淀の坂を乗り越えて (krm.nc55)
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第一章
プロローグ


2022/01/17 文章の一部を変更しました。


『さあ、やってまいりました宝塚記念! 今年は一昨年と同じく京都レース場からお送りいたします』

 

『そうですね、一昨年は不慮の事故により京都で行われましたが今年もここ、京都レース場で行われることとなりました』

 

『一昨年はライスシャワーが転倒する事故がありましたがとっさにウマ娘が助けに入り骨折で済みましたからね』

 

『そういえば今年の宝塚記念にはその時助けに入ったウマ娘が参加してるようですね。えっと……8枠16番ですね。これは一昨年のライスシャワーと同じ枠番ですね。運命を感じます』

 

『確か出走前のインタビューにて尊敬するウマ娘にライスシャワーとおっしゃてた娘ですね。名前は……』

 

 

 本番を前に控室で集中する。今年の宝塚記念は私にとって特別だ。あの日の事故……それ以来私にとってライスさんの存在が変わった。ライスさんは尊敬する先輩だし、私にとっての英雄(ヒーロー)でもあるのだ。

 一昨年、ここ京都レース場で行われた宝塚記念。第四コーナーを回ったとき急に失速し転倒した。いや、私はこの結末を知っていた。何故か? それは私が所謂転生者だからだ。

『私』と言うイレギュラーがあったから結末は変えられると思っていた。私はこれまでに実際に未来を何度も変えてきた。しかしこの宝塚記念の悲劇は回避できなかった。しかし私がライスさんが完全に倒れる前に全速力で助ける事ができたから骨折と言う結果で済んだのだ。

 

「アリス」

 

「トレーナー? うん、私は大丈夫」

 

「そうか」

 

 そこには私のトレーナー、チームスピカのトレーナーだ。心配して見に来てくれたのだろう。今日はライスさんがけがをしてしまった宝塚記念だ。私は……彼女、ライスシャワーが成し遂げれなかったこのレースで勝つ! 

 

「それじゃあ行ってくるね、トレーナー」

 

「おう、行ってこい! お前なら勝てる!」

 

「言われなくてもわかってる。この淀の坂を乗り越えて一着を勝ち取ってくる!」

 

 私の名前はアリスシャッハ、黒鹿毛色の髪をなびかせ地下バ場を歩く。その先には見知った顔のウマ娘がいた。

 

「ライスさん! ブルボンさん!」

 

 目の前にはライスシャワー、そしてミホノブルボンが居るのを見つけた私は駆け寄った。

 

「えへへ、アリスちゃんが宝塚記念に出るって聞いて応援に来たよ」

 

「ありがとうございます! 私の全力をもってぶつかってきますね!」

 

「あなたなら大丈夫です。この私が保証します」

 

 あはは、二人にそこまで言われるなら負けられないね。

 

「頑張ってきてね、アリスちゃん」

 

「はい! 必ず……勝ってきます! 待っててくださいね!」

 

 ライスさんとブルボンさんに見送られターフの上に立つ。周りには見知ったウマ娘も居る。だけど負けるわけにはいかないのだ。私はこの京都の地で……

 

 

『さあ、各ウマ娘ゲートインが完了しました! ……今ゲートが開いた!!』

 

 

 ゲートが開く。私は今地面を強く蹴り、スタートした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ウマ娘。それは、ヒトの姿をしていながらウマの耳・尻尾を持ち身体能力も普通の人間以上の存在。そして今の私もいわゆるウマ娘と呼ばれる存在になったのだ。

 まずは私の前世についてお話しようか。

 

 

 私は、生まれつき病弱で人生のほとんどを病院で過ごした。その為、外で遊んだことないし少し走るだけで息が切れるようなレベルで貧弱な少年だった。

 そのため病院で過ごすことが多かったので、私は所謂オタクになっていた。ゲームやアニメが大好きだった。

 

 その中であるアプリと出会った。それがウマ娘プリティーダービーだ。アプリをきっかけにアニメも嗜んだ。個人的には2期はやばかった。うん、ダブルジェット師匠のシーンとか泣けたもん。おっと、ダブルジェットじゃなくてツインターボ師匠だったね☆

 というボケは置いといてそのウマ娘において私の最推しは『ライスシャワー』だった。彼女の芯の強さに惹かれたのだった。可愛いだけじゃない彼女の魅力は皆も知っているだろうから省かせてもらおうか。

 

 ウマ娘に出会って数ヶ月後、がんを患わっていた私は懸命の治療にかかわらず亡くなった。その時に私は願った。

 

『神様、もし……来世があるのなら、健康な体で走り回れるような存在にしてください』

 と。

 

 私が前世の記憶持ちだと気づいたのは物心ついてからだ。ただし、前世の記憶はあるとはいえあんまり覚えていない。自分がどんな存在だったのか、両親の名前や顔はわからない。強いて言うなら常識や体験してきたことは覚えている。この世界に来てもウマ娘という存在を除きほとんど変わらないので苦労はしなかった。

 

 幼いころから私は中央トレセン学園を目指して特訓してきた。現在の両親も父は元トレーナー、母もウマ娘としてレースに出ていたということもあり知識には苦労しなかったのが救いかな。

 ウマ娘になってからは、鏡を見るたびに「あ、本当にウマ娘になったんだな」って実感してた。だって顔立ち良すぎるもん。何これ? 尊すぎるんですけど。ちなみに母も妹も結構綺麗で目の保養によい。

 

 私は、黒鹿毛の髪を持ち、ウマ娘の象徴でもあるウマ耳には右耳に耳飾りをしていた。つまり、私の元になったウマは牡馬だ。ただ、私の名前であるアリスシャッハという名のウマは聞いたこともない。一体これは……? 

 

 まあ、考えてもしかたない。まずはトレセン学園に入学することを目標に幼少の頃を過ごした。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 時は進み、私はトレセン学園へ受験をできる年になった。小学生の頃は周りの子たちと遊んだり勉強しながらトレセン学園へ入学するために毎日トレーニングをして過ごしていた。あの頃はほとんどの時間を病室で過ごしていたので友達が居るだけでも幸せだった。

 また、私の地元にも何人かウマ娘の子たちもいたが、その中で中央トレセン学園に受験するのは私だけだった。よく仲間内のウマ娘達からも「アリスちゃん早いから中央に行っても活躍できるよ!」と言われていた。

 

 トレセン学園に受験をしてしばらくして合格発表も近づいてきたということもあり、不安なのがばれないように冷静にしていたが、母に「心配しなくても大丈夫よ、あなたは私たちの自慢の娘だしこれまで頑張ってきたでしょ? 大丈夫よ!」と言われてしまった。

 不安なことを見抜かれていたのだ。さすが我が母だ。

 

「ありがと、母さん」

 

 すると仕事帰りの父親が帰ってきた。

 

「おーい、トレセン学園から手紙届いてるぞ」

 

 父が大きな封筒をもってリビングに入ってきた。

 ついに開封の儀だ。A4くらいの封筒だ。今まで頑張ってきたんだ。どんな結果でも悔いはない。……多分。

 

 封筒を開ける。そこには……

 

「ご……ごうか……やった、やったよ!」

 

【合格】と書かれた紙が一番前に入っていた。嬉しくて言葉が出ない。今までの努力が報われた瞬間だ。こんな経験したことないからどう反応すればいいのか分からずあたふたしてる。

 

「よかったね! やっぱりあなたは自慢の娘だよ!」

 

「うん……! ありがと、父さん、母さん!!」

 

 とにかく嬉しかった。ついに憧れのトレセン学園に入学できるんだ!! 

 どんな子たちが居るのだろうか? アニメやゲームで見てきた子たちも居るのだろうか? 今から楽しみで仕方がない。

 ウマ娘になってから十数年目標にしてきた夢が叶った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 さらに時は流れ、トレセン学園への入学式が近づいてきた。

 

 私の実家は中央から離れているので前日入りする。近くの空港まで送ってもらった。

 私の家族構成は、両親と妹がいる。妹も私と同じく黒鹿毛の綺麗な髪をしている。姉に似てほんと可愛いな。おっと、少し自画自賛すぎたかな。

 

「お姉ちゃん、離れ離れになっちゃうの……?」

 

「大丈夫、住む場所は離れるかもしれないけど私たちの心はずっと一緒だよ!」

 

 我ながら姉らしいこと言った。……普段は姉らしくないってことではないぞ。

 若干シスコン気味の妹だが悪い子ではない。いづれは私を追ってトレセン学園まで来るだろうなぁ……意外と足早いしあの子。

 

「それじゃあ……行ってきます!」

 

「ああ、行ってこい!」

 

「頑張るのよ、アリス」

 

 笑顔で見送ってくれる家族に最大限の笑顔を向けた。少し寂しい気持ちもあるけどトレセン学園に入学する夢が達成できた私はこれから始まる新生活に期待を胸に秘め、トレセン学園のある東京行きの飛行機に乗った。

 

 さあ、トレセン学園へ!




簡単なキャラ紹介
・アリスシャッハ
主人公。黒鹿毛の髪を肩くらいの長さでサイドアップで結んでいる。青色の耳飾りをしている。一応前世は男であるがその要素は少ない。が、完全に心は女の子になっていないので恋愛対象は女性らしい(本人談)。
ちなみに完全オリジナルウマ娘ではあるが、父は決まっている。なんとなく予想はつくかもしれないけどね。


まったり更新していきたいと思います。時空も結構ゆがむけどそれでも許してください。既に時空歪んでるけど…


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トレセン学園

2022/01/17 文章の変更・加筆しました。


「やっぱりデカイなこの学校……」

 

 トレセン学園について開口一番がこれかと言いたくなる。しかし入学式で初めてトレセン学園に来たのだが想像以上の広さを感じた。受験の時は実家の近くの地域で開催された会場で受けたので本物を見たのは初めてだ。

 そしてこの場に居るヒト達が全員ウマ娘というのがとても不思議な感覚だ。小学生の頃にも周りに居たが私を入れて数人だった。

 

「本当に来たんだな……ここに」

 

 あっけに取られている暇はないな。入学式ももうすぐ始まってしまう。急いで行かなければ間に合わなくなってしまう。

 

「これから始まる学園生活……どんな生活が待っているのだろう……楽しみだ!」

 

 夢に見たトレセン学園での生活。これから来る未来に期待を込めて学園の門をくぐった。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 入学式が始まると初めに生徒会会長として【皇帝】シンボリルドルフが壇上であいさつをした。

 さすが皇帝と呼ばれるだけあってものすごい威厳を感じる。こんなにもかっこいいのにあれでダジャレを言うんだもんな……ギャップ萌えも大きいものだ。 

 

 そして周りを見渡すと他にも有名はウマ娘がちらほら見える。同級生には誰か知っているウマ娘が居ないか……ん? あれは……

 あのティアラは見覚えあるな。そうか、つまり私はダイワスカーレットと同級生となるのか。ならばウオッカも……うわ、スカーレットの横に居るのか。本当にあの二人は何かと運命を感じるよね。

 

 スカーレットとウオッカと同級生ならばスぺちゃん達は先輩になるのかぁ……それはそれで面白そうだ。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 入学式も終わり、あらかじめ指示されていたそれぞれのクラスに向かった。私は奇跡的にもスカーレット達と同じクラスのようだ。これは運命なのか、運命だよねきっと。

 ここがアニメ軸の世界線なのは既にテレビやネットの情報から確認しているのでトレセン学園に入学したらスピカに入るつもりだ。なのでいずれは同じチームになるスカーレットとウオッカとは仲良くしておきたいね。

 

「あの、さっきから視線感じるんだけど何か用かしら?」

 

 突如スカーレットに声をかけられた。見ていたのがばれてたか? 

 

「特に用があるかと言われるとないけど、こうも周りがウマ娘が多いと変な感じがしてね……今までウマ娘とあんまり出会う機会も少なかったもんで……」

 

「そうか? こいつの目何かヤバイ感じがしてたぞ?」

 

 ウオッカ君、そういうこと言うのやめて。私のメンタルは豆腐以下だぞ。

 

「ソ、ソンナコトナイデスヨー???」

 

「そう? ならいいんだけど……同じクラス同士よろしくね! 私はダイワスカーレットよ!」

 

「俺はウオッカだ。よろしく頼むぜ!」

 

「アリスシャッハです。よろしくね、スカーレット、ウオッカ」

 

 初日からこの二人と少しでも話せたのは今後のより友好的な関係を気づいていくのにいい出だしだろう。いずれは同じチームになるだろうし今のうちにもっと仲良くなっておきたいところだ。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 その後は初日ということもありその日はクラスの顔合わせや自己紹介などで終わった。寮の部屋の割り当ては決まっており私は美浦寮に割り振られていた。どこの部屋に割る振られているかは私はまだ知らないが荷物は先に届けられているので決まってはいるのだろう。

 

「美浦寮寮長のヒシアマゾンだ。よろしく頼むよ!」

 

 美浦寮に入寮する新入生の前で生ヒシアマ姉さんがここの寮でのルールなどを説明してくれた。何かと言わないがデカイ。私が小さいからなのか余計でかく感じる。

 

「さて、部屋割りについてなのだが……」

 

 部屋割りについて書かれた紙をもらった。えっと私は……oh。そこには相部屋の子は居ない、つまり一人である。相部屋なはずなのになぜか私だけ一人である。ドウシテ……

 

「あの……ヒシアマゾンさん。私の部屋一人なんですけどこれ間違いじゃないんですよね?」

 

「ん? ああ、今はまだ居ないぞ。寂しいかもしれないが我慢してくれよ」

 

 まじかぁ……でもヒシアマ姉さんの言い方的にいずれは相部屋の子が入ってくるのだろう。せっかくの相部屋の寮なんだから誰かいてほしいもんだよね。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 部屋の割り当ても終わり、私たち新入生はそれぞれの部屋に向かった。そこでは特に何も面白いことはなく一人寂しく部屋に着いた。

 

「ほかの娘達はペアいるのに私だけ一人……どうせ、私なんて残り物なんですよーだ」

 

 寧ろ誰かといる方が落ち着かなさそうだけど。早めにウマ娘だらけの空間に慣れておかないと相部屋のペアができたら耐えれなさそうだ。何に耐えれないのかって? 同志なら分かるだろ? 

 

 そうこうして部屋の片づけをしていたため気づかなかったが既に結構遅い時間になっていた。夕飯は既に済ませていたがお風呂はまだだった。せっかく大浴場もあることだし早めに済ませよう。

 さすがに時間も遅いので誰も居ないようだ。自分の体は見慣れているが他人のは耐えれる自信はない。しばらくはこうやって時間ずらしておくのもありかもな

 

 大浴場に入る。こんな時間だ、誰も居ないと思っていたがそこには一人のウマ娘が居た。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 咄嗟に謝ってしまった。一応身体こそ同じウマ娘なので罪には問われないだろうが、心はまだ男だ。

 

「あ、あの……」

 

「すみませんでした! すぐに消えますので!!」

 

「えっと……大丈夫?」

 

 どこかで聞いたことある声だった。うっすらと目を開ける。

 そこには私と同じ髪の色をした少女がいた。そうだ、私はこの子を知っている。

 

「えっと……ら、ライスシャワー……さん……ですか?」

 

「ライスのこと知ってるの……?」

 

 しまった。まだライスシャワーはデビューしていないしこんな入学したてのウマ娘が知っていること自体がおかしい。なんとかごまかさないと……! 

 

「は、はい。えっと……今日からこの美浦寮でお世話になります、アリスシャッハと申します。ライスさんのことは今日の寮の説明の時に私の部屋の近くのウマ娘について聞きましたので……」

 

 少し無理がある説明かな? 

 

「そうなの……? えっと、よろしくね……アリスちゃん」

 

 そんな優しい瞳で見つめないで! 私の心のデジタルが耐えきれないぞ。リアルで会うと分かるこの可愛さ、このままではデジタルと同じようになってしまいそうだったがまだ気合で耐えている。

 

「ところでどうしてこんな時間にここに居るのですか?」

 

「ライスと居ると皆不幸になっちゃうからできるだけ他の子たちと被らないようにしていたんだ……ごめんね! ライス先にあがるねっ!」

 

「あ、待って……」

 

 それは一瞬の出来事だった。まるで避けられているようだったがまだこの時期のライスシャワーは自分に自信は持てていないらしい。わかりきっていたことではあるが……

 推しであった彼女に出会えたのは奇跡だ。もし名前を憶えていてくれたらなー……とか思ってたり。

 ただ、彼女に会った時なんとも言えない……そう確かに私の最推しでもあったのもあるがまた別の、ウマソウル的な何かが共鳴ていうか……そう、言葉にできない()()を感じた。これは一体? 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 あれから数週間、特に大きなことも何もなくトレセン学園での生活を楽しんでた。

 文武両道を掲げているので午前は座学、午後はトレーニングを行っている。トレーニングを積んでいくうえで自分の適性も理解してきた。

 

「なぁスカーレット、アリス、チームどうするんだ?」

 

 チームか……ウオッカの発言で思い出した。

 

「そうねぇ……何か候補ないかしら」

 

「そんな二人に面白そうなチームのチラシ持ってきたんだけど」

 

 こっそり仕入れておいたスピカのチラシを渡す。

 

『ナウいあなた チームスピカに入ればバッチグー!!』

 

 そう、あの何とも言えないまるでマルゼンスキーが作ったようなチラシである。確か二人はこれに惹かれてスピカに入ったはずだ。

 

「チームスピカ……? へぇ、面白そうなチームだな!」

 

 ウオッカがこのナウいチラシ食いつく。ある意味このチラシに惹かれたからこそスピカで出会えたのかもしれない。

 

「そうね、今度見に行ってみましょう」

 

 勝ったな。あとはうまくチームに入るように誘導するだけだ。それでは私は先にスピカについて偵察しておくか。この時期はまだゴルシしか居ないはずだ。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「やっと見つけた……」

 

 やっとの思いでスピカの部室を見つけた。思ったより学園の端にあり見つけるのに一苦労した。

 

「ほう、いい脚だ。柔らかいながらしっかりとした筋肉のつき方。これは長距離で活躍できそうないい原石だ! 君の名前を教えてくれ!!」

 

 私は知っている。この人を……多分間違いなくスピカのトレーナーだろう。彼がウマ娘の脚をすぐ触ってくることを知っていたがいざ触られると背筋がゾッとする。落ち着け、いややっぱり無理だ。ごめんよトレーナー、本能には勝てないようだ。そして本能的に思いっきり後ろに居る人物を蹴り飛ばしていた。

 

「あ……すみません。大丈夫……ですか?」

 

「だ、大丈夫だ……これくらい慣れてる」

 

 慣れてるんだ。時々思うけどほんとに人間か? 

 

「よく蹴られんですね。自覚あるならいきなりヒトの脚触るのやめたほうがいいですよ?」

 

「ははっ……ん、まてよそのチラシ……もしかしてスピカの入部希望者か!?」

 

「ええ、そのつもりで来たのですがいきなり脚触らるとは思っていなかったのでやっぱりやめます」

 

「おいおい、待ってくれ! 今どうしても部員が必要なんだよ!」

 

「知ってますよ。今部員一人でしたよね?」

 

「どうしてそれを……?」

 

「ちょっと特殊なルートで仕入れただけです。ちなみにさっきのは冗談ですよ、入部するつもりで来ていたので安心してください」

 

 少し意地悪過ぎたかもしれないが、弄られてこそこのトレーナーだと思っているのは私だけだろうか? 

 

「ほ、本当か? 本当にいいのか!?」

 

「はい、本当ですよ。よろしくお願いしますねトレーナー。私はアリスシャッハです」

 

「おう、よろしくなアリスシャッハ」

 

 こうして私のスピカへの入部が決定した。あとはあの二人を勧誘して上手くこのスピカに導くのが最初の私の仕事だ(多分)。スピカの為に一肌脱ぎますか!




公式サイト風キャラ紹介
・アリスシャッハ
「私はどこまでも走る。そして最強のステイヤーになってみせる。それが私の願い。どこまでも駆け抜けてみせよう!この脚で!!」

誕生日…4月1日
身長…156cm
体重…増減なし
スリーサイズ…B76・W52・H76

とにかく走ることが大好きなウマ娘。
誰にでも優しく接する為、多くのウマ娘達から信頼されており相談役も兼ねることも。
他のウマ娘に比べて個性が薄いため稀に存在を忘れられていることもあるのが悩みらしい。


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彼女達の日常、そして

2022/01/17 文章の変更・加筆しました。


 朝5時、私は起床する。なぜかって? それは朝のランニングの為だ。

 顔を洗い、寝ぐせを直しいつもの髪飾りを付けトレセン学園のジャージに着替える。

 軽くストレッチを行い走り出す。いつもの河川敷を走り、近くの商店街を走るのが日課だ。

 

 商店街では、既に仕事の準備をしている人や犬の散歩をしている人にあいさつをしながら走る。

 前世の私では少し走るだけで息が切れるほど貧弱だったので今のこの身体は理想的だ。こんなに風を感じながら走れるのはすごく嬉しいのだ。

 

 約30分ほどのランニングを終えると学食で朝ごはんをとる。同じようにジャージ姿のウマ娘も居れば既に制服に着替えている娘も居る。

 ウマ娘はエネルギーの消費が多いのか見た目以上に食べる。どんなウマ娘でも下手な成人男性より食べているのをみるとすげーなって思う。

 ……なんか凄い山を見た気がしたが、その後ろに葦毛が見える時点であの怪物だろう、多分。

 もちろん私も例外ではなく前世の自分ではこんなに食べれないだろうって量を平らげてしまう。ちなみにウマ娘になってからは人参を身体が欲してしまうようになった。

 

 朝ごはんを受け取り席を探していると一人端っこにパンを頬むる黒鹿毛のウマ娘がいた。

 

「おはようございます。ライスシャワーさん」

 

「ひゃ! ……あれ、この間の……えっと……」

 

 驚き方可愛いな。心のデジタルが倒れかけたぞ。

 

「アリスシャッハです。ここで会えるとは奇遇ですね。隣いいですか?」

 

「いいけど、ライスと一緒に居ると不幸になっちゃうよ?」

 

「大丈夫ですよ。ここで会えたのも何かの運ですしいつもみたいに逃げないでくださいね?」

 

 実はあの日以来、ライスシャワーは私の姿を見かけると逃げるようになっていた。

 

「どうしてアリス……ちゃんはライスにかかわるの?」

 

「さぁ? でも、あの日出会ったとき運命的な何かを感じたからですかね」

 

「……?」

 

 すっごい困惑してる。そりゃあそうだ。理由としてはうっすいけど前世の私がライスシャワーのことが好きだったのもあるだろうけどそれとは違うものを感じたのは本当だ。

 

「同じ寮でもありますし、今後も仲良くしていきたいと思っているんですよ?」

 

「そ、そうだね……ライス食べ終わったから先に行くね!」

 

 ……逃げるように去っていった。まだ距離はあるけど少しづつ仲良くなれたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝ごはんを済ませて一旦部屋に戻る。授業に向けてジャージからトレセン学園の制服に着替える。

 カバンの中身を確認して今日ある授業の教科書やノート、筆箱が入っているか指差し確認する。ヨシ! 

 

 学園の入り口には理事長の秘書としていつも忙しそうにしている駿川たづなさんがいる。門を通るウマ娘達の名前をいいながら挨拶しているのだが、もしかして彼女全員の名前を憶えているのか? って思ってしまう。

 

「おはようございます。アリスシャッハさん」

 

「おはようございます」

 

 門をくぐり、自分の教室に向かう。既に何人か来ておりその中にウオッカとスカーレットもいた。

 

「おはよう、ウオッカ、スカーレット」

 

 朝から二人が何か言い争っていたようだがリアルでこの光景を見られるとは……

 

「朝から仲良しだねぇ」

 

「「誰が仲良しだ!」」

 

「はいはい、ところで二人とももうチーム決めたの?」

 

「ああ、この間アリスから貰ったスピカってとこにしようかと思ってるんだ」

 

「あら、奇遇ね。アタシもそこにしようと思っていたところなのよ」

 

 これはほっといても来てくれそうだな。

 

「ところでアリスはどうするつもりなのよ」

 

「ん? ああ、私はもう決めてたから先週チームのところに行ったよ」

 

「あらそうなの? ならアタシも今日の放課後に行こうかしら……」

 

「俺も一緒に行くからな!? 抜け駆けはするなよスカーレット!」

 

「しないわよ!」

 

 いいライバルだよなぁ……この二人は。

 朝からこんな雑談をしていたら予鈴がなった。言い争っていた二人も一旦落ち着いて授業を受け始めたのだった。

 

 授業……とは言っても、もちろん普通の授業からレースについての授業もある。一応義務教育的な部分もあるため一般教養も大事だ。そちらの知識は最低限ではあるが持っていたがレースの授業になると案外面白いものだ。

 いずれは私もG1で走ることができるのかなぁ……とか思いながら授業を受けて一日を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり昼食の時間となった。食堂は相変わらずの大盛況である。てかここの食堂の人たちってこれだけのウマ娘の為にあれだけの量のごはんを作ってくれていると思うと感謝しかない。

 奥にあの葦毛の怪物が見えた。あれ? 確か食堂に来た時はまだ山のようにあったはずなのにもうその山がなくなっていた。……え? 早くない??? 

 規格外すぎるでしょアレは……と思いつつ、ごはんを受け取り空いてる席に座るとどこかで見たことあるウマ娘を見つけた。

 

 メジロマックイーンとゴールドシップが私が座った席の少し先にいた。そうかあれか、チームに勧誘しているのか。マックイーンの前にはコロッケがある。それを口に運ぼうとしているとゴールドシップが物凄い速さで横取りし、それを食べようとしたところをマックイーンに阻止された。

 あ、これは……って思ったのは束の間、勢いよくゴールドシップの目に箸が刺さった。

 

「うお、目がぁ!」

 

「あら……」

 

 ……知ってた。一応今は同じチームだ。助けに行こう。

 

「大丈夫すか?」

 

「あなた、ゴールドシップさんの知り合いですか?」

 

「はい、同じチームスピカに所属しているアリスシャッハです」

 

「ご丁寧にどうも……あなた、このヒトと同じチームで大丈夫ですの……? もしかして強引に……」

 

「いえ、ゴルシさんからは何もされていませんよ」

 

「そうだぞマックイーン。アタシがなんでも強引に勧誘してると思うなよ!?」

 

「説得力なさすぎですわ!」

 

 そうだぞ、ってゴールドシップに言いたいところだがマックイーンはテイオーが後々連れてくるから今は放置でもよかろう。

 

「とりあえずゴルシさんは私が保健室にでも連れていくので安心してください」

 

「おいまて、まだ話は終わってないぞ!」

 

 半ば強引に引き離した。

 

「くっそぉ……せっかくマックイーンを勧誘するチャンスだったのに……!」

 

「多分、ゴルシさんが勧誘しても来ませんよ。ほかの手を考えないと……」

 

「お? なんか考えでも?」

 

「今はありません。じきに分かりますよ」

 

「もったいぶるなよぉ~」

 

「とりあえずうちのクラスで二人加入希望者を確保しておいたので今日の放課後、部室にくると思いますので先にそっちの確保がですよ」

 

「ほんとか? てか、あんなチラシでお前以外の物好きが居るとはな……」

 

 失礼な。いや確かにこんな廃部寸前のようなところに来るなんて物好き意外なんでもないよなぁ……

 

「あんまりのんびりしていると午後に間に合わないので先に失礼しますね」

 

「おう! また放課後な!」

 

 あのアニメのシーンを生で見たのだが、よく考えたら箸が目に刺さったのにどうしてピンピンしてるんだろ……

 なんて考えながら午後のクラスでのトレーニングの準備を始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トレセン学園では午前が座学、午後にトレーニングを行うことが日課である。

 チームに所属しておけばそちらでトレーニングを行っても良いのだが、まだ入学したばかりなのでほとんどのウマ娘はチームに所属していない。むしろ経った数日でチームに入った私の方が異質である。

 

「ねぇアリス今度新入生で模擬レースを行う話聞いた?」

 

「え、なにそれ」

 

 え、なにそれそんなのあるの???聞いたことないよ?

 

「一クラスで3人選出して芝2000mで行うらしいわよ」

 

「まじで? その選出っていつするんだろ……」

 

「どうやら教官が今までの練習とかを見て決めるらしくて今日発表するって言ってたわよ……聞いてなかったの?」

 

「ハイ、スミマセンデシタ」

 

 うっそやろ……そんなの聞いたことないしもしかして少しだけ世界線がずれているのか……いや、私っていう存在が居る時点で元のウマ娘の世界とは異なるのか。

 その後、いつも通りトレーニングをこなす。そして、その時が来た。

 

「今日は前から話してた今度の新入生のクラス対抗模擬レースに出場するメンバーを発表するぞ。まず一人目は……ダイワスカーレット」

 

「ふふん♪ もちろんアタシが選ばられるよね!」

 

「二人目はウオッカ」

 

「よっしゃあ! スカーレット! お前には負けないからな!!」

 

「はあ? アタシが一番になるに決まってるでしょ!」

 

 はいはい、そこ落ち着て……

 

「そして三人目は……アリスシャッハ、お前だ」

 

「ふぇ?」

 

 ちょっと情けない声が出てしまった。自分の適性はある程度理解はしている。どうしても距離が短いと本領発揮できない。練習すれば何とかなるかなぁ……トレーナーに相談してみるか。

 

「あら、アリスあなたもなのね! あなたが相手でも手を抜かないわよ」

 

「俺だって負けないからな!」

 

「あはは……よろしくね……」

 

「というわけで来週だからな、しっかり練習するんだぞ。ちなみに優勝したクラスには学食のスイーツ食べ放題がもらえるぞ」

 

「スイーツ!?」「食べ放題!?!?」

 

 皆食いつきがすごい。ウマ娘だからなのか女の子だからなのか知らないが皆スイーツが好きなのか……

 クラスの為に頑張りますか……

 

「そういうことだ。今日のトレーニングは終わるからしっかりクールダウンしておけよ」

 

「「はーい」」

 

 クラスでのトレーニングも終わり急いで着替え、スピカの部室に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部室に着くとトレーナーが居た。

 

「あ、トレーナー。お疲れ様です」

 

「おう、アリスか。どうした?」

 

「実は相談がしたいことあって……」

 

 先ほどの話をトレーナーにした。

 

「なるほど……分かった。確かにお前さんは距離が長ければ長いほど強い。だが、今回の距離だと本領発揮できなさそうだから相談したと……うむ、少し考えさせてもらえるか?」

 

「ええ、いつでもいいですよ。本番までに仕上げれれば問題ないので」

 

 コンコンコン

 部室のドアが叩かれる。例の二人かな? 

 

「すみません……あのスピカの部室はここで……あれ!? アリス!?」

 

「やあ、二人とも」

 

 めっちゃ驚かれた。

 

「アンタいつの間にチームに入っていたのよ!」

 

「ちょうど一週間前くらいかな?」

 

「つまり俺たちはアリスの勧誘の策にはまったというわけか?」

 

「一応二人にスピカ紹介したときはまだ入部前だよ。まぁ、あの後入部届だしたけど☆」

 

「なんだ、知り合いか?」

 

「はい、同じクラスのダイワスカーレットとウオッカです」

 

「てことは入部希望者か!?」

 

「は、はい」

 

 無事に二人を巻き込……スピカに入れることに成功した。

 まぁ、あの後二人に色々言われたが私的には結果オーライなので軽く流した。

 

「うげぇ、ほんとにあのチラシでアリス以外のやつが来るとはなぁ……」

 

 失礼な。ゴールドシップが少し不機嫌そうに言う。私はチラシではなく自らここに来ることを決めていたからな、二人はあのチラシに惹かれてくると思うけど……

 確かにあのチラシに惹かれる時点でなかなかやばいやつなのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スカーレットとウオッカの入部も確定し一安心して寮に戻る。

 

「お、アリスか。ちょっと時間あるか?」

 

「ヒシアマさんですか、どうしました?」

 

「確かアリスの部屋はまだ誰もいなかったよな? 実はそこに入る予定が決まったんだ」

 

 ほほう? どんな娘だろう。

 

「ドイツからの留学生が来るらしくて後日荷物とか届くらしいから早めに伝えておこうと思って。確か名前は……」

 

 ……今度留学するウマ娘の情報を聞かせてもらった。彼女は私と同世代なので親しみやすいと思ったのか元々部屋を開けていたそうだ。最初から言ってくれよぉ……

 でも、どんな娘かすごく楽しみだ。

 

「……さすがに部屋片づけとかないといけないな」

 

 物が散らばってる部屋を見ながら呟く。別に片づけが苦手なわけじゃなくて時間がなかっただけなんだからね! 

 

 そして部屋を片付けながら新しい生活を楽しみにするのであった。




途中まで書いていた話を全てリセットして作り直してたら予定より遅れた。ユルシテ……
最近1期と2期を見直してるんですけど結構時間軸ずれているので色々合わせていたら時空が歪む歪む…
キャラとかはできるだけ2期とアプリ基準にしてるけどおかしい部分もでるかもしれないけど大目に見てください。


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ルームメイト登場!

誤字報告ありがとうございます。
案外自分だけだと気づかないので感謝しかないです。


 ヒシアマゾンからルームメイトの情報をもらって数日後、彼女の荷物が届いた。聞いた話では今日転入することになるそうだ。

 ちなみに部屋の片づけはどうにか間に合った……疲れた……

 

 

 

 学園に着きいつも通りの日常が始まろうとしていた。

 

「今日から転入生がくるらしいわよ」

 

 登校してスカーレットが話しかけてくれた。

 

「らしいねぇ、そしてちょうど私の部屋のルームメイトも入る予定らしいから多分その子なんだろうね」

 

「アンタルームメイトいなかったのね……ちなみにその子の名前聞いた?」

 

「うん。確か……」

 

 キーンコーンカーンコーン

 予鈴が鳴ったのでそれぞれの席に戻ることにした。

 

「今日は転入生を紹介するぞ。入っておいで」

 

 栗毛のロングの子が入ってきた。結構長く腰くらいまで伸びていた。身長は私より結構小さい。思っていたより可愛い子だった。

 

「初めまして。ドイツから来ましたグローサークラインです。日本についてはまだまだ勉強不足なのでいろいろ教えてくれると助かります!」

 

 礼儀正しい子だな。日本語も上手かった為しっかりと練習していたようだ。

 グローサークライン……そうだな、日本語だと「偉大なる小さきもの」とでも訳そうか。

 

「席は……アリスシャッハの隣で大丈夫か?」

 

 栗毛の美少女が私の隣の席に座る。

 

「初めまして、私はアリスシャッハ。アリスって気軽に呼んでくれると嬉しいな。えっと……君のことはなんて呼んだらいいかな?」

 

 グローサークラインに尋ねる。そのままだと長いしどっち取って呼べばいいか分からないからね……

 

「あ、はい! アリスちゃんよろしくお願いします!! 僕のことは親しみを持ってクラインと呼んでほしいな」

 

「わかった、今日からよろしくねクライン」

 

 こうして、新しい仲間が増え心躍るアリスシャッハなのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 一日も終わり、寮に戻ってきたところ先にクラインが戻っていた。

 

「あれ? アリスちゃん同じ部屋だったの?」

 

「あ、そっか。言い忘れてたね。ごめんごめん」

 

 届いていた荷物を片付けていたクラインが驚いた顔をしていた。

 

「というわけだけど今日からルームメイトとしてもよろしくね!」

 

「うん!」

 

 クラインの私物を一緒に片づけること数時間。私だけだったら殺風景だった部屋が急にかわいらしくなった。

 彼女の私物は可愛いものが多く、部屋自体が明るくなった気がする。

 なんせ私は青と黒色のもの……寒色系のものが多いため女の子らしさの欠片すらなかったのだ。それに対してクラインの私物は暖色系のものが多い為見事に対極的すぎてやばい。

 

「こうも一気に部屋の雰囲気変わるもんだなぁ……」

 

 あまりの変化にボソッと声が漏れてしまう。

 

「アリスちゃんって見た目はすごくかわいいのに部屋はシンプルなんですね……ちょっと意外でした」

 

 一応私の部屋がシンプルすぎることは気にしている。でもなんかこう……女の子しているのはどうしても慣れないのだ。

 実家の方もかなりシンプルでしかも趣味が全開しているせいで余計ここより酷かったりする。

 たまに「あんたも一応女の子なんだからもう少し部屋をどうにかできないのか」って言われるくらいだ。

 

「ハハ……一応気にしてはいるんだけどね……」

 

「なら今度のお休みのとき親睦も兼ねてお出かけしませんか?」

 

 急なお誘い。せっかく同室になった仲間なのでもちろん喜んで行く。

 

「うん、今週は予定ないし問題ないよ」

 

 ウマ娘ちゃんとの休みの日のお出かけデートの予定が埋まった! 

 

「アリスちゃん」

 

「どうしたの?」

 

「アリスちゃんって結構感情が尻尾に出やすいんですね」

 

 ……まじ? 今まであんまり気にしていなかったがこういうのって無意識で動くものなのかな……もしかして今までスカーレット達にもバレていた可能性も……? 

 そう考えるとすごく恥ずかしくなってきた。今後は目立ちすぎないように気を付けるようにしよう。

 

「そ、そんなことより片づけで汗もかいたしお風呂行こうよ! ついでに寮の設備とかの案内もしてあげるね」

 

「そうだね……まだまだ寮について分からないし教えてもらおうかな」

 

 照れ隠しであったがクラインが鈍感なのかあるいは天然なのかあんまり気にしていないようだった。

 その後、寮の設備について案内をし、二人でお風呂で汗を流した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 週末、クラインと共に街に出た。私自身もまだこの土地になれていないので二人で迷いながら色々な店をまわった。

 そして、前々から気になっていたウマ娘のグッズを専門に取り扱っている店に行ってみたかったので訪れることにした。

 

「へぇ~、色々置いてあるんだなぁ……」

 

 シンボリルドルフやミスターシービーなど有名なウマ娘のグッズが多く取り扱われている。……前世の頃もこれくらいあったら嬉しかったがそもそも買いに行けるような身体じゃなかったな。うん。

 

「アリスちゃん、この方って……会長さん?」

 

「そうだね、会長は無敗で3冠取っていている凄いウマ娘だよ」

 

「3冠って皐月賞、ダービー、菊花賞……でしたっけ?」

 

「うん、それを無敗で達成してるからみんなから尊敬されているウマ娘だね」

 

 アニメやゲームだとダジャレ好きなウマ娘って認識してたけど実際に会うとすっごい人物だった。

 

「うへへ……今日もウマ娘ちゃん達のグッズに囲まれて幸せぇ……」

 

 どこからかなんか聞いたことある声が聞こえた。この何とも言えない気持ちわr……特徴的な声としゃべり方は一人しか居ない。

 とりあえず声のする方に行くことにした。

 

 

 

 物陰から覗くとそこにはピンクの髪で赤色の大きなリボン、まるで小学生の頃から着ていそうな服を着ているウマ娘がグッズを見ながらにやにやしていた。

 彼女はアグネスデジタル。変態、勇者と呼ばれ芝、ダート問わず走るやべぇーウマ娘だ。……まだデビュー前だけど。

 というわけでせっかくなので声をかけてみることにした。

 

「あのぉ~すみません」

 

「はい、なんでしょう……はう! ウマ娘ちゃんがどうしてこんなところに!?」

 

「驚かしてしまってすみません。私たち以外のウマ娘が居たのでつい声をかけてしまって……」

 

「いえいえ! むしろあたしにとってご褒美……いえ、何でもありません! あなたもウマ娘ちゃんのグッズに囲まれに来たのですか?」

 

「いえ、私の地元にはグッズ専門店なかったので見にきたって感じですね」

 

「アリスちゃーん! ここに居たんですね!」

 

「またウマ娘ちゃんが増えて……幸せ……」

 

「あっ……」

 

 気絶してしまっているようだ……立ったまま気絶とはなんて器用な……とりあえずこのままほっとく訳には行かないので背負って連れ帰ることにした。

 

 

 

 デジタルはたしか栗東寮だったな……

 

「やぁポニーちゃん達……デジタルくんがまた何かやらかしたようだね」

 

 寮に着くと栗東寮長であるフジキセキに出迎えられた。ちなみにここに運ぶ間に何度かデジタルは目を覚ましたがその度に気絶していたので結局ここまで運んできた。

 デジタルが軽いのかウマ娘になってパワーがあるのかあっさり抱えあげられてここまで運ぶことができた。ウマ娘って不思議だよねぇ……

 

「あ、はい。外で出会って声をかけたら気絶してしまったのでとりあえず連れて帰ってきました」

 

「あぁ……これはすまないね。デジタルくんが気絶するのはよくあることだから気にしないでほしい」

 

「はう! ここは!?」

 

「あ、おはようございます」

 

「デジタルくん、君が気絶している間にポニーちゃん達がここまで運んできてくれたそうだ。全く、そうやってすぐ気絶する癖は何とかならないのかい?」

 

「ウマ娘ちゃんたちの尊い姿を見て正気でいれますか? 否、あたしには無理です!!」

 

 既に開き直っているデジタル。実際彼女はよく気絶しているイメージが多い。

 

「とりあえずデジタルさんは無事届けたし、私たちは帰りますね」

 

「うん、今回はありがとうねポニーちゃん達」

 

 はう! いきなりのウィンクであまりのイケメンっぷりに堕ちそうになるがギリギリ耐える。

 人気があるのも納得するレベルだ。危うく女の子にされるところだったよ……一応身体は女の子ではあるけど。

 

「あはは、可愛い反応するね! 今回の件は感謝しているよ」

 

 フジキセキさん……侮れないなぁ。

 

 

 

「あのウマ娘凄い子だったね……」

 

「まぁ……ウマ娘のことが大好きな子で悪い子じゃないと思うよ、多分」

 

 アグネスデジタルとの出会いは少し驚きもあったがリアルで会うとやっぱりやばかった。

 会長といいアニメやゲームで見た印象と結構変わるもんだな。うん。

 

 ……そういえばデジタルに対して名前名乗ってなかったな……まぁまたどこかで会うだろうし、彼女のことだし私のこと覚えていそうだからその時でいいか。

 そういや今週、模擬レースだったな。クラスの為にも私の今後の為にも頑張らないといけないな。

 気合を入れなおし新しいルームメイトと頑張っていこうと決意した。




オリジナルウマ娘2人目参戦!!
っていうことで所謂ライバル枠としてクラインちゃんです。史実のウマ娘とライバルでもよかったけど歴史変わっちゃうので参戦しました。

ドイツ語表記だとgroßer klein「グローサークライン」、ウマ娘としての元ネタはありませんが名前の元ネタはあります。ドイツ語の名前ってかっこいいよね……

ちなみに私自身はデジタルもフジキセキも持っていません(血涙)。デジタルとカフェは引けずに後悔しています。

というわけでオリジナルウマ娘なので今回も簡単な彼女のデータ載せておきますね。

・グローサークライン
「僕は誰にも負けない、誰が相手でも……!」
誕生日…5月5日
身長…140cm
体重…増減なし
スリーサイズ…B69、W52、B72
ドイツから留学してきたウマ娘。日本の文化が好きらしく結構オタク気質だったりする。そのためルームメイトでもあるアリスシャッハとよく話が盛り上がることもあるとか。この小さい身体から繰り出されるそのスピードとパワーは見ているものを虜にさせる。


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始動

2042年の未来でノーパッドとして戦場走り回ってたら1週間遅れました。
反省してます。ハイ。
またちまちま進めていきますよ。


 ついにこの日がきた。そう、クラス対抗の模擬レースの日だ。

 そして、この日の為にトレーナーにある作戦も作ってきてもらった。

 

「ふぅー……緊張してきたぜ……」

 

「ウオッカ、大丈夫?」

 

 まだデビュー前で大勢の前で走ることはなかった為、普段より緊張しているようだ。

 今回は各クラス3人ずつ、全部で15人だ。そして、学園内のイベントの一つとしてかなり多くの観客、まぁ学園関係者だけだけど先輩やトレーナー達が観戦に来ている。それりゃぁ緊張しますとも……

 

「今回の模擬レースは腕試しみたいな気持ちで軽い気持ちで挑めばいいと思うよ」

 

「何言ってるのよ、スイーツ食べ放題がかかっているのよ!?」

 

「わかってるって……私もできる限り全力で行くからスカーレットもウオッカも頑張ってね」

 

『さあ! やってまいりました! 新入生によるクラス対抗レース!! 実況は私、サクラバクシンオーが務めさせていただきます!!!』

 

 ……今日のレースの作戦を振り返る。

 

 ◆

 

「アリス、お前の今度の作戦だがな……」

 

「はい」

 

「最初から全力いけ」

 

「えっ?」

 

「お前の強みは、同年代、いやむしろ現在トゥインクルシリーズで走っている他のウマ娘に匹敵するレベルのスタミナだ。練習で2000m走ってる姿を何度か見せてもらったがほとんど息が切れていない。だが逆に弱点として爆発的な加速力、つまりパワーがない」

 

「まぁ……そうですね。何となくですが理解は……していました」

 

「パワーが足りない。つまりトップスピードに達するまでかなり時間がかかるからスタート直後から加速をし、最終直線の時にはお前のトップスピードになるようにするんだ」

 

「なるほど……」

 

「これはあくまで俺の感想だが、アリス、お前の脚質は差し、追込の方に向いている……だが、それを活かすだけの力強さがどうも足りていない。というよりなんかなぁ……」

 

「なんですか……?」

 

「これは確信ではないんだが……何かが足りないんだよな……お前の走りを見ていると」

 

「パワーが足りていない……というわけではなく?」

 

「ああ、何かが引っかかるんだが……んー分からん!! とりあえずだ、今度のレースではまず初めに……」

 

 ◆

 

「ふぅー……」

 

 一息つく。私もこのような大勢の前で走ることは初めてで緊張している。

 

『それでは、各ウマ娘、ゲートに入ってください!』

 

 ゲートに入る。別に私自身は狭いところに対しては何も感じなかったが、こう……実際にゲートに入ると少しそわそわしてしまう。これが本能か。

 

 落ち着け、大丈夫だ。

 

 ゲートが開く。開くと同時に飛び出るように地面を蹴る。

 

 まずは、バ群の後ろにつく。前のウマ娘達の様子をうかがいながら少しずつペースを上げる。

 

(さすがだね……皆速い!)

 

 スカーレットは先頭争いをしており、ウオッカはそれを見るように先行気味についている。私は、バ群の一番後ろにつく。

 

 だが、私は予定通りに少しずつ加速する。最初の坂を上る頃には既にバ群の中心まで順位を上げた。先頭はスカーレット、その後ろにウオッカがついている。

 

 坂を上り終え、第3コーナーに入る。私はさらに加速し、ウオッカを抜き前に居るスカーレットに詰め寄り始め、2番手の位置につく。

 ウオッカも負け時と食いついてくる。

 

(思っていたよりペースが速い……! 食いついて行けるか……?)

 

 そのまま第4コーナーを周り最終直線に入る。

 

(行ける! このまま抜き出す!!)

 

 私の全力で地面を蹴り最後の力を振り絞って限界まで加速する。

 

「うおおお! 負けるかああああ!!」

 

 一度追い抜いたウオッカが物凄い末脚で並んでくる。

 

(負けない。負けたくない!!)

 

 伸びろ、伸びろ。今までに感じたことない苦しさを感じる。

 

 スカーレット、ウオッカ、アリスシャッハ。三人が横一列に並ぶ。誰が抜き出てもおかしくない。

 

 ゴール前の坂を上る。三人が並ぶ。苦しい。胸が締め付けられるように。

 

「私が」「アタシが」「俺が」「「「一番だ!!!」」」

 

 そのまま三人が並んでゴールする。ほとんど差がない結果で写真判定となった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ハイスピードのレース。今までに感じたことのないこの気持ち。全力を出し合って競い合うレースを行うことはこんなに楽しいことだなんて!! 

 

 判定の結果が出る。

 1着:スカーレット、2着:ウオッカ、3着:アリスシャッハ 全部ハナ差である。

 

 届かなかった……あと少し……足りかなった……

 

「ふふん♪ アタシが一番ね!」

 

「くそー! 勝てなかった!!」

 

「おめでとう、スカーレット、ウオッカ。さすがだね」

 

 あと少し距離が長ければ勝てたかもしれない。だが、それは言い訳になってしまう。最後のスカーレットの粘り強さ、ウオッカの末脚。本当に素晴らしいものだった。

 今回は勝てなかったが、もし2人とレースをする機会があれば……次は負けない。

 

「アリスもさすがね……あの位置から並んでこれるなんて……」

 

「今回は2000mだったからもう少し前についていたら結果が変わっていたかもね」

 

 実は初めはかなり縦長のバ群になっており、わざと最後尾についてしまった為最後の直線までに想像以上に体力を消耗していたのだろう。

 もっと練習が必要だと感じるいい機会だった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 あの熱いレースから数日後の休みの日、ちょうどレースが行われる東京レース場に来ていた。

 

 何度かレースを見るためにレース場に訪れていたがあの日以降、レースに対する感情も変わっていた。走りたい。

 ここまで変わるものなのか。それともウマ娘としての本能が引き出されたのか分からない。ただ、そう思う気持ちが強くなった。ただ、本格化を迎えていない為デビューはまだ先だろう。

 

 相変わらず東京レース場、この世界の競馬はスポーツとしての人気が非常に高い。大人から子供まで多くの観客が訪れている。色々販売もしており食べ物も多く売ってあるので、とりあえず何か買うかぁ。

 

 ◆

 

 いくつかのレースを観戦してそろそろ帰ろうかと思った時、とあるウマ娘がターフに出てくるのが見えた。栗毛の髪に緑色のメンコをしていた。サイレンススズカである。

 

「サイレンススズカ……? もしかして……!」

 

 サイレンススズカが出走しているってことはもしかしたらスペシャルウィークが居るかもしれないと感じたのだ。

 確か前の方で見ていたはずだ。

 

 スペシャルウィークを探しているうちにサイレンススズカが走り出していた。アニメと同じ展開でスズカが逃げを見せる。

 つまりどこかに居るはずだ……! 

 

 人混みをかき分け、進んでいると人と人の隙間からウマ娘の耳が見えた。

 今はまだ接触するタイミングじゃないので遠くから様子をうかがう。

 

 ◆

 

 案の定スペシャルウィークの脚を触り蹴り飛ばされているトレーナー、スペシャルウィークが立ち去った後に声をかける。

 

「トレーナー……やっぱり変態だったんですね」

 

「アリス!? 違う、誤解だ!!」

 

「まぁ……貴方がウマ娘の脚触る変態なのは知っているので」

 

「まて、公共の場で言うのは勘弁してくれ!」

 

「はいはい。で、さっきの子なんですけど」

 

「ああ、素晴らしい素質を感じた。間違いなくビッグになるぞ」

 

「そうですね……スカウトしたらどうですか?」

 

「そうだな……まずはあの子について調べないとな」

 

「ですね、あとそろそろ門限も近いですし私は寮に戻りますね。あ、それとウマ娘の脚いきなり触るのは変態行為なのでほどほどにしてくださいね?」

 

 多分あの後、スペシャルウィークは門限を忘れてフジさんに怒られるだろうがそれはまた別のお話である。

 

 

 ──────────────────-

 

 

 あの後、スペシャルウィークが転入してきた。その後はアニメの流れと同じようにリギルの試験を受けるようだ。

 

 私は見つからないように遠くから双眼鏡でその試験の様子を見ていた。遠くからだがアニメやゲームと同じように皆きれいだし可愛い。個人的にはキングヘイローの不屈の精神が好きだったりする。てか、皆好き。

 

 まぁ……キングと争っているがエルコンドルパサー大敗していた。ほーん、そうなっていたのか。最後にはハルウララがゴールした。何言っているのかは分からないが、疲れているようだがとても楽しそうだ。それこそ彼女らしい。

 

 さて、この後は予定通りに動かねばな……

 既に待機していたゴルシさんとスカーレット、ウオッカと合流しあの変装をする。そうだ、サングラスとマスクをし、袋を持つ。

 あの後、4人でスペシャルウィークを拉致した。言い方が悪いかもしれないがあながち間違ってはいないだろ? 

 

「「「「ようこそチームスピカへ!」」」」」

 

 驚き気味のスペシャルウィークは困惑しているが、トレーナーに気付くと

 

「あなた、あの時の!」

 

「おいまて、それは誤解だ!」

 

「おい、トレーナー。何やらかした?」

 

 ゴールドシップが問い詰める。

 

「この間、休みの日にレース場に行ったんですけど確かその時スペシャルウィークさんの脚触ってましたよ」

 

「アリス!? それは……」

 

 他のメンバーの顔つきが厳しくなる。私として嘘は言いたくないからね☆

 

「とりあえずトレーナーを締めるのは後にしてスズカさんの紹介もした方がいいのではないですか?」

 

 そう、スペシャルウィークが入部すると同時にサイレンススズカも入部することになっている。既に部室の端の方に居た。

 

「スズカさん!? 確かチームリギル所属じゃなかったのですか?」

 

「ああ、スズカは今日付けでこのチームスピカに移籍するんだ」

 

 スズカがチームスピカに居ると分かったとたんスペシャルウィーク……スぺちゃんが入部することになった。スぺスズてぇてぇなぁ……。おっといけない、本音が少し漏れそうになった。

 

「よろしく頼むな、スペシャルウィーク。それと来週にデビュー戦出てもらうぞ」

 

「えっ……ええ────!!??」

 

 スぺちゃんの驚きの絶叫が部室に響く。それからスぺちゃんのデビュー戦に向けての練習を開始するチームスピカであった。




ついにスぺちゃん登場!
ゆっくり進めていきますよ!

ところで私がノーパッドになっている間にキタサン復刻やらメジロドーベル実装されましたね。どっちも出ませんでしたけど……ドーベル可愛いしメジロブライトなど新しいウマ娘も登場してまた楽しみが増えてやばいです。
それではまた今度!


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テイオーとスピカ

 スぺちゃんのデビューに向けて練習が始まった。

 アニメと同じように基礎練習がメインとなった。これは私にとっても基礎をしっかりと練習できることはありがたい。

 

 他のメンバーは「これ意味あるの?」って感じを醸し出しているがトレーナーのことだ。何か考えがあるからやっているのだろう。

 彼はウマ娘の為なら何でもする信頼に値する人物だからね。

 

 

 

 そういえば何か結構大事なこと忘れている気がするがなんだっけなぁ……ま、いっか。

 

 ◆

 

 

 そうこうしているうちにスぺちゃんのデビュー戦の日となった。一週間とは早いものだ。

 

 パドックにスピカのメンバーでスぺちゃんの登場を待つ。

 

「いいなー、スぺ先輩。もうデビューできるなんて……」

 

「スぺさんは既に本格化していたんでしょ。私たちも本格化すればデビューできるから気長に待とうね」

 

 "本格化"

 それはウマ娘が持つ不思議な力の一つ。聞いた話では、食欲が今まで以上に増えたり力が強くなるとか言われているが実際どうなるのかは私も知らない。

 私もいづれその時は来るだろうけどね。

 

「そろそろスぺ先輩が出てくるんじゃないかしら?」

 

 スカーレットが呟いた時、スぺちゃんがちょうどパドックに出てきた。

 ……手と足が同時に動いている。緊張のあまり表情も硬く、動きがカクカクである。

 

「スぺ先輩、手と足一緒に動いてる……」

 

「あれ? スぺ先輩、ゼッケン忘れてない?」

 

「おっと、忘れていた」

 

 トレーナーがゼッケンを取り出しひらひらさせている。

 

「スズカ、これスぺに届けてくれるか?」

 

「はい。行ってきますね」

 

 スぺちゃんに渡し忘れたゼッケンをもってスズカさんが地下バ場に向かっていった。

 

「……そういえばトレーナーさん」

 

「ん? どうしたアリス」

 

 思い出した。確実に印象に残っていたことだったのにどうして忘れていたのか。

 

「スぺさんにダンスレッスンってしましたっけ……?」

 

「……あっ」

 

「「「えっ……?」」」

 

 完全に忘れてたって顔をしているトレーナー。凍り付く空気……

 どうして気づかなかったのか。もう過ぎたことはしょうがない。

 

 ◆

 

 その後、無事にデビュー戦は見事勝利を収めたスぺちゃんであったが案の定ライブは棒立ち……

 お怒り案件になりそうなのでスぺちゃんのデビュー戦後、私は今後の為に先に動くことを決意した。

 

 

 ────────────────────

 

 

「さて、君はどのような用で生徒会室に?」

 

 あの後、アニメと同様にスぺちゃんの棒立ちライブが新聞に取り上げられ、このの様子が世間に広わたってしまった。

 なので、私はダンスを教えてくれそうな人……つまりトウカイテイオーを探しているのだが見つからなかったので彼女がいそうな生徒会室を訪れた。

 

「会長さんなら気づいていそうなのですがね……まぁ、先日の棒立ちライブ……その反省を得てダンスを教えてくれそうな人を探していまして」

 

「ほう? 君は……そうか、スピカ所属のウマ娘だったね。ウマ娘たるものレースだけではなくきちんとライブもしてもらわなければな」

 

「はい……その点は気づかなかった私もチームのメンバー、トレーナーにも非があるかと」

 

「気にすることはない。スペシャルウィークはまだ転入して1週間だったはずだ。1週間でダンスも教えることは難しいだろう。君たちは悪くないから気にすることはないよ」

 

「はい。ありがとうございます。会長」

 

 思っていたより怒っていなかった。確かあの時はこの時空と異なって他のメンバーもダンスできてなかったからあそこまで怒っていたのかもしれない。

 

「で、探しているウマ娘は誰かな?」

 

「トウカイテイオーです。一応クラスとか探してみたのですが見つからず何となくですが、ここに居そうな気がしたので……忙しいのにすみません」

 

「テイオーか。うん、彼女ならダンスも上手いしきちんと教えてくれるだろう。テイオー」

 

「話は聞かせてもらったよ!」

 

 ルドルフの座っているソファーの裏からひょっこり現れるトウカイテイオー……まて、今までどこにいた? 入ってきたときは居なかったはずだ。

 

「はじめまして! ボクはトウカイテイオー!! えっと君は……」

 

「アリスシャッハです。気軽にアリスと呼んでください」

 

「おっけー! あと年も近いからテイオーって呼んで。それと敬語は使わないで欲しいな」

 

「えっ? う、うん。わかったよテイオー」

 

 実際にテイオーと会ってみると印象変わるなぁ……

 

「で、アリス君。ダンスはどうするのかい?」

 

「は、はい。トレーナーと相談してカラオケでテイオーに教えてもらおうかなと思っています」

 

「なるほど……先ほども言わせてもらったがライブもファンの為に大事なことだ。テイオー、頼んだぞ」

 

「任せてカイチョー!」

 

「それと、アリスシャッハ」

 

「なんでしょう?」

 

「今後また困ったことがあったら私たちに頼ってほしい。私は全ウマ娘の幸せを願っているのでね」

 

「……! はい、その時はよろしくお願いしますね」

 

 無事にテイオーを見つけることができ、しかも生徒会のメンツとも関係も結ぶことができた。ちゃっかりルドルフの連絡先も貰えたので一石二鳥だ。

 

「ところでアリス、ボクは何をすればいいのかな?」

 

「そうだね……さっきも言ったけど私の所属しているチームにダンスを教えて欲しいんだ。スズカさんは既にできるとはいえ、スぺさんは転入したて、私とスカーレット、ウオッカはまだ入学したてで練習あまりできていないからね」

 

「そうなの? 分かった! ボクに任せて!!」

 

 心強い味方だ。そのまま上手くスピカに誘導できればいいのだが……

 

「とりあえずカラオケでダンスを教えてもらいたいんだけど、トレーナーがチケット用意してくれるそうだから準備ができたらまた後日連絡するね」

 

「はーい! じゃあこれ、ボクの連絡先教えるから携帯貸して」

 

 テイオーと連絡先を交換後、私たちは分かれそのままトレーナーの元に向かった。

 

 ◆

 

「ほう……あのトウカイテイオーが協力してくるのか。てか、アリスいつの間にそこまで話進めていたんだよ……」

 

 あの日、私はトレーナーに「このままだと私たちライブやばそうなんで教えてくれそうなウマ娘連れてくるんで、トレーナーはカラオケボックスの予約しておいて」っということを伝えておいた。

 そして、今日の生徒会室での事を伝えた。

 

「なんか雑用任せてすまないな。それと、カラオケの用意もしておいたぞ」

 

「さすがトレーナーですわ。仕事が早いですね」

 

「これ以上恥ずかしい思いはお前たちにさせるわけにはいかないからな……」

 

 トレーナーは私たちウマ娘を第一に考えてくれる素晴らしいトレーナーだ。……多分。

 

 仕事も早く済ませてくれたトレーナーのおかげで思っていたより早く進みそうだ。

 

 

 ──────────────────

 

 

 そして、テイオーとダンスレッスンの当日。

 

「おし、お前ら、この間スぺのライブの反省としてダンスレッスンを行おうと思う」

 

 トレーナーはポケットからカラオケのチケットを取り出した。

 

「カラオケ?」

 

「ああそうだ。詳しいことは行けばわかるさ」

 

 ◆

 

 カラオケに着くと既にテイオーが先に入っていて歌っていた。

 

「「テイオー!?」」

 

「おっそいよー」

 

「というわけで特別講師としてトウカイテイオーに来てもらった。テイオー、頼んだぞ」

 

「うん、まっかせて!」

 

 その後、テイオーはダンスも歌も得意ということもあり喜んで指導してもらった。

 テイオーは身体が柔らかいこともありダンスを難なくこなすので真似するのは結構きつい……

 

「そうそう! もっと指先を意識して……」

 

「こ、こうかな?」

 

 アプリなどで何度もライブのダンスは見てきたが、実際に自分で踊ってみるとかなり難しい。てか、これ順位でダンスの内容も変わるので全部覚えるの大変なのでは??? 

 また次の出走が決まっているスぺちゃんも必死に練習している。……次のライブは頑張らないといけないからね。

 

 ダンスももちろんだが、歌もしっかりと練習した。私は何度も聞いてきたので歌詞もリズムも完璧……とは言えないが、比較的歌えた。

 こう……なんというかこの身体になってから初めてのカラオケなのだが……てか、前世でも行ったこと無かったわ。うん。

 カラオケという場所は何とも不思議だ。だって自分の声が聞こえるのは変な気持ちだ。普段自分が聞こえている声と異なるもんなんだなぁ……

 

「ねぇねぇアリス、結構歌うまいけど歌ったことあるの?」

 

「うーん、カラオケに来たのは初めてだけど昔からレースとかライブ見てきたからある程度は覚えているだけだよ」

 

 嘘は言っていない。実際、小さいころからテレビでレースやライブの映像を見てきた。自分で走ることも好きだったが、レース映像を見るのも大好きだったからね。

 そして私ももうこちら側の世界に来た。私もデビューしたら、見てくれる人に感動を与えられたらなと思っている。

 

「私ね、ウマ娘に生まれることができてよかったなと思ってるんだ」

 

「へぇ、どうして?」

 

 テイオーが尋ねてくる。

 

「これは皆共通かもしれないけど、昔から走ることが大好きだった。そして、レースやライブを見て『私も、将来はレースに出てライブを通して皆を笑顔にしたい』って思うようになったんだ。だから、トレセン学園に入りたくて小さい頃から頑張ってきたんだ」

 

「そうなんだね、ボクもカイチョーに憧れて無敗の三冠ウマ娘目指してるんだ!」

 

 多分この世界がアニメ世界ならテイオーは三冠も無敗のウマ娘にはなれないだろう。でも本人の前でそんなこと言えるわけない。

 

「うん、テイオーならきっとなれるよ」

 

 嘘だ。ごめんよテイオー。もし君が挫折する時は私が少しでも支える……そして、そこにはマックイーンもきっと。

 

「おーい、二人とも話してないで練習の続きしようぜ」

 

「ああ……そうだねウオッカ。デビューに備えてしっかり練習しておかないとね!」

 

「ちょっと! アタシも混ぜなさいよ!!」

 

「あはは、じゃあせっかくだし三人で何か歌おうか」

 

 そうして私はきっとデビューの時に歌うだろうMake debut! を入れ今日の練習の成果をみることにしたのだった。

 

 ◆

 

「んー! 今日は楽しかったね、皆ありがとね!」

 

「こっちこそ、今日はありがとね、テイオー」

 

「いやー、実際に練習してみると大変なもんだな」

 

「そうね……もっとしっかり練習しとかないと」

 

「ありがとうございます、テイオーさん! 次のライブは失敗しないように頑張りますね!!」

 

 練習も終わり、それぞれ用事もあるそうなので今日は解散することになった。そして私は、テイオーと少し話をしながら寮に帰っていた。

 

「スピカのメンバーって面白い子が多いね」

 

「だね、皆個性的だし一緒に居て楽しいからここに所属してよかったなぁ……って思ってるよ」

 

「実はボク、まだチーム探しているところなんだけどこのメンバーなら楽しくやれそうだなぁって思えたんだ」

 

「ほほう? それではテイオーさん、是非ともチームスピカに入部はどうですかね?」

 

「うん!」

 

「で、サプライズ入部はどうだい? テイオーなら会長さん経由で何とかできそうだし」

 

「それは面白そうだね! トレーナーにも秘密にするの?」

 

「その方が面白いでしょ?」

 

「アリスも悪いこと考えるねぇ」

 

「それと一つお願いがあるんだけど……」

 

「なになに? ボクにできることならなんでもするよ!」

 

 なら好都合だ。確かテイオーとマックイーンは同じクラスだったはずなので勧誘をお願いすることにした。

 

「マックイーン? そうだね、ボクと同じクラスだよ」

 

「是非とも彼女もスピカに入って欲しいんだ。実はゴールドシップさんがよく勧誘してるらしいんだけどあの人、結構強引にしかねないからテイオーにお願いしたいんだ」

 

「おっけー! ボクに任せて!!」

 

「ありがとうテイオー」

 

「それじゃあボクはこっちの寮だからまた明日ね!」

 

 テイオーと話しをしていて気づいたらもう寮についていた。テイオーは栗東寮なので寮の前で分かれた。

 私も美浦寮に帰った。

 

 ◆

 

 まだ、門限前ではあったが他のウマ娘の数も少なくなっている。

 私も部屋に戻り明日の準備をしようと思いっていたところ……

 

「あの……」

 

 後ろから声をかけられた。振り返るとそこには青鹿毛の漆黒の長い髪。引き込まれるようなその瞳をもつ少女がいた。

 

「えっと……マンハッタンカフェさん……でしたよね。私に用事でも?」

 

 マンハッタンカフェ、美浦寮の中でも有名な人である。たまに彼女によく似たなにか(……)をよく見かけると言われている。ちなみに私はまだ見たことはない。

 

「もう私のこと知っているのですね。あの噂ですか?」

 

「ええ、まぁそんなところです」

 

「そうですか。あなたもあの子見たことありますか?」

 

「いえ、あいにくまだ……」

 

「……それと急に声かけてすみません。あなたからはお友達に似ているなにかを感じたので」

 

 お友達? カフェのお友達は見えない。彼女はそれに似たなにかを感じたと言われたのだ。

 

「それはどういうことでしょう?」

 

「……いえ、気にしないでください」

 

 そのままカフェはその場から去っていった。

 ……さっきの言葉の意味、どういうことなんだ……? 

 

 マンハッタンカフェ……彼女と友好関係を築けばなにかわかるかもしれない。

 確かアグネスタキオンとよく絡んでいたはずだ。タキオンならどこかに研究室があるだろうが……デジタル経由でなんとか探し出すか。

 デジタルとも同じウマ娘オタクとして仲良くなりたいしいいきっかけにもなりそうだ。




今回は早かった。

はい、テイオー回です。アリスシャッハの行動力は未来を知っているからこそなのかもしれませんね。
ちなみにスぺちゃんのダンスレッスンは本人も忘れていたそうですよ。
「さすがに生まれ変わって10数年もすれば少しは忘れてしまいますよ……」
とのこと。

それとどっかで日常とか番外編とか出したいとか考えています。

次回も早めに投稿したいですね……


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アグネスのやべー方

 あれから数か月、スぺちゃんは無事にレースで勝利を収めて、テイオーとのライブ練習の成果としてきちんとライブをこなしていた。……それでもぎこちなかったけど。

 また、ゴールドシップのいつもの手段でマックイーンも無事にチームに合流。これでチームスピカのメンバーも揃ったのだった。

 

 

 

 さて、私はあれからマンハッタンカフェの言葉が頭から離れない。

 実はマンハッタンカフェに言われる前から感じていたことだ。

 

 昔からある夢を見てきた。

 それは、とても広い草原の上。周りは芝が生えた平原である。ほかには何もない。

 その場所には私一人。ううん、違う。あそこに居るのは……

()だ。そう、この世界に居るはずのない4本足で歩く私たちのよく知っている姿をしている馬が居る。

 その馬は黒鹿毛のきれいな毛をしている。前世の私は本物の馬には会ったことはなかった。だけど、その馬はとても綺麗で、凄く……親近感を感じた。

 普通、馬に触ることは危険なこともあるので禁止されていることもある。しかし、その馬はまるで私に何かを伝えたいように近づいてくるのだ。

 だが、私はウマ娘。ウマであっても馬ではない。その馬が考えていることは残念ながら伝わらない。ただ、何かを必死に伝えたいように……

 

 ◆

 

「……あぁ、またこの夢か」

 

 久しぶりにあの夢を見た。マンハッタンカフェと出会ってから、彼女は意味深な言葉を残した。もしかしたら何かわかるかもしれないと思い探しているのだが、なかなか見つからない。

 私も練習も忙しく、探す時間を確保できていないことも原因だろう。

 

「おはよう、アリスちゃん。大丈夫? 顔色あんまりよくないけど……」

 

「ごめん、大丈夫だよ。それとおはよう、クライン」

 

 クラインは本当に優しい子だ。しかも、日本文化が好きらしくお互いにオタクとしてよく話が盛り上がるためよき親友となっていた。

 

「予定より時間遅れているから早く準備しないと!」

 

 時計を見ると本来起きるべき時間から10分遅れていた。やっべ。

 

「はい、これ。

 とりあえず制服とカバンまとめておいたから寝ぐせ直していくよ!」

 

 ありがてぇ!! 

 さっさと制服に着替え、寝ぐせを直す。そしていつもの様に髪をサイドアップに結ぶ。

 

「よし! 準備できた!!」

 

「ほら! 行くよ!!」

 

 慌てて部屋を二人で飛び出し、朝食をすませ、そのまま学園に登校した。

 

 ◆

 

 午前はいつも通りに授業を受けた。一応転生者なので一般教養程度の知識ありそうと思われるが、前世の私は人生のほとんどを病院で過ごしていた為学校にまともに通ったことがない。

 なので、基本的なことはできても数学や理科など日常では学ぶことの少ない教科は本当に楽しい。

 新しい知識を学ぶのはこんなにも楽しいものなんてね。

 

 その為、よく図書室を訪れていろんな本を漁る。よく図書室に訪れていたので自然とゼンノロブロイとも知り合うことができ、色々な本を勧められ読んでいる。

 図書室にはレースに関する本や小説、なぜか魔術書的な本まである……なんで??? これほぼスイープトウショウ用じゃん……

 そして今日は、トレーニング開始前に図書室に寄ることにした。

 

「んー、まだこの本の続きは入ってないか……」

 

 最近お気に入りの小説の新刊の発売日だったのだが運が悪いことにまだ並んでいなかった。ロブロイに勧められたので気になっていたのだが……

 仕方ないので他の面白そうな本を探すため、図書室の中をうろうろしていると……

 

「ふぅン……これはこれは、面白そうな学術書があるではないか!」

 

 ……そこにはアグネスタキオンが何かよく分からない本を開き呟いていた。

 

「ん? んんん??? そこの君、私に何か用かね?」

 

 気づかれた……! 

 

「もしかして君……デジタル君が以前話していたウマ娘ではないかね?」

 

「えっ?」

 

「そうかそうか! いや、まさかこんなところで会えるとはね! これは運命なのかもしれないな!!」

 

 まてまて、どうしてアグネスタキオンが私の存在を知っている!? いやまて、今デジタルって名前が……

 

「どうして、私が君のことを知っているのか不思議そうな顔をしているね? 

 実は、デジタル君が君について話をしてくれたことがあってね。綺麗な黒鹿毛で吸い込まれそうな青色の瞳をしている同志を見つけたと喜んでいたんだ」

 

 えっ、普通それだけで特定できるものなの??? 

 

「実際、私も今君の反応を見るまで確信を持てなかったのだがその様子だと本当の様だね?」

 

「……鎌をかけたんですか」

 

「まぁまぁ、そんなに怒ることはないだろ? そうだ、せっかくだし私の研究に付き合ってもらえないかね?」

 

 なるほど、何されるかは分からないがタキオンはウマ娘相手の実験をするときは基本的には自分で治験はしているとは言うが信用に値するか……

 

「なに、安心したまえ。私で一度試しているからウマ娘には害はない……はずだ

 

 どんなのも飲まされるかは分からないが、これは大きな一歩だ。断る理由はない。

 

「わかりました。でも、この後トレーニングあるのでそれが終わってからで問題ないですか?」

 

「ああ、かまわないよ。……トレーニングが終わったらこの場所に来てくれ」

 

 一枚の紙きれを受け取った。そこには学園内のどこかの地図のようだが……? 

 

「これは私の実験室の場所だ。ここに来ればすぐにわかるさ」

 

 確かこの場所はアグネスタキオンだけではなくマンハッタンカフェのスペースがあったはずだ。

 

「わかりました。それではまた後ほど」

 

「ああ、楽しみに待っているよ()()()()

 

 何故私の名前を知っているのか……どうせデジタルから聞いたのだろうが、まるであっちも探していたようだった。

 こっちにとっても好都合だ。ありがたくこの機会を利用させてもらうとしよう。 

 

 

 ────────────────────

 

 

 今日のトレーニングも終え、約束通りにアグネスタキオンの実験室に向かった。

 

「ここか……」

 

 貰った地図を元に実験室につき、ノックをした。

 

「入りたまえ

 待っていたよ、アリス君」

 

 そこの部屋はまるで理科室のような部屋だった。そして、同じ部屋にマンハッタンカフェのスペースもあった。

 

「ようこそ、あぁそれとそっちはカフェのスペースだから変に触らないように。私の実験資料燃やされたことあるからな……

 

「……カフェさんは今日はいらっしゃらないのですか?」

 

「ん? カフェは今日はこない。明日なら居ると思うよ」

 

 んー残念だ。

 

「ともかくだ。どうせ君は明日も来てもらうつもりだから会えるだろう

 君にはこの後、これを飲んでもらってその効果を聞かせてもらいたい」

 

 そういって、タキオンはどこから出したか分からないが謎に光っている液体のはいった試験管を取り出した。

 

「これ……飲んでも大丈夫なものなんですか……?」

 

「あっはっは、心配ご無用。念のため私自身でも治験済だ。ウマ娘相手にならそこまで大きな副作用はないだろう」

 

 うわー……すっごく心配。

 そう言われ、例の薬品を受け取る。

 

「本当に大丈夫ですよね? なんか誓約書でもないんですか?」

 

「安心したまえ! 何かあったら私が対応することを約束しようではないか!」

 

「……信じますよ」

 

 少し怖かったが一気に飲み干す。あっま!! 

 

「うぇ……なにこれ甘すぎ……」

 

「そうかね? 私にはちょうど良かったが……」

 

 あなたの味覚が共通だと思うなよ……甘すぎて口の中が……

 

「で、なにか変わったことあるかね?」

 

「そんなすぐに効果は出ないと思いますけど……

 今のところ特に大きな変化は感じないですね」

 

「ふぅン……そうか、明日また何か効果でたか聞かせてほしい。それと何か副作用でたらすぐに連絡してくれ、問題が起きる前に対応しよう」

 

 思っていたより常識人なのか、単純にウマ娘相手には優しいのか……

 

 その後、タキオンと別れ寮に戻った。

 特に問題は起きなかったが……

 

 

 ────────────────────

 

 

 次の日のトレーニングの時間。

 

「はっはっ……トレーナーどうですか?」

 

「どうした……? 上がり3ハロンいつもよりも速い……」

 

 トレーナー曰く、ここ最近のトレーニングで一番早かったとのこと……

 確かにいつもよりも脚も軽く、走りやすかった気もする。

 

「なんか今日のアリスいつもとなんか違わないか?」

 

「そうね……確かにアリスは速いけどあそこまで加速するの初めて見たかも」

 

 ウオッカ、スカーレットも少し驚いている。

 そんなに今日の私は違うか……? 

 

「よし! それじゃあアリス、最後に軽く流して今日のところは終わるか」

 

「はい、いってきま……」

 

 ◆

 

 見慣れない天井……じゃなくて保健室の天井が見える。

 

「おれ……? 私は……」

 

「起きたかねアリス君」

 

 そこにはアグネスタキオンと私のトレーナーがいた。

 

「どうしてタキオンさんが?」

 

「ああ、お前が倒れたと聞いて顔を真っ青にしながら駆け寄ってきてな……」

 

 つまり、これはタキオンの薬の影響? 

 

「実はアリス君のことを遠くから観察していて急に倒れてもしかして私のせいなのではと思ってな。身体に異常はあるかね?」

 

「そうですね……少し身体が怠いくらい……ですかね」

 

「ふぅン……今回は私の責任だろう。しばらく安静にしておいてほしい」

 

 タキオンってこんなキャラだっけ? もしかしてこっぴどく怒られたとかされてそう……

 

「ところでタキオンさん。私に飲ませた薬って何だったんですか?」

 

「ウマ娘の潜在能力を引き出す薬だ。実はデジタル君にも試したことあったがこのような事態にはならなかった」

 

 デジタルも? まぁ彼女なら喜んで飲みそうだけど……結果としては私だけが倒れたってことだが。

 

「何か変化とかあったかね?」

 

「しいて言うなら今日のトレーニングでいつもよりタイムが速くなった……くらいですかね」

 

「ふぅン……一応効果はあったのか。でも何故アリス君だけに? しかも倒れるなんて……

 ともかく今回の薬は何を引き起こすかわからないってことが分かった。すまないね、アリス君」

 

「いえ、私自身も自ら飲んだのであなたの責任ではないですよ」

 

「……優しいな君は。

 さて、私はここで失礼するよ」

 

 そう言い残し、タキオンは保健室から去ろうとした時

 

「……あの」

 

 一人のウマ娘が入ってきた。

 

「……タキオンさん。あなたも居たのですか」

 

「カフェ、そんなに嫌そうな顔をしなくてもいいではないかね?」

 

「……私は彼女と話をしにきました。できれば二人っきりで」

 

 二人っきり!? ウマ娘二人……なにも……グハッ

 ……ともかくマンハッタンカフェにここで会えたのは大きい。

 

「わかったわかった。それではまたね、アリス君」

 

 タキオンが保健室を去り、カフェと二人になった。

 

「……突然すみません。少しあなたとお話をしたくて」

 

「いえ、ちょうどよかったです。私もカフェさんに用があったので」

 

「私に……ですか?」

 

 前にカフェから聞いた話を聞くことにした。

 

「ああ、あの時ですか……正直私もあの子も詳しくはわかりません。ただ、言えることはあなたから私の()()()と近いものを感じたことです。

 あの子曰く、うっすらとしか分からない……っと言っています」

 

「少しでもいいんです」

 

「あなたがなぜこの話に固執するのかはわかりませんが……一つだけ、まだ()()()()()とのことをお友達が言っています」

 

 どういうことだろうか? まず、カフェは私から何を感じたのか、それもカフェ自身も分からないらしい。

 いづれ分かるときが来るのだろうか。

 

「……もし何かあれば私も協力します。タキオンさんに気に入られたのならばほっとく訳にはいきませんので」

 

「ありがとうございます、カフェさん」

 

 大きな収穫こそなかったが、カフェと知り合いになれたことは大きいだろう。

 今後、霊障にでも困ったことがあったら協力を頼めそうだ。

 

 

 

 

 

 しかし、ここ最近は例の夢を含め不思議なことが多く起きる。

 そもそも、ウマ娘事態もオカルトに近い存在だからだろうか? カフェが言っていたこと……いづれその事について分かるときが来るのだろうか。




メジロドーベル天井しました()

さて、前回から一気に話が進み、テイオー・マックイーンが既にスピカに参入しています。アニメと同じ展開はカットしますのであしからず……

裏で、ドーベル天井したのですがやっと黒マックイーンが出てくれました。素直に嬉しいです。

次回なのですが、また時間が一気に進むと思います。このままだとアリスのデビューいつになるねん…ってなるのでね。

それでは、また今度!


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気づいたら年が明けていた件について

いつも見てくれてる皆様ありがとうございます。
地味にお気に入りが3桁近づいてきて嬉しいです。


 時間の流れとは残酷なものである。

 そう、気づいたら年が明けたのだ。

 今年は、テイオーとマックイーンがデビュー予定ということもあり、二人とも気合が入っている。

 

 今年は今までと違いスピカのメンバーで初詣に来ている。もちろんトレーナーも一緒だ。

 

「こうやって大人数で初詣とか初めてだなぁ」

 

 ボソッと呟く。

 

 この神社はよくアニメでも出ていたところと同じだろう。露店などもあり、巫女服を来たマチカネフクキタルとメイショウドトウが占いをしていた。

 今年の運勢を占う為に色々な人が立ち寄っており、メイショウドトウの「救いはないのですかぁ~?」を生で聞くこともできた。実際に会ってみたけど本当にあの口なのね……好き……

 

 一通り神社内を周り、拝殿の前に全員で並ぶ。

 そこで願いをするのだが……(早くデビューして活躍したいです!)って願いを込めた。

 もちろん私も今はウマ娘だ。早くデビューして活躍したいと思うのは当然のことだ。……で、私の本格化はいつ来るんですかねぇ……

 

 ◆

 

 神社での初詣を終えてからは、学園に戻りスピカの部室で鍋パーティーをしていた。

 もちろん、準備はトレーナー持ちである。ウマ娘7人分の食材を用意するあたりさすが……って言ってあげたいがトレーナーの財布大丈夫なのかな? 

 

「皆で食べる鍋はおいしいですね!」

 

 気づいたら物凄い量を食べているスぺちゃん。

 

「そうですね、皆で囲んでわいわいするのすっごい楽しいです」

 

「お前らなぁ……」

 

 呆れ気味のトレーナー。そりゃそうだ、いくら追加してもすぐになくなるのでまともにゆっくり食べれていないトレーナーである。

 

「少しでもお前らに家庭的なこと期待した俺がバ鹿だったよ……」

 

 およそ数名の雰囲気が変わる。

 まぁ……お察しの通りプロレス技を決められているトレーナー。ウマ娘相手にプロレス技かけられ、蹴られても「痛い」ですむあたり、彼は人間なのかと疑いたくなる。

 

「トレーナー……少しは言葉選んだ方がいいですよ? あ、さすがに可哀そうなので私も手伝いますね」

 

「うぅ……アリス、お前だけだよ……俺の味方は……」

 

「そういうところですよ?」

 

 私も結構食べさせてもらったし、そろそろトレーナーも可哀そうに見えてきたので手伝うことにしたのだ。

 私も料理はそこまで得意ではないが、最低限はトレセン学園に来る前に家で手伝いとしてやっていたので簡単なことはやらせてもらって、用意しておいた食材は全部用意できたのだった。

 

 トレーナーも一息つき、一緒に食べ始めた。

 

「さて、今年はテイオーとマックイーンがデビューする予定なのだが……まずは、マックイーン。お前は、2月に阪神でデビューしてもらうぞ」

 

「分かりましたわ、トレーナー」

 

「そしてテイオーだが……できればもう少し完成度を上げてからデビューさせたいと思っている」

 

「おっけートレーナー!」

 

 そういえばテイオーはマックイーンとは1年ずれてクラシックに入っていたから恐らくこの世界でも1年はずれるだろう。……確か12月くらいだっけ? 

 

「で、スぺ。お前はまずはきさらぎ賞に出てもらう。そして、クラシック三冠……まずは一冠目である皐月賞に向けて同じ条件の弥生賞に出走するって感じでいいな?」

 

「分かりました! トレーナーさん!!」

 

「最後にスズカ」

 

「はい」

 

「少し悩んでいたんだが、直近だとバレンタインステークスで問題ないな?」

 

「分かりました」

 

 今年デビュー予定のテイオー、マックイーン。そして、既に活躍しているスぺちゃん、スズカの今後の予定について確認が行われた。

 

「それと、アリス、ウオッカ、スカーレット、ゴルシ。お前たちもいつデビューできるか分からないがしっかりと練習してデビューに備えておけよ」

 

「もちろん、わかっていますよトレーナー」

 

「おう! 俺も早くデビューしてーなー」

 

「ええ、もちろん!」

 

「うっす」

 

 もちろん私も手を抜くつもりはない。そのためには毎日全力で頑張るつもりだ。

 

 その後、わいわいしながら新年の夜明けを過ごすのだった。

 

 ◆

 

「そうだ、そろそろ()()の時間じゃないか?」

 

「もうそんな時間? トレーナーテレビつけて!」

 

「はいはい……」

 

 おっと、もうこんな時間だったのか。新年の楽しみの一つであるあのレースがそろそろ始まろうとしていた。

 新年の正月といえば……ニューイヤー駅伝! ……ではなくWDT(ウィンタードリームトロフィー)がこの世界での常識だ。

 これは、トゥインクルシリーズで好成績を収めたウマ娘が出場できる特殊なレースだ。このWDTは正月に行われている為、私たちはここで皆で観戦することになったのだ。

 

 WDT……確か1期のラストで夢の第11Rを再現したって言われている。残念ながらこの世界ではデビューの関係であのメンバーが集まるかどうか分からない。もしあるならば……

 

 出走メンバーは去年活躍した子に加えて、伝説と呼ばれるような存在も混ざっている。

 まさにオールスターである。

 ちなみにWDTに参加するとトゥインクルシリーズに戻れないらしいが、どうもこの世界だとトゥインクルシリーズから参戦した子たちはそのままトゥインクルシリーズに残るらしい。少しだけ私の知っている世界とは違うようだ。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了。出走の準備が整いました!』

 

「お! 始まるぞ!」

 

 WDTは普段の勝負服と違い、基本的に皆同じような勝負服になっている。白色を基調にしておりすっごく綺麗だ。

 条件は、東京レース場・芝2400mで行われている。

 

 レースの内容なのだが、さすがといえるような内容だ。トゥインクルシリーズで活躍して選ばれるような子たちだ。全員のレベルが高い。

 こういうハイレベルな勝負見ていると走りたくなるよね。

 

「全員ほぼ横並びで最終直線にはいったぞ!?」

 

「誰がここから抜け出すのかしら……!」

 

 釘付けになる。1期のラストのような熱い勝負だ。

 誰だ!? 誰が抜け出す……! 

 

 ほぼ横並びでゴールイン。若干であったが私が応援していたウマ娘がハナ差で1着だったようだ。

 

「いやーいいレースだったね」

 

「そうね、こんな熱いレース見ちゃうと早くデビューしたくなるわね!」

 

「かっけぇ……俺も負けてられねぇ!」

 

 私自身もスカーレットとウオッカの勝負は早く生で見たいので楽しみである。

 

 WDTも終わり、スピカとしての新年の集まりは終わりを告げる。だが、私はこの後別の用事があるのだ。その為にいったん寮に戻る。

 

 ◆

 

「あ、アリスちゃん。あけましておめでとうございます」

 

「ライスさん! こちらこそあけましておめでとうございます!」

 

「今年もよろしくね……!」

 

 この1年でライスシャワーと友好関係を大きく進めることができていたのだ。

 一番の功績は、図書室に通うようになったことでゼンノロブロイと知りあい、そこを経由でライスシャワーとも会う機会も多くなった。以前は逃げられることもあったが今はだいぶ心を開いてくれた。

 そして今年はこの後2回目の初詣にライスシャワーと私のルームメイトであるクラインと行くのだ。なんで2回も行くのかって? 君たちもたづなさんと樫本理事長代理とそれぞれ初詣行くでしょ? それと同じさ(違う)。

 

「それじゃあ、クライン呼んでくるのでここで待っててください」

 

 クラインなら多分部屋に居るのではないかと思う。結構あの子もインドア派だからね。

 

「おーい、クライン居るか……って、寝てる……」

 

 一度起きてはいたのだろう。きちんと着替えは済ませているがそのままベッドインしたのか死んだように寝ている。

 分かる。分かるよその気持ち。寝るつもりなくてもベッドに入ってしまったら寝てしまうやつ……

 とはいえ、既に昼過ぎである。早くいかないと日が落ちてしまうのだ。

 

 ……というわけで起こすことにしよう。うん。

 

「クラインちゃん……? 早く起きないとイタズラしちゃうよ……?」

 

 耳元でささやく。優しく甘い声で。前世の自分がやったら吐き気を覚えそうだが、今はウマ娘、つまり女の子である。しかし、我ながら少し恥ずかしい。

 

「ふへぇ!?」

 

「おはよう、クライン」

 

「い、今の声アリスちゃんですか!?」

 

「うん……そうだけど……」

 

「あ、いえ! なんでもありません! 録音しておけばよかった……

 

 聞こえてるぞ。まぁ、ウマ娘になってから聴覚がよくなったのか小声でも聞こえることが多い。それでも聞こえないこともあるけどね☆

 

「って! もうこんな時間!?」

 

「ライスさん待ってるから早く行こうね? あと少し寝ぐせできてるよ」

 

 軽く跳ねている寝ぐせを直してあげる。そのままでも可愛いけど身だしなみくらいはきちんとしておかなければね。

 

「お待たせしました。うちのクラインが寝ていて……」

 

「あー! そういうところだよ、アリスちゃん!!」

 

「ふふ……本当に仲良しだね」

 

 私がライスシャワーと絡むことが増えてから彼女も心を開いてくれた。そしてよく出かける時もあり、その時にクラインもよく同行するのでいつの間にか仲良しになっていたのだ。

 ゼンノロブロイは別の用事で居ないので今回は三人で出かけたのだ。

 

 先ほどとは違う神社に向かい初詣を済ませる。

 

「ライスさんとクラインはお願いはすませた?」

 

「うん! 僕はアリスちゃん達と一年元気に過ごせますようにってお願いしたよ」

 

「言ったら意味がないんじゃ……ま、いっか

 この後二人とも用事はなかったよね?」

 

「もちろん僕は空いてるよ」

 

「ライスも大丈夫……だよ!」

 

「それならば三人で遊ばない? まだ門限まで時間あるし」

 

 というわけで二人を誘って近場のショッピングモールをまわることにした。

 普段はこうしてショッピングモールに出かけることもないので新鮮だ。

 

「そういえばアリスちゃんっていつも地味目の服多いけどせっかく可愛いんだからもっと可愛い服着ればいいのに……」

 

「そうだよね……ライスもそう思うな」

 

「待って、二人とも。私に何をさせるつもりなのかね……?」

 

「やだなー、ほんとは分かってるんでしょ?」

 

「ふふ、偶にはこういうのもいいよね?」

 

「あ、待って、分かった分かったから二人して背中押さないで!」

 

 ついて早々洋服売り場に連れていかれる。

 いや、確かにいっつも私服は地味なのは認める。女の子っぽい服はほとんどないし、私服にスカートが一切ない。どうも慣れんのだよ……制服は仕方ないが。

 

「というわけで! アリスちゃんを着せ替え人形にしたいと思います!! どんどんパフパフ! 

 僕とライス先輩でアリスちゃんに似合いそうな服探してくれるからそれを着てもらいます!」

 

 こうなったクラインは止められない。もしや出かける前のお返しか!? 

 意外にもライスシャワーも乗り気で楽しそうに物色している。大人しい子だと思っていたが仲良くなると結構グイグイ来る。

 そういうところが可愛い。やっぱりライスシャワーはいいぞ。

 

「それでは第1回、アリスちゃん着せ替え大会を開きたいと思っています! 

 ライス先輩と僕が選んできた洋服をアリスちゃんに着てもらい、アリスちゃんがより気に入った洋服を選んだ方が勝利となります!!」

 

「一応私に選択権はあるのね……」

 

 ライスシャワーとグローサークラインの二人が持ってきた服を着ることにした。

 ライスシャワーは、シンプルだが可愛い服が多く、クラインはどちらかというと女児服……よりが多かった。デジタルの私服ほどではないが子供っぽいのはちょっと……

 

「で、アリスちゃん。ライス先輩と僕の選んできた服ならどっちがいいかな?」

 

「……ライスさんので」

 

 ライスシャワーが持ってきたものの中で特にシンプルなのを選ばせてもらった。スカートもミディアムくらいなので短すぎなくてちょうど良さそうだった。

 ライスシャワーがえらんでくれた服……ふへへ……

 

「おーい? アリスちゃん?」

 

 おっといけないいけない。憧れのライスシャワーに選んでもらったと考えてたら少し飛んでたようだ。

 

「アリスちゃんに喜んで貰ってよかった……!」

 

「私はライスさんになら何してもらっても嬉しいですよ」

 

「アリスちゃんってライス先輩のこと大好きだよね」

 

「まぁ、私とライスさんは運命的な何かに引かれた仲だからね☆」

 

「ちょ、ちょっとアリスちゃん……」

 

 照れてるライスシャワーも可愛い。いや、ライスシャワーは何しても可愛いよね! 

 

「ささ、そういうわけなので買いに行きますか」

 

「アリスちゃん、それ着て帰らないの?」

 

「えっ?」

 

「せっかくのアリスちゃんの大好きなライス先輩が選んだ洋服なんだから着て帰ろうよ」

 

「しっかたないなぁ~

 店員さん、このまま着て帰れますか?」

 

 ライスシャワーに選んでもらった服を着てそのままお店をでた。

 少し恥ずかしいがこういう服に慣れるいい機会かもしれないね。

 

 そのままライスシャワーに選んでもらった服を着てショッピングモールをまわった。

 

 ◆

 

「ふふ、今日は楽しかったね」

 

「はい! ライスさんと一緒なら何しても楽しいですよ!!」

 

「アリスちゃんったら……恥ずかしいよぉ」

 

照れてるライスさん可愛いなぁ……

 

「アリスちゃん、心の声漏れてるしライス先輩にも聞こえてるよ?」

 

「マ゛?」

 

 目の前には顔を真っ赤にしているライスシャワー。

 

「ア、アリスちゃん……」

 

「……はぁ……ほんとこの二人は……」

 

 呆れ気味のクライン、顔真っ赤にしているライスシャワー。

 

「本当はもっとライスさんと居たいけど門限も近いので戻りましょうか

 また明日も会えるでしょうし」

 

「そ、そうだね……ヒシアマさんに怒られちゃうから戻ろうか」

 

「あ、ライスさんこの後そのままお風呂行きませんか? 背中流しますよ!」

 

「僕も一緒にいいですか? なんかこのままアリスちゃんを放置してたらやばそうな気がしてきたので……」

 

「おっと、それだと私がやばい人扱いされてる気がするのだが?」

 

「ライス先輩のこととなるとよく暴走するでしょ……」

 

 そっかぁ……周りからはそう見えてたのか。自制しなければな。

 

 そのまま三人それって大浴場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 え、なんでそのシーンがないのかって? 

 ……えっちなのはダメですよ? 

 

 人のこと言えないとか言わないで!! 

 

 

 

 しかし、新年だが忙しい一日だった。だが、楽しい一日だったのは間違いない。

 さて、今年も頑張りますか!!




Q.時間の流れ早くない?

A.このままだとデビューできないから許して
 今年中には間に合いそうにないですね……


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スペシャルウィーク

『さあ、やってまいりました。クラシックロードの1冠目、皐月賞! 一番人気は弥生賞で1着を取りましたスペシャルウィーク!!』

 

 皐月賞……クラシック路線の1冠目でもっとも速いウマ娘が勝つと言われるレース。ウマ娘達の憧れでもありティアラ路線と対をなすレースだ。

 基本的には牡バがモデルになったウマ娘はクラシック、牝バがモデルになったウマ娘はティアラに進んでいた。ウオッカのダービーなど特例もあるが。

 

「そろそろスぺ先輩が出てくるわよ」

 

 確か皐月賞のスペシャルウィークは……体重増えてて勝負服のチャックが閉まらなかったような……? 

 そういえば勝負服初めて来たとき何か後ろ気にしてた……あっ。

 

「パドックに出てきたぞ!」

 

「スぺ先輩……勝負服いいなぁ……」

 

 あー……あれ確実にやらかしてますね。

 

「なんかスぺ先輩歩き方おかしくないか?」

 

「GⅠっていう大きな舞台だもの。緊張してるんじゃないの?」

 

 確かにスペシャルウィークは初めてレース出たときもかなり緊張して固かったが……あの時とは動き方から違う。

 まるで後ろのチャックを隠すように……

 

「ねぇトレーナー」

 

「どうした?」

 

「スぺさんもしかして……太った?」

 

「アリス……お前も気づいていたのか」

 

「まぁ……何となくですが。まるでチャックが閉まらなくて隠しているような気がして」

 

「だな。まあざっと見て10kgくらい増えてるな。これは」

 

 まじ? このトレーナー見ただけでどれくらい増えたとか分かんのか……

 待てよ、つまり私も体重増えたら見抜かれるってこと? 乙女の秘密が簡単にバレちゃうのはさすがに恥ずかしいなぁ……

 

「ともかくだ。今は目の前のレースに集中しよう」

 

「ですね。ところでトレーナー、今回気になってる子いますか?」

 

「そうだな……スぺと同じクラスのセイウンスカイ、そしてキングヘイローかな」

 

 なるほど……確かにあの二人は強い。特にセイウンスカイはダービー以外の二冠を取ってたはずだ。

 今回の皐月賞。つまりセイウンスカイが勝つと思う。歴史通りならね。

 

「逆にアリス、お前は誰が気になる?」

 

「そうですね、今回はセイウンスカイさんですかね。実は弥生賞終わった後、彼女が必死に練習してる姿を見たんですよ。結構緩そうな子ですけどかなりの負けず嫌いですよ」

 

「……お前、かなり見てるんだな」

 

 どっちかというと前世の記憶を頼りにしてるだけなんだけどね。さすがに少し忘れていることもあるけど。

 

「あはは、私の情報収集能力舐めないでくださいね?」

 

「そうだな、お前は結構他のウマ娘にやけに詳しいからな。ライバルになりそうな子たちの情報いつも助かるよ」

 

 アプリやアニメに出ている子の情報なら既にあるけどそれ以外の子は自ら情報を集めている。

 基本的に私以外は大体誰がライバルになりうるか分かるから情報を集めやすいだけだが。

 

「さて、そろそろ始まりますし移動しましょうか」

 

 そろそろ皐月賞が始まる。できるだけいいところで見たいのでスピカのメンバーで移動した。

 

 ◆

 

「負けましたぁ~!」

 

 うん。まあ知ってはいたがセイウンスカイに逃げられ1着、キングヘイローが2着に食い込んだ。

 末脚こそ素晴らしかったが最後の坂で追いつけなかった。

 この後、トレーナーがタイキシャトルと模擬レースを行い、坂を攻略するはずだ。だが、その前にダイエットが始まるんだろうけど。

 

 

 

 夜になった。負けた鬱憤を晴らす場所と言えば……

 居た。そこにはスペシャルウィークと……トレーナーか。

 ここは変にかかわらない方がいいかな。

 

「あら? アリスちゃん?」

 

 急に声をかけられて驚いてしまう。

 

「へぇあ!? あ……スズカさん?」

 

 スズカがスペシャルウィークとトレーナーに見つからないように柱の陰にいた。

 

「どうしてスズカさんもここに?」

 

「私もスぺちゃんが気になったの……ここに居るってことはあなたもよね?」

 

「そんなところです」

 

 負けて悔しくないウマ娘はいないだろう。よくあの穴の開いた木に思いをぶつけることが多い。スペシャルウィークもそれをしに来たのだろう。

 そしたらトレーナーと出会った……てことだろう。うーむ、どうしたものか……

 

「スズカさん」

 

「どうしたの?」

 

「確かスぺさんと同室でしたよね? しっかり見張っていてください。ああ見えて結構ショック受けてるだろうし信頼しているスズカさんがそばに居てあげるだけでも違うと思います」

 

「分かったわ」

 

「そろそろ門限になりますし先戻りますね。スズカさんも遅くなりすぎないようにしてくださいね」

 

 今スペシャルウィークに必要なことはまずは、この負けを乗り越えることだろう。

 スズカさんと一緒に居るだけで違うだろうし今は任せることにしよう。

 あとはダイエットすることでダービーに備えてもらわなければならない。さて、私はそこで何をしようか……ふーむ……

 

 

 

 ◆

 

 

 

 あの日から数日、トレーニング中にスペシャルウィークがいつもに比べて食べ物を我慢していることに皆が気づき、ついにダイエットをすることを決意した。

 それぞれメンバーが日によって担当を分けることとなり、私もスペシャルウィークの為に頑張ることにした。

 

 私以外のメンバーのダイエットプランについてはアニメと同じだったようだ。スパルタだったり根性だ! ってことでプールの高台から落ちたり……結構散々な目にあったようだ。

 

「さて、ついに私の出番になったのですが……大丈夫ですか?」

 

「うん……結構皆厳しくて……」

 

「スぺさんの為に皆頑張ってくれているんですよ。ささ、ダービーの為に頑張りますよ!」

 

「お、おー!」

 

「それでは、まずは目的地に移動しますか!」

 

 私のプラン……それは走ること。

 正直他のメンバーのおかげでダイエットは十分(?)だと思うので、私は次のダービーまでに少し仕込んでおこうと思った。

 トレーナーもタイキシャトルとの模擬レースについて進めてくれているのでその前にヒントだけ残しておこうと考えたのだ。

 

「それでは今からこの坂を全力で走ってもらいます。もちろん私もついてきますので安心してくださいね」

 

 そこそこ傾斜のある坂道だ。確か2期でテイオーが走っていた場所と同じはずだ。

 

「単純なスピードだと私は勝てないので最悪私を置いて行っていいので頂上まで走ってください。これを今日は私がいいと言うまで続けてもらいます」

 

「アリスちゃんも結構厳しくないですか……?」

 

「これもスぺさんの為ですので」

 

 にっこり笑顔を向ける。スタミナの強化にも繋がるしちょうどいいだろう。

 

 

 

 全力でスペシャルウィークと私は坂を駆け上る。一応、ウマ娘専用レーンで走っているので安全性は大丈夫だろう。

 最初は比較的元気であったが、後半は疲れてスピードが落ちていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「はぁ……はぁ……アリスちゃんはまだだ、大丈夫なの……?」

 

「まぁ、スタミナだけは取柄なので」

 

 自分で言うのもなんだが、この程度ならまだまだ走れる。体力ならだれにも負けない自信もあるからね。

 

「それじゃあ、次をラストにしますか。今度は私の後ろをついてきてくださいね」

 

 最初に比べて走る速度が落ちているので私もついていけることができるようになったが、さすがクラシックで活躍しているだけあってかなり速かった。

 今度は私が先導するので少しわざとらしく例の走りをすることにした。

 

 ◆

 

「お疲れ様です。これで私の出番は終わりですね」

 

「あ、ありがと……アリスちゃん……ふぅ、疲れたぁ」

 

「最後急に追い上げてきたので驚きましたよ」

 

 結構疲れていてきつかったはずなのに最後の最後で抜かれそうになった。さすがに体力が切れたのか急に失速したが。

 

「うーん? なんでだろう、なんかアリスちゃんの走り見てたらこうしたらいいかなーって思ったのを少し真似してみただけなんだけどね

 そしたら、少しだけ走りやすくなったんだ」

 

「……そうですね、その感覚覚えておいてくださいね。きっと役に立つと思いますよ」

 

「……? う、うん

 それと今日はありがとね!」

 

 きっと、タイキシャトルとの模擬レースで今日の走りに気付くだろう。

 ダービーは東京レース場、ラストの坂をどう攻略するかで最後の勝敗が決まるだろう。

 

 下手に干渉しすぎるのもまずいのでほどほどの助けをするのが今の私の役割だろう。

 私が関わっても変わらない未来もあるかもしれない。でも、少しでもこの世界の未来がいい方向に向かうなら私はどんなことでもやるつもりだ。

 

 ウマ娘の世界ではタイキシャトルによってスペシャルウィークは強くなる。その前に軽い手助けをしただけにすぎない。

 

 ◆

 

 その後、無事にスペシャルウィークはタイキシャトルとの模擬レースを行うことになった。

 ここはアニメと同じ展開となり、特に変わったことはなかった。

 

 そして、日本ダービーに向けてさらに磨きをかけていた。

 かなり仕上がりはよく、予定通りに進むだろう。

 

「……エルコンドルパサーが出走しない? 

 うーむ、これだと史実の方のダービーになるんだっけ」

 

 日本ダービーの出走表を見るとアニメでは出走していたエルコンドルパサーがこの世界だと出走しないようだ。

 

「んー、エルさんが居ないならスペさんの一着で決まるだろうけどどうして変わったんだ……?」

 

 そもそもエルコンドルパサーが出るほうが本来と異なるのでおかしい話なのだが、ここはウマ娘の世界。未来が変わることはよくある話だが……

 

「おう、アリスじゃないか」

 

「あ、トレーナー。どうも」

 

 放課後のカフェテリアで、次のスペシャルウィークのダービーに向けて特にライバルになりそうな子達の情報をまとめていたらひょっこりと現れた。てか、うちのトレーナー、カフェテリア使うんだな……ちょっと意外。

 

「お、今回も下調べしてたのか。いやー助かるね

 ところでどうしてここまで詳しいんだ……? 一人でやれる量じゃないような」

 

「ちょっとしたウマ娘について詳しい協力者が居ましてね。その子にも情報交換してもらっているだけですよ」

 

 誰とは言わないが、彼女のお陰もあってかなり集めやすくなった。もちろんタダとはいかないさ。こちらもそれなりの情報を渡すことで成立している一種のビジネスだしWin-Winの関係なので問題ない(多分)。

 

 私からは何を提供してるかだって? そりゃあ勿論、彼女の"本"の為に必要な情報さ。そのお陰で最近は創作活動が捗ってるらしい。いずれ私も見せてもらいたい。

 

「明日くらいには出来上がるので待っててくださいね。

 本番に備えて使ってくださいね?」

 

「ああ、分かってるさ。いつも助かる」

 

 役に立ってるなら嬉しい。まだデビューできてないから少しでもチームの為に裏でサポートするのも楽しい。

 ……やましい気持ちはないですよ? ウマ娘ちゃん達に詳しくなりたいとかそういう訳じゃないんだからね! 

 

 

 

 次の日、とあるウマ娘協力の下作り上げた表をトレーナーに渡し、スペシャルウィークのダービーに向けて追い込みが始まった。

「日本一のウマ娘になる!」がスペシャルウィークの目標だ。その為に次のダービーは落せない。

 頑張れ! スペちゃん、君なら勝てる!! 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 日本ダービー、それは一生に一度の大舞台。これを目標にするウマ娘も多い中、我らがスピカからスペシャルウィークが出走する。

 

「スペ先輩のやる気、いつも以上ね」

 

「確かに。特に今回の日本ダービーはスペさんにとっても大事なレースだしね」

 

 ぱっと見た限り、皐月賞の頃とは異なり体重、やる気もろもろ完璧だろう。

 日本総大将の二つ名は伊達ではない。

 

 今回のレースは特に心配はないだろう。あれだけ頑張ったんだ。うん、きっと。

 

 

 

 結果は知っての通り、スペシャルウィークの一着で日本ダービーは終わる。最後の直線での末脚は相変わらず素晴らしいものだった。

 ラストの坂で一気にセイウンスカイに追いつき抜き去る姿……まさに主人公らしい勝利だろう。いや、スペちゃんは1期の主人公ではあるけど。

 

 

 ◆

 

 

 スペシャルウィークの日本ダービーの勝利で盛り上がるスピカ。

 そして、時間は経ち夏合宿を終え運命のあの日がやってくる。

 

 1998年天皇賞秋。ウマ娘を知ってる人なら必ずこの天皇賞秋を知っているはずだ。そう、それはサイレンススズカの天皇賞。

 悲しみの日曜日。アニメではスペシャルウィークの活躍により骨折ですみ、まさに未来が変わった瞬間の一つだろう。

 

 そしてそれが今……

 

『サイレンススズカに故障発生です!』

 

 快速に飛ばしていたサイレンススズカが急に失速する。ともに走るウマ娘達も困惑している。

(まずい!)

 あの悲劇を思い出す。身体は無意識下に動く。私だけじゃない、むしろ私より早くスペシャルウィークが反応した。

 ターフの中に入りレースとは逆走する形でサイレンススズカの元に駆け寄る。スペシャルウィークは持ち前の末脚で一気に追い上げる。

 

「スペさん! 左足を地面につけさせないで!!」「スペ! 左足を地面につけるな!!」

 

 スペシャルウィークがサイレンススズカを抱え込んだ瞬間に私とトレーナーの声が重なる。

 前世の記憶を元にサイレンススズカの対応を思い出す。これにはトレーナーを後で「どうしてあのとき対応のやり方分かったんだ?」と言われた。私は誤魔化すように、「たまたま怪我の対応についての本を読んでいた」と言うことにした。トレーナーも私が本をよく読むことを知っていたので納得してくれた。

 

 他のスピカメンバーとともにサイレンススズカが担ぎ込まれた病院に着くと全員が物々しい雰囲気になる。

 そりゃそうだ。目の前で故障が起きたんだ。しかもそれがチームメイトのサイレンススズカ、皆が不安になるのも仕方ない。

 

 

「大丈夫……スズカさんならきっと大丈夫……」

 

 サイレンススズカと最も親しいスペシャルウィークは特に辛いだろう。

 

「スペさん、大丈夫ですよ。スズカさんなら必ず大丈夫です」

 

「アリスちゃん……そうですね、スズカさんなら大丈夫ですよね……! 

 アリスちゃんの言う事なら信じられます……!」

 

 信頼されてると凄く嬉しい。あぁ、大丈夫だ。暫くは目を覚まさないかもしれないが必ずスズカさんはきっと復帰する。

 

 

 

 あれから数日、まだスズカさんは目を覚まさない。しかし、私はみんなの気持ち、そしてスズカさんを知ってる仲間のためにある事を提案した。

 

「スズカさんのギブスに皆で寄せ書きしませんか?」

 

 アニメでもあったように寄せ書きをしようと言ったのだ。

 これにはスピカだけではなく、同期のマチカネフクキタル、メジロドーベルや生徒会のシンボリルドルフやエアグルーヴも書いてくれた。

 皆スズカさんの走りが好きだってことが伝わる。あぁ、彼女は本当に皆に愛されてるんだな。

 

 後日、スズカさんが目を覚ました。その報告をしてくれたスペさんは本当に嬉しそうで良かった。

 本人は倒れたときのことはあまり覚えていないようで、助けてくれたのがスペシャルウィークだと知ると嬉しそうに微笑んでた。

 よかった。また、彼女の笑顔が見れるのかと思うとほっとした。

 うんうん、やっぱり笑ってる姿が一番だ。

 

 時には辛いこともあるかもしれない。でも、私は皆に笑って過ごしてもらいたい。どんなに辛いことがあってもそれを乗り越えてこそ私達の運命なのかもしれない。

 はっきりいって大体の未来は私は知っている。だが、私自身の未来は私も知らない。どんな運命が待っているのか、たとえそれが心を折られるような未来が来ても私は皆んなみたいに乗り切れるのだろうか? 

 分からない。でも、私はどんな未来が来ようとも乗り越えようと思う。

 

「アリスちゃん、大丈夫?」

 

「え?」

 

「泣いているようだけど……体調悪いならトレーナーさんに頼んで……」

 

「だ、大丈夫ですよ! もう、スペさんは心配性なんだから……」

 

 スズカさんの病室、あの時とは違うとはいえ……

 ううん、気にしたらだめ。今はスズカさんとスペさんに心配させないようにしないと。

 

「先に戻ってますね。スペさんも程々にしてトレーニングしないと次のレースに響きますよ?」

 

「うっ……! それもそうだね。それじゃあスズカさん、また来ますね!」

 

「うん、またね。スぺちゃん、アリスちゃん」

 

 小さく手を振るスズカさんが可愛いのは置いておいて、スぺさんと共に病室を去った。

 

「スズカさん元気になってきてよかったなぁ~」

 

「ですね。元気そうで何よりです」

 

 正直、私にとって病院はあまり居心地のよい場所ではないが、大事な仲間であるスズカさんが入院しているので、スぺさんとよくお見舞いに来ている。

 

 私も皆もスズカさんが元気に帰ってくることを待っています。また一緒に走れる日を夢見て……



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スズカとスペ

おまたせしました。
これ書いてたらメインストーリー5章でスズカさんが来てしまった……


 あの日、私は骨折した。

 スぺちゃんとアリスちゃんのおかげで私は骨折で済んだとトレーナーさんに聞いた。

 他のチームメイトもすごく心配してくれたし、エアグルーヴやフクキタル達もお見舞いに来てくれた。……フクキタルは、開運グッズ(?)を持ってきてくれたけど。

 

 私の脚は1年もすればまた走れるようになれるらしい。

 早く走りたいわ……うずうずしちゃう。

 

「スズカさーん! 今日も来ちゃいました!!」

 

「あら、スぺちゃんいらっしゃい。今日は一人なの?」

 

「はい、アリスちゃんも誘ったんですけど用事があるそうで……」

 

 スぺちゃん……私のルームメイトで、ここ最近は毎日お見舞いに来てくれる。

 すごく嬉しいけどトレーニングちゃんとしてるのかしら? 

 たまに、アリスちゃんが一人で訪ねてくれる時にスペちゃんの様子は聞かせてもらってるけど……上の空なことが多いらしいから心配。

 私のところに来てくれているときのスペちゃんはいつも通りだから心配はしなくてもいいのかもしれない。

 スペちゃんからは学園内であったこと、チームやトレーニングの様子など様々な話を聞かせてもらっている。

 アリスちゃんに聞いていたほど落ち込んでないようでよかった。

 皆の話を聞いていると私も早く走りたい思いも強くなる。

 

「……スズカさん? 聞いてますか?」

 

「え? えぇ、もちろん聞いてるわ」

 

 少し羨ましいなぁ、とか考えなが聞いていた為本当のところあんまり聞いてはいない。

 

「とにかくスペちゃんもだけど他の娘たちも元気そうで良かったわ」

 

「はい! 退院したら皆で何か食べに行きましょう!」

 

「分かったわ」

 

「それでは、そろそろ帰らないと門限に間に合わなくなりそうなので……失礼しますね!」

 

「ええ、またねスペちゃん」

 

 お別れの挨拶をすませ、スペちゃんは寮に帰った。最近は誰かしら来てるから寂しくはないけど病室に一人はやはり寂しいものだと思う。

 でも、明日になればまたきっと誰か来てくれるだろう。

 

 

 ◆

 

 

 放課後、私はスズカさんの元に訪れていた。

 

「そうですか、昨日はスペさんが一人で来てたのですね」

 

「ええ、ここ最近忙しくてあまり来れなかったそうだけど元気そうで良かったわ」

 

「そうですね、最近はだいぶ元気になりましたよ

 前なんて魂が抜けてるような状態になってましたから……」

 

「そ、そうなのね……」

 

「そうだ! 今日スズカさんのところに寄った理由なんですけど、もうすぐ年末なので今年もスピカで集まろうと思ってるのですがスズカさんはどうしますか?」

 

「そろそろ外出許可も貰えそうだから大丈夫よ」

 

「本当ですか!? 楽しみですね!」

 

「ええ、私もよ」

 

 予定では去年と同じようにスピカで集まる予定だ。私は実家に帰ってもいいが正直こっちにいる方が楽しいのでこちらに居る方が長い。

 だが、たまには顔を見せないと(特に父親が)寂しがるので長期休みの時などは帰ってる。

 

「そういえば最近脚の方どうですか?」

 

「近いうちにリハビリを始めれると主治医が言ってたわ」

 

「それなら学園に戻るのも近いかもしれないですね」

 

「ええ、早くまた皆のところに帰りたいわね」

 

「寂しいですもんね……一人で病室居るのも……」

 

「アリスちゃんも入院したことあるの?」

 

「あ……いえ、小さい頃に何度か……」

 

 この身体になってからは病院にお世話になったことは殆ど無い。健康的だし大きな怪我もしてこなかった。前世の頃と比べて頑丈すぎて逆に怖い。いや、寧ろこれが普通なのか? 

 単純にウマ娘の身体が普通の人間より頑丈なのだろう。こうやって学園生活を楽しんだり皆で走れるだけでも私は嬉しい。

 

「あら、意外ね。でも、いつも誰か遊びに来てくれるから寂しくはないわ」

 

 あの頃は人生の殆どを病院で過ごしていた。学校なんてろくに行くことができず友達なんて居なかった。

 

「……いい友達が沢山いますね……」

 

「ええ、もちろんアリスちゃんもその一人よ」

 

「……!」

 

 満面の笑みでそう言われると恥ずかしい。スズカさんは天然なところもあるから無意識だろうけど……スズカさんは優しすぎるよぉ……

 

「もちろんですとも。同じチームですら大切な仲間ですもん」

 

「ふふ、そう言ってくれると嬉しいわ」

 

「さて、私はこの後用事があるのでそろそろ失礼しますね」

 

「ええ、またね」

 

 スズカさんの病室を離れ、帰路につく。

 もうすぐスズカさんも学園に戻ってくるだろう。すぐには走れないだろうけどまた一緒に過ごせるならそれ以上に嬉しいものはないだろう。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 あれからスズカさんは退院し、学園での生活に戻った。時間の流れとは残酷なものだ。

 

 とある日、昼食の為学食に向かうとあるウマ娘が左回りしていたのが見えたので声をかけることにした。

 

「スズカさん、今から昼食ですか?」

 

 スズカさんが昼食を選んでいたのだ。

 

「ええ、そのつもりだけど今日は何にしようか悩んでて……」

 

「なるほど、それで左回りを……」

 

 スズカさんの癖で有名な左回りしていた理由が分かった。

 すると……

 

「スズカさーん! これから一緒にお昼にしませんか?」

 

「あら、スペちゃん……とグラスちゃん。もちろんいいわよ」

 

 そこにスペさんとグラスさんの二人がやってきた。ここ最近、スペさんがスズカさんの事を気にかけてくれることは良いことなのだが少し依存しすぎてるくらいだ。

 ちなみにグラスワンダーとは、最近スズカさんとスペさんと一緒に居ることが多くなりその経緯で知り合いになった。

 

 

 

 4人でテーブルに座り、相変わらず圧倒的な量を食べるスペさんと最近スペさんに並ぶくらいの量を取るようになったグラスさん。

 前見かけたときは普通のウマ娘が食べるくらいだったのにいつの間にか量が増えていたのだ。

 

 そして、スズカさんが食べ終わり先に片付けようとしたらスペさんが

 

「あ! スズカさん、私が代わりに片付けておきますね!」

 

「あ、スペちゃん……」

 

 スズカさんとスペさんが2人とも居なくなってしまった。そして、グラスさんと2人きりになり……

 

「あの、グラスさん」

 

「……」

 

「最近のスペさん、ずっとスズカさんばかり追いかけてますね」

 

「……そうですね」

 

 寂しそうな表情をしているグラスさん。

 そういえば次のレースの宝塚記念で、この2人が確かぶつかり合う予定だったよな。

 

「グラスさん、一つお願いしてもいいですか?」

 

「は、はい。構いませんがなんでしょうか?」

 

「今度の宝塚記念、確かスペさんと一緒に出走しますよね

 その時にスペさんを負かしてほしいのです」

 

「貴女、一応スペちゃんと同じチームなのにどうしてそのような事を私にお願いするのですか?」

 

「今のスペさんは、スズカさん以外のことが見えていません。

 多分次のレースもスズカさんにいいとこを見せたいと思って走るでしょう。そんな気持ちじゃレースなんて勝てません。

 なので、グラスさん。今度の宝塚記念、思いっ切りスペさんを差し切ってください」

 

「……まだ貴女と知り合ってそこまで時間は経っていませんが、時々貴女の観察力が良すぎてなんだか見抜かれてる感じがしますね。

 ともかく、その件は分かりました。私も負けるつもりは微塵もありませんけどね」

 

 グラスさんの気迫は恐ろしい。よく、スカイさんやエルさんが「グラスちゃんだけは怒らせてはいけない」と言う理由がわかる。

 静かなこの闘志は大和撫子より武士にちか……おっと、これ以上はいけない。

 

「ありがとうございます。宝塚記念、楽しみにしておきますね」

 

「はい、スペちゃんには負けませんよ……!」

 

 笑顔だが、恐ろしい。これがアメリカ製大和魂か。

 思っていたよりもあっさり協力を得られたのは大きい。さて、本番が凄く楽しみだ……。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 ──地下バ場

 

「お疲れ様です。あの気迫、さすがとしか言えませんね。

 それとありがとうございます。これで目を覚ましてくれるといいのですが……」

 

 その後の宝塚記念は、スペさんをグラスさんが外から差し切って一着でゴールした。離れててもわかる鬼のような気迫。これが怪物2世と呼ばれたグラスワンダーかと思わされる素晴らしいレース運びだった。

 

「……今日のスペちゃんはまだ本気じゃありません。貴方の言うとおりスペちゃんは集中できてなかったので。

 次のレースでは本気と本気でぶつかり合いたいですね」

 

「あはは……これで、スペさんは見失ってたものを見つけて、次のレース……多分有馬記念あたりになりそうですね」

 

 1999年有馬記念、この年は後の世紀末覇王と呼ばれるテイエムオペラオー、それにメジロブライトやステイゴールドなどウマ娘でも有名な馬が出走していたが、やはり最強はこの2人と呼ばれるレースをした。

 

 しかし、その前にはスペシャルウィークが日本総大将と呼ばれるきっかけとなったジャパンカップでモンジュー……いや、こちらではブロワイエと呼ぶ方がいいだろう、それを打ち破る主人公っぷりを見せつける。

 

 ある意味、スペさんの一番の見所なのではないか? とは思う。

 

「有馬記念……ええ、次こそは本気のスペちゃんと戦いたいですね」

 

「ええ、きっと大丈夫ですよ」

 

「……何故だろう、貴女にそう言われると本当になりそうですね」

 

 謎の信頼を得られたのは大きい。是非ともあの有馬記念を間近で見れるなら楽しみだ。

 

 さて、この有馬記念の前には一つ大きな出来事もある。それはスペさんのジャパンカップの前日……サイレンススズカの復帰レースだ。

 ブロワイエのジャパンカップ、そしてサイレンススズカの復帰が2日に渡って行われる事になるので物凄い盛り上がりになるだろう。

 あ、ちなみにまだブロワイエの来日はまだこの時には決まっていない。

 下手に教えるとタイムパラドックスを起こしかねないので話すことはないので安心してほしい。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ブロワイエか……確かスペと同期のエルコンドルパサーを凱旋門賞で破った子だよな……

 スズカの復帰レースの次の日だし、話題もすごいしどうするかなー」

 

「お悩みのようですね? トレーナーさん?」

 

「うおっ!? てかいつの間にトレーナー室に入ってるんだ!?」

 

「ふふ、ステルス行動は誰よりも得意なのでトレーナーに気づかれないように入ってきました☆」

 

 宝塚記念からさらに時間は過ぎスズカさんの復帰、そしてブロワイエのジャパンカップ出走が決まったことにより世間は物凄く盛り上がっていた。

 特にそのジャパンカップに出走する予定のスペシャルウィークが所属するスピカのトレーナーはブロワイエ対策について悩んでいたのだ。

 一応ノックはしたけど返事が無かったので静かに潜入して、トレーナーの机からひょっこり顔だけだして驚かせたのだ。

 

「お前なぁ……一応ノックくらいはしろよ?」

 

 頭を抱えるトレーナー。トレーナーにとって私は比較的ましな生徒なのだろうが私とてたまにはふざけたくなる。

 

「しましたよ。それでも気付かなかったので驚かそうと思っただけですよ。

 いくら相手が強いからと言って悩みすぎて周りのことに気付かなくなるのはだめですよ?」

 

「うっ……そ、それもそうだな……

 そうだ、ここに来たってことは……」

 

「残念ながらブロワイエの情報はほぼないですよ?」

 

「えっ?」

 

「えっ? じゃないです。私の場合自らの脚であちらこちら回って集めてるのです。この学園の生徒じゃないししかも日本のウマ娘じゃないので余計無理ゲーですよ」

 

 普段のレースならトレセン学園の子なので、自ら調べることは余裕だ。ただし、今回は違う。海の向こう側まではさすがの私でも無理ぞ? 

 

「てか、今まで自分で調べてたのか……」

 

「ですよ? 仲間のためがいちばんですが、私自身も他のウマ娘ちゃん達について知りたいという欲もあったので。

 脚質やそれに合わせた作戦を知っておくことで今後の役にも立つのです!」

 

 少し変態ムーブも入っているがほとんど本音である。

 相手を知ることで対策もしやすくなる。しかし、今回はそれが通用しない相手だ。

 多少映像でレースの様子ならわかるが練習内容も知ることができればある程度の作戦も分かるだろう。

 私は普段は必要な情報だけ集めてあとはトレーナーに丸投げであったがそのお陰で比較的対策はしやすかっただろう。

 

「でも今までのレース映像から大体の脚質、普段のレースの動きなどまとめておいたのでもしよければ使ってくださいな」

 

「そういうところちゃっかりしてるよな……お前は」

 

「おっと、褒め言葉ですか? 

 でもレース映像見てて面白いし今後の私の為にも役に立ちそうなのでもはや趣味になりつつありますけどね」

 

「それもそうだな。レース映像を見え学ぶのも一つだな。イメージする事で今後お前がデビューしてからも財産になるだろう」

 

 実際アニメでもテイオーが復帰する為にイメージさせていたな。

 本当にこの人は変態ではあるかもしれないが私達ウマ娘の為に全力になってくれる人だ。

 

やはりあなたに付いていくと決めておいて良かったです

 

「ん? なにか言ったか?」

 

「いえいえ、何でもないですよ。さて、そろそろトレーナーの邪魔をするわけにはいかないので帰りますね。

 それではまた明日、トレーナーさん♪」

 

「ああ、おつかれさん」

 

 トレーナー室を立ち去り寮の自室に戻る。

 スズカさんの復帰レースも近い。そして、ジャパンカップも……

 前にスズカさんとある話をした。海外挑戦についてだ。

 スズカさんこの復帰レース後暫くしてから海外に挑戦するって言っていた。なので日本でのレースは実質ラストに等しい。

 少し寂しい思いもあるけどこれは彼女が選んだ未来だ。私はスズカさんを応援するしかないさ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 レース当日。

 

「ついに、スズカの復帰レースだ。お前らしっかり見とけよ!」

 

「もちろんです! トレーナーさん!」

 

 沈黙の日曜日から約1年、ついにこの時がやってきた。

 サイレンススズカの復帰である。レース場は人に溢れており、皆がスズカさんの復帰を待っていたと思わせるような光景だ。

 あの異次元のような走り……「逃げて差す」と呼ばれるあの走りに魅了された人も多いのではないだろうか? 

 

 まさにその走りはウマ娘の可能性のその先へ……

 

「あ! スズカさんがターフに出てきましたよ!」

 

『うおおおお!!』『サイレンススズカぁ! 応援してるぞぉ!!』

 

 周りの歓声も凄いことになっている。

 もはやこのレース場に居る全員がスズカさんがターフに帰ってくるのを待ってたように……

 

「さすがに周りの歓声も凄いですね……」

 

「ああ、これ程までとはな……」

 

「しっかり目に焼き付けておきましょう。これ以上のレースは早々ないですからね」

 

 出走ウマ娘がゲートに収まる。

 そして、ゲートが開いたのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

『サイレンススズカ! サイレンススズカ今、一着でゴールイン! 

 圧巻の走りで見事、このターフの上に帰ってきました!!』

 

 初めは出遅れたのかと思った。スズカさんの得意な逃げができないので不安にもなった。

 でも、それは憂鬱だったようだ。最終コーナーから加速し一気に前方の集団を抜き去り……差し返した。いつもの大逃げでこそなかったのだが、その勝利はスズカさんだからこそ取れたものだろう。

 

 

 

「一着、おめでとうございます」

 

「アリスちゃん、えぇありがとう。そして、皆も」

 

 控室で、チーム全員が集まりスズカさんの勝利を祝っていた。ライブまで時間がまだあるからね。

 

 会場の熱も凄く、まるでG1のような盛り上がりだった。それだけ、スズカさんは皆に愛されていると言うことだ。

 色々な人に応援され、自分の夢を追いかけ、さらにその先に向うスズカさんは……私達チームの誇りだ。

 私も見ている人に勇気を与えられるようなレースをしたいものだ。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「スズカさん、もう行っちゃうのですね……」

 

「ええ、離れ離れにはなっちゃうけど私はきっと帰ってくるわ。

 それまで待っててね、スペちゃん」

 

 スペさんが寂しそうにスズカさんと話している。

 あの後、スペさんはブロワイエを破った。その後の有馬記念ではグラスさんにハナ差で敗北してしまった。

 んー、あれは凄く惜しかったと思う。写真判定に物凄く時間がかかっていたくらいだしね。

 

 それは置いといてだ。スズカさんはアメリカに遠征することになった。何時頃まで……とは決まってはいないが、暫くお別れになる。

 

「アリスちゃん」

 

「スズカさん……」

 

「ありがとう、あなたのお陰でここまでこれたわ」

 

「何言ってるのですか。ここまでこれたのはスズカさんの実力です。私はその手助けを少ししただけにすぎません」

 

「ふふ、そんなに謙遜しないでいいのよ? 

 もし、よければ向こうに行っても時々電話でお話してもいいかしら?」

 

「もちろん喜んで。私ができることであれば何でも手伝いますよ」

 

「ええ、頼りにするわ」

 

 後にスズカさんからスペさんからの大量の人参の処理について相談が度々あることはまた別の話……

 

 

 

 スズカさんのお見送りに来たのはスピカだけではなく、同期やエアグルーヴなどスズカさんと仲のいいウマ娘達も来てきた。

 ……相変わらずフクキタルは謎の開運グッズを渡していた。まぁ、フクキタルらしいけど。

 

 こうしてみると多くのウマ娘がお見送りに来てることが分かる。どれだけ彼女が皆に愛されているのか……そして、夢を与えてきたのかは分からない。

 でも、確実に多くの人がスズカさんのその走りに魅了されたのは事実だろう。これからもきっと、もっともっと多くの人に夢と希望を与えていくのだろう。

 日本から飛び出し、海外でも……

 

 

 

「行ってしまいましたね……」

 

「スズカぁ! スピカはこのゴルシ様に任せて頑張ってこいよ!!」

 

 飛び出していく飛行機にそれぞれの思いをかけるもの、静かに見送るもの。それぞれだったが皆の思いは一つだ。

 

『いってらっしゃい、スズカさん』




アプリのメインストーリー5章で泣きました。


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トウカイテイオー

いつも見てくださってありがとうございます。
多分今年最後?だと思います。


 日本ダービー、それは一生に一度しか出れないレース。

 クラシック3冠の一つであり、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の3冠を取るものは少ない。

 かつて3冠を達成したのものとしてシンボリルドルフが特に有名だろう。

 

 そして、今日。私達のチームからトウカイテイオーがこの日本ダービーに出走する。既にテイオーは皐月賞を取っており、これで2冠目の挑戦となった。

 彼女の夢は「無敗の3冠ウマ娘になること!」

 ここまで無敗。そして日本ダービーでも圧倒的力を見せつけた。

 まさに無敵の帝王。しかし……

 

「折れてます」

 

「「えっ?」」

 

「骨折です。暫くは入院してもらいます」

 

「待ってください! 菊花賞は……」

 

「厳しいでしょう。諦める他ないかと」

 

 それは無慈悲な宣告。圧倒的強さを誇るテイオーが骨折したのだ。

 それは瞬く間に世間に広まり、菊花賞の出走は厳しいだろうと言われ始めた。

 

 トレーナーはそれでも諦めなかった。テイオーの復帰プランをねった。「必ず菊花賞に間に合わせる」その想いで。

 テイオーもそれに答えようと、そして彼女の夢である無敗の3冠を目指すために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テイオーさん! もう退院したのですか!?」

 

「にひひ、無敵のテイオーさま復活だぞ!」

 

 松葉杖をついてはいるが、テイオーが退院した。

 

「テイオー、これがお前の菊花賞に向けての復帰プランだ」

 

 トレーナーがテイオーの為に練った復帰プラン。

 ……私は後の未来を知っている。だけどそんなこと言えるわけない。もしそれをテイオーが知ってしまったら? あの時もし私が出走を引き止めていたらこの骨折を防げたかもしれない。

 でも、もしそれを伝えても多分彼女はダービーに出ていただろう。私には止める権利はない。

 

「……テイオー、おかえり」

 

 今私ができることはテイオーを笑顔で迎えて、支えてあげることだろう。

 

「うん! ただいま、アリス!」

 

「テイオー、なにか困ったことあったらなんでも相談してね。

 私はテイオーの為に何でもするから……!」

 

「ちょ、ちょっとアリスどうしたの? 少し怖いよ?」

 

「ご、ごめん……でも、テイオーには元気にいてほしいから……」

 

「もう! 心配しないで、だってボクは無敵のテイオー様だよ!」

 

「そうだね……分かったよ、テイオー」

 

 にひひ、と笑うテイオー。テイオーの笑ってる姿は本当に可愛い。

 この笑顔を私は失いたくない。彼女にはずっと笑っていてほしい。

 

 その後、テイオーはトレーナーの菊花賞復帰プランを元に練習に帰ってきた。

 最初はアニメと同じようにイメージトレーニングのようだ。入院期間自体は長くはなかったがやはり、自分の走りをイメージするのは大切だ。

 

「むむむ……」

 

「テイオー、調子はどう?」

 

 ゴールドシップとスペさんの併走を見ながらイメージトレーニングしているテイオーに話しかけた。

 

「うん、大丈夫だよ! どうしたのアリス?」

 

「少しテイオーと話がしたくて。……練習終わったあと時間あるかな?」

 

「問題ないけど、ここじゃだめ?」

 

「うん、できれば二人で話したいんだ」

 

「おっけー! 分かった!」

 

「ありがとう、テイオー」

 

 私はテイオーが骨折してからテイオーの走り、そして走りの特徴を映像を元に色々調べた。

 テイオーは、身体がとても柔らかく柔軟性がとても凄い。これは、テイオーの走りにも影響がでていることが分かったのだ。

 特にテイオーは足首も柔らかいためその柔らかさを生かした走り……まるで跳ねるように走っていた。そこで私は思った。

 

(もしかしてこの走りがテイオーの脚の負担になっているのでは?)

 

 ものは試しだ。ある日のトレーニングを終えたあと、実際にテイオーの走りを真似してみた。

 

(この走り、思っていたよりも走りにくいし脚への負担も大きい……

 ある意味テイオーだからできる走りなのかもしれない)

 

 テイオーの柔らかさを生かした走り。だがそれはテイオーの脚への負担も大きくなっているとも考えられたのだ。走り方を変えたらもしかしたら……と言う考えが浮かび、それについて話そうとしたのだ。

 

「はい、テイオーのはちみーね」

 

「わざわざありがとう、アリス! 

 ところで話って?」

 

「実は…………」

 

 テイオーの走りについて私の考えを伝えた。

 

「ボクの走りが脚へ負担になっていると……」

 

「そう、多分テイオーが思っているより負担が大きかったんだ。

 だから、走り方を変えるだけで少しでも負担が減らせるならって思ったんだ。でも、今までの走りを変えることは簡単じゃない。だからそこはテイオーの判断に任せようと思う」

 

「アリス……ボクの為に色々考えてくれたんだね、ありがとう。

 でも走り方を変えると言っても具体的にどうするの?」

 

 確かにそれは一つの問題だ。できるだけ脚に負担かけないような走り方でかつ元のテイオーに近い走りの方が変えやすいだろう。

 

「んー、テイオーにできるだけ近い走り……それか他のみんなの走りを参考にしながら試すしかないと思う。

 あとこのタイミングで走り方を変えるってことはもしレースに出走する時までに新しい走り方を身に着けていないと狂ってしまうかもしれない。

 そして一番大事な点として、できるだけ今のテイオーの走りを崩さないようにすること。あくまでもこれはテイオーの"脚への負担"を減らすことが目的。元の走り方と大きく異なってはいけないんだ」

 

「なるほど……つまり、ボクの走り方に近い走り方を真似すればいいってこと?」

 

「そうだね。テイオーの場合はストライド走法に近いから……ゴールドシップさんとかかな?」

 

 ゴールドシップもかなりテイオーに近い走り方だ。

 

「それならアリスもボクの走り方に近くない?」

 

「そう……かな?」

 

 あまり意識はしていなかったのだが、テイオーに言われてみれば……

 実際テイオーの走り方を真似したときも普段の走りと大きく違いはなかったが、足首などの柔らかさを意識しながらバネのように走ったが確かに私自身の元の走り方に近い気もした。

 

「ふむ……それならテイオーの怪我が治ったら一緒に試してみようか」

 

「いいね! 二人で秘密の特訓だね!」

 

「うん、テイオーも早く治すんだよ?」

 

「分かってるって〜。ボクも早く走りたくてたまらないから楽しみだなぁ〜!」

 

 新しいことに挑戦していこうとするその姿はやる気に満ち溢れていた。

 すぐには走れるようにはならないだろうし、テイオーにはそれまではイメージでしっかり練習するように伝えてテイオーは帰っていった。

 

「……盗み聞きはだめですよ? ()()()()()

 

「気づいていたのか……」

 

「ええ、何となくヒトの気配を感じていたので。

 ところでトレーナーはさっきの話についてどう思いますか?」

 

「ああ、確かに一理ある。寧ろ俺が気付かなかったことに気付くあたりさすがお前さんだと感心したよ。

 ただ、もしフォームを変えるとしてまともに走れるようになって菊花賞まで最悪一ヶ月……くらいしか練習の時間が取れないかもしれないぞ」

 

「テイオーだから大丈夫だと思いますよ。彼女の才能は間違いなく本物だと感じていますので」

 

「はぁ……お前が言うならそうなんだろうな。

 分かった。俺もできるだけ協力しよう。困ったことがあったらどんどん俺を頼ってくれよ」

 

「ありがとうございます、トレーナー。さすが私達のトレーナーやってるだけありますね!」

 

「褒めてるのかそれ……」

 

「褒めてますよ?」

 

「お前には敵わないなぁ……」

 

 トレーナーの言質もとった。基本は私がテイオーのサポートをして、その上トレーナーも協力してくれるのでとてもありがたい。

 

 もしテイオーが菊花賞に出走できて無敗で三冠を取ることができたら……

 それはそれでまた面白い未来なのかもしれない。



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前回が今年最後と言ったな。
あれは嘘だ(単純にモチベがあっただけ)。
それと、誤字報告ありがとうございます。


 テイオーが骨折してから数か月。ギブスも松葉杖も外れ少しずつ練習に加わることも増えてきた。

 まだ満足に走ることはできないが、確実に回復に向かっている。また、先日の診察で医師から「予定よりも治りが早い」と言われこのまま治れば菊花賞の参加にも間に合いそうだとのこと。

 ただし、もし菊花賞に出れたとしても骨折からの復帰後すぐのレースともなる。あの有馬記念にも似たような状況でもある。もし、もしも負けるようなことがあれば……テイオーは自分の夢である「無敗で三冠ウマ娘になる」の両方の夢が打ち砕かれてしまう。

 本来のテイオーは菊花賞に参加できず、三冠の夢が。復帰後の天皇賞・春でマックイーンに負け無敗の夢が破れてしまう。それで心が完全に折れてしまうが、そこから再び起き上がり強くなったテイオーが見れた。

 

 私の影響でテイオーが菊花賞に出れたとしよう。そしたら、困難を乗り越えて強くなるテイオーではなくなってしまう。

 それで良いのか? これはテイオーに対しての新たな試練なのかもしれない。そうなれば私の知らない未来になる。私はその責任をもって彼女を全力で支えよう。

 

 

 

「テイオーさ、少し走り方変わってきたよな」

 

「そうね。どうしてかしら?」

 

「なぁ、アリスなにか知ってるか?」

 

 テイオーが少しずつ練習に参加するようになり、まだ全力ではないが軽く走るようになった。

 その為、私の入れ知恵で走り方を変えつつあるテイオーに気付いたウオッカとスカーレットに聞かれた。

 

「ん? あぁ、実はね私が提案したんだよ」

 

「え? どうして?」

 

 事の顛末をウオッカとスカーレットに伝えた。

 

「なるほど……テイオーの骨折の原因がテイオーのあの走りだと思ったのね」

 

「そうそう、実際に私も真似して走ってみたんだけどかなり脚に負担かかっていたんだよね。

 テイオーだからこそできた走りなのかもしれないけどそれは思っていたよりも負担になっていた。それが積もって骨折に繋がったと思ったんだ」

 

「時々思うけどアリスの着眼点すげーよな……俺はそんなことすら考えたことなかったぜ」

 

「寧ろ気づかないほうが多いと思うよ……」

 

 実際、私はテイオーの未来を知っていたこともありその悲劇を回避させたかった。ただ、その未来を乗り越えて強くなるのが本来のテイオーが辿る運命だったはずだ。

 

 ちなみにテイオーに新たな走り心地を聞いてみたところ

「そうだね〜まだまだ慣れてないから変な感じだけど、なんだか走りやすいっていうか……上手く言葉にはできないけどいい感じだよ!」

 とのこと。

 うん、それなら良かった。もう菊花賞までそろそろ一ヶ月を切る。まだまだ出走登録は間に合うだろうがそろそろ決めなければならない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ある日のこと、トレーナーにテイオーについての相談をしにきたところ……

 

「あれ、テイオー……?」

 

 テイオーがトレーナー室に入っていく姿を見た。

 そういえば今日、通院の日と言ってたな。もしかして菊花賞についての話なのか? と思い、邪魔するわけにはいかないので外から聞き耳を立てて中の会話を聞くことにした。

 

『トレーナー』

 

『テイオーか、どうした?』

 

『前にした約束覚えてる?』

 

『ああ、脚の怪我が治らなければ菊花賞の出走を辞める……ことだよな』

 

『覚えててくれたんだ』

 

『当たり前だろ。……もしかしてテイオーお前……!』

 

『安心してトレーナー、医者からは走っても大丈夫って言われたんだ。でもね、もし今全力で走ったら脚が耐えれるかは分からないって言われたんだ』

 

 ……私の知っている物語と変わっているようだ。テイオーは菊花賞に出るのだろうか? 

 

『それでね、菊花賞に出ようか悩んでるんだ。ここでまた骨折したら次はどうなるか分からない。でもここで菊花賞の出走を辞めればボクの夢が叶えられない。ねぇ、トレーナー。ボクどうしたらいいのかな……』

 

『……決めるのはテイオー、お前自身だ。テイオーはどうしたい?』

 

『ボクは……ボクは……!』

 

「テイオー!」

 

 我慢できずにトレーナー室に入ってしまう。

 

「「アリス!?」」

 

「確かにテイオーは骨折してから頑張ってきた。実はね、私はテイオーは菊花賞に出れないと思ってた。正直、骨折が治らないと思ってたんだ。でも違った。骨折は完治した訳じゃないだろうけどこうして医者に出走してもいいって言われたんでしょ? 

 ……無責任かもしれないけどテイオー、菊花賞に出よう。もし……もしここでまた骨折してしまったら次はどうなるか私も分からかい。けど……!」

 

「ありがとう……アリス。ボクも菊花賞に出たいよ。でも怖いんだ。また骨折したら? 今回は走れたけど次怪我したら走れなくなるかもしれない。そしたらボクは……」

 

「テイオーの夢はなんだ?」

 

 トレーナーが尋ねる。

 

「ボクの……夢?」

 

「そうだ、お前はなんの為に走ってきた? なりたいものがあったんじゃないか?」

 

「ボクは……三冠ウマ娘……無敗で無敵の三冠ウマ娘になりたい……そうだよ……ボクは三冠ウマ娘になるんだ……!」

 

「テイオー……」

 

 私達ウマ娘は誰しも何かしらの夢を持っている。その為ならどんな辛いことがあっても乗り越えれる。心が折れようとも、周りのヒト達に助けられ潜在能力以上の力を見せつける。

 今のテイオーならきっと、きっと乗り越えられる! 

 

「ボク……出るよ、菊花賞。無敗で無敵の三冠ウマ娘になるために!!」

 

「……そのいきだ、テイオー。よし! 菊花賞に向けてもっともっと力をつけるためにしっかりとトレーニングメニュー作らないとな!」

 

「トレーナー……! ありがとう! ボク、頑張るよ!!」

 

 少し涙目のテイオー。本来ならあり得ないトウカイテイオーの菊花賞出走。それが叶ったのはいいが大丈夫だろうか? この改変が悪い方に進まなければいいのだが……

 

 

 

 

 

 あの日以降、テイオーはよりトレーニングに力を入れていた。新たな走りもだんだん定着してきていた。また、以前よりタイムも伸び、菊花賞に向けて仕上がってきていた。

 

「そういえばテイオー、今回の菊花賞3000mだけど走りきれそう?」

 

 テイオーは長距離での戦績が少なく、3200mの天皇賞・春では結果が振るわなかった。

 菊花賞も3000mと長く、正直不安である。

 

「もー、ボクを誰だと思ってるの? 無敵のテイオー様だぞ! 

 そんなに気になるなら今から3000m走ってこようか?」

 

「いや、大丈夫だよ。今はまだ無理するわけにはいかないからね」

 

 心配するだけ無駄だったようだ。普段の練習の様子見てる限りは大丈夫だとは思う。

 テイオー曰く、新しい走り方にしてから体力が以前より減りにくくなったらしいし今回の長距離でも大丈夫だろうね。

 

「おーい、いつまで休憩してるつもりだ? そんなに余裕あるならもう一本行ってこーい」

 

「げげ、トレーナー……んもー、分かったよ。それじゃ、アリスまたあとで!」

 

「んー、せっかくだし私も一緒に行ってもいい?」

 

「もちろんだよ! アリスの走り、もっともっと見せてもらうよ〜」

 

 念の為トレーナーに一言伝え、許可を貰ったので二人で併走した。

 

「ほらほら〜、もっと速く走らないと追い抜いちゃうよ!」

 

「くっそ……! まだまだぁ!!」

 

 二人で駆け抜ける。まだ、私はテイオーには勝てないがたまにはこうやって走るのも悪くない。

 

「はぁ……はぁ……、お疲れ様、テイオー」

 

「ふぅ……おつかれアリス! まだ本格化してないのに流石だね」

 

「私なんてまだまだだよ」

 

「んもー! 謙遜なんてしないでいいのに!」

 

 私は割と全力に近い走りをしていたが、テイオーは私に合わせるため少しペースを落としていた。だが、さっきの発言はテイオーの本心のようだった。

 

 着実に菊花賞に向けて調子を整えるテイオー。かなり調子は良いようで本番では最高の走りをしてくれそうだ。

 

「テイオー! しっかりクールダウンしておけよ! もう来週に迫ってるんだから無理はだめだぞ!」

 

「わかってるよトレーナー!」

 

 菊花賞は来週、完璧な状態に仕上がりつつあるテイオーは楽しそうに毎日のトレーニングをこなすのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ────菊花賞当日

 

 テイオーが怪我から復帰して直後のレースと言うこともあり、レース場に訪れている観客の数も凄いことになっている。

 無敗で三冠達成目前と言うこともあるだろうが、やはり骨折をして菊花賞を回避するのでは? と思われていたテイオーが出走するので必然的に注目度もあがったのだろう。

 

「スズカさんの復帰レースのときみたいにヒトが多いですね!」

 

「ここまで無敗でしかも三冠目前……ということもあったり怪我からの復活したテイオーの走りを見たいってヒトが多いんでしょうね」

 

 あまりにもヒトが多すぎて観客席に入りきれるのだろうか? と思うくらいヒトが多い。

 一応応援用の場所は既に確保済なので安心だ。

 

「さて、そろそろパドックに移動するぞ」

 

「トレーナーはテイオーのところに行かなくていいんですか?」

 

「あぁ、大丈夫だ。集中したいときに俺が居たところでなんの役にも立たないからな」

 

 それもそうか。怪我からの復帰して直後のG1レースだ。有馬記念の時と異なるがそれでも一人で集中したほうがよいのかな? 

 んー、私にはよく分からないがいつか分かる日が来るんだろうなきっと。

 

 パドックにおいてやはりテイオーが出てきたときその場に居たヒト達が物凄く盛り上がっていた。さすがテイオーだな。

 

 

 

 

 

 そういえばテイオーのバ番いくつだっけ? 

 本来出走しないはずのテイオーが居るので誰かしらが居なくなることになるのだが……

 

「8枠18番……か」

 

 なるほど、そうきたか。本来の1991年菊花賞の一着とった馬と同じですかそうですか。

 つまり……確定演出みたいなものかもしれないね。

 

 18番と言うこともあり最後にターフに出てくるテイオー。その瞬間、観客席が盛り上がった。

 あの日、スズカさんの復帰レースみたいに。ただ、こちらはG1なのでよりヒトが多いため盛り上がりは物凄いものだ。

 

「さすがテイオーって感じだな……」

 

 観客席に向かって手をふるテイオー、こちらに気付いたのか近づいてきた。

 

「みんなー! にひひ、ボクの走りしっかりと目に焼き付けて置くんだぞぉ!!」

 

「ああ、いい走り楽しみにしてるぜ!」

 

「テイオー、勝ってきなさいよ!」

 

「あなたの走り、楽しみにしていますわ」

 

「頑張れよ!」

 

「もちろんだよ! じゃあ行ってくるね!」

 

「テイオー!」

 

「アリス……」

 

「ここで待ってる。勝ってここに帰ってこいよ!」

 

「うん! 最高の勝利、待っててね!」

 

 そのままゲートの方に向かっていく背中をみて、とても大きく感じた。

 あぁ、こんな短期間でも彼女は成長したんだな……どこまでも駆けてゆけ、テイオー。君はどこまで行けるのだろうか? もっともっと君の可能性を見せてくれ、トウカイテイオー。

 

 そして今、菊花賞の幕が開ける!



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帝王

あけましておめでとうございます。
今年もちまちま更新していけたらなと思っています。
何卒宜しくお願いします。


 正直、ボクも今このターフの上に立てていることに驚いている。

 医者からは復帰は来年の春だろうと言われた。だけどボクは三冠の夢を諦めたくなかった。走れないことがこんなにも辛いことだなんて知らなかった。本当に来年の春には復帰できるのだろうか? 三冠と言う夢を失っても走り続けることができるのだろうか? 

 不安しかなかった。だけどそんなボクをアリスは全力で支えてくれた。

 

 ボクの走りの弱みを見つけ、新たな走りを教えてくれた。そして、自分のトレーニングの時間を割いてまでもボクを支えてくれていた。

 どうしてアリスはそんなに優しいの? ボクは菊花賞に間に合わないかもしれないのに。それでもアリスは

 

「大丈夫! 私はテイオーを信じている。必ず三冠を取ってくれるって信じているよ!!」

 

 ……どこにそんな自信があるの? ボクには理解できなかった。早くても来年の春って言われてるのに。

 

 そんな杞憂に終わる。ある日、病院に通院し医者に言われた一言が

 

「思っていたよりも骨折の治りが早いですね。これなら菊花賞に間に合うかもしれません」

 

 ボクは驚いた。何回も何回も医者には早くても来年と言われていた。それなのに突然このようなことを言われるのだ。

 嬉しかった。本当に菊花賞に出走できるならボクの夢である三冠に挑戦できる。

 だけど、いきなりのG1レースになる。怪我からの復帰してすぐのG1レースで一着を取れるウマ娘は居ない。

 

 けれどそんなに弱気でいいのか? ボクは……ボクは……! 

 

「ボクは……! ボクは無敵のトウカイテイオーだ!!」

 

 負けられない戦いがある。こんな弱気なボクはトウカイテイオーじゃない! 

 ボクはカイチョーみたいになりたい! 無敗の三冠ウマ娘になるんだ!! 

 

(その意気だよ、テイオー)

 

 ……! 背中を押されたような感じがした。

 

(うん……! みんな、ボクの走りを見ておくんだぞ!!)

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『ついに、クラシック路線最後の一冠、菊花賞が始まります! 

 今回は特にトウカイテイオーが奇跡の復活、そしてまさかの復帰レースでこの菊花賞に帰ってきました!』

 

『そうですねぇ、復帰直後なのに一番人気に押されているあたり、さすがトウカイテイオーという感じですね。今回はどのような走りを見せてくれるのでしょうか楽しみですね』

 

 普通、復帰してすぐのレースで一番人気に押されることはまずないだろう。

 それだけテイオーは期待されているんだろう。

 

「さすがテイオーね……」

 

「だよなぁ~、テイオーの骨折が分かったときも結構話題になってたもんな」

 

「ったりめぇだろ。なんたってあのテイオーだ。ここまで無敗で三冠がかかってるから人気になるさ」

 

 それもそうか。有馬記念の走りも奇跡だが、今回の菊花賞も奇跡に近い。

 そもそも無敗で三冠なんて滅多に取れない。あ、でも私の前世の頃にコントレイルが史上八頭目の無敗の三冠バで親子で達成してたか。

 

 もし、テイオーがここで三冠を達成すればシンボリルドルフ、トウカイテイオーの親子無敗三冠達成になるのか? 

 んー、分からん。ここで起きていることが前世の世界に影響があるのか? それともこの世界が私の生きてきた前世とはまた別の世界線から来ているのか……

 

「おーい、どうしたアリス。そんな神妙な顔をして何心配してんだ?」

 

「ふぇ? あ、すみませんゴルシさん。別に気にするようなことじゃないです」

 

「本当かぁ〜? このゴルシ様の目を誤魔化すのは不可能だぞぉ〜」

 

 なんだ、その手は! や、やめろー! 

 

「はいはい、バ鹿なことはその辺にしておけよ? 

 そろそろテイオーが出走するから目をかっぽじって見ておくんだぞ」

 

「へいへい、トレーナー」

 

「た、助かりました……」

 

 トレーナーの静止がなければどうなってたやら……

 でもそのお陰で少し笑えた。ありがとう、ゴールドシップよ……

 

「おう、何にやにやしてるんだ? もしかしてお前……やられたかったのか? そういう趣味が……」

 

「断じて違いますので気になさらずに!」

 

 やはりこのヒトの行動は読めない……だけどチームメイトを思いやることは誰よりもできる存在だ。

 このチームを支える大切な存在……普段はふざけてることも多いが大事な場面ではしっかりとしている。その存在は尊敬できる点だ。

 そうこうしているうちに……

 

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了。出走の準備が整いました。

 今スタートしました!』

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 スターティングゲートに収まるときほど緊張するものはないとボクは思う。

 いや、今までは「もちろんボクが勝って当然だよね〜」って感じの軽い気持ちだったけど今は違う。怪我を乗り越えこの場に居ることができる。トレーナー、アリス、そしてチームの仲間たち……色んなヒト々の思いを背負って今この場に居る。

 だから負けられない。負けるわけにはいかないんだ! 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 大丈夫だ。ボクなら勝てる。信じろ。

 

『今スタートしました!』

 

 ゲートが開く。他のウマ娘達と一斉に飛び出す。

 今回は3000mと長丁場のレースになる。いつも以上に体力の管理をしなかければならない。

 

 ボクはいつもと同じようにできるだけ前の方につく。そして他の娘たちはボクをマークしているのかペースもボクにとって合わせやすくなっている。

 ならば……! 

 

 マークしてくる娘達のペースを崩すため少しペースを上げた。アリスから得た新たな走法は今回のような長距離において非常に強い。

 以前より体力の持ちもよくなり多少の無理も効くようになった。

 

(ボクのペースに……ついてこられるかな……!)

 

『おっと!? トウカイテイオーペースをあげた! 掛かってしまっているのか!?』

 

「……っな!?」「ペースが早い……!?」

 

 ボクの影響で周りのペースが崩れる。

 

「テイオー……! 強くなっている!?」

 

 ネイチャも焦っているようだ。ボクは……負けないよ! 

 

 

 

『さぁ、各ウマ娘正面スタンド前に入りました。依然として一番人気、トウカイテイオーはペースを上げたまま好位置についています! このまま逃げ切れるのか!?』

 

 

 

 ◆

 

 

 

「テイオー結構飛ばしてるな」

 

「ですね、でも今のテイオーならきっと……勝てますよ……!」

 

 かなりのハイペースで進むレース。正直テイオーのスタミナが持つか心配ではあるが、あの表情を見る限り……

 

 

 

 ◆

 

 

 

『向こう正面に入りました。依然としてペースは変わりませんがどうでしょう、この展開』

 

『かなりのハイペースですね、バ群も伸びているので後ろの娘達が追いつけるか心配です』

 

 

 

 

 もうすぐラストスパートだ。スタミナはまだある。

 

「ここからが……勝負だぁ!!」

 

 

 

『トウカイテイオー! ペースを更に上げ、ラストスパートに入りました! そのまま第三コーナーに入ります!』

 

 

 

 ついて……来られるかな!! 

 

「テイオーに負けるもんかぁ!!!」「私がテイオーより上だぁ!!!」「アタシも負けないっ……!!!」

 

 一気に先頭に躍り出てそのまま逃げ切ろうとするが他のみんなも付いてくる。

 

「負けられるかぁ……!!!」

 

 

 

『トウカイテイオー先頭のまま、正面スタンド前に入りました!! 後続も続々追い上げてくる!!!』

 

 

 

 はぁ……はぁ……っ! 苦しい。周りもこのペースに付いてくるので気を抜けない……! 

 

「ボクが……! ボクが一番だぁぁぁ!!!」

 

 この直線ほど辛いものはない。後続もすぐ後ろにいる。ネイチャもきっとそこに……! 

 

 無我夢中で走る。ゴール板もすぐそこだ! 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『トウカイテイオー! トウカイテイオーだ!! 一着はトウカイテイオー!!! 無敗で三冠達成!!! 偉業達成です!!!』

 

 

 

『うおおおおおお!!!』『テイオー! さすがの走りだ、おめでとう!!!』

 

 ……まさか、本当やり遂げてしまうとは……さすがトウカイテイオー。

 

「まじかよ……本当三冠取ってしまうとは……」

 

「えぇ、さすがテイオーね……」

 

「テイオー……さすがですわ」

 

「うおおお! おめでとう、テイオー!!」

 

「あいつ……まじでやりやがったな……」

 

 無敗の三冠バ、トウカイテイオーが生まれた瞬間に立ち会えるとは思ってもいなかった。

 奇跡の瞬間に立ち会えた、それだけでも価値があるレースだった。

 

 ……待てよ? それじゃあ有馬記念はどうなるんだろう? 

 テイオーは三度の骨折を乗り越え有馬記念で奇跡の走りをした。と言うことはもしかしてまた骨折する可能性が……? 

 考えてもきりがなさそうだ。

 

 

 

 ────テイオーの控室

 

「お疲れ様、テイオー」

 

「にひひ、ボクの走り見てた?」

 

「もちろんだよ。とっても……かっこよかったよ」

 

 ウィニングライブまで時間があるのでチームのみんなで控室で休んでいるテイオーの元に向かった。

 

「……ありがとうアリス。君のお陰でボクはこうして出走できた。そして、勝つことができた。

 ボクは無敗で三冠を取れたんだ」

 

「私は何もしてないよ、ただテイオーの背中を押しただけさ」

 

「むむぅ……」

 

「テイオーの言うとおりだぞ」

 

「トレーナー……?」

 

「お前が居たから、そして骨折の原因に気付いたのはアリス、お前だけだ。トレーナーである俺ですら気付けなかったところに気付き、テイオーを支えたのは大きな功績だ」

 

 ……褒められるのは慣れてない。ただ……そう言われると嬉しかった。

 テイオーだけじゃない。他の娘が同じ状況になれば必ず私は手を差し伸ばすだろう。

 

 一つ心残りがあるとしたらスズカさんの怪我を阻止できなかったこと。だけどスズカさんはまた前に向かって進んでいった。

 今頃アメリカで頑張っているのだろうか? スズカさんのことだから大丈夫だとは思うけどね。

 

「そうだ! テイオー、脚の方は大丈夫? 痛みとかない?」

 

「うん! 大丈夫だよ!」

 

「なら良かった……」

 

 とりあえず今の所は大丈夫そうだ。

 これでまた骨折とかされたら……割と洒落にならない気もする。

 

 

 

 テイオーは無事にウィニングライブも終え、この熱い菊花賞は終わった。

 その後、脚の様子を確認するために通院したようだが、特に異常はなかったとのこと。……良かったぁ。

 

 そして、次のテイオーの目標は……

 

「マックイーン! まずは天皇賞・春で勝負だよ!」

 

「えぇ、もちろん私は負けませんわ」

 

 "天皇賞・春"

 本来のトウカイテイオーの復帰後のG1レースになるレースだ。

 正直テイオーでは最強のステイヤーでもあるマックイーン相手に、しかも3200mで勝てるとは思えないが……

 菊花賞での走りを見たあとだとあながちそうとも言い切れない。もしかしたら勝てるかも……しれない。

 

 あぁ、でもその前にライスさんのクラシックレースがあったな。その応援にも行かなきゃ……

 次の年は大変そうだな。



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ついてく

いつも見てくださってる皆様、ありがとうございます。


「はぅ〜……緊張するよぉ……」

 

 今日はライスさんの皐月賞本番の日。その一つ前のレース、スプリングSでは4着に終わってしまい、ミホノブルボンの強さを実感させられた。

 

 いやぁ……あれは強いわ。あれで長距離にも対応してくるあたり坂路の申し子の二つ名は伊達じゃない。

 しかし、ライスさんもステイヤーのわりにはマイルの距離で4着は頑張ったほうだろう。

 

 そして今回の皐月賞は2000m。ライスさんにとっては少し短いかもしれない。

 大好きな先輩なのでこんなこと言うのは良くないかもしれないがあまり期待できない。

 むしろ次のダービーの方が可能性はある。

 

「ライスさん、気楽に行きましょう。

 緊張しすぎるといつもの走りができないですよ!」

 

 少しでも緊張をほぐしてあげたいけど私はそういうことは苦手だ。

 

「う、うん……そうだよね……しっかりしないと!」

 

「ライスさんの今の全力見せてくださいね!」

 

 ライスさんを送り出す。できるだけいい結果を残せてくれるといいのだが……

 

 

 

 ⏰

 

 

 

「お疲れ様です。いい走りでしたよ!」

 

「ありがとうアリスちゃん……でも、ライス8着だった……

 ブルボンさん強かった……」

 

 走りは悪くなかった。ただ、ライスさんにとってこの距離は短かった。そして、ブルボンさんが強かった……

 強いのは知っていたけどここまでとは思ってなかった。

 

「ブルボンさんに追いつくためにもっともっとライス、トレーニングしなきゃ……!」

 

 普段は気弱そうに見えるのにライスさんは本当に強いなぁ……

 そういうところに惹かれたところもある。

 

 そして、私にはある考えが浮かんだ。

 

「ねぇ、ライスさん。一つ提案があるのですが……」

 

「どうしたの?」

 

「ライスさん、次はダービーに出ますよね? それまで私達と一緒にトレーニングしませんか?」

 

「ふぇ!? で、でもそっちのトレーナーさんに迷惑じゃないかな……」

 

「その点は大丈夫だと思いますよ。あのへんた……ゴホン! トレーナーならきっと引き受けてくれるし、ライスさんと得意距離の近いマックイーンも居ます。

 どうですか? 少しの間一緒に頑張るのは……」

 

 あのトレーナーならもちろん喜んで協力してくれるだろう。あとはライスさん側のトレーナーの了承さえ得られれば可能性はある。

 そして、ライスさんはれっきとしたステイヤーだ。同じ最強のステイヤーとも言えるマックイーンと協力できればより強くなれるのではないかと考えたのだ。

 

「そうだね……分かったよ、今度トレーナーさんと相談してみるね!」

 

「はい、楽しみにしておきますね!」

 

 これは私の考えではあるが……ライスさんのトレーナーなら許可してくれそうだ。……多分。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ア、アリスちゃん!」

 

「あれ、ライスさん? どうしましたか?」

 

 トレーニングが終わり、更衣室で着替えていたところライスさんに話しかけられた。

 

「あ、あのね……この間の話なんだけど……

 ライスのトレーナーさんもアリスちゃん達とトレーニングしてもいいよって許可貰えたよ!」

 

 ほほう? それは凄く嬉しいことだ。

 

「本当ですか!? それなら明日から一緒にトレーニングできますかね?」

 

「うん、大丈夫だよ!」

 

 よし! ライスさんと一緒にトレーニングできるだけでも嬉しい。

 ふへへ……ライスさんと一緒に……

 

「アリスちゃん……?」

 

 っは!? 

 

「あ……なんかごめんなさい……き、気にしないでください! 

 私、トレーニング終わったばかりで汗流したいのでシャワー浴びてきますね!! それでは!!」

 

「あ、待ってアリスちゃん!」

 

 ライスさんの静止を振りほどいて逃げるようにシャワーを浴びに行った。

 一切私は邪険なことなど考えてはいない! 断じて!! 

 ただ、大好きな先輩と一緒にトレーニングできると思うとつい……

 

「にへぇ〜……ふふふ……」

 

 顔の筋肉が緩む。多分周りにヒトは居ないはずだから聞かれてはいない……はずだ。

 

「……よし! 明日から気合入れていくぞぉー! 

 頑張るぞ〜、おー!」

 

 気合を入れ直す。トレーナーと相談し、ライスさんは私とトレーナー二人でトレーニングを考えることとなっている。

 私は前世の知識を生かしてライスさんがもっとも力を発揮させる方法を伝えるだけだけど。

 

 ……楽しみだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「よし、お前ら! 今日から暫くライスシャワーが一緒にトレーニングに参加することとなった! 

 よろしくな、ライスシャワー」

 

「ラ、ライスシャワーでしゅ! よろしくお願いしましゅ! 

 はぅ!? 噛んじゃたぁ……」

 

「ぐはっ……!」

 

 

(Death)

 

 

 ……おっと、こんなところで死んではいけない。

 

「一人何故か死にかけだが今日からよろしくな!」

 

「は、はい!」

 

 と、言うわけでライスさんが暫くの間、スピカに加入することになったのだ! 

 

「そういう訳でライスさん、よろしくおねがいしますね!」

 

「うん!」

 

「大体のトレーニング内容はもう既にトレーナーから聞いていると思いますので私からは一つだけです」

 

「一つだけなの?」

 

「はい。今日はマックイーンと併走ですよね? 

 私からはただマックイーンに()()()()()だけです」

 

「ついていく……?」

 

「はい、マックイーンに離されないようについていってください。

 あ、ちなみに本番ではマックイーンではなく、ブルボンさんについていく事が大事です」

 

 私が伝えたのはアプリ版でやったことと同じことだ。ライスさんならたとえマックイーンでもブルボンさんでもマークしてしまえば何処までも追いかけていけるだろう。

 それを上手く使うだけだ。

 

「なるほど……よし! マックイーンさん、今日はよろしくおねがいします!」

 

「ええ、ライスさん。よろしくですわ!」

 

 そして、二人の併走が始まった。

 

 

 

「ついてく……ついてく……」

 

 マックイーンの背中を追いかけるライスさん。

 マックイーンも天皇賞を制しただけあって強い。

 

「いやー、それでもあのマックイーンについていけるだけライスさんは流石だなぁ」

 

「おい、アリス。お前どうして急にライスシャワーをここに呼んだんだ?」

 

「トレーナーは知っていると思うけど、私はライスさんの事が大好きです。あ、これはlikeの方ですよ? 

 まぁ、そういうこともありライスさんには勝ってほしいんです。もっともっと強くなってほしくてトレーナーの力を借りたかったのです」

 

「はぁ……お前ってやつは……逆にそれがお前らしいか」

 

 呆れられてんなーとか思っているが私のライスさんへの気持ちは本当だ。

 ミホノブルボンの三冠阻止、そしてマックイーンの天皇賞・春三連覇阻止……悪役(ヒール)として名を刻む事になってしまう。多分その未来は変えられない。でも、ライスさんを支えてくれる仲間を増やしておくことで少しでもライスさんの支えとなれば……

 ブルボンさんや私達の英雄(ヒーロー)になってもらうために私は動きたい。

 大好きな彼女の為なら……

 

 

 

「はぁ……はぁ……流石ですわね、ライスさん」

 

「あ、ありがとうございます! マックイーンさん!」

 

 気がつくと二人の併走が終わっていた。

 あのマックイーンが疲弊しているあたり流石ライスさんだ。最強のステイヤーについていけるのは同じ最強のステイヤーでもあるライスシャワーだけだろう。

 

「お疲れ様です。マックイーン、ライスさん、これで水分補給してくださいね」

 

 予め用意しておいたスポーツドリンクを渡した。

 

「マックイーン、ライスさんとの併走どうだった?」

 

「えぇ、私についてこられるとは流石ですわね」

 

「え……? あ、ありがとうございます?」

 

 ライスさん本人はあまり気付いていないようだがマックイーンについていけるだけでも凄い。

 

「おーし、お前ら併走終わったな? 

 二人共次行ってこーい」

 

「わかりましたわ!」「ひゃ、ひゃい!」

 

「それと、アリス。少しいいか?」

 

 珍しくトレーナーに呼び止められた。

 

「今度のライスシャワーが走る時、お前も併走しないか?」

 

「えっ?」

 

 呆気に取られる。私なんてまだまだついていくのにも必死なのに??? 

 

「お前、最近少し食べる量増えてきただろ?」

 

「ギクッ……」

 

 まぁ、確かに最近今までよりご飯の量増えましたが……いや、でも体重自体は変わっていないはずだ! 

 一応、毎日確認しているからね!! 

 

「いや……そんなに身構えなくていいぞ……

 最近お前の走り見ていると前よりも力強く感じてな。そろそろ本格化が始まってきたんじゃないかと思ったんだ」

 

 まじ? 本人すら気付いていないのにトレーナーが先に気付くの? 

 いや、このトレーナーの事だ。私達、ウマ娘の事はしっかりと見ているから案外気付くものなのかもしれない。

 

「元々ステイヤー気質のお前ならライスシャワーと併走したら丁度良さそうだなって感じたんだが……どうだ?」

 

「わ、私でよければ! ライスさんと一緒に走れるならなんでもしますよぉ!!」

 

「でもまぁ、まだ本格化も始まったばかりだろうし無理はするな。

 こんなところで怪我されても困るしな」

 

 と、言うことで私とライスさんの併走が決まったのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ぜぇ……ぜぇ……し、しぬ……」

 

 いくら本格化が始まったとはいえ現役、しかもクラシックを走ってるウマ娘と併走するのは割としんどい。

 てか後ろから追われるの怖くない……? 

 ライスさん普段は大人しくて優しいのにこうやって走ると気迫やばいよ? 

 え? 本当に同一人物なの?? 

 

「だ、大丈夫? アリスちゃん……?」

 

「大丈夫……です……えぇ、私思ってたより逃げるの苦手かも……」

 

 前やった模擬レースでさえ最後尾から抜き去っていく戦術だったし差しか追込の方が向いてるんだろうなぁ……

 

「さすがに本格化始まったばかりのお前に現役のウマ娘と併走させるのは辛かったか……」

 

「いえ……今後の参考になりました……ぐへぇ……」

 

 想像以上に疲弊していた私はそのまま倒れ込んでしまった。

 

 

 

 ⏰

 

 

 

「はっ……ここは!?」

 

 見慣れない天井……と言うこともなく普通にベンチに横にされていた。

 

「あ、アリスちゃん。目が覚めた?」

 

「ア、ハイ」

 

 目が覚めて気付いた。頭に触れる柔らかい感触。目の前にライスさんの顔。

 

「あぁ……ここが天国か……」

 

「アリスちゃん!?」

 

 そのまま私はあまりの尊さに耐えれずに再び意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 日本ダービー、それは(略

 

 二度目の解説、いらないよなぁ!? 

 ……あれから一ヶ月、ライスさんとスピカの仲間たちと毎日楽しくトレーニングを積んできた。

 ライスさんも気づいたらスピカに馴染んでいた。

 

 ちなみにこの間に行われた天皇賞・春ではマックイーンの二連覇で幕を閉じた。しかし、テイオーも負けじとついていき、史実では5着であったはずが2着に食い込んできたあたり、菊花賞に向けてのトレーニングの成果もあったのではないかと思う。

 

「ついに本番ですね、ライスさん」

 

「うん……」

 

 とても緊張しているようだが……

 

「大丈夫だ、ライス! このゴルシ様達とトレーニングしてきたんだ! ブルボンだが知らねーがきっと勝てる!」

 

「あなた、何もしてませんわよね!?」

 

 マックイーンとゴルシさんのコンビは好きだ。ゴルシさんがボケてマックイーンが突っ込む……

 あれ? これスピカって言うよりもシリウスに近くね……? 

 

「ライス、頑張れよ」

 

「はい! スピカのトレーナーさん!」

 

 ライスさんを地下バ場で見送る。

 

「よーし、お前ら! スタンドに戻ってライスの応援するぞ! 

 短い間だったが、スピカの一員だったんだ。その勇姿、見届けないとな!」

 

 そして、ライスシャワーの日本ダービーが始まるのであった!



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ライスシャワーの決断

正月も終わり元の不定期更新に変わりました(事後報告)。

それと、前の話を今後どこかでリメイクしたいと思っています。まだ手探り状態で書いていたので今と書き方も違うのでできれば揃えたいなーって思ったので。
大筋は変わらないのであまり気にしなくても大丈夫です(予定)。


『先頭は変わらず、ミホノブルボン! そして、その後ろにはライスシャワー! 

 果たしてライスシャワーはミホノブルボンを差せるのか!?』

 

 ライスさんの日本ダービーは惜しくも2着に破れた。しかしその差はクビ差である。本来なら4バ身差で敗北していたのだが、ここまで追いつけたのは私達と共に過ごしてきたからなのかもしれない。

 

「ライスさーん!」

 

 控室に戻ろうとするライスに声をかけた。

 

「アリスちゃん……? ごめんねライス、せっかくスピカの皆と一緒に頑張ってきたのに負けちゃった……」

 

「でもライスさん、最後の直線さすがでしたよ! もう少し長ければライスさんが差し返してたと思います!」

 

 確実にこの一ヶ月でライスさんは強くなった。あのミホノブルボンを射程に収めたのだ。

 

「ありがとう……アリスちゃん。ライス、もっともっと強くなって、ブルボンさんに……勝ちたいの……!」

 

「えぇ! 次の菊花賞、必ず勝ちましょう!!」

 

「……うん!」

 

 負けたのに次の目標の為に頑張ろうとするその姿勢はライスさんらしくて大好きだ。

 

 

 

「……ライスシャワー……」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「……では、本当に?」

 

「はい、本人がそう望んでいますので……私としてはもっと彼女と夢を見たかったのですが、あの子が望むのであれば……」

 

「……分かりました。あなたの夢を、彼女の夢を俺が必ず叶えます!」

 

「……っ! ありがとうございます!! 

 心残りはありますが……よろしくおねがいします!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ライスさんの日本ダービーから暫く時間がたった。

 トレーナーの言うとおり、私の本格化が始まってきた。……身体面はほとんど変化は無いが……

 

 ともかく以前より明らかに食欲が増え、走るときのパワーや速度にも変化が出てきた。

 ちなみに同時期に私のルームメイトであるクラインも本格化が始まりつつあるそうだ。やはり彼女が私の同期兼ライバルか……! 

 

「おーし、お前らちょっとこっちこーい」

 

 トレーナーがチーム全員を呼び集める。

 こんなこと滅多に無いので何が起きるのだろうか? 

 

「全員集まったな? よし! お前達に一つ報告がある」

 

 なんだ、なんだと盛り上がる。

 

「この前、ライスシャワーと一緒にトレーニングしていたの覚えているよな? 

 実は本人からチームの移籍の要望が出て、このチームスピカに入りたいとのことを受けたんだ」

 

 なんだって……!? 

 ありえない展開が起きた。本来、ライスさんはスピカには所属していない。しかも、本人からの要望となるとライスさんが移籍を申し出たと言うことなのか? 

 

「もちろん、ライスシャワー本人とそのトレーナーとの話はもう既に済んでいる。今日は用事の為不在だが、明日からのトレーニングには参加する。

 皆よろしく頼むぞ!」

 

 わーお。それは予想外だった。

 本来ならライスさんはスピカにはおらず、ブルボンさんの菊花賞とマックイーンの天皇賞・春でスピカと関わったくらいだ。

 ……これ、私が関わったからか? 悩んでも仕方ないしとりあえず本人に聞いてみるとするか。

 

 ちなみにスピカの様子はと言うと……

 

「ライスさんとまた一緒に走れるなら楽しみですわ!」

 

 マックイーンは凄く嬉しそうだ。同じステイヤー同士、そして天皇賞・春で戦うライバルとして何か惹かれるものがあるのだろう。

 その他の面々も喜んでいる。短い期間ではあったが共にトレーニングしてきた仲間でもある。

 なんだかシリウスに近づいてきた気もするが気の所為だろう……多分。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 そして、その日のトレーニングが終わりライスさんにこの話を聞くために寮に戻った。

 そしたら丁度ライスさんも戻ってきたようで玄関近くでばったり会った。

 

「あ! ライスさん。丁度よかった。

 トレーナーから聞きましたよ、ライスさんスピカに移籍するって……」

 

「本当だよ、アリスちゃん。ライスね、スピカの皆とトレーニングして凄く楽しかったし、前のライスより強くなれた気がしたんだ……

 も、もちろん前のチームが悪かったわけじゃないよ? でもね……スピカに居るととてと暖かくて……ライスも、もっと頑張ろうと思えたんだ」

 

 そんなことを感じてたんだ。なるほど、本来のライスさんはダービーではもっと差をつけられていた。でもスピカに一時的に所属することで実力以上を引き出すことができた。

 それは果たしてスピカに出会ったからなのかそれとも……

 

「それなら明日からトレーニングに合流する……と言うことで間違いないですか?」

 

「そうだね、明日からよろしくねアリスちゃん!」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ライスさんがチームに所属してからもうすぐ一ヶ月を過ぎようとしていた。

 そろそろ夏も本番になってきて暑いこと暑いこと……

 正直東京の暑さは大変だ。それは私達にとっても同じでトレーニングどころじゃない時もある。

 その為か夏になるとチームごとに合宿で海のあるところに行ったりと、少しでもトレーニングしやすい環境、そして楽しめるような場所で合宿を行うことも多い。

 一応、スピカも毎年合宿をやってはいるがトレーナーの資金的問題なのかあまりいい宿に泊まることはなかった。

 どうせ、今年もそんなもんだろと思っていた矢先にトレーナーから今年の合宿についての話があった。

 

「それ……本当なのですか?」

 

「あぁ、本当だ。俺もさっきたづなさんから聞いてな。

 いやまぁ正直、いつもお前らに食費やらなんやらで財布が軽いから助かるぜ」

 

 トレーナーがたづなさんから聞いた話とは、

「今年から夏の合宿はトレセン学園側が宿とトレーニングの場所を提供する」

 とのことだ。

 

 学園側が用意するとなると……アプリ版でよく見た場所なのかな? 

 どうやら理事長のポケットマネーから資金は出てるようだが大丈夫なのだろうか? よく暴走してる姿はよく見てたがそれでもお金に余裕あるあたり……

 

「それと合宿の期間だが一ヶ月ほど確保されてるらしい。用事などがあって離れる場合とかも連絡さえしてくれれば問題ないとのことだ。

 あぁ、それと合宿は2週間後から始まるらしいから準備しておけよ! 細かいことに関しては……えっとたづなさんからこれを預かったからあとでよく目を通しておいて欲しい」

 

 ……ふむふむ、なるほど。

 学園側が場所を提供はするけどトレーニングやその他イベントはチームごとにすること。基本的には何するにもチームごとになるのか。

 持ち物に関しても特に規制などはないのか。自由な校風で私は好きだぞ。

 念の為、替えのジャージや砂浜用に水着の用意、蹄鉄などを確認しておくか。持ち物も結構多くなりそうだ。

 

「なぁなぁ、アリス。今回の合宿はいつもみたいなところじゃないよな?」

 

「あー、うん。大丈夫だと思うよ。いつもみたいにボロボロの宿じゃないと思うし、部屋もチームごとみたいだからいつも通りにスカーレットとも寝れるよ」

 

「……ボロの宿で悪かったな」

 

 あはは……確かにトレーナーにお金使わせすぎてる私達も悪いよね。でも、活躍するメンバーも増えてきたし少し余裕あるんじゃないんですかね、トレーナーさん? 

 

 まあ、私もトレーナーのお金消費させる側なのであんまりヒトの事言えないんですけどね……アハハ……

 

 ともかく、合宿に向けて準備もせねばならない。忘れ物したら洒落になんないからね。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「うひょー! 今までとは比にならないレベルで綺麗だな!」

 

「ゴールドシップ、少し落ち着きなさい」

 

「わぁかってるよマックイーン。ほら、早く行こうぜ!」

 

「待ってくださいまし!」 

 

 ゴールドシップに振り回されるマックイーン……いつも通りすぎて安心した。

 

「あいつらはとりあえず置いておいて……

 今回はいつもと違って他のチームが居ることは忘れるなよ。迷惑かけるわけにはいかないからな」

 

 今回の合宿は、複数の合宿所に分かれている。リギルとかカノープスとは同じ合宿所ではないようだ。残念。

 だが、私も知っているウマ娘もいるようだ。お近づきできるタイミングがあればよいのだがね。

 

「よし、とりあえず今日は部屋に荷物を置いて片付けておいてくれ。トレーニングは明日からやるからしっかり休んでおくだぞ」

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 チームそれぞれに与えられた部屋、スピカはそこまで人数も多くないので、一つの部屋に全員が入れて寝ることができるだけのスペースのある部屋だった。

 

 こうやってチームの仲間と一つの部屋で過ごすのもまた一つの楽しみだ。今までより豪華な宿なので皆テンションが高い。

 

 楽しむのはいいが、明日からトレーニングあるってこと忘れてないか? ウマ娘の体力ならなんとかなるのかもしれないが。

 さて、私は大人しく明日以降に備えて休むとしますか。



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私らの夢

珍しく二日連続投稿。


 合宿が始まって、一週間経った。

 普段のトレーニングと異なり、砂浜ダッシュや近くの山を登ったりと新鮮な環境でトレーニングするだけで気持ち的にもトレーニングの効果的にも大きな効果が出ているのではないかと思っている。

 

 特に私にとっては純粋なパワーが他のウマ娘達に比べて足りていないのを自覚しているので、普段よりパワーが必要になるこの環境はとてもよいトレーニングになっている。

 

「よーし、お前らそろそろ休憩しろよー? ただでさえ暑いんだから水分補給は大事だからな」

 

「ふぅ……砂浜でトレーニングするだけで結構疲れるね」

 

「それでもいつもとほとんど変わらず走れるアリスも中々よ……」

 

 さすがのスカーレットも疲れきっている。まだ本格化を迎えていないからなのかもしれないがそれでもついてこられるあたり才能なのだろう。

 

 ちなみに私はスカーレット、ウオッカの3人で砂浜トレーニングをしている。他のチームメイトはまた別のトレーニングをしている。

 

「そういえばさ、アリスは来年くらいにはデビューするんだろ? 何か目標とかあるのか?」

 

「あー……」

 

 言われて気付いたが私には明確な目標……それを持っていない。ただ漠然にトレセン学園に入ってトゥインクルシリーズに出たい、それくらいしか考えていなかった事にきづいたのだ。

 

「そうだね……まだ大きな目標はないけど……クラシックの三冠に挑みたいとは考えているかな」

 

「って言うことは三冠バ目指すのか! やっぱりイケてるぜ、アリス!」

 

「そうかな……? 正直今の私じゃまだまだ三冠なんて遠い話だと思うけどね」

 

 三冠目指すって言っても私の適性距離的に皐月賞は少し短い。せめてダービー、いや菊花賞ならワンチャンありそうだ。

 

「そういう二人はデビューしたら何を目指すの?」

 

 まぁ、あらかた回答は分かってはいるけど……

 

「もちろん、アタシは一番になることを目指すわ! そのためにまずはトリプルティアラを取りに行くわ!」

 

「オレはカッコいいウマ娘になりてーんだ! だからオレは強くなるって決めてんだ!」

 

 それぞれ皆、夢を持っているんだ。

 それに対して私は……

 

「うん……二人共いい夢だと思うよ。絶対叶うよ」

 

 この二人だけじゃない。ここトレセン学園にいるウマ娘達はなりたい夢、目標を持ってこのトレセン学園に来ている。『日本一のウマ娘になる』『全てのウマ娘の幸福を目指す』『メジロ家の栄光の為』

 私もデビューも控えてるし何か目標でも決めておこうかな。目標があるだけでモチベーションにもつながるだろうし。

 

「そろそろトレーニング再開しようか」

 

「だな! 特にアリスは来年にはデビューだし今のうちにレベルアップしとこうぜ!」

 

「うん……そうだね!」

 

 その後、ウオッカ・スカーレットと共に地獄の砂浜トレーニングをこなした。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 トレーニングが終わり、着替えて宿に戻ろうとしたらこの町の掲示板を見かけその中に「夏祭り開催の日程」があった。

 開催日はどうやら私達の合宿の最後の土曜日にあるようだ。ほんとに丁度学園に帰る前の日でまるで狙って開催されてるように見える。

 まぁ、まぐれだろうけど。

 

「あ! トレーナーさん、これ見てください!」

 

「どうしたスペ? ん、これは……夏祭りの日程か。おお! 丁度最終日の夜か」

 

「そうですそうです! どうですか、トレーナーさん? トレーニング終わって皆で夏祭りに行くのは!」

 

「そうだなぁ……折角の合宿だ。最後に夏祭りで思い出残すか!」

 

「やったぁ! ありがとうございます、トレーナーさん!」

 

 スペさんがトレーナーに夏祭りの話を持ちかけて、最終日トレーニング後に皆で夏祭りに行くことになった。

 今までこんな機会もなかったし、残りの合宿のモチベーションの維持にもよいだろう。

 

「ア・リ・ス!」

 

「ひょわぁ!」

 

 後ろから唐突に抱きつかれる。あまりにも唐突すぎて自分の声とは思えない声が出てしまった。なんか情けない。

 

「ゴ、ゴールドシップさん!? いきなりなんですか!」

 

「なぁーに、最近のアリスなんだか悩んでるようにみえてな。今も結構神妙そうな顔してたぞ? 何かあったのか? このゴルシ様が相談に乗るぜ!」

 

 はぁ……気遣い上手なこのヒトには敵わないのかな。

 

「ありがとうございます、ゴルシさん。あなたには色々と敵いませんね……でも大丈夫です。これは私の問題なので」

 

「ほんとか〜? アリスが大丈夫って言うなら信じるがもし本当に困ったら相談しろよ? トレーナーとかに相談しにくいことでもこのアタシに相談してくれてもいいんだぜ?」

 

「ゴルシさん結構口軽いのであんまり信用できないのですが……」

 

「大丈夫、大丈夫。本当に大事な事なら流石のアタシでも漏らさないぜ」

 

 まぁ、このヒトのことだ。特に同じチームの仲間であるなら余計大切にしてくれる。影の力持ち的な存在だもんね、ゴールドシップっていう存在は。

 

「はいはい、盛り上がるのはいいが、まだ合宿は続くんだぞ? 

 気を抜くようなことは許さないからな!」

 

「「「はーい」」」

 

 この合宿で私の夢は見つかるのだろうか? なんにせよ今は来年のデビューに向けて頑張りたい。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 合宿最終日、予定通りトレーニングを終え一旦汗を流し夏祭りに行くために着替えた。

 この日は最終日と言うこともあり、比較的軽めのトレーニングだった。

 

 この合宿で少しでも成長できたのかな? 今度学園に戻ったら誰かと併走でもするかぁ。

 

 

 

 

 

「うわー! すごくヒトが多いですね!」

 

「あぁ、地元民はもちろん今回の合宿に来ているチームも来ているみたいだな」

 

 そこまで大きくはないが様々な屋台があり、見応えがある。そしてこの夏祭りの最後には花火が打ち上げられるらしい。

 私は時間を見つけてこの周辺で見晴らしのいい場所を見つけておいたのだ。

 

「よーし、お前らここから自由行動にするがあまり遠くに行きすぎるなよ? 

 それと花火の打ち上げが終わったらまたここで皆集合だ。わかったな?」

 

「トレーナー」

 

「どうした?」

 

「もう皆勝手に行ってますよ」

 

「……」

 

 一応既にこの後の行動については話してあるから多分大丈夫だとは思う……うん。

 

「それじゃあライスさん。行きましょうか」

 

「うん!」

 

 私はこの夏祭りをライスさんと一緒に散策しようと約束していた。まぁ皆それぞれ連れ回してもう勝手に行ってるけど……

 

 私とライスさんはゆっくりと屋台を見て回った。

 射的や輪投げ、綿菓子や色々な食べ物も食べて回った。

 相変わらず大食らいなところもあるライスさんなので物凄い量を食べている。しかも美味しそうに。そこがかわいい! 

 

「あっという間に一周していましましたね」

 

「うん、アリスちゃんと一緒に居るとなんだか楽しくなってきちゃって……」

 

「ライスさんが楽しいなら私は嬉しいです。そうだ! 実は少し前に見晴らしのいい場所を見つけたんですけど一緒に行きませんか?」

 

「えっ? ここから離れちゃうけど大丈夫かな……」

 

「あまり遠くないので大丈夫ですよ。そこからなら花火も見やすいかなーって思うんです」

 

「アリスちゃんが言うなら……」

 

 そして、ライスさんと共に予め見つけておいた見晴らしのいい場所に向かった。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 その場所につくと夜景で非常にきれいだった。

 あまり都会すぎず田舎すぎない町なのでちらちらと輝いている。

 

「綺麗だね……」

 

「空気も美味しいし夜空もよく見える……静かでいい場所だと思いませんか?」

 

「うん……」

 

 二人で近くのベンチに座った。夏祭りの会場、そして町の灯りを見下ろして……

 

「アリスちゃん」

 

「……なんでしょう?」

 

「アリスちゃん、この合宿の間何か悩んでた?」

 

 ライスさんにも見抜かれていたようだ。もしかして私って感情が顔とかに出やすいのだろうか? 

 

「あはは……ライスさんにも心配かけてしまってたみたいですね……私ってそんなに分かりやすかったですかね?」

 

「ううん、そんなことないよ。でも、何となく……上手く表現できないけど……そう感じたんだ」

 

「そう……ですか……」

 

 私は、自身の夢や目標が漠然としていることについて話をした。

 

「ふふ、アリスちゃんも悩むことあるんだね」

 

「むぅ〜……でも、前ウオッカとスカーレットとトレーニングしてた時にそういう話になって言わてみれば……ってなったんですよ」

 

「そうだね……そういうものって難しく考えなくてもいいんじゃないかな?」

 

「え……?」

 

「だって、夢とか目標ってさ変に大きなもの考えるより漠然でもなりたいもの……そういうのでいいと思うんだ」

 

 ……なるほど……私は難しく考えすぎていたようだ。

 夢なんて自分のなりたいもの……それでいいのか……! 

 

「あはは……アハハ……! そうだよ、なんで私はそんなに難しく考えていたんだ!」

 

「アリスちゃん……?」

 

「ライスさん、私決めました。

 私は……マックイーンにもライスさんにも負けないような最強のステイヤーになってこの名を全国に轟かせましょう!」

 

 最強のステイヤー、マックイーンそしてライスさん。この二人に負けないようなステイヤーになる。それが今後の私の目標だ! 

 

「誓いましょう。あの星に」

 

 私は南の空に輝く一つの星を指した。

 私は星には詳しくないから名前は分からない。

 

「ふふ、アリスちゃん元気になったみたいだね。

 ところであの星の名前……分かるの?」

 

「いいえ、全く!」

 

 きっぱりと言い切る。

 すると……

 

「あれはアンタレスよ。さそり座でもっとも明るい星……一等星の一つね」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。この気だるそうに話すのはこの合宿に来ているウマ娘で一人しかいない。

 

「アヤベさんではないですか!」

 

「えぇ……折角一人になろうとして来たのに先客が居るとは思ってなかったわ」

 

 アドマイヤベガ。私がこの場所を見つけたときに知り合ったウマ娘だ。

 

「そんなに嫌そうな顔しなくてもいいじゃないですか……」

 

「そんなつもりはないわよ……?」

 

 アヤベさんは何だかんだ優しいウマ娘だったはずだ。割と嫌そうな顔してたけど満更でもないようだ。

 

「アヤベさんこそどうしてここに?」

 

「オペラオーから逃げてきたのよ」

 

「そうなんですね……折角ここで会いましたしもうすぐ花火も上がるので一緒に……どうですか?」

 

「……仕方ないわね」

 

 私、ライスさん、アヤベさんの三人で花火を待った。

 その後は特に会話はせず、お互いに静かにこの時間を過した。

 

「ライスさん」

 

 ライスさんの肩に軽く寄りかかる。

 

「ありがとうございます」

 

「……うん」

 

 ひゅるひゅる〜……ドーン

 

 花火が始まった。

 こうやってまじまじ見る花火も良いものだ。花火は沢山打ち上げられるわけでも派手でもないが……それでもこうして居る時間が好きだ。

 こういうものって風流……っていうのかな? あまり詳しくはないけど静かに過ごす時間もいいかなって思えたのだ。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 

「ん〜……花火も終わりましたし戻りましょうか」

 

「そうだね、トレーナーさんにも心配かけるわけにはいかないもんね」

 

「アヤベさん、お先に失礼しますね」

 

「えぇ、お疲れ様」

 

 アヤベさんと別れをすませ集合場所に向かう。

 こういう時間が続けばいいのにな……と思ったがずっとそのままになるわけにはいかない。私も前に進まないといけないから。

 

 

 

 その後、皆と合流し宿に戻った。明日には学園に戻るので必要最低限のものを除いてすぐに帰れるように準備した。

 一ヶ月と言う短い期間ではあったが成長できたと思っている。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ライスさん、併走トレーニングしませんか!」

 

「ふぇ? ライスなんかでいいの?」

 

「ライスさんだからいいんですよ。菊花賞も近いですしどうですか?」

 

「うん……いいよ!」

 

 

 

 

 

「相変わらずあの二人仲いいですわね」

 

「まるでアタシとマックイーンだな!」

 

「一緒にしないでくださいまし!」

 

 

 

 

 

 併走トレーニングを終え、二人で反省会をする。

 私も以前よりライスさんについていけるようになった。最後のスパートでどうしても離されてしまうのが当面の課題だな。

 スタミナはあってもそれを活かすスピードとパワーを補わないと今後、クラシックやG1に出走できるようになる前にある程度克服しないとね。

 

「ありがとうございました、ライスさん! また併走しましょうね!」

 

「こちらこそありがとう、アリスちゃん。

 よーし、菊花賞ももうすぐだし頑張るぞ〜……おー!」

 

「おー!」

 

 ライスシャワーの菊花賞まであと一ヶ月。



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そこには悪役はいない

 ライスさんの菊花賞まで一週間を切った。

 ライスさんの追い込みは他のウマ娘と比にならないくらい凄い。

 どんなに厳しいトレーニングでも根を上げずとことん追い込む。これはライスさんだからこそできる芸当なのかもしれない。

 

 そして、菊花賞のライスさんの作戦……それはいつものアレだ。

 

「ライス、菊花賞は……分かっているな?」

 

「はい、トレーナーさん! ブルボンさんについていく!」

 

「そうだ! 今回の菊花賞はミホノブルボン……彼女を徹底的にマークするんだ。今もっとも三冠に近いウマ娘だ。離されなければ勝機は十分にある。

 そしてライス、お前は間違いなくステイヤーだ。今回は3000m……もっとも力を発揮できる距離だろう」

 

 ライスさんは前回の日本ダービーにおいても本来の史実よりミホノブルボンに近づくことができていた。前回のダービーの頃よりも確実に成長しているので今回の菊花賞、どのような走りになるか楽しみだ。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「ライスさーん!」

 

 トレーニング後に寮への帰り道でライスさんを見かけたので声をかけた。

 

「あ、アリスちゃんどうしたの?」

 

「ライスさんも帰りですか?」

 

「うん、トレーナーさんと来週の菊花賞のミーティングやってたんだ」

 

「もうすぐ菊花賞なんですね……時間の流れは早いですね」

 

 そうか……もうすぐなのか。

 ところでそろそろ菊花賞の出走順や人気も分かるかな。確か史実では2番人気にだったかな? そうなると大きな変化はなさそうだ。

 

「ライス、今回は負けないよ。見ていてね、アリスちゃん!」

 

「分かっていますよ。当日の走り、楽しみにしてますよ。

 そうだ、折角なので少し寄り道しませんか?」

 

「どこにいくの……?」

 

「そうですねぇ〜……はちみーでも食べながら軽く歩きましょう。応援の意味を込めて奢りますよ!」

 

 テイオーが大好きなはちみー。学園の近くで販売しているので私も時々買いに行ってた。さすがにテイオーと同じ注文は甘すぎて耐えれなかった。それでもこの身体になってから甘いものは好きになったんだよなぁ。にんじんくらいの甘さがちょうどいい。

 

「はちみー? 確かいつもテイオーさんが飲んでる飲み物……だっけ?」

 

「そうですよ、普通のはちみーなら丁度いい甘さで美味しいですよ。テイオーと同じ注文はさすがに甘すぎてきついよ……

 

 そうして、二人ではちみーを買い街を散策した。

 もう見慣れた街ではあるがこうやって二人でならんで歩くだけでも普段とみている世界が違うようにも感じる。

 

 ただ歩くだけ、どうでもいいことを話しながらまったりした時間を過ごすのもまた一興だ。時々、お店のショーウィンドウを見てこれいいなぁとか会話していた。まるで女子学生みたいなことしてるなって思ったけど今の見た目なら女の子だし間違ってはいない。

 

 

 

 

 

 周囲も黄昏色になり門限も近づいてきたので寮に帰った。

 

「今日はありがと、アリスちゃん」

 

「いえいえ、私は何もしてませんよ! 

 ただこうやってのんびり時間を過ごすのもいいですね」

 

「うん! 最近はトレーニングを追い込んでいたしリフレッシュすることもなかったからいい気分転換になったよ!」

 

「そうですか? えへへ……そう言ってもらえると嬉しいです!」

 

 本番前なのにこんなことしても良かったのか少し不安になったところもあったけど本人が喜んでくれているならよかった。

 菊花賞はテイオーのこともあり思い入れの深いG1レースでもある。そこでライスさんが勝つことができればもしかしたらこのレースは私にとってもかかわりの深いレースになっちゃうなぁ。

 

 

 

「ただいま~」

 

「あ! おかえりアリスちゃん。

 今日は遅かったね」

 

「うん、ライスさんと少し街に出ていたんだ」

 

「え? いいなー僕も行きたかったよ」

 

「これは二人のデートだったからまた今度一緒に行こうね!」

 

 部屋に戻ると既にリラックスモードに入っていたクラインが居た。

 クラインも私と同じく来年デビューになるそうだ。その為か最近はお互いにトレーニングの内容や走りに関する話も多くなってきた。ウマ娘としてアスリートとして私たちは一歩進んだのかもしれない。

 

「そういえば次の菊花賞、ライスさん出るよね?」

 

「うん。それがどうかしたの?」

 

「それなら僕も応援に行こうかな~。ライス先輩には僕もお世話になったし!」

 

「いこいこ! それなら私のチームと一緒に応援しようよ!」

 

 クラインのチームはまだできたばかりのチームなのでまだデビューしているウマ娘は居ないらしい。なので実質来年デビュー予定のクラインが最初になるとのことだ。

 だから基本的にはチームで応援に行くことはないので一人で観戦していたと言っていた。それなら寂しいだろ? じゃあどうせ私のチームが居るから最前席の特等席で一緒に応援しようという考えだ。

 

「ほんと!? じゃあ当日楽しみにしているね!!」

 

 もしもの時のためにできるだけ仲間が多い方がいいだろう。

 多分それは杞憂に終わるかもしれない。なんたって今のライスさんはあの頃のライスさんとは違う。精神的にも能力的にも本来のウマ娘の世界よりも成長しているはずだ。

 

 大丈夫……大丈夫だ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ────京都レース場

 

「ついにこの日が来てしまった……」

 

「なーに不安そうな顔してんだ! シャキッとしろアリス!!」

 

 ぐふぇ! ゴルシさんから背中から思いっきり喝を入れられた。

 普通に痛いんですけど!? 

 

「そうですわよ、あんまり不安な気持ち出ているとそれがライスさんに伝わってしまいますわ」

 

「そう……だね。ごめんマックイーン」

 

 その場に居ないとはいえ、こういう気持ちでいるのは良くないよね……

 信じよう、ライスさんを。

 あの子なら大丈夫。だって、ライスシャワーは強い子だ。アニメでもアプリでも……他のウマ娘の何倍も育成してきた。最推しの子を信じられなくてどうするんだ!! 

 

「そうだよ……ライスは強い……! 最後は見守ることしかできないのが辛いけど信じてあげられなきゃ元トレーナーとして失格だよ!」

 

「どうしたアリス、考えすぎておかしくなったのか?」

 

「ゴルシさんよ、私がおかしいのは元々でしょ? 

 それは置いといて……大事なことを……思い出しただけですよ」

 

「そうか……それなら大丈夫だな」

 

「ええ、そろそろクラインも来ますし迎えに行ってきますね」

 

 予めスピカのメンバーで場所取りはしておいたので後で合流するクラインを迎えに行った。

 

 ヒトも多く探すのに苦労するかと思ったが、毎日同じ部屋で過ごしているし案外すぐに見つけることができた。合流後はそのままチームの元に戻った。

 そしてそのまま菊花賞を始まるのを待った。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 今、私は地下バ場にいる。なぜかって? ライスさんを待っているのさ。

 そのまま観客席で待っていても良かったが出走前に少し話したかったからここに来たのだ。

 

 少し待っていると正面から勝負服をまとったライスさんが歩いてきた。

 

「アリスちゃん……?」

 

「ライスさん」

 

「どうしたの?」

 

 私は一息ついて……

 

「信じてます……必ずここで待ってます。そして……」

 

「うん、見ていてねアリスちゃん!」

 

 最後の一言を言う前にライスさんに遮られてしまった。

 そのままターフに出ようとするライスさんを引き留めた。

 

「ライスさん! ……何があっても私はライスさんの味方です。それだけは……忘れないでください!!」

 

 無言でうなずくライスさん。そのままターフにあがっていったのだった。

 

 

 

 

 

『さあ始まりました、菊花賞! クラシック路線最後の一冠の栄光は誰の手に渡るのか……各ウマ娘ゲートイン完了

 今、スタートしました!!』

 

 遂に始まった菊花賞。

 綺麗なスタートを決めたウマ娘達。その中から二人バ群の前に出てきた。……ミホノブルボンとキョウエイボーガンだ。

 

『キョウエイボーガン、ミホノブルボンの二人で先頭争いだ! 一番人気ミホノブルボン逃げ切ることはできるのか!?』

 

『ミホノブルボン、彼女の脚質には合っていますね』

 

 やはりか……ライスさんは……少し離されているがしっかりとマークしているようだ。

 

『最初のホームストレッチに入ってきます。順位を振り返っていきましょう……』

 

 ふむ……ライスさんは五番手か。その前にマチカネタンホイザ……カノープスの子だっけな? 結局実装前に死んじゃったからどんな子かよくわからないんだよなぁ……

 

『さあ、先頭は変わらず第一コーナーに入ります。一番人気、ミホノブルボンは現在二番手。二番人気、ライスシャワーは五番手です!』

 

 先頭集団はほとんど入れ替わりが起こらずそのまま第一、第二コーナーを回った。

 

 京都の本番はここからだ。第三コーナーに入る前……ラストスパートに入る前にやってくるあの坂をどれだけ失速せずに加速できるかが勝負の分け目になる。

 

『向こう正面、二度目の坂が近づいてきました!』

 

 

 

 ◆

 

 

 

(ブルボンさんについてく……ついてく……)

 

 もうすぐ残り1200m地点から始まる坂に入る。体力は……まだある。ライス……負けないよ……! 

 

(……! さすがに二度目の坂は……! でも、皆がライスのことを信じている。ここで負けたらスピカの皆にも……アリスちゃんにも顔向け……できない!!)

 

 残りの体力を使い切るつもりで坂を上りスパートをかける。ブルボンも同じくスパートをかけはじめていた。

 

(ついてく……ついてく……!!)

 

「はあ!!」

 

 

 

 ◆

 

 

 

 それぞれのウマ娘達が最後のスパートに入っていた。

 順位は変わり、ミホノブルボンが一番手、ライスさんが三番手だ。

 

 これだけ離れていても分かる。あの気迫が……! 

 

『最後の直線に入ります! 後ろの子たちは追いつけるのか!?』

 

『いっけぇー!』

 

 スピカの皆の思いが重なる。いけ、抜けライス! 

 お前なら……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一着はライスシャワー!! ライスシャワーです!!! ミホノブルボンの三冠を阻止したのはライスシャワーです!!!』

 

 歓喜の声もちらほら聞こえるがそれ以上に……

 

「あー……ミホノブルボンの三冠見たかったなぁ」

 

 ……

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。ライスさん」

 

 私はレースを終えた直後、ライスさんの元に向かっていた。

 案の定周りはブルボンさんの三冠を阻止してしまったライスさんへのブーイングも起こっていた。近くで聞こえた分にはゴルシさんがキレていたけど……

 

「……」

 

 こういう時なんて声をかけたらいいの? 

 分からない……ゲームやアニメみたいに決められたセリフなんてない。今ここに居るのはちゃんと生きている存在だ。安直な言葉なんて……

 

「大丈夫だよ……心配しないで……」

 

「でも……!」

 

「ライスね……何となく分かってた。どうしてだろう……こうなる気がしていたんだ」

 

 顔を見せないライスさん。その声は少し震えていた。

 

「ライス……ライスが勝っても誰も幸せにならないのかな……?」

 

「……! そんなことないです! 

 少なくとも……私はライスさんが勝ってくれて嬉しい! 私だけじゃない!! スピカの皆やクライン、ライスさんを応援してくれたみんながいる!!」

 

「アリス……ちゃん?」

 

「あなたは私に夢を与えてくれた。一度だけじゃなくて何度も……! 私は……あなたの喜んでいる姿を、笑っている姿が大好きなんです!!!」

 

「……」

 

 感情的にただただ言葉を吐き出す。私はあなたに幸せでいてほしい、泣いてほしくない。

 例えそれで敵を多く作ろうとも私は……

 

「始まる前にも言いましたよね。私は何があってもあなたの味方です。世界が敵に回ろうが私はあなたについていきます。

 ……だってライス、君は俺の……愛バだったんだから

 

 もしかしたら聞こえていたのかもしれない。わずかに耳が動いたのが見えたからだ。つい我慢できずに漏れてしまった本音。

 

「……ありがとう、アリスちゃん」

 

 静かに立ち上がり私の元に歩いてくるライス。そしてそのままライスは私の胸に飛び込むように抱きついてきた。私の方が少し身長が高いので目の前にはあの大きな耳がある。

 

「ライス……さん?」

 

「……しばらくこのままでいて……いい?」

 

「はい……」

 

 私も腕をライス包むように回した。

 

 

 

 しばらくしてライスが離れると頭があった位置が少しだけ湿っていた。

 

「ごめんね、アリスちゃん。……えっと、もうライス……大丈夫だよ」

 

「……はい」

 

「ウイニングライブもあるから少しだけ休んでいいかな?」

 

「……はい」

 

 ……

 

「ライスさん」

 

「どうしたの?」

 

「ライブまで一緒にいてもいいですか?」

 

「……他の皆は?」

 

「観客席です。私だけ先にここに来ました。あ、トレーナーにもちゃんと伝えていますので安心してください」

 

 そのまま無言の時間を過ごした。全力を出し切ったライスは疲れ切っていたのか控室にあるソファに横になって仮眠を取り始めた。

 私はそのままだと少し寝ずらそうだったので起こさないようにそっと頭を持ち上げ膝枕をしてあげた。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

 気づいたら私も一緒に寝てしまっていたようだ。

 目を覚ますと膝が軽くなっておりどうやら先にライスさんが目を覚ましていたようだ。

 

「あ、アリスちゃん起きた?」

 

 そこにはステージ衣装……いわゆる汎用服に着替えていたライスさんが居た。時間を見るとライブまで30分を切っていた。

 

「あ……ごめんなさい。そろそろライブですね。私は皆の元に戻ります」

 

「うん……ありがと、アリスちゃん

 

 ……そのまま控室を後にする。多分結構小声で言ったのだろう。それでも聞き取れてしまう今の聴覚が不思議に思う。あ~……っていうことは前に呟いた声も聞こえてそうだ。恥ずかしい。

 

 こうまじかにライブ衣装をまじまじ見るとなかなか……うん、アレだ。待てよ? あの服いつか私も着る可能性あるのか? うわ、結構恥ずかしいかも……

 ライブまであまり時間がないのでささっと皆のところに戻ったのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「おかえり、アリス。ライス大丈夫だったか?」

 

「はい。大丈夫ですよ」

 

「そうか」

 

 ライスさんのことを皆心配していたが、彼女が一番信頼しているだろう私だけが彼女の元に行っていた。全員で押しかけるより本音で話せることもあるだろうしね。

 

「ほら、もうすぐしたらライブ始まるぞ」

 

「……はい」

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 ライブの時間になった。観客もミホノブルボンの三冠達成を見たかったためかあまり乗り気じゃない人も多かった。

 だけどその中でもライスさんを応援してくれている人もいたのは間違いない。

 

 ステージにライスさんをセンターにミホノブルボンとマチカネタンホイザが出てきた。そのままライブが始まるかと思うと……

 

『皆さん、今日はライスを……私たちを応援してくれてありがとうございます。今日の菊花賞でブルボンさんの三冠を見たかったファンの方々も沢山いたかもしれません。

 でも……ライスはそれを阻止してしまいました。三冠を期待していたファンの皆様からしたらライスは……悪役(ヒール)かもしれません。でも、こんなライスを応援してくれたファンの方々もいる。

 例え悪役(ヒール)と言われてもライスは……誰かの英雄(ヒーロー)になれたと思っています』

 

『ライスさんの言う通りです。今回私は負けてしまいました。ファンの方々には失望させたかもしれません。でもこの世界は勝負の世界です。だれが勝つか負けるかなんてわかりません。なのでライスさんを責める理由はないです!』

 

『ブルボンさん……?』

 

『ライスさん、今日の走りはさすがでした。また、戦いましょう』

 

 ライスさん……昔のライスさんのままならこんなことをこの場で言えなかったと思う。堂々としているライスさんを見ると成長しているんだと感じた。

 ……蚊帳の外気味のマチカネタンホイザは置いといて……え? 何、この状況って顔してて可愛い。

 

「ああ……そうだな、ライスシャワーばっかり責めても仕方ないよな……」

 

「正直ミホノブルボンの三冠を見たかったけど……いい走りだったぞライスシャワー!」

 

 周りの反応も変わってきた。いい傾向だ。

 

「ライスいいこと言うじゃねぇか」

 

「えぇ、普段はかわいらしいのにこんなにもかっこよく見えますわ」

 

 チームの皆も、観客たちも数刻前の反応と変わっていた。その場にいた全員がライスさんを、その勝負の勝利者を称えている。

 そしてそのままウイニングライブに入っていったのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「いや~、あの日は本当にすごかったよなぁ。なぁライス!」

 

「ふぇ!? あ、ありがとうございます? ゴールドシップさん」

 

 菊花賞から皆のライスさんを見る目が変わった。あのまま終われば悪役(ヒール)と言われて終わっていたかもしれない。だけどあの日、多くの人の見る目を変えた。その姿は……

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「お、アリス丁度良かった。今時間あるか?」

 

 たまたま学園内を歩いていたらトレーナーに声をかけられた。トレーニングの時間以外はトレーナー室に籠っていると思っていた。

 

「はい、大丈夫ですよ。どうしましたか?」

 

「ああ、お前のデビュー戦の時期が決まったぞ。1月の京都だ!」

 

「えっ? ……えぇー!!」

 

 唐突のデビュー戦の話、驚かないのも無理はない。

 待てよ? もう12月だしあと一か月しかなくないか? ……トレーナーよそういうのはもっと早くだな……という文句は言えないな。

 

 テイオーの有馬は……なんとかなるだろう。デビュー戦までしっかりとトレーニングしなければならないな。よーし、頑張るぞ~おー!




アリスシャッハの前世の頃の秘密①
実はライスシャワー名手持ち


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第二章 ジュニア期
デビュー戦に向けて


 唐突のデビュー戦が決まった報告をトレーナーから受けて一週間。

 トレーナーに

「アリス、お前なら走りならなんとかなる。だがそれ以外……パドックの見せ方やゲート練習、ライブの練習を中心にやるぞ」

 と言われたのだ。

 

 確かにレース展開とかは今まで色んな子達を見てきたからある程度はわかるが……自分の走りと合わせないと難しくない? とは思う。

 トレーナー曰くレースに出ることで学ぶことが一番手っ取り早いとのことだ。一理ある。ただジュニア期だと最長2000mしかないからどうするのかとトレーナーに尋ねたところ

「なら2000mのレース全部出るつもりで行けばいいだろ?」

 ……? この人は何言ってるんだと思ったがそもそも2000mのレース自体も少ないので出れるだけ出たほうが私の成長にも繋がるだろう。そしてあわよくばジュニア期最長のG1レース……ホープフルステークスに出走できるかもしれない。

 

 

 

 トレーナーに言われた通りに普段のトレーニングをこなしながら他の練習をやるのは思ってたより大変なものだ。

 

「ふにぁ〜……」

 

「今日も疲れてるね」

 

「やること多すぎてうちのトレーナー、結構詰め込んできてるからね……」

 

 寮に戻りベッドにそのまま倒れ込んだ。ここ最近このような状態なのでルームメイトのクラインに心配させることも多くなった。

 

「そういやクラインはいつ頃デビューとか決まったの?」

 

「僕? 僕は6月頃だよ〜」

 

「時間あるの羨ましいよ……先にデビュー決まってる身から一つアドバイスあげるよ。早めにこういうのは用意しておいたほうがいいぞ……ガク」

 

「お〜い? 大丈夫かーい? ……し、死んでる……!?」

 

「死んでなーい!」

 

 正直ボケに付き合う体力はないが無意識で身体が動くんだなこれが。

 

「疲れてるのは分かるけど夕飯ちゃんと食べた? お風呂入った?」

 

「クラインは私のお母さんかな? ……まあ、とりあえず最低限の事は済ませたよ」

 

 流石にトレーニング後は汗臭いだろうしお腹もめちゃくちゃ空くので部屋に戻るより先に終わらせている。だって戻ったらもう動けなくなるの分かってるから……

 

 ともかく一日やることが終わればそのままベッドに倒れ込み大体はそのまま夢の世界へと行っているのだ。

 

 

 

 ──────────

 ──────

 ──

 

 

 

 目覚めるとそこはとても広い草原の上に居た。

 そこは何度も、昔から時々見てきた景色だ。最近はこの景色を見る機会も減った気もする。

 

 周りを見渡すといつも居るはずの()()()が居ない。どうしてだろう? 今までなら近くに居たはずなのに……? 

 

 そうやって不思議に思って考えていると後ろから()()が走ってくる音が聞こえた。()()()トップスピードを維持したまま私を追い抜いていった。

 私は無意識に()()を追いかけていた。それは私の意思ではない。本能的に追いかけていたのだ。

 

(速い……!)

 

()()()追いかけてるうちに私は何故か()()()追いかけなければならないと思った。追いつきたい、追い抜きたい。追い抜かなければならない。でも()()()()()は私よりも速く駆け抜けている。どうあがいても追いつけない。速すぎる。こっちはもう体力の限界だ。

 

 私は前を走っていた()()()()()を追うのを辞めた。いくらスタミナに自信があるとはいえあのスピードで走り続けていて疲れないのだろうか? 

 

 そのまま芝生の上に寝転がる。透き通ったその青空はとても綺麗だった。雲一つない晴天、温かい風が気持ちいい。

 

「はぁ……はぁ……きっつぅ……何あれ速すぎだしどんだけスタミナあんのよ……」

 

 いつもは近くに居るだけだったあの子が何故いきなり本気で走ったのか? 私に何を見せたかったのだろうか? 

 疑問は尽きないが夢の中なのに疲れてしまった私はそのまま意識が遠くなるのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ふわぁ〜……んっ……いつもより少し早く起きちゃったか」

 

 目が覚めると時計の針は5時過ぎあたりを指していた。夢を見ていたようだがあまりはっきりとは覚えてはいない。ただ、いつもと違ったとくらいしか……

 

 二度寝してもいいが最悪起きれない可能性もある。いつものランニングの時間まで余裕あるし少しSNSでも見ることにした。

 私は普段はウマッターしか使わない。一応ウマスタグラムのアカウントこそ作ってあるがほとんどが他のウマ娘達の投稿を見るようだ。前世の頃に同じようなSNSでもツイッターしか使わなかったから似たようなSNSであるウマッターは使いやすい。あとオタクの同士を探すのも一つの楽しみだったりする。

 

「あ、昨日見損ねたウマ娘ちゃん達の投稿見とかないと」

 

 色んなウマ娘達の投稿を見るのは楽しい。可愛い自撮り写真や食べ物などの写真など色々見るだけでも生きている価値を感じる。

 

 ちなみに私のおすすめはアヤベさんの夜景、カフェさんのコーヒーに関する投稿とか……あ、あとサクラチヨノオーさんの格言あたりも見てて面白い。

 実は最近マルゼンスキーさんに絡まれることが増えて(ライスさん関係で……)そのついででチヨノオーさんと知り合いにもなれた。あの世代の子達も中々癖があって面白い。マルゼンスキーさんもよくしてくれるのですごく助かっている。時々発言が古くて理解できないこともあるのでしっかり勉強しないと……

 

 と、SNSを巡回していたらランニングの時間が近づいていた。

 

「もう、こんな時間か。おーい、クラインそろそろいつもの時間だぞ〜」

 

 前までは早朝ランニングは一人でしていたがある日、

「僕も一緒に朝からのランニング付き合ってもいい?」

 と言われそれ以降ほぼ毎日二人で走るようになっていた。

 

 一人で走っていた頃と違って二人で居るだけで今まで見ていた景色と異なって見えた。共に同じ道を目指す友でありライバルでもある。そんな仲間がいるだけでも私は嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 早朝ランニングを終えるとかいた汗をシャワーで流し制服に着替えて朝食に向かう。

 流石にオグリさんやスペさん程ではないが昔の私が見たら驚くくらいにご飯の量が増えていた。ここの食堂のご飯が美味しいのもあるけど明らかに本格化前に比べて燃費が落ちた気がする。その代わりにどれだけ走っても走り足りないと感じてしまうほどだ。

 

「あ、おはようございます! アリスちゃん!」

 

「スペさん、おはようございま……す? 相変わらずの量ですね……」

 

「そうかなぁ〜? アリスちゃんも中々の量だと思うよ」

 

「スペさんやオグリさん、ライスさんほどじゃないのでまだまだましですよ?」

 

 朝からどこにそれだけの量のご飯が入るのか疑問に感じるような量をたいらげる。ちなみにオグリさんに至ってはよそ見していたら何故か減っていたはずのご飯が復活していることもあるのであのヒト程の化け物はいないのかもしれない……

 

「そういえばアリスちゃんのデビューももうすぐなんだね……」

 

「ですね〜。転入したてのスペさんが一週間でデビューさせられた時よりはましかもしれないですけどそれでも詰め込みすぎなんですよね」

 

「あはは……確かに私のときはパドックの見せ方もライブのダンスの練習もしてなかったもんね」

 

 時が流れるのは早い。あのときのバタバタ感がつい最近の様にも感じるけどもうかなり時間が経っていると感じたのだった。

 

 その後、朝食を終えた私達は登校の準備をしていつもの日常に向かった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 デビュー戦まであと一週間を切った。

 地獄の様な毎日を過ごしていますが私は元気です。と言う冗談は置いといて私は元々アプリで何度もダンスを見てきたのもあって比較的すぐ踊れるようになったしパドックの見せ方もあっさりできるようになったので最近は殆どの時間をトレーニングに回せるようになっていた。

 

「おーい、アリス居るかー?」

 

「何ですかトレーナー」

 

「今度のデビュー戦の出走表が出たぞ!」

 

 そう言われ一枚の紙をトレーナーから貰った。

 出走者は全員で9人、私はと言うと……大外の9番だった。

 

「大外かぁ……」

 

「大外は内よりもスピードが大切だからな……お前なら大丈夫だろ?」

 

「なんて楽観的な……」

 

 まあ内でバ群に飲み込まれて差し返せないよりましかもしれない。作戦としては後ろ気味について少しずつスピードを上げて一気に差す方が良さそうだ。

 

「で、トレーナー他の娘達の得意な脚質とか作戦とか何か分かりますか?」

 

「ん〜……まだデビュー前の娘達だから正直情報は少ないんだよな。ただ普段の練習からある程度予測は立ててはいるぞ」

 

「さすが私達のトレーナーっすね」

 

「今日のトレーニング終わったら少し話をしたいが時間大丈夫か?」

 

「はい、問題ないです」

 

 そしていつものトレーニングを終えたあとトレーナー室に向かっていると

 

「はぁい、お嬢ちゃん少し時間あるかな?」

 

「マルゼンさん? どうしましたか?」

 

 まるで待ち伏せしていたかのようにマルゼンさんが声をかけてきた。

 

「また私のかわいい後輩ちゃんがデビューするって分ったから挨拶がてらに来ちゃった☆」

 

「本番は今週末ですよ……」

 

「実は今週末応援に行きたかったけど用事が入っちゃってね……先に応援の言葉を伝えようと思ったのよね!」

 

「そうなんですか……それなら仕方ないですね、ありがとうございます!」

 

 うちのチームでもスペさんとライスさんもお世話になっているウマ娘だ。後輩思いの優しいヒトだけど少し古いっていうか……地味に流行が遅れてるところが個人的には好きだったりする。

 

「うんうん! 元気そうで何よりだわ。ここ一ヶ月かなり詰め込んでトレーニングとかしてたらしいから大丈夫かなって思ってたけど大丈夫そうね!」

 

「確かに大変でしたけど楽しかったですよ。ついに私もトゥインクルシリーズにデビューできる! って思うだけで頑張れました」

 

「なら良かったわ! この後何か用事ありそうだしこれ以上時間を取るわけにはいかないわね。それじゃあまたね〜!」

 

「はい! お疲れ様です、マルゼンさん」

 

 マルゼンさんに会って少しだけ元気を貰えた気がする。本当に不思議なヒトだ。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「……と言う感じだ。大丈夫か?」

 

「はい、これだけあればとりあえずは十分だと思います」

 

 トレーナーが事前に集めていた同じレースに出走する娘達の情報を貰った。逃げ・先行よりの娘達が多いようだ。ならばハイペースの消耗戦になる可能性もあるだろう。同期と比べればスタミナに自信がある私からしたら消耗戦に持ち込み豊富なスタミナで粘り勝ちしやすいと思う。……まだやってないからなんとも言えないけど。

 

「多分だが、前よりでの戦いになるだろうからかなりの消耗戦になるだろう。でもその条件ならスタミナがある方が有利だ。あとは分かるな?」

 

「もちろんです。トレーナー」

 

 トレーナーも同じ考えだったようで私の強みを活かしやすいだろう。

 

「後ろから行くお前はまずはスタート直後にできるだけ離されないようにしておけよ。あまり離されすぎると後半追いつくのが大変だからな」

 

 ふーむ……確かにあまり離されるといくらトップスピードで追いかけても追いつかない可能性もある。気を付けないと。

 

「ありがとうございます。トレーナー」

 

「なんだ? 俺はトレーナーとしてあたり前のことをしたまでだ。大事な教え子でもあるからな!」

 

「そうですね……ふふっ、それでは私は帰りますね!」

 

 そのままトレーナー室をあとにする。今週末の本番に向けて必要な情報は揃った。あとは本番のデビュー戦でしっかりと勝って帰ってくるだけだ。

 まずは私がこのトゥインクルシリーズで走るための第一歩だ。必ず勝とう、この脚で。




1〜3話まで少し文章弄りました。
とりあえず10話くらいまで手を付けたいと思っています。


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ついにメイクデビュー!

リアルが忙しくてめちゃくちゃ更新遅くなりました。
暫く更新速度落ちるかもしれません。本当に申し訳ない……


「あ〜〜〜……」

 

 ついに来てしまったメイクデビューの日。今日までトレーニングを積んできた私は万全の状態なのだがいざその日を迎えるとめちゃくちゃ緊張する。緊張しすぎてやばい。

 

「落ち着け……! 今まで頑張ってきたんだ……私なら大丈夫!」

 

 誰もいない控室で自分を鼓舞する。まだ時間があるとはいえ集中する為に早めに準備をしていた。まあこんな状態なら集中するもないが……

 

 ピコン

 

 携帯の通知音が鳴った。誰からかなと思い確認するとマルゼンさんから謎のメッセージが届いていた。

 

『89-5110』

 

 ……? 数字? 何かの暗号なのか……? いや待てよマルゼンさんの事だから何か意図でも……? 

 とりあえず意味が分からないのでありきたりの返事をしておいた。

 

「『ありがとうございます。頑張ってきますね!』っと……

 ん……? 気付かなかったけど何件か通知来てる……」

 

 マルゼンさんのメッセージが来てから気付いたのだが数件LANEにメッセージが届いていたのだ。

 

「どれどれ……タキオンさんにデジタルさん……チヨノオーさんからもだ……」

 

 アグネスの二人とチヨノオーさんとは珍しい。内容は……

 

 タキオン

『やあ、今日がデビュー戦だって聞いたよ。これもまた一つの縁だ。時間があったからカフェ君と一緒に応援に来ているよ。君の活躍楽しみにしているよ。あ、それとまた今度実験に手伝ってもらいたいのだが時間のある日を教えてほしい』

 

 まあ……あのヒトらしい文章だ。どうやらカフェさんも一緒に来てるみたいである意味珍しい状況だ。

 

 デジタル

『アリスちゃん! 今日デビュー戦と聞きましたよ! 同志たるもの応援に行きたかったのですが……! あいにく本日は手を離せなくて申し訳ない……トレセン学園の方から応援してますのでアリスちゃんの全力、見せてくださいね!』

 

 んんっ! デジタルさんありがとう……! いつもお世話になってたからこちらも走りで応えなければ! 

 

 チヨノオー

『いきなりすみません! さっきマルゼンさんからアリスちゃんが今日走るって聞いたので連絡しちゃいました! まだ出会って日は浅いですけど同じトゥインクルシリーズを走る者としてせめてもの応援をしたいと思っています!』

 

 これは珍しくチヨノオーさんからのメッセージだった。どうやらマルゼンさんが話したことで知ったようだ。……待てよ? チヨノオーさんならさっきのマルゼンさんの暗号分かるのでは……? 

 

『ありがとうございます。それと先程マルゼンさんから謎の暗号が届いたのですが意味わかりますか?』

 

『ああ! 私も前レース出るときにそのメッセージ届きましたよ! 確か……「バッチグーファイト」だったと思います。聞いた話ではポケベル? の暗号みたいですよ!』

 

 ポケベルって……いつの時代だよとツッコミたいがマルゼンさんだからと考えたら納得しかなかった。

 

 こうやって応援のメッセージを貰うだけで少しだけ気持ちが楽になった気がした。

 

 

 

 コンコンコン

 

 

 

「入るぞ」

 

「トレーナー……?」

 

「よっ! そろそろ時間だが大丈夫か?」

 

 心配だから見に来てくれたのか……

 

「はい、たぶん……大丈夫です」

 

「そうか……俺もお前なら大丈夫だと確信しているぞ」

 

「どこからそんな自信が湧いてくるんですか……」

 

「今までのお前を見てきたから言えることだよ。そしてお前は俺の大事な教え子だし大切な愛バの一人だからな!」

 

 いい笑顔で恥ずかしいことをさらって言っていくあたり私達のトレーナーらしい。

 そこまで信頼されてるなら余計負けるわけにはいかないよな! 

 

「ふふっ……ありがとうございます、トレーナー。緊張はしてるけどそれでも負けるつもりはないですよ。チームの皆と見ててくださいね!」

 

「……ああ、行ってこい!」

 

 右手を掲げ静かな返事をする。そして私はそのままパドックの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『いい仕上がりですね、これは好走を期待できますよ』

 

 パドックの裏で出番を待つ。私の枠番は9番なので一番最後だ。他の娘達も気合が入っていて負けられないって気持ちがよく伝わってくる。

 

「すぅ〜はぁ〜……よしっ!」

 

 あっという間に私の番が来た。

 

『それでは今回の一番人気、9番アリスシャッハです。あのスピカに所属しているということもあり、圧倒的な人気ですね』

 

 一応控室に居たときには自分の人気は確認していたがいざ一番人気と考えると緊張もやばい。

 一番人気に押された理由も「スピカに所属しているから」と言うことらしい。まあ確かにあれだけの功績を残してきたチームに居るってだけでそこから出てくる娘なら……って感じなのかな……? 

 

『そうですねぇ、サイレンススズカやスペシャルウィーク、メジロマックイーンにトウカイテイオーが所属してるチームだけあってそれだけ期待されてるのでしょう』

 

『仕上がりも素晴らしいですね』

 

 パドックから見る景色は不思議な感じだ。

 周りを見渡すとチームメイトと応援に来てくれたクラインの姿も見えた。カフェさんとタキオンさんも居るらしいがパドックからでは見つけることができなかった。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

 地下バ道を歩いてターフに向かう。ここまで来てしまえばあとは走ってくるだけだ。

 ターフに出るとスタンドに沢山の観客が居た。今日は大きなレースもあるわけでもないのにここまでヒトが集るということからやはりこの世界での競バというものがれっきとしたスポーツの一つだと実感した。

 京都の2000mはスタンド前から始まるので余計観客達が近くに感じるのだ。

 

「アリスー!」

 

 スタンドから聞き慣れた声が聞こえた。

 

「クライン……」

 

 まだ出走まで僅かに時間があったので少しだけ会話をした。

 

「デビュー戦、頑張ってね!」

 

「もちろんさ、ここで勝って次はクラインがデビューするんだよ!」

 

 クラインと一言交わしゲートへと向かった。

 正直私はゲートの事はあまり好きではない。元々狭いところは苦手意識は無かったのだが自分が思っていたよりも苦手なのかもしれない。……いや、これはウマ娘として、元のウマが苦手だったのかもしれない。

 

「ふぅ〜……」

 

 息を整えてゲートイン。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了。出走の準備が整いました!』

 

 ガチャコン

 ゲートが開くと同時に私達は飛び出した。

 

『今、スタートしました!』

 

 私は予定通りにバ群の少し後ろめについた。

 

『さぁ、各ウマ娘第一コーナーに入ります。一番人気アリスシャッハは最後尾からレースを行います!』

 

『デビュー戦なのでウマ娘達の実力は未知数なのでこれからが楽しみですね!』

 

 京都レース場は第三コーナーの前に約4.3mの坂がある。所謂淀の坂と呼ばれており、この京都レース場の大きな特徴でそれ以外は比較的平坦だ。

 

(そこそこのハイペース……消耗戦ならこっちのもだ!)

 

『第二コーナーを抜け向こう正面に入ります。どうでしょう、この展開?』

 

『4番、8番の娘が先頭争いしてますね。そしてその後ろに3番、2番、5番、1番、6番、7番、そして最後尾に9番アリスシャッハです。バ群も先頭から10バ身ほど開いています』

 

 コーナーを抜けると先頭から縦長の展開になっていた。先頭の娘達がしのぎを削りあっている。

 

(さぁ……ここからだよ!)

 

 私は少しずつペースを上げ始める。淀の坂に入る前に少しでもスピードを上げておきたいのだ。

 

『おっと! アリスシャッハ、ペースを上げ始めたぞ! 掛かっているのか!?』

 

『早めのスパートかもしれませんね。体力が持つか心配です』

 

(行くぞ……!)

 

 淀の坂に入る。

 

(くっ……思ったより坂が急だ……! でも止まるわけにはいかない!)

 

 持てる力を持って坂を駆け上がる。他の娘達も負けじと付いてくる。

 あっという間に1000m地点を過ぎた。最初に比べて坂の緩急も緩くなり少しだけ走りやすくなった。……まぁこのあと急な下りが来るんですけどね……。

 

『アリスシャッハ、少しずつ位置を上げ既に4番手まで迫ってきてます! このまま先頭まで躍り出ることができるのか!?』

 

(もっと……もっと速く!!)

 

 スタミナが持つ限り加速しろ。まだだ、まだ伸びろ!!! 

 

『第三コーナーに入り各ウマ娘、スパートをかけ始めました!』

 

 私は3番手に上がり先頭の二人を追い抜くために追い抜き体勢に入る。

 

『第四コーナーを周り依然として先頭は4番8番が争っているぞ! そしてアリスシャッハ、大外から先頭のウマ娘に迫っている! 後ろの娘達も間に合うか!?』

 

 いけ、止まるな。どこまでも駆け抜けろ。

 

「はあっ!」

 

 最後の直線。直線自体はあまり長くないのでできるだけ早めに抜きたい。

 

「まだだ……まだ行けるっ!」

 

 スタミナもあまり残ってない。肺が締め付けられるよう苦しい。でもこのレースは負けられないんだっ! 

 

『残り200m、アリスシャッハ先頭に並んだぁ!』

 

「たぁっ!」

 

『アリスシャッハ先頭に躍り出た! そのまま後続を引き連れてゴールイン! このメイクデビューの勝利を飾ったのは9番アリスシャッハでした!! 続いて2着、8番。3着は4番です!』

 

「はぁ……はぁ……」

 

 今の持てる全力を出し切り走りきった。掲示板を見ると1着に9と言う数字が表示されている。本当に勝ったんだ。

 

 スタンドの方を見ると観客の拍手が聞こえた。チームの皆も喜んでいる姿が見えた。

 私はそのままスタンドの方に一礼し、ターフの上を去って控室に戻った。

 

 そのまま地下バ道を歩いているととあるウマ娘に出会った。

 

「やあ、今日の走りとても素晴らしかったよ!」

 

「……お疲れ様です」

 

 アグネスタキオンとマンハッタンカフェだった。レース前に今日この場に来ていると連絡が確かきていたはずだ。

 

「ありがとうございます……どうしてここに?」

 

「なに、少しばかり君と話がしたくてね。調子はどうだい?」

 

「走り終わって疲れている以外は特になにもないですよ」

 

「……そうか。ならいいんだ。そうだ、今度君にまた飲んでほしいものがあって……」

 

「タキオンさん」

 

「おっと、すまない。あまり時間を取らせるつもりはないよ。君の仲間が待っているから行きたまえ」

 

「……? はい、それではまた学園で」

 

 そのまま私はその場を去っていった。

 

「……カフェ君、今の彼女を見て何か感じたかね?」

 

「いえ……特に何もありませんね。でもまだあの子は……不思議と惹かれてしまいます」

 

「……そうかい。それは私も同じだよ。何故だか分からないが私も惹かれてね……本当に不思議な子だよ、彼女は」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「おめでとー! アリス!」

 

「皆……! ありがとうございます!」

 

 控室に戻るとスピカの皆が待っていた。そしたらゴルシさんには急に抱きかかえられ今日の主役はお前だと言わんばかりに盛り上げられた。

 

「いやー、アタシはお前ならば勝てると思っていたぜ!」

 

「いや、あの!? いきなり抱えあげるのやめてください!」

 

「なんだよ〜今更照れるなよ? ほら、今日の主役はお前なんだぜ?」

 

 いやこれ普通に恥ずかしいよ!? これだからゴルシさんは! 

 

「ゴールドシップさんの言うとおりですわ! 今日の走り、見事でした」

 

 マックイーン、君まで……この祖父にこの孫あり……なのか? 

 

「ほらほら、そのへんにしとけよ? アリスはこのあとウィニングライブもあるんだからそっちの用意もしないといけないだろ?」

 

「そ、そうですよ! だから今すぐ、降ろしてください!」

 

「んだよ〜まだ時間あるだろ? んま、アリスがそう言うなら仕方ないか」

 

 そっと降ろしてくれるあたりゴルシさんらしいっていうか……さすがにいきなり抱えあげられると驚く。

 

「ともかくアリスの祝勝会は後日やるとして……ライブ、大丈夫か?」

 

 ライブの練習ならしっかりとやってきたしましてや踊りはあの頃見てきた動きと同じなので頭に入っている。

 

「はい! しっかりと準備してきたので大丈夫ですよ!」

 

「そうか、ならいいんだ。まだライブまで時間あるからな、しっかり休んでおくだぞ?」

 

「はーい!」

 

「ほら、お前ら先にスタンドに戻るぞ!」

 

 そうやってトレーナーは他の娘達を連れて戻っていった。

 控室に戻った瞬間から割と忙しかったが祝われるのは嬉しかった。仲間って……いいものだなぁ……

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ふぅ……ちゃんと着れたかな?」

 

 ステージ衣装……通称汎用服と呼ばれていた衣装を身にまとい鏡の前で最終チェックをしていた。

 ライブで踊りやすいようにか装飾も必要最低限なので着替えるのには手間取らなかったが……

 

「う〜む……やっぱり気になる……」

 

 前にも気にしていたのだがやはりこの衣装の特徴でもあるへそ出しの部分が気になる。どうしてこういう設計にしたのか製作者に小一時間ほど問い詰めたいがそれをやるわけにはいかない。

 見ている分にはいいのだが実際に自分で着ると考えるとどうか? 普段からこういうへそ出しの服を着ていれば何とも思わないだろう。

 

 コンコンコン

 

「はーい」

 

「あの……ライスだけど……入っていいかな?」

 

「はい、大丈夫ですよ!」

 

 ライスさんが私の控室に来てくれた。

 

「少しだけお話したくて来ちゃったけど大丈夫だったかな?」

 

「はい! むしろライスさんなら何時でもどこでも歓迎しますよ!」

 

「えっ……? あ、うん……ありがと……?」

 

 なんか少し引かれた気もするけど気のせいだろう。

 

「ところで話ってなんですか?」

 

「うん……今日ね、アリスちゃんの走りみてライスもまだまだ負けられないって思ったんだ……アリスちゃん……ライスからの宣戦布告だよ。アリスちゃんがシニア期に上がってきたとき……ライスと戦おう」

 

 ……ライスさんからこういう提案をされるのは予想外であった。シニア期か……今がジュニア期だからまだ先になるがライスさんと戦えるなら……

 

「いいですよ……3年後の春の天皇賞……ここでどうですか?」

 

 マックイーンと対をなす最強のステイヤーと名高いライスシャワーに対して天皇賞・春で戦う以上にいい場所はないだろう。

 

「うん……!」

 

 まだまだ遠い未来ではあるが大丈夫なヒトとの約束だ。必ず守るさ。

 

「あ! そろそろ時間なのでステージに向かいますね!」

 

「もうそんな時間なのね……初めてのライブ、頑張ってね!」

 

「もちろんですとも! 私のライブしっかりと見届けてくださいね!」

 

 にっこりと笑顔をライスさんに向け、私はライブが行われるステージへと向かった。

 

 

 

 

 

 ついに私達のライブの時間になった。もうここまで来ると緊張してるとか言えない。

 

「ふぅ〜……よし! 行きますか!」

 

 

 ライブの曲は何度も聞き慣れたMake debut! だ。全力で楽しんでこようじゃないか! 

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「いい、ライブだったぞー!」

 

「アリスちゃんこれからも応援するね!」

 

 ライブが終わりステージから降りようとすると観客から様々な声が聞こえた。私を応援してくれる声に、一緒にライブをした娘達にも多数の応援の声が届いていた。

 

『ありがとうございます! 私達はこれからも頑張っていきますので応援よろしくおねがいします!!』

 

 私達がレースに出られるのはファンのおかげでもある。ファンを大切にしておくことも私達にとって大事なことだ。応援してくれるファンに対してライブ等でお返しをする……どちらもwinwinの関係だ。

 今までは応援する側だったのだが応援される側になると応援されてるってだけで力になる気もする。ファンの大切さも学ぶいい機会にもなった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 後日、トレーナーと共に今後のレースについての相談をしていた。

 

「うーむ……暫くはOP戦で経験を積みたいと……」

 

「はい。重賞の方に挑戦してもいいですけどもっと経験を積みたいと思ってるんです」

 

 まずはしっかりと下地を固めたい。レース展開についても学べる上にファンの獲得にも繋がる。ここである程度のファンを獲得しておけば後々役に立つだろう。

 

「分かった。出るレースはこっちが決めても大丈夫か?」

 

「はい、それでお願いします」

 

「おう! 任せとけ!」

 

 まだまだデビューしたばかりだが、ここから私のトゥインクル・シリーズでの戦いが始まるのだ。

 私にも自分の未来は分からない。だって私と同じ名前の馬は聞いたこともないからだ。だが、今後何が待ち受けていても乗り越えてみせよう!



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姉妹

 4月、それは新入生が新たに入ってくる季節だ。今年も多くの新入生がやってくる。

 だが、今私にとってはそれ以上に大きな問題(?)があった。

 

 それは先月のレースで勝利を収めた後のある一本の電話がかかってきたことから始まる。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「アリス、お疲れ様」

 

「とりあえず今日も勝てて良かったです」

 

 私はとあるOPのレースに出走して後続に2バ身つけての勝利だった。デビュー戦の頃よりもいいレース運びができたと思っている。

 

「次のレースだが暫く期間が開くがそれまでにもっと実力をつけるぞ!」

 

「はい!」

 

 プルル

 すると突然私のスマホが鳴った。画面を見て見るとそこには母さんと表示されていた。

 

「すみませんトレーナー、母から電話がかかってきたので出ても大丈夫ですか?」

 

「ああ、構わないぞ」

 

 基本的にウマ娘は人間と違って耳の位置が高い。そのため普通のスマホでは人間の頃のようには扱えず大体はスピーカーに切り替えて電話をすることが多い。周りのヒトに会話を聞かれるのは最初こそは抵抗があったがさすがに何十年もウマ娘として生きてきたら慣れたものだ。

 

「もしもし? どうしたの母さん?」

 

『今日はアリスに報告があって電話しちゃた☆

 っとその前に今日のレース、優勝おめでと!』

 

「あ、うん。ありがとう。ところで報告って何?」

 

 何となくだが予想はついているんだが……

 

『本当はサプライズにしたかったけどあの子も東京は慣れてないから先にアリスにちゃんと伝えておいたほうがいいかなって思ってね。ほら、東京って広いし迷うでしょ? だからサポートをしてほしいなーってね!』

 

 あー……やっぱりか……

 

「それはつまりエシリアがトレセン学園に合格したということかね? ねぇ!?」

 

『察しがいいね! さすがあたしの娘だよ!』

 

「大丈夫? あの子私と離れてる間にシスコン悪化させてない?」

 

『多分大丈夫よ!』

 

 うわ〜……めちゃくちゃ心配なんですけど……

 

「分かった……とりあえずあの子がこっちに来るときまた連絡してよ。迎えに行くから」

 

『了解よ! あ、もしかして今トレーナーさんも近くにいるの?』

 

「えっ? うん、今一緒に控室に居るけど……」

 

『あら、それなら……トレーナーさん、まだまだデビューしたてですけど今後もうちの娘をよろしくおねがいしますね』

 

「ええ、任せてください。必ずG1に勝てるウマ娘にしますよ!」

 

 頼もしすぎるぞ、我がトレーナーよ。

 

『私の娘が選んだトレーナーですからね……きっと大丈夫でしょう。

 それじゃあ、伝えたいことは伝えたしまたこんどね!』

 

「うん、またね」

 

 そのまま電話を切った。

 

「はぁ〜〜〜〜……」

 

「どうした? そんなため息ついて?」

 

「さっきの話で私の妹が今年トレセン学園に合格したみたいなんですよ……あの子昔から私にべったりでかなりシスコン極めてて……」

 

 あの子……エシリアロールは歳こそは離れていたが昔から走るのは速かった。特に瞬発力に長けていて私とは逆の適性、つまり短距離よりになると思っている。

 

「根はいい子だし大切な妹なので一緒にこのトレセン学園で走れるのは嬉しいです」

 

 こうして同じ場所でまた二人で走れることは嬉しい限りだ。結構長い間あってないしちゃんと成長してるのだろうか……というか久しぶりにあってあの子だと分かるのか不安になってきた。……多分大丈夫だとは思うが……。

 

「お前……妹居たんだな……道理であいつらの扱いが上手いわけだ……」

 

「そんな意外でしたかね?」

 

「いや、なんか納得しただけだ。もう入学式まであまり時間なくないか?」

 

「確かに……!」

 

 ああ! これだからうちの親は……

 ドッキリが好きなのかそれともただ忘れていただけか……

 

「あとで母親にいつ来るか聞いておきます……」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「え〜と……とりあえずここで待っとけばいいかな」

 

 エシリアとはトレセン学園最寄りの駅で待ち合わせにすることになった。今日は休みの日だったので丁度よかった。

 

 ピロン

 

 LANEに連絡が来た。

 

『今着いたよ〜お姉ちゃんどこにいるの?』

 

『駅出てすぐのところだよ』

 

 思ったよりお早い到着だ。

 駅の出口を見て待っていたのだが中々やってこない。どうしたのだろうか? 迷ったのではないかと思いLANEで連絡しようとしたところ……

 

「だ〜れだ!」

 

 いきなり後ろから目を隠され声をかけられた。

 

「こんなことするのエシリアだけだよ……」

 

「さすがあたしのお姉ちゃん! 久しぶりだね!」

 

 振り返ると成長した私の妹……エシリアがいた。身長も大きくなっており少しだけ私より大きくないか? あれ、これ他の部位も負けてない?? くそ……なんか悔しい。

 

「大きくなったな……」

 

「お姉ちゃん……どこ見ながら言ってるの……?」

 

「さて、何のことやら? 荷物は先に運んでる感じ?」

 

「うん! だからまだ時間あるから二人で遊んでいかない?」

 

 まあトレセン学園に来てから姉妹で過ごす時間も無かったし再開の記念にいいだろう。門限までに戻れば大丈夫だろう。

 

 

 

 

 

「へぇ〜お姉ちゃんの周りって面白いヒトが多いんだ」

 

「まあそんな感じかな。でもそんな中で過ごす毎日が今とても楽しいんだ」

 

 正直今のこの生活ほど楽しいものはない。多くのウマ娘達に囲まれて一喜一憂して……エシリアもこれから同じようになるのだろう。

 

「ところでお姉ちゃん……服の趣味変わった?」

 

「えっ?」

 

「ほら……今までのお姉ちゃんなら絶対しないような服装してるし……」

 

 確かに今日はカーディガンにロングスカートという組み合わせではあるけど……

 

「まあ……私にも色々あったのよ……」

 

「ふーん……」

 

 すっごいにやにやしてるよこの子! 確かにトレセン学園に来る前は自らスカート履くこと無かったし……ああ……これか……

 

「そんなに珍しい? 私だってウマ娘だし少しくらいおしゃれしたっていいでしょ」

 

「……もしかして好きなヒトでもできたの……?」

 

 なっ!? そんな訳ないだろ! と言いたいが否定すると逆に怪しまれそうだ。まあ、勿論そんなヒトは居ないが……

 

「私にそんな空気感じるか?」

 

「ん〜……昔からお姉ちゃん、あまり男のヒトに興味無さそうだったけどトレセン学園に居る間に変わったのかなぁ〜って思ったけど大丈夫そうだね!」

 

 信じてくれて良かった。正直私にとって男のヒトと付き合う事なんて考えたこともなかった。ウマ娘に囲まれてるこの空間に居るだけで幸せなのに。

 

「くだらない話は置いといてどこに行く? お祝いがてらに奢るよ」

 

「ほんと!? お姉ちゃん大好きッ!」

 

 はぁ〜……本当にこの子は……どうして私はすぐ甘やかしてしまうのだろうか。まあいいか、レースでの賞金も少しだが入ってるので久しぶりの再開を祝ってあげることにした。

 

 

 

 その後、二人でお昼を食べに行き近くのゲームセンターへと向かった。

 

「あ! ぱかプチあるじゃん! ……さすがにお姉ちゃんはまだ居ないか」

 

「まだデビューして数ヶ月なのに居たら驚くよ……エシリアの推しって誰?」

 

「あたしは〜……サイレンススズカさんとかメジロパーマーさんとダイタクヘリオスの爆逃げコンビとかも好きだなぁ〜。あ、あとね! 去年のクラシックの菊花賞見ててライスシャワーさん見て何故かとても惹かれたなぁ〜」

 

 なるほどねぇ……エシリア自身が逃げよりの脚質だからなのか逃げのウマ娘達が多いようだ。その中でもライスさんの名前が出てきたときは驚いた。どうやら何かを感じたようで、私と近い何かがあるのだろう。

 

「どれどれ……一応全員居るみたいだ。やってみる?」

 

「ん〜あまりお小遣いも無いしなぁ……」

 

「よし、なら私がやろう」

 

「えっ?」

 

 念の為に多めにお金を下ろしておいて良かった。エシリアの推しウマ娘を取ってやろうじゃないか! 

 

 

 ⏰

 

 

「やっと……取れた……ぜ……バタ」

 

「お姉ちゃん……無理し過ぎだよ……」

 

 一応取れるぶんには取れたがそれなりにお金がかかってしまった。財布は薄くなったがまだ賞金の残りはきちんと通帳に残ってるのでまだ大丈夫ではあるさ……

 

「でもありがとう、お姉ちゃん。大切にするね!」

 

 喜んでくれて良かった。それだけでも十分にお金をかけた価値はある。

 

「ねぇお姉ちゃん、折角だからさプリクラ撮っていかない?」

 

「構わないけど……どうして?」

 

「そんなの思い出に決まってるじゃん! お姉ちゃんの事だしプリクラ初めてでしょ? あたしは何回か撮ったことあるから任しておいて!」

 

 そりゃそうだろ。プリクラなんて元々縁が無かったしゲームセンター自体になかなか寄ることもないし……どうやら慣れてるようだから任せてみるとするか。

 

「なら任せるよ。こういうの……慣れてないからさ」

 

「だと思ったよ! それじゃあ……これにしよう!」

 

 エシリアに引っ張られてプリクラの中に入る。内装自体はよくある証明写真機のようだが目の前の機械では色々設定ができるらしい。

 

「お姉ちゃん、加工とかどうする?」

 

「私はそのままがいいかな」

 

「えー! 加工したらもっと可愛くなれるよ?」

 

「そう? 私にとっては今見えてるままのエシリアが一番可愛いと思うけど?」

 

「〜〜ッ!」

 

 あ〜あ、真っ赤になって。実際、エシリアも私に似て黒鹿毛の綺麗なストーレートヘアーで瞳も透き通った青色をしていて美しい。昔から双子と間違われるくらい容姿が似ていた。ある意味自分を客観的に見ているのと同じようだ。

 

「もうッ! お姉ちゃんの妹たらし!」

 

「お前だけには言われたくないな……」

 

「お姉ちゃんがそう言うなら殆ど加工無しにしておくね……それじゃあ次は……」

 

 その他にも色々な設定をエシリアにしてもらった。そして二人でどのようなポーズで映るかを決めた。派手なポーズではないが二人で身体を寄せ合って可愛くピースをし微笑んだ。

 

 撮影が終わると最後の加工? があった。

 

「お姉ちゃん何か書き込む?」

 

「いや、エシリアに任せるよ」

 

「おっけー! それじゃあ……」

 

 最後の加工が終わると写真が出てきた。そこには『お姉ちゃん大好き!』と大きく書かれた文字が……

 

「ちょっとこれ……恥ずかしいんだけど……」

 

「あたしに任せたのお姉ちゃんだよね? なら何書いてもいいよね♪」

 

 やられた……念の為確認しておくべきだったと反省。しかしよく見ると他にも……

『あたし達姉妹は永遠に!』

 ……粋なことするじゃないか。大丈夫さ、君が私の妹である限り私も君のことが大好きだよ。

 

「はい、お姉ちゃんの分」

 

 そうして印刷されたプリクラの一部を受け取った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 久しぶりの再開で二人で様々なことをした。今まで積もりに積もった話やゲームセンターでの出来事。ある意味忘れられない一日となった。

 そうして門限も近づいてきたので寮へと帰ることにした。エシリアらまだ入学前だが遠方から来ているので少し早めの入寮だ。

 

「今日は楽しかったね!」

 

「こうして姉妹水入らずにできるのって中々ないしいい息抜きにもなったよ」

 

 次のレースまでまだ余裕はあるけどこうやって息抜きも大切だ。そのほうがよく集中できるしパフォーマンスも上がる。

 

「ねぇ……お姉ちゃん」

 

「ん? どうした?」

 

 さっきまでの明るいエシリアからとは思えないような少しだけ寂しそうな声だ。

 

「お姉ちゃんって前世とかそういうの信じる? 

 例えばこうやって二人が出会えたのも何かしらの運命……だったりとか」

 

 信じるも何も私自身が転生者だしなぁ……さすがにそれは口にはできない。

 

「……あると思うよ。私達がこうやって惹かれ合うのも何かしらの運命だと思う」

 

「……」

 

 ウマ娘の関係性も前世の頃……というのか何て言うのか……元々の競走馬の影響が大きい。

 例えばシンボリルドルフとトウカイテイオー、彼女たちは親子だった。そのため二人はとても仲がいいしテイオーにとってシンボリルドルフは憧れで目標なのだろう。

 メジロマックイーンとゴールドシップも母父と孫の関係だ。本人たちは接点が全く無かったのに気がついたら同じチームでともに競い合い、弄り弄られる関係でもある。

 多分だけど……私の中のウマソウルがライスさんに強く反応したのは何かしらの強い縁があるのだろう。

 

「あたしね……むかーしに見たある夢を……未だに忘れられないんだ。

 真っ暗で寒くて……何も見えないし身体も動かない。あたし、ここで死んじゃうのかなって思ったんだ。でもね、急に目の前に光が現れて『あそこに行かなきゃ!』って強い衝動に駆られて……そしたらついさっきまで動かなかった身体が不思議とその光に向かって動き出したんだ。そしてその先には……お姉ちゃんが居た。優しく手を差し伸べてくれたんだ」

 

 エシリアを暗闇から助け出した……? 私にはそんな記憶ないしエシリアの夢の中での話なのだろう。自慢ではないが私は幼少の頃の記憶もしっかりと残っている。私が、エシリアが何をしてきたのかはっきりと思い出せる。

 

「それ以来、あたしにとってお姉ちゃんは何よりも大切で憧れで……あたしの目標でもあるんだ。あたしに走る意味を、理由もくれたのもお姉ちゃんが居たからなんだよ」

 

「そう……か」

 

「だからあたしはお姉ちゃんを追い続けて……そして超えるんだ……!」

 

 エシリアは私を追ってここまできた。私の背中を追って追い続けてそしてこの背中を超えるため。ならば私はエシリアの為に前を走り続けよう。エシリアが私を超えていくその時まで。

 

「分かったよ。それならまずはデビューしないとね!」

 

「そうだねお姉ちゃん! お姉ちゃんに負けないようにトレーニング、頑張るよ!」

 

「えぇ! その先で待ってるよ!」

 

 久しぶりの再開で色々な話で盛り上がった一日だった。何故エシリアがそこまで私のことを慕ってくれていたのか分かった。小さい頃から一緒に過ごしてきてもお互い知らないことも多い。だけどこれからまた一緒に、しかも同じ学園で過ごすからもっと色々知れるだろう。

 

「そういえばエシリアの寮ってどこなの?」

 

「栗東寮だったはず……お姉ちゃんはどこだっけ?」

 

「美浦寮だよ……」

 

「……えぇーーーーー!?」

 

 そこには今まで聞いたこともないようなエシリアの悲鳴が鳴り響いていたのだった。



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名優vs帝王vs黒い刺客へ

前回から一ヶ月以上経ってしまいました。
まだ新しい生活に慣れてないので安定はしませんがゆっくり更新していきたいと思います……


 ある日の朝、朝のルーティンであるランニングを終えで朝ごはんをしようとカフェテリアを訪れた。

 

「おはようございます、ライスさん!」

 

「あ、アリスちゃんおはよう!」

 

 丁度朝食にライスさんも来ていたようだ。朝からパン派とはいえ結構量取ってるな……あの小さな身体のどこにそんな入るのですかね……

 

「そういえばライスさん、今度の天皇賞・春出走しますか?」

 

 ライスさんは今年からシニア期に入る。特に菊花賞を制しステイヤーとして資質を見せつけたライスさんにとってこれ以上の舞台はないだろう。

 

「天皇賞かぁ……確かマックイーンさん出るよね? 次の天皇賞で三連覇みたいだしライスが出てまた皆を悲しませたら……」

 

「おや、ライスさん? 誰が悲しむですって?」

 

 そこにひょこっとマックイーン登場。どうやら朝食の時間がめずらしく被ったようだ。

 

「ひゃい!? マ、マックイーンさん……?」

 

「私は負けるつもりはありませんわよ? それが例え同じチームの仲間だとしても!」

 

「そうだよライス? マックイーンはボクと去年走ったときもこんな感じだったよ」

 

 これまた珍しい、テイオーさんではないですか。テイオーとマックイーンが一緒に朝食を取ろうとしたところ私達が丁度ここにいた……って感じなのかな? 

 

「あ、ちなみに今年もボク天皇賞・春に出るつもりだよ! このままマックイーンに長距離で勝ち逃げされるわけには行かないからね!」

 

「ふふっ、前回の秋天では負けてしまいましたが今度は負けませんわよ!」

 

 この世界のテイオーはマックイーンと対決後も骨折をせずにそのまま走り続けることができた。その後、二人はテイオーの得意な中距離である天皇賞・秋で競い合い今度はテイオーが勝利を収めた。

 でもテイオーにとっては長距離である天皇賞・春で負けたのが悔しく今年の天皇賞・春でも戦おうとしている。

 

「私もテイオーも出ますのにライスさんももちろん出走してくれますよね?」

 

「えっ? ……でもライスなんかが一緒に出ても……」

 

「私はライスが二人と競い合ってる姿が見たいなぁ〜」

 

「アリスちゃん?」

 

 私はライスさん、マックイーン、テイオー……この三人が走っているところを見たい。本来なら出走が叶わないテイオーが、骨折をせずここまで来てくれた。

 ある意味この世代最強のステイヤーを決める戦いになる。もちろん全員頑張ってほしいが私の魂に刻まれているライスさん推しがあるので心の中の一番人気はライスさんである。

 

「ライスさんが二人に勝って最強のステイヤーはライスだってところを見せてほしいです!」

 

「ふぇっ!?」

 

「あら? アリスは私が負けるとでも?」

 

「ちょっとぉ〜! ボクだって負けないよ!!」

 

「あはは、もちろん二人の実力は知ってるよ。でもね、今度の天皇賞は絶対にライスさんが勝つよ……!」

 

 正直なところもう私の知っている史実とかなり異なっている。なので必ずライスさんが勝つという保証はない。だけど私の中での最強のステイヤーはライスさんだと信じている。

 

「そんなに持ち上げられても……恥ずかしいよぉ〜……」

 

「ふふっ、本当に仲が良いのですわね」

 

「そりゃあ私にとっての憧れのウマ娘だし? 当たり前だと思うけどなぁ〜」

 

「分かるよその気持ち! ボクもカイチョーが最強のウマ娘だと思ってるし!」

 

「ルドルフさんは名実共に最強なのは間違いないよ……」

 

「おっ? アリスも分かってるじゃん!」

 

 いつの間にか憧れのウマ娘の自慢大会になってしまい隣に居るライスさんが顔を真っ赤にしているのに気づいたのはライスさんが天皇賞・春に出走することを決めた後だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「さて、次の天皇賞・春だが……知っての通りうちのチームからメジロマックイーン、トウカイテイオー……そしてライスシャワーの三人が出走することになった。天皇賞にうちのチームから三人も出るなんてな……」

 

 トレーナーよ、それを言うなら去年の天皇賞もマックイーンとテイオーの対決だっただろ……とツッコミたくなった。

 しかし、今回の天皇賞・春はもう私の知る世界の天皇賞・春ではない。本来ならマックイーンとライスさんの二人のはずがテイオーも居る。怪我をせずにここまで来たテイオーだ。確実に強くなっている。ただし今回のレースは3200mだ。いくら去年経験済とはいえテイオーの距離適性的には長いだろう。

 

「それと今年もそれぞれに分かれてトレーニングをしてもらおうと思ってる。まあ、内訳は去年と一緒でマックイーンにはスペ、ゴールドシップ、テイオーにはスカーレットとウオッカだ。そしてライスは……まあお前が一番の適任だろう。任せたぞ、アリス」

 

 つまり天皇賞まで私とライスさんはつきっきりでトレーニングできると? ご褒美かな? 

 

「それぞれのトレーニングメニューは既に作ってあるからそれに沿ってトレーニングしてくれ」

 

 ということなのでトレーナーからライスさん(と私の分)のトレーニングメニューを預かった。

 内容は……『ライスシャワーのことならお前が一番知ってるはずだ。トレーニングの内容はお前に任せる』……は? いや、さすがにそれは放任主義にも程がありませんかね!? 

 

「あのトレーナー……この内容は?」

 

「ん? 書いてあるとおりだ。正直なところ俺よりお前のほうが間違いなくライスについて詳しいから一任させてもらったよ」

 

 本当か? めんどくて私に投げたのではないのか?? 

 いや、このトレーナーのことだからしっかりとした考えはあるとは思うが……

 

「まあ……なんていうかこればかりはお前に任せたほうがいいと俺の直感がそういったんだ。誰よりもウマ娘を見て、そのウマ娘に一番必要なアドバイスができるお前だからこそ任せたんだ」

 

「……なるほど……ただの責任放棄ってわけじゃないんですね」

 

「えっ? そう思われてたの?」

 

「そりゃこんなこと書かれてたら誰だってそう思いますよ」

 

「そうかすまなかった。一応なんだがトレーニングの内容について後日でいいから教えてほしい。もし何かあったら責任取れるようにしとくから」

 

「はい!」

 

 というわけで次の天皇賞・春までの期間のトレーニングを練ることにした。

 まずはどのようなトレーニングにするか……だ。本来の史実通りに徹底的に追いこむ。ライスさんなら多少の厳しい内容でも平気で耐えそうだけどあまり無理はさせたくない。

 既にスタミナ面は京都の3200mを走り切るだけはあるはずだ。それならば他の面を伸ばすのはどうだろうか? 

 ライスさんは一度マークしたら誰よりも強い。今回のレースならばマックイーンが一番の強敵だ。もちろん、テイオーも強いが彼女の距離適性的に3200mは長いと感じるのでマックイーンほどのマークはしなくていいだろう。

 ある程度メニューを作り上げ、トレーナー室に向った。

 

 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 

 

「という内容ですが、トレーナー的にはどうですかねぇ?」

 

「うむ……前にブルボン相手にしたときのトレーニングに近いな」

 

「ですね、ライスさんの基礎能力なら既に十分と判断したのであの二人に対しての対策をと……」

 

 ライスさんの実力を大きく引き出すなら相手をマークして最後に一気に差すやり方が手っ取り早い。レース中のライスさんの気迫は物凄いものだ。それによりプレッシャーを与えてペースを崩しスタミナ切れを狙う。

 

「分かった。しかし、最後のこの一週間は別の場所で泊りがけでトレーニングするのか?」

 

「はい、マックイーンにお願いしてメジロ家の所有地の一部を借りました。安全性は保証されてますよ!」

 

 史実のライスシャワーでもこの時はとにかく追い込みのトレーニングをしてきたと覚えている。また、アニメでもライスさんは一人で特訓していた。ならば、ここは史実に基づいてトレーニングをしようとしたのだ。

 

「そうか……うむ、少しトレーニングメニューで気になるところを修正しておくからまた後日来てくれ」

 

「はい、分かりました!」

 

 そして私はトレーナー室を退出した。

 

「……あいつ案外トレーナー向きなのかもな……ここまでしっかり練ってきたし他のウマ娘のことも俺以上に見てる……トレーナーになったあいつの姿、見てみたいな」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ────天皇賞・春一週間前

 

 今、私達はメジロ家の所有するとある場所に来ていた。トレセン学園からそこまで離れていない。そのためトレーニングがてらに走ってきた。周りにはなにもないのでキャンプ用品を一通り用意し、メジロ家の方々に協力してもらってここまで運んでもらった。マックイーンには感謝しかない。

 

「それではライスさん、天皇賞まで一週間を切りました。やることは唯一、徹底的に追い込みますよ!」

 

「うん! 頑張るぞ〜、おー!」

 

「おー!」

 

 元々私は後ろから追いかけられるのは苦手だ。しかし、ライスさんの為ならばと思い彼女の前を走る。

 

「ついてく……ついてく……」

 

 後ろから迫るその気配はまるで鬼のようだった。ライスさんにマークされるのに慣れてしまえば他の子が相手でも大丈夫になれそうだ。

 普段のグラウンドより狭いのでとてもじゃないが3200mを走れる状態ではない。だが、本番に備えて何周もグラウンドを周る。

 

「はぁ……はぁ……さすがですね、ライスさん」

 

「アリスちゃんもいい走りだよ!」

 

 とにかく走る。殆どの時間をトレーニングに費やす。予備のシューズも沢山持ってきている。殆どの時間走っているので一日で数足は履き潰していた。そして日が経つにつれてシューズの山ができてきた。

 

 

 

 数日後……

 

「ここがあの二人が居るところか……」

 

 トレーナーはアリスとライスの様子を見に来ていた。もちろん二人には見つからないように少し離れたところにいる。

 

「うわ……このシューズの山、あの二人が履き潰したものかよ……どれだけ走っているんだ?」

 

 遠くからでも分かる二人の覇気。特にライスシャワーの気配がものすごい。先日マックイーンのトレーニング中に何かを感じとったようだがもしかしてだが……いや、そんなことはない……よな? 

 

 二人の様子を確認したトレーナーは気づかれる前にその場を立ち去ることにしたのだった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「蹄鉄よーし……その他の準備もよーし……うん! 大丈夫!」

 

 控室で最後の確認をするライスさん。このレースは負けられないのでいつも以上に気合が入っているようだ。なら、私から伝えることは一つだけだろう。

 

「ライスさん……私、待ってますので必ず先頭で帰ってきてくださいね!」

 

「……! うん! マックイーンさんにもテイオーさんにも負けないよ!」

 

 マックイーン、テイオー、ライスさん。本来ならば絶対にあり得なかったそのレースが始まろうとしている。チームメイトであるマックイーンもテイオーももちろん応援している。だが、私にとっての一番はライスさんただ一人だ。

 大丈夫、必ずライスさんが先頭で帰ってくる。そうなると私は信じている。

 

 

 

 そして、天皇賞のゲートが開いた。



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漆黒のステイヤー

 今年の春の天皇賞はいつも以上の盛り上がりだ。現在、二連覇しているメジロマックイーン。そして去年そのマックイーンと激闘を演じたトウカイテイオー。最後は、クラシックにてミホノブルボンの三冠を阻止し、ステイヤーとしての才能を見出されつつあるライスシャワー。

 しかも全員がスピカというチームに所属しているのが特徴であり、今回の天皇賞はスピカ内での最強のステイヤーを決定するレースになるだろう。

 

「どうした急に」

 

「もしかして声漏れてた?」

 

 どうやら無意識に声が漏れてたようだ。すると

 

「今日の天皇賞はマックイーンさんが勝つよ!」

 

「テイオーさんだって負けてないもん!」

 

 ここ最近よく一緒にレースを見ているウマ娘の子達だ。

 

「あ! お兄さん達じゃないですか!」

 

 傍から見れば小さい子に声をかけてる怪しい人に見えるかもしれない。しかし何故か俺たちはこの子達と親しくなっていた。

 彼女達は、サトノダイヤモンドとキタサンブラックと言うらしい。サトノダイヤモンドはメジロマックイーンに、キタサンブラックはトウカイテイオーに憧れているようでこの二人が出走するレースではよく言い争ってる姿を見かける。

 

「お兄さん達は今日のレース、誰が勝つと思いますか?」

 

「正直予想は難しい。メジロマックイーンは間違いなくこの京都3200mでは最強と言ってもいいだろう。しかし、トウカイテイオーも前回の春の天皇賞の頃よりも実力を付けてきてるから侮れない」

 

「ですよね、ですよね! 最近のテイオーさん、前より気迫が凄いですよね!」

 

「むぅ〜……マックイーンさんだって負けてないもん!」

 

 メジロマックイーンとトウカイテイオーのこととなれば二人とも譲る気はないようだ。

 

「しかし、今回のレースには菊花賞でステイヤーとしての素質の片鱗を見せつけたライスシャワーもいる。200m伸びたとはいえほっとけない存在だな」

 

「ああ、パドック見たけど菊花賞の頃よりも明らかに強くなってるな。まるで鬼が宿ってるような……」

 

 明らかにあの菊花賞の頃よりもライスシャワーが成長して強くなっている。ライスシャワーだけじゃない。メジロマックイーンもトウカイテイオーも今まで以上の仕上がりになっていた。

 

「今日の天皇賞、予想がつかないな」

 

「そうだな……」

 

 このレース……一体誰が勝つんだ……? 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ライスさんを送り出し、スタンドにいるみんなのもとに戻った。

 

「なんかこうして皆と会うの久しぶりな感じしますね」

 

 この一週間は、他のメンバーとは完全別行動していたので殆ど会うことが無かった。勿論トレーナーと話すのも久しぶりだ。

 

「お前ら二人だけ別行動だったしな……」

 

 あはは……ソウデスヨネー

 

「ともかく今回の天皇賞はうちのチームから三人も出るなんてなぁ……」

 

「現在のステイヤー最強候補と言われればマックイーンはもちろん、ライスさんも居ますからね。この二人が同じチームの時点で戦うことは確定してましたよ」

 

「それもそうか……」

 

 トレーナー的にはチームのメンバーには勝ってほしい。だが、同じレースにでればどちらかが負けることになるので基本的には同じレースに出したがらない。しかし、出走する本人たちの意思を尊重してくれる彼だからこそ思いが複雑になるのだろう。

 

 

 

 ◆

 

 

 

(春の天皇賞三連覇がかかってるこのレース……負けるわけにはいきませんわ! 

 テイオーはもちろんですが、ライスさんの仕上がりも恐ろしいくらいですわね……

 地下バ道ですれ違っただけでもわかるその気迫……普段のライスさんからは想像もつかない雰囲気でしたわね)

 

 テイオーもライスさんも今まで最高の仕上がり……私だって負けていませんわ! 

 

 

 

(流石マックイーンだね……この中でもあの集中力、ボクも負けられないよ! 去年は負けちゃったけど今回はボクが一着になってみせる!!)

 

 

 

(ついてく……ついてく……マックイーンさんについてく……)

 

 アリスちゃんとの特訓の成果を見せなくちゃ……! 

 

 

 

 遠くから見ててもあの三人は他のウマ娘達よりオーラが凄い。もちろん有名なウマ娘だからなのかもしれないがそれ以上にライバルがいるお陰でさらに強くなれるのだろう。

 

「あれ? マックイーン中々ゲートインしないけど何かあったのかな?」

 

 本人はゲートに入らないといけないと分かっている。だけどそれを本能が拒否しているのだろう。

 

 

 

(ゲートに入らないといけないのに脚が動かない……?)

 

 ゲートに入るために自ら尻尾を引っ張ってまで進もうとする。だけど身体がそれを拒否するように、本当に自分の身体なのか疑いたくなった。まさか私が負けるなんて思っていない。でも……

 

 

 

 マックイーンは、背中を押されゲートイン。他のウマ娘もゲートインが完了した。

 

 ガチャコン

 

 ゲートが開くと同時に全てのウマ娘が一斉にスタートした。

 先頭に立ったのは……メジロパーマーだ。あれ、このレースパーマー居たのか……他にもマチカネタンホイザ、イクノディクタスも居るようだ。

 

「先頭はメジロパーマーか……」

 

 メジロパーマーはダイタクヘリオスと共に爆逃げコンビとして有名なウマ娘だ。

 マックイーンとテイオーばかりに気を取られてて他のウマ娘の事を忘れてしまった……不覚……! 

 

『メジロパーマーがバ群を率いて正面スタンド前に入ろうとしています!』

 

 マックイーンとテイオーは前で先頭を狙っている。ライスさんはその後ろから静かに獲物を狙っている。

 

 

 

(ライスさんは……後ろに居ますわね……)

 

 後ろからの物凄い威圧感……間違いなくライスさんでしょう。テイオーは……何処にいますの? 周りを見渡しても見えな……まさか私の後ろに……!? 

 

 

 

「ほう……テイオーよく考えたな」

 

「えっ? どういうことでしょう……?」

 

 スペさんが純粋な疑問をトレーナーに問いかける。

 

「スリップストリームていうやつだ。少しでも空気の抵抗を減らしてスタミナの消費を抑えるつもりのようだ。

 というかスペ、お前もやってたぞ?」

 

「えっ……?」

 

 本人は気付いて居ないようだが何処か忘れたがやってたな……無意識でやっていたのだろう。

 

 

 

(ごめんね、マックイーン……単純なスタミナ勝負になったら君には勝てない。だから少しでもスタミナの消費を抑えさせてもらうよ……!)

 

 最強のステイヤーとも言われているマックイーン相手にスタミナ勝負は不利でしかない。ならばどうするのか? 答えは簡単だ。空気抵抗を少しでも減らしてスタミナの消費を抑える! 

 

 

 

『先頭は依然としてメジロパーマー、メジロマックイーンは三番手に控えています。その後ろにはトウカイテイオー、マチカネタンホイザ、イクノディクタス……そしてライスシャワーだ!』

 

 ライスさんは中団あたりについている。そこからならマックイーン、そしてテイオーの動きもよく見えるだろう。

 

『さあ、そのまま各ウマ娘達が向う正面に差しかかります! 先頭は変わらずメジロパーマーだ! しかし、後続も位置取り争いが激しくなってきたぞ!』

 

 まだスパートには早いが後ろの娘達が少しづつ前を狙ってきている。ライスさんは大体6、7番手あたり、マックイーンはパーマーに対して僅かに追いつきつつある。テイオーも負けじとついていってる。

 

「そろそろ淀の坂だ。あれを超えてからが勝負だ」

 

「……そろそろですね、ライスさん」

 

 

 

 淀の坂に差しかかったその瞬間、後ろからとてつもない気配を感じた。それはまるで殺気のような、するどいオーラだ。

 

「……っ!」

 

「たぁ!」

 

(ライスさん!? ここでスパートですの!? 流石のライスさんでもここから届きますの?)

 

「ふふっ、ライスが来るならボクも負けられないね……!」

 

 二人がじりじり上がってくる。

 

(ライスさんは持ち前のスタミナを活かそうってことですわね!)

 

「流石、私のライバル達ですわ……ですが、私だって負けません!」

 

 二人が来るなら私だって……! 

 

『おっと! ここでライスシャワーが動いた! そこにテイオー、マックイーンが続いていくぞ!』

 

 

 

 アリスちゃんとの特訓のお陰でまだ脚は動く……

 最後の勝負所は……第四コーナー出てすぐだ! 

 

「ライスは……ライスはマックイーンさんにもテイオーさんにも負けないッ!」

 

 外よりだが行ける! ここからが最後の勝負だ!! 

 

「流石ですわ……ですが、今日勝つのは私ですわ!」

 

 さらに加速するマックイーン。

 

「まだだよ……まだ終わってないッ! たぁ!」

 

「逃さない……!」

 

『第四コーナーを抜けて最後の直線。メジロマックイーン、トウカイテイオー、ライスシャワーが並んだ!』

 

 苦しい。胸を締め付けられるような苦しさ、そして脚が重い……! 

 

(負けられない……ここで負けたらアリスちゃんにもブルボンさんにも顔向け……できないッ!!)

 

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

『この戦いを勝ったのはライスシャワー! 最後の最後で見せつけたその強さは本物でしょう!』

 

 1着、ライスシャワー

 2着、メジロマックイーン 一バ身

 3着、トウカイテイオー  クビ差

 

「何だったんだ……あれは……!?」

 

 限界を超えていたはずのライスさんが最後に見せたあれはまさか……

 

「まさかあれが……領域(ゾーン)……?」

 

 領域(ゾーン)はウマ娘が見せる不思議な力の一つだ。それを扱える者は殆ど居ないらしい。本来ならどのウマ娘でも持っている力なのだが殆どのウマ娘はその力を引き出せないらしい。なにせ限界を超えたその先にしか見えないものだからなのだろう。

 まだマックイーンもテイオーすらもその力を見せていないとなると今後が怖い。

 

「本当に存在していたとはな……てっきり誰かが見た幻想だと思っていたんだが本当に目にしてしまったら信じるしかないな」

 

 どうやらうちのトレーナーはトレーナーなのに領域(ゾーン)を見たことなかったらしい。確か何かしらの原因で一時的にトレーナー業から離れてたって聞いていたのでもしかしたら見る機会がなかっただけかもしれない。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ライスさんの優勝で終えた春の天皇賞から数ヶ月、未だにその熱気は収まらかった。世間は二連覇を果たしたメジロマックイーン、そして三連覇を阻止したライスシャワーのどちらが最強のステイヤーか論争がよく起こっている。

 もちろん私にとって最強のステイヤーはライスさんですけどね! でもまぁ私も負けるつもりはないですけど? ウマ娘としての本能なのか「一番になるのは私だ」って気持ちが強い。例えそれが仲のいい友達であっても、尊敬する先輩であってもウマ娘ならばレースで勝ってなんぼだ。

 

「お、アリスここにいたか」

 

 たまたま学園内をフラフラ歩いていたらトレーナーとばったり出くわした。

 

「実はお前に渡したいものがあってな、後でトレーナー室に来てくれるか?」

 

「えぇ、分かりました」

 

 何の用事だろうか? 一応次のレースの予定は決まっていたはずなのだが……ともかくトレーナー室に向かうとしよう。

 

 

 

「おお、来てくれたか! よし、アリスに渡したいものは……あった、これだ」

 

 そう言ってトレーナーは一つの封筒を渡した。中身を確認すると……

『勝負服について』

 ……ゑ? 

 

「アリスもG1狙ってるならいつかは必要になるだろ? サイズとかデザインとか時間かかるし早めに作っておこうと思ったんだが……大丈夫か?」

 

 G1……このあいだの天皇賞もG1レースの一つだし今の私の目標であるホープフルステークスもG1に分類されている。まだ確実に出走出来るわけではないが、早めに越したことには問題ないかな? 

 

「それはいつでもいいから考えが纏まったらまた持ってきてくれ。あぁ、それと次の次のレースだが、ホープフルステークスにむけてG3の京都ジュニアステークスで大丈夫か?」

 

「構いませんけど……それいつ頃でしたっけ?」

 

「まだ詳しい日程は決まっていないが11月の後半だ」

 

 ホープフルステークスの一ヶ月前ってところか。ふむ、問題はないだろう。

 

「分かりました。そのローテーションでお願いしますね、トレーナー」

 

「おうよ! まずは、次のレースを勝ってから……な?」

 

「任せてくださいな。次も勝ちますので!」

 

 ジュニア期のローテーションについては大体は決まった。年末最後の大舞台に向けて頑張らなくちゃ!



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初めての大舞台へ向けて

 時間の流れとは残酷なものだ。毎日学園生活とトレーニングをこなしてきただけでいつの間にか冬である。

 なんかついこの間まで春だった気がするのだが気の所為だろうか? まぁいい。ホープフルステークスも近づいてきているのだ。本番に向けて調子を整えないとな。

 

「お、いたいた……おーい! アリスぅ!」

 

「ウオッカ……? どうしたの?」

 

「今月の月刊トゥインクルみたか?」

 

「いや、まだだけど……」

 

「注目のジュニア級ウマ娘の代表としてアリスの記事が載ってたぜ!」

 

 んま? あー……確か少し前に乙名史記者って人から取材受けたような……受けてないような……? 

 

「『ここまで無敗、四戦四勝。次の時代はこの娘か!?』……なんか恥ずかしいな……」

 

 よく見ると別のページには同室のクラインの記事もあるじゃないか。

 しかもここまで私と同じでここまで無敗、特にマイル路線では中々の強さだとか。そして次は朝日杯FSに出るらしい。ホープフルステークスで被らなくて良かったよ……

 でもクラシックでは三冠路線に来るだろうしいつかは戦うことにはなるだろうけどね。

 

「あぁ、それとトレーナーから伝言があって『勝負服』届いたらしいぜ」

 

「本当? それじゃあウオッカも一緒に行こうよ。どうせもうすぐトレーニングの時間だしね」

 

「もうそんな時間なのか!? しっかたねぇ……行くかぁ」

 

 そういうわけでウオッカと共にチームの部屋へと向った。

 部屋に入ると私とウオッカを除く全員が揃っていた。

 

「お、いいところに来たな。アリス、お前の勝負服が届いたぞ」

 

 トレーナーから私の勝負服が入っているダンボールを受け取った。この中に私の……私だけの勝負服が入っているんだ。

 

「念の為サイズ確認のために一度着てもらえるか? まだホープフルステークスまで時間あるし修正があったら間に合うぞ」

 

「分かりました!」

 

 楽しみだったのですぐにダンボールを開け着替えようとするが……

 

「まて、アリス。トレーナーが居るのにその目の前で着替えるのか?」

 

「お前は出ていけよ」

 

 ゴルシさんがなんか何処かで見たことあるようなセリフと共にトレーナーを部屋の外に追放した。

 私も嬉しさのあまりトレーナーが居るのに着替えようとしてしまった。というかトレーナー部屋から出ようとする素振りすら見せなかった気もする……

 

 そして遂に私の為の勝負服に袖を通す。これからG1に出るときにお世話になる服だ。大切にしないとね。

 

「「おぉ〜……」」

 

 着替え終わりトレーナーと皆の前でお披露目する。

 

「アリスちゃんの勝負服、なまら可愛いですね!」

 

「そうですわね、普段あまり可愛い服を着ないイメージでしたのですっごく新鮮ですわ!」

 

 私の勝負服のデザインは自分の名前の由来になったであろうあの作品から来ている。何故だか分からないが自分の中でこのデザインが一番しっくり来たのだ。

 

 黒色を基調としたワンピースに蒼色のエプロン部分、そこに一輪の菊の花が描かれている。スカート部分は膝に掛かるくらいあり、ふんわり広がっているお陰で走るときには邪魔にはなりにくそうだ。靴下はニーソでこちらは逆に白色になっている。それと靴はドレスシューズ……と言われるものらしくてヒールとかより走りやすそうだな。

 最後にどうしてもこれだけは……! ってことで尻尾の穴があるところに大きな黒いリボンがついている。

 

「アリスちゃんのその後ろのリボン、ライスとお揃いのかな?」

 

「はい! 大好きで最も尊敬しているライスさんと同じにしちゃいました!」

 

 勝負服としてのデザインは私自身の考えっていうよりは自分のウマソウルに従って決めた感がある。ただし、このリボンを除いて。

 

「なんか勝負服着ると走りたくなりますね……」

 

「分かります! なんかこう……とにかく走りたい! って気持ちになりますよね〜」

 

 大事な大舞台で着る衣装なだけあってか、気持ちも高ぶる。本能って怖い……

 

「うんうん、とてもいい感じだな! これはホープフルステークスに向けてより頑張らないとな!」

 

「えぇ、そうですね!」

 

 そして折角なので勝負服の写真を撮ってもらい家族の方にも写真を送った。両親の反応は凄く良かったし、妹からは『えっ……? あたしのお姉ちゃん可愛すぎ……!』とか送られた。やめて、恥ずかしい……

 

 そういえば、クラインの朝日FSはもうすぐだったはずだ。友として、ライバルとしても彼女の走りを見届けなければ。

 少し前に勝負服の写真も見せてもらったし、私のも見せておかないと不平等だよね。

 

 ……っというわけでその日の夜、写真を見せたところ好評だった。お互いが勝負服を着てぶつかり合える日もそう遠くはないだろう。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ────朝日杯FS当日

 

 私は少しでも良いところでクラインの活躍を見たくて早めに現地入りしていた。今回は私一人である。普段ならトレーナーがついてくることが多いが今回だけは時間がなかったらしい。一応、私達の保護者的役割でもあるので殆の場合で一緒に居るが、今回は「まぁ、お前なら一人でも大丈夫だろ」って感じだった。

 信頼されているのは嬉しいけどこんな美少女を一人にさせるのは……って思ったが、単純な力なら成人男性より強いし、結構一人で応援に来てるウマ娘も多いのでおかしくはないか。

 

 朝日杯FSは1600mのレースだ。クラインは、特にマイル路線においては無類の強さを見せている。まぁ、今回も勝つとは思うがこれはG1である。何が起こるかは分からないのがレースの楽しみの一つだろう。

 実はクラインの生勝負服は初めて見る。写真でこそ見せてもらっているがやはり生で見るのが一番だろう。

 

 そろそろ出番かな……お、出てきた。

 

『5枠10番、グローサークライン、1番人気です。仕上がりはとても良いみたいですね』

 

『気合も十分ですね。これは好走を期待できますね』

 

『今回はどのような走りをしてくれるか期待ですね』

 

 ほほう、中々の評価されてるねぇ〜。

 クラインの勝負服は軍服をイメージとしている。グレーを主体に白色と赤色のラインが入っていて凄くイケメンになっている。段普は可愛らしいのにかっこいい服はギャップ萌しちゃう。ボトムはスカートで靴は膝下くらいのブーツになっている。装飾品も中々多い。

 

 まじまじとクラインを見ているとこちらに気付いたのか手を振ってくれた。

 

「応援、来てくれたんだ!」

 

 パドックからはそこそこ離れた位置に居るがしっかりとクラインの声を聞き取れた。これ、普通の人間なら聞こえないぞ……

 

「あたぼうよ、親友でありライバルでもある君が出るからね」

 

「僕の走り、その目に焼きつけるんだよ?」

 

 にっこり笑顔を向けながらこちらに向かってピースをしてきた。

 

 う〜ん、これだけ離れても会話できるの便利だけど他の観客にはお互いの会話聞こえてないから「何しているんだこいつ」状態になっていそうだ。

 今のあの子なら負ける要素はなさそうだ。しかし、いつか共に同じ舞台で競う時の為にレースはしっかりと見させてもらうよ。

 

 

 

 ⏰

 

 

 

『圧倒的逃げで優勝したのは、グローサークラインです!』

 

 クラインは最初から最後までハナを譲らずに一着でゴールした。このレースは完全に彼女のペースに支配されていたのだ。

 スズカさんみたいに大逃げするわけではなく上手く周りをコントロールしながら走っていた。これは対策を考えなくてはならないようだ。

 

「あそこまで綺麗に逃げられると流石に中団から差すのは厳しいか……?」

 

「あら? 見たことある娘が居ると思ったらアリスちゃんじゃない!」

 

 急に声をかけられ、振り返るとそこにはマブいオーラを解き放っているマルゼンスキーがいた。というより何故ここに? 

 

「マルゼンさん……? どうしてここに?」

 

「こっちに遊びに来たついでにレースを……って思って観に来ちゃった☆

 丁度いいタイミングだったみたいで中々面白いもの見せてもらえたわ」

 

「クラインの事ですか?」

 

「そうねぇ、あの子中々いい逃げっぷりじゃない? でもただ逃げるだけじゃなくてしっかりペース配分もしてる。この頃からそこまでしっかりと管理できる娘は少ないわ」

 

 流石は大ベテランの先輩だ。一回見ただけでクラインの事を分かるなんて……

 

「なぁ〜んか不満そうな顔ね? 一発走っちゃう? ……カッちゃんで!」

 

「走るってそっちですか……」

 

 マルゼンさんの運転する車の助手席はやばいって聞いているけどちょっとだけ……ほんのちょっとだけ好奇心が湧いた。

 

「それなら……今度暇なとき、併走してあげるわ!」

 

「……分かりました。いいですよ、ちょっとだけ好奇心がくすぐられたので」

 

「えぇ、任せてちょうだい! それじゃあかっ飛ばして帰るわよー!」

 

「ところでマルゼンさん、どうしてそこまで助手席に誰かを乗せたがるのですか?」

 

「そりゃあモチのロン誰かと一緒に居るほうが楽しいでしょ? 

 でも何故か皆、私のカッちゃんに乗った後、もう一度乗るのを嫌がるのよねぇ……」

 

 あ〜……なんとなく嫌な予感がしてきた。

 これはある程度覚悟して乗ったほうがよさそうだと思ったのであった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「〜っということがありましてね。まぁ……なんと言うか皆が断る理由がわかったんですよね」

 

「その前にお前……あのマルゼンスキーと併走する約束したのかよ!?」

 

 まぁそこ突っ込みたくなるよね。なんたってあのマルゼンスキーだからね。

 正直、勝てる確率なんて0に近いだろう。本格化をほぼ終えているはずなのにチヨノオーさんとのJCでの戦いは忘れられないもん……まじでスーパーカーだよ、あのヒト。

 

「いつやるかまでは決めてませんけどね。遅くても皐月賞前にはやりたいですね」

 

「ん? どうしてだ?」

 

「多分そこでクラインと初対決になると思います。あの娘は逃げが得意ですよね? なら同じ逃げが得意なマルゼンさんなら……」

 

「だがスタイルが違うぞ? クラインは確かに逃げが得意だけどマルゼンスキーとはまた別だ」

 

 それくらいは分かっている。マルゼンさんはとにかく速い。誰も彼女のペースに合わせれなかったから逃げている状況になった……っと聞いたことがある。本質は別の脚質だとか……? 

 

「分かってますよ。でもこういう機会、次はいつ来るか分からないしやれるときにやりたいんです!」

 

 私はマルゼンさんと走ったらどうなるのか? 何か学べることもあるのだろうか? という好奇心に動かされていた。

 あの、シンボリルドルフやミスターシービーと並ぶ伝説のウマ娘を相手にするなら誰でも戦いたいと思う。それがウマ娘という存在だろうね。

 

「あぁ、分かった。時間や場所の調整は俺がやるから決まったら教えてくれよ」

 

「はい!」

 

「あぁそれと、ホープフルステークスの出走表が届いたぞ」

 

 そう言われ出走表を手渡された。自分の名前を探してみると……

 

「大外……しかも8枠18番ってガチの端っこじゃないですか」

 

「正直なところ普通なら不利な条件ではあるな」

 

 私としては内枠よりはましだけどね。どうもバ群に飲まれると落ち着かなくて冷静な判断が出来なくなってしまうんだよね。

 

「しかも今回はG1となると周りのウマ娘も実力者だ。外の娘達もスタートしてすぐに内を取りに来るだろうな」

 

「トレーナー、私がバ群の中に入るの嫌いなの知ってますよね?」

 

「あぁ、だからこそ大外枠なのは好都合だってことだ」

 

 はは〜ん? もしかしてこの人、私に大外走ってこいってことを言いたいんだな? 

 確かに私ならスタミナに自信あるし、多少距離が伸びようとも関係はないがそれはそれで不利になるのでは? って思う。

 

「常に外を走るなら距離もスタミナの消費からみても明らかに不利になる。だが、お前なら……あとは分かるだろ?」

 

「……G1という大舞台でもいつもどおりやれ、ってことですね」

 

 いつもどおり、私の持てるスタミナを使って誰よりも速くスパートをかけ、外からぶち抜く。

 

「ただ、それは既に他のウマ娘に手の内がバレてるのでは?」

 

「だろうな。いつもやってきたことだし」

 

 それならば対策されてる可能性もある。……待てよ、わざわざ外側まできて私をブロックしようとするか? 私をブロックするためにわざわざ外を走る利点はないのでは? 

 

「なんとなく分かったような顔しているな。まぁ、大体予想通りだろうが、外……誰にもマークされないような位置を走れ」

 

「だろうと思いましたよ」

 

 少しだけ呆れた感じになってしまったが、今の私が取れる最善の策だ。

 トレーナーが言うには、スタートしてすぐは内に入りすぎないように様子を伺う。前半は、中団より少し後方で待機しながらマークされないように外を走る。中間地点を過ぎてからは少しずつペースをあげ、最後は大外から差し切る……という作戦らしい。

 

「こんなこと本人の前で言うのもなんだが、はっきり言ってお前はズブい。特に先頭から離されそうと判断したら早めに仕掛けろ。いいな?」

 

 うわっ、さらっと傷つくこと言われた……何となく感じていてたものの、ズバッと言われると流石に傷つくなぁ〜? 

 でも、それを見越しての作戦何だろし、本番に向けてトレーニングしなきゃ。

 残り一週間、できる限りのことはやる。勝つために。




最近時間の流れが早く感じます。
本当ならもっと早く完成するつもりだったのにもう5月後半だなんて……


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新たなライバルと共に

 ────ホープフルステークス当日

 

 今日は平日ということもあり会場の人数はいつもの日曜日のレースのときよりも少なかった。それでももう年明け前ということもあってなのか、そこそこの人数は来ていた。

 既に何度かレース経験はしているけれど、G1という大舞台になると流石の私でも緊張している。

 

「ふぅ〜……はぁ〜……」

 

 少しでも緊張を和らげるために深呼吸をする。まぁ、何も変わった気がしないけど……

 

「珍しく緊張してるな」

 

「そりゃあG1ですもの、寧ろ緊張するなって方が難しくないですか」

 

「それもそうか。それじゃ、最後の確認しとくか」

 

 ホープフルステークスは、中山競バ場2000mの内回りだ。スタートして第1コーナーまでは約400m、そしてゴール前に高低差2.4mの坂がある。これはスタートとゴール前に2回登ることになるのでそれなりのスタミナを要求される。

 そこで私は、第2コーナーを抜けるまでは中団後方あたりで様子見、その後の展開しだいで早めに勝負を始める。特に最後の坂を登りきるだけのスタミナは残さなければならないので、いくらスタミナが他のウマ娘よりも抜けてるとはいえ甘えてはならない。冷静に前だけを狙って走る。そして、ここに戻ってくることが大事だ。

 

「まだ、時間はあるが何かやっておきたい事とかないか?」

 

「そうですね、強いて言うならライスさんを吸いたいですね」

 

「……え? ……それなら連れてこようか……?」

 

「いえ、やめときます。それをしてしまったら何か倫理的にもアウトな気もするし、今後吸わないと生きていけない身体になりそうなので……」

 

「そ、そうか……」

 

 流石にトレーナーにも引かれた。たまに自分の中の衝動が抑えられねぇんだ……

 

「ところでトレーナー」

 

「ん? どうした」

 

「そろそろ着替えたいんで一回出ていってもらえますかね?」

 

「あ、あぁ、分かった」

 

 無理やり追い出しても面白そうだったけど、可哀想だったのでやらなかった。それよりもこの人、そろそろ着替えの時間だったのに中々出ようとしなかったような……? 

 そんなことはとりあえず置いておいて、近くのハンガーに掛けてあった『勝負服』に着替える。

 

 あまりこういう服は着ないので少し手こずった。今後もお世話になる服だから大切にしなければ、って思うと雑に扱えないよね。

 しっかりと蹄鉄の確認、そしてエプロンの位置などを確認しておいた。少しでもずれるとみっともないから入念に確かめた。

 

「もうすぐ……ですね」

 

「あぁ」

 

「私、勝てますかね」

 

「今までやってきたことを信じろ。そして、周りの雰囲気に飲まれるなよ」

 

「……はいっ!」

 

「よし、もうすぐパドックに行く時間だな。俺は先に戻る、少し一人で集中したいだろ?」

 

 そう言い残し、トレーナーは控室から去っていった。

 そして、私は最後の確認をしてパドックへと向った。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

『さぁ、やってまいりましたホープフルステークス! それでは、パドックの様子を見ていきましょう』

 

 時間となり、今日一緒に走るウマ娘達がパドックへと出ていく。

 

『さて、最初に出てきたのは1枠1番、2番人気のアーセナルリバティです。かなりリラックスしていますね。落ち着いた走りで彼女の鋭い末脚に期待です』

 

 アーセナルリバティ……確か私の記事が載ってた月刊トゥインクルに一緒に取り上げられてた娘だったかな。差し、追込が得意な娘で、この世代で最強の末脚を持ってるとかなんとか……

 

『そして、3番人気のキングオブハート。調子は悪くなさそうですね。安定した走りで強さを見せつけられるか!』

 

 そこ、普通ならクイーンオブハートだよねって思うよね。これだと「ハートの王」だもん。女王じゃないんかい! って思ったけどあの娘、右耳に耳飾りしてるから元は牡馬なんだよね。

 

『さぁ、最後に出てきたのは1番人気、アリスシャッハです。少し緊張してるようです。ここまで無敗のウマ娘はこの中山競バ場でも咲き誇るのか!?』

 

 期待されるのは嬉しいけどそれはそれでプレッシャーになる。私のことを推してくれるファンの期待に答えたい気持ちや周りのウマ娘からの「あの娘には負けないっ!」って感じの視線とか色々ある。

 とにかく落ち着こう。冷静になれ。

 

 だいぶ気持ちを落ち着かせたところで周りを見渡す。もちろん一緒にレースに出走するライバル達の様子を見るためだ。……というのは建前で知り合いが居ないかと探してしまっていた。

 スピカの面々はすぐ見つけられた。そして……クラインの姿も見つけることができた。やっぱり来てくれていたんだ。

 私はクラインの方向を向きながら微笑みながらピースをした。これは勝利のV、必ず勝って戻ってくるという意思表示だ。

 

 

 

 暫くして出走が近づいてきたので地下バ道を通ってターフへと向かう。すると、とあるウマ娘に声をかけられた。

 

「君が……アリスシャッハだね? あたしはアーセナルリバティ。今日はよろしくね!」

 

「えぇ、お互いいい走りをしましょう。えっと……」

 

「リバティでいいよ。年の差無いし、気軽に話してほしいな♪」

 

「分かった。よろしくね、リバティ」

 

 互いにいい勝負をしようと言う意味を込めて握手をした。

 

「あら? 二人だけいい雰囲気になるのは許せませんわね! わたくしも混ぜてくださいまし!」

 

 何処から湧いたかキングオブハートが現れた。なんか君、少しキャラ被りしてないか? いや、同じ"キング"だからなのかもしれないけど……

 

「もちろん貴女の事も忘れてないですよ。キングゥ」

 

「ちょっとあなた!? わたくしはキングですわよ! キングゥだと別のものになりますわよ!?」

 

「だってキングだと先輩のキングヘイローさんと被るし……じゃあキンハは?」

 

「それもアウトですわ! 色んな意味で!!」

 

 あぁ、この娘ツッコミ側か。ますます被ってるじゃないか。

 

「それならハートの方が分かりやすいと思うなぁ」

 

「「それだ!」」

 

 結局1番分かりやすいハートになった。でもまぁキングでお嬢様気質だと……ポンコツ要素は無さそうだし、キングさんとは違う路線の娘なんだろうなぁ。

 

「今回は3番人気でしたけどあなた達二人に負けるつもりはありませんわよ!」

 

「あったりまえじゃん! あたしの末脚、舐めないでね!」

 

「もちろんさ。二人だけじゃない、他のライバルにも負けるつもりはないよ」

 

「それじゃあ」「「行きますか!」」

 

 

 

『続いて出てきたのは……なんと今回の上位人気の三人だぁ!』

 

 うわおおおおおおおおお!! 

 

 スタンドの盛り上がりがよく分かる。普通のG1の時より観客数こそは少ないけどかなり盛り上がってる。

 

 

 

「なぁ、今日のレースどう思う?」

 

「あぁ、1番人気のアリスシャッハは今回も無尽蔵と言われるスタミナを全力で使った勝負に出るだろう。多分だが、第2コーナーを抜けた向う正面の何処かで仕掛けるだろう。

 アーセナルリバティは、アリスシャッハより後方に構えてマークするだろうね。できるだけ離されないようにして最後の310mの直線で一気に追い抜くつもりだろう。ただ、アリスシャッハの最速のスパートタイミングから付いていこうとなるとスタミナ面ではしんどいはずだ。

 それにキングオブハートは今回の面子相手に場を支配するのは厳しい。いつもみたいに自分の支配したレース展開にならないはずだからどう対応してくるか……」

 

「どうした急に」

 

「なぁ、お前的にはどう思う? このレース」

 

「あくまで俺の予想だが……今のアリスシャッハに勝てる娘はいないと思ってる。アリスシャッハに勝てるとしたらアーセナルリバティかキングオブハートだろうな」

 

「奇遇だな。俺もそう思う」

 

 

 

 ゲートインする前の最後の時間。私は集中するために深呼吸をしたり、軽く身体を動かしていた。

 正直なところここの時間はプレッシャーも大きく、精神的に追い込まれる気持ちになる。しかし、ここでのメンタルの強さがレースで勝つためにも必要なことだろう。

 

 着々とウマ娘達がゲートに入っていく。私も心の準備が出来た。ゲートの中は相変わらず狭い。私自身は身体は大きく無いので他の娘より広めになるけどそれでも窮屈に感じてしまう。ましてやリバティはめちゃくちゃデカいので余計に狭そうだ。

 周りの様子を見ていたら最後の娘のゲートインが完了した。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 ……行くぞ。

 

 ガチャコン! 

 ゲートの開く音とともに一斉に駆け出してゆく。

 

『ゲートが開いた! 各ウマ娘、よいスタートを切りました!』




6月です。前回から一ヶ月が経ちそうです。
本当ならもう少しペースを上げたいんですけどいかんせん時間が……
ゆっくりですが、これからもよろしくお願いします。


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新星の輝きは誰の手に?

『各ウマ娘、よいスタートを切りました!』

 

 ゲートの開く音と同時に駆け出してゆく。殆どのウマ娘はそのまま内に入っていく。私は当初の作戦通りに集団の一歩外側に位置取り、展開を見る。

 

『先頭争いは3番人気のキングオブハート、そして2番ファントムが競り合っています! 

 そして今回の1番人気アリスシャッハは中団の位置、しかも大外に構えています!』

 

 スタート直後の展開は予想通りだ。ただし、私をマークしていたのか先行策の娘達も少し後ろ気味が多いようだ。残念だったな! 私は誰にも邪魔されないように外から行かせてもらうぜ! 

 

 大歓声の中正面スタンド前を走り抜け、第1,第2コーナーを抜ける。

 

『先頭は変わらずキングオブハート、続いてファントムが続いています。バ群は縦長の展開になっています』

 

 リバティは最後尾から静かに獲物を狙っているようだ。まるで狩りをするように……

 少し予定よりも早いけどエンジンを掛け始める。別に掛かっている訳ではない。ここの場に居るウマ娘達は『全体の半分を切ってからスパートを掛け始めるはずだ』と思っているに違いない。自分が思っているよりも先頭との差があり、このままだと追いつけない可能性を感じ、さらにこの場をかき乱す目的もある。

 さぁ、ここからが正念場だ。持てるスタミナ全部使ってぶち抜いてやる! 

 

『おっと、アリスシャッハここで動き始めたか!? 自慢のスタミナを活かしたロングスパートか?』

 

『彼女にしては早めに仕掛け始めましたね。2度目の坂も控えていますが、これはスタミナが持つか心配ですね』

 

 ◆

 

(……ッ! アリスがもう動いた……? あたしが予想してたより早い!)

 

 僅かにペースを上げ始めたアリスの背中をみる。確かにアリスはどう動いて来るか分からない。しかし、予想よりも早いタイミングで仕掛け始めたのだ。そして、あたしが思っているよりもハイペースなレース展開でスタミナを削られているのだ。

 最後の坂を登りきる為にスタミナはできるだけ温存したかったけど……このプレッシャーは中々のものねっ……! 

 

 ◆

 

 後ろからの圧が僅かに変わったことに気づいた。多分これはアリスかリバティのものだろうとわたくしは理解した。レース前からあの二人の威圧感? 気迫は他の娘と違って迫力を感じていた。明らかに他とは違う圧力が後ろから迫ってきている。焦るな、わたくしの走りを崩しては駄目よ! 

 

(このタイミング……この威圧感は一人しかいませんわね……いいですわよ! このわたくしが相手になってあげますわ!!)

 

 ◆

 

「あいつ、予定より早めに仕掛け始めたな……」

 

「あれ、トレーナーさんの指示じゃないの……?」

 

「まあな。いつも通りやれとしか言ってないしな」

 

 確かにバ群が伸びている以上、早めに仕掛けてできるだけ前との距離を縮めておきたいのだろう。

 しかし、これだけの高速バ場になっているのでスタミナの消費もいつもより多いはずだ……大丈夫か、アリス……! 

 

 ◆

 

『さあ、第4コーナーを抜けて最初に上がってきたのはキングオブハートです! 注目のアリスシャッハは既に3番手まで上がってきています! さらにさらにその後ろには、アーセナルリバティもきています!』

 

 私が仕掛けたタイミングが早かったせいでペースを乱された一部のウマ娘は沈み始めている。だけど一筋縄ではいかなさそうだ。

 ハートは多分、今まで走ってきた中でもっともハイペースな勢いで逃げてるはずだ。つまり、スタミナももう余分には残ってないはず……! 

 しかし、後ろから来ているリバティはどうだろうか? 私から離されまいとついてきている筈なので近い位置にいるはずだろう。スタミナは消費しているとは言っても位置関係が近いとなるとあの子の末脚ほど怖いものはない。

 でも……そんなこと関係ねぇ!! ありったけの力をぶつけて勝つまでだっ!!! 

 

『おっと!? アリスシャッハ、ここでさらに加速した!』

 

(……っ! まだ加速できる余裕あるなんて……! でも……)

 

「あたしも……まだ負けていないっ!! はぁっ!!!」

 

「ははっ……いいねぇ! でも、勝つのは私だ!!」

 

「まだ……まだ、終わっていませんわぁ!!」

 

 全ての力を使い果たす勢いで最後の坂を駆け上がり、最後の直線へ。

 もうスタミナなんて残っていない。もはや気力だけで走っている状態に近しい。肺が、心臓がはち切れそうだ。でも、その先に勝利があるならば……! 

 

『並んだ、並んだ! 最後はこの3人が並んだ! さあ、誰が最初にゴール板を駆け抜けるのか!? 

 ……そして、並んだままゴールイン!』

 

 ほぼ横一線、ヒトの目で見るなら同着と判断されてもおかしくない状態でゴール板を駆け抜けた。

 私達はそのままターフの上に転がった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「えへへ……もう、立てない……や……」

 

「ぜぇ……ぜぇ……お二人共どんなスタミナしてるのですか……死ぬかと思いましたわ」

 

「あたしだって……アリスに離されるか! って思ってついてきたらこのざまだよ……」

 

「流石のスタミナ自慢の私でもきつかったよ……? ハートが想像より速いペースで逃げるし……」

 

「アリスさんとリバティさん相手に消耗戦を挑んだのが間違いでしたわ……なんか上がってきますわ……」

 

「ちょっと待って!? ここで吐くのは……」

 

「だい……じょうぶですわ。まだ我慢でき……ます……わ……」

 

 割とぎりぎりのラインで耐えてるようだ。結果は写真判定になった。結果が出るまでもう少し時間がかかるようなので、リバティと一緒に死にかけているハートを保健室に連れて行った。

 そして、暫くして写真判定の結果が決まった。

 

『写真判定の結果、優勝は18番アリスシャッハ、二着アーセナルリバティ、三着キングオブハートとなりました!』

 

 湧き上がる歓声がここまで聞こえる。

 

「ありゃりゃ、僅かに捉えきれなかったみたいだね。おめでとう、アリス」

 

「今回は負けてしまいましたが……次はわたくしが勝ちますわよ!」

 

「うん……ありがとう、二人共……でも次も私が勝ってみせるから覚悟しておいてよね!」

 

「うん! 次こそは捉えてみせるよ!」「わたくしだって!!」

 

 そして、私達はそのまま雑談をしながら疲れきった身体を休め、ライブに向けての準備をするのであった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 全てのレースが終わりライブの時間が迫ってきた。あの後暫くそのまま三人で過ごし、その間に連絡先の交換などをしていた。

 そして今はライブに向けての準備をしていた。今回のライブは『ENDLESS DREAM!!』だ。確かアプリの方のジュニア期のG1レースのウイニングライブはこの曲だったような……もう昔の頃なんて殆ど忘れてきているから記憶はあやふやだ。

 

 まあ昔のことは置いといて、ライブ用の衣装に着替える。既に何度か着ているけどこう……お腹周り、おへそがちらっと出ているのが未だに慣れない。確かネイチャとかが「これどこ需要あるの?」的なセリフを言ってたのを思い出す。男の視線から見るとこのチラリズムとおへそが見えているのが良かった。

 でもウマ娘として、女の子として新たに生きてきたからなのか、おへそが見える衣装を着るのが少し恥ずかしく感じるようになっていた。これでも慣れてきているけど、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。……もう慣れるしかないのだろう……

 

 コンコンコン

 

「アリス〜もうすぐ時間だよ〜」

 

「んっ、分かった。今いくよ」

 

 控室を出ると準備万端のリバティとハートが待っていた。

 

「今日のセンターが遅刻なんて許されませんわよ?」

 

「ごめんごめん。さぁ、行こうか」

 

 

 

 ⏰

 

 

 

 ステージの裏側に来ると伝わってくるこの熱気。自分が推している娘がセンターで踊ったり、惜しくも勝てなかった推しに次こそは勝ってくれと思いを伝えたりと色々な思いが伝わる。

 もう出番は目と鼻の先だ。既にファンのヒトにも新しくファンになってくれたヒトにも精一杯のファンサをしようじゃないか! 

 

「よし、行こうか。二人共」

 

「もちろん」「えぇ!」

 

 ステージに立つと観客席が一気に盛り上がった。さぁ、全力で盛り上げようじゃないか! 

 

夢のゲートひらいて〜輝き目指して〜

行こう! みんなで Go to the top!! 

 

 

 

 ⏰

 

 

 

「二人共、ライブお疲れ様!」

 

 無事にライブも終わり、それぞれの控室に向かって歩いている。

 

「アリスさんもお疲れ様ですわ。今日の主役として素晴らしいパフォーマンスでしたわね! でも、次はわたくしがセンターをいただきますわよ?」

 

「あたしだって負けないよ! 

 ところで二人は次のレース決めてるの?」

 

 うーん……今の所の予定だと次はクラシック三冠の皐月賞が目標だ。その間に別のレースに出るかどうかはまだ決めていない。

 

「まだ、確定ではありませんが皐月賞を目指していますわ!」

 

「へぇ〜……奇遇だね、あたしもだよ」

 

「なら次は皐月賞が私達の次の戦いの場ってわけだね」

 

 次の対決のレースが決まり二人の瞳に炎が宿ってるような気がした。『次こそは負けない!』っていう強い意志を感じ取ることができる。

 多分だが、皐月賞にはこの二人に加えてクラインも出走するだろう。このホープフルステークスも激戦となったけど、皐月賞もそう容易く勝つことはできない。もっとトレーニングして強くならないと……そう感じたのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 一日の日程が終わり、チームの皆で学園に帰った。その最中にトレーナーが「初めてのG1勝利記念」って言う名目で何かやりたいことはないかと尋ねられた。そして私は……

 

「ならチーム全員で食べ放題でも行きたいです!」

 

 って言ったら、「おう、分かった!」と言ったものの顔が真っ青になっていた。そりゃあ、スペさんにライスさん。マックイーンも居るなら費用は馬鹿にならないだろう。

 すまないトレーナー、反省はしている。だけど、折角ならば私は皆と楽しみたいんだ。

 この仲間達と出会えて、そして一緒に頑張ることができて私は幸せだ。これからもずっとずっとこの仲間達と一緒に走り続けて行きたい……どこまでもずっと。



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第三章 クラシックへ
いざ、クラシック級へ!


え……8月……?


 あの激闘を広げたホープフルステークスから数日経ち、新しい年を迎えた。

 そして、1月1日の朝早い時間に私はジャージに着替えてランニングの準備をしていた。ここ数日は、レースの疲れを取るためにトレーニングを控えめにしていた。それが原因なのかわからないけど、とにかく走りたくてしょうがないこの気持ちを落ち着かせるために、そしてあわよくば初日の出を見られたらなぁ……とか思っている。

 目的地は少し前に確認済みでルートも頭に叩き込んでいる。入念にストレッチをしていると

 

「あら、奇遇ですわね。あなたも朝からランニングを?」

 

「うん、そのつもり」

 

 そこには私と同じくジャージを着て走る気満々のマックイーンが居た。

 

「なら、私もご一緒してもよろしくて?」

 

「いいよ。行きたいところあるからそこまで行く?」

 

「いいですわよ! ところで、どこに行きますの?」

 

「んー、折角の正月だから初日の出でも見に行きたいなーって思っているのだけどどうかな? もういい場所見つけてるからそこに行こうかなと……」

 

「いいですわね! どこまで行きますの?」

 

「ここだけど……」

 

 私はスマホを取り出し目的地をマックイーンに見せる。

 

「結構距離ありますわね……」

 

「一応、私は一回ここまで走ってるしマックイーンなら余裕じゃない? 別に全力で走るわけじゃないし」

 

「まぁ……あなたがそう言うならば大丈夫なのでしょう」

 

「じゃあそろそろ行こうか……の前に、そろそろ出てきたらどうですか? ()()()さん?」

 

「ふぇっ……!? き、気付いていたの……?」

 

「はい、ほぼ最初からそこに居たのは分かってましたよ」

 

 私をつけてきたのかまでは分からなないけどすぐそばに木の枝を持って隠れていた。

 

「ライスさん!? 居ましたの!?」

 

 え……気づいてなかったの……? あんなに分かりやすい隠れ方だったのに……? 

 いや、待てよ。確かテイオーとブルボンから逃げてたあのシーンでも気づかれてなかったような……? 思っているより皆鈍感なのか? 

 

「ささ、のんびりしていると初日の出に間に合わなくなりますよ。ほら!」

 

 二人を催促し、走り出す。まだ朝日は昇っていないので周りは薄暗い。ひんやりと冷える冬の風を浴びながら、白い息を吐き出しながら走る。

 他愛も無い話をしながらこうやって走っているとまるで青春を謳歌しているような……ううん、これは立派な青春のひとつなんだろう。

 

 

 

 一人では長く感じたこの道のりも三人で走ればあっという間だ。いつもトレーニングで一緒に走ってるとはいえ走る場所や目的が変わればこんなにも世界が違って見えるものなのか。

 

「だいぶ明るくなったけどどうにか間に合ったね」

 

「えぇ、でもここから見る景色は普段と違って見えますわね……」

 

「でしょ! 私も二人と一緒にこれて良かったよ」

 

 周りが明るくなり、初日の出を拝んだ私達はそのままその場でゆっくりと時間を過ごした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ戻るとしますか」

 

 朝日が昇るのを見届けた私達は、学園に戻ろうとする。

 

「そういえば帰り道にいつもの神社ありますわね。どうですか? そのまま初詣済ますのは……」

 

「う〜ん……私は別に構わないけど二人はいいの? 汗かいたままだしジャージのまま行くのは……」

 

「確かにそうですわね……では、一度寮に戻って着替えてからまた集合ということにしませんか?」

 

「そうだね。せっかくだから汗も流してから行こか」

 

 一度寮に戻ることを決めた私達はここまで来た道を再び走って寮に戻った。

 

 ⏰

 

 寮に戻った私達は汗を流し、着替えを終えて学園前の入口に集合した。すると、そこにはマックイーンとライスさん以外にも数人が集まっていた。

 

「これはこれは……皆さん勢ぞろいで……」

 

 そこには私のチームであるスピカの仲間(+トレーナー)が集まっていた。

 

「おせーぞ、アリス! 待ちくたびれちまったぜ!」

 

「マックイーン、この状況は……?」

 

「私もここに来たときには既に……」

 

 この様子だとゴールドシップによって皆集められた……って感じがするなぁ。雰囲気がそんな感じしてるもん。

 

「よぉし、トレーナー! 運転任せた!」

 

「はいはい……」

 

 そのまま私達はトレーナーの車に乗り、行く予定だった神社に向かうことになった。

 その後は最早恒例となった初詣を済ませ、学園へと戻った。そして、私達の部室でコタツを中心に鍋を囲っていた。

 

「もう毎年やってるから気にならなくなったけど誰一人鍋の準備手伝ってくれないのだな……」

 

「何言ってるのですか、私が居るじゃないですか」

 

「お前除いてだよ……たく、あいつらときたら人使いの荒いウマ娘だぜ」

 

 まあ確かにあの子達がトレーナーを手伝う様子は……想像できないな。

 

「あ、そうだアリス。今年からお前もクラシック級になった訳だが、出たいレースとかあるか?」

 

「えぇ、もちろんありますよ。ウマ娘として生まれたからには三冠に挑戦したい……と思ってます」

 

「あぁ、そう言うと思ってたよ」

 

「私の考えとしてなのですが……まずは弥生賞を、そして皐月賞に挑みたい……と思っています」

 

「いいのか? 無理して前哨戦に出なくてもお前なら出走できると思うぞ」

 

 確かにそうかもしれない。だけど、そもそも2000mは苦手な距離だ。ホープフルステークスで勝てたのはほぼ奇跡に近い。マイル、中距離が得意なクラインが居たら間違いなく負けていたと思う。

 

「私は……ホープフルステークスで勝てたのは奇跡だと思っています。2000mの皐月賞にはクラインも出てくると思います。はっきり言って今の私では彼女には勝てない……だからこそ、弥生賞に出ることで皐月賞への対策を組みたいのです」

 

「……分かった。こっちもトレーニングのメニューも作っておこう」

 

「ありがとうございます! トレーナー!」

 

 やはり持つべきはウマ娘への理解のあるトレーナーだな! これからも頼らせてもらうよ、トレーナー。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ジュニア級王者……? 私が……?」

 

 たづなさんが突然訪ねてきて何事かと思ったら……えっ!? 

 

「クラインじゃなくて私ですか?」

 

「そうですね! しかも、ほぼ同票だったらしいですよ!」

 

 うーん……どうして私だったのだろうか。クラインと同じで無敗でではあるものの、ホープフルSは割とギリギリの勝利だったし、クラインの方が圧倒的勝ち方してたと思うけど……

 そう考えていると、たづなさんから一冊の雑誌を受け取った。その中には去年の年度代表ウマ娘や、ジュニア級王者になった私について書かれていた。

 

『グローサークラインとアリスシャッハで迷ったが、ホープフルステークスで熱い勝負を見せてくれたアリスシャッハに入れることに決めた』

 

『これからの走りに期待して、そしてクラシック級でも素晴らしいレースを見せてくれると信じて』

 

 あ、むしろホープフルSのレースが評価になったのか。うむ……期待されるのは嬉しい。クラシックでも皆の期待に応えられるのようなレースをしていこう。

 

「あ! それとアリスシャッハさん、今度の表彰式があるので参加してもらうのですが、その時に簡単でいいのでスピーチをお願いしても大丈夫ですか?」

 

「え、えぇ……だ、大丈夫です!」

 

 おう……中々のプレッシャーを感じる。人前で話すの苦手なんだよね。多分これ、放送されるかもしれないし、下手すれば全国の人が見るのでしょ? ……ヒェッ。

 

「が、頑張るぞぉ……おー!」

 

 気合を入れ直し、表彰式にむけてスピーチを考えたものの、肝心の本番でガチガチで噛みまくったのはまた別の話であった。




別に失踪してたわけでもないんだからね!

……時間が……時間が欲しい……


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伝説、ここに集う

「ふふっ、こうして君と走るのは何時ぶりだろうか、マルゼンスキー」

 

「さぁ?でもルドルフちゃん達と走るのも久々よね!」

 

えっと……マルゼンさん???どうしてここに会長がいるんですか???

えっ……?

 

「まぁまぁ、いいんじゃない?こうしてアタシ達と走るの機会なんてそうそうないだろうし。ほら、肩の力抜いて」

 

「シービーさん……」

 

そう、確か私はマルゼンさんと併走する予定……だったはずだ。なのに何故、会長にシービーさんもいるのか。

 

私にもわからん。

 

しかも、どこから嗅ぎつけてきたのかギャラリーもそこそこの人数集まっている。いつの間にか併走が模擬レースに変わってしまったのだ。

確かにシンボリルドルフやマルゼンスキー、さらにはミスターシービーまでも……伝説級のウマ娘に挟まれてただのウマ娘が敵うわけないじゃないですか。

 

ただ、やれる分はやってやる。可能な限り、彼女達の走りを吸収して、これからのレースに生かせるようにしなければ。

 

「やぁ、アリス君。こうして君と何かやるのは久しぶりだな。緊張するな……っていうのは難しいだろう。せっかくの機会だ。存分に楽しもう!」

 

「は、ひゃい!」

 

「もう!ルドルフちゃん、あたしのかわいい後輩ちゃんを虐めないでよ!」

 

「マルゼンしゃん……だ、大丈夫……です!めちゃくちゃ緊張してますけど、きっと大丈夫でしゅ!」

 

「うん、少し落ち着こう……ね?」

 

シービーさんが笑うのを我慢しているようだ。こんな凄いヒト達に囲まれて冷静にいられるか!!

 

どうして、こうなったんだ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡ること数週間前……

 

「はぁ……はぁ……!タイム、どうでしたか?」

 

「ああ、いい感じだ!前よりもスパートの加速も良くなってきいるぞ」

 

 

私はいつもどおり、チームメンバー達とトレーニングをしていた。今年からクラシック級になり、さらに気合が入っていた。

 

「最近調子よさそうね」

 

「だな、俺達も負けてられねぇ!」

 

「奇遇ね。偶には意見があうじゃない!さぁ、行くわよ!」

 

私に感化されたのかスカーレットとウオッカの方もいい感じになっている。普段はよく喧嘩してるように見えるけどとても仲がいい。俗に言う『喧嘩するほど仲がいい』ってやつかな。

 

「あら、すっごく調子よさそうじゃない!」

 

「マルゼンさん!?どうしてここに?」

 

「あら……もしかして()()約束忘れちゃったの……?」

 

約束……?あ!そういえば去年、時間がある時に併走しようって言ってたものか!

 

「いや、忘れたなんてとんでもないですよ!あはは……」

 

本当は忘れかけていたのは内緒だぞ☆

 

「良かったわ、期間結構空いちゃったから忘れられてたらどうしようかなって思ってたのよねぇ〜」

 

「何言ってるのですか!マルゼンさんとの約束を忘れるだなんてそんなことありませんよ!」

 

嘘である。本当はこの娘、約束のことを忘れかけていたのだ。

 

「アリスちゃんも今年からクラシック級でしょ?だから忙しくなる前に併走の約束を果たそうかなって思ったけど……大丈夫かしら?」

 

「えぇ!いつでもウェルカムですよ!」

 

「分かったわ!日時決ったらまた連絡するわね」

 

マルゼンさんと併走かぁ……相手はスーパーカーと呼ばれるような存在だ。はっきり言って勝てるビジョンすら見えない。

でもレースに関して何かしらの収穫がありそうなのでもちろん手を抜くつもりは無いし勝つつもりで挑むさ。

 

 

 

あれから数日後、LANEでマルゼンさんから連絡があった。

 

『アリスちゃん!併走なんだけど来週でいいかな?』

 

『はい、大丈夫です!トレーナーにも報告しておきますね』

 

思ってたよりも早い連絡だった。皐月賞に向けて色々と学ばせてもらおう。

 

『当日はよろしくお願いします!』

 

『えぇ、楽しみにしてるわね!』

 

この時は、まさかあのような事になるなんて想定もしてなかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マルゼンさん……これはどういう状況ですか……?詳しく説明してください……」

 

周りはトゥインクルシリーズにおいて伝説を残してきたレジェンド達ばかりだ。

 

「実は今回のことたまたまルドルフちゃんに話したのよ。そしたら『ほう、面白そうじゃないか。私も一緒にいいかね?』って言われてね〜。

シービーちゃんもそこに居合わせたから付いてきちゃった☆」

 

なんだよそれ……しかし、これはまた一つのチャンスだろう。

マルゼンさんは逃げ、ルドルフさんは先行or差し、シービーさんは追込でそれぞれ脚質が違う。

これからはレース馴れしていないジュニア級の頃と違い周りの練度も上がってくるだろう。これから相手にするだろう強力なライバル達と戦って行くために勉強させてもらおう。

 

「さて、今回のレースだが事前に伝えた通り2400m左回りで問題ないかね?」

 

「あ、はい!大丈夫です!」

 

正直このメンツでダービーと同じ距離である2400mは厳しい戦いになる。だからといって手を抜くつもりはない。私の全力をぶつけるまでだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、聞いた?今日、会長達が模擬レースするんだって!」

 

「ほんとに!?会長が走る姿、生で見れる機会ないから行こう!」

 

「うん!」

 

始まる前に軽くストレッチをしているといつの間にか観客ができていた。分からなくもない。あまり表舞台で走ることの少ないレジェンド級の3人も居るんだ。私かそっち側だったら絶対見に行くもん。

 

「うむ……いつの間にか観客も増えているようだな」

 

「そりゃあ、ルドルフさん達が居れば皆見たくて来ますよ……」

 

「なるほどな。でも、私達が目的ではない娘も居るようだぞ?」

 

「あぁ……あれは私の同期の娘達ですね。敵情視察でしょうね」

 

自分で言うのもなんだけど確かに私は同期の中でも注目されている。情報収集にはこれ程適した場面は中々ないだろう。だからといって私は手の内を隠すつもりはない。全力で挑むのみだ。

 

「さて、準備はいいかしら?スタートはアリスちゃんのトレーナーくんにお願いしたわ。ゴール板はヒシアマちゃんが担当してくれてるわ」

 

「ありがとう、マルゼンスキー。二人も問題ないかね?」

 

「もちろん」

 

「大丈夫です!」

 

模擬レースとはいえきちんとゲートまで用意してあり、それぞれ事前に決めておいたバ番に入る。

 

1番:マルゼンスキー

2番:アリスシャッハ

3番:シンボリルドルフ

4番:ミスターシービー

 

よし……行くぞ

 

ガコンとゲートが開く。

 

(やはりマルゼンさんが飛び出るか!)

 

スタートして間もなく、一気に逃げるマルゼンスキー。すぐ隣にシンボリルドルフ、後ろからミスターシービーが睨んでるようだ。

 

(まずは、マルゼンさんに離され過ぎないようについていかなきゃ……!)

 

「いいわね!アリスちゃん!どこまで着いてこられるか見せてちょうだい!」

 

さらに加速するマルゼンさん。うっそだろ……まだ始まったばかりなのにそこまで飛ばせるのか……!

 

「私から逃げられると思うなよ!」

 

ルドルフさんも負けじとついていく。私も離されないようにルドルフさんの背中を追いかける。

かなりハイペースのレースなのでスタミナも削られてくる。

そしてあっという間に1200mを過ぎてしまう。

 

(ペースが早すぎて観察する余裕もない……!ついていくので精一杯だ!)

 

前では激しい削り合いが起きている中、後ろから唯一人チャンスを伺っているシービーさん。いつどのタイミングで仕掛けてくるか分からない。

そして、レースも終盤に入る。

 

「ふふっ♪久しぶりに楽しくなってきちゃった……さぁ、行くわよ!」

 

「逃がすものかマルゼンスキー!」

 

その瞬間、周りの空気が変わる。二人からはさっきまでとは違う気迫を感じた。これは……!

 

(この空気……!まさか領域(ゾーン)!?)

 

ピリピリと伝わるこの空気はあの時と同じだった。あの時と違い観客席で感じる物と全く別物だ。

 

(やばい……この空気に飲まれ……ッ!)

 

その瞬間だった。

 

「アタシのこと……忘れられちゃあ困るな!」

 

後ろから物凄いプレッシャーをかけられる。一気に追い込んでくるその末脚はただただ恐怖でしかない。

最後の直線、シービーさんにも抜かれ差が着実に広がり始める。

 

(追い……つけない……!でも……)

 

「まだだ……まだ、終わってないッ!!」

 

「「「!?」」」

 

……

………

…………

 

最後の抵抗も虚しく、開ききったその差は埋まることはなかった。『強すぎる』これ以外の言葉で表現しようがなかった。

 

「はぁ……はぁ……やっぱり、駄目かぁ」

 

ターフの上に大の字に寝転がりながら呟く。圧倒的実力差を見せつけられて私なんてまだまだだと実感した。

 

「ルドルフちゃん……最後……」

 

「あぁ、分かってる。まさか領域(ゾーン)に入ってた私達が()()()()()とはな」

 

「あれはアタシ達の領域(ゾーン)自体を弱められた……って感じだった気もするな」

 

「ふむ、なるほど……」

 

少し離れた場所で何やら3人で話してるようだがはっきりと聞き取ることが出来なかった。ルドルフさんが何やら面白いものを見つけたと言わんばかりに微笑んでる。

ターフの上に倒れ込み、ぼーっと空を見ていると一つの近づく足音がした。

 

「お疲れ様、アリスちゃん」

 

ドリンク片手に私の視界に入ってきたライスさん。

 

「ありがとうございます、ライスさん。流石にあの3人相手は厳しかったですね……あはは」

 

「アリスちゃんはよく頑張ったと思うよ……!最後の直線のアリスちゃんは凄かったよ……」

 

ライスさんの声が少し震えてるような気がした。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「えっ?う、うん!大丈夫……だよ……良かった……いつものアリスちゃんだ

 

「……?」

 

まるで何かにビビってるようにも見える。あれ……私、何かやらかしました……?

そうこうしてる内にルドルフさん達が近くに来ていた。

 

「お疲れ様、とてもいい走りだったよ」

 

「いえ、こちらこそ……私もまだまだ力不足だと感じました。また機会があればもう一度やりましょう」

 

「あぁ、いいだろう。そして君はまだクラシック級に入ったばかりだ。これからもっと強くなる。その時を楽しみにしておくよ」

 

「はい……!ありがとうございます、会長!」

 

そうして、マルゼンさんとの併走改め模擬レースは幕を閉じた。しかし、ライスさんの反応といい、ルドルフさん達の会話……色々気になるけど次に備えてまた頑張らなきゃ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……やはりあの娘は他の娘と何やら違う……ようだね?」

 

「はい……あの瞬間、僅かではありますがいつものあの娘とは違うものを感じました……何か不思議な感覚です……」

 

「やはり君もそう感じたかい?あの時の件といい、私にとってとても興味深い……」

 

「……無理やりは駄目ですよ……?」

 

「分かってるとも。前にやらかしてる以上、変なことすると周りから何やられるか分からないからね。大人しくするさ」

 

「貴女にしては珍しいですね」

 

「まぁ……色々あったのだよ。察してくれ」

 

「そうですか……それじゃあ私はここで」

 

「あぁ、付き合ってくれてありがとう。今度最高のコーヒーを淹れてあげようじゃないか」

 

「紅茶派の貴女が……?遠慮しておきます」

 

「そうかい……それよりもだ。今日はわざわざすまなかったね」

 

「私もあの娘のことは放っておけないので……では」

 

「…………私も同じさ」




気付いたら約3ヶ月経っていました……スマヌ……
また少しずつ続き書いていきましゅ……

割と忙しすぎてモチベが死んでたのもありますがのんびりやっていきます。


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バレンタイン

半分ネタ回です。

ところで皆さんは4th ExtraStage見ましたか?私は配信勢でした。2日目のささやかな祈りでガチ泣きしてしまったよ……


 ある日のこと……

 

「もうすぐバレンタインだけど何か用意してるー?」

 

「あ〜……何もしてないわ……」

 

「それならいつもお世話になってるトレーナーさんに一緒にチョコ作ろうよ!」

 

「お、いいね!」

 

 

 

 あ〜……もうそんな時期なのか。2月に入り、周りがなんかソワソワしてるな〜って思ってたけどそれが理由だったのか。

 バレンタインかぁ……今まではあまり気にしてなかったから友達から貰ったらとりあえず返しとく程度しかしてこなかった。

 

「ふむ……トレーナーに……か」

 

 手作りとはいかないが何か渡してあげるのもいいな。ゲームの頃も担当から3年目に必ず貰えるイベントあった……あれ、なんかなかったシナリオも……気の所為か。

 トレーナーはいつも私達のことを大切にしてくれてるし、何かとお世話になりっぱなしだから偶には……いいかも。あ、折角だしライスさんにもあげようかな。

 

「おっ! アリスじゃん、おはよー!」

 

 名前を呼ばれ振り返るとウオッカとスカーレットが居た。

 

「マーちゃんも居ますよ」

 

「っ!? マーちゃん……! いつの間に……」

 

「最初から居ましたよ?」

 

 え、本当に? 

 

「私の事を忘れられないようにこっそり映ってました。どやや」

 

 あれ、これ私に言ってるんだよね……? 

 

「何か悩んでたように見えたけどどうしたの?」

 

「あぁ〜……実はかくかくしかじかで……」

 

「なるほど〜。それはとてもいい考えだと思いますよ!」

 

「ちょっと待て、なんでマーちゃんそれで分かるんだ!? あとアリスもちゃんと」

 

「いいじゃない。アタシも一緒にやるわ!」

 

「スカーレット!? え、俺だけアリスの言ってることがわからないのか!?」

 

 ちなみにその後きちんと説明した。それよりも何故二人はわかったのか……真相は闇の中である。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 という訳でキッチンを借りることにした。そしたらどこから情報を仕入れたのかスピカのメンバーが勢揃いしてた。……何故。

 

「ったく、お前らだけでやろうなんてすんなよな! アタシ達、同じチームだろ?」

 

「そうですね、折角ですし皆で作った方が楽しいでしょう。で、皆で一つかそれぞれで作るか……どうしますか?」

 

 全員で作った方が負担が少なそう(特にトレーナーの胃が)だけど個人で作るのも悪くないが……

 

「それなら多数決取りましょう!」

 

 スペさんの提案の元、多数決を取った結果……

 

「全員で一つ……これでいいですか?」

 

「おうよ!」

 

「それじゃあ何を作るかですが……」

 

「等身大トレーナー」

 

「却下で」

 

「早いな、このゴルシちゃんじゃなきゃ見逃してたぜ」

 

 まあ、候補としてはいくつか考えてきてはいるが折角なので皆の意見を聞くことにしよう。

 

「一つの大きなものでどうでしょう。それぞれの個性を出すために担当をわけながら作るのはいかかでしょうか?」

 

「うん、それいいねマックイーン! ボクもそれでいいかな」

 

 うーむ……そうなるとどんなのがいいかな。

 

「ねぇ、アリスちゃん。これどうかな?」

 

 ライスさんが渡してきたスマホの画像を見るとそこにはバレンタインに開催されるイベントに出ている作品だった。

 

「ありがとうございます、ライスさん。……なるほど」

 

 その画像を見ていると様々な作品があった。大きなチョコレートのタワー、様々なお菓子を使って作られたものなど……それらは制作者の想いが表現されてるようだった。

 

「ふぅむ……私達らしさか」

 

 そして悩みに悩んだ結果……

 

「それではこの案で行きましょう」

 

 私達全員とトレーナーを表すチョコとライブステージを模したチョコのステージを作ることになった。

 最初はレース場で考えてたがどこのレース場にするか、サイズなどを考慮して『それならばライブステージの方がよくない?』となった。

 そして、それぞれのモチーフとなるものは自分以外で作るようにした。他のヒトから見た印象の方がぱっと見誰を表現してるのか分かりやすいだろうと判断した。

 そして、ある程度構想は決まったので今日は一旦解散することになった。本格的な制作は後日になった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「それでは特別講師として呼んだフラワーちゃん、よろしくね!」

 

「はい! 皆さんの役に立てるように頑張ります!」

 

 私はこういうの詳しいであろうニシノフラワーに制作の手伝いをお願いした。そしたら快く引き受けてくれたのだ。感謝ですわ! 

 

「時々思いますけどアリスさん、貴女ものすごく顔が広いですわね……」

 

「そうかな? 気付いたら色んな娘達と仲良くなってたから気にしてなかったかも。

 それと実は今日、他にもフラッシュさんも呼んでたんだけど忙しくて来れなかったみたいなんだよね」

 

 でも、フラワーちゃんが居てくれるだけで心強い。私もある程度料理はできるが、お菓子は作ったことないのでとても助かった。

 

「よし! それじゃあ各々予定していたモノを作っていこう!」

 

「「「おー!」」」

 

 予め決めておいた役割に取り掛かる。フラワーちゃんには困ってることがあったらサポートしてもらうように頼んでおいた。ただし、まだこんなにも小さい子に全部任せるのは色々とまずいので私も一緒にサポートをする。最低限の知識は詰め込んできたので何とかなるだろうの精神だ。

 

 

 

 その後、数日に渡り皆で協力して作る。失敗したり、何故か用意してたチョコレートが減ったり、そして時には謎の何かができたりしたが当日に向けて少しずつ完成に近づいていった。しかし、あのゴルシさんが割と真面目にやってたのは驚いた。本人曰く『トレーナーにはお前らより長く付き合ってるからな! たまにはこういうのもいいだろ?』とのことだ。

 

「これは……ここ。そして……うん! いい感じかな?」

 

 最後の細かい調整を終え、ついにチームスピカ特製のバレンタインチョコが完成した。

 成人男性が食べるにはデカいサイズになってしまった(もちろん私達ウマ娘にとっては余裕である)。ステージを象った上に私達のそれぞれのイメージしたチョコが並んでいる。

 

「さて、後はこれをどうやってトレーナーに見つからず当日持っていくか……」

 

「え、アリスが何とかするんじゃないのか?」

 

「ゴルシさんよ、私がなんでもできると思ってませんかね? 流石にこのサイズを……」

 

「お? 何か思いついたか」

 

「ゴルシちゃん、バレンタインまで後何日!?」

 

「急にゴルシちゃん呼びかよ! ……あと2日だよ」

 

「よし、それなら間に合うな」

 

「何がだよ」

 

「まあ見てなって」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 2月14日、当日────

 

「んで、結局どうしたんだ?」

 

「無事運び込んだよ。もちろん()()()()()()()()ね」

 

「えっ」

 

「丁度私の知り合いが近くに来てて、ちょっとばかし便利な道具借りてきたんだよね」

 

 元々、バレずに行動するのは得意だがこのサイズを隠せるものはデカいダンボールくらいだろう。

 ならどうするか? そもそも見えなければいいじゃないか。

 

「アリス、お前それやばいもんじゃないだろうな?」

 

「悪用しないなら大丈夫だよ。それよりゴルシさん、そこにあるはずの物が無いの気付いてた?」

 

 私が指さしたその先にはいつも置いてあるはずの物が消えていた。

 

「……! まさかステr」

 

「君のような感のいいウマ娘は好きだよ! ただし、それ以上はいけない」

 

 普通なら移動させたと思うはずなのに僅かな空間の歪みで気付くとはさすがだ。

 試作品らしいのでまだ粗があるらしいけどそれでも見ることは不可能に近い。これのお陰で何を持ってるのか気付かれずにトレーナー室に入ることで目的を終わらせたのだ。

 

 

 

 知り合いが誰かって? ただのオタクだよ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 一仕事を終え、トレーナー室に戻ると机の上に何かデカくてやばそうな物が置いてあった。

 

「うげ……何だこれ。またゴルシのイタズラか?」

 

 そこには一つの箱があった。俺はなんとなくゴルシのいつものイタズラだと思った。これはフェイクで本命は別の……にあると見せかけてこの箱が本命なのだろう。

 いいさ、ノッてやろう。そう考え、いざ箱を開けてみると……

 

「チョコのステージ……? それに……ん? これは手紙か?」

 

『トレーナーさんへ

 ハッピーバレンタイン! いつもお世話になってるお礼としてスピカの皆で作りました。ステージ型のチョコに私達をイメージしたチョコとトレーナーさんをイメージしたチョコも配置しました! 

 一人だと多いかもしれませんが、私達の想い受け取ってください! 

 チームスピカ一同より』

 

「えっ……あぁ、そうか。今日はバレンタインだったな。

 ……俺もお前達に夢を見せてもらってるんだ。うしっ! こりゃあホワイトデーは全力で返さないと何されるかわからんしあいつらの為にもこれからも頑張らないとな!」

 

 まさかのサプライズで驚きを隠せなかった。どうせ隠しカメラ用意して反応を見られるだろう。けれど、この作品を見ると本気で、真面目に取り組んでくれたという気持ちが伝わってくる。

 

「ありがとう……俺も負けられねぇな」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 時を同じく、三女神像前。

 

「あれ、アリスちゃんこんなところでどうしたの?」

 

「ライスさん……貴女を待っていました。この時間ならここを通ると思っていたので」

 

 日も落ちてきてもう周りには私達以外誰もいない。ライスさんのことだから遅くまで走っていたんだろう。

 

「貴女に……これを」

 

「これ……ライスの為にわざわざ用意してくれたの?」

 

「えぇ、バレンタインなので。私にとって一番大切で大好きな存在である貴女に是非」

 

 実はフラワーちゃんの協力でひっそりと作った手作りのチョコだ。中身はバラを象ったチョコだ。さすがに青色にはできなかったけどできる限り本物に近い造形にした。

 

「ありがとうアリスちゃん。でも、急に改まってどうしたの?」

 

「この際だから言いますね。私は、私として生まれる前からライスさんのことが大好きでした。これはもはや魂に刻まれてるレベルです。そして尊敬する先輩として、仲間として……ライバルでもあります。

 ……1年後の天皇賞・春で私と走ってください」

 

 天皇賞・春にまだ出られるとは決まったわけではない。しかし、ステイヤーを目指す者としては出たいレースでもある。

 

「アリスちゃん……うん、分かった。アリスちゃんのその挑戦……受け取ったよ。ライスも絶対に負けないよ……!」

 

「はい……! その日までに私、もっと強くなりますから……! 待っててくださいね!」

 

「うんっ!」

 

 ライバルが居ることでもっと強くなれる。それが大切なヒトなら尚更その気持ちも強くなる。

 

「それじゃあ帰りましょうか、ライスさん!」

 

「そうだね、アリスちゃん!」

 

 私達はまだまだ走り続ける。夢を追い続ける為に。



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不穏の影

 クラシック1冠目の皐月賞の前哨戦である弥生賞に出走すべくトレーニングを行っていたある日……

 

「……?」

 

 トレーニングを終えてクールダウンをしていた時、左脚に僅かな異変を感じた。

 

(いや……まさか……)

 

 私は嫌な予感を感じ、すぐさまトレーナーに相談した。すると案の定病院に連れてこられた。

 

「軽く腫れていますね。暫くは走らずに安静にしておいてください」

 

「えっ……あ、あの……! 私、もうすぐレースに出る予定なのですけど……もしかして……」

 

「えぇ、確か……弥生賞でしたね。辛いかもしれませんが回避することをオススメします。そこまで酷い状態ではないので、皐月賞には間に合うと思いますよ」

 

「……っ」

 

 もしこれが皐月賞前だったらと思うとゾッとする……早めに気付けて良かった。

 

「トレーナー……」

 

「大丈夫だ。先生も言ってた通り今は安静にしておこう。皐月賞、出たいだろ?」

 

「うん……」

 

 暫く走れないと考えるとなんだか辛い気持ちになる。テイオーもスズカさんもこんな思いをしていたのかな……

 私の怪我は軽症なのが不幸中の幸いだったのかもしれない。

 

「そんな顔するなって。弥生賞は諦めるしかないけど皐月賞には必ず出してやるから」

 

「……」

 

 静かに頷く。幸いにもまだ皐月賞までは時間はある。三冠の夢は諦めなくても済みそうだ。

 私が(アリスシャッハ)の事を知らない。それは私の居た世界には存在しない名前だったからだ。いつ、どのタイミングで何が起きるのかわからない。まあ未来を知っていても必ずその運命を回避できるわけでもないが……

 

 その後、病院から寮までトレーナーが送り届けてくれた。

 

「着いたぞ。今日はしっかり休めよ」

 

「ありがとうございます……トレーナー」

 

「なぁ、アリス。お前ならやらないと思うが絶対に隠れてトレーニングはするなよ? 焦って無理をすると今後に響きかねないからな」

 

「さすがの私でもそこまではしませんよ」

 

「だから明日まで待っててくれ。脚に負担がかからないでできる事を考えておくからさ」

 

「……っ! トレーナー!」

 

 あぁ……やっぱりこの人ときたら……

 

「お前ならともかく、普通のウマ娘がただただじっとしてられる訳がないだろう。できる事をやっておくのが一番だろ」

 

 お前ならってどういうことだよ! そりゃあ私だってウマ娘だ。じっとしてられるわけないでしょ! 

 

「それじゃ、また明日な。気を付けてな!」

 

「はい!」

 

 トレーナーと別れ、寮の自室に戻ると心配そうにクラインが待っていた。

 

「あ! おかえり……検査どうだった?」

 

「軽い怪我だって。弥生賞は無理だけど皐月賞なら間に合うって言われたよ」

 

「そうなの……良かったぁ」

 

 私の報告を聞いて安心したのかそっと胸をなでおろす。

 

「じゃあ皐月賞で、僕と一緒に出れられるんだよね?」

 

「そうだね。悪化しなければ……」

 

「もう! そんな不吉なこと言わないの!」

 

「あはは……ごめんね」

 

 私としても皐月賞に出れないのはごめんだ。一生に一度しか出れないレースを回避するのだけは避けたい。

 

「それじゃあこれからどうするの? トレーニングできなさそうだし……」

 

「それはうちのトレーナーがなんとかしてくれるって。本当にあの人ときたら……」

 

「ウマ娘思いの優しい人なんだね」

 

 ウマ娘に対して一途すぎるあまり変態行為(ウマ娘の脚を触る等)をする彼だが、トレーナーとしては超一流だ。私から見ても信頼できる素晴らしい人だ。

 

「そういえばあまり聞かないけどそっちのトレーナーってどんな人なの?」

 

 

「えっ? 僕のところのトレーナーさんも結構変わっててねぇ〜」

 

 そして、その後は消灯時間を過ぎてもなおお互いのトレーナーについて熱く語り合う私達だった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「ふわぁ〜……」

 

 授業を終え、今後のトレーニングについて相談するためにトレーナー室に居るのだが、昨日の夜色々と語り過ぎて気付いたら夜更かし気味になっていた。

 

「おい……大丈夫か?」

 

「ふぁい……」

 

「よし、アリス。保健室行ってこい」

 

「……えっ?」

 

 急に何言ってるのこの人ってなったけど確かゲームだとこういう不調は保健室に行って治してた気もするけど……

 

「トレーナー……もしかして保健室行くだけで治ると思ってます?」

 

「噂では不調のウマ娘を保健室で休ませると何故か調子が戻るって聞いた。本当なのかは知らないけどな」

 

「えぇ……」

 

「ものは試しだ。行ってこい」

 

 そんなんで治ったら苦労しませんよ……いや待てよ? ラーメン食べたら太り気味治るウマ娘も居るくらいだしおかしくはないのか……? 

 

「こんにちわ〜……」

 

 部屋に入ると人の気配はない。おいおい、保健室なのに人が居なくていいのかよ……

 そう思った矢先に張り紙が目に入る。

 

「えっと……『保健室医が不在の場合、ベッドはご自由にお使いください。また、不審者を見かけた場合すぐにたづなさんへ連絡お願いします』かぁ……」

 

 ふぅん……トレーナーにも休めって言われてるし取り敢えずベッドで寝させてもらおうかな。

 それよりも不審者ねぇ……トレセン学園に入れる不審者なんて居ないだろうし、多分あの人だろう。

 

「これはふわふわのベッド……! あぁ……だめだ……これには抗えない……」

 

 

 

 

「……はっ! あれ……ここは?」

 

 見知らぬ天井……ではなくここは見慣れた場所。

 

「ここは……家? 何故……」

 

「お姉ちゃんもう準備できてる?」

 

「エシリア? うん、大丈夫だよ」

 

「お母さん達待ってるから早く降りてきてってさ」

 

「えっ……? あ、うん! 分かった!」

 

 数年前まで住んでた自分の部屋だった。物の配置も全て一致している。そして、部屋の姿見の前に立つとトレセン学園の制服に見を包んだ今の私が写っていた。

 

「これは入学前の記憶かな……?」

 

 正直もっと楽しいものを見れると思っていだがこれはこれでよい。

 リビングに向かうと朝ごはんの支度がされており、既に母さん達が座っていた。

 

「あら? もう制服着てるの? ふふっ、似合ってるわよ」

 

「ありがとう、母さん。私も念願のトレセン学園に行けると思うと我慢できなくて……」

 

「そういえば昔の母さんも勝負服貰ったとき我慢できずにすぐに着替えてたな……やはり血は争えないのか」

 

「お父さん……?」

 

「ヒッ……」

 

 顔は微笑んでいるもののそこから発せられる圧に屈する我が父。男なのに情けないぞと言いたいところだが相手はウマ娘だ。力では敵わないことを理解しているからこそなのだろう。

 下手したら娘にも力負けする父の尊厳とは……

 

「アリス、トレセン学園に行ってもたまには連絡したり帰っておいでよ? 貴女の家はここだからね」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「んにゃ……? あれ、いつの間に寝てたんだ」

 

 なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。そういえばここ暫く実家に帰ってないな……帰って顔を見せるのもいいかも。

 

「んっ……! なんだか気持ちもすっきりしたし、トレーナーの所に戻るか」

 

 時計を見ると一時間程経っていた。まだトレーナー室に居るのだろうか。仕事大好き人間だしまだ残ってるかもしれないと思い、再びトレーナー室へと戻った。

 

 

 

「お、戻ったか。どうだ? 体調の方は」

 

「えぇ、すこぶる快調ですよ。それとトレーナー……」

 

 さっきの話をトレーナーにする。

 

「分かった。学園側には俺が申請しておくよ。まぁ休むにはいい機会だろうな」

 

「ありがとうございます、トレーナー」

 

「確かお前の実家、結構遠かったよな? 往復も考えて……一週間くらいでいいか?」

 

「そんなに貰っても大丈夫ですか? ほら、授業とか……」

 

 確かに実家は遠いから往復するだけで休みの日を使い果たすことになる。

 

「あぁ、多分それは大丈夫だぞ。怪我とかの休養とかで休むことには特に何も言われないし、お前そこそこ成績いいだろ? なら文句は言われないさ」

 

「そういうものなのですか……?」

 

「そういうもんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 流石に二度目の人生だから余裕っ! というわけでない。殆どを病院で過ごした前世では勉強なんてろくにできなかったから今、こうやって勉強できるのが楽しいってのもある。

 

「んじゃ、ちょっと待ってろ。理事長のところ行ってくるから」

 

「え? あ、はい」

 

 待って行動が早いぞ。そんな簡単に申請とか通るものなの? 

 そしてトレーナーが部屋から出て行って数分後……

 

「戻ったぞ。ほら、許可証だ」

 

「え、早くないですか?」

 

「あぁ、すぐOK貰えたからな」

 

「えぇ……」

 

 あまりにもあっさりしすぎて呆気にとられる。そんな気軽にできるものなのかなぁ……

 

「ほら、今日は寮に戻って準備しな。明日迎えに来るとき連絡するからよろしくな」

 

「明日……?」

 

 さっき貰った許可証を見てみると期間が明日から一週間になっていた。早い、早すぎるよ! 

 というわけで寮に戻り、明日の為の準備をした。念のため親の方にも連絡を入れておいた。急に帰ってこられても驚くだろうし仕事もあるだろうからその確認でもあった。

 

 そして、日付が変わりトレーナーに空港まで送ってもらった。

 

「あぁ、そうだ。わかってるとは思うが走るなよ?」

 

「分かってますよ」

 

「ならいいが……スペが帰ったときは走り出そうとしたらしくて柱に結び付けられたらしいからな」

 

「えぇ……」

 

 アニメでもそんな描写あったなぁ……これだと多分トレーナーから親の方に連絡されてるだろうな。

 

「それじゃ、気を付けてな」

 

「はい、また一週間後に!」

 

 トレーナーと別れた後は、渡されたチケットを元に飛行機に乗り込み故郷へと飛び立った。



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