ジョジョの奇妙な鬼殺の冒険 (レイファルクス)
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第1説《転移》

 

 

『承太郎…、目覚めるのだ空条承太郎』

 

 

目を摘むっていた承太郎は、自分を呼ぶ声が聞こえたため、目を開けた。

 

 

「ここは…」

 

 

『目が覚めたか。空条承太郎』

 

 

承太郎が目を開けると、周りは白一色で地面も何も無い空間だった。そして目の前には、一人の男性がいた。

 

 

「貴様は…DIO!」

 

 

目の前の男性は、かつて自分の母《空条ホリィ》を助けるため、エジプトで戦い、仲間を失い苦戦を強いられた怨敵だった。

 

 

『そう…、私はかつてエジプトの地で貴様に倒されたディオ・ブランドーだ』

 

 

「そのエジプトの地でやられた貴様がなぜ俺の前にいる?そしてここは何処だ?」

 

 

承太郎はDIOを指差しながら問う。

 

 

『ここは"生と死の狭間の空間"。死んだ者の魂が一時的に来ることができる空間だ。そして幽体である私はこの空間で貴様が来るのを待ち焦がれていた』

 

 

「"生と死の狭間の空間"…だと?」

 

 

『そうだ。貴様は自分の娘を庇い、死んだ。そしてその後、貴様の娘も死んだ』

 

 

「……そうか。結局、守れなかったのか…」

 

 

承太郎は娘を守れなかったことに肩を落とした。

 

 

『そう落ち込むな。奴は強敵だったが、仲間の一人が不意を突いて攻撃し、奴は死んだ。奴の魂は"無限地獄"へと落とされた』

 

 

「なら何故貴様がここにいる!?貴様が仕出かしたこと、忘れた訳じゃあ無ぇだろうな!?」

 

 

承太郎は声を荒げてDIOを問い詰める。

 

 

『無論私も無限地獄に落とされた。だが、貴様は"別の世界"でやるべきことができたため、その案内人として私と"彼"が選ばれたのだ』

 

 

「……"彼"、だと?」

 

 

『私だよ』

 

 

するとDIOの後ろからもう一人の男性が姿を現した。

 

 

『はじめましてだね。私は"ジョナサン・ジョースター"、君の祖父、"ジョセフ・ジョースター"の祖父だよ』

 

 

「アンタが俺の曾曾(ひいひい)爺さん、"初代ジョジョ"か」

 

 

『その渾名、懐かしいね』

 

 

ジョナサンはフフッと笑い、承太郎を見た。

 

 

『君は数々の戦いを勝ち抜いた。しかし今回は相手が悪かった。けど、君はここで死んでいい人間では無い。そこで私は無限地獄にいたディオにお願いして"力の譲渡"をして生き返らせることにしたんだ』

 

 

「"力の譲渡"…だと?」

 

 

『左様。貴様の幽波紋(スタンド)である《星の白金(スタープラチナ)》は奇しくも私の幽波紋である《世界(ザ・ワールド)》と同種の幽波紋。ならば私の幽波紋を扱うこともできるのではと思い、ここにやって来たのだ』

 

 

ジョナサンとディオはそれぞれの説明をする。

 

 

「……まぁ、貰えるモンは貰っておくぜ。早く"力の譲渡"とやらをしてくれ」

 

 

承太郎は力を受け入れることを承諾した。

 

 

『ならば行くぞ!我が幽波紋《世界》よ!空条承太郎の力となれ!』

 

 

ディオが印を結ぶと、ディオの体から彼の幽波紋《世界》が姿を現し、承太郎の中へと入っていった。それと同時に承太郎の体が若返り、始めて幽波紋を発現させた17歳の姿になっていた。

 

 

『これで私の幽波紋は承太郎のモノとなった。時を止める時間も伸び、約10秒時を止めることができる』

 

 

『そして承太郎、君は今17歳の姿となっている。これで君を送る世界への準備が整った』

 

 

「それで、俺を一体何処の世界へ送るつもりだ?」

 

 

承太郎は投げ槍的に質問をする。

 

 

『今から送る世界、それは私たちがいた世界とは違う世界』

 

 

『その世界には"人を喰う鬼"が蔓延る世界』

 

 

『『君にその世界を救って欲しい』』

 

 

「やれやれ…、娘一人守れない男に世界を救えだなんて…。ちと規模がデカ過ぎやしねぇか?」

 

 

二人の語る世界に承太郎は肩をすくめた。

 

 

『これはお前にしか頼めないことなのだ。わかって欲しい』

 

 

「やれやれ…。分かったよ行きゃあいいんだろ?行きゃあ」

 

 

承太郎は渋々ではあるが、その世界に行くことを承諾した。

 

 

『では、向こうを見るがいい』

 

 

ディオが指差した先には、やけにバカデカい扉が一つあった。

 

 

『あの扉は先程説明をした世界へと繋がっている。その扉を潜ればお前はその世界へと到達する』

 

 

『承太郎よ、この先は過酷な運命が待ち受けている。けれど、決してどんな時でも諦めずに進んで欲しい』

 

 

「自分勝手が過ぎるぜ曾曾爺さん。けどまぁ、やるだけやってみるさ」

 

 

承太郎は手を振りながら扉の前まで進んだ。すると誰も扉に触れていないのに、扉が勝手に開いた。

 

 

そして承太郎はその扉を潜っていった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

『行ったようだな』

 

 

『そのようだな。ところでディオ、提案があるんだが…』

 

 

ジョナサンは手に持っていたワインボトルをディオに見せる。

 

 

『良かろう、その提案乗った』

 

 

ディオはその場に小さな丸いテーブルを一つ、ワイングラスと椅子をそれぞれ2つずつ出した。

 

 

ジョナサンはワインのコルク栓を抜き、ワイングラスに注いだ。

 

 

『では、私が無限地獄に戻るまでの間、この一時を楽しもう。乾杯』

 

 

『乾杯』

 

 

二人はワインを飲み、再び別れるその時まで大いに楽しんだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その頃承太郎は無事、転移を終わらせていた。

 

 

「やれやれ…、やっと着いたか。それで、ここは何処なんだ?」

 

 

承太郎は辺りを見渡すと、建物が多く見られた。しかし、どの建物にも明かりは無く、周囲を暗闇で包んでおり、人一人いなかった。

 

 

「どうやら、ここが何処なのか聞くことはできなさそうだな。…うん?」

 

 

承太郎は何かを聞き、耳を澄ます。

 

 

「これは…、鉄と鉄がぶつかり合う音だな。だが、こんな所に鍛冶屋があるとは考え難い。だとすると…、どうやら誰かが戦っているようだな。やれやれだぜ…」

 

 

承太郎は肩をすくめながら、音が聞こえた方へ走って行った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ハアッ…、ハアッ…、ハアッ…」

 

 

「辛そうに、俺の血鬼術を吸っちゃったんだね。肺胞が壊死して苦しいだろう?今楽にしてあげるからね」

 

 

承太郎が見た光景、それはその場で踞っている蝶の髪飾りをしたストレートヘアの女性に男が扇を振り下ろそうとしている所だった。

 

 

「チィッ、いきなりだが、使うしかねぇ!《スタープラチナ・ザ・ワールド》!」

 

 

ドゥ~ン…コッチッ…コッチッ…コッチッ…

 

 

時計の針の進む音が遅く聞こえると共に周囲の景色の色が"灰色一色"となり、針の進む音が聞こえなくなったと同時に"全てが停止"した。

 

 

「DIOの奴は10秒程時を止めることができると言ったが、今はそんなに長く止める必要は無いな」

 

 

承太郎は女性を路地裏に運んだ。その間、約2秒。

 

 

「約2秒、時は動き出す」

 

 

承太郎は幽波紋能力を解除すると、灰色一色だった世界に色が戻った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「あれ?」

 

 

男が振り下ろした扇は空を斬っただけで、目の前には誰もいなかった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「あ…、貴方は…」

 

 

承太郎は女性に怪我の具合を尋ねる。

 

 

「俺は空条承太郎、流れの科学者だ」

 

 

「私は…ゴホッ!」

 

 

女性は自己紹介しようとした時に口から血を吐いた。

 

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 

承太郎は女性に近寄り、背中を擦る。

 

 

「ゴホッ…ゴホッ…。ありがとうございます。肺胞が壊死してしまって、吐血をしましたが、大丈夫です。私は"胡蝶カナエ"と言います」

 

 

女性ことカナエは口元に付いた血を拭いながら自己紹介をする。

 

 

「それで、奴は一体何者なんだ?」

 

 

承太郎はその場で辺りを見回す男を親指で差しながらカナエに尋ねる。

 

 

「アイツは"人喰い鬼"です。しかも"十二鬼月(じゅうにきづき)"の"上弦の弐"で、名を"童磨(どうま)"と名乗っていました」

 

 

カナエは承太郎の質問に答えた。

 

 

「……アンタはここにいな。奴は俺がブッ飛ばす」

 

 

承太郎はカナエにそう言って、路地裏から出た。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ん?やぁいい夜だね。君にちょっと尋ねたいことがあるんだけどいいかい?」

 

 

承太郎を見つけた童磨は承太郎に質問をする。

 

 

「ここに蝶の髪飾りをした女の子がいたんだけど、急にいなくなっちゃったんだ。どこに行ったのか知らないかい?」

 

 

「その女性なら俺が匿った。どこにいるかは喋る気は無い」

 

 

承太郎はズボンのポケットに手を入れながら答える。

 

 

「へぇ~、どうやって助けたのかは知らないけど、俺の救済の邪魔をしないでもらいたいな」ジャッ

 

 

童磨は畳んでいた鉄扇を広げた。

 

 

「"救済"…だと?彼女は明らかにお前に敵意を持っていた。そんな人を救うだなんて、独裁者気取りか?」

 

 

「……君は俺が一番嫌いな性格の人だね。君は救済せずに殺してあげるよ」

 

 

「殺れるモンなら殺ってみやがれ!」

 

 

承太郎は童磨に向かって駆け出した。

 

 

「馬鹿じゃない?自分から近づいてくるなんて…。"血鬼術・散り蓮華"」

 

 

近づいてくる承太郎を童磨は鉄扇から出した"氷の蓮華"の花びらで攻撃する。

 

 

「《星の白金》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

ガシャン!

 

 

「あれ?」

 

 

しかし承太郎は《星の白金》を呼び出し、目に見えない高速の連撃(スピードラッシュ)で花びらを粉々に砕いた。

 

 

「どうやって砕いたのか知らないけど、これならどうかな?」

 

 

『血鬼術・粉凍り』

 

 

童磨は鉄扇から小さな氷を霧状に散布した。しかし、突風が吹き氷の霧は承太郎には届かなかった。

 

 

突風の正体、それは《星の白金》が童磨に向けて息を吹いていたからだった。

 

 

承太郎は以前、霧の幽波紋《正義(ジャスティス)》を吸引することで無効化した時の応用で氷の霧を"吹き飛ばした"のだった。

 

 

「これも無理…か。もうちょっと粘りたいけど、もう時間なのよね。鳴女(なきめ)殿!」

 

 

ベベンッ

 

 

童磨が叫ぶと、童磨の後ろに障子が現れた。

 

 

「逃がすか!《スタープラチナ・ザ・ワールド》!」

 

 

ドゥ~ン…コッチッ…コッチッ…コッチッ…

 

 

承太郎は再び時を止める。

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ…オラァッ!!》

 

 

時が止まった世界で承太郎は童磨に何十、何百、何千、何万もの拳を叩き込む。そして最後にアッパーを喰らわせ、

 

 

「3…、2…、1…、時は動き出す」

 

 

「グハァ!?」

 

 

承太郎はきっちり10秒、童磨を殴り能力を解除する。すると時が止まった世界で受けたダメージが一気に童磨を襲い、童磨は血反吐を吐きながら障子を飛び越え、地面を滑った。

 

 

「ガハッ、ゴハッ、ゲホッ(い…、一体何が起きたんだ!?あの男が叫んだ瞬間、体に幾つもの衝撃が走って…。骨は愚か、内臓までもかなりの衝撃を受けてグチャグチャになっている!再生が追い付かない!?)」

 

 

童磨は何をされたのか、さっぱり分からなかった。しかも不運なことに、飛ばされた先は何も遮る物が無い路地で、既に朝日が登っていた。

 

 

「あぁぁ…、嫌だ…、嫌だ…。死にたくない…、死にたくないよぅ…」

 

 

童磨は陽光を浴びてしまい、文字通り塵となった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「すごい…」

 

 

胡蝶カナエは承太郎と童磨の戦いを路地裏から出て見ていた。

 

 

「姉さん!」

 

 

するとカナエの後ろから一人の女性が走って来た。

 

 

「姉さん、十二鬼月の上弦と戦っているって鴉から…」

 

 

「それなら今終わったわ…。彼のお陰で…」

 

 

カナエは朝日を正面から浴びている承太郎を見据えていた。

 

 

 



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第2説《再会》

 

 

「終わったぞ」

 

 

十二鬼月、上弦の弐・童磨の死を見届けた承太郎はカナエの下へ歩いて向かった。

 

 

「私を助けてくれてありがとう。紹介するわね、私の妹のしのぶよ」

 

 

「姉を助けてくださってありがとうございます。私は胡蝶しのぶ、こちらにいる胡蝶カナエの妹です」

 

 

しのぶは承太郎に自己紹介をした。

 

 

「俺は空条承太郎、流れの科学者だ」

 

 

承太郎もしのぶに自己紹介をする。

 

 

「あの、もしよろしければ、お礼がしたいので私たちの屋敷に来てくださいませんか?」

 

 

しのぶは承太郎を屋敷に招待する。

 

 

「別にお前の姉のためにした訳じゃあ無かったが、いいぞ」

 

 

「分かりました。では案内しますので、私たちに付いて来てください」

 

 

カナエとしのぶは揃って歩き出し、承太郎は二人の後を追った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

暫く歩くと、一軒の屋敷に到着した。

 

 

「ここが私たちの屋敷、"蝶屋敷"です」

 

 

承太郎は蝶屋敷を見る。

 

 

「(俺の生家よりも大きいな…)」

 

 

承太郎の生家も十分大きい屋敷だったが、蝶屋敷はそれよりも大きかった。

 

 

「どうぞこちらに」

 

 

しのぶに促され、承太郎は屋敷に上がり、一つの部屋に通された。

 

 

「ここで暫しお待ちください。今お茶をお持ちしますので」

 

 

しのぶはそう言って部屋から退室した。

 

 

「(ここから中庭がよく見える。…蝶が沢山飛んでるな、なるほど、"蝶屋敷"とはよく言ったものだ)」

 

 

承太郎は中庭でヒラヒラ飛んでいる蝶を眺めていた。すると

 

 

「……そこにいるのは分かっている。大人しく出てきたらどうだ?」

 

 

承太郎は後ろを振り返りながら言った。そして部屋の襖の奥から、一人の少女が姿を現した。

 

 

「………」

 

 

「お前は誰だ?何で俺のことを見ていた?」

 

 

承太郎は少女に質問をするが、少女は承太郎を見ているだけで答えようとはしなかった。

 

 

「失礼します」

 

 

そこに湯呑みをお盆に乗せた女性が入室した。

 

 

「私、この屋敷でお世話になっている"神崎アオイ"と申します。以後お見知りおきを。それとお茶をお持ちしました」

 

 

アオイは自己紹介した後、湯呑みを承太郎の前に置いた。

 

 

「感謝する。聞いているとは思うが、俺は空条承太郎、流れの科学者だ」

 

 

承太郎はお茶のお礼を言い、自己紹介をした。

 

 

「しのぶ様からお聞きしました。この度はカナエ様を助けてくださり、ありがとうございます」

 

 

アオイは承太郎に向かって頭を下げた。

 

 

「別に感謝されることをした覚えは無い。それと一つ、聞きたいことがあるんだが、いいか?」

 

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

アオイは頭を上げて承太郎の質問を聞こうとする。

 

 

「俺の後ろにいるあの少女は何者だ?さっきから俺のことをジッと見つめるだけで、こちらから質問しても何も答えないのだが」

 

 

承太郎は自分の後ろにいる少女を親指で差しながら質問をした。

 

 

「えっ?あらカナヲじゃない。ほら、そんな所にいないで、こっちに来て挨拶しなさい」

 

 

アオイは少女のことをカナヲと呼び、自分の下へ手招きする。カナヲと呼ばれた少女はアオイの下へトテトテと走り、アオイの側に座る。

 

 

「えっと…、栗花楽(つゆり)…カナヲ…、です」

 

 

カナヲは遠慮がちに自己紹介をする。

 

 

「カナヲは私同様、この屋敷で世話になっている子なんですが、以前"人売り"に出されていく所を、カナエ様としのぶ様が助けたのです。しかし、その前に酷い虐待を受けてしまっていたのか、自分では決断することが出来ず、誰かの"命令"を受けないと行動が出来なくなってしまったのです」

 

 

アオイはカナヲの過去を話した。

 

 

「"人売り"から引き取る際に名前が無いことを聞いていたお二方は、この子に"カナヲ"と名付けたのです」

 

 

「……そういうことか」

 

 

「あぁいたいた」

 

 

承太郎がアオイの説明に納得していると、カナエが入室してきた。

 

 

「もう大丈夫なのか?」

 

 

「えぇ、肺胞が一部壊死してしまって、今やってる仕事は辞めなくちゃいけないけど、日常生活を送るには支障は無いわ」

 

 

カナエは承太郎の質問に答えた。

 

 

「ところで、お前たちの仕事とは何だ?見た所、アオイと言う子と同じ服を着ているようだが」

 

 

「それに関しては私がお答えします」

 

 

カナエの後ろにいたしのぶが顔を出し、承太郎の質問に答えると言った。

 

 

「まず私たちは"鬼殺隊"と呼ばれる"政府非公認"の組織に属しています。鬼殺隊は夜な夜な現れて人を喰う鬼を滅殺していまして、今も他の地域で鬼を討伐する任務を行っている者がいます」

 

 

「私たちが着ている服は特殊な製法で編まれた布で作られていまして、"普通"の鬼の攻撃では切り裂かれることは無く、通気性も良くて着心地がいいんです」

 

 

「鬼殺隊には階級がございまして、上から(きのえ)(きのと)(ひのえ)(ひのと)(つちのえ)(つちのと)(かのえ)(かのと)(みずのえ)(みずのと)となります。そして"特殊な条件"を成し得た九名の者のみに与えられる階級が"柱"となります」

 

 

「姉さんは鬼殺隊の中でも、"柱"の階級を持っている数少ない人なんです」

 

 

しのぶが承太郎に分かりやすく丁寧に説明をすると

 

 

「納得した、教えてくれて感謝する。しかし、聞いた俺が言うのも何だが、機密事項をベラベラと部外者の俺に喋って大丈夫なのか?」

 

 

しのぶにお礼と新たな質問をした。

 

 

「実はそのことで、空条さんにお願いがございます。明日姉さんは柱が集まる"柱合会議"と言うものに参加するのですが、そこに私と空条さんを連れてくるように言われたのです」

 

 

「なので、申し訳ありませんが、明日、私と一緒に来てくださいませんでしょうか?」

 

 

しのぶは鬼殺隊の機密事項を話した理由を承太郎に伝える。

 

 

「……分かった。とりあえず赴くとしよう」

 

 

承太郎はしのぶのお願いを承諾し、茶を一口啜った。茶は少し温くなっていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

翌日、蝶屋敷の前に、しのぶと承太郎は並んで立っていた。

 

 

「空条さん、会議が行われる場所は柱、若しくは一部の者しか知らない場所で行われます。従ってその他の者は場所を悟らせないように目隠しと耳栓をしてもらう必要があります」

 

 

しのぶが承太郎に説明をしていると、男女二人の黒子の格好をした人が現れた。

 

 

「彼らは鬼殺隊の事後処理部隊"(かくし)"に所属している人たちです。会議が行われる場所までは彼らが運んでくれますよ」

 

 

しのぶは女性の隠隊員の前に移動すると、自ら目隠し用の布を巻き、耳栓をした。そして女性の隠隊員は、しのぶをおんぶしたのだった。

 

 

承太郎もしのぶの真似をして目隠し、耳栓をする。そしていざ男性の隠隊員が承太郎を背負った所で問題が発生した。

 

 

承太郎は同年代の人に比べて高身長であり、筋肉も発達しているため、体重も重いのである。

 

 

即ち、男性の隠隊員が承太郎を背負った瞬間、その重さに驚いて動けなくなってしまったのだ。しかし、彼の男としてのプライドがそうさせたのか、少しずつではあるが、前に進み始めたのだ。

 

 

こうして、しのぶと承太郎は亀が歩くような速度で、会議が開かれる場所へと向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

やっとの思いで何とか無事に到着した二人は、目隠しと耳栓を取り、会議が開かれる中庭へと向かった。因みに承太郎を背負った隊員は疲労困憊でぐったりしていた。

 

 

「あ、やっと来たわね」

 

 

「姉さんごめんなさい。承太郎さんが予想以上に重かったらしくて…」

 

 

しのぶは遅れた理由を伝えていた。

 

 

「胡蝶よ、そちらが件の恩人か?」

 

 

そこに炎を模したマント状の羽織を着た男性『炎柱・煉獄杏寿郎』が近づいてきた。

 

 

「ほぉ…?随分と派手な格好じゃねえか。ま、俺よりは地味だがな」

 

 

杏寿郎の後ろから宝石を散りばめたターバンを頭に巻いた男性『音柱・宇随天元』が承太郎の服装を褒める。

 

 

「南無…。胡蝶を助けてくれたことは、感謝する…」

 

 

更に柱の中でも一番高身長の『岩柱・悲鳴嶼行冥』が数珠をジャリジャリ鳴らしながら承太郎に感謝の言葉を送った。

 

 

「に、しても俄には信じられないぜェ。見た感じ、"全集中の呼吸"を使えるみてぇじゃねぇなァ」

 

 

承太郎をしげしげと見ていた上半身に傷痕が複数ある『風柱・不死川実弥』が疑問を言っていた。

 

 

「それは私も疑問に思っていました。あの時、鬼の後ろに障子が現れたと思ったら、いきなり鬼の体が障子の上を飛び越えたのですから」

 

 

カナエも実弥が疑問に思っていたことを口にした。

 

 

「「お館様のお成りです」」

 

 

「やぁみんな、おはよう。今日もいい天気だね。空は青いのかな?」

 

 

そこに一人の男性が現れた。その男性は承太郎より若干年上で、顔の鼻から上がまるで火傷の跡のように爛れていた。

 

 

「空条さん、私の横に並んで平伏してください」

 

 

カナエに声を掛けられた承太郎は横を見ると、いつの間に並んでいたのか、柱一同が横一列に並んで平伏していた。そして承太郎もカナエたちの真似をして平伏をした。

 

 

「お館様に置かれましても御壮健でなによりです!益々の御多幸を切にお祈り申し上げます!」

 

 

「ありがとう杏寿郎。さて、みんな聞いているとは思うが、カナエが十二鬼月、それも上弦の鬼と遭遇した。けれど負傷してしまったが、"とある人"に助けられたんだよ。そうだよね?カナエ」

 

 

お館様への挨拶を杏寿郎がし、お館様が礼を言う。そしてカナエに事の詳細を確認した。

 

 

「御意、私の隣にいるのが、命の恩人である空条承太郎君です。空条君、お館様にご挨拶を」

 

 

カナエに促された承太郎は立ち上がり、お館様の前に移動する。

 

 

「俺が空条承太郎だ。流れの科学者をしている」

 

 

承太郎はぶっきらぼうに自己紹介をする。

 

 

「お前、お館様に何て態度を!」

 

 

「勘違いすんじゃねぇ。俺は鬼殺隊とやらに入った覚えは無い。だからいくら年上でも、誰だか知らねぇ人に下げる頭なんか持っちゃいねぇよ」

 

 

天元が承太郎の態度を指摘するが、承太郎に論破されてしまった。

 

 

「確かに彼の言うとおりだね。自己紹介をしよう、私は『九十七代目産屋敷家当主』であり、鬼殺隊の棟梁の産屋敷耀哉だよ。空条承太郎君、よろしくお願いするね」

 

 

「これは失礼した。改めて、空条承太郎です。先程も言いましたが、流れの科学者をしております」

 

 

お館様こと耀哉が自己紹介をすると、承太郎は平伏して改めて敬語を用いて自己紹介をした。

 

 

「ありがとう。君がカナエを助けてくれなかったら、カナエは今、ここにはいなかっただろう。私の剣士(こども)を助けてくれて、本当にありがとう」

 

 

耀哉は改めて承太郎にお礼を言った。

 

 

「幾つか質問をします。なぜ剣士のことを子供と呼ぶのでしょうか?そして俺をここに呼んだ理由とは?」

 

 

「私は入隊した剣士を自分の子供のように思っているからね。だから剣士のことを子供と呼んでいるんだよ。それと、君を呼んだ理由は、君に鬼殺隊に入ってほしいからなんだ」

 

 

承太郎は耀哉に質問をし、耀哉はそれに律儀に答えた。

 

 

「一つ目の質問には納得しましたが、二つ目の答えには納得しかねます。なぜ俺を勧誘するのですか?」

 

 

「君は柱三人分の力を持つ十二鬼月の上弦を、たった一人で倒したからね。君には是非とも入隊してほしいから…じゃ、駄目かい?」

 

 

「申し訳ありませんが、入隊の話はお断りさせていただきます」

 

 

承太郎は耀哉からの勧誘を蹴った。それを聞いた柱全員は驚いていた。

 

 

「どうしてか…、理由を聞いても?」

 

 

耀哉は目を細めて勧誘を断った理由を聞く。

 

 

「俺に何の得も無いからです。金品に関しては盗賊等を捕まえた際に出る褒賞金で事足りると思いましたので…。それに俺は元々縛られるのが好きではありませんので」

 

 

承太郎は理由を淡々と述べる。

 

 

「そうかい…、残念だね。でも、せめて"この子"だけは受け取ってほしい」

 

 

耀哉が手を二回叩くと、空から鴉が舞い降りて来た。

 

 

「その子は鎹鴉と言って、私たち鬼殺隊の連絡要員なんだ。知能も高くて人の言葉も喋ることができるんだ」

 

 

耀哉の説明を他所に、承太郎は鴉を見る。すると鴉はニヤリと笑ったと思った瞬間、翼を大きく広げ、そこから炎が吹き出た。

 

 

「チィッ、《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

承太郎は後ろに飛んで炎を回避し、自身の幽波紋(スタンド)を出す。

 

 

「(あの鴉、只者じゃねぇ!翼を広げた時、チラリと見えた!鴉の後ろに"炎を出す何か"を!)」

 

 

鴉は再び翼を大きく広げ、炎を出す。そして承太郎は炎を出す何かの正体を見破った。

 

 

「(今はっきりと見えた!しかしあり得ない!あれは…、あの幽波紋は…!)《星の白金》!」

 

 

承太郎が見たもの…、それは鳥の頭で赤色の羽毛、上半身裸で下半身は頭と同じ羽毛を生やした異形の人間だった。承太郎は自分の幽波紋の名を叫び、《星の白金》はパンチを繰り出す。それと同時に異形の人間も炎を纏ったパンチを繰り出す。

 

 

互いの腕が交差し、クロスカウンターの形となった時、互いの顔スレスレの所で、拳が止まった。

 

 

「フッ、腕は落ちてはいないようだな。承太郎」

 

 

異形の人間が先に構えを解く。そして鴉の中に消えたと同時に鴉が喋った。

 

 

「その口調…、その声…、その幽波紋…!間違いない、アヴドゥル、モハメド・アヴドゥルなのか!?」

 

 

承太郎は震えながら鴉に質問すると、その場で滞空していた鴉は地面に降り立ち

 

 

「チッチッチッ、Yes,I,am!」

 

 

舌打ちを三回しながら左の翼を目の前で左右に振り、その後左の翼を頭上に上げ、そのまま下へ振り下ろした。

 

 

「アヴドゥル、ポルナレフから聞いた。ヴァニラ・アイスとか言う奴に殺されたと。そしてイギーも…」

 

 

「確かに私は敵の幽波紋によって殺された。そしてイギーと共に空の彼方へと向かった。しかし、気がついた時には私はこの姿となっていたのだ。しかも私の幽波紋でもある《魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)》をも使える状態でな」

 

 

「そうだったのか…。けれど、また会えて嬉しいぜアヴドゥル」

 

 

承太郎は(アヴドゥル)を抱き上げた。

 

 

「産屋敷殿、先程の鬼殺隊への入隊を断った件、撤回させていただく。俺は鬼殺隊への入隊を希望する」

 

 

「…どうしてだい?先程はあんなに渋っていたのに」

 

 

耀哉は承太郎の心変わりに疑問を抱いていた。

 

 

「理由は至極簡単だ。鬼殺隊に入隊すれば、かつての仲間に会えるかも知れない。それだけだ」

 

 

「……まぁ、何はともあれ、君が鬼殺隊に入隊してくれるのはとても喜ばしいことだよ。けど、先ずは最終選別に合格しないといけないね」

 

 

「お館様、今年の最終選別はもう…」

 

 

入隊理由について少々納得がいっていなかった耀哉ではあった。そして承太郎の入隊に関して、カナエが口を挟んだ。

 

 

「もちろん、来年の最終選別に出てもらう。それでいいかい?」

 

 

「分かった」

 

 

承太郎もそれに納得し、承諾をした。

 

 

「それじゃ承太郎のことはこれで終わりだね。次はしのぶのことだけど、カナエが柱を引退するに当たって、彼女からの推薦でしのぶを柱に任命するけど、異議がある子はいるかい?」

 

 

耀哉の質問に柱は誰も口を閉ざしていた。

 

 

「無いみたいだから、しのぶを柱に任命するよ。しのぶ、今日から君を"蟲柱"に任命する」

 

 

「御意。今後より一層、悪鬼滅殺を胸に戦います」

 

 

カナエは柱を引退し、しのぶは蟲柱を襲名した。その間、承太郎は柱たちの後ろに移動しており、彼の肩にはアヴドゥルが乗っていた。

 

 

 



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第3説《集結》

 

 

柱合会議が終わり、柱はそれぞれの屋敷へと帰った。そして承太郎は蝶屋敷で世話になることになり、カナエとしのぶの胡蝶姉妹と一緒に帰宅していた。

 

 

なぜ承太郎は隠におんぶされていないのか?その理由は隠の隊員たちがこぞって承太郎を背負うのを"拒否"したからだった。

 

 

前話にも書いた通り、承太郎は同年代の人に比べると、高身長・筋肉隆々で体重もあるので、隠の隊員一人では運ぶことができないのだった。(一番の理由は承太郎をおんぶした隊員の状態を見ていたからだった)

 

 

そこで仕方なく承太郎は胡蝶姉妹と一緒に歩いて帰ることとなったのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

それから約1年、承太郎は最終選別に合格するために、修行や勉学に勤しんだ。

 

 

勉学…、即ち知識に関しては元々成績優秀だったこともあるが、講師がしのぶだったこともあり、すんなりと覚えることが出来た。

 

 

そして修行…、即ち運動に関しては一つ"以外"は問題は無かった。

 

 

たった一つの問題…、それは"全集中の呼吸"だった。

 

 

承太郎はどの呼吸を習得すれば良いのか分からず、一先ず刀を握らせ、その"色"で呼吸を習得させようとしていた。しかし承太郎が刀を握っても、刀の色は"変わらなかった"。

 

 

承太郎は全集中の呼吸の"適正が無い"のだった。

 

 

呼吸の適正が無いことが分かった承太郎は、一先ず体力を向上させるために屋敷の周りを走ることにした。

 

 

まずは屋敷の外周を全力疾走で五周、それから腕立て伏せ等の筋トレを行った。それを一日、二日、一週間、二週間、一ヶ月、二ヶ月と少しずつこなす量を増やしていった。

 

 

時々ではあるが、承太郎は炎屋敷に訪れる時があった。その理由は杏寿郎に剣の教えを乞うためだった。

 

 

杏寿郎はまず父の槙寿郎、母の瑠火、弟の千寿郎、継子である甘露寺蜜璃を紹介し、剣の振り方などを教えた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎が修行を始めてから約半年、最終選別が近くなった頃、蝶屋敷の道場で承太郎は木刀を手にしのぶと対峙していた。

 

 

「空条さん、これまでの修行の成果、見せてくださいね」

 

 

「あぁ」

 

 

承太郎としのぶは互いに木刀を構える。

 

 

「…行きます!『蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ』!」

 

 

先に動いたのはしのぶだった。しのぶは承太郎に突き技を繰り出すが、承太郎は後ろに飛んでしのぶの突きを回避した。

 

 

そして承太郎は後ろに飛んだ反動を利用してしのぶに接近し、しのぶに突き技をお見舞いしようとするが、しのぶはそれを横に回避した。

 

 

一進一退の攻防が続く中、勝敗は決した。しのぶが回避した隙を突いた承太郎が、続け様に木刀を振り、しのぶを転倒させたのだ。そして承太郎はしのぶが転倒した隙を突いて彼女の首に木刀を突き付けた。

 

 

「…参りました、降参です」

 

 

しのぶは木刀を手放し、両手を上げた。承太郎はしのぶから木刀を離し、手を差し出した。その手をしのぶが掴むと、承太郎は掴んだ手を引き、しのぶを起き上がらせた。

 

 

「ギリギリだったな承太郎」

 

 

「全集中の呼吸が使えないからな。使えないなら使えないなりの戦い方を模索するだけさ」

 

 

道場の窓の縁にいたアヴドゥルが試合の感想を言った。承太郎もそれを受け入れていた。

 

 

「これなら半月後の最終選別も大丈夫ですね。私は任務でお見送りはできませんが、御武運をお祈り申し上げます」

 

 

しのぶはにっこりと笑った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

しのぶとの試合から半月後、承太郎はしのぶを除く蝶屋敷のメンバーに見送られ、アヴドゥルの案内の下、最終選別が行われる『藤襲山(ふじかさねやま)』に到着した。

 

 

「珍しいな…。花が咲く季節でも無いのに、藤の花がこんなにも咲いているなんて…」

 

 

承太郎は藤の花に見惚れていた。

 

 

「承太郎、花を愛でるのは構わんが、早く行かないと遅れるぞ?」

 

 

承太郎はアヴドゥルに指摘され、山にある階段を急ぎ足で登った。

 

 

そして階段の先、山の中腹に到着すると、そこは広場のようになっており、そこに最終選別を受けるために集まった人がざっと二十人近くいた。

 

 

「お時間となりました。皆さん、今宵は最終選別にお集まりいただき、ありがとうございます」

 

 

すると目の前にいた二人の少女の一人が声を上げた。どうやら最終選別についての説明をするようだ。

 

 

「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込められており、外に出ることはできません」

 

 

「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」

 

 

「しかしここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼共がおります」

 

 

「この中で七日間生き抜く。それが最終選別の合格条件です」

 

 

「「では、行ってらっしゃいませ」」

 

 

少女たちが頭を下げると同時に、承太郎たちは山の上へと入っていった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎が山に入ってから三日、その間、承太郎は十体以上の鬼を倒していた。

 

 

幽波紋(スタンド)を使わずに鬼を倒すとは、お見逸れしたな」

 

 

「悠長なことを言ってる場合じゃねぇぞアヴドゥル。幽波紋を使わなければ勝てない奴だっているんだ、この程度で音を上げていては何れ此方が殺される」

 

 

「それもそうだな。…ん?」

 

 

承太郎と話していたアヴドゥルは何かの気配を感じ取った。

 

 

「どうした、アヴドゥル?」

 

 

「何者かがこちらに近づいてくる…」

 

 

アヴドゥルがそう言った瞬間、目の前の草壁が揺れ、そこから一人の少女が姿を見せた。

 

 

少女の見た目は年齢が14~15、髪型はウェーブがかかったショートヘアで、黒い頭髪の所々が白くなっていた。

 

 

「あんたたち、早く逃げな!鬼が迫っているんだ!」

 

 

少女は口早に警告する。が、時既に遅し。少女の後を追っていた鬼(その数五体)が姿を見せた。

 

 

「チィッ、あまり使いたくは無かったが、今はそんなこと言ってる場合じゃねぇ!《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

承太郎は自身の幽波紋である《星の白金》を呼び出し、鬼を蹴散らした。

 

 

「大丈夫だったか?」

 

 

承太郎は少女と目線を合わせ、怪我が無いか確認する。少女は立ったまま頭を下げて俯き、わなわなと震えていた。

 

 

「じょう…たろ……う、承太…郎、承太郎!」

 

 

頭を上げた少女は涙目となっていて、承太郎にしがみついた。だが承太郎は困惑していた。その理由は『何故自分の名を知っている』のかだった。

 

 

自分は愚か、アヴドゥルにさえ"承太郎"の名を言ってはいなかった。けれど目の前の少女は自己紹介をする前に自分の名を言ったのだった。

 

 

「やっと…、やっと会えた…。"ご主人様"…」

 

 

少女が言った"ご主人様"のフレーズに、承太郎とアヴドゥルの空気が一瞬凍った。

 

 

「承太郎…、そんな趣味が…」

 

 

「待てアヴドゥル!誤解だ!俺はこの少女とは初対面だ!」

 

 

承太郎は誤解を解こうとするが、アヴドゥルは承太郎が近づいた分だけ遠ざかった。

 

 

「酷いよご主人様。俺と"あんなこと"や"こんなこと"をしたって言うのに…、忘れちゃったの?」

 

 

そこに少女が追い討ちを掛けるように涙目+上目遣いで言った。

 

 

「承太郎…、君と言う男は…」

 

 

「待てアヴドゥル!誤解だと言ってるだろう!君もややこしくなることを言わないでくれ!」

 

 

承太郎は未だしがみついている少女に注意をする。

 

 

「え~っ?忘れたとは言わせないよ?エジプトの砂漠でDIOの刺客に近づくために俺を利用したり、俺をぶん投げて囮にしたり…」

 

 

少女がエジプトでの出来事を言った瞬間、承太郎の警戒心が上がった。

 

 

「ちょっと待て、俺はお前とは初対面のはずだ。なのになぜその事を知っている?それを知っているのは今は俺だけのはずだ。お前は一体、何者だ?」

 

 

承太郎に質問された少女は、承太郎から体を離すと

 

 

「これだけヒントを言っても気づかないなんて…、ちょっと落ち込んじゃうなぁ…。じゃあ"コレ"を見れば、分かるよね?」

 

 

少女は地面に手を付けると、その地面、正確には地面にある"砂"が動き出した。そしてある形を取った。

 

 

その形は、まるで"機械の犬"のような形だった。だが、前脚は犬の脚だが、後脚はタイヤになっていた。

 

 

「それは…!」

 

 

「そう、俺の幽波紋。《愚者(ザ・フール)》だよ。これで思い出してくれた?」

 

 

少女は幽波紋を解除してにっこりと笑う。

 

 

「あぁ…、今はっきりと思い出したぜ。お前は…、"イギー"だな!」

 

 

「そう!俺はエジプトから仲間に加わった犬のイギーだよ!」

 

 

承太郎は少女の正体を見破り、少女ことイギーは再び承太郎に抱き付いた。

 

 

「まさかお前"も"この世界で生まれ変わっていたとはな…」

 

 

承太郎は抱き付いたイギーの頭を撫でた。

 

 

「えへへ…。今は『伊山砂子(いやまさこ)』って名前なんだ。…って"お前も"?」

 

 

イギーは自己紹介をした後、承太郎の言葉に疑問を持った。

 

 

「あぁ、生まれ変わったのはイギーだけじゃ無いんだ。あそこにいる鴉、アイツはアヴドゥルだ」

 

 

「えぇ~、嘘!?」

 

 

承太郎がアヴドゥルを指差すと、イギーはびっくりした。

 

 

「嘘では無い!見よ、我が幽波紋を!《魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)》!」

 

 

アヴドゥルは自分の正体を教えるために幽波紋を出す。

 

 

「うわぁ~、確かにアヴドゥルの《魔術師の赤》だ!それじゃ、本当にアヴドゥルなんだ!」

 

 

「チッチッチッ、Yes,I,Am!」

 

 

アヴドゥルは承太郎と再会した時にした動作と台詞を言った。

 

 

するとイギーが来た方向とは違う方向からこちらに近づく人の気配を承太郎は感じ取った。

 

 

「おいこんな所で火を点ける奴なんかいるのか?鬼に見つけてくれって言ってるようなもんだぜ?」

 

 

「だけど僕は確かにこっちから火の灯りが見えたんだ!」

 

 

現れたのは、銀色の頭髪を上に真っ直ぐ立てた風変わりな髪型に割れたハートのピアス、ノースリーブの黒シャツに銀色のズボンを履いた男性と、緑色の学ランを着た(しし)色の頭髪をリーゼント風にした髪型の青年だった。

 

 

「おっ?丁度いいや。ちょいとそこのお二人さん、ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいかい?」

 

 

「さっき、この辺りで火を点けていた人はいなかったでしょうか?」

 

 

男性と青年はそれぞれ質問をする。

 

 

「……さあな」

 

 

「俺も知らない」

 

 

承太郎とイギーは口裏を合わせたかのように白を切る。

 

 

「まぁそんなこと言わずに、教えてくれよ」

 

 

男性はしつこく聞く。すると痺れを切らせたイギーが男性に襲い掛かった。

 

 

「うわぁ!?何しやがるこの(アマ)!」

 

 

イギーは男性の頭髪を囓り、更に

 

 

プゥ~

 

 

おならを顔面に浴びせた。

 

 

「こ…、この女…!俺様のイケてる髪型を無茶苦茶にした挙げ句、屁まで浴びせやがっ…て……」

 

 

怒り心頭だった男性は髪型を直しながらイギーの行動を叱ろうとしていたが、急に静かになった。

 

 

「俺の髪を無茶苦茶に…。顔面に屁…。お前、まさかイギーか!?」

 

 

「イギーだって!?この少女がか!?」

 

 

男性はイギーの正体に気づき、青年は男性が言ったことに驚いていた。

 

 

「へぇ~、まさかあの行動で分かるなんて、流石だね。"ジャン=ピエール・ポルナレフ"」

 

 

「やっぱり!イギー、久しぶりだな!人間に生まれ変わるなんて驚きだぜ!なぁ"花京院(かきょういん)"?」

 

 

「花京院?"花京院典明(のりあき)"か!?」

 

 

「そう言う君は、空条承太郎!」

 

 

「私もいるぞポルナレフ、花京院!見よ私の幽波紋を!《魔術師の赤》!」

 

 

「「その幽波紋はアヴドゥル(さん)!?」」

 

 

承太郎たちは互いがかつて苦楽を共に過ごし、そして戦った仲間であることに驚いた。

 

 

「アヴドゥル!」

 

 

「相変わらず泣き虫だな、ポルナレフ」

 

 

アヴドゥルの姿を見たポルナレフは目に涙を浮かべていた。

 

 

「お?丁度いい所に獲物がいるじゃねぇか!」

 

 

しかし喜びの空気を壊すように鬼が現れた。

 

 

「テメェ…、俺たちの再会を、邪魔すんじゃねぇ!《銀の戦車(シルバーチャリオッツ)》!」

 

 

再会を邪魔されたことに怒ったポルナレフは、自身の幽波紋である《銀の戦車》を出した。

 

 

「加勢するぞポルナレフ!《法皇の緑(ハイエロファントグリーン)》!」

 

 

花京院もまた、自身の幽波紋である《法皇の緑》を出す。

 

 

「《星の白金》!」

 

 

「《魔術師の赤》!」

 

 

「《愚者》!」

 

 

承太郎たちもまた、自身の幽波紋を出す。その時、この鬼の未来は決した。

 

 

「喰らえ!《エメラルド・スプラッシュ》!」

 

 

「《クロスファイヤー・ハリケーン》!」

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オ~ラァ!オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ…オラァ!》

 

 

鬼は声を出すことも無く、五人(内一羽)の幽波紋の攻撃を受け、原型が何だったのか分からなくなる位の肉塊になってしまった。

 

 

「止めは任せて!『全集中 砂の呼吸 参ノ型 砂の斬撃(サンド・スラッシュ)』!」

 

 

止めはイギーが全集中の呼吸を使い、頚を斬って消滅させた。

 

 

「まったく、少しは空気を読んでほしいもんだな」

 

 

「同意だな。ところで提案なんだが…」

 

 

「皆まで言わなくても分かる。最後までこのメンバーで一緒に行動しよう」

 

 

「流石アヴドゥル!話が分かる!」

 

 

「そうと決まれば、早くここから移動するとしよう」

 

 

承太郎たちは残りの四日を一緒に過ごすことになった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

最終選別が始まってから八日後の朝。最終選別が終了し、承太郎たちは山の中腹まで降りた。しかし目の前に現れた光景は、承太郎たち以外"誰もいなかった"。

 

 

「お帰りなさいませ」

 

 

「最終選別、ご苦労様でした」

 

 

初日に出会った少女二人が、承太郎たちを労った。

 

 

「今年の合格者は貴方方のみです」

 

 

「まず体の採寸をいたします。その後あちらにございます"玉鋼"を選んでいただきます」

 

 

「ご自身が振るう鬼殺の刀、それを作る鋼は皆様が選ぶのです」

 

 

「それから皆様にこちらを」パンパンッ

 

 

少女の一人が手を叩くと、空から鴉が降り立った。

 

 

「こちらは"鎹鴉"と申しまして、主に連絡要員でございます」

 

 

「空条様は既に鴉をお持ちなので、ご用意は致しませんでした」

 

 

「最後に皆様に階級を授けます。階級は甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸でございます」

 

 

「皆様は一番下の癸でございます」

 

 

少女二人の説明が終わると、体の採寸、そして玉鋼の選択、最後に階級の授与を行い、最終選別は全て終了となった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「いや~、漸く終わったぜ」

 

 

ポルナレフは階段を降りながら背伸びをしていた。

 

 

「承太郎、君はどうする?もし君さえ良ければ僕たちがお世話になっている所に案内するが?」

 

 

花京院は承太郎にこれからどうするのか尋ねる。

 

 

「俺は今世話になっている屋敷に戻る。お前たちさえ良ければ案内するが、どうする?」

 

 

承太郎は蝶屋敷に戻ることを伝え、三人を誘う。

 

 

「ごめん、俺は戻らなきゃいけない所があるから」

 

 

「俺たちもだ。それにもし行くなら、先に荷物を取りに戻らねぇとな」

 

 

だが全員からの答えは"否"だった。

 

 

「そうか。だが、また直ぐに会えるさ。俺は蝶屋敷って所で世話になっているから、いつでも来てくれ」

 

 

承太郎は三人に向けて拳を突き出す。三人は承太郎が何をしたいのかを即座に理解し、自分の拳を承太郎の拳に重ねた。

 

 

『また会おう!』

 

 

拳を突き出した四人は再会を願って再び別れた。彼らの道が再び交わるのはきっとそう遠くない未来の出来事だろう…。

 

 

 




『全集中 砂の呼吸』

伊山砂子ことイギーが習得した呼吸。

岩の呼吸の派生。


『参ノ型 砂の斬撃(サンド・スラッシュ)

刀に砂を纏うエフェクトが付いた斬撃。

モチーフは『炎の呼吸 壱ノ型 不知火』。


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第4説《衝撃》

 

 

最終選別が終了してから十五日が経過した。承太郎は蝶屋敷で既にロードワーク(習慣)となっているジョギングをしながら日々を過ごしていた。

 

 

「承太郎!!」

 

 

承太郎が中庭で木刀を素振りしていると、伊山砂子(いやまさこ)ことイギーが慌てた様子で訪れた。

 

 

「ん?よぅイギー。どうした?そんなに慌てて。確か岩柱の所で世話になってるって前にくれた手紙に書いてあったが…」

 

 

「慌てたくもなるよ!見てよこれ!」

 

 

イギーが承太郎の目の前に出したのは、女性用の鬼殺隊服だった。

 

 

「どうしたんだイギー?ん?それは女性用の鬼殺隊服じゃないか」

 

 

そこにアヴドゥルも空から舞い降りて来た。

 

 

「このままじゃ分かんないよね…、着替えてから見せるからそこで待っててよ!」

 

 

イギーは屋敷に上がり、部屋の奥へと向かう。承太郎とアヴドゥルは互いの顔を見ると、首を傾げた。

 

 

「空条さん、お茶を淹れましたので休憩なさってはいかがですか?アヴドゥルさんにはお水をお持ちしましたよ」

 

 

そこにしのぶがお茶を淹れた湯飲みと、水が入ったグラスをお盆に乗せてやって来た。承太郎は木刀を縁側に立て掛け、しのぶが持ってきた湯飲みとグラスを受け取り、グラスを縁側に置いてお茶を啜った。

 

 

「ほら承太郎!これ見てよ!」

 

 

そこに隊服に着替えたイギーが姿を見せると、承太郎は飲んでいたお茶を中庭に吹き出してしまった。

 

 

「この服、胸元が閉まらないし、スカートも短くて下着が見えそうなんだけど…」

 

 

イギーが渡された隊服は、スカートが短く、上着も胸元が開いている物だった。

 

 

イギーは同年代の子と比べると、身長はやや低めだが、胸は他の子よりも大きかった。

 

 

イギーは胸元をサラシで巻いて胸が動かないようにしていたが、流石に恥ずかしかったのか、腕で胸元を覆い隠した。

 

 

「えっと…、あなたは…?」

 

 

「あっ、俺は承太郎の仲間の伊山砂子って言います」

 

 

「なら伊山さん、今すぐそれを脱いでこの屋敷に来るときに着ていた服に着替えてくださいね」

 

 

イギーはしのぶに言われてそそくさと着替えに戻った。

 

 

「承太郎、大丈夫か?」

 

 

「あぁ問題無い。胡蝶すまない、折角の茶を無駄にしてしまって」

 

 

「構いませんよ。それに、元はと言えばあの服を渡した人が原因ですし」

 

 

承太郎は茶を吹いてしまったことをしのぶに謝り、しのぶは承太郎を許した。

 

 

「あの…、着替えましたけど…」

 

 

そこに隊服に着替える前に着ていた服を着ているイギーが姿を見せる。

 

 

「ならその服は私にくださいな?後で処分して新しいのを手配させますので」

 

 

イギーはしのぶに隊服を渡した。

 

 

「しのぶ様、刀鍛冶の方がお越しになられました」

 

 

そこにアオイが現れ、刀鍛冶の者が訪れたことを伝えた。

 

 

「こちらにお通ししてもらってください」

 

 

「分かりました」

 

 

しのぶはこちらに来てもらうようお願いし、アオイはそれを伝えに戻った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

部屋で少し待っていると、アオイに連れられた火男(ひょっとこ)の面をした男性と、眼鏡を掛けた隠の者が現れた。

 

 

「お初にお目にかかる。私は鉄導寺(てつどうじ)、此度空条殿の刀を打たせてもらいました」

 

 

「私は隠の『隊服縫製(ほうせい)係』の前田と申します。空条殿の隊服をお持ちしました」

 

 

刀鍛冶の鉄導寺と隠の前田は自己紹介をする。

 

 

態々(わざわざ)ありがとうございます。空条は俺です、どうぞよろしくお願いいたします」

 

 

承太郎もまた自己紹介をし、頭を下げた。

 

 

「空条殿は全集中の呼吸を使えないとお聞きしましたので、刀は切れ味の他に強度を増した一品にしております。余程のことが無ければ折れないと思いますが…」

 

 

鉄導寺は布に包んだ刀を承太郎に差し出す。

 

 

「では私はこの隊服を…」

 

 

前田も布に包んだ隊服を承太郎に差し出す。

 

 

「…確かに受け取りました。では着替えてきますので…」

 

 

承太郎は刀と隊服を持って一時退室した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎が着替えを終えて再び入室した時、言葉を失う光景が広がっていた。

 

 

それはアヴドゥルが自身の幽波紋(スタンド)である《魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)》を出しており、中庭で前田が踞っている光景だった。

 

 

「……イギー、説明してくれ。これはどういう状況だ?」

 

 

「あっ、承太郎。えっと、承太郎が着替えに出た後なんだけど、あの人に服を渡したでしょ?それでどこから取り出したのか分からなかったんだけど、油が入っている瓶を取り出して、中庭に放り投げた服にかけたのよ。そしてマッチに火を点けようとしていたら…」

 

 

「私が火を出せることを思い出した胡蝶殿が、私にお願いして着火させたのだ。そして燃える服を見ながらあの者はあの状態となったと言う訳だ」

 

 

イギーとアヴドゥルは承太郎に説明をした。

 

 

「……やれやれだぜ」

 

 

承太郎は呆気に取られ、帽子を目深に被った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後しのぶは前田にイギーの採寸に合わせた自分と同じ隊服を渡すことを約束させた。そして二人が蝶屋敷を去ったのと入れ違いにポルナレフと花京院が蝶屋敷へ訪れた。

 

 

「しかしイギーも災難だっな。支給された隊服が破廉恥な物で」

 

 

「笑い事じゃ無いんだぞポルナレフ。あれすっごく恥ずかしいんだから」

 

 

先程中庭で行われていたことを二人に話すと、ポルナレフは笑い、イギーが頬を膨らませる。

 

 

「あの前田と言う隠の男は女性隊員に何度もあのデザインの隊服を支給させていたらしくてな。それで付いた渾名が『ゲスメガネ』らしい」

 

 

「『ゲスメガネ』…、不名誉な渾名だね」

 

 

「まったくだ。おいポルナレフ、こんな渾名を付けられたく無かったら、女性関係には気を付けることだな」

 

 

承太郎がしのぶから聞いた前田の渾名を言うと、花京院は引き、アヴドゥルはポルナレフに注意を促す。

 

 

「おいアヴドゥル!冗談キツいぜまったく…」

 

 

「冗談でこんなことは言わん」

 

 

「まったくだ」

 

 

アヴドゥルの言葉に承太郎が同意すると、ポルナレフを除く全員が笑った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎が隊服と刀を支給されてから数日後、承太郎は耀哉から呼び出しを受け、柱であるしのぶと共に産屋敷邸へ訪れた。

 

 

「呼び出してしまって申し訳無かったね、しのぶ、承太郎」

 

 

「いえ、お館様からのお呼び出しとあれば、即駆けつけます」

 

 

「それで、俺たちを呼んだ理由とは?」

 

 

しのぶと承太郎は挨拶もそこそこに、呼び出された理由を聞いた。

 

 

「実は二人には"ある場所"に赴いてほしい。そこには"元柱"が住んでいるんだが、体調が優れないらしくてね。"これ"を二人に届けてほしいんだ」

 

 

耀哉は懐から手紙を一通取り出す。

 

 

「それだけなら、鴉に届けさせればよろしいのでは?」

 

 

手紙の配達と言う任務に、しのぶは懸念の表情をする。

 

 

「確かに手紙"だけ"なら鴉にお願いすれば事足りるけれど、何か"嫌な予感"がしてね、頼めるかい?」

 

 

「お館様直々の勅命とあらば」

 

 

「頼まれよう」

 

 

承太郎は耀哉から手紙を受け取り、自分の懐に仕舞った。

 

 

「それじゃあ頼んだよ。場所は"雲取山(くもとりやま)"と言う山になる」

 

 

届け先を耀哉から聞いた二人は、一旦準備を整えるために蝶屋敷へと戻ることにした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「まさか空条さんの初任務が手紙の配達だなんて…」

 

 

「気にするな胡蝶、俺は気にしていない」

 

 

二人が蝶屋敷へ戻っていると

 

 

「あっ、承太郎!」

 

 

イギーが承太郎を見つけ、駆け寄って来た。

 

 

「ん?よぅイギー。おっ、どうやらちゃんとした隊服を支給されたようだな」

 

 

イギーはしのぶと同じ隊服を着用していた。

 

 

「えへへ~、どう?似合うかな」

 

 

イギーはその場でくるりと一回転する。

 

 

「あぁ、よく似合ってるぞ」

 

 

承太郎はイギーの頭を撫でながら誉めた。イギーは承太郎に頭を撫でられて、嬉しそうな表情をしていた。

 

 

「あっ、そうそう。今蝶屋敷にポルナレフと花京院が来ているんだけど、何か知ってる?」

 

 

「いや、知らんな。大方、蝶屋敷の女性を口説こうとしていて、花京院はそれに巻き込まれたって所だろう」

 

 

「そんなことしている暇があれば、一体でも多く鬼を倒してほしい所ですけどね…」

 

 

承太郎の考えに、しのぶは呆れていた。

 

 

「ん?よぅ承太郎、やっと戻って来たか」

 

 

「承太郎、お疲れ様」

 

 

すると蝶屋敷の門からポルナレフと花京院が姿を見せた。

 

 

「花京院、何か疲れているみたいだが、もしかして…」

 

 

「あぁ、ポルナレフのナンパの尻拭いさ…」

 

 

「…花京院、後日何か奢ろう」

 

 

「…ありがとう」

 

 

承太郎の考えは当たっていたらしく、やや疲れ気味の花京院を承太郎は労った。

 

 

「ところで承太郎、お前一体どこほっつき歩いてたんだよ?まさか、こんな朝っぱらからその子とデートかよ?」

 

 

「違ぇよ、お館様に呼ばれて今帰ってきた所だ。そして準備が整い次第、出立する」

 

 

しのぶとの行動を勘ぐるポルナレフだが、承太郎は直ぐ様否定し、一緒に行動していた理由を告げる。

 

 

「ねぇ承太郎、俺もついて行っていいかな?俺、未だに鴉から任務の指令が来て無いからさ」

 

 

イギーは承太郎に同行を申し出た。

 

 

「変ですね…、伊山さんは刀が既に届いてますから任務が来てもおかしくは無いのですが…」

 

 

しのぶは未だにイギーに任務が来て無いことを不審に思っていた。

 

 

「そのことなんだが…、実は彼女には既に任務が言い渡されているのだ」

 

 

しのぶの不審を拭ったのはアヴドゥルだった。

 

 

「指令が来ているのですか?では何故伊山さんは任務に行かれないのでしょうか?」

 

 

「彼女の鴉なのだが…、実は"方向音痴"なのだ。なので任務を伝えたくても、彼女の下にたどり着くことが出来ないのだ」

 

 

実はイギーの鴉は方向音痴で、本来ならイギーの下に向かっていたのだが、全く違う所に着いてしまっており、任務を伝えられていなかったのだった。

 

 

「それ、鴉としてどうなんだよ…」

 

 

アヴドゥルの説明を聞いたポルナレフは呆れていた。

 

 

「それじゃ、僕たちの鴉もあの時から姿が見えないのは…」

 

 

「恐らくではあるが、イギーの鴉を探しに向かったのだろう…」

 

 

「何か…、頭が痛くなってきました…」

 

 

花京院の予感に、しのぶは頭を抱えた。

 

 

「どうする?このまま屋敷で休んでいくか?任務は俺とアヴドゥル、イギーに花京院、それとポルナレフで行けるが…」

 

 

「…そうですね。申し訳ありませんが、休ませてもらってもよろしいですか?」

 

 

承太郎の提案にしのぶは申し訳無さそうに乗っかった。

 

 

「無理する必要は無ぇって。ささっ、早く横にならなくちゃ」

 

 

ポルナレフは素早い動きでしのぶを屋敷に誘導した。

 

 

「……花京院」

 

 

「分かってる。……ハァ」

 

 

承太郎の申し訳無さそうな視線を受けた花京院はポルナレフの後を追った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後しのぶを部屋に送った花京院とポルナレフ、それとイギーを連れた承太郎はアヴドゥル先導の下、目的地である雲取山へと向かった。

 

 

「このメンバーで行動してると、あの時を思い出すぜ」

 

 

目的地へ向かう道中、ポルナレフが口を開いた。

 

 

「あの時って、エジプトの旅のこと?」

 

 

「そうだな。あの時は俺に花京院にイギー、アヴドゥルに承太郎、そしてジョースターさんの六人で旅をしていたからな。今と状況が似てると思ってな」

 

 

イギーがポルナレフに質問をし、ポルナレフはそれに答えた。

 

 

「フフッ、僕はエジプトに入ってすぐに敵の幽波紋(スタンド)にやられたから、そんなに旅に同行は出来なかったけどね」

 

 

花京院は当時のことを思い出し、笑っていた。

 

 

「あの時は大変だったぜ。俺とジョースターさんがギャンブルに負けて魂を抜かれたり、子供に戻されたり、俺が敵に操られたり…」

 

 

ポルナレフはエジプトでの戦いを振り返っていた。

 

 

「俺はDIOの館の門番をしていた鳥野郎と戦ったな」

 

 

イギーもエジプトでの戦い、『エジプト九英神の一体、ホルス神』を使う幽波紋使いの鳥『ペット・ショップ』のことを思い出していた。

 

 

「もしかして、片足を失ったのは…」

 

 

「そう、鳥野郎の幽波紋にやられたんだ。けど、何とかぶっ殺してやったさ」

 

 

イギーは意気揚々に話す。するとアヴドゥルが承太郎の肩に舞い降りた。

 

 

「みんな、到着したぞ。あの目の前の山が目的地の雲取山だ」

 

 

「……あの山のどこかに、手紙を届ける相手がいるって訳か…」

 

 

承太郎たちは雲取山を見上げていた。

 

 

「あの、すみません」

 

 

すると、後ろから声を掛けられ、承太郎たちは後ろを見る。そこには額に炎のような痣があり、市松模様の羽織を着ている少年がいた。

 

 

「その服…、鬼殺隊の服ですよね?もしかして、鬼殺隊の方ですか?」

 

 

「そうだ。俺たちはあの雲取山に住む元柱の人に会わなくてはならなくてな」

 

 

少年の質問に承太郎が答える。

 

 

「でしたらご案内しましょうか?多分その人は俺の父だと思いますので」

 

 

「おっ、そりゃ助かるぜ!そんなに高く無い山とは言え、捜索範囲が広いと家一軒見つけるのに時間が掛かるからな!」

 

 

少年が道案内を申し出たので、ポルナレフはそれに乗っかった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

少年の案内の下、承太郎一行は山に建つ一軒の炭焼き小屋に到着した。

 

 

「んっ?なぁ、あの女性はお前の母親か?」

 

 

ポルナレフは家の前にいる一人の女性を指差す。

 

 

「あの人は『珠世(たまよ)』さんと言って、鬼なんですけど、人を喰わない良い人なんです。医学に精通していて、病に掛かった俺の父を住み込みで治療してくれているんです」

 

 

「なら、あちらの男性は?」

 

 

「彼は『愈史郎(ゆしろう)』さんと言って、珠世さんが薬で鬼にした人なんですが、珠世さんと同様に人を喰わず、血を飲むことで満腹になるそうです」

 

 

次に花京院が珠世の隣にいる男性を指差し、少年がそれに答えた。

 

 

「ならあの男性は?」

 

 

次にイギーが指差したのは、水が入った手桶を両手で運んでいるテンガロンハットを被った40代の男性だった。

 

 

「珠世さん、水はこれくらいで足りますかな?」

 

 

「十分です、ありがとうございます」

 

 

男性は手桶を珠世の側に置き、珠世は男性にお礼を言った。

 

 

「おい承太郎、あの男性は…」

 

 

「言うなアヴドゥル、俺も密かに思っている…」

 

 

アヴドゥルは承太郎の肩に止まり、声を(ひそ)めて質問をすると、承太郎は呆れながら帽子を目深に被った。

 

 

「珠世さん、愈史郎さん、"ジョースター"さん、ただ今戻りました!」

 

 

「んっ?おぉ炭治郎(たんじろう)じゃないか!お帰り」

 

 

「お帰りなさい炭治郎さん」

 

 

「お帰り炭治郎。んっ?お客人か?」

 

 

少年こと炭治郎が帰宅の挨拶をすると、三人が返事をし、愈史郎が承太郎たちに視線を向ける。

 

 

「はい。何でも父にお会いしたいそうで…」

 

 

炭治郎は承太郎たちのことを話す。

 

 

「そうですか。では今から炭十郎(たんじゅうろう)さんの検査をした後ご用件をお聞きするか尋ねましょう。愈史郎、ジョースターさん、すみませんが水を中に」

 

 

珠世はそう言って小屋の中に入っていった。

 

 

「よろしくお願いします!…と言うことですが?」

 

 

「構わない。もし会えなくても、渡せる物を渡すことが出来ればそれでいい」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

それから、面会を許可された承太郎一行は、炭治郎の父、炭十郎と面会をした。

 

 

「このような格好で申し訳ありません。私が元柱の竈門(かまど)炭十郎です」

 

 

承太郎一行が会ったのは、炭治郎を大人にし、痩せた状態の姿に似た男性だった。そして炭十郎は布団を下半身に敷いて座っていた。

 

 

「お初にお目に掛かります。鬼殺隊・癸、空条承太郎です。こちらから鎹鴉のアヴドゥル、仲間の伊山砂子、花京院典明、ジャン=ピエール・ポルナレフです」

 

 

先に正座をした承太郎は自己紹介をし、承太郎に促された面々は正座をしながら頭を下げた。

 

 

「自己紹介、痛み入ります。それでご用件とは?」

 

 

「はい。お館様こと産屋敷耀哉殿から手紙を預かりましたので、それを届けに」

 

 

承太郎は懐に仕舞っていた手紙を炭十郎に差し出す。

 

 

「拝見します。………」

 

 

炭十郎は承太郎から受け取った手紙をその場で読み出す。

 

 

「……なるほど。空条さん、今日はもう遅い。もし良かったら我が家に泊まってはいかがですかな?」

 

 

手紙を読み終えた炭十郎は承太郎に宿泊の提案をする。

 

 

「(確かに麓の村に到着したのは夕方に近い時刻…、今から山を下りて宿を探すのは困難…)分かりました。お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 

承太郎は炭十郎の提案を受け入れることにした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「すまないが、今日はここに泊まらせてもらうことになった。よろしく頼む」

 

 

承太郎は炭治郎に家に泊まることを伝えた。

 

 

「分かりました。よろしくお願いします。改めまして、竈門炭治郎です」

 

 

「空条承太郎だ。呼びづらいのであれば『ジョジョ』と呼んでくれ」

 

 

承太郎は炭治郎に手を差し出し、炭治郎は承太郎の手を掴み、握手をした。

 

 

「ジョジョって、ジョジョおじさんと同じですね」

 

 

「…何?」

 

 

「ジョジョおじさん、『ジョセフ・ジョースター』って言う名前なんですけど、俺の弟や妹を含むみんなは『ジョジョおじさん』って呼んでいるんです」

 

 

「……やれやれだぜ」

 

 

承太郎は炭治郎の手を握ったまま、呆れていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後承太郎一行は炭治郎に自己紹介をし、炭治郎は自分を含めた家族を紹介した。

 

 

そして炭治郎の母葵枝(きえ)の手作り料理を堪能した。

 

 

因みに食材は承太郎たちが山の麓の村に到着する前に立ち寄った村でしのぶから貰った金で買った物である。

 

 

そして風呂に入り、夜も遅い時間となった時、竈門一家は就寝した。だが、承太郎一行とジョセフ、珠世と愈史郎は起きていた。

 

 

元々鬼は"眠る"と言うことはしないので、珠世と愈史郎の二人は布団に入るも、体を横にするだけで、眠ることは無かった。

 

 

しかし承太郎、イギー、花京院、ポルナレフ、ジョセフは違った。なぜなら、日が落ちたと同時に邪悪な気配を感じていたからだった。

 

 

そして夜が深まるにつれ、その気配が強くなり、承太郎たちは警戒していたのだった。

 

 

そして承太郎たちの警戒心が最高潮に達したその時

 

 

トントンッ

 

 

『夜分遅くにすみません、少々よろしいでしょうか?』

 

 

誰かが戸をノックしたのだった。

 

 

承太郎は直ぐ様起き上がり、戸の前に立つ。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

 

『すみません、道を尋ねたいのですが…』

 

 

「分かりました。今戸を開けますので、少々お待ちください」

 

 

承太郎は花京院にハンドサインを送り、準備をする。そして準備が整ったと同時に戸を開けた。

 

 

「《法皇の緑(ハイエロファントグリーン)》!喰らえ!《エメラルド・スプラッシュ》!」

 

 

承太郎が戸を開けたと同時に花京院が自身の幽波紋を出し、先制攻撃をする。

 

 

「チィッ!」

 

 

しかし訪問者は後ろに飛んで《エメラルド・スプラッシュ》を回避した。

 

 

「馬鹿な!?《エメラルド・スプラッシュ》を避けるなんて!?」

 

 

通常、幽波紋及び幽波紋の攻撃は同じ"幽波紋使い"で無ければ攻撃は愚かその姿を見ることすら出来ない。

 

 

では何故訪問者は花京院の幽波紋の攻撃を避けることができたのか?その答えは、その者の"直感"によるものだった。

 

 

その者は戸を開けた瞬間に"何か"が自分に向かってくることを察知し、後ろに飛んだのだった。これが訪問者が《エメラルド・スプラッシュ》を避けた理由である。

 

 

「逃がさねぇぜ、《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

承太郎は避けられるのを覚悟の上で《星の白金》を出した。

 

 

「グハァッ!?」

 

 

だが訪問者は《星の白金》のパンチを喰らってしまった。

 

 

「どうやら、僕の《エメラルド・スプラッシュ》を回避できたのは偶然のようですね」

 

 

花京院が承太郎の隣に並ぶと、殴り飛ばされた訪問者が立ち上がった。

 

 

「見えない衝撃…、そうか。貴様が"童磨"を殺した男か」

 

 

訪問者の口から『童磨』と言う言葉を聞いた承太郎は一歩前に出る。

 

 

「おい貴様、今"童磨"と言ったな?さては貴様、童磨の仲間だな?」

 

 

「"仲間"…?違うな。私は"鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)"、全ての鬼の"神"たる存在だ」

 

 

何と訪問者の正体は鬼の始祖である無惨だったのだ。

 

 

「鬼舞辻…無惨…だと?」

 

 

「そうだ!私は"太陽を克服した鬼"を造るために鬼を増やしているのだ。そして童磨を含む"十二鬼月"は私の"手駒"なのだ!貴様は私の手駒を減らした!万死に値する!」

 

 

無惨は腕を鞭状に変化させ、横に振るった。

 

 

《オラァッ!》

 

 

しかし無惨の攻撃は《星の白金》によって防がれた。

 

 

「何のつもりでここに来たのかは知らねぇし知るつもりも無ぇ。だが、貴様だけはぶっ潰させてもらうぜ」

 

 

「やれるものなら、やってみろ!」

 

 

無惨は再び腕を振るおうとする。

 

 

「そうはさせん!《隠者の紫(ハーミットパープル)》!」

 

 

すると承太郎の後ろから"紫色の茨"が無惨に巻き付いた。承太郎たちが後ろを振り向くと、ジョセフが右腕を前に突き出しており、その腕から無惨を捕らえているのと同じ紫の茨が生えていた。

 

 

「そして喰らえ!《波紋疾走(オーバードライブ)》!」

 

 

ジョセフは茨を通して波紋を無惨に流し込む。

 

 

「グオオオォォォッ」

 

 

すると波紋を喰らった無惨が苦しみだした。

 

 

「儂の波紋は太陽と同等の力を持っておる。そのまま苦しんで死ぬがいい鬼舞辻無惨!」

 

 

ジョセフは更に波紋を無惨に流そうとする。

 

 

「図に、乗るなァァァ!!」

 

 

自身の身の危険を回避しようとした無惨が叫ぶと、無惨の体から"何か"が出た。

 

 

それは頭は"ボサボサの髪"に口の周りに"髭を剃った跡"が青々と残り、顎のホクロから"毛が一本"出ていた。

 

 

体は中肉中背、"アニメ化された自分の顔が幾つもプリントされているピンクの服"に同じく自分の顔がプリントされている腹巻きをしていた。

 

 

はっきり言って、『変なオッサン』だった。

 

 

「なっ…、何だ…?」

 

 

無惨の体から出てきた者を見た承太郎は思考が一瞬停止してしまった。

 

 

《何だチミはってか?そうです、わたすが"変なおじさん"です》

 

 

《あっ、変なおじさんだから変なおじさん♪》

 

 

《変なおじさんだから変なおじさん♪》

 

 

《変なおじさんだから変なおじさんっと》

 

 

変なオッサンは突如その場で踊りだした。承太郎たちは油断せずに攻撃のタイミングを伺う。

 

 

《えへへへへっ、だっふんだ!》ブォッ

 

 

踊り終わり、変な顔をした瞬間、無惨を中心に衝撃波が走った。

 

 

承太郎たちは吹き飛ばされまいと、足を踏ん張る。そして衝撃波が止むと、その場に無惨は"いなかった"。

 

 

「何だったんでしょうか?今のは…」

 

 

「もしや未知の幽波紋か?」

 

 

花京院とジョセフは無惨から現れた者について思考する。

 

 

「いや、奴は俺たちの幽波紋は見えては"いなかった"。それに、さっきの衝撃波も奴には当たってはいなかった。つまり、幽波紋では無い"何か"だったんだろう」

 

 

承太郎は先程の戦いでの出来事から一つの"仮説"を説いた。

 

 

「それはそうと、まさかジジイまでこの世界に来ていたとはな。しかも、俺たちが知っている姿よりも若返ってやがるな」

 

 

「なんじゃ承太郎、気づいとったんか。なら早く声を掛けんか」

 

 

ジョセフは承太郎に言い寄る。

 

 

「阿保なことを抜かすな、こっちはこっちで忙しいんだ、ジジイに構っている暇は無いんでね」

 

 

承太郎はジョセフから離れ、小屋に戻る。その後をジョセフと花京院は追い掛けた。

 

 

 



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第5説《恋心》

 

 

「ジジイ、幾つか聞きたいことがある」

 

 

竈門家に戻った承太郎、花京院、ジョセフの三人は、竈門一家を守っていたイギーとポルナレフの二人を連れて小屋の外に出た。

 

 

「皆まで言わなくても分かるわい。儂がこの世界にいる理由じゃろ?今から十年ほど前じゃったが、儂は前の世界で老衰で死んだのじゃが、気がついた時には何故か三十代の姿にまで若返っておって、いつの間にかこの世界(にほん)に来とったからなぁ」

 

 

「それからはこの世界を旅しておると、夜に人喰い鬼に遭遇してしまってのぉ。一か八か儂の幽波紋(スタンド)である《隠者の紫(ハーミットパープル)》の名を叫んだ所、本当に出おってのぉ、そしてもしかしたらと思い波紋を出そうとしたら、これもまた本当に出おって、何とか鬼を倒すことが出来たんじゃ」

 

 

「じゃが、その場面を珠世女史と愈史郎に見られてしまってのぉ。それで互いの事情を説明したら、利害が一致したので、共に行動していた訳なんじゃ」

 

 

ジョセフはこの世界での体験を話した。

 

 

「では、竈門家に世話になっていることに関しては?」

 

 

ジョセフが竈門家にいることに関して、花京院が質問をした。

 

 

「うむ、それは儂の幽波紋、隠者の紫が関係しておる。知っての通り儂の幽波紋、隠者の紫の能力は"念写"。じゃが一台三万円もするポラロイドカメラを叩き割らなければならん。だがこの世界ではポラロイドカメラはもちろん、普通のカメラなんぞ高価過ぎて壊すことすら出来ん」

 

 

「そこで以前敵の幽波紋使いに襲われた時、地面に念写したことを思い出してな。試しに紙に触れて念写を試みた所、炭十郎殿が写ってのぉ。それでその写真を見せながら此処に辿り着いた訳じゃ」

 

 

ジョセフは此処に辿り着いた経緯を話す。

 

 

「そしたら案の定、炭十郎さんが病に掛かっていて、住み込みで治療することになった…って訳か」

 

 

「その通り。流石儂の孫、承太郎じゃ」

 

 

「そこまで話されたら誰でも分かる」

 

 

ジョセフは承太郎を褒めるが、承太郎は余り嬉しそうでは無かった。

 

 

「しかし、あの時無惨と言う奴から出た"あれ"は一体何だったのでしょうか?」

 

 

「何だ?何かあったのか?」

 

 

花京院が無惨が出したものについて考えていると、それを見ていなかったポルナレフは花京院に質問をした。

 

 

「実は…」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

花京院が先程の戦いで起きたことをポルナレフとイギーに話す。

 

 

「それって、幽波紋じゃねぇのか?」

 

 

「いや、ソイツが出てきた時、俺たちは呆気に取られたが、無惨は呆気に取られてはいなかった。つまり、無惨は"最後の切り札"として出したか、"出したこと自体気づかなかった"の二択になる」

 

 

承太郎が仮説を話すと、ポルナレフとイギーは考えてしまった。

 

 

「幽波紋じゃ無かったら、一体何だったんだ?」

 

 

「さぁな。とりあえず、当面の危機は去ったんだ。一先ず、中に戻って休むとするか」

 

 

承太郎は竈門家に向かって歩を進め、ジョセフたちはその後ろを追った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

無惨襲撃から一夜明け、承太郎たちは布団に包まって寝ていると

 

 

「空条さん…、空条さん…」ユサユサ

 

 

「ん…、あぁ。禰豆子(ねずこ)か…」

 

 

炭治郎の妹で竈門家の長女の禰豆子が承太郎を揺さぶって起こした。

 

 

「もう朝食の準備は出来ていますので、何時でも食べれますよ」

 

 

禰豆子はそう言って、承太郎の側を離れた。

 

 

それから承太郎たちは朝食を食べ終えた後、炭十郎の所へ向かう。何故なら、炭十郎が承太郎たちを呼んでいると珠世から伝言があったからだった。

 

 

「竈門殿、空条承太郎以下三名、お呼びにより参上致しました」

 

 

「そんなに畏まらなくてもいいよ。楽にして」

 

 

頭を下げた承太郎に炭十郎が声を掛け、承太郎たちは頭を上げた。

 

 

「それで、僕たちを呼んだ理由とは?」

 

 

「うん、君たちに手紙の内容を教えようと思ってね」

 

 

「手紙の内容…、ですか?」

 

 

炭十郎が承太郎たちを呼んだ理由に、イギーが頭を傾げる。

 

 

「そうだよ。お館様は"先見の明(せんけんのめい)"と言う"予知能力"に近いお力を持っていらっしゃってね、時々、近い将来が分かるみたいなんだ。それでお館様は近い内に此処に無惨が現れることを知ったんだ」

 

 

「まさか…」

 

 

炭十郎の話を聞いた承太郎は一つの結論を導き出した。

 

 

「そのまさかだよ。君たちは私たちの護衛、無惨の討伐、若しくは撃退を手紙に書かれていたんだ」

 

 

「だから貴方は僕たちをこの家に泊めさせたのですね?」

 

 

花京院は昨日のことについて質問をする。

 

 

「そうだよ。君たちに黙っていたことは申し訳無いと思っている。けど案の定、お館様の読み通り、昨夜無惨が現れた。そして君たちは見事撃退してくれた。私の家族を守ってくれて、ありがとう」

 

 

炭十郎は布団に入ったままの状態で頭を下げた。

 

 

「おいおい、頭を下げる道理が何処にある?俺たちは"目の前に現れた敵を追い払った"、それだけさ。まっ、結果的にアンタの家族を守ることに繋がったんなら、それで良いじゃねぇか」

 

 

「…感謝する」

 

 

ポルナレフの言葉に炭十郎は一層感謝した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭十郎との面会の後、承太郎一行は蝶屋敷へ戻る準備をしていた。

 

 

「おっ?承太郎、もう行くのか?」

 

 

そして準備が終わり外に出ると、ジョセフと炭治郎が目の前にいた。

 

 

「あぁ。そもそも長居するつもりは無かったんでね、そろそろお暇しようと思ってな。ジジイは炭治郎と一緒にいるみたいだが、何をしていたんだ?」

 

 

「うむ、儂は炭治郎に波紋を教えておったんじゃ。波紋は太陽と同じ力を持っておる。故に、全集中の呼吸に波紋が合わされば百人力と言う訳じゃ!頑張るんじゃぞ炭治郎!」

 

 

ジョセフは炭治郎に波紋を教えていたようだ。しかも彼の状態から見て、どうやら成果は上々のようだ。

 

 

「はい!」

 

 

「ふふっ、頑張れよ」

 

 

ジョセフに元気よく返事をした炭治郎の頭を承太郎は何度か撫でた後、竈門家を去った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「そうかい。やはり無惨が現れたか…」

 

 

此処は産屋敷邸。その中庭が一望できる所に耀哉と承太郎の鴉であるアヴドゥルがいた。

 

 

「はい。撃退はしましたが、いつまた鬼舞辻が戻ってくるか分かりません。ですが、有効打が見つかりましたので、次も追い払うことはできるかと」

 

 

アヴドゥルは一足先に耀哉に報告に行っていたため、承太郎たちに同行してはいなかったのだ。

 

 

「わざわざ報告ありがとう。引き続き、彼のこと、頼んだよ?」

 

 

「御意」

 

 

アヴドゥルは頭を下げた後、空へ飛んだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎たちが雲取山を去ってから二年の月日が流れた。

 

 

その間の出来事は、まず、しのぶが柱に就任してから数日後、承太郎たちが雲取山に向かっている最中、新たに柱が増えた。

 

 

その者とは、『時透有一郎(ときとうゆういちろう)』であり、柱名は『霞柱(かすみばしら)』である。更に彼の弟の『時透無一郎(むいちろう)』が彼の補佐に着くことになった。

 

 

有一郎が柱に就任してから一年後、アルビノ個体のアオダイショウを連れた左右が違う目の色(オッドアイ)の青年、『伊黒小芭内(いぐろおばない)』が蛇柱(へびばしら)に就任した。

 

 

そして伊山砂子(いやまさこ)ことイギーは漸く鴉からの指令を受け取り、鬼を討伐していた。ポルナレフや花京院もまた、鴉からの指令を受け取り、任務に勤しんでいた。

 

 

「オラオラオラオラ…、オラァッ!」

 

 

「グハァッ!?」

 

 

承太郎も順調に任務をこなし、今はとある山で鬼を討伐していると

 

 

「お疲れ様だな承太郎」

 

 

アヴドゥルが承太郎の肩に止まった。

 

 

「幽波紋を使っても良かったが、あれは対上弦用の切り札だからな」

 

 

承太郎は今まで戦って、崩壊している"十二鬼月・下弦の参"を見下ろしていた。

 

 

「それでアヴドゥル、次の任務か?」

 

 

「そうだ。だがこの任務は柱との合同で行うものとなる。よって近くにある"藤の花の家紋の家"で合流並びに休憩となる」

 

 

「やれやれ…、やっと休憩か。流石に任務が二日もぶっ通しだとキツくもなるぜ…」

 

 

そう、承太郎は任務を受けてから約二日、休憩も無しに鬼を討伐していたのだった。

 

 

幾ら体力が多いからと言っても、やはり人。体力にも限界があり、承太郎は疲労困憊となっていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「承太郎、柱の到着には二日ほど掛かるらしい。それまではゆっくりできそうだ」

 

 

それから承太郎は藤の花の家紋の家に到着し、アヴドゥルは柱との連絡に向かった。そして合流する予定だった柱との連絡を終えたアヴドゥルは詳細を承太郎に報告していた。

 

 

「柱は一般隊員より多忙と聞いているからな。そればかりはしょうがない…か。なら、ゆっくりさせてもらうとするか」

 

 

承太郎はアヴドゥルから教えてもらったことを藤の花の家紋の家の者に伝え、のんびりすることにした。

 

 

それから二日後、体力が戻った承太郎の下に柱が到着した。

 

 

「空条承太郎だな?今回の任務に同行する水柱の『鱗滝錆兎(うろこだきさびと)』だ。そしてこっちは柱補佐の『鱗滝真菰(まこも)』と『冨岡義勇(とみおかぎゆう)』だ」

 

 

「紹介に預かった冨岡義勇だ」

 

 

「私は鱗滝真菰、よろしくね」

 

 

「空条承太郎だ。よろしくな」

 

 

四人は互いに挨拶代わりの握手をした。

 

 

「これから向かう場所はここから遠くてな、早くても三日は掛かる。準備はできているか?」

 

 

錆兎の質問に承太郎は頷いた。

 

 

「よし、それじゃ向かうぞ!」

 

 

錆兎の号令で承太郎たちは目的地へと向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎たちが藤の花の家紋の家を出立してから三日後、承太郎一行は目的地である海沿いの寂れた村に到着した。

 

 

「調査によれば、夜、浜辺を歩いていると、村人の遺体が見つかったそうだ」

 

 

「確か、体がぐちゃぐちゃに溶けた状態で死んでいたんだよね?」

 

 

「あぁ。他にも、体が切り刻まれていて、体のあちこちに魚の鱗のような物が付着していたらしい」

 

 

錆兎たちは村を歩きながら報告された内容を口にしていたが、それを聞いた承太郎は一つの仮説を考えた。

 

 

「(あの幽波紋なら体を切り刻むことは可能だ。だが、体を溶かすことは無かったはず…。もしかしたら、あの時見なかった能力があるのか?)」

 

 

「空条、どうした?そんなに眉間に皺を寄せて」

 

 

承太郎を心配しての行動だったのか、義勇が顔を近づけて質問をした。

 

 

「……いや、何でもない」

 

 

承太郎は足早に歩き、錆兎たちを追い抜いた。そして承太郎は一人で浜辺を歩いていた。

 

 

「アヴドゥル、もしかしたら、幽波紋が関係しているかもしれん」

 

 

「私もそれを懸念していた。だが、心当たりがあっても、本当にそれなのか分からんぞ?」

 

 

承太郎は自分の肩に止まっているアヴドゥルと話していた。

 

 

「俺がまだ見ていない能力か、或いは…」

 

 

「鬼の喰い跡…か」

 

 

「いずれにせよ、夜になれば分かる」

 

 

承太郎は来た道を戻り、錆兎たちと合流した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

そして時刻は夜となり、承太郎たちは浜辺を警戒しながら歩いていた。

 

 

「ん…?何あれ」

 

 

すると真菰が目の前にある"もの"に気づいた。

 

 

「これは…、"壺"?」

 

 

「何でこんな所に壺があるんだ?」

 

 

そう、真菰が見つけたのは一つの"壺"だった。しかし、その壺を見つけた"場所"が問題だった。

 

 

壺を見つけた場所…、それは"浜辺の砂浜"だった。しかも、横に倒れている状態では無く、口を真上に向けた直立の状態だったのだ。

 

 

普通なら怪しんで近づこうとはしない。そう、"普通"なら…。

 

 

タッタッタッ…

 

 

「おい、真菰?」

 

 

「少し様子を見るだけだから」

 

 

あろうことか、真菰が壺に近づいたのだ。すると…

 

 

パシャ…

 

 

海の方から水が跳ねる音がした。その瞬間

 

 

《オラァッ!》

 

 

ガシッ グイッ

 

 

「えっ?きゃあ!?」

 

 

真菰は突如、"何か"に引っ張られる感覚がして、引き戻された。真菰はバランスを崩し、砂浜に倒れそうになったが

 

 

ポスッ

 

 

「大丈夫だったか?」

 

 

「は…、はぃ。大丈夫で…」

 

 

承太郎の顔を間近で見た真菰は、頬を赤く染めた。

 

 

「おい、そこにいるのは分かっている。いい加減出てきたらどうだ?」

 

 

承太郎は壺を指差しながら言う。すると

 

 

「ヒョヒョッ、見破られるとは、私もまだまだですね」

 

 

壺がカタカタ揺れ、声が聞こえた。

 

 

「自己紹介を。私は十二鬼月の『上弦の"肆"・玉壺(ぎょっこ)』と申します。以後お見知りおきをば」

 

壺から現れたのは、人間の目に当たる所に口、口に当たる所と額に目、耳が魚の鰭、無数の小さい手を持った異形の鬼だった。

 

 

「テメェのことはどうでもいい。あの村の人を襲っていたのはお前か」

 

 

「いかにも。彼らは私の"美"というものを理解しなかった。なので私の食糧と"作品"になってもらいました」

 

 

「……気持ち悪っ

 

 

玉壺の言動に気持ち悪さを感じた真菰は、口を押さえた。

 

 

「おやおや、ここにも私の美を分からない輩がいますねぇ。なら、私の餌になってもらいましょうか」

 

 

「させるかっ!《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァッ!》

 

 

パガッ

 

 

真菰を襲おうとした玉壺に承太郎が星の白金で攻撃を仕掛ける。だが、玉壺は素早く壺に身を隠し、星の白金の拳を避けた。そして星の白金の拳は玉壺の壺を割るだけに終わった。

 

 

すると、砂の中から新たな壺が現れる。

 

 

《オラァッ!》

 

 

パガッ

 

 

《オラァッ!》

 

 

パガッ

 

 

《オラァッ!》

 

 

パガッ

 

 

承太郎は星の白金で次々に壺を割っていった。だが、玉壺は何処にもいなかった。

 

 

「私の作品(つぼ)を次々に割るなんて…、あなたはどこまで美が分からないのですかねぇ…?でも、それもまたいい…」

 

 

すると承太郎の前に壺が現れ、そこから玉壺が現れた。

 

 

「テメェ…、"見えている"な?」

 

 

「えぇ…、"見えています"とも。なにせ、私…、いや"俺"もあなたと"同類"ですから」

 

 

玉壺の後ろから"何か"が現れた。

 

 

それは、全身を鱗で覆われ、肩や肘、膝には鼻のようなもの、背中には魚の背鰭のような物が付いている半魚人のような姿だった。

 

 

「テメェ…、その幽波紋は…!?」

 

 

「そう…、これが俺の幽波紋、《暗青の月(ダークブルームーン)》。思い出していただけましたかな?」

 

 

上弦の肆・玉壺の正体は、かつて承太郎が香港からシンガポールに向かう船で戦った幽波紋使いだった。

 

 

「あぁ。俺たちの他にもこの世界(せかい)に来ていた奴がいたとはな…」

 

 

「俺も驚いたよ。海の藻屑となったと思ったら、この世界で生きていたのだからな。そして俺は無惨様に出会い、鬼となった」

 

 

「空条承太郎、お前は俺に勝てるかな?鬼となりあの時よりも更に強くなった俺と暗青の月にな」

 

 

玉壺の言葉に暗青の月が構える。

 

 

「なら貴様に言っておこう。今貴様の目の前にいる男は、貴様のかつての雇い主を倒した男…だとな。《星の白金》!」

 

 

《オラァッ!》

 

 

承太郎は星の白金で攻撃を仕掛ける。玉壺もまた、暗青の月で攻撃をする。

 

 

しかし、力の差は歴然。暗青の月の攻撃は星の白金には効かなかった。

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラ…オラァッ!》

 

 

それどころか、星の白金のラッシュを諸に喰らう始末だった。

 

 

「ほぅ…、あの時よりもスピードとパワーが増しているな。だが、暗青の月にはそんなのは効かんのだよ!」

 

 

すると、暗青の月がまるで何事も無かったかのように立ち上がった。

 

 

「鬼となった俺は疲れを知らず、傷も再生する。だが君はどうだ?時間が経てば経つほど疲れ、傷も増える。しかも直ぐには治らない。一体、どちらが有利なのかねぇ?」

 

 

玉壺は不敵に笑って、暗青の月は両腕から鱗を飛ばす。承太郎は真菰を庇うように覆い被さり、星の白金は腕をクロスして防御体制をとった。

 

 

暗青の月が飛ばした鱗は鋭利な刃物となり星の白金を傷付ける。それと同時に承太郎の体にも同じ傷が付く。

 

 

「どうしたどうしたぁ?守ってばかりじゃ、倒せるものも倒せんぞ!?」

 

 

玉壺は調子に乗って鱗を更に飛ばす。

 

 

「…いいぜ、だったら"とっておき"を見せてやるよ!《スタープラチナ・ザ・ワールド》!」

 

 

ドゥ~ン…コッチ…コッチ…コッチ…

 

 

承太郎は時間を止め、玉壺に近づいた。そして

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ…、オ~ラァッ!オラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラ、オラァッ!》

 

 

暗青の月を文字通り"タコ殴り"にした。そして再び真菰を守るように彼女の前に立つと

 

 

「3…、2…、1…。時は動き出すぜ」

 

 

「グハァッ!?」

 

 

時を動かした。時を止めた状態でダメージを受けた暗青の月は原型が分からないほどにひしゃげ、玉壺はそのダメージを十分過ぎるほど受けた。

 

 

「テメェの敗因はたった一つ…。"俺を怒らせた"。それだけだ。地獄で閻魔様に詫びて来な」

 

 

承太郎は暗青の月が飛ばした鱗が刺さったままの状態で刀を抜き、玉壺の頚を斬った。

 

 

「そ…、そんな…」

 

 

玉壺は承太郎に出会ったことを後悔しながら崩壊していった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「やれやれ…」

 

 

「おい空条、怪我は大丈夫なのか?」

 

 

ため息をつきながら帽子を被り直した承太郎に、義勇が心配しながら声を掛けた。

 

 

「あぁ。前はこれよりも酷い怪我を負ったことがあったからな」

 

 

承太郎は以前DIOに負わされた怪我のことを思い出していた。

 

 

「今よりも酷い怪我って…、一体どんな怪我だよ…」

 

 

「…聞きたいか?」

 

 

「「遠慮します…」」

 

 

承太郎の質問に錆兎と義勇は首を横に振った。すると、真菰が承太郎の服を掴んだ。

 

 

「ごめんなさい…、私のせいで貴方にこんな怪我を…」

 

 

「こんな怪我(もん)、唾をつけときゃ治る。それよりも、そっちこそ怪我は無かったか?」

 

 

「うん…、貴方のお陰で傷一つ無いよ。ありがとう」

 

 

承太郎は真菰の頭を撫で、「良かった良かった」と呟いた。

 

 

「さて、これで任務は完了だな。早く蝶屋敷に行って治療してもらわんとな」

 

 

「「いやその前に応急措置くらいしろよ!?」」

 

 

先に歩き出した承太郎を錆兎と義勇は慌てて追いかけた。

 

 

「(何だろう、この気持ち…。空条さんといると胸がドキドキ言ってる…)」

 

 

真菰はその場に立ったまま、自分の胸を押さえる。

 

 

「(名前を呼んでみたらどうなるんだろう…)承太郎…さん

 

 

真菰は試しに承太郎の名前を呟く。すると胸の鼓動が早くなった。

 

 

「(すごいドキドキ言ってる…。もしかして…)」

 

 

「お~い真菰!早く来いよ~!置いてくぞ~!」

 

 

「あっ、待って~!置いてかないで~!」

 

 

錆兎に呼ばれた真菰は思考の海から戻り、急いで錆兎たちと合流する。

 

 

彼女のこの気持ちが分かるのはまだ先のようだ…。

 

 

 



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第6説《事実》

 

 

海沿いの町で上弦の肆・玉壺を倒した承太郎は、町で応急措置を施した後、5日掛けて蝶屋敷に戻り、しのぶの治療を受けていた。

 

 

「まったく…、空条さんは自分のことを蔑ろにし過ぎです」

 

 

「すまないな。何せ相手が相手だったからな」

 

 

「程々にしないと、後で後悔しますよ?…っと、はいこれで終わりです」

 

 

しのぶは治療用の道具箱に使っていた道具を片付けた。

 

 

「感謝する。それと、しばらくは蝶屋敷(ここ)でのんびりする予定だ」

 

 

「すまない承太郎、緊急案件だ」

 

 

しのぶに今後の予定を伝えていた承太郎に、アヴドゥルが部屋の開いている窓から入り、用件を伝えた。

 

 

「やれやれ…、ゆっくり休む暇も無いのか」

 

 

「そうぼやくな。それにこれは蟲柱の胡蝶殿にも関係がある」

 

 

「私にも…ですか?」

 

 

アヴドゥルの言葉にしのぶは首を傾げる。

 

 

「うむ。承太郎の上弦の肆の討伐に伴い、お館様が緊急柱合会議を開かれることをお決めになられた。そこで承太郎と胡蝶殿に召集が言い渡されたのだ」

 

 

「なるほど…。了解しました、では日程が決まりましたらまたお知らせください」

 

 

しのぶはアヴドゥルの説明に納得し、道具箱を持って退室した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

アヴドゥルが緊急柱合会議の知らせを伝えてから数日後、会議の日程が決まり、承太郎としのぶは産屋敷邸の中庭に到着していた。

 

 

なお、承太郎は隠の者に背負われて産屋敷邸に来ていた。隠の者たちは承太郎といった大きい体格の人を背負えるように、体中に重りを付けて活動し、筋力を増加させていたため、承太郎を運んでもへばることは無かった。

 

 

「ようお二人さん、今回も揃って到着か?」

 

 

会議までまだ時間があるというのに、中庭には既に天元がいた。

 

 

「相変わらずお早いですね」

 

 

「まっ、これでも"元忍"だからな」

 

 

しのぶの嫌みを知ってか知らずか、天元はケラケラと笑っていた。

 

 

「おっ?空条さんじゃないですか」

 

 

そこに水柱の錆兎が中庭に現れた。

 

 

「あら鱗滝さん、ご無沙汰してます」

 

 

「久しぶりだな鱗滝」

 

 

「ご無沙汰だな胡蝶、宇随さん」

 

 

錆兎はしのぶと天元の二人と挨拶を交わす。

 

 

「南無…、その声は鱗滝に胡蝶、宇随か」

 

 

「あっ、悲鳴嶼さん」

 

 

錆兎の後ろから行冥が現れた。

 

 

「んだァ?悲鳴嶼さんたち、もう来てんのかよォ」

 

 

更に実弥と有一郎が到着した。

 

 

「胡蝶、風柱の横にいる者は?」

 

 

「あぁ、空条さんは初めてでしたね。彼が新しく柱になった"霞柱"の時透有一郎君です」

 

 

「初めまして、時透有一郎です貴方の噂はかねがね聞いています」

 

 

「空条承太郎だ、よろしくな」

 

 

承太郎は有一郎と握手をした。

 

 

「あっ!皆さんもう集まってる!」

 

 

「よもやよもや、我々が最後のようだな」

 

 

「杏寿郎が『まだ時間があるから茶でも飲もう!』と言って茶屋に寄ったのが仇になったな」

 

 

そこに杏寿郎と蜜璃、小芭内が到着した。

 

 

「うん?お前、見ない顔だが、柱の新入りか?」

 

 

「あぁ、蛇柱の伊黒小芭内だ。そう言うアンタは誰だ?見た所鬼殺隊員のようだが、柱では無さそうだ。なぜ一般隊員がここにいる?」ネチネチ

 

 

小芭内は承太郎が会議の場にいることに関してネチネチと質問をする。

 

 

「伊黒さん、空条さんはお館様が直々にお呼びになられたのですよ?」

 

 

小芭内の質問にしのぶが答えた。

 

 

「そうか、ならお館様に粗相だけはしないようにな」

 

 

小芭内は承太郎にそれだけ言って離れた。

 

 

「やれやれだぜ…」

 

 

承太郎は被っている帽子を目深に被り直した。

 

 

「ごめんなさい空条さん。小芭内さんは普段はあんな態度は取らないので…」

 

 

そこに蜜璃が小芭内のフォローに入った。

 

 

「別に気にすることじゃ無い。見知らぬ人がいれば、誰しもがああなる」

 

 

承太郎は小芭内の言動を気にしてはいなかった。

 

 

「「お館様のお成りです」」

 

 

すると、耀哉の娘二人が耀哉が来たことを告げる。その声を聞いた柱一同は横一列に並び、平伏する。承太郎も柱の後ろに下がり、同じく平伏した。

 

 

「やぁみんな、おはよう。今日もいい天気だね、空は青いのかな?」

 

 

そして部屋の奥から耀哉が姿を現した。

 

 

「お館様に置かれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 

耀哉への挨拶を錆兎が述べる。

 

 

「ありがとう錆兎。さて、今回集まってもらったのは、この前の錆兎たちの任務についてなんだ」

 

 

耀哉は錆兎にお礼を言って、議題を話す。

 

 

「この前の任務に、十二鬼月、それも上弦が現れたんだ。そうだよね?」

 

 

「御意。対峙したのは上弦の肆、玉壺と言う異形の鬼でした。奴は血鬼術(けっきじゅつ)で生成したと思われる壺を移動しながら我らを翻弄しておりました。しかし、そこで『壺が勝手に割れる』と言う不可思議なことが起こりました」

 

 

実際には承太郎の幽波紋(スタンド)である星の白金(スタープラチナ)が殴り割ったのだが、幽波紋使いでは無い錆兎から見れば、壺が勝手に割れたとしか見えなかったのだ。

 

 

「その後姿を見せた上弦の肆は空条さんと何か話した後、自分の補佐の一人である真菰を庇ったと思った瞬間、突如空条さんの体の至るところに切り傷ができました。そして空条さんが何か叫んだ途端、上弦の肆の体がひしゃげ、抵抗できなくなった所を空条さんが頚を斬りました」

 

 

錆兎の報告が終わると、全員が承太郎を見る。

 

 

「承太郎、君は鬼殺隊に入る前に上弦の弐を、そして入隊してからは下弦の参と陸、今回の任務で上弦の肆を討伐した。これは素晴らしい戦果だよ、上弦の鬼は柱三人分の力があるのに、君はたった一人で、それも二体も討伐した」

 

 

「そこで君に何か褒美をあげたいんだ。何か欲しいものはあるかい?」

 

 

承太郎は褒美について考えると

 

 

「でしたら、占いで使用する『タロットカード』を一組、ご所望願います」

 

 

承太郎はタロットカードが欲しいと言った。

 

 

「『たろっとかーど』…かい?」

 

 

「はい。私の鴉であるアヴドゥルはタロットカードでの占いを得意としておりまして、それで彼にタロットカードでの占いの教えを…と思いまして」

 

 

「……分かった。取り寄せてみよう」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

耀哉は承太郎の願いを聞き入れた。

 

 

「それと承太郎、君に幾つか質問があるんだが、いいかい?」

 

 

「何なりと」

 

 

「君は"全集中の呼吸"が使えない。にも関わらず鬼を、それも十二鬼月を倒している。君の力の源は何だい?」

 

 

耀哉の質問…、それは承太郎の力についてだった。

 

 

「……私には"とある異能"がございます。その名は《幽波紋》。己の魂に宿る力が具現化したもの…とでも言いましょうか」

 

 

「"すたんど"…ですか?」

 

 

「あぁ、俗に"超能力"とも呼べるものだ。《幽波紋(コレ)》は普通の人間や鬼には見えない。見ることができるのは幽波紋(スタンド)使いだけだ」

 

 

しのぶの疑問に承太郎は答える。

 

 

「"己の魂の力の具現化"ねェ…、ンなもんが存在するのかァ?」

 

 

承太郎の説明を聞いていた実弥はまったく信じてはいなかった。

 

 

「なら論より証拠、今から見せよう。胡蝶、その場に立ってくれ。それと、何があっても暴れるなよ?」

 

 

承太郎に言われ、しのぶは疑問を抱いたまま立ち上がる。そして承太郎は星の白金を出し、星の白金はしのぶを横抱きにさせる。

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

しのぶは突然の浮遊感に驚き、悲鳴を上げる。だが暴れることは無かった。何故なら、星の白金がしのぶをしっかりと支えているのも理由の一つだが、承太郎がしのぶに言った『何があっても暴れるな』と言う言葉が大半の理由だった。

 

 

そして星の白金はしのぶを横抱きにしたまま承太郎の側まで戻り、承太郎が腕を差し出すと、星の白金はしのぶを承太郎の腕に収め、そのまま承太郎の中に消えていった。

 

 

「何が起きたのかな?」

 

 

「はい、空条様が蟲柱様を立たせた後、蟲柱様が突如、横抱きの姿勢で宙に浮きました」

 

 

「そしてそのまま宙を移動し、空条様の腕の中に収まりました」

 

 

呪いのせいで視覚を失った耀哉は両隣にいる娘に状況を説明させた。

 

 

「今胡蝶を横抱きにし、俺の所まで運んだのが俺の幽波紋だ」

 

 

承太郎はしのぶをゆっくり降ろしながら言う。しかし、他の柱たちは未だに信じてはいなかった。

 

 

「ならこれならどうだ?俺が最初にこの屋敷に来た時、残暑も無かったのに、やけに暑かったのを覚えているか?」

 

 

承太郎が言った言葉に、その場にいた柱は頷いた。

 

 

「確かに!あの時は残暑が戻ってきたのかと思ったくらいだ!」

 

 

「何か急に暑くなったよな、派手に記憶に残っているぜ」

 

 

「その暑さが、幽波紋によって生み出された…と言ったら?」

 

 

『何だって!?』

 

 

承太郎の言葉にその場にいた柱が驚いた。

 

 

「俺の鴉であるアヴドゥルは炎や熱を操る幽波紋を持っている。炎は幽波紋の能力ゆえに見えなかったが、熱まではどうしようも無かった」

 

 

「そんなことが可能なんですか?」

 

 

「幽波紋の中には物を媒体として発動するものもある。例えるなら、"船"や"車"といった乗り物とか…な」

 

 

承太郎の言葉に、柱全員が言葉を失った。

 

 

「もし、その"すたんど"使いが鬼になったとしたら…」

 

 

「一般隊員は愚か、柱でさえも勝ち目は無い。幽波紋使いでは無い限り…な」

 

 

「……承太郎、その"すたんど"使いになるには、どうしたらいい?」

 

 

「…何?」

 

 

耀哉の質問に承太郎は思わず聞き返してしまった。

 

 

「"すたんど"使いになるには、どうしたらいいのかと、質問したのだが?」

 

 

「………幽波紋使いには三つの種類がある」

 

 

耀哉はもう一度承太郎に質問し、承太郎は暫く考え込み、観念したかの様に話し始めた。

 

 

「まず一つ目が"先天的発現(せんてんてきはつげん)"。これは生まれながらにして幽波紋を持つ者を指します。次に"後天的発現(こうてんてきはつげん)"。これは"スタンドの矢"と呼ばれる物によって幽波紋を持った者を指します」

 

 

「なら、その矢を手に入れ、使用すれば……」

 

 

「お勧めはしないな」

 

 

天元の言葉に承太郎が待ったを掛けた。

 

 

「その矢に刺された者は、まるで毒を射たれたかのような苦痛を味わう。そしてその苦痛に耐えきれば晴れて幽波紋使いになれる。だが、耐えきれなければ、そのまま死ぬ」

 

 

「そんな…」

 

 

承太郎の説明にしのぶは顔を青ざめた。

 

 

「幽波紋はそちらに例えるなら、全集中の呼吸と同じだ。適正が有るか無いかで優劣が決まる」

 

 

「耳が痛い話だね。分かった、"すたんど"のことは一旦忘れよう」

 

 

「その代わりと言っては何だが、もう一つ、鬼に有効な手段がある」

 

 

承太郎はついでと言わんばかりに話をする。

 

 

「その有効打は"波紋"と言って、全集中の呼吸に上乗せすれば、全集中の呼吸の適正が無くても鬼を倒せる」

 

 

「それは本当なのか!?」

 

 

承太郎の説明に実弥が食い付いた。

 

 

「あぁ。"波紋"は別名"波紋呼吸法"と言って、訓練すれば誰でも身に付けることができる。今俺が知っている波紋使いは二人、ジョセフ・ジョースターと竈門炭治郎の二人だ」

 

 

承太郎が炭治郎の名を出した瞬間、柱にざわめきが走った。

 

 

「おい、竈門っていやぁ…」

 

 

「あぁ。"元日柱(ひばしら)"の竈門炭十郎様と同じ名字だ。まさか、竈門様のご子息か?」

 

 

「承太郎、その"じょせふ"と言う人の居場所は、分かるかい?」

 

 

「分かりかねます。なにせ、最後に会ったのは二年前でしたから」

 

 

耀哉の質問に承太郎は首を横に振りながら答えた。

 

 

「……まぁ、炭治郎に聞けば分かるかもしれないね。ありがとう、承太郎」

 

 

耀哉は承太郎にお礼を言う。

 

 

「あの、空条さん」

 

 

そこにしのぶが承太郎を指で突っつきながら声を掛ける。

 

 

「先程の"すたんど"使いの種類を"三つの種類"と言いましたが、説明をされたのは二つ。残りの一つは何ですか?」

 

 

「そう言えば言って無かったな。最後の三つ目は"先天的"、"後天的"、そのどちらでも無いものだ」

 

 

「これは主に血縁者の一人が幽波紋使いになると、意図的に他の血縁者も幽波紋使いになる。俺が実際にそうだったようにな」

 

 

そう、承太郎は自分の先祖である『ジョナサン・ジョースター』の体を乗っ取ったDIOが幽波紋使いになったことを切っ掛けに、自分の祖父である『ジョセフ・ジョースター』と共に幽波紋使いになったのだ。

 

 

「なるほど…」

 

 

しのぶは納得したように頷いた。

 

 

「さて、承太郎への疑問も無くなったことだし、そろそろ会議を終わりにしようか」

 

 

『御意』

 

 

耀哉は立ち上がり、部屋の奥へと向かった。柱たちはその姿が見えなくなるまで見送った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

緊急柱合会議が終わってから数日後、承太郎はカナエとしのぶを連れて街中にいた。いや、正確には二人に承太郎が"付き合わされて"いるのだった。

 

 

「ごめんなさい空条さん、折角の休みだったのに…」

 

 

「気にするな。たまにはこういった気分転換も悪くはない」

 

 

カナエとしのぶは蝶屋敷で使う薬や包帯などを買うために街に来ており、承太郎はその付き添いだったのだ。

 

 

すると、大通りの一角に何やら人だかりができていた。

 

 

「何かしらあの人だかり?」

 

 

「後ろに何かいますね」

 

 

人だかりの後ろにプラカードを持った大型の猿、『オランウータン』がいた。

 

 

「ウホッ、ウホッッッ!!!?」

 

 

プラカードを持ったオランウータンは承太郎たち三人、厳密には承太郎を見て驚愕した。

 

 

「どうしたのかしら?あのお猿さん、何か急に震え出しましたけど…」

 

 

「何か、空条さんを見た瞬間に震え出しましたよね?もしかして、お知り合いですか?」

 

 

承太郎は二人の質問を無視してオランウータンの下へ向かった。

 

 

「おいエテ公、お前一体何してんだ?」

 

 

承太郎はオランウータンを一瞥しながら質問をするが、オランウータンは震えるだけで鳴かなかった。

 

 

「"フォーエバー"、どうしたんだ?」

 

 

すると人だかりの中から、額から鼻先に掛けて刺青をしている男性が現れた。

 

 

「テメェは、"テレンス・T・ダービー"!」

 

 

「えっ?うげっ、空条承太郎!?」

 

 

承太郎に声を掛けられたテレンスは、承太郎の顔を見た瞬間、表情を歪めた。

 

 

「ほぅ…?『うげっ』とは随分なご挨拶だな?」

 

 

「えっ?いや~、あはは…」

 

 

承太郎の威圧感にテレンスは乾いた笑いしかできなかった。

 

 

「まさかテメェ、魂を賭けたゲームをしてるんじゃねぇよな?」

 

 

「失礼な!ゲームはゲームだが、魂を賭けてはいない!その証拠に、あれを見ろ!」

 

 

テレンスが指差したのは、一つの看板だった。そこには

 

 

『挑戦者求む!参加費銭三枚、勝てば銭五十枚』

 

 

と書かれていた。更にテーブルが一つ、椅子が二つあり、そこにディーラーの格好をした男性と挑戦者か向かい合って座っていた。

 

 

「ほぅ…?確かに魂を賭けるゲームでは無さそうだ」

 

 

「今やってるのは"ババ抜き"です。衆人環視もいますから、イカサマができませんからね」

 

 

「んっ?おや、誰かと思えば、空条承太郎さんじゃありませんか」

 

 

ディーラーの格好をした男性、『ダニエル・J・ダービー』は承太郎に気付き、声を掛ける。

 

 

「どうですか?貴方も一勝負、もうすぐ終わりますから。……はい、これで私の勝利です」

 

 

ダニエルは挑戦者の手札二枚の内、一枚を取り、テーブルの真ん中に捨てる。

 

 

「だぁ~!また負けた~!」

 

 

挑戦者の手札の残りの一枚、ジョーカーが残り、挑戦者の負けが確定した。

 

 

「またの挑戦をお待ちしております。では、空条さん、如何なさいますか?」

 

 

「いいだろう、受けてたとう」

 

 

承太郎はテーブルに銭三枚を置いて椅子に座る。

 

 

Good(グッド)、では今からカードをシャッフルします」

 

 

ダニエルはカードを一纏めにし、ショットガン・シャッフルをする。

 

 

「カットはなさいますか?」

 

 

ダニエルは承太郎にカードの束を渡し、承太郎は差し出されたカードを数枚の束に分け、再び一つの束にする。

 

 

ダニエルは承太郎からカードを受け取り、一枚ずつ承太郎と自分に配り始めた。

 

 

「空条君、勝てるかしら…」

 

 

その様子をカナエとしのぶは固唾を飲んで見守っていた。

 

 

「さて、カードを配り終えましたので、ペアを捨てましょう」

 

 

二人は手札にあるペアを次々とテーブルの真ん中に捨てる。

 

 

「……どうやら、テメェにジョーカーがあるみてぇだな」

 

 

ダニエルの手札は承太郎の手札に比べて一枚多かった。

 

 

「確かに私の手札にジョーカーはあります。ですが、ジョーカー(これ)が私の下に残るのか、貴方の下に行くのか、それは神のみぞ知る…ってね。では、まず最初は私から引かせていただきます」

 

 

ダニエルは承太郎の手札の内の一枚を取り、揃ったペアを捨てる。

 

 

「では、どうぞ」

 

 

承太郎はダニエルの手札の内の一枚を取り、揃ったペアを捨てる。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ふむ、どうやら次で決着が着くかもしれませんね」

 

 

ダニエルがペアを捨てると、承太郎の手札は一枚、ダニエルの手札は二枚となった。

 

 

「では、どうぞ」

 

 

ダニエルは手札を前に出し、承太郎はカードを手に取る。

 

 

「……俺の勝ちだ」

 

 

承太郎が引いたカードは…、ジョーカー"では無かった"。

 

 

「おやおや、私の負けのようですね。いやお見事です」

 

 

ダニエルが負けを認め、拍手をする。すると見物人が次々に拍手を承太郎に贈った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「空条君、流石だったわね!」

 

 

「私、あんな手に汗握る戦いを見るのは初めてでした!」

 

 

カナエとしのぶが興奮気味に承太郎に話す。

 

 

「別に、あれくらいは普通だ。それに、やり方さえ覚えれば子供でもできる」

 

 

承太郎はぶっきらぼうに言う。

 

 

「けど、本当に"それ"だけで良かったの?」

 

 

カナエが言った"それ"とは、真新しいトランプだった。

 

 

「『金はいらないからカードをくれ』なんて言うからびっくりしましたよ」

 

 

「別に金に困っている訳じゃ無いからな。それに…」

 

 

「それに…、何ですか?」

 

 

トランプ(こっち)をもらった方が後でみんなと遊べるからな」

 

 

承太郎は手に入れたトランプを見せながら笑った。

 

 

 



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第7説《過去》

 

「これならどうだ!?《フルハウス》!」

 

 

「悪いが俺の勝ちだ。《ストレートフラッシュ》」

 

 

「何っ!?くそ~、また負けたぜ~」

 

 

ダービー兄弟のゲームでトランプを手に入れた承太郎はその後の用事を済ませ、蝶屋敷に戻り、早速蝶屋敷の面々とトランプで遊んだ。

 

 

そして数日後、承太郎は遊びに来ていたポルナレフとポーカーをしていた。

 

 

「お強いのですね、空条さん」

 

 

二人の勝負を見ていたアオイは感心していた。

 

 

「ポーカーは如何に役を揃えるのかが鍵だ。役さえ覚えれば誰でも遊べる」

 

 

「でも、それが一組しか無いのが残念です。なほたちも遊びたがっていましたから」

 

 

アオイが『なほたち』とは、しのぶが任務の時に保護した『高田なほ』、『寺内きよ』、『中原すみ』の三人娘のことである。

 

 

「なら今丁度終わったから、彼女たちを呼んで遊ぶとしようか」

 

 

トランプを揃え終えた承太郎はなほたちを呼びに行った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「今回はどんな遊びにしますか?」

 

 

「できれば簡単なのがいいです」

 

 

「うんうん」

 

 

承太郎はなほたちを連れて部屋に戻ると、早速なほたちはトランプで遊ぼうとしていた。

 

 

「なら神経衰弱はどうだ?」

 

 

「「「しんけいすいじゃく?」」」

 

 

承太郎の提案になほたちは頭を傾げる。

 

 

「実際にやってみるか。ポルナレフ、手伝ってくれ」

 

 

「あいよ」

 

 

承太郎はトランプの束からジョーカーを抜き、残ったカードをシャッフルする。そしてカードの束を二つに分け、その内の一つをポルナレフに渡した。二人はカードを裏向きのまま畳の上に散りばめた。

 

 

「これで準備完了だ。まずは俺からやろう」

 

 

承太郎は手前にあるカードをめくる。

 

 

「スペードの6…か」

 

 

承太郎は次に自分から少し遠目のカードをめくる。

 

 

「ダイヤの6…完成だ」

 

 

承太郎は二枚のカードを手元に集めた。

 

 

「こうやって、同じ数字のカードを集め、最後に一番多くのカードを集めた者の勝ちだ。そしてペアを揃えた者はもう一回めくることができる」

 

 

そう言って承太郎はカードをめくると、ハートのQとクラブの3が出た。

 

 

「ペアが揃わなかったらそこで終了、次の人に番が回る。次はポルナレフの番だ」

 

 

「あいよ」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後承太郎、ポルナレフ、なほ、すみ、きよ、アオイは神経衰弱で遊んだ。

 

 

結果は

 

 

承太郎→6

 

 

ポルナレフ→0

 

 

なほ→4

 

 

すみ→3

 

 

きよ→6

 

 

アオイ→7

 

 

である。

 

 

「アオイさんの勝ちです!」

 

 

「たまたまよ、たまたま」

 

 

「ポルナレフさん、弱いですね」

 

 

「放っておいてくれ…」

 

 

アオイはちょっと照れくさそうに頬を掻き、ポルナレフは落ち込んでいた。

 

 

「承太郎、何をしていたんだい?」

 

 

そこに花京院がやって来た。

 

 

「花京院か。今このメンバーで神経衰弱をしていたんだ」

 

 

「神経衰弱か、懐かしいな。僕も昔は一人で神経衰弱をしていたもんだ」

 

 

「花京院さんも神経衰弱をやったことがあるんですか?」

 

 

花京院の独り言にすみが反応し、質問をする。

 

 

「ああ、子供の頃は友達がいなかったからよく一人で遊んでいたんだ」

 

 

「……ふむ、この大人数なら"大富豪"ができるな」

 

 

「「「「「「大富豪?」」」」」」

 

 

「ああ。大富豪は最低でも四人いないとできない遊びでな、大人数でやるものなんだ」

 

 

「やり方はまずカードを全員分配り、ダイヤの3を持っている人からカードを出すんだ。そしてその数字より大きい数字のカードを順番に出すんだ。強さの序列は3が一番弱く、2が一番強い、そして最初に手札を全て使い切った人が勝利、大富豪の称号を得る」

 

 

「2位が富豪、3位が四人なら貧民、五人以上なら平民になり、最後から数えて2番目なら貧民、最下位の人が大貧民になる」

 

 

「聞いたことがある、大富豪のルールには様々なルールがある…と」

 

 

「"8切り"や"都落ち"、"スペ3返し"とかだろ?ルールを知ってるならやらないか?」

 

 

「是非とも」

 

 

「なら私たちは側で見てます」

 

 

なほたちは立ち上がり、なほは承太郎、すみはアオイ、きよは花京院の側に寄った。

 

 

「なら最初は複雑なルール無しでやろうか」

 

 

承太郎はトランプを一旦集め、シャッフルする。そしてカードを一枚ずつプレイヤーであるポルナレフ、花京院、アオイ、自分に配った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「じゃあまずはダイヤの3を持っている人がカードを出してくれ」

 

 

承太郎はカードを全て配り終えると、ダイヤの3を持っている人にカードを出すよう指示した。

 

 

「最初は俺からのようだな」

 

 

どうやらダイヤの3を持っているのはポルナレフのようで、ポルナレフはダイヤの3を出した。その後花京院、アオイ、承太郎の順番でカードを出していった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「どうやら、僕が出したカードが最後のようだね」

 

 

花京院がダイヤのAを出した後、誰もカードを出さなかったので、捨て山は端に退けられた。

 

 

「捨て山は退けるんですか?」

 

 

「ああ、そうしないとカードを出せないからね」

 

 

花京院はそう言いながらクラブとハートの4の2枚組(ペア)を出した。

 

 

「ほぉ…?花京院、中々やるじゃないか。神崎、次に出すのはこれよりも大きい数字の"同じ枚数"だ」

 

 

「えっ?"同じ枚数"…ですか?」

 

 

承太郎の説明にアオイがオウム返しのように聞き返した。

 

 

「そうだ。相手が出した枚数と同じ枚数のカードを出さなくてはならない。もし無いのならパスするしか無い」

 

 

アオイは自分の手札を見つめる。そして

 

 

「……すみません、パスします…」

 

 

パスを選んだ。

 

 

「分かった。なら次は俺だな…、これだ」

 

 

承太郎が出したのは、スペードとハートの7だった。

 

 

「おっ、これなら俺も出せるぜ」

 

 

ポルナレフはダイヤとハートの10を出す。

 

 

「パス」

 

 

「パスです…」

 

 

「俺は…、これだ」

 

 

承太郎はクラブとスペードの2を出し、捨て山は流された。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「これで最後です…。はぁ、私が最下位ですか」

 

 

アオイが持っていた最後のカードが流され、勝敗は決した。順位は

 

 

大富豪→花京院

 

 

富豪→承太郎

 

 

貧民→ポルナレフ

 

 

大貧民→アオイ

 

 

である。

 

 

「2回目からはルールが追加される。ルールは手札の交換、大富豪は大貧民と二枚、富豪は貧民と一枚手札を交換する。そして交換するカードは大貧民と貧民は手札の中にある"一番強いカード"を、大富豪と富豪は手札の中にある"一番弱いカード"を交換するんだ。因みに平民は手札の交換は無いからね」

 

 

大富豪である花京院は大貧民であるアオイと、富豪である承太郎は貧民であるポルナレフからカードを交換した。

 

 

「交換が済んだら、大貧民からカードを出してくれ」

 

 

アオイは言われた通りにカードを出した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「はぁ~、疲れました…」

 

 

「アオイさん、お疲れ様です」

 

 

大富豪を終えたアオイはルールを覚えるのに疲れ、それをなほが労った。

 

 

「覚える決まりが多すぎます。捨て山に8が出た時に捨て山を流す"8切り"、大富豪が次の番に一位になれなかった時に強制的に大貧民になる"都落ち"、ババが出た時の対抗策である"スペードの3返し"」

 

 

「他にも同じ数字を4枚同時に出して力の序列を逆転させる"革命"や数字を連続で並べた状態で出す"階段"とかもあるね」

 

 

花京院の説明にアオイは頭の中がこんがらがりそうになった。

 

 

「まあそんなに難しく考えることは無いさ。分からなかった時は僕たちが教えるから」

 

 

「その時はよろしくお願いします…」

 

 

「お願いされました。…んっ?承太郎、どうしたんだ?」

 

 

花京院は承太郎が立ち上がったのを見て質問をする。

 

 

「ずっと座りっぱなしだったんでな、体を解そうとしただけだ」

 

 

承太郎はその場で背伸びをしながら答えた。

 

 

「承太郎!おっ、花京院にポルナレフもいるのか。なら丁度良かった」

 

 

そこにアヴドゥルが慌てた様子で文字通り"飛んで"来た。

 

 

「どうしたアヴドゥル、そんなに慌てて」

 

 

「緊急指令だ。『那田蜘蛛山(なたぐもやま)』と言う山に鬼がいると言う情報を掴んだのだが、送り込んだ隊員からの連絡が途絶えたのだ」

 

 

「なるほど?そこで俺たちが救援に向かうことになった訳か」

 

 

ポルナレフがアヴドゥルが伝えようとしていたことを口にする。

 

 

「その通りだ。この任務に関しては蟲柱の胡蝶殿とその継子の栗花落殿、水柱の鱗滝殿とその補佐の二人が同行する手筈になっている」

 

 

「了解した。出立は何時だ?」

 

 

「準備が出来次第、と言ったところだ」

 

 

承太郎の質問にアヴドゥルが答えると、承太郎は壁に立て掛けていた刀を腰に差し、花京院、ポルナレフも準備万端と言った感じになり、玄関に向かう。

 

 

そして玄関でアオイが三人に切り火をして、那田蜘蛛山へ出立した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎side

 

 

俺は竈門炭治郎!元鬼殺隊日柱竈門炭十郎の息子だ!

 

 

俺は今任務で那田蜘蛛山に妹の禰豆子と同期の我妻善逸(あがづまぜんいつ)嘴平伊之助(はしびらいのすけ)と一緒に来ているんだが、鬼たちの猛攻で俺と禰豆子以外バラバラの所に飛ばされてしまったんだ!

 

 

そして俺たちの前に鬼が現れたんだ!俺と禰豆子は刀を抜いて戦おうとしていたんだが、どうも鬼の様子がおかしいんだ。何かあったのか?

 

 

炭治郎side end

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

(るい)side

 

 

やぁみんな、僕は十二鬼月、下弦の伍・累だよ。

 

 

今僕の目の前に鬼狩りがいるんだけど、僕は彼の姿を見て驚いたんだ。

 

 

額の左側にある痣…、市松模様の羽織…、背中に箱は背負ってはいないけど、間違いない。

 

 

彼は僕が忘れていた想い出(もの)を思い出させてくれた恩人だ。

 

 

累side end

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ねぇ君、君の名前って竈門炭治郎?」

 

 

「なっ…、何で俺の名前を?!」

 

 

累が炭治郎の名前を言い当てた途端、炭治郎は驚愕した。

 

 

「信じられないかもしれないけど、僕は"前世の記憶"と言うものを持っているんだ。僕は前の世界、那田蜘蛛山(このばしょ)で柱に頚を斬られたんだ。そして僕が見た光景は君が僕の体に手を置いていたんだ」

 

 

「その時に僕は思い出したんだ、『本当のお父さんとお母さんの温もり』を」

 

 

累は前世の出来事を話し始めた。炭治郎は匂いで嘘を言っていないことを嗅ぎ取り、禰豆子と一緒に聞くことにした。

 

 

「そして僕はお父さんとお母さんと一緒に地獄の業火に焼かれた。その後僕はこの世界で再び産まれたんだ。前世の記憶を持って」

 

 

「それから僕は不治の病を患った。前世では"どんな状態でも生きたい"と思っていたけど、今は違う。病を患った時はできるだけお父さんとお母さんと一緒にいたいと思った」

 

 

「けど、僕の目の前に無惨が現れて、『鬼になれば二度と病に苦しまないで済む』と言ったんだ。僕はその誘いを頑なに断ったけど、無惨は問答無用で僕を無理矢理鬼にしたんだ!」

 

 

累が声を荒げた瞬間、炭治郎は累から"怒り"と"憎しみ"の匂いを嗅ぎ取った。

 

 

「このままではお父さんとお母さんを喰い殺してしまう。そう思った僕は夜中にこっそりと家を脱け出したんだ。でも、お父さんとお母さんは僕の考えを読んでいたのか、僕を追って来たんだ」

 

 

「僕はお父さんとお母さんを喰い殺してしまうかもしれないって言ったら、『そんなことは関係ない』って言ってくれたんだ。そして僕たちは那田蜘蛛山(このやま)に逃げ延びたんだよ」

 

 

「それからは大変だった。日に日に食人衝動が強くなって、その度にお父さんとお母さんから血を飲ませてもらった。血を飲めばある程度食人衝動は収まるからね。それでも僕は幸せだった、お父さんとお母さんと一緒にいれたから」

 

 

「でも、その幸せは終わってしまった。お父さんとお母さんが毒蜘蛛に噛まれて死んでしまったんだ。僕はお父さんとお母さんが死んだ後、一人で暮らしていたら鬼狩りに追われた鬼が入って来たんだ」

 

 

「静かな暮らしが壊される。僕はそう思って鬼狩りを追い払ったんだ、一人の犠牲者も出さずにね。そして僕は鬼にこう言ったんだ」

 

 

『この山で暮らすのはいい。でも、自分の身は自分で守れ。そして人間を絶対に喰べるな。この約束を破れば太陽に晒す』

 

 

「…ってね。最初の内は人間を喰べなかったけど、鬼が増える内に約束を守らない奴もいたから、太陽の光が当たる場所に固定させて殺したよ」

 

 

炭治郎は累の頑なな意思に驚いていた。

 

 

「僕も太陽の光を浴びて死のうと思った。でも、できなかった。その理由は"守るため"なんだ」

 

 

「守る…?何を」

 

 

「山の麓の村の人が捧げた"生け贄"だよ。僕は何時の間にか村の人たちに『蜘蛛神様』と呼ばれていて、自分たちを殺さない代わりに生け贄と供物を捧げるようになっていたんだ」

 

 

累の告白に炭治郎の心の中には怒りが渦巻いていた。

 

 

「僕はその生け贄にされた人たちを他の鬼から守っていたんだ。空腹に耐えられなくなった時には、その人たちから血を少し貰ったりしたけど、生け贄にされた人たちはみんな無事だよ」

 

 

累の言葉に嘘を感じなかった炭治郎は少しだけ怒りが治まった。

 

 

「その人たちは、今何処にいるんだ?」

 

 

「山頂のお堂、その近くの小屋にいるよ。案内するからついて来て」

 

 

累は先導するように歩き出し、炭治郎と禰豆子は累の後を追った。そして山頂に着くと、累は一つの小屋を指差した。

 

 

「あの小屋の中にみんないるよ。あそこは太陽の光がよく入るから、僕たち鬼は迂闊に近寄れないんだ」

 

 

するとお堂の中から承太郎たちが姿を現した。

 

 

「…お兄さんたち、誰?」

 

 

「俺は鬼狩りの空条承太郎だ。このお堂の中にある白骨死体は誰なのか知ってるか?」

 

 

承太郎はお堂を親指で指しながら累に質問をする。

 

 

「その死体は僕のお父さんとお母さんだよ。毒蜘蛛に噛まれて死んじゃったんだ」

 

 

「……そうか」

 

 

「それと、お堂の中には迷子になって餓死で死んじゃった鬼狩りの死体もあるんだけど、供養してくれないかな?僕一人じゃどうしようもできなくて」

 

 

「それは…「分かった。俺たちが何とかしよう!生け贄にされた人たちも俺たちが麓の村まで送り届けるよ!」おっ、おい炭治郎」

 

 

累のお願いを承太郎たちは渋ったが、それを炭治郎が承諾した。

 

 

「おい炭治郎、今のはどう言うことだ?」

 

 

「実は…」

 

 

炭治郎は承太郎たちに累が話したことを伝えた。

 

 

「なるほどな…。おい、累と言ったか?彼らは俺たちが何とかする」

 

 

「……ありがとう、お兄さん」

 

 

累が承太郎にお礼を言ったその時、承太郎たちの側にしのぶとカナヲ、錆兎と真菰、義勇が現れた。

 

 

「空条さん、大丈夫でしたか?」

 

 

「胡蝶に栗花落、鱗滝に冨岡か。丁度良かった」

 

 

承太郎はしのぶたちに炭治郎から聞いたことを話した。

 

 

「そうでしたか。坊や、今までよく耐えましたね。えらいですよ」

 

 

しのぶは累の頭を優しく撫でた。

 

 

「お姉…さん、うぅぅ、うわぁぁぁあぁぁ…(泣)」

 

 

累はしのぶに抱きつき、涙を流した。しのぶは累が泣き止むまであやし続けた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「お姉さん、もう大丈夫。ありがとう」

 

 

累はしのぶから離れ、あやしてくれたお礼を言った。

 

 

「もう僕には心残りは無いよ。さぁ、僕の頚を斬って」

 

 

累は自ら自分の頚を差し出す。

 

 

「私が斬るわ。『水の呼吸 伍ノ型 干天(かんてん)慈雨(じう)』」

 

 

真菰は刀を抜き、全ての呼吸の中でも『慈悲の剣撃』と呼ばれる型で累の頚を斬った。

 

 

「(痛みを全く感じない。それどころか、優しい雨に打たれているような感じ…)ありがとう、お姉さん…」

 

 

「今度は、鬼がいない世界で生まれるといいね」

 

 

「うん…、僕も、そう…思う…、よ…」

 

 

累は鬼がいない世界で再び生まれることを願いながら崩壊した。そしてそこに残ったのは、累が着ていた服だけとなった。

 

 

「まずはこの子の供養をしよう」

 

 

「そうですね、小屋の中にいる人たちにも協力を仰ぎましょう」

 

 

その後承太郎たちは小屋の中にいた人たちに事情を説明すると、全員が涙を流し、累の死を悲しんだ。

 

 

そして自ら供養の手伝いを申し出て、お堂の奥の地面を掘り、そこに累の両親の遺骨を並べ、その間に累が着ていた服を入れ、その穴を埋めた。

 

 

穴を埋め終えた一同はその墓の前で手を合わせ、黙祷を捧げた。

 

 

黙祷を捧げると同時に墓を照らすように朝日が登った。

 

 

そして承太郎たちは山を降り、生け贄にされた人たちを村まで送り届けた。

 

 

その後那田蜘蛛山は村の人たちが管理するようになり、墓の前にはその山に咲いていた花が添えられるようになっていた。

 

 

 



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第8説《就任》

 

 

承太郎たち鬼狩り一行は十二鬼月・下弦の伍である累を丁重に弔った後、山に残っている鬼を全て討伐した。

 

 

その二日後、半年に一度の柱合会議の席に承太郎と炭治郎が出席することになった。

 

 

「あの、何で俺みたいな一番下の階級の者が柱だけしか参加できない会議に出るのでしょうか?」

 

 

「恐らくは竈門君が使う"もう一つの呼吸"について…ではないでしょうか?」

 

 

炭治郎の疑問にしのぶが以前緊急柱合会議の時に話しに出た"波紋"についてではないかと答えた。

 

 

「それって"波紋"のことでしょうか?」

 

 

「多分な。お前はジジイから波紋を教わっていたからな、それで今ジジイが何処にいるのか聞きたいんだろう」

 

 

承太郎たちが話していると、会議が行われる中庭に到着した。

 

 

「よう胡蝶たち。おっ?そいつが例の波紋を使う隊士か?」

 

 

中庭には既に殆んどの柱が集まっており、その中の一人である天元が話しかけた。

 

 

「宇随さん、はい、彼が例の隊士の竈門炭治郎君です」

 

 

「初めまして、階級・癸の竈門炭治郎です。よろしくお願いします」

 

 

炭治郎は頭を深々と下げた。

 

 

「おう。俺は音柱の宇随天元様だ、よろしくな」

 

 

「そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は水柱の鱗滝錆兎だ」

 

 

「南無…、私は岩柱の悲鳴嶼行冥。…なるほど、強い力を感じる…」

 

 

「僕は霞柱の時透有一郎、よろしく」

 

 

「私は恋柱の甘露寺蜜璃、よろしくね」

 

 

「フンッ、蛇柱の伊黒小芭内だ。おいお前、蜜璃に馴れ馴れしくするなよ?」

 

 

「俺は炎柱の煉獄杏寿郎だ!よろしく頼む!」

 

 

「風柱の不死川実弥だァ」

 

 

天元を筆頭に各々自己紹介をした。

 

 

「「お館様のお成りです」」

 

 

柱たちの自己紹介が終わったその時、少女の声うが響き、主の来訪を告げた。

 

 

「炭治郎、俺たちは柱の後ろに下がって平伏するぞ」

 

 

「わ、分かりました」

 

 

既に柱たちは横一列に並んでおり、承太郎と炭治郎はその後ろに下がった。

 

 

「おはようみんな、今日もいい天気だね。空は青いのかな?顔ぶれが変わらずに半年に一度の柱合会議を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

 

そして部屋の奥から屋敷の主である耀哉が娘に連れられて姿を現した。

 

 

「お館様におかれましても御壮健で何よりです。益々の御多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 

「ありがとう、実弥」

 

 

耀哉への挨拶を実弥がすると、耀哉は実弥にお礼を言った。

 

 

「(私が言いたかった、お館様へのご挨拶…)」

 

 

柱の挨拶は早い者勝ちであり、言いそびれた蜜璃は残念そうにしていた。

 

 

「さてまずは、那田蜘蛛山の任務についてだけど、しのぶ、錆兎。ご苦労様」

 

 

「勿体無いお言葉」

 

 

「あれしきのこと、苦ではありません」

 

 

「その那田蜘蛛山にいた十二鬼月は人を"喰わなかった"んだったよね?」

 

 

「御意。当人の話によれば、無惨に無理矢理鬼にさせられ、両親と共にあの山に移り住んだとか」

 

 

「食人衝動はあったそうですが、人の血を飲むだけに留め、肉は喰わなかったそうです」

 

 

錆兎としのぶは累についての概要を伝えた。

 

 

「ありがとう。しかし悲しいね、鬼になりたくない人が鬼になってしまうのは。みんな、これからはより一層悪鬼滅殺を心掛けるようにね?」

 

 

『御意』

 

 

耀哉の一声に柱全員が返事をした。

 

 

「それじゃこの話はこれでおしまい。次に…、炭治郎はいるかい?」

 

 

「は、はいっ!」

 

 

耀哉に呼ばれた炭治郎は柱たちの前に出て平伏した。

 

 

「お初に御目にかかります。階級・癸、竈門炭治郎です。お館様のことは父よりお聞きしております」

 

 

「ありがとう。早速だけど、炭治郎は波紋と言うものを会得しているそうだね?」

 

 

「はい。父の主治医と一緒にいる方から教わりました」

 

 

「その人は今、何処にいるか分かるかい?」

 

 

「今は雲取山にある俺の家で暮らしていますが?」

 

 

炭治郎は耀哉の質問に答えると、柱(特に実弥)の目の色が変わった。

 

 

「炭治郎、その人をこちらに呼ぶことはできるかい?」

 

 

「……申し訳ございません。それは難しいと思います」

 

 

炭治郎の返答に耀哉の目が少し鋭くなった。

 

 

「その人は父の主治医の護衛をしておりまして、そう簡単に来れるとは思いませんので…」

 

 

炭治郎が返答の理由を述べると、柱の一部の者が落胆していた。

 

 

「……なら、その主治医の人と一緒なら問題はありませんか?」

 

 

そこにしのぶが挙手をして意見を言った。

 

 

「…どう言うことだい、しのぶ?」

 

 

「主治医の方が来てくだされば、その護衛の方も一緒に来てくださると思いましたので」

 

 

しのぶの意見に柱や耀哉は『なるほど…』と納得した。

 

 

「どうかな?炭治郎」

 

 

「俺の家族と一緒であれば、あるいは…」

 

 

「うん、もちろん炭治郎の家族も一緒に来てもらうつもりだよ」

 

 

炭治郎の懸念を振り払うかのように耀哉が提案をする。

 

 

「……分かりました。父に相談してみます」

 

 

炭治郎は一旦父の炭十郎に相談することにした。

 

 

「ありがとう炭治郎。それじゃ炭治郎の護衛だけど…、誰か希望がある子はいるかい?」

 

 

耀哉が柱たちに質問をすると、なんと柱全員が手を上げた。

 

 

「因みになんですが…、父の主治医は"鬼"ですが…」

 

 

炭治郎が主治医のことを言うと、殆んどの柱の上がっていた手が下がった。残っていたのはしのぶと錆兎、実弥の三人だった。

 

 

「どうなったのかな?」

 

 

「最初は柱の皆様が挙手されておりましたが、竈門様が主治医のことをつたえると、殆んどの方々が手を下げました」

 

 

「未だ手を上げていらっしゃるのは、蟲柱様、水柱様、風柱様の三名です」

 

 

目が見えない耀哉に、娘二人が状況を説明する。

 

 

「それじゃ護衛はしのぶに錆兎に実弥だね。よろしく「少々お待ちください」…なんだい、しのぶ?」

 

 

耀哉が三人に炭治郎の護衛を頼もうとした時に、しのぶが待ったを掛けた。

 

 

「私たちよりも、空条さんたちが適任ではないかと思います。その理由としては、空条さんたちは一度竈門君の家に行ったことがあり、竈門家の方々とは顔見知りであるからです」

 

 

しのぶは承太郎たちを推薦した理由を述べる。そして耀哉は顎に手を当てると

 

 

「……確かに。余り知らない人が言うよりも、知ってる人の方が納得しやすい…。分かった、しのぶの案を採用しよう。錆兎に実弥もそれでいいかい?」

 

 

「「御意」」

 

 

耀哉はしのぶの案を採用し錆兎と実弥は納得した。

 

 

「ありがとうございます」

 

 

「他には誰か意見はあるかい?」

 

 

「恐れながら風柱・不死川実弥が具申致します」

 

 

耀哉が他の柱に意見があるか聞くと、実弥が申し出た。

 

 

「実弥、言ってごらん?」

 

 

「御意。護衛の一人に、俺の弟である玄弥(げんや)を加えていただきたいのです」

 

 

「……理由を聞いても?」

 

 

「玄弥を護衛の一人に加われば、道中で波紋を教わることができると思いまして」

 

 

実弥が言った理由は至極まともな内容だった。

 

 

「出来るだけ善処をしよう。それでいいかい?炭治郎」

 

 

「はい」

 

 

耀哉は実弥の提案を炭治郎に確認させると、炭治郎からは了承の返答がきた。

 

 

「それじゃこの話もこれでおしまい。最後に…、承太郎はいるかい?」

 

 

「ここに」

 

 

耀哉は承太郎がいるか確認すると、承太郎は声を上げながら炭治郎の隣に移動した。

 

 

「承太郎、君の戦績は素晴らしいものだ。君をこのまま一般隊員にしておくのは非常に勿体無い。そこで承太郎を新しい柱に任命したい。どうかな?」

 

 

「……お言葉ですが、俺の階級は乙なのですが?」

 

 

「承太郎、君の階級はこの前の任務で甲に昇格したんだよ。それに君は十二鬼月を今いる柱の誰よりも多く倒している。それも柱三人分の力を持っている上弦の鬼を二体も倒しているんだ、それに柱全員からの推薦なんだ」

 

 

承太郎は柱になる条件の一つ『階級が甲である』ことを言うと、耀哉は承太郎の階級が既に上がっていることを伝えた。しかもしのぶや錆兎を含む柱全員からの推薦だったのだ。

 

 

承太郎は自分の指を顎に添え、少しの間考えると

 

 

「……了解しました。柱の件、謹んでお受け致します」

 

 

柱に就任することを決めた。

 

 

「ありがとう承太郎。柱の名は『波紋柱(はもんばしら)』にしよう。これからも、よろしくお願いするよ」

 

 

「御意、より一層悪鬼滅殺を胸に励みます」

 

 

《今ここに新たな柱が誕生した!その名は空条承太郎、己の魂のエネルギーが具現化した存在、『幽波紋(スタンド)』を駆使する男だ!》

 

 

《彼の幽波紋の名は『星の白金(スタープラチナ)』!能力は『スピード』と『精密動作性』、更には『時を止める力』!この幽波紋から繰り出されるスピードラッシュを受けて生き残れた者はいない!》

 

 

 



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第9説《移動》

 

 

柱合会議が終わった後、柱たちはそれぞれ自分の屋敷へと戻って行った。

 

 

そして炭治郎は承太郎としのぶに連れられて蝶屋敷に来た。その理由は炭治郎の怪我の状態を診るためだった。

 

 

「それじゃ空条さん、竈門君を大病室に案内してくださいね」

 

 

しのぶに頼まれた承太郎は頷き、炭治郎を大病室へと案内した。すると

 

 

「ねぇ、この薬とっても苦いんだけど!?」

 

 

誰かの叫び声が聞こえた。承太郎たちは大病室を覗くと、黄色い頭髪の少年、我妻善逸がなほを困らせていた。

 

 

「ぜっ、善逸?」

 

 

「ちょっと、横失礼します。ちょっと静かになさってください!この病室には他の方だっていらっしゃるんですよ!?これ以上煩くするならその口を猿轡で塞ぎますからね!?」

 

 

そこにアオイが承太郎たちの側を通り過ぎ、少年を叱った。

 

 

「あ~、神崎。いつもながら大変だな…」

 

 

「えっ?あっ、空条さん。いつお戻りに?」

 

 

承太郎はアオイを労うために声を掛け、振り向いたアオイは今承太郎たちの存在に気づいた感じだった。

 

 

「ついさっきだ。それと、彼のことも頼む。見た感じ、軽症だと思うが、念のために胡蝶が後で診察すると言っていた」

 

 

「分かりました。ではまず、この服に着替えてください。それと、使用する寝台はあの猪の被り物をしている方の隣を使用してください」

 

 

承太郎が炭治郎のことについて説明すると、アオイは部屋の片隅にある箪笥から病院服を取り出し、炭治郎に渡す。そして炭治郎が使うベッドを指差した。そこには猪の頭の被り物をした少年、嘴平伊之助が善逸のベッドの横のベッドに横たわっていた。

 

 

「あっ、伊之助!?」

 

 

炭治郎は一目散に伊之助の下に行く。

 

 

 

「伊之助、良かった。散り散りになってしまったから心配してたんだ!無事で良かった…」

 

 

「イイヨ、気ニシナイデ」

 

 

「いっ…、伊之助?」

 

 

伊之助の声は明らかに異常なガラガラ声だった。

 

 

「あ~っ、神崎、説明を頼む」

 

 

「はい。猪の被り物をした人、嘴平さんは鬼に喉を強く握られて声帯が損傷しているらしく、声は出すことはできるようですが、酷いガラガラ声になるそうです」

 

 

「黄色い頭髪の人、我妻さんは毒に犯されて手足が縮んでしまっている状態です。なので薬を1日5回飲んで、日光を浴びていれば元に戻るのですが…」

 

 

「その薬が苦くて『飲まない』と駄々を捏ねている訳か…。やれやれだぜ…」

 

 

承太郎は事情を察し、ため息を一つ吐いた。

 

 

「あっ、そうだ!ねぇ、ここに禰豆子はいませんか?」

 

 

炭治郎は思い出したかのように禰豆子のことをアオイに聞く。

 

 

「禰豆子さんなら、皆さんより比較的軽症だったので、私たちの手伝いを自らしてくれていますよ」

 

 

アオイは今禰豆子が何をしているのかを話した。どうやらアオイたちの手伝いをしているようだった。そのことを聞いた炭治郎は安堵の息を洩らし、その場で隊服を脱ぎ、病院服に着替えようとした。

 

 

「アオイさん、向こうは終わりましたよ」

 

 

「あっ、禰豆子さん」

 

 

そして炭治郎が上半身裸になったその時、幸か不幸か、割烹着を着た禰豆子が炭治郎がいる大病室に入って来た。

 

 

「えっ、禰豆子?」

 

 

「おっ、お兄ちゃん!?」

 

 

炭治郎は着替えを一旦中止して禰豆子の方を見る。炭治郎の存在に気づいた禰豆子は炭治郎の姿を見た途端、顔を真っ赤にし、炭治郎から視線を外した。

 

 

「(うわ~っ、お兄ちゃんの裸見ちゃった~!お兄ちゃん、ここ最近の鍛練で筋肉質になってるから見てるこっちが恥ずかしいよ~!!)」

 

 

「(禰豆子どうしたんだろう?視線を外したと同時に恥ずかしい匂いが強くなったけど…)」

 

 

恥ずかしがる禰豆子を余所に、首をかしげる炭治郎であった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後炭治郎は隊服から病院服に着替え終わると、禰豆子が炭治郎の隊服と羽織を持ってそそくさと退室していった。

 

 

「炭治郎さんって、結構筋肉質なんですね」

 

 

「そうかな?普段から結構鍛えているから、他の人がどうなのか分からないや」

 

 

なほは炭治郎の胸や腹、腕などを触っており、炭治郎は首をかしげていた。尚、なほが炭治郎の体を触っているのは、彼女が炭治郎にお願いした所、炭治郎が快く了承したためである。

 

 

「炭治郎、診察の時間だ。今から診察室に行くぞ」

 

 

「分かりました。なほちゃん、またね」

 

 

炭治郎は病院服を着直し、承太郎の後を追った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎たちが診察室に到着してから数分後、診察室から炭治郎が出てきた。

 

 

「炭治郎、容態はどうだった?」

 

 

「擦り傷が多く見られたけど、任務に支障は無いとのことでした」

 

 

診察室の扉の側に寄り掛かっていた承太郎が炭治郎の容態を聞くと、炭治郎は問題無いと答えた。

 

 

「それなら良かった。それから、禰豆子がここに来てな、会議で話したことを彼女にも伝えておいた。禰豆子も俺たちに同行するそうだ、何でも『久しぶりに家族の顔を見たいから』だそうだ」

 

 

「そうなんですか。確かに初任務を伝えられてからもう何ヵ月も帰ってないからなぁ…」

 

 

承太郎と炭治郎は大病室に向かいながら話していると、廊下の向こう側から一人の女性が歩いて来た。

 

 

「あら空条さん、お帰りなさい」

 

 

「胡蝶か」

 

 

「えっ?胡蝶?」

 

 

炭治郎は承太郎が目の前の女性をしのぶと同じ『胡蝶』と呼ばれたことに驚いていた。

 

 

「あっ君は初めてよね?私は胡蝶カナエ。鬼殺隊の元花柱よ。因みに蟲柱のしのぶのお姉さんよ」

 

 

「はっ、初めまして。竈門炭治郎です」

 

 

カナエと炭治郎は互いに自己紹介をする。

 

 

「聞いたわよ、前の任務で人を喰べない鬼がいたのでしょ?私も会いたかったわぁ、もしかしたらお友達になれたかもしれないのに…」

 

 

カナエは累のことを残念そうに話した。

 

 

「全くです。鬼になりたくないって言っていたのに、無理矢理鬼にさせるなんて…。鬼舞辻無惨は本当に許せない奴です!」

 

 

炭治郎は累の悲しみに染まった顔を思い出し、無惨への怒りが湧いていた。

 

 

「あなたとは仲良くなれそうね。もし良かったら、これからは私のことをカナエって呼んでね」

 

 

「はいカナエさん!俺のことは炭治郎で構いません!」

 

 

炭治郎とカナエは意気投合し、がっちりと握手をした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎とカナエが意気投合してから数日後、蝶屋敷に任務を終わらせた伊山砂子ことイギー、花京院、ポルナレフが到着した。

 

 

「承太郎、久しぶり!」

 

 

「久しぶりだなイギー。雲取山の任務以来か」

 

 

蝶屋敷の玄関で出迎えた承太郎にイギーは抱きつき、承太郎はイギーの頭を撫でた。

 

 

「僕たちは時々任務で一緒になる時があったけど、承太郎と一緒の任務は本当に久しぶりだね」

 

 

「それにジョースターさんもこれからお世話になるんだろ?益々旅のメンバーとの交流が深くなるぜ」

 

 

「確かにな」

 

 

花京院とポルナレフの言葉に承太郎は頷いた。

 

 

「皆さん、お待たせしました」

 

 

「花京院さん、ポルナレフさん。お久しぶりです」

 

 

そこに炭治郎と禰豆子が蝶屋敷から現れた。

 

 

「おお炭治郎に禰豆子か!久しぶりだな!」

 

 

ポルナレフは炭治郎と禰豆子との再会に喜んでいた。

 

 

「これで残るメンバーは玄弥と言う人だけだね」

 

 

「そうだな。炭治郎、その玄弥と言う人はどんな格好なんだ?」

 

 

承太郎は炭治郎に玄弥の容姿を聞いた。

 

 

「そうですね…、身長は俺より高くて、頭髪は左右を刈り上げていて、それから…、鼻の辺りに横一文字に傷がありました」

 

 

炭治郎は玄弥の容姿を覚えている限り伝えた。

 

 

「あの…、すみません」

 

 

すると、ポルナレフたちの後ろから、炭治郎が今言った容姿の青年が現れた。

 

 

「ここに雲取山に向かう人たちが集まるって鴉から聞いたのですが…」

 

 

「あっ、玄弥!久しぶり!」

 

 

「玄弥さん、久しぶりです!」

 

 

「えっ、炭治郎に禰豆子!?」

 

 

玄弥は炭治郎と禰豆子がいることに驚いていた。

 

 

「なんだ、知り合いか?」

 

 

「はい。彼が不死川玄弥、今回の任務の同行者で、俺たちの同期です」

 

 

「は、初めまして。不死川実弥の弟の不死川玄弥です」

 

 

「自己紹介痛み入る。俺は空条承太郎、このチームのリーダーを務める。よろしくな」

 

 

玄弥と承太郎は互いに自己紹介をする。が、承太郎が言っていた"チーム"や"リーダー"の意味が分からず、首を傾げていた。

 

 

「承太郎さんは俺たちの隊長だと思ってくれればいいんじゃない?」

 

 

そこに禰豆子がフォローをし、玄弥は納得したようで首を縦に振っていた。

 

 

「さてメンバーが全員揃った所で、雲取山に向かうとするか」

 

 

『おぉ~!』

 

 

メンバーが揃ったことを伝えた承太郎は出立を伝え、残りのメンバー(玄弥除く)は拳を空に高々と上げた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎たちが蝶屋敷を出てから三日後、承太郎一行は雲取山の麓に到着していた。

 

 

「ここから先は俺と禰豆子が案内します」

 

 

「はぐれないように気をつけてくださいね」

 

 

承太郎たちが山を昇ろうとした所で、炭治郎と禰豆子が先導をかって出て、そのまま山を登り始めた。

 

 

「あの、空条さん。何で彼らが先に行くことに何も言わないんですか?」

 

 

ある程度昇った所で、玄弥が承太郎に質問をしてきた。

 

 

「この山にある炭焼き小屋は炭治郎たちの実家なんだ。だから俺たちの中では一番この山について知っている、それだけだ」

 

 

承太郎の説明に玄弥はほぼほぼ納得していた。

 

 

それから少し歩くと、唐突に炭治郎と禰豆子が立ち止まった。

 

 

「気をつけてください。この先からは罠が仕掛けられていますから」

 

 

「おいおい、何で罠が仕掛けられているんだよ!?前来た時にはそんなの無かったじゃねぇか!?」

 

 

炭治郎の罠が仕掛けられている発言にポルナレフが異議を唱えた。

 

 

「この罠はジョースターさんが俺たちの訓練の為に仕掛けたものなので…」

 

 

「承太郎さんたちが帰られた後に仕掛けた物なので、知らないのも無理は無いと思いますが…」

 

 

ポルナレフの異議に炭治郎と禰豆子が苦笑いをしながら答えた。そして承太郎たちは途中で炭治郎の弟の竹雄と茂と再会し、ジョセフが仕掛けた罠を潜り抜け、やっとの思いで炭治郎と禰豆子の実家に到着した。

 

 

「皆さん、到着しましたよ」

 

 

「あれが私たちの家です」

 

 

「やっ…、やっとかよ…」

 

 

「お疲れ様、ポルナレフ」

 

 

竈門家に到着した承太郎一行、しかし、玄弥はともかくポルナレフがやけに疲れていた。

 

 

その理由は、炭治郎と禰豆子が忠告したにも関わらず、ポルナレフ一人が矢鱈と罠に引っ掛かっていたからだった。

 

 

「この山は罠のオンパレードだったね。とても楽しかったよ」

 

 

「俺は全然楽しくは無かったぞ!何だよ!?丸太が振り子のように襲って来たと思えば、落とし穴の中に刃物が切っ先を上にして敷き詰められてたり、更には短刀まで飛んでくる始末だぜ!はっきり言って殺意以外何ものでも無かったぜ!」

 

 

「罠は相手を倒す以外ではそこにあると思わせて精神的に疲労させる目的もある。"罠は一つ見つければ百あると思え"と昔の人は言ってたな」

 

 

「そんな言葉…、聞いたことがねぇぞ…」

 

 

承太郎の言葉にポルナレフはぐったりしていた。

 

 

「承太郎、遅かったな」

 

 

そこに承太郎の鴉であるアヴドゥルがポルナレフの頭の上に降り立った。

 

 

「悪かったなアヴドゥル。ポルナレフの奴が罠に悉く引っ掛かってな」

 

 

「ほう?炭治郎たちが事前に忠告していたのでは無いのか?」

 

 

「していたけど、大方大したこと無いと思っていたんじゃない?」

 

 

イギーが手を頭の後ろで組んだ状態で言うと、正にその通りだったのか、ポルナレフは肩を落としていた。

 

 

「ポルナレフよ…、少しは疑うってことを覚えんと…」

 

 

「今ひしひしとうちひしがれているぜ…」

 

 

アヴドゥルの言葉にポルナレフは『OTZ』のポーズをした。

 

 

「まぁそんなことだろうと思っていてな、出立を明朝にしてもらっておいた。今日は旨い飯を食って鋭気を養いたまえ」

 

 

「えっ!?それじゃ…」

 

 

「うむ。炭十郎殿は勿論、竈門家の皆や珠世殿たちも承諾してくださったぞ!」

 

 

実はアヴドゥルは事前に竈門家に先駆けとして来ており、炭十郎に今回の任務を話していたのだ。

 

 

「旨い飯!?アヴドゥル、それを早く言ってくれよ!さぁ早く飯を食おうぜ!」

 

 

ポルナレフは頭にアヴドゥルを乗せたまま立ち上がり、スタスタとまるで何事も無かったかのように歩き出した。

 

 

「まったく…、食い意地が張ってる奴だ…」

 

 

「やれやれだぜ…」

 

 

イギーと承太郎はポルナレフの言動に呆れていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後承太郎たちは夕飯を御馳走になり、一晩厄介になった。

 

 

そして翌朝…

 

 

「それじゃ全員準備が整った所で、出発するとしますか」

 

 

竈門家の前に身支度を整えた炭十郎と葵枝、竹雄と茂、花子と六太、珠世と愈史郎、ジョセフが並んでいた。

 

 

そして何故かポルナレフが仕切っていた。

 

 

「所で珠世さんと愈史郎さんは陽光は平気なんですか?」

 

 

炭治郎は珠世と愈史郎に質問をした。

 

 

何故なら、珠世と愈史郎は鬼であり、陽光は一番の天敵だからだった。

 

 

「心配してくださってありがとうございます。けど、大丈夫ですよ」

 

 

「俺と珠世様は陽光を克服したからな」

 

 

何と珠世と愈史郎は既に陽光を克服していたのだった。

 

 

「えぇ~!?陽光を克服したんですか!?一体どうやって」

 

 

「陽光を克服した最大の貢献者は、ジョースターさんです」

 

 

「彼は"波紋(はもん)"と呼ばれる太陽と似た力を持っている。俺と珠世様は彼の血に波紋を少しだけ加えた血を飲んだんだ」

 

 

「その血を飲み続けていたある日、偶然にも私たちは陽光の下に出てしまったのです」

 

 

「だが、いつまで経っても体が焼かれることは無かった。原因を探っていたら、波紋の力を体内に入れたことで陽光への耐性がついていたんだ」

 

 

珠世と愈史郎は陽光を克服した原因を話すと炭治郎は感心していた。

 

 

「へぇ~、波紋ってそんなこともできるんですね…」

 

 

「いや、そうとは限らんぞ?」

 

 

感心していた炭治郎にジョセフが待ったを掛けた。

 

 

「確かに波紋は誰でも会得することは出来る。じゃが、良し悪しは有る。儂はたまたま波紋との相性が良かったが、相性が悪い者が儂と同じことをすれば、相手を殺しかねん」

 

 

ジョセフの言葉に炭治郎は思わず身震いしてしまった。

 

 

「なに、炭治郎もそういうことはいずれ出来るようになる。様は慣れじゃ、慣れ」

 

 

ジョセフは不安そうな表情の炭治郎の頭を軽く叩く。

 

 

「鍛練を怠らなければいずれ出来る。精進せいよ?」

 

 

「ジョジョおじさん…、はい!」

 

 

炭治郎は力強く返事をした。

 

 

「よしそれじゃ出発するとしようか!」

 

 

ジョセフは先導を切るかのように先に歩く。

 

 

「ちょっと待てジジイ、蝶屋敷までの道のりを知っているのか?」

 

 

そこに承太郎が待ったを掛けると、ジョセフは立ち止まり

 

 

「……知らんかった。承太郎、すまんが教えてくれんか?」

 

 

『だぁああっ!?』ズデッ

 

 

「やれやれだぜ…」

 

 

頬を羞恥の色に染めて振り向いた。炭治郎たちはその場でズッこけ、承太郎はため息を一つ吐きながら帽子を目深にずらした。

 

 

 



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第10説《発覚》

 

 

承太郎たち一行が竈門家を出立してから約4日後、一行は蝶屋敷へと到着した。そこで竈門家の面々や珠世たちはカナエやしのぶたちに自己紹介をし、カナエたちも自己紹介をした。

 

 

それから更に3日後、蝶屋敷は賑やかになっていた。

 

 

まず炭治郎の母の葵枝は炊事(料理)を担当。

 

 

弟の竹雄と茂、妹の花子はなほ、すみ、きよと同じ看護士見習い。

 

 

父の炭十郎はベッドの中にいながらだが、自信を無くした隊員たちの相談者。

 

 

珠世は自分の持ち得る医学を駆使してしのぶの研究や診察を手伝い、愈史郎はその助手。

 

 

ジョセフは蝶屋敷の皆の手伝い(と言う名の雑用)をしていた。

 

 

因みに禰豆子もアオイの手伝いをしている傍ら、任務で鬼を討伐していた。

 

 

そして炭治郎はと言うと…

 

 

「善逸、伊之助、頑張れ!」

 

 

「ヒイィィィィ~~~ッ!無理無理無理!死んじゃうよ~~~っ!」

 

 

「フンガァァァァァ~~~ッ!!」

 

 

善逸と伊之助に『全集中・常中(じょうちゅう)』を習得させる訓練をさせていた。

 

 

全集中・常中

 

 

全集中の呼吸を四六時中、起きている時は勿論、寝ている時も行う"技術"である。

 

 

全集中の呼吸は"一時的"に筋力等を底上げするのだが、肺への負担が通常の呼吸より数倍掛かる。

 

 

その負担が掛かる全集中の呼吸を四六時中行うので、会得するのは至難の業とされている。

 

 

だが、常中を会得すれば、何時間走っても疲れず、型の威力も上がる。その為、柱になるにはこの常中を会得していることが必要不可欠である。

 

 

「ほら頑張れ善逸!伊之助だって頑張っているんだ!やれば出来る!」

 

 

「出来る前に死んじゃうよ~!禰豆子ちゃ~ん、助けて~~っ!」

 

 

「だらしねぇぞ悶逸!俺様の子分ならしっかりやれ!」

 

 

「ひえぇぇぇ~~~っ」

 

 

炭治郎は声援を、伊之助は野次を善逸に飛ばす。しかし元々ネガティブ思考の善逸にはあまり届かなかった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「「ハァ…、ハァ…、ハァ…」」

 

 

「お疲れ様二人とも。今日の訓練はこれで終わりだよ」

 

 

炭治郎はほぼ半日続いた常中習得の訓練の終了を告げ、善逸と伊之助は疲労困憊の状態で地面に仰向けの状態で倒れた。

 

 

「炭治郎…、よく…ゲホッ、こんな…訓練を……、続け…ゲホッ、られたな…」

 

 

善逸は時々噎せながら常中を会得している炭治郎に感心していた。

 

 

「俺だって最初は善逸みたいに疲労で寝転がったさ。でも訓練(これ)を繰り返していく内に自分に力が宿っていくのが分かるようになったんだ。それによく言うだろ?『継続は力なり』って」

 

 

「俺はそう言うのが一番嫌いなんだよ!強くなるんだったら楽して強くなりたいんだよ!」

 

 

「善逸!楽して強くなろうとするな!」

 

 

善逸は駄々を捏ね出すが、それを炭治郎が一喝した。

 

 

「強くなるための道に近道は無いんだ!楽して手に入れた(もの)は脆くてすぐ砕けるんだ!努力は裏切らないから、頑張れ!」

 

 

「炭治郎…」

 

 

炭治郎の言葉に、善逸はかつて自分の育手(そだて)である桑島慈悟郎(くわじまじごろう)に言われたことを思い出していた。

 

 

『いいか善逸、一つのことしかできないなら"それ"を極め抜け。極限の極限まで磨け。泣いていい、じゃが決して諦めるな。己を信じるんじゃ、地獄のような鍛練を耐えた日々は必ずお前の力になる。極限まで磨き上げ、誰よりも強靭な刃になれ』

 

 

「炭治郎…、俺が間違ってたよ」

 

 

善逸は上半身を起こしながら言った。

 

 

「やるよ、やってみせるよ。この訓練に耐えて、常中を会得してみせるよ!」

 

 

善逸は炭治郎に決意の眼差しを向ける。

 

 

「善逸…。分かってくれたか!」

 

 

炭治郎は嬉しくなって善逸に抱きついた。

 

 

「頑張ろう善逸!善逸なら常中を必ず会得できる!」

 

 

「ああ!」

 

 

炭治郎と善逸は互いの手をがっちりと掴んだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その翌日、炭治郎は蝶屋敷の道場で承太郎と対峙していた。その理由は、承太郎が炭治郎に鍛練の相手を頼んだからだった。

 

 

そして常中会得の訓練中だった善逸と伊之助、ポルナレフ、花京院、伊山砂子ことイギーと言った承太郎の同期、更にはしのぶたちと言った蝶屋敷の面々が鍛練の様子を見るために道場に集まっていた。

 

 

「承太郎さん、よろしくお願いします!」

 

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 

承太郎と炭治郎はそれぞれ木刀を構える。

 

 

「それでは僭越ながら、私神崎アオイが審判を勤めさせていただきます。それでは…、始め!」

 

 

アオイの号令で承太郎と炭治郎は勢いよく踏み込み、互いの木刀がぶつかり合った。

 

 

ガッ

 

 

ガガッ

 

 

ガガガッ

 

 

その後も何度か木刀がぶつかり合う音が響く。

 

 

「ヒノカミ神楽 円舞!」

 

 

先に型を使って仕掛けたのは炭治郎だった。しかし、承太郎はいとも容易く避けてみせた。

 

 

「……なら、これで!」

 

 

『ヒノカミ神楽 陽華突』

 

 

炭治郎は木刀の持ち手を押し出して威力を上げる突きを承太郎に繰り出す。

 

 

承太郎は木刀の軌道を見切ろうとした瞬間、承太郎はまだ炭治郎との距離があるにも関わらず横に素早く飛び、道場の床を数回転がりながら炭治郎との距離を取った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「空条君、どうしたのかしら?」

 

 

カナエは承太郎が突然回避をした理由が分からなかった。

 

 

「ポルナレフ…」

 

 

「ああ…、"見えた"ぜ…」

 

 

そんな中、花京院とポルナレフは神妙な顔をしながら話し合っていた。

 

 

「何が"見えた"のですか?」

 

 

二人の側にいたしのぶが質問をする。

 

 

「承太郎が距離を取った理由さ。承太郎はただ"逃げた"んじゃねぇ、攻撃を"避けた"のさ」

 

 

「???」

 

 

ポルナレフの解説の意味が分からず、しのぶは首を傾げた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「…流石です承太郎さん。"この攻撃"を見切るなんて……」

 

 

「炭治郎…、お前、"出した"な?」

 

 

「えぇ、"出しました"」

 

 

幽波紋(スタンド)を」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「"すたんど"?」

 

 

「確か…、"自分の魂の力が具現化したもの"…でしたっけ?」

 

 

カナエは幽波紋のことが分からなかったが、しのぶは以前柱合会議の時に承太郎から教わったことを思い出していた。

 

 

「その通り。俺と承太郎、花京院にイギー、アヴドゥルにジョースターさんはその幽波紋を持っているんだ」

 

 

「まさか彼も幽波紋を持っているとは思いませんでしたよ」

 

 

「『幽波紋使いは互いに引かれ合う』とはよく言ったものよのう」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎たち幽波紋使いが見たもの…、それは炭治郎の背後に現れた幽波紋だった。

 

 

その幽波紋は炭治郎と同じ花札のような耳飾り(ピアス)をしており、炭治郎の額の痣と瓜二つの痣が、炭治郎と同じ位置にあった。

 

 

「承太郎さん、俺"たち"の攻撃、防ぎ切ることができますか?!」

 

 

『ヒノカミ神楽 日暈の龍・頭舞い』

 

 

炭治郎と炭治郎の幽波紋は全く同じ動きをして承太郎に襲い掛かる。

 

 

「そっちが幽波紋を使うなら、こちらも出し惜しみは無しだ。負けても恨むなよ?《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

承太郎は自身の幽波紋である《星の白金》を出し、幽波紋の攻撃を防ぎ、炭治郎の攻撃は承太郎自身が防ぎ、つばぜり合いの形となった。

 

 

「まさか承太郎さんも幽波紋を持っているなんて…」

 

 

「悪いな、幽波紋使いとの戦いにおいては、こちらが一日の長があるのでな!」

 

 

《オラオラオラオラ、オラァ!》

 

 

承太郎は炭治郎を突き飛ばすと同時に《星の白金》が炭治郎の幽波紋を突き飛ばした。

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オ~ラァ!》

 

 

承太郎は炭治郎を突き飛ばしたと同時に接近し、木刀を連続で振る。そして《星の白金》もスピードラッシュを繰り出し、炭治郎は防戦一方になっていた。

 

 

『ヒノカミ神楽 幻日虹』

 

 

『ヒノカミ神楽 炎舞』

 

 

しかし炭治郎も黙ってはいなかった。炭治郎は承太郎の攻撃が止む一瞬の隙に体の捻りと足さばきを利用した回避の型を使い、承太郎の後ろに移動。そして二連の斬撃を与えようとする。

 

 

「チィッ、《スタープラチナ・ザ・ワールド》!」

 

 

ドゥ~ン…、コッチ…、コッチ…コッチ…

 

 

時計の秒針の進む音が止むと、承太郎以外の世界が灰色一色の世界に変わった。

 

 

承太郎は炭治郎にゆっくりと歩み寄り、足払いをした。

 

 

「約7秒、"時は動き出す"」

 

 

「うわっ!?」

 

 

ズデンッ

 

 

「終わりだ」

 

 

スッ

 

 

承太郎は時を再び動かすと、足払いをされた炭治郎は訳も分からずひっくり返り、承太郎は炭治郎の首下に木刀を降ろした。

 

 

「ッハ!?そこまで!」

 

 

観客は愚か審判までもが呆けていたが、いち早く正気を取り戻したアオイが終了の号令を出した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「炭治郎君の姿がブレたと思ったらいきなり転倒して…、空条さんの姿がいきなり違う所に現れて…、えっ?ええっ?」

 

 

しのぶは今の承太郎と炭治郎の動きに思考が追い付いていなかった。

 

 

「承太郎の奴…、"あの力"を使いよったな…」

 

 

「どういうことですか?」

 

 

ジョセフの呟きに花京院が質問をする。

 

 

「花京院よ、似てはおらんか?かつて儂らの怨敵じゃったDIO(ディオ)との戦いに…」

 

 

「DIOとの…?確かあの時は…、僕の『360度エメラルドスプラッシュ』が破られて、遠くにいたDIOが何時の間にか…、!?ま…まさか?!」

 

 

「漸く気づいたようじゃのう…。そうじゃ、承太郎は"時を止めた"んじゃ」

 

 

ジョセフと花京院の推察に、幽波紋使いの面々は驚きを隠せなかった。

 

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれよジョースターさん!"時を止める"のはDIOの幽波紋世界(ザ・ワールド)の能力じゃ!?」

 

 

「儂も俄には信じられんかったんじゃが、あの戦いの後、承太郎が言っとったんじゃ。『俺はDIOの"時を止めた世界(せかい)"に入ったことがある』…とな。ポルナレフが知らんのも無理はない、このことはお前さんと別れた後のことじゃったんじゃ」

 

 

ジョセフの説明に花京院とポルナレフは開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「痛てて…、やっぱ承太郎さんは強いな。全然勝てなかった…」

 

 

「いや、そうでも無いさ。俺も何回か危ない所があったからな」

 

 

承太郎は炭治郎に手を貸しながら起き上がらせた。

 

 

「ありがとうございました、承太郎さん」

 

 

「気にするな。それと提案なんだが、炭治郎さえよかったら、俺の継子にならないか?」

 

 

継子とは…

 

 

平たく言えば『柱の弟子の総称』である。

 

 

基本柱は多忙のため、隊員全員を育てることは無い。しかし、柱が隊員に提案をし、隊員がそれを承諾すれば、柱直々に育ててもらえるのだ。

 

 

しかし、隊員が幾ら頑張っても指名されることは稀である上に、柱直々の稽古は熾烈を極める物が多く、折角継子になっても辞めてしまう者もいるのだ。

 

 

「俺の継子になれば、いつでも幽波紋を駆使した戦い方を指導できる。どうだ?」

 

 

承太郎の提案に炭治郎は考え込む。

 

 

「……分かりました。継子の件、お受けします」

 

 

「そうか。ならこれからもよろしく頼む」

 

 

「はい!よろしくお願いします、"師範"!」

 

 

炭治郎は承太郎の提案を受けることにした。そして承太郎と炭治郎はがっちりと握手をした。

 

 

 



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第11説《祝福》

 

 

承太郎が炭治郎を継子にしてから数分後、承太郎の下にアヴドゥルが首下に包みを着けた状態でやって来た。

 

 

承太郎はアヴドゥルからその包みを受け取り、その場で開けると、そこにはタロットカードが一組入っていた。

 

 

承太郎は早速タロットカードをシャッフルし、炭治郎の前に差し出した。

 

 

「炭治郎、お前の幽波紋(スタンド)の名を決めたい。このカードの中から一枚抜いてくれ」

 

 

炭治郎は承太郎に言われた通りにカードを一枚抜く。そして全員がそのカードを見る。

 

 

「これは…、『太陽』…ですか?」

 

 

「そのようだな。それは『太陽』を暗示するカード、そして炭治郎の幽波紋の名が決まった。幽波紋名は《太陽の戦士(サン・ソルジャード)》」

 

 

「《太陽の戦士》…」

 

 

炭治郎は『太陽』のタロットカードをジッと見つめていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎の幽波紋名が決まってから数日後、炭治郎は善逸と伊之助の訓練を見ていた。

 

 

伊之助はともかく、善逸は以前とは違い、全力で訓練に勤しんでいた。

 

 

「炭治郎、二人の様子はどうだ?」

 

 

「あっ、師範」

 

 

そこに承太郎が様子を見にやって来た。

 

 

「今の所順調です。これなら次の段階に行けれそうです」

 

 

「そうか。それと、"これ"を胡蝶から預かった。『常中の訓練に使ってください』と言っていたぞ」

 

 

承太郎が持ってきた物、それは

 

 

「これは…、"瓢箪(ひょうたん)"ですか?」

 

 

そう、瓢箪だった。

 

 

「こいつは只の瓢箪じゃないそうだ。特殊な加工が施されていて、通常の物より硬いんだそうだ。そして瓢箪(こいつ)を息"だけで破裂"させるんだそうだ」

 

 

承太郎が伝え聞いたことを炭治郎に説明すると、炭治郎はポカンとしていた。

 

 

「まあ想像はできないだろうな。おっ?丁度いい所に。カナヲ!」

 

 

承太郎は近くを歩いていたカナヲを呼び止めた。

 

 

「ジョジョにぃ、なに?」

 

 

カナヲは"トテトテ"と小走りで寄り、呼び止めた理由を聞く。

 

 

「悪いなカナヲ。実は胡蝶からこの瓢箪を受け取ってな、それでカナヲには瓢箪(こいつ)を実際に破裂させてもらいたくてな…」

 

 

承太郎はカナヲに呼び止めた理由を説明すると、カナヲは『うん』と一回頷いて瓢箪を手に取った。

 

 

カナヲは鼻から大きく息を吸い、瓢箪に口をつけて息を一気に吹き込む。すると

 

 

バガッ!

 

 

「「!?!?!?」」

 

 

瞬く間に瓢箪が破裂した。しかも破裂した音が大きく響き、訓練中だった善逸と伊之助が驚いて承太郎たちの方に向かっていた。

 

 

「オイ何だ今の音は!?鬼の攻撃か!?」

 

 

「落ち着けよ伊之助!今は太陽が出てるから鬼は出てこないんだよ!炭治郎、さっきの音はなに?」

 

 

興奮する伊之助を宥めていた善逸が炭治郎に説明を求めた。

 

 

「驚かせてごめん。実は…」

 

 

《炭治郎説明中…》

 

 

「…っと、言う訳なんだ」

 

 

炭治郎が説明をすると、善逸は『なるほど…』と納得していたが、伊之助はまたもや興奮し出した。

 

 

「何だそりゃ!?俺もやってみてぇ!」

 

 

「慌てるなよ伊之助。ちゃんと伊之助の分もあるから」

 

 

炭治郎は苦笑いしながら伊之助に瓢箪を渡した。

 

 

すると伊之助はいつも被っている猪の頭(もの)をずらし、素顔を晒した。そして息を吸い込み、瓢箪を割ろうと息を吹き込んだ。

 

 

「…おい、あいつの顔…」

 

 

「あはは…、やっぱり驚きますよね…」

 

 

「俺たちも最初あいつの顔見た時に驚きましたもん…」

 

 

承太郎は伊之助の素顔を見て驚き、炭治郎と善逸は苦笑いをしていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後も伊之助は瓢箪を割ろうと試みるが、一向に割れる気配がしなかった。

 

 

「クソッ、全然割れねぇぞ!おい紋次郎、お前やってみろ!」

 

 

伊之助は自分が使っていた瓢箪を炭治郎に投げ渡した。

 

 

「おっと。う~ん、出来るかなぁ…?|

 

 

炭治郎は鼻から息を吸い込み、瓢箪に口をつけて息を吹き込んだ。

 

 

バガンッ!

 

 

すると一瞬の内に瓢箪が粉々に砕け散った。

 

 

「炭治郎…、凄い…」

 

 

カナヲは炭治郎がやったことに驚いていた。

 

 

余談ではあるが、炭治郎とカナヲはお互いに片思い中である。何故かと言うと、最終選別の時に炭治郎とカナヲは偶然ではあるが終始一緒に行動していたからだった。

 

 

その時に炭治郎はカナヲに

 

 

「人は心が原動力だから、心はどこまでも強くなれるよ」

 

 

と言ったのだ。その時に炭治郎はカナヲの手を掴んで話していたため、カナヲは炭治郎に恋心を抱くようになったのだ。

 

 

因みに禰豆子も炭治郎とカナヲの二人と一緒に行動していたのだが、先程の炭治郎の台詞を聞いた途端、頭を抱えてしまった。

 

 

と言うのも、炭治郎に片思いしているのはカナヲだけでは無く、雲取山の麓の村娘全員に加え、実の妹である禰豆子自身も炭治郎に片思いしているのである。(第9説《移動》の中の恥ずかしがり様はこれが原因である)

 

 

なので、禰豆子にとっては『恋敵が増えた』ことになり、心中穏やかでは無いのだった。

 

 

話を元に戻すが、炭治郎が瓢箪を破裂させた音を聞いたメンバーが続々と中庭に集まって来た。

 

 

「おいおい、何だよ今の音?」

 

 

「何かが破裂したような音だったが…?」

 

 

「一体何の音ですか?」

 

 

ポルナレフ、花京院、しのぶの他に、カナエ、ジョセフに玄弥、アオイになほ、すみ、きよ、竹雄に茂、花子、珠世に愈史郎が集まって来たのだった。

 

 

「みんな、騒がせてすまない。実は…」

 

 

《承太郎説明中…》

 

 

「…と言った訳なんだ」

 

 

承太郎が説明をすると、集まったメンバーは納得した。

 

 

「でも、それだけであんな大きな音がしますか?」

 

 

「だけどあの大きな音がするのも納得よしのぶ?見てこれ、瓢箪の欠片が粉々になっているわ」

 

 

カナエが指差した所を見ると、瓢箪の欠片が幾つも転がっていた。だが、その欠片の大きさは大小様々だった。

 

 

「恐らく大きい欠片はカナヲが割った物、そして小さい欠片は炭治郎君が割った物…。違うかしら?」

 

 

カナエが炭治郎とカナヲに確認すると、二人は同時に頷いた。

 

 

「やっぱりね。炭治郎君、あなた既に常中を会得しているわね?」

 

 

「ええ。父さんから『疲れない呼吸の仕方』と言うのを教わりまして、それが『日の呼吸』であることも珠世さんから教わりました」

 

 

炭治郎は包み隠さず正直に話し、カナエは納得した。その後カナエは炭治郎に訓練中の手本を見せることを禁止させた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

それから一週間後に善逸が、その日から遅れて3日後に伊之助が常中を会得した。

 

 

そしてこの日は二人の常中会得を祝してご馳走を振る舞うために承太郎と炭治郎、そしてポルナレフとイギーの四名で食材の買い出しに市中へと出向いていた。

 

 

「おや空条さん、お久しぶりですね」

 

 

すると、以前出会った『テレンス・T・ダービー』が承太郎に声をかけてきた。

 

 

「あぁっ!?お前はDIOの館にいた…」

 

 

「おやポルナレフさんもおりましたか」

 

 

ポルナレフはテレンスがいることに驚き、テレンスはポルナレフがいることに初めて知った感じだった。

 

 

「テレンス、どうした?」

 

 

「ウホッ?」

 

 

そこにテレンスの兄の『ダニエル・J・ダービー』とオランウータンの『フォーエバー』が現れた。

 

 

「あぁ兄さんにフォーエバーか。いやなに、"知り合い"を見かけたのでね」

 

 

「ん?おや、これはこれは空条さんじゃありませんか」

 

 

「俺もいるぞ!」

 

 

「失礼、ポルナレフさんもおりましたか」

 

 

ダニエルも今ポルナレフに気づいた感じで挨拶をした。

 

 

「俺ってそんなに影が薄いか…?」

 

 

「あ…、あはは…」

 

 

ポルナレフはその場に踞り、地面に"の"の字を書き始めた。その光景を見た炭治郎は苦笑いを浮かべていた。

 

 

「それより、お前たちはさっきまで何処にいたんだ?」

 

 

「私たちは遊郭の方へ出向いていました」

 

 

承太郎はダニエルたちに質問をすると、ダニエルはあっさりと答えた。

 

 

「我々が行っているゲームで、借金を踏み倒した者たちがいましてね。取り立てが我々の所にも来てしまう始末なのです」

 

 

「そこで、負けたら遊郭で強制労働と称して"最後のゲーム"をしたのです」

 

 

「そしたら案の定、彼らはゲームに負けましたので、遊郭で借金の全額を支払ってもらい、支払った分無報酬で働くことになりました」

 

 

「なるほどな…、そして引き取ったその帰りに俺たちを見つけ、声をかけた訳…か」

 

 

承太郎の予測にダニエルたちは頷いた。

 

 

「ところで、皆さんはこれからどちらに?」

 

 

「俺の仲間が"とある訓練"を終了したのでな、その祝いにご馳走を振る舞おうと思って市井まで買い出しにな」

 

 

「なるほど…、…ふむ、フォーエバー、"2つ"だ」

 

 

「ウホッ!」

 

 

テレンスは承太郎に質問をし、承太郎がそれに答えると、ダニエルが何か考え込み、フォーエバーに指示を出す。フォーエバーは敬礼をすると、持っていた風呂敷を広げ、その中にあった箱を2つ、ダニエルに渡した。

 

 

「空条さん、もし良ければこちらをお受け取りください」

 

 

ダニエルが差し出したのは未開封のトランプの箱だった。

 

 

「……どういうつもりだ?」

 

 

承太郎は警戒心を露にすると

 

 

「別に他意はありません。これはちょっとした"お祝い"です、ひょっとしたら以前渡したトランプが好評ではないかと思いましてね」

 

 

意表を突いたダニエルの予感に承太郎は眼差しを鋭くした。

 

 

「……まあいい。こちらも遊ばせてもらっている身だ。ありがたく受け取っておこう」

 

 

実は承太郎は任務が無い日にはちょこちょこダニエルたちの下を訪れてはポーカーやババ抜き等で遊んでいたのだった。

 

 

因みに勝率は承太郎が9割を越えており、負けるのは三回に一回程度である。

 

 

話を戻して、承太郎はダニエルからトランプを二箱受け取り、羽織代わりにしている制服の上着のポケットに入れた。

 

 

「ありがとうございます。これからもご贔屓に」

 

 

ダニエルたちは承太郎たちから離れ、承太郎たちは買い出しを再開した。

 

 

善逸たちの好物は事前に聞いていたため、承太郎たちの買い出しはすんなりと終わった。そしてその夜、葵枝やアオイと言った料理が得意な人が食材を調理し、いつもより豪勢な料理が食卓を並んだ。

 

 

善逸と伊之助は我先にと料理に手を伸ばし、その旨さに感動していた。

 

 

 



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第12説《合同》

 

 

善逸と伊之助が全集中・常中を会得してから一週間が経過した時、アヴドゥルが承太郎の前に舞い降りた。

 

 

「承太郎、任務だ。"無限列車"と呼ばれる汽車で乗客、隊員合わせて四十名以上が行方不明となっている。そこで炎柱と共に調査せよとの仰せだ」

 

 

アヴドゥルは任務の詳細を承太郎に伝えると、承太郎は『了解した』とだけ言い、準備を整える。

 

 

「師範、任務ですか?」

 

 

そこに炭治郎がなほたちを連れた状態で現れた。

 

 

「ああ。"無限列車"と呼ばれる乗り物に乗っていた客たちが消えたらしいからな、もう一人の柱との合同任務となった」

 

 

「…あの、師範。もし良かったら俺も任務について行ってもいいですか?」

 

 

承太郎が任務の詳細を炭治郎に伝えると、炭治郎が同行したいと申し出た。

 

 

「……いいぞ。行きたいなら早く支度をしな」

 

 

「はい!」

 

 

承太郎は同行を許可し、炭治郎は急いで支度を整えるためにその場を去った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「うおおぉぉぉ~~っ、何だありゃ!?」

 

 

準備が整った承太郎と炭治郎は善逸と伊之助を連れて無限列車が停車している駅に着いていた。

 

 

尚、善逸と伊之助がついて来た理由は二人が炭治郎と話している時に炭治郎が任務のことを話してしまい、勝手について来たためである。

 

 

「嘴平、あれが人を乗せる乗り物、列車だ。アヴドゥル、炎柱は何処にいる?」

 

 

「仲間の鴉からの情報だと、既に列車に乗っているそうだ」

 

 

承太郎は列車を初めて見た伊之助を宥めながらアヴドゥルに杏寿郎が何処にいるのかを聞くと、アヴドゥルは仲間の鴉からの情報を伝えた。

 

 

「そうか、なら切符を「必要無いぞ」…何?」

 

 

「切符なら事前に用意しておいたぞ」

 

 

承太郎が切符を買いに行こうとすると、アヴドゥルが翼の中から切符を"五枚"取り出した。

 

 

「こういうこともあろうかと、事前に用意しておいたのだ」

 

 

アヴドゥルは承太郎に切符を渡し、承太郎は炭治郎たちにその切符を配った。

 

 

ジリリリリリリ……

 

 

「そろそろ列車が動く時間のようだな。急いで乗り込むぞ」

 

 

承太郎が切符を配り終えたと同時に発車のベルか鳴ったので、承太郎たちは急ぎ足で列車に乗り込んだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「なあ炭治郎、今回の任務で一緒に行動する柱って、誰なんだ?」

 

 

「炎柱の煉獄杏寿郎さんだよ。かなり特徴的だから、一目見ればすぐ分かるよ」

 

 

無事列車に乗車した承太郎たちは、杏寿郎を探しに客車を移動していた。すると

 

 

「うまい!うまい!うまい!うまい!」

 

 

駅弁を食べながら『うまい!』を連呼している人を見つけた。

 

 

「……ねぇ炭治郎、まさかあの人が…」

 

 

「ああうん、炎柱の煉獄杏寿郎さんだよ」

 

 

「ただの食いしん坊じゃなくて?」

 

 

「…うん」

 

 

善逸は炭治郎に何度も確認をしたが、未だに信じられなかった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「見苦しい所を見せてすまなかった!」

 

 

「いえ別に気にしてませんから」モグモグ

 

 

「そうですよ」モグモグ

 

 

「ガッハッハッ!こりゃうめぇや!」ガツガツ

 

 

承太郎たちに気づいた杏寿郎は一旦箸を置き、承太郎たちを座らせた。そして自分が食べていたのと同じ『牛鍋弁当』を全員に配った。

 

 

「ところで、今回の任務は師範と煉獄さんとの共同とお聞きしたのですが?」

 

 

「うむ、数週間前にこの列車に乗っていた乗客が忽然と消えた。そして調査に向かった隊員も全員消息を断った。これは鬼、それも十二鬼月の仕業かもしれないとのことで、柱である俺が出向いたと言う訳だ」

 

 

「そして柱の仕事を教える名目で、空条青年にも来てもらったのだ」

 

 

杏寿郎が詳細を説明すると、炭治郎と善逸は納得していた。

 

 

「切符…、拝見…します」

 

 

そこに車掌が現れて、切符を拝見しようとした。

 

 

「車掌さん、こっちに俺たち全員分の切符がある。切り込みを頼む」

 

 

そこに承太郎が切符を"五枚"差し出した。車掌は承太郎から切符を受け取り、切り込みを入れた。

 

 

「拝見…しました…」

 

 

車掌は切り込みを入れた切符を承太郎に渡し、前の車両に移動した。

 

 

「……炭治郎、どう思う?」

 

 

「えっ?どうって…」

 

 

炭治郎は承太郎の質問の意味が分からず、困惑してしまった。

 

 

「車掌の目の下の(くま)だ。普通なら終着駅や途中の駅で交代して仮眠などを取るはずなんだが、あの車掌はまるで"何日も眠っていない"感じだった。もしかしたら、"何か"あるのかもな…」

 

 

承太郎の説明に炭治郎は固唾を飲んだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

『あれぇ?君たちは眠っていないのかいぃ?』

 

 

車掌が切符に切り込みを入れてから数十分後、突如何処からともなく声が聞こえたため、承太郎たちは臨戦体制を取った。

 

 

『おかしいなぁ?確かに君たちの切符に切り込みが入ったはずなのに?』

 

 

実はアヴドゥルが渡した切符は"偽物"であったのだ。

 

 

『まぁいいや。君たちがそこで寛いでいる間に、俺はこの列車と"融合"したんだ!』

 

 

『今やこの列車は俺の"血"であり"肉"であり"骨"となった。俺に乗客"二百人"余りを、おあずけさせることができるかな?』

 

 

謎の声はそれっきり聞こえなくなった。

 

 

「よもやよもや、寛いでいる間にそのような事態になっていようとは。柱として不甲斐なし!穴があったら入りたい!」

 

 

「煉獄、今は嘆いている暇は無いぞ。炭治郎!嘴平と一緒に"鬼の頚"を探せ!奴が鬼である以上、必ず何処かに"急所"はある!客車は俺と煉獄、我妻の三人で守る!」

 

 

杏寿郎は自分の不甲斐なさに嘆き、承太郎は杏寿郎を励ましながら炭治郎に指示を出す。炭治郎は頷きながら伊之助と共に客車の上に上がった。

 

 

「伊之助、頼む!」

 

 

「任せろ!『我流 (けだもの)の呼吸 (しち)ノ型 空間識覚(くうかんしきかく)』!」

 

 

伊之助は刀を客車の屋根に突き刺し、屈んだ状態で両手を広げた。すると

 

 

「!!見つけたぜ、コイツの急所!"一番前"だ!」

 

 

列車と融合した者の急所を見つけた。

 

 

伊之助は他の人よりも"感覚"が鋭敏であり、気配を探るのに長けているのだ。しかし服を着ている状態では、感覚が鈍り、型を使っても気配を探ることができないので、常に上半身裸の状態でいるのだ。

 

 

「一番前…、先頭車両か!炭治郎、今の話は聞こえていた!俺たちに構わず行け!」

 

 

「はいっ!」

 

 

承太郎は炭治郎に先に進むよう伝え、炭治郎は伊之助と共に客車の屋根を伝って先頭車両を目指した。

 

 

「空条青年!この列車は八両編成だ!俺は後方四両を守る!君たちは前方四両を頼む!」

 

 

「分かった。我妻、一両目を頼む。俺は二両目から四両目を担当する」

 

 

「分かりました。…空条さん、煉獄さん。ご武運を」

 

 

善逸は一足先に自分の担当する車両へと向かった。

 

 

「煉獄…、頼むぞ」

 

 

「ああ、任された!」

 

 

承太郎と杏寿郎は互いに頷き合い、承太郎は自分が担当する車両へと向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「くっ、こうも多いと全集中の呼吸が使えないのが堪えるな」

 

 

承太郎は三両目の中央で戦いながら愚痴を溢していた。すると

 

 

ギャアアァァァ~~~!!!

 

 

「うおっ!?」

 

 

突如悲鳴が聞こえ、客車が揺れだした。

 

 

「今の悲鳴…、炭治郎たちが急所を斬ったのか!しかし…、この揺れ…下手をすれば、脱線するぞ!」

 

 

承太郎は悲鳴と揺れの正体を勘ぐるが、揺れが酷く、真面(まとも)に立っているのがやっとだった。

 

 

しかし、考えていた"最悪の事態"が訪れてしまった。

 

 

ガタンッ

 

 

「っ?!、列車が脱線したか!?《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

承太郎は《星の白金》を出し、まだ眠っている乗客を出来る限り抱え、窓から外に出た。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「……ふぅ、なんとかなったか。やれやれだぜ…」

 

 

承太郎は脱線した列車を見てため息を一つ吐いた。

 

 

「おお空条青年!無事だったか!」

 

 

そこに杏寿郎が駆け寄って来た。

 

 

「なんとかな。そっちも無事なようだな」

 

 

「うむ!脱線する時に出来るだけ型を繰り出して衝撃を和らげたからな!俺は竈門少年の所へ向かう!残っている人の救助を頼んだ!」

 

 

杏寿郎はそれだけ言って先頭車両の方へ向かい、承太郎は車両に残った人の救助に向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ふぅ…、これで全員か」

 

 

承太郎は自分が担当していた車両の乗客を全員、客車の外に連れ出した。

 

 

ドオオォォォン…

 

 

「!?、何だ!?」

 

 

すると遠くから"何か"が地面に着弾したかのような音と振動がした。

 

 

「発信源は…、向こう。先頭車両の方か」

 

 

承太郎は《星の白金》を通して炭治郎たちがいる方を見る。すると

 

 

「あれは…、不味い!」ダッ

 

 

承太郎は"あるもの"を見た瞬間、一目散に駆け出した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎が駆け出す少し前、先頭車両から少し離れた所に炭治郎は仰向けの状態で寝転がっていた。

 

 

「全集中の常中が出来ているようだな!感心感心!」

 

 

そこに杏寿郎が顔を覗かせた。

 

 

「煉獄さん…」

 

 

「腹から出血してはいるが、"止血の呼吸"も行えてるようだな。全集中の呼吸を極めれば、何でも出来る訳では無いが、確実に昨日よりも強くなれる」

 

 

杏寿郎は炭治郎を褒めると、優しく頭を撫でた。

 

 

ドオオォォォン…

 

 

すると二人の近くで土埃が舞った。二人は何事かと思い、土埃が舞う方へ顔を向けると、そこには一体の鬼がいた。

 

 

その鬼の瞳には右目に"上弦"、左目に"弐"の文字があった。

 

 

「(あれは…、鬼?それも…上弦の弐…)」

 

 

炭治郎は突如現れた鬼を見ていると、その鬼は炭治郎に向けて拳を振りかざしていた。

 

 

『炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天』

 

 

しかし、その拳は炭治郎には届かなかった。何故なら、杏寿郎が抜刀しながら鬼の拳を腕ごと斬っていたからだった。

 

 

鬼はすかさず炭治郎たちから距離を置き、斬られた腕を再生させ

 

 

「いい刀だ」

 

 

腕に残った血を舐めた。

 

 

「(再生速度の速さ…、この圧迫感と凄まじい鬼気。これが上弦)何故手負いの者から狙うのか、理解出来ない」

 

 

杏寿郎は鬼から溢れ出る気迫に警戒しながら炭治郎を襲った理由を問い質す。

 

 

「話の邪魔になると思ったからだ。俺とお前の」

 

 

鬼はあっけらかんと答える。

 

 

「俺が君と何の話をする?初対面だが俺は既に君のことが嫌いだ」

 

 

杏寿郎は鬼と話はしないと突っぱねる。

 

 

「そうか。俺も弱い人間が大嫌いだ。弱者を見ると虫酸が走る」

 

 

「俺と君とは物事の価値基準が違うようだ」

 

 

「そうか、では素晴らしい提案をしよう。"お前も鬼にならないか"?」

 

 

鬼は杏寿郎に鬼になることを提案する。

 

 

「ならない」

 

 

しかし杏寿郎はそれを即座に断った。

 

 

「見れば解る、お前の強さ。柱だな?その闘気、練り上げられている。至高の領域に近い(・・・・・・・・)

 

 

「俺は炎柱、煉獄杏寿郎だ」

 

 

「俺は猗窩座(あかざ)。杏寿郎、なぜお前が至高の領域(・・・・・)に踏み入れないのか教えてやろう」

 

 

「"人間だから"だ、"老いるから"だ、"死ぬから"だ。鬼になろう杏寿郎、そうすれば百年でも二百年でも鍛練し続けられる、強くなれる」

 

 

猗窩座は尚も杏寿郎を勧誘する。

 

 

「老いることも死ぬことも、人間という儚い生き物の美しさだ。老いるからこそ死ぬからこそ、堪らなく愛おしく、尊いのだ」

 

 

「"強さ"というものは肉体にのみ使う言葉では無い」

 

 

だが杏寿郎は『人間とはどういうもの』なのかを語った。

 

 

「この少年は弱くない、侮辱するな。何度でも言おう、君と俺とでは価値基準が違う」

 

 

「俺は如何なる理由があろうとも、鬼にはならない」

 

 

杏寿郎は改めて猗窩座の勧誘を断った。

 

 

「そうか」

 

 

『術式展開 破壊殺・羅針』

 

 

すると猗窩座は足下に雪の結晶のようなものを出し、構えた。

 

 

「鬼にならないなら殺す」

 

 

『炎の呼吸 壱ノ型 不知火』

 

 

そして猗窩座と杏寿郎は同時に飛び、互いの距離の中央で衝突した。

 

 

「今まで殺してきた柱に炎はいなかったな、そして俺の誘いに頷く者もいなかった。なぜだろうな、同じ武の道を極める者として理解しかねる!選ばれた者しか鬼になれないというのに!」

 

 

「素晴らしき才能を持つ者が醜く衰えてゆく。俺はつらい、耐えられない。死んでくれ杏寿郎、若く強いまま」

 

 

『破壊殺・空式』

 

 

猗窩座は空中で虚空を殴ることで、その場の空気を飛ばす。

 

 

『炎の呼吸 肆ノ型 盛炎のうねり』

 

 

だが杏寿郎は打ち出された空気を全て斬り落とした。

 

 

「(虚空を拳で打つとこちらまで来る、一瞬にも満たない速度。このまま距離を取って戦われると、頚を斬るのは厄介だ。ならば近づくまで!)」

 

 

杏寿郎は猗窩座が着地する瞬間に一気に近づいた。

 

 

「この素晴らしい反応速度」

 

 

そして猗窩座は拳、杏寿郎は刀で打ち合う。

 

 

「この素晴らしい剣技も失われてしまうのだ杏寿郎、悲しくはないのか!!」

 

 

「誰もがそうだ、人間なら!!当然のことだ」

 

 

そこに承太郎が炭治郎の側に到着した。

 

 

「炭治郎、大丈夫か?」

 

 

「師範…、はい。腹を刺されましたが、止血の呼吸を使って出血を止めています」

 

 

「そうか、なら今は動かないことだ。動けば傷口が開いて致命傷になるぞ」

 

 

承太郎は炭治郎がしようとしていたことを見透かし、その場で待機させた。

 

 

『破壊殺・乱式!!!』

 

 

『炎の呼吸 伍ノ型 炎虎!!!』

 

 

猗窩座と杏寿郎の戦いは熾烈を極めたが、そこは鬼と人間。徐々に優劣が別れてきた。

 

 

杏寿郎の技の切れが衰えてきたのだ。それもそのはず、杏寿郎は自分だけに意識させるために全力で猗窩座の相手をしていたのだ。

 

 

いくら全集中の呼吸の常中をしていても、疲労だけはどうしようも無い。

 

 

杏寿郎は疲労のせいで猗窩座の技を捌き切れなくなっていたのだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「生身を削る思いで戦ったとしても無駄なんだよ杏寿郎。お前が俺に喰らわせた素晴らしい斬撃も既に完治した」

 

 

「だがお前はどうだ?潰れた左目、砕けた肋骨(あばらぼね)、傷ついた内臓。もう取り返しがつかない。鬼であれば瞬きする間に治る、そんなもの鬼ならばかすり傷だ」

 

 

「どう足掻いても人間では鬼に勝てない」

 

 

「それはどうかな?」

 

 

そこに承太郎が杏寿郎の側に寄り添った。

 

 

「煉獄、ここからは俺が戦おう」

 

 

「空条青年…」

 

 

承太郎は杏寿郎に肩を貸し、炭治郎の側に杏寿郎を座らせた。

 

 

「貴様の闘気…、杏寿郎よりも練り上げられている。俺は猗窩座、お前の名は?」

 

 

「俺は空条承太郎、鬼殺隊の柱だ」

 

 

「承太郎、鬼にならないか?そうすればいくらでも強くなれるぞ?」

 

 

猗窩座は承太郎に鬼になることを提案する。

 

 

「断る。俺は鬼になる気は毛頭も無い」

 

 

だが承太郎もまた猗窩座の誘いを突っぱねた。

 

 

「…そうか。なら殺す」

 

 

猗窩座は破壊殺・羅針を展開し、承太郎に襲い掛かる。

 

 

《オラァ!》

 

 

「グハァッ!?」

 

 

しかし《星の白金》が猗窩座の顔を横から殴った。殴られた猗窩座はそのまま吹っ飛び、列車に体を強打させた。

 

 

「(なっ…、何だ今のは!?承太郎は殴る素振りすら見せなかった!だがいきなり誰かが横から俺の顔を殴りやがった!)」

 

 

猗窩座はズルズルと列車から滑り落ちながら状況を把握しようとしていた。

 

 

《オラァ!》

 

 

「グホッ!?」

 

 

だが目の前(猗窩座当人には見えていない)に《星の白金》が接近し、猗窩座の腹を殴った。

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オ~ラァ!オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オラァ!!》

 

 

そこからは承太郎、いや、《星の白金》の独壇場だった。

 

 

《星の白金》は自身が持つ最高速度のラッシュを猗窩座に浴びせた。当然猗窩座は抵抗できるはずも無く、殴られ続けられた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ハァ…、ハァ…、ハァ…、グホッ」

 

 

《星の白金》のラッシュが終わった時、猗窩座は満身創痍の状態だった。

 

 

上弦の鬼は再生速度が速く、殴られたその時に再生するのだが、《星の白金》のスピードが再生速度よりも速かったため、再生が追い付いていなかったのだ。

 

 

「どうした?俺を殺すんじゃなかったのか?」

 

 

承太郎は猗窩座に近づきながらあからさまな挑発をする。

 

 

「クソッ!」

 

 

『破壊殺・滅式』

 

 

挑発に乗ってしまった猗窩座は承太郎に向けて拳を振るう。

 

 

《オラァ!》

 

 

しかし《星の白金》が迎撃し、猗窩座の拳が砕かれてしまった。

 

 

「グッ(何なんだコイツの強さは!?一撃一撃が異様に重い、まるで"時を止められて"いるかのような衝撃だ!)」

 

 

猗窩座は満身創痍の体を再生させながら承太郎の強さを憎んでいた。

 

 

すると

 

 

「!?(朝日…だと!?クッ、時間を掛け過ぎたか!)」

 

 

東からゆっくりと朝日が差し込んでいた。

 

 

「承太郎、勝負はお預けだ。次に会う時は必ず殺す!」

 

 

猗窩座はそう言って近くの森に逃げた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「師範、追わなくていいんですか?」

 

 

「今追うのは得策では無い。俺は怪我人を放っておくほど薄情な男では無いからな」

 

 

承太郎は猗窩座を追いかけようとはせず、その場に立っていた。

 

 

「さて、そろそろアヴドゥルが隠の者たちを連れてくる頃だから、俺たちはできる限りの応急措置をしておこうか」

 

 

承太郎は杏寿郎や乗客といった怪我人を手当てするために、移動を開始する。

 

 

そしてその数十分後にアヴドゥル先導の下、隠の者が到着し、杏寿郎を始めとした怪我人の手当てを始めるのだった。

 

 

 



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第13説《完成》

 

 

「煉獄さんは左目失明に肋骨骨折に内臓損傷、炭治郎君は腹部を刺されての出血。まったく、怪我をするなとは言いませんが、なるべく怪我を負わないようにお願いしますね?」

 

 

「よもやよもや、申し訳ない」

 

 

「善処します…」

 

 

無限列車の任務を終えた炭治郎たちは、蝶屋敷で治療を施された。

 

 

その中でも杏寿郎と炭治郎の怪我が酷く、杏寿郎に関しては柱を勤めるのは困難な怪我を負っていた。

 

 

「竈門少年、申し訳ない。俺がもう少し強ければ…」

 

 

「関係ありませんよ。煉獄さんは列車に乗っていた人たちを助けたんですから」

 

 

「……ありがとう」

 

 

杏寿郎は炭治郎に謝ると、炭治郎に励まされ、お礼を言った。

 

 

「あの…、ここに兄上がいると聞いたのですが…」

 

 

「おお千寿郎!こっちだ!」

 

 

そこに杏寿郎そっくりの少年が恐る恐るといった感じて顔を覗かせる。それを見た杏寿郎はその少年を自分の下へと呼んだ。

 

 

「竈門少年、紹介しよう。俺の弟の千寿郎だ」

 

 

「は、はじめまして。煉獄千寿郎です」

 

 

「俺は竈門炭治郎、よろしく」

 

 

千寿郎と炭治郎は互いに自己紹介をした。

 

 

「兄上、着替えをお持ちしましたので、そこに置いておきますね」

 

 

「うむ、かたじけない」

 

 

千寿郎が杏寿郎の着替えをベッドの側にあるサイドテーブルに置き、杏寿郎が礼を言う。

 

 

「杏寿郎、体の方は大丈夫ですか?」

 

 

「母上」

 

 

そこに杏寿郎を女性にした感じの人が入室してきた。

 

 

「煉獄さんのお母さん…ですか?」

 

 

「煉獄瑠火よ。よろしく」

 

 

「母上、母上がいると言うことは、父上も?」

 

 

「ええ、今は炭十郎さんの所へ行っているわ。直にこちらにもくると思います」

 

 

杏寿郎と瑠火が二~三回話すと

 

 

「おお杏寿郎、ここにいたか」

 

 

杏寿郎が若干老けた感じの男性が入ってきた。

 

 

「竈門少年、紹介しよう。俺の父の…」

 

 

「煉獄槇寿郎だ。よろしくな坊主」

 

 

「よ…、よろしくお願いします…」

 

 

炭治郎はしどろもどろに受け答えした。

 

 

「あの…、つかぬことをお聞きしますが、俺の父とは一体どのようなご関係で?」

 

 

「うむ。儂は昔鬼殺隊で"炎柱"を勤めていてな、同じ柱であった炭十郎とは共に切磋琢磨した仲なのだよ」

 

 

「ウチの旦那と炭十郎さんは互いを意識していたこともあって『鬼殺隊の二大柱』とまで呼ばれていたほどなんですよ」

 

 

「おい瑠火、そんなこっ恥ずかしい昔話をするな。今は文通する仲なんだから…」

 

 

槇寿郎と瑠火のやり取りに炭治郎は苦笑いを浮かべていた。

 

 

「炭治郎、具合はどうだ?」

 

 

そこに承太郎が饅頭を乗せた皿を持って入室してきた。

 

 

「あっ、師範。はい、今のところは大丈夫です」

 

 

「そうか、これはさっき買ってきた饅頭だ。みんなで食べるといい」

 

 

承太郎は皿を炭治郎の側にあるサイドテーブルに置き、退室していった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

それから一ヶ月後、炭治郎は腹の傷が塞がり、任務に支障が無いほどにまで回復したため、機能回復訓練を受けるために蝶屋敷の道場に来ていた。

 

 

「それでは炭治郎さん、機能回復訓練の説明をさせていただきます」

 

 

「まず最初にあちらで寝たきりで固くなってしまった筋肉を解します」

 

 

アオイが指で示した場所には布団がしかれており、なほ、すみ、きよの三人娘が気合いを入れていた。

 

 

「それからあちらは反射訓練を行います。湯飲みの中には薬湯が入っており、相手より先に薬湯をかければ勝ちです。ですが、湯飲みを持ち上げる前に上から押さえられたら持ち上げられません」

 

 

次にアオイが指指した所にはちゃぶ台が置かれており、その上に湯飲みが幾つも置かれていた。そしてそのちゃぶ台の前にカナヲが座っていた。

 

 

「そして最後に全身訓練、端的に言えば"鬼ごっこ"です。時間内に逃げ切るか相手を捕まえて下さい。これと反射訓練は私アオイとカナヲが担当します。ここまでで分からないことはありますか?」

 

 

説明を終えたアオイが炭治郎に質問をすると、炭治郎は首を横に振り、質問が無いことを伝えた。

 

 

「ではまず、柔軟から始めて下さい」

 

 

アオイの指示の下、炭治郎はなほたちの所へ向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「炭治郎さん、随分体が柔らかくなりましたね」

 

 

「お陰様でね。最初の内はコチコチに固まっていたから、身体中悲鳴上げてたし」

 

 

炭治郎が機能回復訓練を始めてから五日、炭治郎の体は以前よりも柔らかくなっていた。

 

 

「その後にやった反射訓練や全身訓練も負け続けていたのに、今ではカナヲに追い付く位にまで回復しましたからね」

 

 

そう、柔軟の後に行う反射訓練や全身訓練では、炭治郎はアオイに惨敗していたのだ。しかし、四日目にはアオイに勝ち、カナヲとは互角の勝負を繰り広げていた。

 

 

「それでも負けは負けさ。実際カナヲは俺に合わせて訓練の相手をしてくれていたから」

 

 

炭治郎の言った通り、カナヲは炭治郎に合わせて訓練の相手をしていた。これは炭治郎を気遣うカナヲの心配りでもあった。

 

 

「カナヲは本当に炭治郎さんのことが好きなんですねまあ私もですけど

 

 

「えっ?何か言った?」

 

 

「いいえ何も」

 

 

炭治郎に独り言を聞かれたと思ったアオイは目線を反らした。最も、炭治郎には聞こえてはいなかったが。

 

 

「では柔軟も終わったことですし、早速反射訓練を開始しましょうか」

 

 

「はい!カナヲ、よろしく」

 

 

「よろしく、炭治郎」

 

 

柔軟が終わった炭治郎はカナヲの下に行き、ちゃぶ台を挟んだ形で向かいあった。

 

 

「では…、始め!」

 

 

アオイの掛け声で炭治郎とカナヲは物凄いスピードで相手が取ろうとした湯飲みを押さえ、別の湯飲みを持とうとする。

 

 

「「「頑張れ、炭治郎さん!」」」

 

 

なほ、すみ、きよの三人は炭治郎を応援する。すると炭治郎が湯飲みを掴んだと同時に持ち上げ、カナヲの押さえようとする手を逃れた。

 

 

炭治郎は持ち上げた湯飲みの中身をかけようとする。

 

 

『それ臭いよ?かけたら可哀想だよ』

 

 

しかしそこで炭治郎の"理性"が待ったを掛ける。そして炭治郎は湯飲みをカナヲの頭の上に置いた。

 

 

「勝った!」

 

 

「勝ったのかな?」

 

 

「かけるのも置くのも同じだよ!」

 

 

なほ、すみ、きよは炭治郎が勝ったことに、まるで我が事のように喜んだ。

 

 

続く全身訓練(鬼ごっこ)でも、炭治郎はヒラリヒラリとまるで蝶のように逃げるカナヲに追い付いていた。

 

 

そして数分の攻防の末、炭治郎はカナヲの手首を掴んだ。

 

 

「炭治郎さん、全身訓練でもカナヲさんに勝った!」

 

 

「「凄い凄い!」」

 

 

またもや三人娘は炭治郎の勝利を喜ぶ。

 

 

「ありがとう。でも、まだまだだよ。カナヲ、次にやる時は"全力"で相手をしてくれ」

 

 

「いいの?」

 

 

「もちろん!」

 

 

「…分かった」

 

 

カナヲは炭治郎のお願いに渋々と言った感じで頷いた。

 

 

それから翌日、カナヲは炭治郎に言われた通り、全力で炭治郎の相手をした。無論炭治郎は手も足も出なかった。だが、一日、二日と時間が経過するにつれ、炭治郎は全力のカナヲに追い付くようになった。

 

 

そして炭治郎がカナヲに勝ってから更に五日後、炭治郎は全力のカナヲに反射訓練、全身訓練共に勝利することになった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後炭治郎は任務に勤しんだ。単独の任務があれば、善逸や伊之助、禰豆子にカナヲと言った同期との共同任務、更には承太郎やしのぶと言った柱との任務をこなしていた。

 

 

そしてこの日炭治郎は単独任務を終えて蝶屋敷へと戻っていた。

 

 

「今まで世話になったな。あのトランプはせめてものお礼として受け取ってほしい」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

すると、荷物を持った承太郎が蝶屋敷の門前にいたので、炭治郎は承太郎の下へと駆け寄った。

 

 

「師範、これから任務ですか?」

 

 

「いや、建設されていた俺の屋敷が完成したのでな。荷物をまとめて引っ越しをしていた所だ」

 

 

承太郎は炭治郎に説明をすると、確かに蝶屋敷の隣に蝶屋敷と同じ規模の屋敷が建っていた。

 

 

「炭治郎、蝶屋敷の中にある自分の荷物をまとめときな」

 

 

「はい!」

 

 

炭治郎は急いで自分が借りていた部屋に向かい、荷物をまとめた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「おぉ~」

 

 

そして炭治郎は承太郎の屋敷『波紋屋敷(はもんやしき)』に入ると、その広さに驚いた。

 

 

「炭治郎、お前の部屋は向こうだ。扉にお前の名前が書いてある札が掛かっているから解るはずだ」

 

 

「解りました!」

 

 

炭治郎は承太郎に言われた通りに進み、扉に『炭治郎』と書かれた札を見つけたので中に入る。すると中は畳六畳分はあり、家具も新品が置かれていた。

 

 

炭治郎は早速荷物を部屋に置き、波紋屋敷の中を探索する。

 

 

まず目に入ったのは、自分の部屋の両隣。扉に向かって左に『善逸』、右に『伊之助』の名前が書かれた札だった。

 

 

そして向かいの部屋には『禰豆子』の名前があった。

 

 

「善逸に伊之助、禰豆子の部屋まであるのか…、ん?」

 

 

炭治郎はふと扉に掛かっている札に目をやると、そこには『典昭』の名前があった。更にその横には『ジャン=ピエール・ポルナレフ』と流暢な筆跡で書かれた札があった。

 

 

「何て書いてあるんだ…?」

 

 

炭治郎はポルナレフが書いた達筆な文字を読むことはできなかった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎はそれから屋敷の様々な所を巡り、最後にみんなが集まっている居間に到着した。

 

 

「どうだったか炭治郎?屋敷の中を探索してみて」

 

 

「はい、とても凄かったです!」

 

 

承太郎の質問に炭治郎は鼻息を荒くしながら答えた。

 

 

「そうか、良かった良かった」

 

 

承太郎は何度も頷くと、何かを思い出したかのように手を叩いた。

 

 

「あぁそうだ、嘴平なんだが、当人の要望で外で寝るからな」

 

 

「えっ、そうなんですか!?でも寝床は…」

 

 

「それなら心配無い。あれを見るんだ」

 

 

承太郎が指を指した所を炭治郎が見ると

 

 

「ガハハハハッコイツはいいぜ!」

 

 

伊之助が木と木の間に繋がれた網のような物に寝転がっていた。

 

 

「あの、師範。伊之助が寝転がっているあれは…」

 

 

「あれは『ハンモック』と呼ばれる野宿用の寝具さ。あんな感じで木と木の間に吊るすんだ」

 

 

炭治郎の質問に花京院が答えた。

 

 

「雨や雪、風の強い日や寒い日などは部屋に入るように言ってあるが、基本あいつはあそこで寝ることになる」

 

 

「そ…、そうですか」

 

 

「俺も一回寝転がってみたが、中々の寝心地だったぜ?」

 

 

「へぇ~」

 

 

ポルナレフの感想に、炭治郎は興味をそそられた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

それから時間が過ぎ、波紋屋敷完成の祝いの宴が催されることになり、カナエ、しのぶ、アオイ、カナヲ、なほ、すみ、きよ、杏寿郎、槇寿郎、千寿郎、瑠火の11名が招待された。

 

 

そして炭治郎と葵枝が招待客の好物を作り、それを振る舞った。

 

 

 



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第14説《遊郭》

 

 

承太郎の屋敷『波紋屋敷』が完成してから3ヶ月が経過した。

 

 

その間炭治郎は順調に鬼を討伐し、階級は(つちのえ)、善逸は(つちのと)、伊之助は(かのえ)に上がっていた。

 

 

そしてこの日炭治郎は単独任務を終えて波紋屋敷まで帰っている所だった。

 

 

「たのも~!」

 

 

すると蝶屋敷の方から声がしたので、炭治郎は声がした方へと向かった。

 

 

「たのも~!」

 

 

炭治郎が見た光景は、門前に一人の男性『音柱・宇随天元』が口元に手を当てて大声を出している所だった。

 

 

「あの~、何か御用ですか?」

 

 

炭治郎は恐る恐る天元に声を掛ける。

 

 

「んっ?お前は誰だ?蝶屋敷の人間か?」

 

 

「俺は竈門炭治郎と言います。今は蝶屋敷では無くて隣の波紋屋敷に住んでいます」

 

 

炭治郎は天元に質問されて自己紹介をする。どうやら柱合会議でのやり取りは忘れられているようだ。

 

 

「は~い、どちら様…あら、宇随さん」

 

 

そこにカナエが玄関から顔を覗かせた。

 

 

「おぉ胡蝶姉、丁度良かった。ちょいと頼みがあるんだが…」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「実は…、これから向かう先で女性隊員が必要なんだが、ちょいとそちらにいる隊員を貸してもらえんかと思ってな」

 

 

天元はカナエに訪問理由を述べる。

 

 

「あらあら、困ったわね。今しのぶは任務でいないし、カナヲもついさっき任務が来てしまったの。かと言ってアオイたちがいなくなると蝶屋敷が稼働しなくなるし…」

 

 

カナエは頬に手を当てて困った表情をする。

 

 

「あの、もし良かったら俺が同行しましょうか?」

 

 

そこに炭治郎が天元の任務の同行を申し出た。

 

 

「それはありがてぇが、少なくとも同行者は"三人"必要なんだわ。お前を入れても後二人必要なんだが…」

 

 

「それなら俺様たちが行くぜ!」

 

 

天元が申し訳無さそうにしていると、後ろから声がしたので振り返ると、善逸と伊之助がいた。

 

 

「任務から帰ったばかりだが、体力は有り余っているぜ!」

 

 

「俺も多少疲れは感じてはいるけど、やれないことはないよ」

 

 

善逸と伊之助は行く気満々の様子だった。

 

 

「いいのか?俺にとっちゃ派手に喜ばしいが…」

 

 

「「大丈夫です」」

 

 

「この山の王たる伊之助様に任せとけ!」

 

 

天元の質問に三人は確りと答えた。

 

 

「……分かった。なら一緒に来てもらうぜ?泣き言は聞かないからな?」

 

 

「「「臨む所です(だ)!」」」

 

 

「よっしゃそれじゃ俺にド派手に着いてきな!」

 

 

天元は炭治郎たち『かまぼこ隊』を連れて蝶屋敷を後にした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「あの、これから向かう所って何処なんですか?」

 

 

炭治郎が任務先の場所を天元に質問する。

 

 

「これから向かう所は、花街、遊郭と呼ばれる人間の欲望が渦巻く所だ」

 

 

天元は腕を組みながら炭治郎の質問に答える。

 

 

「此所から遊郭までの間に『藤の家紋の家』がある。そこで一旦準備を整える。歩きながら進むから遅れるなよ?」

 

 

天元はスタコラサッサと歩き出した。しかしそのスピードは速く、あっという間に後ろ姿が見えなくなってしまった。

 

 

「んなっ、速ぇ!」

 

 

「炭治郎、伊之助。このままじゃ置いてきぼりを喰らう!急いで追い駆けよう!」

 

 

「分かった!」

 

 

炭治郎たちは急いで天元の後を追った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちはやっとの思いで天元に追い付き、遊郭までの道のりの途中にある『藤の家紋の家』で準備を整えることになった。

 

 

藤の家紋の家

 

 

正確には『藤の花の家紋の家』。この家紋を持つ家に住む人は以前鬼殺隊に命を救われた人たちであり、鬼殺隊の者であれば全てを"無償"で用意してくれるのだ。

 

 

天元は藤の家紋の家の者にあれやこれやと色々注文をし、炭治郎たちを家の二階に上がらせた。

 

 

「遊郭に潜入したら、まず俺の嫁"たち"に接触するんだ。俺も外から鬼の情報を探る」

 

 

「嫁"たち"?」

 

 

天元の指示にまず善逸が気になるフレーズを聞いた。

 

 

「ああ、まず俺の嫁は三人いる。そして嫁たちは既に遊郭の店の中に潜入しているんだ」

 

 

「なるほど…」

 

 

善逸の疑問に天元が答えると、炭治郎が納得していた。

 

 

「でも、それなら何故貴方自らが遊郭に出向くのですか?」

 

 

「三人の嫁の内一人の定期連絡が途絶えたんでな。それで何かあったんじゃねぇかと思って向かうんだ」

 

 

炭治郎の質問に天元はさらりと答える。

 

 

「怪しい店は既に絞ってある。まず"ときと屋"、次に"荻本屋"、最後に"京極屋"。ときと屋には"須磨"、荻本屋には"まきを"、京極屋には"雛鶴"が潜入している。さっきも言った通り、まずは俺の嫁たちに接触するんだ」

 

 

天元は怪しい店の名前と潜入している嫁の名前を伝える。

 

 

「あの、一ついいですか?」

 

 

「どうした?」

 

 

そこに善逸が挙手をして天元に質問を促す。

 

 

「潜入って言ってもどうやって?」

 

 

善逸の疑問は最もなものだった。

 

 

「無論"変装"に決まっている。そしてお前らにはあること(・・・・)をしてもらう。それに必要な物は既に家の者に頼んでおいたからな」

 

 

「「???」」

 

 

天元は善逸の質問に答えたが、炭治郎と善逸は首を傾げていた。そして伊之助は終始出された菓子を一人で食い尽くしていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

ここは"ときと屋"。その門前に三人の少女と一人の男性、そして店の旦那と女将が向かい合う形で対面していた。

 

 

「いやぁこりゃまた、別嬪な子たちだねぇ」

 

 

「どの子も粒揃いだからね」

 

 

旦那が目の前の少女三人を褒めると、男性が若干嬉しそうに話す。

 

 

「じゃあ、真ん中の子を貰おうかね。素直そうだし」

 

 

「一生懸命頑張ります!」

 

 

女将が三人の内、真ん中の少女を選び、選ばれた少女は元気よく返事をする。

 

 

「ありがとよ女将さん。あっ、それと一つお願いしたいんだが?」

 

 

「なんだい?」

 

 

男性は女将にお礼を言うと、指を一本立てた。

 

 

「今白粉で隠しているけど、こいつは額の右側に痣があってね。それで近所の子供たちから苛められていたんだよ。だから…」

 

 

「分かったよ、なるべく白粉は取らないようにするよ」

 

 

男性が言いたいことが分かったのか、女将は男性のお願いに頷いた。

 

 

「ありがとよ、それじゃ"炭子"、達者でな」

 

 

「はい!ありがとうございました!」

 

 

男性は少女のことを"炭子"と呼んでときと屋を後にした。

 

 

もうお分かりだろうが、先程の男性は化粧を落とした天元であり、三人の少女は炭治郎、善逸、伊之助が"女装"した姿であった。

 

 

因みに炭治郎は"炭子"、善逸は"善子"、伊之助は"猪子"と偽名を名乗っている。

 

 

「すげぇなこりゃ。まさかこんな大金で売れるとはな」

 

 

「あなたが施した化粧が効いたんでしょうね。俺でも炭治郎に惚れそうになりましたから」

 

 

天元は予想以上の値で炭治郎が売れたことに驚き、善逸はその理由を述べた。

 

 

「ありがとよ善逸。いや、今は"善子"か」

 

 

天元は褒められたことが嬉しくて善逸の頭を撫でる。

 

 

「それにしても、あなたって化粧を落としたら結構色男ですね。嫁が三人もいるのも納得できます。男の俺でさえも惚れそうになりますもん」

 

 

「男のお前に惚れられても嬉かねぇよ」

 

 

「おい!何かあの辺人間がウジャウジャ集まってんぞ!」

 

 

天元と善逸が話していると、伊之助が人が集まっている所を指差した。

 

 

「んぉ?どれどれ…。あー、ありゃ"花魁道中"だな。確か名前は…、お、あったあった。へぇ~、さっきまでいたときと屋の"鯉夏花魁"か」

 

 

天元が野次馬の先を見ると、綺麗な衣装や装飾を着けた花魁が人を連れて歩いていた。そして天元は手元に持っていた番付を見て、花魁が誰なのかを言った。

 

 

「一番位の高い遊女が客を迎えに行ってんだ。っにしても派手な衣装に装飾だせ、一体いくらかかってんだ?」

 

 

「あの~、その手に持っているのは?」

 

 

手元の説明が終わったと同時に善逸が天元の手元にある番付を指差して尋ねた。

 

 

「これか?これは"番付"って言ってどの店にどの遊女がいるのかが記載されているんだ。一番位の高い遊女になると、似顔絵まで載るんだぜ?」

 

 

天元は番付をヒラヒラさせながら善逸に説明をする。

 

 

「歩くの遅っ、山の中にいたらすぐ殺されるぜ」

 

 

伊之助は耳をほじくりながら花魁道中を見ていると、すぐ側の女性が伊之助を食い入るように見ていた。

 

 

「ちょいと旦那、この子ウチで引き取らせて貰うよ。いいかい?」

 

 

そして女性は手元に伊之助を引き取りたいと申し出た。

 

 

「"荻本屋"の遣手…、アタシの目に狂いはないのさ」

 

 

「荻本屋さん!?そりゃありがたい!丁度そちらに伺おうとしていた所なんですよ!」

 

 

天元は話しかけられた女性がこれから向かおうとしていた荻本屋の人間であることを知ると、渡りに船と言った感じで喜んだ。

 

 

「猪子、達者でな~」

 

 

そして猪子こと伊之助は荻本屋ひ引き取られていった。

 

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「さて、ちょいと予定が狂ったが、このまま京極屋まで行くか」

 

 

伊之助を見送った天元は予定を切り上げて京極屋まで向かおうとしていた。

 

 

「そうですね。…ん?あれは何だ?」

 

 

「どうした善子?」

 

 

天元の申し出に同意した善逸はふとあるものが目に入った。

 

 

「いえ、あの猿なんですが…」

 

 

「んん?確かに。妙な猿だな」

 

 

善逸が指を指した所を天元が見ると、そこには二足歩行で歩く猿がおり、その前を二人の男性が歩いていた。

 

 

「ちょいと気になるな…。よし、いっちょ声を掛けてみるか」

 

 

二人と一頭が気になった天元は声を掛けることにし、その人たちの所へと向かった。

 

 

「すみません」

 

 

「おや、どうされました?」

 

 

「いえ、ちょいとおたくらの後ろにいる猿が気になりましてね」

 

 

天元に声を掛けられた男性の一人が天元に応対する。

 

 

「そうでしたか。この『フォーエバー』は"類人猿"と言う種族に属してまして、総称を"オランウータン"と言うのですよ」

 

 

「"類人猿"…、"オランウータン"…ですか?」

 

 

「えぇ、我々"人"と"猿"は骨格などが似ている所があるのですが、オランウータンの骨格は人に近い形をしていましてね。それに知能も高いから、人の真似をすることも容易いのですよ」

 

 

「ウホッ!」

 

 

フォーエバーと呼ばれたオランウータンはその場でガッツポーズをする。

 

 

「申し遅れました。私はフォーエバーの飼い主の『ダニエル・J・ダービー』、隣にいるのは私の弟の『テレンス・T・ダービー』と申します」

 

 

「これはご丁寧に痛み入ります。俺は宇随天元、この子は善子と言います」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

天元たちは互いに自己紹介をした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ほぅ…、賭け事を生業に」

 

 

「えぇ、この花街から離れた大通りの道端で」

 

 

天元たちは一緒に京極屋へと向かっていた。その理由はお互いの目的地が同じ京極屋であったからだった。

 

 

「に、しても…、まさか散財するまでやる奴がいるとは…」

 

 

「困ったものですよ。その性で借金取りが私たちの所にまで来る始末でして…」

 

 

「それは…、お気の毒様です」

 

 

ダニエルたちの苦労話を聞いた善逸はダニエルたちを労った。

 

 

「ありがとうございます。ですが、私たちもただ黙っている訳ではありません」

 

 

「ここ遊郭の店に散財した人を売って労働力にしていますからね。これで遊郭の店の人は労働力を得る、借金取りは貸した金が全額戻る、私たちも追われることも無い。正に一石二鳥ならぬ"一石三鳥"って訳だよ」

 

 

ダニエルとテレンスは誇らしげに話していると、目的地である京極屋に到着した。

 

 

そしてダニエルたちと天元は互いの用事を済ませ、善逸は京極屋に引き取られた。

 

 

 



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第15話

 

 

ベンッ ベンッ ベベンッ ベンッ

 

 

「あの子三味線上手いわね…」

 

 

「耳がいいみたいよ?一回聞いただけで三味線でも琴でも弾けるらしいわ」

 

 

ここは京極屋。その中の稽古場の一角で善逸が三味線を優雅に弾いていた。

 

 

「それにしても…、すごく可愛い。女のあたしでも惚れそう…」

 

 

「それは同感。あのの指さばきなんか美しいもの…」

 

 

「アタイには分かるよ。あの子はのし上がるね」

 

 

善逸を見ていた舞妓が話していると、その人たちよりも格上の舞妓がキセルを吹かしながら現れた。

 

 

「自分を買ってくれた京極屋(ウチ)に恩返ししようと言う気持ちが音色に込められている。あの子はいい花魁になるよ」

 

 

舞妓は喉を鳴らしながら善逸を見ていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その頃蝶屋敷では、カナエにしのぶ、アオイになほ、すみ、きよ、葵枝に花子、珠世と言った女性陣がお茶会を開いていた。

 

 

「そう言えば、炭治郎君、ここ最近見ないですね」

 

 

珠世が淹れた紅茶を飲んだしのぶが不意に炭治郎のことを口にした。

 

 

「怪我をしていなければ此処へ来る必要はありませんけど、時々は顔を見せて欲しいですね」

 

 

しのぶと同じように紅茶を飲んでいた葵枝は息子のことを心配していた。

 

 

「あら、炭治郎君ならこの前ウチに来たわよ?」

 

 

そんな二人を知ってか知らずか、カナエが炭治郎が蝶屋敷に訪れていたことを話した。

 

 

「えぇっ!?いつの間に?」

 

 

「しのぶはちょうど任務に出てたから知らなかったのよね。あれは確か4~5日前だったかしら?その日宇随さんが蝶屋敷に訪れて、『女性隊員を貸して欲しい』って言われたのだけど、ウチも女性隊員がいなかったからどうしようか迷っていた時に、炭治郎君が自ら申し出たのよ」

 

 

「それで、炭治郎君は何処に連れて行かれたのか分かるの?」

 

 

しのぶはカナエから炭治郎が"連れて行かれた"(と思っている)所を聞き出そうとする。

 

 

「ごめんなさい。私も何処に行ったのか分からないのよ…」

 

 

カナエは申し訳無さそうに言うと、しのぶは肩を落としてしまった。

 

 

「あぁ…、あの純粋無垢な炭治郎君が彼から悪い影響を受けていなければいいけど…」

 

 

しのぶは天元から悪影響を受けていないか心配になっていた。

 

 

「炭治郎が今いる所なら知ってるぞ」

 

 

するとそこに承太郎が姿を現した。

 

 

「炭治郎は今"遊郭"と呼ばれる所に潜入捜査をしているらしい。ついさっき鴉から手紙が届いた」

 

 

承太郎は鴉からの手紙を女性陣に差し出した。するとしのぶはその手紙を引ったくるように奪い、その場で読み始めた。他の女性陣も手紙の内容が気になるのか、しのぶの後ろに集まって一緒に読む。

 

 

手紙には

 

 

『炭治郎です。俺は今、善逸と伊之助と一緒に鬼がいると思われる遊郭で潜入捜査をしています。勝手な行動を取って申し訳ありませんでした。また手紙が書ける暇があれば送ります。』

 

 

と書かれていた。

 

 

「あん…の派手柱~っ!遊郭なんて、炭治郎君に悪影響しか出ない場所に連れ込んで!」

 

 

しのぶは怒りを露にして、手にしてした手紙をグシャグシャに握り潰していた。

 

 

「姉さん、私今から遊郭に行って炭治郎君を連れ戻しに行ってきます!」

 

 

しのぶは炭治郎を連れ戻しに行こうとする。

 

 

「ちょっと待ちなさいしのぶ」

 

 

だが、カナエに肩を掴まれ、しのぶはカナエの方を向く。

 

 

「姉さん、その手を退けて」

 

 

「落ち着きなさいしのぶ。あなた、炭治郎君がどの店にいるのか分かってるの?」

 

 

カナエに言われ、しのぶは動きを止める。確かに手紙には"遊郭"と書かれていたが、遊郭の"店の名前"は書かれてはいなかった。

 

 

「まずは宇随さんに炭治郎君が潜入した店の名前を聞いて、それで何か酷い目にあっていたら、助けましょう?」

 

 

カナエの言葉にしのぶは頷き、先程まで座っていた椅子に再び腰を降ろした。

 

 

「それで、遊郭に行く人を選別したいのだけど、まずしのぶと承太郎君は確定として、それじゃ…、ついて行きたい人は挙手!」

 

 

カナエは同行する人を決めようとするが、誰一人手を上げる人はいなかった。

 

 

「じゃあ、俺が行こうか?」

 

 

そこに手を上げたのは伊山砂子ことイギーだった。

 

 

「俺なら女だから店の中まで潜入できるし、炭治郎ほどじゃ無いけど鼻が効くから」

 

 

「…確かに、イギーにうってつけだな。頼めるか?」

 

 

承太郎はイギーに同行をお願いすると、イギーは頷いた。

 

 

「なら遊郭に向かうのは、しのぶに承太郎君に砂子ちゃんね。気をつけて行ってらっしゃい」

 

 

カナエの言葉に三人は頷き、アオイから切り火をしてもらい、蝶屋敷を出立した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ねぇ炭子ちゃん、ちょっとあの荷物を鯉夏花魁の部屋まで運んでくれない?今人手が足りなくて…」

 

 

「分かりました。今から運んできますね」

 

 

ここは炭治郎が潜入しているときと屋。その一室で洗濯物を畳んでいた炭治郎に一人の女性が手伝いを頼んでいた。

 

 

炭治郎は部屋の側に積まれていた荷物を一気に持ち上げると、そのまま鯉夏花魁の部屋に向かった。

 

 

「なんか……、力…、強くない?」

 

 

炭治郎の力強さに女性は若干引いていた。

 

 

「(えっと…、鯉夏花魁の部屋は…、ここかな?)」

 

 

炭治郎は荷物を持ったまま鯉夏花魁の部屋を探していると、部屋の中で二人の少女が内緒話をしていた。

 

 

「"京極屋"の女将さん、窓から落ちて死んじゃったんだって。怖いね、気をつけようね」

 

 

「最近は"足抜け"していなくなる姐さんも多いしね、怖いね」

 

 

「"足抜け"ってなに?」

 

 

炭治郎は足抜けの意味を知ろうと、少女たちに話しかけた。

 

 

「えーっ、炭ちゃん知らないの?」

 

 

「すごい荷物だね!」

 

 

「これ全部、鯉夏花魁への贈り物だよ」ズンッ

 

 

炭治郎は荷物を全部、部屋の片隅に置いた。

 

 

「え~っと、"足抜け"って言うのはねぇ、借金を返さずにお店から逃げることだよ」

 

 

「見つかったらひどいんだよ」

 

 

少女たちの説明に炭治郎は悲しい表情をした。

 

 

「こないだだって"須磨"花魁が…」

 

 

「!(須磨!宇随さんの奥さんの一人だ)、あの…」

 

 

少女の口から須磨の名前を聞いた炭治郎は須磨がどうなったのか聞こうとする。

 

 

「噂話はよしなさい。本当に逃げ切れたかどうかなんて…、誰にもわからないのよ」

 

 

「はぁい」

 

 

そこに鯉夏花魁が入室し、 話を遮った。

 

 

「炭ちゃん、荷物を運んでくれたんだね。こっちにおいで」

 

 

鯉夏は炭治郎を自分の方に呼び寄せると

 

 

「はいこれお礼。隠れて食べるのよ」

 

 

炭治郎にお菓子を渡した。

 

 

「わっちもお菓子欲しい!」

 

 

「花魁、花魁!」

 

 

「駄目よ。あなたたちはさっき食べたでしょ?」

 

 

少女たちが鯉夏にお菓子を催促するが、鯉夏は少女たちをさりげなく叱った。

 

 

「ねぇ、良かったらこれ、食べていいよ」

 

 

すると炭治郎は鯉夏から貰ったお菓子を半分に分けて、少女たちに渡した。

 

 

「炭ちゃん、いいの?」

 

 

「えぇ」

 

 

鯉夏は炭治郎にお菓子を渡したことを質問すると、炭治郎は頷き、少女たちは嬉しそうにお菓子を頬張っていた。

 

 

「あの、"須磨"花魁は足抜けしたんですか?」

 

 

「!、どうしてそんなことを聞くんだい?」

 

 

炭治郎は須磨のことを聞くと、逆に鯉夏に質問された。

 

 

「(警戒されてる…、須磨さんのことうまく聞かないと…)ええと…、須磨花魁は私の…、私の…、"姉"なんです」

 

 

炭治郎が鯉夏の質問に答えるが、鯉夏たちは驚愕した。

 

 

その理由は炭治郎の"顔"だった。炭治郎は正直者ゆえ、嘘をつく時は罪悪感で顔が歪んでしまうのだった。

 

 

「お姉さんに続いて炭ちゃんも遊郭に売られてきたの?」

 

 

「は…、はい。姉とはずっと手紙のやりとりをしてきましたが、足抜けするような人ではないはずで…」

 

 

 

そこまで言って、炭治郎は口を紡いだ。

 

 

「確かに私も須磨ちゃんが足抜けするとは思わなかった。しっかりした子だったもの」

 

 

「男の人にのぼせている素振りも無かったのに。だけど日記が見つかっていて…、それには足抜けするって書いてあったそうなの」

 

 

「捕まったという話も聞かないから、逃げきれてればいいんだけど…」

 

 

鯉夏は須磨のことを気にしている様子だった。

 

 

「("足抜け"…。これは鬼にとってかなり都合がいい、人がいなくなっても遊郭から逃亡したのだと思われるだけ。日記は恐らく偽装だ。どうか無事でいて欲しい…、須磨さん…、必ず助け出します…!)」

 

 

炭治郎は一人、須磨を助け出すことを心に誓った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その日の夕方、天元は"いつもの格好"で家屋の上から軒並みを見下ろしていた。

 

 

「(今日も異常無し、やっぱり尻尾を出さねぇぜ。嫌ぁな感じはするが、鬼の気配ははっきりしねぇ。煙に巻かれているようだ)」

 

 

「(気配の隠し方の巧さ…地味さ、もしやここに巣食っている鬼、上弦の鬼か?だとすると、ド派手な"殺り合い"になるかもな)」

 

 

天元は一人、遊郭に潜む鬼のことを考察していた。

 

 

 



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第16話

 

 

まきを(・・・)さん、大丈夫かしらね?」

 

 

「部屋に閉じ籠って出て来ないけど」

 

 

「具合が悪いって言ったきり病院にも行かないし。そろそろ女将さんに引きずり出されちゃうわよ」

 

 

「私今ご飯持って行ってあげたのよ、とりあえず部屋の前に置いてきたけど」

 

 

ここは伊之助が潜入している"荻本屋"。その廊下の角で伊之助は聞き耳を立てていた。

 

 

「("まきを"!宇随の嫁だ、やっと名前を聞けたぜ)」

 

 

伊之助は探していた天元の嫁の一人であるまきをの名前を聞き取った。

 

 

「(具合が悪い……、それだけで連絡が途切れるか?行ってみるか。さっきの女はこっちから来たな)」

 

 

伊之助はまきをの部屋を目指して歩き始めた。

 

 

「(暑い!脱ぎたいぜ脱ぎたいぜ!こんな着物(モン)着てたら感覚が鈍って仕方ねぇ!)」

 

 

『いいか伊之助、お前は店に入ったら一切"声を出すな"。男だってバレるからな。任務が無事終了したら、お前の好物を腹一杯食わせてやるからな』

 

 

伊之助は触覚が獣のように鋭く、鬼の気配などを察知できるのだが、それは"上半身が裸"の時のみである。

 

 

服を着ていると、持ち前の触覚が普段より衰えてしまうので、伊之助は普段から上半身裸になっているのだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

『さぁさ、答えてごらん。お前は誰に手紙を出していたの?何だったかお前の名前?ああそうだ、"まきを"だ、答えるんだよまきを!』

 

 

その頃、まきを当人は"何者"かに帯で捕まっていた。

 

 

「(情報を……、伝えなくては。他の二人とも連絡が取れなくなってる。何とか外へ…、早く…、あの人の所へ……。天元様……)」

 

 

まきをは今の状況を打破するための策を考えていた。

 

 

『また誰か来るわね。荻本屋はお節介の多いこと』

 

 

「ぐっ…」

 

 

"何者"は誰かが部屋に近づく気配を感じると、舌打ちしてまきをを帯で吊るした。

 

 

『騒いだらお前の臓物を捻り潰すからね』

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その頃伊之助はまきをがいる部屋の近くまでたどり着いていた。

 

 

「(妙だな、妙な感じだ。今はまずい状況なのか?分からねぇ…)」

 

 

伊之助は廊下の壁に背を預け、まきをの部屋を覗いていた。

 

 

「(あの部屋…、まきをの部屋。ぬめっとした気持ち悪ィ感じはするが……、……)」ダッ

 

 

『!!』

 

 

伊之助は意を決してまきをの部屋に近づき、襖を開けた。

 

 

ヒョオッ

 

 

しかし、部屋にはまきをはおらず、部屋の中は布団がズタズタに裂かれ、壁には何かに斬られたような傷があり、窓も開いてないのに"風が吹いた"。

 

 

「(風…、窓も開いてないのに…。!)」

 

 

伊之助は窓が開いてないのに風が吹いたことに違和感を感じ、"あること"に気づいた。

 

 

「(天井裏!!やっぱり鬼だ!今は昼間だから上に逃げたな!)」

 

 

伊之助は部屋の外に置かれていた丼を掴むと

 

 

「おいコラ、バレてんぞ!!」

 

 

天井に向けて丼を投げた。

 

 

パギャッ

 

 

ドッ バタバタバタバタ ギシッ ギシッ ギシッ ギシッ ドンッ

 

 

投げた丼は天井に当たった瞬間に割れると、"何者"かが天井裏を駆け回り、上から降りた。

 

 

「逃がさねぇぞ!!」

 

 

鬼が逃げたと思った伊之助は音を頼りに追いかけた。

 

 

「(どこに行く!?どこに逃げる!?天井から壁を伝って移動するか?よし、その瞬間に壁をブン殴って引きずり出す!!)」

 

 

伊之助は持ち前の触覚で鬼が通るであろう壁を見据える。

 

 

「(ここだ!!)」

 

 

ヒョイッ「おおっ、可愛いのがいるじゃないか」

 

 

伊之助が壁を殴ろうと拳を振り上げた瞬間、側の部屋から男性が顔を覗かせた。その瞬間

 

 

ゴッ バギャッ

 

 

伊之助は壁を男性の"顔ごと"殴った。壁は男性の顔が緩衝材となったせいか、罅が入るだけに終わった。

 

 

「キャーッ!?」

 

 

「殴っちゃった!?」

 

 

「(クソッ、しくじった!下に逃げてる!)」

 

 

女性たちが騒ぐ中、伊之助は鬼が下に逃げてることを察知し、後を追いかける。

 

 

「(こっちか!こっちだ!…いやこっち、チクショウ気配を感じづらい!)」

 

 

伊之助は店の中を探し回るが

 

 

「見失ったァァ、クソッタレぇぇ!!邪魔が入ったせいだ…!」

 

 

鬼の気配を感じなくなり、歯ぎしりをした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「(何か俺、自分を見失ってた……。俺は宇随さんの嫁の雛鶴さんを探すんだったよ。三味線と琴の腕上げても意味無いんだよ)」

 

 

一方こちらは京極屋。その中を善逸は一人彷徨い歩いていた。

 

 

「(でもなぁ、どうしよ?ずっと聞き耳立てているけど、雛鶴さんの情報が無いな。二日前に死んだのって、店長の奥さんだったかな?そのせいでみんな暗いし、口が重いな…)」

 

 

善逸は持ち前の聴力で周囲の音を拾う。

 

 

『アレとってアレ!』

 

 

『もうおなかすいたわ』

 

 

『帯が無いのよ!』

 

 

『髪結いさん来た?』

 

 

『早くしなよ!』

 

 

『ひっく、ひっく、ぐすん』

 

 

「(ひっくひっくぐすん!?)一大事だ、女の子が泣いている」

 

 

女の子の泣き声を聞いた善逸は急いで声がした方を目指した。

 

 

歩くこと数分。善逸は声がする部屋を覗き込むと、荒れた部屋の中で、一人の少女が泣いていた。

 

 

「大丈夫?部屋、荒れているけど…、一緒に片付けようか?」

 

 

善逸は少女に優しく声を掛ける。

 

 

「…いいの?」

 

 

少女は顔を上げて善逸に質問をすると、善逸は頷いた。

 

 

「アンタ、人の部屋で何してんの?」

 

 

すると部屋の主がいつの間にか善逸の後ろに立っていた。

 

 

「申し訳ありません。歩いていたらこの部屋が荒れていることに気づきまして。それでこの子と一緒に片付けをしようとした次第でございます」

 

 

善逸は主の方を向き、平伏しながら事情を説明した。

 

 

「そうかい。なら早く片付けな!」

 

 

「はい!」

 

 

善逸と少女は直ぐ様動き、屏風や行灯、小物を瞬く間に片付けた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「終わりましてございます」

 

 

善逸と少女は平伏した状態で部屋の片付けを伝えた。

 

 

「ほう…?確かに、前よりも綺麗になってるね」

 

 

「ありがとうございます、私たちはこれで失礼致します」

 

 

善逸は少女の手を掴み、逃げるようにその場を去った。

 

 

「(あの餓鬼の身のこなし…、ただの女じゃ無いね。恐らくは男…)」

 

 

部屋の主は走り去った善逸を鋭い目線で見ていた。

 

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

一方善逸は自分が借りている部屋にいた。

 

 

「ありがとう、わっちだけじゃどうしようもなくて…」

 

 

「謝ることじゃないよ。困った時はお互い様だから」

 

 

少女は善逸に謝り、善逸はお礼を受け取っていた。

 

 

「"蕨姫"花魁は、怒らせると怖いから…」

 

 

「そうなんだ…(あの人、蕨姫って言うのか。けど、あの人が出していた音、あれは"鬼の音"だった。しかも他の鬼よりも禍々しい音。多分上弦の鬼だろうな)」

 

 

善逸は音で蕨姫の"正体"を見破っていた。

 

 

「ねぇ…、善子さん……」

 

 

「んっ?何?」

 

 

少女は善逸にしがみつき、上目遣いで善逸を見る。

 

 

「今日…、一緒に寝て欲しい……。駄目?」

 

 

「いいよ」

 

 

少女の添い寝のお願いを善逸は少女の頭を撫でながら承諾した。

 

 

それから少女は店が閉まるまで善逸と行動を共にし、約束通りその夜は善逸と一緒に寝たそうな……。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「(今日も特に異常無し…か)」

 

 

時を戻してその日の夕方、天元はいつも通り屋根の上から軒並みを見下ろしていた。

 

 

「こんにちは。綺麗な夕焼けですね」

 

 

すると後ろから声がしたので振り向くと、そこにはしのぶがいた。

 

 

「おっ?どうした胡蝶。遊郭(こんな所)に来るなんて」

 

 

「どうしたもこうしたもありません。宇随さん、貴方炭治郎君を何処に売り飛ばしたのですか?」

 

 

天元はしのぶがいたことに驚き、来訪の理由を質問するが、しのぶは天元の質問に答えず、逆に天元に炭治郎は何処にいるのか質問をした。

 

 

「ンなこと聞いてどうすんだよ?まさか、連れ戻すんじゃねぇよな?」

 

 

「その通りですよ!私の"愛しの炭治郎君"を連れ戻しに来たんですよ!悪いですか?」

 

 

天元の質問返しに若干イラついたのか、しのぶは口調を荒げながら天元の質問に答えた。

 

 

「あ~、胡蝶。とりあえず言っとくが、遊郭(ここ)に来る前にお前の姉に相談したんだぜ?『女性隊員を貸して欲しい』って、でも同行できる隊員がいなかったんだよ。そこに炭治郎が自ら同行を申し出てくれたんだぜ?」

 

 

「でも、こちらに一言伝えても良かったのでは?」

 

 

「何でお前に一言言わなきゃいけないんだ?炭治郎はお前の継子じゃ無いんだろ?」

 

 

尚も食い下がるしのぶに天元は若干イラついていた。

 

 

「もし炭治郎君に悪い知恵がついてしまったらどうするんですか!?」

 

 

「いやそれは無いだろ」

 

 

「とにかく!炭治郎君は連れて帰ります!失礼します」

 

 

しのぶは天元の下を去ろうとする。

 

 

「いやちょっと待て。炭治郎がどの店にいるのか、知ってるのか?」

 

 

天元に言われ、しのぶは天元に向けて踵を返した。

 

 

「はぁ…、しょうがねぇな。明日、定時報告に一旦集まる。そこで聞いてみりゃいいじゃねぇか」

 

 

天元は明日集合することをしのぶに伝え、その場を去った。

 

 

 



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第17説

 

 

「だーかーら、俺の所に鬼がいんだよ!こういう奴がいるんだってこういうのか!」グワッ

 

 

この日は定期連絡の日で、屋根の上に炭治郎と伊之助がおり、伊之助は身振り手振りで鬼がいたことを伝えていた。

 

 

「いや…、うん、それはあの…。ちょっと待ってくれ」

 

 

しかし、炭治郎には伝わらなかった。

 

 

「こうか!?これならわかるか!?」ワキッ

 

 

「そろそろ宇随さんと善逸が定期連絡に来ると思うから…」

 

 

炭治郎は天元と善逸が来るから止めさせようとするが、伊之助は止まらなかった。

 

 

「すまない、遅くなった」

 

 

そこに善逸が遅れて到着した。

 

 

「遅ぇぞ紋逸!何やってたんだ!?」

 

 

「いや、店の女の子にめっちゃ懐かれちゃって…。無理矢理振り解くのも忍びないから、霹靂一閃の応用で素早く動いたんだ。それから伊之助、俺の名前は紋逸じゃなくて善逸だ」

 

 

善逸は伊之助の誤りを訂正しながら遅れた理由を伝えた。

 

 

「そうだったんだ…」

 

 

「離れる時は心が傷んだぜ。それと、二人の会話は聞こえていたよ。実は、俺の所にも鬼がいたんだ。それも上弦」

 

 

「えっ!?」

 

 

「何っ!?」

 

 

善逸の情報に炭治郎と伊之助は驚いた。

 

 

「花魁の姿に化けて過ごしていたから、多分有名所の花魁を見つけては何らかの方法で捕らえて、人知れず喰っていたのかもしれない」

 

 

「もしそれが本当だとしたら…」

 

 

「次に狙われるのは、炭治郎の所の鯉夏花魁かもしれない。宇随さんが持っていた番付ってやつに載ってたから」

 

 

炭治郎と善逸の予想に三人は(だんま)りになってしまった。

 

 

「とにかくこのことを宇随さんに伝え「必要ない」…えっ?」

 

 

炭治郎は手に入れた情報を天元に伝えようと提案しようとした所を別の誰かに遮られた。

 

 

「お前たちの話は最初から最後まで、全部聞いていたからな」

 

 

「師範!」

 

 

炭治郎の提案を遮ったのは承太郎だった。

 

 

「炭治郎、善逸の話が本当なら、お前たちでは手に余る。だから、俺たちが手を貸す」

 

 

「本当ですか!?…んっ?俺"たち"?」

 

 

善逸は承太郎が言ったことに疑問を感じた。

 

 

「ああ。俺と宇随、それから"彼女たち"だ」

 

 

「お久しぶりです、炭治郎君」

 

 

「久しぶり、お兄ちゃん」

 

 

「しのぶさん!禰豆子!」

 

 

承太郎の後ろからしのぶと禰豆子が顔を覗かせた。

 

 

「炭治郎君、ここから先は私たちで戦います。なのであなたたちの潜入捜査はこれで終了、遊郭から早々に去ってください」

 

 

しのぶは炭治郎たちを遊郭から追い出そうとする。

 

 

「しのぶさん、俺たちは鬼を倒すまで遊郭から出ません。ですから、俺たちを戦力の一端に加えてください」

 

 

「そうですよ!俺たちだって炭治郎から少しではありますけど波紋(はもん)を教わっているんです!それに、仲間は多いに越したことはないじゃないですか!」

 

 

「俺様だって、やる時はやるぜ!」

 

 

しかし炭治郎たちは遊郭を去る気は無かった。

 

 

「胡蝶、こいつらは引く気は無さそうだ。それに善逸が言った通り戦力は少しでも多い方が良い」

 

 

「……分かりました。でも、これだけは守ってください。"絶対に無茶はしないこと"。いいですね?」

 

 

「「「はい(おう)!」」」

 

 

しのぶとの約束に三人は返事をした。

 

 

「まったく…、炭治郎君が頑固なのをすっかり忘れてました…」

 

 

「それがお兄ちゃんのカッコいい所です!」

 

 

しのぶは炭治郎が頑固なのを忘れていたことに落ち込み、禰豆子は炭治郎を見てうっとりしていた。

 

 

そして炭治郎たちは話し合いの末、お互いの店を調べた後に伊之助が潜入している荻本屋に集合することになった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「もう支度はいいから御飯を食べておいで」

 

 

その日の夕方、ときと屋の鯉夏花魁は支度を手伝ってくれていた女の子たちを食事に行かせた。すると

 

 

「鯉夏さん、不躾に申し訳ありません。俺はときと屋を出ます。お世話になった間の食事代などを、旦那さんに渡していただけませんか?」

 

 

化粧を落とし、鬼殺隊服に身を包み、市松模様の羽織、腰に日輪刀を携えた炭治郎が鯉夏花魁の前に現れ、お金が入っているであろう包みを差し出した。

 

 

「炭ちゃん…、その格好は…」

 

 

炭治郎の姿を見た鯉夏花魁は驚いていた。

 

 

「訳あって女性の姿をしていましたが、実は俺は男なんです」

 

 

「あっ、それは知ってるわ。見れば分かるし…、声も」

 

 

「……えっ?」

 

 

「男の子だってことは最初から分かってたの。何してるのかなって思ってはいたんだけど…」

 

 

「(まさかバレていたとは…)」

 

 

炭治郎のカミングアウトは既にバレていたようだ。

 

 

「事情があるのよね?須磨ちゃんを心配していたのは本当よね?」

 

 

「はい、それは本当です!嘘ではありません、信じてください!」

 

 

鯉夏の質問に炭治郎は力強く答える。

 

 

「……ありがとう、少し安心できたわ。私ね…、明日にはこの店を出て行くのよ。こんな私でも奥さんにしてくれる人がいて…、本当に幸せなの」

 

 

「そうなんですか!それは喜ばしいことですね!」

 

 

鯉夏の嫁入りに炭治郎はまるで我がことのように喜んだ。

 

 

「でも…、だからこそ残していく皆のことが心配でたまらなかった。嫌な感じのする出来事があっても、私には調べる術すらない……」

 

 

鯉夏は心苦しい表情をする。

 

 

「それは当然です。どうか気にしないで、笑顔でいてください」

 

 

そんな鯉夏を炭治郎は励ます。

 

 

「……私はあなたにもいなくなってほしくないのよ、"炭ちゃん"」

 

 

鯉夏の優しさが嬉しかった炭治郎は、鯉夏に頭を下げ、部屋を去った。

 

 

「何か忘れ物?」

 

 

それから数分後、後ろに人の気配を感じた鯉夏は振り向きながら質問をする。

 

 

「そうよ、忘れないように喰っておかなきゃ。アンタは今夜までしかいないから、ねぇ鯉夏」

 

 

炭子だと思っていた鯉夏は目の前の存在に驚いていた。その姿は肌を晒した女性で、目には左目に"上弦"、右目に"肆"の文字が刻まれていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「よし、こんなもんかな?」

 

 

一方こちらは善逸がいる京極屋。その部屋の中で善逸は女性の格好では無く、鬼殺隊服を着ていた。

 

 

「善子さん…、その格好…」

 

 

そこに以前仲良くなった女の子が覗いていた。

 

 

「ごめん、訳あって女性の格好をしていたけど、本当は男なんだ」

 

 

「そんな…」

 

 

善逸のカミングアウトに女の子は驚いていた。

 

 

「俺は京極屋を出る。今から旦那さんの所に向かうから…」

 

 

善逸は女の子の方を向かずに喋っていると、女の子は善逸の腰に抱きついた。

 

 

「お願い、行かないで!」

 

 

「……俺はこれから悪い鬼を倒さなくちゃいけないんだ。頼むから離してくれないか?」

 

 

善逸は女の子に離れるようお願いするが、女の子は善逸の背中に頭を押し付けてグリグリと横に振った。

 

 

善逸はため息を一つ吐くと、女の子の手を掴み、その手を振り解いて体を自分の前に移動させた。

 

 

「……ごめん」

 

 

トスッ

 

 

善逸は女の子の首に手刀を当て、気絶させた。

 

 

気を失った女の子を善逸は抱え、押し入れから布団を出し、その布団に女の子を寝かせた。

 

 

「今まで俺を慕ってくれてありがとう。幸せになるんだよ」

 

 

善逸は女の子の頭を優しく撫で、額にキスをすると、そのまま部屋を去った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

トントンッ

 

 

『善子です。お話があり、参りました』

 

 

「入れ」

 

 

ここは京極屋の部屋の一つ。その部屋に京極屋の旦那が亡くなった妻の着物を手に持って眺めていると、善逸が襖をノックし入室 してもいいか訪ねて来た。

 

 

スッ「失礼します」

 

 

入室を許可された善逸は襖を開け、部屋に入った。

 

 

「善子…、お前…その格好は…!」

 

 

「申し訳ありません旦那さん、俺は"鬼狩り"の善逸と言います。今まで訳あって女性の姿をしていました」

 

 

善逸は懐から紙の包みを取り出すと

 

 

「今までの食事代などをお持ちしました、どうぞお納めください」

 

 

旦那の前に差し出した。

 

 

「"鬼狩り"…だと……」

 

 

「旦那さん、教えてください。雛鶴さんと怪しい人物のことを。女将さんの仇は俺が…、いえ、"俺たち"が討ちます」

 

 

善逸の眼差しを見た旦那は目を瞑り、ため息を一つ吐く。

 

 

「雛鶴は病に掛かり"切見世"に運ばれた。そして怪しい人物は蕨姫だ。彼女は私がこの店を引き継いだ時からいる花魁で、全く歳を重ねているようには見えない。普段は日の当たらない北側の部屋に住んでいる…」

 

 

旦那は善逸に質問されたことを話す。

 

 

「頼む…!妻の…、"お三津"の仇を……」

 

 

旦那は土下座するように頭を下げ、善逸にお願いした。

 

 

「分かりました。情報、ありがとうございます。宇随さん!」

 

 

「話は地味に聞いていたぜ。善逸、お前は例の部屋に向かえ。俺は切見世の方に行く」

 

 

善逸は不意に声を大きく出すと、旦那の後ろから天元が現れ、指示を出す。

 

 

「了解しました。何かあれば"うこぎ"をそちらに向かわせます」

 

 

「……頼むぞ」

 

 

天元はそれだけ言うと、姿を消し、善逸も蕨姫の部屋に向かった。

 

 

 



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第18説

 

 

「(蕨姫の部屋はここか…)」

 

 

善逸は京極屋の旦那から教えられた部屋に到着するが、部屋には誰もいなかった。

 

 

「(いない…、人を狩りに行ってるのか。だとしたら、炭治郎が危ない!)」

 

 

善逸は自分の"鎹雀(かすがいすずめ)"である"うこぎ"を呼び、炭治郎がいたときと屋に向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「鬼狩りの子?そう、来たのね。何人いるの?柱は来てる?アンタは柱じゃ無さそうね、弱そうだもの」

 

 

炭治郎は伊之助がいる荻本屋に向かう途中で鬼の匂いを嗅ぎ取り、急いで戻ると、そこには鬼が鯉夏を帯で取り込んでいる所だった。

 

 

「(体が…!鯉夏さんの体が無い!どうなっている!?血の匂いはしない…、出血はしていないようだ…)その人を放せ!」

 

 

炭治郎は鬼に鯉夏を放すように叫ぶ。

 

 

「……誰に向かって口を利いてんだお前は」

 

 

だがそれは鬼を怒らせるだけだった。鬼は帯で炭治郎を攻撃し、部屋の外に追い出した。

 

 

「(速い、見えなかった。体が痺れて手足に力が入らない。落ち着け!!体は反応できてる、そうじゃなかったら今生きていない)」

 

 

「(手足に力が入らないのは俺が怯えているからだ、体が痺れているのは背中を強打しているから当たり前)」

 

 

隣の建物に体を強打した炭治郎は、ゆっくりと体を起き上がらせる。

 

 

「(あの鬼の武器は帯だ、"異能"がある。人間を帯の中に取り込める。建物の中をいくら探しても人が通れるような抜け道が無かった訳だ)」

 

 

「(帯が"通れる隙間"さえあれば人を拐える)」

 

 

炭治郎は鬼の異能を見破っていた。

 

 

「へぇ、生きてるんだ?アンタの目、綺麗ね。目玉だけほじくって喰ってあげる。アタシは十二鬼月・上弦の肆、墮姫(だき)。覚えておきなさい」

 

 

『ヒノカミ神楽 輝輝恩光(ききおんこう)

 

 

鯉夏を捕らえていた墮姫は名乗ったと同時に炭治郎に詰め寄る。それと同時に炭治郎も墮姫に詰め寄り、型を繰り出す。そして炭治郎は鯉夏が取り込まれた帯を斬ることに成功した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

切見世

 

 

そこは遊郭では最下級の女郎屋。客がつかなくなったり、病気になった遊女が送られる場所である。

 

 

その建物の一室に、天元と彼に介護されている雛鶴の姿があった。

 

 

「天元様、私に構わずもう行ってくださいませ。先程の音が聞こえたでしょう?鬼が暴れています」

 

 

「本当に大丈夫だな?」

 

 

「はい…、お役に立てず申し訳ありません」

 

 

天元の妻の一人・雛鶴。彼女は蕨姫が鬼であることに気づいたが、蕨姫も雛鶴を怪しみ、監視していたため、身動きが取れなかった。

 

 

そこで雛鶴は毒を飲み、病に罹った"ふり"をして京極屋を出ようとする。だが蕨姫は別れ際に帯を渡していた。

 

 

その目的は『監視』と『殺害』。何か起こった際に即座に雛鶴を始末できるように。

 

 

だがそれは失敗に終わった。天元がクナイで帯を壁に縫い付けていたからだ。

 

 

天元は雛鶴に解毒薬を飲ませると

 

 

「お前はもう何もしなくていい。解毒薬が効いたら吉原を出ろ、いいな?」

 

 

そう言って雛鶴を抱きしめた。

 

 

それから天元は戦闘が行われているであろう場所に向かっていると、急に向かっている方向を変えた。

 

 

そしてとある道に到着する。

 

 

「(ここだ!地面の下!)」

 

 

天元は地面に耳を当て、音を拾う。

 

 

「(誰かが戦っている音がする、反響してよく聞こえる。中には広い空洞がある、しかしそこに通じる道は幼い子供くらいしか入れない狭さ)」

 

 

天元は徐に日輪刀の柄を掴み、巻いていた布を切った。

 

 

「チュンチュン!チュンチュン!」

 

 

するとそこに善逸の鎹雀であるうこぎが天元の目の前に降りた。

 

 

「お前がうこぎか。悪いが今は急いでいるんだ、この下に鬼がいる。お前は善逸を連れて来てくれ」

 

 

「チュン!」

 

 

うこぎは天元に言われ、上空へ飛んだ。

 

 

『音の呼吸 壱ノ型 轟』

 

 

天元はうこぎが飛び去るのを見届けると、日輪刀を一気に地面に叩きつけた。

 

 

天元は鬼殺隊の中でも類を見ない"二刀流"の使い手である。

 

 

その刀から発せられる爆発は桁違いの威力を持ち、喰らってしまっては生き延びることはできないので、何故爆発するかは今の所不明である。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

時を戻して炭治郎がときと屋を出た後、伊之助は炭治郎たちが来るのを待っていた。だが、いくら待っても炭治郎たちは来なかった。

 

 

「遅いぜ悶絶に権八郎の奴!日が暮れているのにちっとも来やしねぇ!こうなったら俺一人で動くぜ!猪突猛進をこの胸に!」

 

 

ググッ「デヤーッ!!」ダンッ バキッ

 

 

待ちくたびれた伊之助はその場で跳躍し、天井に頭を突っ込んだ。

 

 

「ねずみ共、刀だ!」

 

 

伊之助は天井裏の暗闇に向かって叫ぶと、暗闇の中から二匹のねずみが伊之助の刀を持ってきた。

 

 

このねずみは天元の使いの"忍獣"のムキムキねずみで、天元の下で特別な訓練を受けており、知能が極めて高い。その力は一匹で刀を一本運べるほどである。

 

 

伊之助はムキムキねずみから刀を受け取り、着ていた服を脱ぎ、いつもの格好になり、最後に猪の頭の被り物を被る。

 

 

「行くぜ鬼退治!猪突猛進!!」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

伊之助は壁や床、天井などを壊しまくっていると、突き当たりの廊下、その床の下に穴があるのを見つけた。

 

 

「グワハハハッ、見つけたぞ鬼の巣に通じる穴を!!ビリビリ感じるぜ鬼の気配!!覚悟しやがれ!」

 

 

伊之助は意気揚々に穴に突っ込むが、その穴は狭く、頭だけしか入らなかった。

 

 

「頭しか入れねぇ訳だな、ハハハハッ!甘いんだよ、この伊之助様には通用しねぇ」

 

 

すると伊之助は腕の関節を全て外した。

 

 

「俺は体中の関節を外せる男、つまりは"頭"さえ入ればどこでも行ける」

 

 

関節を外した伊之助は再び穴に入ると、今度はすんなり入り、穴の中をまるで蛇のように進んだ。

 

 

そして穴の先、終着点に到着した伊之助はとある空洞に辿り着いた。

 

 

そこには墮姫の帯に取り込まれた人がおり、その中には天元の妻のまきをや須磨の姿もあった。

 

 

「何なんだここは…」ゴキゴキッ

 

 

伊之助は関節を戻しながらその光景を見ていると

 

 

『お前こそ何なんだい?他所様の食糧庫に入りやがって、汚い、汚いね。汚い、臭い、糞虫が!!』

 

 

端に目と口がついた帯が伊之助に威嚇していた。

 

 

「(何だこの蚯蚓、キモッ!!)」

 

 

「ぐねぐね、ぐねぐね気持ち悪ィんだよ蚯蚓帯!グワハハハハッ、動きが鈍いぜ、欲張って人間を取り込み過ぎてんだ!」

 

 

「でっぷり肥えた蚯蚓の攻撃なんぞ、伊之助様には当たりゃしねぇぜ!ケツまくって出直してきな!!」

 

 

伊之助は蚯蚓帯の攻撃を避けながら帯を斬る。すると切り口から捕らえられていた人が続々と出てきた。

 

 

「(チッ、上手いこと人間を避けて斬りやがる。せっかく鮮度の高い食糧を保存していたのに!!)」

 

 

「(そしてコイツの勘の鋭さ!特に殺気を感じる力は尋常じゃない!前後左右どこからの攻撃でも敏感に察知して躱す。食糧貯蔵庫にまで鬼狩りが入ってくるのは想定外だった、…どうする?)」

 

 

蚯蚓帯はどう伊之助を排除するか試行錯誤すると

 

 

《生かして捕らえろ》

 

 

墮姫の声が蚯蚓帯にのみ聞こえた。

 

 

《そいつはまきをを捕らえる時に邪魔をした奴だ、美しかった。保存していた人間も極めて美しい十人以外は殺しても構わない》

 

 

《ただ殺すより生け捕りは難しいかもしれないが、そこにいる何人か喰ってお前の体(・・・・)を強化しろ》

 

 

「オラアアア!!」

 

 

墮姫が蚯蚓帯に指令を出し終えたと同時に伊之助が蚯蚓帯に斬りかかるが、蚯蚓帯は自分の体をぐねらせることで威力を相殺した。

 

 

そして蚯蚓帯は伊之助を捕まえようと体を伸ばす。しかし伊之助は持っていた刀を手放し、体を後ろに反らして帯を避ける。その後刀を蹴り、再び刀を手に持った。

 

 

『獣の呼吸 陸ノ牙 乱杭咬み!!』

 

 

伊之助はお返しとばかりに型を繰り出す。

 

 

『アタシを斬ったって意味無いわよ?"本体"じゃないし。それよりせっかく救えた奴らが疎かだけどいいのかい?』

 

 

『アンタにやられた分はすぐに取り戻せるんだよ』

 

 

蚯蚓帯に言われた伊之助が気づいた時には既に蚯蚓帯は自分の体を助けた人に向かって伸ばしていた。

 

 

だが、蚯蚓帯は人間を捕らえることは無かった。

 

 

「"蚯蚓帯"とは上手いこと言うもんだ!」

 

 

「ほんと気持ち悪いです、ほんとその通りです。天元様に言いつけてやります」

 

 

「あたしたちも加勢するから頑張りな猪頭!」

 

 

目覚めたまきをと須磨がクナイで帯を地面に縫い付けた。

 

 

「誰だてめェら!!」

 

 

二人のことを知らない伊之助は誰かと質問をする。

 

 

「宇随の妻です!アタシあんまり戦えないから、期待しないでくださいね」

 

 

須磨は帯から人をクナイで守りながら自己紹介をする。

 

 

「須磨ァ!!弱気なことを言うんじゃない!!」

 

 

「だってだって、まきをさんあたしか"味噌っかす"なの知ってますよね!?すぐ捕まったし!」

 

 

「無茶ですよ、捕まってる人皆守りきるのは!!あたし一番に死にそうですもん」

 

 

弱気なことを言ってる須磨にまきをが叱咤をするが、それでも須磨は弱気を吐いていた。

 

 

『そうさ、よくわかってるねぇ。さあ、どれから喰おうか』

 

 

「(あの野郎!!本体じゃねぇだと!?ホントだったらやべぇぞ、戦いに終わりが無ぇ)」

 

 

伊之助がどうやって戦いを終わらせるが考えていると

 

 

ドゴォンッ!!

 

 

突如空洞の天井に当たる箇所が"爆発した"。

 

 

するとその穴から人影が舞い降りた。

 

 

その人影の正体は天元であり、瞬く間に帯を斬った。

 

 

「天元様……」

 

 

「まきを、須磨。遅れて悪かったな、こっからはド派手に行くぜ!!」

 

 

 



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第19説

 

 

 

まきをside

 

 

昔はこんなんじゃなかったけどなぁ…。

 

 

死ぬのは嫌じゃなかった。そういう教育を受けてきたから、"忍"だから。

 

 

特にくノ一なんてのはどうしたって男の忍に力が劣るんだし、命を賭けるなんて、最低限の努力だった。

 

 

「自分の命のことだけ考えろ。他の何を置いてもまず俺の所へ戻れ。任務遂行より命。こんな生業で言ってることちぐはぐになるが問題ない、俺が許す」

 

 

「俺は派手にハッキリと命の順序を決めている。まずお前ら三人。次に堅気の人間たち。そして俺だ」

 

 

…?

 

 

「鬼殺隊である以上、当然のほほんと地味に生きてる一般人も守るが、派手にぶっちゃけると俺、お前らの命が大事。だから死ぬなよと地味に言ってんだ」

 

 

…そんなこと言っていいの?自分の命なんか優先してたら大した仕事できないけどいいの?

 

 

「いいんじゃない?天元様がそれでいいと言うなら。死ぬのが嫌だって、生きていたいと思うのだって、悪いことじゃないはずよ。そういう自分が嫌じゃなければそれでいいのよ、きっと」

 

 

まきをside end

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

天元はまきをと須磨の頭を軽く叩く。

 

 

「派手にやってたようだな。流石俺の女房だ」

 

 

天元に褒められたまきをは目に涙を浮かべ、須磨は泣きながら天元に抱きついた。

 

 

「オイィィィッ、蚯蚓帯共が穴から散って出ていったぞ!!」

 

 

だが伊之助がムードを壊してしまった。

 

 

「うるっせええ!!捕まってた奴ら皆助けたんだからいいだろうが!!まずは俺を崇め讃えろ、話はそれからだ!!」

 

 

ムードをブチ壊された天元は逆ギレし、伊之助に怒鳴り散らす。

 

 

「天元様、早く追わないと被害が拡大しますよ?」

 

 

「野郎共追うぞ!ついて来いさっさと!!」

 

 

しかしまきをが促すと、先程とは手のひらを返すように言ってることが真逆になった。

 

 

「でも…、ここからどうやって脱出するんですか?」

 

 

「あ~っ、それ、地味に考えてなかったわ…」

 

 

須磨がどうやって脱出するのかを質問すると、天元は頬を掻きながら呆けていた。

 

 

「ところで、お前はどうやってこの空洞に来たんだ?空洞(ここ)から見える穴は幼子くらいしか通れない狭さなのに…」

 

 

「この伊之助様に通れない道は無い!俺は全ての関節を外せる男、つまり頭さえ入れば、どこでも行ける!」ゴキゴキッ

 

 

伊之助は実際に腕の関節を外してみせた。

 

 

「「「(キモッ!!)」」」

 

 

それを見た天元たちは、気持ち悪がった。

 

 

「天元さーん、聞こえますか~?」

 

 

そこに天元が開けた穴から、善逸の声が響いた。

 

 

「善逸か!派手に響いてるぜ!」

 

 

「今から"よじ登れる物"を垂らしますので、それを使ってください!」

 

 

天元が返事をすると、穴から一本の"細い糸"が垂れてきた。

 

 

「馬鹿野郎!こんな糸一本でどうやって登るんだよ!?せめて縄を垂らせ縄を!!」

 

 

上から垂れてきたのが細い糸だったため、天元はブチ切れていた。

 

 

「あの…、天元様……」

 

 

「何だよ!?」

 

 

「糸が…、"太く"なっているんですが……」

 

 

「はぁっ?!そんなの派手にある訳…あるな」

 

 

まきをに言われ、天元が見たもの。それは先程まで細い糸だった物が、ロープのように"太くなっていた"。

 

 

そして糸だった物は段々太くなり、十秒もしない内に注連縄(しめなわ)と同じ太さになった。

 

 

「よしこれなら全員しがみついてよじ登れるぜ!」

 

 

ゴキゴキッ「なら俺様が先に登るぜ!猪突猛進!!」

 

 

天元がそう言うと、関節を戻した伊之助が我先にと縄を登った。そしてその後を追うように、天元たちが縄をよじ登っていった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ふぃ~、助かったぜ善逸。しかし、あんな細い糸がなんで太くなったんだ?一体どんな絡繰を使ったんだ?」

 

 

縄をよじ登った天元は善逸にお礼を言うのと同時に糸が太くなった理由を質問する。

 

 

「それは彼、『フォーエバー』のお陰ですよ」

 

 

天元の質問に答えたのは善逸では無かった。

 

 

「アンタは確か…、京極屋に向かう途中で出会った……」

 

 

「テレンス・T・ダービーですよ」

 

 

そう、天元の質問に答えたのはテレンスだった。

 

 

「けど、何でお前さんがここに?」

 

 

「実は、我々はときと屋にいたのですが、我々の"知り合い"が訪ねて来ましてね。事情が事情だったために、協力したのですよ」

 

 

テレンスは何故ここにいたのかを説明する。

 

 

「それで、あの糸を太くしたのは…」

 

 

「彼、『フォーエバー』の幽波紋(スタンド)、タロットカードの8番、"力"の暗示を持つ幽波紋。《(ストレングス)》です」

 

 

「ウホッ!」

 

 

テレンスの横にいたフォーエバーがガッツポーズをする。

 

 

「彼が触れた物はその姿を大きくすることができます。まぁ彼は主に船にその力を使っていたようですが」

 

 

(※実際は船に"のみ"その能力を発揮させるのですが、この小説では上記のように改変しています)

 

 

「……まぁ、助けてくれてありがとよ」

 

 

「フフッ、どういたしまして」

 

 

天元のお礼にテレンスは頷いた。

 

 

「さあ、残りの人たちは我々が何とかしますから、貴方たちは先程の帯を追いかけてください」

 

 

「恩に着るぜ。よし猪頭に善逸!行くぞ!」

 

 

「「はい(おう)!!」」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「どけどけェ!!宇随様のお通りだ!!ワハハハ」ビュンッ

 

 

天元はものすごいスピードで屋根の上を走っていた。

 

 

「くそォ、速ェ!!」

 

 

伊之助と善逸は必死に天元に追い付こうとするが、距離を離されるだけだった。

 

 

「……んっ?伊之助、ちょっと待ってくれ」

 

 

「どうした悶逸!?早くしねぇと見失うぞ!?」

 

 

天元を追いかけていた善逸が伊之助を呼び止めた。

 

 

善逸は屋根の上から道に降りると、刀に手を添えながらゆっくりと"ある物"に近づいていた。

 

 

「何だぁ…?これ、あの蚯蚓帯じゃねぇか?」

 

 

伊之助も屋根の上から降りて善逸が近づいていた物を見る。それは確かにあの空洞から逃げた"墮姫の帯"だった。

 

 

「……端の方が崩壊し始めてる。何かあったのか?」

 

 

善逸は帯を注意深く観察していると、確かに帯の端が崩壊し始めていた。

 

 

「どうしたんだい?早くしないと天元様に置いていかれるよ?」

 

 

そこにまきをと須磨が近寄って来た。

 

 

「これ、あの蚯蚓帯じゃないですか?」

 

 

須磨は善逸たちの先にある物を見て、何なのかを悟った。

 

 

「確かに…。でも何でこんな所にあるんだい?」

 

 

まきをも蚯蚓帯を見て確信すると、何故ここにあるのか疑問に思った。

 

 

「とりあえず天元様を呼びましょう。天元様!!」

 

 

ズザザッ「なんだ?」

 

 

「「はやっ!?」」

 

 

須磨が天元の名を叫ぶと、遥か先に行っていた天元が一瞬の内に善逸たちの側に現れた。

 

 

「んっ?これ、俺たちが追っていた帯じゃねぇか。何でここに転がってんだ?しかも崩壊し始めてやがるし」ツンツン

 

 

天元は帯を刀でつつくが、帯はピクリともしなかった。

 

 

「炭治郎が鬼を倒したのか?」

 

 

「それが本当なら地味に凄ェけどな。とにかく、先を急ぐぞ」

 

 

天元たちは道を走り、炭治郎がいる所まで向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「どうなってんだ、こりゃ……」

 

 

天元たちが見た光景、それは女の鬼・墮姫と、腰がやたらと細いガリガリの男の鬼が膝立ちの状態でいたからだった。

 

 

しかも目は白目を向き、まるで生気を感じられなかった。

 

 

「おい炭治郎、一体何があった?」

 

 

「それは…、何と説明したらいいのか……」

 

 

天元は炭治郎に説明を求めるが、炭治郎もどう説明したらいいのかわからなかった。

 

 

「彼らは魂を抜かれているのですよ。今そこにあるのは魂が抜けた"脱け殻"です」

 

 

すると、炭治郎とは反対の位置にいた男性が説明をした。

 

 

「アンタは確か…、テレンスって奴の兄の…」

 

 

「ダニエル・J・ダービーです」

 

 

ダニエルは天元に一礼をした。

 

 

「"魂を抜かれた"って、どうやって…」

 

 

「それは私の幽波紋、『エジプト9英神』の一体である《オシリス神》の力です。私の幽波紋は『賭けに負けた相手の魂を抜き取る』ことができるのです」

 

 

ダニエルの説明に天元たちの思考は停止していた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

時は遡ること数十分前、炭治郎と墮姫が対峙していた時になる。

 

 

「やれやれ、何かやたらと騒がしいと思えば…」

 

 

そこにダニエルがときと屋の扉から現れた。

 

 

「何だい、アンタ…?」

 

 

墮姫はダニエルを一睨みする。

 

 

「私はただの客ですよ。"賭け事を生業とする"が頭に付きます…がね。そこの見た目麗しいお嬢さん、どうですか?私と一つ、賭けでも」

 

 

ダニエルは墮姫を賭け事に誘う。

 

 

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ、アタシはそんなに暇じゃないんだよ。分かったらとっとと失せな」

 

 

しかし墮姫はダニエルの誘いを一蹴する。

 

 

「まあまあ、別に時間は取らせませんよ」

 

 

ダニエルはポケットから一枚のチップコインを取り出した。

 

 

「今から私が"コレ"を指で上に弾きます。そしてコレをどこかに隠します。貴女はコレをどこに隠したか言い当てる。簡単でしょ?」

 

 

「……フンッ、まあいいわ。やってあげましょう」

 

 

墮姫はダニエルの誘いに乗った。

 

 

「ありがとうございます。それと賭けるのはお金ではありません。賭けるのはお互いの魂、負けた者は体から魂を抜かれます。よろしいですね?」

 

 

「……いいわよ、"魂を賭けよう"じゃない」

 

 

墮姫は遂に"禁句"とも言える言葉を口にした。

 

 

「Good、ではいきます」

 

 

ピンッ

 

 

ダニエルはチップコインを指で弾き、落ちてきたと同時に隠した。

 

 

「さあ、先程の物はどこにあるでしょう?」

 

 

ダニエルは左右の手を握り、墮姫の前に突き出す。

 

 

「……右よ」

 

 

墮姫はダニエルの右手を指差した。ダニエルは指された右手を開くと、チップコインは"無かった"。

 

 

「残念、正解は左手です」

 

 

ダニエルは握っていた左手を開くと、そこにはチップコインがあった。

 

 

「では約束通り、貴女の魂をいただきます」

 

 

ダニエルがそう言うと、彼の後ろから"何か"が現れ、墮姫を掴み、上に持ち上げる。

 

 

しかし墮姫は宙に浮くことは無かった。何故なら、持ち上げたのは墮姫の"魂"だったからだった。魂を抜かれた墮姫の体は膝立ちの状態となった。

 

 

墮姫の魂を持ち上げた《オシリス神》は墮姫の魂をまるで餅のように捏ねたり、引っ張り、最後に魂を両手で挟んだ。

 

 

そして《オシリス神》の手から落ちてきたのは、目を閉じた墮姫の顔が掘られたチップコインだった。

 

 

「ふむ…、私のコレクションにするには、些か不細工ですね」

 

 

チップコインを拾ったダニエルはチップコインを一瞥すると、ポケットの中に仕舞った。

 

 

「オイィィィ、ちょっと待ちやがれぇぇ」

 

 

すると墮姫の体、正確には背中から"もう一体"の鬼が姿を現した。

 

 

「お前ェェ、俺の"妹"に、一体何をしたァァァ!」

 

 

墮姫の背中から現れた鬼『妓夫太郎(ぎゅうたろう)』はダニエルに今にでも襲い掛かりそうな雰囲気を醸し出していた。

 

 

「何をって…、貴方の妹さんは私と賭け事をして負けた。そして私は約束通り、彼女の魂をいただいた。それだけですよ」

 

 

ダニエルは墮姫にしたことをあっけらかんと話す。

 

 

「なら、取り立てるぜ。死ぬ時グルグル巡らせろ、俺の名は妓夫太郎だ」

 

 

妓夫太郎はいつの間にか手にしていた鎌を振り上げる。

 

 

「よろしいのですか?妹さんの魂が"戻って来なくても"」

 

 

「……何ィ?」

 

 

ダニエルの言葉に妓夫太郎は振り上げていた鎌を止めた。

 

 

「私が死んだら妹さんの魂は肉体に戻っては来ません。妹さんの魂を取り戻す方法はただ一つ、"私を賭け事で負かす"こと。これだけです」

 

 

ダニエルは指を一本立てて妓夫太郎に言う。

 

 

「なら、その"賭け事"をしようじゃないかァ。俺の"魂"を賭けて」

 

 

「Good、では決め事(ルール)を説明しましょう」

 

 

ダニエルはポケットの中に仕舞ったチップコインを取り出した。

 

 

「今から私が"墮姫の魂(コレ)"を指で上に弾きます。そしてコレをどこかに隠します。貴方はコレをどこに隠したか言い当てる。簡単でしょ?では、いきます」

 

 

ダニエルはチップコインを指で弾き、落ちてきたと同時にチップコインを隠した。

 

 

「……左だァ」

 

 

妓夫太郎はダニエルの左手を指差した。しかし、ダニエルが左手を開くと、チップコインは無かった。

 

 

「残念です。正解は私の"右のポケットの中"でした」

 

 

ダニエルはチップコインを取り出したポケットから"墮姫の魂"を取り出した。

 

 

「馬鹿な…っ!!」

 

 

妓夫太郎は目を見開いて驚きを隠せなかった。

 

 

「貴方が見ていたのはただの変哲も無い"コレ"です」

 

 

ダニエルは未だに握っていた右手を開くと、そこには先程弾いたチップコインが握られていた。

 

 

「私は一度も"妹さんの魂"とは言ってはいません。それに私は言いましたよ?『どこに隠したか言い当てる』…と」

 

 

ダニエルは確かに"どこに隠したか"と言っていた。"どの手に隠したか"では無く。

 

 

「賭け事は私の勝ちです。約束通り、貴方の魂をいただきます」

 

 

するとダニエルの後ろから《オシリス神》が現れ、妓夫太郎を掴んだ。

 

 

そして妓夫太郎の魂を持ち上げ、餅のように捏ねたり、引っ張り、最後に両手で挟んだ。

 

 

《オシリス神》が両手を開くと、そこからチップコインが一枚落ちてきた。そのチップコインには妓夫太郎の顔が掘られており、目を瞑っていた。

 

 

「ふむ…、これもまた、不細工ですね」

 

 

ダニエルは妓夫太郎の魂を一瞥すると、墮姫の魂と一緒にポケットの中に仕舞った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「……と、言うことなんですよ」

 

 

「んなことが地味にあり得るのかよ…」

 

 

天元は自分の頭を抱えてしまった。

 

 

「あの、あなたが使ったのは幽波紋ですか?」

 

 

「ほぉ…?君は幽波紋のことを知ってるのかい?」

 

 

炭治郎の質問にダニエルは目を細めた。

 

 

「知ってるも何も、俺も持ってますから」

 

 

炭治郎は実際に自分の幽波紋である《太陽の戦士(サン・ソルジャード)》をダニエルに見せる。しかし、幽波紋使いでは無い天元たちはその姿を視認することはできなかった。

 

 

「……確かに幽波紋のようだ。いやまさかこんな所で幽波紋使いに出会えるとは」

 

 

ダニエルは感傷深そうに呟いていた。

 

 

「やれやれ…、ようやく付近の避難誘導が終わったと思えば、まさかもう既に終わっているとはな」

 

 

「師範!」

 

 

そこに承太郎とイギーが現れ、炭治郎は承太郎の側に寄った。

 

 

「おや空条さん、遅かったですね」

 

 

「言っただろ、避難誘導がようやく終わったと。けど、加勢する必要は無かったようだな」

 

 

承太郎は魂が抜かれた墮姫と妓夫太郎の肉体を一瞥する。

 

 

「私の"賭け事"に付き合ってくれたので、魂を抜くことができました」

 

 

「協力感謝する。もし良かったら今度飯でも奢ろう」

 

 

「なら私とテレンスは定食屋の"日替わり定食"、フォーエバーにはバナナを」

 

 

「覚えておこう」

 

 

こうして、遊郭に潜む鬼は密かに討伐された。

 

 

 



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第20説

 

 

ダニエルが上弦の肆・"妓夫太郎・墮姫"兄妹を倒した翌日の夜、鬼舞辻無惨の根城"無限城(むげんじょう)"に"上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)"、"上弦の弐・猗窩座"、"上弦の参・半天狗(はんてんぐ)"が無限城を操る"鳴女(なきめ)"の血鬼術(けっきじゅつ)によって集められた。

 

 

そして無惨の口から妓夫太郎と墮姫がやられたこと、鳴女を"新たな上弦の肆"にすることを伝えられ、無惨は言いたいことだけ言ってその場を去った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

それから数日後、承太郎の屋敷である『波紋屋敷(はもんやしき)』には、承太郎を始め、花京院、ポルナレフ、ジョセフ、伊山砂子ことイギー、炭治郎、承太郎の鎹鴉のアヴドゥル。

 

 

しのぶ、カナエ、天元、まきを、須磨、雛鶴、善逸、伊之助が屋敷の居間に集められていた。

 

 

「見知った顔の方もいますが、先ずは自己紹介を。私は『ダニエル・J・ダービー』、賭け事を生業としています。そして私の弟の『テレンス・T・ダービー』、それと私たちが飼っている"オランウータン"の『フォーエバー』です」

 

 

「兄さんの紹介に預かりました『テレンス・T・ダービー』です。よろしく」

 

 

「ウホッ」

 

 

その居間にはダービー兄弟とフォーエバーが集まった人に挨拶をしていた。

 

 

「私は鬼殺隊・蟲柱の胡蝶しのぶと申します。こちらは私の姉の胡蝶カナエ」

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

「俺は鬼殺隊・音柱の宇随天元、こっちは俺の妻の雛鶴、まきを、須磨」

 

 

「俺は鬼殺隊隊員の我妻善逸、隣にいるのは俺の同期の嘴平伊之助です」

 

 

「俺様は山の王、伊之助様だ!」

 

 

しのぶたちは自己紹介を兼ねて挨拶を返す。

 

 

「しかしまさか、お前さんたちまでこの世界に来とったとはのぅ…」

 

 

「こちらも驚きですよ、まさかポルナレフさんたち以外にも私たちと同じ境遇の人がいたなんてね」

 

 

ジョセフとダニエルは互いの心境を語り合っていた。

 

 

「それで…、その…、おたくらのその"すたんど"って奴を教えて欲しいんだが…?」

 

 

天元がダニエルたちの《幽波紋(スタンド)》について質問を投げ掛けた。

 

 

「それは失礼、では私から。私の《幽波紋》の名は《オシリス神》。エジプトと呼ばれる地で神として崇められている《エジプト9英神》の一体の名を頂いています」

 

 

「私の《幽波紋》の能力は、『"賭け"で負かした相手の魂を抜き取る』のです」

 

 

「私の《幽波紋》も、エジプトと呼ばれる地で、神として崇められている《エジプト9英神》の一体、《アトゥム神》と呼ばれる神の名を頂いています」

 

 

「能力は兄さん同様、『"賭け"で負かした相手の魂を抜き取る』です。因みに、兄さんの幽波紋(オシリス神)は魂をチップコインに変形させ、私の幽波紋(アトゥム神)は魂を私が作成した人形に封じ込めます」

 

 

ダニエルとテレンスは互いの《幽波紋》の能力を説明する。

 

 

「それから、フォーエバーの《幽波紋》はタロットカードの8番、力を暗示する幽波紋、(ストレングス)です」

 

 

「能力は『物体の変化及び強化』。触れている物限定ではありますが、物の姿を変化させたり、強くしたりします」

 

 

(※実際は船と一体化して能力を発揮する"物質同化型スタンド"ですが、前話に記載した通りこの小説版では、このような能力にしています。)

 

 

ダニエルとテレンスがフォーエバーの幽波紋能力を説明する。

 

 

「それは派手に実感したぜ。なにせ垂らされた糸が注連縄ほどの太さになったからな」

 

 

天元の言葉にその場にいたまきをと須磨が頷いていた。

 

 

「まぁ今回は、お前の幽波紋能力に助けられた。改めて礼を言う、ありがとう」

 

 

承太郎はダニエルに向かって頭を下げる。

 

 

「ところで、あの魂を抜かれた鬼はどうなったのですか?」

 

 

善逸が妓夫太郎と墮姫について質問をする。

 

 

「それなのですが…、珠世さんの"研究"のために遊郭から運んでいる最中に、崩壊してしまったのです」

 

 

「事前に愈史郎さんから頂いていた"採血刀"で血を抜いていたのが幸いでしたが…」

 

 

なんと妓夫太郎・墮姫兄妹の体は崩壊してしまっていたのだった。

 

 

「それなのですが…、魂を抜かれた体は一種の"仮死状態"となっていますので、長時間魂を抜かれた状態が続くと、死んでしまうのですよ」

 

 

「まさか鬼は死ぬと体が崩壊するなんて、思いもしませんでしたよ」

 

 

「ウホ…」

 

 

ダニエルは自分の能力の説明を追加し、テレンスとフォーエバーはちょっとした罪悪感を感じていた。

 

 

「まあ無理もありませんよ。"鬼は死んだら体が崩壊する"なんて、その場を見た人か、鬼殺隊の人しか知り得ませんから」

 

 

そこにカナエがフォローするかのように説明をした。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

「ところで、抜いた魂はどうするんだ?」

 

 

ダニエルがカナエに礼を言った直後に、承太郎が質問をする。

 

 

「それなのですが…、"コレ"を見てください」

 

 

ダニエルはポケットからチップコインを取り出し、承太郎たちに見せた。

 

 

「こっ…、これは!?」

 

 

「嘘だろ!?」

 

 

ダニエルが出したチップコインには妓夫太郎と墮姫の顔では無く、別の顔が浮かんでいたのだった。

 

 

「むむっ、こ奴は!?」

 

 

「まさか!?」

 

 

ジョセフが墮姫のチップコインを見ると、一緒に覗いていたアヴドゥルまでもが唸った。

 

 

「ジジィ、アヴドゥル。コイツを知っているのか?」

 

 

「ああ、忘れもせん。コイツは儂とアヴドゥルを襲った幽波紋使い、《エジプト9英神》の一体、《バステト女神》の幽波紋を使う女!」

 

 

なんと墮姫の魂はかつてエジプトの地でジョセフとアヴドゥルを襲った一人、『マライア』だったのだ。

 

 

「承太郎、コイツは"あの時"のゲス野郎だ!」

 

 

「何だと?」

 

 

承太郎はポルナレフが見ていたチップコインを見ると、そこには特徴的な髪型をした男性、《エジプト9英神》の一体、《セト神》の名を持つ幽波紋使い、『アレッシー』だった。

 

 

「この人たちのことを御存じで?」

 

 

「ああ。コイツは《エジプト9英神》の一体、《セト神》の名を持つ幽波紋を使う男で、その能力は『影で触れた相手を若返らせる』んだ。しかも触れている時間が長ければ長いほど若返る」

 

 

「承太郎は七歳くらい、俺は三歳くらいまで若返ちまって、記憶も歳相応に戻されちまった。おまけに俺たちと関係の無い人を胎児にまでしちまったこともあるんだ」

 

 

「この女は《エジプト9英神》の一体、《バステト女神》の名を持つ幽波紋の使い手で、『コンセント』と呼ばれる電気の供給口に姿を"擬態"させ、『触れた相手に"磁力"を帯びせる』能力を持つ」

 

 

「この能力は厄介で、時間が経過するにつれ、磁力が強くなる。そしてありとあらゆる金属類を引き寄せてしまうのだ」

 

 

ダニエルの質問に、承太郎、ポルナレフ、ジョセフ、アヴドゥルが説明をする。

 

 

「ジジィにアヴドゥル、よくそんな相手を倒せたもんだな」

 

 

「ポルナレフとは、頭の出来が違うのだよ」

 

 

アヴドゥルは翼で自分の頭を指す。

 

 

「そこで俺を引き合いに出すなよ」

 

 

「事実であろう?それにしても、よく子供の状態から敵を倒せたな?」

 

 

「ああそれは、承太郎が奴を殴り飛ばした後、地面の石に躓いて頭を打って気絶したんだよ。そうしたら、元に戻ってな」

 

 

そう、承太郎は子供の頃から『殴る時は殴る男』だったため、幽波紋が使えないと油断したアレッシーが承太郎のラッシュを諸に喰らってしまったのだ。

 

 

その後目を覚ましたアレッシーだが、元に戻った承太郎とポルナレフの『ダメ押し』を受け、遥か彼方に飛ばされ、戦闘不能(リタイア)となったのだった。

 

 

「……皆さん、濃い経験をされてますね」

 

 

承太郎たちの話を聞いていたしのぶがボソッと呟いた。

 

 

「別にこれくらい、苦でも無いさ」

 

 

ポルナレフがそう言うと、承太郎たちは一斉に頷いた。

 

 

「それでは我々はそろそろお(いとま)しますか」

 

 

ダニエルが立ち上がったと同時にテレンスとフォーエバーが立ち上がった。

 

 

「今回の鬼殺、本当に感謝する。重ね重ねお礼を言う」

 

 

「構いませんよ、これからもご贔屓に」

 

 

ダービー兄弟とフォーエバーは波紋屋敷を後にした。

 

 

 



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第21説

 

 

吉原遊郭の戦いが呆気なく終わってから1ヶ月後、承太郎は夜の山道で鬼を倒していた。

 

 

「……終わったな」

 

 

鬼の崩壊する様を見届けた承太郎は刀を鞘に収めた。

 

 

「承太郎、今回の任務はこれで終わりだ。次の任務があるまで屋敷で待機せよとのお館様からの指令だ」

 

 

「また待機か、ここ最近待機が多いな」

 

 

「仕方なかろう、以前に比べて鬼の出現率が少なくなっているのだから」

 

 

そう、遊郭の戦いが終わってからというもの、鬼の出現率が低下していたのだ。今回の討伐も以前の任務から数週間ぶりの任務だったのだ。

 

 

「だが喜ばしいことじゃないか、"鬼が少ない"と言うことは"被害者が少ない"と同義なのだからな」

 

 

「…だといいがな」

 

 

承太郎はどこか浮かない顔をして、その場を去った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「おはよう皆、今日もいい天気だね。空は青いのかな?顔触れも変わらず半年に一度の"柱合会議"を迎えられたこと、嬉しく思うよ」

 

 

この日は半年に一度の柱合会議の日であり、承太郎を含む十名の柱が中庭に揃っていた。

 

 

「早速だけど、皆も薄々気づいているだろう。鬼の出現率が徐々に低下している、十二鬼月の上弦を三体も失った無惨にとってはかなりの痛手だ」

 

 

「そして無惨は今ある戦力を全て(もち)いて我々を殺す算段だろう。そこで君たちには下の剣士(こども)たちを鍛えて欲しい。頼めるかい?」

 

 

『御意!!』

 

 

耀哉の命令に柱一同は頭を下げて返事をした。

 

 

「頼もしい限りだよ。皆、よろしくね」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱合会議が開かれた翌日、柱一同は承太郎の家である『波紋屋敷』に集まっていた。その理由はただ単純明快、『広い』。それだけである。

 

 

承太郎も屋敷の広さは自覚していたため、何の文句も無く屋敷の大広間を貸している。

 

 

「さて、皆さんお集まりいただき、ありがとうございます」

 

 

呼び出した張本人、しのぶが集まった柱に労いの挨拶をする。

 

 

「本日お集まりいただいた理由、それは、お館様が仰っておられた『柱稽古の内容と順番』についてです」

 

 

「内容と順番…?」

 

 

しのぶが出した議題に蜜璃が首を傾げる。

 

 

「昨日会議から帰った後に、胡蝶と少し話し合ったんだ。"内容と順番を決めないと何処かで被るだろう"…とな」

 

 

「確かに、訓練内容が似かよったり、一度やった訓練をもう一度することになりかねんからな」

 

 

承太郎の説明に錆兎が同意していた。

 

 

「ですので、今ここで訓練の順番と内容を決めてしまおうと思うのです」

 

 

「なら俺は"体力向上"を派手に推すぜ」

 

 

「南無…、なら私は"筋力向上"をさせよう…」

 

 

「俺は"打ち込み稽古"にするぜェ」

 

 

天元を筆頭に次々に訓練の内容を決めていった柱たちであった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「では内容を確認します。まず宇随さんが"体力向上訓練"、有一郎君が"高速移動訓練"、蜜璃さんが"柔軟"、伊黒さんが"太刀筋矯正"、煉獄さんが"模擬戦"、不死川さんが"打ち込み稽古"、悲鳴嶼さんが"筋力向上"、鱗滝さんが"連携訓練"、空条さんが"波紋習得"、私が"全集中・常中の習得"。これでよろしいですか?」

 

 

しのぶの質問に柱全員が頷いた。

 

 

「では次に順番ですが、まず一番に私、二番に空条さん、三番に宇随さん、四番に有一郎君、五番に蜜璃さん、六番に伊黒さん、七番に煉獄さん、八番に不死川さん、九番に悲鳴嶼さん、最後に鱗滝さんでよろしかったですか?」

 

 

しのぶの二度目となる質問に柱全員が頷いた。

 

 

「では以上の内容と順番でお館様にご報告します」

 

 

「うむ!胡蝶、よろしく頼んだ!」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「『柱稽古』…ですか?」

 

 

柱稽古

 

 

その名の通り、柱が下の階級の者に稽古をつけることを言う。

 

 

柱は通常、多忙の故継子以外の者に稽古をつける暇が無いのだ。

 

 

しかし昨今、鬼の出現率が低下の一路を辿る今、最終決戦が近いと予測した耀哉が柱に要請を出したのだ。

 

 

「ああ、まず最初に胡蝶の所で"全集中・常中"を習得し、次に俺の所で"波紋の習得"、次に宇随の所で"体力向上訓練"と言った稽古を設けることになったんだ」

 

 

炭治郎の質問に承太郎は分かりやすく説明をする。

 

 

「因みに全集中の呼吸を使えない者は俺の所から、常中と波紋を使える者は宇随の所から稽古を開始することになっている」

 

 

炭治郎は"全集中・常中"と"波紋"の二つを習得しているため、稽古は天元の所から始まるのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱稽古 第一の訓練

 

 

 

蟲柱 胡蝶しのぶの全集中・常中の取得

 

 

「はい皆さん、おはようございます。私は蟲柱の胡蝶しのぶです。まず最初に"柱稽古"について説明させていただきます」

 

 

「"柱稽古"とは、私たち柱の階級を持つ人が、皆さんに"一つの課題"を伝えます。そして皆さんはその課題を行って、柱が許可を出せば次の柱の下に向かい、そこで柱の課題を行う。これの繰り返しです」

 

 

「私からの課題は"全集中・常中"の取得になります。これは全集中の呼吸を四六時中行うことで、筋力や持久力を向上させます」

 

 

しのぶの説明に何人かが頷いていた。どうやら頷いた人は常中のことを知っているようだった。

 

 

「この屋敷には以前常中を会得した隊員が残してくれた道具がありますので、それを用いて訓練してくださいね」

 

 

そう、かつて炭治郎が善逸と伊之助に常中を会得させるために使用していた岩がそのまま残されており、しのぶはそれを利用していたのだ。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「それでは訓練を開始する」

 

 

柱稽古 第二の訓練

 

 

波紋柱 空条承太郎の波紋会得

 

 

しのぶが訓練を開始したのと同時刻、承太郎の下でも柱稽古が開始された。

 

 

と言っても、承太郎の下には善逸、伊之助、カナヲ、玄弥の炭治郎の同期"四名"しかいなかった。

 

 

「お前たちは既に"全集中・常中"を会得しているため、蟲柱の稽古は免除されている。よって俺の所からの開始となる」

 

 

「俺の稽古は"波紋の会得"、並びに制御を行う。栗花落以外は波紋を会得しているため、波紋の制御を主とした訓練を行ってもらう」

 

 

「栗花落は波紋に関しては初心者のため、まず波紋とは何なのかを知ってもらう。いいな?」

 

 

承太郎の質問に一同は頷いた。

 

 

「ではまず、我妻、不死川、嘴平の三名は"彼"から波紋の制御を学ぶように」

 

 

「儂は承太郎の祖父、ジョセフ・ジョースターじゃ。お前さんたちは今から儂の所で波紋の修業を行ってもらう。よいな?」

 

 

「「「はい(おう)!」」」

 

 

「栗花落は俺の所で波紋の座学だ。いいな?」

 

 

「はい」

 

 

「いい返事だ、ジジィ、そっちは任せるぜ」

 

 

「分かっとるわい。では三人共、儂について来い」

 

 

ジョセフは善逸、玄弥、伊之助の三名を連れて部屋を後にした。

 

 

「それでは栗花落、波紋に関しての座学を始める。まず波紋の正式名称は『波紋呼吸法』と言って、全集中の呼吸とは異なる呼吸法だ」

 

 

「波紋は太陽と似た力を持っていて、得物に纏わせれば鬼への有効打になるだけでは無く、体内に異物を入れられても、無効化することができる」

 

 

「それだけでは無く、身体能力が著しく向上するため、体の老化が遅くなる。現にジジィはああ見えて四十代だからな」

 

 

ジョセフの実年齢を知ったカナヲは声を出せないほど驚いていた。それもそのはず、ジョセフの見た目は二十代半ばだったからだ。

 

 

「座学に関しては以上だ。何か質問はあるか?」

 

 

承太郎の質問に、カナヲは首を横に振った。

 

 

「なら次は波紋の会得だ、ここから先はジジィに稽古をつけてもらう。ジジィは道場にいるはずだから、一緒に行くぞ」

 

 

承太郎とカナヲは一緒に道場へと向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎とカナヲが道場に到着すると、異様な光景が広がっていた。

 

 

それは玄弥、伊之助の二名が床に寝転がっており、善逸が肩を上下させながら荒い息をしていた。

 

 

「……ジジィ、一体何をさせていたんだ?」

 

 

「おお承太郎。いやなに、波紋の制御を行うにはそれ相応の修行が必要なんじゃが、『実戦に勝る修行は無し』と思って波紋"のみ"を使った稽古をしていたんじゃが…」

 

 

「……何となく読めたぜ。三人で戦わせて、我妻が勝ち残ったわけか」

 

 

ジョセフは承太郎に現状の説明をしていると、承太郎はオチを見破った。

 

 

「クソッ、波紋の扱いに関しては一日の長があると思っていたんだが…」

 

 

「紋逸に負けるなんて納得いかねぇ!おい、もう一回勝負しろ!」

 

 

「無茶言うなよ…、俺だって疲労困憊なんだから……。てか、最初に負けた伊之助の方が疲れてるだろ…」

 

 

玄弥は寝転がりながら善逸に負けたことを認めており、伊之助は起き上がりながら善逸に再度勝負を挑もうとするが、善逸も疲労困憊になっており、再戦は難しそうだった。

 

 

「それより承太郎、彼女の座学はもう済んだのか?」

 

 

「終わっているからここにいるんだ。ジジィ、手ほどきを頼めるか?アイツらは俺が見ておく」

 

 

承太郎は親指で善逸たちを指差しながら言う。

 

 

「なら頼むぞい。それでは嬢ちゃん、こちらに来なさい」

 

 

ジョセフはカナヲを手招きし、カナヲはジョセフの下に向かう。

 

 

「まずは深呼吸をしなさい」

 

 

ジョセフはカナヲに深呼吸をするよう言う。カナヲは疑問に思いながらも深呼吸をする。そして息を吐き終わったと同時にジョセフはカナヲの胸、正確には横隔膜がある所を"突いた"。

 

 

「!?、ゴホッ、ゴホッ!」

 

 

カナヲは苦しさの余り、噎せてしまった。

 

 

「苦しいじゃろうが、耐えるのだ。波紋を会得するには一度肺の中の酸素を空にせんといかん。そしてその状態からもう一度息を吸い込むと…」

 

 

カナヲは言われた通りに息を吸い込むと、先程とは違い、力が漲る感覚があった。

 

 

「今力が漲る感覚があったじゃろう?それが波紋じゃ。後はそれを一人で出来るようになれば"入門編"は終わりじゃ」

 

 

ジョセフの言葉にカナヲは頷きながら呼吸を繰り返す。

 

 

「承太郎、そっちはどうじゃ?」

 

 

「今休憩を取らせてる、再開は早くて十分後くらいだな」

 

 

カナヲは承太郎の後ろを見ると

 

 

「なるほど、全集中の呼吸と合わせているのか」

 

 

「ああ。でも、二つの呼吸を一篇(いっぺん)にやるもんだから、威力が落ちるのが難点だな。おまけに俺、型が一つしか使えないから尚更なんだよ」

 

 

「やっぱり波紋一筋の方が良いのかな?」

 

 

「どうだろ?呼吸と合わせると威力は落ちるけど、応用の幅が広がるからな。そこは臨機応変に切り替えないと」

 

 

善逸は床に腰を降ろして座っており、玄弥は上半身を起こして胡座(あぐら)をかいており、善逸と話していた。どうやらお互いの情報を交換しているようだ。

 

 

伊之助はと言うと、床にうつ伏せで倒れていた。

 

 

「んっ?ああ嘴平は疲労が溜まり過ぎてて、ちょっと小突いたら倒れたんだ」

 

 

カナヲの視線に気づいた承太郎がカナヲに伊之助の状態の説明をする。

 

 

カナヲは

 

 

「(波紋ってこんなにも疲れるものなんだ…)」

 

 

と思ってしまった。

 

 

 



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第22説

 

 

承太郎の柱稽古が始まってから1ヶ月が経過した頃、しのぶの柱稽古を終えた隊員たちが続々と波紋の習得のために集まりだした。

 

 

「師範、向こうの指導は終わりました」

 

 

「そうか、感謝する。……"炭治郎"」

 

 

そこには何故か炭治郎の姿があった。その理由は

 

 

「一人で稽古に出てもつまらないから」

 

 

だった。

 

 

「炭治郎、我妻たちの稽古ももうじき終わる。終わったら一緒に宇随の下へ向かうといい。こっちは俺とジジィの二人で大丈夫だ」

 

 

「はい!」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱稽古 第三の稽古

 

 

音柱 宇随天元の体力向上訓練

 

 

「よぉよぉ、久しいな!遊郭の任務以来だな!」

 

 

「「「「宇随さん(音柱様)、よろしくお願いします!」」」」

 

 

「よろしくな、祭りの神」

 

 

炭治郎が承太郎から次の柱の下へ行く許可をもらってから数日後、炭治郎たち"五感組"は天元の下を訪れていた。

 

 

因みに伊之助が天元のことを"祭りの神"と呼んでいるのは、遊郭潜入任務の途中、藤の花の家紋の家で自己紹介している時に、天元が自分でそう言っていたからである。

 

 

「そんじゃ俺様こと音柱・宇随天元様の稽古を開始する。内容は体力向上、まず走り込み、それから腕立て伏せなどを行ってもらう。いいな?」

 

 

「「「「「はい(おう)!」」」」」

 

 

「それと、波紋を使ってズルしようとしたら、もう一組やらせるからな?それじゃ、走って来な!」

 

 

天元の掛け声を合図に炭治郎たちは一斉に走り出した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

それから約2時間後…

 

 

「ハァ…、ハァ…、ハァ…」

 

 

「伊之助、やり過ぎ」

 

 

「もうちょっと体力配分考えようよ」

 

 

炭治郎、善逸、玄弥、カナヲは山を10回も走って往復しているにも関わらず、疲れを感じていないかのように立っていたが、伊之助は炭治郎たちと同じ回数を全力でやっていた性で、疲れ果てていた。

 

 

「コラ猪頭、誰が全力でやれって言った?最初は自分が無理しない程度でやれよ、それから徐々に負荷を掛けていけばいいんだよ」

 

 

天元も呆れた様子で伊之助にアドバイスを送る。

 

 

「とりあえずお前ら、飯を用意したから暫く休憩だ」

 

 

天元が竹刀で差した所を見ると、天元の妻である須磨、まきを、雛鶴の三人が飯を作っている所だった。

 

 

「あんたたち、もうすぐ飯ができるから、そこの桶で手を洗って来な」

 

 

まきをが指を差した所には、水が入った桶が置かれていた。

 

 

「「「「分かりました」」」」

 

 

炭治郎たちはまきをに言われた通り、桶の水で手を洗い、飯を食べた。

 

 

因みに飯はおにぎりと卵焼きで、おにぎりの具は梅干しだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが天元の下を訪れてから約10日経過した頃、炭治郎たちは天元が課した稽古を順調にこなし、メニューを全て終えてもへばらない位にまで体力が向上していた。

 

 

そして炭治郎たち"五感組"は天元に呼ばれ集合していた。

 

 

「お前らは俺が課した稽古を全てやり遂げた。次の柱、霞柱の所へ行っていいぞ」

 

 

天元は炭治郎たちに次の柱の下へ行く許可を出したのだった。そして炭治郎たちは天元の下を去り、次の柱である有一郎がいる"霞屋敷"に向かうのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱稽古 第四の稽古

 

 

霞柱 時透有一郎の高速移動訓練

 

 

「ようこそ霞屋敷へ。僕は霞柱の時透有一郎、隣にいるのは柱補佐で僕の弟の無一郎だ」

 

 

「初めまして、時透無一郎です」

 

 

炭治郎たちが霞屋敷に到着すると、門前に有一郎と無一郎が待っており、会うなり自己紹介をしてきた。

 

 

「初めまして、波紋柱、空条承太郎の継子の竈門炭治郎です」

 

 

「蟲柱、胡蝶しのぶの継子の栗花落カナヲです」

 

 

「風柱、不死川実弥の弟、不死川玄弥です」

 

 

「我妻善逸です」

 

 

「俺様は山の王、嘴平伊之助様だ!」

 

 

炭治郎たちは各々の自己紹介をする。

 

 

「皆、よろしく。早速だけど、僕からの稽古の内容を教えるよ。霞柱の稽古は"高速移動訓練"、筋肉の弛緩と緊張を滑らかにすることで、持久力を上げること。これが出来れば次の柱に行けるよ」

 

 

有一郎は分かりやすく、かつ丁寧に訓練内容を教える。

 

 

「内容は以上だよ。分からなかったことがあれば、休憩時間にでも聞いてね?それじゃ道場まで案内するよ、道場に着いたらまず柔軟をして体を(ほぐ)して、訓練を開始するよ」

 

 

有一郎は炭治郎たちを道場に案内する道すがら、注意事項を述べていた。そして道場に到着すると、有一郎と無一郎が手本をしながらストレッチをした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが霞屋敷を訪れてから一週間が経過した頃、炭治郎たちは有一郎が言っていた"筋肉の弛緩と緊張"がスムーズに行えるようになっていた。

 

 

「筋肉の弛緩と緊張、並びに足腰の動きも滑らかになったね。僕たちの稽古は合格だよ、次の柱である甘露寺さんの所へ行っていいよ」

 

 

炭治郎たちは有一郎から合格を受け取り、霞屋敷を後にした。

 

 

因みに炭治郎たちが去った翌日から他の隊員たちが稽古を受けるが、炭治郎たちとの対応の落差が激しく、事あるごとに炭治郎たちと比べられていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱稽古 第五の稽古

 

 

恋柱 甘露寺蜜璃の地獄の柔軟

 

 

「みんないらっしゃい!ようこそ我が家へ!」

 

 

「恋柱様、お久しぶりです」

 

 

「きゃ~、カナヲちゃん久しぶり!」ダキッ

 

 

蜜璃はカナヲを見つけると同時に抱きつき、頬擦りをする。

 

 

「恋柱様…、ちょっと、恥ずかしい…です」

 

 

「あわわっ、ごめんねカナヲちゃん!」

 

 

カナヲは恥ずかしさの余り、蜜璃にもの申したら、蜜璃は謝りながらカナヲから離れた。

 

 

「善逸、今日は穏やかだな…」

 

 

「だって、甘露寺さんは蛇柱様と恋仲だろ?卑猥な視線を出してみろよ?ネチネチとしつこく追い回されるぞ」

 

 

「「たっ、確かに…」」

 

 

善逸が終始穏やかだったのを見た炭治郎が善逸に質問をすると、至極真っ当な回答が帰ってきたので、玄弥と共に納得していた。

 

 

「それじゃ道場に案内するね!」

 

 

蜜璃を先頭に炭治郎たちは道場に向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちは道場に着いた途端に蜜璃から服を渡され、それに着替えた。

 

 

蜜璃が渡したのは"レオタード"であり、炭治郎たち男性陣が着ると違和感有りまくりだった。

 

 

カナヲも蜜璃からレオタードを渡され、それに着替えると、胸や腰、尻のラインがくっきりと現れ、女性的なプロポーションが見て取れた。

 

 

「カナヲ…、凄く綺麗だ…」

 

 

「炭治郎…、あまり見ないで…。恥ずかしい…」

 

 

炭治郎はカナヲに見惚れ、本音を口にしてしまい、カナヲは恥ずかしさの余り、自分の体を抱き締めていた。その性で豊満な胸が押し潰され、より一層卑猥に見えてしまった。

 

 

「………」

 

 

「炭治郎…?炭治郎、炭じ…、!?ヤバい!炭治郎が鼻血を出しながら気絶している!」

 

 

炭治郎はカナヲの卑猥な姿を見て、鼻血を出しながら気絶してしまい、善逸が焦った様子で炭治郎の現状を語った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「はい、それじゃ稽古を始めます!」

 

 

正気に戻った炭治郎を含めたメンバーは遂に蜜璃の稽古を開始することになった。

 

 

「まずは私がこの太鼓を鳴らすから、みんなは音に合わせて踊ってね!」

 

 

蜜璃は太鼓とバチを何処からか取り出し、テンポ良く叩き始めた。そして炭治郎たちもまた、太鼓の音に合わせて踊りだした。

 

 

因みに太鼓のリズムが偶然なのか"ヒノカミ神楽"と同じだったので、炭治郎はヒノカミ神楽を舞っていた。

 

 

「はい、次は柔軟を行います!」

 

 

踊り終わった炭治郎たちに蜜璃は次のステップへと進んだ。

 

 

「まずはカナヲちゃん、そこに足を開いて座ってみて」

 

 

カナヲは蜜璃に言われた通りに座る。すると蜜璃がカナヲと向かい合う形で座り、カナヲの足を自分の足で"広げ始めた"。

 

 

「あらカナヲちゃん、結構柔らかいのね」

 

 

蜜璃はカナヲの体の柔らかさに驚いていた。それもそのはず、カナヲが使う"花の呼吸"は高い身体能力が必要であり、必然的に体も柔らかくなければならなかったのだ。

 

 

「カナヲちゃんは合格、次は伊之助君、いってみようか」

 

 

蜜璃はカナヲに合格を出し、次に伊之助を指名した。そしてカナヲ同様に柔軟をするが、伊之助は蜜璃の予想を良い意味で裏切った。

 

 

伊之助はカナヲ以上に開脚をしてみせたのだ。

 

 

「伊之助は俺たちの中では一番体が柔らかいんです」

 

 

「一回、足を地面に着けたまま、海老反りして股から顔を覗かせたこともあったな」

 

 

伊之助の柔らかさを炭治郎と善逸が説明すると

 

 

「うん、伊之助君も合格!」

 

 

あっさり合格を貰った。

 

 

そして残る炭治郎、善逸、玄弥の三人は、蜜璃の力業に耐えきれず、撃沈するのだった。

 

 

 



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第23説

 

 

炭治郎たちが蜜璃の下を訪れてから三日が経過した頃…

 

 

「やっと甘露寺さんの柔軟にも耐えられるようになってきたな」

 

 

「ああ、最初は死ぬかと思ったぜ…」

 

 

「伊之助はともかく、カナヲちゃんがあんなに柔らかかったのは意外だったよ…」

 

 

炭治郎、玄弥、善逸の三人は蜜璃が作ったパンケーキを食べながら物思いに話していた。

 

 

「それにしても…、相変わらずこの"ぱんけーき"ってやつは甘いな…」

 

 

「蜂蜜をふんだんに使っているから甘いよな…」

 

 

そう、蜜璃が作ったパンケーキには蜂蜜の元となる巣蜜(すみつ)が乗っかっており、更にはバターも上乗せされているので相当甘いのだ。

 

 

「この甘さも食べ続けると馴れるよな…」

 

 

「うんうん、でも…」

 

 

善逸がふと炭治郎の方に視線を向けると

 

 

「炭治郎、あ~ん」

 

 

「あ~ん、…うん、美味しい。カナヲ、あ~ん」

 

 

「あ~ん…、美味しい」

 

 

炭治郎とカナヲがお互いのパンケーキを食べさせあっていた。しかもその周りには桃色の空間が広がっていた。

 

 

「あの甘い空間には何時まで経っても慣れないよな…」

 

 

「確かに…」

 

 

炭治郎とカナヲの『桃色空間(アンリミテッド・シュガーワークス)』を見た善逸と玄弥は口の中が更に甘くなってしまっていた…。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「お前たちか、待っていたぞ」

 

 

柱稽古 第六の稽古

 

 

蛇柱 伊黒小芭内の太刀筋矯正

 

 

炭治郎とカナヲの『桃色空間』を見て口の中が更に甘くなった日から更に三日、炭治郎たちは蜜璃の合格を貰い、次の柱である小芭内の下を訪れていた。

 

 

「早速道場に案内する、着いて来い」

 

 

小芭内はそそくさと炭治郎たちを道場に案内する。

 

 

「蛇柱様、すみません。質問よろしいでしょうか?」

 

 

小芭内が道場に案内している途中、善逸が小芭内に質問の許可を申し出た。

 

 

「何だ?内容によってはお前を殺す」

 

 

「"蛇柱様は恋柱様と恋仲である"と我々隊員の間ではもっぱらの噂ではありますが、女性と仲良くなる"秘訣"をお教え頂きたいのですが」

 

 

善逸の質問に小芭内は足を止め、目にも止まらぬ速さで善逸の前に現れた。

 

 

「今の質問、本当か?俺と甘露寺が恋仲だと…」

 

 

「はっ…、はい!お二人の仲睦まじい所を、隊員の何名かが目撃していると聞いております!」

 

 

小芭内の目力に恐怖を感じた善逸は敬礼しながら小芭内の質問に答えていた。

 

 

「……そうか」

 

 

小芭内はゆっくりと善逸から離れ、再び道場に向かって歩き出した。

 

 

「我妻の質問だが、確かに俺と甘露寺は恋仲だ。そして仲良くなる秘訣だが、"しつこく迫らない"。これに限る」

 

 

「女性はしつこい男が嫌いだからな、時に支え、時に支えられたりする方が良い…らしい」

 

 

小芭内の答えに善逸は何処からか取り出したのか、紙にメモをしていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「お前たちには、この障害物を避けつつ木刀を振るってもらう」

 

 

道場に到着した炭治郎たちは、その中にある角材が気になっていた。

 

 

「あの…、この角材は?」

 

 

「んん?ああ、角材(それ)は甘露寺を卑猥な目で見た奴らを縛るための物だ。我妻、最初はお前を縛ろうと思っていたが、先程の質問に免じて縛るのは無しにする」

 

 

炭治郎が意を決して小芭内に質問をすると、小芭内は木刀を用意しながら恐ろしい答えを出した。

 

 

「お前たち、これを使え。それと嘴平、お前は二刀流だと聞いている。だから木刀を二本持て、いいな?」

 

 

「おう!」

 

 

炭治郎たちは小芭内から木刀を受け取り、いよいよ稽古が開始となる。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「今日の訓練はこれで終わりだ、しっかりと体を休めておけよ」

 

 

「「「「「あっ…ありがとうございました……」」」」」

 

 

その日の夕暮れ、小芭内の稽古が終わりを告げ、炭治郎たちは角材に寄り掛かったり、床に大の字になって寝転がっていた。

 

 

「蛇柱様…、凄い太刀筋だったな…」

 

 

「うん…、障害物の向こうから的確にこちらに攻撃を当ててくるもんね…」

 

 

「あの人の太刀筋…、異様な曲がり方するもんな…」

 

 

炭治郎たちは各々思ったことを口にしていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが小芭内の下を訪れてから四日、炭治郎たちは小芭内の攻撃を避けつつ、自分からも攻撃が出来るようになっていた。

 

 

そして攻撃が当たり、小芭内の羽織の裾が切れたら稽古は合格となった。

 

 

「これで俺の稽古は全員合格だ、次の柱である煉獄の下へ向かうがいい」

 

 

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

 

炭治郎たちは小芭内に礼を言って蛇屋敷を去った。

 

 

余談だが、伊之助は稽古中に『玖ノ牙 伸・うねり裂き』を新たに完成させた。そして小芭内は蜜璃を卑猥な視線で見ていた隊員を悉く角材に括りつけていったのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱稽古 第七の稽古

 

 

炎柱 煉獄杏寿郎の模擬戦

 

 

「おお竈門少年、栗花落少女、我妻少年、嘴平少年、不死川少年!待っていたぞ!」

 

 

「煉獄さん、お久しぶりです!稽古、よろしくお願いします!」

 

 

炎屋敷こと煉獄家を訪れた炭治郎たちは、杏寿郎に挨拶をしようとしたら、先に挨拶をされてしまった。

 

 

「うむ、元気があってよろしい!では早速俺の稽古を説明しよう!俺の稽古は模擬戦だ!互いに戦い、十回勝利したら先に進めるぞ!」

 

 

「だが、型や波紋を使用した場合、最初からやり直しとなる!因みに負けても勝利回数は無くならないので安心したまえ!」

 

 

杏寿郎は稽古の内容を説明するが、余りにも声が大きいため、全員耳を手で塞いでいた。

 

 

「説明は以上である!ではまず、我妻少年と嘴平少年、不死川少年と栗花落少女の組で模擬戦を始めたまえ!竈門少年は俺自ら相手をしよう!」

 

 

「よろしくお願いします!」

 

 

こうして炭治郎たちの稽古が開始された。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

稽古を開始してから五日が経過していた。炭治郎たちは互いの力量や癖を知っている性か、中々攻撃が決まらず、睨みあったまま微動だにしないことがよくあった。

 

 

しかし、この日から小芭内の稽古を終えた隊員たちが来たため、炭治郎たちは難なく十勝を勝ち得たのだった。

 

 

炭治郎たちは煉獄家の出立を翌日にし、この日は煉獄家でのんびり過ごすのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱稽古 第八の稽古

 

 

風柱 不死川実弥の無限打ち込み稽古

 

 

「最初はお前らかァ、よく来たなァ」

 

 

「「「風柱様、よろしくお願いします!」」」

 

 

「兄ちゃん、よろしく」

 

 

「よろしく頼むぜ、傷だらけのオッサン」

 

 

煉獄家で休養を取った炭治郎たちは実弥の下を訪れ、挨拶を交わした。

 

 

「おう、こちらこそよろしく頼むぜェ。けど、稽古は明日からにする、今日はゆっくりと休みなァ」

 

 

「ありがとうございます。あっ、それとおはぎをお持ちしましたので、後で食べて下さい」

 

 

炭治郎は持っていた包みを実弥に手渡す。実は炭治郎たちは実弥の下へ訪れる前に和菓子屋に足を運び、おはぎを買っていたのだ。

 

 

因みにおはぎを選んだのは玄弥である。

 

 

「おう悪いな。…んっ?これは俺の一番の好物じゃねェか!良く分かったなァ」

 

 

「これを選んだのは玄弥なんです」

 

 

「兄ちゃん、小さい時からこのおはぎをよく食べていたからな、覚えていたんだよ」

 

 

実弥はおはぎの中でも一番の好物であることに気付き、炭治郎が誰が選んだのかを話し、玄弥は照れ臭そうに頬を掻いていた。

 

 

「そうかァ。ありがとうな、玄弥、炭治郎。今日のおやつはこのおはぎにしよう、数が多いみたいだから、お前らにも分けてやるぜェ」

 

 

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

 

 

実弥は嬉しそうに炭治郎と玄弥にお礼を言って、おはぎを炭治郎たちに分けあった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「全員いるなァ?それじゃ稽古を始めるぜェ。俺の稽古は"無限打ち込み稽古"、お前ら全員で俺に挑んでこい。そして俺に一撃を当てれば合格だァ」

 

 

翌日、風屋敷の庭に炭治郎たちが一列に並び、眼前にいる実弥が稽古の内容を説明する。

 

 

「煉獄の所では型や波紋は使用禁止だったが、俺の所では使用可能だァ。ここまでで何か質問はあるかァ?」

 

 

実弥の質問に炭治郎たちは首を横に振った。

 

 

「なら、始めるぜェ。遠慮無く掛かって来なァ!」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

実弥の稽古が始まってから三日、炭治郎たちは未だ実弥に一撃を与えることはできなかった。

 

 

「よし、休憩だ。しっかり水飲んどけよなァ」

 

 

休憩を言い渡した実弥は屋敷の中へと入り、炭治郎たちは縁側に置いてある桶から水を掬って飲み、同じく縁側に置いてある梅干しを頬張った。

 

 

モグモグ「不死川さん、遠慮無いなぁ…」

 

 

モグモグ「俺たちが四方八方から攻撃しているのに、その全てに反応しているからな」

 

 

モグモグ「下手したら、伊之助と同じくらい気配に敏感なのかもな…」

 

 

炭治郎、善逸、玄弥の三人は梅干しを食べながら実弥の実力を感じていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが実弥の下を訪れてから更に十日、炭治郎の他にも隊員たちが徐々に集まりだし、流石の実弥も力加減が難しくなっていた。

 

 

隊員の一人が実弥に不意打ちをしようとすると、その気配を察した実弥が強く反撃をしてしまい、相手を気絶させる程だった。

 

 

しかし炭治郎たちはその実弥の攻撃すらも受け流せるようになっており、遂に実弥の一瞬の隙を突いて一撃を与えた。

 

 

「今俺に一撃を与えた奴は合格だァ、次の柱である悲鳴嶼さんの所へ向かいなァ」

 

 

構えを解いた実弥は炭治郎たちに合格を出し、そのまま屋敷の中へと入っていった。どうやら丁度休憩の時間だったらしく、隊員たちもその場に座り込んだりして体を休めていった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「なぁ、悲鳴嶼さんの屋敷ってまだ距離あるのか?」

 

 

実弥の下を去った炭治郎たちは、玄弥の案内の下、行冥がいる屋敷に足を運んでいた。

 

 

「後もう少しだ、滝の音が聞こえるからな」

 

 

屋敷までの距離に愚痴を溢していた善逸に玄弥が残りの距離を言う。

 

 

「よくぞ…参られた…」

 

 

そして滝がある所に到着した炭治郎たちの前に行冥が待ち構えていた。

 

 

柱稽古 第九の稽古

 

 

岩柱 悲鳴嶼行冥の筋力向上訓練

 

 

「最も重要なのは体の中心…、足腰である。強靭な足腰で体を安定させることは正確な攻撃と崩れぬ防御へと繋がる」

 

 

「まず滝に打たれる修行をしてもらい……、次に丸太を三本担ぐ修行…、最後にあそこにある岩を一町先まで押して運ぶ修行…」

 

 

「私の修行はこの3つのみの簡単なもの…」

 

 

行冥は手にしている数珠を鳴らしながら稽古の内容を説明する。

 

 

「分かりました。よしみんな、行くぞ!」ガバッ

 

 

炭治郎は着ていた隊服の上着を脱ぎ、伊之助みたいに上半身裸になると、善逸、玄弥も炭治郎に続かんとばかりに上着を脱いだ。

 

 

「ヒャッ!」

 

 

すると、カナヲが顔に手を当てて踞った。

 

 

「カナヲ、どうした?」

 

 

炭治郎がカナヲの声を聞いて側に寄ると

 

 

「炭治郎の裸…、見ちゃった…//////」ボソボソ

 

 

恥ずかしそうに喋っていた。

 

 

「カナヲ、いったいどうし……あっ」

 

 

炭治郎はどうして顔を隠すのか聞こうとした所で、今自分たちがどんな格好をしているのかを察した。

 

 

「カナヲ…、ごめん」

 

 

「べっ、別に炭治郎が悪い訳じゃ無いから…、私、向こうで着替えて来るね//////」

 

 

炭治郎はカナヲに謝り、カナヲは茂みの向こうに走って行ってしまった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

そして炭治郎たちは上半身肌(カナヲはサラシ姿)で滝に打たれる修行を始めることにした。しかし

 

 

「うわっ、冷たい!」

 

 

川に入った善逸が声を上げた。そう、川の水は予想以上に"冷たかった"のだ。

 

 

「まずは体に水を当てて冷たさに慣れよう」パシャパシャ

 

 

炭治郎は自分の体に川の水を掛け始めた。善逸、玄弥、カナヲも炭治郎の真似をし、冷たさに慣れようとする。

 

 

「そんなんしゃらくせぇ!俺は行くぜ、猪突猛進!」

 

 

だが伊之助は打ち水をせず、滝に向かって突進してしまった。

 

 

「ちょっ、伊之助!?」

 

 

「あいつ…、この川の冷たさを感じないのか…(-_-;)」

 

 

「ただ何も考えていないだけだろ…(-_-;)」

 

 

炭治郎は伊之助の行動に驚き、善逸と玄弥は呆れていた。

 

 

そして伊之助を除く四名は打ち水をして川の冷たさに慣れた所で滝の所まで進む。伊之助は先に滝に打たれており、炭治郎たちも伊之助の横に並んで念仏を唱えながら滝に打たれ始めた。

 

 

何故念仏を唱えるのか?それは炭治郎たちが打ち水をしている時に

 

 

「滝に打たれる時には念仏を唱えなさい…、そうすれば集中でき、意識があることも伝えられる…」

 

 

と行冥に言われたからだった。

 

 

炭治郎たちが念仏を唱えている中、伊之助は水の冷たさに耐えられず滝から出ようとしていた。しかし両隣から聞こえる炭治郎たちの声の性で伊之助のプライドが水から出るのを阻止していた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「まさか伊之助が死にかけていたなんて…」

 

 

「水の冷たさに耐えられなかったんだろうな…」

 

 

炭治郎たちは川の側で焚き火をしており、その火で川から獲った魚を焼いていた。

 

 

「炭治郎、魚焼けたよ」

 

 

「ありがとうカナヲ、それじゃ腹ごしらえをしようか」

 

 

炭治郎たちは焼けた魚を掴み、それぞれ口にした。

 

 

「…美味しい」

 

 

「ああ、脂が乗っていて旨いな」

 

 

「焼き加減も絶妙だし、文句の着け所が無いな」

 

 

カナヲ、玄弥、善逸の三人は魚の旨さに舌鼓を打っていた。

 

 

「…にしても、あの玉ジャリジャリ親父、すげェよ。会った時からビビッと来たぜ、間違いないねぇ鬼殺隊最強だ」ボリボリ

 

 

魚を骨まで食べていた伊之助が不意にそんなことを口にした。

 

 

「そりゃそうさ、何たって悲鳴嶼さんは兄ちゃんが入隊してからずっと柱を勤めているんだからな」

 

 

「私も師範から聞いたんだけど、師範とカナエ姉さんを鬼から助けてくれたのはまだ隊員だった岩柱様だったんだって」

 

 

伊之助の予想に同意するかのように玄弥とカナヲが話す。

 

 

「へぇ~、悲鳴嶼さんってそんなに凄いんだ…」

 

 

「多分兄ちゃんの稽古を悲鳴嶼さんの所でやったら、誰も手出しできないと思うな」

 

 

「「「同感」」」

 

 

玄弥の予想に同意する炭治郎、善逸、カナヲだった。

 

 

因みに焼いていた魚は伊之助が殆んど平らげてしまい、あんまり食べられなかった全員からお叱りを貰ったのは言うまでも無い。

 

 

 



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第24説

 

 

炭治郎たちが行冥の下を訪れた日の夜、炭治郎たちは小屋の中で炭治郎が作った飯を食べていた。

 

 

モグモグ「炭治郎の飯は旨いな」

 

 

モグモグ「同感、食べ過ぎて太りそうだぜ」

 

 

善逸と玄弥は炭治郎の飯に舌鼓を打ちつつも飯を頬張っていた。

 

 

「ありがとう、善逸に玄弥。ほら、汁物ができたからお椀ちょうだい?」

 

 

炭治郎は鍋の中をかき混ぜながら善逸と玄弥にお礼を言った後、お椀を受け取るために手を差し出す。すると、善逸と玄弥以外にカナヲと伊之助もお椀を炭治郎に差し出した。

 

 

「それじゃ盛るからもうちょっと待っててな」

 

 

炭治郎はお椀を"5つ"受け取り、汁物をお椀の中に注いだ。

 

 

「え~っと…、善逸に玄弥に、カナヲに伊之助、俺と…あれ?」

 

 

炭治郎はここで初めてお椀が"1つ多い"ことに気づいた。

 

 

炭治郎は小屋の中を見渡すと、善逸、玄弥、カナヲ、伊之助の他に"行冥がいる"ことに気づいた。

 

 

「南無…」

 

 

「「「「ひっ、悲鳴嶼さん!!?」」」」

 

 

「玉ジャリジャリ親父!?なんでここに!?」

 

 

炭治郎たちは行冥が小屋の中にいることに驚いていた。

 

 

「修行内容の詳細を伝えようと思い、小屋に来てみたら、美味しそうな匂いに釣られてしまい…」

 

 

「あ~っ、それでお椀を差し出していた…と」

 

 

炭治郎の質問に行冥は涙を流しながら頷いた。

 

 

「分かりました。良ければ食べていかれますか?」

 

 

「……頂こう」

 

 

炭治郎は笑いながら行冥のお椀に汁物を注ぎ、行冥に渡した。

 

 

「はい、どうぞ。熱いので気をつけてくださいね」

 

 

「感謝する…、いただきます」

 

 

行冥は炭治郎が作った汁物を一口啜る。

 

 

「……うまい」

 

 

行冥は一口啜った後、黙々と汁物を食べていた。

 

 

「クスッ、お気に召して何よりです。さぁみんな、冷めない内に食べよう!」

 

 

炭治郎はみんなにお椀を渡して一緒に食べた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「竈門炭治郎…、君の食事は実に美味だった…。ご馳走さまでした」

 

 

「お粗末様です。それで、修行内容の詳細とは…?」

 

 

行冥は炭治郎に食事のお礼を言い、炭治郎はその言葉を受け取る。そして小屋に訪れた理由を聞く。

 

 

「うむ。まず滝の修行だが、時間は一刻打たれ続けるようになりなさい。そして一刻経過すれば丸太を担ぐ修行、最後に岩を押す修行になる」

 

 

行冥は滝に打たれる時間等を伝える。

 

 

「わかりました。態々ありがとうございます」

 

 

「よい、私は君たちに"期待"している。頑張ることだ」

 

 

行冥はそう言って、小屋を出た。そして炭治郎たちは修行の疲れを癒すために就寝することにした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

チュン…、チュン…

 

 

「うぅ~ん…」

 

 

翌朝、炭治郎は日差しを受け、目を覚ます。すると

 

 

「うぅ…ん」

 

 

「えっ?カナヲ??」

 

 

目の前にカナヲの顔があったのだ。

 

 

「(なっ…、なんでカナヲの顔がこんな近くに!?………カナヲの顔、可愛いな~。睫毛(まつげ)は長いし、唇も潤っていて柔らかそう…。)口づけ…したいな…

 

 

「いいよ」

 

 

炭治郎はカナヲの唇を凝視していると、唇が動いたので視線を上に向ける。すると目を覚ましていたカナヲが炭治郎の顔を覗いていた。

 

 

「炭治郎なら、口づけしても…、いいよ」

 

 

「カナヲ…」

 

 

「炭治郎…」

 

 

元々距離が近かった二人の顔が更に近くなり、口づけするまで後数ミリに達した。

 

 

「腹減った!何か食わせろ!」ガバッ

 

 

「「っ!?」」

 

 

しかし寝起きの伊之助が大声を上げたせいで、二人の顔が離れてしまった。

 

 

「おっ…、おはよう伊之助」

 

 

「権八郎、早く飯を食わせろ!腹減ったぞ!」

 

 

「はいはい…、今作るから待っててな」

 

 

炭治郎は若干残念そうな感じで朝食の用意をするのであった。

 

 

「「(あの馬鹿猪…、もうちょっと空気読みやがれ!!)」」

 

 

因みに善逸と玄弥は炭治郎とカナヲが起きる少し前に起きており、二人がキスする所を見ようと狸寝入りをしていたが、伊之助に邪魔されたため、心の中で伊之助に文句を言っていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが行冥の下を訪れてから四日が経過した。炭治郎たちは滝に一刻打たれ続けるようになり、丸太を三本持ち上げられるようになった。(ここまでで約3日経過)

 

 

そしていよいよ最後の岩を押す修行に取り組んだ炭治郎たちだったが、岩は思うように動かず、玄弥以外は1ミリも動かすことができなかった。

 

 

「なぁ玄弥、岩を動かすのに何か"コツ"とか無いのか?」

 

 

その日の夕方、修行を終えた炭治郎は小屋に戻る途中で、善逸が玄弥に質問をした。

 

 

「"コツ"…ねぇ、みんなは俺たちが修行している時に、悲鳴嶼さんが近くを通りかかったりしなかったか?」

 

 

玄弥が炭治郎たちに質問をすると、どうやら心当たりがあるようで、全員が頷いていた。

 

 

「悲鳴嶼さん、俺たちが押そうとしている(もの)よりも二回り大きい岩を押していたな」

 

 

「そういや、悲鳴嶼さんが岩を押している時に、念仏を唱えていたような…」

 

 

善逸が行冥が岩を押している時にしていることを口にすると

 

 

「それだよ。悲鳴嶼さんはそうやって実践している所を見せて、俺たちに教えているんだ」

 

 

玄弥の説明に未だ答えを見出だしていない炭治郎たちは頭に"?"を浮かべていた。

 

 

「悲鳴嶼さんが教えているのは"反復動作"ってやつさ。これは集中を極限まで高めるために、予め決めておいた動作をするんだ。悲鳴嶼さんや俺の場合は"念仏を唱える"みたいな」

 

 

玄弥の説明にやっと納得がいったのか、炭治郎たちは頷いていた。

 

 

「別に"念仏を唱える"が全てじゃ無いから。やり方は千差万別、それぞれ自分に合った動作を見つければ、きっと岩を動かせると思うぜ?」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

玄弥から"反復動作"を教わってから6日、炭治郎たちは少しずつではあるが、岩を押せるようになった。

 

 

炭治郎は『家族やカナヲの笑顔』

 

 

カナヲは『蝶屋敷のメンバーや炭治郎の笑顔』

 

 

善逸は自分の育手である『慈悟郎(じごろう)の顔』

 

 

玄弥は行冥と同じ『念仏を唱える』

 

 

伊之助は大好物である『天ぷら』

 

 

をそれぞれ反復動作に決め、岩を押す修行を続けた。

 

 

そして更に6日経過した日、遂に炭治郎たちは岩を一町(約109メートル※"コトバンク"参照)先まで押すことができたのだった。

 

 

「私の修行を全てやり遂げるとは…、大したものだ…」

 

 

全ての修行をやり遂げた炭治郎たちは行冥にその報告をすると、行冥は涙を流しながら喜んでいた。

 

 

「先生…?」

 

 

そこに勾玉が付いた首飾りを着けた隊員が行冥に声を掛けた。

 

 

獪岳(かいがく)…」

 

 

声を掛けた隊員に行冥よりも先に善逸が反応をした。

 

 

「善逸…」

 

 

「獪岳か…、久しいな…」

 

 

「先生…、俺、先生に謝らなければならないことがあるんです」

 

 

獪岳は行冥の前まで歩き、そして行冥の前で懺悔を始めた。

 

 

「俺は先生に贈り物をしたくて、みんなには内緒で仕事を探していたんです。けど、中々雇ってもらえなくて。それで先生のお金に手を出した時に、あいつらに見つかって…」

 

 

「俺はお金を盗んだ理由を必死に話そうとしたけど、『盗人の言うことなんか信じない!』って言われて追い出されて…。その後、鬼に遭遇した時に、『あいつらをちょっと凝らしめてやろう!』と思って鬼を案内したら…、あんなことになって…」

 

 

「先生…、ごめんなさい…、ごめんなさい…」

 

 

懺悔をしていた獪岳は最終的に土下座する形で行冥に謝り続けていた。

 

 

「獪岳…、君の気持ちはとても嬉しい。けど、お金を盗んだり鬼を襲わせるのはいけない…。分かってくれるな…?」

 

 

「先生…、ごめんなさい…、ごめんなさい…」

 

 

行冥は獪岳の頭を優しく撫で、獪岳は涙を流し続けた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その翌日…

 

 

「炭治郎、お待たせ」

 

 

「善逸、もういいのか?」

 

 

「ああ、昨夜沢山話したからな」

 

 

獪岳が行冥に懺悔をしたその日の夜、善逸は獪岳と共に夜を過ごし、朝炭治郎たちと合流した。

 

 

「なら、最後の柱の下へ行こう!」

 

 

「「「「おう!」」」」

 

 

炭治郎の号令に元気良く返事をする善逸たちだった。

 

 

 



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第25説

 

 

行冥の修行を終えた炭治郎たちは、最後の柱である錆兎がいる『水屋敷』を目指して『千年竹林』を歩いていた。

 

 

「もう少しで水柱様が住んでいる屋敷に到着するな。……あれ?」

 

 

炭治郎は先導しながら進んでいると、屋敷の方から"以前嗅いだ匂い"がしたため、足を止めた。

 

 

「炭治郎、どうしたの?」

 

 

「うん、水屋敷の方から水柱様たち"以外"にも嗅いだことがある匂いがしたから…。この匂いは…、玄弥のお兄さんかな?」

 

 

足を止めた炭治郎にカナヲが質問をすると、炭治郎は足を止めた理由を話した。

 

 

「えっ、本当?っ……、本当だ、風柱様の音がする。それにこの音…、木刀を打ち合っている音だ」

 

 

善逸が耳をすませると、確かに炭治郎の言う通り、実弥の音を聞き取った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

『風の呼吸・壱ノ型 塵旋風・削ぎ』

 

 

『水の呼吸・肆ノ型 打ち潮』

 

 

炭治郎たちは水屋敷の方へ向かってみると、水柱の錆兎と風柱の実弥が戦っていた。

 

 

「流石全集中の呼吸の中でも一~二を争う速さを持つ呼吸。受け流した"だけ"で木刀に皹が入りやがった…」

 

 

「そっちこそ全集中の呼吸の中でも一番多い型を所有する呼吸だァ、受け流されるとは思わなかったぜェ」

 

 

「けど、これならどうだァ!」

 

 

『風の呼吸・伍ノ型 木枯らし颪』

 

 

『水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き』

 

 

実弥と錆兎は互いの型をぶつけ合う。すると

 

 

バキッ バキッ

 

 

お互いの木刀が根本から折れてしまった。

 

 

「よォし、次は素手で()り合うか」

 

 

「男に生まれたならば、引くことは赦されない!受けて立とう!」

 

 

実弥と錆兎は折れた木刀を放り捨て、ファイティングポーズを取る。

 

 

「やれやれ…、んっ?おい、そこにいるのは誰だっ!?」

 

 

『っ!?!?!?』ビクッ

 

 

二人の戦いを見ていた義勇が大声で問い質すと、垣根から炭治郎たちが姿を現した。

 

 

「んァ?んだよォ、玄弥たちじゃねェか」

 

 

「此処に来たと言うことは、悲鳴嶼さんの稽古を突破したと言うわけか」

 

 

炭治郎たちの姿を見た実弥と錆兎はファイティングポーズを解いた。

 

 

「あの…、お二人は一体何を…?」

 

 

「錆兎と実弥は"柱稽古"をしていたんだ」

 

 

炭治郎の質問に義勇が真っ先に答えた。

 

 

「柱稽古…ですか?今俺たちがやってる…」

 

 

「"柱稽古"には2つの意味があってな、1つは今お前たちがやってる"柱の階級を持つ者が下の階級を持つ者を鍛える"もの。もう1つは文字通り"柱同士の稽古"」

 

 

「今錆兎たちがやっていたのは、もう1つの"柱稽古"だったのさ」

 

 

義勇の説明に炭治郎たちは納得した様子で首を縦に振っていた。

 

 

「そんじゃ、俺はそろそろお暇するわァ」フリフリ

 

 

実弥は手を振りながら水屋敷を後にした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

柱稽古 最終稽古

 

 

水柱 鱗滝錆兎の連携訓練

 

 

「それじゃいよいよ最後の稽古をお前たちに課す。俺の訓練の内容は"連携"だ。一体の鬼に対して俺たちは複数の仲間と共に狩ることがある」

 

 

「だが、連携が出来なければ互いの足を引っ張るだけでは無く、鬼の餌食にもなってしまう」

 

 

「つまり、上手く連携を取れれば無傷で鬼に圧勝することができる」

 

 

錆兎の説明に炭治郎たちは感心していた。

 

 

「それではまず、それぞれ組を作ってもらう。よく話し合って組を決めるんだ」

 

 

錆兎の話を聞いた炭治郎たちは全員で話し合った。そして炭治郎とカナヲ、善逸と伊之助の(ペア)が完成した。

 

 

「不死川、お前は一人だが、良かったのか?」

 

 

「えぇ、俺は全集中の呼吸が"使えません"から。でも、後で炭治郎や善逸が組んでくれる約束をしてくれましたから大丈夫です」

 

 

一人省かれた玄弥を心配した錆兎は、玄弥に声を掛けると、玄弥は後で組を組んでくれることを話した。

 

 

「なら大丈夫だな。よし!それじゃ稽古を始めるとしよう!まずは竈門、栗花落の組だ。準備してくれ。他の者は壁際に寄って稽古を観察すること。義勇、頼む」

 

 

「了解した」

 

 

まず最初に炭治郎・カナヲペアが錆兎・義勇ペアと戦うことになり、他の者は道場の壁際に寄った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「よし、今日の稽古はこれまで」

 

 

「「「「「あっ…、ありがとうございました…」」」」」

 

 

日暮れ時、錆兎が稽古終了の合図を出すと、炭治郎たちは道場の床に寝そべってしまった。

 

 

「きっ…、キツ過ぎる…」

 

 

「相手の行動を先読みしないと…、仲間に当たる…」

 

 

「カナヲ、ごめん…。俺がしっかりしていれば…」

 

 

「炭治郎の…、せいじゃ…、無いよ…」

 

 

炭治郎たちは全員疲れ果てていた。伊之助に関しては疲れ過ぎて声も出せない様子だった。

 

 

パンパンッ「ほ~ら、何時までも道場の床(こんな所)に寝そべってないで、早く起き上がりなさい!まずは道場の床掃除!その後にご飯だからね」

 

 

そんな炭治郎たちに真菰が手を叩きながら指示する。

 

 

「まっ…、真菰さん…。流石に…、掃除は…」

 

 

「掃除は私も手伝うから、ほらさっさと起きる!」

 

 

真菰の指示にカナヲが意義を申し立てようとするが、一蹴されてしまい、炭治郎たちはやっとの思いで起き上がり、掃除を開始した。

 

 

そして夕食の時間となり、炭治郎たちは真菰の案内で居間に通されると、そこにはお膳の上に天ぷらがあった。

 

 

「今日は稽古初日と言うことで、ちょっと張り切りました」

 

 

どうやら料理をしたのは真菰のようで、天ぷらの出来も定食屋に出ている物と差程変わりは無かった。

 

 

天ぷらの他にも義勇の大好物である"鮭大根"や汁物、"五目炊き込みご飯"などがあった。

 

 

「よっしゃ、飯だ飯だ!」

 

 

食糧を見た伊之助は我先にと一番量が多そうな席を探す。

 

 

「こら嘴平君!貴方は掃除を殆んどやって無かったでしょ!罰として貴方の席はあそこ!」

 

 

真菰が指を指した所を見ると、他のお膳に比べて一回り"小さい"お膳があった。

 

 

「おいっ!何で俺の分だけ少ないんだ!もっと多く用意しやがれ!」

 

 

「生意気言うんじゃありません!」ビシッ

 

 

伊之助は自分のお膳の量に不服を持ち、真菰に意義を唱えると、真菰は伊之助にデコピンをした。

 

 

「言ったでしょ?ちゃんと掃除をしなかった罰だって。みんな、自分のご飯を彼にあげないようにね?」

 

 

真菰は炭治郎たちに"にっこり"笑って伊之助に"餌付け"しないように釘を刺した。

 

 

後に

 

 

「真菰さんから鼻が火傷するくらいの"怒りの匂い"がしました」

 

 

「顔は笑っているけど、目が笑っていなかった」

 

 

「真菰さんから聞いたことの無い音が聞こえました」

 

 

と語っていた。因みに伊之助はと言うと、真菰の威圧に震え上がり、素直に大人しくなっていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが錆兎の下で稽古を始めてから10日、他のメンバーとの連携も大分取れるようになった。

 

 

「よし、今日の稽古はこれまで。何時ものように道場の掃除はしっかりやるように。では解散」

 

 

錆兎の号令で稽古は終了し、炭治郎たちは道場の掃除に取りかかった。もちろん伊之助も真面目に掃除をしていた。

 

 

「……どう見る?」

 

 

「二人ずつの連携もしっかりしてきた。これなら人数を増やしても問題は無いだろう。最終的に"五人全員"の連携が取れれば…」

 

 

「稽古は終わり…か」

 

 

錆兎と義勇は炭治郎たちの道場の掃除を覗き見ながら話をしていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが錆兎の下で稽古を始めてから更に10日、炭治郎たちは五人全員での連携をしていた。

 

 

そして遂に炭治郎たちは錆兎と義勇、真菰の三人組から一撃も受けずに勝ったのだった。

 

 

「見事だ、これで俺の稽古は全て終わりだ」

 

 

「よくやったな、お前たち」

 

 

「今までお疲れ様。今日はご褒美に食事を豪勢にするから、楽しみに待っていてね」

 

 

「「「「「ありがとうございました!」」」」」

 

 

炭治郎たちは錆兎たちにお礼を言いながら頭を下げた。

 

 

そして道場の掃除を終えた炭治郎たちの目に飛び込んできたのは、稽古初日と同じ豪勢な食卓が並んでいた。

 

 

「さあみんな、遠慮せず食べて食べて!」

 

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

 

炭治郎たちは我先にと食卓に着き、ご飯を頬張った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「お前たちは俺たち柱が課す稽古を全てやり遂げた」

 

 

翌日、水屋敷を後にしようとしていた炭治郎たちに錆兎たちが話をしていた。

 

 

「今までの稽古はお前たちにとって掛け替えの無い"宝物"となる。稽古の中で教わったこと、忘れるなよ?」

 

 

「またいつでも遊びに来ていいからね」

 

 

「「「「「はい!ありがとうございました」」」」」

 

 

炭治郎たちは錆兎たちに見送られながら水屋敷を後にした。

 

 

 



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第26説

 

 

全ての柱稽古をやり終えた炭治郎たちは、炭治郎の師範である承太郎がいる『波紋屋敷』に向かっていた。

 

 

「よく戻ってきたな、炭治郎」

 

 

すると、門の前に承太郎がいた。

 

 

「師範、ただいま戻りました!」

 

 

「お帰り、稽古の詳細はアヴドゥルから聞いている。よくやり遂げたな」ナデナデ

 

 

承太郎が炭治郎の頭を撫でると、炭治郎は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

 

「この稽古でどれだけ力が付いたか見てやろう」

 

 

承太郎は道場を親指で指しながら移動を始めると、炭治郎たちも承太郎の後を追いかけた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが道場に到着すると、既に炭治郎の親である炭十郎に葵枝、弟や妹の竹雄、茂、花子、六太、更には蝶屋敷のカナエ、アオイ、なほ、すみ、きよが揃っていた。

 

 

炭治郎と承太郎は互いに木刀を持ち、正面に並ぶ。

 

 

「では僭越ながら私神崎アオイが審判を勤めさせていただきます。では、始め!」

 

 

「《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

太陽の戦士(サン・ソルジャード)!」

 

 

『日の呼吸・壱ノ型 円舞』

 

 

アオイの号令で試合が開始されると同時に承太郎と炭治郎は弾かれるように接近し、お互いの幽波紋(スタンド)を出した。そして《星の白金》は己の拳を、《太陽の戦士》は己の刀で攻撃を繰り出す。

 

 

ガキンッ

 

 

《星の白金》と《太陽の戦士》の攻撃がぶつかった瞬間、金属音が鳴り響いた。そして承太郎と炭治郎もまた、互いの木刀を振るい、鍔迫り合いになっていた。

 

 

互いに一撃を繰り出した承太郎と炭治郎は、一瞬で距離を取り、再び接近する。

 

 

『日の呼吸・捌ノ型 飛輪陽炎(ひりんかげろう)

 

 

《オラァ!》

 

 

《太陽の戦士》が攻撃範囲が読みにくい技を使用するが、《星の白金》は右の手甲の飾りで受け止め、左拳で迎撃する。

 

 

『日の呼吸・拾壱ノ型 幻日虹(げんにちこう)

 

 

しかし、《太陽の戦士》は《星の白金》の攻撃を残像が残るほどの身のこなしで避けた。

 

 

『日の呼吸・玖ノ型 輝輝恩光(ききおんこう)

 

 

《星の白金》の攻撃を避けた《太陽の戦士》は炭治郎と共に承太郎に接近し、技を繰り出す。

 

 

しかし《太陽の戦士》の攻撃は"空を斬った"。なぜなら

 

 

承太郎は《星の白金》を"戻した"からだった。

 

 

《オラァ!》

 

 

承太郎の中に戻った《星の白金》は再び承太郎の中から飛び出し、右フックで《太陽の戦士》の左脇腹を殴った。

 

 

「うぐっ!?」

 

 

それと同時に炭治郎は自分の左脇腹に殴られた"衝撃"が伝わった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「炭治郎、どうしたんだろう?」

 

 

「カナヲちゃん、どうしたの?」

 

 

承太郎と炭治郎の試合を見ていたカナヲが呟き、それを聞いた善逸がカナヲに質問をする。

 

 

「今炭治郎が脇腹を押さえたような仕草をしたから…」

 

 

「脇腹を…?……本当だ、左の脇腹を押さえてる」

 

 

カナヲが指摘したことを疑問に思った善逸が炭治郎を見てみると、確かに炭治郎は脇腹を押さえながら戦っていた。

 

 

「無理も無いわい、炭治郎は承太郎の《幽波紋》の攻撃を受けたのじゃからな」

 

 

そこにジョセフが遅れてやって来た。

 

 

「《幽波紋》と《幽波紋使い》は"一心同体"、《幽波紋》が攻撃を喰らえば《幽波紋使い》も同じ所に攻撃を受ける。《幽波紋使い》同士の戦いでは、どちらが先に相手の《幽波紋》を倒せるかが勝敗の鍵となる」

 

 

「炭治郎…」

 

 

「炭治郎…!」

 

 

ジョセフの解説を聞いたカナヲは、手を祈るように組み、善逸は固唾を飲みながら戦いを見守っていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

《オラァ!》

 

 

『日の呼吸・肆ノ型 灼骨炎陽(しゃっこつえんよう)

 

 

《オラァ!》

 

 

『日の呼吸・陸ノ型 日暈(にちうん)の龍・頭舞(かぶりま)い』

 

 

《オラァ!》

 

 

『日の呼吸・伍ノ型 陽華突(ようかとつ)

 

 

ジョセフが解説をしている間にも、承太郎と炭治郎の試合は過激になっていた。

 

 

《太陽の戦士》が攻撃をすれば、《星の白金》がガードし、《星の白金》がカウンターを仕掛ければ、《太陽の戦士》がそれを受け流す。先程の《星の白金》が与えた一撃を除けば、一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 

しかし、その戦いも終わりを向かえようとしていた。

 

 

バキッ

 

 

「なっ!?」

 

 

「隙有り!」

 

 

バシッ

 

 

承太郎の攻撃を受け止めた炭治郎の木刀が折れてしまい、炭治郎は驚きを露にする。そしてその隙を突いた承太郎が炭治郎に一撃を与えた。

 

 

「そこまで!この試合、波紋柱・空条承太郎様の勝ち!」

 

 

承太郎の一撃を見たアオイが終了の号令を出し、承太郎と炭治郎は正面に向き合い、一礼をした。

 

 

「炭治郎、お疲れさま」

 

 

「お疲れさま炭治郎、惜しかったな」

 

 

カナヲは炭治郎に手拭いを渡し、善逸は炭治郎を労った。

 

 

「ありがとうカナヲ、善逸。いやぁ~、柱稽古で強くなったと思ったんだけどなぁ。まだまだ師範には敵わないや」

 

 

炭治郎はカナヲから受け取った手拭いで汗を(ぬぐ)いながら感想を述べていた。

 

 

「いや俺も何回か危うい所があったからな。木刀が折れなかったら、勝っていたのは炭治郎かもしれん」

 

 

そこに承太郎が手拭いで汗を拭きながらやって来た。

 

 

「師範…」

 

 

「炭治郎、随分と強くなったな。これでは何時か追い抜かれるかもしれんな」

 

 

「師範、俺はまだまだ弱いです。師範に頼ってばかりです。けど、何時かは師範に頼らずに戦えればと思っています。それまでの間、御指導宜しくお願いします!」

 

 

炭治郎は承太郎に深々と頭を下げる。

 

 

「……ふぅ、やれやれだぜ」

 

 

承太郎はトレードマークとも呼べる帽子を被り直すと、道場の外へと向かった。

 

 

「何をしている?早くついて来な」

 

 

承太郎に言われ、炭治郎たちは承太郎の後を追い掛ける。そして承太郎が行き着いた所は承太郎自身の部屋であった。

 

 

承太郎は部屋の扉を開け、中に入ると、部屋に飾ってあった帽子を1つ取り、炭治郎の下へ向かった。

 

 

「これは今俺が被っている帽子と同じ帽子(もの)だ、コイツをお前にやろう。柱稽古をやり遂げた祝いだ」

 

 

承太郎は帽子を炭治郎の頭に被せた。

 

 

「師範…、ありがとうございます!」

 

 

炭治郎は承太郎から被せてもらった帽子を被り直し、承太郎にお礼を言った。

 

 

それから炭治郎たちは数日間休息を取った。その間も承太郎やカナヲたちと訓練をしたり、柱稽古に参加していた禰豆子やポルナレフたちが帰って来たりと、日々の疲れを癒していた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

炭治郎たちが波紋屋敷で休息を取ってから数日後、炭治郎は鍛練を終えて自室に戻っている最中だった。

 

 

「あら、炭治郎さん。お久しぶりです」

 

 

「珠世さん!お久しぶりです!」

 

 

すると廊下の向こう側から珠世が歩いているのを見つけた。珠世は炭治郎に挨拶を交わし、炭治郎もまた、挨拶を交わした。

 

 

「珠世さん、ここ暫く姿を見ませんでしたけど、何をされていたんですか?」

 

 

「私は今、しのぶさんと一緒に"鬼を人間に戻す薬"を研究、開発しているのですよ。丁度区切りが着いたので、休憩を兼ねてお茶を一服貰おうかと」

 

 

炭治郎は戻ってからの数日間、しのぶと珠世、愈史郎の三人の姿を見てはいなかったので、何をしていたのかを質問する。すると珠世からは驚くべき発言を口にしたのだった。

 

 

「"鬼を人間に戻す薬"…ですか?」

 

 

「ええ。その薬が完成すれば、あの憎き鬼舞辻無惨(あのクソ害虫)を人間に戻せると思いまして」

 

 

炭治郎は先程の珠世の発言に耳を疑った。

 

 

「あの…、珠世さん。もしかして…、今無惨のこと…」

 

 

「炭治郎さん、世の中には…、知らなくて良いこともあるんですよ?」ニコッ

 

 

サッ…、サーイエッサー!ガタガタブルブル

 

 

珠世の女性らしからぬ威圧感に炭治郎は思わず震えながら敬礼をしてしまった。

 

 

「それでは炭治郎さん、失礼」

 

 

珠世は笑みを絶えないまま、炭治郎の横を通り過ぎた。炭治郎は敬礼した格好のまま、未だに動けずにいた。

 

 

それから炭治郎は、度々後ろから視線を感じるようになり、背筋が凍る思いをしていた。

 

 

「……うふっ」

 

 

 



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第27説

 

 

「アオイさん、患者用の食事の用意が出来ましたよ!」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「はいお姉さん」

 

 

「ありがとう坊や」

 

 

「お兄さん、これどうぞ」

 

 

「ありがとうな、お嬢ちゃん」

 

 

炭治郎たちが柱稽古をやり遂げてから数日後、この日蝶屋敷はバタバタと忙しかった。

 

 

その理由は、柱稽古で負傷した隊員たち(主に実弥のせい)が続々と運ばれていたからだった。

 

 

「アオイさん、向こう側の患者に食事を運んで来ます!」

 

 

「炭治郎さん、ありがとうございます!そちらが終わったら今度はこちらを手伝ってください!」

 

 

「わかりました!善逸、玄弥、カナヲ!手分けして運ぶぞ!」

 

 

「了解!」

 

 

「わかった!」

 

 

「任せろ!」

 

 

手伝い人の中に炭治郎、玄弥、カナヲ、善逸の姿があった。その理由は、炭治郎の弟の竹雄に茂、妹の花子が慌ただしく働いているのに、自分だけのんびりする訳にはいかないと思ったからである。

 

 

因みに伊之助は炭治郎の末の弟である六太を連れて近くの山にどんぐりを拾いに行っていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

『つっ…、疲れた…』

 

 

太陽が地平線の彼方に沈んだ頃、漸く仕事を終えた面々は疲れを露にしながら畳の上に座り込んでいた。

 

 

「お前らお疲れさまだったな。ほら茶を持ってきた、これで一服するといい」

 

 

するとそこに愈史郎がお盆を2つ持って現れた。しかもお盆の上には人数分の湯飲みが乗っており、湯飲みからは湯気がゆらゆらと登っていた。

 

 

「あっ、愈史郎さんありがとうございます。運ぶの手伝います」

 

 

「すまない炭治郎、疲れているのに助かる」

 

 

炭治郎は立ち上がりながら愈史郎にお礼を言い、愈史郎からお盆を1つ受け取った。

 

 

そしてちゃぶ台の上にお盆が置かれると、全員が湯飲みを持ってお茶を啜った。

 

 

ズズッ「丁度良い温かさです。疲れた体に染み渡ります…」

 

 

アオイがお茶を一口啜り、感想を述べた。

 

 

「それは良かった。まぁ、俺は普段から珠世様の為に紅茶を淹れているからな」

 

 

アオイの感想に愈史郎は当然とばかりに言った。

 

 

「そうだったんですね…」

 

 

炭治郎も愈史郎のお茶の淹れ方に納得しながらお茶を啜っていた。

 

 

「兄ちゃん、大変だよ!」

 

 

すると六太が慌てた様子で炭治郎の下に現れた。

 

 

「六太どうした?そんなに慌てて。それに伊之助は何処行ったんだ?」

 

 

炭治郎は六太と一緒にいるはずの伊之助の姿が見えないことに疑問を感じ、六太に質問をする。

 

 

「猪のお兄ちゃん、鴉から話を聞いた途端に急いで山を降りちゃったんだ!」

 

 

「「「「何だって!?」」」」

 

 

伊之助は炭治郎たちの中でも"責任感"が強く、頼まれたことは最後までやり遂げるのを炭治郎たちは知っていた。その伊之助が、頼まれたことを途中で放棄することはあり得ない。しかし現に伊之助は頼まれていた六太のことを放棄したのだった。

 

 

「伊之助が六太を置き去りにするなんて…」

 

 

「……ねぇ炭治郎、もしかしたら鴉から聞いた話が原因かもしれない」

 

 

伊之助が六太を置き去りにしたことに落ち込んで座り込んでしまった炭治郎にカナヲが言葉を掛ける。

 

 

「そうだよ!伊之助は俺たちの中じゃ責任感は強い方だから、もし任務が来たとしても六太君を屋敷まで"送り届けて"から向かうはずだよ!」

 

 

「善逸の言う通りだ、その伊之助が真っ先に下山するなんて、余程驚愕することだったんだろう?」

 

 

カナヲの言葉に善逸と玄弥も乗っかかり、炭治郎を励ます。

 

 

「カナヲ…、善逸…、玄弥…。……よし、伊之助を追おう!」

 

 

炭治郎は立ち上がると、伊之助を追い掛けることを決めた。

 

 

「カナヲ、善逸、玄弥。力を貸してほしい!」

 

 

「うん!」

 

 

「もちろん!」

 

 

炭治郎はカナヲと善逸と玄弥に助力を求め、カナヲと善逸は頷いた。

 

 

「……悪い、俺は蝶屋敷(ここ)に残る」

 

 

しかし玄弥は蝶屋敷に残ることを伝えた。

 

 

「えっ…、何で…」

 

 

「今から向かえば伊之助に追い付くことは可能だろう、けどそれは"常中が使えれば"の話だ。俺は全集中の呼吸の適正が無い。つまり、常中を"会得していない"んだ。波紋を使えば多少は追い付くことは出来ると思うが、正直言って足手纏いにしかならないと思う」

 

 

玄弥は思い付く限りの要因を述べる。

 

 

「それに今の蝶屋敷には人手が必要だろう?いくら禰豆子ちゃんや花京院さんたちがいるとしても、人手が多い方がいい。愈史郎さんは蟲柱様や珠世さんの手伝いで忙しいだろうしね」

 

 

「わかってるじゃないか」

 

 

玄弥の言葉に愈史郎は頷いていた。

 

 

「だから伊之助を追い掛けるのは炭治郎たち三人にお願いしたい」

 

 

玄弥はそう言って、頭を下げる。

 

 

「……わかった。玄弥、そっちのこと、頼む」

 

 

「……ありがとう、炭治郎」

 

 

炭治郎は玄弥に蝶屋敷のことを頼み、玄弥は炭治郎にお礼を言った。

 

 

そして炭治郎、カナヲ、善逸の三人は伊之助を追い掛けるため、蝶屋敷を後にした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「("どんぐり丸"が言っていた場所はこの近くのはず。"母ちゃん"、無事でいてくれよ!)」

 

 

伊之助は自分の鎹鴉である"どんぐり丸"からの指令を聞き、とある山に来ていた。

 

 

普段なら頼まれたことは最後までやり遂げる伊之助だったが、今回ばかりは勝手が違った。

 

 

何故なら、鴉から伝えられた場所には"伊之助の母"が住んでいる場所だったからだった。

 

 

「(後もう少しで"家"に着く!)」

 

 

伊之助は記憶を頼りに母が住む家に向かった。

 

 

キャァァアアア~~!

 

 

「っ!?母ちゃん!」

 

 

すると遠くから女性の悲鳴が聞こえ、伊之助はその声がした方へ向かった。

 

 

「ゲヘヘヘヘッ、久しぶりの人肉だ!大人しく俺様に喰われな!」

 

 

伊之助が到着すると、今まさに女性が鬼に襲われている所だった。しかもその女性は伊之助の母の"嘴平琴葉(ことは)"だった。

 

 

「させねぇ!『獣の呼吸・思いつきの投げ裂き』!」ブンッ ブンッ

 

 

何を思ったのか、伊之助は持っていた二本の日輪刀を鬼に向かって思い切りぶん投げた。

 

 

ザシュッ ザシュッ「グワッ!?」

 

 

投げられた日輪刀は鬼の両腕を切り裂き、側にある木に刺さった。

 

 

「グゥゥッ、誰だ!?」

 

 

腕を斬られた鬼は周囲を見渡す。

 

 

「俺様だ!」

 

 

するといつの間に抜き取ったのか、日輪刀を片手に一本づつ持った伊之助が琴葉の前に立っていた。

 

 

「母ちゃん、大丈夫か?!」

 

 

「いっ…、伊之助…?本当に伊之助かい?」

 

 

琴葉は自分を助けに来てくれたのが息子の伊之助だと知ると、目から涙が溢れ出た。

 

 

「母ちゃん、安心しな。母ちゃんを怖がらせたあのクソ鬼は俺がぶっ殺す!」

 

 

伊之助は右の刀を肩に担ぎ、左の刀を鬼に向けた。

 

 

「おいクソ餓鬼、誰が誰を殺すって?」

 

 

鬼は斬られた腕を再生させながら伊之助に質問をした。

 

 

「俺がお前をぶっ殺すって言ったんだ!俺がより強くなるため、より高みに行くための踏み台になれ!『獣の呼吸・陸ノ牙 乱杭咬み』!」

 

 

伊之助は鬼に攻撃し、鬼は腕で防御しようとするが、先程腕を斬られたことを思い出し、その場を後ろに飛んで伊之助の攻撃を回避した。

 

 

「危ねぇ危ねぇ。腕で防御しようと思ったが、斬られたことを忘れていたぜ…」

 

 

「逃げんじゃねぇ!大人しく死にやがれ!」

 

 

伊之助は鬼に向かって何度も攻撃を繰り出すが、鬼は伊之助の攻撃を悉く回避していた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「ゼェ…、ゼェ…、ゼェ…。くそっ、ちょこまかちょこまか逃げやがって…」

 

 

伊之助が鬼と戦闘を開始してから十数分が経過したころ、伊之助は肩を上下させ、息を切らせていた。

 

 

常に攻撃をしていた伊之助と回避に専念していた鬼。

 

 

どちらが早くスタミナを消耗するのか、一目瞭然だった。

 

 

攻撃する方がスタミナが減るのが早く、更に伊之助は早く到着するために走っていたため、通常よりもスタミナが減るのが早かったのだ。

 

 

「フンッ、そろそろ遊びは終わりだ。くたばれ!」

 

 

鬼は伊之助に向かって腕を振り上げる。

 

 

「山の王である伊之助様を舐めるな!『獣の呼吸・陸ノ…』」ガクッ

 

 

伊之助も迎撃しようと型を使用しようとした瞬間、急に力が抜け、地面に崩れ落ちた。

 

 

「もらったぁ!」

 

 

鬼の攻撃が伊之助に襲い掛かる……

 

 

『雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃・六連』

 

 

…ことは無かった。何故なら善逸が鬼の両腕両足を"斬った"からだった。

 

 

『ヒノカミ神楽・斜陽転進(しゃようてんしん)

 

 

更に炭治郎が鬼の後ろから鬼の胴体を分断した。

 

 

「伊之助ぇ!今だぁ!」

 

 

「!?感謝するぜ子分ども!『獣の呼吸・参ノ牙 喰い裂き』!」

 

 

そして最後に伊之助が鬼の頚を斬り、鬼は絶命した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

時は鬼が伊之助に向けて腕を振り上げる少し前に遡る…

 

 

「っ!?この音…、誰かが戦ってる!」

 

 

「本当か善逸!?」

 

 

炭治郎、カナヲ、善逸の三人は伊之助を追い掛ける途中、善逸が戦闘音を聞き取った。

 

 

「間違いない、金属音が聞こえる!っ!向こうだ!」

 

 

善逸が音がした方に指を指すが、伊之助たちの姿は見えなかった。

 

 

「っ!?いた!善逸が指を差した方!伊之助が女性を庇いながら鬼と戦ってる!」

 

 

否、カナヲだけが見ることができた。

 

 

「炭治郎!俺の背中に乗って!俺の"霹靂一閃"なら早く辿り着ける!時期を見計らって飛び降りるんだ!」

 

 

「……ありがとう、善逸。行くぞ!」

 

 

炭治郎は善逸と速度を合わせ、タイミングを見計らって善逸の背中に飛び乗った。

 

 

『雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃・六連』

 

 

背中に炭治郎の重みを感じた善逸は、壱ノ型を六連続で使用する。そして炭治郎が自身の背中から飛び降りた後、鬼の腕や足を斬った。

 

 

『ヒノカミ神楽・斜陽転進』

 

 

そして炭治郎もまた、善逸の背中から飛び降りた後、自身の体を反転させ、鬼の胴体を斬ったのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「伊之助…、伊之助…」

 

 

炭治郎たちが鬼を討伐した後、カナヲに支えられた琴葉が伊之助に近づいて来た。

 

 

「母ちゃん…」

 

 

「伊之助!あぁ…伊之助…」ギュッ

 

 

琴葉は伊之助を抱きしめ、目から涙を溢していた。

 

 

「伊之助が急いでいた理由…、なんとなくわかったよ」

 

 

「うん…、伊之助は母親が住んでいるこの山に鬼が出たから、急いでいたんだ…。母親を助けるために…」

 

 

「よかったね…、伊之助…」

 

 

善逸、炭治郎、カナヲは伊之助と琴葉の抱き合う姿を見て、もらい泣きしていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「子分ども…、すまねぇ。頼まれたことを放り出した上に、母ちゃんを助けるために力を貸してくれて」

 

 

鬼を討伐してから数分後、伊之助は炭治郎たちに頭を下げていた。

 

 

「別に気にしなくてもいいよ、事情が事情だったしね」

 

 

「そうそう、母親が無事で良かったじゃん伊之助」

 

 

炭治郎と善逸は伊之助を許し、伊之助は頭を上げた。

 

 

「伊之助、これからどうするの?このままじゃ、またお母さんが鬼に襲われちゃうと思うけど…」

 

 

「もし伊之助さえよかったら、伊之助のお母さんを蝶屋敷に迎え入れたいと思うけど…?」

 

 

カナヲは伊之助に琴葉のこれからのことを提案する。

 

 

「そうだよ!蝶屋敷に来ればいつでも会えるし、鬼にも襲われない!」

 

 

「それに今の蝶屋敷には猫の手も借りたいほど忙しいからね、伊之助さえよかったらきっと喜んで受け入れてくれると思うよ」

 

 

善逸と炭治郎もカナヲの提案に乗る。

 

 

「……ありがとう」

 

 

伊之助はいつも被っている猪の頭の被り物を外し、再び頭を下げた。

 

 

「そうと決まれば、早速移動しよう"親分"!」

 

 

「そうだぜ"親分"!ここにいたらいつまた鬼が現れるかわかんねぇからな!」

 

 

炭治郎と善逸は伊之助を"親分"と呼び、出発を促す。

 

 

「……よっしゃあ!子分ども、親分である俺様に着いて来い!」

 

 

「「応!」」

 

 

伊之助は猪の頭の被り物を再び被り、意気揚々に歩き出した。

 

 

「伊之助のお母さん、これから安全な所にご案内しますので、私たちに着いて来てください」

 

 

「わかりました、よろしくお願いします」

 

 

カナヲは琴葉に蝶屋敷に案内することを伝え、琴葉はカナヲに頭を下げ、一緒に下山した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

その後炭治郎たちは伊之助の母親の琴葉を紹介し、蝶屋敷はより一層賑やかとなった。

 

 

因みに琴葉に最初に仲良くなったのは炭治郎の母親の葵枝で、お互いの料理の腕を見て、お互い切磋琢磨したことは言うまでもない。

 

 

 



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第28説

 

 

伊之助の母親『琴葉』が蝶屋敷に住み込んでから数日後、戦士の心の休息は終わりを告げる。

 

 

そう、『人喰い鬼の始祖』である『腐ったワカメ頭のクソ害虫』鬼舞辻無惨が産屋敷邸に現れたのだった。

 

 

「ようやく見つけたぞ、憎き産屋敷の住処(すみか)を。まさかこんな偏屈な所に屋敷を構えていたとはな…」

 

 

無惨は産屋敷邸の中庭を歩きながら愚痴っていた。そして耀哉がいるであろう部屋に近づいたその時

 

 

「おっと、(わり)ぃがここから先は通す訳にはいかねぇ」

 

 

ポルナレフが柱に寄りかかりながら無惨に制止の言葉を投げ掛けた。

 

 

「誰かと思えば…、産屋敷が雇った下働きの者か…。貴様の戯れ言をすんなりと聞く私では無い」

 

 

無惨はポルナレフの制止を聞かず、歩み寄る。すると、無惨の体目掛けて宝石(エメラルド)が襲い掛かった。

 

 

「ぐうっ!?」

 

 

「あ~あ、だから言っただろ?『ここから先は通す訳にはいかねぇ』って」

 

 

宝石を腹部に喰らった無惨は腹を押さえ踞り、ポルナレフは呆れながら再度忠告した。

 

 

「いま…、なにを……」

 

 

「如何だったかな?僕の『360度エメラルドスプラッシュ』の味は」

 

 

無惨がポルナレフに何をしたのか問い質そうとすると、無惨の右側にある木の後ろから花京院が現れた。

 

 

「貴方には見えないだろうが、今貴方の周りには僕の《幽波紋(スタンド)》が覆っているんですよ、細い紐状になってね。そして触れればそこから攻撃を仕掛ける、貴方は抜け出すことができますか?」

 

 

花京院は無惨に向かって不敵な笑みを溢す。

 

 

「ふん、ならば"ここから動かず"に貴様らを倒せばいいだけのこと」

 

 

黒血枳棘(こっけつききょく)

 

 

無惨は(おもむろ)に手を上げると、掌から"黒色の有刺鉄線"のような物を無数に伸ばす。しかしその殆んどが"斬り裂かれて"しまった。

 

 

「あんま物騒な(モン)を振り回そうとすんじゃねぇよ」

 

 

黒血枳棘を斬り裂いたのはポルナレフであり、彼の後ろには自身の《幽波紋》である《銀の戦車(シルバーチャリオッツ)》がおり、彼の右手には自身の《幽波紋》が持っているのと同じ"レイピア"が握られていた。

 

 

「ちぃっ!(こいつらの"すたんど"とか言うやつは一体何なんだ!?)」

 

 

無惨は幽波紋使いでは無いため、ポルナレフと花京院の《幽波紋》を視認することばできなかった。

 

 

「久しぶりだな、鬼舞辻無惨」

 

 

そこに承太郎を始めとした柱、炭治郎を始めとする有能なる隊員たちが続々と集結した。

 

 

「貴様の命運もここまでだ。大人しく地獄に落ちな」

 

 

承太郎は無惨を一瞥しながら親指で喉を斬るジェスチャーをする。

 

 

「ふっ、よもや私を追い詰めたつもりか?"鳴女(なきめ)"!」

 

 

ベベンッ

 

 

無惨が鼻で笑い、部下の名前を叫ぶと、承太郎たちの足下に障子が現れ、勝手に開いた。

 

 

そして承太郎たちは障子の向こう側に落とされてしまった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎は今、鬼舞辻無惨の根城である『無限城(むげんじょう)』に落下中であった。しかも隣を見ると、炭治郎までもが同じように落下していた。

 

 

「炭治郎、このままでは床に叩きつけられて死ぬ!そこで《幽波紋》を使って手すり等に掴まるぞ!」

 

 

「はい!」

 

 

「《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

「《太陽の剣士(サン・ソルジャード)》!」

 

 

《………》

 

 

ガシッ ガシッ

 

 

承太郎と炭治郎はそれぞれ自身の《幽波紋》を呼び出し、近くにあった手すりを掴み、落下を阻止した。そして二人は手すりをよじ登り、床に降り立った。

 

 

しかし、承太郎と炭治郎の目の前には鬼が大量にいた。

 

 

「師範、ここは俺に任せてください!『ヒノカミ神楽 日暈の龍・頭舞い』!」

 

 

炭治郎は直ぐ様抜刀し、流れるように鬼の頚を次々に斬った。

 

 

そして数分もしない内に目の前にいた大量の鬼を全滅させた。

 

 

「見事だな炭治郎、よくここまで上達した」

 

 

承太郎は炭治郎の頭を帽子越しに撫でた。撫でられた炭治郎はとても"ほわほわ"していた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

『蛇の呼吸・伍ノ型 蜿蜿長蛇(えんえんちょうだ)

 

 

「甘露寺に近づくな塵共」

 

 

同じ頃、小芭内と蜜璃は承太郎たちと同じ様に大量の鬼に出会していたが、小芭内が鬼の頚を悉く斬っていた。

 

 

「(キャー、伊黒さん素敵!惚れ直しちゃう!)」

 

 

蜜璃は自分を守ってくれた小芭内に見惚れていた。

 

 

「甘露寺、怪我は?」

 

 

「無いです、大丈夫です!」

 

 

小芭内は蜜璃に怪我が無いか質問をすると、蜜璃は"無い"と答えた。

 

 

「そうか、良かった。…ここにいてはまた鬼に囲まれる、移動しよう。……ん」

 

 

小芭内は蜜璃に移動することを提案し、手を差し出す。

 

 

「……はい」ギュッ

 

 

蜜璃は差し出された手を握り、その場からの移動を始めた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

また同じ頃、行冥と有一郎・無一郎兄弟の三人は無限城の中を移動しながら鬼を討伐していた。

 

 

「すごい量の鬼ですね」

 

 

「下弦程度の力を持たされて(・・・・・)いるようだな、これで私たちを消耗させるつもりか…」

 

 

「でも、この程度(・・・・)なら何匹来ても無駄だと思いますけど?」

 

 

『霞の呼吸・陸ノ型 月の霞消(かしょう)

 

 

無一郎は二人に襲い掛かろうとしている鬼を片っ端から倒していた。

 

 

無一郎(時透弟)、油断や慢心(まんしん)は時に致命的な失敗を生む切っ掛けになる。常に気を引き締めるんだ」

 

 

「そうだぞ?この前だって大根の皮を剥いている最中に危うく指を切りそうになったじゃないか、俺があれだけ"危ない"って言ってたのに…」

 

 

「お兄ちゃん、その話を今ここで暴露するのは止めてよ!!」

 

 

有一郎(時透兄)にも、緊張感を持ってほしいのだが…」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

『水の呼吸・参ノ型 流流舞い』

 

 

『水の呼吸・漆ノ型 雫波紋突き』

 

 

『水の呼吸・捌ノ型 滝壺』

 

 

一方、義勇、真菰、錆兎の三人は協力して鬼を殲滅していた。

 

 

「次から次に湧いてくるな…」

 

 

「もしかして、各地にいた鬼を無限城(ここ)に集めていたから、ここ最近の鬼の被害が無かったってこと?」

 

 

「恐らくはな。しかし、こんなにも多く来られたら休むに休めんぞ…」

 

 

三人が話している最中にまたもや鬼が大群で押し寄せて来た。

 

 

「弱音を吐いている暇は無いな、義勇、真菰!やるぞ!」

 

 

「おう!」

 

 

「うん!」

 

 

三人は鬼の大群目掛けて走って行った。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「兄ちゃん、大丈夫!?」バンッ バンッ

 

 

「玄弥ァ、無理はすんなよォ!」ザシュッ ザシュッ

 

 

実弥、玄弥の不死川兄弟は互いの背を合わせながら向かって来る鬼を倒していた。

 

 

「おい玄弥ァ、その南蛮銃の弾は後何個残っているんだァ?」

 

 

「後20個!この間里に発注をしたばかりだから、弾数が少ないんだ!」

 

 

「なら、後は刀だけで戦いなァ!弾はいざと言う時に残しときなァ!」

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

一方、しのぶ・カナヲ姉妹もまた、大量の鬼を殲滅させていた。

 

 

「炭治郎君とはぐれてしまいましたね…」

 

 

「炭治郎…、大丈夫かな…?」

 

 

「心配いりませんよカナヲ、"私たち"の炭治郎君がこの程度の鬼に遅れを取ることなんてあり得ません。それにきっと、空条さんも一緒にいることでしょうし」

 

 

「しのぶ姉さん…、はい!」

 

 

カナヲは鬼を倒しながら炭治郎のことを心配するが、しのぶが鬼を毒殺しながらカナヲを宥め、二人は鬼の殲滅に集中することにした。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「……おい善逸」

 

 

「…分かってる。コイツは…」

 

 

「ヒイィィィッ」

 

 

一方、善逸と獪岳の目の前には、一体の"老人の鬼"がいた。だがその鬼は善逸たちを見た瞬間、脱兎の如く逃げ、柱の影に隠れてしまった。しかし"頭隠して尻隠さず"、当人は上手く隠れたつもりなんだろうが、踞った下半身は柱に隠れておらず、丸見えだった。

 

 

「「上手く隠れているつもりなんだろう」」

 

 

善逸と獪岳の声がぴったりハモった。

 

 

「獪岳、この鬼、俺が聞いた中では無惨の次に禍々しい音を出している。恐らくは上弦の鬼かもしれない」

 

 

「わかった。善逸、俺が先行するから、後を頼む」

 

 

『雷の呼吸・弐ノ型 稲魂(いなだま)

 

 

獪岳は柱に隠れている鬼"十二鬼月・上弦の参 半天狗"に向かって型を使い、半天狗の頚を"柱ごと"斬ったのだった。

 

 

「ヒイィィィッ、斬られた、頚を斬られたァァァ」

 

 

半天狗は自分の頚が斬られたことに驚くが、今度は善逸たちが驚くことになった。

 

 

なんと、別れた頚と胴体が"別の鬼"になったのだった。

 

 

「チィッ、コイツ"わざと"頚を斬らせて分離しやがった!善逸!」

 

 

「おう!」

 

 

『『雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃』』

 

 

善逸と獪岳はそれぞれ壱ノ型を使用し、再び鬼の頚を斬った。

 

 

何故獪岳が霹靂一閃を使えるようになったのか?それは柱稽古の最中、行冥の修行場で善逸が獪岳に的確なアドバイスをしていたからだった。

 

 

獪岳は雷の呼吸の中で、"基本"とも言える壱ノ型だけ使えなかった。しかし善逸のアドバイスのお陰で、壱ノ型を見事習得することができたのだ。

 

 

半天狗から分離した鬼は頚を斬られた直後、また"別の鬼"に分離した。

 

 

手足が猛禽類の足、背中に猛禽類の翼を生やした『空喜(うろぎ)

 

 

錫杖を持ち、常に怒りを燻らせている『積怒(せきど)

 

 

行冥のように涙を絶え間無く流し、十文字槍を手にする『哀絶(あいぜつ)

 

 

天狗のような装飾品や扇ぐだけ突風を吹かす団扇を持つ『可楽(からく)

 

 

喜怒哀楽の名を持つ4体の鬼がその姿を現した。

 

 

「またコイツ、わざと頚を…」

 

 

「一体どうしたら…(…んっ、何だ?この4体の鬼の他に"もう一体"似たような音が聞こえる…)」

 

 

獪岳はわざと頚を斬らせたことに苛立ち、善逸はどうしようか考えていると、もう一体似たような音を持つ鬼がいることに気づいた。

 

 

「獪岳…、今気づいたことがある」

 

 

「……なんだ?」

 

 

「あの4体の鬼の他にもう一体、似た音を出している鬼がいる。もしかしたら、そいつが"本体"かもしれない」

 

 

「なに?それが本当だとすると…」

 

 

「そいつを倒せば、あの4体の鬼も倒せるかもしれない」

 

 

善逸は半天狗の打開策を獪岳に提案する。

 

 

「……試してみる価値は有りそうだな。善逸、あいつらの相手、頼めるか?」

 

 

「わかった」

 

 

「よし…、行くぞ!」

 

 

獪岳の合図によって、善逸と獪岳はそれぞれ別の方向へと向かった。

 

 

『雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃・八連』

 

 

善逸は喜怒哀楽の鬼に霹靂一閃を八連続で使用し、頚を斬った。

 

 

しかし喜怒哀楽の鬼は辛うじて避けていたため、文字通り"首の皮一枚"繋がった状態となっていた。

 

 

その頃獪岳は善逸にこっそり教えてもらっていた場所に到着し、本体を探していた。そしてふと足下に視線を向けると、そこには"鼠程度の大きさ"の本体がいた。

 

 

「(ちっっっさっ!!)こいつが本体か!?」

 

 

『雷の呼吸・参ノ型 聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)

 

 

獪岳は本体の頚目掛けて型を使用するが、本体が小さいため、中々斬撃が当たらずにいた。

 

 

「ヒイィィィッ!」ビュンッ

 

 

半天狗の本体は襲われたことに恐怖し、もの凄いスピードで逃げた。

 

 

「逃がすか!『雷の呼吸・肆ノ型 遠雷(えんらい)』!」

 

 

獪岳は離れた間合いから素早く距離を縮め、再び頚を狙う。そして遂に獪岳の刀が半天狗本体の頚を捕らえ、食い込んだ。

 

 

「ギャアアァァァッ!!」

 

 

半天狗の本体は頚から走る痛みに思わず悲鳴を上げてしまう。

 

 

その悲鳴を聞いた喜怒哀楽の鬼たちは、本体の方へ向かおうとする。

 

 

「悪いが、ここから先は行かせねぇ」

 

 

しかし善逸が鬼の進行を拒むように霹靂一閃を使い、鬼を足止めする。

 

 

すると積怒が錫杖を手放し、両手を広げたと思った瞬間、空喜と可楽が積怒の両手に引き寄せられ、積怒に"吸収"されてしまった。

 

 

そして今度は哀絶に近寄り、哀絶の制止を無視して哀絶を吸収してしまった。

 

 

空喜、哀絶、可楽の三体を取り込んだ積怒の体は段々小さくなり、子供と変わらぬ大きさになり、背中に叩く面に"憎"と書かれた雷神と同じような太鼓を背負い、両手に牙を模したバチが握られた。

 

 

今ここに喜怒哀楽の鬼が合体した"憎しみを背負う鬼"『憎珀天(ぞうはくてん)』が誕生した。

 

 

『血鬼術 無間業樹(むけんごうじゅ)

 

 

『血鬼術 狂鳴雷殺(きょうめいらいさつ)

 

 

憎珀天は背中の太鼓を叩き、床から樹木の龍を造りだし、龍の口から超音波と雷を繰り出した。

 

 

『雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃・八連』

 

 

しかし善逸は床や壁、柱などを巧みに利用し、縦横無尽に逃げ回った。

 

 

「獪岳、本体の頚はまだ斬れないのか!?」

 

 

「頚の途中で食い込んだまま動かなくなっちまったんだ!押しても引いても動かねぇ!」

 

 

善逸は憎珀天の攻撃から逃げながら獪岳にまだ頚が斬れないのか質問を投げ掛ける。獪岳からは"まだ"と返答が来た。

 

 

「くっ、仕方ない。獪岳!刀の峰の部分をこちらに向けるんだ!」

 

 

獪岳は善逸に言われた通り、刀の峰の部分を善逸がいる方へ向けた。

 

 

『雷の呼吸・壱ノ型 霹靂一閃・六連』

 

 

善逸は霹靂一閃を六回使用し、自分の刀の峰を獪岳の刀の峰にぶつけた。

 

 

すると善逸の威力が加わったお陰で獪岳の刀が更に食い込んだ。

 

 

「お前たちはああ、儂がああああ、可哀相(かわいそう)だとは、思わんのかァァァァア!!」

 

 

だが、半天狗の本体は急に大きくなり、獪岳の顔を掴もうとする。

 

 

「悪いが、お前を可哀相だとは思わない」

 

 

獪岳の顔が半天狗の手に握られそうになった時、善逸が押していた刀を返し、半天狗の腕を斬った。

 

 

「お前からは酷い音がする。喰った人間の数は百や二百じゃないだろう、貴様の理屈が誰にも通ると思うな!!」

 

 

「そうだその通りだ!やれ、善逸!!」

 

 

『雷の呼吸・"漆"ノ型 火雷神(ほのいかずちのかみ)

 

 

善逸は自ら新しく作りあげた"新しい型"で半天狗の"心臓"を斬った。

 

 

「っ!?おい善逸、一体何処を…。…えっ?」

 

 

獪岳は善逸が半天狗の頚を狙って斬ると思っていたのに、心臓を斬ったことに驚いていたが、"別の意味"で驚いた。

 

 

何故なら、"心臓を斬られた半天狗が崩壊している"からだった。

 

 

「こいつが大きくなった時に、心臓の音に混じって"別の音"がしたから、もしかしたらコイツも分身なのかなって思って、心臓を斬ったら、案の定だったよ」

 

 

どうやら善逸は音で大きくなった個体が隠れ蓑であることを見抜いたようだった。

 

 

「善逸…、お前やっぱスゲェや…」

 

 

獪岳は落ちた刀を拾って鞘に納刀しながら、善逸の耳の良さを実感していた。

 

 

そして後ろを振り返ると、憎珀天が手を善逸たちに伸ばしながら崩壊している所だった。

 

 

「……まずは一体、上弦の鬼を倒したな」

 

 

「あぁ。けど、まだ鬼はいる。(ふんどし)を絞め直さないとな」

 

 

善逸と獪岳は崩壊している鬼を見ながら更に気を引き締めていた。

 

 

 



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第29説

 

 

善逸、獪岳の"雷一派"が上弦の鬼を倒したのと同時刻、承太郎と炭治郎の二人は"とある鬼"と対峙していた。

 

 

「久しぶりだな、空条承太郎。お前とこうして再び会えるのを頚を長くして待っていたぞ」

 

 

承太郎たちの目の前に現れたのは、以前"無限列車"の時に出会った"十二鬼月・上弦の弐 猗窩座"だった。

 

 

「誰かと思えば、無限列車の時の鬼か」

 

 

「そうだ、改めて名乗ろう。俺の名は猗窩座、十二鬼月・上弦の弐だ」

 

 

猗窩座は改めて自己紹介をする。

 

 

手前(テメェ)の名前なんざどうでもいい。死にたくなけりゃ、そこを退きな」

 

 

承太郎は親指で自分の左側を指差し、退くよう言う。

 

 

「冗談、貴様のような"強者"を前に逃げるなど」

 

 

『術式展開 破壊殺・羅針』

 

 

だが猗窩座はそれを一蹴し、構えを取った。

 

 

「さぁ、俺とお前、どちらが強いか決着を着けよう!」

 

 

猗窩座は足に力を込め、床を踏み、承太郎に詰め寄ろうとした。

 

 

「グハァッ!?」

 

 

その時、猗窩座が突如後ろに"吹っ飛んだ"。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

時は猗窩座が吹っ飛んだ数秒前に遡る…。

 

 

承太郎は猗窩座と対峙していた時、既に自身の《幽波紋(スタンド)》である《星の白金(スタープラチナ)》を出していたのだ。

 

 

そして猗窩座が足に力を込めた瞬間、

 

 

x()s()m()a()l()l()()()()()()()()()()()()()()()()()/()x()s()m()a()l()l()

 

 

ドゥ~ン…、コッチ…、コッチ…コッチ…

 

 

《星の白金》の特殊能力を使い、"時間を止めた"のだった。

 

 

《オラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ!》

 

 

《オ~ラァ!オラオラオラオラオラ!オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ!オラァ!》

 

 

そして猗窩座を文字通り"タコ殴り"にし、最後に《星の白金》に自分の日輪刀を渡し、猗窩座の頚を横一文字に斬った。

 

 

「10秒、"時は動き出す"」

 

 

「グハァッ!?」

 

 

そして止めていた時を動かした瞬間、猗窩座は吹っ飛ばされたのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「(ばっ…、馬鹿な!?奴は指一本たりとも動かしてはいないのに、俺の体をぶっ飛ばした挙げ句に頚を斬っていたなんて!?奴の動きには細心の注意を払っていたはずなのに…、奴は…俺の、予想の遥か上を…、行って…いる…のか……)」

 

 

猗窩座は斬られた頚を繋げようとしていても、腕は既に使い物にならなかったため、頚を繋げることは叶わず、崩壊してしまった。

 

 

「やれやれだぜ…」

 

 

崩壊する猗窩座の姿を見ていた承太郎は、ため息を一つ吐くと、被っていた帽子を被り直した。

 

 

「あの…、師範。あいつはどうして吹っ飛ばされたのでしょうか?」

 

 

今まで疑問に思っていた炭治郎が、思い切って承太郎に質問をする。

 

 

「奴が吹っ飛んだ理由…、それは俺が"時を止めた"からだ。俺の《幽波紋》、《星の白金》の能力(ちから)は"時を止める"能力。時を止めた空間では、"同じ能力"を持った者しか動くことはできん」

 

 

「そして時を止めた空間で起きた"衝撃"は、時を動かした瞬間に一斉に襲い掛かる」

 

 

承太郎の説明に炭治郎は身震いをした。

 

 

「だが、この能力には"欠点"がある。再び時を止めるためには"止めた時間の倍の時間"を過ごさなければならない」

 

 

「例を上げるなら、"5秒時を止めた場合、次に時間を止められるのは10秒後"と言う訳だ」

 

 

「???」

 

 

承太郎が幽波紋能力の欠点について説明をするが、炭治郎は理解が追い付かず、頭に『?』を浮かべていた。

 

 

「……ハァ、つまり"一度能力を使ったら、再び使うのに少し時間が掛かる"と思えばいい」

 

 

承太郎の2回目の説明で、ようやく炭治郎は理解した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎が猗窩座との一方的虐殺(けっちゃく)を着けていた頃、別の部屋では未だに戦いが繰り広げられていた。

 

 

『月の呼吸・伍ノ型 月魄災渦(げっぱくさいか)

 

 

『月の呼吸・参ノ型 厭忌月(えんきつき)(つが)り』

 

 

『月の呼吸・陸ノ型 常夜孤月(とこよこげつ)無間(むけん)

 

 

技を繰り出しているのは"十二鬼月・上弦の壱 黒死牟(こくしぼう)"だった。

 

 

しかも彼は呼吸をする時、『ホオオオ』という音を出していた。

 

 

それもそのはず、彼が鬼になる前の名は『継国巌勝(つぎくにみちかつ)』。"始まりの剣士"と名高い『継国縁壱(つぎくによりいち)』の"実の兄"なのだ。

 

 

「くっそ!全集中の呼吸が使える鬼ってのは、つくづく厄介だぜ!」

 

 

「同感だな!」

 

 

黒死牟と戦っていたのは、時透兄弟に不死川兄弟、更にポルナレフに花京院の六名だった。

 

 

「ふむ…、六人の内、呼吸を……使えるのは、三人…か」

 

 

黒死牟は"透き通る世界"を使い、全集中の呼吸を使える者を見破っていた。

 

 

「全集中の呼吸が使えないからって、見くびるなよ?"波紋疾走(オーバードライブ)"!」

 

 

玄弥は波紋を使い、黒死牟に近寄る。そして黒死牟の"髪"を一部分だけ斬ったのだった。

 

 

何故玄弥の攻撃が黒死牟の髪だけを斬ったのか?それは玄弥の刀が黒死牟の頚を捉える寸前、黒死牟が"しゃかみ"、刀が結っていた髪房だけを斬ったのだった。

 

 

「くそっ、髪だけしか斬れなかった!」

 

 

「焦るな玄弥ァ!"急いては事を仕損じる"って言うからなァ、落ち着いて隙を見定めればいい!」

 

 

「……ごめん、兄ちゃん」

 

 

玄弥は黒死牟の髪だけを斬ったことに焦りを感じるが、それを実弥が落ち着かせた。

 

 

「しかしこれじゃ埒が開かねぇ。花京院、援護頼むぜ!」

 

 

「了解した!」

 

 

玄弥が下がったのを見計らったポルナレフは、花京院に援護を依頼し、レイピア型の日輪刀を持ち、黒死牟に向かって走り出した。

 

 

「無策で来る……か。なら、その頚…、斬り落として……やろう」

 

 

「そうはいくかよ!《銀の戦車(シルバーチャリオッツ)》!」

 

 

黒死牟がポルナレフの頚を斬ろうとしたその時、ポルナレフの《幽波紋》である《銀の戦車》が黒死牟の刀を"受け流した"。

 

 

「今だ!《法皇の緑(ハイエレファントグリーン)》!喰らえ《エメラルドスプラッシュ》!」

 

 

そして黒死牟の隙を突いた花京院が《法皇の緑》を出し、技を繰り出す。

 

 

だが、黒死牟は《エメラルドスプラッシュ》を"避けてしまった"のだ。

 

 

「なに!?《エメラルドスプラッシュ》を避けただと!?」

 

 

花京院は自分の技が避けられたことに驚きを隠せなかった。

 

 

「無駄な…こと。私には……"見えて……いる"…」

 

 

「"見えている"……だと?」

 

 

黒死牟の"見えている"発言に、ポルナレフは疑問を感じた。

 

 

「まさか…、《幽波紋》使い?!」

 

 

「んなバカな!?奴は《幽波紋》を顕現させていなかったそ!」

 

 

花京院は黒死牟が《幽波紋》使いではないかと勘ぐるが、ポルナレフはそれを否定した。

 

 

「そこの…宍色の髪の……男の言う…通り。私は《幽波紋》……使い…だ」

 

 

黒死牟は自らを《幽波紋》使いだと暴露すると、突如俯いた。

 

 

「フッフッフッ…、"久しぶり"だな。ジャン=ピエール・ポルナレフ!」

 

 

顔を上げた黒死牟は、雰囲気が変わり、ポルナレフに久しぶりと挨拶した。

 

 

「この感じ…、テメェまさか!"アヌビス神"か!?」

 

 

「その通り!俺様はかつてエジプトの地で貴様の体を乗っ取った『エジプト九英神』の一体、"アヌビス神"様だ!」

 

 

なんと黒死牟の雰囲気が変わった正体は、かつてエジプトの地で、ポルナレフの体を乗っ取り、最後は偶然と自らのミスによって倒された『エジプト九英神』の一体、刀に宿る《幽波紋》、"アヌビス神"だったのだ。

 

 

「なんでテメェが…」

 

 

「"ここにいるのか"って?正直ぶっちゃけちまえば、俺様もよくわからねぇんだわ」

 

 

「……は?」

 

 

「いや気づいた時には既に黒死牟の旦那の刀に宿っていてな?それで体を乗っ取っても主導権は変わらなかったし…」

 

 

アヌビス神の暴露にポルナレフは目が点になっていた。

 

 

「アヌビス神…よ……、そろそろお喋りは……終わり…だ」

 

 

「そうかい旦那?なら、俺様が持つ"記憶"で、奴らを細切れにしてやんな!」

 

 

「承知!」

 

 

『月の呼吸・捌ノ型 月龍輪尾(げつりゅうりんび)

 

 

『月の呼吸・玖ノ型 降り月・連面』

 

 

『月の呼吸・拾ノ型 穿面斬(せんめんざん)蘿月(らげつ)

 

 

『月の呼吸・拾肆ノ型 兇変(きょうへん)天満繊月(てんまんせんげつ)

 

 

主導権を戻されたアヌビス神は、刀身を変貌させ、黒死牟は型を次々に繰り出した。

 

 

「くそっ、野郎刀を変形させた途端、攻撃の頻度が増して来やがった!」

 

 

「どうするポルナレフ?!《幽波紋》が奴に見える今、僕たちの攻撃も見切られてしまうぞ!?」

 

 

ポルナレフと花京院は黒死牟の攻撃を避けながら打開策を考える。

 

 

「ンなこたぁ分かってるよ!(奴は俺の刀身を飛ばす攻撃(奥の手)を知ってるから使っても無駄に終わる。どうすれば…)」

 

 

ポルナレフは自分の奥の手である刀身を飛ばす攻撃を"知られて"いるため、使うことはできなかった。

 

 

ガキュン!

 

 

すると、玄弥が南蛮銃を構え、散弾を撃った。

 

 

しかし、散らばった銃弾は全て黒死牟に斬られてしまった。

 

 

「……ん?」

 

 

だが、黒死牟の刀を見てみると、散弾を斬った箇所が僅かではあるが、"欠けていた"のだ。

 

 

「玄弥、一体なにを…」

 

 

「《波紋疾走》の応用で弾に波紋を纏わせて撃ったんだ。ひょっとすれば隙を少しでも作れるかなって」

 

 

「でも、無駄骨に終わっちゃったけどね」

 

 

玄弥は頬をポリポリと掻き、落ち込んだ。

 

 

「いや、そうでもねェみてぇだ。玄弥が撃った弾を斬った奴の刀が欠けた、つまり波紋を加えた攻撃なら、有効打があるって訳だァ」

 

 

しかし実弥が先程起きたことを玄弥に話した。

 

 

「それじゃ、波紋が使える俺が…」

 

 

「あァ、"勝利の鍵"になるかもしれねェ」

 

 

実弥の話を聞いていた玄弥は、やる気を取り戻した。

 

 

「お前らァ!ここが正念場だァ!気合い入れて行くぞォ!」

 

 

「「「「「応!」」」」」

 

 

実弥の喝に全員が返事をした。

 

 

「無駄な……こと…、この刀は…我が血肉で作られた物…。刃が欠けても……元に戻る」

 

 

『そう言うこった!旦那の技と俺様の記憶があれば、鬼に金棒って訳だ!』

 

 

黒死牟は静かに、アヌビス神は意気揚々に話す。

 

 

「そんなもん、やってみなけりゃわからねぇだろ!《銀の戦車》!」

 

 

ポルナレフが《銀の戦車》を呼び出し、黒死牟に斬り掛かる。黒死牟は《銀の戦車》の攻撃を避けようとする。

 

 

「《エメラルドスプラッシュ》!」

 

 

しかし避けた先には既に花京院が技を繰り出していて、反応が遅れた黒死牟は花京院の攻撃を喰らってしまった。

 

 

「ぐうぅっ!?」

 

 

『ぬおっ!?』

 

 

しかもその攻撃は黒死牟とアヌビス神にはかなり効いたようだ。

 

 

「波紋を使えるのは彼"だけ"とは、思わないことだね」

 

 

そう、花京院もジョセフ指導の下、波紋を会得していたのだった。そして《エメラルドスプラッシュ》に波紋を加えて撃ったことで、黒死牟に予想以上のダメージを与えることができたのだ。

 

 

「まだ終わらねぇぜ?喰らえ、《銀の戦車》&波紋!」

 

 

ポルナレフもまた、花京院同様、ジョセフの指導により波紋を会得しており、《銀の戦車》のレイピアに波紋を流し、黒死牟に無数の切り傷を与えた。

 

 

「こいつはオマケだ、遠慮無く受け取れ!」

 

 

更に玄弥も波紋を加えた銃弾を撃ち、黒死牟にダメージを与えた。

 

 

「貴様ら…、図に乗るのも今の……内だ」

 

 

黒死牟は苛立ちを隠せない様子で、玄弥たちを6つの目で睨む。

 

 

「俺たちは最初から、図に乗ってなんかいないぜ?図に乗れば油断をする、その油断は敗北を招く恐れがあるからな」

 

 

ポルナレフは黒死牟の殺気をものともしない感じで言い放つ。

 

 

「お前らァ!一斉攻撃だァ!奴に攻撃する暇を与えるなァ!」

 

 

『風の呼吸・捌ノ型 初烈風斬(しょれつかざき)り』

 

 

『『霞の呼吸・漆ノ型 (おぼろ)』』

 

 

「《エメラルドスプラッシュ》!&波紋!」

 

 

実弥の合図で全員が一斉に攻撃を開始した。ポルナレフはレイピアに、玄弥は銃弾に波紋を加えた攻撃をし、黒死牟の体力は徐々に減っていった。

 

 

黒死牟もまた、反撃を試みようとするが、鬼殺隊の攻撃が多すぎるため、全てに対応することはできなかった。

 

 

そして…、

 

 

「これで…、止めだ!」

 

 

玄弥の波紋を加えた刀が、黒死牟の頚を斬ったのだった。

 

 

「まだだ…、まだ私は……終わらぬ!」

 

 

黒死牟はなんと斬られた頚を辛うじて繋ぎ止め、自身の姿を鬼と呼ぶに相応しい姿に変貌させた。

 

 

『おい旦那!その姿は…』

 

 

「五月蝿い黙れ!貴様は大人しく私に使われていればいいのだ!」

 

 

黒死牟はアヌビス神の言葉を遮り、玄弥たちに襲い掛かろうとする。

 

 

「グゥッ、ガアァ?!」

 

 

だが、黒死牟は動きを止めてしまった。

 

 

「なっ…、なんだ?」

 

 

「一体、どうしちまったんだ?」

 

 

花京院やポルナレフたちもまた、黒死牟の動きに疑問を感じ、動きを止めた。

 

 

「アヌビス…、貴様……!」

 

 

『悪いな旦那、旦那のこと、結構好きだったのに、残念だぜ…』

 

 

なんと黒死牟の動きを止めたのはアヌビス神だったのだ。

 

 

『お前ら!俺様が動きを止めている隙に旦那を倒せ!』

 

 

「なんだと!?一体なぜ!?」

 

 

『今の旦那は"生への執着"しか無い!俺様だって今の旦那に使われるのはまっぴら御免だ!』

 

 

『ポルナレフ!"今回"もお前たちの勝ちだ。だがなぁ、もし次があれば、絶対に負けねぇ!』

 

 

「……次があれば…な」

 

 

ポルナレフはレイピア型の日輪刀で黒死牟の頚を斬った。

 

 

『……あばよ』

 

 

頚を斬られた黒死牟は黙ったまま崩壊し、アヌビス神は別れの言葉を呟いた後、黒死牟の後を追うように消滅した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「………」

 

 

「ポルナレフ…」

 

 

黒死牟とアヌビス神が消滅した後、ポルナレフは黒死牟が着ていた服をじっと見つめ、花京院はそんなポルナレフに声をかけることしかできなかった。

 

 

アヌビス神(あいつ)もさ…、本当は嬉しかったんだろうな…」

 

 

「…えっ?」

 

 

不意に話し始めたポルナレフに、花京院は言葉を詰まらせた。

 

 

「一緒に戦える相棒がいて、嬉しかったんだろうな。本当なら意識を乗っ取ることもできただろうに…。今までは他人の体を乗っ取って戦っていたのに、自分を行使してくれる"仲間"がいたから…」

 

 

ポルナレフはアヌビス神に同情していた。

 

 

「ポルナレフ…」

 

 

「って俺っぽく無いな!…よしっ!惨めな俺はここでサヨナラだ!さぁ、残りの鬼を倒しに行くぞ!」

 

 

ポルナレフはスタスタと歩いて行った。が、その背中には哀愁が漂っている風に見えた。

 

 

 



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第30説

 

 

獪岳・善逸、承太郎・炭治郎師弟、時透・不死川兄弟・ポルナレフ・花京院と言ったメンバーが十二鬼月を倒したのと同時刻、無限城の一角に"肉の繭"があった。

 

 

この"肉の繭"は無惨が自身の体を変化させた物である。

 

 

何故無惨が"肉の繭"になっているのか?その理由は、無惨が産屋敷邸で花京院に攻撃された時まで遡る。

 

 

花京院は自身の《幽波紋(スタンド)》である《法皇の緑(ハイエレファントグリーン)》に珠世としのぶが共同で開発した『鬼を人間に戻す薬』を持たせ、《360度エメラルドスプラッシュ》にこっそり"混ぜて"撃ち出していたのだ。

 

 

その為、無惨の体内に薬が混入されてしまったため、無惨はその薬を分解するために自身の体を"肉の繭"に変化させたのだった。

 

 

ピシッ

 

 

そしてその"肉の繭"に亀裂が走り、

 

 

ピシッ ピシッ

 

 

その亀裂が徐々に大きくなり、

 

 

ピシッ ピシピシッ バガンツ

 

 

"肉の繭"から"人ならざる者"が生まれた。

 

 

「……ふむ、この身体を"乗っ取った"はいいが、今まで表に出ることはできなかった。だが、"奴ら"のお陰で再び"この世"に生を得ることができた」

 

 

"肉の繭"から生まれたのは無惨では無かった。

 

 

ウェーブがかかった金髪にハートを着けたサークレットを装着し、黄色の服に身を包み、ベルトや膝にはサークレットと同じハートの装飾が施されていた。

 

 

そして瞳の色は紅梅色、瞳孔は猫のように縦長。口元からは鋭い牙が見えていた。

 

 

「……どうやら、この身体の"元の主"の配下は一体を残して全滅してしまったようだな」

 

 

男はこめかみに指を当て、気配を探ると、自分に似た気配は"一つだけ"となっていた。

 

 

ベベンッ

 

 

すると何処からか琵琶の音が鳴り響き、男は今までいた場所から姿を消し、琵琶を持った女がいる所に一瞬でワープしたのだった。

 

 

「ほう…?一瞬で他の場所に移動したか…。どうやらお前は"空間を操る能力"を持っているようだな」

 

 

「貴様…、無惨様を何処へやった!?」

 

 

琵琶を持った女の鬼『十二鬼月・上弦の肆 鳴女』は一つしかない目で男を睨む。

 

 

「何処へも何も、"ここにいる"ではないか?お前の"目の前"に」

 

 

男は親指で自分自身を指差す。

 

 

「違う!お前は無惨様では無い!」ベベンッ

 

 

鳴女は琵琶を鳴らすと城の一部が動き、男を押し潰そうとする。

 

 

「無駄なことを…」

 

 

男はその場を動かず、遂に城の一部に押し潰されてしまった。

 

 

「やった…、やりましたよ無惨様…」

 

 

「何をやったと言うのかね?」

 

 

「っ?!」バッ

 

 

鳴女は男を倒した優越感に浸っていた矢先、背後から声がしたので振り返ると、そこには倒したと思っていた男が平然と立っていたのだ。

 

 

「貴様…、いつの間に!?」

 

 

「あれしきでは私を倒すことなど、夢のまた夢」

 

 

「くぅっ!!」

 

 

鳴女は琵琶を再び鳴らそうとするが、琵琶は鳴らず、しかも手には"違和感"があった。

 

 

鳴女はふと自分の手元を見ると、持っていたはずの琵琶が無かったのだった。

 

 

「ふふっ、探し物は…"これ"かな?」

 

 

鳴女は無くした琵琶を探して辺りを見渡していると、男の声がしたので視線をそこに向ける。そこには無くした琵琶が男の手の中に収まっていたのだった。

 

 

「貴様…、いつの間に…」

 

 

鳴女は何時、自分から琵琶を奪い取ったのか分からず、冷や汗を流しながら男に問いかける。

 

 

「さぁ…、何時だろうな?」

 

 

男は不気味に笑いながら鳴女の質問に答えようとはしなかった。

 

 

「なら貴様を殺し、奪い返すまで!」

 

 

鳴女は男に襲い掛かろうとしたその時、

 

 

「カハッ?!」

 

 

鳴女は男から離れるようにぶっ飛び、壁に背中を激突させてしまった。

 

 

「この物は私には不要な物。返して欲しければ返してやろう」

 

 

男は鳴女に琵琶を投げ返し、背中を向け歩き始めた。

 

 

「……私に背を向けた。それが貴様の敗因だ!!」

 

 

鳴女は琵琶を手に取り、鳴らそうとする。

 

 

「無駄だ、貴様は私に触れることすら叶わない」

 

 

しかし次の瞬間、鳴女の体はバラバラにされてしまった。

 

 

「なっ…(私の体が…!)」

 

 

体をバラバラにされた鳴女の視界に、男の血塗(ちまみ)れになった手が見えた。

 

 

「(まさか…、この男は一瞬の内に私の体をバラバラにしたというのか!?だが、私たち鬼は例え心の臓を潰されても、陽光を浴びるか、日輪刀で頚を斬られない限り死なない!)」

 

 

鳴女は自身の体をくっ付け、傷口が再生するのを待った。

 

 

「そうそう、一つ言い忘れていたが」

 

 

「???」

 

 

男はふと足を止め、指を一本立てる。

 

 

「貴様の体をバラバラにする際、私の《波紋(はもん)》を加えておいた。体をくっ付けようとすれば、そこから崩壊するからくっ付けないほうが身のためだぞ?」

 

 

男が鳴女にそう言った瞬間、鳴女の体が崩壊し始めた。

 

 

「(馬鹿な…、私の体が崩壊している…!このままでは私は死ぬ!かくなる上は!)」

 

 

ベベンッ

 

 

鳴女は最後の力を使って琵琶を鳴らした。

 

 

「ふふふっ、私を倒したのは間違いだったな…。この城は私の血鬼術で作られている…、つまり私を倒せばこの城は崩れ落ちる…。鬼狩りは全員地上に逃がした…、貴様をこの城諸とも道連れに…」

 

 

鳴女は最後まで言い切る前に崩れ去った。そして鳴女が死んだと同時に無限城が崩壊し始めたのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

無限城が崩壊している最中、承太郎たち無限城に落とされた鬼殺隊のメンバー全員は、鳴女の血鬼術により地上へと戻されていた。

 

 

「師範、大丈夫でしたか!?」

 

 

「炭治郎か…、俺なら大丈夫だ。しかし一体何が起きたと言うんだ…」

 

 

炭治郎は承太郎と合流し、承太郎は何が起きたのか思考を巡らせる。

 

 

「「承太郎!」」

 

 

「「「「炭治郎!」」」」

 

 

「花京院!ポルナレフ!」

 

 

「カナヲ!善逸!玄弥!伊之助!」

 

 

するとそこに花京院やポルナレフ、カナヲや玄弥たちと言った無限城に落とされたメンバーが次々と集まって来た。

 

 

「お前ら、何でここに…」

 

 

「いや俺たちもわからないんだ」

 

 

「琵琶の音色が響いたと思ったら、いきなり足下に障子が現れて勝手に開いたんだ」

 

 

「そして気づいたら地上にいた…と。俺と炭治郎に起きた出来事と同じだな」

 

 

承太郎は花京院とポルナレフから聞いたことと、自分と炭治郎が経験したことを照らし合わせていた。

 

 

ドゴ~ン…

 

 

すると承太郎たちがいる所から差程離れていない所から爆発音が聞こえた。

 

 

「なんだ!?」

 

 

「何かが爆発したような音だったような…」

 

 

「距離は…、そんなに離れてはいないみたいだな。みんな、敵の罠かもしれん、慎重に行動するぞ」

 

 

メンバーが動揺している中、年長者の行冥がメンバーの落ち着きを取り戻させ、爆発音がした方へ向かった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

承太郎たちが爆発音がした所に到着すると、そこには地面に穴が空いており、その穴の側に一人の男が立っていた。

 

 

「ふんっ、貴様の最後の悪あがきも無駄に終わったな…」

 

 

男は腕を胸の前で組みながら穴に向かって呟いていた。

 

 

「きっ…、貴様は…!」

 

 

「そんな…、あり得ない!」

 

 

「おいおい…、俺は悪い夢でも見てるのか…?」

 

 

承太郎、花京院、ポルナレフの三人は男の姿を見た瞬間、信じられないような表情をしていた。

 

 

「んっ?何やら懐かしい気配を感じるとは思ってはいたが、まさかお前たちまでいるとはな…」

 

 

男は承太郎たちに気づき、承太郎たちの方へ振り向く。

 

 

「まさかとは思ってはいたが、お前までいるとは思わなかったぞ…、DIO(ディオ)!」

 

 

そう、鳴女が命を()して倒そうとし、今承太郎たちの目の前にいる男の正体は、かつて自分たちに数々の刺客を送り、エジプトの地で死闘を繰り広げ、最終的に承太郎に倒された『吸血鬼・DIO』だったのだ。

 

 

「DIO、なんでテメェがこの世にいる?テメェは確か"無限地獄"に落とされたはずだ」

 

 

承太郎は以前大正時代(この世界)に転移する前、『生と死の狭間の世界』で自分の曾祖父である『ジョナサン・ジョースター』と共に出会っていたのを思い出し、その事をDIOに問い掛ける。

 

 

「その事か…。"無限地獄"に送られたのは私の"善の魂"だ、今お前たちの前にいる私は"悪の魂"を宿した鬼舞辻無惨と言う訳だ」

 

 

「"悪の魂"…だと?」

 

 

承太郎の質問に答えたDIOの回答に、承太郎は眉をピクリと動かす。

 

 

「そうだ。かつて私はエジプトの地で承太郎、お前に倒された。そしてどういう訳か、私の魂は"善"と"悪"、2つの魂に別れた」

 

 

「そして"善の魂"は無限地獄に落とされ、"悪の魂"である私は"生と死の狭間の世界"に漂うことになった。その後私は承太郎より早くこの世界に辿り着き、鬼舞辻無惨の体に憑依したのだ」

 

 

「それからは無惨の体に隠れながら復活の時を待っていたのだ。そして今、この時!私は復活を成し遂げたのだ!」

 

 

DIOは両手を空に高々と上げ、声を張り上げた。

 

 

「感謝するぞ花京院。お前が無惨の体に薬を撃ち込んだお陰で私は復活することができたのだからな」

 

 

花京院はDIOを復活させてしまったことに冷や汗を流す。

 

 

「安心しろ花京院。奴は俺が倒す」

 

 

そこに承太郎が花京院の肩に手を置いて心を落ち着かせた。

 

 

「……ありがとう承太郎。できることは無いかもしれないが、できる限り援護はしよう」

 

 

心を落ち着かせた花京院は笑みを浮かべ、承太郎に援護を申し出た。

 

 

「……感謝するぞ、花京院。DIO!お前の相手は俺だ!」

 

 

承太郎は一歩前に出ると、DIOに戦いを挑んだ。

 

 

「ふんっ、やはり貴様が挑むか空条承太郎。まあ妥当な判断だな、なにせ私の"対抗策"は貴様しか持っていないのだからな」

 

 

「"対抗策"…?」

 

 

DIOの言葉に炭治郎が首を傾げる。

 

 

「DIOの《幽波紋》は《世界(ザ・ワールド)》。能力は『時を止める』能力だ」

 

 

「"時"…ですか?」

 

 

炭治郎の疑問に花京院が答えると、今度は善逸が首を傾げる。

 

 

「そう、『時』すなわち"時間"。奴は『自分以外の時間を止める』ことができるんだ」

 

 

「そんな…!それじゃその能力を使われたら…」

 

 

「ああ、俺たちは何の抵抗も出来ず奴に殺される」

 

 

ポルナレフの言葉に花京院を除く全員が顔を青ざめた。

 

 

「……承太郎以外はな」

 

 

「…えっ?」

 

 

「承太郎の《幽波紋》は奴の《幽波紋》と同種の《幽波紋》、つまり奴の《幽波紋》に対抗できるのは承太郎の《幽波紋》だけなんだ」

 

 

ポルナレフは意地悪が決まった子供のようなニンマリした顔をして、炭治郎たちを見た。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「時間が惜しい、早速始めようか」

 

 

DIOは腕を組んだまま、承太郎に言う。

 

 

「だな。行くぞ!《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

承太郎は先手必勝と言わんばかりに《星の白金》を出し、先制攻撃を仕掛ける。

 

 

「向かえ打て!《世界》!」

 

 

DIOも自身の《幽波紋》を出し、承太郎に攻撃を仕掛ける。

 

 

《オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!》

 

 

《無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!》

 

 

《星の白金》と《世界》は互いにスピードラッシュを行い、時々フェイントを混ぜながら相手を殴ろうとする。

 

 

《オラァ!》

 

 

《無駄ァ!》

 

 

そして互いの拳を打ち付け合った瞬間、衝撃波が周囲に広がり、炭治郎たちに襲い掛かった。

 

 

「うわぁっ!」

 

 

「なんて衝撃波だ!以前より威力が増していやがる!」

 

 

衝撃波を喰らった炭治郎たちは、吹き飛ばされないよう、足を踏ん張り、衝撃に耐える。

 

 

「……どうやら、以前よりもパワーが上がっているようだな」

 

 

「お陰様で、他の幽波紋使いと戦っていたからな。パワーが上がっていても不思議じゃ無いだろ?」

 

 

DIOは《星の白金》のパワーが上がっていることに驚き、承太郎は不敵に笑う。

 

 

「……面白い、面白いぞ空条承太郎!貴様は私を楽しませてくれる!ならば、"この技"をもって更に楽しませよう!《世界》、"時よ止まれ"!」

 

 

ドゥ~ン…コッチ…コッチ…コッチ…

 

 

DIOは《世界》の能力を使い、自分以外の"時を止めた"。そして承太郎に向かって服に忍ばせていたナイフを取り出し、承太郎に向けて放った。

 

 

ナイフは真っ直ぐ承太郎に向かい、承太郎に刺さる"手前"でピタリと止まった。

 

 

「3…、2…、1…、"時は動き出す"」パチンッ

 

 

DIOは指を鳴らし《世界》の能力を解く。すると止まっていたナイフが一斉に承太郎目掛けて進み始めた。

 

 

《オラァ!》

 

 

しかし、承太郎に刺さる寸前で《星の白金》がナイフを全て弾いたのだった。

 

 

「DIO、貴様がやろうとしていることは全て把握している。今の俺には時を止めても意味が無い」

 

 

「フフフッ、果たしてそうかな?《世界》!」

 

 

DIOは再び時を止め、弾かれたナイフを回収すると、今度は承太郎では無く、炭治郎たちに向けてナイフを投げた。

 

 

「承太郎、貴様はこれを止めることができるか?3…、2…、1…、時よ動け」パチンッ

 

 

DIOが再び時を動かす。承太郎は自分にナイフが来ると思って腕を目の前でクロスさせていたが、ナイフは飛んで来ず、その代わりに炭治郎たちにナイフが向かっていた。

 

 

「《銀の戦車(シルバーチャリオッツ)》!」

 

 

「《法皇の緑》!《エメラルドスプラッシュ》!」

 

 

承太郎は《星の白金》を炭治郎たちに向かわせたが、間に合いそうにも無かった。しかし、ポルナレフと花京院が自身の《幽波紋》を出し、迫るナイフを全て弾き落とした。

 

 

「承太郎!コイツらのお守りは俺たちに任せろ!」

 

 

「君はDIOを倒すことに専念してくれればいい!」

 

 

ポルナレフと花京院の援護に承太郎は笑みを浮かべる。

 

 

「……頼むぞ、ポルナレフ、花京院。DIO!こっから先は俺と一対一(サシ)で勝負しやがれ!」

 

 

「…よかろう。貴様にこのDIO様の力を思う存分見せてやろう!」

 

 

承太郎とDIOは互いの《幽波紋》を出した状態で走り出した。

 

 

to be continued…

 

 




次回予告

承太郎とDIOとの最終決戦!

DIOが時を止める中、承太郎が決死の一撃を放つ!

次回『ジョジョの奇妙な鬼殺の冒険』第31説『決戦』


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第31説《決戦》

 

 

「《星の白金(スタープラチナ)》!」

 

 

「《世界(ザ・ワールド)》!」

 

 

《オラァ!》

 

 

《無駄ァ!》

 

 

鬼殺隊『波紋柱』空条承太郎と鬼の始祖・鬼舞辻無惨の体を乗っ取った『吸血鬼・DIO』の死闘は熾烈を極めていた。

 

 

《星の白金》が殴れば《世界》が防ぎ、《世界》が殴れば《星の白金》が防ぐと言った一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

 

「《世界》!"時よ止まれ"!」

 

 

DIOが時を止める。そして承太郎を殴ろうとすれば、

 

 

「甘いぜ、俺も"時を止めた空間"に入れることを忘れたか?!」

 

 

《オラァ!》

 

 

「ぐぅっ!?」

 

 

《星の白金》によって防がれ、時を動かざるを得なかった。

 

 

「やはり貴様は私の最大の天敵だ…、空条承太郎!」

 

 

「俺としては、二度とテメェの(ツラ)を見たくは無かったがな!」

 

 

そして二人は小細工無しの殴り合いを再開した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「「ハァ…、ハァ…、ハァ…」」

 

 

夜明けまで残り三十分を切った頃、承太郎とDIOは互いに肩を上下に揺らしながら息をしていた。

 

 

承太郎の体は既にボロボロで、口からは血が流れており、服で見えないが身体中には殴られた痕があった。

 

 

DIOもまた、口から血を流しており、身体中殴られた痕があったが、無惨の体を乗っ取っているせいもあるのか、傷は全て癒えていた。

 

 

「フフフッ、鬼舞辻無惨()の体は素晴らしい。例え殴られても、骨を折られようとも、瞬きをする間に完治する。それに比べ、貴様はどうだ空条承太郎?私に殴られ、血反吐を吐き、骨を折られ満身創痍、これではどちらが強者かわからんなぁ」

 

 

DIOは承太郎を見下しながら笑う。

 

 

「私の《幽波紋(スタンド)》も時を止める時間が長くなった。そろそろ決着を着けるとしよう。《世界》!」

 

 

DIOは三度(みたび)時を止める。

 

 

「1秒経過…、さてどうやって止めを差そうか?」

 

 

DIOはどうやって承太郎をむごたらしく殺すのかを考える。

 

 

「……やはり先にあの者たちから殺して、精神を追い詰める方が理想的か、2秒経過…」

 

 

DIOは承太郎の横を通り過ぎ、炭治郎たちがいる所へと向かう。

 

 

「3秒経過…、…ふむ、殺すのは男"だけ"にしよう。女共は私の食糧にでもするか」

 

 

DIOは炭治郎に向けて手を伸ばす。

 

 

「4秒経過…、私の《世界》が時を止める限界は5秒…、それまでにコイツらを始末しないとな…」

 

 

DIOは右手を伸ばして手刀の形にし、鋭く尖った爪を炭治郎に向ける。

 

 

「貴様が死んで、承太郎が絶望する姿を見せるがいい!」

 

 

DIOは右手を大きく振りかぶる。だが…、

 

 

「なっ…、何だ…?うっ…、動けん…!」

 

 

DIOは右手を大きく振りかぶった状態で"止まってしまった"。

 

 

「やれやれ…、まぁこんなことだろうとは思っていたがな」

 

 

DIOは何故動けなくなったのか考えていると、後ろから声がした。

 

 

「くっ…、空条承太郎…!」

 

 

「いつぞやの時と同じになったな」

 

 

「まっ…、まさか時を…」

 

 

「そう、俺が時を止めた。"5秒の時"にな」

 

 

そう、DIOが動けなくなった理由は、承太郎がDIOの時を止める限界時間の時と同時に時を止めたからだった。

 

 

「テメェを殺すのに、1秒もいらねぇ」

 

 

《オラオラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラオラ、オ~ラァ!オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オラオラオラオラオラ、オラァ!》

 

 

承太郎は宣言した1秒の間に何十、何百、何千、何万もの拳をDIOに放った。

 

 

《オラオラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オラオラオラオラオラァ、オ~ラァ!》

 

 

「1秒、時は動き出すぜ」

 

 

「グハァッ!?」

 

 

《星の白金》が最後にDIOの顎を下から打ち抜き、空高く殴り飛ばした後、承太郎は止めていた時間を動かした。

 

 

「あれっ!?奴がいない?!」

 

 

時が止まった空間での出来事を知らない炭治郎たちは、突如DIOがいなくなったことに驚いていた。

 

 

「承太郎、DIO(やつ)は何処に?」

 

 

花京院が承太郎に質問をすると、承太郎は指を空に向けて

 

 

「今奴は空中遊泳を楽しんでいる所さ」

 

 

と言った。

 

 

「空中遊泳…?あれっ?確か…、なるほど。承太郎、中々に悪いことするなぁ」

 

 

「俺は悪人には容赦しない主義なんでな」

 

 

ポルナレフは承太郎がしたことに苦笑を浮かべると、承太郎は笑みを溢した。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

一方《星の白金》によって上空に殴り飛ばされたDIOは、傷を修復しながら落下するその時を待っていた。

 

 

だが、上空に昇ると言うことは、無惨にとって、そしてDIOにとっても、『最大の天敵』が迫ることを意味していた。

 

 

そう、地平線の彼方から"太陽"が昇り始めたのだった。

 

 

「くそっ、承太郎が狙っていたのは"これ"か!これでは幾ら時を止めても、地平線から太陽が昇るのを阻止できない!おのれぇぇぇ~、空条承太郎ォォォ!!」

 

 

DIOは太陽の光に全身を焼かれ、灰となって消えた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

「……DIOの気配が消えた。どうやら勝ったみたいだな」

 

 

承太郎の一言に、炭治郎たちは実感が持てていなかった。

 

 

「あの、なんで奴は時を止めなかったのでしょうか?」

 

 

しのぶが疑問に思ったことを承太郎にぶつける。

 

 

「DIOは時を止めたくても、止めれなかったんだ。空は昇れば昇る程、太陽が昇るのが早くなるからな」

 

 

「例え時を止めても、自分自身が上昇し続ける限り、太陽からは逃げられないのさ」

 

 

承太郎とポルナレフがしのぶの質問に答えるが、当のしのぶ本人はポカンとしていた。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

無惨改めDIOを倒した2日後、この日は"最後の柱合会議"が開かれる日。

 

 

いつもの産屋敷邸の中庭には、

 

 

岩柱・悲鳴嶋行冥

 

 

音柱・宇随天元

 

 

水柱・鱗滝錆兎

 

 

風柱・不死川実弥

 

 

炎柱・煉獄杏寿郎

 

 

恋柱・甘露寺蜜璃

 

 

蛇柱・伊黒小芭内

 

 

蟲柱・胡蝶しのぶ

 

 

霞柱・時透有一郎

 

 

波紋柱・空条承太郎

 

 

と言った柱一同に、

 

 

竈門炭治郎

 

 

我妻善逸

 

 

嘴平伊之助

 

 

不死川玄弥

 

 

栗花落カナヲ

 

 

と言った柱と同等の実力を持つ隊員、

 

 

花京院典昭

 

 

ジャン=ピエール・ポルナレフ

 

 

イギーこと伊山砂子

 

 

と言った幽波紋使い、

 

 

ジョセフ・ジョースター

 

 

珠世

 

 

愈史郎

 

 

と言った鬼殺隊に大いに貢献した協力者や柱の身内が集っていた。

 

 

「「お館様のお成りです」」

 

 

凛とした声がした後、奥の座敷から一人の男性が現れた。

 

 

「おはようみんな、今日もいい天気だね。空は青い、晴れ晴れとした天気だ。まるで私たちの心を表しているようだ」

 

 

座敷から現れたのは鬼殺隊の長で九十七代目産屋敷家当主の耀哉だった。

 

 

彼の体を蝕んでいた"呪い"は無惨がいなくなったことで解呪されており、爛れていた顔や体は健康体のような張りや艶が戻っており、視力も戻っていた。

 

 

「お館様に置かれましても、ご壮健でなによりです。益々のご多幸を切にお祈り申し上げます」

 

 

「ありがとう承太郎。さてみんな、今まで本当にご苦労様。君たちのお陰で私たちの悲願は達成された。産屋敷一族を代表して、お礼を言うよ。本当にありがとう」

 

 

耀哉が柱たちの前で頭を下げると、後ろに控えていた奥さんや子供たちも頭を下げた。

 

 

「お館様、頭をお上げください!」

 

 

「そうです、我々が鬼殺隊として戦えたのは、お館様が我々を率いてくれたからです。寧ろ頭を下げるのは我々の方です!」

 

 

柱を代表してか、錆兎と実弥が申し立てた。

 

 

「……ありがとう。みんな、今日をもって鬼殺隊は解散となる。さしあたってはみんな一人一人に褒美を与えたい、欲しい物があるなら遠慮無く申し立ててほしい」

 

 

耀哉からの言葉に全員が絶句した。そして耀哉は一人一人、欲しい物を聞き入れた。

 

 

天元は派手な装飾品を幾つか

 

 

小芭内と蜜璃は一緒に暮らせる家

 

 

等々。メンバーの殆んどが褒美を断わったが、耀哉からの強い希望に根負けして日用品を幾つかお願いをした。

 

 

「みんなの望む物は必ず用意しよう。最後にもう一度言わせて欲しい、私たちに協力してくれて、本当にありがとう」

 

 

こうして、永きに渡る『鬼と鬼殺隊の戦い』に終止符が打たれたのだった。

 

 

 

 

……

 

 

………

 

 

数年後…

 

 

鬼殺隊が解散した後、そのメンバーは様々な所にいた。

 

 

まず行冥は有一郎・無一郎兄弟と共に暮らしている。

 

 

杏寿郎は屋敷の道場を使って剣道教室を開き、子供たちに剣道を教えている。

 

 

小芭内、蜜璃の二人は昨年めでたく結婚し、順風満帆は新婚生活を満喫している。

 

 

しのぶは自身が持つ薬学を利用し、珠世に弟子入り。そして珠世と共に医師免許を取得、今は二人で蝶屋敷(病院)を営んでいる。

 

 

愈史郎とジョセフは珠世の助手として、今も働いている。

 

 

カナエ、アオイはしのぶがいる病院で看護師をしている。もちろんなほ、すみ、きよの三人も一緒だ。

 

 

錆兎、真菰、義勇の三人は、狭霧山で左近次と共に暮らしている。

 

 

天元は自分の忍術を後生に残すため、自分の子供たちに忍術を教えていた。

 

 

実弥は今は警察官となり、日々町の治安を守っている。

 

 

そして承太郎は一人、海が見える丘にいた。

 

 

承太郎は鬼殺隊解散後、独学で海洋生物に関しての論文を出し、それが広く世間に知れ渡り、今ではその業界に知らない者はいないと言われる程有名になっていた。

 

 

「承太郎、どうした?そんな所で黄昏てよ」

 

 

承太郎の後ろから現れたのはポルナレフだった。彼は鬼殺隊解散後、承太郎の助手の"一人"として、行動を共にしていた。

 

 

因みに"一人"と言うのは、承太郎の助手は"三人"おり、残りの二人は花京院とイギーである。

 

 

「いやなに、炭治郎たちは元気に暮らしているのかなっと思ってな…」

 

 

承太郎は笑いながら海を見つめていた。

 

 

炭治郎は承太郎の屋敷であった『波紋屋敷』の一角に炭焼き釜を作り、そこで炭を作っていた。

 

 

余談ではあるが、炭治郎の父親の炭十郎は鬼殺隊が解散した翌年に息を引き取った。そして哀しみに暮れていた炭治郎をカナヲとしのぶが懸命に励まし、炭治郎はカナヲとしのぶの二人と結婚した。

 

 

今波紋屋敷には炭治郎とカナヲ、しのぶの他には、禰豆子を含む竈門一家に善逸と伊之助が一緒に住んでいる。

 

 

善逸は以前遊郭で仲良くなった少女と偶然道端で再開し、あれよあれよと言う間に恋仲となっていた。

 

 

伊之助はよく近くの山へ探検に向かい、身体中傷だらけで帰ってくるので、しのぶたちからは叱られていた。

 

 

玄弥は実弥と一緒に暮らしており、近状報告などを書いた手紙が鴉によって送られて来ていた。

 

 

 

「心配いらねぇよ、なんせお前の継子だからな」

 

 

「ふっ、確かにな」

 

 

承太郎とポルナレフは並んで視界に広がる海を眺めていた…。

 

 

The End…



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