拶を返す必要がある?」

「もしかして……お姉ちゃんみたいな女の子と話すの恥ずかしいの?」

「……質問を質問で返すな」

「フェイも質問を質問で返してた。ふふ、フェイってちょっと天然でおっちょこちょいなんだね、可愛いー」

「……」

 

ちょっと論破されて、からかわれているような馬鹿にされているような気分になりフェイの額に青筋が浮かぶ。基本的にクール系を貫ているので可愛いとか言われるのがフェイは好きではない。

 

ここで、フェイってスタイリッシュ! と言うことが出来たら多少好感度も上がるのだが、小松菜と話せるだけで舞い上がってしまっているジャイアントパンダにそんな器用な事が出来るはずもない

 

 

「フェイってやっぱり、弟みたいでめちゃ可愛い。弟君って呼んでもいい?」

「……」

「あ、また無視してる。可愛いなー、弟君は」

「黙れ」

 

 

勝手に進んで、勝手に道を逸れるアーサー。流石のフェイも我慢の限界。刀をアーサーに向ける。

 

 

「貴様の口は随分煩わしいようだ。少し、お灸をすえてやる、剣を抜け」

「うん、お姉ちゃんが色々教えてあげるね」

「……」

 

 

 

フェイが刀を鞘に納める。再戦であった。一体今まで何度フェイはアーサーに負けて来た事か。フェイは今度こそぶちのめすという気迫が感じられる。一方アーサーはいつも勝っているからか余裕が僅かにある。

 

フェイが新たに刀を手にしてから初めての再戦。

 

フェイが刀を鞘に納める。抜刀術の構えだ。アーサーはフェイが何か新しい事をするのだろうと感じ取り期待をする。

 

「じゃ、いくよ」

 

 

軽くそう宣言してアーサーがフェイに近づく。距離は三メートル、まだ、そしてまた一歩とフェイに近づく。だが、まだ抜刀術を繰り出すタイミングではない、だが、それなのにフェイは右腕を動かした。

 

アーサーまでの距離が足りない。にもかかわず刀を振るう。

 

――刀を鞘から抜かずに。

 

抜刀術、そう思えた彼の刀は、鞘と刀身がつながり、通常の刀身よりも長い弧を描く。

 

抜刀をせずにそのまま振るう事で本来よりも一歩遠い遠距離の攻撃を繰り出す。振った時に刀の鞘が刀身から伸びるように敵に繰り出される。

 

完璧な不意打ち。だったのだが……アーサーの右目が怪しく光っていた。入試の時、菫色の左目が光っていたがそれと近しい微かな輝き、蒼の眼が刀身の長さを既に見抜いていた。

 

 

フェイの不意打ちをあっさりと避けてフェイの懐へ飛び込む、フェイも避けられた時の事を想定していたのか再び、振り切った刀を構えてアーサーに突っ込む。

 

 

そして……フェイの刀が宙を舞った。

 

 

アーサーは一連の戦闘を振り返る。確かに自分は勝った。でも……と

 

 

(やっぱり、フェイって凄い……何か怪しいと思って右目使ってしまった。使わなかったら、負けてたかも……危うくフェイに初めてを取られるところだった……)

 

 

「ワタシの勝ちだね」

「っち」

 

 

舌打ちをして飛ばされた刀と飛ばした鞘を拾う。アーサーはいつものように満足気でどこか焦がれているような目線を向ける。

 

 

「フェイ、強くなったね。ワタシも未来が少し見える、前兆の魔眼を使わなかったら危なかった」

「……魔眼か」

「うん。右目と左目でそれぞれ効力が違くて、普通は魔眼って相手に暗示とかをかけるんだけど、それだけじゃない変わった能力とかある場合もある」

「そうか」

「だから、ワタシに右目が無かったら本当に危なかった。えへへ、フェイに初めて取られるところだった」

 

ちょっと嬉しそうに笑うアーサー。そんな彼女を見ても特に何とも思ってないようなフェイ。

 

「でも、この魔眼未来からのフィードバックが凄くて頭痛くなったりするから連発は出来ない」

「そうか」

 

色々と説明をするとアーサーが少しだけ雰囲気を変えてフェイに話しかける。

 

 

「ねぇ、前の約束覚えてる」

「……」

「あの、月の下でワタシを倒して、背負ってくれるってやつ」

「……それがどうした」

「なんでもない……覚えているのか気になっただけ」

「そうか」

 

 

それだけ言ってフェイは再び刀を振り始めた。フェイが必死に頑張る姿にアーサーは頬を赤くする。

 

(ワタシに追いつこうとしてくれる……フェイはワタシを一人になんて……してくれない……)

 

(もっと、色々話したい……からかったりしたい)

 

 

(一緒に、おでかけとか……手を繋いだり……もっと、凄い事とか……)

 

 

「フェイ」

「……なんだ? 手短に話せ」

「あ、……えっと……フェイって」

 

 

思わず彼女は躊躇した。その先に彼女はどんな女性が好みかと本気で聞こうとした。いつも意味不明な考えをしているが、アーサーは本気で聞きたかったのだ。

 

 

「どんな、その……なんでもない」

「なんだ、そこまで言ったのに言わんのか。よく分からん奴だな」

「うん、ごめんね……」

「……謝る必要はない」

 

 

それだけ言ってまた素振り。

 

たった今、負けたというのに直ぐに彼は立ち上がって再び闘志を燃やす。その鬼気迫るフェイの素振りに思わず、息を彼女は飲んだ。誰よりも高みを目指し続け、何にも絶望をすることなく、どれだけ高い壁も超えていこうとする崇高な姿勢。

 

 

(……凄すぎる。精神が強いとか、そう言う次元じゃない……不屈の魂、ワタシが見習うべきフェイの姿……)

 

 

(フェイって……何者なんだろう……)

 

 

(凄い、逞しい、強い、知ってるけど、本当に分からない。どこまでその強さの深さがあるのか)

 

 

 偶に彼女は分からなくなる。フェイと言う存在の底知れなさに理解が一切及ばなくなる。それが悲しくもなる。

 

 だって、彼女は、アーサーと言う少女は……

 

 

 

「ねぇ、もう一回模擬戦しよ」

「……構わんが」

「ワタシ、フェイと沢山、交わりたいから(模擬戦したい)、嬉しい」

「……」

 

 

少しでも、フェイとの二人きりの交流を増やしたいと思うアーサーであった。恋心だと彼女は分かっているようで分かっていない。

 

でも、一緒に居たいと思うのは本当であった。

 

 

 

◆◆

 

 

 ハムレタスサンド行きつけのパン屋さんで買っていたらエセとカマセに遭遇した。

 

 え? 遠征合宿? 聞いてない……ふむふむ、ほぇ、無属性だけの人はお断りみたいな感じなんだ。

 

 これは行くしかない。と言うか主人公である俺のイベントでしょ? 敢えてアウェーな空間に飛び込むって奴ね。

 

 求めてるのよ、そう言うイベントをさ、努力系だから。荒波に飛び込んで水を飲み干すくらいの無茶ぶりを俺は求めてる。

 

 それにしても……

 

 エセが解説員として順調に育ってるなぁ。もう、情報が分かりやすい、そして、情報を的確に出してくれるカマセ。偶にいるんだよね、どうしてそんな情報を持っているのって感じのキャラが……いいじゃん、そのまま頑張ってれば準レギュラーくらいとれるかもよ?

 

 

 そして、二人と別れて素振りをしていると。あ、野生のジャイアントパンダが飛び出してきた。

 

 

 お姉ちゃん感が素でウザイ。

 

 

 そろそろ叩き潰してやろうと思ったけど負けた。秘策もあったのに負けた……ジャイアントパンダライバル枠だからなぁ……。

 

 そこら辺のライバルとは一味違うね。何て言ってもジャイアントパンダだから。

 

 未来が見える魔眼って何だよ。まるで主人公みたいな能力だな、あんまり連発は出来ないらしいけど。

 

 左右にそれぞれ違う能力ねぇ……益々特別感があるな……。主人公……みたいだな……

 

 

 惜しいなぁ。性格の難と俺と言う存在が無ければ主人公に成れたかもしれないのに。でも、こいつ、本当に強すぎないか?

 

 

 両目に魔眼、特別な魔術適正、強い、確かに強い。これは認めるしかない。今まで2015戦して2015敗を俺はしている。

 

 正直悔しい、ここまでやっても勝てないとは、もしかしたらアーサーは裏ボスかもしれないと勘ぐってしまう。

 

 俺は新武器と手に入れたのに……負けた。もしかしたら、あと何千回、何万回戦ってもアーサーには勝てないんじゃないかって俺は今回で思ってしまった。

 

 

 アーサーと言うライバル枠に何万回挑んでも、俺は勝てないかもしれない……

 

 

でもさ……俺は思うんだ。

 

 

一億回負けても、一兆一回目に勝てばよくないかって……

 

 

一京回負けても、一垓一回目に勝てればよくないかって……

 

 

うん、そうなんだよ!!!

 

たかが何千回負けたくらいでへこたれてたら主人公ではない。不屈の闘志で俺は不死鳥のように何度も蘇らなくてはならない!!!

 

 

 

だから、頑張る!!! 気合いだ! 気合いだ! 気合いを入れて素振りをするぞ!!

 

 

アーサー。俺はお前を超えるぞ!!

 

 

だけど、弟君呼びは許さん、バカにするのもいい加減にしてくれよ!!

 

 

 



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30話 コアラ

 大勢の新人聖騎士たちが王都ブリタニアから都市リアリーに向けて出発をする。遠征訓練合宿はある意味で趣向の変わったイベントともいえるので少しだけ浮足立つ者達も多い。

 

 グレン、フブキ、トゥルーが一緒に歩いている。彼らには友情が生まれており、仲睦まじい姿を周りに見せる。三人共イケメンなので女子からの視線が熱い。

 

 周りからの妬みの視線を感じながら三人は進む。そして、三人のように妬みの視線を受ける男が一人。

 

 フェイである。

 

 隣にはアーサーが居て、もう片方の隣にはボウランが陣を取る。フェイは全く二人を意に介していないので益々周りからは視線が凄い。

 

 

「フェイ、ちょっと寒いね。取りあえず、お姉ちゃんと手、繋いでおく?」

「あ、フェイ腹減ったな! 都市に到着したら飯行っとく?」

「……」

 

 

 歩みのペースを変えず、だからと言って二人の話には一切合わせず沈黙を彼は貫いていた。

 

 フェイは微かに自身の手を見る。眼を細めて、手を何度も閉じたり開いたり、美女よりも自分の手を気にするという周りの男性からは意味不明な行動。

 

 

「どうしたの? フェイ」

「……」

「む、また無視……メッ!」

 

 

 お姉ちゃんロールプレイをアーサーは崩さない。だが、フェイは一向に無視。何か思う所があるのか自分の手だけを見ている。

 

 

「どうしたの?」

「……」

 

 

 フェイは何度も無視をしている。自分の手に星元を集中している。全体ではなく、ただ一か所に。強化がおぼつかず、不格好にも程がある星元操作。

 

 皆で都市に向かって雑談したりしている中で、美人の隣で星元操作を一人だけしているとなると目立つ。さらに、不格好である為にこの時期になってあの程度なのかと周りからは格下扱いをされていた。

 

 周りからくすくすと笑い声が微かに漏れる。嘲笑と嫉妬、その二つがフェイに向いて行く。だが、フェイは反応しない、代わりに赤髪で赤目の狼が反応する。

 

 

「――がるるる!」

「ひぇぇぇ」

「美人に睨まれたッ」

 

 

ボウランがフェイを笑っていた男子達を威嚇すると笑みを消して三人から距離をとる。それを見てアーサーが親指を立ててサムズアップ。

 

 

「ナイス、ボウラン。頭ナデナデの刑に処す」

「くぅーん」

 

 

アーサーになでなでをされたボウランが犬のように喜んでいる。二人で仲良く接しているとフェイとの足のペースが僅かに狂う。すると、フェイの隣が空いた。そこへ、エセ&カマセがすかさず入り込む。

 

アーサーとボウランが再びフェイの隣に陣をとると嫉妬で頭が狂うからである。

 

 

「素でムカつくわ。お前」

「……」

「っておい、僕様たちまで無視するな」

「おーい、フェイー、聞こえとるんかー!」

「……なんだ?」

 

 

少し大きめの声でエセがフェイに話を振るとようやくフェイが反応する。それまで彼には誰の声も響いていない様であった。

 

「なんだはこっちのセリフやで、ずっと手見取るから心配になったんや」

「そうか」

「何かあったのか、僕様が聞いてやろう」

「お前が聞いてどうすんねん。それでフェイはどうかしたん?」

「……いや、この訓練で何を掴みとるか、掴みとるべきなのか……考えていた」

 

 

その言葉は二人へ発した言葉であったと同時に自分自身への追い込みのように聞こえた。フェイはじっと手の平に星元を溜め続けている。

 

エセとカマセは何だか、意識高すぎて何も言えなくなった。女目的で大はしゃぎをしていたからだ。そして、何だか、二人の背中に悪寒が走る。二人を見て、眉を顰めるアーサーが居たからだ。

 

(フェイの隣でずけずけと入り込む空気読めない奴ら……アイツらいつもフェイの周りうろちょろしてる)

 

 

ボウランの頭をわしわししながらアーサーがにらみつける。何だか、やばいなと感じる二人はスっとその場を無言で離れる。ふふふと、アーサーが隣に陣を取ろうとすると再び、誰かがフェイの隣へ。

 

 

クイクイとフェイの服の裾を引っ張る女性。紫の髪に灰色の透き通る眼をした美人で無表情。

 

ベタなベータちゃんである。

 

「……」

「……」

 

 

互いに無言。眼をパチパチしてフェイをジッと見るベータ。暫くするとスゥっと彼のをそばを離れる。

 

「ちょと、ベータ! 急に行くんじゃないわよ」

「……!!」

「え? 永遠機関の人間か観察したけど、何とも言えないって?」

「……!」

「ガンマもあの人は違うと思うのだー」

「いいえ、怪しい事には変わりないわ」

 

 

アルファとベータ、そしてガンマがひそひそ話をしている。そして、ようやく満を持してアーサーが隣に陣を取る。

 

 

「フェイ、さっきの人知り合い?」

「……さぁな」

「あの人、無言だったけど人と話すの苦手なのかな?」

 

 

 フェイは思う。人と話すのは苦手なのはお前もだろうと。

 

(――おまいうで草)

 

 アーサーは思う。姉として弟を守らないといけないと。

 

(あれ、前にフェイをストーカーしてた奴、フェイの周りってストーカーとかウロチョロ連中が多い、お姉ちゃんが守ってあげないと)

 

 

 未だにアーサーがボウランの頭をなでなでしながら歩き続ける。隣を歩いているのに気持ちはすれ違っている。アーサーには姉としての保護欲が湧いていた。

 

 

「弟君。お姉ちゃんが何としても守るからね」

「……」

 

(――意味わからなくて、(ささ)

 

 

アーサーがフェイをジッと見て何かを宣言するがフェイからすると何を言っているのか訳が分からない。自分の事を弄んでいるとしか彼には思えなかった。

 

 

ジャイアントパンダ『わーい、フェイタイヤだー! このタイヤで思う存分遊ぶぞー!』

 

 

自分はこの少女からはタイヤと思われて下に見られているんだろうなと益々フェイはアーサーに対抗心を燃やすことになった。そんなこんなで彼らは都市リアリーに到着をする。

 

 

◆◆

 

 

 大都市リアリー。都市中に綺麗な水路があり、船などに乗って移動をすることが出来る水の都市とも言える。

 

 新人の聖騎士たちがその都市でも一際大きい建物に進んでく。三階建ての大きな城のような要塞、円卓の仮城に彼らは足を踏み入れる。すると、早速、同じ団服を着たベテランの雰囲気を纏っている男が現れる。

 

 黒髪の男。

 

「ようこそ、地獄の入口へ。今日からお前らを鍛える四等級の聖騎士であるバツバツだ。早速訓練を始める、全員整列しろ」

 

 

 それだけ言って彼らに背を向ける、自分についてこいと言っているようであった。迫力が凄くて全員が急いで敷地内に入って整列をする。

 

 整列が完了すると、バツバツと名乗った聖騎士の隣に白髪の老人の聖騎士と茶髪の若い見た目でやる気がない気だるげな感じの聖騎士が並ぶ。

 

「自己紹介をお願いします。マグナム先生」

「……俺がここの責任者である、二等級聖騎士マグナムだ。ここへ来たという事は強くなりに来たという事であると理解する。無駄な私語、行動は俺の最も嫌う行動だ。無駄なことはせずに最適な行動を期待する」

「あー、僕はサポートの四等級聖騎士のカクカク、マグナム先生のサポートだから。まぁ、勝手に頑張って」

 

 

 それだけ言うと椅子にマグナムは座る。ジッと鷹のように鋭い眼線で新人を射貫く。その眼で見られると誰もが息を呑む。

 

 

「よし、では早速、訓練を始める。全員、星元を纏って腕立て伏せ五百回。最下位はプラス二百回だ」

 

 

 訓練が始まった。全員が急いで手を地面に着く。出会いを求めに来たと考えていた者達はガッカリをした。こんな場所で出会いは無理だろうから。全員星元で身体を操作して腕立て伏せを行う。

 

 ここで最下位になって+二百回よりも、悪目立ちしてあの人たちに眼を付けられることが嫌だったのだ。

 

 誰もが必死に腕立て伏せをする、一番最初に終えたのはアーサー、二番はトゥルー、そこがダントツでその後少し時間が経過して全員が続々と終える。そして、最下位はフェイだった。

 

 バツバツが厳しい言葉を向ける。

 

 

「お前は二百回追加だ!」

「……」

 

 

 フェイは黙って再び腕立て伏せを始める。それを全員が哀れみの目線を向ける、眼を付けられて可哀そうとかやっぱり最下位で才能ないなと考える。

 

 

「よし、残り百!」

「……」

 

 

 フェイは一定のペースで腕立て伏せを行う。それを遠くでマグナムの隣で見ていたカクカクが言葉を発する。

 

「おっそ……あんなの直ぐに終わるでしょ」

「……」

 

 隣のマグナムは無言。そして、フェイを近くで見ていたバツバツは腕立ての数を数える。

 

 

「193、194、192、193、194、195、190」

 

 数えるふりをして何度も同じ数を巡回させる。永遠に終わるはずのない腕立て伏せが誰もの頭によぎる。それを見て自分は最下位じゃなくてやっぱり良かったと安堵する者、下を見つけて笑う者様々だ。

 

 このまま心が折れてしまっても可笑しくはない。

 

 

「191、192――」

「187、188」

 

 

 その永遠とも言える腕立て伏せに彼は嗤いながら、敢えて数を繰り返す。低い数を何度も応え始めた。

 

 

「……189」

「178、179」

 

 

 ぽつぽつと呟きながらフェイは何度も何度も繰り返す。そのやり取りが一体いつまで続くのか、彼らには分からなくなっていた。フェイではなく数えているバツバツの方が次第に焦りが出始める。

 

 気付けば彼の腕立て伏せは一時間以上経過する。

 

 

「もういい、次に連れていけ」

「あ、は、はい!」

 

 

 マグナムの指示でバツバツはフェイに腕立て伏せを終了させる。フェイはそれを淡々と承諾し地から手を離す。

 

「もういいのか……」

 

 

 落胆した、拍子抜けだと言わんばかりにバツバツに眼すら向けず彼は立ち上がる。

 

 

「あれくらいで偉そうにするんだ」

「……」

 

 

 面白くないものを見たような表情でフェイを見るカクカク、そして、鋭い眼を未だに向け続けるマグナム。

 

 

 フェイは次の訓練に向かう、自然とフェイを見る周りの眼が変わっていた。次に彼らが向かったのは城の中、その地下のとある広い部屋。岩でできた牢獄のようであるその部屋の地には魔法陣のような物が書かれていた。

 

 

「この部屋は特殊な魔法陣によって、精神への多大な負荷をかける魔術が部屋全体にかかるようになっている。無論、魔法陣を消せば術は意味をなさない。魔法陣を消さないようにこの部屋に全員入れ」

 

 

 

 バツバツの指示で全員部屋に入室する。すると全員一気に顔色が悪くなる。特にアーサーが顕著だった。頭を抑えて顔を青くし、吐き気が彼女に湧いた。

 

 

「いいか、ギリギリまでここで――」

 

 

 そこまでバツバツが言ったところでアーサーが部屋から飛び出した。彼女はこの部屋の精神への負荷に耐えることが出来なかったのである。精神が非常に弱いアーサーにここは地獄であった。

 

「説明の前に抜けるとは……まぁいい、お前たちはギリギリまで耐えろ」

 

 それだけ言って彼は部屋を閉じる。

 

 大きな手に頭の中の脳みそを握られているような気分を彼らは味わっていた。貧乏ゆすりのように体の揺れが止まらない。

 

 手の爪を噛んで何とか落ち着こうとする者も居る。カリカリとかじる音が木霊して、それがイライラする者も居て、次第に部屋の空気が悪くなる。元から極大のストレスが溜まる部屋なのだが、それが余計に拍車をかける。

 

 

「うう……」

 

 

 ボウランも頭を抑えている。トゥルーもあまり精神が強い方ではないので顔色が悪い。エセとカマセも呼吸が疲れても居ないのに乱れる。

 

「ぐあぁぁっぁ!!!」

 

 

 奇声を発して一人の男が出て行った。それを見て我も我もと人が部屋から出ていく。一人が楽な道へ行くと揃いもそろってもういいかと考えてしまうのは至極当然だった。

 

 

 同調圧力に耐え、残された微かな者達も次第に疲弊をしていく。聞こえるはずのない悪口が聞こえる気がする。大声を上げて気分を少しでも晴れやかにしたい、ココから出たい。

 

 速く、はやく、ハヤク、ハヤク。限界が近づいて残された者達の中で最初に部屋を出たのはグレン、そしてフブキ、ボウランと続いて行く。トゥルーも足取りを重くしながら部屋を出ようとする。

 

 だが、何とか踏みとどまろうと彼はゆっくり出口へ向かう。ここに少しでも長くいて自身を高めようとしていたのだ。トゥルーを追い抜いて残りのメンバーも出て行った。

 

 残されたのは彼と……

 

 

 ふらふらした足のままトゥルーは部屋を出る。汗が全身から吹き出て服がびっしりと体に張り付いている。手を地について、肩で息をする。

 

 

「どうやら、今年の最高記録は19分らしい」

 

 

 バツバツがそう言った。たったの19分、あれだけ精神に負荷がかかり、歯を食いしばって限界のギリギリまで耐えたというのに。時間にしてみればこうもあっけないものであったのかと絶望に近い感情を覚える。

 

 

 

「まぁ、いい。大体、例年はこれくらいだ。嘗ては1時間耐えた者も居たと聞くが……」

「あの」

「なんだ?」

「まだ居ます……中に」

 

 

 アルファが指を指す。誰もが眼を向けると涼しい顔で一人の少年が未だ、そこに立っていた。彼はずっと立ち尽くしている、疲弊をしきってそこに居ない聖騎士も居る。

 

 ただ、僅かに残った者達はなぜあんなに涼しい顔をしていられるのかと疑問を持っている。

 

 

「……これが、試練か……こんなことで強くなるのか?」

 

 

 ただ純粋な疑問、無垢な子供のような疑い。彼はこの訓練を疑っていた。こんなことで強くなるのか、余りにも楽すぎる。

 

 詰まらない、こんなことをしに俺はここに来たのではないと。精神への負荷をものともせず彼は地に手を付いた、そして、先ほどの続きの腕立て伏せを行い始める。

 

 

(ば、化け物か、この男は……)

 

 

 

 精神へ直接負荷がかかるこの部屋で正気で居られるはずはない。誰もがここから1秒でも早く出たいと願っている。そして、今まさに彼以外は脱出を行った。今までこの部屋で長くいられたのは現一等級聖騎士達などが代表例として挙げられる。

 

 だが、ここには秘密があって、どんなに続きが出来る状況でも最長で一時間と決められている。もしかしたら、もっと長い時間居られる聖騎士も居たのかもしれない。

 

 しかし、この部屋で腕立て伏せを行い更なる負荷をかけながらも感情を一切表に出さない等と言う狂気の行動を行った者は一人としていない。

 

 バツバツもここが人並み外れた異界であると理解している。彼も21分しかここにはいられなかった。脱出をした瞬間に嘔吐をして泣いてしまった記憶が蘇る。

 

 

「詰まらない……とんだ茶番だ。これならアイツ(ユルル)と剣の打ち合いをしていた方が何倍もマシだった」

 

 

 落胆の声をあげながら彼は腕立て伏せを続ける。気付けば一時間を大きく超えていた。彼は微かな汗を拭い、その部屋を出る。その後休憩をせずに、素振りをフェイは行っていた。

 

 

■■

 

 

 

「……フェイか。あのマリアの孤児院出身」

 

執務室で午後の模擬戦訓練を上から見下ろしているマグナム。そんな彼の眼には模擬戦には参加させてもらえないフェイが一人、素振りを行っていた。フェイは無属性だけで星元操作も不格好、模擬戦では使う必要がないと彼は判断したのだ。

 

マグナムの手には資料がある。微かに蘇る嘗ての記憶、マグナムが特別部隊の教師役でマリア、マルマル、バツバツ、カクカクの4人を鍛えていた時の記憶。

 

 

「そのようですねー。バツバツが言うにはかなりの異常者で驚愕をせざるを得ないとか」

 

興味無さそうに淡々と事実を述べるカクカク。彼からすれば如何に精神が強くても所詮、三流以下とフェイを考えているようだった。

 

 

「あの部屋で腕立て伏せを行ったか……精神だけは認めるところがある」

「ですね。しかし、精神があればどうこうなるわけではないですよね。あんな不格好な星元操作じゃ、使いものにならない」

「その通りだ。俺は……あの人材を欲しない。アイツはそもそも俺の訓練の参加条件に適していない。夜はここに寝る場所は無いと言っておけ」

「はい」

 

 

それだけ返事をするとカクカクが執務室を見る。マグナムの目線の先、そこには一人で孤高に剣を振るフェイが居た。

 

彼は彼の評価を変えるつもりはない。高潔な魂があったとしても役に立たない。そんなもので何かを変えられるのなら、誰も死んでない。不幸になんてならない事を知っているから。

 

 

◆◆

 

 

 

 夜が来た。寒さが更に厳しくなって吐息から湯気が昇る。フェイは泊まる場所がないと告げられたので、一人刀を振って体温を上げていた。

 

 彼のいつものルーティーンでもある。夜でも朝でも昼でもいつでも彼は暇さえあれば刀を振る。

 

 星元操作を全身に纏わせながら刀を振る。彼のひたむきさをバツバツは認めざるを得ない状況であった。たった一日、だがそれだけで彼の評価を変えるという選択肢が第一に考えられる。

 

 バツバツは城の窓からフェイを見る。ずっと刀を振るっている。もしかしたら、朝まで振るうのではないだろうか。訓練だって模擬戦こそ参加させてもらえなかったが誰よりも汗をかいていた。

 

 

(可能性を感じざるを得ないな)

 

 

 可能性の塊であるフェイに一人の男が近寄って行く。声は聞こえないが口元の微かな動きでそれが彼に聞こえた。

 

 

「そんな頑張っても意味ないよ」

 

 

 カクカクがフェイに向かってそう言った。フェイは僅かにそちらに目線を向ける。話はそれだけかと問いの視線。

 

 

「星元操作が不細工すぎる。そんなんじゃ、役に立たないよ。肝心なところで、遠距離攻撃の手札も君は殆どない。才能ないから、諦めて花屋でも開いた方が良いんじゃない?」

 

 

(アイツ……相変わらずの毒舌だな)

 

 

 カクカクは毒舌が特徴的な聖騎士であった。そのことでバツバツとは何度か衝突もあったが根は悪い奴ではないと理解はしている。しかし、この状況でそれを言うのは悪意に満ちているともとれた。

 

 

「君が足を引っ張るとき、それを逃がそうと他の聖騎士たちの気が散る。君は剣しかないのに基本の強化魔術すらろくに出来ない。それで何が出来るって言うんだよ」

「……」

「だから、諦めて――」

「――他人の言葉で道を変えようとする程度の覚悟は持ち合わせていない。それが俺の答えだ、これ以上は語るまい」

 

 

 ぴしゃりと冷水を浴びせられた気分にカクカクはさせられた。そんな彼に興味もなくフェイは刀を振るう、不格好な強化で必死に。意味がないなと落胆をしてカクカクはその場を去った。

 

 

 それを見て微かに笑い、バツバツもその場を去った。

 

 

◆◆

 

 

 夜も更けた。フェイは肩で息をしながら呼吸を整える。睡眠が大事であると彼も理解はしている、明日も訓練があるから外で寝るかと城の壁に背中を預ける。すると、綺麗な声が彼の耳に届いた。

 

 

「フェイ……こっち来て」

「……何のようだ」

「ここじゃ、寒いと思うから。ワタシの部屋で一緒に寝よう」

 

 

 アーサーがフェイを一緒の部屋で寝ないかと誘いに来たのだ。当然クール系のフェイはそれを拒否するが彼女は無理に彼の手を引く。純粋な強さでは劣っているのでフェイは無理に引きずられていく。

 

 

「風邪ひいたら大変。ワタシの部屋にごー」

「……おい」

「いいから、お姉ちゃんと一緒に来て」

「……」

 

 

 フェイが抵抗をしなくなった。これは何を言っても無駄であると理解をしたのだろう。アーサーからの引かれるままに彼は男子禁制の女子寮へ向かう。本当ならアーサーはトゥルーと叡智なことをするシナリオだがそんなシナリオは小松菜に切られている。

 

 

 アーサーとフェイがこっそり女子寮を歩いていると、アルファに出くわした。お花を摘んで部屋に戻る途中であった彼女はフェイを見てどうして男子禁制なのに堂々と夜中に居るのか怪訝な顔をする。

 

「あ、アンタ……その、ここって男子は……」

「え、あ、その……ふぇ、フェイは大丈夫なの……です……」

 

 

――唐突なコミュ障アーサー見参!!

 

 アーサーはコミュ障なので基本的にフェイとボウラン、トゥルー、ユルルくらいしかまともに話せない。オタク系な部分もあるのでフェイと同類と分かると一気に距離を詰めたが、アルファみたいな子とは全く話せない。

 

 

「でも、男子って皆けだものって言うし」

「あ、その、フェイは、そんなことなくて、健康で文化的な最低限度の生活を送るとお約束しましゅッ」

「え、あ、そう……」

 

 言っていることが同年代に向けて送るセリフとは到底思えない、アルファもちょっと引いていた。そんな様子を見たフェイが思う。

 

(――出馬する政治家じゃないんだから、もっと堅苦しい言い方じゃないのがあるだろう)

 

フェイが冷めた目でアーサーを見る。そしてアーサーは一礼してフェイの手を引いて急いで自分の部屋にフェイを連れ込んだ。

 

 

 

「ほら、フェイ、一緒のベッドおいでおいで」

「断る」

「遠慮しなくていいよ、お姉ちゃんがハグしながらいい子いい子してあげる」

「いらん」

「ベッドで寝ないと明日に響くよ」

「結構だ。ここで寒さもしのげる」

「む……甘えるときに甘えないのは可愛くない。それに明日万全で全力全開で訓練をしたいと思っているのに回復をする事をフェイは妥協するんだね」

「なに……?」

「だって、ワタシと一緒のベッドで寝れば回復量も違うのに、ワタシとの寝るのが恥ずかしいからって寝ないって事はフェイの訓練への想いはその程度だったって事でしょ? フェイ……妥協するの?」

「……」

 

 

 妥協、それは主人公として、フェイが最も拒否感を持つ言葉であった。妥協、妥協路、妥協、フェイは迷った。ここで妥協をするべきか、正直に言えばあまりこういったイベントはクール系としてのキャラが崩れる可能性があるからしたくない。

 

 だが、妥協である。フェイと言う存在がそれを許すことなど出来ない。

 

 

(ふふ、フェイ迷ってる、迷ってる。お姉ちゃんに勝とうなんて、百年早いのだー)

 

 

「ほら、お姉ちゃん所においで? ここだよ、ここ」

 

 

 ベットを二回ほどアーサーは叩く。どうしたものかとフェイは迷った。妥協かクール系としてのプライド。

 

 そして、普通にアーサーの言うとおりにするのがムカつくという彼の意地。迷っている、あのフェイが迷っている、即断即結即行動であるフェイが、血が出てもそれをファッションと考えているフェイが、どんな敵にも屈してこなかったフェイが……迷っている。

 

 

 

「あー、いいよ、やっぱり。フェイって……妥協したいんだね」

「――っち」

 

 

 舌打ちが彼女の耳に響く、これは彼女にとって勝利の鐘の音に等しいものであった。フェイが物凄く嫌そうな顔をしながらアーサーに背を向けてベッドに横になる。

 

 

「……言っておくが俺は汗をかいている」

「フェイの汗無臭だよ? あんまりワタシは気にしない。フェイが頑張った証だし、今日くらいは別にいいよ。ゆっくり休んで」

「……手間をかけたな」

「いいよ……その代わり……ハグさせてね」

 

 

 アーサーは後ろからフェイに抱き着いた。彼女の胸が彼の強靭な背中に当たる。アーサーもスタイルはかなりいいのでその感触はフェイにも伝わっている。女性であるとフェイも微かに認識をせざるを得ない。

 

 

「……ちょっと恥ずかしいかも」

「なら、やめろ」

「やだ、やめない」

 

 

 アーサーは甘える妹のようであった。あの精神に負荷のかかる訓練のせいでアーサーは僅かに妹気質が芽生えていた。フェイを休ませたいという気持ちもあるが彼女としてはフェイと一緒に居て安心したかったという気持ちの方が強い。

 

 

 フェイの汗も気にならない。年頃、そしてアーサーのような美女がこんな真似をすれば大体の男は理性が保てない、原作のトゥルーもそうであった。だが、フェイは鋼のような心でそういうのを一切を断っている。

 

 アーサーもそれを感じていた、それが悲しくもあり彼らしいとも思った。だけど、もし彼が理性を忘れ獣と化したとき、きっとアーサーは受け入れていたのだろう。

 

 安心感に包まれて、アーサーは眠りについた。

 

 

 ただ、寝ていても彼女は()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◆◆

 

 

 訓練、訓練、訓練だぁ! 遠征合宿訓練だぁ!

 

 いやー、このイベントを逃す手はない。分かるよ、こういうのってあれだよね? 主人公強化イベントでしょ?

 

 最近、ジャイアントパンダにボコボコに負けたからさ。そろそろ俺こと、主人公を強化しようって世界が導ているでしょ? 分かるよ、世界の補正がさ。

 

 ――合宿イベントで主人公強化は基本。

 

 しかし、いきなりの覚醒から、己で何か工夫して新たなる技を身に着けるのか、主人公強化にも色々ある。一体どっちかな、まぁ、これまでの傾向から予測すると後者かな。

 

 でも、前者も展開としては好きだから来てもいいだぜ?

 

 一人で考え込んでいたらエセとカマセが隣に居た。全然気づかなかった。その後、アーサー達がポジションを入れ替わるなどして歩いているうちに都市リアリーに到着する!!

 

 え? バツバツ? へぇ、変わった名前だね。やる気がなさそうなカクカクに年寄りのマグナムね、はい覚えました。

 

 中々独創的なお名前なので直ぐに覚えました。はい、それより早く訓練をしてください。

 

 もう、僕は訓練をしたくてしたくて、堪らなかったから!!

 

 バツバツさんが厳格な声を出すと周りは今更になって焦りだす。馬鹿だなぁ、受験前に一切勉強をしないで受験に挑むみたいな感じだったもんね。行きの道から俺はしっかりと心の準備をしてからさ。

 

 俺の意識の高さよ。そして、最初の訓練は? え? 腕立て伏せ? 何か地味だな。俺の強化イベントだよね?

 

 もっとこうさ……凄いのを期待してた。百キロの錘を付けてうさぎ跳びでグラウンド百周みたいな。

 

 まぁ、うさぎ跳びって実はトレーニングとしては適してないんだけど。そう言う事ではなく何というかもっとこう凄いの期待してたのに。

 

 

 最下位になったので罰ゲームを受けることに。やっぱり星元操作が課題だな、この合宿で何かをつかめれば。

 

 

 腕立て伏せをしていると、なんか数を減らしていくバツバツさん。二百回って言っていたのに、一体何回やらせるんだよ……いいよ? そう言うのを待ってた!!

 

 

 もっと厳しくして!! 壊れるくらい厳しくしてほしいの!!

 

 

 だって拍子抜けだったもん! たかが腕立て伏せじゃ物足りない!!!

 

 俺の腕が潰れるのが先か、アンタの数える喉が潰れるのが先か……勝負しようぜ!!

 

 

 と思っていたらジジイのマグナムさんが終わりにしろって……はぁ!? まだ腕からぶちぶちって変な音が出始めてる途中でしょうが!!

 

 腕が取れるかもって思う位、腕立て伏せさせろよ!!

 

 もっと限界を超えたギリギリの訓練をしなきゃここに来た意味がない!! 強化イベントでしょ!!

 

 合宿なのに全然きつくないじゃん!!!

 

 まぁ、落ち着こう。まだ序盤、焦らずじっくり強化しましょ。次は変な岩の部屋、ここに居るだけで良いの?

 

 

 ……あ、上に蜘蛛が居る。あー、天井の汚れが目立つなぁ。もっとちゃんと整理整頓をして欲しい。

 

 

 さて、訓練は? と思って周りを見たら居ない……。ん? そして、トゥルーたちも出て行った。

 

 

 え? これが訓練……いや拍子抜け過ぎる!! もっと厳しくしろよ!!

 

 

 本当にいい加減にしろ! もう腕立て伏せやるよ。全然大したことないじゃん、この部屋。

 

 

 本当に意味が分からん。

 

 

 え? 俺は模擬戦禁止? 泊まる場所もない?

 

 うーん敢えて孤立させて特別感を出すって言うのは個人的に好き。いいよ、そう言う理不尽をもっと頂戴頂戴。

 

 夜まで素振りをする、結局ユルル師匠とワンツーマンで訓練をした方が良かったような、やっぱりユルル師匠は偉大だな。

 

 刀を振っているとカクカクさんが現れる、え? 才能がない、諦めて花屋でもしろって。凄い毒舌。普段だったらちょっとイラっと来るかもだけど。

 

 いや、今合宿イベント中なんでね。そう言う、何もしてないのに貶されるという理不尽頂戴頂戴! 

 

 まぁ、諦めないよ、だって俺は主人公だから。

 

 

 ――諦めるって言う選択肢は俺にはない。

 

 

 と言ったら去って行った。その後も刀を振るう。明日の訓練はちょっと期待したいなぁ。理不尽を頂戴頂戴。明日に備えて寝ようかな?

 

 ちょっと肌寒いけど……気持ちの持ち次第でスーパーの生鮮コーナーに居るくらいの気分には持って行ける。

 

 寝ようかと思ったらアーサー!! 

 

 なに? 一緒の部屋で寝て良い? いやいいよ、クール系だから女性と一緒に寝るとか……うわ、無理やり腕を引っ張り出した。クソ、握力どうなってんだよ、と言うか身体強化やめろ!!

 

 クソ、今回だけは諦めて……いや、俺の負けと言う事にしといてやる。いつか勝つ。

 

 途中でアルファに演説をするジャイアントパンダ党のアーサーを見てと。

 

 

 部屋に到着、まぁ、椅子にでも座って腕を組んでクールに寝るかな? と考えていたらアーサーが何か言いだした。一緒になんて寝ないよ。ん? 妥協……?

 

 

「だって、ワタシと一緒のベッドで寝れば回復量も違うのに、ワタシとの寝るのが恥ずかしいからって寝ないって事はフェイの訓練への想いはその程度だったって事でしょ? フェイ……妥協するの?」

 

 

 妥協……俺が……この俺が妥協だと? ふざけるな! 俺が妥協とかするわけないだろ!!

 

 

 うわぁぁぁぁぁぁ!! ムカつく、いつも意味不明な事が九割なのにこういう時に限って頭回るの凄いムカつく!!!

 

 

 もう勝ったな、みたいな顔してる!! 

 

 

 クソ……しょうがない、今回だけ。

 

 

 そう思ってベッドに横になる、妥協だけは出来ないからだ。アーサーが抱き着いてくる。なんだよ? 急にヒロインみたいな事しやがって

 

 

 背中に胸が当たる、結構……あるな。

 

 

 別に何とも思わないが……そう言えばアーサーって顔は可愛いんだよな。スタイルもかなり良し……もしかしてジャイアントパンダライバル枠ではないのか?

 

 一人で外に居る俺を部屋に呼んでくれて、寝る場所がないから一緒に寝てくれるって……ヒロインみたいな……

 

 

 もしかして、俺の考え過ぎだったのかもしれない。アーサーは実はヒロインで俺の対して好意を向けてくれていたのかもしれない。

 

 まだ確定ではないが……俺はクール系だ、アーサーも鬱陶しい時はあるが意外とおとなしい、そう言う意味では案外お似合いともいえるような……

 

 アーサーヒロイン説も頭の隅でも入れておこうかな。明日もあるし、お休み……

 

 

……

 

 

……

 

 

……

 

 

なんだ、寝苦しい……なんだ? 息が、しずらい……起きるとアーサーが力いっぱい俺を抱きしめていた。

 

窒息するんだけど……力強い! 骨折れるわ!

 

コアラじゃん! ジャイアントコアラパンダじゃん!!

 

 

いや、危ない。危うく捕食されるところだった。ヒロイン面をして俺を食べてやろうとする、ジャイアントコアラパンダライバル枠だったんだ……

 

 

いや、本当に危ない。危うく可愛い姿に騙されるところだった。そうだよ、パンダもコアラも見た目は良いけど実は爪が鋭くて狂暴なんだ。危ない危ない。

 

 

「うーん……ふぇいー」

 

 

何やら甘い声で俺を呼んでいるがもうだまされないぞ、ジャイアントコアラパンダ。アーサーはむくりと起きて、寝ぼけながら何かを探す。

 

「ふぇいー、だっこー」

 

お断りします。と思ったのだが俺と木とでも思っているのか飛びかかってきた。ひしとまた抱き着いて眠りに落ちるアーサー。

 

は、離れない……もう今日はいい。明日の訓練もある、寝よう……俺は眠りに落ちた。

 

 

「ふぇい、おにいちゃん」

 

 

落ちかけた時に何かを聞いたような気もしたがきっと気のせいだろう。

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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31話 手繰り寄せた因果

 二日目、フェイはアーサーの部屋で目を覚ます。抱き着いてる彼女から離れてベッドから体を起こした。彼はそのまま部屋を出る、女子寮を早足で抜けて外でいつもの素振りを行う。

 

 

 そして、その日も模擬戦には参加を彼はさせて貰えない。次の日も、そのまた次の日も。

 

 五泊六日でこの合宿は終わりを告げる。六日目は話を聞いて帰還をするだけだ。残すは一日しかない。フェイには苛立ちが湧いていた。

 

 精神に負荷のかかる部屋も素振りもそれらは決して彼にとって苦痛でも負担でもない。苦悩をするわけでも精神が疲弊するわけでもない。

 

 こんな詰まらない事をやりにわざわざここに来たわけではない。いつもと変わらない追い込みを自身に科す。

 

 フェイは一人だけ孤立をし、温い訓練に苛立ちを覚えているがそれでも彼は刀を振り続けた。

 

 

 それを椅子を座り、模擬戦を観察しながら目の端で微かに捉えている男が居た。マグナムである。そんな彼の隣でカクカクも新人聖騎士の模擬戦を観察するが稀にフェイを見ていた。

 

 

「アイツ、いつまで意味のない事を続けるんでしょうかね」

「……さぁな」

 

 

 マグナムがぶっきら棒に呟いた。ベテランの中でも更にベテランの彼の評価を覆すには何かが足りないのかもしれない。

 

 

「俺はいくらアイツが頑張っても模擬戦に加える気はない」

「あー、それなんですけど。僕と一回やらせてくれません?」

「なんだ? 気でも変わったか」

「まさか、僕は昔からああいう輩が嫌いですから。才能がない者にここより先はないって示したいだけです」

 

 

 カクカクはずっとフェイに毒舌を吐き続けていた。それはこれ以上、フェイに聖騎士を続けさせないために、精神を折るつもりだった。だが、フェイは一切彼の言葉に耳を貸さない。ならば、実力の差をこれでもかと見せつけてやればいいのではないかと彼は考えたのだ。

 

 

「訓練時間外にしろ」

「はい」

 

 

 

 それだけマグナムが告げた。彼は彼の信条を貫く。無属性だけの才の無い者は騎士団を去るべきであり、命を捨てる選択を放棄させる慈悲を与えると。

 

 

 

◆◆

 

 

 夕暮れ時、滝のように汗を流し、疲労困憊の聖騎士たちが訓練を終えて仮城に帰って行く。ようやく地獄から解放されたと彼らは安堵し泣きながら笑う。

 

 やり遂げたと、地獄を生き抜いたと満足の表情。だが、フェイだけは苛立ちを感じざるを得ない。来た意味がなかった。

 

 未だ、精神に多大な余力を残しているフェイは刀を振るう。そんなフェイにカクカクが話しかける。

 

 

「君、僕と模擬戦しない」

「――ほう」

 

 

 空気が死んだ、無くなったと勘違いする程に時間が止まった。呼吸を微かに忘れてしまっていた。フェイが溜め込んでいたもどかしさが一気に開放される。

 

「無論だ」

「じゃあ、やろう。剣は木の――」

「――いや、真剣を持て。俺も刀を振るう」

「……いや、最悪怪我じゃ済まないよ」

「それでいい」

「あっそ。やる気だけは一丁前みたいだね」

 

 

 欠伸をしながらカクカクがフェイの前に立つ。ようやく来たと腹を減らした獣のようにぎらぎらとした眼をフェイは彼に向ける。

 

 

 格下に才能を分からせるという目的のカクカクは気だるそうにしながらも剣を抜いた。フェイも刀を抜いて構える。訓練を終えた聖騎士たちもどうしたどうしたと向かい合う二人を見に足を止める。

 

 

 

(流石にこの群衆の前で負けさせるのは……よくないか……?)

 

 

 微かにそう言う思考がカクカクにめぐる。才能と言う残酷な運命を分からせるのにここでなくても事足りる。

 

 

「気にするな。ここでいい。俺は一秒たりとも待ちきれない」

「そ……」

 

 

 だが、眼の前の餓狼は思考を看破しこれでも良いと断言をする。本当に血に飢えているなと感じ、これ以上待てが出来ない狂犬を相手にしているような気分だった。

 

 

「まぁ、いいや。来なよ」

 

 

 戦闘開始。地を蹴る音が戦いのゴングを鳴らす。フェイが刀を上から振るう。刀と剣が交わったかと思うとすぐさま離れて、再び火花を散らす。

 

 

 

(まぁ、太刀は良いよね、知ってるけど)

 

 

 

 再び刃が離れたかと思うと、フェイの腹にカクカクの足蹴りが突き刺さる。身体能力の差がもろに出ていた一撃。フェイの身体能力では彼のスペックより一歩出遅れる。

 

 

 数メートル吹っ飛ぶがすぐさま起き上がる。微かにフェイは咳をして口から血を出す。それを手で拭い頬を三日月のように釣り上げた。

 

 

 

「いい、これでいい」

「……あのさ、才能の無さを自覚した方がいいと思うよ。人生は妥協をいかにするかが重要なんだ、人生の先輩として言っておくけど」

「あぁ、これくらいでないとな……ようやく掴めそうだ」

「聞いてないし」

 

 

 

 カクカクの言葉をフェイは一切聞いていなかった。そして周りの聖騎士たちはそれを興味深く見守っている。トゥルー、グレン、フブキは少し遠くで並んで観戦。

 

 そして、エセとカマセ、アーサー、ボウランは隣に並んでいる。特には仲は良くないのだが、近くで見たいと感じているからだ。

 

 

 

「フェイはどうなると思う?」

「せやな……フェイも今の攻防で一撃すら叩きこむのは不可能に近いと感じ取るやろ」

「じゃ、諦めるのか?」

「アイツに諦めるなんて選択肢はないで。どうにかするはずや」

 

 

 

 カマセが質問、そしてエセが状況を解説しながら二人の戦いを眺める。フェイが一歩近づく、一歩、また一歩をカクカクに近づいて行く。距離にして三メートル弱、刀身が届かない距離だ。

 

 

「そんな所からじゃ……届かないよ」

「……」

 

 

 フェイは刀を収めて、抜刀術の構えを取る。そして、刀を振るう。

 

「――ッ」

 

 

 伸びる刀身、アーサー戦で彼が使用した不意打ちの一手。

 

 

「うぉ」

 

 

 流石にそれは予想外であったようで驚きの声を上げたカクカク。頭を下げて、体勢が崩れる。そこへすかさずフェイの剣舞が叩きこまれる。上下左右、水流のように滑らかな冴えを体勢を崩しながらも捌き、そして、風の魔術を地面に噴射する。

 

 緊急脱出するロケットのように間合いから外れるカクカク。不意打ちに驚きはしたが所詮、格下。あの間合いから逃れることは容易であり、そして、あれは初見殺しであるからもう意味はない。

 

 

 

「くぅ! 惜しい! あと一歩だったのに!」

「いや、一歩どころやないやろ。どう考えても余裕があり余っとるな、流石四等級聖騎士って所やろ」

「そうか……でも、あの伸びる斬撃はカッコイイな! 僕様的に……弧を描く月のような攻撃……弧月(こげつ)と名付けたい」

「ええんちゃうか? ワイは別にどうでもいいけど」

「そうか、では――」

「――スネークアタック」

「え?」

 

 

横から弧月に異議を唱える声が聞こえた。アーサーが名付けたカマセをジッと見ている。

 

 

「あれはスネークアタック」

「え、でも」

「スネークアタック」

「あ、はい……」

 

 

 

スネークアタックによってフェイは微かにカクカクを驚かせることは出来たが、それでもまだまだ差は明らかであった。カクカクは今のでフェイが自身をしとめる最高のカードを捨て去ったと感じ取る。

 

 

 

「……はぁ、何というか……諦めなければ何とかなるって世界じゃないからさ。無属性だけ、しかもそんな不格好な強化じゃ先はないよ。せめて、星元操作だけでもまともでないといけないのに。その精度じゃ、間違いなく死亡する」

 

 

彼はこれまで何度もこうやって諦めさせてきた。それは慈悲もあった。

 

 

「やめた方がいい。君がいくら頑張っても意味はない。君よりすごい輩は多大な数いる。分かるだろう、純粋に戦ってここに居る聖騎士に君は誰一人として敵わない」

 

 

 

それに、彼自身の境遇も相まっていた利己的な感情もある八つ当たりも出会った。彼は元々はとある貴族の四男であった。

 

四男の彼は魔術適正が風と無の二つであったが長男は無属性のみであった。模擬戦をすればカクカクは必ず兄に勝つ。魔術を巧みに使って必ず勝った。

 

年下の弟に負けても兄は笑って、必死に訓練をしていた。恵まれていなくても誰かを守るための強さを求める兄の頑張りを彼は誇りに思っていた。

 

だが、兄はあっさり死んだ。アビスに殺された。

 

それを誰もが泣きながら讃えた。よく頑張った、騎士の誇りだと、他の兄も自慢の長男だ、父も母も自慢の息子であると泣きながら褒めたたえた。

 

その時、彼には意味が分からなかった。讃えるのは、褒めるのはどうしてなのかと。死んでしまったのならそこで終わりでこれ以上の幸福も何もない絶望ではないかと、優しい兄は死んだ。もう、何も残っていない。

 

 

これから、愛する者との結婚も待っていたのに。人生で一番の幸福だと笑って言っていたのに。

 

愛する者を置いて、死んでしまった。自分の幸せを叶えなかった。

 

 

――もし、自分がそこに居たら。救えたのかもしれない

 

次第にそう思ってしまっていた。その時、必ず、自分より劣っている兄は背中の後ろ。守られる存在として彼は考えてしまっていた。

 

その後、聞いた話では、アビスとの戦闘の後……死亡。そして、その後現れた三つの属性を保有しているマグナムによってあっさりと兄を殺したアビスは討伐されたらしい。

 

 

――無属性だけだから、死んだのか

 

 

それが最初の疑問だった。その内、調べて分かった。聖騎士の内死亡する確率が高いのは無属性だけの聖騎士。崇高な心掛けを貶したいわけじゃない。人を守ることを否定したいわけじゃない。

 

 

誇らしい、誰かを守と言う行動を咎めたいわけじゃない。

 

 

でも、劣っているのなら大人しく守られていればいい。無属性だけの人間にも帰る場所も待っている人も居るのなら、命を捨てる愚行を彼は許したくなかった。

 

勇敢に死んで頑張ったと讃えられるくらいなら、怯懦で惨めに生きていた方がいいじゃないか。

 

 

「劣っているから、花屋でも開いた方がいい」

 

 

ねじ曲がった信条で彼はいつものように諦めを促す。才能の先がない者にはここを去るべきだと示す。

 

 

誰もが諦めてく。その時、彼には罪悪感が芽生える。だが、同時に僕が守れば大人しく暮らして長生きが出来ると考えると安堵する。

 

 

だが、その安堵をそうやすやすとさせてはくれない。

 

 

「生憎だが、俺は死ぬまで戦い続ける……花をめでるより、戦いに興じる方があっているのでな」

「……溝に命を捨てる愚行ってのが分からない?」

「なら、溝水をすすってあがいて戦う。俺が刃を離すときは死ぬ時だけだ」

「……」

 

 

ふいに、兄を思い出した。似ても似つかない少年から兄を想起する。あの時、止めていれば、道を否定していれば死ぬことは無かったかもしれない。幸せに暮らして……

 

暴風がフェイを吹き飛ばした。先ほどの勢いよりも更に強い力によってフェイは外壁に背をぶつける。

 

 

「これが才能の差だ。君はここで刃を手放すべきだ、それが君の為だよ」

「……断る」

 

 

 フェイが外壁から体を起こす。パラパラと砂ぼこりが微かに舞う。血が口からそして、足や肩から垂れていく。

 

 風の刃によって体が切り裂かれたことを気にもしない。怪我をした自分を見ないで彼はカクカクを見る。

 

 

 地を蹴る。

 

 

 フェイが刀を振るう。風の魔術の弾丸が生成され雨のように降り注ぐ。無理に避けない、例え自身がダメージを負っても彼は先へと進んで間合いに入ろうとする。

 

 

 

「あ、あれは……」

「エセ、どうした?」

「まさしく肉を切らせて骨を断つあいつにしか使えへんフェイの、十八番……ダメージ交換や……でも……」

 

 

 

 エセが不安げに糸目を見開いて重々しく告げた。フェイの刀をカクカクに届かない。広範囲の風が地から空へ吹き上がる、多大な土煙が上がってフェイは鳥のように飛んだ。

 

 

 ドンと鈍い音が鳴る。骨が確実に折れたであろうことは全員が見ていて予測がついた。

 

 

「分かっただろう、これが……才能の差だ。君は守られるべき存在なんだよ」

「……」

 

 

 フェイは立って再び己の体を星元で覆った

 

「だから、そんな不格好な――」

「――そうか」

「え?」

「答えは既にあったのか……いや、そもそも綺麗にしようとすること自体が間違い。リスクを取らない選択をしようとと考えること自体が最もリスクの高い選択……そうか。そうか、そうか。答えは外ではなく、やはり己の中にあったのか」

「おい、聞いて」

「周りに何かを求めようとしていた。そうか、その考えが間違っていたのか」

 

 

全く人の話を彼は聞いていない。フェイは自己完結をしているのは明らかであった。だが、彼は勝機を見出した眼をしていた。

 

彼が真っすぐカクカクへ向かう。再び、風の弾丸が降り注ぐ。それをまたしてももろともしないで彼は突っ込む。

 

 

(さっきと同じか?)

 

 

「フェイ、それは無駄だってさっき分かっただろ」

 

 

カクカクとカマセが先ほどの繰り返しだと思い込む。だが、エセだけはニヤリと何かが分かった様な表情だった。

 

「いや、違うで」

「え? わ、分かるのか?」

「いや、分からん。ただ、何かフェイが引き寄せてる感じがするんや」

「え?」

 

 

フェイが風の雨を抜けて間合いに入る。だが、先ほどと同じく地から空へ風が吹き荒れる、広範囲の風に逃げ場などない。フェイは上へは舞う。だが、フェイと一緒に土煙も舞っていた。

 

 

そして、空を舞っていたフェイは土煙の舞うカクカクと微かに距離のある場所へと落ちる。

 

 

だが、落ちた瞬間、カクカクはゾクりと何かを感じ取った。敗北の気配。そう思った瞬間、土煙が大きく動く、自身よりやや右側に何かが突っ込んでくる、そちらへ手と意識を向ける。風の魔術でその付近を吹き飛ばす。咄嗟の判断で広範囲への攻撃は出来ない。

 

だとしてもこれでフェイは吹き飛ばれたはずであると安堵するが、敗北の気配は消えない。

 

そして、眼を疑う。彼の目線の先――

 

 

――そこにあったのは赤いマフラーが巻いてあった刀だった。マフラーが大きく土煙をパラシュートの膜のようにして土煙を大きく動かしていたのだ。

 

 

そこにフェイは居ない。そう、刀にマフラーを括りつけて投げたのだと彼は悟った。

 

 

そして、再び土煙が大きく動く。その微かな動きを目の端で捉えて本命はこっちであると悟る。そして、冷静になる、不意打ちだが……

 

(だが、身体能力の差がある。僕はここからでもガードを、もしくは風の魔術を出来――)

 

 

 そう思いかけた瞬間、眼の前には既に拳を振るおうとしているフェイが迫っていた。

 

(なッ、速過ぎるッ、どうして)

 

 

 もう、間に合わない。そして、先ほどよりも速さが段違いであった。そのトリックが分からない。

 

 殴られる僅かに前、彼の眼は()()を捉えた。

 

 フェイの右足が赤黒く腫れていた。酷い大怪我、見ていられないほどに深刻なダメージを負っている右足。

 

(コイツ!? 右足に全部の星元を注いだのか!?)

 

 

 通常、フェイのように星元量が劣っており、操作も得意ではない者は身体を上手く強化できない。星元量が劣っていれば強化はその分弱くなる。だが、多く強化に回せば回すほどに急激な肉体の変化に体は耐えられない。

 

 操作を誤れば一瞬の強化を得られても、体にダメージを負う。だからこそ、星元とは非常に奥が深く使い方も難しい。

 

 

 通常の者なら怪我などしたくない。綺麗で安定感のある星元操作によって、全身強化で安全に戦いたいと考える。

 

 でも、フェイは違った。

 

 不格好なら、綺麗にするのではない。不格好ならもっとブスにしようと発想の転換をした。

 

 足に全星元一点集中。それによって足に深刻なダメージを負いながらも先刻とは一線を科す動きを再現した。

 

 そして、今度は右腕に一点集中。血管から血が飛び出る、骨がきしんで、折れていく。痛みが湧いていく。

 

 

怪我(それが)どうした。これが、俺の全力だ。喰らえ。眼の前のイベントを)

 

 

 

 フェイが獰猛に嗤う。もう、間に合わない、走馬灯のようにカクカクは嘗てを思い出した。

 

 

(兄さん……僕は)

 

 

 フェイによって鳩尾に拳が叩きこまれた。

 

 

(……僕は間違っていたのか。可能性を追い求めることはこんなにも強いのか。弱者と決めつけてしまっていたが……)

 

 

(そっか……兄さん(無属性だけ)は弱くなかったんだ。僕の自慢の兄さんだった)

 

 

 

「――ッ」

 

 

 

 フェイが鳩尾へ叩きこまれた瞬間に微かに腕を捻る。右ストレートによってカクカクは数メートルと吹っ飛び、外壁に背中を強打し気絶をした。敗れたというのに彼は満足げに笑って居るようであった。

 

 

 

「はぁはぁ……」

 

 

 

 フェイが肩で息をしている。フラフラとゾンビのようだが使い物にならない足を引きずってカクカクの方へ向かって行く。まだ、闘争は終わってないと彼は勘違いをしている。

 

 限界の超えた体を魂だけで稼働させている。

 

 痛々しくて見ていられないと他の聖騎士たちは思いかけた。そんなフェイを誰かが優しく抱き寄せた。

 

「もう、終わったよ……フェイの勝ちだから……休んで良いんだよ」

「――そ、うか」

 

 

 アーサーが傷だらけのフェイを抱いた。そのままフェイは深い眠りへと落ちて行った。

 

 

「勝った……」

 

 

 誰かが呟いた。誰もが眼を疑う。全身が傷だらけの重症で彼は勝利をした。カマセも驚きながらエセに尋ねる。エセは顎に手をやってふむと分析、解説の準備をしていた。

 

「フェイ、どうやって一撃を……僕様にはいまいちわからなかった」

「多分やけど、シンプルやろ。土煙が上がった時、最初に一つ目の秘策として、マフラーを巻いて空気層を大きく動かせるおとりを作って投げる。これをしなかったらあの新しい強化をもってしても一歩届かない。とフェイは考えたんやろ。マフラーの秘策に無理やり強化した足の秘策を重ねて、大きな秘策にしたって感じやろ」

「カクカクが土煙が上がるほどの魔術行使を最初にしなかったら……」

「まぁ、無理やったやろ。でも、あの聖騎士さんは最初から倒すというより諦めさせようとしてたから同じ壁に何度もあてさせてやろうとみたいなこと考えてそうやったし、土煙上がってたんちゃう?」

「な、なるほど」

「フェイの足と腕の強化も無理やりにすれば格上にも通用するんか。誰も真似なんてしないやろけど」

 

 

解説役が完全に板についてきたエセ。そして先ほどのフェイの右腕の一撃を思い出して彼は技名を考える。

 

「そうだ、あの右腕の一撃は……剛腕の右手(ブラッド・レディオ)と名付けて……」

「フェイパンチ」

「え?」

「あれはフェイパンチ」

「あ、いやでも」

「フェイパンチ」

「あ、はい」

 

 

アーサーがフェイをおんぶしながらそう言った。それだけ言ってアーサーは医務室に走って行った。アーサーの言葉が周りの聖騎士達に伝染していく

 

 

「スネークソードに、フェイパンチだと……!?」

「フェイパンチだって!?」

「なるほど、フェイパンチに、スネークソードか」

「フェイパンチね……ふーん、面白そうじゃん」

「フェイパンチ、諸刃の剣だな」

 

 

それを見て、カマセが肩をガックリと落とす。かなり自信があった技名があっさりとアーサーの技名に塗り替えられたから。

 

「まぁ……ワイは弧月と剛腕の右手(ブラッド・レディオ)の方が好きやで」

 

ぽんと手を肩にエセは置いた。

 

 

 

■■

 

「どうですか? 今回の新人は」

 

訓練合宿、全てのカリキュラムが終わった執務室、バツバツとマグナムが話をしていた。

 

「アーサーとトゥルー、ここの二人は別格だな。頭一つ二つ他より抜けている」

「確かに。俺としてはグレンやフブキもかなりと思いましたが」

「あぁ、確かにな」

「……フェイはどうでしょうか?」

「アイツはダメだな」

「カクカクに勝ちましたが」

「大分油断をしていたようだった。本来の実力を出せば負ける勝負ではない」

「そ、そうですが」

「それより……一部の者の等級を上げるべきと円卓の城に書状を書いた。それを出して置け」

 

それだけ言って彼は執務室を出た。日課の酒飲みに城を出て城下の店へ向かったのだろう。

 

バツバツは気になって書状に目を通す。

 

そこには……数多の新人聖騎士たちの等級を上げるようにと事細かに書かれていた。一つだけの者、二つ、一気に三つ四つあがる者。様々だ。

 

中でも眼を引いたのはアーサーとトゥルー。十二から一気に七まで上げるべきと書かれていた。

 

バツバツは読み進める。そして、ふと目が止まる。そして、思わず笑ってしまった。

 

 

――聖騎士フェイの等級を十二から八へ上げる推薦

 

訓練中に四等級聖騎士カクカクに模擬戦にて勝利を果たした。カクカクは油断そして、本気ではなかったが勝利であることは揺るぎはしない。よって、等級を数段階上げるべきと判断する。

 

 

◆◆

 

 

「ええ、今回の合宿は無事終了した。ここに居る者達は全員、殻を破って新たなステージへ進んだと思って貰って構わない」

 

 

 六日目。帰りの挨拶だけをして訓練合宿は終了であった。整列をして成し遂げ顔つきの変わった聖騎士達へ向けてバツバツが激励の言葉を投げる。

 

 

「よく頑張った、諸君たちのこれからの活躍を期待する」

 

 それだけ言って彼は下がる。そして、その次に出てきたのはマグナムであった。

 

「ここから数日は僅かだがお前たちには休暇がある。よく休め、疲れを溜めるな。以上だ」

 

 淡泊に言ってマグナムは背を向ける、向ける時微かにフェイを見たのだがそれに気づいた者は居ない。そしてカクカクも話をするのかと全員が思ったのだがその場に彼は居なかった。

 

 

 これ以上は何もない、彼らはそこを去る。

 

 

 帰りの道は彼らはウキウキ顔であった。休暇がある、そして成し遂げた。ちょっと遊びに出かけたり、ゆっくりと年を越したりと頭の中では色んなことが膨らんでく。そして、都市リアリーを出掛けたその時、前方から見知った顔がやってくる。

 

 カクカクだ。再び彼らに緊張が走る。だが、そんな彼を無視してカクカクはフェイの前に立った。

 

「傷は?」

「完治した」

「そう……一つ聞いて良い?」

「手短にすませろ」

「うん。君はあの戦いの中で何を考えていたの?」

「俺の頭の中では一万回やって一回勝てるくらいの計算だった。何か一つ狂っても負けていた」

「だろうね。そんなんで、よく最後まで勝利を諦めなかったね?」

「一万回の内の一回を必ず重要な一瞬に引き寄せられると信じていたからだ」

「……え? それだけ?」

「あぁ、そうだ」

「……そっか。それだけか……」

 

 

そう言って見えない誰かを彼は見ているようであった。少しだけ時が止まる。だが、直ぐに彼は頭を振った。そして、とある紙袋をフェイに渡した

 

 

「あげるよ。君あっさり死にそうだからさ」

「なんだこれは?」

「ワインとチーズ。嗜んでおきなよ。あと、いい銘柄の奴だから早死にする前に食っておいた方がいい。死ぬ前に飲み食いするならこれだって……どっかの誰かも言ってたからさ」

「……そうか」

「うん、それだけ。それじゃ、せいぜい溝水すすって頑張りな」

 

 

 

 

 カクカクはフェイにだけ挨拶をしてその場を去った。そして、聖騎士たちが離れて行ったときに微かに口を開く。

 

 

「案外、君みたいな奴が生き残るかもね」

 

 

 

■■

 

 

フェイ達は帰りの道を歩いていた。彼の後ろ姿をトゥルーは見据える。彼の隣にはグレンとフブキが一緒に居る。

 

「彼、昨日の疲れはないみたいですね」

「らしいな!」

 

 

フブキとグレンがフェイの事を話す。トゥルーはそれを聞き流しながら昨日を振り返った。

 

獣のようであったが、詰将棋のような戦いをしているようにも彼には見えた。

 

全てが終わってフェイが気絶をした後、彼自身にも敗北感が湧いた。追いつけないという敗北感が。

 

 

「まだだ……僕もまだ、高みに」

 

トゥルーの言葉は空気に消えた。

 

 

◆◆

 

 

<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする

<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする

<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする

<速報>俺氏ついに新たなる力を手にする

 

 

いや、勝ってしまった。そして、器を昇華させてしまった。

 

土壇場でハッとしたよね。だってさ、答えは己の中にあったんだから。今まで不格好な星元操作をどうにかして上手くしようとしか、考えてこなかったけど……発想の逆転だよ。

 

強化に失敗したら、骨と肉が裂ける。と言う選択があるから無理やりな強化を避けていた。

 

わざわざ自分から怪我をする必要はないと思ってからさ。でも、違ったよ。リスクを回避しようとするなんて主人公じゃない。

 

常に綱渡りぐらいが丁度いいんだ。

 

腕と足の骨がぼきぼきに折れていたらしいけど、まぁ、等価交換だよ。

 

何かを得るに何かを捨てなきゃ。等価交換は基本。

 

それに諸刃の剣って何か、カッコいいじゃん?

 

そして、ユルル師匠のマフラーね。これが無ければ負けていただろう。ただ剣を投げるだけだと空気の揺らぎが小さい。でも、これを巻きつければ面積も大きくなって良い感じになる。

 

 

もしかして、ヒロイン的な意味でくれた手作りマフラーかと思ったけどあそこで使うための必勝アイテムを授けてくれていたとは。

 

そのおかげで四等級聖騎士に勝った。これは俺だけの勝利じゃない。ユルル師匠の日頃の教えと伏線と必須アイテムのおかげだ。

 

だが、最後の最後で運命を引き付けたのは俺だな。一万回に一回を土壇場で引くことが出来ると俺は分かっていた、信じていた。そう言う奴ににしか、きっと運命は微笑まない。

 

俺には分かっていたよ。土壇場で因果、確率とか言う、わけ分からない運命を捻じ曲げられるのは主人公の特権だ。

 

ふっ、やはり俺は主人公だな。

 

 

――何だか、訓練ではトゥルーとアーサーがやたら褒められたり、俺tueeeしてたから……あれ? 俺って主人公だよね? と疑ってしまった。

 

だってさ、俺よりも活躍するからさ。ちょっと不安になった。あれ? 何か俺って本来こんな役回りなのかなって……

 

――もしかして今までパイロット版としての仮主人公だったのかなって……。

 

 

 

でも、最後の最後に引き寄せたね。誰よりも汗を流して、誰よりも怪我をして、誰よりも成長をした俺こそ主人公だな。

 

この高いワインとチーズはユルル師匠と一緒に飲もうかな……あとはマリアとか……

 

「なぁなぁ、このチーズって凄いお高い所の奴なんだろ!? 今日、お前の家行っていい!?」

「断る」

 

 

貰ったワインとチーズ。かなりお高い奴らしい。ワインは聖騎士の給料二か月分、チーズも一ヶ月分ほど。しかも欲しいと思って買えるものではないらしい。半年以上の予約で満杯らしい。

 

知る人ぞ知る一品。俺に相応しいな。

 

 

こんなのをくれるなんて、ありがたいな。

 

 

 

「なぁなぁ! 今日のお前……ちょっとカッコいいな!」

「……そんなお世辞に乗る俺ではない」

「えぇ!? えっと……その……食べたい……ダメ?」

 

 

ボウラン、どんだけチーズ食べたいんだよ……。キャラどうした。最初は『アタシはお前のこと全然認めない!!』みたいなこと言ったのに。

 

棘が出てたよね、それなのに自分からぶつかりに行くというか。当たり屋っぽいのにさ。

 

最近、全然触れないじゃん。丸くなったね。もう二頭身のネタキャラに見えてくる。

 

 

「な、なぁ! フェイって……横顔はかっこいい!」

「……」

「フェイ、ワインはワタシみたいなお姉さんと飲むべき」

「……」

 

 

ボウランとアーサーは取りあえず無視しよう。まぁ、帰ったら適当にワインとチーズをユルル師匠とマリアと飲んで……休暇は休んで……。そこまで考えてハッとする。

 

 

そうだ、自由都市に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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32話 邂逅

 はぁとユルルが溜息を吐いた。彼女が居るのは王都にある飲食店内の席。向かい合う席には彼女の友人兼メイドであるメイが座っている。

 

 

「いかがなさいましたか。お嬢様」

「なーんか、体重いなって……」

「確かに少々お体がむくんできている兆候が……」

「来てないよ! もう、メイちゃん! そう言う事言うのやめて!」

「申し訳ございません、お嬢様。メイはドジっ子メイドの属性も持ち合わせていますので、つい」

「ドジっこ、メイど……?」

「いえ、ただの戯れです。お忘れください」

 

 

 ドジっこメイドって何だろうと疑問の声を上げたユルル。メイは、まぁ、分かるはずないだろうなと話を逸らした。

 

「ねぇ、メイちゃん……あとどれくらいでフェイ君帰ってくるの?」

「さぁ……本日帰ってくる予定であったと思いますが……正確な時間までは把握は出来ません」

「……そっかぁ、なんか怠いー」

「お嬢様、人の眼がありますので……あまりそうった事は声に出すものではありません。フェイ様が居なくて寂しくて何もやる気が起きないお気持ちはわかりますが」

「うー、フェイ君に会いたいー」

「お嬢様……23歳なのですよ?」

「分かってるよ……でも、寂しいだもん」

「だもん……お嬢様、23歳なのですよ?」

「フェイ君に会いたい……」

「そのセリフ、最近千回くらい言ってません?」

 

 

あまりにフェイ成分が枯渇してしまったユルルに対して流石に見ていられないメイ。それほどまでにユルルはフェイを渇望していた。

 

「はい、お待ちー! 何だかよく分からないけど元気だしなって! これでも食べて!」

 

 

そこへ、真っ赤な髪に赤目の女性が注文した料理を持って二人の前に現れる。テーブルの上に料理を並べる。

 

「なんだい、彼氏が仕事で帰ってこないのが寂しいのかい?」

「か、彼氏!? い、いえ……まだ、そんな関係じゃ……」

「なんだい、違うのかい……てっきり……まぁ、大事な人なんだろうけど……寂しいだろうけど頑張りな」

「はい……ありがとうございます」

 

 

知り合いではなかったが励まして貰い、折角料理を持ってきてもらったのでユルルは少しだけ気持ちは切り替えることにした。

 

「お嬢様、元気を出してください。()()()トです」

「フェイって言った!?」

「言ってないです。落ち着いてください、お嬢様」

 

 

気持ちは全く切り替えることは出来ていなかった。

 

 

◆◆

 

 

 一年が終わる、雪が降り王都に至る所が雪化粧をして白に染まって行く。ユルルとメイは夕食の買い出しに店を回っていた。

 

 肺に冷たい空気が入って行く。思えばここによくいられたなとユルルは感慨深い気分になった。どうしてだろうか、彼が居ないと彼女は昔を思い出す。今がどうでもよくなりかける。

 

 一体、兄達は何処で何をしているのだろうか。

 

 全く分からない、知らない。

 

 そして、もし……再びあった時は……と微かに不安が押し寄せる。どうするべきか、会ったら。もう、話し合う余地などない。ならば……

 

 殺すしか……殺せるのだろうか。自分に……

 

 彼女は迷う。己の手に嘗ての家族の血が降りかかる事に恐怖を感じる。

 

 

「お嬢様」

「……」

「お嬢様!」

「……え?」

「急に大きな声を出してしまい申し訳ございません。周りに一切目が行っていない様でしたので……」

「あ……ごめんね。ありがとう、メイちゃん」

「いえ、お気になさらず」

 

 

 ふと、寂しくなった。雪が積もるように悲しさが積もって行く。友達がいるのに背の心の雪は解けそうになかった。買い物を終えて、足を止める。

 

「お嬢様?」

「ごめん、ちょっと寄り道しても良いかな?」

「はい、分かりました」

 

 

 ユルルはいつもの訓練の場所に向かう、三本の木の立つ場所へ。そこへ行って、フェイとの時間を思い出して今だけでも彼女は全てを忘れたかった。

 

 メイは何も言わない。ただユルルの後をついて行く。ただ想いに浸りたかったユルルは眼を見開いた。そこにはいつものように刀を振っている男が居た。肩へ落ちる雪の結晶は彼の上昇した体温で解ける。

 

 真冬なのにフェイは汗を真夏日のようにかいていた。

 

「ふぇ、フェイ君!」

「……フェイ様」

 

 

 二人が声をそろえて彼の名を呼んで近づく、その声に気付いてフェイは素振りを一時的に終えて振り返る。

 

「「――ッ」」

 

 

 その時、二人の心臓はドキリと跳ねた。以前よりも凛々しく引き締まった様な、己の限界を打ち破った、器を昇華させた勇ましい(おのこ)

 

 

(あ、あれ? フェイ君、前よりカッコいい……前もカッコいいけど、ちょっと色気が……)

 

(な、なんなのでしょう、この胸の高鳴りは……あの鋭い目つき、さ、流石、ロマンス系主人公であるメイの王子枠……!)

 

 

 確実に死線を超えて新たなる領域へと至ったフェイ。その歩みは微々たるものかもしれないがそれでも彼は強く、逞しくなっていると感じる。それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが……。

 

 

「フェイ君、帰って来てたんですか」

「さっきな」

「そ、そうですか」

 

 

 ユルルにそう返答するがそれ以上を自分からは語らない。口数が元から少ないことは知っているが偶にはもっと話してほしいと我儘になってしまう。

 

 

「え、えっと、フェイ君、まだまだ刀振るんですよね?」

「あぁ」

「……その訓練はどうでした?」

「普通だった。俺が求めていた物は僅かしかなかった」

「え、あ、そ、そうですか……。そんなに満足が出来なかったということなのですか?」

「そうだな。最後に多少満足と言ったところだ」

「あー、その具体的にはどんな訓練だったんですか? 私は空気感とか色々あれで参加しなかったので気になってまして」

「変な部屋に入ったり、素振りしたり、変な部屋に入って素振りと腕立て伏せしたり、変な部屋でスクワットしたり、後は外で素振りしたり、最後に模擬戦だ」

「そ、そうですか」

 

 

(全然、想像が出来ない……)

 

 

口数も少なく、独特な言い回しのせいでフェイの言葉からどんなことがあったのか全く分からなかった。

 

もしかして、自分と話すことがあまり楽しくないのかとユルルは弱気な事を考えてしまった。

 

 

そう思いかけて、自身に何かが投げつけられるのが分かった。訓練用の木の剣。それをフェイから渡されて何が何だか余計に分からなかった。

 

 

「お前に真っ先に会ったらしようと思っていた」

「打ち合い?」

「あぁ」

「まぁ、いいですけど」

 

 

いつものように打ち合う。彼女には分かった。フェイの実力が自分に迫ってきていると。何年も彼女は剣を極めようと振り続けてきたからこそアドバンテージはある。だが、極限に極限を重ねているような彼の訓練は彼女の年月を超えようと異常な速さで迫る。

 

 

何分か、打ち合いをして彼女は勝った。だが、寂しさも生まれる。

 

 

「また負けたか」

「……でも、フェイ君やっぱり強くなってますよ」

「……お前のおかげだ」

「いえいえ、フェイ君の努力が凄いんですよ……私なんか……居なくても」

「……」

「あ、ご、ごめんなさい。雰囲気悪くなるような事言ってしまって」

 

 

(私は師匠なのに弟子に不満をぶつけるような事をして……ダメだな……私)

 

 

 彼女は自己嫌悪のような感情を味わう。フェイの事になると良くも悪くも彼女の感情は大きくぶれる。

 

「気にするな……」

「ありがとうございます……」

 

 

 眼を合わせられなかった。フェイは別にユルルの心情を完璧には理解はしていないだろう。だが、何かを感じ取ったフェイは彼女に一歩だけ近づいた。

 

「一度しか言わない」

「え?」

「今回の事で確信をした……やはり俺にはお前が必要だ」

「え、あ、えぇぇ!?」

 

 

 いきなりプロポーズ的なことを言われて眼をフェイに向ける。さっきまで行き遅れたOLみたいな顔をしてたのに急に幼い乙女のような顔つきになる。

 

「何度もお前が居ればと考えていた」

「ええぇぇ!? わ、私も、その……同じ気持ちでした……」

 

(あわわわ! 正直、私との訓練的な意味でそう言ってくれてるんだと思うけど、なんか落ち込んでそうな私を元気づけようと気を使ってくれてると思うんだけど……でも、そう言ってくれると嬉しい!)

 

 

「そうか。あそこでの訓練は無駄が多かった。お前との打ち合いの方が数段、ためになった」

「……あー、ですよねー」

 

 

(うん、ですよねー。フェイ君絶対そう言う意味で言ってると思ったー。らしいと言えばらしいですけど……何だか、異性として見られてない気がする)

 

(むぅ、もうちょっと意識してくれても良くないかな? 結構、朝ごはんとか昼食とか作って来てるし……こんなことするのフェイ君だけなんだよ……?)

 

(このまま一生、師匠としか見られなかったらどうしよう……何だか気持ちがマイナスになるな……でも、ポジティブに考えたらどうなるかな? フェイ君みたいに……)

 

(よく考えたら私とフェイ君が一番接している時間が多い? ご飯も沢山一緒に食べてるし)

 

(……フェイ君にここまで熱烈な言葉をかけられた人って私くらいでは……可能性があって怪しいのはマリアさんくらい……と言う事は、もしかして、実はフェイ君との距離が一番近い可能性は私……? か、可能性あるかも)

 

 

(が、頑張ろう! ぜ、絶対フェイ君を師匠的な意味じゃない、恋人的な意味で振り向かせる!)

 

 

「どうした?」

 

 

 一人で腕を組み百面相をするユルルが気になりフェイが声を向ける。

 

「いえなんでもありません! ただ、覚悟が決まっただけです!」

「そうか……お前も日々成長してるという事か」

「はい!」

 

 

 何が何だかよく分からないフェイだが、それっぽい雰囲気を彼は出した。そして、そういえばとフェイは木の根元に置いてあった紙袋を取る。

 

 

「それは?」

「よくわからんが、ワインとチーズを貰った……」

「そうですか……」

「……一人で嗜む方が好ましいが……いつも胸を借りているからな……飲むか……?」

「――ッ、い、いいんですか?」

「そう言っている」

「も、勿論です! 私の部屋で飲みましょう!」

 

 

始めて女性らしい誘われ方をしてユルルはテンションが上がっていた。諦めずに頑張っていた彼女に幸運が向いたのかもしれない。しかし、そんなロマンチックな二人を見てメイが眼をパチパチする

 

 

(あれ? メイが空気……ロマンス系主人公であるはずのメイが空気……? そんな、馬鹿な……。メイは色々イベントが起こるはずなのに!)

 

 

メイは先ほどから自身が空気であることに気付いた。そして、空気のまま二人を見守る。ユルルに誘われて三人で飲むことになったがメイは少しだけセンチになった。

 

ユルルがフェイにアピールをするために、お酒を飲みながら『ちょっと酔っちゃったなぁ』とフェイに甘えたりするが、酔拳の伏線かとフェイが思うのはまた別の話。

 

 

◆◆

 

 

 

フェイが夜遅く孤児院に帰ってきた。少しだけフェイの顔が赤く、酒の匂いがするのをマリアは感じ取った。

 

「お帰り、フェイ」

「わざわざ待っていたのか」

「ええ、久しぶりに帰ってくるんだもの。待つわよ」

「……そうか。丁度いい、少し飲むか……?」

「え? 何を?」

「これだ」

「ワイン……?」

「あぁ、渡された」

「へぇ……そうなんだ。じゃあ、飲もうかな、ちょっと待ってて」

 

 

顔には出さないがマリアは嬉しかった。ずっとフェイを待っていたのだ。会いたいなと思い続けて、気持ちが高ぶっていた。そこへ、まさかのフェイからの酒のお誘い。

 

グラスを持ってフェイの元へ行った。食堂でフェイは待っていたがここじゃなくて、自身の部屋で飲もうとマリアは提案をする、フェイも特に断ることもなくマリアの部屋に足を向けた。

 

 

微かなオレンジの光に照らされた部屋。ロマンチックな感じが微かに漂っている。マリアも自分の部屋に年頃の男性を入れるのは初めて出会った。孤児院の子で眠れない小さな子と寝たりすることはあるが気になるお年頃の異性と二人きり、緊張をしない訳が無い。

 

 

ワインを注いで互いに席に着いた。

 

「フェイ、もう飲んできたんでしょ? あまり飲み過ぎはダメよ?」

「あぁ」

 

(私、実はワインとかって飲んだことないんだけど……酔ったりし過ぎないようにセーブした方が良いかな)

 

 

そう言ってフェイから貰ったワインを一口飲んだ。

 

 

「あ、美味しい……ごくごく……お代わりしてもいい?」

「勝手にしろ」

「うん……ごくごく」

「……」

「お代わり、しても、いい?」

「……あぁ」

「ごくごく」

 

 

ハイペースにワインを飲んで、頬が綺麗に赤になって行く。フラフラ体が揺れ始めて、次第に目元も可笑しくなっていく。そのタイミングで人格がスイッチする。

 

「……おいひぃー、わたし、こんなのはしめてー!」

「……」

「ねえねぇ、ふぇいー、ぎゅっとしてー」

「……断る」

「むー、わたし、寂しかった! ぎゅっとして!」

 

 

急にフェイに抱き着いて甘えだすリリア。机をベッドと椅子で挟んでベッドに座っていたフェイを押し倒すように甘えだす。

 

「おい……」

 

鬱陶しいと顔に出すが、そんなこと酔ってしまったリリアには関係はない。抱き枕のように抱き着いて只管に甘える。

 

完全に子供であった。

 

 

「ふぇいー、寂しかったー」

「……分かったから離れろ」

「いや!」

「……大分酔っている……のか? 興味ないが稀にお前が別人になるような妙な、あの感じに似ているな」

「――ッ……ふぇいー!」

「だから、鬱陶しい」

「それより騎士団暫く休みなんだよね……? 疲れ癒してね?」

「いや……俺は自由都市に行く」

「えぇ!? なんで!」

「なんでもだ。明日、ここを立つ」

「むーーーー! また無理して! 許さないよ! 今日は私と寝て!」

「……なぜ俺が」

「いいから!」

 

 

 

そう言って暫くリリアはそのまま。次第に寝息をたて始めて深い眠りに落ちて行った。

 

 

「手間をかけるな……」

 

 

そう言いながらもフェイも眠りについた。リリアとマリアの嬉しそうな寝顔を微かに見て、微かに頬を上げた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 とある黒の剣士が馬車に乗っていた。自由都市へ向かう物質を運ぶ貨物列車のような馬車の荷台に腰を下ろして腕を組みながら目を瞑る。馬主がフェイに話しかける。

 

 

「兄ちゃん、自由都市に何しに行くんだい?」

「……そうだな。己を高めるためだと言っておこう」

「おおー、自由都市は色々厄介事多いから気を付けろよ。兄ちゃん、ブリタニアからこれに乗ってるって事は聖騎士だろ? 冒険者には聖騎士が嫌いな奴居るから身分は言わない方がいいぜ」

「覚えておこう」

「無法者とか言って馬鹿にする聖騎士が居たからなー。まぁ、武者修行頑張れよー!」

「ああ」

 

 

 只管に時間が経過していく。寡黙な彼は何も語らない、ただ、そこへ到着するのを待つだけ。

 

 ある場所で馬車は止まる。大きな門、その前でフェイは馬車から降り、金を渡した。

 

「手間をかけたな」

「気にするな! 頑張れよー! 兄ちゃん」

 

 

 振り返ることも、反応をする事もなくフェイは門番から検閲を受けて自由都市に足を踏み入れる。

 

 王都ブリタニアと特段違う風景があるかと言うわけではない。ただ、鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなく披露しながら歩く露出狂のような男性。

 

 大剣を担いで黒の甲冑を纏う剣士。獣耳の別種族の女性剣士。騎士団のような統一感がない猛者たちがそこら中に溢れている。

 

 普通の一般人の姿もあるが冒険者と思われる者達の癖が大分強い。

 

 フェイは剣こそ持っているものの姿は黒を基調としている地味なコートを纏っている。

 

 誰かに眼を向けられることなく、彼は自由都市を歩く。

 

 出店の店主から時折、話しかけられたりもするが、香ばしい肉の匂いに惑わされることもなく彼はギルドを探す。

 

 この自由都市にはダンジョンがあり、ダンジョンに潜るにはギルドで冒険者として登録が必要だからだ。だが、かなりの広さがある自由都市。どこにそれがあるのか見つけられない。

 

 

 虱潰しに数分歩いて、曲がり角にフェイは差し掛かる。すると、丁度曲がり角から誰かが飛び出してきた。

 

 フェイはマイペースに歩いていた。だが、その曲がり角から出てきた誰かは物凄い勢いで来たためにフェイの堅くて暑い胸板に激突した。

 

「いったぁぁあぁ!」

「……」

「何処見てんのよ! この不躾!」

「……」

 

 

 肩くらいの長さの金色の絹のような髪の毛をツインテールにしている彼女のサファイアに似た宝石のような眼が睨むようにフェイを見ている。顔立ちが途轍もなく整っていたどこぞのお姉ちゃんともいい勝負であった。体つきは少し幼い感じもあるがまだまだこれから期待できそうなしなやかなさ、そして微かな色気もあった。

 

 だが、そんな美人に対してフェイは死んだ魚のような眼で相対する。

 

 

「ちょっと! 聞いてるの!」

「……」

 

 

 無視、彼の頭の中にあったのはギルドに行こうという事だけであった。だからこそ、彼女に一言も声をかけずに通り過ぎる。

 

 

「なっ! ちょっと!」

「……」

「聞いてるでしょ! 凄い硬くてアンタ痛かったんだけど!」

「……」

「……なによ! すかして!」

 

 

 

 少女はそれだけ言って消えた。二人は別れて、フェイはそのままギルドを探す。歩き続けてようやくそれっぽい大きな建物を彼は見つけた。中に入ると透き通る鉱石の床、真っ白な柱、それらによって綺麗に組み立てられた内装。

 

 コンビニのカウンターのような場所に制服のような恰好の職員と思わしき者達が作業や対応に追われている。

 

 さて、先ずはどうするべきかとフェイが考えると……

 

「ようこそ、命知らずの馬鹿野郎」

「……」

「見たところ、新入りだな。登録ならあっちだぜ」

 

 

 

  リーゼントヘアーの三下のような男が先輩風を吹かせつつフェイに話しかける。フェイが眼を向けていた受付の方を指さす。受付をしている職員は何人も居るがどこも多少そこに並んでいる冒険者たちの姿がある。

 

 だが、一箇所だけ誰も並んでいない受付場所があることに気付いた。眼鏡をかけた獣人の眼鏡をかけた女性職員がそこに立っている。控えめに行っても美人な女性だが誰もそこに近寄らない。

 

 

「あそこは止めておけ。あいつは……ここで有名なギルド職員、マリネ。ピンクの髪、桃色の眼、スタイルも良いだというのにアイツは……通称、『クソメガネ』、別名『やらかしのやっちマリネ』『ピンクの悪魔』なんて呼ばれている」

「……クソ眼鏡、やっちマリネ……悪魔か……」

 

 

 初めてフェイが男に言葉を返した。明らかに侮蔑な表現で思わず反応をしてしまったのかもしれない。

 

「ああ、ここのダンジョンで倒した魔物が外の世界の魔物と違って、魔石になるのは知ってるよな? それらの鑑定を数字と言う可能性を馬鹿にするほどの確率で間違う」

「……」

「ソロの冒険者にはソロ同士で一時的なパーティーを組むことが出来る。それをアイツは『素敵な仲間を見繕いますよー』とか言ってとんでもない組み合わせでパーティーを組ませる。元カレ元カノ同士だったり、離婚をした夫婦だったり……何の事情も知らないから素敵なパーティー結成『おめでとうございます!』 とか言ったり。悪気はないんだが……冒険者からは嫌われているな。悪い事は言わねぇ……アイツと関わるのは止めておけ」

「……ふ」

「なにがオカシイ?」

「いや、そんなお前らの常識に従う意味も、見習う教示も持ち合わせていない俺からしたら、全く持ってどうでもいいと思えただけだ。だが、情報は頭の片隅にでも入れておこう」

「お、おい」

 

 

 フェイがマリネの元に向かって行く。彼女の前に立って淡々と要件を告げた。

 

「冒険者登録」

「……え?」

「冒険者登録だと言った」

「え、ああ、へ、へい! お名前とか、色々ここに記入を……」

「……」

「あの……私に来るなんて……変わってますね」

「……どうでもいいと感じただけだ」

「そ、そうですか……」

「書けた、これでいいか」

「あ、へ、へい! えっと、フェイさん、ですか? 出身地が不明? 現在の住所……孤児院……あ、聖騎士なんだ……聖騎士と言うことは黙っておいた方がよろしいかと。後は大体わかりました。では、早速冒険者カードを発行しますね」

「……これでダンジョンに潜れるんだな?」

「へい! そ、そっちの扉から入れます。ですが、ダンジョンは地下に何階層と続いており、イレギュラーもありますのでソロではやめておいたほうがよろしいかと思います。よろしければ私が素敵な仲間を見繕いますが……」

「いらん。俺はソロだ」

「へ?」

 

 

危険など百だろうが億だろうがフェイは承知している。寧ろ、危険であったり地雷であったり不確定な要素が彼にとっては極上のスパイスとなる。

 

嗤って、彼はダンジョンへ足を踏み入れる。

 

「あ、き、危険……」

 

止めようとするが既にフェイは去ってしまった。丁度そこへ新たなる冒険者を目指す者が彼女の元へ現れる。

 

「ねぇ! ダンジョン潜りたいんだけど!」

「へ!?」

「へ、じゃないわよ! まぁ、私の美しさと気高さに恐れおののくのは分かるけど!  私の名前は()()()()()! いずれ世界一になって誰からも認められる存在! 英雄に近い存在だから覚えておいて損はないわ!」

「今日……変わってる人多いな……」

 

 

◆◆

 

 

 帰ってきたらまずはユルル師匠と剣の打ち合いをしようと心を決めていた。打ち合っていると何か元気が無い感じなので普段の感謝と師匠ポジとして有能だと告げた。

 

 お酒を飲んでいたら酔ったとボディタッチが多くなった師匠。酒は飲んでも吞まれるなと身をもって示しているんか、それとも酔拳の伏線か、どっちかだろう。

 

 マリアともお酒を飲んでいたら、マリアもお酒に酔っていつもとは違う感じになった。酔っている? なんか完全に別人のような気もする。

 

 

 さてさて、飲み過ぎたがちゃんと起きて、馬車の人と話し合って自由都市に到着をした。やっぱり、主人公として色々な場所で活動をしないとな。もしかしたら、このダンジョンが俺にとってのホームグラウンドかもしれないからな。

 

 

 曲がり角で何か美人とぶつかった。ベタだなぁ……曲がり角でヒロインと出会うのは基本だよね。もしかしたら、俺のヒロインかもしれない。え? でも、マリアが第一候補のはず……だとしたらこの子は一体……?

 

 

 一体……何者なんだ……!?

 

 

 全く関係ないモブの感じはしないけど、凄い美人だし……どっかでこの子見たことがあるような。ちょっと既視感があるような……。

 

 あれ? どこでこんな感じの子見たっけな。えっと……えっと、思い出せん。

 

 まぁ、いいや。どこかでこの子とは関わり合うんだろうな。

 

 主人公としての勘がそう言っている。さてさて、ヒロインか、別の何かか、はたまた大穴でただのモブか。

 

 楽しみだ。

 

 自由都市に来ていきなりこんなベタなイベントが起こるなんて、俺ってやっぱり主人公だよな。

 

 

 さて、ソロで頑張りますかね。孤高なクール系冒険者として頑張ろう。

 

 

 

■■

 

日記

名前 アリスィア

 

今日、自由都市に到着した。ここには嘗ての英雄の子孫が居るらしい。ここで私も己を鍛える、その為に私はここに来た。

 

『もしかして、ここでなら仲間も見つかるだろうか。私の体質を受け入れてくれる人も居るだろうか。自分からダンジョンに潜って魔物と戦う冒険者達なら、私の厄介事を引き寄せてしまうこの体質を受け入れていくれる人が居るだろうか……』

 

 

ダメ、弱音は吐かない。私は誰よりも強くなって誰よりも認められる。母は兄が居なくなったのは私のせいだと言っていたけど、きっとここで誰よりも強くなれたなら。そして、兄を見つけることが出来たのなら。

 

きっと、私を認めてくれる、それまで弱音なんて出すものか。

 

 

そう言えば変な目つきの悪い男とぶつかった。変な奴だった。私が謝るべきだったかもしれないけど……弱音を吐かない生活を心がけているせいか、つい強気な言動をしてしまった。

 

でも……明らかに変な奴だった、あんな眼をしている奴は見たことがない。得体の知れない生命体な感じがして、高圧的な感じで威嚇をしてしまったとも考えられる。あの男から恐怖すら感じた。

 

一体、何者……?

 

……だけど、私からぶつかったみたいなものだし……日記で謝罪しておこう、ごめんなさい。

 

 

本当なら……顔を合わせてちゃんと謝らないといけない。自由都市も広いし、もう顔を見合わせる事もないだろうけど……

 

 

取りあえず、頑張ります。

 

 

 




次回で一旦、幕を閉じて神々の語りへと参ります。面白ければ感想と高評価よろしくお願いいたします。


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33話 駆け出しの悪魔

 じめじめとした洞窟のような雰囲気を感じさせる通路。稀に大きな空洞のような場所があったり、綺麗な鉱石が天井にあってそれが綺麗に光っている。

 

 外の世界とは全く違う、閉ざされている異世界と言い変えることも出来るかもしれない。

 

 

 フェイが辺りを微かに見渡しながら歩く。自由都市、世界最大級のダンジョン。どこまで続いているのか誰も知らない。世界の裏側まで続いているとさえ言われているその場所。

 

 そこの魔物は外の世界とは全く別物であり、倒せば魔石などをドロップして消えてしまうらしい。

 

 

「なにも来ないか……どうした? まさか俺に物怖じするわけでもあるまい」

 

 

 来い来い、来いとフェイは特大の獲物が来るのを願っている。だが……

 

 

(……あれ? 全然なにも来ないんだけど?)

 

 

 約一時間ほど歩き続けたが何とも遭遇をしない。この身は主人公であり、トンデモナイ相手と対決をするのが基本であるというにも関わらず何も起きない。

 

 

「……」

 

 

 全然、何にも起こらない。だがようやく眼の前にゴブリンみたいな魔物が現れる。緑色をしている気持ちの悪い人型生物。

 

 

「がうぇあ!!!」

「……ふん、吠えるだけか」

 

 

 

 鋭い口内の牙をフェイに向けるが、ゴブリンは気付けば自分の頭と胴体が分かれていることに驚愕をする。

 

「gwげあ?」

「……遅い」

 

 

 灰のように消えて、そして一つの魔石がポトリと落ちた。それをフェイは拾って懐にしまう。初めてダンジョンの魔物を倒したというのに彼の顔は不満そうであった。

 

 

(おいおい、俺は努力系主人公なのに……こんな敵しか来ないって……どうなってるんだ。もっと、凄い奴と戦いてぇよ)

 

(主人公だぞ、俺は、たかだがゴブリン一匹討伐したからなんだって言うんだ。もっと滅茶苦茶凄い奴来るよね?)

 

 

(もう、一時間くらい歩いているよ? 正直、全然マッピングとかしてないからどこいけば良いのか分からないし。まぁ、主人公だからな、何か待って居れば来るだろう)

 

 

 そう思いなおしてフェイは歩いて歩いて、歩き続けた。だが、ゴブリンゴブリンゴブリン、偶に色違いゴブリン。全然、主人公っぽいイベントがこない。初めてのダンジョンだというのに、これではそこら辺のモブキャラと変わりないじゃないか! とフェイは激昂をし始める。

 

 だが、それも必然であった。何も特別な事が起きないのは当然であった。この世界は彼を中心になんて回っていないのだから。ダンジョンだってイレギュラーこそ存在するがそれだっていつでも起こるわけではない。

 

 原作と言う絶対的な運命がそれを起こしたり、ただ単に世界の設定がそれを起こしたりする。

 

 それを無理やりに引き寄せることはフェイには難しい。何故なら所詮、フェイは噛ませのモブキャラなのだから。

 

 今まで彼にイベントが多く起こりえたのは偶然が一割。そして、アーサーとトゥルーメイン主人公が近くに存在していたから。

 

 勿論、フェイと言うキャラ自体にもイベントは発生する。だが、それがこの自由都市において何らかの因果を繋げるという事の理由付けにはならない。

 

 

 彼は主人公なんて、大層な存在ではないのだから。

 

 

 迷って迷って、彼は只管に歩く。だが、彼にはゴブリンだけ。身構えているときに困難は起こりえない。

 

 

 だが……もし、彼の側に主人公的な存在が居たのであれば話は変わる。

 

 

「あ! アンタはあの時の!」

 

 

 フェイの後ろから声がする。綺麗で清廉だが強気な物腰が感じ取れる女性の声が。フェイが振り返るとそこには先ほどフェイに偶々ベタにぶつかってきたアリスィアの姿があった。

 

 

「……貴様か」

「アンタも冒険者だったのね! 丁度いいわ。さっきは……なんでもないわ……私の名前はアリスィア! アンタは何て言うの!」

「答える義理はない」

「え? なによ! ビビッてるの!?」

「っち……」

「ひぃ!」

 

フェイが舌打ちをすると、フェイの迫力にビビッて彼女は微かに引いた。どこぞの金髪鈍感イケメンメイン主人公のようにフェイに苦手意識を持ってしまったのかもしれない。

 

 

 

「フェイ……」

「え……?」

「……フェイ」

「あ、アンタの名前?」

「それ以外に何がある」

「そ、そう……よね。コホン、私はこの世界で一番、凄い存在だから名前は覚えておいた方がいいわよ!」

「……」

「あ、また無視! 柄悪いわね! まぁ、ほぼ初対面だから普通だと思うけど……ねぇ、アンタ二階層への道知らない? 全然道が分からないくてさっきからグルグル回ってるの」

「……自分で考えろ」

「なによ! 教えてくれてもいいじゃない! あ、もしかしてアンタも知らないんでしょ!」

「……さぁな」

 

 

 

捨て台詞のように呟いてフェイは再び道を歩き始める。アリスィアは何とも言えない気持ちになるが、自分と同じようにソロであるフェイに興味が湧いたのか後をつけた。

 

 

「アンタ、ソロ?」

「見たまんまだ」

「そ、そう……なんでソロなの? もしかして……いつも一人なの?」

「質問が多いな。何故俺がそれに答えなくてはならないのか意味も分からんが……まぁ、いい。己を鍛える為だ。それに煩わしい空間はあまり好まん」

「へ、へぇ」

「そうだな……あとは確かに一人で行動することは多いな」

「あ、アンタもそうなんだ! 私もそうなの!」

「……知らん」

 

 

 

彼女との会話をぶった切ってフェイは進み続ける。フェイは空気を読むなんて器用な事があまり得意ではない。

 

 

彼女もずっと一階層で一人で動き回ったせいかどうしていいのか分からない。だから、取りあえずフェイの後をつける。

 

「アンタ、駆け出しなんでしょ? ソロで大丈夫なの?」

「いらん世話だ」

「ふーん、まぁ、私クラスの才能の持ち主ならダイジョブでしょうけどアンタは誰かと一緒の方がいいわよ! 何て言っても私は世界最高の英雄みたいな勇者みたいな存在になるんだから!」

「聞いてない」

「ちょっとは聞いてよ!」

「俺じゃない奴に聞いて貰え」

「わ、私、友達とか……居ないのよ……ちょっと、寂しいって言うか……」

 

アリスィアは微かに弱音を吐いてしまった。自分と同じでボッチで孤独、同年代のフェイを見てついつい本音が漏れてしまった。

 

だが、そこまで言って彼女は弱音を吐かないという自分の掟を思い出す。

 

「……」

「はっ! う、嘘よ! 友達なんていらないから! 作らないだけ! 今こうやってアンタに話しかけてるのも暇つぶしなだけなんだからね!」

「……それで? なぜ、お前はここに来た?」

「え……? あ、そ、その……」

 

 

(きゅ、急に質問してきたわね……自演するお人形さんくらいしか質問してくれる人居なかったからちょっと緊張してきた)

 

「ま、まぁ、軽く英雄とかなって全世界に私の存在を認めさせてやろうという感じ? そうね、あとは……()()()()()()()()()()

「そうか」

「ええ、そ、そうよ。私みたいな存在からしたら、この都市の冒険者なんて、有象無象だろうけど、足掛かりくらいにはなるでしょうね!」

「大した自信だな」

「私、才能あふれてるから当然よ」

 

 

彼女が胸を張りながら自慢げに呟いた。その行為に嫌味を感じることはない、フェイも自然と彼女の決意と心情を受け入れていた。どことなく根拠のない絶対的自信、ただ、自分は特別だから凄いのだと信じてやまない

 

その在り方にどことなくシンパシーを感じたのかもしれない。アリスィアが自信満々にしていたその時、当然大きな地震が起こる。

 

「うわぁぁ!!」

「……」

「と、止まったわね……なんか、最近地震多いわね……ね、ねぇ、アンタもそう思わない?」

「……」

 

 

(なんなの……この物凄い集中力は……今までの意図的な無視とは違う。本当に己の世界に入り込んで私に気づいてない)

 

 

「……」

「あ、無視して進まないでよ……」

 

 

フェイが再び歩いて行く。二人で只管歩き続ける。だが、二階層への道がなかなか見つからない。

 

「ねぇ、まさかとは思ったけど……アンタ道分からないでしょ?」

「……」

「はぁ、だと思ったけど……大分時間喰ったわね。多分だけど外は夕暮れよ。今日の所は帰った方がいいんじゃないかしら?」

「……まだだ。何かがきっとくる」

「何かって……そんな訳分らない事急に……ッ!!?」

 

 

 

 急に血の匂いがした。ごくりと彼女は唾を飲む。二人が足を止めた場所は空洞。丁度良い広さがあって、もし何が来たら戦えとでもいうような場所。

 

 

 

「あ、あああ、やばい……に、逃げないと……」

「……そうか、ならお前は逃げてろ」

「ば、ばか、そんな事言ってる場合じゃないわ。絶対、近くにヤバいのが来てる」

「……だろうな」

「だろうなって……ヒぇ……き、来た」

 

 

 トカゲのような頭と身体、だが成人男性くらいの大きさがあり二足歩行で手には一本の剣を手にしている魔物。リザードマンだった。剣には生々しい血が付いており今さっき誰かを仕留めた魔物であると一瞬で二人は理解する。

 

 そして、本来なら遭遇しないであろう魔物を見て、アリスィアが自己嫌悪をした。ダンジョンは下に行けば行くほどに魔物は強くなる。

 

 だが、一階層にリザードマン。しかも人間の使う武器を操る魔物が居るはずがない。

 

(に、逃げないと……い、いや、ダメよ、私が逃げたらコイツが……それに弱音は吐かない、私は強くなって認められる!)

 

「……逃げなさい!」

「なぜだ?」

「わ、私、昔から厄介事を引き寄せる体質なの……巻き込まれ体質って私は呼んでて、それで、だから……私があれを呼んだから私が倒すわ……」

「ククク」

「何で笑うの」

「これは……お前が引き寄せたんじゃない……()()()()()()()()()。これを待っていた」

 

 

 刀を抜いた。ぎらぎらとした眼をリザードマンに対して向けてロックオン、狙いを定める。

 

 本当なら、ここでアリスィアがリザードマンに腹を刺されて大量出血をして死にかける所を男性版ヒロインの一人に救われるのだが……

 

 対峙したのはフェイであった。

 

 

「初ダンジョンで、この相手か……それでいい。それでこそ……」

「シュルルル……」

 

 

 フェイが眼で威圧をして、相手の注意を引く。アリスィアも剣を抜こうとしたがその威圧に手が出せなくなってしまった。

 

 まず動いたのはリザードマン。涎を垂らしながらフェイに剣を右側から左へ切り込む。

 

「……遅い」

 

 ――波風清真流中伝、追滝(おいたき)

 

 

 横からの太刀を刀で受け止めて、そのまま刃同士を滑らすように相手に近づき、体を下へ下ろしつつ刃を下ろして切り込む。リザードマンの振っていた剣は空を切り、更にカウンターで右目から首元を斬られる。

 

 

「ガァァぁ!!!」

「……どうした。その剣は飾りか?」

「ガァァがかかかああぁぁ!!」

 

 

 言葉こそ通じないがフェイの心情は伝わっているのかもしれない。おいおい、まさかこの程度ではないだろうと言いたげな明らかな挑発。

 

 人間というちっぽけな種族から、魔物への意思表示。

 

 それはしっかりと到達した。

 

 

「……魔物でも星元を使えるのか」

「がぁぁぁああ!!!」

 

 

 

 

 速い一撃、が重なり合って怒涛の剣のラッシュと化す。野生の本能的な剣術、それらを捌くがやはりフェイの課題である星元操作が不十分。身体能力で一歩出遅れる。

 

「……」

 

 体の至るとこを捌ききれなかった梅雨が弾いて血が流れていく。その度にフェイの口角が上がって行くことにアリスィアは気付いた。

 

 

(こ、怖い……これが、駆け出し……なの? これが冒険者なの?)

 

 

  

「ククク、上出来だな。これが一番最初とはなッ。面白いッ」

「があぐぁあああ!!」

 

 

 嗤って、嗤って、血を流す。恐怖である事だろう。リザードマンもアリスィアも軽く引いていた。

 

 リザードマンは眼の前の人間はヤバいと本能で感じた。一刻も早く殺して逃げないと。

 

 頭のいいリザードマンはずっと人間を偶に喰ってはダンジョンの低階層で息をひそめていた。偶に襲い、稀に喰らい。ずっと隠れて己の存在を悟らせなかった。ただの事故として誤認させて、まさか低い階層に上位の魔物など居ないであろうという油断をついていた。

 

 誰もがリザードマンを見たら慌てる。そのはずなのに、マッテイタ。お前をウケイレル。異常にもほどがあった。

 

 

 リザードマンが更にギアを上げて、フェイを喰らおうとする。だが、喰い下がられた。

 

 そして……ある程度の戦闘を経験値としたとフェイが確信をした。

 

 

「使うか……」

 

 

 

 右手極大の星元が集中していく。そして、音が消えた。少なくともリザードマンにはそう思えた。

 

 

 

「それなりに楽しめた……痛みは一瞬だ」

「gぁ?」

 

 

 

 首が飛んで灰と魔石が残った。アリスィアの眼には満足そうに嗤って居る悪魔の姿。手は人間の者でない程、赤黒く折れて、砕けて大怪我をしている、異形の手に見えるのに。

 

 悪魔に見える人間と言うより、人間に見える悪魔。

 

 

 アリスィアにとってちょっとトラウマになった。

 

 

「君達! 大丈夫か!」

「大丈夫!?」

 

 

そこへ、イケメンとイケメンに似た特大の美女の二人組が現れる。きっと二人は血縁関係であると普段なら分かるが、フェイは勝利の余韻に浸っていて気付かない、アリスィアからしても、もうそれどころではない。

 

 

ここから、『英雄円卓記』の外伝ストーリー、外伝主人公『アリスィア』の物語が始まったのであった。

 

 

◆◆

 

 

ダンジョンに潜っているのに何も起こらない。俺は主人公であるというのに、一体全体どうなっているんだ!?

 

と思っていたらさっきの美女が……俺と関わり合うって事はもしかして、それなりのキャラかもな。

 

それに凄い話しかけてくる。もしかしたら、ヒロイン……でも、マリアの気がするんだよな。

 

 

「わ、私、友達とか……居ないのよ……ちょっと、寂しいって言うか……」

 

 

 ボッチか……。仕方ない少しだけ、話してあげよう。クール系だからさ、あんまり期待しないでね?

 

 ふーん、兄を探してるんだ。ふーん。

 

 

 と思っていたら地震が!?

 

「と、止まったわね……なんか、最近地震多いわね……ね、ねぇ、アンタもそう思わない?」

 

 自信満々の話をしていたら地震! 韻を踏んでるな……韻を踏むってやっぱり大事だよな。

 

 主人公の技って思わず口遊みたくなる感じが好ましいからな。あ、重要な事を考えこんでてこの子の話聞いてなかった。

 

 

 何のイベントも起こらず……だが、俺は知っている。努力系主人公である俺には何かイベントがあるはず、初ダンジョンだからな!!

 

 と思っていたらトカゲ!!

 

 強そう!

 

 ん? このトカゲは私が引き寄せただって? おいおい、アリスィア面白い冗談じゃないか? ハハハ。

 

 俺が主人公だから、俺が引き寄せたに決まっているだろう?

 

 

 さてさて、やるか……戦闘開始!

 

 

 折角の獲物だ。ある程度、打ち合いたい。新技もあるが、素の対応力を鍛えたいしな。その結果として血を流しても問題はない。

 

 はいはい、血が出ますと。

 

 ある程度、打ち合いますと。さて、新技で決めるか。

 

 技名決めてないな。

 

 今度決めよう。

 

でも、使用した後に腕が人間の腕じゃないくらいボロボロになるからな。悪魔の右腕。デーモンハンドとかいいかも。

 

 

 まさかとは言わんが、フェイパンチなんてだっさい名前を付けるパンダは居ねえよな?

 

 アーサー……俺は忘れていないぞ。何故か俺の技がスネークアタックとフェイパンチというダサすぎる名前になっていることをな。

 

 

 トカゲを倒したら、なんかイケメンと美女が……い、一体何者なんだ!?

 

 

 

 

◆◆

 

 

日記 

名前アリスィア

 

 

本日、初の自由都市のダンジョンに入った。世界最大級のダンジョンで他のダンジョンとは違うらしいのだが、私なら大丈夫であろうという意識だった。

 

 

私は自分自身に自信を持っている才能があると理解をしている。だから、余裕だろう、そんな気分でダンジョンに入った。

 

あのガラの悪い男が居た。ついつい、いつもの感じで謝ることが出来なかった、ごめんなさい。

 

凄い冷たい感じだけど、質問してくれたのは嬉しかった、ちょっと好印象……で終わりたかった。

 

 

あいつ、怖い……

 

 

血流して、笑ってる。右腕可笑しいくらい大怪我してるのに気にも留めない。化け物過ぎる。怖い怖い怖い。

 

あれが駆け出し……? マジ? あれが? 初めてのダンジョン探索?

 

 

ごめんなさい、ダンジョン、冒険者舐めてました。あれが駆け出しなんて、ゴロゴロいて、もっとすごいのが居るなんて……自由都市って魔境だったんだ……。

 

 

ごめんなさい、ここの連中、全員私の足掛かり程度にしかならないとか考えてごめんなさい。

 

 

ごめんなさい、ちょっと謙虚になります。調子乗ってたら、あの悪魔に分からせられました。

 

でも、弱気は出さないでこれからも強気で頑張ります。

 

 

これから、私……ここで頑張って行けるのかな……心配……いや! 頑張る!!! 弱気は出さない!!!

 

そう言えば、あのリザードマンの後に美男美女の二人組と話したけど、フェイのイメージ濃すぎて全然覚えてない。

 

次の日記に書くことにする、眠いから寝る。夢にあの悪魔が出てきそうでちょっと怖いけど、おやすみなさい。




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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幕間 考察

いつも応援ありがとうございます。なんと当作品がオリジナル年間二位を頂きました。ありがとうございます。実は年間一位も私が執筆した別作品ですが頂きまして、一位と二位両方頂けました。

昔から応援してくれる方、最近若しくは今から応援してくれる方々のおかげです。本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


『アテナ切り抜き……ヒロイン頂上決戦』

 

 

「お嬢様、美味しい物でも食べてお元気を出してください」

「はぁ……そうだよね。元気出さないとね……うぇーん、フェイ君に会いたいー」

 

 

(フェイ様がいきなり王都を出て行ってしまったばっかりにお嬢様が再び幼児化してしまった……)

 

 

 メイとユルルが以前のように王都のとある食事が出来るお店で向かい合いながら座っている。フェイが自由都市に行ってしまい、再びフェイがロスしてしまった。

 

 元気がないユルルを気遣ってメイが仕方ないと食事に連れ出したのだ。

 

「お嬢様、これ凄く美味しそうです」

「うん……そうだね」

 

 

 落ち込んでいるユルル、普段は頭の可笑しい事を考えているメイもちょっと心配になる。丁度そこへ、ヒロインに最も近い女が。

 

「あ、ユルルさん……」

「え? あ、ま、マリア先輩……こ、こんにちは」

「こ、こんにちは。奇遇ね……」

「た、偶々友達が食べようって誘ってくれまして私はここに……マリア先輩もここで食事を?」

「えぇ、ここの店主さんが昔なじみの知り合いだから偶に食べに来るの……でも、今日は止めておこうかな。大分繁盛して忙しそうだし」

 

 

 マリアが辺りを見渡す、座る席などとうにない。それだけ人気のお店なのだろう。そして、時間もお昼時、余計に席は空いていない。ユルルとメイが運が良かっただけだ。

 

 

「もし、よろしければご一緒にどうですか? 以前、フェイ君とご一緒の時にお邪魔してしまいましたし」

「え? で、でもお友達が」

「メイも構いません。どうぞどうぞ、お嬢様の隣にお座りください」

「う、うーん、いいのかしら……」

「いいですよ。どうぞどうぞ」

「マリア様ご遠慮なさらず」

「なら、お邪魔しようかしら……失礼します」

 

 

そう言ってマリアがユルルの隣に座った。メインヒロイン頂上決戦とも言える図式。

 

(最近、メイの影が薄い気がする……まぁ、焦りは禁物。きっと、お嬢様とマリア様は恋的ポジションなんだろうな……。フェイ様は思わせぶりな態度が多いからドロドロとした女関係になりそう)

 

眼の前で話をするユルルとマリアを見ながら一人、思考を巡らせていく。注文を済ませて食事が来るのを待つ時もメイはジッと影が薄い事を考えている。

 

 

(そうだ……お嬢様はフェイ様を好いていることは知っている。だが、このマリア様は本当にそうなのか、まだ分からない……軽くジャブをしておこう。ライバルキャラだとまだ確信が出来ていないから)

 

 

「マリア様は気になる異性とかいらっしゃいますか?」

「きゅ、急ね」

「メイちゃん、そんなこと急に聞いたら」

「だ、大丈夫よ……えっと、そうね……まぁ、居るかな?」

「なるほど……黒髪で目つきの悪い方ですか」

「私、そんなこと全く言ってないんだけど……」

 

(――うっ、この子鋭い……もしかして、この子もフェイの事を……? 私に釘を刺している?)

 

(この反応、やはりライバルキャラですね。間違いない。ロマンス系主人公であるメイには分かります。カマをかけて正解でした。気になる異性が黒髪目つきの悪い方じゃなければモブであったと判断できる。ならばきっとこの方もフェイ様争奪戦のメンバー)

 

(――フェイ、やっぱり貴方ってモテるのね……メイちゃんって聖女みたいに可愛いから、私じゃ……)

 

(なるほど……面白い。ライバルキャラが多ければ多い程、物語は引き延ばされると言う物。ロマンス系小説の作者がヒロイン多くして完結までの道を引き延ばそうとするあれですね。まぁ、作者なんているのか知らないけど、ロマンス系主人公であるメイは的確にその伏線を見抜きます)

 

(――メイさんって無表情だな……フェイって大人しいから意外とこういう子が好みだったりするかしら……私も寡黙になろうかな)

 

(物語は引き延ばされればされるほど、メイとフェイ様が結ばれた時の感動が増すというモノ。そして、メイも長い事主人公していたい。メイが望むんだ通りに事が運ぶなんて……ふっ、やっぱりメイは主人公)

 

(――無表情、一体何を考えているんだろう……分からないな。でも、私じゃ理解できないような凄いこと考えているんだろうな。何かフェイに似てるし……)

 

(最近、影薄い感じしてたけど。やっぱりメイは……)

 

 

 二人が互いに考え込んでいると丁度そこへ、注文した食べ物を持って店員が到着する。マリアと店員の目線が合う。二人は聖騎士として活動していた時の同期で古い仲である。

 

「お待たせしましたー。どうぞー。ごゆっくり……あら、マリア来てくれてたの?」

「ええ、そうなの、また食べたくなっちゃって」

「あら嬉しい。今後とも御贔屓に……あれ? マリア」

「えっと、なに?」

「前と印象変わったわね、どうしたの? 彼氏でも出来た?」

「出来ないわよ。私じゃ」

「いや、同期で一番モテてた癖によく言うわ。覚えてるわよ。ナンパがしつこい男の顔面にグーパンしたの。あれ腹抱えて笑ったわ」

「ちょ、ちょっと、昔の事はもう言いでしょ! 昔はちょっと荒れてただけ」

「あ、ごめんなさーい。でも、良い顔になったわね! 孤児院のシスターの時の顔も素敵だけど、一人の恋する女性の顔の方が私は好きよ」

「あ、ありがと」

「どういたしまして。あ、私今度結婚するんだ」

「急!? え? おめでとう。相手は?」

「ん? マリアが顔面ぶん殴った奴」

「ええ!?」

「まぁ、イケメンだったし。ちょっと、ニャンニャンして、猫みたいに甘えたらあっさり……マリアもニャンニャンすれば意中の相手仕留められると思うわ」

「私、二十六歳なんだけど……」

「年齢関係ないわ。マリアは可愛いから頑張って。それじゃ、仕事に戻るから」

「うん……お幸せに」

「うん、ありがと」

 

 

サッとマリアの同期は去って行った。温厚そうなマリアが顔面をぶん殴っていただなんて聞いてちょっと意外だなとメイは感じる。だが、ユルルはそう言えば復讐者であるという噂を思い出して何も言えなくなった。

 

「そ、その、私、昔はちょっと荒れてて……」

「き、気にしないでください! 先輩」

 

(マリア先輩って復讐者だって……)

(ユルルさんは昔の私の噂知ってるから、ヤンチャだって知ってるんだろうなぁ)

 

 

ちょっと、気まずい雰囲気をメイがぶち壊す。

 

 

(なるほど、昔はヤンチャモノだったことがバレて恥ずかしいのですね。気まずいのですね? 折角の未来のヒロインレースの筆頭候補がそろったお食事会、楽しく行きましょう。その羽目を外していたころを暴露された恥ずかしさをぶち壊してあげます)

 

「ご安心ください。マリア様」

「え?」

「ユルルお嬢様も昔はかなりのヤンチャでした」

「ちょ、ちょっと、メイちゃん?」

「おねしょをして大泣きをして、誤魔化そうとして父親にバレて大泣きをして、大事なツボを割って、高い絵画に落書きをして、苛めっ子には目つぶしを喰らわせるというヤンチャモノでした」

「言わなくていいよ!」

「あ、そうなんだ……奇遇と言っていいのか分からないけど」

 

 

メイのおかげで嫌な空気は霧散をしてが、顔が真っ赤になるユルルであった。三人は談笑をしながら食事を共にする。最近地震が多いねとか、服とかどこで買っているとか楽しそうに女子会をしているが……

 

頭の中ではフェイの事を考えていた。先ほどの結婚をするマリアの同期が言っていた異性を落とす必勝法。

 

 

(ニャンニャンね。効果あるのかしら? ……私が、にゃんにゃん、可愛がって欲しいにゃん、とか言ったらフェイはドン引きでしょうね……26歳だし)

 

 

(師匠がニャンニャンとかしたらフェイ君引くだろうな。この方法は流石に使えないな……フェイの猫に成りたいニャン……うわ、絶対これはない)

 

 

(ふふふ……メイがニャンニャンしたらすぐに勝負ついてしまうでしょうね。流石にそれはしませんよ。お二人共素晴らしい女性であると感じました。しかし、お労しや、お嬢様、マリア様。メイが勝つと世界が言ってるのです!!)

 

 

凄い失礼な事をメイは考えていた。

 

 

◆◆

 

 

 

1名無し神

フェイが自由都市に到着した!

 

 

2名無し神

いきなりフェイがトゥルーの妹を分からせてた!

 

 

3名無し神

フェイ、すぐ分からせるからな。

 

 

4名無し神

あ、やっぱりあれ、トゥルーの妹だったのか

 

 

5名無し神

だろうね。そんな感じがする。

 

 

6名無し神

まぁ、これまでのフェイについて振り返りするか

 

 

7名無し神

>>6

その前にフェイについて考察したいんだが

 

 

8名無し神

考察?

 

 

9名無し神

>>8

フェイのステータス

・自己暗示により、痛覚、恐怖、他の暗示に絶対的な耐性

・フェイパンチ、スネークアタック

・波風清真流

 

ここまではまぁ、分かる。

 

 

10名無し神

自己暗示による補正も大分可笑しいけどな。まぁ、オレも受け入れて入る

 

 

11名無し神

意味わからないのが……自己暗示により、微かな確率があれば一万回に一回を確実に持ってこれる。つまり→因果捻じ曲げるって意味わからない。

 

 

12名無し神

これ本当なのか? イマイチ信じられない

 

 

13名無し神

俺的にフェイのあれには条件があると思う。アーサーが前言ってた、意識的な威圧ではなく、無意識の時のフェイが一番凄いって。

 

 

14名無し神

フェイの中で、主人公として気分が最高潮の時。極限のギリギリの時。逆境で相手が格上の時とかが条件では?

 

 

15名無し神

なんでこれが出来るん? 

 

 

16名無し神

異常な精神を持っていると、稀にそう言う奇跡を起こすのか?

 

 

17名無し神

……前から思ってたけど、フェイって何者? 誰か細工した?

 

 

18名無し神

してない。したら面白くない。だってさ、そう言う細工して無双させるのは沢山見た。面白かったけど、今はそう言う要素が欲しくない。そうでしょ?

 

 

19名無し神

まぁね。

 

 

20名無し神

フェイはマジで神ですら理解不能。考察なんて意味ないよ。感じるんだ。

 

 

21名無し神

確かにな。よくフェイって生き延びてるよね。正直俺は直ぐに死んで、死んだら、次の世界にまた主人公とか言って転生させれば面白いだろうなって

 

 

22名無し神

それ面白いな。フェイが物語を完結させるor死んだらまた転生させよう

 

 

23名無し神

ちょっと、フェイは私が愛すると決まっているの! フレイヤと結婚√よ!

 

 

24名無し神

いや、フレイヤ、お前一切絡みないやんけ。

 

 

25名無し神

フェイを転生させるならどこ? ゆるふわ系の日常アニメ?

 

 

26名無し神

いや、フェイは鬱の世界でこそ輝く。実は魔法少女とかえぐい感じで死んだりしていしまうノベルゲームがあってだね。現代日本舞台です

 

 

27名無し神

フェイは死なないよ。絶対物語を走り抜けるさ。俺は信じてる

 

 

28名無し神

それよりもフェイはいつ、抱くの? 早く逆夜這いが見たい!!

 

 

29名無し神

それバッカだなゼウス。お前フェイ個人よりもヒロインとの叡智しか興味ないんだな。

 

 

30名無し神

>>29

いやいや、フェイにも一応興味あるよ。ヒロインのスリーサイズの方が興味あるけど

 

 

31名無し神

死んどけ

 

 

32名無し神

考察無駄かもだけど、フェイが抱いている主人公象ってなに? 前からイマイチ分からん。

 

 

33名無し神

フェイの考えを理解しようとするなんて、貴方……傲慢ですね

 

 

34名無し神

ゼウス。お前どう思う? 偶には最高神っぽい事言ってみせてくれよ……

 

 

35名無し神

多分だけど、フェイに明確な主人公象はないと思うな。主人公とはそもそも何かと聞かれたらかなり概念的な物に近い。多種多様な奴がいる。見て来たなら分かるはずだが、フェイはある程度の基準を持っているが絶対的な基準は無いと分かるはずだ。

 

なら、どうしてあれほど迷わず、逆行に負けないのか。眼の前の壁を自分の伏線、イベントだと無理やり自分の主人公のイメージに反映させているんだ。いや、そんな考えにはならないだろって普通思うのを無理矢理に。そして、だからこそフェイの中の基準は進化してるから、フェイ自身でも主人公象ってのが実は分かっていないのかもね。しかもその無理やりなイメージに試練に耐えられる魂が異端すぎる。

 

異端な魂ってのは、異端な結果を引き寄せるものさ。

 

そもそも儂達神がなんでフェイにここまでハマったのか考えてみろって。俺達は何万、何億って色々な奴を見て来た。でも、フェイはこれまでの人間とは全然違うよ。俺達が見た事のない、価値観、信条、未知だから俺達はフェイが面白いって感じるのさ。

 

見届けたい。行く末が楽しみで仕方ない、全く知らない人間の新たなる可能性。俺達、神ですら予想が出来ないから。

 

フェイの理解が出来ない、感じろって言うのはあながち間違いじゃない。フェイ自身でも把握できていない、黄金の魂だからな。

 

――byゼウス

 

 

36名無し神

……いや、かなり良い事言ってるんだろうけど。お前誰だよ?

 

 

37名無し神

ゼウスがこんな真面目なことを言うはずがない。ゼウスを語るお前は一体何神だ?

 

 

38名無し神

いや、ゼウスなんだが

 

 

39名無し神

嘘つけ。ゼウスなわけがない

 

 

40名無し神

信じてもらわなくて良いけど……それよりも、真面目に答えたからユルルちゃんの身長教えて

 

 

41名無し神

ワイ知ってる。151㎝、前回言ったけど、スリーサイズはB93/W57/H84

 

 

 

42名無し神

丁度いい、ユルルちゃんってロり巨乳として丁度いいんだよな。最高だな……

 

 

43名無し神

何だかんだでやっぱりユルルちゃんがヒロインの頂点。

 

 

44名無し神

正直、ユルルはあんまり好きじゃないな。私、処女厨だけど、ユルルは嫌い

 

 

45名無し神

あ? おい、ヘスティアだろ、お前。調子に乗るなよ。お前が今、ヘスティアで居られるのはユルルちゃんのおかげだからな

 

 

46名無し神

は? どういう意味だよ

 

 

47名無し神

ユルルちゃんは生まれる時代が違ったらヘスティアだったから女だからね。ユルルちゃんがお前と同じ時代に生まれてたらユルルちゃんがヘスティアだったという意味だよ。ユルルちゃんが遅く生まれてよかったね

 

 

48名無し神

確かに。ヘスティアって女神にしては大分ヤバい。呼んでない誕生会とか宴会に勝手に参加して飲み食いしてダメ出しとかするし。自分の理想が高すぎるのをお前たちが低すぎとか言うし

 

 

49名無し神

ヘスティア、お前もう、ヘスティアやめろ

 

 

50名無し神

新たなるヘスティアは、ユルルちゃんだ

 

 

51名無し神

確かに、さようなら元ヘスティア。こんにちは、二代目ヘスティアユルルちゃん

 

 

52名無し神

お前らふざけんなよ!! 私の方が美しいよ!! 他の神も何か言え!!

 

 

53名無し神

あ、元ヘスティアの方ですよね?

 

 

54名無し神

どうも、初代ヘスティア様

 

 

55名無し神

ヘスティアはもう終わりだ。

 

 

56名無し神

そうだね。

 

 

57名無し神

う、うぇぇぇぇぇぇん!! なんだよぉぉぉ!! 私はただ、フェイが好きだからユルルに嫉妬してただけなのに!!

 

 

58名無し神

え? ヘスティア、フェイが好きなん?

 

 

59名無し神

そうだよぉぉぉ!! 闇ユルル戦で惚れたんだよぉぉぉ!! だから、同じ処女の癖にフェイに慕われてるのがムカついてたから、悪口言っただけなのに!!!

 

 

60名無し神

へぇ、でも、お前じゃ無理だと思うよ?

 

 

61名無し神

そうそう

 

 

62名無し神

……切れたわ。流石に……決めた。フェイが天界に来たらフェイ私が寝取る

 

 

63名無し神

ふぇ!?

 

 

64名無し神

マジかよ!? お前処女だろ!? テクも何もないだろ!! 落ち着けって!! お前から処女取ったら何が残るんだよ!?

 

 

65名無し神

うるさい!! 勘で行けるんだよ!!

 

 

66名無し神

<速報>ヘスティア、フェイに処女を捧げる決意表明!!

<速報>ヘスティア、フェイに処女を捧げる決意表明!!

<速報>ヘスティア、フェイに処女を捧げる決意表明!!

<速報>ヘスティア、フェイに処女を捧げる決意表明!!

 

 

67名無し神

ま、まぁ、行けるのか? ヘスティア、巨乳で、ユルルちゃんに負けず劣らずの美人だけど……中身がな。初代ヘスティア様はちょっとね

 

 

68名無し神

初代とか言うな!!!

 

 

69名無し神

ヘスティア、逆にフェイに分からせられそう

 

 

70名無し神

と言うか、フェイの全く知らなところでヒロインが量産されているのウケル

 

 

71名無し神

フェイってマジで何人落とすんだよ

 

 

72名無し神

フェイ被害者の会設立希望です。

・フェイに堕とされたのに全く触れられず放置プレイをさせられているヒロインが入会します。

・ヒロイン達はフェイ被害者の会は一度ハマったら抜けることはできません。

・ヤンデレ化したら、非公式でフェイをナイフで刺すことが出来ます

 

現在

 

会員ナンバー1

 

『ヘイミー』

 

平民で凄い美人で死ぬ運命を救って貰ったのに村でずっと放置。これから逆転が出来るのか!?

 

 

 

73名無し神

いいね!

 

 

74名無し神

フェイって、ソシャゲのヒロインの数位、堕としそう

 

 

75名無し神

しかも、本人はかなり無自覚と言う善意。これはいつか刺されるかもしれない

 

 

76名無し神

そう言えば、カクカクとか言う聖騎士もフェイ堕ちしてましたね。

 

 

77名無し神

男性すら、フェイは分からせるからな

 

 

78名無し神

マグナムとか言うジジイもフェイのこと認めてたからな

 

 

79名無し神

フェイって凄い人気者だね

 

 

80名無し神

神すら堕とすから当然。お前らアテナがフェイでいくら稼いだか知ってる? 500兆だってよ。ステッカーとか、マヨネーズとかフェイの写真貼るだけで飛ぶように売れる、転売ヤーも大暴走

 

 

81名無し神

500兆の男、フェイか……

 

 

82名無し神

フェイってそんなに凄いんか? 闇ユルル戦、何回見ても全然面白くないわ

 

闇ユルル戦

一回目視聴『どこが面白いの?』

十回目視聴『どこが面白いの?』

百回目視聴『どこが面白いの?』

千回目視聴『どこが面白いの?』

 

 

83名無し神

滅茶苦茶ハマッテるやないかい!!

 

 

84名無し神

そろそろ振り返ろうぜ。フェイが自由都市に到着していきなり、冒険者達に風評被害をさせたな

 

 

85名無し神

アリスィアちゃん……フェイが駆け出し!? こんなのがゴロゴロいるの!? 自由都市は魔境だったのね!?

 

 

86名無し神

フェイみたいなのがそこら辺に居るわけないやろ笑

 

 

87名無し神

いきなり勘違いさせとる笑 あと最後に出てきた二人組は誰?

 

 

88名無し神

ワイ知ってる、退魔士一家。その末裔の兄弟やね。二人の父親が龍蛇の魔眼ってのを持っていたんだけど、弟子に奪われて殺された。ネットでは姉がめっちゃ可愛くてエロいで有名。ムチムチしてる、太ももとか胸とか

 

 

89名無し神

へへへへ、いいですねー!

 

 

90名無し神

弟の方がアリスィアちゃんの男性版ヒロイン、乙女ゲーの王子枠みたいな奴の一人です。イケメンです

 

 

91名無し神

結局自由都市のダンジョンて何? 他の何が違うの?

 

 

92名無し神

一言で言うと……癌みたいな悪い所

 

 

93名無し神

は?

 

 

94名無し神

これ以上はネタバレだからか、止めておきます。それより、大怪我して血を流しながら笑うフェイって軽くホラーだよね。

 

 

95名無し神

軽くじゃないでしょ。ガッツリホラーだよ

 

 

96名無し神

アリスィアちゃん、早速フェイで頭一杯だからね。男性版ヒロイン頭に一切ない笑

 

 

97名無し神

フェイのキャラ濃すぎるからしょうがない。

 

 

98名無し神

本当に濃いよな

 

 

99名無し神

歴代の英雄たちがちょっと、霞む可能性すらある

 

 

100名無し神

そう言えば……英雄たちの幽霊も最近、フェイに注目してるらしいで?

 

 

◆◆

 

 

1名無しの英雄

最近、新たなる英雄が生まれると聞いて

 

2名無しの英雄

フェイでしょ?

 

3名無しの英雄

神々が五月蠅いだけでは? と思って見てみたら……こいつ、俺達より精神強くね? ってなった。

 

4名無しの英雄

だれ?

 

5名無しの英雄

円卓英雄記とか言うノベルベームに転生した一般人のはず……

 

6名無しの英雄

一般人じゃねぇよ。あれ

 

7名無しの英雄

円卓英雄記? 知らないなぁ。

 

8名無しの英雄

アーサーとトゥルーと言う人物が主人公です

 

9名無しの英雄

アーサーね……やっぱり原点にして頂点の英雄ですよね? 引っ張るハンティングのソシャゲでも人気投票常に上位。やっぱりアーサーは英雄の中でも一つ頭抜けています

 

10名無しの英雄

はい、歴史マウントいりませんよ。本物アーサー。お前直ぐにマウント取ろうとするよね

 

11名無しの英雄

フェイが儂の右腕だったら本能寺で裏切られず、天下取ってたのになぁ……

 

12名無しの英雄

名前がバレバレなんだよ笑 匿名の意味がない

 

13名無しの英雄

フェイの鳩尾に一撃入れて治療するのは気になります。

 

14名無しの英雄

貴方ナイチンゲールですね?

 

15名無しの英雄

それでフェイってどんな感じなの? 俺知らないんだけど……まぁ、どうせ大した事のない奴だろうけど

 

16名無しの英雄

>>15

主人公だと強く思い込んで暗示がかかる

他者の暗示無効、最高クラスの暗示も無効である

主人公だから怪我も普通と思っているから

怪我への恐怖耐性

主人公だから痛みに耐えるのは普通と思っているから

痛覚への耐性

主人公は大抵上手く行くからと思っているから

一万分の一を大事な場面で引ける。

 

注意 一切のチートは貰っていません。噛ませ犬キャラに転生しています

 

17名無しの英雄

>>16

化け物か……? 何言ってるのかよく分からん

 

18名無しの英雄

神々ですら良く分かっていないらしい。フェイ考察班といるらしいで

 

19名無しの英雄

500兆の男でもあるらしい

 

20名無しの英雄

一人で神々の経済を動かした伝説保持者

 

21名無しの英雄

ヘスティアが処女を捧げたいと思っているらしい

 

22名無しの英雄

フレイヤがガチで惚れてるらしい

 

23名無しの英雄

陰キャ神のヘファイストスがガチで番にしたいらしい

 

24名無しの英雄

既に女の何人も堕としているらしい

 

25名無しの英雄

ま、まぁ、まだ俺達の方がう、上だよな? 先輩として、見張ってやりますか……うん。

 

 

 

 

 




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あと、フェイと口調が似ているキャラが居たら教えてください。ボキャブラリーを増やしたいので……活動報告の方で募集をしています


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第五章 駆け出し冒険者編
34話 第六感


『お、おい、大丈夫か!?』

『弟君、直ぐにポーション!』

『あ、あぁ』

 

 

 ピンクの髪の毛に青い眼をした男性とその、男性と姉と思わしき人物がアリスィアの治療を開始する、酷い物だ。アリスィアの腹部には大きな穴が開いており大量に出血をしているのだから。

 

 アリスィアを治療をしているのは兄弟であった。一人はラインと言う名の男性、ピンクの髪に碧眼、顔立ちもかなり整っている。自由都市にはレギオンと言う冒険者同士が組んで設立をした連合のような物が存在する。

 

 

 レギオンを組んで狩場を占領をしたり、資金を調達をしてそこから新たなるビジネスを発展させたり、利害が一致したから互いに守り合ったり、レギオンを組む目的は様々である。

 

 そして、ラインは自由都市最大級、四大レギオンの一つ、『ロメオ』と言う名のレギオンの副団長を務めていた。自由都市内では名の知れた冒険者であり、かなり怖い顔立ち、若干フェイとキャラがかぶってしまっている強面キャラであるが、この都市ではルックスと立場など色んな理由があり女冒険者から絶大な人気を誇っている。

 

 だが、彼はそれを鬱陶しいと思っており、気になる異性などいない。彼は唯一生きている肉親である姉のことしか頭にない、家族として長男として、男として姉を守るために日々力を求めているから……いわゆる。乙女ゲーのキャーキャー言われる王子枠である。

 

 

 そう、つまりはアリスィアの男性版ヒロインなのである。本来ならリザードマンに襲われていたアリスィアをラインと彼の姉で助けてフラグが立つ。

 

 

 

 そして、ラインの姉の名はバーバラ。単純に説明するとラインの姉。どこぞの姉を名乗る不審者とは違って本当の姉である。ピンクの髪と碧眼、優しそうな顔立ちで、スタイルもかなり良く、男なら無意識のうちに目線が下がってしまう程。感極まった顔立ちゆえに余計に。

 

 性格も最高で困っている人は見捨てておけないという善人。

 

 

 ラインとバーバラ、この二人がリザードマンに腹部を刺さされて命の危機であったアリスィアを救助するために急いで側に駆け寄る

 

 

 だったのだが……。そんな結果はない。

 

 

 

 

 一階層に出現するはずのない、そこで現れる敵の強さを優に超えた化け物。二人はリザードマンの雄たけびを聞いて急いでそこへ向かった。そして、どうかそこに駆け出しが居ないで欲しい。

 

 リザードマンを倒せるだけの猛者が居て欲しいと願った。だが、希望は薄いとも思った。リザードマンは頭が効くモンスター、格上に挑んだりはしないから。

 

 倒せる範囲で挑むはず……もしかしたら……最悪の想定をして二人が向かうと……

 

 彼女達の前には異様な光景が広がっていた。駆け出しと見える女の子が恐ろしい物を見るような眼で何かを見て、凄い怯えていた。今まさに灰に変わっていき、消え去りそうなリザードマン。

 

 そして、少女とリザードマンの間で血だらけになり、腕が赤黒く腫れてしまっているのに嗤って居る男。

 

 

((え? どっちが、魔物だっけ……?))

 

 

 二人はフェイとリザードマンを何度も見比べて、迷った。フェイの姿がどうにも魔物みたいな感じに見えたからだ。バーバラが心配そうに化け物? に声をかけた、

 

 

「え、えっと、君……大丈夫? あの、言葉通じるよね?」

「質問が多いな」

「あ、良かった……うん、あの、大丈夫かな? だいぶ……怪我してるけど。今、ポーションで……」

 

 人間だと分かるとバーバラは治癒力が普通のポーションより数段上の上位ポーションをフェイにかける。すると、フェイの赤黒い悪魔のような右腕が人間の状態に戻り、血が出ていた傷も塞がり、ただ血でべっとりと汚れただけのフェイになった。

 

 気まずそうに弟ラインと、フェイとアリスィアと見比べるバーバラ。フェイに驚き過ぎて呆けている外伝主人公アリスィア。そして、アリスィアにちょっと見とれてしまっている男性版ヒロインライン。

 

 そして、全くもって満足そうに不敵に笑うフェイ。

 

 本当ならアリスィアとラインの出会い。そして、互いを意識するきっかけとなるはずであったのに、間に割って入った小松菜のせいでかなりシュールな絵面になってしまった。

 

 

 

「えっと……君達って駆け出しなのかな? あ、自己紹介が遅れたね、私はバーバラ。こっちは弟のラインって言うんだ」

「そうか」

「……あー、私達の名前を聞いてその反応って事は……外から来たばっかりなのかな? 君の名前は何て言うのかな? 答えたくないなら良いけど」

「……フェイ」

「そっか。フェイ君ね。よろしく。ポーションで傷は治したけど血は出っぱなしだから注意してね? 今日は戻った方がいいよ。私達が送って行くから」

「……それには及ばん。己で帰る……」

「あ、そ、そう」

 

(なんか……掴み所のない人に見える……でも、血だらけで嗤ってたし……変な人)

 

 フェイがその場を後にしようと背を向ける。バーバラは隣の弟を見る。いつもなら仏頂面で自身に失礼だったり、冷たい反応をしたりする輩には制裁を加えたりするシスコンが何もしない事に違和感を持ったからだ。

 

 

「……」

「……」

 

 

(ありゃ……これは、ラインにも遂に春が来たのかな?)

 

 

 ずっと。アリスィアから眼を離さない。眼が離せない、それほどまでに彼女は美しかったから。もしかしたら、外伝、乙女ゲーの最初の出会いとしては最高点だったかもしれない。無傷でイケメンと美女が見つめ合うような状況は何かが始まるような予兆であるのだから。

 

 ここから本当は始まるはずだった。

 

 

 小松菜が余計な事をしなければ。

 

 

(あれ? この女の子、ずっとどこ見てるの? ラインと見つめ合ってるようで全然違うところ見てない? もうなんか、瞳何も写してないんだけど……だ、大丈夫? 君?)

 

 

 バーバラが思考を巡らせていると背を向けているフェイが一言呟いた。

 

 

「ポーションの件は……手間をかけた。いずれ、報いよう」

「気にしないでいいよ。冒険者は助け合いってやつだよ」

「……そういうものか。ここには疎い……その言葉覚えておこう」

 

 

 それだけ言って彼はクールに去る。そして、フラフラとフェイの後をつけるアリスィア。本当にあの子は大丈夫なのだろうかと心配にバーバラはなってしまった。

 

(フェイって言うんだ……ちょっとラインと雰囲気は似てるかも。大怪我するところとか、無鉄砲な感じとか……あ! 駆け出しか、色々心配だな)

 

 

「君達ー! この都市は意外と物騒だから気を付けて! 夜は深くならないうちに宿屋とかに行くんだよ!」

 

 

大声で彼女は二人に言った。どちらも特に反応はしない。だが、フェイはその話を聞いていた。そんな気がした。

 

 

「大丈夫かな。あの二人。随分ここに疎いようだけど……もう、ライン! 呆けすぎだよ!」

「え? あ、あぁ……すまんな。つい」

「あの金髪の子がかわいくて見惚れてたのは分かるけど、あんまりジロジロ見ると嫌われるよ」

「な! 俺はそんなつもりはない!」

「あー、はいはい。そうだねー」

「おい、バーバラ俺を馬鹿に――」

 

 

仲睦まじそうに兄弟はダンジョンの出口に向かって歩き始めた。

 

 

◆◆

 

 

 

 深い深い夜。辺りは真っ暗であった。だが、月明かりと深い深い夜になってもどんちゃん騒ぎをして朝まで飲んだくれようとする冒険者達のはしゃぎ声が聞こえている。

 

 

「がははあ!!」

「もう、無理俺……おぇぇぇぇ」

「うわぁ、吐いたぞ!!」

「はははは!!」

 

 

 楽しそうに笑って居る。酒を飲んで気分が良さそうに、楽しそうに娯楽を味わっている。酒が疲れた体に染みわたる。いくらでも飲めると思うが、気づくと酒に呑まれて嘔吐をしてしまう。

 

 何度も何度も止められない。酒とは、娯楽とはそう言う物だ。冒険者にとって薬であって、癒しである。

 

 だが、無制限に飲み続けられるわけではない。

 

「おれ、もう無理……流石に、帰るわ」

「え?! まじかよ!」

「流石に無理だわ……宿屋に、戻る……明日もダンジョンに潜らないといけないしな」

「そうか、体大事にな」

「明日も頑張れよ!」

 

 

 仲間達にそう言われて一人の男が席を立つ。そして、騒がしい明るい酒場を去っていく。急になんだか寒くなって行く気がした。確かに今は寒い季節だ。だが。もっと違う、何かが凍るような、身が何かを案じているような。

 

 

 そんな訳はないと男は歩く、酔いが回っているから変な事を考えてしまっているのだろうと、赤い顔で歩く。

 

 

 宿屋まであと少し……あと少しで眠れる。寝て、明日も頑張ろう。と思いかけたその時、違和感が襲ってきた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 誰かが、何かが彼の眼の前に立っていた。大きな大きな、まるで畑にあるカカシのような何かが嗤って居た。楽しそうにこちらに手を振っている。

 

 酔っているから姿があまり良く見えない。だが、恐らく男性、背丈は二メートルほど、そして、肩幅は割と細い。

 

 

 幻覚だろう、こんな時間に、こんな場所であんな大きな男が自分に手を振るはずがない。

 

 

 そう思って幻覚を通り過ぎようとする。だが、近づけば近づくほどに、酔いは冷めて行った。意識が戻って行った。

 

 ダンジョン仲間が自分が傷ついたとき時折感じる血の匂い。冒険者には血の気の多い物が多いから地上で感じる鉄のような独特な香り。それを鮮明に感じた。

 

 

 匂い、嗅覚で。そして、眼が異常を捉えた。確かに居る。デカい大男がそこに居る。そして、彼の手には、人間の手が握られている。真っ赤な血が垂れている。

 

 

「ヒぇ……」

 

 

 思わず、そんな子供のような声を漏らす。あれは一体だれの手だろうか。完全意識は覚醒した、なのに、体がうまく酒のせいで動かない。体が……上手く?

 

 男は混乱した、体がいつの間にか動かない。

 

 

「え……?」

 

 

 

 そして、見てしまった。自分の肘から先がない事に……あの男が持っている腕は……

 

 

「あ、あぁああ」

 

 

 助けを呼ぼうと大声を出した。自由都市には沢山の冒険者がいる、ここで大声を出したらきっと誰かがと淡い期待を持っていた。

 

 

「た、助けてくれぇぇぇ!!!!」

 

 

 だが、誰も来ない、まるで隔離されている空間の中に居て声が響かないように。

 

 

「人払いの結界張っているからさ。誰も寄ってこないし、君の声は聞こえないんだ! 残念!」

 

 

 楽しそうに無邪気な声で眼の前の男は嗤っている。そして、両足ともう片方の腕を剣で切り裂いた、血がどんどん垂れていく。大声を出して何度も助けを呼んだが意味はない。男の叫び声を笑いながら聞いて、飽きたのか次の瞬間喉を短剣で潰した。

 

 そして、今まさに刺された男は異様さに気付いた、恐怖で気付かなかったが

 

 

――どこも、痛くない

 

 

「あぁ、やっぱり死ぬ間際の人間を見るのは良いよね……僕は優しいから痛みを感じさせないで殺すことにしてるんだ。君は幸せ者だぜ。だって、本当ならもっと遊んでから殺すのに、今日は酒を飲んでいい気分だからあっさり殺されるんだから。死ぬのは怖いだろう、でも、どうせ死ぬんだからいつ死んでも変わりない。僕も割とこの趣味が良くないって事は知っているのさ、だから、痛みを感じさせない。女を殺すときはね、四肢をもいだりした後に犯してから殺す。あとは普通に犯してから殺すかな?」

 

 

 痛みがない。何故か先ほどまであった血の匂いもしない。感覚もない。聴覚だけが微かに働いてた。

 

 

 

「僕は今更、どうあがいても罪人でね。クズなんだ、だから、好き勝手やっても地獄なのは変わりないからこういう事をしてるんだ。あぁ、なんでこんな事を話すのか気になるって? それはね、慈悲さ。殺される相手の事を最後に知って欲しかったのさ」

 

 

 ケタケタと話して嗤う。聞いても居ない事を話してケタケタ微笑んで、そして、その男が額に手を置いた。だが、感覚がない。置かれたのは視覚で分かるのに。あと分かることは喉を刺された事で口内に血の味がする事だけ。

 

 恐怖だった。これが死んでしまうという事なのか。奪われて消えていく、己が。

 

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

 

 

「……ねぇ、もう聞こえないだろう?」

 

 

 何かを言っている、だが、何も聞こえない。そして、視界が真っ暗になった。何も見えない、感じない。匂いもしない、聞こえない、舌で味わった最後の血の味も消えた。

 

 さっきまで仲間と眼を合わせて、肩を叩きあって、酒の香りがして、激励をしあって、血の味があったのに。

 

 

 真っ暗、何もない。もう、どうすることもなく、出来なくて、恐怖だけが男に残ってしまった。

 

 

 どこ、どこ、どこ、どこ、ここは……どこなのか、もう、それも消えていく。気付いたら、いや、そんな動作を感じる前に。

 

 もう、何もなくなった。

 

 

 そこには、心臓に短剣を刺された男が横たわっていた。四肢がもがれて、喉を潰されて、眼もえぐり取られて。人の形をしてない、むごいむごい姿でその男は翌日の朝、発見された。

 

 

 

◆◆

 

二日目 『光の同期』

 

円卓英雄記、外伝主人公であるアリスィアは宿屋で目を覚ます。美しい金髪が寝癖であらゆる箇所はねていた。

 

 

そして、同じように美しい彼女の顔、その目元には寝不足により大きなくまが出来ていた。初ダンジョンと言う事で疲れはかなり溜まっていた、初めての町並みを感じて、自由都市までの道のりも楽なものではなかった。

 

 

疲れがたまっているのなら深く眠りについてしまう物なのに彼女は寝れなかった。眠るとあの、血だらけで黒い右腕の悪魔が夢に出てくるからだ。何度も何度も、寝ては現れ寝ては現れ。

 

そんなんで眠れるわけがない。

 

 

 

「このままじゃ……一生、ちゃんと寝れる日がこないかも……」

 

 

 

 ベッドの上で彼女はそうつぶやいた。もしかしたら、安眠なんてこのままできなくなってしまうかもしれないという恐怖が湧いてきた。

 

 

「落ち着いて。アリスィア。貴方は出来る子、凄い子、才能ある子よ。誰よりも認められる存在になるんだから。あんな駆け出しにビビっていてはダメよ。克服するのよ。あの悪魔を」

 

 

 自分自身に暗示をかけるように呟いて彼女はベッドから起き上がる。身だしなみを整えて、彼女は宿を出る。

 

 

(……あの鬼みたいな悪魔を克服出来たら私は、もっと高みに行ける気がする。と言うか、克服しないと夜眠れなくなりそうだから何としても克服するんだけど)

 

 

(アイツ何処かしら? 同じ宿に泊まっているのは分かってるけど。宿屋の人にもうここを出て行ったのか、それともまだ起きてきていないのか聞いてみよ)

 

 

 アリスィアが宿屋の受付に居たおばあちゃんに声をかける。何だか、老婆は元気がなさそうな、怯えるような表情であった。

 

「あの、目つきの悪い男のどこに居るのか知らないかしら?」

「あぁ、あの子ね……朝早く出て行ったけど……」

「そ……もう出たのね」

「アンタ、気を付けなよ」

「え?」

「今朝、むごい姿で冒険者が殺されていたんだからさ。今、外は大騒ぎだよ」

「そう、なんだ……」

「今まであんな死体がダンジョン外で見つかる事なんて無かったからね。外の空気は最悪さ……アンタみたいな最近来た子はあらぬ疑いをかけられるから気を付けな」

「……そう。情報感謝するわ」

 

 

アリスィアは老婆にそう告げて、宿屋を出た。日差しが眩しい、熱い太陽で照らされているはずなのに、空気が濁っているような気がした。

 

誰もが誰かを疑っているような。そんな気持ちの悪い場所。

 

 

フェイを探して、外を彼女は歩く。自分自身にも疑いの視線が向いていることに気付く。気にしないように装うが、ついついチラチラと疑う方の奴らを見て、目を逸らすを繰り返す。

 

これではまるで自分が犯人だと言っているような物だと感じてしまうが、その行動を自制は出来なかった。

 

 

嫌な空気な都市、一体全体、フェイはどう思っているのだろうか。

 

 

彼女は気になって探し続ける。

 

「あ……」

 

 

そして、見つけた。黒い髪の男の背中を。周りの眼を気にする事もなく真っすぐダンジョンのある方向へ進んでいく。

 

急いでフェイの元へ彼女は駆け寄った。

 

「……おはよう」

「……貴様か」

「貴様!? ちょっと、失礼じゃない!?」

「そんなことはどうでもいい。それで、何の用だ?」

「……え、あ、その……」

 

 

 

(ちょっと、空気悪くて、一人じゃ流石にメンタル的にきついからって言っても良いのかしら……)

 

 

 フェイの鷹のような鋭い眼線を向けられると凛としていた姿崩れてしまう。ちょっと、寂しいからと言いだせるほどの勇気は持っていない。そして、それを言えば弱い自分に呑まれてしまうから言うわけにもいかない。

 

 だから、彼女は虚勢を張ることにした。

 

「そ、そんなの、一人でボッチなアンタに声をかけてやっただけよ!」

「……俺はソロを貫くつもりだ。だから、いらん世話だな」

 

 

 眼をくれずにフェイはダンジョンの方に向かってく。彼女は気付いた、フェイが自分のように周りを一切気にしていないと。

 

 周りがフェイを疑っても、フェイは周りを疑わない。殺人の事を知らないのではないかと思うほどだ。だが、自由都市でこれほどまでに空気が荒んでいるのに何も感じない訳が無い。

 

 かなりの大事件なのだ、知らない訳が無い。昨日と今日の自由都市は全く違うと言っても過言ではない。

 

 

 にも関わらず、(フェイ)だけは昨日の自由都市に居るのではないか、感情がないのではないかと勘ぐってしまう程、それほどまでに彼は乱れていない。

 

 

(……こいつ、自分しか見てないのね)

 

 

 彼女はそう結論付けた。誰かを基準に眼の前の男(フェイ)は生きていない。浮世離れ、とでも言えば良いのだろうか。世間から、世界から隔離されているような疎外感を感じた。

 

 

 自分は誰かに認めてもらいたい。誰かに褒められたい。良いように見られたい。ちやほやされたい。そんな心持をしている。

 

 

 対極。

 

 

 アリスィアとフェイの在り方は全く違うものであった。

 

 だから、気になった。自分と全く違う様、信念も歩いてきた道も何もかも違う彼が一体どんな人物なのか。ただの悪魔のような鬼のような男なのか。知りたくなった。

 

 去り行くフェイに歩幅を合わせる。

 

「待ちなさいよ」

「まだ、何かあるのか」

「……一回しかい言わないからね! しょうがないから、パーティー組んであげるわ!」

「……いらん」

「いらん!? ちょっと! 私に向かって! 未来の英雄に向かって失礼よ!」

「……」

「ちょ、無視するな!」

 

 

 

(あれ、何だか……私、初めて……こんな本音出せたかも……)

 

 

(こいつ、私と同じで結構言いたいこと言うタイプだからかしら?)

 

 

「ふん、アンタが無視しても、無理にでもついていくからね!」

「……」

「……」

 

 

フェイにずっと無視されたままアリスィアは彼の隣に居座った。もしかしたら二人の姿は兄に甘えようとする妹に見えるのかもしれない。

 

 

 

◆◆

 

 

 アリスィアがフェイをストーカーをして、もとい二人が一緒にダンジョンに潜っている。

 

 目のまえには三体のゴブリン。

 

「そらそらそら!!」

 

 

 アリスィアから火と水と風の弾丸が生成されて、魔物に打ち込まれる。星元操作もさることながら、魔術適正も常人を遥かに超えている。

 

 二階層への道を今日は見つけて、ゴブリンを大きくしたような巨大な緑の生物、オークが現れる。

 

「おらおらおら!!!」

 

 

 土の波で埋めて、拳を彼女は握る、それに連動するように土が動いてオークは握り潰されたように土に圧迫され絶命した。

 

 

「……」

 

 

 フェイが特に何も言わずに無言で彼女の姿を見ている。アリスィアはフェイの視線に気づいて得意げな顔をして胸を張る。二つの山が綺麗に服に形を作った。

 

 

「どうどうどう? 私、魔術適正全部持ってるの。凄いでしょ? 流石でしょ? 天才でしょ?」

「……そうか」

「そうかって。アンタそればっかりじゃない!」

 

 

 フェイは未だに特に反応を示さない。フェイが一向に自分を認めてくれないので彼女はイライラしていた。

 

 二階層で魔物を倒して、時間が経過していく。フェイは刀で切って切ってを繰り返す。アリスィアも己を鍛えるために魔術と剣で倒していく。

 

 

「ふー、ねぇ、今日はこんなもんでいいと思わない?」

「……俺はまだここに居る」

「あっそ……」

 

 

(食事でも誘おうと思ったけど……どうせ、興味ないとか言うんだろうな。はぁ、こいつ何考えているのか全然分からないわね)

 

 

 フェイに視線を向け続ける彼女。どこぞの金髪主人公のようにフェイを理解なんてそう簡単にできない。

 

 

(一人で帰るのもなぁ……なんか嫌な感じだし……もうちょっと、一緒に居ようかな……!?)

 

 

 そう思いかけた時、ドゴォんと大きな土を抉るような大きな音が階層に響いた。二階層は一階層とは違い、特に入り組んだ道はない。ずっと平野のようでそこにダンジョンが湧く。

 

 大きな大きな部屋のような場所。そこ一杯に響いた音。何かが、来た。居る。そう彼女は感じ取って急いで戦闘のスイッチを入れる、先ほどまで余裕で倒せた敵とはわけが違う。

 

 一体全体、何が来るのか。ごくりと唾を飲んだ、緊張感が高まってく。大きく上がっている土煙の方向を目視ていると……そこから何かが近づいてくるのが分かった。魔物のようには見えなかった。

 

 微かな影はまるで人のように小さい。

 

 

「あら? あらあらあら? 貴方様は……フェイ様ではなくて」

 

 

 そこに居たのは綺麗な金髪をポニーテールに結わいている美女、血のような紅蓮の色の眼。スタイルもアリスィアと同等以上のものであった。

 

 

 上品な声がフェイに近づいて行く。彼女はアリスィアになんて一切の興味はなかった。

 

 

「……モードレッド」

「あら、覚えていてくれてただなんて、ワタクシ感激ですわ♪ お久しぶりですわね、フェイ様♪」

 

 

 以前、ポイントタウン領、その地下施設でフェイと激戦を繰り広げたモードレッドが何の因果か再びフェイの前に現れた。

 

 

「誰? 知り合い?」

「……以前にな」

「以前より、格段に強くなられているようでワタクシ、たぎってしまいますわ♪ 今ここで貴方様と闘争を繰り広げたい所ですが……申し訳ありません。フェイ様、それはまた次の機会に」

「……」

「うふふ、あぁ、本当に勿体ない♪ フェイ様の熱い視線、火傷しそうな闘気を味見できないだなんて、フェイ様はワタクシと再戦がしたくて堪らないのですわね♪ 本当に残念♪」

「以前の屈辱は忘れていない。ここで、晴らしてもいいが……貴様にはその気は無いか……」

「えぇ、ワタクシがここに来た理由を果たさぬ限り、貴方様とぶつかることはできませんわ」

「……そうか。ならいい、万全で心の底からお前を叩き潰せるときに潰すとしよう」

「――ッ。あぁ、いいですわ♪、 やっぱりフェイ様はワタクシの運命の人♪」」

 

 

 焦がれたように、息をはぁはぁと興奮したように吐いて、恍惚な表情でフェイを見ているモードレッド。それを見てアリスィアは引いていた。

 

 

(え? 素で引く……何なのコイツ……)

 

 

 

「丁度いいですわ。フェイ様、今朝から色々と騒ぎになっている殺人について何か知っていることはありませんこと? ワタクシ、その犯人を殺すためにここに来ましたの」

「……何も知らん」

「そうですか……」

 

モードレッドの言葉はアリスィアにとって聞き流せない情報であった。

 

(こいつ、あの事件の犯人と関係があるの?)

 

 

(もし、私が皆が知らない情報をゲットして、犯人を捕まえたら……皆に認めてもらえるかもしれない。そうよ! 朝は都市内のあの重い空気感が嫌でコイツを探してダンジョン逃げるように来ちゃったけど、犯人を捕まえたら一躍ヒーローじゃない!)

 

 

 アリスィアが気になってモードレッドに問を投げかけた。

 

「ねぇ、アンタ……犯人と知り合いなの?」

「……ん? あら、フェイ様以外に人が居たなんて……一体どこからいらしたの?」

「ずっと居たわよ!」

「あらあらあら、全然気づませんでしたわ。ワタクシ、フェイ様以外を見ていませんでしたの。それで、犯人と知り合いか? と言う問いですが……まぁ、その通りですわ」

「どんな関係性?」

「何故そんなことを?」

「放っておけないでしょ。人が死んでるんだから、知っているなら教えなさい」

 

それも彼女の中にある微かな本音であった。トゥルーと同じで彼女にも正義感が存在している。承認欲求が強い彼女だが、根っこの部分は善なのだ。それによって酷い目に合うのが彼女なのだが。

 

「はぁ……言っても分からないと思いますが……そうですわね。『光の同期』と言う関係性ですわね」

「光の同期……? なにそれ?」

「そうですわね……話すと長くなりますが……いや、今のは忘れてくださいまし。気軽に話すような事でもないですわ。それに貴方、余計な事に首を突っ込みそうな顔していらっしゃいますし」

「……どんな顔よ!」

「そう言う顔ですわ……さてさて、ワタクシは殺人犯を虱潰しにダンジョンを探しますわ。フェイ様、お気を付けくださいまし。ワタクシの知り合いは……中々の面倒臭い男ですので。夜になったら動き出すことが多いですので早めに宿にお戻りになることを進めときますわ」

「……」

「では」

 

 

 

それだけ言って彼女は二人を通り過ぎていってしまった。これは本来ならモードレッドとアリスィアが出会って、少しだけ話をするイベント。微かに出てきた『光の同期』これが犯人だと知る彼女。

 

関わらない方が良いと言われたが、アリスィアと善意と利己の願いが悲劇への片道切符を作ってしまう序章であるイベント。

 

 

――そして、運命とは皮肉であり、悲劇への片道切符が生成された

 

 

(夜になったら動き出す……なら、夜に自由都市内を見張ってやるわ!)

 

 

 

彼女はそれを辿ってしまう。悲劇への片道切符で電車に乗ってしまう。

 

 

 

(――これ、主人公である俺のイベントだよね? 知ってました。だから、犯人がどこに居るのか、ずっとダンジョン内を細かく探していたんだけど……そうか、夜に動き出すのか。夜は都市の警備隊になります。だが、一応、それまでダンジョン内を綿密に探そう)

 

 

 

そして、とある男もパスポートを発行した。新幹線で鬱を駆け抜ける。

 

 

 

◆◆

 

 

 

フェイは夜遅くまでダンジョンに潜り続けた。まるで何かを探しているかのように。時間と言う感覚が分からなくなるほどに、鬼気迫るフェイの姿にアリスィアは何も言えなかった。

 

そして、夜遅く。遂に二人はダンジョンを出た。

 

「アンタ、遅すぎなのよ! やりすぎよ! 訓練馬鹿!」

「文句を言うなら勝手に帰っていればよかっただろう」

「だ、だって……アンタの頑張る姿見てたらそんな事言えるわけ……ち、違くて、その、何か言えなかったの!」

 

 

夜遅く。二人はダンジョンを出て、ギルドを出た。外は真っ暗で静まり返っている。昨日の殺人もあってか、飲み食いしてどんちゃん騒ぎの音も聞こえない。

 

「さてと、ほら、アンタは帰りなさいよ」

「……俺はこのまま自由都市内を回る」

「はぁ!? 何言ってるの!? あの、モードレッドとか言う奴が、今自由都市内に殺人犯が居てそれは夜動き出す可能性が高いって言ってたじゃない!!」

「だからだ。俺が捕まえる」

「……止めはしないけど」

 

 

(私も、一緒に行こうかな、一人だとちょっと怖かったし)

 

 

「君達!」

「え、あ、はい?」

「こんな時間に何をしているんだ! 早く宿屋に戻りなさい! 殺人があったのを知らないのか!?」

「え、えと、その」

「カップルが肝試しをしていると見たが、命を大事にしなさい!」

「いや、カップルじゃないわよ!」

 

 

いきなり話しかけてきた鎧をまとった男。髭が生えており、正義感が強そうだった。

 

 

「俺達が朝から、自由都市内を見回っているのは知っているだろう。まだ、犯人は捕まっていないんだ……ここだけの話、他にも死体が見つかった。捜索隊が何人か殺されたらしい」

「うそ……」

「大手レギオンから何人かが捜索隊に組まれていたのにだ……今回の相手はヤバい。こんなことを言いたくはないが他にも死者は出るだろう……その枠に入らないように君たちは早く宿に戻りなさい。目立つような事をせずに、ひっそりと事態が収束するのを待つのが賢明だ」

「……はい」

「そうか、なら、私はこれで」

 

 

そう言ってランタンで暗闇を照らしながら男は、もう一人の捜索隊員と合流して去って行った。

 

 

「これ以上、犠牲は出せないわ。私も何かしないと……アンタは? って聞くまでもなさそうね」

「俺は俺の為に、その男を見つける」

 

 

(なんとしても、捕まえてやる。私が……)

 

 

 

二人が自由都市内を歩き始めた。かなりの数の捜索隊員が居るが、大手のレギオンメンバーが死んで、更に自身の命の保身。そしてレギオンの人員が失われるのを避けるという理由もあってどうしても、監視の穴が出来る。

 

だが、それでも未だに見つけられなのはおかしい事だった。この都市の冒険者は雑魚ではない。歴戦の戦士たちも今回捜索隊として参加している。

 

 

一向に見つけられない未知の相手。

 

 

 

「ねぇ、ここら辺、ちょっと手薄な感じがしない?」

「そうだな。多く人が住むところを中心に回らざるを得ないからだろう」

 

 

 

冷たい風が吹き抜ける。人の声なんて何も聞こえない。家が多少並んでいるが明かりもあまりなくて薄暗くて不気味であった。アリスィアとフェイがすたすたと歩き続ける。

 

そして、違和感に気付いた。人の音が一切聞こえないからだ。音が何もない、風も気付いたら消えていた。

 

 

まるでいきなり、知らない世界に放り込まれたようだった。だが、町並みはそのまま。

 

 

あれ? と彼女が目を凝らす。眼の先に大きなカカシのような何かがあったから。

 

 

「早々に来たか」

「まぁ、目立つように歩いていたからね」

「俺がやる」

「いえ、私がやるわ」

 

 

眼の前のカカシが二人に襲い掛かる、クツクツとカカシのような男は笑って居た。

 

 

「ッ……」

 

 

アリスィアにとってそれは初めての強烈な殺意だった。本当の狂人、自分よりも格上の殺意。それで彼女は手と足が震え始めた。自分の許容量を大幅に超えてしまっている化け物が眼の前に居る。

 

 

 

「え、あ、え、ああ……」

「下がっていろ、お前には荷が重い」

「あれ? 助けを呼ばないの? 大声とか出せばだれか来るかもよ?」

「お前など俺一人で十分だ。助けはいらん」

「へぇ……まぁいいけど。どっちにしろ、人払いの結界張ってるから、無意味だし。それにしてもそっちの女の子可愛いね? あと、男の君もカッコいい! 二人はギルドから依頼された警備隊なの?」

「違う」

「へぇ、ボランティアね。優しいんだ、いいね! じゃあ君は優しく殺そう。まぁ、警備隊も好きだから優しく殺すんだ。僕はさ優しい子で善意に溢れるのが好きなんだ。楽しいからね、ほら、血眼になって僕を探してくれてさ、追われているゲームをやりながら僕は更に人を殺せる。これって、最高だろう?」

「……」

「まぁ、大手レギオン総出と遊びたいけど……あんまり出てこないんだよね、アイツらさ、やっぱり派閥争い? 人員が減るのが嫌だとかさ、悪人だよね。あ、どうしてこんなに話しているのか気になった? それはね、僕は優しいから事前に自分の事を相手に話しておくんだ、殺される相手を知って欲しいんだ」

「……」

「あとね、ここは特殊な結界の中なんだ。声も外には響かない。そして、誰も寄ってはこない、まぁ、暗示みたいな感じ? 凄いでしょ? かなり凄い結界なんだ、まぁ、くっつけられて得た能力なんだけど……」

 

 

話に飽きたのか、フェイが刀で斬りかかる、そしてそれを男は剣でしのいだ。

 

「あ、僕の名前はね、カイルだよ! よろしく!」

「……」

「無視するなんて、君は悪人だ! 僕は君を許さないぞ!」

 

 

カイルの剣が振るう。サイコパスのような意味不明で理解が出来ないような話をしていたにもかかわらず太刀筋は見事な物であった。

 

「君は……痛みありで全身バラバラの刑だな! その後、拷問のフルコース!」

「……」

「……あれ?」

 

 

剣がフェイの肌に届かない。刀で全て流される。それどころかカウンターを叩きこまれそうになって一歩下がってしまう程。

 

「ん? 君……未来でも見えてるのかな? それとも……知ってるのかな? この記憶の剣」

「……」

「んー、同期か、後輩か、それとも先輩なのか、魔眼持ちか、どれとも違うのか。知らないけど……面倒だね」

 

 

フェイの脳内にはアーサーの剣舞があった。あっちの方が何倍も綺麗で鋭かった。だから、カイルの剣など大した問題でもない。

 

 

「ちょっと面倒だな。君……でも、身体強化自体はそこまでだね。僕なら上からでも叩ける、それに、僕、どちらかと言うと魔術の方が得意なんだ! 先に言っておくよ、僕の手が君に触れたらゲームセット。僕は相手に触れることで五感を奪えるんだ! さっき言い忘れてたよ!」

 

 

そう言って地面に手をついた。フェイの足元の地から巨大な棘のような何かがたくさん生えてフェイに襲い掛かる。避けられないと、右足に全力の星元を解き放って離脱する。後ろのアリスィアを守るように何かあれば彼女を庇える位置にフェイは飛ぶ。

 

 

 

「足が痛そう! 可哀そう! 今楽にするからね!」

「っち」

 

 

赤黒く腫れてしまった右足を狙われて再び地面から鋭利な棘が噴き出る。右手で全部切るが庇いきれず、血が滴り落ちる。

 

 

そして、アリスィアはそれを見ても恐怖で足を震わせていた。彼女に向かっても土の棘が向かって行く。フェイは舌打ちをしながら彼女を庇うために、左足に全力の星元を込めて飛びながら、棘を斬る。

 

 

 

「……ご、ごめんなさい」

「っち……それより」

「っ!? う、後ろ!」

 

だが、そのすきを突かれて右手で喉に触れられた。振り返りと同時にフェイの意識は深くへ沈んだ……いや、沈んではいない。意識はあるが何も感じないだけだ。

 

 

「あ、あぁ」

「あーあ、君を庇わなければ勝てたのかも? それとも僕達を二人きりにしてくれるための処置かな? それよりさ、ねぇねぇ、君可愛いね! 僕の好みなんだ! ちょっと交わろうよ! 大丈夫五感は消してからやるから痛みとか無いから! その後は安らかな眠りをプレゼント!」

「え、あぁ、や、やめて」

 

 

彼女は恐怖で動けない。

 

 

狂人は彼女に寄った。彼は自身を善人だと思っている。死ぬ前にどんな相手に殺されるのか事細かに説明し、そして、五感を奪ってから痛みが無いように殺すのが流儀でそれが優しさであると感じている。

 

だが、矛盾するように平気で腕を切ってから痛覚を戻して、悲鳴を上げさせたり自分本位な行いをずっとしている。それにもかかわらず自分は優しいと感じている。言っている事を何一つ守れていない狂人。

 

 

このまま、五感を奪われて彼女は陵辱され、そして五感を戻されてからも陵辱を受ける。その後、モードレッドが助けに入り、命は助かるが心身に多大なダメージを受ける。

 

 

そして、モードレッドも助けた後は特に干渉もしない、そこへ捜索隊に参加していたラインが駆けつけて何とか保護されるというのが本来の事の顛末だ

 

 

狂いすぎている感覚を持っている狂人が彼女に近づいて行く。

 

 

フェイは五感を奪われ、目の焦点が合っていない。これが、人生の終着点になるような恐怖をアリスィアは感じていた。

 

だが……

 

 

 

 

◆◆

 

 自由都市二日目の俺! これまでの三つの出来事!

 

 

 一つ、朝、殺人犯の噂を聞いて殺された人の無念を晴らし、自身のイベント消化の為にダンジョンを探索!

 

 

 二つ、ダンジョンでモードレッドと再会。夜に殺人犯が動き出すらしいという情報を聞いた俺はアリスィアと夜の自由都市を探索する!

 

 

 そして、三つ、アリスィアを庇ったせいで俺の五感が奪われてしまった!

 

 

 

 はい。今三つ目ですね。ふーん、へぇ、これが五感を奪われるって感覚なのか。へぇー。

 

 

 特に普通じゃない? ただ、眼が見えなくて、匂いがしなくて、音も聞こえなくて、感覚も無くて、味もしないって事を除いたら割と普通だよね。

 

 レレだって、眼が見えなくてもめげずに頑張っている。でも、それって普通だよね? 何が欠けているように見えてもそれが本当に欠けているのか、欠点なのか決めるのは周りじゃなくてさ。俺なんだよ。これくらいで主人公の俺が値を上げるわけないよね?

 

 それにしてもさ、あのカイルって言ったっけ? 聞いてもいないのにペラペラずっと話してたな。アイツはあれだな。最初は狂人かと思ったけど……

 

 

 居るんだよ、少年漫画でさ。

 

 

 自分の能力をわざわざ説明して弱点を突かせてしまって死んでしまう敵枠がさ。はいはい主人公である俺には全部分かっています。馬鹿だね、五感を奪うなんて能力を暴露するなんて。

 

 それが分かったら攻略は簡単だよ。

 

 

 知ってるかい? 人間の五感には六つ目があるんだぜ?

 

 今の俺に感覚はない、でも俺は信じている、主人公である俺は刀を絶対に手放したりしないと。俺は知っている。油断した敵が眼の前に居ることを。

 

 

 

 なら、後は魂で、直感で動けばいい。至極簡単な答えだ。

 

 

 五感が奪われたら第六感で動けばいいじゃない。

 

 

 大丈夫だ、俺の魂が死んでいない、そこに居るんだ。体を動け、そして……

 

 

 そいつを斬れ

 

 

 

◆◆

 

 

 

 恐怖で顔が歪んで涙が溢れていたアリスィアの顔が別の意味で驚愕に染まった。

 

「へ……?」

 

 

 アリスィアが理解が出来ない声を絞り出す。カイルと名乗った大男の右腕が宙を舞って、次に左腕そして、腹部を斬られた。

 

 

 フェイによって。

 

 

「ががぁあぁ!! い、だぁいい!! なんで、五感を!!」

「……」

「はぁあ!? 意味わからない!!! なんでだよ!!」

 

 

 次の瞬間再び目を閉じたフェイが切る素振りをしたから、慌てて下がりつつ土の棘を魔術で放つ、フェイの腹部に刺さって血が落ちる。

 

 

「あぁっぁぁあああああああああああ!!!! 腕ガァァぁ!!」

 

 

 両腕が無くなった。手の平で触れなければ五感を奪う事も出来ない。自分自身もそれは例外でもない。

 

「があがああ!! なんだよぉっぉ!! お前!!」

「アンタ……」

 

 

 

(嘘でしょ……コイツ……第六感で動いたって言うの……信じられない)

 

 

 

 もしかして、あの五感を奪うという能力自体が嘘であったのかもしれないと彼女は思ってしまう。だが、それはあり得ないと彼女は考えを変えた。

 

 

 なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 両腕と腹部から大量の出血をしてしまったカイルが地面に沈む。痛みと疲労、倦怠感、もう、体が立てるほどの体力を残していない。

 

 

 

「お見事ですわ♪」

「あ、アンタ」

「あら? いらしたのですわね?」

 

 

 アリスィアがへなへなと恐怖から解放されて座り込んでしまったその後すぐにモードレッドが焦がれた笑顔で現れた。

 

 

「あ、アンタ……どうしてここに?」

「どうしてって……あのノミクズを殺す為ですわ。先ほど、そのように教えたではありませんこと?」

「……もしかして、今まで見てたの?」

「いえいえ。丁度、今、着きましたの♪ ですが、状況は大体察していますわ♪」

 

 

 モードレッドはえらく上機嫌であった。興奮していた、両肩を自身の手でさすってはぁはぁと息を漏らして、恍惚な表情で喘いでいる。

 

 アリスィアは素で引いた、眼の前に訳の分からないモードレッド、両腕が取れて地面に沈んで絶叫を上げているカイルというクズ。そして、ボロボロになった両足を引きずりながら、空想の敵と戦っているのか嗤いながら刀を振るっている悪魔鬼(フェイ)

 

 

 一言で表すとするのであれば混沌(カオス)。それであった。

 

 

「さてと、そちらのノミを排除いたすことにしますわね」

「お前!! モードレッド!! そいつを殺せ! そして僕を助けろ! 同郷の人間だろ!!」

「お久しぶりですわね。そして、相変わらず自分の事ばかり話して……気に入りませんわね。そんなんで善人を名乗るなんて……」

「おい! 殺すのか!? この僕を!!」

「当り前ですわ。光は全部消す……それが血の約束ですの。あぁ、貴方風に殺される相手の事を説明しておきますわ。ワタクシが貴方の暗示結界を破った理由は単純明快ですわ。ワタクシ、自分自身に暗示をかけましたの、人避けなんて気にならないって……」

「は、はぁぁぁ!? そ、そんなんで!!」

「意外とワタクシも狂ってますの。簡単に出来ましたわ。後は単純、人避けと異質を遮断をするという結界を見つけただけ。人避けのつもりが分かりやすい異質を自分自身で再現しているなんてお笑いですわね。完全に人避けなんてしてたらそれはもう、違和感の塊ですわ、もっと色んな事に気を配った方がよろしいのではなくて?」

「がああっぁぁあ!!! クソクソクソ!! 本当なら殺されるはずもないのに!! お前が居なかったらアイツを殺せたのに!!」

「あらあら? 死ぬ前になってようやく愉快なジョークを吐けるようになりましたわね。貴方は完全に負けましたわ。フェイ様に完膚なきまでに負けたんですわ♪ 少ししか見ていませんが……あの小娘を戦いに巻き込んだ時点で貴方は二流以下、そして、五感を奪って慢心して両腕と腹を斬られた。負け負け負け。完全な負け。醜いやり方で目も当てられない敗北をした弱者。それが貴方。絶望を抱いて、お眠りなさいな」

「あぁぁあぁ!! マテ! ここには、もう一人! 居るんだ! そいつの情報を渡すから!!」

「それでしたら、死んだ後に触れれば万事解決ですわ。貴方もそれは知っているでしょに。最後まで見苦しかったですわね。フェイ様なら自分自身で腹切って死んでいる所でしょうに」

「ま、待て……」

 

 

心臓に剣を一刺し。それによってカイルは絶命をした。血を流しすぎてもう、体の中に血が足りていなかったのだろう。死んだカイルに対して彼女は手袋を外して右手で軽く彼の手に触れた。

 

「……なるほど。悪童も来ているのですわね。丁度いいですわ。一気に二人も潰せるなんて……もう少しだけ、この都市に居ることにしましょう……フェイ様もいらっしゃいますし♪」

 

カイルを殺した後に、モードレッドはフェイを見た。未だに刀を振り続けているフェイ。覚悟がガンギマリのフェイが、血だらけで嗤っている。その姿を見るだけで彼女は心臓が跳ねて、下半身が熱くなる。

 

「あぁ、嗚呼、アア、やっぱりフェイ様は素敵ですわ♪」

「……ん?」

「あら、五感が戻ったみたいですわね」

「……モードレッド」

「ええ、何度も良く会いますわね。やっぱり、これはフェイ様とワタクシの運め……おっとっと、危ないですわ」

 

 

 

五感が戻った瞬間、フェイは血を流しすぎて気絶をする。そんなフェイに急いで駆け寄って体で支えるモードレッド。

 

 

「あら、意外と寝顔は可愛らしい……これはこれは……良い物を見ましたわ♪」

 

 

てしてしとフェイの頬に触れたり、眉を撫でたり、たった今出血多量と疲労で気絶をした相手にするような仕打ちではない。どこぞのパンダも酸欠で気絶をしたフェイを膝枕して、てしてしと触っていたがやはりどこか二人は似ているのかもしれない。

 

 

 

「おい、そこのお前!」

「あら? 結界も解けたのですわね」

「ッ! アリスィア……お前、その死体は……」

 

 

カイルが死んだことで人払いの暗示結界が解けて、ラインがその場所へ足を踏み入れることが出来た。血だらけのフェイ、知らない男の死体。そして、疲労と恐怖で知らないうちに気絶をしてしまっているアリスィア。

 

 

「あぁ、この方はこの自由都市内を騒がせていた殺人犯ですわ。そちらで引き取ってもらえると助かりますわ」

「悪いが、お前にも聞きたいことがある」

「申し訳ありません。ワタクシ、フェイ様と言う心に決めた殿方が居ますの。ですので貴方のお誘いを所諾するわけにはいきませんわ。それに、フェイ様の治療を早くしないといけませんし……では、さようならですわ……あ」

 

 

フェイを連れてどこかに去ろうとしていたモードレッドが気絶をしていたアリスィアに気付いた。正直言えば彼女からすれば一切の興味がない少女。だが、彼女はずっとフェイと一緒に居た。

 

ダンジョンであった時も、そして今も。フェイの関係者なのか、まさかとは思うが恋人ではないと考える彼女であるが、フェイの連れであることに変わりない。

 

「少しこの方はお借りしますわ。ではでは、あとはよろしくですわー」

「逃がさん、ッ」

 

 

モードレッドがフェイとアリスィアを背負ってどこかへ逃げようとしたので、剣を抜いてラインは逃がすまいと意識を向ける。そして、二人に、万が一でもアリスィアに剣を当てないように剣を振るが……気付いたらモードレッドは後ろに居た。

 

 

「遅いですわよ。中々素材は良さそうですが……覚悟もそれなりにありそうですわね……ただ、フェイ様を見た後だと随分薄く見えますわ」

「ッ、待て!」

 

 

 

モードレッドはどんどん遠くへ離れていく。彼女を追うが間に合わない。二人も背負っているというのに、追いつくどころか離されてしまった。

 

こうして、自由都市を騒がせていた殺人犯は一応、捕まった。

 

 

◆◆

 

 

 

日記

名前 アリスィア

 

 

起きたらどこかの宿屋のベットであった。昨日は色々あって日記など書く暇なんて無くて、気絶をしてしまったので思い出しながら三日目の朝に昨日の分を書いていきたいと思う。

 

 

先ず、フェイに会ってダンジョン潜って、モードレッドとか言う異常者に会った。認めさせるために殺人犯を捕まえるために夜の自由都市を探索することにした。

 

 

そこで、訳の分からない狂人、カイルとか言う気持ち悪いサイコパスに出会った。怖くて、私は動くことが出来なかった。何も出来ずに逃げるという選択肢すら頭の中には無かった。

 

 

フェイが代わりに、いや率先して戦っていた。ただ、見ることしかできない自分が恥ずかしかった。そして、フェイが私を庇って、足を怪我して、五感を奪われてしまった。

 

 

この時。私は終わったと思った。そして、後悔をした。私がもっと強かったら、もっとフェイのように逞しかったら。彼と一緒に戦ってどうにかなったのかも入れないと考えた。でも、時は既に遅い。私に向かってサイコパスがニタニタ嗤いかける。あんな邪悪な笑顔は初めてだった。

 

この後、私がどんな目にあうのか恐怖だった。怖くて泣いてしまった。弱さを見せないと誓ったはずなのに。

 

 

もう、終わり……そんなシリアスで鬱な考えは次の瞬間に消し飛んだ。五感を奪われているフェイが動いて、両腕と腹をぶった切った……血が沢山……思い出したくない……怖い。

 

 

それより、動いてたんですけど? 五感云々はどうしたの!? ええ!? モードレッドが再び登場、何かはぁはぁ言ってたし!?

 

 

あの気持ち悪いノミは絶叫してたし!

 

 

フェイはずっと、目の焦点あってないのに嗤いながら血だらけで刀降ってるし……!! フェイが一番印象が強い、本当にヤバいと思う。怖くて怖くて。一周周って怖い。

 

 

あの、私……まだ、ここにきて二日目なんですけど……。確かに私って巻き込まれ体質あるけど……ちょっと、二日間の内容が濃すぎませんか……? フェイなんて二日連続で大怪我してるし……。

 

フェイって怪我しても、全然へっちゃらって感じだし……これが駆け出しなんだ。冒険者ってこんな感じのが沢山いるのかな……益々この都市が怖くなって来た。

 

 

でも、フェイが大怪我したのって私のせいなのかな。フェイは私の為とかは考えていなそうだけど、私が原因で怪我をして、私を守るために傷を負ったわけだし……私に色々と責任がある。

 

 

本当にごめんなさい……

 

 

あと、朝起きたら全裸でモードレッドがフェイに抱き着いていたのは……一体何だったんだろう。寝たふりをして気付いていないふりをしたけど……二人ってもしかしてそう言う関係なの?

 

 

知り合いみたいだったし。元カレ、元カノ、セフ……なんでもない。ただ、なんかモードレッドが引きずってる感と言うか興味ありげと言うか、反対にフェイが一切興味無さそうだから……フェイから別れでも切り出したのかもしれない。

 

 

◆◆

 

 

 

 俺は目覚めた。起きると傷は全然痛くない、そして何処かの知らないベッドの上で寝ていた。

 

 隣にはアリスィアが寝ている。何だか狭い。そして、更に誰かが俺の上に乗って寝ている。一枚、薄い掛布団が引いてありそれで隠されているので一体だれが上で寝ているのか分からない。

 

 布団を剥がすと……全裸でモードレッドがスヤスヤと寝ていた。俺が掛布団を剥がすと彼女は眼を開けて、俺と目が交差する。

 

 

「あら、フェイ様……おはようございます♪」

「……貴様が俺をここまで運んだのか?」

「えぇ、その通りですわね♪ ワタクシが運んで治療を致しました♪」

「手間をかけた」

「いえいえ……あら? フェイ様もちょっと可愛い所があるんですわね♪ ワタクシから眼を逸らして照れているんですの?」

「率先して見るような物でないからだ」

「ふふ、そういうことでしたのね。少しくらいならおいたをしてもよろしいですけど……フェイ様、女性慣れしてますわね? ワタクシのこんなあられもない姿を見てもただ、逸らして眉一つ動かさないんだなんて」

 

 

主人公は朝チュンは基本だから。一々驚くような事でもないだろう。朝起きたら全裸の女のと一緒に寝ていたなんてことは割とよくある話だ。

 

流石に美人、イルカであっても美人だから多少の心の揺らぎはあるが……それを一切出さないのが俺である。

 

 

「どうでもいい、服を着ろ」

「はい、今すぐ着ますわ……実はワタクシ寝る時は全裸でないと眠れませんの。ご不快に思わせてしまったのなら申し訳ありません」

「気にしてない」

 

 

よくあるよね。寝る時は全裸ではないと眠れない症候群。これはあるあるだよ。こういう輩は何処でも居るから別に気にする事ではない。

 

 

朝チュンと寝る時は全裸ではないと眠れない症候群はセットの場合が多いから、朝チュンをした時からお前がその症候群であった事は予想出来ていた。

 

 

「フェイ様、今日はどうしますの?」

「ダンジョンに行く」

「流石フェイ様。昨日死にかけたのに今日も修羅の道を歩くだなんて……ワタクシ、興奮しますわ」

 

 

 何を言ってんだコイツ……

 

 

「ですが、お気をつけてくださいまし。どうやらもう一人、面倒事を持ち込む輩がいるようですので」

「そうか」

 

 

へぇ……きっと俺のイベントだろうな。そんな事を考えているとモードレッドが俺の腹筋を触っていた。

 

 

「あぁ、この筋肉をお別れをしないといけないだなんて」

「おい、離せ」

「えぇ、離しますわ……一晩中、色々と使わせて頂きましたし。その温もりを忘れないようにいたしますわ」

 

 

 

 本当にこいつ、一体全体何を言っているんだ。やっぱり、アーサー関連って変な奴が多いな。昨日の男もアーサーと同じ剣技だったし……

 

 

 ……まぁ、アーサーの方が比べ物にならないほどに剣技は見事だったけど。

 

 

 さて、モードレッドは用事があるからと言って出て行ったし……俺もダンジョンに潜るか!! 三日目、どんなことが起きるのか、楽しみだぜ!!

 

 一日目にリザードマンとの死闘

 

 二日目に狂人に五感を奪われて死にかける。

 

 三日目も期待してるぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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35話 ギャンブラー

『三日目 溝鼠(ドブネズミ)

 

 

 フェイが裸のモードレッドと一悶着あった後、フェイは体を起こして上着を着こむ。モードレッドも探し物があると出て行った。フェイとアリスィアは二人きりである。

 

 そして、そのタイミングでアリスィアはうーんと背を伸ばす素振りをしつつ、今起きましたよ、と言う風を装う。流石に全裸で抱き着かれていたところを見るのも、見ていたと知られるのも気まずいからだ。

 

「う、うーん、あら、おはよう」

「……ふん、ようやく起きたか」

「あ、あー、あの、あの、あの、アイツ、はどこ行ったの? 全然、全く、これっぽちもぐっすり寝ていたから全然分からないわ……」

「用事があると出て行った」

「そ、そう? ふ、ふーん」

 

 

(ふー、これでまさか全裸で抱き合っていたと私が知ってるとは思わないわね。あの二人、一体何の会話してたのかしら……裸のアイツ見てから慌て過ぎて聞くどころじゃないから、知らないけど。元カレ元カノかしら……)

 

 

(……き、気になる……他人の恋路ってすごく気になる……生々しい夜伽を知りたいとかではないけど。こう、どうして、そうなったのか、こっからどうしたのかとか気になるのよ……コイツについて行く理由が一つ増えたわね……)

 

 

 彼女が深く考え込んでいる。彼女が今現在フェイについて行きたい理由、夢に出てくるくらい怖いから克服したい、普通に強いから見習って強くなりたい、そして、モードレッドとの恋路を鑑賞したいの三つ。

 

 未だ、恋などしたことなく、だが、ロマンス系小説とかを見てこんな感じかと妄想してはいるが実際の恋を見た事もしたこともない彼女にとってフェイとモードレッドは気になる対象であった。

 

 ここから色々鑑賞してやろうと考えているとフェイが一足先に部屋を出て行こうとする。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

「なぜだ?」

「い、いいから! ちょ、ちょっと、三分! 三分だけ!」

 

 

 急いで身だしなみを整えて、フェイと一緒に部屋を出る。幸い、フェイが無表情で待っていたおかげで何とか一緒について行くことが出来た。朝から何処へ行くのか、フェイについて行きながら疑問を浮かべているとフェイはとある空地へと足を踏み入れた。

 

 

「素振りすんのね……」

 

 

 フェイは無言で素振りを始めた。早朝、日の光が彼女とフェイを綺麗に照らす。朝日を浴びると体内時計が整い、眼が冴える。朝日を浴びながらコンディションを整えて素振り。

 

 フェイの中でこれはルーティーンとなっている。はぁと何だか溜息を吐きながら彼女はフェイの素振りを見る。

 

 

(コイツ、いつもこんなことしてるのかしら……?)

 

 

 フェイの素振りをじっくりと見る。見ていると自然とその姿に魅せられる。何だか分からないがフェイの強さの根源を見た気がしたからだ。

 

(なんか、コイツ見てるとワタシも頑張らないといけない気がして、不思議)

 

 

(私も素振りしようかな……)

 

 

 アリスィアが自身もフェイを見習って素振りをしようとしたその時。誰かの甲高い聞き覚えるある声が聞こえた。それはある意味ではアリスィアが待って居た声。来たかと彼女はその声がする方を向いた。

 

 そこには、金髪ポニーテールの……

 

 

「フェイ様ー! まさかまさかの、こんなにも早く再開するなんて……やっぱり運命ですわ♪」

「……貴様か」

「もう、そんな冷たい反応をしないでくださいまし。ワタクシも一人の乙女、そのような冷たい反応をされたら悲しいですわ、シクシク」

「……悲しく(そのように)は見えんがな」

「ふふ、確かにそうかもしれませんわね♪ フェイ様の雄姿を朝から見れたらそれはもう、幸運ですわ♪ 愁いよりも、喜びが勝ってしまうのは当然ですわ♪」

 

 

(き、来たぁあぁぁ!!! ど、どうなるのよ!! ここから!)

 

 

 この二人が一体全体どのような関係なのか、元カノ元カレなのか、ここからどのように発展していくのか。興味津々。

 

 

「……そうか」

「ふふ、フェイ様の朝から汗ばんで鬼のように刀を振る仕草には感動しますわ♪ ワタクシ、朝からたぎってしまいますわ♪」

「聞いてない」

「冷たい反応も素敵ですわ♪ ワタクシ、フェイ様にならどんな対応をされても嬉しくてたまりませんわ♪」

 

 

(す、すごい、猛烈なアピール……。こんなに分かりやすいアプローチが……一体、フェイはどう対応するのよ……!?)

 

 

「……そうか、俺はお前のようなペラペラ聞いてもいらんことを話す者はこのまんがな」

 

 

(し、辛辣ー!? すーごい辛辣!? そ、そんなしつこい元カノを突き放す感じださなくても……)

 

 

「まぁ♪ そんな風に強気なフェイ様も素敵ですわ♪」

 

 

(ええ!? 喜ぶ!? 今ので……!? ど、ドМなの!?)

 

 

 アリスィアが見る先には嬉しそうにしているモードレッド。明らかに拒絶感のある言葉を向けられていうのにいやんと両手を頬に添えて体をくねくねしている。

 

 フェイは冷めた目をモードレッドに向け続けている。すると、モードレッドとフェイの目が合う。そこで彼女はそっと、フェイ胸板に体を預けた。

 

 

(速い……ッ。フェイの元へ行くのが残像しか見えなかった……。嘘でしょ。どんな速度よ……モードレッド……ダンジョンの時から分かってたけど、コイツ相当強い……格上……)

 

 

「ふふ、やっぱりフェイ様の胸板は最高ですわ……ワタクシの抱き枕にしたいくらい」

「離れろ」

「ふふ、うすうす勘付いていましたが、フェイ様って意外と甘い方なのですわね」

「なに? 俺が甘いだと?」

 

 

(ひぃ、フェイがちょっと怒ったぁぁあ! こ、怖い!)

 

 

 

 フェイが甘いと言われて、ギロリと鋭い眼をモードレッドに向ける。微かに威圧が出て、アリスィアは背筋が凍る。それほどまでに彼の威圧はすさまじかった。だが、モードレッドは涼しそうにしながら嬉しそう。

 

「えぇ、本当に離れさせたいなら剣でぶっさせばよろしいのでは? あの時みたいに、頭突きでもして無理に剝がせばいいのでは? でも、貴方はそれをしない」

「……今も振り払っているがな」

「本気ではないでしょう? 貴方は本気の闘争の時は女だろうが、子供だろうがぶった切るほどの狂人であるはずなのに。闘争以外では時偶にこのように体をすり寄らせてもただ拒むだけ。拒絶をして刀を抜いたりはしない……本当に不思議なお方。貴方様の価値観や信条は一体どうなっているのか。理解できないのが寂しいですわね」

「……どうでも良すぎて聞くに堪えんな。とっとと離れろ」

「いえいえ、もう少しだけこのままお貸しくださいまし♪ ふふ、フェイ様のこういう甘い所、好きですわ♪ あの狂った極限状態の時が一番好きですが♪」

「……」

「あぁ、星元も使わず、剣を抜かず振り払おうとするだけ……やっぱり甘い……だからこそ分からない……このまま手で触れて確かめたい所ですが……何だかもったいないですわ♪ フェイ様とはジックリじっくり互いを理解していきたいんですの……♪」

 

 

 モードレッドがフェイの胸板を人差し指で撫でる。嬉しそうに抱き着く姿は恋する乙女そのものに見えた。

 

(わ、わお……凄い所、見ちゃった……モードレッド凄い積極的じゃない。何か色々言ってるけど、私には普通にフェイが拒んでるだけに見えるけど……。もしかしてモードレッドって凄い妄想癖の激しい女なのかしら?)

 

 

 アリスィアには普通にモードレッドがしつこいから、フェイが拒んでいるようにしか見えない。眼をジッとそこへ向け続けているとようやくモードレッドがフェイから離れた。

 

 

「ふふ、ワタクシ達、朝から裸姿見て、こんなに熱い抱擁を交わすなんてもうこれは運命に導かれたカップルと思えてきませんこと?」

「全く思わんな。それより――」

「あら? あらあらあら? フェイ様……朝からそんな事……本当にたぎらせてくれますわね」

 

 

フェイがモードレッドに対して刀を抜いた。その行動にモードレッドは嬉しそうに笑う。

 

「少し付き合え。貴様で相当の時間を喰った。俺は訓練の時間を取り返さないくてはならん」

「えぇえぇ、いいですわ♪ ただ、今のフェイ様との本気の闘争は狂おしい程にしたいのですが……まだまだ、フェイ様はこれからもっと強くなられるはず。あくまでワタクシからの手ほどきと言う事でよろしいでしょうか?」

「気に食わんがな、良いだろう」

「ふふ、冷静な判断が出来る所も好きですわよ?」

「心動かん告白だな」

「ふふ、では始めましょう」

 

 

フェイは知っている、まだモードレッドを超すことは出来ないと。リベンジを誓っているがまだその時ではないと直感で分かっている。それにモードレッドは自身に対して強くなることを望んでいる。

 

ならば、自身を狩る存在を有効に使ってやろうと考えた。格上から舐められているという地獄の業火に耐えながら未来の為に牙を研ぐ。

 

俺はここに強くなりたくて、強くなるために来たのだ。ならば、どんなものでも使う、どんなことでもしてみせるという彼の覚悟。

 

それを直で感じて、モードレッドはまたしても興奮した。イカレタ闘争心、破綻している闘気、際限なき強さへの渇望。全てがモードレッドにとってはドストライクだった。

 

キャッチャーが構えているド真ん中。ここに欲しいと思った所に丁度決まってぱちんとキャッチしていい音がする感じくらい、フェイはドストライクだった。

 

 

 

(う、嘘……戦闘始まっちゃった。なんだか、全然二人が理解できない。結局、モードレッドはフェイの事が好きだけど、フェイもまんざらではないって事? いや、普通に鬱陶しいと思っているだけに見える。フェイからしたら訓練用の敵にしか見えてないって感じだけど……)

 

 

 

刀と剣が交差して火花を散らす。モードレッドの剣がフェイに向かう、だが、フェイの頭の中にアーサーが居た。自然とその剣のイメージが湧いて態勢を崩さない。剣を振りながらモードレッドはフェイに問う。

 

 

「……一つ聞いてもよろしくでしょうか?」

「なんだ」

「フェイ様はワタクシと似たような剣技を使う方と親しいのですわよね?」

「親しくはない」

「そうですか……その方はフェイ様にとって、具体的にどのようなお方ですの?」

「……倒すべき存在、超えるべき運命だ」

「……そうですか」

 

 

 

 

(す、すごい、フェイもよくあれに対応できるわね……。身体強化だって明らかにモードレッドの方が上なのに)

 

 

 

刃同士が何度も打ち合う。時偶にモードレッドから足や手が飛んでくるがそれもフェイは防いで見せた。

 

 

「なるほど……相当その方と打ち込んでいるようで」

「屈辱の日々だ」

「でしょうね。フェイ様にとって、敗北を重ねるのは物理的に切られるよりもお辛いでしょうに……あぁ、でも嫉妬しますわ。その、剣を合わせている御方に……違うと思いますが、剣を合わせているのは、あの、小さい銀髪の方ではないですわよね?」

「貴様と似た剣技の相手ではない」

「ですわよね……」

「――余裕そうだな」

 

 

 

先程からどこか、心ここに非ずとまでは言わないが別の事を考えているモードレッド。眼の前のフェイに意識を向けてはいるが、質問が湧くほどに頭の中には微かな余裕がある。

 

それを感じて、フェイが必殺技を解き放つ。急激な肉体の活性化。腕が赤黒く腫れる。剣を無理やり弾いた。

 

「はにゅ?」

 

 

モードレッドの可愛らしい声が響く。それをフェイは無視して、そのまま剣を捨て、拳を握ってモードレッドの鳩尾に右ストレートを叩きこんだ。

 

 

「――ッ」

 

 

 

モードレッドは『く』の字に体を曲げて数メートル吹っ飛んだ。手を地面について地をえぐり掴むことで勢いを殺して何とか踏みとどまる。

 

口からは血を吐いて、咳をした。だが、顔は恍惚な表情だった。

 

 

「あはは、やっぱりフェイ様は素敵♪」

「少しは集中が出来るようになったか?」

「ええ、えぇ、勿論♪ フェイ様の熱い拳でワタクシ、目が覚めましたわ♪ 申し訳ありません、フェイ様。フェイ様を前にしてフェイ様以外の事を考えてしまっていたふしだらなワタクシをどうか許してくださいまし♪」

「そんなことはどうでもいい。とっととかかってこい」

「ふふ、フェイ様、本当にお慕い申してますわ♪ 約束も、今までの常識も、全部全部、フェイ様の前ではどうでもよいと思ってしまう♪ フェイ様、覚悟してくださいまし……本当ならフェイ様に合わせて強さを調節する予定でしたが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()♪ 手加減はできませんわよ♪」

 

 

 

紅い血に染まったドレスを着た悪魔が一瞬で距離を詰める。そして、彼女は右足を大きく振った。予想は出来ていたがそれをフェイは早過ぎて対応しきれない。左腕で何とか、防御を、いや、その場所にあてられたという表現の方が正しい。

 

ゴギっと鈍い音をたてて、フェイは数十メートル吹っ飛んだ。

 

 

(ま、全く見えなかった……)

 

 

 

アリスィアは気付いたらフェイが吹っ飛ばされたことに驚く。そして、今のでフェイが死んでしまったかと心配になった。

 

 

「ちょ、ちょっと! いくらなんでもやり過ぎでしょ!!」

「あら? 居たんですの?」

「いたわよ! そ、それより」

「フェイ様を甘く見ないで欲しいですわ。あの方は――あは、ほら♪」

 

 

下品な笑い方をしてモードレッドはそこへ目を向ける。右腕と左腕に多大な負傷をして、派手に吹っ飛んだことで脳震盪、別個所の骨折をしていても可笑しくない。なのに、フェイは口で刀を咥えて、歪めた笑みを向ける。

 

眼が言っていた。まだだと。

 

 

悍ましい、とアリスィアは恐怖した。モードレッドはただ嬉しかった。

 

 

そこから先を語ることはない。ただ、フェイはモードレッドに蹂躙されて、身体だけボロボロになった。

 

 

(あ、あんなの、訓練じゃない……ただの一方的な虐めじゃない……。アイツ、大丈夫なの? 嗤ってるけど……本当は……)

 

 

◆◆

 

 

 

 朝起きて、剣を振る。これは当たり前の事。日々の積み重ね大事なのだ。どこかで役に立つのだ。この考えと習慣は何処へ行っても変わらない。

 

 剣を振っているとモードレッドが登場。コイツ暇なの?

 

 へぇ、運命とか俺は感じないけど……そう言えば、コイツってどんな感じのポジションなんだろうか? アーサーみたいにライバル枠で良いのかな? 何というか、出番が最近多くなって来たからちょっと気になる。

 

 ライバル枠と言うだけで判断しても良いのか?

 

 

 運命ねぇ。まさかヒロイン枠とかはないよね? しかし、朝から裸を見てしまった。ああいうのって意外とヒロインがやったりするよな?

 

 でも、アーサー関連の人物だよね? アーサーが絡むとちょっと違う気がるんだよな?

 

 すっごいベタベタしてくるな、この子……う、うーん? こんなに積極的だと……ひ、ろいん? なのか……?

 

クール系だから取りあえず、離れておけオーラ出しましてと……ん? なに? 俺が甘いだって!?

 

 こいつめ!!!

 

「えぇ、本当に離れさせたいなら剣でぶっさせばよろしいのでは? あの時みたいに、頭突きでもして無理に剝がせばいいのでは? でも、貴方はそれをしない」

「……今も振り払っているがな」

「本気ではないでしょう? 貴方は本気の闘争の時は女だろうが、子供だろうがぶった切るほどの狂人であるはずなのに。闘争以外では時偶にこのように体をすり寄らせてもただ拒むだけ。拒絶をして刀を抜いたりはしない……本当に不思議なお方。貴方様の価値観や信条は一体どうなっているのか。理解できないのが寂しいですわね」

 

 

あのね? 確かに俺は普通じゃないよ? だって俺は主人公だから。そこら辺の有象無象と同じにして貰っては困るよ? それと確かに狂ってる部分はあるよ? 狂ってるくらいが主人公はちょうどいいもん。

 

いやでも、子供とかは流石にちょっと躊躇するぜ? 俺確かに狂ってるけど、狂ってない常識的な部分も持ってるから。

 

 

常識はあるよ! 人を快楽殺人者みたいに言うな! 狂人は認めるけど!

 

 

俺は常識のある、狂人なんだ!

 

「ワタクシ達、朝から裸姿見て、こんなに熱い抱擁を交わすなんてもうこれは運命に導かれたカップルと思えてきませんこと?」

 

 

いや、そんなに思わないですね……と一概に判断しても良いのかな? まぁ、それは取りあえず置いておこう、目先の訓練の方が大事だ!!

 

さてさて、ちょっと戦って貰えるかい? 君のせいで訓練の時間が減ったんだからさ。体で払って貰うよ?

 

「ふふ、冷静な判断が出来る所も好きですわよ?」

 

 

好き、ね……そんなにちゃんと告白する奴って今まで居たか? まぁいいや。

 

 

戦闘開始!!

 

 

うぉー、やっぱり速いねー。アーサーに匹敵するなこれは……。訓練の相手になってくれるのはありがたいけど質問が多い!

 

訓練に集中しろよパーんち!! 

 

 

お? 集中できる感じになったようだな!!

 

 

「ええ、えぇ、勿論♪ フェイ様の熱い拳でワタクシ、目が覚めましたわ♪ 申し訳ありません、フェイ様。フェイ様を前にしてフェイ様以外の事を考えてしまっていたふしだらなワタクシをどうか許してくださいまし♪」

 

 

……いや、別に? 怒ってないよ。と言うか一々言動が俺に惚れてるみたいで気になるな……。いや、訓練に集中しよう。

 

 

「そんなことはどうでもいい。とっととかかってこい」

「ふふ、フェイ様、本当にお慕い申してますわ♪」

 

 

え? これって……ガチで告白されてない……? 落ち着け。主人公は冷静は判断をしなくてはならない。

 

朝から裸イベント……さっきからちょくちょく好きとか、慕っているとか、ハグもしてる……こいつ俺のこと本気で好きなのか……? 俺の事が好きと言う事は……ヒロインなのか?

 

 

ま、マリアじゃなかったのか? あ、あれぇ? マリアだと思ってたんだけどな……。

 

 

 

お、落ち着け、今は訓練の途中だ。ちゃんと戦おう! と思ったら急にクソ速い!!

 

数十メートル吹っ飛んだ。

 

考えても、分からない……戦おう。今の俺にはそれしか無い。モードレッドと真剣に戦って、眼の前の事をまっすぐこなしていくことしか俺には出来ない。それをしていれば何か一つの結論を出せるはずなんだ。

 

 

さぁ、始めようぜ。俺とお前の闘争って奴を……

 

 

すげぇ、ボコボコにされた……正直アーサーよりボコボコのぼろ雑巾。モードレッドはアーサーよりもある意味では壊れている。

 

これをしたら相手の骨が折れてしまうとか、血を流すなとかの常識がない。

 

 

そう言う人としての常識的なものがない。だけど、訓練と言うのはそう言う物なのだ。いつもの俺なら、泣いて喜ぶ所だ。そう言うのを頂戴頂戴っていう所なのだが、今はそれどころではない。

 

なぜなら……モードレッドがもしかしたら……

 

 

 

マジかよ……これってさ……俺の頭の中で一つの説が浮かんだ。

 

 

モードレッド、暴力系ヒロイン説。

 

 

ボコボコにされながら頭の中ではモードレッドの事で頭がいっぱいだった。

 

 

居るんだよな。主人公への恋愛アピールが暴力なヒロインって。モードレッドの場合は言葉で好意を伝えられるのに暴力と言う。ちょっと、変わってるけど、まぁまぁまぁ、今は訓練だし?

 

多様性の否定はダメだ。

 

 

でも、暴力系ヒロインって……結構批判が多いんだよな。俺が生きていた時代は特にそうだった。

 

ちょっと前まで、転校初日のヒロインが主人公に膝蹴りかましたり、電撃ぶっ放したり、『100t』と書いてあるハンマーで主人公を潰したりするのが基本だったけど。

 

うーん、どうなんだろう。ちょっと、判断に困る。この円卓英雄記が作られたのが俺の時代なら間違いなく、世間とかオタクの層を意識して負けヒロインにするかもしれんな。

 

 

 

これは、そう簡単に判断しない方が良いな。

 

 

◆◆

 

 

 

 フェイの怪我はモードレッドが持っていたポーションによって、全て回復をした。しかし、フェイは未だにいつものように安定の気絶をしていた。

 

 

「ねぇ……ちょっと、やり過ぎだったんじゃない?」

 

 

 先ほどまで二人で訓練を行っていた場所の近くにある木のベンチにモードレッドは座っていた。彼女の膝の上にはフェイの頭が乗っかっており、フェイの体はベンチに横たわっている。

 

 

 アリスィアはモードレッドのフェイが居ない方の隣に座りながら神妙な趣で聞いた。

 

 

「これくらいがフェイ様は丁度良い、寧ろ足りないとすら思ってるはずですわ」

「え、えぇ? そ、そうなの?」

「ええ、フェイ様ですもの……常に高みを見ている御方……絶対にもっと激しいのが好みですわ」

「へ、へぇ、は、激しい方が良いんだ」

「えぇ、そうでしょうね……ところで……貴方は誰ですの?」

「いや! 私よ! 昨日会ってるでしょ!!」

「……???????」

「いやいやいや! こんな美人忘れんな! しかも、昨日救った命忘れないでよ! 貴方に昨日命を救われた者よ!」

「……あー、はいはい。そう言えばいましたわね。気絶してて……フェイ様が余りに濃い方でしたので忘れてましたわ♪ 貴方フェイ様に比べたら薄い方ですので……申し訳ありません♪」

「すごーい、失礼! 薄いって何よ! アリスィアってちゃんとした名前があるんだから!」

「あー、はいはい。覚えましたわ、アリなんとか様♪」

「アリスィア! アリなんとかじゃないって!」

 

 

 ムキになってモードレッドに自身の名前を連呼するが一向に覚えて貰えないので、更にムキになってしまうアリスィア。顔を真っ赤にして怒る彼女を無視して、フェイの頬に触れたり、髪触ったり忙しい。

 

 

「ねぇ、なんでそんなに、そいつのこと気に入ってんの?」

「そうですわね。貴方には……ワタクシの髪の色が何色に見えますか?」

「えぇ……? まぁ、そうね。私と同じ金色かな?」

「ワタクシには、灰色のように見えますの。勿論、金色と言うのを認識はしていますわ。ただ、どれも同じように見えてしまう。何かを感じたり、共感がワタクシはできませんの……闘争以外では」

「闘争以外?」

「赤色。真っ赤な血の色だけがワタクシの感じられる色ですの。それを浴びながら笑いあいたい。そこら辺の方々がしているようにワタクシも血の闘争を笑い合いたい……と思っていましたの」

「……」

「でも、そんな人居る訳が無い……まぁ、別にワタクシ自身が楽しければそれでいいので困ったりはしないのですし、寂しいとか思ったりはしていません。ですけど、フェイ様に初めてあった時、この方は心の底から嗤ってましたの♪ その時のワタクシの心境は計り知れません程の歓喜♪」

「そ、そう……」

「えぇ、嬉しかった。剣を腹に刺されて、血を大量に吹き出しながらワタクシに頭突きをして来た時のフェイ様は凄かったですわ♪」

「……」

 

 

 

(以前から、そんな化け物な感じだったのね……逆に安心だわ)

 

 

 アリスィアがモードレッドと話していると、ようやくフェイが眼を開けた。

 

「おはようございます。フェイ様」

「……」

「無視ですの? 全然いいですけど……それよりそれより、フェイ様改めてワタクシ思いましたの♪ 精神的にもまだまだ余裕もありそうですし……フェイ様はこれからもっともっと強くなりますわ♪」

「当然だ」

「ですので、フェイ様、やはりワタクシの弟子になりませんこと? きっと今までとは比べ物にならないほどのペースで強くなれますわ♪」

 

 

 

 まじまじとフェイの顔を見ながら、媚びるように焦がれるようにフェイの頬に手を添える。

 

 

「断る。前にも言ったが……俺の師は……ただ一人だ」

「……ふーん。フェイ様って女の趣味は悪いんですのね」

「……」

 

 

 不貞腐れたようにそっぽを向いたモードレッド。それは今まで彼女が味わう事も無かった嫉妬と言う感情に近かったのかもしれない。

 

 

「どこへ、行きますの?」

「強さを求めて、行くべき場所に行く」

 

 フェイはそう言ってモードレッドを見向きをしないで歩いて行った。振られたような気分で切なさを味わい、寂しそうな顔を彼女がしたのをアリスィアは見た。

 

 

「行かないの?」

「……いえ、少しだけ、一人で居たいので……貴方様は行ったらどうですの?」

「うん……それじゃあね」

 

 

 アリスィアはモードレッドを置いてそこから去った。きっと、暫く会う事はないだろうなと言う直感を感じながら。

 

(振られたら暫く立ち直れないでしょうね……あれほど入れ込んでいたら無理ないわ……一人でそっとしておいてあげましょう)

 

◆◆

 

 

 

 フェイとアリスィアは一緒にダンジョンへ向かっていた。正確に言えばフェイに勝手にアリスィアが付いて行っただけなのだが……

 

 二人が歩いていると、見るからにチンピラと言う輩によって絡まれてしまった。

 

「おー、可愛い姉ちゃんとカッコいい兄ちゃん……ちょっと俺達と遊ばない?」

「駆け出しでしょ? この都市で通しか知らないカジノがあるんだけどどうどう? 彼氏さんもカッコいい所見せたいんじゃない?」

 

 

 見るからにチャラそうな男の二人組、美人なアリスィアだけでなくフェイにも話を持っていく所を見ると、どうにもナンパ目的ではないと一見考えられた。

 

「誰よ。邪魔なんだけど」

「ふー、強気だね。そんな嬢ちゃんならかなりのお小遣い稼げるよ」

「……胡散臭いわね」

「大丈夫大丈夫。そこの酒場で軽いカジノどう?」

 

 

 フェイは一向に興味がない顔つきだが、足を止めて話を聞いている。これはもしかしたら、自身のイベントではないかと感じている。

 

 だが、これはフェイではなく、アリスィアのイベントである。本来なら二日目。カイルから酷い目の合うが、命だけはモードレッドに救われて、通りかかったラインに回収をされる。

 

 ラインに回収をされた後、精神的に彼女は追い込まれたまま一夜を過ごす。そして、ラインに慰められたり、姉のバーバラに抱擁されたりするのだが、心の傷はいえずおぼつかない足取りで一人、自由都市を歩く。

 

 ライン達に別れも告げずに彼女は離れたのでラインは彼女を見失う。そこで、このチンピラ二人にゲームを持ちかけられる。彼女はあれよあれよと言うままに、断る気力すらなく、近くの酒場でギャンブルを行う。

 

 不正をされて、ギャンブルで負けて身ぐるみを剥がされる。金と武器を全部失って、一文無し。そこへ、ラインが現れて不正を暴いて、そして、金と身ぐるみを取り返す。

 

 救ってくれた恩から少しづつ、ラインを意識し始める。泣きながらラインに抱き着いて、『ドウシテ救ってくれなかったのか』とポカポカ殴って、そして、また泣いて、ありがとうと言うイベントなのだが……

 

 

「悪いけど、面倒だからパスするわ。そんな遊びしてる暇ないのよ。私達には」

「……」

「まぁ、そんなに怖いなら無理しなくてもいいよ。しゃあない、他の奴誘うか。大分、腹が座って無い奴みたいだし、ね?」

「そうだな。ビビってるからなしょうがないしょうがない」

 

 

 煽るように吐き捨てて、チンピラ二人を誘うのを諦める。キャッチが上手く行かなかったら腹が立って最後にちょっとした嫌味のつもりで言ったつもりだった。

 

「あぁ? こら、誰がビビりですって? ねぇ、フェイ?」

「……」

「え? 無視……こほん。いいわよ、その賭け事、やってやろうじゃない!! 私ビビりじゃないし! その安い挑発に乗ってやろうじゃない!」

「あ、そう? 急だね……まぁいいや、来い、こっちだ」

 

 

 アリスィアは気が短い。煽り耐性は低い。フェイのおかげで何だかんだで元気なので安い挑発に乗ってしまった。本来の心身ともに疲弊していた為に流されてしまった時と同じような運命を結局は彼女は辿る。

 

 チンピラの後をフェイ達は付いて行った。近くの酒場に入ると、わいわいと賑わっている。兜をかぶっている剛腕の男、坊主の目つき悪い男、チャラそうな男、中年の白髪男、全員が冒険者だ。

 

 

 入り口には一匹の猿のような生物が出迎える。可愛らしいがフェイとアリスィアをジッと獲物を見るような眼で見ていた。そして、その猿は天井につるされた照明灯に登った。

 

「お? なんだなんだ? また連れて来たのか?」

「いいねぇ! がんばれがんばれ!」

「すげぇ、あいつ超上玉じゃん……」

 

 

  取りあえず、座れと言われ二人は席に着いた。下賤な視線を浴びてアリスィアは鳥肌が立つ。二人の前に座ったのはちょび髭の中年男。

 

「あの二人が連れて来たって事はここへ、ギャンブルをしに来たって事だな?」

「ええ、そうよ」

「そうかい、じゃあここでのルールを説明するするぜ」

 

 

 ちょび髭はルールを説明した。ルールは簡単、賭けるモノは何でもいい。その賭けたモノの倍の配当が還元され、相手の賭けたモノが更に貰える。だが賭けに負けて、相手の還元するべき利益を払えない場合は何らかの方法で絶対に払わなくてはならない。そして、ギャンブルの種類は……

 

いきなり五枚のカードが配られる。

 

 

「凄く簡単だ。まずは手元のカードを確認してくれよ」

「……一から五までの数字が書かれた五枚のカード?」

「その通り。このギャンブルのルールは簡単。互いに一枚カードを選んで伏せる。そして、開く。そうして開いたときに大きい数字であった方の勝ち数一。カードが全部無くなるまでこれを行い、勝ち数の多かった方、または使い切る前に先に三勝した方が出た時点でゲームセット」

「ふーん……簡単ね」

「いいねぇ、嬢ちゃん。それじゃあ……どっちがやる?」

「……私がやるわ! 軽く勝ってアンタにお昼奢ってやるわよ! ……そ、その、何だかんだで、感謝してるって言うか……その、貸しを作りたくないって言うかぁ……」

 

 

 

 そう言って彼女はカードを手で掴む。照れながらカードを掴むアリスィア。それを見てなんかイチャイチャしているように見えて、冒険者たちは舌打ちをする。

 

「それじゃあ、まぁ、軽くやろうか。お嬢ちゃん」

「ふん、吠え面かかせてやるわよ」

 

 

(私、結局フェイに相手にされてない気がする。ここでちょっとは良いところ見せておかないと……私、空気みたいになっちゃう気がする。こんな所で負けている奴が大物になれるわけないしね!)

 

 

◆◆

 

(うわぁぁぁん! お金全部無くなっちゃったぁーーー!!)

 

 

 アリスィアはゲームに惨敗した。次は勝つ、よし勝った!! 次は勝つと繰り返して、息込んでギャンブルの沼にハマって完全敗北。

 

「残念だなー。お嬢ちゃん。どうした? まだやるかい? 腰の剣をかけてもいいんだぜ?」

「……ま、まだまだこれからよ!」

「よく言った!」

 

 

(こんなに負けが込むなんて……だ、大丈夫。次は絶対勝てるはず!!)

 

 

「変われ。俺がやる」

 

 

 ずっと見ていたフェイが負け続けているアリスィアの肩を掴んだ。そのまま引きずりおろすように肩を引いて自身がちょび髭と向かい合う。

 

「あら? フェイ様、ギャンブルですの?」

「あ、アンタ、いつの間に……」

「あらあら、アリなんとか様、先ほどはどうも」

「どうもって……アンタ、落ち込んでたんじゃ……あとアリスィアね。ここ大事」

「いつまでも落ち込んでいてもしょうがないと思いましたので、スキップをしながら都市をぶらぶらしていたら三度再会できましたわ♪」

 

 

(立ち直りはぇぇ!! しかも、速攻で再開するんじゃない!!)

 

 

 

 フェイに向かって名一杯手を振るモードレッド。二人の再会はあっという間であった。フェイは無視して、カードを眺めている。

 

 

「そう言えば、貴方は随分鴨になってましたわね」

「え? 私が?」

「貴方以外に誰がいますの? 思いっきり不正されているのに、時折勝たせてもらって、沼にハマってまだ無謀に勝負をしようとするお馬鹿さんは貴方しかいませんわ」

「おいコラ……舐めんな」

 

 

 モードレッドが小声でアリスィアに話しかける。青筋が浮かぶ、アリスィアだが、それを小馬鹿にするようにモードレッドは笑う。

 

「それより、フェイ様のギャンブルを見ましょう?」

「釈然としないけど……分かったわ」

 

 

 

 二人の目線の先には五枚の手札を今配られ終わったフェイが居た。掛け金は持ち金全部……そして、刀と予備の剣。今あるだけのありったけの財産だ。

 

 

「フェイ勝てるかしら?」

「貴方と違って馬鹿ではないので勝てると思いますわ」

「あぁ?」

 

 

 フェイは配られたカードを見ることなく。伏せられたままのカードを一枚出した。

 

 

「……おいおい、兄ちゃん。カード見ないのか?」

「見る必要はない。俺は引き寄せる男だ」

「……」

 

 

フェイはジッと動かない。相手のちょび髭もフェイがカードを見ない事で固まって硬直状態になってしまった。

 

天井の猿にチラリと目を向ける。

 

 

(まさか、気づいたのか?)

 

 

 この店の猿は彼の手駒だった。あらゆる場所を移動して、相手の手札を見て鳴き声で相手の出すカードを伝える。相手にあわせて自身のカードを選ぶ。それで必ず勝てる。

 

 時折、勝たせてやって。だが、肝心な所では必ず勝つ。それを繰り返して彼はずっと金を稼ぎ続けた。

 

 調教をした猿を使えばそれが簡単に出来た。

 

 

 だが、フェイは手札を自身ですら見ることなく伏せたまま、適当にカードを選んだ。これでは何を選んだのか全く分からない。

 

 

「……」

 

 

 フェイは黙って彼の勝負カードを待ち続けた。そして……

 

 

◆◆

 

 

 如何にもチンピラみたいな二人にギャンブルに誘われた。これは……俺のイベントだな。間違いない。俺は主人公である。やはりイベントが寄ってくるのだろう。モブキャラなのか、ヒロインなのか、何キャラなのかいまだ不明のアリスィアもやる気満々みたいなご様子。

 

 この子って、何キャラなんだろうか? 結局分からんなぁ。主人公である俺と比べると大分薄い感じするからなぁ。

 

 

 ギャンブルの場所に案内された。うわぁぁ、いいなぁ、このカマセの巣窟みたいなチンピラ軍団。嫌いじゃないよ?

 

 あ、なんか猿みたいなのが居る。

 

 (さる)はギャンブルできないんだから大人しく去る(さる)べきだ。

 

 

……さて、アリスィアがお金を失った。コイツ、ちょっと勝てたからってムキになって馬鹿か?

 

凄い噛ませな感じするなぁ。何か、主人公が来るまでの時間稼ぎ要員みたいな可能性も出て来たよ?

 

 

さてさて、次は俺の番。全部賭けるよ。金と刀と剣。だって、俺がこんなチンピラに負けるわけない。

 

偏見かもしれないけど、ちょび髭のチンピラに負けるはずがない。

 

だけど……多分だけど、コイツ不正してるよな? ちょび髭はよくする感じある、偏見かもしれないけど。

 

 

アリスィアが多く賭けた時だけ負けるとか。多くちょび髭が書けたときだけ負けるとか、絶対なんかあるだろ。

 

うーん、カードの裏の模様とか? いや、でもアイツ全然カードの模様見てないような気がしたんだよな。

 

アリスィアが模様を見えないように太腿付近でカード選んだ時、直ぐにカード出してきたりしてたから、観察する暇もないような時もあった。

 

超能力とか? 相手の思考を読めるとか? いや、そんな大層な能力だったらもっと別の所で出演するか。

 

こんなカマセの巣窟でちょび髭なんかはやしてないわ。

 

 

うーん、ただ、絶対後出しだし、ちょび髭だし不正はしとるな。何だろうなぁ、その時、俺の頭に電流が走った。

 

『ふぇ、フェイ君……今日の私、いつもと違うところあるの分かりますか……?』

『……髪型か?』

 

 

いつぞや、ユルル師匠と一緒に朝練をしていた時の事だ。綺麗な銀髪を急にツインテールにしてきて俺に感想を求めてくる師匠に、もしかして好意持たれているのかなって思ったんだ……

 

ここの伏線かぁ……

 

 

ツインテール→双→髪型を分けている→二つに分けていても本体(ユルル)は一つ→敵は一つに見えたとしてもよく見たら二つかもしれない。

 

 

さては……この中にアリスィアの手札を教えている内通者がいるな? 

 

 

ふっ、流石は師匠。居なくてもちゃんと背を押してくれる。

 

これって、常人とか、普通の人だと……いや、流石にユルル師匠の髪型そんな解釈は出来ないだろって言うんだろうな。

 

 

でも俺は主人公だから。愛弟子だから分かる。あれは伏線だったと。感謝するぜ。

 

 

だとすると、内通者は……後ろには誰も居ないし……あの猿か? あの猿が手札見てたとか……? それともこの部屋の中に透明人間が居て手札見てからそれをこっそり伝えていたとか……

 

 

まぁ、どちらにしろ。誰も手札分からなければ問題ないよね? 俺すら手札を一切見ないでおけば大丈夫。万が一テレパシーとか使える奴がいても俺すら分からないんだから、出すカード。

 

完全にギャンブル。これがギャンブルだよ。だが、俺は負けない。この条件下なら必ず勝てる、ちょび髭には負けないさ。

 

運命は世界は俺に味方をしている。こんな五分の一みたいな運ゲーに必ず勝てる。俺は勝てる、勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる勝てる、勝って当然、常勝不敗が普通。

 

はい、勝ったー。

 

 

三連勝、勝ち星三で勝ったぁ。お金貰って行きます。何で負けたか明日まで考えておいてください。

 

 

ほな、バイなら。

 

 

あ、モードレッド、居たんだ? いつの間に……まぁ、いいや。それより、そろそろお昼だから、食べたらダンジョン行こう。

 

 

◆◆

 

 

「アイツ……勝っちゃったわね」

「当然ですわ♪ だって、フェイ様ですもの♪」

「ねぇ、さっき私のこと鴨って言ってたけど……どういうことなの? アイツが勝てたのと関係あるの?」

「あー、そうですわね♪ あの後ろの猿が貴方の手札を見て、なき声でちょび髭野郎に出すカードを教えていたってところでしょう。如何にも羽虫が考えそうなことですわ。まぁ、それを真正面から打ち破るフェイ様は流石ですわ♪ あれに負けた方は猿以下と言ったところでしょうね♪」

「さ、猿以下……猿以下……わ、私が? 猿以下……あれ? でも、ちょっと待って。アイツが不正を見抜いていたとしても百パーセント勝てること出来なくない? だって、相手の出すカードランダムだし……」

「そこがフェイ様の凄い所ですわ♪ 運を引き付けるというか、あぁ、やっぱり高貴な方は出す結果も素晴らしいですわね♪」

「不正見抜いたのに……最後の最後に全賭けギャンブルって、指摘とかすれば無条件で勝てたかもしれないのに」

「狂ってますわ♪ 有り金全部、魂とも言える刀と剣も差し出して……負けたらどうなさるおつもりだったのか気になりますわね♪ まぁ、素手でダンジョン潜るでしょうけど……あぁ、やっぱりフェイ様は素敵♪ 常日頃から命張ってる方は羽虫如きとは訳が違いますわ♪」

 

 

 

 フェイの後ろを付けながら二人は話を弾ませる。最も、アリスィアはちょっと引いて、モードレッドは興奮しているが。

 

「はぁ……何だか今日は疲れたわ……そろそろ、夕食の時間じゃない? お腹空いたし」

「貴方、何言ってますの? まだ、日も登りきっていないのと言うのに」

「え……?」

 

 

 アリスィアは上を見上げる。そこには確かに綺麗に輝く太陽があった。

 

 

(……内容が濃すぎてもう、一日終わったのかと思ってた……。まだ、お昼くらいの時間だったのね)

 

 

 そこでアリスィアのお腹がぐぅっと鳴った。ハッとして彼女はお腹を手で抑えて恥ずかしそうに下を向く。きっと聞こえているだろうなと思いながら恐る恐るフェイとモードレッドの方を見る。

 

「フェイ様、よろしかったら一緒にお昼ご一緒に」

「……断る」

「ふふ、でしたら勝手について行かせてもらいますわ」

 

 

(あれ? もしかして本当に私って、空気……? フェイのせいで私の存在凄く薄くなっているというモードレッドの言葉は本当だった?)

 

 

 お腹が鳴ったというのに、全くもって反応をしない。眼もくれない。自身がどんどん本当に空気のようになっていく気がしてしまった。

 

 フェイは取りあえず、飲食店に行くようで辺りを見渡しながら歩いて行く。アリスィアはその後を追っていると……どこからか声がした。

 

「お前は……昨日のッ」

「……?」

「それに、アリスィアも……」

 

 

 そこに居たのはラインだった。彼はモードレッドを見て驚きながらも、アリスィアの無事も確認して安堵をしていた。

 

 

「えっと……誰だっけ?」

「俺だ……ラインだ」

「ライン……」

 

 

(誰だったかしら……私も人のこと言えない……。ど、どうしよう。どこかで見た気がするんだけど)

 

 

「あ、ああー。ラインね。久しぶりね……?」

「昨日会ったが……」

「そうね! 昨日会ったわね!」

 

 

(き、昨日……会ったっけ……。あ! フェイ達が行っちゃう!)

 

 

「そ、それじゃ、またね!」

「あ、あぁ」

 

 

 

 本当ならラインがアリスィアのイベントに向かっている際中だった。だが、フェイが早めに新幹線で駆け抜けたのでイベントが無くなってしまったために、道端で会うという事になった。

 

 

 アリスィアはラインを後にした。

 

 

 その後、お昼はお金がないのでフェイに昼食を奢って貰った。

 

 

 

◆◆

 

 

 モードレッドはいい加減探し人が居るという事でフェイ達と別れた。フェイとアリスィアは再び二人きりとなり、ダンジョンへ向かう。

 

「ありがと……昼食奢ってくれて……いつか返すわ」

「いらん。あの程度で一々返される方が手間だ」

 

 

 ぶっきらぼうにフェイは呟いた。そんな彼をチラチラ見ながら歩いているアリスィア。曲がり角へ差し掛かり、そこを曲がれば後は一本道でダンジョンに到着する。

 

 二人が角を曲がりかけた時、誰かが丁度走っており、アリスィアとぶつかった。

 

 

「いったぁぁ!!」

「す、すいません! だ、大丈夫でした!」

「この不躾! どこ見て歩いてるのよ!」

 

 

 額を抑えながら、相手を睨みつける。そこには赤い髪の赤い眼、背丈はフェイよりも少し小さい。だが、どこか可愛らしく中性的な顔つきの少年が申し訳なさそうにアリスィアに頭を深々と下げた。

 

 

「す、すいません!」

「……まぁ、そんなに謝らなくていいわよ」

「ありがとうございます! 本当にすいませんでした!」

「もういいって言ってるでしょ? それより、急いでたんじゃないの?」

「あ、そ、そうでした! すいません、失礼します!」

 

 

 慌てて、少年は去って行った。フェイはその少年に僅かに目を向けたが、再びダンジョンへ向かって歩き出す。

 

「あ、ちょっと待ってよ」

「……」

「さっきの子、凄いあわてんぼうだったわね」

「……」

「偶には、会話返してくれても良いんじゃない?」

「……確かにな」

「背中にボウガン背負ってたし、冒険者かしら?」

「だろうな」

 

 

 ギルドに入ると、マリネが二人を見つけて挨拶をする。マリネが挨拶するのはこの二人くらいだ。

 

「お二人共ー、いらっしゃーい! 良いクエストが入ってますよー!」

「……クエストか」

「するの?」

「少し興味がある」

「ふーん」

 

 

 

 フェイがマリネに近寄る。彼女は待ってましたと言わんばかりに一枚の紙を差し出した。そこには本当なら緑であるはずなのだが、赤い色をしているゴブリンの絵が描いてあった。

 

「これ、最近ダンジョンに出現したゴブリン亜種だそうです! かなりの数が居て、今現在色んな冒険者が討伐に出ています! そうして、このゴブリンの魔石の買取がかなりの料金なのでおすすめです!」

「……受けよう」

「はい! 了承しました! 五十体倒して、魔石すべてを回収をお願いします! 魔石によってクエストを判断するので決して無くさないようにお願いしますね!」

「あぁ……」

 

 

 フェイがアリスィアがクエストの発注をしていると、誰かがギルドの中に大急ぎで入ってきた。

 

「お、お待たせしましたー!!!」

 

 

 先ほどの赤髪の少年である。知っている素振りのマリネにアリスィアは質問を投げかける。

 

 

「あー、あの子」

「知ってるの? アイツ」

「えぇ、私と同じでかなり除け者扱いされている冒険者の方です。溝鼠(ドブネズミ)だなんて呼ばれちゃっている可哀そうな子です」

「……どうして、そんな」

「あの子、トークって名前なんですけど。物凄い臆病でドジで腰が低い。立ち振る舞いが冒険者として見るに堪えない底辺だから、地下に住むネズミみたいだとか訳の分からないことを言いだした人が居て、その名目が定着したって感じです」

「……そうなんだ」

「えぇ、でもあの子、ずっと冒険者辞めないんです。他の道を探さないで、でも戦闘も出来ない臆病者だから安い賃金で非戦闘員のサポーターみたいなことだけしてるって感じです」

「……パーティーとか組んでないの?」

「いえ……ただ、今日は何処かのパーティーにサポートとして入る予定だったみたいですけど……ボウガンの矢を忘れたみたいで急いで取りに行ったのですが先ほど彼をおいてそのパーティーはダンジョンに」

「まぁ、そうよね。そんなドジな子に背中は任せられないわ、いくら頑張っていたとしてもね……」

 

 

(当たり前だけど……フェイみたいなのが沢山いるわけないわね。ああいうドジな輩が居てちょっと安心している自分に驚いているわ)

 

 

 彼女の目線の先にはドジをして、呆れられて一人ぼっちのトークが居た。マリネもトークが可哀そうだと思っている節があったのでフェイとアリスィアにある提案をした。

 

 

「もし、よければ、お二人のパーティーに入れて上げて頂けませんか? 多分、知識とかではかなり役に立つはずですし……ドジですけど」

「ドジでビビりね……そんな奴と一緒って……。まぁ、私は才能あふれてるから誰とでもパーティーは組めるけどね! フェイが良いって言うなら入れてあげてもいいわよ」

「俺とお前はいつからパーティーを組んでいることになった?」

「え? そ、そうね……仮パーティーって事にしておきましょう。それでアイツどうする?」

「……俺は最初からソロだ。それにお前が勝手について来ているだけ。だから、今更誰がついて来ても構わん」

「決まりね。おーい、そこのしょぼくれた赤髪、こっちに来なさい! パーティーに入れてあげる!」

 

 

 アリスィアがそう言うとトークが眼を輝かせながら二人に近寄ってきた。ぺこりと頭を下げる。

 

「あ、ありがとうございます! 僕トークって言います! よろしくお願いします! こ、こんな僕でも精一杯頑張ります!」

「あー、はいはい。よろしくね。そんなに畏まらくていいわよ。私は世界最高峰の才能を持つアリスィア、こっちの鬼の生まれ変わりみたいな目つきの男はフェイよ」

「アリスィアさんにフェイさん! 覚えました!」

「そ、まぁ、早速行きましょう。話ながら色々説明するから」

「は、はい!」

 

 

 フェイは一瞬だけ、トークに眼を向けて挨拶を返さずダンジョンへ向かって行った。アリスィアは結局世界のイベントからは逃げられない。ラインにギャンブルでのお金を取り返して貰った後、彼女は精神的にまいっているが再び強くなるために一人ダンジョンへ向かった。

 

 

 そこで男性版ヒロインであるトークと曲がり角でぶつかって邂逅を果たす。その後、ギルドでドジによって矢を忘れて、置いてけぼりにされたトークを再び会う事になり、一人ぼっちな彼と自身を重ねて、そして、心の安定剤として人を近くに置いておこうという結論になり、彼をパーティーに誘う。

 

 

 このイベントでフェイの前世、その一部の業界で人気であったヤンデレ依存系美少年トークが生まれることになる。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 彼は弱虫だった。臆病だった。弱い弱い、少年だった。才能なんて持っているはずがなかった。

 

 魔術適正なんて持っているはずがなかった。でも、諦めきれなかった。彼はぼんやりと夢を見ていた。

 

 誰もが自分を認めてくれて、讃えてくれて、そんな勇者のような自分をずっと夢見ていた。

 

 でも、現実はそんな上手く行くはずがなかった。気付いたら周りから馬鹿にされていた。当然だった。何処までも臆病であったから。夢の中の自分は勇敢に、周りは瞠目をする。

 

 しかし、彼は怖くて怖くて、魔物に近づくことが出来なかった。剣を振るなんて出来なかった。だから、彼は遠距離のボウガンを武器にした。目標から離れて離れて、ただ打つ。命中率はそこそこだった。

 

 魔物が居ると一目散に逃げてしまう。そして、自分が傷つくことのない場所から撃つ。当たるときもあれば、緊張で手が震えて明後日の方向へ行くこともある。彼の評価は平凡以下であった。

 

 周りが勝手に自分の限界を決めているんだ……トークはそれが口癖だった。自分は頑張っているのに。周りが……。才能が……いつも何かを言い訳にして、

 

 

――諦める理由を探していた

 

 カッコよい自分になりたくてずっと頑張っていた……いや、頑張っているつもりだった。トークと言う少年はいつも妥協をして見切りをつけて、自分の限界を決めていた。

 

 

 その時、彼は運命と出会う。アリスィアと言う少女とであることになる。トークなんかとは実力も才能も何もかも違う。彼は嫉妬をしていた。だけど、同時に憧れを持った。

 

 強い人と一緒に居るだけで満足感も得た。

 

 誰も見てくれないのに自分を見てくれた事で幸福を得た。

 

 なのに、彼が彼女に与えたのは喪失だった。ゴブリンの強化種である、赤色のゴブリン亜種の大量発生。彼と彼女は大群のゴブリンに囲まれる。焦ったトークはアリスィアを置いてその場を離れる。

 

 逃げたわけではない。ただ、自分は安全圏の場所に移動しただけ。そして、そこからボウガンで彼女をサポートしようと矢を発射しようとしたのだが……実はもう一匹、近くにゴブリンが居てそれにビックリをして誤射をしてしまう。

 

 そのまま矢が……アリスィアの眼を抉った。

 

 そのまま、眼を失い悲鳴を上げて……でも、何とかゴブリンを退けて地上へと帰還する。そして、応急処置を受けた彼女に対して、トークは何度も謝る。罪の意識から彼は彼女へ依存状態になってしまって、ストーカーのような存在へとなる。

 

 彼女もトークの弱弱しい姿を見て、自分を見ているようになってしまう。トーク√へ行った場合は互いにドロドロとした愛情の鎖で結ばれる。

 

 

 フェイの前世のネット上ではヤンデレ好きは最高の展開だと評価が下されている。だが、トークへのアンチも多い。

 

 結局、彼は一つの眼を奪ってしまったから。義眼が自由都市には高値で売られているので眼は回復するが……それでも罪は変わらない。

 

 フェイが挟まった事でどうなるのか……それは神でも予測できるわけがない

 

 

 

◆◆

 

 

 フェイ達がダンジョンを歩ている。クエストをアリスィアはトークに告げた。その後、アリスィアとトークは言葉を交わす。

 

 

「へぇー、最近この都市に来たんですか。それなのに凄いですね」

「当然よ」

「……本当に凄いです。とても駆け出しとは思えません。魔術適正も五属性全部あるなんて。僕は無属性しか無くて……」

「そこのフェイも無属性しかないみたいよ」

「え? そうなんですか?」

「……だったらどうした?」

「あ、いえ。聞いただけです……」

「……そうか」

 

 

 

 フェイは最低限の言葉だけを話してまっすぐ進んでいく。そんな彼をトークは気になるようで視線を向け続けた。自分と同じ、無属性だけの存在。きっと自分のように見下されてきた存在だから共感をしたいと思った。

 

「なんだ? 視線が鬱陶しい」

「あ、す、すいません……その、無属性だけって……聞いたから……気になってしまって」

「……っち。そんな目をずっと向けられても不快だ。質問があるならさっさとしろ」

「あ、ありがとうございます! その、夢ってありますか?」

「夢……強いて言うなら、誰よりも強くなることだ」

「……無属性だけなのにですか?」

 

 

 それを堂々と言った彼に微かに驚愕をした。馬鹿にされたくなくてずっと言葉にするのを避けた来た自分とは違うから。

 

 

「何か文句あるのか?」

「な、ないです! ただ、世間一般的にだと、無属性だけだと色々と限界を決めつけられるというか……周りの声とか気にならないんですか?」

「ならない」

「凄いですね……僕とは違う。僕は怖いんです……いつか、自分のどうしようもなさに気付いて、全部を諦めてしまう時が、今まで見てきた夢も思想も全部無駄になってしまうのが、努力が苦労が苦難が全部意味をなさないモノになってしまうが怖くて仕方ないんです。だから、踏み切れない、全部をかけられない。無駄になった時の恐怖が頭を離れないんです……」

「共感できんな」

「……怖くないんですか? いつか、叶わない夢から覚めて、自分の頑張ってきた事が全部無駄になってしまう時が……」

「怖くない」

「どうして……」

 

 

 同じようなはずなのに、何もかもが食い違っている眼の前の存在に対して、疑問が尽きなかった。

 

 

「そもそも俺とお前の考え方は前提が違う。人間とは利己的な物だ。過去に今にどれだけの苦労を抱えていたとしても未来で良い結果となれば良しとする。今まで頑張ってきた、苦労してきたことが報われたとな」

「……」

「だが、報われなかったとき、無駄であったと嘆く。百一回叩けば破れる扉を百回たたいて止めたとしても。未来の自分が過去の自分を肯定する。そこへ至るまで俺は進み続ける。無駄になど、ただの苦労になど、誰がするか」

「――ッ」

 

 

 身の毛がよだつほどの覇気。

 

「俺は後悔などしない。未来で必ず俺は過去の俺を肯定する瞬間に至る。それだけを考えている。俺とお前の違いはそれだけだ」

「……」

「話しすぎた……だが、そうだな。もっと簡単に答えを言っても良いのかもしれない。ただ、諦める理由がない。それだけだ」

「諦める理由がない……」

 

 

 フェイの言葉を気付けば彼は復唱していた。諦める、言い訳をする理由を探し続ける自分と未来へ歩み続ける彼。

 

 器としては似ているのに、あり方がまるで違っていた。

 

 

「僕は……いや、()()()()

 

 

 その言葉を彼は言いかけた。自分も自分もと未来へ期待を寄せたくなってしまった。だが、そこで大きな音が聞こえた。

 

 ダンジョン、二階層。大きな大きな平原。もぞもぞ、地中から赤いゴブリンが現れる。その数は数百。

 

 一瞬で臨戦態勢へと入ったフェイとアリスィア。そして、それに恐怖を感じて囲まれないうちに逃げ出してしまったトーク。それを二人は確認するが今は眼の前の戦闘に集中する。

 

 

 アリスィアとフェイの剣技を駆使して、ゴブリン亜種をなぎ倒していく。次々と灰になって行く魔物。

 

 安全圏に入ったトークは再び、自己嫌悪になった。また、逃げてしまった、何度も何度も彼はこれを繰り返している。

 

(僕は僕は……いつになったら……逃げないようになるんだ……い、今からでも遅くない。二人を助けないと……)

 

 

 震える手でボウガンを手にする。引き金に手をつけた。打とうした瞬間、自身の足元からゴブリンが出ていることに気付いた

 

 

「うわぁっぁあ!!!」

 

 

 狂った。矢は……アリスィアの目元に飛んでいく。

 

 

「え……?」

 

 

 彼女は驚愕した、もう、間に合わない。防御できない距離にまで矢が迫っていたから。完全に虚を突かれた。まさか、このタイミングでパーティーメンバーから矢が目元に飛んでくるなんて誰が予想できるか。

 

 逃げたトークの居場所は彼女は把握していた。だから、きっとボウガンでサポートをしてくれると安心していた。

 

 だが、そこから来たのは攻撃だった。

 

 

 このままだと、自分の眼は潰れる。星元強化じゃ間に合わない。そう思いかけた時、次の瞬間。背中がドンと押された。かなり強めに押されたので彼女は地面に強く沈む。

 

 

 そして、血の匂いが……彼女の鼻に通った。眼を開けると、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 アリスィアの事を無理やり限界以上のスペックを引き出した手で押したことで、手が赤黒く腫れている。

 

 

 そして、眼から血が……

 

 

「あ、あ……フェイ……。血が……眼が」

「問題ない。それより、ここを片付けるぞ」

 

 

 その後、クエストは無事達成された。だが……その代償としてフェイは左目を失った。

 

 

◆◆

 

 

 

(僕は……僕は……なんてことを……最低だ。パーティーメンバーに向かって矢を放ってしまうなんて……ッ)

 

 

 ギルド館にある救護室に地上から帰還したフェイは直行することになった。周りではひそひそとトークについて言葉が交わされていた。

 

 聞こえなくても彼には分かった。罵詈雑言の嵐。震えが止まらない。この震えがフェイの罪悪感なのか、はたまた自分自身への保身なのか。その判断は彼に付かない。

 

 

 暫くするとアリスィアが部屋が出てきた。

 

「あ、アリスィアさん」

「……アンタね……! 自分が何をしたか! 分かってるの!!!」

「す、すいません……」

「すいませんで、済むわけが……」

 

 

 彼女は怒った。本来とは違って、自分ではなくフェイが眼を失った事で怒りが湧いた。彼女の根っこは甘い、自分の事なら無頓着になれることもある。だが、親しみのある人が何かをされた時誰よりも彼女は行かれる。だから、思わず手を振り上げかけた。

 

 そこで、救護室のドアが開いた。左目を包帯で巻いたフェイが無表情で立っていた。そして、彼が最初に発した言葉で全員が口を閉じた。

 

 

「――黙れ」

 

 アリスィアも、周りでトークについて罵詈雑言を発していた者達も。ギルド職員たちですら。

 

 重力が急に何十倍にでもなった様な圧迫感。

 

 

 それをトークも感じた。吐き気すらした。こんな存在が自身へ怒りを向けている。怖くて怖くてたまらなかった。でもしょうがないのだ。彼はそれだけの事をしたのだから。

 

 

「少し顔を貸せ」

「……はい」

 

 

 フェイはトークに声をかけてギルド館を出て行った。夕暮れ時、人気のない場所に彼らは向かい合う。

 

 

「本当に、すいませんでした……どんなことでもします……お金でも、何でも、用意できるだけ」

「戯けが……そんなことでどうにかなると思ったのか」

「い、いえ……貴方のような人の眼に見合う対価ではないと思います……で、でも何か償いを」

「……貴様はただ重荷から逃げたいのだな」

「え……」

 

 

 見抜かれた。そうトークは感じ取った。心の奥底にあった自分への保身、思わない様に居ていた汚い感情を彼は読み取った。

 

 

「俺は何も受け取らない。()()()()()()()()()()()()()()()

「あ、あ……」

 

 それ以上続く言葉が無かった。何を言っていいのか、もう分からなかった。謝罪などでどうにかなるわけがない、怒りが収まるわけがない。

 

 

「……勘違いしているようだから言っておく。俺は怒ってなどいない」

「……そんな」

「俺は常日頃から自分の命を賭けるのが当たり前だと思っている。それに、貴様の攻撃を予測できなかった俺にも非がある」

「それは絶対にないです! ぼ、僕が全部――」

「――黙って聞け」

「……」

「俺からすれば大したことはない。たかが眼1つ。これで何かを変える理由も無ければ、諦める理由になりはしない。だが、その結果として俺は眼を失ったのも事実だ」

「……」

「俺にはこれを聞く権利がある。どうして、俺達へ矢を放った」

「そ、その、あの……手元が……ゴブリンが、出てしまって」

「分かったもういい。大体わかった。貴様はなぜ冒険者をする」

「凄い、存在になりたくて……勇者とか、そう言うのになって、皆に讃えられくて」

「……そうか。では最後の質問だ。お前は次はどうする」

「……分からないです……僕は……どうしたら……いいでしょうか……」

「言ったはずだ。今の貴様には何も価値がないと……ならばどうする。何が俺の望みだと考える」

「……分からない、です」

「……強くなれ」

「え?」

「今、貴様の眼を対価として抉ることも考えた。だが、そんなことに意味はない。俺は強くなるために覇道を行く。俺が高みに行けるほどの戦士となれ」

 

 

 そんなの無理だ。彼は直ぐに諦めた。

 

(だって、僕には才能も覚悟も何もない……)

 

 諦めて、目を伏せた瞬間、胸倉を掴まれて無理やり目を合わせられた。息を呑む。こちらを飲み込んでいくような王者の眼。

 

「何度も言わせるな、今の貴様になど端から期待などしていない。俺が期待しているのは溝鼠と馬鹿にされ続けてきた過去の貴様でも、今、道を見失い途方に暮れる貴様でもない。茨の道を歩いた果ての戦士トークだ」

「――ッ」

「覚悟を決めろ。いつまでも座り込むな。憧れに手を伸ばし、魂を震わせろ。そして強くなり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あ……貴方は、こんな僕に期待をしてくれるんですか……」

 

 

 誰も期待なんてしてくれなかった。誰も未来など見据えてくれなかった。誰も信じてくれなかった。だが、眼を奪ってしまった存在はトークを信じて、未来へ歩めと背中を押す。

 

 

 

「――俺が期待をしているのは未来の貴様だ」

 

 

 そう言って胸倉をフェイ離した。トークは地面に尻もちをついて彼を見上げる。それは一つの始まりのようでもあったのかもしれない。遥か先を行く、剣士。その姿と覚悟に憧憬を抱いてしまった少年の……。

 

 

 フェイはそこを去ろうと踵を返す。その前に、自身の予備の剣をトークへ投げた。

 

「その剣がお前と俺の誓いだ……決して忘れることのないように貸しておく。俺の眼に見合う存在になった時、その誓いの剣を俺に返せ」

 

 

 最後にそれだけ言うとオレンジの光に照らされたフェイの背中だけが、トークに見えた。

 

 憧れに手を伸ばすように、フェイからの剣を彼は震える手で掴みとった。

 

 

◆◆

 

 

 宿への帰り道、フェイが眼を失った事は光の速さで伝わって行った。彼は煩わしいのが嫌いなので人気のない場所を歩ていた。そこへ、モードレッドが現れる。

 

 

「フェイ様」

「……貴様か」

「その眼……色々と噂になってますわ」

「俺は後悔などしない」

「……あの少年に随分甘いのですわね」

「……やはり見ていたか」

「えぇ……どうして、あそこまでしますの? フェイ様は被害者なのに」

「ふっ……貴様が俺にするのと同じ理由だ。言わば投資、今日やったギャンブルとも同じだ」

「フェイ様の眼をあの少年に投資をしたと? ……あの少年にそこまでの価値は感じませんわ」

「いや……アイツは必ず強くなる」

「何故そう言い切れますの?」

「少しだけだが、アイツの話を聞いた。溝鼠と言われたアイツをな」

「その蔑称ワタクシも聞きましたわ。経歴もかなりの聞くに堪えない物ですわね」

「フッ、俺はそうは思わん。どれだけ、蔑まれても見下されても、恐怖から逃げ続けてもアイツは冒険者をやめなかった。それはアイツがまだ諦めていないからだ。自分をな」

「……諦めが悪い男だから期待したと?」

「少し違う。()()()()()()()()()()()()()()()。ああいう奴は嫌いじゃない。常に言い訳を探しながらも、諦める理由を探して、諦めても良かったはずだ。諦める理由はそろっていたことだしな。だが、それをしなかった。出来なかったんだ。アイツには、そこが好ましい……」

「……ワタクシにはフェイ様が言う程の価値は感じませんわ。正直に言えば今すぐにあの男を殺してしまいたい位」

「……」

「フェイ様とは万全の状態で戦いと言うワタクシの願いが潰えてしまうのは、堪忍なりません。と思っていたのですが、フェイ様がそこまで仰るであれば話は変わりますわ」

「それでいい」

 

 

 フェイは歩き続ける、隣では少し不貞腐れているモードレッドがフェイを見ている。

 

「なんだ? その視線は」

「好ましい、だなんてあまり使わないでくださいまし。面白くありませんわ」

「……」

「はぁ……フェイ様って、やっぱり不思議なお方ですわね」

「かもしれんな」

 

 

 泊まる宿に到着する。昨日と同じ宿屋。今日はフェイがちゃんと予約をしている。

 

「おい、さっさと帰れ」

「もう、フェイ様ったら冗談がお上手です事♪ ワタクシも同じ部屋に泊まるに決まっているではありませんか♪」

「帰れ」

「あら? 昨日気絶したフェイ様を介抱して宿屋に運び込んだのは誰であったのか、忘れましたの?」

「……」

「ふふ、そう言う義理堅い所も素敵ですわ♪ ささ、宿屋に入りましょう?」

「っち」

 

 

 二人が宿屋に入ろうとした時、待っていたと言わんばかりにアリスィアが出てきた。

 

 

「フェイ、やっぱりここに来たのね……眼、大丈夫?」

「一々騒ぐな。大丈夫だと何度も言っている……」

「あ、そ、そっか……」

「……何を言いたいのか大体わかる。金が尽きているのは知っている。入れ」

「い、いいの?」

「こいつが一緒に泊まる、二人も三人も変わらん」

「コイツだなんて……まるで熟年夫婦みたいですわね♪」

 

 

 

 フェイがアリスィアとモードレッドと一緒に部屋に入る。部屋に入るとモードレッドが再び話を切り出す。

 

「そうだ、フェイ様」

「なんだ?」

「この都市には義眼を売っている場所がありますの。よろしければ明日一緒に行きましょう?」

「ほう……いいだろう」

「ふふ、フェイ様ならそう言うと思いましたわ♪」

「わ、私も行くわ!」

「アリなんとか様は呼んでいませんわ」

「アリスィア!!」

 

 

煩わしいとフェイは頭を抱えた。

 

 

◆◆

 

 

日記

名前 アリスィア

 

 

 自由都市、三日目。今日は朝からすごかった、午前中とは思えないほどに濃度が濃い。まずはモードレッドとフェイの一騎打ち。訓練とか言うレベルではなかった。モードレッドの強さは異常である。一体全体、何者なのか。

 

 

 訳の分からないギャンブルに巻き込まれて、お金全部持っていかれた。でも、フェイが勝って、宿にも一緒に泊まって良いって言ってくれた。私……フェイに迷惑かけてばっかりだな……

 

 

 そして、フェイは左目を失った。私がトークを安易にパーティーに誘ってしまったから……なのかな。何だか、私が遭うべき厄災をフェイが代わりに受けてくれている気がしてしまう。

 

 だとしたら……凄く胸が痛い。やっぱり私は、疫病なのかな……。

 

 

 でも、フェイはずっと気にするなって言う。今までもこんな戦いを繰り返してきたって。ここに来てからも特に変わった事はない。これが俺の運命だって真っすぐ私を見て行ってくれる。

 

 

 なんだか、心がポカポカする。いつまでも辛気臭いか顔してないで飯を食えって、夜食を奢ってくれた。

 

 

 ごめんなさい……。いや、違う、ありがとうって、言いたかった。ちゃんと心の底から余計な事を考えずに言いたかった。

 

 

 時折、暗い顔をしていたのがフェイに分かったのだろう。デザートも注文していいって言った。滅茶苦茶気が効く。

 

 だけど、その後モードレッドから頭ひっぱかれた。フェイ様に迷惑かけるなって、悲劇ぶるな、お前如きがフェイ様の運命に干渉出来るだなんておこがましいって言われた。

 

 そうね。と私は思った!! いつまでも辛気臭いのは私に合わない。もっともっと、強くなるって事だけ考えよう。もし、フェイが言っていることが本当なら、フェイはこれから先も過酷な運命が待っている。

 

 私にも待っているはずだ。だから、一緒に頑張ろうって前を向こう! そこから気持ちを切り替えてデザートを沢山注文してやけ食いした。フェイは勝手にしろという感じだったが、モードレッドは図々しく下品とか言われた。

 

 

 いつかこいつひっぱたく。

 

 

 

 

自由都市三日目! ここまでの三つの出来事!!

 

 

一つ、ギャンブルで勝つ!

 

二つ、トークを遭遇

 

そして三つ、トークが誤ってフェイを撃ってしまった!!!

 

 

 

左目が潰れてしまった。まぁ、常日頃から命張ってるしね。今更どうと言う事はない。

 

 

俺はいつもそれくらいの覚悟を持っている。だから、驚くようなことはない。応急処置をして貰ってギルドの救護室を出る。

 

ひそひそうるさいな。トークを責めて良いのは俺だけだ。お前ら黙っていろ。

 

 

関係ないだろ。

 

 

さてさて、俺はトークを呼び出して二人きりで話をする。どうにも聞いているとコイツは全部を諦めているように感じる。

 

主人公が励ますのは基本。別に目を失った事に驚きはない。ただ、主人公の眼を失っているという事はそれなりに大きなイベントだろう。

 

トークって割と重要なキャラな気がするんだよな。俺の眼を代償としているイベントだし。これはね、将来期待できるキャラな気がする。主人公である俺の左目の価値に匹敵するキャラだもんね。

 

 

さてさて、適当に励ましてと。この剣を預けておくぜ。いつか返しに来な。ユルル師匠みたく俺も伏線を張って行くスタイル。

 

 

あ、モードレッド。どうした? え? 期待できない? いやいや、左目代償してるんだからそれなりのキャラだよ。

 

 

それに……何かああいう諦めるのが下手糞なキャラって嫌いじゃない。きっと大きくなるよアイツは。

 

 

さて、宿屋に戻る。今日はちゃんと予約した。そして、アリスィアが居る。あ、こいつギャンブルで全部金無くなっているんだよね? しょうがない泊まらしてあげるよ。

 

眼は気にしなくていいよ。

 

 

え? モードレッド? 今なんて……義眼? そうか、眼を失った事に他にも意味があったのか!!

 

 

 

 

 

――主人公義眼強化フラグきたぁぁあぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 



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36話 居酒屋のノリで義眼店行く奴

『四日目 都市最高峰』

 

 神々しい朝日がとある宿屋の部屋に差し込む。その光は心地の良いものであったが、寝ていた者へは少々苦しい物であるから不思議だ。

 

「う、うん」

 

 

 寝ぼけた声で日差しを布団をかぶって遮断する。だが、一度浴びてしまった太陽の光を忘れることが出来ずに遮断していた日の光を布団を剥がして再び浴びる。体を起こして背を伸ばす。

 

 

「うーん……なんか、起きちゃったな」

 

 

 アリスィアはいつもより少し早めに目が覚めた。起きたばかりなのにあっさりと眼が冴えた。隣にはフェイが静かに寝息をたてている。ただ、片目にはガーゼのような物で覆われている。

 

 昨日、自身を庇ってフェイは左目を失ってしまった。それを思い出して悲しくなるが、頭を振って切り替える。そして、再びフェイの顔を見て、思わず眼をパチパチと閉じたり開いたりした。それほどの衝撃に近いもの。

 

「やっぱり、寝顔は可愛いのよね……意外すぎるわ、本当に……」

 

 

 恐る恐る、フェイの頬に触れた。ちょっとぷにぷにしている。触った瞬間に噛みつかれるのではないかと言う恐怖があったのだが、杞憂であったために彼女は安堵した。

 

 安心して筋肉が緩み、アリスィアは思わずへたりと頭を垂らす。

 

 そして、フェイの掛布団の下が妙に盛り上がっているので、どうせ例のアイツが居るのは分かってはいるが布団を下ろす。

 

「うわ……また、裸……」

「はにゅ……?」

 

 若干引いたアリスィア。流石に異性と同じベッドで一緒に寝ているのに無防備すぎる。だが、それは自身の事を完全に棚に上げている。そもそもアリスィア自身もフェイの隣でぐっすりと寝ているからだ。

 

 全裸のモードレッドが寝ぼけ顔でフェイの身体の上に寝転がっていた。金色の髪が微かに跳ねており、光が布団内に差し込んで彼女が眼が覚めていく。

 

「ふぁぁぁ……おはよう、ございます……」

「服着なさいよ」

 

 彼女に脱ぎ捨てられた服を投げつける。それは彼女の顔に当たり、投げつけられたモードレッドは微かに眉をひそめた。

 

「下品な方」

「いや、アンタが言うんじゃないわよ」

 

 

 袖に腕を通して、彼女は着替える。そして、未だ寝ているフェイの顔を見てニヤニヤ笑いながら、手を伸ばす。

 

 

「ちょっと、起きたらどうするのよ」

「いいじゃありませんの。優しく触りますし」

「ふん、起きても知らないからね」

 

 

 先ほどまでフェイぷにぷにをしていたとは思えないほどのアリスィアの発言。アリスィアがフェイぷにぷにをしていたとは知る由もないモードレッドはニヤニヤしながらフェイに触れる。

 

「そう言えばさ……昨日アンタ凄い喘いでなかった?」

「はて? なんのことですか?」

「いや、聞こえたのよ。アンタの喘ぎ声みたいなのが……」

「気のせいではなくて? ワタクシには全く、これっぽちも心当たりはありませんわ」

「そう……そこまで言うなら私の聞き間違いなのかしら?」

「ワタクシが嘘をついているかもしれないという可能性も考慮したほうがよろしいのでは?」

「そうね……つまりは……って! 迷うからやめてよ! なに!? 結局喘いでたの!?」

「さぁさぁさぁ? 知りませんわ♪」

「むっかつく……」

 

 

 人を喰ったような対応にイライラするが朝からそんな気分では行けないと思い、呼吸を整える。モードレッドは興味を無くしたようにアリスィアから視線を逸らしてフェイの服をめくる。

 

 

「ちょっと、それは流石に」

 

 アリスィアが彼女の行動を止める。流石にそんなことをしてしまったら、いくらぐっすり寝ているフェイとは言え起きてしまうと思ったからだ。

 

 

「いいじゃありませんの。一緒に寝ているわけですし……うわぁ、やっぱりフェイ様の腹筋バキバキで興奮しますわ♪ たぎって来ましたわ♪」

「なんでよ」

「はぁはぁ……ワタクシフェイ様限定の筋肉フェチですわ♪ 特にこの傷跡が沢山あるのが最高♪」

「なんでよ」

「あぁ、この傷はワタクシが以前フェイ様をぶっ刺して、大量に出血をさせてしまった時の傷♪ ワタクシの傷がフェイ様の体に刻まれているのと言うのは物凄い、良い味でてますわ♪」

「なんでよ」

「あぁ、やばい、興奮しすぎて鼻血でちゃいそう♪」

「なんでよ」

「昨日の夜も凄い興奮したのに……朝も朝で凄い興奮しますわ♪」

「なんでよ」

 

 

なんでよ。と怒涛のツッコミを叩きこむアリスィア。一般人に近い価値観を持っている彼女の眼にはモードレッドがただの変態に見えていた。

 

 

「貴方様には分かりませんの? この、筋肉……クフフ、これマジでヤバすぎですわね♪」

「そんなに? ふーん、そこまで言われるとね」

 

 

気になって手を伸ばして、フェイの腹筋に触れた。実はアリスィアは気になっていたのだ。モードレッドが散々煽るような言い方をしていたのが尚更であるが、何とか一般人の価値観で留めていた。

 

 

それは流石に……と。だが、逸般人(いっぱんじん)のモードレッドが居るせいで若干倫理観が崩壊しかけていた。朝起きていきなりのフェイぷにぷにがその証拠である。

 

まぁ、あの子もやってたし、私もやって良いかな? という同調圧力によって、知らず知らずにモードレッドにアリスィアは毒されていた。

 

 

(あ……これ、すごい……なにこれ? 人間ってこんなに固くなるんだ……あ、え? もっと触って、見たいかも……)

 

 

(自由都市に腹出して歩いている奴居たけど……多分、そこら辺の奴とは全然違う……。他の奴の触ったことないけど……多分、フェイの腹筋世界最高峰だ。何となく分かる……私のと全然違う。シックスパック? って言うのかしら?)

 

 

(えぇ? 嘘でしょ? どんな鍛え方してたらこうなるのよ?)

 

 

 徐々に興味が深くなっていく。気付けば彼女は手の平を全部押し当てて、フェイの体のエネルギーを感じていた。次第に息が上がって行く、それを見てニタニタしながらモードレッドは囁く。

 

 

「ようこそ、フェイ様の腹筋フェチの世界へ♪」

「違う! 私は違う! そんなんじゃない! これはあれだから! 強くなるために仕方なく触ってるだけだから! 社会体験だから!」

「ふっ、貴方様も先ほどからフェイ様の筋肉を触っているとき荒い息をたててましたわよ? もう、呑まれているのではなくて?」

「ないわ! 私をアンタみたいな変態と一緒にしないで!」

「あらあら、そんな事言っても体は正直みたいですわね。手の平でずっと感じているのがバレバレですわよ?」

「ち、違うってば……」

 

 

 初めて、強靭な異性の体に触れた。しかも、それは通常の男のそれではない。フェイは魔術適正が無属性しかない。魔術のバリエーションに置いて彼は全くの才を持たない。ならばと無属性に出来る身体強化に眼を向けたが、星元操作の才能もないために強者と渡り合うためのカードがない。

 

 だから、取りあえず体を虐めて来た。素の体の数値を一として、魔術によってそれを十倍出来るのが常人なのであれば。フェイは素の体を何としても他者よりも高めようとしてきた。

 

 劣っていると知っていたから、それを埋めるために筋肉を鍛えて鍛えて鍛えて、鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて、鉄を何度も打って名刀を作り出すように。必死に鍛えて鍛えて鍛えて。

 

 それは未だ果てにない。だとしても、常人の領域を遥かに逸脱したフェイの筋肉は逞しく成長していた。

 

 ユルル・ガレスティーアも以前虜になってしまったように。モードレッドが惚れこんでしまったように。それは雄が放つ、圧倒的エネルギーの奔流とも言えた。

 

 ユルル、モードレッドは異性と言うのに全く無頓着であった。初めて触れてしまった異性がある意味では雄の最高峰と言うのが最悪であったのかもしれない。

 

 初めて食べたのが三ツ星フレンチ料理で基準だと考えてしまったら、後から来るのが全部、イマイチに見えてしまうのと同じ原理。それはアリスィアも同じ。初めて触れたのがフェイであるなら、その衝撃は消えない。

 

 頭の中が吹っ飛ばされるほどの、価値観が崩れるフェイの筋肉。たとえ、触れる機会がこれまでの人生に彼女にあったとしても、一瞬で頭の筋肉の価値観の世界が世紀末になるのは言うまでもない。それほどにフェイの筋肉は極まっていた。

 

 

 

「そろそろ、止めた方がよろしいのでは? フェイ様起きてしまいますわよ?」

「も、もうちょっとだけ……確かめないと、これが、一体全体どんな、あれなのかッ、まだ、全然分かってないからッ」

「あらあら……フェイ様の筋肉は罪な筋肉ですのね」

 

 

 

暫く触るが、そこでアリスィアはハッと我に変える。これではあのモードレッド(変態)と同じではないかと。そこで名残惜しいが彼女は手を離した。

 

 

「あら? 終わりますの?」

「えぇ、アンタみたいな変態と一緒になりたくないからね」

「もう、とうに手遅れかと思いますが……まぁ、いいですわ」

「私は変態じゃないわ、そう、私は変態じゃない。よしよし」

「言い聞かせてますわね」

「それより、コイツ全然起きないわね。大分、騒いで触ったのに」

「フェイ様って不思議なお方ですから常人とは色々と食い違っている点があるのでしょう」

「どういうこと……?」

「フェイ様って、普段から自分自身の痛めつけているでしょう? 前にも言った気がしますが人間って無意識のうちに自分自身の体をセーブする……一日の体力配分を無意識にしているのですわ。でもフェイ様はぶっ飛んでいますからそんな事しない」

「見てるから分かるわよ」

「でも、フェイ様の体は疲弊している。だから、効率よく寝ている。でも、これって安心できる方の側でないとしないはず……」

「安心できる人の側で効率よく寝てるってこと? 存分に回復できるときに体力回復してるみたいな?」

「そうそうそうなのですわ♪ つまり、ワタクシはフェイ様からは信頼を得ているということ♪」

「ふーん。ちょっと理解しがたい気もするけど……分からなくもないわね。人間ってそんな感じで生きるのかと思うけど、コイツに普通って一番似合わないし……ただ、アンタに安心感は無いと思うわ」

「はい?」

「いや、アンタのどこに安心して休める要素があるのよ。どう考えても私に安心感感じてるでしょ。アンタは絶対ない」

「ふふ、ワタクシなんて安心感の塊ですわ」

「いやいや、不安と恐怖の塊よ」

 

 

フェイは確かに、一日の活動の為に寝れる時に寝ている。危険地帯では寝ていても感覚は研ぎ澄ませるが流石にそれでいつもと言うわけには体の便宜上不可能。モードレッドが言っているように安心に近い場所ではなるべく完全にスイッチを切っているというのは割と正しい。

 

ただ、それが一体、どこからくる安心感なのか。それは本人しか知る由もない。

 

 

そして、フェイの体内時間は完璧に整えられている。ある時までは死んだようにしているが、ある一点を超えると訓練をしなくてはならないのでぱっちり目を覚ます。

 

 

「……」

「フェイ様おはようございます♪」

「……あぁ」

 

 

 淡泊に返事をすると起きたばかりと思えないほどにすんなり体を起こして、身だしなみをテキパキ整えて、剣を持つ。そのまま黙って外へ出て行った。

 

「アイツ……やっぱり変わってる」

「ワタクシも一緒に行きますわ♪ フェイ様お待ちになって♪」

「アイツも変わってるわね……面子濃すぎでしょ……まぁ、私も行くけどさ」

 

 

 常識人面をしてアリスィアはフェイとモードレッドを追って行った。

 

 

◆◆

 

 

 フェイとモードレッドが朝練をして、ひと汗かいた。例のようにフェイは気絶をして、モードレッドの膝の上。左目を失ったフェイは視野が狭まって思うように動けていなかった。

 

 

「……」

「フェイ様、おはようございます。約束通り、義眼の店へ向かいましょう」

「……そうだな」

 

 

 フェイとモードレッド、そしておまけのwithアリスィアは義眼店へ向かって出発をした。行く途中でモードレッドがフェイの腕に絡みつく、スタイルの良い彼女の豊満な胸がフェイに当たるが一切動じないフェイ。寧ろそれを見ている周りの男性冒険者達が羨ましくて舌を噛んでいた。

 

「……どうせ派手に抱いてるんだろうな」

「女見せつけて楽しいのかね? あー、やだやだ、優雅に腕組んじゃってさ? ……羨ましい」

「いや本当に。全然羨ましくないよね? あーやだやだ、ああいうのにはなりたくないね……羨ましい」

「あんな風に女性と歩いてみたかった……羨ましい」

「後ろの背後霊みたいな女の子もまた可愛い」

「あれ? アイツ、隻眼のフェイじゃないか?」

「え? 誰だよ? 知ってんのか?」

「馬鹿、昨日のあれ聞いただろ? 片目を失った冒険者が居たって」

「あぁ、あの溝鼠が誤射して――」

 

 

 その先を言う事は無かった。ギロリとフェイの眼がそこへ向けられて、圧が降った。即座にフェイ達から目線を外して、その冒険者達は黙る。

 

「――ッ」

 

 

 

 そのまま、フェイ達は去って行った。空気が戻った後、冒険者達は再び語り合う。

 

 

その様子を見ながらとある二人組が話す。『情報屋』の二つ名を持つ、男性冒険者、名をマスコイ。そして、自由都市で新聞記事を出している同じく男性冒険者名をスクーフ。マスコイは強面で毛むくじゃら剛毛な中年男性。スクーフは体の線が細い中年に差し掛かる男性であった。

 

 二人は酒を飲みながら隻眼について話す。

 

 

「隻眼……それがアイツの二つ名ってことか?」

「そうだ。あと、アイツと一緒に居た金髪美女いるだろ?」

「あの、けしからん程にたわわを押し付けてた」

「違げぇよ。隻眼の後ろに居た金髪の方だ。アイツは……あれ? 二つ名は覚えているんだが……名前なんだっけな。アリ、アリ……すまん、隻眼が濃すぎて忘れた」

「おいおい、勘弁してくれよ。記事書けないだろ。まぁ、いいや、二つ名は?」

「背後霊」

「は? なんだそれ?」

「隻眼の後ろずっと付いて回っているからこの二つ名がついたらしいぜ。しかも、ご飯とか宿代とか全部出させるらしい」

「わお。かなりの悪女だな……背後霊か……あのもう一人の美女は?」

「アイツは知らない……だが、メッチャ別嬪だったな。あれは多分、抱いてるな」

「羨ましい……3Pとかしてるのかな?」

「だろうな」

「最高じゃねぇか……俺も隻眼になればハーレムになれるのかな」

「あんまり、そう言うことを言うもんじゃねぇよ。隻眼だって失いたくて、失ったわけじゃない。それに、失ったのは昨日だ。意外と心の中は荒れてるかもな。まだアイツ、自由都市来て三日しか経ってないらしいし」

「災難だな……アイツは記事にするのはやめておくか……」

「あぁ、そうしろ……それに……アイツには手を出さない方がいい。さっきの圧でも分かったが……あれは魔物だ」

「確かに、かなりの物だったな。俺自身に向けられたらヤバかったかもな」

「お前も記者である前に冒険者なら覚えていた方がいい。世の中には絶対に踏み込んではいけない領域がある。アイツは多分、そう言う領域そのものだ」

「そうなのか?」

「……これはオフレコで頼みたいんだが……アイツはここに来た一日目に一階層でリザードマンと死闘を繰り広げ大怪我を負ったらしい」

「まじか」

「二日目にはあの連続殺人の犯人と交戦。そして、死にかけながらも生きながらえて助かったらしいぜ」

「まじか……それで三日目で隻眼って……疫病神かなにかか?」

「それは分からんが、隻眼は接する距離を……誤れば……喰われるぞ」

「……わ、分かった。アイツにはなるべく関わらないでおくことにする。俺は今回の事を描かない。これでいいな? だが……他の奴はどうだろうな」

「自由都市にはかなりの悪質な記事を書くやつも居るから……隻眼達は面倒事に巻き込まれるかもな……。それに、また噂になっている溝鼠も元を辿れば、その悪質な記事が今までの悪評の原因って話もあるらしい」

「溝鼠ってあの……誤射をした……結局お咎めも何も無かったんだろう?」

「らしいな。隻眼は一体何を考えているのか俺には分からん。ただ、何だか、荒れてきているな」

「……」

「長年の勘だが……荒れるぞ。時代が……」

 

 

 隻眼の登場……それは新たなる時代の幕開けを予感させた。

 

 

◆◆

 

 

 自由都市は広大な迷路のように広い。メインストリートは比較的に道は分かりやすく、最大手のレギオンの拠点がある場所などもメインストリートから近い場所に置かれている。

 

 だが、そこからかなり離れて入り組んだ地形。通路が狭かったり、活気にあふれていないような場所。

 

 物静かな道のりをフェイ達は歩いた。暫く歩くと、素朴な作りの一軒家の前でモードレッドは足を止めた。彼女はノックをする。すると、中から萎れたような女性声が響いた。

 

 

「開いてるよ」

「……失礼しますわ」

 

 

 フェイ達は中に入った。そこには椅子に座って眼鏡をかけている老婆が読みかけていた本から丁度、眼を離して、尋ね人達へ目を向けている所だった。

 

 

「なんだい。お前さんがここに来るなんて……明日はゴブリンでも降って来るのかい?」

「さぁ? そんな事ワタクシに聞かれても知りませんわ。それより、義眼をくださる? フェルミ様?」

「なんだいなんだい。元使用人だからって、こき使うってのかい?」

「そんなつもりはありませんわ。ただ、義眼をここで売っているのでしょう? でしたら、義眼を売ってくれと言っているだけですわ」

 

 

 白髪で腰が曲がっているフェルミと言う婆さんが溜息を吐きながら、本を閉じる。そして、モードレッドがずっと腕を組んでいるフェイに目を向ける。

 

 

「そっちの男にかい?」

「えぇ、フェイ様に義眼を与えたいのですわ。昨日、パーティーメンバーに誤射されてしまったようで」

「あぁ、なるほど。そいつが噂の隻眼って訳だ……それで? ずっと腕を組んでるけど、まさかお前さんの男だなんて言うわけじゃないだろうね」

「そのまさか、と言いたいところですが……今は違いますわ。今は」

 

 

 

 フェルミとモードレッドは知人のようでペラペラと憎まれ口のような会話を繰り広げる。アリスィアが気になってモードレッドに声をかける。

 

「ちょっと、アンタとそのお婆さん知り合いなの?」

「えぇ、元ワタクシの使用人ですわね」

「元?」

「ワタクシ、実は元々はとある貴族の娘だったのですわ。まぁ、没落しましたけれど。その時の彼女は使用人ですわ」

「えぇ!? アンタ貴族だったの!?」

「鈍いですわね。このあふれ出る気品で分かりそうな物ですのに」

「いや分からないわよ! 全然あふれ出てないし!」

「フェイ様はどうですか? ワタクシが貴族と聞いて驚きましたか?」

「いや……察しは付いていた」

「まぁ♪ ワタクシの高貴な雰囲気を見抜いていただなんて♪ 流石ですわ♪」

 

 アリスィアは驚愕、だが、フェイは静かに、淡々と佇みながら事柄を述べた。

 

 そこに驚きはない。本当にそれが分かっていたように。既知感のある存在には興味がないようにジッと一人だけ切り離された存在のように話が終わるのを待った。

 

 アリスィアとは反対の佇まい。そしてアリスィアの驚き。それを更に、追い打ちをかけるようにフェルミが話を続ける。

 

 

「しかも、コイツはただの貴族じゃない。原初の英雄アーサーの血を引いていた特別な家系の子だよ」

「は、はぁ!? アンタ……実は凄い奴だったのね……」

「そんなことはどうでもいいですわ。それより、フェイ様の義眼を早く寄越してくださる?」

「せっかちな子だね……まぁ、いいさ。どれどれ、じゃ、そっちのフェイとやら眼を見せておくれ」

「……」

 

 

 フェイからモードレッドは手を離す。眼帯を外して、フェイは血痕が僅かに残っている左目を見せた。

 

「そんじゃ……手術を……あれ、麻酔がきれてるね……これじゃ、手術は……」

「いらん。それより手術をはやくしろ」

「お前さんもせっかちだね。麻酔が無くてどうやって手術するって言うんだい、痛くてそれどころじゃないよ」

「無論承知している。その上で言っている」

「……馬鹿だね。そんな我慢をするより、ちょっと待ってれば買ってきて――」

「――フェルミ様……フェイ様の言うとおりに」

「……正気かい?」

「えぇ、フェイ様が必要ないと言っているのだから、必要ありませんわ」

「なんだい、この二人は……途轍もなく痛いからね、覚悟しなよ」

 

 

◆◆

 

 

(本当に麻酔無しで手術が終わってしまった……何て子だい……悲鳴一つ上げず……眉一つ動かさないなんて……)

 

(体からは汗が噴き出ている……この男の体が悲鳴を上げているというのに。それを一切表情に出さないなんて……精神が肉体を凌駕するとはこういうことを言うのかね)

 

 

(長いこと生きて来たけど……こんな男は初めて会った……)

 

 

(痛覚がないわけではない……だとするなら我慢の天才かね……)

 

 

「これが、義眼か」

「あ、あぁ、その通りさ。ただ、暫くは眼帯を付けて使わずに慣らした方がいいだろうね……」

「そうか……この眼に固有の能力は?」

「そんなもん、有る訳ないさ。あくまで義眼は義眼。代用品だ」

「そうか」

「ただ、魔眼などは移植できる場合があるからね。そう言う代用品は特殊な能力があるもんさ」

「……なるほど」

 

 

(麻酔無し……麻酔があっても視神経を繋げるのは激痛を伴うというのに……これはあのモードレッドが惚れこむのも理解できる。小さい頃から男っ気なんて一切なかったというのにあんなにべったりして……そういう所は母親似かね。この子に両親と似ている所なんて無いと思っていたけど……そして、モードレッドが惚れこんでいるこの男……どこかで……)

 

 

 眼を細めてフェイを見るがどこだが忘れてしまった。思い出せない歯がゆさに眉を顰める。

 

 

(どこだったかね……。年を取ると忘れっぽくて困るよ……あたしが『ロメオ』で団長としていた時ではない。色んな家を渡り歩いてた時……思い出せないねぇ……)

 

 

「フェイ様、義眼の代金でしたらワタクシが代わりに出しますわ」

「その必要はない」

「いえいえ、ありますわ。だって、今のフェイ様の手持ちでは全く足りませんもの」

「……そうか」

「えぇ、ですが、気負う必要はございません。これはフェイ様と同じように投資のような物ですわ♪ ワタクシ、金の量にはかなりの自信がありますの」

「……いずれ返す」

「いえ、もうそれ以上のものを貰っていますから……お気になさらず」

 

 

 モードレッドが代金の代わりに宝石のような鉱石をフェルミに渡した。

 

「宝石なんて持ち歩ているのかい? 変な子だね」

「お金を持つには限界がありますの。こうして、宝石に換金して持って居た方が効率的ではなくて?」

「……ったく、可愛くない餓鬼だよ」

 

 

 モードレッドが代金を払い終える。それが終わるとフェイは足早に小屋の出口へと向かう。

 

 

「フェイ様? もう行かれるのですか?」

「……そうだ」

「あぁ、フェイ様、激痛に耐えて手術を終えたばかりなのにすぐさま行動開始するなんて……興奮ですわ♪」

 

 

 フェイがそこから出ようとドアに手をかける。微かに振り返って、ふと声を出した。

 

「世話をかけた」

 

 それだけ言って、フェイはそこを去った。

 

 

◆◆

 

 

(アイツ……麻酔無しで神経を繋げるなんて……あり得ない)

 

 

 アリスィアは前を歩いているフェイを見た。益々フェイが自分と同じ人間なのか疑問が強くなる。

 

 

(あの手術、見ているこっちですら痛々しくて見ていられないというのに……痛くない訳が無い。我慢してるだけ……? でも、いつもと顔つきは変わらないのに……やっぱり、フェイって心の底では苦しんでるんじゃ……)

 

 

(私は……ずっと)

 

 

 彼女には前を歩いているフェイが凄く遠くに感じた。それに寂しさなのか、恐怖から離れている安心感なのか、本人にも分からない。だが、心が重々しく負荷がかかったように感じてしまった。

 

 

◆◆

 

 

 隻眼とは、義眼とは……ロマンである。

 

 ――byフェイ

 

 

 遂に来てしまった。ここに、朝からモードレッドに訓練で気絶させられたけど、それはもうどうでもいい。もう感謝である。

 

 ここで手術を受けて、義眼を貰ってパワーアップってやつですね? 分かります。

 

 さてさて、歩いていたら古めの小屋っぽい感じの所に到着。おお、如何にも老舗って感じの雰囲気があるなぁ。

 

 中に入ると、モードレッドとフェルミと言う婆さんが凄い話込んだ。あれ? なに、知り合いなの?

 

 

 

 へぇ、モードレッドやっぱり貴族だったんだぁ。それでこのフェルミ婆さんが使用人であったと……ふーん。アリスィアは凄い驚いているようだけど……。

 

「フェイ様はどうですか? ワタクシが貴族と聞いて驚きましたか?」

 

 いや別に。

 

 

 ですわ! って口調の奴って大体貴族のイメージだから。何となく裏設定とかでそうなんじゃないかとは考えていたから、そんなに驚くような事じゃないよね?

 

 俺は分かってました。

 

 

 原初英雄アーサーの血を引いてるって? へぇ……まぁ、パンダアーサーと剣技似てるし、何となくアーサー関連だとは考えてたよ。普通普通。それより義眼早くしてください。

 

 

 俺うずうずしてんだ。

 

 

 麻酔とか良いから……。もう、焦らされて発狂しそうだから、ハヤクギガンホシイ……。

 

 

 モードレッドの後押しもあって、すぐさま手術をしてくれることになった。ベッドに寝て、上から光で照らされる。

 

 流石にちょっと怖い……だが! 主人公は耐えるのだ! 痛みにも恐怖にも!

 

 あぁ、なんか、ヌチャヌチャ、肉を抉るような音がする。今潰れた目を取り出してるんだろうな。

 

 流石に痛い……でも、この感覚どこかで……。

 

 

 どこだっけなぁ……あぁ、歯医者さんだ。前世で歯医者さんに治療をして貰った時の感覚に似ている。前世だと歯医者苦手だったなぁ。

 

 まぁ、三回目くらいで慣れたけど。

 

 昔を想起していたら、手術が終わっていた。お疲れ様です。さて、眼の方はどうなっているのかね?

 

 おおー、確かに見える! 義眼すげぇぇ! 特殊能力はありますよね?

 

 

 え? 無いの? なんだよ。これじゃ、強化イベントじゃないじゃん……。

 

 

 いや、ちょっと待て……今までの俺はダメージ交換の時、左目を担保にするのを無意識に避けていた。それは眼は無くなったらそう簡単に復元が出来ないから。でも、今はどうだ?

 

 ――フェイー、新しい眼よー。それー! 

 

 

 ぐらいの感覚で変えられるよな? 

 

 

 ――眼が死んだとしても、でぇじょぶだ、フェルミの婆ちゃんの所で蘇えれる! 

 

 

 これから、眼を担保にして戦闘できると分かったら俺ワクワクしてくっぞ!

 

 

 ――主人公の眼が目まぐるしく入れ替わるのは基本。

 

 

 これは聖騎士であるエクター博士の医務室くらいの感覚でここに足を運ぶことになりそうだな。

 

 

 義眼店の常連になりそうな予感。居酒屋くらいの感覚で来れる便利な店を見つけてしまった。

 

 

 暫く慣れるまでは義眼は使用できないらしいのでこのままダンジョンにでも行こうかな。その前に昼だけど……。義眼って結構値段高いの? え? モードレッドが払ってくれるの!?

 

 へぇ……ありがとうございます。パンダより好感度上がりました。

 

 

 さてと、眼帯を付けてこの店を出ますかね。片目を隠すのもカッコいいから最高!

 

 

 フェルミの婆ちゃん、次も来るからな! 楽しみにしててくれ! お金は何とかなるやろ。俺主人公だし!

 

 

◆◆

 

 

 

 フェイはモードレッドとアリスィアと共にダンジョンへ行く前に近くの飲食店で昼食を取っていた。

 

 ダンジョン行く前にはご飯を食べて、精力を付けようという判断である。三人が入った飲食店は物凄い賑わいで丁度、三人が席に着いたところで満席になってしまった。

 

 しかし、一つの席だけぽつんと空いており、予約席と思われる席があった。

 

 注文を終えて、三人が待っていると丁度その予約をしていた客たちが現れる。明らかに他の冒険者の者達は異質な空気感を持ち合わせている者達。

 

 その中にはラインやバーバラの姿もあった。

 

 

「あ、アリスィア」

「え? あー、えっと、ら、ら、ライン?」

「そうだ。お前はどうしてここに」

「どうしてって……ご飯食べに来たんだけど」

「もう、ライン、女の子にお前とか使ったらだめだよ」

 

 

 

 アリスィアを見つけて思わず声をかけるラインとそれを面白がっているバーバラ。二人の後ろには三人の冒険者の姿があって一足先に席に着いた。なぜ、彼女達はここに居るのか。

 

 それはある意味でシナリオ通りと言える。本来なら片目を失ったアリスィアはラインによって保護され、バーバラとラインと一緒にフェルミ婆ちゃんの所で手術を受けるはずだった。

 

 フェルミは元ロメオの団長であり、バーバラとラインの父であったウォーの剣の師でもあった。知り合いでもあったフェルミにラインは自費で手術を願い、激痛に耐えながらアリスィアは義眼を手にする。

 

『頑張ったな……』

『あ、ありがと……』

 

 ラインがぶっきらぼうに呟きながら頭を撫でる、ちょっとデレたアリスィアが見れるはずであったイベント。ネットでも最高のデレシーンとして有名であった!!

 

――だが、フェイのせいで潰れた。鬱だけでなく、他者の恋愛フラグまで彼は潰す。

 

 その後、痛みに耐えた彼女の元気を付けるなどを理由にロメオのメンバー達と一緒にご飯と食べるはずであった。

 

 フラグはドンドンフェイのせいで潰され、色々と変わり果てているが、やはりアリスィアにはイベントが収束している。それがフェイと彼女にどのような関係性をもたらすかは誰にも分からない。

 

 ただ、それでも世界は前に続いて行く。

 

 

「おい、『ロメオ』だ」

「都市最高峰レギオンの一つじゃねぇか」

「トサカ頭の男。あれは双剣使い(デュアルマスター)のトリテンだ」

「ツンツンヘアーのジャガイモのようなごろつき顔……大金剛腕 (オオカナヅカイ)のポテラ」

「あのスパゲティの麺みたいな金髪ロールの美人は……鞭使い(スネークマン)のアルデンテだ」

「貫禄すげぇ……」

「この店来るのかよ」

「ラインとバーバラも居るぜ」

「バーバラ、体つきエロいなぁ」

「男の噂ないからワンチャン」

「無理だろ、ブラコンで今まで誰一人落とせなくて玉砕してるのに」

「マジでバーバラちゃん可愛いよな。バーバラちゃんの為に世界があると言っても過言ではない」

 

 

 

 周りのロメオに対する声がアリスィアの耳に響いた。

 

 

(ロメオ……!? 意外とうわさ話に疎い私でも知ってる!! えぇ、ラインってロメオ!? この、お姉さんバーバラって……ロメオのだ、団長!? う、嘘でしょ!? 超ビックゲストじゃない!?)

 

 

「ごめんね? ラインってちょっと、天然なところあってさ」

「あ、き、気にしてないわ!」

「それならよかった!」

「俺は天然じゃない」

「またまた、この間も砂糖と塩、間違えてたじゃん」

「う、うるさい」

 

 

(うわぁ、兄弟でイチャイチャしてる……)

 

 

「っち、どうやったら弟に転生できるんだ?」

「無理だよ」

「未来信じてワンチャンダイブすれば?」

「まぁ、バーバラちゃんは恋愛感情とかはないって聞くし、まだ可能性はゼロではない」

「そうだな」

 

 

(周りも周りね……どうして、男ってこんな馬鹿とゲスしかいないのかしら?)

 

 

 周りの冒険者の声が聞こえて、その底辺のような会話に関係ないのに溜息を出す。アリスィアはチラリとロメオの団員たちに目を向ける。

 

 

(どいつもこいつも強そうなのばっかりね……これが、都市最高峰って奴なのね……。フェイは、この人たちを見てどう思ってるんだろう?)

 

 

 気になってアリスィアはフェイに目を向けた。

 

「さっきは手間をかけた。ここは俺が奢る」

「まぁ、フェイ様ったら紳士ですわ♪」

「……そうか」

「うふふ、フェイ様の『そうか』って口癖結構好きですわ。本音を言うともっと話してほしいですけど」

「……少しくらいなら答えよう……さっきの代金もある」

「フェイ様のそう言う律儀な所は素敵ですが……ワタクシはフェイ様自身が話したいときに聞きたいのでそれは結構ですわ。それに、あれは投資。フェイ様の義理堅い所は好きですが、気にしないでくださいまし」

 

 

(全然、意識してないじゃない! こいつら! 目のまえに都市最高峰が居るのよ!!)

 

 

「お、お前は……」

 

 

 丁度そこで、ラインがモードレッドに気付く。

 

 

「はにゅ? どこかでお会いしましたか?」

「忘れたとは言わせない」

「忘れましたわ。あ! もしかして、この間ワタクシがいった美容店の店員の方?」

「違う……」

「はぅー、外れてしまいましたわ」

 

 

(カマトトぶってんじゃないわよ……絶対フェイの前だからって可愛く見せようとしてるでしょ。ムカつくわね……)

 

 

(それにしても、フェイもモードレッドも都市最高峰が眼の前に居るのに一切気にした素振りしないのね……こういう所が強さの秘訣なのかな……?)

 

 

(でも、気にしなって無理じゃない? だって、眼の前には都市最高峰が……あ、いや待って……)

 

 

 アリスィアの頭の中には二日前の出来事がフラッシュバックした。

 

 

――両腕が取れて発狂する男。

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(急に都市最高峰が……大した事のない奴らに見えてきた……こいつら濃さ全然負けてない。寧ろ勝ってるし……もしかして、フェイとモードレッドが全然意識しないのって……こいつら(都市最高峰)なんかより、もっとすごい存在を知っているから……?)

 

 

(フェイの濃さは凄いから、大抵の奴が薄く見えちゃうけど……麻酔無しで義眼手術するし……モードレッドはフェイを知ってるからどうでもよく見えちゃうのかしら?)

 

 

(じゃあ……フェイは何だろう? フェイって何を考えているんだろう……何を感じているんだろう……私は何も知らない。助けてもらい続けている人を知らないなんて変な話ね)

 

 

 

 その後、フェイ達は昼食を食べて店を出た。フェイとアリスィアはダンジョンへ、モードレッドは探し人を探しに別れる。夜は一緒のベッドで寝ることになり、フェイが寝た後に、アリスィアがフェイの腹筋をコッソリ触ったのはまた別の話。

 

 

 

◆◆

 

 

『四日目 覚醒の日』

 

 

とある冒険者パーティーがモンスターに囲まれている。オークの群れが涎を垂らしながら冒険者達に襲い掛かり、それに彼らは対応に追われる。

 

 

「ぼさっとするな! 矢を撃て!」

 

 

厚い胸板の男が気弱そうな男に向かって激昂を飛ばす。その怒りに体を一瞬だけ震わせて、彼は震える手でバリスタを発射する。矢がオークに当たって血が噴き出る。だが、焼け石に水でまだまだ後が控えている。

 

 

「っち!」

「うわぁ!」

 

 

舌打ちをして、赤い髪の少年を男性冒険者は蹴飛ばした。彼は転んで、その間にパーティーを組んでいた者達はおとりにしてそこから逃げ出す。

 

「――ッ」

 

 

死ぬ。それが彼の頭の中に最初に刻まれた。死にたくない死にたくないと彼は必死にあがく。

 

急いで立ち上がって走る。群れの包囲網の中には微かな隙間があるが、このままでは間に合わない。彼はバリスタで再びオークを撃つ。煙袋を投げて視界を悪くする。彼もオークも両方ともに煙で何も見えない。

 

態勢を低くして、把握していたオークの群れの立ち位置の間を縫うように彼はそこから離脱しかける。

 

だが、煙が晴れて再び補足をされた。包囲網から抜けたが後ろから魔物が追ってくる、彼と一緒に居たパーティーは既に彼よりも前を走っていた。

 

 

助けてくれない。逃げないと、自分だけでも逃げないと。でないと殺されてしまう。どんどん仲間の背中は遠くなる。彼は助けを求めて手を伸ばすが、届くわけがなくて。

 

だから、逃げて逃げて逃げて、自分だけ生き残ろうと走る。怖くて怖くてたまらない。元々臆病な少年が窮地に追いやられて、更に臆病になってしまった。

 

 

「ああああああああああ!!!」

 

 

そこで、眼が覚めた。今まで見ていたのは彼の、トークがまだ溝鼠と言われる前の記憶。汗で全身が濡れているような気持ち悪さで彼は目を覚ました。息が上がって、全身を触って自分が生きていることを確認する。

 

泊まっているベッドから起きて、身だしなみを整えて部屋を出る。

 

宿屋の受付の前を通ると色んな人たちから彼は昨日の事を思い出す。とある冒険者の眼に向かって矢を誤射してしまった。そして、その冒険者から期待をされてこと、怒られも、嫌味もなく、罪悪感も消え去るほどに金色の背が輝いてたこと。

 

ただ、それを思い出した。

 

 

そして、自覚する。昨日の自分が犯してしまった大罪が都市中に広まってしまっていることを。しょうがない、これが自分のしてしまった報いだと彼は納得する。

 

 

周りからは彼を卑下する声が沢山あった。恥だと、底辺だと、彼の耳にそれは響いた。でもそれはいつもの事で、いつも臆病な溝鼠だと言われ続けて納得をしてしまっている。

 

それが自分だと彼は受け入れてしまっている。トークはフェイから貰った剣を腰に置いてダンジョンを目指した。ギルドに入ると、益々風当たりの強い視線が降り注ぐ。

 

 

「……よくこれたもんだな」

「あり得ないだろ」

「もう、パーティーを組む相手も居ないのに」

 

 

成れていても納得をしていてもその言葉は胸に刺さる。仕方がないと言い聞かせても、辛いものは辛い。

 

「あの、ダンジョンに潜られるんですよね?」

「はい……」

「その、パーティーは……」

「いえ、一人で」

「分かりました」

 

 

ギルド職員のマリネに話を通して彼はダンジョンに一人で潜った。一人でなんて潜った事はない。だが、今の彼と組んでくれる人はいない。恐怖が湧いてくる。だが、彼はしなくてならない。

 

 

期待をされたから。

 

 

彼は階層を下りて、二階層に辿り着く。魔物を倒そうと彼は辺りを見回す。慎重に進んでいく。

 

そこで、土が盛り上がるような音が響いた。一つだけでは無くて、連鎖するようにそれは多くなっていく。

 

 

ゴブリン亜種が複数体現れた。その数、十五。

 

 

不味いとトークはその場を離れようとした。離れたところから狙撃をしようと急いで足を走らせる。

 

追ってくるゴブリン亜種に対して、走りながら矢を発射する。だが、当たらない。手が恐怖で震える。距離が中々突き放せず、それでも発射をし続け、矢が尽きていく。

 

たった一人、それも複数の魔物と戦う事への恐怖で彼は通常のポテンシャルを全く発揮できない。

 

逃げて逃げて逃げて。彼は再び、溝鼠と言われた彼に戻って行く。恐怖で支配されて、保身だけが頭にあった。

 

視野が狭くなって、逃げるしか選択肢がない。そして、ゴブリンたちに眼を奪われすぎて、足がお留守になっていた。

 

もう一体ゴブリンが今、彼の足元から生まれようとおり、その土塊。それに躓いて彼は転んでしまう。

 

(逃げないと、いけないのにッ! 早く速く、立ち上がって!!)

 

 

荷物が落ちた。微かに残った矢、お金が入った財布袋も……そして。

 

 

(こんなもの拾っている暇はないッ、はやく、逃げない――)

 

 

 

――フェイから貰った剣も

 

 

 

その時、時間が止まったような錯覚を受けた。極限の集中状態、それが引き起こされて彼は選択を迫られる。

 

 

拾わずに、逃げても良い。でも、それはこの先、トークと言う少年が一生溝鼠として下を向き続ける。俺は飛べるのだとずっと信じてやまない鳥かごの中の鳥として生き続けることが確定してしまうような。

 

そんな、安定して何もない人生になる大きな選択肢(ターニングポイント)。剣は転んだ時に明後日の方へ飛んでいっている。あれを拾った所で逃げるしかない。安物の剣だ。

 

変わりはいくらでもある。

 

たかが剣だと。

 

でも……

 

 

(ちくしょうッ、なんで、どうして……僕は……)

 

 

()()()()()()()()()。逃げることも忘れていた。恐怖で忘れかけていた。約束と期待を。

 

頭の中に……それが蘇る。夕日に照らされて、憧れの存在にこの剣を託されたことを。

 

 

彼は進んでいく。黄金に照らされた夕日の方へ。それはきっと彼の道の果てを示しているのかもしれない。トークの憧憬が重なって、金色の背がより輝いて見えた。

 

彼は振り返らない。きっと、トークに期待をしたが手を差し伸べたり、背中を押してくれたりはしないだろう。

 

それをトーク自身も気付いている。分かっていたはずだ。接した時間は微かな物であっても、彼が過去ではなく未来を向き続ける、前に未来に進み続ける存在であるという事は。

 

頭の中の光景(フェイ)は憧憬と期待だけを託して消えていく。それで満足をしていても良かったはずだった。

 

なのに……彼の憧憬はふと振り返る。そんな訳はないのに。憧憬(フェイ)と今の自分の眼が合う。

 

 

彼は何も言わない。ただ、再び前を向いて歩き続ける。はるか遠くを歩み続ける彼に追いつきたい、追い抜きたいと彼は剣を握る。

 

 

「アあぁぁぁああ!!!!!!!!」

 

 

咆哮をして、剣を抜いてでたらめに彼はゴブリン一匹を切った。

 

 

(どれだけ期待をされても、託されても、また諦めようとしていた自分が愚かしい……悔しいッ、恥ずかしいッ)

 

 

魔物の恐怖は消えていない。一人で戦う怖さは忘れていない。なのにトークの手の震えは止まっていた。

 

 

(魔物の怖さよりも、一人で戦う怖さよりも……憧れに背を向けてしまう事の方が……もっと、怖い。諦めたくない)

 

 

 

 冒険者になってずっと馬鹿にされて来た。色んなパーティーからは遠ざけられて、悪口を言われて、陰口を言われて。

 

 蔑まれて、馬鹿にされても、笑ってやり過ごしてきた。それで良いと受け入れていた。

 

 

(でも……もう、そんな自分で居たくないんだッ、あの人が期待してくれた、未来の僕でありたいんだッ)

 

 

 

 剣を振る。囲まれないように走る。ずっと逃げ続けてきたからこそ脚力はある。走って走って、大勢の魔物はそれぞれに多少の個体差がある。立っている場所に差がある。

 

 細かい連携など出来る知能はない。ならばと彼は縦横無尽に走る。走って、追いかけてくる魔物を一匹一匹切って行く。

 

 走って追いかけてくるなら、必ず一匹ずつ。立ち位置と個体差で全魔物が一斉に追いつかれないように彼自身が立ちまわって、絶えず一対一に持ち込んでいく。

 

 時には石を投げて、砂を投げて目をくらまして、不意打ちから切って。

 

 

(変わってやるッ、戦い抜いてやるッ、そして、追いついてやるッ)

 

 

 

 走って走って走って切って走って走って、時折不意打ちをして、それを幾度となく来る返していく。気付けば血の池が出来ていて、彼も返り血で赤く染まって行く。

 

(――あと、一匹だ)

 

 

 走る、剣を振って、腕を飛ばす。砂を投げる、殴る、蹴る。そして、頭を彼は潰すように叩き切る。

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 

 もう、魔物の群れは居ない。これを自分がやったのだ。苦手であったはずの近接戦闘を駆使して。それを自覚したとき、瞳から涙が溢れた。

 

 

 馬鹿にされた来た自分を、諦めていた自分を。そして、期待をして背中で語り蔓憧憬を思い出す。

 

 

「もう、いない……? 僕は、やり遂げた……? あ、うぁぁぁ……うぅぅぅッ」

 

 

 彼は勝利によって現実に引き戻された。今になって恐怖で心が満たされる。だが、それを超えた今の自分が生きている。そのことに心から興奮をした。少しでも、あの背中に手を伸ばせたことが嬉しかった。

 

 勝利の余韻に浸り、一人だけ涙を流す。音をたてず、ただ一人、静寂を壊さないように泣いた。

 

 

 

(必ず……貴方の期待に……)

 

 

 

 恐怖は消えていない、躓くことも、高い壁に絶望することも、転んでしまう事もあるだろう。

 

 

 でも、溝鼠と言われて、馬鹿にされ続けた彼はもう居なかった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

日記

名前 アリスィア

 

 

 朝から色々と凄い一日だった。まず、モードレッドが昨日の夜に喘ぎ声を出していたのかと私は聞いた。そんな訳ないと言っているけど……聞こえたんだけどなあ。まぁ、寝ぼけてたからそんな訳ないと言い切れないけど。

 

 

 モードレッドが訓練でフェイをボコボコにするのにはちょっと引いた、でも、それよりもっと引いたのはフェイの義眼手術だ。神経と繋げたりするのはかなりの激痛を伴うと聞く。

 

 それよりも潰れた眼を抉るということ時点で明らかに痛みに耐えられない。そんなの誰だって知っているはずだ。見ている私が痛い……。

 

 フェイが凄いのは知ってる。絶対に口には出さないけど……。でも、だから心配になる、アイツだから大丈夫とか、アイツならやってくれるとか……そんな勝手な事を思って、背負わせてしまっている。

 

 私の巻き込まれ体質をフェイに背負わせてしまっているかもしれない。でも、私は心の底で思っている。フェイだから大丈夫とか、何があってもアイツは私のせいにしないとか。

 

 そうやって、自分を一番安全な所で守って、フェイの強さを知るとか理由を付けて、ずっと背負って貰っている。フェイはそれでいいって絶対言うし、気負う必要はない勝手に同情するなと言うけど。

 

 私は……本当は私が頼っているように、フェイにも……頼って欲しい。見ていられない。フェイが傷つくのは……。そう思ってしまうのは私のエゴで自分勝手な思想なんだろうけど。

 

 

 

 …………とか悩んでたら、またモードレッドに頭ひっぱたかれた。一々、重々しいとか、何回同じこと悩むのかと呆れられた。

 

 私も自身で呆れている。気にしない、気持ちを切り替えるとか思っておきながら私はずっとそれが引っかかっている。そして、また頭ひっぱたかれた。

 

 やり返しても軽くあしらわれるだけ。コイツ本当に嫌い。でも、言ってることを無視できないから尚更嫌い。

 

 フェイの事も、こいつをひっぱたく目標も、どちらにしろ、私は強くならないといけないと再認識した。

 

 

 

◆◆

 

 

 うーん、何だか今日はあんまりイベントがない日だったなぁ。まぁ、三日間くらいは盛沢山だったり、今日は箸休め的な感じかね?

 

 義眼の後、昼食を取っていたら周りが凄いざわついていた。どうしたと思ったら都市最高派閥が居るとか。

 

 へぇ……あれは確か……ラインとバーバラだっけ? 助けてもらった事があるから覚えていますよー。都市最高峰かぁ。

 

 まぁまぁまぁ、何となく察しは付いていたよ。だって、一日目に俺の命を助けるという大役を任されていた二人だからね。主人公の命救ってるんだからモブキャラな訳が無い。

 

 それで、三人くらいの仲間とここに来たのね。何かのイベントかなと思ったけど俺に絡んでこない所を見ると……これは伏線みたいな感じかな?

 

 今後のイベントの為に、取りあえずキャラ紹介だけしておきますよ? 的な奴かな? 

 

 だと分かったら、今はいいよ。そのうち、絡もうな。

 

 そして、その後ダンジョンに潜った。でも全然、何もない。ただ、256体の魔物を倒すだけに終わった。

 

 あれ? 今日は微妙だなって俺は思ったんだよ。ただ、帰りに物凄い大声が聞こえたから何かあったのかと思ったら、二階層で血の池を見つけた。これは……魔物から出た血だ。

 

 

 ……何かの伏線か?

 

 

 何かとんでもない化け物がここで生まれたとか、ここに居て……主人公にいずれ、この惨状を作り出した奴が牙をむくとか……。

 

 いや、でも……うーん、割と俺が血の池に慣れてしまっているから……そんな驚きがあるというか、新鮮味がない。人の死骸とかあったら話は別だけど。これは魔物の血の池だろうし。

 

 まぁ、気にしてもしょうがない。一応頭の隅には入れておこう。さてと、明日で自由都市に居るのは最終日だ。明後日からは、また聖騎士として活動するから帰らないといけない。

 

 最終日だから、大きいイベントがあって俺から血が噴き出るんだろうな。

 

 明日に備えて早く寝ないと!! お休み!!

 

 

 

 

 




明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


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37話 観光終了

『五日目 魔物行進』

 

 自由都市、世界最高のダンジョンがそこにはある。魔物の種類は地上に住むほぼ全ての種を内包している。地上にはいない種の魔物もおり、世界最高と呼ぶにふさわしいダンジョンであろう。

 

 

 そのダンジョンの34階層。深い深い森のようになっている、その場所で一人の男がその景色を眺めていた。木にはサルのような魔物が登っておりその男を見ている。空からは鷹のような鋭い眼を持った大型の鳥が飛んでいる。

 

 

 男の表情は見えない。彼は仮面をかぶっているからだ。黒い仮面には赤の二本のラインが目元から伸びるように入っており、どこか不気味さを感じさせる。

 

「……悪の時間だ」

 

 

 彼はそう言った。手を何かを振りまくように振るった。光の粉のような、蝶の鱗粉のような光の粉が森に降り注ぐ。

 

『――◆■◆◆◆■◆◆◆■◆◆◆■◆◆◆■ッ!!!!!!!!!!!!』

 

 

 数多の嘆きに似た怒りの声。天井を貫くような怒声の集合が響いて、大気を焦がすような衝撃が森に走る。それを見届ける男は仮面の奥でニヤリと嗤う。

 

 

 そこには純粋な悪意があった。どこまでも深くて、因縁も無ければ、それに至るまでに深い理由もない。ただ、無垢な子供がありを潰すように、残酷に生き物を殺して、中の様子が気になってカエルを解剖するような――

 

 

  ――純粋無垢な悪意。

 

 

 ダンジョンに魔物達の声が響いて行く。地上に向けて魔物が行進していく。魔物は滅多にダンジョンから出ることはない。自身のテリトリーから出ることはない。

 

 操られ導かれるように、彼らは地上に向かう。

 

 

 

◆◆

 

 

 遠い日の記憶。まだ彼女が、アリスィアが幼い頃。気付いたら兄が居なくなっていた。

 

 彼女の母は酷く悲しんだ。当然だった、自身の子が一人目の前から居なくなってしまったのだから。村の人達も彼女の母を慰めた。母は混乱していた、酷く酷く精神を病んでしまった。

 

 自分のせいだと強迫観念に囚われてしまった。自分がちゃんと息子を見ていればと母親は自分自身を責めた。気が狂う程に自己嫌悪に陥ってしまった。アリスィアは必死に母親を慰めた。

 

 

 まだ真面に倫理観もなく、知識もまばらで言葉も知らなくて。でも、必死に愛する母親を慰めた。だが、それは意味をなさなかった。追い込まれて痩せ細くなっていく母親はただ、責任感から逃げたくなった。

 

 だから、アリスィアのせいにした。

 

 アリスィアは生まれる時に非常に苦労させた。中々腹から出てこなくて、トゥルーは直ぐに出てきたというに彼女はそんな事はなく長い時間激痛を味わった。

 アリスィアが生まれた直ぐ後に父親は死んだ。アリスィアが生まれてから、直ぐ後に村には魔物が大群に押し寄せてことがあった。アリスィアが生まれてから、母親は体調を崩しやすくなった。

 アリスィアが生まれた後に、村の長老が死んだ。友人が死んだ。村が時折、魔物に襲われるようになった。アリスィアが生まれた後に激しい豪雨で村の一部が崩壊した。

 

 アリスィアが生まれた後に……トゥルーが居なくなった。日に日に、アリスィアに重荷を、憎悪を勝手に背負わせ始めた。寝たきりの母親を何年も介護をして、十歳を超えたとある日。

 

 

『――おまえの……せいだ……』

 

 

 指を指して、とある日に母親はそう言った。毎日、毎日、アリスィアは母を看病したというのに。何もかも無くなって行って追い込まれた母が娘に突き放すようにそう言った。

 

 言葉が無くなって、アリスィアは固まった。もしかして、今のは自分の聞き間違いではないかと錯覚するほどに、その場の現実を受け入れられなかった。乾いた笑みを浮かべて母に問う。

 

 どうして、そんなことを言うのか。自分はずっと何年も尽くしてきたのに。村での農作業を頑張って、魔物から村を守るために魔術を独学で学んだり、剣を学んだり、只管に頑張って頑張ってきたのに。

 

 

『う、嘘だよね? ママ?』

『……あんたが、いなければ……こんなことには……ならなかったのに』

 

 

 冗談でも嘘でも幻覚でも、幻でも悪夢でもない。それが現実であった。母親から遠ざけられて、それがどんどん蔓延して行った。母親から娘へ、その言葉を聞いていた者が居たのだ。

 

 そんなのを誰もが信じるわけではない。可哀そうな娘だなと誰もが思ったいた。

 

 そう……最初は()()()()()()()()()()()

 

 それなのに……何かあるたびに彼女へその意識が向いた。ふと頭をよぎった。もしかして、アリスィアは本当に何かを引き寄せているのではないかと。

 

 こじつけは疑問へと変わり、そして、思い込みに変わった。

 

 そして、彼女は気付いたら村の人たちから遠ざけられてしまった。彼女はその村から消えた。視線も遠ざけられる対応も、ぎこちない噓まみれの視線も全部が嫌になったから。

 

 

 ただの、思い込み。それが彼女の巻き込まれ体質の正体。常軌を逸した、強迫観念と母からの言葉を彼女は未だに引きずっている。だから、彼女は強くなって、兄を見つけて、全部を戻そうとしている。

 

 巻き込まれたとしてもそれを全部超えられるほどの力を求めて、自由都市へ彼女は来た。強くなってはいる。初めて触れて感動して驚いて嬉しい事もあって、楽しい事もあって、自分と一緒に居てくれる人を見つけて。

 

 

 ――でも、アリスィアはずっと……自分を責め続けている。

 

 

「あ、あ……」

 

 

 アリスィアは体中に汗をかいて目を覚ました。ずっと、あの日の、幼い自分の悪夢を見ていた。隣にはフェイとモードレッドが居て……、少しだけ安心した。そして、夢で疲れてしまった彼女は再び気絶するように眠りについた。

 

 

 そして、悪夢にうなされ、五日目を彼女は迎える。

 

 

 

◆◆

 

 

 朝早く、フェイはモードレッドと訓練を終える。そして、彼は探し物があるモードレッドと別れ、アリスィアと共にダンジョンに向かって行く。

 

 

「ねぇ……そう言えばアンタって、兄弟とか居るの?」

「それを答える理由はあるのか」

「いいじゃない。教えてよ」

「……記憶にはない」

「と言う事は居ないの?」

「さぁな。少なくとも俺の記憶にはいない」

「そう……私も同じなの……兄がいたらしいけど私は覚えていない……」

「……そうか」

「……うん」

 

 

 途端に気まずくなってアリスィアは話を切り上げる。そこからは彼女は何も言わない。フェイから話を振ることはないので、沈黙が続いて行く。ダンジョンに向かいながらアリスィアは思う。

 

(兄ってどんな存在なのかな……居たらしいけど、全然分からない……)

 

 兄とは何なのか。母親がずっと大事に覚えていた兄。姿かたちも分からない彼女にとって兄とは兄弟とは何なのかずっと疑問だった。

 

 

 答えが出るわけなく、歩き続けて。ギルドに到着する。そこで、思わぬ再会をする。

 

 

「あれ? アリスィアちゃんだよね?」

「……バーバラだったかしら?」

「そうそう、覚えてくれたんだ! ありがとう!」

「……都市最高峰だから忘れられないわよ」

「確かにそうかもね……これからダンジョン?」

「そうだけど」

「……まぁ、ダンジョンに潜るのは自由だとは思うけど……うーん……今日は止めておいた方がいいかも」

「なんでよ?」

「……今、ダンジョンは割と大変な事になってるから……」

「大変な、こと?」

「うん……なんでもダンジョンの34階層で他種の魔物達による地上への進軍が始まったとか」

「他種の魔物達が進軍?」

「おかしいよね? 魔物達が一つになって行動するなんて……しかも他種系統での進軍って絶対可笑しい。まぁ、魔物の数はそんなにいないらしいから、今は大事にはなってないらしいけど」

「そう、なんだ」

「うん……ただ、魔物の数自体は少ないけど、地上への進軍なんて一度もなかったんだ……なにか、大きな事が起きようとしてるのかな、最近地震も多いし……」

「今までこんなことは一度もなかったのね……」

「さっきラインが隊を組んで討伐に向かったばかりだからさ。アリスィアちゃんはここに残って今日は休んだ方がいいと思うよ」

「そう……アンタはどうするの?」

「私は……万が一、地上に進軍したときの最後の砦だから、残っていようと思ったんだけど……。ラインが心配、何か凄い嫌な感じがするんだ。私にはラインしか、家族は残ってないから……だから、援軍に向かう事にするよ。他の幹部に指揮権は渡しておいたし」

「そっか……なら、私も行く」

「え?」

「私も冒険者だしさ……なんとなく、今回の事態を指をくわえて見てるのは嫌なのよ……それに……あそこでギルド職員からクエスト受けてる馬鹿は行く気満々らしいからさ」

 

 

 二人の視線は、マリネことピンクの悪魔からフェイが討伐隊の援軍としてダンジョンの探索をするクエストを何事もないように受けているフェイの姿に向かった。それを見てバーバラも驚きの表情になる。

 

 

「……え!? フェイちゃんも行く気なの!?」

「フェイのこと、ちゃん付けは止めた方がいいわよ。絶対……」

「そうなの? でも、私って基本的に誰でもちゃん付けするんだよね……まぁ、でも、フェイだから……略して……フーちゃんにしておこうかな?」

「キレられても知らないわよ」

「おーい、フーちゃん!」

「絶対、怒られるわよ」

 

 

 バーバラがフェイに向かって手を振る。フェイは最初自分が呼ばれているとは思わず、特に反応をしない。だが、バーバラが何回か手を振るとフーちゃんと呼ばれているのが自分自身だと気づいたようで怪訝な顔をして、眼を細めた。

 

 

「……」

「フーちゃんもダンジョンに行くって本当?」

「馴れ馴れしい……それとその名で呼ぶのは止めろ」

「ごめんごめん。でもいいじゃん、フーちゃんの方が可愛いって!」

「そう言う問題ではない」

「それより、フーちゃん、ダンジョンに潜るのは止めた方がいいよ」

「……断る。俺はそこに向かう」

「……その、危ないよ? アリスィアちゃんもフーちゃんも」

「私は気にしないわ……」

「うーん……一応だけど、ライン達以外にも魔物討伐に向かったパーティーとか隊は居るし、それに今、援軍もまだまだギルドがクエストで募集しているし……そもそも、クエストを受けたり、ダンジョンに潜るのは二人の自由だし……」

 

 

(でも、アリスィアちゃんはラインが気に入ってるしな……フーちゃんは何となくラインに似てるから……私が気に入ってるし……。二人に何かあったらそれはそれで嫌だし……ラインは心配だから私が行かないって選択肢もないし)

 

 

 バーバラは頭を悩ませる。そもそも魔物の進軍は早期の報告があり、また数自体もそこまでではないので危険ではあるがそれは自己責任として放っておいてもいいかもしれないとも考えられる。それに、ライン達が全ての魔物を討伐してしまえばどうと言う事もない。

 

 しかし、魔物の数が少ない……とは言ってもバーバラには何やら落ち着かなく、勘のようなものが働いた。だから、最初は討伐隊だけで良いとギルドから言われたのに現在、ロメオの団員達をギルド近くへ待機させ、自身はダンジョンに向かおうとしている。

 

 そして、眼の前の二人は駆け出し。それに何かとこの二人は様々な事に巻き込まれていることを知っている。リザードマン、殺人事件、誤射。放って置いたらどうなってしまうかは見当もつかない。

 

 それに二人共、気に欠けている存在である。放っておくことはできない。

 

「だったら……私と一緒にパーティー組まない?」

「アンタと?」

「うん。私一人で行くつもりだったから、折角だし一緒にどう?」

「私はそれでいいけど……フェイはどうする……って、もうダンジョン行っちゃった!!」

「えぇ!? も、もうせっかちな所も似てるんだね!」

 

 

 二人は急いでフェイの後を追った。やはり、アリスィアは本来のシナリオを辿る。バーバラがラインのお気に入りになった彼女を心配して、援軍として二人は一緒にダンジョンに潜るのだ。

 

 そして、それと同じように二人はダンジョンに潜った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ダンジョン23階層。そこでは魔物の地上への進軍を食い止めるべく、数多の冒険者達が武具を振るい、魔術を行使し、魔物を討伐していた。

 

 

「クソが……」

 

 

 ラインが怒りを抑えきれずに声を絞り出す。その行動をしてしまった理由は一つだけ。魔物の数が多すぎるという事である。報告で来ていた数以上の膨大な数。

 

 

(これは……未だ際限なくどこからか呼び寄せられているのか……ッ)

 

 

 ラインの眼には明らかに何者かに先導をされていることが垣間見えた。数が増えていく。先が見えない地獄のような戦いに徐々にライン達の足が下がって行く。気付いたら彼らは囲まれていた。

 

 

 上に待つ姉に報告も出来ない。この事態は誰が引き起こしたのか。皆目彼には見当がつかない。その不気味さ、何も知らない分からない不安が重荷となって行く。全体の士気が下がって行く。

 

 死傷者は一人としていない。怪我人は誰一人としていない。彼らは多大な数の戦闘をこなしている。だというのに喜びは全く無く苦渋に顔を歪ませている。

 

 

「ひるむな!」

 

 

 魔物に囲まれて、思うように動けず僅かに地上へと魔物を向かわせてしまった。多少、他の冒険者も居るはずであるのだから大丈夫ではあるが、この状況は続くと不味いと彼も感じる。

 

 魔術を行使し、剣を振るい魔物を殺しているが……間に合わない。

 

 

(クソ……ロメオの団員達の士気も落ちている。クソ……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(俺は副団長なんだ……)

 

 

 

(姉にも迷惑をこれ以上かけれられない……)

 

 

 ラインの頭の中には姉バーバラの姿があった。ずっと献身的にラインを支えてきたのは父でも母でもなくバーバラであった。幼い時には母がダンジョンで死んで、父は殺された。

 

 彼等の父はもともとロメオの団長であったのでそれを引き継いだのはバーバラだった。父と母を幼い時に失ったラインは荒れていた時期もあった。勇気を無謀とはき違えて、ダンジョンに只管に潜り死にかけたり、体の限界以上に剣を振ったり、強くなりたくて仕方なかった。

 

 そして、思春期でもあった。姉を無視して一人でご飯を食べたり、姉が鬱陶しくて仕方なく暴言を吐いたときもあった。

 

 ただ、只管に弱い物は死ぬことを知っていたからそうなりたくないだけだった。

 

 

『なんで、ずっと俺に構う』

『だって、ラインは私の弟だもん。二人きりの兄弟でしょ』

『……』

『もう、膨れないで? ずっと一緒に居ることなんて出来ないんだから、今くらい仲良くしよう? 二人だけの家族なんだから』

 

 

 バーバラはずっと弟を支え続けた。いつしか、ラインも彼女を支えたいと思っていた。そこに男女の恋愛観はない。ただ、家族として互いに互いの幸せを願っていたのだ。

 

 ラインは分かっていた。自分が強くて、一人前にならなければ姉はいつまでたっても自分から離れられないという事を。

 

 

 バーバラも女性であったから、意中の相手と恋をしたり、結婚したり、子供を授かって、両親に孫の顔を見せてあげたいと考えているときがあることを知っていた。

 

 

『え? 私に特定の異性? なになに? ラインもそう言うのに興味あるの?』

『……そう言うんじゃない』

『えー? 本当に? あ、わかったわかった、怒らないで? うーん、そうだね……やっぱりラインが幸せになってからそう言う人は見つけようかな?』

『……』

 

 

 彼女は姉であったが、同時に親としての役目も自分がしなければならないと振る舞い続けていた。

 

 

(強くならないと……この程度は……俺が)

 

 

 姉に迷惑をかけたくない、これ以上ラインの幸せを追い求めるのではなくて、バーバラ自身の幸せを追い求めて欲しかった。

 

 

 だから、今日は姉に頼らなかった。想定の数の魔物なら自身の指揮と実力でイレギュラーを鎮められると思っていたから。

 

 だが、そうはいかなくなっている。このままでは地上に待機している姉に再び剣を振るわせてしまう。まだまだ、面倒を見なくてはいけないと思わせてしまう。そして、この異様な数と統制……地上の住民にも被害が出る可能背もある。

 

 

「副団長! 大変です! 40階層以下の魔物まで!」

「なっ……!」

 

 

 

 絶句した。彼等の眼の前には大きな巨体と一つの大きな目玉を持っているサイコロプスと言う魔物が複数体。この魔物は魔物の中でも厄介な個体であり、魔術へ一定の耐性がある。

 

 

「こんなことって……」

 

 

 団員数は50名ほど、魔物の個体も強力で数も増えてきている。何より問題なのは、終わりの見えない闘争で仲間達の指揮が下がっている事。団員達の間を抜けて、魔物達がぞくぞくと階層を上って行く。

 

 

 

 

「……なるべく、数を減らして……あとは、地上に居る……」

 

 

 

 姉に頼ろうと考えかけた。だが、それでもと彼は拳を握る……。しかし、それは彼だけであった。彼等が居た階層はとある平原とそれに連なる丘のような場所が沢山ある。

 

 

「もう、無理だぁぁ!!」

「このままでは我々が死んでしまう……」

「撤退しかない」

「抑えきれない……」

 

 

 一人が逃げ出した、平原にある上に上がる階段に続く洞窟を死守していたのに。陣形が崩れた。そして、一人が逃げたら大勢の人間が逃げていく。魔物の数は数百体に及んでいる。

 

 それに深い階層の魔物、上空からもブレスを放つ魔物の姿もある。追い込まれていく。仲間も徐々に逃げ出してラインと僅かなロメオの幹部と団員だけ。盾役も逃げ出してしまい、陣形が崩壊を始めて、ブレスなどによって怪我人が出始める。

 

 地上への被害、姉への示しがつかない、想定を超えるイレギュラー。数多の要素が重なって……だとしても……彼は逃げるわけにはいかない。終わりの見えない戦いに一人向かいかける。

 

 腕に怪我をして、星元も底が見え始める。

 

 

 だが、魔物は手を緩めない。彼もこのまま逃げなければ死ぬ……。だが、見逃せば地上にて姉や力のない自由都市の住人への被害が拡大する。

 

 

「ライン!」

 

 

 迷いかけた時、姉の声がした。風の魔術で囲まれていた魔物達を一掃して、退路を作る。

 

 

「総員撤退! ラインも速く!!」

 

 

 

 姉の怒声のような声が響いた。いつもの優しい声ではなく、団長としての厳格な命令の声質。カリスマ性のあるその声に引っ張られるように全員がその場から退いた。

 

 ただ、ここで世界最高峰の彼らが抑えきれないという事はどういうことなのか、理解をした。この数をそのまま通したら自由都市は悲鳴と絶望と混沌の都市へと姿を変える。

 

 力なき市民も都市に居る。レギオン同士の抗争の事しか頭にない冒険者達が何かを企てるかもしれない。ここを抑えきれなかったロメオが悪いと脚色して噂を広める者も居るだろう。

 

 そして、得体の知れない悪の存在。

 

 

 ラインは苦渋に顔を歪ませながらも足を速める。彼の目線の先にはアリスィアの姿もあった。彼女は魔物の大群に恐怖をしていた。

 

 

 我先にと逃げた団員達の姿もあった。ラインはバーバラとようやく合流する。かなり高い位置で岩の砦のようなところに身を潜ませる。上空にも数多の魔物が居るからだ。

 

 

 

「ライン、良かった!」

 

 

 バーバラがラインに抱き着いた。

 

「……はやく、止めないと……このままだと人の命が」

「……仕方ないよ……全責任は私が取るから。情報と違い過ぎたわけだし、本当に仕方がない……団員達のポテンシャルを最大限出せれば何とか足止めくらいは……でも、この際限ない場所で死と向かい合いながらそれをするのは無理だよ」

「……」

「お父さんだったら……何とかしてたかも――」

 

「――団長!!」

 

 

 

声が響いた。幹部のトリテンがバーバラを呼んだ。

 

 

「魔物の進軍方向が変わったでござる!」

「え……?」

 

 

トリテンがそう言った。彼女も他のメンバーもそれを確認する。確かに、魔物の動きが変わり始めていた。

 

その瞬間、大きな滝に背中を打たれているような大きな圧の感じた。誰かが、威圧をした。この階層全域に向かって。

 

 

「……フェイ!」

 

 

アリスィアが叫んだ。悲しみと不安を背負ったその声の先。一人の剣士が岩の山々を駆け抜ける。

 

 

「引き寄せている……あれ全部」

 

 

フェイの威圧。本来彼が無意識に発するそれよりは純度は数段落ちる。だが、それでも魔物の中にある本能的な敵への防衛本能を刺激するには事足りた。

 

 

彼は地上へと向かう道先から反対に走る。只管に走る。空から地から彼に向かって火炎(ブレス)が放たれる。それをよけ、魔物を切る。

 

地上に向かって巨大な鳥型の魔物の大群が押し寄せる。あの大群に対して、真正面から向かえば死が待っている。フェイは無理やりに足を強化。

 

 

「――ッ」

 

 

避けて、そのまま一匹の首を飛ばした。だが、無理な強化で右足を失う。そして、即座に足にポーションをかけて回復をする。

 

 

「……あの大群に突っ込むとか死にたがり野郎かよ」

 

 

避ける避ける、斬る、治癒、斬る、避ける、治癒、斬る斬る斬る斬る、避ける、治癒、避ける避ける、治癒。傷つき、それを癒し、剣を振るう。そこに痛みは伴われる。

 

血が溢れる。魔物の牙が、爪が、彼の服を割いて行く。体を傷つけていく。常に常に彼は走りながら、囲まれないように己の足を折って走る。

 

 

細い細い、命の線を辿っている。

 

 

「笑って居やがる……」

 

 

たった一人で彼は笑って居た。理解など出来るはずのない。

 

 

一歩間違えたら、あっさりと潰される。殺される。死と隣り合わせ、否、死という領域に半歩ほど踏み込んでいる状態とも言えるかもしれない。

 

 

その状態で笑えるはずもない。

 

例えるなら高い高い山々を繋ぐ一本の線を渡れと言われた時に、足を踏み外せば死ぬ。それを緊張もせずに笑いながら渡れる訳が無いように。彼等の眼の前には異様な少年の姿があった。

 

 

助けに等行けるはずもない。彼を中心に渦のように魔物は居て。

 

 

誰もが思う。

 

 

あそこに行くのは自殺志願者だけだと。

 

 

ポツリと誰かが言った、死にたがり野郎があそこにいるのだと感じる者達が居た。ロメオの幹部であるトリテン。副団長であるライン。そして、複数の団員達がそれだ。

 

 

だが、バーバラには彼の姿がそれとはまったく別に見えた。

 

 

 

(お父さん……)

 

 

 

彼女の頭の中には生きていたころの父の姿があった。まだまだ彼女が若くて、父がロメオの団長であった時代。

 

父はいつも笑って居た。自身が傷ついたときも、辛い目に遭った時でも。それでも優しい笑みを絶やさなかった。

 

英雄のような存在だった。誰もが彼を見て、彼の背中を見て進んでいくような。

 

――ふと、記憶が時戻る。

 

『ねぇねぇ、お父さんはどうして、いつもけがしてるの? いつもいつもけがしてるのにわらってる!』

『うーん……そうだな……お父さんは英雄になりたかったんだ』

『えいゆうー?』

『そう。英雄って誰かを沢山助けたり、救ったりする感じだろ? だから、お父さんは進んで荒波に飛び込むし、人助けとかする』

『でも、けがしてる! いたくないの?』

『確かに。その過程で自分が傷つくこともある。痛いし、辛い。でも、誰かを助けようとするって素晴らしい事だから笑って居たいのさ』

 

 

『――英雄が悲観してたら助けた人も悲しくなる。助けたら笑って、泣いていた人を同じように笑顔になって欲しい、感情って他者に伝染していくんだ。笑って居る人を見てると見ている方も幸せになるんだ。知ってたか?』

『うーん、むずかしいからよくわからない!』

『そっか……いつか、分かるよ。人の感情とは本当に凄い。お母さんの嬉しそうな笑顔を見てお父さんが惚れこんでしまったように。強烈な感情や光景は人を変える』

『ふーん』

 

 

 

『団長』

『うん? どうしたの?』

『最近……団長の事を悪く言っている団員の声を聴きます。いかがしますか?』

『あー、あれでしょ? お父さんの後釜には相応しくないとか』

『はい……』

『お父さんは凄かったんだねー」

『いいのですか?』

『いいよ。放っておいて。古参メンバーは主力だしさ。お父さんを崇拝していたから、後釜に納得がいかないって名誉な事だしね!』

『そうですか……』

『ありがとう。アルデンテ。気にしてくれて』

『いえ、お気になさらず……』

『お父さんの背中で鼓舞するって言う奴が出来たら、古参メンバーも納得してくれるはずだから、私、頑張るよ』

『背中で鼓舞ですか……私は新米ですので、よく分からないのですが』

『えっとね……感情の伝染? 凄い憧憬とかそう言う人の背中を見ると、団員達のやる気アップみたいな? そんな感じらしいよ? お父さんは背中とか言葉とか上手く使って窮地に置いて、団員達のポテンシャル以上の実力を引き出してたらしい』

『そんなことが出来るのですか?』

『よくわかんないけど、出来てたらしい! まぁ、ある意味では気のせいともいえるってお父さん言ってたけど』

 

 

 

幼い時の彼女(バーバラ)(ウォー)の記憶。そして、父が死んでから後釜として団長になった時の記憶。

 

 

それがフラッシュバックした。

 

 

血だらけで彼は嗤う。引き寄せられる。背中で鼓舞などと言う次元ではない。あれを見ていると、人としての倫理観が壊れていくような恐怖が押し寄せる。

 

死にたがり野郎と読んで感じていた者達もその狂気の様子に、眼を離せない。狂気が伝染していく、病原菌のように蔓延して、精神を蝕んでいく。

 

 

彼から目が離せない。あの狂気の眼と常軌を逸した姿を見て、剣を握りしめる音が聞こえる。

 

 

――次の瞬間、光の爆音がした。

 

 

魔物が一瞬で数十体消し飛んだ。そこには真っ赤な眼と金髪のポニーテールの少女の姿があった。

 

『アハ、アハハ、アハハハハハッハハハ、フェイ様♪ 愛おしいですわ♪ その姿、あはッ、狂ってしまいそう♪ 本当に本当に本当に本当に本当に、お慕い申していますわ♪』

 

 

 

呼吸を荒くして、眼が真っ赤にフェイを捉え続けている。恋をしているように焦がれて、崇拝するように盲目で、狂ったように愛を向けている。

 

 

そんな、彼女(モードレッド)の姿を見て、彼女(バーバラ)は察する。

 

 

――あれが末路だと

 

 

狂気の男(フェイ)に魅入ってしまった者が辿る末路。侵されていく、堕ちていく。あれに呑まれていく。

 

あれを直で見続けていたら、一緒にずっと居たらだれもがあの狂気に呑まれて行ってしまう。

 

 

(お父さん……、その先はもしかして……彼のような化け物。あれを見てはいけない、きっと関わってはいけない……呑まれる、私が……()()()……)

 

 

 

(ダメなのに……見続けちゃうッ)

 

 

 

 爆音と魔物の血の焦げる匂い。闘争がそこにある。先ほどまで逃げることだけを保身を求めることだけを優先していたロメオの団員が剣を抜いた。

 

「お、俺、行くよ! やっぱり、冒険者だし! アイツらみたいに戦ってやる!」

「あ、あぁ、俺達はロメオだ!」

「俺達も出来るんだ!!」

「臆するな、戦え、戦え戦え戦え戦え」

 

 

 岩の砦から彼らは出た。不味い、あれを止めないとと彼女は思いかける。あれは魔物大群なんかよりずっと質の悪い存在だと分かっていた。

 

 

 なのに、彼女も気付いたら剣を抜いて走っていた。ラインもアリスィアも、岩の砦からは人が消えた。

 

 

 魔術が飛んで、血の匂いが強くなる。

 

 

 団員の一人が魔物の攻撃を受けて、深手を負う。それなのに()()()()()()()()()()()()

 

「こんなの、かすり傷だぁぁぁ!!!」

 

 

「戦え戦え戦え!!!!!!」

 

 

「腕なんて、多少折れても問題はない!!!」

 

 

「眼など潰れても後で治る!!!」

 

 

 

 狂気に魅入ってしまった。団員もその場にいる誰もが。バーバラとラインの父は背中と見事な演説によって味方の全員のポテンシャルを引き出す。それが全員のステータスを一段階上昇させる技術であったとするなら。

 

フェイのそれは……狂気による全員の汚染によって。全員のステータスの限界値を強制的に超えさえたステータス二段階上昇バフとも言える。彼の無自覚なバフによって、彼らは一時的に狂気に落ちた。

 

 ポテンシャルを超える能力、痛みへの耐性と、怪我への恐怖耐性、そして、フェイ自身が狂気による暗示をかけているような状態である為に他の暗示も無効にする。

 

 血の池、爆発音、咆哮。

 

 それがダンジョンを満たしていく。

 

 バーバラはダンジョンの異変を察知し、事前にラインと合流する前に応援をさらに要請するように他の冒険者達に地上へ帰還するように頼んでいた。

 

 だが、その想定を超える魔物数。応援が来る前に防衛線を突破され、地上での討伐隊も間に合わず、地上へと魔物進軍を許してしまいそれによって、数多の死者が出るのが本来の道筋。

 

 しかし、フェイの狂気によって団員達は実力以上の成果を強制され、フェイの雄姿を見たくてコッソリストーカーしていたモードレッドも戦闘を強制された。

 

 それによって、魔物を足止めすることに成功。

 

 応援部隊は無事編成され、ダンジョンに向かった。そこには狂気に呑まれた戦場があって、あっという間に応援部隊たちもその狂気に呑まれた。そう言う空気が完全に出来上がっていたからだ。

 

 

 そして、魔物は完全に死者を一人も出さずに一掃された。

 

 

 戦闘が終わると……彼らは糸が切れた人形のようにその場に膝をつく。後に彼らは語る。気付いたら戦闘をしていたと。

 

 気付いたら血だらけになって、戦闘時の記憶は殆どない。誰かに操られていたのではないかと錯覚する程であったと。全員、記憶と体力に多大な欠落があって、怪我も勿論している。そこには人によって個人差がある。

 

 しかし、全員が口をそろえて、青い顔をして一つだけ覚えていることを話した。それはその場の狂気に落ちた者達の共通点だった。

 

 ――俺達は確かに、殆ど記憶がないし。何があったのか全然分かんねぇ……

 

 ――ただ、戦っているときに……頭の中に狂ったように嗤い続ける男の姿があったような、無かったような……と。

 

 

 

 ――それは自由都市で伝説となった日であった。

 

 

 

そして、狂気の出どころ(フェイ)を彼らは知る由もなく、魔物騒動は終幕を迎えた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 おはようー! 今日もダンジョンに潜るとしますか!! 朝からモードレッドと訓練をして、骨を数本折られて治癒をしてからダンジョンに向かう!

 

 

 ダンジョンに向かう前に、ギルドで面白い話を聞いた。マリネが言うには魔物が統率を組んで地上へ向かっているとか……ふーん、面白そうじゃん。それ絶対俺のイベントだな!

 

 

 ダンジョンに向かおう!

 

 フーちゃん? 誰だよ。さっきから大声で呼ばれてるけど……え? 俺? おいおい、確かに俺はフェイって名前だからさ。略したらフーちゃんとも呼ばれるかもだけど。

 

 クール系だからそう言う感じは止めて欲しい。俺はそういうあだ名とか呼ばれて返事するのはちょっとキャラ崩壊じゃないのかな?

 

 取りあえずいいや。それよりダンジョンに潜って大群と戦おう! え? バーバラも同行するの?

 

 まぁ、良いけど……

 

 到着しましたー! 本当に魔物が凄い数いるな……。さてさて。アリスィアとバーバラたちは岩の砦に逃げて行ったけど……これ地上に送ったら死者出るし。これを食い止めるのが俺のイベントって感じだな。

 

 

 さーて、イベント消化しますか……。

 

 

 地上にこの数向かわれると不味いので威圧で俺の方に引き寄せてと……。それにしてもこの数は……流石にヤバいか?

 

 数百体いるし……でも、主人公だからなんとかなるさ!!

 

 

 こういう理不尽って興奮するんだよね。理不尽って主人公にとってはスパイスみたいなものだし。圧倒的理不尽に対して、主人公が向かって行くのは基本。

 

 

 強化で足が折れる、攻撃喰らって血が出る。でもでも大丈夫。ポーションあるし。

 

 

 あぁ、まだまだこんなに魔物が居るなんて……今までの中で最大最高の理不尽かも……最終日に良いイベント持ってきたな! これ考えた奴最高!!

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こういう理不尽なイベントって主人公みたいだからつい、笑ってしまう。

 

 

 

 ――全部殺す、こいつら全部俺のイベントの踏み台だ。

 

 

 

 ――こいつらを全員、一匹残らず駆逐してやる!!!!!

 

 

と思っていたら、モードレッドが参戦!! 途中から他の冒険者も参戦してくるし……そう言うイベントか……。

 

 

主人公のピンチに乱入みたいなね? 友情、努力、勝利って感じがするな。全員で力を合わせるって展開もベタだけど嫌いじゃないぜ?

 

 

必死に血だらけで剣を振っていたら何とか、魔物を討伐した。

 

 

よーし、これで地上に住んでいる人達も安心だな! 死者が出なくては先ずは良かった! そして、主人公として理不尽にうちかった俺と言う存在!! またしても高みへと昇った俺と言う主人公!!

 

それが嬉しい。クール系なので何事もなかったように立っているんですけど……

 

 

――でも、流石に血が足りない。ポーションって、傷は塞いでも血までは生成してくれないんだよな。

 

まぁ、血が無くなったら気絶するのは人間として当然だし、主人公として基本だし。

 

 

多分だけど、こんだけ人が居たら『気絶した主人公回収班』いるでしょ? 

 

 

後は頼むよ。君達。俺を知らない天井のベッドに連れて行きたまえ。

 

 

 

おやすみー

 

 

 

◆◆

 

 

 魔物進軍の騒動を終えて、数時間後。辺りは夕暮れとなり、いつも通りワイワイと自由都市は酒を飲んだりする冒険者たちの騒ぎ声が聞こえつつあった。

 

 死者など居なく、いつも通りの風景と吹き抜ける風。その自由都市にひっそりと存在するフェルミ婆さんの義眼店。

 

 

 フェルミが台所で木のバケツの中に水に浸した布、それを持って彼女はとある部屋に向かう。

 

 部屋を開けるとそこには黒い髪の男が寝ていた。

 

 一定のリズムを保ってフェイは寝ている。体には包帯が巻かれ、点滴のような管と治療薬が体に入れられている。

 

 

「……」

「……あ、フェルミさん」

 

 

 フェイの眼の前には眼が虚ろなアリスィアと、悲しそうでどこか気遣う顔をしているバーバラ。

 

 

「どうだいその子の調子は?」

「変化はないみたいです……ただ……」

 

 

 バーバラがアリスィアに目を向ける。フェイよりも寧ろ、アリスィアの方が心配と言う事を目線でフェルミに伝える。アリスィアは心ここにあらずの状態。フェルミが部屋に入ってきたというのにそれに気づくことはない。

 

 

 彼女はただ、フェイの顔を見下ろすだけだ。

 

 

「ちょっとどきな……手当が出来ないんだよ」

「……はい」

 

 

 ポツリと一言だけ返事をして彼女は部屋を出た。フラフラと死にかけているゾンビのようであった。

 

 

「あの、彼女はどうしたんでしょうか?」

「さぁ? 知らないよ……。あたしにはどうしようもないさ。体の傷は治せても心の傷は専門外なんでね」

「……そうですか。あの、フーちゃんはもう大丈夫なんですよね? 治療は終わったって……」

「いったね。後は一晩眠ればよくなるさ」

「よ、よかった」

「ただ、この子、ダークスネークの毒まで受けてたからね。一歩間違えば死んでたんだよ。体調がよくはなっても暫くは安静だね」

「そ、そうですか……何というか、彼は凄いというか」

「変わってるね。ここまでの馬鹿は類を見ない」

「……彼は何者なのでしょうか?」

「……アンタの父が憧れていた英雄。その成れの果てって所じゃないかい?」

「……彼が」

「ただ、コイツは素質もあって、度胸もあって、優しさもある。だから、誰にも頼れなかった。どんな道を今まで辿ってきたのかは知らないけど、自分だけ、己だけが傷ついて、誰かを助ける。救いに自分なんて頭数に置いちゃいない。正真正銘の英雄、奉仕の英雄だろうさ」

「……」

「この馬鹿、さっき一度だけ目を覚ましたんだ。治療中にね。事情を話したらなんて言ったと思う?」

「……早く治せ、とか、治療にどれくらい時間がかかるとか……でしょうか?」

「違う……。魔物討伐による報償がある程度あるって知ったら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとさ」

「――ッ」

「毒で顔色が真っ青で、意識だって朦朧としているのに……自分の事を見向きもしない」

 

 

 

 今のフェイは顔色がだいぶ良くなっている。健康的だと判断できるほどには肌の色が美しい。

 

 ただ、そんな彼を見下ろすバーバラの顔が反対に驚愕に染まり青くなる。

 

 

「こういう奴は死ぬ……アンタの親父みたいにね」

「……ッ」

「誰かの為に、それを否定はしない。ただ、自分を大切にすることを疎かにしてはいけない。あたしが口を酸っぱくして言ってきた事さ」

「……彼は……父のようになってしまうんですか?」

「あたしはそう思ってるよ」

「……そっか……だから、妙に惹かれていたんだ……」

「父の背中でも重ねていたのかい?」

「いえ……フェルミさんの言う通り……その成れの果てを見ていただけです」

 

 

 

 その言葉を最後に、バーバラは口を閉じた。何も言えずに、これ以上、見たくないとその部屋を出る。フェイを見ていると父の死体を思い出す、父の背中を思い出す。

 

 それが心地よくて、辛い。そして、分かってしまった。ラインに似ているわけでは無くて、ラインの父に似ていた。その先を分かってしまった。

 

 彼が辿るのは父のような善人が喰われた未来。それをもう一度見ることになると思うと辛くて辛くて、そんな事を考えてしまう自分が嫌になってしまう。

 

 ただ、あのダンジョンで彼女は理想を見た。あれこそ、父が追い求めていた理想の英雄。

 

 誰かの為に剣を取り、誰かを惹きつける。理想とはあんなにも怖くて、恐ろしくて、悲しい物であったと思うと……

 

 

 彼女は眼を閉じた。

 

 

 思考を無理にやめた。部屋を出ると、部屋の前でアリスィアが体育座りで膝に顔をうずめていた。だが、今の彼女にはアリスィアを気遣う余裕など無くて。

 

 何にも考えたく無くて。ふらふらと脱力した体を運ぶ。

 

 

 彼女は他の空いている部屋で疲れた体を休めることにした。フェルミとは周知の仲である為に、部屋を借りてベッドに横になる。

 

 

 そして、彼女は再び目を閉じた。

 

 

 

◆◆

 

 

 都市が赤く燃える。自由の象徴であったその場所は業火と魔物によって、自由を失っていく。逃げる場所など無くて、人が死ぬ。

 

 血をぶちまけて、悲鳴を出して、恐怖で嗚咽しながら、あっさり死んでいく。生まれる時、如何に母体が苦労しようとも、死ぬのは一瞬の苦しみと恐怖だけ。

 

 

 血の焦げた匂い、未だ聞こえる人の焦りと恐怖の声。冒険者達が動く、魔物が徐々に減って行く。

 

 いつしか、それは無くなって歓喜の声が上がる。

 

 そして、現実として冷静に見えるようになって悲鳴を上げる。大切な人が、愛した人が、約束をした人が、背を任せた人が、

 

 みんなしんだ。

 

 しんだ、しんだ。しんだ。その悲しみの声が聞こえる。

 

 しんだ、しんだ、しんだ。辺りには死体の山。

 

 

 幸い、自由都市はある程度の損傷で済んだ。大手レギオンがこの事態に迷っている余地はないと冒険者達を投入。自身の陣地を守ると言う理由もあったが、それでもこの都市を失う事と天秤にかけて動いた。

 

 

 それでも、犠牲は出た、数が多すぎた。

 

 

 アリスィアは鮮血の光景と、鉄のような血の匂いに胃が逆流して、嘔吐した。

 

 

『どうして、私達がこんな目に!!』

『息子が息子がッ』

『あぁぁぁああ!!! 結婚する、はずだったのに……』

 

 

 悲劇の声はなり続ける。彼女にはそれを引き起こしたのは自分だと、考えてしまった。

 

『――お前のせいだ』

 

 

 聞こえてきたの母の声。村からの恐れの視線。

 

 

 強迫観念、それが彼女の本質。そんな事を考える必要もない、そんな訳ないのに、自分のせいだと考えてしまう。

 

 

 自分が疫病神だと考えてしまう。

 

 そんな訳はない、ただの気のせいで、バカげた思い込みで、荒唐無稽な因果を認めようとしているだけだ。

 

 そう、気のせいなのだ、そんな訳が無いのだ。彼女自身もこの考え方が異常だと分かっている被害妄想が激しいと分かっている。誰も彼女に指を向けてなどいないのに。誰も彼女を責めても居ないのに。

 

 

 彼女は気のせいで、済ませない。自分のせいだと、自分のこの体質がこれを起こしてしまったと、それがバカげた妄想であったとしても頭がから離れない。脳から膿が出ていると錯覚するほどに

 

 頭の中が苦しい、痛いのではない。ただ、苦しい。汚染されていくような気分。吐き気がする、ただ苦しい。

 

 自分のせいでこの惨状が作り出されたと思うと……苦しくて苦しくて、仕方ない。

 

 また、吐いた。

 

 気が済まない。これじゃ気が済まない。ナイフで綺麗な手に傷をつける。その時、痛みで少しだけ、気分が楽になった。

 

 一瞬だけ、強迫観念から解放された。何度も手にナイフを刺す。血がべっとりと付いてそれが、心地よい。

 

 でも、苦しさがまだ消えない。苦しいくるしいくるしいくるしい

 

 

 

 

――そうだ、このナイフで楽になろう◀

――だれか……助けて

 

 

ぐさりと、心臓にナイフを刺した。痛みで涙溢れる。乾いた笑みが顔に浮かぶ。空は夕暮れに染まって、それが綺麗だなと見当違いな事を思う。もう、見なくていい、聞かなくていい、

 

このまま、楽になりたい、

 

頭が真っ白になる。口に血の味が広がって、でも、それが

 

心地よくて……ただ、楽になった事が……嬉しい。もういい、母の期待も、兄を探すことも、何もかもが……どうでもいい。

 

 

「あは、アハハハは……ひ、とり、か……」

 

 

ひとりぼっち……誰かが寄り添ってくれるわけでも、自身から寄り添ったわけでもない。隣には誰も居なくて、彼女の手には何も残っていない。

 

 

――これが疫病神に相応しい結末だ

 

 

 彼女が眼を開けることは無かった。

 

 

 

――そうだ、このナイフで楽になろう

――だれか……助けて◀

 

 

誰かが彼女の手を止める。ラインの姿がそこにあった。もう、虚ろな彼女に言葉などかけられない。

 

ここに来てから、アリスィアは傷つき過ぎて、擦れすぎてしまった。彼は手を取って彼女を抱きしめる。

 

彼女はそれを話した。自身の体質の事を。これを起こしたのは自分だと

 

 

――俺も一緒に背負う

 

 

また、彼女の物語は続く。

 

 

――それはあり得た未来。もう、どこにもなくなってしまったけれども存在していた世界の線。

 

 

だが、今ここには生きとし生ける者達が居る。誰も傷ついてなどいないし、アリスィアも一度も壊れるような体験をしていない。

 

 

だが……今回の一件は彼女の心に大きなしこりを残した。いや、これまでの出来事がずっと重なり合って大きなしこりになってしまったという方が正しい。

 

 

彼女は強迫観念の思い込みが激しい、ずっと気にしていた。フェイが傷ついてしまった事を。

 

自分を庇って、自分を守って眼の前で彼は傷つき続けた。そのおかげで彼女は五体満足で生きている。

 

眼の前でフェイが傷ついてその様を見せられ続けた彼女は、言い逃れなど出来なかった。自分のせいだと彼女は追い込まれていた。

 

そして、あの魔物の大群。彼女はあの時、逃げようとした。恐怖から逃げようとした、恩人であり、自身のせいで傷ついたフェイを見捨てて逃げようとした。

 

罪悪感が湧いた。結果的にフェイは死ななかった、アリスィアは軽傷で済んだ。でもフェイは死にかけた。

 

 

強迫観念が湧いてくる。恐ろしい程に。自分が……ようやく見つけた場所。隣に居ても文句も言われない、憎まれ口を叩かれ、鬱陶しい雰囲気を出されるけど、拒みはしない。どこか、優しさがあったあの場所。

 

 

失うのが怖くなった。そして、何より、罪悪感と強迫観念で彼女は追い込まれていった。頭の中に膿がでているようで感覚がマヒしていく。

 

 

嗚咽が止まらない。

 

 

ふと気づくと、夜になっていた。彼の部屋に向かう、様子を見ないといけない。何かあったら大変だと彼女は心にあった。

 

ただ、それは善意では無くて……強迫観念から逃げたいだけであった。何かを返さないと、何かをしてあげないと。どうにかして、報いないと、謝らないと、そして、楽になりたい。

 

それだけが、頭にあった。

 

 

部屋を開ける、もう、フェルミもバーバラも居なくて、月が出ていた。窓に映る月がフェイを照らしている。

 

彼はベッドの上に座った状態で外を見ていた。

 

「……起きたんだ」

「見てわかると思うがな」

「うん……そうよね! 良かったわ!」

「……」

 

 

フェイが眼を鋭くした。何かを感じ取った。微かな違和感、アリスィアの元気そうな声にか、その泥のような眼か。

 

フェイの挙動など気にすることなく、アリスィアは唐突にフェイに近づいて馬乗りになった。フェイは魔物から受けた、毒が完全に解毒できていない。体が思うように動かせずアリスィアの行動を阻害できない。

 

それに僅かな油断もあった。フェイはある程度、アリスィアに心を許しているから。

 

 

「何の真似だ……」

「んー? 今までの御礼しようと思ってさ」

「……何の礼だ」

「全部よ……ねぇ? フェイ……私と、良い事しない?」

「……」

「フェイも、男だからさ……色々、溜まってるでしょ?」

 

 

 猫のように媚びた声。彼女は彼の上で服を脱いで、美しい体を露出させる。彼の手を取って、自身の胸に無理やりに押し付けた。フェイの手が彼女の胸に沈む。柔らかさと大きさで彼の手を満たして、性欲を駆け巡らせる。普段の彼女なら絶対にそんなことをしないし、させるわけもない。

 

 

「私で発散しない? こういうのしたことないけどさ……知識では知ってるから。何だったら口とかでも良いのよ?」

「……今すぐ、それをやめろ」

「もーう、そんな事言っちゃってー。いいじゃない。私がお礼するって言ってるんだから」

 

(楽になりたい。報いたい)

 

「……それとももっとハードなプレイが良いとか? 別に私はフェイがそれをしたいって言うならいいわよ? 私もそう言うのに興味があったって言うか」

 

(楽になりたい……誰かに必要とされたい。私でも、大切な人の存在価値に成りたい)

 

「あ、良い事思いついた。一生フェイの玩具にでも……」

 

 

肉欲を発散せる為に、性的な快楽を彼女は求めていない。ただ、焦っているだけだ。強迫観念から解放されたいだけだった。フェイに使って貰って、大切な人に自身を使って満たして貰って。

 

存在価値を見出して、楽になりたかった。媚びて、誘って。はだけて、全てをさらす。偽りの笑みを見せて求めるように彼を見る。

 

 

 

「もう一度言う……今すぐやめろ」

「……お、怒らないでよ。アンタだって本当はしたいんでしょ?」

「……お前のような女を抱く趣味はない」

「ッ……そんなこと、言わないでよ……私を求めてよ……なんでもするからッ、なんでもなんでも、一生体の関係でも良い! アンタの奴隷にだってなるから! なんだったら、体を使ってお金でも稼いで――」

「――少し黙れ」

「ッ」

 

 

 発せられた強者の覇気。これ以上の狼藉など許さない、圧倒的存在からの威圧に体が固まる。彼の眼に自身の姿が映るのを彼女は見た。淫らなふりをして、ただ責任から逃れたいだけの弱者の姿がそこにあった。

 

 

(なんて……無様なの……私って、こんなんだったんだ……ここまで落ちぶれてたらフェイも……興味なんて無いわよね……)

 

 

「……ごめんなさい」

「……」

「本当に、ごめんなさい……私ッ……」

「……」

「もう、関わらないから……ごめんなさい」

「……もういい」

「……うん」

 

彼女はフェイの手を離して、項垂れた。もう、完全に一人に戻ってしまった。それに悲しさと醜悪を感じる。

 

彼からは語られる言葉はもう無いのだろう。口数は少なかったけど、彼の声音は嫌いではなかった。怖かったけど、優しい事など知っていた。だから、悲しくなった。

 

涙がこぼれそうになる。でも、もう、消えないといけないと彼女はフェイに顔を見せない。

 

 

「……それじゃあ、またね」

 

 

最後にそれだけ言った。これで正真正銘最後でこれ以上何も彼女は言わないつもりだった。だが、それで話を終わらせないのがフェイだった。

 

 

「……戯け。それで終わると思ったか」

「え?」

「これだけの事をしたんだ。どうして、そうしたのか説明するのが筋と言う物はずだ」

「……聞いてくれるの?」

「……早くしろ、筋を通せ」

 

 

目を瞑り、彼女の裸体に眼を向けず、腕を組む。まだ、見捨てられていないと知ってアリスィアは嬉しくなった。

 

「……あ、ありがと」

 

 

 少しだけ、目線を上げてフェイにお礼を言った。フェイは眼を閉じながら特に表情に変化はない。ただ、いつまでも待たせるな、早く話せと腕を組みながら指をトントンと自身の腕に当てる。

 

 

「私は……」

 

 

 

 震える声で話をした。自分の体質でフェイに何度も助けられて、傷つけてしまった事。今回の一件も自分が原因であるかもしれない事、そして、フェイに申し訳ないと心の底から懺悔をしている事。だから、何とかして報いをしたいとあんな行動に出た事を。

 

 

 

 全てを話し終えて、目線をもう少しだけ彼女は上げる。そこにはため息をついて呆れている様子のフェイが見えた。

 

 

「くだらん……実に下らん」

「……そう、かな」

「あぁ、先ずお前は前提をはき違えている。以前にも言ったが……俺があれを呼び寄せたのだ」

「……でも」

「でもではない。今回の騒動、この都市で起きた事件、そして、この世界で起きる不可解な事象。俺は世界の全てに繋がっている……。それが真理だ」

「真理って……大袈裟じゃ……それに、私は今まで」

「勘違いだろう。貴様の思い込みだ。それに、例え何かあったとしても俺のせいにしておけ」

「……え」

「俺は知っている……この世界が俺に通じていることを。もし、何か貴様の周りで起こったとしても、それは貴様のせいではなく、俺に通じる何かだ」

「……それ、本当なの?」

「あぁ……」

「どうして、そんなこと知っているの?」

「それを話す意味はない。だが、自由都市でのすべては俺が原因だ。そして、今までの貴様の身の周りの事象は全て偶然か、思い込み。それか俺に通じる何かだ。それを覚えておけ」

 

 

嘘を言っているわけではなかった。彼女にはそれがすぐに分かった。フェイは自身を偽ることなく生きている人だと知っていたから。

 

 

「安心しろ、疫病神などではない。寧ろ……俺の方がそうとも言えるかもな」

 

 

気を使って、安易に彼女に言葉をかけているわけでもない。フェイの言葉には重みと覚悟が滲み出ていたからだ。彼女を気遣う嘘ではなく、ただ事実を述べただけだと彼女は確信をした。

 

 

重みが消えていくような感覚だった。

 

 

そして、嬉しくもあった。今まで誰もが拒んで拒んで、それに悩んで悩んできたけど。それが一瞬で消えて解放されたのだから。最初は思い込みだった。それがあらゆることが原因で自身が疫病神だと錯覚した。

 

でも、それは違うと真っ向から否定された。それを言ったのが本当の意味での疫病神だとするなら信じてしまうのも無理はない。

 

 

重みを無理やり、全部持っていかれた。お前の気のせい、そして、例え何かあってもそれは自分のせい。全部をアリスィアの重荷を勝手にフェイは持って行った。

 

 

(でも……私は、ただ、そこに偶然居合わせてしまっていただけなら……フェイは?)

 

 

「ねぇ、フェイって一体何者?」

「……さぁな」

 

 

 

これ以上、何も言うつもりはないと遠回しに告げられたような気がした。そして、彼女は自身の手の中にフェイが居てくれた事に感謝した。

 

 

そして……

 

 

 

(強くなりたい。フェイが言っていることは嘘ではない。だとするなら、今度はフェイが誰かに拒まれたり辛い目に合うはずだから……今度は私が)

 

 

「あのさ! フェイ!」

「なんだ?」

「私強くなるから! アンタみたいに!」

「そうか」

 

 

(フェイ、ありがとう……)

 

淡泊な返事だが、どこかエールをしてくれているような気がして、自然と笑みがこぼれた。しかし、次の瞬間に彼女は現実に引き戻される。

 

 

 

「それより、さっさと服を着ろ」

「……ッ」

 

 

そうだと彼女は前を隠した。フェイは眼を閉じて一切見ていないとはいえ、ずっとほぼ裸の状態でフェイと接していたことを今思い出した。今更になってその羞恥心が彼女の心を蝕む。

 

 

「……フェイのエッチ」

「どうでもいい、服を着て去れ」

「わ、分かってるわよ!」

 

 

(……私、自分で脱いでおいてえっちって言うとか……モードレッドのこと、変態とか言えないかも。それより、一刻も早く服着ないと、フェルミとかバーバラとか、何よりモードレッドが――)

 

 

「――フェイ様♪ ワタクシ、フェイ様の為に頑張ってグラタンと言う物を……」

「ち、違うの! これは!」

 

 

 フェイに看病をするために、料理を持って部屋に入ってきたモードレッドとアリスィアは眼があった。

 

 どうにかして、言い訳をしないといけないと思ったが……

 

 

「あの! 何ていうか! だ、抱いてもらおうかなって訳じゃなくて! その、ちょっと、体を見てもらおうかなって! 思っただけで! 如何わしい事をしてるわけでも無くて!!」

 

 

 お目目がぐるぐるとしながら言い訳をするアリスィアだが、モードレッドの眼は冷めきっていた。

 

「フェイ様は女性の趣味がよろしくないようで……」

「俺はこの一件で何もしていない」

「そうですの? でしたら、このアリ何とかが勝手に脱いだと?」

「そうだ」

「……変態ですわね……アリ何とか様は」

「アンタに言われたくないわ!」

「ふん、この状況で言い逃れが出来ると思ったら大間違いですわ。とんでもない変態ですわ。フェイ様が弱っている所に対して襲おうとするなんて」

「だ、だから! 襲うとかそう言うつもりじゃなくて! その、そうとも言えるかもだけど!」

「ほら、やっぱりそうなんですのね」

「ち、違うのー!」

 

 

――アリスィア、言い訳&着替え中

 

「それより、フェイ様。ワタクシの料理を召し上がってくださいまし♪」

「なによ、これ……」

 

 

アリスィアが引いたような声を出す。モードレッドが持ってきた料理。それは皿の上に真っ赤なラザニア。チーズの黄色の感じは何処にもなく、只管に真っ赤。明らかに舌と胃と腸への刺激が強すぎて、病人に持って行く料理ではない。

 

 

「真っ赤ね……これが、グラタン?」

「フェイ様とワタクシが大好きな鮮血をイメージしてみましたの♪ 物凄い数の香辛料などを買い焦っているうちにこんな、変態にフェイ様が毒されかけていたとは知らずですが……本当に呆れましたわね、この変態」

「だから、変態じゃないって!」

「ささ、フェイ様、お食べになってくださいまし♪」

「そっちから振っておいて無視するな!」

 

 

 

真っ赤な激辛グラタン。フェイも眼を細めるが、スプーンで食べ始めた。明らかに辛い、匂いだけでアリスィアは引っ込んでいた涙が再び出てしまうほどだった。

 

 

「……いかがでしょうか?」

 

 

ちょっとだけ、モードレッドが不安そうな顔をする。それに対してフェイは無表情のまま一言。

 

 

「まぁまぁだな」

「良かったですわ♪ まずいとか言われなくて」

「不味いとかそう言う次元じゃないと思うけどね……絶対辛いだけでしょ」

「五月蠅いですわね」

「こんなの料理じゃない!」

「はぁ?」

「もっと、胃とか気遣わないと……あぁ、そう言えばアンタって貴族様だっけ。そりゃ、こんな世間知らずの料理作るはずね。病人のフェイが可哀そう。こんなの食わされるなんて」

「……よろしい、フェイ様。二品目は金髪女の生肉とか如何でしょう?」

「ちょ、ちょっと怖いからそう言うの止めてよ……」

 

 

 

二人に眼もくれずフェイは激辛グラタンを完食した。

 

「手間をかけたな」

「いえいえ、お気になさらずに」

「むぅ……私も作ってやるわよ。ちょっと待ってて!」

 

 

何か、面白くなさそうな物でも見て、対抗心でも燃やしたのか、アリスィアが部屋を飛び出そうとした。

 

 

「少し待て」

「どうしたの?」

「貴様の髪……」

「髪の毛?」

「……短くした方がよいかもしれんな」

 

 

(え……? それって、短い方が似合うって事? そうしてほしいって事? 元々、そこまで長くないけど……フェイが言うなら、ボーイッシュな感じでも……)

 

 

何か淡い期待が芽生えた。アリスィアは肩より少し長めのツインテール。モードレッドとかと比べたら短めではあるが、まだまだ、髪型を短めに変更はできる。彼女は早速変更しようかなと考える。

 

 

「あ、え、えっと……ショートヘアーの方が、フェイの好みだったりするの?」

「いや、そう言う事ではない。戦闘で髪を掴まれたりしたら、不利になると思っただけだ」

「……」

「……なんだ」

「……う、うるさいわねぇ! 放っておいてよ!!! そんなの私の勝手でしょ!!」

 

 

 

(フェイ様って……偶に凄い、鈍感ですわね……)

 

 

顔を真っ赤にして、アリスィアは部屋を出た。何か期待していた反応と違ったのか、予想していたことと違ったのか。モードレッドには察しがついたようだが、フェイには分からない様だった。

 

 

だが、怒って出て行ったはずのアリスィアは再び戻ってきた。

 

 

「色々ありがと。美味しいもの作るから……待ってて」

 

 

照れながら、彼女はそう言って今度こそ部屋を後にした。そして、モードレッドは二人きりになったのをいいことにフェイに抱き着く。フェイは毒が回っているので思うように動けずされるがまま。

 

 

そして、料理を完成させて戻ってきたアリスィアが怒るのはまた別の話。

 

 

 

◆◆

 

日記

名前 アリスィア

 

 今日は色々な事があった。ダンジョンで魔物が大群で出て、その援軍に行ったが思っていた以上の数で恐怖だった。フェイが一人で止めようとしたのに私は逃げようとして、フェイが怪我をして、私は軽傷で罪悪感でどうにかなりそうだった。

 

 

焦って、フェイにとんでもないことをしてしまった。でも、フェイは許してくれた。それだけじゃなくて、私から重荷を持って行ってしまった。

 

 

それで私は解放されたけど。きっとフェイはこれから私以上に苦労をするだろう、全部を背負おうとしたらいつか、きっとパンクする。だから、強くなる。いつか、フェイに頼って貰える日が来るように。

 

 

支えて上げられる日が来るように

 

 

正直、フェイの魔物大群の時の行動と笑みは怖かった。でも、それだけじゃないのを私は知ってる。優しくて、暖かくて、どこか頼りがいがあって、でも、すごく怖くて、

 

落ち込んでるときも、慰めてくれる。兄の事は覚えていないけど、兄ってこういう人のことを言うのかもしれない。

 

 

だから、私は親しみと敬意と、愛と恐怖を込めて、

 

 

心の中でフェイの事を、鬼いちゃん(おにいちゃん)って呼ぶことにした。

 

フェイ鬼いちゃん

 

なんか、凄い納得感のある名前だなって思う。このままずっと、一緒に居たいな……え? 明日朝一で帰る? 自由都市で聖騎士の仕事がある?

 

鬼いちゃん! 待ってよ!

 

 

等と言えるはずもない。だから、次に会う日まで私は強くなるからね!

 

 

ありがと、フェイ鬼いちゃん

 

 

◆◆

 

 

 寝ていた、手術が終わって。寝て起きたら、アリスィアに誘惑された。いや、どうしたの?

 

 何かあったでしょ? 取りあえずクール系はこういうのにアタフタしないので拒みますと。

 

 いや、それにしてもこれが胸の感触か……。初めて触った。流石に触れた事は無かったからな。柔らかいって感じだ。多少は興奮するけど、クール系なので我慢します。

 

 

 それで? 何があったの? 流石にこのままって訳にもいかないから聞くよ。クール系も偶には相談に乗るのさ。

 

 え? 自由都市でのイベントは私の全部責任? フェイが怪我したから報いたかった?

 

 そう言えばアリスィアって、言ってたな。巻き込まれ体質があるって……ただ、流石に被害妄想激しいよ。あれは俺のイベントだし。

 

 もしかして……アリスィアって、自分の事を主人公だと思い込んでいるモブなのでは……?

 

 今までに起きた事件とか、思い込みで自分のせいだとか思ってるんじゃ……。巻き込まれ体質って勘違いじゃないの? 周りも見る目ない気がする。それに、何か大事とはあっても全部俺に収束するんだよ。

 

 だって、俺は主人公だからな!!

 

 この世界は俺の中心に回っている。だから、何かあっても俺のせいにしておけばいいんだよ。

 

 そうか、主人公だと勘違いしてたから、その重荷に耐えられなかったのか。そうか、可哀そうに。自分の事を主人公だと勘違いしちゃったんだろうなぁ。

 

 だから、何かあったら自分のイベント。それで誰かが怪我したら、どうにかしないととか。責任償わないとって発想になるんだろうな。

 

 大丈夫、俺主人公だから。俺なんだよ、俺に全部重荷投げちゃっていいよ。これから何かあっても俺のせいにすればいい。俺が世界の中心なんだから、実質俺のせいだよ。

 

 それにしてもアリスィアってちょっと思い込み激しいタイプのモブなんだろうな。ちょっと可哀そうだな。主人公の重荷、責任感って言うのは、主人公である俺にしか背負えないものであって、俺以外が背負う必要もないんだ。

 

 

 説得したら、アリスィアちょっと楽になったみたい。ようやくモブの自覚が出てきたのかもしれない。ただ、これ以上、メタ発言を外に出すのは良くない。俺が主人公とか、そう言う理屈で説得するってよくない。内心で思うのは良いけど、外に出してしまうと作品の雰囲気壊しちゃうからさ。

 

 特別だよ? ちょっと流石にモブなのに主人公だと勘違いしている光景は痛々しくて可哀そうで見ていられない!!

 

 え? 強くなりたい? モブなのに感心な心掛けだな。頑張れ!

 

 

 とか考えていたら暴力系ヒロイン疑惑のモードレッドが参戦。料理を作って来るとは感心だな。もしかして、やっぱりヒロインか? あ、なんか勘違いされているような気がする。

 

 

 まぁ、今回はモブであるアリスィアの暴走と言う事で気にしないで上げましょう。そして、グラタンを食べる。

 

 辛いな。こいつ料理あんまり上手じゃないな。と言うか本当に辛い、辛い以外の感想がない。

 

 ただ、折角作ってくれたわけだし、不味いとか言って捨てるわけにもいかない。まぁまぁみたい感じでお茶を濁すのが一番いい。

 

 しかし、まぁ、何というか……ベタだね。暴力系ヒロインは高確率で料理が苦手みたいなステータスあるからな。モードレッドが入ってきた時点でこの展開は予想で来ていた。

 

 これから頑張ってくれよ。

 

 アリスィアも作るの? ありがとうさん。あ、そうだ、大事なこと忘れてた。髪切った方がいいよ。

 

 アリスィアはちょっと心配なんだ。モブなのに主人公だと勘違いしてるから、危ない道に進むかもしれないって。髪切った方がいいよ。掴まれたら戦闘で不利になるし。

 

 ユルル師匠とかモードレッド、アーサーは髪の毛かなり長いけど、実力は頭一つ抜けてるから言う必要ない感じあるけど、アリスィアはしっかりした方が良いと思う。

 

 多分、主人公とはかけ離れたモブだから死ぬときはあっさり死ぬと思うんだよね。今の内から対策はしてた方がいいよ。

 

 と言ったら怒ってしまった。余計なお世話だったかな。そもそも女性に対して髪型について言及するのは良くない事だったのかもしれない。反省。ただ、アリスィアって顔立ちはかなり整ってるからショートヘアー似合うと思うけどな。

 

 

 流石にクール系だから言わないけど。

 

 

 怒っていると思ったら、ちゃんとお礼を言った。礼儀正しい良い子だな。

 

 

 そして、モードレッドが抱き着いてくると……離れろ。そして、アリスィアがご飯を作って来てくれるというわけだな。

 

 あれ? この子料理滅茶苦茶上手なんだけど……マリアに匹敵するかもしれない……。

 

 いや、凄いな。凄い美味しい。うーん、食べた。さてと本当なら今日帰らないといけないんだけど、それは無理だから、明日の朝、朝一で帰るとするか。

 

 結局五日しか居なかったから観光みたいになってしまった気もする。だが、イベントが沢山あったから良し!

 

 お腹いっぱいで幸せだから、今日は寝ようかな。おやすみ……なぜ、モードレッドとアリスィアも一緒のベッドなのか……寝づらいよ……。まぁ、いいや。おやすみー



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幕間 モードレッド

 激動の五日を終えて、六日目。その早朝にフェルミ婆さんの家。その台所を使用して、アリスィアが鼻歌交じりに料理をしていた。昨晩の気負い過ぎた様子は何処へやら、彼女の表情は晴れやかだった。

 

 

 ふわふわのパンの上にハムとレタスを乗せる、そこに特製のソースをかけて再びパンを置いて挟む。

 

 それをいくつも作りあげて、卵のスープ、コーヒーも入れた。

 

「アリスィアちゃん、おはよう……」

「あら、おはよう……って大丈夫? 顔色悪いけど」

「ああ、うん、大丈夫……アリスィアちゃんは逆に顔色良さそうだね……昨日のが嘘みたい」

「まぁ、色々あったのよ……心配かけたわね」

「うんうん、大丈夫。それに()()()()()()()()

「……イメチェンでも、しようと思っただけよ」

「そっか……」

「バーバラも一緒に食べましょ? フェイ達も居るし」

「……そっか。じゃあ、お邪魔しようかな」

 

 

 アリスィアとバーバラが朝食などを大部屋の机に並べていく。暫くすると、フェイやフェルミ、そして、モードレッドが現れる。

 

 フェイはアリスィアの髪型の変化に気付くが、特に何も言わずに席に着いた。そして、それぞれ朝食を食べ始める。

 

「なんだか、余計な奴がいる気がするね」

「あらあら? 一体それは誰なのでしょうか? ワタクシ気になりますわ♪」

「お前さんだよ、モードレッド」

 

 

 あまり仲がよろしくないモードレッドとフェルミが嫁姑のように小言で狙撃しあっている。フェイは全く気にせず、パクパクとハムレタスサンドを口に運ぶ。

 

 

「おいしい?」

「……悪くない」

「そ、そう……」

 

 

 アリスィアがフェイに心配そうに聞いたが、無難な返事を聞けて安心した様だった。

 

「おや、これは美味しいね」

「アリスィアちゃん、料理上手」

「……誠に遺憾ですが……確かにそれなりの様ですわね……」

 

 

 フェルミ、バーバラ、モードレッドそれぞれも感想を述べる。フェルミとバーバラは驚愕しながらも舌鼓を打つ。表情は美味しい物を食べられて幸せそうであった。

 

 

 だが、反対にモードレッドは嫌そうに顔を歪ませていた。フェイによる自身の料理の評価が『まぁまぁ』であったにも関わらず、アリスィアは『悪くない』だという事が面白くない。

 

 そして、何か小言でも、文句でも言ってやろうと思っていたのに、普通に味の整合性が明らかに自身より高かったので文句が言えなくなってしまったのが余計に腹立たしい。

 

「フェイ……もう、帰るんでしょ……」

「あぁ」

「その……ハムレタスサンド……渡しておくから帰りに食べて?」

「……そうか」

「……貰ってくれるんだ」

 

 

(きぃぃぃぃぃ!!!!! 何ですの!! この女! ワタクシだってお弁当くらい作るなんて容易ですのに!!)

 

 

 フェイの前なので淑女らしくニコニコしているが、内心、今すぐにアリスィアとフェイの空気をぶっ壊してやりたいくらいと考えているモードレッド。そして、彼女は割と鋭いので、アリスィアの気持ちが変化していることに気付いてしまっている。

 

 それが余計に面白くない。

 

 

 彼女にとって史上最高峰に面白くない朝食であった。

 

 

◆◆

 

 

 日が登り始める。夜の寒さがまだ残る、自由都市の門の前で。フェイとモードレッド、そして、アリスィアの三人が立っていた。

 

「それじゃ、これ」

「手間をかけたな」

「気にしないで」

 

 

 フェイにハムレタスサンドを彼女は渡した。いつものように突っぱねたりしない所を見るとフェイがハムレタスサンドが相当好きなのかもしれないと、どこぞのパンダとは違い優秀な推理を見せる。

 

 

「フェイ様……ワタクシはまだここでやることを終えていませんので……ですが、いつかまたフェイ様の元に馳せ参じます♪」

「……そうか」

「フェイ、またね……あと、ありがと」

「……気にするな」

 

 

 フェイは特に別れの挨拶も合図もせずに二人に背を向けた。振り返ることはない。どこまでも真っすぐにその背は去っていく。

 

「うぅ、フェイ様」

「泣かないでよ」

「悲しいですわ……ワタクシ、実は泣くのは初めてですの」

「いや、それは嘘でしょ」

「嘘ではありませんわ……本当に泣くのは初めてですの」

「……そう」

 

 

 背中が見えなくなるまで、二人は彼を見続けた。そして、これ以上見送りは意味はないと感じたモードレッドは瞳をウルウルとさせながらその場を去ろうとする。だが、アリスィアが彼女を手を取った。

 

「なんですの?」

「アンタに頼みあるんだけど」

「はい? ワタクシに?」

「実は――」

「――申し訳ありません。ワタクシには荷が重いようで」

「まだ何も言ってないわよ! あぁ、もう、そういう所が嫌い」

「ワタクシも短気な貴方が嫌いですわ♪」

「はぁ……それで頼みだけど……私を強くしてくれない? モードレッド……アンタの次に」

「……申し訳ありませんが、ワタクシこう見えて暇ではありませんの。これから様々な事をしなくては」

「だったら私はそれに勝手について行くわ」

「……」

「あと、フェイみたいに朝練して」

「ワタクシ、フェイ様以外の頼みは聞きたくありませんの。それにワタクシに何のメリットもない」

「……料理教えてあげるから」

「……むっ…………」

「アンタフェイの事好きなんでしょ? だったら、次にフェイに合うときまでに私が凄く美味しい料理作れるようにしてあげるから」

「……」

「男は胃袋を掴まれたら弱いって聞いたわ」

「……へぇ、でしたら、今度それをしてみますわ」

「……分かってると思うけど、一応言っておくわね? 胃袋を掴むって物理的ではないわよ? そう言う言い回しってだけだからね?」

「……分かってますわ」

「ならいいけど。それで、私を鍛えて、そして、ワタシはアンタに料理を教える、これでどう?」

「……むぅ」

「まぁまぁ、より、悪くないって言われたくないの?」

「……むぅ」

「私に料理の腕で負けてていいの? フェイもしかしたら私に惚れちゃうかもよ? さっきだって、ハムレタスサンド持って行ったわ。いつもなら、そんな気遣いは不要だとか言いそうなのに!」

「……むむ、釈然としませんわ。何だか、貴方に上手く使われそうな気がして」

「あっそ。じゃあ、一生まぁまぁって言われてればいいじゃない。貴族だもんね、どうせ料理なんて今までしたことなかったんだろうけど」

「……あぁ、もう!! 分かりましたわ!! 教えます! 教えて差し上げます!! これでいいのでしょう!?」

「よっしゃ!」

「はぁ……フェイ様ではなく、こんなぼんくらに教えなくてはならないなんて」

 

 

 初めてモードレッドに口げんかで勝利をしたとアリスィアは嬉しくて笑みを浮かべる。そして、彼女は再び、彼が居なくなったその方角を見る。背が見えないその光景は今の彼女と彼の差と言う立ち位置のようであった。

 

 

(いつか、追いつくから……待ってて……鬼いちゃん)

 

 

 

「おーい」

「あら? フェルミばあ様、どうかしたのですか?」

「あの子が、この財布忘れて行ったから届けに来たんだけど……どうやら、いなくなってしまったようだね」

「――ッ! でしたら、ワタクシが届けますわ♪ フェイ様ー、お待ちになってー♪」

 

 

 どかぁぁん! と大きな土煙が立った。モードレッドは光の速さでその場を去って、フェイを追う。

 

 フェイに少しでもまた会いたくなってしまったのだ。フェイロスである。

 

 

 そして、一瞬で背中が見えなくなってアリスィアはモードレッドと自分の差を再認識した。

 

 

(モードレッドはフェイより、実力がある。今度はフェイじゃなくて、アイツにずっと付きまとって、強くなってやるわ)

 

(沢山技術とかも盗んでやる。そして、強くなる)

 

 

(フェイだけじゃない、アンタにも負けないわよ……色んな意味でね……)

 

 

 彼女は薄く笑って、一旦フェルミ婆さんの所に戻る。これで、フェイの自由都市での冒険譚は一時的に幕を閉じたのだった。

 

 

 

◆◆

 

 

「離れろ」

「うぅぅ、もう少しだけ、このままで居たいですわ……」

「……」

 

 

 泣きながらフェイの腕に絡みつくモードレッド。彼女には自由都市で未だ、成すべきことがある。だから、フェイの一緒には行けないことが寂しくてたまらない。

 

 

「フェイ様……ん」

 

 

 眼を閉じて、彼に唇を向ける。だが、フェイはそんなものを一切応じようとしない。

 

「むぅ……フェイ様……」

「……それではな」

「……うぅ……お待ちになってッ」

 

 

 フェイは無感情の表情だが、モードレッドは涙目で不満そうな表情。彼女はフェイを逃がさないように抱き着いてロックしている。

 

「……いずれまた会う事もあるだろう」

「……その時なったら、特別な事……デート……して頂けますか?」

「……断る」

「むぅ、でしたら、このまま抱き着いてロック致します。そのままフェイ様を自由都市に持ち帰りますわ!」

「……考えておく。だから、手を離せ」

「……えへへ、でしたら、次に会うときまでにデートコースも考えておいて欲しいですわ♪」

「……」

「約束ですわよ?」

「……承諾はしてないがな」

「むぅ、でしたらまたロックしますわ♪」

「……っち」

 

 

 仕方ないという表情でフェイは納得をした。このままでは、永遠にブリタニアには帰れない事を彼は悟ってしまった。

 

 

 フェイはデートの約束を半ば無理やりされてしまったが、先ほどとあまり表情はあまり変わらない。だが、モードレッドはニヤニヤしている。

 

 なら、もう帰っても問題ないなと言わんばかりに彼女に背中を向けた。

 

「ではな」

 

 それだけ言って、フェイはまた歩き出した。

 

「ええ……いずれまた」

 

 

 モードレッドもこれ以上、フェイをとどめることは無かった。ただ、フェイが一切振り返らない事に寂しさを覚えた。

 

 

「本当に……約束ですよ……でないと……ワタクシ」

 

 

 それは、たった一つだけある彼女の脆い顔だった。悲しくても悲しさを感じさせない彼女のはずなのに、本当に悲壮に溢れる一人の少女だった。

 

 

「――また、一人ぼっちになってしまう」

 

 

 声音も泣きじゃくる子供のようで、誰かを待ち続けている、希望を求める声だった。その声音は風に流れて消えてしまった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

1名無し神

激動の五日間を振り返りますか

 

 

2名無し神

一日目は前やったから二日目からで笑

 

 

3名無し神

二日目の感想、モードレッドちゃん可愛い、フェイは盆踊り、アリ何とかは空気

 

 

4名無し神

アリ何とかwww

 

 

5名無し神

ちょっと、フェイとモードレッドが横に居ると薄いよな、あんなに美人でスタイルも良い感じなのに

 

 

6名無し神

しょうがないやろ!! 五感奪われて、第六感で動くのは基本とか考えてる奴、それを見て股濡らしている奴がいたら、薄くなるやろ!

 

 

7名無し神

トゥルーも空気やったからな……妹のアリ何とかも空気はしゃあない

 

 

8名無し神

空気兄妹

 

 

9名無し神

>>8

宇〇兄弟みたいに言うな笑

 

 

10名無し神

いやでも、フェイ意味不明すぎた

 

 

11名無し神

五感を奪われるのは基本なのか……?

 

 

12名無し神

そんな訳ないな

 

 

13名無し神

Q.相手に五感を奪われました。どうしますか?

 

A. 至極簡単な答えだ。五感が奪われたら第六感で動けばいいじゃない。

 

 

 

14名無し神

そうはならんよ

 

 

15名無し神

フェイのQED意味不明

 

 

16名無し神

いきなり、アリスィアにトラウマ植え付けてて腹抱えて笑った

 

 

17名無し神

フェイこれで二日目と言う事実ね……

 

 

18名無し神

それでその日の夜よ俺達が語りたいのは。三日目の朝、全裸だったモードレッドちゃんについて

 

 

19名無し神

……叡智したか?

 

 

20名無し神

フェイが寝ている間に?

 

 

21名無し神

いや、自己満足で終わらせたのでは?

 

 

22名無し神

でも、モードレッドちゃんならしてそう。と言うかされても文句ない

 

 

23名無し神

申し訳ないけど……ユルルからモードレッドに推しを変えてしまった……

 

 

24名無し神

分かる。全裸の時にかなり、胸元の山脈がエロくて気に入った。

 

 

25名無し神

あれはエロ過ぎる……フェイの筋肉フェチ、しかも、超絶肉食系と言うⅯには堪らない!!

 

 

26名無し神

やってそうかもなぁ……フェイは眠るときはぐっすりだし。うわぁぁ、見たいよぉーアテナ、配信してくれぇぇぇぇえ

 

 

27名無し神

寝てる間に童貞卒業してたらそれはそれで……最高だよ!!

 

 

28名無し神

モードレッドって、これまで男性経験あるの? いや、深い意味は無いけど? 何となく気になっただけだよ? あと、スリーサイズ分かる? いや、深い意味は無いけど、あそこまで出てきたからさ、本来の立ち位置みたいなのを知りたいというか? いや、全然本当に純粋な興味だから?

 

 

29名無し神

分かったから、落ち着け。ワイ神頼む。

 

 

30名無し神

ワイ知ってる、モードレッドは重要キャラであるけど、暗躍キャラに近い感じ。あと、男性経験は一切ない、と言うかそう言ったことに『基本的に』興味すらない感じ。

 

 

31名無し神

暗躍キャラの癖にゴリゴリ前に出とる笑

 

 

32名無し神

暴力系ヒロインに間違えられてるし笑

 

 

33名無し神

もしかしたら、今一番いい空気吸ってるかもしれない

 

 

34名無し神

スリーサイズはB87/W57/H84

 

 

35名無し神

……俺の一番好きな数字が並んでるなぁ

 

 

36名無し神

かなり大きい方だけど、唯一無二感が凄い

 

 

37名無し神

舌の使い方上手そう……

 

 

38名無し神

>>37

分かる

 

 

39名無し神

フェイも舌の使い方は得意な感じする

 

 

40名無し神

フェイとモードレッド、夜のベッドで舌戦物理して欲しい……

 

 

41名無し神

笑笑

 

 

42名無し神

それでモードレッドが完全敗北してほしい

 

 

43名無し神

分かりみが深すぎて、マリアナ海溝。でもそれでも足りないから、海神がマリアナ海溝もっと深くしそう

 

 

44名無し神

あの余裕な表情がガチガチな感じでフェイに毒されていく様を見ていたい

 

 

45名無し神

最高の愉悦

 

 

46名無し神

ですわ♪、と言う口調すら完全にフェイによって崩壊してほしい

 

 

47名無し神

分かる

 

 

48名無し神

アリスィアちゃんにも触れてあげよう……

 

 

49名無し神

ほぼ出番ないからな……喰われまくってるし

 

 

50名無し神

そうだな、五日目まで本当に空気だし

 

 

51名無し神

そんな事言うなよ! アリスィアちゃんはキャラ凄い濃いだろ!! モブにしては!!

 

 

52名無し神

そうだそうだ! モブにしてはツッコミ役頑張ってるんだ!!

 

 

53名無し神

悪ノリが始まったよ

 

 

54名無し神

あんまり、興味ないけど、アリスィアちゃんのスリーサイズは?

 

 

55名無し神

ワイ知ってる。B78/W58/H81

 

 

56名無し神

あー、割と……モードレッドさんには劣るけど

 

 

57名無し神

俺は好きだよ。この感じ

 

 

58名無し神

まぁ、アリ何とかちゃんは置いておこうよ。

 

 

59名無し神

せやな

 

 

60名無し神

俺、驚いたんだけど、フェイってギャンブルの才能あったん?

 

 

61名無し神

一万分の一を必ず引けるあれか

 

 

62名無し神

強すぎて草

 

 

63名無し神

相手の不正見抜いてなのに、何となくで勝利をしてしまう男

 

 

64名無し神

ギャンブルで全てが決まる学園に居たら、生徒会入り確実の男

 

 

65名無し神

フェイの能力、改めてみるとヤバいな

 

 

66名無し神

因果超える一枚札(アブソリュート・ドロー)

 一万分の一、であってもその可能性があればそれを現実に反映する。砂漠の砂から砂金を一発で見つけることも可能であるかもしれない。

 しかし、フェイ自身のテンションが大きく影響し、最高に高まっていないと使えない。

 

 

67名無し神

なるほどね。フェイ君怖すぎる。これを魂の波動で起こすんだから

 

 

68名無し神

精神可笑しすぎるよ。

 

 

69名無し神

だから、トーク君からフレンドリーファイアされても、義眼強化フラグで済ませるんだよな

 

 

70名無し神

「……諦めが悪い男だから期待したと?」

「少し違う。諦めるのが下手糞だから期待した。ああいう奴は嫌いじゃない」

 

この一連の流れマジで好きなんやけど

 

 

 

 

71名無し神

分かるぜ

 

 

72名無し神

その後、トーク君覚醒してたしな

 

 

73名無し神

フェイは教師にも成れるのか……

 

 

74名無し神

フェイ『馬鹿と弱者ほど、俺のライバルキャラに成れ』

トーク『せ、先生!』

 

 

75名無し神

笑笑

 

 

76名無し神

あと、バーバラちゃんについても触れておこうか……

 

 

77名無し神

そうだな。モードレッドの次くらいに大事

 

 

78名無し神

ワイ知ってる。ブラコンで、二十歳。B96/W63/H92。こんな感じだけどちゃんと鍛えてるから、太ももはムチムチ感あるけど、触ってみると意外と鍛えてるって事が感じられる体つき。少したれ眼で色気が凄い。それ故に異性からは凄いジロジロみられる。

 

気に入った人にあだ名付けたり、からかうような言動ある。

 

 

それなりのキャラではあるが、モードレッドとかと比べると凄い重要と言うキャラではない。だが、円卓英雄記ではかなり人気キャラで、派生作品で作られた漫画作品『バーバラさん家の日常』っていう作品で主役キャラだった。それぐらい人気キャラ。ヒロインではない。因みに漫画では現代日本を舞台にして、高校生のライン君を凄い可愛がる大学生な感じでの立ち位置。その名の通り、日常が紡がれる物語である。

 

五巻で完結。完結済みで、すぐ読めるからおすすめ。

 

後、衰退した退魔士の家系の子で、ロメオの現団長。父はウォーと言ってロメオの前団長。ラインが弟。

 

 

79名無し神

ごめん、『バーバラさん家の日常』らへんより、体の説明しか頭に入ってこない。

 

 

80名無し神

正直すぎる笑

 

 

81名無し神

いやでも、確かに……可愛くてエロい。しかも、経験ないのにからかうって感じが堪らない。フェイに分からせてほしい。

 

 

82名無し神

結局フェイか……まぁ、主人公であるフェイに全て収束するから仕方ないけど

 

 

83名無し神

wwwwwwww

 

 

84名無し神

五日目やな?

 

 

85名無し神

あれどういう思考してるん?

 

 

86名無し神

フェイ『もしかして……アリスィアって、自分の事を主人公だと思い込んでいるモブなのでは……?』

 

 

87名無し神

いや、それお前や

 

 

88名無し神

これ配信で見てた時のコメント欄が全部『いや、それお前だよ』って感じになってたのは笑った

 

 

89名無し神

ブーメラン過ぎるやろ? なんで自分に当たらん?

 

 

90名無し神

ブーメランが超絶特大過ぎて、それに乗って移動してるから当たらない説好き

 

 

91名無し神

wwwwww

 

 

92名無し神

wwwww

 

 

93名無し神

それで、全然アリスィアが惚れてるってことを気付かないのがまた面白い

 

 

94名無し神

アリスィアちゃん……五日目は良かった

 

 

95名無し神

叡智でした。あの余裕が一切ない、眼が虚ろな感じには興奮した

 

 

96名無し神

強迫観念に囚われ続けてきた少女って訳やな。だから、責任感に似た何かに潰されそうになってた

 

 

97名無し神

後普通に、フェイが好きやったんやろ? 元々拒まれ者だったけど、認めて貰えたし。どんな目に遭っても一切攻めないから好きになっただけ

 

 

98名無し神

どんな手を使っても引き留めたかったんだろうな

 

 

99名無し神

ヤンデレ最高

 

 

100名無し神

ロキ本当に好きだな、ヤンデレ

 

 

101名無し神

ただ、フェイによって解呪されてけどね

 

 

102名無し神

――そうだ、このナイフで楽になろう

――だれか……助けて

 

 

――いや、俺が主人公だから、そもそも勘違いでしょ笑◀

 

唐突に第三の選択肢をブーメランに乗りながら持ってくるフェイさん

 

 

103名無し神

もうアリスィアちゃん、フェイの事大好きなんだな。髪も切ってしまったし

 

 

104名無し神

フェイ君、女たらしすぎる

 

 

105名無し神

その内マジで刺されそう

 

 

106名無し神

刺されてもヤンデレに刺されるのは基本とか思ってそう

 

 

107名無し神

フェイのヒロイン勢力図

『第一勢力』原点にして頂点 ユルル

『第二勢力』最もヒロインに近い者 マリア&リリア

『謎の第三勢力』ジャイアントパンダ アーサー

『第四勢力』光の速さで駆け上がる モードレッド

『第五勢力』実はヤンデレ気質 アリスィア

 

そして、『第零勢力』モブモブのヘイミー!!!

 

108名無し神

ヘイミーちゃん、出番まだかな……

 

 

109名無し神

俺も実は待ってる

 

 

110名無し神

そう言えばさ、フェイが惚れさせてるのって殆ど、円卓英雄記のヒロイン枠じゃないよね? 俺、円卓英雄記ってハーレムモノって聞いたんだけど。今の所、アーサーとマリア&リリアしか知らない

 

 

111名無し神

ワイ神?

 

 

112名無し神

ワイ知ってる。そのうち出てくるで。アルファたちも別にヒロインって訳じゃないし。ベータだけはちょっと、それっぽい描写もあったけど……バッドエンドの話にちょこっと出てくるだけやし……

 

 

113名無し神

へぇ、いつ出てくるのかね?

 

 

114名無し神

楽しみやで

 

 

115名無し神

フェイに期待

 

 

116名無し神

あれ? でもフェイ、ブリタニア帰ったらアリスィアちゃんどうなるの? これからも辛いイベントあるんじゃないの? ワイ神見解を

 

 

117名無し神

ワイの見解。多分大丈夫。フェイじゃなくて、モードレッドちゃんの背後霊になったわけだから、多分何とかしてくれる。モードレッド、何だかんだで善悪の判断はハッキリしている……一部欠落してて、悪いと判断できるけど、悪いと思わないとかはあるけど。

 

フェイよりは安心感劣るけど、モードレッドも大分安心感あるよ。元々はね、この後、ちょっと時間が経って、ユルルちゃんが自由都市にやってきて師匠と弟子の関係になる。

 

ただ、ユルルはフェイのモノだから、それはない。

 

 

まぁ、流れを書くと

 

フェイがユルルちゃんを救って惚れさせて、ブリタニアで現地妻にした。フェイがモードレッド惚れさせてしまったせいで、本来ならあんまり関わりのないモードレッドとアリスィアに関係が出来て、暗躍なのに前に出てきてしまって、教師役変更になってしまった

 

それでモードレッドは正直ユルルちゃんよりバリバリ強いし、フェイには大分劣るけどメンタルも狂ってるし、大抵の事は何とかしてくれると思うよ。アリスィアちゃんは多分無事。ただ、モードレッドの訓練が心配……

 

118名無し神

そう言えば、モードレッドとお料理と暴力教室するんだっけ?

 

119名無し神

フェイ鬼いちゃんの為に……

 

120名無し神

良い子じゃん。

 

121名無し神

俺は好きだけどな、アリスィアちゃん

 

122名無し神

それより、いずれ来る二人のフェイの取り合い修羅場の方が心配だよ。大喧嘩して、民家とかフッ飛ばさないと良いけど

 

123名無し神

ヤンデレアリスィアVS狂乱モードレッド

 

124名無し神

はやく、フェイにはもう一回自由都市訪れて欲しいな

 

125名無し神

修羅場が久しぶりに見たい

 

126名無し神

と言うか3Pして欲しい

 

127名無し神

そればっかりだな

 

128名無し神

フェイ、長期休暇に色々とんでもないことしてたな

 

129名無し神

義眼に成っちゃったし。本人は気にしてないけど

 

130名無し神

でも、それ見たら……ユルルちゃん、泣いちゃうんだろうな……

 

 

◆◆

 

 

1名無しの英雄

いやいやいやいや

 

2名無しの英雄

フェイさんのことですか?

 

3名無しの英雄

アイツなんやねん。怖いわ。特に五日目

 

4名無しの英雄

全員を狂暴化させてたで? 強制的に

 

5名無しの英雄

狂・狂混沌聖域(ネオ・バーサーク・サンクチュアリ)

 狂っている英雄の姿を見せることで、仲間の心を奮い立たせて、それだけでなく一瞬で憧憬と信仰心を植え付ける。それによって一定範囲内における、仲間全員に大幅なバフをかける。全能力二段段階向上を強制する。暗示や痛覚に耐性もついてしまう。   

 だが、言ってしまえばほぼ気のせいなので、人間が本来かけているリミッターの強制解除のような物であり、終わった後の疲弊感は尋常ではない。また、終わった後に記憶が一時的に欠落して、頭の中でフェイの嗤う姿が浮かぶ。

 本人のテンションが大きく影響する。

 

こんな感じ? 名前は俺が考えた

 

6名無しの英雄

これこれ

 

7名無しの英雄

えぇ……こんなのが英雄である俺達の後輩になるのか?

 

8名無しの英雄

こいつに先輩とか言われた日には鳥肌立ちすぎて鳥になるわ

 

9名無しの英雄

麻酔無しで目の手術もヤバいって

 

10名無しの英雄

そうか? 俺も昔してたしな? 麻酔無しで目の手術ってそんなに驚くような事じゃないと思うけどな?

 

11名無しの英雄

>>10

関羽さん、古参の英雄なんですから、新人に対抗意識燃やすのは止めましょう……

 

12名無しの英雄

>>10

あ、こいつ関羽なん笑?

 

13名無しの英雄

まぁ、関羽も毒の手術みたいなのしてたけどな……

 

14名無しの英雄

恥ずかしいって、新人にそんな対抗意識燃やしてたら

 

15名無しの英雄

いや、でも気持ちわかる。コイツヤバいだろ

 

16名無しの英雄

五日間濃すぎた

 

17名無しの英雄

しかも、本人は観光気分だし

 

18名無しの英雄

やばいです

 

19名無しの英雄

こいつ……俺達の所に来たらどうなるん? 俺達、デカい顔できんぞ

 

20名無しの英雄

安心しろ。神アテナの意向により、フェイは物語が完結しても、次も何処かの世界に転生するらしい

 

21名無しの英雄

そっか、なら安心

 

22名無しの英雄

俺コイツ嫌い。先輩顔できないから

 

23名無しの英雄

眼が見えないレレの手術を依頼しておいて、本人全然気にしてない事が、特筆すべき事じゃないみたいな感じになってる素の優しさが凄すぎて何も文句言えないのが、ムカつく

 

24名無しの英雄

文句言えないって

 

25名無しの英雄

しかも、モードレッドとアリスィアちゃんと一緒におねんねしてるのがムカつく

 

26名無しの英雄

モードレッド可愛い

 

27名無しの英雄

それは思った。フェイにガッチリホールドされて分からせられて欲しい

 

28名無しの英雄

お前らモードレッド好き過ぎやろ。俺はアリスィアを推してるけどな

 

29名無しの英雄

五日目のヤンデレはしびれたな

 

30名無しの英雄

フェイ……優しすぎだよ。惚れても文句言えないから腹立つんだよ、コイツ。

 

31名無しの英雄

褒めるのか貶すのかどっちかにしようや笑

 

32名無しの英雄

モードレッドは今後も重要そうなキャラだろうね

 

33名無しの英雄

この世界のキャラって円卓元ネタでしょ? でも、名前借りてるだけで、実際の史実とはあんまり関係ない感じする

 

34名無しの英雄

だろうな

 

35名無しの英雄

血縁とかもあんまり関係ない感じするしな

 

36名無しの英雄

ほんのり円卓ですな

 

 

37名無しの英雄

あと、フェイって噛ませキャラなんだよな?

 

38名無しの英雄

そうだよ

 

39名無しの英雄

フェイ自身が破滅するイベントかないの? 本来のフェイのやつね

 

40名無しの英雄

あー噛ませキャラとしての、破滅イベントってことか

 

41名無しの英雄

どうだろな

 

42名無しの英雄

分からん

 

43名無しの英雄

ただ、今のフェイが破滅するのが予想できん

 

44名無しの英雄

眼が無くなっても気にしてないし

 

45名無しの英雄

コイツヤバいです

 

46名無しの英雄

何故目が無くなっても、平気なのか。

 

47名無しの英雄

全く分からない

 

48名無しの英雄

フェイと言うキャラのバックホーンが知りたいなぁ

 

49名無しの英雄

一応噛ませキャラだけど、あるにはあるんだよね? バックホーン

 

50名無しの英雄

あるある。俺知ってる、やったことあるから

 

byモードレッド

 

51名無しの英雄

お前死ねよ。カムランの戦い忘れてないからな

byアーサー

 

52名無しの英雄

前世引きずるなよ笑

 

53名無しの英雄

落ち着きましょう

 

54名無しの英雄

アーサー死ね

byモードレッド

 

55名無しの英雄

モードレッド死ね

byアーサー

 

56名無しの英雄

これが古参英雄ならフェイにデカい顔なんかできるはずないわな

 

 

 

◆◆

 

『アテナ切り抜き』

 

――料理と暴力教室

 

 

 

「うぅ、痛い……」

「はぁ、貴方……もっと、根性出した方がよろしいのではなくて?」

「だって、アンタ凄い殴るんだもんッ……ぐすん」

 

 

 涙目でモードレッドを見るアリスィア。朝練でいきなりモードレッドにぼこぼこにされて彼女はいきなりメンタルに負荷がかかっていた。

 

 

「……もうやだ、おうちかえる」

「おうちって、どこですの……?」

「うぅ」

「……フェイ様なら、これくらいの訓練できましたけど」

「――ッ」

 

 

(フェイ、鬼いちゃん……)

 

 

「まだやる……」

「そうですか。ワタクシも引き受けたからには実行するつもりですので……」

 

 

(フェイ様なら、一度決めた事は曲げないはずですし。でしたら、ワタクシも♪)

 

 

 

敢えて叱咤をかけて、アリスィアをやる気にさせるモードレッドは意外と師としての才能があるのかもしれない。その後、アリスィアは完膚なきまでボコボコにされた。

 

 

 その後、二人はとあるフェルミ婆さんの家の台所を借りた。エプロンをして二人となり合って並ぶ姿は姉妹か、意外と友達に見えるのかもしれない。

 

「はい、それじゃあ、タルトの生地に穴を開けて」

「了解です♪」

 

 

 どかぁぁぁん! と音がした

 

「ば、馬鹿! 空気穴開けろって言ってるの!! 小さい奴!! 小さい穴! もう、馬鹿! 生地貫通して、そこら辺に飛び散ってるし! 馬鹿馬鹿!!!」

「……ぷい」

「いや、悪いのアンタだから! なに、その!? 私の教えが悪いからこの惨状になったみたいな顔は!!」

 

 

 二人は急いで生地を回収した。そして、今度はパンを作ることにした。ある程度、無事に工程が進み、

 

 

「はい、じゃあ……今度は生地を休ませるわ」

「……」

「いや、ポーションはかけないわよ!?」

 

 

モードレッドがナチュラルにパンの生地に緑色の液体であるポーションをかけようとしたのでアリスィアがそれを止めた。

 

 

「フェイ様、ポーションを体にかけて休まれるので……」

「休むの意味が違うわよ! どうしてそう曲解するの!? やっぱり貴族って世間知らずなのね。アンタって色々な所を旅してたんでしょ? ご飯どうしたの?」

「全部外食です。それで事足りていましたので」

「ふーん」

「ですが! 今のワタクシはフェイ様の為に、料理を作りたいのです! 自分の手料理を振る舞いたいというささやかで最高の願いなのです♪」

「はいはい、先は長いだろうけど……頑張りましょうね」

 

 

パンの生地にポーションをかけるという奇行をするモードレッドがフェイの舌を満足させる日が来るのか。

 

 

「ちょっと、それなに?」

「え? 激辛パウダー」

「何で全部激辛にするのよ!」

「フェイ様とワタクシの愛の色ですもの♪ 基本的に全部激辛にしなくては気が済みませんわ♪」

「はいはい、フェイを満足させたいならこれは没収ね……」

 

 

フェイを満足させる日が来るとしたら、だいぶ先だろうなとアリスィアは感じた。



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第六章 兄妹殺愛編
38話 正月休み


 とある部屋。そこには誰かが怪しげな笑みを溢しながら何かをしていた。緑色の液体、それ以外にも怪しげな色をしている鉱石。そして、ガラス管に入っている虹色の液体。

 

「くひひ」

 

 

 ニヤニヤしながら何かを作っている女性。部屋の中は資料が散らばっている。広い部屋であるはずなのに、散らかっているために狭い圧迫感のある部屋のように見える。

 

 液体と液体を混ぜて、ガラス棒でそれをかき混ぜる。すると異様な発光が発現したのを見て、益々にやけ顔。

 

「や、やったぞ! 僕はついにやり遂げたのだ!!」

 

 

 彼女はエクター。四等級騎士である、円卓の騎士内で珍しい治癒の魔術が使えるのが彼女である。フェイを以前に治癒をしたこともあり、フェイが頼りにしている、そして、空気のように何度も怪我をしている為に常連になってしまっているのが彼女の医務室である。

 

 フェイからすると彼女のもとを訪ねる時は怪我をした時、努力系である彼からすると彼女は無くてはならない存在である。彼女はその特異な能力故に中々休みが貰えない。 

 

 だが、そんな彼女でも新年を迎える前後には微かな休みがある、その時間を使って彼女はある研究をしていた。医者である前に研究者でもある彼女は年齢による加齢をどうにかしたく、それを一時的に遅らせるための道具を生産している。

 

 

「こ、これは、若さを保つ薬だあぁぁ!!! ふふ、折角だから同期とかに自慢をしてこよう!!」

 

 

 彼女はガラス管の中に入っている薬を持ちだして、外に出る。嬉しそうに子供のように。だが、彼女はこの休みの期間の間、ずっと研究をしていた。そのせいで過労がかなり溜まってしまっており、足がかなりおぼつかない。

 

 外に出て、冬の寒さに耐えながら知り合いを探す。すると、銀色の綺麗な髪をしている小さめの幼女のような女性を発見。彼女の隣にはメイド姿の女性と黒髪の男性の後ろ姿が。

 

 

「あ、ユルルちゃんー!! 僕の研究の成果……」

 

 

 彼女に向かって駆けだす。だが、寝不足による疲労から彼女はつまづいてしまった。そして、彼女の持っていた薬が宙を舞う。そして、それはユルルの頭の上にかかってしまった。

 

 

◆◆

 

 

 

 太陽は輝かしく晴れている。だが、寒さは未だ残り、王都ブリタニアには先日に降った雪が残っていた。店を持つ大人は雪かきに追われ、子供は自由に駆け回りまわる。

 

 さくさくと雪を踏む心地よい音が聞こえる。

 

 

「あ! 逆立ちの兄ちゃん!」

「ほんとだ!! 久しぶり!」

「ねぇねぇ、遊んで遊んで!」

「断る……」

 

 

 自由都市から帰還したフェイがブリタニアの子供たちから囲まれていた。まるでヒーローショーが終わった後に握手を求められるヒーローさながらの人気っぷりである。だが、フェイはクール系なので冷たい反応をする。

 

 

「お願い! ハムレタスサンドあげるから!」

「そうそう、ハムレタスサンドあげるから!」

「少し、雪合戦してくれるまで帰らせない!」

「あれ? フェイ、なんか目が変わってる……」

 

 

 フェイの周りには子供がいっぱいでフェイは身動きが取れないほどに密集していた。厳密に言えばフェイも動こうと思えば動けるが流石に子供を押しのけて無理やりに動くほどの男ではない。

 

 

 このままではらちが明かないとフェイはやれやれと仕方なく、子供たちの雪合戦に付き合う事にした。

 

 

「うわーい!」

「やっぱり、ハムレタスサンドが好きなんだ!」

「ハムレタスサンド絶対買うマンだ!」

「握手して! ハムレタスサンド絶対買うマン!!」

 

 

 

 フェイは子供たちに対しても容赦なく、雪玉をぶつけ続けた。ぶつけてぶつけて、自身は鍛えているので一発も当たらず、大人げないプレーでフェイは勝利した。

 

 

「すげぇぇ!」

「やっぱり、ハムレタスサンド絶対買うマンは凄いなー!」

「俺大きくなったら、ハムレタスサンド絶対買うマンになる!」

 

 

 フェイの強さに関心と憧れを抱いた子供たちは、遊びに付き合って去っていくフェイの背中を、ハムレタスサンド絶対買うマンの背中を見て育っていく。

 

 

◆◆

 

 

 雪が降り積もっている、三本の木がある場所。フェイとユルルが出会った場所、一緒に訓練をしていた場所に二人の影があった。ユルル本人とメイドのメイである。

 

 二人は、木の剣と木の槍を互いに振るって訓練をしていた。上下左右、から疾風怒濤の速さで剣が振られる。それを槍で捌いて、今度はメイが針のように鋭い突きを叩きこむ。

 

 しかし、水流に流されるようにそれらはいなされて、メイの首元にユルルの剣があてられる。

 

「完敗です。お嬢様」

「メイちゃんも流石だったよ」

「やはり、現役の一流剣士は太刀筋が違います」

「私なんて、一流なんかじゃ」

「いえ、一流ですよ。きっと、フェイ様もそう思っているはずです」

「そうかな……? フェイ君、そんな風に思ってくれてるかな?」

「それほどまでに気になるのでしたら……ご本人に聞いてみると宜しいかと……丁度、来たようですし」

 

 

 メイがユルルの背の後ろに眼を向ける。彼女は振り返って嬉しそうに笑顔を向ける。遠くにフェイの姿が見えて、それがこちらを見据えながら歩いている姿が見えたからだ。

 

「フェイ君、帰って――」

 

 

 彼女は、彼女達は眼を見開いた。フェイの眼が左目が人の眼に似てはいるが、似て非なる人為的な眼であることが分かったからだ。黒い眼ではなく、赤い義眼。眼を失ってしまったことを悟った。

 

 

 彼は彼女たち二人の前で足を止めた。

 

「これなら、気にすることはない」

「気にする事はないって……それ、どうしたんですか? 何かあったんですか?」

「……少しばかり、な」

「少しばかりじゃないですよ……帰ってきたと思ったら……いきなりそんなのって……」

「お嬢様、フェイ様本人が大丈夫と言っている以上、これ以上は」

「分かってるけど……」

 

 

(……私のせい、なのかな。私がもっと、上手く教えてれば……強くしてあげていれば……傷つくことも無かったのかな)

 

 

「……気にするな」

「ごめんなさい……私……どうしても、気にしてしまって」

「……」

「私がもっと、上手に……いえ、何でもありません。フェイ君が気にするなって言ってるんですから……良いですよね……」

「……」

「あはは……訓練、しますか?」

「……あぁ」

「強くなりたいんですね……フェイ君はそれだけなんですね」

「……」

「お嬢様……それ以上は」

 

 

 気にしていないというわけではないが彼女は笑顔を取り繕って、偽物の笑顔を向けた。彼女は耐えるのが得意だった、偽りを見せるのが得意だった。ずっと、誰からも認めて貰えない、嘲笑と侮蔑だけで回り埋め尽くされてた。

 

 いつか見返したいからずっと耐えていた。そこで自分が怒っても嘆いても、弁解をしても何も変わらない。

 

 だから、見返してやる時まで耐えて耐えて耐えて。気にしないふりをしてた。でも、フェイの事になると彼女は我慢が出来なくなっていた。

 

 

(大したことがない……か。眼が無くなってそんなことを嘘偽りなく言えてしまう。せめて、気にしてるって嘘を言って欲しかった……。私はそんな価値観分かる訳ないのに)

 

 

(辛いよ……貴方が痛くないって、気にしてないって言っても……私が痛くて辛い……)

 

 

(どうして、こんなに痛いのッ!? フェイ君が、分からないよッ、なんで、そんな先に行ってしまうのッ)

 

 

(あなたも、わたしを、おいていくの……?)

 

 

 フェイの事など、誰も理解できない。理解したいと思う、いや、彼女は置いて行かれたくないだけだった。もう、一人になりたくないだけだった。フェイは心の支えで、愛してしまった人で、大事な弟子だから。

 

 彼女にとって全部だった。

 

 もう、彼女にはフェイが分からない。どうして、眼を失っても平気なのか、ただ強さを求めるのか。何一つ、分からない。共感がしたい。ただ一緒に笑い合えればそれで満足だというのに。

 

 

「お嬢様……」

「……偶には自分から話しかけてくださいよ……自分から、貴方のこと話してくださいよ……、どうして、いつも……」

「――俺は……」

 

 

 フェイが何かを口にしようと思った時、誰かが間に割って入った。

 

「あー、ようやく見つけたよ。フェイ」

「……お前か」

「いや、先輩だからって……まぁいいや。聖騎士長様がお前の事呼んでるんだけど、君最近ここにずっと居なかったから、困ってたんだよ」

 

 

 そこに居たのはマルマルだった。フェイとは久しい顔合わせとなる。

 

「あれ? 何か取り込み中だった?」

「……そうとも言えるかもな」

「あ、そうなんだ……じゃあ、手短に君を八等級騎士にするから、手続き――」

「――え……?」

 

 

 自分はずっと十二だった、上がることも無くて、駆け上がる事すらできない。通常聖騎士と言うのは、一階級ずつしか上がることはない。それが普通だ。だが、稀にいる才能あふれる者達はそれを無視して数段階上に上がることが出来る。

 

 嘗てのユルルの兄がそうだった。ガレスティーア家の長男であった彼は才能に溢れて、聖騎士になって、たった一年で五等級になった。いつか兄のようにと思っていた。

 

『にいさま、すごい!』

『これくらい当然だ、俺は強いからな』

『……にいさま?』

 

 彼女の頭の中に幼い日の自身が兄で長男ガウェインに子供らしく言葉をかけた記憶が蘇る。あの時、兄の嗤う顔に違和感を覚えた。目標を疑ってしまった。それほどに普段とはかけ離れた狂気の顔つきだったから。兄の服の裾を掴んでいかないでほしいと願っていたけど、それは叶わず、先へ、覇道を行って追う事も出来なかった。

 

『にいさまは……どこにもいかないよね? わたしの、ずっと、にいさまだよね?』

 

 

 返事はない、ただ、先へ行くとだけ彼は言った。

 

 

 

「この間、四等級騎士に模擬戦で勝った事の功績が大きいらしい」

「そうか」

「手続き頼むね、円卓の城の受付でいろいろできるから」

「……」

 

 

 今、彼は彼女を向いていない。また、置いて行かれそうな気がした。飛躍していく彼に自分は何も分からず、置いて行かれてしまう。教えることなどもうなくなってしまっているのかもしれない。

 

 自身よりも優れた剣士だって……きっといる。彼女の悪い癖は自分を卑下してしまう事だ。

 

 

「こいつはどうなる?」

彼女(ユルル)にはそう言う話は来ていない。悪いがなるべく早く手続きはしておいてくれよ。期限過ぎると折角の進級が取り消しになる場合がある」

「そうか……」

「……どうした?」

「……妙な話だと思っただけだ。俺がここまでこれたのは覚悟の力だ。だが、己だけでは到底ここまで来れていない事も分かっている」

「……」

「俺がここまでこれたのは、俺の力、そして、何よりもこいつの存在が大きい」

 

 

 時が止まった様な感覚だった。彼はいつものように淡々として、無機質な佇まいだけど。ユルルも隣のメイも驚愕だった。

 

 

「俺は、自身の師を正当に評価しない者達からの評価など……」

「……?」

 

 

 フェイは、言葉が詰まった。ユルルはその先に何を言おうとしたのか、気になったがフェイは言葉を変えた。

 

「いや、そもそも俺は位が欲しくて騎士をしているのではない。そんな手続きをしている暇があったのなら剣を振るだけだ」

「つまり、進級を拒むってことでいいのかい?」

「あぁ、それでいい」

「そうか、前から思ってたけど、君は変わってるな。それに恨みがあまりに強すぎる……だが、()()()()()()()()()()()

 

 

 マルマルはフェイの後ろのユルルを見た。これ以上はここに居ても仕方ないと彼はその場を去って行った。

 

 

「今日は帰る」

「あ、その……」

「……」

「……フェイ君?」

 

 

 背中を向けたまま、おもむろに口を開いた。

 

「お前がどうしてそうなったのか……その原因が俺には分からん。だが、()()()()()()()()()()()()()()()。不快なら謝罪しよう」

「ッ……」

 

 

 彼女は眼を見開く。自分が微かに涙を流したことを彼は気にしてくれていた。それに、先へ行くのを拒んでくれた。行かずに隣にいることを選択してくれた。

 

 

『俺は、自身の師を正当に評価しない者達からの評価など……』

 

 

(……その先に何を言おうとしてたのか……もしかして……)

 

 

(それに、フェイ君が謝るなんて……一度も……。私が彼を想っているように、彼も私の事を……)

 

 

「私も、ごめんなさい……少し、気が立ってしまって……」

「俺は気にしていない」

「私も全く気にしていません。本当に気を遣わせてしまって申し訳ありませんでした……眼は本当に大丈夫なんですか?」

「あぁ」

「そうですか……でしたら、剣を合わせましょう。だって、私は貴方の師匠ですから」

 

 

 

(そうだ。私は彼の師匠なんだ……。彼も信じてくれているんだから、隣に居ようと少しでもしてくれるなら。それに甘えるだけじゃなくて……私も強くならないと……)

 

 

(フェイ君……もし、貴方が痛みを感じないなら。私が痛みを分かち合えるように頑張ります。貴方が私を庇ってくれたように、救ってくれたように……いつか、貴方を救えるほどに、私は強くなりますね)

 

 

(好きな人には死んでほしくないですから)

 

 

 

 フェイはと彼女は剣を合わせる、いつものように。彼女の表情は晴れていた。彼女は自身も成長しようと前へ進む覚悟を持った。いつか、手を掴んで隣を歩けるように……

 

 ――訓練しながら、この時間が続けばいいと彼女は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(物凄い感動的な場面だとメイは感じているのですが……)

 

 

 そんな二人を見ながらロマンス系小説の主人公であると勘違いしているメイは歯がゆい思いをしてみていた。

 

(……フェイ様って本当に魔性な男と言うか、何というか……そもそも怪我したのはフェイ様のせいですよね。正直メイもフェイ様の怪我は心配しています)

 

(しかしながら……フェイ様、自分で落とすだけ堕としておいて、そこから上げているような……。それでお嬢様かなり好感度上がっているし……とんでもないマッチポンプを見ているような……)

 

(しかも、いつも謝罪とかしない癖にこう言う時だけ謝罪して……。『俺は、自身の師を正当に評価しない者達からの評価など……』この先の言葉は絶対分かります。と言うかほぼ言ってます。師匠を正当に評価しない奴からの評価とか言う感じですよね?)

 

(お嬢様が一番欲しかった言葉を、一番言って欲しい相手から、下げておいていうとか……反則ではないでしょうか? 先ほどからお嬢様、気分アゲアゲですし、惚れ顔してますし、惚れ直してますし)

 

 

(自由都市に行ってたと仰ってましたけど……まさか、ロマンス系小説主人公であるメイのライバルキャラを量産していないでしょうね? 最大の敵はお嬢様、マリア様辺りだと感じているのですが……とんでもないライバルが生まれているかも)

 

 

(まぁ、メイはそう言うライバルが多くてもいいですけどね。メイの物語の深みがググぐぐぐっと深くなりますので。最終的には主人公であるメイエンドですので)

 

 

(しかし、不満があります。メイのイベントはまだでしょうか? 最近、全然出番が無くて、実は主人公ではないのかなかと思ってしまいます……)

 

 

(どうして、メイにはイベントがこないのですか? まさか……メイは主人公ではなかったのですか……?)

 

 

 

 この後、フェイはマリア&リリアとついでにアーサーの好感度もマッチポンプ形式で存分に上げた。

 

 

 

■■

 

 

 フェイがブリタニア王国に帰還してから数日、フェイとユルルはいつものように訓練をしていた。木の剣が交差して只管にその音が鳴り響く。心地の良い剣の唄のようなそんな音の連鎖。

 

 

 それをメイドであるメイがじっと見ていた。

 

 

 彼女は焦っていた。自身に最近これと言って何のイベントも無かったからである。自身はロマンス小説系の主人公であるというのに、その証とも言える厄介イベント的な物が何もない。

 

 最初はそう言う時もあるだろうなと、感じていたがそれだけで何も変わらない。故に彼女は自身から行動を起こすことにした。

 

 いつもは最終的には自身にフェイは収束してハッピーエンドになるだろうし、自身の愛しているお嬢様もフェイの事が好きなのだから、なるべくイベントを壊したりせずに、そっとしてあげよう

 

 自身が主人公的なポジションだから、最後は自身がフェイを奪ってしまうのだから……と。

 

 彼女には主人公としての慈悲があり、だから、今までメイは余り二人の間に入り込んだり、二人きりの訓練を邪魔することはなかったのだが、今の彼女にはそんな事など気にならないので二人の訓練を見学していた。

 

 ユルルの鋭い太刀がフェイの木剣を飛ばす。ブーメランのように回転して、地面に突き刺さり、勝負が決着。ユルルはちょっとだけ自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「フェイ君、今日は私の全勝ですね」

「……そのようだな」

「もう、いじけないでくださいよ。私は貴方の師匠なんですから、全勝位、毎回しないと格好がつかないんです」

 

 

 ユルルは今日の模擬戦でフェイに全勝した。そのことでフェイが面白くなさそうな声音になるので、ユルルはからかうように彼に笑みを向ける。フェイは飛ばされた木剣を無表情で拾う。

 

 

「もう一度だ」

「ダメですよ。さっきのが最後って約束したんですから。体も休めないといけません。師匠との約束ですのでちゃんと守って頂かないと」

「……そうか」

 

 

 フェイは苦渋の決断、と言うわけではないが表情を変えずに重々しく告げた。彼にとって訓練とはそれほどまでに重要であるのだ。

 

「さて、折角ですし……フェイ君、今日は私の部屋でご飯とかどうですか?」

「……いや、俺は――」

 

 緊張感のある表情でユルルは夕食のお誘いを彼にする。異性を部屋に誘う、二りきりではないとしても。その意味をメイは感じ取る。近い距離で時間を重ねたい。彼女のささやかな願い。

 

 彼女は裏のある想いからか、頬が赤い。だが、フェイは対照的でいつもの機械的な感じ。そして、彼はいかに銀髪ロリ巨乳美人師匠から食事を誘われても、クール系である為にそう簡単に食事には行かない。

 

 そんななれ合いはしない、断るという選択をするだろうと言う事をユルルは感じた。それは師匠として、ずっと一緒に居た想い人として、好きな人の事をある程度は把握しているからこその感知。

 

「――食べながら剣術の話をしましょうか」

「そうか、なら行ってやらんこともない」

 

 

 フェイはバーサーカーなので、そっと剣術の話を添えておくだけで子供のようについてくることがある。勿論、ユルル・ガレスティーアと言う女性を尊敬しており、強くなるためには必要不可欠であると分かっているからこその行動でもあるが。

 

 

(お嬢様、フェイ様の操り方が上手くなっている……)

 

 

 メイがそれを見て驚愕をしているが、ウサギのように微かに跳ねて彼女は喜ぶ。そして、フェイとユルル、メイの三人はその場を離れて部屋に帰るついでに夕飯の買い出しに向かう。

 

 

「フェイ君、何か食べたい物とか、ありますか?」

「いや、特には」

「そうですか。メイちゃんはある?」

「メイは特にございません。お嬢様の食べたい物でよろしいかと」

「えー、それが一番困るんだけど……あ! あそこの野菜でシチューとかにする?」

「なんでも構わん」

「メイもそれで構いません」

 

 

 

 ユルルは野菜を売っている場所に向かって行くと……丁度、誰かの元気で活発な声が響いた。聞いたことがあるような声。

 

「あ、ユルルちゃんー!! 僕の研究の成果……」

 

 

「エクターさん? お久しぶりです――」

 

 

 声でエクターだと分かったユルルが振り返った瞬間、とある液体が彼女の顔に降りかかってしまった。

 

「お嬢様? 大丈夫ですか!?」

「あ、ごめん! ごめん! 本当にごめん! 僕疲れててさ……」

「……?」

 

 

 メイと液体をかけてしまったエクターは心配そうに声をかける。だが、ユルルは二人に返事もせずに子供のように首を傾げる。彼女は大人で対応や物腰も柔らかいのでこういう時は大抵、大丈夫と笑って返事を返すのだがそれをしない。

 

 フェイも少しだけ、様子が違う事を感じ取って彼女に目を向ける。そして、ユルルもフェイと目線を合わせる。じっと、特に何も言わずに目が交差するのが三秒ほど続いた。

 

 すると、ユルルが子供のように両手を開く。

 

「……だっこして」

「……なに?」

「ふぇい、わたしをだっこして」

「おい、こいつに何をした?」

 

 

 ユルルの当然変異がエクターがかけてしまったあの液体のせいなのではないかとフェイは察してエクターに鋭い眼を向ける。その間にユルルは抱っこしてくれないフェイにウサギのように飛んで無理やり抱き着いた。

 

 

 

「あー、その、僕が作ったのは……若返りの薬って言うか……その、若さは精神からって言うか、その、精神に暗示をかけて、若々しくして……気持ちから若さを保とうって言うコンセプトって言うか……」

「……つまり、精神に暗示をかけて一時的に幼くするという事か」

「うん……流石にここまでなるとは思わなくて……ごめん」

「どうすれば元に戻る」

「えっと、一日位かな」

「……」

 

 

 

 フェイは自身の胸元に眼を向けた。そこにはニコッと無邪気で可愛らしい笑顔を向ける自身の師。首に手を回してぶら下がっている。仕方ないと彼は溜息を溢して彼女を一旦、彼女とメイが住んでいるいつもの部屋に向かうことにする。

 

 

「あの、僕は」

「貴様はもういい」

「あ、はい。なんかすいませんでした」

 

 

 エクターは頭を下げながらそこから去って行った。居ても意味がないならさっさと元凶は去れとフェイに遠回しに言われたからである。

 

 

「フェイ様、メイは今晩の夕食の食材を買ってまいりますので一足先に戻っていてください」

「あぁ」

 

 

 そこで二人は別れた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ふぇいくん、あたまなでなでして!」

「……」

「ふぇいくん! わたしのことすき?」

「……さぁな」

「ふぇいくん、ほんよんで!」

「……」

 

 

 もう、完全に子供だった。23歳児と言う新たなる概念を獲得してしまったのかもしれないという程の言動。甘えん坊でずっとベットの上に座っているフェイの膝の上に座りっぱなし。

 

 

 ぎゅっと抱きしめて、甘える。それだけ。

 

 

「フェイ様大丈夫ですか?」

「あぁ」

「めいちゃん! ごはんはやく! おなかすいた!」

「承知しました、少々お待ちください、お嬢様」

 

 

 

 暗示がかかって子供のように彼女は振る舞った。お風呂も着替えも全部大変だったのだが、気づくとベットの上で一足先に彼女は眠ってしまった。

 

 メイはほっと一息ついて、紅茶を淹れた。それをテーブルの上に持って行く。

 

「フェイ様、色々ありがとうございました」

「気にするな、礼は不要だ」

「さようで……紅茶を淹れましたのでよろしかったらお飲みになってください」

「……あぁ」

 

 

 紅茶の優しい香りが部屋を満たしていく。部屋の中は薄暗い。ユルルを起こさないために天井に配置されている照明はつけない。オレンジ色の微かな常夜灯が小さな魔石の照明器具によって微かに部屋は照らされる。

 

 そして、ガラスの窓から綺麗な月の光が差し込んでいる。月の真っ白な穢れ無い光が常夜灯のオレンジと混ざって幻想的な雰囲気を醸しだす。

 

 

 メイとフェイが席について向かい合う。

 

 

「フェイ様……その、左目は大丈夫なのですか?」

「問題はない」

「そうですか……。その、差し出がましいかと思いますが、自身の体をちゃんと労わってください」

「あぁ」

「……自由都市に行ってらっしゃったのですよね?」

「そうだ」

 

 

 淡泊な返事をしながらフェイは紅茶を口に含む。メイは心配そうな目を向けながら彼に質問を何度も投げかける。

 

 

「あそこは、あそこを……どう感じましたか?」

「どうとは……?」

「率直な感想と言いますか、どのような場所に感じたのか聞きたいのです。どのような事でも構いません」

「……特に何も感じない。俺にとっては全部が自身を高める場所だ」

「なるほど……フェイ様、また、あの都市に向かわれるのですよね?」

「あぁ、時間があればな」

「……フェイ様はあそこで一攫千金とか、そう言ったものを求めていない事は知っています。フェイ様に行くなとも言いません。しかし、メイは心配です。フェイ様、きっと、あそこには何もありません。何も、ない、希望も夢も、あそこにはありません」

「……」

「すいません。急にこんなことを言ってしまって……ただ、一度だけ、冒険者として活動をしていましたので、その時に……メイが勝手に感じたことかもしれませんが、どうしてもお伝えしたかったことでして……」

「謝る必要はない」

「ありがとうございます……フェイ様、自由都市の魔石を持っていますか?」

「いや、全て換金に回した」

「そうですか。でしたら、これをご覧ください」

 

 

 そう言ってメイは自身の着ているパジャマに上から手を入れる。そして、胸元から一つの魔石を取り出した。それは自由都市で魔物を倒した時に獲得できる魔石にそっくりであった。

 

 

「これは、とある鉱山でとれた魔石です。照明とか、色々な用途で使われます。そして、自由都市のダンジョンでも似たような物が獲得出来ると思います」

「……何が言いたい」

「……あのダンジョンで獲得できるのは全てダンジョンの外でも獲得が出来ます……。いえ、厳密にいうと違うのかもしれませんが……似ています。全部が。外と完全に酷似していて……それが凄く不気味と言うか……魔物にも個体差とかありますが、基本的にはダンジョンの外と全くの違う種がいません。世界最高峰のダンジョン……夢と希望が詰まった異界の空間、一攫千金ができる……本当にそうなのでしょうか? なぜ、魔物を倒すと外でも取れるような魔石が手に入るのか謎でしかありません」

「……」

「しかし、全員がダンジョンだからと割り切っています。行方不明者が出てもダンジョンで死んだとか思っています。探しますが諦めます。メイにはあそこがどうにも気持ち悪く感じました。魔物は誰かが作っているのかもしれないとすら……いえ、これ以上はただの妄言ですね」

「……」

「ただ、フェイ様が心配なだけです。どうか、お気をつけてください。フェイ様は危なっかしい方なのは承知しております。止まれない方なのも知っております。ですので、せめて忠告だけさせて頂きます」

「……そうか、覚えておこう」

「はい、覚えていてください」

 

 

 それだけ言うとメイはそっと笑った。そして、重い話を切り替えるように寝ているユルルを見た。

 

 

「お嬢様、中々お転婆な方でしょう?」

「そうかもな」

「昔は、あんな感じでした。ずっと我儘と言うか、甘えん坊で怒りっぽくて、メイの方が年下なのに妹みたいって思っていました」

「……」

「ふふ、あまりこういった話は好みではないですね」

「……さぁな」

「と言うより、あまり会話が好きではないという感じなのでしょうか? フェイ様の特徴をどうこう言うつもりはありませんが、偶には話を振ってくださいね? フェイ様と話していると楽しいですから」

「……そうか。気が向いたらそうすることにしよう」

「はい、気が向いたときにお願いします」

 

 

 

 そこから互いに特に何も言わずに時間が過ぎていく。紅茶を飲みながら月の光に照らされて二人は時間を重ねた。

 

 

◆◆

 

 

 ふわぁぁっぁっぁぁぁあ!!! 久しぶりにメイのイベントっぽいのが来たぁぁぁ!!!

 

 

 最近フェイ様とのイベントが全くの無かったので焦っていた。いや、本当に。ロマンス小説系の主人公であるメイはどうして出番が無いのか。もしかして主人公じゃないのかもしれないと焦りがあった。

 

 

 だけど、今こうやって向かい合いながら紅茶を飲む。凄いロマンチック。ロマンチックな感じが最高過ぎてにやけ顔を抑えるのに必死です!!

 

 そうそう、これこれ。イベントがないなら自身で起こせばいいのですよね!

 

 

 あ、そうだ、フェイ様に忠告をしないと。この人直ぐに無理をするから……そう言えばメイも昔はダンジョンで活動したのを思い出す。出会いとか色々求めていたけど、そんなの全然ないし。

 

 そもそもあの自由都市のダンジョン、よく分からないけど凄い気持ち悪かったし。いい気分がしなかった。あと、出会いもイベントも何もないから不満しかなかった。本当につまらない場所で気持ち悪い場所と言う印象。

 

 そんな場所にフェイ様が行くというのだから心配もなったし、帰って来た時に左目も義眼になっていたからやはり、と後悔もした。あの時ちゃんと止めていれば……いや、この人は止まらないだろう。

 

 そう言う人だというのはもう分かり切っている。メイは現地妻みたいに待ってあげよう。王子枠が無茶をして帰ってくるのを家で待つのはあるある展開。

 

 さて、一度やってみたかった、胸元から道具を出すあれを魔石でやって、忠告をしておく。フェイ様ってちゃんと話聞いてくれるからメイ的にポイント高い。

 

 普段は凄い無感情の癖に、実は真面目で頑張り屋さんっていうギャップが凄く良い。

 

 

 本当にフェイ様って……おもしれー男

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 なんだか、分からないがユルル師匠が幼児化した……。まぁ、そう言う事も良くあるよね。別に驚きはしない。

 

 ファンタジーにおいて、いわゆる幼児退行みたいなのは基本。それにあのエクターって人が原因だろうしね。仕方ないから面倒を見てあげよう、いつも胸を借りているしな。

 

 

「ふぇい、ぎゅってして!!」

「……断る」

「ひっぐ……うえぇぇぇん! ふぇいがぎゅってしてくれないい!!」

 

 

 あ、泣いちゃった。本当にワガママだな、いつもとは雰囲気全然違うけど、特に問題もない。こういう事もあるのだろう。そして、元に戻った時には特に気にしてない感じに対応しよう。

 

 ずっと、太ももの上に乗って胸板に顔埋めてるし。クール系だけど……仕方ないから頭撫でてあげよう。

 

「えへへ」

 

 本当に子供みたいだな。23歳児……か。

 

 ユルル師匠を寝かしつけた後にメイドのメイと一緒に紅茶を飲むことに。ダンジョンに対しての意見を聞いたり、眼の事を心配してくれたり感謝である。モブなのに良い子だ。

 

 

 胸元から魔石を出す仕草は面白い。偶にはモブと過ごすのも悪くないかもな。モブにしてはメイはおもしれー女。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 ユルルが幼児化から戻って数日後、未だに寒さが残るそんな冬の日。フェイが一人で剣を振っていた。毎日のように彼は剣を振る。ただ高みを目指して……。

 

 しかし、そんな彼の体には負担が大きくかかっており、呼吸を忘れるほどに鬼気迫る表情と集中力で鍛錬を積めば……気絶をしてしまう。

 

 

 

 フェイが目を覚ますと、そこは見覚えのある天井であった。エクターの医務室のベッドの上で起きた彼の周りにはユルルとマリア、そして、メイ、エクターの姿があった。

 

 

「あ、起きたな、あのね、ここの常連にはならないでって言ったよね?」

「……手間をかけた」

「はぁ、心配をかけて……謝った方がいいよ? 三人にも」

「フェイ君! もう、いつも無茶して! 私、凄く怒ってますよ!」

「フェイ様、お嬢様からしっかり叱られてください」

「フェイ……私心配してるのよ」

 

 

 

 三者三様といった対応でフェイにチクチクと小言を言ったり、不安げな表情でジッと見たりしている。

 

 

「君が気絶してるのをユルルちゃんとメイちゃんが見つけて、それを運んでいるときにマリアちゃんと会ってここまで来たんだって。お礼言いなよ」

「手間をかけたな」

「はぁ……まぁ、フェイ君に無理をするなって言ってもダメなのは知ってますけど……私もすいません。弟子の負担が重くなっているのに気付いてませんでした。マリア先輩もすいません。フェイ君を預かっていたのに、こんなことになってしまって」

「き、気にしないでいいわよ。こちらこそいつもありがとうね。ユルルさんにメイさん」

 

 

 マリアからしたらフェイの少ない親しい間柄の二人、普段の感謝や気遣いがある。怒ったり文句を言ったりするなどあり得ない。

 

 

「フェイ様にはメイこそお世話になっています。この間も夜、話し相手になって頂いたりもしましたし」

「……夜に」

「夜に……メイちゃん、いつの間に」

「お嬢様が幼児化しているときです」

「あ、それ忘れて欲しいやつ……」

 

 

 

(フェイ、メイさんと二人きりで何話してたんだろう)

 

(メイちゃん……私が幼児化しているときに何話してたんだろう。あの幼児化は黒歴史だから、触れたくないんだけど)

 

(ふふ、久しぶりに三大美人ヒロインが出揃いましたね。メイ的にこの二人が生涯最大にして最強のライバル的キャラ感があります)

 

 

「フェイ、ユルルさんとメイさんにあまり心配かけてはダメよ」

「あぁ」

 

 

 フェイはそう言ってベッドから起き上がった。休む気などない、そしてこのまま訓練にでも向かうというのが手に取るように三人には分かった。ユルル、マリア、メイは頭を抱える。無理をするなと言ってもそんな言いつけや忠告を聞くはずない彼はどうしたら無茶苦茶な行動に出なくなるのか、考えたところで分からない。

 

「訓練するつもりなのね……あぁ、もう、フェイったら……ごめんなさいね。いろいろ気を使ってくれているのに」

「いえ、何となくこうなるのは分かっていましたので……謝らなくていいですよ。マリア先輩」

「メイも気にしてはいません」

 

 

 

 フェイはそのまま医務室を出ようと扉に手をかける。だが、出る寸前に三人の方を振り返る。いつもの顔つきで冷めた声音で一言だけ呟いた。

 

 

「手間をかけた」

 

 

 

 そう言って彼は三人を後にする。

 

 

「フェイは悪い子じゃないの、これからも色々手間かけると思うけど、お願いしてもいいかしら?」

「はい、任せてください。フェイ君は私の弟子ですので」

「メイも任せられました」

 

 

 

 

 

 フェイが再び剣を振る。三人から無理をするなと言われたので、いつもよりセーブしながらの素振り。空気を斬るような剣筋を作り出す彼の元に、黄金の影が現れる。

 

「フェイ……おはよう」

「……」

 

 

 アーサーがフェイに向かって手を振りながら挨拶をする。フェイは僅かに一瞥だけをしたが、それ以上は特に何もせずに素振りを続ける。

 

「フェイ、頑張ってるみたいだけど、今日は素振りの感じが違うね」

「……」

「この間、オシャレカフェを見つけたから一緒に行く?」

「……」

「むぅ、無視しすぎ。照れてるのは分かるけど、ちゃんと反応して」

「……照れてはいない」

「ふふ、恥ずかしがっちゃって……かーわーいー」

「……」

 

 

 頬をツンツンと触ろうとするアーサー。それを躱しつつ、睨むようにアーサーを見る。いつまで経っても自身が上だという彼女の態度がフェイには気に食わない。

 

 

「フェイ……左目大丈夫?」

「前にも言ったが問題はない」

「そっか、なら……久しぶりにワタシとやる?」

 

 

 彼女は持ってきていた木剣をフェイに向ける。最初からこれが目的であったのだろう。フェイと接する機会はこれくらいしかない彼女にとって、模擬戦は凄く大事である。

 

 

「いいだろう。乗ってやる」

「じゃあ、軽くね……お姉ちゃんの偉大さ教えてあげる」

 

 

 

 互いに地を蹴る。模擬戦が終始余裕であるように互いに表情は変わらない。だが、フェイの方が防戦一方でもあった。

 

 

 未来視とまではいかないが、彼女の剣筋は大分理解している。自由都市で戦ったモードレッド、そしてカイルも同じような剣筋との戦いも得た。だが、分かっていてもその才能故の凄まじい剣戟。

 

モードレッドに負けず劣らず、その速さ。そして、精度。恐ろしいのはこれは魔術的要素を一切排除している。モードレッド、アーサー、この二人の強さにフェイはまだ至れていない。

 

 

「……あれ? 前より、強くなったね。自由都市でどんな経験してたの。色々教えて」

「無駄口を叩くな」

「分かった。それじゃ、ワタシが勝ったら教えて」

「……勝てたらな」

「うん。約束ね! さっき言ったオシャレなカフェで二人きりで話してね!」

 

 

 

  勝手に約束を増大させるアーサー。そして、約束出来たことが嬉しくなって思わず、更に一段階ギアを上げた一撃をフェイの鳩尾に叩き込んだ。

 

 

 フェイは本日二度目の気絶を迎える。暗闇にフェイは落ちる。しかし、持ち前の回復力と執念で直ぐに目を覚ます。

 

「あ、起きた」

 

 

 目を覚ますとアーサーの膝の上だった。

 

 

「心配した、大丈夫?」

「……問題ない」

「そっか……眼、移植したときどんな気分だった?」

「なにもない」

「そっか……」

 

 

(ワタシもこの眼はワタシの本当の眼じゃないんだ……だから、お揃い……とは言わないけど……フェイは一人じゃないよ)

 

 

 

 風が彼女を吹き抜ける。微かに彼女の頭の中に真っ赤で腐った血肉が蘇る。一人ぼっちであったけど……今は……。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 朝から訓練で気絶をしてしまった。いや、集中し過ぎで呼吸を忘れてしまうほどに素振りをしてしまうとは……。今度から素振りをするときは呼吸を忘れないようにしないと。

 

 

 眼が覚めるとエクター博士。大分ここも常連になってしまった。マイベッド、やはり用意した方が良いかな。これからも何度もお世話になるだろうし。マリア、ユルル師匠、メイもわざわざすまんね。

 

 

 無理をしないでって心配してくれるのは嬉しいけど……主人公だから無茶はしてしまう。こればっかりはどうしようもない。

 

 

 起きたばかりだけど、素振りしに行かないと……。最近、イベントが無くて平和だからこういう時に鍛錬はしっかりしないと……。

 

 まぁ、三人があれだけ心配してるから、呼吸忘れないで、ちょっとセーブして素振りをしよう。そう思っているとアーサーが来た。

 

 模擬戦をしたらまたボコボコにされた。クソ、これじゃ……俺は主人公なのに。こいつにずっと負けっぱなし。3000敗くらいしてるよ。

 

 これあれだよな……原作最強ランキングとか絶対俺より順位上だよな……。『円卓英雄記』のネタバレを含むので嫌な方はブラウザバックしてくださいみたいな感じで作られてたら、アーサー最強ランキング一位じゃない?

 

 だって、主人公である俺に3000回くらい勝ってるし。コイツのせいで勝率も下がってるんだよな。自由都市とかでもモードレッドのせいでトータル戦績大分落ちている。

 

 トゥルーにも何だかんだで負け越してるし……俺は主人公なのに……勝率5パーセント以下だろうな……絶対アーサーとかさ、ビジュアルは良くて、強いからこいつが主人公でいいだろとか言われてるんだろうな。

 

 俺が主人公なのに。

 

 

 まぁ、努力系だからもっと頑張れって事かもな。勝率上げるためには……努力しかないかもな。

 

 

 主人公として頑張ろう。あと、膝枕はやめろ、アーサー。全然うれしくない。

 

 




いきなり修正してすいません。これからもよろしくお願いします。


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39話 白紙

 都市ポンド。誰もが寝静まった夜の都市外にて灰色の化け物(アビス)が現れる。都市内に常時待機している聖騎士二人組は外に出て、それを狩る。何とか全てのアビスを討伐して聖騎士達は都市を見回りながら話す。

 

 

「最近、多くないか……逢魔生体(アビス)

「あぁ、……それにこの都市に集中しているように感じる」

「増員を要請したらしいぜ。ブリタニアから数人聖騎士が派遣されて、調査と防衛にあたるらしい」

 

 

「――それは面白い事を聞きました」

 

 

 夜に響いた聖女のような優しい声。静寂に馴染んだ美しい声。ゾクっと、二人は声が発せられた場所から距離をとる。白の髪、黒い眼。美しい女性がそこに居て、彼女の手には紫に血が混じった様な不気味な色の剣。

 

 

「誰だ?」

「ただの、助手です」

 

 

 彼女は次の瞬間、剣を振り上げた。その剣から茨の鞭のようなものが伸びて二人に襲い掛かる。咄嗟に剣を抜いて茨を斬る。

 

 

「なんだ、こいつ!」

 

 

 一人は回避したがもう一人にその茨が当たる。掠り傷ほどにしかなっていない、出た血の量も転んで膝に擦り傷が出来るほどであるのに。

 

 

「あ、あが、がああああああああああ!!」

 

 

 辛い訓練にも耐えてきた猛者である聖騎士であるにもかかわず、赤ん坊のように悲鳴を上げた。

 

 

「大丈夫か!?」

「あ、あぐ、あぁあぁあ」

「この剣はとある方からエンチャントして貰っている魔剣です。精神に直接的にダメージを与える、言うならば……精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)です」

 

 

「教授には……まだ、精神に関するデータが足りていないと言われていますので……ちょっと実験に付き合ってくださいね」

 

 

 大きな悲鳴と絶望の嘆きがそこに木霊した。次の日には軽傷で死亡している二人の聖騎士が見つかった。

 

 円卓英雄記、その中で途轍もなく大きいと言われるイベント。サブ主人公であるアルファ、彼女に大きく関わる、ターニングポイント。その選択が迫っていた。

 

◆◆

 

 いつもフェイとユルルが訓練をする三本の木がある場所。そこでフェイは木剣を振っている。だが、その日は座禅を組んで星元操作の訓練をしていた。彼の体には半透明のオーラのような物が囲っている。

 

 だが、その揺らぎは滑らかではなく、荒々しいというより、拙い波のようであった。それをフェイ自身も舌打ちをして、師匠であるユルルも難しそうな顔をする。

 

 

「フェイ君……やっぱり不器用ですよね……」

「……」

「星元操作がちょっと、まだまだこれからと言うか……はい、そんな感じです……。頑張っているのは知っているのですが……こればっかりは才能とかもあると思いますし……」

「そうか」

「あ、その! でもフェイ君は剣術が凄いですから! ナイーブにならないでください! 剣の腕はメキメキ上がってます!」

「そうか……」

「星元操作に関しては……効果があるのか分かりませんが……その詠唱をしてはどうでしょうか?」

「詠唱……」

「無属性魔術に詠唱は必要ないのですが……何というか意識付け、感覚を掴む一つの手として推奨しておきます。この間、魔術の本を調べていたら属性魔術って詠唱を使って発動をするのですが、詠唱って超効率よく魔術を行使するための意識付けとの記述がありました。言葉で魔術属性、星元の元を刺激して連想をして、火の矢にしたり、火球にしたりみたいな……無属性魔術は使えるのが当たり前すぎて誰もしないのですが……如何でしょう?」

「なるほどな」

「ただ、恐らくですが……今すぐに操作が上手く出来るとか無いと思います。でも感覚を掴めたら、無理やりに強化しても数秒は持つとか、意識的に変えることで些細な変化もあるかもです」

「そうか……試すか……」

「そ、それと……ほら、いつもみたいに私と手を繋いで、操作を覚えるのも大事かな……と思います」

「そうだな、それもしよう――」

 

 

 フェイは照れながら差し出されたユルルの手をいきなり握った。

 

「――はぅ」

 

 

 かなり強めにしかも、両手で包むようにして星元操作を体になじませる。ただ、フェイに手を握られた事で照れ照れ状態の彼女の操作もいつもより拙い。

 

 

 ずっと、この星元を流し込む訓練はやっているが未だに彼女はこれに慣れない。慣れるまで、まだまだ時間がかかるだろうと彼女は感じた。

 

 

(えへへ……師匠特権……あってよかった)

 

 

(それにしても……フェイ君ってどうして、こんなに星元操作が……それに星元も極端に少ない……こんなに少ない人って本当に極稀だし……。フェイ君って生い立ちとか全然話してくれないし……)

 

(マリア先輩の孤児院に入る前も全然覚えてないって……言ってたっけ……謎が多いな……フェイ君)

 

 

◆◆

 

 

 

 早朝、若き聖騎士たちが集められた。トゥルー、アーサー、ボウラン、アルファ、ベータ、ガンマ、エセ、カマセ、そして、フェイ。指揮役としてサジント。

 

「さて、お前等、ちゃんと言うこと聞けよ。都市ポンドに向かうからな」

「おー、了解やで」

「ふっ、僕様も了解だ」

 

 

 サジントを先頭に彼らは歩き出す。彼の隣にはトゥルーが居て、一緒に並びながら歩く。

 

「今日、派遣メンバーがかなり多いですね」

「あぁ、都市ポンドはかなり大きいからな。手が回る範囲がいつもより格段に大きい。あと、アビスが既に多発、九等級聖騎士も二人死亡しているから一筋縄ではいかないからだろうな」

「そう、ですか……その、かなり人数が多いですが指揮は大丈夫ですか? 新人の人数が多すぎて指示が回らないみたいな……」

「俺には指揮役としても役割も一応ある。だが、お前たちも聖騎士に成って一年になる。一人一人が見習いを卒業しなくてはならない。それにお前とアーサーは既に七等級、アルファ、ベータ、ガンマ、ボウランも全員九等級だがそれ以上の実力がある。だから、大丈夫だろう。と言うかお前たち自身が考えて動け」

「そうか、僕達……もう、新人じゃないのか」

「そうだ。もう少ししたら新たな新人が入ってくる。いつまでも見習いとか思ってるんじゃない。アーサー、トゥルー、アルファ、ベータ、ガンマ、ボウランは既にその辺のベテラン以上の評価をされている」

「……」

「自信ないようだが、普通、一年で一つ等級が上がれば良い方なんだ。お前たちは普通じゃない。もしかしたら、来年、原石のお前やアーサーが新人を率いる可能性だってある。一等級聖騎士達に昇り詰めた精鋭は二年目から魔術や剣術を教えたりする立場になっている。お前やアーサーはそういう存在だ、自信と自覚を持て」

 

 

 トゥルー、アーサーは普通とはかけ離れた特別な評価をされている。それをトゥルーも感じていた。マグナムの推薦によって七等級にまで一気に飛躍をした彼に嫉妬や尊敬、畏怖、憧れ。そう言った感情が多々向けられていた。

 

 

「あの、あの三人はどうなんですか?」

「フェイ、エセ、カマセか……エセとカマセは十一等級になったらしいが……フェイは十二のままらしい」

「……アイツはあげて貰えなかったのか」

「いや、自分で上げなくていいと言ったらしい。本当なら八等級だ」

「……八等級」

「星元操作も星元の量も属性も、最低ランク。それなのにあのマグナムが推薦した。そして、それを蹴る馬鹿だ。ああいう奴の行動原理は理解できないから気にしない方がいい」

「そうですね……」

 

 

 トゥルーは後ろを振り返ってフェイを見た。彼は隣のエセとカマセから話しかけられるが、淡泊に返してマイペースに歩く。そんな彼が前を向いて深淵のような眼にトゥルーが写る。

 

 すると、トゥルーは怖い物から逃げるように目を逸らした。

 

 同族嫌悪……それに近いような嫌悪感。彼が変わる前までの孤児たちに酷い事をした怒り、変わってしまった事への疑惑。それが彼の中では残っているが心の中では直ぐ側に彼が居る安心感に近しい何かもあった。

 

 

 

 トゥルーは気持ち悪い感触を覚えながら歩き続ける。彼の耳にはエセとカマセの大きな話声が響いた。

 

「いやー、フェイ、左目ビックリやな。大丈夫なん?」

「問題ない」

「そうかー、フェイが言うならワイも気にせんでおくわ」

「僕様も気にしないでおいてやろう! 眼が変わってもお前は変わらないだろうしな!」

「せやな、偶にはエエこと言うんやな……フェイってユルルって人から剣教わってるんやろ?」

「そうだ」

「ふーん、師弟関係……本当にそれだけなんか?」

「そうだ」

 

 

(いや、こいつ実はこっそり付き合ってるんちゃうんか? 絶対、裏で抱いてるやろ。あのベタベタな感じは。この間、抱っこしながら王都内歩いてるの見たで)

(嘘つけ。絶対、こいつ裏では抱いてるだろ……クソ、僕様もいつかは……)

 

 

 

 エセとカマセはフェイが既にユルルと恋人関係で恋愛のABCを終えていると思っている。だからこその嫉妬の視線が突き刺さる。

 

 そして、フェイと話しているエセとカマセにはアーサーからの嫉妬の視線が向けられて、アルファ達もフェイを気にしているために、視線がややこしいことになりながら全員は都市ポンドに到着した。

 

 

 

◆◆

 

 都市内に入ったフェイ達。彼等にサジントは改めての事情を説明した。

 

「アビスが出るのは夜だが、それまで時間がある。聖騎士二人が軽傷で謎の死を遂げていることはお前たちも聞いているはずだ。よって、お前たちは都市内の住人に事情聴取をしてくれ。俺はここの常駐している聖騎士たちに詳しく話を聞く」

 

 

 彼らに事情聴取をサジントは命じた。

 

「ただ、アーサー、そして、ボウランは俺に付き添え」

「なんで、ワタシが……フェイと一緒に行こうと思ってたのに」

「えぇー! お前とかよ! まぁ、しょうがないから付いて行くけどな!」

「文句を言うなよ……」

 

 

(そもそも、アーサーの監視が命じられてるからしょうがないんだよ……ボウランは悟られないようにカモフラージュようだけど)

 

 

「分かったら、解散しろ。ほら、はやく!」

「めんどいわー、ワイ、お昼食べたいねん」

「僕様もだ」

「早く動けよ。お前等……」

 

 

(ったく、こいつらは……あ! フェイとトゥルーは俺の言うこと聞いてすぐに動き出した……。結局、こいつら二人が一番素直なのかもな……)

 

 

 

 サジントの眼にはトゥルーとフェイが互いに何も言わずに反対方向に歩いて行くのが見えた。アルファ達三姉妹は一緒に聞き込みをするらしく、三人で去っていく。エセとカマセはフェイと一緒に行こうと思っていたが、既にフェイが単独で歩いて行ってしまったので二人で見回ることになった。

 

 

 本来ならば、この都市ポンドに訪れるイベントではエセ、カマセ、ガンマは居ない。何故ならエセとカマセは既にアビスによって、ガンマはリビングデッドによって殺されてしまっているからだ。

 

 三人が居た場所にはトゥルーの同期である聖騎士、数合わせのモブのような存在が居るはずだった。だが、フェイによって彼らは生きながらえているので派遣メンバーの相性を考えて人選が変わっている。

 

 

 ただ、トゥルーやアーサー、アルファ、ベータと言うイベントの重要なキャラは変わっていない。世界の強制力。イベントは必ず起こり、それは主要キャラに降りかかる。

 

 それはノベルゲー世界の絶対とも言える。そして、それはフェイも例外ではない。彼にも僅かであるがこの都市ではとある人物との僅かな邂逅があるのであった。

 

■■

 

 

 フェイが一人で都市ポンドを歩き続ける。彼は人と話すという事が得意ではない。言い方がどうしても悪くなってしまうからだ。

 

 辺りを見渡しながら都市内の新聞を確認したりして、情報を集める。そこには『都市周辺にアビス多数出現!!』、『聖騎士二人が謎の死!』など何かの前触れを予感させる文言が書かれていた。

 

 

 フェイは新聞を隅から隅まで自身が聞いている情報と照らし合わせながら確認する。全てを見終えると特に自身が初めて知った事は無いと悟り、ごみ箱に新聞紙を捨てて歩き続ける。

 

 

 暫く歩くと、誰かの声が聞こえて来た。複数人、それも甲高い女性の声だ。フェイが歩みを続ける道の先にその光景はあった。

 

「ねぇねぇ、お兄さん。私達と一緒にどう?」

「そうそう、一緒にごはんとかいいよね?」

「お兄さん、かっこいいのね!」

「どこからきたの?」

「――いや、その、ボクは急いでいるんだ。どいてくれ」

「いいじゃない、お兄さん」

 

 

 身長は180㎝ほどある巨体。だが、細身ですらっとしている。顔立ちはかなり整っており、艶のある短髪の黒髪、黒目。目つきはちょとだけ悪い人物が複数の女性に声をかけられていた。

 

 その人物を特に意識をしているわけではない。フェイはただ、歩く先にそれがあっただけだが、その人物とフェイの眼が一瞬だけ交差した。一瞬だけ、何かを考えるような素振りをして、思いついたようにフェイに手を振る。

 

 

「ま、待ってたんだ! もう、何処に行ってたんだ! 貴殿(きでん)は!」

「……」

 

 

 フェイは黙って彼らに近づいて、そのまま通り過ぎた。

 

 

「ちょっと! 無視はやめてくれ! その、そう言うわけだから、ボクは失礼する!」

 

 

 囲んでいた女性たちを押しのけて、その人物はフェイの隣に陣取った。

 

 

「どう考えても、助けを求めているって分からなかったのか? 貴殿は」

「……興味ない」

「貴殿は冷たいな……」

「さぁな」

「……本当に冷たいな……」

 

 

 

 その人物はフェイの冷徹な反応に溜息を溢した。

 

 

「まぁ、助けられた身の上だからあんまり文句言うのも悪いか……。それより、その蒼い団服、貴殿は聖騎士か?」

「だったらなんだ?」

「あ、うん。気になったから聞いただけなんだが……すまない」

「謝罪などいらん」

「そ、そうか……あまり人と好んで接するようなタイプではないようだな。助けてくれた礼に何かしようと思ったが」

「いらん」

「だろうな……うん、そう言うわけでボクは失礼する……助かった。それではな。貴殿の行先に幸福があらんことを」

「あぁ」

 

 

 

 長身の人物はそれだけ言って去って行った。フェイも特に追う事はなく、二人は、別れた。

 

 

 

◆◆

 

 

「あー、面倒くさかったな。聞き込み」

「そうだね。ワタシはフェイと一緒がよかった」

「お前、そればっかりだな」

 

 

 都市に常駐聖騎士達への聞き込み、その手伝いが終わったボウランとアーサーが都市内を歩いていた。

 

 

「はぁー。これからは住人に聞き込みだろ?」

「そうだね」

「うえー、面倒……その前に飯行こうぜ!」

「そっちこそ、そればっかり……」

「だってよ……あれ? なんだ、あそこ」

「ん?」

 

 

 ボウランとアーサーの先には長身の人物が複数の女性から声をかけられていた。その人物はアーサーとボウランを見ると、手を振る。勿論初対面だ。

 

「待ってたぞ! 遅いんだ、貴殿たちは!」

「だれ? 知り合い?」

「いや、アタシも知らない、誰だアイツ」

「貴殿たち、遅かったな」

「だれ?」

「お前誰だよ」

「あの、助けてくれ。ナンパみたいのが凄くて」

「え? なんで、ワタシが」

「そうだそうだ。アタシ達これから飯なんだ」

「冷たい、聖騎士って全員そう言う感じなのか……」

 

 

 

 二人が長身の人物から無視して離れる。取りあえず、複数の女性に声をかけられていたその人物は適当に話を作ってその場から離脱。そのまま二人の隣を歩く。

 

 

「いや、助かった。貴殿たちのおかげだ。それより、この都市ってナンパが流行っているのか?」

「知らない」

「アタシも知らない」

「冷たいな……本当に……まぁ、助かった。礼を言う」

「気にしてない。実際、ワタシは何もしてないし」

「アタシも」

「そうか……こういう聖騎士が多い年代なのか……? まぁ、いいや。貴殿たちはどうしてこの都市に?」

「そう言う命令が来た」

「アタシも同じ」

「そうか……」

「そう言うお前は何で来たんだよ?」

 

 

 特に興味もないが、ボウランがその人物に聞いた。

 

「ボクは……兄を探してかな……? 父上と母上が遭いたいって言うからずっと探してる」

「へぇ、そうなのか! 頑張れ!」

「あ、貴殿は大分対応が優しいんだな」

 

 

 ボウランは意外と素直なのでちゃんと応援するときは応援をする良い子である。長身の人物もちょっと意外そうな表情をする。

 

「兄……」

 

 

 アーサーが何かを思い出したように声を漏らした。

 

「貴殿にもいるのか?」

「居た……ほとんど覚えてないけど」

「ボクもだ……と言うか全く覚えてないし、そもそも知らない。父上と母上がボクには兄がいたと言ってただけだ」

「そう……会えると良いね」

「あぁ、会えると……おっと、すまない。ボクは失礼する。あ! ボク、この都市の掲示板に兄のこと載せたんだ。もし見かけて何か分かったら教えてくれ。それではな。二人に幸あらんことを!」

 

 

 その人物はそれだけ言って二人から去って行った。二人もまた、歩き始める。日はまだ頭の上を過ぎた所。お昼に近い時間帯だ。がやがやと都市内は活発になり始める。

 

「兄ね……。アタシもクズだけどいたな! 大っ嫌いだけど! 弟もクズ! 全員クズ!」

「そう……」

「アイツ、兄ってどんな感じかな? アイツと同じ大柄な()かな?」

「違う」

「え? 何で分かるんだよ?」

「あの人の兄がどんなのか全然知らないけど。あの人は()じゃない。だから、アイツと同じ大柄な()と言うのは間違い」

「え? でも、アイツ」

「男、だなんて一言も言ってないよ」

「た、たしかに……でも、女とも言ってないぞ? それに格好が男みたいだし」

「男装してたみたいだね。理由は知らないけど。声も大分高いし。あとは、佇まいというか……勘と言うか……まぁ、色々あって、あれは女。間違いない」

「す、すげぇぇ!! アーサー! 天才かよ!」

「ふふ、もっと褒めて崇めていいよ?」

「いや、もうやめとく!」

「……あっそ」

 

 

 アーサーとボウランが二人で先ほどの人物の話題で盛り上がる。奇跡的にアーサーの直感が冴えて、彼ではなく彼女であったという事が判明した。

 

 

「そうか、アイツ女だったのかー、全然気づかなかった」

「ワタシは一目で気付いた」

「おー、凄いな。あ、でもアイツが付けてた香水……女性用だったな、素の匂いも女っぽい感じもしたし……それに男と女って筋肉の発達の仕方違うよな。アイツの筋肉、女っぽい感じもしたし、骨盤の形なんて女のそれだった……」

「………………それ、全部ワタシ気付いていた」

「ええええ!? まじか!?」

「当然」

「す、すげぇぇ」

「……当然」

 

 

 ボウランがアーサーを褒め続けながら、都市内を探索する。その途中でアーサーがとあるものを見つけた。

 

 

「あ……」

「どうした?」

「あれ」

「どれ?」

「あそこに掲示板ある」

「ふーん、折角だし、ちょっと見てみるか……」

 

 

 

 掲示板、それは何らかの依頼や情報提供をして欲しい時に依頼書や手配書をお金を払って貼り付けることが出来る場所だ。二人もそのシステムは知っており、その中から先ほどの女性が言っていた手配書を探す。

 

 

「どれだ?」

「沢山ある……」

「アイツの名前も知らないしな」

「……もしかして……これかな?」

 

 

 

 アーサーがとある依頼書に指を指す。そこには物凄い丸っこい字で要件が書かれていた。それだけで彼女と決めつけるのは早計だが何となく直感でアーサーはこれだと感じた。

 

 

「うーん、くんくん……アイツの匂いがする」

「あぁ、やっぱりこれなんだ」

 

 

 ボウランがその紙の匂いを嗅いで先ほどの女性の依頼書と言うのが判明する。そして、その依頼書にはとなる名前が書かれていた。

 

「えっと……探し人……モルガン……」

「モルガン……アタシは知らないな。旅してた時あるけど聞いたことない」

「ワタシもない……残念、力にはなれない」

「そうだな……えっと、とても優しくて、強くて、凄い人……大雑把だな」

 

 

 

 ボウランがその手配書を読み込んでいく。だが、彼女の記憶に該当する人物像は一切思いつかなかった。

 

 

「へぇ、元々貴族様なのか」

「そうなんだ……益々知らない」

「残念だよな、でも、なんか分かったら必ず教えてやろうな!」

「そうだね」

 

 

 

 二人は要件を記憶して、その場を去った。いつか、分かった事があったら彼女に教えてあげようと誓って……

 

 

 

◆◆

 

 

 

「うーん、今日は疲れたー」

 

 

 都市ポンドのとある宿屋、その一室でとある女性が一日の疲れを伸ばすように背伸びをした。服を脱いで、そして、胸部周りに巻いていた木綿でできたさらしを外す。アーサーと同じ位の胸の大きさで、腰にも巻いていたさらしを取る。

 

 体つきは完全に成熟しつつある女性のそれであった。彼女は呆れるように溜息を吐きながら愚痴をこぼす。

 

 

「はぁ、母上が男性からの声かけ嫌がるから巻いてるが、なんか逆に女性から声かけられて迷惑なんだよな……」

 

 

 動きやすく、寝やすくて寝心地の良い寝間着に彼女は着替えて横になる。彼女は旅をしている。兄を探して。顔も声も、考え方、好きな物、趣味、なに一つ自身で実際に知った事はない。

 

 

 全て父と母からの受け売りで知っただけ。

 

 

「あー、疲れた……こんなに疲れたのに全然手掛かりないとは……それにいつまでたっても兄なんていないじゃないか……」

 

 

 ベットに身を投げるように横になる。体の力を抜いて楽な姿勢でぼんやりと天井を見ると眠気が襲ってくる。今日は早く寝ようと決める彼女は余計な事も考えないように眼を閉じる。

 

 すると、彼女が過ごした今日一日のこと、そして両親が話していた兄の事が頭の中に微かに浮かんだ。彼女と同じ黒い髪に目つきの悪い黒い眼、女性が何かを語りかける記憶。

 

『貴方の兄は凄く、可愛く、騎士としての才能に溢れる素晴らしい人でした……。ですが、あの日に……離れ離れになってしまい、今はもう、何処で何をしているのか全くわかりません』

 

 

『恐らくですが……生きていればさぞ高名な騎士になったでしょう。冒険者なら勇敢な英雄になったのかもしれません。それに貴方と同じ位、私達は愛していました。願わくばもう一度、会いたいものです』

 

 

『本当に可愛い可愛い、天使のような子でした。でも、きっと……』

 

 

 厳しくて表情をあまり変えない自身の母親が悲しげな表情で、一体全体何を言おうとしたのか、理解をした。

 

 もう会う事もない。顔を見ることも出来ないと諦めている母親を見て、自分が見つけてあげようと彼女は考えるようになった。兄がどんな人であったのか、今度は母ではなく、父に彼女は聞いたときの記憶が浮かんだ。

 

 

『……それよりもお前は結婚相手を探せ』

 

 

 

 彼女の父は母と同じで寡黙な人であった。だが、娘の事が心配で嫁ぎ先を探したり、怒るときはしっかり怒る。多くを語らずともとても優しい父親であるというのは理解していた。

 

 

 彼女の父は家が消え、領地もすべて消え、息子も消えて、何一つなくなった。それでも最後に残った妻と娘、それを何としてでも守りたいという意思があった。不自由なく楽しく寿命を終えて欲しかった。

 

 

 

(父上って、本当に優しい人だな……まぁ、お婿さん探しするとか、小言のようにちゃんと結婚しろとかうるさいのがかなり目立っていたが……)

 

 

(それから逃げたくて、あとは兄と見つけてあげたくて旅をするとか言って強引にここまで来てしまった……帰ったら怒られるだろうな……)

 

 

(本当に生きてるのかは少々疑問だ。母上は諦めてたけど、父上は未だに成長予想図の顔とか描いてるから諦めてはいないから、ボクも探し続けるが……)

 

 

(兄か……ボクは別に愛着とか、そもそも一緒に居た記憶がない……そう言えば今日話をした金髪の女の子も兄が居るって言っていたな)

 

 

(あの二人組、両方とも意外と優しかったな……それに美人さんだったし……)

 

 

(金髪の子も兄が見つかるといいな……。兄……本当にどんな感じなんだろう。母上は凄い優しくて天使って言うし、父上も語らないけど母上の言っている事否定はしないし……それに父上が描いてる似顔絵って凄い脚色は言ってるんじゃないかって程に、天使みたいだし……あれじゃ、元の顔なんて絶対分からないと思うがな……)

 

 

(でも、多分、父上と同じでボクも背が大きいから……兄も背が大きいことは予測できるだろう。後は天使みたいな……子か……多少の脚色が入っても母上と父上の感じから見てすごくかわいい子か……後、他に特徴は……優しい……)

 

 

 

 優しい、それが浮かんで彼女はまた思いだした。今日会った、冷たくて目つきが物凄く悪い男の姿を。

 

 

(そう言えば、いたな。とんでもなく目つきが悪くて対応も不遜な、悪魔みたいな奴。父上と母上にどんな息子がいたのか正直、答えは分からないけど……)

 

 

(ああいう、冷酷そうで不遜な態度の男ではないという事は分かるな。それに大分、小さかったしな……チビ助だ)

 

 

 

(あーあ、兄上はどこに居るんだ……とりあえず今日は休むとしよう。その内、自由都市とか、ブリタニア王国にでも出向いてみるか……)

 

 

そこまで考えると、彼女は本格的に眠気が襲ってきたことに気付いた。そこで鞄から熊さんの人形を取り出して、それを抱き枕のように眠りについた。

 

 

――天使のような優しくて、可愛らしい、背も高い兄が彼女の夢に出た。

 

 

 

◆◆

 

 

 任務によって、主人公である俺は都市ポンドに到着。事情聴取、情報収集をしていたらお昼ごろになっていたのに気付いた。

 

 さーて、お昼どうしようかな……。結構拘りたいよな、こういうお昼って。やっぱり、飯テロという概念があるからさ。一時期は料理系主人公じゃないかなと思ってこの世界で料理をこっそり練習していたくらいだし。

 

 やっぱりね、ありとあらゆる可能性を無視できなかったから。まぁ、その線は今消えているけど。そう言えば、この間、レレの誕生日にお好み焼き作ってあげたっけ。凄い喜んでたな。

 

 ついでに食べたマリアも凄い喜んでた。

 

『ふぇ、フェイって、良いお父さんになりそうね……ッ』

 

 

 凄い顔が赤かったな……やっぱりヒロインじゃないのかな……マリアは。こういう反応するからさ。

 

 

 ちょっと作り過ぎたから、ユルル師匠にも差し入れしたっけ……。そうしたら物凄い紅い顔で

 

『と、ととと、とっても美味しくて……ま、まま、ま、毎日食べたいです……な、なんちって……』

 

 

 とか言ってたっけ……。あの時のユルル師匠……顔が凄い真っ赤だったな……。もしかして、自身の血の巡りを急激に上昇させて、身体能力を向上させるべきと言う強化フラグを立てていたのかもしれない。ただ、出来そうにないんだよな。俺の努力が甘い……すまない、ユルル師匠!!

 

 

 

 さて、何だか脇道に思考がそれてしまっている感があるので思考を戻そう。意外と食事メインじゃない系主人公が食べているのが美味しそうって言うのはあるあるなんだよな。ビジュアルとか意識したいし、一流主人公でありたいからこういうぶらり食事道みたいなのは力を入れたい。

 

 ――だが、これら全ては余裕があればの話。

 

 今回はあくまでも情報収集のついでと言う範疇を出ないのが前提。

 

 そして、大大大前提として俺がここに来た理由は任務だ。これを絶対に優先しなくてはならない。だって、任務だから。任務遂行は真面目にしないといけない。それに都市内に死傷者でてるし、何かの被害が再度、出るかもしれないから優雅に食事をする暇はない。食べ歩きで適当に済まそう。

 

 

 時間があるときに、飯テロはすればいいさ。

 

 

 何か背の高い目つきの悪い女とちょっと話した。格好が男装に見えるけど、やっぱりファッションは人それぞれだし。こういうのが女性の中でも実は流行っているのか……?

 

 それと俺に絡んできたという事は……なんかのキャラかね? それともただ本当にナンパに困っていたモブか……。

 

 

 どちらにしろ、悪いな。気にしてる暇はない。任務、情報収集が最優先。また会おう、名も知らない女性よ。

 

 

そうこうしているうちに……夜がやってきた。警備の依頼も入っている。アビスの討伐もある。

 

 

気合を入れよう、主人公である俺の出番だ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 静寂が都市を包む。夜は更けてどこか不気味な空気感があった。アーサーやトゥルー達はそれぞれ別れて、警備にあたる。

 

 

 アーサーが見渡しながら歩いていると急に張り詰めた空気感が漂う。剣を抜いて、目を凝らす。すると、彼女の眼には灰色の粘土細工のような生き物が確認できた。魔物のハウンドと似た形態。狼のような鋭い牙と四足歩行。

 

 その数は数十体。並みの騎士なら思わず後ずさってしまう程の迫力が束になっていた。

 

 だが、彼女は既に動いていた。疾風のような彼女の動きは音速を超えてアビス達を解体していく。

 

 一、二、三、四……十、二十と流れるようにそれらは倒された。再びその場には綺麗な静寂が戻りつつあったが微かに遠くに他のアビスの気配を感じて、彼女はそこに向かう。

 

 

 アビスに手こずっていたボウランに加勢し、次々切り裂いていく。

 

「大丈夫?」

「お、おう……やっぱり、お前すげえな……」

 

 

 ボウランも呆然として彼女の強さにただ震えていた。圧倒的強者、次元が違う、星元の量も、扱い方かも何もかもが違う。最初に一緒に訓練をした時とは比べ物にならないほどの差を感じてしまった。

 

 

「なら、良かった……他の所にも加勢に行こう」

「お、おう、この都市広いからな……外壁も大きいし……反対側の騎士とかどうなってるか心配だ」

「うん……誰?」

 

 

 互いに別の騎士たちの元へ加勢に行こうと動き出そうとした時、アーサーは誰かがそこに居ることに気付いた。夜の闇に紛れていた誰かに問いかけると、それは姿を現した。

 

「気付かれましたか……」

 

 

 白髪の女性が不気味な笑みを浮かべながら彼女達に近づいた。

 

 

「誰? 聖騎士じゃないよね?」

「お察しの通りです。私はとある方の助手でして」

「そう……で?」

「貴方の剣技凄まじい物でした……それにその星元……光……ですね?」

「……だったら?」

「……あは……アハアハ、丁度いい……えぇ、本当に……今では失われつつある光の星元……恐らくですが崇高な原初の英雄の血を引いているわけではないのでしょうね。えぇ、そうですね。そうに違いない」

「……」

「丁度いいモルモットが見つかりました。一緒に来てください……」

「……」

「教授は、きっと大変喜ばれる……『子百の檻(しひゃくのおり)』の実験体が手に入れば」

「――ッ」

 

 

 アーサーが絶句した……。言葉を失って眼を見開く。白髪の女性がニヤニヤと笑いながらアーサーを舐めまわすように見つめる。

 

 

「まさか……こんなところでレアな実験体に出会えるとは、私は幸運で――」

 

 

――言葉は無かった。

 

 

その先が紡がれることはなかった。冷たい眼をしたアーサーが右手を空に掲げる。

 

 

「星よ、光よ、降り注げ、人知を超えた人の域。星の怒りを・天井の怒りを・その身で受けよ」

 

 

 

次の瞬間に白髪の女性に極光が流星のように降り注いだ。

 

 

「――星光流星群(スターダスト・シャワー)

「ッ、こ、これは」

 

 

 

 空から落ちる、数多の星。綺麗な線を描いてそれらは降り注ぎ、爆撃のような轟音を轟かせる。一つ、二つ、星を白髪の女は避ける。一つでもあたれば致命傷では済まされない。

 

 

 上空を見る。その星は未だに地に落ちる、星の怒りのように。

 

 

「こ、これが……たった一人の聖騎士による魔術によって……起こされる現象ですかッ」

 

 

 

 未だに星の怒りは収まることはない。彼女を狙って只管に堕ち続け、辺り一面にクレーターを作り出す。

 

 

「あは、これほどとは……どうやら……甘く見過ぎていたようで……」

 

 

 走る。人としての生存本能に従って、ただ走る。次第にそれは止んで、肩で息をしながら白髪の女性は再び笑う。

 

 

「素晴らしいですね……。誰が貴方を……作ったのか……純粋に気になります」

「貴方は……関係者?」

「残念ですが、違います。私は全く違う機関の人間です」

「そう……でも、どっちでもいい……。後は……眼で聞くから」

「――魔眼!? あ……」

 

 

 

 アーサーの眼が見開く、最高クラスの支配の魔眼。暗示を一瞬でかけられ、彼女は動けない。

 

 

「もう一度聞く……関係者?」

「い、え、ちがい、ます、わ、たし、たちは、え、いえん、き、かんと、いうもの……」

「そう、嘘じゃなかったんだ……あのアビスは? 何が目的?」

「じっけ、ん、として、つく、りました……その、しさく、あと、は、せい、きしをふく、すう、にん、ほ、かくする、ため……」

「……貴方以外にもメンバーがいるの?」

「こ、こには、わ、たしと、ほ、か、ふたりが……ッ」

「……ッ」

 

 

 そこで言葉が無くなった。どこからか飛んできた矢が白髪の女性の脳天に当たったからである。一瞬で絶命をしてそれ以上、彼女は何も話さない。ただ、その彼女は満足そうに死んでいた。まるでこれ以上何かを話すことで誰かに迷惑をかけてしまうの避けられたことが嬉しいように。

 

 死んでも笑って居た。

 

 

 ボウランとアーサーは急いで狙撃をした人物を探す。正確でかなりの速度で放たれた矢。只ものではない。だが、その者の気配は既にどこにもなかった。

 

 

「おい、他にもいるのか!?」

「……逃げたみたい」

「そ、そうか……お、おい、大丈夫か? 顔色悪いぞ、お前……」

「……問題ない。それより、他の所に援軍に行こう」

「お、おう」

 

 

 

 顔色が悪いアーサーを心配するボウランであったが、アーサー本人が大丈夫であると言った以上、過剰は心配は余計な世話だと感じて、走り出した。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 アーサーとボウランが走り出す少し前。アルファがアビスを狩っていた。そこにトゥルーが加勢する。魔術によってアビス達は次々と片付いて行く。

 

 

「大丈夫、アルファさん」

「サンキュー、助かったわ……えっと、トゥルーだっけ?」

「うん、あってるよ」

「そう。それより、そっちは片付いたの?」

「僕の方は直ぐに片付いたよ、だから、近くのアルファさんの加勢に」

「ふーん、アンタ凄く強いもんね。他人を気遣う余裕があるなんて、やっぱり才能マンは違うわね」

「い、いや、そうかな?」

「そうよ……それより、他の所にも加勢に行きましょう。この都市広いから、外壁も高いし、他のメンバーがどうしてるのか全然分からないわ」

「そうだね。アビスの数もかなり多いし」

「ベータとガンマ……大丈夫かしら……?」

「――それよりも自身の心配をした方がいいですよ。アルファさん」

 

 

 アルファの脳みそにノイズが走る。思い出したくもない負の記憶の蓋が開いた。剣を握っている彼女の手が震える。怒りが全身に広がって行く。歯軋りをして、血走った眼をそこに向ける。

 

 そこには白色の髪をしている女性が居た。

 

「――まさか……お前……マイ……」

「その通りです。お久しぶりです。アルファさん」

「……お前が居るってことは……()()()も居るのね……」

「残念ですが……アルファさんのお父さんはここにはいません」

「アイツを、父親だと思った事はないッ!!」

「怖い怖い……でも……本当に良かったです。教授がずっと探している貴方が生きていた。持ち帰らなくては……」

 

 

 マイと呼ばれた女が禍々しい剣を抜いた。

 

「えぇ、いいわ……お前の四肢折って、割いて、斬り落としてでも……アイツの場所を……聞き出してやるッ」

「ふッ……良い声ですね。それに復讐が貴方の全てであるようで」

「……そうよ」

「……ふ、本当に教授は喜ばれる……また、一歩永遠に近づいたと」

「殺す」

 

 

 剣と剣が交差する。トゥルーも状況が飲み込めてはいないが仲間であるアルファをサポートしようと魔術を構築しようと準備をする。

 

 

「トゥルー! お前はベータとガンマの方に行って!!」

「え?」

「私は良いから!! 行って!」

 

 

 そう言うアルファだが、剣と剣の腕は互角。更にはマイの魔剣から茨の鞭のような物が出てきて、アルファを追い詰める。

 

 

「知っていると思いますけど、それに触れたら一発でアウトですよ」

「知ってるわよ!!!!」

「そうですか……」

「っち」

 

 

 思うようにマイをアルファは倒せない。

 

 

 トゥルーは迷った。このまま……彼女を置いて行っても良いのだろうか……。ここがトゥルーのターニングポイント。生きるのか、死ぬのか、それが決まる選択肢。

 

――ここに残って彼女の援護をしよう。眼の前の命を救えないで何が聖騎士だ!◀

――いや、彼女の言う通り、他の聖騎士の加勢に行こう

 

 

 

 そうだ。取りあえず彼女の手伝いをしよう!! トゥルーはそう思って魔術を放つ。彼の巧みな魔術によって、マイを追い詰めていく。

 

 元々、攻めきれないというだけでアルファはマイに劣ってはいない。純粋な技量としての差はない。だから、きっとトゥルーがここを離れたとしても死ななかった可能性もあるだろう。

 

 そして、あと一歩と言う所で夜の静寂を壊す、星の怒りが降り注いだ。

 

 

「な、なんだ!?」

「これは……まさか……マミの奴、へまをやらかしているかもですね……。もしもの時は弓矢で口封じも……」

「よそ見すんな!!」

 

 

 

 マイがアーサーの流星魔術の方を見て目を細める。マミは彼女の姉妹である。だが、そこに身を案じる心配はない。ただ、アーサーと戦っているであろうマミが何かへまをして情報を漏らすことだけを危惧していた。

 

 

「教授の為にも……ここは……アルファさん、また会いましょう」

「逃がすか!!」

「いえ、逃げさせてもらいます」

 

 

 彼女がそう言うと、数多のアビスがトゥルー達の元に向かって行く。その群れを相手にしているうちに……。

 

 これがゲームの一つの選択肢。その後、夜が明けて無残に殺されたベータ、他の聖騎士達の姿が見つかる。ガンマも既に死んでいて、ベータも誰かに殺された。アルファは復讐の道を歩き続ける。

 

 

 彼女とトゥルーが関わることは無くて、トゥルーは無力を感じながらもストーリーは続いて行く。これは何かを失ってもトゥルーは進み続ける生存を選択した場合の未来だ。

 

 

 

◆◆

 

 

――ここに残って彼女の援護をしよう。眼の前の命を救えないで何が聖騎士だ!

――いや、彼女の言う通り、他の聖騎士の加勢に行こう◀

 

 

 

 トゥルーは駆けだした。描けていくとベータがマイとよく似た女性に襲われかけている直前。禍々しい剣から茨が伸びて、それが彼女に向かう。それを

 

 

――トゥルーは庇った。

 

 

 一瞬の判断。魔術による補正で彼女の盾になるように前に立つ。そして、茨を全部切り裂いて……微かにそれが腕に当たってしまった

 

 

「あ、ぁぁっぁああああああああああ!!!!」

 

 

 言葉にならない、痛み。脳が焼けるような衝撃。微かな血が出ている。それだけなのに、未だかつて感じた事のない痛みに彼は悶えた。

 

 

「ふ、残念です。仕留めそこないましたね……」

「あぁぁ」

「言葉にならないでしょう? これが魔剣の力です」

「ッ」

「この状況でも魔術を放てるとは……でも」

 

 

 

 未だに痛みの余韻が彼の中で渦巻ている。自分が自分でなくなるような、一瞬で自分と言う存在をそぎ落とされていく恐怖が襲ってくる。

 

 

 だからこそ、いつもように魔術が……

 

 

「残念でしたね」

 

 

 茨が再び伸びてくる。それらが彼の体に当たる。夜に絶叫が木霊する。だが、振り絞る、只管に自身を全部。全部、振り絞る。

 

 魔術が完成した。風による超広範囲の魔術によって、マイによく似た女を吹き飛ばした。手を地面について肩で息をする。

 

 そして、そこで星の流星の音が響いた。風によって吹き飛ばされた女性がむくりと起き上がる。

 

 

「……あの方角は……マイ……それともマミ……これ以上は良いでしょう。ベータなど、所詮ただの廃人。必要もない。……貴方も廃人にならないように……いえ、もう、手遅れかも知れませんね。さて、化け物があちらに居た様ですからどうにかしてカバーしなくては」

 

 

 そう言って女性は消えた。そして、トゥルーも気を失う。

 

 次にトゥルーが目を覚ましたその場所は記憶にないベットの上だった。側には無機質な顔をした女性が座っている。

 

 

「あ、あの……貴方は……?」

「……ッ」

 

 

 トゥルーは首を傾げながら聞いた。名も知らない女性に……。ベータと言う少女に向かって。

 

 

 精神に直接痛みを与える魔剣。精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)。それを彼は身に受けて、混乱する状態で振り絞って魔術行使をしてしまった。それによって記憶と精神に大幅な障害が残った。

 

 

「えっと……ここは……」

「……」

 

 

 記憶をなくしたトゥルーが辺りを見渡す。ベータは無機質な表情で彼を見る。無機質だが何処か申し訳なさそうな顔つきであった。暫くするとトゥルーが休んでいた部屋が開いた。

 

 

「ベータ……」

「……」

「そろそろ行きましょう」

 

 

入ってきたアルファが彼女に問いかける。だが、ベータは首を振った。

 

「……ここに居るの?」

「……」

「いつまで?」

「……」

「そう……ずっと居るのね」

 

 

 ベータは自分を庇って全てを無くしてしまったトゥルーの側に居ることを決めた。それを見てアルファは悲しげな顔をして自身の手を見る。

 

 

「結局……私には復讐が残ったわけなのね……。それに、もう、会う事もないでしょうね……さようなら……幸せになりなさい」

 

 

 

 それだけ言い残してアルファは消えた。もう、会う事もない。トゥルーも全部が無くなって、ベータも繋がりが全部消えた。二人とも全部が白紙に戻ったように……

 

 

 

 風が吹いて、病室の中に暖かい風を運んだ。

 

 

 

「あの、追わなくていいんですか?」

「――ッ……」

 

 

 

 ベータは静かに首を振った。もう、トゥルーも戦う事はない。ベータは彼の元で……ずっと。

 

 

 

――白紙END

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ベータがアビスを倒していると、ガンマがそこに加勢に入った。そして、二人でアビス達を殆ど退治した。

 

 そして、そこにガンマが既に死んでいるという事に差異はあれど原作通り、白髪の女性が現れる。

 

「久しぶりです。こんな所に居るとは驚きました。欠陥人間と玩具さん」

「……ま、マレ……どう、して、ここに……いるのだ……」

「……」

 

 

 ガンマが彼女を見て恐怖におびえる。腹を抑えてガタガタと極寒に居るように震えだした。

 

 

「あは、私が以前にお腹の当たりから股にかけて、精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)で引き裂いたことを覚えているのですね。腹が切れた時の悲鳴は痛快だったのを私も覚えています」

「……あ、あぁ」

「言葉もまともに出なくなりましたか……そして、相変わらず無表情ですね、ベータさんは……貴方の場合は脳を一部切り取られているから当然の状態ともいえますけど……」

「べ、ベータ助けて」

 

 

 

 ガンマの悲痛な叫びにベータは寄り添いながら盾のように前に立つ。マレと呼ばれた女は嗤いながら禍々しい剣を向ける。

 

 

「いくら、感情が欠落している貴方でもこの魔剣の凄さは知っているでしょう? 貴方のお父さんが、教授が付与(エンチャント)して作り上げたこの魔剣の凄さを」

「……」

「ふ、まぁいいです。貴方達が居るという事はアルファさんもここに居るという事……お二人も再び実験体として連れ出したいですが、あはあは、もう一度、あの悲鳴を聞きたくなってしまいました……えぇ、えぇ。このまま……二人仲良く死んでくださいッ」

 

 

「――もう一度、あの悲鳴を聞かせてくださいよッ」

 

 

 

 

 トラウマが頭の中に蘇る。ベータは脳を一部切断されて、その結果どの程度痛覚神経に影響があるか検査した。ガンマはただ、魂の強度を調べるために腹を股に至るまで引き裂かれた。

 

 

 ガンマは恐怖で動けず、ベータは動けるが微かに手が震えている。マレは嗤いながら剣を振り上げようとする。

 

 

 剣から茨が伸びて、二人の辺り一面を囲む。震える手と足が上手く動かない。そこで二人は命が終わりを迎えることを覚悟した。だが、それも杞憂に終わる。地を蹴る爆音が聞こえて、二人の前に影が出来た。

 

 

 茨がその影を射貫く。

 

 

「……?」

 

 

 マレは首を傾げた。精神に直接的な痛みを与える魔剣。当たれば致命傷ではなく、勝利に限りない一手をかけることが出来るほどの性能。その影の主は茨を一部切っており、全てが体に当たったわけではない。

 

 だが、確実にそれは当たっていた。偽善をして死を迎える馬鹿かと思ったが……

 

 

「……ん? 確かに……当たって……」

 

 

 

 真っ黒なシルエットが月の光によって露わになる。黒い髪、鷹のように鋭い眼。それがぎらぎらと輝いていた。魂の破損など、精神への負荷など気にも留めない男が一人。地を蹴る音が再び聞こえる。

 

 

 ガキンッ

 

 

 剣と刀が交差する濃厚な鉄の音が響いた。

 

 

「なッ!? 精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)が効いて――」

「――だまれ」

 

 

 疾風のような太刀筋が彼女に迫る。彼女と男の剣が再び交差する。だが、茨と剣身どちらも対応できない。刀身と剣身が交差して茨への対応ができなくなる。

 

 

「何か特殊な装備をしているのですか? そして、貴方は何者?」

「答える義理はない」

 

 

 ガンマとベータの眼に映ったその男、その正体は直ぐに分かった。

 

 

「……フェイ」

 

 

 

 ガンマが呟くと同時に再び茨によって彼の体は先ほどよりも多くの傷を負い、血が流れる。マレ、ガンマ、ベータ。三人共魔剣の効力の恐ろしさは知っているため、絶叫が木霊すると確信をした。

 

 

 しかし、その男は静寂を壊さない。

 

 

「……どういうからくりですか?」

 

 

(あり得ない。精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)の茨を受けて眉一つ動かさないなど……。この男は人形で何処かで誰かが操っているとか……?)

 

 

「からくり? 笑わせる……なにもない、それが答えだ」

 

 

 

 刀が絶え間なく動き続け、彼女の首を狙う。餓狼のように只管に喰らい付く。精神への痛みを一切感じない人形のような男から繰り出される連撃。今までにない異種にマレはあとずさった。

 

 そして、頭、肩、腕、足から血を流す彼を見て……マレはハッとする。それはとある男性が行っていたある種の到達点。それが頭の中に浮かんだ、

 

「……まさか……いや、そんな訳が……」

「戦闘中に譫言を吐くとは舐められたものだ」

 

 

 血を流して、無感情な瞳を向けるフェイ。その瞳の中に途方もない覚悟と狂気を感じ、彼女は生まれて初めて恐怖をした。

 

 

「くっ、これは……相性最悪……ッ!!?」

 

 

 

精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)と眼の前の男が相性最悪であると彼女は確信をした。そして、次の瞬間に星が落ちる爆撃が鼓膜に響いた。

 

 

(……ッ!? この魔術規模、只ものではない!? クソ……一体どうなっている。こっちにも化け物が居るというのに……!)

 

 

 剣戟がそこで繰り広げられる。フェイは茨で傷を何度も作るが気にしない。そして、マレはこのままではジリ貧であり、あの魔術においても不確定な情報不足であることを悟って撤退を検討する。

 

 

(……アビス!!)

 

 

 

 逃げようと時間稼ぎの為に心の中でアビスを呼ぶ。だが……何も来ない。

 

 

 

「っち……全部倒された……それにストックもマミかマイが使いやがって……」

 

 

 

 仕方ないと彼女は走った。逃げる直前に茨を伸ばし、ベータたちを狙う。それをフェイは守るように刀で軌道を逸らす。そしてその間に一目散に暗闇に逃げ出した。

 

 

「……」

 

 

 

 走る走る走る。大都市からかなり離れて闇の森に入る。視界も悪く、何の魔物が居るのか分からない。

 

 

 それを気にも留めずに走る。数キロを走り、あの場からの離脱が出来たと確信したが……

 

 

(まだ追ってきてるのか!!)

 

 

 強靭な脚力と執念で鬼が迫って来ていた。足を無理に強化し、それをポーションで治しながらフェイは彼女を追い続けた。

 

 

 

 二人は走り続け、都市ポンドからかなり離れた、奈落の谷と言う場所まで来てしまった。落ちたら戻っては来れないと思えるほどの暗黒が広がっている。

 

 

 

「しつこいんだよ!!!! くそが!!」

「……」

「クソクソクソ!!!」

「……」

「落ち着け、落ち着け……教授に私は……えぇそうです。この男を捕まえて……」

 

 

(見たところ、身体強化を無理やりにしていた様子。ポーションも、残っていないでしょう……ならば……この一対一の状況……さっきは魔剣が効かなかったから焦ってしまったけど……それを前提にすれば……勝てる!!)

 

 

(あちらにも隠し玉があれば……話は変わるかもしれない……どうでる……?)

 

 

 

 フェイを彼女は見た。精神が桁外れの強度を持つ化け物。血が滴っても平然としても狂人。他にも何かがあってもおかしくはない。

 

 後ろには渓谷。

 

 

 前には狂人。彼女は必死にフェイに意識を向ける。フェイが刀を地面に刺した。

 

 

(なにを……)

 

 

 片手を突き出し、口を開いた。その尋常ならざる覇気に何もかもを忘れてしまった。殺されるというイメージが鮮明に浮かんだ。

 

 

 

「……我は世界の鼓動……」

 

 

「我が身が進み続ける限り・世界は刻まれる。世界の道は我に通じ・我が身が新たなる線を紡ぐ・果てに至るまで我が身は止まらず。果てに至っても更なる果てを目指す」

 

 

「嗚呼、嗚呼、歌を我が身に力を」

 

 

 

未だ果て無き英雄道(ヒーローズ・ロード)

 

 

 

(詠唱!? こんなの聞いたことがない!?)

 

 

 

 聞いたことのない詠唱に彼女は困惑した。フェイの圧力で思考が鈍っていた。動き出しが一歩遅くなった。次の瞬間、強化されたフェイの足によって距離を詰められて、右拳によって殴り飛ばされた。

 

 

(クソ野郎ッ、ただの身体強化じゃねぇか!!! 大層な詠唱はブラフか!! だけど、私一人じゃ、死なない! 死んでたまるか!!!)

 

 

 谷に落ちていくマレ。だが、堕ちる寸前、フェイの体に向かって茨を放つ。それがフェイに巻き付くようになり、彼も一緒に谷に落ちる。彼女は直ぐに岩の壁に剣を刺して落ちない様に固定する。

 

 

 しかし、フェイは違う。生存を確保するのではなく、相手を倒すことを先決とした。茨を手で掴んで、そして、勢いよく引いた。

 

 

 茨で手が血だらけになるが気にしない。フェイは崖で剣を刺した彼女の元に飛ぶような形で向かう。

 

 

「狂人がッ!!」

 

 

 再びフェイに彼女は殴られた。フェイの右腕と右足は既に赤黒く腫れていた。詠唱をしても上手く星元を操ることは出来ていないからだ。そして、今、左手も潰れた。左手による鳩尾への一撃で彼女は谷に落ちる。

 

 

 意識が朦朧する中、彼を見た。フェイも血を流しすぎて気絶寸前だった。彼もずっと血を流しながら走って、限界だった。

 

 

  彼女は既に力尽きて、体に力が入らない。フェイも血が足りずに気絶して彼女と同じように追っていくように谷に落ちていく。

 

 

(教授……まさか……こんな所に……ありました……完全な魂が……)

 

 

 

『マレ。永遠には私は完全なる肉体と完全なる魂が必要であると考えている』

『完全な肉体と完全な魂』

『あぁ、だが……それは絶対に天然ではないだろう。人間とは非常にもろい。魂だってそうだ、精神は直ぐに崩れるし。居たとしてもそれはきっと完全には程遠い。だから、私はそれらを作り出すことにした。肉体は人間以上の存在を只管に調べ、精神は人間の魂の構造を理解し、それをもっと高次元にする。それによって永遠は完成する』

『肉体はある程度の方向性は見えるような気がしますが……精神はどのように』

『取りあえずは、あの子達で精神の強度を確かめよう。念入りにね……』

『ふふ……悲鳴が楽しみです』

『あとは……聖杯教……そして、自由都市の『ロメオ』の団長ウォーが個人的には手掛かりかもしれないと思っている』

『聖杯教……ロメオ……』

『魂や精神の力は未だ解明できていない。ただ、聖杯教はかなり、そこら辺を上手く扱ってお零れを貰っている。ロメオのウォーは背中や言葉で士気を高めることが出来るらしい。これはある意味……精神干渉と言えなくもないと考えられる』

『自由都市ですか……あそこは我々の……』

『まぁ、話を付けたらいつでもくれそうだから、今は良い。今は……』

 

 

 

 頭の中に彼女は嘗てのアルファ達の父親との会話がよぎった。アルファ達の父親を教授、そう慕うマレ、マイ、マミ。彼女達はただの愛人と研究を手伝う助手だ。

 

 

 三姉妹であるが、三人共精神的に元々難があり、人を殺したり、非道な拷問をしてお尋ね者であった。姉妹仲は悪いが一緒に居れば捕まらないという理由だけで一緒に居た。

 

 そこへ、アルファ達の父親が声をかけて助手とし、研究の手伝いとして拷問などをさせ、衣食住を与えた。最高の環境を与える者にいつしか三人共心酔していた。

 

 

 

 永遠機関と言う場所で行われた非道な研究は彼女達にとって最高の楽園であった。その楽園での会話が最後に走馬灯のようにマレの頭に浮かんだ。

 

 

 

(最後の最後に……貴方の仮説が間違っていると、分かってしまうとは……)

 

 

 

 彼女は落ちる。フェイも一緒に落ちる。だが、フェイの体を誰かが掴んだ。黄金の瞳と髪、アーサーがフェイの行先を知って大急ぎでその場に駆け付けたのだ。

 

 

 彼女はフェイを抱いて、壁の崖の微かな足場を見つけ、魔術強化で飛んだ。

 

 

 

(まさか……貴方だけが生き延びるとは……何という結末……)

 

 

 間一髪でフェイが死から離脱した。あれほどに生に固執しないような戦闘をしていた男が生き延びた最後に彼女は思わず笑ってしまった。落ちてその衝撃によって死亡することはなく。

 

 既に彼女は……眼を閉じて眠ってしまっていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 アビス達との戦闘から一夜明けた。サジントは永遠機関、アビスなどの情報を纏めて報告、エセやカマセ、トゥルーは寝込んでいるフェイの為に買い出しなどに行っている。

 

 アーサーやボウランもサジントと一緒に情報報告に行っているがアルファ達三姉妹は昨夜の戦闘を終えて気絶をしているフェイの看病をしている。一定のリズムで呼吸をしながらずっと目を瞑っているフェイ。

 

 彼の体を拭いたり、目覚めるまで一緒に居たり、様態を随時確認などをして目覚めるのを待つ。アルファ、ベータ、ガンマは不安だった。あの魔剣を作ったのは父と知っており、更に魔剣の残酷さも身に染みている。それを受けて目を覚まさないフェイを見て、もしかして、精神が壊れてしまったのではないかと思っているからだ。

 

 特にガンマとベータは自身達を庇ってくれた彼に対しての自責の念が強い。アルファがあまり自身を責めるなと声をかけるが気休めにもならない。

 

 ベータがフェイの手を握って眼が覚めるのを願う。すると、それに応えるように丁度、フェイの眼が開いた。

 

 

「……」

「……フェイ、眼がさめたのだ?」

「……お前は」

「ガンマがわかる?」

「あぁ……俺はどれくらい寝ていた……?」

「えっと……半日?」

「そうか……まさか……その間、ずっとここに居たのか」

「え、う、うん……」

「そうか……手間をかけた」

「い、いや、それはガンマのセリフなのだ……」

 

 

 

 ガンマがチラリとベータとアルファを見た。二人も同じように待っていたのだと悟り、軽く礼を言うと立ち上がり団服に着替え外に出ようとした。

 

 そんなフェイの手をベータが無言で包み込むように握る。柔らかい手に普通ならドキリと頬を赤らめるのが普通の男性なのだがフェイはいつも通りの表情。

 

「なんだ?」

「その子は礼を言いたいのよ」

「いらん」

「受け取ってあげてよ。感謝してるの、私もだけどさ」

 

 

 アルファが現状を説明するがフェイは興味なしと切り捨てるように進んでいこうとする。だが、ガッチリとベータが掴んでいるので進めない。

 

 

「………………………………………………………………ありがとう」

「礼を言われることはしていない。俺は俺の道を行って、勝手にお前たちが救われただけだ」

 

 

 

 その言葉にベータは手を離して、それと同時に彼は消えるように去って行った。アルファがフェイの冷たい対応に溜息を吐きながらベータの肩をポンと叩く。

 

 

「まぁ、ちゃんとお礼が言えてよかったじゃない……? おーい、ベータ、聞いてる? あれ、ガンマも……」

 

 

 アルファがベータとガンマを見ると恋に焦がれるように、いなくなったフェイの影を眼で追う二人が居た。

 

 

「……ちょっと、待ってぇー。感謝してるけど、それはダメ。頭痛い、頭痛い、あんなバーサーカーみたいな男を妹二人が好きになるとか、頭痛い、懐も痛くなって来た……ベータ思い直して」

「………………………………‥………………………love」

「こめかみ痛い……胃も痛い。しかも久しぶりに口開いた、二回目のセリフがそれなのね……」

 

 

 

 以前フェイが嗤いながらリビングデッドと戦っていたことをアルファは思い出した。それにフェイは自身と同じ復讐者のような、それ以上の意味不明な頭の可笑しい奴なのだという認識を持っている為、余計に恋とか応援できるはずがない。

 

 しかし、ベータが眼の奥をハートにしていた為にこめかみと胃を彼女は抑えた。ガンマも同じような反応なので余計に胃が痛い。

 

 

 

「勘弁してよ……二人ともそれは……」

「フェイは絶対に優しくて凄い人なのだ!」

「それは無いと思うわ……絶対、ただ頭の可笑しい奴だと思うの、私……だから、止めましょう。良い相手探してあげるから」

「いやだ! ガンマ、フェイに惚れたのだ!」

 

 

(アイツ……絶対、頭おかしい奴だから……死んでもお勧めできないわ……。今後も諦めさせる方向で行きましょう、うん、そうね、そうしましょう……それで今日はもう疲れたから……寝ましょう……)

 

 

 

 アルファは疲れたので休んだ。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 夜になった。都市の高くて大きい外壁を囲むように配置されている俺達はアビスが毎日複数現れるから狩れと言われている……。サジント先生とか、在留騎士、そして同期も配置だから大掛かりな任務なんだな。

 

 だけど、この都市広すぎて殆ど見えない。少し遠くに若干エセが見えるくらい。アイツ震えてるけど大丈夫か?

 

 まぁ、万が一の時は主人公である俺が守ってやるよ。さて、腕を組んで待っていると……

 

 

「来たか……」

 

 

 それっぽい感じで先に俺は敵に気付いた感を出しておく。恐らくだが、この声は誰にも聞こえていない。だが、見えない時、聞こえていない時こそ主人公であるという事を忘れてはならないのだ。

 

 

 野生のアビスが現れた。アビスА、アビスB、アビスC、などなど。

 

 さぁ、主人公の時間だ。アビスが複数現れたのでスタイリッシュに狩って行く。

 

 毎日修行をして居るおかげなのか、すんなりと狩れた。

 

 そうか……まだまだ修行が足りないと思っていたが……俺……確実に強くなれている……!!

 

 

 エセが手こずっているようなので、助っ人に行った。エセの所まで行くとカマセも手こずっているのが見えたので彼の所にも助っ人に行って、すると更にガンマとベータが誰かに襲われているので助けに入る。

 

 助っ人は基本だからな。

 

 ふむ、こいつが今回のメインヴィランと言う感じがする。あ、『二人を庇ったせいで』茨みたいなので傷を負ってしまった……。

 

 あんまり、ダメージがない……

 

 

 そこまで考えて俺はハッとする。二人を庇ったせいで俺はダメージを負ったのではない。俺があの複数の茨を一瞬で切れるほどの実力があって、もっと早く助っ人に入れたらそもそも傷を負わなかった。

 

 危ない危ない。自分の実力の無さを他人のせいにしてはいけないな。さてと、倒しますか。

 

 

 相手は洒落てる剣で俺に襲ってくる。特にいつもと変わりない。血は流れるのはいつものこと……

 

 でも、なんか、剣でちょっと切っただけで相手がしてやったりみたいな顔をしているのはなんだ? 

 

 たかが掠り傷で大喜びとは大した殺人剣だ……

 

 

 あ、逃げた……そして、流星も落ちる……。この感じ……もしや、アーサーか……? クソ、いつも俺よりすごい演出しやがって!!

 

 こうなったら、あの敵絶対に逃がさん!! 何処までも追ってやる!! アーサーになんか、負けていられないんだから!!!

 

 

 走る走る、足を無理に強化して、それをポーションで治して、俺は走る。そして、崖の所まで到着。

 

 

 ふふ、崖に追い詰めたぜ? 土曜ワイドとかもこんな感じで犯人を追い詰めるのが主人公だ……。

 

 

 しかし、ポーションがきれてしまった。これ以上無理な強化は出来ない。これはユルル師匠が行っていた詠唱を試すときか……。ある意味で感覚を掴むための一つの方法。

 

 

 ここで初披露しよう。

 

 

 あー、やばい、初詠唱でワクワクが止まらない。詠唱ってロマンでしょ!? 脳汁ヤバいよ。出てないけどさ。

 

 はぁはぁ、興奮してきた……相手も全然動かない。俺の雰囲気が変わったのを察知したのか? 初詠唱なのでテンションは上がってるからそれに勘付いた?

 

 それともあれかな? 戦隊物が変身するまで待ってくれる怪人みたいに俺の見せ場だから待っているとか?

 

 

 まぁ、いいや。詠唱しよう。

 

 

 

「……我は世界の鼓動……」

 

 

 俺は主人公だからあながち間違っていない。

 

 

「我が身が進み続ける限り・世界は刻まれる。世界の道は我に通じ・我が身が新たなる線を紡ぐ・果てに至るまで我が身は止まらず。果てに至っても更なる果てを目指す」

 

 

 このちょっと前に言った文言を逆転して、表現変えていうのがカッコいいのは知っている。

 

 

「嗚呼、嗚呼、歌を我が身に力を」

 

 

 それ、誰に聞いているのって聞き返されるくらいがカッコいいのも知っている。

 

 

未だ果て無き英雄道(ヒーローズ・ロード)

 

 

 技名は漢字で書いて、カタカナで読むのがカッコいいのも知っている。

 

 

 そして、殴る!!! いつもと違う事をしているわけじゃない。にも関わらずどこか特別な感じがある。ただのお子様ランチが旗が添えられたお子様ランチに変わった感じだ。

 

 詠唱って正直添えるだけな感じがある。別にしてもしなくてもいいじゃんみたいな? でも、そう言う事じゃない。

 

 演出。セリフ。こういったことも大事なのだ。俺はいつものように無理やりな強化によって手と足がボキボキに折れたけど、それでも満足している。

 

 

 派手な演出などは誰かの心を動かし、詠唱などをする事によって集中力を高め、凝り固まった価値観や身体が流動するように動く……感じがする。

 

 

 色々あって、詠唱は大事。

 

 

 そして、俺も奈落の底へ……。剣から出ている茨を引っ張って相手を殴る。何か、茨を掴んだら合わないハンドクリーム使ったようにチクチクするような気がする。まぁ、気がするから気のせいなんだけど。

 

 

 俺の拳によって相手は倒れ、俺も出血多量で動けず二人して奈落に吸い込まれるように落ちていく。やべぇ、血が出てる事忘れてたよ……。動けねぇ。

 

 

 落ちるよ、俺……ちょっと、ウケル……。

 

 

 

 まぁ、なんとかなるだろ……おやすみ……

 

 

 

 そして、おはよう。

 

 

 

 眼が覚めるとガンマとベータ、あとアルファが居た。え? 俺が起きるまでずっと看病してくれただって!?

 

 

 ガンマ……お前って奴は……俺が目覚めるまでガン待ち(ガンマち)してたのか。ガン待ちのガンマ……これは韻を踏んでいる。それにベタ展開のベータも……この姉妹、韻を踏んでいる……つまり、作者がモブを覚えやすい名前にする事で読者にあまり出番のないキャラも覚えてもらおうと配慮しているということの証明。

 

 

 モブ姉妹か……まぁ、ビジュアルは良いけど、大体こういう世界って全員ビジュアルは良いからね……そうか、ガン待ちのガンマとベタ展開のベータ。この二人はモブだったのか……。

 

 

 お礼とか良いから……いつものこと。やるべきことをやってその道に何が出来たとしても俺はどうでもいい。まぁ、そう言う風に言い切ってしまうのは良くないかもだけど……俺は進み続けるしかないからさ。振り返りはしない。

 

 それにクール系なのでね!! 特に用事は無いけど、部屋をスマートに去るぜ……。

 

 部屋を出てから少し考える。あの紫髪・銀色の眼・巨乳三姉妹の内二人がモブと言う事は……アルファもモブかね? でもどうなのかな。一人だけ違うパターンあるか?

 

 韻を踏んでたらアルファも確定だけど……そこまで考えても仕方ないか。さてと、任務について完了しているか確認したら昼食でも一人でクールにしますかね。

 

 

 

――その後、俺はアーサーとボウランに飯をたかられて仕方なく奢る羽目になった。




モチベになるので感想、高評価お願いします。


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40話 声

お久しぶりです。


 

 

――ここに残って彼女の援護をしよう。眼の前の命を救えないで何が聖騎士だ!

――いや、彼女の言う通り、他の聖騎士の加勢に行こう◀

 

 

 

 トゥルーは駆けだした。駆けていくとベータがマイとよく似た女性に襲われかけている直前。禍々しい剣から茨が伸びて、それが彼女に向かう。それを

 

 

――トゥルーは庇った。

 

 

 そして、精神への負荷がかかり、崩壊、それに近い現象が起こった。それによって記憶も白紙のように崩壊した。

 

 

 

――白紙END

 

 

 

 

 

 白紙END到達おめでとうございます。このENDは特別ですので、メイン主人公であるトゥルーとアーサーの物語視点からサブ主人公の物語視点に移行することが出来ます。

 

 

 よく分からないと言うユーザーの為に軽い説明が入りますがよろしいですか?

 

 尚、いいえを選んだ場合は説明をスキップできます。

 

 

はい◀

いいえ

 

 

 円卓英雄記をご購入いただきた時に、裏パッケージにサブ主人公の物語があると記載があったと思います。本来の主人公はトゥルーとアーサーであり、このどちらかがBADエンドを迎えるとセーブをしたところからコンテニューが出来ます。

 

 しかし、今回のような特別なBADEND、白紙END等を迎えた場合はサブ主人公視点で物語をプレイできます。勿論、アーサーとトゥルー視点でコンテニューをしたとしても問題はありません。

 

 

 今回は、サブ主人公アルファ視点での物語がプレイ可能になります。トゥルーが何もなくなり、アルファも復讐以外何も残らなかった所からのスタートです。

 

 

 時間軸として、アーサー最初のBADENDがある時です。それではどうしますか? コンテニュー致しますか? それともアルファ視点に移行しますか?

 

 

コンテニューをして物語を楽しむ

アルファ視点での物語を楽しむ◀

 

 

 それでは引き続き、プレイをお楽しみください。

 

 

 画面が暗くなる。真っ暗になり、薄暗い音が聞こえ始める。

 

 

 

――雨が降っていた

 

 

 

 彼女は上を向く。曇っている空から、灰色の天から雨が零れて、彼女の瞳に落ちる。そこから頬を伝って雨水が落ちていく。一人だけになった、彼女(アルファ)は泣いているのか。

 

 それとも、ただ雨水が落ちているだけなのか。彼女すらも分からない。ただ、心の中には怨嗟が渦巻いていた。

 

 灰が心に積もって行くような気分だった。ガンマは死んだ、ベータも自分を離れた。彼女を支えていた最後の何かが欠落した気分だった。

 

 

 グルグルと目の中に負の感情が浮かぶ。もう、誰も止める者は居ない。

 

 

「……そうだ……私には……成すべきことがある……殺さないと、息の根を止めないと……いけない奴がいる……」

 

 

 アルファは譫言のように呟いた

 

 

 都市ポンド。そこから復讐人形の歩みが始まった。

 

 

復讐人形編(アルファ編)

 

――プロローグ fin

 

 

 

 

■■

 

 

 

 都市ポンド、そこで彼らは大きな任務を一つやり遂げた。情報収集などをして、やるべきことは殆ど無くなった。彼等は王都ブリタニアに帰還をしなくてはならないのだが……

 

 

 サジントによって少しだけ、休暇を与えられた。時間はお昼ごろ、空は雲に覆われていて雨が降って来そうな趣だ。それぞれに別れて過ごすと思いきや、そんなことはない。

 

 

「なぁなぁ、フェイ! アタシと飯行こうぜ!!」

 

 

 フェイは一人で行動しようと歩いていたのだが隣にはボウランが眼を輝かせながら隣に居た。鬱陶しいので無視をして一人で歩ていくフェイであったが、ずっと彼女達は付いてくる。

 

 ボウランだけでなく、アーサーも居る。そして、フェイが美女とイチャイチャしているのが気に食わないエセとカマセも昼食に誘って引き離してやろうと近くを歩いていた。

 

 

 トゥルーも一人では流石に寂しいと近くに。そして、ガンマとベータもフェイに話しかける機会をうかがっていた。

 

 

「あぁ、フェイに何と話しかければ良いのだ……」

「…………………don't understand」

 

 

 それを見て、頭を抑えるアルファ。

 

「はぁ……どうやって諦めさせてやろうかしら……」

 

 

 アルファからしたらフェイは頭がおかしい存在であり、どうにかして妹が惚れてしまうのを阻止したい存在でもある。そんな変わった面子で昼食をする場所を探す。しかし、中々食べられる場所が見つからない。

 

 

「お腹すいたー-!!!」

「ボウラン、我儘はメッ!」

 

 

 

 どこもかしこも席は空いていない。ボウランが駄々っ子になり始めるのをアーサーが宥める。お昼と言う事もあり食べられる場所は全て人だかりだ。暫く歩き続け、それでも見つからない。

 

 その間にボウランがどんどんお腹が空いて駄々っ子になって行く。仕方なく彼らは他の聖騎士たちが待機している、円卓の仮城に向かう。以前にマグナムの所で訓練をした時に宿泊をした建物に限りなく近い城。

 

 ここでは聖騎士たちは無料で昼食をとることが出来る。中に入ると自身達よりも先輩であり貫禄のある騎士たちが昼休みを取っていた。

 

「そこの新入り達、昼か?」

「はい」

 

 

 トゥルーが代表して返事をすると、ベテランたちは中へ案内してくれる。外で食べたかったが、腹の虫がおさまらないボウラン、外の飲食店の反響具合などが原因で彼らは食事係の人からパンと卵を貰う。

 

 しかし、フェイの分だけ貰うことが出来ない。

 

「あちゃー、すまないね。パンがきれちまった」

「……そうか」

 

 

 貫禄がありお腹もかなり出ている元気そうな老婆。彼女にそう言われてフェイだけ、昼食がない。

 

 

「フェイ、私の食べる?」

「いらん」

 

 

 アーサーが気に掛けるがフェイは一瞥する。食事係のの老婆は代わりのモノを用意しようと食堂を探し回る。

 

「ちょっと待ってな。代わりのモノを作るから……」

「……その必要はない」

「え? でもね……」

 

 

 フェイには食堂内に置かれている洗われていない食器等を見つける。

 

「婆さん、ご馳走様」

「あいよ」

 

 

 他の聖騎士が使い終えた食器を彼女の元に返す、微かに彼女は腰を拳で二回ほど、負担を少しでもやらわげるように叩いた。大量の食器、あれを洗う作業、年配者の腰への負担が見えてしまった。

 

 

 フェイは食欲が消えた気がした。別に食わなくても問題はないと言わんばかりにフェイは去ろうとする。

 

 

「おいおい、待ちな。変な気遣いはいらないよ」

「……していない、そもそも腹も減っていない」

「変わった子だね……ちょっと待ってな」

 

 

 暫くしたらフェイは鶏肉と野菜の炒め物と卵とハムを貰って席に着いた。

 

 

「フェイ、私のパン食べさせてあげる。あーんして」

「いらん」

 

 

 アーサーがちょっかいを出そうとするがいつも通り無視した。ボウランがフェイのおかずを生唾を飲んでじっと見ている。いつものように駄々をこねてそれを分けてもらう。

 

 フェイ達全員が昼食を済ませて、食休みをしているとボウランがフェイに話しかけた。

 

「そう言えば……フェイは七頂点捕食者(セブンス)って知ってるか?」

「……以前少し聞いたな」

「前、ユルルが雑学の授業で行ってた奴だ!」

「……」

「それならワイも知っとるで!」

 

 

 エセが自信満々に手を挙げて会話に入り込む。

 

「アビスの中でも特に強くて、被害も甚大に出している個体の事やな。知らない奴が居ないくらい有名な化け物中の化け物。その数は七体……一等級聖騎士が何体か討伐したらしいけど……残りはどこに居るのか不明らしいで」

 

 

 ペラペラと説明をする彼の言葉をフェイ達は聞き終える。世界に蔓延る災厄。その最もたる存在。世界に住む誰もが知っているであろうその化け物たち。

 

 アルファ、ベータ、ガンマ、トゥルー、アーサー、ボウラン、エセ、カマセも改めてその事実を確認する言葉に詰まるものがある。何百年と生きる化け物がいかなる存在であるのか。

 

 前日のアビスの襲撃とは比にならない恐怖の象徴が居ると思うと呼吸も重くなる。しかし、その中でいつもと変わらず食器を持ってその場を去ろうとする男がいた。

 

 

「フェイ」

「なんだ?」

 

 

 アーサーがフェイを呼び止めた。

 

「フェイはどう思う?」

「……いずれあいまみえるだろう存在」

「え?」

「それだけだ……」

 

 

 自身の呪いのように呟いて彼は去った。気付けば外には雨が降っている。それを気にも留めず、フェイは去って行った。

 

 

 

 

◆◆

 

 都市ポンドの激闘を終えてフェイ達は王都ブリタニアに帰還を果たしてから数日が経過した。とある日の朝。早朝のトレーニングの為にフェイが目を覚ます。

 

 

 着替えて、部屋に出て普段孤児たちが食事をする食堂を通る。すると丁度、マリアがエプロン姿で子供たちの朝食を作っていた。

 

 

「フェイ、おはよう」

「あぁ」

 

 フェイの声と足音に気付いて、早く起きていたレレも挨拶をする。

 

 

「ふぇい、おはよう!」

「あぁ」

 

 

 

 淡泊に返事をするフェイ。すぐにでもその場を去ってしまいそうなフェイ。しかし、レレはマリアとフェイの二人きりの時間を作ってあげたいと思っていた。マリアは孤児たちの世話がある。

 

 中々フェイとの時間も確保できない。朝は朝食作り、昼は洗濯、昼食作り、夜は眠れない小さな子の面倒。多忙、多忙、多忙。多忙の毎日。一緒に住んでいたとしても二人の時間は限りなく少ないのである。

 

 それにマリア(リリア)は踏み込まない何とも言えない気持ちであるとレレは気付いていた。

 

 

「ふぇい! また、ふぇいのご飯食べたい!」

「……なに?」

「また、たべたい! たんじょうびのときにつくってくれたやつ!」

「……」

「おねがい!」

 

 

 怪訝そうな顔をしたが仕方ないと溜息を吐いて、フェイは厨房に入った。

 

 

「フェイ……」

「少し貸してもらう」

「う、うん……」

 

 

 マリアから予備の包丁を借りてテキパキと何かを作るフェイ。手際はかなり良い。フェイの横顔を見ながら少しだけ頬を赤くして幸せをマリアは感じた。暫くすると卵焼きが出来あがりそれをレレに渡す。

 

 

 

「わぁぁ、ありがと! はい、まりあもたべてー!」

「ありがとう、あーん……美味しい……」

「ふぇい、料理凄く上手!!」

「本当にそうね。フェイは料理が凄く上手ね」

「……そんなことはない」

 

 

 

(……んっ、この卵焼きって言うのかしら? 形も凄く綺麗で凄く美味しい……なんか、ここまで美味しいと自信無くなるなぁ……)

 

 

 

「ふぇい、ありがと!」

「……もう、修行に行っちゃったみたいね」

 

 

 

 レレがお礼を言うのも聞かずにフェイは孤児院を去っていた。因みにフェイは以前のようにユルルにも持って行った。ついでにそこに居たメイもフェイの卵焼きを食した。

 

(……フェイ君……やっぱり、料理上手。自信無くなる……今度からハムレタスサンド持ってくるの止めようかな……)

 

(フェイ様……メイド歴20年近いメイの料理のプライドは破壊されました)

 

 

 二人の料理人としてのプライドは消えた。

 

 

◆◆

 

 

 都市ポンドの激闘から数日が経った。毎日毎日、修行に俺は明け暮れる。ユルル師匠と朝練昼練夜練、いつものように修行修行修行、次のイベントまで修行である。

 

 偶にアーサーと戦って完膚なきまでに負ける。

 

 

 強くなろうと今日も朝練をしようとしたら、レレに呼び止められた。前に作ってあげた卵焼きが随分と気に入ったらしい。

 

 まぁ、少しくらいならいいか……やれやれ仕方ないという風貌で卵焼きを作ることにした。マリア頑張ってるからマリアの分も作ったあげるか……。

 

 

「ふぇい、料理凄く上手!!」

「本当にそうね。フェイは料理が凄く上手ね」

 

 

 へぇ……美味しいね……まぁ、レレとマリアがそう言ってくれるのは嬉しいよ? でもなぁ……本当に凄い料理人ってこんなレベルじゃないと思うんだよね。

 

 

『ふぇいぃぃぃ!!! この卵焼きすごくおいしぃぃぃぃぃ!!!!!!』

 

 って言いながら破壊光線とかレレが出したら満足するけど……マリアが

 

 

『んんッ、お、美味しくてぇ、腰砕けちゃうぅぅぅ』

 

 

 って言いながら服が弾け飛んだら満足するけどな……。料理系の主人公ってだいたいこんな感じじゃない?

 

 服飛んだり、破壊光線出したり、別時空に飛んだり、服が弾け飛んだり……普通の反応じゃダメなんだよな。

 

 

 まぁ、俺は料理系主人公じゃないから無理だろうけど……上には上が居るからな……。そう思うとあんまり満足感はないなぁ。

 

 

 この程度じゃなぁ……。

 

 

 折角だし、お世話になっているユルル師匠に持って行こう。クール系だけど仁義を忘れてしまうのは良くないからな。

 

 朝練の休み時間にユルル師匠に、ついでに偶々見学に来ていたメイに卵焼きを渡した。

 

「あ、ありがとうございます! フェイ君!」

「フェイ様、ありがたく頂きます」

 

 

 二人は食べて、ちょっと怪訝な顔をしている。

 

 

「お、美味しいですね……はい、凄く美味しいです……前に作ってもらった時も思いましたけど、凄く美味しいです……はい、本当に凄く美味しいです」

 

 

 ユルル師匠、何だか満足していないような表情をしている。うん、偉大なる師匠の舌には俺が作った程度の料理は合わないよな。

 

 

「フェイ様……美味しいです。はい、でも、あれですね……メイの方が上手く作れるかなって……思うかもでございます……はい」

 

 

 メイドのメイの満足してない表情。二人して満足しないのか……。やっぱり俺程度の料理の腕じゃまだまだって事だな。

 

 前にユルル師匠が褒めてくれたけど、気を遣ってたのかもなぁ。

 

 

 まぁ、気にしても仕方ない。料理の腕なんかより、剣の腕を高めよう。俺とユルル師匠は再び修業を開始した。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 空には只管に灰の雲。昼なのに数多の雲によって日が遮られ、夜ではないか錯覚があるほどに薄暗い。雨も降っており土砂降りで地面がぬかるんでいる。

 

 誰かが柔い泥の地面を力強く踏んだ。右足、左足、必死に踏み込んで森を駆け抜ける。

 

 ローブを被った男性だ。必死に青い団服を着たブリタニア王国聖騎士達の追ってから逃げていた。

 

 

(……この土砂降りでは声は響かない……)

 

 

 名をスガルという男性だ。アルファ達と同じように永遠機関の実験対象であった少年であり、同時に数多の犯罪を犯した指名手配犯でもある。強盗、窃盗、殺人、女子供も容赦ない程に彼は殺した。

 

 彼は『言霊』と言う特殊な属性、固有属性(オリジン)を保有していたために永遠機関によって捉えられ実験対象として心身ともに多大な傷を負った。その鬱憤を晴らすため、自身が過去に受けていた痛みを誰かに味合わせたい八つ当たりのような事で犯罪を繰り返した。

 

 

 最初は軽い物だった。軽い盗み、誰かに軽く足をかけて転ばせる。それが止まらなかった。

 

 

 その果てに指名手配犯となった。

 

 

「――止まれ」

 

 

 彼が星元と練り上げて、言葉を発した。しかし、酷い土砂降りで声は響かない。『言霊』とは暗示と同じで声を聴いた相手に一時的な行動制限などを可能とする。

 

 

 また、星元を通常よりも強硬に時間をかけて高めてから使用すると無機物に対しても何らかの効力を発することが出来る。木に対して枝を伸びろ、火に対してもっと燃えろ。

 

 非常に強力。だが、今は隙が無かった。

 

 

 相手は複数で単純な暗示も効かない。魔術による追尾攻撃もある。故に彼は逃げて逃げて逃げ続けた。

 

 

 不幸中の幸いか。雨による視界の悪さ、足場の悪さなどが原因で一瞬、距離を広げ、そのままスガルは姿をくらませた。

 

 

 これがサブ主人公アルファの最初のイベントであり、闇堕ちする道筋の一端である。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 王都ブリタニアにおいて、アルファには最近悩みの種があった。それは自身の妹がフェイにべったりになってしまったことである。

 

「……フェイが居るのだ」

「……love」

 

 

 王都を歩くフェイにストーカーのように話しかける機会を伺ったり、

 

「ガンマたちをなるべくフェイと同じ任務に!!」

「……please」

「……いや、僕の一存では決められないけど……うんまぁ……言ってみることにするから……落ち着いて」

 

 

 仮入団期間の時の恩師であり、先輩聖騎士のマルマルにフェイの同じ任務に付けるようにお願いをしたり、次第に露骨な対応が増えてきている。そのせいなのか、明日魔物討伐任務にフェイとアルファたち3人が同じ班に配属されることになった。

 

 次の日。王都の門の前にアルファ達三姉妹とフェイ、そして、マルマルが一緒になってとある都市に向かう。その道中でもフェイの隣にはベータとガンマが居て、アルファを悩ませていた。

 

 

「あ、えっと、その……」

「……」

 

 

 ガンマは話すのが恥ずかしくなってしまって、言葉が出ない。ベータも隣を歩くが一向に話そうとはしなかった。二人共、想い人に言葉を贈るという事をしてこなかったからだ。

 

 

「アルファ、あの二人大丈夫なのか?」

「大丈夫ではないと思います」

 

 

 マルマルの言葉に頭を抱えながら返答をして彼女はフェイを睨みつけるが、彼はどこ吹く風で気にも留めない。

 

 

「そ、そうか……」

「えぇ、全然大丈夫ではないです」

「……」

 

 

(復讐のこと考えて盲目になるより、妹の事に眼を光らせる方が可愛げがあるが、巻き込まれるこっちもそれはそれで……)

 

 

「こら、そこの二人お姉ちゃんである私の方に来なさい!」

「えぇ!?」

「……NO」

「いいから来なさい!」

 

 

(アルファ……そしてフェイもだが……分からないな……。こんな純粋そうなただの子供が闇を抱えて、それに呑まれてしまうかもしれないなんて……それほどまでにこの子達はアンバランスだ)

 

 

(フェイは何を考えているのか、最終的な目標は分からないが……アルファに何かあった時に止められるのは……もしかしたら……)

 

 

 

 マルマルはアルファの危うさを感じていた。元気活発な表情の子であるが時折思いつめたような表情をするときがあるのを知っている。それを自身ではどうにもできない事も知っている。

 

 一方でフェイについても何も知らない。自身の尺度では測れない人物ではないと最近になって分かり始めていた。

 

 

 彼の目線の先にはフェイの隣から妹2人の手を引いて、引き離そうとするアルファの姿があった。妹を取られたくない可愛げのある姉の行動に見えた。微笑ましいが同時に何か嫌な予感を彼は感じていた。

 

 

 

 その予感は的中していた。

 

 

 

 何故ならこの後すぐに本来ならアルファは騎士団を脱退することになるからだ。そして、そのまま復讐として力を求め、犯罪などに手を染める道を選ぶ。

 

 

 

 止める人は誰もいない。ただ、そもそも全ての物事に関係なくローラーを引くような男が居るだけだ。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 マルマル、アルファが魔物討伐任務としてとある都市に到着をした。既にアルファは妹を失っており、道を違え、一人になっているために眼に生気はない。

 

 

「アルファ大丈夫か?」

「えぇ、大丈夫です」

「……」

「少しだけ、一人で歩きたいので離れて良いですか?」

「あぁ……好きにしてくれ」

 

 

 

 アルファはそう言って一人で都市を歩き出した。幸せそうに歩く姉妹を見た。笑い合う家族を見た。それが彼女の中の憎悪を掻き立てた。自分はこんなにも苦しんでいるというのに、怒りを憎しみを抱き続けているというのに。

 

 赤の他人は幸福。不公平であると感じた。誰が悪いのか。己か。他人か。否であるとすぐに分かった。

 

 

 自身の父へ、それ以外にないと改めて知った。それを殺さないと排除しないと、自分に幸せはない。

 

 

 ずっと、この不満が募るだけ。

 

 

 歯軋りをさせて、血が出るほど拳を握って歩き続けた。

 

 

 幸福に怒りを感じて憎みながら……生気のない彼女の眼はとあるものを見つけて僅かに見開かれた。

 

 

 そこには嘗て父親から同じく実験対象のような扱いを受けていた少年と酷似をしている青年がいたからだ。

 

 

「スガル……」

「アルファか、久しぶりだな」

「アンタ……生きてたのね」

「まぁな。指名手配されてるから毎日生きた心地はしねぇよ」

「そう……」

「アルファは聖騎士になったのか」

「この団服で分かるでしょ」

「冷たいな」

「アンタに興味はないからさっさとどっかに行きなさい」

「おいおい、久しぶりに再会をしたのにもう終わりかよ」

「興味ないもの」

「……お前変わったな」

「アンタもね。精々頑張って逃げなさい。それじゃ……」

 

 

 

 アルファは青年を気にも留めずに立ち去ろうとする。しかし、スガルは彼女の腕を掴んだ。

 

「なに?」

「いや、不満そうな顔してたからよ。話でも聞いてやろうと思ってさ」

「……一度だけ言うわよ。消えろ、私に関わるな」

 

 

 彼女の眼は酷く冷たくて、怒りが渦巻いていた。

 

 

「あー、その眼。その眼だけは昔と同じだな。まだ恨んでるのか」

「……」

「ベータとガンマはどうした? 父親に殺されたか?」

「……お前、私に殺されたいのね?」

「そんなつもりはない。寧ろ、協力をしたい」

「は……?」

「だから、お前の父親への復讐を手伝ってやる」

「犯罪者のアンタとつるんでも碌なことない。寧ろ邪魔だと思うけど」

「いやいや、俺の能力を侮ったらいけないぜ? ()()

「……ッ」

 

 

 彼女は地面に膝をついた。そんな事をするつもりなど微塵もなかったのに。

 

 

「これ、アンタの……」

「そうそう、そして、この力がお前の父親が俺を捕まえてた理由だ。俺は強い。それに力もある」

「……確かに強力ね……でも、犯罪者に頼るほど、落ちぶれちゃいないわ」

「他の聖騎士と切磋琢磨して平和ボケした任務についても、何も変わらないぞ。それに居心地も悪いだろう? 何もない自分を差し置いて幸福な周りが居ることは……」

「……」

「俺は強い。そして、俺も……お前の親父を殺したいってずっと思ってたんだ。利害も一致している。俺と組め」

「……命令ね。アンタの能力で私はどうにもできないじゃない」

「まぁ、そうだな。ここで自害もさせられる。だが、これにはリスクもある。単純な命令しかできないし、これを最大限使うにはパートナーが欲しい」

「……アンタと組めば本当にあの男を殺せるのね?」

「あぁ、あの厄介な精神干渉能力……俺で潰せる。お前も多少は魔術は使えるだろ?」

「使えるわ」

「だったら、もし遭遇してもお前が時間稼ぎすれば問題ない」

「そう……もう一つ聞かせて。なぜ私をパートナーにしたいの?」

「俺と同じだからだ。他人の幸福が気に入らない。怒りや怨恨それだけしかない、それを晴らしたい。そう言う生き方しかもうできない者。復讐しかないお前は裏切る理由もないからある意味では安心できるだろう?」

「……何を言っているのか意味が分からないけど……復讐が完璧に上手く行くならなんでもいいわ」

「そうか」

 

 

そう言って青年は笑った。そして、何かを呟く、次の瞬間アルファは道を通っていた民間人を一人斬っていた。一人の買い物をしていた男性を彼の言霊によって彼女は切ってしまった。

 

アルファは僅かに怒りを込めて彼を睨む。

 

 

「アンタッ」

「どうだ、気持ちいいだろう? 自分より幸福な奴は気に入らないだろう」

「……」

 

 

 

気に入らない。全部が。でも、こんな生きたかを望んでいるのかと聞かれたらそれは違うのかもしれない。

 

それでも僅かに鬱憤が晴れた気がした。彼女は自身を嫌悪した。次第に自身が壊れていくような気がしていた。騎士団にはもう妹は居ない。誰も止める人はいない。眼の前の男を最大限使えば、強力な属性魔術を使えば、復讐の道具とすれば。

 

 

全てが上手く行くような気がした。もう、何も残っていないのだし、好き勝手に……そう思って、眼を閉じて、開けて、気付いたら嘗ての恩師が居た。マルマルが血に濡れた自身の剣を見ている。

 

 

「アルファ……」

「先生……」

「やめろ。それ以上踏み込めば戻れなくなるぞ」

「もう無理です。いえ、最初から私にはこれしかなくて……こうすることだけが喜びな腐った人間、腐った死体のようなものが私だったんです」

 

 

彼女は自分の本質がそれしかないことにようやく気付いた。誰かがそうするように仕向けてたのかもしれないと感じた。しかし、そんなことはどうでも良かった。

 

 

彼女と嘗ての恩師は剣を交えた。言霊を使ってスガルが割り込んだことで効率よく、恩師を手にかけることが出来た。彼女は真っ赤な返り血を浴びていた。

 

 

「行こうぜ」

「そうね……」

 

 

利用して利用される関係を彼女は結んだ。厭らしい目つきを彼がしていた事にも気付いた。それも受け入れて、愛していない者からの愛撫も受け入れる覚悟もして、その場を去った。

 

 

雨が降っていた。その雨は全ての返り血を濯ぐように降り続いた。

 

 

しかし、心のしこりだけは洗い流せなかった。

 

 

騒ぎが大きくなった。彼女と彼はその場を去って、復讐鬼として完璧に目覚めた。そして同時に他人に八つ当たりする、人の幸運が許せないただの犯罪者としても彼女は目覚めてしまった。

 

 

「ねぇ、私のこと、好きに使っていいよ。それで全部上手く行くなら」

 

 

 無機質で生気のない眼で彼女はそう言った。それが終わりの始まりであった。二人はその場を去った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 雲行きが怪しい空。一雨きそうだなとアルファ達は思いながらも魔物討伐の依頼が発注されているとある都市に到着した。

 

 

「少しだけ、時間あるから。昼食べてきたらどうだ?」

 

 

 マルマルがそう言ったので四人は歩き出す。フェイは一人で行こうとしたのだが気付いたらガンマとベータが張り付くようについてきた。

 

 

 流し目で二人を見たがそれ以上に何もせず、フェイは歩き出す。そして、妹二人を放っておくわけにいかないのでアルファも一緒に行くことになった。ガンマとベータがフェイの気を惹こうと話を進めるのを腕を組みながら眼を顰めて見ていた彼女は、ふと別の場所で眼を止めることになった。

 

 

「スガル……」

「よぉ。アルファ。それにガンマとベータも生きてたのか」

「……スガル、久しぶりなのだ……」

「……」

 

 

ガンマとベータも彼には見覚えがあった。同じような境遇を受けて来た彼を見て思わず足を止める二人。異変に気付いてフェイも足を止めて様子を見た。

 

 

「アンタ、こんなところで何してるの?」

「まぁ、指名手配されてるから。潜伏してるってところだな」

「へぇ、私達の前でそれ言うなんていい度胸じゃない。この蒼い団服が見えない? 私達聖騎士なんだけど」

 

 

 アルファが剣を抜いた。ガンマとベータも臨戦態勢に入る。しかし、当の本人は戦うという意思を出さない。

 

 

「アルファ、俺はお前と戦うつもりはない。それにそっちの二人ともな」

「……どういうつもり?」

「折角だからな。三人共、俺と組んでもらおうと思ってさ」

「はぁ? 私達がアンタと組むわけないでしょ? それより大人しくお縄付きなさい」

「いやいや、アルファ。お前、まだ恨んでるだろ? 父親の事をさ」

「……」

「消えるわけないよな、忘れるわけないよな。あの地獄を。俺もその鬱憤を色んな奴で晴らしてるけどさ……やっぱり消えないんだ。本元を叩かないとこの怒りは消えない、だから、一緒に来てくれ。俺には優秀な仲間が必要だ」

「……悪いけど、お断りよ。私には妹がいるもの」

「そうか……残念だ」

 

 

 

 アルファはあっさり彼の言葉を切った。父親への怒りはあったがそれでも、彼女にはまだ残っている大事な物があるからだ。

 

 

「お前を踏みとどまらせているのは……妹か……それとも……そっちの男か?」

「……」

 

 

 

 アルファに執拗にこだわるスガルと言う男の眼がベータとガンマ、そしてその後にフェイに向いた。ベータとガンマはその目に寒気を感じて一歩下がった。一方でフェイは涼しい顔でただ、ジッとスガルを見た。

 

 

 

「フェイ、気を付けなさい。そいつ、何かしてくるわよ」

「……そのようだな」

「取りあえず、お前殺しておくか……」

 

 

フェイに対してスガルは剣を抜いて、斬りかかる。その剣は嫉妬に支配されていた。それを抜刀した刀で軽々と彼は受け止めた。

 

 

「あ? ただの雑魚じゃなぇな。お前」

「……さぁな」

 

 

 

 そう短く返答してフェイの連撃を放つ。疾風、その速度はアルファの想定を軽々と超えていた。彼女の中に嘗て、フェイとリビングデッドの一戦が蘇る。あの時の彼と今の彼は全く重ならない。

 

 

(あの時の姿は見る影もない……それより、私の眼が追いつかない!?)

 

 

(星元強化も大してしてないのに、この速さ。的確でそれでいて鋭い流れるような美しい太刀。私より数段……)

 

 

 

 

 清流のように滑らかで、激流のように荒々しい。二つが同時に存在して混合している矛盾のような太刀。一言でそれを表せないが美しくも見えた。剣術のスペシャリストから毎日指南を受け、毎日高みを目指し己を高め続けているその男は

 

 

 尋常ならざる速度で成長を続けている。

 

 

 星元の強化は不得意だが、それをカバーして余りある肉体強度と戦闘経験、剣術。それらが眼の前の男をただただ圧倒していた。

 

 

 剣と刀が一瞬だけ交差したが、すぐさまフェイは相手の左肩を切り裂いた。激昂した相手上から剣を再び落とす。フェイよりも星元強化において上に居る。しかし、元の肉体強度などを加味すれば二人の身体能力は互角だった。

 

 ならばそれを埋め、そして更に伸ばすのが技である。

 

 波風清真流(なみかぜせいしんりゅう)初伝(しょでん)波風(なみかぜ)

 

 縦の太刀を横の刃で受け、すぐさま縦に。滝のように相手の剣は地に落ちる。その後、フェイは左から右に無防備な相手を斬った。条件反射で相手も避けるが、男の右手が飛んだ。

 

 

 

「あ、がぐぁげあ……貴様!!」

「……」

 

 

 刀を振って血を払うように地面に下ろす。アルファはただ、眼の前の男の強さに唖然としていた。トゥルーも依然強いと彼女は思ったが、そのベクトルがまた違う強さのような気がした。

 

 

 何より驚いたのが、特にためらいもなく腕を斬った事。甘さがない。鬼の様で無機質で感情もない、人形のような男。

 

 

(この成長速度に加えて、甘さも一切ないなんて……)

 

 

「はぁはぁ……少しだけ、油断しすぎたか……俺もアルファがかかってムキになったのか……いや、それよりも、今は」

 

 

 

 一人でスガルがブツブツと呟くがフェイは再び刀を向ける。それに気づいてスガルが言霊を使った。暗示に近い、相手への強制行動。

 

 

「止まれ!!」

 

 

 

 しかし、フェイは止まらない。再び刀が向いた。向かってくる。驚きながらも刀を受け止める。

 

 

 

(こいつには……言霊が効かないのか!?)

 

 

 

 

 またしても驚きがある。だが、すぐさま彼は言葉を発した。

 

 

 

「切れ!!」

 

 

 

 すると、ベータとガンマがフェイに対して斬りかかった。フェイも仲間、とは思っていないが敵以外から斬りかかられるとは思っていなかったのか、背中を二重に斬られてしまった。

 

 

 口から吐血して、そのすきを突かれてスガルに横から蹴りを入れられる。それを右手で防ぐが、更に後ろからベータとガンマの剣が串刺しになった。

 

 

「ふぇ、フェイ!!! が、ガンマは……」

「ッ!! ……あ、あ、ちが、わ、わたし、ちがう……」

 

 

 

 ガンマとベータがフェイを自分自身で刺してしまった事がショックで震え始める。そして、未だ自身達の剣が串刺しになっているフェイから剣を伝って血が流れてくることへの悲しみで涙が滲む。

 

 

 

「アルファはそこで見てろ……俺の強さをこれからもっと見せてやる」

「……ッ!! そいつと私の妹に手出したら殺す!!」

「……やっぱりこいつらが居るからお前はそっちに居るんだな」

 

 

 

 フェイが串刺しになった自身の体を無理やり動かす。剣から離れ、血が噴き出るが再び刀を振るう。しかし、先ほどまでのキレがない。身体的には血が大きく損失、そして怪我をして動きが鈍くなっていた。

 

 

「どうした? さっきまでのキレがねぇぞ、聖騎士!!」

「……」

「オら!!」

 

 

 鳩尾に綺麗にスガルの拳が入って、フェイは数メートル吹っ飛ばされた。そのまま民家の壁に激突して、めり込むようにその場で一時的に動けなくなる。眼はまだ死んでいないが、すぐさまスガルが彼の眼の前に来て、フェイの腹に剣を刺した。

 

 

 それでもフェイは拳を握るが、血を流しすぎた代償は大きく、スガルには蛞蝓のように見えた。避けて、腹を裂くように剣を振るった。肩を刺して、太ももを刺して、時折来る拳をよけながら、自分の強さを見せつけるように只管に剣を刺す。

 

 

「安心しろ、峰打ちみたいなもんだ。すぐには殺さねぇよ。腕の借りもあるしな。もう少しだけ楽しむぜ。まぁ、あと数分でお前はお陀仏だろうけど」

「……」

「見たかアルファ! これが俺の強さだ! 言霊の強さ、有能さ。すげぇだろ! これが俺だ! 言霊と言う俺の属性があるか無いかではこんなにも違う! 戦力差も引き返せる! お前の眼を見て確信した! 俺と同じで恨んでる、人の幸福が嫌いなど畜生だと! 一緒に暴れようぜ!」

「アンタ……ッ」

「父親も俺が殺してやるよ、アルファ」

「……ッ」

 

 

 

動けないアルファに自慢をするスガル。ベータとガンマは真っ赤に染まってもう、死んでしまったようなフェイを見て泣き崩れてしまっていた。

 

 

アルファは怒りに震えているが、同時にスガルの能力の有能性には気づいてしまった。逆境からのあの起点と発想。使いようによってはかなりの戦力となることを分かってしまった。

 

だけど、妹を泣かせて眼の前の男が憎いとも思った。

 

 

 

「………………ぁ」

 

 

 

急に血だらけの男が小さく声を発した。それにスガルは気付いた。血を流しすぎてもう、死の一歩手前であった男が小さく声を出した。最後の遺言として彼はそれを聞いてやろうと思ったのだ。

 

 

「どうした? 負け犬、最後に聞いてやるよ。お前の言葉を」

 

 

彼の口に耳を近づけて、言葉を待った。

 

 

「■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆ッッ………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 返ってきたのは言葉ではない。怒号であった。天を割るような声。龍の咆哮のようにその言葉は都市中に響き渡った。

 

 

 遠くで聞いていたアルファ達も思わずうるさいくて眼を閉じて、歯軋りをするほどに大きな声。

 

 喉を極限まで星元で強化することによって、完成する咆哮。いつもなら足や腕に対して行う、最低最悪、不格好な星元強化。百を超えた数値を叩きだす代わりにその部位を使えなくする諸刃の剣。

 

 それを喉に対して使い、極限の声を出すことで、スガルの鼓膜と脳を破り、震えさせ思考を真っ白に飛ばした。

 

 

「あががうぇあ!!!」

 

 

 

 脳への深刻なダメージ、鼓膜破りの衝撃がスガルを包む。そして、いくら蛞蝓の動きと言っても動けない者にその攻撃を躱す手段はない。

 

 

 動けず、真っ白になった彼の頭に走馬灯のように昔の光景が浮かんだ。口に玩具を付けられて、何も声を出せない。檻に閉じ込められて、母親と父親に会いたくて寂しくて泣いている毎日。実験体として痛い思いも、死体に対して命令をしたり、人に対して非道な命令をして価値観が壊れていく地獄の日々。

 

 そんな中で一人の女の子が自分に話しかけてくれた。隣の檻に妹2人といる女の子。

 

『大丈夫? 泣かないで……』

 

 

 

 話しかけてくれる、気に留めてくれる、それだけで嬉しかった。恋をしてしまっていた。脱獄をして成長をしても、人を殺して鬱憤を晴らして、犯罪者になっても心のどこかにその影があった。

 

 だから、再開をした時、アルファを見つけた時、微かに心が昔に戻った。そして、フェイに対しても真正面から最初は挑んだ。真正面から打ち破って自身の凄さと自身の優位性を見せつける為に。だが、圧倒的技術の前に言霊を使い、妹二人を操った。完全に優位を取った。勝利を限りなく引き付けていた。

 

 だが、それでも眼の前の存在は超えられない。

 

 

 ――関係ないのだ。背景も心情も、犯罪者であろうと、指名手配犯だろうが、人を殺している畜生であろうが。無慈悲に平等に、常識をあざ笑うように、眼の前の男(フェイ)は立ちふさがった。

 

 

 

 フェイは最後の力で体をフル稼働させて右手に星元を集中させ、スガルの顔面を思いっきり殴り、地面にたたきつけた。

 

 

 鈍い音。地面への衝撃音。

 

 

 スガルはもう、何が起こっているのか分からなかった。自身が経った今倒された事も、眼の前の男に敗北をしたことさえも分からず、彼は暗闇へと落ちていた。

 

 

 

 スガルの言霊の力が消えた事でアルファ達は自由に動けるようになった。

 

 

 フェイは血を流しすぎて、スガルを殴った直後に気絶をしてしまっていた。怒号を聞きつけたマルマル。彼女達によってフェイは急いで医務室へと運ばることになった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 アルファはずっと泣き続けているベータとガンマの背中をさすっていた。言霊と言う能力が原因であるが自身達の命を救ってくれて恩人に対して刃を向けて、大けがをさせてしまったからである。

 

 スガルは大怪我をして捕まった。老若男女問わず殺しをしていた彼はいずれ死刑となる。全ては収まったと言えるがそれでもフェイを傷つけつけてしまった責任を三人は感じていた。

 

 

「ひっぐ、うぅぅ」

「ぅぅ」

「ガンマ、ベータ、元気出して……」

 

 

 医務室で寝ているフェイの隣でずっと目が覚めるのを待っている。死んではいないが、だとしてもショックで二人は涙が止まらなかった。アルファも悲しい顔をする二人は見たくないのでフォローしているが一向に変わらない。

 

 

 何時間も待って、涙も枯れるほど出たのではないかと思われた時、フェイの瞼がゆっくりと開いた。

 

 

「あ、ふぇ、ふぇいぃ……だ、大丈夫?」

 

 

 ガンマがフェイに詰め寄って、震えながら問う。彼は生きていた。しかし、自身が剣を刺したことは覚えているはずだと思ったが聞かずにいられない。

 

 

「……」

「……ふぇ、ふぇい?」

「……」

 

 

 フェイはいつまでたっても返答をしない。顔はいつもの無表情だが、少しだけ怪訝な顔をしているのが分かった。彼は喉に手をやって何かを確かめる。

 

 

「……」

「喉が潰れているのね……。それで話せないのよ」

 

 

 

 アルファがどうして何も言えないのか、察して代わりに答えた。その通りだと眼で訴えながら、ガンマとベータにも気にするなと手で制した。

 

 

「ごめんなさい……本当にごめんなさい」

「……ごめんなさい」

 

「「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」」

 

 二人して何度も泣きながら謝るがもういいと手で制すフェイ。しかし、それが全く通じず、何度も手で制す。何度も手を挙げているのにずっと謝り続ける二人に対して、溜息を吐きながらベットから起き上がり目線を合わせた。

 

 

 数秒ジッと見続ける。するとようやく気にしていないという事が分かったのか、次第に二人は落ち着きを取り戻した。

 

 

「ゆ、許してくれるのだ……?」

「……ッ」

 

 

ガンマとベータが驚愕の表情をしたが当の本人はその通りだと眼で訴えた後、自身の団服。血だらけになっているがその中からポーションを取り出してそれを飲んだ。

 

 

「……改めて言う事でもないが、気にしていない。それ以上の謝罪はいらん」

「……で、でも、ガンマたちは」

「過去の事をいくら言っても意味はない。だから気にしない。お前達が気にするのかどうかは勝手だが俺の前で泣くのは止めろ、不快なだけだ」

 

 

 血だらけになってボロボロになっている団服にフェイは着替え始めた。治療するために着ていた入院着を脱ぐとフェイの体が露わになった。傷だらけで、異常なほどの発達している肉体。

 

 

「「「……」」」

 

 

 三人が唖然としてしまった。これほどの傷痕があるだなんて、知らなかったからだ。気付かないうちに眼も義眼になっていた。戦士としてあれ程の成長を遂げていた。

 

 何も知らない。強くなり続ける彼の事が何も分からない。ただ、新しく傷を与えてしまっていたことが悲しかった。痛い思いを受け続けたらそれが慣れてしまう、心がすり減ってしまう。それを知っていたから余計に悲しかった。

 

 

 

「……うぅ」

「……ひっぐ」

 

 

 

 ガンマとベータが再び泣き出してしまった。何度も目元をこすっても止まらない涙。自分ではどうしようもない程に溢れていく。それをフェイは見つけて、無言になった。ため息も吐かず、厄介だと態度もにも出さない。

 

 

 暫くして、涙がようやく二人は止まりつつあった。泣き疲れて、只管に泣いた二人に目元は真っ赤に腫れていた。

 

 

「ここにずっと居たのだから、暇なのだろう。少し付き合え」

 

 

 無機質な声には少しだけ、優しさがあった気がした。僅かに流し目のフェイと二人腫れた目線が交差する。笑いもしないが、怒りもせず、表情は変わらない。

 

 

 いつものような対応に見えたが、それは違った。彼は一人をこのんで誰かを巻き込むことはない。ある意味で一人で完結をしている男だからだ。

 

 

「早くしろ」

 

 

 急かすようにそう言って病室を出る。三人は彼について行った。町中を血だらけの団服を着ている男に、泣いたとすぐに分かるほどに目元が晴れている女二人+αが歩いていればそれは目立つ。

 

 

 どうしたどうしたと周りはどよめく。そんな彼らを通り過ぎて、パン屋に入って、ハムレタスサンドを四つ買った。三つは袋に入れて、一つは自身で片手で持つ。

 

 そして、彼はハムレタスサンドが入った三つの袋を三人に渡した。

 

 

「食っておけ。ついでだ」

 

 

 それを渡して、自身も片手に持っているサンドを食べ始めた。三人も迷いながらだが袋から出して、それを頬張り始める。

 

 

 こんなに誰かに、他人に優しくしてもらったのはいつ頃であったか。三人が小さくて何も知らなかったとき、純粋であった時にこんな時間があったのではないかと錯覚した。

 

 

 昔が交差したような気がして、暖かい気持ちになて、時間が過ぎて行った。夢中で食べていたパンもない。三人が食べ終えるのを見守るように見ていたフェイも、もういいかと踵を返した。

 

 

 彼は背を向けて、最後に一言だけ呟いた。

 

 

「何度も言うが、俺は気にしていない。いくら言ってもお前達には無意味な気もするが……あまり気負い過ぎるなよ」

 

 

 もうついてくるなと言わんばかりに先ほどとは違い、早足で三人の元をフェイは去って行った。

 

 

 残された三人は唖然としたが、彼の優しさを感じて、想いが一層にガンマとベータは強くなった。

 

「ガンマ、分かったのだ」

「ん? 何が?」

「ガンマはあの人に出会うために生まれて来たって……運命ってやつなのだ……」

「………………agree(同意)

 

 

 ガンマとベータが彼を追いかけるように駆けだしていった。アルファは二人の表情に唖然としたが……放っておくわけにもいかないので彼女も駆けだす。気付いたら雨は上がっていて、三人は笑って居た。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 魔物討伐の依頼が来たので、とある都市に向かって出発! メンバーはモブの二人とアルファとマルマルである。

 

 行く途中にモブ二人がめっちゃ話しかけてくるけど……どうしたのだろうか。主人公である俺と絡むことで出番が無理に作っているのかと思ったがそんな訳はない。どうかしたのか?

 

 考え込んでいると都市に到着した。少しだけ自由にしていいって言われたので歩いていると……三人ついてきた。

 

 

 まぁ、いいけどさ……。ここで何かイベントが起こる気がする。モブだけど偶には関わりがあるとかそんな感じかもな。

 

 

 昼食をとる場所を探していたら、ガラの悪い男がアルファ達に突っかかっていた。なんか、こいつ……敵な感じがするな。

 

 

「お前を踏みとどまらせているのは……妹か……それとも……そっちの男か?」

「……」

 

 

 やっぱりね。潰すか。

 

 

 刀で応戦するが……案外あっさり倒せそうな気がする。俺も強くなっているんだなって再認識するなぁ。しかし、俺も努力系主人公だからそう簡単には行かないだろう。

 

 

 と思っていたら、ベータとガンマに刺された。あ、やっぱり。なんかあると思ったけど、流石に味方から攻撃が来るとは思っていなかったなぁ。

 

 少しだけ不利になって、殴られたり、沢山刺されたり、血が大量に流れたりしてるけど大丈夫。

 

 問題ないよ

 

 

「安心しろ、峰打ちみたいなもんだ。すぐには殺さねぇよ。腕の借りもあるしな。もう少しだけ楽しむぜ。まぁ、あと数分でお前はお陀仏だろうけど」

 

 

 峰打ちね、確かに死んでないなら全部峰打ちみたいなもんだし、間違ってないね。しかしこいつ、舐めプしてんな、余裕だからって……主人公の前で舐めプは命取りって知らないのか?

 

 

「……」

「見たかアルファ! これが俺の強さだ! 言霊の強さ、有能さ。すげぇだろ! これが俺だ! 言霊と言う俺の属性があるか無いかではこんなにも違う! 戦力差も引き返せる! お前の眼を見て確信した! 俺と同じで恨んでる、人の幸福が嫌いなど畜生だと! 一緒に暴れようぜ!」

「アンタ……ッ」

「父親も俺が殺してやるよ、アルファ」

「……ッ」

 

 

 言霊? アルファの関係者なのか? 良く分からない。

 

 分かったのは、こいつが凄い自分の能力を過信しているという事だ。あとは、言霊って能力が人を操ったり色々できるって事だな。

 

 ふーん、確かに便利だね。でもさ……

 

 

 

「あ……」

 

 

 

 声を少しだけ出した。あー、ボイスチェック、ボイスチェック。行けそうだな。よし!!!

 

 

「どうした? 負け犬、最後に聞いてやるよ。お前の言葉を」

 

 

 おー、そうか、聞いてくれるのか。舐めプしてるな。よく聞いとけよ。あのね、主人公の俺からすると言霊とか大したことないよ。だって、喉を爆発的に強化して大声で相手の鼓膜と脳を破裂させればいいんだから。

 

 

「■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆■■■■◆◆◆ッッ………!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

さぁてと、後は顔面殴っとくか。指名手配らしいし、問題はないよね。多分だけど、こいつが今回の俺のメインディッシュだろうし!

 

 

さっきは血を流しすぎて当たらなかったけど。俺の大声でマヒしてるからな。当たるなこれは。

 

 

当たった。地面にそのままたたきつける!!!

 

 

安心しろ、峰打ちだ。

 

 

そして、俺もそのまま気絶!!!

 

 

眼が覚めたら、またしてもガンマがガン待ちしてたよ。気にしなくていいって言ってるのにずっと気にしているんだよな。ベータとアルファも少し気にしている。

 

 

怪我とか出血とかいつものことなんだけど……まぁ、心配させてるのは俺だし、ちょっとフォローしておくか。ついでに喉潰れてるから、ポーション飲んで治癒しておこう。

 

うーん、苦いな。でも癖になりそう。俺前世で高校生だったから飲んだことないけど、スト〇ロってこんな感じなのかな……?

 

 

まぁ、置いておこう。それよりも三人をちょっとフォローしてやるか、クール系だから露骨すぎるのはダメだし、それにちょっとくどいからね。

 

 

取りあえず、ご飯とか食べれば気分も良くなるだろう。

 

 

ハムレタスサンド渡した。むしゃむしゃ食べてる。うんやっぱり俺が目覚めるのずっと待ってからお腹は空いてるよな。

 

 

もう一回くらい、気にするなって言っておこう。俺は本当に気にしてないから、モブなんだし気楽に生きなよ。

 

アルファはモブかどうかは分からんが……どちらにしろ危険はいつもあって普通だからさ。

 

 

それだけ言ってクールに去って行ったら三人ともついてきた。ベータとガンマはモブだけど……きっと根は良い子なモブなんだろうな……。まぁ、逆に根が悪いモブって聞いたことないけど。

 

 

 

よく分からないけど、三人とも少し元気になって良かった。もしかして、お腹空いてただけだったりとかは……それはないか。元気になったみたいだし、それでいいや。

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 天に向かうような大きな大樹。巨大な幹、何千にも派生した枝。どこか神秘的な雰囲気さえ感じさせる。

 

 王都ブリタニアから遥か離れた場所にある王国。妖精族(エルフ)と言われる長い耳を特徴に持つ人種が大樹が聳えるユグドラシル王国には暮らしていた。

 

 

 その王国にはある伝説が存在する。嘗て、全ての厄災を祓い、世界に平和と安定を齎した英雄アーサー。

 

 その英雄が振るっていた伝説の剣、それが大樹の麓に新たなる宿主を待っていると……。

 

 

 この伝説は真実であり、実際にエルフが暮らしているユグドラシル王国にそびえる大樹の麓には伝説の剣が刺さっている。

 

 

 しかし、未だ、誰一人としてその剣を抜くことはできない。歴戦のエルフの戦士でもそれは不可能であった。伝説は伝説のまま、大樹に残っている。

 

 

 そんな大樹の麓を誰かが歩いていた。金髪の髪、宝石のような青い瞳、誰かによく似ている男性だ。

 

 

 エルフの国であると言うにエルフではない、人族(ヒューマン)の青年だ。彼は重い表情で麓に刺さっている聖剣を手に取った。

 

 

「抜けてくれ……」

 

 

 懇願するように言葉を発して、手に力を込める。しかし、どれだけ力を入れようとしてもその剣は少しも動くことはなかった。

 

 

 

「クソッ!!!」

 

 

 激昂して彼は叫んだ。地面を蹴って土煙が舞う。そんな彼の後ろから二人組が駆け寄る。一人はローブをしているが、もう一人は人族(ヒューマン)の老人だ。白い髭を生やして、傲慢そうな笑み。

 

 

 

 

「ふぉふぉふぉ、抜けないようじゃの」

「……黙れクソ爺。殺すぞ」

「その剣はその時代、原初の英雄アーサーに最も近い存在が抜ける剣じゃ。お主には無理であった、ただそれだけじゃな。まぁ、最初から無理だと分かってはおったじゃろ?」

「もう一度言うぞ、黙れ、殺すぞ」

「お主には無理じゃ。儂の隣にいるこの男に絶対にお主は勝てん」

「……」

「ふむ、それも分かっておるようじゃの。さて、お主はどうする? このまま何もせずに英雄の道を諦めるわけでもあるまい」

「……当たり前だ」

「そうか、なら答えは一つ。お主がこの時代で原初の英雄に最も近い存在になればいい」

「……」

「今、最も原初の英雄に近い存在……それはケイ、お主の妹であるアーサーじゃよ。ここまで言えばわかるじゃろ」

「アーサーを殺せって事か? 近い存在を殺せば別の誰かが近い存在になる……」

「その通り。じゃが、お主には難しいじゃろ。あの子は天才、儂が作った英雄の模造品の中でもずば抜けておる」

「……」

「モードレッド、マーリン。ここら辺も手ごわいじゃろ。それは作った儂が知っておる。ケイ、お主も優秀な作品であったが優秀止まり。どこまで行ってもこの三人には勝てん」

「……」

「そこでじゃ。儂が新たに作った、この闇の星元をやろう」

 

老人は懐から禍々しい何かが入った注射器を差し出した。しかし、ケイと言われた青年は睨みながらそれを拒否する、

 

 

「俺を殺す気か? そんなもの、使えるわけないだろ」

「じゃ、諦めるか? 恋人との約束はどうする?」

「……っち、それを貸せ」

「ほいほい、これは永遠機関とやらが研究してるのをちょっと拝借して作ったものじゃよ。打ち込めば……端的に言えば強くなる。上手く使う事じゃな」

「っち……」

 

 

 忌々しい存在を見るような目つきで老人を睨んでケイは注射器を受け取った。それを貰うとすぐに背を向ける。

 

「いつか、お前を殺すからな。覚えておけよ」

「構わんよ、出来るのであればの。あー、それとアーサーじゃが……王都ブリタニアと言う国で聖騎士をしておるから、妹を殺したければそこに向かう事じゃ」

「……」

 

 

 ケイは黙ってその場を去っていた。彼が足を向けた先は王都ブリタニア。ケイが居なくなった後、老人が一緒に居たローブの男に話しかける。

 

「さて、永遠機関とやらをもう少し調べるとするか。行くぞ、モーガン」

「……ケイは、アーサーに勝てるか?」

「まぁ、無理じゃろ。純粋な勝負なら間違いなく勝てん。それはモードレッド、マーリンとて同じ」

「なら、なぜ戦わせる。意味がないと思うが」

「アーサーに経験を積ませたい。あやつは心が弱いからの、兄を殺せば少しは強くなるじゃろ」

「そうか。だが、ケイが万が一勝ったらどうする?」

「その時はその時じゃ。儂の中で聖剣を扱うに相応しい最有力候補はアーサーだけではない。モードレッド、そしてマーリン。世界の英雄となるのはこの三人の内のどれかじゃから、アーサーが死んだら死んだでその程度であったという話」

「……そうか」

「そうじゃ、分かったら行くぞ」

 

 

そう言って老人とモーガンと言われた男は大樹の国を去って行った。

 

 

そして、アーサーにはバッドエンド分岐となる選択肢が、イベントが迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




面白かったら感想高評価よろしくお願いいたします。


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41話 兄妹殺愛 原史

前回、本来のゲームのお話とフェイが転生した実在世界のお話が混合していて分かりにくいという感想があったので二話形式にしました。まぁ、僕も見返してその通りだなって思いました。これが最適解かは分からないのですが、ウェブ小説は色々なことが出来るのが利点ですので

原史→ゲーム
異史→フェイが転生したゲーム実在世界


また、なにかあれば宜しくお願い致します。



あと、小説家になろうさんに当作品を投稿しています。理由は色々あるのですが、そちらのサイトでも応援よろしくお願いします

https://ncode.syosetu.com/n4588hn/


 

『――円卓英雄記』

 

『――殺愛兄妹 プロローグ』

 

 

 白衣のような着衣を身に着けた幼い子供達がテーブルを囲んでいる。テーブルの上にはお皿があって、そこには丸いパンが置いてある。何も言わずにそれを彼らは口に運ぶ。

 

 しけた味のパンが彼らの口に広がった。そこに美味しい等と言う感情はない。食事をする楽しさ、合間の談笑もない。ただ、生きるために栄養を体に入れるために。作業のようにそれを口に運び続ける。

 

 

 それを暫く繰り返すると、唐突に一人の少年が泣き始めた。そんな予兆は一切なかったのに嗚咽をしながら泣き始めた。

 

 

 一人の少年が泣き始めると、それに呼応するように他の子どもたちも泣き始める。彼等の腕、足にはズタズタに引き裂かれたような痛々しい傷跡が多数あった。

 

 泣いても何も変わらない。傷痕が余計にずきずきと痛むような気がして彼らは更に涙を落とす。彼等が居るのは監獄のような岩で作られた地下牢。とある組織の実験体として、村や特殊な国々から連れてこられ、実験体として使われていた。

 

 

「……」

 

 

 

 家族に会いたい、元の家に帰りたい、そう思って想起をして泣き連ねる彼らの中に一人だけ泣きもせず、一人でパンを食べ続ける少年が居た。年は二桁になるかならないかくらいの風貌と体の大きさ。

 

 髪は金色で目はサファイアのように美しい。彼はただ黙っていた。黙って、耐えていた。

 

 

「……」

「ねぇ」

 

 

 そんな彼のまえに同じ位の年の女の子が座った。首元には紫色の宝石のようなペンダントがある。彼女の目元は腫れていて、泣いていたことがわかる。

 

 

「なんだよ」

「なんで、君は泣いていないの……」

「俺は……泣かないって決めているから、妹が、母親が待っているんだ……泣くのは、再開したその時だ」

「……君は強いんだね……私も君みたいに強くなれたら……こんな悲しくないのかな……」

「……」

「名前」

「あ?」

「名前なんて言うの? 私はセンって言うの」

「……俺は……ケイ」

「ケイか……よろしく、ケイ」

「……悪いがなれ合いはしない。俺は妹と母の元に帰ることしか、考えてないからな」

 

 

 不遜で悪態をついたようなケイの態度。でも、泣いていた彼女の眼はニコリと優しく変化した。もしかしたら、それは彼女にとって初恋であったのかもしれない。何かが違えば今でも一緒に歩んでいたのかもしれない。

 

 でも、彼女がこの時、話しかけなければケイが過去に囚われることも無かったのかもしれない。

 

 

 センが笑いかけて、いる。

 

 

 

――そこで眼が覚めた。

 

 

 ガタガタと揺れる馬車の中、青年は……眼を僅かに擦って視界を安定させる。青年が向かっているのはブリタニア王国と言う国である。眼が覚めて暫くすると、何かを決意したように拳を握った。

 

 その時、青年は、ケイは先ほどの嘗ての夢を思い出す。

 

 

 一つは過去に生きた自身の誓い。でも、既に捨ててしまった自身の誓い。そして、今はそれを捨てて、更には踏みつぶす覚悟を彼は持っていた。

 

 

 拳は握り続けられている。だが、彼は少しだけ悲しそうな顔も見せた。覚悟は揺らぐことはないが後悔が僅かにある。

 

 

 

 ケイの首には、センが持っていた紫色が綺麗である宝石のペンダントが付けられていた。今度はそれを握って後悔を打ち消した。

 

 それをすると次第に気持ちが落ち着いた。

 

 

 紫色の宝石、それが不吉な何かを暗示するように僅かに輝いた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 とある晴れの日。王都ブリタニア、とある三本の木が生えている荒野のような場所でアーサーは剣を振っていた。彼女の表情には感情はない。眼にも輝きはなく、ただ無機質に自身を高めるために剣を振る。

 

 

 彼女の気分がすぐれないのは、自身の周りの人達がどんどん死んでいってしまっているからだ。最近は都市ポンドにてベータが死んでしまった。仲睦まじいというわけではなかったが同じく一緒に任務に行っていた自分がその命を救えたのではないかと考えてしまう。

 

 

 己の存在は英雄になる為に、ありとあらゆる犠牲の果てに作られたと彼女は考えている。故に犠牲以上の成果を、対価を己の手で作り出さないといけない。

 

 

 その誓いを胸にしている。重い誓いに押しつぶされそうになるけれど。それでも彼女はそれを捨てることは出来なかった。

 

 だから剣を振る。消さない心を誓いで無機質にして、剣を振る。ずっと一人で鍛錬をしていると彼女の耳に足音が聞こえて来た。

 

 振り返るとそこには同じく同期で、特別部隊で仮入団期間を過ごしたボウランの姿があった。

 

 

「ボウラン……どうしたの?」

「いや、なんか、お前元気ないな……その、初めてあった時より、どんどん悪くなってるって言うか……」

「心配、してくれたんだ……ありがと……」

「あまり、無茶するなよ……お前、どんどんおかしくなって」

「――ワタシは最初からおかしいよ。今に始まった事じゃない」

「そんな事いうなよ……」

 

 

 

 達観をしているアーサーを見てボウランが心配そうに再び声をかける。気持ちが沈んでいく二人。

 

 

 このままではいけないと思った、ボウランが話題を変えて空気を少しでも明るくしようと声のトーンを上げる。

 

 

「そ、そう言えば! もうすぐ! 聖騎士たちの祭典があるよな! 一年間頑張ったアタシ達は踊ったり! ご飯食べたりできるんだって!」

「…‥そっか」

「……、一緒にいくよな?」

「……どうかな」

 

 

 

 ボウランが何度も声をかけるが彼女から返ってくるのは、生気のない声。アーサーはどんどん疲弊をしているのがボウランには分かっていた。しかし、彼女が何を目指してどこに向かおうとしているのは全く分からない。

 

 

 自身の無力さに彼女は憤りを感じており、自身が最も嫌う弱者に思えた。

 

 

「あ、その」

 

 

 

 それでも友達を気遣おうとしたその時、星元の異常な高まりが付近で起こった事に二人は気付いた。膨れ上がったそれは並大抵の比ではなく、一瞬でアーサーの元へ、弾丸のように打ち込まれた。

 

 

 その数は十二、一つ一つに星元が濃縮されている。鉄であったとしても容易に貫通をするだろう。しかし、そんな肥大な攻撃にもかかわらず、アーサーは木剣に光の星元を付与し、全てを一瞬で切り伏せた。

 

 

 魔剣、ただの剣に何らかの付与、または何かしらの要因で特別な能力がついたことで通常の剣をはるかにしのぐ力を扱える。しかし、これは簡単に作れるのもではない。

 

 付与をすると言っても、時間や労力が必要でそれを得て初めて常識離れの力を扱える。

 

 だが、何事にも例外があり、彼女はただ息をするように木剣に軽く付与するだけで魔剣を超える性能を叩きだした。

 

 

 

(す、すげぇ……格が、違う)

 

 

 

 天才、その言葉がボウランの頭の中に叩き込まれた。入団をした時から差はあったが今現在の差が過去とは比較にならない。これほどまでとは彼女は思いもしていなかった。

 

 

 

 剣の速さ、正確な捌き、星元の流暢な流れ、一瞬で臨戦態勢に移行できる柔軟性。全てが彼女の想定を軽く超えており、口が驚きで開いてしまった。ボウランが驚愕しているが一方でそれをさも当然であると思っているアーサー。

 

 

 そして、それを放った男。アーサーが男を睨みながら声を放つ。

 

 

 

 

「誰? 人に向ける威力じゃなかった……」

 

 

 

 

 彼女に歩み寄るのは一人の青年。アーサーにどこか似ている顔つき、同じ髪色と目の色。隙の無い歩き方でアーサーは只ものではないと感じ取った。

 

 しかし、同時にどこか懐かしさのような何かも感じた。

 

 

 

 

「よぉ、アーサー。久しぶりだな」

「……知り合いか?」

「知らない……と思うけど」

 

 

 

 見覚えがあるようで、ないような。不思議な感覚。だけど、剣を構えることを彼女は止めなかった。誰だか分からない、懐かしさもあるけど、きっと眼の前の男は自身を殺そうとしていると分かったからだ。

 

 

 

「突然だが……俺の為に死んでくれ」

「……」

「お、お前、何言ってんだよ! そんなことできるわけないだろ! と言うか人に向かって魔術とは安易に出すな!」

「……悪いなアーサー」

「……ワタシは殺されるわけにはいかない。英雄にならないといけないから」

「…‥俺もだ。英雄に俺はならないといけない。聖剣を抜いて、災厄を倒して……じゃないと俺に価値はない。俺には約束もある」

「……」

「……話しすぎたな、最後にちょっと話したくなったのか……俺が……。いや、もういい。そろそろ再開するか」

「……」

「お、おい! お前、ふざけるなよ! ここで暴れたら他の聖騎士が来るぞ!!」

「あ? 誰だか知らないがすっこんでた方がいいぜ。お前等みたいな雑魚がいくら束になっても関係ねぇからよ」

「……な!?」

 

 

 

 ボウランが言葉を失う、それは相手の不遜な態度ではなく、真っすぐな殺気。しかし、それは自身に一切の興味はなく、向けられてもいない。だというのに身の毛がよだつ。

 

 

 

「行くぜ、アーサー!!!!」

「……」

 

 

 二人が交差する。ボウランには全く見えない。何かが自身の前を通り過ぎて、気付いたらアーサーが謎の青年と剣を交えていた。

 

 

 

「……」

「速いな。おいおい、マジかよ……しかも、お前……手抜いてるな?」

「……貴方は誰? ワタシを知っているの?」

「質問に答えろよ。まぁ、別にいいけどよ。知っているぜ」

「……そう。なら、倒して色々聞かせてもらう」

 

 

 

 高速で互いに剣を振っていた。だが、そこからアーサーは数段ギアを上げる。

 

「ッ!?」

 

 

 ケイの顔に動揺が浮かぶ。慌てて対応するがそれでも間に合うだろうか分からない領域の剣捌き。疾風の剣が全く同時に全方位を囲んでいるのではないかと錯覚する。

 

 

 

 身体強化をして、防御に専念し疾風の包囲網から抜ける。

 

 

(……これで発展途上って言うんだろ。余力もある……あぁ、そうかよ。俺じゃ、こいつを超えられない)

 

 

(こいつが前に居るから俺は英雄にはなれない。なら、殺すしかない)

 

 

 

「諦めて……貴方ではワタシに勝てないから」

「……言ってくれるじゃねぇか。アーサー」

「……本当の事だから」

 

 

 

(……使うか。あのクソ爺のあれを使うのは癪に障るが……)

 

 

(この化け物は殺すしかない。ただ、殺すんじゃない。追い込んで殺す必要がある。追い込んで疲弊させて、そして、最後は俺の手で、殺す)

 

 

 

(闇の星元を使うにも、少し時間も居る。アーサーの底は見えないが底が見えない、そして俺が勝てないって事が分かった……)

 

 

 青年(ケイ)は片手に石を持ってボウランに投げた。尋常ならない速度であるが、アーサーがすぐさま動いてそれを斬る。その間に両手に光の星元を増幅させて、空に放った。アーサーも使うことが出来る。

 

 

「星よ、光よ、降り注げ、人知を超えた人の域。星の怒りを・天井の怒りを・その身で受けよ」

 

 

「――星光流星群(スターダスト・シャワー)

 

 

 

 アーサーが都市ポンドで使用した規模を比べたら明らかに小さい。更には、星の雨はアーサーではなく、ボウランに多大な数向かって行く。

 

 

「星は貫かない・星は廻り・その身を回る・星域は宇宙の祖」

 

 

「――幾何学円盤(シュテルン・シャイブ)

 

 

 

 彼女達の周り、半径一メートルを満月のような球体で囲まれる。それによって雨は防がれて、何事もない。

 

 ボウランはその場にへたり込んでしまった。

 

 

「ごめん、アタシ……足手まとい……」

「いいよ。気にしないで」

 

 

 

 自身の無力を感じ取ってボウランは涙が溢れそうだった。アーサーはボウランから眼を前に向ける。そこには、もう、あの青年は、ケイは居なかった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 白衣のような服を着ている子供達が椅子に座って、テーブルの上のパンを食べている。幼い日のケイの前にセンが座る。

 

 

「ねぇ、ケイには妹がいたの?」

「……そうだな」

「どんな子なの?」

「関係ないだろ」

「教えてよ」

「……可愛い奴」

「へぇ……可愛いんだ」

「……滅茶苦茶小さくて、でも泣き声は凄い大きい。年齢的な事もあるから、一度も名前で呼んでくれなかった」

「そっか。赤ちゃんなんだー。それは可愛いよね」

「……一目見た時、俺が守ってやろうって思ったんだ。守ってやるって約束もした。アーサーはまだ全然俺の事なんて、兄として認識してないから勝手に俺は約束したんだけどな」

「アーサーって言うんだ。原初の英雄と名前同じだね」

「あぁ、母さんが好きらしくて縁起が良いから名前に付けたらしい」

「へぇ……原初の英雄ってエルフって言われてるよね」

「そうだな。俺も、英雄になりたい。だから、俺は憧れて……」

「ん? どうしたの?」

 

 饒舌になっていたケイの動きが止まった。誰ともつるまない、深い仲にもならないつもりだったのにいらない事を言いすぎてしまったからだ。

 

 

「もっと聞かせて。私、凄く気になるよ。ケイの話」

「……」

 

 

 ニッコリ笑うセンからケイは眼を逸らす。これ以上、言ったとしても何も得はない。それが分かったから言わないつもりだった。だが、眼を逸らした時、センの腕に多大な傷痕があった事が目に映った。

 

 

「……アーサーは手が凄く、柔らかいんだ」

「うんうん、それでそれで?」

 

 

 センが話を促すように合いの手をし続けた。それでケイも気分が良くなり、話が弾んだ。彼も誰かとの会話を求めていたのかもしれない。

 

 

 暫く話し込んで、ひと段落付いた。

 

 

「楽しかったよ。ここってよく分からないし、怖いし……新鮮だった」

「そうか……」

「うん、凄く楽しかった……。ここ……本当に怖いし」

「そうかよ」

「ねぇ、ケイはここって何だと思う?」

「さぁ、毎日、訳分らない液体飲まされたり、入れられたりしているヤバい場所。まともな奴らが作ったわけじゃないだろうな」

「何がしたいのかな……あの人たち……」

「……俺達に分かる訳ないだろ」

「どんどん、色んな子がいなくなるし……そしたら、追加みたいに子供が増えて……」

「……」

「皆、どうなるのかな……?」

「……」

「私、死んじゃうのかな……?」

「……」

 

 

 センが怖くなって笑顔から泣き顔に変わる。それがケイには妹のアーサーが泣いている姿に重なった。

 

 

『おぎゃあおぎゃあ!!』

『どうした? アーサー』

『うえぇえええん!!!』

『安心しろ、何かあってもお兄ちゃんが助けてやるからな』

 

 

 

「安心しろ、俺が助けてやる。絶対、お前は死なせない」

「……私も守ってくれるの?」

「あぁ、俺が守ってやる。絶対だ」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 ケイはアーサーとの激闘を終え、格の差を思い知り一時的に離脱した。ブリタニア王国から外に出て誰にも見られない場所に座り込む。岩の陰に隠れるように彼は何度も辺りを見渡す、

 

 

 その後、彼は覚悟を決めて、懐から泥のような禍々しい液体のような物が入っている注射器を取り出して、それを自身の腕に刺した。

 

 

 血管の中にその泥を、闇の星元を生み出す泥を入れた。

 

 

「がぁあ! あ、が、がげあ!!!」

 

 

 体の中で光と闇が反発する。相反する力が体に大きく負担をかける。激痛が体中を走って、細胞一つ一つに響く。しかし、舌を噛むように彼は耐えた。

 

 

「や、く、そく、なんだ……セン、おまえと、おま、えにちかった、えいゆ、うになるって!!!! おれが、せかいを、すくって! 英雄に!!」

 

 

 

 彼には心の底に大事な誓いがある。何よりも大事な誓い。約束とも言える。それを手綱に痛みを耐えて、一時的に闇の星元を抑え込んだ。相反する力、光と闇を彼は持った。

 

 

 大量の汗が噴き出るように全身から出ていた。だが、気付いたらそれは止まった。風が吹いて乾いていくのが心地よいとも彼は感じた

 

 そして、一言だけ呟いた。

 

 

「……行くか」

 

 

 

 彼の眼は碧眼。だが、片方の眼だけは赤い色だった。真っ赤で何処か禍々しく、矛盾しているように綺麗に輝いてもいた。それは嘗てはセンのモノであった眼。

 

 最高ランクの魔眼。それが光と闇の相反する力で更なる力を手に入れた。しかし、アーサーも最高ランクの魔眼を保持している。

 

 

 本人には暗示をかけられないだろう。だが、彼の魔眼はアーサーより現時点では『僅か』だけであるが上であり、それ以上の力を保有しているのも事実だ。

 

 

 彼にはそれが分かった。ケイは再び、ブリタニアに向かって空に向かって、眼を見開いた。

 

 

 空には彼の眼に呼応するような大きい眼が写し出される。

 

 

「このまま戦っても勝てる保証はないからな、その前にアーサー。お前の心を潰すぜ」

 

 

 

 空に大きい眼玉。最高峰を一時的に超えた力を持つ暗示が国中に降り注いだ。

 

 暗示は一つだけ、特に認識も変えない。アーサーと言う犯罪者を殺せ。アーサーの認識を一気に変えた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

「ごめんな、アーサー」

「気にしないで、それより本部に連絡いこう」

「うん、わかった」

 

 

 

 アーサーとボウランが一緒に騎士団本部に向かっていた。先ほどの謎の男との戦闘、それを報告するためだ。既にケイの星元が異常に検知されているので王都中は大騒ぎだ。

 

 

「皆、心配してるな」

「そうだね……」

「さっきの奴、気にしてるのか?」

「うん、知らないけど……何となく、懐かしいような……」

「あんな危険そうなやつに知り合い居るのかよ……でも、お前を知ってる感じだったよな」

「うん……」

「……え?」

 

 

 一緒に歩ていたはずのボウランの足が止まった。

 

「どうしたの?」

「……あ、あれ?」

 

 

 ボウランが空を見ているのに気付いてアーサーも空を見た。そこには大きな目が合った。

 

 

「ッ……魔眼ッ、なの?」

 

 

 

 アーサーが眼を見開く。あんなに巨大な魔眼は彼女は見たことが無かった。自身の魔眼で抵抗は出来る。

 

 

 冷静な思考を保って居られるがそれは直ぐに崩壊する。彼女の周りに剣、石、木の棒を持った、老若男女問わない人々がいたからだ。

 

 

 

 彼女の元に一つの石が投げられた。それは子供が投げた石だった。

 

 

「人殺し」

「出て行け」

「犯罪者」

「捕まえろ」

 

 

 

 そこから暴言が吐き捨てられた。

 

 

「え……」

 

 

 乾いた声が彼女から出た。誰も彼も知っている顔だ。ご飯を勝った事がある人が良い店主、パンを買った事がある店のおばさん、一緒に遊んだことのある子ども。

 

 

「あ、暗示に、皆……と、解かないと!」

「捕まえろ!!」

「子供たちは逃げて」

「人殺しだ」

 

 

(――と、解けない!? ワタシの魔眼より、少しだけ上なんだ。最高ランクの魔眼より上って…… 私自身は抵抗できるけど、他の人は解くことが……できない)

 

 

 

 人から非難の眼が向けられる。大切な人、心を僅かに許してた人、全部が敵になった。

 

 

「ぼ、ボウラン……」

「近寄るなよ……人殺し」

「ッ……」

 

 

 

「殺せ殺せ、そいつを殺せ」

「殺して殺して! 誰かそいつを殺して! 子供たちに被害が出る前に!!」

「でて行け! パパとママに手出したらゆるさないぞ!」

 

 

 

 

「「「「「消えろ消えろ」」」」」

 

 

 

 

心が壊れそうだった。彼女は心の芯はとても脆い。弱くて弱くて。それを自身でも分かっていた。

 

 

こうなってしまった時、彼女はどうしようもなく弱者。ただの少女に戻ってしまった。

 

 

 

人から逃げた、嘗て背中を預けていた者も居た、でも、逃げた。あそこに居たら自分が壊される、体は簡単に危機から避けられるが、心が壊される。

 

 

逃げた、誰かが自分を分かって、慰めて、一人にしないでくれる人を探した。この国から逃げた方が速かった。でも、彼女は逃げられなかった。

 

この国で辛い事もあったけど、心を許し尽くしていた。これが悪い夢だと冷めて欲しい。この夢から覚める方法を彼女は探したかった。

 

 

だが、何処へ行っても彼女は悪役で非情な存在に変わっていた。投げられる非難の眼と罵倒に心が壊れていく。

 

 

瞳から涙が溢れていく。

 

 

 

走って走って……誰かを探した。

 

 

 

そして

 

 

「トゥルー……」

「……君は」

 

 

 

アーサーはトゥルーを見つけた。彼の隣には幼馴染であり、一緒に孤児院で暮らしているレイが居た。

 

 

「わ、ワタシね」

「トゥルー! こいつ人殺しよ!! 速く、逃げないと!!」

「ち、違う! 信じて!」

「……レイ、僕の後ろに……必ず守るから」

「……なんで」

 

 

 

 

 トゥルーからの眼は冷めていた。そこへ、ボウランも剣を抜いて、彼女に向ける。

 

 

「おい、人殺し! 速くお縄に付け!」

「ぼ、ボウラン、ワタシだよ! トゥルーも気付いてよ! ワタシ達、三人で仮入団の時も頑張ってたんだよ!」

「何言ってんだよ! トゥルーはアタシと二人で仮入団期間を過ごしたんだ!」

「まともに答えない方がいいよ、ボウランさん。混乱させようとしているのかもしれない」

「速くそいつを二人で倒しちゃってよ! 私、怖いわ!! マリアだって! 最近いなくなったのに! これ以上誰も消えて欲しくない!」

「レイ、安心してくれ。これ以上、誰も失わせないから」

 

 

 

「――……なんで、なんで、なんで……気付いてくれないの? どうしてワタシは、いつも一人になるの? ねぇ、誰か、助けて」

 

 

 

 

 

 彼女はその後も、希望に縋って国中を走り続けた。でも、夕日が出始めても誰も分かってくれなかった。だから、国を出るしか道はなかった。

 

 

 

 人が消えた荒野。再びケイが彼女の前に現れた。

 

 

「よう、アーサー」

「……なんで、こんなひどい事、するの? なんで? ねぇ、なんで?」

「応える義理はない……いや、あるか……そうだな。簡単に言えばお前が邪魔だからさ。知らないかもしれないが、エルフの国にある聖剣。あれは原初の英雄に最も近い者が引き抜ける」

「……」

「近い。この意味がどうなのか。それは一つ。お前も俺も原初の英雄の細胞を植え付けられている。それによって変貌する肉体がどれほどまでに原点に近いのかだ。星元の性質なども加味されるらしいけどな」

 

 

 淡々と話される内容が彼女には理解できる用で出来なかった。それほどまでに体も心も疲弊していた。

 

 

「俺が抜きたかったんだが……どうにも無理らしい。自信はあったんだ、誰も彼もがあのクソみたいな施設で幼いうちから死んでいくのに。俺は誰よりも長く生き残った、何度も血反吐を吐いて細胞の痛みに耐えたのに……俺より上がいた」

「……それがワタシ」

「正確に言えば、お前達だ。だったら殺すしかない。俺が聖剣を掴んで振るうにはお前たちを殺すしかない。でも、お前は強い。そう簡単には倒せない。魔眼もあるしな」

「……」

「だから、精神的に追い詰めてやろうと思ったのさ。あの国、全ての人から拒絶されたらお前はきっと弱る。精神状態が星元操作には影響することもある。今のお前は赤子の手をひねるより簡単に殺せるぜ」

「……そんなことで……こんなことしたんだ」

「あぁ、恨んでくれていいぜ。何をしても俺はお前を殺す」

「……そっか」

 

 

 

 アーサーは剣を握るのをためらった。もし、このまま剣を握ったとしても、頑張ったとしてもまた一人になる。生きていても悲しいだけだ。どれだけあがいても自分に降りかかる災難。

 

 

 英雄になるという責任感も何だか疲れすぎて、どうでもよくなってきた。何もかもどうでもいい。

 

 

「どうした? 剣を握らないのか? 最後の戦いを始めようぜ」

「……」

「……そうか。俺に簡単に殺されてくれるのか。まぁ、それが一番楽で良いけどな」

 

 

 

 アーサーの眼は虚空でもう、息をするだけの綺麗な死んでいる人形のようであった。ゆっくりとケイが彼女の元に近寄る。

 

 

 剣を上から振り下ろそうとする。

 

 

もう、何も感じない。このまま終わった方が◀

……まだ、誓いがある。ワタシには……

 

 

 

 ぐしゃりと血吹きがまった。真っ赤な血がアーサーを染める。呼吸が過呼吸になって行く。しかし、生存本能も何もない。

 

 

 

「……悪いな。アーサー」

 

 

 

「俺には……こうするしかないんだ」

 

 

 

 アーサーは応えない。もう、何もかも記憶から消えていくよに、真っ白に視界が埋まって行き。眼を開けた状態で彼女は死んだ。

 

 

 

『――人形END』

 

 

 

◆◆

 

もういい、疲れた。何もか捨てて、死のう

……まだ、誓いがある。ワタシには……◀

 

 

 

 

「まだ、ワタシは死ねない。ワタシにも大事な約束があるッ」

 

 

 

 

 彼女は剣を握った。ケイの剣を受け止め、星元を体中に満ち渡らせる。涙が再び溢れていく。

 

 

 生きることの重み、これから起こる事への恐怖。

 

 

 それが溢れている。

 

 

 

「そうか、互いに譲れねぇな。お前を殺すぜアーサー」

「……貴方を殺す」

 

 

 

 アーサーは王都を逃げ回って、星元を多大に消費した。精神的にも疲弊している。だけど、最後の最後に彼女は覚悟を決めた。

 

 

 

「あぁぁっぁあああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 咆哮をして彼女は彼に向かう。満身創痍であるがそれでも向かった。剣と剣が何度も交差する。

 

 次第にアーサーが追い込まれていく。闇と光、そして環境、元々のダメージなどのアドバンテージが大きすぎた。

 

 

 彼女は隙を見せてしまい腹に蹴りを喰らった。

 

 

「あぐッ」

 

 

 

 口から血を出して、腕で抑えてうずくまる。痛い、痛い、痛くてたまらない。涙が溢れていく、子供のように、赤子のように只管にうめき声を上げる。

 

 

「ううぅぅ、なんで、なんで、あうぁあッ」

「ッ!!」

 

 

 でも、彼女は再度、立ち上がって剣を振る。覚悟を持って。反対にケイはアーサーが泣いていた声、表情を見て、あることが頭を駆け巡った。

 

 

『おぎゃあおぎゃあ!!』

『どうした? アーサー』

『うえぇえええん!!!』

 

 

 

 泣いている幼いアーサー。言葉も知らない。自身の事を兄だと分かっても居ない。だから、あの時言ったことはもう意味もなければ、そもそも口約束でもあった。

 

 

『――安心しろ、何かあってもお兄ちゃんが助けてやるからな』

 

 

 

 鮮血が舞った。ケイが切られた。アーサーが切った。

 

 

「え?」

 

 

 アーサーが声を上げる。まさか、斬れるとは思っても居なかった。先ほどまであれ程の強さを持っていたのに。

 

 

「……なんで」

「ま、じか……そうか、俺は、中途半端か」

 

 

 ケイは倒れ空を見上げる。空には青空が広がっている。

 

 

「光と闇、両方を持って……結局どっちつかず……闇の星元には再生の力もあるって言われてたのに……光が反発してそれも出来ないのか……」

 

 

 

「どちらの誓いも、捨てられず……どちらも守れず……中途半端……ダサすぎだろ……俺」

「……なんで、なんで、躊躇ったの? どうして……」

 

 

 

 血に染まって倒れているケイをアーサーは見下ろす。その彼女の眼を見て、その後、直ぐに逸らし空を見る。

 

 

 

「ただ、中途半端なだけだった……俺がな……」

「……貴方な何なの? 誰なの? 何も分からない!」

「……なんでもねぇよ。それより、お前は国に帰れ……暗示は解いてやるから」

「どうして! どうして! 解かなければワタシは一生悪人になるのに! 殺される貴方がワタシを助けるの!」

「……中途半端だから……最後にもう一つくらい中途半端をしたくなっただけだ」

 

 

 

 ケイは空を見上げる。アーサーを一切見ない。その眼が徐々に虚ろになってもう、声も一切出なくなった。

 

 

 

 アーサーは彼を土に還し、ブリタニアに向かって歩き始めた。帰ったら何事もないように人々は居て、いつものような日常が待っていた。

 

 

 それが彼女には嬉しかった。涙を流した。その理由をきっとも誰も理解はしてくれないのだろう。

 

 

 

 



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42話 兄妹殺愛 異史

 彼女は王都ブリタニア内を走っていた。大きく、不気味な眼が空に突如として現れて、彼女を……アーサーを追い込んだ。

 

 謎の男に襲われ、その後、空に眼が現れ、彼女には何が何だか分からないまま狂乱に巻き込まれた。

 

 

 自分を分かってくれる誰かを探したが全く見つからない。一人ぼっちになってしまった、戻ってしまった事が彼女には悲しかった。医師や悲痛な言葉は彼女の心を抉って、瞳に涙が浮かび始めた。

 

 

 

 走って走って、一旦日の当たらない脇道に彼女は隠れた。疲れてはいない、だが、精神的な負担で呼吸が荒かった。

 

 

「はぁはぁ……なにが、起こってるの……」

 

 

 

 心臓に手をあてながら落ち着けるように心の中で、大丈夫と何度も唱える。だが、精神的に不安定の彼女にはそれが余計に不安を募らせた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 また、誰かが追ってきている。彼女は再びそこから走り出す。見知らぬ人、知っている者、親しいと思っていた者、全てから彼女は追われ始めた。彼女は逃げて逃げて、逃げ続けて。

 

 

 それでも自分を受け入れてくれるものを探し当てることは出来なかった。

 

 

 

◆◆

 

 

 フェイ達が王都ブリタニアへの帰還を果たすと王都中が大騒ぎであった。

 

「ど、どうしたのよ!? この騒ぎ!?」

「大変だ、犯罪者が!」

 

 

 アルファが一人の聖騎士を呼び止めて話を聞く。アーサーと言う殺人者が王国内で発見されたという。アルファ、ベータ、ガンマ、マルマルはそれは不味いと議論を繰り広げ今すぐにでも討伐をと準備を始める。

 

 

 一般市民の避難なども始まりつつある。アルファ達が急いで王都をかけようとするが、その中で怪訝そうな顔をしている男が一人。

 

 フェイだ。辺りを見渡し、大体の状況を把握、そして空を見上げて、事情を知る聖騎士に問う。

 

 

「おい、あの空にある、やたらと巨大な眼はなんだ」

「え? 空に? ……何もないと思うけど……」

「そうか」

 

 

 

 それだけ言うと何かを察したのか、彼は歩き出す。止める声がかかるがそれを彼は気にしない。

 

 

 何かを探すように彼は走り出そうとしたその時、誰かがフェイに対して声をかける。

 

 

「フェイ様」

「……お前か」

 

 

 

 メイド服に可愛らしい顔つき、ユルルのメイドであるメイがフェイに対して声をかけた。

 

 

「フェイ様、今、何が起きているのか分かりますか?」

「さぁな」

「そうですか。フェイ様はあの空の眼が見えるようでしたので……知っているかと」

「……お前にも見えているようだな」

「はい。どういうわけか分かりませんがメイは自分を保てているようです。アーサー様が犯罪者に、そんな訳ないと知っているのですが周りが全員そのような言動をするとどうにも騙されそうになるというか……フェイ様がメイと同じで安心いたしました」

「……そうか。お前はアーサーがどこに居るか知っているのか」

「……はい。国外に泣きながら走り抜けていくのが見えました。追うつもりだったのですが……あまりの速さで……それに色んな方が騒動で怪我などもしておりまして……ある程度怪我人の処置は終えましたのでメイはアーサー様を追います」

「……そうか。それで何処へ行った。アーサーは」

「あちらの方向に真っすぐ」

 

 

 

 メイが指を指した。それは声をかける前に彼が行こうとしていた方向。フェイも何となく、彼女が指を指す前からそっち方向に居る気がしていた。

 

 

 

「――行くか」

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 荒野でアーサーとケイが剣で撃ち合っている。鋼の高い音が鳴り響く。暗示によって認識をすり替えられ、国から出るしかなかったアーサー。彼女を待っていたのはケイ。

 

 ケイはアーサーを殺すため、剣を抜いて襲い掛かる。

 

 

(こいつ……強ぇな……。闇の星元の取り入れて、アドバンテージもかなりあった……)

 

 

(国中から敵とされて、心は負担がかかっている。星元操作も安定してない。だが、どこかまだ、余力がある……アーサーにとってまだ大事な何かがあるのか?)

 

 

 

「……ッ」

「……おい、アーサー。お前案外余裕そうじゃねぇか」

「……そんなことない、悲しいし、苦しい。もう、こんなこと本当は止めたいッ」

「……そうかよ」

 

 

 

 

 アーサーは苦しかった。ガラス細工の心には罅が入っていた。だけど、彼女には、彼女にも、あの日の約束が、心を支える大事な約束があった。

 

 月明かり、(フェイ)が約束してくれた。必ず全部を貰ってくれる。

 

 それが芯として心にあった。

 

 だが、それがあったとしても彼女は分が悪かった。相手は闇の星元を取り入れて一時的に多大な力を持っていた。国中から追われて、星元を消費して、体力を削られ、精神的にも安定しない彼女は星元操作も満足にできない。

 

 

 それでも何とか、喰い下がる。自信と同じ剣技を使う相手(ケイ)に喰い下がる。

 

 

 度重なる剣技、思考を集中させ、緊張感に支配されて時間が経過する。次第に感覚がおかしくなってくる。これがいつまで続くのか、彼女には分からない。それが更に疲労感を倍増させる。

 

 

 アーサーは追い込まれていた。しかし、それはケイも似たような物だ。国中に暗示をかけて、魔眼の多様により星元をかなり使った。更にはアーサーがここまで粘るとは想定外。

 

 アーサーは天才。才能の原石の塊。彼女は既に純粋な総合的な強さであるなら、一等級聖騎士以上の実力を持っていた。闇の星元によって強化されたケイとも互角に渡り合う事も出来る。

 

 

 

「はぁ、はぁ……クソが、ね、粘りやがって……大人しく俺に殺されろ」

「いやだ、ワタシ、まだ、死ねない……」

 

 

 両者、疲弊していく、殺し合いの中、体が重くなっていく。どちらかが先に心が折れるか。それで均衡が崩れそうだった。

 

 

 加速していった互いの剣技。しかし、今は両者共に剣の速度が落ちて行った。星元も互いに尽きていく。金属音が痛い程二人の耳に響いた。これが永遠に続くかと思ったその時、アーサーの心が先に折れかける。

 

 

 剣が弾かれ、腹に蹴りが入り、数メートル吹っ飛んだ。手で蹴られた箇所を抑えて、吐血する。咳込むたびに血が体から出る。

 

 

 剣は手から離れて、明後日の方向へ。体が痛くて、星元を使用するまで頭が回らない。それどころかもう星元も体には残っていなかった。眼の前には既に剣を振り下ろそうとしている青年(ケイ)。顔は僅かに悲痛そうであった。

 

 そして、体力的にも、限界に近い。光と闇の反発を抑えながら戦う。急激な強さの変化の体への負担は想像以上。そして、なによりアーサーの強さに粘られ続け、体力も底をついていた。

 

 しかし、最後の最後に勝利に一手先に手を付けたのはケイだ。彼は過去の後悔と誓いを最後に噛みしめる。

 

 

 アーサーの頭には死があった。死が、それが本当に眼の前に迫っている。走馬灯のように記憶が蘇る。その中で最後の最後に頭の中に浮かんだのは仏頂面の男だった。話しかけても返ってくるのは短い言葉。

 

 

 自身から何かを話すことはない。ただ一生懸命何かをする姿が雄弁に言葉以上に語っているようなそんな人。常識が無くて、本心は見えないが……もしかしたら、こんな自分を彼なら助けてくれるのではないかと、最後の最後に期待をして心の中で名を叫ぶ。

 

 

 

(――フェイ、助けて……)

 

 

 振り下ろされる剣。命を絶つその一太刀。目を瞑って痛みから逃げようとするアーサー。

 

 鈍い肉を切る音がその場に鳴り響く……事はない。その代わり、再び金属音が響いた。刀による投擲を剣で防いだようなそんな音色。

 

 

「あ? がぁ!!」

 

 

 その後、刀ではなく人が飛んできて、拳がケイをフッ飛ばした。アーサーが眼を開けるとそこには、いつもの背中があった。

 

 

「フェイ……」

 

 

 彼は何も答えない、振り向きもしない。ただ背中が語っていた。約束を守ると。吹っ飛ばされたケイは血を吐きながら起き上がる。

 

 

「ゲホッ……おいおい、どういうことだ? その服、聖騎士だな? お前」

「だったらどうした」

「いや別にお仲間を守るとするなんて大変崇高だと思ってな」

 

 

(ブリタニアの聖騎士……暗示のかけ損ないか? 星元も残り少ない……これっきりだ。コイツを暗示にかけて、最後にアーサーを殺す)

 

 

(ここまで来たんだッ、ようやく足掛かりができるッ、こんなことで終わるわけにはいかないッ)

 

 

 

 余裕の笑みを向けていたが、内心ではケイは焦っていた。もう、星元も残りがわずかしかない。

 

 

「だが、残念だな。お前は仲間だろうという事を忘れて、ここで死ぬんだよ!」

 

 

 

 フェイがケイに向かって突撃する。手に刀はない。先ほどの投擲で弾かれアーサーから離れた場所にあるから拾いに行く隙が無かった。それをすればアーサーがその間にやられてしまうかと思ったからだ。

 

 

 フェイは無機質な目を向け、それにケイが禍々しい赤と光の魔眼を向ける。最高峰の更に上。ブリタニア王国全土、全ての者、一等級聖騎士ですら暗示にかけることが出来る最強の眼。

 

 

 その眼がフェイに暗示をかけるがそれは意味をなすことはなく、ケイの頬にフェイの拳が突き刺さった。

 

 

「どうした? やる気はないのか」

「……あ? あ? 意味わかんねぇぞ……どうして、俺は今、殴られた? 最強の魔眼だぞ。間違いなく世界の頂点に近いはずだ……」

 

 

 

 吹っ飛ばされ、地面に寝転んでいるケイが意味も分からず言葉を紡いだ。フェイの眼には間違いなく特別な魔眼はなかった。義眼と普通の眼。暗示をかけた手ごたえも彼は感じていた。

 

 しかし、無意味だった。

 

 

 

「……クソが、ふざけるな。ここまで来たんだぞ? アーサーを殺すために……ここまで来たのに……上手く行っていたのに!!」

 

 

 

 今度はケイが怒号を発しながらフェイに突撃をした。星元による身体強化、しかし、アーサーとの戦いで精度は落ちていた。更にはケイの眼の前の男は、対アーサーに特化している男。

 

 

 アーサーに何千敗もして、彼女の剣技を日々浴びている。アーサーの成長速度があまりに速過ぎるために彼はまだ一度も勝てていないが、彼女の剣技を誰よりも見て来た男だ。

 

 

 ケイとアーサーの剣技は似ている。アーサーのポテンシャルから言えば遥かにケイは及ばないが原型は全く同じと言っても過言ではない。

 

 

 今のケイはアーサーの劣化のような状態。息を吸うように避けられ、腹に一発、そのまま回し蹴りをくらった。

 

 

(ふざけるなッ、なんだこの理不尽は!! 暗示にどんな耐性持ってやがる! しかも、こいつッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(俺の攻撃を避ける、それがもうすでに当たり前であるかのような動き。普通初見であそこまで見切れるはずがねぇッ)

 

 

(俺、いや、細胞の記憶から俺達が使える原初の英雄技能を見切ってやがるッ。ふざけるなよッ、この理不尽!! 理不尽過ぎるだろ!!)

 

 

 

 ケイは起き上がってフェイを睨んだ。あと一歩でアーサーに手がかかりそうであったというのに、彼さえいなければ上手く行っていただろうに。そう思う。

 

 

「こんな所で、諦めるわけにはいかねぇんだよッ、アーサーを殺して俺は英雄になるんだ、クソ野郎がッ」

「アーサーを殺すことが英雄に繋がるか……理解に苦しむ言動だ」

 

 

 ケイが再びフェイに向かう。それを流れるような動きで背負い投げをしてケイを地面に再び沈める。

 

 

「クソクソクソクソクソクソ!!!! ふざけろ!!」

 

 

 天井から見下ろされているような錯覚を受けた。確かに総合的な強さならケイの方が強い。アーサーとの一戦が無ければもう少し、前線は出来ただろう。しかし、それは言い訳でしかない。

 

 

 なぜなら、彼も環境的にアーサーを追い込んで殺そうとしていたのだから。

 

 

(なんだ? 本当に何なんだ!? この理不尽は? 俺に対して、俺達に対して無類の強さを発揮するこの常識の外からの存在は。こんなの聞いてねぇ! あのクソ爺もこんなのが居るなら一言ぐらい言うはずだ……)

 

 

 

(俺からすれば、こいつは……()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ケイが何度も向かう。しかし、フェイは足元に対して回し蹴りをして足を崩し、そのまま背中を蹴って、空にケイを上げる。

 

 

 

(環境は最悪、俺に対しての未来予知、世界最高の魔眼も効かない、純粋な身体能力が化け物……こんなのに、今、どうやって、勝てばいいんだよ……)

 

 

 

 空に打ち上げられながらケイは僅かに乾いた笑みを浮かべてしまった。しかし、すぐさまセンとの約束を思い出す。

 

 

「俺は……!!!」

 

 

 打ち上げられた空で彼は体を回してフェイを見る。残りの星元を体全体に強制的に回して、体が壊れるほどに強化をする。彼にとってこれが正真正銘の最後の攻防。

 

 

「これで、終わりにしてやるよッ」

 

 

 

 彼の本機に応えるように、フェイも星元を高める。そして、詠唱を始めた。

 

この身は主である(This body is the Lord)主、故に我は主の真理を知る(Lord, therefore I know the truth of the Lord)

 

我が器を我が身でも測りきることはない (I can't measure my vessel myself)

誰も追わず、(No one chases)何者にも至らず、(No one)自らの道を紡ぐ(Spin your own way)

 

主の物語(The story of the Lord)

 

 

その一端を刻下に示す(One end is shown below)刮目し、魂に刻み込め(Take a look and carve it into your soul)

 

 

「――比類なき主の真理(The Truth of the Incomparable Lord)

 

 

 

 小さな宇宙の爆発。そんな現象と言えるほど、彼の体から星元が溢れ、肉と血が割けていく。

 

 

「来いッ、お前を殺して――ッ」

 

 

 龍のように登ったフェイが、空に居るケイに拳を振るう。ケイの攻撃は完璧に避け、鳩尾に強烈な一撃を叩きこむ。

 

 そのまま打ち上げるように、彼をさらに空に拳で押し上げた。

 

 

 

 ケイはその一撃で気絶をした。その時、嘗ての記憶が再び蘇る。それはセンという少女との約束。

 

 

『ゲホッ、ゴホッ』

『セン!!』

 

 

 センは原初の英雄アーサーの細胞に体が適応しきれなかった。だからこそ拒絶反応が出てしまい、生命活動に支障をきたしていた。ケイがどうにかしようと思ってもそれをどうにかすることは不可能であった。

 

 彼女に対して、一緒に過ごすうちにケイは愛してしまった。同年代は全て死んで、新しい子が追加される中、ずっと一緒に居たセンも死にそうになった。

 

 パンすら食べられなくなり、吐血が止まらない。咳をするごとに口から血が溢れる。

 

『ケイ……私、もう、ダメみたい……』

『……大丈夫だ、きっと』

『うんうん、ダメだよ……ケイは、英雄になりたいって言ってたよね。私もなんだ。英雄譚大好きで子供の頃から読んでた……』

『……一緒に叶えればいいだろ』

『無理みたい、ごめんね……ケイ、私の分まで夢をかなえてね。ケイなら出来るよ、私にとって、貴方は――』

 

 

 

 そこから先に何を言おうとしたのかケイには分からなかった。そのまま彼女は死んでしまって、ペンダントはケイが引き継いだ。

 

 

『ふぉふぉふぉ、センが死んだのか。もったいないのぉ、もう少し適合できれば生存できたのかもしれんが……この子には特別な魔眼があってのぉ、折角じゃから、お主にやろう』

 

『精神的に相性が良い、アーサーの細胞で良い方向に体が変化しておる。ほぼ同じ性能を引き出せるだろうよ。さぁて、ケイ。お主には期待しておるよ』

 

 

『お主たちの話聞いておった。英雄になりたい、よかろうよかろう。その為にこの『子百の檻』を作ったのじゃから、上手く魔眼を使うのじゃぞ』

 

 

 訳の分からない、名も知らない老人からケイはセンの魔眼を受け継いだ。彼女の眼は世界最高峰の魔眼であった。それをケイは持ち、一緒に英雄になってその景色をその目を通して見ようと誓ったのだ。

 

 例え、何を犠牲にしても。誰を生贄としても。愛した者との最後の約束なのだから。

 

 その為に原初の英雄の聖剣が欲しかった。それを己のモノとして自身が世界を救う。

 

 しかし、それはアーサー、モードレッド、マーリンと言う本物に阻まれた。それを全て排除するために彼は走っていた。

 

 

 あと少しでそれに僅かに手が届きかけたのに。届かなかった。

 

 

 全ては上手く行っていたのに、国すら暗示にかけたのに。あっさりと彼の願いは打ち砕かれた。

 

 

 

◆◆

 

 

 ケイは目覚めた。死んだと思っていたのに気付いたら荒野に寝ていた。体を起こして眼の前を見るとフェイとその後ろに隠れるようにアーサーが居た。

 

 

「起きたか」

「……なんで殺さなかった」

「こいつが聞きたいことがあるというのでな」

「……色々聞かせて」

「……俺が抵抗するとは考えなかったのか?」

「そうしたらワタシとフェイで抑え込む。二人なら絶対負けない」

「……舐められたな、俺も」

 

 

 もう死んでいると思っていたら生きていたという事にケイは驚いた。更には慈悲を与えられたと思うと情けないとも感じる。

 

「今、施設はどうなってるの?」

「知らねぇ。ただ、そう言うのを軒並み潰してる奴が居るらしい」

「そう……貴方は誰?」

「俺は……なんだろうな。中途半端な奴だ。何も成し遂げられない。英雄になれない。ただのぼんくらだ」

「……また、ワタシを襲うつもりはあるの?」

「……そうだと言ったら?」

「……わかんない。貴方のこと、凄く嫌だけど……なんか、懐かしい感じもするから変な感じがする」

「……そうかよ。ただ、俺はお前を殺そうとするぜ。何度もな。俺は英雄にならないといけないんだ。俺より先に居るお前が目障りでしょうがない」

「……目障り」

 

 

 

 二人で話し込んでいると、興味が全く無いのかフェイは腕を組んでつまらなそうに虚空を見ていた。そんなフェイにケイが顔を向ける。

 

 

「そして、お前も目障りだ。お前はなんなんだ? 俺の英雄の道を邪魔をして……お前が一番目障りだ」

「……ふっ、英雄の道か」

「なにがオカシイ」

「俺は英雄などに興味もないが……誰かの道を辿る間は英雄とは思わんな。憧れを持つのは勝手だが、そこから己の真価を見つけなければ意味がない。ただの劣化が出来るだけだ。それを英雄と言いたければ勝手にするといい。俺はそうは思わんがな」

「……ッ」

「……」

「……」

 

 

 その言葉にケイはドキリとした。僅かにだが納得をしてしまった。

 

 

「だが、お前の言うのが英雄至る道ではないと言い切ることも出来んがな」

「……そうかよ」

「あぁ、しかし……俺が英雄になろうとするのであればその方法は死んでも選ばんがな」

「……なんでだ」

「誰かを蹴落とし、その領域に至ったとして……その姿を誰に見せる? 俺なら鏡すらまともに見れんな。そんな姿になんの深みも美学もない」

「……」

 

 

(俺は、センとの約束を……でも、センに妹を殺して、得た景色を見せて……どうなる? 俺は……でも、俺には……)

 

 

 

「……話しすぎたな。後は勝手にしろ」

「ワタシ、フェイの話すごく好きだよ」

「……そうか」

 

 

 それだけ言うとフェイはまた黙りこくった。アーサーがフェイの後ろから耳元で囁くが特に気にしない表情。アーサーがフェイとくっついていると彼女が幸せそうな表情をしていることにケイは気付いた。

 

 

(……アーサーが折れなかったのは……コイツが居たからか……)

 

 

 

「……あの、フェイ」

「なんだ」

「ワタシ、この人、このまま逃がしてあげたい。ワタシとフェイなら捕まえて牢屋に居れらるけど……でも、この人、もうちょっとだけ色々見たら、何かが変わる気がする」

「……好きにしろ。俺はどうでもいい」

「本気か? アーサー」

「……うん、ワタシは貴方が嫌いだし同じ場所で空気を吸いたくもないけど……気持ちは少しわかる気がするから。あとは、さっきも言ったけど懐かしい気もする。今回だけ見逃す……だから、もうあんなことはしないで……」

「……」

 

 

 

 アーサーが悲しい顔をした時、アーサーとの約束を今度は思い出した。ケイは何も言えずに黙りこくった。

 

 返答はなく、これ以上、何も話す気はないらしい。フェイは話が終わったと思い込み、立ち上がる。

 

 

「俺はもう行く」

「ワタシも行く」

「……そうかよ。本当に見逃していいのか? 今ならまだ、牢屋に入れられるぜ」

「見逃す。ワタシはそう決めた。だから、国の暗示も解いて」

「……嫌だと言ったら?」

「……フェイとこのまま旅に出る」

 

 

 アーサーがそう言うとフェイがどういうことだと彼女の方を向いた。

 

 

「お願い、一緒に来て。フェイしか、ワタシ一緒に居れない。一人は寂しい。フェイが居たらワタシ、きっと大丈夫だから」

「……」

「ワタシと一緒なら、毎日ワタシと訓練し放題。料理とかも頑張る、洗濯とか、お金の計算とか……でも、嫌なら……それでもいい」

「……そうか…………もし、暗示が解けないのであれば考えてやる」

「本当?」

「……あぁ、お前を倒すと誓ったからな」

「やった」

 

 

 

 ケイはフェイをジッと見て、口を開いた。

 

 

「お前は何で、アーサーを助けたんだ?」

「俺はこいつを倒すと誓った」

「俺と同じか」

「違う。俺は己の道を歩み、その中でアーサーを倒し、更に己の道を切り開くことを選んだ。お前はアーサーの影を追ってそれを排除して誰かの経路を我がものとしようとした」

「……ッ」

 

 

 

 フェイの無機質な眼に少しだけ闘気が宿る。その眼を見ていると、全身が逆立つ。覇気が彼から出ている。

 

 

「お前は……どんな道を歩もうとしているんだ……」

「さぁな。俺が行くのは誰かが開拓した王道なのではなく、誰も切り開くことのなかった覇道だ。俺もどんな道かなのかは知らん。ぬかるんだ道だろうと整備されていない道だろうと俺は歩み続ける。それが……俺だ」

 

 

(そうか……これが、この誇りが……英雄)

 

 

 彼はそう言うと背を向けて歩き出した。アーサーはフェイについて行った。少しずつ、二人とケイの間に距離が出来る。

 

 

「……俺に残された道などない。そもそも切り開かなければ、最初から道などあるはずもないか……」

 

 

「セン……誰かの背を追う程度じゃ……英雄にはなれないみたいだ。ごめんな」

 

 

「――英雄になるのはもう少し、時間がかかりそうだ。だけど、待っててくれ。俺は必ず……」

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

「どうしましょう……完全に出るタイミングを失いました……」

 

 

 

 メイはフェイの後追うようにブリタニアを出発したが到着したときには既にケイが打ち上げ花火状態であった。

 

 

「ここで出て行ってもいいのでしょうか? フェイ様座り込んでアーサー様後ろからハグしてるし……あの打ち上げられた人はずっと寝たままだし」

 

 

「どういう状況なのでしょう? 下手に出て行って、変な事したくないし……ロマンス小説系の主人公であるメイにとってアーサー様みたいなサブヒロインのイベントも偶には大目に見てあげないといけませんし」

 

 

 

 メイは迷っていた、暫くするとフェイとアーサーが王都に向かって歩き出す。ここだと言わんばかりに二人に彼女は近寄った。

 

 

「お疲れ様です。フェイ様」

「……あの、フェイ、この人……」

「ご安心ください。アーサー様、メイは全く暗示にかかっておりません」

「……そうなの? メイ、だっけ? 貴方も魔眼を持っているの?」

「いえ、メイはそのような物は保有しておりません。どういうわけかメイにも暗示は効かないようです」

「……そうなんだ」

「フェイ様も魔眼などは保有しておりませんよね?」

「あぁ」

「……メイとフェイ様だけ全く無事であったという事は、もしかしたら、フェイ様とメイには何か特別なつながりがあるのかもしれませんね」

 

 

(原作カップリング的なあれです。フェイ様とメイは繋がってます)

 

 

「……それは違うと思う。フェイは、ワタシと……なんでもない。それより、ブリタニア帰ろう」

「はい。そう致しましょう」

 

 

 

 到着すると大きな目のような物は空から消えていた。王都中は元に戻っており、アーサーは泣いた。

 

 

 

 そして、フェイはいつものように夜遅くまで素振りなどをして訓練をし、風呂を浴びて孤児院へと帰った。するとマリアがフェイを出迎えた。

 

 

「あら、フェイ、お帰りなさい……あの、何というのかしら……フェイにお客さん来てるみたいだけど」

「……誰だ?」

 

 

 フェイが食堂に向かって歩くと、そこにはパジャマ姿で枕を抱っこしているアーサーが居た。

 

 

「フェイ……一緒に寝よう」

「……断る」

「お願い、今日は寂しいの」

「……ボウランとでも寝ると良い」

 

 

 フェイが冷酷に自室に入る。しかし、それをお構いなしに彼女はドアを開けてフェイの部屋に入る。

 

 

「……」

「お願い……寂しいの」

「……好きにしろ」

「やった、好きにするね」

 

 

 フェイがベットに横になる。上を向いて右腕でアイマスクのように目を隠す。左手は腹の場所に置いた。すぐさま寝るかと思うと方をアーサーがツンツンした。

 

 

「なんだ」

「今日だけ、抱っこして」

「……」

「今日だけ、だから……寂しいの。今日は凄く寂しくて、とてもつらい」

 

 

 

 

 

 右腕を目元から外してフェイは瞳をうるうるさせるアーサーを見た。彼女が本当は凄く精神的に負担がかかっていたのだとフェイは知った。

 

 

 溜息を吐いて、仕方ない、やれやれと体を起こす。ベットの上で座り込んだ。手を差し出して飛び込めとは流石にしないが、腕を組んだりはせずに膝に置いた。

 

 

 

「いいの?」

「……今夜だけだ。それ以上はない」

「――ありがと」

 

 

 

 彼女はフェイの胸板に顔をうずめて力いっぱい抱きしめた。

 

 

「頭ナデナデしてほしい……」

「っち……」

「左手は腰に回して抱きしめて」

「……」

 

 

不機嫌そうだがアーサーの言う事をなんでも彼は聞いた。普段ならこんなこと全くしないが仕方ないと腹をくくった。

 

 

 

「キス……とかもいいかな」

「断る」

「むぅ……」

 

 

 

アーサーはその後、フェイの右腕で腕枕してもらいながら、眠りについた。安心感のある隣で直ぐに眠れると思ったがなかなか眠れない。

 

 

彼女は一度起き上がって、月明かりに照らされたフェイの顔を見た。

 

 

「ありがとう。ワタシは、貴方の事が……好き。フェイのこと、凄く好き」

 

 

彼の頬に軽くキスをした。それをした直後に自分は何をしているのだと悶えた。

 

 

「……お兄ちゃんって、フェイみたいな感じなのかな……フェイお兄ちゃん。何かしっくりくる。……でも、フェイってお姉ちゃんみたいな人が好きな感じするし……偶には妹みたいに甘えてもいいかな?」

 

 

「――フェイお兄ちゃん、大好き」

 

 

 

頬が真っ赤になった彼女は彼の腕に再び頭を落として、そのまま眠りについた。幸せな時間を彼女は味わって、幸福に包まれた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 任務を終えて、王都に帰還したら空にでっかい目の玉があるんだけど……なにあれ? 

 

 それでアーサーが犯罪者とか言われてるし……おいおいアーサー遂にやったのか? とは流石に思わない。アーサーは変なところあるけど、そう言う良識とかはしっかりしている子だから犯罪とかはしないと思うぜ。

 

 それにそもそもアーサー忘れてないか? こいつら……どうした?

 

 

 これってエイプリルフールとかじゃないよね? この世界にそう言うの無さそうだし。何かイベントみたいじゃね? 国丸ごと巻き込んだイベントとは……

 

 

――ちょっとワクワクしてきたな。テンション最高潮

 

 取りあえず、アーサー探すか。アーサー関連してそうだし。そう思っていたらメイドのメイが……あ、この子は周りみたいにアーサー忘れてないんだね。

 

 

 モブなのに……偶には活躍させてあげようって言う原作者配慮かもね。さてと、アーサーを探しますか、あっちに居るとおもんだけど……。一応メイにも聞いておくか。

 

 あ、やっぱりそうだよね? 

 

 

 よし、行くか。

 

 

 俺は走り出した。アーサーが遠目に見えそうなとき、何故だがやられそうになっているのを見つけて、刀を慌てて投げた。その後、殴る。

 

 

 危ない危ない。アーサーがやられそうになるとは……相当の敵だな。

 

 

「ゲホッ……おいおい、どういうことだ? その服、聖騎士だな? お前」

「だったらどうした」

「いや別にお仲間を守るとするなんて大変崇高だと思ってな」

 

 

 

 しかし、相当満身創痍な感じがするけど……取りあえず、殴って見るか。

 

 

 

「だが、残念だな。お前は仲間だろうという事を忘れて、ここで死ぬんだよ!」

 

 

 

 あれ? あっさり殴れたな。こいつ、やる気あるのか? うん? どういうこと? アーサーが凄い苦戦してるから、どんなものかと思ったらうん?

 

 

「……クソが、ふざけるな。ここまで来たんだぞ? アーサーを殺すために……ここまで来たのに……上手く行っていたのに!!」

 

 

 あれ? コイツの動き、アーサー、モードレッドと同じじゃん。しかも完全劣化版だし。星元も全然使わないし。俺からしたら鴨だぜ。

 

 

 取りあえず、ボコボコにしておいた。俺は散々アーサーに負けて、モードレッドには半殺しにされてるからな。これくらい大したことじゃない。

 

 

 

「こんな所で、諦めるわけにはいかねぇんだよッ、アーサーを殺して俺は英雄になるんだ、クソ野郎がッ」

「アーサーを殺すことが英雄に繋がるか……理解に苦しむ言動だ」

 

 

 何を言っているのか、全然分からない。アーサー殺しても英雄にはなれないだろ。

 

 戦闘を続けて……回し蹴りとかして背中蹴飛ばして空に吹っ飛ばした。そうしたらようやくあっちも本気出して感じがする。

 

 

「これで、終わりにしてやるよッ」

 

 

 いいな。俺も新しい詠唱を考えてきたからな。

 

この身は主である(This body is the Lord)主、故に我は主の真理を知る(Lord, therefore I know the truth of the Lord)

 

我が器を我が身でも測りきることはない (I can't measure my vessel myself)

誰も追わず、(No one chases)何者にも至らず、(No one)自らの道を紡ぐ(Spin your own way)

 

主の物語(The story of the Lord)

 

 

その一端を刻下に示す(One end is shown below)刮目し、魂に刻み込め(Take a look and carve it into your soul)

 

 

「――比類なき主の真理(The Truth of the Incomparable Lord)

 

 英語版詠唱ってやってみたかった。ただ、発音がいまいち、これダメだな。もっとスタイリッシュに言えるはずなのに……前世の高校の英語の授業もっと頑張っておけば良かったな。

 

 イントネーションもあってるか分からないし……全身に星元纏ってぶっ飛ばす。肉とか避けるけどいつもの事だから気にしない。

 

 

 あーあ、病室に気絶して運ばれないのか……出血も全然してないし……。今回の敵は……多分アーサーが大分削ったんだろうな。見せ場大分持って行かれてしまったぜ。

 

 

 残念。ただ、英語詠唱は発音とイントネーションを今後もっと気を付けると言う発見をしたから良しとするか。

 

 

 さて、落ちて来たけど、こいつどうしようか。殺すとかはちょっとな……こいつ悪い奴……だと思うんだけど、なんかアーサーを斬ろうとした時も戸惑ってたような気がするんだよな。

 

 

 悪い奴なんだろうけど、嫌な奴ではない気がする。アーサーも色々聞きたいって言うし、このままにしておくか。

 

  

 座ってこいつが目覚めるのを待っているとアーサーが後ろから抱き着いてきた。胸当たってるんだけど……クール系だからちょっとそう言うのはね……。全然離れない。

 

 まぁいい、放っておこう。それにしてもこいつ俺を病院送りに出来ない時点で敵としてはまだまだだねって感じなんだけど……。アーサーがやられかけたって事はかなり強かったのか?

 

 今の俺じゃ、アーサーには絶対勝てない。これは分かりきってる。アーサーマジで強いからな。アーサーが大分削いでくれたって言うのはあると思うけど……相性とかもあるのかね?

 

 ジャンケンみたいに。グー()パー(アーサー)チョキ(謎の男)。こういうの嫌いじゃないぜ。

 

 

 待っていると彼が目覚めた。おっはー。色々話が進むとやっぱりアーサーを殺して英雄になりたいらしい。

 

 まぁ、アーサー倒したらかなり凄いと思うが……それで英雄にはなれないだろう。英雄ってそんな簡単になれるとも思えないし。憧れから真似とかしても良いと思うけど、それずっとやってても意味はないよ。

 

 主人公の俺はいずれ英雄になるけどさ、例えなれると分かっていてもコイツみたいなやり方はしないな、だってカッコ悪いもん。それ見て誰が勇気もらうんだよ。焦がれて突き動かされるんだよ。

 

 

 美学と誇りがないと。深みもない。

 

 

 そのマインドは変えた方がいいよ。俺はそう思うね。この人、若干闇落ち感あるからさっき鳩尾に拳叩き込んだけどそう簡単に治らないか。

 

 え? アーサー、暗示解けなかったら一緒に旅? アーサーと旅ね……もし、世界がアーサーを拒絶したら、俺が守ってやるしかないよね。

 

 

 だって、俺主人公だし。放っておけないよ。アーサー。安心しなさいお前を一人にはしないよ。クール系主人公だからそんな事言わないけどね。やれやれ見たいな感じでね。

 

 

 そろそろ帰るか。この男がまた来たら何度でも倒せば良いし。正直、負ける気しない。やっぱり普段からアーサーとか、一時的だけどモードレッドとかと打ち合ってるとこの二人と似た剣技はパッとしない。

 

 アーサーも何かを感じたのか、コイツは見逃すらしい。俺もそれでいいと思う。こいつは悪い奴じゃない、主人公の俺には分かるんだ。それによく見たらアーサーに顔も若干似てる。

 

 剣技だけじゃなくて……親戚とかだったりして、分からないからそれでいいや。俺はこいつを捕まえない殺さない。それでいい。

 

 背中を向けて帰ろうとした時、こいつに聞かれた。

 

 

「お前は……どんな道を歩もうとしているんだ……」

「さぁな。俺が行くのは誰かが開拓した王道なのではなく、誰も切り開くことのなかった覇道だ。俺もどんな道かなのかは知らん。ぬかるんだ道だろうと整備されていない道だろうと俺は歩み続ける。それが……俺だ」

 

 

 カッコいい。決まってるな。もう三回くらいこのセリフ言いたいくらいだぜ。返ってる途中でメイと遭遇。メイも暗示をはねのけたのはどうしてなのかアーサーが気になってる。

 

 原作者のご都合主義じゃない? 知らないけど、俺は主人公補正だから効かなかったんだと思う。メイの言う共通点はある意味では近いかもね。

 

 

 主人公補正とご都合主義みたいなね。

 

 

 さて、王都は元に戻っていた。きっと俺の鳩尾が効いたのだろう。闇落ち気味の奴は主人公の拳で殴れば治るみたいなアナログテレビ式ジンクスあるからね。俺の鳩尾がかなり効果あったな。

 

 まぁ、元の世界じゃ絶対にやってはいけないけどね。この世界で主人公だからできる。

 

 鍛錬して、孤児院戻ったらまたアーサーが居た。寂しいね……ボウランと寝ろ。クールな俺に無理に頼まないで……でもまぁ、今回は本当に辛いのかもな。話聞いたら俺とメイ以外全員忘れちゃったらしいし……

 

 偶には甘えたいのかな……忘れなかった俺と一緒に居たいか。今日だけならいいよ。

 

 

 ちょっと我儘だけど、今日だけ。やれやれ、手のかかる妹みたいな感じなのだろうか。こんな妹俺に居るはずないけどな、でも、今日だけ多少の融通聞いてあげよう。

 

 

 

――仕方ないからアーサーと一夜を越すことにした。

 

 

「キス……とかもいいかな」

 

 

ごめん。ファーストキスは大事にする派だから、それは普通に断る。

 

 

 

 

 

 

 




―――――――――――――――――――――――――――――

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幕間 アーサー

 綺麗な青い空、とある騎士の銅像が立っている。そこにひらひらとした白を基調としている膝までかかるほどのスカート。上着も白のブラウスのような綺麗な服。服のセンスが高く、洒落ているチョイスであるが、それを着ているのがまた美しい女性だった。

 

 その女性はアーサーである。透き通るような透明肌、高い鷲鼻、無機質ながら宝石と見間違う青い眼と菫色の瞳。サラサラの金髪、もう人形ではないかと勘違いする程、左右対称の顔面。

 

 彼女はとある人と待ち合わせをしていた。暫く待っていると、活発な高い女の子の声が彼女の耳に響いた。

 

 

「おーい、アーサー」

 

 

 赤髪で青い団服を着ているぼさぼさ髪のボウランが手を振って彼女の元へ寄ってきた。彼女を見つけると無機質なアーサーの眼が少しだけ鋭くなる。

 

 

「おそい……待ち合わせの時間、過ぎてる」

「ごめん! 寝坊した!」

「……まぁ、いいけど……あと休日なのに団服着てるんだ」

「え? 悪い?」

「別に悪いとは無いけど……ボウランはオシャレとか興味ないの?」

「え? あー、服とか買うならご飯買うし……、服一着より、コロッケニ十個の方がお得な気がする!」

「……そっか」

「それより飯行こうぜ! アーサーが奢ってくれるんだろ!?」

「奢る、でも、ワタシの言う事というか、頼みを聞いて欲しい」

「え? なに?」

「それはご飯食べながら話す」

「分かった! ご飯行こうぜ!」

 

 

 二人は食事処へ向かって行った。二人は美味しいお肉が食べられる人気飲食店に入って向かい合うように席に座る。

 

 

「好きなの頼んでいいよ」

「やったぁ! えっとね、アタシはね……これとこれね、こっちとこのやつと……よし決めた!」

「そっか……ワタシはこのハンバーグにしようかな」

「え? それだけ!?」

「うん……食べすぎとかよくないかなって」

「ふーん、そうなのか。よし、注文しようぜ! すいませーん! 店員さん!」

 

 

 ボウランが店員を呼んで注文をする。注文したメニューが来るまで二人は談笑をする事になる。

 

 

「それでボウランに頼みたい事あるんだけど」

「おー、そう言ってたな! なに?」

「……その、好きな人……居て……」

「そうなんだ」

「うん……まぁ、多分相思相愛って言うか互いの事を凄く分かりあってると思う……」

「へぇー」

「その、でも、だからこそ恥ずかしいって言うか……近すぎて言えない事とかあるって言うか」

「つまりどうしたいの?」

「……その人とワタシがお付き合いできるように手伝って欲しいって事」

「お付き合い?」

「恋人って事」

「えー、そう言うのよく分からないから面倒くさい!」

「……だったら奢らない」

「協力する! でも、どうしたらいいんだ? アタシ、全然そう言うの分からないし、と言うかそもそもアーサーは誰が好きなんだよ?」

「……それは」

「それは?」

「まぁ、その、恥ずかしいからちょっとまって。心の準備がいる」

「ふーん、そうか……あ! だったらアタシが当てる!」

「わかった。だったら当ててみて」

「うーん……トゥルー!」

「違う」

「エセ?」

「誰?」

「カマセ」

「知らない」

「マルマル」

「誰? ……あ、五等級の人か……違う」

「えー、グレン!」

「だれ? コロッケ屋さんの人?」

「フブキ!」

「全然知らない。不正解」

「……全然当たらない……えっと……まさかフェイじゃないだろうし……」

「……」

「え? フェイなの!?」

「……う、うん。ちょっと意識はしてる」

「フェイか……アタシ全然恋愛わかんないけど……フェイって、アタシよりもっとそう言うのわかんないじゃないのか?」

「いや、フェイとワタシは多分、相思相愛」

「え? フェイお前のこと好きみたい感じ出してないだろ」

「あれは照れ隠しがあると思う。フェイは多分、ワタシが好き。事あるたびにワタシに勝負挑んでくる」

「それってアイツが剣の腕を上げたいからじゃないのか?」

「違う、好きな人にちょっかいを出したい男性の心理だと思う」

 

 

 ほへぇー、フェイってアーサーの事が好きだったのかとボウランは驚いた表情をしていた。まさか、あの冷酷そうなフェイに想い人が居たとは夢にも思わなかったらしい。

 

 

「フェイってアーサーが好きだったのか……アーサーもフェイが好き。アタシが何かする必要あるのか? 普通に告白すれば良いんじゃ」

「それは恥ずかしいから……フェイから言って欲しいの。でもフェイはツンツンしてるからそう簡単に言わないし……でも、ワタシとしては早めにお付き合いしたい」

「ふーん……恋愛って面倒くさいんだな。好きなら好きって言えば良いのに」

「恋愛って面倒なの。ボウランはおこちゃまだからわかんないだと思う」

「アタシはおこちゃまじゃない! でも、まぁ、興味ないしいいや」

「興味が出たら色々考えてみると良いね。それでボウランにまずして欲しい事だけど」

「うん?」

「今度の騎士の祭典でフェイとワタシがペアで踊れるようにしてほしい」

「あ! それ知ってる! アタシも行くつもりなんだ! 美味しいもの食べれるし!」

「その時にペアで踊ると結ばれるという伝説があるから、ボウランが上手く立ち回ってアタシとフェイが踊れるようにしてほしい。報酬はまたここでご飯奢る。食べ放題」

「うわぁぁ!! 分かった! アタシ、頑張るぜ!」

「うん、よろしい」

 

 

 ボウランは無邪気な子供のように目を輝かせて、アーサーは相変わらず無機質ながらちょっと悪だくみをする子供みたいな笑みを浮かべていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

1名無し神

振り返るか

 

2名無し神

せやな……

 

3名無し神

俺思ってること言っていい?

 

4名無し神

なんだよ

 

5名無し神

精神インフレがすごない?

 

6名無し神

メイちゃんも割と自己暗示で可笑しいことなってたな

 

7名無し神

フェイのせいやろ

 

8名無し神

ケイ君は相性悪かった

 

9名無し神

あの都市ポンドの時の魔剣もでしょ。精神干渉しますよってあの女の子話した時点で勝利BGMずっと流れてた(笑)

 

10名無し神

あれは敵が可哀そうだったね(笑)

 

11名無し神

その後、心配してくれたガンマとベータ韻踏んでるからヒロインじゃないって即座に思うの好き

 

12名無し神

韻を踏んだらフェイからしたらさようならだからしょうがない

 

13名無し神

あの魔剣は本来ならトゥルー君が死んでしまうでしょ? ヤバいやろ精神

 

14名無し神

生存してる人物で精神最強ランキング誰か作って。あ、二位まででいいです

 

15名無し神

一位は分かってるしな

 

16名無し神

そのうち、アテナ作るでしょ。

 

17名無し神

キャラ多くなって来たし、キャラ紹介も欲しいな

 

18名無し神

せやね

 

19名無し神

フェイ君もちゃんと解説してほしい。バックボーンが何気に分からん

 

20名無し神

それは前世のフェイ? この世界の噛ませキャラとしてあるバックボーン?

 

21名無し神

両方でしょ。まぁ、フェイが読んでた漫画とか大分偏りがあるだろうね

 

22名無し神

前世から変わり者なんだろうね。あと、フェイ……モーガン・ル・フェイ。モルガン・ル・フェ。って言うのが実は円卓には歴史上居たらしいよ

 

23名無し神

へぇー

 

24名無し神

今後、そこの伏線回収来るかもね

 

25名無し神

フェイ君は現在どれくらい強いん? ケイ君に圧勝してたけど。

 

26名無し神

まぁ、あれは相性悪かったし、ケイ君はアーサー戦の後だから……

 

27名無し神

星元も尽きてたし。ケイ君負けてもしょうがないよ

 

28名無し神

魔眼効かないしね

 

29名無し神

いや、あれは酷いって。連戦だもん

 

30名無し神

アーサーの後のフェイはきついよ。ケイ君負けてもしゃあない

 

31名無し神

勘違いしてる神おるけど、ケイ君は万全の状態やったらフェイに勝ってたよ。それくらいの強キャラ。いや、でも今回は負けてもしょうがないね

 

32名無し神

全員ケイ君慰めてるな。まぁ、確かに酷いなRPGで魔王戦の後にいきなり裏ボスひょっこり来た感じね

 

33名無し神

しかも容赦しないから。フェイ君詠唱してから、→↓↘︎+Pで上空に殴ってフィニッシュやったな

 

34名無し神

詠唱に無駄にこだわってたしね(笑)

 

35名無し神

英語の発音、イントネーションまだまだって本人思ってるらしい(笑)

 

36名無し神

まぁ、英語版と日本語版両方あると洒落てるなって思うけどね

 

37名無し神

そんなフェイ君、アーサーさんにちゃんと惚れられましたね

 

38名無し神

元々惚れてたでしょ

 

39名無し神

まぁ、みんな忘れてたのに。世界が忘れてたのに。覚えてくれて守ってくれたからね

 

40名無し神

メイちゃんも覚えてましたけど

 

41名無し神

あれはいいよ

 

42名無し神

フェイ君モテるな……あの長身の妹ちゃんはどうなるかね? 都市ポンドに居た

 

43名無し神

あの子も可愛かったね

 

44名無し神

長身美女はええで

 

45名無し神

目つき鋭いのがいい、流し目で上から覗かれたい

 

46名無し神

いや、お前等やめろよ。セクハラだぞ、そう言う表現は避けろ。ところでこの妹さんとフェイはいつ性交するの?

 

47名無し神

表現が爆速ストレートで草

 

48名無し神

と言うか、妹キャラ多すぎだろ。アーサー、長身美女、ベータ、ガンマ、ユルルちゃん。

 

49名無し神

あ、ユルルちゃん元々末っ子だっけ

 

50名無し神

そうだね兄三人共犯罪者だけど

 

51名無し神

ユルルちゃんも何気に精神強い

 

52名無し神

ランキング気になるな……。勝手な憶測だけど精神戦闘力ユルルちゃん59くらいかな? 

 

53名無し神

アーサーはかなり弱そうだから13かね

 

54名無し神

ボウラン27

 

55名無し神

それでトゥルー43

 

56名無し神

メイちゃん5億くらいあるんじゃない? 世界最高魔眼無効化してるし

 

57名無し神

モードレッドちゃんもかなりあると思うよ、あの子も暗示とかその気になればいくらでも無効化できるって言うし……8億くらい?

 

58名無し神

フェイが17京くらいかね

 

59名無し神

だろうね

 

60名無し神

ケイは?

 

61名無し神

ケイはね……まぁ、76じゃない?

 

62名無し神

精神インフレが凄いな

 

63名無し神

まぁ、ケイ君の魔眼はマジでしょうがないよ。17京と5億だし。

 

64名無し神

因みにケイ君ってアーサーの兄?

 

65名無し神

ワイ神

 

66名無し神

せやな、あとサブ主人公でもあった。アーサー殺したらそのままケイ君の物語スタート

 

67名無し神

アルファちゃんもサブ主人公だったね。メイン主人公、アーサーかトゥルーが特別な条件で死んだらサブ主人公の物語に移行するって言うのが円卓英雄記だったわけだけど。でもこの世界ってゲームと似てるけど現実だからメインキャラが死のうが生きようが、サブの物語は起きるんだろうね

 

68名無し神

なるほどね。アルファたんが救われて良かったよ

 

69名無し神

因みに、ワイ神説明して、アルファちゃんどうなるか

 

70名無し神

多分、そろそろ新聖騎士が入って来るでしょ? 時間軸的にはそれからちょっとしたらアルファちゃん死ぬ。あの一緒に居たスガルも死ぬ。それで終幕。

 

71名無し神

え?

 

72名無し神

と言うか、アルファちゃんには死ぬしか選択しないよ。元々生きてるのが不思議なくらいの子だからね

 

73名無し神

あ、ネタバレはそれ以上辞めて貰います?

 

74名無し神

そうだな

 

75名無し神

そうか、新聖騎士くるのか

 

76名無し神

ワイ神、メンバーは?

 

77名無し神

ワイ知ってる。トゥルーのヒロイン二人来る感じになるわ。特別部隊に二人だけ配属する感じやね。あと、その少し後にマーリンと言うヒロイン候補も来るで。トゥルー君が闇落ちイベントみたいなときだけど

 

78名無し神

へぇー

 

79名無し神

ヒロインようやく登場か

 

80名無し神

あんまり出てなかったからね。ノベルゲーとしてのヒロイン候補は

 

81名無し神

と言う事はかなり大変やね。時間的にイベント考えると……新聖騎士→アルファちゃん死亡→トゥルー君闇落ち。

 

82名無し神

目白押しですね。

 

83名無し神

 フェイ君『いやー、大将。今日もいい鬱イベント入ってますね』

鬱イベント『好きなだけ食べてってよー!!』

 フェイ君『こんなに食べちゃっていいんですかぁ!?』

 

84名無し神

ちゃかすな

 

85名無し神

まぁ、フェイ君安心感違うけどね

 

86名無し神

せやな、フェイが何とかするやろ

 

87名無し神

俺としてはフェイの活躍みたいけど……モードレッドちゃんみたいんだけど。アリスィアちゃんも

 

88名無し神

この感じだと暫く来ないね

 

89名無し神

うゎぁぁ、モードレッドちゃんとアリスィアちゃん不足だよ

 

90名無し神

そう言えばモードレッドちゃんってかなり重要キャラらしいけど……

 

91名無し神

聖剣候補だっけ?

 

92名無し神

エクスカリバーフェイ抜けるかね?

 

93名無し神

原初の英雄に最も近い、体、細胞の適合が必要だから無理かね

 

94名無し神

フェイ意外と姑息だから。政権が刺さってる周りの土、上手に削って剣手に入れそう

 

95名無し神

いや、アイツはそんな事しない

 

96名無し神

それより、フェイは呪いの刀とか似合いそう

 

97名無し神

あるんじゃないの? そういうの

 

98名無し神

ワイ神あるんか? そういうの

 

99名無し神

あるにはある。ただ、自由都市……。バーバラちゃん退魔士だからその先祖様の刀あるらしいよ

 

100名無し神

へぇ

 

101名無し神

気になる

 

102名無し神

まぁ、まだまだ先って事でしょ。

 

103名無し神

取りあえず、新しい聖騎士来るって事でしょ。話はそこから

 

104名無し神

ワイ的に凄く楽しみやで

 

105名無し神

ワイ神が楽しみとは……

 

106名無し神

ヒロインの内、一人はずっと恥ずかしがり屋で仮面被ってる。それってゲームでも一度もお面取ることなかったら是非外して顔を拝みたい。

 

107名無し神

へぇ。そんなヒロインいるんやね。ブスやったらいややわ

 

108名無し神

それはないで、ランスロット聖騎士長様の娘やから。凄い美人さんらしいで。まぁ、その内死ぬけど

 

109名無し神

まじか……

 

110名無し神

あの子は来るの?

 

111名無し神

だれ?

 

112名無し神

ヘイミーちゃん

 

113名無し神

あ……来るかもね……

 

114名無し神

ヘイミーちゃん、出る所は結構出てて、へっこむ所はそこそこへっこんでるから凄い好き。何ていうかな。こう、丁度いい美人。偶に見ると興奮するタイプの女性と言うか

 

115名無し神

お前は何を言ってるんだ?

 

116名無し神

帰れ

 

117名無し神

ヘイミー神衛隊がそう言う発言ゆるさないよ

 

118名無し神

まぁまぁ、仲良くしましょ

 

119名無し神

そろそろキリが良いし、この辺で終わらせときますか

 

120名無し神

それでは次の配信で会おう!

 

 




次回はキャラが増えてきましたのでキャラ紹介を入れさせていただきます。


小説家になろう様に再投稿していますので、こちらのサイトでも、どうか応援よろしくお願いします。

https://ncode.syosetu.com/n4588hn/



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大雑把な人物紹介
大雑把な人物紹介


フェイ 性別 男

身長169㎝(15歳)(ここからさらに伸びる)

 

特徴

 

・前世では色んなアニメやらラノベやら読んでいて物語に出てくる主人公に物凄い憧れがある。しかし、彼が前世で読んでいた書物や娯楽はかなり『偏り』がある。前世では一般的な高校生であり、英語の授業中に外から暗殺者が狙撃してきたら、弾丸の横から滑らすように指を入れて勢いを殺さずベクトルを変えて相手の銃口に再び戻し銃を爆発させようなどどコッソリ考えていたなどを除けばごく普通の高校生である。

 

・神からノベルゲー円卓英雄記である『主人公ポジション』に転生させると言われたが実は『フェイ』と言う口が悪く上から目線でものを言う噛ませキャラに転生していた。しかし、当の本人は全くそれに気づかず今でも心の底から自身が主人公であると信じている。

 

・元々のキャラの特性である上から目線の口調が付随しており、勝手に言葉を翻訳してしまう現象が起きた。彼自身の精神力で無理やり変えることも出来たが、彼自身がクール系の主人公であると勘違いしたので特性が未だに残っている。

 

・基本的に考えていることがメタ的な要素が多い。しかし、そのせいでかなり勘違いしてしまったりを繰り返す。彼的にはマリアがヒロイン枠だと考えている。同時にマリアが偶に人格が変わったように話すことも気付いたり気付かなかったり。

 

・才能が剣技以外なく、剣技の才能も自身より上が多数いる中、努力系主人公だから理不尽はしょうがないと考えそれに則って行動をしている。徐々に敵も味方もインフレしていくが意外とついていけている。

 

・韻判定があり、韻を踏んだ場合は作者がそれをしてプレイヤーに対して、どんなキャラでも覚えやすいようにすることで、どんなモブキャラも覚えて欲しいという配慮であるという謎理論が頭の中にあるので韻を踏んだ場合はヒロイン認定はされない。

・等級は上げられるがユルルが上がらないなら自分もあげないと決めている

 

・などなど。

 

戦闘スタイル

・波風清真流剣術(良い感じ)

・身体強化(ダメ)

 

 

 

 

アーサー

身長151㎝ (17歳)B81/W55/H78 女性

 

特徴 

・円卓英雄記。メイン主人公

・人形みたいな顔、凄い美人。

・人に甘えたいし、甘えられたい。どんな形でも良いから好きな人と一緒にいちゃいちゃとしたい願望がある。

・才能が凄い。一を知って百を知る女。

・口下手な所がある。仲良くなったらやたら話しかけてくる。

・メンタルが凄く弱い

・実は既に五等級聖騎士に成っている

 

 

戦闘スタイル

・剣術。原初の英雄アーサーの剣技

・魔術

・光属性の魔術。広範囲。一対多数。一対一、どちらでもいける。闇属性を抑え込む、反発、消失させたりする作用が特にある。

・身体強化。星元操作が上手なので全体的に魔術精度がずば抜けている。

 

 

 

 

トゥルー

身長 171cm (15歳) 男性

・フェイが嫌味であった孤児院時代を知っているのでちょっと苦手意識がある。また、フェイの精神的本質の同族嫌悪、または異質過ぎることへの恐怖がある。だけど意外と尊敬している。

・円卓英雄記のメイン主人公。

・彼はかなりひどい目に遭う運命である。

・女性にかなりモテる。実は知らないところでモテている

・実は五等級聖騎士

 

戦闘

・剣術はかなり正統派を使う

・魔術。基本属性、火、水、風、土を使える。星元操作もアーサー並なので手札が非常に多い。特別部隊で強さならアーサーの次が彼である。

 

 

 

ボウラン

身長154㎝ B70/W52/H64 女性

特徴

・物凄い強気な態度が目立つ。弱い者が嫌いで強いものが大好き。強い者が好きなのは獣人族の強さを求める性質に似ている個所があるが、彼女は肉体的な強さと精神的な強さ、そして清潔な崇高さを求めている。

・認めたモノへの態度の軟化が凄い。アーサーは仲良くなったらコミュ障が改善してグイグイ来るので意外と二人の相性はよく、結構一緒に買い物とか行っている

・円卓英雄記では彼女も死亡する。本編では疲弊していくアーサーをかなり気遣っている描写があった。

・食いしん坊でご飯食べることが好き。基本的に恋愛とかに凄い疎い。髪もぼさぼさだったり身だしなみもそこまで気を使わない。

・最初は彼女が強かったがフェイと戦ったら今では全くかなわないほど差が付いている(フェイの方が強いという意味)

・七等級聖騎士になっている

 

 

戦闘スタイル

 

魔術

適正属性炎、水、土、無(才能アリ)

剣術(才能アリ)

 

 

ユルル・ガレスティーア 

身長151cm B93/W57/H84 女性

 

特徴

・銀髪、青い眼。柔らかそうな物腰と気品ある話し方は元々は貴族であるからである。兄三人が居て末っ子なのだが全員が犯罪者になり、父と母を惨殺、父を殺される瞬間を目撃、母親の死体を発見。貴族として没落して聖騎士となるが周りからの評価に悩ませられる。

・闇の星元に恨みの念を支配されて、教え子を襲ってしまい本当ならそのまま追放だが、フェイ君が師匠枠をそう簡単に外にやるわけにはいかないという判断から王国にずっといる。十二等級聖騎士である。

・フェイが好きだがヒロイン認定はされない。

 

 

戦闘スタイル

波風清真流 

身体強化

 

ランスロット

身長181㎝ 四十後半 男性

特徴

・おでこが出ている、白髪おじさんキャラ

・娘がいて、もうすぐ聖騎士に成る(フェイの後輩)

・聖騎士長、聖騎士で一番お偉いさん。過去にアビスの中でも最上位の個体を討伐実績あり!!

・超強い。しかし、魔眼は持ってない

 

 

戦闘スタイル

・剣術

・魔術は基本四属性全てに精通している

 

 

 

コンスタンティン

19歳 女性 

特徴

・機械的な話し方、金髪で長髪。体中に包帯を巻いている。

・眼は灰色

・行く当てがない所をランスロットが拾って、実力が高いので一気に副聖騎士に成った例外中の例外。

 

 

戦闘スタイル

剣術、魔術等を使う、正統派の戦い方。

 

 

 

 

 

ブルーノ・ノワール 女性

男装しているとき181㎝ していない時155cm ぺったん

 

・年は29歳

・一等級聖騎士。本当は女だがいろんな顔があった方が便利、それにプラスして小さい女だと舐められるので男装をしている。サジントにアーサーの監視をさせたり、色んな国の調査をさせたり汚れ仕事をしている。

・男装しているときはブルーノ、普段の姿はノワールと言われている。実力も凄い強い。

 

戦闘スタイル

・姿かたちを変えることが出来る

・魔術と剣術もかなり強い。

 

 

 

サジント

男性 179㎝

 

特徴

・ノワールに凄いこき使われている。アーサーの監視をしている。

・三等級聖騎士。元々は貴族の執事をしていた。年は28歳

 

戦闘スタイル

特に変わった点は無し。剣と魔術

 

 

 

 

 

エクター

女性 160㎝ 

特徴

・紺色の髪、赤い眼。白衣を着ている四等級聖騎士であり治療等を担当している。

・フェイが良く怪我をして訪ねてくるので意外とよく話している。

・年はユルルちゃんと同じ

 

 

 

マリア&リリア

女性 身長161㎝ B100/W61/H89 年は26歳

・円卓英雄記では報われないヒロイン枠

・現時点では26歳

・優しい聖母のような女性であり、元々聖騎士だった。恨みの念や自責の念が凄く強い。自分に気づいてくれたフェイが好きだが選ばれなくてもしょうがないくらいの気持ちもある。

・人格崩壊が過去にあったために二重人格者である。元々復讐者であったが今は孤児員のシスター

・フェイに後ろから強めに抱き着いて欲しいとひそかに思っている

 

 

 

アルファ、ベータ、ガンマ

女性 全員体型同じ 年は15歳 159㎝ B80/W58/H73

・全員永遠機関の実験体、父親がクズであり小さい頃から非道な目に遭っていた。ベータは脳を削られているために感情が薄い、ガンマはお腹から股まで引き裂かれ、アルファは????。

・紫の髪、灰色の眼。顔立ち、戦闘スタイルなども大体全部同じである。ベータとガンマはフェイの事が気になっているが韻判定を受けているのでモブキャラだと思われている。アルファは単純にフェイがヤバい奴だと分かっている。

 

 

メイ

女性 160㎝ 年は21歳 B84/W59/H77

・メイド

・フェイと感性が近い、フェイの影響をもろに受けて精神汚染受けた。

・自分の事をロマンス系小説主人公だと思っている

・ユルルちゃんの元、現メイド

・赤髪、黄色眼

・ショートヘアー

 

 

アリスィア

女性 154㎝ 14歳 B78/W58/H81

・外伝主人公

・トゥルー妹

・金髪、煽眼。肩くらいの髪の長さでツインテール

・才能マン、魔術剣術

・強気な性格

・料理上手

・主人公であり、他者の思い込み、巻き込まれ体質。周りから嫌われている

 

 

 

モードレッド

160㎝ 女性 B87/W57/H84

・変わっている

・戦闘狂。

・子百の檻メンバーを殺しまわっている

・戦闘以外何も愛せない体質で血以外に色を感じない世界に生きている。フェイが自身と同じ狂っている存在だと知って恋をしている。唯一の理解者であると感じている

・強さならアーサーより上

・フェイへの愛情はかなり凄い。

 

 

 

バーバラ

160㎝ 女性

・自由都市、最大レギオン『ロメオ』団長

・ラインの姉であり。優しくて都市では憧れ女性

・退魔士の末裔

・彼女はその内死ぬ(ゲームでの話)

 

 

ライン

175㎝ 男性

・バーバラの弟

・アリスィアの攻略対象ポジション(外伝)

・強くなりたい。姉を守りたい願望アリ

・退魔士の末裔

 

 

※退魔士とは……冒険者、聖騎士などが一般的になる前に魔物やアビスから人々を守っていた者達である。特別な一族で強いものが多い。

 

 

 

ケイ

173㎝

・アーサーの兄

・センの願い、魔眼などを持っている。世界最高峰の魔眼

・英雄になる為にアーサー、モードレッド、マーリンを殺そうとしている

 

 

謎の女性

・モルガンと言う兄を探している長身美女。目つきが悪い、誰かに似ているらしい

・男装をしているのは母親が旅をして異性から声をかけられるのを防ぐ為とか

 

 

モルガン

・謎の女性が探している兄。誰かは分からない

 

謎のジジイ

・ケイにアーサーを襲うように誑かした老人

 

モーガン

・謎のジジイと一緒に居た男。ローブを被っていて顔は分からない

 

 

 

 

モブ一覧

 

――ブリタニアモブ

 

エセ 糸目の関西弁キャラ。フェイと意外と話す。十一等級 (男)

 

カマセ 僕様一人称の小者キャラ。十一等級聖騎士 (男)

 

マルマル 五等級聖騎士、マリアと同期。先輩キャラ (男)

 

レイ 孤児院に居るトゥルーの幼馴染、村が無くなって一緒に孤児になった、トゥルーが好きだが……? (女)

 

アイリス 元々貴族だが没落して孤児院に居る。トゥルーが好き (女)

 

グレン 赤髪の赤い眼、熱い奴、戦闘になると冷ややかな口調になる(男)

 

フブキ 青髪煽眼、クールだが戦闘になると暑い奴になる(男)

 

レレ 孤児で目が見えない。マリアとフェイを両親的な存在だと思っている(男)

 

トーク フェイの眼を奪ってしまった。でも、期待をされて急成長をしている(男)

 

 

――自由都市モブ

 

ポテラ ロメオの幹部、ハンマー使いのジャガイモ顔(男)

 

トリテン ロメオの幹部 鳥顔とさかへあー 双剣使い(男)

 

アルデンテ ロール髪 ロメオ幹部(女)

 

フェルミ おばさんでロメオ元団長。モードレッドが貴族であった時の執事。バーバラも尊敬している、義眼を作っても居る(女)

 

 

――フェイ君にやられた人たち

 

カイル 五感を奪う…‥第六感で動かれて死亡

 

スガル 言霊使い……鼓膜破るほどの大声で敗れた

 

ライ  顔を変えてマリアを襲う。フェイの腹部を刺したが主人公は刺されてなんぼであるという解釈でぼこぼこにされた

 

ケイ 暗示が効かない、完全な動き予知、星元使えない、アーサーからの連戦で敗れた

 

デラ ヘイミーを襲ったやつ、序盤で出て来たからそう簡単に死なないだろうというフェイの考えからの余裕の深読み、又はフェイには暗示効かないのでフェイから逃げた。龍蛇の魔眼を持っている。バーバラの父から奪った。ユルルの兄達に闇の星元を植え付けたのも彼である

 

 

マレ 精神へのダメージを与える魔剣を持っていたが、フェイには効かなかった。

 

……等々




大雑把な人物紹介です。これからも宜しくお願い致します。


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第七章 トゥルー覚醒編
43話 次世代


 王都中に居る国民達、全てがバタバタとずっと急ぎ足のように浮足立っている。子供達はワクワクを抑えきれずに城下を駆け抜ける。

 

「とうとう、明日だぜー」

「平和を願う祭典だー」

 

 

 ブリタニア王国では一年に一度だけ、平和を願う祭り事が催される。死んでしまった騎士を弔う為、これからも勇敢に戦いに望む騎士を称える為、様々な理由が交差する祭典。

 

 国民も聖騎士も貴族も、王族も全員で祝う式典を楽しみにしている者は多い。特に子供は出店が出るので美味しい物を楽しみにしている。

 

「わーい、わーい」

「祭りだ」

「祭りだ」

 

 

 そして、彼ら以外にも大はしゃぎする者が居る。

 

 

「なぁなぁ、聖騎士はパーティーに出るんだろ? そしたら、アタシ、滅茶苦茶、肉とか食べられるんだろ?」

「そうかもね」

「よっしゃー!」

 

 

 年齢的には今年で16歳になり、大人びても良い年頃であるというのに、ボウランはそのような気配を出すことなく只管に喜びを前面に出していた。彼女の隣にはいつもと変わらず、無機質のような表情のアーサーが歩いている。

 

 

「アタシ凄い楽しみだな! アーサーは楽しみか?」

「……まぁ、少しだけ」

「だよな! 肉とかどれだけ食べられるかな?」

「……ワタシは肉より、ダンスが楽しみかな」

「ダンス? そんな食べ物あったっけ?」

「踊りのこと、食べ物じゃない」

「ふーん」

 

 

 一気に興味を無くしたようにそっぽを向いてしまうボウラン。だが、反対にアーサーは頬を赤くしていた。ブリタニアで行われる祭典で行われるダンスにはとある言い伝えがあるからだ。

 

 

(ダンスをした、男女ペアは結婚するっていう言い伝えがあるらしい……)

 

 

 風の噂で彼女はそれを初めて聞いたとき、真っ先にフェイの顔が浮かんだ。彼女は自身が彼に気があるという事には前々から気付いていたが、最近のケイとの激闘でその想いがより鮮明になった。

 

 

 世界が忘れても、たった一人……厳密に言えば二人だが、忘れずにいてくれた人。救いを差し伸べてくれた事が何よりもうれしかったのだ。

 

 

(踊って、その後に告白されたらどうしよう……ワタシ、厄介事多いけど……フェイなら気にしないよね……)

 

フェイの事を考えてしまって、ニヤニヤしてしまうアーサー。普段の顔とは全然違うニヤリ顔にボウランが気付いた。

 

「お前、なんでにやにやしてるんだ?」

「なんでもない」

 

 

 ボウランにそう言われると、すぐさまいつもの無表情に早変わりをするアーサー。二人はそのまま騎士団本部である円卓の城に向かう。

 

 

「ワタシ達、祭典のお手伝い頼まれてるけど……なにするんだろうね」

「さぁ、アタシも詳しくは知らないけど……ご馳走の味見とかなら嬉しいな!」

「全部それだね」

 

 

 アーサーはボウランって食いしん坊なのだなと改めて感じた。

 

 

 

◆◆

 

 祭典の熱気が包む王都から少し離れた三本の木の場所。そこではいつものようにフェイが素振りをしていた。彼は祭典だからと言って浮足立つことはなく、虎視眈々と日常をこなす。

 

 

 修行修行修行、彼の頭の中にはそれしか無い。

 

 

「フェイ君ー!」

 

 

 修行を続ける彼の元に一人の女性が駆け寄る。ユルルは手を振りながら、いつものようなニッコリ笑顔をフェイに向ける。

 

 

「今日もフェイ君の好きなハムレタスサンド作ってきたので、是非食べてください。ほら、修行は一旦中断してください」

「……」

「一度休んでごはん食べて、そしたら私と一緒に修行しましょう」

「そうか」

 

 

 ユルルの言う事は素直にきくフェイ。彼は地面に座り、ユルルから貰ったタオルで汗を拭きながらハムレタスサンドを食べる。ガツガツと大量に貪る彼を見ていると幸せな気分になり、彼女からは自然と再び笑みがこぼれた。

 

 

 ある程度、フェイの食が進むと彼女はわざとらしく咳払いしながらとある事を聞き始めた。

 

 

「あー、その……そう言えばもうすぐ祭典がありますよね! フェイ君も出るんですか? 聖騎士はほら、円卓の城で集まったりするのは知ってますよね?」

「そう言えば、そんな催しがあったな」

「フェイ君、誰かと一緒に行ったり、踊ったりしますか? いえ、全然深い意味はこれっぽっちもないですけど……」

「興味ないな。俺はそれよりも――」

「――修行ですよね! フェイ君らしくて安心しました!」

 

 

(よかったぁ……。こっそりマリアさんと踊る約束してたとか言われたら……多分私、大泣きしてた……)

 

 

「お前の言う通り、修行だな」

「ですよね。でも、あれですよね……ずっと修行と言うのも、あれですよね。偶にはそういう体験とかしても良いかなっても思います」

「そうか」

「もしよかったら、私と一緒に祭典、周りませんか?」

「……」

「あ、嫌でしたら、別に……」

「構わないが……」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ、別に構わない」

「や、やったぁ。じゃ、じゃあ、祭典の日、お昼に銅像の前で……」

「分かった」

 

 

(ふぇ、フェイ君がこんな誘いに乗ってくれるなんて……もしかして私のこと……。いや、それともただ単に師匠がリラックスした方が良いと言っているから弟子としてきいておこう見たいな感じなのか……どっちなのかはわかりませんが……)

 

 

(一緒に行ってデートして、もしかしたら考え方とか変わるかも……そのまま流れで踊りとかして言い伝えが本当になったりして……)

 

 

 

(最近、アーサーさんも積極的になっているように見えるし……私も好き……だから、ちょっとだけ大胆な事をしてみよう!)

 

 

 

彼女は決意した。好きな人に少しずつアプローチをしていくことを。

 

 

彼女以外にも様々な思惑を持つ者が居るが……日が過ぎていき……そして、祭典の日がやってきた。

 

 

◆◆

 

 ユルルは着ていく服を部屋で悩んでいた。数少ない私服の中からこれが似合うのか、あれが似合うのか、彼女は検討を何度も繰り返す。

 

 暫く、考えていると白のワンピースを選んでそれを着込んだ。よしと納得をして彼女は部屋を出ようとする。すると、丁度部屋のドアが開いた。

 

「お嬢様、ただいま帰りました」

「おかえり、メイちゃん」

「申し訳ありません。少し、外は騒がしく、帰りが遅くなってしまいました」

「謝らないでよ、全然メイちゃん悪くないし」

「そうですか。あ、お嬢様、飲料水などを買ってきました。あちらに置いておけば宜しいでしょうか?」

「ありがとう、そうしてくれるかな」

 

 

 メイが購入してきた飲料水を並べる。その後、メイはユルルを見ていつもと違う格好であることに気付く。

 

「いつもは訓練着とか、団服しか着ないお嬢様が……剣しか振ってこなかったお嬢様がオシャレをするなんて……お熱ボンボンですか?」

 

 メイはユルルの額に手を当てて、もう片方の手を自身の額に当てた。メイの表情は少しニヤニヤしており、からかわれていることを彼女は察した。

 

 

「からかってるのよね」

「はい」

「もぉ! 怒るよ!」

「申し訳ありません。メイドジョークでございます。もしかしなくても、フェイ様とご一緒に祭典を回られるのですか?」

「そうなんだ……私……」

 

 

 そこまで言って彼女はこのまま自分がフェイと一緒に回ったら、メイが一人ぼっちになってしまうかもしれないのではないかと気づく。

 

 

「メイちゃんも誘おうと思ってたんだ! 一緒に行こう! 祭典!」

「……いえ、メイは」

「いいからいいから! 元からそのつもりだったし!」

「さようでございますか」

「さようでございます! ほら、一緒に行こう! あ、服は……いつもと同じメイド服でいいの?」

「メイはいつでもメイド服が着たいのでお気になさらず」

「そっか、じゃ、行こう!」

 

 

 ユルルは手を引いて、メイを連れて走り出す。外は活気づいており、出店の種類もいつもより多い。子供が彼女達の側を駆け抜けていく。

 

「一緒に以前、祭典に来た時を思い出しますね」

「あー、そう言えばメイちゃんと周ったっけ」

「はい、お嬢様が肉串を落として、大泣きをして、それを見かねた店主がサービスでもう一本肉串をくれたのは良い思い出です」

「そう言えば、そうだったね……」

「あと、芋揚げを落として不貞腐れて、もう何も食べないと言って大変でした。機嫌を取るの」

「……私って昔ヤンチャだったよね」

「はい。かなり」

 

 

 雑談をしながら歩いているとユルルがフェイと待ち合わせをしている銅像の場所に到着をした。

 

 

「来たか」

「フェイ君、遅れてごめんなさい」

「謝る必要はない。俺も今来たところだ。それに……お前も来たのか」

「申し訳ありません、ご迷惑でしたか?」

「そんなことはない」

 

 フェイはそう言うと一人ですたすたと歩き始めた。腕を組みながら殺風景のような顔で彼女達の前をフェイは歩く、そんな彼を後ろから見てメイはユルルの耳にコソコソ話をし始めた。

 

「前々から思っていたのですが……フェイ様は馬鹿真面目な方ですよね」

「やっぱり、メイちゃんもそう思う? この間ね、フェイ君の星元操作向上の為に騎士団の図書館で魔術本を探してたんだけど……貸出資料を見たらフェイ君の名前沢山あったんだ……。剣術の本とかも……」

「暇があればそういうのを読んでいるのですね……。真面目……、待ち合わせもメイ達より前に来てましたし」

「フェイ君約束あると必ず、私より前に来てるよ。義理堅いし、親切だし、一緒に居るとただ怖い見た目の人じゃないって凄く分かる」

 

 

 ユルルとメイは眼の前のフェイを見て、互いの想いを述べた。フェイはその会話の内容に興味はないらしく、只管に前を歩きながら祭典を回る。

 

 

「あ、フェイ君、あのお店のハムレタスサンド、特別に味が変わった物が売られているらしいですよ」

「……ふむ」

 

 

 フェイが興味を持って足を止め、二人も彼に追いつく。すると、そこへ二人の聖騎士の影が踏み入った。

 

 

「おいおい、記念すべき祭典に、あのガレスティーア家の四女が居るのか」

「何故堂々と歩けるのか、理解に苦しむわね」

 

 

 嘗て、ユルルの兄達が起こした大罪を未だに根に持つ者達。一人は男で一人は女。それがユルルにちょっかいをかけた。

 

「……ご、ごめんなさい」

「……お嬢様」

 

 

 ユルルは先ほどまでの笑顔から冷めきって、息を飲んで俯いてしまった。それを見て、メイは目線を鋭くするが眼の前の聖騎士二人はどこ吹く風で侮蔑の眼差しを向け続ける。

 

 

「いつまでたっても、十二等級から上がれない落ちこぼれが――」

 

 

 もう一度、聖騎士の男が彼女に心無い言葉を向けようとした次の瞬間。その男、そして、一緒に居た女の聖騎士は身の毛がよだった。それほどまで寒くはない気温であるのに、真冬にいるかのような気味の悪い状態になった。

 

 

「――消えろ。お前達もこの祭典が自身達の血祭りになるのは本意ではあるまい」

 

 

 ライオンに遭遇したシマウマのように二人は逃げて行った。

 

「お前も直ぐに謝るな。お前の悪い癖だ」

「……ご、ごめ、あ、いえ。ありがとうございます」

「……行くぞ」

 

 

 ユルルにそれだけ言うとフェイはハムレタスサンドを買うために出店の列に並んだ。その後、三人でパンを食べ、時間を潰し、日が暮れ始めた。

 

 

 

◆◆

 

音楽隊が王都を回る。有名な音楽隊であり、ブリタニアの王はそれを呼び寄せて音楽を奏でさせる。これにあわせて踊りを踊ることで特定の異性は結ばれるという言い伝えがあるのだ。

 

「フェイ君、踊りませんか?」

「……構わん」

 

 

 二人きりのデートで無かったが彼女はそれで満足であった。そして、そこにいたメイもついでに踊り、祭典は終わった。その後、祭典巡りを終えて、フェイは修行馬鹿であるので一人で再び剣を振って時間を潰す。

 

 日を跨ぐほどまで深夜まで剣を振り孤児院に帰った。フェイが孤児院に入ると中は静まり返っていた。それもそのはず、深夜であるので起きている者が居るはずがない。

 

 

 

「ふぇい」

 

 

 だが、レレは起きていた。食堂の椅子に座ってフェイが帰っていたことに気付く。眼は見えないが、いやそれ故に彼は心の眼が育ちつつあった。

 

 

 そして、彼の隣にはマリアも寝間着に着替えて座っている。

 

 

「お帰りなさい、フェイ」

「……なぜ起きている」

「ふぇいをまってた! まりあがふぇいとおどりたいって!」

「え!? そ、そんな事言ってないわよ!? レ、レレが今日は眠れないからフェイの帰りを待つって言って……」

「ふぇい! まりあはすなおになれないだけ!」

 

 

 レレは余計な事かと思ったが、マリアの為に余計であっても世話をしようと決めていた。レレは今日の朝にあることを聞いた。

 

 

『まりあはふぇいとおどりたいんじゃないの?』

『……え、えっと』

『まりあ、すなおになって! ぼくしってるよ! まりあがふぇいをすきだって!』

『……気付いていたのね。でも、私はフェイが幸せならそれでいいかなって思うの。フェイ自身が本当に踊りたい人と踊ればそれで……そんな気持ちを私は大事にしたいから』

『まりあのきもち! わかった! よけいなことはしない!』

『約束よ』

『うん! やくそく!』

 

 

「や、約束は……どうしたの?」

「ふぇい! さそってあげて! ぴあのならぼくがする!」

 

 

 レレがピアノを指さす。ゆっくりそこに向かってピアノの席に着いた。

 

 

「……踊るか、俺と」

「……いいの、(わたし)で?」

「……別にお前を拒む理由もない」

 

 

 

マリア(リリア)はフェイを手を取った。彼女の顔は子供のようでもあり、大人のようでもあり、美しかった。レレのピアノの音階が二人を包んだ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 スタッツの村という村がある。人はさほど住んでおらず、住んでいる者達は全員平民だ。

 

「本当に行ってしまうのね……ヘイミー」

「うん。お母さん……私、聖騎士に成って沢山の人を救いたいの」

「へ、ヘイミー……私達はなんていい子を産んだのかしら。ねぇ、貴方?」

「これもあの時、助けてくれた聖騎士様たちのおかげだな。母さん」

 

 

 スタッツの村、その出入り口に全ての住民たちが集結している。彼等はたった一人の少女の門出を祝っていた。

 

 その少女の名はヘイミー。本来のノベルゲーでは死亡するはずであった彼女はフェイに救われた事で生きながらえた。そして、聖騎士に成る決意を固めていた。

 

 黄色の綺麗な髪、それが肩にかかるほどの長さ。髪と同じで綺麗な黄色の眼。アーサー、ユルル、マリア等と比べて、派手さはないとも言えるかもしれないが……。顔立ちが整っているという事には変わりない。出る所はそこそこ、引っ込む所もちゃんと引っ込んでいる体型。

 

 

「それでは行ってきます!」

 

 

 彼女は村を踏み出した。そして、王都ブリタニアに向かって走り出した。

 

 昨年フェイ達が行ったように、今年も聖騎士の試験が始まる。聖騎士に新たなる世代が現れようとしていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 マリアが夕飯の買い出しをしていた。彼女の足取りはいつもよりも軽い。

 

(ふふ、フェイと踊っちゃったなぁ……。もしかして、このまま言い伝え通りに成ったりして……いやいや、そんなこと)

(そんなことあるよ!! わたしはこのままグイグイ行こうと思ってる!!)

(で、でも、いいのかな……)

(いいんだよ! ぐいぐいいこう!!)

(ふふ、そうかもね……。意外とフェイと上手く行ったりするかも……なんてね)

 

 彼女の中にいるリリアがマリアに話しかける。マリアは遠慮しているが、実はかなりフェイと良い感じになってきているのではと思っていた。そして、気分よく売店を巡って歩いていると偶々同じく買い出しをしていたユルルとメイと遭遇をした。

 

「あ、マリア先輩」

「ユルルさんにメイさん、こんにちは」

「どうも」

 

 

 ちょくちょく遭遇する三人だが、全員フェイが気になっているという共通点がある。そして、更に偶々フェイがそこに現れる。それに全員が気付いた。

 

((((あ!))))

 

 

マリア&リリア、ユルル、メイが気付いた。全員話しかけようとした次の瞬間、

 

 

「せんぱーいぃ!!!!」

 

 

フェイと黄色の髪の少女が激突した。そのまま流れるようなハグでフェイに抱き着く。ユルルは思わず口を開けてしまった。くちから魂が出てしまう位衝撃があったからだ。

 

 

(ま、また別の女の人……フェイ君……一緒に踊れたから良い感じになれると思ってたのに。所詮迷信だったんですね……)

 

 

 踊ったのに結ばれるどころか、更に遠ざかった様な気がして効果のない踊りの迷信に彼女は怒った。それは彼女だけでなく、マリア&リリアも同じであった。彼女達はフェイに抱き着いた女の子を観察するためにコッソリ隠れて盗み聞きを始めた。

 

 

「先輩、先輩! 私のこと、覚えてますか!?」

「……以前、スタッツの村にいた女か」

「そうです、そうです! 覚えていてくれるなんて……すっごく嬉しいです! 私!」

「……そうか……それより、離れろ。鬱陶しい」

「すいません! 先輩に会って感極まってしまいました!」

「……そうか」

「私、先輩に助けてもらって、先輩みたいに立派な聖騎士なろうと思えました!」

「……そうか」

「あ、そもそも先輩って呼んでもいいですか? それともフェイさんって呼んだ方がいいですか?」

「好きにしろ……」

「はい! 好きにします!」

 

 

(いや、すごい話しかけるッ、あの子!)

 

 

ユルルは陰から隠れて、フェイの側に居る謎の女(ヘイミー)に驚愕をしていた。いつも彼女も自身から話しかけることはあるが、フェイは反応が薄いので会話が途切れたり、沈黙になることが多いのだが、

 

その子はずっと、マシンガントークでフェイに話し続ける。そのことにユルルは驚愕を隠せない。

 

 

(というか……ちょっと、あの子、あざとくない……? 一々上目遣いとか、胸元とかチラチラ見せてる様な……き、気のせいかな?)

 

 

ユルルは何とも言えない気持ちになった。

 

 

(わたし! あの子嫌い!)

(そ、そんなこと思っちゃダメよ……)

(マリアだって、わたしのふぇいに色目使いやがってとか思ってるでしょ?)

(そ、そんなこと……)

 

 

リリアもマリアもあまりヘイミーを好きになれそうにはなかった。あざとさがどうにも二人に合わない。

 

 

しかし、メイは好きになれそうだった。

 

 

(はいはい、またフェイ様は女をひっかけるのですね。まぁ、メイが一番ですけど)

 

 

「先輩、もしよかったら試験会場まで案内してくれませんか? 私、ここ、初めてで全然分からなくて」

「……試験ならあのデカい城が騎士団の本部だから、迷う事はないだろう。一人で行け」

「……はーい。分かりました! では、あとで一緒にお昼食べませんか! あの時の御礼がしたいです」

「そんな必要はない」

「いえいえ、是非!」

「……気が向いたらな」

「はい! では、あとで!」

 

 

フェイは背を向けて、ヘイミーの元を去って行った。彼が去ると、彼女はぼそりと小声でつぶやいた。

 

 

「流石に、あざとすぎたかな……。いやでも、あれくらいインパクトあった方がいいよね」

 

 

 

そんな彼女に忍び寄る影があった。

 

 

「初めまして」

「……貴方は?」

「メイと申します。実は今、フェイ様と話している声が聞こえてまいりまして、もしよろしければメイが試験会場まで案内しましょうか?」

「……先輩と知り合いの方ですか」

「はい」

 

 

メイはちょっと、面白そうだからちょっかいかけてやろうくらいの感じだった。それに、一応本当に迷っているなら案内をしてあげようという善意もあった。

 

「いえ、ダイジョブです。先輩に聞いたので、ありがとうございました」

 

 

しかし、あっさり断って彼女は去った。ヘイミーは歩きながら頭の中でフェイの事を考える。

 

 

(もしかしなくても、先輩ってモテるんだろうなぁ……さっきのメイド服姿の人も、顔良いし……スタイルも凄く良い……)

 

 

(私って、顔立ちは整ってるって、よく言われるし、親にも可愛い可愛いって言われて育ったから……美人に入るけど、地味に見えなくもないんだよなぁ……)

 

 

(スタイルも割と普通だし……先輩の周りにあんな人多そうだし……)

 

 

(先輩の競争諦めて……なーんて考えてる暇はない。劣っているなら他で補うまで!!!!!!)

 

 

(ふふふ、最初の顔合わせで、失禁まで見られてるから今更あんまり恥じらいとかはないからね、私!!)

 

 

(先輩もそんなこと気にする器小さい人じゃないし! グイグイ行こう! もう、一番グイグイ行こう! ここに来るまで一年で遅れてるからね!!)

 

 

(聖騎士に成る為に、ずっと一年間勉強してきた。訓練も凄いしてきた。正直、聖騎士に成って先輩の可愛い後輩でグイグイ行くことを専念したかったから)

 

 

(魔術ってやってみると意外と簡単だったし……。剣術はまぁ、指南書見てたらある程度出来るし……)

 

 

(今年学ぶことあるかな私。面倒だから、仮入団飛ばしてくれないかな……。正直、先輩に会いたいだけで聖騎士なろうと思ったし。人の役に立ちたいって両親に言っちゃったけど……、まぁ、人助け出来たらそれはそれでうれしいけど……先輩とラブラブしたいから聖騎士志願が魂胆なんだよね……)

 

 

(村の人たち、全員凄い応援してくれるからちょっとそこだけ気が引けるなぁ。まぁ、先輩関連は引かないけど。お母さんとお父さん一番応援してくれたから、騙したことだけは申し訳ない。でも、お母さんとお父さんは、運命の相手連れて行けば問題なし!! 娘の幸せは親の幸せって言うもんね!! うんうん、問題なし!)

 

 

(取りあえず、聖騎士の試験は合格しないと……落ちる気はしないけど)

 

 

 彼女は聖騎士の試験会場に向かった。

 

 

 

――無事にヘイミーは聖騎士の試験に合格し、フェイと同じく特別部隊入りを果たした。

 

 

 本来なら、トゥルーのヒロインとなる二人の女性だけが特別部隊に入る予定だったのだが、ヘイミーが加わり三人となった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 見当たす限り赤が一面に広がっている。とある小さな家の中。壁にも戸にも、床にも誰かの血が池のように溜まっていた。声が出ない。

 

 驚きが頭の中に湧いた。それだけがあって、悲しさや同情が湧いてこない。胃がキリキリと負担がかかるような血の匂いが何故か心地よいとすら感じた。

 

 

 彼はその後も村を回った。誰かが生きていないのか、もし、この村を誰かが襲ったのであるならば生き残りを保護しないといけないと感じたからだ。戸を開けて外に出ると人が沢山倒れていた。

 

 全員血が溢れて、死んでいた。

 

 彼は、無くなった者達を弔った。自身の母と妹の死体も弔った。

 

「トゥルー……」

 

 

 レイ、という少女が彼に話しかける。村で生き残ったのは彼女とトゥルーだけであった。彼女にも自分にも血がべったりと付いており、地面に埋める時に多大に付着した後があった。

 

 

「……誰がこんなこと…‥」

「私、少しだけ見たわ……真っ白な誰かが……殺してたの。髪も肌も粘土細工みたいに真っ白な誰かが……」

「……そうか」

 

 

 そこでプツリと夢が消えた。だが、夢から覚めたわけではない。今度は誰かが彼の前立っていた。真っ白で気味の悪い人影。

 

 

 肌は人とは思えぬほどに白で、髪も白い。

 

 

『……クク、そろそろだ。ようやく、血が消える』

『誰だ……お前』

 

 

 トゥルーがその人影に聞いた。

 

 

『誰だ? おいおい、ずっと一緒に居たのに、そりゃないだろ……。まぁ、分からなくて当然だなぁ……』

『誰なんだよ……お前ッ』

『いずれ分かる、ようやくお前の妹の血が消えるからなぁ』

 

 

 

 嗤った。人影の顔はトゥルー自身に酷似しており、最後にそれだけ言って消えた。

 

 

「……ッ!!!! な、なんだ……今の夢……」

 

 

 

 眼が覚めた。長い悪夢から解放されたトゥルーはベッドから身を起こす。全身から大量に汗が噴き出しており、目覚めも最悪。

 

 

「夢……ただの夢だよな……」

 

 

 譫言のように呟いて、自身に言い聞かせる。先ほどのはただの夢であると、ほんの少しだけ悪い夢を見て目覚めが良くないだけなのだと。

 

 

「寝よう……。こんな時間におきるなんて僕らしくない。ダイジョブ、ただの夢だから寝れるはずだ」

 

 

 いつものように寝ようと思ったが眠れない。規則正しい生活を心がけているトゥルーは寝ようと思ったらすぐに寝れるのだが、その日だけはそれが出来なかった。ベットから起き上がって、部屋を出る。

 

 

 そのまま外に出て、夜風に当たりながら王都を一人で歩いた。深夜なので人は殆ど外にいない。偶に王都警備をしている聖騎士に出会うだけだ。

 

 彼は只管に王都を回る。少し動けば眠くなると思っていたが眠くならない。彼が歩ているととある場所に向かう。とある三本の木が生えている場所が丁度見え始める。

 

 そこには長い黒髪のとある少女が熱心に剣を振っていた。こんな遅い時間に剣を振っているだなんて……とトゥルーは驚いた。

 

 そして、こんな時間に女の子が訓練をするのは危ないのではないかと感じた。少しだけ声をかけようと彼は思った。

 

これは円卓英雄記のイベントの一つである。少女の名はエミリア。腰まで伸びた黒髪に赤い眼。スタイルは絶壁で小振りであり、目つきが鋭い女の子。性格も凄い自己中心的で不遜な態度が目立つ少女だ。

 

今年、特別部隊に入隊した聖騎士であり、ヒロインの一人である。

 

 

 イベントでは夜遅くにエミリアが一人で剣を振っているので、眠れないトゥルーが話しかける。そして、余計なお世話ねと言われるのだが……そこでエミリアはあることを思い出す。

 

 

 トゥルーとどこかであった様なそんな気がすると顔を合わせて気付く。そんな感じでファーストコンタクトをして、ヒロインと主人公の関係性なので好感度も少し上がるのだが……

 

 

 

 トゥルーはあることに気付いた。エミリアの隣で、一人の聖騎士が剣を振っていたのだ。黒髪に黒目のお馴染みのフェイである。

 

 トゥルーはフェイを見たらなんだか考えは変わった。

 

 

(こんな時間に訓練をするとか危ないって言おうと思ったけど……まぁ、別に夜に訓練をするとか普通だよな……? フェイも全然普段孤児院に帰ってこない事もあるし……あの子の訓練を邪魔するのも悪いな。帰ろう)

 

 

 

(あいつの顔見たら、なんか冷静になったな。帰って寝よう)

 

 

 

トゥルーはイベントを目の前にして、孤児院に帰って眠りについた。

 

 

 

◆◆

 

 

 エミリアは剣を必死に振っていた。彼女の表情は曇っており、同時に怒りをもにじませていた。その理由はたった一つ、今日の試験でのことだった。彼女はとある黄色の髪を持つ少女と戦ったのだが、その少女が思ったより強かったからだ。

 

 剣技だけの勝負であったがほぼ引き分け、であった。

 

 自身は強いと思っていたのに、自身の遥か先を行く存在は沢山いる。更に聞くところによれば最近トレーニングを始めて一年くらいしか経ってないとかすら言うのだ。

 

 そして、試験に居た仮面をかぶった少女。周りの話からすると聖騎士の娘であり、多大な才能を持って居るらしい。

 

 

 

(私は強くならないといけない。私の中の何かに負けない為に……)

 

 

 エミリアは幼い時から自分の中に邪悪な何かを感じていた。それに負けないように己を鍛えていた。トレーニングも多大に積んだ彼女は己の強さに自身があったのに今日、それが僅かに揺らいだ。

 

 その強さへの揺らぎを彼女は許せない。

 

 

 己が揺れれば、自身の中の何かにすぐに侵食されそうになるからだ。そんな気がするからだ。

 

 だから、彼女は己を鍛えるために剣を夜遅くまで振っていたのだが……。

 

 

「ねぇ、貴方」

「……なんだ?」

 

 

 彼女はずっと気になっていた。王都の三本の木がある荒野のような場所でずっと剣を振っている先客がいたからだ。

 

 

「ここは私の場所よ。悪いけど、気が散るから他の場所に行ってくれるかしら?」

「……貴様の考えなど知らん。集中できないからお前がされ」

「……なによ。私はね、朝からここの場所が良いなって思ってたの。だから、先客の私の言う事を聞きなさい」

「俺は一年前から、ここで剣を毎日振っている」

「え? あ、そ、そうだったのね……」

 

 

 

(……そう言われると私が去った方が良いのかしら。いや、こんなことで引け腰になっていてはダメね)

 

 

(私は強くなりたい、私は誰よりも努力をしている……ダイジョブ、私は強い、私は強くなる……。誰にも負けない、引かない)

 

 

(――自己中心を掲げましょう)

 

 

 

 彼女は本当は気が弱い女の子なのだ。だが、それを無理にやめて強がらないと生きていけないのだ。

 

 

 

「そう、でも、私はここで一人で素振りをしたいの。どっかに行ってくれるかしら?」

「……」

 

 

(無視? え? 無視? 流石に……失礼過ぎて怒っちゃったのかしら?)

 

 

(……まぁ、いいわ。私は己の事だけ、自己中心的に生きましょう)

 

 

自己中心的に行動をする、自己中心、己をの事だけ、それは彼女の口癖であり、生き方である、彼女は他者に気を使う余裕もないのだ。

 

 自分だけの訓練を考えて、もう一度剣を振り始めた。いつしか時間飽きて去っていくだろうと思って剣を彼女は振った。

 

 

 

 しかし、彼女の眼の前の彼はずっと剣を振った。そろそろ帰るだろうと思っていたら、ずっと居る。

 

 

(な、なんなのよ……コイツ……今日の試験相手も変な奴だったし……ここ変な奴多いのかしら)

 

 

 

 結局、朝まで二人で剣を振った。

 

 

 

◆◆

 

 

 いつものように剣を振っていたら、いつもとは違う女の子が居た。誰だ? 新キャラかな……?

 

 そろそろ聖騎士が新規メンバー募集するって聞いたし、多分そうだろうな。

 

 凄い、頑張って剣を振っているな。関心関心。

 

 先輩って言われるのかな? 今日の朝、久しぶりにヘイミーと会ったけど……。平民のヘイミーだから覚えやすいから覚えていた。

 

 

 この子は……新キャラっぽいよな。どういうのか知らないけど……。取りあえず俺は剣を振る。

 

 修行をしよう。そのうちこの子のキャラは分かるだろうし……とか思っていると

 

 

「ここは私の場所よ。悪いけど、気が散るから他の場所に行ってくれるかしら?」

「……貴様の考えなど知らん。集中できないからお前がされ」

「……なによ。私はね、朝からここの場所が良いなって思ってたの。だから、先客の私の言う事を聞きなさい」

「俺は一年前から、ここで剣を毎日振っている」

「え? あ、そ、そうだったのね……」

 

 

 凄い自己中心的な子だな。それに我儘。去年のボウランを思い出す。いきなり雑魚とか言って来たし、そう考えるとボウランに比べたらまだましだな、この子。

 

 

 それに自己中心的な子って言うのもさ、しょうがない気もする。そろそろ騎士団メンバーのキャラが多くなって来たし、差別化の為に多少尖ってないと覚えにくいよな。

 

 主人公の俺はずっと本の表紙とかに居るからさ。皆覚えてくれるけど、他のキャラは物語が多く進んでキャラが増えれば増えるほど、覚えるのが大変なのだ。出番も減って行くからね。

 

 

 だから、俺は広い心で彼女が生意気でも我儘でも怒らないぜ。

 

 

 自己中心的でもしょうがない。

 

 

 俺は世界の中心、俺の心臓の鼓動が一回脈打つごとに世界の時計が動いているくらいだからさ。広い心を持って、トレーニングに集中しよう。

 

 

 それっきり彼女は俺に話しかけてこなかった。ずっと俺も彼女も剣を振り続けた。努力する姿は嫌いじゃない。

 

 俺はその子が意外と気に入った。

 

 

 

◆◆

 

 

 時間は数日前に戻る。王都ブリタニアのとある飲食店でアルファはベータとガンマを慰めていた。

 

「ほら、元気出しなさいよ……。祭典でフェイと一緒に踊れなかったのかもしれないけどさ……来年とかあるじゃない」

「ガンマはフェイと踊りたかったのだ……」

「……sad」

 

 

ガンマもベータも祭典の日に一緒に踊ればいい関係なれると信じていたようだった。

 

 

(……凄い落ち込んでるんだけど……それに隣でも)

 

 

「フェイと、踊れなかった……」

「げ、元気出せよアーサー、アタシが肉奢るからさ」

 

 

(あれ、アーサーとボウランだったかしら? 同期だから覚えてる……アーサーもフェイが好きだったのね。皆、あの頭の可笑しい奴好きなの? どうかしてるわ……)

 

 

 

「ねぇ、別にしょうがないじゃない」

「しょうがなくないのだ……」

「アンタ……そんなに好きなの? 何処が良いの? あの男の」

「ガンマは……フェイの……ちょっと、危ないかもしれない雰囲気と、普通じゃないように見える価値観と、異常みたいなカッコよさ」

「違うわ。ガンマ。あいつは危ないかもしれないじゃなくて危ない奴なのよ。普通じゃないように見えるじゃなくて、普通じゃないの。異常みたいな、というか異常なのよ」

「そこもいいのだー」

「嘘でしょ……ベータは?」

「眼が黒い所と、髪が黒い所、剣の腕が凄い所と、いつも頑張ってる所、クールな雰囲気なのに、実は優しい所、ハムレタスサンドが好きで可愛い所――」

「――もういい! 分かったわかった! アンタ、急に饒舌にならないでよ、怖いから」

 

 

 

(いつも、loveとかしか言わない癖に……でも、あれかしら? こんなに好きなら応援してあげるのも姉として大事な事かしら……。本当は応援したくないけど……)

 

 

「分かった。そこまで二人の気持ちが凄いとは思わなかったわ。応援してあげる。そうね……今度の休日に海行きましょう。私がフェイを誘ってあげる」

「「ッ!!」」

「そこで二人は存分にアピールしなさい! だから、元気出して!」

「「はい!!」」

 

 

 

(あーあ、言っちゃった……、あいつ、来るわよね? というか無理やり来させよう。修行馬鹿だし、浜辺の砂は踏み込みの練習に最適とか言ったら来るでしょ)

 

 

(あー、気怠い……)

 

 

 

 海に行こうと彼女は考える、しかし、そこでは、サブ主人公として彼女が最後に死んでしまう鬱イベントがある場所であった。世界の強制力のような物が働いて、アルファにイベントが襲い掛かろうとしていた。

 

 

 

(ベータとガンマ、ぶっちゃけフェイ全然魅力的に見えないけど……まぁ、仕方ないから応援してあげよう。私は全然好きじゃないけど。しょうがないから、姉だしね)

 

 

 

 



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44話 人の形をした模造人形 原史&異史

 

――円卓英雄記 復讐人形編 最終章

 

 

 空は青く晴れている。太陽が全てを照らしていた。そして照らされた海は綺麗に輝いている。だが、煌めき続ける海に誰かが浮かんでいる。

 

 その子は砂浜、そこに波によって引き上げられるように向う。大きさは丁度十歳ころの小さな少女。

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 紫の髪に灰色の綺麗な眼をした女性(アルファ)が砂浜で気絶している少女に話しかける。

 

 

「……」

「この子……どこから来たのかしら?」

 

 

 少女は傷だらけだった。手首はズタズタに傷ついており、腹や胸には縫い後のような傷も見受けられた。

 

 その子を見て、死んでしまった妹、道をたがえた妹を思い出したアルファは少女を拾って介抱した。

 

 

 復讐と言う道を選んでブリタニア王国の聖騎士を辞めた彼女。他者への気遣いなどとうに捨てたはずなのに、情が少し残っていた。手当をする姿をスガルも見ていた。彼女に復讐の道を示して、共に歩んでいる男。

 

 

「そんな奴、放っておけよ。今までも沢山見過ごしてきただろ」

 

 

 彼と彼女は一緒に様々な永遠機関の研究所を回ってきた。全てはアルファの父を殺すためだ。その道の中で彼女のように傷つく者や、惨い死体は沢山見て来た。それを見過ごして研究所を壊してきた。

 

 

 だから、今更情を残したところで意味はないと彼は言っているのだろう。

 

 

「それより、ここにあると言われている別の研究所を探さないといけないだろ」

「……分かってるわよ。だから、この子の手当てをして目覚めたら情報を貰おうとしてるの」

「もう、無理だろう。そいつは……」

「そうかもね」

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「……そうね。何を迷っていたのかしら」

 

 

 

 彼女は介抱していた手を止めた。腰を上げてその場を去ろうとする。ここから彼女が去れば少女に舞っている運命は死しかありえない。

 

 少女は衰弱しており、死はすぐ隣であった。だから、彼女が介抱をして一命をとりとめていた。

 

 しかし、あれだけ酷い有様ではもう間に合わないと思っても仕方ない。アルファはそう思ったのだ。

 

(どうせ世話してもあれじゃ死んでたわよね)

 

 

(でも、もしかしたら、必死に介抱していれば……)

 

 

「そんなこと、どうでもいいわね……私は」

 

 

◆◆

 

 

 海岸の洞窟、その奥にスイッチのような何かを彼女達は発見した。それを押し込むと洞窟の暗い壁が動いて、その先に入れるようになった。

 

 壁が消えて道が続いて行く。

 

 

 次第に岩のような足場の悪い岩のあぜ道が、凹凸がある岩の壁が綺麗に整備されているような回廊のように変わって行く。

 

 

 子供がホルマリン漬けのようにされている大きな試験管が沢山ある。脳が綺麗にバラバラに刻まれてそれが小瓶に詰められている。

 

 

「もう、なれているわ」

 

 

 前なら吐き気を抑えられなかった。だが、スガルと一緒に父親に復讐をするために、永遠機関の研究所を回りまくった事で彼女は慣れていた。

 

 

 しかし、本当になれているなら声にすら出さない、声に出して落ち着きたいだけ、言い聞かせているだけかもしれない。

 

 

 歩き続けて、彼女達は一つの部屋の前に辿り着いた。木で出来ている、それは血が飛び散っているのに外装は綺麗な普通の扉なのだから気味が悪い。ゆっくりと部屋を開けると……

 

 

「マイ……」

「来るのは分かっていましたよ。アルファさん、それにスガルさんも」

「久しぶりね……あの時、矢でマミを殺したのはアンタね?」

「はい、仰る通りです」

「マレは?」

「私が殺しました。あのお方の寵愛は私だけが相応しい」

「……あっそ。アンタが居るって事は今度こそ……」

「はい……居ますよ」

「――ッ」

 

 彼女の顔は冷えきったように表情を無くした。コツコツと誰かが歩いてくる足音が部屋に響いた。妙に綺麗なその音に彼女は嫌悪感を抱く。

 

「久しぶりだね。アルファ」

「……死ね」

 

 

 優しい顔をしている男性、紫の髪に灰色の眼は彼女の肉親であるという事を物語っていた。だが、肉親だろうと関係なく、アルファは彼に向かって剣を振った。

 

 

「おっと、教授に手を出されては困ります」

「どけッ!!!!!」

 

 

 アルファの父親の元へ振り下ろされた剣は禍々しい魔剣によって、防がれる。それを持つのはマイ。精神干渉を持っている魔剣、精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)。マイの持つ剣とアルファの剣が交差する。

 

 

「マイ、私の邪魔をするなッ!!」

「しますよ」

「スガル!! 早く、言霊で支援をして!!!」

「分かってるよ……()()()

 

 

 彼が持つ得意の属性。発した言葉が力を持って、暗示効果、強制力も持つ。動くなと言った言葉はマイによって放たれた。だから、彼女は動かなくなるはず……

 

 

「それ、効きませんよ」

「なに!?」

「はい、さようなら」

 

 

 彼女は持っていたナイフを魔剣を持っていない、もう片方の手で投げた。それはスガルの脳天に真っすぐ飛んでいき、突き刺さる。血しぶきが舞って、彼は死んだ。

 

 

「……なんで、効かないのよッ」

 

 

 アルファは驚きと憤りを込めて、何度も剣を振る。それを捌きながらマイは淡々と語りだす。

 

 

「彼の言霊は、出来ることしかできない。程度の低い暗示のようなモノ。死んだ人間に生き返れと言っても生き返らないようにね……。私も教授も何度も精神を組み替え、改造をしています……」

「私達で実験した……」

「その通り、おかげで精神が暗示に対して、適応力を持っているんですよ」

「……クソ、クソクソクソクソ!!!」

「……恨みの顔ですね。これが……あのお方の」

 

 

 

 マイがそう言いながら目を細めた。そして、次の瞬間、彼女の父が口を開いた。

 

 

「……よし、マイ。どいてくれ」

「了解しました」

 

 

 剣を下げて、マイはアルファの前からどいた。彼女と彼女の父は向かい合う。

 

 

「再会を喜ぶべきかな?」

「……死ね、死ね死ね死ね死ね死ね」

「……そうかい。なら、好きなだけ、殺すと良い。出来るならば……」

 

 

 彼の周りから、細長い柔い剣が無数に現れる。触手のようなそれは一つ一つが禍々しいオーラを感じさせる。

 

 

「それ、全部……魔剣と同じ効果って訳ね」

「流石、よく分かるね」

「散々味わったから、分かるのよ!!」

 

 

 

 アルファは彼に向かってく。無数の触手は捌ききれずに、彼女の体を心を、全てを傷つける、それでも彼女は止まらない。

 

 

 血だらけになりながらも、彼女は彼に剣を振り下ろすまで行為を成した。しかし、それも触手の剣によって防がれた。

 

「凄まじいな……。ここまで……。それだけ精神干渉を受けながら……もう、記憶も大分欠落しているんじゃないのかい? 精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)……姉妹全員で耐性はあったとはいえ……まだ、恨みだけ消えないとは」

「……あがぁぁぁああああA!!!!」

「ふッ、もういいか、データは大分取れた」

 

 

 触手の剣が引いた。アルファの剣を抑えていた触手が消えて彼に剣が届く。彼の胸に剣が突き刺さる。大量の血が出て、彼女は遂に剣を突き刺せた。

 

「あ、あぁ……、わ、た、し」

 

 

 

 父は絶命をしたのだろう。倒れて、眼を閉じていた。

 

 

「や、やったぁ、よう、やく」

 

 

 全てを成し遂げて、彼女は倒れた。真っ赤な血が全身を染める、皮膚が抉れている。

 

 

「あ、れ? ちからが、ぬける?」

「そりゃそうですよ……貴方は元々死んでるんですから」

「……」

 

アルファは先ほどのまでの気迫は何処へ行ったのか。既に眠るように死んでいた。彼女を見てマイは口を開いた。

 

「あれま。もう死んでしまいましたか。まぁ、気になっていたようなので死体の貴方に説明をしてあげますよ。貴方は父親の恨み、それを誰よりも持っていた。だから、恨みを只管に与えて、殺しました。そして、肉体をすぐさま処分して、貴方の体と同じ、体重、毛根、細胞のクローンを用意しました。すると……貴方はもう一度目を覚ましました」

 

 

 

「リビングデッドと言う魔物を知っていますか? 生前の後悔を持った魂が骨に宿って蘇るのです。そう、貴方と同じ、貴方はリビングデッドになったわけです」

 

「父親への憎しみ、それが貴方を死んでいても生きながらえさせていた。素晴らしい事です。そして、今、父親を殺したと恨みを果たしたと誤認をして、魂が満足をした……。そう言うわけです」

 

 

「ただの恨みが魂と身体を定着させていたのです。これは凄い発見ですよ。流石は教授、また永遠に一歩近づきましたね」

「その通りだとも」

 

 

 

彼女の父親は生きていた。白衣は血で濡れているが何事もないように立ち上がる。

 

 

「まさか、ここまでとは我ながら娘の凄さにほれぼれするね……さて、マイ、直ぐに彼女の体をバラバラにしてみよう。なにか、普通の体にはない大きな変化があるのかもしれない」

「はい」

「恐らくだが、私の仮説ではこの症例は大きな発見だ。クローンの体はアルファを元に作った。リビングデッドは大体が自らの元の肉体の骨に魂が宿る。元々の肉体との相性、このクローン体、それぞれもっと詳しく調べなくては……」

 

 

 

 

「あれ? 私……」

「アルファ!」

「ガンマ?」

「そうなのだ!」

「ここ、どこ?」

 

 

 色彩豊かな花園、理想郷のような場所に彼女はいた。彼女の前には妹であるガンマが笑っている。

 

 

「――そっか、もう、私、戦わなくても良いのね。やっと安心できる場所に」

「ベータは、まだ、暫く来ないのだ」

「そっか……ここなら、昔言ってた、お花屋さん開けるかしら?」

「うん! 一緒に!」

「そっか」

 

 

 

それが彼女が死ぬ間際に見た走馬灯のような何かだった。彼女の旅はここで終わった。ようやく終わることが出来た。

 

 

復讐人形編(アルファ編)

 

 

――fin

 

 

 

 サブ主人公、アルファの物語はこれにて完結になりました。クリアおめでとうございます。引き続き、本作をお楽しみください!

 

 

 

 

 

 

 

 アルファがフェイがいつも訓練をしている場所に向かって歩いていた。理由はベータとガンマに約束をしてしまったフェイを海に誘う、それを実行するためである。

 

 

 彼女はその場所に到着して、彼を見つける。

 

 

(あいつ……やっぱり剣を振ってるわね……)

 

 

(最早、剣を振ってないアイツの方が珍しい気がしてきた)

 

 

(まぁ、誰よりも一生懸命な姿勢は好感あるけどね……)

 

 

 

「ねぇ」

「……お前か」

「お前じゃなくてアルファね、私の名前はアルファ」

「そうか。それで、お前は俺に何の用だ?」

「……いや、だからアルファ……まぁ、いいわ。単刀直入に言うわね……一緒に海に行かない?」

「行かん」

 

 

(そ、即答……。こう、もっと苦渋の決断とは言わないけど、もう少し申し訳なさそうな感じ出せないのかしら? 物凄い私がフラレタ感あるんだけど)

 

 

「そ、そう言わないでさ。砂浜で踏み込みの練習とかできるかもよ? 今よりもっと強くなれる、走り込みとかいつもより、ハードな訓練も出来るわ」

「ほう……一人で行くか」

 

 

(……気難しいのか、チョロいのかよく分からんわね。一人で行くって言ってるけど、着いて行けば問題ないわね。よし、これで二人との約束は守れたわ)

 

 

二人との約束が守れることが出来て、アルファは物凄い喜んだ。しかし、彼女はまだ知らない。

 

自身の行く先が己の運命を決める、大きな分岐点のある場所であると

 

 

◆◆

 

 

 さざなみ、小さい波が砂浜に何度も当たる。空は晴れて、老若男女問わず沢山の人たちが笑顔を振りまいている。

 

 男女カップルはイチャイチャして、孫と祖父はボールで遊び、それぞれが海で楽しんでいる。そんな中で一人だけ厚着をして、砂浜を走り続ける男が居た。

 

 まだ真夏には至っていないが、大分気温は暖かい。そんな状況で厳しい修練をすれば体力が非常に消耗する。まず、そこで厳しく、己を虐めているのだが、それでは彼は足りないと厚着をした。

 

 体温を逃がさず、サウナのように体温が厚着をしている事でこもり、尋常ではない程の汗をかいている。更に更に、樽を紐で縛って自身の腰に巻き、重石にして走っていた。

 

 

 海岸に居た全員があいつやバイ、眼を合わせるなと反応をそれぞれにしている。そして、フェイへ想いを寄せているベータとガンマはガッカリ肩を下ろしていた。

 

 

「フェイ……ガンマはフェイと一緒に遊びたかったのだ……」

「……sad」

「ま、まぁ、元気出しなさいよ」

 

 

 

 二人は気合の入った水着を着ていた。谷間を強調をしている、紫のビキニ。ボディラインもふくよかで男女問わず眼を引くほどの可愛い。二人も顔面と身体が良い事が分かっていたので、フェイにアピールをするチャンスであると息込んでいた。

 

 だが、当の本人は全然気にしないので落ち込むのも無理はない。

 

 

「でも、フェイが頑張っているの素敵なのだ!」

「……love!」

「はいはい、もうアンタ達の気持ちは分かったから」

 

 

 フェイの様子を見守っていた三人。フェイは気絶を仕掛けたり、しながらも数時間修行を続けて、その後ようやく休憩に入る。

 

「お疲れ様なのだ……」

「……はぁ、はぁ、何の、ようだ」

「た、タオルを……」

「手間をかけるな」

「……this is water」

「手間をかけるな」

 

 

ガンマとベータがそれぞれタオルと水をフェイに渡す。疲労でフラフラなフェイはいつものように素っ気ない態度で彼女達に応える。

 

アルファは二人の様子をやれやれ仕方のない妹達だなと言う表情で見ていたが、少しだけ目線を逸らして海を見た。穏やかで美しい海に神々しい太陽が照らされている。和みの表情の彼女であったが、そこで何かに気付いた。

 

海に何かが浮かんでいる。

 

 

「……あれ? なにかしら?」

 

 

 

アルファが指を指すと、フェイ、ベータ、ガンマの三人はそこに目線を集める。次の瞬間、フェイは駆けだしていた。水面に浮かんだ、影を掴んで浜辺に引き上げる。

 

誰よりも速く駆け出し、事実を確認する。影の正体は一人の少女だった。傷痕が酷く、顔色も悪い、今にも消えてしまいそうな、死ぬ風前の灯火のようだ。

 

「水を飲んでいるな、傷痕も……」

「ちょっと、フェイ。その子相当ヤバいんじゃない!?」

「そのようだな」

「私達も手伝うわ」

 

 

 

少女を四人で介抱した。人工呼吸やポーションでの傷の処置、それによって山場を奇跡的に抜けたら近くの宿舎に向かい、頼み込んで少女を寝かして休ませた。

 

「心配いらないよ。処置がだいぶ良かったのか寝息をたてて寝ているからね」

「ありがとうございます」

「だけど、かなり衰弱してたからね。本当に助かったのは奇跡さ。お嬢ちゃん達、医療の心得があるのかい?」

「え、えぇ、まぁ。私達聖騎士なので」

「そうかい、そりゃ納得だ。私は仕事があるから戻るけど何かあったら呼んでくれよ」

「あの、本当にありがとうございました」

 

 

 去っていく宿舎のおばちゃん支配人にアルファはお礼を言った。

 

(フェイ……冷たい奴だと思ってたけど、優しいのね。真っ先に走って行ったし、処置も的確だった)

 

 

 宿舎、そのとある一室で寝たきりの少女を見ながら先ほどのフェイの行動を思い出す。フェイは自分が怪我しすぎているので、ユルルやマリアに心配され何かあった時の医務知識が意外と豊富であった。ポーションの使い方とか怪我について、アルファ達よりも熟知していたので的確な処置が出来たのだ。

 

 

(この子も助かったみたいだし……意外と、良い奴ね……。ベータとガンマの気持ちちょっとだけ、分かったかも)

 

 

 

(まぁ、それより……この子……この傷、着ていたこの白装束のような服。もしかして、いや、もしかしなくても私には分かる。この子は()()()()()

 

 

アルファの眼が死んだ人間のように冷たくなった。眼の前の少女が自分達と同じ永遠機関の実験体であるのだろうと確信をした。それは正しく、本来なら見捨てるはずであった永遠機関の実験体が少女の正体である。

 

 

「アルファ、その子大丈夫なのだ?」

「えぇ、大丈夫よ。きっとね」

 

 

 部屋に入ってきたガンマに彼女はそう返事をする。その後、ベータも入ってきて三人で少女が目覚めるのを待っていると

 

 

「ん、ん……」

「あ! 起きそうなのだ!」

 

 

 少女がゆっくりと眼を開けた。起き上がり、周りを確認する。状況を理解すると少女は酷く怯えた様子で声を発した。

 

 

「あの、ここはどこですか? お、お姉さん達は」

「ここは宿舎の一室よ。貴方が海岸で倒れていたからここに運ばせてもらったわ」

「……あ、そうですか」

 

 

「――よかった」

 

 

 

 少女は身の安堵を感じて、ぽろぽろと涙を落とし始めた。それを見て、アルファは少女の頭を撫でる。

 

 

 少女は長い間泣き続けたが、ようやく落ち着きを取り戻す。

 

「ねぇ、貴方はどこから流されてきたの?」

「よく分からないです……ただ、お母さんが聖杯教の信徒で……売られて……ずっと暗い牢獄みたいなところでずっと……」

「ごめんね。辛いこと思い出させて……。でも、その牢獄みたいな場所をどうしても知りたいの。何か少しでも分かる事あるかな?」

「……わたしが初めてあの場所に連れてこられた時……洞窟に隠し通路とか、連れてきた人が言ってました。波の音、とか……わたしはもう意味のない死にかけの実験体だから海に捨てられて……だから、海の近くの洞窟に隠してあるのかも」

「そう、ありがとう。貴方のおかげで行くべきところが分かった気がするわ。ゆっくり休んで」

「は、はい」

 

 

 アルファは少女の側から離れて、部屋の扉に手をかける。

 

「あ、あの、本当にありがとうございました!」

「私こそ、ありがとう。あと貴方を助けたのは私だけじゃないわ。他にも頑張った人が居るから……その人にその言葉は言ってあげて」

 

 

(私は今、この子を利用して情報を得たわけだし……感謝されていいのか分からないわね)

 

 

 アルファは扉を開けて外に出た。海岸にある洞窟の場所を片っ端から調べ尽くすつもりだった。彼女の中にある父親への憎しみが膨れ上がる。

 

 

「アルファ」

「ガンマ。ついてこなくていいのよ」

「いや! ガンマも行くのだ!」

「……貴方を危険な事に巻き込みたくないの」

「でも……」

 

 

 ガンマも少女の話を聞いていたので大体の事は察していた。そして、そこに姉が向かおうとしている事も。悩むガンマであったがそこにベータが二人の元へ走ってくる。

 

 

 

「……ベータ、どうしたのだ?」

「……」

 

 

 色々ジェスチャーをして二人に何かを伝える。アルファがそれを見て目を見開く。

 

「えぇ!? フェイがさっきの女の子の話を聞いてて、海岸の洞窟に向かったですって!!?」

「……yes」

「もう、アイツは……私も行くわ」

「ガンマも行く」

「……go」

 

 

 

 三人も海岸洞窟に向かって走り始めた。

 

 

 

 

 アルファ達は走りながらフェイを探していた。もしかしたらそう簡単には見つからないかもと感じていた彼女達であったが割と早くフェイを見つけることが出来た。

 

「見つけたわよ」

「なんだ?」

「なんだ、じゃなくて。心配するじゃない。一人で勝手に行ったら」

「別に俺の勝手だ」

「……まぁ、そうだけど」

 

 

 アルファからの声に応えながらフェイは今まさに数多あるうちの一つの洞窟に足を踏み入れようとしていた。

 

 

「洞窟、沢山あるけど……ここ、なのかしら?」

「さぁな」

「フェイはどうしてここに来たの? あの子の為?」

「違うな。俺の為だ」

 

 

 フェイは湿っている岩の壁を手で触る。すると不自然なでっぱりのような物が見えた。それを手の平で押すと奥の扉が動く。自然に出来た洞窟とは違う、人工的な空洞が姿を現した。

 

 

「やはり、あったか」

「アンタ……よく一発でここだって分かったわね。他にも海岸洞窟はあるのに」

「そういう運命なのかもな」

「え?」

「戯言だ」

 

 

 フェイが中に進んでいく、アルファ達は後をつけるように中に入る。その回路が見覚えがあって、怒りがふつふつとわいてくる。

 

 人間のような何かが液体の中に詰め込まれている。その光景を見て、ベータとガンマは震え始めた。アルファは更に怒りを募らせる。

 

 

「……今ならまだ引き返せるぞ。無理に進むこともあるまい」

「……ベータ、ガンマどうする? ここから先は危険よ」

「ガンマは、行くのだ」

「……」

 

 

 ガンマは進むと、ベータはそれを肯定するように頷いた。二人の意志を受け取ったフェイは進む。二人の怖がる顔とこの都合の良い箱庭。全ての時が戻る感覚をアルファは感じていた。

 

 

 

 

(ここ、やっぱり似てる……今度こそ、アイツが居るッ。そんな気がするッ)

 

 

 アルファは血が出るほどに拳を握った。彼女は血が出ていることに気付かない。それほどまでに頭が沸騰しかけていた。

 

 

 歩き続けると綺麗な扉があった。

 

 

「……開けるぞ」

 

 

 フェイがそう言って扉を開ける。中は大きい試験管のような物に不気味な液体があったり、身体と首が真っ二つに割れているのにうごめている人形が居たり、地獄のような場所であった。

 

 

「アルファさん、ベータさん、ガンマさん、お久しぶりですね」

「マイ……つくづく縁があるわね……それで? アイツは?」

「勿論いますよ……。ただ、その前にお邪魔虫は殺してしまいましょう」

 

 

 

 マイはフェイやベータ、ガンマに目を向ける。

 

 

「アルファさん以外はいりません」

 

 

 マイは精神に直接的に傷害することが出来る魔剣、精神隔異剣(ダイレクト・ペイン)を手に取った。

 

 

「……いいだろう。俺が相手をする」

「私も……」

「お前は妹の側に居ろ。それが必要なはずだ」

「……」

 

 

 

 アルファを言葉で制して、彼は刀を抜いた。最初に動いたのはマイ。上から魔剣を振り下ろす。

 

 フェイは余裕の表情で刀でそれを受け止める。

 

 

「……少しは出来るようで」

「貴様よりはな」

「――ッ」

 

 

 星元による、身体強化の精度はフェイの方が下だが技術と先読みの眼。マイの剣が下ろされる前、既にそこに刀を置いておく。

 

 

 そして、防御に回りながら、隙が少しでもあれば逆刃の方で腹に刀を叩きこむ、くの字に曲がりながらマイは吹っ飛んだ。

 

 

「かはッ、げほっ、な、なるほど……これほどととは……五、いや、四? もしかしたら三等級聖騎士……?」

「さぁな。それより、そろそろ出てこい。次はお前が俺と戦うのだろう?」

 

 フェイが眼を向けた場所から老いている男性が現れた。白衣を着ていて満面の笑みを向けている。

 

 

「――いやいや、驚いた。こんな場所に三等級聖騎士とは……」

「お前か。ここの主は」

「いかにも。しかし、普通はここには辿り着けないのだがね……。他の研究所から情報を集めたか」

 

 

 ふむふむと腕を組みながら考える素振りを彼は取った。そんな彼に対してアルファは怒りの声を浴びせる。彼こそ、アルファがずっと殺したいと思っていた肉親の父親。その者だったからだ。

 

「アンタが捨てた実験体が生きてたのよ」

「アルファ、久しぶりだね。なるほど、どうせ死にかけの用済みだからと捨てたのが失敗か。いけない、僕は昔から抜けている所がある。だからアルファ達も逃がしてしまったのかもね」

「黙れ……黙れ黙れ黙れ。殺す、私も妹も傷つけたお前は」

「アルファ、君には欲しい物があるかい? 僕にはどうしてもあるんだ。永遠と言う美学に僕はずっと囚われている」

「五月蠅い!!!」

「だから、ここに愛している君が来てくれたのは嬉しいよ」

「愛してる? 嬉しい? は? 散々、痛めつけて……」

 

 

 アルファは妹の側から離れようとした。剣に手をかけて、眼の前の存在を殺すだけの人形になりかけた。

 

()()()

「――ッ」

「まだ、敵は二人いる。それに手札も割れてない。なにより、お前の妹はどうする? 俺は守らんぞ」

 

 

 

 アルファは後ろを振り返った。父親が現れた事で二人は顔を青くして体は震えていた。たった二人、しかいない己の家族。何よりも大事である妹。復讐の存在を前にして彼女は剣を抜いて待機をした。

 

 何かあった時に妹を守れるように。

 

 

「……アルファが僕を前にしても踏みとどまる? まさか……たった一言で? 君は興味深いな。強さもだが、考え方とかね。僕は人の体もだが精神構造にも興味が大きい」

「……」

「考え方、想い、宗教、ただの思い込みが人に思いもよらない効果を与える。特に聖杯教、あそこは本当に興味深い……おっと話しすぎたかな?」

「あぁ。お前の話になど興味はない。かかってこい」

 

 

 

 白衣の周りから鞭のような細い剣が現れる。それぞれが生きている触手のような気味悪さと禍々しさを感じさせる。

 

「これに触れたら、君は死ぬよ。どこまで耐えられるのか見せてくれ」

「ほう、面白い」

 

 

 

 動く、蠢く、躍動する、生きる剣。一つ、一つが死へと直結してしまう悪魔の魔剣、それが数十、予備動作なしでフェイに襲い掛かる。

 

 生き物のようで予測が出来ない攻撃に見え、回避だけに最初は専念をせざるを得ない。

 

「……」

「本当に良く避けるね。君は……これくらい動けるなら聖騎士として名を上げていたとしてもおかしくはないのに。いや、不思議不思議」

「……」

 

 

 フェイは彼の言葉に耳を貸すことはなく、常に周りに目を配っていた。アルファ達の方へは自身の身体を持って行かず、彼女達が死角に入る場所に走る。

 

 

「……避けていても、ジリ貧だな」

「その通り。でも、この生きる数十の剣を超えられるかな?」

 

 

 

 フェイはジッと、剣を見た。あの剣、先ほどの女の剣。全部、全部、見たことがある。記憶の隅から答えを出す。

 

 

「なるほどな……」

 

 

 何かを彼は感じ取った。足を止めて、構える。相手から触手のような剣が飛んでくると思ったが相手も動きを制止していた。

 

「このままだと本当に死ぬよ。君の体力も無限ではないでしょ? でも、死にたくはないだろう? さて、君には二つの選択肢がある。どっちかは確実に生きられる。僕はアルファだけ手にできればそれでいいんだ。だから慈悲を与えよう」

 

「――まず、一つは相打ち覚悟で僕の元に飛ぶ」

 

 

「――そして、二つ目は尻尾を巻いて逃げる、だ」

 

 

 フェイに出された二つの選択肢。だが、どちらの選択を選ぶかなど最初から決まっている。星元で全身を強化して、弾丸のように彼は飛んだ。

 

 

 

 

「いやいや、それは悪手だよ……」

 

 

 

 落胆したような声を彼は出した。フェイに触手の魔剣が突き刺さる、しかし、フェイは止まらず意にも止めず、真っすぐ走って彼女達の父親を二つに切った。

 

 

 

「――嘘だろ……精神への干渉はどうした?」

 

 

 

 二つになりながら、彼は倒れる。しかし、触手の剣はまだ生きている。彼も死んではいない。胴から体が二つに割れているのに彼は嗤っていた。体に何らかの改造を施しているのだろう。

 

「ククク、まさかまさか!!! 私が求めていた、完成された純度の高い、黄金の魂か!? 天然は無理だと思っていたのに!! ここに居るのか!! 素晴らしい!」

「そろそろ終わりにしようか」

 

 

 

 フェイは上半身に向かう。再び、魔剣が襲うが気にしない。体も心も傷ついているのに流れるように頭を斬った。脳ごと切った彼によって今度こそ完全に彼女達の父親は死んだ。

 

 

 

 

「きょ、教授……まさか。教授が死ぬ、だなんて……。魔剣の効力は絶対のはず……」

「……あの魔剣が効かないって……」

 

 

 

 彼の部下のマイ、そしてアルファ、ベータ、ガンマも驚きを隠せない。魔剣の凄さは知っている。恐ろしさも身に刻まれている。だからこそ、あれを簡単に退けたフェイは異様に見えた。

 

「あ、あぁ、遂に、アイツは死んだのね」

 

 

 アルファは父親が死んだところを見てようやく安堵した。自分の手ではないが復讐を成し遂げた。妹達を恐怖に貶める害を消せた。それが彼女には嬉しかった。しかし、次の瞬間、彼女は地に伏せた。

 

 

「あれ? 体の力が……」

「教授……貴方の思いは私が継ぎます。あの男は全身から血を流している。アルファさんもこの状態。私が研究を続けます」

 

 

 

「あ、アルファ! どうしたのだ!!」

「……お姉ちゃんッ」

 

 

 

ガンマとベータがアルファに詰め寄る。急に倒れた姉が心配で仕方がない、アルファ自身もなぜ急に倒れたのか分かっていないようだ。その疑問にマイは応える。

 

 

「貴方達の姉はリビングデッドなんですよ。復讐をするために延命してただけ。父親を殺す。その目的が達成されたら後悔の念が消えて……もう生きられませんよ」

「あ、アルファがリビングデッド?」

「はい、ですからどいてください。庇っても無駄です。私は教授の研究をつがなといけない……どけッ」

 

 

 

 マイは自身の心の支えであった教授が消えた事で理性が崩壊しつつあった。イライラが止まらず、普段の平常心も消えて激昂していた。

 

 そんな彼女の前にガンマとベータは震える体を抑えながら立ちふさがった。姉を守る為、怖さに耐えて、恐ろしさに立ち向かう。

 

 

「アルファさんはもう助からないというのに……ッ!?」

 

 

 溜息を吐きながら二人を切り伏せようとした次の瞬間、別方向から剣を振られた事に気付いた。魔剣とただの刀が再び交差する。

 

 

「その体で……何が出来るというのですかッ!?」

「どこまで出来るか、試してみろ」

「クぅッ」

 

 

 フェイのボディブローが彼女の腹に入った。そこから更に刀が振るわれる。攻めれば流され、微かな傷でも大きな影響を与える魔剣も意味をなさない。

 

(なんだ!? なんだ!? なんなんだ!? こいつはッ!? どこから出て来た!?)

 

 

 彼女は人工的な物を沢山見て来た、作ってきた。だからこそ分かる。全くの別ベクトルの存在。

 

 人工的に永遠を見つけようとした教授。人の可能性を諦めてあらゆるものを数多から奪い、踏みつけ、自分に足していくことで自分を大きくしようとした存在。

 

 対を成す、自分の中だけの可能性を信じ、ただ鍛錬を積み、成長し、経験と驚異的な精神力で己の強さを確立した存在。

 

 

(もし、もし……教授の前に私がこの人と出会って居れば……クッ、私は何を……)

 

 

(いや違う。コイツを殺して、アルファを解剖して、永遠のカギを見つける!!)

 

 

 

 彼女の魔剣をフェイは再び、波風清真流、初伝波風で流しながらカウンターを叩きこむ。彼女の腹から血が噴き出る。

 

 

(っち……死にかけの癖に……。それなのにこうも涼しい顔とか死線に慣れているのか。あと、アルファがなぜ死なない?)

 

 

(虫の息だが生きている……。復讐を遂げたらすぐ死ぬのが教授の仮説。妹達が居るからか? それが後悔に……それともあの男か?)

 

 

(聖杯教の司教……。あそこの奴らのような精神への暗示、影響を与えられるのか……?)

 

 

 彼女は先ほどのフェイの言葉を思い出した。アルファが父親を見て、直ぐにでも切ってかかろうとした瞬間。

 

 

『――()()()

 

 

 

(あの一言で彼女は止まった……狂気的な魂は他者へ影響をもたらせるのか……)

 

 

「俺以外の事を考えている暇があるとは、舐められたものだな」

「あぐッ」

 

 

 

 彼女はもう一度、切り上げをくらい血が飛び散る。今まで彼女は散々他者を殺し、苛め、実験を行って来た。殺してきた者達の気持ちを考えた事など無かった。労わろうとしたことも無かった。

 

 

 それが、オウム返しのように今己に降りかかろうとして彼女は初めて恐怖を覚えた。

 

(これが、死の恐怖ですか……。精神に手を加えた私でも怖いと……)

 

 

 身体を改造している彼女も何度も切られ、血を流せば死から逃れられない。アルファ達の父親もその補佐であった彼女も終わりが訪れようとしていた。

 

 

(教授……ここまで来たのに……最後の最後に、ずっと求めていた永遠の欠片のような精神を持つ者に……)

 

 

 

 彼女は倒れて死んだ。その後、一息を付きポーションでフェイは傷をいやす。そして、アルファ達を連れて外に向かって歩きだす。アルファは衰弱していてフェイが背負った。

 

 

 アルファ、ベータ、ガンマの三人の因縁は本当の意味で断ち切られた。

 

 

◆◆

 

 

「ねぇ、もう大丈夫よ」

「いや、宿舎まで運ぼう」

「いやでも」

「今から降ろす方が手間だ」

 

 

 辺りは夕暮れ。オレンジの光が彼女達と海を照らしていた。砂浜には彼らの足跡が出来て、波によって直ぐに消える。

 

 アルファは大分、息を吹き返していた。フェイにずっと背負って貰っていたがそれを拒もうとするほどに余裕もあった。

 

 

「ねぇ、私……全部思い出したの。自分が死んだときも……復讐が私を繋ぎとめていた。でも、私……生きてる。今度は貴方が繋ぎ止めてくれたのかなって」

 

「さっき、体の力が抜けて。意識が朦朧としてて……それでも貴方が私を守るために戦ってくれたの分かったわ。私達の父親とも戦ってくれたのもあの少女の為で、私達を庇うために別方向に走ってくれたり……あなた、とっても優しいのね」

「買い被り過ぎだ。そんな意図はない」

 

 

「貴方のおかげ、だと思うわ」

「勝手に感謝をされても迷惑だな」

「もう、冷たいのね」

「……それが俺だ」

 

 

 (こんな風に、誰かに甘えるのっていつぶりだろう。いつも姉として責任とか考えて来たから甘えるとかしようと思ったことないけど。悪くないわね)

 

(……ベータとガンマの気持ち、ようやく分かった……。変わってるけど逞しくて暖かい)

 

「責任とってね」

「なに?」

「貴方無しでは生きられない体になったから責任取って……」

 

 

(うわ、私、物凄い恥ずかしい事口走った!? ほぼ告白!? というかもっと酷くない!?)

 

 

「どういう意味だ?」

「え? あ、わ、分からないの?」

「知らんな」

「……う、嘘。分かるでしょ。どういう意図があるのか」

「分からんな」

 

 

(ぜ、絶対分かってるでしょ? 命救われて好きになってしまってみたいなあれよ……)

 

 

「だから、そのよくある話って言うか……命を救われて、気持ちがなびいてしまったというか……」

 

 

 アルファの顔は真っ赤だった。夕日に照らされている事とは関係はない。対してフェイはいつもの仏頂面であった。

 

 

「……」

「あ、あの、あれよ……。偶に、ほら、本とかであるでしょ? お姫様が救われて……みたいな」

「……」

「し、知らないことないわよね? ありがちな、昔から童話とかでも書いてある、あれよ」

「……知らんな」

 

 

(え、えぇ? こんな分かりやすいのに……。まぁでも私の気持ちに気付いたとしてもフェイが私の気持ちに応えてくれるかは分からないわね……)

 

(それにまずはちゃんと感謝しなきゃ。もう一度お礼を言いましょう)

 

 

「色々、ありがと。私がこうやって話せるの全部あなたのおかげよ」

「……それはあり得んな」

「……貴方のおかげよ? 私は復讐だけに囚われてそれを大事にしてきた。でも、私はようやく他にも……貴方と言う大事な人を見つけた」

「……大分話せるようになったようだな。もう降りろ」

 

 

 フェイは彼女を砂浜の上に下ろした。ポケットに手を突っ込み彼女を置いてフェイは砂浜を歩きだす。だが、振り返ることなく立ち留まった。

 

 

「……大事なモノも感謝も、振り返ればいくらでもあるだろうな」

 

 

 それだけ言って彼はまっすぐ進んでいった。アルファは背中を追い続けたが振り返ればと言う言葉で後ろを向いた。

 

 そこには妹が居て

 

 

「そっか。大事な妹も私にはいたじゃない……」

 

 

(ずっと、二人は支えてくれた。全部が貴方のおかげ……)

 

 

 振り返って大事な人が居て彼女はフェイの言葉を思い出した。真っ向から否定されたがちゃんと彼なりの考えはあったのだと納得した。

 

『それはあり得んな』

 

(フェイは妹も居るからちゃんと感謝しろと言いたいのね……)

 

 

「ベータ、ガンマ、ありがとう。これからもずっと一緒に居てね」

 

 

 アルファの言葉に二人は笑って答える。その後、三人が笑い合った。

 

 

◆◆

 

 

 

『フェイ君! フェイ君は意外と人に騙されやすいことがあるから気を付けてくださいね!』

 

 

 丁度、ユルル師匠にそんなことを言われた日にアルファから海に行こうと誘われた。クール系の俺がバカンスとかしなくていいと思ったが、特訓を出来るというメリットがあるらしい。

 

 アルファ……お前……。最高だな、偶には修行場所を変えるのも良い事だ。

 

 

 砂浜で訓練をしていると海に女の子が……衰弱をしているので的確に処置をすると……この近くで実験体として酷い扱いを受けていたとか。

 

 そういう悪い奴は主人公として見過ごせないな。潰そう。

 

 

 

 海岸沿いの洞窟を見つけて、探索をしているとアルファ達も合流。そして洞窟にはスイッチが!? これは情報ないと分からんわ。

 

 初見で情報なしでこれを見つけるのは不可能だろうね。

 

 

 さてさて、中に入ると一人の女が……前にもこんな顔の奴居なかったか? 持っている剣も似てるし……。まぁ、深くは考えず悪い奴は取りあえず倒そう。

 

 ある程度応戦していると、別の誰かが居ることに気付いた。だれ? アルファが凄い睨んでる。

 

 

 いやいや、お前が倒してどうするよ? これ、俺の敵やぞ? 俺が主人公なんだから、俺が一番大物を倒さなきゃ。あと、お前妹も居るんだからちゃんと守れ!!!

 

 

 こら! アルファウゴクナ!

 

 

 止まってくれた。さて、なんか気持ち悪い触手みたいな剣を交わして躱して。当たったら死ぬらしいからね……。

 

 

 いやでも、このリスキーな相手嫌いじゃないよ。でも、このままじゃジリ貧だな……。ん? そう言えばあの触手とあの女の魔剣、そして、前に戦った魔剣なんちゃらとか言う奴も

 

 

 同じ感じじゃないか? 触手になってるけど、魔剣の雰囲気と言うか模様は一緒だな。

 

 あの時もあんまり意味なかったし、今回も同じかな? だったら前も当たっても平気だったし、そう思っていると

 

 

「――まず、一つは相打ち覚悟で僕の元に飛ぶ」

 

 

「――そして、二つ目は尻尾を巻いて逃げる、だ」

 

 

 

 白衣の男が二択を出してきた。これが噂の選択肢と言う奴か……? 円卓英雄記、この世界はノベルゲー……。でも俺ノベルゲーやったことないんだよな。ギャルゲーとかは選択肢あるって言うけど……。

 

 

 選択肢……? まぁ、どっちにしろ特攻するしかないだろ。いつものように突っ込んだ、等価交換で相手を斬る。触手で全身から血が出るが……。

 

 まぁ、折角海に来たんだからね。ちょっと血が出るくらい主人公なら普通、いつもこんな感じだし。

 

 胴から真っ二つにしたのに生きてる。おいおい、お前人間かよ? まぁ、俺も多分生きて反撃するけど。

 

 

 そいつをもう一回、斬って、女の方も倒す。ポーションで傷をいやしてアルファ弱ってるからおんぶしますと。

 

 

 外に出たらもう夕方。一日が終わるのは早いな、充実してるからかな? 修行に実戦も出来たし。

 

 

「ねぇ、私……全部思い出したの。自分が死んだときも……復讐が私を繋ぎとめていた。でも、私……生きてる。今度は貴方が繋ぎ止めてくれたのかなって」

 

「さっき、体の力が抜けて。意識が朦朧としてて……それでも貴方が私を守るために戦ってくれたの分かったわ。私達の父親とも戦ってくれたのもあの少女の為で、私達を庇うために別方向に走ってくれたり……あなた、とっても優しいのね」

 

 

 急にアルファが語りだしてきた。何かのイベントかな? 

 

 

「買い被り過ぎだ。そんな意図はない」

 

 

 アルファ凄いおしゃべり多いな。イベントなのか、ただ話しているだけなのか……悩んでいると

 

「責任とってね」

「なに?」

「貴方無しでは生きられない体になったから責任取って……」

 

 

 こ、これはヒロイン? 的なセリフでは……? メインヒロインのマリア、暴力系負けヒロインのモードレッド。そして、サブヒロインのアルファか!?

 

 いや、だけどユルル師匠が俺は騙されやすいから気を付けろと言っていた。すぐにヒロインと断定するのは如何なものか。もうちょっと様子を見よう。

 

 

「どういう意味だ?」

「え? あ、わ、分からないの?」

「知らんな」

 

 

ふむ、一応確認しておかないとね。もっとこう、分かりやすいセリフとかでヒロイン感を出してくれるとありがたい。彼女がヒロインなのか、狸なのか見極めるためにちょっと会話を泳がす

 

すると……

 

 

 

「……う、嘘。分かるでしょ。どういう意図が()()のか」

 

 

ん? ある? ある? アルファ? ん? んん? もうちょっと、泳がすか。これじゃ、ヒロインかどうか――

 

 

「――分からんな」

 

 

 

「だから、そのよく()()話って言うか……命を救われて、気持ちがなびいてしまったというか……」

 

 

 んー、これは……よくある話……ある話、ある、話、ある、ある。あるふぁ

 

「……」

「あ、あの、あれよ……。偶に、ほら、本とかで()()でしょ? お姫様が救われて……みたいな」

「……」

「し、知らないことないわよね? ありがちな、昔から童話とかでも書いて()()、あれよ」

「……知らんな」

 

 

 これは狸!!!!!

 

 

 あるあるのアルファね。畳みかけて来たねー。後半に。もう、これは韻を踏んでる。確かにね、ベタ展開のベータ、ガン待ちのガンマ、それであるあるのアルファね。

 

 

 あーはいはい。こっちの方が綺麗だね。美しいな。モブキャラだけど韻を踏んでキャラの名前を憶えやすくする原作者の配慮ね。

 

 モブ三姉妹か、つまり今回はあれか。モブ三姉妹の絆を重視するイベントみたいな感じかな? 偶にそう言うお話とか週刊誌とかで挟まるよね。

 

 本編の主人公とはあんまり関係ない、小話的なね。長期連載とかなるとこういうのでお茶を濁すみたいなのはあるある。

 

 

 あるあるだわ、本当に。

 

 

 なんだ、主人公に惚れるヒロインのイベントかと思ったら、姉妹の絆イベントかぁ……。

 

 一番好きだよ。そう言うの。

 

 

 絆深めちゃないよ、Sister。

 

 

 正直、今回のイベントあんまり俺概要そこまで知らんけど、全部俺のおかげではないだろ。ベータとガンマも結構頑張ってたし。姉の為に立ち塞がってたし。

 

 

 ここでアルファを降ろしまして。後ろの二人と姉妹水入らずで話してください。

 

 

 

 そう言って、俺はクールに去るぜ。

 

 

 この服洗わないと。血だらけだからマリアに見せたらちょっと不機嫌になるしな

 

 

 

 

◆◆

 

 

「はぁ、はぁ……クソ! 勝てないわ!!」

 

 

 聖騎士、それも特別部隊として仮入団をしたエミリアは怒りに震えていた。それは同じく特別部隊のヘイミーとギャラハッドが強すぎるのだ。

 

 

「ギャラハッドは聖騎士長の娘……まだ、負けても仕方ないと思えるわ。でも、あのヘイミーは」

 

 

「剣を振り始めて、魔術を我流で学び始めて……一年もたってないですって?」

 

 

 ヘイミーは強かった。ギャラハッドほどではないが天性の才能を持っていた。それがエミリアを予想以上に焦らせた。強烈な才能が横に入るのは途轍もないプレッシャーなのだ。

 

 しかも、己の方がずっと長く鍛錬をしているのに……。

 

 

「私、だって」

 

 

 

 エミリアは焦って剣を振る。強さに渇望をしている。これが後々大きな波紋を広げていく。

 

 

 因みにヘイミーが強いのは。原作者がどうせコイツ死ぬから、かなりの高スペックにしておこうとか考えてふざけたからである。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 夜……美しい夜空の下でとある女性が歩いている。黄金の髪、手には杖を持っている。

 

 

「ここ、ですか……」

 

 

 彼女が足を踏み入れるのは奈落都市。荒くれもの、捨てられた子供、様々な者が居る法無き都市。

 

 

七頂点捕食者(セブンス)がここに」

 

 

 彼女の名はマーリン。アーサーと同じ子百の檻で英雄の細胞を埋められた存在。彼女は意を決してその場所に足を踏み入れる。

 

 

「私と言う存在は数多の犠牲によってできている。だから、必ず世界を――」

 

 

 

 同時刻、ブリタニア王国の孤児院でトゥルーは目を覚ました。ベッドから体を起こすと全身に汗が滲んでいた。

 

 

 

「はぁはぁ。また、もう一人の……僕の夢?」

 

 

 

 トゥルーの覚醒の日が迫っていた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 色々あって宿舎でご飯を食べてるとアルファ達が俺と同じ席に着いた。あ、姉妹の絆は深まったのかな?

 

 

「「「……」」」

 

 

 

 なんか、大分こじれてる感あるけど……大丈夫かな? まぁ、姉妹じゃない俺には分からない何かがあるのかもな。

 

 

「フェイは、好きな人とかいるの?」

 

 

 アルファがそう聞いてきた。するとベータとガンマが眼を細める。

 

 

 うーん? 好きな人ね、改めて聞かれると……マリアかね? 流石にそのままは言わないけど。

 

「さぁな」

 

 

「フェイはどんな女性が好みなの!?」

 

 

 

 今度はガンマが聞いてきた……そういうの改めて聞かれるとね……強いているならマリアかな? クール系なので誤魔化すけど。

 

「特に無いな」

 

 

「……好きな色は?」

 

 

あ、ベータいつもみたいに英単語じゃないのね。好きな色ね……強いて言うなら最近ハマっているのは金かな? マリアの髪の色だし。

 

 

 

「特に無いな」

 

 

 

そんな感じで質問攻めされながら四人でご飯を食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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45話 主人公覚醒 原史&異史

円卓英雄記 

 

――トゥルー

 

 

 トゥルー、アーサー。二人に奈落都市へ調査任務が与えられた。奈落都市から異様な星元を察知した聖騎士が居たらしい。またこの都市は近々人の手を入れて、人が住める新たな領地にもしようと考えれていた。だからこそ、この奈落都市について、謎の現象を調査するように言われていた。

 

 二人は騎士団の中でも最上位に迫りつつある原石。だからこそ奈落都市と言う危険な場所へ行くようにと命じられたのだ。

 

 二人が到着をしたそこは正に、法無き場所。暴力至上主義の別世界とも言えるところだった。殺伐とした空間に二人は息を飲む。

 

 

「アーサー」

「うん、ここ、凄く嫌な感じがする」

「……徐々に奈落都市で人が消えているらしい。これを調査するのが僕たちの任務だったけど……」

「軽い任務じゃ済まないと思う……ここ、何かいる」

 

 

 アーサーが崩壊した町並みを見る。ボロボロの服を着た老人やごみを食べる子供が見えた。だが、そんなことが気にならなくなるほどの気持ちの悪い空気感を肌で感じた。

 

 

「失礼。貴方達はブリタニア王国の聖騎士でしょうか?」

 

 

 二人の後ろから凛とした声が響いた。振り返ると金色の綺麗な髪が腰ほどまで伸びている、美女が居た。片手に杖を持って、黒いローブを纏っている。

 

 

「貴方はだれ?」

 

 

 アーサーがそう聞いた。僅かに警戒を含んな彼女の言葉に、力を抜くように女性は応える。

 

 

「失礼、私の名はマーリン。しがない魔術師とでも言っておきます」

「魔術師……」

「貴方の、光の星元を感知して話しかけさせていただきました」

「ッ!」

「どうか、警戒をしないでいただきたい。私はただ、この都市で人を喰らう化け物を退治したいのです。その為には貴方の力が必要だ」

「どうして、ワタシが光だってわかったの」

「私には特殊な眼がありまして、星元の流れのような物が見えるのです。そこで大きな光を貴方から感じた。というわけです」

 

 

 マーリンと名乗る魔術師はアーサーに淡々と事実を述べ、協力を仰ぐ。彼女達もこの都市での異常を調べるように言われていたので好都合とも言えるかもしれないが、得体の知れない女性と協力をすると返答は直ぐには出来ない。

 

 

「すぐには協力できない。ワタシもトゥルーもここには任務できてるから……」

「なるほど、隣の彼はトゥルーと言うのですね……」

「?」

 

 

 マーリンはトゥルーをジッと見た。何かを怪しむように彼を見て暫くしたら目を逸らした。その後、彼女はおもむろに再び口を開いた。

 

 

「この都市での異常を調べに来たのでしょう。ここには七頂点捕食者(セブンス)が居る。気を付けてください」

「セブンスって……アビスの超上位個体ですよね!?」

 

 

 トゥルーが声を荒げて彼女に聞いた。えぇと肯定するようにマーリンは首を縦に振った。

 

 

「この都市に住む人は殆どが捨て子であったり、金が尽きた老人、職に就けない不幸人、そう言う者達が住むある種の最後の砦だ。悪人も居るが、ここで暮らしている無垢な者も多い。そこを奴はつけ込んだのです……。この崩壊した都市では人が多少いなくなっても問題ないと考えた奴は、ここに巣として人を喰らいながら成長をしている」

「……奴って誰?」

憤怒(ジャガノート)。恐ろしいアビスです。奴の魔術はオウマガドギから与えられた付与系です。精神に直接的な死を付与できる。息すら触れたら死ぬでしょう。後は、私と同じように特殊な感知能力も保有しています」

「……詳しいね」

「ずっと追っていたからです。だからこそ恐ろしさは誰よりも知っている。故にもう一度頼みます、貴方の力を貸してほしい」

「……トゥルーはどう思う?」

 

 

 アーサーがトゥルーに聞いた。

 

「……僕は良いと思うよ。マーリンさん悪い人ではない感じがするし」

「そっか、トゥルーがそう言うなら……分かった協力する」

「ありがとうございます。では、私について来てください。今は昼間で隠れていますが、夜になったら奴は出てくる。そこを仕掛けます。作戦を立てましょう」

 

 

 そう語るマーリンに二人は付いて行った。彼女はとあるボロボロの宿の中に入って、一室に二人を案内する。そこにはベッドと椅子があって、そこに二人はかけた。

 

 

「では、奴について……」

 

 

 

 マーリンはジャガノートについて語った。そして、色々二人に話すうちに辺りは夕焼けにジャガノートへ作戦を仕掛ける時間に近づきつつあった。

 

 

 その前にアーサーはマーリンに呼び出された。二人だけ外に出て向かい合う。

 

 

「アーサー、よく聞いてください」

「なに?」

「彼、トゥルーと言いましたね?」

「うん」

「彼には気を付けた方が良い」

「……どういうこと?」

「先ほど言った通り、私には特殊な眼があります。それで見たのです。彼の中に闇の星元があることを」

「――ッ」

「アビスではないかと疑ったのですが、彼は太陽が出ている昼間でも平然としていた。しかし、彼の中にあるのは間違いなく禍々しい闇。しかもそれはセブンスに匹敵をする深淵でした」

「……そんなはずない、トゥルーがアビスなわけない」

「……すいません。私も言うか迷ったのですが……もし、貴方が騙されていて、利用されていたらどうしようかと……思ってしまって」

「……そんなことない。無用な心配」

「そうですか。貴方の言う通り杞憂なのかもしれません。少し話した程度ですが彼が悪人ではない事は分かります。ですが、闇があることは事実なのです。だから本当に気を付けてください。彼は危険な存在だ。それだけは覚えておいて欲しい」

「……うるさい、余計なお世話。貴方にトゥルーの何が分かるっているの」

 

 

 アーサーは不安定な状態だった。それは先日のブリタニアで全員が自分を忘れて、敵として見られたこと、誰かに縋りたい彼女にとって、その縋っている存在を否定されることは耐えられないのだ。

 

 激情に駆られてしまうのだ。だから、マーリンの言葉も彼女には届かなかった。

 

 アーサーはその場から去って、トゥルーの場所に戻って行った。マーリンはそんな彼女の背中を妹を見るような眼で眺めた。

 

 

◆◆

 

 

 真夜中になって、三人は奈落都市を翔る。三人の身体能力、星元操作が相まってその速さは音速に近かった。真夜中の奈落都市内、都市に禍々しい星元が発生している場所に三人は向かう。

 

 

「これは……」

「アーサー、私と貴方ならより感じるでしょう。この気持ち悪さを……ジャガノートはつい最近、この都市に現れました。そして、ここで人を喰らう」

「ここの人たちは逃げないの?」

「逃げたところで行く当てがないのですよ。彼等は……」

 

 

 瓦礫の闘技場と言う言葉が良く似合う場所があった。数多の岩石や木材が奇跡的にリングのように連なり、重なり合っている。

 

「……きたきたきたきたきた、かんじていたぞ、またオレを追ってきたな?」

 

 

 ある意味では天然の闘技場とも言える場所の真ん中に白一色、大きな造形の何かが居た。大きさは全長二メートルほど。通常の人間であれば腕は二本しか生えていないがそれは四本生えていた。

 

 奇妙なことに鼻と口があるのに眼はない。薄笑いを浮かべ、目がないはずなのにアーサー達を見る。

 

 

「あれ……」

「はい、ジャガノートです……しかし、ここまで星元を回復させていたとは」

 

 

 アーサー、マーリン、トゥルーの三人はリングに足を踏み入れる。次の瞬間、ジャガノートと言われる存在の口から黒い霧が発生した。

 

「――ライト・ゾーン」

 

 

 マーリンが杖を振ると彼女を中心とした、リング一帯が月の光のような輝きで包まれる。その光によって霧は蒸発をした。

 

 

「あぁあああ、やはりハラダタシイ……気持ちの悪い星元だ。お前も、そして、お前も……」

 

 

 ジャガノートはマーリンとアーサーを指さした。ジャガノートは眼は持っていないが代わりに星元を察知することが出来る。それによって彼はアーサーとマーリンが自身の闇の天敵である光であると直ぐに察することが出来た。

 

 

「だが……おまえはなんだ? なぜ、そこにいる、そっち側にいる? きさま、しめいをわすれたか? 傲慢……」

「……誰に言っているんだ」

「おまえだおまえだ、そこにいる、おまえだ」

 

 

 トゥルーに対して指を指す。逃げられないように事実から背けられないように指を指し続ける。

 

 

「きづいていないのか……? そうかそうか、なら、おれがめざめさせてやろう。おれの星元とお前の星元は元は一つ、あのお方からの別れた原初。呼応するだろうさ」

「――いけないッ」

 

 

 

 ジャガノートの手から波のような波動が発生する。水面に小石を落とした時、振動をするようにゆっくり広がる。マーリンが再び光で辺りを包む。

 

 

「さっきのはあいさつ代わりだ……おれの星元は、既にお前をこえているッ」

 

 

 ガラスが割れるように光が打ち砕かれた。アーサーも光で相殺しようとするが全てを消すことは出来ずに、アーサーとマーリン頭を抑える。だが、二人は大本は光である為にどうにか抵抗が出来た。

 

 

 ジャガノートの波動は人を闇に落とす。彼女達は対抗できるが、トゥルーは自らの胸の内から何かが出ようとしているのを感じた。

 

 

「があああああああああああああああああああああああああああAAAAAAAAAAAあああああああああああああああ!!!」

 

 

 

 喉が擦り切れるほどの絶叫、彼の体から闇が現れた。

 

 

「……やはり、こうなってしまった。アーサー、こうなったら……」

「トゥルー……嘘嘘、そんなの、あり得ない……」

「貴方に彼を任せたいのですが、まぁ、今の貴方では無理でしょうね」

 

 

 

 マーリンはアーサーが精神的に脆くなっているのを見破った。アーサーにとってトゥルーは心の支えであった。それが崩れて、彼女も崩れ始める。

 

 

「……こうなりますか……。出来れば……全てのアビスを抹消するまで戦い続けたかったのですが……。ここは引き受けます。ですから、どうか後は世界を頼みます……」

 

 

 

 マーリンはアーサーの光の星元が自身より多く、濃度も濃い事を知っていた。しかし、今の彼女は使い物にはならないと悟った。

 

 精神がもろ過ぎると彼女は思う。だが、その身に内包している光は本物であると分かった。

  

 元々、自身は最高の英雄が生まれるまでの『繋ぎ』として生まれた存在。期待をして、あの光が本物であると信じて散ることを選んだ。

 

 

『――お父さん……私は、私は未来を……』

 

 

 

 彼女は自らの光を引き上げる。四肢がもげるほどの大きな光がそのリングを包んだ。

 

 ――本当なら彼女はここで散るわけにはいかなかった。

 

 アビスを滅する使命が残っていたからだ。元はアーサーと一緒に戦いジャガノートを完全に仕留める手はずだったが、アーサーの精神のもろさを彼女は考慮していなかった。

 

 

「じ、ばくだとぉぉ」

 

 

 ジャガノートを巻き込んで、世界は爆ぜた。光の雨が降り注いでその光でトゥルーの謎の闇も相殺される。

 

 全てが一瞬で終わった場所で彼は目を覚ます。

 

「あれ……アーサー、僕は」

「なにも見てない。ワタシは……知らない」

「……そっか。マーリンさんは……?」

「知らない知らない、何も知らない」

 

 

 もし、トゥルーが闇の星元を持っていると騎士団にバレたら今度は彼が誰かに遠ざけられるかもしれない。自分の元から消えてしまうかもしれない。それが彼女は怖かった。

 

 

 だから、嘘をついて口を閉ざした、トゥルーも記憶が一部飛んでおり、自身の闇を認識することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――◆◆ 異史

 

 

 

 フェイ、アーサー、トゥルーが奈落都市に到着をした。奈落都市の調査は今後の王国の領地を増やすためにも重要な任務。当然のことながら才があり、実績あり、実力があるアーサーとトゥルーが選ばれた。

 

 だが、フェイもついでに呼ばれた。彼は十二等級と言う低いくらいの騎士であるが実力はそれ以上と認められているからだ。同期の言葉、先輩の口添え、それらが相まって彼の実力はアーサー達には及ばないが、それなりの評価をされている。

 

 

「失礼、貴方達はブリタニアの聖騎士でしょうか?」

「……だったらどうした」

「私の名はマーリンと言います。単刀直入に言うのですが、この都市に住まう化け物を倒すために力を貸してほしい」

「断る、俺は俺で自らの力で倒す」

「……フェイ、この人怪しい距離とった方が良いかも」

「あ、あの二人共初対面の人に失礼では……」

 

 

 フェイは孤高の男である為に協力をいったん断る。アーサーは眼のまえに本人が居るのにそこそこの音声で怪しいという。その二人の態度を見てマーリンに申し訳ないと思うトゥルー。

 

 

「い、いえ、確かに怪しいのは否定できないのでし、仕方ないと思うのですが……えと、その、私には星元を見る力がありまして……それでそちらのアーサーと言う方が光に満ち溢れている素晴らしい実力者であることを見込んで、頼んだというわけなのです。どうでしょうか? どうかお力を貸していただけないでしょうか?」

「フェイ、どうする?」

「お前達で好きにするいい」

「……じゃあ、フェイがそう言うなら……ごめんなさい。お断りします」

「で、でも、アーサーさんこの人悪い人ではなさそうだよ」

「怪しいから……」

 

 

(そんなに怪しいでしょうか? ただ、星元が凄い彼女に手伝って欲しいと思っただけなのに……。しかし、アーサーと言う名ですか。もしかして彼女が最高傑作の……ならば、なんとしても協力をして欲しい。私と彼女が力を合わせれば、きっとジャガノートを倒せる)

 

(不安要素はこの優しそうな青年の真っ黒な星元ですね……。あとは普通に私が怪しまれているという事だけ)

 

 

 

「どうか、お願いします。私に協力を」

「……そこまで言うなら、いいよ」

 

 

(フェイが居るなら、怖くないし……)

 

 

 アーサーはちらっとフェイを見るが彼は眼を閉じて腕を組んでいる。彼は流れるままに事柄を受け入れているように彼女は見えた。

 

 

 

「では、私と貴方達の情報を照合しましょう。私はこの都市に住まう、ジャガノートと言う……」

 

 

 彼女達は情報をすり合わせた。三人はこの都市での謎の星元の調査、並びにこの都市が近々開拓が出来るのか。それに対して、マーリンは謎の星元はアビスの中でも超上位個体、セブンスのジャガノートであると説明する。

 

 

 マーリンはずっとあの化け物を追っており、何度も連戦を重ねていた。それであと一歩のところまで追いつめたがこの都市に逃げられてしまって、行方を探していたところを最近見つけたと告白をした。

 

 

 そして、ジャガノートの精神に死を付与する能力、闇によって他者を侵食させアビスにしてしまう能力、純粋で圧倒的な身体能力があることも告げた。

 

 とある古びた宿屋を借りて話していた彼らは息を飲んだ。今回の敵は話を聞いただけで今までとは違いすぎると不安もあった。しかし、一人だけフェイは表情を変えずに腕を組む。

 

 

「なるほど。大体わかった」

 

 

 そう言って、話が終わると彼は外に出て行った。どこに行くのか、そんなのは聞くまでもない、いつもの素振りであろうと二人は悟った。

 

 

「ワタシも行く」

「少し待ってください。アーサー、貴方に話があります」

「……今?」

「はい、少し二人で外に」

 

 

 

 トゥルーは若干ボッチのようになったが留守番をするかと切り替えて全員が帰ってくるのを待つことにした。

 

 

 

「アーサー、貴方に話があります」

「どうしたの?」

「先ほどの彼、トゥルーと言う少年の事なのですが……」

 

 

 ――彼女はトゥルーが闇の星元を持っているという事を話した。

 

「そっか。トゥルーが……」

「あまり驚かないのですね」

「心の何処かで感じてたかもしれないから……光と闇、相反するなら尚更。でも、今まで素行の悪い所は見たことないし、フェイとも仲良しだし、そんなに心配はいらないと思う。何かあったらワタシが倒す」

「そうですか……貴方の覚悟は決まっていると……。あと、そのフェイと言う少年なのですが」

「フェイがどうしたの?」

「彼は……貴方は彼の事を大分頼りにしていますね?」

「うん」

「初対面でこのような事を言うのは、差し出がましいと思うのですが彼に頼ることは止めた方が良いと思います」

「どうして?」

「彼の星元を見ました……。まるでポッカリ穴が空いているようで、残っているのが僅かです。そんな彼にこれからの戦いを任せるのは酷だ」

「これからの戦いってなに?」

「アビス、いえ、大本のオウマガドギとの最終決戦と言うべきでしょうか。世界が再び闇に覆われようとしている。それらに対抗できるは私やあなたの光だけだ」

「フェイは今までずっとワタシ達と戦って来たよ。これからだって」

「……いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。星元が無いならば成長は止まるでしょう。トゥルーと言う少年は純粋的に類まれな星元を持っているので少し話が違いますが」

 

 

 マーリンにはフェイの星元が異様に少ない事に気付いていた。だから、彼がアーサーと一緒に居るのが、彼女(アーサー)にとっての足枷になるのではと感じていた。

 

 

「彼を失った時、貴方は折れてしまう。それを私は避けたいのです」

「……フェイはきっと大丈夫。星元だけが強さじゃないって今まで証明してきたのがフェイだから」

「そうですか。ですが、警告はしておきます。今はついてこれてるのかもしれませんが、これから彼の強さは打ち止めになるでしょう。その時、彼を隣にいる存在ではなく、守る対象に変えるのが得策だ」

 

 

 マーリンはそう言って彼女から離れて元の古い宿屋に帰って行った。そして、日は落ちて夜が訪れる。都市内に闇の気配が現れた。

 

 

 彼らは残骸によって作られたリングに足を踏み入れる。

 

 

◆◆

 

 

 白の人型、腕が四本生えている不気味な生物。アーサー達はあれがジャガノートと言う化け物であると一瞬で理解をした。そして、それは薄気味悪い声をあげながら彼らを指さした。

 

 

「一、二、三……一人は俺と同じか……。いや、後一人いるな、なんだ? このカスのような生体は、みずぼらしいみずぼらしい、なんと不細工で底辺のせいぶつよ……」

 

 

 

 げらげら笑いながら、トゥルーの隣にいるフェイを指さす。卑下するような物言いだが直ぐに飽きたのか、今度はトゥルーを見た。

 

 

「しかし、酔狂な存在だな、人のみをして、内包するのは化け物である俺達の同格。ククク、使命を忘れたか? ならば引き出してやろう……」

 

 

 本来の筋書きのように波動が放たれる。マーリンがそれを止めようとするが相殺され、アーサーも一時的に光で応戦するが間に合わない。

 

 

「がぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 波動を受けたトゥルーから闇が溢れ出した。辺り一面を吹き飛ばすほどに、天に向かって闇の星元が柱のように伸びていく。

 

 

「ふふははははは、これよこれよ。それがおまえのほんしつよ」

 

 

 げらげらと嗤いながらトゥルーを見る。しかし、その後に見たのはアーサーとマーリンだった。

 

 

「それにしてもよくよく見ればお前たちも張りぼてのような星元だなぁ。気持ちの悪いほどに美しいが、一体全体、お前たちを作るのに何人犠牲になった? おおよそ、沢山死んだのだろう。なんと、哀れな者達。お前達も人を喰らう私達と変わりない」

「――ッ」

「マーリン、予想が外れたな。その娘、先はあるのだろうが今の私の敵ではない。そして、この都市で人間を喰らって育った私はお前の強さの遥か先を行った」

「くっ、ここまで闇が大きくなっているとは……」

「お前は本当に愚かな娘だ。人を救いたい等と虚言を吐いて、動く。しかし、それは自身を作るのに犠牲になった人間の重みから逃げたい口実を作っているだけ」

「……ッ」

「救いたい等と思っていない。お前は罪から、犠牲になった者の重みを消したいだけだ。自分が犠牲になった人以上に成果を出せば、重みから逃げ出させると思っているだけだ。あわれ哀れ、腹が痛くなるほどに嗤ってしまうほどに哀れだ」

 

 

 

 ぐさりと彼女の心にジャガノートの言葉が刺さった。それは彼女が心の奥底にあった病であるから。

 

 マーリンはどこにでも居る普通の娘だった。特別な存在でも無かった。しかし、彼女の父が『子百の檻』という英雄を生み出す機関に魅入ってしまい、普通からほど遠い存在になってしまった。

 

 

 実験体に彼女はならなかった。だが、研究者の娘として研究の恩恵を受けた。父は彼女に英雄としての役割を望んだのだ。

 

 

 彼女は英雄として、光の星元を手に入れた。しかし、彼女でも本来の原初の英雄に程遠かった。だから彼女には本当の英雄が現れるまでの世界の守護をするための『繋ぎ』としての役割を与えられた。

 

 そんなことはしたくなかった。普通の女の子として育ちたかったがそんな事は望めない。体から血から、細胞から聞こえてくるのだ。

 

 犠牲になった者達の嘆き、未来を奪われた絶望、自身達は死んだのに生きている彼女への憎しみ。

 

 悪夢にうなされる毎日から少しでも解放されるために彼女は戦っていた。多くを救い、英雄が来るまで世界を守護する。それが彼女の生きる意味であった。

 

 だが、それも自身の心の闇を払うために口実であったと言われた時、心に隙が生まれた。それは彼女だけではなくアーサーも同じであった。

 

 マーリンもアーサーも本質的に考えていたことは同じだった。自分を生み出すのに犠牲なった以上の対価を強制的に望まれていた。

 

 望んでもいない慈善を強制される道化のような生き方にジャガノートは笑い続けた。アーサーもマーリンも言い返すことが出来なかった。

 

 

 

 倦怠感が彼女達を包む……包みかけた時、空気が少しだけ変わった。

 

 

 ――怒りすらわかない彼女達の近くで、全く関係のない一人の男が激情に駆られていた。

 

「――本当に哀れな者達よ」

()()

 

 

 周囲を飲み込むような闇の声を払う、()()()()()()()()()()()()。激情に駆られた修羅の声がジャガノートの意識を強制的に(フェイ)に向けさせた。

 

 

 ただ、怒っていたのだ。何に対してなのか、それは彼のみぞ知る所だが、彼は怒っていた。

 

 

「……誰だ? お前は」

 

 

 ジャガノートは一体全体そこにいるのが誰なのか、分からなかった。彼は眼がない、その代わりに星元を感知できる。または気配も読むことが出来る。

 

 しかし、彼の口から出たのは『誰』という言葉だった。先ほどまでは残りカスの星元に気に掛ける価値もないと思っていた。だが、彼の異様な怒りの矛先が自身に向けられ、意識を向けざるを得ない。

 

 星元感知、気配感知、それ以外で他者を認識したのは初めてであった。

 

 

「五月蠅い、黙れ、口を閉じろ。お前の言う言葉、使う虚言、吐かれた幻想。全てが聞くに値しない……」

「なにを……」

「ここまで明確な怒りを持ったのは初めてだ。俺は全身全霊を持って、お前を否定したい」

「何を言っているッ……」

 

 

 

(なんだ、この感覚は……私がこんなこんな、砂利のような存在を恐れているのかッ)

 

(言葉がかみ合わない、私の言葉に対して、返答をしているのだろうが……恐らく含まれている意味合いが全然違う……何と理解できない気持ちの悪い存在かッ)

 

 

 

 眼の前に入るのは本当に人の子だろうか。眼がないから確認することが出来ないが、異質過ぎる言葉、返答に応じているのに脳が嚙み砕けない(フェイ)の言葉の真の意味。それらがどうしようもなく気持ちが悪かった。

 

 

「フェイ……」

 

 

 アーサーはフェイの言葉が嬉しかった。なぜなら自分が傷ついてしまった言葉を真っ向から否定してくれたのだから。彼女は剣を抜いて、翔ける。まずはトゥルーの闇の星元を自身の光で吹き飛ばした。

 

 

 フェイの言葉で彼女はもう一度立ち上がった。

 

 

(フェイは絶対死なない、ワタシが死なせない)

 

 

 

 彼女の奮闘する姿にマーリンも立ち上がらざるを得ない。折れかけていた心をもう一度立ち直らせる。

 

 

(アーサー……彼の言葉によって感化されたという事ですか……。彼が……どういう意味合いで言ったのかは分からないですが……。私も落ち込んでいる暇はないですね)

 

 

「私がサポートします。貴方は――」

「――ッ」

 

 

 

 彼女の言葉の前にフェイはジャガノートに猪突猛進をした。それにマーリンは驚愕をする、先ほどの宿屋での作戦会議を聞いていなかったのかと。精神に死を付与が出来る、実質的には簡単に生物を死に至らしめることが出来るという事に他ならない。

 

 

「愚かな!」

「口を開くな」

 

 

 

 彼の激昂は止まらない。黒い霧を彼の周りが包む。それをマーリンが大急ぎで光で相殺する。しかし、ジャガノートは手を伸ばして、フェイに呪を発した。

 

死に至らしめる精神病(フル・カース)

「しまったッ、一歩遅かった!」

 

 

 マーリンが苦渋に顔を歪める。彼から発せられた暗黒の煙がフェイを包む。煙に包まれた者は文字通り死ぬ、しかも避けたとしても追尾性があり逃げられない。必殺必中の呪いは彼の精神を蝕む。

 

 

「何故止まらぬ……ッ」

「黙れ黙れ、黙れ。お前はこの俺が消してやる」

 

 

 彼は止まらなかった。そして、彼はジャガノートの元に踏み込む。この距離に入るまでに彼は星元による暴走強化魔術を身体に施していた。足が既に焼かれたように赤く腫れあがっている。

 

 しかし、それを意に介していない彼は既にテリトリーに踏み込んでいた。そして、斬る。ジャガノートは真っ二つになった。だが、アビスは核を破壊しないといくらでも蘇る。

 

「え……」

 

 ジャガノートも何故自身が切られたのか、なぜ未だに眼の前の存在が死んでいないのか全部が分かっていない。何が何だか分からない状況で気付いたら自身は死んでいないが真っ二つになっていた。

 

 

「……サポートをした方がいいでしょうね」

 

 

 マーリンが光でジャガノートの周りを包みつつ、フェイの足を治癒した。

 

 

「に、逃げなければ」

 

 

 フェイから逃げようとするジャガノート、しかし、既に彼の足は治っている。更にはどんどんバラバラにされ、核のある場所が少しづつ割れてくる。

 

 

 

「なんだなんだなんだ……」

 

 

 ジャガノートの頭の中で嘗てのオウマガドギと原初の英雄の激闘の記憶が蘇った。オウマガドギも原初の英雄に呪いをかけようとしたが、その精神の強さから弾かれてしまったのだ。

 

 それが思い出された、あの英雄と似ても似つかない黒髪の少年が重なる。

 

「なんと、なんと、きもちのわるい、このじだいに、いまだにあのような化け物のような……」

「黙れ」

 

 

 パキン、とガラスの割れた音が響いた。ジャガノートの中にある核が壊れた音である、フェイは暗闇の中で未だに憤りの無い怒りを持っていた。

 

 

「終わったのですね」

 

 

 マーリンは死闘の後だというのに安堵もしないで不機嫌そうなフェイを見て笑みを溢した。

 

 

◆◆

 

 

 

 主人公である俺に奈落都市と言う場所の任務が与えられた。俺以外にもついでにアーサーとトゥルーが来ている。まぁ、主人公である俺のついでだろうね。

 

 

 都市に着くと、早速新キャラが現れた。金髪の女だ。それにしても金髪多いなこの世界。俺からしたらマリアで大分枠持ってかれる感あるけど……。

 

 

 というか、俺以外全員金髪じゃね? トゥルーもアーサーもマーリンとか言う新キャラも……逆に黒髪居なくね?

 

 ふっ、この俺の唯一無二感よ。やっぱり俺は主人公だよな。ただ最近ちょっと伸び悩みしてる様な気がするんだよなぁ。そろそろ新たな力とか欲しい所、もしくは唐突な覚醒ね。努力系キャラだけど急に覚醒するとかはあるあるだよね。

 

 

 とか思っていると……マーリンが付いてくるらしい。話を聞くとこの都市には危険なアビスが居るとか……へぇ、良いじゃん。嫌いじゃないぜ。そういう巨大な敵。

 

 

 

 あと、精神に死を付与するとか、なにそれ? 凄い強そう、ワクワクしてくるな。

 

「なるほど。大体わかった」

 

 本当に大体わかった。そして話が終わったので俺はウォーミングアップをしようと外に出る。

 

 

 素振りはルーティーン化しているからね。しかし、外に出たのは良いが中々いい場所がない。どっかないかと探しているとマーリンとアーサーが何やら話し込んでいる。

 

 

 話途中なので全部は分からないが、丁度俺の話をしているのか?

 

 

「彼は……貴方は彼の事を大分頼りにしていますね?」

「うん」

「初対面でこのような事を言うのは、差し出がましいと思うのですが彼に頼ることは止めた方が良いと思います」

「どうして?」

「彼の星元を見ました……。まるでポッカリ穴が空いているようで、残っているのが僅かです。そんな彼にこれからの戦いを任せるのは酷だ」

「これからの戦いってなに?」

「アビス、いえ、大本のオウマガドギとの最終決戦と言うべきでしょうか。世界が再び闇に覆われようとしている。それらに対抗できるは私やあなたの光だけだ」

「フェイは今までずっとワタシ達と戦って来たよ。これからだって」

「……いえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 いやいや、そんな訳ないでしょう。だって俺主人公だからね。俺が中心だからね。世界は俺を中心に回っている。俺がついてこれるか、ついてこれないか、そう言う次元じゃないんだよ、マーリン。

 

 お前らが俺に付いて来れるか、来れないかなんだよ。前提が違う。

 

 

 しかし、こういう風に言われるというのは何か意味があるのかもしれない。物語と言うメタ視点で主人公であるという事を自覚してる俺からすると、おいおいマーリン何言ってるんだ? 

 

 ってなる。だが、読者やプレイヤー目線で立った時、唐突な新キャラであるマーリンが主人公はここから戦についてこれないという、これ自体に何の意味もないと言ってしまうのは早計とも思える……。しかも俺の強さが打ち止めね……。

 

 

 その時、俺の頭に電流が走った。

 

 これはもしや、フラグか? 主人公の強さの限界は来ている、アイツはもうだめだ。終わった、みたいに読者やプレイヤーに思わせておいて、からの、主人公唐突に覚醒するみたいな……。

 

 

 本当にそうかもしれない。だって、俺がついてこれないとかあるわけないもん。だって、主人公だもん。主人公がついてこれないとかあり得ないよね。

 

 ははーん、やっぱりフラグだな……あれ? 今回の敵ってアビスの中でも超上位個体……? あれ? 覚醒イベントとしては正にうってつけの相手?

 

 これは気付いてしまった……。ようやくか。これを待っていた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 いやー、やっぱりね。最初は落ちこぼれとか、才能ない下級戦士とか言われておきながら、強大な敵に唐突に覚醒するのはあるあるだよねー。

 

 

 いやー、待っていた。努力系主人公が急に新たな力に目覚めるのをしてはいけないなんて法則はないからね。

 

 

ふふふ、待っていた。本当に待っていた。あー、夜が楽しみだなぁぁあ!!!!

 

 

 夜が来た。漠然と何か感じる。これは強敵の匂いだ!!

 

 変な残骸で作られたリングみたいな場所があった。自然現象で作られたのだろうか? それとも演出的な感じでリングっぽい感じに生み出されたのかは知らない。

 

 でも、嫌いじゃないな。特別なリング、覚醒の舞台としては申し分ない。

 

 リングには白いアビスが居た、人型は以前にも見たことがるが今までとは一線を画すような雰囲気を感じるな。

 

「一、二、三……一人は俺と同じか……。いや、後一人いるな、なんだ? このカスのような生体は、みずぼらしいみずぼらしい、なんと不細工で底辺のせいぶつよ……」

 

 

 俺を指さしているように見えるが、主人公である俺がカスの訳ないので、隣のトゥルーの事だよね? トゥルー、可哀そうだなぁ。こんなにぼろくそに言われて……。

 

 散々トゥルーをぼろくそに言った後に、またこちら側を指さすアビス。今度はトゥルーの隣にいる俺の事かな? アイツ、目が見えないからなのか、若干指さしてるのがどこか分かりにくいなぁ。

 

 まぁ、多分今度はトゥルーの隣にいる俺を指さしてるな。

 

「しかし、酔狂な存在だな、人のみをして、内包するのは化け物である俺達の同格。ククク、使命を忘れたか?」

 

 

 え? 俺のこと? 話の全貌が分からないがこれは実は主人公の中に、実はトンデモナイ存在が封印されているというあるある展開では?

 

 やっぱりこれは覚醒イベントでな。同格とか言ってるし、闇の力に主人公が目覚める感じだよね? あーはいはい。承知しました。

 

 どういう力が主人公である俺に封印されているかは分かったわ。あとは、どういう感じで覚醒するかだけど……。

 

 

「ならば引き出してやろう……」

 

 

 あ、敵が引き出すパターンね。ワクワクしてくるなぁ。

 

 

 いやぁ、でも覚醒の時って方法としては色々あるし、シチュエーションとしてもいろいろ有る訳なのよ。

 

 俺は覚醒をする主人公は二つの選手権に出てると思っている。如何にクールに覚醒する選手権、それかド派手に覚醒する選手権の二つね。

 

 

 クールに覚醒する選手権はもう、覚醒した瞬間に主人公はスカシてカッコつけてないといけないよね、斜め上に顔傾けながら睨むと尚カッコいい。

 

 それとド派手に覚醒する選手権、これはもう王道中の王道だ。うわぁぁって感じで熱い咆哮を上げて新たな力が出たってアピールをする。まさに原点回帰って感じ。赤子の泣いている時を思い出すみたいなね。

 

 

 まぁー、多様性を重視したいからどっちが凄いとか正義とか、言うつもりはないんだよね。ただ、俺的にどっちが好きって言われたら……()()()()()()()()()()()()()()

 

 うわぁぁぁぁっぁぁ!!!! ってね。古き良き、初志貫徹の意志を感じるからこっちが好きだ。

 

 恐らくだけど、敵のアビスが俺の力を引き出すって事なら、もう大声の準備をしておかないといけないよね。普段クールな分、覚醒したときの咆哮がカッコよく見えそうだなぁ。

 

 

 すぅぅ、息を吸って、ちょっと喉にたんが詰まってないか確認してと……

 

 

 よし、行けそうだな。覚醒イベントずっと待ってたから気合入るなぁ、こっそり裏で大声の練習してたし。いやぁ、楽しみだなぁ!

 

 

 そろそろかな? はい 3,2,1

 

 

 

「がぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

 いや、お前(トゥルー)が覚醒するんかい!!!!! 

 

 

 はぁぁぁあぁあああああああああああ!? どういうことだよ!? こんなに丁寧に振って俺じゃない事ある!? マーリンのくだりからどう考えても俺だっただろ!?

 

 おい、シナリオライター!? 

 

 しかも、変な闇の波動で吹っ飛ばされるし……!!! なんだよこれ!! 

 

 すっげぇぇイライラするわぁ。なにこれ? え? ちょっと待って。という事はさっきカスとかぼろくそに言われたのトゥルーじゃなくて俺?

 

 怒りがわいてきた。ずっと覚醒イベント待っていたのに、しかもこんなのまるでトゥルーが主人公みたいじゃん……。

 

 怒り、それだけが俺の中にあった。本当に楽しみにしてたのに。おもちゃを取り上げられた子供のように俺は怒った。

 

 そして、なによりあのアビスが俺の事を馬鹿にしていたのが腹立たしい。まるで俺が主人公ではないかのように嘲笑っていた。

 

 正直、怒り過ぎて話が全然入ってこない。トゥルーに八つ当たりしたいが流石にやめておこう。もう、ただただ怒りで誰かに八つ当たりしたい。

 

 丁度いい、眼の前にはアビスが居る。ボコボコにしよう……というかもう、止まれない。

 

 

 これからお前(アビス)にする事、全部ただの八つ当たりだから……。

 

 

 

 そして、気づいたら全部終わっていた。夜に俺はただボケっと立っている。正直、マーリン達との作戦会議活用しなかったな。頭に血が昇っていて何が何だか覚えていない。

 

 

 

「フェイ、ありがと」

「……ふん」

 

 

 え? なにが? アーサーがお礼を言ってくるが全然分からない。トゥルーは誰かに倒されたのか、端っこで倒れて気絶してる。

 

「私が見誤っていたのかもしれません。彼は私の遥か予想の上を行く騎士だった」

「分かればいい……」

 

 

 マーリンとアーサーが何か話してるけど、今回は何が何だか全然分からないなぁ。しかし、あんまり敵に手こずった感覚もない。

 

 きっと実はそんなに強い敵ではない感じだったんだろうなぁ。主人公が覚醒しちゃったらメインのイベントが無くなるしね。もっと大事な所で覚醒するのかもしれないなぁ。

 

 うん、きっとそうに違いない。

 

 

 そう思ったら気持ちがスッと楽になった。さーてと今回のイベントが終わった事だし、仕方ないから気絶しているトゥルーを古い宿屋に連れて行ってやろう。

 

 

 トゥルーをおんぶして俺はその場から離れた。空には星が輝いていた。

 

 

「……いいなぁ、ワタシもおんぶしてほしい」

 

 

 後ろでアーサーが何か言っていたような気がしたが、気のせいだろう。トゥルーを近くの古びた宿屋に置くよりも医者にちゃんと体の状態を見てもらう方が良いと思ったので、近くの綺麗な都市に行った。

 

 そこにいた医者に彼を見せると、別に命に別状とかはないという。あの闇は一体なんだろうか? 主人公以外のキャラが覚醒するのもあるあると言えばあるあるだし、気にしないで良いかな?

 

 主人公の覚醒と言う最高のイベントの前座みたいなものだしね。トゥルーは暫くベッドで休むらしい。

 

 トゥルー運んだりしてたらすっかり朝である。

 

 彼が目覚めるまで暇になったので朝食を取ろうとその都市を歩いた。クール系主人公であるのでクールに歩いて辺りを見渡す。

 

 食事と言う孤高の行為をするべく朝から営業している店に入った。席に着いたのだが、なぜか隣にアーサーが居て向かい席にもマーリンが居た。

 

「お礼に奢らせてください」

「わかった」

 

 

 一緒に食べてくれとも食べようとも言ってないんだが……。まぁ、いいか、腕組んで知らんぷりしておこう。

 

 

「フェイ、貴方の聖騎士の等級はいかほどでしょうか?」

「それを聞いてどうする」

「いえ、気になっただけというか……」

「フェイは十二だよ、大分過小評価されてる」

「なるほどそうでしたか……。それと改めてお礼を言わせてください。ありがとう。何より、あの時吠えてくれたのは嬉しかった……。貴方にそんな意思がなくともあんなに熱い言葉で庇ってくれたのは貴方が初めてだ」

「むー、フェイの誑し」

 

 

 マーリンが一体全体何を言っているのか分からない。主人公覚醒詐欺されて記憶飛んでるからね、怒りで我を失ってたから。

 

 

「さて、話は変わりますがアーサー。モードレッドと言う女戦士を知っていますか?」

「名前だけ」

「でしたら話は早い。彼女には気を付けてください。光の星元を持つ者を根絶やしにするつもりです」

「ワタシを殺そうとしてるの?」

「はい。私も何度も戦闘をしてきましたが逃げるだけで精一杯でした。モードレッドはそれほどに強い。しかも話が通じません。光と知れば問答無用で襲い掛かってきます。意思疎通は出来るはずなのですが……」

「……フェイは会ったことあるんだよね?」

「そうなのですか!?」

「数回程な。剣を交えた」

「よく無事でしたね」

「大したことはない、骨折られた程度だ」

「それは無事とは言いません」

 

 

 

 そう言えばモードレッド何してるのかな? アリスィアと一緒に自由都市居るとは思うけど、全然会ってないからな。

 

 

「彼女のことをどう思いましたか?」

「特に何も感じないな、戦闘相手としては申し分ないが」

「そうですか。今度からはもっと気を付けることをお勧めします。私なんて、いきなり上から斬りかかられたんですから」

「アイツならやりそうだな」

 

 

 

 マーリンはモードレッドについて話した。結構有名な悪い奴なのだろうか? 頭おかしそうな感じするけど、モードレッドは暴力系ヒロイン説もあるからな。イマイチ分からない。

 

 

 悪い奴ではない気がするんだよな。頭おかしいだけで……

 

 

「フェイ、ワタシも御礼したい」

「いらん」

「むー、マーリンは受け取るにワタシは嫌なの、どうして?」

「そいつのも受け取るつもりはない」

「むむ……なら仕方ない。でも、また一緒にどっか行こ?」

「……気が向いたらな」

「やった」

 

 

 

 まぁ、それはアーサーにも言えることか。悪い奴ではないって言うのは……。取りあえず、三人でご飯を食べてトゥルーが目覚めるまでの時間を潰した。

 

 

 そして、目覚めてトゥルーを連れ、マーリンと別れた俺達は自由都市に帰ったのだ。

 

 

 何だか、消化不良のイベントのような気が収まらないのが残念だが……特にトゥルーね、主人公の俺を差し置いて覚醒をした。でも偶にはトゥルーに出番を譲ってやったという事にしておこう。



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46話 エミリア

 私は弱い。それをずっと痛感させられている。新たに聖騎士の卵として入団を許可された。ずっと鍛錬をしてきた(エミリア)なのだから強い、誰にも負けるはずがないと思っていた。

 

 でも、同期に居るギャラハッドと言う子には全然かなわなかった。才能、力の質が違い過ぎたのだ。更にはヘイミーと言う少女にも負けた。最近、魔術を学び始めたらしいが、既に私の先を行っている。

 

 敵わない、勝てる訳が無かった。私よりも強い者も、()()()もこの世界に存在している。

 

 

 自信が崩壊していく感覚だった。そんな時だった、あることを聞いた。去年、同じように落ちこぼれが居たと。毎日のように負け続けて、ずっと王都を逆立ちして回っていたと。

 

 しかも、ガレスティーア家の剣術を学び、等級も一年たっても一つも上がらない、聖騎士が居ると。

 

 

 一部からは煙たがれているガレスティーア家、そこから剣術を習い、更には落ちこぼれとも言われている人の事が気になった。誰のことだと探し始めた。

 

 

 そして辿り着いたのは、彼の事だった。鋭い目つきで私が素振りをするいつもの場所にずっと陣取っている嫌な先輩。

 

 

 彼だと知って私は彼に話しかけてみることにした。どうして、ずっと聖騎士として戦い続けるのか、周りよりも先を行かれて焦らないのか。涼しい顔をしてるのはどうしてなのか。

 

 只管に私は気になったのだ。

 

 

◆◆

 

 

 

 剣と剣が交差をする。それはユルルからしたらいつもの日常であり、変わらない真理のような出来事だ。なぜなら彼女の弟子であるフェイは修行馬鹿であり、必要以上に彼女はそれに駆り出されるからだ。

 

(フェイ君……!)

 

 

 普段は弟子に必要にされることが嬉しかった。しかし、今はその感情が湧かなかった。弟子であるフェイと師である自身の差が大きく開いてしまっていることを自覚してしまったからだ。

 

 フェイが剣を振りかぶる、それを流そうと剣を構えるが既に剣は彼女の剣の側にあった。縦横に交わる剣は彼の方が上であり、それを流しきれない。

 

 彼女の持つ剣は弾かれる。しかし、彼女は剣を離さない。だが、自身の身体の付近に剣が無ければ負けてしまう。それを悟り、すぐさま軌道修正を試みるが、既にフェイの剣は自身の顔付近にあった。

 

 彼女の剣はそれを防御するには間に合わない。実戦なら死んでいただろう。つまりはユルル・ガレスティーアの完全敗北であった。

 

 

「負けて、しまいましたね」

「そのようだな」

「なんだか……最近めっきりフェイ君に勝てなくなってしまいました」

「お前のおかげで強くなったと言う事だ」

「あはは、ありがとうございます……」

 

 

(何だか、嬉しいのに寂しいな……どんどん先に行って、多分もう背は見えない。戦士としてきっともう、必要はないんだろう)

 

(最近は寧ろ、()()()()()()()()()()()()

 

(彼の実力は私では伸ばせない。めっきり伸びなくなっているのがその証拠。師である私が伸ばしてあげないといけないのに……。私の腕が足りない……)

 

(でも、それともう一つ、彼の伸びが薄くなっているのは……本当にこんな事を思ってしまうのは指導者として最低の最低だけど……フェイ君の伸びしろに限界が来ているのかもしれないッ)

 

 

 彼女は剣の知識、理解、それを見切る眼は誰よりも持っていた。だからこそ、彼女は気付いてしまっていた。フェイの実力が今の自分よりも遥か上であり、同時に彼の伸びしろも徐々に無くなってしまう事に。

 

 

「ふぇ、フェイ君……ご、ごめんなさい。私がもっとしっかりとしないといけないのに」

「気にするな。あと、すぐに謝るなと前にも言ったはずだ」

「あ、そうでした」

 

 

 彼女の中にあるもどかしさ。それを彼も感じているようでフェイも自身の手を見て何度も握り締めていた。

 

 

「フェイ君、どうかしましたか?」

「……初志貫徹か。今だからこその」

「ふぇ、フェイ君?」

「おい、俺とお前は最初に何をしたか覚えているか?」

「えっと、私とフェイ君は、その私を止めてくれたり……逆立ちで王都を回ったり」

「それだ」

「そ、それだ?」

 

 

 フェイは意を決したように呟いた。そのまま自身の持つ剣を彼女に預ける。そして、両手を地面について逆立ちをのまま歩き出す。

 

「ふぇ、フェイ君!? 急にどうしたんですか?」

「最近、俺は伸び悩んでいる」

「そ、それは」

「お前のせいじゃない。これは俺の責任だ。俺の試練なんだ。気にするな」

「は、はい」

「この伸びしろの薄さ……。確かに厄介だ。だが、最初に俺は決めていた。最強、頂点に立つと……。初心を忘れずに俺は再び走る」

「……!」

「下を向いてる暇だけは無かった」

 

 

(――やっぱり、この人は……カッコいい)

 

 

 彼は世界の試練を、己が才能を、困難を全てを嘲笑う傲慢であった。顔は悪魔の顔にように吊り上がった微笑み。しかし、彼女にはそれがカッコよく見えた。

 

 

 彼は再び、走りだした。逆立ちで王都を……

 

 伝説の逆立ち男が帰ってきたのだ。

 

 

◆◆

 

 

「はぁ、はぁ……きっつい」

 

 

 エミリアは逆立ちで王都を回っていた。なぜならば今日の訓練で同期のヘイミーとギャラハッドに負けたからである。彼女は今、仮入団の団員であり、実戦形式の模擬戦を毎日行っている。

 

 嘗てのフェイ達のように特別部隊に入団をして毎日訓練に励んでいる。これによって、負け越した場合は逆立ちをして王都を回らなければならない。

 

(また負けた……。ギャラハッドには勝てる気がしないし……ヘイミーは一回戦うごとに差が大きくなるし……。心が折れそう)

 

 

 彼女はほぼ毎日のように逆立ちで王都を回っている。何度も何度も繰り返していくうちに彼女は徐々に強さを得て行った。だが、規格外はどこにでもいるもので同期は更に先を行く。

 

 彼女はそれが辛くてしょうがなかった。

 

――自分は頑張っている。頑張っているのに報われない。こんなにしているのにどうして?

 

 そうして心の中に不安が溜まって行く。強くなりたいと言う想いに灰がかぶって行くように思いが消えていく感覚を彼女は味わっていた。本来の『円卓英雄記』という原作でも彼女は同じように悩む。

 

 しかし、ヒロインと言う役割でもありトゥルーが間に挟まったりしてワンクッションがあり心に余裕が微かに生まれるのだが、ヘイミーと言う規格外の襲来。トゥルーとの接点の無さ、それによって自身の強さへの揺らぎが顕著になっていた。

 

 何度も何度も無様に転び、それでもなお進む自分に苛立ちを覚えた。周りでは稀に彼女を笑う者も居て、それも辛かった。応援してくれる人も居たが、彼女には悪い面がよく見えてしまっていた。

 

 逆立ちで再び歩き出すがバランスを崩して、また転んでしまった。また、誰かが嘲笑う声が聞こえるかに思えて……次の瞬間、歓声が聞こえた。

 

 

「おおおおお!」

「お兄チャーん!」

「来た来た来た来た!!」

「帰ってきた!」

 

 

 誰かと彼女は思った。後ろを向くと物凄い速さで逆立ちのまま走り去る聖騎士の先輩の姿があった。

 

 

「あ……」

 

 

 エミリアは彼を知っている。なぜなら最近調べていたからだ。呪われた剣術それを扱う男剣士、フェイ。何かを話しかけようと思ったが彼は既に彼女よりも先に行ってしまった。

 

 

「久しぶりに見たな。あの坊主」

「かなり、成長してた」

「時が経つのはあっという間ね」

 

 

  彼は周りからも慕われているということを彼女は悟った。色々と悪いうわさも聞いたことがあったが……意外と一般民からは好感触なのだろうかと理論づける。

 

 

(そうだ、私は彼に聞きたいことが……)

 

 

 そう思って逆立ちでは追いつけないので普通に彼女は走り出す。腕を振り、足を上げ、疾風のように走る彼女の姿は美しかった。

 

(待って。聞きたいことが……!? 全然、追いつけない!?)

 

 あちらは逆立ち、彼女は普通に走る。しかし、追いつけない。並大抵の存在なら一瞬で追いつけるのだが、フェイの身体能力は彼女の平常よりもはるかに上だった。

 

 必死に喰らい付くように走るが、腹が見えるだけであり、掠めることはない。だが、彼女は追い続けた。過呼吸になりながらも走り続けて、気づいたら辺りは真っ暗になっていた。

 

 そのまま彼は三本の木が生えている荒れ地に向かい、ようやく天に向けていた足を地に付けた。

 

 彼の額には汗が滲んでいて、僅かに咳き込んでいた。己の体を極限まで虐めた結果である。また、彼女も疲労していた。逆立ちとは言え新人がフェイに喰らい付いたのだから当然でもあった。

 

 そして、話題を忘れないうちに彼女は彼に問いを投げる。

 

「あの、貴方に聞きたいことがあるの」

「……」

 

 フェイは問いを投げかける後輩に対してキッと鋭い眼を向ける。値踏みをするかのような試すような眼に彼女は一歩下がる。しかし、それに負けじと彼女は踏み出す。

 

 

「どうしたら、強くなれるのかしら……?」

「何故俺にそれを聞く」

「だって、その……周りから色々貴方のこと聞いてて……。落ちこぼれなのに強くなったって」

「落ちこぼれか……。確かに嘗ては弱かったか……」

「で、でも貴方はそこから強くなったんでしょ? 私ももっと強くなりたいの」

「俺に聞くな。自分で考えろ」

「お、教えてくれてもいいじゃない! 減るもんじゃないわ!」

 

 同期との実力差と己の強さへの不安から焦るように彼に聞いた。だが、彼女の期待した返答はない。それどころか、フェイは自身の拳を握ったり閉じたりしていた。

 

「……俺も今、丁度探している所だ」

「え?」

「どうしたら、今以上に強くなれるのか……探している」

「あ、貴方も?」

「あぁ、どうやら俺の才能は限界値に達したらしい。最近二人に言われた」

「あ、そ、そう……」

 

(これは彼自身の傷を抉ってしまったのかしら……? 彼も自分の才能に悩んでいたのに、ずけずけと私は……)

 

 

 自身と同じ悩みを持つ者に思わず聞いてしまった強くなる方法。しかし、それは相手も気にしていた事だったと彼女は知ってしまった。もし、無遠慮に自分が聞かれたらきっと腹立たしいと思うだろうと思うと、フェイに罪悪感を感じていしまった。

 

 

「気にするな」

「そ、そう」

「こういう事にはとうに慣れた……。だからこそ再び修業をするだけ」

「怖くないの……? もし、報われなかったら。全部が無駄になるのよ……」

「報われるまでやるだけだ。何年かかってもな」

「……」

「お前の言いたいことは大体わかる。努力が報われるのか、どうなのか。周りとの力の差を感じ、強くなりたいが芽が出ずに路頭に迷っているのだろうな」

「――っ」

 

 

(そう。その通りだわ。報われないと思って、才能の差に絶望して、急速に強くなっていく周りと自分を比べて劣等感を感じている……)

 

 

(こんなにも努力をしていると言うのに……)

 

 

 拳を握って自身の強さに言い訳をした。才能が違い過ぎたから、努力をしても意味は無いから。でも、諦めきれない迷いのような感情が渦巻く。

 

 彼女は誰かに慰めて欲しかったのかもしれない。甘い言葉で一瞬で良いから理想を見せてくれればよかったのかもしれない。貴方は出来ると言ってくれればよかったのかもしれない。

 

 しかし、彼女の眼の前にいる男はそんな甘さを許さない

 

 

「甘いな。実に甘い」

「――ッ」

「そんな戯言を考える暇があったら剣を振れ。俺に聞く暇があるなら鍛えろ。強くあろうとすらしないお前に何が成し遂げられると言うのか」

「だ、だって……私は、努力して――」

「――本気か?」

「ほ、本気?」

「それはお前が全身全霊、全てをやり終えてからの結論なのか? それともまだ余力を残している状態での迷いか?」

「そ、そんなの、分からない」

「嘘だな。お前は余力を残している……」

「な、なによ、なんでも分かった様な口をきいて……だ、だったらどうしたらいいのよ!? 分かんないの! これからどうしたらいいのか! どうしたら強くなれるのか! 答えを教えてよ!!」

「本当の強さは自分の中にしかない。それを掴めるのはお前だけだ」

 

 

(なによ、なんて勝手な人……)

 

 

 エミリアが口を閉ざして、眼を逸らす。彼女には答えなど持ち合わせる暇も経験もなかった。それを悟っていたのか、フェイは仕方ないと言いながら手を差し出した。

 

「さっきも言った。俺もそれを探している……。強さの真理を……。探すか? 俺と……」

「あ、え……?」

「言っておくが甘くないぞ」

「そ、それって、私を鍛えてくれるって事?」

「……そうとも言えるかもな。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 エミリアに身の毛がよだつほどの圧が襲い掛かる。彼の眼は正に深い黄泉の底とも言えるほどに執念が渦巻いていた。ただ只管に彼女を強さを求める覇道へと導こうとしていた。

 

 

「私、強くなりたい……誰にも、自分の闇にも負けないくらいに強くなりたいの……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「その通りだ。覚悟を決めろ。全てを捨て、全てを剣に乗せろ」

「……えぇ、分かったわ」

 

 

(強く強く強くなりたい……この人なら私を強くしてくれるだろうか……。彼の狂気のような強さの執着に呑まれて、全てを捨てて全てを捧げれば……)

 

「ねぇ? どうして私を鍛えようだなんて言ったの?」

「……俺と似たタイプと思ったからだ」

「……貴方と私が……?」

「もし、強くなったら互いに高め合える。そうすればもっと俺は高みに行ける」

 

 

(あぁ、この人は本当に強くなることに一途なんだ……。私の為だなんて、優しい理由じゃなくて、自分の強さの為に、私を肥料にして、育ったら食い散らかそうとするケダモノ)

 

(でも、この、カリスマのような狂気から見定められたことが心地いい……。もっともっともっともっともっともっと強くなったらこの人からどんな想いが向けられるのだろうか……)

 

 

「強く、なるわ……。誰よりも」

「それでいい。それでこそ、見定めた価値がある。強くなり、俺を斬るほどに成長しろ」

 

 

 (彼からの深淵の眼差しに魅入ってしまっている自分がいる。あんな風に強さに一途に、情熱を捧げる人に私は、なりたい……)

 

 

 彼女の眼は気付いたらフェイと同じような深い深淵のようであった。彼女も彼の狂気のような何かに呑まれ始めていた。

 

 

 

◆◆

 

 

オッス、俺フェイ。最近才能が限界値に達したって言われてワクワクすっぞ。

 

 マーリンとか言うキャラと師匠キャラであるユルルの二人に言われたからこれは間違いではない気がする。限界値に達したと言うのはこれ以上の成長がないと言う事。しかし、俺は主人公である。

 

 もし、限界を迎えたと言われたら、それは限界を迎えてないと言われているような事になる。

 

 

 つまり、もっと強くなれると言う事になる。だが、今まで通りにしていてもそれは意味はない。一応建前上は限界なので、恐らくまったく別種の力による限界値突破になるだろう。

 

 さて、どうするべきかと考えていたら、敢えて最初にやっていたことをやり直すのはどうかと思い付いた。原点回帰、とでもいうべきなのか。何か強くなるきっかけになればと逆立ちで王都を回る。

 

 すると誰かが後ろからついてきた。ふっ、俺の逆立ちの速さについてこれるのか? 

一生懸命走り続け、気づいたら辺りは真っ暗になっていた。

 

 三本の木の場所で休もうと思ったらいつかの美女キャラが話しかけてくる。確か後輩のエミリアだっけ? 最近、逆立ちで王都を回っている女子が居ると噂では聞いていたから知っている。

 

 そして、そんな彼女は色々と語りだした……。ふむふむ、なるほど……。

 

 彼女の話を聞いて、俺はピーンと来た。そう、彼女は主人公との対比キャラだ!!!

 

 いやー、偶にいるんだよね。主人公と対比して、対照的にして上手く際立たせるような手法。漫画の長期連載とか絶対こういうキャラ入れてくる。でも、この世界ってノベルゲーだからね。

 

 だとしてもこの子は多分俺と対照的にしてプレイヤーを楽しませる存在だと考えられる。上手い事対比して、俺の魅力を引き出す役割を持っているのだろう。

 

 だいたいそう言うの居るよね? この子は俺と同じで落ちこぼれ、まだまだ弱い、そしてそれに悩んでいる。俺はユルル師匠に手を差し伸べられたけど、今度は俺が別の落ちこぼれに手を差し出すみたいな展開にこの世界はしたいんだろう。

 

 嫌いじゃない。そう言うの。一番好きよ。

 

 

 というわけで結構厳しめに最初から飛ばします。さぁ、本気になるのか! どうなんだ! 俺はお前に期待しているぞ! だって対比キャラだからな! さぁ、エミリア! 気合いを入れろ! 出来る出来る出来る! お前は出来るぞ!!

 

 

「私、やってやるわ」

 

 

 それでいい。師匠、兄弟子、弟子、どんどんと力は継承してくこの感じはベタだけど嫌いじゃないぜ!!

 

 

「私、貴方の剣を知りたいわ」

「ほう……」

 

 

 波風清真流を知りたいのか。良いだろう。しかし、これはユルル師匠の流派だから勝手に教えるのは気が引ける、本人に許可を取りに行こう!!

 

 

 

◆◆

 

 

 

 次の日、早朝にて四人の騎士たちが集まっていた。一人はフェイ、一人はユルル、一人はエミリア、そして平民のヘイミー、彼らはいつもの三本の木の場所で相対していた。

 

 

「それで、なぜ貴方が居るのかしら? ヘイミー」

「もぉ、怖いよぉ、エミリアちゃん、同期なんだから仲よくしようって」

「私、貴方のこと嫌いなのよね」

「あらあら、私は大好きなんだけどね?」

 

 

 エミリアとヘイミーは訓練の時からそりが合わない。最もエミリアから先に敵視をして、彼女に振っかかったのだが……

 

 

「おい、どうでもいい事で争そうな()()()()

「分かったわ。()()()()()

 

 

 フェイがエミリアに対してそう言った、何気ない言葉。それにヘイミーがブチっと切れかける。

 

(は? こいつ……なんで私の先輩に気安く話しかけてんの? ってかそもそも先輩が朝早くから訓練してるって情報掴んだからお弁当持ってきたのに、こいついるし……なにこれ?)

 

 

 ヘイミーが怒りに震えている、そのそばで話が淡々と進んでいく。フェイがユルルに向かって、低い声で語りだす。

 

 

「エミリアは、波風清真流を覚えたいらしい」

「え!? で、でも、その私の剣術って」

「色々と噂があることは聞いているわ。でも、私は強くなりたいの……だから、お願い。私に剣を教えてください」

「……本当に良いんですか?」

「えぇ、それにフェイ先輩が教えを受けている剣だもの、信用しているわ」

「分かりました……。ただ」

「ただ?」

「波風清真流は、不純異性交遊禁止です! 絶対絶対絶対! 禁止ですからね!」

「分かったわ」

 

 

(なにこれ、私の居ない所で凄い話進んでるんだけど……。抜け駆けしようと画策してたら既に出し抜かれてるんですけど……こうなったら)

 

「あの、私にも教えてもらいないでしょうか?」

「えぇ!? あ、貴方もですか!?」

「はい。実は私、今日はそれをお願いしようと思って馳せ参じました」

「なんで、貴方も入ってくるのよ」

「私も強くなりたいからかな?」

「……」

 

 

(うわ、凄い睨んでる)

 

 

「他人より、お前はまず自分だ」

「分かったわ」

 

 

(ってか先輩の言う事なら聞くのかよ、腹立つなコイツ……)

 

 

「それでどうでしょうか!?」

「う、うん……あの、その波風清真流は結構嫌われてまして……」

「そんなことどうでもいいです! お願いします!」

 

 

 ヘイミーは深々と九十度に腰を曲げて頭を下げる。強くなりたいと言っているが本命はフェイが習得をしているからという不純な理由だけである。

 

(まぁ、確かに色々裏で言われてる剣術だけど……この国に居る奴って基本的に先輩以外は羽虫みたいな存在だし。羽虫に何思われてもどうでもいい……それよりも先輩と一緒に剣を学べる方が大事、どさくさに紛れてボディタッチできるし、剣を買いたいから付き合って欲しいってお願いして休日占領も出来る。メリットしかない)

 

 

「分かりました。ただですね、波風清真流は代々、不純異性交遊は禁止にしてきました。間違っても、なんか、あれですよ……そう言う事はしないように! あくまでも剣を学ぶ仲間って言う認識を忘れないように!」

 

 

 嘘である、この師匠、弟子を取られないように事前に可愛い門下生たちに釘を刺したのだ。しかし、門下生たちも一筋縄ではいかない。

 

「分かったわ」

「はーい、わかりましたー」

 

 嘘である。この平民、平然と了承をしたふりをするが、実は裏では口約束だからいくらでも誤魔化せると内心思っている。

 

 

(まぁ、不純異性交遊禁止とか言ってしまいましたが……ついに門下生が!? 父様、ユルルはやりました! 遂に波風清真流は再び息を吹き返しました!!)

 

「フェイ君ありがとう」

「なぜ礼を言う」

「えへへ、だってフェイ君からこの風は吹いたから」

 

 

(門下生の二人もとっても可愛くて、良い子そうだし……これから楽しくなるのかなぁ)

 

(さて、どうやって出し抜いて先輩と仲良くなろうかな)

 

(この女が邪魔ね。なんで来たのかしら? 強くなるにはあの人との時間が大事なのにこの子がいたら無駄な時間が増えるわ)

 

 

(何かよくわかんないけど、対比キャラが無事に剣術覚えられそうで良かったぁ、これからは兄弟子ポジか)

 

 

 

 

◆◆

 

 

 朝日が差し込んで、鳥の泣く声が聞こえて彼女(アリスィア)は眼をさます。寝ぼけてウトウトしながら隣を見ると、全裸でモードレッドが寝ていた。女神とすら見間違く程に彼女の裸体は美しい。

 

 透き通るような肌に、染みや淀みは一切ない。

 

「おきなさい、よぉ」

 

 

 アリスィアがぺちぺちと彼女の頭を優しく。するとモードレッドはウトウトしながら眼をゆっくり開ける。

 

「もう、あさですの?」

「そうよ、起きて朝食作るわよ」

「……はぁい」

「あと、服着て」

「あいあい、わかってますわー」

 

 

 言われるがまま服を着て彼女はベッドから起きて部屋を出る。そして、身だしなみを整えたら二人で台所に行き、ご飯を作り始めた。

 

「アンタ、大分ご飯作れるようになったわね」

「当然ですわ。そろそろ師弟関係も解消するころですわね?」

「い、いや、それは困るわ!」

 

 モードレッドは料理を教えてもらう代わりに強くなる為の訓練をアリスィアに提供をしている。だが、料理が完璧になれば彼女が教わる必要はもう無い。

 

 

「はぁ……貴方って色々厄介事に巻き込まれやすいから、そろそろ縁を切ろうかと思っていたのですが」

「こ、困るわ! 困るのだわ!」

「語尾可笑しくなってますわ……まぁ、戦う事は嫌いじゃないのでもうちょっと付き合ってもいいですが」

 

 アリスィアは番外編『円卓英雄記』の主人公であるので、イベントが目白押し、だからこそ彼女には数多の鬱苦難が降りかかった。しかし、モードレッドが居たので全部潰してきた。

 

 過去にフェイが絡んだことで歴史が変わってしまったのだ。そして、二人はフェルミと言う老婆の家に居候をしている。宿屋は毎日借りるとお金がかかる、それに予約とか、人が多かったりすると出来なくなるので住む場所を変えたのだ。

 

 

「そう言えば……そろそろフェイ様がこちらにいらっしゃるとか」

「え? そうなの?」

「フェルミ様が仰ってましたの。そろそろ義眼が二つ完成するって」

「あぁ、そう言えばアイツ、欲しいって言ってたわね……そっかぁ、来るんだぁ、ふーん」

 

 

 何事もないかのように彼女は言うが、ニヤニヤが抑えられていない。二人で話しているうちに朝食が完成した。それを食卓に運ぶとフェルミが待っていた。

 

「おや、出来たようだね」

「できましたわー、感謝して食べてくださいましー」

「全く、居候なのに全然遠慮しないんだね。アンタは」

「以前フェルミ様はワタクシの使用人でしたので、つい……申し訳ありませんわー」

「全然、遠慮する気はないようだね。まぁいい……」

「あの、すまないわね、いや、すいません」

アンタ(アリスィア)はまだそう言えるだけえらいよ」

 

 

 三人で食卓についてご飯を食べ始めると、モードレッドがフェルミに話しかける。

 

 

「そう言えば、この家、狭いのに一個使えない部屋がありますわね。どうしてですの?」

「失礼だね! 狭くないよ! まぁ、あれだよ、あの部屋は色々やばいのさ」

「あの部屋よね? 一番隅の部屋にあって色々札とか、装飾聖剣とか置いてあるわよね? どうして、あんなに」

「あの部屋はね。退魔の剣が置いてあるだよ」

「えっと、確かバーバラが退魔の一族だったわよね? それと関係あるの?」

「そうさねぇ、正に一族に伝わる伝説の剣さ。使えば大きな力を与えてくれる」

「へぇ、なんでバーバラは使わないの?」

「それは……デメリットが大きいのさ。退魔の剣、つめはぎ(爪剥)。嘗て退魔士はオウマガドギとかそう言った存在が生まれる前から存在していた。そして、その頃は聖騎士も居なかったからね。魔物とかの退治を全部退魔士がしていたのさ。魔物を退ける者。退魔士……その一族は途轍もない力を保有し正に英雄的な扱いだった」

 

 

 フェルミは淡々と過去を語りだした。

 

「過去には今より凶悪な魔物がひしめいていてね……。その中に人のような体つきで、言葉を話す魔物が居たのさ」

「ちょ、ちょっと待って? 今って剣の話よね?」

「そうさ……。その魔物は人を襲って爪を剥ぎ、それを喰らってから最終的には殺す化け物だったんだ。それが相当強かったらしくてね。当時、誰も倒せなかったらしい。それを退魔の一族であるとある男が退治したのさ」

「そ、そう。全然剣と関係ない気がするけど……」

「関係ありますわよ。その男は凄い力を持っていたけど、その力を疎まれて殺された。そして、復讐の為に魔物から作った剣に自分の魂を封印した」

「全部話すんじゃないよ! 全く!」

「よく、ワタクシが小さき時にお話ししてくれたのでつい……」

「へぇ、アンタにも子供っぽい時あったんだ」

「そうさ、この子はヤンチャだったけど、可愛い時もあったのさ。おねしょとか良くしてねぇ」

「へぇ、アンタもしてたんだ。ぷぷ」

「それ、フェイ様に言ったら殺しますわよ……」

「言わないから! 睨まないで! 怖いから!」

 

 

 僅かに話がそれた事にアリスィアは気付いて、再びフェルミに退魔の剣について問いかける。

 

「でも、剣に魂を定着させるって狂ってるわね? というか出来るの?」

「それが出来たからあの男は天災と呼ばれたのさ」

「ふーん、今でも魂が剣にはあるの?」

「あるよ……アタシが『ロメオ』で団長をしてた時、バーバラの父がその剣を持ってきたのさ。預かって欲しいってね」

「そんな剣を預けるのね……」

「本人も限界だったらしい。どうにも剣からは『声』がするらしくてね。呑みこもうとしてくるとか……だから、この家の角に封印して、更には札や、装飾の聖剣を置いて邪気を払おうってわけだ」

「ふーん、なるほどね」

「絶対にあの部屋に入るんじゃないよ。声がするならまだいいが、体を乗っ取られでもしたら……」

「わ、分かってるわよ」

「ならいいさねぇ」

 

 

 老婆であるフェルミが腰を叩きながら、朝食のハムエッグを食べる。そのまま新聞を読むと、思わず声を上げた。

 

「これは……」

「どうかしたの?」

「……最近、ダンジョンで殺人があっただろう。その犯人が分かったらしい」

「え? 誰なの?」

()()()()()()()()()()()()だとさ」

 

 

 

 



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第八章 偽主人公覚醒編
47話 師匠


 その知らせは唐突に彼女達の耳に届いてしまった。ガへリス・ガレスティーアが自由都市に現れたと言うのだ。

 

 ユルルはその知らせを聞いて、手が震えてしまった。最早、兄ではない、ただの殺人鬼。沢山の罪なき人々を惨殺をしてきたのだ。しかも彼が使う剣術は嘗ては生きていた父から教わった剣術。

 

 それを使い殺人を行う彼が原因で徐々に波風清真流の評判は落ちて、更には過去には自身の母親も手にかけたと言う事実もある。

 

 

 そのしわ寄せは全てユルル・ガレスティーアが受けてしまっていた。父の大事にしていた剣術も今は良いものと言われていない。

 

 

 だから、彼女は兄達を止めるために活動をしていた。フェイに剣を教えながら兄達の行方をコッソリ追っていたが中々分からなかった。だが、自由都市に現れたと言う知らせを聞いて、彼女は直ぐに自由都市に出発する準備をする事になる。

 

 

「お嬢様」

「メイちゃん」

「メイも、お嬢様と一緒に向かいます」

「メイちゃん……ありがとう、でも危ないよ。自由都市にはあの人が居るんだから……私はそれを、殺しに……行くよ」

 

 

 初めて彼女の瞳から光が消えた気がした。いつも明るく笑って居た彼女は怒りと悲しみと恨みで満たされていた。感情の渦が彼女を支配していた。

 

 

「危険とは知っております。しかし、だからこそ行きたいのです。メイはお嬢様のメイドですから」

「……メイちゃん……いいの? 自由都市は凄く危ないよ」

「構いません。一緒に参りましょう」

 

 

 

 一緒に住んでいる部屋から二人は退出をした。彼女達が部屋から出て、ブリタニア王国の門から外に出ようとする。しかし、彼女達は足を止めた。

 

 フェイが門の前で待っていたのだ。偶々立っていたのではない。彼女達を待っていたと、ユルルとメイは確信をした。

 

「行くんだろ……」

「フェイ君……」

 

 

(貴方はいつもそう……私の為に身を挺して……)

 

 

 ユルルは心が締め付けられる気持ちになった。彼はそれすらも察しているのだと分かり、迷惑をかけて良いのかと不安になる。愛しているからこそ、彼にこのままおんぶにだっこの状態で良いのか迷ってしまう。

 

 

「危険なんです……自由都市は……私の兄が居て、ここに居てくれた方が安全ですから、ついてこないで欲しいです……」

「勘違いするな。この世界で最も安全な場所はこの国じゃない」

「え?」

()()()()。だから、着いて行く。毎度言うがごたごた言うな。俺に付いてこい」

「え、あ、ちょ、ちょっと」

 

 

 彼女の静止の言葉すら聞かず、彼は馬車が置いてある方へ歩いて行った。メイと眼を合わせると彼女も微笑んで、ユルルの手を引いた。

 

 

「フェイ君! ちょっと待って!」

 

 

 やっぱり彼は来てくれると彼女は嬉しさがあったがどこか複雑な気持ちでもあった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 三人が馬車に乗り、そのまま自由都市に到着した。相変わらず、冒険者達が沢山居て、賑わっている。メイも一時期冒険者として活動をしていたので、ある程度の立地は把握している。

 

「お嬢様、フェイ様、先ずは情報を確保いたしましょう」

「メイちゃんは冒険者だった時期があったんだよね? この辺には詳しいの?」

「はい。では、お二人共こちら……」

「――俺についてこい」

 

 

 しかし、フェイはメイの案内を無視して一人で歩き出した。

 

「あ、あのフェイ様、メイの道案内は……」

「必要ない、この辺に詳しい奴なら知っている」

 

 

 ちょっと良い格好を見せられると思っていた彼女はがっかりしたような表情を若干を見せるが、すぐにきりっとした表情に切り替わる。彼女とユルルは彼について行くと、とある立派な一軒家に辿りついた。

 

 

 ガチャリと家のドアを開けると一人の老婆が現れた。

 

「おや、久しぶりだね。しかし、随分いいタイミングで来たね。丁度、最近アンタが言っていた義眼が二つできたから手紙を出そうと思っていたところだよ」

「フェイ君、この方は?」

「フェルミと言う義眼を作っている奴だ、あとは情報通だ」

 

 

 以前、フェイの眼が潰れてしまった時にフェイに義眼を作り、移植をしてくれていたフェルミ。自由都市最大派閥レギオン、『ロメオ』の元団長と言う凄まじい肩書の持ち主である。

 

「おや、その子達は?」

「こいつらは」

 

 

 フェイはユルルとメイの事を話した。聖騎士であり、剣の師であり、そして、最近自由都市に現れたガへリスを探していると……すると、

 

 

「どこに居るかは詳しくは知らないが、この都市に居ることは確かだろうね。最近、毎日のように死者が出ている」

「そうか……分かった」

「夜に行動をすることが多いらしいからね。探すときは気を付けるんだよ」

「あぁ」

 

 

 フェイはそう言うと部屋を借りると言って、そこに向かう。ユルル達はフェルミにお礼をし、頭を下げる。

 

 

「夜までここで休息を取っておけ」

「あ、うん……フェイ君、知り合い凄い人居るんですね……ロメオの元団長ってかな有名と言うか……」

「余計な事を考えず、お前は寝て休んでおけ」

 

 

 フェイはそのまま椅子に座り、じっと時が過ぎるのを彼は待つようになった。夜になったら彼は自身よりも先に飛び出していくのだろうと思ってユルルはベッドに座る。

 

 

「フェイ君、前に自由都市に来たことあったんですよね。他にも知り合いとか居ますか?」

「それなりにはな」

「へぇ……それって、どんな――」

 

 

 フェイの自由都市に居る知り合いについて聞こうとしたら、丁度誰かがフェルミの家に帰ってくる音が聞こえた。一人ではない、恐らくだが二人くらい複数人であると足音でメイもユルルも気付いた。

 

 

「あら? あらあらあらあら? フェイ様ー!」

 

 

 そこに居たのは二人の美少女だったのだ。二人とも綺麗な金髪を持っていたが、一人はポニーテールの子で、もう一人は短髪の目つきが少し鋭い子。

 

 ポニーテールの子はフェイを見つけるとフェイにがばっと抱き着いていた。

 

 モードレッド、本来ならノベルゲー円卓英雄記では暗躍キャラとしてのポジションであったがフェイのせいで前にガッツリ出てきている。

 

 

「うざい……離れろ」

「まぁまぁ、そんなことおっしゃらずにー」

「あ、貴方……」

「はい? どなたですの?」

「フェイ君! この人、王国で指名手配されてる人ですよ! 貴族のポイントタウン領を襲撃してた人ですって!」

「あらあら? そう言えばポンコツ師匠様? でしたっけ?」

「おい、俺の師を悪く言うな」

「……ぷい、フェイ様、ワタクシの方が絶対良い師匠になれますのに」

 

 

 以前にモードレッドとユルルは一度だけ対面をしたことがある。そこで彼女達は敵として騎士と犯罪者として相対した。だからこうやって良い思いで言葉を交わすことが出来ない。

 

 それにモードレッドはフェイがユルルを『庇う』という行為をしたことに嫉妬をせざるを得なかった。フェイと言う男は己の事も他人の事にも無関心という特徴がある。

 

 本当に無関心ではないが、自身以外を主人公の引き立てキャラとしてしか見ていなかったりするのが理由なのだが、そんな彼がユルルをわざわざ庇い、僅かであるが気遣うそぶりを見せることに腹が立った。

 

 ずっと人の事などどうでも良くて、世界が灰色にしか見えていなかったモードレッドは嫉妬という感情を徐々に表に出すようになっていた。以前はそのような感情すら持ち合わせていなかったと言うのに。

 

 

「お前に師匠は無理だ。好敵手としてはそれなりだがな」

「まぁ、そんなに褒められたら照れますわー!」

「フェイはそんなに褒めてないわよ」

 

 モードレッドの隣にはアリスィアが溜息を吐きながら、フェイにくっつくモードレッドを力ずくで引き離そうとしていた。しかし、それは無理だと悟った、彼女に力では勝てないからだ。

 

「めっちゃ、力強い。まるでクマね……まぁ、いいわ。それより久しぶりね、フェイ」

「あぁ」

「その、元気してた?」

「それなりだな」

「ふーん」

 

 

 ちらちら顔色をうかがいながらフェイに彼女は顔を若干赤くして話しかける。

 

「……あの、私、最近色々あってさ。凄い頑張ったの……まぁ、モードレッドが協力をしてくれたって言うか……でも、頑張ったの」

「そうか」

「だから、その……褒めて、欲しいの……」

「俺にか?」

「う、うん……頭撫でながら、その、褒めて欲しい。む、無理ならいいけど」

「……全然なにがあったかは知らんが、よくやったんじゃないか」

「えへへ、まぁね? 当然って言うかぁ? 私からしたらイージーなのよ!」

 

 にへへとアリスィアは笑って、ぐいぐいとフェイの頭を向けてくる。フェイは仕方なく褒めては上げたが、頭を撫でると言う事はしなかったからだ。頭を撫でろと直球的に、遠回しに告げるために彼女は頭のつむじを向けるのだ。

 

 

「……むー」

 

 

 しかし、フェイがそれは流石にしないと分かると彼女は膨れっ面になってそっぽを向いた。

 

 

(フェイ君……こんなに女の子の知り合い居るんだ……)

 

 

 ユルルもちょっとだけ顔に出して、嫉妬という表情をする。だが、彼には悟らせないように直ぐに表情を戻す。

 

 

「どうでもいいが……取りあえずお前は休め」

「あ、ありがとうございます。フェイ君」

 

 

 彼は今は何よりも彼女を気遣っている。ユルルが色々と身内の事もあり、精神的に追い詰められている事は彼も分かっていた。だから、何よりもユルルを気遣うのだ。

 

 

「フェイ様……むー、面白くありませんわ」

「な、なによ……そんなに私が……」

 

 

 二人の視線に彼は一切気にも留めず、そのまま一度部屋を出る。部屋にはユルルとメイだけを残して、彼はそのまま一度都市に出た。そこで彼女の兄について情報を集めつつ、夜になるのを待った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 真夜中になり、フェイ、ユルル、メイ、アリスィア、モードレッドがフェルミの自宅から外に出た。

 

 これは本来のノベルゲーのシナリオに近い形であった。ユルル・ガレスティーアと言う騎士が初期のイベントで国から追放されて、彼女はあてもなく旅をする事になる。

 

 そこで彼女は自身の兄の情報を手に入れることが出来、今のように都市に足を向けることになったのだ。そこで丁度、嘗てのメイドであったメイと出会う。彼女も自身が仕えていた貴族の女性の夫が死んだことで一時的に旅に出ていた。仕えていた女性から一人になれる時間が欲しいと言われたからだ。

 

 そこで丁度、追放されたユルルとメイは再会して、番外編のDLCの物語に顔を出すことになる。自由都市で二人は再会し、更にそこでアリスィアと出会う。

 

 自身が特別部隊で師事をしていたトゥルーと似ているような気がしていた。しかし、それに気づくことはなかった。だが、似ていたので、闇に呑まれて襲ってしまった事に対する罪悪感からアリスィアに剣を教えたり交流をする事になる。

 

 そして、僅かな時をすごした後に兄と再会し、対峙する。彼女は剣の腕では兄、ガへリスの上を行っていたが兄を斬ることは出来なかった。だから、彼女は殺された。近くに居たメイも殺され……

 

 それをアリスィアが死体を発見して……討伐する。死に際にユルルはアリスィアがトゥルーの妹であると気づいて、謝りながら目を閉じて死亡をする。感動が僅かにあるが鬱でもあった。

 

 しかし、それはゲームの筋書きの話であり、現実ではモードレッドとフェイと言う二人が追加されている。

 

 

 それによって、やはり運命というのはあっさりと変わってしまうのだ。

 

 

◆◆

 

 フェイ達五人が自由都市内を回っていた。ダンジョンに潜ったり、様々な裏道なども調べたがなかなか見つからない。自由都市は途轍もなく広い。ダンジョンを入れれば探す場所などほぼ無限にある。

 

 だったのだが……やはりゲームイベントは発生してしまう。それによって、ユルルとメイ、アリスィアの前にとある影が現れる。

 

 

「おいおい、四人も女を侍らせるなんて……羨ましいじゃねぇか」

 

 

 白髪、というよりどこか黒が混じった灰色のような短い髪。濁った青い瞳は僅かにユルルと似ているような外見だった。だが、彼女のように甘さも優しさもない。ただ只管に欲望の限りを尽くす人として枷が外れてしまった外道であった。

 

 

「ガへリス兄さま……」

「あ? 誰だよ?」

「兄さま……私です。ユルル・ガレスティーアです……」

「知らねぇな」

「……記憶などどうでも良かったですね……。貴方を私は……斬る」

「はっ、面白い。かかってこい」

 

 

 彼女は剣を既に抜いていた。元から自らの兄を斬ることを決めていたからだ。家族を斬ると言う行為に迷いはあるが、戦闘の意を示す。

 

 

「お嬢様、大丈夫ですか?」

「ダイジョブだよ。フェイ君も見ててください」

「そうか」

 

 

 アリスィアとモードレッドも手を出さないようだった。しかし、アリスィアはフェイに手を出さなくて良いのか聞いた。

 

「アンタ、いいの? 一人で行かせて」

「アイツがそれで良いと言うならな……」

「そう……」

 

 

(コイツだからどうせ、どこかで手を出すんだろうけど)

 

 

 

 ユルルはガへリスに向かって剣を向けながら走る。鉄の剣が互いに交わる、彼女にはどこか、迷いがあるが洗練されていた。フェイに教え続けた剣は彼女に更なる冴えをもたらしていた。

 

 あっさりと剣を弾きながら、肩に彼女は剣を刺そうとする。だが、そこで迷いを持ってしまった。嘗ては優しい兄であった、だから思わず剣を止めてしまった。そこをつかれて彼女は剣を向けられる。

 

 

「あ……」

 

 

 彼女は自らの一瞬を隙をつかれて、勝負の敗北を感じる。しかし、今度は更に重厚な剣の音が響く。

 

「交代だ、あとは弟子に任せておけ」

 

 

 剣が交わった事で両者の勝負は一旦止まる。フェイは横から入り込み、ユルルを抱きかかえながら一度下がる。そして、メイに顔を向けずに指示を出した。

 

 

「おい、そいつの眼を隠せ」

 

 

 メイは言われるがまま、ユルルを抱き寄せて胸元に顔をうずめさせた。ユルルに倒す所を見させない為の配慮だと全員が気付いた。

 

 

「弟子ね……。その女は俺の剣と似ていたが……お前も似ているのか」

「さぁな、だが剣を使う必要もないな」

「……なに?」

「お前は俺より弱い」

「言うじゃねぇか、クソカス」

 

 

 

 彼の瞳は闇に染まる。彼を包んでいた、いや内包をしていたと言うべきなのか。とある人物によって植え付けられていた闇を解放した。戦闘能力、身体能力、闘争本能、全てが膨れ上がった。

 

 

「多少は楽しませてくれよ」

「その余裕はないだろうさ。俺も楽しむあれもない」

 

 

 

 先程とは比べるまでもない速さで彼はフェイの首元に斬りかかる。

 

 

――勝ったな、雑魚が

 

 

 そう認識をした。彼は本当に剣すら抜かないで無防備に立っていた。しかし、彼は彼の手首に左足をぶつけて彼の手首元の剣を吹っ飛ばす。

 

 

「おいおいおい、速いじゃねぇか」

「……」

 

 

 柔と剛、殴りかかってくる彼の手首を捻りながら背負い投げる。しかし、彼も負けじと闇の星元による、体力回復、手傷回復を行う。だが、それをしたところで有利になったと言う事ではない。

 

 

(なら、もっと闇で己を強化すればいいだけだなッ)

 

 

 精神は既に闇に満たされていた。記憶も消えて、それでようやく彼は強くなれる。もう、本当にユルルの事も、自らが殺めてしまった母の事すらも忘れた。

 

 ただ、眼の前の快楽にふれてきた。それを只管に繰り返してきただけだ。子供のように自制心も捨てた。だが、だからこそ、本当に触れてはいけない存在に安易に触れてしまった。

 

 モードレッド、アーサー、そう言った驚異的な実力を持つ者達。彼女達だけではない。他にも数多存在する。しかし、それとはまた別種の番外存在。

 

 

(……は?)

 

 

 強化をしても、もっと強くなっても。もっともっともっと、更に上から無慈悲に殴られる。今までとは違う、人を殺すことに彼は躊躇がない。迷いなき一閃は何者よりも強い。

 

「はは、イキガッテいられるのも今の打ちだごッ!!!」

 

 

 心臓部にスクリューを打つ、打つ、打ち砕く。それを後ろで見ていたアリスィアはその動きを焼きつけるように眼に納めていた。彼女の表情には()()が浮かんでいた。

 

 

「アイツ、前より強くなってるわね……」

「えぇ、流石ですわぁ!」

「……私もかなり強くなったつもりだったのに……私とアイツ(フェイ)、今戦ったらどっちが勝つ? 勿論、魔法とか全部込みで」

「貴方の負けですわね」

「……そう、でも百回やったら一回くらいなら」

「千回で一回ですわね」

「そう……千回やってようやく」

「ただ、フェイ様は百回に一回、千回に一回を無理やり、最初の一回目に持ってこれる方ですから……まぁ、それをさらに考慮をした方がよいでしょうね」

「……一生無理じゃん」

 

 

 彼女達の眼には既に結果が見えてしまっていた。だから、こんなにも暢気に観戦をすることが出来る。

 

 

「な、なんだ……こんな実力者が……」

 

 

(しかもただ強いだけじゃない……こいつには『迷い』がない……ッ)

 

 

 

(俺だって、人を斬るのは迷いがない。だが、こいつの迷いの無さはあまりに極まっている。殴るときにそれが普通だと思っているッ)

 

 

(殴ると言う行為が非難されることだとすら、思っていない、敢えて理性を乗り越えて殴ることで悦に浸る俺とは違う――)

 

 

(――本気で何とも思っていない)

 

 

 

「お、おい、いいのか? さっきの奴は俺の事を兄と言っていた、記憶はないが俺を殺したらアイツが――」

「――それで、何になる」

 

 

 

 黙々と彼は殴り続けた。心臓部から闇の星元が周り、身体を回復する。しかし、心臓部にフェイが拳をぶつけた時から、回復が鈍っていた。更に実力で勝てないと彼に思わせ、自然とけがを治すことを放棄させた。

 

 

 勝者はただ上から見下ろすだけ。フェイはガへリスをそのままギルドに突き出し、捕縛させた。

 

 

 

 ユルルには最後まで兄を殴る素振りも、捕縛させる様子も彼は見せることを拒んだ。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ユルル師匠の兄が遂に見つかったらしい。これはどうにもこうにも付いていなくてはならない。ユルル師匠はちょっと甘い所があるから心配なのだ。それにいつも世話になっているからどうしても、一緒に行かないと。

 

 え?

 

 

「危険なんです……自由都市は……私の兄が居て、ここに居てくれた方が安全ですから、ついてこないで欲しいです……」

「勘違いするな。この世界で最も安全な場所はこの国じゃない」

「え?」

()()()()。だから、着いて行く。毎度言うがごたごた言うな。俺に付いてこい」

「え、あ、ちょ、ちょっと」

 

 

 主人公の俺は死なない、つまりは俺は絶対安全。俺は世界一の安全な場所、つまりは俺の隣は世界で二番目に安心。俺はそもそも死なないから気にしなくていいんだよ?

 

 

 一緒について行くと、モードレッドとアリスィアにあった。相変わらず暴力系ヒロインのモードレッドはベタベタしてくる。

 

 更に引っ付き具合が物凄く強い、抱き着かれると骨がめしめし、音を立てるくらいだ。メキメキちょっと痛い。

 

「フェイ様ー! 愛してますわー!」

 

 

 クマってじゃれてるつもりでも人を殺すって聞いたことがある。アーサーはパンダだけど、こいつはクマだな。

 

 

 夜になって自由都市を回っていたら灰色の髪の悪そうなやつ、ユルル師匠が最初にそいつと戦うが怪我しそうになったので割り込んだ。

 

 こいつが兄なのか……似ても似つかないなぁ。全然優しそうじゃないし。さて、主人公として師匠の仇を取るか……。

 

 ユルル師匠も自身で兄を倒すのはやりたくないだろうし……。

 

 そして、俺は師匠の兄であっても決して、手加減はしない。ボコボコにする。師匠を傷つけて、尚且つ、綺麗な剣術を汚している奴なら尚更だ。主人公だし、大体暴力は容認されるしね。

 

 

「お、おい、いいのか? さっきの奴は俺の事を兄と言っていた、記憶はないが俺を殺したらアイツが――」

「――それで、何になる」

 

 

――俺は迷わない

 

 

 俺はラスボスが血縁者とか、先祖とか、父親とかであっても容赦なく殴る男。

 

『そ、そんな、父さんが……』

『ふふふ、息子よ。お前に俺が倒せるのかな?』

『くっ、どうして、父さんが……』

 

 

 みたいなことにはならない。容赦なく殴る。

 

『ふふ、むす――』

『――うるせぇ』

 

 

 殴るだろうな。クール系キャラだし、あんまり迷っている感じは似合わない。気にせずに、ボコボコにしてギルドに突き出した。

 

 しかし、ユルル師匠と顔あわせて良いのだろうか。俺は実の兄を殴って、捕縛したことを気にしてはいないが……ユルル師匠的には気まずいかもしれない。暫く考えたい時間もあるだろうな

 

 と考えていたら、ユルル師匠が部屋に入ってきた。

 

 

「少し、いいですか?」

「お前が良いならな」

 

 

 彼女はベッドに腰掛けると泣きそうな声で語りだす。

 

「ごめんなさい……貴方に、全部押し付けてしまった……。私は自分の手も汚せずに」

 

 

 気にしなくていいのに。

 

「汚したつもりも、穢れた気もしない。それよりお前はいいのか?」

「私は大丈夫ですよ……」

「嘘を吐くのが下手なのは知っているが……まぁいい」

「……私、フェイ君に迷惑を――」

「――お前の兄は、後二人いたんだったな」

「え?」

「俺が、倒してやる、だから、もう謝るな」

「……どうして、そんなに私の事を」

「お前の為じゃない。ただ、どうあがいてもお前は頭を下げるからな」

「あ、ごめ……いえ、その」

「謝る癖をやめろと言ってもお前は俺の言う事は聞かない。なら、俺がもう二度と謝る必要が無いようにするしかないだろう」

「フェイ君……」

 

 

 この人、優しいのに人の話聞かないところあるからな。しかし、境遇とか加味されるとどうしてもこうなるのかもしれないなぁ。

 

 もう、謝る必要はないようしてあげないと。師匠だしさ。感謝は忘れない。

 

 

「抗う必要はない」

「……私は」

「俺はお前より強くなった。別に剣を教える必要はない程にな。だが、それも考えなくてもいい、黙って無理せずに俺の隣に居ろ」

 

 

 決まった。感動的シーンをどうしても完成させてしまう俺。師匠の宿敵を弟子が代わりに背負うのは基本。

 

 しかし、感動シーンを作ったのは自覚しているのだが……

 

「ふぇ、フェイ君ッ」

 

 

 あまりに泣かれるとどうしていいのか、ちょっと分からない。号泣されて抱き着かれると、慰めるしかないと言うか……。

 

「わたし、わたし、さびしくて……ずっと、さびしくて、あにをきるのも、こわくて」

「分かっているから……落ち着け」

 

 

 本当に子供のように見えた。時々、子供っぽい感じに見えたけど、こんなに幼いの初めてだ。

 

 

 宥めるのに時間がかかりそうだ。まぁ、偶にはそう言うのも良いけどさ。

 

 

「流石に泣きすぎちゃいました……」

 

 

 暫くするとようやく彼女は泣き止んだ。目元が腫れているが、すでに感情の波は収まっていた。

 

 

「ずっと、隣に居ていいですか?」

 

 

 覗き込むように言われた。

 

 

「さっき、そう言ってくれたから……私は貴方と一緒にずっと、居たいです」

 

 

 手を握られた。うん、彼女が何を言いたいのかは分かっている。

 

 

「師匠としてはもう、一緒に居る意味はないです。それは分かってしまいました。でも、私は、私の気持ちは、そう言うの関係なしに一緒に居たいです」

 

 

 彼女は手が震えていた。また、何かに緊張しているようだった。俺も緊張をしている。

 

 

「だから、つまり……好きです。だから、け、け、結婚してくださいッ!」

 

 

 ……え?

 

 私でも覚えられなかった最終奥義を教えてくれるみたいな展開……だと思っていたんだが……あれ? 違うの?

 

 

「あ、私、このタイミングで言うつもりはなかったのですけど、つい、衝動的に……師匠として教えることが無くて、もう一緒に居る理由が薄くなったからそれが寂しくて言ってしまったと言うか」

 

 

 全然予想外過ぎて、どうしていいやら……え? 好きって、どういう意味? 流石に友達とかじゃないよね? 結婚って言ってたし? 血痕? 血で血を争う戦闘とかではないだろうな。

 

 結婚、婚姻か……それってやっぱり好きだったと言う事なのか? 

 

「好きというのはどういう意味だ?」

「恋愛的な、意味でしょうか……」

「そうか……いつ頃からだ?」

「えっと、フェイ君に本格的に剣を教え始めた時くらいです」

 

 

 初期からだったのか、えー、全然分からなかった。初見じゃ絶対見破れないだろ。

 

 あれ? でも、マフラーとか編んでくれてたよな?

 

 

「前にマフラーを俺に渡したな、あれはどういう意図だ?」

「ま、マフラーとかプレゼントして気を惹こうとしてました……嫌でしたか?」

「何とも思わないが……」

 

 

 そうか、そんな意図が……いや、初見じゃ気付かないって! もしかして、ボディタッチが多かったのも気功的な? 体の流水の流れを感じやすくさせるためとかじゃなかったのか?

 

 いや、その伏線はシナリオライター、難しいよ! 師匠ポジと思わせておいての、ヒロインも併せ持っていたのか。

 

 

 えー、これからどうしよう。一体だれがメインヒロインなのだろうか。

 

 ヒロインは……原点マリア(リリア)、暴力系のモードレッド、隠れ師匠のユルルの三つの党に別れて混沌を極めてしまっている。

 

 

 まぁ、それは今後考えればいいか。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

1名無し神

フェイ君、遂に限界値に達してしまった

 

 

2名無し神

なん、だと……

 

 

3名無し神

まぁ、でも強化アイテムあるんだろ? 自由都市の退魔の剣てきな

 

 

 

4名無し神

ワイ神、説明

 

 

5名無し神

ワイ知ってるで。それはあれやな。退魔士の血族のバーバラちゃんが使うはずの剣やな

 

 

6名無し神

あー、あの可愛い子ね。弟ラインだっけ?

 

 

7名無し神

全然出てこないじゃん、ラインは番外編のアリスィアの攻略対象でしょ?

 

 

8名無し神

モードレッド居たら、力借りる必要ないんやで。モードレッドはワイ的に最強キャラの一人やと思ってるわ。

 

 

9名無し神

フェイのせいで大分、明るい子になってるしね

 

 

10名無し神

それで? 退魔の剣ってナニ? てか退魔士ってナニ?

 

 

11名無し神

退魔士は、聖騎士とか冒険者とか出来る前から魔物とか退治してくれてた一族やで。先祖の退魔士の魂が封じられてるのが退魔の剣

 

 

12名無し神

へぇー。その剣は魂食べるとか言われてたけど? そもそもどこで活躍するの?

 

 

13名無し神

ワイの知ってる原作ではアーサーとか、ケイ、モードレッド、マーリンとかが原初の英雄の細胞を植え付けられた『子百の檻』があるのは知ってるやろ?

 

そこで『悪童』っていう奴も居た。それとアリスィアとラインが一緒に戦う。これに勝つとライン√入れる。

 

そのままバーバラとラインのお父さんを殺した奴と戦う(この敵はユルルと兄ちゃん達に闇の星元与えた奴、更にトゥルーを一回最初のヘイミーの村で殺そうとした奴)。

 

これが自由都市のダンジョンでいろいろ悪いことしてた、そもそもダンジョンの成り立ちとか暴露。そのままアリスィアもラインも殺される……そこで彼女は強大な敵を倒すために退魔の剣を持っていく。

 

 

倒すんだけど、そのまま剣に精神乗っ取られて終わり。

 

 

14名無し神

バーバラちゃん、あんなに可愛いのに……

 

 

15名無し神

乗っ取られて死ぬのか

 

 

16名無し神

もう、だめだ、おしまいだ……

 

 

17名無し神

まぁ、フェイが何とかするやろ

 

 

18名無し神

せやな

 

 

19名無し神

フェイ君なら、喜んで剣を使ってくれそう

 

 

20名無し神

精神系はフェイ君強化アイテムだから

 

 

21名無し神

ってか精神系を使う敵多くない?

 

 

22名無し神

ワイ的に、確かに多いけど……そもそもそう言う世界観と言うか……聖杯とかあるんやけど、精神とか宗教的な潜在意識的な話でもあるしね。そもそもメタな話になるけど、アーサーちゃんとトゥルー君は戦闘能力あり過ぎるから、追い込むらなら精神系に特化させるしかないのよ。

 

 

23名無し神

キャラ強すぎちゃったから、シナリオライターが精神系で何とか、鬱展開を出したかったわけね

 

 

24名無し神

誰だよ、これ書いたの! キャラ鬱に落としまくりやがって!

 

 

25名無し神

全然どうでも良いけど、ユルルちゃんが遂にヒロイン認定されてた!!

 

 

26名無し神

祝やな!

 

 

27名無し神

でも、まだまだ認識されてない奴多いけど

 

 

28名無し神

そんなのどうでもいいわ、大事なのはユルルちゃんだけ

 

 

29名無し神

全然関係ないけど、この間ヘスティアがユルルのコスプレしてるの見た

 

 

30名無し神

恥知らずだな

 

 

31名無し神

ユルルの格好すればフェイが死んだとき、天界で優しくされると思っているんだろうね

 

 

32名無し神

恥も極まったな

 

 

33名無し神

ヘスティアもだけど、英雄たちもまぁまぁ、やばいやろ

 

 

34名無し神

あいつら、後輩のフェイ君に嫉妬してるからな

 

 

35名無し神

ダサすぎ

 

 

36名無し神

ロミオとジュリエットいたやん?

 

 

37名無し神

それがどうした?

 

 

38名無し神

ジュリエットがフェイ君にハマったせいで別れたらしい

 

 

39名無し神

最高(笑)

 

 

40名無し神

えwwwwwwwちょwwww

 

 

41名無し神

あの可愛いジュリエットもフェイにハマったんか?

 

 

42名無し神

最近、アテナが勝手にソシャゲだしたやろ? あれに皆、課金してるらしい

 

 

43名無し神

ただの絵に馬鹿なん?

 

 

44名無し神

フレイヤ、フェイ君、凸してめっちゃ強化してるらしい

 

 

45名無し神

ガチャめっちゃ渋いって聞いた

 

 

46名無し神

アテナやりたい放題だな(笑)

 

 

47名無し神

ガチャ2%らしいよ、最高レアリティ

 

 

48名無し神

うわぁ。足元見てるなぁ

 

 

49名無し神

フェイ君実装とか言っても、配信の一部を切り取ってエフェクト当ててるだけやん

 

 

50名無し神

あれ、マジで手抜きゲームやぞ

 

 

51名無し神

アテナ、クソ過ぎ

 

 

 

■■

 

 

『最近、我らが後輩に限界値が来た件について!!』

 

 

1名無しの英雄

嬉しい

 

2名無しの英雄

ようやく親しみがわいてきた

 

3名無しの英雄

そろそろ、もうアイツの活躍お腹一杯だった

 

4名無しの英雄

ありがとう!!

 

5名無しの英雄

活躍しすぎて、もうぉぉ、やめましょうよぉぉぉ!!! 先輩たちの威厳が!! 保てないッ! 一人一人、頑張って生涯を終えているのに!! どうじで!!

 

とか言ってたから助かる

 

6名無しの英雄

まぁ、ギリギリ、飲み会に呼んでお酒ついで頭下げるレベルになったな

 

7名無しの英雄

結局低いのかい

 

8名無しの英雄

でも、俺的には何処まで強くなるのか見て見たかったけどな

byクーフーリン

 

9名無しの英雄

はい、でたー、古参の極端の主張

 

10名無しの英雄

お前等はまだそれなりの英雄だから面子保てんだろ? 俺達は本当に名無しの英雄だからな?

 

11名無しの英雄

そんなに怒るなよ。強い奴が出てくるのは良い事じゃねぇか?

byクーフーリン

 

12名無しの英雄

勘違いするなよ? クーフーリン? お前も既にフェイの下だからな?

 

13名無しの英雄

は?

 

14名無しの英雄

槍とか時代遅れ過ぎ

 

15名無しの英雄

もう、いいよ、クーフーリン。そんなに上から言わなくて

 

16名無しの英雄

いやいや、俺まだまだ現役だから。この間も槍を教えてくれって年賀状来たんだからな!

 

17名無しの英雄

>>16

その年賀状はどうせ美容院からだろ?

 

18名無しの英雄

確かに(笑)

 

19名無しの英雄

わざわざ槍教えてって年賀状では送らないだろ(笑)

 

20名無しの英雄

は? いや本当だし!

 

21名無しの英雄

もういいから、見え張るなよ。

 

22名無しの英雄

お前等そう言うのがあるから、無名なんだろ!!

 

23名無しの英雄

顔真っ赤で反論してそう(笑)

 

24名無しの英雄

もういいから、落ち着いて

 

25名無しの英雄

はいはい、クーフーリンの槍凄い

 

26名無しの英雄

古参の癖にフェイの味方しやがって

 

27名無しの英雄

そう言えばジャンヌダルクも好きって言ってた

 

28名無しの英雄

ソシャゲやってるらしい

 

29名無しの英雄

裏切り者だ

 

30名無しの英雄

この間声かけたら、神に祈るより周回の方が大事って言ってた

 

31名無しの英雄

フェイに手紙書いてるって言ってた

 

32名無しの英雄

いや、手紙は届かないだろ

 

33名無しの英雄

アテナが絶対不可侵の条約作ってるからね

 

34名無しの英雄

まぁ、それは分かる、干渉させたらキリないし、面白くない

 

35名無しの英雄

でも、沢山書いて、いつか古参ファンだって言うらしい

 

36名無しの英雄

迷惑オタやん

 

37名無しの英雄

別にそれはええんちゃう?

 

38名無しの英雄

ただ、古参の癖に新入り好きとか気に入らんな。

 

39名無しの英雄

今度、年末英雄会ハブるか?

 

40名無しの英雄

いやいや、そこまでしなくても……精々、もう一回魔女狩り裁判するくらいにしておこうや

 

41名無しの英雄

>>40

一番厳しいんかい!!!

 

42名無しの英雄

でもまぁ、ええやん。限界値来てるんやし

 

43名無しの英雄

せやな。強化は絶対来ないだろ

 

44名無しの英雄

ここまででも十分強い。強化は絶対来ないよ

 

45名無しの英雄

強化とかマジで来ないでほしい、まぁ、来ないだろうけど

 

46名無しの英雄

一応、これらからもウォッチしておくか、絶対強化はこないだろうけど

 




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48話 強化

以前から目の見えない人生だった。真っ暗で全てが怖った。周りの子達は皆優しかった。でもその優しさが劣っていると示され続けているようでそれも辛かった。

 

 しかし、それはフェイによって変えられた。己は特別でも無ければ、劣っているわけでもない。自分はいくらでも変えられる。

 

 これからはもっと頑張ろうとレレは決めたのだった。それから数か月が経過した。ある日、レレが木剣を持って素振りをしているとマリアから声が書けられる。

 

「レレー」

「なーに?」

「フェイが自由都市に来いって言ってるんだけど……」

「わー! いきたい! ぼくいきたい! いってみたかった!」

「そう……フェイがね、今日呼びに来ると思うから……一緒に行こうね」

「うん! ぼうけんしゃのとし! すごくたのしみ!」

 

 

 フェイからの手紙には、今自分は自由都市に居る、そして今すぐ来い、向かいに行く。とだけ書かれていた。宛先がレレとマリアだったのだが、どうして自由都市に行くのか、彼女には見当もつかなかった。しかし、彼が無意味に誘う事などあるはずはないと、身だしなみを整えて国の門の前で彼を待った。

 

 

「あ、フェイが来たわ」

「おー!」

 

 

 マリアが馬車から降りてくるフェイに気付いた。だが、彼女はフェイに声をかけるのをためらってしまった。なぜならフェイと一緒の馬車からユルルとメイが降りてきたからだ。

 

 

「フェイ君……その、返事はいつでも良いですから……でも、一緒に居てくれたらうれしいです……」

 

 

 小声でフェイの耳元で言っているようで何を話したのかは分からない。だが、照れ臭そうにしているユルルを見て、何かしらの進展があったのではないかと彼女は感じた。

 

 

「フェイ様、メイの脳はお嬢様のせいで破壊されそうでした。イチャイチャする相手をちゃんと選んでください。あと、あのアリスィアと言う方はお気を付けください」

 

 

 自身がロマンス系小説の主人公だと思い始めた彼女はユルルとフェイが仲良くコッソリいちゃついているのを見て脳が破壊されそうだった。当初は自身とフェイがいちゃつく予定だったからだ。

 

 そして、アリスィアと言う本物のロマンス系の主人公を目撃して無自覚な、怒りと同族嫌悪に近い衝動で彼女は自由都市ではちょっと大変だったのだ。そんな彼女には気づくことなく、フェイは澄まし顔で流す。

 

 

「フェイ……久しぶりね……」

「よし、準備は出来ているようだな。行くぞ」

「おー---!!!」

「えと、その……うん」

 

 

 

 さっきは二人と何を話していたのかマリアは聞こうと思ったが、引っ込みな性格の為に聞くことは出来なかった。馬車に乗り込み、3人は自由都市に出発した。

 

 

◆◆

 

 

 フェイ達は自由都市に到着し、フェルミの館に足を向けた。フェイ、マリア、その間にレレが入ってマリアと手を繋いでいる。

 

「ふぇいもてをつなご!」

「……好きにしろ」

 

 

 そう言いながらも彼は手を伸ばしてくれた。レレはその手を取って、嬉しそうにしながら歩く。

 

 

「ぱぱとままみたい!」

「あ、あらあら! そんな事言われると……て、照れちゃうわね?」

 

 

 おろおろとレレの言葉に反応をするマリア、そんな彼女の様子をフェイはやはりヒロインだなと思いながら歩みを進める。

 

 

「おや、来たようだね」

 

 

 中で待っていた一人の老婆にマリアは首を傾げる。私達にどうしてこの人を紹介したいのか意味が分からなかったからだ。フェイは縁を広げようとか、皆大好き! もっと仲良くとか言うような子ではない。

 

 だからこその、疑問であった。しかし、それはすぐさま解消されることになる。

 

 

「ほほほ、どうやら説明していないようだね。あたしの名はフェルミ。義眼を作ることが出来る老いぼれさ」

「義眼……!?」

「そうさ、そっちのレレと言う子に二つほどの義眼を作って欲しいと頼まれていてね」

「……そう、そうだったのね。フェイ……貴方」

 

 

 マリアが眼を向けると無言で彼は眼を逸らした。フェイは腕を組んだまま壁に寄りかかる。後はお前たちが決めろと言っているようだった。

 

 

「レレ……? フェイがね、貴方の眼を見えるようにしてくれるかもしれない人を紹介してくれたの」

「……え、本当?」

「うん」

「本当に?」

「そうよ」

「やったぁ! ほんとうなら、うれしい!」

「……でも、それには手術が必要なの」

「それならだいじょうぶ! それくらいかくごをきめるまでもないから!」

「そう……ちょっとフェイに似て来たわね」

 

 

 幼い子供なら誰もが怖がるだろう手術という行為を進んで許容するレレにマリアはフェイと似て来たなと感じる。フェルミもレレの覚悟の強さを感じ取るとすぐさま手術室に連れて行った。

 

 一時間ほどで終わると告げて……フェイとマリアを別室に残して。

 

 

「フェイって、やっぱり優しいんだね」

「別に……そうでもないさ」

「もー、照れ隠し?」

「違う」

「私は優しいって思ってるけど……違うの?」

「そうだ、別に優しさじゃない。慈悲でも無ければ、施しのつもりもない」

「そっか。でも、そういう所……私……」

 

 

 あ、これ以上は言えない。と彼女は思った。顔も気付いたら紅に染まっており、体温も上がっていた。手でパタパタと顔を扇いで体温を冷ます。

 

 

「さっき、ユルルさんとメイドの人と話してたけど……何話してたの?」

「別に、大したことじゃない」

「そっか……」

 

 

 そこから無言な二人の時間は過ぎていく。さほど時間もかからないうちに手術室がガッと勢いよく開くことになる。

 

 

「まりあー!」

「レレ!」

「うわぁぁあ!! まりあ、こんなかおしてるんだ! びじんってかんじする! よくわかんないけど!」

 

 

 レレの眼が開いていた、彼の眼はマリアのしっかりと認識していて、ちゃんと彼女の様子を把握している。今までの彼には出来なかったことだ。義眼の移植によって彼の眼は見えるようになったのだ。

 

 

「おばあちゃ……フェルミおねえさん、ありがとー!」

「この子、出来るね……どういたしまして、ぼっちゃん」

 

 

 マリアもフェルミの御礼を言いつつ、こういう所もフェイに似て来たなぁと女たらしのようなイメージが付きつつあった。

 

 

「おー! ふぇいは……なんかカッコいい! くーるっぽい? かんじする、わかんないけど、すっごくかっこいい!」

「ふふ、レレ正解よ」

「まりあがすきなのもなっとく」

「……あはは、それも正解」

「すごくもてそう、だね……大変?」

「大正解」

 

 

 レレは凄く察しが良かった。

 

 

「ふぇいって、ちょっとこわそう、でもやさしいとおもってたから、いがい! そういうのぎゃっぷ?っていうの?」

「さぁな」

「でも、やっぱりやさしい!」

「そうか、それはどうでもいいが……眼が見えたからどうという事もない。今までと俺は態度は変えない。自分のしたいようにしろ」

 

 

 冷たそうに突き放して、彼は家から出て行こうと廊下に向かって歩き出す。

 

 

「ちなみにお値段って……」

「あの子が払ってくれてるよ、ほらついて行きな」

「はい、ありがとうございました」

「ありがとう、ふぇるみおねえさん!」

 

 

 二人もフェイを追って歩き出した。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ――円卓英雄記 外伝 『退魔の目覚め』

 

 

 これは二人の退魔の末裔の別れの話である……。

 

 

 退魔士、嘗ては聖騎士、冒険者などに変わって魔物を退治していた善良なる戦士の事である。しかし、それは今では殆ど残っていない。

 

「ライン?」

「なに?」

「変な夢を見た……姉さんが消えて……俺と戦う夢を」

「姉さん呼びとはどうしたの? 珍しいね、いつもはバーバラとしか呼ばないのに」

 

 

 レギオン、冒険者達の派閥グループ。多種多様あるレギオンの中でも、その一つである『ロメオ』と言う最大派閥で二人は団長(バーバラ)副団長(ライン)という大きな立場だ。

 

 そのロメオの拠点のソファでラインは目を覚ました。夢の中では姉が古い禍々しい剣を持って自らを貫いた。それが妙に生々しくて不安がよぎった。

 

 

「ま、まぁ、夢だよな……そう言えばさ、そろそろ父さんが死んでから10年だよな」

「そうだったね……そろそろお墓参りに行かないと――」

 

 

 

――二人が仲良く談義を繰り広げていると

 

 

「団長!」

「ん?」

「何か、変です……。ダンジョンが」

「ダンジョンが?」

「別の場所から、入り口が……出て! 魔物が溢れて、止まりません!」

 

 

 一人の団員がバーバラたちに報告に来た。その表情の慌てぶりと、纏まらない言葉の羅列に彼女達は尋常ではない何かを感じ取る。

 

 急いで拠点の家から外に出ると……ダンジョンがある真逆の方向から大きな大群の音が聞こえて来た。これは先日の自由都市を襲った魔物の大進軍に似ているような気がしていた。

 

 先日から日数は過ぎて、復旧も少しずつ済んでいるが未だに一般民にも冒険者にもあの恐怖は残っている。徐々に都市に不穏な空気が浸透していった。だが、それを振り払うのが自分たちの成すべきことだと感じた彼等は走り出す。

 

 

 自由都市内には既に数百の魔物が侵入していた。だが、他の冒険者達がすでに応戦を繰り広げていた。以前の侵攻があってからいつ何が起きてもいいように準備を欠かさない者達が居たのだ。

 

 その者達に都市の防衛を任せ、二人は大本の源に向かう。この魔物が一体どこから出ているのか、どうして唐突に現れたのか。それを根本から解決しなくては意味がないからだ。

 

 バーバラとライン、二人は魔物を倒しながら走り続けると、とある世界の大穴を発見する。大きさ直径で約40メートルほど、下は見えないほどに暗い。そこから徐々に魔物が溢れてくるのだ。

 

 

 魔法を駆使して、大穴に叩きこみを数を減らしていく。だが、その行為が僅かに止まる。誰かがこちらを見ていると感じたからだ。

 

「この視線……貴方は、デラッ」

 

 

 黒いローブを被った男性が数十メートル先からこちらに向かってくる。デラと呼ばれた男。彼はブリタニア王国でユルル・ガレスティーアに闇の星元を施し、彼女の兄弟にも闇を与えた。

 

 トゥルーと言う聖騎士をとある村で殺そうともした。

 

 それだけでなく、嘗てバーバラ達の両親も殺している。彼女達は彼が行った全ての悪行を知っているわけではない、だが、それでも両親を殺されているのだから憎むのは当然、憎悪は当たり前であった。

 

「僕を覚えてくれてたとは」

「当然だよ。私のお父さんから龍蛇の魔眼を奪って殺したんだから」

「あー、そうだったね。いや、この眼を奪うのは苦労したよ。まぁ、今更必要はないけど……」

「この大穴はお前の仕業か!?」

「ラインも久しぶりだね。君の質問に答えるなら、その通りさ」

「ダンジョンを元に戻せ!」

「元に戻せね……というか、そもそもこのダンジョン自体が永遠機関の作った天然の実験場なんだけど」

「「……永遠機関……?」」

 

 

 

 永遠機関、人間の生命の限界値を極め、そして新たな極致を目指す集団。違法な実験を行い、それらを私利私欲のために使うのが彼等だ。

 

 

「なぜ、この自由都市のダンジョンにだけ、魔物から魔石がドロップすると思う? こんな現象、都市の外にはないよ」

 

 

 彼はもう、その謎がどうでもいいように淡々と答えを提示しようとする。

 

 

「その答えを教えよう、もう意味もないから。誰も知らないままでは面白味も無いからね。……元はとんでもなく大きな魔石だったんだ。ダンジョンと言うのはね」」

 

「そこからだ、永遠機関が地中に眠るその魔石に気付いた。魔石の魔力から魔物を作り出す技能を開発した。とは言っても最終的には頂上的な生命を作り出すのが目的だったんだけどね」

 

「だが、その経過途中で我々は勝手に魔石を削り魔物を作り出す技能を得た! どうなったと思う? 彼ら魔物は勝手に徒党を組んだのさ! 彼らは自身と似た形、毛並み、行動パターンを自己に分析して勝手に巣を作り出したんだよ!」

 

「自らの領域を広げて、勝手に広がってダンジョンが出来た。僕達としてもここまで巨大な大きさになるとは思ってもみなかったけど」

 

「おかげで、冒険者が行方不明になりやすい状況だから、偶に攫って実験対象にできたけどね。どうだ? これがダンジョンの真相だよ!」

 

 

 両手を広げて彼は大声で語る。おもちゃを自慢したい子供のような言動に呆れる暇もなく、二人は息を飲んだ。

 

 

(ダンジョンって、かなり数百年前からアルって聞いてたけど……そんな前から永遠機関とか言う団体はあるって事……? 本当なら相当に根が深そう。自由都市以外にも関係者とか絶対居るッ)

 

 

 ここでこの男を斬った所で、何が変わるのか。何かトンデモナイ自体が都市を、国を、世界を襲っているような感覚が走る。

 

 

「バーバラ……」

「うん、これはここで討伐しないといけなそう」

「あー、まぁ、君たちに魔眼が効かないのは知ってるけどさ……でも、僕がこうやって出てきたのって実質的に準備が整ってるからなんだよね」

「「……え?」」

「――おいで、深淵爪の龍(ギガント・クロー)

 

 

 彼が手を空にあげた瞬間に地面が揺れる。バキバキ、と先ほどの大穴から何かが上がってくる気配が感じられた。二人の頭には危険信号のような何かが走り、急いでその場から退散する。

 

 空に向かって土煙が上がり、大風が吹き荒れる。魔物にもバーバラ達にも痛いほどに小石や風が当たる。衝撃が止んで薄っすらと眼を開けるとそこには、大きな竜が居た。

 

 比喩ではない、ただ見た瞬間に絶対的な差を感じ取った。あれに挑めば殺される。と魂が訴えていたのだ。

 

 この都市の冒険者達が力を合わせれば問題は無いのかもしれない。だが、それは不可うのだろう。最大派閥には妙な小競り合いがある、足並みをそろえるのは難しい。ならば、自分達だけならどうだろうか。

 

 『ロメオ』なら……バーバラは考える。そして、無理だと悟った。今の自分達にはあれは倒せない。だが……父の敵、都市の命運、弟、他の団員達。

 

 全てを守りたいと、そして、この復讐の闇も晴らしたいと彼女は願った。

 

 

「ライン、ちょっと外れるから……足止め、お願い!」

「な!? バーバラ!! 待って!」

 

 

 彼女は駆けだした。風よりも早く全力でフェルミの家に向かう。家の中に入り、とある部屋の前で足を止めた、決してこの部屋を開けることなどないと思っていたのに。

 

 父が大事に持っていた退魔の剣。一度も見た事も無かったがフェルミの家に封印がされていると聞かされていた。大量のお札が張られていたがそれらを剥がして彼女は剣がある部屋に入った。

 

 禍々しい闇の風が、窓もない部屋から吹いてきた。突風で彼女は眼を開けられない。だが、手で顔を覆いながら進んで、進んで、台座に刺さっている剣……否、刀を手に取った。

 

 刀身はお札が何枚も巻き付けられており、僅かに見える鉄の部分も錆びている、持ち手もお札が張られている。

 

 彼女がその刀を持った瞬間、景色が切り替わる。辺りは真っ暗で足元は泥水のように淀んだ、沼地に変化している。

 

 

『おやおや、久しい人の子よ。よう来た、よう来た。こっちに寄ってくるのじゃ』

 

 

 その沼地の中に大きな岩でできた玉座のような物があった。そこに一人の女性が座っていた。バーバラは思わず、自分が座っているかと錯覚した。

 

顔立ちは自分とそっくり、双子と言っても差支えはない程だったのだから仕方は無いのかもしれない。

 

 髪の色も両者桃色で眼も青色。己が退魔の一族の末裔だと彼女は改めて感じた。バーバラとそこに座っている女性は似ている。だが、大きく違う部分もある。先ずは髪の長さ。

 

 桃色の髪はバーバラはボブヘアーのようなイメージだが、その女性は腰ほどまで伸びている。

 

 服装も違う。その女性は浴衣のような物を着込んでいるが、前がはだけて一部が大きく露出している。

 

 

「あの……」

「言うな言うな、人の子よ。わらわが誰か、知っておるんじゃろ?」

「……退魔士、『バラギ』さん……です、よね」

「正解。さてさて、お主は『鬼』であるわらわに何の用じゃ?」

 

 

 バラギと名乗る、バーバラの先祖の額には角が二本生えていた。彼女は岩の玉座から降りた。そのままゆっくりとバーバラに歩み寄る。驚くべきは彼女の背丈が思ったよりも大きい事だろうか。

 

 バーバラよりも一回り程、大きい。見下ろすように立つと、ゆっくりと額に触れる。

 

「なるほど……大体把握した。全てを救うために力を欲したわけじゃな……カカカ、よいよい、ならば与えよう、力を……」

「本当!? じ、時間が無くて、ハヤク、早く力を」

「慌てるでない。力は与えよう。じゃが……わらわも暇での、ずっとこんな寂れた場所に一人……代わりにお主の体を貰おうか」

「か、体?」

「そう、お主の弟や大事な下僕をわらわが救ったら、今後一生わらわがお主の体を使って生きる」

「……そんな」

「まぁ、無理にとは言わんがの」

「……」

「どうする? いやなら引き返せばよい。ほれ帰り道はあっちじゃぞ?」

「……今の私達にあの竜は倒せますか?」

「無理じゃろ? お主が分かっておるくせに、その為にここに来たんじゃろ?」

「……あの、体を渡したら、私はどうなりますか……?」

「死ぬ、それだけで勘弁してやろうではないか。退魔士は死ぬほど憎いが体をくれると言うのであればな」

「死ぬか……どうせ――」

 

 

 

 バーバラは決意をした。どちらにしろ、あの黒い竜がすべてを無に帰すであるのならば……

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 当所現れた黒い竜により一気に辺りは焦土と化す。放たれる炎は一瞬で人の骨すら溶かすほどだ。

 

 魔石の研究の最終終着点とも言える竜の創造。その力をライン達は抑えるので精いっぱいだった。

 

 龍の額には黒ローブ男デラが乗っており、上から神のような視点で見下ろしている。彼の眼には既に自由都市は写っていない、興味すらない。人の生命も、培ってきた営みも全てを壊しても何の感情もない。

 

 ただ、あるのは龍の生産に成功した喜びだけ。彼の指示でまたしても炎が龍から放たれる。

 

 あ、死んだ。と感じた。あれだけは無理。何度も吐かれている炎とは比較にならないと誰もが悟る。

 

 だが、その炎が放たれたのに誰も死んでいない。一瞬で酸素が無くなったように炎は最初から無かったように消え去った。

 

「誰だ?」

「……カカ、人工的とはいえ、竜か!? 面白い! 少しは楽しませてくれ!!! 宴だ」

「ね、姉さん?」

 

 

 ラインの眼に宙に浮かび、竜と同じようにこちらを見下ろす姉が居た。だが、どこか雰囲気が違う、それだけではない。額、腕、甲、あらゆる場所に禍々しい紋章が刻まれていたのだから。

 

 

「あれは……退魔の紋章!?」

 

 

 ラインが驚く隙も無く、彼女は刀を振るった。次の瞬間、竜は二つに切れる。腹が斬られて、大地に竜が沈んだ。

 

「さて、お主はどうする?」

「バーバラではないな。まぁいい、あの竜は前座だ。本当の竜は僕自身なのだから」

「なるほど、竜人というわけか」

 

 

 デラと言う青年の肌が竜のような鱗に変わる。更には背中から細い羽のような物が十数本出現し、体もひと回り大きくなった。

 

「ほう……?」

「これが生命の終着点さ」

「うーむ? 弱いの」

 

 バーバラ(バラギ)は剣を振るう。彼女が持っている退魔の剣、バラギが封印されていた刀の本当の名はつめはぎ(爪剥)。その特性は一度、刀を振るうたびに指の爪を一本分持って行く。その代わりに大きく切れ味を上げることが出来る。

 

 

 バーバラの体を使い、星元操作、全ての主導権を奪ったバラギからすれば、竜は所詮、雑草程度の認識しかない。龍の力を得たデラもあっさりと真っ二つに斬った。

 

 

「ね、姉さん?」

「……ふぬ? あぁ、お主か……ら、ライン?」

「どうしたの、それ?」

「ごめんね……ライン。私、もう一緒に居られそうにないの」

「どういう事……?」

「ご飯、ちゃんと食べてね? 絶対だよ? ちゃんと幸せに……うぅ、頭がッ」

 

 

 正気を取り戻したバーバラは頭を抑えた。そのまま地面にうずくまって嗚咽を吐きながら、地面の這う。

 

「あ、頭が、割れるように、痛いッ」

 

 

(約束じゃ、体は貰うぞ)

 

 

「い、いや」

 

 

(いや、貰う。お前は、わらわのモノじゃ。耳を閉じてもわらわの声は響くぞ?)

 

 

「ま、まだわ、わ、たし」

 

 

(直接、心に問いかけてるからな。いくら耐えても無駄じゃよ)

 

 

 うずくまるバーバラにラインは急いで駆け寄る。彼女に手を触れようとしたら、既に彼女は立ち上がり、背を向けていた。

 

「さて、協力御苦労。ようやく新しい依り代が手に入った……、退魔士の末裔か、どうりで馴染む」

「お、おまえ」

「さて、退魔士は全員殺してやりたいが……お主だけは残してやろう」

 

 

 

 彼女はラインの側を通り過ぎた。そのまま彼に一撃を加えて彼を気絶させる。

 

 退魔士、その末裔である二人。退魔士には嘗ていくつもの派閥があった。嘗ては派閥争いがあったが、今では無くなっている。既に退魔士と言うのが必要ないからだ。

 

 だが、いくつもある家系に一つだけ言われていることがある。各代の当主はバラギが復活した場合はそれを討つようにと……。

 

 

 ずっと、バーバラ達の家が守っていた退魔の剣は解き放たれた。それは直ぐに他の退魔士の家系にも伝わることになる。

 

 

 

 

◆◆

 

 

――異史

 

 

 フェイはフェルミの屋敷でけがの手当てを受けていた。朝からモードレッドと対戦をして半殺しにされた彼は、治療を余儀なくされたのだ。

 

「あーもう、こんなに無茶して……」

 

 

 アリスィアは包帯をフェイの頭に巻きながらテシテシと、彼の頭を叩く。

 

 

「もう、アンタは……モードレッドもやり過ぎだし……もう、私が居ないと二人共どこまでも無茶するから」

 

 

 ちょっとだけ、彼女は膨れっ面で怒っていた。無理をしないでくれと言って止まってくれるような存在ではないと分かっているが、訓練のたびに血塗れになられると気が収まらない。

 

 

「あのさー、もうちょっと遠慮できないの? アンタが心配なんだけど」

「無理だな」

「あ、っそ」

 

 

 フェイは手当てが終わると何事もなかったように立ち上がる。

 

「どこ行くの?」

「ダンジョン」

「やめてよ、ってかダメよ! 怪我したばかりなのに! 今日は休んで!」

「……」

 

 

 むー、とアリスィアは怒っているとアピールするが彼はそれを聞くつもりは一切ないようだった。

 

「ちょっと、待ちないさよ!」

 

 

 フェイが一人で外に歩いて行こうとするとアリスィアが付いて行こうとする。彼等が部屋から出ようとすると前からバーバラがやってきた。

 

 

「あれ? フェルミさんいないの?」

「丁度、買い出しに行ってるわ」

「そっか。ちょっと話が合ったんだけど……後で良いかなー。あ、ふーちゃん来てたんだ、久しぶりー」

 

 

 バーバラはフェイに微笑みながら挨拶をした。軽く手を振って反応を伺う。しかし、フェイはクールに何の反応も示さない。

 

「ありゃ、私嫌われてる?」

「……好きでも嫌いでもないが」

「そかそか! いやー、嫌われてたら悲しかったから取りあえず良かった!」

「……そう言えばお前は退魔士だったな」

「そうだけど……? それがどうかしたの?」

「この家には退魔の剣があると聞いた」

「確かにあるけど……」

「どこにある?」

「えっと、あっちの部屋だけど……案内しよっか?」

「そうだな。やってもらおうか」

「まぁ、見学だけならいいか」

 

 

 僅かだが、アリスィアはフェイが笑って居ることに気付いた。本当に一瞬だけ、僅かに頬が緩んだだけだが、笑ったと言うのが彼女の中で驚きになる。

 

 いつも表情を変えないのに……どうして? と彼女の中に疑問が大きくなる。

 

 

「この部屋だけど、入るのはダメだからね? 退魔の剣って言うのはって、ちょちょちょ! 待って待って! ふーちゃん! これは封印されてるの!」

「そのようだな」

「いや、あのね、封印って言うのは解いてはいけないって意味なの。それなのに堂々と札剥がそうとしたよね?」

「何か問題あるのか」

「あるよ! 大いにあるよ! って、あ、ちょっと!」

 

 

 フェイは無言で部屋の扉に貼られている、怪しげな札を剥がした。そのままドアを開ける。木のきしむ音が不気味に聞こえて、部屋から不穏な風が吹いた。

 

 

「これ以上は絶対ダメ! ダメダメダメ!」

 

 

 バーバラがフェイの手を両手で掴んだ。彼女は退魔士、この剣は一族に伝わり、決して誰にも渡してはいけないと言われていた代物なのだ。流石に知り合いと言ってもおいそれと渡すわけにはいかない。

 

 アリスィアもそれを知っていた。だから、フェイを止めようと思ったのだが、彼女の行動を見て一旦止まった。フェイを止めるために両手をバーバラが掴んでおり、それが彼女の胸元に押し付けられるような形になっていたからだ。

 

 

「ちょっと! そう言うの無し! ダメ! 絶対!」

 

 

 嫉妬をするように彼女の手に掴みかかる。その時、丁度、誰かが大急ぎでフェルミの家に入ってくる足音が聞こえた。

 

「だ、団長!」

「どうしたの!? そんな急いで!」

 

 

 入ってきたのはバーバラが団長であるロメオの団員であった。

 

「外に大群の魔物が……!!」

「「――え!?」」

 

 

 アリスィアとバーバラは表情が固まった。アリスィアはまた、自分のせいで不幸が起こってしまったと焦る。バーバラは一刻も早く、その状況を確かめないといけない。

 

 

「ふ、ふーちゃん、その部屋に入ったら絶対ダメだからね! 私、あとで怒るからね! 分かった!?」

 

 

 バーバラはそう言って団員と二人で外に駆け出していく。残された二人の間には沈黙。だが、次第に笑い声が漏れ始める。

 

「ククク、あぁ、やはりと言うべきか……」

「フェイ?」

 

 全て、俺は分かっている。彼の顔が雄弁に語っていた。

 

「分かっていたさ、こうなるのはな……」

 

 

 意味深な言葉に彼女の心は僅かに晴れた。これも全て彼の想定内。誰のせいでもなく、己のせいであると彼は語るのだ。いつものように。

 

 

「安心しろ、俺の試練だ」

 

 

 彼はそう言って封印された剣が置いてある部屋に入り、刀に触れた。よしと準備を終えたように彼はそれを持つ。

 

 

「ね、ねぇ? 大丈夫? それって変な声とか聞こえるんじゃなかったっけ?」

「何も聞こえないが……まぁ、いい」

 

 

 彼はそれを持って外に駆け出した。

 

 

 

◆◆

 

 

 バーバラが外に出た時、全てが終わっていたのだ。一人の女の子(モードレッド)によって黒龍が真っ二つになった瞬間をバーバラは目撃した。あまりに現実とは思えない、かけ離れている光景だった。

 

 デラからしても、その光景は異様だった。

 

「……竜がこうもあっさり。しかも光とは……アイツは『子百の檻』関係者か。僕達とは真逆というわけか」

 

 

 黒ローブの彼は割れた竜の頭上から飛び、地に足をつける。

 

「あら? ワタクシと戦いますのね」

「あぁ、子百の檻なら相手として申し分ない」

「……一応聞いておきますけど、アナタは子百の檻ではないのですよね?」

「永遠機関さ」

「そちらですか、それなら、ワタクシとしてはどうでも良いのですが……フェイ様との愛の巣がありますから壊すわけにはいきませんのー」

「誰だ? まぁ、この力を試せるなら――」

「――あら? 相手はワタクシではないようですわね」

「なに?」

 

 

 竜を倒したのはモードレッドだがそこに居たのは彼女だけではない。多数の魔物の駆除の為に数多の冒険者達も剣を抜いていた。大穴から発生した魔物はすべて倒した。

 

 龍も消えて彼らは既に大喜び状態……だったのだが、それが急に消えた。さざ波が引くように彼らは誰かに道を開ける。

 

 

「お前は――」

 

 

――その姿には見覚えがあった。

 

 

 勝てるはずだった。背に名も知らないどこにでも居そうな平民の女を一人庇って。大した事のない存在だと思って油断した。だが、それは間違いだったのだ。魔眼が効かない。

 

 あまりに纏ってる倦怠感のような異質の感覚。世界を見ている眼があまりに人とは程遠くて、別の世界から来たのではないかと思えるほどに見たことが無かった。

 

 

「因縁かぁッ、最高じゃねぇかぁ!!」

「……さぁ、始めよう」

 

 

 まるでその少年はこの再会も戦いすらも分かっていたようだった。そして、眼が自分ではなく、刀を見ていると分かった時、デラには怒りが湧いた。

 

「あの時とは違うんだよッ」

「そうだ、俺も違う……」

 

 

 デラは龍の人、とも言えるような変貌を遂げる。背中から龍の細い羽のような物が数本。人肌も鱗に変わって人とは思えない存在とフェイは相対した。

 

「変わったんだよ、強くなるために。僕はね、強くなるために。必死に、必死にッ」

「……大体、使い方はこんな感じか」

 

 羽が一本、伸びて剣のようになる。それをフェイは新たな刀、つめはぎ(爪剥)でそれを斬った。そして、それと同時に彼の爪は剥がれた。そのまま消えた。

 

退魔の剣、 つめはぎ(爪剥)にはとある存在を封印するわけではなく、切れ味を一振りだけ強化する代わりに指の爪が一つ消える特性がある。そう言ったのがあると言うのはフェイはフェルミや僅かに話を聞いたアリスィアから聞いていた。

 

つめはぎ(爪剥)、なるほど。伝説の通りか……元はとある魔物の元となった武具。更にはその魔物の特性と退魔の悪霊を封印しているか……」

「……なるほど、こういう感じか……大体わかった」

「爪と言うのは人が何かを握る為に必要な部分だぞ。つまり、君がそれを振れるのは後は、九回、いや、八回ほどだろう。しかも振るうほどに威力も落ちるとはだいぶ使い勝手が悪いと思うがねッ」

 

 

 羽が次々と彼の元に向かう。羽の数は八。それを避けながらフェイは出方を伺う。モードレッドは楽しそうにそれを眺めているだけだ。

 

「手伝いはしなくて良いのかいッ、君は」

「ワタクシが手を出すまでもない。勝利とは勝者の手に既に握られているモノですもの。この勝負は既に……」

 

 

 羽が止まらない、更にはそこから彼の口には爆炎が備わっていた。それらは光の線のように放たれるがそれを彼は切る。

 

「爆炎を斬るか……だが、全身丸焦げだな」

 

 

 爆炎を斬る、そんな離れ業を発揮したがそれでも高温と切り伏せられなかった部分はフェイの体を高温で焼いた。目玉が溶けるギリギリのラインの熱、鍛えていた彼の体も灰のように僅かに消えそうになる。

 

 

「爆炎を斬るのに、君は七回剣を振るった。もう、終わりだな。体は丸焦げ、腕も振るう力もない……勝負あったね。まだ手を出さないのかい?」

「ふふ、勝ってもいないのに勝った気になっているとはちゃんちゃらおかしいですわね。ほら、フェイ様は向って来ますわよ」

「――なにッ」

 

 

 

 炎の煙が揺らぐ、丸焦げになりながらも彼は走り出した。

 

「馬鹿が! もう君は終わっているんだよ!!」

 

 

 再び、爆炎を口から放射する。先ほどと同じ灼熱の光線、再び斬ると言う選択肢は既に存在しない。なぜなら、爪はもう指に残っていない。体も高熱でほぼ死体のような物だ。

 

(これで、終わりだな。もう、動けるはずもないッ)

 

 

 高熱の光線を放ち続ける。人影はまだ、見える。彼は光線で陰しか見えないがそれでもまだ生きていると分かった。

 

 一歩、人影が高熱の線を進む。

 

 

(もう、終わりだ)

 

 

 また一歩人影が進んでくる。

 

(終わりだ、焦るな。もう終わっているのだから)

 

 

 また、一歩、熱によって消滅することなく影は進んでくる。

 

 

(終わって……なぜ、消滅しないッ)

 

 

 爆炎が止まる、いな完全に斬られた。人影からフェイの本体が見える。丸焦げだった。服も殆ど燃え尽きている。だが、それでも体は原形をとどめてこちらに進んでいた。

 

 

(なにがどうなって、コイツは生きているッ!? いや、落ち着け、追い詰められているのはアイツだ、僕じゃない。よく見ろ、アイツの方が、や、られて――)

 

 

 彼の腰の後ろ側から何かの袋が落ちる。そこには()()()()()()()()()()。その瞬間、竜人デラの顔が驚愕に染まる。

 

 

(ま、まさか、まさかまさかまさか、コイツは自分の爪を剥がして……貯蔵してやがったのかッ!?)

 

 

 一振りで指の爪が消えるのならば、爪を最初から剥がして、治して、また剥がして、ポーションなどを利用すればそう言った工程は容易くできる。だからこそ、彼はそれをした。

 

 最初からつめはぎ(爪剥)の特性を聞いた瞬間から彼はこれを思いついていた。爆炎をずっと斬り続けられたのも、それのおかげだ。無論、爆炎に耐える身体強度、身体能力、迷いなき判断力があって初めて成立する芸当である。

 

 そんなことは常人には不可能なのだ。デラは見誤った。眼の前の存在がどれほどまでに狂っているのか。

 

 モードレッドは感動をした。やはり、自分を理解してくれるのは、愛を捧げられるのはこの強者しかいないと改めて魂で感じ取った。

 

 

「おま、えっ」

「……試し斬りだ」

 

 

 丸焼き状態ながらも龍を彼は十八分割に切り裂いた。生臭い血を被り、その水気で彼の体から血の焦げる音と匂いが辺りに広がる。

 

 彼の体は限界であったがそれでも嗤いながら立っていた。

 

 

「フッ、まぁまぁだな……」

「流石ですわ。フェイ様」

 

 

 モードレッドは戦いが終わると拍手をしながらフェイに駆け寄った。そして、黄金の輝きを持つとそれを手袋越しであるが彼に触れた。その光に包まれるとフェイの体はいつもの状態に時が戻るように治癒された。

 

「手間をかけたな」

「いえいえ、ワタクシも良い物を見せて頂きましたし」

「そうか」

「その刀、なかなか面白い性能ですのね。まぁ、切れ味が上がるだけならさほどの価値は感じませんが、中に霊的な存在が居るとか」

「らしいな」

「何か聞こえまして?」

「何も聞こえない」

「あら……まぁ、いいですわ。それより、一緒に一度屋敷に戻りませんこと? フェイ様も服がボロボロですし」

「そうだな」

「ふふ、では!」

「おい、ひっつくな」

「まぁまぁ、そう言わずとも」

 

 

 モードレッドは絡みつくようにフェイの腕を抱きながら歩く。ニコニコして嬉しそうな彼女と反対にフェイは不機嫌そうだった。豊満な体を押し付けられても彼は平然としていた。

 

「もう、少しはたぶらかされても良いではありませんか」

「……どうでもいい」

「もう! そんなことを言われたら……益々振り向かせたくて燃えてしまいますわ! それに今回の戦いを得て、益々フェイ様に惚れてしまいましたし!」

「知らん」

 

 

 鬱陶しそうにしながらもフェイはそのまま歩き続けた。その時、彼の刀が僅かに揺れた事に誰も気付かなかった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 アリスィアが退魔の剣とか言う武器があると言うのを教えてくれた。フェルミの家に封印がされているらしい……。

 

 それって……主人公強化アイテムじゃね? 呪われているとか、爪が一本持ってかれるとか地味だけど嫌いじゃない。寧ろリスクある方が好きだ、遂に専用武器実装かぁ?

 

 最近、伸び悩みしてたしね!

 

 そんな強化イベントを予想していると朝からモードレッドに訓練に誘われた。ふっ、良いだろう。あの時とは違うぜ?

 

 いつものアーサーの訓練みたいにコイツにも負けた。勝ったくせに愛してるとか、ゾクゾクしますわ、とか言うから凄く嫌味に聞こえるんだが……。

 

 あー、もうほっぺすりすりするの止めろよ。暴力系ヒロインは主人公との距離感を測りかねることはよくあるからなぁ。腕組むと骨軋んだりするのはあるある。

 

 アリスィアに治療をされた後にバーバラにあった。あ、そう言えばコイツは退魔士の関係者とかじゃなかったか? 聞いてみるか……え? 剣のある場所知ってる?

 

 封印の剣、俺、気になります! 見せて見せて!

 

 おー、封印のお札が貼ってある……剥がしちゃダメ? あ! 剥がせって意味ね! 押すなよ! 絶対押すなよと同じ意味だよね!

 

 封印を剥がすと、闇の風っぽいのが吹いてきた。この普通ではない雰囲気……ぞくぞくするねぇ!!

 

 封印の剣とか言ってたのに、思いっきり刀なのは触れないでおくとして……刃こぼれとか、メッチャしてるなぁ。でも、それはガンテツのおじさんに研ぎなおしたり貰ったり、持ち手を修正して貰えれば問題ないね。

 

 

「外に大群の魔物が……!!」

「「――え!?」」

 

 

 色々考えていたら、何やら騒ぎらしい。どうやら魔物が大群で現れたようだ。

 

 ふっ、まさに試し斬りイベント、というわけか。主人公が新たな力を手に入れた時は丁度、お試しの敵が出てくるのは基本。このイベントは既に予想出来ていた。

 

 さて、バーバラが絶対に触れるなと言って出て行ったので……触れます。

 

 

「ね、ねぇ? 大丈夫? それって変な声とか聞こえるんじゃなかったっけ?」

 

 

 アリスィアが何やら面白そうなことを言ってくる。この刀にはとんでもない存在が封印されてるから、こっちの意識を持ってくとかそう言えば言っていた。

 

『――カカカ、久しいな。人の子よ」

 

 

 誰の声もしないし、耳を澄ましても全然聞こえないなぁ。まぁ、もうちょっとしたら話しかけてくるのかな?

 

「何も聞こえないが……まぁ、いい」

 

『――この剣に触れたと言う事は……力を求めていると言う事であろう? ふふふ、わらわの頼みを聞いてくれれば、わららが効率的に体を使ってやろう』

 

 

 ちょっと、異形な何者かが主人公に語り掛けてくる構図好きだったから、そう言うの待っていたんだけど……ちょっとガッカリした。

 

 魔物が進軍してきていると言う事なので、外に出て走っているとアリスィアが心配そうに何度も聞いてくる。

 

「ねぇ、フェイ本当に声とか聞こえない? フェルミが剣から元退魔士が話しかけてくるって言ってたんだけど」

「聞こえんな」

 

 

『――まぁ、無理にとは言わんぞ? 決めるのはお主だからな』

 

 

「えー? なら良いけど……心配ねぇ。魂、心に直接語り掛けてくるとか言ってたから、聞こえないとか無いって聞いてたんだけど……」

「全然聞こえないな」

「うーん? フェイの心が常軌を逸してるから不具合でも出てるとか? いや、流石にそれはないか」

 

 

 

『――さて、そろそろ答えを聞こうではないか』

 

 

「お前はここに居ろ」

「わ、私も行くわよ」

「危ない」

「し、心配してくれてるの?」

「別に、そう言うわけではないが……お前はこっちでやれることをしておけ」

「う、うん……その、絶対帰って来てね?」

「あぁ、俺は死なない」

 

 

『――おい、そろそろ答えを聞かせてもうらおうかの』

 

 

「その、私さ……今度服買いに行こうと思ってて、この戦いが終わったら一緒に」

「それは一人で行け」

 

『――あれ? 聞こえてるじゃろ? わらわの声、聞こえてるよね? おーい、返事して貰わないとわらわ、契約も結べないんじゃけどー』

 

 

 アリスィアとの会話を軽く流して、敵の本陣っぽい所に突っ込む。モードレッドの野郎、既にメインモンスターみたいなのを倒してやがった。

 

 

 こういうの本当にやめてほしいわぁ。主人公が活躍しないと主人公じゃないよ。俺より活躍する奴は絶対に許さん。

 

 しかし、黒ローブの男が今回の最大の敵っぽいから許してやろう。試し斬りだ。この刀のな……

 

 

 敵は前にヘイミーの村で見た奴にちょっと似ていた……と思ったら竜人になった。似てなかった。

 

 

 剣を抜いて、翼を一個、新武器で切ったら爪が一本とれた。情報通りだ。よし、何となく使い方は大体わかった。

 

 戦っていたら竜人から炎光線が放たれる……折角新武器を試せるのに避けるのは勿体ない!!!! ライフで受けるぜ!!!

 

 試しに斬って見たら全身丸焦げ状態だ。大丈夫、問題ない、いつもの事だ。俺が死にかけない時の方が少ないからな。

 

 

『――人の子の癖に龍を再現とは中々やるな……だが、それよりもコイツはどうして避けなかった? 一歩間違えれば死んだだろうに……まさか、後ろに居る冒険者達を庇ったのか?』

 

 

 そうこうしていると、また熱光線が放たれる。これを試し斬りしないで避けるのは勿体ない!!! また、ライフで受けるぜ!!!!

 

 そして、そのまま突っ込む。ここで俺の新たな力、退魔の剣の能力発動。爪一本消費して、切れ味を上げるぜ!! 更には事前に爪を剥がしてストックして置いたから何度でも俺の刀の性能は蘇る!!!

 

 

『――後ろの連中に光線が向かないように庇うか……バカな奴だ』

 

 

 斬って斬って、斬りまくるぜ。そのまま、相手もぶった切る。

 

「ま、待て、お前にこのダンジョンの秘密を教えて――」

 

――うるせぇ、興味ねぇ!!!!!!!

 

 最後に何か言っていたが興味ないので問題なし。よし、勝ったな。決着が付いたらモードレッドが治癒してくれた。

 

 おー、星元で身体強化もしてたからかなりダメージは受けたのに直ぐに治すとはこいつやるな。

 

 

 フェルミの家にそのまま戻るとアリスィアがめっちゃくちゃ睨んでいた。

 

「どうした」

「どうしたじゃない! もう! 見てたんだから! あんなに大怪我して!」

「問題ない」

「心配になるじゃない! 死んだらどうするのよ……死にかけるのは見てて辛いの」

 

 

 俺が死にかけない方が今まで珍しかっただろ。だが、こんなに泣きそうにされると何とも言えん。

 

 

「すっごい怒ってるから……罰として今度、一日中、私とお出かけだからね。絶対よ」

「……あぁ」

「うん、なら良し」

 

 

 彼女は胸元に俺の頭を持ってきて、ハグをした。柔らかい感触が頭に当たっている。主人公はラッキースケベ基本だから特に反応はしない。

 

 

 アリスィアと話が終わると今度はバーバラだった。夜の外に呼び出されて、話が始まる。

 

 

「聞いたよ。退魔の剣持ち出したって」

「何も問題ない」

「本当に? おかしいなぁ? 声が聞こえるって言われてるんだけど……あり得ないけど呪いが経年劣化でもしたのかな?」

 

 

『――しておらんわ! こいつがオカシイだけじゃ!!』

 

 

 どうやら本来ならば聞こえているらしい。だが、俺には全然、声は聞こえない。ちょっとがっかりだが……

 

 

「でも、バラギって言う退魔士がそれに封印されてるのは本当なんだけどね。ねぇ? 本当に本当に大丈夫なの?」

「問題はない」

「そっか……なら良いんだけど。一応心配だから定期的に私の元に来て貰うね? あと、守ってくれてありがとう。遠くから見えたよ、君が戦ってるのは」

「戦ったのは俺だけじゃないだろう」

「そうだけどさ……ほら、前も戦ってくれてたじゃん」

「戦ってくれた……か。俺は俺の為に戦っているそれだけだ。そこにお前を助けようとする思いはない」

「でも、私は助かったって思ってるんだ、ありがと……あれ? ちょっと手、見せて」

 

 バーバラが俺の手を取って手の甲を確認する。彼女はなぜか手の甲を見てハッとする。

 

「これ、退魔の紋章……」

 

 そう言われたので俺も確認すると、確かに紋章みたいなのが描いてある。これを描いた記憶が無いから勝手に書かれたのだろう。

 

 デザインはカッコよくて俺の好みだ。

 

 

「や、やっぱりバラギが封印されてるんだよ。多分、君の中で何らかの魔術行使をして無理やりに君の体を奪おうとしてるんだ!」

 

 なにその熱い展開、最高じゃねぇの。大体、主人公の中に居る奴は主人公の体を奪おうとしてくるのは基本だからね。名作の条件みたいなところある。

 

「どどど、どうしよう!? 何かした方が良いのかな!? 再封印もしらないし!!」

「気にするな」

 

 

 やはり、何者かが俺の中から俺を乗っ取ろうとしているようだ。最高じゃん。ずっと憧れてた……変な謎の異形種と人体共同(シェアハウス)に!!

 

 シェアハウスは主人公の基本だろ。

 

 

「し、しかも、他の退魔士の一族にこれが知られたら暗殺作戦とか決行されちゃうよ」

 

 

 いいね、過激派か。主人公を処刑しようとする奴らが居るとストーリーの良いスパイスになる。

 

 ふふふ、異業存在とのシェアハウスに、過激派の襲来とか主人公のお子様ランチみたいで最高じゃん。

 

 

「あ、あのさ、一応聞くんだけど、体に変化とか無い? 急に力が湧いたりとか」

「……そう言われてみると、僅かに力が湧いているような気もするな」

「や、やっぱり」

 

『――いや、わらわ、特にまだなにもしてないのじゃが……強化も何もしておらんぞ……なんじゃ、こいつら、勝手に話進めよって。紋章が出ても何も出来んと言うのに』

 

 

 ふむ、劇的な力の変化はないが、強化されてるのかと言われてみたらそんな気もしなくもない。いや、強化されている、きっとそうだな! うん!!

 

 

 




すいません。今回は宣伝させてください。

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49話 VS退魔士家系

円卓英雄記 ――原史

 

 

 

 

 空には暗雲が立ち込めている。足元には枯れた草が、荒れた土が荒野が只広がっている。廃れた空気と死んだような風景。ここが現実なのか、夢なのかそれすらも見分けることはできないような場所にバーバラは立っていた。

 

 

「……あれ? 私は……」

 

 

 自分が何をしていたのか、誰だったのか彼女は忘れていた。しかし、唐突に思い出す。退魔の剣を使い、力をバラギに貰った。そして、その対価として自分は身体を奪われたのだ。

 

 弟や親友や、仲間を守れてよかったと思った彼女だが、寂しさが湧いた。

 

 

「皆、大丈夫なのかな」

 

 

 体を奪われて、もう、自身がどうなっているのかも分からない。だが、彼女はそれでも誰かを案じていた。

 

 

 

 場所は変わり、自由都市の一角。そこにはバーバラの体を乗っ取ったバラギが彼女の体の身体検査をしていた。

 

 

「ふむ、なるほど。流石と言っておこうかの……退魔士の末裔の肉体は精度としては申し分ない」

 

 

 星元の量、肉体強度、柔軟性、全てが生前全盛期の自身に近いとバラギは感じていた。

 

 今現在、彼女の体には黒い紋様が浮かび上がっている。バーバラの美しい顔にも目元から頬に模様が浮かび、それが特殊な星元を帯びていた。

 

 

「適応も速い……。よい肉体じゃな。勿体ない、普通の女子として育てばさぞや幸せな生涯であっただろうに。お主たちもそう思うじゃろ? なぁ?」

 

 

 バラギが後ろに向かって背中越しに発した声に反応するように、物陰から男性二人、女性一人が現れる。

 

 

 彼らはバーバラ、ラインと同じ退魔士の末裔である。バーバラ達の一族は退魔士の宗家のような扱いであったが、反対に分家のような一族も存在した。嘗ては宗家に仕えていたが今ではほぼ退魔士と言う存在すらない。

 

 だが、それでも退魔士には一つの掟がある。退魔の剣を守る事、盗られた場合、バラギに精神を乗っ取られた場合も所有者を殺し、速やかに剣を再び封印しなくてはならないと。

 

 だから、彼等はバーバラ、いやバラギの元を訪れていた。

 

 

「困りますね。バーバラさんは……退魔士の家系でありながら剣を抜いてしまうとは。まぁ、ボク達で片をつけましょう」

 

 三人のうちの一人、白髪で、ニコニコしている男性の名はザイザイ。退魔士分家、そこから三つに派生した一族の末裔だ。剣の達人、退魔士に伝わる龍栄殴殺剣の免許皆伝である。

 

 

「えぇ、私達が束になれば彼女を封印し処分するのも容易いでしょう」

 

 坊主に装束姿の男性の名はトッポ。彼も退魔士末裔で自身を中心に星元を展開し、そこに入った者に対して攻撃をする近接戦闘を得意とする。

 

 

 

「無駄話はやめてください。私達にはやるべきことがあります」

 

 

 そして、空飛ぶ靴を身に着け、空中から見下ろすように佇むのは同じく末裔、ミミア、仲間にバフと相手にデバフを付加できる女性。

 

 

「ふむ、三人、いや、四人か?」

 

 

 バラギが言った通り、眼の前の三人以外にもこの戦闘を見て仲間にテレパシーで戦闘指示を外から出す少女ポラン。この四人がラインとバーバラと同じ退魔士の末裔なのだ。

 

 

「じゃが、一つ勘違いしておるようだから言っておこう。お主らではわらわには逆立ちしても勝てん。退魔士は全員皆殺しにする予定じゃったが……ここまで弱くては興がそがれる。ほれ、逃げよ。逃げれば……見逃してやらんこともないぞ?」

 

 

 彼女がそう言ったが三人は、逃げるつもりはないようだった。それを見て、鼻で笑いながら彼女は拳を軽く握った。

 

 

「そうか。ならば死ね」

 

 

 

 バラギの強さは想像を絶していた、バーバラとの肉体と彼女の精神の適合の高さ。そして、バラギ自身の実力。彼等は一命はとりとめたが蹂躙をされた。

 

 そして、バラギは人知れず、自由都市から姿を消す。

 

 

 それを聞いたラインは苦渋の決断をするしかなかったのだ。最早、優しい姉は居ない。己が優しいままでこれ以上罪を重ねないようにと……ラインはバーバラ討伐に乗り出した。

 

 ロメオの団長は彼になり、討伐隊が組まれたのだ。アリスィアもそこに参加をした。

 

 

 ここから先は犠牲の山だ。彼は失った。だが、姉の体は取り戻せた。ロメオは多くの犠牲を払ったがバーバラを倒すことが出来たのだ。一つ、不自然な事は彼女は既に手負いの傷を負っていたことだ。

 

 誰かと激しい戦闘をしたかのように、バーバラは、バラギは既に風前の灯火であったのだ。それでも想像以上の被害は免れなかった。

 

 だが、それも関係はない。

 

 ラインは、彼は失い過ぎて、そんなことを気にも留められなかったのだから。

 

 

 家族はもう居ない、父も母も居ないのだ。

 

 

 そして、姉もバーバラも死んでしまった。

 

◆◆

 

――異史

 

 

 バーバラは上半身半裸のフェイを顔を赤くしながら眺めていた。退魔の紋様がフェイの手の甲に浮かんでしまったので、バラギに体を乗っ取られてしまったのではないか。

 

 身体的に何らかの異常はないかと退魔士の視点から調査をしていたのだ。

 

「あ、えっと、異常はないかな」

「当たり前だ」

「君って、凄い体してるよね。全身傷だらけだし……聖騎士って皆、君みたいな体になるの?」

「さぁな」

 

 

 初めて、弟以外の異性の裸体を見てしまった彼女は恥ずかしさに気まずさが出てしまう。反対にフェイは慣れているのか特段気にした様子もない。

 

 

 彼女からすればフェイの体は異常ではないが、異様と言う矛盾をした様な結論であった。確かに元退魔士で最悪の存在であるバラギによって体が乗っ取られていると言う感覚はない。

 

 手の甲に紋様はあるがだからと言って彼は何も感じていないようだった。そこに疑いはない。しかし、思わず彼女は眼を疑った。

 

 フェイの体は普通じゃなかった、筋肉質、体には傷だらけ。その傷量がおかしかった。尋常じゃないのだ傷の量が。大なり小なり、多すぎる。

 

(何回、刺されたり、斬られたりしたんだろう……)

 

「ふーちゃんは、そんなに傷だらけになって何を目指しているの?」

「……それを話す意味はあるのか」

「聞きたいなぁ。私」

「……嫌だと言ったら?」

「それはしょうがないよ」

「……世界の終焉、あるいは世界の頂点、いや、どちらもか」

「何んかスケールが大きいこと目指してるんだね」

「さぁな」

「私、一生懸命な人は好きだけど、あんまり無茶はしないでほしいな」

「何故お前が俺の心配する、さほど接した記憶はないが」

「うーん、他人かもしれないけど……私はさ、一生懸命な人が好きなの。そう言う人を見ると応援したくなるの」

「一生懸命か、そんな奴は山ほどいる。俺はそんな次元じゃない」

 

 

 服を着ながらフェイは淡々と答える。彼の瞳は彼女を通り越して全く違う所を見ているようだった。

 

 

(彼は本当に一生懸命なんだろうなぁ。私が今まで会ってきた誰よりも……)

 

 

 服を着るとフェイは直ぐにドアに手をかけて、外に出て行ってしまった。冒険者達の連合のような団体、レギオン。その最大派閥ロメオの拠点のとある部屋にはバーバラだけが取り残されてしまった。

 

 

「クールだけど頑張り屋さんって、カッコいいなぁ」

 

 

 思わず独り言を漏らしてしまった。部屋で椅子に座りながら彼女は一息をつく。これからの退魔士である自分はどのような対応をすべきか迷う。

 

 

(彼が退魔の剣を手にしてしまった事は既に他の退魔士の末裔たちにも知られてしまった。どうしよう)

 

(掟なら、彼の抹殺をしなくちゃいけないけど……それはしたくないなぁ)

 

 

「団長!」

「うわぁ! な、なに!?」

 

 

 一人で考えていたら唐突に大きな声で女性団員が部屋に訪ねて来たので彼女は焦ってしまう。

 

「す、すいません。だ、団長にお会いしたい方々がお見えになっております。退魔士の方々です」

「……通して貰っていいかな?」

 

 

 やはり、来たか。相変わらずこういう時は耳が早いと感じて溜息を吐いた。その後、すぐに四人の退魔士の末裔が姿を現す。バーバラとラインは宗家、反対にその四人は分家から更に枝分かれした四人。

 

 

「あらぁ? 随分、良い部屋に住んでいるのねぇ? バーバラさぁん?」

「久しぶり、ナツちゃん」

 

 

 男女二人ずつの計四人。一人は坊主の男性トッポ、自身の一定領域に入った者に対して拳を叩きこむ近接格闘が得意な戦士。

 

 二人目はニコニコしているザイザイと言う男性。剣の達人であり、退魔士に伝わる龍栄殴殺剣の免許皆伝である。

 

 

 三人目は仲間に対してバフと敵にデバフをかけることが出来るミミア。空飛ぶ靴を履いている女性だ。

 

 そして、四人目、ナツと言われた少女。身長は160程、白髪だが僅かに赤みがかかっている。髪の長さは肩程まで伸びていて、スタイルも良く顔も美しい。絶世の美女だがどこか、生意気そうな好戦的な顔立ちをしている。

 

 

「えぇ、久しぶりねぇ。それでぇ? 退魔の剣を抜いたフェイとか言う聖騎士は処分してくれたのかしらぁ?」

「してないけど」

「あらぁ? おかしいわぁねぇ? 掟なら今すぐにでも処分が求められているのはずなのにぃ」

「それなんだけどさ、もうちょっと監視をしてから……じゃダメかな?」

「はぁ?」

「だって、彼は退魔の剣を持って家も何の問題もないんだ。精神も安定してて、自我も保っている」

 

 バーバラの言葉に同じく退魔士のナツは溜息を吐いた。一体全体何を言っているのか、ナツには理解できなかった。

 

「あのねぇ、そんなこと言ってる場合じゃないって言うかぁ? まぁ、いいわぁ。最初から期待してないしぃ」

「え?」

「貴方とフェイとか言う聖騎士に接点があるのはぁ、調べがついてるって事よぉ。だから、貴方は邪魔をしなければそれでいいわぁ」

「……彼を殺すの?」

「それが、掟よ。それに精神が安定してるって言うのはいつまで保てるのかしらぁ? それに自我を保っていると言うけどぉ、演技の可能性もあるわぁ。油断させて、わーたーしー達をグサリって可能性もあるわぁ」

「……そう、だけど」

「というわけでぇ、貴方にはここにわーたしーと一緒に居てもらうわぁ。他のトッポとザイザイとミミアは彼の所に向かってねぇ」

 

 

 

 ナツの指示に従うように三人の退魔士は外に出て行った。処刑を彼等は執り行う気だった。それが掟だから。

 

 

「ちょ、ちょっと……」

「貴方はここで一緒に見学よぉ」

「……」

「情は捨ててもらうわぁ。冷静に考えて、体は乗っ取られて間もない方が良いわぁ。適合されて、完璧に体の使い方が分かってしまうとそっちの方が面倒よねぇ」

「そうだけどさ」

「調べたところによると、彼はブリタニア王国の十二等級聖騎士らしいわねぇ」

「十二等級……」

「一番下って事よぉ。なら、乗っ取られた直後なら弱いまま、星元も少ないなら更にチャンスよぉ」

「乗っ取られてるとは限らないって」

「乗っ取られた前提で考えるべきよぉ。悪いけど、被害がこれが一番救わないわぁ。さってとぉ、そろそろ準備できるころねぇ。ほら、この水晶を見て」

 

 

 彼女(ナツ)は大きな水晶を鞄から取り出した。それを机の上に置いて、バーバラにも見えるようにした。

 

 

「わーたしーの能力で水晶で監視して、もう一つの私の能力で全員にテレパシーで指示を出す」

「知ってるよ……」

「的確な目線からの戦闘分析と超人的な指示で盤面コントロールを握れば、一瞬で片は付くわぁ」

「……」

 

 

 彼女の水晶には既にフェイと三人の退魔士が相対している映像のような物が投影された。フェイの右に剣士ザイザイ、左にトッポ。飛べる特殊な靴を履き、上にミミアが彼を囲むように陣取っている。

 

 

「芸の無いやり方だけどぉ、ミミアがデバフをかけてぇ、ザイザイとトッポで片つけちゃってぇ」

 

 

 声を伝えるとその指示通りに彼は動いた。空から鳥籠のような黒色のオーラが展開される。それに包まれるとフェイの体には黒い霧がかかり、反対にトッポとザイザイには赤い霧がかかる。

 

 

「申し訳ないですが、仕留めさせていただきます」

 

 

 トッポの周りには星元の薄い膜がある。そこに侵入した者に対して、反射による神速の殴打を叩きこむ、更にミミアのデバフとバフによってそれらはより強固な特性とと化していた。

 

 しかし、フェイが彼の領域に侵入した瞬間、反射によって放たれた彼の拳は空を切った。それを見たトッポは敵ながら関心を抱いてしまう。

 

 

(何と言う身体速度ッ、そして素晴らしい反射神経。敵ながら天晴!!)

 

 

「誰だが知らんが、楽しめそうだ……来い」

「もとよりそのつもりです」

 

 

 拳の雨、その狭い隙間を縫うようにフェイは躱し、流す。それを見ているナツは溜息を吐いていた。

 

「さっさと終わらせればいいのにぃ、遊んでるのかしらぁ? 相手は十二等級の騎士でしょぉ」

 

 

 バーバラは遊んでいるのがフェイの方なのではないかと感じていた。純粋に命のやり取りを楽しんでしまうのがフェイと言う男だと彼女は知っている。ちょっと頭のオカシイ変人だとも知っている。

 

 

「ちょっとぉ? トッポさぁん、早く終わらせてくれるかしらぁ? 遊んでるのぉ?」

『いえ、敵もかなりの戦士です……単純な身体能力がずば抜けているッ。私が戦ってきた中でも強さは――」

 

 

――ナツとトッポのテレパシーが途切れた

 

 

 トッポの頬にフェイの拳がねじ込まれ、スクリュー回転で数メートル吹っ飛んだからだ。それにより彼は気絶、ナツのテレパシーは事前に印をつけ、更に起きている状態に対象にしか考えを伝えることはできない。

 

 

 トッポの様子を見ていたナツはちょっとだけ、冷や汗をかいていた。

 

「ま、まぁ、このくらいは想定内ねぇ? トッポさんがぁ、油断してただけって言うかぁ」

「そうかな」

「そうよぉ。というかザイザイさんはどうして、後ろから斬らなかったのかしらぁ? わざわざ剣を抜く必要がないとか思っていたとかぁ?」

「多分だけど、フーちゃんが適度に戦うポジションを変えていたり、トッポさんと戦う距離をあえて近くしてたから下手に手が出せなかったんだと思う」

「……ふーん、まぁ、それくらいしてくれないとぉ? 逆に面白くないって言うかぁ、伝説の退魔士の怨念相手ならもうちょっと手応え欲しいからこれくらい強い方が良いわよねぇ?」

「……なんか焦ってない? ナツちゃん」

「あ、焦ってないわぁ……ザイザイさん、仕留められるのよね?」

『――無論です、僕は免許皆伝ですから』

「その言葉が聞けて安心したわぁ」

 

 

 ニコニコ常に笑って居るザイザイが剣を抜いた。退魔士に伝わる剣術、龍栄殴殺剣の免許皆伝者。巷では知らない者が居ないほどの達人である。

 

 

「ザイザイさんはぁ、最近結婚してもうすぐ第一子が生まれるらしいわぁ。だからぁ、気合十分、それにあの龍栄殴殺剣の免許皆伝者よぉ。これだけが彼がどれほど強いか、分かるでしょぉ?」

「まぁ、確かに。ラインも使ってるけど、まだまだだから」

「えぇ、えぇ、そうねぇ」

 

 

 ザイザイに応えるようにフェイも普通の刀を抜いた。ミミアは上から見下ろしながら絶えず、バフとデバフを領域内にかけ続けている。

 

「君も剣を習っているのかい?」

「さぁな」

「釣れないなぁ」

 

 

 ザイザイが剣を振り下ろす。それをフェイは流しながらカウンターを叩きこむがそれをザイザイは軽くいなした。

 

「なるほど、それなりの剣士のようだ。僕には及ばないけどね」

 

 雨が降り始めた。そんな中でも彼らの攻防は止まらない。

 

 

「ふふ、ザイザイさんがぁ、押し始めたわぁ。このまま決着かしらぁ?」

「……?」

 

 

 サクラは彼等の攻防を見ていて違和感を覚えていた。フェイの動きが僅かに悪い、いつもならばもっとキレのある動きだと言うのに。

 

 フェイは防戦一方であったが暫く剣を打ちあっていると一度刀を地面に刺した。

 

「おや、諦めたのですか?」

「いや……そろそろ時間だ」

「時間?」

「あぁ、この後に先約が居るのでな」

「先約……?」

 

 

 フェイが語りだした先約とは一体? とミミアとザイザイが首を傾げ始めた。勿論、水晶で見ていたバーバラとナツも首を傾げる。

 

「先約ってぇ誰かしらぁ?」

「私も分からない」

「もしかしてぇ、負けるのが怖くなって言い訳してるのかしらぁ?」

「……」

 

 フェイは刀を地面に刺した。それによって今は手に何も持って居なくフリー状態。何も持っていない手を手首に持って行った。

 

 そして、リストバンドのような手に付けていた装飾品を外して地面に投げた。その瞬間、雨によって溜まっていた水たまりが大きく、音を立てる。

 

「「「「ッ!!」」」」

 

 

 ただの装飾品ではない音と、水の弾き具合。明らかにあのバンドには重りのような何かが入っている。

 

 続いてもう片方の腕に付けていたバンド、両足、身につけていたベスト。全てを地面に落とした。全て途轍もない音を立てて地面に衝撃が走る。

 

 

「そ、それをつけながら戦っていたと言うのですか……」

「……お前達は正直、大したことはなかったが……ウォーミングアップにはなった」

「――グごッ」

 

 

 

 次の瞬間、刀の刃ではない方でザイザイの首に刀が叩きつけられる。それだけで彼は白目をむいて気絶をした。

 

 それを水晶越しで見ていた二人の女性も驚愕する。バーバラの方はまだフェイの実力をある程度は先に知っていたので、まだ驚くだけで済んでいるが、ナツは顔面蒼白だった。

 

 

「は……?」

 

 思わず、これは夢なのではないかと彼女は頬をぺちぺち叩き、眼を三回閉じたり開けたりを繰り返した。だが、夢ではない。

 

「相変わらず、身体能力エグイね……フーちゃん」

「え、えええ? ええええ? えええええ?」

「凄いね」

「いやいやいや、可笑しいわぁ、アイツ、絶対可笑しい。何で重りとかつけてるのよぉ? それにデバフだってあったのよぉ? 何で動けるのよぉ? 二重に行動制限されてるのよぉ?」

「フーちゃん前に行ってたよ。デバフってほぼ気のせいって」

「いやいやいやいや、待ってほしいわぁ。可笑しいのだわぁ! 絶対これ、可笑しいのだわぁ」

「口調ダイジョブ?」

「こ、これ絶対、バラギに乗っ取られてるわぁ。でないとこんな強さあり得ない」

「あれ結構、フーちゃんだと普通だよ」

「……」

 

 

 ナツは勝てると思っていた。しかし、自身が指示を出す以前に単純に力の質が違った。それに気づいたとき、何かとんでもない存在を敵に回してしまったような気がして恐れてしまった。

 

 そして、同じくそれを空飛ぶ靴で飛びながら見ていたミミアは顔面蒼白になり、急いで空に逃げ出す。だが、フェイに足を掴まれていた。

 

「ひぃ、ご、ごごっごご、ごめんなさい!!! い、痛くしないでください!!!」

 

 

 フェイはひとまず、彼女を地面に下ろす。それを見ていたナツは再び冷や汗をかいた。

 

 

「これ、ミミアさんがぁ、私のことを言ったらヤバくないかしらぁ?」

「ヤバいかもね。ナツちゃん、近接戦闘も遠距離戦も苦手だしね。バレたら、フーちゃんに無抵抗にぼこぼにされるかも」

「……だ、ダイジョブよぉ。ミミアさんがわーたしのことぉ、い、言うはずないわぁ。な、仲間だし」

「――私達は全員退魔士で退魔の剣を抜いた人を殺すのが掟なんです。さっき戦った坊主の人はトッポと言って近接格闘に優れています。剣士の人はザイザイと言う名で龍栄殴殺剣と言う剣術の免許皆伝者です。私は空飛ぶ靴を履いて、バフとデバフをかける魔術を得意としていました。あと、白髪に赤みがかった髪の可愛い女の子ナツと言う子が裏で指示を出しています。水晶で遠くの様子を見て、テレパシーで外から指示を出す子で、フェイさんを殺す計画もその子が立てました。私は止めた方が良いって言ったんですけど、十二等級の雑魚ならさっさと殺しちゃいましょうって強引に今日襲う事になって、今はロメオの拠点に居ると思います。全部言ったので私は許してください――」

「ミミアちゃん、全部言っちゃたね……」

「あ、あの、裏切り者ぉ!!」

 

 

 やる気のない女に手を出す趣味はないようでフェイは、剣を鞘に納めた。

 

「ロメオの拠点に首謀者がいるのか?」

「い、いますいます!! 動き鈍いので今から言っても逃がすことは無いかと」

「……少し、その首謀者とやらに興味が湧いた」

 

 

 フェイはミミアを置き去りにして、その場を去って行った。彼はまるで嵐のようだなとミミアは感じた。彼が去ったら雨は上がり、空は晴れていたからだ。そして、彼女は彼が居た場所に重りを発見する。

 

 試しに持ってみると衝撃の重さだった。

 

 

「あの人、絶対人間じゃない」

 

 

◆◆

 

 

 

「や、ヤバいわぁ!! わ、わたしが居るってバレて、こっち来るって!!」

「今から逃げても、容易に捕まるだろうね」

「な、なんとかしてよぉ」

「そう言われても、だからやめておけって言ったのに。彼精神乗っ取られてなかったでしょ? あの状況で全員軽めに痛めつけて殺さなかったんだし。バラギは退魔士に恨み持ってるから、もうちょっと襲ったら痛めつけてたか殺してると思うし」

「それはどうでもいいわぁ。あの化け物が――」

「――あ、ふーちゃん」

 

 

 背筋が凍るとはこういうことを言うのだなとナツは思った。あわあわと見るとドアに先ほどまで水晶越しに見ていた男が居たのだ。

 

 

「ご、ごごご、ごめんなさいぃ」

「フーちゃん、ごめんね。でも、許してあげて欲しい……この子、悪気はないって言うか、掟とかそう言うのに凄く執着持ってるって言うか……親にずっと掟を守りなさいって言われ続けてたみたいで」」

「……掟はどうでもいい。もう少し骨のある強者が控えていると思ったが……最後はそいつか……興がそがれた。もう興味はない。好きにしろ」

「ゆ、許してくれるのぉ?」

「どうでもいい」

 

 

 本当に興味を無くした様でフェイは何処かに去って行った。去り際にバーバラは見た。彼の手の甲にあった退魔の紋様が腕にまで伸びていることに……

 

 

「フーちゃん……色々ごめんね」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 モードレッドと訓練するために訓練場に向かっていると。知らない奴らに絡まれた。三人か……面白い。相手してやろうじゃないか。

 

 

 空に女の子が居る。そして男の剣士と武闘家と言う変わった陣形だ。女の子が変な霧を出して俺の周りに変な靄がかかる。ちょっと体が重くなった気がするが……気のせいだな。

 

 今日は重りをして過ごしてるし。さて、最初は武闘家だが……正直そこまで強くない。まぁまぁ、コイツが強いのは分かる。だが、温いな。

 

 

 多分、コイツは、いやコイツ等はそれなりの修羅場をくぐってきたのだろう。だけど、俺は常に地獄窯に居るような人生を歩んできた。それなりの奴らには負ける気はしない。

 

 

 武闘家に一発入れて、その後に剣士と対戦。うん、確かに悪くはない。だけど、先日ドラゴンに全身丸焦げされた俺からするとあんまり、魂に刺さらない敵だ。

 

 もっと魂が震えるような戦いがしたいのに……。暫く刀を打ち合っていたがそろそろ飽きてきた。この後には大ボスとも言えるモードレッドが待っているこいつらは手短に終わらせよう。

 

 

 重りをしながらの戦いは良いウォーミングアップになった。剣士を倒して、空に飛んでいた女の子に話を聞くとどうやら首謀者が居るらしい。

 

 もしかしたらその子は超強いのかもしれないと思った。だから、期待のしたのだが……気弱そうな子だった。期待外れだ。モードレッドの所に行こう。

 

 

 

◆◆

 

 

 わらわは驚愕した。自身の魂の剣を持つ男の身体能力には驚かざるを得ない。あり得ないのだ。この男、フェイと言ったか。フェイの身体能力はずば抜けて可笑しい。

 

 ずば抜けて強いという表現よりも。ずば抜けて可笑しいのだ。その理由はすぐに分かった。

 

 フェイは身体強化を限界以上にしてきたからだと。通常星元による身体強化は誰でも出来るが体が壊れるほどは強化はしない。だが、この男は常にしている。常にやり続けてきたのだ。

 

 だからこそ、体が壊れると言う事に慣れはじめている。壊れ、より強度の高いものに昇華している。信じられない事だ。遥か昔にもこんな頭の可笑しい奴は居なかった。

 

 人間は何処かで理性や打算、諦め、怒り、憎しみが、恐怖。色んな感情が行動や体にストップをかける。それを無理にずっと動かして、魂で無理やり動き続け、それに体が慣れはじめているのだ……。

 

 肉体強度だけで言えば人類でも頂点、星元無しなら負け知らずの領域に居る。素晴らしい肉体だ。是非とも頂こうと思った。

 

 わらわはこの男の体を乗っ取る為に精神から手中に収めようと何度も語り掛けた。だが、この男は全然聞き入れない。魂がわらわの負の感情を弾く用だった。

 

 まぁ、それはまだいい。全然よくはないが……この男と体、魂についてはゆっくりして知って行くとして……腹が立つことがあるのだ。

 

 

「フーちゃん。手の甲から退魔の紋様が、腕まで伸びちゃってるね……ごめんね」

「謝罪はいらん。それに体は問題ない」

 

 

 この退魔の女(バーバラ)だ。こいつ、わらわの生前の頃と瓜二つ。肉付きの良い体も、普通の女子より長い舌も、髪の色、色気のある顔も。何もかもが似ているのだ。

 

 

 だからこそ、見ていて腹が立つ。

 

 

「ねぇ、彼女とか居るの?」

「何故それを聞く」

「えー、ちょっと気になるから」

 

 その顔と体と声でこの男にそんな事を聞くな。まるでわらわがこの男に恋をしている様子を見せられているようで腹が立つのだ。

 

「私、一生懸命な人が好きなんだ」

「もう聞いた話だな」

「あ、覚えててくれたの? 嬉しー」

 

 

 今すぐにこの女子をポコポコにして口を黙らせたいがこの男の体は操れない。先ずは魂からと思ったがわらわの声は届かず、肉体も主導権を握れない。退魔の紋様を体中に刻んで無理に星元で動かそうと思ったがそれも無理だった。

 

 星元が少なすぎて紋様を刻めない。

 

 この男の星元の量の少なさは異常だ。普通ここまで少ない奴は居ない。まるでポッカリ穴が空いたように星元が残りカスしかない。

 

 それであそこまで戦えるのだから異常だ。本当にこの男は異常だ。

 

 何とか頑張って腕に僅かに刻めたが……

 

「……力とか勝手に湧いてこない?」

「……ふむ、そう言われるとそんな気もするな」

「あのさ、ずっと、定期的に私の所に来てくれるかな? やっぱり心配なんだ」

 

 

 グギギギギギギ!!!! よーし、右腕よ、わらわの思う通りに動くのじゃぁぁっぁ!!

 

 

 だが、無意味だ。無理やり操ろうとしても元の体の方が強いから操れないのだ。わらわがこの男の星元を操り体を無理に動かそうとしているのに……それなのにこの男は寧ろ力が湧いて生きたとかぬかしよる。

 

 どう考えてもわらわが相反して行動をしようとしているから、動きにくいと言う感想は合っても力が湧いて来たとかぬかしよる。

 

 

 

「だ、ダメだよ、やっぱり無理はしないでほしいな」

 

 

 そして、力が湧いたとか言うとこの女はわららが何らかの力を活性化させていると勘違いしてこの男に心配したような様子を向ける。それも腹が立つ。

 

 わらわは生前こんな乙女のような顔をしたことはない。

 

 妙にフェイの体に触れて、意識させよとしている様子も腹が立って仕方ない。いつまでこの地獄は続くんじゃ

 

 

 

 

◆◆

 

 

1名無しの英雄

悲報。我らが後輩、新たな力に目覚める

 

2名無しの英雄

見た

 

3名無しの英雄

あれ、力に覚醒してなくね?

 

4名無しの英雄

フェイ「力が湧いてきた気がする!!」

バラギ「え? なにそれ知らない」

 

5名無しの英雄

プラシーボ効果って奴か

 

6名無しの英雄

思い込みで力湧いて来たみたいな?

 

7名無しの英雄

怖い怖い

 

8名無しの英雄

本当に配信見てて、うわぁって思った

 

9名無しの英雄

強化来るなよ、フェイに強化は来るなよ!!! 

次回、プラシーボ効果みたいなので強化される

 

10名無しの英雄

まぁ、実際思い込みだから、肉体は強化はされてないとも言える。精神的に勝手に強化されたって喜んでるだけじゃん

 

11名無しの英雄

コイツは肉体より、精神に強化来る方がヤバいだろ

 

12名無しの英雄

それな

 

13名無しの英雄

フェイ君は頭おかしいからな

 

14名無しの英雄

因みにだけどフェイ君って原作どんな感じのキャラなん? もう、今が濃すぎて元が分からん

 

15名無しの英雄

元はめっちゃカマセ

 

16名無しの英雄

そうそう。トゥルーにちょっかい出してぼこぼにやられる

 

17名無しの英雄

最終的に闇の星元埋め込まれて暴走して死亡

 

18名無しの英雄

全然、ピンとこないんだけど

 

19名無しの英雄

今がヤバすぎるからな

 

20名無しの英雄

この間配信見てて思ったんだけどさ。フェイ、モードレッドに勝ち越してなかった?

 

21名無しの英雄

星元無し勝負なら勝ち越してたよ、星元無し勝負ならもう勝てないってモードレッド惚れ顔で言っていた

 

22名無しの英雄

モードレッドちゃんとフェイ君めっちゃお似合いだと思うだけどね

 

23名無しの英雄

モードレッドは積極的過ぎる

 

24名無しの英雄

ああいう子が結局美味しい所持ってきそう

 

25名無しの英雄

そうか?

 

26名無しの英雄

ユルルちゃんも最近頭角表してきた

 

27名無しの英雄

俺はユルル推し

 

28名無しの英雄

僕はアーサー

 

29名無しの英雄

やっぱりモードレッド

 

30名無しの英雄

俺はバラギかな

 

 

 

 

 




――――――――――――
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50話 悪党の真理

 フェイが退魔士を退けてから、数日が経過した。退魔士を退けてからは自由都市は平和に包まれていた。

 

 さほど大きな事件はなく、ただただ平穏な日々が過ぎていくだけであった。しかし、それはあくまでもフェイにとっては平穏と言う意味。

 

 彼はいつも修行をしている。強靭な肉体を作り上げるために常軌を逸した訓練を平和であってもやり続けるのだ。

 朝からは素振りをして、汗を流す。

 

 

「フェイ様ぁぁあああ!!!!」

 

 

 そんな彼に勢いよくモードレッドは両手を広げて突っ込んだ。フェイはそれを避けながら、鬱陶しいと言う顔つきをする。

 

「うざい」

「そのようなことを仰らず!」

 

 

 グイグイフェイに迫るがずっと手で顔を押しのけられる光景がしばらく続いた。

 

「おい、それより手合わせをしろ」

「勿論ですわ! フェイ様!!」

 

 

 フェイは彼女の一番の魅力は戦闘能力の高さと訓練による経験値が一番稼げることだと思っている。彼女は暴力を自身に平気で振るってくるので一番きつい訓練が出来るからだ。

 

 

「――行くぞ」

 

 

――フェイは彼女に向かって駆けだした……そして、二人の勝敗は……

 

 

 

◆◆

 

 

 アリスィアは自由都市を一人で歩いていた。理由はフェイが訓練で倒れてしまったからだ。毎日の恒例行事とも言えるのだが、フェイはモードレッドとの訓練が終わったら大怪我やら気絶やらでベッドの上で寝てしまう。

 

 彼女そんな彼の看病のために果物などを買いに自由都市内をうろついているのだ。

 

「私と服買う約束あるのに……全然買い物付き合ってくれないし……」

 

 

 ぶつぶつ独り言をしながらフェイに対して文句を彼女は吐き出した。膨れっ面で歩きながら彼女は果物屋で色々と購入して自身の鞄に入れる。

 

「あとは……」

 

 

 きょろきょろ出店を見て回っていると衣服屋が眼に入った。女性専用の店のようで女性下着、スカート、可愛らしい服などが売っている。

 

「へぇ……うわ、こんなギリギリな下着売ってるの……」

「お客様、こちら女性から物凄い人気の品になっております」

「嘘でしょ……」

 

 黒色のビキニみたいな下着、隠す所が小さくてほぼ丸見えと言っても良い感じすらしていた。

 

「大人しい男性もこれで獣になるとか聞いております」

「……普段クールで興味ないみたいな人でも獣になるのかしら?」

「なります」

「なら、買うわ……」

 

 

 アリスィアは際どい下着を買った。そして、寝ているフェイの元に帰ろうと道を歩いていると、彼女の前方に女の人に囲まれている長身の男性が眼に入った。

 

 長身の男性? はイケメンで清潔感もあり逞しいので、そんな人に女性達は声を思わずかけている光景だった。

 

「いや、ごめんね? 僕も忙しくて」

「いいじゃん、お兄さん。私達と飲みに行こうよ」

「カッコいいお兄さん、あんまり冷たくしないでよー。ちょっと飲むだけだからさー」

「まだ、朝だし、僕はお酒はちょっと」

 

 

 長身の男性? は囲まれている。しかし、取り囲む女性たちを男性は跳ねのけて、距離をとり始めた。しかし、釣れない男性に再び女性たちが声をかける。困ったようにしている彼はアリスィアの姿を視界に入れた。

 

 彼女は興味無さそうにそこを去ろうとしていたが、僅かに同情的な眼でその場を去ろうとしていたので僅かに目立った。

 

「あー、貴殿はここに居たのか! 久しぶり!」

 

 

 長身の男性? は女の子たちをはねのけてアリスィアに向かって走り出した。流石に相手が既に居るとなれば彼に声をかけていた女性達も諦めてその場を離れる。

 

 

「いやー助かったよ」

「誰? ってか私に話しかけないでくれる? 勘違いされたら最悪だし」

「あ、貴殿は好きな人が居るのか」

「そうよ……あれ? アンタ……」

 

 

 アリスィアは長身の男性を見て違和感に気付いた。歩き方、そして、独特の雰囲気が見た目と合っていない気がしたのだ。

 

 

「アンタ……女よね?」

「お、よく分かったね! そうなんだー、僕、きゃぴきゃぴの女の子なの」

「……それにその物凄く悪い目つき……」

「目つきが悪いのは気にしてるから言わないでよー。僕の家って全員目つき悪いの遺伝らしいからさ」

 

 

(この娘の、人殺しみたいな悪い目つき鬼ぃちゃん(フェイ)に似ている気がしたけど……気のせいね。もっと本物は怖いし)

 

 

「そ……まぁ、どうでもいいわ。そろそろあっち行ってくれる?」

「冷たい! もっと話そうよー。僕あんまり友達いなくてさー」

「ふーん。まぁ、私は話せる人居るからどうでもいいわね」

「いや、話してよ! 僕も友達欲しいんだ! ずっと旅してるから親しい人居ないんだよ!」

「……面倒ね。ギルド行けば仲間とか紹介してくれるわよ」

「いや、僕は君と仲良くなりたい! なんか、仲良くなれそうな気がするから」

「あっそ」

「えー、冷たすぎない? まぁ、初対面だけどさ……あ、そうだ。実は僕、探し人が居るんだ」

「そう、ギルドならあっちにあるからそこで色々聞くといいわ」

「も、もっと会話を広げてよ。実はね、僕は自分の兄を探してるんだ」

「……私と同じ」

「え? 貴殿も?」

「そうともいえるけど……」

 

 

 アリスィアは自身と同じで兄を探していると言う長身の女性に僅かにだが、親しみを抱いた。

 

 

(私と同じで兄を探してるか……最近はフェイ居るし、どうでもよくなっちゃった感じしてたけど……)

 

 

 アリスィアは既にあんまり探す気はないが、嘗ては兄を探していた。そんな自分と彼女は近しい存在と言えるから僅かに心を許したと思っている。しかし、彼女自身の顕在意識ではフェイと彼女の悪い目つきが僅かに似ているから親しみを抱いていた。

 

 

「私はそんなに今では探してないわね。前は凄い探さないとって思ってたけど……私には帰る場所あるし」

「そっか」

「で? 兄ってどんな人なの?」

「え? 手伝ってくれるの?」

「手伝いはしないわ。ただ、似てる人が居たら教えてあげるくらいはしてあげる」

「わーい! えっとね、僕の兄はね、優しくて、カッコよくて、魔法が得意? なのかな? 多分得意のはず……あとはね、イケメンで優しくて、誰に対しても手を差し伸べる感じでね。後は……」

「知らないわね」

 

 

(もしかして、フェイの事かと思ったけどアイツ優しい感じとか全然出さないしね。優しいは優しいけど、この子が言うイメージとはだいぶずれている気がするわ)

 

 

 アリスィアは彼女が語る兄について何も知らないと言う結論をつけた。

 

「あ、でも、私の知り合いに色々旅をしてたり、聖騎士やってたりしてる人が居るから。聞いてみたら?」

「え!? いいの!?」

「いいわよ。ただ、それが終わったらすぐ帰ってね。私達が居候している家の主……元ロメオの団長のおばあちゃんなんだけど、あんまり騒がしいの嫌いらしいのよ」

「あ、居候しているんだ。しかもロメオって超有名レギオンなのに、凄いね」

「まぁね。知り合いにロメオの現団長のバーバラって人が居るんだけど、未来の私の彼氏がその人に色々恩を売ってるから、流れで家賃無しで住んでるの」

「なにそれ、凄いし羨ましい」

 

 

 二人がフェルミの家に入る。すると中には頭に包帯を巻いているフェイが居た。彼はパンや肉を食べて栄養を補給している。

 

「フェイ、起きてたのね」

「……(もぐもぐタイム)」

「ちょっと、心配かけてごめんなさい位言ったらどうなの? 気絶してさ」

「……俺が気絶しない方が珍しいだろ」

「まぁ、そうだけど」

 

 

 アリスィアは溜息を吐きながら台所の方へ入って行くが、アリスィアが連れて来た長身男装女性はフェイを見て、あーっと! 指を指す。

 

「あー! 貴殿はあの時の!」

「……誰だ、お前は」

「都市ポンドであったでしょ!? ボクだよ!」

「……」

 

 都市ポンドでフェイと実はあっている彼女。彼女はフェイの事を覚えていたが、フェイはあまり覚えていないようだった。

 

「知らん」

 

 フェイは覚えていないようだった。

 

「いやいや、ほらほらボクの顔をよく見て! 絶対会ったって! こんな顔立ちのいい女の顔忘れるとかないよ!」

 

 彼女はフェイに顔を近づけるがフェイは未だに虚空を見るような眼で見ているだけだった。一瞬であるが都市ポンドでかなり濃い絡みがあったのに一切覚えていない事が彼女は無性に何故か悔しかった。だから、フェイに物凄い絡みに行ってしまった。

 

 しかし、それがアリスィアの怒りを買ってしまう。アリスィアは彼女の首元をグイッと引っ張って、小声で冷たく言い放つ、

 

「ちょっと、私の未来の旦那にちょっかいかけるのやめてくれる……?」

「あ、ごめん。別にそう言う意図はなかったんだけど……」

「分かれば良いのよ。でも、次、私の鬼ぃちゃんにちょっかい出したら……激おこだからね」

「いや、貴殿、怖いよ……。でも、気を付ける……あれ? 鬼ぃちゃん? でも、お兄ちゃん探してるって言ってなかった?」

「お兄ちゃんは探してるけど、鬼ぃちゃんはフェイなのよ」

「……そっか」

 

 

(複雑な家庭環境なのかな……?)

 

 

「そう言えば、アンタの名前ってなんなの?」

「あ、僕の名前はね……モルゴール」

「ふーん、モルゴールね。覚えたわ。私はアリスィア、そっちの目つき悪いのがフェイよ」

「よろしく!」

 

 

 フェイはモルゴールと言われた女の子に手を差し伸べられるが無言でそれを無視して、ご飯を食べ続けた。

 

「あと、モードレッドと言う子がいるわ」

「……モードレッド?」

「知ってるの?」

「うん。僕のお母さんとお父さんが言ってたから……」

 

 

 モルゴールがモードレッドについて何かを語ろうとした時、バンっと家のドアが開いた。モードレッドが所要から帰ってきたのだ。

 

 

「フェイ様ー! 起きられてよかったですわー!」

「……」

「あらあら、ワタクシに負けて不貞腐れるフェイ様も可愛いですわー!」

 

(この人がモードレッドなんだ……)

 

 モルゴールはモードレッドを見て、自身の父と母に言われていたことを思い出した。それについて彼女に語ろうとした時、モードレッドがアリスィアの方に向いた。

 

「そう言えば、貴方にギルド職員が用があるらしく探しているそうですわ」

「え? 私に? なにかしら?」

 

 

 アリスィアは自身をギルド職員が探していると言われて、何か問題を起こしてしまったのかと不安になった。

 

「ワタクシは行きませんので、行ってきらして?」

「え、えぇ……一人はちょっと……ねぇ、フェイも一緒に行こう?」

「構わない」

「本当! ま、まぁ、嬉しくはないけど一緒に来て貰おうかしら?」

 

 

(なに、この謎の好意と素直になれないプライドのせめぎ合いは……未来の旦那とか言ってたのに……変わってるなこの人)

 

 

 フェイに対してツンツンした対応をしている癖に、裏では手を出すなとか牽制をするアリスィアに対して、モルゴールは変わった人判定になった。

 

(ボクも一緒に行こうかな……アリスィアが誘ってくれたから、ここまで来たけど。彼女が居ないなら居ずらいし……)

 

 

「ボクも行ってもいい?」

「……え? いや、別にフェイと二人っきりが良いとか思ってないけど……え? 来るの?」

 

 

(地雷踏んだかも。この子、地雷の範囲広すぎない?)

 

 

「まぁ、いいわよ。ついて来れば?」

「あ、うん、そうするね」

 

 

 アリスィアにモルゴールはついて行くことにした。そして、フェイを合わせて三人はギルドへ向かった。

 

 

 

◆◆

 

「あ、聖女様!」

「英雄様だ!!」

 

 

 アリスィアに対して、その言葉はかけられていた。フェイが居ない間に彼女はこの都市で色々とイベントがあった。本来ならそのイベントで心身ともに疲弊してしまうのだが、モードレッドが裏から色々と動いていたので難なくイベントは消化され、二つ名も授けられた。

 

 人の為に人事を尽くした彼女の二つ名は聖女英雄(プリンセス・ヒーロー)。本来のゲームの原作でも彼女にはイベントがあり、エグイ目に遭いながらも生き残り戦い続けていたので同じような二つ名を貰っていた。

 

 だが、フェイのせいで色々と変わってしまっている。そして、フェイ自身は認知されていない。魔物が進軍したときは誰も狂気で呑まれて記憶障害が残っており、龍との対戦時は丸焦げだったので誰も姿は覚えていない。

 

 本人もわざわざ自分から語るタイプではないのでフェイについてはさほど、認知されていない。眼が潰れて義眼になった事も一時期話題になったが、フェイは暫くこの都市を離れ聖騎士として活動をしていたので、殆どの者は覚えてすらいない。

 

 

「あ! 聖女英雄(プリンセス・ヒーロー)のアリスィアさん! 緊急クエストを受注したいのですが!」

「緊急クエスト?」

 

 

 緊急クエスト、冒険者ギルドから冒険者へ、またはレギオンへ。事態に緊急を要するときに行われる制度。

 

 ある程度の知名度があるアリスィアにはその依頼が来ることがある。

 

 

「23階層にフォーレインの滝と言う場所があるのですがそこで正体不明の魔物が発生しているらしいのです。一部冒険者が発見したのですが、逃げる途中で一人がはぐれてしまって未だに帰ってこないと……そこで貴方にならと依頼を」

「……私に……依頼が……分かったわ。受けるわ」

 

 

 彼女が承諾をするとギルド職員は急いで緊急クエストの受諾作業に入る。その間にアリスィアは不安そうにフェイの方を見た。

 

「あ、あの……一緒に来てくれない?」

「元から用があるから行こうと思っていた。お前が案内しろ」

「う、うん! 分かったわ」

 

 

 モルゴールはフェイが準備満々に刀を握っていることに気付いた。

 

(へぇ、アリスィアの為にあんな気の利いた言い回しが出来るなんて……案外、良い人なのかな?)

 

 

 本人は主人公イベントだなと思っているが、周りから見るとまぁまぁ、マシに見えていた。

 

 モルゴールはちょっとフェイが気になったのでついて行くことにした。原作ゲームシナリオでもアリスィアはモルゴールと出会ってこの依頼に行くことになる。唯一の違いとしてはモルゴールは精神的に追い詰められて、廃人のようになってしまっていたアリスィアに放っておけないと思ったからだ。

 

 両者共に兄を探していると言う共通点があり、情が湧いていた。

 

 しかし、今はフェイと言う男性に純粋な興味をモルゴールは抱いていた

 

 三人はダンジョンに入り、下に下にと向かって歩いて行く。フェイが魔物を切り刻み、魔術を二人が行使し、順調に行くべきはずであった階層に到着した。

 

 

 23階層 フォーレインの滝

 

 

 ダンジョン内部、そこには大きな滝があって落ちた水が軽い池になっていた。足首くらいまで浸かるほどの水が階層中の地を殆ど張っているような不思議な場所だ。

 

 

「なんか、不思議な場所ね……」

「フォーレインの滝……始めて来たよ、僕」

 

 アリスィアとモルゴールが神秘的な景色に圧倒されている。その隣でフェイは左右上下を僅かに見渡した

 

「……来る」

「え?」

 

 

 フェイがそう言ったが……暫く経っても来なかった。その後、謎のモンスターを見つけるためにその階層で待機をする。

 

 クエスト目的である魔物はどこにも見つからない。そもそも一人を見失ったと言われているがその階層は見晴らしも良く、人が見つからないと言うのも怪しく思えてきた。

 

 何処までも水平線が続き、木々も一本もない。

 

「ねぇ、ここで本当に魔物が居て、人が消えてるのかしら……」

「なんだか、僕もそんな気がしてきた……」

 

 

 

 アリスィアが静けさに疑問を抱き、その不安がモルゴールに伝わり感情がリンクしたその時、水面が大きく揺れた。

 

 

「な、なにっ?」

 

 

 アリスィア達に目掛けて、一人の男性が近づいてくる。バサバサの髪は緑色、体は鋼鉄のように固そうで肩幅も厚い。顔には隠すように仮面をしている。

 

 

「……聖女英雄(プリンセス・ヒーロー)だなぁ?」

「……だったら、なによ」

「そうか、そうか。ヒーローか、心地よく、同時に腹が立つ。だが、俺の前に立った、対立だ、悪と正義の対立だぁ!」

「……何言ってるのよ、こいつ」

「分からなくていい、感じればいい。眼の前に悪が現れた、ならばする事は一つだろう!? ヒーロー!?」

 

 

 彼女をヒーローと呼ぶ、男。何を言っているのか言葉は理解できた。しかし、その言葉に含まれている意味を彼女達は理解できなかった。

 

 彼は両手を大きく広げた後、嬉しそうに語りだした。

 

 

「やばいわ、コイツ……話が通じない」

「勧善懲悪、悪はいつもやられる。どうしてか。俺は悪に成りたいのに、正義を志す存在として生まれてしまった、それは何故か」

 

 

 彼は語りだす。アリスィアとモルゴールは何を言っているのか理解できない。

 

 

「だが、そんなことはどうでもいい。俺は悪として、おとぎ話に出てくる悪に成りたいのだ!!! 故にヒーローを、正義を潰すのだ!! 正義を屈服させる!! それこそが俺の流儀ぃぃぃ!!!」

 

 

 

 ――アリスィアに向かって狂気的な目を向ける……

 

 彼の名はダバーシュ。アーサーやモードレッドと同じ原初の英雄の細胞を埋め込まれて居る青年だった。

 

 彼は生まれた瞬間から、悪に憧れていた。物語に必ず出てくる悪という概念、しかし、彼の憧れであり、魅力的であった悪は必ず倒されてしまう運命であった。

 

 

 悪はこんなにも魅力的であり、悪党は、魔王はカッコいいのに負けてしまう。必ず勝者にはならないのだ。正義に負けてしまう、英雄に負けてしまう。

 

 そして、それに彼は怒りを覚えていた。だから、彼は歴史に名を残しそうな武の達人を殺しまわった。

 

 大成をするである英雄の卵を殺しまわった。

 

 幼い女子供を殺しまわる果てに、彼は『子百の檻』という場所に囚われたのだ。そして、そこでは世界を救う英雄の研究がされており、皮肉な事に彼は過去の英雄の力を無理やりに埋め込まれてしまった。

 

 彼は怒りに満ちていた。その正義の力を悪に染め、そして、魅力的な悪に、自分が憧れていたように悪を体現するために生きている。

 

 

 今もそうなのだ。自由都市に現れた、アリスィアと言う英雄の卵を彼は殺しに来た。その為に依頼を偽造し、彼女に無理に発注をさせた。

 

 全ては自分が魅力的悪と体現するため……

 

 ヒーローとヴィラン、魔王と英雄、正義と悪。彼はその常識を変えるためにヒーロー(アリスィア)を殺す。

 

 本来のイベントならばここでアリスィアと彼が相対するはずであった。彼女の成長イベントのような物で片腕を引き換えにダバーシュに傷を与えられるのだ。

 

 ある程度、彼女の攻略対象の好感度が高ければ助っ人として参戦をしてくれるキャラも居るのだが、ライン達はさほど接する機会が無かった。

 

 そして、最終的にモードレッドが乱入してくる。彼女がダバーシュに止めを刺すのだが、そこで衝撃的な事実が明らかになるのだ。

 

 だったが、それはゲームの話だ。

 

 (ダバーシュ)が彼女達に言っている言葉。それを唯一、誰よりも理解できている存在が居た。

 

「なるほどな……言いたいことは大体わかった」

「「え?」」

 

 (フェイ)は理解し、そして……その先を見ていた。悟っていた。彼は自然に刀を抜いて、彼女達の前に立った。

 

 

「悪を語る者よ。お前の語る理想も分からなくはない……が少々浅いな」

「……なにぃ?」

「お前は悪という存在の真理が分かっていない。悪がなぜ悪たるのか、なぜ、高尚にお前自身が見えていたのか。お前自身が理解を己に落とし込めていない。その不完全……俺が埋めてやる」

「……ヒーローの前座には丁度いいか。ヒーローは遅れてくるからなぁ? 最初に倒しておくかぁ?」

 

 

 ケタケタ笑うダバーシュと、主人公と勘違いした踏み台が激突する。地に満たしている水面が揺れる。フェイの刀と彼の拳、威力はほぼ互角であった。

 

 

「きゃッ」

「なにこれ!? 二人共化け物」

「……そうよ、でもね……鬼ぃちゃんの方が……」

 

 

 アリスィアとモルゴールを二人の激突で起こった突風が襲う。強風によって眼が開けない二人だが、アリスィアは僅かに開いた眼でフェイを見て、勝ってくれると信じていた。

 

 

「やるなぁ! お前……だけどなぁ? 俺には原初の力があるんだよ!!」

 

 

 ダバーシュの周りを光が覆っていた。美しく、だがどこか狂気的に見える。黄金色のオーラに包まれた拳がフェイに向いた。

 

「喜べ! 喜べよ!! オラオラ! 悪の踏み台に成れるんだ!! 世界に知らしめるための土台にしてやるよ!!」

「……」

 

 

 悪を知らしめる、悪を語る、悪になる。彼はそれしか頭にない。 悪になったいるつもりの彼は無慈悲に意味もなくフェイに拳を打ち付ける。

 

 光と言う概念の付与、力の上限は上がっており、更に高熱のエネルギーが内包している拳は彼の肩付近に叩きつけられる。

 

 フェイの方の服は弾け飛んで、殴られエネルギーによる崩壊で肩の肉の一部が抉れた。赤黒く、痛々しい肩になって、モルゴールは思わず目を閉じる。

 

 しかし、彼女の耳には何事もないように剣戟の音が聞こえるのだ。

 

「え?」

 

 ゆっくりと眼を開ける。そこには本来なら使えない、使おうとすら思わない大怪我をした肩を無理やりに動かし剣を振っていた。

 

 顔は無表情で痛みを感じさせないのに、体は痛々しい。しかし、眼は死んでおらず螺旋のように底が見えない狂気を垣間見た気がした。

 

 

(ちょっと、待って……あれ、本当に人間……?)

 

 

 ダバーシュと言う狂人に戦慄をしていた彼女だった。

 

 しかし、それはあくまでも自身が知りうる人間という枠組みにおいての理解不能。だが、フェイは気持ち悪い程に、狂っているような気がした。

 

 理解できずに、不快感を感じたわけじゃない。モルゴールはフェイの姿が理解できないが『美しく』見えた。そして、『怖く』も見えた。

 

「……綺麗」

「は? アンタ、鬼ぃちゃんが傷ついてるのに――」

「――違うの、怪我とかじゃなくて……昔、世界一美しい滝を見たことがあったの。そこは本当に美しくて、そこだけ別世界で、神秘的だったんだ……その時に思ったの」

 

 

「――ここが凄く怖いって」

 

 

 モルゴールが何を言っているのか、最初は分からないアリスィアだったが徐々に理解をしていく自分が居ることに気付いた。

 

 

「本当に神秘的で狂ったほどに美しいものってさ……怖く見えちゃんだよ」

「……ちょっと分かるわ」

 

 

 フェイは真っすぐなのだ。誰よりも真っすぐで折れない、折ることが出来ない。挫折をさせられない。挫けることもしない。

 

 

「おいおい、しつこいなぁ! しつこい奴は嫌われるんだぞ!!」

 

 フェイを殴る、蹴る、フェイは血を流した、義眼が潰れた。足が折れた、腕がしびれて来た、肩の肉が抉れた。

 

「……こい、悪党。教えてやると言ったはずだ……悪の真理を」

「……語るねぇ!!!」

 

 

 再び光の拳が迫るがフェイはそれを避けつつ、カウンターを腹に叩き込む。綺麗に鳩尾に拳が入って、ダバーシュは胃液が逆流した。

 

「ごえッ」

「……既にお前の動きは読み切れる。微調整に僅かに時間を喰ったがな」

 

 

 アーサー、モードレッド、原初の英雄の細胞が体にある者は知らず知らずのうちに動きが『原初の英雄アーサー』に近くなる。僅かに個人差があるが基本的には近い。

 

 つまり、僅かな微調整が済めば後は単純な作業と同意義だった。

 

 

「!!!!! お前、! 俺の拳を完璧にッ、ごっ!?」

 

 

 今度はフェイの右の回し蹴りが顔面に決まった。先読みを使って、既に彼は攻撃を未来に置いておいたのだ。

 

 その足蹴りを喰らって、ダバーシュは戦慄をし、同時に怒りを覚える。

 

「……こんな急に完璧に見切れる訳がないッ! 俺は悪、最強の悪にッなり、世界の頂点に立つッ、悪を布教するんだッ!!」

「……それが違うと言うのが分からないのか……?」

「……なにッ?」

「悪とは、倒されるからこそ悪だ。英雄譚に登場する悪にどうして親しみを抱く者が出てしまうのか。その答えは一つ……倒されるからだ。最後には片づけられるからだ」

「……」

「倒されない悪はただの人殺しだ。人が娯楽を悪に感じるのは、悪が実際に自分の前に居ないからだ。災害が目の前に起こらないからだ。だが、倒され、紙面に記され、英雄譚となれば、ただの人殺しが魅力的な悪になる」

 

 

 いつもはあまり話さない彼が雄弁に語る。その語りの中に彼の世界への認識が漏れ出しているような気がアリスィアにはした。

 

「――倒されることで人殺しは悪になる……喜べ、人殺し。お前は俺に倒されることで理想を手に入れる」

「吠えたなぁ!!! 愚者が!!! この俺に対して!! 自分が正義のつもりか!!!」

「正義と悪などと言う崇高な戦いはここにはない。ただの剣士と人殺しの戦いだ」

「――ッ!!!」

 

 

 フェイの口が三日月のように僅かに上がる。ボロボロの体を驚異的な意志で動かして、彼の頬に拳を叩きつける。

 

「くっ……お前がッ」

「本気で来い、でなければこの戦いに真理は得られない」

「正義を語る勇気もないッ! そんな小童に俺が……」

 

 

 ダバーシュに焦りが生まれていた。フェイは縦横無尽に走って、何度も殴り続けてくる。捌きによる防御も、狂気による攻撃も血に染まった彼から出る、それは見る者を魅了し、恐怖させる。

 

「――お前の理想は俺の拳で叶えられる」

「――ひ、ひィ!?」

 

 

 上、というより考え方の次元が違う気がした。今まで考えを理解できるものすら居なかったのに、彼はそれを理解し、更には己よりも先の真理を得ていた。そして、そんな彼は既に眼の前の自分から興味を失っていた。

 

 

 戦い続けて、真理を得たのに。更に上、その矜持による行動をしている類まれなる頭のネジが吹き飛んでいる存在に、ダバーシュは恐怖をして拳で沈められる。

 

 決着はついた。ダバーシュは水面に沈んで立ち上がらない。そして、フェイはそう言えばと聞こえないはずの彼に話しかける。

 

「聞こえないと思うが……一つ言い忘れていた、ただの剣士と人殺しの戦い……だが、それを後に……人は英雄譚と呼ぶ」

 

 

 それだけ言って、勝利を手に収めたフェイも気絶をした。

 

 

 

◆◆

 

 最近退魔士とか言う奴らとやりあったけど、そこからあんまりイベントがないなぁと思っていたら……。

 

 

 謎の魔物が出ていると言う話が……あれ? なんでその話が俺じゃなくて、アリスィアにされるんだ……?

 

 おいおいギルド職員さん、主人公はその子じゃなくて俺ですよ? そんな面白そうなイベントは俺にしてくれないと……

 

 あれ? なんで俺には言われないんだ? 俺主人公なのに……

 

 え? 主人公なのに……主人公だよね? なんてな!! 不安がることはない、俺が主人公なのは既にこれまでのイベントで分かっている

 

 ちょっと手違いがあったのか? シナリオがここだけ矛盾があるみたいな感じなのかもしれない!!

 

 しょうがないから、アリスィアについて行くか

 

「えへへ、いつもフェイは私の為に来てくれるのね……アンタ、どんだけ私の事が好きなのよッ。もう!」

 

 ちょっと何を言っているのかよく分からない。別にそんな好き勝手訳でもないし……。まぁ、嫌いでも無いけどねさ。

 

 あ、そう言えば知らないうちに新キャラ出たんやね。身長が高くて目つきの悪い子……前にどっかで会ったらしいけど……うーん、確かに見覚えあるな。

 

 それより、モルゴールだっけ? 君目つき悪いね、子供に嫌われてそうだなー

 

 

 ダンジョンに潜って下に下にと降りていく。すると、滝があって水が張っている階層に到着した。

 

 綺麗だな、こんな景色は見たことがない……事はないな。対戦格闘ゲームの背景ってこんな感じだった気がするし。

 

 戦闘が始まりそうな気配がプンプンする場所だが……

 

 あ! 謎の鉄仮面男が飛び出してきた!!

 

 魔物が来ると思っていたんだけど、人か。どっちでもいいけどね。相手はどうやら悪を自称している変わっている奴だ。

 

 悪党の癖に主役になりたいみたいなことを言ってるけど、それは無理じゃね? 

 

 俺も悪役を好きになったりすることはあるけど、それって倒されるからだし。犯罪してる奴が最終的に生き残ったりするのはね?

 

 それに現実で悪党に憧れる奴を創ろうってのは無理だと思うよ。悪役好きな奴は沢山居るけど、それって自分からすごい遠い場所に居るからだし。

 

 現実に居たら悪はただの犯罪者だからね。でも、大丈夫、安心していいよ。俺と言う主人公に倒されることによって、悪は完成する。悪は魅力的な敵となるんだ。

 

 だから、教えてあげないと!! 主人公である俺が頂点、英雄であり全てが俺が勝利するための布石であると言う事をさ。

 

 悪は俺の踏み台よ。肩とか抉られたり、メッチャ殴られたが……まぁ、俺が殴られたり、肩が抉られない方が不安になるしな。

 

 いつも通り、勝ちながら流れるように俺は気絶をする。

 

 ふぇいは めのまえが まっくらになった!!

 

 

◆◆

 

 

 事の顛末は衝撃的だった。突如現れたモードレッドが気絶をしているダバーシュに光の魔術を展開し、塵すら残さず殺した。

 

 フェイが勝利し、ダバーシュは戦えない状態に彼女は止めを刺したのだ。そして、その後、ウキウキの笑顔でフェイを運んでダンジョンからフェルミの家に戻る。

 

 そして、気絶をしている彼の手当てを済ませた。その治療途中でフェイは目覚めることになる。

 

「全く、アンタは無理しすぎなのよ」

「……そんなことはない」

「ある! 怪我は私が殆ど治してあげたけど……一部はまだ残ってるし、折れてた部分はまだ少し無理に動かしてもダメよ! 勝手に動かないようにワタシが腕を掴んでるから!」

 

 

 アリスィアに念を刺されて、勝手に動くならと腕もガッチリとホールドをされてはフェイも動けない。物凄く不機嫌そうな顔で振りほどこうともするがアリスィアも意地になってずっと掴んだまま。

 

「凄い汚れてるから、お風呂行くわよ」

「……」

「不機嫌な顔してもダメ、行くの!」

 

 

 フェイは怪我が治ったが、一部治りきっていない部分があり無理に力で押されると逆らえず運ばれてしまう。

 

「フェイ様ー、ワタクシもご一緒にー!」

 

 モードレッドも一緒に二人について行く。取り残されたモルゴールはどうしていいのか分からず、オロオロしてしまう。

 

「入って来な。あたしは構わないよ」

「え、あ、ど、どうも」

 

 

 家の主のフェルミに勧められるままに彼女も一緒に向かう。フェルミの家は凄く大きい豪邸のような一軒家だ。お風呂は露天風呂でかなり大きい。

 

 脱衣所で服を脱ぐと彼等は風呂に入る。風呂に入り、体を一通り洗うと湯船につかった。

 

「モードレッド、アンタ……最初から隠れてたのね」

「あの悪童はワタクシが追っていた相手ですの。まぁ、ワタクシの実力にビビッて隠れていたのでしょうけど……」

「だから、私達とはぐれたふりをしてたって事?」

「アイツは、悪を語り勇敢な戦士、英雄の器、そう言った存在に近い者達を狙っていましたから」

「私の二つ名とか、色々有名だから……狙ってきたのね……」

「まぁ、本当なら姿を現した直後に殺そうと思っていたのに……フェイ様が余りにカッコよすぎて見入ってしまっていましたの!」

「あ、そう。見てたんなら最初から、アンタが倒しなさいよ」

「ふふふ、それは無理というモノ。まぁ、フェイ様が勝つのは分かっていましたし」

「負けたらどうするのよ」

「それはあり得ませんわ。フェイ様はワタクシにも勝ちましたし」

「はぁ!? あ、アンタに!?」

「星元無しの純粋な勝負なら……ワタクシの実力に近いですわ。まぁ、フェイ様の場合、原初の力を随分と理解しているようで経験に基づく特攻、未来視のようなことが出来ると言うのが加味されておりますが」

「……マジ? フェイ、アンタ相変わらず人間やめてるわね」

 

 

 隣にいるフェイに向かってアリスィアは人間じゃないと言いたげな眼を向ける。フェイは特に何も言わずに無言で眼を閉じて湯につかるだけだ。

 

「そう言えば、貴方は誰ですの?」

「え!? 今更!? 僕はモルゴール! 何回か言ったよね!?」

「さぁ? 覚えていませんわ」

「覚えていてよ! モードレッド・アインシュタインさん!?」

「……あら、ワタクシの家名を知っていらしているとは」

「知ってるよ」

 

 

 モードレッド・()()()()()()()()。家名を言ったことは一度たりとも無いのに、知らない人物にそう言われると流石の彼女も少し興味がわいた。

 

「ワタクシの元家名は既になくなっているはずですが、よくご存じでしたわね」

「そう言えば、アンタって元は貴族だったのよね。フェルミさんが一時期使用人してたんだっけ」

「そうですわ。それで、モルゴール様はどうして、ワタクシの名前を?」

「僕も貴族なんだ。元だけどね。それで、僕は兄を探して旅をしているんだけど……その兄の許嫁の名前が……モードレッド・アインシュタインなんだ」

「あら、そうでしたのね。まぁ、ワタクシはフェイ様と添い遂げるので許嫁云々はどうでもいいですが……」

「僕の家とアインシュタインの家、二つの家の両親同士が仲が良くて、将来は娘と息子を結婚させようって言ってたらしい」

「へぇー、そうなのね。アンタ、結婚すればいいじゃない」

「ワタクシはフェイ様が居るので無理ですわー」

「そうね、アンタならそう言うわよね。それに兄が行方不明なんでしょ? モードレッドアンタ世界を見て回ってるんだから、何か答えたげないさよ。元許嫁なんだし」

「フェイ様の前でそう言う話は控えて欲しいですわ。許嫁とか、フェイ様がワタクシに嫉妬したらどうしますの!」

「フェイはアンタに嫉妬とかしないでしょ」

 

 

 モードレッドは無言のフェイに絡みつきながら話を聞いていた。仕方ないのでモルゴールに色々と答えてあげようと彼女に目を向ける。

 

「えっとね。多分だけど、僕の兄は凄くカッコいい。眼つきも多分悪い、僕が男装をしてるのは男性から声をかけられないようにって言う両親の頼みもあるんだけど。血の通った兄妹から男装すれば兄を見つけやすいって言う理由もあるんだ」

「なるほどね、アンタの男装姿に似ている人が居れば、もしかしたらって言う可能性も出てくるって訳ね」

「ふむー、でも申し訳ありませんが、基本的にそこら辺の凡人を一々覚えておりませんの」

「あ、そうなんだ……じゃあ、僕の家は代々凄い貴族の家で魔術が得意な一家なんだ。魔術が得意な人とかいないかな? 知り合いとかで」

「さぁ、ワタクシより弱い魔術使いしかおりませんし」

「そ、そっか……」

「なんか可哀そうだから、フェイも答えてあげてよ。聖騎士だし、あっちこっち行ってるんでしょ」

 

 フェイが話を振られて、ようやく目を開けた。鋭く、吊り上がった眼がモルゴールを射貫く。

 

「知らん、そんな男は」

「貴殿は柄が悪いな。会った時から知っていたけど……あと、目つき凄く悪いから女の子に嫌われるかもよ。そういう態度ずっととってると」

「興味ないな」

「あ、そう」

「フェイ様はワタクシに好かれてますのでダイジョブですわー」

「アンタはそろそろ、フェイから離れなさいよ……そう言えばフェイとモルゴールの目つきの悪さは似てるのかしら?」

「僕自身もそう思った……けど、僕の兄だからもっと優しくて、天使みたいな人に決まってるよ。それに魔術が得意な人だと思うし。それにこんなに僕も目つきは悪くないよ」

「フェイ様は魔術はからっきしですわ。でもそれを補って余りある才能が沢山ありますの! だから、ワタクシ好きですわー」

 

 

 ギューッとフェイに抱き着く彼女。タオルを巻いているがほぼ裸体の彼女に体を当てられて、アタフタする……という事はない。しかし、アリスィアは嫉妬で歯軋りをしていた。

 

 

 

「まぁ、僕の兄探しがこんな簡単に終わる訳ないか……あー、どこに居るんだろ。僕のお兄様は……ねぇ、貴殿(フェイ)は聖騎士なんでしょ? もっといない? こう、僕みたいな美形と言うか」

「知らんな。興味もない」

「……うぅ、そんな冷たくしなくても」

「……知らんが……何かあれば独り言は言うかもな」

「……あ、そ、そう?」

 

(意外と……優しい? 戦闘は化け物みたいな人でも、優しい一面も持ってるみたいな感じかな?)

 

「はぁ、しょうがいなから、私も探してあげるわ」

「ほ、本当か!? アリスィア、やはり僕と貴殿は通じ合うものがある!」

「うん、いいわよ。でもね――」

 

 アリスィアはニコニコ笑顔を浮かべながら、モルゴールの耳元で小さな声でこういった。

 

「――鬼ぃちゃんに手出したら、マジでぶっ飛ばすからね」

「あ、はい。しません」

 

 

 ニコニコ美人の笑顔でもこんなに怖い事ってあるのかと、モルゴールは戦慄した。はぁと下を向いて溜息を吐き、その後目線を上げるとフェイの姿が目に入った。

 

 

 体中に異様に傷があり、だが、恐ろしい程に鍛え上げられている肉体。腕の筋肉も凄いが極太ではない。細身のようだが力が内包しているのがよく分かった。

 

 胸板も凄く熱く鍛えられている。

 

 

(初めて見た……年頃の異性の体ってッ……こ、こんな感じ、なのかな? 触ったら、どんな感触なんだろう……)

 

 

「フェイ様ー、相変わらず体中カチコチですわねー。鍛え方がやはり違いますわー。ワタクシとは全く別の体で興奮しますわ!」

「黙れ、あと離れろ」

 

 

(や、やっぱり女性の体とは全然違うんだろうな……ちょっとだけなら触ってもいいかな……?)

 

 

 

(あとで、頼んでみよう)

 

 




自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台が、主人公を踏み台だと勘違いして、優勝してしまうお話です

TOブックスより、書籍化決定&予約開始しました! ここまで応援ありがとうございました。皆さんの感想とかでストーリーを決めたりしているので本当に感謝をしています、皆さんが居なければ書籍化は不可能でした、これからもお付き合いのほどお願いします。

表紙 卵の黄身先生

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51話 鬼、フェイ、フェイ

 ダンジョンでの悪童の激突が終わったその日の夜。フェイはフェルミのリビングで剣術の本を読んでいた。彼は波風清真流をこれまでもこれからも使って行くつもりであるが、他の剣術も学んだ方が良いと師匠であるユルルに言われていたからである。

 

 一人で熱心に本を読んでいると、彼の前の席にモルゴールの腰掛ける。

 

「熱心に読んでるね? 何読んでるの?」

「お前に関係ない」

「あー、もう、そうやってすぐ意地悪するの良くないぞー? 僕に教えろ」

「……」

「無視!?」

 

 

 モルゴールはフェイに無視をされた。そのことにぷくっと膨れ顔をしながらフェイを睨むが彼は本に夢中なので彼女の顔を見ることはない。

 

 腹が立つので彼女は机の下から彼の足を軽めに蹴る。一瞬だけ反応をするフェイだったが直ぐに視線を本に戻す。

 

 

「あーあ、暇だなー」

「……」

「ねぇ、ちょっとは話し相手になってくれてもいいじゃん! 僕ちょっと貴殿(フェイ)のこと気になるんだ」

「……なんだ?」

 

 

 渋々と言った雰囲気でフェイが彼女に目線を向ける。ようやく話せると思って僅かに笑顔を見せるモルゴール。

 

 

「筋肉をさぁ、触らせてほしい! すっごかったから! お風呂で!」

「……」

「あ、本に視線戻さないで僕の話聞いてくれ!」

 

 

 聞いて損をしたと言わんばかりに再び読書をフェイは再開をする。そこからもモルゴールが何度も絡もうとするがフェイは反応をしない。

 

「あ、フー君」

 

 そこへ、パジャマ姿のバーバラが姿を現した。モルゴールは知り合いではない為、一瞬だけ、気まずそうな顔をする。

 

「えっと、それと……モルゴールちゃんだよね? フェルミさんが言ってたから、知ってる」

「あ、そうですか……えっと、僕がモルゴールです」

「私はバーバラだよ」

「お邪魔してます……」

「私の家じゃないよ! だから、畏まらないくていいよ!」

「あ、凄い明るい人だなー」

 

 

 バーバラがニコニコの笑顔でモルゴールに語り掛けるので思わず陽キャのオーラに苦しむ陰キャの如く、モルゴールは気まずそうだ。

 

「ふー君はまた剣術の本を読んでるんだ?」

 

 ナチュラルにフェイの隣の席に座って、彼の呼んでいる本を横から覗き込む。桃色の髪がお風呂上がりで僅かに湿っている。鎖骨がちらりと見え、ダボッとしているパジャマなのに胸元が膨らんでいるのが分かる。

 

(うわ、このバーバラって人、色気凄いなぁ……僕よりも全然凄い……)

 

 

 同じ女性として、モルゴールはバーバラの色気に羨ましさと、嫉妬を僅かにしてしまった。胸と尻の大きさは自身もかなりあるし、大きさもさほどの差はない……と思いたかったが彼女の方が大きい。それに加えて、目元は僅かに垂れて、まつ毛も長い。

 

 バーバラは甘い女性、という感覚があった。だが、自身は目つきが悪く、高身長で色気があるのかと聞かれたら微妙なライン。

 

 

(モテるんだろうなぁ、こういう人。まぁ、僕はモテたいって思ったことないけど……運命の人との恋愛はしたいから、もし、そう言う人と出会えたら愛される形をしていたい。だから、羨ましいって思うんだろうなぁ。それはそれとしてさ、ってかさ、胸でかくない? 僕も大きい方だけど、この人、なんなの? 手のひらで持てないくらいじゃない?)

 

 

「それって、何の剣術の本なの? 何処の流派なの?」

「……野生餓狼流」

「知ってる! それって獣人が使ってる人が多いんだよね。私のレギオンにも獣人の子いるけど、フー君は知り合いに居る?」

「……一人いるな」

「名前は?」

「……ボウラン、だが半分獣、外見は人族だ」

 

 

(なんだよ! 僕の質問には答えない癖に! おっぱい魔人には答えるのか!! おっぱいに釣られやがって!!)

 

 

 フェイは面倒そうに返答をしているが、モルゴールには彼がバーバラのおっぱいに釣られて言葉を交わしているように見えた。

 

 

「半身が獣人か……。獣人族(ビースト)でボウラン……? なんか、仲間の子がそんな名前を言ってたような……その子、獣人の結構有名な一族の子じゃない?」

「さぁな」

「ボウラン、うん、聞いたことある。その子は聖騎士なの?」

「そうだ」

「そっかぁ……可愛い?」

「そう言う感情で見たことはない」

「ふーん」

 

 

この人(バーバラ)、フェイの事が好きなのか? 目つき悪くておっぱいに釣られるこの人のどこが良いのか分からないけど)

 

 

 フェイから話は振られないなのに、ずっと自分から話しかけるバーバラを見てモルゴールは事情を察した。バーバラと言う女性がフェイを好いていると言う事に。

 

 

「あ、そう言えば。今日ね、偶々仲間から、演劇のチケットを二枚貰ったんだけど行く人居なくてさ。どう? 一緒に」

「俺は興味がない」

「だよねー、私分かってた! じゃあ、一緒に剣術都市行かない? 沢山の魔剣とか剣術の本とかあるんだって。原初の英雄が愛した聖剣の模造品(レプリカ)もあるとか?」

「……そうか」

「一緒にいこっか?」

「俺一人で向かう。邪魔だからついてくるな」

「えー! 今私が教えてあげたのに!」

 

 

(えー、なにこの恋愛ごっこみたいなやり取り。なんか分からないけど腹立つなぁ)

 

 

 モルゴールがフェイとバーバラのやり取りにイライラしているとフェイは剣術の本を閉じて、席を立った。

 

「おやすみ、明日も訓練頑張ってね」

「無用な気遣いだ」

 

 振り返らず背中越しにそう言ってフェイは去って行った。フェイが居なくなるとモルゴールとバーバラの二人きりとなる。

 

 

「フー君寝るなら、私も寝よっかなぁ」

「バーバラさんって、フェイのこと好きな感じか?」

「あー、分かやりやすい?」

「まぁ、それなりには」

「んー、好き……なのかな? なんとなく良いなぁって思ってるって言うかぁ?」

「なんとなく?」

「あんまり恋愛したことなかったからさ。レギオンの団長で忙しかったし、弟の世話とか……でも、最近弟のラインも一人前になってきたし、仲間が大分支えてくれて余裕出来たからちょっとそう言うのもいいかなって思った感じ?」

「はぇー、なるほど……。貴殿はフェイのどこが良いんだ?」

「頼もしい所、一択」

 

 

 フェイのどこが良いのかという問いにバーバラは即答をした。頼もしい所、というのがなんとなくだがモルゴールも理解できた。

 

「頼もしいか……」

「ああいう人、いいよね。こう、筋肉も凄いから後ろから強めに抱かれたい? みたいな?」

「確かに筋肉は凄い」

「トンデモナイ何かが宿ってる位凄いよね」

「でも、それなら他の人でも良くないか? 頼もしいって言う理由なら」

「んー、優しい所も含めて頼もしいから。それだとズレてるかも。強さを只管に求めて鍛えてさ、どんどん強くなるし、絶対諦めないしさ。全部ひっくるめて隣にいてくれたら頼もしいって言う意味かな」

「優しい……。でも、貴殿に優しくするのはおっぱいに釣られてるからでは?」

「いやいやいやいや、流石にそれはないよ。あんまりチラチラ見てこないし。さっき話してるときも、私のこと一度も見ずに本ばっかり見てたでしょ?」

「まぁ、確かに」

「結構、生真面目な性格なのも良さげかなー? そう言うのも気になるかも」

「へー」

「モルゴール、ちゃんは好きな人は?」

「僕はいないかな。でも、お姫様になるのが夢!」

「あ、意外とピュアなんだ」

 

 

 モルゴールが腰に手を当てて、胸を張り高らかに自身の夢を語る。目つき悪いのに意外とピュアと言う外見と夢があっていない事にバーバラは驚いた。

 

「僕は背が高すぎるし、目つきが悪いから……姫様っぽくないけど、運命の王子様にお姫様抱っこされたいんだ!」

「すっごいピュアなんだね、モルゴールちゃん」

「でも、先に僕の兄を見つけないといけないから暫くは無理だけど」

「あ、言ってたね。お兄ちゃんかぁ……そう言えばフー君と目つきが似てるような……」

「それさっきも言われた。でも、僕の家は魔術が有名な一家で僕の兄は凄い才能があったって聞いたからそれは違うと思うんだ」

「フー君、無属性だけだから、確かに違うね」

「なかなか見つからないな」

「そっか……頑張ってね! 応援するから! 私も何か分かったらすぐに連絡する!」

「えー! ありがと! 貴殿には感謝だ!」

 

 

 バーバラとモルゴール、二人の友情が少し深まった夜だった。

 

 

 

◆◆

 

 

「これからどうしようかしら……」

 

 星空を見上げながらアリスィアが呟いた。

 

「ねぇ、どうすれば良いと思う?」

「しりませんわ。興味もありませんわ」

 

 

 アリスィアが同じ部屋のベッドで寝ているモードレッドに相談を投げる。しかし、モードレッドは一切興味がなく、適当に流す。

 

「聞いてよ。私……これからどうしようか迷ってるんだから」

「面倒ですわ。ですが、このままグダグダ話しかけられ続ける方が面倒ですので、特別に少しだけ答えてあげますわ」

「ありがと、私、これからどうするべきだと思う?」

「兄を探していればいいのでは?」

「最近、それもどうでもよくなちゃってさ……」

「好き勝手に生きればいいのでは?」

「うーん、私にはあってない気がするわね……聖騎士とかどう思う?」

「あぁ、フェイ様以外、大した事のない集団の集まりですか……まぁ、貴方程度でもなれそうですし、良いのでは?」

「そっか……フェイと一緒に居られるしブリタニアで聖騎士やろうかしら?」

「やっぱりダメですわね。ワタクシが指名手配されているので聖騎士になれないので」

「いや、アンタの話じゃなくて、私の話ね?」

「知ってますわ。ただ、フェイ様の近くに貴方が居ると嫉妬で血祭りにあげそうになってしまう事を考慮して聖騎士になるのは止めろと言っているのですわ」

「怖い!? なに!? 自分がブリタニアで指名手配されててフェイの側に居られないから私にも居るなって言ってるの!? 無茶苦茶でしょ!?」

 

 手元の剣を鞘に納めて、何度もキンキンと金属音を鳴らしながらアリスィアを脅すモードレッド。そんな彼女に恐怖を覚えて、大声をあげながら距離を取った。

 

「まぁ、どうするかは追々決めるけど……母親に兄を見つけて認められたいとか思わなくなったのが自分でも驚いてるのよね」

「不幸を呼び込むとか言われて追放されたとか言ってましたわね」

「そうよ。母親……最近はどうしてるのかとかも考えなくなったわ。フェイが居てくれればそれでいいって感じちゃってさ。でも、私が居ても迷惑よね」

「そうですわね、フェイ様からしたらあなたは迷惑なので速攻視界に入らないようにするべきですわ」

「いや、ちょっとフォローしなさいよ」

「他の男にしてしておくべきですわね。うん、他に運命の方が居ること間違いないですわ」

「凄い引き離そうとするじゃない。何言われても離れたくはならないわよ!!」

 

 

 相談をする相手を間違えたかもしれないと思うアリスィア。しかし、モードレッドは戦闘経験はずば抜けており、世界情勢とかも色々と知見がある。だからこそ、やはり彼女から話を聞くのは大事だと感じる。

 

 

「アンタも目的あるんだっけ?」

「えぇ、ただ悪童を殺したので暫くしたら、ここは離れますわ」

「悪童って今日の昼にフェイが倒した奴よね? あれがなんなの?」

「色々とありますの。光の星元を持っている同郷は全員殺す。ついでに永遠機関とかも潰す。それが目的ですの」

「永遠機関、最近聞いた名前ね。あとは光の同郷って、子百の檻出身子だっけ?」

「そうですわね」

「ふーん、まぁ、よく分からないけど応援してるわ」

「貴方程度の応援は微塵も役に立たないですが、一応受け取っておきますわ!」

「素直に受け取りなさい!」

「ふっ……あぁ、それと貴方のトラブル体質、不幸を呼び寄せる特性とも言えるそれですが……」

「それがなに?」

「きっと、訳アリでしょうから自身の事を調べることも視野に入れておくべきかと思いますわー」

「……訳アリ……?」

「あそこまで不幸を呼び寄せるのは偶然ではないと言う事でしょうね」

「そっか。私にはやっぱり居場所がないのかしらね……」

「……フェイ様はそれすら飲み込む」

「ッ!」

「見て来たと思いますが、貴方と言う存在はフェイ様みたいな方からしたら絶好の鴨。不幸を、逆境を己が成長をする幸運と捉えられる人からしたら、さぞや魅力的に写るのでしょうね」

「だったら、嬉しいわねッ」

「えぇ、フェイ様に色目を使ったら殺しますが、フェイ様が強くなるための道具として側に置いておく許可をあげましょう」

「いやだから怖いのよ!!」

 

 

 ニコニコ笑顔で怖い事を言うモードレッドに戦慄をアリスィアはした。しかし、一緒に居てくれる人が居てくれると思えることは彼女にとって最高の安心感でもあった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「あれ? なんだここ? 初めて来たんだけど!? 何これ!? 面白そうなイベントが始まったなぁ!!!」

 

 

 わらわはフェイと言う男と契約をして、魂をこいつの体に定着をさせた。最初は体を乗っ取ってやろうと思った。体に呪いを施して魂を喰らったり、思うがままに道化人形にしてやろうと考えていた。

 

「あれ? バーバラに似てる? お前誰だよ」

 

 

 だが、全然操れなかった。こいつの魂は常軌を逸しており、声が魂に届かないのだ。だが、だがだがだが、ようやくこいつの魂と接触をする事にわらわは成功をしてしまった!!!!

 

 ここまで長かった! 一万回くらい大声で呼びかけたけどずっと届かなかった!!

 

 魂の差異によって、声が届きにくいとかあるが……こやつは本当におかしすぎて……うぅ、嬉しすぎて涙が……

 

「うぅぅ」

「何で泣いてるの? 大丈夫か? ポンポン痛いのか?」

「誰がじゃ!!」

「あ、元気じゃん」

「おかげさまでの!! 声を出すのが得意になったわ!!

「よくわかんないけど、良かったね」

「……お主、そのような話し方だったか? 大分外と違うが」

「外? どういう……あ、ちょっと待って。もしかして、アンタって最近俺と一緒に体をシャアハウスしてる元退魔士のバラギって人? それで俺の体の内側から、つまり心に直接話しかけてる感じ?」

 

 

 

……こやつ察しが良いな。初見でいきなり精神世界でわらわに話しかけられて、全てを看破するとは……。

 

 

「察しが良いの」

「おー!! 最高じゃん!! まぁ、主人公の中に異形の存在が居て、内側から話しかけてくるのってあるあるだからさ。すぐに分かってしまったぜ!!」

「……一から十まで何を言っているのか全く分からんの」

「なるほどね。いつものクール系な話し方に勝手に翻訳されないのは心に話しかけてるからだろうね。あれって、やっぱりキャラの特性みたいな感じだから、体に常備されてるクール系主人公翻訳機能って事だったんだろうなぁ」

「いや、分からん。全然分からん。何を言っているのか分からん。わらわに分かるように話せ」

「それは無理だと思うぜ! だって、俺は主人公だからな! 主人公の考えとか本質は俺以外には分からない、お前に言っても無駄だな!」

「……まぁ、お前の話し方は正直どうでもよい。それより小僧」

「どうした?」

「お主の体をわらわに渡せ」

 

 

 ふっ、言ってやったわ!! わらわと契約を交わした退魔士は過去にも居たが、大体の奴はこのセリフを言うとビビッておろおろする!

 

 おろおろしてビビる!! 

 

 体の内側から自分と言う存在を乗っ取ろうとする、別の存在が居ると言うのは怖いからのぉ!! ビビれ! わらわにビビれ!!

 

 

「お、お前……」

 

 フェイは手をカタカタと震わせながらわらわを指さした。流石に恐怖で震えているのだろうなぁ。わらわは怖いからのぉ!! これが普通の反応なんじゃ!! 今までがおかしかったんじゃ!!

 

「100点だ!」

「は?」

 

 震えているのかと思ったら笑っていた。

 

「やっぱり内側から体を乗っ取る的なノリが一番だよね? それ主人公の中に封印されている異形の存在としては100点だ。寧ろ、その方がいいんだ。これからもそれで頼むよ」

「……は?」

 

 

 意味が分からない。物凄い喜んでいるのは伝わってくるがどうして喜んでいるのかは分からない。理解できない。

 

 

「そうやって、乗っ取ろうとして置いていずれ和解して主人公の為にサポートする。主人公の基本と言うか、あるあるだしね。バラギ、序盤のムーブとしては100点だよ」

 

 

 今までこんなに喜ばれたことがあっただろうか。脅しを言ったはずなのに……喜ばれている。

 

 わらわは意味が分からなくなった。外面は厳しい顔をして誰かの為に命をなげうつ狂人、内心は別の意味で頭が狂っているような狂人。

 

 こいつの行動原理が分からない。

 

 

「……ふっ、じゃがいつまでお主の余裕が続くか見物じゃな?」

「ん?」

「お前のような奴は、きっと一人になる。他者の為に命を懸けてもなんらの徳はない。きっと後悔するぞ。気付いたら自分一人になって誰にも信じてなど貰えない。わらわには分かる。お前はきっと一人になる」

「……? よく分からないけど、そうなってもいいじゃないか?」

「……なに?」

「俺は俺を誰よりも信じてるからな。それだけで進んでいける。だって俺は主人公だからな」

 

 

 ……眼が輝いていた。昔の自分のように……それが無性に腹が立った。自分は誰かの為にと生きて……それで……

 

 

「気に入らん、主は本当に気いらんなぁ。わらわの神経を逆なでする。必ず体は貰う、二度度ふざけたことも腹が立つ口もきけぬように」

「それでいい、でも、お前は必ず俺に心の底から力を貸したくなるよ」

「ありえないのぉ」

「それがあるんだよ。だって、俺は主人公だから」

 

 

 それだけ言って、男は消えた。正確にはわらわが一時的に会話を拒絶をしたのだ。

 

 わらわが自分から力を貸したくなる? あり得ない。あり得ないのぉ。

 

 舐めた小僧じゃ、本当に

 

 

 

◆◆

 

 

 遥か昔、世界に災厄が訪れた。全ての生命を飲みこうとする、害悪の象徴、名を災厄の逢魔(オウマガドギ)という。

 

 人やあらゆる生命を超えていた存在だった。恐怖、理不尽な恐怖。それは過去の存在だとしても今を生きる者達に伝わるほどにすさまじかった。

 

 しかし、人々はとある事実を忘れている。

 

 災厄の逢魔(オウマガドギ)という厄災は……()()()()()()()()()()()()()()()()。違法な実験を繰り返し、その先に彼は異次元の存在へと昇華したのだ。

 

 そう、最初はただの人間だった。故に、人間であったのだから『子孫』が居たとしても可笑しくは無いのだ。

 

 災厄の逢魔(オウマガドギ)という存在から派生をした、逢魔生体(アビス)。それとは違う、微かに人間であった頃の純粋な子孫。

 

 子孫は歴史の裏でずっと生き延びてきた。時には迫害を受けながら……だが、生き延びてきた。生き延びたのだが、子孫達にはとある呪いがかかっていた。

 

 子孫たちは誰もが若くして死んでしまう。そして、謎の体質を持っていた。それは成長をするごとに強くなる、

 

 世界の災厄、その子孫である彼等、その内の一人は生まれながらに闇の星元を持ち誰かの為に動かないといけない正義感を持った男。

 

 ――もう一人は産まれた時から不幸を呼び寄せてしまう少女。本当に特異な体質を持って生まれた。そして、それに加えて周りがそれに恐怖をする。

 

 人の感情が恐怖がたった一人の少女へと集約する。概念的な精神的恐怖の集約、己自身とそれ以外による強迫観念と自己嫌悪。

 

 それによって、特性が恐怖の集約で強くなり、彼女の不幸体質がさらに強くなってしまった。

 

 肥大化する不幸、それを見に宿す厄災の子孫(アリスィア)。彼女は己の事を知らない。

 

 

 なぜ不幸であったのか。

 

 人からずっと遠ざけられるのか。

 

 そして、災厄の子孫を狙う者達が居ると言う事も彼女は知らない。

 

 ――自由都市に二人の青年が足を踏み入れた。

 

 

「ここか……アリスィア。厄災の子孫が居ると言う場所は」

「はい。生まれた時から不幸体質であり、数々の災害が彼女の居るところで起こっているとか。アリスィア、彼女の母親からも小さい頃からそのような兆候が見て取れていたとか」

「……厄災の子孫、狩るのが好ましいだろう……我々、『聖痕の一族』がな」

 

 

 

 ノベルゲー円卓英雄記、その外伝ストーリー。その内の一つのアリスィア追放√のラストエピソードが迫っていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 (アリスィア)が目を覚ますと隣にはフェイが居た。まぁ、正確に言えばフェイの隣に私が勝手に居たと言う方が正しいのだろう。

 

 勝手に寝ている部屋に入って添い寝をするのが私だから……ついでにモードレッドも勝手に添い寝をする。

 

 イラっとしたり、フェイの迷惑だから辞めろと言おうと思ったけど、私だけは言ってはいけないので無言を貫いている。

 

「フェイ様ぁー。ふふふ」

 

 

 寝言を呟きながらモードレッドがフェイに抱き着いている。ニヤニヤして幸せそうにしているから、何だか邪魔が出来ない。相変わらず全裸で寝ているとはどうかと思うけども……

 

 そう言えばこの家ってフェルミの家なのよね。私達が住みこんじゃって私的に使ってるけど……今度御礼の品でも買った方が良いのかしらね?

 

 取りあえず起きようと思って、窓の外を見た。

 

 ――外には雨が降っていた。

 

「曇り……」

 

 

 無性に嫌な予感がした。こういう感覚は偶に私に降ってくる。漠然とであるのだが、心に灰が積もるように少しずつ不安が大きくなっていくのだ。

 

 こういう時は大体私に不幸が起こる……

 

「なにか、起こるのかしら……」

 

 不安になるが首を振って、そんな訳がないと己を律する。体を起こして、キッチンに向かう。

 

 フェイがそろそろ起きて訓練に向かうので帰ってきたら、朝食を用意しておきたいのだ。

 

 パンを焼いたり、サラダを作ったり、ハムを焼いたり、色々と準備を進める。いつもなら朝食を作る時に幸せな気分になる。フェイが食べてくれると思うと心が躍る。

 

 だけど、今日は……不安が襲ってくる。

 

 人数分作り終えたら、一度外に出よう。そして、空気を吸おう。気分がよくなるはず。

 

 

「久しぶりにフェイと一緒に訓練しよ……」

 

 

 寝室に入るとフェイが訓練に向かう準備をしていた。モードレッドはまだ寝ている。

 

「私も行くわ」

「……」

「偶には訓練に付き合おうと思うの」

「お前に俺の相手が出来ると思うか……?」

「出来るわ。私だって強くなってるもの」

「どうだかな」

「……もしかして、私に負けるのが怖くて勝負しないのかしら?」

「いいだろう、ついてこい」

 

 チョロい。まぁ、こういう所が可愛くて好きなんだけど……普段は鬼みたいな性格をしているのに単純な所があるから魅力的なのね。

 

 自由都市の中にはとある空地が存在している。いつもフェイはそこで朝練や訓練を行っている。

 

 そこに到着をするとまずは準備運動から始まった。フェイは生真面目なのでしっかりと体をほぐしつつ、適切に動けるように体を温める。

 

 

「よし……」

 

 

 終えるとそうつぶやいて、今度は素振りを開始した。空気を斬っているように剣筋が美しい。フェイは日本の武器を持っている、一本は普通の剣、もう一本は退魔の剣、魔剣だ。

 

 

 魔剣はデメリットがある為に今は使っていない。普通の剣で素振りをしている。私はその姿に見惚れていた。

 

 暫くして、彼がこちらを向いた。黒い瞳が見える、彼の瞳に鏡のように私が写った。

 

 めっちゃ、私頬赤くしてるじゃん……!!

 

 好きバレは恋愛においては悪手、相手を好きにして相手から告白させるのが勝ちって、この間買った恋愛本に書いてあった。

 

 

「俺の剣の相手をすると言っていたな」

「あ、う、うん、そうね」

「剣を抜け、打ち合いだ」

「……いいわよ」

 

 

 私が今のフェイに勝てるわけない気もするけど、訓練の相手をすると自分で言ってしまったわけだし。仕方ないと剣を抜こうとした時……

 

 

「見つけたぜ。クソ災厄の末裔が」

「情報通り、彼女がアリスィアで間違いないです。兄さん」

 

 

 誰よ、こいつら……。二人組、一人は強気で獰猛な感じ、もう一人は本を持ってる気弱な感じ。似ている所を見ると兄妹だろうか。

 

 

「あー、一応名乗っておくか。何も知らずに殺してしまうのは可愛そうだしなぁ。俺は聖痕の一族、ゼロ」

「僕はゼロの弟、ワンです」

 

 

 聖痕の一族……? 聞いたことがないわ。

 

「フェイ、知ってる?」

「さぁな。だが……」

「どうしたの?」

「俺に用があるようだ」

「私の名前を呼んでいたから私に用があるんじゃないかしら?」

「いや、そうではない。結果的には俺に用があるはずだ」

 

 

 よく分からないけど、フェイが言うならばそう言う事なのでしょうね。

 

 二人組、その内の一人、ゼロと名乗る獰猛な男。アイツは名乗りが終わると急に私に剣を抜いて襲い掛かってきた。

 

 

 だけど、フェイがそれを剣を抜いて応援をする。フェイは無表情だが獣のように笑っていた。

 

「おいおい、俺が用があるのは厄災の末裔なんだが……邪魔するなら殺すぜ?」

「お前では俺は殺せない」

「なるほどな、アイツの男って訳かぁ。お前、あの女がどんなクソ野郎か知ってるわけ?」

「アイツは俺の女ではない。俺が戦うのは己の魂に従っているだけだ」

「ふーん、どんな理由でも良いがよ。アイツを守って事がどんな意味を持っているのか知ってるか?」

 

 

 フェイとヘンテコな男の剣が交差をしている。しかし、一旦離れて、ゼロと名乗る男が私を指さした。

 

 

「そいつは……厄災の逢魔(オウマガドギ)子孫だ」

「え……?」

 

 

 思わず、私は声を漏らしてしまった。あの男が言っていることが私の理解を超えていたからだ。

 

 厄災の逢魔(オウマガドギ)、世界に害をなす存在。逢魔生体(アビス)という人間を襲う化け物の生みの親。それの子孫が私……?

 

 

「正確には人間であった頃のだがな。厄災の逢魔(オウマガドギ)、実験で人を超えようとしていたのは有名な話だよな。やつは、その実験と同じ時期に子孫を残していた。完全な化け物ではなっていないが、既に人の域を超えていた時だ」

 

 

「あらゆる生物の細胞を取り込んだ厄災の逢魔(オウマガドギ)の直系の子孫。それはもう生まれながらのエリートたち。だが、その子孫たちは不自然な点が多くあった」

 

 

「闇の星元を持っていたり、呪われていたり……災厄の王、異形な存在の血筋は異様な種を生んだ。その内の一人がアリスィア。お前だ」

「……ッ、わ、た、し……?」

「そうだ。まぁ、お前の兄も該当するんだが、それは置いておこう。アリスィア、心当たりがあるだろ。呪われているように自身を中心に不幸が起こるってことに」

「……え、あ……そ、それは」

 

 

 私は……わたし、は……母親に殺されそうになったことがある。よく言われていた。

 

 ――わたしがいるとふこうがおこるって

 

 むらでも、ともだちからもいわれたことがある。どこへいってものろいのようにわたしのさきではふこうがおこる。

 

 せかいからきらわれているように……それがげんいんなの? 

 

 

 私のせいなの? 全部、私が居るから皆が不幸になるの……災厄の子孫だから、私は呪われている?

 

 辛い、辛い、悲しい。私は何も悪い事なんかしていないのに。最近、ようやく楽しくなって来たのに。また、辛くなってしまう。心が痛い。苦しい。

 

 また、居場所が……

 

 

「俺達はそんな厄災の子孫を殺すことが先祖代々の使命だ。お前達は居るだけで世界にとって害悪だからな。闇の星元が目覚めたりしたら、それこそ人を襲う」

「……ッ、そんなことしないッ!! 私は……人間で」

「お前達には居場所はない、大人しく消えておけ。それが皆の為だ」

「兄さん言い過ぎでは、消すとしても。もっと言い方が」

「取り繕ってもしょうがない――」

「――お前達は要領を得ない話が好きなようだな」

 

 

 恐怖も畏怖も期待も何もしていない声が響いた。私の表情はきっと恐怖で歪んでいるのだろう。だけど、フェイは変わっていない。

 

「あぁ?」

「こいつがそんな大層な存在な訳がない」

「あのな、コイツの行く先々では常に災害が起こるんだよ」

「違うな、俺が居たからだ」

「……なに?」

「俺が居た、だから、天変地異が起こる。世界は俺を中心に回っている。動いている。だが、それに気づているのは俺だけ」

「馬鹿なのかお前」

「知らないなら覚えておくといい。全ては俺の試練とでも言える。全ては俺の行く先に敷かれているレールに過ぎない。俺だけが特別で俺以外はただの置物――」

 

 

 フェイは二人組を指さした。そして、その後に、私にも人差し指を向ける。

 

「――お前も、お前も、そして、アリスィア、お前もだ」

 

 彼の漆黒の眼には偽りがなかった。本心から言っているのが私には分かる、眼を見なくてもフェイは一度も嘘をつかない男なのを思い出した。

 

 思えばフェイは何者なのだろうか。

 

「お前達は、さも自分たちが世界の中心のように語る……だが、それは違う。遠ざかっているだけだ」

 

 フェイは私の胸倉を掴んだ。彼の鋭い眼が私の眼を射貫く、心の中まで射貫かれたような、見通されているようなそんな気がした。

 

 

「アリスィア、お前は前に俺が言ったことを忘れたのか」

 

 

 きっと以前ダンジョンで起こった魔物の大群行進の事を言っているのだろう。あの時、私はフェイに救われた。でも、私はその後もフェイが何度も傷つく姿を見た。

 

 私の眼の前で好きな人が傷ついて、それを見ているだけで何もできない。そんな自分が凄く嫌で、いつも守ってくれているような気がして。

 

 結局私は、呪われているのではと、私が不幸を呼んでいるのではないかと思ってしまった。

 

 何度も私は思ってしまう。今もそうだ、災厄の子孫と言われて納得をしてしまっている。

 

 だから――

 

「――何度も言わせるな。俺だ、俺が混沌の渦の中心。全ては俺に向かって動いているだけ」

 

 

 フェイは無表情。何も、何も瞳にない。恐れも拒絶も何もない。ただ、あるがまま己の心象を語る。

 

「……おいおい、何を言っているんだ? アイツは」

「兄さん、あの人、本心であれ言ってるみたいだね。ふふ、馬鹿だね」

「あぁ、本当に馬鹿馬鹿しい。アリスィアが災厄の子孫だから、殺すべき、アイツが居るだけで人が傷つく、それだけだ」

 

 

 私を襲ってきた二人組は呆れているようだった。だけど、フェイは真剣だと分かった。

 

 

「で、でもね、この間だって、昨日だって私のせいでフェイは怪我をして……今だって、私を襲ってきた人たちと戦って……ごめん……」

 

 

 私の中の弱い自分。好きな人に嫌われたくなくて、取りあえず謝ってしまう。本当は誰かが傷つくのが怖いんじゃない。自分が嫌わてしまうのが私は怖いだけなんだ……

 

「ごめんなさ――」

「――少し、俺の話をする」

「フェイの話……」

「俺の行く道は繋がっている、始まりと終わり。この世界の謎、災厄、魔物。全てが俺を中心に回っている」

「よく、分からないわ……」

「分からないのであればお前はその程度と言う事だ。お前もアイツらも所詮は見当違いの中であがいてるだけ」

 

 

 胸倉を掴んでいた手をフェイは優しく離した。彼は私を見ているようで見ていない。もっと大きなスケールで世界を見ているようだった。

 

 

「案ずるな。全てを俺はねじ伏せる。お前達の下らない見当違いも世界の災厄も……」

「はいはい、恋愛ごっこも大概にしてくれよ。こっちは聖痕の一族で、先祖代々、末裔を狩ってるんだ」

「長話をしている暇もないよ。兄さん、アリスィアが子孫であるのは分かっている。迷いなく殺すので確定だ」

 

 

 二人組が私に殺気を向ける。まるで、私を人ではないような眼で見ている。ゴミ、蛆を見るような嫌悪をしている。

 

 

 怖い……この人たちが……

 

 

 ゼロと名乗る獰猛な男が剣を再び振りかぶって、私に向かってくる。本気で私を殺す気だと分かった。

 

 

「世界のごみはスクラップにするに限るぜ。母親が俺達に言っていたよ、呪われた気味の悪い娘は殺してくれって」

 

 

 私は、ゴミ……

 

 

『貴方なんて、産まなければよかった……消えて、消えてよッ!!』

『あの子は呪われている』

『村から追放じゃ……』

『聖杯の神に生贄にすると言うのは…‥』

 

 

 親にも友達にも……

 

『悪いけど、貴方とは一緒に居られないわ……貴方のせいで私達の評判まで下がるのよ』

『頼むから、町から消えて欲しい……』

 

 

 

 ずっと言われていた……

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

――追い詰められて、逃げる場所が無くなって。そんな時、いつもこの人だけは……ッ

 

 

「馬鹿な……ッ、ゼロが一撃ッ!?」

 

 

 ワンと言う男が驚愕で眼を見開いている。剣を振りかぶって襲い掛かったゼロと言う男をフェイは一撃で仕留めた。

 

 気付いたらゼロは地面にめり込んでいた。剣筋を見切り、カウンターでフェイは拳を叩きこんだのだ。

 

 フェイの腕が赤黒く傷ついている。星元操作が上手ではないフェイはいつもこうなってしまう。でも、フェイはそれを気にしない。

 

「あり得ない……一瞬で剣筋を見切れるはずが……まさかさっきの一瞬の攻防でゼロの動きを解析し、逆算をしていたとでもいうのかッ!?」

「……大したことじゃない。さっきの奴の動きは俺が今まで戦ってきた相手と比べれば格下だっただけだ」

「ゼロは聖痕の一族の中でも天才と言われていた剣士ッ、雷すら斬る速さの剣をあの短時間で……()()だぞ、そんなのはッ」

「……どうでもいい。お前達はとっとと去れ。俺の糧にすらならない。おい、お前が相手をしろ」

 

 

 フェイは何処か虚空を見て声を発する、するとふふふと笑いながら聞き覚えのある女性の声がした。

 

 

「あら、完璧に気配を消していましたのに……流石はフェイ様。ワタクシに気付くとは」

「確かに気配は完璧に消えていた。だが、お前ならどこかで見ていると踏んだ」

「あらあら、これは一本取られたと思うべきでしょうか。気配ではなく、ワタクシの行動を直感で読むとは……ふふふ、ワタクシの事をよく理解していないとできない行動、最早これは夫婦と言い換えてもいいのではないかと思いますわ!」

「黙れ」

 

 

 モードレッド……見ていたのね。私は全然気づかなかったけど……。

 

「この程度の相手、フェイ様には物足りないと思うでしょうね。どなたかは存じ上げませんが、さっさと消える方が良いと思いますわ。フェイ様に勝てないのは今ので分かったでしょうし」

「……クッ」

「コイツは返す」

 

 

 フェイが気絶をしているゼロの首根っこを掴んで、もう一人のワンと言う男に放り投げた。

 

「後悔するぞ。聖痕の一族を敵に回したことを」

「しない。俺は己を常に貫く、何人にも俺を止められない……今度は本気で俺を殺しに来い。アリスィアを殺したければな」

「ふざけやがって、自分が何を庇っているのか……よく考えるんだなッ」

 

 

 それだけ言って、ワンと言う男はゼロを担いで消えてしまった。すると、モードレッドが私に中指を立てていた。

 

「な、なによ」

「いえ、気に入らないので死ねと思っただけですわ」

「……な、なにが気に食わないのよ」

「羨ましいですわ、フェイ様にあそこまで言わせるなんて……まるで姫を守る騎士の様ではありませんの」

「……」

 

 

 フェイは私を見ない。いつもなら自分を見てくれない事に苛立ちがあったりもする。でも、今は見てくれなくて良かったと思う。

 

 だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今、絶対顔が真っ赤になっているッ、鏡がないけど分かる。そして、きっとこんな状況なのにニヤニヤしているだろう。

 

 

『――しない。俺は己を常に貫く、何人にも俺を止められない……今度は本気で俺を殺しに来い。アリスィアを殺したければな』

 

 もう、一番うれしい言葉じゃないッ!! 遠回しに私を守ってくれるって言ってるのと同じじゃない。

 

 あぁ、この世界に産まれてきてよかった……ッ

 

 

『――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もう、世界で一番信じちゃうわよッ、もぉ、どうしよう……めっちゃ好き……。

 

 絶対依存しちゃう……この先、フェイなしじゃ生きていけなくなりそう……。

 

 かまってちゃんになりそうだし、夜とか絶対私から襲い掛かっちゃいそうになりそう……もう襲った事、モードレッドと何回かあるけど……

 

 

「フェイ様、体長は大丈夫ですの?」

「この程度のけがは問題ない」

「ふふ、そうでしょうけど……大分熱があるようですが」

「……それは気のせいだ」

「どういうことなの?」

「フェイ様、恐らく体調を崩しているですわね。体温がいつもより異常に高い、その証拠にあの程度の相手に汗をかいていますもの」

「ふぇ、フェイ、私のために……体調が悪いのに守ってくれたのね……」

「……違う。成り行きだ。それに……体温が異様に上昇しているときこそ、好奇。普段できない必要以上に心身に負荷をかけて修行が出来るというモノ」

「何という素晴らしい答え、流石はフェイ様ですわ!! ささ、ワタクシと気絶するまで打ち合いましょう!!」

「ダメよ! フェイ! 体調悪いならフェルミの家で看病をしないと!!」

「はぁ? 貴方、フェイ様がこの程度で倒れると思っていますの?」

「そう言う問題じゃないわ。腕も怪我してるし、体長も崩してる。だから、治るまで看病するってだけの話なの」

「俺は問題ない」

「ダメよ! 一緒に来て!」

 

 

 私はフェイを連れてフェルミの家に向かった。なんだか、全てが晴れたような気分だった。

 

 フェルミの家に着いたらフェイをベッドに寝かせた。

 

「問題ないと言っている」

「ダメ、今日は寝てもらうわ……私を守ってけがをしちゃったわけだし」

「お前は関係ない」

「分かってるけど……心配なの……」

 

 

 暫く説得してフェイを休ませることに成功した。モードレッドからは大ブーイングだったが気にしない事にした。

 

「フェイ……ありがと」

「礼を言われることはない。あれは」

「アンタの試練だったわけでしょ」

「分かればいい。お前は何も気にする事はないと言う事だ。あの厄災の子孫と言うのもただの見当違い。恐らくだが……()()()()()()()()()()

「それ、本気で言ってる?」

「あぁ、俺は何度も死にかけている。お前に会う前からな……。ブリタニアがとある聖騎士に魔眼で占拠された時もあの場で動けたのは俺だけだ」

「……新聞でその事件読んだわ。解決したのフェイだったのね……」

「そうだ。俺を中心に回っていると言う意味が分かったか」

「……うん」

 

 

 フェイの言っていることは本当の事なのだろう。じゃあ、私は……ただの見当違いなのだろうか。

 

 一瞬迷ったが……

 

『――()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 えぇ、信じるわ。フェイが言っている事だもん。全て見当違いなのね。母親も村の人達も全員見当違いなのね。フェイが言っているんだもの、そうに決まっている。

 

 というか母親とか兄とか村とか、本当にどうでもよくなってしまった。だって、私には、全てを捧げたい人が出来てしまったわけだし。

 

 

 自分の人生だもんね、どう使おうが私の勝手。私の事は全て見当違い。肩の荷も下りた事だし。

 

 残りの人生は全てこの人に捧げよう……もう、身も心も全部、この人に落とされてしまった。

 

 この人の事しか考えられない。

 

 

「大変じゃ!!」

 

 

 フェイと二人でイチャイチャしようと思ったらフェルミが部屋に入ってきた。手には新聞が握られている。

 

「こ、これを見よ!!」

 

 

 新聞には『災厄の子孫アリスィア、そして、それを守る冒険者フェイ』と書かれていた。

 

 記事にはこの二人を都市に置いておくのは危険であり『追放』をすべきと書かれていた。

 

「追放ですって……私とフェイが……」

「恐らくじゃが、聖痕の一族の仕業じゃろう。お前達に意趣返しをするためじゃ」

「……ばっかみたい」

「こんな記事に信憑性も無いが一部では大騒ぎになっておる。お前達が、元ロメオの団長、フェルミの家に居るとは誰も知らないじゃろうから……暫くはここで大人しくする事じゃ」

「……フェイ、アンタは――」

「――ククク、ハハハは、追放かッ。面白い。ようやく面白くなって来た」

 

 

 フェイは笑っていた。こんなに笑っている彼を私は見たことがない。

 

「俺は追放か……構わん。己を突き通しただけ。それに意味がある。その結果がどうなろうとな。ククク、だが追放か。愉快だ」

「……フェイよ、あたしゃ、あんたに感謝をしている。バーバラとライン、二人を救ってくれた。都市もさ。フェルミの名において、好きに使うと良い。ゆっくり今日は休むことにしな」

「フェイ、私も今日はゆっくり休んで欲しいわ」

「……まぁいい。いつでも出て行く準備は出来ているがな」

 

 

 フェルミは優しいようでここに居ても良いと言った。確かに私達がここに居るという事は殆どの者は知らない。モードレッドはブリタニア王国では指名手配だし、余計に言えなかったのが功を成したのね。

 

 

「取りあえずはフェイ、アリスィア、お前達はここに居るんだね、あたしが面倒を見てやるさ」

 

 

 フェルミはそう言って部屋を出て行った。

 

 案外、受け入れてくれる人っているのね……やっぱりフェイの言う通り見当違いなのね。

 

 

「フェイ、今日は外に出ないで休んでね。色々と騒ぎになってるだろうし、体長も崩してるだろうし」

「……俺は気にしない」

「私が気にするの……だめ? 今日はここに居て」

「……」

 

 

 無言だが眼を閉じてそれ以上は何も言わない。その後、フェイはベッドの上で本を読み始めた。私の気持ちを汲んでくれるという事だろう。

 

 優しいのは知ってるけど……なんかいつも以上に嬉しい。

 

 

 部屋には二人きり……二人きりかぁ……。

 

 

「また、剣術の本読んでるのね」

「……」

「あ、フェイが使ってる波風清真流が載ってるわね」

「……」

「……」

 

 

 フェイは相変わらず無言。結構、私って顔立ち整ってるし、色気だってあるのに意識もしてくれない。

 

「ねぇねぇ」

「……なんだ?」

「私にも見せて?」

 

 距離を詰めた、体をフェイの腕に押し付けるようにした。だけど、特に反応なし……

 

 こんなに、女として隙を見せてるのに……。まぁ、クールな所がフェイの良さでもあるけどさ。

 

 

 でも、フェイって実はムッツリな気がするのよねぇ。マリアって人をちょっと意識してたような気がするし……。

 

 

「フェイ様ぁー! ワタクシと一緒にディナーを致しましょう!!」

 

 

 二人きりの空間にモードレッドが入ってきたので、良い感じの雰囲気が霧散した。その後、夜食を食べたり色々と過ごして寝る時間になった。

 

 

「おい、俺の部屋で寝るな」

「まぁまぁ、よいではありませんの」

「私は心配だから……体調崩してるし」

 

 

 フェイはイライラしているような顔をしてたが明日の訓練の為に寝ることにしたようだった。フェイが寝ると私はフェイの上に馬乗りになった。

 

「貴方、なにをしてますの?」

「……カッコイイと思ってさ。フェイって、顔カッコいいわよね」

「顔とかはワタクシはどうでもいいですが、フェイ様だからカッコいいというのならば同意見ですわ」

「ねぇ、どうしよぉ、全部好き。フェイの全部好き、狂っちゃいそうなくらい好きなの。我慢が出来ないのぉ」

「……」

「ねぇねぇ、モードレッド。アンタはさ、フェイを殴ったり蹴ったりするでしょ。訓練だしフェイが望んでるなら別にいいのだけど……でもね、フェイを殺したら、どこまでも追ってアンタを殺すから覚えておいて」

「貴方では無理ですわね。天地がひっくり返ってもワタクシは殺せない」

「そうかしら。アンタが老いたら……不意打ちで殺せるかもしれないわ。もしだけどね……アンタがフェイを殺したら……絶対どこまでも言ってコロス」

「……ふーん、少しワタクシに似てきましたわね」

 

 自分でも驚くくらいにドス黒い声が出てしまった。私にとって、もうフェイは全てだから。全部だから。絶対に生きて欲しい。大切な人だからどんなにどんなに、どんなことになってもいきてほしい。

 

 

「愛してる……。私は何番目でも良い。五番目でも二桁番の女になってもいい。だから、一生愛を捧げさせてほしいの」

 

 

 私はきっと、誰よりもこの人を愛している

 

 

 

◆◆

 

 

 わらわはこの男の中からすべてを見ていた。アリスィアと言う女が頭のネジがぶっ飛んでしまった瞬間を見てしまった。

 

 災厄の子孫、あり得る話じゃが……わらわからすると信憑性がないとも見える。真偽は知らんがアリスィアと言う女が大分過去に遺恨や恐怖を持っているのが分かった。

 

 

 それを完全に取り除いてやった……まぁ、良い事なのじゃが……

 

 

 その後が雑過ぎる。一生守ってやるみたいなことを言っておいて、放置とは馬鹿なのか?

 

 馬鹿なのじゃな、その内絶対刺される。刺されても文句も言えぬであろう。

 

 しかし、アリスィアと言う女もモードレッドと言う女も元からぶっ飛んでいたとも思える。フェイが寝ている間にずっと如何わしい事をしていたからのぉ。

 

 じゃが……今日は特にディープな事をしておる。なぜあんな事をされているのにフェイは起きん? 意味が分からぬ。

 

 寝ている間に襲われるとは……わらわからすると、男女の営みなど、最高にどうでもよいが……

 

 フェイの体はわらわの物じゃ。乗っ取って使うのはわらわじゃ。勝手に夜中にわらわのフェイの体を使って欲を満たすのは腹が立つのぉ。

 

 

 結局、わらわは朝までそれを見る羽目になった。そして、フェイは起きると訓練をするために家を出る。アリスィアとモードレッドも一緒だった。

 

 

「おい、悪魔の子孫!!」

「早く、消えろ」

「出て行け!!」

 

 

 誰かがアリスィアに泥を投げた。彼女に当たりそうになるのをフェイが庇うようにして、服が汚れる。

 

「……フェイの服を汚した……アイツ殺す……」

「どうでもいい。訓練に行くぞ」

「フェイがそう言うなら……」

「ワタクシは殺しても問題ないと思いますわ」

「そうよね。私もそう思うわ」

 

 

 今、フェイが止めなかったら絶対剣を抜いておったな……魔術も展開しかけておったし……。ヤバい位、好かれておるのぉ……。

 

 どうするのじゃ? こいつ……モードレッドと訓練で気絶するだろうし、その時に聞いてみるか……。

 

 あ、気絶しよった

 

 

「おい、主よ」

「あ、おっす」

「おっすではない」

 

 フェイは何食わぬ顔でわらわに挨拶をした。こやつ、自分の状況が分かっていないのか?

 

「随分と苦労しておるようじゃな」

「苦労? どこら辺が?」

「強がるでない、追放のことじゃ。都市中から嫌われておるじゃろう? ククク、わらわからするとお主の不幸は喜ぶべき事じゃな」

 

 精神が乱れれば乗っ取りやすくもなる。どうであれ、都市からの追放、人々から排除されるというのは辛いじゃろう。

 

 

「あー、追放ねぇ!」

「嬉しそうじゃな……」

「俺ネット小説ってあんまり読まなかったけど、ネット小説だと追放された主人公って、その後に成長とかするらしい!!」

「ね、ねっと、しょうせつ?」

「追放は主人公の登竜門てきな? 追放されると大体覚醒するらしい!! まぁ、なんだかんだで上手くいくんだろうなぁ。俺って主人公だしさぁ!!」

「……お、おまえ、頭がオカシイじゃろ!! 追放されて嬉しいとか!!」

「追放系主人公という新たなカテゴリが追加されたぜ!! 新しい主人公である俺の誕生でもある! ハッピーバースデー、新たな主人公である俺!!!」

 

 

 馬鹿じゃ、こいつ頭が本当にぶっ飛んでおる……無性にイライラするの。わらわとて、こんな風に、裏切られた時にあの時思えたら……

 

「まぁよい……それはそれとして、お主の体好き勝手に使わせやるな」

「どういうこと?」

「寝ているときのあれじゃ……」

「寝ているときって?」

「……そ、それは……女の子であるわらわの口から言わせるでない!! ばかもの!!」

「どういうことだよ」

「起きた時に違和感があったじゃろ」

「あー、そう言えば起きたら口元がベタベタしてたな、それに服も何故か脱いでた」

「……それをあの二人に聞いてみよ。それで分かる」

「ふーん、分かった。それじゃ、訓練に戻るわ」

 

 

 そう言ってフェイは起きた。起きるとアリスィアが膝枕をしていて、フェイのおでこを撫でていた。フェイの体はわらわのもの、勝手にでこを撫でるでない。

 

 

「あ、起きたのね」

「……あぁ」

「フェイ様! ワタクシの膝でも寝て構いませんわ!!」

「いらん」

「アンタより、私の方が良いでしょ」

「は? 調子に乗らないでくださいまし」

「真実よ」

 

 

 アリスィアとモードレッドが喧嘩をしている。よし、そこへあの疑問をぶつけるのじゃ!!

 

 

「それより、俺が起きたら口がべたついて、服が脱げていた。何か知っているか?」

「「……」」

「……」

「さぁ、知らないわね」

「ワタクシも知りませんわ」

「……そうか」

「きっと寝ているときも修行をしてたんでしょ? フェイはそういう所もあるから」

「そうですわね」

「そうか……俺は修行をしていたとも言えるか」

 

 

 あほが!! どう考えても犯人が眼の前におるじゃろ!! この二人、思った以上に面の皮が厚いようじゃの。

 

 まぁよい、その内、わらわの体になる。

 

 今の内はな……わらわのフェイを好き勝手使われたり、自分の物のような言い方をするのは気に入らんがの……

 

 

 まぁ、いずれのぉ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――――――――――――――――――――――――――――――――
この間は色んな意見ありがとうございました。この間の話は忘れて頂けると幸いです。本編には関係ないです

そして、今年はありがとうございました! 今後もお願いします。


2月10日に書籍一巻も発売するのでよろしくお願いします。もう予約も開始しております!!

表紙イラスト

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52話 体の内側のバラギさん

「最近、フェイの奴、どこに居るんだ?」

 

 赤髪に短髪の女聖騎士、ボウランがぼぉっと木に寄りかかりながら呟いた。彼女の問いに、綺麗な金髪が腰元まで伸びている残念美女アーサーが眼を空に見上げながら答える。

 

「……自由都市に居るらしい」

「へぇー、アイツこのまま冒険者になるのかね?」

「さぁ……ボウランは冒険者だったんだっけ?」

「あー、前な。一族追い出されたからな! アーサーもそうだったろ?」

「ワタシはちょっとだけ冒険者だっただけ。なんか肌が合わなかった」

「へぇー、でもフェイは結構自由都市行ってるよな。このまま永住するのかね」

「……それはダメ」

「ダメなのか?」

「ダメ」

「……そうか」

「そろそろご飯も行きたいし」

「おー! あたしも行きたいな!! 飯行こうぜ! 飯!」

「……フェイとワタシ二人で行くから」

「えー!!!! やだやだ!! あたしも行くんだ!! フェイに二人きりで行こうって言っても断られるだろ! あたしを連れて行けよ!!」

「……そうだね……ボウランを理由に誘えば好きバレしないで済むし……」

「おー! よくわかんないけど! 一緒に行けるのか!!」

 

 

 ボウランは無垢な笑顔を向けているが、反対にアーサーは僅かにニヤリとしてしたり顔だった。

 

 

「ボウランは、恋とかしないの?」

「恋? よく分からないからしねぇ!!」

「そっか」

「恋してもお腹膨れないしな!」

「心は膨れるよ」

「あたしは、お腹が膨れた方がいい!!」

 

 

 ボウランが両手を青空に向けて上げる。アーサーは子供だなと思いながら彼女を眺め続けた。

 

 

「あ、フェイに手紙書いて戻って来て貰うようにしよう」

 

 ――特に原作イベントもなく、意味は無いが、フェイと一緒に食事に行きたいのでアーサーは手紙を書くことにした。

 

 

◆◆

 

 

 フェイへ

 

 最近、自由都市に居るって聞いた。そろそろ王都に戻ってこないとめっ、だよ? 

お金がたまったから、ご飯行かない? ボウランが一緒に行きたいって騒いでるからお願いね。ワタシは全然ご飯行こうと思ってないけど、ボウランが騒ぐから仕方なく。――差出人、アーサー

 

 

 という内容の手紙が届いた。自由都市にいる俺にわざわざ出してくるという事。そして、気に入らないがアーサーはそれなりの強者ポジションキャラ。この手紙は何かしらの伏線だろうな。

 

 

 というわけで一旦、ブリタニアに帰ることにした。

 

 

「フェイ、帰っちゃうの?」

「あぁ」

「なら、私も行くわ」

 

 

 なぜか、アリスィアも付いてくるという。お前が来てどないすんねん。モブなのに。

 

 

「私、聖騎士になりたいと思ってるの」

 

 

 聖騎士は年に一回しかない試験に合格しないといけないから、今から来ても無駄なような気がするが……

 

 

「俺には関係ない」

「そうね。一緒に行っていいかしら?」

「……俺が決めることではない」

「そうね、だったらついて行くわ。どこまでもね……」

 

 

 アリスィア、急に眼のハイライトが消えた気がしたが……まぁ、どうでもいいか。

 

「あ、それとね、モルゴールとの距離感が近い気がするわ。いえ、別にフェイと私って、そんな関係でも無いからこんなことを言うのもお門違いな気もするけど、ほら、あんまり勘違いさせると面倒じゃない? って思うのよね。別にアンタとの関係性はそこまでじゃないかもしれないけど、最近激情に駆られてしまう自分も居るのも分かってるからさ――」

 

 

――ずっと、二分くらいアリスィアは眼のハイライトなしで話し続けた。

 

 暫くして、アリスィアのマシンガントークが収まったのでブリタニアに戻ることにした。

 

「うぅぅぅ、フェイ様ぁー! ワタクシと離れ離れでも寂しからずにぃぃ!!」

 

 

 モードレッドにそう言われたが一切そんな気はないので放っておいた。他にもフェルミとか、モルゴール、バーバラ等が送りの挨拶に来たが、クール系なのでいつものようにクールに流しておいた。

 

 

「馬車で行きましょ」

「お前はそうしろ」

 

 

 王都まで距離があるのに馬車で行くのはもったいない。折角なので走って行くことにした。

 

 

「えー、走るのね……まぁ、そうすると思ってたけど……でも、雨降りそうよ?」

 

 

 馬鹿、雨降りそうだから良いんじゃん。雨の中を全力で走って修行をするって言うのがいいんだよ。お前は馬車で行けばいいぜ

 

 

「私も走るわ。一人で行ったんじゃ意味ないし」

 

 

 走った、結構速めで走る。俺は体力をつけるために純粋に走るがアリスィアは星元を使って身体を強化しながら走っている。それ意味ある?

 

 

「ぜぇぜぇぜぇ」

「大丈夫? フェイ、アンタ汗が尋常じゃないわよ」

「はぁ、お、まえは……」

 

 

 ああ、辛いけど、この辛さが癖になるんだよなぁ。厳しくないと訓練の意味ないし。全力全開で思いっきり心臓に負荷をかけてく人生でありたい。

 

「ふーん、頑張るじゃない? まぁ、私は結構認めて上げてるけど、他の女の子にそんな顔はあんまり見せない方がいいかもね?」(やぁばい、頑張って必死そうな顔もマジでカッコいぃ、超タイプッ、頭おかしくなりそうッ)

 

 コイツ結構こんな感じでツンツンしてる時あるよな。主人公である俺の魅力が見抜けないからそう言う態度になるんだろうけど。マリアだったら凄い褒めてくれるだろうなぁ。

 

 汗だくになりながら王都に到着した。王都に入って暫く歩いていると、ユルル師匠にあった。

 

 

「フェイ君、帰って来てたんですねッ!」

「あぁ」

「そ、その、そちらの方って自由都市に居た……」

「アリスィアよ! よろしく!」

 

 急にグイッと横にアリスィアが出てきた。なんだよ、コイツモブの癖に……それにしてもユルル師匠はなんで慌てて……あ! そう言えば俺この間告白されたんだった……。

 

 師匠枠とヒロイン枠の両方の欲張り属性であったユルル師匠。まぁ、確かに美人だしね。ヒロインと言ってもなんら不思議ではない。

 

 

「ふぇ、フェイ君……答えはまだ」

「まだだ」

「そ、そうですよね……そのぉ、その人との関係性は……」

 

 

 すーごい、もじもじしてる。デレてるなぁ。うむ、こうしてみると可愛い。顔が真っ赤になっている。以前までは呼吸によって体温を上昇させ、身体機能を上昇させたり、体を強化させたりする伏線とか思っていたが……

 

 俺の事を好いていたとは……微塵も気付かなかった。

 

「いや、こいつは勝手について来てるだけだ」

「なら、安心ですね! 気持ちよく剣術訓練できますね!」

 

 キラキラした笑顔を向けるので、あとでユルル師匠と一緒に訓練をすると約束をして王都を進む。うーんユルル師匠は可愛いけど、マリアも可愛いからなぁ。

 

 メインヒロインはマリアなのかぁ? サブヒロインユルル、暴力系ヒロインがモードレッド。みたいな感じなのかな?

 

 

「ねぇねぇ、アンタの師匠でしょ? さっきの可愛い子」

「そうだ」

「剣の師匠ねぇ……ふーん」

 

 

 アリスィアが凄いストーカーみたいについてくるが……こいつ何しにここに来たんだ?

 

 

「フェイ……」

 

 

 むむ? 久しぶりに声を聞いた気がする。イケメンボイスが響いた、居たのはトゥルーである。

 

 おー、本当に久しぶりにあった気がするなぁ。主人公である俺の片腕キャラにしてあげようとか一時期思っていたけど本当に久しぶりだな。

 

 

「……なんだ」

「いや……なんでもない」

 

 

 どうした、トゥルーよ。顔色が悪いように見えるが……気のせいか? 久しぶりに会うからそんな気がするだけかもしれない。

 

 あ!? そう言えばトゥルーとアリスィアって顔がちょっと似ているような気がするけど気のせいだろうか?

 

「アンタ……名前なに?」

「僕か……僕はトゥルーだけど……」

「そう、トゥルー、トゥルーね。なるほどね。そっか、アンタがきっと私の……兄か」

 

 アリスィアはトゥルーを見てぶつぶつ何かを言っている。

 

「まぁ、今更どうでもいいけど」

「え?」

「色々あったのよ。悪かったわね、時間とらせたわね」

「あ、あぁ、よく分からないが……」

 

 

 トゥルーを後にしてアリスィアが俺についてきた。久しぶりに会ったばかりのトゥルーと別れる。

 

 

「お前、いつまでついてくるつもりだ」

「私泊るところないから、フェイの家に泊まらせてもらおうと思って」

「……」

 

 

 結構図々しいところあるよな、コイツ。マリアが居るから変な勘違いされないと良いけど。

 

 

「フェイお帰りなさい」

 

 

 相変わらずの可愛さのマリア、いや本当に可愛いね。マリアがアリスィアを見て、少し顔を暗くした。アリスィアオマエあっちいけ、マリアに勘違いされるだろ!!

 

 

「フェイとは(今の所)そう言う関係じゃないわ」

「あら、そうなのね」

「泊めて欲しいの」

「まぁ、いいけど……」

 

 

 マリアは優しいから断れないよなぁ。夜になって寝る時間になってもアリスィアは貼り付いていた。寝る時間になってもだ。

 

「……俺はもう寝る」

「そ……おやすみ」

 

 

 鬱陶しいと言っても離れないから、仕方ないのである。

 

 

「寝たわね……」

 

 

 眠りにつく一瞬にアリスィアが何か言った気がしたが気のせいだろう

 

 

◆◆

 

 

 黒い黒い、真っ黒な泥が地面を覆っていた。地を空を全てが黒が支配している。そんな世界で円卓英雄記の主人公であるトゥルーは目を覚ました。

 

「誰なんだい、そこに居るのは」

「……」

 

 真っ黒な世界に誰かが居る。白い粘土細工のような体つきが見えた。それは自身と同じような人の形をしている。

 

「お前……誰だよ」

「おいおい、そんな言い方、ないだろ? 僕は、僕だろ? なぁ、トゥルー?」

 

 

 ()()()()()()()。真っ白な粘土細工のような自分が居る。瞳孔が開いて、眼は黒だけで埋め尽くされている。ケタケタと嘲笑うように近づいて、トゥルーはトゥルーの頬に触れた。

 

「イズれ、オマエ、の、カラだは、オレノ、モノだからな」

 

 

 グシャ、と大量の闇にトゥルーが潰された。

 

「あ、あはあああああ!!!! はぁはぁ、ゆ、夢?」

 

 トゥルーは自身に触れられた頬に触れた。あの光景が夢であったことを確認をして安堵する。体からは汗が大量に溢れていた。服はびちょびちょに濡れていて、体に服がぴったり張り付いている。

 

「ゆ、夢、だよな……」

 

 

 

◆◆

 

 

 わらわはフェイと言う男の体をなんとかして欲する事を求めた。元はと言えばわらわは剣の中に封印をされていた存在。

 

 退魔士が封印をし、管理をしているからこそ、わらわの封印を解くのは退魔士であると予想していたのだが……封印を解いたのはフェイと言う男だ。

 

 星元が少なすぎる故に内側から操れぬ。それ以前に体の支配権がわらわにはどうあがいても強奪が出来ない。

 

 こやつの精神が体を動かしている。先ずは精神をどうにかして、ほぐすか、壊すか、無くすかしなければならない。

 

 

「うむ、ここら辺に人骨の頭っぽいやつを置いておくかの……」

 

 

 精神世界にフェイを招く場合はちょっと威圧感を出して、少しでも精神を乗っ取りやすくしておきたい。なので、わらわは真っ黒な感じにして、人の骨の幻覚を辺りにばらまいておくのである。

 

 

「お、バラキじゃん? 部屋の模様変えた?」

「これこそ、わらわの本来なのじゃよ。わらわの心の中は真っ黒そのものという事じゃ」

「あー、なるほどね。ここは心象風景的なやつか。あるあるだな」

 

 

 眠りについたフェイがわらわの世界にやってきた。いつものように暢気な顔をしているのが腹立つ。お? わらわが置いていた骨に気付いようじゃの?

 

 

「ん? これは頭蓋骨か?」

 

 大体の奴はこの頭蓋骨の山を見て恐れおののく。歴代退魔士も全員そうだった。

 

「おー、良い趣味してるなぁ」

「いや、悪い趣味じゃろ」

「頭蓋骨を置くとは……、エフェクトとして申し分ない、感心だな」

「否定しろ、そしてビビれ。感想が悪魔のようなやつじゃの……」

「演出が粋だな。分かってるなぁ、バラギ、オマエ百点だよ」

 

 

 

 うぜぇ。こいつ、どう考えてもビビるようにしておったのに……

 

 

「あまり調子に乗るなよ。フェイ、わらわの全盛期なら一瞬で粉々にして粉殺しに出来ておるわ」

「ハハハハハ」

「なんじゃ!?」

「いいなぁ、それくらい尖った感じで来てくれないと面白くない」

「こ、このぉ、どれだけわらわの苔にすれば気が――」」

「――それで何の用?」

「聞け!!! わらわの話を聞け!!」

 

 

 落ち着け、わらわは鬼。元退魔士で裏切られてから鬼となった女。こんな若造にペースを乱されていたら権威が壊れるというモノ。

 

 

「ふー」

「そういえばバラギって顔は可愛いな」

「うぉ!?」

「ビジュアルは凝ってるよな。でも、肌結構露出してるけど恥ずかしくないの?」

「黙れ、そう言われると恥ずかしくなるわ!」

 

 

 わらわは確かに肌の露出が多い服装をしておる。じゃが、今までそんな事を気にしてきた奴はいなかった。全員蒼い顔してビビるだけじゃし……

 

 

「バーバラと顔似てるけど、退魔士なんだっけ?」

「……わらわの弟の子孫じゃ。じゃから似ておる」

「ほー、ビジュアルは良いけど、バラギは角が生えて、変な模様が顔に書いてあるけど。それは趣味?」

「趣味とかではない……体に呪いの魔術を通して、出力を上げておったのじゃ。それで紋様のように見えるというだけ」

「ふーん、その紋様カッコいいなぁ。俺の右腕にもあるけど、もっと派手に出来たりできるの?」

「え? ま、まぁ、できなくもないが……」

「おー、やってよ」

 

 

って、これではただの生娘のような反応ではないか!?

 

 

「ええい、黙れ! お主、よくもまぁ、そんな反応が出来るな!? 昨日の夜にわらわがしたことを忘れたか!?」

「……あー、めっちゃ知人に殺される夢見せたのやっぱりバラギだったのか、トータルで555回殺されたな」

「そうじゃ! 精神を殺してやろうと思ったな! どうじゃ? わらわのこと嫌いになったじゃろ?」

「いや別に?」

「ッ!?」

「俺はよぉ、主人公だからさ、そんな程度の夢でお前を諦めたりしねぇ。お前は絶対俺に力を貸してくれるし、仲良くなるって相場は決まってるからよぉ」

「………………」

「まぁ、555回って? ゾロ目だしな? なんか許すわ」

 

 

 ――屈託のない笑顔で手をピースにして、下品な顔をこやつは向けてきた。

 

 

『お前など、消えてしまえば――』

『ごめんなさいッ、貴方の力は強すぎるのッ』

『その力、いつぞ我々に――』

 

 

「もぉ、よい」

「え?」

「わらわは疲れた。今日はもう、帰れ」

「えー、折角精神世界で対面したのに、大したイベントないのかよ」

「い、べんと? よく分からんが今日はもぉよい。話すような気も失せたわ。わらわも寝る」

「乗っ取ろうとしてくれよ、俺をよぉ!」

「宿主から誘われるのは初めてじゃ……じゃが、今日は止めておこう。いつでも出来るからのぉ、わらわはお主の中で機会をうかがう」

「そうか、乗っ取れそうだったらいつでも構わないぜ。俺は主人公だし、内と外、両方から攻められる方がテンション上がるしな、展開的にも熱いしな!」

「分かったわかった、とっとと帰るのじゃ」

「じゃ、またなー、バラギ」

 

 

 

軽く手を上げて、フェイは消えた。またな……か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

1名無し神

バラギちゃん、あんな肌露出させてる服着てイキってるの可愛い(笑)

 

 

2名無し神

わらわは凄い鬼じゃからのぉ?←服装露出系、指摘されたら赤面(笑)

 

 

3名無し神

今まで指摘する奴居なかったからしょうがない

 

 

4名無し神

普通しないだろ。知人に殺される夢を見てさぁ? 555回殺されたりしたら

 

 

5名無し神

ゾロ目だから許せる←意味わからん

 

 

6名無し神

フェイ君を神引き(神がドン引きするレベルのフェイ君)

 

 

7名無し神

フェイは全然心配してないけどトゥルー君は大丈夫なの?

 

 

8名無し神

トゥルー君ってアリスィアちゃんのお兄ちゃんだから。災厄の逢魔の子孫って事だよね? だから、闇の星元持ってる感じ?

 

 

9名無し神

ワイ知ってる。その通りやけど、トゥルー君は元々持ってる奴に加えて、人体実験も受け取るから、余計に強い。今まで抑えてきたのがそろそろ限界になって来てるわけやな

 

 

10名無し神

あれま。大変じゃん

 

 

11名無し神

闇の星元って自我がある感じなの?

 

 

12名無し神

違う、トゥルー君が色々人体実験の果てに得た感じ。

 

 

13名無し神

トゥルー君最近まで空気だったから、登場してくれて安心。だって、主人公だよね?

 

 

14名無し神

まぁ、一応本編主人公だけど、本当に久しぶりに見たなぁ

 

 

15名無し神

それはそれとして、フェイ君はかなり強くなったんじゃない? 二等級は確実じゃないのか?

 

 

16名無し神

せやな、でも、星元操作論外やから、戦闘になったら怪我しながから勝つ感じでコスパ悪いかもなぁ

 

 

17名無し神

いや、もう一等級くらいあるだろ

 

 

18名無し神

アーサーと戦ったらどっちが勝つかねぇ?

 

 

19名無し神

アーサーじゃないか? でも大分来てる。背中に手は掠めていると思うで。モードレッドが純粋な身体能力なら世界トップ行けるって言ってた。星元無しじゃ、モードレッドも勝てない

 

 

20名無し神

モードレッドヤンデレ若干入ってて好きやなぁ、アリスィアもだけど

 

 

21名無し神

あの二人はやり過ぎじゃないか?(笑)

 

 

22名無し神

フェイが寝てる間になにしてんねん、あの二人は。フェイ朝起きたら口がベタベタしてたって言ってた。

 

 

23名無し神

ヤンデレは拗らせたらヤバいは基本。

 

 

24名無し神

そう言えばボウランちゃんが死んじゃうイベントそろそろじゃない? ほら、獣人の里に戻ってさ、闇の星元を持った親と戦ってさ

 

 

25名無し神

あー、あったねぇ。原作プレイ済みのワイ、悲しみの涙

 

 

26名無し神

一番ピュアなボウランちゃんが死ぬのは悲しい!!

 

 

27名無し神

もうだめだぁ、お終いだぁ……

 

 

28名無し神

フェイが何とかするやろ

 

 

29名無し神

せやなぁ

 

 

30名無し神

フェイ君VSボウランの親、バトルスタンバイ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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53話 獣対獣人族

円卓英雄記 原史

 

 主人公であるアーサーとトゥルーのイラストが大々的に表示をされる。特徴的な音楽が終わると画面が切り替わる。

 

始めから

続きから◀

 

 

 

 ――8章 ある終わりの始まり

 

 

 

 大地が揺れる、カタカタと小さな揺れが徐々に大きくなっていく。地響きが数分続くが、次第に揺れは収まり大地は元の落ち着きを取り戻す。

 

 

「最近、揺れ多いよな」

「そうだね……」

「アーサーはどうして地震が多いか知ってるか?」

「近いんだよ……目覚めが……」

 

 

 ボウランが隣に居るアーサーに聞いた。アーサーは感情を感じさせない人形のような瞳で遠くを見ていた。

 

「ボウラン、もうすぐ任務だっけ」

「おう、アタシの故郷の近くで禍々しい星元が発現したらしい」

「そっか、気を付けてね……同期……沢山死んじゃったからさ」

「残ってるの……アタシとアーサーと、トゥルーと……フェイって奴だけだっけ?」

「うん……同期はもう4人しかいないから……()()()()()()()()()()()()

「当たり前だぁ! あたしは死なねぇよ」

 

 

 同期はほぼ死んでしまい、4人しか残っていない。だからこそボウランだけにはアーサーは死んでほしくなかった。

 

 ボウランはニコッと笑ってピースをアーサーに向けた。アーサーもそれに合わせるようにピースを向けた。

 

 そして、ボウランが任務の日がやってくる。

 

 

「よーし行くぞ!」

「うん、ボウランさん宜しく」

 

 王都の前でボウランが手を上げると、トゥルーが苦笑いをしながら彼女に挨拶をする。しかし、未だ出発は出来なかった。

 

 

「フェイと付き添いの聖騎士が来てないからさ、まだだね。多分だけど、フェイはこないだろうけど」

「フェイってアタシ達の同期の奴だろ?」

「うん……最近、怪しい連中を一緒に居ると聞いたけど」

 

 

 本来の原作の流れではフェイは徐々に交流を断っていた……時折、怪しい連中との交流が見られており、人と距離が出来ていた。任務にも顔を出さない事も多くなっていた。

 

 

「フェイはこないのか、まぁ知らねぇけど!……」

「でも、他にもヴァイ先輩っていう聖騎士が来てくれるんだよ。僕は話したことはないんだけど、2等級聖騎士で優秀な人なんだって。でも厳格な人で厳しい人だそうだけど」

 

 

「――揃っているようですね」

 

 

 トゥルーとボウランの元に低い男性の声が向かった。彼等に声をかけたのは30歳くらいの男性。青い団服は年季が入っており至る所がほつれている。

 

 目元が鋭く、修羅場を何度も体験しているであろう空気感を纏っていた。眼鏡をかけており、それを片手で上にあげた。

 

 

「あの、フェイが来てないです」

「彼ならば来なくても問題ありません。元々さほど強い聖騎士ではないようですし、居ても居なくても変わりありません」

「そう、ですか……」

「任務逃亡、素行不良、何度も確認されています。フェイと言う人物は近々除名処分もあり得るでしょう。そんな人の事は気にしなくて構いません」

 

 

 ぴしゃりと断絶するように言い放った。フェイが来ていない事に言及をしたトゥルーはそれ以上は何も言わずに静かに頷く。

 

 

「では、任務に向かいます。獣人族(ビースト)里が目的地ですので、ボウランさん案内をお願いします」

「それでアタシが任務に配属されたのか……2度と行きたくなかったけどしょうがないか」

 

 

 ボウランが先頭を走って獣人の里に向かう。道中で魔物を倒しながら2時間程度で任務地に到着をした。到着するとヴァイが再び口を開いた。

 

 

「二人共聞いているとは思いますが、闇の星元がこの付近で何度も確認されています。逢魔生体しか保有をしていない闇、それが近辺で多発しているという事はここいらに居る可能性が高いという事。お二人共優秀であることは聞いています」

 

 

「ですが、気を張ってください」

「おう!!」

「はい」

 

 

 ボウランとトゥルーが返事をした。彼等は木々や草をかき分けて進み続ける。すると血を流している獣人を発見した。

 

 

「大丈夫ですか……?」

「あん、たは?」

「二等級聖騎士、ヴァイと言う名です。最近、闇の星元が観測されたのでここに派遣されました。その怪我もしや、逢魔生体に?」

「いや、違う。獣人族、その長である……ルクディだ……」

「ルクディって、アタシの父……」

 

 

 ボウランが自身の父の名前が呼ばれた事で眼を見開く。怪我をしている獣人が語りだした。

 

 

「最近黒いローブをかぶったモーガンと言う男と老人が来てから、長がおかしくなった。発狂や狂暴性が増して……俺も襲われて」

「そうでしたか……」

「闇の星元なのかは分からないが長からは、禍々しい星元が出ていた」

「人から出ているとは考えにくいですが……トゥルー君、ボウランさん、私達も向かいましょう。あまり時間もなさそうですし……」

 

 

 空には暗雲が溜まっている。薄暗く、不気味さが向かってくるように風が吹いた。逢魔生体は日が出ているときには現れずらい。しかし、日の光が苦手という事だけで活動を絶対しないという事ではない。

 

 ヴァイは長年聖騎士であるのでそれについては考えていた。しかし、人から闇の星元が出ているという事は少々厄介な事になっていると思っていた。

 

 三人は里内に向かう。そして、荒れ地のようになっている里を発見する。住宅が以前もあったのだろう。屋根や壁が粉々になっている。

 

 

「トゥルー君、あそこに何かいるのが見えますか……?」

「は、はい……あれは……」

 

 

 体あらゆるところに亀裂が入っている獣人。耳は狼のような形状で牙も鋭い、人のようにも見えるがどこか野性的な本能が隠しきれない。だが、その男の獣人は体から禍々しい星元が溢れ出している。

 

 

「ググウ、我嗚呼あああ、チカラが、アフレル……星元を、我が手に……」

「ヴァイ先輩、あの獣人星元を吸っていませんか……」

「えぇ、私やトゥルー君、ボウランさんの星元が引き寄せられるように無くなって行きます」

「……もう、人間じゃないぜ。アタシの父親も落ちたもんだな。元からクソだったけど……」

「え、ボウランさんの父親が、あれ……なのかい?」

「そうだぞトゥルー。大分可笑しくなってるけど、一応アタシの父親だ。名前はルクディ……本当に最悪な奴だ」

 

 

 ルクディと言う男、そのもとに星元が集約している。大気中の空気の渦の中心が彼の元にあるように力がどんどん備わって行く。

 

「これは早めの対処が求められていますね。このままだと星元を全て吸われて終わりです」

「僕も同意です」

「……アタシもだ」

「では、私が合図をしたら――」

 

 

――ヴァイが一瞬にして言葉を失った。

 

 

 野生本能で自身への危険を察知したのかルクディの眼がギロリと、三人に向いた。そのまま言葉を使わずに雄たけびを上げて襲い掛かってくる。

 

 バレたと感じた三人は剣を抜いて、応戦をする。最初にボウランが飛び出て剣を振った。

 

 

「母ちゃんの仇ッ、あぐッ」

 

 

 ボウランの剣はルクディの爪に砕かれて、ボウラン本体まで貫かれかき上げるように切り裂かれる。瞬きも許さぬうちに頭から体にかけて、大きな爪痕が見え、血がどくどく溢れる。

 

 

「ボウランさんッ!」

「ハハハはッ!! 溢れる、チカラが……」

「ッ!!」

 

 

 トゥルーもボウランがやられた事に頭に血が昇る。ヴァイもルクディに斬りかかるが彼もかなわず腕と足を分断されるように切り裂かれる。

 

「あ、オマエッ!」

『使えよ、俺の力を』

 

 

 怒りが沸点に達したとき、次の瞬間にはトゥルーは意識を失っていた。眼が覚めると里は壊滅をしていた。家の残骸、屋根や壁が最初は散らばっていたがそれすら何も残っていなかったのだ。

 

 

 ルクディも肉片が微かに散らばっているだけだったのだ。聖騎士、トゥルーたった一人だけ生き残った奇妙な事件と噂されることになる。

 

 

「僕は……何を……」

 

 

 トゥルーは徐々に自身の力を自覚し始めていた。異質で深い深い闇、常闇の力。腹の底から自身を飲み込もうとする力に恐怖が湧いて来ていた。

 

 

 そして……

 

 

「貴方がトゥルー君で、いいんだねぇ?」

「貴方は?」

「私は、一等級聖騎士の――」

 

 

 新たな物語が始まる。

 

 

 

 

◆◆◆◆『異史』

 

 

「フェイ、行ってらしゃい」

 

 

 朝からマリアの爽やかな挨拶を聞けたの気分は物凄く良い。クールに装いながらも俺はブリタニアの門に向かっていた。本日は任務があるらしいのだ。

 

 安定の一番乗りで待っていると……

 

 

「フェイ、早いな! お前!」

 

 

 ボウランがニコニコ笑顔で手を振って寄ってきた。相変わらずだが子供っぽいなぁ、こいつ……

 

 

「早いな! お前! フェイ!」

 

 俺が挨拶を返さないので聞こえていないのかと思ったのかもう一度同じような挨拶を俺にかける。若干、挨拶を変えているようだが……安定の無視で返す。腕を組んで偉そうにするのが合っているなぁ、俺は。

 

 

「お、トゥルーも来たな」

「ボウランさん、おはよう。それにフェイも早いんだな」

「おう!」

「……」

 

 

 安定の無視をしながら腕を組んでクールに待っている。そう言えばもう一人聖騎士が来るらしい。二等級聖騎士らしいが……まぁ、主人公の俺からしたら大したことはない存在とも言えるがな。

 

 

「アタシ、四等級聖騎士だけどフェイはどれくらいだっけ?」

「……」

「あ! フェイは十二だったな!」

 

 

 めっちゃ学歴で弄ってくる大学生のような事をするボウラン。まぁ、主人公は最高峰か最底辺、どちらかの方がキャラとして際立つから全然気にしていないが。

 

 

「揃っているようですね」

 

 

 眼鏡の強面の男が現れた。自己紹介が始まり、彼が二等級聖騎士のヴァイと言う人物であると判明する。

 

「フェイ君、と言いましたね」

「あぁ」

「君の事は聞いています」

 

 

 お? 俺をめっちゃ睨んでくるなコイツ……さては主人公である俺の才能に惚れこんでいるとかそんな感じかな?

 

 

「初めに言っておきます。私は君をあまり好ましく思っていない」

「……」

「最近、自由都市で騒ぎがあったのは聞いています。君が持っている、その刀……、退魔士関連について色々と情報が入ってます。そして、アリスィアと言う少女についても……分かっていると思いますが騎士団は身内においての不確定要素をあまり好みません。逢魔生体と言う不穏生物との戦いにおいて、団体を乱す不安分子は死に直系する可能性が高い、団体競技のような活動でこれまでも人々を守って来ましたから」

 

 

 凄い長いな、話が。

 

「フェイ君、君はこれまで命令無視の特攻があったと聞いています。ガレスティーア家の聖騎士について、そこからのこれまでの流れ。今回の任務は見極めの試験と思っても構いません。分かったら、私の指令に今回は従ってください」

「断る。俺は俺なりに、己に従って己の魂のままに動く」

 

 

 韻を踏みながらカッコいい返答が出来たぜ。ヴァイは眼鏡をクイッとあげながら背を向けて歩き出した。

 

 

「私も私に与えられた任務に基づいて動くことにしましょう」

 

 

 そう言って背を向ける。ふん、主人公である俺の凄さが分からないとは二流も良いところだぜ、先輩さんよぉ。

 

 

 そんなこんなで獣人の里に向かう事になった。ボウランは獣人らしいので案内してもらう事になった。

 

 ボウランは何故か俺の隣を歩く。

 

 

「アタシさ、昔、里で追放されたんだよなぁ。アタシの父親ってさ、妻が何人も居たんだけど、アタシの母の事を全然大事にしてくれなかったんだよ……病弱だったから母親死んじゃってさぁ……その頃に里の長を決めるとかで他の兄弟からも疎ましく思われてさぁ。ほらアタシって獣の血が入ってるけど、見た目は人族だからさぁ……」

「……」

「二度とあんな場所行くかって思ってたけど、行くことになるなんて人生よく分からないよなぁ……」

「……」

 

 

 ボウランが色々と語るのが特に何も言いづらい。結構重めの話だしなぁ。そんなのがどうした? とかって言うのも……いや言ってもいいけどさ。

 

「そうか……俺にはまるで関係ない事だが俺の知らぬところでの戦いはあるか……」

「確かにな!」

 

 

 

 当たり障りのない事を言ったけど、良い感じに翻訳をしてくれているので助かる。クール系主人公の翻訳機能は最高だぜ!

 

 

「あ、おい! アイツ怪我してるぞ!」

 

 

 ボウランが怪我をしている獣人族を見つけた様で駆け寄る。トゥルーとヴァイ先輩も駆け寄るので俺も近寄った。

 

 話を聞くと獣人の長が急に暴れだしらしい――つまり、俺のイベントと言う事だな!

 

 

 猛ダッシュで向かう俺とボウラン達。里に着くと既に壊滅状態で一人の獣人が暴れている。

 

 

「フェイ君、貴方は下がっていてください」

 

 

 ヴァイ先輩がそう言うので、お望み通り横からすり抜けて獣人に向かって行った。

 

 

「なッ!? 下がっていてと言ったでしょうに!」

 

 

 主人公である俺が活躍しないはずないからな。俺が特攻するしかないぜ。

 

 

 破壊活動をしている獣人は眼が血走っているようだが、始めて闇落ち状態になったユルル師匠と似ているような気がした。

 

 

「がわが、殺しあい、チカラが溢れる!!!!」

「言葉がたどたどしいな……が、それで構わん。戦いに言葉交わしは不要」

 

 

 猛スピードで俺に襲い掛かってくる獣、しかし、既に慣れていた。見慣れていた。自由都市でモードレッドと戦った時よりは遅い。

 

 ダンジョンで戦った仮面野郎の方が強い。

 

 

「止まって見える」

 

 

 カウンターの回し蹴りを叩きこんだ。

 

 

「ガッ!?」

「何処を見ている」

 

 

 そのまま左のジャブ、右のストレートをキレイに叩き込んだ。流石に体術は俺の勝ちかと思ったがそう簡単に倒せるわけではないらしい。

 

 確かにこれで勝てたら面白くないからな!!

 

 

 相手は黒色の星元? 禍々しいモノを辺り周辺に解き放つ。獣を中心として、爆発が巻き起こるように熱が発生した。躱しても良かったが足を怪我して倒れている獣人族の女を見つけた。

 

 しゃあない、軽ーく庇ってやるか。ダメージを受けた方が物語の展開的に美味しいしな。

 

 

「吹き飛べえええええええ!!!!!!!!」

 

 

 辺り一面が爆発して俺も巻き込まれた。服の上半身がボロボロになったが獣人の女は無事だった。

 

 

 トゥルー達は防御魔術を展開して他の獣人を守っていた。俺は魔術使えないからな!!

 

 

 内臓が少し潰れているような気がする。視界がちょっとぼやけて見える。

 

 

 

「ガハハハッ!! 破壊、殺戮、チカラ。俺のモノ!」

「……クク、斬るか」

 

 

 一回爆発魔術は敢えて受けた。ちょっと受けて見たかったし、あのままだったら楽に勝って終わりだったからさ。それじゃ面白くない。

 

 バラギが封印されている刀を抜いた。一回刀を振るごとに爪が一つ欠けてしまう『爪剥』。魔剣だったらしいが、あんまり使いどころがないので使えてうれしい。

 

 

 刀の中で彼女も喜んでいる事だろうさ。

 

 

 再び爆発を準備する獣人に向かって走り出す。口の中の血の味が、微かに見えるボウランの心配をしているような表情、ヴァイ先輩とトゥルーが他の毛がしている獣人を介抱をしている様子。

 

 全てがスローモーションに見えた。俺の刀はよく斬れる。

 

 

「――死ね」

「ッッッッッ!!!!!?????」

 

 

 相手は何かを察知したのだろう。獣の勘と言う奴かもしれない。絶対切断、という特性を持っている刀だ。あれを受けたら死んでしまうと分かったのだろう。

 

 真っ向から打ちあう。のではなく、真剣白刃取りのように刃を手で挟んで止めた。本来ならそのまま斬れていただろうが爆発魔術でダメージを追っていたので止められてしまった。

 

 このまま、俺が斬るか。相手が白羽鳥を続けて凌ぐか……

 

 いいね、こういう根競べは嫌いじゃない――

 

 

「ガハハハッ、力比べ、おまえ、弱い。おれに、劣る。既に俺の方が強い!!!!」

「言ってろ。俺の方が強いと見せてやる」

 

 

 刀の刃を手で挟んでいる獣人。余裕そうに笑っているがそろそろ、俺も星元を解放しようか?

 

 まだ、使ってないよ。

 

 相手は使っていると勘違いしているみたいだけど……俺のこの力は純粋な身体能力なんだよなぁ? 

 

 

 そろそろ終わらせよう。大分、盛り上がったからね。君は良い踏み台になってくれ。ぶった斬る――そう思ったら刃の部分を白刃取りしていた獣人の顔が青くなった。

 

 

 

『――誰に許可を得てわらわの刀に触れておる、殺すぞ。速攻、手を離せ、下賤な獣風情が』

 

 

 

「な、んだっ!? その、中に居るのは……!? 正気じゃない!! 化け物だッ!!!」

 

 

 急にどうしたんだろうか……?

 

 

『――即刻、手を離せ。わらわに二度言わせるなよ。離せ、殺すぞ。不快だ』

「あ、あり得ない、中に居るのは正真正銘の――こんなのを飼いならしてるお前は……なんだ!?」

 

 

 あ、バラギのことを言っているのか? 急にめちゃくちゃ流暢に語りだすから何事かと思ったがなるほどね。バラギの奴、俺のこと嫌いとか言ってこっそり協力をしているのか。

 

 

「――こんなのに、勝てるはずがないッ」

 

 

 

 その言葉を最後に相手は手を離した。俺は星元を使う事はなく、相手を倒したのだった。

 

 

◆◆

 

 

 

「よぉ、ヴァイ」

「サジント君ですか」

 

 

 任務が終わった後、王都に戻ってきたヴァイの元に聖騎士であるサジントが訪れた。

 

 

「よっ、久しぶりだな」

「どうも」

 

 

  サジントは軽く手を上げながらヴァイに近づいた。二人は聖騎士の同期であった。

 

 

「私に何か用ですか」

「いや、トゥルーはどうだったかなってさ」

 

 

 サジントはアーサーやトゥルーの監視を一等級聖騎士ノワールからずっと命じられていた。本日の任務で何か新たな知見が得られるのかもしれないとヴァイに確認を取っているのだ。

 

 

「絵にかいたような優秀さが見受けられましたね。一等級になるのも時間の問題かと」

「そっか……何か変な所はなかったか?」

「いえ、私にはそんな点は見えませんでしたね」

「なるほど……」

「貴方が一等級聖騎士ノワールの元で何をしているかは知りませんがペラペラ人の事を聞くのは控えて欲しいですね」

「あぁ、はいはい」

 

 

 サジントは適当に流しつつ、トゥルーの事をメモしていた。そして、声音を借りて質問を続けた。

 

 

「フェイはどうだ?」

「彼は……敵ではないでしょう」

「退魔士が封印されている剣を持っているみたいだが」

「完全に制御しています。それに獣人を庇う器量も見ました」

「俺とアイツ、どっちが強い?」

「貴方が負けます」

「マジか……魔術あり、魔剣や魔鎧フル装備――」

「――しても負けます」

「マジかぁ」

「二等級聖騎士の実力はあるでしょう。純粋な身体能力は一等級聖騎士より上と判断できるしょう」

「……なるほどねぇ」

「彼に関しては不干渉でいいでしょう。私は今まで規律や聖騎士同士の和を大事にするべきと思っていましたが、私達が戦うのは埒外の存在。人間側にも理解できない存在はいた方が良いでしょう」

 

 

 ヴァイはぺらぺらとフェイについて語った。元々、フェイについて報告をするように考えを纏めていたからだ。

 

 

「フェイを追放とか言ってる奴がいたな」

「私は彼は等級を二等級にできるように推薦をします。ついでに彼の師匠であるユルルも」

「まじか」

「えぇ、強気者がくすぶるのは得策ではないでしょうしね」

「お前、フェイをめっちゃ評価するな」

「客観的な戦闘力等を判断しただけです。彼の強さは間近で見ればわかります」

 

 

 

◆◆

 

 

 

「フェイ君ー!」

「……どうした」

 

 

 任務が終わってから数日が経過したある日、フェイが案の定、訓練をしているとユルルが大きく手を振りながらやってきた。

 

 

「な、なんと! 私とフェイ君の等級が一気に二等級まで上げることが出来るそうです! フェイ君の事を評価している聖騎士が複数いるらしくて!」

「……それで?」

「フェイ君を育てた私の評価も上がってるそうです!」

「……二等級か、中途半端だな」

「そ、そんなことないですよ! 凄い事です!」

「お前はどうする? 上げるのか?」

「う、うーん。私は色々好まれていないので悩んでます……他の聖騎士の眼がありますし」

 

 

 ユルルは苦笑いしながら曖昧に濁した。彼女の兄が起こした惨劇の記憶が未だに残っている聖騎士が居るからである。彼女が上に立つと面白く思わない連中は多い。

 

 だが、同時にこうとも言える。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「俺は興味ない。今のままでいい」(二等級は中途半端だしな、主人公は底辺か頂点かどっちがいいしな。キャラ付けとしても尖ってる感じになりそうだし……)」

「フェイ君、私に気を使わなくていいんですよ」

「俺は決めた事は曲げない。上がったところで強くなるわけでもないしな」

「ふぇ、フェイ君、私に気を使ってそこまで言ってくれるなんて!」

 

 

 

 全然気を使っているわけではないがフェイは適当に流した。ユルルが眼を輝かしているが行動原理の根本は全く見当違いだった。

 

 

 結局、二人は十二等級のままでよいという事になった……

 

 

 

「おーい、フェイー!」

「ボウランか」

 

 

 ユルルが去った後はボウランがやってきた。

 

 

「フェイ、等級上げなかったのか! お前師匠にめっちゃ気を使ってるって有名だぞ」

「気を使ったわけではない」

「そう言えばさ、あの時ありがとな。獣人族の里の住人救ってくれて……アタシはあそこの連中めちゃくちゃ嫌いだけど故郷はあそこしかないしさ。母親が死んじゃったのもあそこでさ、お墓とかもあったしさ……」

「そうか」

「お前ってさ、本当に……、遠くに行ったよな。戦ってるところ見て思った……」

「当然だ、お前と俺とでは次元が違う」

「だよなぁ。お前が戦ってたのアタシの父親だったんだ。変な星元で強化されてたから昔より強くなってた。アタシだったら死んでた」

「だろうな」

「身体能力が凄かったしさ。アタシより全然強くて驚いた。強いのは知ってたけど、質が、強さの真理への近さ、核心に迫っているような動きだった……なんか寂しいなぁ。最初にあった時と違い過ぎて……」

「意味ない言葉交わしだな。俺は修行に戻る」

「……そっか。いつも頑張ってるからそんなに先を走ってるんだな」

 

 

 ボウランはクスリと笑いながらフェイが走り出すのを見送った。

 

「――もしかして、そんなお前をアタシは…‥」

 

 

 何かに気付いたような声を出した彼女だったがアーサーの事を思い出した。フェイの事を好いているのをボウランは知っていた。

 

 

「あー、いいか。アタシはそう言う面倒な感情は…‥色々サンキュー、フェイ。また、飯行こうな!」

 

 

 

 

 

 




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第九章 伝説聖剣編
54話 一等級聖騎士、最強登場


 ユルル・ガレスティーアは騎士団の図書室で調べ物をしていた。古びた本を広げ席に着いた。

 

 

「何見てるの」

「アーサーさん、お久しぶりですね」

「ん、久しぶりー」

 

 

 ユルルの側にはアーサーもおり、覗き込むようにユルルが持ってきた古びた本を読んでいた。

 

 

「これ、何の本?」

「退魔士バラギと言う女性についての本ですね」

「退魔士、?」

「聖騎士や冒険者、そう言った存在が魔物や逢魔生体と戦う前から存在していた正義の味方? という感じでしょうか? 災厄の逢魔よりももっと前の時代ですので大分本がくたびれていますね」

「昔は聖騎士とかの代わりに戦っていた人達って事だよね」

「そうですね。退魔士はその名を通り、魔を退ける存在。強さは相当だったでしょうね。その中でも退魔士バラギはそれはそれは強かったらしいです」

「おとぎ話で少しだけ聞いたことある。嫉妬、妬み、嫉み、恨み。全部を背負って死んだって」

「空想の存在、おとぎ話と思っていましたがどうやら存在して、フェイ君が今持っている刀に宿っているようでして……心配になったのでいろいろと調べているんです」

 

 

 

 パラパラと本をめくると鬼のような角が生えた女性の禍々しい姿の絵が描かれていた。

 

 

「この絵、怖いね」

「そうですね。かなり禍々しいというか……精神を潰し、体を乗っ取る力があると言われていますし」

「フェイなら大丈夫な気がするけど、ワタシも心配。ちょっと声をかけてくる」

「あ、どうぞ」

 

 

 アーサーは図書室からそさくさと出て行った。ユルルも心配をして暫く本を眺めた後、バラギの恐ろしさに驚愕して、フェイが心配になり部屋から出て行った。

 

 そこへ、入り違いになるようにフェイが部屋に入ってきた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 俺は主人公であるので努力を惜しまない。体を必死に動かして訓練もするが本を読んで雑学を頭に入れるという事にも余念がない。あまり来ないが本日は騎士団の図書室に来てみた。

 

 

 本をぱらぱらと広げると丁度剣術についての本があった。剣術の本はよく読むことが多い。ふむふむ、我が師匠であるユルルの波風清真流も載っている。

 

 しかし、剣術の本は既に読みまくった。偶には他の本を読んでみたいという事で本を探してみる。

 

 探していると退魔士についてという本が置いてあった。

 

「……これは」

 

 退魔士と言えばラインとかバーバラとかがすぐに思いついた。そして、忘れてはいけないのが我が内側に居るバラギさんである。

 

 本をめくっているとバラギさんの悪行がこれでもかと列挙されていた。なになに? ふむふむ、こいつめっちゃ悪い奴じゃん。『退魔姫の惨劇』とか言う最悪の事件があったらしい。

 

 いやー、悪い奴だなぁ。

 

『そうじゃろ』

 

 あ、話しかけてきた。

 

『わらわは凄く悪い奴だからのぉ。仲良しこよし、などしない。お主は仲良くしようとしておるが、不可能じゃぞ』

 

 まぁ、俺はお前がなんかの理由があって『退魔の惨劇』したって分かってるけどな。大体主人公の中に居る異形な存在は何らかの原因とか歴史とかあるのは色々だし。

 

 バラギは悪い奴じゃないって俺は分かる

 

 

『……』

 

 

 あ、黙った。それにしても、この本の中にあるバラギの絵は迫力あるなぁ。顔面が本物の鬼だし、可愛くはないな。実はこの可愛くない顔が本物なのかもしれない。

 

 

『わらわは美人じゃ。昔は求婚されまくっておったわ! この絵はわらわの顔ではない! 勝手に作られたでっち上げの絵じゃ!』

 

 

 どうやら、可愛くない絵は本物ではないらしい。勝手に書かれた似顔絵のようなので結構気にしているのだろう。

 

 まぁ、大分画風が違うから本人的には気にしているんだろうな。自分で美人とか言ってる痛い所もあるし

 

『おい、聞こえておるぞ。わらわは痛い女ではない、ただ絵と実物が違い過ぎるから違うと言ったまでじゃ』

 

 らしいが……たかが絵に随分とムキになっているようだ。災厄の退魔士とか言っておきながら、たかが絵を気にしているらしい。

 

 大分、絵がブサイクだから心に効いてるんだろうなぁ。女の子って意外と気にするだろうし。

 

『おい! だから聞こえておるわ!! 気にしておらん! 心に効いてもおらん!』

 

 

 あ、効いてる効いてる

 

 

『効いてないわ!』

 

 

 めっちゃ喋るじゃん

 

『……』

 

 

 あ、また黙った。

 

 

 さてさて、他にも本を読みますかねっと……災厄の逢魔、吸血鬼、伝説の聖剣、色々と歴史があるが一度は聞いたことあるような奴だけだ。

 

 暫く、色々と雑学を頭を叩きこんでいると横から誰かに話しかけられた。

 

 

(きみ)がフェイ君であってるのかな?」

 

 

 振り返るとぼさぼさの赤髪のイケメンが立っていた。誰だろうか、この男は……

 

「ちょっといいかい?」

「断る」

 

 

 そう言うと周りがざわざわと慌ただしくなり始めた。なんだ? この男をみんな見ているようだが?

 

 

「あれ? そう言う反応は新鮮だなぁ、このオレに対して」

 

 

 誰やねん、明らかに偉そうな態度が目立つ男だが……

 

 

「オレはトリスタン。円卓の騎士団最強って一応言われている聖騎士さ。ちょっと話いいかい?」

 

 

 おや、面白そうなイベントが来たな

 

 

 

◆◆

 

 

 トゥルーの元に円卓の騎士最強、『トリスタン』という聖騎士が現れた。

 

「やぁ、君がトゥルー君だろ?」

 

 軽く手を上げながら軽快な様子で彼は話しかけてきた。

 

(トリスタンって……円卓の騎士最強って言われてる……)

 

 円卓の騎士団には強さの基準が存在しており、それが等級と言われている。一から十二まで分けられ、数字が小さい程に強いと言われている。一等級は最高峰と言われいる。

 

 そして、最高峰のその中でも更に上。頂点の中の頂点、最高最強。それがトリスタンと言う聖騎士である。

 

 

(最強と言われているのにこんな軽快なテンションなのか……見た目もだらしないし)

 

 

 フランクに話しかけてきて、見た目も髪型がぼさぼさであり、上の立場の人間であるような威厳を全く感じない。トゥルーは流石に本当にこの人物がトリスタンと言う聖騎士なのか疑わざるを得なかった。

 

 

「あぁ、オレがトリスタンかどうか疑ってるね?」

「え、いや」

「大体そうだから気にしないでいいよ。オレもあんまり上に見られすぎても息苦しいからさ」

「そ、そうですか。それで僕に何の御用でしょうか?」

「あぁ、うん、そうだった。トゥルー君は優秀な聖騎士だからオレが直々に教鞭をとることになったんだ」

「え……? 僕を?」

「うん、ついでに監視もだけど」

「は、はい? 監視?」

「君の星元が最近、異様に乱れるのを感知系の聖騎士が気付いたらしいからそれも調べるらしい」

「それ、僕に言っていいんですか?」

「いいんじゃない? オレがやるんだし」

 

 

(監視ってそんな堂々とやるのか……)

 

 

「まぁ、君は既に他の聖騎士にも監視されてたから今更もう一人監視する聖騎士が増えても問題ないでしょ?」

「……」

 

 

(確かに、前から誰かに見られたりするのは感じてたけど……それも言っちゃうんだ)

 

 

 サジントやら、監視を裏で行っている聖騎士はいる。今この瞬間もトゥルーを監視している存在が居ることをへらへら笑いながら言ってしまう事に心の中で思わず突っ込んでしまう。

 

 

「まぁ、多分騎士団の裏側から元々目をつけられてたけど、今度は表でも君を疑い始めてるって事さ。でもまぁ、ダイジョブ。なにかあればオレが対処すれば? みたいな感じでイメージしてもらって」

「全然大丈夫ではない気がしますけど……」

 

 

 けらけら笑いながら全部を話してしまう。トリスタンは話をいったん切ると手を出して、クイッと自身の方向に捻る。

 

 

「かかって来な、君の強さも見ておきたいからさ。君がどんな聖騎士なのか気になってる」

「……じゃ、少しだけ」

 

 

(本当に強い人なら戦って損はない……か)

 

 

 トゥルーが思いっきり地を蹴る。顔面に向かって蹴りをかまそうと思いっきり足を振る。

 

 

「現在、二等級聖騎士のトゥルー君か……」

 

 

 バシッと軽くトゥルーの蹴りはトリスタンの右手に抑えられてしまった。かなり強めに蹴ったのに受け止められた。

 

 

(勢いが完全に死んでるッ……)

 

 

 分厚い何十二重ねられた壁に小石を投げたように彼の足は静止した。

 

 

「いやー流石流石、かなり強いじゃん。オレには全然及ばないけど。良い線言ってる、未来の一等級聖騎士って呼ばれてるのも納得かな」

「どうも……」

 

 

 あんなに簡単にいなしておいて、強いとかイイ線が言っているとよく言えるなとトゥルーは感じた。

 

 

「君は最近入ってきた中で一番なんじゃない?」

「いえ、アーサーと言う子が一番かと」

「名前は聞いたことあるなぁ。他に強い子は?」

「……フェイって言う聖騎士が居ます」

「強いの?」

「僕よりは弱いですけど……十二等級聖騎士で……」

「十二ね……最低辺なわけだ」

「でも、かなりの曲者です」

「ふーん、曲者かぁ。あ、ユルル・ガレスティーアを庇って一時期話題になってた子かな」

「そうだと思います」

 

 

 ふーん、と興味ありげに答えるとトリスタンはトゥルーと別方向に歩き出した。

 

 

「ちょっと、会ってくる。どんな子か見てみたいし」

 

 

 ささーっと走って彼は何処かに行ってしまった。そして、数分が経った後、フェイを引き連れて再びトゥルーの元に現れた。

 

 

「というわけで連れて来た。彼だよね? フェイ君は」

「はい……」

「……」

 

 

 相変わらずの仏頂面で射殺すような視線をしているフェイに恐怖感を抱きつつ、トリスタンに説明をするトゥルー。

 

 

「よし、君もオレと戦おう。フェイ君だったね」

「……構わん」

 

 

 フェイは元から戦う気があったようで腰を落として構える。

 

「いいねぇ、積極的なのは嫌いじゃない」(まぁ、十二等級って事はそんなに実力はないんだろうけど……同期が二等級とかなってるのに一人だけ十二ってのは結構きついのかねぇ)

 

 

 等と、トリスタンはフェイに対して評価を下す。

 

(しかし、ガタイは結構良さそうだな。十二の癖に)

 

「ほらほら、来なよ。なんだったら星元使っても――」

 

――次の瞬間にはフェイの蹴りが顔面付近にあった

 

 

「ぶぼッ!!!」

「ッ、あいつ、当てやがったッ。最強のトリスタンにッ」

「あ、痛ってぇ!!!!」

 

 

 フェイの蹴りがトリスタンの顔面を捕えていた。そして、そのままトリスタンは顔を少しゆがめながら若干よろめく。しかし、飛ばされることなく足は地面についていた。

 

 

(あの蹴りをもろに喰らって立ってられる!? ダメージも特には無いのか!? 飛ばされることなく位置もほとんど変わっていない……これが最高峰か……)

 

 

「十二等級って聞いてたから、油断した……おい! オレ入団してから一回も攻撃喰らったことないだけど!?」

「知らん」

「等級詐欺だろ! これ! ふざけんな! オレのノーダメージ記録壊しやがって!!!」

「知らん」

 

 

 

(等級詐欺ってなんだよ……)

 

 

 トゥルーはフェイに掴みかかるトリスタンを見て、等級詐欺と言うわけ分からない言葉に混乱をした。

 

 

(でも、星元無しとは言え、フェイの蹴りを喰らっても平然としてるなんて……それにフェイは相変わらず態度がふてぶてしいな。相手は一等級聖騎士なのに……あいつが気にするはずもないが)

 

 

 トゥルーは蹴られてもノーダーメジであるトリスタンを見て最強であるという理由がどことなく分かった気がした。

 

 だが、子供のようにフェイに絡んでいる姿を見てそうでもないのかもと思っても居る。

 

 

「よーし、第二ラウンドだ。今度は剣も使っていいからさ! あれ、その剣、ちょっと変な感じするね」

「……」

「ふーん、魔剣の類だね……ちょっと貸して」

「……」

 

 

 

 フェイは無言でバラギが封印されている刀を前に出した。しょうがないから触れさせて野郎と言わんばかりに無言で。

 

 

「ふーん、なんか禍々しいね」

 

 

 そう言ってトリスタンが僅かに刀に触れた。そして、次の瞬間、へらへらしていた彼の顔が一変する。

 

 

 僅かにだがトリスタンは鬼を見た。

 

 

「こりゃ、オレでも手に負えないかもねぇ。ただ、封印されてるし、星元だって無いから勝てるだろうけど。これが今の時代に居たら間違いなく死んでた」

「そうか」

「これ、君が持ってて大丈夫?」

「余裕だ。特に今まで不都合はない」

「マジで? 普通の人間なら一日でストレスとか色々で毛が抜けてハゲになってるよ」

「毛根にも問題はない」

「あ、そう。相当毛根が強いのかね?」

 

 

 フェイの髪の毛に触れようとするがそれは流石に手で弾かれた。

 

 

「ちょっと納得いかないから、今度また戦おう。オレ、今まで一撃も喰らってないから、これで終わりだと腹立つ」

「……あぁ」

 

 

 フェイはそう言ってトゥルー達に背を向けた。

 

 

「さて、オレ達は訓練でもしようか? 一応、君の師匠として派遣されてたわけだし」

「はい」

「お、結構乗り気じゃん」

「負けたくないので……僕も貴方に一撃喰らわせます」

「……いいね、嫌いじゃない。君みたいな若い子は」

 

 

 

 ゲームの原作シナリオでもトゥルーが師事をする事になるトリスタン。二人の奇妙な関係性にフェイが混ざった時、どのような変化が訪れるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 




お世話になってます。

 TOブックスより発売の――

 ――自分の事を主人公だと信じてやまない踏み台が、主人公を踏み台だと勘違いして、優勝してしまうお話です


 ですが、現在boolkwolkerとコミックシーモアより先行販売が開始されています! 是非、興味ある方は買っていただけると幸いです。面白ければレビューや感想もサイトにお願いします


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55話 嵐の前のひと時

「おっす、トゥルー君」

「どうも」

 

 

 師弟関係、もとい監視対象、色んな関係が複雑に絡み合っているがトゥルーはトリスタンと接する時間が増えていた。

 

 

「さぁ、かかってきて」

「じゃ……行きます」

 

 

 星元によって強化されたトゥルーは剣を振るう。思いっきり空を斬るような豪快な剣はトリスタンの人差し指で止められた。

 

 

「ッ」

「驚かないでよ、これくらいは普通だから」

「っち! くそ」

 

 

 あっさりと止められたことでトゥルーは僅かにイラっとしつつも、同時に風の魔術を展開する。半径、数メートル内に風の弾丸を数十展開。

 

 

「結構、出来るなぁ」

 

 

 ぱちんと指パッチンをするとトゥルーの魔術が一瞬で霧散する。星元が更に天の上の星元に押しつぶされるような現象であった。

 

 

「星元はさ、使い方が上に行けば相手の力場みたいなのを吹っ飛ばせるんだ。魔術も阻害できる」

「ッ」

 

 

 そう言うと流れるように手の甲でトゥルーの頬を叩いた。軽めの音が耳に響いたはずなのに彼は飛ばされ、地面に激突をしてなお勢いは止まらない。

 

「けほけほッ、痛ッ」

「もっと精度良くしないとね」

「……トリスタンさんって本当に強いですね」

「それなりにはね。でも、君も結構強いから安心していいよ。魔術の精度、星元の量は爆発的に多いけど……もうちょっと面白みが欲しいかな」

「は、はぁ……」

「フェイ君は結構面白いかなぁ」

「頑張ります……」

「めっちゃライバル意識してるじゃん。まあ、分からなくもないけど、個性強めだし」

 

 

 ケタケタ笑うトリスタン。強いというのはこれでもかと分かったがどことなく威厳が足りないなぁとも感じてしまう。

 

 

「星元操作は君が上さ。総合値で言ってもトゥルー君が勝ってる。100回戦えば99回君が勝つだろうね」

「……」

「でも、実戦だったら100回の内の1回を引く可能性もあるけどね。でも、君はピカイチなのは間違いない。正に玉石混交と言われる聖騎士の中では玉だよ」

「は、はい」

「魔術は初歩的な魔術でも使い方で出力変えられるし。オレはブリタニア城吹っ飛ばせるくらい出来るよ。やらないけど」

「確かにそれは止めた方が良いですね」

 

 

 ハハハと守るべき城を吹っ飛ばせるとか言うので、トゥルーは若干ひきつった笑みを浮かべる。

 

 嘘を言っているようではないので僅かの恐怖心すらある。

 

 

「バラギって言う退魔士がアイツの剣には封印されているんですよね」

「らしいね、あれ多分本当の事だよ。触れてみて分かった。マジでヤバいの奥に潜んでいる」

「……」

「でも退魔士なんて関わりが出来るなんて思ってもみなかったなぁ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「自由都市で手に入れたみたいです」

「自由都市の冒険者と聖騎士って仲悪いからねぇ。完全関係性って遮断されてたけど繋がりって出来るもんだねぇ」

「本来できるはずがない、繋がりが出来たってことか……」

 

 

 

 円卓英雄記と言うノベルゲーに置いて、トゥルーとアーサーが主人公である。本編では王都ブリタニアを中心として物語が進む。

 

 しかし、外伝ではアリスィアが主人公でありこの二つの物語はほぼ交わらない。だが、フェイが無理やり両方交わせた。

 

 

 故にアリスィアも自由都市を離れて王都ブリタニアに暮らしている。

 

 

 フェイ達が暮らしている孤児院。そこではマリア(リリア)が孤児たちをお世話して一緒に暮らしている。

 

 そんな孤児院だがアリスィアは洗濯をしたり、料理を作ったり、小さい子供の面倒を見て過ごしている。一応は居候と言う事だが働くことで暮らせている。

 

 しかし、そんな真面目に働いているアリスィアをマリアは呼びだした。

 

 

「アリスィアちゃん、ちょっといいかしら?」

「なに?」

「そのぉ……この孤児院から出て行ってくれないかしら?」

「えぇ!?」

 

 

 まさかあの温厚で才色兼備で優しい聖母マリアがそんな事を言うとは思いもよらなかったのだろう。

 

 

「なんでよ!? 私ちゃんと働いてるじゃない!」

「えぇ、そうね。子供達の面倒を見てくれるし、ご飯も美味しく作ってくれるし」

「そうよね、だったらなんでよ!」

「……貴方、夜にフェイの部屋で何してるの?」

「……」

 

 

 マリアが僅かに睨みながらアリスィアに言うと彼女は黙った。眼を逸らして何も知らないと言いたげな眼で虚空を見つめる。

 

 

「夜になったら必ずフェイの部屋からあなたの声が聞こえるの。フェイはそう言う事をしたり誘ったりするタイプじゃないし……貴方、寝ているフェイにやらしいことを毎晩しているでしょ」

「……してないけど」

「声が聞こえるのよ。大分抑えているようだけど……()()()()()()()()()()()()

「……私達……? ……よく分からないけど。夜の声は空耳でしょ。知らないわ」

「そう……だったら出て行ってもらうわ。ここの責任者は私だもの」

「なッ! 横暴よ!」

「正当な権利よ。それに貴方は相当な実力者でしょ、騎士団に飛び入りで入団して騎士団の寮で暮らせるはずでしょ」

「……私、弱いし」

「嘘ね、貴方の星元はトゥルーに匹敵しているわ」

「……フェイが、鬼いちゃんがいないと眠れないし」

「出て行ってもらおうかしら……私達だって本当は添い寝とかしたいし……貴方に譲ってるんだからね!!」

「ちょ、急にどうしたのよ!? 情緒がおかしいわよ!?」

「うるさい! 私達がどれだけ我慢してると思ってるの! 毎晩好きな人が他の女に……とにかくあなたは出禁! 出禁だから!」

 

 

 急に子供っぽく駄々をこねるマリアに驚愕する表情をするアリスィア。そんなマリアに外に引っ張り出されるアリスィア。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! 謝るからここに住ませて!」

「……もう、いやらしいことはしない?」

「しません! 隣で寝るだけにします!」

「……分かったわ。貴方の料理美味しいし、子供達からも人気だし……今回は許します。でも、次は出て行ってもらうわ」

「はーい、気を付けますー」(まぁ、次はバレないようにすれば問題ないわ)

 

 

 

 アリスィアはふふ、と僅かに微笑みながらもシクシクと泣き真似をする。マリア(リリア)はそんなアリスィアを眼を細くして疑いの視線を向けていた。

 

 

 しかし、ずっと疑っていてもしょうがないと警戒の目を緩めていつものように暖かい聖母の眼差しに戻る。

 

「えぇ、これからもよろしくね」

「はーい、よろしくだわー!」

 

 

 本当に大丈夫かコイツと一瞬思ったがマリアは直ぐに気持ちを切り替えた。

 

 

 

◆◆

 

 

 フェイが木の上に足をかけて腹筋をしている。ずっと己を鍛えるために何度も体を起こしている。

 

 

「フェイーー」

「アーサーか」

 

 

 木にぶら下がっているので逆さまに見えるが金髪が特徴のアーサー。そして、彼女の隣には薔薇のように綺麗な赤髪のボウランが立っていた。

 

 

「おーす、フェイ。頑張ってるな」

「……邪魔だ、消えろ」

「おいおい、ひどいな! アーサーもそう思うだろ」

「フェイのこういう時は感情の裏返しだからダイジョブ。問題ない」

「そっかぁ」

「フェイは訓練が終わった後にハムレタスサンドイッチを上げると喜ぶ」

「おおー!」

 

 

 ぺらぺらと本人の眼の前のそこそこの音量で語る二人。そんな二人を気にせず、彼は必死に訓練を続ける。

 

 腹筋の後は体感トレーニング、ダッシュ、ダッシュ、腕立て伏せ、ダッシュ。体中に錘をつけながら己の肉体を極限まで追い込んでいく。

 

 

「……あいつ本当に頑張るよな」

「知ってる」

「アイツの、どこが好きなんだよ」

「頑張り屋さんで、いつも可能性に満ち溢れてて、常識を超えてくれるところ」

「ふーん」

 

 

 ボウランは何も感じさせない瞳でフェイを見ていた。ぼおっとしながら彼を見ているとどこか、食い入るように気付いたら見てしまっている自分が居る。

 

 

「ボウランはフェイの事が好き?」

「……嫌いじゃないぜ。まぁ、ぼちぼちってところだ」

「そっか。ワタシは好きだよ」

「ふーん、まぁ、頑張れ。アタシは応援してやるかさ……」

「ありがと」

 

 

 ボウランは欠伸をするふりをしながらアーサーの背中を押した。アーサーはその後にフェイにちょっかいをかけた。

 

 辺りは静まり返った夜になった後、アーサーは一旦騎士団の寮に帰った。フェイはアーサーにからかわれたり、己自身を過酷な訓練に身を落とした結果として多大なる疲労を抱えていた。

 

 

 ボロボロになりながらとぼとぼとフェイが歩いていると――

 

 

「――お疲れ」

「……ボウランか」

「アタシじゃ、悪いか」

「どうとも思わん」

「……あー、疲れてると思ったから、水と軽い食事と汗を拭く布を……」

「わざわざ持ってきたのか。お前が?」

「悪いかよ」

「……らしくないな。お前がやるような事ではない気がするが」

「いいから、受け取れ。あとそれ以上何も言うな。黙って受け取れ」

「……そこまで言うなら貰ってやろう」

 

 

 フェイはボウランから貰った水でノドを潤し、軽い食事をし、汗を拭いた。そして一息をするとボウランをジッと見た。

 

 

「余計な手間をかけたな、だがやはりお前がこういう事をするとは思わんが……飯屋に連れて行けと言う事か」

「違う。ただ単にお前にあげようと思った」

「……そうか」

 

 

 フェイはボウランからそう言われるとそれ以上は何も聞かないようで孤児院への帰り道を歩き出した。

 

「またなー」

 

 

 ボウランはそう言って別れようとしたのだが――

 

 

――ガッとフェイの服の裾を掴んでしまった

 

 

「なんだ」

「いや……」

 

 

 ボウランはある自身の変化に気付いていた。

 

 

 

(ヤバい、この感触……アタシってやっぱり獣人族(ビースト)なんだッ)

 

 

獣人族(ビースト)は他種族よりも、より強さを求める種族で(メス)は強い(オス)に惹かれしまう性質がある。

 

 

 

(やべぇ、でもあたしって人族と獣人族のハーフで、人族の血が濃いってずっと思ってた。でも、体が疼く……フェイを見てると……)

 

 

 先日、フェイが獣人族の里で戦いを繰り広げたせいであの里に居た女全員がフェイに惹かれてしまう事件が裏であったのだが……

 

 ボウランも例外ではなかった。強い雄、屈強な肉体、頂点的な魂。人族と獣人族のハーフで人族寄りであった彼女の中の、雌としての獣の本能が疼いていた。

 

 

「服にゴミが付いてたから取ってやっただけだぞ」

「この服は訓練で殆ど汚れている。たかが一つとっても意味はない」

「そう言うなよ。それじゃー、アタシ帰るなー」

 

 

 逃げるようにボウランは帰った。騎士団の女子寮に息をする間もなく入る。部屋はアーサーと同じ部屋だ。

 

 

「ボウラン、どうした? 顔が赤い」

「いや……なんでもねぇ。ちょっと……いや、なんでもない」

「そっか、最近色々悩んでそうだったし。添い寝でもしてあげようか?」

「いい、一人で寝る」

 

 

 

 

 アーサーの添い寝を拒んで、ボウランは一人で寝ることにした

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

『おい、フェイ』

 

 

 あ、バラギが俺に話しかけてくるとは珍しい。久しぶりの精神世界だ。

 

 

『お前、いつになったら精神が潰れるのじゃ。昨日はお前の知人全員から殺される夢を見せてやったのに。ぴんぴんしてるのはどういうわけじゃ』

 

 主人公だからな。知人から殺される夢を見ても意志が砕けないのは基本だ。知人に殺されるスタンプラリーと思えば悪くない。

 

 

『お前の精神が異様に図太いのは知っておる。しかし、あれだけ知人から殺される夢を見たのに、現実でその知人、と何事もないように接せれるのはなぜじゃ。それが分からぬ』

 

 

 アイツらが俺にそんなことするわけないって知ってるしな。俺を殺すわけがない。そして、俺は主人公だから死なない。

 

 つまり、気にする意味がない。

 

 それにお前が精神攻撃で知人使ってるのは何となく予想がついていた

 

 

『……飽きれた奴じゃのぉ。まぁよい』

 

 

 それだけの為に呼んだのか?

 

 

『いや、違う。わらわはお主の肉体を諦めてはおらぬ、だから少しやり方を変える。お前のことを話せ。聞いてやろう』

 

 

 なぜに?

 

 

『お前の話の何処かに弱みや綻びがあるかもしれんからのぉ。喜べ、こんな麗しく、美しく可憐な、わらわがお主の話を聞いてやろうと言うのだ』

 

 

 ふむ、まぁ、話してやらなくはないが……

 

 

『よいよい、聞いてやろうじゃ。ではさっそく、あのボウランとか言うのはあれか、お主の事を意識しておるようじゃのぉ』

 

 

 ん? どういうこと?

 

 

『いやだから、意識をしておるじゃろ?』

 

 

 分からん。どういうこと?

 

 

『マジかよお前……めっちゃ冷めたわ。恋話を聞いて少しでもからかってやろうと思った気が失せたわ。もうよい、今日は寝る。マジで冷めたわ。次までに少し察しの良い男になっておけ』

 

 

 ふむ? よく分からないが……ボウランは差し入れをしてくれた良い奴ってことだよな!

 

 主人公の親友枠かな? 最初は生意気だったけど、徐々に認めていくタイプの!

 

 

『マジでないわ、お前』

 

 

 




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56話 激突、雪王

 円卓英雄記 原史

 

 

 トゥルーとトリスタン。二人は毎日修行を続けていた。最強である彼の前に何度も地面に倒れるトゥルーだったが、倒れるたびに強くなっていった。

 

 

「そろそろ、一段階修行を上げようか」

「え?」

「アレスクイ山って知ってる?」

「は、はい。一年中雪が降っているとても寒い山……」

「そこには雪王って名前の魔物が居る。一息で人を凍らし、願えば大地を凍土に変える……前にオレが倒したんだけど、別個体が新たに出現したらしい。というか子供かな?」

「な、なるほど」

「そこで君に任せる。きっと倒せる……その中にある力を扱えればね」

「僕の中の力……」

「それが明るみになれば、君は殺される。だから、制御してみな。闇の星元をさ」

「はい……」

 

 

 トゥルーは一人でアスクレイ山に向かった。向かいながら彼はこれまでの事を考えていた。

 

 死んでいった同期、救えなかった人達、まだかろうじて生きている者達。もっと力を、もっと力が自分にあれば……

 

 

 真っすぐ彼は走る。走って走って。

 

 

 走り続けるしかない。

 

 

 ボウランだって獣人族の里で死んだ。ヴァイも死んだ。己の手から零れ落ちるのはこれ以上は耐えられないのだ。

 

 

 気付くと彼は目的のアスクレイ山に到着していた。彼の口から白い吐息が漏れる。汗すらも一瞬で凍りそうな温度の低さ。トゥルーは炎の魔術を己の周りに展開して山を登る。

 

 

 自身の体温を高温に保ちつつ、下がらないように吹雪の中を進む。しかし、彼は途中で足を止める。

 

 

「……今、何かの声が聞こえた」

 

 

 雪山の頂上付近から獣の吠える音が聞こえたのだ。雪王と言われている魔物だろうという予想を立てながら再び進む。

 

 順調に進めているかと思ったが再びトゥルーは足を止めることになる。それは雪山の頂上付近から何が落ちてくるのだ。

 

「大量の雪……雪崩れかッ」

 

 一面を覆いつくす、真っ白な災害。大きく勢いもすさまじい……これは下手すれば死んでしまうと一瞬で判断し、炎の魔術をさらに大きくする。

 

 

「もっと、チカラを……もっと……」

 

 

 炎が大きく、爆炎へと昇華する。すれ違った命、伸ばせなかった手、後悔、懺悔、それらすべての感情が彼の中で爆発する。

 

 

「まだだろ、僕はッ」

 

 

 

 ――真っ白な壁が一瞬で炎の海に返る

 

 

 

 トゥルーを中心として周囲の雪もどんどん消えていく。感情の起伏が彼を一歩先へと押し上げた。

 

 そして、そんな彼を敵と認識した雪王が空から降ってきた。

 

 真っ白な体が体毛で覆われている、巨大な人のような外見にも見えるが身長がケタ違いだ。

 

 

「……オマエ、テキ、コロス」

「言葉が話せるのか……語り合う気はなさそうだが」

 

 

 トゥルーはふっと一息をついた。爆炎をその身に宿し、特攻する。後悔の涙すらもう、振り切れている。

 

 

◆◆

 

 

 

「やぁ、倒せたようだね」

「トリスタンさん……」

「雪山が普通の山に成っちゃったよ。雪が全部溶けてる。君の潜在能力は凄まじいねぇ」

「……僕もっと強くなりたいです。だから、これからもお願いします」

「勿論さ。オレが強くしてやるから」

 

 

 雪山が彼の炎で姿を変えてしまった。空は僅かに晴れており、雪王も体毛すら残らず燃えてしまった。

 

 

「闇の星元は使わずに倒したのか。元の潜在能力がずば抜けているんだねー」

「……でも、足りないです、もっと強くもっと強くなりたい……もう、何も失わないようにッ!!」

「……任せておきなさい! このトリスタンに!」

 

 

 トリスタンはトゥルーを見て興味深そうに目を向ける。彼は師匠としてトゥルーを今後どのようにしていくか悩んでいるようだった

 

 

 

――僕は必ず強くなる

 

 トゥルーは拳を握った。それを空に掲げる。その日はよぞらがかれにこたえるように輝いていた。

 

 

 

◆◆

 

 

 異史

 

 

 トゥルーとフェイがトリスタンに呼ばれた。

 

 

「というわけで雪王を倒してきてよ」

「なんで僕達が……」

「いいからいいから。修行の段階を人段階上げたいからさ。それにフェイ君は強い奴と戦いたいって思ってるでしょ?」

「……」

 

 

 フェイは雪王を言う強敵が居る。そうと分かればフェイはそれが居る雪山に向かって、足を向けようとする。

 

「よし、ならば向かおう」

 

 

 スタイリッシュにフェイが王都の出口に歩き出すので、トゥルーも彼について行くように歩き出した。

 

 

「……」

「……」

 

 

 終始二人は無言だった。トゥルーはフェイに苦手意識を持っているから、無理に話しかけることはせず、フェイも無駄口を言うタイプではない。

 

 

 気まずいなとトゥルーは感じたがそれ以上は何も言わない。そこへ、場を和ます一言が降ってくる

 

 

「おいー、フェイー、それにトゥルー」

「……ボウランさん」

 

 

 まさかのボウランが登場した。彼女は手を振りながら走ってくる。トゥルーはよく来てくれたと感激する。

 

 フェイと二人は気まずいからだ。

 

 

「二人は何処か行くのか?」

「僕達はアスクレイ山に雪王を倒しに」

「マジか!? すげぇな!? うーん……よし、アタシもついていくぜ!」

「え? ボウランさんが?」

「お前ら二人だと会話の間が持たないだろ」

「確かにそうだけど」

「……好きにしろ」

 

 

 トゥルーはフェイとの会話が成り立つはずがないと分かっていたので、ボウランの提案は正直嬉しいと感じた。一方でフェイは無関心のままボウランを見向きをせずに一人王都の門に向かう。

 

 

 ボウランはフェイの隣に陣取ると的確にトゥルーに話を振りつつ、会話を回した。

 

 

 ペラペラと話していると前から二人の見知らぬ聖騎士が歩いてくる。二人はトゥルーを見ると手を軽く上げて挨拶をした。

 

 

「よっ、トゥルー」

「この間の同期でやった飲み会は楽しかったな」

「二人共、任務の帰り?」

「そうだな、それよりお前あの後大丈夫だったか?」

「なにが?」

「なにって、酒飲み過ぎた後、全裸になって服を振り回した後に吐きながら帰っただろ」

「え、僕そんなことした……?」

「記憶ないみたいだな」

「やばいなー、お前一番飲み会で盛り上がってたのに」

「……記憶ない、まぁ、次から気を付けるよ。これから僕も任務だから、また飲み会しようね」

「「おおー、頑張れよ」」

 

 

(僕、飲み会でそんなことしたっけな……)

 

 

 自身が同期との飲み会で存分にふざけていたことにトゥルーは、己自身で若干引いてしまう。

 

 

 本来ならば同期はほぼ全員死んでいるので原作ならこんな事はない。しかし、かなり生き残ってしまっているので酒癖が悪くなってしまっていた。

 

 

 

「お前、酒飲み過ぎはよくないぞ。酒は飲んでも呑まれるなって言うしな」

「そうだね、気を付けるよ」

 

 

 ボウランにも鋭い意見を貰いつつ、フェイはアホだなと視線を向けられながらトゥルーはアスクレイ山に向かった。

 

 

 

■■

 

「うー、寒い」

 

 

 ボウランが体を震わせた。アスクレイ山は吹雪が降り注ぎ、氷点下を超える寒さに包まれていた。

 

 

「確かに寒いね」

 

 

 トゥルーもそれに同意しながら吹雪の中を進む。すると、大きな獣の雄叫びが聞こえて、山が雄叫びを上げる。そして、上から雪崩が起き始める。

 

 

「おいおいヤバいぞ! アタシが炎の魔術を使っても……トゥルー、お前はどうだ!?」

「……ごめん、昨日の夜お酒飲み過ぎて本調子じゃないんだ」

「馬鹿ヤロウ!!」

 

 

 同期がたくさん残ってしまっている、酒癖が悪くなってしまっている。よってトゥルーは本調子ではなかった。

 

 なにより、本来の流れならば失った者達の懺悔や後悔が残っているからこそ、感情が高ぶり力が倍増する。しかし、同期と普通に飲み会をしてしまっている彼にそのようなイベントが起きなかった。

 

 

 よって、三人共雪崩に巻き込まれた。

 

 

 

◆◆

 

 

 雪崩だぁぁあああ!!!! サーフィンを一度もしたことがないので雪崩でやってみようかと思っていたら既に巻き込まれていた。

 

 暫くすると雪崩が収まったようだ、体の上に雪が沢山乗っている。

 

 

 それを主人公筋肉で跳ねのける。

 

 モフモフとした雪をどけて起き上がると一面雪景色だった、わぁ、雪が沢山で綺麗だ!!

 

 などと思っているとボウランとトゥルーとはぐれていることを思い出した。アイツらどこに居るんだろう。

 

 あの程度の雪崩で死ぬとは思わないが……

 

 

 キョロキョロ探していると、僅かに赤い色が見えた。こんな真っ白な空間に僅かに赤色があるもんだから気になって見に行くと炎が僅かに空に向かって放たれた。

 

「ふぇ、フェイ……」

 

 

 ボウランが雪まみれで発見で倒れていた。なるほど、助けを呼んでいたのか……仕方ないここで見捨てるのは俺の意志に反する。

 

 

 主人公だからな。

 

 

 弱っているボウランを背負って運ぶ、近くに洞窟っぽい場所があるので雪を防げそうなのでそこに入る。凄いベタな展開だなと思ったがまぁ、ファンタジーノベルゲー世界だしね。

 

 こういう事もあるのだろう。

 

 適当に木とかは外で拾って来た。大分、濡れてしまっているが頑張れば火はつけられるだろう。

 

 

「うぅ、寒い……」

 

 

 ボウランが寒そうにしているので上着を全部かけてあげた。俺はパンツだけになった。

 

 さっきトゥルーが飲み会で全裸になったと聞いた。俺は正直……なんてキャラが濃い行動なのだと感心した。俺もそれくらいインパクトあることをしたが生憎クール系主人公。そういうのは簡単にはできない。

 

 

 丁度いい、ボウランが寒そうにしてるから全部脱いでヤロウ。という事になるな。

 

 

 パンツだけを吐いて火起こしをしていると、無事火が点いた。そのまま木を与えたりして、炎を大きくする。

 

 

 パチパチと炎の音を聞きながら俺はボウランが眠りから覚めるのをスタイリッシュに全裸で待った。

 

 

 

「……んん……フェイ……」

「目が覚めたか……(全裸)」

「アタシ……っておい、なんで裸なんだよ!?」

「……」

「あ、そっか。アタシの為に服を……」

 

 

 全てを察したようだ。まぁ、ちょっと合法的に全裸になりたいという俺の気持ちもあるがね。

 

 

「迷惑かけちまったな」

「……元からだろ、お前は」

「もうちょっと気を使え!」

「……」

「あー、帰ったらご飯奢るからそれでチャラな!」

「いらん、何もしなくていい」

「そっか……この後どうするんだ?」

「決まっているだろう。雪王を倒しに行く」

「その格好で?」

「問題ない」

「あるだろ! 裸で吹雪はダメだろ! せめて朝になって吹雪が止むまでは我慢しろ!」

「……断る」

「ダメだ! 絶対ダメ! さもないとマリアにお前が全裸で洞窟で一緒に居たって言うぞ」

「……朝まで待ってやる」

 

 

 流石にマリアに言われたら不味い、嫌われたら嫌だし。でも、ちょっと嫉妬とかしてくれたらうれしいなぁ。

 

 

「アーサーにも言うぞ」

「それは勝手にしろ」

 

 

 アーサーは正直どうでもいいな。嫌われてもいいし。

 

 

「……おい、服は着なくていいのか」

「構わない」

「……だったら、せめて近くに居ろ。じゃないと風邪ひくだろ……」

 

 

 風邪ひかないよ、主人公は。

 

 

「いいから、こっち来い。人肌であっためるから」

「いらん」

 

 

『行け』

 

 

うぉ、急にバラギが来た。

 

 

『行けバカ。察しろ、わらわが何を言いたいのか分かるじゃろ?』

 

 

 ……なるほどな、大体わかった。俺は馬鹿だけどよ、ここがとっても寒い場所ってのは分かるぜ。風邪ひくなって言いたいんだろ?

 

 

『お前はもう死んだ方が世の為か?』

 

 

 バラギと会話をしていると気づいたらボウランが隣に居た。腕に絡みついて暖めるようにしている。

 

 心なしか顔が赤い。しもやけかな。

 

 

「……フェイはさ、いつまで戦うんだ。もういいんじゃないか? 十分強くなっただろ」

「……いつまでもだ。強さに果てはない」

「そっか。危ない事はあんまりすんなよ」

 

 

 ボウランはそれ以上は何も言わなかった。

 

『行け、行け、そこじゃ……今行けるだろ、想い告白行けるだろ』

 

 

 バラギがちょっとうるさかった。

 

 

◆◆

 

 

 朝になった。吹雪はやんで朝日が昇っている。ボウランに服を返してもらい、俺は洞窟を飛び出した。

 

 

「フェイ……生きていたのか」

「当然だ。あの程度で俺が死ぬか」

「だろうな、お前ならここに来ると思っていた」

 

 

 俺とトゥルーは山の頂上付近で合流した。すると俺の前世で未確認生物と言われていたイエティと呼ばれるゴリラみたいな奴が現れる。あれが雪王と言われた魔物だろうか。

 

 

「酒癖の弊害があるなら下がっていろ」

「もう、治ってるよ。スッキリだ」

 

 

 トゥルーの周りに炎が巻き上がる。どうやら、二日酔いは治っているらしい。俺一人で倒したい、と言いたい所だがトゥルーもやる気満々だし共闘するパターンのイベントかな?

 

 

 

「俺は勝手に動く」

「……分かった、合わせる」

 

 

 俺が特攻する、すると雪王が氷の球体を投げてくる。これは避けなくてもトゥルーが何とかするだろう。

 

 避けずに進んでいると案の定、トゥルーが炎の魔術で壊した。

 

 

「おい! 一応避けておけ! 僕がサポート失敗したらどうする!?」

「俺は死なない。それだけだ」

「なっ、僕が失敗する可能性を考えてないのか」

 

 

 主人公だからね、死なない。トゥルーも成長しているだろうし、これくらいのサポートミスはしないだろ。

 

 友情努力勝利が主人公の原則らしいからな。主人公である俺と折角共闘シーンだし、上手くいくに決まっている。

 

 

「クソ、変な緊張感持たせやがって……」

 

 

 炎の魔術でサポートをしてくれたおかげで難なく倒せそうだ。いつも通り剣で真っ二つにした。

 

 

「フェイ……お前、僕のサポートを完全に信用して特攻したのか?」

「さぁな」

 

 

 結局、雪王はさほど強くなかった。俺一人でも倒せたしな……。ボウランの前で全裸になって位しか面白い事は無かった。

 

 つまらないなぁ……と思って王都に到着する。

 

 

「フェイ!」

 

 

 アリスィアが門で俺を待っていた。

 

「自由都市で事件があったらしいの……その、災厄の逢魔の子孫が関係してるらしくて……」

「行こう」

「ありがと!」

 

 

 やっと面白いイベントが来たぜ。あれ? 隣に居るトゥルーとアリスィア、やっぱり似てないか?

 

 まぁ、どうでもいいか。

 

 

「フェイ、頑張れ! ちゃんと帰って来いよ」

 

 

 ボウランに軽く目線を合わせて俺達は自由都市に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書籍を買ってくれた方々ありがとうございます。宜しければAmazonレビュー、口コミなどをして頂けると初見さんが増えるのでお願いします!

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ssバレンタイン

 円卓英雄記と言うノベルゲーは鬱ゲーと言われている。仲間が死に、大切な人が死に、あらゆるものが死んでいく。

 

 だが、それだけというわけでもない。偶には息を抜く場面やホッコリするようなイベントが用意されている。

 

 そんな数少ないイベントの一つが……バレンタインである。

 

 バレンタインとは女性が男性にチョコをあげると言われている催しだ。当然のことながら主人公であるトゥルーがチョコを大量に貰う事になる。

 

 騎士団の同期は殆ど死んでいるが、孤児院に一緒に住んでいる二人の女性がいる。トゥルーと一緒の村出身で幼馴染のレイと元貴族令嬢のアイリスだ。

 

「トゥルーこれ、あげるわ。思いっきり義理よ」

「あ、ありがとレイ」

「トゥルーさん、これをどうぞ。愛の気持ちです」

「ど、どうも」

 

 トゥルーは苦笑いしながら二人からのチョコレートを受け取った。二人はトゥルーを挟んでにらみ合い、いがみ合い、嫉妬をしあいながら互いにチョコを渡すのだから反応に困るのも当然だった。

 

 

「トゥルー先輩」

「トゥルー君、チョコ受け取ってぇ!」

 

 

 トゥルーの周りには他にも聖騎士の同期や後輩が集まっていた。本来のストーリーでは同期は殆ど残っていないのだが、フェイのせいでなんやかんや生き残っている。必然的にトゥルーの集客が増えていた。

 

 

(そう言えばアイツもチョコ貰っているのか……?)

 

 

 トゥルーの頭の中には黒髪黒目の目つきの悪い同期の頭が思いだされる。チョコを貰いながらアイツも何だかんだ、貰ってそうだなと彼は思ったのだ。

 

 

◆◆

 

 

 うおおおおおおお、修行だなぁぁ。

 

 主人公である俺は只管に剣を振っていた。最近、ますます強い奴らが現れてきたから気合が入っている。トリスタンとか言う一等級聖騎士、一撃は与えられたがそれだけだ。

 

 

『ふむ、十分とは思うがの』

 

 おや、バラギが話しかけてきた。

 

『わらわ的にはお主の体が既にほしい。身体能力は天下一品じゃろうて。聖騎士最強に一撃を与えたのだからもう良いじゃろ』

 

 俺は聖騎士最強に一発殴れればいいだなんて低い目標は持っていない。何よりも俺以外は全力で叩き潰したいだけだ。

 

 俺が主人公なのだと、俺が世界で最強になりたいと。目指してるのは最強を殴るのではなく。最強を超えた究極の最強なのだ。

 

『……無駄に目標が高いの』

 

 それより、お前は俺の体を乗っ取ろうとかしてくれよ。内側からも攻められるのは主人公として熱い展開な感じもするから。

 

『既にやっておるわ。それが中々うまくいかないから困っておる。じゃが、お主の弱点は少しわかってきた』

 

 ほぉ、では聞かせて貰おうか。この俺の弱点とやらを……

 

『星元操作が全くできない、マリアが好き』

 

 最低辺って事は星元は伸びしろしかないって事だろ。マリアはヒロインで相思相愛だから弱点って訳でもない。何かあれば絶対守ればいいだけだしな。

 

 

「久しぶりね、先輩」

「む」

 

 後ろを振りまいたら美女が立っていた。はて、この子は誰であったか……。

 

「まさかとは思うけど、この私を忘れたとは言わせないわよ」

「ふむ。無論だ」

「そう……」

 

 

 黒い髪が腰位まで伸びている。眼は赤い、美人だが棘がありそうなこの感じ。どっかで会った気はするが……

 

 

「エミリアよ。後輩の聖騎士の……絶対忘れてたから一応言っておくわ」

「ふっ、この俺が忘れるわけがあるまい」

「そ、そう。忘れたって言われたら悲しかったから良かったわ」

 

 

 あー、居たなぁ。そんな後輩も……すっかり忘れていた。しかし、忘れていたって言うとカッコ悪いからな。覚えていたって事にしておこう。

 

 

「これ、あげるわ。先輩って怖そうだからもてない感じして、可哀そうだもの」

「なんだこれは」

「チョコレートよ。偶々、偶然作り過ぎてしまったから、特別に贈呈するわ」

「そうか」

「お返しとか期待してないから。本当に期待してないから。別にお返しとかいらないわ」

「そうか」

 

 

 あ、今日ってバレンタインなのか。マリアから貰えるかなぁ……それはそれとして、エミリアって俺と全然絡みなかったけどくれるのか……。

 

 お返し面倒だなぁ。でも、期待してないし、いらないって言うからあげなくてもいいのかね。

 

 そう思ったがバラギがそこは返すのが礼儀だと言ってきそうな雰囲気あるので返すことにしよう。

 

 

 でも、エミリア前々絡みないからなぁ。今後はあるのだろうか……とか思っていると

 

 

「久しぶり」

「ふむ」

 

 アルファが居た、ついでにベータとガンマも。モブ姉妹三人衆が俺に何の用なのか。と思ったがバレンタインだろうな。

 

 

「チョコあげる、私達に十倍返しで頼むわよ」

「何故俺が」

「いいわね」

 

 

 三人共渡すと去って行った。モブだから、ファンレター的な位置づけのチョコだろうな。試しに食べてみると、美味しかった。エミリアのも美味しい。

 

 やっぱり主人公だから沢山貰えるのだろう。そう言うイベントってあるあるだしな。

 

 という事はマリアにも貰えるよな。

 

 

 よっしゃ!

 

 

「フェイ君ー!」

 

 

 おや、どうやらユルル師匠も俺にチョコをくれるようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 私は途轍もなく緊張をしていた。弟子である彼にチョコレートを渡すからだ。好意を持っていることは以前伝えた。

 

 だから、きっと私が渡すことは想定しているだろう。

 

 きっと緊張をしているのは私だけだし、フェイ君はそんなに緊張をしてないんだろうなぁ。

 

 

 彼を外で見つけたので騎士団の寮に呼んだ。前までは肩身が狭くて使用できなかった騎士団の寮。今ではそんなことは無くなっている。

 

 私の事を認めてくれる人が増えているのだ。フェイ君の活躍を見た人たちが彼を認めて、彼の師匠である私を認め始めている。

 

 メイドのメイちゃんと一緒に寮を使っているが嫌味を言う人も殆どいない。

 

 

 本当に人生が変わってしまったなぁと思う。そんな彼に感謝もしないといけない。でも、それよりも自身の好意を受け取って欲しいと思うのだから我儘だなと我ながら呆れる。

 

 

 彼を騎士団の部屋に招いて、ベッドの上に座って貰った。

 

 

 

 

「ど、どうぞ。これ、チョコレートです」

「貰っておく」

「ありがとう、ございます……今、食べて貰ってもいいですか?」

「お前がそう言うならそうしてやる」

 

 

 フェイ君がラッピングを器用にほどいて、仲のチョコレートを取り出す。それを彼は口の中に入れる。

 

 

「どうですか……?」

「悪くはない」

 

 

 思えば彼が甘いものを好きなのか知らなかった。もしかしたら気を使っているのかも、ハムレタスサンドを大人しく渡しておけばよかった……

 

 

「――旨い」

「ほ、本当ですか?」

「お前が悪くないだと、納得しないから言ってやった」

 

 

 わ、私の心の中が読まれている……流石は弟子。分かってしまうのでしょうか。

 

「旨いから慌てることはない」

「あ、ありがとうございます」

 

 察しが良い。本当に察しが良い。そして、カッコいい。これはモテるだろうなぁ。手にチョコが入っていた袋持ってたし。

 

 

 ……このままだと誰かに盗られちゃう……?

 

 凄く嫌だ。フェイ君は私の弟子で、私が最初にフェイ君に眼をつけて、誰よりも信じて、愛しているのに

 

 このまま。盗られたら嫌だな……

 

 いけない、ネガティブな考えってよくない。フェイ君と結婚してやるくらいの気持ちじゃないと!!

 

 私だって大胆になってフェイ君にアピールして、好意を向けて貰うんだもん!

 

 

「フェイ君! 私があーんをして食べさせてあげます!」

「……」

「ほい、あーんしてください!」

 

 

 無理やり口を開けさせて、彼の口にチョコを突っ込んだ。相変わらずの無表情で彼は食べている。

 

 そ、そう言えばフェイ君の笑った所って、照れている所って見たことがない……。

 

 

「く、くくく、口移し! で、食べましょ!!」

 

 

 私はムキになってしまう悪い癖がある。だから、もう止まれなかった。チョコを口に咥えて彼に迫った。

 

 

「……」

「……ッ! ほぇ、たべぇてぉ」

 

 

 あんまり無言で無表情で見つめてくるので、照れ臭くなってしまった。というか私は一体全体弟子に何をしているのだろうか。

 

 弟子に、何をしている!?

 

 あ、やばい、恥ずかしい。でも、ここで止まらない方が良い。絶対に。少しは大胆な私にならないといけない。

 

 

 彼の口にチョコを……

 

 

 

「ん……」

 

 

 

 

 甘い……こんな味だった。味見をして作ったけど、全然違う味になった気がする。フェイ君は私とキスをしたのに、どこ吹く風だった。

 

 

 でも、私は顔が噴火したように熱かった。

 

 

「も、もう一回、しましょ!」

「いや、もう無い」

「そ、そうですか」

「……お前の気持ちには気づいている。だが、それに応える時ではない」

「は、はい」

「まだまだ、俺の強さは至っていない。俺の物語も終わっていない。だが、もし、俺の歩みが終わった時、答えを出す。だから、焦るな。焦ったところで答えはでない」

 

 

 ……か、カッコいい……。

 

 

「は、はぁい」

 

 

 自分でも自分が今、だらしない顔をしているのが分かった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「フェイ」

「マリアか」

「これ……チョコレートよ」

「……味が違うのがあるな」

「うん! そうなの! 二つの味を入れているの!」

「そうか」

 

 

 マリア(リリア)がフェイにチョコをあげた。いつもと変わらぬようにフェイはそれを食べる。

 

 

「……悪くはない」

「美味しいって言って欲しいわ」

「……美味しい」

「ありがと、そう言ってくれたらまた作りたくなるわ」

「……」

「また、作るからその時は食べてね」

「……そうだな」

 

 

 

◆◆

 

 

 ユルル師匠とマリアにチョコ貰っちまったぁ。あの二人はヒロインだからくれるとは思ってたけど。

 

 そう言えばアーサーもくれたな。普通に美味しかった。アイツはチョコじゃなくて、ハムレタスサンドだったけど。

 

 

 

「フェイ様ー!!!」

 

 

 あ、久しぶりのモードレッドだ。

 

「フェイ様フェイ様! 今日は愛する異性にチョコを渡す人言う事で指名手配されているブリタニア王国にわざわざ来ましたわ! ささ、この惚れ薬入りのチョコを受け取ってくださいまし!」

「……」

 

 

 異物混入をしていると自ら言ってくるとは……食いたくねぇ。不味かったらいやだな。

 

 

「……まぁ、構わないが」

 

 

 逆に惚れ薬程度に主人公である俺の意志が負けるって言うのが正直想像つかない。だから、食べてやるよ

 

 

「わくわく! わくわく!」

 

 

 惚れ薬入りでも俺は惚れないからな。試しに食べてみる。うん、普通。チョコって感じのチョコだな。

 

 あ、あれ、モードレッドの事が……俺――

 

 

――特に好きになっていない

 

 

「変わらんな」

「ですわよねー! たかが惚れ薬に効果があるとは思ってはおりませんが……」

「その程度で俺の魂は揺らがん」

「えぇ、寧ろ揺れ動いていたら冷めていたところでした。ですが、全く意に返さず、殴りかかろうとしてくるフェイ様素敵ですわ♪」

 

 

 あ、殴ろうとしてたのバレた? モードレッドはずっと俺をボコボコにしてるから一発いいかなって思ったんだけど

 

 

「でしたら、チョコよりも模擬戦を送った方がよろしかったかしら?」

「面白い」

「えぇ、かかっていらして? また、ワタクシに貴方を感じさせてくださいまし!」

 

 

◆◆

 

 

 

 ボコボコに負けた。モードレッドは満足げに俺の額にキスをして去って行った。腹立つなぁ。

 

 

『中々の奴じゃの』

 

 

 バラギもモードレッドには一目置いているようだ。

 

 

『自由都市で一目見た時から分かってはいたが、アヤツは相当の使い手じゃの』

 

 

 バラギの全盛期とどっちが強い?

 

 

『……ふむ……戦ってみないと少しわからない気もするが……わらわじゃろうな』

 

 

 ほぇえええええ。

 

 

 

『なんじゃ?』

 

 

 お前強いんだなぁって思ったらさ。ワクワクしてくる。俺は主人公だからさ。全員超えるのは確定してるし。

 

 どこまで俺が強くなるのか、わくわくする。お前とも戦って見てぇ。

 

 

『いずれ、体を奪って再現してやるから安心しろ……』

 

 

 そう言えばお前はくれないの? 一応バレンタインだけど

 

 

『いや、どうやってあげるんじゃ? わらわ普通に魂だけなんじゃけど』

 

 

 あ、そっか。魂オンリーにはバレンタインは厳しいよな!!

 

 

『お前の体を奪って作ってやるから、楽しみにしておくことじゃ……』

 

 

 おう、楽しみにしてるわ

 

 

 

 

 

 

 

 




――――――――――――――――――――

公式ラインをやっています! 活動報告に纏めているので是非ご覧ください。更新通知とかに使っているのですがかなり便利らしいです!

既に500人くらい登録してくれています!!

↓公式ラインURL


https://t.co/USz4Mk4LmM


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57話 兄の正体

 アリスィアと言う少女は円卓英雄記、外伝の主人公キャラとして存在をしている。それだけはどうしようもない事実として世界に刻まれているのだ。

 

 故に彼女に争いの火種がやってきた。

 

 彼女は再び自由都市に足を踏み入れた。彼女の隣にはフェイも居る。

 

 

「一緒に来てくれてありがと」

「俺も再びここに来る予感はしていた」

「都市内は騒がしいわね」

「そのようだな」

「それとそのお面似合ってるわよ」

 

 

 フェイとアリスィアは先日自由都市内では騒ぎの中心であり、顔も覚えられているので変装をしている。フェイはお面をかぶって、彼女は顔に布を巻いている。

 

 そのまま二人はフェルミの家に直行した。

 

 

「久しぶりだね、上がりな」

「入るわね」

 

 

 フェルミに案内をされて、久しぶりに彼女の家にあがる。変装を解いて、淹れて貰ったコーヒーを飲んだ。

 

 

「この都市で起きていることは聞いているね」

「うん」

「再び、この都市で殺人事件が起きている……それもかなりの数だ」

「……」

「今危ない時期なのにどうしてきたんだい」

「私が解決しようと思って」

「……なぜだい」

「……誰かが困っているから、とかじゃないわ。私には隣に居たい人が居る。その人に恥じない自分になりたい、心の底から成長をしたいから」」

「だから、荒事を解決をして成長したいと」

「そんな感じ」

「馬鹿だね」

 

 フェルミに馬鹿と言われながらもアリスィアは己を曲げるつもりはないらしい。フェイは何も言わずに自ら荒事に突っ込みたい存在だとフェルミは何も言わない。

 

 かくして、二人は再び殺人事件を解決するために動き出す。

 

 

「あれ? 貴殿たちは」

「あ、モルゴール久しぶりね」

「久しぶりー、なぜここに」

「殺人事件を解決しにね」

「そっか。僕もしようと思っているんだよね」

「え? なんで」

「うーん、昔、僕のお兄ちゃんが死んだ状況に似てるからかな」

「そうなの」

「心臓部分が抉られている死体が多かったり、無駄に派手な殺し方をするところがね」

「そっか、なら一緒に調査しましょ」

「うん。犯人は夜に動きやすいらしいよ」

「なら、夜に動きましょう」

 

 

 彼女達は夜に動き出すことに決めた。

 

 

◆◆

 

 

 

 フェルミの家で各々の時間を過ごし、辺りはすっかり夜になった。フェイ達三人は変装をして動き出す。

 

 殺人事件が多発しているがここは冒険者の都市。そこからバレずにずっと逃げ回っているとなると相当の手練れであることは予測できた。

 

「フェイ、サポートは任せてね」

「俺一人でいい」

「僕も居るからね」

 

 本当ならアリスィアとモルゴールはさほど濃い縁は出来ないシナリオだった。モルゴールは死んでしまうし、アリスィアも死んでしまう。

 

 だが、ここにはフェイが居るのであった。

 

 

「僕のお兄ちゃんの手がかりが掴めれば――」

「――懐かしい星元だな」

 

 

 モルゴール達の頭上から黒いローブを纏った男が降ってきた。首を数回鳴らして彼はモルゴールを見る。

 

「その星元、非常に懐かしい。嘗て、母と父がそのような波長であったのを思いだす。お前、名前は」

「……モルゴール」

「そうか……しかし、モルゴールか……俺に妹が出来たらそんな名前にすると言っていたな、どうりで似ているわけだ」

「……もしかして……貴殿は」

「ふむ、お前の兄にあたるのかもな」

「……名前を教えて」

「モーガン」

「ッ!」

 

 

 モーガンと言う名前が出た瞬間に彼女は風の魔術を構築した。圧縮した風は槍のように鋭く彼に飛んでいく。

 

 

「おいおい、兄に向かってなんだよ」

 

 

 槍は彼の手のひらに溶けた。大きな竜に蟻が食べられるのと同じようにあっさりと消えてしまった。

 

「ちょっと、モルゴール。あんた落ち着きない」

「この人、僕のお兄ちゃんを殺した人だッ」

「え……」

「お母さんとお父さんが言っていた。義理の兄のモーガン。星元を奪って、家を滅茶苦茶にして姿を消したって」

「俺の能力の使用上仕方ないんだよ。俺は星元を奪える、奪えるなら奪って強くなりたいだけだ」

「お父さんの腕まで奪っておいて……()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

「俺に逆らったから腕を飛ばした。それだけだろ」

「謝れッ!」

「嫌だね」

 

 

 再度、風が彼女の手に凝縮される。手の付近だけ空間が歪むように軋み風が収束し、発散される。

 

 

「ネオ・ネビュラストーム」

「上級魔術が使えるのか……大した妹だな!!」

「黙れ、妹じゃない!!!」

 

 

 鎖のように風が複数伸びていく。しかし、モーガンの手に吸い寄せられて魔術はまたしても消失をした。

 

 

「モルゴール落ち着きなさい。相手に魔術は通じないみたいよ」

「わかってる……」

「魔術を吸収するのかしら」

「星元を奪ったり出来るらしいから。魔術を無効化できるかもしれない」

「もっと早く気づきなさい。意味ないことして、星元無駄にして」

「ご、ごめん」

 

 

 アリスィアがモルゴールを嗜める。アリスィアもモーガンが異様な能力があるという事に気づいたのでモルゴールを止めたのだ。

 

 無駄に魔術を打ってもこちらが体力を消耗するだけであり、相手に優位な状況を作ってしまうからでもある。

 

 だからこそ彼女は冷静に止めた。そして、アリスィアも彼女と同じように構える。モーガンと名乗った男はクスクスと笑いながら今度はアリスィアを見た。

 

「そうか、その黄金の金髪、その顔立ち、お前がアリスィアか」

「まさか、貴殿の兄も!?」

「いや、私の兄は関係ないと思うわね。あんな奴知らないし。そもそも私の兄は見つかったし」

「えぇ!? 聞いていない」

「もうどうでも良い事だから、言ってなかったわ。王都ブリタニアにいたけど話さなかったし」

「え、ええ、僕と温度差違いすぎない? お兄ちゃんを一緒に探そうとか互いに言ってたのに……」

 

 

 モルゴールはアリスィアと自身の温度差に驚きちょっと冷静になった。目の前には親の片腕を奪った、そして兄の仇。

 

「アンタの兄って、本当に死んでるの?」

「その可能性が一番高いらしい。でも、絶対って訳でもないから探してた」

「100あれば99の確率で死んでるよ。そいつ、だって、俺が星元奪ったんだから、赤子の時にな。その後はどうなったかは知らんが……死体も魔物に喰われただろ。自然に争う術もない」

「……落ち着きなさいよ。揺さぶってるだけ」

「わ、分かってる」

「揺さぶってるつもりはないぜ。聞かれた事に答えて、補足で教えてやっただけだ」

 

 

 モーガンは余裕を見せながら携えている剣を抜くこともなく、佇んでいるだけだ。しかし彼から溢れている星元が雄弁に語っていた。

 

 自らは強い存在であると。わざわざ向かう必要がない。

 

 

「星元を奪うと言ってたから、今までの分が蓄積されてるってわけね」

「その通りだ。アリスィア。お前の星元も奪うように言われている」

「あら、そう。アンタみたいなのに名前を呼ばれるのは虫唾が走るわね」

「あぁ。それで……()()()()()()

 

 

 モーガンがふと疑問の声を上げた。ここまでの会話で一切、会話に混じることなく一石を投じることなく、一人無機質な表情で全てを見ていた男に注目した。

 

 

「名乗ってどうする? 茶会にでも誘うつもりか」

「ほう、口は達者だな、おい!」

 

 

 

  舐めた口を聞いたフェイにモーガンが視線を強める。自然と辺りの空気が重くなる。モーガンの体から星元が溢れている。

 

「俺の強さを甘くみたな。見せてやろう。奪い、器の限界値まで強さを満たした俺の強さをな」

 

 闘気のように溢れ出て、場を彼の強さで満たしていくようだった。彼はゆっくりと両手を広げた。

 

 

「素晴らしいだろう? これほどの星元を持っている奴がいるか?」

 

 

 溢れ出る、吹き出す。モーガンの体は七色の星元で満たされている。星元が漏れ出し、突風のように土煙が舞った。

 

 

「大してお前は星元が見窄らしいな。全くないと言っても過言ではないように見えるが」

「そういうお前は本質を理解していない、ただの脂肪に見えるがな」

「くはは、俺が本質を理解していないか! 言うじゃないか。だが、俺からするとお前こそ理解していない」

「戦ってみれば分かる。どちらが力の本質を持っているかは」

「確かにな。だけど、先に言っておいてやる。お前は俺に負けて、言葉すら聞けずに死んでしまうからな」

 

 

 ゴゴゴと更にモーガンの圧が強くなる。更に星元の勢いが強すぎて風が吹き荒れる。フェイの前髪が激しく揺れた。しかし、彼の表情は至って平然そのものだ。

 

「覚えておけよ。星元こそ正義、星元こそ力。俺はこの力で自らの器を全て満たしている。万に一つ、負けはない」

「その矜持、俺が叩き壊す」

 

 

 モーガンと名乗る男とフェイの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

「私達は邪魔になるわね」

「でも、僕の仇だし……」

「私達がいたら余計面倒な事になるわよ。ここは任せておきましょう」

「え、でも」

「良いから、邪魔になるのがわからない? 相手も強い、フェイには及ばないけど、あそこは別領域なのが星元で分かるでしょ」

「だから、フェイは星元がなくて」

「大丈夫」

「なんで、そう思うの?」

「大丈夫、だってフェイだから」

 

 

 

■■

 

 

 大量の星元を纏いながら、モーガンは手を振り上げた。彼の手からは超高音の熱線が放射される。

 

 夜であったのに昼と錯覚するほどに高エネルギーが放たれていた。

 

 偽証された昼を壊すようにフェイもまた一刀両断で応戦する。自らが持っている通常の刀。なんの変哲もない刀であるが、真っ直ぐ鍛治師が鍛え上げた刃。

 

 それに加えて、フェイ自身も器を限界以上に鍛え上げている。二つが相まって偽の昼は再び夜に戻された。

 

 

「へぇ、今の魔術を斬れる奴ってどれくらい居るかね……」

「遊びはいらない」

「確かに、悪いな。思ったよりも出来るようだったからさ。だけど、これまでだぜ。大口が叩けるのはな」

 

 

 モーガンが地面に手を付いた。

 バキっと、罅割れるような、そこ冷えするような音が聞こえた。

 

■■

 

 おいおい、擬似・夜壊し(サン・レーザー)を生身で斬りやがったぞ。確かに俺の切り札ではないが、多少の驚きはあった。

 

 

 単純に()()()()()と言う芸当を出来るのは素直に感心する。いや、関心どころじゃねぇな。

 

 どういう神業だ? あの刀も何か特別な効果を付与しているように見えない。魔剣でもなさそうだ。

 

 ただの星元が無い雑魚だと思ったが……なるほど、確かに大口を叩けるほどの実力は持っているらしい。

 

 

「もうちょっと強めに行くぜ。次も叩いてみろ、大口を」

 

 

 だからこそ、惜しいな。星元がコイツは少ない。俺の量が多すぎると言うのもあるがな。

 

 もし、コイツにまともな量の星元があればもっと、高みに登れていただろうな。世界で指折りの強者であったはずだ。

 

 

 そう、本当に残念だ。俺の手下にもなれる可能性もあったかもしれない。

 

 この世界は星元が全てなのだ、故に俺に遥かに劣る。俺は地面に手を置いた。そして、

 

「━━ノーザン・ブレイン(凍土緊迫)

 

 

 地面から中心にどんどん凍っていく。そして、生み出された氷は相手を凍らすまでどこまでも追っていく。

 

 あの黒髪の男は強靭的な身体を持っている。しかし、全方位から氷が追ってくるこの状況は逃げられないだろう。

 

 

「……追尾してくるか」

「流石に気づくのは早いな。だが、どうする?」

 

 

 流石にあの氷を斬ることはできないだろう。出来たとしてもあの量を捌ききれない。

 

 

「鬱陶しい術のようだが……」

 

 

 まさか、あれを斬ろうと言うのか? 蛇のようにしつこい氷を全て斬れるはずがない。

 

 しかし、それらをアイツは切っていく。

 

 

「ほぉ、剣の腕は……もしかしたら、子百の檻によって作られた英雄の剣筋に相当するか」

 

 

 ここまで剣の腕を持っているのが名が知られていないのが不思議ではならないが。だが、名のある者が知られずに死んでいくのも仕方あるまい。

 

 相手が悪すぎた。

 

「俺じゃなきゃ、お前に星元がもう少し常人ほどあれば……一矢報いられただろうがな」

 

 

 

 どう考えてもあれだけ追ってくる氷を純粋な身体能力だけで、躱わしきることが出来ないだろう。

 

 

「余興はいらん」

 

 

 躱しながら、余裕の笑みを浮かべている。空元気というやつだろう。この魔術は単純に相手を凍らせる。それだけじゃなく、ずっと追尾をする事によって体力を削る。

 

 

 いずれ……氷り、いや、これでは埒があかないな。どうやら思っていた以上に体力を持っていたようだ。

 

 

 しょうがない。あっちにいるアリスィアとモルゴールを狙うか。アリスィアは星元を奪えと言われているので凍らせておくのがちょうど良い。

 

 

 氷が今度はあっちにいる二人を狙う。

 

 

「私達を狙ってきたわ! 逃げるわよ!」

「ぼ、僕も戦える」

「ばか、逃げろ!」

 

 

 アリスィアの星元は普通とは違うらしい。未だ、覚醒の時が来てないだけとか、あのジジイは言っていたが。

 

 全く、その片鱗も、強さもアリスィアは感じない。

 

 だったが、それより先にフェイとか言う男だ。俺の推測通りアリスィア達を庇うようにフェイは走り出した。

 

 自分だけが回避するならまだしも、庇うためなら一直線に向かわなくてはならない。

 

 捕捉するのが容易だ。氷も全てが一つに向かい、全て終わる。氷をほとんど切るが全ては無理だったか。

 

「庇わなければ、己の片腕と片足が凍ることもなかったのに、バカなやつだ」

 

 

 フェイの片腕と片足には俺の氷魔術によって凍結されていた。右利きなのだろう、右手が凍ってしまってはどうにもでき……

 

 

「ッ、邪魔だ」

 

 

 氷を無理やり剥がした、なんと言う身体能力、人間か!? 剥がすときに自身の肌も一緒に剥がして、醜い腕に変貌をする。

 

 

 

 足も氷を無理やり剥がすか。なんだ……コイツ。身体能力がどうなってる。確かに純粋な肉体が凄まじい人間がいたりはする。

 

 だが、魔術を介していない。

 

 

「お前、永遠機関、若しくは子百の檻で改造でも受けていたのか?」

「知らん」

 

 

 記憶がないのか、それとも惚けているのか。

 

 

「じゃ、その身体能力はどうやって手に入れた」

「己をただ鍛えただけだ」

 

 

 嘘だな。そんなはずがない。人間がこの境地にただの修行で辿り着けることはないのだから。

 

 つまりは、俺と同じで改造して、若しくはなんらかの細胞を埋め込まれている。

 

 これが答えだな。それを言わないと言うことは言いたくないのか、バレたくないのか。

 

 どちらにしろ、改造されている俺と同じような感じか。

 

 

「いや、いや、これほどとはな」

「どうした?」

「お前のことが少し気に入った。素晴らしい提案をしよう。フェイ、俺と一緒に英雄になろう」

「断る」

「まぁ、聞け。俺はいずれ英雄となるらしい。そう言われて育った。故に俺はあらゆる者から星元を奪ってきたんだ。全ては俺という英雄の器を満たすためだ」

「どうでもいい話だ」

「しかし、今感じた。お前のその圧倒的な肉体強度、俺の手下にしてやってもいい」

「無論、そんな話は受けない」

「ふむ、残念だ。ならば殺すしかない」

 

 

 

 まぁ、手下になど最初からそんなつもりないがな。会話で何か少しでも探れればと思ったが

 

 この男、よく見ているとどこかで見覚えがあるような気もする。

 

 

「どうした」

 

 

 腕の皮が剥がれているが表情にも痛みを出さないか。

 

 マジで、コイツはなんだ。痛覚を消した人形を作ったって、あのジジイが言ってたがその系統の存在か。

 

 

「そろそろ、無駄話はいいだろ」

 

 

 あの男はそう言って、錘を外した。服の下や腕につけていた物を下に置くとズシンと音が響く。

 

 

「まだ、上があるのかッ。その体には!」

「もう、届いてるぞ」

「がはッ」

 

 

 既に、な、殴られているだとッ、逃げ回る姿は俊敏であると言う評価を下した。しかし、今は違う。

 

 この男は、神速だ

 

 

「ここまでかッ、ただの人間がこの領域に入れるかッ」

 

 

 

 魔術で強化をしている様子がない。見えないように隠蔽して使っているわけでもない。

 

 本当にここまで改造や英雄の細胞でも作れるか……。あのジジイもこんなのを作ったなら言っているはずか。

 

 俺達が知らないはずがない。

 

 

 完全なる天然の異分子と、考えずらいがそうなのか。だとするならここで消しておくべきか。

 

 完全に。この異分子がいると計画に支障が出るだろう。ここで消しておくのが最優先だろうな。

 

 

高次元肉体(フルメタル・ビルド)

 

 

 自身の肉体を鋼鉄以上に硬くする魔術。それだけじゃない、身体強化魔術を掛け算する。器を完全で力で満たすことで完成する圧倒的強さの極致。

 

 

「ふふ、ここまでさせたのはお前で二人目だ」

「そうか。それは不運だな。二人でお披露目会は終止符が打たれる」

 

 

 そう言いながらフェイが俺を殴る。しかし、流石に鋼鉄魔術に加えての身体強化魔術、改造手術、細胞活性化。全てをしている俺には効かない。

 

 金属音だけが俺の耳に心地よく響いた。

 

 

「今度はこっちの番だ」

「……」

 

 

 ぶっちぎりで強いのは俺なのだ。あの男を殴ると顔面が軋む音がした。

 

「最強の力を魂に刻め!」

「……」

 

 腕、足、腹部、とりあえず骨は折り、砕けるほどに殴っておいた。指も反対方向に折っておいた。

 

 だが、それでは油断できない。

 

 まだ、殴っておく。体力は残したくない。

 

 ほぼ、勝負はついてると思ったが、俺に対して殴り返した。ボロボロの腕と鋼鉄の腕、そこから繰り出される拳が激突する。

 

 バキバキと残り骨が砕ける音。もう終わりのはずだろ。

 

 どうして、ここまで抗うのか。

 

「ふは」

 

 そして、楽しそうに微笑むのだ。血だらけの顔は子供のようにニコニコしているようだった。

 

「まだ、、まだ、終わりはない、いや、果てもないか。だが、今確信した、俺はお前を喰える。そして、超えられる」

 

 

 血を吐きながら語るその言葉によからぬ威圧感を感じた。

 

「お前は既に俺に、喰われている」

「ほざけ、死にかけがッ」

 

 言葉に魔術詠唱の効果がある訳ではない。だと言うのに言葉には凄みがある。一切の疑惑がないと目が訴えてくるのだ。

 

 

「いける」

 

 

 一息ついて、あいつの周りに透明の揺らぎが見え始めた。身体強化魔術を使っているのが分かった。

 

 しかし、なぜこのタイミングで使う。

 

 それに格好も不恰好だ。あんな術師と星元が足並み揃わない魔術はみたことがない。

 

 

「どちらにしろ、俺はお前を殺すだけだ」

「できん。俺は何があろうと生きる。そして、誰であろうと勝つ」

「そうか、遺言として聞いてやるよッ」

 

 

 俺とフェイという男の殴り合いが始まる。魔術強化だけのアイツと、あらゆる強者の要素を掛け算している俺では馬力が違う。

 

 ━━そうだ、わずかに恐怖を抱いたが負けるはずがない。

 

 アイツに殴り返され、俺が殴る。それを何十回も繰り返した。

 

 ━━いくら凄みがあっても、

 

 

 只管にアイツは殴ってくる。星元で身体強化を無理やしているのだろう。血管が破裂するように血が流れている。

 

━━勝てないわけがない

 

 

 そうだ、もう少しで俺の勝ちのはず、負けるはずがない。だから、あと十回でも殴れば終わるはずなのだ。

 

 あと、七回、いや、七十回か、それとも七百回か!?

 

 

「こいつ……イカれてやがる!」

 

 

 何度も何度もゾンビのように立ち上がる。それだけじゃない。強化魔術をバカみたいに使いやがって!

 

 

 こうなったら、コイツの残り滓の星元も奪って魔術を使えなく……

 

 

 いや、なんだこれは!? 奪えない! コイツの星元は、残りカスすぎて奪えないぞ。

 

 こんなことは今までありえな━

 

━━いや、一度だけあった。

 

 

 奪った相手からは何度も奪えないというルールがある。つまり、この男から既に俺は奪っていた。いつ、一体どこで!?

 

 

 俺はいつコイツから星元を奪った!

 

 

「ま、まさか、お前はモルガ」

「俺は俺だ」

 

 

 俺の体の鋼鉄をただの拳が打ち壊した。

 

 

「お前の鋼鉄はただのメッキだ。それは真理じゃない、他者から奪ってもそれは己の力にはならない。故に俺が勝つ」

 

 

 メッキが剥がれるように何度もラッシュを喰らう。血の雨でも振ったように足元は汚れている。

 

 

 この、この、この野郎。こんな化け物に負けるのか。ありえない。俺がこんな落ちこぼれに。

 

 

 モルガンに負けるなど。

 

 

「この、化け物がッ」

「それすら、俺には生温い評価だ」

 

 

 だめだ、この男の強さは俺には絶対奪えないッ。何がこの男をそこまでしたのだ!?

 

 メッキが剥がされ、俺は拳によって闇に叩きつけられた。

 

 

 

 

■■

 

 

 

 

 いやー、モーガン君は久しぶりの強敵でしたね!

 

 最初は修行のつもりで錘をつけたりしたんだけど。これは強敵だからちゃんと戦わないといけないっ思ったんだ。

 

  

 それにしても強かったなぁ。戦いながらずっとワクワクしてた。実力的には俺より上だけど、格上を食う時って気持ちいんだよなぁ。

 

『わらわには格上には見えんかったがの』

 

 あれ? そう星元量とか凄かったけど。俺より多かったし。

 

『確かに戦闘経験や、星元の量はあっちが圧倒的に上だった。体術も使えるいわゆるエリートじゃな』

 

 確かに。

 

 

『じゃが、あやつは器が小さ過ぎた。自らの器を他人からの力で埋めようとした。それでは結局長期的な強さにはなれない、短期的には強さは得られるがの』

 

『あやつは自分を壊す度胸がない、今の自分を壊してでも新たな自分を獲得することを一度たりともしなかった。如実に力の差が最後に現れた。あの戦いの結末はそれだけじゃな』

 

 

 へぇ、解説ありがとう。流石は相棒ポジ、分かってるな。

 

『あの程度の輩に手傷を負って、気絶するとは情けないの』

 

 確かに、もっと強くならなきゃいけないのに気絶したのはダサいな! これからはもっと頑張るかな!

 

 

『皮肉じゃ、まともに捉えるではない』

 

 

 俺はモーガンという男に勝った後はいつものように気絶をしたらしい。気絶は主人公からしたらルーティーンみたいなものだしな。

 

 

 帰るまでが遠足、戦って気絶するまでが主人公みたいな感じだよな。さてと、背筋を伸ばしてベッドの上から体を起こす。

 

 

「すやすや」

 

 

 アリスィアが看病をしてくれていたのだろう。ベッドのそばで手を握って寝ていた。

 

 

「ん、フェイ。起きたのね」

「あぁ」

「うん、ならよかった。体の調子は?」

「問題ない」

 

 

 安堵しながらこちらに笑みを浮かべてくる。コイツ、良いやつだな。

 

「あ、そうだ。モルゴールがあんたに話があるらしいわよ」

「分かった」

「私も話あるんだけど」

「なんだ」

「ありがと、守ってくれて」

「ふん、礼が謝罪だったら殴っていた」

 

 

 いつも、ごめんなさいとか言うからな。素直にありがとうと言えるのは良いことだ。

 

 

「ふふ、それじゃあ、精がつくご飯作ってくるわ」

「そうか」

 

 

 アリスィアは消えた。そして、入れ違いになるようにモルゴールが入ってきた。表情は微妙な感じだ。

 

 

「おはよ。起きたんだ」

「あぁ」

「座っていい?」

「これは俺のベッドでない。好きにしろ」

「じゃ、座るね」

 

 

 彼女はなんとも言えない空気を出しながら、頬をかいた。

 

「貴殿は、強いな」

「当然だ。だが、まだまだ俺の強さは果てがないことが証明された」

「そっか。あ、あのさ、モーガンが、貴殿のことを一瞬だけモルガンって、言ったんだ。き、聞き間違いかもしれないけど。どう思う?」

「確かに言っていたな」

「そ、そうだよね! もしかして、貴殿の星元が極端に無いのって、モーガンに奪われてさ。それでさ、もしかして、僕の、お、お兄ちゃんかな?」

「違うな」

「え? あ、そうなんだ」

「その通りだ」

「そ、そっかぁ。いやいや、もうちょっと考えてよ! もしかしたらそういう可能性もあるんじゃない!?」

「ないな」

「だから、ちゃんと考えてよ」

 

 

 モルゴールは美人だ。だが、戦闘能力そこそこで、キャラも強くない。正直言えばパッとしない。

 

 こんな薄いキャラクターが主人公である俺の妹であるはずがない。

 

 

「熟考した」

「本当に? 昔星元奪われた、僕のお兄ちゃんでモルガンじゃないのかな?」

「違う」

「そっか。だったらさ! 僕のお父さんとお母さんに挨拶してよ! それで何かわかるかもしれないから!」

「断る」

「えぇ!?」

「俺は暇じゃない。訓練がある」

「え、えっとね。も、もしかしたら、何か良いことがあるかもしれないし」

「断る」

「……どうしても、だめ?」

 

 

 上目遣いになった。ふむ、可愛いけど。マリアとかに比べると薄いなぁ。感情が全然動きしない。やっぱりモブ寄りの子だろうな。

 

 

「だめだ」

「うぅぅぅ」

「鳴き真似しても無理だ」

「い、色仕掛けとかなら」

「通じると思うか」

「うん、通じないと思う。じゃあ、どうすればいいの!」

「諦めろ、それと俺はお前の兄じゃない。他を探せ」

「え、えぇ。でも、気味悪い目つきとか似てるよ?」

「俺の方が気味が悪いだろう」

「自分で言うんだ。と、とりあえず、どうしても来てもらう! け、決闘だ! 僕が勝ったら貴殿には一緒に来てもらうよ!」

 

 

 決闘か。なるほど、それならば面白い。コテンパンにして、諦めてもらおう。俺も暇じゃないのでな。

 

 

「よーし、決闘だ!」

「構わんが」

 

 俺達が決闘をしようとした、その時。

 

「大変じゃ!! フェイ、お前さんに客が来ておる!」

「失礼する」

 

 

 ふむ、誰だ。後ろの高身長イケメンでいかつい顔をしている男は。

 

「オレの名は、自由都市最強レギオン、最高組合(バルレル)の団長。パトリックだ」

「どうでもいい。強者にしか興味がないのでな」

「嘘、貴殿は世間知らずだな。パトリックといえば自由都市最強の戦士だ」

「ほぉ、面白そうな男だ」

「手のひら返し早いな、貴殿は」

 

 

 一瞬だけ誰だよ、と思ったが最強と聞いては喧嘩を売るのが主人公だ。喧嘩をしよう、

 

 さぁ、喧嘩だ!!

 

 

「今日は君にいい話を持ってきた」

「喧嘩だな」

「違う。君に我がレギオン、バルレルへのスカウトだ」

 

 

 フェルミは口を開けている。モルゴールも驚いている。

 

 

「あ、あのパトリックが自ら誘うなど聞いたことがないぞ。あたしも長いこと生きているが、こんな場面を見ることができるとはねぇ」

「ぼ、僕も驚いた。バルレルは物凄い厳しい試験をクリアしないと入団できないのに、そこの団長が直々にスカウトに来るなんて」

 

 

 

なーんだ、喧嘩じゃないのか。じゃあ、つまらないから断ろう。




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58話 お前は人間じゃねぇ!!

 フェルミ、と言うお婆ちゃんが居る。彼女は自由都市の中でも最高峰レギオン。ロメオの元団長でもあった。

 

 彼女を知るものは誰もが敬う。そう言うほどの人物でもあった。しかし、フェイを始め、アリスィア、モードレッド。彼らは一向に気を使わない。

 

 普通に居候をしたり、失礼な態度を取ったりする。

 

「あの、相談があるんだけど」

「お前さんも気づいたら居候をしてるねぇ」

「あ、はい、すいません」

 

 フェルミの前にはモルゴールが座っていた。テーブルの上にはコーヒーが置かれている。

 

 

「あたしに何が聞きたいんだい? 老いぼれには何も良いことは聞けないよ」

「あの、フェイについてなんですけど」

「フェイがどうしたんだい」

「あの、僕とフェイって兄弟に見えませんか!?」

「見えないね」

「ええー! で、でも、彼の妹って僕みたいな感じだと思いません!?」

「思わないね」

「ええー!!」

 

 

 モルゴールは驚きという表情だった。彼女はフェイが自分の兄ではないかと疑っている。当の本人であるフェイからは否定をされたが、彼女はいまだに疑っていた。

 

 

「あたしとしては、あの子は尋常ではない化け物の子だと思っているからね。アンタみたいな普通の子と同じ腹から産まれたとは到底思えないよ」

「確かに彼は人間じゃないと思える時はある。でも、そうじゃなくて、モルガンって言ったんだ! モルガンって、彼のことをモルガンって!!」

「勘違いだったんだじゃないかい」

「ち、違うわい! 絶対に言った。よくよく考えてみれば目つきだって似てるし!」

「アリスィアがあの小僧のことを兄と呼ぶのと同じだね」

「彼女とは違うよ! アリスィアはただ、親しみを込めて言っているだけ、僕は本当に兄と思っているの!」

「そうは言うけどね。どうしてもあの子とお前さんが血が通っているとは思えないさ」

「も、もういいよ。本人に聞きに行く」

 

 

 モルゴールはフェルミでは埒があかないと思い、コーヒーをぐいっと飲み干して、席を立った。

 

 

(確かに、似てるのって目つき位しかない。でも、確かにモルガンって言っていた。モルガンは星元を奪われてしまった。奪った本人がそうであると認識していたなら、ただの目つきが似ている男女と結論づけるのは早計ではないか)

 

 

 モルゴールはフェイの元へ向かった。フェイは今、包帯ぐるぐる巻きでベッドで寝ている。

 

 

「お、お邪魔しまーす」

「なんだ」

「ちょっと、話あるんだけど」

 

 

 フェイはモーガンとの戦闘で怪我をしているので未だに包帯を顔中に巻いていた。片目だけが僅かに見えている状態。

 

 

「貴殿は、もしかして、僕のお兄さ」

「違う」

「ちょっと、まだ言い切ってないじゃん!」

「俺がお前の兄のはずがないだろう」

「わ、分かんないじゃん!」

「いや、絶対にない。俺の妹がこんなにも軟弱者であるはずがない」

「そ、そうかな? うーん、でも、一回僕のお父さんとお母さんには会ってほしいな」

「断る」

「断るの早くない? あ、僕が連れてくれば良いのか。うん、そうしよう」

「どうでもいい話は終わったか?」

「酷いな、あ、そういえばレギオン、バルレル。その団長さんの話は断ったの?」

「即答で断った」

「うわぁ、勿体無い。『バルレル』って言うレギオンはね。本当に凄い冒険者連合(レギオン)なんだよ。フェルミさんが元団長の『ロメオ』と同じくらい凄いんだよ。四大冒険者連合(レギオン)の一つなんだよ」

「お前はその四大の元団長の家に居候をしているようだがな」

「あ、そうだった。いや、貴殿とか、アリスィアとかモードレッドさんがここに何事もなく居るから、つい」

「それで、話は終わりでいいのか」

「いや、もうちょっとしようよ。パトリックって言う団長は物凄い強さに飢えてて、厳しいんだ。入団試験は聖騎士になるよりも難しいって言われてるし。自分から他者を勧誘するなんて滅多にない。だから、驚いた、君を誘うんだもん」

 

 

 

 モルゴールはフェイに語りかけながら、じっと彼の姿を目におさめる。黒髪、目つきの悪い目、どことなく自分に似ている。

 

 

 それだけじゃなく、彼女は自身の父親とフェイを重ねて見比べていた。

 

 

(やっぱり、似ている。お父さんに)

 

 

「つまらないから、断った。それに俺ほどの器が収まる集団にも見えんしな」

「えぇ、凄い啖呵切るね。お父さんはこんな事とか絶対言わない性格だしな。でも性格って遺伝しない気もするし」

「まだ、疑っているのか」

「だって、疑うよそりゃ。ずっと両親が探してた人かもしれないし。こうなったら、僕と戦おう、そう言う話をしてたしね」

「構わん」

 

 

 戦いとならば、喧嘩という事であればすぐさまやる気になるフェイは彼女よりも先に、部屋を出た。

 

 

 外は暗く、僅かに肌寒い。とある自由都市の空き地に二人は向かい合っていた。

 

 

「そういえば怪我は大丈夫なの?」

「お前に心配されるほどやわじゃない」

「そう」

 

 

(彼の強さは、圧倒的な身体能力。でも、怪我してみたいだし、手加減をしたほうがいいのかな? いや、彼のいう通りそんな心配するほど彼は弱くないよね)

 

 

 モルゴールは剣を抜いた、彼女は魔術と剣術を駆使して戦う、近距離と中距離を得意としている。

 

 

 しかし、これまでのフェイの戦いを見てきて、彼の人間離れてしている部分を沢山見ている。

 

 

「ちょっと、何してるのよ」

 

 

 戦いが始まる寸前でアリスィアが二人の元にやってきた。彼女はちょっと怒っているという表情だ。

 

「フェイは病み上がりなんだから、模擬戦とかはダメよ」

「俺が病み上がりじゃない方が少ないだろ」

「そういう問題じゃないの」

「丁度いい、お前も入れ。二体一だ」

「ダメ。やらないし、やらせない」

「……」

 

 

 フェイは無言で刀を抜いた。止められても関係ないと言う彼らしい行動だった。

 

 

「もう、心配してるのに」

「アリスィア、僕も彼と戦ってみたいから」

「まぁ、フェイなら人間離れした回復力はあるけど。もう、だったら私も入る! 仲間外れみたいで悲しいし!」

 

 

 しょうがないと言うより、最早ムキになって彼女も剣を抜いた。

 

「よし、かかってこい」

 

 

 冷たい表情で語るフェイであるが、彼の眼光はいつも以上に鋭く、畏怖を植え付けるほどに迫力があった。

 

 

「フェイはすごく強いわよ」

「うん、知ってる」

 

 

 アリスィアとモルゴールはフェイに向かって走り出した。フェイはジッと待って二人が間合に入った瞬間に抜刀する。

 

「はっや!?」

 

 モルゴールの剣が先に抜刀術で飛ばされる。彼女の目は驚愕という感情で埋まっていた。

 

 

(目を閉じていなかったのに、閉じていたのと思うくらいに全く見えなかった……!? 視力を星元で強化すれば視認の可能性あったけど、彼だってまだ使っていないわけだし)

 

(やっぱり、人間辞めてるよ。この人!?)

 

 

 モルゴールは剣を飛ばされたので、攻撃手段がない。仕方なく風の魔術で応戦する。

 

 一方でアリスィアはフェイに剣戟で勝負を挑んだ。

 

 

「フェイ、負けないわよ。これで勝ったら、一個言うこと聞いてもらうから」

「やれるなら、やってみろ」

 

 

 

 アリスィアが剣を振るが、フェイにあっさりいなされる。技術と言うより、反射神経が段違いだった。

 

 

 しかし、ここでアリスィアに異変が起きる。星元によって彼女は身体を強化していたのだが、それが徐々に強くなる。

 

 

 今までよりも、更なる強化、と言うより急激な覚醒をしたかのように星元量が爆発的な上昇を見せた。

 

 

(アリスィアって、あんなに星元量あった!? あんな出力は異常だよ! でも、それを同等以上の力で抑える彼の筋肉!!)

 

 

(早くて見えない。風の魔術もどこにぶつけて良いのかすら分からない……)

 

 

 アリスィアの超常的な成長にフェイも気づいていた。だが、モードレッドやアーサー、彼女達に比べるとアリスィアはまだまだ劣る。

 

 

「温い……」

「ッ!」

 

 

 振り下ろそうとした彼女の手元をフェイが抑えた。あまりの力強さに彼女の手が痺れる。

 

 

(嘘でしょ、全く動かないんだけど。流石フェイと言うべきかしら? こりゃ、どうやっても一撃与えるのも難しいわね)

 

 

「降参するわ。これ以上やっても意味なさそうだし」

「……」

 

 

 不完全燃焼という表情で黙って、彼はフェルミの家に向かって歩き出す。残されたアリスィアとモルゴールには敗北者の冷たい風が吹き抜けた。

 

 

「ごめん、風の魔術を打つタイミングがなかった」

「良いわよ、ありゃ無理」

「勝ったら何か言う事聞いてもらうって言ったけど」

「結婚してもらおうかなって思ってた」

「無理でしょ、それは! 決闘で結婚は!!」

「何それ? ギャグのつもり?」

「いや違うけど!」

「あ、そう」

「そんな簡単に結婚決まらなくてよかったよ。そういえばアリスィア、星元の量増えてない?」

「そうね。なーんか。体の調子が異様に良いのよね。なんでか知らないけど」

「そっか。成長期なのかな?」

「さぁ? どうかしらね。モードレッドとかに比べたら、全く意味ないし。フェイにも通用してないし、それで、モルゴールはフェイと戦ってみてどう?」

 

 

 モルゴールはううんと一度唸ってから、言葉を絞り出した。

 

 

「やばい、意味が分からない。くらいに強い。対面すると異次元な感覚がする。外から見た時も凄いけど」

「モードレッドが身体能力なら世界最高峰って言ってたしね。でも、星元がないのが弱点」

「そう、星元がないんだよ」

「何?」

「あの人ってさ、僕のお兄ちゃんかも知れないんだ!」

「バカ言ってないで、フェルミの家に戻りましょ」

「本気だから!」

「いや、フェイは私の鬼ぃちゃんだから」

「いやいや、それこそないよ。顔とか全く似てないし、貴殿の髪の色は金色。彼と僕は黒色!」

「そういう事じゃないのよ」

「そういう事でしょ! それに兄はブリタニアに居たって、言ってたじゃん!」

「あぁ、血縁者の方ね。居たけど、もうどうでも良いのよ。母親に認められたいとかもう、無いし」

「えー、何それ……まぁいいや。でも僕と彼は」

「血は通ってないでしょうね。似てないもん。フェイは人間じゃ無いって感じだし。アンタは真っ当に人間しているから似てないわ。ほら、下らないこと言ってないで夕食食べましょ」

「え、えぇ? 誰も信じてくれない……」

 

 

 誰一人として、フェイと自分の血縁関係を認めてくれないのでモルゴールは少しだけ、落ち込んでしまった。

 

 

 

 しかし、彼女は諦めない。彼女の勘が言っているのだ。彼と自分は血が通っていると。

 

 

 そして、自分の兄であると!

 

 

■■

 

 

 

 自由都市には冒険者がいる。冒険者とはダンジョンに潜り魔物を倒し、魔石を回収し換金をする。

 

 そして、冒険者達に依頼を発注し、換金など対して仲介的な役割を担っているのが、冒険者組合(ギルド)である。有名な冒険者になるとギルドから大きな依頼を発注したり、VIP対応があったりもする。

 

 さらに、冒険者達が独自に徒党を組んで大きな派閥グループとなるが冒険者連合(レギオン)

 

 数多のレギオンがあるが、自由都市において最も強く、大きな力を保有している四つ存在する。

 

 有名な内の一つは『ロメオ』が挙げられる。バーバラが現在団長を務め、彼女の弟が副団長である。かなり名は広く冒険者なら誰もが憧れている。

 

 しかし、誰もが知る『ロメオ』よりも総合力や、団員の質が一段階上と言われているのが、

 

 

団長(パトリック)率いる最高組合(バルレル)。である。

 

 

 入団試験が難関すぎる、少数精鋭のギルドだ。『円卓英雄記』DLCコンテンツにおいても活躍をしている。

 

 パトリックと言うキャラは男気溢れて、渋めのキャラが人気キャラであるのだ。だが、彼は死亡してしまう。

 

 

 彼が死亡する理由は最高組合(バルレル)の崩壊が原因だ。副団長の裏切り。そこから破滅への序章が始まるのだ。

 

 

「アリスィア、と言う冒険者を確保しろ」

「はい、わかりました」

「成功をすれば例の力を渡す」

「ありがたき幸せ!」

「副団長であるお前も、パトリックを超える力を手に入れられるだろう」

 

 

 

 とある闇の中、バルレル副団長ハッシュと言う男がアリスィアの確保を命じられていた。

 

 それを命じた人物は、すぐさま闇へと消える。残されたハッシュは拳を握る。彼の目は執念が渦巻いていた。

 

 

 

 

■■

 

 

「アリスィア待ってよ」

「遅いわよ、モルゴール」

 

 

 アリスィアとモルゴールは買い物をする為に自由都市を回っていた。フェルミの家で食べる夕食の食材を探す。

 

 

 しかし、その途中でアリスィアが何かに気づく。

 

 

「何あれ……」

 

 

 都市の上空そこから青紫色をした不気味な水溜りが発生した、それが滝のように地上に流れて行く。

 

 

「魔術結界だ!」

「え!?」

「あれ、魔術結界だよ。結界内の出入りとかを出来なくしたり、状態異常を付与できたりする魔術。固有属性を持ってる誰かが発動したんだ! アリスィア逃げよう!」

「わ、わかったわ」

「まだ、結界は完成してない! 急げば範囲内から逃げられるかも!」

 

 

 二人で魔術結界が完成する前に離脱しようと走る。空からは泥のように重たい水が落下していく。二人が結果外から出る前に魔術は完成した。

 

 牢のように壁が二人を阻む。

 

 モルゴールが魔術を壁にぶつける。それを見てアリスィアも火球を生み出すが壁に僅かな穴すら開かない。

 

 

「ダメだ。完成してる、しかもかなり高純度な結界……」

「高純度な結界?」

「相当な魔術使いが作ったのかも、でも、これ、禍々しい感覚もある。こんな勝手に展開して、マナー違反どころじゃない」

「良からぬことを考える外道がやったってこと?」

「その可能性は高いかも」

 

 

 行く先を阻む壁、それから感じる良からぬ気配から不穏な空気感が流れる。その勘が不幸にも当たる。

 

「外道か……否定はしないが失礼な話だ」

「「……!!!」」

 

 

 

 二人の後ろ、彼女達を壁と挟むように一人の男が立っていた。二人はその男の顔に見覚えがあった。

 

 

 

「貴殿はバルレルの副団長。ハッシュ、さん、ですよね? まさかとは思いますが、この魔術結界は貴方が展開したのですか?」

「違う、と言って信じるか?」

「いいえ、信じません。アリスィア、多分戦闘になる」

「分かってるわよ」

「アリスィア、君が僕と一緒に来てれれば何事もなく終わるんだが。この結界も君を逃さない為なんだ」

「行くわけないでしょ、バーカ!」

 

 

 アリスィアとモルゴール二人で共闘の準備に入った。すんなりと二人は言葉を交わさず共に戦うことを選んだ。

 

 

 しかし、アリスィアの体に異変が起こる。

 

 

 

「アリスィア?」

「ッ、体が熱い……星元が制御できないッ」

 

 

 

 自身の胸を抑えて、彼女は苦しそうだった。その様子を見てハッシュは目を見開く。

 

 

 

「確かに恐ろしいほどの星元。永遠機関が目を付けた。光の巫女の力か……」

「大丈夫?」

「大丈夫、行けるわ。戦える……」

「アリスィア」(よくよく、考えたらアリスィア最近調子悪い時多かった。何か体に変化が起こってるのかな? それに凄い汗、顔も熱があるのか熱い。それと同時に星元が異常なレベルで迸ってる)

 

 

 本来のゲームの流れであれば、そもそもモルゴールは既にモーガンに殺されてしまっていた。

 

 アリスィアは一人でハッシュと戦うことになる。自身の体の異常に気づきながらも身に余る星元を使い、ハッシュを倒す。

 

 彼女の外伝主人公としての、主人公覚醒イベントとも言える。

 

 しかし、この戦いでゲームオーバー可能性もあるのだ。戦いながらゲームでは選択肢が提示される。

 

━━星元が溢れる、制御できない……!!(選択肢提示)

 

━━星元を可能な限り抑えて剣術で戦う◀︎

━━体が壊れてでも無理やり魔術を行使する

 

 

 星元を抑えて戦えば彼女はゲームならが負けて、永遠機関に連れていかれバラバラに解剖されてしまう。

 

 そして、今、アリスィアの頭にはこの選択肢に似たような二択の考えがあった。

 

 

 

(星元が多すぎる、制御が無理。抑えて近接戦闘? それとも無理やり魔術を使う? 制御をミスって魔術を使ったら体がぶっ壊れるかもしれない)

 

 

(どうすれば)

 

 

 彼女は迷う。迷っている間にもハッシュは剣を抜いた。彼の周りには禍々しい闇の星元が渦巻いている。

 

 

 それに彼女の中にある『光の星元』が過剰に反応をしている。力が引き出されるように、彼女の星元は止まらない。

 

 

(こんな量、扱えるわけがない。近接で)

 

 

 彼女が死地の選択を奪おうとした、次の瞬間。

 

 

「かはッ」

 

 

 ぐさり、と生々しい肉が裂ける音が聞こえる。何事かと思って目を見開くとハッシュの腹から刀が突き出されていた。

 

 彼の後ろから何者かが刀を刺したのだ。

 

 

「お前、どっから現れた!!!!」

 

 

 後ろから刺したのは黒髪に黒目、フェイだった。ハッシュは刺されたがすぐさま、後方に向かって魔術で生成した黒炎を放つ。

 

 

 フェイは炎を見切り、躱しつつ刀を引き抜く。致命的な一撃かと思われたが刺し傷は凄まじい速さで回復した。

 

 

貴殿(フェイ)、どうやって結界に入ったの?」

「破った」

「嘘でしょ?」

 

 

 モルゴールは結界を破ったと言うフェイの発言に絶句した。フェイのセリフに絶句したのは彼女だけでなく、ハッシュもだった。

 

 

(待て待て待て、あれは闇の星元を使用した()()()()()()()()()()だぞッ! しかも俺は結界内の星元を把握出来る。なのに、刺されるまで一才気づかなかった!!)

 

 

 表情には出さないが内心で驚愕をするハッシュ。そして、フェイの顔を見て思い出す。

 

 

(団長が目をかけていた例の少年か、義眼持ち。一時期新聞で読んだ、アリスィアを庇い追放しろとかも騒がれていた)

 

 

 フェイは呼吸が荒く辛そうなアリスィアとモルゴールの前に立って剣を構えた。射殺すような視線、呼吸すらすることは躊躇われる。

 

 ハッシュは自由都市最高峰の冒険者。そして、最高ランクレギオン副団長でもある。そんな彼でも闘気から警戒をせざるを得ない。

 

 

(いや、どうやって魔術結界をこいつは超えた? 結界内の星元を完全に把握出来る俺の背後を完璧にとれた事も気がかりだ)

 

 

 フェイが来たことで安堵し、腰がぬけるアリスィア。胸を抑えながら苦しそうにしている。

 

「フェイ、私、今星元が使うのがキツくて……あとを任せてもいいかしら?」

「あぁ」

 

 

 振り返らず敵だけを見据える彼をみて彼女は安堵をする。しかし同時に悲しくもなった。こんな状況でも彼は前しか向かないことに、しかし、そのひたむきさが彼女が愛した男の背中だった。

 

 

「君がフェイか」

「そうだ」

「僕の事は知っていると思うけど、一応自己紹介は必要かな」

「お前など知らん」

「へぇ。バルレル副団長である僕を知らないとはね」

「興味もない、また一つ俺が超えた墓標が増えるだけ」

「……ッ」

 

 

 フェイは動かない、ジッと待っている。只管にハッシュが動くのを待っていた。

 

 

(こいつ、僕が動くのを待っているのか。アリスィアは回収が命じられている。最優先にこの男を殺すか…!?)

 

 

 動こうとしたその時、彼の中の脳内に大警報がこだまする。踏み込んだ瞬間に自身の死が浮かんだ。

 

 

(な、んだ? 今のは……あの男の間合いに入ろうとした瞬間に己の血が溢れる風景が浮かんだ、錯覚?)

 

 

 

 ふと、自身の肌に触れた。しかし、血は出ていない。ならばあの浮かんだイメージはなんだったのだろうか。

 

 

(迂闊に入れば、こっちがやられていたとでも言うのか……? ふざけるなよ、僕は闇の星元にすら自らを犯したと言うのに!!)

 

 

 

(いいや、今のは錯覚だ。間合いに入り、首元を捻じ切ればいくら身体能力が高いあの男でも……)

 

 

 しかし、彼はそこで気づく。フェイが全く動かないことに何か意図があるのかもしれないと。

 

 

(いや、待て。あの身体能力、そして、あの眼力。尋常ではない。本来ならば遠距離戦で魔術を展開して様子を見る選択がある。だが、あの男の後ろにはアリスィアが居る。傷つけれて回収をするわけにはいかない)

 

 

(それが分かっているからこそ、あの男は動かないのか!? こちらの目的に先回りし、自らの得意な近接に強引にでも持ち込もうと考えている……?)

 

 

(考え過ぎ、とは言えない。あのパトリックが目をつけた程の強者。それに結果内に侵入をしてきた経緯もある)

 

 

(いやいや、落ち着け。僕は闇の星元を扱える、再生能力がある。近接でも負けるはずがない)

 

 

「ッ!?」

 

 

 長い思考の最中、唐突に意識が目の前の存在に持っていかれる。フェイは既にハッシュの間合いに来ており、拳を振り上げていた。

 

 

 

(は、速い! 魔術発動の兆候すら、いや、まさか、そもそも魔術を使っていない!?)

 

 

「ガフッ」

 

 

 殴られ、吹き飛ばされるがすぐさま傷が癒える。今度はこちらの番と殴り返すが再びフェイの攻撃が入る。

 

 

(この男、()()()()()()()()()()()!!)

 

 

(ただ、速いだけではない。この間合いの極端な狭さ、そのせいで攻撃の出所がぶれるッ。適切な間合いならばここまで迫られるとは!!!)

 

 

 応戦しよとするが再び、今度は蹴りが入る。

 

(この男はどうやって、僕の攻撃を読んでいる!? まさか、微かな予備動作だけで相手の動きを把握できるのか? 度胸、観察眼、身体に対する理解、圧倒的な戦闘経験でもなければそんな芸当は絶対にできないだろ!?)

 

(再生が、追いつかないッ)

 

 

 再生をするごとに星元は消費される。無限に再生をすることなどは不可能だった。生半可な付け焼き刃が通用するのは所詮、それまでの存在。

 

 

 閃光のような一時(ひととき)だった。

 

 

 既に彼は倒れていたのだ。星元も尽きていた。

 

 

(圧倒的な身体能力(フィジカル)、爆発的に速度増す肉体(フィジカル)、間合いを完璧に見切れる動体視力(フィジカル)

 

 

(ここまでになるのに、()()()()()()()()()()……)

 

 

 負けを悟る、ハッシュの頭の中には団長であるパトリックのが浮かんだ。幼馴染だった彼等、共に強くなり世界一の冒険者になると誓った。

 

 しかし、パトリックは強くなり過ぎた。あまりに差が出来てしまったことに対する劣等感と嘗てのライバルから興味が薄れていくことによる怒り。

 

 超えるためには、外道になろうとも彼は力を欲する。

 

 

 だが、彼は理解をしてしまったのだ。

 

 

 本物がいると言うことを。

 

 

(一体何度、僕を世界は絶望に叩きつける……ッ! 外道に落ちて尚、上を見せるか!!!)

 

 

 

 眼がゆっくりと閉じていく。既に(フェイ)は先に進んでいた。彼を見ず、真っ直ぐ、只管に去っていく。

 

 

 去り際の背中は決して到達できないと思えるほどに、遠かった。

 

 

 

■■

 

 

 パトリックとか言う団長からの勧誘はマルチぐらいの価値しかなさそうだったので断った。

 

 と言うかさ、俺を勧誘するなら先ずは喧嘩して欲しい。

 

 喧嘩して、俺が負けたらさ。従ってもいいよ?

 

 おや? 倒したフェイが仲間になりたそうにこっちを見ている。みたいな感じになれるかもしれないし。

 

 というかバルレルっていうレギオンがそもそも魅力的に見えなかったから、断って正解かな。

 

 

 腕立て伏せをしていると、上空に何やら謎の雲が発生する。あれの正体は全く知らないが、主人公である俺のイベントが始まったに違いないと走り出す。

 

 

 泥水色の魔術的な奴が地面に落ちて自由都市の一角を覆っていた。

 

 

「パトリック様、この魔術結界は!?」

「何者かが、作ったようだ。しかし、ふッ!!! 俺の攻撃でもやぶれないか」

 

 

 その大勢のモブキャラでは結界は破れないだろうな。ちょっと移動をして結界に触る。

 

『魔術結界か……かなり、偏った効果をしておるな』

 

 

 バラギは解説役も兼任してくれているので助かる。

 

 

『星元を拒絶する効果、しかもそれを極端に高めておる。なるほど、あの自由都市最強とか言うパトリックが入れない訳じゃな』

 

 

 はぇー、解説分かりやすいなぁ、ふむふむ、なるほど……つまり、どう言うことだってばよ?

 

 

『星元持ちを強く拒絶、持っている星元が多ければ多いほど相乗効果がある。ここまで偏った効果で結界を展開したと言うことは、かなり計画的な犯行と言うことじゃ』

 

 

 ふーん、なるほどね、つまり、どう言うことだってばよ?

 

 

『闇の星元と言う奴じゃろうから、光の星元で破るか。それが無理ならお主のような星元少なめには絶好の結界と言うわけじゃ。拳で破れ。星元で強化した体だと、結界に吸われる』

 

 

 ほーい、ヨイショ!!!

 

 

 拳で思いっきり殴ったら、結界に穴が空いた。すぐさま走り出して、内部を見回る。

 

 

 走っていると、アリスィアとモルゴールと誰かが居た。いかにも悪役っぽいのだが、俺が近くにいると言うのに全く気づかない。

 

 おいおい、主人公である俺がいるのにオーラが分からないとか、三下じゃん。

 

 

『とりあえず、後ろから刺してやれ。闇の星元はアイツじゃ。話を聞く限り、碌な奴でもなさそうじゃ』

 

 バラギも言っているし、ずっと話していて、気づかないので後ろから刺してやった。

 

 

 その後は、いつものように体術、フィジカルゴリ押しでボコボコのボコにしてやりましたと。

 

 

『ノリが軽いのー。あれ、まぁまぁの敵じゃと言うのに』

 

 

 アリスィアが苦しそうにしてるので、戦いの余韻を感じれないよね。いつもなら振り返って、あの殴られたが効いたな!

 

 とか、あそこでちょっとピンチだよって感じのbgmからの、勝ち確のアニメopみたいなの流して欲しいとか感想あるんだけど。

 

 

 アリスィアはいつも看病してくれてるからな、今回は俺がしてあげるよ。俺は義理堅い主人公なのだ。

 

 

 

「はぁ、はぁ、鬼、ぃちゃん(フェイ)

 

 

 アリスィアがうわごとのように何かを呟いている。兄を探している奴ら多いなって本当に多い。

 

 モルゴールは俺の妹を勝手に名乗るモブキャラだし。円卓英雄記というノベルゲーはそういうのがトレンドの時代に生まれたのか?

 

 等とどうでもいいことを考えている暇ではない。熱が出ているアリスィアの看病してあげなくてはいけない。

 

 おんぶして、フェルミの家に運ぶ。ベッドに寝かせて、汗を拭いたり、着替をさせたり……

 

 そっか、いつもこんな風に世話をしてくれていたのか。これからも存分に迷惑をかけてしまうだろうな。

 

 強者との戦いは絶対あるしな、でも、感謝は忘れないぞ!! これまでありがとう!

 

 

『いや、心配かけないように上手く立ち回るべきじゃろ』

 

 

 それは無理だね、俺主人公だから。絶対気絶するぐらいの戦いや大怪我するバトルは控えてるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 



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59話 アリスィアは一応乙女ゲー主人公ポジ&幕間

 アリスィアは目を覚ました。自身は看護服のような白い布を纏っていた。ベッドの上で体を上げる。

 

 

「うぅ、私……」

 

 

 頭を抑えながら先刻の時間を思い出す。荒れ狂うほどの内側からの衝動、力の本流。流されないようにするだけで精一杯だった。

 

 

 しかし、その中で僅かに感じていた。暖かい光。

 

 

「起きたか」

 

 

 心から湧き上がる想いに、心臓が跳ね始めていた。その鼓動が低い声音によってより大きく跳ねる。

 

 

「フェイ」

 

 

 横には腕を組んで椅子に座っているフェイがいた。彼はアリスィアの様子を見ると立ち上がり、去って行った。そして、そのタイミングで入れ違いになるようにモルゴールが入ってきた。

 

 

「あ、起きたんだ」

「うん。色々世話をしてくれたみたいね」

「僕もしたけど、一番頑張ってたの、僕のお兄さんだよ」

「うん、あんたの兄じゃないけど。フェイが頑張ってくれたのはなんとなく分かる。あのフェイが、私のために色々してくれたなんて……お礼をしないといけないわね」

「うん、僕のお兄ちゃんだけど」

「あ?」

「あ、はい、なんでもないです」

 

 

 アリスィアが自らの腹からドス黒い威圧の言葉を発する。それを聞いて身を縮ませてモルゴールは黙りこくった。

 

 

「お礼を言いに行ってこよ!」

 

 

 アリスィアは飛び起きて、部屋を出て行った。モルゴールは彼女がいなくなると肩を下ろして、息をめいいっぱい吸った。

 

 

「お兄さん、お兄ちゃん、なんか違うな……お兄様? あー、これがしっくりくるかも」

 

 

 あの時、フェイの戦っている姿に手が震えていた。声が出ていないのに口が開いてしまっていた。

 

 あの瞬間、心の奥底から尊敬の念が溢れていた。

 

 

 圧倒的なまでの実力、胆力、行動力。全てが今までであってきた存在達を超えていた。これまでの彼の行動や姿、全てが尊敬に値した。

 

 

 彼が兄かもしれない。

 

 

 という思考から、

 

 

 彼のような人が兄であったなら幸せであろう。

 

 

 という考えに変わりつつあった。人としても男としても、剣士としても敬意を持った。正義、と言う所からは外れているかもしれないが、人から心酔をされてしまうような魅力を秘めている。

 

 

「お兄様かぁ、ふへへ」

 

 

 

 モルゴールはフェイのことを想起して、思わず頬を上げてニヤニヤし始めた。手から汗が出るほど、緊張感があった。

 

 

「こんな感情初めてかな」

 

 

 

 初めて湧き出た感情に緊張をするが、ワクワクするような楽しみの方が強かった。手を握って、落ち着かないように足踏みをする。

 

 

 フェイと、彼を追ったアリスィア。自分だけがここに残っていることはできないと彼女も忙しなく部屋を出て彼らに向かって歩き出した。

 

 

■■

 

 

 

 円卓英雄記というゲームでは外伝が存在し、アリスィアが主人公だ。彼女が主人公であると様々な鬱展開があるが、同時に僅かな乙女ゲー的要素が存在する。

 

 

 アリスィアに対して好意を向ける男性キャラがいるのだ。一人はバーバラの弟であるライン。

 

 冒険者であるトーク(フェイによって既に本来の道とは違う感じになっている)。

 

 

 そして、自由都市にあるレギオン。その中でも最高峰のバルレルに新たに入団する。ゴジャクという男性キャラだ。

 

 

 ゴジャクは団長パトリックが自ら声をかけた唯一のキャラと言う設定だ。ずっとギルド職員として怠惰に生きていた彼であったが、彼の類まれなる才能に声をかけられ、入団する。

 

 アリスィアに出会い、恋に落ちたりするが最終的には死ぬと言う運命を背負っている。

 

 しかし、ここにパトリックが声をかけたもう一人の男が生まれてしまっていた。

 

 

 そう、フェイである。

 

 

 バルレルが自由都市に所有する本拠地、その場所にて一人の青年が他の団員を圧倒していた。髪は天然パーマのようにクルクルしており、髪に動きがある。

 

 猫背で緩めに剣を握り、気怠そうに空を見上げている。

 

 

「人生って、楽勝。冒険者って、簡単なんすね……」

 

 

 ゴジャクの周りにはバルレルの団員達が息を荒げながら倒れていた。自由都市の中で最高峰の強さを持つ団員達。しかし、そんな彼らを圧倒するのはフェイ達とさほど年齢差がない若手だった。

 

 

「剣も初めて握ったけど、振るのも簡単だし」

 

 

 彼はずっと、実家に引きこもっていた。自由都市の一角にある、寂れた一軒家。ニートととして、ずっとずっと才を見つけられることはなかった。

 

 そんな彼を、見つけた、パトリックは一眼で見抜いた。

 

 

 こいつは、文字通りの化け物。星元の量は海のよう、しかし、それを乱れない水面のように正確に操り爪を隠していた。

 

 そして、ゴジャクはそれらを無意識にしていた。

 

 そんな彼に対し、パトリックは声をかけた。最初はレギオンに入る理由はなかったが彼はパトリックという存在に興味を抱いた。

 

 

 圧倒的な強さを持つ男、溢れ出る強さのオーラ。否定が彼の強さに惹かれて肯定となった。

 

 

「試しに戦ってみろ」

「戦闘経験一度もないんだけど」

「構わない。ここの団員達にどこまで出来るか拝見させてもらう」

 

 

 

 パトリックが見ている前で、団員達と戦闘する。技巧はない、戦闘知識、経験もない。しかし、それらなんて

 

 無くても構わないほどの戦闘の才能。

 

 

 生まれながらの強者。

 

 

「案外、簡単なんだ。この世界。閉じこもっていても外に出ても」

「お前の才能は特別だ。特別であるが故に他が小さく、つまらないものして見えるのだろう」

「才能が全部なんだ、この世界。パトリックだっけ? あんたと俺が戦ったらどっちが勝つ?」

「オレだな。当分の目標はオレを超えるために戦うといい」

「ふーん、それでいいや。あんた以外は面白くなさそうだし」

「どうだかな。一人、面白い男がいる」

「だれ?」

「才能はない。だが、それ以上の歪な執念がある。その男とを交わればお前は更なる高みに手を伸ばしたいと感じるだろう」

「ふーん。才能がないんじゃ、あんまり意味ないと思うけど」

「……以前のオレならばお前と同じ考えだっただろう。ついてこい」

 

 

 パトリックは歩き出し、彼の跡をゴジャクは追った。

 

 

 

 

 

 

■■

 

 

 バルレルの拠点から徒歩数分、自由都市にある空き地にゴジャクはたどり着いた。着くと早々に異様に気付いた。

 

 黒髪の男が片腕を地面について、足を天に向けていた。重力によって片腕に負担がかかっていると思わせないほどに微動だにしない。

 

 

「誰?」

「面白い男だ」

 

 

 パトリックは一言で簡潔に表した。二人の気配に気づいていたがあえて何も言わず、口を閉ざしていたフェイは声を発す。

 

 

「用がないなら消えろ」

「ふっ、そういうな。今日は……少し頼みがあってきた」

「聞くと思うか?」

「聞くはずだ。オレにはわかる。強者との戦いに飢えているだろう」

「その横にいるのが強者とでもいうのか」

「オレの部下達が全員やられた」

「指標にならんだろう」

 

 

 

 背は向けたまま一切動かない。片手で体重を支えながら平然としている。ゴジャクは微かに怒りという感情を持った。

 

 

 全くというほどに興味がない、眼中にすらない、そもそも入れることを許していない。

 

 強さに対して興味ないし、極めているつもりもないがここまで無視されているとつっかかってしまった。

 

 

「アンタは結構強いの?」

「お前よりはな」

「戦ってみる?」

「……負け戦をするバカになる気があるならな」

「あっそ、だったら負け戦にしてやるけど」

 

 

  ようやく片腕から、日本の足で地面に立ったフェイ。軽く首を鳴らして、パトリックとゴジャクの方に振り返った。

 

 鋭い眼光と目が合った瞬間に威圧感が全身を包む

 

 

(こ、この人、やばいッ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 

(そうか、見てないから何も感じないだけで。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 口の中が一瞬で乾いた。毛穴が全身開いて汗が溢れ出す。こんなに毛穴があると分かったことが初めてだった。

 

 

 戦う前からでもわかる、勝負は決まっている。それを己が悟り、怯みが出た瞬間にすぐさまフェイは目を逸らした。

 

 

「もういい、落ちた鳥を踏むほど落ちぶれていない」

 

 

 

 すっとゴジャクの横を通り過ぎて、どこかに行ってしまった。ゴジャクは呼吸も荒くなっていたことに気づいて、尻餅をついた。

 

 

「やべぇのがいるんすね」

「あぁ」

「星元全然感じないけど、オーラがやばい。生物として死線超えてきた、生きる力みたいなのが全身から溢れてた」

「それに勘づいたお前はやはり天武の才がある。星元を全く感じさせないほどに操るお前と、星元を全く持たないが無いのを補って余る最強への理想。あの男は今のお前の先にいる、だが必ずこの出会いは良いものになるだろう」

「……とりあえず、レギオンには入ります。あんな強さになれたら世界がどんなふうに見えるのか。気になるから」

 

 

 

 

 無気力な少年は高みを目指すという目標を手に入れた。

 

 

「そういえば、お前彼女がほしいとか言っていたな」

「あぁ、言ったけど今はどうでもいいかも、化け物対峙するために実力をつけたいから」

 

 

 アリスィアに恋する√は覇道を目指すという√に上書きされた。

 

 

 

 

■■

 

 

 偽聖剣という武具が存在する。それは妖精族に現存する原初の英雄が使った剣のレプリカだ。

 

 偽物、というが伝説の剣の偽剣。

 

 本物同様、選ばれしもの、使うに値する存在にしか使うことは許されない。

 

 

 

「偽の聖剣ね……そういえば私の母親が聖剣がどうとか昔言ってたわね。今更どうでもいいけど」

 

 

 アリスィアの記憶の中の母親が聖剣に関することを話していた。

 

 

「剣術都市にて、偽聖剣の担い手を決める為に闘技大会を開くね。今更本当にどうでもいいけど、フェイとデートの口実にできそう」

 

 

 本来ならば、母親に認められたいと言う願望が強いアリスィア、その為に剣術都市に向かい聖剣を手に入れようとするのだが今の彼女にはどうでもよかった。

 

 

 いや、デートの口実が作れると言うほどには大事だった。

 

 

「フェイー、剣術都市で闘技大会と偽聖剣の担い手を決める催しがあるって」

「行くか」

「でしょー? 私も一緒に行くわ」

「俺だけが行けばいいと思うがな」

「もー、そうしてもいいけど、どこまでもついていくからねー」

 

 

 べた惚れしている彼女は目の奥にハートが浮かんでいる。愛が重いとすら自身で気づいていない。

 

 

 フェイは剣術都市にイベントがあるなと呑気なことを考えていた。

 

 

■■

 

 

 剣術都市最高!! 剣術都市最高!!!

 

 あらあら? 剣術都市には伝説の聖剣のレプリカがあるらしい? え? どう考えても俺用の武器じゃない?

 

バラギ剣の引退、かぁ。

 

 

『なぜじゃ!?』

 

 

 え? そろそろいいかなって

 

 

『よくないじゃろ!!』

 

 

 そろそろ飽きてきたよね。刀もほら、もういいかなって。そろそろ伝説の剣みたいなのほしいよね。主人公だし

 

 

『わらわを捨てるのか! 契約をしておるから意味はないが!!』

 

 

 今度、骨董品屋で売っちゃおうかな

 

 

『や、やめ、やめろぉぉ!! わらわの事を散々相棒とか言っておいて、鬼畜か!』

 

 

 伝説の剣が真の相棒だったのかもしれない

 

 

『おいいい!!!! だから、やめろ!!! 捨てるなぁ! 泣くぞ! わらわ泣いちゃうからなぁ!!』

 

 

 まぁ、捨てないけどさ。いつの間にそんなに好感度上がってたの? 俺から離れたくないみたいなこと言ってるけどさ

 

 

『はっ! わらわとしたことが……一体何を』

 

 

 バラギと戯れていると剣術都市に到着した。隣にはアリスィアが俺の腕に自分の体を絡めて歩いている。

 

 胸が当たってるけど、今更どうとも思わない。

 

 

 

 さーてと、いきなり伝説の聖剣を見に行きますかね。歩いていると人がたくさんいるところで大きな台座に剣が刺さっているのを発見した。

 

 ほぉ、立派な剣だ。僅かに見える刀身がゴールド色、柄は銀色。オシャレな青色のサファイアもついている。

 

 

 ふむ、俺が抜くに相応しい剣だな。

 

 

『そうか? わらわからするとただの剣じゃが。それにあの剣はお主には抜けんぞ』

 

 

 は? 主人公の俺が抜かなきゃ誰が抜くんだよ。

 

 

『あの聖剣はおそらく、光の星元に反応をする感じじゃ。モードレッド、辺りなら使えるじゃろうが。星元ないお主には無理じゃ。大人しくわらわの刀を使っておけ』

 

 

 そろそろ剣を新たに新調したいからなぁ

 

 

『わらわでは不満か?』

 

 

 まぁね。

 

 

『気を使ってそうでないといえ。満足していると言え』

 

 

 

 明らかに俺用の剣だ。しかし、すぐには抜かない。闘技大会が終わってから優勝者が抜く資格があるかどうか試せるらしいからな。今はまだ、抜かないし触らない。

 

 

 さーてと、闘技大会のエントリーに行ってくるかな!!

 

 

 

 

■■

 

 

 

 

 

 

 

 

1名無し神

そろそろ物語も佳境に入ってきたな

 

 

2名無し神

せやな。ラスボスが復活近そうな感じする

 

 

3名無し神

オウマガドギやっけ? 地震が多いって前から言われたけど復活が近いみたいな事やろ?

 

 

4名無し神

そやねん、因みにだけどフェイが闇の星元で闇堕ちするイベントもある

 

 

5名無し神

誰がするって笑?

 

 

6名無し神

アリスィアちゃんは結局どうなるの?

 

 

7名無し神

外伝だと死ぬ√沢山あるのは知ってると思うけど、クリアしても死ぬパターンが殆ど。マルチエンディングだけど、一番重要なエンド、偽の聖剣を手に入れて、光の星元に完璧に目覚めるのがある。

 

そしてそのまま、モードレッドに殺される

 

 

8名無し神

まじかよ!! なんでアリスィアちゃんが死ぬんだよ!!

 

 

9名無し神

まぁ、フェイがなんとかするやろ

 

 

10名無し神

せやな

 

 

11名無し神

モードレッドちゃんなんで光の星元狙ってるの?

 

 

12名無し神

ワイ知ってる、けどネタバレになるから少し控えて話す。光の星元を天然で持ってる人間ってこの世界だと一人もいないんや

 

 

13名無し神

人工的に原初の英雄アーサーの細胞を埋め込んでるんやっけ? それで覚醒してるってこれまでは言われてた

 

 

14名無し神

せや、人工の英雄を作ろうとしてるが、子百の檻って所。アーサーちゃん、モードレッド、ケイ、そして、アリスィアちゃんはここで光の星元を細胞を埋め込まれて手に入れたんや。

 

アリスィアちゃんはちょっと特殊やけどね。

 

 

15名無し神

ふーん、モードレッドちゃんは子百の檻を恨んでるから潰そうとしてるの?

 

 

16名無し神

違うで、それとトゥルーが居たのが永遠の命を求める為に作られた、永遠機関や。ここではアビス、闇の星元を中心に研究しとる。トゥルー君もここで闇の星元を埋められている。

 

 

 

モードレッドちゃんは永遠機関もついでに潰しまくってる。それがとある女の子と約束なんや。

 

 

17名無し神

だれ?その女の子

 

 

18名無し神

一回も出てきてない子やから、説明しても無駄や

 

 

19名無し神

おけ、アリスィアちゃんも光の星元だから狙われるって覚えておけばいいんやな

 

 

20名無し神

アリスィアちゃんとモードレッドちゃんの戦うところ見たくないんやけど

 

 

21名無し神

モードレッドが絶対勝つしな

 

 

22名無し神

あんまり永遠機関と子百の檻が出てこないのって、モードレッドちゃんが潰し回ってるからか

 

 

23名無し神

そうやね

 

 

24名無し神

それよりバラギちゃんは、どうなん? 推しなんだけど

 

 

25名無し神

フェイ君捨てようとしてたぜ

 

 

26名無し神

フェイ君、鳥みたいに自由やから

 

 

27名無し神

自分が言った事を一番信じてるくせに、前言撤回が早いと言う意味がわからない男

 

 

28名無し神

バラギちゃん焦ってたな

 

 

29名無し神

好きなのか知らんけど、どうなん?

 

 

30名無し神

気が許せるくらいにはなってるんじゃない? バラギって元々人に裏切られて、死んだって言ってたし、ずっとぼっちだったのかも

 

 

31名無し神

確かに、人との接し方知らなそう

 

 

32名無し神

ってか、両方とも人か?

 

 

33名無し神

フェイは人じゃないって言われても驚かない

 

 

34名無し神

バラギは鬼やろ?

 

 

35名無し神

元は人間の娘

 

 

36名無し神

バーバラちゃんは本当なら乗っ取られてたんやったな

 

 

37名無し神

乗っ取られたのがフェイでよかった

 

 

38名無し神

二人なんやかんやで仲良いしな

 

 

39名無し神

剣に人格があるって結構面白いよね。偽の聖剣にもあるの?

 

 

40名無し神

良いところに気づいたな、あるで!

 

 

41名無し神

おおー!!

 

 

42名無し神

原初の英雄の魂が入ってるんや

 

 

43名無し神

まじか!? 美女?

 

 

44名無し神

アーサーちゃんに似てる、まぁ、アーサーやからそうなんやけど。俺たちにとっては親しみがあるコミュ症アーサーよりかなり愛嬌ある

 

 

45名無し神

ややこしいなぁ

 

 

46名無し神

愛嬌ある、本物の英雄アーサー様ってことね。なるほど把握した

 

 

47名無し神

本物聖剣には誰かいるの?

 

 

48名無し神

精神二つに分けて、それぞれに入れてた気がする

 

 

49名無し神

ネタバレやめろや、

 

 

50名無し神

魂二つに分けて、それぞれ保存するって結構やってることがエグいなぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十章 終わりの始まり編
60話 偽聖剣の力


 アリスィアはフェイ、ついでにモルゴールは一緒に剣術都市にやってきた。ガヤガヤと盛り上がっている。

 

 伝説の聖剣、偽物とはいえそれを扱う者を選ぶのだ。当然である。

 

「あらあら、本当にすごいわね」

「僕、剣術都市来たの初めて」

 

 

 アリスィアとモルゴールは大量の人々をキョロキョロと見渡している。あまりの多すぎる人々、しかし、それらの人がさざ波がひくように道を開ける。

 

 

 

「……」

 

 

 何も言っていない、無言、であり無音。堂々と歩くだけで人が自然と道を開ける。王が通る道のように。

 

 

 フェイが歩くだけで、謎の圧力で人が消えていく。強者とはオーラが溢れ出してしまう。人が多ければそのオーラがかき消されてしまうこともあるが、彼ほどになれば。むしろ目立つ。

 

 一人一人が認識をしていけば、それは波紋が大きなると言うことだけ。

 

 

「うわ、すごい、さすが僕のお兄ちゃん」

「は?」

「え?」

「あ? アンタのお兄ちゃんな訳ないでしょ」

「いや、目つきとか似てる……から」

「私の方が似てるわ」

「それは無理があるけど」

「は?」

「あ、はい、似てます」

「そうでしょ?」

「あ、はい」

 

 アリスィアの圧によってモルゴールは黙った。フェイは気にせず進むのでアリスィアも着いていく。そして、一番賑わっている場所に辿り着いた。

 

 

「さぁさぁ! 伝説の聖剣を抜く資格を決めるトーナメントの受付はこちら!」

「そこか」

 

 

 フェイが真っ先に進む。

 

 

「ようこそ地獄の入り口へ。坊主、ここは子供の遊び場ではないぞ」

「地獄なら既に通ってきた」

「ほぉ、言うじゃないか。地獄を通ってきたとはな」

「フェイは強いんだからね! アンタみたいなのじゃ相手にならないわ!」

「可愛らしいお嬢さんだ。ふ、坊主決勝で会えたら教えてやるさ。お前は地獄の門番から許可を得ずに中に入っていたことにな」

「……ふ」

 

 

 微かに鼻で笑い、フェイは闘技場の中に入っていく。観客席に座り頑固一徹親父くらい渋い顔をしながら自分の出番を待った。

 

 

 両隣に花と言えるような可憐な少女が二人。

 

 

「アリスィアは出場しないの?」

「私はしないわ。参加するつもりだったけど、フェイが出るなら応援したいし」

 

 

 モルゴールとアリスィア二人がフェイを挟んで会話をする。特になんてことない会話をしているが、アリスィアが話している姿に周りがざわつき始める。

 

 

「あの子、めっちゃ可愛くない?」

「肌白いんだけど……腹立つわー」

「隣の男誰だよ。めっちゃスカしてるな」

「でも、あの人もちょっとかっこよくない?」

 

 

 男は見惚れて、女は嫉妬に狂うほどの美しさを持っているアリスィア。それは彼女も自覚している。

 

 しかし、意外にもフェイも女の子から高評価をもらっていた。顔つきは男らしい、筋力も申し分なくついている。

 

 

「行くか」

 

 

 そんな周りの視線や言葉を気にせず試合開始が迫っていることに気づいたフェイは、席を立って闘技場に降りていく。

 

 

 フェイの相手は受付で揉めた男であった。彼の名をシゲーノと言う。

 

 

「またあったな、坊主」

「あぁ」

「安心しろ、俺も鬼じゃない。ある程度、手加減はするつもりだ。殺しはしない、だがしかし、ここにきたと言うことはある程度の怪我は覚悟してもらう」

「互いに殺す気でやろう」

「なに?」

「これは英雄の器を測る剣、その選定を兼ねているのだろう。殺す気でこい、全てを蹴散らし俺が取る」

「ッ!!」

 

 

 

 シゲーノの全身の毛穴が開く。殺す、その意味を彼自信が今一度問われていた。コンビニに立ち寄るくらいの感覚で殺す事を容認している。

 

 

 それに戦闘前だと言うに以上に落ち着いた様子を見せている。

 

 

(こいつ、淀みがない。至って自然の状態で俺の前に立ってやがる)

 

 

 試合開始のリングがなる。それと同時にフェイが動いた。残像が見えるほどに素早い動きが迫る。

 

 ぐるりと右足を中心に体の軸を回して、左足での蹴りが放たれる。

 

 

「うぉっっ!?」

 

 

 思わず右手でガードをするシゲーノ。咄嗟に判断でガードができたのは彼の純粋な実力と言える。

 

 

(か、完璧にガードしたぞ!? だと言うのに腕が痺れる……)

 

 

 フェイに蹴られた右手は電流を流され続けているように震えていた。しかし、それを悟られないように不敵に笑う。

 

 

「今度は俺の番のようだな。お前の先ほどの蹴りも見事だったがな」

 

 

 シゲーノが右足にて蹴りを放つ。会場にいる殆どの者には動きが見えない。しかし、それはあっさりとフェイの左手に止められる。

 

 

(鉄骨か、この男の腕は! 巨大な鉛でも腕に仕込んでいるのではないか!!)

 

 

「ふん、多少はやるようだな」

「……」

「だが、惜しいな、俺には及ばない」

 

 

 

シゲーノは不敵に笑い、彼は自身の腕につけていた錘を外した。

 

 

「俺は全身に錘を付けている。本来であれば俺の圧倒的で危険な強さを抑える為に外さないが、お前にはその資格があるとみた」

「そうか。お前もか」

「なに?」

 

 

 フェイも全身につけていた錘を外した。落ちる時に砂埃が舞うほどに重い枷を外す。

 

 

「今度こそ、殺す気でこい」

「あ、あぁ、もも、もちろんだとも」

 

 

 錘をつけいたのは自分だけで、相手よりも実力が上だと思っていた。シゲーノは僅かに動揺を見せるがすぐに切り替える。

 

 

「さぁさぁ、こい、今度はお前が俺を殴りに来……」

 

 

 

 次の瞬間、彼は宙を待っていた。口の中に血の鉄の味がして、吹き飛ばされている。その事実に気づきシゲーノは目を見開くが驚きはしなかった。

 

 

(強い、これが……聖剣を抜く為に参加する戦士の力か。小僧を甘いと思っていたが、甘かったのは俺の方か)

 

 

 

 

■■

 

 

「あーあ、シゲーノも一回戦で敗退かぁ。結構強いんだけどね。相手が悪すぎたのかな」

「そうね、と言うかなんかよう?」

 

 

 シゲーノとフェイが大戦を終えたその後、アリスィアとモルゴールの近くの席にとある女性が座っていた。彼女は特にアリスィアに視線を向けている。

 

 

「あの小僧について知りたくてさ。話しかけてるの」

「あっそう」

「シゲーノは私の旦那なの」

「へぇ、そうなのね」

「だから、応援に来たのに一瞬で負けちゃってさ。がっかり。でも来年は頑張って欲しいから情報収集してるの」

「あら、そうなのね。でも来年はこの大会ないわよ。フェイが聖剣抜いたらこの大会も無くなるしね」

「どうかな。彼が聖剣に選ばれるとは限らないと思うけど」

「選ばれないなら選ばれにいく、そう言う男なの。私の旦那は」

 

 

(え? アリスィアって、僕のお兄ちゃんの旦那じゃないよね?)

 

 

 

 アリスィアの勝手に旦那発言に引っ掛かりを覚えた。しかし、何か言うと睨まれるので何も言わないことにした。

 

 

「それであのフェイって選手はどこ出身の人なの?」

「出身は詳しく知らないけど、ブリタニアで騎士をしているの」

「へぇ、聖騎士かぁ」

 

 

 シゲーノの彼女は聖騎士をしていた事を知るとあの強さにも納得という表情だった。

 

 

「でもね、フェイはね、聖騎士だから強いんじゃないのよ」

 

 

 アリスィア達の目線の先には準決勝を戦う彼の姿があった。縦横無尽にリングを駆け回る。空からは対戦相手の魔術が降ってくる。

 

 

「針の穴を通すように避けるか……」

「ふん、当然だけどね。フェイだもん」

「速さというより身体能力の高さに驚かされる。あそこまで急加速をしながら、同時に極端な停止もできるとはね。才能、の一言で片付けるべきではない。眼もすごくいい、片方が義眼とは思えない。視野の広さもピカイチだ」

 

 

 回る、廻る。凄まじい速さは対戦相手を貫く。一息すらつく間も無く決着は突然に訪れる。

 

 

 かすかに風が吹いて、フェイの髪が揺れる。勝者は当然のように佇んでいた。

 

 

「次は決勝ね。まぁ、フェイが勝つだろうけど」

「決勝かぁ。じゃ、私はシゲーノのところに行ってくるから。またね、彼女ちゃん」

「はいはい」

 

 

 彼女が去ると再びアリスィアとモルゴールの二人になる。

 

 

「フェイ決勝ね。応援しないと」

「そうだね。お兄ちゃ、じゃなかったフェイの対戦相手は誰なの?」

「ダイダロースとか言う剣士らしいわ」

 

 

「きゃあああああああ!!!!」

 

 

 唐突に悲鳴が闘技場に響き渡った。何事なのかと全員が声の発された場所を見る。すると一人の大会運営の女性が出てきた。

 

 

「た、大変です、ダイダロース選手が大怪我をしており……その現場に聖剣を頂くと言う文字がありました!」

「なんだと!!」

「大変だろ」

「聖剣って今どこにあるんだ?」

「大会運営が管理しているんだろ」

「既に盗まれています!!」

 

 

 

 ざわざわと決勝が中止になりそうな雰囲気に変わっていく。そして、伝説の聖剣のレプリカが既に盗られていた。

 

 

「フェイが既に聖剣を探す為に動いてるわ。私達も行きましょう」

「う、うん」

 

 

 

 誰よりも早くフェイは聖剣を取り返す為に動き出していた。そして、アリスィア、モルゴールも彼の動きを見て連なるように動き出す。

 

 

 

■■

 

 

 聖剣エクスカリバー。その名を聞いた事がないものはいない。原初の英雄であるアーサーが使っていたと言われている伝説の剣だ。

 

 

 その伝説は妖精族の国に存在をしている。しかし、伝説には奇妙な部分がある。それは聖剣に偽物が存在する事だ。

 

 

 

「あぁ、あぁ、嫌だ嫌だ。なぜこの俺が聖剣のレプリカを盗まなければならないのか。あぁ、あぁ。嫌だ嫌だ。面倒だ」

 

 

 

 ごりごりと地面が削れる音が聞こえる。聖剣は台座に刺さっており、彼は台座ごと地面に引き摺りながら運んでいる。

 

 

 髪はボサボサの痩せ細った顔色の悪い男性。目は虚で服も汚れている。そして何よりも目を引くのが大量の真っ赤な血痕が服に付着しているという事だ。

 

 まだ目新しい血の量、鼻の奥を刺激する鉄の匂いがしていた。

 

 

「この血の匂い、あぁぁあああ、吐き気がする……アリスィアを覚醒させるためにあのお方に頼まれはしたが」

()()()

 

 

 聖剣を運んでいた男の足がピタリと止まった。重力が何十倍も膨れ上がったかと錯覚するような殺気が向けられたからだ。

 

 

 剣術都市、闘技場から離れた地域はさほど人が少ない。さらには聖剣の担い手を選ぶ大会となれば殆どの人間はそこに行っている。

 

 しかし、低い声が上空から発せられる。煉瓦の家からフェイが見下ろしていた。

 

 

「アリスィア、じゃない。やれやれやれ。俺はアリスィアの相手をしろと言われているというのに。あのお方にアリスィアを。いや、お前……そうか、お前がフェイだな」

「あぁ」

「そうかそうか。お前がそうか。最近少しだけ話を聞いた。俺の名はシュリル。自己紹介をするのは人として当然だからしておいた。あぁ、あぁ、そうか、お前は殺しておくべきと言われている。だから殺しておくべきらしいな、あぁ殺しておくべきか」

 

 

 ギチギチとシュリルから軋む音が鳴る。彼の腕の中から骨が山岳状に飛び出した。それが枝のように別れ、葉脈のようになる。

 

 

白骨弓雨崙(ネビュラ・ボーン)

 

 

 

 多重に別れた骨の剣がふぇいを狙う。正面、真後ろ、左右から牢屋のように囲まれる。

 

 

「あぁぁあ、お疲れ様、おやすみなさい」

 

 

 目の前にいるフェイをすでに仕留めたと見誤った。骨の牢からは既に脱出はできないと。

 

 バキ、バキ、バキ。牢屋の鍵をこじ開ける音ではなく、上から更なる圧力で覆い潰すような重音が鳴る。剣戟による大粉砕。

 

 

「なんだと。あの牢を力尽くで振り切るか……」

「浅い」

 

 

 

 刀を納めるのと同時に何百分割された骨の残骸が落ちる。バラバラに、バラバラに骨は焼けるように散っていった。

 

「おぉ、現状で単純な人間がここまでか。人間の頃の俺よりも上だなぁ、アビスの細胞を持っていなかったら俺が負けていたなぁ」

 

 

 驚きながらも獰猛に笑い、シュリルの眼が紅に光る。憎悪に似た真っ黒な星元に包まれ体の大きさが膨れ上がる。

 

 

「俺は既に人間を超えている。妖精族、獣人族、人族。それら全てを超えたアビスの細胞を取り込み、そして適合をした最優の人類。それが魔人」

「魔人か」

「そうそうそうだ。俺は既に永遠機関が追い求めた。新たな人類だ」

「永遠機関。どこかで聞いた名だ」

「あぁ、そうだろうな、お前がアルファなどと関係を持ってたことは知っている。何人かも機関員を打破しているのも報告に入っている。今までは何とかできただろうが。俺は無理だ。俺は俺は俺は俺は、人間の完成、完遂、完全体」

「それが最優か。現状に満足してるお前が何の根拠を持って打破を宣言する? お前の横に聖剣があるのになぜそれを手中に収めない」

「聖剣は光の星元に反応をする。それすら知らないとは馬鹿なのか。馬鹿なんだな。聖剣はアーサーが使っていた光の星元に」

「笑止。理解の範疇で歩みを止めたその瞬間に成長はない。お前は最優すら程遠い」

「あぁぁぁ、言葉でならいくらでも言える」

「ふっ、ならば見せてやる。範疇の裏、新たなる可能性に手を伸ばし俺は掴む」

 

 

 

 フェイは微かに一息ついた。浅くであるが呼吸をして息を整える。その姿をこっそり見ていたアリスィアとモルゴールは驚きを隠せない。

 

 

「フェイが、鬼いちゃんが呼吸を整えてる。そうやるのね、この瞬間に。聖剣に手を伸ばすのね」

「お兄ちゃんが緊張するなんて……」

「アンタの兄じゃないって言ってるでしょ。フェイ、遂に聖剣を抜いて伝説になるのね」

 

 

 フェイはまたしても、俊足にて駆ける。思いっきり振りかぶって殴りかかる。呼応するようにシュリルも拳を向けた。互いの拳が激突して嵐に等しい突風が発生する。

 

 

 シュリルが吹き飛ぶ、反対にフェイはその場にとどまっていた。しかし、彼の腕は無理に強化した魔術によって赤黒く腫れている。

 

 

 だが、それを気にせずゆっくりと聖剣の台座に手を伸ばした。

 

 

「抜けるはずないだろう。それはな」

 

 

 吹き飛ばされたがすぐさま戻ってきたシュリルが笑っている。フェイはゆっくりと怪我をしている右手で聖剣の柄を手に取った。

 

 

 一秒経過する。二秒三秒と時間が経過する。

 

 

「抜けないな。あぁぁぁ、やはりそうだ。それは星元が」

 

 

 時間が止まったようにフェイは動かない。そして、次の瞬間、何かに気づいたようにハッとした。そして、

 

 

 剣が台座に刺さったまま思いっきり、振りかぶってぶん回した。台座の部分がシュリルの胴体に命中して数メートル吹き飛ばされる。

 

 

「がは、はぁ? なに、なになに? なにをしてる?」

「これが聖剣の本当の使い方だ」

「はぁ?はぁ? はぁあああああ? 意味がわからない。馬鹿なのか、聖剣を抜かずに台座を回して、がはあっ!?」

「黙れ」

 

 

 

 口を塞ぐように再び台座をぶん回して、ぶつける。本来であれば聖剣であったそれは丈の短い斧を扱っているになっていた。

 

 丈が短ければ台座が刺さっている聖剣は先の部分が重すぎてそう簡単に扱えない。しかしそれは常人であればの話でありフェイであれば問題ない。

 

 

「バカが、聖剣を台座に刺さったまま使うなど、用途ズレにもほどがある。本来の十分の一、いや百分の一すら力を引き出せていない!! 非効率、最優とは程遠い愚行、蛮行!! その剣は凄まじいエネルギーを秘めている!! アリスィアを手に入れさえすれば、あいつが」

「俺が使い、俺が決める。これが聖剣の真の力だ。聖剣が俺に応えた」

「それが、そんなバカなことが罷り通ることは許さん! 俺達は長い年月を得て体を作り細胞を研究した、それが、その研究の成功例である俺がそんなふざけた使い方の聖剣に負けて堪るか!!!」

「俺の聖剣と永遠の叡智、死ぬまで戦ってやる。俺もこの聖剣の力を、感触を確かめたい」

「聖剣の力など出てはいない!! ただ、台座を振り回しているだけだ!! がはっ!!?」

 

 シュリルは上から台座にて殴られた。

 

 

 

(俊敏、そして、重い!? これは聖剣の力? ではない!! 単純に固い岩を振り回してぶつけているだけだッ!)

 

 

(俺との拳の激突で腕が負傷をしている、その腕での振り回しで高火力を叩き出せるとはッ。遺伝子操作もせずに、細胞を適合をさせずに。強さの領域をここまで上げられる化け物ッ)

 

 

(これが細胞に適合したらどうなってしまうんだ。あのお方は、フェイという男は星元が空っぽだから闇の星元を埋める事での変化の研究も気にされていた……もし、俺が死体を手に入れれば献上をしようと)

 

 

(だが、だがだがだが、これダメだッ!! この男にアビスの星元、闇の星元を与えたら……)

 

 

(文字通り、永遠機関全てが潰される、飲み込まれるほどの脅威となりうるぞッ!!!)

 

 

 岩石をずっとぶん投げられ、常に脳震盪が発生する高火力攻撃。脳死超火力振り回し(バーサーカー)が繰り広げられる。

 

 

 

「ちぃ、くそが、あり得ん。あぁあぁ……メフィスト様……」

 

 

 

 

 最優の細胞適合者と台座フェイの戦いは後者に軍配が上がった。本来であればアリスィアが抜くはずであった聖剣が彼の手に渡り、アリスィアのストーリーイベントは殆ど消えた。

 

 

 

■■

 

 

 がはっははあああああああああああああああ!!!!

 

 

 聖剣が俺に応えちまったなぁ!!

 

 

『阿保が、あの聖剣とやらはお主に一切応えておらん』

 

 

 聖剣が抜けないから少しだけ焦った。だけど、俺は主人公だからな。どう考えても抜けないわけがないって思ってたら、世界一の俺の頭が思い付いた。

 

 

 抜けないのがデフォルトかもしれねぇ。台座がついたままだろうが関係ねぇ。

 

 

 俺が使えば最強だろ。主人公だし。これが本来の使い方なのかも知れねぇ。そう思ったら力が湧いてきた。

 

 やっぱり、聖剣が応えた!!

 

 

『その聖剣は何もしておらん、内側にいるわらわには分かる。一才の体の変化がない。力が湧いてきたというのはお主の思い込みじゃ』

 

 

 いーや、思い込みじゃねぇよ。これは聖剣の力だぜ。だって、ハンマーみたいに台座を使ったらあっさり倒せちまったからな。

 

 

『そんなガラクタ使ってないでわらわ使えよ』

 

 

 敵を倒した後も、バラギが五月蝿いので一度台座聖剣を地面に置いた。それと同時にアリスィアとモルゴールもやってきる。

 

 

「さすがね、フェイ。見事に聖剣の力を扱っていたわ」

「当然だな」

「そうねそうね」

「え、あれって聖剣の力を使ってたの? 台座を振り回してただけじゃ」

「は?」

「あ、ごめんなさい」

 

 

 アリスィアには俺がちゃんと聖剣を扱ったのが分かったようだ。モルゴールにはちょっとまだ分からないかな? アリスィアはモブだけど付き合い長いからね

 

 

「フェイ、ちょっと私も聖剣触ってみてもいい?」

「あぁ」

「ありがと」

 

 

 アリスィアが興味深そうに聖剣に触れた。次の瞬間、黄金色の星元が噴水のようにあたりに噴き出した。聖剣が台座から離れ、宙に浮いている。

 

 

「あら? なにかしら?」

「ふむ」

「え!? アリスィアに聖剣が応えたってことじゃないのこれって!?」

「「いや、それはない」」

 

 

 アリスィアと意見がとことん合うな。俺もそう思う、物凄い神秘的な光景になってるし、剣も宙に浮いてる。

 

 

 だけど、俺の方が選ばれる可能性高いし。アリスィアが選ばれたのではなく、俺が選ばれてたけど、ちょっと演出が遅れちゃっただろう。

 

 

「フェイ剣を取ったら?」

「そうだな」

 

 

 俺が剣を取ろうとしたら、剣がスッと避けた。は? 主人公である俺の手を避けるとか頭悪すぎだろ!

 

 偽物の聖剣頭悪くないか?

 

 

 おい、殺すぞ。避けるな。もう一回掴もうとしたら、避けるな。

 

 

 あー、やっぱり偽物の聖剣だから頭悪いんだろうな。本物の聖剣ならこんなことはないんだろうけど。

 

 まぁ、しょうがない。無理やり掴むか、強引に掴んでやった。フィジカル押しすれば簡単に掴めんだよな。

 

 

 

「フェイ流石ね、聖剣の光が消えていくわ。フェイの光に恐れ慄いているわけね」

「そのようだな」

「えぇ、アリスィアじゃないから聖剣が反応しなくなったんじゃない?」

 

 

 モルゴールは勘違い野郎だな。まぁ、いいけど。聖剣、そして魔刀であるバラギ。今後は二刀流も視野に入れていけるな。

 

 ふふ、主人公の俺の胸がなるぜ

 

 

 さーてと、そろそろ夜になるし宿屋でも探すかな。筋トレして寝よう。明日も万全なコンディションで筋トレするために!

 

 

 宿屋についたら、アリスィアとモルゴールが無理やり同じ部屋に泊まってきた。お前ら別の部屋に泊まれよと思ったけど。別にいいか。

 

 

 寝よう、おやすみ

 

 

 

……

 

 

……『馬鹿者! 起きろ!!』

 

 

 

 え、なに?

 

 

『馬鹿者! こんな()()()()()()()()()()()()

 

 

 え? どういうこと? 夢の中でバラギが何かを言っている。気づいたら俺は綺麗な花が咲き乱れる庭園にいた。

 

 隣にはバラギがすごい表情をしている。

 

 

「なに?」

「なに? ではない! あんなのを招き入れてどうする!?」

「あんなの?」

()()()()()()()()()

 

 

 振り返ると何百という綺麗な花の中心に金髪の女が立っていた。顔立ちがすごいアーサーに似ている。

 

 

「初めまして、というべきでしょうネ。ワタシは嘗ては原初の英雄アーサー、と呼ばれていた女性の成れの果テであり、片割れであり、未来を導くものでもあり、先を示すものでもあります」

「あ、はい。初めまして。俺は現在進行形で世界の英雄であり、どう考えても世界の中心であり、どう足掻いてもハッピーエンドになってしまう主人公補正を持っている主人公であるフェイです」

「ワタシの自己紹介に対抗してそんなに長々言わなくてもいいですよ」

「すいません、アーサーに似ていたので腹立ちました」

「アーサー? ワタシのことですか?」

「知り合いにアーサーという名前であなたと同じ容姿の方がいるんです」

「そう、ですか。その方については存じませんガ、いつの時代もよからぬ事を考えているモノがいる、そういうわけなのでしょう」

 

 

 

 夢に出てきたアーサーとかいう女は、確かに俺が知っているアーサーに似ている。あーあ、どっちがどっちだがわからないなぁ。わかりづらいな

 

 

 

「さて、フェイ。貴方に大事な話があるのデす」

「ふむ?」

「聖剣を、アリスィアという少女に渡してください」

「それは無理。俺が選ばれたから」

「え?」

 

 

 アーサーはきょとん顔をして俺をじっとみた。聖剣を返すわけがないだろ。俺がゲットしたのに。

 

 そして、ここから、聖剣を返せと言うアーサーと主人公である俺の壮絶なレスバが始まる事など

 

 この時の俺は想像もしていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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61話 聖杯教 序

 綺麗な花園、まるで夢の中にだけ出てくる、理想の具現化のような場所だった。どこまでも花が咲き続ける。

 

 

 そこに立っているのはフェイ達がよく知っているアーサー、彼女と似た容姿を持っているだけでなく同じ名前を持っている女性だった。

 

 

 

「もう一度、説明しますネ。この聖剣は貴方が持つべき物ではないのデす」

 

 

 冷静に淡々とアーサーはフェイに告げた。彼の横にはバラギがいるがニヤニヤしながらアーサーを見ている。

 

 

「はぇ? ちょっと何言ってる?」

「あの、説明しましょウ。聖剣エクスカリバーは知っていますね。原初の英雄アーサー、が扱っていた名剣、そしてアーサーとは私のことデす」

「なるほどね」

「あの聖剣は私が使うことで最も力出るように作られている専用伝説(オーダーメイド)なのです。そして、光の星元がある者にしか使えないようになっているのです。更に光の星元を持っているのは私だけ……でありましたが時代が変わっています。本来なら私の子孫に剣を扱うことを想定していたのデすが」

「あ、子孫いるんだ」

「……いえ、しょうがいモテたことはありまセん。ゆえに子孫はいません」

「モテないんだ。確かに外見はいいけど中身残念そう」

「おい、そんなこと言うな。死んでも気にしてるデすから」

「じゃ、聖剣は俺が使うってことで」

「それは違います。本来ならば自然発生した新たな光の星元、に使ってもらう事を想定していましたが時代が変わっているようですネ」

 

 

 

 アーサーが淡々と説明を続ける。フェイは欠伸をしながら聞いているがバラギは目を細めて話を聞き始めた。

 

 

「聖剣、それを扱うのはアリスィアと言ったな、お主は」

「えぇ、彼ではない。そして、彼女も天然の光でもない。しかし、彼女には可能性がある。凄まじい才能デす。更に言うべきは貴方ですよ、彼に聖剣を持たせたくない理由は」

「わらわか?」

「闇の星元ではないですが、よくはないものが混じっている。人ではありませんね」

「鬼、じゃからのぉ」

「貴方のような物が腹の中にある、そんな人物に聖剣は託すわけにいきません。そもそも適合をしていませんしね」

「は、笑えるのぉ」

「鬼風情が、笑うな。疾しい存在、始末しておくべきでしょうか?」

「できんよ、お主にはな」

 

 

 

 アーサーとバラギが互いに睨み合う。

 

 

星屑の落石(フォール・メテオ)

斬月退魔剣(ざんげつたいまけん)

 

 

 空からの落とし物、巨大な隕石が降り始めた。しかし、それを真っ黒な黒刀一本を一回振るだけで全部砂に変えた。

 

 

「化け物というべきでしょうね」

「お主もな」

 

 

 どカーン、バキバキ、どカーン。怪獣大戦争のように爆炎、爆轟、爆音が起こり続ける。

 

「オウマガドギ、ほどではありませんが、これほどとは」

「この程度、全盛期ならもっとじゃがのぉ」

 

 

 二人が闘いあっている姿をお花畑に座ってリラックスしながら眺めているフェイ。そろそろ飽きてきたなと思い、落ちていた小石をアーサーに投げた。

 

 

「痛い! なんですか!?」

「そろそろ終わりにして欲しいなって。それにここって俺の精神世界でしょ? 魔術も所詮イメージに過ぎないからあんまり争ってもしょうがないでしょ」

「確かに言い得て妙ですが。精神の中、ならば肉体ではなくて精神に直接ダメージを与えられるという利点があります」

「あ、そうなんだ」

「えぇ、そうなんです。しかし、争っている暇は確かにありませんね。私は貴方に聖剣を手放して欲しいのデす」

「俺が担い手じゃないっていうけど、それはお前が勝手に言ってるだけだから嫌だ」

「あの、私が聖剣なんですけど」

「聖剣が俺を選ぶって、傲慢すぎだろ。俺が選ぶんだよ」

「え、えぇ」

「こやつはそういう男じゃからの。諦めたほうがいいのぉ」

 

 

 バラギがニヤニヤしながらアーサーを見ている。アーサーは頭を抱えて、疼くまった。

 

 

「いいでスか! 聖剣とは世界に選ばれし、世界を救うため、そのための聖剣です!!! アリスィアという少女にすぐに渡しなさい」

「……お前って本当に聖剣なの? 俺じゃなくて、アリスィアに目をつける時点で見る目ない気がするけど」

「聖剣です! 見る目はありマす!」

「ないね、俺を見逃すんだもん。やっぱ聖剣じゃないのかー」

「聖剣ですよ! 本来の力を使えば山を切れます!!」

「おおー! それは聖剣っぽくて凄いな!」

「え、えぇ、そうでしょうとも!! しかも星元を溜めて放つ事でビーム出マす!」

「おおー! それは聖剣っぽいじゃん!! かっこいい、俺もしたいな」

「そ、そうでしょう!! まぁ、貴方は担い手じゃないので出来ませんが」

「じゃ、聖剣じゃないな」

「えぇ!?」

「俺が出来ないなら聖剣じゃない。パチモンか」

「パチモンじゃありません! 聖剣には加護があり使用者の身体能力を向上させることができます!」

「へぇ、それは聖剣っぽいなぁ?」

「それに無限回復機能もあります! 星元が尽きるまでですが」

「おおー、それは凄いな。俺よく怪我するから便利そうじゃん」

「そうでしょう? まぁ、貴方は担い手じゃないので使えませんが」

「じゃ、聖剣じゃねぇじゃん」

「ですから! なんでそうなるんですか!!」

 

 

 怒りの顔になるアーサーだがこの男のペースに巻き込まれてはいけないと首を振った。

 

「冷静になります。確かに私は聖剣の偽物、と言えますが。聖剣であることに変わりありません。なにより、原初の私が自身の光を見間違うはずがない」

「取り敢えず、いいや。それなら目薬の処方箋もらったらまた話そう。長年眠っててお前疲れてるんだよ。目を洗ったらまた話そうか」

「な!?」

 

 

 そう言ってフェイは消えていった。

 

 

「な? 話が全く通じない男じゃろ?」

「……貴方も苦労してるんデすね」

 

 

 鬼の気持ちが少しだけわかったアーサーだった。

 

 

 

 

 

「フェイ大変よ。外は大騒ぎになってるわ」

「そのようだな」

「聖剣が解放されたってね。誰が担い手になったかは分かっていないようだけど」

 

 

 アリスィアが宿屋の個室に戻ってきた。彼女は朝食の為に買い出しに行っていたのだ。部屋の中でパンにハムやら野菜を挟んでフェイに渡す。

 

 それをむしゃむしゃ食べながらフェイは鋭い目を窓の外に向けた。

 

 

「聖剣が解放された!」

「偽物とはいえ、何かの予兆か!?」

「エルフの国にある本物はどうなっているんだ?」

 

 

 剣術都市、外は大騒ぎだった。忙し無い雰囲気がそこら中に溢れている。そして、それに同調するように大地震が弾き起こった。

 

「きゃ!」

「うわ!」

 

 

 アリスィアとモルゴールが地震の揺れによって倒れそうになったので咄嗟にフェイが二人を支えた。

 

 

「あ、ありがと」

「流石フェイね!」

 

 

 モルゴールは照れたように顔を赤くして目を逸らして、アリスィアは頬をすりすり腕に当てるがうざそうに拒否されていた。

 

 

「取り敢えずは聖剣は布に巻いて隠しておいたほうがいいよ。ほら、僕に貸して」

 

 

 聖剣を布でモルゴールが巻いてフェイに渡した。柄から刀身まで一切見えなくなる。それを受け取り腰に置いた。

 

 

 そして、朝食を優雅に楽しんでいるとフェイの元に梟がやってきた。梟には手紙が添えられている。

 

 

「フェイ、どうしたのよ?」

「任務だ、戻れと書いてある」

「聖騎士だもんね」

「すぐにここを立つ」

「そう、ならすぐにそうしましょ」

 

 

 フェイ達はザワザワと騒がしい剣術都市から外に出た。すると遠い遠い場所から何者かが大急ぎで寄ってくるのが分かった。ドタドタと砂埃が舞うほどに大急ぎで、金髪のポニーテールに赤い目。

 

 非常に見覚えがあった。

 

 

「フェイ様ー!!!!」

 

 

 モードレッドだった。フェイに激突して異常なほどに、締め殺すのではないかと思われるまでに抱きついていた。

 

 

「離せ」

「いやですわ! もう、こんな所でもお会いできるだなんて!」

「邪魔だ」

「あら、力づくでワタクシを引き離すだなんて。またまた腕を上げられたようですわね! 流石は未来の旦那ですわ!」

「お前などいらん」

「あらあら、悲しいですわ! しかし、ツンデレであるとワタクシは見抜きます!!」

「うざい……それで、何をしにきた?」

「あぁ、それでしたら、聖剣が抜かれたと聞きましたので来たまでですわ。フェイ様がご存じありませんこと?」

「それなら、おれが」

「剣術都市に今いるわ!」

「あら、アリスィア。居たとは気づきませんでしたわね」

 

 フェイが聖剣を抜いたのは自分と言いかけた時、アリスィアが無理に割り込み剣術都市に現在いると言い放った。

 

 

「今大騒ぎになってるから、急いで出てきたの。今ならまだ年にいるんじゃないかしら」

「ふむ、でしたらフェイ様。またいずれお会い出来るときに……ではでは!!」

 

 

 バーンと爆音が鳴り、再び高速で彼女は走り出した。残されたフェイはアリスィアを一瞬見るがすぐさま歩き出す。

 

 

「ねぇ、なんで嘘ついたの?」

 

 

 モルゴールがアリスィアに聞いた。聖剣を抜いたのは目の前にいたはずなのにどうして、モードレッドに嘘をついたのか聞きたかったからだ。

 

 

「あいつ、光の星元を潰すって言ってたから。聖剣は光の星元を持っていたアーサーの剣のレプリカでしょ。それをフェイが持ってたら殺しにくる」

「そっか」

「私、フェイは好きだけど。モードレッドにも感謝してるからあんまり争ってほしく無いのよ。それに今戦えばフェイが負けるかもしれないし」

「俺は負けない」

 

 

 急に振り向いて子供のようにアリスィアをふぇいは睨んだ。しかし、すぐさま視線を前に戻して進んでいく。

 

 

「そうね、フェイなら負けないと思う。ただ、今はまだ私が二人が戦うところを見たく無いだけ」

「俺が勝つに決まってる」

「分かってるわ。もう、急に子供みたいにムキになるのが可愛いんだから!」

「……たしかに、お兄ちゃん可愛い」

「だから、あんたの兄じゃ無いって言ってるでしょ!!」

 

 

 アリスィアが急にキレたり、守るゴールがフェイに両親の挨拶にいついくのか聞いたりしながら、三人は王都に向かって走り出す。

 

 

 

 

 

 

 モードレッドと戦うイベントが来るかと思ったが今回はそうでも無いらしい。まぁ、俺としては戦っても良かったんだけど、口を挟む時間も今回はなかった。

 

 さーてと、走っていたら王都に到着した。俺って聖騎士だからね、任務が来たら流石に戻らないといけない。

 

 

『先ほどのモードレッドという女性、彼女も聖剣の担い手となりえまシた。アリスィアが駄目ならば彼女でも構いまセン。いえ、彼女は、本物の聖剣すら適合をするでしょう』

 

 

 まだ言ってるよ。困るなぁ。せっかく拾ったけど便所にでも捨ててこようか。見る目ないし。

 

 

『捨ててやれ、捨ててやれ、わらわはこんな輩と同居は勘弁じゃからのぉ』

『伝説の聖剣を捨てないでクダさい! 伝説でスよ! 私!! 捨てるならこの呪いの刀でしょう!!』

『わらわは呪いじゃが、もう契約してるからのぉ? 捨ててもここに入れるからのぉ?』

『めちゃくちゃうざいデすね! 消し炭にしますよ!?』

 

 

 ごちゃごちゃうるせぇな。まぁ、いいんだけど、王都に入って取り敢えずアリスィアとモルゴールを孤児院の俺の部屋に置いておいた。

 

 聖騎士じゃないから居たとしても意味がないしね。

 

 円卓の城に行って、任務について聞いた。

 

「今回の任務はかなり特殊な任務となっており、ここではお話しできません。今から指定した場所で説明となるのでまずはそこに向かってください」

 

 

 そう言われたので訓練をよくしている三本の木の場所で待っていた。すると例のあいつが来たのだ。

 

 

「フェイ」

「アーサーか」

「久しぶり、最近会えなくて寂しかったでしょ?」

「別に」

「嘘、フェイはワタシに会えなくて寂しかったはず」

 

 

 アーサーだ。コミュ障なのに俺にはよく話しかけてくる。ニヤニヤしているのにおとなしそうな表情。

 

 自称聖剣のアーサーとは全然違うな。

 

 

「背中にあるのはなに?」

「これは戦利品だ」

「なんの戦利品?」

「適合をした、その戦利品だ」

「よくわかんない」

 

 

 

『フェイ! その少女、とてつもない光を秘めています!!! それにこの容姿! 本物、本物の適合者です!!』

 

 

 アーサーもそろそろ友達作った方がいいんじゃないか?

 

 

『フェイ早く、渡してくだサい!! どの程度か試してみたイ! いえ、彼女なら文句なしにエルフの国にある聖剣にも適合確実デしょう! 彼女は一体誰なのデすか!? 紹介してください!!』

 

 

 アーサーが友達と話してるのみたことがない。コミュ障なのは知ってるけど、このままだとぼっちでエンディング迎えるけど大丈夫かね?

 

 最終回のエンディングでぼっちなのは可哀想だな

 

 

『こやつは聞いておらんよ。精神の感覚を遮断されておる』

『精神の感覚を遮断!? そんな器用なことができるのデすか!?』

『こやつに常識を当て嵌めるのはやめておいた方がいいのぉ』

 

 

 アーサーが俺にしばらく話しかけてきたので適当にいなしておいた。

 

 

「おおー、いたいた。お揃いで何よりだ」

 

 

 あ、久しぶりの登場のサジントさんだ。三等級聖騎士の人で隣にはトゥルーもいる。

 

 

「あともう一人、来るんだけど。取り敢えず、特別任務……超極秘案件について話そうか」

 

 

 うぉぉぉ!! かっこいい!!! あとでマリアに自慢しよ!!! 絶対かっこいいって言ってくれるし。

 

 

『極秘と言っていマすが……バラしてもいいのデすか?』

『こいつに極秘も何もないじゃろ。こいつ自身が一番やばい極秘じゃろうて。偽聖剣、呪いの刀、持ってるんじゃし』

『極秘とか確かに今更デすね』

 

 

 

 



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62話 聖杯教 終

 

 

 

「今回の任務は……聖杯教を潰す」

 

 

 サジントが低い声で言い放った。その言葉にアーサーとトゥルーは絶句をしている。

 

 

「潰すって、聖杯教をですか!?」

 

 

 トゥルーは大袈裟に驚いているようだ。それをみてサジントはわかっていたように淡々と説明を続ける。

 

 

「聖杯教、表向きは普通の宗教をしているが裏でやっていること……というか上層部が腐っている。赤子を攫ってはどこかしらに幽閉し、二度と姿を見せない。赤子を攫うと言ったが保護という名目だがな」

「で、でも聖杯教って世界的な宗教じゃないですか!? 潰すって無理じゃ」

「潰さなきゃ被害が増える、それに潰すのは上だ。宗教都市ラウダー。そこにいる上位七賢人、そして、宗教王エウ。ここが、永遠機関とかいう犯罪者組織と繋がっている、そこに信者や赤子を横流ししている」

「そ、そんな」

「そして、今回の任務は非常に機密事項の任務になっている。騎士団の中にも宗教や機関と繋がっているもの達がいる可能性がある、だからこそ、俺達がずっと監視をし、安全と判断され得たお前達が適任なのだ」

「僕たちが……」

「そう、そして、更に新人の中でも優秀な者達が三人追加される」

「三人?」

「ギャラハッド、エミリア。そしてヘイミーだ。ギャラハッドはランスロット聖騎士長の娘、知っていると思うがとびきり優秀。エミリアはそもそもこの作戦の肝だな。ヘイミーはノーマークだが天才の一言に尽きる。加える気はなかったが優秀故に加えることにした」

 

 

 そう話しているとちょうど、仮面をかぶって大人しそうなギャラハッド、強気な目つきをしているエミリア、そして、ニコニコ笑顔のヘイミーがやってくる。

 

「久しぶりね、先輩」

「あぁ」

 

 エミリアがフェイに話しかけた。しかし、フェイは一瞬、誰だこいつと言う顔をしたので、エミリアが怪訝な顔をする。

 

 

「まさかと思うけれど、私のことを忘れたとか言うつもりはないわよね」

「あぁ」

「そう、ならいいわ」

 

 

 エミリアは以前、フェイに叱咤をかけられた経験がある。それによって自分自身を奮い立てているので以前よりも格段に強くなっている。自分はずっとフェイのことを思って修行をしていたのに当の本人は一切覚えていないと言うのは彼女からしたら怒りが湧くのだ。

 

 

「せーんぱい! お久しぶりですー!」

「あぁ、ヘイミーか」

「え! ちゃんと覚えてくれてる! 嬉しいです! 先輩もう二等級聖騎士ですもんね! すごいなぁ!!」

 

 

 フェイはヘイミーのことはちゃんと覚えていた。あっさり彼女の名前が出たことにより、エミリアの目線が強くなるがフェイは気にしない男である。

 

 ギャラハッドとは絡みはあまりないので互いにスルー状態である。本来のゲームの流れならば、フェイトヘイミーはこの編成には加えられていないので、アーサー、トゥルー、サジント、ギャラハッド、エミリアの五人編成だった。

 

 しかし、二人追加で七名となっている。

 

 

「行くぞ、任務について詳細は追って話す」

 

 

 七人と言う流れが変わったメンバーで鬱イベントに彼らは挑む。

 

 

 

■■

 

 

宗教都市ラウダー、天にそびえる大きな塔が特徴的な都市だ。聖杯教と言う世界的に有名な宗教の総本山でもある。

 

 

宗教王エウ、と言う人物が大きく統治をしている。

 

 

彼は元はただの羊飼いであった。しかし、いきなり神の声を聞き、聖杯の力をその身に宿したと言われている。

 

全知全能に近いその力で人を率いては、一気に大都市を作り上げたのだと言う。元は貴族の土地であったらしいこの地は税を払うことで自由に使っているらしい。税を払ったとしても余裕で悠々自適に暮らせているとか。

 

信者達からの金や食糧、それら全てが彼らを肥やしている。

 

 

「力ある者が力なき者に付け込み、より多くの養分を得て肥える。それはさほど珍しくはないし世界の真理でもある。しかし、それにも限度がある」

 

 

 サジントが語る。

 

 

「赤子や信者を永遠機関とやらに引き渡し、実験体として使うのは人徳に反し過ぎている。確定証拠が今までなかったから強気に出れなかった。だが、僅かだが濃厚な証拠が出てきた」

 

 

 

 フェイ達はそうサジントにそう聞かされていた。人道に反した者達が暗躍をしている。そして、都市にある巨大な塔の地下には今なお幽閉されている者達がいるらしいのだ。

 

 

 そこで二手に分かれることになる。アーサー、サジント、ギャラハッド、ヘイミーとフェイ、トゥルー、エミリアの二つの班に分かれた。

 

 

 フェイ達は最初に地下に向かって走り出す。白装束の信者が大勢と大聖堂という場所にて祈りを捧げていた。その数三百人。

 

 

 

「なんだこれ、いくらなんでも異常だ」

 

 

 トゥルーはその場所にて異様な空気感を肌で感じていた。

 

 空気が単純に気持ち悪い。思考が鈍る、頭の中に無理やり違う感性を入れられているような気持ち悪さ、それをエミリアを感じているようで顔色を悪くしていた。

 

 

 そして、フェイは何かに気づいたようで一人、別室の扉に入って行った。エミリアとトゥルーはそれに気づかずその大聖堂を見渡す。

 

 何百人が祈りを捧げる先、大きな聖杯の銅像がある場所に一際目立った服装の老人が佇んでいた。

 

 貼り付けたような笑みを浮かべながら両手を上に上げる。

 

 

「さぁさぁ、皆さん聖杯に祈りを捧げてください! さすれば幸福により全てがあなた達を包むでしょう!!」

 

 

 彼の声に応えるように無言でひたすらに手を擦り続ける老人、死んだ魚のような目をして俯いている男性、ひたすらに土下座をする女性。

 

 

「狂ってる。こんな場所があるのか」

「……そうね、私には理解が及ばないわね」

 

 

 トゥルーとエミリアが異常すぎる空間に戦慄をする。その場に呑まれ過ぎたのか、ふいに前に立っていた老人がぎろりと目を向けたことに気付くのが遅れた。

 

 

 

「客人が来ているようだ。最近嗅ぎ回っている聖騎士の犬か。出てきなさい。どちらにしろ、ここから逃げられないですがね」

「「っ!!?」」

 

 

 

 二人が一時的な逃亡をする前に、老人は彼らの前に立っていた。それに反応するように信者達も全員が二人に視線を注ぐ。

 

 

 

「ほほほ、なぜ、これほどまでに俊敏性を老いた私が持っているのか、疑問でしょう。しかも、星元を全く使っていないと言うのに。それはね、聖杯の力なのです。聖杯の力が私に接続し大いなる力をもたらしている」

「聖杯が力を与える……?」

「えぇ、私は特別ですので。自己紹介が遅れました、聖杯教、七賢人『強欲』のマッハと申します」

「……」

「ほほほ、先ほどの俊敏性が不思議でしょうがないのでしょう。驚くのも無理がない、これこそ神の加護。宗教王エウからの一部拝借のようなものですがね」

「……星元を使っていないように見えた」

「使っていませんよ。使う必要もありません。まぁ、使えばもっと早くなれますがね!!」

「あぐッ!?」

 

 

 再び気づいたら、トゥルーは殴られていた。目にも止まらぬ、と言うよりも知覚すらできていないことにエミリアも驚愕する。

 

 そして、マッハはもう一人の侵入者であるエミリアに気づいた。

 

「おや、あなたは」

「なによ……」

「ほほほ、嘗て実験体だった貴方がここに来るとは」

「……やっぱりここが」

「おや、覚えていたのですね。記憶はなかったはずですが」

「断片的だけど、覚えてるわよ」

「あぁ、断片的とは。良いのか悪いのか……どちらにしろ排除しておきましょうか。ここに聖騎士が来始めているのも貴方の断片的な記憶が問題のようだ」

「……!?」

 

 

 エミリアも気づいたら、ダメージを負っていた。彼女の腹には剣が刺さっており、血が溢れ出す。

 

 

 

「この程度では死なないでしょう。あなたはアビスそのものと言ってもいいのですから」

「あ、あぐ……」

「アビスだからこそ、暗示も効きにくい。中途半端な人間にはね。っ!?」

 

 

 マッハは後ろから切り掛かってくるトゥルーに気づいて避けた。驚くべきは避ける寸前は星元を使っていた。それに二人とも気付く。

 

 

「おっと」

「……今星元を使った?」

「さぁ? どうでしょうか?」

「全知全能とか言う聖杯の力を使えばよかったんじゃないか? なぜ使わない」

「……さぁ? 神に頼りすぎるのもねぇ?」

「何が条件があるようね……げほ」

「だ、大丈夫か?」

「大丈夫、すぐ傷治るわ。だんだん思い出してきたから。ここのことも、私のこともね……」

 

 

 エミリアの腹の傷が塞がった。彼女は微かに目を瞑って、何かを思い出す。開けたくもない記憶の奥底、それを開けた時、彼女は絶望をした。だが、戦うことをやめたわけではない、

 

 絶望をしながら戦うのだ。

 

 

「思い出した。ここは永遠機関の一つの支部なのよ。それで、私はアビス。アビスに人間の女の子の脳を埋め込んで作られた。半魔人間」

「え……?」

「驚く暇はないわよ。私はすごく絶望してるし。あなたも動じないで……それで聖杯というのは人間の集合体無意識の塊。そこからのバックアップが彼の力なの」

「ど、どういうこと?」

「ほほほ、そこまで思い出すとは」

「聖杯は超高度な暗示によって生み出されてる。だから、無理やり信仰させてて力を高めているのね。ただ、その力も万能じゃない。最初に私達に攻撃をした時は彼自身の能力を高めたのではなく、私達に暗示をかけて行動を遅くした。だから、後ろからトゥルーが切りかかった時はわざわざ星元を使って避けたのよ」

「ご名答、しかし、それを知っても無意味でしょうがね。聖杯、というのはこの世界に根付いている根源的な信仰要素。だれもが、生まれながらに畏怖し同時に崇めている」

「なるほど、畏怖した者に多大な恐怖などもすり込める。というより、世界規模の御伽話に登場する聖杯。赤子の頃から聞かされている話には無意識のうちに……」

「そう、無意識のうちに格下となっている。洗脳も容易い」

「難しい話だけど、付いてきてるかしら? この状況を打破する方法もあるから、トゥルーは時間を稼いで欲しいのだけれど」

 

 

 聖杯の話に、トゥルーは僅かに眉を顰めた。人間の集合体無意識、それを聖杯とする。それがバックアップをしているという七賢人。この世界の人間は全員が聖杯のおとぎ話は聞かされている。

 

 幼い頃から、すでに洗脳がされていると言ってもいい。それに対して、有効打があるのか。そもそも勝てるのかという疑問が彼に湧いた。

 

 

「私が人を捨てれば勝てるわ」

「え?」

「私はアビス。人間としての感情を捨てて、アビスとなれば。野生動物と同じ。野生動物には信仰とかはないわ。躾とはあるけど、あくまでも人間の集合体無意識、それによる無意識の格下認定と洗脳。それを消すには人の感情と人としても合理性や記憶、全てを消すことが……」

「ほほほ、言いますが。それは不可能では? ()()()()()()()()()()()()()()()

「えぇ、確かに……危ない。今も私に暗示をかけようとしたわね」

「はぁ、気づかれましたか。まぁ、なっても構いませんよ? 私としてはね、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 マッハの言葉に反応して、数百人の信者が彼の壁のようになった。

 

 

「トゥルー、フェイ先輩によろしく伝えて欲しい。どこに行っているのか、わからないけど、本当はデートとかするつもりだったけど、あの人。全然振り向いてくれないから」

「待って、まだ方法が」

「冷静に考えればわかるはず。もし、本当に神懸かり的な力を持っていて、聖杯の力を使えば世界征服だってできたはずなのにこいつらはこんなところで引きこもってる。外には魔物やアビスがいる、それを恐れているのよ。野生の恐怖ってやつをね。だから、完全な力を手にするまでここにいるの、永遠機関と手を組んでね。その前に……叩く」

「た、確かにそうだけど」

「あとは、頼むわ」

「ほほほ、どこまで出来るのか楽しみですねぇ。半魔人間の力もぜひ、見せていただき──」

 

 

 

──激しい音響が鼓膜に波打った。

 

 

 木材性の扉が破裂して、木片がパラパラとあたりに広がっている。音が鳴り響いた方向へ七賢人マッハが目を向けると深淵のような男性が一人いた。

 

 

「聖騎士か、やれやれ、まだ蛆如く湧く」

「お前は?」

「七賢人、マッハと申します。あぁ、名は覚えなくとも結構、貴方はすでに死んだも当然なのだから。信者達よ、そいつを生かして返すな」

「弱者を率いてデカくなったと錯覚しているようだが……人だろうが竜だろうが群れても俺は殺せない」

「ほざけ」

 

 

 

 信者達が一斉にフェイに襲いかかった。エミリアは自身の闇の星元を高めようとするが、フェイが目線でやめろと訴えたので何もせずに信者達から離れた。

 

 

 フェイのほどの身体機能が高い人間が普通の常人に対して、体術を放てば大怪我になってしまう。自然と彼はそれを理解し、軽く拳を男性に腹に打った。身体中の酸素が一気に消えて、男性は気絶した。

 

 

 死なない程度の暴力。

 

 

「ほう、さほどはやるようだ」

「信者を盾にするのがお前らの宗教方針なら、子供の絵日記よりも経典の内容がうすそうだ」

「馬鹿馬鹿しい。ガキの絵空事に劣るはずもない。しかし、あまり信者を潰されるのも金が消える。ここは私が貴方を倒しましょう」

「七賢人、大層な名前だ。お前にそれほどの強さは見えないがな」

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 マッハが駆け出した。速さはさほど振り切ってはいないが、彼らの言葉は大きな現実となる。だが、それを超える速さでマッハは首を掴まれて地面に叩きつけられた。

 

 

「な、なんだ、と……!?」

「王はどこだ……」

「お、王だと?」

「他の奴らも言っていた、王こそ最も強いと。王はどこにいる」

「お、王に勝てるはずもない。七賢人最強と言われている私ですら傷もつけられない、あれは本物の王……」

「お前達は全員同じようなことを言う」

「ど、ういうこと……なっ!?」

 

 

 

 薄くなっていく意識の最中、マッハは見た。フェイが出てきた部屋の奥から倒れている数人の七賢人の姿が見えたことに。

 

 目の前の男はすでに、七賢人を倒し終えた脅威以外の何者でもない。そう自覚し、彼は意識を消した。

 

 

 フェイはそのままエミリアとトゥルーを差し置いて辺りを見渡した。エミリアとトゥルーはジッと彼を見た。

 

 

((強い……前より、上に昇っているなんて))

 

 

「王とやらどこだ。相当な強さらしいが」

「王は多分、更に地下にある。王聖堂にいるわ」

「そうか……」

 

 

 下の地面を見てから、徐に歩き出すフェイ。それをエミリアは止めた。

 

 

「私も行くわ」

「お前達は他の奴らを解放しろ」

「え?」

「囚われている老若男女、全てが解放対象のはずだ。お前達に任せる。妙な生物がひしめいている、精々気張れ」

 

 

 フェイはそれだけ言って今度は意を決したように走り始めた。扉を蹴りとばし、地下に通じる道を探す。アビスにいた謎の生物を打破しながら下に下にと降っていく。

 

 

 そして、一際大きい扉を見つける。その扉を拳で壊そうとする前に勝手に扉が招くように開いた。

 

 

「これはこれは、予期せぬ客。と言った方が良いのだろうか」

「……」

「我らが聖書、にはこんな記述がある。世界を創りし聖杯。人をも生み出し、世界の理を法に落とし込む。秩序、繁栄をもたらした聖杯を手に入れた者、新たな繁栄と秩序を作る力を掴む」

「……」

「これを聞いて、どう思ったかね? 素晴らしい伝説と思ったか、夢があるロマンを幻想したか、己が新たな世界を手にしたいと欲望を出すか……私はね。実にくだらないと思ったのだ」

 

 

 

 王、と言うに相応しくない外装をしていた。漆黒色の服を着ている、靴もかすかに泥がかかっていて汚れている。ズボンも同じように黒い。

 

 髪の毛色は真っ白。信じられないほどに綺麗な毛並みだった。

 

 

「あぁ、君が噂のフェイ君。なのだろうね」

「その名で間違いはない」

「君のことは僅かに聞いている。なんでも数人、我らが機関の人間を葬っていると。いやはや、実に嘆かわしい。こんな子供と大人の境目にいるような半端な男に負けてしまうとは。と以前までならば思っていた。だが、どうやら違うようだ。七賢人を君は四人も倒した」

「あれは倒したうちに入らない」

「実に同感、だが、それはそれ。あれは暗示をかけるだけの戦士としては素人に毛が生えた程度。だとしても君が倒したことに変わりはあるまい。ゆえに問いたい。我らが機関に入る気はないか。永遠を求める、力を求める、娯楽を求める、なんでもいい。自由に生きるのだ。今の世界は秩序がありすぎる。人間とは本来もっと自由であるべきなのだ。楽に楽しく、生きるべきだ。力あるものが自由に際限なく拳を振るっていい世界。それこそが生物として正しい世界なのだから」

「過去に遡るだけ、お前達はいつもそれだ。全ての人間達は、原初の英雄、永遠、聖杯、過去に縋っている。お前達には未来を掴み取る覚悟とビジョンがない。平行線以前の問題だ」

「なるほど。確かに確かに。言い得て妙だ。そして、君には口よりも実力で説得をするべきなのだろうね」

 

 

 

 グラグラと聖堂が揺れる、彼の周りには気づけば漆黒のオーラが渦巻いている。気を抜けば引き寄せられてしまいそうな強風が吹いている。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「俺は止まらない」

「なに?」

 

 

 フェイが一瞬で間合いを詰めて、巻いていた布から聖剣を取り出し振り下ろす。凄まじい速さの剣を王エウが避ける。

 

 避けたと言うのに驚愕の蓋文字が浮かんでいる。

 

 

「この世界にいる者は誰もが聖杯を幼い頃から聞かされている。たかが作り話とはいえ、潜在意識と健在意識に無意識に畏怖と敬意が植え付けられているはず、赤子や動物……とでも言うのか?」

「俺は俺だけを信じるのみだ」

「……ありえない。まるでこの世界からの逸脱者か。言語能力や思考能力に難があるわけでもないだろうに。なぜそうなる……考えても無駄か。君はやはり、研究材料として我が同志とする」

 

 

 

 大気、再び渦巻く。エウの姿が人間とはかけ離れた存在へと昇華する。目は赤く、肌がアビスのように真っ白になった。

 

「半魔人間。その完全体、それこそが私なのだ。王の力を見せよう」

「っ……」

 

 

 

 生物の限界を超えた速度、人間という種の枠を完全に逸脱した動きがフェイに襲いかかる。脇腹に手刀が入り、肋が砕ける音が鳴る。

 

 

 勢いそれだけで収まらず、フェイは聖堂の壁に激突する。

 

 

「どうだい、これでわかったかな」

「あぁ、お前に勝てるのがよくわかった」

「今の一撃だけでも、随分とダメージが入っているというのに。苦痛を出さないのは褒めるべきことだろう」

「微塵もダメージはない」

「なら、これでどうかな」

 

 

 本当に純粋なる身体能力による殴打が繰り出された。フェイもすでに目を慣らしており、互いに拳が打ち出される。

 

 激突を続ける両者の拳、神に祈るべき聖堂になるとは思えない激震音。数百発撃ち合い、両者離れる。

 

 

「驚くべきか。生身の人間か。この体をここまで……だが、私はすぐに元に戻る。君は戻らずダメージが溜まり続ける。勝敗が見えてきたかに思えるのだが」

「……」

「呪の刀を使うか」

 

 

 フェイは腰にある魔刀を抜いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

 フェイの刀をガードした腕があっさり斬られたことに彼はまたしても驚愕する。

 

 

「絶対切断能力が付与されてる、のか。君はびっくり人間のような輩だ」

「……」

 

 

 魔刀には爪を一本消すことにより、絶対に物を切断する能力がある。すでに爪を剥がしているフェイからしたら痛くも痒くもない。しかし、再生能力が神懸かりなエウにも同じように斬られたところで然程のダメージもない。

 

 

「そして、噂の聖剣。君には扱えないはずだが。使うというのか」

 

 

 フェイは背負っていた布から聖剣を取り出した。全く光を帯びないその剣を左手に、刀は右手に持つ。

 

 

「どちらが利き手かな。今までは右に剣を持っていたと聞いているが」

「両方使えるように鍛えてるに決まってる。いつ腕が取れてもいいようにな」

「……その覚悟、素晴らしい。しかし、残念だ崇高な志向も圧倒的な力のまえには意味がない」

 

 

 フェイがまず聖剣を振り下ろす。それを右腕にてガードする、金属音が響くが互いに硬直を一瞬余儀なくする。

 

 すぐさま体勢を整える二人、次なる攻撃に向かうがエウの拳の方が速い。それを魔刀で受け流しつつ、蹴り全く同時にフェイは繰り出した。

 

 

「なに?」

 

 

 蹴られたことに違和感覚えながら、蹴られた部位がすぐさま治癒された。

 

 

 

(この男、あまりに闘い慣れている。私の手刀による肋、拳同士の激突で指も折れてているはず。その状況下でこんなにも冷静になれるか……?)

 

 

(そして、あの魔刀。退魔師が一人封印されていると聞いていたが……使用者を飲み込むと言われているはず。それを扱いながら、さも当然な顔つき。身体的に制限を受けているようにも見えない)

 

 

(なにより、あの身体能力。ただの、人間。があれほどまでに強くなるのか。人間の域を出ていると言ってもいい)

 

 

(剣術も見事、先に武具を取り上げた方がいい。あの魔刀、あれで「核」を斬られたら流石に再生もできずに死ぬ、私は今はアビスとほぼ同じなのだから)

 

 

「……なるほど、過小評価……を下していたか。戦ってわかる、強さか。厳しい戦いだと考え直した方がいいか」

「厳しい戦い?」

「あぁ。その通りだ」

「図に乗るなよ。俺と戦って厳しい戦いがあるわけがない。なぜなら負けた言い訳を考える必要がないからだ」

「……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……っ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 舌を出して、存分に舐め腐った表情がエウ、の目に入った。そして、ちょうどその場にやってきていたアーサーにもその表情が見えた。

 

 

 今までフェイは表情を崩すことはほぼ無かった。戦いにて笑うことはあった。しかし、ここまで「ノっている」事は無かった。

 

 

 (フェイ)は今、存分にノっていた。

 

 

 自分は身体能力に絶対に自信を持っていた。周りも自他も認めていた。純粋な能力にして、格が劣っている事に乾笑いが出たのではない。

 

 

 嬉しいのだ。

 

 

 この世界は今、自分に厳しい。まだまだ、上がいて、天は遠い。

 

 

 

「この世界の理不尽は心地よい……更なる上を見せてくれるから」

 

 

 

 最近は自分よりも能力にて上の相手と戦うことがなかった。彼にとって、そんな戦いは程遠い事になりつつあった。しかし、ここにて分かる。

 

 まだまだ上がいると。まだまだまだまだ

 

 

 まだまだまだまだままだまだ。

 

 

「不条理の風が気持ちいい、やはり俺が世界の核だ」

「……なんだ、お前は……?」

「知っていることを聞くな」

 

 

 彼は駆け出した、戦いをただ楽しんでいる。非常な研究を怒りもある、人を人と思わない所業を繰り返す者達に裁きを下したいとも少なからず思っている。

 

 が

 

 

 ただ、強くなりたい。世界で一番傲慢な男はただ、戦いと上に登ることを喜ぶ。

 

 

「気持ちが悪い。気味が悪い、気持ちが悪い、本当に気持ちが悪い、吐き気がするほどに気持ちが悪い…!!」

 

 

(俺に、人を超えた俺に、こんな化け物のような恐ろしい存在にならなくてよかったと思わせるか!! 妖怪が……!)

 

 

 

(まず、あの刀、あれを折る!!)

 

 

(あれだけが俺を傷つける武具)

 

 

 フェイがまず聖剣を投げた。まさか、聖剣を投剣として使うものがいるとは思わなかった。咄嗟に避けるが魔刀を上から振りかぶっているフェイがいた。

 

 向けられた刃を両手によって納める。白羽どりで掴むと刀を思いっきり捻り、折った。

 

 破片があたりに散らばる、しかし、折った事で彼は止まらないのだ。残った柄、そこから微かに残る剣の刃を振るう。

 

 両腕を切る、すぐさま再生に移るがそれをさせないフェイの剣速。体を星元により無理やり強化して更に分裂させる。

 

 腕が完全に無くなりかけた時、エウの足蹴りによってフェイの腕蹴られ、魔刀が飛んでいった。

 

 

(こ、この隙に回復を……! な、なに!? この男、刀を飛ばされたのに拳を振りかぶっている!? お前の拳では俺を貫けるはずがない!! それに核を的確に射抜けるはずもないというのに!)

 

 

 フェイは拳を振りかぶっていた。しかし、刀でなければ致命的なダメージは与えられない。

 

 それは分かっていたはずというのに。

 

 

(防御の必要はない……しかし、本能が言っている防げと!)

 

 

 フェイの拳を咄嗟に自身の足蹴りにて防ごうとする。しかし、彼の拳を止められなかった。

 

 足が一瞬で貫通し、そのまま胸元までフェイの拳が貫いた。

 

 

「なに、をした、いま、なにを……!? なぜ、俺の核を貫ける、人間の能力で!!」

「……げほっ、げほ」

 

 

 咳き込み血反吐を吐きながら、フェイは拳を見せた。彼手には魔刀の折れた剣先が握られていた。

 

 魔刀の折れた柄の根元部分、そして、剣先の部分。後者を手で拾い。それを強く握っていたのだ。

 

 そして、それを握ったまま思いっきり、拳を振るう。欠けている部分が殴った拍子に掌から手首まで貫通して、大量出血しているのが見えた。

 

 それを見て、エウは全てを察した。

 

 

「きさ、ま、本当に、人か、人の摂理に反しているッ、そんな狂人な行動を、して、なにになる、恐怖は、恐れを抱くはず、それになぜ、核を的確に射抜くことができた!!」

「勘だ」

「ふざけるなぁ!!! そんな、そんなことを! 最後の最後に、ギャンブルだと! 大博打をして、それで済む話か!!!」

「……お前は分かっていない。自分の言動が俺の勘を研ぎ澄ませた事に」

「ど、どういうことだ?」

「最初から、お前、半魔人間と言った。人間ならば誰でも心臓があり、心臓から星元が流れている。それが自然だ。たとえ、人を超えたとしても馴染んだ考えや癖は治らない」

「……っ!」

「聖杯の説明でお前が文化や人の無意識を利用し、暗示をかけていると分かった。お前が答えを出していたようなものだ。今まで慣れ親しんだ事はそう簡単に捨てられない」

「……そ、そんな」

「半魔人間、か。確かに人を超えていた、が、人間の頃の体の使い方は捨てられない。現にお前が繰り出してきた体術は威力はすごいが面白みに欠けていた。人間らしいと言えばらしいがな」

「そ、れを、考慮してのあの一撃……お前、考えているのか、狂人なのか、一体、なんなんだと言うのだ!!」

「俺は俺だ、半魔人間、実にお前らしい。最後まで中途半端だ」

 

 

 

 フェイの顔はもう、興味がなくなったように冷めていた。いつもの無表情に戻っていた。

 

 

「ふざけるな。どれだけの信者の心臓、実験を得てここまでしたと思っている! 半端だと、純粋で若い恥肉を何百人と、砕き入れたと、言うのに、こんな子供に、破れる、のか。ぁ。からだ、がくず、れる。さいせいが」

 

 

 灰のように王は消えた。

 

 それを見届けるとフェイは自身の手首に入った剣先を抜いた。今までないほどに大量出血をしていた。

 

 魔刀の効果は敵だけでなくフェイにも影響していた。パックり、綺麗に手首が切れて、彼自身も今に死んでしまいそうに血が流れていた。

 

 更には血が収まらない。

 

 

 出血多量で彼は倒れてしまう。だが、そこにアーサーがかけついて彼の手首を魔術で治癒した。治癒しても血は流れているのでふらふらの意識のままだった

 

 

「フェイ、大丈夫?」

「……も、んだい、ない」

 

 

 バタリと彼も倒れてた。

 

 

 王を倒した事により、一気に調査は進んだ。まず、違法実験が全部表向きとなり、信者達も洗脳を解く事になった。

 

 

 そして、本来のイベントであればエミリアは死んでしまうのだが特に活躍の場もなく、生きている。

 

 エミリアが人の人格を無くし、七賢人を倒すのだが暴走をして信者をも喰らってしまう。それを止めるためにトゥルーがそれを殺す。

 

 その後、宗教王とトゥルー&アーサーが戦うのが本来の流れ。だが、それはもうどこにも存在しないゲームの話なのだ。

 

 

 結果的に言えば被害は広がらず、聖騎士全員が任務を終える事になるのだ。

 

 

 

■■

 

 

 勝ちやがったぜ。

 

 

 今回は結構久しぶりにギリギリのギリギリだった。

 

 

 まぁ、主人公だから勝って当たり前だしね。殆どの信者も解放されたらしい。アーサーとかが活躍して、光の星元で洗脳を解いたとか。

 

 あと、何気にヘイミーも活躍をしてたらしい。

 

 アーサー曰く、

 

『あの子、気に食わないけど。強いのは認める、才能もある』

 

 

 ほぉ、コミュ障で面倒臭い性格であるアーサーが褒めるとは珍しい。

 

 

『あの小娘、星元が透き通っておるのぉ。全盛期のわらわに及ばぬが、それなりの才はある』

『光の星元を持っていないのが悔やまれマす』

 

 バラギと聖剣(アーサー)もヘイミーを誉めていた。そんなに強いのだろうか。特別部隊だったと聞くが……

 

 まぁ、俺には及ばないだろうし。気にしなくてもいいか。モブだろうしね。

 

 因みに俺は右手が魔刀で引き裂かれて、若干の麻痺が残っているらしい。まぁ、主人公だからね、右手の麻痺ぐらいは基本。

 

 

 それに全く使えないわけじゃない。それより問題なのは魔刀が砕けてしまった事。あんなに使い勝手のいい武器が無くなるのはちょっと悲しい。

 

 

「すまんー」

『わらわに謝らなくてもよいが……それより右手を気にしろよ』

 

 

 バラギは刀が折れてもあまり気にしていないようだった。俺は問題ない。麻痺してるがリハビリすれば治るだろうし。

 

 治らなくても殴れるのは変わりない。

 

 

 しかし、今回の敵は強い事には変わりなかった。何か、新たな強さを得ないといけないな。

 

 多分だけど、そろそろ主人公覚醒イベントが来るな。間違いない。

 

 

 いつものように修行を繰り広げる。厳しく修行だな。

 

 心なしか、身体能力は上がった気がする。今回あんまり通用はしなかったがそれは問題ない。

 

 効果があるのかではなく、信じてやり続けるのが大事。

 

 俺は最近は食事にも気を遣っているんだよね。胸肉めっちゃ食べてるし、野菜もめっちゃ食いまくってる。

 

 

 プロテインがあれば筋肉がもっと凄くなったと思うのだがこの世界には存在しないのである。

 

 

「フェイ君ー!」

 

 

 ユルル師匠がやってきた。相変わらず元気そうで嬉しいなぁ。

 

 

「フェイ君、大丈夫ですか? 怪我をしたと聞きましたが」

 

 

 急に顔が暗くなった。

 

 

「問題ない。それよりも何かようか?」

「はい、お弁当持ってきました! 訓練もいいですがたまには休みましょう!」

 

 

 お弁当を持ってきてくれたのモグモグ食べる、食べなければ成長できない。二人でのどかに食べていたら……風に吹かれた新聞が一枚飛んできた

 

 

「え?」

 

 

 その表紙を見たユルル師匠は絶句をしていた。ガヴェイン・ガレスティーア、覇王都市にて覇王を殺害する。

 

 と新聞には書かれている。ユルル師匠の三人のうちの兄の一人。二人は俺が倒しているからこれが、最後の一人ってわけね。

 

 

 

 ユルル師匠からしたら、最悪の兄だよね。自分は悪いことしてないのにね、兄が犯罪したから勝手に悪いやつ認定されてるんだからさ。

 

 

 さーてと、こいつ倒してくるか。

 

 

 覇王都市にまだいるだろうしね。これ撃破したら、弟子が犯罪者兄貴三人を倒した事になるじゃん。

 

 絶対名誉回復するだろ。俺はモグモグサンドウィッチを食べながら走り出した。

 




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小話 フェイ君の内側のお話

「気持ちが悪いデす」

 

 

 アーサーが溜息を吐くように告げた。フェイの内側に住み込んでいる彼女は目を細めていた。

 

 同じく精神世界にいる元退魔士であり、人を捨てて鬼になってしまったバラギ。彼女は何を今さらと言わんばかりに鼻で笑った。

 

 

「今さらかのぉ」

「この男はやばいでしょう」

「わらわは慣れたのぉ」

「それに気になることはそれだけではありません。この、格好です!」

 

 

 アーサーはセーラー服を着ていた。彼女は自身を指差して、声を荒げながらバラギに言い放つ。言われたバラギもセーラー服を着ていた。

 

 更に言うならば彼女達が居る場所は高等学校の教室に酷似していた。席がたくさんあり、窓側の一番後ろの席に二人がたむろしていた。

 

 

「それにこんな場所も」

「フェイの精神世界、精神と記憶は同一的な扱いとも言えるからのぉ。フェイは以前このような場所で過ごしていたのかもしれん」

「こんな格好でこんな場所でですか? ブリタニアや妖精国、獣人の里、どこにもない気がしますが」

「さぁのぉ、わらわもお主も屍人当然。知らぬ間にこのような場所ができていたのかもしれん」

「今の所、建築技術で告示をしている場所は見られませんガ……」

 

 

 日本の高校教室などという場所を知っているはずがない。フェイという男が日本人で一度死んでいるとまでは流石の彼女達でも予想はできなかった。

 

 

「文化形態があまりに離れていると思わレます」

「いちいちフェイを気にしても仕方あるまいて。しかし、この格好、なかなか憂い格好ではないか? わらわはかなり気に入っておる」

「まぁ、オシャレでカッコいいですが」

 

 

 二人で制服を見せ合っていると教室の扉が勢いよく開いた。その音に二人の視線が注目する。そこには制服姿のフェイがいた。

 

 黒髪に黒い目、鋭い眼光、そんな彼には黒い制服がよく似合う。

 

 

「フェイか」

「バラギじゃん。ついでにアーサーも」

「私をついで見たいに言ウのはやめてください。聖剣ですよ、私は」

「こっちは主人公だから」

 

 

 

 フェイは堂々と教室に入ると辺りを懐かしむように見渡した。

 

「なつかしー。でもなんで教室?」

「お主の夢の中、とでも言っておこうかの」

「あぁ、夢を見ているのか。過去の夢をね。それで俺の中にいる二人にも影響があるのか」

「だろうな。しかし、フェイよ。お主にしては良い服の趣味じゃノォ。わらわはこの服が気に入った」

「セーラー服? 確かに俺も嫌いじゃないけど」

 

 

 

 教室の隅っこの席に彼は座った。

 

 

「本当に懐かしい。記憶のスタンプラリーでもしたいくらいだ」

「ここがお主の昔、過ごした場所か?」

「あぁ。そうそう」

「お主の魂が触れようとするとこっちが呑まれるのからのぉ、あまり不用意に触れないようにしていたが」

「夢の中で起きていることなら、見られるんだ。なんだか難しいシステム。ただ、夢って寝ている間に記憶が頭の中に呼び起こされるってことだよね。だったら、ちょっと思い出してみるよ。見てみ、俺の、主人公が主人公になる前の記憶ってやつをさ」

 

 

 

 

■■

 

 

 

「ねぇ、起きてる?『○○君』」

「起きてるよ。どうした」

 

 

 

 とある男子高校生が軽快に答えた。彼に話しかけたのは同じ高校に通っている女子高生だ。

 

 

「テスト、0点だったって本当?」

「まぁね。ほら」

「嘘、まじで?」

「橘さんは?」

「薫は百点だよー! 薫はね、塾に行って、毎日勉強してるから」

 

 

 橘薫、と言う名前の少女はとある男子高校生のテストのテンスを見て絶句をする。

 

「それにしても0点って、補習じゃん」

「いやー」

「やばいね」

「補修って、一昔前の漫画主人公みたいでかっこいいよね、やばいよねー」

「やばいなー、先にその発想が来るのがやばいなー」

 

 

 ヘラヘラしている男子高校生君。仮に名前を高校生君としておこう。彼は何者でもない。どこにでも居る普通の高校生君なのだ。

 

 そんな彼を橘薫(たちばなかおる)は純粋にやばいやつであると評価する。0点をテストでとってヘラヘラしているのだ。

 

 

「あれ? このテスト用紙、消しゴムで消した跡がある……ねぇ、なんで一回解いた問題消してるの? 消さなきゃ98点くらいは取れてそう」

「あぁ、知ってる」

「は?」

「だって、主人公だったら極端な方がいいからさ。100点か0点の方がかっこいいじゃん。1問わからないのがあったからさ、このままだと中途半端な点数になるって思って全部消した」

「バカじゃないの? いや、一周回って逆に天才……でもないか」

 

 

 背伸びをしながら高校生君は欠伸をしている

 

 

「まぁ、次は100点取るさ」

「取れるの? 訳わからないことをして0点取るのに」

「俺主人公が同じ敵に何度もやられるのって嫌いなんだよね」

「ちょっと待って、何の話? テストの話だよね?」

「そうそう、あってる。主人公は負けたとしても一回までだよ、許されるのはね。何度も同じ敵を見逃したりする展開も嫌いだよね」

「あってないじゃん」

「だから、次は100点とるよ」

 

 

橘薫と高校生君は軽快なリズムで話を繰り広げていく。変わっているなぁと薫は思った。

 

 

「校内放送ですー! 校内放送ですー! 台風が近づいているので午後の授業はお休みとなります。ホームルームが終わり次第、生徒の皆さんはすぐに帰宅をしてください!」

 

 

二人の間に入るように校内放送が響いた。その直後担任の先生が教室に入り、話す時間は消えた。

 

そして、ホームルームが終わり続々と生徒達は帰宅し始めた。

 

高校生君と橘薫も同じように帰る。二人は帰る場所が途中まで一緒なので、一緒に歩いている。

 

 

「雨すごいね。傘飛ばされそう」

「そうだね。雨って避けられないから悔しい」

「うわ、川の勢いすごいよ。ほら、あそこ」

「……あ」

 

 

 高校生君は遠くから見えた川を見て傘を投げ捨てて走り出した。

 

 

「え!? ちょ、ちょっと!?」

 

 

 彼女も走り出した彼を追った。彼は信じられないくらいの速さで走っていた。男女の体格差もあるが、そういえばと彼女は思い出す。彼はいつも体育を全力でやっていた。

 

 足の速さなら陸上部にだって負けていないのだ。

 

 

 ぐんぐんと加速をしていく高校生君。彼は川の上にかかっている橋の上から迷いなく川に飛び込んだ。

 

 

「ななな!! なにしてるのぉお!!」

 

 

 大声を上げながら彼女は橋の上から見下ろす。見てみると、ダンボールの中に猫が入っており、それが川に流されていたのだ。

 

 

 それを彼は救おうとして飛び込んだのがわかった。高校生君は急いで川の岸辺に寄って川から上がる。

 

 

「猫かと思ったら、猫の人形かよ!!」

 

 

 彼が大声で呟いた。ずぶ濡れの彼の手には猫……ではなく、猫の人形が握られていた。猫ではなかったのだ。彼が飛び込む必要性もなかった。

 

 

「まぁ、川で修行をしたと思えば」

「いいわけないでしょ!! バカ! 心配したじゃん!」

「俺は死なないよ」

「なんでそう言い切れるの!」

「だって、俺は……あぁ、俺ってただの高校生か。死ぬこともあるな」

「ふぇ?」

 

 

 大層なことを言おうとしたのだろうが、結局自分がただの高校生だと分かった彼は何事もないかのように大雨の中を歩き出し、帰路についた。

 

 

 寧ろ、何の危険もなかった彼女の方が慌てていることに展開の不一致が起こる。橘薫はフリーズを終了したがすぐさま再起動をして彼を追った。

 

 

「ねぇ。危なかったよ。気をつけて」

「心配ありがとう」

「その返しも、なんか……」

 

 

 

 大雨の中で二人は歩き続ける。薫は彼にも雨に当たらないように傘を分けるが高校生君は気にせず、雨に当たり続ける。

 

 軽い談笑をしつつ、住宅街を歩く。

 

 

「ねぇ」

「なに?」

 

 

 珍しく彼が話しかけてきたなと彼女は感じた。

 

 

「さっきから後ろにいるのは友達?」

「え?」

 

 

 彼に言われて振り返ると見覚えのある大男が立っていた、それを見た瞬間に彼女の顔が青くなる。

 

 

「あれ……最近、つけられてて」

「あ、そうなんだ」

「その、この間までアイドルしてた時もストーカーされてて」

「アイドルしてたんだ」

「皆んな知ってるよ。それであの人その時もいて、だから、怖くてアイドルとかはやめたの」

「へぇ。言ってこようか? もうやめてって。あと、今度から警察に行った方がいいよ」

「あ、え、うん」

 

 

 

 高校生君は堂々と雨の中、歩き、ストーカーの前に行った。そして、色々と話しているようだった。

 

 これで終わるのかと思ったが唐突に展開が変わる。

 

 高校生君が唐突に殴られたのだ。それだけでなく、そこから数人の男が現れて彼を殴ったり蹴ったり虐殺のように痛ぶっていた。

 

 高校生君を共同で暴行をしたのは全部で四人。彼女は恐怖心が多大に湧いた。そして、自分のために動いてくれた彼を置いて走り出した。

 

 

 

(ご、ごめん。わたし……)

 

 

 走った。雨が自分に当たってずぶ濡れになろうが走った。後ろを振り返ると彼らが追ってくる。

 

 

 ゾッとして、背筋が凍りそうだった。

 

 もしかして、このまま家に帰っても誰か待ち受けているかもしれない。唐突にそう思った彼女は行く場所を変えた。

 

 

 普段なら通らない道を走って。気づいたら工事現場のような場所に入っていた。建設が行われている場所に着くと、そっと隠れる。

 

 

 だが、ここに来るのが分かっていたかのように彼らもやってきたのだ。

 

 

「いるのは分かっているヨォー。子猫ちゃんー!」

「僕達がこんなにも愛しているのに君は逃げるのか」

「金払ったんだ、借金してまで!! 握手券買ったんだぞ!!」

「引退とか急にふざけるな!」

 

 

 気持ち悪いと心の底から、腹の奥から思った。グシャグシャと泥を踏みつける音が聞こえる。

 

 建物の一部に隠れながら少しだけのぞいた。逃げられないかと思ったが彼らの包囲網に隙がない。微かにあるようにも見えるが女の足では抜けられそうになかった。

 

 

「さーてと、手分けして猫を探そうか」

 

 

 雷鳴が鳴った。どこかしらに落ちたのではないか思うほどに大きな音が鼓膜に響いた。目がチカチカするほどに煌ていた。

 

 

「よぉ」

 

 

 ぐしゃぐしゃと再び足音が聞こえた、他の四人と同じような音のはずなのにその音だけは妙に大きいた。雷鳴を超えるほどに印象的だった。

 

 

 血だらけで高校生君が立っていた。

 

 

「やってくれたな」

「……お前、スメルちゃんの彼氏なのか?」

「あ? 誰だよ」

「とぼけるのか? いつも一緒に」

「知らねぇ。とりあえずお前ら全員ぼこる」

「俺はなぁ、黒帯だぞ」

「ラスボスじゃねぇなら、大したことないな。全員で来いよ」

 

 

 高校生君はギラギラとした笑みを浮かべながら近寄った。大男が最初に向かってくるが彼は目元に泥を投げた。

 

 

 そして、一瞬の隙を作ると股間を雷が昇るように蹴り上げた。

 

 

「……ッ!!R?!!??」

 

 

 悶絶をする彼を見て、泥を踏みつける。

 

 

「一度負けた奴には負けねぇ。残りはどうした。アイドルの尻追っかけてねぇで、俺と遊ぼうぜぇッ」

 

 

 頭に血が昇っていた。寧ろ血が流れて、冷静な判断力ができていないのではと思うほどだった。

 

 

 

(あ、あれ、○○君なの……)

 

 

 ぐしゃぐしゃになりながら、大雨の雨粒と一緒に殴る。喧嘩が好きなのかと錯覚するほどに綺麗な笑みを浮かべていた。

 

 数分で全員殴られた。血だらけになっていた彼の体は雨で流れていく。

 

 

「いるの?」

「……あ、うん」

「やっぱりいたんだ」

「何で分かったの?」

「勘」

 

 

 

 その後、警察を呼ぶ、事情聴取などで時間が過ぎると台風は過ぎ去っていた。橘薫と一緒に高校生君は外に出た。

 

 

「ねぇ、喧嘩はよくするの?」

「クマと戦ったりはしてた」

「嘘でしょ」

「対人は初めてだね、あと俺の真似してクマと戦うとかやっちゃだめだよ。クマは危ないから」

「するわけない。喧嘩が好きなの?」

「好きじゃないさ。ただの野蛮って訳じゃないから。結局あの四人はなんだったの?」

「アイドル時代からのストーカーらしい……一人は黒帯、一人はボクシング経験者、他は特筆すべきところはないらしい……ネットで知り合ったらしくて。私が引退したのが許せなかったんだって」

「あぁ、なるほど。それで一緒にいた俺をね……まぁ、いいか」

「ねぇ」

「なに?」

「助けられたら、好きになったんだけど」

「ヒロイン枠にしては(つら)がもうちょっと良くないと」

「アイドルだったんだけど」

「アイドルね。あぁ、確かに言われてみたら可愛い」

「でしょ。毎日、訳わからなくて気づいたらあなたのをこと考えてた。怖くて苦しくなって、助けてくれたのに逃げて、申し訳なくなって、戦っている姿を見て(オス)を感じて、感情がめちゃくちゃに振られて好きになりました」

「うん、ごめん。いずれ好きな人ができるから」

「今いるんじゃないんだ」

「いないよ、ただ俺はいずれ出来る」

 

 

 高校生君は夜風に吹かれながら淡々と歩き続けた。橘薫は人生で初めて告白して初めて振られた。それが悔しくて悲しい。だが、同時に納得もしていた。

 

 

「ねぇ、何を目指しているの?」

「……主人公。努力友情勝利とか、ヤンキーとか車レースとか、料理系とか」

「……相変わらず変なの」

 

 

 

■■

 

 

 

「あの女はどうなったのかのぉ?」

「デートとか行ったような……でも、何もなかった。記憶はほぼ忘れた。それよりもネカフェで漫画読んでたし」

「ネカフェ……?」

「主人公を学んでた」

「なんじゃそりゃ」

「まぁ、今の俺には関係が──」

 

 

 

 ──ふと、フェイの目が覚めた。昔を思い出すかのような夢だった。しかし、すぐさま気持ちを切り替えて彼は着替えて部屋を出た。

 

 

 

「さぁ、修行の時間だ」

 

 

 



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63話 闇の制圧者

 遥かな過去の記憶、父は笑っていた。母は微笑んでいた。兄達がいて毎日が幸せだった。

 

 だが、全ては闇の星元によって壊されてしまいました。

 

 

 兄は母を殺し、仲間を惨殺し。そして、兄は父を斬った

 

 

『これでは足りない……俺は強く強く……もっと強く』

 

 

 強さに取り憑かれてしまった彼を止めることは出来るはずがなく、ユルルは孤立してしまい、家は没落してしまった。

 

 

 

「ガヴェイン・ガレスティーア……」

 

 

 

 彼女は自身の兄の名をつぶやいた。二人の兄は既にフェイによって倒されている。そして、今、彼女は最後の兄を止めるために覇王都市に訪れていた。

 

 ここは強さが全ての場所。

 

 

 自由都市と似て非なる場所。強さを求める猛者だけがここを訪れる。金も名誉も何もいらない。ただ強さだけを求めるだけに人は訪れる。

 

 食事も忘れて、人は戦い合う。

 

 

「フェイ君。ここはとても危険の場所ですので気をつけてください」

「自分の心配をしろ」

 

 

 

 フェイの隣にぴったりと付き添っているユルルの方がこの場所では危険だった。ピリついた空気が張り詰めている。

 

 

「フェイ。来てたのか」

「トゥルーか」

 

 

 任務にて派遣されていたトゥルーもこの場所を訪れていた。互いに意思を確認するように目線を交わす。

 

 

「騎士団としても、ガヴェイン・ガレスティーアはマークしていた」

「俺が倒す」

「そういうと思った。だが、やつは闇の星元を持っている。僕も持っているから、わかってしまう。ここには大きな闇が蠢いている。それに血の気の多い奴も多い。先生が心配だな」

「……噂をすればきたようだな」

 

 

 フェイ達の目の前には鋭い剣を持った二人組。ガラが悪い二人はケタケタと笑っている。

 

 

「ここに来たとは、命知らずか? なぁ、兄者」

「そうだな弟よ。ここは強者しか入れぬ領域。立ち去るが良い。それができぬのであれば洗礼を受けてもらおう」

 

 

 兄弟と見られる二人。二人からは禍々しい星元が発生している。

 

 

「フェイ、この二人。闇の星元を持っている。実は騎士団はここで闇の星元そのものをばら撒いている存在がいると踏んでいるんだ。僕はそれも調査できている」

「大体わかった。あの二人を締め上げて、吐かせればいい」

 

 

 軽く出をまくり、フェイが一歩踏み出した。

 

 

「きいたか兄者よ。あの男、俺たちを倒すといった」

「聞いたぞ、弟よ。倒すといった」

「これは洗礼」

「洗礼。決定」

「「決定」」

 

 

 一歩出した瞬間、それと同時に謎の兄弟二人が襲いかかる。しかし、すぐさま二人は首を掴まれて地面に叩きつけられていた。

 

 

「あ、兄者、なにが、起きた」

「弟よ……わからん」

「トゥルー、さっさと聞け」

 

 

 首を抑え込みながらフェイはトゥルーを見る。

 

 

「その星元どこで手に入れた」

「え、永遠機関とかいう、所の、研究者……苦しい……」

「お、弟……」

 

 

 二人はフェイに力づくで抑えられているが、トゥルーの質問にも答えなくてはならず顔を青くしていた。

 

「ガヴェインという男を知っているか」

「最近、この都市に来た男……何度も戦い続けている……ほとんどの敵を倒している……俺たちもやられた」

「なるほど。フェイ、もう離してやってくれ」

 

 

 フェイはその二人の首を離して、手を払った。ギロリと睨むと兄弟は退散した。

 

 

「あの二人、闇の星元を持っているのに自我を保っていた。相当の実力者であるってことか。まぁ、あとで捕まえといけないけど」

「どうでもいい。本丸がいるのはわかった」

「闇の星元が蔓延しているのは確かなようだし。研究員とかも捕まえるべきかもね」

「俺は俺に従い動く。お前も勝手に動け」

「何かあったら連絡する。先生、それでは一旦失礼します」

 

 

 トゥルーとフェイは別れて行動をすることを決めた。フェイとユルルは再び二人きりになる。そして、すぐさま詮索を開始する。

 

 

「フェイ君、闇の星元を以前使っていた私だから分かることですが、あれを使っていると本来の実力以上が強制されます。私の兄は元の実力がかなり高く一等級に近いと言われていました。それが10年以上前、今では確実に騎士団トップと並ぶほどでしょう。危ない場合はすぐさま離脱をしましょう」

「俺は戦う。お前は逃げろ」

「ふぇ、フェイ君が死んだら意味ないです!」

「死なない」

 

 覇王都市は戦闘に飢えている存在が多い。回復ポーションが大量に売られており、回復魔術を直接売っているものもいる。それほどまでに戦闘だけの場所。

 

 

「闇の星元か……」

「フェイ君、手を出さないでくださいね……」

「あぁ」

「──それは残念だ。君には是非、掴み取って欲しかったのに」

 

 

 フェイ達の前に現れたのは白髪の子供だった。目は赤くて不思議な雰囲気を感じさせる。

 

 

「あれ、驚かないの? 隠密の魔術を使ってたのに」

「気づいていた」

「まじ? 隠密を見破るほどに目がいいんだ。うんうん、やはり来た甲斐があった。君だろ? 最近噂のフェイってやつは」

「……」

「自由都市、アルファ、ガレスティーア、我々が用意した実験をことごとく打ち破っているのは」

「俺の前に立ったからはらうだけだ」

「我々は君に興味を持っている。まぁ、本当はトゥルー君なのだけど。君にも興味がね。あぁ、私の名前はシドー。永遠機関特別幹部だ。幹部と言っても実はほとんど潰されてしまっていてね。知っているだろ? モードレッド。彼女は最強だ。光で全部潰されて残りは僕くらいさ」

「……アイツか」

「話を戻そうか。それで、新たな研究をしている。君も欲しいだろ。力が」

「フェイ君、わかっていると思いますが」

「君じゃ、ガヴェインには勝てない。死ぬだけだ。でも、この「闇の星元」。その果実があれば違う」

 

 

 シドーは懐から真っ黒な果実を取り出した。果実はリンゴのような形状だが腐っているように君が悪い。とても美味しそうには見えなかった。

 

「これ、従来だったら自我を保てないのを改良してる。改良してるけど、意志が弱い人は呑まれるし、あまりに力を引き出しすぎると体壊れたりデメリットが多い。ただ、力であることは変わりない」

「……」

「さっき君が戦った兄弟は改良した果実。その中でも最低限以下しか入れていない。だから、多少の凶暴性で大丈夫だった。元々は農民をしている搾取されることに慣れている平々凡々、それがあそこまでなるんだ。この果実を君が食べたらどうなるのかね。ほら、あげる」

「……フェイ君捨ててください。危険なものです」

 

 

 

 フェイは闇の果実を受けとった。しかし、それを何も言わずにポ投げ返し、剣を抜いた。

 

 

「あ、僕と戦いたいのは構わないよ。ただ、いいのかな? 来てるよ、ガヴェインが」

 

 

 

 ──どごんッ

 

 

 

 空から人が落ちてきた。白が汚れて荒んだような灰のような髪。目は濁った泥のような青。その姿を見てユルルは思わず剣を握る手に力を込めた。

 

 

「お前がフェイとか言うやつか」

「ガヴェイン。彼に闇を分けてあげて。ほら、これ闇の果実」

「……あぐ」

 

 

 

 渡された闇の果実をガヴェインは口に含み飲み込む。内側から膿のように闇が溢れ出す。

 

 

「かはは、やーば、やーばいな。僕は観戦するから存分に戦って」

「強さを求める、強さの究極に至る。それだけが俺の生きる意味」

「……」

 

 

 

 フェイの黒髪が揺れるほどに突風がガヴェインから発生している。闇の星元の余波だけでここまでの現象を引き起こしていることにユルルは震えていた。

 

 

(前と全然違う……こんなに、闇が……)

 

 

「兄様……やめてください」

「見たことある顔だと思ったが、お前か。すぐに消えろ。お前のような女に存在の価値はない」

「いいえ、消えません。兄様、貴方はお父様を殺しました。その罪を償ってもらいます」

「罪など知らない。俺は強くなりたい。それだけだったんだ。お前なら分かるだろう。フェイ。俺には分かる、その強靭な肉体。この星元にすら物おじしない胆力。頂上を目指している者だ、俺と同じ才覚と感覚を持っている」

 

 

 

 フェイに向かって言い放つガヴェイン。彼もまた強さを求めている覇者であることは悟っていたらしい。

 

 

 フェイは星元は無い。それは自らのモーガンによって奪われてしまっているからだ。その『空いた器』に目をつけたのはシドー。伸び悩みと力への葛藤で揺れているフェイに力を与えようとするのが本来のゲームでの流れ。

 

 その流れのままに力を受け取ったフェイは暴走をしてトゥルーと対峙して、死んでしまう。

 

 だが、それは所詮の本来の流れなのだ。

 

 

「俺とお前では格が違う。強さに含まれる意味も気高さもな」

「お前は俺と同じだ。強さを求めるだけの獣だ」

「同列に語るな。傲慢にも程がある」

 

 

 

 闇の衝撃波が飛んでくる。それを光り輝きが一切ない聖剣において、切る。フェイの魔刀は現在鍛治師であるガンテツの元である。

 

 現在フェイの手元にあるのは護身用の剣と意味をなさない硬さには定評のある聖剣だ。

 

 

「強さを求める。何もおかしいことはない。人は相対的に物事を判断する。俺は自分が弱いことが許せなかった。他人よりも劣っている自分が見ていられない」

「……」

「それだけだ。それが許せないだから父を殺した。もっと強くなりたいと願う。お前もそうであるのだ、強さが欲しい。それが他人が持っていると許せない」

 

 

 ガヴェインは自らの星元をそのまま剣のように固めた。黒焔の剣とも言うべき業物を振るう。

 

「フェイ君ッ!」

「俺が戦う。少し下がってろ」

 

 

 フェイはユルルを下がらせて、聖剣にて応対する。

 

 

「ががががはははははははは!!! これが戦いだ!!!! 楽しい!! ハッピー! 素晴らしいこれが戦いだ!!」

 

 

 ガヴェインが戦いに狂喜乱舞する。彼の姿はすでに人の形をしているだけで、中身は人ではない。肌は徐々に真っ白になり。目の奥が青から赤になっていた。

 

 

「これがアビスの力を完璧に扱ったものだけが至れる境地である!! 刮目しろ! フェイ! そして、お前もアビスとなり俺の糧になれ!!!」

「前もいたな。エセ神父と同じか」

「聖杯の王を倒したのもお前だな! あれはなぁ!! 俺が狩るつもりだった!!」

「騒ぐな。程度が知れる」

 

 

 

 徐々に声が大きくなっていく。自制ができていないとすぐさま理解するほどだった。戦闘に気分が高揚しているのではない。単純に闇の大きさに耐えられていない。

 

 

「先生!」

「トゥルー君……」

「これは……先生、ここに居ると邪魔になる。これは天変地異と同じだ」

 

 

 

 激突に次ぐ激突、一つぶつかるたびに付近の古屋の屋根が外れる。近づくことが困難になり、目も開けていられないほどに風が大きい。

 

 

「素晴らしい。そこまでの戦闘能力があるのに星元がないのは惜しい!! 強さは総合的だ!! 精神、肉体、技術、そして星元!! お前は最後がない!!! それだけがない!! なぜだ!! なぜだ!! 惜しい!!」

「……」

「だから、俺に負ける!! お前は星元を取り込んで人間をこえろ!!」

 

 

 星元とは戦士としての差が如実に出ると言われいている。今までは純粋な身体能力だけで渡り合っていた部分はあったが、以前の宗教王との戦いでは魔刀を壊してなんとか勝利を得ていた。

 

 だが、戦いはインフレに次ぐインフレが起こっている。どう足掻いても戦えない時期もやって来ていた。

 

 

 

「お前もアビスになれ!! フェイ!!」

「……」

 

 

 

 撃ち合いの末、フェイの体にはヒビが入っていた。全身の骨が軋み始めていた。純粋な暴力ではガヴェインが上。

 

 

「嘆かわしい……これほどの強者もただ死んでしまうとはな!! 俺と同じステージまで上がってこい!! それを打ち倒し、俺は更なる上に行く!」

 

 

 フェイの体に自らの闇の剣を刺した。フェイの体の中には大量の闇が流し込まれる。丈夫な彼の体に異変が起きる。大きな淀みが皮膚に発生してずっと透明だった星元が闇に変わっていく。

 

 

「お前は果実を食べそうにはない! だから俺が直接流し込んでやった!! 目覚めろ!!」

「……ッ」

 

 

 

 髪が黒髪から銀に変わって、眼の色も黒から紅蓮に変わる。その様子を見ていたシドーに激震が走る

 

 

「これは……」

 

 

(元から器だったか。空っぽだった星元。だからこそ適応するのが侵食が異常に早い。ユルル・ガレスティーアとか他の兄弟の時は侵食にかなり時間を食っていたけど。これは……元がないからこその侵食か……その分自我を失うのも早いだろうなぁ)

 

 

 

(トゥルーは子百の檻から脱走した、義理妹を食ってるからねぇ。その子が光を持っていたから高濃度の闇でも自我を保てている。その事件が災厄の村と言われている所以だけど。光の血を飲む……残念なことに、それも抑えが効かなくなってるけど)

 

 

(フェイの場合は無理だろう。適応が早すぎる。このまま自我を保て……おい、嘘だろ。あいつ……平気で自我を保っている……!?)

 

 

 

 深い深い深呼吸を一度だけした。体中に亀裂が走り、竹が割れたようにに線が入っている。その間から血が吹き出している。

 

 

「……素晴らしい! それでこそ、それでこそ!! 本当の戦いだ、お互い全力で殺し合おう! そうすることによって、俺は更なる強さを得る!!」

「その武勇、喰ってやる」

 

 

 

 フェイが一歩踏み出した、踏み込んだ地面には足跡がくっきりと残る。土には闇の星元の一部が影のように残っている。

 

 

 残像が見えるような動きから、それすら見えない動きへと変貌を遂げている。打ち出した拳は空気による摩擦で微かに溶けるほどだった。

 

 

「ッ!!! いいねぇ!!!」

「……」

「聖騎士なら二等級以上……いや、一等級は確実!!! しかもその中でも指折りに入る!!」

 

 

 ──だが、惜しい

 

 

 フェイの体は未だかつてないほどに痛々しい程だった。星元操作が苦手な彼は、星元による急激な体の変化を緻密にコントロールできない。

 

 それは以前からだった。

 

 

 今度の闇はそれとは比にならない強化。粉砕的な骨折が起こり始める。だが、それと同時に闇の星元特有の再生能力が発動し、ネジ切れるように体が元に戻る。

 

 一発一発が激痛を伴い、さらには体が半壊しては戻るを繰り返している。

 

「お前、死ぬぞ!! 死ぬ間際だ!! 心臓には星元が宿る!! 闇の星元には再生能力が存在し、それによりお前は延命している!!! だが、今のお前は体の内側でも星元が暴れている状態だ、体の中で小さな星が爆発している!! もしそれが心臓付近で起こり、心臓が爆発すれば間違いなく死ぬぞ!! 魔術やポーションでは治せない!!! 仕切り直しをしよう!! ここで強者を失うのは勿体無い!!」

「黙れ……今いいところだ」

 

 

 

 全身血だらけ人間とガヴェイン、互いの一挙手一投足が死地へ追い込む斬撃。しかし、再生がほぼ無制限にできるガヴェインと常に死を内包しているフェイでは戦闘に差が出る。

 

 

 

「フェイ! 一旦引け!!」

 

 

 トゥルーが叫ぶがフェイはそれに応えない。

 

 

(馬鹿が! このまま再生を続けていてもお前は死んでしまうんだぞ! フェイ、一旦引け。それとも僕が無理やり引かせる……無理だ。ここに入り込める余地がないッ)

 

 

(見えないから、魔術による補填もできそうにない……星元をただ使うだけでは……いや、待て。そもそも使う必要がないのか)

 

 

(あいつは今まであんな無茶やり方で渡り合ってきていた。再生のたびに命をかけていることが異常ではない。常に命をかけて当たり前であったからこそこの状況下でも戦えている……)

 

 

 

 

 再生と破壊が常に目の前では行われている。一見するとフェイの斬撃は荒々しいものに見えるが、普段からフェイを見ていたユルルには清水のように美しい剣技に見えてた。

 

 ずっと彼に教え続けていた。波風清心流。極地が今まさに目の前に存在していた。

 

 

 

「あ、ありえん!? なぜまだ、生きている!?」

 

 

 

 ガヴェインもフェイの異常な生命力に驚愕を始めた。いつ死んでもおかしくない状況がずっと続いているのにも関わらず、まだ生きていた。

 

 聖剣には光がない。だが、闇が纏っていた。

 

 

 

 

「心臓だけがぎりぎりで爆発をしないだと……そんな都合がいいことが!」

 

 

 

 叫び驚いているガヴェインを見て、そこでトゥルーはあることを思い出した。現在フェイの体の中には化け物がいることを。

 

 

(そうか! フェイの体には退魔師がいる……それが星元操作に一枚噛んでいる。荒波のような星元がわずかに踏みとどまり使えているのは……中にいる化け物の所作)

 

 

 

「核心は見えた……黒点・黒弾」

 

 

 フェイの右手に纏っている闇が信じられないほどに輝く。腕は何度も折れて皮膚が剥がれて、関節が逆に曲がって。しかしそれが常に再生している。

 

 

 その黒い腕は弾丸のようにガヴェインの心臓を貫いていた。その速度は一等級に近いと言われているトゥルーの瞳にも映らないほどだった。

 

 

(み、見えない……紛れも無い……一等級クラスッ)

 

 

「がッ!?」

 

 

 ガヴェインにもトゥルーにも、この世の上位に存在する猛者にも視認ができない。通常の体の強度と星元による身体強化は掛け算のようなもの。しかし、それは今までは不完全だった。

 

 

 星元の量、操作、全てを彼は奪われて持ち合わせていない。

 

 

 それが戻った状態に近くなった。量は増え属性があり、そして、操作は内側の存在が微かに担う。

 

 正真正銘、100%の殴打。

 

 

 

「……あ、りえん。この強さ、躍動感。そうか、俺が、俺が、ここまで来ても上にいけないのは……」

 

 

 

 心臓を潰されたガヴェインは灰のように消えていった。これによりガレスティーア家の因縁は断ち切れた。

 

 

 だが、それよりも大きな波が時代に押し寄せていた。

 

 

 場所は円卓の城、円卓の間。

 

 

 聖騎士の中でも十二人しかいない、一等級聖騎士が揃う。

 

 

「アーサー、トゥルー、フェイの一等級推薦。だが、この中のトゥルーにはアビスの容疑がかけられている」

「へぇ、どうするのさ」

「フェイにおいては、複数人の推薦人。アーサーとトゥルーは単純な実力が大きい」

「どうでもいいからさ……取り敢えず、三人呼べ。話はそれからだろ」

 

 

 

 

■■

 

 

 

 闇の星元ね……おおー、ようやく主人公覚醒が来たかって感じだな。

 

 

『そんな悠長なことを言っている暇では無いです! 闇は精神に大きな作用を及ぼすのです! そして精神は体に大きな影響を出す。アビスとはそうやって生態系から離れた存在になった何らかの生物なのですよ!!!』

 

 あ、アビスってそう言う存在だったんだ。ここでネタバレするのね。

 

 

『今後はあまり使わない方がいい。と言うより絶対に使ってはいけません。ガヴェインという聖騎士もかなり元から変わり始めていた。あれは人間では無い』

 

 

 人間じゃ無い存在に勝てるのが俺ってわけか。

 

 

『私はアーサーです』

 

 

 知ってるけどどうした?

 

 

『嘗ては闇の星元の大元と戦いました。仕留めきれないほどにそれは強大だったのです。だからこそ恐ろしさも知っています、その力は安易に使うべきでは無い。あなたにも言っています』

『何じゃ?』

『あなた、彼の体の闇を僅かですが操作しましたね』

『ほほほ』

『笑ことでは無いのですが』

『わらわは問題ない。そもそもわらわは鬼だからのぉ』

『気になっていました。鬼、そんな種族はありません。ですが、鬼になっていると言うことは闇の星元による作用ですか』

『違う。妾は単純に恨みや嫉妬。それらが溜まりに溜まってそれが体に影響を出したにすぎん。元は純粋な人間じゃ』

『……闇に貴方も呑まれますよ』

『呑まれんよ。逆に吹き飛ばすまでじゃ。あの闇の操作は何となくわかった。あれを使えばこの小僧を取り込める』

『あなた……フェイ、聞いていましたね。あれを使ってはいけません。こんなふうに貴方を飲み込もうとしています。それは力も彼女もです』

 

 

 飲み込まれない。吹き飛ばして逆に俺の力にしてやるさ。と言うか展開的に力に呑まれるってありえないだろ。俺主人公だし。

 

 結局禁断の力って扱えるのが決まってるからね。そんなビビってない。

 

 

『あの、私の話す腰は聞いてくれまセんか? 貴方のために言っているのですが』

 

 

 ねぇ、全盛期のお前と今の俺、どっちが強い?

 

 

『会話のキャッチボールをしてください。ドッジボールになっていますよ。まぁ、いいでしょう。そうですね……私です。光はそもソも闇に対して大きな力を発します。闇とは本来のあり方を変える。光とは本来の光を取り戻す要素。だからこそ光は治癒などにも優れている』

 

 

 ふむ

 

 

『闇の再生はあれは本来の再生ではない。相反する力ということですね。ただ、本来の力に戻そうとする作用は非常に大きい。だから、光が有利です。戦闘になれば全盛期の私デす。しかし、単純な殺し合いならば違うかもしれません。私、か弱い女の子なので腕っぷしは苦手なのです』

 

 

 ふーん。まぁ、どうせ俺の方が強くなるし。実質的には俺の方が強いと言える。

 

 ユルル師匠の兄を倒して、一旦国に戻ってきた。

 

 ユルル師匠からは感謝された。キスされたり、一緒の部屋に泊まって色々としたりもしたのだが、それはさほど重要ではないので飛ばしておこう。

 

 

『超重要じゃろ』

『あれを重要ではないとかクソ男すぎませんか?』

 

 

 国に戻って訓練を再び始めているといつもより、視線が多いことに気づいた。まぁ、いつも注目をされているのだが。

 

 

「あ、あのフェイさんですよね!」

「フェイ先輩だ!!」

「うわぁ!!」

 

 

 誰だこいつら、女の聖騎士が数人いた。困るな。今訓練中だし、サインなら後にして欲しい。

 

 

「フェイ先輩! 一等級聖騎士に推薦されたって本当ですか!?」

「すごーい!!」

「もしなったら、ご指導お願いします!!」

 

 

 聞いてない。俺それ聞いてない!

 

 

 だがしかし、ようやく騎士も俺の価値をわかったらしい。ただ、それでも足りないがね。一等級の上を作って欲しいくらいだ。

 

 

 

「フェイ」

「アーサーか」

「うん。ワタシ達呼ばれてるよ? 城の円卓の間に」

「そうか」

 

 

 

 よーし、一等級聖騎士全員にあってくるか!

 

 

 

 

 



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小話 フェイについて語るスレ

 フェイが王都ブリタニアへと帰還をした。闇の星元を手に入れ、強くなり帰ってきたのだ。

 

 

「フェイ……何があったの?」

 

 

 彼の姿を見た『アーサー』は驚愕をする。彼女は普段、彼に対して尊敬や恐れを持っているが、それ以上に親しみを持っている。

 

 だが、今の彼を見て、生物としての恐れを抱いた。

 

 なぜなら体中から溢れる星元が異常だったのだ。生態系からずれているエネルギーが彼を包んでいる。本来であればズレがある力は奇跡的に彼の器に収まり、馴染んですらいると彼女は感じた。

 

 

「……アーサーか」

「闇の星元だよね……」

「らしいな」

「コントロールできるの?」

「当然だな」

「そう、体に負担はかかってると思うけど」

「普段からかけている」

「確かに、うん。そうだった。まぁ、フェイが大丈夫ならワタシは良いんだけど。変わったね。また強くなった。今のフェイとワタシ、どっちが強いかな」

「やるか、今ここで」

「やめておこ。ここで二人でやったら巻き込まれた人が死ぬから。先生も死んじゃう」

 

 

 アーサーはフェイの隣にいるユルルを見た。アーサーにはユルルは戦いについてこれない。邪魔よりももっと下とも言える、巻き込まれただけで意味もなく死ぬ対象となる。

 

 

「そうだな」

「うん……あれ? 先生、首大丈夫?」

 

 

 

 アーサーがユルルの首元に違和感があるのに気づいた。彼女の首元が少し赤い斑点があるからだ。

 

 

「虫刺され?」

「え? あ!? こ、これは、あれです。む、虫刺されです! キスマークとかじゃないですよ!?」

「そう、虫刺されなら。薬あげる」

「あ、どうも。なんか、騙してるようで罪悪感が……」

「フェイ、今日の夜暇?」

「戦うか?」

「違う。ご飯食べよ」

「食べん」

「え? なんで」

「逆になぜ俺お前と食べる」

「あ、あのフェイ君は今日の夜、私と予定ありますから。アーサーさんは明日にでも!」

「む、わかった。なら明日にする」

 

 

 アーサーはメモ帳を取り出して、明日はフェイとご飯と書き込んでさっていった。彼女が去るとフェイは孤児院に向かって歩き出した。

 

 

「……あ、フェイ君」

「なんだ」

「今日、夜、一緒にいましょう」

「あれはアイツを遠ざける方便だろう」

「そ、そうでもですけど。一緒にいたいなって」

「……」

「あ、えと、部屋で待ってます」

 

 

 ユルルは自分の部屋にはメイドがいるのをすっかり忘れていた。

フェイはなんだかんだで夜に彼女の部屋に行った。

 

 

■■

 

 

 

1名無し神

フェイ……何があった?

 

 

2名無し神

こいつ、強いな

 

 

3名無し神

まさしく開花という表現が正しい

 

 

4名無し神

体に上手く適合してたな。

 

 

5名無し神

え? これ星元の話だよね?

 

 

6名無し神

逆に何がある?

 

 

7名無し神

ユルルちゃんとの関係の話かと思ってた

 

 

8名無し神

すぐエロに行くよね。ゼウスだろ

 

 

9名無し神

煩悩神が!! 恥を知れ、フェイが闇の星元を手に入れたことを言っているんだよ!!

 

 

10名無し神

え? 気になるだろ

 

 

11名無し神

まぁね

 

 

12名無し神

そりゃそうよ

 

 

13名無し神

結局、することしましたもん

 

 

14名無し神

誰やねん、お前

 

 

15名無し神

首元にキスマークあったしね

 

 

16名無し神

フェイ鼻でかいから、いちもつもでかいんやろ

 

 

17名無し神

フェイ鼻デカくないやろ笑

 

 

18名無し神

でも、序盤でアーサーはデカいっていうてたな

 

 

19名無し神

あぁ、温泉の時ね、懐かしすぎて笑うな

 

 

20名無し神

フェイ君ちゃんと手を出すんやな

 

 

21名無し神

え? 手出してたの?

 

 

22名無し神

察し悪すぎて笑う

 

 

23名無し神

この察しの悪さは童貞やなぁ。神のくせに

 

 

24名無し神

神は千歳超えているのが基本なのに、童貞?

ずっと家にいたん?

 

25名無し神

やめてくれ、その言葉は俺に効く

 

 

26名無し神

世の中にはね、言ってはいけないことがあるんだよ。断罪するで?

 

 

27名無し神

神の怒りだけは買うな

 

 

28名無し神

話変えるけど、フェイ君、大したことないって言ってるのは何?

 

 

29名無し神

クズ男ムーブもできる主人公なんやろ

 

 

30名無し神

他の女にもなんだかんだでチョッカイかけてるしな

 

 

31名無し神

アーサーと明日会う約束をちゃっかりしてるしね

 

 

32名無し神

クズ、クズ、クズクズ

 

 

33名無し神

嫉妬すんなよ

 

 

34名無し神

俺は恋愛関連は興味ないかな。それよりも強さがどれくらいかに興味ある

 

 

35名無し神

一等級聖騎士の領域に入ってるよ

 

 

36名無し神

たしかにな

 

 

37名無し神

強くなったねぇ。今ならアーサーにも勝てそう

 

 

38名無し神

あのアーサーが引いてたよ。真の実力に対して

 

 

39名無し神

勝てるよ

 

 

40名無し神

フェイの中には訳わからない化け物二人いるしな

 

 

41名無し神

バラギとか、偽アーサーね

 

 

42名無し神

過剰戦力だろ

 

 

43名無し神

文字通り、最強になりそう

 

 

44名無し神

精神も最強なのに、体もスペックも最強とか誰が勝てるんだよ

 

 

45名無し神

大丈夫、俺主人公で最強だから

 

 

46名無し神

なりそうで怖い

 

 

47名無し神

最強への手札は揃ってるよ

 

 

48名無し神

英雄達は後輩がさらに強化されてザワザワしてるよ

 

 

49名無し神

掌返しで俺はわかってたよみたいな考察班が沢山いて死ぬほど笑う

 

 

50名無し神

英雄も所詮人間やな

 

 

51名無し神

長いものには巻かれたいんやろ



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第64話 フェイ君死刑!

 トゥルーが騎士団にて呼び付けられた。その理由はトゥルーに闇の星元が宿っているとバレてしまったからである。

 

 トゥルーという青年はこの世界においては、主人公である。彼には大きな伏線や設定が存在している。それが彼に宿る闇の星元とアビスの存在だ。

 

 強大であり邪悪な力が徐々に物語終盤で明らかとなる。それが周囲にバレ、騎士団から死刑宣告が主人公であるトゥルーに下るのである。しかし、それにアーサーが待ったをかけ、一応保留となる。

 

 万が一、トゥルーが暴走をした場合は文句なしに処分であるという条件と、彼の心臓部に条件を満たすと爆発魔術を施されてたが。そこからはトゥルーが暴走をした場合に死ぬ√や、アーサーが彼を殺す死亡イベントもあったりする。

 

 しかし、先ずは今。トゥルーという少年は人生最大の危機を乗り切らなくてはならない。味方と思っていた騎士団からの死刑判決が下ろうとしていた。

 

 トゥルーは王都ブリタニア、そこにある聖騎士の本部である。円卓の城。その最上階であり、最重要の部屋。

 

円卓十一傑会議場(ロイヤルホール)に呼び出されていた。

 

 

 

「まぁ、トゥルー君落ち着きたまえ」

 

 

 彼に落ち着いた声で声をかけたのは聖騎士のまとめ役、団長ランスロットである。トゥルーを中心に置いて、円のような机が作られている。そして、椅子の数は十一。そこには聖騎士長ランスロット、副聖騎士コンスタンティン、他九名が席についていた。

 

 彼等は騎士団に十一人しか存在しない、一等級聖騎士である。現王国最高戦力の猛者達である。

 

 

「我々もすぐに君を死刑にするわけでもない。君は今までたくさんの人を救っているのだから」

「聖騎士長様、そうは言うがヨォ、闇の星元持ってるんだゾォ? 死刑が当然だろ、さっさと殺せよ」

「ほっほっほ、私としてもそれが無難であると思いますがねぇ、騎士団の規律と心持ちを乱す可能性がある。我々が戦ってきたアビスが宿っているのだからね。若人の命を経つのは老人である私の心が痛みますが」

 

 

 トゥルーに対して慈悲なく死刑を進めるのは二人。この瞬間いつでも殺せるとオーラでアピールをする血の気の多い青年、一等級聖騎士【牙狼】メリアガーン。

 

 そして、老いている顔つきだが間違いなく手の厚みは本物であるベテラン騎士。

 

一等級聖騎士【瞬息】パロミデス。

 

 

 他にもフェイ達をサジントに監視させていたブルーノ(ノワール)も席についているが一度傍観に徹している。

 

 そして、それは残りの一等級聖騎士達も同様だ。

 

 

「オレあヨォ、さっさと殺すのが手っ取り早いと思うんだがな。本人であるお前はどう思うんだぁ?」

「僕は……まだやらなくてはいけないことが。それに、制御もできてます」

「制御ねぇ。トゥルーお前はあの『最悪の村』の出身だな。お前以外がアビスに全員食い殺された、あの村。本当はお前が食ったんだろぉ」

「そう考えるのが妥当ですねぇ。その後は孤児院で育ち、聖騎士になる。土を越した才能で今では二等級聖騎士。育ち切る前に殺しておくのが得策かと思いますね。まぁ、老人の戯言ですが」

 

 

 トゥルーは思わず言い返そうとしたが、薄々自分自身でもそれは感じていたことだった。村の人や家族を殺してしまったのは自分なのではないかと彼は感じていたからだ。

 

 だが、彼にはまだやらなくてはならないことがある、使命も覚悟もある。トゥルーが納得をしていないと感じた一等級聖騎士達、彼等の思いが交差し一触即発になりかけた。

 

 それぞれの星元が戦闘開始のピークの達した時、会場の扉が勢いよく開かれる。そこには、

 

 フェイの姿があった。

 

 

 

■■

 

 

 

「なぁ! フェイ聞いてくれよ!!」

 

 

 ボウランが俺に話があるらしい。なんかのイベントフラグかなと思って話を聞いてみる。

 

「トゥルーが、トゥルーが……かくかくしかじーか!!」

 

 

 

 な、なんだったてぇええ!?

 

 

 トゥルーの中にある闇の星元がバレて、今現在騎士団最高戦力、一等級聖騎士達から死刑宣告されるかもしれないだってぇ!? 今現在、丁度呼び付けられて尋問を受けているだってぇ!?

 

 な、なんて羨ましい……それだけでなく主人公の俺よりも目立つとは絶対に許せん。断固として死刑を阻止しなくてはならない。

 

 そこは俺に死刑を宣告してほしいからだ。先ず誰よりも俺にしなさいよ。

 

 

 

「ふむ、それは由々しき事態だな」

「だろ!」

「騎士団の奴らも見る目がない」

「だよな! トゥルーいいやつだよな」

 

 

 先ずは俺に目をつけて呼び出さないあたり、節穴の連中の集まりだな。

 

 

 今からでも、死刑対象変更の飛び込み営業をするべきと主人公である俺は判断した。

 

 

 そうと決まればと、俺は走り出す。

 

 

 主人公である俺の登場ダァあ!!!!

 

 

 扉を開けると、トゥルーを含めた十二人が俺の方をじっと見た。いつぞやの聖騎士長様もいらっしゃる。それに前に俺が殴った聖騎士最強のトリスタンもいる。

 

 

 

 

「おや、君はフェイ君だね」

「その通りだ。聖騎士長」

「どうしてここにと言うのは野暮なのだろうね。ユルル君の時と同じく、彼を庇いに単独でここにきたのだろう?」

「さぁな」

「君の慈悲深さは私も聞いている。隠すことはない」

「フェイ……お前」

 

 

 何やら見当違いの感じがするが……まぁ、拡張解釈をすればそうともないのかもしれないなぁ。主人公である俺なのだから、気づかないうちに仲間を庇っていたのもおかしいことではない、さすが俺だ。

 

 

「慈悲だろうがなんだろうがぁ、闇の星元を持つトゥルーは死刑だろ」

 

 

 あぁ、そう言うことね。トゥルーが闇の星元が持ってるからアビスと同じ判定されてるのか、だから死刑と。

 

 かぁ、見る目がない。俺も持ってるんだよ。闇くらいはさ。

 

 

 闇のオーラを俺は纏う

 

 

 

「お、お前も持っていたのかよぉぉ!」

「これは、彼も死刑対象ですかねぇ。いやはや、老人にあまりストレスをかけないでいただきたい」

 

 

 

 不良っぽい一等級聖騎士と老人の一等級聖騎士が俺に驚いている。

 

 

 

「フェイか、思い出した、あの頭のおかしい聖騎士か」

「あの狂人か」

「常に頭のおかしいやつだな」

「最強のオレも殴られたよ」

「ブルーノ、お前サジントとか言う聖騎士に色々探らせてるんだろ。フェイの情報を今ここで全員に提示しろ。こいつも死刑対象だ」

「……」

 

 

 一等級聖騎士の方々も俺のことは知っているようだ。ブルーノとか言うタキシード姿の聖騎士が不良っぽい聖騎士に紙を渡した。

 

 どうやら俺の情報が書かれているようだ。

 

 

 すごく気になる。不良な聖騎士が読み上げる。

 

 

「フェイ……現在二等級聖騎士。特別部隊にて入団。最悪の事件を起こしたガレスティーア家の娘の弟子。ユルル・ガレスティーアの追放を止める。毎回、怪我をするが基本的に本人がそれを望んでいるかのような仕草が見受けられる。戦闘がものすごく好き。戦闘狂である。呼ばれていないのに聖騎士マグナムの訓練に参加、呼ばれていないのにマグナムから推薦もある。自由都市で騒ぎを起こして追放、指名手配されているモードレッドと交流がある。一緒の部屋で寝ていた。最悪の退魔士バラギが宿る刀を保有していたが消失。しかし、魂はそのまま。原初の英雄の聖剣のレプリカを保有、その剣には魂が入っている。現在は体の中に本人を含めて三つの魂があり不安定な状態。さらに今現在闇の星元があるのが判明。死刑対象であるトゥルーを庇う……ハムレタスサンドとマリアが好き。マリアが好きのくせにユルル・ガレスティーアを始めとした聖騎士や自由都市の冒険者、指名手配犯まで手を出している可能性がある。やたら運が良くギャンブルでは絶対勝つ……こいつ、何よりも死刑にしないとやばくないか?」

「ほっほっほ。老人の私も死刑にすべきと思います。どう考えてもぶっちぎりで経歴がやばいですねぇ。女性関係を含めて騎士としてどうなのかと品性を疑いますねぇ」

 

 

 お、俺がマリアを好きだと何故知っているんだ!? こ、このブルーノとか言うやつ一体全体何者なんだ!?

 

 ま、マリアが好きなことがバレた! は、恥ずかしい! はちゅかちゅい!!

 

 

 まぁ、そこ以外は特に気にすることでもないが。

 

 

「ふぇ、フェイ君を死刑はしないでください!」

 

 

 急にユルル師匠の声が聞こえてきた。部屋に彼女が入ってきたのだ。こ、これは嘗て庇った師匠が弟子を庇う熱い王道展開か!?

 

 

「ユルル・ガレスティーア、てめぇも騎士団の規律を乱してるんだヨォ! お前の弟子もな」

「メリアガーンさん、フェイ君は悪い人ではないんです! 私のことは追放でもなんでも構いません、フェイ君は死刑しないでください!! 私のことは嫌いでもなんでもいいです、でもフェイ君のことは嫌いにならないでください!」

「はぁあ!? どの面で言えるんだよぉ! よーしなら、死刑は取り下げる。その代わりお前ら二人とも王都から出ていけ!」

「そ、そんな、フェイ君は悪い人では!」

「邪魔な聖騎士が二人消えて平和になるぜ! そのまま出ていって、駆け落ちでもしてればいいだろ」

「……それはそれでありですけど……で、でも。だいぶありですけど! 私だけじゃないんです! フェイ君の死刑に反対なのは!」

 

 

 

 ほぉ。これは今まで関わってきた奴らが俺を庇う熱い展開だな。急にどごんと扉が開いた。

 

 

「……聖騎士長として一つだけ言わしてほしいのだが、ここ簡単に一般聖騎士が来ていい場所じゃないのだがね。まぁ、良いけど」

 

 

 なにか聖騎士長様が言っているが、今は熱いイベント中だから無視しよう。

 

 

「アルファよ。フェイの死刑に反対するわ。妹のベータとガンマも反対してるの」

「……反対」

「が、ガンマも反対なのだ!」

「ま、マリアです。元ですが聖騎士で反対です」

「アリスィアよ。聖騎士じゃないけど反対するわ」

 

 

 おお、来てくれたか! 呼んではないが。マリアは嬉しい

 

 

「聖騎士長だけど、勝手に聖騎士じゃない人が来るのもまずいって言うか。まぁ、いいのだがね」

 

 

 無視しよう。聖騎士長。

 

 

「エセやで、反対や。と言うかフェイ死刑にして、祟りとかで出る方が怖いからやけど」

「カマセだ、僕様も反対だ。フェイが死んで幽霊とかになって呪われたら怖いから反対だ」

「ボウラン! 飯食えなくなるから反対だ! それと、最近、恋とか知りたいし……」

「マーリンと言います。反対ですね、彼には色々と聞かないといけないですので。バラギとアーサーの魂両方についてですが」

「アーサー。フェイはワタシの弟でもあって大事な人だから断固反対、フェイが死ぬならワタシが敵になるのを忘れないで」

 

 

 アーサーも来てたのか、あとマーリン久しぶりだな。

 

 

「拙者も反対でござる」

「兄者が死ぬのは許せん」

「フェイ先輩が死ぬのはダメだな」

「フェイ先輩!」

「フェイ殿が死ぬのはダメだな」

「フェイを殺さないで!」

 

 

 アーサーからここまで誰やねん。と思ったが喧嘩を挑んできて裏でボコったり最近俺のファンになったりした奴らだな。

 

 他にもたくさんいる。不良聖騎士はこれらの面子を見てため息を吐いた。

 

 

「女ばっかりじゃねぇか。はぁ、だが、この数は異常だ、一時的に取り下げてやるよ。だが、勘違いすんなよ。お前を今、この状態で消すと後ろがややこしいから、一時的にだ」

「ふん、俺としては今からでもやりあってもいい」

「ほぉ、イキがいいじゃねぇか。お前が殺せる場を整えたら殺してやるよ。トゥルーもな」

「え? 僕ですか?」

 

 

 トゥルー、気づいたら自分の話が全然関係なくなっててオロオロしてたが、死刑は見逃されたらしい。よかったな

 

 

 なんやかんやで俺も死刑対象になったが救われた。一応だがこれには感謝しないといけない。

 

 俺は俺を救いにきた面子を見た。

 

 

 ふっ、俺が救われたのは……9割マリアとユルル師匠のおかげだな。

 

 

「フェイ、ワタシの声があったら死刑免れたよ、ワタシ今度一等級聖騎士ならるから。無視できなかったんだと思う」

「なに? お前が一等級?」

「うん。上で待ってる」

 

 

 うざ、少しお礼を言おうと思ったがうざい。

 

 

「お礼はデートでいいからね。ボウランもお礼欲しいって。あとアルファとか、その他の女の子もデートでいいって。男の方は決闘とか指南とか、酒飲みとかだって」

「……そうか、手間をかけた」

 

 

 しょうがないなぁ、まぁ、今回はみんなのおかげで助かったし。お礼はしないとな。

 

 

 

「僕の死刑の話だったのに、気づいたらなんかうやむやになってた」

 

 

 トゥルーはよくわからないうちに死刑免れて嬉しそうだった。もう死刑宣告なんてされるなよ。

 

 

 

「フェイ」

「なんだ」

「ワタシ、大樹の国に行かないといけない」

「そうか」

「そこにはフェイが持ってるレプリカじゃなくて、本物の聖剣がある」

「……そうか」

「フェイも来て欲しい」

「ふ、仕方あるまい」

 

 

 本物の聖剣ねぇ。なんか面白そうなのでついていくことにした。絶対に主人公である俺の聖剣だろうしさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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