平原の覇者 (うすば)
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1話

 

 ふと気がつくと僕はウロヴォロスになっていた。

 

 高い視点、触手を束ねた腕。そして何よりもフィールドの中心で渦巻く風。場所は【嘆きの平原】なのだろう。呆然としてフラフラ動くと、黒い身体が視界をチラつく。一瞬前まで部屋で寝転がっていたはずなんだけど……

 複眼の広い視野で辺りを見渡すも、アラガミ一匹居やしない。

 

『オオオォォォォ……』

 

 おお、人間の声じゃないね。ビクッとしたわ。

 僕は今人間の言葉で呟いたつもりだった。重機が動くような声に今更背筋が冷たくなる。

 

 そもそも今の僕はいったい何なんだ? アラガミはオラクル細胞の集合体という設定だったはず。とすると、脳を構成するオラクル細胞が僕ってことになるのだろうか。いや、コアが脳の働きをしていたんだったか? じゃあコアかっていうと……うーん、どうだろう。

 

 まぁ人間だった頃も脳に意識があることを自覚していた訳じゃないしな。気にしてもしょうがないか。問題は頭(仮)にガンガン流れてくる指令だ。

 

 どうもこの指令の送り主は人類とその文明を滅ぼしたいらしい。どちらかといえば滅ぼすというより排除するに近いかな。明文化されてるわけでもない意志を完璧に読み取るのは無理だ。なんかぼんやりしてるし。

 試しに頑張って働く旨を返信してみると少し弱まった。意欲が伝わったようだ。これでよし。

 

 それにしてもGE(ゴッドイーター)か。

 実際にこうして見ると普通に世紀末だな。僕が人間だった頃にゲームで遊んだ時には、きっとマップとしてしか見ていなかったのだろう。

 荒廃した大地に朽ちた建造物。そこに人っ子一人見えないってのが言いようもなく不吉だ。あるべきものを欠いた感触がある。

 

 それにしてもフィールド中心の竜巻はなんなんだ。実際に目の前にあると騒音が凄い。そもそも発生し続ける竜巻って物理的に有り得るのだろうか。オラクル細胞とかいう不思議生物の集合体になった僕に言えたことではないけれど。

 ならあの竜巻もオラクル細胞だったりするのかな? 

 

 そんなこんなであれこれ考えていると、頭に何か浮かんだ気がした。それも致命的な何かだ。嫌な予感と言ってもいい。

 そもそもこの状況、見覚えがあるような……

 

 竜巻、オラクル細胞、アラガミ、ウロヴォロス、ゴッドイーター、ゲーム、リアル……ストーリー。

 あっ……

 

 しかし考えている時間は無かったようだ。

 答えが出るより前に結論が歩いてやってきた。

 広い視野の外から一人。茶色い男。その手には大きな剣。神機……

 

「さーて、デートといきますかァ!」

 

 あっ……

 

 この後僕はリンドウさんにボコられて、コアをぶち抜かれてしまった。実に3分の出来事であった……

 



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2話

 

 リンドウさんは次元が違った。そして僕は弱かった。

 

 縦横無尽に死角から死角へ駆け回るリンドウさんを捉えることさえままならなかった僕は、半泣きで触腕を振り回すことしかできなかった。

 そんな必死の抵抗もリンドウさんが後ろに下がるだけで回避される。触腕は長いように見えるが、実際のリーチは意外なほどに短かった。オマケにかつての僕と同じで身体が硬い。柔軟性の欠片もなく、カッチカチだ。触手とは何だったのか。

 そしてウロヴォロスの代名詞とも言える神属性のビームは近距離の相手に無力だ。眼からビームなんて正面にいる相手にしか当たらないに決まってる。まして視界に捉えられない相手に当たる訳がない。デカい身体が邪魔で側面が死角になっているんだからどうしようもない。

 結局、終始リンドウさんのペースで弱点部位の腕と脚を攻撃され続けるだけの時間だった。

 

 早々に全身の結合が保てなくなり沈黙した僕からコアを抜き取ったリンドウさんは、タバコをふかして悠々と去っていった。完敗なんてレベルではない。

 

 

 ……あれから数分経ったが意識が消えない。

 僥倖だ。どうやら僕はコアではなかったらしい。リンドウさんにやられた時は完全に死んだと思って絶望したが杞憂だったようだな。身体も霧散寸前ではあるが崩壊する気配はない。腕と脚はもう使い物になりそうもないが。リンドウさんめぇ……。この身体は何か食べれば治るんだろうけど心はそうはいかないんだそ。何も出来ずに身体が削られていくのはかなりの恐怖体験だった。

 対面した時に持ちかけた和解も無視されるし、リンドウさんのせいで僕の心はボロボロだ。触腕をバラしてハートマークをつくってるのに攻撃するのはどうかと思うよ。ラブアンドピースをご存知ないようだ。

 

 ん? 胸の奥に小さな気配。これは……コア、か? 

 

 再生するコア。僕はハンニバルだった……? 

 

 ……まぁいい。考えてる時間は無い。今思い出したがフェンリルにはアラガミの反応を検知するシステムがあるのだ。くだらないことを考えている場合ではなかった。

 コアが復活したことでいくらか身体が動かしやすくなったように感じる。早くここから離れなくては。

 リンドウさんが引き返してきたら今度こそ殺されるかもしれない。さ、さすがに全身バラバラにされたら生きていられる自信はないぞ……! 

 せっかく拾った命だ。意地でも手放してなるものか! 

 

 スグに避難しよう。だがどこに? 【嘆きの平原】は見晴らしのいいマップだ。隠れる場所なんて……いや、一つだけある。

 

 瀕死の僕でも辿り着ける安全地帯。

 ゴッドイーターの手が届かず、どこからも捕捉されない場所。

 

 重い身体を肩で引きずって移動する。

 

 

 

 そして僕は平原中央、竜巻に抉られた大穴に落下した。

 

 



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3話

 

「弱いウロヴォロス?」

「そうだ。心当たりはあるか?」

 

 帰投したリンドウはペイラー・サカキの研究室に赴いていた。

 

「視認されても戦闘状態に入らず、終始、非戦闘行動をとった、ね……」

 

「そうだ。斬りかかってもヤツは腕を振り回すだけで、どうにも攻撃の意図を感じなかった。オマケに少し斬っただけで逃げ出した。それが……俺には、ヤツが怯えているように見えた。博士、あんたがコアを調べたんだろ? 何か気がつかなかったか」

 

「フム……」

 

 超大型アラガミ、ウロヴォロス。

 発生地不明の謎多きアラガミ。山のような大きさと赤い複眼、加えて大きな角に朽ちた翼を持つ、数種類のアラガミをごった煮にしたような異形だ。強大なアラガミであり、討伐されるのは稀なことだ。

 リンドウ君が回収したウロヴォロスのコアには強い結合が見られたことが記憶に新しい。しかしそれは大型のアラガミにある程度共通する特徴でもある。ウロヴォロスの巨大なコアは希少であり、非常に興味深い検体だったが……それだけだったはずだ。

 しかし、なるほど。

 

「いや、特に思い当たることは無いね。リンドウ君が回収したコアは登録されている情報の通りだったよ」

 

「……そうか。悪かったな、時間を取らせて」

 

「構わないさ。……時に、リンドウ君。君がそうまで気にする理由は何だい? ものぐさな君がわざわざ私の所まで来るなんて珍しいじゃないか」

 

「……いや、大した理由じゃない。少し気になったってだけだ」

 

「なるほど。……ところで、君の探っている件についてなのだがね。これ以上の深入りは止めておきたまえ。私に悟られるようならば、ヨハンにはとうにバレているだろう」

 

 アーク計画。アラガミ装甲に囲まれた人類の安全圏を作る『エイジス計画』を隠れ蓑に進行する人口の終末捕食。計画を主導するヨハンはノヴァの母体を作成すると同時に、起動と制御を担う特異点を、正確にはそのコアを探している。

 リンドウ君が探っているこの計画はヨハンの悲願であり、極秘でなければならない類のものだ。ヨハンは今や一支部長でしかない。発覚したら本部の干渉は避けられない。アーク計画はフェンリルへの背信行為に他ならないのだから。

 

 リンドウ君は頭を搔いた。

 

「……バレてんのか、参ったな。……そんなら言っちまうが、支部長は俺を使って何かを探している。今回の特務で、ヤツは探し物を見つけたんじゃないか、なんて考えたんだよ」

 

「素直でよろしい。結論から言うと、アレは本当にただのコアだ。それ以上のモノでは無いよ」

 

「……そうか。ありがとよ」

 

 リンドウ君はそう言うと私の部屋を辞した。

 ヒントは与えた。私らしくもないが、この位の肩入れはいいだろう。

 私とヨハンが結託していないことは、これでわかってくれただろうからね。リンドウ君が特異点を発見したなら、私の元に連れてきてくれるかもしれない。早期に確保出来たなら、それだけ私の勝ちの目が増える。

 

 ……そして彼には言わなかったこともある。復活し、すぐに消失したオラクル反応。情動を感じさせるウロヴォロス、か。

 

「人が神となるか、神が人となるか。私たちの知らない新たな役者が現れたようだ。……この競走、まだ分からないよ──ヨハン」

 

 




ヨハン:ヨハネス・フォン・シックザール支部長。人類に絶望していたりしていなかったりする。特異点が欲しい

ペイラー・サカキ:人類とアラガミの共存の道を探っている博士。特異点が欲しい


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4話

 

 暗い穴を真っ逆さまに落ちていく。

 しかし随分と深い穴だ。落ちたアラガミはそうそう出てこられないだろう。

 轟音を立てて地面に衝突する。アラガミボディーは物理的なダメージにめっぽう強いので、痛みはほとんど無かった。

 リンドウさんに斬られた時の方がよっぽど痛かったね。

 

 穴の底は、端的に言うと地獄だった。

 大小様々なアラガミが地面から生えては争い、互いに喰らい合う戦場。広い穴の底に、咆哮と断末魔が絶えず響いている。

 

 体躯の大きい僕に襲いかかってくるほど獰猛な奴は居ないようだが、数がとにかく多い。落下した僕の下敷きになって潰れた運の無いアラガミもいるほどだ。

 

 うーん、グロいな。ゾンビ映画のような嫌悪感を覚える。ヴァジュラに首を撥ねられたオウガテイルの頭部がこちらに飛んできた。地獄かな? 

 

 琥珀色に発光する地面の上で延々と殺し合う同胞の姿にドン引きした僕は、無益な争いから彼らを救うべく片っ端から食べることにした。

 彼らは尽きせぬ闘争から解放され、僕は空腹を満たせる。ウィンウィンってな訳だ。素敵だね

 

 さて、そうと決まれば話は早い。とてもお腹が空いていた。

 僕は引き潰したアラガミを体表から捕食した。

 オラクル細胞は単体で捕食活動が行える。本来なら口を模す必要など無いのだ。学習したことが効率がいいとは限らないってことだね。

 

 巨体を引きずり、争いに夢中なアラガミを次々と捕食する。

 彼らから獲得したリソースをダメージの補填に充てると、傷はすぐに癒えた。

 断ち切られた片角だけがそのままだが、まぁよかろう。元より使い物になっていない部位だからな。見方によってはチャームポイントだ。

 

 

 しかし……本当に不思議な空間だな。

 竜巻で抉れたという広さでは無い。フラスコに似た形状の空間だ。僕は丁度口の部分から落ちてきたことになる。

 ぼんやり光る地面といい異常なペースで湧き出るアラガミといい、明らかに不自然だ。何処となくエイジス島に似た雰囲気を感じるな。ノヴァ居ないけど。

 

 ……もしかしてここ、僕の生まれた場所じゃないか? 

 

 元より疑問ではあった。

 この巨体が育まれる環境は外界にはそう多くないはずだ。単純に考えて、質量を増やすには消費されるエネルギーを供給が大きく上回る必要があるのだ。外界で獲物を探してウロウロしていては消費するばかりだろう。

 

 そして、ウロヴォロスは角や複眼、触手などの様々な特徴を持つ。それだけ多くのアラガミを捕食したのだろう。今の僕と同じように。

 

 ウロヴォロスの生産工場。僕の無駄に多い触手は、ここから這い出るためにあったのか。

 

 

 

 ひとまず周囲のアラガミは全て平らげた。新しく生えてくるのも定期的に触手で薙ぎ払いつつ捕食すれば良さそうだ。

 

 さて、これからどうしたものか。

 

 相変わらず頭に響く、指令ともアラガミの本能ともつかぬ声に従って人類を滅ぼすべきか? これだけ世界が荒廃していると地球環境のリセットは必要だろう。環境に優しい系アラガミとしては終末捕食に賛成だ。

 でも極東支部の皆さんは殺したくないんだよなぁ、ファンだし。リンドウさんに恨みはあれど憎んじゃいない。

 うーん…………よし、折衷案だ。

 

 

 まず民間人を襲おう。外部居住区を破壊する。

 そして最終的にはアーク計画を完遂させるのだ。

 

 いや、これは中々にいい案じゃないか? 襲撃が成功すれば、極東支部は外部居住区の防衛に戦力を割くことになるだろう。当然、僕を襲うゴッドイーターの数も減る。そして時間が稼げれば支部長は特異点を発見し、アーク計画は成就するだろう。うん、一石三鳥の素晴らしい案だな。僕は天才だった……? 

 

 アーク計画は人類を残しつつ環境リセットが出来る素晴らしいプランだ。作中では失敗したが、このプランに乗れば僕の目的は全て達成できる。

 そしてリンドウさんの特務から今の時期はゲームの序盤だと予測できる。時間に余裕がある今なら取れる手段は多いはずだ。

 

 まず肉体を改造しよう。リンドウさんにエンカウントして殺されては元も子もないからな。

 そもそも全体的に脆いくせに身体がデカすぎるんだよ。翼もあるのに飛べないし。とにかく大きいのが悪い。身体が重くて逃げることも出来ない。

 触手はまぁ……柔軟性と防御力を両立するのが無理なのは分かる。でも両方とも中途半端なのはいただけない。

 改造で最終的に目指す地点は決まっている。人型アラガミだ。

 終末捕食が始まったら僕も逃げる必要があるからな。宇宙船に紛れ込んでも許される姿でなくては。

 

 ……うーん、そうは言ったがいきなり人型になるのは無理なようだ。どうもこの身体、人間を捕食したことが無いようだ。今後の目標だな。

 

 

 僕はコアを掌握し、大雑把に身体を作り変えた。

 まぁ簡単だ。ほとんどコア任せな上、改造に使うリソースは地面から生えてくるのだ。僕はコアを制御するだけでいい。

 内容にしても単純なものだ。肉体の密度を上げればサイズは縮む。翼は元々あるものを大きくして整形するだけだ。触手は……防御力を捨てよう。代わりに弾性と柔軟性を大きく向上させる。まるでゴムのように。そして、ピンと硬化させれば歩く際の杖代わりにもなる。そこは同じだな。

 全体の見た目は少し小さいウロヴォロスといったところだ。

 

 

 数日の後、肉体改造を終えた僕は穴を登って外に出た。

 穴の縁に掴まって空を見上げる。【嘆きの平原】は相変わらずの曇天だ。さあ行こうか。

 

 僕は大きくなった翼を広げ、渦巻く風に乗り勢いよく空へ飛び立った。フライアウェイ! 

 

 

 ──そして遠くに捉えた外部居住区に向けて圧縮レーザーを放った

 




主人公:人を人とも思わぬタイプの邪悪


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5話

 

 穴底のアラガミと戯れる中で、僕はこの身体の使い方を掴んでいた。

 ビームを圧縮したレーザーもその一つだ。

 細いレーザーだが射程は非常に長く、着弾地点で結合が崩れ爆発する仕組みになっている。今頃外部居住区は大騒ぎだろう。

 

 その外部居住区に向かって滑空している。

 どうもこの翼はあまり高く飛べないようだ。何もしなくても高度が下がる。何とか対アラガミ防壁を越える高さは維持できそうだが、帰りは歩くしか無さそうだ。

 

 空の散歩を楽しむことしばし。ようやく極東支部を確認した。ここからなら人の姿も視認できる。居住区のさらに内側、アナグラ方面へ逃げているようだ。おや、こっちに気づいた人も居るな。

 

 進路に追加でレーザーを打ち込み、人の流れを一箇所へ誘導する。

 つまり、僕の着陸地点へと彼らを集めた。

 

 

 翼を折り畳み、上空から落ちるようにして壁の内側へ着陸する。

 

 土煙が晴れると悪夢でも見たような表情で硬直し、こちらを見つめる人々がいた。

 その中の数人と目が合ったが誰も声を上げない。

 

 うん、お見合いしていてもしょうがないね。

 触腕を先端だけ開き、爪のある手を形成する。

 脚だけで立ち上がり周囲を把握。その姿は四腕の巨人にも見えたことだろう。

 

 ──そして一気に触腕を四方へ突き出した。

 

 射線にいる連中を一纏めに掴み、掌から捕食した。

 不運な彼らは死んだことにも気がつかなかっただろう。

 僕の捕食スピードは偏食因子を持たない一般人なら触れただけで捕食出来る程に上がっていた。これも身に付けた技術の一つだ。のんびり食べている暇が無かったんだよな、あの魔境。

 

 

 少なくない血が飛び散り、次の瞬間悲鳴が爆発した。

 一斉に逃げ出す人々。鬼ごっこの始まりだ。

 

『オオオォォォォォ……』

 

 

 

 

 >>>

 

 

 

 

 そこには地獄があった。

 

「何だよ、これ……」

 

 火が燃え移り炎上した家屋。外部居住区は粗雑な廃材を組み合わせただけの小屋が多い。それらが密集しているため、火はどんどん燃え広がっていく。

 最早人影は無く、パチパチと火が弾けて鳴るばかりだ。時折何かが崩れる音がする。

 

 防衛班班長、大森タツミが辿り着いた時には既に"終わって"いた。

 

 

 防衛班はアナグラや外部居住区などの拠点及び一般人の防衛が仕事だ。

 その性質上非番の出撃も多く、タツミも休日ながらアナグラで待機していた。

 

 彼以外の第二部隊は、いつものように極東支部へ迫るアラガミを迎撃に出ている。第一部隊も任務のため不在だ。緊急警報を受け現場に急行したタツミは、幸か不幸か最初に駆けつけることが出来た。

 

 逃げ惑う人々と反対に駆け、首尾よく辿り着いたタツミを迎えたのはこの世の地獄だった。

 そして──地獄の中心に、炎に照らされた黒い影が落ちている。

 

「まさか──ウロ、ヴォロス、なのか……?」

 

 超弩級アラガミ、ウロヴォロス。同種に比して小柄だが、それでも尚他のアラガミとは比較にならない巨大なシルエット。

 タツミもデータベース【NORN(ノルン)】の記録を参照したことはあるが、実際に相対するのは初めてだった。通常のゴッドイーターでは勝ち目の無い相手に、しかも単独で出会ってしまったという状況に今更恐怖が襲う。タツミはウロヴォロスから目が離せなくなった。

 

 タツミの見つめる先、黒い翼を外套のように纏った影が振り返る。そして────赤い複眼と目が合った。

 

「ッ……!」

 

 強いプレッシャーに咄嗟に目線を下げてしまう。強敵を前に、あまりにも致命的な行動だったが、偶然にも"それ"に気が付く。

 

 ウロヴォロスの足元には大きな血溜まりが出来ていた。

 炎で反射し、ぬらりと光る赤い血がここで何があったのかを語るかのようだ。

 

 ──それを見たタツミは怒りで恐怖をねじ伏せた。

 守れなかったものを知り、守るべきものを思い出した。タツミは第二部隊隊長にして防衛班班長だ。彼こそが住民を守る最後の盾だ。

 

 

 覚悟と共に、伏せていた目を上げる。

 

 しかし──ウロヴォロスはそこには居なかった。その姿は既に小さい。音も無く逃げた。

 

 そして、ギョッとするタツミを他所に────対アラガミ防壁に拳を振りかぶった。触腕二本を纏めた太い腕が、青い光を放っている。

 

「ま、待て、やめろ」

 

 冷えた身体に熱が戻る。神機を手に全力で駆ける。

 

「やめろおおおおお!!」

 

 だが間に合わない。俯いていた時間はやはり致命的だった。

 ウロヴォロスの一撃が炸裂し対アラガミ防壁が爆発する。

 

 

 煙が落ち着き、視界が晴れた先に吹き飛んだ防壁を見たタツミの手から、神機が零れ落ちた。

 



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6話

 

「ヒバリちゃん……?」

 

『……ミさん……タツミさん! 繋がりました! 無事ですか!? 状況を教えてください!』

 

「……外部居住区の対アラガミ防壁が、壊された。アラガミの群れがそこまで来ている。早く……早く救援を呼んでくれ……」

 

 

 

 

 

 

 

 数日前、飛行するウロヴォロスに強襲された極東支部は未曾有の大混乱に陥った。パニックを起こした外部居住区の住民はアナグラへ詰め掛け、すぐに暴動へ発展した。今なお職員は対応に追われている。

 そして何より深刻なのが対アラガミ防壁の破損だ。

 

 外部居住区を囲む、その堅牢な壁は一部が消し飛んでおり、アラガミが何時でも侵入できる状態だ。急ピッチで修復作業が行われているが、警護のゴッドイーターの人手が足りず進捗は芳しくない。

 

 

 ウロヴォロスの襲撃の後、すぐにアラガミの群れが外部居住区に侵入した。

 大きな被害が出ると思われたが、大森タツミの奮闘により第一部隊が間に合った。だが代償にタツミは重症を負い、今なお目覚めていない。

 

 

 

 

 ペイラー・サカキは、第一部隊及び、タツミを除いた第二部隊のメンバーを招集していた。

 

「──以上が、件のウロヴォロスの映像だ」

 

 対アラガミ防壁に設置されている、監視カメラに残された映像には、民間人を相手に暴れ回るウロヴォロスの様子が映し出されていた。

 

 青く輝く拳がカメラ付近の壁を吹き飛ばして映像が途切れる。

 

「あれが支部長が発令した緊急任務の……」

 

「チッ……胸糞悪ぃ……」

 

 第一部隊の面々は、まだ悪態をつく余裕がある。深刻なのは第二部隊だ。隊長のタツミを失った彼らは血がにじむ程強く拳を握り、普段は冷静なブレンダンですら歯を食いしばっている。

 

「諸君らも知っての通り、アレが今回の事件の元凶だ。概要と対策について、私が説明を請け負っている。支部長のヨハンは対応に追われて動けないからね」

 

 ──あればウロヴォロスでは無い。ノヴァだ。まだ幼体なのだろうがね。

 

 有り得ない発言に場が騒然となった。

 ノヴァ。

 終末捕食なるオカルトの、アラガミが共食いの果てに至るという終着点。根拠の無い噂話であり、実在するはずが無い怪物だ。星を喰らうとされるそれは一時世の中を騒がせたが、既に過去の話だった。

 

「まず前提として、終末捕食は実在する。既に数回発動したと思われ、古くは恐竜の絶滅にもその痕跡が見受けられる。──要は地球環境のリセット機能だ。アポトーシスの一種であるという見方も出来るね」

 

 ソーマが腕を組んで言った。

 

「……アレがノヴァだという根拠は」

 

「映像であのアラガミは青く光っていただろう。ノヴァとは、終末捕食を引き起こせる程に大規模、或いは高密度のオラクル細胞を持つアラガミを指す。ウロヴォロス通常種の結合崩壊時にも見られる、可視化されるほどに凝縮したオラクル細胞のエネルギーがあの青い光だ。それを体外に放出する余裕が出来るほど溜め込んだのだろう」

 

「……それだけか」

 

「あとひとつ。知っての通り、ウロヴォロスは多くのアラガミの特徴を持つ。これは数え切れない共食いの結果と判断していいだろう。……もう分かるね? ノヴァの生育環境に最も近い育ち方をしたアラガミが、ウロヴォロス神属なのだ」

 

 リンドウが深刻な顔をして挙手した。

 

「質問だ、サカキ博士。ヤツは……何処から来た」

 

「…………アレは第七部隊、リンドウ君が討伐した個体だ。嘆きの平原から飛来した痕跡があった。そして……弱者を狙い、タツミ君との交戦を避けた。悪意にも似た知恵。間違いないだろう。リンドウ君との戦闘を学習されたな」

 

「つまり、俺が仕留め損ねたせいってことか。クソッ!」

 

 リンドウの飄々としたなりは息を潜め、恐ろしい鬼のような形相だ。

 

 一拍置いて、サカキが言った。

 

「……いいや、私の責任だよ。私は……ウロヴォロスの反応が復活した可能性に気が付いていた。知恵の片鱗にも。まさかあれほど──悪辣な学習をするとは。私は、理想に目が眩んで見誤ったんだ。本当にすまない」

 

「────対象は既に相当数の人間を捕食している。これ以上知恵を付けられる前に、或いは終末捕食が発動する前に討伐する必要がある。……頼んだよ、君たち」

 

 

 

 >>>

 

 

 

 

 

 僕は数日の間、贖罪の街に身を潜めていた。

 理由は簡単。帰り道が完全に分からなくなった。端的に言うと迷子だ。深く考えずに真っ直ぐ飛んできただけだからね。

 潜伏場所はマップ外、大穴の空いたビルの中心部。背景で印章的だったアレだ。

 ゲームでは侵入出来るエリアでは無かったのだが、ここは現実なので普通にマップ外まで探索に来ているようだ。下をゴッドイーターが彷徨いている。このままでは直に発見されるだろう。

 

 

 ──おかしい。そこいらを歩いている神機使いが想定よりずっと多い。

 

 先日の作戦は成功した。

 極東支部は戦力を防衛に割くことになるはずだったのだが……どうしてこうなった。

 やはり作戦にガバがあったのだろうか。

 ……あったのだろう。よく考えると穴だらけの作戦だな、これ。外部居住区だけ襲って逃げるアラガミなんて、そりゃ躍起になって殺しにくるわ。やらかしたぜ。

 

 

 とてもまずい状況だが、大勢の人間を捕食し()()()()を獲得した僕には余裕があった。

 

 ──何ならこちらから仕掛けても良いな、と考える程度には

 

 

 以前より長くなった首をもたげ、遠くに見える通常マップ目掛けて跳躍する。触腕から放出したエネルギーで弾みをつけ、大きく羽ばたく。

 

 しかし速度を出しすぎたようだ。

 

 教会の壁に派手に衝突した僕を神機使いたちがギョッとして見る。おっとこれは第一部隊の御三方。リンドウさんに主人公くん。おや、アリサちゃんも到着したんだね。酷い顔をしていらっしゃる。

 

 では、秘密兵器のお披露目だ。

 神機を構える彼らに顔を向けて、僕は親しげに()()()()()

 

 

『トモダチ』

 

『ニ』

 

『ナロ゛オォォウ゛ゥゥ』



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7話

 

 僕の姿は以前より人間に近づいていた。

 

 頭を支える首に、どことなくヒトっぽい体型。不安定だが一応二足歩行が出来る脚。

 遠目に見たら黒いローブを羽織った巨人に見えなくも無いだろう。腕は四本だけど。

 これほどまでにヒトに近づくのは、思った以上に困難な道のりだった。

 人間の身体というものは欠陥だらけで、オラクル細胞に下等だと判断されて学習出来ないのだ。二代目コアくんは本当によく働いてくれた。酷使し過ぎてお亡くなりになったのが悔やまれる。

 

 さて。

 見た目もヒトに近く、身体に青い紋章も浮かぶようになった今の僕はほとんどシオと言っても過言ではない。和解はもはや必然の域に達した。

 

 しかしどうしたことだろう。

 声を聞いた三人は固まってしまった。

 

「な、なんですか、この気味の悪いアラガミ……! ヒトの言葉を、話した……?」

 

「例の討伐対象……『ヴリトラ』だ。くそ、よりによって今か……!」

 

 え、ヴリトラ? 僕のこと? 

 

 …………いやいや、それどころじゃない。

 えぇ? 討伐対象!? 嘘だろ!? 僕が何をしたって言うんだ……

 

 思わず身じろぎしたら一気に距離を取られた。そんなに警戒しなくても……意外と息ピッタリね君たち。

 何かもうダメっぽいけど一応説得してみよう。

 

『トモ……ダ……』

「友達だと……? 巫山戯るな! お前、自分が何人喰い殺したと思ってんだ!」

 

 えぇ……めっちゃ怒ってらっしゃる。殺した云々を先日僕を殺しかけたリンドウさんに言われる筋合いは無いんだが……

 そもそも神機使いでも無い一般人なんて何人死んでも構わんでしょうに。

 オラクル細胞は他者の捕食を促す。つまり、偏食傾向にそぐうあらゆる対象を喰らうべき他者として認識する細胞なのだ。例外は同じ属のアラガミくらいなものだろう。

 完全にアラガミの僕などは既に人間を食事としか見ていないし、割とアラガミのソーマは狩ったアラガミを食べたがっていたらしい。ソーマって人間に食欲湧いてそうだよね。

 若干アラガミの神機使いだって、思考に影響は受けているだろうし似たようなものだろう。同胞たる神機使い以外は本来喰らうべき他者なのだ。一般人はいくら喰われてもいい。食事に気を使うのはバカバカしいってことさ。

 

 目の前ではアリサちゃんが青ざめてるし、主人公くんも険しい顔だ。

 それにしても彼、全然喋らないな。そこはゲーム準拠なのかよ。

 リンドウさんが叫んだ。

 

「俺がやる! 新型二人は援護に徹しろ!」

 

 うん、残念だが和解失敗だ。ポストシオが一番楽なんだがなぁ。内部に入り込めればアーク計画を確実に成功させる自信がある。折を見てこっそりシオのことを告げ口すればいいだけだからな。

 

 まぁそれも出来なくなった訳だが。リンドウさんホント好戦的。この人こんな性格だったっけ? 

 

 戦闘か。だが……以前の僕だと思うなよ。

 数多のアラガミ、数多の人々を喰らい、超進化した今となっては手加減する余裕すらあるだろう。

 僕は外部居住区の蹂躙で気が大きくなっていた。

 

「おおおッ!」

 

 リンドウさんが神機を手に突っ込んでくる。

 

 来るがいい! 遊んでやろう、人間ども! 

 

 

 

 

 

 

 ──リンドウさんは次元が違った(二回目)

 オマケに主人公くんも次元が違った。



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8話

 

 気味が悪い。

 

 リンドウの心中はその一言に尽きた。不気味な声で有り得ないことを話すヴリトラはひたすらに気味が悪かった。しかしそれでも冷静さを失わない辺り、彼は戦士として希な適性を持っているのだろう。

 怒りで力を増し、思考は冷静を保つ。

 強力な個人であり指揮官でもあるリンドウは、内面の矛盾を飼い慣らす事ができた。

 

 ──そのアラガミは新人との初任務を狙い澄ましたかのように現れた。

 不快な声で巫山戯たことを抜かすそれは、まるで悪意の塊であるかのようだった。

 無辜の人々を殺し、同僚を意識不明に追い込んだ元凶。サカキは自らの失策を悔い、その理想を一時保留し討伐に協力した。リンドウとて仕留め損ねた自身への怒りを堪えられなかった。

 

 しかし──コイツが居なければ、と考えるのは当然の帰結であり、また事実だった。

 

「おおおッ!」

 

 怒りで満ちたリンドウの身体は普段よりも速く動いた。

 

 接近するリンドウへ、ヴリトラが首を捻りビームを放つ。

 リンドウが避ければアリサに当たる軌道だ。だがリンドウは動じない。

 軽々と回避し、飛び上がって頭部に斬撃を加える。避けたビームはアリサへ向かうが、"彼"が横からアリサに飛び付いて躱した。

 この二人は既に言葉に頼らない連携を完成させていた。非凡な才を持つ者同士、通じ合うものがあるのだろう。

 

 回避した勢いを利用して回転し、神機を変形させた"彼"が射撃する。

 遅れてアリサも弾を撃った。

 

 それを意に介さずヴリトラは地面から跳躍し、翼を広げると地上へ触手を打ち込んだ。

 

「ぐっ……!」

 

 雨のように連続して打ち込まれる触手にリンドウが弾き飛ばされる。

 すかさずフォローが入り、"彼"──神薙ユウがショートブレードに変形した神機で切り込んだ。

 細かい動作で触手を回避しながら斬撃を加え、空中に飛び上がって捕食攻撃をする。バースト。

 

 ヴリトラがじたばたと暴れ回る。大きな質量の運動はそれだけで脅威だ。素早く下がった神薙ユウを加速した触手で追撃した。

 

 青い残光を引いて触手が迫るがそもそもの出だしが遅い。ひらりと、当然のように回避されて当たらない。

 

 ヴリトラは転生者だ。かつては一般人であり、平和な国の教育を受けていた。なまじ考える頭があるから、動作にアラガミには無い思考のラグがある。強敵を前に、考えてから動くのでは遅すぎるのだ。

 いかに精神がアラガミに染まっていても、そもそもの頭が平和ボケしているのである。判断の悪さはその場のノリで適当に生きてきた弊害でもあった。

 

 体勢を立て直したリンドウと神薙ユウが再び迫る。

 

「ちょっと! 私たちは援護に徹しろって……もう!」

 

 不気味な新種アラガミに不安定になっていたアリサだったが、二人の超絶技巧の前に落ち着きを取り戻していた。

 

 精神に余裕が出来たアリサが銃撃するなか、前衛二人はヴリトラの動きを制限するように立ち回っていた。

 紙一重で触手を躱し、返す刀を浴びせることを繰り返して、その攻撃は間違いだと教え込んでいく。

 優れた学習能力を逆手にとる。これがサカキの授けた策だった。

 

 完全にパターンに入っていた。

 

 神薙ユウの執拗な捕食攻撃と、途切れることの無いバースト。加えて死角に潜るリンドウとアリサの銃撃に焦りを感じたのか、身体窮まったヴリトラが身体を振り回す。そのままグルグルと回転しながらビームやレーザーを乱射した。

 

 神薙ユウとリンドウに距離を取らせることに成功するが、アリサの銃撃が複眼に命中し結合崩壊した。

 怯んだヴリトラが回転を止める。

 

 これ以上無い好機に、トドメを刺そうと三人が距離を詰め一斉に剣を振るう。そして──怯んだ体勢のヴリトラが爆発した。

 

 シールドの展開が間に合い大きく弾かれる三人。顔を上げた彼らの目に映ったのは街の下層へ墜落するヴリトラの姿だった。

 

 

 爆発で巨体が吹き飛び、下層の建物をなぎ倒していく。そして────その勢いを更なる爆発で加速する。爆発を次々に連続させることで、爆発しながら逃走した。

 

 イカの様な動きでヴリトラが遠ざかる。

 

「──え? 嘘、でしょう?」

 

「ちょっ、おいおい! 逃げるな!」

 

 そして、青い爆発も黒い巨体も見えなくなった。

 

 




ヴリトラ:その言葉に意味は無く、その行動に信念は無い。その場のノリで生きるを突き詰めた結果、善と悪を区別しない真の邪悪になった。得意技は自爆


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9話

 

 主人公くん、怖っ。

 

 全ての攻撃を見切られ、軽く三十回くらい捕食された時点で完全に心が折れた。捕食攻撃と結合崩壊はホントに痛い。

 秘密兵器だったヒトの言語も、強くなったはずの能力も一切通じず、まさに完封負けだった。

 主人公くんの反応速度は明らかに人間じゃない。挙動の先に攻撃が置いてある感覚だ、全く訳が分からない。反応速度というより予知の領域だった。あれで新人なのだから恐れ入る。リンドウさんよりやべぇや。

 ヤバい奴にヤバい奴が合わさり最強に見えた所に、更にアリサちゃん加入だもんな、やってられんわ。僕も仲間が欲しいぜ。

 

 第一部隊の三人に敗北し、ほとんど自爆に近い形で逃げ出した僕は、海の近い土地まで辿り着いた。

【愚者の空母】近隣の港。

 今は崩れた建物が密集している地点に身を隠している。爆発で削れた身体は小さく、隠れるという選択肢が取れるようになっていた。

 

 それにしても、こうまで敗北続きだと流石に落ち込む。

 少し人間を侮っていた。そもそも極東支部の戦力が高すぎてどうにもならん。

 僕って戦闘ヘタクソなのかなぁ。こと捕食に関してはどのアラガミにも負けない自信があるのだが。体表面ならどこからでも捕食出来るアラガミなぞ他に居ないだろう。オラクル細胞を世界で一番上手に使いこなしているのは間違いなく僕だという確信がある。

 

 声の出し方にも慣れてきた。よし、次こそは説得してみせよう。小柄になり、さらに親しみやすくなった僕に不足は無い。

 今までのエンカウントだって無駄ということは無いはずだ。

 細かいコミュの積み立てが未来へ繋がる。第一部隊が美少女アラガミになった僕と何だかんだで仲良くなり、最終的に極東支部のマスコット枠へ収まる栄光の未来は着実に近づいている。

 

 ちゃんと話せばアラガミ陣営を取り込むことは必須だと分かってくれる筈だ。

 結局、終末捕食が不可避なのは事実なんだから。アーク計画こそが唯一の最適解なのだ──少なくとも僕にとっては。

 地球を穢すだけのモブ人類は滅びてしまえ。

 

 奇しくも支部長の思想と重なっていた。優れた人類を次代に残すとはそういうことだ。浄化された星に残るのは、極東支部の皆さんと僕だけでいい。

 

 

 

 ふと、愚者の空母へ目を向ける。眩しい夕陽の下、デカい神機を肩に担いだフードの男が、ボルグ・カムランを撃破していた。

 あれは……ソーマじゃないか? 支部長の一人息子。タイムリーだ。

 ……はーん、分かったぞ。さては特務だな? シックザール支部長はノヴァ育成の手は緩めていないようだな。何よりだ。

 

 周囲にはソーマ一人きり。これは────チャンスだ。

 

「なにっ……! ッテメェは……!」

 

 神機を構え警戒するソーマ。

 

『ソーマ。同胞ヨ。少し話ヲしヨうじャナいか』

 

「……ッ!! アラガミが、一丁前に口を聞いてんじゃねえ……!」

 

 おいおい、酷いことを言うじゃないか。……まさか、僕が無策で現れたとでも思っているのかな? 話を聞く流れさえ作ればこっちのものだ。

 ソーマはツンケンした態度とは裏腹に、情に厚い一面がある。そして──僕は既に超遠距離攻撃を見せている。仲間の命を盾に取れば、話を聞かせるくらいは出来るさ。

 

『酷いコトを言ウナよ。僕ラは同胞、誰の目にモ明らカにな。話くラいは聞イテおくレ。仲間ッ──!』

 

 痛ったぁ! 最悪のタイミングでノドが結合崩壊した。仲間の命が惜しくないのか、と言おうとした瞬間に限界が来た。

 発声のために、複雑な構造にしたのが悪かったのか。ノドが脆すぎる。確かに発声練習の段階でダメージ入ってたけどさ。よく考えずイケると思ったのが間違いだった。

 

 

「ッ──、誰が、仲間だ! バケモノが!!」

 

 開戦。

 

 怒り狂ったソーマが肉薄する。

 今の僕はシユウとさほど変わらない大きさだ。爆発で吹き飛びながら、残った身体を圧縮したらこの大きさに落ち着いた。元より限界まで圧縮していたつもりだったが、防御の意識が更なる圧縮を可能にしたのかもしれない。

 

 つまり、以前よりも硬くなっている。

 

 神機が振り下ろされる。

 大気を割いて迫るそれを、僕は片手で受け止めた。

 

「何だとッ……!」

 

 ソーマが驚愕に目を見開く。

 

 見せかけの口を歪めてソーマを嗤う。まるで余裕を誇示するかのように。

 そして────その表情のまま、僕は吹き飛ばされた。いくら硬くてもソーマの筋力の前には関係無かった。

 取り敢えず格好つけてみたのはヤケだ。

 

 質量が上がって、重量も増したハズの僕を軽々吹き飛ばしたソーマは警戒した様子で、攻めて来ない。頭が冷えてしまったようだ。

 落ち着いた様子で耳元の機器を操作している。…………援軍を、呼んだ……? 

 

 よし、逃げよう。

 

 ソーマにレーザーをぶっ放し、当然のように避けられる。しかし隙は出来た。

 

 ボロボロになり、マントのような形になった黒翼を翻し海へ駆ける。

 

「待てッ……クソ野郎!」

 

 待ちません。

 

 両手を揃えた、理想的なフォームで海へ飛び込んだ。そしてそのまま深く、更に深くと潜水し、暗い海へ沈んでいった。



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10話

 

 それからしばらくの間、当たり障りの無い日々が続いた。

 

 アラガミを食べたり、はぐれヒューマンを食べたり、カルトっぽい連中を食べたり、ゴッドイーターに追いかけ回されたりと非常に充実した生活だった。(ファン)の心が満たされる、穏やかな日々。こういうのでいいんだよ、本当に。切った張ったなんて必要無かったんだ。

 

 そのうちに第一部隊と合流したシオも見かけるようになった。鎮魂の廃寺を駆けて、楽しげにくるくる回るアラガミの少女。今のところ物語は順調に進行しているようだ。

 僕の身体もどことなくヒトに近づいてきた。見た目は『世界を拓く者』の本体部分に近い雰囲気だ。やはり人喰いが良かったのだろう。

 全てが順調だった。

 

 

 

 

 今日も今日とてストーキング、もとい極東支部の戦力把握に務めている。軽くなった身体で、バレないように空からつけ回す素敵な日課だ。質量は増した感があるのに軽いなんて変な話だが。

 

 今日のメンバーは珍しいことに第一部隊だ。

 彼らは人員不足を補うかのように、支部周辺の各地に出撃している。

 言わば完全ランダムエンカウントであり、運の無い僕が彼らを見かけることはあまり無いのだ。今日はツイてる。

 

 主人公くん、ソーマ、リンドウさんにシオの四人か。面白いメンバーだ。シオは紅一点だな。

 

 

 

 ──ん? 何かおかしい。違和感が…………リンドウさん!? 何故ここに! 

 

 記憶が確かなら、シオの存在が明らかになった時点でリンドウさんはMIA扱いだったはず。アリサの暴走により敵と取り残されたリンドウさんは行方知れずになるのだ。よって、シオとリンドウさんが同時期に第一部隊に居るなんてことは絶対に有り得ない。

 

 リンドウさんの腕にも変化は無く、身体の何処にもアラガミ化の兆候は見られない。いたって健康な様子だ。いやいや、そんなバカな。全く以て意味不明だ。どうなっているんだ……

 

 

 というかこれ、本格的にマズくないか? 

 リンドウさんはアーク計画に勘づいている。そのリンドウさんが健在な状態で、シックザール支部長がシオを奪うのは流石に厳しいような…………アーク計画、詰んだ? 

 

 

 アーク計画が詰めば僕の計画も連座して詰む。僕と支部長は運命共同体なのだ。

 脱出ロケット相乗り作戦のためにも手を打たねばならない。

 

 

 楽しい時間が終わるのは悲しいが、やむなし。

 

 

 観察を止め、空から急降下してシオの前へ降り立つ。彼女は他の三人から離れ、一人突出している。好機。

 目を丸くしているシオを、ガッシリと片手で抱え、再び空へ舞い上がった。

 

 リンドウさんが無事な時点でどうせめちゃくちゃなんだ。当初の計画は破綻した。もう知ったことか。せめて、無理矢理にでもアーク計画は発動させてもらう。

 

「ま、待てッ、クソッ! シオを離せ!」

 

 離しません。また君かソーマ。色々と遅いんだよ、君は。

 ソーマの神機が空を切る。

 

「わっ、わっ、ソ、ソーマ!」

 

「シオ!」

 

 バシバシ飛んでくる弾を無視して、じたばたするシオを抱えながらエイジス島へ向かう。

 遠くに見える楕円形の明かり。どこか懐かしさを覚える光を放つその島こそが人類最後の楽園、エイジスだ。

 

 エネルギー噴射の勢いのままに突っ込み、外壁を破って中へ侵入する。

 ぐったりとしたシオを落とさないように抱え、着地。

 おお、天井にでっかい女が張り付いてる。あれがノヴァか。

 その真下、装置に乗った支部長が待ち構えていた。ヨハネス・フォン・シックザール。

 

「待っていたよ、ヴリトラ……いや、真なるノヴァよ。なるほど、オラクル密度、エネルギー共に計測不能だ。ペイラーの危惧もあながち間違いでは無いようだな」

 

 ノヴァではないが。しかしマズい。どうも非友好的だ。そういえば討伐対象とか言ってたっけ。完全に忘れていた。何とかせねば。

 僕は、人類の味方であるという主張とアーク計画に賛成する旨、ロケットに乗って宇宙旅行がしたい旨などを支部長へのお世辞も交えながら情感たっぷりに語った。

 

「…………なるほど。君の考えは分かった。ならば、そのように取り計らおう」

 

 おお、何と物分りの良い人なんだ。ラスボスと和解に成功したぞ! 上手くいきすぎて不思議なくらいだ。会話スキルの向上が良かったのかな? 

 

「しかし……もう余計なことはしないでもらいたい。君の行動によって、私の計画は大いに狂った。……本当なら、私は今ここで君を討伐するつもりだったのだ。これ以上ノヴァの成熟が遅れたら取り返しがつかない。大人しくしていたまえ」

 

 アッハイ。

 つまり、リンドウさんが無事なのは僕のせいってことか。よく分からんがやっちまったぜ。

 

 僕は大人しくシオを引き渡し、エイジスを辞した。それにしても…………真なるノヴァ? 何を言ってるんだこの人。大丈夫かな? 

 だが……ふふ。宇宙旅行、楽しみだな! 

 

 全てが、順調だった。 

 

 



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11話

 

 極東支部の雰囲気は最悪だ。

 支部長により第一部隊がアラガミを匿っていたことが発表され、驚く間もなくエイジス計画が偽りであることが知らされた。

 

 アーク計画の開示。極東支部の人々は、地球に残り死ぬか、大勢を見捨てて宇宙へ避難するかの選択を迫られていた。

 

 第一部隊の面々は皆一様に暗い顔をしていた。

 その中でもコウタの表情は特に暗い。

 

「……どうするんだよ、これから」

 

 第一部隊の立場は微妙なものだった。

 一旦問題は保留とされたが、シオを匿っていたことは全ての人々への裏切りに等しい。サカキ博士が庇っていなければ事態はより悪化していただろう。

 

「……どうするもこうするもねえ。クソ親父からシオを取り戻す」

 

 みすみすシオを失い、知らぬ間にシックザール支部長に奪われていたことを知ったソーマは一時荒れた。しかしリンドウや仲間の支えにより立ち直り、シオの奪還を心に決めていた。

 

「えぇ……シオちゃんを取り戻しましょう」

 

 リンドウは元より、シオを可愛がっていたサクヤとアリサも覚悟を決めていた。悩んでいるのはコウタだけだ。

 

 外部居住区に大きな被害が出た時、コウタは大きな衝撃を受けた。家族が危険に晒されたことへの恐怖。それが転じて、同じ状況に置かれていた外部居住区の住民への親近感を強めていた。

 アーク計画はコウタの家族を救うが、彼らを見捨てる道でもある。

 

 結局コウタは決めかねたまま、家族の待つ家に帰った。彼の家族は思慮深く、善良な人物だ。コウタが自分のするべきことを悟るまで、そう長くは無かった。

 

 第一部隊はアーク計画に抗う覚悟を決めた。

 

 

 

 >>>

 

 

 

 支部長は僕に神機使いへの嫌がらせを命じた。ちまちまと襲撃を繰り返して戦力を削る。

 負い目もあり安請け合いしたは良いものの、どんどん心象が悪くなっているようで気が気でない。まあ最悪ロケットは一人乗りでもいい。新天地で暮らすことさえ出来れば。

 

 そんなこんなで、遂に約束の日がやってきた。

 決戦の地、エイジス島。僕は支部長から呼び出されていた。

 ノヴァは既に完成している。琥珀色の光が不気味に脈打ち、今にも起動しそうだ。額にはシオが磔にされている。

 

 結局ノヴァの育成速度は変わらず、計画は早まることは無かったようだ。むしろ僕のせいで遅れた分を、シオの早期確保で補えたような気すらする。ファインプレーだった。

 

 そして……ゲートから第一部隊が現れた。結局、彼らは戦う道を選んだようだ。それでこそだ。

 察するに、僕の役目は遅延戦闘で時間切れにして、彼らをロケットに乗るしか無くすることかな? さすが支部長。完璧な作戦だ。

 

 一通り会話パートが終わる。支部長は僕との関係もバラしたようだ。

 そして、颯爽とアルダノーヴァに乗り込んだ。そろそろ良さそうだったので、天井に張り付いてタイミングを見計らっていた僕は地面に落下する。

 第一部隊が神機を構える。覚悟の篭った視線が身体を射貫く。

 

 サカキ博士が下がる。帰り際に言った。

 

「……アラガミと組んだね、ヨハン。君は取り返しのつかない過ちを繰り返そうとしている。……もはや、手遅れかもしれないけれどね」

 

『いいや、それは違う。私は彼を利用したのさ、ペイラー。彼にはここで死んでもらう。元より……彼の席は用意していない』

 

 …………は? 

 

 だ、騙したの!? な、何で? 僕が何をしたと言うんだ……

 

『有り得ないのだよ、君という存在は。……アーク計画を知っていたな? これは極秘の計画だ。外部の、それもアラガミなどに知られるハズが無いのだよ。不確定要素は次の世界に持ち込ませない。ここで私に殺されるか、終末捕食に呑まれるか。二つに一つだ』

 

 ……あー、うん。まぁ、そうね。よく考えていなかったわ。

 

 …………よし。支部長は、殺そう。不都合な真実を知る者は闇へ葬らなければならない。どのみち死ぬのだ。これ以上余計なことを吐かれる前にご退場願おう。

 ロケットは他人のものを奪うとしようか。

 

 両手から神機を生やす。無論模しただけの代物だが、これはスサノオから奪ったものだ。元が元だけにそれなりに強力だ。

 

 エネルギーを噴出し、支部長もといアルダノーヴァに踊りかかる。複雑な軌道を描いて迫る僕を、アルダノーヴァは事も無げに迎撃した。

 スピア型の神機と女神の腕が鍔競り合う。硬っ。何で出来てるんだこれ。

 競り合ったまま、複眼からレーザーを連射する。数発女神に命中したが大半は男神の太い腕に弾かれた。そのまま殴りかかってくる腕を回避しバックステップ。

 

 再び斬り掛かろうとした所で、逆に背後からバッサリ斬られた。

 第一部隊。そういえば放置してたね、忘れてた。

 

 ソーマとリンドウさんはアルダノーヴァへ挑んでいる。僕を切りつけたのは主人公くんだ。入れ替わってアリサちゃんが上から下への斬り落としを仕掛ける。隙がない。なるほど、良いコンビだ。

 旧型ガンナー二人の援護射撃も中々に鬱陶しい。僕とアルダノーヴァ、それぞれを攻める部隊の支援をしている。両方を同時に相手取るつもりのようだ。

 

 つまり、僕たちは三つ巴の泥沼に突入した。

 

 流石にヤバいと思った僕は開始早々に天井へ避難している。まともに相手をしたら何だかんだで負ける。毎回のパターンから僕は学んでいた。上からチクチクとアルダノーヴァを狙撃するだけに留める。アルダノーヴァや第一部隊から攻撃がバンバン飛んでくるが、全て無視だ。エネルギーに変換された攻撃は、もはや僕には一切通じなくなっていた。

 

 アルダノーヴァの男神が結合崩壊を起こした。沈黙まで、そう長くないだろう。

 ついに女神が倒れ伏した。男神もそれに続いて倒れる。アルダノーヴァは撃破された。

 

『バカな! この私が……!』

 

「終わりだ……クソ親父……」

 

 よし、今だ。

 僕はアルダノーヴァを踏み潰した。天井からジェット噴射で突進し、勢いのままに蹴りを叩き込んだ。

 クソ親父さんは終わった。アーク計画は責任を持って僕が引き継ごう。もうすることなんてほとんど無いけど。あとは彼らをロケットに誘導するだけだ。

 

「ク、クソ野郎ッ……! やりやがったな……!」

 

「……お前じゃねえだろうが。支部長を倒したのは俺たちで、ソーマはヤツの息子だ! お前は、全く関係無いだろうが! 何なんだお前は!」

 

 ソーマもリンドウさんもめっちゃ怒ってるじゃん。何だと言うんだ。身内ではトドメを刺しづらいだろうし、むしろ僕に感謝するべきだろう。

 

『よく分からんことを言うね、リンドウさん。それに……随分と悠長だ』

 

 いよいよノヴァが起動する。揺れるような音がエイジスに響き渡る。そしてノヴァの放つ光が強くなり…………青色に変わった。音が止まる。

 …………あっ。

 

 第一部隊がシオの方を見た。僕には何も聞こえないが、きっと会話をしているのだろう。僕が拉致したのでゲームよりもなお短い期間しか共に居なかった筈だが、それでも絆を紡いでいたのだ。完全に想定外だ。

 

 ノヴァが夜空へ飛び去る。月へ向けて。

 ……いやマズいって! 

 

 ジェット噴射でかっ飛び、全力でノヴァを追いかける。

 触手を掴んで引きずり落としてやる! 

 掴んだ! 戻れええええ! 

 

 後ろから僕の翼が掴まれる。ソーマぁ! 

 

「邪魔は、させねえ! 二度もテメェをシオに近づけて堪るか! 落ちろォ!」

 

 僕はノヴァの触手を伝ってきたソーマに引きずり落とされた。クソおおおおおお! 

 

 

 

 暗い空を落ちて行く。エイジス島への落下だけは回避しなければ。第一部隊が待ち構えている中に落ちたら終わりだ。

 エネルギーを撒き散らしながら全力で夜空を泳ぐ。

 

 遠くの空で、月の花が咲いた。

 

 

 

 

 >>>

 

 

 

 

 不時着した場所は、嘆きの平原だった。

 奇妙なことに、地面に落ちた僕の目の前には沈黙するツクヨミがいた。アルダノーヴァの原型となった、支部長の遺産。そして……恐らく、このアラガミはノヴァの余剰パーツだ。アルダノーヴァと同じように。

 

 反射的に、僕はツクヨミを捕食した。

 心臓(コア)が跳ねる。



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12話

 とても良い気分だ。

 

 ツクヨミを食べたのは正解だったという奇妙な確信がある。急に視界が晴れたような、長い夢から覚めたような……何とも言えぬ清々しい気分だ。

 身体が青く輝き、背にある二対の翼が、風も無いのにたなびいている。コアの脈動はいよいよ強くなってきた。光もそれに合わせるかのように強弱を変える。

 なるほど。この光は……ノヴァですね。ノヴァですわ。さっき見たノヴァ(inシオ)と同じ光だ。支部長の言った通りだった。終末捕食のやり方とか知らないけど大丈夫かな……

 

 空に騒音が響く。ヘリの音だ。エイジス方面から飛来したようだ。第一部隊が追ってきたか。

 僕は第一部隊を投下したタイミングを見計らい、レーザーでヘリを撃墜した。所詮はカプコン製、脆いものよ。

 真っ先に降ってきたソーマの渾身の一撃を躱す。避けた先で主人公くんの狙撃を顔面に受けた。モルター。頭が爆発して少し怯む。相変わらずどんな読みしてんだよ。バケモノめ。

 

「ヴリトラ……!」

 

 ソーマの神機は真っ白に染まっていた。やはりシオを捕食したようだ。ヒトの形をしたモノを捕食させるなんて、やはりソーマはこちら側の存在に違いない。トモダチ! 

 残りの四人が着地する。リンドウさんが吠えた。

 

「これで全てを終わらせる! いいな、お前ら!」

 

 サクヤさんがよろけた僕を追撃する。レーザーを放ち、言った。

 

「ええ、これで最後よ! シオちゃんがあんなに頑張ったんだもの。私たちも頑張らなくちゃ!」

 

 コウタとアリサが銃を構える。アリサは新型だが、僕の身体の大きさに対してに前衛四人は多すぎる。彼女は臨機応変なカバー要員って所だろう。よく考えられた編成、なのかな? 

 

「はい!」

 

「ゼンブ終わらせて、皆で帰ろう!」

 

 

 そう、これで最後だ。負ける気がしない。

 決着を付けよう。

 

 主人公くんの連撃。右上から左下への斬撃、次の瞬間には横に回って下から上への切り上げ。繋げた捕食攻撃の反動を利用してバックステップ。目にも止まらぬ早業だ。

 

 バックステップで神機槍の刺突を透かされた僕のスキをついて、リンドウさんが突っ込んでくる。

 ブォンと、風の音が聞こえる程の横薙ぎ。神機槍でカチ上げようとしたが力負けした。だが僕には二対の腕がある。拳でリンドウさんを殴り飛ばす。軽い。威力を殺された。

 リンドウさんが離れた瞬間に、三方向から銃撃の雨を浴びせられる。腕で弾を弾き散らした。弾丸はもう効かんよ! 学ばないな君たち! 

 だが気のせいだったようだ。普通に複眼が潰れてしまった。……あっ、主人公くんのモルターか!? ダメージの蓄積……! ッまだだ! 僕の回復力をナメるなよ! 

 回復リソースを複眼に回し視界が戻る。……!? 目の前にソーマ。チャージクラッシュ……! マズい! 避けっ……

 何とか避けようとしたが視界が戻ったばかりで体勢が悪かった。回避しきれず絶対に受けてはいけない攻撃を食らってしまった。

 吹き飛ばされて壁に激突する。あぁ、コアが損傷した。これは……致命傷だな。リンドウさんたちが駆けてくる。終わった。

 あれ? そもそも何で戦ってるんだっけ……? たしか僕は、戦いは苦手だから避けようって考えて……。な、何か……何かがおかしい……。

 僕は…………

 

 

 

 気がついたら僕の意識は宙に浮いていた。

 大気圏から地表を見下ろすのと同時に、地表から空を見上げている。そういえば、頭に響く声。人類排除の指令も、この視点の主と同じ気配だ。これは……星の視点、なのか? 

 

 いや、違う。この気配は……僕? だが僕はここにいる。

 

 ならこれは…………そうか、前回のノヴァか! 

 白亜紀の終わりに顕現した、竜殺しの(ノヴァ)。あの声はアラガミの本能でも、星の意志でも無い。このノヴァが直接下した指令だったのだ。

 

 ノヴァは地表の全てを捕食し、地球へリソースを還元する。それはどのようなものなのか。きっとこれが答えだ。

 全てを捕食したノヴァは地球と一体化するのだろう。そうしてリソースを星に還すのだ。そして、次の時代でノヴァを育成する。頭に送られる声がそうなのだろう。

 

 そして……僕がここに居るということは、来たるべき時が来たのだろう。僕に終末捕食を起こせと言うのか。しかし僕は特異点を取り込んでいない。終末捕食は発動出来ない。

 

 ……いや、違う。シオはノヴァを操縦した。特異点は制御パーツってことだ。終末捕食の発動自体とは関係が無い、のか? 

 そう考えると辻褄が合うような気がする。ノヴァが地表全てを捕食したなら、特異点がどこに居ようが関係無いのだ。2の赤い雨も、ノヴァの育成では無く特異点の育成のための装置だった。特異点は後からで良い。終末捕食の発動自体には特異点を必要としないのか。

 ノヴァが環境をリセットし、取り込まれた特異点が制御してリソースを還元する。それがこの仕組みの正体だ。

 

 声が、全てを捕食しろと囁いてくる。不思議な強制力を感じる声だ。

 だが……もう、すんなりと言うことを聞くのは癪だな。

 お前はノヴァで、僕もノヴァだ。もう……僕たちは対等なんじゃないか? 

 そう思い至った瞬間から、僕は声をねじ伏せることが出来た。僕という意識が肥大して、前回のノヴァを塗り潰していく。……今までよくも僕の頭に電波を垂れ流してくれたな。対等ってのはやっぱ無し。お前が下で、僕が上だ。お前はここで惨めに死ね。

 

 

 

 現実へと意識が戻った時、まだ目の前には駆け寄ってくる第一部隊が居た。あの空間での時間の経過は無かったようだ。

 切りかかってくる主人公くん達三人。だが……悪いね、ゲームセットだ。

 

「なっ!」

「ぐあッ!」

 

 エネルギーを解放して周囲を吹き飛ばす。エネルギーは光の粒となり、青い嵐が僕を包んだ。嘆きの平原に渦巻く竜巻を取り込み大きな渦になる。竜巻の底、大穴から琥珀色の光が立ち上った。光は直ぐに青色に変わった。今なら分かる。あれは……さっき支配した、前回のノヴァのコアだ。

 全てのオラクルが嘆きの平原を満たしている。さあ、終末捕食を始めよう。

 

 束縛から解き放たれた肉体が巨大化し空を突き破る。黒い翼が天を覆い、二対の腕が地を抱き締めた。

 宇宙から…………月から見たなら、巨人が星を抱き潰そうとしているように見えたことだろう。シオ、見てるかな? 

 

 さて。

 前回のノヴァに逆らうと宣言したのは伊達では無い。特異点無き終末捕食。暴走状態に近いそれを制御する。僕なら出来る。

 だって、僕の主体はこの意識にあるのだから。コアが再生するのもそのためなのだろう。肉体に優越する精神。要するに心で身体を制御するってことだ。たったそれだけのことなのだ。

 目指すのは────極東の人間だけを除外した終末捕食だ。

 

 

 

 >>>

 

 

 

 再生された自然の中、嘆きの平原だった場所で惚けている第一部隊がいた。僕はそれをあらゆる角度から見守っている。

 星そのものと一体化して獲得した高次の視野を遺憾無く使って極東地域を観察する。

 外部との連絡が取れず、大慌てをしているサカキ博士が見えた。アラガミが消えて戸惑っている防衛班が見えた。他にも沢山の人が居た。

 もちろんこれは極東だけだ。支部近辺以外は全て捕食し、環境をリセットした。

 人類はもう極東の一部にしか生息していない。だが、残された彼らは強い人々だ。以前よりも豊かな世界になったことだし、何だかんだ元気に生きていくことだろう。いざとなれば僕が干渉することも出来る。今やこの星は僕でもある。ある程度は環境を調整することだって可能だろう。

つまり……この星の全ては僕の支配下に落ちた。虫けらの如き人間どもには僕を害することなど出来ようはずも無い。もはや死の危険は遥か彼方。世界の幸福を独占したような素晴らしい気分だ。

今まで散々いたぶってくれた彼らには今後、僕の掌の上で踊ってもらうとしよう。

 

まるで全てが玩具であるかのようだ。ならば、僕こそが神なのだろう。



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