桜才学園での生活 (猫林13世)
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桜の下の才女たち

二作目です。
コッチはゆっくりと更新して行こうと思ってます。


「タカ兄~早く早く~!」

 

「平気だって、一駅だから。」

 

「そう言う事じゃ無いの~!」

 

「はいはい。じゃ、行ってくるよ。」

 

「もう!緊張感無いんだから。」

 

 

妹に見送られ、俺津田タカトシはとある場所へと向かう。

本日より晴れて高校生になった俺は、これから3年間通う事となった私立桜才学園へと歩いて通う事になったのだ。

この桜才学園は去年まで女子高だったが、近年の少子化の影響で今年から共学となった。

さて、何故俺が桜才を選んだのかと言うと、もう一つ受けた高校と桜才では、桜才の方が近いからである。

しっかし暑いな・・・教室に着くまでネクタイを緩めておくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家から徒歩20分、ついに桜才学園が見えてきた。

見渡す限りの女子の制服。

さすが元女子高、女子の比率が高いなぁ~。

確か男子28人に対して女子が524人だっけか?

これだけ女子が多かったら、肩身狭いだろうな。

 

「おはよ~!」

 

「ああ、おはよう。」

 

 

同じ中学だった女子が挨拶をしてきた。

あの子もここだったんだな。

などとしみじみと思っていたら・・・

 

「こら、そこの男子!ネクタイがだらしないぞ!」

 

 

校門で服装検査に引っかかった。

しまったな~、ネクタイ緩めっぱなしだった。

 

「スミマセン、暑かったんでつい・・・」

 

「そうか。確かに今日は4月にしては暑い。だが、校則違反だ。」

 

「はい・・・」

 

 

桜才学園の校則は厳しいことで有名だったが、まさか初日から怒られるとはな・・・

 

「どれ、私が直してやろう。」

 

「いえ、自分で出来ます。」

 

「遠慮するな。ついでに校則違反に対する罰を実行する。」

 

「ウェ!」

 

 

思いっきりネクタイを締められ、情けない声を出してしまった。

 

「これで少しは反省しただろ。」

 

「スミマセンでした。」

 

「しっかりとした身なりなら気持ち良く授業に望めるだろ。ちなみに私はしっかりと締めている。」

 

 

確かにこの女子生徒の身なりはしっかりとしている。

あっ、今気付いたけど生徒会の人なんだ。

てっきり風紀委員かと思ってた。

 

「しまりの悪い女だと思われたくないからな!」

 

「・・・・・はい?」

 

 

何を突然言い出すんだ?

真面目な話をしていると思ったらいきなり変な事を言い出した。

 

「でも、こう言うのってすぐにまた緩めちゃうんですよね。」

 

「なら出来ないようにもっときつくしてやろう。」

 

「ウェ!」

 

 

こ、殺す気か!

十分締まっているネクタイを更に締められ、俺は大慌てで女子生徒から離れた。

この人は危険だ。

 

「我々生徒会の活動は行動する事に意義がある。やるだけ無駄なんて言うのは理想に向かって行動出来ない怠け者の逃げ道。アンタみたいな小さい人間、きらいなのよ!」

 

 

いきなり背後から声を掛けられた。

確かにやるだけ無駄なんて思うのは良くないな。

そう思い謝ろうとしたが・・・

 

「あの?このお子さんは?」

 

 

小さな女の子がそこに居た。

 

「貴様!言ってはならない事を口にしたな!」

 

 

そう言って飛び蹴りを放つ女の子。

・・・とどいて無いんだが。

そう思っていると、カポッと音がして靴だけ跳んできた。

 

「おっと!」

 

 

手で受け止めて靴を返す。

 

「私は萩村スズ、アンタと同じ一年生!」

 

 

靴を返したら、少し顔を赤らめて自己紹介をしてきた。

同い年だったのか。

 

「IQ180の帰国子女、英語ペラペラ、10桁の暗算だって朝飯前、ど~おこれでもまだ私を子供扱いする!?」

 

「でも夜9時には眠くなる。」

 

「子供だ。」

 

「こ~の野郎この野郎!」

 

 

ポカポカと俺の腰辺りを叩く萩村。

見た目通り大した力ではないので痛くは無い。

 

「こらこら二人共、新入生を困らせちゃ駄目よ?」

 

 

またもや背後から声がかかった。

 

「アリア。」

 

 

振り返るとそこには、お嬢様と言う感じの女子生徒が居た。

 

「スミマセン助かりました。」

 

「ううん、面白かったからずっと木陰から見てたの。」

 

「うわ~助かんね~。」

 

 

この人もまともではなさそうだ。

 

「ところで、どうして貴方はこの学校に?」

 

「家が近いからです。」

 

「そうなんだ~。ほら、共学化したらハーレム目的で来る男子が居るじゃない?」

 

「それは漫画の世界・・・」

 

 

ですよ、と言おうとしたが、校門付近で女子生徒の多さに顔をだらしなく緩ましている男子を見て言えなかった。

 

「でも、それ無駄なのに。ここの娘たちは女の子にしか興味ないのに。」

 

「?」

 

「すまない。彼女は重いジョークが好きなんだ。ちなみに私はノーマルだ。」

 

「はぁ・・・」

 

 

随分と厄介な人たちと知り合いになってしまったな。

 

キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン

 

 

HR開始のチャイムが鳴った。

って!

 

「こんな所で油売ってたから、俺遅刻しちゃったじゃん!」

 

「ああ、すまない。お詫びに君を生徒会に入れてあげよう。」

 

「会長!コイツを生徒会に入れるんですか!?」

 

「何か問題あるか?」

 

「だって男子ですよ!くさそうですし・・・」

 

「偏見だよ~。」

 

「そうよスズちゃん。この子は平気そうだよ、真面目そうだし。」

 

「どうも。」

 

「イカくさくなるかもしれないけど。」

 

「ヒィ!」

 

「しねえよ!」

 

 

大丈夫なのか?この生徒会。

 

「では改めて自己紹介。私が生徒会長、二年の天草シノだ。」

 

「同じく二年、書記の七条アリアよ。」

 

「アンタと同じ一年、会計の萩村スズよ。」

 

「そして君には、私が元いた副会長の席をやろう。右手として頑張ってくれ。」

 

「右腕では?」

 

「右手じゃある意味恋人ね。」

 

 

これって決まりなの!?

俺、一年なのに副会長!?

 

「あの~辞退って・・・」

 

「出来る訳無いだろ。」

 

「ですよね~。」

 

 

出来れば関わりたくなかったんだが・・・

こうして入学初日、俺は生徒会に入る事になった。




今回は生徒会役員共です。
四コマ漫画を文字上げするのは大変ですね。
前書きにも書いた通り、コッチは気まぐれで更新していきます。
原作でもヒロインは決まってないので、この作品でも当分はヒロインポジションはありません。


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初仕事

津田のツッコミは字として読むより声で聞きたいです。


少子化の影響で共学化した私立桜才学園。

そこに入学していきなり生徒会に入れられた俺、津田タカトシ。

正直言って生徒会なんて荷が重過ぎる。

そう言ったら・・・

 

「何を軟弱な事を、私なんて月一で重い日があるんだぞ!」

 

 

などと言われた。

正直しったこっちゃない。

現在生徒会室で話し合いをしている。

 

「共学化にあたって、我々は様々なものを共有する事となる。」

 

「例えば?」

 

「う~む・・・プールの水とか。」

 

「今年の夏はドキドキね!」

 

 

・・・辞任したい。

 

「ん?如何した、津田。」

 

 

生徒会長の天草シノ先輩。

半ば強引に俺を生徒会に入れた張本人、だが面倒見は良い。

 

「会長、ここなんですけど・・・」

 

「!?」

 

 

な、何だ?

 

「君は私の右腕なんだから、右側に立て~!」

 

「ええ~。」

 

 

とても変な人だ。

 

「シノちゃん。そこまで徹底しなくても良いんじゃない?」

 

「そうか?アリアがそう言うなら・・・」

 

 

彼女は七条アリア先輩。

共学して間もないのに、既に男子生徒の憧れ的な先輩だ。

 

「近頃イジメが流行ってるらしい。」

 

「イジメはいけないこと?」

 

「当たり前だろ。」

 

 

うん、会長の言う通りイジメは良くないな。

この学校ではそんな事無いんだろうが、最近イジメが原因で自殺する人も居るくらいだ。

何事も行き過ぎは良くないんだろうな。

 

「でも、家の父は母に毎晩イジメられて喜んでるわよ。」

 

 

・・・それは意味が違うのでは。

 

「うむ、仲睦まじいんだな。」

 

 

天然?

今の発言、学校でして良いものなのだろうか。

しかも会長もあっさりその話題に乗るし・・・

 

「ふわぁ~」

 

 

おっと。

ついついあくびが出てしまった。

 

「午後って何で眠くなるんでしょうね。」

 

「そうだね~。私も眠いよ~。」

 

「お昼の後だからだろう。」

 

「そうですかね?」

 

「ああ、お腹が溜まれば眠くなるものだ!」

 

「そうだね~。」

 

 

確かに一理あるかもしれない。

人間、空腹が満たされれば眠くなるのだろう。

・・・あれ?さっきから萩村が会話に入ってこない。

 

「萩村?」

 

「・・・・・・」

 

「あれ?」

 

「すーーすーー」

 

 

寝てる!

まさか本当に寝てる人が居るとは思わなかった。

 

「ちなみにスズちゃんは本当にお昼寝をしないと持たないの。」

 

 

・・・やっぱり子供だ。

しかし、気持ちよさそうに寝てるな。

何だか俺も寝たくなったぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業が終わり再び生徒会室。

そこに居たのは俺と同い年の萩村スズ。

身長控えめだが学年トップの頭脳の持ち主だ。

・・・だがなんか偉そうな感じがする。

 

「何?」

 

「いや、何で腰に両手を置いてるのかな~って思ってさ。」

 

「ああ。私、こんな見た目だからナメられないようにこのポーズをとってるのよ。」

 

「へぇ~。」

 

 

小さいとそんな悩みがあるんだな~。

俺は幸いにして身長には恵まれている。

同学年の中でも大きい方だ。

そんな事を考えていると・・・

 

「でも、このポーズには大きな問題がある。」

 

「それは?」

 

 

あのポーズの問題と言えば、偉そうに見えるしか無いと思うんだが。

それ以外に何か問題でもあるのだろうか。

 

「前にならえの先頭を髣髴とさせる。」

 

 

・・・はい?

 

「このジレンマ、如何すれば良いの!」

 

「すげー如何でも良い。」

 

 

前にならえなんて小学校以降した事も無い。

しかも先頭なんて縁の無いものだったし、思いつかなかったわ。

 

「別に誰もそんな事思わないから、気にしなくて良いんじゃない?」

 

「それは私しか先頭を経験してないって言うのか~!」

 

「落ち着きなさい。」

 

 

フォローしたのに怒られたー。

少し気にしすぎのような気がするんだが・・・

まあ、萩村には萩村にしか分からない悩みがあるんだろう。

俺だって全部分かろう何て思わないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくして会長と七条先輩も生徒会室にやって来た。

 

「より良い学園を作るためには生徒の声を聞くのが大切だ。」

 

 

確かに、共学化するに当たって色々と問題があるな。

例えば男子トイレの少なさとか、女子が多いので女子同士での会話に遠慮が無いとか、他にも色々あるだろう。

 

「そこで、目安箱を設置しようと思う。」

 

 

目安箱か・・・

徳川吉宗が庶民の声を聞くために設置したのが有名だが、実際に学校に投書している人を見たことが無い。

 

「でも会長。目安箱って以前にも設置しましたけど、あんまり投書無かったですよね。」

 

 

あっやっぱり投書されなかったのか。

 

「うむ、なので今回は入れたくなるように一工夫してみた。」

 

 

そう言って会長は目安箱を取り出した。

その目安箱の入れ口には、一本の線が引いてあった。

 

「これは?」

 

「ついつい入れたくなるだろ?」

 

「いや、不信任ものだろこれは・・・」

 

 

発想が思春期過ぎますよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

「今回は随分と投書が来たぞ!これもあの工夫のおかげだな。」

 

「違うと思いますけど・・・」

 

 

とりあえず投書を読んでいく。

なになに、社会科の先生にカツラ疑惑、食堂のおばちゃんは実は若い、何だこれは・・・

 

「あっ、これ津田君宛てだね。」

 

「俺に?」

 

 

生徒会に入ってまだ日が浅い俺に、いったいなんの要望だ?

え~と・・・

 

「会長に手を出したら、穴ぶち抜きます。」

 

「・・・・・」

 

「シノちゃんのファンからね。あっこれもそうね。」

 

 

神様~。

俺はいったい何をしたって言うんですか。

普通に高校に通ってるだけなのに、何故こうも狙われなきゃいけないのですか!

っと、現実逃避をした所で何も変わらないだろうな。

 

「津田君の初めてが狙われてるのね!」

 

「何!?津田の初めてだと!」

 

「うん!しかも後ろの!」

 

「おお!津田はそう言う趣味なのか。」

 

「ちげーよ!」

 

 

こうしてまた一日、ツッコミで終わっていくのか・・・

萩村、お前も少しは手伝ってくれよ。




次回は伝説の校内案内です。
どうアレンジして行こう・・・


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校内案内

伝説のあの案内です。


「明日は大事な会議をするから遅れずに来るんだぞ。」

 

 

そう言われたのだが・・・

 

「スミマセン、遅れました!」

 

 

指定された時間に遅れた。

まったく情けない、自分が・・・

 

「遅い!今日は大事な会議だと言っただろうが!」

 

 

生徒会室には俺以外の役員が揃っていた。

まあ当たり前か。

既に集合時間から5分過ぎてるもんな。

 

「いや・・・道に迷いまして」

 

 

完全に言い訳だが、事実なので正直に話す事にした。

 

「そうか、津田はまだ入学して日が浅いからな。」

 

「ええ、まあそう言う事でして・・・」

 

 

予め下見に来ていないし、生徒会に入るつもりも無かったので生徒会室までの最短距離なんて分からない。

これは早いところ覚えないとまた同じ失敗を繰り返しそうだぞ。

 

「よし!今日は私が津田のために校内を案内してやろう!」

 

「あの、大事な会議は?」

 

「そんなもの、移動中にすれば良いだろ!」

 

「それってそんなに大事じゃないよね!」

 

 

思わずツッコミを入れてしまった。

 

「ほら津田君?行くわよ。」

 

「ええ!案内するのって決定なんですか!?」

 

「だってまた迷子になったら大変でしょ?」

 

「それはまあ・・・」

 

 

確かにこの年で迷子になるのは恥ずかしいしな。

会長が大丈夫と言うのなら大丈夫なんだろう。

そう思う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ行くぞ!」

 

 

気合の入った会長に連れられ、急遽決まった桜才学園案内ツアーに出発した。

 

「此処が保健室だ。」

 

 

何故一番が保健室?

 

「此処が女子更衣室だ。」

 

 

此処を案内されて如何しろと?

 

「此処が普段使われていない無人の教室だ。」

 

 

使ってないなら何故案内した・・・

 

「男子生徒が聞くとドキッとする場所から優先的に案内してるんだが・・・不満か?」

 

「うん。」

 

 

現在地は体育倉庫。

普通は体育館が先じゃないのか?

そもそも男子生徒が全員そんな事ばっか考えてる訳じゃないですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処が私とシノちゃんが在籍している教室よ。」

 

「そうなんですか~。」

 

 

2-Bの教室前。

天草会長と七条先輩は同じクラスのようだ。

 

「何か分からない事があったら気軽に聞きに来てね。」

 

「ええ、もし何かあったら聞きに来ます。」

 

 

恐らくは無いだろうが・・・

 

「でも、こうして見ると少子化が悪いって事も無いわね。」

 

「へ?」

 

 

何故いきなり少子化の話に?

 

「3年になってP組まであったら大変だもの。」

 

「クラスのイメージカラーはピンクだな!」

 

「もう何いってるの!?」

 

 

往来の場所でなんちゅう事言い出すんだ、この二人は。

見ると萩村も呆れて口をポカンと開けている。

如何やら萩村は正常な思考の持ち主らしい。

良かった、俺だけじゃツッコミきれないからな・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処が女子専用トイレだ。男子は教職員用のトイレを使用するように。」

 

「じゃあ何で案内したんですか・・・」

 

 

そもそもトイレの場所は真っ先に確認したから知っている。

共学したてだからしょうがないが、もう一個くらい男子トイレを作ってくれないかな?

 

「ちなみに、此処では用を足す以外にナプキンを装着したりする!」

 

「聞いてませんよそんな事・・・」

 

 

またおかしな事を言い出したぞ、この人・・・

 

「チョッとシノちゃん!」

 

 

おお!七条先輩がツッコミをしてくれるのか?

 

「私はタン○ン派よ!」

 

 

・・・はい?

 

「すまない。つい自分を基準に考えてしまった。」

 

「い~いシノちゃん、私は・・・」

 

「もういい!」

 

 

再びおかしな事を言いそうになったので強制的に打ち切った。

 

「毎回続くの?この感じ。」

 

「私はもう慣れた。」

 

 

俺は慣れたくないんだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長、お疲れ様です。」

 

「ああ。」

 

 

移動中に会長が挨拶された。

変なとこがあるけど、やっぱり会長は尊敬されてるんだろう。

 

「挨拶されるなんて、さすが会長ですね。」

 

「まあ慕われなければ人の上に立てないからな。君も尊敬される副会長になれるように頑張るんだね。」

 

「いやぁ~俺はそう言うのチョッと苦手でして・・・」

 

 

はっきり言って、俺は誰かに尊敬されるような人間では無い。

しかも半ば強引になった副会長だ。

一応は頑張るが、尊敬されるような副会長にはなれないだろうな。

 

「もしかして蔑まれたいのか?Mなのか?」

 

「発想が極端すぎるんだよ!」

 

 

そもそも俺はMでは無い。

少なくとも蔑まれて喜ぶような変態的思考は持ち合わせていないはずだ。

 

「それじゃあ君はSなのか?」

 

「しらねえよ!大体なんでこんな所で聞くんだよ!!」

 

「好奇心のなせる業だな!」

 

「そんな思考は怠けてしまえ。」

 

 

本当そう思う・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処が屋上よ。」

 

「まあ見れば分かるよ。」

 

 

屋上に来て萩村がイキイキとしている。

 

「高い場所好きなの?」

 

「まあね。人を見下ろせるから。」

 

「ふ~ん・・・」

 

 

見下ろせるね・・・

確かに高場所に居れば見下ろせる(みお)が、その内見下す(みくだ)にならなければ良いけど・・・

 

「笑いたきゃ笑えば良いじゃない。」

 

「別に笑わないよ。」

 

 

考え方なんて人それぞれだからな。

 

「ところで会長はコッチ来ないんですか?」

 

「いや、私はいい。」

 

「ひょっとして高い場所苦手なんですか?」

 

「な!?そ、そんな訳無いだろ!」

 

 

そう言ってコッチに来る会長。

足がガクガク震えている・・・

 

「でも、足震えてますよね?」

 

「こ、これは・・・」

 

「これは?」

 

 

さて、どんな言い訳が飛び出すかな。

 

「た、楽しくて膝が笑ってるのさ!」

 

「上手い事言ったつもりでしょうが、それほど上手くないですよ。」

 

 

そもそも膝が笑うって疲れて膝が言う事聞かないって意味だよな。

屋上に来て疲れた・・・正直意味が分からないぞ。

 

「もしかしなくても高い場所苦手なんですね。」

 

「シノちゃんにも苦手なものはあるのよ。」

 

「まあそうでしょうね。」

 

 

人間誰しも苦手なものくらいあるか・・・

 

「いきり立った肉の棒とか!」

 

「その口閉じろ!」

 

 

何でこの先輩はそっち方向に話を持っていきたがるんだ?




うん、この話は漫画よりアニメで見たほうが面白いな・・・
しかし、実際にこんな案内されたら引くぞ。


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副会長とは

下ネタは難しい・・・


生徒会の仕事もある程度こなせるようになったある日・・・

 

「さて、明日は全校集会だ。その全校集会でスピーチを行う、当然津田にも壇上に上がってもらうからな。」

 

「ええ!?」

 

はっきり言って人前に立つのは苦手だ。

 

「大勢の前に立つのって緊張しそうだな~。」

 

「なんだ情けない。」

 

 

情けないと言われても・・・

会長みたいに慣れてる訳じゃ無いんですよ?

 

「私は大勢の人に見られると非常に興奮するぞ!!」

 

「それも駄目でしょ!」

 

 

興奮って・・・

会長はそんな趣味があるんですか・・・

 

「おっと、職員室に用があるんだった。」

 

「そうですか、では留守は任せてください。」

 

「ああ、頼んだぞ。」

 

 

そう言って会長が出て行った。

正直相手をするだけで疲れる・・・

 

「あれ?シノちゃんは?」

 

「会長なら職員室に用があるって今さっき出て行きましたけど。」

 

「そうなんだ~。」

 

 

会長が出て行ってすぐ、七条先輩がやって来た。

この先輩も相手するだけで疲れるんだよな~・・・

 

「津田君、もう副会長の仕事には慣れた?」

 

「まあ一応は。でも副会長って具体的に何をすれば良いんですかね?」

 

「ん~・・・会長の補佐役なんだからシノちゃんが困ってる時に助けてあげれば良いんじゃない?」

 

「そんなものですかね~。」

 

 

正直『副』ってなんなんだ?

会社や部活の顧問とかじゃないんだからあんまり必要性が感じられないんだが・・・

 

「でも、シノちゃんって勉強出来るし運動神経も良いし、礼儀や作法、家事も完璧・・・特に手伝う事なさそうね。」

 

「え~・・・」

 

 

まさかそこまで完璧な人だったとは・・・

 

「それじゃあ辞任しても良いですかね?」

 

 

それなら俺は必要無いだろ。

 

「それは駄目ね。」

 

「何故です?」

 

「それは私もシノちゃんも津田君に興味があるからよ。」

 

「え!?それって・・・」

 

 

何だか嫌な予感がするのは気のせいか?

 

「だって、保健体育の教科書だけじゃ限界があるじゃない?」

 

「やっぱりそんな事だろうと思ってましたよ!」

 

 

変な勘違いをしそうになった自分が恥ずかしいよ、本当に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま。」

 

「あ、お帰りシノちゃん。」

 

「お帰りなさい会長。」

 

 

暫くして会長が職員室から戻ってきた。

 

「うむ。そう言えば此処に戻ってくる途中で財布を拾った。」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。非常に心苦しいが持ち主が特定出来る物が入ってないか調べさせてもらおう。」

 

「そうね~。」

 

 

財布を落としたのなら気が付きそうなものなんだが・・・

もしかしたら必死に探してるのかも。

 

「持ち主は女だな。」

 

「何で分かるんですか?」

 

 

化粧品でも入ってたのか?

それとも学生証が?

 

「ゴムが入ってない。」

 

「それじゃあ俺も女になっちゃうよ・・・」

 

「そうなの!?津田君の財布にはゴム、入ってないの?」

 

「男が全員持ち歩いてると思うなよ。」

 

 

そもそも高校生が持ち歩くものじゃないでしょうが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふらふらと歩いていたら喉が渇いたので食堂の自販機に向かった。

あれ?あそこに居るのは・・・

 

「萩村?」

 

「何よ?」

 

 

やっぱり萩村だった。

いや、何って・・・

 

「萩村、いったい何してるんだ?」

 

「見て分からない?ストレッチよ。」

 

「それは分かるけど何でこんな所で?」

 

 

自販機の前でストレッチをする必要があるのだろうか。

 

「何でって・・・」

 

 

ごくり・・・

 

「足つらないためよ。」

 

「ご苦労様です・・・」

 

 

そうか、萩村の身長じゃ自販機の上の方に手が届かないのか。

でもそれなら誰かに押してもらうか、それこそ椅子に乗れば良いのに・・・

 

「萩村、俺が押そうか?」

 

「いや、結構。私は自分の力でこの困難を乗り越えるのよ!」

 

「本当にご苦労様です・・・」

 

 

上から目線だが今は良いだろ。

実際萩村も気付いてないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これから会議を始める。」

 

「シノちゃん、スズちゃんがまだ来てないわよ?」

 

「本当ですね。萩村が来てないなんて珍しい気がします。」

 

 

バタン!

 

「こんな身体でも、来てるわー!!」

 

「ええ~!」

 

 

何か理不尽に怒られた気がするんだが・・・

 

「あっ、スズちゃん二日目なの?」

 

「二日目?」

 

「うん、つまりね・・・」

 

「余計な事言わないでください!」

 

「??」

 

「萩村の周期は兎も角、会議を始めるぞ。」

 

「そうね~。」

 

「はぁ・・・?」

 

 

何か萩村に睨まれてる気がするんだが。

 

「萩村、如何かしたのか?」

 

「何でも無いわよ!」

 

「ええ~!」

 

 

また理不尽に怒られた~。

 

「さて、今日は校則を確認するぞ。」

 

「え~と何々・・・校内恋愛禁止、髪染め禁止、買い食い禁止、廊下を走るの禁止、ジャージで下校禁止・・・やっぱり厳しいですね~。」

 

「当たり前だ!学校とは勉学に励む場であり、学生として逸脱した行為は一切認めない!」

 

 

会長たちの発言は逸脱してないのか・・・

 

「しかし、何でも駄目と言うのは、生徒の積極性に支障をきたす可能性があります。」

 

「そうだな・・・」

 

 

そもそも校則をしっかりと守る高校生って居るのか?

 

「では、恋愛は駄目だがオ○禁は解禁しよう!」

 

「凄い緩和宣言!そんな校則ありませんけど・・・」

 

 

う~ん・・・正直覚えられる気がしないな・・・

 

「あれ?津田君って爪噛むのクセなの?」

 

「え?・・・ああまたやってしまった。」

 

 

完全に無意識だった。

みっともないから止めたいんだが、クセって言うのは中々如何して止められないものだ。

 

「まあクセは一度つくと厄介だから気をつけた方が良いよ~。」

 

「そうですね。」

 

 

これからは気をつけなくては・・・

 

「私も、お尻の穴いじるのクセになりそうだけど、なんとか踏みとどまっているわ!」

 

「・・・褒めるべきですか?」

 

 

自信満々に言う事じゃ無いと思うんだけど・・・

そっか、七条先輩はそっちの趣味なんですね・・・

 

「それじゃあ津田君のお尻をいじって良い?」

 

「良い訳ないだろ!」

 

 

こうしてまた、ツッコミで一日が終わる。

副会長ってツッコミが職務なのか!?




原作ネタのシノがタカトシに興味あると言うネタを忘れたので今回使いました。
原作に無いネタを考えるのは大変ですね・・・


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登場!新聞部

タイトル通り、あの人が登場します。


なんだかんだで生徒会の仕事にも慣れ始めたころ、

 

「お前、生徒会に入ったんだってな。すっげえじゃん。」

 

「まあ、半ば強引にだがな。」

 

 

クラスメイトの柳本ケンジと昼食を共にしていたら、そんな事を言われた。

凄いのか?

 

「だって、ここの生徒会の女性のレベルは相当だぞ!まあ、一人子供が居たが・・・」

 

「それ、本人を目の前に言うなよ。絶対怒るから。」

 

「ああ、言わないさ。」

 

 

萩村は容姿を気にしてるからな。

見た目が子供でも中身は誰よりも大人なんだから気にする必要は無いと思うんだけどな。

 

「俺が調べた限り、生徒会長と七条先輩はAAランク+だな!」

 

「何だそのランクは?」

 

「だってあの見た目だぞ!しかも会長は貧乳を気にしているし、七条先輩はあの巨乳だ!マニアにはたまらないだろ!!」

 

「・・・ゴメン、俺に近づかないでくれるか。」

 

「チョッ!何で距離を取ってるんだよ!!」

 

 

だって同類だと思われたくないし。

 

「兎も角、お前は男子生徒から羨ましがられてるんだ。正直代わってほしいくらいだぞ。」

 

「えっ!じゃあ代わる?」

 

「え?いや、それは遠慮する・・・」

 

「何だよ!やる気が無いならやるって言うなよ!この鬼畜め!!」

 

「す、スミマセン・・・」

 

 

しかし、確かに見た目だけなら十分魅力的な先輩たちだからな。

まあ、中身は思春期真っ盛りなんだが・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました。」

 

「うむ。」

 

 

放課後、生徒会室に悩みを抱えた女生徒が会長に相談を持ちかけた。

会長はしっかりと話を聞き、的確なアドバイスをしてその女生徒の悩みを解決した。

 

「さすが会長、人望ありますね。」

 

「まあ生徒会長として、当然の責務だ。私は口が堅いからな。」

 

「生徒会の仕事内容をバラしたら大変ですしね。それに悩み相談する相手が口軽かったら嫌ですよ。」

 

 

実際カウンセラーにも守秘義務があるんだし、口の堅さは重要だろう。

 

「ちなみに、私は下の口も堅いぞ!ガードが!!」

 

 

この人いっつも一言多いんだよな・・・

それがなきゃ素直に尊敬できるのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チョッと津田!」

 

「ん?何、萩村。」

 

「アンタが作ったこの報告書、3箇所も誤字があったわよ!」

 

「え?嘘、ゴメン・・・」

 

 

気をつけたんだけど、やっぱり携帯やパソコンに慣れた現代っ子である俺は誤字が多いんだな。

 

「アンタたるんでるんじゃないの!?チョッとそこに座りなさい!」

 

 

萩村に言われ大人しく椅子に座る。

自分に非があるから、ここは素直に従おう。

 

「・・・・・」

 

「萩村?」

 

 

何で黙ってるの?

怒られるより怖いんだけど・・・

 

「そこにひざまづけ!!」

 

「ええ!?」

 

 

いったい何があったんだ?

そう思い萩村の方を見る。

・・・あれ?座ってるのに、目線が下がる・・・

ああ!これか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「新聞部から取材のオファー?」

 

「はい。」

 

 

生徒会に取材するのか?

それって普通なのかな?

 

「するとインタビューされるのか・・・練習しておく必要があるな。」

 

「津田君、インタビューの指導してあげたら?詳しいんでしょ?」

 

「え?何で俺が?」

 

 

インタビューの指導なんて出来ないですよ。

しかし、何で七条先輩は俺が詳しいと思ってるんだ?

 

「AVによくあるでしょ?インタビューのシーン!」

 

「よろしく頼む!」

 

「何でそっち方面で話が進んでるの?てかしらねえよ!」

 

 

この前まで中学生だった俺をなめんなよ!

そんなモン持ってないわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうも、新聞部の畑です。今日はよろしくお願いします。」

 

「う、うむ、よろしく。」

 

「あまり緊張なさらずに、楽にしてくれて良いですよ。」

 

「ん?そ、そうか。じゃあ失礼して・・・」

 

「あの、会長?何で机の上で寝転んでるんですか?」

 

「何だ、津田。分からないのか?」

 

「ええ・・・」

 

 

そんな事分かるはずないですよ。

そもそも寝転がる心理が分からないんですから。

 

「今日は多い日でな!立ってても座ってっても辛い。」

 

「それじゃあ仕方ないですね。では、インタビューを始めます。」

 

 

慣れろ、慣れるんだ俺!

この生徒会で過ごす以上、ある程度の慣れは必要なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、次は写真撮影を行います。」

 

「ええ~。恥ずかしいな~。ポーズとかとった方が良い?」

 

「ノリノリですねー。」

 

 

うん、萩村。

気持ちは分かるぞ。

でも、もうチョッと感情を込めた方が良いぞ。

 

「いえ、紹介記事として使うので、皆さんは生徒会室をバックに普通に立っててください。」

 

「なるほど。」

 

 

ただ立ってれば良いのか。

でも俺、写真撮られるの好きじゃ無いんだよな。

 

「ギャルゲー式画面撮りと言うやつだな!」

 

「そんなの初めて聞きましたよ・・・」

 

 

そもそもギャルゲーなんてやった事ねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では最後に、男子代表として津田副会長に一言抱負を。」

 

「え!?俺って男子代表なの!?」

 

「何を言ってるんですか。共学していきなりの副会長なんですよ?自分が如何思おうがすでに代表になってるんですから。」

 

「はあ・・・それじゃあ男女とも隔たりの無い関係を築いていきたい思ってます。」

 

 

抱負って言われても、そう簡単には思いつかなかったので当たり障りの無い答えだった。

もう少し気の効いた事を言えるようにならなくては・・・

 

「つまり更衣室やシャワー室の壁を取っ払う気か。」

 

「エロスね!」

 

「性欲の塊。」

 

「ええ!?」

 

 

何でそんな風に捉えるかな・・・

俺はそんな事思って無いですって!

 

「なるほど・・・副会長はエロいっと。」

 

「ええ!?アンタもそっち側!?」

 

 

大丈夫なのか?ここの生徒会と新聞部は。

入学して間もないが、不安しか無いんだが・・・




今回初めて声優ネタを入れました。
分からない人のために念のため。
使ったのは涼宮ハルヒに出てきた谷口です。


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柔道部発足!

寝不足で頭が回らない・・・


例のインタビューを記事にしたと新聞部に言われたので確認しに部室に向かったのだが、まさかあそこまで脚色してるとは思わなかった。

もちろんそのまま発行させる訳にも行かないので畑さんをこってり絞って書き直させる事を約束させた。

新聞部も来期の予算をカットされると言われれば書き直させざるを得ないようだったが、そもそも書く前に止めてほしかったぞ・・・

 

「ほら、来たよ!」

 

「ほらムツミ!」

 

「え!?今!?」

 

 

何だ?

廊下を歩いていたら前が騒がしいのに気付いた。

あれは・・・クラスメイトの三葉だっけ?

 

「せーの!」

 

「わ!」

 

 

何がしたいんだ?

いきなり三葉の背中を押す3人。

そして三葉は、俺の前に押し出され固まっている。

 

「えーっと?」

 

「あの、津田君!いや、タカトシ君!」

 

「何?何で言い直したの?」

 

 

やけに気合の入ってる三葉に気おされ気味な俺。

正直何言われるのか不安だ・・・

 

「あの、私・・・創りたいの!」

 

 

何を?

主語を言ってくれないと分からないぞ。

まさかこの娘も会長たちと同じなのか!?

 

「柔道部を!」

 

「・・・え?」

 

「だから!柔道部を創りたいの!」

 

「それで、何で俺に?」

 

「だってタカトシ君、副会長でしょ?協力、してくれないかなって?」

 

「・・・ああ!そう言う事か~。緊張した~!」

 

「私も、緊張した~!」

 

 

確か創部届けは生徒会室にあったな。

とりあえず生徒会室に行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、会長。」

 

「おお津田!如何だった、新聞部は?」

 

「ちゃんと指導してきました。」

 

「?」

 

 

まあ、あれは処分するだろうから会長に言う必要は無いだろうな。

 

「それと、会ってほしい人が居るんです。」

 

 

そう言って三葉を生徒会室に入れる。

何か言い方ミスったか?

 

「何だ?結婚するのか?」

 

「?」

 

「俺の言い方も悪かったですが、あんたは俺の何なんですか。」

 

 

やっぱりこうなったか・・・

会長は俺の不安通りの反応をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?いったい何のようだ。」

 

「はい!私、タカトシ君のクラスメイトの三葉ムツミです。実は、新しい部を創りたいと思いまして。」

 

「それで、何の部活?」

 

 

七条先輩が興味を示した。

 

「柔道部です!」

 

「知ってる!」

 

 

へえ~、七条先輩でも知ってるのか・・・

 

「寝技が48個あるやつね。」

 

「うん、全然知ってませんね。」

 

 

男子が言うなら兎も角、女子の七条先輩がそんな事言うとは・・・

あまりにも思春期過ぎやしません?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当はムエタイにしたかったんだけど、メジャーなところで柔道を。部員も集めやすいしね。」

 

「三葉って格闘技好き?」

 

「うん!!己の技を磨いた身体と身体のぶつかり合い、熱いじゃん!!」

 

 

随分と入れ込んでるんだな・・・

夢想の世界に旅立った三葉を見てそう思った。

会長も何か考えてるようだが・・・

何故だろう、もの凄く嫌な感じがするのは?

 

「うん!確かに熱いな!!」

 

「あの会長?何か違うこと考えてませんか?」

 

「新しい部を発足させるには部員が5人以上必要よ。それに満たない場合は愛好会と言う事になるわね。」

 

「・・・何で子供がこんな所に?」

 

 

三葉!それは禁句!!

 

「津田!!」

 

「は、はい!」

 

「肩貸しなさい!!」

 

「え?」

 

 

萩村がジェスチャーでしゃがめと言っている。

これはつまり・・・

 

「良い!?よーく聞きなさい!!」

 

 

ですよね~肩車ですよね~・・・

身長控えめの萩村は俺に乗って三葉に対峙する。

 

「私は萩村スズ!!アンタと同じ16歳!!しかもIQ180の帰国子女!!英語ペラペラ、10桁の暗算だって朝飯前!!どう!?これでも私を子供扱いする!?」

 

「へーーー凄いねーーーー。」

 

 

三葉が何を思ったのか俺も分かった。

それは如何なんだ?

 

「もっと複雑な計算にしろーーー!!」

 

 

萩村さん、人の頭上で叫ばないでくれますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、部員5人のところ、4人にまかりません?すでに3人はキープしてあるんですけども。」

 

「却下に決まってるだろ。」

 

「ちゃんとした理由があるんです!」

 

「ほ~う・・・聞こうじゃないか。」

 

 

何故悪役風?

 

「ほら、ストレッチの時に二人組みを作るじゃないですか。でも5人だと一人余っちゃうんですよ。仲間はずれみたいで嫌でしょ?なので偶数の4人に・・・」

 

「なるほど一理あるな。」

 

 

あれ?意見が通った?

 

「それじゃあこれからは6人にしよう。あと2人頑張って見つけて来い。」

 

「あっれ~?ハードル上がったよ~?」

 

 

確かに偶数ですけど・・・

結局この後1人が入って柔道部はめでたく発足した。

それにしても柔道か・・・

 

「そう言えば津田君は以前に部活動をやってたの?」

 

「俺ですか?」

 

「うん!興味あるな~。」

 

 

七条先輩に甘ったるく聞かれた。

この先輩は自分の魅力に気付いて無いのだろうか?

 

「小学生の時は野球、中学ではサッカーをやってました。」

 

「ほーーー。」

 

「男の子ね。」

 

 

別に男子が全員野球とサッカーに分類される訳では無いんですが・・・

そもそも何故下半身を見る?

 

「津田は玉遊びが好きなんだな!」

 

「だって男の子だもん!」

 

「何か引っかかるぞ?」

 

 

会長と七条先輩の事だから、どうせ違う玉遊びだと思ってるんだろうが、それを俺が言うのは駄目な気がするのでこれ以上はツッコまない。

 

「でもシノちゃん、津田君はまだ未経験のはずよね?」

 

「つまりは自家発電か!」

 

「玉もイジルなんてなんだかテクニシャンね!」

 

「そうだな!」

 

「お前らその口を直ちに閉じろ!」

 

「ご苦労様で~す・・・」

 

 

先輩2人がボケて俺がツッコミに萩村が俺を労う。

嫌な事だが、これが今の俺の日常になりつつあった。




三葉登場で柔道部が発足。
個人的に三葉は嫌いじゃ無いです。


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中間考査

アレンジを加えましたが、無理無いはずです。


桜才学園に入学してから暫く経ったある日、

 

「さて、来週から中間考査な訳だが、知っての通り我が校は試験結果が張り出される。」

 

 

そう言えば試験なんてあったな~・・・

正直俺は中の上くらいなら十分だな。

 

「そして、我々生徒会役員は学年20位以内に入る事がノルマとなっている。各自、しっかりと勉強しておくように。」

 

 

・・・え?

学年20位以内ってかなり大変じゃ・・・

 

「大丈夫よ~。」

 

「問題ありません。」

 

「ええ!?」

 

 

そんな自信あるんですか!?

 

「何だ津田、自信ないのか?」

 

「まあ、平均より上なら良いかなって・・・」

 

 

しっかりと勉強すれば何とかなると思うが、正直面倒くさい。

 

「そんなんでよく生徒会に入ろうと思ったな。」

 

「俺の記憶では貴女の所為です。」

 

 

そもそも俺は生徒会になぞ入る気無かったのに・・・

入学初日に会長たちと知り合ってそのままズルズルと今に至るのだが・・・

 

「それじゃあ私が勉強を見てあげよう!」

 

「良いんですか?」

 

「ああ、君の有る事無い事噂を流すのも可哀想だからな。」

 

「え?何それ?」

 

「20位以内に入れなかった時の罰だ。」

 

「うわ~止めて!」

 

 

これは本気で勉強しなくては・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が勉強を見るからにはビシビシ行くからな!」

 

「お願いします。」

 

 

厳しく教わった方が頭に入るかもしれないしな。

 

「時に君はSか?それともMか?」

 

「え?何ですいきなり・・・」

 

 

勉強中に何故その話題に?

 

「Mならビシビシ行かない!!悦ばすだけだから!」

 

「別にMでも無いですがSでも無いですね~。」

 

 

正直良く分からない・・・

大体勉強に関係ないだろ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え~とこれは・・・」

 

「津田は電子辞書を持ってるのか。」

 

「ええ、便利ですよ。」

 

 

紙の辞書も家にあるが、それを鞄に入れて持ってくるのは大変だ。

なので学校では電子辞書を使用している。

 

「私はそう言うのは好かないな。」

 

「会長は紙の辞書派ですか?」

 

 

随分アナログなんだな・・・まあ人の事言えないが。

重さが同じなら俺だって紙の辞書を使いたい。

あっちの方が調べた気になるかなら。

 

「だって、人に貸しにくいじゃないか。」

 

「確かに、高価なものですからね。」

 

 

高校生にとって電子辞書は非常に高価だ。

もし貸して返ってこなかったら困る。

万が一壊されたらもっと困るからな。

 

「いや、調べたものの履歴が残るだろ?」

 

「分かりやすい思春期ですね~。」

 

 

履歴なんて消せば良いのに・・・

いや、そう言う事じゃないか。

辞書で何を調べるのかは知らないが、そう言った事を調べるためのものじゃねえよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「萩村、チョッと聞きたい問題があるんだけど。」

 

 

授業でしていた説明ではイマイチ分からなかった問題があるので、IQ180の萩村に質問する事にした。

会長はアレだからな・・・

 

「良いわよ。でも、教えるなら二人っきりになれる場所で・・・」

 

「え?」

 

 

何だこの空気・・・

俺はただ勉強を教えてもらいたかっただけなんだけど。

 

「人に見られると私が教わってるように思われるのよ。」

 

「萩村も大変だな~・・・」

 

 

まあこんな事だろうと思ってたよ。

萩村の能力を知らない人が見たら、そうなるよね。

俺だって生徒会で知り合ってなくて誰かと一緒に勉強している萩村を見たらそう思うだろう。

 

「ほらそこ!間違ってるわよ!」

 

「え?・・・あっ、本当だ。」

 

 

余計な事を考えてたからかイージーミスをしていた。

集中しなくては!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

別の日。

またまた分からない問題があったので、今度は七条先輩に教えてもらう事にした。

別に萩村でも良かったんだが、変な噂がたったら嫌だろうから今回は遠慮した。

それに、生徒会メンバーで七条先輩は優しいから色々聞きやすいのだ。

まあ、中身は会長と肩を並べるくらいの思春期真っ盛りだが・・・

 

「あの~ここなんですけど・・・」

 

「ん?どこかな~?」

 

 

七条先輩が密着してくる。

この人は本当に自分の事を理解してないのか?

 

「ぐぬぬ・・・何でアイツが七条先輩と!」

 

「アイツって副会長だっけ?何と羨ましい・・・」

 

「あれ!絶対当たってるだろ!!」

 

 

遠目で見ている男子生徒たちの嫉妬の視線が突き刺さる。

俺はただ勉強を教わりたいだけなんだが・・・

 

「よ~し!お姉さんが優しく教えてあ・げ・る・!」

 

「お願いします。」

 

「あれ~?津田君、ここはドキッてする場面だよ?」

 

「ドキッとはしましたけど、今は勉強の方が大事ですから。」

 

 

変な噂など流されたくないからな。

 

「そうなんだ~、良かった。」

 

「何がです?」

 

「ううん、何でも無いよ。」

 

「はあ・・・」

 

 

七条先輩が何に安堵したのかは気になるが、今はこの状況を何とかしなくては!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして試験開始・・・・・・・・・終了。

 

「いや~途中で解答欄一個間違えてたのに気付いて焦ったよ。」

 

「ドジね・・・」

 

「あらあら~。」

 

「ズラすのは、スク水の秘所だけにしておけ!」

 

 

ん?

会長がボケたのは分かったが意味が分からない。

 

「旧スク水ってもう無いわよ。」

 

「そうか、すまなかった。」

 

「いや、謝られても・・・」

 

 

正直ボケを拾えてなかったんですが・・・

 

「ねえ津田君?テストの出来は如何だったの?」

 

「え?まあ皆さんのおかげで上々です。」

 

「そう、それなら今度御褒美でも如何?」

 

「御褒美ですか?」

 

 

嫌な予感が・・・

 

「うん!鞭で打ってあげる!!」

 

「結構です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、試験結果発表・・・

 

一位 萩村スズ

二位 轟ネネ

十位 津田タカトシ

 

「へえ~意外とやるのね、アンタって。」

 

「いや~、皆のおかげだよ。」

 

 

正直ここまで出来るなんて思ってなかったぞ。

ん?こっちは二年生の順位か・・・

 

一位 天草シノ

二位 七条アリア

 

 

マジか!

十位でも生徒会内ではビリなのか・・・

 

「またシノちゃんにトップ取られちゃった。」

 

「まあ、こんなものだろ。」

 

「うーん、こっちのトップはシノちゃんより上なんだけどな~。」

 

「ハハハハ、相変わらずアリアは面白い事を言う。なぁ?」

 

 

そこで俺に振るんですか・・・

これは萩村が対処するべき話題では?

 

「本当ですねー。ねぇ?」

 

「ええ!萩村も!?」

 

 

せっかくテスト頑張ったのにこの仕打ち。

誰か本当に代わってくれ!




この津田は原作より頭良いです。
でも、生徒会メンバーはもっと良かった・・・頑張れ!


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呼び出し方法

久しぶりに更新します


生徒会に入って、早くも一月が経とうとしているある日、

 

「本当に可愛かったんだって!」

 

「あっそ……」

 

 

相変わらずの日常を過ごしていた。

クラスメイトとダベリながら休み時間を過ごす。

男子が少ないので、自ずと仲良くなった柳本ケンジ。

女性に対して拘る変人だ。

 

「何でお前は冷めてるんだよ!」

 

「お前が熱過ぎるんじゃ無いのか?」

 

「本当に可愛かったんだって!!」

 

「そうなんだ…」

 

 

如何やら昨日見た女の子が可愛かったらしいのだが、正直如何でも良い。

 

「顔も可愛かったが、髪をツインにして、服の上からでも分かる巨乳!あれはAAランクだったぜ!」

 

「ふ~ん…興奮するのは良いが、出来れば俺から離れてくれますか?」

 

「何で他人行儀なんだよ!?」

 

「いや、お前と一緒に思われたくないからな」

 

 

周りは女子だらけなのだ。

そんな大声で話していれば、注目されるのも無理は無い。

 

「そう言えば、何処と無くお前に似てたような……」

 

「俺に?」

 

 

もしかしてコトミの事だろうか?

コイツが何処でコトミを見たのかはしらないが、妹がコイツの毒牙にかからないようにしておかなくては…決してシスコンでは無いが、妹がこんなヤツにかどわかされるのは勘弁してほしいからな。

 

「1年A組津田タカトシ君、至急生徒会室へ来てください」

 

「タカトシ君、呼ばれてるよ」

 

「そうだな…」

 

 

何故校内放送で呼び出すんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長、わざわざ校内放送使って呼び出さないでくださいよ」

 

「じゃあ如何しろと言うのだ?わざわざ教室まで呼びに行けと言うのか?」

 

「校内放送するよりは楽でしょ。その場で用件も言えますし」

 

「生徒会の用を他の生徒に聞かせる訳にはいかない!」

 

「なら昨日言ってくれればよかったじゃないですか」

 

「今朝思い出したのだ!」

 

「はぁ……」

 

 

こう言った時、携帯の校内使用禁止って校則は面倒だよな…

 

「なら今度からは君の下駄箱に手紙を入れておこう」

 

「誤解されそうなので、別の案でお願いします」

 

「それじゃあこのピンク○ーターを!」

 

「何のイジメですか!!」

 

「兎に角、昼休みに生徒会室に来るように!」

 

「はぁ…」

 

 

それだけなら教室に来たほうが早いでしょうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして昼休み。

生徒会室には既に俺以外の役員が揃っていた。

 

「遅かったわね?」

 

「お茶買いに行ってたから、皆さんもどうぞ」

 

「おお、済まないな」

 

「津田くん、ありがとね」

 

「アンタにしては気が聞くわね」

 

「アハハ…」

 

 

最後の一言が余計だったが、此処は良しとしよう。

 

「それで会長、何の用で生徒会室に呼んだんですか?」

 

「ああ。来週の高総体の事でな。行事があると忙しくなるからこうして昼休みも使う事にしたんだ。まったく祭りがあると大変だな…」

 

「俺は祭り、好きですけどね」

 

 

授業は無くなるし……

別に問題なく付いて行けているが、やっぱり勉強は好きじゃ無いのだ。

 

「会長は学園のイベントで好きなものは無いんですか?」

 

「う~む……」

 

 

そんな考え込むほどの質問じゃ無いんですが…

 

「学校を遅刻しまいと走って、曲がり角で運命の人とごっつんこ」

 

「パンを咥えてが抜けてるわよ」

 

「怪我しますよ!」

 

「萩村、そのツッコミは適切ではない……」

 

 

恐らくギャルゲーのイベントなんだろうが、良く分からないのでスルーした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、この近くに雉が居るんですよね?」

 

「そうね」

 

「小中学校では学校で動物飼ってましたけど、さすがに高校じゃ居ませんね」

 

「私としてはありがたいわね」

 

「何で?」

 

「動物嫌いだから」

 

「へぇ~…」

 

 

萩村、動物嫌いなんだ……

 

「も~う!スズちゃんはツンデレなんだから~!」

 

「何故そうなるんですか?」

 

 

今の話題の何処にツンがあった?

 

「良く動物がプリントされてるパンツはいてるじゃない?」

 

「その口閉じろーーーーー!」

 

 

……聞かなかった事にしよう。

それが一番安全だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼休み。

再び生徒会室に集まって企画を考えながら昼食をとる。

 

「会長の弁当は自分で作ってるんですか?」

 

「ああ」

 

「本当に何でも出来るんですね」

 

 

弁当を作るのが面倒で、ウチの親は冷凍食品や昨日の余りモノを入れている。

 

「そうだな、口だけの安い女になりたくないからな」

 

「そう言うものですか」

 

「だが、お高くとまっても鼻について嫌な感じだから、と言うわけで手ごろな女を目指している」

 

「結局安っぽくなってますよ……」

 

「ねえねえシノちゃん」

 

「何だ、アリア」

 

「鼻につくって、何だかエロスじゃない?」

 

「そうだな!」

 

「何故そう思えるんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「萩村の弁当はお母さんの手作り?」

 

「まあね、昨日の残りだけど」

 

「俺も同じだよ。弁当なんて普通はそんなもんだよな」

 

「そうだね~私も昨日の残りだよ」

 

 

七条先輩の箸に挟まれているのはステーキ……それも結構分厚い。

やっぱ金持ちって食ってるものも俺たちとは違うんだな~……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、資料を戻すために会長と職員室に向かう。

 

「会長って何でも完璧にこなしますよね?失敗なんてした事無いんじゃないですか?」

 

「そんな事無いぞ。私だって失敗の1つや2つくらいあるさ」

 

「へぇ~」

 

 

どんな失敗なんだろうか?

もしかして下発言か!?

 

「あれは中学の英語のテストだった」

 

「テスト?」

 

 

テストの失敗って、解答欄をズラして書いてしまうあれか?

 

「鉛筆のスペルがシャーペンに書いてあってな。カンニングをしてしまった戒めとして、空欄で出した」

 

「それって会長悪くないよね!」

 

 

偶然の産物なんだし、回答しても良かったんじゃないだろうか…

そもそも会長は答え分かってるんだし…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の生徒会室。

如何やら昨日七条先輩が誰かに付けられてたらしい。

まあ、結局は勘違いだったらしいが…

 

「背後から近づいてくる足音ってドキドキするよね」

 

「そうですね」

 

「アンタもそんな事あるの?」

 

「俺だって部屋でオ○ニーしてる時に近づいてくる足音にはドキドキするさ!」

 

「………」

 

「何考えてるのかしりませんが、俺はそんな事言いませんからね!」

 

「何を言わないのかな~?」

 

「ちゃんと言ってくれなきゃ分からないよ~?」

 

「良く分かりませんが、このやり取りって立ち位置逆じゃないですか!?」

 

 

こうしてまた、無為に昼休みが過ぎていく……




次回あの人が登場。
ネタも仕込みたいと思ってます


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顧問登場!

今回は声優ネタが結構あります


「各空き教室にものが溜まっている…そこで生徒会でその荷物を必要な場所に運ぶ事になった」

 

「期間はどれくらいなの?」

 

「3日だ!」

 

「随分と長いですね」

 

「何勘違いしてるんだ」

 

「はい?」

 

「空き教室は全部で9つだ」

 

「そりゃ大変ですね…」

 

 

そこまで多いとは思わなかった…

 

「大変だが、困ってる人のために働くのが、我々生徒会役員の使命だ!」

 

「あの~会長?」

 

「何だ?」

 

「恥ずかしいなら言わなければ良いのでは?」

 

「なっ!赤くなったのは欲求不満だからだ!!」

 

「その言い訳駄目じゃね?」

 

 

兎に角9つもの教室に置かれたものを移動させなきゃいけないんだし、無駄な時間を使ってる余裕は無いな…さっさと運んじゃおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは生徒会室ですね」

 

「うむ。それじゃあ半分は私が持とう」

 

「お願いします」

 

 

1つ目の空き教室から荷物を運び出す。七条先輩と萩村もそれぞれ必要としている場所へ荷物を運び出している。

 

「それにしても、何で此処まで溜め込んだんです?これって絶対去年から置きっ放しですよね?」

 

「色々あったんだ!」

 

「はぁ……」

 

 

その色々を聞いてみたかったが、また余計な事を言われてはたまらないのでスルーした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が開けますね」

 

「ああ、頼む」

 

 

生徒会室に着いた俺たちは荷物を部屋に入れるためにドアを開けたのだが、そこには見慣れない女性が居た。格好からして生徒ではない…教師なのだろうか?

 

「誰?此処には関係者以外入れないはずよ?」

 

「あの~……貴女こそどちら様です?」

 

「私は生徒会の担当顧問よ」

 

 

そんな人居たんだ……今迄1ヶ月くらい生徒会で仕事をしてきたが、そんな人が居るなんて聞いてなかったな…

 

「お!天草、お疲れさん!」

 

「……ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 

「あれ~!?」

 

 

……如何やら会長も忘れていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて…私が生徒会顧問の横島ナルコよ」

 

「そう言えば横島先生がうちの顧問でしたね…」

 

「全然来なかったからすっぱり忘れてたわ」

 

 

……会長だけでは無く七条先輩も萩村も忘れてたらしい。何て残念な人なんだろうな…

 

「それで、アンタが新しい生徒会役員?」

 

「はい、そうですが…」

 

「何処かで聞いたことある声なのよね……」

 

「はあ……」

 

 

初対面のはず…だよな?

 

「試しにこのセリフを読んでくれない?」

 

「はあ……え~っと何々……俺が誰かに似てる!?それは幻想だ!!そのふざけた幻想をぶちk……」

 

「ストーーーーーープ!!」

 

「何ですかいったい…」

 

「これ以上は危険な気がしたわ」

 

「先生が読めって言ったんでしょ……」

 

 

最後まで読む前に先生に止められた……いったい何だって言うんだ…

 

「今、類人猿の声が聞こえましたわ!」

 

「うわ!畑さん、何処から現れたんですか!?」

 

「……おや~?私は今、何を言ってたんですかね?」

 

「類人猿が如何とか……」

 

「気のせいですわね……それでは私はこれで~」

 

「如何やって現れたんでしょうね、あの人は…」

 

 

ドアを開けた形跡など無かったぞ……

 

「しらないのか?畑にはテレポート能力があるんだぞ」

 

「本当ですか!?」

 

「もちろん嘘だ」

 

「何だ……」

 

 

ちょっぴり期待しちゃったじゃないですか……

 

「そうだ!萩村」

 

「何ですか?」

 

「ど忘れして分からない問題があるんだ。代わりに解いてくれんか?」

 

 

この人は本当に教師なんだろうか?

萩村に渡されたのは穴埋めクイズの本だ。教師が学校でこんなものやってて良いのだろうか…?

 

「え~っと……」

 

 

何々……□肉□食……これって難しいのか?ど忘れしたからって萩村に聞くような問題では無いと思うんだが…

そんな事を思ってると萩村がペンを動かした……

 

お肉お食べ

 

「四字熟語だーー!!」

 

「何よ津田……」

 

「萩村!それはボケなのか!?それともマジなのか!?」

 

「何を言って……何、これ?」

 

 

書いた本人もビックリの回答に、生徒会室に居た全員が覗き込んだ。会長も横島先生も驚いて若干引いている。

 

「スズちゃんが如何してこんな間違いをしたのか………私、気になります!」

 

「七条先輩?」

 

 

胸の前で手を組み、上目遣いでこっちを見つめる七条先輩。その姿が他の男子には見せない方が良いですよ……

 

「メニアーーック!」

 

「会長?」

 

「腕で挟まれたアリアの胸……これはメニアックだわ!」

 

「如何した天草……」

 

「……ハッ!」

 

 

今日は全員が疲れてるんだ……俺はそう解釈して片付けの続きをするために生徒会室から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、昨日の事は全員気にしない事が暗黙の内に決められているようだったので、俺も特に気にせずに生徒会室で昼飯を食べる事にした。

 

「七条先輩の家のご飯って、豪華そうですね…」

 

「でも、私は以外と庶民じみたものが好きで、高級料理は苦手なの」

 

「そうなんですか?」

 

 

そう言いながらも七条先輩の箸に挟まれているのは伊勢海老…しかも丸々一尾だ。

 

「特にアワビは苦手ね」

 

「何でです?」

 

「共食いしてる気分になるから」

 

「うおっほ、今日も先輩のジョークは重いぜ」

 

「本当よ?」

 

「ジョークじゃなかった!?」

 

 

そもそも何で共食いなんだろうか……女性にはアワビに似た何かがあるのか?それとも七条先輩だけ?

確認しようにも、もの凄い地雷臭がするので、迂闊には聞けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、俺が通っていた小学校、今度廃校になるらしいんですよ」

 

「私のところも入学した生徒が2クラス分しか居なかったみたいなの……改めて少子化を実感するわね」

 

「そうですねー」

 

 

唐突に話題を振ったのは俺だが、もの凄い嫌な予感がするのは気のせいなのだろうか?

そう思いながら会長を見ると、何か発言するようだった。

 

「この少子化問題、我々生徒会も出来る限りの事をしよう」

 

「と言うと?」

 

「将来性行為をする際は常に○出しだ!」

 

「俺の嫌な予感はこれか!!」

 

 

よく恥ずかしがらずに言えるものだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、今日も片付けをするとしようか!」

 

「「はい!」」

 

「うん」

 

 

放課後になって片付けの続きを始める。

 

「そう言えば津田、お前少し縮んで無いか?」

 

「気のせいでしょ。そう言えば俺の妹も来年此処を受験するんですよ」

 

「へぇ~………」

 

 

それ以降は無駄話せずに片付けを進めていった。これだけ片付けば明日には終わるだろう…

 

「一応確認するが…」

 

「何です?」

 

「想像上の妹じゃ無いよな?」

 

「実際に居るっての……」

 

 

想像上の話をして意味なんかあるのだろうか……




分からない人のために説明すると……
津田のボケはにゃんこい!のアイキャッチでのアドリブのセリフで、畑さんはとある魔術の…並びにとある科学の…で登場する白井黒子で、萩村のボケはハヤテのごとくの瀬川泉の夏休みの宿題で書いた解答で、アリアは氷菓の千反田えるで、シノは妖狐×僕ssの雪小路のばらです。
ちなみに次回に続くネタもありますので……


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芽生える気持ち

10話目です


片付け2日目、俺たちは朝や昼休みも使う事にした。

 

「この荷物重いわね……」

 

「七条先輩、俺がその荷物運びますよ」

 

「そう?」

 

「ええ、これくらいしか役に立てませんからね」

 

「そんな事無いけど……でもやっぱり男手があると助かるわね」

 

「力仕事なら任せてください」

 

 

自分で言ってて情けないが、生徒会の中で俺が役に立てるとしたらこれくらいしかな無いからな……本当に自分で言ってて情けないよ……

 

「なら君のその力、試させてもらおう!」

 

「会長?」

 

 

荷物を生徒会室に運んだら会長が後ろから話しかけてきた……さっきからつけて来ていたのは分かってたが、用があったのか?

 

「今日の私は重い日だからな!」

 

「……それが何かは知りませんが、1月に1回あるって言ってたのでそろそろだとは思ってましたよ」

 

 

本当に何が重い日なんだろうか……

 

「ところで津田」

 

「何です?」

 

「お前やっぱり縮んで無いか?」

 

「気のせいですよ」

 

「そうか……?」

 

 

この歳で縮む訳無いのに、会長っておかしな人だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休み、弁当を食べながらのおしゃべり。

 

「最近ドライアイでな」

 

「大変ですね」

 

「シノちゃん、それって何?」

 

「何だ、アリアは知らないのか。では教えてやろう」

 

 

そう言ってホワイトボードに文字を書き始める会長……口で説明するのは駄目だったのだろうか……

 

「当てはまる文字を答えなさい」

 

ま○こが濡れにくい

 

 

何故にクイズ形式……しかも悪意が感じられるのは気のせいだろうか……

 

「シノちゃん!」

 

「如何したアリア」

 

「さすがに津田くんを前にアレを言うのは勇気が居るよ」

 

「ハッハッハ、アリアは引っかかったようだな」

 

「?」

 

「津田、答えは何だ」

 

「な、ですよね」

 

「そうだ。答えは(まなこ)が濡れにくいだ!」

 

「そうなんだ~勉強になったよ。てっきりマン……」

 

「「うわ~~~~~~~」」

 

 

萩村と声を揃えて七条先輩の発言を止める……片付け前に疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「萩村、フランス語の勉強してるの?」

 

 

七条先輩が食べ終わるまで各自自由にして良いと言われたので、俺は課題を片付けていたのだが、萩村は別の勉強だったようだ。

 

「高校卒業したら留学しようと思ってね」

 

「大学は行かないの?」

 

「入学してすぐ留学出来る大学に行くのよ」

 

「なるほど……」

 

「フランス語以外にも英語、イタリア語、スペイン語と5ヶ国語話せるわ!」

 

「俺は英語で手一杯だよ……」

 

 

やっぱり萩村は頭良いんだな……

 

「国際化の世の中ですものね。私も2ヶ国語話せるわ」

 

「へぇ~……」

 

 

この人居たんだ……2ヶ国語って事は英語かな?この人は英語教師だし、英語が話せてもおかしくは無いもんな……

 

「はぅ~ご主人様、ゴメンなさいですぅ~~~~」

 

「……何語?」

 

「……異次元語よ」

 

「……つまり2次元?」

 

「そうね……」

 

 

国じゃ無くて次元を超えたのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シノちゃん、昨日のドラマ見た?」

 

「ああ、主人公の母親が実母では無かったのは驚きだった。まぁ、ああ言った出生の秘密はドラマの中だろうな。実際にあったらさぞかし辛い事だろうし……」

 

「私は出生の秘密聞かされたよ」

 

「何と!」

 

「私が○付けされた時って青△だったんだって」

 

「アリアのご両親はアウトドア派なんだな」

 

 

……会長、ツッコミがなってませんよ……作業中に偶々近くを通ったらとんでも無い話をしていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして翌日……

 

「かいちょう、おはようございます!」

 

「津田……だよな……」

 

「なにいってるんですか。おれはつだたかとしですよ」

 

「鏡……見た方が良いぞ?」

 

「かがみですか?」

 

 

私は津田と名乗る子供をトイレまで抱えていき鏡の前に立たせた。

 

「べつにおかしなところはありませんよ?」

 

「嘘吐け~!」

 

「会長?如何しました」

 

「シノちゃん?」

 

「萩村、アリア、この子は誰だと思う?」

 

「誰って、津田ですよね」

 

「どっから如何見ても津田君よね」

 

「へんなかいちょう」

 

「さっきから漢字変換されて無いんだぞ!?」

 

「シノちゃん、そう言うメタ発言は駄目よ?」

 

「私がおかしいのか……?」

 

 

朝の片付けの間、私は津田だと名乗る男の子の事を観察していたが、誰1人として疑問に思う人は居なかった……絶対おかしいのは津田の方だと思うんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして昼休み……

 

「会長……」

 

「津田!?」

 

「な、何です……」

 

「元に戻ったのか!?」

 

「……はい?」

 

「それとも今来たのか!?」

 

「何言ってるんですか、俺は朝から居ましたよ」

 

「あら津田君、そんな所に立って何してるの?」

 

「いや、会長が変な事聞いてきたんで……」

 

「変な事?」

 

 

やっぱりアリアも普通にしている。……あれは夢だったのだろうか。

 

「あら津田、アンタの方が先だったのね」

 

「まあ、男と女じゃ移動スピードが違うからな」

 

「それは私が小さいって事か~!って誰が小さいか~!!」

 

「何も言ってないだろ!?」

 

 

津田と萩村がコントをしているがそんなの気にしてる余裕は私には無かった。あの小さい津田は何だったんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、重いな……」

 

 

シノちゃんやスズちゃんみたいに小さかったら楽なんだろうけど、如何して私の胸はこんなに大きいんだろう……

 

「先輩、重いんなら俺が持ちますよ」

 

「ええっ!津田君、それはセクハラだよ!!」

 

「ん?……荷物を持つのがセクハラなんですか?」

 

「え?……ゴメンなさい。私が重いって言ったの、胸の事なの」

 

「そうだったんですか。それなら俺が持ったらセクハラですね」

 

「そうね。……別に津田君なら良いけど(小声)」

 

「七条先輩、何か言いましたか?」

 

「ううん、この荷物持ってくれるって言ったのよ」

 

「そうですか……それじゃあ荷物は持って行きますね」

 

「お願いね~」

 

 

津田君が教室から居なくなってから私は1人ため息を吐く……私ってば、何を言うつもりだったのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆、片付けご苦労だった」

 

「これ、アイス」

 

「ええ!!」

 

「何先生っぽい事してるんですか……」

 

「先生だよ!?」

 

 

横島先生をからかって追い返したあと、カレンダーにチェックをしている会長を発見っした。

 

「さて、明日から我々2年は修学旅行だ!生徒会長の私が学校を離れるのは不本意だが、行事なので仕方ない」

 

「……仕方の無い事ですか?」

 

「うん」

 

 

……すっごく楽しみなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「会長って意外と子供っぽいんだな」

 

 

廊下で萩村と2人で話している時に、さっきの会長の事を話題にした。

 

「そうね……大人っぽい人が子供っぽい仕草をすると可愛らしいけど、子供っぽい人が大人っぽい仕草をすると小生意気に思われるのは何でかしら……ねぇ?」

 

「別に思って無いよ……最近は」

 

 

会長と七条先輩が明日から居ないなら、少しは楽出来るかな……ツッコミ的な意味で!




1番にフラグが建ったのはアリアでした。原作では漸く建ったアリアフラグですが、この作品ではさっさと建てちゃいました。

ちなみに身体が縮んだ津田の元ネタですが、明日のよいち!の鳥谷恵太です


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修学旅行 2年生編

修学旅行の話です。


「到着だ!」

 

「シノちゃん楽しそうだね」

 

「せっかく京都に来たんだ、楽しまなきゃ損だろ」

 

「そうだね~」

 

「金閣寺、本能寺、銀閣寺、そして大人の遊び……」

 

「ねぇシノちゃん、大人の遊びで思い出したんだけど、野球拳ってあるじゃない?」

 

「あるな」

 

「あれって下から脱いでいっちゃ駄目なのかな?」

 

「上からだろ、普通は」

 

「でもこう、扇情的じゃない?」

 

「なるほど……これは男子の意見も聞きたいな」

 

「ツッコミの津田君不在のため、ボケが止まらない会長と七条さん……アリね!」

 

「ママーこのお姉ちゃん変だね~」

 

「見ちゃいけません!」

 

 

誰がモノローグ担当するんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが金閣寺かー」

 

「凄い綺麗だねー」

 

 

津田君が居ないから、モノローグは私が担当します。シノちゃんは金閣寺に見とれてるけど、実際全部が金ぴかだと、意外と感動しないのよ?

 

「せっかくだし写真撮る?」

 

「良いのか!」

 

「良いよー。それじゃあ金閣寺をバックに……」

 

「如何した?」

 

「自分で言っててエロスを感じてたの」

 

「なるほど……確かにエロスだな!」

 

 

津田君が居ればツッコミがあったかもしれないけど、私たち2人だとこうなっちゃうよね。

 

「じゃあ、撮るよ~」

 

「ああ!」

 

 

シノちゃんがピースをして準備万端、シャッターを切ろうとしたら鳥がシノちゃんの後ろにとまってしまった。

 

「少し場所を移すか……」

 

「そうだね~」

 

 

鳥さんには悪いけど、今はシノちゃんと金閣寺の写真を撮りたいの、邪魔しないでね?

 

「はいチーズ」

 

「クェー!」

 

「むっ!」

 

 

再び鳥さんがシノちゃんの後ろにとまる……ひょっとして狙ってるのかな?

 

「仕方ない、諦めよう」

 

「そうだねー」

 

 

そう言うと鳥さんは何処かに飛んで行っちゃったの……今がチャンス!

 

「はい!」

 

「クェー!」

 

「何なんだ、この鳥はー!」

 

 

結局写真は撮れなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本能寺だ!」

 

「シノちゃん、随分と浮かれてるね」

 

「何を隠そう、私は織田信長のファンなのだ!」

 

「そうなんだ~」

 

 

歴史上の偉人のファンって、本当に居るんだね~。

 

「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」

 

「本当に殺しちゃ駄目だよ?」

 

「信長を例えた時の有名な一句だ」

 

「それくらい知ってるよ~」

 

 

シノちゃんは浮かれすぎておかしくなってる……

 

「いざ、本能寺へ!」

 

「こっちだよ~」

 

「おっと!」

 

 

シノちゃんと一緒に本能寺を見に行く。正直私はそんなに興味無いんだけどな~……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、工事中……だと?」

 

「あらあら~」

 

 

せっかく来たのに残念ね~。シノちゃんは見られないショックで工事現場のおじ様に襲い掛かってたけど、それは駄目よ。

 

「偶に居るんですよ、こう言った人が」

 

「そうなんですかー」

 

 

そんな頻繁に居たら、工事現場も大変ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本能寺は残念だったけど、その他は概ね満足出来る内容だった。明日は奈良公園で鹿と戯れるのよね、楽しみだわ。……あれ?鍵が見当たらないわね~……

 

「ねぇシノちゃん、私の鍵、知らない?」

 

「鍵?……何のだ?」

 

「貞○帯」

 

「さすがに知らん」

 

「おかしいな~」

 

 

鞄の中を全部確認したけど、結局鍵は見つからなかった……しょうがない、予備の鍵を持ってきてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあアリア、さっきからボケーっとして、如何したんだ?」

 

「あっそうか!」

 

「何だ?」

 

「自分で洗わなきゃいけないのよね!」

 

「お嬢様過ぎる……」

 

「なるほど、普段は自分で身体を洗っていない……これはスクープ!」

 

 

さっきから誰かに見られてる気がするのよね……津田君は、私の裸、見たいのかな……あれ?私、何で急に津田君の事を思ったんだろう……

 

「アリア、如何したんだ?」

 

「ちょっと興奮しちゃって……」

 

「気分は野外露出だな!」

 

「そうだね~」

 

「………」

 

「………」

 

「ツッコミが居ないと、何か調子狂うな」

 

「そうだね~」

 

 

津田君って偉大だったのね。改めてそう思ったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旅館のご飯って美味しいわね~」

 

「そうだな、これも旅行の醍醐味だな」

 

 

お風呂から出て、晩御飯を食べていたら……

 

「脱衣所にあった忘れ物でーす!」

 

「!?」

 

 

忘れ物を見て、シノちゃんが何故かショックを受けている……あっ!

 

「あれ、私のだ~。普段は着けてないから忘れちゃった~」

 

「着けない方が良いのか!?」

 

「何が~?」

 

「次の忘れ物でーす!」

 

 

まだ忘れ物があるんだ。皆意外と子供なのね……あっ!

 

「それも私のだー。家では穿かないから忘れちゃった」

 

「「「!?」」」

 

 

あれ?クラスメイトも、シノちゃんも、そんな顔して如何したんだろう?

 

「次の忘れ物でーす///」

 

 

次はさすがに私のじゃ無いよね……あっ!

 

「私の貞○帯」

 

「ちゃんと管理しろよー!」

 

 

シノちゃんのツッコミって、何だか新鮮ね。

 

「次の忘れ物でーす!」

 

 

明らかに誰のものか分かる忘れ物だった……

 

「私のじゃ無いですよ?」

 

「なら、データ消しても良いよね」

 

「うわーん!」

 

 

やっぱり畑さんのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日目、夜に枕投げをして進入してた畑さんのカメラを没収した事件はあったが、その他は特に問題無く朝を迎えた。

 

「今日は鹿との戯れね!」

 

「戯れって、何だかエロいよな!」

 

「そうね!」

 

「………」

 

「……津田君とスズちゃんが居ないと何だか締まらないわね」

 

「ア*ルは締まってるがな!」

 

「そうだね!」

 

 

結局グダグダだった……津田君に会いたいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが鹿煎餅か」

 

「上に挙げるとお辞儀してくれるのよ」

 

「そうなのか。ならば……」

 

 

シノちゃんは鹿の前で煎餅を高く上げた。すると鹿が頭を下げて煎餅を強請った。

 

「おお!」

 

「可愛いわね~」

 

「くすぐったいぞ」

 

 

シノちゃんの持っていた鹿煎餅を食べ終えて、その指に残っていたカスも舐め取る。

 

「意外とテクニシャンだな」

 

「興奮するわね」

 

「「「………」」」

 

 

鹿が一斉に呆れたように見えたけど、きっと気のせいだね。

シノちゃんの指を舐めていた鹿が急に飛び上がってシノちゃんに跨って腰を降り始めた。

 

「も、もう満腹なのかー!?」

 

「おなかいっぱいになったら今度は運動だよね!」

 

 

思わぬ光景を目に出来て、私は奈良公園を満喫した。明日には帰るけど、お土産も買ったし、津田君やスズちゃんにも会えるし、これで良かったんだよね。




2年生の話は、原作ではアニメだけだったので、あやふやな記憶で書きました。何かおかしな点があるかも知れませんが、ご了承くださると幸いです。


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修学旅行 1年生編

連続でいきます!


「おかしいわね」

 

 

生徒会室に来たら、萩村がドアの前で唸っていた。

 

「如何かした?」

 

「七条先輩から預かった鍵、このドアのじゃないみたいなのよ」

 

「ちょっと見せて」

 

 

萩村から鍵を受け取り、鍵穴を覗き込んで型を確認する。確かにこのドアの鍵じゃ無いようだ。

 

「いったい何の鍵なんだろう」

 

「これじゃあ仕事出来ないわね」

 

「どっちかの家でする?」

 

「各自、家ですれば良いでしょ」

 

「そうだね」

 

 

生徒会室に入れないので、今日の仕事は各自が家で処理する事になった。こんな時間に家に帰るのは久しぶりだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、やるか!」

 

 

部屋の机に向かい、生徒会の仕事を始めようとしたら……

 

「タカ兄、お母さんが餃子包んでってさ」

 

「え、俺生徒会の仕事が……」

 

「よろしくー」

 

 

何だよ……せっかく人がやる気だしたって言うのに。思いっきり出鼻を挫かれたぞ……

 

 

 

 

 

 

「我ながら見事な包み具合だ!」

 

 

結局餃子を包んでしまった……まあ、俺も食べるから良いんだけどね。

 

「タカ兄、次はお風呂掃除だって」

 

「お前が言われたんじゃ……」

 

「よろしくー」

 

「おい!」

 

 

コトミのヤツ、絶対に俺じゃ無くって自分が頼まれたんだろ……

 

 

 

 

 

 

 

「汚れなく、綺麗になった!」

 

 

こっちも結局掃除しちゃうんだよね……

 

 

 

 

 

 

 

「よし、今度こそやるぞ!」

 

 

夕飯を食べ、今度こそ生徒会の仕事に取り掛かろうとしたら……

 

「タカ兄ぃ」

 

「今度は何だ!」

 

 

見計らったようにコトミが部屋を訪ねてきた。若干涙目なのは何故だ……

 

「部屋の模様替えしようと思ったら……」

 

「何で今、しようと思ったんだ……」

 

 

コトミの部屋はグチャグチャに散らかっていた。

 

「明日、小テストがあるの……それで気分転換にと思って……」

 

「ちゃんと勉強しろよ……」

 

 

現実逃避のために模様替えをしようとしたのか……現実はそんなに甘くないんだぞー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった」

 

 

結構あった書類だったけど、私の手にかかればこんなものよ!

 

「津田はちゃんとやってるんでしょうね?」

 

 

真面目だけど、何処か抜けてるのよね。津田って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何でこんなに終わってないの!」

 

「ゴメン……」

 

 

結局あの後2時間くらいコトミの部屋の片付けをして、その後少しは仕事をしたんだけど終わらなかった。萩村はさすがに全部終わってるみたいで、俺は素直に怒られているのだ。

 

「何か理由でもあるの?」

 

「言っても言い訳にしかならないよ……」

 

「いいから」

 

 

萩村に促され、俺は昨日あった事を素直に話した。

 

「……なんて言うか、アンタって不運なのね」

 

「同情してくれてありがと……」

 

「でも、これじゃあ今日も同じ事になりそうね……」

 

「教室に残ってやってくよ」

 

「また何か起こるわよ?」

 

「ありそうだね……」

 

 

先輩たちは居なくても、まだあの先生が居る。

生徒会顧問横島ナルコ先生。今、この学園の中で1番問題のある人だ。

 

「それじゃあ私の家に来る?」

 

「萩村の?」

 

「私の家なら資料もあるし、誰にも邪魔されないと思うけど?」

 

「そうだね……それじゃあお邪魔します」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

 

萩村と一緒に教室を出て下駄箱に向かう。それにしても、女の子の家って初めてかも知れないな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、コンビニ寄っても良い?」

 

「良いけど」

 

「ルーズリーフがきれてたの忘れてたわ」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

萩村の家に向かう途中、コンビニに萩村が寄った。俺が悪いんだから、そこまで気にしなくても良いのにな……

 

「スミマセン(スペイン語)」

 

「ん?」

 

 

何か話しかけられてるんだけど、何を言ってるのか分からない……英語と日本語し分かんないよ……

 

「津田、如何したの?」

 

「萩村。多分道を聞かれてるんだろうけど、英語じゃ無くて分かんないんだ」

 

「あれはスペイン語ね。任せて」

 

 

そう言って萩村は男性にスペイン語で対応し始めた。やっぱり天才なんだな……

 

「ありがとう、お嬢ちゃん(スペイン語)」

 

「私はお嬢ちゃんじゃなーい!」

 

「!?」

 

 

いきなり日本語で騒ぎ出した萩村に、ちょっとビックリした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処が私の家よ」

 

「デカイな~」

 

 

コンビニから少し歩いて、萩村の家に着いた。

 

「お帰りなさ~い」

 

「お邪魔します」

 

 

お母さんだろうか。萩村に似ている女性が奥から現れた。

 

「……娘が何時もお世話になってます」

 

「タメだよ!」

 

 

萩村って、家でもこんな扱いなんだ……

 

「上がって」

 

「ああ、お邪魔します」

 

 

リビングに通され、萩村は着替えるために部屋に向かった。つまり此処で待ってろって事か…… 

リビングの柱には、何かを測ったような傷跡がある……萩村も容姿相応な事を……ん?

 

目標

 

 

泣ける……

 

「お待たせ」

 

「え、ああ」

 

「?」

 

「それじゃあ仕事しよっか」

 

「そうね。こっちよ」

 

 

萩村の後ろについていき、階段を上がって部屋に通される。

 

「………」

 

「………」

 

「「ボケる人が居ないと、調子狂う」」

 

 

まさか萩村と同じ事を思ってたとは……

 

「そう言えば、萩村の私服姿って初めて見たかも」

 

「ちなみに、そこらへんの服じゃ無いわよ」

 

「ブランド品?」

 

「すべてオーダーメイド!」

 

「そっか……」

 

 

涙が出てきそうなのはキット気のせいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはあの資料がいるわね……」

 

 

萩村が椅子を引っ張ってきて高い場所を探している……探しているんだけど……

 

「ふー!」

 

「萩村?」

 

「手出し無用!」

 

「そうじゃなくって、高さあわせるから、一旦降りなよ」

 

「え?」

 

「俺が取るなんて野暮な事しないから」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

ん?何で萩村の顔が赤くなってるんだ?

 

「え、っとっとっと……」

 

「萩村?」

 

 

バランスを崩し、萩村が俺の上に降ってきた。見た目通りなので、そこまで重くないが、これを誰かに見られたら誤解されそうだ……

 

「津田君、何か食べたいものは……」

 

 

何でこうタイミング良く現れるのかな……

 

「………」

 

「あ、あの。これは、その……」

 

「もう、満腹かー!」

 

「「他に言う事あるだろうがー!!」」

 

 

こうして色々あったが、何とか仕事も終わり、明後日には会長たちも戻ってくるから、生徒会室の鍵も見つかるだろう。

 

「何だか悪かったわね……」

 

「気にしないで良いよ。元はと言えば、俺が仕事を終わらせられなかったのが原因だし」

 

「そっか……」

 

「萩村?」

 

「何でもない///」

 

「そう?」

 

 

顔が赤い気がするけど、それを指摘すると怒られそうだから止めとこう。

こうして先輩たちの居ない生徒会はしっかりと仕事を終え、問題無く生活出来た……いや、何か面倒な事になった気もするんだよな……




スズフラグも建ちましたね……2年生編で完全にアリアがタカトシの事を意識してますが、スズはまだ気付いていません。
これから如何なるのか……お楽しみに。


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お土産と新発見

京都のお土産かー……高校で京都って変ですよね?しかも私立で。


先輩たちが京都から帰ってきて、再び4人で生徒会の仕事をする事になった。

 

「修学旅行のお土産だ」

 

「ありがとうございます」

 

 

あれ?昼休みに呼ばれたのって、お土産を渡すためだったの?

 

「それで、津田になんだが……その、異性にお土産を渡すのが初めてでな。君の好みにあうかどうか……」

 

「別に気を使わなくとも、心が篭ってればなんでも良いですよ」

 

 

異性だからって別段気にしなくても良いのに……会長も意外と初心なんだな。

 

「そうか。ならこの、『舞妓のおしろいは白濁液』と言う小説を……」

 

「悪意が篭ってますね……」

 

 

何の嫌がらせなんだか……

 

「それじゃあ津田君、これは私からのお土産よ」

 

「ありがとうございます」

 

 

七条先輩から手渡されたのは紙袋……何でこれだけで嫌な予感がするんだろうか……

 

「えーっと……布?」

 

「それは、私が修学旅行初日につけてたブラジャーとパンティーよ」

 

 

これをもらって如何しろと?

 

「シノちゃんの小説でムラムラして、私の下着でスッキリしてね♪」

 

「さすがアリアだ。お土産にもユニークさを忘れないとはな!」

 

「あんたら順番に説教だよ!」

 

 

当然受け取れないので返した。……萩村の視線が鋭くなってるのは気のせいだと思いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みは津田君に怒られちゃったけど、私はしっかりと見ていた。私のブラジャーをまじまじと見ていた――

 

「大きかったですね……」

 

「ああ、初日に見てへこんだぞ……」

 

 

――スズちゃんとシノちゃんの姿を!

 

「そう言えば私たちが居ない間、何も無かった?」

 

「七条先輩から預かった鍵がこの部屋のじゃ無かったので、それぞれの家で仕事しましたが、それ以外は大した事は無かったですね」

 

「スズちゃん、本当?」

 

「……ええ///」

 

 

スズちゃんの顔が赤くなった。これはつまり……

 

「津田君!」

 

「はい?」

 

「私たちが居ない間、スズちゃんと何があったの!?」

 

「萩村と?……まぁ、萩村の家には行きましたが」

 

 

お家に行ったですって!?

 

「ナニをしたの?」

 

「はい?」

 

「ナニをしたの!?」

 

「さっきから『何』のイントネーションおかしくないですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

書類の整理をしていたら畑さんがやってきた。

 

「記事用の写真が余ったので献上しにまいりました」

 

「見せて見せてー」

 

「私も見たいです」

 

 

七条先輩と萩村が畑さんに近づいていく……俺の腕を引っ張って。

 

「えっと、何ですか?」

 

「ん?如何したのかな?」

 

「いや……萩村も如何した?」

 

「何がよ?」

 

「だって、2人とも俺の腕を引っ張ってるし……」

 

「「あっ!」」

 

「……もしかして無意識だったんですか?」

 

 

俺に指摘され慌てて手を離す七条先輩と萩村……これは無意識っぽいな。

下手に意識するのもアレなので、俺も写真を見ることにした。え~っと……

 

「会長は何処に写ってるんですか?」

 

「此処に居るではないか」

 

「何処?」

 

「ほら、此処に」

 

 

会長もこんな風に笑えるんだなー……てっきりドS風かドM風にしか笑えないと思ってた……意味はよく分からないが、柳本がそんな事を言っていたのを思い出したのだ。

 

「あっ、会長が寝てる」

 

「こら!人の寝顔を勝手に見るとは何事だー!」

 

「スミマセン!」

 

 

写真を捲ってたら出てきたんだけど、確かに勝手に見ていいものでは無かったな……

 

「そうよ、それは有料よ」

 

「え?」

 

 

まさか、この人商売してるんじゃないだろうな……

 

「ちなみにどれくらい売れました?」

 

「ざっと50は行きましたかね」

 

「よし押収だ!」

 

「新聞部で売ってたんですか?それとも貴女個人で売ってたんですか?」

 

 

萩村も畑さんの尋問に加わってくれた。正直俺1人では荷が勝ちすぎていたからな……萩村が加わってくれて心強いな。……なんだか俺って情けない。

 

「うわーん!せっかく売れたのにー!!」

 

「正直に白状すれば予算カットだけは勘弁してあげますよ?」

 

「1人1人にお金を返してくださいね」

 

「それで、写真の方は……」

 

 

萩村と目を合わせて頷きあう……

 

「「そのままに決まってるでしょうが!」」

 

「うわーん!焼き増し代掛かってるのにー!!」

 

 

畑さん、赤字決定の瞬間だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

畑さんを追い出し、置いていかれた写真を見る。

 

「やはり、清水寺に行けなかったのが心残りだな」

 

「シノちゃん高いところ苦手だもんねー」

 

 

そう言えばそんな設定あったな……清水寺は思いのほか高いところに建っているし、会長は駄目だったのか……

 

「でも、そんなに高いところ駄目なんですか?」

 

「高いところに行くと、身体の力が抜け、全身が震えだすんだ」

 

「そうなんですか、大変ですね」

 

 

此処で会話を終わらせないと、何か面倒になりそうな気がしたので、強引に終わらせようとしたが……

 

「それはまるで、常に絶頂状態!」

 

「それはそれで良いんじゃない?」

 

「良くねぇーよ!」

 

 

この2人には俺の気持ちなど分からないか……せっかく強引に終わらせようとしたのにな。

 

「本当、アンタは良くやってるわよ……」

 

「うん、同情ありがとう……」

 

 

萩村に慰められてしまった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シノちゃんがお土産を渡した相手から感想を聞いている。スズちゃんには生八ッ橋、横島先生には木刀、後輩Aには携帯ストラップ……など、シノちゃんは沢山の人にお土産を渡していたのだ。

それにしても、木刀って何処のお土産屋さんでも見かけるけど、使い道ってあるのかしら?

 

「七条先輩、何してるんですか?」

 

「あっ、津田君。私のあげたお土産は如何?」

 

「……返しましたよね?」

 

「コッソリと鞄の中に入れたの!」

 

「は?……うわっ、マジで入ってるよ!」

 

「それを被って津田君が……」

 

「被んねぇよ!」

 

「じゃあ穿くの?」

 

「穿きもしねぇっての!」

 

「………」

 

「七条先輩?」

 

「何か、罵倒されるのも悪く無いわね」

 

「……処置無しだな」

 

 

津田君は紙袋を置いていって何処かに行っちゃったけど、津田君になら私、罵倒されても良いかもしれないわね。

 

「しかも、津田君ってMだと思ってたけど、意外とSなんだな~。これは新たな発見かも♪」

 

 

私はどっちでもいけるし、津田君が望むなら何でもするつもりよ。……やっぱり津田君の事を考えると濡れるわね。




完全にアリアとスズはタカトシを意識してます。
もう少しでシノフラグも建つかな?


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気崩した結果

眠いです……


生徒会書記、七条アリア先輩。いいところのお嬢様らしいのだが、良くありがちな近づきにくさは無く、綺麗で優しくスタイルの良さで共学間もないにも関わらず男子の間で人気の高い人だ。

 

「(でも、あの発言をされるとそんな風に思えないんだよな)」

 

 

普段の七条先輩は、如何やら下ネタ発言しないらしく、俺がいくら言っても男子たちは信じてくれない……夢見るのも良いが現実も見ようぜ。

そんな事を考えていたら、階段下に七条先輩が居るのに気付けなかった。手を振ってるが、もしかしてさっきから振ってたのだろうか……それだったらかなり失礼だったよな。

 

「スミマセン先輩、ひょっとして結構前から手を振ってくれてました?」

 

「ううん、今さっき気付いたとこだよ」

 

「そうですか……ちょっと考え事してたもので」

 

「そうなんだ~」

 

「ところで、先輩は何をしてるんですか?」

 

 

階段の前で立ち尽くす理由が分からなかったので、俺は素直に聞くことにした。

 

「あっそっか!」

 

「何です?」

 

「学校はエスカレーターじゃ無いんだよね」

 

「よく今まで気付かなかったな……」

 

 

貴女2年生でしょうが……天然なのか、お嬢様過ぎるのか分からない発言をされ、俺は盛大にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を歩いていたら今度は会長と出会った。生徒会室に向かう廊下だから出会っても不思議では無いので、俺は会長と一緒に生徒会室に向かう事にした。

 

「それにしても暑いですね~」

 

「そうだな~」

 

 

5月なのにこの暑さ……地球温暖化か此処まで進んでしまったのか。本当なら思いっきり着崩したいのだが、校則違反を生徒会役員自らする訳にも行かないので我慢している。

 

「会長は暑くないんですか?」

 

「私だって暑いと思ってるさ」

 

「じゃあ着崩しても良いですか?」

 

「それは駄目だ」

 

「暑いんですよね?」

 

「だからと言って生徒会役員がそれでは示しがつかんだろ」

 

 

会長は普段と変わらない顔で普段通りの服装をしている。本当にこの人も暑いと思ってるんだろうか……

 

「だから私は校則に違反する着崩しはしない!」

 

「生徒の長ですもんね」

 

 

生徒会長は伊達じゃないんだな~。

 

「したがって、見えないところで着崩している///」

 

「照れるなら言わなきゃ良いのに……後、暑過ぎて頭おかしくなってません?」

 

 

見間違えじゃ無きゃ頭から湯気出てるし……やっぱり暑いんですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室に着いたら、萩村が机に突っ伏していた。

 

「萩村、寝ちゃってますね」

 

「仕方ないだろう……会議だが休ませてやるか」

 

 

萩村は昼寝しないと体がもたないって言ってたし、寝てるのを無理矢理起こすのも気が引けるからな……

 

「では今回の議題だが」

 

 

会長は萩村の事を気にしながらも会議を始めた。まあ、俺と七条先輩のどちらかが後で教えれば良い事だしな……

 

「よし、今回はこんなところかな」

 

 

会議も終わり、会長がふぅっと一息吐いた丁度その時……

 

「では部費の予算の割り当ては私がやっておきます」

 

 

起き抜けに萩村がそう言った。

 

「そうか、任せるぞ」

 

「分かりました」

 

「さすが天才……」

 

 

睡眠聴取出来るとは……会長も特に気にした様子も無く会話してたから、最初から知ってたんだろうな。あれ?……じゃあ何で寝てる萩村を心配そうに見てたんだ?

聞こうと思ったが、また変な事を言われたら大変なので、此処はスルーしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、見回りのためにウロウロしていたらクラスメイトの三葉が居た。

 

「あっ、タカトシ君!」

 

「三葉、柔道部の調子は如何?」

 

「おかげさまで順調だよ」

 

 

そっか。発足まで色々あったが、今では順調に事が進んでいるようで安心した。

 

「でも、部長ってポジションが大変でね~」

 

「何か問題でも?」

 

「備品そろえるために部費のやりくりとか」

 

 

ん?

 

「胴着の他に何か必要なのか?」

 

 

必要経費なら生徒会に申請してくれれば幾分考慮してくれるんだが……柔道部が胴着以外に何が必要なんだろう……畳は学校が準備してくれたはずだし、照明も武道場に完備されてるよな?

 

「ひもぱん」

 

「は?」

 

 

それが柔道に如何繋がるんだ?

 

「下着のライン隠すのに必要だって」

 

「……それ、誰に聞いた?」

 

「七条先輩」

 

「またあの人か!」

 

 

あの人の発言を真に受ける三葉にも少なからず問題があるが、それ以上にあの人のテキトー発言の方が問題だ。

俺は三葉にそれは必要ないから気にしなくて良いと言ってその場から移動した。もちろん七条先輩に説教するために……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後七条先輩を見つけ軽く説教して生徒会室に戻ったら、そこには三葉が居た。如何やら会長に相談してるようだな。

 

「先日2年の先輩が入部してくれたんですが、部長を代わった方が良いのでしょうか?」

 

「無理に年功序列にする必要は無いだろ。それに君は経験者なんだろ、それなら君が部長のままで良いんじゃないか?」

 

「そうですかね?」

 

「未経験のチェリーが百戦錬磨のお姉さんをリードしても様にならないからな」

 

「?」

 

「アンタいきなり何言い出すんだよ!」

 

 

ピュアなのか、三葉は会長の発言を尊いものだと思って頷いたが、途中までは兎も角最後は頷くところでは無い。俺はたまらず大声でツッコミを入れた。

 

「だってそうだろ?」

 

「そう言う話をしてんじゃねぇよ!」

 

 

結局グダグダで相談は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室で作業しているが、此処って暑いんだよあ……無理しても仕方ないしネクタイ抜いて上着を脱ぐか。

 

「あっ、津田君」

 

「何です?」

 

「そんな風に気崩してたらシノちゃんに怒られるぞ」

 

「無理して倒れた方が問題ですよ。今は室内に居ても熱中症になるんですから」

 

 

それに、此処なら殆どの生徒には見られないので問題にはならないだろうな。

 

「そっか、じゃあ私も」

 

 

そう言って七条先輩も上着を脱ぎ、リボンを外し、更にボタンも外して行く……って、ちょっと待て!

 

「何処まで脱ぐんですか!」

 

「津田君なら見られても平気だし」

 

「そう言う問題じゃねぇよ!」

 

 

俺はたまらず生徒会室から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室に向かっていたらネクタイを抜き、上着を脱いだ津田が生徒会室から走り去って行った。何があったんだ?

 

「あ~あ、逃げられちゃったか」

 

 

アリア~……お前、神聖なる生徒会室で何をしようとしたんだ。




原作ではアリアが逃げ、タカトシが誤解されるんですが、この作品ではタカトシが逃げてアリアが疑われるようにしました。


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幕間での出会い

今回は原作に無い話です


生徒会室から逃げ出して暫くした後、自分の格好が思いっきり校則違反だと言う事に気が付いた……仕方ない、生徒会室に戻るか。

 

「ちょっとそこの男子!」

 

「はい?」

 

「服装がだらしないわよ!」

 

「ああ……」

 

 

やっぱり注意されたか……噂では今の風紀委員長は校則違反者には厳しいって言うからな、風紀委員に見つかったのなら此処は素直に怒られよう……

 

「って、貴方は生徒会の……」

 

「ん?」

 

 

俺の事を知っているのか?

 

「何処かで会った事ありましたっけ?」

 

「何言ってるんですか、貴方はこの学園で一番有名な男子生徒なんですよ」

 

「俺が?」

 

 

特に目立つような風貌をしてる訳でも無いし、飛びぬけて運動や勉強が出来る訳でも無いのに、何故だ?

 

「あの~ところで……」

 

「何ですか?」

 

「遠くないですか?」

 

「!?」

 

 

近づこうとしたら近づいた分だけ逃げられてしまった……何でこの人は俺を避けるんだろう……知らない間に何かしてしまったのだろうか。

 

「おや~?」

 

「あっ、畑さん……」

 

「これはこれは風紀委員長、早速噂の生徒会副会長をチェックですか~?」

 

「噂?」

 

 

てか、あの人が風紀委員長だったのか……

 

「学園で一番ツッコミ上手な苦労人副会長津田タカトシ、見出しはこれで如何かしら?」

 

「あながち間違っては無いですが、内容が酷いので没収です」

 

「うわ~ん、結構渾身な出来だったのに~」

 

「それで、俺にまつわる噂ってどんなのですか?」

 

 

どうせろくな事では無いんだろうがな……

 

「次々と女子生徒を落としていく無自覚ラブハンター」

 

「その噂の出所は?」

 

「ん」

 

「おや~私ですか~?」

 

「ちょっと別室で話しましょうか?」

 

「いや~ん犯される~」

 

「そんな事しねぇよ!」

 

 

何で生徒会以外でもこんな人が多いんだ、この学園は……いや、生徒会でも居ちゃいけないんだろうがな……

 

「その前に貴方、服装がだらしないわよ!」

 

「スミマセン、生徒会室で作業してたら暑くって……」

 

「ですが、外に出るのならちゃんとした服装をしてくれないと困ります!」

 

「慌てて逃げてきたものでして……」

 

「逃げてきた?」

 

「ええ実は……」

 

 

俺は生徒会室であった出来事を事細かに風紀委員長に伝えた……

 

「またあの人ですか……」

 

「七条先輩の本質をご存知なんですか?」

 

 

俺の周りの男子に言っても信じてもらえないのに……

 

「1年の間では如何なのか知りませんが、2年以上の生徒なら誰でも知ってると思いますよ」

 

「そうなんですか……」

 

 

あの人、自重するつもり無いのか?

 

「そう言った事情があるのなら今回は見逃しますが、次からは気をつけてくださいね」

 

「分かりました……それで、何でそんなに離れてるんですか?」

 

「何でも無いですよ……」

 

「はぁ……」

 

「風紀委員長は男性恐怖症なのよ」

 

「男性恐怖症?」

 

 

何かトラウマでもあるのだろうか?

 

「それに、貴方は就任直後に更衣室やシャワー室の壁を取っ払うと宣言してますから」

 

「それはアンタの捏造だろうが!」

 

「えっ、それは本当なの?」

 

「当たり前ですよ!」

 

 

そもそもそんな事実行出来る訳無いでしょうが……しかも風紀委員長さんは俺が本当に言ったと思ってるみたいだったし……俺ってそんなに危険な男に見えるのか?

 

「えっとそれで風紀委員長さん……」

 

「それ、呼びにくく無い?」

 

「若干……え~っとお名前聞いても良いですか?」

 

「2年の五十嵐カエデです」

 

「五十嵐先輩ですか、一応俺も自己紹介しておきますね。1年、副会長の津田タカトシです」

 

「それじゃあお2人、手を握ってください」

 

「何でです?」

 

「こう見えても風紀委員長は男子の間で人気が高いんですよ」

 

 

それが如何して俺と手を握らなきゃいけないんだ?五十嵐先輩にいたっては既に震えてるし……だから俺はそんなに危険に見えますか?

 

「そして貴方は男女問わず人気ですし」

 

「せめて男女は問えよ!」

 

 

確かに女顔だとは言われた事はあるが、せめて人気があるのは女子だけにしてほしかった……

 

「その2人の仲の良い感じの写真が撮れれば、マニアにはたまらないでしょうからね」

 

「けだものー!!」

 

「今から生徒会室で説教ですね」

 

「さらば~」

 

「「逃がすか!……え?」」

 

 

五十嵐先輩も畑さんに手を伸ばしていて、同じく畑さんに手を伸ばしていた俺の手をぶつかった。

 

「きゃ!」

 

「あぶない!」

 

 

咄嗟に手を引いてバランスを崩した五十嵐先輩の手を引っ張って体勢を戻し、その勢いで今度は俺がバランスを崩した。

 

「痛っ……」

 

「シャッターチャンス!」

 

「何処が?……ああ!?」

 

 

俺の手を離さなかったのか、五十嵐先輩が俺の上にのしかかってる感じになっている……これはあらぬ誤解を生むぞ……

 

「津田君、大丈夫?」

 

「大丈夫ですが……先輩の方こそ平気なんですか?」

 

「何が……!?!」

 

「グエッ!」

 

 

鳩尾に体重の乗ったパンチを喰らい、俺はそのまま意識を手放した……何で俺が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、あれ?」

 

「おやおや~津田副会長は気絶してしまいましたね~」

 

 

自分の体勢を自覚して、私は慌てて津田君を殴ってしまった……津田君は私を助けてくれただけなのに……

 

「如何しよう、津田君を保健室に運んだ方が良いですよね?」

 

「私に聞かれても困りますよ~。後はお若い2人に任せます」

 

「何を言って……」

 

「では、邪魔者は去りますね~」

 

「ちょっと!」

 

 

畑さんはいつの間にか居なくなってしまいました……てか、貴女も同い年でしょうが。

 

「如何しよう……とりあえず生徒会室に応援を呼びに行かないと」

 

 

私1人では運べないし、津田君のブレザーとネクタイはそこにあるみたいだしね。

 

「あら?」

 

「五十嵐、お前津田を襲ったのか?やるじゃん!」

 

「横島先生!?」

 

 

今一番会いたくない教師がドア越しに覗いていた。

 

「そっか、男嫌いな五十嵐が津田をね~……」

 

「違いますよ!」

 

「でも、津田を触っても平気なんだろ?」

 

「えっ?」

 

「だって今津田のこと揺すってたし」

 

 

そう言えば何処も鳥肌立ってないわね……

 

「風紀委員長にも春が来たってか……畜生、私にだって何時かは春がくるもんね!」

 

「教師が廊下を走らないでください!……とりあえず事情説明して生徒会メンバーに手伝ってもらうか……」

 

 

横島先生の言う事は大抵信じられてないので放っておいても平気でしょうし、それよりも今は津田君を如何にかしないとね。

 

「そう言えば、触られても平気だった……」

 

 

私は自分の手を見ながら生徒会室に向かった……事情を話したら会長と七条さんは案の定誤解したが、萩村さんが宥めてくれたおかげで暴走しないで済んだ。津田君のブレザーとネクタイは何故か七条さんが鞄に入れていたが、詳しく聞いて卑猥な話になったら嫌なのでスルーした。

津田君の気絶している教室に戻ったら、七条さんが上に跨ろうとしたので全力で萩村さんと2人で止めた……その騒ぎのおかげで(?)、津田君は意識を取り戻したのだった。




自分がカエデ好きなので早めに登場させました。この作品では最初から津田にだけ触れる設定にしましたが、基本的には原作通り男性恐怖症です


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メロンパンの行方

前回カエデを出したので、今回も登場します


休み時間に、俺は気になった事を柳本に聞くことにした。

 

「五十嵐先輩って知ってるか?」

 

「名前と写真では知ってるが、直接は会った事は無いな。きっと本物はもっと綺麗なのだろうな……」

 

 

聞いておいてなんだが、これ以上ヒートアップするようなら距離を取らせてもらおう。

 

「お前もついに女子に興味を持ったのか。そうかそうか……」

 

「勝手に納得するな。それに、唯単に知ってるか聞いただけだろうが」

 

「お前から女の名前を聞かれたのは初めてだからな」

 

「……五十嵐先輩って男性恐怖症みたいなんだが」

 

「何!?」

 

 

ん?柳本の目が見開かれたが、何かおかしな事言ったか?

 

「お前……それ、誰からの情報だ」

 

「誰って、新聞部の畑さんからだが……」

 

 

この前聞いて、この目で確認したからな……俺だけに震えてるのならちょっとショックなんだが……

 

「俺ですら知らない情報を……さすが畑先輩だ」

 

「なんだ、知らなかったのか」

 

「何て言ったって、五十嵐先輩を直接見た男子生徒は居ないからな!」

 

「直接見る以外で如何やって見るんだよ?」

 

「畑先輩から写真を買ってるんだ」

 

「またか!」

 

 

俺は柳本との会話を打ち切り、昼休みに新聞部に行く事を決めた……後で萩村にも言って一緒にいってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みになり、萩村を探すためにまずは生徒会室にやって来た。中から声が聞こえるな……

 

「萩村は牛乳が好きなんだな」

 

「ええまあ」

 

 

如何やら中に萩村が居るようだ。一発で見つかってよかった

 

「牛乳は成長を促すからな」

 

「そうですね」

 

「お~い萩村、ちょっと一緒に……」

 

「会長は牛乳、嫌いですか」

 

「よくも目線を下げてくれたな」

 

 

何でこんな気まずいんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

津田君が来てスズちゃんと一緒に何処かに行ってしまってから暫くして、シノちゃんが何かを探している様子……

 

「無い、無い、此処にも無いか……」

 

「ひゃあ!」

 

「ただいま戻りまし……」

 

「……アンタってタイミング悪いわね」

 

「俺もそう思ったよ……」

 

 

シノちゃんに胸を揉まれてるタイミングで津田君とスズちゃんが戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイミング悪く生徒会室に戻ってきてしまった俺と萩村だが、会長がさっきからキョロキョロと何かを探している様子なので一応聞くことにした。

 

「何か探してるんですか?」

 

「私が買って置いておいたメロンパンが見当たらないのだが……」

 

「そんな所にねぇよ!」

 

「津田君も揉みたい?」

 

「今はそういう冗談は言わないでください!」

 

 

会長にツッコムのだけで精一杯なんですから、七条先輩もボケないでくださいよ、まったく。

 

「置いておいた時には鍵が掛かってたはずなのだが……」

 

「なるほど……」

 

 

つまりは内部犯って事か……

 

「津田君、何か分からないかな?」

 

「全ての謎は俺が解く、推理タイムの始まりだ!」

 

「何言ってるの?」

 

「……俺、何か言った?」

 

 

今一瞬だけの記憶が無いんだけど……

 

「アンタまで壊れたのかと思ったわよ」

 

「ゴメン……」

 

「横島先生、私のメロンパン食べたでしょう」

 

「一直線に来た!?」

 

 

会長は最初から誰がメロンパンを食べたのか分かってたようで、横島先生にパン代を請求している……無言で手を突き出して。

 

「まぁ、確かに私が天草のメロンパンを食べたんだがな。ほら、これお金」

 

「生徒のものを勝手に食べないでくださいよ」

 

「いや~、だって辛いもの食べた後って甘いもの食べたくなるだろ?」

 

「辛いもの食べたんですか?」

 

「だからと言って生徒のものを食べないでくださいよ」

 

 

珍しく会長がツッコんでる……明日は雨なのだろうか

 

「いや、私の場合は辛いものじゃなくって苦い飲み物なんだけどね」

 

「これからは気をつけてくださいね」

 

「この人は一生気をつけないので言っても無駄ですよ……」

 

 

教師なんだから自重しようとか思わないのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもシノちゃん、良く先生が犯人だって分かったわね」

 

 

横島先生を説教して追い出してから七条先輩が会長に聞いていた。確かに良く一発で言い当てたよな……

 

「君たちは私のメロンパンの行方を捜そうとしてくれた。つまり知らないって事だったのだろう。そして、私は君たちが嘘を吐くような人間だとは思って無いからな」

 

「シノちゃん……」

 

 

何だかいい感じな雰囲気が出てるが、そもそも俺と萩村は生徒会室から出て行ってたし、その前からメロンパンは無かったような気がするんだが……

 

「………」

 

「会長?」

 

 

何さっきから萩村をちらちらと見てるんだ?

 

「言っておきますが、年齢偽ってませんからね」

 

「分かってるさ。ただ、万が一と言う場合があるかも知れないからな」

 

「だからねぇっての!」

 

 

今日も会長は何時も通りだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、廊下を歩いていたら会長と七条先輩が居た。

 

「さっき枝毛見つけちゃったの。ショックだよ~」

 

「うむ、キューティクルが痛んでるんだな」

 

 

やっぱり女子ってそう言う会話してるんだな。

 

「気にする必要は無いと思いますよ。人の髪の毛は10万本あるそうですから」

 

 

おっと、あれは風紀委員長の五十嵐先輩。また震えさせたら悪いし、此処は素通りして行こう……

 

「違うのカエデちゃん」

 

「何が違うんですか?」

 

 

確かに、何が違うと言うのだろうか……

 

「陰○の話だよ」

 

「!?」

 

「普通の生徒が大勢通る場所で何て話をしてるんですか、貴女は!」

 

 

素通りするつもりだったが出来なかった。

 

「津田、女の子の話を盗み聞きか、関心しないぞ」

 

「そうだよ~」

 

「俺よりアンタたちの方が問題でしょうが!」

 

 

五十嵐先輩は気絶しちゃってるし……

 

「津田君も見たい?」

 

「そう言う事を言ってるんじゃねぇよ!」

 

 

五十嵐先輩が意識を取り戻したのは、それから結構な時間が経ってからだった。一応見張っては居たが、盗撮者は現れなかった。

 

「あれ、私……」

 

「気が付きました?」

 

「つ、津田君!?」

 

「その反応は傷つくぜ……」

 

 

俺は何もしてないのに……

 

「会長と七条先輩には俺からキツク言っておいたので」

 

「そっか……私気を失って……ッ!?」

 

 

五十嵐先輩は慌てて下半身を確認し始めた……

 

「何もしてねぇから!」

 

「良かった……」

 

「何で信用されてないんだろうか……」

 

 

五十嵐先輩の中の男は如何言ったものなのだろうか……次の日に会長と七条先輩に改めて五十嵐先輩に謝罪させて、この件は終了した。この学園には変人しか居ないのだろうか……




早くウオミーも出したいです。


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そのアングルは……

アレンジ加え過ぎて少し話しが飛びました……


生徒会の仕事の1つに校門での服装検査がある。朝早くから校門に集合で全員の服装をチェックしなくてはいけないのだが、七条先輩がまだ来ない……

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「アリアが遅れるなんて珍しいな」

 

「私はてっきり津田が遅れてくるものだと思ってました」

 

「酷いな……」

 

 

ちゃんと来たのになんて扱いだ……そんな話をしていたら七条先輩がやって来た。

 

「ゴメンなさい」

 

「遅いぞアリア!」

 

「何かあったんですか?」

 

「七条先輩の事ですから、道が混んでたとか?」

 

 

萩村の予想に、七条先輩は笑顔で首を振った。

 

「違うの、もうちょっとでイケそうだったんだけど、あと少しが長くて……」

 

「それじゃあ仕方ないな!」

 

「……ツッコミなさいよ」

 

「俺が!?」

 

 

生徒会でのポジションは確か副会長だった気がするんだが……何時の間にかツッコミが仕事になっている気がする……

 

「あら、おはようございます」

 

「おお、五十嵐!」

 

「カエデちゃん、おはよ~」

 

 

風紀委員長である五十嵐先輩もやって来たので、服装検査開始!……と行きたいところだが、現在の時刻は7時20分……朝練のある人以外はまだ来ないよ……

 

「ところで、さっきの七条さんの話って如何言う意味です?」

 

「ちょっ!」

 

「五十嵐先輩、それは!」

 

 

止める俺と萩村を他所に、七条先輩と会長はさっきの話しの意味を五十嵐先輩に話す……この人、ワザと聞いた訳じゃ無いよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝の問題も説教済みで、俺は生徒会室で萩村に相談していた。

 

「あの授業分かり難いよね」

 

「そうかしら?」

 

『ちゅー』

 

「萩村は良いけど、もう少し分かり易く出来ないのかな?」

 

「なら、参考書でも買えば?」

 

『ちゅー』

 

「うわぁ!」

 

「「ん?」」

 

 

生徒会室に入ってくるなり大声を上げる会長……何かあったのか?

 

『ちゅー』

 

「何だ、牛乳を飲んでるだけか……てっきり萩村が津田の……」

 

「何思ってくれてるんですか!」

 

 

さっきから音がしているのは、萩村がストローで牛乳を飲んでいるからだ。如何やらあそこからのアングルだと会長が思ってるように見えるようだ……

 

「それで萩村、何か良い参考書知らない?」

 

「そうね~……」

 

『ちゅー』

 

「………」

 

 

事情を知っている会長だが、何故か顔を赤らめて萩村の後ろから俺たちの会話を見守っている……まだ勘違いしてたかったのだろうか?

 

「おお!」

 

「きゃ!」

 

「「ん?」」

 

 

今度は横島先生と七条先輩が生徒会室にやって来た……多分会長と同じ勘違いをしてるんだろうな……

 

「やぁ!……これはスクープ!」

 

「「違うから!」」

 

「何だ……牛乳を飲んでただけなのね。でも大丈夫、ちゃんと脚色するから!」

 

「「大丈夫じゃない!」」

 

「あら、風紀委員長」

 

「畑さん」

 

「この写真を見てくれます?」

 

「どれどれ……不届き物ー!」

 

「どんな写真なんだよ……」

 

 

逃げていった五十嵐先輩が見たものが気になって畑さんからカメラを没収した。

 

「うわ……あの一瞬で良くこんなのが撮れたな」

 

「ある意味天才ね……」

 

「返してー」

 

「「………」」

 

 

萩村と視線を合わせ頷く……

 

「削除っと」

 

「はい、返します」

 

「せっかく上手く撮れたのにー!」

 

 

泣きながら生徒会室から出て行った畑さん……後で五十嵐先輩の誤解を解いておかなくては!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々あったが、昼休みに話し合う予定だった議題に取り掛かる事が出来た……横島先生は何処かに行ってしまったが……あの人何しに来たんだ?

 

「校則で定められていた携帯電話の校内での使用禁止だが、生徒からの要望が多いために解禁される事になった」

 

「持ってた方が安心出来ますしね」

 

「そうだね。何時何があるか分からないしな」

 

 

携帯くらいは持ってても風紀は乱れないだろうしな。

 

「だが、携帯を持った事によって問題が起こらないか心配だ」

 

「例えば?」

 

「授業中の携帯の使用」

 

「あー……」

 

 

それはありそうだ。退屈な授業だとついつい携帯を弄りたくなるって違う学校に行った友達が言ってたしな……俺はその気持ちが分からないが。

 

「ハメ撮りの横行」

 

「会長の頭の中ほど乱れないので大丈夫です」

 

 

なんて事考えてるんだ、この人は……

 

「津田君、私としない?」

 

「しねぇよ!」

 

 

終わったと思ったのにもう1発……この生徒会は気の休まる時間が少ない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後に鞄の中身を整理していたら、借りていたDVDが出てきた……しまったな、返すの忘れてた。

 

「あっ、津田君。DVDを学校に持ってきちゃダメだよ?」

 

「スミマセン。返そうと思ってたの忘れてて」

 

「これって今話題のヤツでしょ?」

 

 

七条先輩でも知ってるのか。

 

「如何だった?」

 

「良かったですよ。特に後半はティッシュが手放せませんでした」

 

「えぇ!?そんなにいやらしかったの?」

 

「そう言う意味じゃねぇよ!」

 

「溜まってるんじゃ無いの?」

 

「ハンカチ持ってない俺が悪かったです……」

 

 

この人相手にティッシュと言う単語もNGだったか……想像力豊かですね、皆さん……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、何故か会長が鬱入ってる感じがした……

 

「如何かしたんですか?」

 

「いや、畑に相談されている途中に眠くなってな。何言われたのか分からないまま返事をしてしまったのだ」

 

「いったい何を言われたんでしょうね……」

 

 

畑さんの事だから、きっと無茶な事だろうが、無茶の度合によっては此方で止めなくてはな。

 

「それにしても、今月も生徒会は忙しいですね」

 

 

カレンダーには無数にしるしがつけられている。

 

「それだけ生徒会が頼られてる証拠だ!」

 

「なるほど……あれ、このしるしは何です?」

 

 

6月の12日に何の行事か分からないしるしが付いている……他のとは違い、何でこれだけは花丸なんだろう……

 

「その日はねーシノちゃんの誕生日だよ~」

 

「なるほど……やりますか、誕生会?」

 

「べ、別に催促した訳じゃ無いぞ!本当だ!」

 

 

焦ってる時点で本音は丸分かりですが、此処は会長の言い分を信じてあげよう。それにしても誕生日か……何かプレゼントを考えないとな。




次回シノの誕生会……タカトシのプレゼントは何にしようかな


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誕生日パーティー

シノの誕生日回です


今日は6月の12日、天草会長の17回目の誕生日だ。

今日の放課後は生徒会室で誕生日パーティーを開催する予定だ……一応プレゼントは持ってきたが、異性にプレゼントなんて初めてだからな、これで良かったのだろうか?

 

「おはよ、津田」

 

「おはよう、萩村」

 

「アンタってでっかいから遠くからでもすぐ分かるわね」

 

「そう?」

 

「何食べたらそんなにデカくなるのよ?」

 

「う~ん、なんだろうね?」

 

 

特別何かをしてた訳でも無いのだが、順調に背は伸びている……別に萩村に対するあてつけじゃないからな!

 

「そう言えば萩村はプレゼント、何にした?」

 

「ちゃんとしたものよ」

 

「うん、それは分かってる」

 

「ならアンタは?」

 

「俺もちゃんとしてるよ」

 

「それは分かってるわよ」

 

「「……ハァ」」

 

 

もう1人の生徒会役員の顔を思い出し、萩村と同時にため息を吐いた……あの人もさすがにふざけないよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は何だかあっという間に授業が終わった気がする……時刻は既に放課後、つまり生徒会室で天草会長の誕生日パーティーが始まったのだ。ホワイトボートには色々と書かれているが、これと言って不審なモノは無い……さすがに七条先輩も自重したか。

 

「それじゃあシノちゃんの誕生日を祝して、乾杯!」

 

「乾杯!」

 

 

チン

 

「会長、おめでとうございます」

 

「ありがとう、津田」

 

 

チン

 

「ぐ、ぐぬぬ……」

 

「大丈夫か、萩村?」

 

「私に合わせてもらわなくって結構です」

 

 

……チン

萩村が精一杯背伸びして漸く全員と乾杯を済ませた会長……何故かグラスを見てうっとりしてる気が……

 

「シノちゃん?」

 

「なあアリア、連続で乾杯してみないか?」

 

「?」

 

 

そう言いながらグラスを軽くぶつける2人……

 

チン、チン

 

「おお!」

 

「これは!」

 

「「?」」

 

 

何かに感動してる2人だが、俺と萩村にはさっぱり分からない……そんなに感動する事なのだろうか?

 

「もう1回だ!」

 

「間髪入れずにいきましょう!」

 

 

チンチン

 

「「この音かー!!」」

 

 

何に感動してるのか分かってしまう自分が嫌だ……だがスルーと言う選択肢はこの場に存在しなかったのだ。

 

「さぁお待ちかねのプレゼントよ」

 

「会長、まずは私のから!」

 

「いえ、俺のからどうぞ!」

 

「お、おぅ……」

 

「あらあら、シノちゃんモテモテね」

 

「「(この人(金持ち)の後には出せねぇ……)」」

 

 

結局順番は萩村、俺、七条先輩の順になった……萩村の後もなんだか緊張するな。

 

「これは!」

 

「貯金箱?」

 

「これからは貯蓄ですからね」

 

「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

 

「次は津田君ね」

 

「えぇ、どうぞ」

 

「随分と小さいのね?」

 

「でも高さはあるわね」

 

「どれどれ……」

 

 

会長が包み紙を剥いでいく……何だか緊張するな。

 

「これは、アロマキャンドル?」

 

「津田君が買ったの?」

 

「ええ、まぁ……」

 

「随分とまともなものを買ったわね」

 

「だから言ったろ、ちゃんとしたものだって」

 

 

最初は妹に相談したのだが、ろくなアイディアが無かったので自力で決めた……やっぱりあの妹は1度徹底的に説教したほうが良いのかもしれない……

 

「ありがとう、早速家で焚くとしよう」

 

「それじゃあ最後は私……あっ、そうそう横島先生から預かってたんだった」

 

「え、あの人から……」

 

 

会長が嫌そうな顔をしている……おそらく俺と萩村も同じ顔をしてるのだろう。

 

「こ、これは!?」

 

「2穴タイプね!」

 

「「やっぱりか!」」

 

 

横島先生のプレゼントは案の定ろくなものでは無かった……だが会長が嬉しそうにしてるのは見間違えだろうか?……そうだと思いたい。

 

「それじゃあ私からのプレゼントね」

 

「デカイな」

 

 

大きな箱を開けて中身を取り出す会長……あれは、耳?

 

「おお!」

 

「練習がてら作ってみたんだ」

 

「これは芸術だな!」

 

「「?」」

 

 

全容が見えないので俺と萩村にはその感動が伝わってこない……耳からして熊だよな。

 

「熊だよね?」

 

「熊よね?」

 

 

萩村も熊が芸術だと評される理由が分からないようで俺と顔を見合わせる……すると会長がその箱の中身の全容を露わにした……縄?

 

「名づけて、緊縛熊!」

 

「待てアリア、小さいつを入れるのは如何だ?」

 

「緊縛ッ熊」

 

「ああ!読み方はきんばっくまだな!」

 

「あのリラ……」

 

「「言わせねぇからな!」」

 

 

あれ以上は色々危ない気がしたので全力で七条先輩の口を塞いだ。

 

「そう言えば津田の誕生日は何時だ?」

 

「来月ですが」

 

「「おめでとー」」

 

「はぁ……」

 

 

何だこのなげやりな感じは……

 

「萩村は何時だ?」

 

「4月に済みました」

 

「「おめでたー」」

 

「!?」

 

「それで過去形になると思うなよ」

 

 

手抜き感満載の祝辞に思わずツッコんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティーも終わりに差し掛かった時、外から雨音が聞こえてきた。

 

「あら、雨ね」

 

「困ったな、私は傘持ってきてないぞ」

 

「置き傘がありますよ」

 

「あっ、俺もありますね」

 

 

忘れてたが、こんな事もあるかと思って置いておいたんだった。

 

「それじゃあ入れてもらおうかな」

 

「じゃあ私は津田君と……」

 

「待て!私と津田の方が良いだろ」

 

「何で~?」

 

「ほ、方向が一緒だから」

 

「一理あるわね~」

 

「いや、七条先輩もどっちかと言えば方向一緒ですよね?」

 

「私だけ逆方向……」

 

 

結局七条先輩は迎えに来てもらうようで、萩村だけ1人で帰っていった。

 

「誰かに見られたら勘違いされそうですよね、会長人気ですし」

 

「そうだな……」

 

 

所謂相合傘だからな……

 

「畑さん、これは違いますからね?」

 

「ギクッ!」

 

「やはり居たか……」

 

 

雨合羽を着て尾行していた畑さんに釘を刺して会長と一緒に帰る……あの人の事だから絶対に誤解した上に脚色するからな、先に注意しておかないと面倒な事態になりかねないから。

 

「私はこっちだ」

 

「俺はこっちです」

 

「じゃあ此処までで良い。すまなかったな」

 

 

分かれ道で会長が傘を差し出してくる。元々俺のだから遠慮してるのだろう。

 

「その傘は会長が使ってください」

 

「だが……」

 

「せっかくの主役を濡らして帰す訳にはいきませんから」

 

「濡らす!?」

 

「雨で、ですからね」

 

 

盛大な誤解をしてそうだったのでとりあえず言っておく。

 

「それに、俺は大丈夫ですから」

 

「そうか、ならこの傘は明日返そう」

 

「では」

 

 

そう言って駆け出した……駆け出したのだが、信号が青から赤に変わってしまった……

 

「……変わるまで入ってるか?」

 

「うん……ハクション!」

 

 

あれ、何だか寒気がするぞ?




ボツネタ

「ほ、方向が一緒だから」

「あっ、俺折りたたみもあるので使ってください」

「「………」」



これだとシノフラグが建たないのでボツに……用意周到も必ずしも善しでは無いと言うことですね。


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お見舞い 前編

1話に収まらなかった……


昨日の会長の誕生日パーティー、楽しかったけど相変わらずのツッコミ所満載の所為で、最近疲れてるんだよな……でも今日も校門で服装チェックがあるし、そろそろ起きないと間に合わないな……

 

「タカ兄ぃ、今日も生徒会の仕事あるって言ってたよね。そろそろ起きないと」

 

「あぁ……」

 

「タカ兄ぃ?」

 

 

あれ?何か世界が回ってるような……

 

「ハァハァ……」

 

「タカ兄ぃ、何興奮してるの?」

 

「ちげぇよ!……あっ」

 

 

これは駄目だな……今ツッコんだ所為で完全に熱が身体中に回った。立とうとしたが足に力が入らずにその場に倒れこむ。

 

「えっ、タカ兄ぃ?」

 

「ゴメン……風邪引いたっぽい」

 

「大変!すぐにベッドに入って!」

 

「おぅ……」

 

「それから氷枕持ってくる!」

 

 

朝から騒がしい妹だな……まぁ、それだけ心配してくれてるって事だよな……とりあえず萩村と柳本にメールしておこう……生徒会の仕事出来ないのと、学校行けないのとでメール送る相手が違うのも、何だか面倒な話だがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遅い……普段ならとっくに来てる時間なのに。津田のヤツ、今日に限って遅刻かしら……

 

「萩村、さっきから携帯なってるぞ」

 

「えっ?」

 

「メール?」

 

「電話ですね」

 

 

イライラしてて気付けなかった……津田のヤツ、来たらただじゃおかないんだから!

 

「もしもし?」

 

「あっ、萩村……俺」

 

「津田?」

 

 

声に力が無いけど、この声は間違いなく津田の声ね……何かあったのかしら。

 

「メールしたけど返信無かったから一応電話したんだけど……」

 

「メール?」

 

 

言われて確認したら、確かにメールが届いていた……これもイライラしてて気付けなかったわね……

 

「俺、風邪引いたっぽいから今日行けないって連絡したんだ……」

 

「風邪?それで、大丈夫なの?」

 

「38.9℃、多分明日も駄目……」

 

「分かったわ。会長と七条先輩には言っておくから、ゆっくり休みなさい」

 

「うんありがとう……」

 

「お大事にね」

 

 

電話を切って会長と七条先輩に伝える。

 

「津田が熱出して今日明日は無理だそうです」

 

「何!?」

 

「津田君が!?」

 

「そんな!?」

 

 

……あれ?今、1人多かった気が……

 

「おや~津田君が熱を出して何故風紀委員長が驚くんですかね~?」

 

「五十嵐!?」

 

「それに、畑さんも」

 

「や!」

 

 

五十嵐先輩は兎も角、何で畑さんがこんな時間に……またある事無い事探してるのかしら。

 

「それで~、何故風紀委員長が津田君が風邪引いたってだけでそんなに驚くのか、お話聞かせてもらえませんかね~」

 

「それは……」

 

「それは~?」

 

「せっかく仕事を覚えてもらったのに、居ないんじゃ無駄骨だったなって……」

 

「はい、ダウト!」

 

「ヒッ!」

 

「風紀委員長が嘘吐いて良いんですか~?」

 

「う、うぅ……」

 

 

畑さん、ここぞとばかりに攻撃的ね……スクープの匂いでも嗅ぎつけたのかしら。

 

「なら皆で津田君のお見舞いに行きましょう」

 

「お見舞い?」

 

「えぇ!」

 

「そっか……お見舞いか!」

 

「それって私も?」

 

 

津田を家に招いた事はあるけど、津田の家に行くなんて思ってもみなかったわね……

 

「もちろんカエデちゃんもよ?」

 

「わ、私も!?」

 

「シャッターチャンスはお任せあれ!」

 

「何も無いわよ!」

 

「おや~?風紀委員長は何を思い浮かべたのですかね~?」

 

「正直に言った方が良いぞ~」

 

「さぁ、カエデちゃん!」

 

「「「さぁ!!」」」

 

「ヒィ!何か増えてる!!」

 

「………」

 

 

津田、アンタが熱出した理由が分かったわ……これじゃあ疲労も溜まるわよね……

 

「そ、そんな事よりも、放課後に津田君の家に行くって言っても、誰も場所知らないんじゃないですか?」

 

「それなら大丈夫だ!」

 

「会長?」

 

「畑が追跡して津田の家の場所はバッチリだからな!」

 

「……追跡?」

 

「おホホホホホホ」

 

 

畑さん、何で津田を尾行したんですか……

 

「それじゃあ、放課後は津田君のお見舞いね」

 

「途中でお見舞いの品を各自購入しよう」

 

「そうね」

 

「そうですね」

 

 

会長と七条先輩と畑さんの見舞いの品って何だか心配だけど、そこまではしないわよね……さすがに場をわきまえるくらいの常識は持ってると信じますからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だか下が騒がしい……この声はコトミと……えぇ!?

 

「何でこんなに大勢で!?」

 

 

聞き間違いじゃなきゃ5人来たって事だよな……お見舞いにしては大げさってか随分と大勢で来てくれたな……嬉しいようなちょっと不安なような。

 

「タカ兄ぃ、起きてる~?」

 

「あぁ」

 

「お見舞いだよ~。しかも美人さんが!」

 

「からかうなよ」

 

 

コトミがドアを開けて、想像通りの5人が部屋に入ってきた……会長たちは兎も角、何で五十嵐さんと畑さんが?

 

「津田、大丈夫か?」

 

「本当は私の主治医を連れてこようとしたんだけど……」

 

「さすがに大げさです!」

 

「……それ、私も言ったわ」

 

「そうなの。スズちゃんに止められちゃったの」

 

 

萩村、ナイス!七条先輩はやっぱり世間からズレてるな……普通の高校生が風邪引いただけで主治医なんて呼ばないでくださいよ……しかも七条先輩の主治医って事は相当な腕の持ち主だと想像出来るし……恐れ多くて頼めませんよ。

 

「わ、私は来る予定じゃ無かったんだけど……」

 

「そんな事言って、一番真剣にお見舞いの品を選んでたくせに~」

 

「畑さん!?」

 

「私が見てないと思ったんですか~?」

 

「こ、この人は……」

 

 

五十嵐さんの気持ちが良く分かる……畑さんは他人の迷惑をまったく考えませんからね。

 

「ゆっくりしていってくださいね」

 

「そうですね、もてなせませんが、せめてゆっくりしていってください」

 

「あっ!」

 

 

コトミが大きな声を上げて口を押さえる……何かあったのか?

 

「ゆっくりって言っても……兄が遅○って訳じゃ無いですからね!?」

 

「……これがアンタの妹なの?」

 

「……恥ずかしながら」

 

 

コトミの発言を聞いて、会長と七条先輩は何故か喜び、畑さんはメモを取り、萩村に同情され五十嵐さんは気絶した……本当に残念なんだよ、俺の妹は。




なるべく早く次を投稿するつもりです。


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お見舞い 中編

久しぶりの連日投稿!また終わらなかった……


熱を出して学校を休んだ。そうしたら放課後にお見舞いに来てくれた……5人も。

 

「妹の言ってた事は気にせず、ゆっくりしていってください」

 

「何だ、違うのか」

 

「アンタはもっとしっかりした方が良い……」

 

 

生徒会長なんだから、もう少し生徒の見本になってもらいたいぞ……まぁ、生徒の前ではちゃんとした生徒会長の姿だから、誰に言っても信じてもらえないんだがな、こっちの姿は。

 

「五十嵐先輩、大丈夫ですか?」

 

「……ハッ!」

 

「あ、起きた」

 

 

コトミの発言で気を失っていた五十嵐さんだったが、萩村が呼びかけた事によって現実に戻ってきた。

 

「津田君はその……遅いの?」

 

「何がです?」

 

「だからその……イクのが///」

 

「貴女もそっち側の人間なんですか!?」

 

「ち、違うわよ!」

 

 

本当だろうか……男性恐怖症なのは間違い無いようだが、この人の中身は会長たちと肩を並べるくらいの思春期じゃないだろうか。

 

「今の発言……当然記事にします。風紀委員長が副会長に遅○か如何か聞く……っと」

 

「アンタは少し黙ってろ!」

 

「いや~ん、襲われる~」

 

「襲わねぇよ!……あっ」

 

 

ツッコミを連発した所為で再び全身に熱が回る……

 

「ほら津田君、ちゃんと寝てなきゃ駄目だぞ~?」

 

「スミマセン……」

 

「ほら、しっかり布団掛けて」

 

「すまない……」

 

 

七条先輩に倒され、萩村に布団を掛けてもらう……非常にドキドキするが、非常に情けないぞ、俺……

 

「畑さんもあんまり病人をからかったら駄目だよ?」

 

「会長も五十嵐先輩もですよ」

 

「「は~い」」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

七条先輩と萩村に注意され、会長と畑さんは反省してるのか如何か分からない返事をして、五十嵐さんは本気でへこんでいる……ちょっと可哀想だな。

 

「おっ、メールだ」

 

「シノちゃん、私たち以外からメール来るんだ」

 

「人を悲しい女子高生だと決め付けるな!」

 

「それで、誰からなんですか?」

 

「どれどれ……おお!ウオミーだ」

 

「「ウオミー?」」

 

「って誰?」

 

 

聞いた事無い名前だ……親しげな呼び方をしてるけど、違う学校の友達かな?

 

「この前本屋で似た趣味をした人を見つけてな、ついアドレス交換をしてしまった」

 

「あら、このアドレス素敵ですね~」

 

「ほんとだ~」

 

「アドレス?」

 

「どれどれ……」

 

 

萩村と一緒に会長の携帯を覗き込む……五十嵐さんも興味があるようで反対側から見ている、え~っとなになに……

 

『69de1919@……』

 

「ろくじゅうきゅうでせんきゅうひゃくじゅうきゅう?」

 

「意味が分かりませんね……」

 

「……!」

 

「おっと、此処で差が出たな」

 

「カエデちゃんは耳年増ね」

 

「風紀委員長はエロいっと」

 

 

五十嵐さんの反応を見て会長たちが喜んでいる……五十嵐さんはあのアドレスの意味が分かったのだろうか。

 

「津田君とスズちゃんは分からないみたいね~」

 

「修行が足りないぞ、2人とも!」

 

「「はぁ、スミマセン……」」

 

「タカ兄ぃ、お茶持ってきたよ~」

 

「ありがとう」

 

 

コトミがお盆に乗せて人数分のお茶を持ってきた……こいつも気が使えるようになったんだな。

 

「それで、何の話をしてたんですか?」

 

「このアドレスの話だ」

 

「ふむふむ……このアドレスの持ち主はかなりやりますね!」

 

「おお!」

 

「分かるんだ~!」

 

「逸材ですね!」

 

「「?」」

 

 

コトミはあのアドレスの意味が分かったらしい……何で俺と萩村は分からないんだろう?

 

「シックスナインでイクイクなんて、ストレートながら素敵なアドレスですね」

 

「エロいわよね~!」

 

「ああ、エロいな!」

 

「エロエロですね~!」

 

「「そう言う意味か!!」」

 

 

意味が分かったが、分からない方が良かったな……あれ、でも五十嵐先輩が分かったって事は、やっぱりこの人も会長側!?

 

「そうだタカ兄ぃ」

 

「何だ?」

 

「これお見舞い」

 

「お見舞い?」

 

 

コトミも気にしてくれてたのか……早く治して安心させなければ!

 

「私たちからもあるぞ!」

 

「はいこれ」

 

「では私からも~」

 

「スミマセン……」

 

 

会長、七条先輩、畑さんから立て続けに貰ったお見舞いの品……コトミのもあわせて、何で4人とも角ばったものなのだろう……

 

「えっと……これは?」

 

「「「「疲れるとアレなんでしょ?ア・レ!」」」」

 

「……アンタらもっとしっかりした方が良いぞ」

 

「「「「?」」」」

 

 

4人のお見舞いの品は所謂エロ本……なんてもの持ってきてるんだコイツらは。

 

「淫猥~!」

 

「おや~?風紀委員長は中身を見たんですか~?」

 

「やっぱり五十嵐はエロだな!」

 

「カエデちゃんもこっちの世界の住人なのね!」

 

「ち、違っ!」

 

「「………」」

 

 

焦ってる五十嵐さんを、俺と萩村は生暖かい目で見つめる……しっかりとしてる人だと思ってたのに、実態度は会長たちとさほど差が無いとはな……

 

「津田、私からはこれ」

 

「栄養ドリンクか」

 

「それ飲んで早く治しなさいね。そうじゃないと今度は私が……」

 

「うん、なるべく早く復帰するよ……」

 

「栄養剤なら私たちも買ったぞ!」

 

「へぇ……」

 

 

会長たちに渡されたのは、マカ、すっぽんエキス、高麗人参など精力剤だった……何処で買ってきたんだか……

 

「それじゃあ、私からはこれ……」

 

「これは?」

 

 

また角ばった紙袋を渡された……まさか五十嵐さんもおかしな本を持ってきたんじゃないだろうな……

 

「あっ、普通の小説だ」

 

「当たり前です!私はあの人たちと違うんだから!!」

 

「……そんなに強調されると逆に疑っちゃいますよ」

 

「信じてよ!」

 

「まぁ、五十嵐さんはあそこの4人とは違ってまともなものを持ってきてくれましたし」

 

「じゃあ!」

 

「信じますよ……一応は」

 

 

五十嵐さんが持ってきたのは普通の推理小説、ここら辺はあの4人と違ってちゃんと分別がつけられるらしい……

 

「一応って何よ!?」

 

 

だって五十嵐さんはあのアドレスの意味がすぐに分かったんですもん……完全には信じられませんよ……




名前だけですが、ウオミー登場!アドレスはテキトーです


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お見舞い 後編

しれっと20話突破してました


五十嵐先輩が変態か如何かはさておき、お見舞いに来てもらったからには早く治さないとな。

 

「津田、無理はしないでと言いたいけど、なるべく早く復帰してよね」

 

「何だ、萩村は津田が居ないと寂しいのか?」

 

「ち、違いますよ!」

 

「そうなんだ~、私は津田君が居ないと寂しいけどな~」

 

 

そう言って七条先輩は俺にしな垂れかかって来る……豊満な胸が俺の腕に押しつぶされ形を変えていく……この人はワザとこんな事をしてるのだろうか、それとも天然?

 

「アリア、津田に襲い掛かろうとするな!」

 

「七条先輩、男にそんな事したら襲われちゃいますよ!」

 

「七条さん、そんな事して津田君を誘惑しちゃ駄目です!」

 

「……流れ的に私も何か言った方が良いのでしょうか?」

 

 

俺に聞くな……あの畑さんですら動揺するなんてな。やっぱり五十嵐さんは少なからず俺に好意を持ってくれてるようだ。嬉しいけど、変態的な好意ならノーサンキューだ!

 

「あらあら~?シノちゃんもカエデちゃんもスズちゃんも、何でそんなに必死になってるのかな~?」

 

「それは……」

 

「なんて言うか……」

 

「つまり……」

 

 

何故誰も即答しない……これじゃあ本命の彼女が居るのに遊び呆けている彼氏みたいじゃ無いか。

 

「タカ兄ぃ、ご飯如何するの~って……」

 

「コトミ、ご飯は別にいらないよ」

 

「………」

 

「コトミ?」

 

 

何だか硬直してしまっている妹の目の前で手を振る……やはり反応は無いようだ。って!

 

「人の妹の下着の写真なんて撮って如何するつもりですか?」

 

「い、いや~お金になるかと……」

 

「アンタとはじっくり話し合う必要がありそうですね、畑さん」

 

 

やはりこの人は油断ならない……

 

「お~いコトミ、いい加減現実に戻って来いって」

 

「……ハッ!」

 

「何で硬直なんてしてたんだ?」

 

 

確かに七条先輩が腕に絡みついてたが、それだけで硬直するような柔な精神の持ち主では無いはずなのだが……それが本意か如何か聞かれれば、間違い無く不本意だと答えるだろうがな。

 

「だってタカ兄ぃが誰かに取られちゃうと思ったら目の前が真っ暗に……」

 

「……はい?」

 

 

何でコトミが俺に彼女が出来たからって目の前が真っ暗になるんだ?……そして彼女なんて出来てないし取られるって表現は正確では無いと思う。だって俺はコトミのものでは無いのだから。

 

「私は、タカ兄ぃでオ○ニーする変態だよ!?」

 

「……そんな赤裸々に語られても反応に困るんだが」

 

「つまり実の兄で興奮する……」

 

「いや、それはもう言わなくて良い」

 

 

聞きたくも無い……

 

「つまりコトミちゃんは私に津田君を取られたと思ったのね?」

 

「違うんですか?」

 

「今はまだ違うかな~」

 

「アリア、我が学園の校則を忘れたのか!」

 

「そうですよ、七条さん!」

 

「校内恋愛禁止ですよ、七条先輩!」

 

 

それに何でこんなにも必死なんだ、この3人……いや、何となくは分かるのだが、それを簡単に信じられるほど、俺は自惚れて無いし自分に自信がある訳でも無い。

 

「ふむふむ、これはスクープですね」

 

「もちろん取材した内容は全て没収のうえ、新聞を発行しようものなら新聞部ごと潰してやりますよ?」

 

「い、嫌ですね~、そんな事する訳無いじゃないですか~……おホホホホホホ」

 

「ですよね~そんな事しませんよね~?」

 

「そうですよ~」

 

 

俺が作れる最高の笑顔で畑さんに詰め寄った。何時ものようにふざける余裕も無いくらい、畑さんは俺に恐怖してくれたようだ。

 

「とりあえず七条先輩」

 

「ん、な~に?」

 

「何時までもしがみついてると会長たちが怒ってしまうので離れてください」

 

「津田君は離れても良いの?」

 

「別に構いませんが」

 

「う~ん、津田君の息子も反応してないようだし……」

 

「その発言はお嬢様として如何なんだ……」

 

「七条先輩だもの……」

 

「そうだな……」

 

 

俺のつぶやきを萩村が拾ってくれた……同じツッコミポジションとして同情してくれたのだろう。

 

「シノちゃんたちの気持ちも分かったから、今日は離れてあげる」

 

「風邪がうつったら大変ですし、早急に離れてください!」

 

「そうだぞアリア、迅速に離れろ!」

 

「津田君から速やかに離れてください!」

 

「……3人共、言ってる事は同じなのに、言葉を変える辺り天才なのでしょうね」

 

 

他の人と同じ表現を、同じ言葉を使いたく無かったのだろうな……3人とも妙に意地っ張りで我が強いっぽいしな。

 

「タカ兄ぃの風邪は私が余す事無く頂きますから!」

 

「「「黙れ変態妹!」」」

 

「あらあら~」

 

「津田副会長は近親○姦がお好きっと……」

 

「アンタも懲りないな……」

 

 

畑さんのメモ帳を奪い、睨みを利かせる……変態共の相手をすると風邪が悪化すると考えて、この場では放置する事にした。もちろん後で退散願うのだが。

 

「てか萩村、お前も会長たちに毒されてないか?」

 

「……認めたく無かったのに!」

 

「ゴメン……」

 

 

毒されてる事を自覚しながらも、認めたく無かったようだった……余計な事を言ってしまったので素直に謝った。

 

「津田が謝る事じゃ無いけど……」

 

「あら~スズちゃんがデレたわ~」

 

「萩村がデレただと!?」

 

「デレた?」

 

「会計の萩村さん、津田副会長にデレる」

 

「タカ兄ぃ、ツンデレさんをデレさせるなんて、何時の間にそんな技術を!?」

 

 

こいつら、俺を見舞う気があったのだろうか……此処に来るまでは確かにあったのだろうが、終始こんな感じじゃ、治るものも治らないと思うのだが……

 

「津田、何だ急にプルプルと震えだして」

 

「おしっこ漏れそうなの?」

 

「それとも大きい方?」

 

「タカ兄ぃの聖水なら私飲む!」

 

「放水の瞬間はお任せあれ!」

 

「……津田ー耳塞いでるから私に構わないで良いわよ」

 

 

萩村だけが俺の気持ちを理解してくれたようだった……では、許可も貰ったことだし遠慮無く……

 

「とっとと出てけー!!」

 

 

もちろんこの叫びが原因で、再びベッドに倒れこむ事になったのだが、変態共を退散出来たので善しとしたのだった。




お見舞いの話はこれで終了。完全に何本かはフラグが建ちましたね


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復活の天才ツッコミ

津田が回復しました~


風邪も治り、今日からまた生徒会の仕事に復帰。ついでに授業にも復帰するのだが……それにしても元女子高だけあって女子の格好が凄いな……あの人、ブラジャーが透けてるのに気付いて無いのか?

 

「「「おおぅ!」」」

 

「………」

 

 

男子たちが興奮して声を上げている……あの中に自分が居なかったのが嬉しいのか?

 

「津田」

 

「はい?」

 

「何処を見ている」

 

 

一緒に作業してた会長にあらぬ誤解を抱かれてしまった……別に俺はじっくりと見てた訳では無いんですが。

 

「そうか、津田はショートカットが好みか」

 

「はい?」

 

 

何故そんな話になったんだ?

 

「確かにショートカットだとブラ透け見放題だからな!」

 

「何言ってるの?」

 

「それとも、津田はブラでは無くおっぱいに目が行っていたのか!」

 

「誤解ですよ……まぁ、ちょっとは見ましたが」

 

 

俺だって男の子だからな……ついつい目が行ってしまう事だってあるのだ。

 

「やっぱり胸か!胸なんだな!?」

 

「だから何の話ですか~!」

 

 

桜才学園生徒会会長、天草シノは今日も通常運転だった……いや、他の人から見れば異常なのかもしれないがこれが会長の通常なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室に向かっていると、部屋の前に誰かが立っていた……あれは七条先輩?

 

「先輩、如何したんですかドアの前に突っ立って」

 

「あっそうか!」

 

「何です?」

 

「学校は自動ドアじゃないんだったね」

 

「アンタ今までよく学園生活を送れてたな……」

 

 

今更だがこの人はもの凄いお嬢様なのだ。この前も階段をエスカレーターと勘違いしてたり、無事に学園生活を送れてるのが不思議でならないのだが……

 

「七条先輩って、家でもそうなんですか?」

 

「そうって?」

 

「家でも天然をかましてるのかな~って」

 

「津田君!」

 

「は、はい」

 

 

しまった、怒らせちゃっただろうか……

 

「津田君は天然萌えじゃ無いの!?」

 

「……は?」

 

「違うならアピール方法を変えなきゃ」

 

「アピールだったのか……」

 

 

なにやらおかしな事を言っていた気もしたが、とりあえずはスルーしておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業中、隣の席で柳本が寝ている……てか、さっきあれだけ盛り上がってたのにもうエネルギー切れかよ。

 

「………」

 

「先生?」

 

 

横島先生が教科書を筒状にして柳本に向けた……あれで叩くのだろうか?

 

「あっ、そこ、だめぇ~」

 

「……何してるんですか?」

 

「いや、夢○するかなと思って……うん、もう少しね」

 

 

筒状にした教科書を柳本の耳元に向け、おかしな発言を繰り返す横島先生……この人、よく教員採用試験に受かったよな……

 

「おぅ!」

 

「おっ、逝ったな」

 

「サイテーだこの人……」

 

 

柳本を逝かせた横島先生は、ズボンのチャックを下ろそうとしていた……って、それは駄目だろ!

 

「何してるんですか、アンタは!」

 

「だって、このままじゃ気持ち悪いだろ?」

 

「知りませんよ……」

 

「だからスッキリさせてやろうかと思ってな」

 

「他の女子たちの事を考えてください……」

 

「よし、今から保健体育の授業だ!」

 

「黙れ、この変態!」

 

「ぐぼゎ!」

 

 

横島先生に鉄拳制裁を加え、柳本を起こす。

 

「おい柳本、起きろ」

 

「うぁ?」

 

「授業中だぞ」

 

「あぁ悪い……って何か下半身が気持ち悪い」

 

「トイレ行ってこい」

 

 

顔を赤くしてる女子もいたので、なるべく言葉を選んで柳本を退場させた……次は変態教師を起こして授業を再開してもらおう。

 

「横島先生、授業を再開してください」

 

「むにゃむにゃ……もっと叩いてください」

 

「……自習!」

 

 

俺に何の権限も無いが、この人は放っておいた方が良いと判断した。女子たちからはお礼を言われ、寝たふりしてた男子からは冷たい視線を向けられた……そんなに変態に捕食されたかったのか、ウチのクラスの男子共は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休み時間、私はのんびりと過ごしていた。

 

「ねぇスズちゃん」

 

「何?」

 

 

津田のクラスメイトの三葉ムツミが話しかけてきた。

 

「スズちゃんってすっごく頭良いんでしょ?」

 

「まぁ」

 

「じゃあ、1289451+3293876は?」

 

「4583327」

 

「………」

 

「分からないならやるな!」

 

 

この後、薔薇を漢字で書けと言われ、ワザと間違えて書いたのにも気付かなかった……試すならちゃんと準備してから試せば良いものを……津田ならもっと上手くやるはずよ。あれ、私何で津田の事を考えてるんだろう……まさか、いやそんな訳無いわよね。

 

「スズちゃん?」

 

「ムツミ、アンタもっと勉強した方が良いわよ」

 

「あぅ……だって嫌いなんだもん」

 

「私ほどとは言わないから、せめて平均点くらいは取れるようにしなさいよ」

 

「頑張ってみるよ……」

 

 

自分の考えを否定するために、ムツミをからかってその考えを頭の中から追いやった……だって私が津田をなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、生徒会室で作業してたら津田君が立ち上がった。

 

「スミマセン、ちょっとトイレ……」

 

「あぁ」

 

 

シノちゃんに断りを入れて津田君が生徒会室から出て行った。

 

「津田のヤツ、如何かしたのか?」

 

「お腹が痛かったんじゃないの?」

 

 

だってお腹の辺りに手を置いてたし……

 

「果してそう言いきれるかな?」

 

「ん~?」

 

 

シノちゃんは立ち上がってこう宣言した。

 

「巨○だったら、あの位置に手があってもおかしくはない!」

 

「まぁ、溜まってたのね!」

 

 

それなら言ってくれれば私が……

 

「ありえないでしょ」

 

 

スズちゃんの冷静なツッコミで私は現実に戻ってこれた。そうよね、津田君があんなに巨○だったら、私が耐えられないものね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急に皆生徒会室から居なくなってしまった……そう言えば来週から水泳の授業だったな。

 

「如何やったら胸が大きくなるのだろう……」

 

 

聞いた話では揉めば大きくなると言ってたな……やってみるか。

 

「おぉ、これは……」

 

 

自分で揉んでも気持ち良いのだな。

 

「スミマセン、戻りまし……」

 

「いや、これはその……」

 

 

生徒会室に戻ってきた津田が固まってしまった……何か良い言い訳は無いものだろうか。

 

「欲求不満なだけだ!」

 

「その言い訳、駄目じゃねぇ?」

 

 

言葉のチョイスを間違えて、更に気まずくなってしまった……津田は黙ってドアを閉め、見なかった事にしてくれたようだった……明日、津田になんて言い訳しよう。




次回水泳の授業、カエデも出るかも?


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プール開き!

五十嵐さんが活躍します……多分


桜才学園生徒会室、そこは学園でも限られたものしか入れない場所……では無く、用があれば誰でも入れるのだ。

 

「あの、『アレ』はなんですか?」

 

「明日はプール開きだろ」

 

「はぁ」

 

「最近めっきり暑くなってきたから丁度良い」

 

「ですね」

 

「だが降水確率は40%だ」

 

「楽しみなんですね、水泳」

 

「いや、皆がな」

 

 

窓際のてるてる坊主は会長が作ったものだった……犯人が内部に居るのは何となく分かっていたが、あえて外部犯の可能性も感じさせたのに……

 

「失礼します」

 

「畑さん」

 

 

外部犯だった場合、もっとも怪しかった人が生徒会室に現れた。この人は何で何時もぬるっと現れるのだろうか?

 

「明日の水泳の授業で会長の撮影を行いますので、その後報告に。授業ウチのクラスと合同ですから」

 

「何!?」

 

「会長?」

 

「この間約束したでしょ。まさか会長に二言は無いですよね」

 

 

それだけ言って畑さんは帰っていった……何がしたいんだあの人は。

 

「この間畑に言われたのはあれだったのか」

 

 

そう言って会長は窓際に移動した……てるてる坊主を逆さまにして雨を祈っている。さっきまであんなに楽しそうにしてたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、降水確率40%だったが思いっきり晴れた。つまりプール開きは何の問題も無く行われる事になったのだ。

 

「晴れてよかったね~」

 

「そうだな……」

 

「ん?」

 

 

アリアが楽しそうに話しかけてくるが、今の私にはそれに付き合う余裕が無い……

 

「シノちゃん、如何かした?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

 

まさか畑が写真を狙ってるとは言い出せないし……

 

「会長」

 

「畑!?」

 

「では早速撮影を始めたいと思います」

 

「あ、あぁ……」

 

「緊張しなくてもほしいのは普通の授業風景ですから」

 

「そ、そうか……」

 

 

自分のスタイルを気にしてたのに、授業風景がほしいのなら最初からそう言ってくれれば良かったじゃないか!

 

「じゃあ最初は、男子生徒に視○されて身体が火照るシーンから」

 

「それって一般的なのか?」

 

「そんな訳無いでしょうが!」

 

「あら、五十嵐さん」

 

 

そう言えばコイツも畑と同じクラスだったな……

 

「それじゃあ風紀委員長も一緒に」

 

「私も?」

 

「会長と七条さんと風紀委員長のスリーショット……これは高く売れる!」

 

「没収します!」

 

 

畑の目論見を聞いてカメラを没収する五十嵐……しかし何でみんな私より胸が大きいんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと窓の外を覗くと、会長がプールの飛び込み台の上に立っていた。

 

「大丈夫かな……」

 

「会長さんって泳げないの?」

 

 

同じように窓の外を見ていた三葉が俺のつぶやきに反応した。

 

「いや、高いところ苦手なんだよ」

 

「確かにあそこって意外と高く感じるよね」

 

「あっ、震えてる」

 

 

その横では五十嵐さんが普通に飛び込み泳ぎ始めた。あの人も普通に運動神経良いんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び込むのに苦労してたシノちゃんだったけど、私との競争ではそんな事を感じさせない泳ぎで勝利を収めた。

 

「負けちゃった~、シノちゃんには勝てないな~」

 

「そんな事無いさ。私にだって勝てないものはある」

 

 

それってなんだろう……シノちゃんは成績優秀だし運動神経抜群、礼儀作法も完璧にこなせる人なんだから、そのシノちゃんが勝てない相手って誰だろう。

 

「夕べもカミソリに負けたし……」

 

「あらー」

 

 

あれはヒリヒリするのよね~。

 

「でもシノちゃん」

 

「何だ?」

 

「あえてその痛みを楽しむのよ!」

 

「なるほど!」

 

 

如何やら津田君はSっぽいし、痛みに普段から慣れていればすぐに快楽に変わるでしょうからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリアとプールサイドで雑談をしながら休憩をしていた。その間ずっと目に付いていたが、如何やったらアリアのように胸に栄養が行くのだろか……

 

「シノちゃん、そろそろ泳ごっか?」

 

「そうだな……」

 

 

立ち上がると音がしそうなほど揺れるアリアの胸……私なんか揺れるほど無いしな……って誰が貧乳だ!

 

「会長、如何かしましたか?」

 

「五十嵐か……いや、何でも無い」

 

「はぁ……」

 

 

そう言えばコイツも結構胸が大きいではないか……私って同い年の子から見ても発育が遅いのか……ん?

 

「会長?」

 

 

さっきまで座っていた場所を見れば、私とアリアのお尻の跡が出来ている……何故お尻は私の方が大きいのだろうか?

 

「会長ってばやっぱり何かあったんですか?」

 

「五十嵐」

 

「はい?」

 

「如何やったら胸は大きくなるんだ!」

 

「知りませんよそんな事!」

 

 

五十嵐は秘訣など無くとも大きくなったと言う事なのか……それなら私はいったい如何やれば良いのだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、プールではしゃぎすぎたのか会長と七条先輩は何時ものような騒ぎはしていない。水泳って全身運動だからな、疲れるんだよ……

 

「お疲れ様です、会長」

 

「本当に疲れたー」

 

「だね~」

 

「そうそう、男子の写真もほしいから、明日貴方の授業にもお邪魔するわね」

 

「え、俺も!?」

 

「ちなみに横島先生のリクエストだから」

 

「はぁ……」

 

 

またあの教師は……

 

「でも何で俺なんですか?」

 

「何でって?」

 

「だって他にも男子は居ますが」

 

「モブなんて撮っても面白く無いし……」

 

「モブ?」

 

 

何の事だろう……

 

「あの、私は?」

 

 

萩村が畑さんに尋ねる……萩村も撮ってほしいのだろうか。

 

「貴女は大丈夫」

 

「何故です?」

 

「最近世間の風当たりが強いから……」

 

「んな!?」

 

 

萩村が絶句して気絶した……そこまでショックを受ける事なのだろうか。

 

「津田君には報酬の先渡しをしとくわね」

 

「報酬?」

 

 

そんなものもらうつもりは無いんだが……

 

「はいこれ」

 

 

そう言われて手渡されたのは1枚の写真、何だこれ?

 

「会長と七条さんと風紀委員長の胸のアップ写真よ」

 

「いらねぇよ!」

 

「マニアの間では高値が付くのに~」

 

「アンタ、また商売してるんじゃ無いだろうな」

 

「じゃ!」

 

「待て!」

 

「失礼しま……キャ!」

 

 

逃げ出そうとした畑さんと、入ってこようとした五十嵐さんがぶつかった。

 

「丁度良かった」

 

「つ、津田君!?」

 

「今から畑さんを説教するんですが、五十嵐さんもご一緒に如何です?」

 

「何で私も?」

 

「原因がこれだからです」

 

 

五十嵐さんに例の写真を渡す。

 

「なるほど、それじゃあご一緒させてもらいますね」

 

「うわ~ん、結構頑張って撮ったのに~」

 

 

泣き言を言ってる畑さんを左右から取り押さえ、生徒会室につれていく。疲労困憊の2人と気を失っている萩村の横で、畑さんを説教した。




アニメで見たけど、五十嵐さんはエロい感じがしました(身体付きが)


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津田の実力

プール開き、津田編です


さっきの写真は全部没収して処分は五十嵐さんに任せた。何時焼き増ししたのか分からないが、畑さんはあの写真を50枚は持っていた……新聞部の部室に調査を入れた方が良いのだろうか?

 

「まったく畑さんには困ります……」

 

「アンタも大変ね~」

 

「萩村だって他人事みたいに言ってるけど、被害を被ってるんだろ?」

 

「どうせ私の体型は倫理に反するからね」

 

「何時まで自虐ってるんだよ……」

 

 

明日の水泳の授業に畑さんが来ると言っていたが、萩村はまぁ色々問題があって撮られないのだ。その事を自虐って落ち込んでいるのだ。

 

「体育合同なんだから、しれっと入り込めば良いだろ?」

 

「そうか、その手があったわね!」

 

「……言わなければ良かったか?」

 

 

何だかもの凄い地雷臭がした気がしたんだが、きっと気のせいだよな。

 

「そう言えば津田君は泳げるの?」

 

「ええまぁ、人並みには泳げるつもりですが」

 

「ちなみにどれくらい?」

 

「そうですね……400は軽く」

 

「それって凄いよ~」

 

「そんなものですか?」

 

 

別に大した事では無いと思うんだけど……

 

「津田って結構ズレてるわよね」

 

「えっ、そうかな?」

 

「良い意味でだけどな!」

 

「確かに~」

 

「えっ?……えっ?」

 

 

会長や七条先輩にもズレていると言われた……俺はズレているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日生徒会室でズレていると言われたので、柳本にも確認してみた。

 

「なぁ柳本、お前ってどれくらい泳げる?」

 

「そうだな……50くらいかな」

 

「それって普通なのか?」

 

「水泳を真剣にやってない人間には普通だろ」

 

「そうなんだ……」

 

 

やっぱり俺はズレてるのか……

 

「何々~何の話~」

 

「三葉はどれくらい泳げる?」

 

「私は100くらいかな~」

 

「やっぱ三葉はスゲェな」

 

「そうかな~?」

 

 

あの三葉でも100だと……やっぱり俺はズレてたんだな。

 

「そう言う津田はどれくらい泳げるんだよ?」

 

「……さぁ」

 

「もしかしてタカトシ君、泳げないの?」

 

「泳げるが……どれくらい泳げるのかは分からない」

 

 

実際限界まで泳いだ事なんて無いからな……

 

「じゃあ今日限界まで泳いでみてよ!」

 

「俺も気になるな」

 

「……期待してもらうほどでは無いと思うが」

 

 

泳ぐ事によって、俺は変人だと思われてしまうんではないか……そんな不安が頭をよぎった。生徒会の仕事は主に事務作業だし、運動部でも無い俺が三葉以上の距離を泳いだら絶対におかしな目で見られそうだな……かと言って手を抜くのは失礼だろうし、俺は如何すれば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

頭を悩ませたが、結論が出る前に水泳の授業になってしまった……気が進まないなぁ、一昨日の会長の気持ちが何となく分かる。雨でも降って中止になれば良かったのに……

 

「それじゃあ津田副会長、まずは1枚普通に撮ります」

 

 

約束通り畑さんが授業に参加している……この人2年生なのに1年の授業に参加するなんて、学園側は良く許可したよな。

 

「それじゃあ次は本気で泳いでください」

 

「泳ぐんですか?」

 

「泳いでるところを撮りたいので」

 

「……全力でですか?」

 

「ムービーも撮りますから」

 

「何に使うんだよ!」

 

 

動画まで撮られるなんて聞いてない。俺は断固として抗議する事にした。

 

「写真だけだって言ってましたよね!?」

 

「いいえ~私は授業にお邪魔するって言っただけですよ~」

 

「会長たちは写真だけだったじゃないですか!」

 

「だってこれは学園からの指示ですから~」

 

「学園から?」

 

 

なんだって学園がこんな事を畑さんに頼むんだ……

 

「来年からの生徒確保に、生徒会の皆様には一肌脱いでいただこうと」

 

「客寄せパンダか……」

 

 

学園もこんな事で生徒確保しようとするなよな。

 

「なので思いっきり泳いでください。むしろ限界まで!」

 

「如何なっても知りませんからね……」

 

 

学園の後ろ盾があるんじゃ、俺1人の力では如何しようも無い……俺は諦めて言われるがまま泳ぐ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっきり言って、津田があそこまで泳げるとは思って無かった……今からでも遅くないから、水泳の日本代表にでも名乗り出ればと思うくらいの泳ぎだった。

 

「あの人って、確か生徒会の人だよね?」

 

「そうそう、中間テストでも上位に名前があったよね」

 

「それに結構カッコいいしね~」

 

「他の男子とは違う感じがするわよね~」

 

「「「分かる~」」」

 

 

クラスメイトの女子たちが、津田の事を見てそんな事を言っている。確かに津田は他の男子とは違う感じはするし、頭も悪く無い。それに加えて運動まで出来ると来れば、これは会長並に人気が出てもおかしく無いのだろう……だけど何故か面白く無いと感じてしまうのは何でだろう?

 

「ムツミ~アンタ津田君をスカウトした方が良かったんじゃないの?」

 

「私もそう思ったよ……」

 

 

運動が得意だって豪語してた三葉さんも、津田に圧倒的な差を見せ付けられて落ち込んでいる様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、津田君が帰った後に私とシノちゃん、そしてカエデちゃんは畑さんに呼び出され視聴覚室に来ている。

 

「お待たせしました」

 

「何の用ですか?」

 

「何だ、五十嵐も聞いてないのか」

 

「それで畑さん、何で私たちは呼ばれたのかな~?」

 

「まずはこれをご覧ください」

 

 

そう言ってスクリーンに映し出されたのは、学校のプールで個人メドレーをしている男子生徒の映像だった。

 

「これは?」

 

「今日撮った津田副会長の泳ぎです」

 

「これ、津田君なの!?」

 

「所々畑の声が聞こえるのだが」

 

「泳法を変えてもらったんですよ。普通にクロールだけだとつまらなかったので」

 

 

最初津田君はクロールで泳いでいたんだけど、畑さんに言われて背泳ぎ、バタフライ、平泳ぎと泳法が変わっていっている……普通なら始めにバタフライなんだろうけど、津田君はメドレーをするつもりは無かったんだろうな。

 

「しかし良くクロールから背泳ぎに変えられるな」

 

「津田君の運動神経の良さが分かりますね」

 

「カッコいいね~」

 

「そこで皆さん、この映像を買いませんか?」

 

「何!?」

 

「そう言えばスズちゃんを呼ばなかったのは何で?」

 

「萩村さんは生で見てますから」

 

 

そう言えばスズちゃんは津田君と合同で水泳の授業だったのね。

 

「お3方にはお安くしておきますよ」

 

「ちなみに、おいくら?」

 

「本来ならこれくらいですが、特別価格でっと」

 

 

畑さんの提示してきた額は、それほど高い値段では無かった。シノちゃんもカエデちゃんも迷ってるみたいだけど、私は即決した。

 

「じゃあもらう~」

 

「毎度あり~」

 

「なっ、アリア!」

 

「ん~?」

 

 

だって津田君のカッコいい映像なら、それだけでおかずになるもの。

 

「私も買う!」

 

「会長!?」

 

「後は風紀委員長だけですね~」

 

「私は……」

 

 

カエデちゃんは買うか買わないか迷っているようだった。それなら私が決心させてあげようっと。

 

「早速お家で使うわね」

 

「つ、使うって?」

 

「もちろんおかずによ!」

 

「なっ!」

 

「うふ」

 

 

カエデちゃんは焦っているようだった。まさか私も津田君に好意を寄せているとは思って無かったのだろうな。

 

「買います!」

 

「はい、毎度~」

 

 

結局カエデちゃんも津田君の映像をお買い上げになった。後日この事が津田君にバレて、畑さんはお説教されてたけど、誰に売ったかは最後まで言わなかったようだった。

さすがに津田君に知られるのは恥ずかしいからね、畑さんは顧客の情報は漏らさなかっただけ立派なんだろうな。




実際400M泳ぐのって大変なんでしょうね。


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アリアの気になるコ

今回はあまりアレンジを加えませんでした。


 今日は生徒会の仕事で早めに登校しなくてはいけないのだが、少し寝過ごしてしまった……時間的にはまだ余裕はあるが、朝食を食べている時間は無さそうだ。

 

「悪いコトミ、俺は先に出るから片付け頼む」

 

「まだ時間あるよ?」

 

「生徒会の仕事があるんだ。ゆっくり食べてる余裕は無いから俺はパンだけで良いから」

 

 

 トーストを咥えコトミに後片付けを任せて家を出ようとしたらコトミがテーブルを叩いて立ち上がった。

 

「まってタカ兄ぃ!」

 

「何だよ?」

 

「男がパンを咥えて登校って邪道じゃない?」

 

「いや、意味分からないから……」

 

 

 朝からコトミの相手をしている余裕も無いので、テキトーに流して家から出る。恐らく何かの知識なのだろうが、そんな事を気にする事は無いだろうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の仕事には何とか間に合って怒られる事無く放課後を迎えた。今日は横島先生も暴走する事無く授業が進んだので良かったなぁ……

 

「おはようございます?」

 

 

 生徒会室に入ると、何時もとは違う場所に座った会長と七条先輩が居た。何か深刻そうな顔をした七条先輩と、何かを待っている感じの会長だった。

 

「あの、何かあったんですか?」

 

「いや、お悩み相談だ!」

 

「あぁ……って! 七条先輩が今日の相談者なんですか?」

 

「そうだ! だがアリア、改まって相談とは何だ?」

 

 

 会長もまだ用件は聞いてなかったんだ……

 

「実は私、この学園に気になるコが居るの」

 

「「………」」

 

 

 まさかの爆弾発言だった……

 

「アリア! 我が校の校則を忘れたか!!」

 

「会長」

 

「何だ?」

 

 

 少し興奮気味の会長の隣にしゃがみ、耳打ちをするように小声で俺の意見を伝える。

 

「『校内恋愛』は禁止ですが、場所を弁えれば別に良いのではないのでしょうか」

 

「津田!」

 

「は、はい?」

 

 

 俺、何かおかしな事言ったかな……急に大声を出して立ち上がった会長に驚き、自分が何か失言をしたのではないかとちょっと脅えた。 

 だが……

 

「私は耳が性感帯なのだから耳元で話すな!」

 

「………」

 

 

 そんな事で大声をだすなよ……

 会長の提案を受け入れ、改めて会長に耳打ちをする。紙を筒状にして十分な距離を取って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアの相談は、私にとって衝撃的なものだった。てっきりアリアは津田の事が好きなのだと思っていたが、如何やら私の勘違いだったようだな。

 

「でも相手はなかなか私の気持ちに気付いてくれないんだ~」

 

「そうなのか」

 

 

 生徒会長としては恋愛を認める訳にはいかないが、1人の友人として何とかアリアの力になりたい。

 私も色恋沙汰はさっぱりだが、此処は的確なアドバイスをするのが友人として私が出来る事だろうな。

 

「そうだな、そんな時は攻め方を変えてみたら如何だ?」

 

「変えるって如何やって?」

 

「俗に言うだろ。押して駄目なら……押し倒せ!!」

 

「わお!!」

 

「それ、俗に言わない……」

 

 

 津田のツッコミが入ったが、じゃあ俗に言うのは何だと言うんだ。

 

「会長が言いたいのは押して駄目なら引いてみろじゃ無いんですか?」

 

「だが、引いたら負けだろ」

 

「何の勝ち負けなんだよ……」

 

 

 津田は呆れているが、恋愛は勝ち負けの勝負だろうが!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきからガヤガヤと五月蝿いわねー、人が寝てるの分かってるのにそんなに騒ぐ事無いでしょうが。

 

「それで、名前は何て言うんですか?」

 

「ん? しらなーい」

 

「知らないんですか」

 

「うん」

 

「じゃあ何組ですか?」

 

「何組とか無いんじゃないかなー」

 

「? それじゃあどんなヤツなんですか?」

 

「毛深いよー」

 

「ナニがー!?」

 

 

 ……多分会長が言った『ナニ』は私が思ってる『何』とは違うのだろうが、此処で起き上がってツッコミを入れると私まで会長と同じ思考だと津田に思われちゃうだろうから此処は我慢だ。

 

「それじゃあ何処に行けば会えますか?」

 

「んー? それじゃあ今から見に行く?」

 

「そんな簡単に会えるんですか?」

 

「うん! それじゃあ寝たふりしてるスズちゃんも一緒に見に行こうか」

 

 

 バレてる!? 七条先輩の発言に驚いた感じで私を見てくる会長……津田は特に気にした様子が無いって事は気付いてたんでしょうね。

 

「萩村ー行くぞー」

 

「あ、うん……」

 

 

 やっぱり気付いてた津田は、普通に私が動きやすいように呼んでくれた。もしこの場で気まずい雰囲気になったら、七条先輩の思い人を見に行くって気分じゃ無くなってたでしょうから、結果的に津田はフォローしてくれたのだ、全員を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアの気になるヤツを見に行くために、全員で外に出た。もしかして部活をやってるヤツなのだろうか……だが男子が出来る運動部などあったかな?

 

「最近住み着いた野良なんだー」

 

「「「うわぁー微笑ましいー」」」

 

 

 気になってるヤツは人間では無く野良猫だったのか……それならそうと最初から言ってくれれば良いものを。まったくアリアのヤツはこう言ったお茶目が偶にあるから困る……

 

「津田」

 

「はい?」

 

「お前のおかげでアリアの気持ちを踏みにじる事無く済んだ、ありがとう」

 

「まぁ、猫だったんですけどね……」

 

「だが、私は融通のきかない石頭だからな。あの時津田の意見を聞かなかったら校則に則って頭ごなしに否定していただろう」

 

「そんな事は無いと思いますけど……」

 

「いや、きっと同じ事を相談されてもまた否定してしまうだろう。だからその……」

 

「何です?」

 

「これからも君の柔軟な――」

 

「はい?」

 

亀頭(かめあたま)を生かして私を支えてほしい」

 

「勝手に言葉を作るな!」

 

 

 津田のツッコミは相変わらずの切れの良さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、今日は生徒会の仕事も無いしゆっくりと出来るな。

 

「寝過ごした~!!」

 

「まだ平気だろ?」

 

「今日日直なんだよ~!」

 

 

 相変わらずおっちょこちょいな妹だな……どうせ日直なのを考えて早めに寝ようとしたがゲームに夢中になって遅くなったから寝坊したってとこだろう。

 

「こうなったら!」

 

「何だよ?」

 

「私も、パンを咥えて登校しなきゃ!」

 

「今日はコッペパンだぞ?」

 

 

 俺には余裕があるのでコトミの趣味に付き合ってあげる事にした。意味は良く分からないけど、確か食パンじゃなきゃいけないんじゃないのか?

 

「大丈夫、タカ兄ぃ!」

 

「何が?」

 

「コッペパンなら遠目から見ればお○ん○ん咥えてるように……」

 

「遅刻するからさっさと行った方が良いぞ」

 

「せめて最後まで聞いてよ~!」

 

 

 訳の分からない事を言い出した妹を追い出し、俺はゆっくりとコーヒーを飲んだ。何処を如何間違えたらあんな妹が育ってしまったんだろう……




何処でウオミーを登場させようか悩みどころです……


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生徒会のホームページ

お気に入り登録が200を突破! のんびり更新してる割には結構多いですね


 桜才学園でももう時期期末テストが行われる……学年20位までに入らなければある事無い事噂を流されると脅されているから、それなりに頑張らなければ!

 

「俺全然勉強してねぇよー」

 

「あっ、私も全然してないよ~」

 

「赤点さえ取らなければ問題無いだろ」

 

「だよね~」

 

「「あはははははは」」

 

 

 柳本と三葉が大きな声で話してるのを聞いて、少しは気が楽になったと言うか落ち着いてきた。

 そうだよな、まだ勉強してない生徒の方が多いんだよな!

 

「おはようござい……」

 

「もう時期テストだが、皆大丈夫か?」

 

「問題ありません!」

 

「私も大丈夫かな~」

 

「そもそも失敗する要素が見当たりません」

 

 

 此処に来ると焦るよな~……2年生の1位2位と、1年生の1位が居るから比べられると胃が痛くなるんだよな……もう少し頑張るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末テストも大切だが、生徒会の仕事もそれなりにあるのでそっちもやらなければならない。私と会長で大体終わるのだが、津田にだって仕事をさせなければいけないのよね。

 

「どう津田、生徒会の仕事には慣れた?」

 

「うん、おかげさまで。あっでも……」

 

「何よ?」

 

 

 中途半端で区切られると気になるじゃないの! その事を知ってか知らずか津田は少し考え込んでから言った。

 

「変な意味じゃ無く、周りが女の子ばっかだから少し緊張するかな」

 

「如何言う意味で?」

 

「ほら、会話に加わって良いのか如何かとかさ。良くついていけないんだよ」

 

「気にしすぎじゃない?」

 

「そうかな? 男と女じゃ一般的な会話も違ってくるだろ?」

 

「そうなのかしらね」

 

 

 津田と別れて私だけ生徒会室にやって来た。津田は職員室に居る横島先生に呼び出されてたので仕方ないかな。

 

「夏場になるとブラ暑苦しいよね~」

 

「そうだな」

 

「………」

 

 

 ゴメン津田、私もついていけなかったよ……果してこれが一般的な会話か如何かは疑問だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島先生に呼ばれて職員室に行ったら、如何やら資料室の整理を手伝ってほしいらしいのだが、それなら何故俺個人に頼んだんだ? 何時もなら生徒会に頼むのに……

 

「いや~悪いわね~」

 

「はぁ……」

 

「あっ、この教室よ」

 

 

 鍵を開けて教室に入ると、確かに散らかってるのが分かる……やっぱり生徒会でやった方が早そうだと思ったが、部屋の散らかり具合に違和感を覚えた。

 

「(普通にものを置いただけで此処まで乱雑になるのか? 何か人為的なものを感じるのは気のせいなのだろうか)」

 

 

 資料室と言う名前から分かるように、此処に置かれているものの大半は紙だ。紙なら大切に保管されてるのが普通だろうし、資料なら尚更だ。

 

「横島先生、此処って本当に……」

 

 

 がちゃ。

 何かが閉まる音が聞こえた。この空間で閉まるものと言ったらドアぐらいしか……ってまさか!

 

「何で鍵閉めたんですか?」

 

「いや、深い意味は無いのよ。ちょっと雰囲気を出そうと思って」

 

「何の雰囲気ですか! あと息荒立ててこっち来るな!」

 

「大丈夫。ほんの先っぽだけだから」

 

「あんたそれでも教師か!」

 

「保健体育の実習だと思えば良いのよ」

 

「良い訳あるか!」

 

「ぐぼぁ!?」

 

 

 腹部に強烈な一撃を喰らわせ横島先生を倒した。教師相手にこんな事をしたら停学ものだろうが、今回は完全に正当防衛だと思ってる……過剰では無いよな?

 

「う~ん……もっと殴ってください……」

 

「うん、過剰防衛では無いな!」

 

 

 殴られた本人が恍惚の表情で倒れてるんだから、これは過剰防衛にはならないだろう。俺はそう決め付けて足早に資料室を後にした……もちろん片付けは手伝ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとお散歩していたら前から津田君がやって来た。何だか急いでるようにも見えたけど、私に気付くと会釈してくれた。

 

「津田君、如何かしたの?」

 

「いえ、ちょっと変態から離れてただけです」

 

「ん~?」

 

「ぶっちゃけると横島先生です」

 

「そう言えば呼ばれてたね~」

 

 

 横島先生の事だからきっと津田君の事を食べようとして逆に気絶させられちゃったのかな? それにしても教師を気絶させちゃうなんて、津田君は本当にSなんだな~

 

「先輩?」

 

「ねぇ津田君」

 

「はい?」

 

「この学校って創立50年なのよ」

 

「はぁ……?」

 

 

 私が唐突に切り出した話題に、如何反応すれば良いのか困っている津田君……Sを困らせるのって結構快感なのよね~。でも津田君はそんな事で焦らないでしょうけど。

 

「それが如何かしたんですか?」

 

「50年もあると、色々と伝説があるのよ」

 

「例えば?」

 

「あの木」

 

「木……ですか?」

 

「うん。あの木の下で告白すると恋が成就すると言われているわ」

 

「……去年まで女子高でしたよね?」

 

「うん」

 

 

 それが如何したと言うのかしら……津田君は少し考えてから私の目を見て来た。そんなに見つめられたら濡れちゃうわよ。

 

「女子しか居ない学園で、如何やって恋が成就するんです?」

 

「……そう言われればそうね」

 

 

 恋愛は男女でするものだから、去年まで男子が存在しなかったこの学園で恋が成就するはず無いのよね……レズでも無い限り。

 

「深く考えるのは止めておきましょう……」

 

「面白そうだけどね~」

 

「いや、絶対に面白くは無いと思うんですが」

 

 

 津田君は呆れながらも生徒会室へ向かう速度を落とす事無く進んでいく……そう言えば私、何処に向かってたんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻ってきたら、会長が難しそうな顔をして腕を組んでいた……何か問題でもあったのだろうか?

 

「学校のホームページに我々生徒会のページを作る事になった」

 

「へー」

 

「そうなんですか」

 

「でも、何で今更?」

 

「……今日ほど信頼と言う言葉を重く感じた時は無い!」

 

「出来ないんですね……あと質問に答えてください」

 

「そんな事私は知らん! 気になるなら学校に聞け!」

 

 

 出来ない事を指摘され少しキレ気味の会長を七条先輩が宥め、俺と萩村で構図を考える事にした。

 会長にも出来ない事があって安心したが、生徒会のページって何を書けば良いのだろう?

 

「萩村、何か案ある?」

 

「とりあえず年間の予定表は載せておきましょう」

 

「それだけで仕事量が分かるからな」

 

「後は質問コーナーでも作っておけば大丈夫でしょう」

 

「……誰が管理するんだ?」

 

「ん!」

 

「えっ、俺!?」

 

 

 指差され焦る……普通こう言うのって会長が……あぁ、そうか。

 

「俺、副会長だった……」

 

「会長のフォローはアンタの仕事でしょうが」

 

「はい、頑張ります……」

 

 

 忘れがちだが俺は副会長、会長の補佐が主な仕事なのだ。

 今までフォローする必要も無かったので様々な仕事をしてきたが、副会長として初の仕事がこれですか……何か情けないなぁ。




そろそろ津田の相手を考えなければ……


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怪談と猥談

もうすぐ原作1巻が終わります


 期末試験も近づいてきた頃の生徒会室、この場所はテスト前だからと言って何も変わらない平常運転だ。

 

「1年用の女子トイレには、昔自殺した生徒の霊が出るらしい……と言う噂を最近耳にしたんだが」

 

「眉唾物ですね」

 

 

 試験前だと言うのに会長は余裕だな……俺なんか結構必死に勉強してるんだけど、こんなに余裕な態度なんて出来ないんだけど……

 

「そうなんだー。でも一応気をつけてね?」

 

「俺が如何言う状況で女子トイレに入ると?」

 

「非常にくだらないですね。高校生にもなってそんな作り話で盛り上がるなんて」

 

 

 萩村は特に気にした様子も無く生徒会の仕事をこなしている。怖い話とか苦手だと思ってたんだけど、見た目に反して大丈夫なんだな。

 

「……何よ?」

 

「ううん、何でも無い」

 

 

 思い込みは良く無いな。これからは気をつけなくては……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後

 

「最近萩村さんと良く会うのだけど」

 

「何処でです?」

 

「2年用の女子トイレで」

 

「あ、私も最近会います」

 

 

 萩村~……やっぱり怖かったんじゃないか。

 

「津田副会長は平気なんですか?」

 

「……何がです?」

 

「いえね、萩村さんが2年用のトイレを使う理由は何となく分かるんで、津田副会長は気にしてないのかな~って」

 

「……七条先輩にも言いましたが、俺が如何言う状況で女子トイレに入るんですか?」

 

「津田君……貴方まさか!?」

 

「だから入らねぇっての!」

 

 

 如何してこの学校には人の話を聞かない人が多いんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、萩村と中庭を歩いている時にフト思い出したので聞いてみる事にした。

 

「なぁ萩村」

 

「何よ?」

 

「最近2年用のトイレを使ってるって聞いたんだけど、やっぱり怖いの?」

 

「んな! そんな事無い!!」

 

「おや~津田副会長に萩村さんじゃないですか~」

 

「ひぃ!?」

 

「畑さん?」

 

 

 こんな所で何してるんだこの人……

 

「こんな所で2人は何を?」

 

「見回りです。畑さんこそ何を?」

 

「桜才学園七不思議特集を組もうかと思って……聞きたい?」

 

 

 何処の学校にもあるんだなそんなの……

 

「………」

 

「萩村、何してるんだ?」

 

 

 横に居る萩村が耳に指を突っ込んでいた……もしかしなくてもそうなのだろうか?

 

「耳が痒いのよ。私に気にせず続けて」

 

「ではお言葉に甘えて……これは実際にあった話なのだけど、女子生徒が気分が悪くて保健室で寝ていたのよ。暫くしてから目を覚ましたら、シーツが血で染まってたそうよ」

 

 

 結構怖いな……畑さんが何時ボケるか気になって話しよりそっちに注意がいってしまう。

 

「何でも○理が近いの忘れててあててなかったみたいなの。うっかりよね~」

 

「やっぱりボケたな! ……それで今の話の何処が怖いんですか?」

 

「大丈夫! ちゃんと怖くなるように脚色するから」

 

「駄目じゃん新聞部!」

 

 

 畑さんが話せばそれなりに怖い話に思えるけど、文字になったらそうでも無さそうだぞ……

 

「もう1つ取っておきの話があるんだけど」

 

「どうぞ」

 

「音楽室から夜な夜な女のすすり泣く声が……」

 

「あえぎ声ってオチじゃ無いですよね?」

 

「………」

 

「おい!」

 

 

 口を尖らせてつまらなそうな顔をした畑さんに思わずツッコんだ……これは特集が組まれた新聞はちゃんと検閲しなければ駄目そうだ。

 畑さんが居なくなってから、俺は萩村に気になってた事を聞く事にした。

 

「萩村、やっぱり怖い話苦手なんだな」

 

「そうよ……悪い!?」

 

「いや別に悪いなんて思って無いけど……」

 

「じゃあ私の事を子供っぽいって思ってるんでしょ!?」

 

「まぁちょっとだけ……でもそれ以上に萩村の事を知れて嬉しく思ってるよ」

 

「………」

 

 

 顔を赤くして頬を脹れさせる萩村……あれ? 俺何か変な事言ったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻ると、横島先生と五十嵐さんが居た。何か用事だろうか?

 

「学校にこんなものを持ち込んでた男子生徒が居てさ~ほれ、これがそのブツなんだけど」

 

「ふむふむ……」

 

「あら~」

 

「い、淫猥です!」

 

 

 横島先生が取り出したエロ本を読み始める3人……五十嵐さんも苦手なら見なければ良いのに。

 

「確かにいかがわしいですね」

 

「だから今から呼び出して……」

 

「注意するんですね。私もご一緒します!」

 

「いや、生身の良さを教えてやらなきゃと思って」

 

「!?」

 

 

 あらら、五十嵐先輩が気を失ってしまった……何を想像したんだか。

 

「何て冗談よ」

 

 

 笑って誤魔化す横島先生だが、息が荒い……つまり興奮してるって事だろうな。

 

「冗談だと言い張るなら、まず息を整えてから説得力があるように言ってください」

 

「津田も一緒に如何だ?」

 

「行かねぇよ!」

 

 

 まったく……何を考えてるんだこの変態教師は。まさか本当に呼び出して襲う気じゃねぇだろうな……

 

「萩村、横島先生の監視を頼めるか?」

 

「アンタがやれば……あぁそう言うこと」

 

「察しが良くて助かるよ」

 

 

 俺が監視してたら、最悪巻き込まれる可能性があるのだ。あくまで可能性だが、この人ならやりかねないからな。

 

「それじゃあ私は監視を終えたらそのまま帰るので」

 

「おう! ご苦労」

 

「頑張ってねー」

 

 

 会長と七条先輩は未だにエロ本に興味津々で、気持ちの篭ってない言葉で萩村を送り出した。

 

「津田、お前は読むんじゃないぞ!」

 

「読みませんよ……それより五十嵐さんを起こすの手伝ってくださいよ」

 

 

 会長が注意してきたけど、俺は別に興味無いんだが……

 

「シノちゃん、津田君は読まないわよ」

 

「アリア?」

 

 

 七条先輩が自信満々に否定してくれた。だが何で嫌な感じがしてるんだろう……

 

「使うのよ!」

 

「おぉ!」

 

「原因はこれか! てか使わねぇっての!」

 

「ん……」

 

「五十嵐さん?」

 

 

 俺が怒鳴った所為で(おかげで?)五十嵐さんが意識を取り戻した。

 

「五十嵐、お前ももっと見るか?」

 

「これなんか凄いよ~」

 

「ヒィ!?」

 

「止めろお前ら!」

 

 

 会長と七条先輩に、申し訳ないが一発ずつ拳骨を喰らわす……これ以上事態を悪化されたく無かったのだ。

 

「痛いぞ……」

 

「でも、新しい快感に目覚めそう……」

 

「逃げなきゃ!」

 

「待って! 私も逃げる!」

 

 

 廊下を出来る限りの速度で移動しながら生徒会室から逃げ出した。何でこんなに変態なんだうちの生徒会は……




そろそろウオミーの出番かな……


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誤解と期末テスト

後半はオリジナル展開です


 期末試験前日、勉強してく為に学校に残ろうとして食堂に向かったら、三葉が昼食を摂っていた。

 

「三葉の飯、随分と質素だな」

 

「金欠でね……あっ!」

 

 

 何か思い出したような声を出して、三葉がジッと俺の事を見てくる……何か顔についてるのか?

 

「男の子をおかずにすると体が満たされるって聞いたけど、そうでもないね」

 

「多分『体』じゃなくって『身体』だと思うが……誰から聞いた?」

 

 

 大体三人くらいは想像つくんだが……あっ、もう一人居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三葉と別れて生徒会室に行くと、七条先輩が食事をしていた。相変わらず豪勢な弁当だな。

 

「津田君も一口いかが?」

 

「良いんですか?」

 

「もちろん! はい、あ~ん……」

 

 

 恥ずかしいが、別に誰も居ないので気にする事も無いか……そう思って口を開けたら、丁度同じタイミングで扉が開いた。

 

「………」

 

「………」

 

「津田君、如何だった? 私が舐ったお箸は?」

 

「感想聞くのそこ!? あと箸は舐るな!」

 

 

 会長と目が合って気まずかった空気が、別の意味で気まずくなった……

 

「アリア、手皿は一見上品だがれっきとしたマナー違反だからな。気をつけるように」

 

「会長もツッコム箇所が違うような……まぁ良いか」

 

 

 下手にツッコんで墓穴掘るのも馬鹿らしいし……

 

「でもシノちゃん、○液だと妖艶さが増すと思うのだけど」

 

「……論破されてしまった」

 

「他にツッコムところあるでしょ。あと、生徒会室でそんな話をするな!」

 

「同感ね」

 

「萩村……」

 

 

 居たのに全く気付かなかった……寝てたのかな?

 

「何よ?」

 

「いや、別に……」

 

「そう……これはあの資料が要るわね」

 

 

 そう言って棚の中を物色しようとした萩村だったが……

 

「んー!」

 

「スズちゃん、私が取ろうか?」

 

「大丈夫です……あっ!」

 

 

 手が届いたのだが、上に乗っていた箱が滑って七条先輩目掛けて落ちていく……

 

 『ポヨン、ガン!』

 

 

 七条先輩の胸で跳ね返った箱は、萩村の後頭部に直撃した。あれは痛いぞ……

 

「あ、あの……」

 

「大丈夫です……自業自得ですから」

 

「でも……」

 

「七条先輩の優しさに甘えればよかったんです……会長だったらこんな思いはしなかったでしょうが……」

 

「ケンカウッテンノカー!」

 

「何故片言!? あと萩村もその目は止めた方が……」

 

 

 完全に会長に喧嘩売ってるような目をしてたので、俺は軽く注意しておいた。こんなんで明日のテスト、大丈夫かな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心配してたテスト期間も無事終わり、今日からまた部活が再開するようなので、生徒会で柔道部の見学に行く事にした。

 

「三葉、やっぱり大会とか出るの?」

 

「もっちろん! 大会で優勝して名を上げて、皆でオリンピックで金を取ろうって誓い合ってます!」

 

「素晴らしい団結力だな!」

 

「感動したよ~!」

 

 

 良い話なんだろうが、階級とか一緒じゃないのか?

 

「三葉、あれは何だ?」

 

「あれは腹ばいと言って、腹を地に着けて手足で移動するトレーニングです」

 

「キツそうだな……」

 

「そうですね……」

 

 

 あれは筋肉付きそうだな……

 

「津田がやったら、きっと摩擦でイってしまうだろうな」

 

「そう言う話してんじゃねぇよ!」

 

 

 トレーニングの話なのに、何でそっちに話を持っていきたがるかな会長は……

 

「でも、津田君ならあれくらいじゃイケないんじゃない?」

 

「何故だ、アリア?」

 

「だって毎日やってれば……」

 

「いい加減にしろ!」

 

 

 最近この二人に拳骨を喰らわせる事が多くなってきたような……

 

「君、津田君だよね?」

 

「え、あぁそうだけど……確か中里さんだっけ?」

 

「良く知ってるね」

 

「まぁ一応は……でも、そっちだって俺の事知ってるじゃんか」

 

「だってムツミが良く君の事話すから……」

 

 

 三葉が? 何を話してるのか気になるが、今はそれどころでは無い。

 

「タカトシ君は気にしないでね」

 

「分かったから、そろそろ離してやって。死んじゃうから」

 

 

 首を極められた中里は、今にも死にそうな顔で俺に助けを求めてきたのだった。この部活も色々ヤバイな……

 

「津田、あっちの二人の処理は任せるわよ?」

 

「あっちの二人? ……ゲッ!」

 

 

 拳骨を喰らわせた二人が、何故だか嬉しそうな顔してコッチに向かってきた。あれはヤバイ、逃げなくては!

 

「あっ、逃げたぞ!」

 

「津田く~ん! もっと強く殴っても良いんだよ~!」

 

 

 デカイ声で余計な事を言うな!

 

「きゃ!」

 

「あっと、スミマセン」

 

 

 逃げていたら誰かとぶつかってしまった……怪我とかしてないよな?

 

「つ、津田君!?」

 

「あっ、五十嵐さんでしたか。スミマセン、急いでるのでこれで!」

 

「え、ちょっと!?」

 

「アリア、あっちだ!」

 

「待ってよ津田く~ん!」

 

「あ、そう言う事……」

 

 

 背後から追いかけてくる二人と、妙に納得したような感じの五十嵐さんの声が聞こえてきたが、今はそれどころでは無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜才学園では、試験の結果が張り出されるのだ。そして生徒会役員のノルマとして、学年20位以内に入らなければ、ある事無い事言いふらされるそうなのだ……これが伝統だったら嫌だな……

 

「津田ー結果見に行こうぜ!」

 

「自信あるのか?」

 

「900点満点だろ? 半分くらいは取れてると思うぜ?」

 

「それって駄目じゃね?」

 

 

 900の半分じゃ450だぞ……それで満足するなよな。

 

「おっ、あったあった」

 

 

 廊下に張り出された紙に大勢の生徒が群がっている。上位50人しか名前が載ってないのに、皆興味あるんだな……

 

「おい、あれお前の名前じゃね?」

 

「どれ?」

 

「あれ!」

 

 

 柳本が指差す先には……

 

 1位萩村スズ  897点

 2位津田タカトシ  856点

 3位轟ネネ  848点

 

 

「頑張った甲斐があったよ」

 

 

 萩村には負けたけど、前回2位の轟さんには勝てたようだ。でも、900点満点で897点って、どれだけ頭が良いんだよ萩村は……

 

「あっ、柳本の名前もある」

 

「何!?」

 

「ほら」

 

 

 俺が指差した先には……

 

 補習生徒

   ・

   ・

 柳本ケンジ

   ・

   ・

 

 

「ウゲ!」

 

「頑張れよ」

 

 

 赤点補習の生徒の欄に、柳本の名前があったのだ。半分も取れなかったって事だな……哀れなり。

 

「津田、アンタやれば出来るのね」

 

「萩村には勝てないけどね」

 

 

 結果を見に来ていた萩村が、話しかけてきたが、如何やればあんな点が取れるんだか……ん?

 

 二年結果

 1位天草シノ 890点

 2位七条アリア 885点

 3位五十嵐カエデ 867点

 

 

 ……俺の知り合いは化け物ばかりだった。もっと頑張ろう……




タカトシ頑張った! でも生徒会メンバーには勝てない……


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試験後の評価

ほぼオリジナルの話です


 期末試験が終わってから、俺の周りからの評価はガラッと変わった。前までは結構やる男子だったらしいのだが、期末試験後はかなり出来る男子になったとか……正直自分的にはまだまだだと思ってるので周りの評価など気にしてないのだけど。

 

「タカトシく~ん! 勉強教えて」

 

「三葉? もしかして補習か?」

 

「部活補正で何とか補習は免れたけど、もう後が無いからね~」

 

「なるほど」

 

 

 このようにクラスメイトから勉強を教えて欲しいと頼まれる事が多くなったのだ。俺から言わせて貰えば、俺なんかより萩村に聞いたほうが確実だと思うのだが、このクラスに萩村と知り合いな生徒は何人いるか分からないんだよな……迂闊に断って調子乗ってるとか思われたくないので教えてるが、俺だってテスト前に必死になって勉強してあの点数を取ったのだから、何でもかんでも分かる訳では無いのだ。

 

「津田ー! 俺の代わりに補習受けてくれー!」

 

「いや、お前が駄目だったから補習なんだろ? それを俺が代わりに受けたら意味無いだろ。そもそも代わりに行ったところでバレて追い返されるのがオチだって」

 

「もう勉強したくねーんだよ!」

 

「いや、してないから補習なんだろ……」

 

 

 クラスメイトの男子から、泣きつかれる事もしばしば……俺が補習に出たからと言って、お前らの頭が良くなる訳じゃ無いんだけどな……

 

「お前は良いよなー、勉強も運動も両方優れてて、しかも見た目まで良いんだから」

 

「勉強も運動も努力した結果だ。見た目は俺の力関係無いし、そもそも自分が優れた見た目をしてるとは思って無いよ」

 

「ケッ、モテる男はこれだからな」

 

「何不貞腐れてるんだよ」

 

 

 頼りにされる反面、こうやって嫉妬される機会も増えた気がする……何時俺がモテたと言うんだ……好意をもたれてるかもとは思ったことはあるが、その相手の中身は殆どが思春期真っ盛りなんだぞ!

 

「津田……頼む! この課題の意味を教えてくれ!」

 

「柳本……お前、大丈夫か? 随分とやつれてるが」

 

「補習に出ても意味が分からないんだよ……」

 

「授業中に寝てるからだろ……」

 

 

 そもそも授業ちゃんと聞いてれば赤点補習になどならないと思うんだけどな……中学の時にそう言ったら友達に殴られたっけ……お前だけだそんなのは! とか言われて。

 

「それで、何が分からないんだ?」

 

「……ぶ」

 

「は?」

 

「全部だよ!」

 

 

 聞き取れなかったのでもう一回聞いたら、柳本は泣きそうな声ではっきりとそう言った。全部ですか……そりゃ泣きたくもなるわな……先生が。

 補習は恐らく分かりやすく説明してくれてるんだろうが、それでも全部分からないってなると、相当なおバカと言わざるを得ない事になるんでは無いだろうか……

 

「それじゃあ説明してくがな……」

 

 

 一個ずつ丁寧に分かりやすく説明していくと、柳本の周りに他のクラスメイトも集まり始めた。男子も女子も今だけは隔たり無く集まってるのを見ると、このクラスの大半の生徒は授業では理解してなかったのだと分かった。

 

「えっと、今の箇所までで質問はあるか?」

 

「いや、大丈夫だ。さすが津田だな! 先生より分かりやすいぜ!」

 

「多分先生も同じように説明してると思うんだが、先入観で分からないと思い込んでるんじゃないか? 先生の言ってる事は難しいから無理だって」

 

「……そうかもな。考えた事も無かったぜ」

 

 

 中学の時にも同じ事を言ってやった次の日には理解出来るようになった友達も居たし、これで少しは補習内容が頭に入ってくれるだろう。

 

「じゃあ説明はもう良いな? 俺は生徒会の仕事が……」

 

「もうちょっと教えてくれ!」

 

「津田君、私からもお願い!」

 

「もうちょっと! もうちょっとで良いから!」

 

 

 何だかおかしな展開になって無いか? 俺は柳本に教えてただけなのに、何時の間にか周りのクラスメイトにまで教えてる事になってる……いっそのこと全員補習授業に出れば良いのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスでの即席授業を終えて、俺は急いで生徒会室に向かっていた。そしたら……

 

「今日は津田副会長にインタビューしたいと思います」

 

 

 いきなり現れた畑さんに捕まってしまった……てか、インタビューって何に使うんだろう?

 

「ずばり、津田副会長の好きな女性のタイプは?」

 

「……答えなきゃ駄目ですか?」

 

「もちろんです!」

 

「……あっ! 笑顔の素敵な子とか良いですね」

 

「アヘ顔の素敵な子だそうです」

 

「ワザとらしく聞き間違えるな! 後アヘ顔ってなんです?」

 

 

 この人の事だから恐らく卑猥な事なんだろうけど、さっぱり分からないな……コトミに聞けば分かるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんの質問攻撃を追い払って、俺は漸く生徒会室に辿り着いた。

 

「終わったー!」

 

「今日は大変だったね~」

 

「スミマセン、俺が遅れたから……」

 

 

 仕事を終え伸びをしている会長と七条先輩に謝る。萩村は用事だとかで来れなかったし、俺もクラスメイトに頼まれて解説とかしてたから、実質今日の生徒会作業は会長と七条先輩の二人だけで終わらせたのだ。

 

「事情が事情だからな、気にする事は無いさ」

 

「そうだよ~……あっ! ホック外れちゃったよ~このブラもう合わないな~」

 

「グヌヌ……」

 

「会長、そんなに悔しがらなくとも……」

 

 

 如何やら小さいのを気にしてるらしい会長は、七条先輩の胸を羨ましそうに見て、もの凄い勢いで歯噛みをしている。

 

「津田君」

 

「なんでしょう?」

 

「このブラ欲しい?」

 

「いらねぇよ!」

 

 

 外したブラを取り出して人に押し付けてくる七条先輩……如何してこの人はこんななんだろう……

 

「てかアリア、○首が透けてるぞ」

 

「此処なら大丈夫でしょ~? それに、帰るときは車だから~」

 

「じゃあ平気だな!」

 

「いや、駄目だろ……」

 

 

 居ずらい雰囲気の中、俺はコッソリと生徒会室を出た。仕事が終わってるのならこれ以上あの空間に居たくなかったのだ。

 

 




実際授業をちゃんと聞いてれば、テスト前に焦る事は無かったですね。それが普通なのか如何かは知りませんが……


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一学期終了

30話目です。そしてついにあの人が……


 本日を持って、一学期が終了する。と言う訳で今は体育館で終業式の真っ最中なのだが、相変わらず人前に立つ時は緊張するな~。

 

「如何した? 津田、顔が赤いが……まさか人前に立って興奮してるのか!?」

 

「緊張してるんですよ!」

 

 

 何で興奮するんだよ……でもあれ? 良く見たら会長や七条先輩も顔が赤いような……

 

「二人も緊張してるんですか?」

 

「いや、興奮してるんだ!」

 

「私も~!」

 

「何でだよ!」

 

 

 いくら舞台袖とは言え大声を出すのはマズイので小声でツッコミを入れる。萩村は完全に我関せずを貫き通すようだ。

 

「それでは、生徒会長に一言お願いします」

 

「おっと、出番だ」

 

「シノちゃん、壇上で絶頂しないようにね~!」

 

「そんな励まし方があるか!」

 

「おう!」

 

「何でガッツポーズなんですか……」

 

 

 七条先輩の訳の分からないエールに、会長が力強く応えた。本当になんなんだこの生徒会役員共は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終業式を終え、HRも終わったが、俺たちはまだ生徒会での仕事が残ってる為に生徒会室に集まった。

 

「は~早く帰って身体を洗いたいな~」

 

「七条先輩は潔癖ですね」

 

「そうかな~?」

 

「綺麗好きは良い事だと思いますよ」

 

 

 確かにこの暑さだ、汗で気持ち悪くなっても仕方ないだろう。

 

「そうだよね! ア*ル洗浄は素敵だよね!」

 

「……あれ? 身体……あれ?」

 

「何時から話が摩り替わった!?」

 

 

 俺たちは何の話をしてたんだろう……正直話がかみ合って無い気が……

 

「さて、残りの仕事を片付けてしまおう」

 

「そうだね~」

 

 

 何事も無かったかのように進められる会話に、俺と萩村は肩を落とした。

 

「アンタが居てくれて助かってるわ……」

 

「うん、俺も萩村のおかげで何とかなってるよ……」

 

 

 ツッコミポジションである俺たちは、どちらかが欠けたらきっともう一人も駄目になるだろうと思ってる。それだけに相手を気遣う気持ちは忘れないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残ってた仕事も終わり、漸く帰れるのだが、俺は鞄の中にある大量の宿題を見てため息を吐いた。

 

「進学校だけあって、宿題多いですね~」

 

「これくらいなら五日もあれば十分だな」

 

「私はお稽古があるから一週間かな~」

 

 

 相変わらず次元が違いすぎるな……俺は一ヶ月くらいなきゃ終わりそうに無いぞ……主にコトミの相手があるから……

 

「私はもう終わりました」

 

「はぁ!?」

 

 

 この量をもう終わらせたって言うのかよ……学年一位と二位の差は思ったよりあるようだな。俺ももう少し頑張るか……主にコトミを更生させるのを。

 

「それで済まないんだが、君たちには何日か学校に来てもらう日があるのと、この日は海水浴に行くので予定を空けておいてくれ」

 

「海水浴?」

 

「ああ、親睦を深める為にな。一人くらいなら友人を誘っても構わないが、参加は自由だから気軽に来てくれ」

 

「参加自由ねぇ……」

 

 

 俺の手元には、会長直々に作ったと思われる旅のしおりがあるのだが、もしこれで参加しないって言ったら怒られるだろうな……

 

「それで会長、登校日の時に何か持ってくるものはありますか?」

 

「いや、特に無いな」

 

「それじゃあ手ぶらで良いんですね」

 

 

 荷物が無いのはありがたいな。大した距離じゃないけど、手ぶらと荷物ありじゃ気分が違うからな。

 

「いや、服は着て来い」

 

「………」

 

「ん? ……あぁ、グラビア用語の方じゃねぇよ」

 

 

 事務的なツッコミを入れて、今日は解散になった。

 

「ねぇねぇシノちゃん、この後水着買いに行かない?」

 

 

 終わって早々そんな話をするなんて、やっぱりノリノリなんだな……ますます行きたくなくなってきた。

 

「如何しよう……私サイズ代わらないからもったいないし……」

 

「で、でもシノちゃん、腕も腰もお尻も脚もスマートじゃない? 四勝一敗で勝ち越しだよ」

 

「五連勝のアリアには敵わないから……」

 

 

 あの空気、誰が如何すれば良いんだか……

 

「津田、アンタが何とかしてきなさいよ」

 

「俺が!? 何で!?」

 

「私は方向が逆だから」

 

 

 そう言えばそうだったな……会長も七条先輩も、方角的には一緒だったっけ……

 

「会長、七条先輩、良かったら途中まで一緒に帰りませんか?」

 

「じゃあ津田君に選んでもらお~!」

 

「そうだな!」

 

「は?」

 

 

 いきなりなんだ……もしかしなくてもあれだろうな……俺には荷が勝ちすぎてると思うんですが。

 

「それじゃあ私はカエデちゃんに電話するね~」

 

「五十嵐さんに? 何故です?」

 

「海水浴に誘うからだよ~。その後で一緒にお買い物~」

 

「じゃあ私はウオミーだな!」

 

「……確か会長のメル友の」

 

 

 俺はいったい何人の水着を選べば良いんだ……

 

「それじゃあ出発!」

 

「カエデちゃんは校門で待ち合わせだよ~!」

 

「……萩村、怨むからな」

 

「ゴメン、チョーゴメン」

 

 

 恨みがましい目を向けると、萩村は必死に謝ってくれた。仕方ない、覚悟を決めるか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校門で五十嵐さんと合流し、店の前で噂のウオミーさんと合流した。あの制服って確か、英稜高校のだよな……意外と近所だったんだ。

 

「やあウオミー」

 

「こんにちは、シノッチ」

 

「貴女がウオミーさん?」

 

「YES! 英稜高校二年、生徒会役員の魚見です」

 

「桜才学園二年、生徒会書記の七条アリアです」

 

「桜才学園二年、風紀委員長の五十嵐カエデです」

 

「よろしく……あら、そちらの方は?」

 

 

 少し離れていた俺に気付いて、魚見さんは近付いてきた。

 

「どうも、桜才学園一年、生徒会副会長の津田タカトシです」

 

「何処かで……お会いしましたっけ?」

 

「いえ、初対面だと思いますけど……」

 

「いえ、絶対何処かで……ちょっとこれを読むのに付き合ってもらえます?」

 

「はぁ……」

 

 

 渡されたのは一冊の本、なにやら台本のようだが、何に使うつもりだったんだろうか……

 

「えっと……汚れますよ、良いんですか?」

 

 

 何で汚れると言うんだ……

 

「良いのよ! タカ君良いの! 先生、今日は汚される覚悟で来てるから!」

 

 

 た、タカ君!? 何だその呼び名は……でも、何故だか近しい名前で呼ばれてた気がするし、魚見さんがアラフォー教師に見えた気が……

 

「先生の水田に、タカ君の種籾を直播きしてー!」

 

「きゅ~!」

 

 

 ……今、五十嵐さんが鳴いたような気が……なんだったんだろう?

 

「ふう、ありがとうございました」

 

「はぁ、お役に立てたのなら……」

 

 

 良く分からないコントをして、俺は結局四人分の水着を選ぶ破目になってしまった……正直俺のセンスなんて当てにならないんだがなぁ……とりあえず、会長は赤、七条先輩は白、魚見さんは青、五十嵐さんは黄色の水着に決まった。俺が決めたんだけどね……




ウオミー登場! ちなみにネタは「のうりん」です。


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海水浴でのハプニング

余裕があったので今週もう一話投稿します


 明日は生徒会の親睦を深める目的で海水浴に行くのだが、風紀委員長と他所の学校の人もくるんだから、生徒会の親睦を深めると言う目的からは外れてるんだろうな。

 

「良いな~タカ兄ぃは、私も海に行きたいな~」

 

「お前は今年受験生だろ。遊んで無いで勉強してろ」

 

「タカ兄ぃ、やろうとしてる人間に『やれ』って言うのは逆効果だよ! エッチの時も……」

 

「お前は言われなきゃやらないんだから良いんだ」

 

「だから最後まで言わせてよ~!」

 

 

 如何して口を開けばおかしな事しか言わないんだ、この妹は……

 

「帰ってきたら勉強見てやるから、それまで大人しく一人で(勉強)してるんだな」

 

「うん! タカ兄ぃが帰ってくるまで一人で(オ○ニー)してるよ!」

 

 

 ……何か致命的にズレたような気がするんだが……まぁ良いか。妹の事は兎も角これで如何にかなった。問題は明日だ。

 元々は横島先生の車で行く予定だったのだが、人数が増えた為に七条先輩の家でも車を出してくれるようなので、二台で分乗していくようなのだが、どちらに乗るかは当日決めるとの事なのでちょっと不安だ。比率とか大丈夫だよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、6時に桜才学園校門前集合との事なので、俺は電車を使って行く事にした。さすがに荷物を持って一駅分を歩くのは疲れるからな。

 

「あら、津田さん」

 

「魚見さん。おはようございます」

 

 

 電車に乗り込んだら英陵の魚見さんがちょうどその車両に乗っていた。面識はあるが、殆ど初対面の人相手に何を話せば良いんだ……

 

「昨日はシタんですか?」

 

「? 何をです?」

 

「オ○ニーを!」

 

「してねぇよ! あと公共の場所でそんな事を言うな!」

 

 

 さすが会長と趣味があうだけある、この人も変態畑の人だった。

 

「そのツッコミ、ウチの生徒会役員にも匹敵しますね」

 

「そうですか……」

 

 

 結局グダグダのまま駅から学園までの道程を過ごした。如何して俺の周りにはボケばっかり集まるんだろう……

 

「おはよう津田、魚見さんもおはようございます」

 

「二人共、おはよ~」

 

 

 校門に着いた時には、七条先輩と萩村が既に来ていた。

 

「おはようございます」

 

「あれ? シノッチは」

 

「会長と五十嵐先輩はまだ……」

 

「私は居ます!」

 

「カエデちゃん、おはよ~」

 

 

 如何やら会長が最後のようだ。何だか会長が最後って珍しい気がする……

 

「待たせたな!」

 

「会……長?」

 

「シノッチ、さすがですね!」

 

「シノちゃん分かってる~」

 

 

 イルカの浮き輪を膨らませた状態で持ってきた会長は、その場で浮き輪に跨って上下運動を始める……俺はツッコまないからな。

 

「それじゃあ横島先生の車と、出島さんの車、どっちが良い?」

 

「メイドの出島です」

 

 

 本当に居るんだ……さすがお嬢様だけある。

 

「此処は公平にジャンケンと行こう」

 

「勝った人が津田さんの上に……」

 

「はいはい、勝った人から順番に選びましょうね」

 

 

 道中で魚見さんの扱いに慣れた俺は、ボケを途中で流して元の話の流れに戻した。

 

「津田のスキルが上がってる……」

 

「随分扱いに慣れてますね……」

 

 

 萩村と五十嵐さんが何故だか面白く無さそうな目で見てきてるけど、何か俺やらかしたか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャンケンの結果、横島先生の車に俺と魚見さんと五十嵐さんが乗り、出島さんの車に桜才生徒会メンバーが乗る事になった。

 

「助手席には荷物が置いてあるから、アンタらは後部座席ね」

 

「それでは津田さんが真ん中で」

 

「いや、五十嵐さんは俺と接しない方が良いんじゃないですか?」

 

「だ、大丈夫です!」

 

 

 だって既に震えてるじゃないですか……そもそも何で俺と一緒の方を選んだんだろうこの人は……

 

「それじゃあ津田、アンタが真ん中で良いのね」

 

「そうみたいですね」

 

 

 結局五十嵐さんが大丈夫と言い張ったので俺が真ん中に……泳ぐ前から疲れてきたぞ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に到着して、女性人の着替えが終わるのを待ってる間にパラソルなどを設置しておく。横島先生も意外と準備が良いんだな。

 

「待たせたな!」

 

 

 会長が腰に手を当てて立っているが、正直何故あそこまでテンションが上がってるのか理解出来ない。人ごみは苦手なんだよ、俺は……

 

「津田さんに一つだけ忠告を」

 

「はい?」

 

 

 メイドの出島さんが何時の間にか背後に立っていた。

 

「お嬢様にもしもの事があったら、責任取ってもらいますからね」

 

「責任?」

 

「貴方の息子を引き抜きます」

 

「はぁ……」

 

 

 息子? 息子ってなんだろう……俺はまだ子供なんて居ないんだが……

 

「それじゃあ引率の横島先生から一言」

 

「皆羽目を外しすぎないように、ハメるのは良いけど」

 

「どっちも駄目だろ」

 

 

 何でこの人が引率なんだか……あっ、生徒会顧問か。

 

「よし! 遠泳でもするか!」

 

「負けないよ~」

 

「シノッチには勝ちますからね」

 

「えっと、私も?」

 

「やりますか」

 

「私は遠慮します、足が届かない場所では泳がない主義なので」

 

 

 ほう……

 

「誰だ今ビニールプールを想像したのは!」

 

 

 萩村に追いかけられる形で全員が逃げ出した。多分俺だけじゃなかったのだろう……てか、五十嵐さんもか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村から逃げ切った私たちだが、津田の姿が見当たらない……何処に行ったんだ?

 

「シノちゃん、あそこに居るよ~」

 

「何!?」

 

 

 アリアの指差したのは、遊泳区域ギリギリのブイだった。そうか、アイツは泳ぎが得意だったんだな……

 

「さすが津田だな……」

 

「まるでお魚さんだね~」

 

「一応見たことありますが、もの凄い泳ぎですね」

 

「私は初見ですが、津田さんって運動得意なんですね」

 

 

 結局遠泳勝負は津田の勝ちか……せっかく勝って津田に何か言う事を聞かせるつもりだったのに……

 

「あっ、戻ってくるよ~」

 

 

 アリアが無邪気に津田の事を見ていたら……

 

「あ、足が!?」

 

「五十嵐!?」

 

 

 五十嵐が足を攣って溺れかけた。如何しよう、此処から浜辺まで結構あるし、私たちじゃ五十嵐を引っ張って向こうまで泳ぐ自信が無いぞ……

 

「お、おちちゅいてください!」

 

「ウオミーが落ち着け!」

 

「如何しよう……」

 

 

 私たちが慌てている間に、五十嵐が沈んで行った。と、とりあえず五十嵐を引っ張り上げなくてはいけないな。

 

「プハァ! ケホッ!」

 

「五十嵐!」

 

 

 意を決して潜ろうとしたら、五十嵐が出てきた。自力で出てきたのか?

 

「何してるんですか! 溺れた人を放って置くなんて!」

 

「津田君!?」

 

「様子が変だから慌てて来てみれば、普段ふざけてるくらい余裕な感じなんですから、こう言った時も冷静に対処して下さいよ!」

 

「スマナイ……」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 如何やら津田が慌てて五十嵐を引っ張り上げたようだった……それにしてももの凄い心肺能力だな。

 

「一先ず浜辺に戻りましょう。五十嵐さんは俺が運びますから」

 

 

 そう言って津田は五十嵐の手を引っ張ってゆっくりと泳いでいった。

 

「津田さん、かなりカッコいいですね」

 

「ウオミー!?」

 

「カエデちゃん、良いな~」

 

 

 ウットリと津田を見つめているウオミーとアリアを見て、私はもの凄く焦った。まさか二人がライバルになるなんて思って無かったぞ……




完全にウオミーとアリア、シノはタカトシを意識してます。もちろんカエデも……
意外とタカトシは性知識に疎いです。


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しつこいナンパの撃退法

お気に入り登録が300を越えました。平均で一話につき10人ペースですね


 五十嵐先輩が溺れかけた時、私は浜辺でそれを見ているしか出来なかった。流れで参加させられた遠泳では、早々にリタイアしてたので、傍に居なかったのもあるが、私はきっとあの場に居ても何も出来なかっただろう。

 

「……村、萩村!」

 

「えっ!」

 

 

 急に呼ばれて私は飛び上がりそうになるのを堪えて呼ばれた方を向く。そこには五十嵐先輩を抱きかかえた津田が居た。

 

「な、何よ……」

 

「悪いけど五十嵐さんの介抱を頼めるか?」

 

「良いけど、アンタは?」

 

「いや、だって五十嵐さんは」

 

「……そうだったわね」

 

 

 緊急事態だったから忘れてたけど、この人は男性恐怖症だった……今は気を失ってるようだが、もし起きてたら如何なってたんだろう。

 

「じゃあよろしく」

 

「何処行くの?」

 

「とりあえず説教してくる」

 

「いや、あの状況で取り乱すのは仕方ないと思うけど……」

 

「そっちじゃなくて、あの二人」

 

「へ? ……あぁ」

 

 

 よく見れば浜辺で男を襲ってる横島先生と七條家メイドの出島さんが居た……生徒の緊急事態に何やってるんだあの教師は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カエデちゃんが溺れた時はかなり焦ったけど、津田君が居てくれて良かったな。もし居なかったら私たちじゃ助けられなかったかもしれないものね。

 

「ねぇ彼女、一人?」

 

「え?」

 

 

 見ず知らずの男の人に話しかけられた。これが世に言うナンパと言うやつなのかな?

 

「スゲェ良い事教えてあげるから、あっちの岩場まで行こうぜ」

 

「良い事?」

 

「あぁ。スゲェぜ」

 

「う~ん……」

 

 

 この人の言ってる良い事が何なのか分からないけど、付いていったらいけないような気がするのよね……でも、男の人に掴まれたら抵抗出来ないだろうし……

 

「良いから来いよ!」

 

「きゃっ!」

 

 

 如何やら短気だった男の人は、私の腕を掴んで強引に岩場まで連れて行こうとしてるみたい。如何しよう、もしかして私、かなりピンチかも知れない……

 

「何してるんです?」

 

「あ?」

 

「あっ!」

 

 

 聞き覚えのある声が近付いてきて、私は安心してきた。私が知ってる男の子で、最も頼りになる声の持ち主だ。

 

「誰だテメェ?」

 

「そちらこそ何方です?」

 

「関係ねぇだろ! 俺は今忙しいんだよ!」

 

 

 そう言って津田君に殴りかかる男の人、随分と暴力的で短絡的な人なんだ……これじゃあモテ無いのも頷けるわね。

 

「ほっと」

 

 

 軽くステップを踏む事で男の人の拳をかわし、そのまま相手の足に自分の足を引っ掛けて転ばせた。

 

「人の連れにちょっかい出さないでくれます?」

 

「何!?」

 

「アリアさん、行きましょう」

 

「え、うん」

 

 

 伸ばされた手を掴み、私は津田君と男の人の横を通り過ぎる。そうか、津田君は私の恋人を演じる事でこの場を治めようとしてるんだ。

 

「何だよ男連れかよ」

 

 

 如何やら津田君の思惑通り勘違いしてくれたようで、男の人は何処かに行ってしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん。津田君が助けてくれたから」

 

「偶々近くを通りかかったから良かったですけど、これからは気をつけてくださいね。七条先輩は美人なんですから」

 

「あっ……うん、気をつける」

 

「?」

 

 

 名前で呼んでほしかったけど、あれは演技だもんね。後で聞いた話だと、私をナンパしてきた男の人は、横島先生と出島さんに襲われたようだった。自業自得かしらね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたらパラソルの下だった。足を攣って溺れたはずの私は、如何やら助かったようだった。

 

「……萩村さん?」

 

「あっ、気が付きましたか」

 

「えっと……どれくらい気を失ってたの?」

 

「五十嵐先輩が溺れてから、まだ一時間くらいしか経ってませんよ」

 

「そう……ところで誰が助けてくれたの? 会長かしら」

 

 

 あの場で咄嗟に行動出来そうなのは天草会長くらいだし、きっとそうよね。

 

「いえ、津田が五十嵐先輩を浜辺まで運んできました」

 

「津田副会長が!?」

 

 

 も、もしかして人工呼吸とかされたのかしら? それってつまりき、き、……って! 妄想してる場合じゃ無い!

 

「浜辺まで五十嵐先輩を運んできて、その後何処かに行っちゃいました。自分が居たら気が休まらないだろうからって」

 

「……そう」

 

 

 津田君がこう言う人だって分かってるのに、如何して私は妄想で悪い方に考えちゃうんだろう……他の男子と違って、津田君は私の事をあんなに気遣ってくれるのに。

 

「あっ、帰ってきたみたいですね」

 

「本当ね」

 

 

 津田君の傍には、七条さんと魚見さんが寄り添うように居たけど、津田君は少し疲れ気味のような表情で二人を見ている。如何やら二人が津田君と腕を組もうとして後ろに居る天草会長に止められてるようだ。

 

「おかえりー」

 

「うん……疲れた」

 

 

 萩村さんの横に転がり込んだ津田君は、そのまま動かなくなった。如何やら本当に疲れているらしい。

 

「まあ津田、これでも飲んで……おっと、零してしまった」

 

「水なら目立たないんじゃ無いですか?」

 

「本当に目立たないか?」

 

 

 天草会長が零したのはスポーツドリンク、零した場所は股周辺……

 

「んなっ!?」

 

「乾くまで隠してなさい」

 

 

 絶句した私の代わりに、津田君が会長にツッコミを入れた。疲れていても相変わらずのキレの良さだった。

 

「ふと思い出したのだが、サメが人を襲う映画があるだろ」

 

「あーありますねー」

 

 

 萩村さん、何だかやる気が無い?

 

「もしあれがサメでは無くタコやイカだったら、十八禁になるよな!」

 

「シノッチは触手がお好きなんですね!」

 

「ヌルヌルして気持ち悪そうね! でもきっと快感なんでしょうね!」

 

「「………」」

 

 

 私と萩村さんは、無言で津田君の方を見る。疲れているところ可哀想だけれど、この状況にツッコミを入れられるのは津田君しか居ないのだ。

 

「アンタら順番に説教だよ!」

 

 

 残ってた力を振り絞って津田君がツッコミを入れ、説教を始める。助けてもらったお礼をするタイミングを逃しちゃったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れるまで説教をした津田だったが、ついにエネルギー切れを起こしその場に座り込んだ。

 

「そろそろ帰るか」

 

「そうだね~」

 

「中々楽しかったですよ」

 

「会長、横島先生が寝てます!」

 

「じゃあ起こして……」

 

 

 横島先生の周りには缶ビールの空き缶が転がっていた。

 

「アリア、出島さんの車に私たち全員乗れるよな?」

 

「乗れるよー」

 

「じゃあそっちで……」

 

「会長、出島さんも寝てます!」

 

「それじゃあ起こして……」

 

 

 出島さんの周りにも缶ビールの空き缶が転がっている……

 

「宿、探すか」

 

「そうだね~」

 

「と、泊まるんですか!?」

 

「仕方ないだろ。運転手が酔って寝てるんだから」

 

「誰がこの二人を運ぶんですか?」

 

 

 萩村がつぶやいた当然の疑問に、私たちは全員で一人の男を見る。

 

「……分かりました、運びますよ」

 

 

 両肩に横島先生と出島さんを寄りかからせて、津田がとりあえず運び出した。着替えがあるからまずは更衣室に連れて行かなければいけないからな。

 

「津田ーアンタ今日グッスリ寝れるんじゃない?」

 

「もう寝たいよ……」

 

 

 更衣室に二人を放り込んだ津田は、浜辺にあるゴミとパラソルを片付けに行った。宿、見つかると良いんだがな……




お泊りフラグは健在です


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旅館で一泊 前編

今週も二話目投稿します


 酔いつぶれた二人を津田君が支えながら運び、私たちは旅館に到着した。

 

「一部屋とは言え、空いてて良かったね~お姉ちゃん」

 

「そうだな」

 

「シノ姉、何か楽しそう」

 

「そうか?」

 

 

 色々と問題がありそうなので、私たちは姉弟妹と言う設定になっているのだ。

 

「とりあえず姉さんたちを部屋に寝かせよう」

 

「そうね~。それじゃあつ……タカトシ君、お願いね」

 

「お願いね、お・に・い・ちゃ・ん」

 

「スズ、怖いって……」

 

 

 自分が末っ子の設定である事が不満なスズちゃんは、津田君を睨みながら言っている。それにしても津田君、完璧に設定をこなしてるわね。

 

「よしアリア、私たちも部屋に行くぞ」

 

「そうね、お姉ちゃん」

 

 

 設定は上から横島先生、出島さん、シノちゃん、魚見さん、私、カエデちゃん、津田君、スズちゃんの順なのだが、如何見ても一番しっかりしてるのは津田君ね。

 

「重かった……」

 

 

 部屋に二人を寝かせた津田君が、座り込んで息を整えている。

 

「津田、何興奮してるんだ?」

 

「疲れてるんだよ! 見て分かれ!」

 

 

 部屋の中と言う事で、普段の話し方に戻ったシノちゃんに、津田君が容赦のないツッコミを入れた。

 

「それで会長、この後如何するんですか?」

 

「一泊して早朝に帰るしか無いだろ」

 

「それじゃあ家に電話しないと」

 

「あの、それなんですが」

 

 

 電話しようとしたら、津田君が気まずそうに手を上げていた。

 

「如何した?」

 

「男と外泊って大丈夫なんですか? いくら不可抗力とは言え、ご両親が納得するか如何か」

 

「津田君は安全だし、大丈夫じゃないかな? それに、これは出島さんの落ち度だからね」

 

「ウチも平気よ。アンタの事はお母さんも知ってるから」

 

「私の親もそこらへんはゆるいから安心しろ! あっ、ゆるいと言っても股の事じゃ」

 

「分かってるから」

 

 

 シノちゃんのボケをサラリと流して、津田君はカエデちゃんと魚見さんを見た。

 

「お二人は大丈夫ですか? 何なら俺は車で寝ますけど」

 

「駄目よそんなの!」

 

「そうですね。津田さんだけを追い出すのは忍びないですし」

 

「事情を話せば分かってくれると思うわ」

 

「ウチの両親もガバガバ……じゃなかった、ゆるいですから安心して下さい」

 

「出来ねぇよ」

 

 

 魚見さんのボケに、津田君は肩を落としながらツッコミを入れた。それにしても『ツッコミを入れる』ってなかなかエロスな表現よね!

 

「アンタも何考えてるんだよ!」

 

「あら」

 

 

 思考を読まれちゃったのかしら。津田君に怒られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかく旅館に泊まる事になったのだがら、温泉を楽しまなくてはな! と言う事で我々は今温泉に浸かっている。

 

「シノちゃん、この旅館混浴があるみたいよ?」

 

「そうなのか? 混浴と聞くと緊張するな」

 

「だね~」

 

「ですね」

 

 

 ウオミーとアリアとで盛り上がってると、五十嵐と萩村がジト目でコッチを見ていた。

 

「ちょっと見てくる」

 

 

 その視線に負けた訳では無いが、私は混浴風呂を覗きにその場から移動した。

 

「ふぉ!?」

 

 

 そして慌ててアリアたちの傍に戻った。

 

「シノッチ?」

 

「如何かしたの?」

 

「いや……お取り込み中だった」

 

「「まぁ!」」

 

「「ッ!?」」

 

 

 アリアやウオミーは分かるが、何故五十嵐と萩村まで向こうに泳いでいったのだろう……

 

「これはこれは……」

 

「凄いわね~」

 

 

 私も見たいぞ! 再び泳いで覗きに行くのだった……津田が居たら全員怒られてたな、ここが混浴じゃなくて良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から上がったら丁度津田君も出てきた。

 

「五十嵐さん、もう平気ですか?」

 

「大丈夫……って、此処では姉弟の設定よ」

 

「そうでしたね」

 

 

 津田君は溺れた事を気にしてくれてるようで、心配そうに足を見ていた。

 

「良いお湯だったね、カエデ姉さん」

 

「そ、そうね」

 

 

 津田君に名前呼ばれちゃった! 興奮してた私を眺めていた津田君だったが、急に背後に手刀を放った。

 

「おっと!」

 

「畑さん? 何故此処に……」

 

「私は新聞部の合宿で此処に。お二人は婚前旅行ですか?」

 

 

 こ、婚前!? 私と津田君がけ、け、結婚!?!?

 

「違いますよ、実は……」

 

 

 冷静に畑さんに事情説明をする津田君……一人舞い上がってるのが恥ずかしくなってきて落ち着きを取り戻した。

 

「なるほど、そう言う事情でしたか。でも安心して下さい、しっかりと曲解して脚色しますから!」

 

「如何やら新聞部を潰したいようですね?」

 

「い、嫌ですね~冗談ですよ」

 

「そうだと思いましたが、念の為にね」

 

「おホホホホホ……」

 

 

 津田君の目が、冗談では無く本気だと言っている事が分かってる畑さんは、乾いた笑いをして居なくなった。相変わらず神出鬼没な人ね……

 

「これ以上誤解されないうちに部屋に戻りましょう」

 

「そ、そうね」

 

「カエデ姉さん?」

 

「な、何!?」

 

 

 設定を守ってるだけなのに、津田君に名前を呼ばれるとドキッとする。もしお付き合いとかしたら名前で呼ばれるのよね……

 

「いえ、ボーっとしてるので……のぼせましたか?」

 

「だ、大丈夫よ! それよりも湯冷めする前に部屋に行くわよ……た、タカトシ」

 

 

 如何しよう! 津田君の事名前で呼んじゃった!

 またしても舞い上がった私を、津田君は呆れたような目で見ている……津田君は何も感じないのかしら……

 部屋に戻ってから津田君に聞いてみると……

 

「異性に呼び捨てにされるのって、母親以外では初めてだな~とは思いましたよ」

 

 

 との事……つまり私が津田君の初めてを……

 

「五十嵐、お前顔が赤いぞ?」

 

「ひょっとしてエロい妄想でもしてるんじゃないですか?」

 

「そうなの、カエデちゃん?」

 

「違いますよ!」

 

 

 何でこの人たちは私を同類に仕立て上げようとするのかしら……

 

「ひょっとして混浴カップルを思い出してたのか?」

 

「あれは凄かったもんね~」

 

「いつか私もしてみたいですね」

 

「違います! てか、私はじっくりと見てませんから!」

 

「……何の話?」

 

「わ、私も分からないわよ」

 

「スズちゃん、嘘は駄目よ?」

 

「お前もじっくり見てただろ」

 

「だから何をだよ……」

 

 

 この部屋でただ一人あの状況を見ていない津田君は、頭に疑問符を浮かべながらも深く追求してくる事は無かった。多分本能的に危険だと判断したんだろうな……

 

「兎に角! 私は何も考えてませんから!」

 

「何だ、つまらん……」

 

 

 天草会長たちは諦めてくれたようで、とりあえずは良かったけど、津田君や萩村さんがジト目で私を見てるのが気になる……だから私は会長たちとは違うのに!




一話で終わらなかった……


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旅館で一泊 後編

十一月ですね。今年も後二ヶ月で終わるのか……


 夕食を済ませ、後は寝るだけなのだが、やっぱり俺は離れて寝るか車で寝た方が良いのかも知れないな。

 

「会長、やっぱり俺は車で寝ますよ」

 

「そこまでしなくても、私たちは君を信用しているぞ」

 

「そうだよ~」

 

「津田さんは信用出来る男性だと思います」

 

 

 そう言ってもらえて嬉しいのだが……

 

「でも俺は、何時の間にか俺の隣を陣取っているこの二人を信用出来ません……何か脱いでるし」

 

「「ギク!」」

 

「横島先生、そこは私が」

 

「出島さん? そこは私が寝るからね~」

 

 

 俺が使う予定の布団の両隣を陣取っていた変態共を簀巻きにして、会長と七条先輩が隣で寝る事になったのだが……

 

「そもそも、何で俺が真ん中になるんですか? 端っこにすれば問題無いのでは……」

 

「べ、別に寝ぼけたフリして布団に忍び込もうなんて思って無いからな!」

 

「そ、そうだよ~! 私は寝てる津田君を襲おうだなんて考えてないからね」

 

 

 あっ、この二人も簀巻きにした方が安全かもしれないな……結局二人を説得する事は出来ずに、俺が真ん中になる事が決定した……萩村も五十嵐さんも説得を手伝ってくれても良いじゃないか。魚見さんに至っては自分は俺の布団で寝るとか言い出すし……今日はもう疲れてツッコめる状態じゃないんだよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は凄腕新聞部部長、畑ランコ。さっきはあまりの恐怖に引いたが、せっかくのスクープを逃す手は無いわね。

 

「津田副会長たちの部屋は……あそこね」

 

 

 望遠レンズ付きのカメラで津田副会長の爛れた生活を激写して記事にすれば、新聞部始まって以来最高の部数が出るでしょうね。

 

「えっと津田副会長は……あら?」

 

 

 布団が六組あるのに、ふくらみは五個しか無い。これはもしや誰かが津田副会長と合体を!

 

「何してるんですかね?」

 

「ッ!?」

 

 

 さっきまで何も感じなかったのに、今は背後に人の気配が……私はゆっくりと背後を振り返ろうとしたのだが、あまりの恐怖に身体が動かなかった。

 

「さっきので諦めてくれたと思ったんですがね。如何やら本当に新聞部を潰したいらしいですね」

 

「見逃してくれたりは……」

 

「一度は見逃しましたが、二度目は無いですよ」

 

「ですよね~……ギャー!」

 

 

 この後の記憶は、私には無い。次に気がついたのは新聞部で借りている部屋の前の廊下で寝ていたのを新聞部の仲間に起こされた時だったから……首筋に鋭い痛みを感じたのは、恐らく津田副会長にやられたのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜中に誰かの気配を感じ目を覚ますと、両隣の布団で寝ていたはずの会長と七条先輩が俺の布団に入って寝ていた。漸く寝れたと思ったのに、厄日かよ……

 

「あの会長? 七条先輩?」

 

 

 寝ている他の人を起こすのは可哀想だったので、小声で話しかける。

 

「ん……津田!? 私たちは姉弟だ! 近親○姦はいけないぞ!?」

 

「でもシノちゃん、津田君が実は血の繋がらない弟だとしたら?」

 

「……ありだな」

 

「無しだよ!!」

 

 

 畑さんに喰らわせたのと同じ攻撃を二人にも喰らわせ、気を失ったのを確認して布団から追い出す。クソッ、やっぱり厄日だな……

 結局この後もろくに寝れずに、うとうとし始めたと思ったら外が明るくなってきたのだった。

 

「仕方ない、散歩でもしてくるか」

 

 

 寝るのを諦めて布団から出て、俺は着替えを済ませて旅館から外に出る事にした。夏休みだし、一日くらい寝なくても大丈夫だろうしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れない天井を見て、私は一瞬自分が何処に居るのかが分からなかった。

 

「そっか、昨日海に来てそのまま……」

 

 

 横島先生と出島さんが酔っ払って車が運転出来なくなった為に、近くの旅館で一泊したんだった……津田君と同じ部屋で。

 

「浴衣は乱れてない、と言う事は津田君に襲われたなんて事は無かったのね」

 

 

 普段から私を気遣ってくれてる津田君だけど、男は皆狼だって言うし津田君ももしかしたらって事もあるかもだしね。

 

「あれ? そう言えば津田君が居ない……」

 

 

 起き上がって全体を見回したが、津田君の寝ていた布団は既に畳まれており、津田君が着ていた浴衣も綺麗に畳まれていた。

 

「何処行ったのかしら……」

 

 

 いくら津田君がしっかりしてるとは言え、土地勘の無い場所をうろついて迷子にでもなったら大変よね。

 

「探しに行かなくちゃ!」

 

 

 急いで部屋から出ようとして、私は何かに躓いた。

 

「ムギュ!? ……何事ですか?」

 

 

 如何やら魚見さんを潰してしまったようで、その圧迫感で魚見さんは目を覚ました。

 

「ごめんなさい」

 

「いえ、私は女性もありだと思ってますよ?」

 

「ヒィッ!?」

 

「冗談です」

 

 

 心配した津田君だったが、特に問題無く皆が起きて着替え終わったのを見計らったかのようなタイミングで帰ってきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの車でもジャンケンをして、今度は私とカエデちゃんと津田君が横島先生の車に乗る事になった。出島さんが寂しそうな顔をしてたけど、何時も乗ってるから偶には違う車に乗りたかったのよね~。

 

「いや~面目無い。逆レ○プに成功して祝杯を挙げてたらつい」

 

「そもそもそんな事してないでくださいよ! 仮にも教師でしょ、貴女!」

 

「教師である前に一人の女だよ。良い男が居たら食いたくなるだろ?」

 

「知りませんよ!」

 

 

 さっきからカエデちゃんがツッコミを入れてるけど、津田君は随分と静かね?

 

「津田君?」

 

「……スー……」

 

 

 如何やら津田君は寝ているようだった。

 

「津田君は寝てるんですか?」

 

「疲れちゃったんじゃないかな? 昨日は色々あったから」

 

「そうですね……」

 

 

 カエデちゃんが溺れたのもそうだけど、一日中ツッコミを入れてたのも疲れた原因だと思うのよね~。

 

「あら?」

 

 

 津田君がゆっくりと私の肩に頭を預けてきた。こうして見ると随分と可愛い顔してるんだと良く分かるわね。普段は凛々しい顔してるから、余計に可愛く感じるのかもしれないけどね。

 

「もうちょっとずれたらおっぱい枕ね」

 

「ビクン!」

 

「津田君?」

 

「今のはジャーキングと言って、身体に負担の掛かる寝方をしてるとなる現象だよ。決して夢○したわけじゃ……」

 

「イってねーよ! ……あれ?」

 

 

 ツッコミと共に目を覚ました津田君は、不思議そうに周りを見渡してそのまままた寝てしまった。その後は私にもカエデちゃんにも寄りかからずに学園に着くまでずっと寝ていたのだけれど、私もカエデちゃんもずっと津田君の寝顔を見ていたのは津田君には秘密ね。




いけそうなら連日投稿します


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津田家の日常

タカトシが海に行ってる時のコトミがメインです


 タカ兄が外泊すると聞いて、私はお母さんに喰いついた。

 

「お母さん、あんなに簡単に許可しちゃって良いの!?」

 

「良いも悪いも、タカトシだってもう高校生なんだから大丈夫でしょう」

 

「そうじゃなくて!」

 

「何よ」

 

 

 私が言いたい事が分からずに、お母さんは眉をひそめて私を見てきた。

 

「タカ兄が大人の階段を上ったら如何するのよ!」

 

「帰ってきたら赤飯かな」

 

「お母さん!」

 

「心配しなくてもタカトシなら大丈夫だ! あの子はちゃんと段階を踏んでからする子だろうからね」

 

 

 お母さんのタカ兄への信頼感はハンパ無いものだと私は思ってる。普通女七人に男一人の状況で何も無いと核心が持てるほど息子を信頼出来る親がこの世に何人居るのだろう。

 

「アンタも馬鹿な事ばっか言ってないで少しは勉強しなさい」

 

「タカ兄が心配でそんな事出来ないよ」

 

「そんな事ってアンタ、来年高校に通えなくなっても知らないからね」

 

「そうなったら身体売ってでも稼ぐから大丈夫!」

 

「ハァ……誰に似たんだろうねこの子は……」

 

 

 これ見よがしにため息を吐かれたが、私はお母さんに似たんだと思ってる。お父さんが言うにはお母さんも昔は私みたいに思春期真っ盛りだったらしいし。

 

「ほれ、さっさと部屋に戻って勉強しなさい! タカトシはもう宿題終わらせてるって言ってたよ」

 

「えっ? だってまだ夏休み始まって二週間も経ってないよ!?」

 

「あの子は出来る子だからね。毎年アンタの相手をしてなかったらこれくらいには終わってたんだろうよ」

 

 

 タカ兄ってそんなに出来る人だったんだ……じゃあ何でもっと高いレベルの高校を受験しなかったんだろう……

 

「ねぇお母さん」

 

「今度はなんだい」

 

「タカ兄って如何して桜才を選んだの?」

 

「そんな事私に聞かないで本人に聞きな。私は知らないよ」

 

「聞いてないの?」

 

「アンタと違ってタカトシはちゃんと考えて選んでるでしょうからね」

 

「兄妹なのに、何だこの信頼の差は……まさか仕組まれた世界の理だとでも言うのか!」

 

「そう言った馬鹿みたいな事を言ってるからアンタは信頼されてないんだよ」

 

 

 お母さんに冷たい目で見られて、ちょっと興奮してきた。

 

「その目、もっと私を見て! お母さん」

 

「タカトシが年々ツッコミ上手になった理由が良く分かるわ……今度あの子が欲しいものを買ってあげるか」

 

「え~! お母さん、私には~」

 

「アンタは昔から好きなものを買ってやってただろ」

 

「そうだっけ?」

 

 

 昔の事は思い出せないけど、そんなにお母さんに物を買ってもらった覚えは無いんだけど、覚えてないだけなのかな?

 

「偶の休みに相手してやろうとしてもタカトシは私たちを気遣って『せっかくの休みなんだから無理しなくて良いよ』って言ってくれたのに、アンタはねぇ……」

 

「私だってそれくらい言えるよ」

 

「アンタは余計な仕事を増やすばっかりじゃないか」

 

「そんな事無い。この世に無駄な仕事など存在しないのだ」

 

「はいはい……馬鹿な事してないで勉強しなさい。そして少しでもマシなところに就職してお母さんとお父さんに還元しなさい」

 

「就職などせずとも生きていける。私は型にはまった生き方はしたく無いのだ」

 

「……本当に、誰に似たんだかねぇ」

 

 

 これ見よがしにもう一回ため息を吐いたお母さんだったが、追い払うように手を振って私の相手をしてくれなくなった。お父さんも相手してくれないし、しょうがないな。

 

「部屋でオ○ニーでもするか」

 

「「勉強しなさい!」」

 

「うおっ!」

 

 

 まさか両親にツッコまれるとは思わなかった……でも興奮する~!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りの車中、如何やら俺はずっと寝ていたらしいんだが、途中で何かツッコんだ気がするんだよな……覚えて無いけど。

 学園前で解散した俺たちは、それぞれの家路についたのだった。

 

「ただいまー」

 

「おう、お帰り」

 

「お母さん? 珍しいね、こんな時間に家に居るなんて」

 

 

 普段は共働きで朝早くに家を出て夜遅くに帰ってくる両親が、この時間に家に居る事は年に何回あるか分からないくらいなんだが、本当に珍しいな。

 

「アンタが家に居ないんじゃ、あの子一人にするのは心配でね。早めに帰らせてもらったんだよ」

 

「そっか……何かゴメン」

 

「アンタが謝る必要は無いよ。元々は私たちがアンタにあの子の世話を押し付けちゃってるんだから」

 

「ありがとう」

 

 

 俺は何時かこの両親に恩返しが出来るのだろうか。

 

「タッカ兄ぃ~お帰り~!」

 

「ただいま」

 

 

 階段を駆け下りてきたコトミを見て、お母さんがため息を吐いた。また何かやらかしたんだろうな……

 

「宿題はやったの?」

 

「保健体育はバッチリ!」

 

「……ハァ」

 

「コトミ、明日から付きっ切りで宿題見てやるから覚悟しろよな」

 

「そんな!? さすがの私もタカ兄の前で絶頂するのは……」

 

「普通の勉強だからな。それ以外な事をしようものなら……分かってるよな?」

 

「は、はい!」

 

 

 睨みを利かせコトミを黙らせる。普段からこうすれば大人しくなるのだが、あまりやり過ぎるとおかしな展開になるのでこれは本当に最終手段なのだ。

 

「もうじきご飯だから、タカトシも手を洗ってきな」

 

「分かった。コトミ、ご飯が終わったら勉強見てやる」

 

「ええ~! 今日くらい良いじゃん~」

 

「アンタは昨日もやってないだろ」

 

「出かける前にちゃんとやれって言ったろ? 何でしてないんだよ」

 

「えっ? あれってオ○ニーしてろって意味じゃなかったの?」

 

「「……ハァ」」

 

 

 お母さんとため息がハモった。本当にこの妹は……

 

「今からご飯が出来るまで説教だ!」

 

「そんな~……」

 

 

 ろくに寝てないけど、この妹だけは何としても説教しなくては……

 家に帰って来ても外泊してても、何で俺の周りにはこう言った人ばかりなんだろうな……呪われてるんじゃないだろうか……




原作ではほぼ出番の無かった両親を登場させました。
ちなみにタカトシは親に興味が無いからあんな事を言ったわけでは無く、純粋に休んで欲しかったからああ言いました。


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津田兄妹の一日

三日連続投稿と二話続けてのオリジナル話です


 海に行って帰って来てから、俺は殆ど家から出る事無くコトミの勉強を見ていた。少しでもまともな学校に進学して、少しでもマシなところに就職してもらうのが、一番の親孝行になるだろうと考えたからだ。

 

「コトミ、また同じ間違えしてるぞ」

 

「………」

 

「コトミ?」

 

 

 間違えを指摘しても反応が無い、不審に思って目の前で手を振ってみたがまったく反応しなかった。

 

「お~い」

 

「……は!」

 

「あっ起きた」

 

「今お花畑が見えてたんだけど」

 

「………」

 

 

 何で死にそうになってるんだよ……

 

「タカ兄、少し休憩しようよ」

 

「休憩? あぁ、もうこんな時間か」

 

 

 時刻は午前十一時過ぎ、勉強を始めたのが九時前だから、もう二時間は経っていた。

 

「それじゃあ飯でも作るか。何食べたい?」

 

「さっぱりとしたものがいいな~」

 

「それじゃあ蕎麦か饂飩が良いかな」

 

「ブッカケ蕎麦が良い~……あっ! ブッカケと言っても……」

 

「あ~はいはい、分かったからお前は大人しく頭を休めてるんだな。その間に買い物に行ってくるから」

 

 

 余計な事を考える余裕があるのなら、もう少し詰め込んでも平気だな。

 

「アイス買ってきて~」

 

「アイス? 昨日お母さんが買ってきてただろ、もう食べちゃったのか?」

 

「だって暑いし頭使ってるしで甘い物を欲してたんだよ」

 

 

 確かに甘い物は脳に良いしな。仕方ない、一緒に買ってくるか。

 

「俺が居ない間におかしな事するなよ」

 

「大丈夫だよタカ兄! タカ兄の部屋でトレジャーハンティングなんてしないから」

 

「? 何だそれは」

 

「えっ!? 健全な高校生男子なら持ってるでしょ?」

 

「だから何を?」

 

「「………」」

 

 

 お互いが沈黙してしまった。コトミは俺が言ってる事が信じられなくて、俺はコトミが何を言ってるのかが分からなくてだ。

 

「とりあえず部屋から出ずに休んでるんだな」

 

「つまりお漏らしプレイを……」

 

「トイレは行って良いぞ」

 

「は~い……」 

 

 

 何不貞腐れてるのかは知らないが、コトミはつまらなそうに返事をした。まったく何がしたいんだこの妹は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近所のスーパーで必要なものを買って家路に着いた。今日は両親共帰りが遅いので、夕飯も俺が作る事になっているのでまとめて買ってしまった。

 

「ふう、結構重いな」

 

「あら、津田副会長」

 

「ん?」

 

 

 知り合いの声が背後からしたので振り向くと、そこには五十嵐さんが立っていた。

 

「こんにちは。五十嵐さんもこの辺なんですか?」

 

「ええまぁ、それで津田副会長は……」

 

「普通に君付けで良いですよ? 海ではそう呼んでましたよね?」

 

「それじゃあ津田君は此処で何を?」

 

「見ての通りです」

 

 

 俺は手に持ったエコバッグを五十嵐さんに見せる。

 

「エコバッグですか、津田君も環境に気を使ってるんですね」

 

「見て欲しかったのはそっちじゃないんですがね……買い物です」

 

「わ、分かってます!」

 

「両親が共働きで妹は家事出来ませんからね。俺がやってるんです」

 

「えっ、津田君て料理とか出来るんですか!?」

 

「まぁそれなりに……そんなに驚かれるとさすがに傷つくんですが」

 

「ち、違っ! 意外とかそう言った意味じゃ無いからね」

 

「語るに落ちてますよ……」

 

 

 そりゃ男子高校生が料理が出来るなんて思わないよな……中学に上がる頃には親の手伝いでかなりやってたし、てか手伝いじゃ無くて居なかったんだけど……コトミにやらしたら散らかすだけ散らかして完成しなかったしな……

 

「それじゃあ俺はこれで。妹が変な事をしだす前に帰らなければいけませんから」

 

「そう……それじゃあまた」

 

 

 ちょっと寂しそうな感じがしたような気がしたけど、これ以上待たせるとコトミが変な事を仕出かしそうだからその事は指摘しないで五十嵐さんと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が居ない間に、少しでも発散しておかなければ本当に死んでしまう。タカ兄には変な事はするなと言われたけど、具体的に何が変な事なのかは言ってなかったんだから、オ○ニーくらいは良いよね。

 

「さっきまでタカ兄が座ってた椅子……」

 

 

 このままペロペロしたいけど、それはさすがにタカ兄にバレるから止めておこう。でも良い匂い……これがタカ兄の匂い……

 

「タカ兄ぃ……」

 

「ただいま」

 

「!?」

 

 

 玄関から今まさに思い描いていた人の声がして焦った。タカ兄は買い物早いんだったの忘れてた。

 

「お、お帰り!」

 

「おう……?」

 

「如何したのタカ兄?」

 

「いや、何か顔赤くないか?」

 

「!?」

 

 

 しまった! まだ興奮が冷めてなかったんだった。

 

「大丈夫! ちょっとオ○ニーしてただけだから!」

 

「……飯作るな」

 

「あ、あれ?」

 

 

 何時もならツッコミが来るはずなんだけど……ツッコミが来なかった事が不満で、私はタカ兄を追いかけてキッチンに行った。

 

「タカ兄! 何で無視するのよ!」

 

「お前を見てると心配になってくるんだよ」

 

「心配?」

 

「中学での酷さは聞けたから良いけど、このままだと高校でどんな酷い事になるか如何か」

 

「それじゃあタカ兄と一緒のところに行くから大丈夫だね!」

 

「は? お前桜才受けるの?」

 

 

 信じられないものを見るような目でタカ兄が私を見てくる……ちょっと興奮する。

 

「だって制服が可愛いし、家が近いから」

 

「そんな理由でかよ……」

 

「それじゃあタカ兄は何で桜才にしたの? タカ兄ならもっと高いレベルの高校でも行けたでしょ?」

 

 

 この前気になった事を直接聞く事にした。丁度タイミングも良かったしね。

 

「進学率の高さとその後の就職率の良さ。それから近所だから交通費も気にしなくて良いし運動も兼ねての通学だから体調面でも丁度良かったんだよ。英稜でも良かったんだけど、あっちはさすがに歩いては行けないからな」

 

「うへ~……そんな事まで考えてたんだ」

 

「でも最近は、萩村みたいに卒業したら留学するのも良いかもと思ってるけどな」

 

「留学? そんなお金無いよ?」

 

「だから大学に行ったらバイトしながら資金を貯めようと思ってる。今からでも良いんだけど、お前が家の事全然だからな」

 

「えへへ~」

 

「褒めてないから」

 

「でもタカ兄、タカ兄は英語なら既に結構話せるでしょ?」

 

 

 中学の弁論大会でも日本語と英語の両方で学校一位になってたし。

 

「それでも本場に勉強しにいくのは良い事だと思うんだ。もちろんお金が用意出来なければ諦めるけど」

 

「奨学金とかは?」

 

「あれは後で返すんだぞ? それだったら自分で工面した方が良い」

 

 

 タカ兄はしっかりと自分の事を考えてるんだな~。お母さんたちが信頼してるのが納得出来るよ、うん。

 

「タカ兄は良い男の人だね!」

 

「は?」

 

「結婚相手が羨ましいよ」

 

「何言ってんの?」

 

「この際近親○姦でも良いからタカ兄の……」

 

「黙って部屋に戻って勉強するのと、今すぐ意識を刈り取られるの、どっちが良い?」

 

「勉強してきまーす!」

 

 

 タカ兄の一撃は本気で痛いから嫌なんだよね。痛さの中に気持ちよさが無いんだもん。こうしてタカ兄に聞きたかった事は聞けたし、私の目標を知ったタカ兄はより厳しく勉強を見てくれる事になった……余計な事言わなければ良かったな。




この話が後に例の展開の伏線に……


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夏の終わりと新学期

次回からまた原作ありきに戻ります



 夏休みも終わりに近付いてきたのだが、目の前には終わっていない宿題の山がある。タカ兄が見てくれてたから少しは終わってるのだが、タカ兄だって暇ではないのでずっと見ていてくれていた訳では無い。生徒会の仕事だってあるし、宿題以外にもタカ兄は勉強してるんだし、ずっと私の勉強を見てくれていた訳では無いのだ。

 

「また溜めてしまった……」

 

 

 毎年恒例の事なのだが、今年こそはと思っては溜めてしまうのだ。

 

「受験勉強もしてたし、今年は仕方ないよね!」

 

「開き直ってないでとっとと終わらせちまいな」

 

「お母さん、手伝ってよ~」

 

「タカトシが帰ってくるまで一人でやってるんだね。帰ってきたらきっと見てくれるから」

 

「タカ兄に怒られる……宿題はちゃんとやってるって言ってたし……」

 

「アンタの嘘なんてタカトシはお見通しだろうよ。まったく、せっかくの休みだって言うのにこの娘は……何処が分からないんだい?」

 

「全部……」

 

「……自分で何とかするんだね」

 

 

 教えてくれそうだったお母さんだったが、私が全部分からないと言うと黙って教科書を机に置いた。

 

「さーて、今日の晩飯は何を作ろうかねぇ」

 

「お母さん!?」

 

「ただいま」

 

「お帰り。タカトシ、コトミの宿題見てやっておくれ」

 

「コトミの? アイツまた溜め込んだのか」

 

 

 ゆっくりと階段を上ってくる音が近付いてくる。タカ兄に何て言って謝れば良いんだろう。

 

「タカ兄、ゴメン!」

 

「……は? また何かやらかしたのか?」

 

「宿題終わってるって嘘吐いて……」

 

「いや、知ってたぞ」

 

「……何で?」

 

「だってお前の部屋で受験勉強してたんだし、宿題にまったく手をつけてないのくらい知ってるさ。そもそも毎年俺が言わなきゃやらなかったんだから、自主的に終わらせてるなんて思う訳無いだろ」

 

 

 その信頼は嬉しく無いけど、今は兎に角タカ兄の力を借りなくては!

 

「それでタカ兄、お願いがあるんだけど……」

 

「教えはしない。だが分からない箇所の説明くらいはしてやるから」

 

「さっすがタカ兄! 後で私の全部をあげるね!」

 

「いや、要らないんだが……馬鹿な事言ってないでさっさと手をつけろ。あと一週間も無いんだぞ」

 

「は~い!」

 

 

 タカ兄の手伝いもあって、残り一日を持ってして夏休みの宿題は終了した。私もやれば出来るんだな~。

 

「殆ど人に聞いておいてなんだその満足げな顔は!」

 

「だって本当に全部分からないんだもん!」

 

「……桜才を受けるのは諦めた方が良いんじゃないか?」

 

「えぇー! だって兄妹の学校プレイが……」

 

「そんな目的は達成出来なくて良い!」

 

「あっそっか! 別に他の高校でも忍び込めば……」

 

「コトミ、今から始業式の朝まで受験勉強だ」

 

「え? 今からってあと一日以上あるけど……まさか本気じゃないよね?」

 

「さっさと参考書とノートを開け! 時間は有限だぞ!」

 

「た、タカ兄? 何でそんなに気合が入ってるの?」

 

 

 さっきまで呆れ気味だったタカ兄が、何かのスイッチが入っちゃったように燃えている。

 

「お前を他所の高校に行かせて問題を起こされるくらいなら、桜才に入ってもらって目の届く場所に居てもらった方が、俺の精神は落ち着けるだろうしな。さぁコトミ、模試で合格判定もらえるように頑張るぞ」

 

「も、模試って、九月になってすぐだよ!?」

 

「だから今から勉強するんだろ! それともコトミは合格出来なくても良いのか!?」

 

「それは嫌だけど……」

 

 

 タカ兄の熱血指導のおかげで、私は残り一日の夏休みを満喫する事無く勉強に費やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日からまた学校が始まる。二学期も生徒会やら勉強やらで忙しいんだろうが、なんだか高校生活を送ってるって感じがするよな……

 

「さて、今日から二学期な訳だが」

 

「そうだね~シノちゃん」

 

「我々生徒会はちょこちょこと学校に来ていたから新学期と言う感覚が他の生徒より薄いかも知れん」

 

「そうかな……」

 

 

 別にそんな事無いんだが……

 

「そこで新学期だと感じられるように生徒会室を引っ越してきた」

 

「そう言えば前は三階でしたね」

 

「そんな理由で引っ越してきたのかよ」

 

 

 てっきりもっと他の理由があったのかと思ってたぞ……

 

「それでシノちゃん? 津田君の相手なんだけど……」

 

「ちょっと待って! 何だその話は」

 

 

 俺の相手って何だよ?

 

「あっ、津田君を誰とくっつけようかって話だよ」

 

「は?」

 

「アリア、それだと説明不足だ」

 

「そうだったね。津田君を主役にBL小説を……」

 

「速攻原稿を提出の上、コピーなりバックアップなりも全て渡して下さい。全て処分します」

 

「「えぇー!!」」

 

「何か文句でも?」

 

「「い、いぇ何でも無いです……」」

 

 

 まったく、人の事を想像でも男とくっつけようとするなよな……

 

「新学期早々五月蝿いですよ!」

 

「あら、カエデちゃん」

 

「五十嵐」

 

「また会長たちですか……ってあれ? 生徒会室は三階じゃ……」

 

「引っ越したんですよね~」

 

「ヒィ!?」

 

「畑さん」

 

 

 千客万来か? 何かまだ来るような予感がするんだが……

 

「お~い、生徒会役員共」

 

「横島先生、何か用ですか?」

 

「いや、暇だから遊ぼうかと」

 

「アンタそれでも教師かよ!」

 

「会長ー予算アップお願いします!」

 

「三葉」

 

「あっ、タカトシ君でも良いよ」

 

「いや、予算は萩村だから」

 

「失礼します。お嬢様、お昼をお持ちしました」

 

「ありがとう出島さん」

 

 

 ……新学期早々騒がしいが、なんだか漸く新学期だって気分になってきたな。これも会長のおかげなのかもしれないな。




さ~て、イベントが多い二学期に突入です。やりたい事が多くてちょっと困ってます


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希望のパン…

体育祭の競技決めです


 二学期になり、休み明けテストも終わった今日、生徒会では重要な会議があると言う事で新しくなった生徒会室に向かう。

 

「萩村、今から生徒会室か? 一緒に行かない?」

 

「そうね、目的地が一緒なら別々に行く必要も無いしね」

 

 

 廊下で萩村と会ったので一緒に生徒会室に向かう事にした。それにしても今回のテストも萩村に勝てなかった……

 

「萩村ってどんな勉強してるんだ?」

 

「何、急に?」

 

「いや、休み明けテストも萩村に勝てなかったし……」

 

 

 今回は自信あったんだが、萩村に15点届かず負けた。500点満点で500点なんてありえないと思ってたぞ……

 

「アンタだって十分凄い点数だったじゃない。三位と40点以上離れてるんだから」

 

「そうだけどさ……」

 

 

 何時か萩村に勝てる日は来るのだろうか……

 

「遅いぞ!」

 

「もう会議始めちゃってるよ~」

 

 

 ホワイトボードには体育祭の競技と思われるものが書かれているのだが……

 

「随分と酷い体育祭だったんですね」

 

「去年まで女子高だったからな」

 

「女子校生ばっかだったもんね~」

 

「アリア、誤字は駄目だぞ!」

 

「あっそっか! 公的には女子高生だったね~」

 

「……何の話?」

 

「私に聞かないでよ……」

 

 

 良く分からない事を言うのは何時もの事なのでスルーする事にした。

 

「おーす」

 

「横島先生」

 

「良いものがあるじゃない!」

 

 

 何だか楽しそうにホワイトボードに近付いて、徐にマグネットを手に取った横島先生。

 

「これでよし!」

 

 

 書かれていた高の字の上にマグネットを置き、満足そうに生徒会室から出て行った。

 

『女子○生』

 

 

 あの人は何をしたかったんだろうか……

 

「今年から共学だからな。新しく考えなければいけない」

 

「リレー、借り物競争、玉入れ……」

 

「何を言ってるんだ君は!」

 

「ん? 何かおかしな事言いましたか?」

 

 

 自覚無かったんだが、何か間違ってたのだろうか……

 

「入れるのは竿だろ!」

 

「……竿?」

 

 

 意味が分からないので萩村を見た。すると萩村は真っ赤になって視線を逸らした。

 

「七条先輩、会長の言ってる意味が分かりません」

 

「あのね……」

 

「うわぁ~!」

 

「「!?」」

 

「萩村、如何したんだ?」

 

 

 急に悲鳴のような声を出した萩村に、会長と七条先輩は驚いたようだった。

 

「会長! 男子が居るクラスと居ないクラスで戦力に違いが出ると思います!」

 

 

 何かを誤魔化すように一気に言い切った萩村を、俺は不審に思ったが、特に追求する事無く萩村の意見に賛同した。

 

「確かに一年には男子が居ますし、居ないクラスもありますからね。何かハンディを付けなければいけませんかね?」

 

「ハンディか……男子は前日限界まで自家発電を!」

 

「発電? 自転車でも漕ぐんですか?」

 

「津田君、ここはボケるところじゃないよ?」

 

「……面倒なんで、ツッコミ放棄したかったんですよ」

 

 

 さすがにそれくらいの知識はある。だが面倒だったから知らないフリで済まそうとしたんだから余計な事は言わないでほしかった……

 

「男子は参加競技に制限をつけるって言うのは如何です? リレーとかだとやはり男女差が顕著に出ると思うんですよ」

 

「そうだな! さすが津田だ! 桜才のパイオツマニアとして生徒会にスカウトした甲斐があったな!」

 

「……パイオツ?」

 

「スマン、パイオニアを噛んでしまった」

 

 

 随分と酷い噛み方をしてるな……

 

「だけど津田君は色々な競技に出ると思うよ~」

 

「何でですか?」

 

「だって津田君の運動神経の良さはクラスの皆は知ってる訳でしょ~? そうなると他の男子の代わりに出れる競技には全部津田君が出させられると思うんだけど」

 

「……ありそうで嫌ですね」

 

 

 柳本をはじめ、他のクラスメイトの考えそうな事だ……自分たちは応援で忙しいとか言い出しそうだな。

 

「パン食い競争では、色々なパンを試してみようと思うんだが」

 

「例えば?」

 

「メロンパンなんて如何だ?」

 

「シノちゃん、それってシノちゃんが好きなパンじゃない?」

 

「そ、そ、そ、そんな事無いぞ! メロンパンは皆好きだろ!」

 

「そうかな~? スズちゃんは何が良いと思う?」

 

「私は極長のフランスパンで」

 

 

 そっか、萩村は届かないのか……それだったら参加しなければ良いんじゃないのか?

 

「何か味付けるか?」

 

「フレンチトーストで」

 

「津田君は何か意見ある?」

 

「いえ、俺は特に……そもそも自分の意見を無理矢理通そうとは思ってませんよ」

 

 

 それこそ生徒に意見を求めるべきだと思うんだが。

 

「こう言う時こそ目安箱の出番だな!」

 

 

 そう言えばそんなものあったな……目安箱でパン食い競争のパンの希望を取った所……

 

「一番多かったのは津田のパンツなんだが」

 

「誰だふざけたのは!」

 

 

 パンだって言ってるだろうが!

 

「その次が七条先輩のパンツですね」

 

「あら残念。私穿いてないんだ~」

 

「穿けよ! てかまたパンツかよ!」

 

 

 もう駄目かもしれないな、この学校……パンだって言ってるのに、何故皆パンツを求めるんだよ……

 

「次に多いのが五十嵐先輩のパンツですね」

 

「それなら用意出来そうね!」

 

「する訳ねぇだろ! そもそもパンだって言ってるだろうが!」

 

 

 最早アンケート内容が欲しいパンツになってるんじゃないだろうな……

 

「会長! アンケートがパンツになってます!」

 

「スマン、寝不足でつい……」

 

「そんなに忙しいんですか?」

 

「そうじゃなくて、シノちゃんは遠足の前日とかに寝れないタイプだから」

 

「……は? だって体育祭は来月ですよ?」

 

 

 まさかもう既になんて事は無いだろ……

 

「ち、違うぞ! 楽しみだなんて思って無いからな!」

 

「……既にそうなってるんですね」

 

 

 早すぎるだろ……これから一ヶ月寝不足で過ごすつもりなのかよ……とりあえずアンケートは取り直しだな。




オチを寝不足での書き間違いにしました。


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生徒会密着取材

色々とオリジナル展開になってます


 部屋で英語の課題をやっていたらドアがノックされ、返事を待たずにドアが開いた。

 

「タカ兄、勉強教えてー」

 

「別に構わないが、ノックして返事を待たなかったらしてないのと一緒だぞ」

 

「タカ兄のなら顔にかかっても良いし」

 

「……何の話だ?」

 

「え? だってノックしないで入ってきたら絶頂の……」

 

「勉強だったな。それで、何の教科だ?」

 

「タカ兄って、最近スルースキルが上がってるよね」

 

 

 コトミを相手にしてれば良かった去年までとは大分環境も変ったからな。スルーしなければまたぶっ倒れる可能性だってあるのだ。

 

「で、何の教科だ?」

 

「英語」

 

「お前英語苦手だよな。そんなんで桜才の受験大丈夫か?」

 

「他の教科でカバーするさ!」

 

 

 ……他の教科も期待できないんだよな。模試も近いし何とか合格判定を貰ってほしいんだが、無理だろうな……

 

「私って生粋の日本人なんだろうね。横文字とかが全然駄目で、この前もクリーニングをク○ニリ○グスって言っちゃったし」

 

「それはお前が思春期だからだろ」

 

 

 そもそも何故そう読んだ……

 

「タカ兄は良いよね~英語得意だから」

 

「勉強したからだ。最初から出来た訳じゃないぞ、俺だって」

 

「でもさ~、タカ兄と私とじゃ頭の出来が違うじゃない」

 

「無駄な知識を詰め込んでるから必要な知識が入らないんだろ」

 

「無駄な知識など無い! この世に存在する事全ては必要な知識なのだ!」

 

「はいはい、ふざけてないでさっさと勉強しろ」

 

 

 厨二病+思春期の妹は変な知識ばかり詰め込んでるからな、それでなくても昔っから酷かったのに……

 

「タカ兄ぃ……」

 

「何だ?」

 

「問題が何言ってるのかが分からない……」

 

「……辞書を引く事を勧める」

 

 

 一度自分で調べる癖をつけさせれば勉強もはかどるのでは無いのかと思ってるのだが、辞書を引くのすら放棄しているからな……こんなんで、本当に桜才を受けるんだろうか……兄として心配になってきたぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、生徒会の仕事で早朝から校門で服装検査をする為に早めに学校に来た。9月になってもまだまだ暑いな……

 

「おはようございます」

 

「おう、津田」

 

「津田君、おはよー」

 

「あれ? 萩村はまだですか?」

 

「此処に居るわよ」

 

「おはよう」

 

 

 七条先輩の影に隠れて見えなかった……とりあえず全員居るみたいだし、後は校門でチェックするだけか……

 

「なあ津田」

 

「はい?」

 

「最近シャツを外に出す生徒が多いと思わないか?」

 

「そうですね」

 

「だから今度の全校集会で注意しようと思ってるんだが」

 

「ちなみに何て言って注意するつもりなんですか?」

 

「うむ、外に出すのは性行為の時だけにしろ! って言うのは如何だろうか?」

 

「全力で阻止させていただきます」

 

「相変わらずですね、天草会長」

 

「五十嵐!」

 

「おはようございます」

 

 

 服装チェックだからな、風紀委員長の五十嵐さんが居てもおかしくは無いのだが、この人も何だかボケ側だしな……

 

「あ、あの津田君……」

 

「なんでしょうか?」

 

「これ、海の時のお礼……」

 

「お礼? 何かしましたっけ?」

 

 

 五十嵐さんにお礼されるような事をした覚えは無いんだが……

 

「溺れたのを助けてくれたでしょ」

 

「ああ、その事ですか」

 

「あの時は本当にありがとうございました」

 

「いえいえ、溺れた人を助けるのは当然だと思いますし、大した事でも無いですよ」

 

 

 実際すぐに引き上げたので何の問題も無かったし。

 

「ほう、風紀委員長が津田副会長に賄賂ですか」

 

「ヒィ!?」

 

「畑さん、賄賂ってこれですか?」

 

 

 俺は五十嵐さんに貰った包みを見せた。

 

「何だ、お金じゃないのか」

 

「当たり前です!」

 

「参考書ですか、ありがとうございます」

 

 

 丁度別の物も買おうとしてたので、これは素直に嬉しい。大事に使わせてもらおう。

 

「ところで畑さん、少し格好がだらしないですよ」

 

「徹夜でスクープを追い求めてたからね。少し汚いのは仕方ないのよ」

 

「……最近の部活はそこまでやるんですか」

 

 

 それとも畑さんだけが必死なのだろうか……

 

「それで、生徒会に一日密着取材をしたいのだけれども、良いかしら?」

 

「それは会長に聞いてください」

 

「既に天草会長たちの許可は貰ってるのよ。後は貴方だけ」

 

「会長が許可したのなら、俺も問題は無いですよ」

 

 

 どうせ断っても勝手にするんだろうし、それだったら目に見える範囲でやってもらった方が良いだろうしな。

 

「それじゃあ後ほど」

 

 

 それだけ言って畑さんはいなくなった。相変わらず神出鬼没な人だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、ずっと会長に密着していた畑さんが、生徒会室で撮った写真のチェックをしていた。

 

「これだけあれば大分儲かるわね」

 

「そんな事したら容赦無く新聞部を潰しますからね」

 

「じょ、冗談よ……それじゃあ貴方にもインタビューしたいのだけれども、良いかしら?」

 

「構いませんが、ふざけようものなら……分かってますよね?」

 

 

 この人は海の件で散々説教したのにも関わらず、また同じ事をする可能性があるんだよな。一応釘を刺しておいてから、インタビューに答える事にした。

 

「ではまず、貴方にとって会長はどんな人?」

 

「会長ですか? そうですね、何時もお世話になってます」

 

「なるほど……会長はオ○ペット」

 

「捻くれた捉え方するな。それとふざけたので来年度の予算は覚悟しておいて下さい」

 

「ほ、ほんの冗談ですよ。ですから予算の件は何卒」

 

「次は無いですからね」

 

「それじゃあ次の質問ですが……ぶっちゃけ誰が一番好みですか?」

 

「「「!?」」」

 

「好みですか? そうですね、皆さん素敵だとは思いますけど、俺なんかに想われても嬉しく無いでしょうから、あえて答えません」

 

「津田! 優柔不断な答えは駄目だ!」

 

「そうだよ! 聞かれた事にはちゃんと答えないと!」

 

「津田のそう言うところが駄目なのよ!」

 

 

 ええー……何で怒られてるの俺?

 

「あえて選ぶとしたらで構わないので」

 

「そうですね……じゃあ七条先輩で」

 

「やった!」

 

「決め手はやはりあの巨乳ですか?」

 

「いえ、選ぶならって言われたので選んだだけで、皆さん素敵だとは思ってます」

 

「なるほど……津田副会長はハーレム野郎と」

 

「萩村ー新聞部は予算要らないってさ」

 

「ゴメンなさい、許して下さい!」

 

 

 まったく、選べって言うから選んだだけで、俺と七条先輩がつりあう訳無いでしょうが……自分で言ってて何だか情けなくなってきたな……もう少し頑張ろう。




本当はカエデを選ばせようとしたのですが、生徒会室に居る人間から選ばせました。


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生徒会役員共の弱点

40話目&お気に入り登録者数400を突破しました


 柔道部が今度他校との練習試合をすると言うことで、生徒会メンバーと共に柔道部にやって来た。

 

「三葉、調子は如何?」

 

「タカトシ君! うん、絶好調だよ!」

 

「でも、部設立以来初めてでしょ? 緊張とかしないの?」

 

「大丈夫! 私本番に強いタイプだから」

 

「そのわりにはテスト中に死にそうになってなかったか?」

 

「あはは、勉強は苦手なんだ……」

 

 

 如何やら三葉が強いのは格闘技の本番だけのようだ。

 

「いくら本番に強いからと言って、前戯は怠らないようにな!」

 

「ぜんぎ? 準備はしてますよ」

 

 

 そう言えば三葉ってピュアだったんだっけ……ボケとピュアは噛み合わないんだな……

 

「今から練習なんだけど、見てく?」

 

「少し見たら帰るよ」

 

 

 生徒会の仕事もあるし、何よりずっと見学してたら邪魔だろうしな。

 

「そう、じゃあ軽く準備運動しちゃうねーほっと」

 

 

 そう言って三葉は脚を開いて柔軟を始めた。

 

「うわぁ! そんなに脚開くの!?」

 

「別に痛く無いですよ」

 

「大丈夫? 膜……」

 

「へ?」

 

 

 天然とピュアも噛み合わないようだ……そもそも心配の仕方がおかしいだろ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻ってから改めて思ったのだが、七条先輩って良いとこのお嬢様なんだよな……何であんなに思春期全開なんだろう……

 

「ねぇ津田君、お花生けたんだけど何処に飾れば良いと思う?」

 

「そうですね……机の真ん中で良いと思いますよ」

 

「そうだね。そこが一番目立つものね」

 

「そう言えば先輩って、華道以外に何か稽古やってるんですか?」

 

「うん、お茶にお琴に……あと書道」

 

「書道ですか、書記にはピッタリですね」

 

 

 しかし随分と稽古事が多いな……さすがはお嬢様と言ったところか。

 

「書道の作品があるんだけど、見る?」

 

「良いんですか?」

 

「うん!」

 

 

 そう言って七条先輩が鞄から作品を取り出した。

 

『愛人』

 

 

 ……これは如何賞賛を送れば良いんだ?

 

「人を愛すって、素敵な言葉だよねー」

 

「間違ってないですが、あまり人に見せない方が良いと思いますよ……」

 

 

 込められた意味は兎も角、字単体ではあまり良い言葉じゃ無いですし……

 

「津田ー目安箱回収してきたわよー」

 

 

 タイミング良く萩村が生徒会室に来てくれたおかげで、気まずい雰囲気は感じずに済んだ。

 

「それにしても最近機能してないな……」

 

 

 体育祭のパンも、誤字だったパンツほど希望は無かったし……

 

「横島先生、何か不満があったら書いてくださいよ」

 

「不満…ねぇ……」

 

 

 さっきから何も話さずにただ座っていた先生に何か不満が無いか聞いてみる。この際サクラでも良いので目安箱を機能させたいのだ。

 

『欲求』

 

「はいそれシュレッダーに入れてください」

 

「何だよ! そこは『俺が解消してあげましょう』とか言うところだろ!」

 

「誰が言うか誰が! そもそもアンタの欲求不満なんて知ったこっちゃ無いんだよ!」

 

 

 結局今週は目安箱に入れられた学園の不満は一つも無かった……良い事なのかも知れないが、ちょっと寂しいのは何故だろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近廊下を走る人が目立つので、注意書きのポスターを貼る事にした。

 

「走っている生徒を見かけたら、各自注意するように」

 

「分かりました」

 

「でもシノちゃん、廊下を走らないと角で運命の人とぶつかるってシチュエーションが無くなっちゃうよ? 少子化が加速しちゃうわ」

 

「いや、それは無いだろ……」

 

 

 しかも何故そんな事を大声で言う……周りの人たちの視線が痛いんですが……

 

「うむ、一理あるな」

 

「え!? 納得しちゃうの!?」

 

 

 頷いた会長はポケットからマジックを取り出しポスターに追加の書き込みをした

 

『廊下は走らない! (曲がり角は可)』

 

「これで少子化は止められるな!」

 

「そこが一番スピード落とさなきゃいけない場所だろうが……」

 

 

 それと会長と七条先輩の漫画の趣味が何となく分かった気がする……随分と古典的なものが好きなんだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田に職員室までお使いを頼んで、我々は生徒会室で作業していたら部屋の中に虫が現れた。

 

「うわぁ! 虫だ! た、助けてくれ……」

 

「シノちゃん本当に虫が苦手なんだね。腕が毛を剃った後の肌みたいになってる」

 

「鳥肌で良いでしょ」

 

 

 アリアのボケに萩村がツッコミを入れたが、今はそんな事を気にしてる場合では無い。

 

「だ、誰か何とかしてくれ!」

 

「私も現代っ子だから」

 

「大きさ一cm以上の虫は守備範囲外です」

 

 

 クソ、こんな時如何したら……

 

「そうだ! 窓を開けたらそのうち出て行くはず!」

 

 

 窓を全開にして虫が出て行くのを待つ事にした。だが……

 

「もう一匹入ってきた」

 

「うわぁーん!」

 

 

 何でこの部屋に入ってくるんだ! 入るならもっと良い場所があるだろうが! 具体的に何処かは分からないが……

 

『バシ!』

 

 

 泣きながら生徒会室を走り回っていたら、何かを叩いた音が生徒会室に響き渡った。

 

「退治しましたよ。生徒会室に入るやいなや騒いでたので、何事かと思いましたよ」

 

 

 さすが津田だ。我々の出来ない事をサラリとやってのける。

 

「お、おぉ! さすがだ!」

 

「ありがとう津田君! 凄く助かったわ!」

 

「さすが副会長ね! お手柄よ!」

 

「……虫退治くらいでそこまで感謝されると、今まで俺が役に立ってなかったように感じるので止めてもらえます?」

 

「そんな事は無いぞ! 君は生徒会で十分役に立っている!」

 

「だけど今回は本当に津田君が居なかったら駄目だったろうし、素直に感謝させてね!」

 

「本当に助かったわ。私も虫は得意じゃないのよ」

 

「う~ん、やっぱり何だか複雑だな……」

 

 

 私たちは心から感謝してるのに、津田は何故か納得してないような顔でしきりに首を捻っていた。如何やら津田は向上心があるようで、虫退治くらいで褒められるのは本意では無いようだ。

 

「では、改めて津田に礼を言って、この件は終わりとする。津田、本当にありがとう」

 

「いえ、これくらいならお安い御用です」

 

「じゃあこれからも虫退治、よろしく頼むな!」

 

「あれ? それって俺の仕事なんですか?」

 

「うむ! 君にしか出来ない仕事だからな!」

 

 

 我々生徒会に足りなかった力も手に入った事だし、これからも我々は邁進していくぞー!

 

「やっぱ納得いかねー!」

 

「津田、ちょっとは同情してあげるわ……」

 

 

 だがやっぱり津田は納得してないようだったがな。




原作よりも役に立ってるために、あのセリフはなしです


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コトミの模試結果

本来ならカエデ初登場会なんですが、既に登場してるのでオリジナル話です


 タカ兄に勉強を見てもらってたから、今回の模試は結構自信がある。前回は散々でお母さんやお父さんに怒られたからな。

 

「模試の結果を渡すぞー。順番に取りに来い」

 

 

 先生に結果の入った封筒を渡され、私はドキドキしながら中身を取り出した。第一志望は桜才で滑り止めで英稜の名前も書いておいた。

 

「……え」

 

 

 結果を開いて、私は自分の目を疑った。桜才学園、英稜と共に合格確率は30%。志望校変更を勧められている。

 

「何で! 結構自信があったのに!」

 

 

 前回の10%以下から比べれば確実に進歩しているのだが、今回の模試で結果を出さなきゃ志望校を変えろってお母さんに言われてたのでこの結果はかなり厳しい……タカ兄にも怒られるかもしれない。

 

「如何しよう……」

 

 

 今日結果が出る事はお母さんもタカ兄も知っている。見せられ無い結果だと言う事がバレたら説教されて志望校を変えろと言われるに違い無い。

 

「コトミー、アンタ判定如何だった? 私は70%だったよ」

 

「……30%」

 

 

 友達の明るい雰囲気に乗る事も出来ずに、私はどんよりとした空気を吹き飛ばせなかった。

 

「それってかなりヤバイよね? お兄さんやお母さんに怒られるんじゃない?」

 

「やっぱり前日にノンストップオ○ニーしてたのが原因かな…」

 

「絶対それでしょ。だからテスト中眠そうだったんだ」

 

「だってタカ兄が毎日付きっ切りで勉強見てくれてたからさ、まったく発散出来なかったんだよ」

 

「津田先輩は真面目だもんね」

 

 

 去年までタカ兄もこの学校に在籍していたし、女子生徒の間ではタカ兄は有名人だ。その原因の半分は私の所為なのだが、残り半分はタカ兄の実力で有名になったのだ。

 

「何で生徒会長やらなかったんだろうね?」

 

「タカ兄は目立つの好きじゃ無いし、自分はそう言う役職に就く器じゃないって言ってた」

 

「でも津田先輩以外には主だった候補は居なかったんだけど」

 

「タカ兄は生徒会長になって内申を稼ぐ必要も無かったし、多分そう言う事も絡んでたんだと思うよ」

 

 

 現にタカ兄は桜才の入試で上位入学をしてるしね……兄妹なのになんでこんなに差があるんだろうな……

 

「とりあえず来年も同じ学校に通えるように、コトミも頑張ってよね」

 

「このままじゃ冗談抜きで身体を売って生活しなきゃいけなくなる……」

 

「まだ言ってるの? まさか家でも言ってるんじゃないでしょうね」

 

「この前お母さんに言ったら呆れられた」

 

「そりゃそうよ……友達同士の冗談なら兎も角、親兄弟に言うような事じゃないでしょ」

 

「冬休みに猛勉強するしか無いかな……」

 

「また津田先輩に付きっ切りで勉強教えてもらうの?」

 

「それだとまたストレスが……」

 

 

 タカ兄に見られてるだけで興奮しちゃうし……それでなくてもタカ兄が部屋に帰った後でタカ兄の座ってた椅子の匂いを嗅ぐので忙しくなっちゃうし。

 

「コトミの変態も筋金入りだね」

 

「しょうがないでしょ、遺伝なんだから」

 

「そのわりには津田先輩は大真面目じゃない? 必ずしも遺伝って事は無いんじゃない?」

 

「タカ兄はお父さんに似たんだよ。それで私はお母さんに似たの」

 

 

 そうじゃなきゃこの兄妹の差は説明出来ないし。

 

「兎も角、私も残り半年で精一杯努力するんだから、コトミも頑張ってね」

 

「秘められた力を解放する時が来たようだな」

 

「厨二もいい加減にしときなよ」

 

 

 友達に呆れられながらも、とりあえず沈んでた気持ちは回復出来た。後はこれを如何やってタカ兄とお母さんに見せるかだ……怒られないようにするには如何するのが一番なんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミの模試の結果を見る為に、リビングに呼び出された。この前は個々に見せてたのに、今回はお母さんやお父さんと一緒に見せるんだな。

 

「それでコトミ、結果は如何だったんだ?」

 

「これです……」

 

 

 素直に結果の入った封筒をテーブルの上に置くコトミ、雰囲気から察するに、あまり良く無い結果のようだ。

 

「それじゃあまず私から見るわね」

 

 

 お母さんが封筒に手を伸ばし、中身を見て愕然とした。そこまで酷い結果だったのか……次にお父さんがお母さんの持っている結果を横から覗き込んで天を仰いだ。

 

「タカトシ、これはコトミに諦めるように言うしか無さそうだよ」

 

 

 そう言ってお母さんが差し出してきた結果を見て、俺はため息を吐きたくなった。前回からは進歩してるようだが、これじゃあ桜才の受験は厳しいだろう。

 

「コトミ、お前自信あるっていってたよな? それがこの結果だった訳だが、お前は何が原因か分かってるのか?」

 

 

 前日は脳を休ませる為に早めに勉強を切り上げたのだが、完全に疲れが抜け切らなかったのだろうか。

 

「えっと、タカ兄との勉強が終わった後、ノンストップオ○ニーをしてまして、気が付いたら朝になってました……」

 

「「「………」」」

 

 

 コトミの衝撃告白に、俺はお父さんやお母さんと顔を見合わせた。つまりは寝不足が原因で問題の殆どを解く事が出来なかったと言う事なのだ。

 

「問題用紙もってるよな? 今からもう一回やってみろ。すぐ採点してやるから」

 

 

 コトミにもう一回模試と同じ問題を解かせる事で、本当の実力を知ろうとしたのだが、勉強をしてた本番と、既に忘れているだろう今とでは、大して結果は変らないだろな……

 

「タカトシ、これで駄目なら私たちはあの子に志望校を変えるように言うから」

 

「分かってる。さすがにこの時期に五割無いのはね」

 

 

 五割でも低いのだが、この前の一割未満よりかは十分に可能性があるのだ。だから五割以上なら俺たちはコトミの桜才受験を認めるつもりだったのだが、あのおバカ妹は大事な模試の前に徹夜したとか言い張ったからな……事の重大性がまるで分かってないのだ。

 

「終わりました……」

 

「それじゃあ少し待ってろ。すぐ採点するから」

 

 

 確か今回の桜才学園志望者で、合格確率五割以上の人の点数は500点中300点以上、つまり299点以下だとコトミに志望校を変えるように言わなければいけないのか。

 

「………」

 

 

 採点をしていくにつれて、コトミの表情は不安で塗り潰されていく。何だかんだ言ってもコトミは桜才を受けたいようなのだ。

 

「如何だい、タカトシ」

 

「うん、ギリギリかな」

 

「それって!」

 

「五割には届かなかったけど、十分可能性はあると思う」

 

 

 コトミの点数は295点。確率を出すなら約50%だ。

 

「とりあえずは認めるけど、これからもっと厳しく勉強を教えるから覚悟しろよ」

 

「うん! 私はドMだからむしろウェルカム」

 

「……やっぱ諦めろ」

 

 

 この危機感の無い妹は、何処を受験しても駄目な気がしてきた……




模試を受けた事が無いので結果や判定はテキトーです


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シノの通訳

何か天気が今一つ……


 私は風紀委員長の五十嵐カエデ、より良い学園作りの為に毎日校舎の見回りをしています。

 

「あら、萩村さん」

 

「五十嵐先輩、こんな所で何を?」

 

「校内の見回りです」

 

「そう言った仕事もされてたんですね」

 

「あら、生徒会役員でしたらそれくらい把握していて欲しいですね」

 

 

 萩村さんと津田君はしっかりしてると思ってたけど、萩村さんも意外とそうでも無いのかしらね。

 

「いやだって、一年のフロアで五十嵐先輩を見かけた事が無いもので」

 

「……男子が居るから」

 

 

 見回りだけとは言え、男子生徒と接近する恐れがある一年のフロアの見回りは他の風紀委員に任せているのよね……

 

「会長、七条先輩」

 

「おう萩村」

 

「カエデちゃんもこんにちは」

 

「どうも」

 

 

 萩村さんと雑談していたら廊下の向こう側から天草会長と七条さんがやって来た。

 

「はぁ……」

 

「シノちゃん、ため息は幸せ逃がしちゃうわよ」

 

「そうは言ってもだなアリア、出てしまうものはしょうがないだろ」

 

「じゃあため息吐けなくすれば良いんだね! 良いものがあるよ!」

 

「良いもの?」

 

 

 そう言って七条さんが鞄の中から何かを取り出した。

 

「これなら息は吐けてもため息にはならないよ!」

 

「すぴー」

 

「何て物学園に持ち込んでるんですか!」

 

「あらカエデちゃん、これが何だか分かるようね」

 

「そ、それは……」

 

 

 明らかに普通の生活で使うものでは無いし、だってあれってそう言うプレイで使うものですよね……萩村さんだって分かってるようだし、これくらいの知識は私にだってありますよ。

 

「皆さん、お疲れ様です……って、会長? 何咥えてるんです?」

 

「すぴー」

 

「ため息防止? それなら普通にため息を吐かないように心掛ければ良いだけでは?」

 

「すぴ~」

 

「癖になりつつあるのでこれで調整してるですか? でも効果あるんですかね?」

 

「すぴぃ~~」

 

「なるほど、やる前から諦めたくないんですか、会長らしいですね」

 

「ちょっと待って!」

 

「はい?」

 

 

 津田君が普通に天草会長と会話してたのだけれど、会長は息を吐いているだけで何も言ってなかったと思うんだけど……

 

「津田君は天草会長が何を言ってるのか分かったの?」

 

「ええまぁ。会長って顔に出やすいですし、息の感じもそんな風でしたし」

 

「相変わらず妙な特技を持ってるわね、アンタって」

 

「そうかな? 妹が似たような事してたからかな」

 

「妹ってあの変な?」

 

「変って……まぁそうだけど」

 

「すぴー! すぴすぴー!!」

 

「分かりましたよ。生徒会室に行けば良いんですね」

 

「すぴ!」

 

「それじゃあ五十嵐さん、俺たちはこれで」

 

 

 津田君に通訳され、天草会長は嬉しそうだった。それにしても津田君、相変わらずハイスペックなんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長も咥えていたものを外して普通に話すようになったし、生徒会室での作業も滞りなく進んでいる。

 

「あら? シノちゃん、蛍光灯が切れ掛かってるんだけど」

 

「本当だ」

 

「予備の蛍光灯ありました」

 

「それじゃあ誰かが交換するんだな、津田を使って」

 

 

 使うって……てか横島先生、居たんですね。全く気付きませんでしたよ。

 

「脚立とか無いんですか?」

 

「わざわざ取りに行く時間がもったいないだろ」

 

「そうね、でも津田君に負担を掛けない為にも軽い人が乗った方が良いわよね」

 

「そうですね。津田ばかりに負担を掛けるのは可哀想ですし」

 

「軽い人……軽い女か……」

 

 

 あれ? 意味合い変ってないか?

 

「横島先生、お願いします」

 

「おし任せろ! ……あれ? 私って軽い女なのか!?」

 

 

 会長たちに抗議してる姿を見て、何故この人が生徒会顧問なのかと考えてみた。顧問とは指導する立場の人であり、生徒会もまた例外ではないはずなんだが……あっ!

 

「そうか、そうだったんだ……」

 

 

 改めて生徒会の面子を見て理解した。完璧超人の天草会長、優秀なお嬢様で此方も完璧超人の七条先輩、帰国子女でIQ180の天才の萩村、つまり顧問は必要無かったからこの人が選ばれたんだろうな……ってあれ? もしかして俺って生徒会でういてないか?

 

「何だ津田その目は……興奮するだろ」

 

「そう言うのがダメなんじゃね?」

 

「何がよ?」

 

 

 やっぱりこの人は必要無いから生徒会顧問にされたんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下で柳本と話していたらふと気になった事があった。

 

「柳本、ズボンのボタン取れかかってるぞ」

 

「え? ……あっ、本当だ」

 

「針と糸があれば直せるんだが……」

 

「私もってるよー」

 

「三葉、ちょっと貸してくれないか」

 

「良いけど、タカトシ君って裁縫も出来るんだねー」

 

「昔から妹の服が綻びたら直してたから」

 

 

 両親共働きだしそれくらいは出来るようになっていてもおかしく無いくらいコトミが派手にやらかしてたからな……

 

「へー津田君って器用なんだねー」

 

「七条先輩、こんにちは」

 

「なっ! 七条先輩だと!?」

 

 

 何だか柳本の様子がおかしいんだが、何があったんだ?

 

「こ、こ、こ、こんにちは!」

 

「こんにちはー、それじゃあ津田君、後でね」

 

「分かりました、それでは」

 

 

 いったい何をしに来たんだあの人は……

 

「津田! 後でって如何言う事だ!」

 

「何だよ急に……生徒会で会うからって意味だよ」

 

「そうだよな……良かった」

 

「何が……ほい、終わり。三葉、ありがとうな」

 

 

 針を三葉に返し、柳本の身体を軽く叩いてもう動いても良いと合図を送った。それにしても何だか嫌な予感がするのは何故だろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急に津田に用事が出来てしまったのだが、生憎携帯の電源が切れてしまった……さて、何処に居るんだ……

 

「シノちゃん、如何かしたの?」

 

「アリア、良い所に!」

 

「ん~?」

 

「津田を探してるんだが何処かで見かけなかったか?」

 

「見たよ~」

 

「本当か!」

 

 

 良かった、これで余計な場所を探さずに済むぞ。

 

「向こうで男友達の下の世話をしてたよ」

 

「!?」

 

 

 まさか、津田がそっちの趣味だったとは……しかも堂々と!?

 

「ズボンのボタンが取れかかってたんだろうねー。それにしても凄く器用だったよー」

 

「……ズボンのボタン?」

 

 

 何だそう言う意味か……相変わらずアリアの冗談は破壊力があるな……




タカトシの新たな凄さが出た回でした


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初の練習試合

柔道部の試合です


 今日は柔道部初の練習試合と言う事で、生徒会メンバーと共に応援にやって来た。

 

「これ、必勝のお守り」

 

「わーありがとう!」

 

「頑張ってな」

 

「うん! 絶対に勝つからね!」

 

 

 随分と気合が入ってるな……空回りしなきゃ良いけど……

 

「私も今日の為にてるてる坊主を作ったよ~」

 

「それはあまり意味無いんじゃ……」

 

 

 柔道は室内競技ですし、よっぽどでは無い限り天気には左右されないんですが……

 

「それにしても、柔道って初めて見るよ~」

 

「そうなんですか? この前練習を見せてもらったじゃないですか」

 

「あれは練習でしょ? 試合は初めてって意味だよ」

 

「確かに……俺もテレビでは見た事ありますけど、直に見るのは初めてですね」

 

 

 滅多に見れるもんじゃないし、中学には柔道部無かったしな……

 

「津田君もそう言ったもの見るんだね?」

 

「はい? 国際大会とかはテレビでやってるじゃないですか」

 

「え……寝技の国際大会とかあるの!?」

 

「あれ? 俺たち柔道の話してましたよね?」

 

「うん。だから夜の柔道じゃないの?」

 

「……アンタもっとしっかりした方が良い」

 

 

 思春期なのは良いですけど、会話が成立しないくらいのボケは止めてもらいたい……

 

「痛っ!」

 

「如何したの? 大丈夫?」

 

「練習中受身失敗して、手首がコキって」

 

 

 うわぁ、痛そうだな……音を聞く限りだが骨折はしてないだろうけど、手首って意外と使うし捻挫でも相当私生活に影響が出るぞ……

 

「手がコキ!?」

 

「手○キか!」

 

「何か、大丈夫って感じるね」

 

「GO TO 保健室」

 

 

 ふざけてる場合じゃ無いでしょうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見立て通り、手首の捻挫でドクターストップが出てしまった。これじゃあ練習試合は出来ないな……

 

「よし! 私が代わりに出ようじゃないか!」

 

「でも会長、受身も知らないですし危険ですよ」

 

「じゃあお前が出るか?」

 

「俺は男ですよ……」

 

「ちょっと化粧してウィッグつければいけるだろ」

 

「無理があるだろ……」

 

 

 いくら女顔だと言われてる俺でも、さすがに女装して女子柔道の試合に出るほど女顔じゃないですよ……出れたとしても組めないでしょうが……

 

「パッドもあるけど?」

 

「いや、使わないから……」

 

 

 何でこの人たちは俺を出したがるんだろう……

 

「あのーもう会長を代理としてメンバー表出してきちゃったんだけど」

 

「それが正解だろうな……本人がやる気なんだし」

 

 

 実はもう柔道着に着替えている会長は、既にやる気満々だったのだ……怪我だけはしないで欲しいけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長の出番まで少しあるが、試合は一進一退の白熱した展開になっている。

 

「畑さん」

 

「や!」

 

「新聞部も来てたんですね」

 

「柔道部初の試合ですからね。取材しない訳にはいかないわ」

 

 

 確かに、普段ふざけてるけど新聞部はしっかりと部活の取材をしたりして各部のモチベーションを上げたりしているのだ。今回のも次に繋がるように取り上げてくれるだろう。

 

「それに、こう言うのはネタになるから。女子高生同士がくんずほぐれつ、マニアにはたまらないでしょうね」

 

「……ちょっと別室でお話しましょうか?」

 

「いやね~、冗談ですよ。まさか男子生徒に売りつけたりなんてしてませんから」

 

「俺は何も言ってませんけど?」

 

「お、おホホ、おホホホホホ……」

 

 

 笑いながら徐々に俺から距離を取っていく畑さん……つまりは既に商売してたと言う事なのか。

 

「萩村、ちょっと良いか?」

 

「何よ?」

 

「新聞部が予算要らないみたいだから、来年の予算の割り振りをしなおさなきゃいけなくなった」

 

「それは面倒ね。でも新聞部が予算要らないのなら他の部活が潤うから仕方ないわね」

 

「ちょっとお待ちを!」

 

 

 冗談に感じなかったのか、畑さんが必死に俺たちの会話に割り込んできた。

 

「我々新聞部は桜才学園を盛り上げる為に必死になって活動をしています。その部活から予算を取り上げられたらやっていけませんよ!」

 

「だって独自利益があるんですよね? それを認めるのなら学園からは予算を出せませんよ」

 

「そうね。新聞部は独自予算で活動出来るでしょうし、学園側からの予算は認められません」

 

「これは、私個人でやってるものなので、新聞部自体には利益はありません! ……あっ」

 

 

 自白した事に気付いたが時既に遅し、俺と萩村は畑さんを連行して説教をする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんを説教してる間に、練習試合は終わってしまった。見れなかったが、如何やら会長は勝ったようだった。

 

「おめでとうございます、会長。よく勝てましたね」

 

「ああ。押さえ込みとか言うので勝ったぞ!」

 

「一本ですか? 凄いですね」

 

 

 いくら会長が運動が得意だからって、素人が一本勝ちとはホント凄いな。

 

「私が貸してあげた小説が役に立ったよー!」

 

「小説?」

 

 

 柔道の試合に役に立つ小説っていったい何だろう……

 

「うん! 男の人を女の人が押さえ込んでくんずほぐれつする小説だよー」

 

「男の人を?」

 

「うん!」

 

 

 萩村が接続詞に引っかかりを覚えたようで、七条先輩に確認している。確かに「が」なら分かるが「を」って……いったいどんな内容なんだ?

 

「……くんずほぐれつ? ロクな小説じゃねぇな」

 

 

 さっき畑さんから聞いたばかりの言葉が七条先輩の口からも出てたのに気がついて、そう言った小説なんだと言う事が分かった。それにしても会長も七条先輩も何て小説読んでるんですか……

 

「ねぇ津田君、さっきの話じゃないけど、女装してみない? きっと似合うと思うんだけど」

 

「しねぇよ! そもそも似合うって言われたくねぇ!」

 

 

 したらしたで絶対何処かでカメラを構えている変態が居るだろうから。絶対にしたくねぇ!




タカトシ男の娘計画が早くも……


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津田君の悩み

実際にこんな生活してたらおかしくなりそうです…


 二学期が始まって一ヶ月、今日から十月だ。つまりは衣替えの時期だ。

 

「十月とは言え、まだまだ暑いな」

 

 

 冬服を着るとよりその感じが強まるような気がする……

 

「タカ兄ーおはよー」

 

「おう、おはよう……って、お前それ夏服じゃん、寝ぼけてるのか?」

 

 

 中学でも今日から衣替えのはずだし、いくら前後一週間は自由で良いからと言われていても、集会などではキチンと冬服を着てくるように言われてるはずなんだが……

 

「別に寝ぼけてないよ」

 

「じゃあ何で……月初めの集会があるだろ?」

 

 

 去年まで在籍していたから知っているのだが、間違えるともの凄い怒られるんじゃなかったっけ?

 

「キャラも衣替えしたんだよ! ドジッ娘にね!」

 

「……着替えてこい」

 

 

 コトミが怒られるだけなら別に構わないのだが、これ以上内申に影響が出そうな事はしないで欲しいのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に入ると、七条先輩が部屋の掃除をしていた。

 

「アリアは綺麗好きだな、埃一つ無いぞ」

 

「それほどでもー。あっ、でもあまり度が過ぎると潔癖症って思われちゃうから注意しないとねー」

 

「確かに、人間少しくらいだらしない部分があったほうが良いかもしれん」

 

 

 確かに、完璧だと近付き難い感じがして孤独になるとか聞いた事があるしな……だけど会長や七条先輩って結構完璧に近い存在なのにあまり孤独って感じがしないような気が……何でだろう?

 

「私が得た情報によると、下着は汚れている方が喜ばれるらしい」

 

「ろくな情報源じゃねぇな……っあ、なるほど」

 

「ん~? 津田君、如何かしたの?」

 

「いえ……漸く納得出来ただけです」

 

 

 会長や七条先輩が孤独な感じがしないのは、この二人がある意味欠陥だからか……

 

「よーす! 生徒会役員共……ファー」

 

「横島先生、寝不足ですか?」

 

「まぁな。だけどこれから大事な会議なんだよな」

 

 

 そう言って横島先生は自分の頬を力いっぱい叩きだした。

 

「目覚めました?」

 

「うん、新しい快感に」

 

「は?」

 

 

 この人何言ってるんだ?

 

「津田、もっと私を強くぶつんだ!」

 

「いや、意味が分かりませんよ……」

 

「つまり横島先生はMに目覚めたと言う訳ですね!」

 

「新しい快感に目覚めるって興奮するよねー」

 

 

 ……この場合俺が間違ってるのだろうか? 誰か味方がほしい……

 

「んー!」

 

「萩村、手伝う?」

 

「全然問題ないわ!」

 

 

 さっきから黙って作業していた萩村だが、完全に我関せずを貫き通してるからな……

 

「やっぱり手伝おうか?」

 

「……お願いするわ」

 

 

 欲しい資料に手が届かずに頑張っていたのだが、さすがに時間がかかりすぎているので手伝う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきもそうだけど、背が小さいってろくな事が無いわね……

 

「津田、アンタ如何やってそんなにデカくなったの?」

 

「何、急に?」

 

「いえ、何か秘訣でもあればと思って」

 

「そうだな……三食しっかり摂って適度に運動して程よい睡眠を取れば良いんじゃない?」

 

「そんな事やってるわー!」

 

「お、おぅ……」

 

 

 私の剣幕に若干押され気味の津田、威圧感で押しても面白く無いのよね……見下ろす感じが欲しいのよ!

 

「ああ!」

 

 

 ん? なにやらグラウンドの方で悲鳴が聞こえたような気がしたんだけど……そっちを振り向いたけど、私の視界には何も事件は入って来なかった。

 

「ドギャス!」

 

「……ん?」

 

 

 なにやら隣から悲鳴のような声と何かがぶつかったような音が聞こえてきた。

 

「……背が低くて助かったなんて思って無いからね」

 

「良く分からないけど俺を労わって」

 

「すみませーん! って、津田君!? ごめんなさい、大丈夫?」

 

「は、はい……何とか大丈夫です」

 

 

 如何やら相手は先輩のようで、津田の事を知っているようだけど、何であんなに顔が赤いんだろう……

 

「怪我とかしてないよね? 何なら保健室まで付き添うけど」

 

「ホント、大丈夫ですから」

 

 

 ボールがぶつかった箇所を摩りながら津田が立ち上がり平気だとアピールする。それで納得したのか、先輩はもう一度謝ってグラウンドに戻って行った。

 

「本当に大丈夫なの?」

 

「一応鍛えてるから」

 

「そう……ちょっと待ってて」

 

「いいけど……」

 

 

 急に催してきたのでトイレに急ぐ事に。津田は首を傾げていたが、途中で何かに気付いたようでそれ以上は聞いてこなかった。

 

「あら、萩村さん」

 

「五十嵐先輩」

 

 

 トイレに駆け込むと丁度五十嵐先輩もトイレだったようだ。

 

「萩村さんも?」

 

「ええ」

 

 

 扉の前で別れ、それぞれ用を足す。すると五十嵐先輩の個室の扉がノックされた音が聞こえた。

 

「入ってます」

 

「タン○ン派ですか」

 

「いえ、そう言う意味では……」

 

 

 ノックの主は新聞部の畑さんのようだった……それにしても畑さんってホント神出鬼没よね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村と合流し、生徒会室へと戻る。すると中から会話が聞こえてきた。

 

「アリアは何故泣いてるんだ?」

 

「ちょっと恋愛小説を読んでて」

 

 

 特に危なく無い会話だったので萩村と頷きあって生徒会室へと入る。

 

「運命の赤い糸とか、憧れるよね~」

 

「赤い糸か。そんなものがあったら、『へっへっへ、お前あそこから糸ひいてやがる』っと日常的に言われるんだろうな」

 

「言われますね」

 

「(ツッコミ放棄!?)」

 

 

 入るなりろくでも無い事を言われたのでそのままスルーした。横で萩村の肩がはねたような気もしたけど、そこは気にしないでおこう。

 

「そう言えば、津田君って付き合ってる人居るの?」

 

「恋人ですか? 残念ながら居ませんね。ご存知の通りモテませんから」

 

 

 正確に言えば普通の女子にモテ無いのだが……高校に入って変人たちに妙に好かれてるのは自覚している。

 

「それじゃあ右手が恋人なんだね!」

 

「は?」

 

「左手かもしれんよ」

 

「いえ、そうでは無く……って、横島先生、大事な会議は?」

 

 

 さっきあるって自分で言ってたような……

 

「それじゃあ口か!? どれだけ身体が柔らかいんだ君は!?」

 

「それも無いですよ。そもそも何の話なんですか?」

 

「え? オ○ニーする時どっちの手を使ってるかって話だよ」

 

 

 ……聞かなきゃ良かった……やっぱり普通の女子に好かれたいよな……




そろそろ体育祭ネタです。改変するぞー!


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生徒会新聞

無理が無いように改変するのにちょっと手こずりました


 体育祭まであと数日と迫った今日、生徒会室で会長が重大発表をすると言うので、放課後は生徒会室に向かう事になっている。

 

「津田、生徒会室に行きましょう」

 

「萩村? 分かった、じゃあな柳本」

 

 

 廊下から萩村がひょっこりと顔を出して俺を呼んできたので、柳本に挨拶をして俺は廊下に向かった。途中すれ違ったクラスメイト(女子)から、ロリ疑惑を掛けられたが、断固として違うと声を大にして否定しようとしたら……

 

「ロリって言うなー!!」

 

「!?」

 

 

 小声だったにも関わらず、萩村の耳にも届いていたようで萩村がキレた。名前は有名でも知らない人は居るんだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとしたハプニングはあったが、特に問題は無く生徒会室までやって来た。

 

「「おはようございます」」

 

「うむ! これで全員だな」

 

「シノちゃん、重大発表って?」

 

「この度、生徒会新聞を発行する事となったのだ!」

 

「「「生徒会新聞?」」」

 

 

 この前のホームページと良い、生徒会の事を知らせるメディアなら、もっと前からあっても良かったんじゃ無いだろうか……

 

「そこで、新聞部にも協力してもらう事になった」

 

「やっ!」

 

「……アンタ、何処から現れた」

 

 

 何も無い空間から畑さんが現れ、萩村は驚いてすっ転んだ。

 

「萩村、大丈夫か?」

 

「ええ……ありがとう」

 

 

 転んだ萩村に手を差し伸べて、引っ張り上げた。やっぱり萩村は軽いな……

 

「新聞部に協力って、何をしてもらうの~?」

 

「写真などを頼もうと思っている」

 

「それなら既に大分ありますよ。普段からあなた方の事は写真に収めてますから」

 

 

 確かに、しょっちゅうカメラ持ち歩いてるしな……しかし真面目な写真なら兎も角、おかしな物は没収しておかないと面倒になりかねないからな……

 

「いくらで買います?」

 

「何撮ったんだアンタは!」

 

「冗談。お勧めはこれ」

 

「ん?」

 

「ドアをくぐろうとした際に上に頭をぶつけちゃった津田君」

 

 

 それの何処がお勧めなんだ……

 

「……を、ちょっと羨ましそうに見つめる萩村さん」

 

「ちょっと! これじゃあ私が身長にコンプレックスを持ってるみたいじゃないですかー!」

 

 

 写真を見るやいなやもの凄いスピードで抗議する萩村……そこまで必死だと持ってるって言ってるようなものなんだけど、此処は黙っておこう。

 

「まあまあ落ち着いて。そう言ってくるのは予測済みよ」

 

「……それで?」

 

「コラっときました」

 

「「コラー!!」」

 

 

 くだらない事をした畑さんに俺と萩村のツッコミが同時に入った。本当にろくな事しないな、この人は……

 

「それでシノちゃん、どんな感じにするの?」

 

「そうだな、やはり全ての内容に目を通してもらいたいな」

 

「それならいっそ、袋とじにでもしてみます?」

 

「袋とじ?」

 

「ページとページをくっつけて、中を見えなくする事ですよ。そうすれば興味持ってもらえると思いますよ」

 

 

 主に男子が……この間クラスメイトが持ってきて隅っこで見てたのを、俺はその集団から離れた場所で見て、女子にあれは何だと聞いた事がある……交ざりたいとは思わなかったが。

 

「ああ! イカ臭いエッチ本の事ね」

 

「イカ?」

 

「○液ってスルメのにおいがするでしょ?」

 

「……それは違います」

 

 

 この人の下ネタにツッコムのは大変だ……コトミ以上に何を言ってるのかが分からないぞ。

 

「会長、レイアウトはこんな感じで良いですか?」

 

 

 萩村が簡単に新聞をどんな形にするかをパソコンで作っているんだろう……作業が早いのは良いけど、少しはこっちも手伝ってくれないかな……

 

「うん、なかなか良いんじゃないか。だが、この写真がズレてるぞ」

 

「こうですか?」

 

「今度はこっちがズレてる」

 

「こう……ですか?」

 

「ここも」

 

 

 随分と拘ってるんだな……萩村が気にしないほどのズレを気にするなんて……

 

「会長、そんなに細かい事気にしてたら禿げちゃいますよ?」

 

「下の毛なら歓迎だ!」

 

「……そうですか」

 

 

 萩村が軽く流して、大体の見通しは出来た。後は内容を考えるだけだけど、俺にはあまり関係無いかな。

 

「津田、生徒会新聞に載せるエッセイを頼めるか?」

 

「エッセイ? 俺がですか?」

 

「うむ! 何となくだが、君なら出来るような気がするんだ!」

 

「何ですかその勘は……」

 

 

 結局断れずにエッセイを担当する事になったのだが、不評でも俺は責任取りませんからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日後、津田が持って来たエッセイを読んだ会長と七条先輩が棒泣きした。

 

「二人共大げさでしょ」

 

 

 七条先輩から津田の書いてきたエッセイを受け取り、サラッと目を通した。男の癖に字が綺麗ね……ふむふむ……これは!?

 

「萩村まで!?」

 

 

 津田が驚いたので気がついたが、私も棒泣きしていた。津田ってこんな文才があったんだ。これなら何時でも物書きとしてやっていけそうだわ……

 

「やはり君に頼んだのは正解だったようだな!」

 

「こんなに胸を打たれた話、初めてだよー」

 

「悔しいけど、私じゃこんな話は書けないわ」

 

「そう? 良かった、喜んでもらえて」

 

 

 津田は照れくさそうに頭を掻いて、笑った。津田のこんな表情を見たのは初めてかもしれないわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその後、生徒会新聞は無事発行され、好評を博した。主に津田のエッセイが人気のようだった。

 

「あんたって良い物書きになれるわよ」

 

「将来の選択の一つとして考えとくよ」

 

「文才か……私には足りないものね」

 

「萩村だって出来ると思うけど」

 

「あんたには勝てないだろうから止めとくわ。これからあんたのエッセイを毎月読めるって楽しみにしてる生徒も少なく無いようだしね」

 

「プレッシャー掛けないでよ」

 

 

 津田が半ば本気で嫌がってるのを見て、あれだけ凄いエッセイを書いてても自信を持ってないんだなと気付いた。

 

「津田副会長……」

 

「はい? あっ、五十嵐さん」

 

「貴方のエッセイ、楽しみにしてますから!」

 

「え? あっちょっと?」

 

 

 それだけ言って五十嵐先輩は顔を真っ赤にして走り去ってしまった……風紀委員長が廊下を走らないでとか、言いたい事はあったけど、私は五十嵐先輩の反応を見て、自分のライバルになるのでは無いかと思ってしまっていたのだ……それが何のライバルなのかは考えないようにして……




タカトシが真面目だと理解してるから、カエデの出番を如何しようか悩みましたが、ファンと言う事で登場させました。


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体育祭準備

アニメ版にのみあった話のアレンジです


 体育祭もいよいよ明日になり、今日はその準備に勤しまなくてはいけない。力仕事なら男手が必要なのだろうが、クラスメイトの男子は何故だか隅っこに集まって何かを話している。いったい何を話してるんだろうな……

 

「とりあえず此処にあるものは全部出してしまおう」

 

「分かりました」

 

 

 三葉たちに指示を送る会長の声で我に返ったが、体育倉庫と言うものは如何してこう粉っぽいのだろう……石灰がまってるのだろうか?

 

「色々な国の旗ねー」

 

「ベネゼエラ、ノルウェー、グァテマラ」

 

「良く知ってるな」

 

「常識です」

 

 

 うん、俺もそれくらいは分かるぞ。てか、高校にもなって万国旗って如何なんだ?

 

「ナプ○ンね」

 

「うむ、三日目か」

 

「……旗じゃねぇ!」

 

 

 てか、想像で何を万国旗に交ぜてるんだよ……今日も会長と七条先輩はアクセル全開のようで、ツッコミに勤しまなくてはいけないようだ……

 

「この玉転がしの玉は如何します?」

 

「うむ、それも出してしまおう」

 

「タマ転がし!? それって、十八禁になれるんじゃない!?」

 

 

 くだらない事を言った横島先生目掛けて大玉を転がす。

 

「あーれー……」

 

 

 程よく勢いの付いた大玉は横島先生を潰そうと転がっていった。無言でのツッコミも楽じゃない……

 

「次はグラウンドだな」

 

「そうだねー」

 

 

 グラウンドでの準備もかなりあるだろうけど、沢山の人が手伝ってくれてるからそれ程大変では無いのかな。

 

「まずは此処に運営用のテントを組み立てなければ」

 

「じゃあそれは俺がやります」

 

「そうか?」

 

「ええ、良く家族でキャンプに行った時には俺がテントを張ってますから」

 

「何!? 君は家族の前でテントを張ってるのか!?」

 

「ええ。親二人が使うのと俺とコトミが使うのとで二つ」

 

「二つ!? 君は二本も生えていると言うのか!?」

 

「? ……そう言う意味じゃねぇよ」

 

 

 会長のボケが漸く理解出来たのでツッコミを入れる。そう言えばさっきからこの人の視線は下半身に向いてたな……

 

「ところで津田君」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「ご両親と兄妹で分かれてるの?」

 

「そうですね。いくつになっても仲が良い両親でして……普通なら母とコトミ、父と俺で分けるんでしょうがね」

 

 

 あのラブラブっぷりには俺もコトミもほとほと参っているのだ……

 

「つまり擬似○姦プレイをしてるんだね!」

 

「違げぇだろ……」

 

「それと津田君、近親○姦は駄目だよ~?」

 

「してねぇっての!」

 

 

 会長の次は七条先輩がボケ倒すので、一向に作業が進まない……この人たちは邪魔するだけなのだろうか? それなら大人しく帰ってほしいんだが……

 

「アンタも大変ね」

 

「そう思うなら手伝ってよ……」

 

 

 さっきから黙々と作業を進めている萩村に増援要請を出す。

 

「私じゃあの二人纏めては無理だから」

 

 

 しかしあっさりと断られてしまった……片方だけでもいいから引き受けてくれないかな……

 

「よし! 次は選手宣誓の練習だな」

 

「シノちゃん、頑張ってね!」

 

 

 練習なのに随分と気合が入ってるんだな……

 

「宣誓! 我々一同、スキンシップに乗っ取り、性交を堂々とする事を誓います!」

 

「完璧ね!」

 

「明日は俺にやらせてくれませんかー」

 

 

 酷い選手宣誓をした会長に、それに感動した七条先輩、やっぱりこの生徒会は駄目だ……

 

「ちょっと! 何ですか今の選手宣誓は!」

 

「五十嵐!」

 

「何処か駄目だった?」

 

「何処がって、駄目なところ以外あったんですか?」

 

 

 五十嵐さんの登場で少しはマシになるだろうと期待してたのだが、そう言えばこの人も色ボケが多かったような気が……真面目なのか、会長たちの同属なのか、はっきりしてほしいものだよな……

 

「会長、今の宣誓を着ボイスにしても良いですか?」

 

「畑!?」

 

「女子高生の○姦宣言、しかも堂々とすると……これは売れる!」

 

「もう帰れアンタら!」

 

 

 真面目に作業するつもりが無いのがはっきりと分かったので、纏めて追い払う事にした。居ても居なくても変らない……むしろ居ないほうが捗るのなら帰ってもらった方が良いだろう。主に俺の精神衛生上……

 

「津田ー、次はあっち手伝ってってさ」

 

「あっち? ああなるほど……」

 

 

 かなり重そうな荷物を運んでる女子一団が手招きしている……隅っこに固まっていた男子たちは何時の間にか居なくなっており、グラウンドに居る男子は俺だけになっていた……俺、帰っても良いかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田の活躍もあり、体育祭の準備は恙なく終わった。途中で会長や七条先輩がフザケたのもあったけども、予定してた時間より少し遅れた程度で体育祭の準備は完成したのだ。

 

「これで後は明日を待つだけだな!」

 

「人前で運動するのはドキドキするよー。……あっ、貞○帯は外しておかなければ」

 

「そもそも学校にしてくんな!」

 

 

 津田がお疲れでヘバってるので、代わりに私がツッコミを入れる。こうして考えると私の負担を全部津田が代わりに背負ってくれてるんだと言う事が良く分かった。

 

「津田、いつもありがとう」

 

「何? 急に……」

 

「なんでもない」

 

 

 バテながらもこっちに視線を向けた津田の表情にドキッとして、私は慌てて視線を逸らした。

 

「完成してよかったですね」

 

「我々が本気になればこれくらい楽勝さ!」

 

「シノちゃんのカリスマ性は凄いもんね~」

 

「……じゃあ何で津田が此処までバテてるんですか」

 

 

 二人は途中から遊びだしてしまい、結局津田が殆どの準備の指示と手伝いをしてたのだ。バテてしまってるのも仕方ないだろう。

 

「津田、明日の本番、大丈夫か?」

 

「今日はオ○ニーしない方が良いよ~」

 

「しねぇっての……」

 

 

 キレが無いながらも津田のツッコミが入る。どんな時でも津田はツッコミなんだと思ったのと同時に、やっぱり津田が居てくれるから私の負担は少なくて済んでるんだと思った。

 

「よし! 我々も帰ろう」

 

「そうだね~、津田君」

 

「何ですか?」

 

「良かったらお家まで送ってあげようか?」

 

「出島さんか」

 

 

 会長がつぶやいたように、七条先輩にはメイドの出島さんが運転するお迎えがあるのだ。ついでに津田を送ってく事なんて容易いだろうが、かなり嫌な感じがするのは何故だろう……

 

「せっかくの好意ですが、大丈夫です」

 

 

 勢いをつけて立ち上がった津田は、七条先輩の申し出を断って更衣室まで歩いていった。

 

「やっぱり津田君は手ごわいな~」

 

「アリア、何を企んでた」

 

「ん~? 津田君を車に乗せて逆レ○プをしようとしてたんだ~」

 

 

 津田、アンタの危機察知能力は凄いわ……私は津田が歩いていった方角に視線を向け、そんな事を思っていたのだった……




記憶を辿りながらの作業でしたので、少し違ったかもしれませんが、アレンジだと思ってください。決して思い出せなかった訳では……


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体育祭前編

二大イベントの一つに漸く辿り着いた…


 本日は桜才学園の体育祭、晴れて良かったよ。

 

「選手宣誓! 我々はスポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々と戦う事を誓います!」

 

 

 さすがに本番ではボケなかったな……心配してたけど杞憂で済んでよかった。

 

「正々堂々じゃないスポーツマンシップって何だろう?」

 

「ドーピングとかじゃないですか?」

 

 

 他に思いつかないし……それとも裏で不正工作でもしてるとかかな……でもどちらも体育祭程度でするはずも無いし、気にする事も無いか。

 

「確かに、Hな気分でスポーツするのは不純だもんね」

 

「多分そんな薬では無いと思いますよ」

 

 

 詳しい事は聞かないで良いや。どうせろくな事じゃ無いんだろうし……

 

「さて、宣誓も済んだ事だし、初めの競技は何だ?」

 

「玉入れだね~」

 

「津田、アタシたちも参加するやつよ」

 

「分かってるって。それじゃあ会長、本部を頼みますね」

 

「おう!」

 

「任せて下さい」

 

「……魚見さん、何故此処に?」

 

「来ちゃった♪」

 

「いえ、それは分かりますが何故本部に?」

 

「え? だって会長ですし……」

 

 

 魚見さんも生徒会長だったのか……英稜も二年生が会長なんだな……

 

「シノッチと二人で会長コンビなの」

 

「しっかりと盛り上げるからな~!」

 

 

 何でだろう、この二人が揃うと不安しか無いんだけど……

 

「津田、なるべく早く本部に戻りましょうね」

 

「奇遇だな萩村。俺も同じ提案をしようと思ってた」

 

 

 やはり萩村にも嫌な予感はしているようで、玉入れに集中出来るかどうか不安になってきたんだが……まぁ別に大局に影響する訳では無いから、本部の事は忘れても良いんだが、来賓も来ているので桜才の品位に関わるかもしれないんだよな……

 

「津田、始まるわよ!」

 

「分かってる」

 

 

 競技が始まってしまえば他の事を気にしてる余裕は無くなるだろう。兎に角集中だ。玉入れが始まって少し経った頃、誰かに手を握られた。

 

「ゴメン、タカトシ君……」

 

「三葉か。大丈夫だ」

 

 

 何故だか三葉の顔が赤くなってるような気がするんだが……まさかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきの玉入れでタカトシ君の手を握っちゃった! 如何しよう、変な子だと思われてないよね……

 

「次は二年の徒競走か」

 

「位置について、よーい……」

 

『パーン!』

 

 

 あれ? 何かタカトシ君がキョロキョロし始めた……如何したんだろう?

 

「あの、私まだ鳴らして無いんだけど」

 

「え?」

 

「やっぱりか……」

 

 

 スターターの人がスタートした会長たちを止め自分は合図してないって言った。その発言にタカトシ君が納得したように頷いている。

 

「如何して分かったの?」

 

「スタートの合図に鳴らす音と、若干違いがあったんだよ。それで気付いた」

 

 

 タカトシ君っておかしな特技を持ってるんだな……

 結局徒競走は会長が勝ったようだった。

 

「次は借り物競争だね。借り物の札はウチのクラスが担当したんだよね」

 

「そうなのか? 俺には聞かれなかったんだが……」

 

「だってほら、タカトシ君は全体の指揮で忙しかったから」

 

 

 それに、考えたのは男子だしね……タカトシ君に聞きに行かなかったのは何か企んでたからだと思うよ。

 

「津田、一緒に来て」

 

「萩村?」

 

 

 スズちゃんがタカトシ君を連れて行った。お題は何だったんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村に借りられて、俺はゴールを目指す事になった。

 

「お題は何なの?」

 

「目標にしてる人」

 

「目標? 俺が、萩村の?」

 

 

 いったい何が萩村の目標なんだろうか……

 

「この前アンタ、自販機であんこ茶買ってたでしょ? あれを自力で買うのが私の目標」

 

「俺ってやっすーい」

 

 

 あんこ茶買ってる人なら他にも居ただろうが……

 

「後はアンタの文才に少しでも追いつきたいなって」

 

「萩村ならすぐだろ」

 

 

 そもそも俺自身あそこまで感動してもらえるとは思って無かったんだが……萩村がゴールして、俺はクラスの場所まで戻った。すると……

 

「津田君、一緒に来てくれるかな?」

 

「また俺?」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 今度は七条先輩に借り出された……

 

「それで、お題は何です?」

 

「ん~? 調教してほしい人」

 

 

 ちょっと待て! 何だそのお題は……クラスの方を向くと、柳本がサムズアップしていた。アイツか……

 

「ちょっと津田君!? そっちは違うよ~」

 

 

 結局七条先輩に引き摺られるようにゴールまで連れて行かれた……

 

「それではお題を確認します……ッ!? そうなんですか?」

 

「うん!」

 

 

 何故満面の笑みを浮かべる……そして何故チェックする人が顔を赤らめるんだ……火の粉がこっちにまで飛んできたと感じながら、俺はクラスの場所に戻り、柳本たちを問い詰めるつもりだったんだが……

 

「津田君! 一緒に来て!」

 

「津田! 私と来い!」

 

「………」

 

「人気者だね」

 

 

 会長と五十嵐さんが俺を借りに来た。

 

「あの、お題は?」

 

「これ……」

 

 

 五十嵐さんの引いた札に書かれていたのは……

 

『男子生徒』

 

 

 なるほど……五十嵐さんは男性恐怖症だったな……でも何で俺だけ大丈夫なんだろう?

 

「それで、会長のは?」

 

「その……教えない!」

 

「じゃあ五十嵐さんと行きます」

 

 

 会長のお題が分からない以上、五十嵐さんについていくのが良いだろう。何せこの人はまだ代わりが居てもその代わりに頼めないのだから……

 ゴールして今度は自分が参加する番になった。なるべくおかしな物を引かないようにしたいんだけどな……

 

『生徒会役員』

 

 

 ……自分じゃ駄目だよな……さて、誰に頼むべきなのか……ん? 別に桜才の生徒会じゃなくても良いんだよな? 別に桜才生徒会とは書いてないし……そうなると魚見さんもありって事になるよな……そう言えば魚見さんの他にも誰か一緒に来てたような気がするんだが……

 

「まいっか」

 

 

 考えた結果、一番辺り障りの少ない萩村を選んで一緒にゴールまで来てもらった。

 

「津田、お題は何だったの?」

 

「生徒会役員」

 

「変なもの引いたわね」

 

「俺が一人で行っても良かったのかな?」

 

「借りてないじゃない」

 

「だよね……ところで、魚見さんと一緒に来てた人って誰だったの?」

 

「私もまだ聞いて無い」

 

 

 立て続けに競技に参加してたからな……後でちゃんと挨拶しておかないとな。




結局シノのお題はなんだったんだろう……


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体育祭後編

タカトシ大活躍! の予定です……


 本部に戻ると、何故か見知った顔があった……

 

「コトミ?」

 

「やっほータカ兄、応援に来たよー」

 

「タカ兄? 津田さんの妹さんですか?」

 

「妹のコトミです」

 

 

 魚見さんにコトミを紹介する。そう言えば魚見さんの隣に居るのは誰なんだろう……

 

「兄妹だけあって似てますね」

 

「そうですねー、共にまだ性体験もありませんしね」

 

 

 いや、そうだけど違うだろ……

 

「ですが、処女と童貞は同列には出来ませんよ」

 

「「いや、違うでしょ! ……え?」」

 

 

 魚見さんの連れの人とツッコミが被る。この人はまともな人のようだ。

 

「あっ、津田さんと萩村さんにはまだ紹介してませんでしたね。私の恋人です」

 

「違いますからね!」

 

「冗談です。英稜高校生徒会副会長の森です」

 

「森です。よろしくお願いします」

 

「ご丁寧にどうも。桜才学園生徒会副会長の津田です」

 

「同じく、会計の萩村です」

 

「桜才のツッコミマスターの津田さんと、合法ロリの萩村さんです」

 

 

 ツッコミマスター……そんなものになった覚えは無いんだが……

 

「ロリって言うなー!」

 

「萩村、私たちは二人三脚に出るから本部を任せるぞ」

 

「えっ、あっはい」

 

 

 萩村も忙しいな……

 

「津田さんも大変そうですね……」

 

「森さんもなかなか……」

 

「「ハァ……」」

 

 

 同じ苦労を体験してる身としては、初対面なのに妙な親近感を覚えた。この人も精神的苦労をしてるんだと思うと、仲良くなれそうな気がしてくる……

 

「そう言えばコトミ、勉強は良いのか?」

 

「……私は追い込まれないと本気を出せないのだ」

 

「厨二は程ほどにね……」

 

 

 森さんは魚見さんだけをツッコんでれば良いのだろうか? それとも他にも……

 

「津田さんの方が大変そうですね……私は自分以上に大変なツッコミポジションの人に会うのは初めてですよ」

 

「なんか釈然とはしませんが、分かってもらえる人に出会えたのは嬉しいです」

 

「津田ー、アンタも手伝ってよねー」

 

「ああうん。それでは」

 

 

 本部の仕事に向かう為に森さんたちと別れる。さてと、仕事だ仕事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田さんと別れ、私は改めて魚見会長を見る。

 

「何ですか? ……もしかして本当に私とお付き合いを?」

 

「違いますから」

 

 

 ウチの会長にもツッコミを入れられる逸材。彼の周りにはボケが集まるようですね……もし私が津田さんのポジションだったら、きっと胃に穴が開いてしまうでしょうね。

 

「あっ、シノッチと七条さん」

 

「やっぱりあの二人は凄いですね~」

 

「「胸の差が!」」

 

「………」

 

 

 津田さんの妹さんも魚見会長と同類のようだった……

 

「そう言えば森さん、随分と津田さんの事を見てたようですが、もしかして濡れちゃったんですか?」

 

「違います! ただ……」

 

「「ただ?」」

 

「同じポジションとして、上手く生活していく方法を教えていただきたいと……」

 

 

 自分で言っていて何て説得力の無い言い訳だと自分で自分が嫌になる……そんな言い訳で納得してもらえる訳が……

 

「「なるほど! そうだったんですね!」」

 

「あれ? 納得しちゃうの?」

 

 

 よく分からないけど、納得してもらえたのならそれで良いですよね。私自身、何で津田さんをジッと見てたのか分からないのですから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終対決は部活動対抗リレー、我々生徒会も参加する事にした。

 

「順番は萩村、私、アリア、津田の順番で行くぞ」

 

「俺がアンカーですか……緊張するなー」

 

「大丈夫でしょ。アンタさっきのクラス対抗でもぶっちぎってたから」

 

「だって相手は女子だったし……運動部でもなかったからさ」

 

「それでも、半周遅れをひっくり返したんだから、凄いよー」

 

 

 津田のクラスは、男子が居るのにも関わらず運動が得意なのは津田と三葉だけだったようで、先頭の三葉がトップでバトンを繋いだのだが、アンカーの津田にバトンが渡るまでにぶっちぎりの最下位だったのだ……

 

「さて、そろそろスタートだが、何か秘策は無いか?」

 

「秘策ですか? 重要なのは位置取りだと思いますけど」

 

 

 ……位置取りか。

 

「重要なんだな」

 

「ブリーフなら、位置固定出来るんじゃない?」

 

「何処見てる……」

 

「「え? チンポジの話でしょ?」」

 

「リレーの話だろうが!」

 

 

 津田のツッコミが炸裂して、作戦会議は終了した。後は本番でどれだけ結果を残せるかだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜才生徒会メンバーが全員参加と言う事で、本部は我々英稜が留守を預かる事になった。

 

「森さん、さっきの津田さんの走り、貴女には如何映りました?」

 

「そうですね、運動部じゃ無いのがもったいないと思いました」

 

「そうですか……ちなみに私は津田さんの走りを見て興奮してちょっと濡れました」

 

「そんな事聞いてません」

 

 

 津田さんのツッコミもかなりのものですが、ウチの森さんだって負けてないと思うんですよね。森さんは私が鍛えた! なんちゃって。

 

「始まりますね」

 

「第一走者は萩村さんですか」

 

 

 津田さんが第一走者で勢い付けるかと思ってましたが、アンカーはそう言えば二周だったんですね。それなら津田さんがアンカーなのも納得です。

 

「第二走者が天草会長、第三走者が七条さんのようですね」

 

「アンカーが七条さんなら、胸の大きさでギリギリ勝利と言うシチュエーションが……」

 

「そんな事はありえませんよ」

 

 

 う~む、絶妙なツッコミ。さすがは英稜のツッコミクイーンの称号を持つ女……

 

「そんな称号はありません!」

 

「あら?」

 

 

 声に出てたみたいですね……

 

「七条さんが転んだ!?」

 

「胸の重さに引っ張られたのでしょうか」

 

「いや、違うと思いますが……」

 

 

 転んだ所為で、生徒会チームは一気に最下位に……それも結構離されています。

 

「津田さんがどれだけ巻き返せるかですね」

 

「いくら津田さんでも、運動部の精鋭に追いつくのは……あら?」

 

 

 さっきのクラス対抗の時以上のスピードで駆け抜ける津田さん、あっという間に差が無くなっていきます。

 

「……チートだ、チート」

 

「今だけは会長に同意します」

 

 

 森さんも納得の私の感想。だって明らかにオリンピックを目指せるくらいのスピードなんですもの……

 結局津田さんがぶっちぎって生徒会チームが勝利、そして体育祭は幕を下ろした。

 

「お疲れ様でした」

 

「津田、アンタのおかげで勝てたわね」

 

「まぁそれはね……七条先輩は大丈夫ですか?」

 

「うん、なんとかね。胸がクッションになったおかげで怪我しないで済んだよ」

 

「「クソゥ」」

 

「「ん?」」

 

 

 シノッチと萩村さん、津田さんと森さんの声が揃った。如何やら津田さんと森さんは息ピッタリのようですね……羨ましいとか思ってませんからね。




ついに森さんを登場させちゃいました。恋人候補として最有力の彼女ですが、原作では名前が出てない……勝手に考えようかな……


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津田の運動量

ぶっちゃけありえない……


 体育祭も終わり、各部活の面々と生徒会で片付けをする事になっていたので、コトミは先に家に帰した。

 

「そう言えば津田」

 

「なに?」

 

「アンタって普段運動してるの?」

 

「一応してるけど……何で?」

 

 

 萩村がそんな事を聞いてくるなんて珍しいな……

 

「いや、気になったから」

 

「ふーん……」

 

「私も気になりますねー」

 

「魚見さん……帰ったんじゃ?」

 

「シノッチとこの後約束があるから」

 

 

 だからって片付けをしてる傍で突っ立ってられると邪魔なんですが……

 

「津田君がどんな運動をしてるのか、私、気になります!」

 

「七条先輩?」

 

「私も気になるぞ!」

 

「会長まで……」

 

 

 てか、片付けは良いのだろうか……

 

「片付けが終わったら話しますから、今は片付けを終わらせましょう」

 

「そうね……その代わり後でちゃんと話してもらうからね!」

 

「分かったよ」

 

 

 別に大した事はして無いんだがな……

 

「津田副会長、こっちを手伝ってもらえますか?」

 

「分かりました」

 

 

 男手は俺だけだし、力仕事は自ずと俺の仕事になる……てか男子は手伝わないでさっさと帰りやがって……部活やってないからなのかもしれないが、手伝おうとは思わないのか?

 

「津田くーん! 次はこっちをおねがーい!」

 

「ちょっと待ってくださいね」

 

 

 これも結構運動になるんだよな……まあこれだけで済ませては無いけど……

 

「津田、こっちも頼む」

 

「横島先生? 今まで何処に居たんですか?」

 

「ちょっとな……悪いが保健室まで運んでくれ」

 

「何を?」

 

「私を」

 

「何処か怪我でもしたんですか?」

 

 

 見たところ怪我らしい怪我は無いようだが……

 

「下半身」

 

「……は?」

 

「やっぱり自分のサイズにあったものじゃなきゃ駄目ね」

 

「アンタ一日何してた!」

 

 

 この人は放っておいていいだろう……それよりもまだ片付けるものが沢山……

 

「何してるんですか?」

 

「片付けしてたら、なんか絡まっちゃったの」

 

 

 ありえないだろ……

 

「ローププレイか! 隙だらけの中に隙が無いな!」

 

「ベネゼエラ」

 

「萩村、国旗はもういいから……」

 

 

 生徒会もろくに働いてねぇな……

 

「津田副会長、あっちを手伝ってもらえますか?」

 

「はい、今行きます!」

 

 

 こうなりゃヤケだ。出来る限り一人で手伝ってやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片付けも終わったようで、私と森さんも含めた生徒会メンバーはとりあえず生徒会室に向かう事となった。

 

「お疲れ様です」

 

「ありがとうございます……」

 

 

 森さんにお茶を淹れてもらった津田さんは、一気にそのお茶を飲み干しました。どれだけ水分を発散したんでしょうね……賢者タイムなのでしょうか?

 

「汗掻いたんだよ! アンタだって見てただろうが!」

 

「あら」

 

 

 如何やら声に出してたようですね。

 津田さんの言うように、片付けの殆どを津田さんが行っていて、残りの生徒会メンバーは遊んでましたしね。萩村さんは力仕事には向きませんし……

 

「……何か?」

 

「いえ、何でもありませんよ」

 

 

 間違っても身体が小さいなんて言えませんしね。

 

「着替えるか!」

 

「そうだねー」

 

「それじゃあ俺はトイレで着替えてきます」

 

「別に気にしなくても良いぞ?」

 

「……俺が気にするんです」

 

 

 津田さんは着替えの為に一時退室、その間生徒会室では津田さんの話題で盛り上がりました。

 

「凄かったですね、今日の津田さん」

 

「そうだな。まさかあそこまでやってくれるとは思わなかったぞ」

 

「そうだねー、津田君のおかげで勝てたしね」

 

「シノッチ、津田さんは何か部活をやってるの?」

 

「いや、生徒会だけだが?」

 

「もったいないですね」

 

 

 彼の実力なら運動部のエースにだってなれるでしょうに……

 

「ウオミーも知っての通り、桜才は去年まで女子校だったからな」

 

「男子が出来る運動部って、まだ無いのよね」

 

「そうでしたね……森さんは如何思います?」

 

「私ですか? そうですね……学外でも運動は出来ますし、そっちでやれば良いのではないでしょうか」

 

 

 確かにそうなんですが、それだと学園の知名度とかが上がらないんですよね……私には関係無いですが、学校側からすればかなりの損だと思いますよ……

 

「そう言えば、津田にどんな運動をしてるのか聞くの忘れてました」

 

「そう言えばそうだな」

 

「戻ってきたらちゃんと聞こうね」

 

「そうですね。普段からどれだけ運動をしてるのか気になりますからね」

 

 

 口には出してませんが、森さんもかなり興味があるような素振りですし、津田さんはどれだけ運動してるんでしょうね……

 

「そう言えばシノッチ」

 

「何だ?」

 

「自家発電は運動になるのでしょうか?」

 

「う~む……その点は男子を交えないと何とも言えないぞ……」

 

「そこも津田君に聞いてみましょうよ」

 

 

 萩村さんと森さんが呆れた顔をしてるけど、私たちは気になった事をそのままにしておけない性質なので、津田さんが戻ってきたら聞くんですけどね。

 

「津田からメールだ……そろそろ戻ってくるそうだ」

 

「そっか、じゃあ戻ってきたら意見交換を……」

 

「楽しみです」

 

 

 早く戻ってこないでしょうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 着替え終えて生徒会室に戻ると、何故だか全員が興味津々の目を向けてきた。萩村と森さんは若干同情も混じってるような気がしたけど、何でだろう?

 

「津田、自家発電は運動になるのか?」

 

「は?」

 

「ほら、男の子って上下運動でしょ?」

 

「腕の筋肉とか鍛えられるのですか?」

 

「……萩村、帰ろう」

 

「そうね。話は帰りながらでも出来るし」

 

「じゃあ私も」

 

 

 馬鹿な事を聞いてきた三人をおいて、俺は萩村と森さんと一緒に帰る事に……

 

「「「待ってください!」」」

 

 

 逃げ出す事に失敗したようだ……

 

「とりあえず、さっきの質問だ。お前は普段どんな運動をしてるんだ?」

 

「普通ですよ。腕立て、腹筋、背筋をそれぞれ毎日200回くらい」

 

「結構大変だね~」

 

「それから一ヶ月で走る距離を決めて、その日の気分で走ったりしてますね」

 

「ちなみに、その一ヶ月に走る距離ってどれくらい?」

 

「そうですね……70キロから100キロの間ですかね」

 

 

 時間が取れる月とそうでない月で結構な差があるし、必ずしもその距離とは決まって無いしな……

 

「あれ? 如何かしました?」

 

 

 何だか全員が固まってるんだが……

 

「津田、アンタ凄いわ」

 

「そう?」

 

「津田君の事、ホントに凄いって思えたよ~」

 

「それだけ運動して、君は何か目的でもあるのか?」

 

「目的ですか? とりあえず体力を落とさないようにってのと、中学で運動してたので、余ったエネルギーを発散してるだけですね」

 

 

 高校では主に生徒会の事務作業だけだし、他に発散出来る機会も無いからな……

 

「それで、何時勉強してるの?」

 

「勉強? テスト前以外はしてないけど?」

 

「そうなんだ……」

 

「でも津田君は、学年二位よね?」

 

「萩村には勝てませんから……」

 

 

 手応えがあっても、それ以上の点数だからな、萩村は……

 

「ハイスペックツッコミマスターだったんですね、津田さんは」

 

「は?」

 

「今度私にもその極意を教えてください」

 

「え、極意って?」

 

 

 森さんに頼まれたのだが、極意って何だ? 何だかよく分からないままお開きとなり、俺たちは生徒会室から家路についたのだった……クールダウンも兼ねて走って帰るか。




これがどれくらい凄いのか、自分でもよく分かりません……


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翌日の身体

50話目ですね


 体育祭翌日、生徒会室で作業してたら会長が急にモゾモゾしだした。

 

「如何かしたんですか?」

 

「痒い……」

 

「背中ですか? 俺が掻きましょうか?」

 

「いや、あの日なんだ……」

 

「あっ……何かゴメンなさい」

 

 

 気まずい雰囲気になりそうだったので、俺は生徒会室から逃げ出した。ちょっとトイレにも行きたかったし、まあ不自然ではあるがそれ程気まずくなる事も無いだろうこれで……

 

「津田ー」

 

「ん? 柳本、何か用事か?」

 

「トイレ行こうぜ!」

 

「それは良いが、何でお前が今日学校に居るんだ?」

 

 

 今日は体育祭の代休で、一般生徒は休みなんだが……

 

「忘れ物を取りに来ただけだよ。それでタイミング良くお前と会っただけ」

 

「ふ~ん……」

 

 

 休日に取りに来るほど大事な物を忘れたのか?

 

「あれ、萩村」

 

「津田? アンタ生徒会室に居たんじゃ……」

 

「トイレだよ。萩村は何処に居たの?」

 

「私は軽く見回りに……ところで、アンタの連れは何で震えてるの?」

 

「震えてる? ホントだ。柳本、そんなに我慢してたのか?」

 

「違う……」

 

 

 何だ、漏れそうな訳では無いんだ。それじゃあ如何して……

 

「筋肉痛で足が……」

 

「お前、そんなに運動してたか?」

 

「情けないわね~」

 

「何でお前らは平気なんだよ! あれだけ動いてたのに」

 

「普段から運動してれば問題無いだろ」

 

「そうね、私も鍛えてるから」

 

 

 へぇ~、萩村も鍛えてるのか……俺は運動程度だけど、萩村はどんな事してるんだろう。

 

「こうやって、爪先立ちして歩いてるから」

 

「気付かなかった!?」

 

 

 そこまでして大きく見られたいのか……いつかその努力が報われると良いな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田と生徒会室に戻ると、七条先輩が花束を持っていた。

 

「それ、如何したんですか?」

 

「緑化委員の子から貰ったんだけど、飾っても良いかな?」

 

「良いんじゃないですか? 部屋も明るくなりますし」

 

「ですが、花瓶なんてこの部屋にありましたっけ?」

 

「ちょっと探してみよう」

 

 

 部屋中を探したが、花瓶は無く、代わりになりそうなものも見つけられなかった。

 

「じゃあこれで代用しよう!」

 

「どれです?」

 

 

 七条先輩が鞄から取り出したものを見て、私と津田は絶句した。

 

「何故花瓶は無くてオナ○ールはあるんですか……そもそも七条先輩には必要無いものですよね?」

 

「うん。これは津田君にあげようとおもってたものなんだけどね~」

 

「いりません……」

 

「私の形を完全に再現した特注品だよ~」

 

「だからいりませんって……」

 

 

 津田が必死に断ってる横で、会長が熱心にそれを見ていた。

 

「これがアリアの……なんて羨ましいんだ」

 

「良かったらシノちゃんのも作ってあげようか?」

 

「何!? ……っあ、いや……私は遠慮しておく」

 

 

 一瞬食いつきそうだったけど、会長は結局遠慮したようだった。

 

「やっ!」

 

「畑さん」

 

「今月の桜才新聞が完成したので報告に。注目の記事は、天草会長の支持率98%」

 

「さすがシノちゃん」

 

「いや、みんなのおかげだ」

 

 

 畑さんが作ってきた新聞を津田が検閲している。私でも出来るのだけども、津田の文才が発覚してからは津田に任せている。

 

「確かに高い支持率ですが、支持の理由が書いて無いのは何でですか?」

 

「おや~、書いてませんでしたか」

 

「畑、理由を聞かせてくれ」

 

「少々お待ちを……なるほどなるほど」

 

「畑?」

 

「部員が空気を読んで書かなかったのだと思いますが、私には関係ありませんね。支持の理由は自分では無ければ誰でも良いですね」

 

「………」

 

 

 新聞部と言うのは、畑さん以外は真面目なのかしら……しっかりと空気を読んで支持の理由を書かなかったのに、それをあっさりと暴露するとは……

 

「じゃあ私はこれで。支持の理由を書き足さなければいけませんし」

 

「それは大丈夫です。むしろアンタが空気を読んでこの場で謝罪しろ」

 

「貴方たちが理由を聞いたのよ~」

 

「それは……そうですが」

 

「じゃ、私はこれで」

 

 

 空気を悪くして畑さんは生徒会室から居なくなった……だれかこの空気を変えられる人はいないのだろうか……

 

「そう言えば津田君、その指如何したの?」

 

「へ? ああ、昨日コトミが割った皿で切ってしまいまして。大変でしたよ、血が沢山出て」

 

「痛い話は嫌いだー!」

 

「会長?」

 

 

 さっきまでへこんでいた会長が、津田の話を聞いて耳を塞いだ。これはこれで空気が変わったのかもしれないわね……

 

「よーす!」

 

「横島先生、その蚯蚓腫れは?」

 

「ああ、これは鞭の痕」

 

「痛いですか?」

 

「そりゃあね、痛いけどその中にも気持ちよさはあるものよ。例えば……」

 

「聞きっぱなし?」

 

「痛い話は嫌いなんじゃ……」

 

 

 横島先生の話に夢中になっている会長と七条先輩を見て、私と津田はため息をこぼした。

 

「飯でも食いに行くか」

 

「そうね。食堂に行きましょう」

 

 

 今日はお弁当持ってきてないし、食堂で何か軽く食べて作業の続きを終わらせないと。

 

「部活とかあるから、やっぱり混んでるな」

 

「まあね。私たちの方が部外者っぽいしね」

 

 

 津田と二人で食券を買い、カウンターで商品を受け取る。

 

「何処か空いてないかしら」

 

「あれ、タカトシ君?」

 

「三葉も食堂だったんだ」

 

「凄い量ね……」

 

「これくらい普通……あれ? 何だか急に食欲が無くなっちゃった」

 

「それはピュアだと……」

 

 

 一緒に居た中里さんにツッコまれたが、結局私たちが離れると三葉さんは残さず綺麗に平らげたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻ると、まだ横島先生が居た。

 

「難しく考える事は無いわよ。適材適所、自分に合った職業に就けば良いの」

 

「なるほど……例えばどんな?」

 

「そうね……エロい妄想が得意なら教師」

 

「ふむふむ……え?」

 

 

 よかった、会長も引っかかりを覚えてくれたようだ……今ので納得されると何と無く困るんだよな……

 

「だってそうだろ? 教師と生徒の背徳恋愛なんて、妄想が得意じゃなきゃ出来ないぜ」

 

「そうですね……ですが、それだけで教師がむいてるとは思えないのですが……」

 

「あくまで例えだからな。後は自分で考えて見つけるんだな」

 

 

 結局投げっぱなしかよ……あの人は進路指導にはむかないんだろうな……

 

「津田、作業を再開しましょう」

 

「そうだな……」

 

 

 馬鹿共は放っておいて、こっちはさっさと作業を終わらせて帰る事にするか……




津田は筋肉痛にはならないだろうと言う事だけで柳本を登場させました。ちなみに彼の忘れ物は思春期男子のバイブルです。


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訪問、七条家

お気に入り登録者数が500を突破しました


 七条先輩に誘われて、私たちは七条家に遊びに行く事になった。

 

「いらっしゃい。随分と遅かったけど……もしかして迷った?」

 

「いえ、家の場所はすぐに分かったんですが……」

 

「ん~?」

 

 

 私が言いにくそうにしてるのに気付いたのか、津田が続きを言ってくれた。

 

「門くぐってから迷いました……広いですね」

 

「そう? 私は慣れちゃったからそんな事は思わないけど」

 

 

 そりゃ自分の家だもんね……いまさら広いとか言われてもピンと来ないか……

 

「出島さん、皆を案内してくれる? 私はちょっとお手洗いに行ってくるから」

 

「畏まりました」

 

 

 リアルメイドの出島さんが、何処からか音も無く現れた。相変わらず不思議な人ね……

 

「此方です」

 

 

 出島さんに案内されて、私たちは七条先輩の部屋に向かう……

 

「迷いました。広いですね、この屋敷」

 

「「えぇー!?」」

 

「自分が仕えてる屋敷で迷うなよ……」

 

 

 津田が呆れ声でツッコミを入れると、向こうから七条先輩が手招きしてきた。

 

「お~い、こっちだよ~」

 

「スミマセン、実は最近このお屋敷に来たばかりで……正確にはこの仕事自体始めたのは最近なんです」

 

「そうなんですか」

 

「以前は何を?」

 

「開発関係の仕事をしてました」

 

 

 開発関係……意外と頭脳派なのかしら。

 

「具体的に何を開発してたんですか?」

 

「肛門です」

 

「こうもん……学校とかにある門の事ですか」

 

「いえ、おしりです」

 

「………」

 

 

 分かっては居たけど認めたくなかったのよね……同音意義語で誤魔化そうとしたけど、はっきりと言われてしまったらもう如何しようも無いわね……

 

「萩村、大丈夫?」

 

「何とかね……アンタこそ平気なの?」

 

「コトミが似たようなことを言ってたから」

 

「そうなの……可哀想な子ね」

 

「アハハ……」

 

 

 津田の乾いた笑い声が廊下に響いたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアの部屋に到着して、その広さに驚いた。

 

「これが個人の部屋だと……」

 

「これでも狭いんだよ~」

 

 

 これが庶民と金持ちの差か!? 

 

「窓から立派な木が見えますね」

 

「あの木はね~、私の両親にとって思い出の木なんだって~」

 

 

 思い出……良い話が聞けそうだな。

 

「察するに、あの木の下でプロポーズしたんですね」

 

「ん~惜しい!」

 

 

 何だ、私もそう思ったが違うのか……

 

「正解は、あそこで○付けされて、私が生まれました」

 

「なるほど、以前言っていたのはこの場所なのだな!」

 

「そうだよ~」

 

「………」

 

「惜しい?」

 

 

 萩村は絶句し、津田は首を傾げてるが、そんなにおかしな話だっただろうか……感動的な良い話だったと私は思うんだが……

 

「皆様、お茶をお持ちしました」

 

「ありがとー」

 

「あっ! スミマセンお嬢様、コンタクトを落としてしまいました。ドジッ子メイドの如く」

 

「あら大変」

 

「みんなで探そう」

 

 

 出島さんのコンタクトを探す為に、全員で床を這い蹲る……今後ろから踏まれたら興奮するのだろうか……

 

「会長、もっと真面目に探して下さい」

 

「おろ」

 

 

 津田に心を読まれたようだ……私ってそんなに分かりやすいのだろうか……

 

「こっちにはありませんね」

 

「私の方にもありませんでした」

 

「私も~、シノちゃんは如何?」

 

「コンタクトは無かったが……縮れ毛は三本ほど見つけた」

 

「まぁ!」

 

「もっと必死に探せよな!」

 

 

 津田のツッコミの時に偶にあるタメ語がたまらなく興奮するんだよな……年下に罵倒される気分ってこんな感じなんだろうな……

 

「お嬢様、ありました」

 

「ホント~、良かったね~」

 

「何処にあったんですか?」

 

「目の中です」

 

「………」

 

 

 落としたんでは無くズレただけだったのか……そりゃ探しても縮れ毛しか見つからないよな。

 

「お詫びと言っては何ですが、津田さんの肛門を開発……」

 

「結構!」

 

「せめてボケは最後まで言わせてください……」

 

 

 津田のツッコミスキルは最近メキメキと上達していて、このように途中でぶった切るツッコミもあれば、完全にスルーするツッコミ、ノリツッコミもマスターしていてバリエーションが豊富なのだ。もちろんオーソドックスなツッコミもあるので、私たちはとても楽しく過ごせるのだ。

 

「そうやってワザとボケようとするの、止めてもらえません?」

 

「読心術ツッコミか!」

 

「ちげぇよ!」

 

 

 津田を萩村が慰めるような視線で見ている……萩村もどっちかで言えばツッコミだったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンタクト騒動のあとは、特に問題も起こらずに過ごせた。時間を見るともう良い時間だったのでお暇しようとしたら……

 

「良かったらご飯食べてって。皆が来るから、滅多に食べられないご馳走を用意したの」

 

 

 と言われたのでご馳走になる事にした。

 

「滅多に食べられないものってなんでしょうね?」

 

「私が分かる訳無いだろ」

 

「私も、想像出来ないわ……」

 

 

 金持ちが滅多に食べられないものなんて、庶民の俺たちには想像出来なかった……

 

「お待たせしました」

 

 

 出島さんが持って来たものに、七条先輩が目を輝かせた。

 

「ありがとー!」

 

「……滅多に食べられないご馳走?」

 

「金持ちって、次元違うな……」

 

「そうですね……」

 

 

 出島さんが持って来たのは、誰が如何見てもカップラーメンだった……これがご馳走って、普段どんなものを食べてるんですか、貴女は……

 

「食べたら帰るか」

 

「そうですね……」

 

「明日も早いですしね」

 

 

 まだ七時になってないんだが、そう言えば萩村は夜早くに寝るんだったな……

 

「大丈夫? 門まで送るよ~」

 

「お任せ下さい」

 

「大丈夫ですか……」

 

「失礼な! 自分が仕えている屋敷で迷子になるとでも!?」

 

「うん」

 

「さっきなってた」

 

 

 出島さんが自信満々に言ったが、現にさっき迷子になってたんだよな……

 

「大丈夫です! 毎日目隠しして散歩プレイしてますから!」

 

「自力で帰りまーす!」

 

 

 この人と関わるのは良く無い気がする……俺たちはカップラーメンを食べ終えて即座に帰る事にした……玄関から門までの道程で、萩村がビクビクしていたのは気付かないフリをした。




アリアの縮れ毛、一万円から……え? いらない……まあそうでしょうね


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副会長の負担増

今年最後の投稿です。来年もよろしくお願いします


 今日は朝から忙しかった。まず朝会で壇上で立ち、授業中はやたらと指名され、昼休みと放課後は生徒会の仕事で空き教室の片付けと、休む時間があまり無かったのだ。

 

「いや~、今日は立ちっぱなしで大変でしたよ」

 

「何!? 早く処理してくるんだ!」

 

 

 そう言って会長が取り出したのはトイレットペーパー……今何処から出したんだろう?

 

「ところで、何でトイレットペーパー?」

 

「だってずっと立ってたんだろ? 溜まってるんじゃないのか?」

 

「……アンタ俺の活躍見てなかったのか!」

 

 

 意味が漸く分かったのでツッコミを入れる。何でこの人は全てを卑猥な意味として捉えるんだろうな……それが無ければ立派な人だと思うんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田と七条先輩と廊下を歩いていると、窓から何かが動いたのが見えた。

 

「如何かしたの?」

 

「今何か動いたような……」

 

「犬だね。ほらあそこ」

 

 

 津田が指差した先には、確かに犬が居た。今の時代野良犬なんているのかしら……それとも何処かの犬が迷い込んできたとか?

 

「何処何処~? ……そんな人居ないよ?」

 

「いえ、本物の犬ですから。人って何ですか……」

 

 

 津田が呆れながらもしっかりとツッコミを入れる。今日も津田のおかげで私は楽が出来ていいわね。

 

「萩村、何か俺の顔についてるの?」

 

「いや、ただありがたいな~って思って」

 

「?」

 

 

 津田は不得要領顔で首を傾げたが、深くは追求してこなかった。

 生徒会室に戻ると、風紀委員長の五十嵐先輩が何かを持って待っていた。

 

「如何かしましたか?」

 

「カエデちゃんが来たって事は、何か問題でもあったの~?」

 

「いえ、委員会の活動報告書を持って来たのですが、天草会長が居なくって」

 

「会長なら今日は家の用事とかで遅れるって言ってました」

 

 

 五十嵐先輩に説明すると、何故だか津田の方を向いて頬を赤らめ始めた。

 

「何です?」

 

「あの……これ、受け取ってください!」

 

「はぁ……確かに受け取りましたが、何か誤解呼んでませんこれ?」

 

「え?」

 

 

 津田が指差した方には、カメラを構えてしたり顔の畑さんが居た。ホントあの人は神出鬼没な人ね……

 

「良い絵が撮れたわ。風紀委員長が副会長に愛の告白……見出しはこれで決まり! あら? 副会長が居ない……」

 

 

 言われればそうね……津田は何処に行ったのかしら……

 

「畑さん、貴女はホント懲りない人ですね」

 

「ッ!?」

 

 

 何時の間にか背後に回られて、畑さんは震え上がった。離れてた私でも怖いんだ、畑さんが感じた恐怖はどんなものなんだろう……

 そのまま畑さんを連行していった津田の代わりに、用事が済んだ会長が生徒会室にやって来た。

 

「おはよう! って萩村、そこ破れてるぞ」

 

「え……あっ、ホントだ。何時破れたんだろう」

 

 

 タイツの膝の辺りが切れていて、何時切れたのかも分からない。これはもう駄目ね……

 

「どれどれ?」

 

 

 何故か部屋に居た横島先生が、私の目の前でしゃがむ……そして徐に私のスカートをたくし上げた。

 

「別に破れてないわよ?」

 

「そっちじゃない!」

 

 

 津田が居なかったからそれほど被害は無かったけど、いきなり人のスカートをたくし上げるってどんな神経をしてるのかしらこの人は……

 

「そうだシノちゃん、これ風紀委員の活動報告書。カエデちゃんが持って来たのを津田君が預かってたんだけど、津田君も用事で居なくなっちゃったから私が預かったの~」

 

「そうか、確かに受け取った。だが津田の用事って何だ?」

 

 

 さっきあった事を説明しようとしたら、七条先輩が間違った説明を始めた。

 

「カエデちゃんが告白した場面を畑さんが写真で撮って、それで記事にしようとしたから津田君がドSなお仕置きをするからって畑さんを密室に連れて行ったんだよ~」

 

「何ッ!?」

 

「違いますよ……」

 

 

 かなり間違った説明を受けた会長が立ち上がり怒り出したが、私が正しい説明をすると冷静になって再び座った。

 

「だよな、あの五十嵐が津田に告白なんてしないよな」

 

 

 何だか安堵してるように思えるが、会長も津田の事が……

 

「あら? 雨が降ってきちゃったわね……」

 

「ホントだな」

 

「私、雨って好きなんですよね」

 

「そうなのか、自家発電の時の音を掻き消してくれるからな!」

 

「……やっぱり嫌いです」

 

「足音聞こえないから、おちおちと自家発電も出来ないもんね!」

 

 

 どっちを選んでも運命は変らなかったようだ……、てか、発電発電って、私はそんなにしないわよ!

 

「スミマセン、戻りました」

 

「津田君は雨って好き? それとも嫌い?」

 

「別にどっちでも無いですよ。でも何でそんな事を?」

 

「自家発電する時に困るかな~って」

 

「くだらない事言ってないで、さっさと仕事しましょう。今日は結構多いんですから」

 

 

 エロボケにも耐性がついてきたのか、津田はサラリと流して作業を始める。私もあれくらいのスルースキルがあればもっと楽なんでしょうけどね……

 

「そう言えば、文化祭には英稜の生徒会が視察に来る事になったからな!」

 

「視察って、単純に会長が招待しただけでしょうが」

 

「うむ! さすがは副会長、知ってたのか」

 

「……人に招待状作らせておいて何ですかそれ」

 

 

 そう言えば会長ってPC苦手だったんだっけ……津田が代わりに作ったのね。

 

「それで、来るのは魚見さんだけですか?」

 

「いや、副会長の森さんも来るようだぞ」

 

「そうですか……よかった」

 

「萩村?」

 

 

 何故私が安堵したのか分からない会長と七条先輩は首を傾げたが、津田は分かったようで苦笑いを浮かべている。そう、彼女も来れば私のツッコミの負担は更に減るのだ!

 

「英稜に馬鹿にされない文化祭にするぞー!」

 

「おー!」

 

「別に馬鹿にはされないと思いますよ」

 

 

 津田にウチのボケを担当してもらって、森さんには魚見さんを任せれば、私は当日ツッコミに悩まされる事は無い。これはかなり嬉しい事ね。

 結局浮かれきった私が仕事の殆どを片付けたので、今日は意外と早く帰れることになった。不安材料が無いって素晴らしい事だったのね。




文化祭に英稜の二人も登場させます


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新感覚クッキー

明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。


 新聞部部長の畑さんは何時スクープ現場に遭遇してもいいように何時もカメラを持ち歩いている。大抵は脚色と曲解をしてボツにされているのだが、偶にまともなスクープを撮ってくるのだ。

 

「さっき会長が虫から逃げている場面を撮ったんだけど、見る?」

 

「見ませんよ……」

 

「カリスマ貧乳会長は虫が苦手。タイトルはこれで如何かしら?」

 

「『貧乳』っていらねぇんじゃね?」

 

 

 会長が居たらブチギレそうな事を平然と言ったぞ、この人……

 

「しかしカメラを常時持ち歩いてるって凄いですよね」

 

「もはやカメラは私の身体の一部」

 

「プロ級ですね」

 

 

 そこまでの根性を高校の部活動に注げるのが羨ましい……

 

「具体的に指すと○器の部分」

 

「重要性を表現したかったんだろうが、何故そこ……」

 

 

 もっと他の部分でもよかったでしょうに……

 

「スクープの為なら張り込みだってするわよ」

 

「そんな事まで……」

 

 

 そう言えばこの間ボロボロになって学校に来てたな……あれは張り込み明けだったのだろうか……

 

「だからカメラ以外にも色々と所持してる」

 

「へー……傘に防寒具、飲食物……あれ? これ空ですよ」

 

 

 鞄の中に空のペットボトルが入っていた。この前の張り込みで空になったのだろうか……

 

「それ用足し用」

 

「色々と犠牲にしすぎ……」

 

 

 女子高生がなんて事を……今日日部活動ってそこまでするのが普通なのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、私は会長と津田と一緒に生徒会室へと向かっていた。

 

「津田、君のクラスの男子だが」

 

「はい」

 

「校歌をちゃんと歌えてなかっただろ」

 

「気付きました? 俺も壇上から見て口パクだなと思ってました」

 

 

 私は気付かなかったわね……そもそも興味も無かったし。

 

「さっき聞いたら、校歌って堅苦しかったり難しい言葉があって覚え難いとか言ってました」

 

「それは気分次第だろ。アニソンだと思い込めば大丈夫だとアドバイスしておけ」

 

「全員がそんなキャラ設定ではないだろ……」

 

「じゃあゲーソン」

 

「一緒じゃね?」

 

 

 津田のツッコミに会長が満足したのか、何処かに行ってしまった……

 

「何処行ったんだろう……」

 

「さぁ? でもどうせ後で合流するんだし」

 

 

 部活動予算会議があるので、生徒会室に向かわなくとも直接会議室に行けば良いんだし……

 

「鍵が開いてる」

 

「七条先輩が居るんじゃないかしら」

 

 

 生徒会室に着くなり、津田が首を捻ったので、私は何事かと思った。

 

「如何かしたの?」

 

「萩村、これ四時半からだよね」

 

「あ、いけない」

 

 

 昼にホワイトボードに書いておいた会議の時刻を間違えていたようだ。

 

「それにしても、よく私が書いたって分かったわね」

 

「そりゃ位置で……」

 

「ん?」

 

「字で分かるし、それに書いてる時俺も此処に居たんだけど……」

 

 

 そうだったかしら? 津田は居なかったような気もするんだけど……

 

「や!」

 

「畑さん?」

 

「ちょっと生徒会室を貸してほしいのだけど」

 

「何するんですか?」

 

 

 畑さんの後ろには五十嵐先輩も居る。何でこの二人が一緒に居るんだろう……

 

「ちょっと風紀委員長にインタビューしたくって」

 

「何故此処で?」

 

 

 私の疑問はスルーされ、畑さんはインタビューを始めた。

 

「聞くところによると風紀委員長は相当な男性恐怖症だとか」

 

「そんなにじゃないですよ。若干です」

 

「本当に? 噂では一年のフロアを見回り出来ないくらいって聞いてますが」

 

 

 そう言えばそうだったわね……五十嵐先輩の見回りルートは二年と三年のフロアのみ、一年のフロアは別の人が担当してるらしい。

 

「それで、本当は如何なんですか? 男性恐怖症なんですよね」

 

「そうです……」

 

「なるほど、それで経験を生かして風紀委員長になられたのですね」

 

「は?」

 

 

 経験って何だろう……

 

「それで、何人の男に騙されたんですか?」

 

「そう言った過去はありません……」

 

「さっ、退場願います」

 

 

 津田が畑さんの首根っこを掴んで生徒会室から追い出した。片手で人一人持ち上げられるって、どれだけ凄いのよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室に日誌を持っていったら、横島先生が項垂れていた。

 

「如何かしたんですか?」

 

「ちょっと開いた口が塞がらなくて」

 

 

 何があったんだろう……あの横島先生の口が塞がらない出来事って興味があるな……

 

「どんな事です? 学校問題とか?」

 

「そっちじゃないわ」

 

「と言うと?」

 

「だから、デカイのとやったら緩んだの」

 

「……私の口が塞がらなくなった」

 

 

 職員室で堂々とそんな事を言い切れる辺りが凄いが、いったいどれくらいデカイのを咥えこんだのだろうか……

 

「やっぱり自分のサイズとあったヤツとやらなきゃ駄目ね」

 

「戻るんですか?」

 

「鍛えれば大丈夫よ。その為にも新しい相手を見つけないと」

 

「先生の場合はそう言う相手では無く人生のパートナーを見つけないといけない年齢では?」

 

「ウルセェ! 私はまだそんな歳じゃない!」

 

 

 怒鳴るって事は、先生も焦ってるんだろうな……私は日誌を置いて生徒会室に戻る事にした。予算会議まではまだ時間あるしな……

 生徒会室に戻ってくると、アリアが津田に何かを手渡している。

 

「アリア、それは何だ?」

 

「これはね~ピリ辛クッキーだよ~」

 

「ピリ辛?」

 

「うん! クッキーにわさびを入れてみたの~」

 

「大丈夫なのか?」

 

 

 何だかミスマッチなような気がするんだが……

 

「ちょっと騙されたと思って食べてみて~。例えば、幼馴染のヒロインが非処女だったような感覚で」

 

「……ビッチか」

 

 

 幼馴染がビッチ……新しい感覚だな。

 

「だがアリア、私たちは女だ。幼馴染が非処女でも別に良いんじゃないか?」

 

「それじゃあ津田君が非童貞だった感覚で」

 

「何ッ!?」

 

 

 津田は童貞じゃないのか……

 

「津田! 相手は誰だ!」

 

「シノちゃん、たとえ話だよ」

 

「……そうだったな」

 

 

 慌てて居住まいを整えたが、津田はかなり怖い雰囲気を醸し出していた……出来れば怒られたくないんだが、無理だろうなぁ……




ボケを考えるのは大変です……


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文化祭目前

準備期間もボケ倒します


 生徒会室で、会長と七条先輩が話していた。

 

「来週はいよいよ文化祭だな!」

 

「秋の一大イベントだから胸が躍るね!」

 

 

 そう言って七条先輩は胸を弾ませた。

 

「踊らすなー!」

 

「会長?」

 

「おぉ、津田か。如何かしたのか?」

 

 

 丁度部屋に入ってきた津田が、会長の叫び声に反応した。

 

「如何かしたかじゃないですよ。廊下まで叫び声が聞こえてましたよ」

 

「スマン……だがアリアが苛めたんだ」

 

「七条先輩が?」

 

 

 津田が不思議そうに七条先輩に視線を向けた。

 

「何をしたんですか?」

 

「何もして無いよ~? 私はただ文化祭が近付いてきたから胸が躍るって言っただけだよ~」

 

 

 そう言ってもう一度胸を弾ませる七条先輩……正直私も会長と同じ気持ちなのだが、声に出したら負けだと思っている。

 

「何で怒ったんですかね?」

 

「分かんないよね~?」

 

「「クソッ」」

 

 

 思わず漏らした声が、会長とハモる。如何やら無自覚の言葉だったらしく、会長も驚いていた。

 

「なるほど、話は聞かせてもらった」

 

「畑さん……何処から出てくるんですか貴女は……」

 

 

 テーブル下から畑さんが顔を覗かせてきた。

 

「つまり七条さんの巨乳が揺れた事に嫉妬してるんですね」

 

「「!? ち、違う!」」

 

「慌てて否定すると余計そう思われちゃいますよ~?」

 

「「ウグゥ」」

 

 

 図星を刺された私と会長は何も言えなくなる。そして漸く納得したのか、七条先輩が胸を隠した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となく気まずくなったので、俺は見回りに出た。本当に何となくだが、あの空間に俺が居ちゃいけないような気がしたのだ。

 

「やっほータカトシ君」

 

「三葉、如何かしたのか」

 

 

 見回りをしていたら三葉に声を掛けられた。何かポスターみたいなものを持ってるが、何だろうな……

 

「今度の文化祭では、私たち柔道部は招待試合を行います! 応援よろしく」

 

「今度は何処とやるんだ?」

 

 

 最近結構試合をしてるが、よく相手してくれるところがあるよな……そんな事を思ってると、徐にポスターを広げてきた三葉。そこには……

 

 桜才学園柔道部

   VS

 英稜高校空手部

 

 

 と書かれていた。

 

「異種格闘技です! 盛り上げて部員増!」

 

「……無事に帰ってこいよ」

 

 

 それしか言葉に出来なかった……英稜って事は魚見さんたちも当然見るんだろうな……招待したし、何より会長と息が合う人だから、きっと余計な事を言うんだろうな……

 見回りを終えて生徒会室に戻ってくると、七条先輩が本を見ながら唸っていた。

 

「如何かしたんですか?」

 

「うん、先輩に演劇を手伝ってくれって言われちゃって……チョイ役だけどセリフがあるからさ……」

 

「大変ですね」

 

「津田君、ちょっと手伝ってくれないかな?」

 

「セリフあわせですか? それくらいなら構いませんが」

 

「ホント! じゃあさっそくこのご主人様と犬が戯れるシーンを」

 

「……一応確認しますが、どっちがどっち?」

 

 

 てかこれは演劇部の人の役じゃ……七条先輩はメイド役だし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田を探して見回りをしてみたが見つからずに、私は生徒会室に戻ってきた。すると……

 

「お手」

 

「わん!」

 

「おかわり」

 

「わんわん!」

 

 

 何故か生徒会室からワンワンプレイの声が聞こえてきた……しかも津田がご主人様でアリアが犬だと……

 

「お前たち! 神聖な生徒会室で何を……あれ?」

 

 

 扉を開けて怒鳴り込んだが、そこには想像していた光景は無く、代わりに台本を持った二人がそこに居た。

 

「何してるんだ?」

 

「演劇の練習だよ~」

 

「関係無い箇所なので、何でつき合わされてるのかが分かりませんが……」

 

「だって衣装が来ないと練習出来ないでしょ~?」

 

「別にそこは気にしなくても……衣装?」

 

 

 津田が首を傾げると、私の背後に誰かの気配が現れた。

 

「お嬢様、演劇で使いたいと言うメイド服をお持ちしました」

 

「ありがとー」

 

「やっぱり貴女でしたか、出島さん……」

 

 

 津田は何となく分かっていたのか、出島さんが現れたのを見てため息を吐いた。だが私としてはいきなり背後に現れられてそれどころでは無い。

 

「ビックリしたぞ……少し漏れてしまったじゃないか」

 

「それは失礼しました。責任を取って舐めさせていただきます」

 

「いや、それは結構だ!」

 

「……ところで出島さん、メイド服着て来ちゃってますけど、帰りは如何するんですか?」

 

 

 確かに、アリアにメイド服を貸したら、出島さんは何を着て帰るのだろう……まさかアリアの制服じゃないよな……

 

「ご心配なく、全裸で帰りますので」

 

「貴女の頭が心配……」

 

 

 津田の哀れみを含んだ声に、出島さんは興奮したようで、股から何かが垂れてきている……敏感なんだな。

 

「おーす、生徒会役員共」

 

「あら?」

 

 

 タイミングが良いのか悪いのか、横島先生が生徒会室にやって来た。

 

「ウチの顧問の横島先生よ」

 

「そうですか。お嬢様が何時もお世話になっております」

 

「いやいや、それほどでも」

 

「ん?」

 

「まぁ……お世話になってます?」

 

 

 津田もアリアも横島先生の謙遜に首を傾げてるが、正直私も同じ気持ちだ。横島先生には、どちらかと言えばお世話になってるよりかはお世話してるような気がするのだ……

 

「ところでアンタ、何で濡らしてるの?」

 

「津田さんの哀れみに満ちた視線に感じてしまいました」

 

「あ~分かるわ~。津田のあの視線、たまらないよな~」

 

 

 何故か意気投合した二人を、津田は鉄拳で沈めた。あれも痛いが興奮するんだよな~。

 

「会長、そろそろ全校を見回る時間です」

 

「おお、そうだったな」

 

 

 萩村が呼びに来たので、私たちは生徒会室から移動する。撃沈してる二人は放っておく事にした。

 

「にわかに活気付いて来ましたね~」

 

「そうだな」

 

「皆期待に胸を膨らませてるんだね」

 

「そうですね。うちのクラスも既にお祭り気分ですし」

 

「膨らむ訳が無い!」

 

「そうだ!」

 

 

 萩村と二人で、無意識に私たちを苛めてくる二人に抗議する。そんなに簡単に胸が膨らむのなら苦労なんてしないぞ!

 

「分かってるとは思いますが、比喩表現ですからね」

 

「そうだよ~。踊ったり膨らむって言っても、実際にそうなる訳じゃないんだし~」

 

 

 そう言ってアリアは胸を揺らす……やっぱりイジメだ!




いよいよ次回は文化祭に突入です! 如何英稜を絡ませるかが悩みどころですね……


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文化祭 前編

何か文化祭デートみたいになった……


 学園祭当日、眠い目を擦りながら開催の宣言を済ませた私は、ウオミーとの待ち合わせ場所に向かった。

 

「会長、目の下に隈が出来てますよ」

 

「そう言う津田こそ、随分と眠そうじゃないか」

 

 

 私の隈を指摘した津田だが、私以上に濃い隈があった。

 

「実は昨日作業が間に合わないって事で遅くまで借り出されてまして……その後家でコトミの勉強を見てたら何時の間にか朝になってまして……」

 

「す、スマン!」

 

「会長?」

 

 

 私は楽しみで眠れなかっただけなので、前日まで忙しく働いていた津田の隣に居るのが恥ずかしくなって、私はウオミーのところまで駆け出した。

 

「おやシノッチ、そんなに急いでこなくても良かったですけど」

 

「今日はよろしくお願いしますね」

 

 

 待ち合わせの場所には既にウオミーと森さんが来ていた。

 

「よし! それじゃあ行くとしようか!」

 

「あの、津田副会長は?」

 

「津田なら萩村と見回りをしてるはずだが」

 

「そうなんですか……」

 

「後で合流出来る……と言うか今から合流してしまおう!」

 

「さすがシノッチ! 分かってる~」

 

 

 ウオミーと盛り上がってると、何故だか森さんが困った表情を浮かべていた。あの表情、偶に津田がしてるのと似てるな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀に反してる出し物が無いかを萩村と見回っていたら、何故だか会長たちが合流してきた。まぁ邪魔しなければ良いんだけれども……

 

「って、萩村行き過ぎ、ここだよ」

 

 

 オバケ屋敷を通り過ぎて行く萩村を呼び止める。

 

「……ああ! 私、背が低いから見えなかったわ」

 

「………」

 

 

 自らタブーに触れるほどここが嫌なのだろうか……

 

「シノッチ、オバケ屋敷の楽しみ方と言えば」

 

「うむ」

 

「「暗闇の中でのセクハラ!」」

 

「「そんな訳ありません」」

 

 

 ツッコミが森さんと被る……彼女も普段から苦労してるんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局私は会長と魚見さんを見張る事になって、見回りには津田と英稜の森さんが行く事になった。

 

「何だか津田と森さんがデートしてるみたいだな」

 

「つまりNTR状態を楽しんでるんですね」

 

「さすがはウオミーだ」

 

 

 ……津田についていけばよかったな。

 

「あれ~、天草会長じゃないですか」

 

「コトミ? お前も来てたのか」

 

「はい! 来年受験するからその下見に」 

 

 

 そう言えば津田の妹、コトミちゃんは来年桜才を受験するんだったわね……

 

「ところで会長、私の記憶違いじゃなければ、会長ってもっと巨乳だったような……」

 

「奇遇だな、私もお前はもう少し貧乳だったと思ってたんだが……」

 

 

 何この空気……会長とコトミちゃんの間で火花が散っている中、魚見さんが余計な事を言った。

 

「私は両方で巨乳ですけどね」

 

「「あぁん?」」

 

 

 誰か助けて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か見回りを任された私は、桜才学園の副会長と二人でオバケ屋敷の中に居た。

 

「何かスミマセン、来て早々にご迷惑を……」

 

「いえ、ウチの会長も早速アクセル全開でしたし……」

 

 

 出口に差し掛かり、互いに頭を下げていると、外が随分と騒がしいのに気がついた。

 

「何でしょう?」

 

「さぁ……でも、あまり良い感じでは無さそうですね」

 

 

 津田さんは何となく予想がついてるようで、早くも頭を押さえていた。

 

「何してるんですか、全く……」

 

 

 廊下に出てすぐ、津田さんは三人に声をかけました。天草会長と魚見会長、それと……誰でしょうあの子は?

 

「コトミ、何でお前まで居るんだよ……」

 

「見学だよ~。来年通うかもしれないんだし」

 

「それで、何で鈴なんて持ってるんだ?」

 

「タカ兄、これはただの鈴じゃ無い。鳳凰の絵が描いてある鈴だよ」

 

 

 津田さんの事を「タカ兄」と呼ぶからには、彼女は津田さんの妹なんでしょうね。でも何故鈴……

 

「そして会長は何で箒なんかを……」

 

「これはただの箒ではない! 私の私物だ!」

 

「ほう、それで?」

 

「つまりは、シノの箒だ!」

 

「……魚見さんのそれは短剣ですか? でも、そのタイプなら普通は楯があるんじゃ……」

 

「私に楯は必要ないんですよ、津田さん。魚見に楯は無しです」

 

 

 天草会長の武器は箒、魚見会長は短剣、そして津田副会長の妹さんは鈴……何か意味があっての事なのでしょうか……

 今にも戦いが始まりそうだったのですが、それぞれ一発ずつ、津田さんに拳骨を喰らって沈みました……

 

「スミマセン森さん、見回りを続けましょう。萩村も行くぞ」

 

「あっ、はい」

 

「分かった……」

 

 

 三人を沈めた津田さんは、何事も無かったかのように見回りを再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出し物で喫茶店をする事になったのだが、何でこんな格好をしなくてはいけないんだろう。

 

「カエデ、二番におかわりお願い」

 

「分かった」

 

 

 そう言われて二番テーブルに行くと、そこには……

 

「こっちこっち!」

 

「ッ!?」

 

 

 なんと他校の男子生徒が手を振っていた……接客しなくてはいけないんだけど、あまり近づけないし如何すれば……そうか!

 

「はいー!」

 

「うおぅ!?」

 

 

 中国のパフォーマンスで見た遠距離からのお茶汲みを実戦し、私は何とか接客をこなした。その後で廊下の方に視線を向けると……

 

「頑張るわね……」

 

「あの人、何か事情があって男子生徒に近付かないんですか?」

 

「若干男性恐怖症なんですよ、五十嵐さんは」

 

 

 津田君と萩村さんが見た事無い女子生徒と一緒に私を見ていた……呆れられちゃったかもしれないわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村と別れ、再び森さんと二人で行動する事になった。

 

「外も活気付いてますね」

 

「そうですね。皆忙しそうです」

 

 

 露天もやってるので簡単な食事ならここで済ませる事が出来る。

 

「チョコバナナ頂戴な」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 視界にあの問題教師が……

 

「津田、その人は?」

 

「英稜高校の生徒会副会長の森さんです。会長の魚見さんと、ウチの会長は訳あって別行動中なんです」

 

「ふ~ん……」

 

 

 興味を失ったのか、横島先生がチョコバナナを食べ始める。

 

「これ食べるのも久しぶり……!」

 

「如何かしたんですか?」

 

 

 森さんが横島先生に話しかける。どうせろくな事じゃねぇんだろうな……

 

「久しぶりのはずなのに、最近口にした覚えがある!」

 

「あ~、口にしたんじゃね?」

 

 

 事務的に流して、俺は森さんを連れて体育館に移動する事にした。七条先輩から絶対に劇は見てほしいと頼まれてるんだよな……

 

「あの、津田さん」

 

「はい?」

 

「その……手を」

 

「手? あっ、スミマセン」

 

 

 無意識に森さんの手を握っていたようで、俺は慌てて離した。だけど、森さんの表情は妙に恥ずかしそうだったんだけど、もしかして森さんも男性恐怖症だったんだろうか……




三人のボケが分からない人は『IS』で検索して下さい。


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文化祭 後編

無理矢理詰め込みました


 途中まで津田さんに手を引かれてここまで来ましたが、大丈夫ですよね? 表情に出てませんよね?

 

「七条先輩、津田です」

 

『どうぞ~』

 

 

 劇直前の控え室に来られるなんて、結構ドキドキしますね……

 

「あれ? 会長たちも来てたんですね」

 

「うむ!」

 

「何時までも快楽に溺れてる訳にもいきませんし」

 

「「はぁ……」」

 

 

 魚見会長のボケに、津田さんとため息が被る……この人も相当苦労してきてるんだと言う事がこれだけで伝わってくるのは、私も似たポジションだからなんでしょうか……

 

「そろそろ本番だから、ドキドキしちゃってるよ~」

 

「ほーどれどれ」

 

 

 天草会長が徐に七条さんの胸に手を当てる……女子同士だとこれが普通なんでしょうか? 少なくともウチの高校では見かけない光景ですが……

 

「胸が大きくて鼓動が聞こえない! 嘘吐いちゃ駄目だぞ!」

 

「嘘じゃないよ~!?」

 

 

 何て理不尽な怒り……でも、七条さんの胸は羨ましいと思わざるを得ないですよね……私もせめてもう少しくらい……

 

「森さん? 如何かしましたか?」

 

「い、いえ! 何でも無いです」

 

 

 横に津田さんが居るの忘れてた……危うく自分で揉むところだったわ……

 

「それじゃあ皆、そろそろ本番だから」

 

「ああ、客席で見てるぞ」

 

「本番に興奮して漏らしちゃ駄目ですよ」

 

「大丈夫! 視姦されて濡らすかもしれないけど」

 

 

 三人がサムズアップしてるのを見て、津田さんが一人一発ずつ拳骨を振り下ろす……私にもそのスキルがあれば、もう少し楽が出来るのでしょうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七条先輩の演技は、本番前ふざけてた人と同一人物だとは思えないほどしっかりとしたものだった。

 

「七条さんって演技上手なんですね」

 

「何でもDVDを見て参考にしたらしいぞ」

 

「そうなんですか……」

 

 

 何故だか知らんが、もの凄い嫌な予感がしてきた……森さんは気付いて無いようだが、萩村が何となく気付いてるようで、アイコンタクトで俺に処理を押し付けてきた……偶には萩村が処理しようぜ……

 

「それで、その参考にしたDVDの内容は?」

 

「何でも、ロー○ーを入れたまま接客してたらしい」

 

「それは興奮しますね!」

 

「うむ!」

 

 

 大声出して馬鹿な事を言ってる両会長を沈め、俺は舞台に目を向ける……本当にやってねぇだろうな……

 

「津田、ご苦労」

 

「疲れるって分かってるなら偶には萩村が代わってくれたって良いだろ」

 

「……私じゃ会長たちの頭に手が届かないから」

 

「……何かゴメン」

 

 

 気まずい雰囲気が流れる中、劇が終了し周りからは拍手の音が聞こえてきた。如何やらこの場所の事は無視を決め込んでるらしい……まぁそれが妥当な判断だろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 劇が終わり再び控え室へとやって来た。さすがに着替え中と言う事は無く、アリアは既に制服に着替え終わっていた。

 

「出島さん、これありがとう」

 

「いえ、では着替えて帰ります」

 

「一応クリーニングに出した方が良いのでは?」

 

 

 確かにそうだな。いくらアリアが清潔だからと言って、別の人間が着た物をそのまま着るのは衛生面でよろしくないような……

 

「いえ、メイドの私服はメイド服ですから! それに、お嬢様の使用後はそそります」

 

「えっ?」

 

 

 出島さんは如何やら両刀のようだな……いや、私たちに刀は無いからこの場合何と言えばいいんだ?

 

「またくだらない事考えてますね……」

 

「ほっとけば良いよ……」

 

「お二人はかなり苦労してる様子ですね」

 

 

 ツッコミ三人が私を見て蔑んだ……何だ、何故私はこんなにも興奮してるんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長たちと別れ、私は津田と森さんと見回りに出た。それにしてもこの二人デカイわね……私が子供みたいじゃないの……

 

「って! 誰が幼児体型だー!」

 

「「!?」」

 

「あっ……」

 

 

 自分の思考にツッコミを入れたら、津田と森さんを驚かせてしまった……

 

「あ、あれ! 出島さんじゃない?」

 

 

 咄嗟に話題を変える為に、私は偶然視界に入ってきた出島さんを指差した。

 

「……確かに出島さんだな」

 

「……そうですね」

 

 

 いぶかしむような目ではあったが、二人は深く追求してくる事は無かった。

 

「アイスキャンディをください」

 

「はい」

 

 

 秋なのにアイス食べるんだ……まあ人の好みだしね。

 

「えっ!? 何で泣いてるの?」

 

「最近ご無沙汰でして……」

 

「……聞かなきゃ良かったのに」

 

「うん……私も思った」

 

 

 津田が呆れたように私に言ってきたけど、私には津田のようなスルースキルは無いのよ!

 

「お、萩村! 丁度良かった」

 

「横島先生?」

 

「ちょっと付き合え!」

 

「えっ? ちょっと! 津田~!」

 

 

 横島先生に拉致られるように引っ張られてる私を、津田と森さんは手を合わせて見送っていた……別に死にはしないけど、ちょっとは助けようとか思いなさいよね!

 

「これで人数が揃ったわね」

 

「人数? 何をするんですか?」

 

「3on3よ」

 

「……あまり私は適当な人選だとは思えないのですが」

 

「良いのよ。この際人数が居れば問題なし!」

 

 

 そう言って横島先生一人で大体の試合の流れを決めた。普通に運動させる分には優秀なのかも知れないわね。

 

「いや~さすがは男の子ね。えらい汗掻いちゃったわ」

 

「ですが、見たところそれほど汗を掻いてるようには見えませんが……」

 

「そりゃそうよ。上じゃなくて下の汗だし~」

 

「津田は? ツッコミの津田は? 津田~!」

 

 

 居ないと分かってるのに、私は津田を探した……このボケは私には荷が勝ちすぎている……津田じゃなきゃ処理できないボケに、私は何も出来ずに撃沈したのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森さんとの見回りも一段落して、少し休憩の為に二人でベンチに腰掛けた。五分くらいなら休んでも良いよな……

 襲い来る睡魔に身を任せたようで、俺より先に森さんが寝た。そしてそれにつられるように俺も睡魔に身を任せた……

 

「あら~? これはスクープかしらね~?」

 

 

 ……平和的に終わらせる事を許してはくれないようだな。

 

「桜才&英稜の副会長、学内で堂々と同衾! 見出しはこれで決まりね」

 

 

 また古臭い言葉を……しかも正確には間違ってるし……まぁ、根底から間違ってるから今更なんだがな……

 

「まずは一枚……あら? 津田副会長が消え……ッ!?」

 

「事情説明は必要ですか?」

 

 

 背後に回り畑さんに威圧する。観念したのか畑さんはその場で土下座をしてメモした事を全て廃棄して許しを請うてきた……もちろんそれだけで許す訳も無く、会長たちに喰らわせたの以上の拳骨で意識を刈り取り、今見たことは全て夢と言う事にしておいた。

 

「ちょっとだけなら良いよな……」

 

 

 さすがに疲れてたので、俺も大人しく休む事にした。五分だけ……それなら問題は無いはずだから……

 

「津田!」

 

「森さん!」

 

「「……ん? 会長?」」

 

 

 声をかけられて、俺たちは同時に目を覚ました。

 

「もう夕方だぞ」

 

「そろそろ帰りますよ」

 

「「えぇ!?」」

 

 

 まさか休んでいる間に文化祭が終わってるとは……まぁ、これはこれで思い出になるか……

 

「それにしても、まさか津田さんが森さんに膝枕してあげてるとは」

 

「「……はい?」」

 

 

 魚見さんに言われ、俺たちは今更ながら自分たちの格好に気付く……なんだか凄い勢いで森さんが立ち上がったんだけど……俺、そんなに危険に見えるのか?




津田と一番自然にいられるのが森さんとか……まぁ確かにお似合いなんですがね……


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タカトシの虫の居所

お気に入り登録者数が600人を突破しました。ありがたいですね


 部屋で課題をやっていたら、いきなりドアが開かれた。

 

「タカ兄、勉強してるの見てて」

 

「見てて? 見てるだけで良いのか?」

 

「やっぱ見られて無いと集中出来ないと言うか……見られて無いと興奮しないと言うか」

 

「ゴメン、何の話?」

 

 

 今日もコトミは絶好調だった……

 

「うわっ! タカ兄の机、勉強の本しか無い」

 

「普通だろ? 勉強机なんだから」

 

「普通の高校生はトレジャーの一冊二冊……」

 

「さっさと勉強しろ。受験までもう日が無いんだから」

 

「ボケを最後まで言わせてもらえない……」

 

 

 桜才を受験する事をギリギリで認めてもらってるコトミなんだから、もう少し緊張感を持ってほしいんだがな……

 俺が去年受けた問題を思い出しながら、そこに更に手を加えた問題集をコトミに解かせてる隣で、俺は自分の課題を終わらせた。

 

「そう言えば桜才は面接もあるぞ」

 

「忘れてた。タカ兄、面接の練習をしよう!」

 

「ああ」

 

 

 随分とやる気だが、面接以前に不合格が決定してなければ良いんだがな……

 

「我が校に入学したら何をしたいですか?」

 

「あー、その質問考えて無かった」

 

「普通で良いんだよ。コトミが入学してしたい事を答えれば良い」

 

「そう? じゃあ教師との背徳恋愛」

 

「真っ先に出るのがそれかよ……」

 

「じゃあ実の兄との禁断の……」

 

「真面目にするつもりが無いなら帰れ」

 

 

 コトミと遊んでる余裕は無いんだよ。

 

「別の質問にして」

 

「別の? ……我が校を志望した理由を教えてください」

 

「………」

 

「おい!」

 

 

 答えが返ってこずに思わずツッコミを入れる。こいつ、何も考えてないな……

 

「あっ! 家に近いからです!」

 

「……本番ではちゃんと答えろよ」

 

 

 そんな志望動機で合格出来る高校があるなら、高校浪人なんて存在は消えてなくなるんじゃないだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に向かう途中で、なにやら疲れ気味の津田を見つけた。

 

「如何したの?」

 

「ああ萩村……ちょっと妹の事でね」

 

「そう言えばウチを受験するんだっけ?」

 

「そうなんだけど……勉強もさることながら面接も心配になってきて……昨日から胃がキリキリと鳴ってるんだよ……」

 

「大丈夫なのそれ?」

 

「多分大丈夫じゃないと思うけど……でもまぁ何とかやってるから大丈夫」

 

 

 明らかに大丈夫そうではない表情の津田を見て、私は今日一日ツッコミを頑張ろうと思った。

 

「会長と七条先輩が中に居るね」

 

「そうなの? 声が聞こえたとか?」

 

 

 生徒会室に近付いてきたところで、津田がそんな事を言った。私には声なんて聞こえなかったけど……

 

「いや、気配がしたから」

 

「……普通の人間の範疇で感じろよ」

 

 

 達人とかそのくらいにならなきゃ、気配なんて探れないわよ……

 

「お昼食べてるみたいだね」

 

「そうなんだ……」

 

 

 津田の人間離れした特技に驚きながら、私は生徒会室へと入っていく。

 

「アリア、早く食べないと昼休み終わっちゃうぞ?」

 

「まだ大丈夫だよ~」

 

「そうは言ってもな……そのペースじゃ確実に食べ終わらないだろ」

 

 

 七条先輩のお弁当は、相変わらず豪華で、そして量が多い……会長が懸念するように昼休みの間に食べ終わるかは微妙なところだ。

 

「私お口小さいから食べるのが遅いんだ~」

 

「そうなのか……恋人出来たら大変だな」

 

 

 ……この会話にツッコミを入れるのは、私の技量では無理ね……本調子ではない津田に任せるのもあれなんで、ツッコミを放棄する事にした。

 

「よ~す……」

 

「横島先生、如何かしたんですか?」

 

 

 妙にテンションの低い横島先生が生徒会室にやって来た。

 

「いやね、さっき外のベンチに座ったんだけどさ……そこにガムが捨ててあったのよ」

 

「まさか、踏み潰したんですか?」

 

「そうなの……結構お気に入りだったのに」

 

「でも先生、ガムがくっついて伸びるのって、何だかエロくないですか?」

 

「……その発想は無かった。確かに○液って伸びるからな!」

 

「つまり先生はズボンに○液をブッカケられたって事になるんですね!」

 

 

 三人のテンションが上がっていく一方で、私のテンションはだだ下がり……何でこんな場所に私は居るんだろう……

 ツッコミを入れる気力すら残って無い私は、縋る思いで津田に視線を向ける。私では無理でも、津田ならこの状況を如何にかする術を持ち合わしてるはず!

 

「何なら津田にブッカケて貰うか!」

 

「さすがシノちゃん! 津田君、今すぐブッカケて!」

 

「津田の○液を飲むのは始めてだな!」

 

 

 妙な流れになっていたが、津田が徐に三人に近付いてそれぞれ一発ずつ膝蹴りを喰らわせて気絶させる事で事態を収拾した……ストレスが溜まってる分、何時もより攻撃が過激だ……

 

「萩村、馬鹿共は放っておいて教室に戻ろう」

 

「そ、そうね……」

 

 

 見間違いじゃなきゃ三人の口から何か出て行ったような気が……きっと気のせいよね!

 私は自分に言い聞かせるようにそうつぶやき、生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田に蹴られて意識を失い、次に気がついたのは放課後だった。つまり私とアリアは午後の授業をサボったのか……

 

「シノちゃん、起きてる……」

 

「ああ、なんとかな……」

 

「まさか津田君があんな威力がある攻撃を繰り出すとは思って無かったよ……」

 

「そうだな……痛いだけで気持ちよくなかった……」

 

 

 何時もの拳骨は痛みの中に気持ちよさがあるのだが、今日の膝蹴りは十割が痛みだったのだ。

 

「何であんなに怒ったんだろうね……」

 

「さぁな……オ○禁中だったんじゃないか?」

 

「発散出来なくてストレスが溜まってたんだね……それじゃあ私がスッキリさせてあげよう」

 

「待て! それは会長である私の仕事だ!」

 

 

 副会長の体調管理は会長である私がしなければならないしな! アリアと競うように津田の教室に向かい、スッキリさせてやると大声で言ったら、再びもの凄い激痛が私とアリアの身体を巡った……二回目でも気もち良く無いな……

 結局次に気がついたのは自分の部屋のベッドの中で、私は如何やって帰ってきたのかも分からないまま部屋を見渡した。そう言えば、如何やって着替えたのかも分からないな……まさか津田が!?

 慌てて部屋から駆け出そうとしたらお母さんに呼び止められ、馬鹿な事は控えるように怒られた。如何やら津田がここまで運んできて、お母さんに今日の事を事細かく伝えたらしい……こっぴどく怒られた私だったが、それで反省する訳も無いと自分でも分かっていたのだった。明日は如何やってからかうかな……




虫の居所以前に怒るかな、あれじゃあ……


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やつれゆくタカトシ

原作に無い話です


 この間は少し荒んでいたが、翌日には普段の津田に戻っていた。と言っても胃の痛みはそのままらしく、何だか弱ってるようにも見えた。

 

「津田、アンタそろそろ試験だけど大丈夫なの?」

 

「あぁ……何とかね。でも、今回は萩村を目標にはしないかな」

 

「ふ~ん……如何して?」

 

 

 いつもなら高みを目指す事に貪欲とまで言える津田が、今回は私に対抗意識を持たないなんておかしいわね……

 

「高みを目指す余裕が無いから、せめて足場を固めようかと……」

 

 

 そう言って津田はお腹を押さえながら歩いていく……よっぽど妹の勉強で弱ってるんだ……

 

「お~い津田、帰りに何処か寄ってかないか?」

 

「ゴメン、生徒会の仕事……それに早く帰ってあの馬鹿の勉強を見てやらないと……」

 

「お、おぅ……何か悪いな」

 

 

 クラスメイトのお誘いを断ると、そのクラスメイトは津田に同情していった……

 

「萩村、早く行かないと会長に怒られるぞ」

 

「そ、そうね……ねぇ津田」

 

「なに?」

 

「妹さんの勉強、私も見てあげようか?」

 

 

 何となくだが、これ以上津田が弱っていくのを見たくないと思った。このまま放っておいたら、この前みたいに荒んでしまうんじゃないかって。

 

「良いの? でも萩村にこの痛みを味わってほしく無いんだけど」

 

「大丈夫よ! 私だってそれくらい覚悟してるわ」

 

「その覚悟は買うけど、アイツは相当な問題児だぞ」

 

「……どれくらい?」

 

 

 津田の目があまりにも本気だったので、私は若干たじろぎながら聞いた。

 

「保健体育の保健だけが得意で、性的妄想なら誰にも負けない自信があって、人に見られると興奮するタイプらしい」

 

「……ゴメン、私には無理だ」

 

 

 匙を投げるのは性に合わないのだが、今の説明だけで胃が痛くなってきたのだ……津田はこの痛みと戦いながら妹の面倒を見てるのね……

 

「だから今回は萩村に対抗心を燃やしてる余裕は無いんだ……せめて学年二十位には留まらないと……」

 

 

 津田がこんなにも弱ってるなんて思って無かった……一学期期末、夏休み明けテスト、この前の中間でも学年二位だったのに、今回の目標は二十位以内。会長たちに頼んで津田の仕事減らしてもらったほうが良いのかしらね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の業務を終えて、俺は走って家に帰る。少しでも時間を有効活用しないと、あの妹は高校受験に失敗するかもしれないのだ。

 

「コトミ、今日も勉強するぞ」

 

「え~、今日くらい良いじゃん! 偶には遊ぼうよ」

 

「お前、過去問だって一回も合格ラインに到達してないのに、何でそんなにお気楽で居られるんだよ」

 

「四択なんだから、最悪勘で埋めれば大丈夫だよ!」

 

「……その四択問題で散々間違えてるのは何処の誰だよ」

 

 

 ここ数日、コトミに過去問を解かせてるのだが、結果は散々……合格点どころか半分にも到達してない正解数……日に日に増していく胃の痛み……妹じゃなきゃ投げ出してると思う。

 

「タカ兄は少し気を抜く事を覚えなきゃ駄目だよ」

 

「それならお前は気を入れる事を覚えろ」

 

 

 こんな事なら前回の模試の時に諦めさせれば良かったとか思いだしてしまってるのだ。コトミの前に俺の心が折れるかもしれないのだ……そうなったらコトミはほぼ確実に受験に失敗する。自分の事なのにまるで危機感を抱いていない妹に、両親はほぼ諦め状態だ。

 

「タカ兄、いざとなったらどっかのお金持ちのおじさんの愛人でもするから大丈夫だよ!」

 

「その思考が既に大丈夫じゃない……」

 

 

 こうしてまた今日もコトミの相手をしながら一日が終わっていく……もちろん今日のテストも合格点には程遠い結果だ……

 コトミが寝て、リビングで伸びていたらお母さんとお父さんが帰ってきた。

 

「ただいま……大丈夫かい、タカトシ?」

 

「うんまぁ……何とか大丈夫」

 

「コトミ、受かりそうか?」

 

「如何だろう……運だけはいいから、本番なら何とかなるかもしれないけど……今のままじゃ駄目かもしれない……」

 

 

 残業から帰って来て早々にこんな事を言いたくはなかったけど、コトミの結果を見る限りでは奇跡でも起きない限りこのままでは無理なのだ。

 

「アンタ少し痩せた?」

 

「やつれたんだと思う……ろくに食べて無いし」

 

 

 食べて無いというか食べられないのだが……

 

「それで、コトミは?」

 

「もう寝てる。明日朝早くから勉強するって言ってたけど、本当か如何かは分からないけど」

 

 

 やる気を見せてくれたからとりあえずは寝かせたのだが、本人がやると言う以上、俺がとやかく言える訳無いのだ。

 

「そうか……それと悪いんだけど、また明日から出張になった」

 

「忙しいね……こっちは大丈夫だから」

 

「悪いね……今度は長期出張になりそうだから、暮に帰ってこれるか如何かも分からない」

 

「分かった。家の事は任せてくれていいからさ」

 

 

 これ以上迷惑をかけられないし、仕事じゃしょうがないよな……

 

「ご飯は? まだなら温めるけど」

 

「それくらいは自分でするよ。アンタは少しでも休んでおきな」

 

「ゴメン……ありがとう」

 

 

 正直起きてるのがやっとの状態なので、二人の申し出はありがたかった。コトミの事で心配してるだろうし、これ以上心配はかけたくないからな……俺は自分の部屋に引っ込み、ベッドに横になった。夢でもいいからコトミが真面目になってくれないかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、目が覚めて時計を確認する。午前五時……さすがに早いな……

 

「コトミのヤツ、何時から勉強するんだろう」

 

 

 土曜日と言う事で学校は休みだ。お父さんたちは朝早くに出かけると言ってたし、せめて見送りだけはしておこう。

 

「いってらっしゃい」

 

「起きてたのか?」

 

「まぁね……こっちは心配ないから」

 

「悪いわねホント……」

 

「いいよ、気にしなくて……何とかコトミをまともにするから」

 

 

 正直まともに生活するコトミを想像出来ないんだけど、それでも何とかするしか無いのだ。

 

「頼んだよ。いってきます」

 

「お願いね」

 

 

 二人を見送り、俺はコトミを起こす為に部屋に入った。

 

「コトミ起きろ、勉強するんだろ」

 

「う~ん……あと五時間……」

 

 

 寝言でも酷いだろ……

 

「桜才に通うんだろ? もう少し努力しろよな」

 

「むにゃむにゃ……タカ兄と学校でイチャイチャする為に頑張る……」

 

 

 ……理由はこの際如何でもいいや。コトミがやる気になるのなら、それに水をさす事も無いしな……

 多少楽観的にならなきゃ駄目になりそうだ……

 

「よし! さぁタカ兄、ご飯食べよう!」

 

「……準備するからその間勉強してろ」

 

 

 朝食の準備をしながら少し考える……自分のテストは大丈夫なのだろうかと……




このままじゃ死ぬんじゃないだろうか……


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高校生のテスト

タカトシの胃痛は解消されるのだろうか……


 試験まで日数があまり無い状況でも、生徒会の仕事はある。さすがに試験期間中は無いのだけれども、前の週には多少なりとも仕事が存在するのだ。

 

「これで終わりだな」

 

「そうだね~。やっと帰れるよ~」

 

 

 週明けから試験だというのに、私たち生徒会役員は放課後遅くまで学園に残って作業をしていたのだ。

 

「覚えてると思うが、生徒会役員のノルマは学年二十位だからな! もし二十位以下だった場合はある事無い事言い触らすように畑に頼むからそのつもりで」

 

「大丈夫だよ、シノちゃん。シノちゃんとスズちゃんは学年トップで、私と津田君は学年二位なんだから」

 

「その事ですが、津田の状況を鑑みて、もう少しノルマを下げてあげる事は出来ませんか?」

 

 

 津田は作業途中で具合が悪そうになっていたので会長が先に帰したのだが、正直家に帰した方が状況が悪化すると思うのだが……

 

「事情は萩村から聞いたが、それでも生徒会役員のノルマは学年二十位だ。それに、津田なら難なくクリアー出きるだろう」

 

 

 会長の中でも津田は出きるヤツだという認識なので、私の提案は却下された。もちろん私も津田なら二十位くらいならクリアー出来ると思ってるのだが、あのコンディションで実力を発揮出来るかが不安なのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長たちの好意で早めに帰ってきたのだが、コトミの勉強を見るのには変わりないのであまり早退の意味は無かった……

 

「寒い……寒くて勉強集中出来ないよ」

 

「大げさだろ。それに、寒いのは俺も同じだ」

 

「じゃあタカ兄、温め合おう!」

 

「お断りだ」

 

 

 馬鹿な事を言い出したコトミに呆れ、解決策を考える……暖房はまだ早いしな……

 

「てな訳で炬燵を用意した」

 

「やったー!」

 

 

 正直コトミに付き合うのは辛いのだが、受験に失敗されると今までの苦労が無意味になってしまうので、ここまできたら最後まで付き合って合格してもらいたいのだ。

 

「じゃあコトミ、勉強再開するぞ」

 

「………」

 

「コトミ?」

 

「グー……」

 

 

 ……状況が悪化した。炬燵に入って寝てたら意味が無いだろうが……

 

「おら、起きろコトミ」

 

「……ふぁい」

 

 

 欠伸をしながら何とか目を覚ましたコトミだったが、集中するのか如何かは正直微妙なところだな……

 

「タカ兄、これって如何解くの?」

 

「ああ、これはだな……」

 

 

 漸くスイッチが入ったのか、コトミは真面目に勉強をし始めた。集中しだすまでに時間がかかるが、集中してくれればそれなりに勉強はしてくれるのだ。まぁ答えが合ってるか如何かはまた別の問題なんだが……

 

「コタツちょっと暑いな~」

 

「温度下げるか?」

 

 

 炬燵のスイッチに手を伸ばそうとして、目の前のコトミの動きが不自然な事に気がついた。

 

「何してるんだ?」

 

「んしょ……これでよし!」

 

 

 モゾモゾと動いてると思った次の瞬間に、穿いていたズボンを取り出して放り投げた。

 

「ちょっと……待ってくれるか?」

 

「タカ兄、コタツの中覗いちゃ駄目だよ? オ○ンコ丸見えだから」

 

「……パンツは如何した?」

 

「一緒に脱いだ!」

 

 

 胃痛と同時に頭痛が……この場合は何の薬を飲めば良いんだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト期間などあっという間に終わり、結果が貼り出されているので私は見に行くことにした。津田は大丈夫だったんでしょうね……

 

「あれ? 萩村も結果見に行くの?」

 

「一応ね。アンタの結果が気になって」

 

「何かゴメン……」

 

 

 コトミちゃんの勉強に付き合ってた所為で、自分の勉強が少し疎かになってるとは聞いてたけど、さすがに二十位を下回る事はないと思っているのだ。

 

「自信は如何?」

 

「何時も通りとは行かなかったかな……途中で胃痛に悩まされたし」

 

「病院行った方が良いんじゃない?」

 

「どうせ分かりきってる事しか言われないから良いよ」

 

「分かりきってる事?」

 

 

 津田は自分の状態を正確に把握してるようで、病院に行っても意味が無いと言った。

 

「ストレスから来る胃の痛み、ストレスの原因を解消すれば治るとしか言われないだろうし、胃薬もらって終わりだろうからね」

 

「それでも、市販の薬よりかは効くんじゃない?」

 

「病院行ってる時間があるなら、コトミに単語一つでも覚えさせた方が有意義だ」

 

「……そこまで追い詰められてるのね」

 

 

 年が明ければ受験シーズン到来なので、この時期は追い込みを掛けるのだけども、何故受験生じゃない津田が追い込まれてるのだろうか……

 

「そろそろ結果が見えるな」

 

「……アタシは前まで行かないと見えないわね」

 

「付き合うよ」

 

 

 人がごった返している為に、津田も遠くからでは見えないようで私と一緒に最前列まで人を掻き分けて進んでいく。

 

「どれどれ……」

 

 

 結果の書かれた紙の一番上には、何時も通り私の名前が書かれていた。

 

「今回も萩村がトップだな」

 

「当然ね」

 

 

 だが私が気にしてるのは自分の順位ではない。目線を下げていくと、見たかった名前はすぐに見つかった。

 

 一位 萩村スズ 800点

 二位 津田タカトシ 745点

 三位 轟ネネ 737点

 

 

 何時もより点数は離れてるが、私の下には津田の名前があった。

 

「アンタ、やっぱり凄いわね」

 

「全教科満点の人に凄いって言われても……」

 

 

 津田の体調で私が試験を受けたとしたら、もっと点数は低いと思うのだが、津田はこの点数では納得してないようだった。

 

「二年のも貼ってあるわね」

 

 

 一年の結果の隣には、二年の結果も貼り出されている。

 

 一位 天草シノ 788点

 二位 七条アリア 779点

 三位 五十嵐カエデ 760点

 

 

 相変わらずのスリートップだった。見知った名前では、十八位に畑さんの名前がある。あの人の事だから事前に問題を知ってた可能性もありそうよね……

 

「今回もシノちゃんに負けちゃったか~」

 

「これだけはアリアには負けられないからな」

 

 

 会長が七条先輩の胸を見ながら言う……そこで対抗しようとしても無理ですよ……

 

「試験も無事終わったし、冬休みにみんなでウチの別荘に来ない?」

 

「皆と言うと我々生徒会役員か?」

 

「それと英稜の二人も誘いたいんだけど、シノちゃんにお願いしても良い?」

 

「任せろ! ウオミーにメールすれば森さんにも伝言を頼めるだろうしな!」

 

「ちょっと! それって津田君以外全員女子って事ですよね! 不純異性交遊は認められません!」

 

「それじゃあ、カエデちゃんも来る? クリスマスパーティーみたいな事もするから、プレゼントは持ってきてね~」

 

 

 何だかなし崩し的に予定を入れられちゃったけど、津田は大丈夫なのかしら……津田の事だから大丈夫なんだろうけども、何だか心配だわ……




元々点数が高い為に、少し下がっても順位はそのままで……


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生徒会室の大掃除

60話目です


 冬休みに七条先輩の家が保有する別荘でクリスマスパーティーをする事になり、俺はプレゼントを選ぶ為にアクセサリーショップに来ている。

 ちなみにパーティーの事がコトミにバレて、アイツも参加すると言ってきたので、丁度いい機会だから萩村にもアイツの勉強を見てもらう事にしたのだ。萩村には伝えてあるが、コトミには教えてない……楽しいパーティーだと思ってついて来たのを後悔させてやる……

 

「(何か最近思考が黒いな……)」

 

 

 胃痛の原因であるコトミに対してだけでは無く、クラスメイトの泣き言にも嫌気がさしてきてるのかもしれないな……

 

「あら? 津田さん?」

 

「森さん。何故此処に……って、おかしいのは俺のほうですね」

 

 

 ここは女性用のアクセサリーがメインのお店だ。森さんの方が居ても違和感の無い場所であって、俺が居るのがおかしいのだ。

 

「もしかしてプレゼント選びですか?」

 

「もう聞いてるんですね」

 

 

 会長が魚見さんに連絡をしてるので、森さんが知っててもおかしくは無いか。

 

「まさか誘ってもらえるとは思ってませんでした」

 

「大勢の方が楽しいと思ったんじゃないですか?」

 

「そうですね。そうか……女の子用って考えじゃ駄目ですね」

 

「ん?」

 

「あっいえ、津田さんにプレゼントが当たる可能性も考えて買わないとって思いまして」

 

「俺は普通に女性用のプレゼントを考えれば良いんですが……そうか、俺が居る分プレゼントを考えるのが面倒になってるんですね……何かスミマセン」

 

 

 自分の事をすっかり忘れていた……自分で自分に贈る訳じゃないから考えなかったけども、他の人は余計に考えなければいけないのか……

 

「それじゃあまた後日」

 

「ええ、気をつけて」

 

 

 森さんと別れ、俺は一つのネックレスに視線を固定する。可愛いとは思うけど、誰に当たるか分からないからな……萩村やコトミにはあまり似合いそうじゃないし……かといって指輪じゃサイズが分からないしな……

 

「(もう少しシンプルなデザインのヤツを探そう)」

 

 

 そもそも異性にプレゼントを贈るなんて、会長の誕生日以来だな……

 

「(あまり高価なものだと引かれるだろうし……このくらいが妥当かな)」

 

 

 さっき目をつけたネックレスよりも若干控えめなデザインで、値段もそれほど高くは無い。誰に当たるかは分からないけども、これなら全員に似合うだろうしな。

 

「すみません、これをください」

 

「はい。プレゼント用ですか?」

 

「ええ」

 

「では、包装紙をお選び下さい」

 

 

 

 なるほど、今はそういったサービスもあるんだな……彼女とか出来たら大変そうだな……

 俺は包装紙を選んで包んでもらったネックレスを鞄にしまい、家に帰る事にした。冬休みまではまだ少し時間があるし、コトミの勉強を見なければいけないのに変わりは無いからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校も今日で終わりの為、私たちは生徒会室の大掃除を行う事になった。

 

「ねぇスズちゃん」

 

「はい?」

 

「パンツも穿いた方がいいかな~?」

 

「それは最初から穿いてるものでは……ッ!?」

 

 

 まさか七条先輩……

 

「萩村、これって捨てていいのか?」

 

「どれ? ……そうね、取っておいても使わないだろうし、捨てちゃいましょう」

 

「了解。でもいざ捨てるとなるともったいないと思っちゃうのは何でだろう」

 

「あ~その気持ち分かる」

 

 

 七条先輩の事を思考から追い出すのに、津田との会話は非常に役に立った。

 

「駄目駄目、思い立ったら捨てないと。そうやって躊躇してると一生捨てられないわよ」

 

「横島先生……居たんですね」

 

 

 相変わらず存在感の無い生徒会顧問ね……

 

「ちなみに私は最近、羞恥心を捨てたわ!」

 

「えっ、最近なの?」

 

 

 津田のツッコミが入り、横島先生は生徒会室から出て行った……何しに来てたんだあの人はまったく……

 

「あっこれ俺の消しゴム」

 

「棚の奥に入っちゃってたのね」

 

 

 ものを落としてそのまま隙間に……なんてよくある事だし。

 

「あっ、ロー○ーのリモコン。こんなところにあったのね~、やっと止められるよ~」

 

「驚かなきゃいけないのに平然としてられる自分が怖い」

 

「そうね……私もあんまり驚いて無いわ」

 

 

 生徒会室になんてものを持ち込んでるんだ、とか思わなきゃおかしいのに、何故だか七条先輩だからという事で納得出来ちゃってるのよね……慣れって怖いわね~

 

「シノちゃん、その箒はこの前の私物?」

 

「いや、これは学園のだ。だが箒を見てると思い出す事があるんだ」

 

「ん? な~に~?」

 

「魔法少女が箒に跨って空を飛ぶシーンがあっただろ」

 

 

 そんなのもありましたね……もしかして箒で空を飛んでみたいとか思うのかしら。

 

「あれは気持ち良さそうだった」

 

「分かるよ!」

 

「分かるな」

 

 

 私よりも先に津田のツッコミが炸裂する。具合悪そうなのに相変わらずの切れの良さよね。

 

「さて、こんなものか」

 

「後はこのゴミを収集所に持ってくだけだね~」

 

「俺が持ってきますよ」

 

 

 結構な量があるのにもかかわらず、津田は簡単にゴミを持ち上げて収集所に持っていった。

 

「さすがは津田だな」

 

「力持ちだよね~」

 

「うむ! 五月に重い日の私を軽々持ち上げただけはあるな!」

 

「そんな事もありましたね」

 

 

 あの時はまだ津田の事を誤解してたけど、今は安心して付き合えてるものね。

 

「そういえばシノちゃん、プレゼントは用意した?」

 

「当然だ! ウオミーや森さんにも連絡はしておいたからな!」

 

「私もカエデちゃんに連絡しておいたから、当日は家まで迎えに行くからね」

 

「そんなに大勢乗れるんですか?」

 

「大丈夫、出島さんは大型車も運転出来るから」

 

「なら安心だな! 後は当日を待つだけだ!」

 

「シノちゃん、楽しみにしてるのはいいけど、また寝不足にならないでね」

 

 

 そういえば会長って、遠足とかの前日寝れないタイプなんでしたっけ……よく見れば隈があるよな気も……

 

「クリスマスパーティーも大事だが、各自冬休みの宿題を忘れないようにな!」

 

「大丈夫だよ~。別荘で一緒にやれば」

 

「そうですね。参加メンバーを見れば問題は無さそうですしね」

 

 

 気になるのは津田の妹のコトミちゃんだ……津田が具合悪そうにしてる原因だけど、何故だかこのパーティーに参加するようなのだ……津田からは勉強を教えてやってくれと頼まれたけども、正直不安しかないのだけども……

 

「戻りました」

 

「よし! それでは今年の生徒会はこれにて終了だ!」

 

「お疲れ様~」

 

「次はアリアの別荘で会おう!」

 

 

 張り切ってるわね~……まぁ楽しみなのは私も同じだけども、あそこまではしゃぎはしないわよね。

 

「では俺はこれで。妹の成績を確認して冬休みにスケジュールを組まないといけませんので」

 

「頑張れよ」

 

「お迎えに行くから、当日は準備して待っててね」

 

 

 校門で別れ、私たちはそれぞれ帰路についた。会長と津田が同じ方向なのが気になるけど、あの二人なら何も無いわよね。




次回別荘へ……待ち受けるのは誰に対しての地獄なのか……


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悪魔タカトシ

指が冷たくてキーボードが押せてない……


 七条先輩の家の車に乗り込み、私たちは七條家が保有する別荘に向かっている。

 

「今日はお招きいただきありがとうございます」

 

「いえいえ~大勢の方が楽しいでしょ?」

 

「そうだぞウオミー! 感謝するのは良いが、あまり遠慮するとかえって失礼だからな!」

 

「そうですね。では我々も思う存分楽しみたいと思います」

 

 

 元々あまり遠慮してる風では無かった魚見さんだが、会長と七条先輩の言葉で踏ん切りがついたのか、ハッチャける宣言をしたのだった……大丈夫よね、森さんいるし……

 

「ところで皆、冬休みの宿題は持ってきたか?」

 

「当然持ってきてるよ~」

 

「私もです。シノッチたちと一緒に勉強するのも面白そうでしたし」

 

「私も一応は」

 

 

 五十嵐先輩や魚見さんたちは二年生として一緒に勉強するようだ。

 

「私もとりあえずは持ってきました」

 

「俺も」

 

 

 森さんと津田も遠慮がちに会話に加わる。ちなみに私は既に終わっているので、勉強道具は持ってきていないのだ。

 

「私は持ってきてないな~。せっかくのパーティーに勉強道具なんて必要ありませんから」

 

 

 津田の妹のコトミちゃんは、笑いながら高らかに宣言した。だが……

 

「安心しろコトミ。お前の宿題や参考書は俺が持って来たから」

 

 

 この兄がそれを許す訳がなかったのだ……最近やつれ気味で思考が黒くなってると宣言してた津田が、人の悪い笑みを浮かべながらコトミちゃんの宿題と勉強道具を取り出した。

 

「折角成績優秀者が揃ってるんだ。この際ミッチリ勉強してもらおうと思ってるから覚悟しとけよな」

 

「成績優秀者って……皆さんどれくらいなんですか?」

 

 

 顔を引きつらせながら、コトミちゃんが私たちに質問してきた。

 

「私は学年一位だ!」

 

「私は二位だよ~」

 

「私は三位です」

 

 

 これが会長と七条先輩と五十嵐先輩。

 

「私は学年一位です」

 

「私は五位です」

 

 

 これが魚見さんと森さん。

 

「私は一位よ」

 

「俺は二位」

 

 

 これが私と津田。

 つまりこの車内で問題児はコトミちゃんだけなのだ。

 

「で、でも……折角のパーティー、楽しみたいな~って」

 

「もちろん遊ぶ時は遊んでも良いが、しっかりと勉強して、年明けの受験に備えてもらうからな。ただでさえギリギリなんだから」

 

「ギリギリにまでなったの?」

 

「……正直ギリギリと表現するのもギリギリな成績なんだよ」

 

 

 津田のつらそうな表情を見て、私たち全員に気合が入る。津田を困らせている諸悪の根元をここで正せば新学期からは前の津田に戻ってくれるかもしれないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 車で移動する事数時間、七条家の別荘に漸く到着した。

 

「立派な建物だな」

 

「りっぱー!」

 

 

 会長とコトミがはしゃいでるのを見て、俺はとりあえずは来てよかったと思えた。

 

「ホント、立派だわ」

 

 

 二人につられて、萩村も建物の感想を口にした。

 

「萩村! その位置でそのセリフは駄目だ!」

 

 

 ん? 会長が萩村の位置を気にしてるようだが、俺の目の前に萩村が居るんだよな……

 

「実際タカ兄のは立派だよ」

 

「そうなのか!?」

 

「その話詳しく」

 

「あらあら~」

 

 

 会長と魚見さんと七条先輩がコトミの発言に興味を示してるが、正直コトミに見られた覚えは無いし、こんなクソ寒い外で盛り上がるような事でも無い気がしてるのだが。

 

「寒いんでとっとと中入りませんか?」

 

「そうだな! アリア、案内してくれ」

 

「いいよ~」

 

 

 正直これくらいなら耐えられるのだが、森さんや萩村が寒そうにしてたのでさっさと中に入る事に。正直殴って気絶させるのも面倒なんだよな……

 

「さすが津田ね。あっさりと話題を変えるなんて」

 

「そのスキルが羨ましいです」

 

「……ほしくて手に入れた訳では無いんですがね」

 

 

 萩村に褒められ、森さんに羨ましがられたが、俺の仕事はツッコミでは無い! 断じて違うぞ……きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 室内に入り、私はアリアの許可を貰い別荘を探検する事にした。もちろんウオミーも一緒だ。

 

「コトミちゃんも来たそうでしたがね」

 

「津田と森さんに捕まってはしょうがないだろ」

 

 

 ギリギリと表現するのさえギリギリの成績のコトミは、津田と森さんに捕まり、さらにそこに萩村を加えた三人に勉強を見てもらう事になったのだ……助けようとも一瞬思ったのだが、津田の目が笑ってなかったのでやめておいたのだ……

 

「しかしシノッチ、津田さんの目……ゾクゾクしませんでした?」

 

「したぞ! さすがウオミー! 分かってくれたか」

 

「もちろんですよ! あの目……完全にサディストの目でした」

 

 

 実際津田はドSと言われるだけの事があり、ツッコミの時も拳骨などの物理攻撃もあるのだ。あれがまた気持ち良いんだ……

 

「津田の攻撃性は兎も角、今度あの目をした津田に罵ってもらいたいぞ」

 

「そうしたら本格的にMの道に目覚めそうですよね」

 

「この伊達眼鏡をかけてもらえば」

 

「鬼畜眼鏡ですね、分かります」

 

 

 ウオミーとハイタッチして探検を続ける事に。これが別荘のお風呂だと……ウチのとさほど広さが変わらないでは無いか……

 

「何か金持ちって実感させられるよな、この別荘見てると……」

 

「今更では? シノッチは七条さんと同じ学校なのですから」

 

「そうなのだが、普段アリアと接してると忘れがちになるんだ」

 

 

 何せお嬢様って感じがしない会話ばかりしてるのでな……

 

「ところでシノッチ、あの五十嵐さんももしかして……」

 

「だろうな。男性恐怖症の癖に……あのビッチが!」

 

「それは言い過ぎですよ。せめて雌猫で止めておきましょう」

 

「ウオミーも大概だと思うぞ?」

 

「そうでしょうか? でもそうですか……やはり競争率は高めなのですね」

 

「あれで文才まであるからな。学園に非公式のファンクラブまで存在してるとの噂まであるからな」

 

 

 畑から聞いた話だが、結構信憑性は高いと思うのだがな……如何すれば会員になれるのだろうか……

 

「聞くところによると、シノッチや七条さんのファンクラブもあるとか」

 

「噂の範疇だがな」

 

「では何故萩村さんのファンクラブが無いのでしょうか?」

 

「それは決まってるだろウオミー」

 

「やはりそういう事ですか」

 

 

 ウオミーと揃って息を吸い、言葉を揃える。

 

「「最近ロリへの風当たりがキツイから」」

 

 

 声が揃った事で再びハイタッチをして、私たちは探検を終了させた。




コトミよ、みっちりと勉強して、受験に備えろ……


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ボードゲーム

お泊り初日の夜の話になってます


 コトミちゃんの勉強を津田と森さんと一緒に見ていたら、ちょっと催してきた。

 

「あの七条先輩、お手洗いは」

 

「そこを出て突き当たりよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 津田と森さんが居れば、とりあえずコトミちゃんは逃げ出せないだろうし、今の津田から逃げ出そうものなら……身内だけに手加減しなさそうね。

 

「えっと突き当たりだから……ここね」

 

 

 リビングから少し歩いたところにお手洗いを発見した。やはりお金持ちだけあって無駄に広い間取りね……

 

「さっさと済ませて戻り……え?」

 

 

 便座の蓋をあげ、ようを済まそうとしたら、便器に書かれた落書きを発見した。その文字というのは……

 

『肉』

 

 

 何故この文字がこの場所に書かれているのだろう……最近七条先輩が書いたとか、そんなところよね……

 

「戻ったら聞きましょう」

 

 

 とりあえず使う分には問題無いのでさっさと済ませてリビングへと戻った。

 

「あの、七条先輩、あの落書きって……」

 

「ああ、あれは私が子供の頃に書いたものなの。ゴメンなさいね」

 

「それ聞いて五倍ドン引きです」

 

「「?」」

 

 

 事情を知らない津田と森さんが同時に首を傾げたが、二人共心得ているのか詳しく聞いてくる事は無かった。

 

「さてと、そろそろ終わりにするか」

 

「ホント!」

 

「ああ、ただしこのテストで七十点以上取れたらな」

 

 

 上げて落とす、さすが真性ドSと謳われている津田ね……コトミちゃんの表情が絶望に染まってるわよ。

 

「これくらいなら出来るだろ」

 

「そうですね。今日教えた箇所の復習と応用が主になってますし」

 

「どれ? 確かにこれなら簡単よね」

 

「優秀な三人と私を一緒にしないでくださいよ~……」

 

「泣き言言ってる暇があったら、見直ししたら如何だ? 問題なければ今すぐにでも始めるんだが……」

 

「待って! 後十分はほしい」

 

「三分だ」

 

「うわ~ん!」

 

 

 宣言と共に時計に目をやった津田を見て、コトミちゃんは泣きながら今日の復習を始めた。

 

「津田さんって、もしかしてかなりサドい人なんですか?」

 

「最近ストレスで胃がやられてるからね。そのお返しじゃない?」

 

「なるほど……確かに体育祭の頃と比べるとやつれた感じがありますしね」

 

 

 森さんと話していたら、背後から人の気配を感じた。

 

「何してるんだ?」

 

「コトミちゃんの最終試験です」

 

「問題はどんなです?」

 

「これだそうです」

 

 

 探検を終えた会長と魚見さんが森さんが預かっていたテスト用紙を覗き込む。

 

「これなら満点楽勝だな!」

 

「十分もあれば終わりますね」

 

「どれどれ~? ホントだ~」

 

「確かに簡単ですね」

 

 

 そこに七条先輩と五十嵐先輩も加わり、問題を見て盛り上がった。

 

「優秀な人たちが憎い! 神は何故私に才能を与えてくれなかった!」

 

「後三十秒」

 

「うわ~ん!」

 

 

 厨二発言で現実逃避をしようとしたコトミちゃんに、津田の無慈悲なる宣告が下された。結局コトミちゃんは合格点に届かなく、この後一時間追加で勉強する事になったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散々勉強して、今日はもう頭を使いたくない。パーティーは明日だし、今日はもう寝ようかなとも思ったけど、折角これだけの人が居るんだから、遊ばなきゃ損だ!

 

「てな訳で、ゲームしましょう!」

 

「いいな! お泊りの定番って感じがするぞ!」

 

「シノッチハシャギすぎですよ! でも面白そうですね」

 

「ゲームって何するの~?」

 

「そこはご心配なく! こんな事もあろうと色々と用意してます!」

 

 

 勉強道具そっちのけで詰め込んだボードゲームたちを鞄の中から取り出す。本当は一日中やるつもりだったのに、まさかタカ兄が私の勉強道具まで持ってきてたとは……

 

「よし! それじゃあ五十嵐と萩村と森さんも参加だ!」

 

「今夜は寝かせませんよ」

 

「わ、私もですか!?」

 

「私、もう眠いんですが……」

 

「スズ先輩はお子様なんですか?」

 

「よ~し! 朝までやってやろうじゃないか!」

 

 

 私の挑発にまんまと乗ってきたスズ先輩は、眠い目を擦りながら参戦を表明した。

 

「私は遠慮したいんですが……」

 

「これは桜才VS英稜なんですよ、森さん! 文化祭の異種格闘技の借りを返す時なのです」

 

「……全然趣旨が違うじゃないですか」

 

 

 英稜の二人は何だか燃えてるけど、それでこそ徹夜で遊ぶ醍醐味だと私は思う。

 

「どうせならタカ兄の部屋でやりません?」

 

「それがいいな! 津田だけ仲間外れはかわいそうだ」

 

「津田君の部屋……」

 

「カエデちゃんは何を考えてるのかな~?」

 

「何も考えていません!!」

 

 

 きっと大人な事を考えていたんだろうなと、私たちは勝手に思った。だって五十嵐さんの顔が真っ赤に茹で上がったんだからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼にコトミの勉強を見ていたせいで、自分の宿題がまったく進んでない。だから俺は一人部屋なのを良い事にさっさと宿題を終わらせる事にしたのだ。

 

「人が居たら灯りを点けっぱなしにするのは憚られるからな」

 

 

 男が一人しか居ないのだからしょうがないんだろうが、こんな大部屋に一人ってのも申し訳無い気分になってくる。

 

「コトミは迷惑かけてないだろうな……」

 

 

 生徒会メンバーに五十嵐さん、英稜のお二人と同部屋なのは良いが、アイツが失礼を働いた場合すぐに制裁出来ないのが不安だ……

 

「まぁ皆さんしっかりしてる人だし、コトミも普段の言動のままでは無いだろうしな」

 

 

 俺は自分にそう言い聞かせ宿題を進めていく。これなら徹夜するまでもなく終わるな。そう思っていたら扉をノックする音が聞こえた。

 

「はい?」

 

 

 まだ夜更けという時間では無いが、こんな時間に誰だいったい……

 

「フッフッフ」

 

「お邪魔しますね」

 

「今夜は寝かせないからね~」

 

「さぁタカ兄! 遊びの時間だ!」

 

「「「………」」」

 

 

 

 ノリノリの会長、魚見さん、七条先輩、コトミの後ろで、五十嵐さん、萩村、森さんが申し訳無さそうに手を合わせている。どうやら暴走を止められなかったらしい……

 

「俺宿題片付けてたんですけど……」

 

「そんなの何時でも出来るじゃん! 今は遊ぼうよ!」

 

「なら今すぐコトミは終わらせる事が出来るんだな?」

 

「……タカ兄なら何時でも出来るでしょ?」

 

 

 俺の反撃に窮したコトミは、舌の根も乾かないうちに前言を撤回した……

 

「十二時までだからな」

 

 

 それ以降は萩村や森さんが可哀想だから……

 

「「「「ヤッター!」」」」

 

「ハァ……」

 

 

 部屋に七人を招きいれ、ボードゲームで遊んだ。これはこれで楽しかったけども、頼むから人が使う予定のベッドに入らないでくれませんかね……




スズが挑発に乗りやすいのは何故なんだ……


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入浴の目的は……

またプレゼント交換まで行かなかった……


 パーティ当日の朝、私たちは皆で宿題を片付ける事にしたのだが、既に終わらせてきた萩村と、昨日騒いだ後終わらせた津田は二人で何か話してる。一体何を話してるというのだ……

 

「これって間違ってない?」

 

「問題に不備があるのよね。私も気になってたのよ」

 

 

 如何やら宿題で出された問題に間違いがあるようだ。良く見ると英語の宿題なので、横島先生の不備だな……まったくあの先生は……

 

「シノッチ、さっきから津田さんたちを凝視してますね」

 

「まさかスズちゃんを視○してるの!?」

 

「シノ会長はペドなんですかね~?」

 

「せめてロリって言えって前も言っただろうが!」

 

 

 コトミの発言に萩村がキレた。やはり身長ネタには過激に反応するんだな……

 

「それでシノちゃん、何で津田君とスズちゃんを凝視してたの~?」

 

「確かに気になりますね」

 

「いやなに、私たちが抜けても生徒会は安泰だなと思ってな」

 

「そうですね。津田さんと萩村さんのお二人が居る桜才が羨ましいです。うちは森さんしか頼れませんし……」

 

 

 急に話しを振られた森さんが慌てて手を左右に振る。彼女は本当に真面目なようだな。五十嵐とは違って……

 

「あの天草会長、何だか変な事を思われてるような気がしたのですが……」

 

「別に何でも無いさ。ただ五十嵐は隠れスケベだなと思ってただけだ」

 

「隠れてるの?」

 

「昨日のアレを鑑みるに、五十嵐さんは私たちと同類ではないかと」

 

「タカ兄の部屋に行くってだけで何処まで妄想したんですか~?」

 

 

 私の発言に、アリア、ウオミー、コトミが続いた。やはり五十嵐の事をそう思ってるんだな。

 

「お前ら……真面目に勉強するんじゃなかったのか……」

 

「「「「あっ……」」」」

 

 

 五十嵐をからかっていたら、背後からもの凄いプレッシャーが迫ってきた。やはり津田は怒らせるものでは無いな……

 

「コトミ、特にお前は全然進んでないじゃないか!」

 

「ひゃう!? ゴメンタカ兄……」

 

「会長と七条先輩も、ふざけてるから間違えてますよ!」

 

「何ッ!?」

 

「ホントだ~」

 

 

 まさか津田も二年の内容を理解してるとでも言うのか……萩村といい津田といい、今年の一年は皆これほど優秀なのだろうか……

 

「そして魚見さん……解答にネタを仕込むのはやめなさい」

 

「おや、さすがはツッコミマスター、しっかりと気がつきましたか」

 

「これを見る先生が可哀想ですよ……」

 

 

 ウオミーの解答には、縦書きで今日の下着の色が書かれていた。まさか文章問題にそんな遊び方が存在したとは……

 

「さすがウオミー!」

 

「この問題、私だとノーパンって書かなきゃいけないわね」

 

「そもそもの趣旨が違う!」

 

 

 津田の拳骨が炸裂し、私たちは大人しく宿題を進める事にした……今回の拳骨は気持ちよくなかったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿題をある程度終わらせて、パーティーまでは部屋でまったり過ごす事になった。もちろんコトミちゃんは津田が作った問題集を必死に解いているのだが……

 

「津田さんの妹さん、かなり成績酷いようですね」

 

「そのせいで津田がストレスMAXで危険なのよね」

 

「受験生では無いのに、津田さんが追い込まれてますものね」

 

 

 下ネタで盛り上がってる会長、七条先輩、魚見さんをサクッと無視して、私は森さんと会話を楽しんでいた。五十嵐先輩はコトミちゃんの監視役だ。

 暫く話していると扉がノックされて、七条家メイドの出島さんが現れた。

 

「パーティーの前に入浴されては如何でしょうか?」

 

「そうだな!」

 

「皆一緒に入りましょ」

 

「それじゃあタカ兄も一緒に!」

 

「ッ! そんな事は私が許しません!」

 

 

 さすが風紀委員長、そこはしっかりツッコんでくれたわね。

 

「入浴の際には、身体は念入りに洗ってください」

 

「どうして~?」

 

「女体盛り出したいので」

 

「「「「あ~」」」」

 

「何故誰もツッコまない……」

 

 

 五十嵐先輩は固まり、森さんは偶に津田が見せるような目をして、出島さんを見ていた。

 

「それからワカメ酒も」

 

「私たちは未成年ですよ!?」

 

「この前剃っちゃった」

 

「同じく」

 

「まだ生えてないので」

 

 

 お酒にはちゃんとツッコムんだ……てか更に五十嵐先輩が固まったような気が……

 

「コトミ、お前ちゃんと終わったのか?」

 

 

 騒いでたのに気付いたのか、津田も廊下から顔を覗かした。

 

「もうちょっと……」

 

「終わらないとお前はパーティに出られないからな」

 

「そ、そんな~……」

 

「津田、それはちょっと厳しすぎるんじゃ……」

 

「会長は黙っててください!」

 

「あっはい……」

 

 

 津田の視線と言葉の威力に負け、会長はすんなりと下がっていった……今の津田を下手に刺激するのはマズイわね……

 

「萩村」

 

「な、何よ……」

 

「五十嵐さんは何で固まってるんだ?」

 

「へ……あぁ、出島さんがね……」

 

「それでは私は夕食の準備がございますのでこれで」

 

 

 危機を察知したのか、出島さんがもの凄い速度で逃げ出していった……あの人もやられたくないようね……

 

「さて、それじゃあコトミは俺の部屋で勉強してもらうか」

 

「そんな!?」

 

「それじゃあ私たちは風呂にでも行くか」

 

「そうだね~」

 

「私は後で五十嵐先輩と入りますので、会長たちだけでどうぞ」

 

「それじゃあ私も」

 

 

 森さんも遠慮したので、お風呂には会長と七条先輩と魚見さんが、女子部屋には私と森さんと固まっている五十嵐先輩が、そして津田の部屋には津田兄妹が……何であの兄妹はあそこまで性格も能力も違うのかしら……

 

「そういえば森さん、貴女プレゼントは何を買ったの?」

 

「私は実用性のあるものでタオルを」

 

「タオル……」

 

 

 まぁ確かに実用性はあるわよね……それに誰に当たっても使えるし……

 

「それで、萩村さんは?」

 

「私は参考書を」

 

「参考書……」

 

 

 もちろん、誰に当たってもいいように対応はしてあるので問題は無い。ただコトミちゃんに当たったら解けないかもしれないのだが……

 

「何だか私たち、高校生なのにそれらしく無いですね……」

 

「そうね……私も薄々感付いていたわ……」

 

 

 高校生のクリスマスプレゼントだっていうのに、全然それらしくないものをプレゼントとして選んでるんだからね……そもそも高校生らしいプレゼントって何よ。

 

「ハッ!」

 

「気付きました?」

 

「あれ? 会長たちは……」

 

「お風呂に行きました。ところで五十嵐先輩はプレゼント、何買いました?」

 

「私はお気に入りの作家の小説を数冊と、その本のサイズにあったブックカバーを」

 

「「………」」

 

 

 如何やら五十嵐先輩も高校生らしいプレゼントとは程遠いようだ……

 

「会長たちは何にしたのかしら……」

 

「ウチの会長もですが、そちらのお二人もまともなプレゼントを選んでるような気がしないのですが……」

 

 

 津田、アンタだけが良心よ。こうなったら津田のプレゼントが高校生らしいものである事を願うだけね……




次回お泊り会終了予定


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プレゼント交換

あの人にアレが……


 勉強も一区切りがつき、リビングに下りていくと机の上には皆が持って来たプレゼントが置かれていた。

 

「津田さん、お疲れ様です」

 

「森さん、まぁ妹ですから」

 

 

 ちなみにそのコトミは俺の部屋で頭から湯気を出している。それほど詰め込ませたつもりは無いのだが、許容量を超えたらしいのだ。

 

「津田さんはプレゼント、何にしたんですか?」

 

「ペンダントですよ。俺以外全員女の子ですからね」

 

 

 誰に当たっても良いように、あまり個性の強いものは選んで無い。シンプルなデザインのものだ。

 

「誰に当たるんでしょうね」

 

「如何でしょう、自分に当たるなんてオチはいらないですね」

 

「大丈夫じゃないでしょうか? 丸くなって回すって言ってましたし」

 

「誰がです?」

 

「七条さんが」

 

 

 主催者が言ってたなら確実だな。だが何だか動いてる箱が沢山あるのは何でなんだろう。

 

「あれ?」

 

「如何かしました?」

 

「いえ、数が……」

 

 

 参加者に対して一個多い気が……

 

「それは私のです」

 

「あっ、出島さんも参加するんですね」

 

 

 それなら丁度だ。

 

「でも、何で動いてるんですか?」

 

「大丈夫です、男性でも使えますから」

 

「「………」」

 

 

 森さんと二人で、無言のツッコミを出島さんに入れる。

 

「あぁ! その目、たまらなく興奮します!」

 

 

 駄目な大人なんだな……俺と森さんの中で出島さんはそう位置づけされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよパーティーとなり、何と私が乾杯の音頭を取る事となったのだ。

 

「今日は無礼講だ! だからS男の都落ちもありだぞ!」

 

「S『男』って俺だけじゃねぇか! 何か見られてるし……」

 

 

 普段ドSな津田が私たちに罵倒されて興奮する姿を想像して、私は少しパンツにシミを作った。如何やらウオミーやアリアも同じような想像したようで、二人共私同様クネクネと足を動かしている。

 

「おや? 何で五十嵐さんもクネクネしてるんですかね?」

 

「魚見さん、カエデちゃんは私たちの同類だから」

 

「まったくけしからん風紀委員長だ!」

 

「勝手に同類にしないでください!」

 

「大丈夫ですよ、五十嵐さん! 私もタカ兄がMだったらって想像しましたから!」

 

 

 さすがは次世代を担うと期待されてるだけの事がある。コトミも想像してたとはな。

 

「津田、アンタが如何にかしなさいよね」

 

「ゴメンなさい、私もちょっと無理そうです……」

 

「ハァ……全員正座」

 

 

 津田が偶に見せる本気で蔑んでる目を見て、私たちは軽くイキそうになる。あの目、眼鏡でも掛けてれば完璧だったんだがな……

 

「あの、津田君……私も?」

 

「貴女も想像してたんですか?」

 

 

 射抜くような視線で見られた五十嵐は、男性恐怖症とは別の理由で気を失った。

 

「おい、五十嵐のヤツ下着濡らしてるぞ」

 

「津田君に睨まれてイッちゃったんだね」

 

「やはりエロスですね」

 

「タカ兄! 私にも冷たい視線ちょうだい~!」

 

 

 もちろんこの後私たち四人は津田に鉄拳制裁をされた後で長々とお説教された……これが愛のムチなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気を失っていた五十嵐先輩も復活して、いよいよプレゼント交換の時間になった。ちなみに私が用意したのは大人の玩具だ。ネット通販は便利だよね。

 

「それではお待ちかねのプレゼント交換で~す! 真っ暗な部屋で音が止むまでプレゼントを回し続けるルールです! それじゃあ、灯り消すよ~」

 

 

 さっきタカ兄に殴られた箇所がジンジンするけども、これはこれで快感だよね。

 

「何だか暗闇の中って興奮するね~」

 

「分かるぞ! 何時触られるか、また誰に触られるかを想像すると……」

 

「シノッチ、そこは津田さんが触ってくると想像しなくては」

 

「そうだったな!」

 

 

 さすが私が認めた先輩たち、しっかりと別の楽しみ方をしてるよ。それにしてもタカ兄って、こんなに美人な先輩に囲まれてるのに全然自家発電してないなんて……ひょっとして若くして枯れちゃったのかな……

 

「はい、今持ってるプレゼントがあなたので~す!」

 

 

 音楽が止まり明かりを点けると、私の手には何だか重たいものがあった。

 

「えっと……参考書?」

 

「あっ、それ私のだわ」

 

「何でよりによって参考書なんですか~! クリスマスプレゼントですよ!!」

 

「あれ、これ誰の?」

 

「スズ先輩のは私のですね~」

 

 

 ちゃんと分からなくなるようにシャッフルして回したのに、何で私がスズ先輩のでスズ先輩が私のなんだろう……

 

「これ、津田さんのですよね?」

 

「あっ、森さんに当たりましたか」

 

「何ッ!?」

 

「森さん、是非私のと交換を!」

 

「これって魚見さんの?」

 

「これはお嬢様からの蝋燭と○ーター!」

 

 

 そして五十嵐先輩には、天草会長からのプレゼントであるバ○ブが当たったようだ。

 

「それで、タカ兄のは何だったの?」

 

「タオル」

 

「あっ、それ私のです」

 

 

 ちなみに、天草会長には出島さんからのプレゼントであるバ○ブが、魚見さんには五十嵐先輩からの小説が当たっていた。

 

「一つ確認なんですが、何故皆さん変なものをプレゼントに?」

 

 

 タカ兄が言うへんなものと言うのは、きっと五十嵐先輩が持ってるようなものを指してるんだろうな……

 

「特にコトミ、お前如何やって買ったんだ?」

 

「最近はクリック一つで何でも届くんだよ!」

 

「それじゃあ先輩たちも?」

 

「私は自分で店に行ったぞ! 機械操作は苦手だからな!」

 

「私も~。普段から愛用してるお店から選んだのよ」

 

「恥ずかしながら、私は始めて専門店に足を踏み入れました」

 

 

 如何やらネットショップは私だけで、後の三人はちゃんとお店に行ったらしい……クッ、これがJCとJKの差なのか……

 

「まぁ、変なのが当たらなくてよかった」

 

「そうね……って、私は十分変なのよ!」

 

「スズ先輩でも使えますよ~?」

 

 

 いくらロリでもちゃんと感じられるんだから……おっと、タカ兄が怖い目をしてるからこれ以上考えるのは止そう。

 

「そういえばシノちゃん、小さい頃靴下ぶら下げなかった?」

 

「おお! そういえばやったな!」

 

 

 天草会長たちの会話を聞いたタカ兄が、遠い目をしていた。

 

「如何かしたの?」

 

「いや、昔のお前の奇行を思い出しただけだ……」

 

「ああ!」

 

 

 そういえば五歳の時に、サンタさんの性癖をタカ兄に聞き、サンタさんを喜ばせようと靴下じゃなくってパンストをぶら下げてたっけ。今思えばお父さんを喜ばせてもしょうがなかったな。

 

「それじゃあ改めて……」

 

 

 天草会長がグラスを持ち上げ、二回目の乾杯をする。

 

「「「「「メリー・クリ○○ス」」」」」

 

「津田、アンタが処理してよね……」

 

「私は魚見会長にしか出来ませんので……」

 

「お前らもう一回正座だー!」

 

 

 こうして、クリスマスパーティーは賑やかに幕を下ろしたのだった。




タカトシ以外プレゼント感ゼロ……


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年末年始

そろそろコトミの試験が近付いてきました。


 クリスマスを七条家所有の別荘で過ごして暫く、今日は大晦日だ。部屋やリビングの掃除を終えて俺は年越し蕎麦の準備をしていたのだが、二階から凄い音がしたので一旦手を止めてコトミの部屋へ行く。

 

「如何かしたのか?」

 

「タカ兄ィ……掃除してたのに余計に散らかっちゃった……」

 

「……まずこれだけのものを何処にしまってたんだよ」

 

 

 明らかに収納スペースに収まらないくらいのものが、コトミの部屋に散らかっていた。

 

「いらないものは捨てろ」

 

「だってどれもまだ使えるんだよ?」

 

「……何に使うんだ、こんなの?」

 

「それはもちろん……はい、捨てます」

 

 

 思春期発言をしかけたコトミを睨みつけ、大人しく掃除を再開させた。コイツ、小遣いの殆どをこんなのにつぎ込んだんじゃねぇだろうな……もしそうなら高校に入学した後の小遣いを考えないとな……

 

「さっさと終わらせないと年が明けるぞ」

 

「それはないよ~。だって困ったらタカ兄に手伝ってもらうから」

 

「……計画性が無いから直前になって焦るんだろうが」

 

 

 俺はクリスマスパーティーの後、家に帰って来てからちょこちょこ掃除をしておいた為に、今日は自分の部屋に掃除機をかけただけで大掃除は終了した。リビングやお風呂、トイレ掃除に専念出来たのは大きいからな。

 

「こんなんじゃ受験も危ないかもな」

 

「それは言わない約束だよ~……」

 

 

 年明けに萩村が手伝ってくれるらしいのだが、それで滑り込んでくれるのを祈るか……

 掃除を何とか終えたコトミが、リビングのコタツで寝転がってテレビを見ている……ホント家事しないヤツだな……

 

「ほら、年越し蕎麦出来たぞ」

 

「おう、ご苦労」

 

 

 頭の上に蕎麦をぶちまけてやろうか……でも片付けるの俺だからやめておこう。

 

「タカ兄の来年の目標って?」

 

「そうだな……もう少し萩村に近付きたいな」

 

「それって性的な意味で? やっぱりタカ兄はペドなんだね~」

 

「成績の事だよ……」

 

 

 何でもかんでもピンク的な意味に捉えないで貰いたいんだが……

 

「そういうコトミの目標は?」

 

「私は一日一エロ! ちなみに今は十エロくらいね!」

 

「……思春期過ぎるだろ」

 

 

 こうして、今年最後も妹のエロボケを聞かされて終わっていく……来年は少しは真面目になってくれる事を祈ろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初詣に出かける為に、私たち生徒会役員は駅で待ち合わせをしていた。

 

「諸君、今年もよろしくな!」

 

「おめでとー」

 

「あけましておめでとうございます」

 

 

 会長、七条先輩、津田がそれぞれ挨拶をしてきたので、私もそれに返事をした。

 

「そうだ! 家にもう年賀状が届いていたぞ」

 

「早いですね」

 

「アリア、豪華な年賀状をありがとう」

 

「いえいえ」

 

 

 確かに七条先輩の年賀状は豪華だったわね。

 

「萩村、可愛らしい年賀状をありがとう」

 

「うん、可愛かったわね~」

 

「津田、積極的な年賀状だったな」

 

「はい?」

 

 

 津田の年賀状は、いたって普通だったような……でも字は上手かったわね。

 

「新年開けオ○コに落とし玉というメールが……」

 

「俺の年賀状とスパムを一緒にしないで!」

 

 

 こうして、新年初ツッコミが発生した。今年も津田の胃は荒れそうね……

 

「では姫始めに……」

 

「初詣に行くんだろ!」

 

 

 早くも新年二発目のツッコミが炸裂。ボケのペース速いわね……

 

「そういえば七条先輩、晴れ着似合ってますね」

 

「ありがとー。着るの大変だったけどね」

 

「そうなんですか?」

 

 

 七条先輩なら着物も着慣れてそうなんだけどな……やっぱり苦戦したのだろうか。

 

「出島さんに手伝ってもらおうと思ったんだけど、彼女着付けは心得てなかったのよ~」

 

「そうなんですか」

 

「うん。『脱がすのは得意』なんだって~」

 

「……大変というより危機でしたね」

 

 

 同情ツッコミが炸裂。津田のツッコミバリエーションは今年も豊富ね。

 

「思ってたより人多いな」

 

「スズちゃん、逸れないように手を繋ぐ?」

 

「子供扱いしないでください!」

 

「でも逸れると面倒だぞ。この人込みじゃ携帯もあまり役に立たないし」

 

 

 そうね……かといって探し回るのも面倒だし……

 

「津田!」

 

「ん?」

 

 

 私は津田の腕にテールを巻きつけて妥協した。

 

「シュール……」

 

 

 言いたい事は分かる。でも手を繋ぐよりかはこっちの方がマシなのよ……手を繋いだら恋人では無く親子に見られるかもしれないから……

 

「おっと、すいません」

 

「つ、津田君ッ!?」

 

「五十嵐さん、あけましておめでとうございます」

 

 

 津田は冷静に新年の挨拶をしたが、五十嵐先輩は震えている。津田には男性恐怖症以外の理由で触れられない五十嵐先輩、さすがピュアむっつりと影で言われてるだけの事はあるわよね。

 

「では、また学校で」

 

「そ、そうね……」

 

 

 五十嵐先輩と別れて、私たちは集合場所に向かった。

 

「皆は何をお願いしたんだ?」

 

「俺は少しでも皆が普通に過ごせますようにと」

 

「私は皆が健康で過ごせるようにって」

 

「萩村は?」

 

 

 津田が流れで私に聞いてきたけど、私は答える代わりに最高の笑みを見せた。

 

「聞きたい?」

 

「いや、別にいいや……」

 

「そういえばシノちゃん、初夢って見た?」

 

 

 七条先輩が空気が重くなったのを察したのか、話題を変えた。

 

「見たぞ! ……アレ? ど忘れしてしまった……」

 

「ありますね、そういうの」

 

 

 津田が同意して、会長は嬉しそうに続けた。

 

「ここまでは出ているんだが」

 

 

 会長の手がお腹付近から下へと降りていく……普通は喉らへんに手を置くんじゃないのかしらね……

 

「それは何処から出る予定なんだい?」

 

「もちろんし……」

 

「「うわぁー!!」」

 

 

 周りに他の人が居るのにも関わらず、会長は変な事を言いそうになった。なので私と津田が二人掛かりで会長を抑え、そして人気の少ない場所へと移動した。

 

「公の場で何を言うつもりだったんですか、貴女は!」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 砂利道にも関わらず、会長は津田に正座を命じられ座っている。新年早々大変な目に遭ったのは、果して会長なのだろうか? それとも津田なのだろうか? 少なくとも私は津田だと思ってる。

 

「シノちゃん、砂利って刺激的じゃない?」

 

「ちょっと痛いがそれが良い!」

 

「少しは反省しろ! アンタそれでも生徒会長か!!」

 

 

 津田が我慢出来ずに拳骨を振り下ろした。まさか新年一発目の拳骨が元日に炸裂するとは思って無かったわね……津田、今年も私の代わりにツッコミ頑張ってね。




トッキーは如何しようかな……


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さりげない仕草に

再びアレを装着するシノ……そして新刊発売です!


 冬休みも終わり、我々生徒会はますます忙しくなってきた。

 

「最近肩こりが酷くてな」

 

「えっ? シノちゃん肩凝るほど胸あったっけ?」

 

「……デスクワークで凝ってるんだ!」

 

 

 アリアの天然毒に若干のダメージを負いながらも、私は何とか返事をした。

 

「まぁ大変だもんね~。私が、もんであげようか?」

 

「えっ、胸を!?」

 

「肩だよ~。シノちゃんの胸は自分で揉んだら~?」

 

「そ、そうだよな。生徒会室で胸を揉むなど破廉恥な行為は私が許さんからな」

 

 

 津田がジト目で私たちを見ていたが、すぐに作業を再開した。生徒会が何とかなってるのは、津田の功績が大きいだろうな……

 

「じゃあいくよ~」

 

 

 何時の間にか背後に回っていたアリアが、私の肩をもみ始める……これはなかなか。

 

「気持ち良いな。あまりの気持ちよさに、身体が、喘ぎ声を、あげそう、だ……ハァハァ」

 

「本当に出てるよー」

 

 

 津田のツッコミで自分が喘ぎ声を出していた事に気が付く。だが気持ちよくて我慢出来ないな。

 

「そんな時はコレ!」

 

「すぴー」

 

「まだ持ってたのかよ!」

 

 

 二学期にため息防止で使ったものを再び取り出したアリアに、津田がタメ口でのツッコミを入れた。相変わらず津田のタメ口は興奮していかんな。

 

「すぴ~」

 

「アンタも大概にしろよな」

 

 

 さすが津田、私が何て言ったのか理解してるようだ。

 

「おはようございます」

 

「萩村、何処行ってたの?」

 

「ちょっと職員室に。それにしても寒いわね~」

 

「そうだな。確かに寒い」

 

「すぴ~!」

 

「そんな事言われても、寒いものは寒いですよ」

 

「すぴ! すぴすぴ~!」

 

「そんな訳無いでしょ」

 

「ねぇ津田、会長は何て言ってるの?」

 

 

 津田にしか分からないようで、アリアも萩村も頭の上に疑問符が浮かんでいる。

 

「いや、寒いというから寒いんだって」

 

「ん~……エロス、エロス、エロス! ……エッチな気分にはならないね~」

 

「すぴ~~、すぴすぴ!」

 

「いや、自分の意見に自信を持ってくださいよ……」

 

「だから何て言ってるのよ……」

 

「前言を撤回するって」

 

 

 津田が居てくれれば、私はしゃべらなくて良いんじゃないだろうか。

 

「そんなところで楽しようとしないでください」

 

「すぴ!?」

 

 

 さすが津田だな。読心術もバッチリだ。これなら本当にしゃべる必要が無くなるのではないだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、職員室に用が出来たので会長と二人で横島先生を訪ねた。もちろん今日はおかしな物を咥えてない。

 

「横島先生……如何かしたんですか?」

 

「ちょっとね……」

 

「風邪ですか?」

 

「そうね……食欲も湧かないし、性欲も湧かないし」

 

 

 何故その二つが同列で? だがあの横島先生がねぇ……

 

「重症だな」

 

「そんな時はお尻にネギを刺すと良いらしいよ~」

 

 

 何処からか現れ、また何処からか持って来たネギを掲げている七条先輩に、珍しい人がツッコミを入れた。

 

「医学的根拠ないでしょ、それ」

 

「本当にマズイな」

 

「すぐに病院に」

 

「あの、俺風邪薬持ってるので、とりあえず気休めにどうぞ」

 

 

 ポケットから薬を取り出し横島先生に手渡す。この人、体調悪いと常識人になるみたいだし、負担が減ると考えればこのままにしておくのが一番だが、なんか調子狂うんだよね。

 

「まさか横島先生がツッコミを入れるとはな」

 

「ビックリしてちょっと漏れちゃったよ~」

 

「それは無い。絶対に無い」

 

「遅れました……如何かしたの?」

 

 

 別行動をしていた萩村が合流してすぐに俺を気遣う。結局負担は減ることが無いんだなと思った瞬間だった。

 

「それじゃあ俺たちはクラブの見回りにいってきます」

 

「あっ、それじゃあコレ園芸部に返してきて」

 

「園芸部のネギだったのかそれ……」

 

 

 七条先輩からネギを受け取り、萩村と二人でクラブの見回りに出かける。

 

「津田、そのネギは何に使ったの?」

 

「ああ、実は……」

 

 

 萩村に事情説明すると、納得したように何度も頷く。萩村も大分耐性が出来てきたな……

 

「確かに今は風邪が流行ってるものね。コトミちゃんに気をつけるように言っておいてね」

 

「大丈夫だろ。アイツが風邪引いたなんて、俺の記憶では無いからな」

 

「そうなの? 健康なのね」

 

 

 いや、如何だろう……何とかは風邪引かないとも言うし……

 

「やっ!」

 

「畑さん」

 

「実は私も風邪引いちゃった」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 畑さんがマスクしてるのを見ると、何となく変な感じがするな……日夜スクープ目指して張り込みなんてしてるから風邪を引いたんだろうか?

 

「でもこれはマスコミの性よね」

 

「マスコミ? 風邪とマスコミって何か関係あるんですか?」

 

「流行りものに弱い!」

 

「……これって上手いのかしら?」

 

「とりあえず、愛想笑いしとこ」

 

 

 畑さんのよく分からないボケに、俺と萩村は揃って愛想笑いを浮かべた。だってそれ以外に反応しようがなかったし、ホントに風邪を引いてるのでさすがに殴って終わらせる事も出来なかったからだ。

 

「あら、津田君……クシュン」

 

「五十嵐さんも風邪ですか?」

 

「違うと思うけど……クシュン」

 

「ちょっと失礼しますね」

 

 

 五十嵐さんのおでこに手をあて、自分との差を測る。ちょっと熱いか?

 

「微熱ってところでしょうか。一応家に帰ったら体温計で熱を測る事をお勧めします」

 

「そ、そうね……」

 

 

 何だかますます赤くなってるような気が……やっぱり風邪が流行ってるのだろうか?

 

「萩村、何で頬を膨らませてるんだ?」

 

「別に、何でもないわよ」

 

「何でもない訳ないだろ。いきなり膨らませたら何かあったって思うのが普通だろ」

 

「じゃあ何かあったんじゃない? 自分で考えてみたら」

 

 

 何で若干怒ってる風なんだろう……俺、何か怒られるような事したかな……

 その後も萩村の機嫌が直ることなく、何となく居心地が悪いままクラブ活動を見回ったのだが、ホントに何をしたんだろう……ぜんぜん思いつかないんだよな……




スズが明らかにカエデに嫉妬してます。


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一般的な恥じらい

映像がほしいと初めて思った回です……


 生徒会の仕事で廊下にポスターを貼らなければいけないのだが、生憎誰も傍を通らなくて困っていた。

 

「横島先生、丁度良かった」

 

「お? 天草、如何かしたか?」

 

 

 タイミングよく横島先生が通りかかってくれたのでこの際贅沢は言わないでおこう。

 

「ポスターを貼るので椅子を押さえててくれますか?」

 

「それくらいなら構わないぞ」

 

 

 この間は風邪を引いていて常識人だったけども、すっかり元の横島先生に戻っている。

 

「よっと」

 

「天草、こういうのは津田の仕事じゃないのか?」

 

「津田は別の仕事をしてます」

 

 

 椅子に上りポスターを貼っていると、横島先生がスカートの中を覗いてきた。

 

「あの、いくら女同士とはいえ覗かないでくれますか?」

 

「ゴメン、汚れてるの?」

 

「一般的な恥じらいです」

 

 

 大体私は学校でパンツを汚した事など無い! ……あっいや、津田に蔑まれて濡らした事はあったかもしれないが……

 

「会長、そろそろ見回りに……何してるのアンタ」

 

 

 タイミングよく別の仕事を終えた津田がやってきて横島先生に蔑みの視線を向けた。そう、あの目で興奮してパンツを濡らしてしまったのだよ。

 

「とりあえず柔道部から行くか」

 

「そうですね」

 

 

 津田が持っていた荷造り用のビニール紐で横島先生を椅子に縛り、そしてその椅子を柱に括りつけて私たちは見回りに行くことにした。

 

「おい、これ如何やって解くんだ? 津田ー! 縛るならちゃんと襲えー!!」

 

 

 背後からよく分からない声が聞こえてきて、津田は頭を押さえていた。

 柔道場に到着すると、津田の頭痛も治まってたようで頭を押さえる事も無くなっていた。

 

「三葉、君は何時も元気だな」

 

「鍛えてますからね」

 

「きっかけがあるのか?」

 

 

 ここまで必死になれるなんて、きっと凄い理由があるんだろうな。

 

「実は、私小さい頃身体が弱くって、それで鍛え始めたんです」

 

「それは凄いな! 人間性感帯も鍛えられるとは!」

 

「?」

 

「あー今のその弱いじゃない」

 

 

 津田にツッコミを入れられてこの会話は終了した。三葉には私たちのボケが通じないから津田が居てくれて助かるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、生徒会室で作業してると萩村と七条先輩がやって来た。如何やら此処で弁当を食べるようだな。

 

「おっ、雷か?」

 

 

 外で稲光が見えたと思ったらもの凄い音がした。随分と大きいな……

 

「津田ッ!」

 

「えっ? 何、如何したの?」

 

 

 急に萩村が抱きついてきて、俺は一瞬状況が飲み込めなかったが、如何やら雷が怖いらしいな……容姿相応というか何というか……

 

「凄い、大きい……」

 

「七条先輩、何かおかしい感じに聞こえるので、その表情やめてもらっても良いですかね?」

 

 

 右手を口にあて、少し赤らんだ頬でそんな事を言うと、よからぬ事を考える男子がいるかもしれないからな……生徒会室は原則関係者以外立ち入り禁止だけども……

 

「津田君は興奮した?」

 

「いえ、別に」

 

 

 作業が残ってるし、この人のエロボケを一々真に受けていたら精神がもたないしな……

 

「ところで萩村、何時までくっついてるんだ?」

 

「もう大丈夫、ありがとう」

 

 

 萩村が腕から離れたので、俺は作業を再開する。会長から今日中に終わらせるように言われたんだけど、これ期限昨日までなんだよな……さては会長忘れてたな。

 

「何だか熱いわね~」

 

「暖房が効いてますからね。温度下げますか?」

 

「でも津田君はこの温度が良いんでしょ?」

 

「そうですね、あんまり寒いと作業出来ませんし、逆に熱いと寝そうになりますしね」

 

「だから大丈夫。脱げば良いだけだから」

 

「ぬっ!?」

 

 

 萩村が過剰に反応を見せたが、俺もこの人が脱ぐとか言うと身構える。

 

「嫌だな~全部脱ぐ訳無いよ!」

 

「ですよね」

 

 

 さすがの七条先輩も学校で脱ぐ訳無いか……

 

「制服は半脱ぎが相場だよ!」

 

「やっぱ駄目だこの人……」

 

 

 しょうがないから無視をする事にした。だって今日中に終わらせなければいけない仕事がまだ残ってるんだから……エロボケに付き合ってる暇は無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日になり、俺はコトミをつれて萩村の家に来ていた。理由はコトミの家庭教師。俺の胃痛を気にしてくれて萩村が手伝ってくれる事になったのだ。

 

「お願いします!」

 

「ん」

 

「ちなみに、私は褒められると伸びます!」

 

 

 ……そうだっけ? いくら褒めても成績は伸びなかったような気がするんだが……

 

「そして、罵倒されると興奮します!」

 

「どっちもしない」

 

「ゴメン萩村、これがコイツなんだ……無視して良いから」

 

 

 残念な妹を任せるのは心苦しいけど、せっかくの好意を無碍にするのも悪いから連れて来たけど、早速後悔してるよ……

 

「とりあえず数学から行くわよ」

 

「はーい」

 

 

 コトミの勉強を萩村に任せてる間、俺は畑さんに頼まれているエッセイを書く事にした。何で毎月掲載なんだろうな……

 

「――というわけ。分かった?」

 

「はい! 教え方上手ですよね」

 

「そう?」

 

 

 暫く集中していたら萩村の説明を聞いて納得してるコトミの声が聞こえてきた。いかんな、集中すると周りの音が入ってこないんだよな……

 

「ここも教えてください、スズ先輩」

 

「………」

 

「萩村、クリスマスの時も思ったけど、何だか嬉しそうだね」

 

「そ、そんな事ないわよ! 年上っぽいなんて思って無いんだから!」

 

 

 語るに落ちてるよ……そんなに先輩呼びが嬉しいんだろうか……

 

「タカ兄は何してるの?」

 

「新聞部の手伝いでエッセイを書いてるんだ」

 

「ふ~ん……読んで良い?」

 

「まだ途中だぞ?」

 

「息抜きだよ~」

 

 

 時計を見ると勉強を開始してから一時間も経ってない……ホントコトミの集中力は持続しないな……

 

「ふむふむ……タカ兄!」

 

「な、何だよ?」

 

 

 エッセイを読んでいたコトミが、いきなり大声を出した。萩村がビックリしてるじゃないか。

 

「タカ兄ってこんな才能まであるの!? 何で私には何にも才能が無いの!」

 

「いや、俺に言われても……」

 

 

 そもそも俺は文才があるとは思って無かったんだが……連載を始めてから少し自信を持つ事が出来てるけども……

 

「みんな~ご飯食べてってね~」

 

「あっ、スミマセン」

 

「美味しそ~」

 

 

 萩村のお母さんが差し入れを持ってきてくれた。そうか、もう昼時か……

 

「これ美味し~」

 

「お袋の味って感じですね」

 

「でも津田だって料理するんでしょ?」

 

「俺のは普通に作ってるだけだから」

 

「え~でもタカ兄のご飯も美味しいよ?」

 

「でも、やっぱり主婦の方には負けるよ。年季が違うから」

 

「よかった。隠し味で入れた母乳が利いてるのね」

 

「「!?」」

 

「えっ、スズ先輩のお母さん母乳出るんですか?」

 

 

 コトミが変な事に食いついて、結局その後は勉強にならなかった……萩村には悪い事をしたな……今度埋め合わせしとこう。




雷ネタは映像ないしは絵がほしいです……字だけじゃ難しい……


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モテ男のバレンタイン

受験開始にまで行くと中途半端だったので、今回のネタはバレンタインで。


 入試間近と言う事で、生徒会の業務は何時にも増して大変だ。そんな中で暖房で部屋が暖まってるので会長が欠伸をした。

 

「ふわぁ~」

 

 

 それにつられるように、七条先輩と萩村も欠伸をする。みんな眠いんだな……まぁ部屋が温かいのもあるんだろうけども。

 

「欠伸って人に移ってしまうな」

 

「そうですね」

 

「でも津田君はしてなかったよね?」

 

「適度に気を抜いていたからでは? 緊迫した雰囲気で欠伸をされたら移ってたかもですがね」

 

 

 最近会長が俺に仕事を回してくる量が増えてるので、こうして四人で作業する時は怒られない程度に気を抜いてるのだ。だから移らなかったのだと俺は思ってる。

 

「だが君は欠伸を活用するべきでは無いのか?」

 

「如何いう事です?」

 

 

 欠伸を活用って、俺は別に酸素が足りてない訳じゃ無いんですが……

 

「だって、欠伸を利用すればイ○○○オも簡単だろ? 開いたところにズドンと!」

 

「君は何の話をしてるんだい?」

 

 

 欠伸の話をしてたら猥談に変わっていた……まぁ何時もの事か。

 

「そういえばシノちゃん、入試の前にバレンタインだね」

 

「そうだったな。今年はもらう側じゃなくなれば良いんだが……」

 

「去年はシノちゃんが学園トップだったもんね~」

 

「畑め……何処で数を数えたんだ?」

 

 

 あの人はまったく……ジャーナリズムを履き違えてるんじゃないんだろうか。

 

「だけど今年は男子も入学してますし、会長がトップじゃなくなるんじゃないですか?」

 

「でも津田、会長の人気は高いし、それほどモテてる男子って居たっけ?」

 

「………」

 

 

 萩村の冷静な分析に、俺は言葉を無くした……そういえば柳本も他の連中もあまりそう言った話題を出してこなかったような……

 

「畑さんに言って、今年は集計しないように頼みます?」

 

「だが、如何やって調べたかも分からないんだ。止めようがない」

 

「大丈夫ですよ。最悪新聞部を脅せば……」

 

「萩村、怖いから止めてあげて」

 

 

 俺の黒さが移ったのか、萩村が真っ黒な事を言い出した……この間コトミを任せたのが失敗だったのだろうか。

 

「今年もシノちゃんがトップだったら、もうシノちゃん男の子で良いんじゃない? 胸もあまり無いし」

 

「ケンカウッテンノカー!!」

 

「片言!?」

 

 

 何故七条先輩は会長に喧嘩を売るようなことを言うんだろう……普段仲良しなのに、此処らへんが良く分からん。

 

「やっ!」

 

「畑さん」

 

「今月分のエッセイをもらいに来ました」

 

「あれ? 締め切りまだですよね?」

 

「津田君は何時も早めに上げてくれるから、もう出来てると思って」

 

「はぁ……まぁ一応出来てますが」

 

 

 畑さんに完成したエッセイを手渡そうとしたのだが、途中で会長に取られてしまった。毎月ながら何故先に読む……

 

「相変わらず胸打ついい話じゃないか」

 

「感動だよ~」

 

「これだけは津田に勝てないわね」

 

「いや、他の分野で萩村に勝ててないから……」

 

 

 そもそも萩村が本気出したらきっと俺より凄いものを書ける才能はあると思う。凡才は頑張っても天才にはなれないのだから……

 

「これは早めに今月分を仕上げなくては! バレンタイン前に発行するのでこれで!!」

 

「……何が狙いだ、あの人?」

 

 

 何時もは月の中頃過ぎに発行するはずなんだが、今月はまぁ日数少ないし早くても仕方ないのかもな。

 

「シノちゃん、対抗馬が出てきたかもね」

 

「強敵だ……」

 

「?」

 

 

 誰が対抗馬で、何が強敵なのか分からずに、この日は生徒会業務に没頭する事にした。どうせくだらない事だろうしな。

 そしてバレンタインの三日前、新聞部が校内新聞を発行した。最近新聞本来の内容よりエッセイ目当ての人が増えていると聞いたが、果して本当なのだろうか? 畑さんが俺を調子に乗せて何かネタを狙ってる可能性を考えてしまうのは俺が歪んでるから?

 

「津田君、毎月感動をありがとう」

 

「共学したての時は男の子なんてって思ってたけど、津田君が入学してくれてホント良かったわ!」

 

「これが毎月タダで読めるんだからね!」

 

「……まさか学外に販売してるとか?」

 

 

 だとしたらあの人を懲らしめないと。

 

「でも学園から許可出てるってランコが言ってたけど」

 

「………」

 

 

 敵は俺が思ってたより強大だった……学園公認で商売してるとは……

 

「何でも英稜高校が大量に仕入れてるって聞いたけど」

 

「あの人か……」

 

 

 脳内に英稜の生徒会長である魚見さんの姿が浮かぶ。何買ってるんですか貴女は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エッセイ販売が発覚してから数日、何だか今日は校内がざわついてるような……

 

「おはよう、タカトシ君!」

 

「……誰だお前」

 

 

 目の前に髪の毛をオールバックにし、眼鏡を新調した柳本が立っている。コイツ、何でこんなに気合が入ってるんだ?

 

「おいおい、随分と冷めてるな。今日はバレンタインだぜ?」

 

「だから? 今日気合入れても作ってもらえないだろ?」

 

「ガビーン……そうだった!」

 

 

 バカは放っておいて早く教室に行かないと遅刻扱いにされる。俺は靴居れを開けると中から大量の箱が降ってきた。慌てて避けると、その箱はいじけていた柳本の脳天に次々と落ちていく……痛そうだな。

 

「何だこれは?」

 

「ま、まさかこれは……下駄箱にチョコ!? しかも大量に!?」

 

「やはり津田か! 津田なのか!!」

 

 

 てかお前ら、何処に居たんだよ……

 クラスメイトの男子を引き連れ教室に向かうと、俺の机が酷い事になっていた……

 

「これ全部?」

 

「笑うしかないな、こうなると」

 

「……持って帰れと?」

 

 

 如何頑張っても持って帰れない量なんだが……

 

「大量だね~津田君」

 

「今年のトップは津田だな」

 

「会長? 七条先輩も……何か用事ですか?」

 

「いや、君にチョコを持ってきたんだ。何時も世話になってるからな!」

 

「私も津田君にはお世話になってるからね~」

 

「そんな、俺は大した事してませんよ」

 

「「主に夜!」」

 

「……はい?」

 

 

 夜って何だ? 俺は会長や七条先輩とは学校でしか会ってないんだが……

 

「津田、これあげる」

 

「あっ、どうも」

 

 

 通り過ぎるついでに萩村からもチョコを貰った。そういえばあの大量のチョコ、如何やってお返しすれば良いんだ?

 

「津田君」

 

「あっ、五十嵐さん。何かありました……よね」

 

 

 あの大量のチョコは風紀的にアウトだろ。

 

「こ、これ!」

 

「あ、どうも」

 

「それじゃ!」

 

「五十嵐さん、廊下は走っちゃ駄目ですよ」

 

 

 風紀委員長が校則を破ったらマズイだろ……

 

「何故津田ばかりモテるんだ……」

 

「それは多分、俺たちが物語りに関係無いからだよ」

 

「「「「なるほど、関係無いな、俺たち!」」」」

 

 

 変なところで結束するな! 結局チョコは持って帰れないので、七条先輩に協力してもらい車で運ぶ事になった……当分はチョコ買わなくて良いな……

 

「津田さん」

 

「こんにちは」

 

「魚見さん、それに森さんも」

 

 

 帰り道で英稜の生徒会二人と出合った。丁度良いから説教するか。

 

「魚見さん、ウチの新聞部から大量に新聞を購入してるそうですが、何が目的です?」

 

「もちろん津田さんのエッセイです。我が校にも津田さんのファンは多いんですよ」

 

 

 何て事だ……これ以上胃に負担を掛けたく無いから、来年からエッセイをやめさせてもらおうと思ってたのに……この期待に満ちた眼差しは……俺には無理だ。

 

「それとこれ、英稜高校の女子生徒全員から津田さんにチョコです」

 

「……これを運べと?」

 

「それとは別に、これは私からです」

 

「ついでに私からもあります」

 

 

 ……英稜の女子って、何で大きいチョコ一つで済ませたんだ? 小さいので良いから分けろよ……運べないじゃないか。

 結局チョコは勉強のし過ぎ(コトミ談)で脳が糖分を欲したコトミが大体片付けてくれた。お返し如何しよう……




モテ過ぎだよ……


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コトミの受験

さっきは失礼しました。お詫びではないですが新しい話を更新します


 桜才学園もいよいよ明日から入試が開始する。そのために入試で使われるクラスに対する説明が行われたのだ。

 

「私たちのクラスも、入試で使われますね」

 

「そうですね」

 

「……男子が使うかも知れませんね」

 

「ッ!?」

 

「まぁ、深い意味は無いですよ」

 

「苛めないであげてください」

 

 

 想像しただけで五十嵐さんが固まってしまった……どんな想像したかにもよるが、この人は相変わらずだな……

 

「そういえばコトミちゃんも桜才受験するんだよね?」

 

「ええ。俺と萩村が家庭教師をやって。でも大変ですよ。受験生の前では落ちるとかは縁起が悪いので気をつけないといけませんでしたし」

 

「そうだよね、今が一番大事だもんね……でも可哀想よね」

 

「? 何でですか?」

 

 

 七条先輩が泣き出すほど苛めた覚えは無いんだがな……

 

「だって快楽に落ちる事も出来ないなんて」

 

「泣く所そこなの!?」

 

 

 萩村が驚きながらツッコミを入れたが、俺は無視する事で今のやり取りを無かった事にしたのだった。

 説明も終わり、特にする事も無かったのでそのまま帰宅。家ではコトミが必死になって勉強している。だけど直前にこれだけ焦ってるのはマズイんじゃないだろうか……もう少し余裕をもって受験に挑ませたかったんだが……

 

「タカ兄、これって如何解くの?」

 

「お前……これは前に教えただろうが」

 

 

 やっぱり駄目かも知れないな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受験当日、タカ兄についてきてもらって私は桜才学園にやって来た。なんだか緊張でドキドキする。

 

「落ち着けば絶対に分かるはずだから、最後まで諦めるなよ」

 

「うん。タカ兄、今凄いドキドキしてる」

 

「程よい緊張感をもって挑めば大丈夫だろ」

 

「この緊縛感がたまらなく興奮するよ~。 ……あっ、緊迫感だった。やっぱり緊張しちゃてるよ」

 

「何時も通りじゃないか」

 

 

 タカ兄に送り出してもらい、私は受験会場へと歩を進めた。えっと私の番号は……あれ? 誰か座ってる?

 

「あの~、そこ私の席じゃ?」

 

「え? あ、ホントだ……一個後ろだった」

 

「……ドジっ子?」

 

 

 なんだか緊張が解けたような気分になったな~。この人には感謝しなきゃ。

 桜才の入試はマークシート。タカ兄とスズ先輩に教わった問題が多く出題されたので、ある程度は埋める事が出来た。それと開始前に緊張が解けたってのも大きな要因だったんだろうな。これなら予定していた穴埋めをする事もなさそうだな~。

 

「(3Pだなんて、マークシートでも恥ずかしいものね)」

 

 

 きっとタカ兄に知られたら殺されるだろうし、お母さんにはお小遣いを減らされるし、お父さんには遊んでもらえなくなるしね。

 

「残り五分、名前の書き忘れがないか確認してください」

 

 

 今時テストの名前を書き忘れるなんてあるのかな? 私の周りではそんな人居なかったけどな。

 

「ッ! ヤベー、忘れてたぜ」

 

 

 やっぱり後ろの彼女はドジっ子なのかな? 一緒に通えるようになったらお友達になりたい感じだな~。

 

「そこまで! 答案を回収し、その後は面接になります。気持ちを落ち着かせて望むように」

 

 

 とりあえずやれるだけはやった。後は面接でどれだけ好印象を与えるかによるね。タカ兄との練習では怒られてばっかだったけども、ありのままの自分で行けば問題ないよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面接官だなんて面倒な仕事、ホントはやりたく無いのよね。だってクソ真面目な答えなんて聞いても面白くないし。

 

「はーい、次の人」

 

『し、失礼します!』

 

 

 誰か面白いやつ来ないかしら……

 

「津田コトミです!」

 

「はいよろしく」

 

 

 『津田』ね……珍しい苗字でも無いし、気にする事も無いかな……でも、何処と無く似てるわよね、纏ってる雰囲気とか。

 

「えっと、我が校を志望した理由は?」

 

「家に近いからです!」

 

「……まぁ、大切よね。家に近いってのは」

 

 

 でもバカ正直にそんな事答えるかしら? なかなか面白い子が来たわね。

 

「得意な科目はありますか?」

 

「保健……保健体育です!」

 

「……まぁ、大事よね。保健体育」

 

 

 普通は主要五教科から答えるだろうに、やっぱりこの子面白いわ。

 

「それでは我が校に入ったら何をしたいですか?」

 

「タカ兄との禁断の恋」

 

「タカ兄? 兄貴が通ってるのか?」

 

「はい! 生徒会副会長の津田タカトシは私の自慢の兄です!」

 

「お前、津田の妹か!」

 

 

 まさかアイツの妹がこんな逸材だったとは! 兄妹そろって楽しませてくれるわね。

 

「先生はタカ兄の事知ってるんですか?」

 

「当たり前だろ! 私は生徒会顧問で、アイツは最高のおかずだぞ!」

 

「えぇ!?」

 

 

 もう一人の面接官が驚きの声を上げたが、そんな事は如何でも良い。普段ソロ活動なんてしないが、誰も捕まらなかった時は津田を使って発散しているのだ。

 

「分かります! タカ兄に蔑みの目を向けられたりとか、殴られたりとかって興奮するんですよね!」

 

「分かるか!」

 

「はい!」

 

 

 よし! この子は私の裁量で合格にしてやろう。まぁ答案の出来次第だけどな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミを待つ間、俺は外でのんびりしていた。もう寒さもピークを過ぎたのでこうして待ってるのもさほど苦ではない。まぁずっと待ってた訳じゃないんだが……

 

「あれ? 津田先輩じゃないですか」

 

「ん?」

 

 

 声をかけられたけど、正直誰だか分からないんだが……中学の後輩だって事は分かるんだけども……

 

「そっか。コトミも桜才受けたんですね」

 

「あーコトミの友達?」

 

「はい! 先輩の事は中学時代から知ってました。最近ではエッセイを読ませてもらってます」

 

「……何処から入手してるんだ?」

 

「私の姉が英稜なんです」

 

 

 なるほど……そこから入手してるのか。

 

「あれ? タカ兄」

 

「コトミ、アンタやっぱり受けたんだ」

 

「当たり前じゃん! そのために努力してたんだからさ」

 

「それじゃあ、発表の時にまた来ようね」

 

「そうだね。それじゃあ」

 

 

 コトミの友達と別れ、俺はとりあえず考えるのをやめた。まさか中学生にまで読まれてるなんて思わなかったな……

 

「そういえばタカ兄、あの子の事知らないんだっけ?」

 

「制服で中学の後輩だって事は分かったけど」

 

「まぁ仕方ないよね。タカ兄は有名だけどあの子はそうじゃないもんね」

 

 

 そんなに目立つ事した覚えは無いんだがな……

 

「そうそうタカ兄!」

 

「何だ?」

 

「タカ兄に教えてもらった問題が結構出てた。だからちゃんと出来たよ」

 

「そうか……」

 

 

 なら胃の痛い思いをした日々も浮かばれるな……

 

「それから、面接の時話が合いそうな先生が居た」

 

 

 その言葉に、俺は一人の変態教師を思い浮かべた。

 

「多分あの人だ……」

 

「?」

 

 

 コトミとあの人を意気投合させたらマズイ、俺の中でその事が大きくなってきたのだった。合格してほしいけど、あの人と会わせるのはな……




ホントスミマセンでした……


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合格発表

そして新キャラが……


 受験が終わって暫く、朝食を摂ってるとコトミが困ったようにため息を吐いていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「最近落ちる夢ばかり見ちゃって……」

 

「それは夢だろ。気にし過ぎだろ」

 

 

 コトミでもそんな事を考えるんだな……お気楽に見えて考えるとこはちゃんと考えてるのか。不安だったけどちゃんと成長してるんだな。

 

「そうだよね! 兄妹で禁断の関係に落ちるなんてありえないよね!」

 

「あれ? 俺たちなんの話してたんだ?」

 

 

 受験の話だと思ってたのに、如何やら違ったようだ……さっきの俺の感動を返せ。と言ってもコトミの夢の話を勝手に俺が勘違いしただけだからな……それにしてもコイツホントにそんな事を思ってるのか? 夢ってのは情報の整理で見るものだからな……何で俺を恋愛対象として見てるんだ?

 

「タカ兄は競争率高そうだからな……そうだタカ兄!」

 

「な、何だよ?」

 

「久しぶりに一緒にお風呂入ろうよ!」

 

「は? 何言ってるのお前」

 

 

 高校入試する歳にもなって異性の兄弟と一緒に風呂だなんて……本気でコイツの頭の中が心配になって来たぞ……

 コトミの事が心配になりながらも、俺たちは登校する事にした。コトミの受験が終わってるとはいえ、今度は俺たちの試験があるからな……前は点数落ちたから元に戻るくらいには頑張らなきゃな……

 

「おはよう津田……」

 

「? どうかしたんですか、会長?」

 

 

 会長の視線を辿ってみると、ズボンのチャックが下がったままだった。

 

「チャック開いてるなら言ってくださいよ。恥ずかしい」

 

「え!? 君なりの露出プレイじゃなかったのか?」

 

「そんな馬鹿な……」

 

 

 そんな事考えるのなんて会長だけ……

 

「アリア、チャック開いてるぞ」

 

「これは、私なりの露出プレイ」

 

「何気に大胆だな」

 

「そんなヴァかな!?」

 

 

 身近に居たんですけど……しかもさっきの話を聞いてたわけでもなさそうなのに、何でそんな思考が出てくるんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の仕事で、津田と物置に来たのだけど、高い場所に荷物があって届かないわね……

 

「あの荷物を取りたいけど届かない……」

 

「台になるようなものも無いしな……」

 

「如何する?」

 

「それなら津田君がスズちゃんを持ち上げれば良いんだよ~」

 

「七条先輩!?」

 

 

 何でこんなところに居るんだろう……

 

「ほら、スズちゃんなら高い高いって感じでおかしく無いでしょ?」

 

「その抱え方はおかしいな」

 

「ゴメン、つい出来心で」

 

「………」

 

 

 私が七条先輩に鋭い視線を向けると、津田が呆れたように頭を押さえていた。

 

「しょうがないか……」

 

 

 そう津田が言うと、凄い跳躍力を見せ荷物を降ろした。あんなに高い場所まで届くなんて、羨ましい身長してるわね……

 

「って! 誰が小さいって!!」

 

「「ッ!?」」

 

「あっ……ゴメンなさい」

 

 

 自分の思考にイライラして大声を出してしまった……恥ずかしいわね……

 

「それじゃあ、私は先に戻ってるね~」

 

「……結局あの人は何しに来たんだ?」

 

「……さぁ?」

 

 

 津田と荷物を運んでいくと、物置に携帯を落したのに気付いて取りに戻る事にした。

 

「えっと……あった!」

 

 

 良かったすぐに見つかって……そういえば七条先輩の携帯も落ちてるような……

 

「届けた方が良いわよね」

 

 

 何しに来たのか分からないけど、携帯がないと困るだろうし……

 

「あれ、七条先輩?」

 

 

 何か考え事をしながら歩いてる七条先輩を見つけた。きっと携帯探してるんだろうな……

 

「あれ? 急に胸が軽くなった」

 

「前見ろー!!」

 

「あっ、スズちゃん。私の携帯知らない?」

 

「それなら見つけました。届けようと思ってたら七条先輩が前から来てこんな事に……」

 

 

 それにしても何て重量感……羨ましいなんて思って無いけど、もう少し成長しても良いような気もしてるのよね……身長もだけど……

 

「だから誰がロリ体型だー!!」

 

「スズちゃん?」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 自分の思考が嫌になるわね……ストレスでも溜まってるのかしら? でもストレスの原因なんて……

 

「あ!」

 

 

 思い当たってしまった……津田の妹のコトミちゃん。あの子の面倒を見てからなんだか思考が黒くなってるような気がするのよね……

 

「津田の気持ちが少し分かったわ……」

 

「?」

 

 

 あんな子の面倒を毎日見て、それでいて成績上位に名を連ねるなんて……どれだけ凄いのよアンタは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよコトミの合否判定が分かる日になった。俺は付き添いで来たんだけど、何で会長たちまで居るんだ? 生徒会の集まりとか無かったよな?

 

「私たちも気になってな。コトミとは一緒に寝泊りした仲だし」

 

「そうだね~。一緒におっぱいをもみ合った仲だもんね~」

 

「「クソゥ!」」

 

「?」

 

 

 会長と萩村の機嫌が急に悪くなったような……でもそこはかとなく地雷臭がするから触れるのは止そう。

 

「それでコトミの受験番号は?」

 

「019だよ!」

 

「19か……」

 

 

 そういってみんなでコトミの番号を探し始めた。

 

「イック」

 

「いくいくいく」

 

「いくー!」

 

「静かにしなさい!」

 

 

 番号まで何てものが当たるんだこの妹は……

 

「津田、アンタの気持ち、今なら少し分かるわよ」

 

「やっぱり? 萩村もコトミの勉強を見てから荒んでたような気がしてたから」

 

 

 今度お詫びに何か奢ろう……

 

「あったー!」

 

「ホントか?」

 

 

 コトミが喜びの声を上げたので、俺も番号を探した。確かに019は合格者の場所に存在する。これであの苦労が報われるな……

 

「夢じゃないですよね!? ちょっとつねってください」

 

 

 そういってコトミが前に出ると、会長がコトミをつねった。

 

「ギュー」

 

「気持ち良い……」

 

「酷い現実だ……」

 

 

 会長は頬では無く乳首をつねり、コトミはそれで快感を感じているような表情を浮かべている……夢だったら嫌だけど、夢だと良いな……

 

「コトミ、アンタ如何だった?」

 

「受かったよ!」

 

「ホント? それじゃあ高校でもよろしくね」

 

「うん! でも良かったね~。これでまたタカ兄と……ムグゥ」

 

「アンタ何言い出すの!」

 

「「「「?」」」」

 

 

 受験当日に会ったコトミの友達、俺の後輩がいきなりコトミの口を塞いだ。そういえば名前聞いてなかったな……

 

「なぁコトミ、その子の名前って何だ? もしかしたら聞いた事あるかも知れないから」

 

「えっとね~……あれ? 何だっけ?」

 

八月一日(ほづみ)だよ! 八月一日マキ!」

 

「ああ! そうだったね」

 

 

 八月一日さんか……珍しい苗字だって騒いでたヤツが居たな……

 

「津田先輩、来年からまた後輩になりますので、よろしくお願いしますね」

 

「ああ。よろしく八月一日さん」

 

「後輩にもモテるのね……」

 

 

 とりあえずコトミが合格したのは夢では無いらしいので、お母さんとお父さんには良い報告が出来るな。




それほど本編に絡みませんが、一応オリキャラ登場。立場的には中里と同じですかね。


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周りからの評価

原作ではムチ打たれてるタカトシですが、ここでは違いますからね


 入試が終わり、私たちの定期試験も終わって生徒会室でくつろいでいると、急に机が揺れ始めた。

 

「地震か!」

 

「机の下に避難を!」

 

 

 それほど大きい揺れではなかったが、万が一って事もあるので私たちは机の下に避難した。

 

「収まったか」

 

「そのようですね」

 

「地震は怖いからな」

 

「それは全員では?」

 

 

 自然災害は如何頑張っても防ぎようは無いし、備えがあったとしても急に襲われたらそれもあまり役に立たないでしょうしね。

 

「子供の頃、鉄棒に跨ってた時に地震に教われてな。あれは食い込んで痛かった……」

 

「待って、なんで跨ってたの?」

 

 

 鉄棒に跨らなければいけない状況が理解出来ない……

 

「シノちゃん、そろそろ見回りに行く時間だよ?」

 

「そうだったな」

 

「……何で二人は机の下に居るんですか?」

 

 

 どうやら津田はさっきの地震には気付いて無いようね……それだけ小さかったという事なのかしら……

 

「って、誰が小さいって!」

 

「何?」

 

「あっ……何でもないわ」

 

「?」

 

 

 最近自分のモノローグにまで反応してしまう……気にしすぎよね。

 

「さて、見回りに出かけるぞ!」

 

「おー!」

 

 

 会長と七条先輩が妙にやる気なのが気になったけども、とりあえず見回りに行きましょう。

 

「ロボット研究会……この間轟さんが申請してきたやつか」

 

「「こんなのあったんだー」」

 

「……会長が認印を押したんですよね?」

 

 

 津田がツッコミをしてくれるので、私は精神を落ち着ける事に集中する。やっぱり津田は精神的支えよね。

 

「あれ、スズちゃん?」

 

「ネネ」

 

「何だ、萩村の友人か?」

 

「はい、轟ネネさんです」

 

「皆さんの噂は聞いてますよ。副会長が会長と書記の人を調教してるって」

 

 

 あれ? 津田ってそんな事してたっけ……

 

「津田君、もっと調教して~」

 

「うむ! 津田に調教されるのは悪く無いからな!」

 

「してねぇからな!」

 

 

 よかった。私の勘違いじゃなかったわね。それにしても、外からはそう見えるのね……多分畑さんが誇張して噂を広めてるんでしょうけども。

 

「ねぇねぇ、これもロボットの部品なの?」

 

「いえ、それは私物です。そもそもこのロボ研を作ったのも、もっと強い刺激がほしかったからでして」

 

「そうなんだ~。いいもの出来たら私にも試させてね?」

 

「はい! 七条先輩は尊敬出来る先輩ですから!」

 

「もしかして貴女も?」

 

「はい! 常に挿れてます!」

 

「……萩村の友達?」

 

「アンタの妹も大概よね……」

 

 

 津田は私とネネの関係を疑い、私は津田とコトミちゃんの血の繋がりを疑った……そして同時に恥ずかしくなり視線を逸らせた。

 

「ところで、貴方が津田君だよね? あのエッセイの作者で学年二位の成績の」

 

「そうだけど……何か?」

 

「体育祭や集会で遠目で見た事はあったけども、やっぱり近くで見ると皆が騒いでるのも分かる気がする」

 

「皆? 騒ぐって?」

 

 

 どうやら津田は自分の人気を自覚してないらしい……いや、あれだけチョコをもらったんだから自覚はしてるんだろうけども、あの中に幾つ本命が混じってたなどには興味が無かったんだろうな。

 

「文武両道でツッコミ上手のドS副会長は凄くカッコいいって!」

 

「ツッコミ上手のドS副会長……」

 

 

 前後に褒め言葉があったのに、津田が反応したのはそこだった……でも確かに津田はドSでツッコミ上手よね……

 

「津田、そろそろ見回りを再開するぞ」

 

「そうですね……」

 

 

 よほど精神的にダメージを負ったのか、その後の津田のツッコミには何時ものキレが無かった……それでも的確にツッコム辺りさすがよね……私も見習わなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年最後の試験の結果が貼りだされる日、俺は何となく柳本を見た。コイツは二学期に補習喰らってるし、下手すれば留年するんじゃないかってくらいの酷さだ。まぁ三葉も酷いだけど部活補整があるし……

 

「津田ー結果見に行こうぜ!」

 

「毎回思うんだけど、柳本って見に行く理由あるの?」

 

「何だよ! 奇跡が起こるかもしれないだろ!」

 

「はいはい……テスト終わってすぐに人に泣きついてきたやつが起こす奇跡って、赤点回避だろ?」

 

「進級出来れば良いんだよ! 補習にならなければ問題無い!」

 

「補習になっても面倒は見ないからな!」

 

「そこを何とか、タカトシ様!」

 

「止めろ気持ち悪い」

 

 

 男に縋りつかれて喜ぶ趣味は持ち合わせていない。そもそも自分が悪いから補習になるんだろうが……人に泣きつく暇があるなら少しでも勉強すれば良いのに……他人事じゃないんだけどな……コトミがそうだったし。

 

「毎回凄い人ね」

 

「萩村も結果を見に来たの?」

 

「前回は張り合いが無かったからね。今回は期待してるわよ」

 

「終わってから言わないでよ」

 

 

 確かに二学期末のテストはコトミに勉強を教えてた影響で普段より点数が低かったからな。今回は萩村のトップを脅かすくらいは採れただろうか……

 

「あっ、柳本の名前……」

 

「何!?」

 

 

 人だかりの出来ていない場所に貼りだされた一枚の紙。それは赤点補習者の名前が書かれた紙だった……

 

「ノー!?」

 

「頑張れよ……」

 

「アンタの友達って、馬鹿なの?」

 

「多分そうなんじゃないかな?」

 

 

 補習で見切りをつけられたら留年って事だよな? とりあえず来年も同級生で居られるように祈っておこう。

 

「漸く見えるわね」

 

「上位二十人しか載らないのに、何でこんなに混雑するんだろうね?」

 

 

 此処に名前が載ってないとある事無い事噂を流されるのは生徒会役員だけなのに……だから俺と萩村は毎回確認しにくるんだけどね。

 

「今回も萩村がトップか」

 

「まぁ当然ね。でもアンタも前回より良い点数じゃない」

 

「まぁ心配事が片付いたからね」

 

 

 貼りだされた順位を見て、萩村としみじみ話す。結果はこんな感じだった。

 

 

 一位 萩村スズ 800点

 二位 津田タカトシ 785点

 三位 轟ネネ 733点

 

 

「もうこの三人が不動よねー」

 

「前回は津田君が調子悪かったけど、やっぱり二位だったしねー」

 

 

 同級生たちの話を聞きながら、不動でも構わないけど萩村に勝ってみたいなと思った。ちなみに二年の結果はこんな感じだ。

 

 

 一位 天草シノ 790点

 二位 七条アリア 785点

 三位 五十嵐カエデ 750点

 

 

 こっちは完全に不動だなと思う。でも会長も七条先輩も凄い点数だよな……三位の五十嵐さんがトップでもおかしく無い点数なのに……

 

「津田君、私と点数一緒だね」

 

「言われてみればそうですね」

 

「頑張った津田君にご褒美あげる。はい!」

 

「? 何ですかこれ?」

 

「私の使用済みタン○ン!」

 

「いらねぇよ!」

 

 

 速攻でゴミ箱に投げ捨て、七条先輩に説教をする。あぁ、こういう事するからドSとか言われるんだろうな……




今回もアリアのジョークが重いぜ……


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生徒会役員共の幼少期

前回入りきらなかったので……


 生徒会室で作業していると、畑さんがやってきた。相変わらず神出鬼没な彼女だが、生徒会室に入ってくる時は必ずノックをするのだ。常識があるのか無いのか分からない人だな……

 

「次回桜才新聞に載せる生徒会役員の幼少期の写真が欲しいので、明日もって来てくれませんかね?」

 

「何故に幼少期……」

 

「私、明日法事で来られないのですが」

 

「じゃあ今撮る?」

 

「先輩だけど張り倒す!!」

 

 

 畑さんに殴りかかりそうになった萩村を抑える。この人やっぱり常識無いな。

 

「それじゃあ萩村さんは明後日でもいいわよ」

 

「フー! 分かりました」

 

 

 威嚇しながらも萩村が返事をする。こっちはこっちでめんどくさいな……

 翌日生徒会室で会長と七条先輩の幼少期の写真を見た。

 

「アリアは小さい頃から可愛かったんだな」

 

「そんな事ないよ~。小さい頃は純粋だったとは思うけどね」

 

「そうなんですか」

 

 

 今自分が純粋じゃないって自覚あったんですね……自覚あるなら改善してもらいたいんですが……

 

「うん! ア○ルセッ○スしたらお尻から子供が生まれてくると思ってたくらいに」

 

「それって純粋なの?」

 

 

 既にこの頃から今の片鱗を見せていたのかと思うと、この表情も純粋な笑顔には見えなくなってしまった……俺が歪んでるのか?

 

「これが津田君の子供の時の写真?」

 

「ええ」

 

「見ても良いか?」

 

「良いですよ」

 

 

 自分だけ見せないなんて失礼な事は出来ないし、別に見られても問題は無いしな。

 

「津田君って、昔からカッコよかったんだね~」

 

「これはモテただろうな」

 

「そんな事無いですよ」

 

「や!」

 

 

 写真を回収しに来たのか、畑さんが扉から顔を覗かせている。今日はノックじゃなくてガラス越しに挨拶なのか……

 

「どの写真を使っていいですか?」

 

「私はどれでも構わんぞ」

 

「私も~」

 

「俺も大丈夫です」

 

「じゃあこれとこれとこれで」

 

 

 畑さんはさっさと写真を選ぶと、そのまま帰っていった。あの人何がしたいんだろう……

 

「でも津田君って昔からコトミちゃんと仲良いんだね~」

 

「何です急に?」

 

「だってほら~裸のコトミちゃんが津田君にくっついてるでしょ?」

 

「子供の頃なんてそんなものですよ」

 

 

 むしろ今は少し兄離れしてくれないかと思ってるんですから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 法事で休んだけど、既に授業は終わってるので特に問題は無かったわね。

 

「みんな、おはよー」

 

「七条先輩、今日は車なんですね」

 

「珍しく寝坊しちゃってね~」

 

「おはようございます」

 

 

 七条家専属メイドの出島さんが私たちに挨拶してきた。

 

「出島さん、運転も出来たんですね」

 

「これでもゴールドですので」

 

「そうなんですか」

 

「はい。でも、バックで入れるのは苦手なんですよね」

 

「あー多いみたいですよね、そういう人」

 

 

 津田が出島さんと会話してるので、私と七条先輩はそれを見守る。この人のボケも、津田なら何とか処理出来るでしょうしね。

 

「やっぱり生身と車では勝手が違いますからね」

 

「うん違うね。この会話自体が」

 

 

 津田のツッコミのバリエーションはホントに豊富よね……

 

「それではお嬢様、私はこれで。また後でお迎えにあがります」

 

「はーい。お願いね~」

 

 

 出島さんが帰っていくのを、私たちは見送った。それにしても、あの人はホントに優秀なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんと一緒に食堂に行くと、そこにはカエデちゃんが居た。

 

「五十嵐も今日は食堂なんだな」

 

「ええ。部活がありますし、お弁当作る時間が無かったもので」

 

「あれ? カエデちゃんキノコ苦手なの?」

 

 

 よく見るとカエデちゃんのお皿には、脇に避けられたキノコが置かれている。

 

「え、えぇ実は……」

 

「そうか、君は男性恐怖症だったもんな」

 

「なら仕方ないよね~」

 

「? 男性恐怖症とキノコ嫌いにどんな関係が?」

 

 

 割と本気で分かってないカエデちゃん。自分の苦手なものなのに、その原因が分かってないなんて駄目だな~。

 

「だってほら、キノコって男性器を想像させるじゃない?」

 

「そんな繋がりは思ってもみませんでしたよ……」

 

「なら今度津田のキノコでも見せてもらうか!」

 

「そんな事認められるわけありません! そもそも津田君に怒られますよ!」

 

「そんな事言って~、カエデちゃんも興味あるんでしょ~?」

 

 

 だって反応があからさまだったし。やっぱり津田君は競争率高いな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんから頼まれた追加のエッセイを今日中に上げなくてはいけなくなった。でも今日言われていきなりってのも厳しいよな……

 

「如何するか……」

 

 

 さすがにすぐネタが出てくるものでも無いし、今日中に上げるって言っても、クオリティーを下げたら怒られるだろうしな……

 

「あの皆さん……気が散るんで見つめるの止めてもらってもいいですかね?」

 

 

 背後から見守ってくれている会長たちに気を取られて集中出来なかったのだ。とりあえず黙って見られてると気が散るんだよな……これで集中出来るかな?

 

「如何する?」

 

「だったらヤンデレ風に見守ろう!」

 

 

 そう言って会長たちが廊下に出て行くと、扉の隙間から覗いてきた。

 

「コワッ! 怖いから止めてください!!」

 

「え~せっかくヤンデレ風に見守ってあげたのに~」

 

「余計に気が散りますよ……」

 

「じゃあ如何すればいいんだ!」

 

「意識してくれなくて良いですよ。普段通りに過ごして下さい」

 

 

 会長たちを宥め、俺はエッセイを書き始める。家ならコトミさえ抑えれば問題無いんだけども、ここだと会長と七条先輩の二人だからな……

 

「や!」

 

「畑、如何した?」

 

「いえ、完成したかなと思いまして」

 

「三十分では無理です……」

 

 

 漸くネタが思いついたばかりなのに、いくらなんでも早すぎるぞ……

 

「では此処で待たせてもらいますね」

 

「急かさないでくださいよ……」

 

 

 畑さんに見守られながら、俺は何とかエッセイを完成させる事が出来た。

 

「では早速エッセイのみの新聞を完成させます」

 

「えっ? 幼少期の写真は?」

 

「あ、それももちろん載せますので」

 

 

 あの人、いったい何が目的なんだ……後日発行された桜才新聞は、一部では高値がつけられたと噂されるくらいの人気だったとか……

 

「津田君、来年度もよろしく!」

 

「アンタ、利益を全て自分の財布に入れてねぇだろうな」

 

 

 新聞の販売は学園公認だから、俺がどうこう出来ないけど、利益を独り占めしてるなら考え物だからな。

 

「ご安心を! 利益の二割は学園に寄付、五割は部費に当ててますので!」

 

「……残りの三割は?」

 

「オホホホホ」

 

「何誤魔化した!」

 

 

 今度徹底的に調べる必要がありそうだな……てか、エッセイと生徒会役員の幼少期の写真が載ってるだけの新聞が売れるんだな……かなり意外だったぞ……




ジッと見られるのもプレッシャー掛かるでしょうに……


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擬似プレイ

そういえばお気に入り登録者数が700人を超えてました


 学年末のテストも終わって、後は終了式まで朝練し放題! みんなで頑張って強くなるんだ!

 

「あれ? ムツミアンタ今日日直じゃなかったけ?」

 

「そういえばそんな事昨日言ってたよね」

 

「そうだった……」

 

 

 せっかく朝練で強くなれるチャンスが増えたのに、何で日直なんて面倒な事しなくちゃいけないんだろう……

 

「あ~あ、私だけ練習時間減っちゃったよ」

 

 

 文句を言いながら職員室に日誌を取りにいく。大体高校生にまでなって日直なんて必要なのかな。

 

「おはよう三葉、今日は俺と日直だな」

 

「うん、頑張ろう!」  

 

 

 練習時間は減っちゃったけども、タカトシ君と一緒に居られる時間が増えたのなら別に良いかな。練習は何時でも出来るもんね。

 

「ところで前から思ってたんだけど、黒板って何で朝から汚いんだ?」

 

「確かに……!」

 

 

 タカトシ君に近付こうと思ったけども、自分の身体がもの凄い汗臭い事に気が付いた。そうだ、朝練の後急いでてシャワー浴びるの忘れてたんだ……

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、さっきまで練習でさ……ちょっと汗臭いかもしれないから」

 

「別に気にしないが」

 

 

 そういってタカトシ君は何事も無いかのように黒板掃除を続ける。そういえば前に七条先輩が言ってたっけ。

 

「タカトシ君ってクサフェチってヤツなんだね!」

 

「今度は誰に入れ知恵された……」

 

 

 丁度朝補習を終えた柳本君が教室に入ってきて、気まずそうに視線をさまよわせていた。何かあったのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業していたら横島先生がやって来た。この人は生徒会室に来ても何もしないからな……この前なんか津田の幼少期の写真を見て興奮して鼻血を出してぶっ倒れたからな……わざわざ生徒会室で鼻血を出す理由が私には分からなかった……

 

「この間妹の子が遊びに来てさ。写真撮っちった」

 

「見せてもらえます?」

 

 

 横島先生の携帯に保存されている写真をアリアと見る。これは可愛らしい男の子だな。

 

「アイドル顔ですね」

 

「将来有望だね~」

 

 

 何処と無く幼少期の津田に似ているような気がして、私は無意識に津田に視線を向ける。この子が津田のようになるのか……

 

「な~に言ってるの。食べごろは今でしょ!」

 

「先生とは一度話し合う必要がありそうですね」

 

 

 危険を察知したのか、横島先生は何時もの如く居なくなった。相変わらず逃げ足だけは立派なモノを持ってるな。

 

「時に津田よ。さっきから肩を回したり首を揉んだりしてるが、もしかして固まってるんじゃないか?」

 

「まぁこの前まではコトミの相手で身体に負荷かけすぎてましたからね。今頃になってまとめて疲れが出てきまして」

 

「ストレッチでもしたらどうだ?」

 

 

 津田なら今更な気がするだろうけど、身体が固まった時にはストレッチが非常に有効だ。

 

「これが終わったらしますよ」

 

「そうだな! それに君はストレッチを習慣でやったほうが良いんじゃないか?」

 

「何故です?」

 

「ストレッチを続ければ身体が柔軟になり、いろいろな体位を楽しむ事が出来るだろ!」

 

 

 決まった。これは津田も感動して今すぐストレッチをするに違い無い!

 

「萩村、この書類って期限何時までだっけ?」

 

「えっとね……」

 

「あ、あれ?」

 

 

 私の発言を無かったものとして扱っているのか、津田は萩村と仕事の話を始めてしまった。

 

「萩村、後ろ!」

 

「え? ……あぁ、ごめんなさい七条先輩。携帯にお茶をこぼしてしまって……」

 

 

 津田との話しに集中していたのか、萩村が湯飲み茶碗をひっくり返し中身をアリアの携帯にぶちまけた。

 

「大丈夫だよ。これ防水タイプの携帯だから」

 

 

 萩村を安心させるように、アリアが携帯を開いて壊れてない事をアピールした。だが私や萩村が気になったのは別の箇所だった。

 

「七条先輩、何故待ちうけが津田の幼少期の写真だったんですか?」

 

「そこのところ詳しく説明してくれ」

 

「ん~? この写真が待ち受けになってる携帯をあそこに挿入してバイブ代わりにしてるんだよ! 気分は津田君と合体!!」

 

「なるほどな!」

 

「なるほどな! じゃねぇ!!」

 

 

 津田にツッコまれてアリアも私もビックリする。まさかノリツッコミまでしてくるとは思わなかったのだ。

 

「とりあえず萩村、七条先輩は気にしてないみたいだから良かったな」

 

「そうね……でもあの写真何処で手に入れたのかしら?」

 

「そう言われれば……アリア、白状しろ! それは何処で手に入れたんだ!」

 

「ん~? 畑さんが五万円で待ち受け画面に設定してくれるオプション付きで売ってたんだよ~」

 

「またあの人か! しかも五万ってボッタくりだろうが……」

 

 

 津田はそっちに驚いたようだが、私と萩村は別の箇所が気になった。

 

「それはまだ売ってるのか!?」

 

「如何だろう~。新聞発行と同時にやってたから、もう無いんじゃないかな~?」

 

「そんな!?」

 

「萩村、何でお前まで……」

 

 

 津田の視線が萩村に突き刺さり、萩村はゆっくりと視線を津田から逸らしていくのだった。そうか、萩村も携帯バイブで自家発電を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室でいろいろあったのか、タカトシ君はもの凄く疲れている。やっぱり生徒会って大変なんだな~って思うけども、それほど疲れるくらい仕事が来るって事は信頼されてるんだね!

 

「さてと、そろそろ帰るか」

 

「そうだね。もう外も暗くなってきてるしね」

 

 

 結局今日はあんまり部活出来なかったけども、タカトシ君と一緒にいられたから良いかなって思える。やっぱりタカトシ君と一緒に居ると楽しいしね。

 

「それじゃあ三葉、日誌を職員室に持っていったら家まで送るよ。最近何かと物騒だし、いくら三葉が強いといっても一人で帰らすわけにはいかないからな」

 

「大丈夫だよ! 暴漢があわられても私がタカトシ君を守ってあげるから!」

 

「いや、俺を襲うような物好きはいないだろ……それに守ってもらうほど俺も弱くは無いつもりなんだけど……」

 

 

 なんだかガックリしちゃったけど、何かあったのかな?

 

「津田ー帰ろうぜー!」

 

「お前はまだ補習じゃないのか?」

 

「少しくらいサボっても問題無いだろ」

 

「……来年は妹と同級生になるのか。妹と仲良くしてやってくれよな」

 

「それじゃあタカトシ君。俺は補習だけど気をつけて帰るんだぞ!」

 

 

 もの凄い勢いでピンとした柳本君は、来た道を戻って行った。やっぱりタカトシ君の脅し文句は怖いんだね!




原作二巻が終わりました。次からはサザエさん時空に突入ですね。


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出張! 新聞部

寝れなかった……


 春休みになり、畑さん主催で七条先輩のお宅訪問をする事になった。

 

「有名人のお宅はいけ~ん!」

 

「畑さん、有名人は言い過ぎだよ~」

 

「いえいえ、貴女は有名ですよ。エロい事で」

 

「まぁ!」

 

「うん、納得してしまった俺」

 

 

 別の意味でも有名でしょうけども、七条先輩もなかなかの思春期だからな……しかも冗談が重量級だし……

 

「ところで、何故魚見さんが?」

 

「私も興味がありまして」

 

「ほほう、それで何故そんな重装備で?」

 

「えっ! だって地下ダンジョンとかあるんじゃないんですか!?」

 

「……貴女は七条先輩の家を何だと思ってるんですか」

 

 

 魚見さんの荷物を回収し、脇に置いておく。てか何故今日は森さんがいない……ツッコミが間に合わないじゃないか……

 

「いらっしゃいませ」

 

「ほーリアルメイドとは、さすがは金持ちですね~」

 

 

 出迎えてくれたのは七条家専属メイドの出島さんだ。相変わらず真面目なんだか不真面目なんだか分からない人だな。

 

「とは言っても、メイドになったのは最近なんですけどね」

 

「ほう、ではメイドの前は何をしてたんですか?」

 

 

 畑さんの質問に、出島さんの目が開かれる。

 

「私がご主人様でした!」

 

「あの人の口塞いだ方が良いのでは?」

 

 

 ホントろくな事言い出さないよなこの人……

 

「萩村、ツッコミ代わってよ」

 

「無理ね。ツッコミと文章で人を泣かせる事だけはアンタには勝てないもの。あとは身長もだけど……って! 誰がちっちゃいって!!」

 

「誰も言ってないって……」

 

 

 最近萩村が自分で言って自分で切れるってパターンが多いな……気にしてるのはしょうがないにしても、八つ当たりが過ぎるって……

 

「おや~? この建物はなんですか?」

 

「これは物置だね~」

 

「物置もデカイ……」

 

「お金持ちの物置といえば、財宝がざくざくあるんでしょうね。拝見させてもらえないでしょうか?」

 

「良いよ~」

 

 

 そう言って七条先輩が物置の鍵を開け、扉を開く。

 

「「「「くぱぁ」」」」

 

「まさか六人中四人も言うとは」

 

 

 よかった、コトミつれてこなくて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 物置を拝見させてもらってるのだけども、なかなか暗いわね……べ、別に怖い訳じゃないけど、逸れたりしたら大変だものね。

 

「津田!」

 

「ん?」

 

 

 普段しっかりしてるけども、万が一と言う事も起こるだろうし、そうなったら探すのとか大変だものね。

 

「逸れないように付いてきなさい!」

 

「……震える君の手」

 

 

 津田を引き連れて物置の奥まで来たけども、良く考えたら私の部屋よりも広いんじゃないのかしら、この物置……

 

「随分と凄いものがありますね~。これなんて本物みたいな刀ですね」

 

「それは本物だよ~。確か数千万円するとか言ってたかな~」

 

 

 七条先輩の言葉で、全員がその刀から離れた。万が一何かあったら弁償が出来ないと全員が思ったのだろうな。

 

「うわぁ!?」

 

「会長?」

 

「はい?」

 

「あっ、いえ魚見さんでは無く……」

 

 

 そういえばこの人も英稜高校の会長だったわね……でもこの場面でそんなボケは求めてなかったわ……

 

「あらら、床が抜けちゃったのね~」

 

「そうらしい。誰か引っ張ってくれ」

 

「あら大変。ところで七条さん、床下には如何やっていくのでしょうか?」

 

「えっとね~……」

 

「助けろ! おい!」

 

 

 会長がじたばたしてるけども、七条先輩も畑さんも特に助けようとはしない。魚見さんは会長の胸を見て何か考えてるし、私じゃ会長を引っ張り上げる事なんて出来ない……

 

「津田」

 

「しょうがないか……会長、ちょっと痛いかもですけど我慢してくださいね」

 

 

 あっという間に津田が会長を引っ張り上げ、この騒動は終了した。やっぱり困った時に頼りになるのは津田なのね……精神的支柱である津田だが、こういった時にも役に立つわね。

 

「あらもったいない。もう少しで会長のパンツを写真に……あっ、ゴメンなさい。怒らないでください」

 

 

 畑さんが欲望を吐きかけて、津田の視線に気付きあっさりと頭を下げた。相変わらず畑さんも津田には弱いのね……

 

「いや~良いもの見させてもらいました」

 

「でも、大分汚れてしまったな」

 

「そんな事もあろうかと、お風呂のしたくは出来ております!」

 

「さっすが出島さん。頼りになるわね~」

 

「そして、皆さんの汚れた服と汚れた下着は私が洗います」

 

「わざわざ分ける必要あったの、それ?」

 

 

 津田のツッコミが入り、出島さんは満足したかのように私たちをお風呂場まで案内してくれた。

 

「迷いました」

 

「「「えぇー!」」」

 

「あらあら」

 

「またかよ……」

 

 

 結局七条先輩に案内してもらって漸く到着した。もちろん津田は別のタイミングで入るのだけども、正直私だけでこの四人をツッコめる自信が無いんだけども……

 

「スズちゃんは津田君と一緒に入りたかったの?」

 

「ち、違います! そんな理由じゃありませんから!」

 

「おや~? 七条さんは別に何も言ってませんでしたが、萩村さんは何を思ったのですかね、詳しくお聞かせ願いませんかね~?」

 

「ヒィ!?」

 

 

 早速私一人では如何しようも無い展開になってしまった……普段から津田に頼りすぎたのかしらね。私のツッコミでは治められないような感じがしてたまらないわね……

 

「それにしてもシノちゃん、お肌つるつるね~」

 

「そうか?」

 

「胸もつるつるですしね」

 

「畑、お前とは一度ゆっくり話し合う必要があるな」

 

 

 正直畑さんも会長を煽ってるとしか思えないんだけどな……会長も一々相手にしてたら疲れるだろうに……

 

「そういえばスズちゃん」

 

「何でしょう?」

 

「ロリ巨乳ってバランス悪いから、目指さない方が良いわよ」

 

「……誰がそんな話をしたんだ」

 

「だって大きくなりたいんでしょ?」

 

「身長の話だー! って、誰が小さいって!!」

 

 

 なかなかカオスな空間が出来上がったが、この空間にツッコミと呼べる人間は存在しない。普段なら私が暴走しても津田が何とかしてくれるのだけども、ここは風呂場だ。異性の津田がこの場に居たらそれはもう問題でしか無い。

 

「桜才の皆さんは仲良しですよね。ちょっと羨ましいです」

 

「この状況を見て羨ましいとか言える貴女もおかしいです!」

 

 

 さっきから無言でお風呂を楽しんでいた魚見さんだけども、この人もなかなかのボケだからな……ホント、何で今日は森さんがいないのよ……

 

「シノちゃん、ここまでがゾーンなんだね」

 

「やかましいわ!」

 

「ではその境界線を一枚……」

 

 

 何故お風呂にまでカメラを持って来てるのよ、貴女は……




森さん不在でタカトシとスズの負担が……


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自然な関係

津田家訪問! 原作より訪問者は多いです


 春休みに入り、私はほぼ毎日のんびりと生活していた。

 

「はぁー長い春休み……素敵」

 

「のんびりと過ごすなとは言わないが、何故毎日俺の部屋の俺のベッドでゴロゴロするんだよ。そんなにこの部屋に居たいなら勉強してもらおうか? 桜才はそれなりの進学校だからな。今からそんなじゃ試験とか如何するつもりだよ」

 

「なんだか受験終わったら緊張の糸切れちゃってさ~。ついでにさっきタン○ンの糸まできれちゃってビックリだったよ~あはは」

 

「笑い事なのか、それ?」

 

 

 タカ兄が私を見つめながら首を傾げる。ヤバイ、あそこに洪水警報が発令されちゃうよ。

 

「ん? 誰か来た」

 

「え? 特にチャイムも……」

 

 

 鳴って無いと言いかけたタイミングで、来客を告げるインターホンが鳴った。相変わらずタカ兄は高スペックだな~。

 

「はい?」

 

「やあ!」

 

「会長、それに七条先輩に萩村も……」

 

「私たちも居ますよ」

 

「魚見さんに森さん……大勢で如何かしたんですか?」

 

 

 玄関には、クリスマスパーティーで一緒だった桜才と英稜の生徒会メンバーが揃っていた。

 

「我々は後輩になるコトミに入学祝をな」

 

「ホントですかー!」

 

 

 まさか先輩たちから入学祝がもらえるなんて思って無かったな~。

 

「参考書」

 

「問題集」

 

「保健体育の教科書」

 

「うわぁん!」

 

「みんなインテリだからな……」

 

 

 タカ兄がしみじみ言った事で思いだしたけど、みんな成績上位者だったんだっけ……

 

「それで、魚見さんと森さんは?」

 

「我々は合格祝いに来ました」

 

「ホントですかー!」

 

 

 桜才の先輩方は真面目な送りもだったけど、英稜の二人ならきっと……

 

「電子辞書です」

 

「私はシャーペンと変え芯、そしてルーズリーフです」

 

「結構高いですよね、これ?」

 

 

 タカ兄が魚見さんが持って来た電子辞書を見ながらつぶやいたけど、何でみんな私に勉強させようとしてるんだよー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急な来客でもてなすものも無かったので買い物に出かけた。その間の対応はコトミに任せてきたんだが、大丈夫だろうなアイツ……

 

「津田君?」

 

「あっ、五十嵐さん。如何したんですかこんな所で?」

 

「買出しですけど……津田君も?」

 

「ええ。急な来客がありましてね。ちょっとお菓子とかを」

 

「来客?」

 

「天草さんたちと英稜のお二人ですよねー」

 

「ヒィ!?」

 

「アンタ何処から現れた?」

 

 

 五十嵐さんと会話していたら、音も無く畑さんが現れた。しかも何処から見てたんだこの人?

 

「では私と五十嵐さんも津田さんのお宅訪問としましょうか」

 

「わ、私も?」

 

「えーだって貴女も津田君で……」

 

「何を言うつもりですか貴女は!」

 

 

 五十嵐さんが大慌てで畑さんの口を塞いだけど、何を言いかけたんだあの人……

 

「とりあえず二人も来るんですよね? それじゃあもう少し買っておくか」

 

「私これが食べたいなー」

 

「棒読みでおねだりするな」 

 

 

 畑さんが持って来たお菓子をカゴにいれ、さっさと会計に向かう。

 

「ホントに買ってくれるんですねー」

 

「どうせ他の人も食べるでしょうしね」

 

 

 会計を済ませてさっさと家に戻る事にした。あのメンバーじゃ何を仕出かすか分からないからな……最近萩村もストッパーとして機能してないし……森さん一人じゃ荷が勝ちすぎてるだろうしな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田さんが居なくなった途端、この空間はカオスと化した……ツッコミ不在と言うのは恐怖の他無いですね……

 

「私とシノちゃんはね~、乳首こねくり回すのが好き同士って共通点から仲良くなったんだよね~」

 

「ああ! まさか入学初日にこんなにも意気が合う友人が出来るとは思って無かったぞ」

 

「そうなんですか~。でもあんまり弄りすぎると黒くなっちゃいますよ?」

 

「大丈夫よコトミちゃん。それはそれで扇情的だって思うでしょうから」

 

 

 天草さん、七条さん、コトミさんに魚見会長が下ネタトークを繰り広げる中、萩村さんはフランス語の勉強とか言い出してウォークマンで会話を聞こえないようにしてるし……

 

「ただいま……森さん? 如何かしたんですか?」

 

「いえ……私ではあのカオスと化した空間にツッコミを入れられませんので……」

 

「あれ~? 畑さんにカエデちゃんも津田君のお家に来たの?」

 

「偶々会いまして……」

 

「それで爛れた生活をスクープしようかと……」

 

「今後エッセイは一切書きません」

 

「それは困ります! 貴重な収入g……あっいえ、沢山のファンが泣いてしまいます」

 

 

 今収入源って言いかけた? そういえば英稜で大量に購入してますからね……

 

「始めまして、桜才高校新聞部部長の畑ランコです」

 

 

 あっ、誤魔化しに入った……

 

「津田コトミです。四月から後輩になります!」

 

「独自調査の結果、貴女はあの横島先生から一目を置かれてる存在だとか。入学後にインタビューしても良いでしょうか?」

 

「良いですよ」

 

 

 横島先生ってあの生徒会顧問の? 確か体育祭の間中ずっとサボってたとか聞いたような気がするんですよね……

 

「それにしてもタカ兄、私は高校入学前からこんなにも先輩たちと知り合えて嬉しいよ」

 

「そうか。ならしっかりと……」

 

「だって生徒会役員に風紀委員長、そして学園の裏も表も牛耳る新聞部の部長。権力者とコネが出来るなんて思って無かったからさ」

 

 

 随分とハッキリものを言う子なんだな……それに生徒会顧問の先生とも話が合うようだし、普通の新入生よりかは心強いと思うのも無理が無いような気もするわね……

 

「やですねー。私は別に牛耳ってなんてませんよ。ちょっと脅せば大抵の人は言う事を聞いてくれるだけですって……あっ、ゴメンなさい」

 

 

 津田さんに睨まれてるのに気付いたのか、畑さんが大慌てで頭を下げた……実際に牛耳ってるのは津田さんなのではと思ったけど、それを言えばきっと怒られるので黙っておこう。

 

「俺は牛耳ってません」

 

「読心術!? さすがですね」

 

 

 この人はハイスペックだと聞いていたけども、まさかそこまでだとは……私もツッコミに関してはかなり高い評価を受けてますが、津田さんと比べるとまだまだですね。

 

「津田さん」

 

「何でしょうか?」

 

「今度一緒に出かけませんか?」

 

「良いですよ」

 

「では携帯の番号とアドレスを」

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

「あらあら~」

 

「ナチュラルに流れを持っていくとは……これは本命が登場か?」

 

「何なんだいったい?」

 

 

 天草さん、魚見会長、五十嵐さん、萩村さん、コトミちゃんが一斉に私に視線を向け、七条さんが面白そうに笑い畑さんが私にカメラを向けた。いったいなんだったんでしょうか……津田さんと二人で首を傾げるしか出来ませんでした。




ウオミーの電子辞書は懸賞で当たったものです。


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コトミの入学式

春休み短いってツッコミは無しでお願いします……


 春休みというのはそれほど長い訳でもなく、あっという間に新学期となった。

 

「これから我々生徒会は壇上に立ち新入生を迎える訳だが、決して興奮して絶頂などしないようにな!」

 

「どんな注意事項だよ……」

 

「えー駄目なの?」

 

「アンタら最上級生なんだからもっとしっかりした方が良い」

 

 

 相変わらずのツッコミのキレに安心しながら、私たちは体育館へと移動する。これなら今年度も私がツッコミを入れる機会は少なそうね。

 

「誰かツッコミが入学してくれないかな……」

 

「他人任せはよくないよ?」

 

「だったらもう少しボケる回数減らしてもらっていいですかね?」

 

 

 七条先輩の言ってる事はある意味で正しいけども、津田に当てはめるならそれは正しいとは言えない。少しくらいは楽をしたいと思う気持ちは良く分かるものね……

 

「津田、進行役はお前に任せるからな」

 

「会長は?」

 

「私は答辞やらなんやらで忙しいのだ」

 

「そうですか……」

 

 

 津田が少し疑いの目を向けたけども、特にツッコむ事は無く壇上へと到着した。

 

「新入生入場」

 

 

 津田がそう告げると、ゾロゾロと新入生が体育館へと入ってくる。それにしてもみんな私よりもデカイわね……

 

「あっ、コトミちゃんが居たよ」

 

「去年は自分があそこに居たと思うと、時間って早く流れてるんですね」

 

「そんな事無いだろ。数字で表せば途方も無いぞ。何せ365回もイッた事になるんだからな!」

 

「……何の話してるの?」

 

 

 津田のツッコミで変な空気になりかけたこの場所も、津田がそのまま進行していったのでおかしな空気にはならなかった。

 

「在校生答辞。在校生代表天草シノ」

 

「はい」

 

 

 良いなー会長。津田に呼び捨てにされて。

 

「変な事考えてるな、あの表情は……」

 

「そうなの?」

 

「傍から見たら緊張してる風に見えるのが性質が悪いよな、あの人」

 

 

 私から見れば緊張してるのかと思ったけど、津田には会長の表情の違いが分かるのね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学式も終わり、HRで顔合わせをして放課後になった。私はタカ兄を探す為に二年のフロアに行こうとしたんだけど、途中で見知った顔を見つけたので声をかける事にした。

 

「スズせんぱーい」

 

「………」

 

「あれ? 聞こえて無いのかな。スズ先輩!」

 

「……え? ゴメン、聞こえなかったわ」

 

「もーう。結構大きな声で呼んだんですよ? あっ、タカ兄」

 

 

 スズ先輩とおしゃべりしてたらタカ兄がこっちを見ていた。何かスズ先輩に視線を向けてたけど、やっぱりタカ兄ってペドなのかな?

 

「萩村、今日は生徒会の業務も無いからって会長からメールが着てた。このまま解散だって」

 

「そう、じゃあアンタたちも家に帰るの?」

 

「いや、俺は昼食の買出しに行かないといけないから」

 

「我が腹を満たすのもソチの勤めじゃ」

 

「……今日は何のキャラだよ」

 

 

 タカ兄が呆れながらツッコミを入れてくれたタイミングで、後ろから声をかけられた。

 

「コトミー一緒に帰ろうよ」

 

「あっマキ。うん良いよ、でもタカ兄は……ムグゥ!?」

 

 

 一緒じゃないと言いかけたら口を塞がれた。相変わらずタカ兄には気持ちを伝えてないんだね。

 

「八月一日さん。高校でも妹をよろしく」

 

「は、はい! 此方こそコトミちゃんとは仲良くさせていただきます。それでは」

 

「えーもうちょっと話せば良いのに~」

 

「良いから行くわよ!」

 

「じゃあね、タカ兄」

 

 

 マキに引き摺られながら下駄箱までやって来た。

 

「良いの? せっかくまたタカ兄の後輩になれたのにさー」

 

「良いの! こうやって話せるだけで十分なんだから」

 

「純情少女だねー。私なんかタカ兄で毎日してるのにさー」

 

「アンタは変態少女だ!」

 

 

 マキと話していると、同じクラスの子が何か困ってるように突っ立て居た。

 

「如何かしたの?」

 

「あ? 靴のサイズが合わねぇんだよ」

 

「それ、左右逆……」

 

「……あ」

 

 

 あれ? このドジっ娘は……

 

「もしかして受験の時に私の席に座ってた」

 

「お前はあの時の」

 

「一緒のクラスだったんだねー。私は津田コトミ」

 

「私は時……」

 

「トッキーだね!」

 

「最後まで聞け!」

 

「え? 何トッキー」

 

「……もう良いや」

 

 

 こうしてトッキーとも自己紹介を済ませて一緒に帰る事にした。

 

「津田って人の話し聞かないのか?」

 

「まぁ、コトミはいろいろとね……」

 

「あー! マキとトッキーだけで話してるなんてズルイ! 私も交ぜてー!」

 

 

 こうして駅まで三人で楽しくおしゃべりしながら帰った。トッキーも今度タカ兄に紹介しなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校でのタカ兄の動向を探ろうとして一日見張ってたけど、かなりの数の女性から声をかけられていた。

 

「タカ兄ってモテるんだね。この学校には私のお義姉さん候補がいっぱい居るねー」

 

「何の話だよ。いきなり生徒会室にやってきて」

 

「駄目だなー津田君は。つまりコトミちゃんが言いたいのはねー」

 

「何です?」

 

「竿姉妹って事だよ!」

 

「ん? 竿姉妹って事はコトミも津田の事を……」

 

「いやですね~。まだ経験はありませんよ~」

 

 

 何時かはと思ってるけども、タカ兄ってガード固いし、寝静まった時を狙ってもその日に限って起きてたりするからなー。

 

「それにしても竿姉妹かー、そんな間柄って憧れるよねー」

 

「そうだな。何時かは出来ると良いな! 竿姉妹」

 

「そうですねー」

 

「「「あははははは」」」

 

 

 会長と七条先輩と笑いあってると、背後からもの凄い怒気が放たれているのに気がつき、私たちはゆっくりと振り返った。

 

「さーて、誰から説教してやろうか」

 

「え? 何で怒ってるのタカ兄?」

 

「とりあえず落ち着け! な?」

 

「そうだよ~。そんなに怒ってると血管が切れちゃうよ~?」

 

 

 何とか宥めようと努力はしたが、タカ兄の怒りは鎮まる事は無くそのまま一時間お説教された……正座で。しかも一発拳骨も喰らわされた。

 

「この痛み、快感に変わるんだよな~」

 

「分かるよ~。私ももうビチャビチャだし」

 

「先輩方もタカ兄の拳骨の虜になってますね~」

 

 

 小声で話していたのだけど、タカ兄にはバレバレだった。もう一撃拳骨を振り下ろされ、私たちは揃って意識を失ったのだった……次に気がついたのは自分の部屋。

 

「まさか! 瞬間移動を会得したとでも言うのか!?」

 

「俺が運んできたんだ! いい加減門を閉めないといけなかったからな」

 

 

 何だ、タカ兄が運んでくれただけか……

 

「天草会長と七条先輩は?」

 

「出島さんに運んでもらった。さすがに三人は無理」

 

 

 タカ兄は疲れた顔で私を見つめ、深くため息を吐いて部屋に戻って行った。あんなに深くため息吐かなくてもいいじゃないか……でも興奮したー!




次回は彼女の説明とタカトシのクラスメイトですかね……


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勧誘合戦

タカトシとしてはツッコミが欲しかったでしょうね。


 進級に伴い、クラスも一新されたんだけど何だか知り合いが多い気がするんだよな……

 

「おはよう津田」

 

「おはよう萩村。今年はクラスも一緒だな」

 

「そうね。これで私の気の休まる時間が増えるわね」

 

「少しは手伝ってよ……」

 

 

 最近の萩村は全然ツッコミを手伝ってくれないからな……

 

「よっ、津田」

 

「進級出来たんだな」

 

「当たり前だろ! この俺の天才的な頭脳を持ってすれば補習くらい……」

 

「天才的な頭脳を持ってるなら、そもそも補習になんてなるなよな」

 

「ボケは最後まで聞け!」

 

 

 だって面倒だろ? 分かりきったボケほど聞くに堪えないものは無いからな……

 

「タカトシ君、おはよー!」

 

「今年は津田君と一緒のクラスだね」

 

「三葉に中里さんか。おはよう」

 

「スズちゃん、おはよう」

 

「ネネ、おはよう」

 

 

 それにしても新しいクラスは知り合いが多いな……

 

「あれ? 地震じゃない!?」

 

「えっ? 別に揺れてないけど?」

 

 

 確かに揺れは感じなかったけどな……もしかして轟さんだけが気付いた揺れだったのかな?

 

「あっ! この震動は別の場所からだった」

 

「………」

 

「今後ツッコミの機会が増えてしまうのか……」

 

 

 そういえば轟さんは七条先輩と同類だって言ってたっけ……つまりはそういう事だよな。

 

「おらー席に着けー」

 

「横島先生かー」

 

「横島先生ねー」

 

 

 担任である横島先生が登場し、俺と萩村は残念なものを見るめで横島先生に視線を向けた。

 

「何だ二人共その目は……興奮するだろ」

 

「ホント駄目だこの人……」

 

 

 何か作為的な気がするんだがこのクラス分け……横島先生と轟さんは混ぜるな危険扱いじゃないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校門から昇降口までの間では、新入生を迎え入れようと様々な部活動が勧誘合戦をしている。

 

「ねぇトッキー、マキ」

 

「何だ?」

 

「如何したの?」

 

「部活入る?」

 

 

 正直私はさっさと帰ってゲームとかして遊びたいんだよね~。

 

「ダルイから入らねぇよ」

 

「私も。あんまり運動得意じゃないし」

 

「そっかー。あっ、タカ兄!」

 

「ん? コトミか。今帰りか?」

 

「うん! あっ、生徒会は新メンバーとか募集してないの? 私頑張るよー?」

 

「いや、お前は入っても駄目だろ……書類整理とか計算とか苦手だろ?」

 

 

 タカ兄が傍に居るだけで、マキは大人しくなる……というか緊張で話せなくなるんだけどね。

 

「そうだ! マキが入れば良いんじゃない?」

 

「ハァ!? アンタいきなり何を言い出すんだよ!」

 

「だってマキなら成績優秀でしょ?」

 

「中学の時の話しなんて持ち出すな! 桜才では真ん中付近に居られれば良い方だよ!」

 

「そなの?」

 

「そだよ!」

 

 

 マキで真ん中付近って事は、私はどの辺なんだろう? 補習スレスレくらいかな?

 

「もう少し高みを目指そうぜ……」

 

「わぁお! 読心術ツッコミ。さっすがタカ兄!」

 

 

 タカ兄のツッコミスペックの高さは我が兄ながら自慢出来る一つだ。他にもハイスペックなんだけど、ツッコミに関しては日本でも上から数えた方が早いんじゃないかって思えるくらいのレベルだもんな~。昔から鍛えてきた甲斐があるよ、ホントに。

 

「お前がボケなきゃ俺はもう少し平和に過ごせてただろうな……」

 

「平和なんてつまらないじゃん! 人生は波乱万丈が楽しいんだよ!」

 

「くだらん……」

 

 

 タカ兄が呆れてしまったけども、まぁしょうがないよね。最近はタカ兄が相手してくれる時間が減っちゃってるし……

 

「それと生徒会は特に募集はしてないからな」

 

「そうなんだ~。やっぱり優秀な人材が揃ってるから?」

 

「いや、これ以上ボケが増えられると困るから……」

 

 

 何だか切実な願いを聞かされた気がするよ……でもタカ兄ならもう一人や二人くらいなら何とかなりそうなんだけどな~。

 

「話しは聞かせてもらった!」

 

「シノ会長!」

 

「我々生徒会は半端な気持ちでは勤まらないからな! 本気でやる気がある人間を求める為に募集はしないのだ!」

 

「なるほど! カッコいいですね!」

 

 

 やりたいなら自分で来いって事なんだな。何だかシノ会長が輝いて見えるよー。

 

「でも俺半端な気持ちで入れさせられたんですけど?」

 

「……あの時は人手不足だったし、君なら出来ると思ったからでだな……」

 

「言い訳カッコ悪いです」

 

 

 タカ兄に蔑みの目を向けられたシノ会長が、何だかクネクネと動き出した。あの動きはきっとタカ兄に蔑まれて興奮してるんだろうな~。良いな~シノ会長。

 

「そうだ」

 

「ん、如何したの?」

 

「今日生徒会の仕事で帰りが遅くなるから、昼飯はテキトーに済ませてくれ」

 

「えー! 今日はタカ兄が作ってくれる日でしょー!」

 

「……昨日も俺が作ったんだが?」

 

 

 本当なら交代で家事をしなければ行けないんだけども、私はお母さんから家事禁止令を出されちゃったからなー。食材の無駄遣いを怒られて、あれ以来キッチンに立つ事は禁じられてるのだ。

 

「帰ってから何処かに食べに行けばいいだろ?」

 

「もうお小遣い残って無いもん!」

 

「……まだ月替わったばっかだぞ?」

 

「そもそも今月分、まだもらってないし」

 

「そうだっけか?」

 

 

 タカ兄が記憶を探ってるけども、実は既に使い切っちゃったんだよね~。今月は新作が多くて大変だったよ~。

 

「じゃあこれで昼飯は何とかしろ」

 

 

 タカ兄からお金を受け取り、私は待たせていたマキとトッキーと一緒に帰る事にした。

 

「アンタ、津田先輩騙して後で如何なっても知らないからね」

 

「大丈夫だって! タカ兄は今度からバイトするらしいから」

 

「それって留学資金貯めるためって言ってなかった? アンタの小遣いを増やす為じゃないでしょ」

 

「てか、お前兄貴居たんだな」

 

「そっか。トッキーはタカ兄の事知らないんだっけ?」

 

「ああ」

 

 

 同じ中学だったマキは知ってるから、トッキーに説明するの忘れてたよ。

 

「今度紹介するね」

 

「面倒だから別にかまわねぇ」

 

「ねぇトッキー」

 

「何だ?」

 

「鞄の口開いてるよ?」

 

 

 さっきから中身がこぼれそうになってるし……

 

「てか八月一日はコトミの兄貴の事知ってるのか?」

 

「同じ中学だったし、部活の先輩だし」

 

「何部?」

 

「サッカー部だよ。マキはタカ兄目当てでマネージャーやってたんだから」

 

「余計なこと言うなー!」

 

 

 ホントマキは純情少女だなー。タカ兄が好きだってみんな知ってたのに、結局告白せずにタカ兄は卒業しちゃったし。

 

「まぁマキがタカ兄と結婚したらお義姉ちゃんって呼ぶのかー違和感ハンパないね」

 

「け、結婚!?」

 

 

 あっ、マキはこの手の話し駄目だったんだっけ……もの凄いスピードで走っていってしまった……

 

「スゲェな、アイツ……陸上部から誘いが来るんじゃねぇか?」

 

「でも部活はやらないんじゃない? タカ兄居ないし」

 

 

 それに、私と遊ぶ時間も無くなっちゃうしね。さて、お昼は何を食べようかなー。




マキが一途過ぎる……


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コトミにインタビュー

場所は相変わらずです


 生徒会の仕事が一段落し、会長と廊下を歩いていたら急に肩を回し始めた。

 

「最近身体が鈍ってるな。少し動かしたい」

 

「会長はアウトドア派ですか?」

 

「まぁ運動は好きだな」

 

 

 意外だな……てっきりインドアだと思ってた会長だが、運動は好きだったんだな。

 

「ちなみにどんな運動が好きなんですか?」

 

 

 陸上競技や球技以外にもあるだろうし、会長は何をやってもある程度の成績は残せるだけのポテンシャルはあるだろうしな。

 

「ピストン運動」

 

「全てがおかしい」

 

 

 何故よりにもよってそれをチョイスしたんだろうか……

 

「そういえば生徒会室の時計が調子悪かったんだったな。ロボ研に持っていって修理してもらおう」

 

「そうですね……」

 

 

 あの会話からよく時計の事思い出したな……連想するには程遠い内容だったと思うんだが。

 

「轟、居るか?」

 

「はい? あっ、会長」

 

「萩村。お前も入部してたのか?」

 

「いえ、ちょっと遊びに来てただけです」

 

 

 ロボ研の部室を訪ねたら萩村が出てきたのでこのような会話が繰り広げられた。そういえば萩村は轟さんと仲が良かったんだっけ。

 

「それで会長、何か御用でしょうか?」

 

「あぁ、生徒会室の時計の調子が悪くてな。直してもらえないかと思って」

 

「じゃあ見せてください」

 

 

 轟さんが時計を診断してる間俺はロボ研の部室を見渡した。この前の勧誘で部員増したらしいから正式な部活になったんだよな。

 

「はい、直りましたよ」

 

「おぉ! 早いな」

 

「轟さんって機械弄り好きなんだね」

 

「えへへ、相思相愛かな」

 

「はっ?」

 

 

 何故その言葉がこの会話で出てくるんだろう……

 

「私も良く機械に弄ってもらってるから」

 

「なんて屈託の無い笑顔」

 

 

 ツッコミたかったけどあの表情で言われたらしょうがないと思ってしまうのは何故なんだろうか……

 

「では津田、この時計を生徒会室まで持って行ってくれ。私は見回りに行くから」

 

「分かりました。萩村は如何する?」

 

「私も生徒会室に行くわ」

 

「そっか。じゃあ一緒に行こう」

 

 

 萩村と二人で生徒会室に向かう途中で、後輩から挨拶をされた。向こうは俺の事知ってるようだったけど、中学の後輩だったっけ? それともコトミの新しい友達?

 そんな事を考えながら生徒会室に入ると、七条先輩が突っ立っていた。

 

「如何かしたんですか?」

 

「畑さんとコトミちゃんが……」

 

「ん? 何で居るのアンタら」

 

 

 七条先輩の席と俺の席に畑さんとコトミが座っていた。ホントなんで居るの?

 

「新世代の思春期娘にして津田副会長の妹さんに独占インタビューをと思いまして」

 

「それ生徒会室でやる意味無いよね?」

 

「まぁまぁタカ兄。細かい事は気にしないのが良いよ!」

 

「全然細かく無いだろ……大体お前は」

 

「津田君? 小言ばっかり言ってると年寄りくさいわよ?」

 

「七条先輩まで……」

 

 

 大体生徒会の仕事は一段落しただけでまだ終わってないんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が静かになったところで、畑先輩のインタビューが始まった。何だかドキドキしてパンツが濡れそうだよー。

 

「聞くところによると、兄妹の仲はよろしいようですね」

 

「そうですね。昔は何をするにも一緒でしたから」

 

「なるほど……何時も一緒だったのですね」

 

「幅広く受け止めすぎだろぃ」

 

 

 タカ兄が畑先輩のメモを覗きこんでそのメモを回収した。何が書かれてるのか気になって私も見てみると、お風呂やトイレ、それにオ○ニーと書かれていた。

 

「駄目ですよ畑先輩。タカ兄は最高のおかずですが、目の前で絶頂を迎えるのはさすがに恥ずかしいですって」

 

「なるほど……津田副会長はオ○ペット」

 

「他の人だってタカ兄で慰めてる人は居るはずですよね? 面接の時に先生がそんな事を言ってましたし」

 

「横島先生ですよね? あの人は別にスクープにならないので」

 

 

 まだ詳しく調べた訳じゃないけど、タカ兄を好きな人はかなりこの学園に居ると思うんだけどな。少なくとも会長や七条先輩、スズ先輩はタカ兄の事好きだろうし。英稜の魚見会長や森さんもタカ兄の事意識してるようだったしね。

 

「でも私もタカ兄さんの事を理解してますよ」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。彼は七条さんと話す時、十回中八回は胸を見ています」

 

「それじゃあ私だって……タカ兄は右の乳首より左の方が感度良いですよ!」

 

 

 とっておきの情報だったけども、私以上にタカ兄の事を理解してる人なんていないんだという事を証明する為には仕方なかったんだ。でもこれで私がタカ兄の一番だって証明……あれ?

 

「タカ兄。何でそんな怖い顔してるの?」

 

「理由はお前たちが一番理解してるんじゃないのか? よくもまぁ無い事でそれだけ盛り上がれるな貴様らは」

 

「えっと……慈悲は?」

 

「ある訳無いでしょうが」

 

 

 目の前で畑先輩が粛清され、タカ兄がゆっくりと私に視線をズラした。普段ならタカ兄に見られるだけで興奮するのに、今は何故か興奮せずに震えている……あの威圧感は人間のものでは無いな。

 

「貴様、人間では無いな」

 

「厨二禁止!」

 

「クッ、この威圧感はやはり……」

 

 

 そのまま私も粛清され意識を失った。我が兄ながら素晴らしい拳骨だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田君が二人を粛清してるのを見ながら、私はさっき畑さんが言ってた事が気になっていた。津田君は私の胸に興味があるのかな?

 

「七条先輩、津田を見て何を考えてるんですか?」

 

「さっきの畑さんの言ってた事が本当なら、生で見せてあげたいなーって」

 

「不純異性交遊に当たりますので止めてください」

 

「でも、校内じゃなければ良いんでしょ? 私の部屋とかなら津田君に見せても校内恋愛にはならないよー」

 

「それは……」

 

 

 スズちゃんを論破したところで後は津田君の気持ちよね。もし本当なら今すぐにでも出島さんに電話して迎えに来てもらわなきゃ。

 

「津田君」

 

「はい? 何かありましたか?」

 

 

 まぁあったと言えばあったよね。目の前で二人が意識を失って倒れてるんだから。でもそんな瑣末事は置いておいてっと。

 

「さっき畑さんが言ってた事なんだけど、津田君は興味あるの?」

 

「は?」

 

「だから、私の胸に興味があるのかなーって」

 

 

 津田君の返事次第では、私の身体は綺麗じゃなくなっちゃうのかしら。そのまま純潔を散らして津田君に物にされちゃうのかな?

 

「さっきも言いましたがあの人の妄言です。そんな事より仕事しますよ、仕事。まだ大量に残ってるんですらか」

 

 

 あっさりと流されてしまったけども、ちょっと安心したのは何で何だろう。まだ私には覚悟が足りないって事なのかな?

 

「スマン、遅れた……? 畑とコトミは何故床で寝てるのだ?」

 

 

 シノちゃんが見回りから戻ってきて二人の姿を確認して驚いたけども、その後は普通に生徒会業務をこなして下校時間になった。二人は最後まで意識を取り戻す事は無かったんだけどね。




こんな妹は嫌だ……


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バイト初日

後半頑張った……


 柔道部に呼ばれて俺と萩村は武道場に向かう事になった。ちなみに会長と七条先輩も来るらしいのだ。

 

「でも何で呼ばれたんだろう?」

 

「何でも決意表明するから見届けて欲しいらしいわよ」

 

「そうなんだ……」

 

 

 三葉の事だから俺たちに聞かせる事で怠けられなくなる状況を作り出すつもりなんだろうな。そんな事を考えながら歩いていると、一年生の視線が萩村に向けられているのに気がついた。恐らくは萩村の容姿から年上だとは思えないのを何とかして納得してるんだろうな……日本に飛び級制度は無いぞ。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、萩村は模試受けるの?」

 

「全国模試?」

 

「うん」

 

 

 大学受験なんてまだまだ先だと思ってたけど、二年になるとそういった事も考えなければいけなくなるのだ。

 

「無料で受けられるらしいし一応は受けようかと思ってるけど、津田は如何するの?」

 

「萩村が受けるなら俺も受けようかな。その前にバイトの面接があるけどね」

 

「何処でバイトするの?」

 

「とりあえずは接客業をしようと思ってる。就職しても営業とかだろうから対人スキルでも身につけようかなって」

 

 

 社会勉強には丁度良いだろうし、コトミのバカ話に付き合うよりかはよっぽど有意義な時間の使い方だと思うのだ。

 

「私もバイトしようかな」

 

「萩村も? でもウチと違って萩村の家は一人っ子だし共働きって訳でも無いだろ? 留学資金捻出も俺よりかは楽だろ?」

 

「それでも頼りっぱなしってのもね」

 

 

 萩村といろいろ話していたら武道場へと到着した。萩村もやっぱり考えてるんだな。

 

「遅かったな」

 

「スズちゃんと津田君が二人で何処かに行っちゃったのかと思ってたよ~」

 

「すみません、ちょっと話しながら来たもので。それで三葉、決意表明って?」

 

「このたび我が柔道部は部員も増えまして、本格的に全国制覇を目指そうと思ってるの。だから此処で生徒会の皆さんにも私たちの決意を知ってもらおうと思ってね」

 

 

 まぁ意気込むのは良いけど、全国制覇って随分と大きな目標だな……

 

「言うだけなら誰にも出来る。だが三葉なら達成出来ると私も思うぞ! 頑張れよ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

「じゃあ少し見学してから我々は生徒会室へと戻る事にしよう」

 

「そうだね~」

 

 

 こうして三葉の決意表明とやらは終わり、俺たちは武道場の隅で正座して練習を見学する事になった。

 

「ねぇ、これって私たちにしなくても良かったんじゃ無い?」

 

「気にしたら負けだよ……」

 

 

 俺も思ったけど口にしなかったんだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二十分ほど見学して、我々はそろそろお暇する事にした。だが……

 

「ふぉぉ!?」

 

「会長? どうかしましたか?」

 

「足が、性感帯の様に……」

 

「痺れたって言いなさい」

 

 

 津田がツッコンでから私に手を差し伸べてくれた。こう言ったことを自然に出来るから津田はモテるんだろうな。

 

「? 俺の顔に何かついてますか?」

 

「別に何でもない!」

 

「? 何なんです?」

 

 

 津田が不思議そうに首を傾げたが、すぐに興味を失ったのかスタスタと先に行ってしまった。残された私とアリアと萩村は追いかけるのが普通だったんだろうが、アリアと萩村がつまらなそうに頬を膨らまして私を見ていた。

 

「何だいったい」

 

「シノちゃん、津田君に見蕩れてたでしょ」

 

「そもそも足痺れてませんよね?」

 

「ッ!? 何の事だ?」

 

 

 津田に心配してもらいたくて演技したのがバレたのか? それともこれが世に言う女の勘というヤツなのだろうか。

 結局アリアと萩村に冷たい視線を向けられながら生徒会室に戻り、その光景を見た津田が再び首を傾げる事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はバイトの面接という事で近所のファストフード店に来ている。あまり利用した事は無いが家から近く行き帰りに運動がてら走れそうなのもこの店を選んだ一つだ。

 

「えっと君が今日面接の……」

 

「津田タカトシです、よろしくお願いします」

 

「はいよろしく。早速だけど今からシフトって入れる?」

 

「はい?」

 

 

 これってアルバイトの面接なのか? いきなりシフトに入れと言われても……まぁ用事は無いんだが。

 

「実はかなりの人手不足でね。さっき面接した子も今日出てもらってるんだよ」

 

「そうなんですか……大丈夫ですけど、戦力として期待されても応えられるか如何か……」

 

「大丈夫、人手不足だけど今居るクルーは経験豊富だから」

 

「そうですか。じゃあ大丈夫です」

 

 

 先輩がしっかりしてるなら大丈夫だろうし、見たところそれほど忙しいって感じはしないしな。

 

「じゃあ早速頼むよ。えっとサイズはLで大丈夫だよね?」

 

「はい」

 

 

 制服を渡され早速着替えて店に出る事になった。店長に連れられて先輩のところに行く事になった。その先輩と言うのが……

 

「魚見さん?」

 

「あら、津田さんじゃないですか」

 

「それに森さんも……」

 

「何だ、三人共知り合いなの? じゃあ大丈夫だね」

 

 

 いや、何が大丈夫なのか俺にはさっぱり……

 

「魚見くん、もう一人の新人君だ。しっかり教育してくれたまえ」

 

「えっと……もう一人の新人って森さんだったんですか?」

 

「えぇ……二年生になりいろいろと物入りでして」

 

「まさか同じところでアルバイトする事になるとは……」

 

 

 バイトの先輩が魚見さんってのがちょっと心配だけど、こんな場所でもふざけるなんて事は無いだろうな。

 

「私は二人の指導係ですので、此処では女王様と……」

 

「「こんな場所でまでボケるな(ないでください)!」」

 

「おぉ! 見事なツッコミ。これなら魚見くんを止められるかもしれないな」

 

「「えっそっち?」」

 

 

 店長が俺と森さんに期待してるのは魚見さんの暴走を止める事が第一だったようだ……

 

「それじゃあ津田さんと森さん、まずはレジ操作から教えますので」

 

「分かりました」

 

「お願いします」

 

 

 その後は真面目にレジ操作を教えてくれた魚見さん。だけど隙あらばボケようとするのは何とかならないのだろうか……

 初日という事もあり、今日は三時間で帰る事になった。まぁコトミの晩飯の支度とかあったから正直ありがたい。

 

「では森さん、また今度」

 

「そうですね、また次回もよろしくお願いします」

 

 

 魚見さんにツッコミを入れるのも大変だけど、英稜の生徒会は会長だけだからまだ良さそうだよな……ウチのは書記もボケるし、役員では無いけども新聞部の部長とかロボ研の部長とかも居るからな……今度の交流会でその事を聞いてみよう。




ウオミーのついでに森さんも同僚にしちゃいました。


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苦労人な兄、能天気な妹

80話目です


 教室でおしゃべりしてたら、ふと思い出したのでトッキーとマキに提案をした。

 

「生徒会室に行こう!」

 

「何、急に?」

 

「ほら、トッキーにタカ兄を紹介しなきゃいけないし、タカ兄にはトッキーを紹介しなきゃだしさ。マキも一緒に行くでしょ?」

 

 

 何せタカ兄に自然な形で会いにいけるのだ。中学時代から会いに行くだけで緊張してたマキの事だから、放っておいたら高校でも進展無しでタカ兄が卒業してっちゃうだろうしね。

 

「何でお前の兄貴に紹介されなきゃいけねぇんだよ」

 

「だって私は私の友達をタカ兄に知ってもらいたいし」

 

「何だよその理屈」

 

「トッキーだって権力者とコネが出来るのは良いと思うけど」

 

 

 タカ兄は副会長だけども、次期会長候補筆頭だし裏の権力者とまで言われてるって畑先輩から聞いたしね。

 

「ほらほら、昼休みが終わる前に行こうよ」

 

「しょうがねぇな」

 

「ほら、マキも行くよ」

 

「う、うん」

 

 

 相変わらず会いに行くだけで緊張しちゃってるねー。これじゃあ告白なんて夢のまた夢……さらにその遥彼方だよね。

 

「ところで、生徒会室って何処だっけ?」

 

「案内も出来ないのかよ……えーっとこっちだな」

 

「こっちだよ! トッキーも駄目じゃん」

 

 

 マキにツッコまれて私とトッキーは恥ずかしさから顔を下に向けた。相変わらずトッキーはドジっ子のようだね。

 

「やっほータカ兄!」

 

「おぉ! コトミ、良い所に来た」

 

「ふぇ? シノ会長如何かしたんですか?」

 

 

 生徒会室に入るなりシノ会長が私の後ろに隠れた。また何かしでかしてタカ兄を怒らせたのかな?

 

「ちょっとおふざけしただけなんだ。それなのに萩村が」

 

「スズ先輩が?」

 

 

 視線をシノ会長から生徒会室内に移すと、アリア先輩とタカ兄が必死になってスズ先輩を宥めてる光景があった。まるで機嫌を損ねた子供をあやしてる夫婦のようだった。

 

「それでコトミ、お前は何をしに生徒会室に?」

 

「タカ兄に新しい友達を紹介しようと思って」

 

「随分と溶け込むのが早いな」

 

「そうですか?」

 

 

 一週間も経ても友達くらい出来ると思うんですがね。

 

「トッキーこと時さんです」

 

「それってピアスですか?」

 

 

 タカ兄がトッキーの耳たぶを見てそんな事を言った。

 

「トッキー、ご飯粒が耳たぶについてるよ」

 

「えっ、マジ?」

 

「ドジっ子なのね」

 

 

 アリア先輩がトッキーの本質を一瞬で見破った。まさかアリア先輩は心眼の持ち主!?

 

「誰でも分かるって。心の中でも厨二禁止」

 

「相変わらずぶっ飛んでる妹ね、津田の妹って」

 

「アハハ……」

 

 

 タカ兄が乾いた笑いをこぼすと、生徒会室の扉が勢い良く開かれた。

 

「ちょっと貴女、制服はちゃんと着なさい!」

 

「そういえばカエデちゃん的には男の子っぽい女の子って大丈夫なの?」

 

 

 アリア先輩がそんな事を聞くと、カエデ先輩はトッキーの胸に手を近づけてゆっくりと触った。相変わらずスケベな人ですね~。

 

「セーフだわ!」

 

「この学校変なヤツ多いな……」

 

「えっと時さんだっけ?」

 

 

 タカ兄がトッキーに近付いて行く。トッキーが怖い顔してるけどもタカ兄はまったく気にせずに話しを続けた。

 

「変な妹だけど仲良くしてやってください」

 

「あ、あぁ……ご丁寧にどうも」

 

 

 綺麗に頭を下げられて面喰ってるトッキー。タカ兄は真面目な人だと思われたらしい。

 

「それと八月一日さんも。相変わらず変な事言ってるだろうけども見捨てないでやってくれると嬉しいかな」

 

「は、はい! 高校でもコトミちゃんとは仲良くさせていただきます!」

 

 

 コトミちゃんって……普段呼び捨てのくせに、ホントタカ兄の前では性格が変わるんだね。

 

「そういえばシノ会長、何をやってスズ先輩を怒らせたんですか?」

 

「いや、ちょっとした戯れでな。一年生の平均身長と萩村の身長を比べただけだ」

 

「それで、如何だったんですか?」

 

「萩村のほうが……って萩村? 何で鋏を持ってるんだ? てか何処から取り出したんだその鋏は!」

 

 

 スズ先輩に追いかけられてシノ会長が逃げていく。それでも廊下を走らない辺り二人は真面目なんだなーって思った。

 

「それでタカ兄、今日も帰りは遅いの?」

 

「いや、今日はシフト無いしそのまま帰るが?」

 

「そっかー。じゃあ晩御飯は久しぶりにタカ兄の料理が食べられるんだね」

 

「弁当作ってるの俺だろうが……」

 

 

 相変わらずお母さんもお父さんも不在の為に、お弁当はタカ兄が用意してくれてるのだ。本当なら私も作った方が良いってのは分かってるのだけども、私が料理した場合料理ではなく化学実験になってしまうのだ……

 

「それじゃあ一緒に帰ろうよ。放課後また此処に来るから」

 

「来るって言ってもなぁ……まだ仕事あるし」

 

「大丈夫だよ、津田君」

 

「七条先輩?」

 

「津田君の分は既に終わってるし、仕事が残ってるのはシノちゃんとスズちゃんだけだから」

 

「そうなんですか?」

 

 

 さすがタカ兄、仕事が速いんだね。これなら久しぶりにタカ兄も一緒に帰れるな。

 

「それじゃあまた放課後!」

 

 

 タカ兄に挨拶をして私たちは教室へと戻って行く。相変わらずマキがしゃべらなかったけども、放課後も一緒ならさすがに話すよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、生徒会室にでは無く教室にコトミたちがやって来た。別に良いけど目立ってしまったな……

 

「じゃあ萩村、俺は生徒会室に寄らないで帰るから」

 

「分かったわ。また明日」

 

「うん、また明日」

 

 

 萩村に挨拶をして俺はコトミたちの許に向かう。

 

「一年は終わるの早かったのか?」

 

「まだそれほど連絡する事無いからね」

 

「そんなもんか」

 

 

 コトミと話しながら昇降口まで行き、此処で二年と一年で分かれる。必然的に俺は一人になるのだが、別に如何こう思う訳でも無いのだ。

 

「そういえばトッキーって何人まで同時に相手出来る自信ある?」

 

 

 そういえば時さんは空手の有段者だったんだっけ? 三葉といい女性が強くなったんだな。

 

「五、六人は楽勝かな」

 

「凄いねー。でもそれって穴足りる?」

 

「お前は何の話をしてるんだ」

 

「相変わらずね、コトミは……」

 

「おバカな妹でスマン……」

 

 

 話しの内容が変わってるのに時さんが気づけずにいたので、俺はとりあえずコトミの代わりに頭を下げた。ホント口を開けばろくな事話さないなこいつは……

 

「ちなみに私は三人くらいならいけると思うよ」

 

「一応聞くが、それは格闘技の相手だよな?」

 

「ううん、夜の格闘技だよ」

 

 

 襲い来る頭痛に悩まされながら、俺はコトミの脳天に拳骨を振り下ろした。気絶させると面倒だからギリギリの威力でだ。

 

「何か大変なんですね、コイツの兄っていうのは」

 

「分かってくれて嬉しいよ……」

 

 

 時さんに同情されながら、駅までの道程を歩いた。コトミたちは一駅だけど電車だからな。駅までは一緒に行って向こうの駅でまた合流するらしいんだが、それって俺に走れと言ってるんだよな?




コトミが入学してからますます胃の痛い学園生活を送る事になるタカトシだったとさ……


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大雨の翌日

そんな事を思う人はそうそう居ないだろ……


 夜も更けてきた頃、私は窓の外を見る。明日は校門で服装チェックだと言うのに外ではもの凄い勢いで雨が降り続けている。

 

「これは服装チェックは延期かもしれないな」

 

 

 さすがに豪雨の中で服装チェックを行うのは難しい。傘を差しているとはいえびしょ濡れは確定だろうしな。

 

「せめて晴れてくれれば良いのだが」

 

 

 明日の降水確率はそれほど高く無い。夜のうちに雨が止んでしまえば服装チェックには何も支障は無いのだがな……

 私の祈りが届いたのか、朝になったら雨はすっかり止んでしまい服装チェック日和になった。

 

「それにしても昨日の雨は凄かったな」

 

「そうですね」

 

 

 まだそれほど生徒たちも登校して来てないので、私たちは校門付近でおしゃべりに興じていた。

 

「水溜りには気をつけなければな」

 

「跳ねますからね」

 

 

 津田が相槌を打ってくれてるが、あまり興味は無さそうな感じだな。確か昨日もバイトで遅かったらしいし眠いのかもしれない。

 

「いや、うっかり水溜りの上に立ったら、お漏らしと間違えられるかもしれないからな」

 

「……うっかり立っちゃってるよ」

 

「しまった!?」

 

 

 津田にツッコまれて初めて私は水溜りの上に立っていることに気がつく。良く見るとアリアが何処からか持って来たレモンティーを水溜りに混ぜようとしていた。

 

「こらアリア! 私はお漏らしなんてしてないぞ!」

 

「分かってるよ~。ただちょっとした戯れでね」

 

「まったく!」

 

 

 その後は真面目に服装チェックをしていて、時間になったので校門を閉める事にした。

 

「待ってくださ~い!」

 

「コトミ……また遅刻かよ」

 

「だって誰も起こしてくれないんだもん!」

 

「高校生だろ。自分で起きろ」

 

 

 校門を閉めるギリギリのタイミングでコトミたちがやって来た。

 

「コトミに付き合わされる八月一日さんや時さんの身になれば自ずと早起き出来るんじゃないか?」

 

「え? 何でマキやトッキーの気持ちになれば早起き出来るの?」

 

 

 如何やら津田のいった事はコトミには伝わらなかったようだった。

 

「それよりもトッキー! 服装が乱れてるぞ」

 

「そういえばトッキーって何で着崩してるの?」

 

「昔嫌な事があってな」

 

「「?」」

 

 

 コトミと同じタイミングで私も首を傾げる。何か着崩す理由があるなら聞くべきだな。

 

「ズボンの中に服を入れたと思ったら、その下のパンツに入れてて凄い恥かいたんだ」

 

「「やっぱりドジっ子かー」」

 

「人がトラウマの話ししてるのに和んでるんじゃねぇ!」

 

「今回は注意で済ますけど、次遅刻したら反省文書いてもらうからな」

 

 

 トッキーのトラウマ話は気にせず、津田がコトミに注意している。さすがは私の跡を継ぐ男だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み生徒会室で弁当を食べていると、会長が急に占いの話しを始めた。

 

「実は今日のラッキーカラーは青なんだが、校則に反しないもので青いものが無くてな」

 

「そうですか」

 

「そこで津田、ちょっと付き合ってくれ」

 

「何処行くんです?」

 

 

 急に立ち上がった会長にしょうがないからついていく事にした。まぁ食い終わってるし後はのんびりするだけだったしな。

 会長について行って来たのは屋上。何で屋上なんだ?

 

「私の顔、青くなった?」

 

「今幸せー?」  

 

 

 そういえば会長って高所恐怖症だったな……だけどそこまでしてラッキーカラーを求めるんなら、ハンカチとか何かで青いものは無かったのだろうか……

 

「津田、何してるんだ?」

 

「別に何も……それよりもお前たちこそ何してるんだこんな所で?」

 

 

 会長に付き合って屋上に来ただけだったのだが、何故か傍にクラスメイトたちが居た。別に屋上は立ち入り禁止って訳では無いから居ても良いんだが、明らかに挙動不審な感じがクラスメイトたちからはするのだ。

 

「な、何だって良いだろ!」

 

「ああ構わないぞ。その後ろに隠してるものが何なのかにもよるがな」

 

 

 俺があっさり指摘すると、クラスメイトたちは慌てて隠そうとした。てか隠せてないから俺にバレてるんだろうが……

 

「おや? これは何だ?」

 

「か、会長……」

 

 

 俺に背中を向けているという事は、屋上に居る会長にはその背中が丸見えなのである。従って背中に隠したところで会長にはバレバレなのだ。

 

「なかなかエロいな!」

 

「さすが会長、分かりますか?」

 

「ウム! マニアックなのは良いことだ! 津田、占いも当たるものだな!」

 

 

 ……そんなので幸せを感じるなら、本屋にでも行けば良いだろうが。俺はくだらない事に付き合いきれなくて先に生徒会室に戻る事にした。もちろん風紀委員にクラスメイトたちの事は報告しておいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトも一週間以上やれば慣れてくるものです。津田さんと魚見会長と同じシフトのおかげもあるのですが、私も特に問題無くやれています。

 

「それにしても、津田さんも森さんも順応力高いですよね。一週間程度でもう立派な店員になれてます」

 

「魚見さんの教え方が良いんですよ。俺はそれほど順応力高いとは思ってません」

 

「私もです。魚見会長のおかげですよ」

 

「そうですか。ではお礼は身体で……」

 

「「此処でボケなきゃ尊敬出来るのに」」

 

 

 津田さんと同じタイミングで呆れると、バックで書類整理していた店長が拍手していた。如何やら本格的に魚見会長の相手は私と津田さんに任せるようですね。

 

「では今日は津田さんと森さんでレジをお願いします。私は裏で作業しますから」

 

「分かりました」

 

「ちょっと不安ですが頑張ってみます」

 

 

 何時までも三人一緒のシフトって訳にもいかないでしょうし、何時かはこんな時が来るとは思っていたのですが、意外にも早かったですね……

 私は緊張しながらレジ対応をしていた隣では、津田さんがまったく緊張を感じさせない態度でレジ対応をしていた。やっぱり津田さんは凄いですね。

 

「お疲れ様です。今日はもう上がって構いませんよ」

 

「魚見くんも今日は上がりで良いよ。もう次の人が来てるから」

 

「そうですか。ではお疲れ様でした」

 

 

 挨拶を済ませてロッカールームに下がる。それにしても今日は何だか女性客が多かったような気がするんですけど……気のせいですかね?

 

「津田さんと森さんのおかげで凄い集客率でしたよ。これならすぐに給料も上がるでしょうね」

 

「そうなんですか?」

 

 

 津田さんは兎も角私も? いったいどんな理由で客が来たのでしょうか。とりあえずバイトも大分慣れてきましたし、あとは成績を下げないように気をつけるだけですね。




ドジっ子トッキーの過去に和む人たち……


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腹痛の原因は…

まぁ腹痛になるのも分からなくはない


 生徒会室で作業していたら、会長がいきなり津田の方を向いた。

 

「何です?」

 

「アレ、用意してくれたか?」

 

「アレ? あぁはい。これですよね」

 

 

 一瞬何の事か分かってなかったようだが、津田は瞬時に理解して会長に手渡した。その反応に会長は満足そうに頷いてた。

 

「さすが津田だな。次期生徒会長と言われてるだけはある」

 

「会長の後任ってのはハードル高いですけどね」

 

 

 確かに会長は支持率が98%という驚異的な数値をたたき出してるからね。まぁ理由は酷いものだったけど……

 

「何言っている。ハードルが高いとお股が擦れてアレな気分になるが、今はそんな話しはしていないぞ!」

 

「あれ? 急に低くなったぞ……」

 

 

 まぁこの下ネタ発言を全校生徒の前でやらせれば支持率も下がるかもね……でも三年生は全員知ってるようだし、二年生でも結構知れ渡ってるんだっけ? それでもあの支持率って事はよっぽど他の人は会長職をやりたく無いのかしら。

 

「大体何で俺なんですか? 会長の後任なら萩村の方が相応しいと思うんですけど」

 

「……私は遠慮するわ」

 

 

 私が少し悔しげにそう言うと、七条先輩が不思議そうに私の顔を覗きこんできた。

 

「如何してスズちゃんじゃ駄目なの?」

 

「私が壇上に立つ訳にはいきませんから」

 

「ん~?」

 

 

 ここまで言っても七条先輩は分かってくれなかった……津田は何となく理解して気まずい顔してるし、会長は分かってて言うつもりは無さそうだし……

 

「私が壇上に立っても見えませんから……」

 

「そっか! スズちゃんじゃ隠れちゃうもんね」

 

 

 喧嘩売ってるのなら買いますよという意思を込めた視線を七条先輩に向けたけども、それに気付いた津田が私と七条先輩の間に移動してその視線を遮った。

 

「では君に生徒会長としての極意を伝授しよう。生徒会長たるものみんなの手本とならなければならない。特に重要なのは生活態度!」

 

 

 そこで会長は一旦言葉を区切って津田の肩に手を置いた。

 

「だからこれからもしっかりと童貞を守ってくれ」

 

「何でその流れになるんですか……」

 

 

 呆れた津田が会長の手を払って何処かに行ってしまった……おなか押さえてたからトイレかしらね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 別におかしな物を食べた訳でも無いのに、どうも腹の調子が良く無い。さっきの会長の話しを聞いて胃がおかしくなったのか?

 

「津田君、大丈夫?」

 

「七条先輩」

 

 

 まさか付いてきたんじゃないだろうな……さっきまで生徒会室に居たのに。

 

「皮、ファスナーに挟んだの?」

 

「は?」

 

 

 良く分からない七条先輩のボケはスルーして生徒会室に戻ったけども、すぐにまたトイレへと舞い戻った。やっぱりおかしな物でも食ったのかな……

 

「短時間で二回目とは……」

 

「津田ー無事か?」

 

 

 今度は会長が出待ちしていた……抜けてる俺が言うのもなんですが、今日結構忙しいですよね? こんな所で油売ってて良いんですか?

 

「赤チン塗るか? チンだけに」

 

「ねぇ、アンタたち打ち合わせしてるの?」

 

 

 さっき戻った時に七条先輩が教えてる様子は無かった。むしろそんな事を共有する必要性はないんだから当たり前なんだが……

 

「とりあえず大丈夫ですので作業に戻りましょう」

 

「今生徒会室は畑が使っててな」

 

「畑さんが?」

 

 

 生徒会室とは原則関係者以外立ち入り禁止であり、各部活動の要請などは部長が来て生徒会に提出するのだが……でも会長は今『使ってる』って言ったよな? てことは要請などでは無いと言うことになる。

 

「いったい何をしてるんですか?」

 

「トッキーにインタビューをしている」

 

「……即刻たたき出せ」

 

 

 下校時間に仕事が終わるか微妙なのに、何でそんな事に生徒会室を明け渡すんだこの人は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼下がりに生徒会室でのんびりしていたらシノちゃんがりんごの皮をむき出した。ちなみにこれはスズちゃんの差し入れだ。

 

「会長、皮むき上手ですね」

 

「そうか? なら君の皮もむいてやろう」

 

「じゃあお願いします」

 

 

 まさか何気無い会話にこんな事を紛れさせるなんて、シノちゃんもなかなかのレベルね。

 

「どうかしたんですか?」

 

「今のシノちゃんのセリフ、偶然録音したんだけど、使う?」

 

「消しなさい」

 

 

 津田君に怒られて渋々消したけども、これが畑さんならスクープだとか騒ぎ出したんだろうな。

 

「コーヒー淹れたわよ」

 

「ありがとう」

 

「津田は何入れる?」

 

「いや、俺は何も」

 

「あら、ブラック?」   

 

 

 スズちゃんが差し出したミルクと砂糖を断ってそのまま飲み始める津田君。この間胃の調子が悪そうだったけども、ブラックコーヒーなんて飲んで大丈夫なのかしら?

 

「それじゃあ君のミルク、私にくれないか?」

 

「良いですよ」

 

 

 またしてもシノちゃんが巧みに日常会話に下ネタを紛れさせていた。これはもう狙ってるとしか思えないわよね。

 

「ねぇ津田君」

 

「はい?」

 

「今のシノちゃんのセリフ、偶然……」

 

「もう必然だろ。さっさと消して下さい」

 

 

 津田君に鋭い視線を向けられてちょっぴり濡れてしまった。まぁ下着穿いてないから問題は無いけどね。

 

「アリア、足に何かがつたってるぞ?」

 

「津田君に睨まれてちょっと興奮しちゃったんだよ」

 

「そうか……パンツは穿け?」

 

「えーでもー」

 

 

 シノちゃんとパンツ談議をしていると、スズちゃんが津田君に視線を向けた。そしてスズちゃんに視線を向けられた津田君は呆れた顔をしていた。いったい何に呆れてるんだろう?

 

「悪いけど俺はちょっと席を外させてもらいますね」

 

「こら津田! 逃げるなんてズルイわよ!」

 

「偶には萩村が処理すれば良いだろ」

 

「それが出来るなら苦労しないわよ……」

 

 

 スズちゃんがションボリしちゃったけども、津田君は気にせずに何処かに行ってしまった。

 

「何処行ったんだろうね?」

 

「風紀委員会本部じゃないか? この間津田のクラスメイトが必要ないものを持ち込んでたから」

 

「ん~?」

 

「かなり興奮したがな!」

 

「そうなんだー。私も見たかったなー」

 

 

 津田君のクラスメイトの趣味を知ってもしょうがないけども、シノちゃんが興奮するって事は結構なものなんだろうし、私も興味あるかも。

 その後その話しで盛り上がってるとスズちゃんも何処かに行ってしまった。生徒会室を出ていく時おなかを押さえてたけど、何か変なもの食べたのかしら?




タカトシの周りには問題児が多いですからね……


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二人の関係

あの人が二人の関係に迫る……それから前回から非ログイン状態でもコメント出来るようにしました。


 我々生徒会は中庭の花壇の手入れをする為に外に来ていた。それにしても随分と雑草が伸び放題だな……なんだか私のあそこみたいだ。

 

「って! 誰がボウボウヘアーだ!」

 

「シノちゃん?」

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、何でもない……」

 

 

 偶に萩村がするような自分の考えにキレてしまった……なるほど、萩村もこんな気持ちになるのか。

 

「萩村」

 

「何でしょう?」

 

「お互い大変だな」

 

「はい?」

 

「えぇ!? スズちゃんもボウボウなの?」

 

「いや、違うだろ……って! 私もボウボウじゃないぞ!」

 

「……何の話してるの?」

 

 

 津田にツッコまれて私たちは現実に復帰する。そうだったな、我々は花壇の手入れをしに来たんだった。

 

「な、何か触った……目に見えないものを触ると言うのはなかなかの恐怖だな」

 

「そうだね~お尻の穴以外」

 

「それも込みで」

 

 

 津田のツッコミを聞いたアリアが立ち上がり何処かに行こうとした。

 

「どうかしたんですか?」

 

「ちょっとお花を摘みに行ってくるよ~」

 

 

 アリアが居なくなってから私は気になった事を津田に聞く事にした。

 

「如何してトイレに行くことを『お花を摘みにいく』と言うんだろうな?」

 

「さぁ? でも別に気にする必要無いんじゃないですか?」

 

「だって隠語になって無いだろ! 私たちには花びらがついてるから!」

 

「……萩村、そっち終わった?」

 

「もう少し」

 

「あれ?」

 

 

 津田が私をスルーして萩村との作業に集中してしまった。まったく私を無視するとはけしからんな!

 

「なぁ天草、少し聞いてくれないか?」

 

「横島先生、どうかしたのですか?」

 

 

 津田にスルーされてションボリしていたら横島先生がやって来た。

 

「実はさっき生徒に言われたんだが、私って早口なのかな?」

 

「如何でしょう……あっ!」

 

 

 さっき花壇を片付けていたら出てきた本を横島先生に見せる。タイトルはいたいげな少女だ。

 

「じゃあこの本のタイトルを読んでください」

 

「いたいけな……処女」

 

「今わざと飛ばしたでしょ」

 

「遊んで無いで会長も働け」

 

 

 背後で津田が睨みつけるような目を私に向けているのに気がつき、私は慌てて花壇の整理に戻った。しかも何時の間にか横島先生が居なくなってるし……

 

「シノちゃん、その本如何したの?」

 

「さっき花壇から出てきたのだ。後で生徒会室に持って行かなければなと思ってな」

 

「花壇に本があったの?」

 

「中身は確認してないが、タイトルからなかなか想像を楽しませてくれる本だ!」

 

「一緒に見ようね!」

 

 

 アリアとキャッキャウフフな会話をしていたら萩村と津田が呆れた顔をしていた。やっぱり私たちの次の代も生徒会は安泰だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトでレジ作業をしていたら見知った顔が店にやって来た。

 

「五十嵐さん」

 

「あら、津田君。此処でバイトしてたんですね」

 

「五十嵐さんは珍しいですね。ファストフード店に来るイメージ無かったんですが」

 

「私がお誘いしました」

 

「畑さん……」

 

 

 なるほど、畑さんが一緒なら何となく理解出来るな……でもこの二人、休日も一緒に行動してるんだな……

 

「あら、英稜の会長が居るって聞いてきたんですけど」

 

「魚見さんなら今日は休みですよ。その代わり森さんは今休憩中ですけど」

 

「何と、副会長も此処でバイトしてたのですか! それはスクープ」

 

「何でそんな事まで取材してるんですか……さて、ご注文はお決まりですか?」

 

「私はハンバーガーのセット、飲み物はお茶で」

 

「えっと……私も同じのをお願いします」

 

 

 五十嵐さんのぎこちない注文を聞いて、やっぱりこの人は普段来ないんだなって思った。まぁ俺もバイト以外では滅多に来ないけどな。

 

「津田さん、休憩どうぞ」

 

「分かりました。後今桜才の先輩たちが居ますので余計なことは話さない方が良いですよ」

 

「如何いう意味ですか?」

 

「ぶっちゃけると畑さんが来てます」

 

「なるほど」

 

 

 森さんも畑さんの存在は知っている。まぁ英稜で大量に桜才新聞を購入してるし、新聞部部長の畑さんが英稜の生徒会の人と面識があってもおかしくは無いしな。

 

「こんにちは」

 

「魚見さん? 今日は休みですよね?」

 

「今日はお客として来ました。ビッグバーガーセットをください。飲み物はコーラで」

 

 

 結構食べるな……魚見さんにはビックバーガーは多いと思うんだけどな……まぁそこら辺は個人の自由だし。

 

「じゃあ俺は休憩に入ります」

 

「はい、分かりました」

 

 

 森さんと交代で俺は事務所に引っ込む。丁度知り合いが来てるタイミングだったから良かったな……なんだか面倒な事が起きそうだし。

 

「津田君、さっきの二人は知り合いかい?」

 

「はい、学校の先輩なんです」

 

「津田君って部活やってないよね? 上級生の知り合いが居るんだね」

 

「まぁ生徒会役員ですし」

 

 

 畑さんは問題行動ばっかりだし、五十嵐さんは風紀委員長として生徒会にいろいろと用事があるし。

 

「そういえば津田君も生徒会役員だっけ。魚見くんや森くんは会長と副会長だって聞いたけど、津田君の役職は?」

 

「俺も副会長です」

 

「へーこの店の高校生は優秀だね。魚見くんは学年トップだって言ってたし、森くんも上位だって言ってたしね。君も上位なのかい?」

 

「高校に入ってから二位の事が多いですね」

 

 

 萩村には勝てないし……下の轟さんとの差も大きかったり小さかったりと忙しいけどな。

 

「おや? 表がちょっと騒がしい気がするな」

 

「……ちょっと行ってきます」

 

 

 畑さんが森さんにいろいろと質問してる所為で、他のお客さんの迷惑になってるようだった。あの人はこんな場所でも騒がしいんだな……

 

「畑さん、他のお客様に迷惑ですので大人しくしてください」

 

「じゃあ津田副会長と森副会長の関係を教えてくださいよ」

 

「関係って? 俺と森さんはバイト仲間で知人ですけど」

 

「本当にそれだけ~? 最近はやたらと一緒に居るところを目撃されてるみたいですけど」

 

「駅まで送ってるだけですよ」

 

「何だ~ツマラナイの~」

 

 

 畑さんのくだらない追撃を片付けて俺は裏に戻る。何だかざわついたような気がしたけど気のせいだよな?




見方を変えれば営業妨害ですが……


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森さん+後輩たちとの勉強会

もっと絡ませたいなーっと思って話作っちゃいました。


 明日から試験前一週間と言う事でバイトは暫く休む事になっている。その事は店長にも伝えてあるし、森さんや魚見さんも同様に休む事になっているので特に気にする事は無いのだが。

 

「津田さんは勉強してますか?」

 

「いえ、これから復習も兼ねて一週間勉強するんですけど。まぁ何とかなると思います」

 

 

 学年が変わってすぐの実力試験では、やはり萩村には負けたけども学年二位の成績を収めることが出来たのだ。慢心する訳では無いが、順当に勉強すれば今回も何とかなりそうな雰囲気ではあるのだ。

 

「羨ましいです。私はこれから必死になって勉強しなければ危ない感じですし……」

 

「でも、森さんだって学年上位ですよね?」

 

「萩村さんや津田さんのように、元から出来が良い訳ではありませんので……」

 

 

 俺も元から出来る訳じゃ無いんですが……そういうのは萩村とか、会長とか、七条先輩とか魚見さんとかに当てはまる言葉だと思うんだけどな……

 

「じゃあ一緒に勉強しますか? 学年も一緒ですし、それほど進行速度に違いがあるとも思いませんし」

 

「良いんですか? ですが場所とかが無いですし……」

 

「森さんさえよければ近所のファミレスでも良いですか? どうせコトミとその友達の勉強を見る事になってるので、森さんもそこに参加してくれれば一緒に勉強出来ますし。駄目なら他の場所でも構いませんけど……」

 

 

 出会ってそれほど経ってない異性の家なんて嫌だろうしね。時さんは気にしてなかったし、八月一日さんはなんだか意気込んでたけど結局はそこに落ち着いたのだ。

 

「構いませんよ。それで、何処のファミレスですか?」

 

「えっとですね……ここの近所の……」

 

 

 森さんに詳細な場所を伝え、駅まで送って別れた。萩村も誘ったけど断られたんだよね。まぁ森さんには負担を掛けないように気をつけなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってきてから、私は事の重大さに気がつく。津田さんと一緒に勉強するなんて……緊張しちゃうじゃないの。

 

「でも、会長や天草さんたちとの差をつける為にもここは頑張らなくては!」

 

 

 津田さんは魅力的な男性だと私も思っているけども、それ以上に魚見会長や桜才生徒会メンバーやこの間お店に来た五十嵐さんも津田さんを意識してるのが丸分かりな態度だった。

 もちろん津田さんも気が付いているのでしょうけども、あえてその事には触れずに生活しているようです。

 

「英稜にも津田さんの凄さは伝わってますし、写真も出回ってると噂されてますしね」

 

 

 桜才新聞を大量購入してる祭に、新聞部部長の畑さんから写真も入手したとかなんとか噂されてましたし、実際見た事の無い津田さんにチョコを作る女子が殆ど……と言うか全員でしたしね。これは写真が流出してると考えて間違いないのでしょう。

 

「そしてお店に来る女子高生の殆どが津田さん目当て……何処から聞きつけたのか色々な高校の人たちがあの店に来てますし」

 

 

 そのおかげで店側はかつて無い集客率に喜んでいるようでしたけどね。津田さんはそれを聞いて苦笑いしてましたが……

 

「妹さんやそのお友達が一緒とはいえ、津田さんと一緒に勉強出来る機会を無駄にしないようにしなきゃ!」

 

 

 生徒会役員である私や津田さんは、当然寄り道は出来ないので一旦家に帰って着替えてから集合と言う事になっている。可愛い服なんて持ってないけども、せめて異性として意識してもらえる程度にはなっておかなければ!

 

「そうなるとスカートの方が良いのかな? でも私あんまり好きじゃ無いんだよなー」

 

 

 制服では仕方なく穿いているが、ヒラヒラが偶に邪魔だと思ってしまうのだ。基本的にズボンスタイルが多いので余計にそう思ってしまうのだろうけども……

 

「とりあえずお風呂入ろう……」

 

 

 悩んでいてもしょうがないので、とりあえずお風呂に入って考える事にした。悩みすぎて上せたのは言うまでも無いかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、生徒会の業務も一旦ストップされるので、俺は生徒会室には寄らずに帰る事にした。

 

「それじゃあ萩村、また明日」

 

「ええ。今回のテスト、楽しみにしてるからね」

 

「プレッシャー掛けないでよ」

 

 

 前回の実力テスト、実は萩村とは五点差だったのだ。もちろん萩村が満点だったために、ミスした時点で負けは分かってたんだけど、意外と間違いが少なかったのに驚いたのだ。

 

「入学してからずっとトップだった私を脅かすのはアンタしか居ないものね」

 

「ほぼ毎回満点の人相手に如何戦えって言うんだよ……」

 

「私だってミスするかも知れないじゃない」

 

「油断してればありえるかもだけど、萩村にそんなもの無いでしょ?」

 

「当然!」

 

 

 まぁ頑張るけどさ……

 萩村と別れて俺はさっさと家に帰って着替える事にした。ちなみにコトミは既に出かけてるようで家には居なかった。

 

「珍しいな、アイツがやる気になるなんて……」

 

 

 着替えた形跡はあるのでまだ帰ってきて無いって事は無いだろう。だけど俺より先に出かけたところでアイツが勉強するとは思えないんだが……まぁ行けば分かるだろう。

 

「八月一日さんや時さんに連れられて行ったのかな?」

 

 

 あの二人ならコトミを引っ張って行ってくれそうだし、何よりコトミも友達の言う事なら聞くのかもしれない。

 

「とりあえず俺も着替えて……? メールか」

 

 

 携帯が震えたと思ったらメールが届いていた。えっと……森さんから?

 

『今から向かいます』

 

「律儀な人だな」

 

 

 わざわざ知らせてくれるのはありがたかった。時間とか細かい事は決めてなかったけども、森さんも真面目な人だから終わったらすぐに来てくれるようだ。

 

「待たせる訳にもいかないし、俺も急いで着替えるか」

 

 

 場所はここら辺の為、電車移動する森さんより遅くに着く訳にもいかない。俺はさっさと着替えを済ませ、洗濯物を籠に突っ込んで出かける事にした。もちろん鍵はしっかりと掛けて。




次回勉強会本番……てかタイトル詐欺だったな……


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勉強会INファミレス

もう一回勉強会をしてから本編復帰します


 待ち合わせのファミレス近くに着くと、既に二人の女の子が居た。会ったことは無かったけども、事前に津田さんから聞いているので互いに初対面でも慌てる事は無かった。

 

「えっと、英稜の森さんですよね? 津田先輩から聞いてます」

 

「桜才の八月一日さんと時さんですよね? はじめまして、英稜高校の森です」

 

「八月一日です」

 

「……時です」

 

 

 互いに初対面という事で簡単な自己紹介をする。津田さんと妹のコトミちゃんはまだ居ないようだ。

 

「ところで、森さんは津田先輩とは如何いった関係なんですか?」

 

「同じ副会長ですし、バイトの同僚でもありますね」

 

「バイト……コトミが言ってたファストフード店ですよね?」

 

「おそらくは」

 

 

 コトミちゃんが何処の事を言ってるのかは私には分からないけども、津田さんと一緒だという事を知っているなら恐らくは合っているでしょうね。

 

「あれ? 八月一日さん、コトミは?」

 

「つ、津田先輩!? えっと、コトミはまだ来てないです」

 

「? 家には居なかったんだが……」

 

 

 津田さんが不思議そうに首を傾げて携帯を取り出した。

 

「もしもしコトミ? お前何処に逃げたんだ?」

 

 

 相手が電話に出ると津田さんはそう言った。さすが兄妹だけあって相手の行動理由は手に取るように分かるんでしょうね。

 

「ハァ……お前は今日家に帰ってきたらみっちり勉強見てやるから覚悟しろ。いや、今からこられても困るから。じゃあな」

 

 

 津田さんが疲れた表情を浮かべましたが、それは一瞬の事で、次の瞬間には普段通りの表情を浮かべてました。まるでさっきの疲れきった表情が嘘のように……

 

「コトミは逃げ出しましたけども、とりあえず勉強を始めましょうか」

 

「大丈夫ですか?」

 

「あぁ……八月一日さんも気にしないで」

 

 

 津田さんの表情に八月一日さんの頬が真っ赤に染まった。如何やらここにもライバルが居たようですね。

 

「時さんもゴメンね。多分コトミに誘われたんだろうけども……」

 

「別に気にする必要は無いですよ。私も補習は嫌ですから」

 

 

 津田さんが後輩二人に頭を下げてからファミレスに入る事にした。でもコトミさんが居ないとなると、この状況は津田さんが女誑しに映るんじゃないでしょうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勉強を始めてから一時間、既に時さんが死にそうになっている。

 

「大丈夫?」

 

「あ、あぁ……大丈夫です」

 

「でも足し算と引き算を間違えてるけど」

 

「………」

 

 

 津田先輩が時さんの背後からノートを覗き込みそうツッコミを入れた。てか時さん、それってもうドジっ子では済まされないミスだよ。

 

「八月一日さんも、そこの計算違うよ」

 

「えっ? ……あっ、本当だ」

 

 

 やはり一時間も勉強してると集中力が落ちてくるな……

 

「津田さん、ここなんですけど」

 

「あっ、はい。えっとそこはですね……」

 

 

 二年生コンビの津田先輩と森さんは、さすがの集中力で勉強を続けている。

 

「ちょっと飲み物取ってくる」

 

「私も……」

 

 

 ドリンクバーで一時間も粘る客は店側には迷惑だろうけども、こっちからすれば勉強の為に入ったんだから見逃してもらいたい。

 

「コトミの兄貴ってホント優秀なんだな」

 

「津田先輩は中学時代に生徒会長にまでなれる人だったからね。成績もずっと上位だったし」

 

「なれる? ならなかったのか?」

 

「辞退したんだよ。自分には会長なんて務まらないって」

 

「だけど今は副会長だろ?」

 

「何でも天草会長に強引に入れられたらしいよ」

 

 

 時さんとサーバーの前でおしゃべりをしていたら津田先輩がこっちをチラッと見てきた。別にサボっては無いですからね!?

 

「戻ろうか」

 

「そうだな……コトミの兄貴って格闘術も凄いって聞いたし」

 

 

 ホント津田先輩は優秀だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田さんに教えてもらえる事によって、私の勉強はスムーズに進んだ。一人で勉強してたら半分くらいしか進んでなかっただろうな。

 

「それじゃあ今日はこれくらいで」

 

「「ありがとうございました!」」

 

「どうも……」

 

 

 結局二時間半、津田さんに教わってばかりで津田さん本人の勉強は進んでなかったように思えるんですが……

 

「明日は如何します? 森さんなら桜才に入れると思いますし、図書室ででも勉強します? そうすればコトミも逃げられませんし」

 

「でも良いんでしょうか? 生徒会の仕事でもないのに桜才に行くなんて」

 

「会長に確認してみましょう」

 

 

 津田さんが携帯を取り出して天草会長に連絡を取ってくれました。こういった事を自然に出来ちゃうところが津田さんの魅力なんでしょうね。

 

「会長、お疲れ様です。……ええ、それで図書室を使いたいんですけども、英稜の森さんも居るので確認をと思いまして……そうですか、分かりました」

 

 

 津田さんが電話越しとはいえ一礼して電話を切った。

 

「大丈夫みたいですよ。てか、今日は魚見さんが会長たちと図書室で勉強してたみたいですから」

 

「そうなんですか? ならお邪魔しますね」

 

 

 これで津田さんと一緒の時間が更に増える事になる。もちろん勉強も大事だけども、せめて異性として意識……までは行かなくとも異性である事を忘れられないようにしなきゃ。友人ポジションになってしまうとそこからのランクアップは難しいでしょうし……

 

「じゃあ明日は桜才の図書室で勉強するって事で。それで悪いんだけど、八月一日さんと時さんにはコトミを連れてきて欲しいんだ。最悪首に縄付けてもいいから」

 

「それはさすがに……でもそうしないとまた逃げそうですしね」

 

「やっぱりアイツの兄貴って大変なんですか?」

 

「アハハ……まぁ心配されるほどではないから大丈夫だよ」

 

 

 時さんに心配掛けまいとしてる津田さんだけども、笑顔がかなり引きつっている。大変さを知っている八月一日さんは苦笑いを浮かべてるけども、確かにあの子のお兄さんって大変なんだろうなとクリスマスパーティの時に感じたのですよね。

 

「津田さん、明日は私も一年生に教えます」

 

「でも森さんだって勉強がありますよね? まぁ俺もですけど」

 

「ですから、津田さんのお手伝いをと思いまして」

 

「ホントですか? じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」

 

 

 津田さんに頼られるって結構……いえ、かなりうれしいものですね。まだ明るいという事でこの場で解散しようって事になったのですが、津田さんは私と時さんを駅まで送ってくださいました。その後で八月一日さんを家まで送るとの事ですし、やっぱり紳士的な人なんだなと思いました。

 

「………」

 

「何でしょうか?」

 

「アンタもコトミの兄貴が好きなのか?」

 

「!?」

 

 

 電車の中で時さんにされた質問に答えられなかった私は、家に帰ってからもその答えを探すのに必死でした。




コトミの末路は……皆さんなら分かりますよね


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勉強会IN桜才学園図書室

次回テストにいけるだろうか……


 今回の勉強会は桜才学園の図書室で行われるという事で、私は魚見会長と二人で桜才学園に向かう事にした。

 今回は桜才学園という事で制服のままでいいので着替える必要はないのだ。

 

「それにしても、森さんが津田さんとラブラブ勉強会をしていたなんて……」

 

「何ですかそれは! 大体二人っきりじゃないんですが」

 

 

 津田さんの後輩の八月一日さんや時さんが一緒でしたし、それに津田さんにはそういった邪な感情は無かったでしょうし……

 

「まぁそれはさておき、勉強熱心なのは良い事です。次期生徒会長の森さんが残念な成績では困りますからね」

 

「分かってますけど……元々そこまで酷い成績では無いんですけど」

 

「学年が代わって皆さんそろそろ本気を出してくる頃ですしね。二年からは範囲も広がりますし受験という言葉が明確に見えてくる時期でもありますから」

 

 

 受験か……そう言われると魚見会長はもう追い込みに入ってる時期なんだろうかと思ってしまった。普段ふざけてる人ですが、この人は学年トップの成績なんですよね……

 

「如何かしましたか、そんなに私を見つめて?」

 

「あっいや……」

 

「もしかして森さんが百合に……」

 

「目覚めてないので安心してください」

 

 

 こんな事ばっか言うからイマイチ尊敬出来ないんですよね……まぁ桜才の天草会長も似たようなところがあるので、津田さんも同じような事を言ってましたが。

 

「さて、桜才学園に着きましたが……入っても良いんでしょうか?」

 

「如何なんでしょう……」

 

 

 校門前で躊躇っていると、津田さんと天草会長が迎えに来てくれた。

 

「ウオミー! それに森さんも、待ってたぞ!」

 

「シノッチ! 昨日は出迎えがあったから気にしなかったけど、さすがに堂々と入るには度胸がいりますよ!」

 

「スマンスマン。ちょっと後輩の面倒を見ていてな」

 

「後輩?」

 

 

 天草会長の言った後輩が誰なのか気になっている様子の魚見会長。正直に言えば私もかなり気になってるんですが……

 

「コトミの事です。アイツ昨日逃げたんで」

 

「あぁ……そういえばそうでしたね」

 

 

 津田さんの妹さん、コトミちゃんは昨日の勉強会には来なかったんでしたね。帰った後で津田さんにコッテリと叱られて付きっ切りで勉強させられたと思ってたんですが、それ以上に厳しい罰が下されたようですね。

 

「とりあえず図書室に行くぞ! 既にコトミたちも勉強してる事だしな」

 

「昨日のメンバー以外にも居るんですか?」

 

「津田たちと萩村も増えたぞ!」

 

「なら、ボケっぱなしの状況がなくなりますね!」

 

「……ちなみに昨日のメンバーって?」

 

「私とウオミー、後はアリアだな」

 

「「……」」

 

 

 私と津田さんはその光景を思い描き、同時にため息を吐いたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日はコトミの兄貴に、今日はこのちっこい先輩に勉強を見てもらってるおかげで、私は結構な点数を取れるんじゃねぇかと思っている。変なヤツが多い学校だが、優秀なやつも多いんだな。

 

「スズ先輩、そろそろ休憩しましょうよ」

 

「まだ一時間も勉強してないでしょ。そもそも津田だったらもっと厳しいわよ?」

 

「頑張ります……」

 

 

 昨日サボったコトミは、このちっこい先輩か兄貴のどちらかに勉強を見てもらうかを選ばされて、このちっこい先輩を選んだ。ちなみに兄貴の方が厳しいとか言ってたが、昨日見た限りではそこまで厳しい感じはしなかったんだが……

 

「なぁマキ」

 

「なに?」

 

「コトミの兄貴って厳しいのか?」

 

 

 中学が同じで、兄貴と面識があるマキなら知ってるんじゃねぇかと思って聞いたのだが、その質問を聞いたマキが震え出した。

 

「如何した?」

 

「津田先輩の厳しさを知らないトッキーが羨ましいよ……」

 

「そこまでなのか……」

 

 

 知らなくていい世界なんだと理解した私は、大人しく勉強を再開する事にした。

 

「ねぇスズちゃん」

 

「何でしょう?」

 

「お尻がムズムズするからトイレに行って来るね」

 

「黙って行け、そんなの!」

 

「萩村、図書室で大声出すのは良くないよ」

 

 

 ちっこい先輩が大声でツッコミを入れたタイミングで兄貴たちが戻ってきた。昨日一緒だった英稜の副会長と、おそらくあれが会長だろう。

 

「ではこれよりビシビシ指導していくからな! あっ、ビシビシと言っても鞭で叩く訳ではないからな」

 

「………」

 

 

 変な事を言ったウチの会長を、兄貴が無言で殴った。まぁ今のは殴られた方に問題があると全員が思ったし、大声でツッコめないこの場所では最適のツッコミだっただろう。

 

「時さん、そこの漢字間違ってる」

 

「あっ? ……あー」

 

 

 本当に周りを良く見てる人だ。ついさっきまで会長に無言のツッコミをしてたと思ってたのに、何時私の間違いに気が付いたんだ。

 

「津田、少し代わって」

 

「別にいいけど……疲れた?」

 

「まぁ……良くコトミをこの学校に合格させるまで付き合ったわね」

 

「アハハ……まぁ妹だし」

 

 

 受験の時にそんな事を聞いたような気もするな……でもホント良くコイツを合格させるまで頑張ったな……

 

「森さん、そこ計算違いますよ」

 

「あっ、ホントだ……」

 

 

 コトミに指導していた兄貴だが、英稜の副会長の間違いを指摘した。ホント如何やって見てるんだあの人は……

 

「アリア、何処まで行ってたんだ」

 

「ちょっと絶頂まで」

 

「なら仕方ないな」

 

「そんな事あるか……」

 

 

 ちっこい先輩がツッコミを入れたがやはり兄貴ほどではないな。新聞部のヤツらが言ってたが、コトミの兄貴が実質的な生徒会の纏め役らしい。まぁこの状況を見ればそれが事実だって分かるけどな。

 

「トッキー、そこ間違ってるぞ」

 

「あ?」

 

 

 今度は会長に間違いを指摘された。ふざけてヤツ多いけどやっぱり優秀なんだな……

 

「うわーん、トッキー!」

 

「何だよ」

 

「タカ兄がいじめるんだよ~」

 

「自業自得だろ。昨日サボったんだから」

 

 

 コトミが誘ってきたくせに、昨日コイツはサボったのだ。気まずいだろと思ったが、意外とそんな事は無かった。多分兄貴が気を遣っててくれたんだろうけど、それを気付かせないのが凄いと素直に思えたのだ。

 

「試験当日までビシビシ行くからな! もちろん鞭では無いが」

 

 

 またふざけた事を言い出した会長を見て、私たちは一人の男に視線を集めた。

 

「ハァ……」

 

 

 視線の意味を瞬時に理解した兄貴は、再び無言で拳骨を振り下ろしたのだった。




勉強中は意外とボケも大人しい……のか?


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勉強の結果は…

中間試験の結果発表です


 いよいよ明日は高校に入って初めてのテスト……何だけど、私は今自分の部屋で必死に勉強している。

 本当ならみんなと一緒に勉強したんだから安心だと思えるはずだったんだけど、勉強会の途中からシノ会長やアリア先輩、そして魚見さんと盛り上がってしまいろくに勉強してなかった事にさっき気が付いてタカ兄に泣きついたのだ。

 

「何で俺がここまで面倒を見なければいけないんだ? 自業自得だろ?」

 

「仰る通りです……」

 

 

 現時刻は午後の十一時。つまり殆ど時間が無いのだ。

 寝ようとしていたタカ兄に泣きつき、何とか勉強を教えてもらえるように頼み込んだのがほんの数分前。一日何か忘れてるような気がしていたのは、勉強を全然してなかったという事だったのだ。

 

「さっさと勉強しろ。範囲はそこじゃないだろ」

 

「タカ兄、何で一年の範囲を知ってるの?」

 

「八月一日さんと時さんの勉強を見てたんだ。それくらい知ってて当たり前だろ」

 

 

 マキとトッキーは順調にタカ兄とスズ先輩に勉強を教えてもらってたし、シノ会長たちは元々成績優秀だから今になって慌てる事は無いんだろうな……一緒にふざけてたのに不公平じゃないか……

 

「補習になんてなっても知らないからな」

 

「そんな事になったらお母さんに殺される……」

 

 

 そんな事は無いだろけども、間違いなくお小遣いは減らされてしまう。最悪タカ兄みたいにバイトして稼げとか言われそう……

 

「あっ!」

 

「ん?」

 

「いや、何でもないです」

 

 

 バイトなんてしたら勉強の時間がなくなっちゃうとか言えばいいんだと思ったけども、すぐ隣にバイトしてても勉強時間を確保している兄が居た事を思い出した。まぁ私とタカ兄じゃスペックが違いすぎるから比べ物にならないんだけどね。

 

「そこ、間違ってるぞ」

 

「え? そんな事ない……あれ?」

 

 

 初めてのテストまで、もう半日も残ってない。タカ兄に見捨てられてたら、私は現実逃避の為にノンストップでオ○ニーをしていたに違いない。さながら半年前の模擬試験前日のようになっていただろう。

 

「お前……本当に勉強会で何も聞いてなかったんだな」

 

「スミマセン……」

 

 

 タカ兄に蔑みの目で見られ、さすがに興奮する事もなく素直に謝った。だってタカ兄はマキやトッキーにはしっかりと教えてたし、私もやる気を出していたら今頃はぐっすりと寝られてたに違いないのだ。

 

「最低でも二、三時間は寝たいんだが」

 

「頑張ります……」

 

 

 私も徹夜は避けたい。タカ兄がこぼした言葉に、私はそう返すしかなかったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験なんてものは、あっという間に時間が過ぎてしまうものだ。気が付けば全日程は終了しており、今日はその結果が貼り出される日なのだ。

 

「試験中にトッキーの悲鳴が聞こえてきたのにはビックリしたわ」

 

「うっさい」

 

「まさか解答欄をズラしてたなんて……ズラすのはスク水の……って今は無いのか」

 

「何の話だ?」

 

 

 コトミのボケにトッキーが首を傾げた。まぁ私も良く分からないけど、どうせろくでもない事を言おうとしたのだろう。

 

「にしても、お前の兄貴に教えてもらったものが殆ど問題に出てた時は驚いたぞ」

 

「津田先輩は昔からどれが出そうか同級生に教えてたみたいだし、その的中率も高かったらしいしね」

 

 

 別の先輩から聞いた話だから、本当か如何かは分からないけども、津田先輩に勉強を教わったその先輩は、その時だけは成績が大幅に上がったらしい。その後は津田先輩も忙しくなって教われなかったらしいので……まぁこの後は先輩の名誉の為に考えないでおこう。

 

「しっかし上位二十人しか載ってないんだろ? 見に行く意味あるのか?」

 

「補習じゃ無い事を確認しにいくんだよ!」

 

「アンタはホント津田先輩に迷惑掛けっぱなしよね……」

 

 

 試験初日、コトミは眠そうな顔をして登校してきたので理由を聞いたら、朝の四時まで津田先輩に勉強を見てもらってたのだ。

 試験前にあれだけ勉強の機会があったのに、コトミは会長たちとふざけていて、最終的には津田先輩もツッコミを入れるのを諦めていたのだ。

 

「そろそろ見えるんじゃね?」

 

「まぁ載ってないだろうけどね」

 

 

 漸く見える位置まで来たので、私たちは上から順に名前を見ていく。当然そこに自分たちの名前が載っているなどとは微塵も思っていないのだが。

 

「あれ、マキの名前じゃね?」

 

「ホントだ……」

 

 

 学年十五位に、私の名前が載っていた。信じられなくて自分の頬をつねってみたが、もちろん夢などではなく現実だった。

 

「マキ、四月くらいに真ん中くらいとか言ってたじゃん! あれって嘘だったの!!」

 

「違うよ……津田先輩に勉強を見てもらったからだと思う……」

 

 

 正直、自分の名前がこんな位置に載っているなんて思ってなかったというのは紛れもない事実だし、私自身が夢なんじゃないかと疑ったほどなのだ。

 

「へぇ、凄いね、八月一日さん」

 

「つ、津田先輩!? 何故ここに?」

 

「結果を見に来ただけだけど……隣には二年、更に隣には三年の結果が貼られてるんだし」

 

 

 言われてから私たちは視線を一年の結果から二年の結果へとズラした。

 

 一位 萩村スズ    500点

 二位 津田タカトシ  490点

 三位 轟ネネ     438点

 

 

 レベルが違いすぎて驚くのも馬鹿らしい結果が、そこにはあった。

 

「今回も萩村がトップか」

 

「でも、アンタだって自己最高じゃないの?」

 

「自信あったんだけどな……やっぱり初日の寝不足が原因かな……」

 

「本当に申し訳なかった!」

 

 

 津田先輩の嫌味を、簡単に流せなかったコトミがその場で土下座をした。その姿を津田先輩と萩村先輩は苦笑いを浮かべて見ていたのだが。

 ちなみに三年生の結果はこんな感じ。

 

 一位 天草シノ    486点

 二位 七条アリア   475点

 三位 五十嵐カエデ  460点

 

 

 もっと比べ物にならないスリートップがそこには居た……二年は萩村先輩と津田先輩のツートップだったけども、三年もレベル高いな……

 

「学年は違うが、遂に津田に負けたか」

 

「生徒会で私がビリになっちゃったよー」

 

「別に気にしなくても良いのでは? 学年も違いますし、例の罰は二十位以下にならなければ良いだけですし」

 

「さすがですねー」

 

「……畑さん、エッセイはお渡ししましたよね?」

 

「私だって結果を見に来ただけですよ」

 

 

 学年十五位で浮かれていた自分が、なんだか恥ずかしくなってきた……自力では無いにしても、もう少し頑張ろうと思った。ちなみにトッキーもコトミも補習にはならなかった。




タカトシが神の領域に入り込んだ……


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恋愛モノ小説?

あれは官能小説ではないかと……


 試験も終わり、生徒会室で作業していたら会長が読書を始めた。別に気にはしないが、人が作業してる前で随分な身分だな……貴女も仕事してくださいよ。

 

「むっ!」

 

「如何しました?」

 

「本に髪の毛が挟まっていてな。ふむ……この長さは私のか」

 

「会長の本なんですから、それが普通では?」

 

 

 人の髪の毛が挟まっていたとなると、それはもう驚く事だろう。

 それから暫く読み進めていた会長だが、再びページをめくる手が止まった。今度は何だと言うのだろう。

 

「また毛が挟まっていたが……この長さは私のでは無いな」

 

 

 髪の毛じゃなかったのだろうか? さっきはしっかりと髪の毛と言ったのに、今度は毛としか言わなかったな……少し気になったので資料から目を離して会長の方に向けた。

 

「ほら! この縮れ毛は私のではない!」

 

「知るか!」

 

 

 何で気にしちゃったんだろう……少し前の自分を殴りつけたくなってしまった。

 

「そういえばウオミーからメールが着てな、ウオミーも森さんも学年トップだったらしいぞ」

 

「そうですか。それは良かったですね」

 

 

 元々魚見さんはトップだった気がするけど……まぁめでたい事ではあるだろう。ちなみに時さんが平均67点でコトミが54点だった。赤点ではないけども、コトミはもう少し頑張った方がいいだろうな。

 

「シノちゃん、そろそろ見回りに行きましょ」

 

「そうだな!」

 

「津田君もほら」

 

「ええ」

 

 

 七条先輩が迎えに来て、俺たちは部活動の見回りをする事にした。ちなみに萩村は先に行っているらしい。

 

「まずは柔道部だな」

 

「緊張するねー。人の寝技を見るのは」

 

「あー貴女が想像してるような事は無いですから」

 

 

 この人は何時まで柔道というものを勘違いしてるのだろうか……

 柔道場についたそのタイミングで、三葉の背負い投げが炸裂した。

 

「すっごいね~」

 

「さすが三葉だな。部員も増えて責任も増してるだろうが、動きにキレがある」

 

「会長、動きのキレなんて分かるんですか?」

 

 

 素人目の俺には分からないけど、会長には違いが分かるのだろうか……

 

「まぁ私も素人目にだけどな」

 

「はぁ……」

 

「時に三葉、部長職も大変だろ? 責任も重圧も去年の非では無いと思うんだが……」

 

「背負うものが多いのって大変だよ~?」

 

「大丈夫です、その時は投げます!」

 

「……上手い事言ったのか知らんが、それ駄目じゃね?」

 

 

 要するに責任放棄だよな? 部長がそんなのでは柔道部は如何なるというんだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミの兄貴のおかげで今回のテストは何とかなった。親にも驚かれるくらいの点数だったらしい……てかどれだけ出来ないと思われてるんだ、私は。

 

「クソっ!」

 

 

 自分の思考に苛立ちを覚えて、私は飲み終えたペットボトルをゴミ箱に投げ捨てた……のだが、見事に外れてしまった。

 

「チッ……」

 

 

 外れたのは仕方ない。ゴミ箱に近づきペットボトルを拾いなおしてゴミ箱に捨てた。

 

「外すなんて、やっぱりトッキーはドジっ子だな!」

 

「でも会長、わざわざ拾って捨てるあたり真面目ですよね!」

 

「コトミ、それに生徒会長……」

 

 

 まためんどくさいコンビと出会っちまったな……マキか兄貴が一緒ならまた状況は変わったんだろうけど、生憎とこの場にその二人の姿は見当たらなかった。

 

「ねぇトッキー、タカ兄のおかげでテストが何とかなったとか言ってたよね?」

 

「あ? それがどうかしたのか?」

 

「何かお礼をしたほうがいいんじゃないのかな~?」

 

「お礼? それならこの前あった時に言ったぞ」

 

 

 兄貴は気にしなくて良いって言ってくれたけど、実際兄貴の世話になってなかったら赤点だっただろうしな……私もコトミも。

 

「駄目駄目! ちゃんと誠意を込めたお礼じゃなきゃ!」

 

「……例えば何だよ?」

 

「「そりゃもちろんトッキーの処女」」

 

「フザケルナ!」

 

 

 声を揃えたコトミと生徒会長を怒鳴りつけてさっさとこの場を離れる事にした。こいつら二人をまとめて相手出来るのは、兄貴とあのちっこい先輩くらいだろうしな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に入ったら、何故か畑さんが俺の場所に座って頭を抱えていた。時折紙を丸めて机の上に放ってるけど、アレはいったいなんなのだろう……

 

「何してるんですか?」

 

「いや、津田君の席なら丸まった紙があっても自然だと思って」

 

「散らかしてる時点で失礼なのに、更に失礼」

 

 

 そもそも俺は紙を丸める癖も、散らかす癖も無いんだが。そう言おうとしたが、ものすごい地雷臭がしたので言葉にはしなかった。

 

「正直に言えば、今度の桜才新聞に恋愛小説を載せようと思ってるんだけど、ほら私って恋愛経験が無いもので……何か面白い恋愛エピソードなどがあれば……無理でしたね」

 

 

 今畑さん、会長を見て鼻で笑った? まぁ確かに生徒会メンバーにも恋愛経験豊富なんて人間は居ないですしね、俺を含め。

 

「恋愛小説か~。やっぱり男の人と女の人が見詰め合って、キスとか?」

 

 

 七条先輩がまともな事を言った。この人も人並みにまともな事が言えるんだな。

 

「現在バックで挿れてる状態なので、それは無理ですね」

 

「発行停止の上、新聞部は無期限の活動停止処分ですかね」

 

 

 俺が手帳に書き記そうとすると、畑さんが慌てて俺のペンを取り上げた。

 

「何ですか?」

 

「じょ、冗談なのでそれだけは止めていただきたい!」

 

「冗談だとしたら笑えません。本気だとしたらもっと笑えませんが」

 

 

 睨み付けるような視線を向けると、畑さんはペコペコと頭を下げていた。まぁ冗談で済むならまだ良いとしよう……もし本当に発行などしたら、冗談抜きで新聞部を活動出来なくしてやらなければいけないな。二年は居ないけど新入生は入ったらしいからな、冗談が本気になった場合はその周りの良心に期待するとしようか。




タカトシの独断で発行停止に出来そうな感じはしますけどね……


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衣替え

今年から五月かららしいですけどね……まぁ一ヶ月は自由なんでしょうけども


 中間試験も終わり、夏も近づいてきた。

 

「今日から六月だな」

 

「そうですね」

 

 

 服装検査をする為に朝早くから集合した生徒会の面々。まだ登校してくる生徒も殆どいないので雑談をする事にした。

 

「六月といえば衣替えだな」

 

「そうですねー」

 

 

 ダレているのか、津田の返事が若干間延びしている。普段真面目なだけに目立つな……

 

「衣替えといえば露出が増えるなー」

 

 

 津田の真似をして間延びさせてみたが、津田がものすごい顔で私を睨んできた。これは止めた方が良かった。

 

「別に露出って訳じゃ無いでしょ……」

 

「そうだよ~」

 

 

 津田の意見にアリアが同意した。これは珍しい事もあるものだな。

 

「この程度で露出なんて……本場の人に失礼だよ」

 

「そのツッコミは違うだろ」

 

 

 アリアが私に対してツッコみ、そのツッコんだアリアに津田がツッコんだ……なに言ってるのか段々分からなくなってきたな……

 

「薄着になったし、牛乳飲む量増やすか」

 

「シノちゃん気にしすぎだよ~」

 

 

 話題が不利と察知したのか、津田は早々に萩村の方に逃げ出した。

 

「だがアリア、見られるんだぞ? 少しくらい努力したいじゃないか」

 

「でもシノちゃん。例えばシノちゃんの好きな人が巨乳好きの場合努力する余地があるけど、でも私が好きな人が貧乳好きだった場合はもう如何にもならないんだよ? だからシノちゃんはそのままで良いんだよ!」

 

「……知った事か」

 

 

 褒められたようで器用にけなしてきたアリアに、私は冷たい視線を送った。

 

「あっ、なんだかクセになりそうだよ~」

 

「そろそろ生徒たち来るので、少し真面目に出来ませんか?」

 

 

 津田にツッコまれて、私とアリアは時計に目をやる。確かにそろそろ生徒たちが登校してくる時間だな。さすが副会長、しっかりしてるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業していたら会長が暑そうにして、額の汗を拭っていた。

 

「ふぅ、少し動いただけで汗を掻くな」

 

「もう少しで夏ですもんね。それに梅雨時ですので湿度も関係するんでしょうね」

 

 

 実際に生徒会室はジメジメとしているし、やはり湿度も関係してるのだと思う。

 

「脱水症状にならないように注意を呼びかけよう」

 

 

 何かを思い立ったのだろう。会長がおもむろにペンと紙を取り出し――俺に手渡してきた。書記は七条先輩なんですが……まぁいないし仕方ないか。

 

「如何書きます?」

 

 

 注意書きくらいなら俺でも問題無いだろうしな。

 

「淫乱な人間ほどきちんと水分取るように」

 

「それは書きたくないです」

 

 

 もう少しまともな表現は出来ないんだろうか、この人は……結局注意書きについては俺が考えて、普通に注意を促す内容にした。だってあんな事書いても水分補給しようなんて思う人間は居ないだろ?

 放課後教室に残ってる轟さんを発見、萩村も一緒のようだった。

 

「何してるの?」

 

「今度の発明品の設計図を書いてるんだー」

 

「へー、どんなの?」

 

 

 萩村が興味深そうに轟さんに質問している。ロボ研も真面目に活動してるなら予算を与えるのに抵抗が無いんだけど……実績がアレなわけだし、七条先輩だけがロボ研を強く支持してるので一応の予算は下りたんだよな……

 

「全自動皮むき機だよ」

 

「へー興味深いね」

 

 

 もしそれが実現出来るのなら、皮むきの手間が省けて少しは楽が出来るかもしれない。

 

「あっ……津田君被ってるんだ」

 

「ん?」

 

 

 なんだか話題が変わったような気が……

 

「一応聞くけど、野菜とかの皮だよね?」

 

「ううん、男性器の皮だよ!」

 

「……萩村、今すぐロボ研を活動禁止にしたいんだけど」

 

「そうね。もう少しまともなものを作るのなら兎も角、あんなのじゃね……」

 

 

 廊下に向かいながら、俺は萩村と真面目にロボ研を潰す算段を立てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業していたらいきなり会長が立ち上がった。

 

「どうかしましたか?」

 

「津田さんにお礼を言うのを忘れてました」

 

「あっ、そういえば……」

 

 

 試験対策で津田さんには散々お世話になったのですが、その後まだ津田さんと会う機会が無かったのでお礼を言えずじまいになっているんですよね……

 

「なかなかシフトも合いませんしね」

 

「まぁメールでも良いんですが、ここはやはり正面からお礼を言いたいですよね」

 

「ですが会長、会長はそれほど津田さんにお世話になったって感じは無いのでは?」

 

 

 元々優秀であり、学年も上の魚見会長は、それほど津田さんに教わったという事は無いはずなのですが……

 

「いえいえ、主に夜お世話になってましたし」

 

「夜? 電話でもしてたんですか?」

 

「いえ、勉強で溜まったストレスを津田さんで発散していただけです」

 

「はぁ……?」

 

 

 イマイチ理解出来ない会長の言葉に、私は首を傾げた。津田さんでストレス発散って如何言う事なのでしょうか? 

 

「妄想の中ですが、津田さんは私を厳しく調教してくれましたし」

 

「ろくな事じゃねぇな!?」

 

 

 まさかの発言に口調が崩れてしまった。しかしそれくらい衝撃を受けた発言だったのです。

 

「あの目、あの口調、そして何よりあの見た目! 何もかもが理想の調教相手ですよ!」

 

「ここに居ない津田さんに謝れ!」

 

 

 居れば本人が拳骨なり何なりで反省させる事は可能でしょうが、生憎この場に津田さんは居ません。なので私は魚見会長に津田さんに対する謝罪を要求しました。

 

「ですが、私だけではなくシノッチや七条さんも同じような妄想でストレス発散をしてたようですし……」

 

「ホントなんで貴女たちが学年トップなんでしょうか……」

 

 

 頭を抱えながら考えましたが、普通にしてれば優秀だからという結論に至りました。なんだか不公平な気がするのは、おそらく気のせいでは無いんでしょうね……




アリアの発想は無い……


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貴重品の基準

90話目です。100話が見えてきましたね


 校内の見回りを終えて生徒会室に戻ってきたら、会長の席に横島先生が座っていた。偶に生徒会室に来ては無駄話をして帰っていく先生だが、今日はいったい何のようがあって来たのだろうか……

 

「こら、アンタたち。生徒会室の鍵が開けっ放しだったわよ。無用心過ぎるわ」

 

「別に盗られて困る貴重品は無いですし。それにそんな輩も居ませんよ」

 

 

 まぁ貴重品は持ち歩いてるし原則として生徒会室は関係者以外は気軽に入れる場所ではない。加えて成績上位者が集まってる空間に近づきたくないという理由で、最近は用事があってもなかなか来たくない場所だと噂されているくらいなのだ。

 

「貴重品ならたくさんあるでしょうが!」

 

「例えば?」

 

 

 横島先生が立ち上がり力強く会長に怒鳴りつけたので少し会長が驚いた。その横で俺は先生が言う貴重品が何なのか気になり聞いてみたのだ。

 

「女子高生のカバン、女子高生の体操服、女子高生の飲みかけのお茶、女子高生の落ちている髪の毛……」

 

「多いな……」

 

 

 いったい誰に向けての貴重品なのかは兎も角として、先生が言う貴重品はものすごい数存在していた。

 

「とりあえず休憩にしましょう。コーヒー淹れるわね」

 

「あぁ、頼む」

 

 

 横島先生が移動して会長が定位置に座る。萩村がコーヒーの準備をしている間に会長が横島先生に話しかけた。

 

「それで、今日は何の用で来たんですか?」

 

「落し物を拾ってな。届けに来たら誰も居なかったんだ」

 

「落し物ですか……」

 

 

 会長が横島先生から受け取ったのは靴下。部活動をしてる人が落としたのだろうか……

 

「ふむ……脱ぎたてでは無いようだな」

 

「……何故俺を見て言う?」

 

 

 意味ありげに視線を向けてきた会長を睨み問いかける。すると会長は少し恥ずかしそうに視線を逸らしたのだが……そんなに怖かったのか?

 

「いいな~シノちゃん」

 

「あの目は興奮するだろうな~……ってコーヒー零した!?」

 

 

 萩村から受け取ったコーヒーを啜りながらしゃべってた横島先生がコーヒーを服に零してしまった。

 

「何か拭くものとってきますね」

 

「別にいいって。黒い服だから汚れも目立たないし」

 

「そんなものですか?」

 

「そう! だから私は黒いパンツを愛用しているのよ!」

 

「何処から服の話じゃなくなった? あと、これタオルです」

 

 

 いつの間にか変わっていた話題にツッコミを入れ、備品のタオルを横島先生に手渡した。

 

「津田、そういえば柔道部に呼ばれてたんじゃなかったか?」

 

「ランニングの付き添いを頼まれまして……バテた人の回収が主らしいですけど」

 

 

 十キロマラソンだと言っていたが、中里さん曰く六リットルの水分を背負って走らされるらしい……まさか俺も背負わされるのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田が居なくなり横島先生も職員室に戻っていった後、会長が大きく伸びをした。

 

「最近肩が凝って堪らん」

 

 

 背を伸ばし目一杯腕を伸ばしている後ろを七条先輩が通る……シャツの隙間に会長の手が入り込んだ。

 

「もう! ブラのホックが外れちゃったよ~!」

 

「スマン……」

 

「このハプニングは予想出来なかった……」

 

 

 しかし今七条先輩、わざと会長の傍を通らなかったか? 津田が居れば別のツッコミが発生したのかも知れないけども、私ではこの状況にツッコミを入れることは出来なかった。やっぱり最近津田に頼りきってたからかしら?

 

「しかし最近めっきり暑くなってきたな」

 

「もう夏ですからね。窓でも開けますか」

 

 

 この部屋は構造的に窓を開けると強い風が入ってくる事が多い。まだ本格的な暑さでも無いので、入り込んでくる風は熱風と言うわけではないので丁度いいだろう。

 

「きゃ!」

 

 

 丁度強い風が入り込んできたタイミングで立ち上がっていた七条先輩のスカートが風で捲れる……やっぱりわざとだよね?

 

「アリアのアンダーヘアーは茶色なのか」

 

「てかまたパンツ穿いてないのかよ! ……でもこのハプニングは予想出来た」

 

 

 津田が居たら私と会長でボコボコに殴ってたかも知れないけども、津田は今ムツミに呼ばれて柔道部員たちと校外を走っているはずなのでそんな事は起こらないんだけどね。

 

「七条先輩、普段は津田も居ますし下着は穿いたほうが……」

 

「津田君になら見られてもいいけど、他の人に見られる可能性もあるのよね~。なら生徒会室だけ脱いでいようかしら」

 

「常に穿けー!」

 

 

 私の絶叫が木霊し、外に居た津田に後で何事かと尋ねられた……外にまで響いてたと考えると、かなり恥ずかしいわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトも休みで特にする事も無かったので街をブラブラとしていたら見知った顔を見つけた。

 

「津田さん?」

 

「ん? 森さん、それに魚見さんも……お二人は生徒会の用事ですか?」

 

「そうです。備品の買出しを兼ねたデートを……」

 

「あーそういうのは聞いてませんので」

 

 

 俺のツッコミに満足したのか、魚見さんは備品の買出しを再開した。

 

「そういえば津田さんはここで何を?」

 

「予定が無かったのでブラブラと。本屋でも行こうかと考えてたところでお二人に会ったんですよ」

 

「そうだったんですか」

 

「ところで津田さん」

 

「はい、何でしょうか?」

 

 

 魚見さんに話しかけられ、俺は反射的に答えた。

 

「この後の予定は何かありますか?」

 

「いえ、今日は本当に何も無いんですよ」

 

「なら、この備品を英稜まで運ぶのを手伝ってくれませんか? もちろん校内までとは言いませんけど」

 

「別に良いですけど……他の役員の人は如何したんですか?」

 

 

 会長と副会長だけと言うわけでは無いだろうし、買出しなら男の役員を連れてくれば良かったんじゃないだろか……

 

「都合が悪くなってしまったのです。そして英稜の生徒会に男子生徒は居ませんので」

 

「はぁ……ん? 俺、声に出してました?」

 

「いえ、顔に書いてありましたので」

 

 

 そういう事か……

 

「分かりました、手伝います。可能なら校内まで運びますが、さすがに私服では拙いですかね?」

 

「大丈夫ですよ。生徒会長と副会長の権限で何とでも出来ますので」

 

「職権乱用では……まぁ大丈夫なら良いですけど」

 

 

 こうして英稜の生徒会の手伝いで予定が埋まった。ブラブラするよりはよっぽどまともな時間の使い道になったのかな?




それを貴重品と呼ぶのは如何かと……次回ちょっと脱線予定です


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英稜生徒会の二人と

珍しく桜才学園生徒会メンバーは出ません……津田以外


 生徒会の備品の買出しをしていたら津田さんとバッタリ会い、そのまま津田さんが備品を運ぶのを手伝ってくれる事になりました。まぁ会長が半ば強引と言える感じで頼んだのですが、津田さんは嫌がる素振りもなく手伝ってくれます。本当にいい人ですね。

 

「そうでした! 津田さん、この前はありがとうございました」

 

「この前? 勉強会の事ですか? でも魚見さんは会長やコトミたちと遊んでたような……それに俺は魚見さんには何もして無いんですが?」

 

「いえ、夜にお世話になってました」

 

「は?」

 

 

 何を言ってるんだ、と言いたげな顔で津田さんが会長を見詰めています。その気持ちは私も分かりますが、そんなに見詰めてると会長が更に暴走を……

 

「あぁ! その目、もっと私を見て!」

 

「何言ってるんですか、この人は?」

 

「アハハ……まぁ放っておいてください。その内現実に復帰しますから」

 

「はぁ……」

 

 

 呆れてるのを隠そうともしない津田さんの表情を見て、私は何となく居心地の悪さを覚えました。別に私が何をしたというわけでも無いんですが……

 

「さて。それではこの荷物を英稜高校まで運びましょう」

 

「復帰早い!?」

 

「驚くことですか? うちの会長たちもこんなものですよ?」

 

「そうですけど……もしかしたら最短記録かもしれません、これは……」

 

 

 私がツッコミを入れてトリップする時は、もう少し長い気がするんですが……これが津田さんの力なのでしょうか?

 

「では行きましょう。運が良けれ津田さんのファンに会えるかもしれませんよ?」

 

「別に会わなくていいです」

 

 

 そっけない態度の津田さんですが、実際に英稜にも津田さんのファン……もとい、エッセイのファンが大勢居るのです。桜才新聞を大量購入してそれを生徒会が転売する事で英稜高校の生徒も津田さんのエッセイを読む事が可能になってるのですが……転売って良いんでしょうかね……まぁみんな納得して買ってますし、料金をぼったくってる訳でも無いですし……

 

「森さん? 何か考え事ですか?」

 

「い、いえ! 何でもありません」

 

「「?」」

 

 

 魚見会長と津田さんに不審に思われたっぽいですが、私は特に言い訳をするでもなく二人の前を歩きました。今の表情を見られるのは拙いですからね……特に会長に見られたらからかわれるのが決まってますし……

 

「そういえば津田さんも随分と高得点をたたき出したとシノッチから聞きました」

 

「まぁそれなりに……魚見さんと森さんは学年トップだったとか」

 

「これも津田さんのおかげです。ありがとうございました」

 

「いえいえ、森さんの実力でしょ」

 

 

 照れも収まってきたので、私も二人の会話に加わりました。実際津田さんのおかげだと思ってるので、津田さんの言葉に素直に頷く事は出来ません。私の実力では精々五位くらいでしょうし……

 

「勉強もさることながら、あのエッセイは如何やれば書けるんですかね?」

 

「如何と言われましても……それに関しては特に何かをしている訳ではないので……」

 

「では津田さんの本来の実力のみであれを? 尚更凄いですね」

 

 

 胸を打つ話が多く、一部ファンの間では人泣かせの津田と言われるほどの号泣をする人が居るとか……実際に泣きもしますが、そこまで言わせるほど泣かせてるのでしょうか?

 

「到着です。それじゃあ生徒会室まで行きましょうか」

 

「一応確認ですが、本当に他校の、しかも私服の俺が中に入っても良いんですか?」

 

「大丈夫です。津田さんは我々生徒会メンバーと知り合いですし、我が校の女子の大半のオカズですし!」

 

「……後半いらないのでは」

 

 

 私のツッコミは当然の如く黙殺され、魚見会長はズンズンと先を進んでいきます。

 

「本当に大丈夫なんだろうな?」

 

「私と一緒に行動してれば大丈夫だと思いますし、会長では無いですけど、津田さんは我が校でも有名ですから」

 

「まぁ森さんが言うなら大丈夫なんでしょうけど……」

 

 

 イマイチ納得してない感じの津田さんでしたが、ここまで来て帰るのもと思ったのかそのまま備品を生徒会室まで運んでくれる事になりました。

 

「そういえば英稜を訪れるのは初めてですね」

 

「そういわれれば……私と会長は体育祭や文化祭に呼ばれて訪れた事がありますけど」

 

 

 この間もテスト勉強で桜才学園の図書室を訪れましたし……意外と私たちは桜才を訪れてるんですね。

 

「森っち、津田さん、遅いですよ」

 

「森っち?」

 

「何ですか、その呼び方……」

 

「今思いつきました。如何でしょうか?」

 

「いや、なしでしょ……」

 

 

 思いつきでいきなり呼び名を変えられたらビックリしますよ。そうじゃなくてもそんな呼ばれ方された事無いんですから。

 

「備品は何処に置けば?」

 

「こちらに置いてください」

 

「……魚見さんの背中ですよ、そこ?」

 

「ですからどうぞ。思う存分私をいたぶって……すみません、冗談です」

 

 

 津田さんの途轍もなく冷たい視線に参ったのか、魚見会長のボケは途中で遮られました。

 

「津田さんが運んでくれた備品は、そちらに置いてください。森さんのはこちらです」

 

 

 呼び名も戻り、ふざけられる空気ではないと悟った会長は、真面目に指示を出してくれました。

 

「では、俺はこれで」

 

「私たちもこれで業務は終わりですし、帰り道も一緒に行きましょう。津田さんは私たちと居ないと不審者扱いになってしまいますし」

 

「そうですね……駅までご一緒しましょうか」

 

「そういえば……津田さんの買い物は良かったのですか?」

 

「ん? 別に何かが欲しくて居たわけでは無いので。本当に暇つぶし程度だったので気にしないでください」

 

 

 その後、駅まで津田さんと会長と三人で歩き、他愛ない話をしていました。まぁ会長がボケて私と津田さんが同時にツッコムという構図は相変わらずだったのですがね……




後日彼の姿を見たと興奮する女子生徒が数人現れたとか……


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似てない兄妹

顔は似てるんですけどね……


 津田が英稜生徒会の手伝いをした時に、何人かの生徒にその姿を目撃され更に人気が高まっているとウオミーからメールが届いた。これは少し津田に反省させる必要があるな。

 

「津田、今度の集会のスピーチなんだが、君がやってくれないか?」

 

「俺がですか? 別にかまいませんが、何故会長ではなく俺が?」

 

「君は自覚してないのかもしれないが、次期生徒会長としてこういった経験を積む事は大事なんだぞ?」

 

 

 案の定自覚してなかったのか、「次期生徒会長」の単語に津田は反応した。

 

「それってやっぱり俺なんですか?」

 

「萩村がやる気が無い以上、君以外に出来る人間はいないだろ」

 

「自分はそういった器の持ち主じゃないんですけど……」

 

 

 そういえば中学時代も会長就任の打診を断ったらしいな。この前コトミから聞いた話にそんな事があったような記憶があるぞ。

 

「別に緊張する事は無い。普通に心に響くようなスピーチをしてくれればいいだけだ」

 

「心に響くって……簡単に言いますけど具体的には?」

 

「ふむ……この童貞めが!」

 

「心に響いたぁ……でもそれを全校生徒の前で言う訳無いですよね?」

 

「うむ! 半分以上は処女だからな!」

 

「そういう事言ってるんじゃねぇよ!」

 

 

 後日、津田のスピーチは全校生徒から高く評価される事になったのだった。さすがは私の跡を継ぐ男だな、うん。

 何時ものように腕を組んでそんな事を思っていると、津田がアリアに話しかけた。

 

「七条先輩の腕組みポーズってなんだか珍しいですね」

 

 

 言われてみれば確かに……普段アリアはお嬢様だけあってこのようなポーズをとる事は無いんだが、今日は如何したんだ?

 

「これは胸が重くて支えてるだけ」

 

「萩村! アリアがいじめた!!」

 

 

 思いを共有出来る萩村に泣きつく事で、私は負けた気分を誤魔化す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝の服装チェックでタカ兄が校門前に立っているのを、私はトッキーとマキと三人で見ていた。

 

「なぁコトミ」

 

「ん? 如何したの、トッキー」

 

「お前の兄貴って副会長なんだよな?」

 

「そうだけど?」

 

 

 この間紹介したし、勉強会の時もトッキーはタカ兄のお世話になっている。だから今更確認される事も無いだろうと思っていたので、私は不思議だなと思っていた。

 

「兄貴は真面目なのに妹はアホっぽいんだよな。兄妹なのに似てないな」

 

「トッキー!!」

 

 

 私はトッキーの発言に喰い付き大声を出した。

 

「それって実は血の繋がって無い兄妹って展開!?」

 

「……ホントダメだコイツは」

 

「諦めなよトッキー……コトミは昔からこんなだから」

 

「なんだよー! マキだってタカ兄と比べられる私の苦労は知ってるでしょー!」

 

 

 何せ中学入学時からの付き合いだ。中学時代に散々教師にタカ兄との出来の差を指摘されていたのを間近で見ていたマキは、その苦労を知ってくれてるはずだ。

 

「でも、先生たちも比べたがるのも無理は無かったと思うよ?」

 

「如何してさ?」

 

「だって津田先輩は学年トップの成績に加えて部活動でも抜群の結果を残してたんだよ? その妹があの成績じゃ愚痴の一つや二つ……ううん、十個や二十個は言いたくなるって」

 

「……教師も大変だったんだな」

 

 

 何やらトッキーが納得したように頷いてるけども、ここは先生たちじゃなく私が大変だったと言ってほしかったな。

 

「そこの三人! 早く教室に行かんか!!」

 

「ヤベッ、会長たちに怒られた」

 

 

 立ち話をしていたのを注意されて、私たちは教室に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室の掃除を終えて掃除用具を片づけていたら背後から萩村の大声が聞こえてきた。

 

「うわぁ!?」

 

「如何したの?」

 

「み、見るな!」

 

 

 振り向こうとしたけども、萩村の制止の声で思いとどまり動きを止めた。それだけで大体の状況は把握出来た。スカートを挟んだのか。

 

「……見た?」

 

「いや、見えなかったよ」

 

 

 ここは素直に答えるに限る。むろん振り返って無いんだから見えるわけも無いんだ。その事は萩村も分かってるだろう。

 

「小さすぎて視界にも入らなかったって事かー!!」

 

「落ち着きなさい」

 

 

 羞恥心が交ざっておかしな事を言い出した萩村を落ち着かせ、俺はゆっくりと振り返った。これでもし、まだ挟まったままだったら目も当てられない展開になっただろう。

 

「大体振り返って無いんだからさ。見えるわけ無いだろ?」

 

「それもそうね……ごめんなさい」

 

 

 萩村がションボリしてしまったのを見て、会長が余計な事を言う。

 

「なんだか怒られてションボリしてる子供みたいだな」

 

「子供って言うなー!!」

 

 

 萩村が暴走しかかったタイミングで、横島先生がやってきた。

 

「なぁ、私ってイマイチ生徒から信頼されてないような気がするんだが……」

 

「そんなの、自分の胸に手を当てて考えれば分かると思いますが」

 

 

 男子生徒を襲ってると噂されるくらいの私生活だ。そんな先生を信頼しようとする生徒がはたしているのだろうか? そんな事を考えながら横島先生に自分で考えろと促すと、先生は本当に自分の胸に手を当てた。別に本当に当てなくても……

 

「う~ん……はぁはぁ」

 

「ホントダメだこの人」

 

 

 当てていた手を動かして興奮し始めた横島先生を見て会長が嘆いた。てか萩村との一件は終わったんですか?

 

「ねぇみんな、私の官能小説知らない? カバー掛けてあるやつなんだけど」

 

「………」

 

「萩村?」

 

 

 七条先輩の探し物を聞いて、萩村が冷や汗を流した……ように見えた。何か知ってるんだろうか?

 

「もしかしてさっき萩村が速読したのって……」

 

「えぇ……内容が頭から離れてくれません」

 

 

 速読? さっき? 俺が横島先生の相手をしてる間にいったい何があったと言うんだ?

 

「スズちゃんも興味があったんだ~。言ってくれれば別のものも貸すよ~?」

 

「興味なんてありません!」

 

「話題を変えるために振った私が悪かった……」

 

 

 なるほど。萩村の得意分野に話題を変えて誤魔化そうとしたのはいいけど、その本が七条先輩の官能小説だったわけか……スペックが高いのも考えものだな。

 

「と、とりあえず今日はこれで解散だ! アリア、帰るぞ!」

 

「待ってよシノちゃん!」

 

 

 逃げ去るように生徒会室から出て行った会長……残されたのは羞恥で顔を真っ赤にしている萩村と、自分の胸を揉んで興奮している横島先生と素面の俺の三人……この状況を如何しろと言うんですか……




もう少し頑張れトッキー……タカトシの負担を軽くするんだ!


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プール掃除

原作で無かったので期末試験の結果は無しで


 バイトもなく、部屋でくつろいでいたらコトミが部屋にやってきた。

 

「何か用か?」

 

 

 試験前ではあるが、今回は自力で何とかするようにと言ってあるので勉強を教えてほしいなら断るつもりでコトミの相手をする。

 

「タカ兄って凄いよね」

 

「なんだいきなり……」

 

 

 本当にいきなりだったので、俺は如何反応していいのか困った。何をもって凄いと言われているのかも、何が目的でそんな事を言い出したのかも、今の段階ではさっぱりだったのだ。

 

「だってほら、タカ兄は生徒会副会長でしょ? それに加えて学年二位の優秀な成績に人々を泣かせるエッセイの作者でもあるじゃん?」

 

「大袈裟だろ……別に俺は泣かそうとしてエッセイを書いてるわけじゃないぞ」

 

 

 そもそも書いた本人の前で棒泣きする人がいて困ってるくらいなのだ……止めさせてくれと畑さんに交渉したが、桜才新聞で取ったアンケートでは続けろの声が多く止める事は出来なかったのだ。

 

「だからほら、そんなタカ兄の妹だからって私まで出来る子と思われてるんだよね」

 

「ふーん……」

 

「出来る兄を持つと大変なんだよ~。少しは私の苦労を考えてよね」

 

「まさか最後に否定が来るとは……それと、比べられるのが嫌なら、もう少し努力しろ。俺だって最初から出来てたわけじゃないんだぞ」

 

 

 まだ文句を言いたそうだったコトミを部屋から追い出し、俺は課題を片づけるため机に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験期間などというものはあっという間に終わり、我々は生徒会室で会議にいそしんでいた。

 

「さて、来週は桜才初行事、水泳大会が行われる。我々は実行委員と連携して大会を盛り上げなければならない」

 

「裏方の辛いところですね」

 

「そうね……津田、ここのところなんて答えた?」

 

「えっとそこは……」

 

 

 会議をしながら、同学年の津田と萩村はテストの答え合わせをしている。学年トップと二位なので、大抵の答えは一緒だ。

 

「でも、裏方だから出来る楽しみ方とかあるじゃない?」

 

「例えば?」

 

「エッチなハプニングの演出とか!」

 

「ふむ……はみ毛か」

 

「………」

 

「あれ?」

 

 

 普段ならここで津田のツッコミが入るはずなのだが、今回は入らなかった。私とアリアは疑問に思い津田を見ると……ものすごい形相で私たちを睨んでいた。

 

「ま、まぁ冗談はさておき……」

 

「冗談だったんですか?」

 

「あ、当たり前だろ!」

 

 

 津田の視線が突き刺さる中、私とアリアは必死に会議をする事で誤魔化したのだった。だってあの目は興奮する事すら出来ないくらいの恐怖だったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の手伝いをするために、私はコトミとトッキーと一緒にプールへとやってきた。ボランティアなのでそれほど人は集まらないだろうと津田先輩がぼやいてたのを聞いて、私は手伝うと決心したのだ。

 

「何で私たちまで……」

 

「いいじゃん! 遊べるんだしー」

 

「遊ぶな!」

 

「ウゲェ!? タカ兄……」

 

 

 コトミが遊ぼうとした途端、その背後に津田先輩が現れた。

 

「八月一日さんも時さんもありがとうございます。今日は大変だと思うけどよろしくね」

 

「は、はい!」

 

「まっ、来た以上は頑張りますよ」

 

 

 津田先輩に話しかけられ、私はいつも以上に元気よく、トッキーは最低限の気力で返事をした。

 

「それじゃ、ここの担当は私だから」

 

「頼んだよ、萩村」

 

 

 区画ごとに担当が決まっているようで、私たちが掃除する区画の担当は萩村先輩だった。ちょっと残念だけど、津田先輩にお礼を言ってもらっただけで私は頑張れる。

 

「ほらコトミちゃん。お兄さんに怒られるからしっかり掃除しなさい」

 

「分かってますけど……スズ先輩だって何となく気分が乗らない日ってあるでしょ?」

 

「……貴女の場合は常に気が乗って無いんじゃないの?」

 

 

 萩村先輩の言葉に、妙に納得してしまった私とトッキー……コトミが気が乗ってる場面に出くわした事が無いのだ。

 

「それにしても……タカ兄の担当区画だけ妙に騒がしいですが、あれは何ですか?」

 

「津田の担当区画は三年生が主なのよ。それで津田も手を焼いてるんじゃないの」

 

「でもタカ兄なら年上だろうがなんだろうが構わず突っ込みますよ?」

 

「ツッコムでしょ?」

 

 

 ニュアンスの違いを指摘する萩村先輩。確かにコトミが言ったニュアンスでは全く違う意味になってしまうような気が……

 

「お前ら……何で私が一番真面目に掃除してんだよ!」

 

「「「あっ……」」」

 

 

 見た目ヤンキーのトッキーが一番真面目に掃除してるのに気づいて、私たちは掃除を開始する事にした……それにしても、出来ればあの区画が良かったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掃除を終え、私たちは生徒会室へ戻ってきた。

 

「ねぇシノちゃん、大会ではチーム組まない?」

 

「残念だがそれは出来ない」

 

「如何して?」

 

 

 本気で分かってないのか、アリアは首を傾げている。

 

「自分の胸に手を当てて考えるがいい」

 

「う~ん……」

 

 

 アリアが胸に手を当てる……その反動で揺れるアリアの巨乳……

 

「それだー! もー!!」

 

「会長がご乱心だ!?」

 

「落ち着け萩村。割と何時も通りだろ」

 

「……言われればそうかも」

 

 

 おいそこ! 聞こえてるからな。

 

「まぁこれで準備は終わったし、後は当日を待つだけですね」

 

「そうだな! 津田」

 

「はい?」

 

「当日、興奮してたら容赦なく蹴り抜くからな!」

 

「……何を?」

 

 

 津田は本当に分かってないようだったが、まぁ津田なら興奮する事も無いだろう。何故なら去年、我々の水着を見ても無反応だったからな! 今更ながら腹が立ってきたぞ……うら若き乙女の水着姿を見て興奮せんとは……

 

「当日は新聞部が取材するのでよろしく」

 

「……何時の間にいたんだ」

 

「割りと最初の方から」

 

 

 いきなり会話に加わってきた畑に、私とアリアと萩村が驚きの態度を示したが、津田は気づいていた様で特に反応は見せなかった。

 

「それから津田君」

 

「何でしょう?」

 

「今年も客寄せパンダよろしく!」

 

「……その表現は気に喰わないんですが」

 

 

 去年学園からの依頼で、津田の泳いでいるムービーが新入生募集に使われたのだ。その結果希望者が前年度の倍くらいになったらしい……さすが津田だな。

 

「じゃ、そういう事で」

 

 

 畑が帰り、我々も帰る事にした、今から当日が楽しみだ!




次回水泳大会……ロマンスは起こるのか!?


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水泳大会 前篇

セリフでメロメロでもよかったんですけどね……


 本日は水泳大会当日。我々生徒会は実行委員と連携して準備を進めてきたのだ。

 

「やっほーい!」

 

 

 コトミがはしゃいでるのを、津田があきれながら眺めている。まさか実の妹の水着姿を見て興奮しているのだろうか。

 

「コトミ、はしゃぎすぎだ。さっさとシャワー浴びてこい」

 

「そのセリフを実の兄から言われるとは思わなかった!」

 

「エロいね!」

 

「エロいぞ!」

 

 

 兄妹の会話を聞いていた私とアリアが加わりコトミと三人で興奮した。だが津田はイマイチ原因が分かって無く首を傾げていた。

 

「つまりだな、男女の営みの前に身体を綺麗にしてこいという意味でさっきのセリフが使われる訳でだな……」

 

「はぁ……バカな事言ってないで会長たちもさっさと準備してください」

 

 

 呆れ顔を隠そうともしなかった津田の態度に、私たちは更に興奮したのだった。

 

「それにしても紫外線が強いな……」

 

 

 このままでは肌が焼けてしまうので、私は水着の上からシャツを羽居る。これで大丈夫だろう。

 

「シノちゃん、次のレースのスターターを頼みたいってさ」

 

「アリア。お互い紫外線対策は苦労するな」

 

 

 パーカーを着て前まで閉めていたアリアに、私はそう返した。

 

「あっ、これは勃っている乳首隠してるだけ」

 

「さっきの津田の視線か」

 

「あれは興奮したよねー」

 

「会長、七条先輩も。遊んでないでさっさと仕事しろ」

 

「「は、はい!」」

 

 

 津田の命令口調に更なる興奮を覚えた。これでは私も紫外線対策ではなく興奮している事を隠してる風ではないか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二年の自由形勝負が始まり、先頭のネネが三位、次の津田・ムツミと他を寄せ付けない泳ぎでトップを獲得した。

 

「次、スズちゃんだよー!」

 

「うん……あっ! ゴーグル忘れちゃった」

 

 

 あれが無いと水中で目を開けるのがね……ゴミが入っちゃうし、何より痛いし……

 

「私ので良ければ貸すよ? 自作のだけど」

 

「へーどんなの?」

 

 

 ネネの自作のゴーグルという事で、何となく嫌な予感がしているのだが……

 

「ヤンデレ風ゴーグル」

 

「……パス」

 

「じゃあ、アヘ顔風ゴーグル」

 

「……諦めよう」

 

「萩村、これで良ければ貸すぞ」

 

 

 津田が手渡してくれたゴーグルを装着して、私はスタート位置に立つ。ネネのゴーグルより何千倍もマシよね、津田のゴーグルは……

 

「(ん? これって津田がさっきまで使ってたゴーグル!?)」

 

 

 何となく恥ずかしい気分になったけども、私は会長たちとは違う! 断じて津田が使ってたものを手にとって興奮したりなどしない!

 

「(萩村のヤツ、飛び込みが怖いのかな?)」

 

 

 飛び込み台の上で悶えだした私を見て、津田がそんな事を考えていたなど気づきもせず、だけどレースでは落ち着く事が出来、私もトップでゴールしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年の競技が始まるのを待っていたら、津田のところにコトミとトッキー、あと八月一日が来ていた。

 

「如何かしたのか?」

 

「組み分け用の帽子が足りないようなのですが」

 

「帽子? そういえば……」

 

 

 即席で代理の物を用意しなければ……

 

「これでよし!」

 

「さっすがかいちょー!」

 

「……ちょっと待ってろ」

 

 

 そういって津田がフェンスを飛び越え校舎に向かって走っていく。相変わらずの運動神経だな……

 

「マキ、何見惚れてるのかなー?」

 

「み、見惚れてないわよ!」

 

「またまたー。マキは嘘吐くのが下手なんだから~。私なんて今のタカ兄の動きを見て濡らしたもんね~」

 

「分かる~! 今の津田君の動き、ものすごいカッコよかったもんね~」

 

 

 コトミとアリアが濡らしたと宣言しているが、正直私もちょっと濡らした。よく見ればプールサイドでクネクネと身体を動かしている女子生徒が大勢いる……つまりそういう事なのだろう。

 

「お待たせ? 何でしゃがんでるんだ?」

 

 

 津田が戻ってきて、また同じような動きを見せられて我々は絶頂してしまった。それを見た津田が不思議そうに首を傾げるのだが、その答えを津田が得る事は無いだろう。

 

「まぁいいか。これ、予備の帽子。これ使って」

 

「あ、ありがとうございます。津田先輩」

 

「いいって。生徒会役員だから」

 

 

 津田のさりげない言葉に、我々は再び興奮して絶頂するのだった……ここがプールでホント良かった……濡れてるのを誤魔化せるからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の競技が一通り終わったところで、俺の傍に畑さんがやってきた。

 

「……何か?」

 

「忘れたのー? 客寄せパンダの件よ」

 

「……今年もですか」

 

 

 去年生徒募集の為という事で俺が泳いでる場面を録画し、それを学園のホームページに載せたところ……ものすごい数のアクセスがあり、入学希望者も前年度の倍近くあったとか聞いたのだが……おそらく俺だけの力では無いんだろうな。

 

「今回はプールで溺れた女子生徒を津田君が颯爽と救い出す映像がほしいの」

 

「……前にもましてわざとらしいぞ」

 

 

 大体プールで溺れるってどんな状況だよ……

 

「ッ!?」

 

 

 呆れて畑さんから視線を逸らすと、何故か五十嵐さんが溺れている。

 

「あれって仕込み?」

 

「いえ、あれは素で溺れてますね」

 

 

 畑さんの返事を聞いてからの俺の動きは迅速だったと言えよう。数歩プールサイドを走り、そのままの勢いでプールに飛び込む。ゆっくりと五十嵐さんを抱え上げて会長たちに手伝ってもらい五十嵐さんをプールサイドに上げた。

 

「まさかこんな映像が撮れるとは」

 

「ホントに仕込みじゃないんですか?」

 

「仕込みならもっと上手くやるわよ~」

 

「まぁ確かに……」

 

 

 とりあえず五十嵐さんの救助は間に合い、大事には至らなかった。なんてタイミングで溺れるんですか貴女は……




あのセリフでメロメロだと、桜才大丈夫か? になるので別の行動でメロメロにさせました。


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水泳大会 後編

続きです


 プールで足をつった私を、津田君は助けてくれた。前に海でも足をつったけど、その時も津田君が助けてくれたんだったわね……

 

「大丈夫ですか、五十嵐さん」

 

「え、えぇ……ありがとう、津田君」

 

 

 プールサイドに引き上げられた私に、津田君が心配そうに声を掛けてくれた。

 

「まぁ大事なくて良かったです。最初畑さんの仕込みかと思いましたけども、如何やら違ったようですね」

 

「仕込み? またあの人は何か企んでるんですか?」

 

 

 津田君から畑さんの計画を聞かされて、随分と都合よく足をつってしまったものだと自分でも呆れてしまった……だって奇しくも畑さんの計画に一枚噛んでしまったのだから。

 

「学園が許可してるんですから、俺がとやかく言っても意味が無いんですよね……まったく、学園も何を考えているんだか」

 

 

 津田君が視線を逸らしながらぶつぶつと文句を言い出した。視線を逸らしたのはおそらく、水着である私を見て、私が暴れだすのを回避する為だろう。こういった心配りが出来るからこそ、私は津田君に触られても発狂しないのだろう。

 

「五十嵐、大丈夫か?」

 

「会長。はい、津田君が迅速に引き上げてくれたので水も飲まずに済みました」

 

「そうか。さすが津田だな! あのまま五十嵐が溺れてたら、他の男子が人工呼吸と称して五十嵐の口内を蹂躙していたかもしれないからな!」

 

「ッ!?」

 

 

 会長に言われた事を想像して、私は恐ろしさから飛び上がろうとした……けど足が万全ではなかったので起き上がったのは上半身だけ。つまり何が言いたいのかというと、強か腰を打ちつけてしまったのだ。

 

「痛っ!?」

 

「……何してるんですか、貴女は。それと、会長も余計な事を言うな」

 

 

 津田君が会長にツッコミを入れて、私に冷めた目を向ける。なんだか私まで会長たちと同類に思われて無いかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食をはさみ、午後の競技が始まった。種目は水上騎馬戦だ。

 

「三葉がいれば楽勝だな」

 

「あのね、タカトシ君。私、こういうの弱いの」

 

 

 三葉にも苦手な運動競技があったんだなと、思っていると開始の合図が鳴った。

 

「乗り物に……」

 

「えぇ!?」

 

 

 騎馬が動き出して一歩目、三葉が気持ち悪そうに口を押さえ出した。てか、人の上でも酔うのか……

 

「如何した三葉! 動きが鈍いぞ!」

 

「あっ……」

 

 

 会長たちの騎馬にあっさりと帽子を取られてしまい、俺たちは邪魔にならないようにプールサイドに上がった。

 

「ごめんね、タカトシ君……」

 

「あれはしょうがないって。まさか乗り物に弱かったなんてな」

 

 

 何となく知っていたけども、まさかあそこまで弱かったとは思わなかったのだ。

 

「………」

 

「ん? 如何したの、タカ兄?」

 

 

 子供のようにはしゃぐ会長を眺めていたら、傍にいたコトミに声を掛けられた。

 

「いや、会長も案外子供だなと思って。普段……いや、ちゃんとする時はちゃんとしてるから、ああいったのを見るとね」

 

「なるほど……退行萌え! 新しいジャンルの始まりだね!」

 

「お前は終わってしまっている……」

 

 

 コトミのボケに呆れていると、萩村が傍にやってきた。

 

「津田、次私審判だから本部の仕事お願い」

 

「ん、分かった」

 

 

 三葉たちに断りを入れて、俺は本部へと移動する。そういえば横島先生も本部待機なんだよな……あの人、いる意味あるのか?

 

「先生も参加したらどうです?」

 

「私の水着姿は安く無いわよ?」

 

「は?」

 

 

 いきなり何を言い出すんだこの人……

 

「これが私の勝負服だもん!」

 

「色々言いたいが……何故スク水?」

 

 

 良い歳した大人が、何故そのような水着を着用しようとしてるのか甚だ疑問だが、余計な事を言って面倒な事に巻き込まれる事を嫌いそれ以上聞かなかった。

 

「あの、津田先輩……」

 

「ん? 時さん、どうかした?」

 

「さっきのレースで髪留め紛失してしまって……」

 

「あぁ、落し物で届いてるよ」

 

 

 見た事あった髪留めだったのですぐに持ち主は分かっていた。だけど本部を離れるわけにもいかなかったので保管していたのだ。

 

「トッキーはドジっ子だな~」

 

「ウルセェ」

 

「コトミ、試験の結果次第では小遣い減らすってお母さんが言ってたぞ」

 

「えぇ!? 試験前に言ってよ!」

 

 

 そもそも本人に言えば良いのに、何故俺に伝言を頼んだのかも分かってない。でもまぁ頼まれたから伝えたけど……てかコトミに小遣いはもうやらなくて良いんじゃないだろうか? この前もろくなもの買ってなかったし……

 

「あの、津田君……」

 

「ん? 轟さん。如何かした?」

 

 

 時さんとコトミが帰った後、今度は轟さんが本部を訪れてきた。しかもなんだか恥ずかしそうな雰囲気で。

 

「さっきのレースでロー○ー流されちゃったんだけど……」

 

「知るか!」

 

 

 そんなもの落としても誰も拾わない……

 

「津田くーん。ロー○ー拾ったんだけど」

 

「あっ! それ私のです!」

 

 

 ……拾う人がいたんだな。てか七条先輩じゃんか……さすが同類。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての競技が終わり、私は会長に目薬を点してもらった。

 

「ちゃんと目をケアしなきゃ駄目だぞ」

 

「でも津田君は目の保養はいっぱいしたんじゃない?」

 

「では津田に必要なのは腰のケアだな!」

 

「ずっと前かがみだったもんね~」

 

「俺を置いて俺の話をするんじゃない!」

 

 

 津田がツッコミを入れたタイミングで、本部に五十嵐先輩がやってきた。

 

「あの、津田君……」

 

「はい? なんですか、五十嵐さん」

 

「今日は本当にありがとう。私の口内を守ってくれて」

 

「まだ言ってるのかよ……」

 

 

 何やら妄想が加速してるような五十嵐先輩に、津田が呆れながらツッコミを入れた。

 

「でも、カエデちゃんの唇なら、男子が蹂躙したくなる気持ちも分かるな~」

 

「分かるな……」

 

 

 こうしてグダグダな――割と何時も通り――終わり方だったけども、無事に水泳大会は終了したのだった。




次回から夏休みですね……オリジナルな展開を考えなければ……


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夏休み突入

早くも堕落しているのが一名……


 夏休みに入ったが、生徒会の業務は沢山ある。したがって休みだろうが学校に行く必要があるのだ。

 

「あれ? 夏休みなのに何でタカ兄は制服を着てるの?」

 

「生徒会の業務だ」

 

「朝早くから大変だね~」

 

「そういうコトミだって朝早いじゃないか」

 

 

 コイツが休みの日のこんな時間から起きてるなんて思わなかった。

 

「私は今から寝るの」

 

「早くも堕落してるな……ん? そういえばお前、補習じゃなかったっけ?」

 

 

 期末試験の成績が振るわず、補習か否かのラインスレスレだと聞いていたんだが……

 

「私は何とかセーフだったんだけど、トッキーがね……まさか名前を書き忘れるなんてミスを目の前で見る事になるなんて思わなかったよ~」

 

「……それってドジで済ませて良いのか?」

 

 

 回収の際に試験官が確認すると思うんだけど、あえて言わなかったのだろうか。まぁその事を気にして遅刻してもバカらしいからな。堕落した妹は放っておいて出かけるとするか。

 

「あっ、昼飯は自分で何とかしろよ」

 

「えぇー! タカ兄、何時に帰ってくるの?」

 

「知らん。とりあえず夕方までには終わるだろうがな」

 

 

 コトミに昼食代を渡して家を出る。本当は自分の金で何とかさせたいのだが、相変わらずの金遣いの酷さなのだ。

 コトミの生活に不安を感じながらも、俺は学校にやってきた。アイツは宿題とか計画的にやるのだろうか……

 

「やぁ、津田」

 

「おはようございます、会長」

 

 

 校門で会長と合流し校舎内へと入っていく。夏休みだけあって人の気配はまるでなかった。

 

「ここでなら、裸になってもバレ無いだろうな」

 

「まず裸になるな」

 

「ふっ、分かってるさ。露出プレイは、見られるか如何かのギリギリを楽しむんだもんな!」

 

「そうじゃねぇよ……」

 

 

 ツッコミを入れたのにボケ続ける会長に呆れ、俺は先に生徒会室へと向かう。すると後ろから慌てた会長が早足で追いかけてきた。

 

「あら、天草会長に津田副会長」

 

「五十嵐、お前も来てたんだな」

 

「ええ、人気のない校舎でふしだらな事をする生徒かいないかどうかを見張らなければいけませんし」

 

「せっかくの休みに学校に来てまでふしだらな事をしようなんて考える生徒はいないと思いますが」

 

「そうだな。つまりそんな事を考えてしまう五十嵐の頭がふしだらだと言う事だな」

 

 

 うんうんと頷く会長を見て、五十嵐さんが慌てたように言い訳を始める。だがそれに付き合ってる暇は無いので会長に全て任せて先に生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田が先に行ってしまったので、私は五十嵐の相手をする事にした。

 

「そもそも、補習以外で学園に来ている男子は津田だけだ。つまりふしだらな事をしでかすとしたら津田と誰かだと言う事になる。お前は津田に一日中張り付いてるつもりなのか?」

 

「津田君に、一日中……ッ!?」

 

 

 何を想像したのか、五十嵐のヤツがいきなり真っ赤に染まった。やはりコイツはムッツリだな。

 

「じゃあ私も忙しいのでそろそろ行くぞ。お前も心配ごとが無くなったのなら帰るんだな。用の無い生徒は学園に来てはならんからな」

 

 

 五十嵐に忠告だけして、私は生徒会室へとやって来た。

 

「暑いわねぇ~、海でも行って涼みたいわ」

 

「海と言えば、水着ですね」

 

 

 生徒会室に入るなり、アリアと萩村がそんな話をしていた。

 

「水着と言えば、お尻だな」

 

 

 ここで胸と言わないのは、私が貧乳だからとかではないぞ! 断じて! 絶対に!

 

「お尻と言えば、浣腸だね」

 

「無いよ。それは無い無い無い無い!」

 

 

 連想ゲームの最後は、津田のツッコミだった。しかし私たちも相変わらずのやり取りしかしてないな……

 

「では、早速見回りに行くぞ!」

 

 

 生徒会メンバーを引き連れて、私は校内の見回りに出る。休みだからといって校内に人がいない訳ではないのだからな。

 

「あれ? この教室、誰かいますね」

 

「補習だろ。時さんや柳本がそうだって聞いたし」

 

 

 なんだ、津田以外にも男子がいるのか……五十嵐がふしだらな事を考えるのも無理は無かったな。

 

「では、静かに進もう」

 

 

 補習の邪魔になったら悪いので、私たちは静かに、そして早足で教室の前を過ぎ去るはずだったのだが……

 

 クチュクチュ

 

「誰だ! 下着を濡らしてるのは」

 

「ごめんなさい!」

 

 

 アリアが下着を濡らしていて、その音が気になり大声で問い詰めてしまった。てか、アリアが下着を穿いてるなんて珍しい事もあるものだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中で生徒会の仕事は終わったのだが、午後からはバイトのシフトが入っているのだ。俺は制服のままバイト先にやってきた。

 

「おはようございます」

 

「おや? 津田さん、何故制服で?」

 

「午前中は生徒会の業務で学校に行ってたので」

 

 

 ちょうど休憩中だった魚見さんに軽く説明をして、俺は学園の制服から仕事用のユニフォームへと着替える。もちろん更衣室に移動してだ。

 

「夏休みだけあって、今日はなかなか混んでますよ」

 

「そうですか。ところで、魚見さんはこの後も?」

 

「ええ。人手不足は相変わらずですので」

 

 

 今年受験生の魚見さんが、こんな時期までバイトしてて良いのか、とか色々思うけど、本人が気にしてなさそうなので俺が気にしてもしょうがないだろうな。

 

「いらっしゃいま……何だ、コトミか」

 

「タカ兄? 生徒会の仕事じゃなかったの?」

 

「そっちは終わった。だけどバイトがあるから夕方くらいになるって言ったんだよ」

 

「そうなんだ~。よかったね、マキ」

 

 

 如何やらコトミは一人ではなく、八月一日さんも一緒のようだった。よく見れば時さんもいる。補習は午前中で終わったのだろう。

 

「タカ兄に会えないってさっき愚痴ってたもんね~」

 

「アンタは余計な事言うな!」

 

「……ご注文、お伺いしても?」

 

 

 レジ前で騒がれると迷惑なので、俺はさっさと流す事にした。時さんの同情的な視線が、今はすっごくありがたいと感じたのだった。




なんか森さんがカナヅチだって情報を入手……てかマガジンで読んだんですが。使えるかもしれない……


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津田家訪問

原作よりお客さんが多いですよ


 夏休みにただただ生徒会の業務だけで集まるのはもったいない、と言う事で今日はみんなで津田の家にお邪魔する事にした。何故津田の家なのかと言うと、英稜の二人も含めた公正公平なる多数決の結果でそうなったのだ。数の暴力では無いぞ、断じて!

 

「ところで、今日は日曜だがご両親は?」

 

「両親は出張です」

 

「なんだかギャルゲーみたいな展開だね」

 

「ギャルゲー? 何の事です?」

 

 

 普段ゲームをしない津田にとって、この表現は分かりにくかったようだ。それにしても、本当に兄妹似てないんだな……方や真面目で誠実、成績優秀で運動神経も抜群に秀でている。方や不真面目でいい加減、成績は低空飛行で運動神経もそれほど良いわけでもない。見た目が似てるから兄妹だと理解出来るが、字だけでみると兄妹だとは思えない差だな……

 

「でも~、私的にはエロゲー的な展開がほしいですね~」

 

「分かるよ!」

 

「分かるな……」

 

「? なぁ萩村、七条先輩とコトミは何で盛り上がってるんだ?」

 

「津田さん、あの二人はですね……」

 

「会長は余計な事言わなくて良いですからね!」

 

 

 ウオミーが説明しようとしたのを、森さんが慌てて止める。この二人も立派なボケとツッコミだな。

 

「両親が不在と言う事は、家事も大変だろう。よし、私たちが手伝ってやろう!」

 

「いえ、今日の分はもう終わってますし、お客さんにやってもらうのは駄目だと思いますよ」

 

 

 クッ、津田の優秀さが憎い! せっかく津田の下着やらを物色するチャンスだと思ったのに……

 

「シノッチ、考えが顔に出てますよ」

 

「シノちゃんだけ抜け駆けはズルイと思うな~」

 

「スマン……」

 

「会長、タカ兄のパンツなら、今干してありますけど」

 

「なにっ!?」

 

「……お前ら、人の家に来てまで何するつもりだったんだ」

 

「「「あっ……」」」

 

 

 まさかコトミが囮だったとは……津田のヤツ、私たちの行動を読むのが上手くなってるな……

 

「じゃ、私はこれで」

 

「待て。お前も余計な事を言った罰だ。ついでに説教してやる」

 

 

 あれ? コトミは囮じゃなかったのか?

 

「そうだな……二時間くらいそこで正座してろ」

 

「それだけ?」

 

「あぁ、それだけだ」

 

「よかった……」

 

「もちろん、微動だにする事は許さないからそのつもりで。トイレに行くなら今のうちにどうぞ」

 

 

 意外と厳しい罰だった……私たち四人は、大人しく二時間正座をし続けたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四人を正座させた津田は、私と森さんと一緒に宿題を進める事にしたのだが、実は私は既に終わらせているのだ。その事を津田に伝えて、私は二人の傍で読書をしつつ、会長ら四人の監視を任された。

 

「やっぱり萩村は凄いね」

 

「何よ急に」

 

「だってこの量をもう終わらせたんだろ? 生徒会の業務とかあるのに凄いって」

 

「私は、アンタみたいに妹の世話や家事なんかをしてないから」

 

「その考え方ですと、同じように生活してる私がなんだか駄目みたいですね」

 

「いえ、森さんはバイトしてるじゃないですか。私はバイトもしてませんし」

 

 

 この前面接に行ったら、年齢詐称とか言われたので怒鳴って帰ってきてしまったのだ。だけどあれは店側が悪い、私は年齢詐称なんてしてないのだから。

 

「今度ウチじゃない何処かに遊びに行く?」

 

「良いわね。夏だし泳ぎたいわね」

 

「泳ぎ……ですか……」

 

「? 森さん、何か不都合でも?」

 

 

 海にするかプールにするかを考えていた私の代わりに、津田が森さんに訊ねる。そういえばこの話題になってから森さんの挙動がおかしかったような……

 

「森っちは泳げないんですよ」

 

「会長! 余計な事言わないでください!」

 

 

 そうだったんだ……でも、森さんでも苦手な事があるのね。

 

「じゃあ山にするか! 夜にみんなで肝試しとか!」

 

「でも、それじゃあスズちゃんが怯えちゃうわよ?」

 

「だ、だ、だ、……大丈夫ですよ?」

 

「萩村、説得力が皆無だよ……」

 

 

 震えながら強がりを言った私に、津田が呆れながらそう言った……だって、怖いものは怖いじゃないのよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二時間正座して、その後でタカ兄のご飯を食べて私たちは今後片付けをしている。

 

「そういえば、台風が近づいてるらしいですね」

 

「そのようだな。どの局も台風のニュースばかりだ」

 

「後は俺がやっておくので、皆さんはそろそろ帰った方がいいのでは」

 

 

 確かに台風が直撃して、電車が止まってしまったらみんな帰れないだろうしね。もうちょっと遊びたかったけども、帰りに支障が出てしまうのは忍びないもの。

 

「大丈夫よ。後で出島さんに車で迎えに来てもらうから。もちろん、シノちゃんたちも一緒に送ってもらえるから安心してね」

 

「なら、この夏休みに遊びに行く計画を練ろうではないか!」

 

「海やプールだと森先輩が駄目で、山だとスズ先輩が夜とか怯えちゃうんでしたっけ?」

 

 

 泳げないのは仕方ないとしても、スズ先輩のは完全に子供だなぁ……

 

「子供って思うな!」

 

「まさか、スズ先輩も読心術を!?」

 

「いや、今のコトミの顔を見れば誰でも分かるだろ」

 

 

 タカ兄が洗い物を終えて私たちと合流してすぐにそうツッコム。相変わらず我が兄は優秀なようじゃの。片割れとして鼻が高い。

 

「心の中でも厨二禁止」

 

「やはり読心術!?」

 

 

 スズ先輩は兎も角、タカ兄は絶対に使えてるよね……何処でマスターしたんだろう?

 

「七条先輩」

 

「ん~?」

 

「迎えに来てもらうにしても、早めに連絡しておいた方が良いですよ? 外、雨とか風とか強くなってきてますし」

 

 

 タカ兄に言われて、アリア先輩は携帯を取り出し迎えを呼ぶ事にした。その間私たちはお出かけの案を出し合っていたのだが――

 

「今車検に出してるんだって~。ビックリだよ~」

 

「……もう電車も動いて無いですよ?」

 

「じゃあお泊りですね~」

 

 

 私が声高にそういうと、シノ会長とウオミー会長、アリア先輩は嬉しそうに、スズ先輩と森先輩は少し恥ずかしそうに、でも心のうちは嬉しそうな表情を浮かべた。

 ただ一人、タカ兄だけは嫌そうな表情を浮かべていたけども、これだけ美人とお泊り出来るんだから、内心は嬉しいんだろうな。って普通の兄ならそう思うのだろうけども、残念ながらタカ兄の場合は嬉しさより先に苦労が押し寄せてくるので本気で嫌がってるのだろうな……なんて残念な思春期男子なんだ。




次回お泊りですね。誰が動くのか……


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お泊り 前編

一話に入りきらなかった……


 台風で電車も止まり、頼みの綱だった出島さんの車も車検ということで、私たちは津田の家に泊まる事になった。もちろん事情は親に話したし、津田の誠実さは私たち全員が知るところなので襲われるなどの心配は皆無だ。むしろ私たちが津田を襲う可能性の方が高いのではないかとも思う。

 

「順番にお風呂に入っちゃってください。着替えはコトミので大丈夫ですよね? キツイ人がいるのなら俺のシャツを貸しますけど」

 

 

 津田のシャツだと!? いや、でもコトミの服で私や萩村は事が足りるしな……

 

「じゃあ津田君、悪いけど貸してもらえるかな? サイズは大丈夫そうなんだけど、胸の所がね」

 

「私もですね。コトミさんのでも何とか入りそうですが、寝る時に窮屈な思いはしたくないです」

 

「出来れば私も貸してもらえないでしょうか? 普段寝る時はダボダボの格好ですので、コトミさんのですとピッタリなんですよ」

 

「分かりました。では三人は俺のシャツを貸しますのでそれを着てください。今着ているものは洗濯機に突っ込んどいてくれれば洗濯して明日には乾くでしょうしね」

 

 

 何とも主夫的発言なんだ。普通の高校生なら、女子高生が身に着けていた下着や洋服なんて宝の山だと思うのではないだろうか。

 

「俺は最後で良いので、コトミ後は任せるぞ」

 

「分かったよ! みんなの体液が溶け込んだお湯を飲むんだね!」

 

「来月の小遣いは無しで良いんだな?」

 

「本当に申し訳ありませんでした!」

 

 

 コトミのボケに対して、津田は容赦のない言葉をかけた。パワーバランスがより津田に傾いてるように感じるのは気のせいでは無いだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員風呂からあがり、リビングでのんびり過ごしていたらふと思いついたようにコトミが呟いた。

 

「なんだかパジャマパーティみたですね」

 

「パジャマパーティ?」

 

「そのままの意味ですよ。寝る時の格好でワイワイやるんです」

 

 

 萩村の説明に七条先輩は納得し、だがしかし申し訳なさそうな顔になった。

 

「パジャマパーティなら私、寝る時裸だから脱がなきゃ」

 

「「「やめなさい!」」」

 

 

 俺、森さん、萩村のツッコミトリオが言葉だけで七条先輩の奇行を止める。女子だけならまだしも一応俺だっているんですから……少しは自覚してくださいよね。

 

「私は寝る時に拘束具を付けているので、今すぐに……」

 

「「「だからやめろ!」」」

 

 

 七条先輩が治まったと思ったら、今度は魚見さんが立ち上がり変な事を言った。そもそも何故拘束具? しかもそんなもの家にはありませんよ?

 

「じゃあ私の部屋から持ってきますねー」

 

「……コトミ、何でお前がそんなもの持ってるんだ?」

 

「あっ……」

 

 

 コトミが墓穴を掘ったのだと全員が理解したのだろう。まさか五人揃って合掌するとは思わなかった。

 

「ひっ!?」

 

「停電か?」

 

「落ち着け。とりあえずブレーカーを探そう……ん? なんだこの物体は?」

 

 

 会長が何かを見つけたようだけど、そんなところにブレーカーは無いだろ。夜目の聞く俺は立ち上がりブレーカーの場所まで移動する。移動してた時萩村と森さんが若干震えてたのは気のせいだな。

 

「おぉ! アリアの乳房だったのか!」

 

「大声で変な事言うな!」

 

 

 リビングから聞こえてきた会長の声に、思わずツッコミを入れてしまった……何で自宅でこんなに疲れる思いをしなければならないのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきの停電で火がついたので、私とシノッチの企画で部屋の灯りを消して怪談をする事になった。ちなみに津田さんは呆れたのか自室に戻り宿題を片付けると言ってここにはいません。

 

「そういえば、皆さんって何処で寝るんですか? リビングを片づけたとしても三人くらいしか寝れませんよ?」

 

「他には何処で寝れるんだ?」

 

「そうですね……私の部屋に一人なら大丈夫ですけど、それでもあと一人いますしねぇ」

 

「津田の部屋は如何だ?」

 

 

 食いぎみにシノッチがコトミさんに訊ねる。あれで自分の恋心を隠せてると思ってるあたり、シノッチも可愛いですよね。

 

「タカ兄の部屋ですか? 大丈夫だと思いますけど、タカ兄が許可してくれるかなぁ?」

 

「何か問題でもあるのか?」

 

「以前寝静まったと思ってタカ兄の部屋に忍び込んだんですけども……」

 

「何で忍び込んでるのよ……」

 

 

 話の途中でスズポンがツッコミを入れる。細かい事は気にしちゃ駄目な場面なんだよ?

 

「その時にこっ酷く怒られましたから……私が聞きに行っても駄目だって言われるでしょうね」

 

「ではその交渉は我々がやろう!」

 

「もちろんです!」

 

 

 シノッチと二人で立ち上がり津田さんの部屋へと向かう。

 

「津田、少し入っても良いか?」

 

『会長? 何かありましたか?』

 

 

 部屋の中から返事があり、少し待って津田さんが部屋に招き入れてくれました。

 

「津田、私と一緒に寝てくれ!」

 

「はぁ?」

 

「シノッチ、ニュアンスがだいぶ違いますよ」

 

「おっとそうだったな……」

 

 

 事情を説明すると津田さんは神妙に頷き一人だけならと許可をくれました。

 

「では早速誰が何処で寝るかを決めなくてはな!」

 

「リビングに戻って大乱闘ですね!」

 

「出来れば平和的に決めてください……」

 

 

 津田さんが紙とペンを差し出してきました。つまりはあみだくじかそこらで決めてくれとの事なのでしょう。これは運頼みもありますが、引きの強さも重要になってくる場面。ここで津田さんの部屋に泊まれれば他の相手より数歩リード出来ますからね。

 

「ウオミー、さっそく下に戻って作成だ!」

 

「不正が無いようにしっかり作りましょう!」

 

 

 意気揚々とリビングに戻っていく私たちを、津田さんは呆れながら見送りました。




誰がタカトシの部屋で寝る事になるのか……


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お泊り 中編

また、終わらなかった……


 誰が何処で寝るのかを決める為に、私とウオミーでくじを作る事になったのだが、萩村と森さんがイマイチ信用出来ないと言う事で、くじはその二人が作る事になった。

 

「シノ会長もウオミー会長も、後輩から信用されてないんですね~」

 

「しょうがないよ。シノちゃんも魚見さんも普段の行いがね~」

 

「お前たちに言われたくないぞ!」

 

「そうですよ! コトミちゃんも七条さんもさほど変わらないじゃないですか!」

 

 

 だが改めて思うと、私の信用はコトミと同レベルなのか……なんだか悲しい気分になってきたぞ……

 

「出来ました。公平になるように引く順番はじゃんけんで決めましょう」

 

「わっかりました~」

 

「ちょっと待て。何故コトミまでくじを引こうとしてるんだ? お前は自分の部屋で寝ればいいだろ」

 

「え~! 私だってタカ兄に夜這いをかける権利……じゃなかった。みんなでワイワイする権利がほしいですよ」

 

「残念だけど、コトミちゃんの分のくじは作って無いわよ。大人しく自分の部屋で寝なさい」

 

 

 萩村の言葉に、コトミはがっくりと肩を落とした。まぁ本音が出た時点でコトミは津田の部屋に入れるわけにはいかなくなったのだがな。

 

「順番は、七条さん、天草さん、魚見会長、萩村さん、私ですね」

 

「森さんってじゃんけん弱かったんですね」

 

「はい……」

 

 

 まさかの一人負けをした森さんはションボリとした雰囲気を纏っている。まぁ勝負は時の運、負ける事もあれば勝てる時もあるだろう。

 

「それじゃあ早速……」

 

 

 この後、全員がくじを引き終わるまで開ける事はせずに、同時に結果を見たのだ。その結果……

 

「私はコトミちゃんの部屋だね~」

 

「おっ、アリア先輩ですか~。こりゃ夜が長くなりそうですね」

 

 

 コトミの部屋にはアリアが泊まる事になった。

 

「私はリビングだな」

 

「私もです」

 

「ちょっと待って、この二人相手に如何しろと?」

 

 

 リビングに泊まる事になったのは私とウオミーと萩村に決定。と言う事は……

 

「私が津田さんの部屋ですね」

 

 

 森さんが開いたくじには、『津田の部屋』と書かれていた。あれは萩村の字だな……

 

「それじゃあ森先輩は、タカ兄の部屋にご案内しますね。会長たちは少し待っててください。すぐに布団出しますので」

 

 

 コトミの宣言で、我々は各自寝泊まりする場所に移動する事になった。とりあえず、このテーブルをどかしておくとするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰か一人がこの部屋で寝るそうなのだが、出来れば萩村か森さんが良いな……ボケないし襲ってくる心配もないだろうから……

 

『タッカ兄~今日の生贄が決まったよ~』

 

「くだらない事言ってないで入ってこい」

 

 

 コトミのアホ話に付き合ってるのも疲れるので、さっさと結果を知らせるように言う。コトミも心得ているのかそれ以上アホな事は言わずに部屋に入ってきた。

 

「じゃ~ん! タカ兄と夜を共にするのは森先輩で~す!」

 

「……何でお前はそういったくだらない表現ばかりするんだ」

 

 

 普通にこの部屋で寝るのは、で良いだろうに……そんな事ばかりに頭を使わずに、もっと役に立つ事に頭を使えと何度も言ってるのに……

 

「えっと……おじゃまします」

 

「どうぞ」

 

 

 森さんを部屋に招き入れ、コトミを追いやる。如何やら七条先輩がコトミの部屋に泊まるようだから……萩村、南無三。

 

「えっと、私は何処で寝ればいいのでしょうか?」

 

「今布団出しますね」

 

 

 普段使っていない布団を押し入れから引っ張り出し床に敷く。女性を床に寝かせるのは忍びないが、男が普段使ってるベッドを使うのは嫌だろうし、仕方ないか……

 

「もう寝ます? 寝るなら電気消しますが」

 

「いえ……まだ大丈夫です」

 

 

 森さんは何故か布団の上に正座している。何があったんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃんけんで負けて一番最後、残ってたくじを引いたら、それが津田さんの部屋に泊まるくじだったのだ。私は津田さんが敷いてくれた布団の上に正座してただただ時が過ぎるのを待っている。

 

「なんだか下がやかましいですね」

 

「魚見会長と天草会長が一緒ですからね……」

 

「少し注意してきます」

 

 

 津田さんが部屋から出て行って、私は余計に所在の無さを覚えてしまった。よくよく考えると、異性の部屋に入ったのって初めてかもしれません……しかもそれが津田さんの部屋とは……

 

「本棚に入ってる本の殆どが参考書ですね……あとは小説とほんの少し漫画本がありますね」

 

 

 年頃の男子は、エッチな本を隠し持ってるとか聞きますけども、津田さんは如何やら持ってないようですね。もし魚見会長か天草会長、七条さんが津田さんの部屋に泊まる事になってたら、物色とかし始めたのでしょうね。

 

「如何かしました?」

 

「い、いえ……本棚に参考書がびっしりだったので感心していました」

 

「別にびっしりと言う感じではないんですが……まぁ気になる本があるなら読んでも良いですよ」

 

 

 津田さんは私の事を疑いもせずに机に向かい直しました。おそらくはまだ勉強を続けるのでしょう。

 

「そういえば、下が大人しくなったような……」

 

「ああ。騒がしかった二人には、強制的に寝てもらいました」

 

「なるほど……」

 

 

 私だったら出来ないような事でも、津田さんはする事が出来るのでしたね。私じゃあの二人を強制終了させる事は出来ませんし……

 

「今日は色々とスミマセンでした。いきなり押しかけて挙句に泊めていただく事になって、服まで貸していただいちゃって……」

 

「いえ、数の暴力……じゃなくて多数決で決まったんです。そこは仕方ないですし、台風も皆さんの所為じゃないですよ。泊まる事になったのは不可抗力です」

 

 

 津田さんの優しい言葉を聞いて、私は安心してしまったのかそのまま寝てしまいました。普段ならこんな時間に寝るなんてありえないのにな……




勝者は森さん、萩村には頑張ってもらいましょう……


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お泊り 後編

失礼しました……同じミスを二回も……


 急に静かになったと思ったら、森さんは寝てしまっていた。座ったままだったので、俺は森さんを持ち上げ横にして布団をかけた。

 

「さて、俺は残りの宿題でも片づけるとするか」

 

 

 おそらく……いや、絶対に夏休みの終わりらへんにコトミが泣きついてくるのだ。自分の分はさっさと終わらせておかないと面倒だからな。

 

「って、助けてやるの前提で考えてちゃ駄目だな」

 

 

 コトミの為を思うなら、本当なら手助けせずに自分でやらせるのが一番なのだが、それだと終わらないって開き直って遊び出す可能性があるからな……

 

「何で俺がアイツの宿題で頭を悩ませなきゃいけないんだ……」

 

 

 森さんが寝ているので愚痴も小声で。だけど改めて思うまでも無く、俺はコトミに甘い気がするのだ……なんだかんだ言っても最終的には手伝ってしまうし……

 

「いっそ実家を出て一人暮らしでも……いや、この家がゴミ屋敷に成りそうだしな……」

 

 

 掃除も洗濯も料理も人並み以下のコトミ一人をこの家に残すのはかなり怖い。家を出たのに俺にクレームの電話がきそうだし……

 

「はぁ……とりあえず宿題やろ」

 

 

 既に残り僅かになっている宿題を前に、俺はもう一度ため息を吐いた。最近ため息の量が増えてるように感じるのだが、俺の幸せは残っているのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきまで騒がしかった会長と魚見さんだけども、津田が来て注意されて大人しくなった。まぁ半強制的に大人しくさせられたんだけど……

 

「シノッチ、まだ起きてます?」

 

「一応は……今日は手加減してくれてたようだ」

 

 

 津田、手加減なしで黙らせてくれた方が私が楽だったのに……

 

「相変わらずあの目は興奮します。Mに目覚めてしまったようですね」

 

「分かるぞ! あの目やあの言動は実にM心を刺激してくれる」

 

「あの、もう寝ませんか?」

 

 

 普段なら私はとっくに寝ている時間。なのに起きているのはこの二人が騒がしいからだ。

 

「何を言う、萩村! 夜はまだまだこれからだろ」

 

「でもシノッチ、スズポンはお子様だからおねむなんですよ」

 

「よっし、朝まで起きてやろうじゃないか」

 

 

 相変わらずすぐ挑発に乗ってしまう……分かってはいるんだけども如何してもね……これは治らないだろうな。

 

「じゃあ朝まで誰が起きてられるか勝負ですね」

 

「うむ。負けた人は津田の前で全裸になるってのは如何だ?」

 

「シノッチ、勝つ気が無くなりそうな罰ゲームは駄目ですよ」

 

「えっ!? それで勝つ気が無くなるの?」

 

 

 正直恥ずかしくて寝られなくなると思ったのに……

 

「だが、津田に裸を見られても普通に注意されそうな気がするのは私の気のせいだろうか?」

 

「……まぁシノッチやスズポンの裸じゃそうでしょうね」

 

「「喧嘩売ってんのかー!」」

 

 

 魚見さんの視線と言葉から、完全に喧嘩を売ってるんだと言う事を確信した私と会長は揃って立ち上がる。そのタイミングでリビングの扉が開かれた。

 

「お前ら……何時まで騒いでれば気が済むんだ……」

 

「「あっ……」」

 

「しかも萩村、お前まで一緒になって……」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 よほど騒がしかったんだろう。津田の目が本気で怒ってる……

 

「手加減したのが間違いだったようだな」

 

 

 そういって津田は会長と魚見さんを強制的に寝かせた。

 

「萩村ももう寝ろ。それとも、お前も強制的に寝かしつけられたいか?」

 

「い、いえ……普通に寝れるので大丈夫です」

 

 

 寝られるだろうけども、津田のあの顔が夢に出てこないかが心配になってきた……別に怖いとかじゃないんだけども……

 

「じゃ、お休み」

 

 

 津田は会長と魚見さんを布団の中にしまいこみリビングから出て行った。そういえば森さんはもう寝てるのかしら?

 

「まぁ、津田なら間違いが起こるなんてありえないでしょうけども」

 

 

 現にパジャマ姿の会長や魚見さん、七条先輩らがワイワイやってる時に部屋に帰ったんだから……ん?

 

「まさか、その隙にソロプレイを……って、私は会長や七条先輩か!」

 

 

 自分自身にツッコミを入れて、余計な事を考えずに寝る事にした。

 

「はぁ……思考が徐々に毒されてるよ……」

 

 

 自分がだんだん思春期脳になってきているのに気付き、人知れずため息をこぼしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何となくまぶしいと思い私は目を覚ました。昨日は確か津田さんの部屋に泊まって……あれ? 私、布団に入ったの何時だろう……

 自分が何時寝たのか、そもそもちゃんと布団に入ったのかも思いだせない中で、私は辺りを見回した。

 

「あれ? 津田さんがいない……」

 

 

 時計に目をやれば、今はまだ六時前。普段でもまだ起きてないような時間だった。

 

「津田さんは何処に行ったんだろう……」

 

 

 机には既に終わっている夏休みの宿題が置かれている。この量を既に終わらせているなんて、ホントに凄い人ですね……

 

「? なんだか良い匂いが……」

 

 

 下からでしょうか。何やら良い匂いがこの部屋までしてきます。私は好奇心から匂いの許を探る為に部屋から出ました。

 

「キッチンからですね」

 

 

 誰かが朝食の準備をしているのでしょうか。時間的に考えれば早めに寝ると噂されている萩村さんでしょうか? それともこう言った事には真面目な天草会長か魚見会長でしょうか?

 私は誰が朝食を作っているのかを確かめる為に、まだ誰か寝ている可能性があるリビングの扉を開け中に入りました。

 

「えっ、津田さん?」

 

「ん? 森さん、おはようございます」

 

「お、おはようございます」

 

 

 そこにいたのは、現在この家の家主であり間違いなく私より後に寝た津田さんだった。

 

「随分と早起きですね。まだ六時前ですよ?」

 

「いえ、それは津田さんも同じですよ……そもそも私より後に寝てるんですから」

 

 

 津田さんの作る料理の匂いにつられてか、次々と目を覚ましてキッチンに人がやってくる。せっかく津田さんと二人だけだったのに……

 

「昨日着ていた服はもう乾いてますので。着替えるならどうぞ」

 

「いや、このままで良い。帰ってから着替える」

 

「そうですか。では何か袋でも用意しますね」

 

「ありがと~」

 

 

 よくよく考えると、津田さんに私たちの下着を洗濯してもらったんですよね……それで顔色一つ変えずに私たちと付き合える辺り、津田さんは主夫なんだなぁと実感させられました。朝食も凄く美味しかったですし……

 

「ところで津田、コトミは如何したんだ?」

 

「まだ寝てるんでしょうね。アイツは夏休みのこの時間に起きるなんてありえませんから」

 

 

 まだ七時前ですが、私たちは朝食を済ませてそれぞれの家に帰る事にした。本当に津田さんにはお世話になった一日でしたね。




ホントスミマセン……


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動き出す関係

前回ミスったので慌てて考えた話です


 この前津田の家に泊まった時に企画した、また何処かに出かけよう計画を実行する為に、我々はとりあえず集合した。ちなみにどちらにしても七条家が全面的にバックアップしてくれるので宿泊先に困る事は無い。

 

「さて、海と山、どちらに出かけたい?」

 

「行き当たりばったり過ぎるだろ……」

 

「風紀委員長として、見過ごすわけにはいきません!」

 

「じゃあカエデちゃんもくればいいんだよ!」

 

「てか、ちゃっかり準備してるあたり怪しいですけどね~」

 

 

 メンバーはお泊りした五人に五十嵐と畑、そして津田兄妹の九人に一応引率として横島先生、そしてバックアップの為に同行する出島さんだ。

 

「これって俺が同行してもいいんですか? ものすごい女子率なんですが……」

 

「いて! 津田だけは絶対にいて!」

 

「そうですよ! これだけのボケをさばききる自信が……」

 

「まぁ主だったツッコミは三人ですものね~」

 

「ちょっと! 私はボケじゃないですよ!」

 

 

 五十嵐が声を大にして否定しているが、お前もこちら側だと思うのだが……

 

「泳げないのは森さんだけですし、肝試しが怖いのはスズポンだけですし……」

 

「この際両方ってのはいかがでしょう?」

 

「なにっ!? そんな事が出来るのか!」

 

「はい。昼は海を楽しみ、そして夜は山で肝試しと言う事で」

 

「さすが出島さん。良いアイディアね!」

 

「お嬢様! ではご褒美にお嬢様の体液を……」

 

「は~い、まだ日が高いんですから自重しましょうね~」

 

 

 出島さんのボケなのか本気なのか分からない反応に、津田が事務的に処理を施す。ツッコミ女子は今のボケを処理出来なかったようだ……さすがは津田だな。

 

「では横島先生を含めたメンバーは早いところバスに乗りやがれ!」

 

「出島さん、キャラが違う……」

 

「おっと、失礼しました……」

 

 

 七条家が保有するバスに乗り込み、私たちは意気揚々と出かけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七条家で保有しているというホテルに到着し、私たちはとりあえず部屋に荷物を置く事にしたのだが、ここでもまた問題……というか争いが勃発する事になってしまった。

 

「部屋は四つ。うち一つは引率である私と横島先生で利用します」

 

「それって何人部屋なの?」

 

「三人です」

 

「奇数……また珍しい感じですね……」

 

 

 津田さんのツッコミに私たちは揃って頷いた。だって普通なら偶数だと思ったから……

 

「じゃあまた津田と一緒になる二人を決めなければな!」

 

「今回はじゃんけんで如何です?」

 

「うむ!」

 

 

 じゃんけんか……この前はくじを引く順番を決めるじゃんけんで一人負けしちゃったしな……

 

「これはスクープの予感! あっ、私は別の部屋で構わないので」

 

「じゃあ畑を除く七人でだな!」

 

「フッフッフ、私には何を出せば勝てるかが見えているのだよ!」

 

「はいはい……」

 

 

 コトミさんの厨二発言に兄である津田さんが呆れた声でツッコミを入れる……コトミさんのおかげで津田さんのツッコミスキルに磨きがかかってるのだと考えると、今の津田さんを生んだのはコトミさんと言う事になるのでしょうか?

 

「では行くぞ! じゃんけん……」

 

「「「「「「「ぽん!」」」」」」」

 

 

 この時、全員が一回で勝負が決まるなどとは考えていなかったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海で泳ぐ為に水着に着替える……のだが、俺は同部屋の二人の着替えを見ない為に浴室で着替える事になった。まぁ当然なのだけども、そもそも俺とコトミで一部屋使って出島さんと横島先生を分散すれば良かったんじゃないだろうか……てか、運転手さんは男だったような気が……

 

「まぁいっか。あの二人ならそれほどボケ無いだろうし。夜中に人のベッドに潜りこんで来る心配も無い……無いよな?」

 

 

 一人は完全に言い切れるのだが、もう一人は……まぁ大丈夫だろう。

 

「しかし、何時まで俺はここにいればいいんだ?」

 

 

 男の着替えなんて簡単で、俺はとうに着替えを済ませている。しかし女性の着替えとなると色々大変なのだろう。声が掛るまで俺は大人しく待っているのだ。

 

『すみません、もう大丈夫です』

 

「分かりました」

 

 

 扉越しに声をかけられたので、俺は扉を開けて浴室から移動する。

 

「どう……ですか?」

 

「似合ってます?」

 

「ええ。お二人とも似合ってますよ。でも、あえて言うなら何故スクール水着?」

 

 

 去年の夏同様、五十嵐さんは少し大人しめのビキニなのだが、森さんはスクール水着だった。

 

「だって、これ以外持ってないんですもの! 泳げないので……」

 

「あー……そういえばそうでしたね」

 

 

 学校の授業以外で泳がない森さんは、スクール水着以外の水着を持っていなかったらしいのだ。まぁ行き先も未定のまま見切り発車もいいところで呼び出されたからな……

 

「でしたら、下の売店で水着も売ってたので買いに行けば良かったじゃないですか」

 

「でも、そんなに着ない水着を買うのは……」

 

「行きましょう! そんな格好はふしだらです!」

 

 

 まぁ学外で見るスクール水着は何となくおかしいとは思うが、五十嵐さんが言うほどふしだらなのだろうか?

 

「って! 五十嵐さんもその格好で行くんですか? 他のお客さんもいると思うんですけど……」

 

「ちゃんと上は羽織っていきます!」

 

「そうですか……」

 

 

 何となくだけど、羽織った方が視線を集めるような気がするのは気のせいだろうか……まぁいっか。

 

「ん? これは森さんの生徒手帳? 何でこんなものが……」

 

 

 英稜の生徒手帳だったから名前を見るまでも無く森さんのだと分かった。だけど何で本当にこんなものを持ち歩いてるんだ?

 

「そういえば……萩村は大丈夫なのか?」

 

 

 この前家に泊まった時は会長と魚見さんと一緒に寝ていたけど、今回はコトミと畑さんと同室になっているのだ。

 

「萩村、この旅行中に死ぬんじゃないかな……」

 

 

 突貫ツアー三泊四日だと会長が言ってたし、少なくとも三日はあの二人と同じ部屋で寝る事になるのだ。考えるまで無く大人しく寝る二人では無いだろう……しかも隣が横島先生と出島さんの部屋で、その反対の隣が会長、七条先輩、魚見さんの部屋なのだ……

 

「萩村、部屋以外では手伝うけど、そっちは任せるからな」

 

 

 俺は萩村が生活する部屋がある方向に向けて合掌する。萩村……マジで南無三。




さぁどうしよう……


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変わるキッカケ

名前はそれなりに考えて付けましたが、結構ありふれてるかと……


 桜才の風紀委員長、五十嵐さんにつれられて、私はホテルの売店で水着を購入する事になった。

 

「えっと……森さんのサイズはどのくらいでしょう?」

 

「えっと……あっ、これで大丈夫です」

 

「むっ……結構大きいですね」

 

「え、あの……」

 

 

 そんなに見られると同性だとしても恥ずかしいんですけど……

 

「おや~風紀委員長が英稜の副会長の胸を視○してますね~」

 

「まぁあの大きさじゃ○姦したくなるのもしょうがないよね~」

 

「ち、違いますからね!」

 

 

 桜才新聞部の畑さんと、七条さんが五十嵐さんの背後で何かを呟いたらしい。五十嵐さんが大慌てで二人を追いかけまわしている。

 

「あれで年下だと……」

 

「あれで同い年だと……」

 

「まぁシノッチとスズポンは発育不足ですものね」

 

「「よっし、喧嘩だ!」」

 

 

 今度は魚見会長と天草会長、そして萩村さんが現れて、またしても私の胸を見ている……何でみんな私の胸ばかり見るのでしょうか……

 

「この揉みごたえ……お主、なかなかやりおるな」

 

「ちょ!? 止めてください!」

 

「良いではないか、口では止めろと言っていても身体は正直……ガァ!?」

 

「お前は何やってるんだ……すみません、森さん。愚妹が変な事を……」

 

「い、いえ……」

 

 

 あっ、危なかった……もう少しで大声で叫ぶところでしたよ……

 

「おっ、キャットファイトなら私も交ざるぜ!」

 

「では、僭越ながら私も……」

 

「あんたらも引率ならもう少ししっかりとしろよな……」

 

 

 津田さんが周りを全て引き受けてくれたおかげで、私は冷静さを取り戻す時間を確保する事が出来ました。

 

「あっ、そういえば森さん」

 

「はい?」

 

「部屋で生徒手帳を拾ったんですが、とりあえず分かる所に置いておいたので」

 

「ありがとうございます。すみません、なんか色々と……」

 

 

 既にツッコミを一手に引き受けてくれているだけでもありがたいのに……

 

「ではこの旅行中のルールを発表するぞ!」

 

「なんですか、それ?」

 

「この旅行中の間は、我々は名前で呼び合う事になった!」

 

「……何時決まったんだよぅ」

 

「さっきウオミーとアリアと着替えている時にだ!」

 

 

 それはつまり先輩命令という事なのでしょうか……

 

「皆さんは兎も角、俺は如何すれば良いんですか?」

 

「無論、津田も我々の事を名前で呼ぶに決まってるだろ!」

 

「そうだよ~。津田君……じゃなかった。タカトシ君も私たちを名前で呼ぶんだよ~。なんなら、呼び捨てでも良いから」

 

「いえ……それは無理です……」

 

「あの~、私魚見さんと森さんの名前を知らないんですが……」

 

「あっ、俺も知らないですね」

 

 

 そういえば名乗った記憶が無いですね……

 

「英稜高校生徒会長魚見カナとは私の事です!」

 

「よっ、カナ会長!」

 

「お前はホントノリが良いな……」

 

「えっと、その名乗り方じゃなきゃ駄目なんですか?」

 

「普通で大丈夫です」

 

 

 津田さんに確認を取って、私はあくまで普通に名乗る事にした。

 

「森サクラです」

 

「よっ! おっぱいサクラせんぱ……アギ!?」

 

「お前は一度みっちり説教したほうがよさそうだな……」

 

「じょ、冗談だよ~……」

 

 

 コトミさんの脳天に拳骨を振り下ろした津田さんの目は、かなり本気で怒ってる感じがしました。そういえば、津田さんは私だけではなく他の女性の胸にも興味を示してないですね……去年のプールの授業では男子生徒に見られてた覚えがあるんですが……

 

「では津田! ……じゃなかった。タカトシ! 我々を呼んでみるんだ!」

 

「私は何時も通りで良いですよ」

 

「えっと……シノ会長。アリアさん。スズ。カエデさん。カナさん。サクラさん」

 

「おい! 何故私の名前を呼ばない!」

 

「だって先生は引率ですよね? 学生気分じゃ困りますよ」

 

「では私を呼んでください。もちろん呼び捨て希望!」

 

「えっと……サヤカ?」

 

「むほっ!」

 

 

 津田さんに呼び捨てにされた出島さんは、鼻血を吹きだして倒れそうになった。

 

「なんて破壊力……これではお嬢様がMに目覚めるのも納得です」

 

「でしょ~」

 

「何故出島さんは良くて私は駄目なんだ! 津田、不公平だぞ! 私も呼び捨てろ! さもないとお前の童○奪うぞ!」

 

「……少し黙れ、ナルコ!」

 

「はぅ! 分かりました、タカトシ様」

 

「ほぅ、あの横島先生が屈服とは……やはり桜才の影の帝王と名高い……あっ」

 

「その事、詳しく教えてもらえますかね?」

 

「え、えっと……見逃してくれたりは……あっ、駄目ですよねはい……」

 

 

 津田さんに引きずられて行き、畑さんが無念そうな目を私たちに向けていた。

 

「……ではウオミー! じゃなかった、カナ! さっそく泳ぎに行くぞ!」

 

「了解だぜ、シノッチ!」

 

「スズちゃん、浮き輪使う?」

 

「子供扱いしないでください!」

 

 

 スズさんの言葉に、私はかなり動揺した……そっか、浮き輪使うのは子供なんだよね……

 

「森さん? 如何かしましたか?」

 

「い、いえ……」

 

 

 畑さんを粛清し終えた津田さんが戻ってきて、そうそうに私の挙動がおかしい事に気がついた。この人に隠し事をするのは難しそうですね……

 

「前にも言いましたけど……私、泳げないんですよ」

 

「そういえば聞きましたね。でも、全く泳げないんですか?」

 

「は、はい……」

 

「あの!」

 

「はい?」

 

「た、た、タカトシ……は泳げるんですよね?」

 

「五十嵐さん、無理に名前で呼ばなくても」

 

「だ、大丈夫よ……それで、最近私水難事故に遭う回数が多い気がするのよね……だからもう一度一から泳ぎを習いたいんだけど……教えてくれる?」

 

「別に構いませんが……触っても大丈夫なんですか?」

 

 

 津田さんの言葉で思いだしたけども、五十嵐さんって確か男性恐怖症だったような……それなら津田さん……タカトシさんに習うんじゃなく他の人に習った方が良いような……

 

「た、タカトシなら大丈夫だから……それに、サクラさんにも教えるんでしょ?」

 

「まぁそのつもりですが……分かりました。それじゃあ二人同時に教えますよ」

 

 

 タカトシさんに泳ぎを教えてもらうのは嬉しいですけど、ホントに泳げないから見られるのも恥ずかしいです。でも、もし泳げるようになれば学校のプールの授業でも周りを見返すチャンスかもしれませんね。気合いを入れて頑張らなきゃ!




魚見カナ、森サクラ、ホントテキトーだな……


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ぎこちない呼び名

いきなりは無理だろ……


 名前で呼べ、と言われてもそう簡単に変えられるわけではない。もちろん必要とあらば変えるし、望まれるのならば努力もしよう。だが、今のところ誰も苗字で呼んでも文句を言ってこないので、俺は何時も通りの呼び方で接している。

 

「あの、津田さん……絶対に離さないでくださいよ!」

 

「分かってます。森さんもそんな状態で話してたら海水を飲みますよ?」

 

 

 俺は今、泳げない森さんに泳ぎを教える為に海に入っている。とはいっても、足がつく浅瀬で、かつ森さんに泳ぎという事に慣れてもらう為に、森さんの手を取って俺は立っている状態だ。

 海には入っているが泳いではいない。それが現状だった。

 

「だって! 顔をつけるのも怖いですし……かといって下手に動かせば海水を飲みそうですし……」

 

「泳ぐ前に、顔を水につける練習でもしましょうか」

 

 

 泳ぎ以前の問題だったと実感して、俺は一旦森さんの手を離す。向こうでは会長やコトミが楽しそうにはしゃいでいるが、今のところ俺はこの旅行を楽しんではいない。

 

「五十嵐さんも、突っ立ってるなら手伝ってくださいよ」

 

「で、でも……私も泳ぎに自信があるわけじゃないですし……また足をつりそうで怖いですし……」

 

「……貴女も一から覚えなおすんですよね? じゃあ一緒にやってください」

 

 

 森さんと五十嵐さんを水に慣らす為に、浅瀬だけど顔を水につけさせる。潜る事は出来ないから、とりあえずは顔をつけるだけなのだが……

 

「……目を瞑って如何するんですか」

 

 

 身体を捻って二人の顔を確認すると、二人とも目を瞑って、頑なに開こうとはしなかったのだ。

 

「先は長そうだな……」

 

「「ごめんなさい……」」

 

 

 呟いた言葉に二人の謝罪の言葉が返ってきた。誰に聞かせるつもりも無かったんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄と遊びたかったんだろう、シノ会長、カナ会長、アリア先輩は、誰にも気づかれてないつもりで海で遊んでいる。

 

「三人ともタカ兄の事見過ぎですよ。そんなに遊びたいなら突撃すれば良いじゃないですか」

 

「んな!? 別に私は遊びたい訳じゃないぞ! ただ、津田が我々の事を苗字で呼び続けるのが気に喰わないだけだ!」

 

「シノちゃんだって、『津田』のままじゃ無い? それじゃあタカトシ君が名前で呼んでくれないのも無理はないと思うけどな~」

 

 

 さすがアリア先輩。ナチュラルにタカ兄の事を名前呼びしてる。ポテンシャルが高いのはその肉体だけじゃないんですね。

 

「タカ君……それとも自然な感じでタカトシ君? ……どれもしっくりきませんね」

 

「カナ会長は何を考えてるんですか?」

 

「いえ、親しげな呼び方を考えているんですが……どれもイマイチでして」

 

「何となくですけど、カナ会長は『タカ君』が似合うと思います」

 

「そうですか? では妹のコトミさんがそういうなら『タカ君』で行きたいと思います」

 

 

 本当に、何でか分からないけど、カナ会長がタカ兄の事を「タカ君」と呼ぶ姿は妙にしっくりきたのだ。

 

「そういえばスズポンの姿がありませんが……」

 

「スズ先輩なら酔い潰れた横島先生と出島さんの介抱をしてます。ランコ先輩はそのスズ先輩の写真を撮ってますね。何やらマニアから依頼があったとかで」

 

「なるほど……スズポンの身体で欲情する人もいるんですね!」

 

「シノ会長と違って、スズ先輩は見た目がロリですから!」

 

「ケンカウッテンノカ―!」

 

 

 私とカナ会長が意図した通りにシノ会長が反応してくれた。やっぱりこの人は扱いやすいなー。

 

「まぁまぁシノちゃん。見た目が大人っぽくて貧乳がサイコーって人もいるんだから」

 

「アリアまで苛めるー! こうなったら津田に慰めてもらうしかないな!」

 

「でも会長、タカ兄はカエデ先輩とサクラ先輩の相手で忙しいですから、会長が泣きついても相手してくれないと思いますよ?」

 

「あの二人はなかなかの大きさですからね」

 

 

 カナ会長との連携で、私はシノ会長に勝つ事が出来た。私一人だったら厳しい戦いだっただろうな……さすが英稜の生徒会長だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか大声で阿呆な会話が聞こえるが、とりあえずは聞こえないフリを続けて二人の指導に専念する。

 

「とりあえず五十嵐さんは泳げるので、もう少し深い場所に行ってみましょうか」

 

「で、でも! また溺れたら……」

 

「そこまで深い場所には行きませんよ。ただ、ここでは潜れないのでもう少し、という訳ですよ」

 

「ごめんなさい……」

 

「いえ、森さんが悪い訳じゃないですよ」

 

 

 水が怖いのか、森さんは未だに顔を水につけて目を開ける事が出来ていない。ゴーグルしてるのに、何で目を瞑るんだろう……

 

「あの……」

 

「はい? なんですか」

 

「名前……」

 

「は?」

 

 

 急に何を言い出すのかと思ったら、そんな事を言われて俺は一瞬固まってしまった。貴女までそんな事を言うんですか、五十嵐さん……

 

「ほ、ほら! 会長とかの前で苗字で呼ぶと怒られますし、今から慣れておく必要があるんじゃないでしょうか」

 

「何を捲し立てるように言ってるんですか……まぁ、カエデさんがそれで良いなら別にいいですけどね」

 

「ッ!? ……だ、大丈夫です」

 

「……やっぱり止めましょうか?」

 

 

 名前を呼ぶだけでそんな反応をされると、呼ぶ方としても気を使ってしまう。それなら何時ものように苗字で呼んだ方が気が楽なんだが……

 

「タカトシさんは気にしないんですか?」

 

「サクラさんも随分と自然に呼んでますよね?」

 

「英稜の生徒会は名前で呼び合うのがルールですからね。もちろん、外では苗字で呼び合いますが」

 

「そうでしたか。確かに普段は魚見会長って呼んでますしね」

 

 

 このやり取りを、五十嵐さんは顔を赤らめて見ている。そんな反応されると、やはり苗字で呼んだ方がいいんじゃないかと思ってしまうんですが……

 

「まぁいっか。それじゃあカエデさん、行きますよ」

 

「わ、分かったわ! お願いします、タカトシ君」

 

 

 何ともぎこちない返事だったけども、何とか俺の事も名前で呼んだカエデさん。畑さんがいたら喜んで写真を撮りそうな表情をしているが……

 

「何処に潜んでるんですか、貴女は……」

 

「ほぅ、この位置でバレますか……やはり津田副会長はタダものではないですね」

 

「貴女こそ。防水カメラに望遠レンズ、酸素ボンベまで用意するとは思ってませんでしたよ」

 

 

 重装備な畑さんを水の中から引っ張り上げ、そのまま浜辺に投げ捨てる。

 

「あーれー」

 

「凄い力ですね……」

 

 

 サクラさんが驚いているが、普段からあの人と付き合っていたら、人体を投げるなんて荒業も身に付くんですよね……もちろん、あの人以外には使わないですが。




呼び名の変え時って何時なんでしょうね?


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部屋での取り決め

お気に入り登録者数が900名を突破、ありがとうございます。


 浜辺で横島先生と出島さんの介抱をしていたら、何処からか――海の方から畑さんが飛んできた。

 

「な、何があったんですか……」

 

「いや~、ちょっと撮影に力を入れていたところを津田副会長に見つかりましてね。強制退場させられちゃいましたんですよ」

 

「………」

 

 

 酸素ボンベなんて何処から持ってきたんだろう……てか、この状態の畑さんを強制退場させるなんてどんだけ力があるのよ……

 

「一応撮ったのがあるけど、見る?」

 

「何を撮ったんですか?」

 

 

 畑さんから撮影済みのデータを見せてもらう。そこに映っているのは、森さんや五十嵐さんと楽しそうに手を繋いでいる津田の姿だった……正確に言えば、津田が森さんと五十嵐さんに泳ぎを教えているのだけども、傍から見れば完全にリア充カップルのデート風景だ。

 

「あれ?」

 

 

 津田が映ってるデータが終わったのにまだ続きがあったので、私はそっちのデータも確認する事にした。

 

「あっ! そっちは……」

 

 

 畑さんが止めようとしたがもう遅い。私は残りのデータに目を通し、そして畑さんを睨みつけた。

 

「これはいったい如何いう事なんでしょうかね?」

 

「えっと……遂に出来た萩村スズファンクラブの人から頼まれまして……ロリッ子の写真を撮ってきてほしいと」

 

「ロリって言うな!」

 

 

 ファンクラブが出来たという事実は嬉しいけど、ロリと言われて腹立たしいものがある。津田のデータだけ残すのもアレだったので、私は今日畑さんが撮った全ての写真のデータを削除したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅行初日、とりあえず水に浮く感覚はつかめた、ような気がする感じで泳ぎの練習は終了、ホテルに戻る事になった。

 

「サクラっち、タカ君とはイチャつけた?」

 

「なんですかそれ! って、タカ君?」

 

 

 名前で呼ぶようにとは言ってましたが、何故既に愛称になっているのか疑問に思い、私はカナ会長に訊いてしまった。

 

「なんだかこの呼び方がしっくりくるってコトミちゃんが。私も気に入りましたし」

 

「そうですか……」

 

「それにしても、サクラ先輩はタカ兄と仲良しさんですね~。もしかして未来のお義姉ちゃんになるかもしれませんね~」

 

「「「「「っ!?」」」」」

 

「何言ってるんですか、コトミさん。私はただタカトシさんに泳ぎを習ってるだけですから」

 

 

 内心かなり焦ってはいるのだが、他の五人の方が動揺しているので逆に平静を保てた。

 

「でも、サクラ先輩もタカ兄にチョコあげてましたよね?」

 

「それは……お世話になってましたし……」

 

「つまり義理だと?」

 

 

 なんだかコトミさんが畑さんに似てきたような気がします……

 

「この際だからハッキリと言いますが、私はタカ兄の子供を産みたいとまで思うほどの変態です! そんな義妹が出来るなんて嫌な人はタカ兄は諦めてくださいね」

 

「何を大声でバカな事を言ってるんだお前は……」

 

 

 酔い潰れた横島先生と出島さんを部屋まで担いで言っていたタカトシさんが戻ってきて、そうそうにコトミさんに拳骨を振り下ろした。

 

「だってタカ兄! せっかくならお義姉ちゃんとも仲良くしたいじゃん! だからまずは私の性癖を……」

 

「色々とぶっ飛び過ぎだ!」

 

「痛っ!? でもこの痛みが気持ちいい……」

 

「ホント、駄目だコイツ……」

 

 

 タカトシさんが盛大なため息を吐き、この話はうやむやなまま終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ってから、私は気になっている事を聞く事にした。

 

「サクラさんはた……タカトシ君の事を如何思ってるんですか?」

 

「あの、呼びにくいなら普段通りでいいのでは? ここには天草会長や魚見会長たちもいませんし」

 

「で、でも……」

 

 

 普段みんなの事を苗字で呼んでいるのもあるが、それ以上にた、タカトシ君の事を呼ぶ時には緊張してしまうのよね……異性の名前を呼ぶなんて今までなかったからかしら……

 

「カエデさんだって、自分では気づいてないかもしれませんんが津田さんの事を呼び捨てにしてましたよ?」

 

「あ、あれは焦っちゃって……」

 

 

 ちなみに、その話題の津田君は今部屋付きのお風呂に入っている。私たちは大浴場で済ませたけど、津田君は行かなかったらしい……というか、酔っ払いの相手で行けなかったのだけども。

 

「津田さんは特に気にしてませんし、私も苗字でも名前でもどっちでも大丈夫ですし」

 

「……じゃあ部屋の中では何時も通りにさせてもらいます。でもやっぱり、天草会長たちの前では名前で呼んだ方がいいんでしょうね」

 

「如何でしょう? 津田さんが力技でなかった事に出来るらしいですから」

 

 

 おそらく『力技』と言っても権力ではないだろうな……文字通りの意味なんだろう……

 

「そう言えば五十嵐さんって男性恐怖症なんですよね? 如何して津田さんだけ大丈夫なんですか?」

 

「それは……彼は他の男子と違うって分かったんで……」

 

「あーそれは分かりますね。津田さんは思春期の男子にありがちな事が無いですから」

 

 

 そうなのだ。津田君は思春期男子に良くある事が殆どない。例えば、他の男子は私のむ、胸に視線が来てたりするけど、津田君は何時も私の顔を見てくれている。

 それ以外にも、七条さんがパンツを穿いてなかったりしても興奮より先に呆れ・怒りが現れるくらい他の男子と違う。そんな彼を怯える要素は無いと分かったからだ。

 だけど、恐怖症とは別の意味で、津田君と接すると緊張してしまうのだ。

 

「何の話です?」

 

「あっ津田さん、もう出てきたんですか?」

 

「俺はもともと風呂は短いんで。それで、部屋の中では苗字で呼んだ方がいいんですか?」

 

「……今の一瞬でそれを理解するとは、さすがですね」

 

「いや、何となくそんな感じがしただけですよ」

 

 

 どんな感じなのかは私には分からないけども、津田君は全部説明する前に理解してくれるので付き合うのも楽なのよね……

 

「ところで、俺は何処のベッドを使えばいいんですか? 五十嵐さんから距離を取った方がいい気がするんですけども……窓際か廊下側のどっちかですかね……」

 

「津田君が真ん中でいいですよ。私は津田君なら大丈夫ですから」

 

「何が『大丈夫』なんですかねぇ~」

 

「ヒィッ!?」

 

「またアンタか……」

 

 

 ベッドの下から現れた畑さんを、津田君が襟首をつかんで廊下に放り捨てる……完全に畑さんキラーになりつつありますね……

 

「まったく……それで、俺が真ん中でいいんですか? てか、俺は何処でもいいですけど」

 

「じゃあ津田さんが真ん中で。ここは平等に行きましょう」

 

「? 何が平等なんですか?」

 

 

 津田君は分からなかったみたいだけど――多分、分かってて分からないフリをしてくれてるんだろうけど――私と森さんは「この部屋」では平等に行こうと決めたのだった。




スクープの匂いがすれば、何処にでも現れる。それが畑ランコなんです……


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それぞれの部屋で

恋する乙女たちが思考を凝らす……


 タカ兄の部屋に潜入していたランコ先輩が、何だかションボリした感じで部屋に戻ってきた。

 

「ランコ先輩、成果は?」

 

「駄目ですね……あの人のガードは鉄壁です」

 

「まぁ、タカ兄ですからね~。人の気配は察知出来ますし、心の裡まで読めますからね~」

 

 

 本人は否定しているけども、あれは完全に読心術をマスターしている。我が兄ながらなかなかの逸材だろう。

 

「あの、大人しく寝ませんか?」

 

「駄目ですよ~スズ先輩。タカ兄が大人の階段を上るかもしれないのに、おちおちと寝てられる訳ないじゃないですか~」

 

「津田副会長の爛れた夜の生活、見出しはこれで決まってるんですけどね~。あとは証拠写真だけ手に入ればいくらでもねつ造……じゃなかった、記事を作れるんですけどねー」

 

 

 海で酸素ボンベまで使って失敗、ベッドの下で息を殺して隠れたけど失敗。ランコ先輩が気合いを入れても、その上をタカ兄が行っているのだ。

 

「こうなったら壁伝いに副会長の部屋を監視するしか……」

 

「ロープならアリア先輩が持ってるかもしれませんよ~?」

 

「あんたらは何に全力を注いでるんだ……」

 

 

 スズ先輩のツッコミなんて、タカ兄と比べればまるで子供。見た目通りのツッコミでは私やランコ先輩のパッションは止められないのだ。

 

「念のために申しますが、この旅行での負傷は自己負担となりますのでお気を付けください」

 

「……出島さん、貴女何処から……」

 

「何と、私でも気付かなかったとは……これでも修羅場は結構くぐって来たんですがねー」

 

「貴女とは年季が違うのです。お嬢様のソロプレイを覗き見する為に、気配を完全に殺す事に全力を注いできた私とではね!」

 

「アンタもくだらない事に全力を注ぐな!」

 

「もしかして、出島さんならタカ兄の部屋にも潜入出来るんじゃないですか?」

 

 

 私が発した当然の疑問に、出島さんは悲しそうに首を左右に振った。

 

「残念ですが、私の気配遮断をもってしても津田さんには敵いません。あの人は私以上に気配を殺せますし、わずかでも動揺すれば全て終わってしまいますので」

 

「さすが我が兄だけある」

 

「アンタはいったいなんなのよ……」

 

 

 スズ先輩のツッコミをスルーして、私たちはタカ兄の部屋に忍び込む良い方法は無いかを考えあったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田君と森さんの提案で、部屋の中では普段通りに呼んで良い、という事になったので、私は幾分か緊張せずに過ごせている。

 男子と同じ部屋で生活しなければいけないなんて、ちょっと前までの私には苦行でしかなかっただろうけども、津田君なら安心出来るし、津田君になら触れられても発作は出ないと確信しているので問題は無い。

 

「何だか二つ隣の部屋が五月蠅いですね」

 

「私には何も聞こえませんけど……」

 

「私もです……」

 

 

 津田君がポツリと呟いた言葉に、私と森さんが返事をした。このホテルの壁は完全防音が施されているので、二つ隣どころか隣の部屋の音すら聞こえないはずなのに……

 

「出島さん、畑さん、コトミの三人だな。萩村も可哀想に……」

 

「くじ運って大切なんですね……」

 

「この部屋が一番まともですしね」

 

 

 津田君に森さんは優秀な副会長であり優秀なツッコミ、私も風紀委員長としてしっかりしていると自負しているので、この部屋では三人が三人とも落ち着いた時間を過ごせると考えているのだ。

 

「しかし、良く気が付きましたね。私、畑さんが部屋にいたなんて全く気が付きませんでした」

 

「私もです。畑先輩はスクープの為には何でもする、とは訊いていましたけども」

 

「あの人は努力の方向が間違ってるんですよ。それに、あれだけ気配があれば気づけます」

 

「私たちはまず、他人の気配を察知するなんて事は出来ませんよ」

 

 

 津田君が人並み外れた能力を持っているのは私も森さんも知っている。だけどまさか気配察知まで出来るとは思ってなかったのだ……そもそもこんな隙間に隠れていた畑さんを見つける方が難しい。

 

「会長たちは珍しく大人しいな……いや、あっちはあっちで騒がしいのか」

 

「天草会長、七条さん、魚見さん……あの空間に加わるなんて私には無理ですね」

 

「いや、今は横島先生も一緒のようですよ」

 

 

 ますます嫌な空間だ、そんな感想がピッタリな感じが私の中でしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田にどうやって名前で呼ばせるかと計画をアリアとカナと話しあっていたら、横島先生が部屋を間違えて入ってきた。

 

「横島先生、ここは先生の部屋じゃないですよ?」

 

「五月蠅いわねー細かい事はいいじゃないか!」

 

「完全に酔っ払ってますね」

 

「あたしゃねぇ、津田に命令されなきゃ動かないわよー」

 

 

 朝、津田に命令され呼び捨てられたのが効いたのか、横島先生は完全に津田の雌に成り下がっている。まぁ、津田本人が相手をしていないので、完全なる放置プレイなのだが。

 

「シノちゃん、モノローグでも『津田』って呼んじゃ駄目よ?」

 

「そうだったな! ……何で私のモノローグをアリアが知ってるんだ?」

 

「さぁ? それは気にしちゃダメよ」

 

「そうだな!」

 

 

 細かい事は気にしない、それが私の最近の決めごとなのだ。つ……タカトシに如何やったら私たちを常時名前で呼び捨てにさせる事が出来るのだろうか。

 

「やはり全裸で部屋に突入して、『名前で呼び捨て無ければ襲う』って作戦は如何でしょう?」

 

「でも、タカトシ君にはそんな脅しは効かないと思うよ? 普通に追い返される光景が見えるもん」

 

「確かにな……つ、タカトシは主夫だからな。我々の下着も当たり前のように洗濯していたし」

 

「じゃあ逆に『名前で呼んでくれたら処女をあげる』作戦は如何でしょう?」

 

「タカトシ君は一般の高校生男子と比べると性欲が無いからね。それも駄目だと思う。だって普段から誘惑しても全然手を出してくれないし」

 

「アリアさんが誘惑しても駄目じゃ、シノッチが誘惑しても駄目ですね」

 

「如何いう意味だ?」

 

「巨乳のアリアさんが誘惑しても駄目なのに、貧乳のシノッチが誘惑しても意味は無いって事ですよ。あっ、津田さんが貧乳好きな場合は別ですけどね」

 

「よっし、朝までケンカだ!」

 

「タカトシ様、私を躾けてくださ……グー」

 

 

 この酔っ払い教師は廊下に捨てておくとして、カナは如何やら私とケンカがしたいらしいからな。アリアには悪いが、今日の話合いはこれで終了だ!




タカトシが意識する光景が思い浮かばないのは何故だ……


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ツッコミ不在の恐怖

タイトルから分かるように、今回タカトシはお休みです


 隣のベッドで津田君が寝ているのに、私は緊張する事無くぐっすりと寝る事が出来た。去年の夏は、まだ津田君の事を信頼する事が出来てなかったから微妙に寝不足に陥ったのだけども、今年は快眠だった。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、五十嵐さんも朝早いんですね」

 

「森さんこそ……あれ? 津田君は如何したんですか?」

 

 

 起き上がり森さんと朝の挨拶を交わしてから、私は隣のベッドにいるはずの津田君の姿が無い事に気がついた。

 

「津田さんなら私が起きた時からいませんよ。多分朝の散歩か何かに出かけたんだと思いますけど」

 

「そう言えば、去年もそんな事がありました」

 

「そうなんですか? 去年は私は参加してませんでしたので、その辺りの事は分かりませんけど」

 

「でも、津田君って何時から起きてるのかしら? 少なくとも、私たちより遅くに寝たんでしょうし」

 

 

 津田君が先に寝たはずは無いのは分かっている。だからこそ、彼が寝不足に陥らないか心配なのだ。

 

「この間津田さんの家に泊まった時も、かなり早くから起きてましたよ」

 

「泊まった?」

 

「ええ。津田さんの家に遊びに行ったら、台風で電車が止まってしまいまして。出島さんの車が丁度車検だったのでお迎えも無く、止む終えず津田さんの家に泊まったのです」

 

「そうだったんですか……なんだかお泊り会みたいで面白そうですね」

 

「でも、津田さんは大変そうでしたけどね」

 

 

 森さんからその「大変」の内容を聞かされて、私は津田君に同情した。何で自分の家でそこまで疲れ無きゃいけないんだろうか……

 

「とりあえず着替えましょうか」

 

「そうですね……あっ、でも津田君が途中で入ってくる可能性も……」

 

「大丈夫じゃないですか? 津田さんってかなり勘が良い人ですから」

 

「確かに……」

 

 

 あれは勘なのかしら? それとも、部屋の中の気配なんかも察知出来るのかしら?

 そして、タイミングを計ったのかの如く、津田君は私たちが着替え終わったそのタイミングで部屋に戻ってきたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日はサクラとカエデの二人に付きっきりだったタカトシを、何とかして私たちの側にいさせたい。私とカナとアリアの三人で、その作戦を立てる事にした。

 

「やっぱり~タカトシ君を誘惑して側に誘うしかないと思うんだよね~」

 

「しかし、タカ君は真面目な子のようですし。サクラっちとカエデっちの特訓を投げ出してまで誘惑に乗るとは思えないんですよ。ましてやシノッチの誘惑じゃあ」

 

「カナ、やはり一度本気で喧嘩しようじゃないか!」

 

「まぁまぁシノちゃん。カナちゃんだって悪気があって言ってるわけじゃないんだから。ただ事実を言ってるだけなんだよ~?」

 

「アリアまで苛めるのか!」

 

 

 自分でも分かってはいるが、アリアとカナの大きさに比べたら、私なんて無いのと変わらない……いや、萩村よりは有るのだが。

 

「私たちも二人の特訓を手伝う、という名目でタカ君の側にいるのは如何でしょう? 隙を見てタカ君に抱きついてオッパイアピールなんていうのも出来ると思いますし」

 

「それいいかも! ……でも、タカトシ君が私たちの邪念を感じ取って断る可能性があるんじゃない?」

 

「確かに……アイツは妙に勘が良いからな……」

 

「サクラっちやカエデっちも完全にタカ君の事を意識してますし、あの二人だけキャッキャウフフな展開を繰り広げているのは不公平ですよね」

 

「そうだ! シノちゃん、夜の肝試しでタカトシ君と回る方が良くない? 怖さにかこつけて抱きついたり、そのまま外で……」

 

「それ良いな!」

 

 

 問題は、ちゃんとタカトシとペアになれるかなんだが……

 

「初めてが外、などとは興奮しますね!」

 

「あっでも、ペアって二人一組なんだっけ。この中の内一人だけがタカトシ君とペアになれるのよね……」

 

 

 もちろん、この部屋に中からペアが出来るとは限らない。最近やたらとタカトシと接触の多いサクラや、むっつりスケベのカエデなどがタカトシとペアになったりしたら、アリアの妄想がそのまま実行されるかもしれないじゃないか……

 

「もし三人以外なら、萩村が良いな」

 

「スズちゃんならタカトシ君が変な気を起こす可能性なんて無いものね」

 

「タカ君がペドだったら大変ですけど、普段の二人の関係を見る限り大丈夫でしょう」

 

「こうなったらペア決めの際に少し細工をするしか……」

 

「シノちゃん、不正は駄目だよ? タカトシ君にバレてお説教されるのがオチだから」

 

 

 そうなんだよな……タカトシの前で不正をしようものなら、長時間お説教の上、拳骨や鉄拳制裁が待っているんだよな……こうなったら今から神に頼むしかないのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だか、私がいないところで酷い言われようをされたような気がずっとしているのだが、確かめる手段も無いので大人しく海で遊んでいる。向こうでは津田が五十嵐さんと森さんに色々とレクチャーしている。

 

「私も加われたらな……」

 

 

 泳ぎには自信がある。だけども、津田たちがいる場所では、私は足がつかないのだ。

 

「スズ先輩」

 

「なに?」

 

「容姿相応に砂のお城でも作りませんか?」

 

 

 何となく引っかかったけど、コトミちゃんの提案に乗る事にした。このもやもやした気持ちは全て、創造にブッければすっきりするはずよね。

 

「そう言えば昔、砂場で山を作って穴を掘りませんでした?」

 

「やったわね」

 

「あれって楽しかったんですかね?」

 

「如何かしら?」

 

 

 今考えれば、子供のころの遊びなんて殆ど今やっても面白くないと感じるのだろう。だけどあの時は不思議と楽しかったんだろうな。

 

「今だったら大人の穴掘りを……」

 

「おっと、そこまでだ」

 

「じゃあ貫通式でも……」

 

「だからそこまでだと言ってるだろうが!」

 

 

 ツッコミを入れてもボケ続けるコトミちゃんに、私は如何対処すればいいのだろうか……普段津田に任せっきりなので、こういった場面の対処法を、私は持ち合わせていなかったのだ。

 

「ところでスズ先輩は、前と後ろ、どっちが気持ちいいと思います?」

 

「………」

 

 

 誰か、この思春期娘を止めてくれないかしら……出来れば津田がいてくれると助かったんだけどな……




主人公のセリフ無しってのも珍しい気がする……
そして何だか分かりませんが、お気に入り登録者数が一気に増えて1000人超えを。ありがたい事です。


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萩村、陥落?

色々ヤバいです……


 午前中だけで森さんは大分海に潜ったり浮く事が出来るようになった。五十嵐さんも足を攣る恐怖を克服したのか、普通に泳ぐ事が出来るようになった。まぁそれでもまだおっかなびっくりな感じはするのだけども。

 

「津田! じゃなかった、タカトシ! 偶には私たちも構え!」

 

「そうだよ~。カエデちゃんやサクラちゃんばっかズルイよ!」

 

「タカ君と遊びたいのは私たちも一緒なんですからね!」

 

「あの、俺は別に遊んでは無いんですが……」

 

 

 森さんや五十嵐さんが普通に泳げるようになれる手助けをしているだけで、海に来てから今まで「遊んだ」のかどうか俺には分からない。少なくとも、自分の感覚では遊んだ覚えは無いのだ。

 

「タカ兄ー! 一緒に遊ぼうよー!」

 

「お前もか……」

 

 

 ビーチから大声でコトミに呼びかけられ、俺はがっくりと肩を落とす。俺が遊んでるように見えるのなら、眼科か脳外科に行くことをお勧めする。それでなくても思春期全開で如何にかしてほしいのに。

 

「いや~津田副会長はおモテになりますね~。『津田副会長のイケナイハーレムの実情』って記事を作ってもよろしいでしょうか? ……駄目ですよね、ハイ」

 

 

 いきなり現れた畑さんに、視線を向けただけでくだらない提案を自分から却下してくれた。それは良いんだけども、俺そんなに睨んでないよな?

 

「タカトシさんも大変ですね」

 

「サクラさんだって普段はカナさんの相手をして大変なのでは?」

 

「ですが、私はカナ会長だけですので。タカトシさんのように大勢の相手をしろ、って言われたらすぐに根を上げますよ」

 

「そんなものですかね……畑さん、今のメモは回収しますので」

 

 

 メモには『津田副会長は複数の女性を相手にしている』と書かれている。ある意味では間違って無いのだけども、この人の場合は真実から大きくかけ離れた記事にするのだ。

 

「とりあえず、午後は会長たちと遊びますので、今は大人しくしててください」

 

 

 視界に横島先生と出島さんが入ったが、いい大人なので放っておく事にした。例えビーチでナンパして若い男性を襲っているのだとしても、見なかった事にするのが一番精神的に良いのだ……それが現実逃避だと分かっていてもである……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中の津田は、五十嵐先輩と森さんに付きっきりだったが、午後は私たちと遊んでくれるらしい。別に嬉しい訳ではないけども、ずっとコトミちゃんの相手ばかりしてきた私としては、津田が側にいてくれるだけで楽が出来るのだ。主にツッコミで。

 

「スズ先輩、顔がにやけてますよ?」

 

「そんな事無いわ」

 

「いや、スズはにやけてるぞ! そんなにタカトシの側にいられる事が嬉しいのか! この淫乱ロリッ子め!」

 

「誰がロリだ! この貧乳会長!」

 

「まぁまぁ、スズちゃんがロリなのもシノちゃんが貧乳なのも事実だけど、不毛な争いは止めた方がいいと思うよ?」

 

「「よっし、喧嘩しようじゃないか!」」

 

 

 七条先輩の悪気の無い毒に私と会長は反応した。本当に悪気が無いのか、それともわざと言っているのかは分からないけども、毒である事には間違いないのだから。

 

「相変わらずだな……何で仲良く出来ないんですか」

 

「だって! アリアがいじめるから!」

 

「そうよ! 私は断じてロリじゃないんだから!」

 

「そうですよね~」

 

 

 まさかコトミちゃんが味方してくれるとは思って無かったわ。意外と良い子なのかしら?

 

「スズ先輩はタカ兄でオ○ニーする変態さんですものねー。ロリじゃないですよねー」

 

「なっ!? 何言ってるんだ、このおバカ娘がー!!」

 

 

 いらん事を言いだしたコトミちゃんを全力で追いかける。背後から津田の冷たい視線が突き刺さってるけども、今はそれに反応している余裕は無い。

 少し離れたところでコトミちゃんを捕まえて、私はお説教を開始した。

 

「なんて事を言うのよ! 私が何時そんな事をしたって言うのよ!」

 

「昨日トイレでしてましたよね? スズ先輩の後に入ったら雌の匂いが充満してましたよ?」

 

「だ、誰が雌よ!」

 

「した事は否定しないんですか?」

 

「………」

 

「黙っててあげますから、お説教は勘弁してほしいですねー」

 

「……分かったわ」

 

 

 まさかコトミちゃんに屈服する日が来るとは思って無かったわ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まともだと思っていた萩村が、最近会長たちに毒されている……その事は何となく気づいていたが、まさかコトミの影響まで受けていたとは……

 

「桜才学園生徒会はもう駄目だな……」

 

「英稜も似たような感じですので……」

 

「でも、酷いのは魚見さんだけですよね?」

 

「他の二人は会長のボケにも反応しませんし……ほったらかしなので」

 

「森さんもそうすればいいのでは?」

 

「変な空気のまま仕事をしたくないんですよ……」

 

「あっ、それ分かります」

 

 

 お互い苦労しているので、森さんとは話が合う。まぁ合う事を喜べばいいのか、自分たちの境遇を哀しめば良いのかは微妙なところなのではあるが……

 

「でも、津田さんの様に生徒会メンバー以外にもあれがいるというのは大変でしょうね」

 

「もう慣れました……慣れたくは無かったですけど」

 

「分かります。私も会長の相手は慣れてしまいましたので……慣れたくは無かったですが」

 

 

 会長、七条先輩に加えて萩村も毒されて、生徒会はこれで全員がボケとなった。それに加えて横島先生を筆頭に畑さん、轟さん、コトミ、出島さんと、俺の周りにはまだまだボケが大勢いるのだ。最近は五十嵐さんもそっち側なのではないかと思い始めているのだが……

 

「唯一の救いは、後輩にツッコミが出来る子がいる事ですかね。まぁその子はドジっ子なんですが……」

 

「それってツッコミとして成立してるのですか?」

 

「微妙ですかね……まぁ、もう一人いますし」

 

 

 八月一日さんはまともなはずだし、時さんだってコトミに対しては鋭いツッコミを入れている。ただ二人とも、ちょっとだけズレている時があるんだよな……特に八月一日さんは、俺の前では酷いし……

 

「仕方ない、と言ったらそれまでなんですけどね」

 

「? 何の事ですか?」

 

「さぁ、何でしょうね」

 

 

 テキトーにお茶を濁し、俺は萩村に執拗に言い寄っているコトミに拳骨を振り下ろす。この旅行中に、萩村が道を踏み外さないように注意して見てなければな……最終的には全部俺の負担になるんだろうし……




心のよりどころが……このままではマズイ……


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ハプニング

やるなら今だ! って事でやりました


 午後には会長たちの相手をすると約束してしまったので、今日の泳ぎの練習はこの時間だけしか無い。出来る事なら今日一日みっちり練習して、明日少し沖に出てみる感じにしたかったのだが……まぁこればっかりは仕方無いだろう。

 

「やっぱり津田さんは大変そうですね」

 

「まぁ、もう慣れましたよ……」

 

「何か相談したい事があるなら聞きますよ。私も似たような境遇ですから」

 

「ありがとうございます。反対に何か森さんに相談したい事が出来たら、俺も聞きますので」

 

 

 副会長、ツッコミ、そして周りがぶっ飛んでるという共通点からか、森さん相手には特に構える必要もなく話が出来る。こういった相手は高校に入ってからはあんまりいなかったな……

 

「津田君、こっちにキレイな魚が泳いでますよ」

 

「五十嵐さん、そっちは結構深かったと思うんですけど……」

 

 

 俺ならかろうじて足が着くかもしれないけど、五十嵐さんの身長じゃまず足は届かない。万が一あそこで足を攣ったら、せっかく克服しかけてきた恐怖がよみがえるだろう。

 

「分かったわ。少し離れたところから見るわよ」

 

「そうして下さい。また浜辺まで運ぶのは勘弁してもらいたいですし」

 

「また? 前にもあったんですか?」

 

 

 そっか。森さんは去年の海には来てなかったんだっけか……

 

「遠泳勝負で沖まで泳いで、そのタイミングで五十嵐さんは足を攣ったんですよ。それで溺れかけたのを俺が助けて浜まで運んだんです」

 

「そんな事が……でも、遠泳勝負なら他の人もいたんじゃないですか?」

 

「ええ、いました。でも、普段ふざけてるのにああいった場面では誰一人冷静な行動を取れなかったんですよ」

 

 

 会長も、七条先輩も、魚見さんも動揺して、五十嵐さんは足を攣った事で完全にパニックに陥ってたし……

 

「今年は大丈夫です!」

 

「だと良いですけど……」

 

 

 五十嵐さんを見て呆れていたら、背後で森さんが微妙に足を気にしている雰囲気を感じ取った。

 

「如何かしましたか?」

 

「いえ……少し痺れてるような感じがするんですよね……」

 

「痺れて? そんなに酷使しましたっけ?」

 

「そんな事は……あっ、攣りそう……」

 

 

 今年は森さんが攣るのか……まぁここは浅瀬だし、それほどパニックに堕ちいる事も無いだろうしな。

 

「津田、さん! 私泳げないですよ! 助けてください!」

 

「落ち着いてください。ここは浅瀬ですし、足はちゃんと着くはずですよ」

 

「そういう問題じゃないです! 溺れちゃう!」

 

 

 あぁもう! 普段冷静な分、一度動揺すると森さんは駄目だな……ここは落ち着かせるよりも、他のショックを与えた方が楽かもしれない……後で謝るので勘弁してくださいね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前で森さんが足を攣って、冷静さを失っている。去年は自分が攣って津田君に助けられたので、足を攣る恐怖は良く分かる。でも、津田君も言ってるようにここは浅瀬、あそこまで慌てる必要は無いと思うんだけどな……

 

「サクラ、落ち着け!」

 

「ッ!?」

 

 

 混乱している森さんの名前を呼び捨てて、津田君が思いっきり森さんを抱きしめた。そしてこの角度からでは、津田君が森さんにキスしてるように見えるんだけど……所謂ショック療法ってやつなんだろうけども、妙に気持ちがざわつくのは何故なのかしら……

 

「つ、津田さん……なにをいきなり……」

 

「後でいくらでも謝ります。ですが、あれくらいしなきゃ冷静さを取り戻せなかったでしょ? 無理に宥めるより別のショックを与えて冷静さを取り戻させる方が楽そうでしたので……ごめんなさい」

 

「い、いえ……まさかこの様な感じでファーストキスをするとは思って無かったので……」

 

「俺も初めてです……」

 

「そ、そうですか……光栄です」

 

 

 とりあえずパニックからは脱したようだけども、津田君も森さんも微妙に気まずそうにしている。まぁ当然でしょうね。キスしたんですから……

 

「えっと、五十嵐さん」

 

「何でしょうか?」

 

「今のは別にやましい気持ちからではないので見逃してください」

 

「分かってますよ。津田君はそういった人では無いのは知ってますので。ただ……」

 

「ただ?」

 

 

 私が言い淀んだ事が気になったのか、津田君が私の事をじっと見つめてきます。そういった感情は無いって分かっていても、見つめられるとかなり緊張しちゃう……

 

「五十嵐さん?」

 

「私にも何時か、してほしいなって……」

 

「はぁ……? はい?」

 

「だから! 何時か私にもき、キス……してほしいなって」

 

「……あ、いえ……聞こえなかった訳ではないんですけども……」

 

 

 私が如何の様な意図でそんな事を言ったのかを考えている津田君を見て、私は逃げ出したい衝動に駆られた。なんて事を言ってしまったんだ私は……

 

「ごめんなさい!」

 

「えっ? 五十嵐さん、そっちは沖……」

 

「え? きゃあ!?」

 

 

 慌てて走り出し、自分の足がつかない場所まで行ってから、自分がかなり動揺していた事に気がついた。気づいてからは重力に逆らえず、そのまま沈んで行ってしまった……

 

「(あーあ、結局今年も溺れちゃったな……しかも津田君にはしたない人だって思われちゃっただろうし……)」

 

 

 沈んでいく間、そんな事を考えていたからだろうか。次に目を開けた時に津田君が目の前にいるような気になっているのは……

 

「ぷはぁ!」

 

「全く、なに考えてるんですか貴女は! 逃げるにしても普通は浜辺にでしょうが! 何で沖に逃げるんですか」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 私が溺れていたのはほんの数秒、でもそれだけで海に対する恐怖心を思いだすには十分だった。

 

「……あの、そろそろ離れてほしいんですけど」

 

「無理です! また溺れちゃう!」

 

「……ハァ」

 

 

 津田君に抱きついたまま、私は浜辺までの距離を進んだ。当然畑さんには写真を撮られるし、会長たちには詰め寄られるしで大変だったけども、全部津田君が如何にかしてくれたのでとりあえずは安心だった。

 

「五十嵐さん」

 

「何でしょう、森さん」

 

「……負けませんからね」

 

「私だって」

 

 

 他の人よりは私たちは津田君に意識してもらえてるはずだ。だって森さんはキスしちゃったし、私は布一枚を隔てただけで、ほぼまんまの感触で津田君にくっついていたんだから……




リードするならこの二人でしょうし……


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意識し合う二人

まだ他の人にも可能性が……


 とんでもない光景を私は見てしまった。あの津田副会長が英稜の副会長である森さんに強引にキスをし、その後風紀委員長に密着されている光景を……

 

「これは、これは売れる!」

 

「何が売れるんでしょうね?」

 

「………」

 

 

 恐る恐る背後を確認すると、そこには張りつけたような――実際そうなんでしょうが――笑みを浮かべた津田副会長が仁王立ちしていました。

 

「先ほどの映像、そして写真を載せた桜才新聞特別号です……」

 

「もちろん、検閲はしますからね?」

 

「……諦めます」

 

 

 津田副会長には私でも逆らえない。影の長とも言われる新聞部部長である私でも、あの津田副会長に逆らう事は出来ない。なぜなら、彼こそが真の影の長だからだ。

 

「くだらない事考えてないで、少しは遊んだらどうですか? 会長たちも遊んでますし」

 

「くだらないとは失礼な! 私は、皆さんが喜んでくれそうなゴシップをねつ造……じゃなかった。日々探しているんですよ!」

 

「ねつ造の時点でくだらないじゃないですか!」

 

 

 当然の反論を喰らってしまい、私は大人しく会長たちの下に向かう事にした。だけど、一つだけ気になった事を津田副会長に聞く事にした。

 

「さっきのキス、あれから意識したりしないんでか?」

 

 

 さっきまで普通に指導していたので、私は津田副会長にとってキスとはその程度なのかと考えたのだ。だが、この質問に津田副会長は少し答えるまで間があった。

 

「意識しない訳無いでしょうが。そもそも、初めてだったんですから……」

 

「ほぅ」

 

 

 あの津田副会長が、こんな顔をするなんて……隠し撮りが可能なら写真を撮って裏ルートで売りさばくのですが、津田副会長が相手じゃ無理ですね。せめて私の心のアルバムに保存しておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちの目の前には今、タカ君の唇に触れたサクラっちの唇がある。もし今サクラっちの唇を奪えば、間接的にタカ君の唇を奪った事になるのではないだろうか?

 

「何考えてるのかは分かりませんが、人の唇をジロジロと見るのは止めて下さい」

 

「まさかタカ君のファーストキスが、あんな形で失われるとは思って無かったものでして」

 

「ファースト……」

 

 

 感触を思い出したのか、サクラっちの顔は急激に赤くなっていく。

 

「森! 津田の唇を奪うためとはいえ、あんな演技は認めないぞ!」

 

「シノちゃん、呼び方が元に戻ってる」

 

「そんな事今は関係ない! アリア、お前だって見ただろ! 目の前で津田の初めてが失われたんだぞ!」

 

「公開NTRだね!」

 

「何だか興奮しますね!」

 

「……私の感性がズレてるのか?」

 

「いえ、会長の感性が正しいと思いますよ」

 

 

 私とアリアさんが興奮していると、何時の間にか来ていたタカ君がシノッチに賛同した。

 

「タカ君!」

 

「なんでしょう?」

 

「私にもキスしてください!」

 

「あー良いなー! タカトシ君、私にもして?」

 

「……あれは緊急事態だったからでして」

 

 

 言いながらタカ君はゆっくりサクラっちから視線を逸らす。これは完全に意識しちゃってるのでしょうか? この表情のタカ君で、三日は自家発電出来ますね。

 

「それとも、カエデちゃんみたいに密着しても良い?」

 

「私もカエデさんに負けないくらいはありますよ?」

 

「何を対抗してるんですか?」

 

「もちろんオッパイですよ!」

 

「わ、私だってあるぞ!」

 

 

 完全に見栄を張っているシノッチに、私とアリアさんは可哀想な者を見る目を向けた。

 

「な、なんだよぅ……チッパイだってオッパイだろ……」

 

「まぁ、貧乳好きでも無い限り、シノちゃんでは興奮しないよ~」

 

「ですがアリアさん、シノッチのように大人びた女性がチッパイを気にしてると言うのは、それはそれで興奮するのではないでしょうか?」

 

「その辺りはタカトシ君を交えて……って?」

 

「えっと……タカ君、その握りしめた拳はいったい?」

 

「今すぐ黙るか、殴られて黙るか、選ばせてあげますよ?」

 

 

 百パーセント裏のある笑みを浮かべたタカ君を前に、私たちは押し黙るしかなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が足を攣って慌てたから仕方ないのだけども、あれ以降津田さんとの間に気まずい空気が流れている。私もだけども、津田さんも意識してしまってるらしいのだ。

 

「サクラ先輩」

 

「コトミちゃん? 何か用ですか?」

 

「サクラお義姉ちゃんって呼んでも良いですか~?」

 

「っ!?」

 

 

 冗談でも今はそんな事を言ってほしく無かった。コトミちゃんのお義姉ちゃんになると言う事は、それはつまりそう言う事だから……

 普段なら軽く流して終わりなんですけども、さっきの事を考えるとどうしても考えがそっちに向かってしまう。

 

「コトミ、お前余計な事を言うな!」

 

「え~だってあのタカ兄が意識してる女性なんだからさ~……ごめんなさい」

 

 

 津田さんの鋭い眼光に怯えたのか、コトミちゃんはあっさりと私の前から逃げて行きました――いえ、津田さんの前、と言った方が正しいかもしれません。

 

「えっと……」

 

「はい……」

 

 

 コトミちゃんがいなくなった事で訪れる気まずい空気……これが女性として意識されて無かったらこんな事にはならない、と言う事は私でも分かります。

 つまり津田さんは、私の事を少なからず女性として意識してくれていると言う事なのであって、それが更に私の気持ちに細波を起こす。つまり落ち着けないのです。

 

「さっきは本当にすみませんでした。落ち着かせる為とはいえ、無理矢理……」

 

「いえ、それほど嫌ではありませんでしたし……」

 

「え?」

 

「あっ! 何言ってるんでしょうね、私」

 

 

 変な子だって思われたらどうしよう……

 

「とりあえず、ごめんなさい。それだけは言っておきたかったんで」

 

 

 それだけ言い残して、津田さんはものすごい速度で私の前から逃げて行ってしまいました。

 

「あれって、津田さんも私を意識してる、って事なんでしょうか……」

 

 

 普段女性に無関心、あるいは関心より先に呆れが来る津田さんが、私の事を異性として意識してくれている。これは私にとって嬉しい事です。

 

「それに、津田さんのファーストキスの相手は私で、私のファーストキスの相手は津田さんなんですよね」

 

 

 別の人のファーストキスの相手が津田さんになる可能性はありますが、津田さんのファーストキスの相手が私以外の人になる事は、絶対に無いのです。

 

「カナ会長たちには悪いですけど、泳げなくて良かった」

 

 

 怪我の功名――では無いにしても、何がどう転ぶかなんて分からないものなんですね。




そもそも、この作品のメインヒロインって誰だ?


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肝試し

あの人が脅かしたら怖いだろ……


 森さんのキスと比べたら、私の密着など津田君の中ではそれほど大事件では無いのかもしれない。でも、少なくとも私の中では大事件なのだ。だって、男性恐怖症で触る事はおろか、近づくだけで震えていた私が、津田君に抱きついたのだから。

 

「(慌てていたのもありますが、あれは間違いなく私が津田君に触れるという証明になります)」

 

 

 何で津田君だけ触れるのかは分かりませんが、津田君なら私とお付き合い出来ると言う事なのでしょうね。

 

「(って! 何を考えてるんですか私は! 風紀委員長が自ら校則を破ろうとするなんて!!)」

 

 

 桜才学園は校内恋愛禁止です。だから私と津田君がお付き合いするにしても、私が桜才学園の生徒では無くなる来年から……と言う事です。

 

「(でも、それだと最初から桜才学園の生徒ではない森さんや魚見さんとなら、今すぐにお付き合い出来ると言う事になるんですよね……それは悔しいです)」

 

 

 さっきから津田さんは天草会長や七条さんの相手をしていて私など気にしてる様子は無いですけど、さっき一瞬だけ目が合ったら津田さんも気まずそうに視線を逸らした、ように見えました。それはつまり……

 

「(津田君も私を意識してくれていると言う事)」

 

 

 そうなら良いな。でも、校則もあるし……

 

「何かお悩みですか?」

 

「コトミさん……いえ、ちょっと考え事をしていただけです」

 

「タカ兄との子供の名前ですか?」

 

「こ、子供!?」

 

「あれ? 違ったんですか? カエデ先輩はムッツリだから、絶対そうだと思ったのになー」

 

「誰がムッツリですか!」

 

 

 私の叫び声が聞こえたのか、津田君と森さんがこちらに来てくれて、そのままコトミさんを回収していってくれた。その際に、津田君は一切私の方を見ようとも、森さんの方を見ようともせず、ただ一点にコトミさんを見ていたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散々海で遊んだが、まだまだ遊び足りないので、日が完全に落ちたのを確認して私たちは山に来ている。

 

「それでは、まず脅かす側と驚かされる側に分けるぞ」

 

「やらせ感満載ですね……」

 

「普通に歩くだけじゃつまらないだろ!」

 

 

 つ……タカトシの零した言葉に私は過剰に反応した。私だって心の中では思ってたけど言わなかったんだ、我慢してほしかったんだ!

 

「じゃあこのくじを引くんだ!」

 

「……毎回思いますが、準備早いですね」

 

「そこだけは感心します」

 

 

 タカトシとサクラがしみじみと呟いた言葉に、他のメンバーも頷く。

 

「そんなに褒めるな。濡れるだろ! ……あっと、照れるを噛んでしまった」

 

「えっ、今のって噛んだの?」

 

「さすが津田、的確なツッコミね……出来れば部屋を代わってほしいわ」

 

「ごめん、さすがに畑さんとコトミと一緒の部屋は俺も嫌だ」

 

「とにかく! 早くくじを引くんだ!」

 

 

 これでタカトシとペアに……

 

「俺は脅かす側ですね」

 

「何っ!?」

 

「な、なんですか。いきなり大声だして……」

 

 

 バカな……タカトシは脅かされる側で、私とペアになるように仕掛けたのに……

 

「シノ会長は私とペアですねー」

 

「お前かコトミー!!」

 

 

 完璧な計画の邪魔をしたのは、タカトシの妹だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 脅かす側と言われても、特に何かをするわけでもなく、人が来たら不気味な声を出すか木々を揺らすかのどちらかだろうな。

 

「どうしましょう?」

 

「タカ君を襲うってのはどうです?」

 

「全力で却下します」

 

 

 ペアになったカナさんに相談したのが間違いだったな……てか、この人が真面目に脅かすとも思えないし……

 

「最初は横島先生とスズポンですね」

 

「また難儀な人相手だな、萩村……」

 

 

 最近の萩村の運はどうなってるんだろう……完全について無いと言い切れるくらいの酷さだ……

 

「ではターゲットはスズポン」

 

「いや、二人でしょ……」

 

 

 萩村に狙いを定めたカナさんは、手始めに近くの木を揺らしだした。

 

『ヒィ!?』

 

『落ち着け萩村、唯の風だろ』

 

 

 案の定、萩村はこれだけでも怖がっている……てか、萩村は辞退すると思ってたんだけどな……

 

「では次は……クスクスクス」

 

 

 萩村たちからは見えない角度に移動して、カナさんが不気味な笑い声を上げる。

 

『もう嫌! 私は帰ります!』

 

『なんだ、萩村。濡らしちゃったのか?』

 

『そんな事言ってねーだろ!』

 

 

 萩村、リタイア……まだアリアさんと出島さんのペアが脅かすのに……

 

「所詮スズポンなどこれくらいで撃退出来ます」

 

「いや、そんな誇らしげにされても……」

 

 

 胸を張り、両手でピースをするカナさんを見て、俺は呆れてしまった。

 

「……はっ! ダブルピースならアヘ顔をしなきゃ駄目でしたね! やり直します」

 

「結構です……」

 

 

 意味は良く分からなかったけど、どうでもいい事だと言う事だけは分かった……俺も帰りたいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノ会長と二人で夜の山に入り、タカ兄たちの脅かし方を楽しみにしながら歩いて行く。

 

「こんなはずでは、こんなはずでは……」

 

 

 隣にいるシノ会長が、さっきから念仏のようにブツブツと何かを呟いているのだけども、これはこれで少し怖い。でも楽しいのでツッコミは入れない。

 

『クスクスクス』

 

「おっ? カナ会長の声ですね」

 

 

 早速脅かしが始まったので、私はどんなものかと評価する事にした。

 

「カナ会長では、私を驚かす事は出来ないようですね!」

 

 

 胸を張り勝ち誇った顔をして、何処にいるか分からないカナ会長に勝ちを宣言した。

 

『クッ、殺せ!』

 

「おお! 囚われの女戦士!」

 

『……来月のコトミの小遣い、半分カット』

 

「ヒィ!?」

 

 

 ぼそっと呟かれたタカ兄の言葉に、私は腰を濡らして……じゃなかった、抜かしてしまった。

 

「タカ兄、それだけは勘弁してください!」

 

 

 何処にいるか分からないタカ兄に土下座をして、お小遣いの確保を計る。だって半分も減らされたら私の楽しみが満喫出来ないから。

 

「うわぁー! 私はコトミと百合関係になどなりたくない!」

 

『……何言ってんの、あの人』

 

 

 影からタカ兄の呆れ声が聞こえてきた。私も会長が何を言ってるのかさっぱり分からないよ……私は近親○姦願望はあるけど、百合願望は無いんだけどな……




色々と残念……


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自己暗示

効くかどうかは定かではない……


 タカ君とペアで脅かす側を楽しんでいたら、最後のグループがやってきた。

 

『何で私たちは三人ペアなんでしょう?』

 

『人数的な問題では? もしくは一人は可哀想だと考えたのかもしれませんね』

 

『私は一人でも問題ないですけどねー』

 

『貴女は脅かす側が向いてると思いますよ、畑さん』

 

『それは光栄です』

 

 

 サクラっちとカエデっちと畑さんのペアは、特に怖がる素振りも無く、また警戒してる素振りもなく道を進んでいる。

 

「では、さっそく」

 

「……楽しそうですね」

 

 

 私が気合いを入れると、タカ君が呆れたように呟きました。

 

「当たり前です! 脅かすのは楽しいですし。そしてなりより、皆さんが腰を濡らす……じゃなかった。腰を抜かすのを見るのはもっと楽しいです」

 

「ねぇ、その『腰を濡らす』ってなんなの?」

 

 

 先ほどコトミちゃんも使っていた言葉に、タカ君は首を傾げました。

 

「語感がイヤラシイでしょ?」

 

「雰囲気だけかよ!」

 

『今のって津田さんの声?』

 

『確か津田君のペアは魚見さん……』

 

『また会長がボケたんでしょうね』

 

「失礼な! 私はボケたんじゃなくエロったんです!」

 

「『『なお悪いわ!』』」

 

 

 すぐそばでタカ君が、少し離れたところからサクラっちとカエデっちのツッコミが入る。何ででしょう、こんなに興奮しているのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君とカナちゃんが脅かしてるのを見て、私も早く脅かしたいという衝動に駆られている。だけどもスズちゃん・横島先生ペアも、コトミちゃん・シノちゃんペアも私たちのところにたどりつく前にリタイアしてしまってるのだ。

 

「早く来ないかな~」

 

「お嬢様、脅かす側もそれなりに気合いを入れなければいけません」

 

「そうだね~」

 

「ですから、ここは気合いを入れる為に貝合わせを……」

 

「鼻血出てるよ~」

 

「おっと。お嬢様のお身体を想像して行きすぎてしまいました」

 

「もー、出島さんは相変わらずなんだから~」

 

「「あははははは」」

 

『ふざけてるならアンタたちも帰れー!』

 

 

 少し離れた場所からタカトシ君のツッコミが飛んできた。

 

「おや、聞かれていたようですね」

 

「そうみたいだね~。タカトシ君に私たち覗かれてたようだね」

 

「まったく。思春期の男はこれだから」

 

『誰が覗くか! 大体デカイ声でしゃべってたのはアンタたちだろうが!』

 

『まぁまぁタカ君。そんなに興奮したら出ちゃうわよ?』

 

『出るか!』

 

『あふぅ! もっと罵ってください!』

 

 

 向こうではタカトシ君とカナちゃんがお楽しみのようだった。

 

「私たちも交ざろう!」

 

「そうですね! 私はSでもMでもどっちでもいけますので」

 

 

 出島さんと笑いあいながら、私たちもタカトシ君に罵ってもらう為に移動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田さんが部屋に戻ってくると、疲れきっているのかそのままベッドに倒れ込んだ。

 

「津田さん? 大丈夫ですか?」

 

「……あんまり大丈夫じゃないです」

 

「何があったの?」

 

 

 五十嵐さんも心配そうに津田さんに問い掛けました。

 

「あの後、魚見さん、七条先輩、出島さんの三人を纏めて説教しなければならない状況になりまして、それに加えて隠れていた畑さんも一緒に説教したので、さすがに疲れました」

 

「それは……」

 

「お疲れ様としか言えないわね……」

 

 

 五十嵐さんと目が合い、私と五十嵐さんは津田さんを労いました。

 

「先に風呂使って良いですか?」

 

「構いませんよ」

 

「私たちはそこまで疲れて無いし。汗もそれほど掻いて無いから」

 

「それじゃ、遠慮なく……」

 

 

 多少危なっかしい足取りだったけども、津田さんはそのままバスルームへと消えて行った。

 

「凄い状況だったんですね……」

 

「もし私が津田君の状況に陥ったら、きっと自力で部屋まで帰ってこれなかったと思う」

 

「私もです。さすが津田さん! っと言ったところですね」

 

 

 私も五十嵐さんも基本的にはツッコミポジションだ。だけどそれは津田さんがいると違ってくる。傍観者のポジションへと移動出来るので、ついつい私たちは津田さんに任せきりになってしまうのだ。

 そうなると津田さんへの負担が増える一方であって、何時か倒れてしまうのではないかとも思えてくるのだ。それでも、津田さん以上のツッコミを私たちが入れられる自信など無いのですけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 へろへろになりながらも、何とか部屋まで帰ってこれた。そして少し倒れ込んだおかげでこうして風呂までたどり着く事が出来たのだ。

 

「あー疲れた……ホント勘弁してほしいよな」

 

 

 疲れた身体を癒す為に、俺はのんびりと風呂に入っているのだ。本当ならシャワーだけを浴びてさっさと寝たいのだけども、同室である森さんと五十嵐さんの事を考えると、こっちの方がゆっくり出来るだろうと考えたのだ。

 

「五十嵐さんには胸を押し付けられたし、森さんとはキスしちゃったし……」

 

 

 同年代と比べれば確かに性欲は薄いし欲望を剥きだしにしているわけではない。だが同時に全く無いわけでもないのだ。

 

「いっそのこと萩村と部屋を代わってもらう……いや、あの部屋は疲れが取れるどころか更に増すだけか……」

 

 

 萩村のルームメイトである畑さんとコトミの姿を思い浮かべ、俺は自分の考えを頭から追いやった。あの部屋は死地かもしれないしな……

 

「大丈夫だろ、普段から平常心でいられるんだから、今回だって……」

 

 

 普段は呆れるのを抑えつけているから問題は無いが、こんな感情を抑えるのはなかなか難しいかもしれない。

 

「ホント、どうしちゃったんだろうな……」

 

 

 落ち着かせるためとはいえ、女性の唇を奪うなんてどうかしてる……その動揺からか、普段なら意識せずに済んだであろう五十嵐さんの感触も、バッチリ覚えてしまっているのだ。

 

「駄目駄目、落ち着け……俺は大丈夫だ」

 

 

 自己暗示、でもしなければ落ち着けない状況なのだが、俺は自分自身を落ち着かせる為に何度も繰り返し同じ言葉を言ったのだった。




タカトシが人間らしい感じに……人間なんですけど


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嫉妬するスズ

ちょっと出遅れましたが、ここで参戦する模様……


 昨日はそれほど意識せずに寝る事が出来たのに、隣に津田君がいると思うとどうしても緊張していしまう……それは森さんも同じようで、何度も起き上がったり寝転んだりを繰り返しています。

 

「森さんも眠れないんですね」

 

「五十嵐さんもですか」

 

「えぇまぁ……こんな時でも津田君は平常心を保ってるんですから凄いですよね」

 

 

 数十分前には津田君は寝入っている。緊張したりはしてたのかもしれないけど、それ以上に疲れていたんだろうと容易に想像出来るし、実際疲れる原因に心当たりがあったので特に嫉妬はしていない。

 

「この旅行中ずっと気まずいままなのでしょうか……」

 

「津田さんが気にしてない様子ですし、私たちが意識しすぎなければ問題無いんですけどね……」

 

 

 森さんも一応はそう思ってるらしいけど、言葉の端々に意識している様子がはっきりと見て取れる。

 

「津田君も意識してくれてるのでしょうか?」

 

「してくれてるとは思いますよ。あの件以降、津田さんと目が合う回数が極端に減りましたし」

 

「それは確かに……」

 

 

 津田君は礼儀正しい人なので、会話する時はちゃんと目を見て話してくれる。でもあの事件以降、会話をする回数も減り、会話しても出来るだけ目を合わせないようにしてましたしね。

 

「天草会長や魚見会長からはからかわれたり、責められたりですし、七条さんや畑さんからは面白がられてますもんで、気の休まる時間が減りました……」

 

「あとはコトミさんですよね……あの人は本気で何を考えてるのかが分かりません……」

 

 

 私や森さんの事を『お義姉ちゃん』と呼んでみたり、「この泥棒猫!」と罵倒してきたりと、コトミちゃんだけはあの事件をどう思ってるのかがハッキリと分からないのですよね……津田君ならきっと分かるんでしょうけども、出来るだけコトミちゃんとの接触を避けてますし……

 

「とりあえず、寝ませんか? 考え込んで深みに嵌るのは拙いですし」

 

「そうですね……まだ数日残ってますしね……」

 

 

 二泊目で早くも気まずくなっていたら、もう一日この部屋で過ごさなければいけない事実に向き合えないので、私と森さんは手っ取り早い現実逃避として、眠りの世界へと逃げ出す事にした。

 話しあって疲れたのか、私も森さんもあっさりと寝入る事が出来て、とりあえずは休む事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時もより早くに目が覚めた私は、この部屋にいたくないので散歩に出かける事にした。土地勘は無いけど、ホテルから離れなければ問題は無いだろう。

 

「それにしても、こんな時間に目が覚めるとは思わなかったわ」

 

 

 普段より一時間以上早く起きた為か、まだ少しフラフラするけども、それもいずれ気にならなくなるだろう。部屋で休む事よりも疲れる事の方が多いので、何時もより早くに寝たのが原因だろうな。

 

「畑さんとコトミちゃんを相手にするなんて、私には無理よ……」

 

 

 くじ運が無かったと言われれば終わりだけども、せめて一日ごとに部屋替えはしてほしかった。だってあの二人相手に疲れる事も無く生活出来るのなんて、津田以外に存在しないんだから……

 

「でも、まさかあんな光景を見せられるとは思って無かったわね……」

 

 

 会長や魚見さんほどではないけども、私もあの光景を見て少なからず動揺した。だって津田が目の前で他の女性とキスしてるシーンなんて見せられたんだから……あの相手が私だったら、なんて妄想をしてしまうのも仕方ない事だと思う。

 その妄想が暴走しない程度に抑えられてるのは、私が他の事に気力を割いているからだろう……だって昨日の夜には、隣の部屋から暴走した会長や魚見さんの声が聞こえてきていたから……

 

「津田のヤツ、いきなり森さんにキスするなんておかしいわよ……」

 

 

 普段ならもっと冷静に物事を対処出来る能力を持っているはずの津田が、いきなり森さんを抱きしめてキスするなんて……

 

「会長じゃなくてもイラっときちゃうわよね……」

 

 

 ましてやあれが津田のファーストキスだと言うではないか。自分のファーストキスの相手が津田の可能性はあるが、津田のファーストキスの相手に私がなる事はもうあり得ないのだ。

 別に互いが初めて同士じゃなきゃいけない、ってわけでもないんだから気にしなければ良いのに、どうして私はこんなにも気になっているのだろう……

 

「津田のバカ……」

 

「バカとは失礼だな」

 

「うわぁ!?」

 

 

 誰にも聞かせるつもりがない呟きに返事があり、私は大袈裟に驚いて転んでしまった。

 

「おい、萩村……大丈夫か?」

 

「つ、津田……脅かさないでよね!」

 

「悪い……でも、人がいないからってバカ呼ばわりされたら声を掛けたくもなるだろ」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 確かに本人がいないからってその人をバカ呼ばわりするのは良くないわよね……でも、だってしょうがないじゃない……あんな光景を私に見せた津田が悪いんだから……

 

「なに?」

 

「え?」

 

「いや、さっきからずっと見てるから……」

 

「別に何でも無いわよ」

 

 

 明らかな強がり。それは私だけではなく津田にも分かっただろう。だけど津田はそれ以上聞いてくる事も、気にした素振りをする事も無く私の横を歩いている。

 

「……聞かないの?」

 

「なにを?」

 

「だから、私がイライラしている理由……」

 

「話したいなら聞くけど、萩村は話したくないんだろ? だから聞かない」

 

「バカ……」

 

 

 やっぱり津田は他の男子とは違う。それはずっと分かっていた事だけども、このやり取りで改めてそう思わされた。

 

「だから、バカは酷いよ」

 

 

 苦笑いを浮かべながらも、さっきの『バカ』と今の『バカ』が違う意味だと言う事を理解しているのは明らかな感じだった。それを口に出さないのも、津田の良いところなんでしょうね……




ツンデレってこんな感じですかね? 


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ラブコメ展開?

?付きですが、そんな感じです


 散歩に出かけたスズ先輩が部屋に戻ってきた。何だかかなり嬉しそうな顔をしているけども、外に何があったんだろう?

 

「スズ先輩、ナンパでもされたんですか?」

 

「は? 何よいきなり」

 

「だってスズ先輩、嬉しそうでしたので。ロリ好きの変態紳士にでも出会ったのかと思いまして」

 

「その思考回路、焼き切れればいいのに」

 

 

 呆れたように吐き捨てるスズ先輩。心なしかツッコミのキレが復活してるようにも感じますね……と言う事は……

 

「スズ先輩、タカ兄に会いましたね」

 

「何でそう思うの?」

 

「だってツッコミのキレが上がってますし、スズ先輩の周りでツッコミ上手でスズ先輩が喜ぶ相手って言えばタカ兄しかいませんし! サクラ先輩って可能性もありますが、スズ先輩がレズじゃない以上タカ兄かなって」

 

「……その頭脳、何故勉強に使えないのかしら」

 

 

 どうやら正解だったようだ。それにしても、スズ先輩のあの目……タカ兄が偶に見せる蔑みの目にそっくりじゃないか……

 

「もっと罵ってください! ロリッ子に罵られるこの快感!」

 

「ロリって言うな! この変態!」

 

「あーん! もっと言ってくださーい」

 

 

 新たな快感に目覚めた私は、暫くスズ先輩に罵ってもらうように行動してました。そしたらタカ兄にバレて拳骨と憐れみの目を向けられてしまったのです……これがまた最高に気持ち良かったんですよね~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日目となり、私も五十嵐さんも少しは泳げるようになりました。それでもまだ、足のつく範囲でなのですがね。

 

「足が付く範囲なら、プールで泳げるかもしれませんね」

 

「プール? 確かにそうかもしれませんが、それで満足してはいけませんよ」

 

「分かってます」

 

 

 慢心しているわけではないのですが、津田さんの言葉に私は肩を竦めました。なかなかに厳しい人なんですよね、津田さんって。

 

「ところで、五十嵐さんはどこに行きました?」

 

「え? ……そう言えば姿が見えませんね」

 

 

 さっきまですぐそばにいたはずの五十嵐さんの姿が消えていたのです。もし溺れたりしていたら津田さんが気づかないはずも無いのですが……

 

「あっ、いましたね」

 

「何処です?」

 

「あそこで畑さんとコトミに絡まれてます」

 

 

 津田さんが指さした方向に、五十嵐さんの姿がありました。どうやらお手洗いに行った帰りに畑さんとコトミさんに捕まってしまったようですね。

 

「……ところで津田さん」

 

「何でしょう?」

 

「昨日の事ですが、そんなに気にしないでくださいね?」

 

「昨日の事? ……ッ! 考えないようにしてたんですから、思い出させないでくださいよ」

 

 

 焦る津田さんを見て、私は少し可愛いと思ってしまいました。普段冷静で何事にも動じない津田さんが、こんなにも慌てるなんて思ってもみなかったからです。

 

「天草会長や魚見会長には悪いですけどね」

 

「? 何か言いました?」

 

「いえ、何でもありませんよ」

 

 

 まだ勝ちを宣言するところまでは進展してませんけど、これは明らかに数歩リードしたと言う事ではないでしょうか。付き合いが一番短い私ですが、ここまで進展しているのは他の誰でも無く私なのですから。

 

「タカトシさん」

 

「はい? 何ですかサクラさん」

 

 

 こうやって自然に名前で呼ぶ事も出来る。仕掛けたのは天草会長だけども、こうやって突っかかる事も恥ずかしがる事も無く自然に名前を呼び合えるのもこの旅行で私と津田さんが仲良くなった証拠だろう。

 

「私たちもビーチに行きませんか? みんなで遊ぶのも楽しいですよ」

 

「そう……ですね。また会長たちに文句言われる前に交ざりますか」

 

「はい!」

 

 

 ビーチに向かう途中、どさくさで津田さんに抱きついてみたら、少し慌てつつも津田さんはしっかりと私の事を抱きとめてくれました。津田さんの胸に押し付けた私の耳には、津田さんの鼓動がハッキリと聞こえていたのでした。

 

「ドキドキしてますね」

 

「そりゃ……俺だってしますよ」

 

「ふふ、タカトシさんも男の子ですものね」

 

「ええ……サクラさんのように美人さんに抱きつかれればドキドキもしますよ」

 

「っ!」

 

 

 津田さんをからかおうとしたらカウンターでからかわれてしまった……これが素面で言われたのならそれほどダメージは無かったでしょうが、少し顔を赤らめて視線を逸らしながら言われた所為で、ダメージ倍増なのです。まさか津田さんがこんな表情をするとは思ってませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前でラブコメ展開が繰り広げられそうになったので、私はビーチボールを津田と森に打ち込んだ。

 

「不純異性交遊は禁止だ!」

 

「別にそんな事してませんよ」

 

「そうですよ。ちょっと足がもつれて津田さんの方に倒れてしまっただけです」

 

 

 絶妙な言い訳で、これ以上ツッコメば私の脳内が思春期だからそう見えただけだと言う事にされてしまいそうだった。さすがツッコミコンビ、どうやれば躱せるかを弁えているな……

 

「シノちゃん。チーム戦で勝負するんじゃなかったの~?」

 

「そうだったな! ではチーム分けをするが……」

 

「私はカメラ専門ですので」

 

「ではこれで偶数になったな!」

 

 

 私とカナ、アリアと五十嵐、コトミ、萩村、そして津田と森。畑が抜けた事で八人となり、トーナメント表も作り易くなった。

 

「ところでスズ先輩、ちゃんと届きます?」

 

「大丈夫よ……多分」

 

「では今回はあみだくじで決めるぞ! 一人一本線を書き入れて場所を選べ!」

 

 

 これなら津田と同じチームになれる可能性だってあるはずだ!

 

「結果発表でーす」

 

「まずは私とシノちゃんペア」

 

 

 どうやらこの世界に神は存在しないようだった……

 

「スズ先輩とサクラ先輩ですね」

 

「コトミちゃんはカナさんとだねー」

 

「て事は、タカ兄はムッツリ先輩と……あだ!?」

 

 

 五十嵐をムッツリと呼んだコトミに、津田の鉄拳が振り下ろされた。だがコトミは恍惚の表情をしているので、津田は呆れたようにコトミから離れて行った。

 

「運動神経は全員問題ないから、ハンディは無しで良いよね?」

 

「待って下さい、アリア先輩! スズ先輩の身長を……あで?」

 

 

 今度は萩村に脛を蹴られたコトミ。今度は純粋に痛がっているが、津田と萩村とでその差はいったい……

 とりあえずハンディは無しに決まり、最初の戦いは私たちとカナ・コトミチームとなった。決勝で津田に勝って何としてでも見返さなければな!




明らかに二人がリードして、萩村も一歩他よりは前進、って感じですかね


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セカンドキス

タイトル通りですが、こんな言葉あるのか?


 アリアとペアになって、最初の相手がカナとコトミペア、という事は畑がカメラを構えるのは必至だと言い切れる。なぜならな……

 

「天草会長以外は乳揺れが期待出来ますねー」

 

「アンタはもう少し煩悩と戦った方が良い……あまりにも正直すぎる……」

 

 

 津田に鉄拳制裁されている畑がシャッターチャンスを逃さないように必死になるのは当然だと分かっているからだ。

 

「畑のヤツ……後で説教してやる必要があるな」

 

「でもシノちゃん。畑さんが撮った写真をおかずにする男子生徒がいると思うと、少しくらいは協力してあげたほうが良いんじゃないかな? おかずが無くて溜め過ぎた男子が女子を襲っちゃったら大変だし」

 

「……一理あるかもしれない」

 

「無いよ」

 

 

 アリアに説得しかけられた私の背後から、呆れたように津田がツッコミを入れて来た。

 

「そもそも真面目に試合するんじゃないんですか? 遊びでも常に全力だ! って何時も言ってるじゃないですか」

 

「そうだったな! ちなみに、勝ったチームは負けたチームの相手に一つ言う事を聞かせられるからな! これは初戦敗退だろうが、決勝で負けたチームだろうが関係なく対応するルールだからそのつもりで!」

 

「聞いて無いぞ、そんなの……」

 

「当たり前だ! いま思いついたからな!」

 

「威張るな!」

 

 

 津田に拳骨を振り下ろされたが、痛みは無く程よい快感が私を包み込む……これがMが最強だと言われる所以なのだろうか。

 

「まぁ勝てば問題無いだろ。リスクはどのチームも同じだからな!」

 

「だいたい他の人が納得するわけが……」

 

「勝てばシノッチに足を舐めさせたり出来るのでしょうか?」

 

「私はアリア先輩を服従させてみたいです!」

 

「まぁ、勝てば良いのよね」

 

「相手は津田さんですけど……」

 

 

 森以外はかなり乗り気で、津田は諦めて溜め息を吐いた。

 

「負けたリスクは考えての事なら良いです……」

 

 

 あっさりと諦めた、と思ったが、津田も数で攻めれば折れてくれると言う事を忘れていた。ならこれからは集団で津田攻めをすればいいのか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草会長・七条さんペア対魚見さん・コトミちゃんペアの試合は、一進一退の激しい攻防の末、天草会長と七条さんのペアが勝利を収めた。

 

「ではカナは私の足を舐めろ!」

 

「クッ、だが命令なら仕方ない……」

 

「じゃあコトミちゃんは私のあそこを……」

 

「ひゃほー! 喜んで舐めますー!」

 

「………」

 

 

 自分の妹であるコトミちゃんがぶっ飛んでるのを見て、津田君が絶望の表情を浮かべている……前から分かってはいたんだろうけども、ここまでぶっ飛んでると何周か回って再び絶望が訪れたんだろうな……

 

「津田、絶対に負けないからね!」

 

「あぁ……」

 

「津田さん?」

 

「何でしょう?」

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「えぇ……」

 

 

 生返事しか出来ない津田君を見て、萩村さんも森さんも揃って津田君に同情の視線を向ける。私も似たような視線を津田君に向けているけど、これはさすがに仕方ないわよね……

 

「じゃあ次! 津田・五十嵐ペア対萩村・森ペアの試合を行うわよ!」

 

「さっきの試合より乳揺れの回数は少なそうですね……お嬢様、私にも舐めさせてください!」

 

 

 審判の横島先生と、出島さんが私たちをコートに呼び、いよいよ試合が始まろうとしている……んだけども、津田君の意識はまだ完全に回復はしていないのだ。

 

「津田君、そろそろ復帰してほしいんだけど……」

 

「えぇ……分かってます」

 

 

 やっぱり意識ここにあらずの津田君。人前で恥ずかしいけど、津田君を現実に復帰させる為なら仕方ないわよね……決して私がしたいからするわけじゃないんだからね!

 

「津田君、ごめんなさい!」

 

「っ!? 何を……」

 

「だって、何時までも心ここにあらずだったから……その、キスすれば復帰してくれるかなって……」

 

「おかげで復帰はしましたけど……萩村と森さんの視線が痛いんですけど……」

 

「森さんは責める資格は無いと思うんですけどね……」

 

 

 私より先に――津田君のファーストキスを奪った森さんに、私を責める資格など無いと思ってるんです。

 

「風紀委員長が津田副会長の唇を強奪! 見出しはこれで決まりね! ……すみません、自重します」

 

 

 津田君に睨まれて、畑さんがメモ帳をしまい砂浜に土下座した。相変わらず津田君の睨みには素直に降伏するのね、畑さんも……

 

「勝てば相手チームに一つ命令出来るのよね……」

 

「絶対に勝ちましょう! そして五十嵐さんに恥ずかしい事をさせます!」

 

「何故私!? 津田君じゃないの!?」

 

「俺は特に命令する事なんて無いんですけどね……」

 

 

 一人ズレている津田君を他所に、萩村さん・森さんペアとのビーチバレー対決はスタートしたのだが……

 

「津田と五十嵐ペアの完封勝利ね」

 

「強すぎる……」

 

「さすが津田さん……」

 

「私、殆どボールに触って無い……」

 

 

 津田君が殆ど一人で二人を相手にして完封、私たちのペアが勝利したのだった。

 

「じゃあ津田、勝者の権限で二人に命令しなさい!」

 

「何で嬉しそうなんですか……じゃあ、さっきのアレを見なかった事にしてくれると助かる」

 

「「………、プッ」」

 

 

 津田君の命令とは思えない言葉に、萩村さんと森さんは揃って噴出した。

 

「しょうがないわね。命令されたんじゃ見なかった事にするしかないものね」

 

「そうですね。勝者の命令じゃ、仕方ありません」

 

「何か悪いね……」

 

 

 恥ずかしそうに、ばつが悪そうに頬を掻きながら津田君は照れ笑いを浮かべてた。その表情は、今まで見た事の無い津田君だった。

 

「じゃあ決勝は、天草・七条ペア対津田・五十嵐ペアに決まりね! ちょっと休憩をはさんで開始するわ」

 

 

 連戦となる事を考えたのか、横島先生がまともな提案をしてくれた。これでちょっとは気持ちを落ち着かせる時間が出来たわね……私、なんて事しちゃったんだろう……




タカトシから、ではなくカエデから……かなり大胆ですね


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最後までグダグダ

らしいっちゃらしいですけど……


 津田と五十嵐がキスをした……その光景が目の前に広がった時、私は何を思ったのだろうか……

 

「(怒り? それとも嫉妬? だが、私のアソコは微妙に濡れているし)」

 

 

 これがNTRで興奮するというヤツなのだろうか……良く見ればカナとアリアは微妙に息が荒くなってるし、コトミに関しては、アリアのを舐めて、更に兄のキスシーンを見て完全に洪水状態になっているではないか。

 

「シノちゃんもこっちの世界に足を踏み入れたんだね!」

 

「なかなか悪くないな! こういう気分も!」

 

「ですよね! でも、サクラっちに続いてカエデっちまで……こうなったら残り一日、私もタカ君の唇を狙うしかないですね!」

 

「それじゃあ私も~!」

 

「私とアリアはビーチバレーの試合で勝てば可能性はあるが、カナはどうやって津田の唇を奪うつもりなのだ?」

 

「簡単です! こう胸をはだけて色っぽく迫れば……」

 

 

 根拠は無いが、きっと失敗するだろう……そう確信してしまった。

 

「それじゃあ、決勝は私とアリアペア対津田・五十嵐ペアだな! アリア、絶対に勝つぞ!」

 

「おー!」

 

 

 気合いが入ってるのか、入って無いのか微妙な返事だったが、とりあえず目標は決まった。津田のヤツ、私たちに負けて自分からキスをしなければいけなくなったらどんな顔をするのだろうか、ちょっと楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でか分からないけど、会長と七条さんの二人の気合いが凄いものになっている。私はさっきの試合、何一つ役に立ってなかったけど、津田君はそんな事気にしなくて良いと言ってくれた。

 

「津田君、今度は絶対に役に立つからね!」

 

「意気込むのは良いですが、あくまでも自然体で。下手に力むと失敗しますよ」

 

「ごめん……」

 

 

 どっちが先輩だか分からないやり取りに、私はションボリとうつ向いた。つい津田君相手だと後輩だって事を忘れてしまうのよね……

 

「大丈夫です。五十嵐さんは落ち着けばきっと活躍できますよ」

 

「そう、かな……」

 

「そうですよ。それに、あの邪な顔をしている二人を勝たせたら、風紀委員長としてマズイのでは?」

 

 

 津田君に言われて、私は会長と七条さんの表情を確認した。確かにとんでもなく邪な表情を浮かべているし、二人の視線は津田君の唇にロックオンされている。それはつまり……

 

「津田君、絶対に勝ちましょうね!」

 

「? もちろんそのつもりですが……いきなりどうかしたんですか?」

 

「あの二人、勝ったら津田君にキスさせるつもりよ」

 

「そんな感じですよね……いったい何を考えてるんだか」

 

 

 津田君は呆れただけだったけども、私は絶対にそんな事はさせたくない。だってせっかく森さん以外の相手からリードを奪えたのに、これでもし負けて津田君と二人がキスしたら……私のリードは無くなってしまうのだから。

 

「それでは、第一回桜才・英稜合同旅行、即席ビーチバレー大会決勝を行いまーす! 司会は私、桜才学園新聞部部長、畑ランコがお送りします。そして解説はこの人!」

 

「七条家メイドの出島サヤカと」

 

「桜才学園生徒会顧問、横島ナルコよ」

 

「お二人には男性の腰の上から解説をお願いします」

 

「何してるんだ、あんたらは!」

 

 

 三人の方向に目を向けて、私は危うく気を失うところだった。だって横島先生と出島さんが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪な考えでスポーツに挑んでも絶対に勝てないと、私は思っていた。そしてその考えは正しかったのだと、津田さんが証明してくれた。

 

「勝者、津田副会長・五十嵐風紀委員長ペア。はい拍手」

 

「わー!」

 

 

 何とも棒読みは称賛と喝采に、津田さんも五十嵐さんも呆れている様子だった。

 

「ではお二人、勝者の権限で敗者の二人にご命令を」

 

「そうですね……この砂浜を三往復くらい走ってきてください。そうすれば邪念も吹き飛ぶでしょ」

 

「ちょっと待て! 津田、それは本気なのか?」

 

「ええ。もちろん本気ですよ」

 

 

 津田さんの罰に、天草会長と七条さんの表情が少し暗くなった。

 

「もっと他の罰がいいなー」

 

「例えば、なんですか?」

 

「タカトシ君の足を舐めるとか?」

 

「七条先輩はもっと走りたいようですね?」

 

 

 津田さんは笑顔なのに、この場にいる全員が戦慄を覚えた。あの笑顔はきっとヤバい、そんな事を全員が直感で気づいたのだ。

 

「行くぞアリア!」

 

「そうね、シノちゃん!」

 

 

 これ以上津田さんを怒らせたらマズイと判断したのか、天草会長と七条さんは急いで走りだしました。三往復って結構な距離ですよね……

 

「それでは、勝者のお二人にインタビューしてみたいと思います。勝因はやっぱりブチューってしたからですかね?」

 

「新聞部は活動したくないようですね」

 

「ゴメンなさい、冗談ですのでその顔は止めて頂きたい」

 

 

 津田さんににっこり笑顔で睨まれて、畑さんは震え上がってしまっている。本当に津田さんを怒らせるのは危険なんでしょうね。

 

「それでは勝者のお二人には、優勝賞品としてスポーツドリンクを贈呈します」

 

「意外とまともな賞品ですね」

 

「ささ、グイッと行っちゃってください」

 

「……何か混ぜたな?」

 

「ギクッ! そんな事あるわけないじゃないですか、おほほほほほ」

 

「何を混ぜたんですか?」

 

「その……横島先生と出島さんから頂いた媚薬を少々……」

 

「……畑さんも三往復、走りますか? それともここで死にますか?」

 

「今すぐ走って来ます!」

 

 

 冗談には聞こえないトーンで言い放たれた津田さんのセリフに、畑さんは逃げ出すように浜辺を走り出した。その後、大人二人が津田さんにお説教されたのは言うまでも無いですがね……




この旅行で森さんと五十嵐さんが抜け出し、その二人を萩村が追う感じになりましたね。他の人はまだ可能性がある、と言えるのか?


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花火大会 前編

原作復帰ですが、一話に納まらなかった……


 泊りがけで遊んでから暫くして、私はあの日以降津田とあっていない。それどころか生徒会メンバーとも会っていないのだが……

 

「ん? 電話だ」

 

 

 携帯に着信を告げるメロディが流れ、私は携帯を手に取った。

 

『もしもしシノちゃん? 今日花火大会があるんだけど、一緒にどう?』

 

「はて? この辺りで今日花火大会なんてあったか?」

 

 

 一通りのイベントの日程は調べているが、私が調べた限り今日は花火大会なんて無かったんだが……

 

『あるよ。家で』

 

「……スケール、大きいな」

 

 

 普段から忘れがちだが、アリアはものすごいお金持ちのお嬢様だったんだよな……ホント忘れがちだけど。

 

『出来ればみんな呼びたいんだけど、シノちゃんは誰を呼びたい?』

 

「そりゃ生徒会メンバーは絶対だろ! 後はカナやサクラ、五十嵐とかも呼んだ方が良いよな」

 

『それじゃあ、シノちゃんがカナちゃんたちに、私はタカトシ君たちに連絡するね』

 

「待て! 津田には私が連絡する!」

 

『でもシノちゃん、タカトシ君の事相変わらず「津田」って呼んでるじゃない? そんなシノちゃんよりは私の方が良いと思うんだけどな~』

 

「グッ! ……タカトシには私から連絡するから、アリアはカナたちに連絡してくれ」

 

『しょうがないな~。でも、私だってまだ諦めて無いんだからね』

 

 

 そう言ってアリアは電話を切った。私だって諦めて無い、諦められるわけが無い。五十嵐や森とつ……タカトシがキスしたからどうしたと言うんだ! 今の時代、ネトリ・ネトラレなど珍しい事でもないじゃないか!

 

「さて、タカトシに電話しなければな」

 

 

 私は電話帳からタカトシの番号を呼び出し電話を掛けた。意外な事にツーコールでタカトシは電話に出た。

 

『はい?』

 

「今日アリアの家で花火大会をするそうだが、タカトシも来ないか?」

 

『今日ですか? また急ですね……』

 

 

 電話の向こうからコトミの騒がしい声が聞こえてきた。おそらくはアイツも来るとか言い出したんだろうな。

 

『分かりました。他には誰が来るんですか?』

 

「この後萩村を誘ったり、アリアの方で英稜の二人や五十嵐に声を掛けてるはずだ。」

 

『そうですか。じゃあこっちでも誰か誘ってみますね』

 

「頼んだ。くれぐれも遅れないようにな!」

 

『分かってますよ。あと変な事は考えない方が良いですよ』

 

 

 最後の意味ありげな言葉に、私はドキッとしてしまった。まさかタカトシに電話を掛ける前に考えていた事がバレていたのだろうか……いや、まさかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火大会の準備をしていると、タカトシ君が一番に家にやって来た。

 

「何か手伝える事はありますか?」

 

「そうだね~、それじゃあタカトシ君には、私の浴衣を選んでもらおうかな」

 

「浴衣……ですか?」

 

「うん! 何なら着替えも手伝ってくれても良いけど」

 

「それは遠慮させてもらいます。じゃあ行きましょうか」

 

 

 サラッと私の冗談を流したタカトシ君だけども、浴衣選びは手伝ってくれるようだった。やっぱりタカトシ君はなんだかんだで優しいんだよね。

 

「ところで先輩、もう名前呼びで固定なんですか?」

 

「ん? 駄目かな?」

 

「別にいいですけど、会長や萩村が呼びにくそうにしてるのに、先輩はあっさりと変えたなと思いまして」

 

「私は、シノちゃんやスズちゃんほど純情じゃないからね。名前を呼ぶだけでドキドキはしないわよ」

 

「まぁそうですよね。名前呼びくらいでそんな事思ってたら大変ですしね」

 

 

 タカトシ君は特に気にした様子も無く、私の浴衣を選んでくれている。そっか、タカトシ君の中では、名前呼びは大した事じゃないんだ。

 

「この柄なんてどうです? 涼しげですし、アリアさんに似合ってると思いますけど」

 

「ホント? じゃあこれにしよう!」

 

「……選んどいてなんですが、ホントにいいんですか?」

 

「うん! タカトシ君が選んでくれたんだし、私も良いなって思ったから」

 

 

 タカトシ君が選んだのは、薄い紫色のアジサイが描かれた浴衣だ。涼しげであり可愛らしいデザインなので、私もすぐに気にいった。

 

「じゃあ着替えるね。ちなみに、浴衣の時は下着を着けないのが習わしらしいわよ」

 

「何故それを俺に言う……」

 

 

 タカトシ君が出て行ったのと入れ替わりで出島さんが部屋に入って来た。着付けは心得て無いって言ってたけど、最近習ったようで今ではパーフェクトらしいのよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアさんの浴衣を選び終えて外で待ってると、カナさんとサクラさんがやって来た。二人ともしっかりと浴衣を着てきている。

 

「こんにちは、タカ君」

 

「こんにちは、カナさん」

 

「ねえねえタカ君、浴衣の下には下着を着けないのが習わしだって知ってる?」

 

「さっきアリアさんに聞きました」

 

 

 どうせ着けてきて無いんだろうな……てか、サクラさんは若干恥ずかしそうにしてるのを見ると、普通に着けて来ても問題は無かったのではないかと思ってしまうのだが……

 

「似合ってますよ、カナさんもサクラさんも」

 

「さすがタカ君。女性に催促される前に言うとは」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 素直に褒めたんだから、カナさんも余計な事は言わなかった。けど、サクラさんの照れ具合がものすごいんだがどうしたものか……あのキス以降、サクラさんが若干俺との距離感に困ってるような気がするんだよな……

 

「あら、津田君」

 

「五十嵐さん」

 

「や!」

 

「畑さんも」

 

 

 五十嵐さんはしっかりと浴衣だが、畑さんは何時も通り制服だった……何故制服?

 

「新聞部として夏休み特別号を作成していたのよ」

 

「一応確認しますが、あの旅行中の事を記事にしたりはしてませんよね?」

 

「おほほほほほほ」

 

「後でしっかりと検閲させていただきますね」

 

「もちろんですとも」

 

「ちなみに、別で作ってる新聞もしっかりと確認させてもらいますからね」

 

「何故分かった!?」

 

「やはり」

 

 

 ブラフをかましたら、あっさりと畑さんは嵌ってくれた。随分と素直に検閲を認めたものだがら、何か裏があるのだろうと思ったら案の定だったな。

 

「そうだ、五十嵐さん。浴衣、似合ってますよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 何で褒めただけでサクラさんも五十嵐さんも真っ赤になるんだろう……そんなに恥ずかしがる事なのか?

 

「ちなみに津田副会長、浴衣の下は……」

 

「あーはいはい。それ三回目なのでもう良いです」

 

「ちぇ」

 

 

 軽く畑さんのボケを流して、俺は一人空を見上げる。これなら綺麗に花火が上がるだろうな。




ツッコミのキレは相変わらずですが、多少意識しちゃってます。


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花火大会 後編

このメンバーの花火大会、見た目はいいけど疲れるだろうな……


 アリア先輩の家で花火大会があると聞いて、私はトッキーとマキを誘って一緒に行く事にした。

 

「だりー」

 

「トッキー、せっかくお屋敷に行くのに、その格好なの?」

 

「別に構わないだろ?」

 

「マキはバッチリ浴衣なのに」

 

「だって花火大会だってコトミが言うから……」

 

「タカ兄に見てもらいたかったんでしょ? 下着を着けて無いマキの格好を」

 

「コトミ!」

 

 

 相変わらずマキはタカ兄の事が好きなんだなってバレバレな態度だな。でもそのタカ兄はこの前の旅行でサクラ先輩とカエデ先輩とキスをしちゃったんだよね。さすがにこの事はマキには言えないが。

 

「私も浴衣だし、トッキーも浴衣着ようよ!」

 

「別に構わないだろ。そもそも持ってないし」

 

「ところでコトミ、七条先輩のお屋敷って何処なの?」

 

「えっ? ……私が知るわけ無いじゃん」

 

「「………」」

 

 

 トッキーとマキに冷たい目で見られて、思わず興奮してしまった。今はパンツ穿いて無いから、おつゆがおまたから零れてきちゃう。

 

「もしもし、津田先輩ですか? ……はい、それで、七条先輩のお屋敷は何処なんでしょうか? ……はい、分かりました。失礼します」

 

「何だって?」

 

「えっとね、ここから数駅……」

 

「あれ?」

 

 

 私を完全に無視して、タカ兄に電話で場所を聞いたマキとトッキーが先に行ってしまう。

 

「待ってよー!」

 

 

 二人を追いかけながら、私は足をつたっている露をそっとふき取った。さすがに電車の中で興奮し続ける訳にもいかないもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアの屋敷に到着したら、既にタカトシたちがいた。タカトシの隣にはカナや森、五十嵐と言ったライバルたちが既に陣取っている。

 

「出遅れたな……」

 

「会長? 何か落ち込んでません?」

 

「あれを見ろ、萩村! タカトシの隣は既に取られてしまってるんだぞ!」

 

「別にあそこに固定でいるわけでは無いんじゃ……」

 

「そうですよー! タカ兄の隣なんて、何時でも取れますって!」

 

「あら、コトミちゃん。お兄さんと一緒には来て無かったのね」

 

「トッキーたちと一緒に来たんですよ」

 

 

 背後から声を掛けて来たコトミ、その隣には時と八月一日の姿もあった。時以外は浴衣姿だった。

 

「シノちゃん、いらっしゃい」

 

「やあアリア。お誘いありがとう」

 

「あっちに横島先生やスズちゃんのお母さんも来てるわよ」

 

「何で!?」

 

 

 どうやら萩村母が来ている事は、萩村娘は知らなかったようだな。ちなみに誘ったのは私だが。

 

「皆さん、本番の花火の前に――」

 

「「「「「「「(本番!? あっ、いやいや)」」」」」」」

 

「「「(あっ、今本番って言葉に反応したな……)」」」

 

 

 出島さんの「本番」という単語に反応した、私とアリアとカナとコトミと横島先生と萩村母と轟。その反応した七人に反応したタカトシと萩村娘と森。見事にツッコミの数があっていない。

 

「――こちらの花火でお楽しみください」

 

 

 そういって出島さんが取りだしたのは線香花火などが入っている花火セットだった。

 

「でも出島さん、水が無いですけど?」

 

「ご安心ください。すぐに用意しますので」

 

 

 そう言ってバケツの上に立ち、足を広げてスカートを持ち上げる出島さん。何をするのか理解したタカトシが、出島さんからバケツを取り上げる。似たような光景が、あと二、三個広がっているが、私は参加する気にはなれなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか出島さんからバケツを取り上げて、普通に水を用意した。ほんと、なに考えてるんだあの人は……

 

「津田さん、隣良いですか?」

 

「森さん。構いませんよ」

 

 

 さっきの騒動で花火って気分じゃ無くなったので、俺は少し離れた場所でみんなを眺めていた。ポジション的には引率の先生ってところなのだろうか……本物の教師がいるが、既に萩村母と酒を酌み交わし酔っ払っている。

 

「みんな楽しそうですね」

 

「そうですね。会長や魚見さんなんて、はしゃぎ過ぎですよ」

 

 

 線香花火を両手に持ち、どれが一番最後まで生き残るか対決しているのだが、何故両手で?

 

「コトミさんは振り回してますしね」

 

「アイツに情緒を楽しむ、なんて出来るわけありませんからね」

 

「ねぇ、タカトシさん」

 

「何でしょうか? サクラさん」

 

 

 呼び方が苗字から名前に変わった。別にどっちでも気にしないので、俺は相手に合わせて呼び分けているのだ。

 

「あの旅行から、私たちの距離ってかなり縮まったと思いませんか?」

 

「そうですね。サクラさんとは距離がひらく可能性は殆どないですからね」

 

 

 下ネタは言わないし、天然ボケをかます事も無い。何より一緒にいて非常に楽なのだ。距離がひらく可能性などほどゼロだろう。

 

「他の人たちには悪いですけど、私はもっとタカトシさんと仲良くなりたいです」

 

「それは、光栄だと思って良いのでしょうか?」

 

「ええ。五十嵐さんほどではないですけど、私も男性は苦手なんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、あの露骨な視線とかが……」

 

 

 そういってサクラさんの視線を辿ると、そこにはいやらしい目をした柳本の顔があった……なるほど、確かにあんな視線を向けられたら男性不審にもなるか……

 

「でも、タカトシさんは……」

 

「津田君! ちょっと助けて!」

 

「五十嵐さん? 何を急に……あぁ」

 

 

 逃げまどう五十嵐さんの背後に、カメラを構えて追いかけまわす畑さんと、面白がって付き合ってる会長と七条先輩の姿があった。畑さんは兎も角として、三人共、浴衣で良く走れるよな……

 

「えっと、サクラさん。何か言いかけましたよね。何です?」

 

「いいえ、まだ時期じゃないって事でしょうね。また今度にします」

 

「? 分かりました。とりあえずあの三人を捕まえて説教してきます」

 

 

 何を言いかけたのか気にはなったが、サクラさんに言うつもりが無さそうだったのであっさりと聞くのを諦めた。

 

「……バカ」

 

 

 サクラさんが何かを呟いたように思えたが、そのタイミングで花火が打ちあがり、サクラさんの声は爆音にかき消されたのだった……唇の動きだけを見れば「バカ」と言ったようだが、それが何に対しての言葉なのか、俺には分からなかった。




アニメでは色々と大変そうだったしな……主にツッコミメンバーが……


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休み明けテスト

半分はオリジナルです


 夏休みもいよいよ最終日となり、明日からまた学校が始まる。

 

「お前、去年も同じ事してなかったか?」

 

「ハイ、申し訳ありません」

 

 

 俺は今、コトミの部屋でコトミの宿題を見ている。

 

「スミマセン、私まで頼んじゃって」

 

「いや、時さんはしょうがないよ。昨日まで宿題ここに忘れてたんだから」

 

 

 自分で言っててフォローになって無いと感じるが、時さんは夏休み序盤にウチで宿題をして、そのまま持って帰らずに忘れてたらしい。コトミも部屋を掃除しなかったから物に埋もれてて気づかなかったのだ。

 

「タカ兄、ここってどうやるの?」

 

「お前、少しは自分で考えたらどうなんだ?」

 

 

 宿題といっても、殆どが復習に当たるはずなのに、コトミはまともに解けた問題が皆無と言っていいほどの酷さだ。このままじゃ休み明けにあるテストで赤点を取るかもしれないな……

 

「少しは八月一日さんを見習ったらどうだ?」

 

「マキは真面目だもん」

 

「だから見習えって言ってるんだよ……」

 

 

 謎の開き直りをしたコトミに拳骨を喰らわせ、解説を始める。時さんも真剣に聞いてるって事は、同じところが分からなかったんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みが終わり、休み明けのテストも終えた放課後、生徒会室では津田と萩村がバテていた。

 

「何だ、だらしない。生徒の見本となるべき生徒会役員が休みボケか?」

 

「いえ、テスト前だったのでコトミたちに特別補習を……」

 

「私は母親の相手で昨日大変だったんですよ……」

 

「それは災難だったが、やはりしっかりと身を引き締めなければダメだぞ!」

 

 

 生徒の見本としてしっかりとしてなければ、他の生徒たちもよりだらけてしまうかもしれない。

 

「私みたいに、身から締めてみたら?」

 

 

 そういってアリアが何処からとなく縄を取りだした。

 

「おぉ! それはいいかもしれないな!」

 

「ダルイからツッコまない……」

 

「ほら、見回りに行くぞ!」

 

 

 津田と萩村を気合いで立たせ、私たちは校内の見回りに出た。ペアは私とアリア、津田と萩村だ。

 

「シノちゃん。また苗字呼びに戻ってるよ?」

 

「私はこっちの方がしっくりくるんだよ」

 

「そうなんだ~」

 

 

 アリアと他愛の無い話をしながら見回りを続ける。校内は冷房が利いているから涼しいが、外に出るとやはり暑いな……

 

「今日も日差しが強いな」

 

「そうだね~」

 

「眩しいな……」

 

 

 日差しを遮ろうと手を翳した瞬間、何処からかシャッター音が聞こえてきた。

 

「何か風俗写真みたくなったけど、これはこれで良いか」

 

「良くないだろ」

 

 

 木陰にいた畑にツッコミを入れる。コイツは何時いかなる時でもブレないな……

 

「そういえば皆さん、あれから津田副会長とは進展ありましたか?」

 

「特には無いな……アリアは?」

 

「私も特にないな~。だって花火大会以降はタカトシ君に会ってないし」

 

「確かに。津田はあの後からバイトやら勉強やらで忙しかったらしいからな」

 

 

 萩村に勝とうと津田も勉強に本腰を入れていたらしい。あの学年は萩村と津田が突出してるからな……それでも二人で高めあってるから、三位の人間との差が凄まじい事になってるとか……

 

「私が仕入れた情報では、英稜のお二人と津田副会長が仲良くカフェに行っていたとの事ですが」

 

「カナと森は津田とバイト先が一緒だからな。帰りに一緒しててもおかしくは無い」

 

「ですが、英稜の副会長は、津田副会長とキスしてますし、魚見会長は津田副会長を愛称で呼んでますので、少なくとも会長よりは津田副会長との仲は進展してると思いますけどね」

 

「う、うむ……確かにそうかもしれん」

 

 

 カナは津田の名前をもじった愛称で呼び、森は苗字だったり名前だったりと固定はされてないが、名前を呼ぶ時は実にスムーズに呼んでいる。

 

「そして、萩村さんが最近津田副会長と仲良く話しこんでいる場面も複数目撃されています」

 

「そうなのか!?」

 

「はい。ま、色気のある感じでは無いそうですがね」

 

「スズちゃんとタカトシ君だもんね。勉強の話とか生徒会の話とか色々あるもんね」

 

 

 確かに、私たちの跡を継ぐ二人だもんな。生徒会の行事などの話合いをしていてもおかしくは無い。

 

「そして、五十嵐風紀委員長ですが、津田副会長以外の男子との接触が前以上に減りました」

 

「つまり?」

 

「津田副会長以外の男子との間には、より溝が出来たという事ですね。このままでは津田副会長に本気でアタックするかもしれませんね~」

 

「何だと!? 我が校は恋愛禁止だぞ!」

 

「校内恋愛がダメであって、別に外でイチャコラするのは問題無いですよ?」

 

 

 畑の冷静なツッコミに、私は言葉を無くしてしまった……そうか、五十嵐も敵なのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み明けテストの結果も、廊下に貼り出される。私は津田と一緒にその結果を見る為に廊下に出た。

 

「今回は万全じゃ無かったから、もしかしたら何問か間違えたかも」

 

「珍しいね。何かあったの?」

 

「ほら、私のお母さん、あんなだし……」

 

「コトミとあまり変わらなかった気がするんだけど」

 

 

 津田は昔からコトミの相手で慣れてるんでしょうけども、私はお母さんの相手を何時まで経っても慣れないのよね……まぁ、わざと慣れないようにしてるんだけども……

 

「萩村が間違えたっていっても、それほどじゃ無いんじゃない? 俺も前日コトミたちの勉強を見てたから」

 

「それでもしっかりしてるアンタはエライわよ……」

 

 

 人だかりを抜け、結果が見える位置までやって来た。普段と違って今回は上位五十名の名前が貼り出されるのだ。

 

「あら、一年の三十位、八月一日さんじゃない」

 

「あれだけ勉強してたからね」

 

「教え子の結果はどう?」

 

「そんな大した事はしてないって」

 

 

 下級生の結果を見てから、私たちは自分たちの結果を見た。

 

 一位 津田タカトシ  490点

 一位 萩村スズ    490点

 三位 轟ネネ     416点

 

「おっ、同点か」

 

「やっぱり間違えてたわね」

 

「それでもこの点数……さすが萩村」

 

「アンタだって立派じゃない」

 

 

 ちなみに、五十位まで名前が載っているのに、コトミの名前は無かった。まぁ当然かもしれないけど、津田に教わってるのに赤点ギリギリってのはどうなのよ……




萩村不調でついに同率首位に! それでもこの位置にいる萩村っていったい……


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コトミのダジャレ

誰が笑うんだよ、そんなので……


 幕を垂らす為に屋上へ向かう途中、何故かコトミがついてきた。

 

「遊びに行くわけじゃないんだが」

 

「いいじゃん! 別に邪魔はしないよ」

 

「いや、いるだけで十分邪魔だよ……」

 

 

 この間の休み明けテスト、コトミは赤点ギリギリだったらしいのだ……あれだけ勉強させたのに、コイツの頭の中はどうなってるんだ……

 

「あれ、会長とカエデ先輩だ」

 

「珍しい組み合わせだな」

 

 

 五十嵐さんなら畑さんと一緒にいるイメージの方が強いのだが、今日は畑さんの姿は無い。

 

「お疲れ様です」

 

「おう、津田。コトミも一緒か」

 

「何の話をしてたんですか?」

 

 

 コトミが挨拶を省略して本題に入る。コイツのこういったとこは素直に凄いとは思うけど、せめて挨拶はちゃんと出来る人間になってほしいな……

 

「五十嵐が何故男性恐怖症になったのか、って話だ」

 

「へー。それで、原因は何だったんですか? 初体験の苦々しい思い出?」

 

「お前、ホント阿呆だな……」

 

 

 コトミのふざけたセリフに呆れたが、これ以上言っても徒労になるだけだろうからここでは言わないでおこう。帰って纏めて怒る時についでに怒ればいいし……

 

「えっと、昔『男』って漢字の練習をしていたら、友達に『欲求不満?』って聞かれたんです」

 

「それだけ?」

 

「てか、何時の話だよそれは……」

 

 

 漢字の練習って事は小学生のころだろ? 何で友達はそんな事を聞いたんだろう……

 

「えっと、一応確認しますが、その友達というのは……」

 

「タカトシ君の想像通りだと思います」

 

「やっぱり……あの人ですか」

 

「呼んだ?」

 

「ヒィ!?」

 

「呼んでません……」

 

 

 カエデさんと畑さんはその頃からの付き合いなんだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄がカエデ先輩たちに別れを告げ屋上に向かったので、私も会長たちと別れて屋上にやって来た。

 

「屋上って初めて来たかも」

 

「用事がなきゃ来ないからな……まぁ、立ち入り禁止ってわけでも無いんだけどな」

 

 

 タカ兄の言うとおり、屋上は普段お弁当を食べたりしても良いとされているんだけども、何故か屋上を利用する人はいないのだ。

 

「俺は結構この場所気に行ってるんだけどな」

 

「確かに良い場所だね~……ハッ!」

 

「? どうかしたのか」

 

「ううん、何でも無い! ちょっと用事思い出したから先に帰るね」

 

「は? 手伝えよ、お前も」

 

 

 タカ兄に何か言われたけども、私は今思いついた事をトッキーやマキに言いたいからそそくさと屋上から教室に戻った。

 

「あれ? コトミ、津田先輩と屋上に行ったんじゃ……」

 

「行ってきたよ。そこで面白い事を思いついたから急いで戻って来た」

 

「お前の面白い事、ってのが引っかかるが……何だよ?」

 

 

 トッキーが既に半分呆れてるけど、これを聞けばきっとトッキーも笑ってくれるだろ。

 

「屋上でね、タカ兄が『良い場所』って言ったんだ」

 

「ああ」

 

「それで?」

 

「『良い場所』って事は『グッドスポット』でしょ?」

 

「?」

 

「何で英語にしたのよ」

 

 

 トッキーとマキにはこのダジャレは高度過ぎて分からなかったようだ。仕方ない、最後まで説明してあげよう。

 

「つまり『Gスポ……』」

 

「黙れこの変態!」

 

「アンタ津田先輩の爪の垢でも煎じて飲みなさいよ!」

 

 

 あれ? 爆笑かと思ったのに、何で私は怒られてるんだろう……シノ会長やアリア先輩なら笑ってくれると思うんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会で校内放送をする事になった為に、今私たちは放送室に来ている。ちなみに会長がテスト放送をする予定だったのだが、練習で余計な事を言ったので津田が本番を担当する事になった。

 

「何で俺なんだよ。萩村がやればいいだろ」

 

「私はほら、カンペ出してフォローするからさ」

 

「……納得いかないけど仕方ないか」

 

 

 何かを諦めたように、津田は私に放送をやらせようとしなくなった。もともと人に何かを押し付けるような事をするヤツじゃないからね。

 

「えっと……それじゃあ操作の確認をしなきゃ。このスイッチを……」

 

「きゃ!」

 

「うわぁ!? スミマセン!」

 

 

 機械の操作を再確認しようと説明書を見ながら手を動かしたら、そこには七条先輩のお尻があった。

 

「何やってるの?」

 

「ちょっと余所見してたら七条先輩のお尻を触っちゃって……」

 

「余所見? 何を見てたの?」

 

「操作説明書。スイッチの場所を再確認してたのよ」

 

「もう、スズちゃんったら。私のエッチなスイッチが入っちゃったよ」

 

「「今すぐオフにしろ!」」

 

 

 何か久しぶりに津田とハモった気がする。最近はツッコミは全て津田任せだったからな……でも、この感覚は悪くないわね。

 

「でも、この部屋って完全防音なんでしょ?」

 

「まぁ一応は……」

 

「じゃあ、ここでエッチな事してもバレないね!」

 

「何言ってるんだアリア! そこはあえてスイッチを入れたままでスリルを体験するのが醍醐味だろうが!」

 

「お前らスイッチ切れよ!」

 

 

 ついに津田が怒った。まぁ仕方ないとはいえ、この二人は本当に相変わらずね……

 結局放送は津田が担当し、そして好評をのまま幕を下ろした。声だけとはいえ、学園屈指の人気者だものね。主に女子が黄色い歓声を上げるのは仕方ないわよね。何故か男子の一部も歓声を上げてたけど、そこは深く考えたら負けだと思ったのでスルーすることにした……




原作復帰して、ウオミーと森さんの出番が減った……どこかでぶっこむかな……


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学園ハプニング

自分の高校は犬ではなく雀が校舎内に入ってきたな……


 生徒会室で作業していたら、新聞部の畑がやってきた。相変わらずの神出鬼没だな……

 

「桜才新聞アンケート。彼氏の部屋からエロ本が出てきたらどうする?」

 

「いや、そんな相手いないんだが……」

 

「……ん?」

 

 

 チラッと津田の方を見たら、その視線に気づいた津田が私の方を見て来た。ただそれだけなのに、私は恥ずかしくなって津田から視線を逸らした。

 

「もしもの話で良いので」

 

「じゃあやってみようか」

 

 

 そう言ってアリアは没収した本を取り出して満面の笑みを浮かべた。その行動を見て、津田と萩村が揃ってため息を吐き、見なかった事にして作業を再開した。

 

「そうだな……じゃあアリアが彼女役で」

 

「分かった~」

 

 

 何やら楽しそうに頷いてから、アリアは演技を始めた。

 

「もー! 私というモノがありながら、こんな本をオカズにしてー!」

 

「何を言ってるんだー。君は、主食さー」

 

「えっ!」

 

「……五月蠅いんで、遊んでるなら外に出てってください」

 

 

 畑とアリアと一緒に、津田に生徒会室から追い出されてしまった。確かこの部屋の長は私だった気がするんだがな……

 

「じゃ、私はこれで」

 

「仕方ない、我々は見回りにでも行くか」

 

「そうだねー。じゃあ私はコッチに行くね」

 

「うむ。それでは後で落ち合おう」

 

 

 アリアと別れて私は校内の見回りをしていく。途中で何人かに挨拶をされるが、それ以外は大した事も起きずに半分以上が過ぎた。

 

「あれは……トッキー。またシャツを外に出してるな」

 

 

 見た目ヤンキーのドジっ娘、トッキーこと時が私の目の前を歩いている。相変わらずの服装だったので、私は注意する為にトッキーに声を掛けた。

 

「こら、トッキー! シャツを外に出すんじゃない! ッ!?」

 

「私の後に立たない方が良い、危険だから」

 

 

 急に振り返って物凄い睨まれたので、私は思わず立ち竦んでしまった。

 

「つまりする時は正常位か」

 

「それは日本語か……?」

 

 

 津田や萩村に比べるとツッコミレベルは低いが、トッキーは学園でも数少ないツッコミポジションのようだ。偶にツッコまれてるけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業していたら、お母さんから電話が掛ってきた。津田に視線で出ていいか訊ねて、許可をもらったので電話に出る。

 

「もしもしお母さん? 何かあったの?」

 

『スズちゃん! ボアがいなくなっちゃったの!』

 

「落ち着いて。私も探してみるから」

 

『お願いね!』

 

 

 お母さんからの電話を切り、私は津田に事情説明をするために生徒会室へと戻った。

 

「何だったの?」

 

「ボアが――ウチで飼ってる犬がいなくなっちゃったらしいの。だから私も探しに行ってくるわね」

 

「分かった。こっちは俺に任せてくれて良いから、見つかるまで探してて良いから」

 

「ありがとう。行ってくるわね」

 

 

 津田に生徒会業務を任せて、私は大急ぎで下駄箱まで移動した。もちろん、廊下を走るなんて事はしなかったけど。

 

「何だか騒がしいわね……」

 

 

 昇降口を出て校門まで向かう途中、やけに騒がしい事に気がついた。何かあったのかしら……

 

「あっ、ムツミ」

 

「スズちゃん」

 

「何かあったの?」

 

 

 丁度通りかかったムツミに訊ねた。

 

「校内に犬が入り込んだらしいよー」

 

「学校ハプニングの三本の指に入る出来事ね……」

 

 

 まさかそんな出来事が自分が通ってる学校で起こるなんて思っても無かったわよ……でも、どんな犬なのか気になるわね……

 

「あっ!」

 

「スズちゃん、どうかしたの?」

 

「……ウチの犬だ」

 

 

 女子生徒たちに囲まれていた犬は、あろうことか先ほどお母さんから行方不明になったと連絡を貰い、今から探しに行くはずだった愛犬のボアだった……

 

「この子、スズちゃんの犬なの?」

 

「うん……」

 

 

 とりあえず見つかったのでお母さんに連絡を……あれ?

 

「おかしいな……出ないや」

 

 

 何度コールしても、お母さんは携帯に出てくれなかった……どうしよう、この状況……

 

「仕方ないわね。教師の権限で、今日一日ここにいられるようにしましょう」

 

「良いんですか?」

 

 

 横島先生が何時の間にか現れて、珍しく生徒の為に動いてくれるらしい。

 

「私も犬好きだし」

 

「ありがとうございます!」

 

「それに、公の場で『ちんちん』って言えるからね」

 

「ウチの子に十メートル以内に近づかないでくださいね」

 

 

 横島先生を遠ざけて、とりあえず生徒会室に戻る事にした。何時までも津田一人に仕事を押し付けるわけにもいかないし、このまま家に帰るのも二度手間だしね……

 

「萩村、その犬はどうした」

 

「ウチで飼ってるボアです」

 

「知ってるよ~。でも、どうしてボアちゃんがここに?」

 

「実は、勝手に来てしまいまして……」

 

「そうなんですか……可愛いですね」

 

 

 五十嵐先輩がボアの頭を撫でる。その行動に会長と七条先輩が驚いた表情を浮かべた。

 

「五十嵐、その犬、男の子だぞ」

 

「? 別に平気ですけど」

 

「そっか……」

 

「まぁ、愛の形は人それぞれだからな……」

 

 

 くだらない事を考えている二人を置いていって、私は生徒会室に戻ってきた。

 

「ただいま」

 

「お帰り、早かった……なるほど」

 

「相変わらず察しが良いわね」

 

 

 ボアを引き連れて来た私を見て、津田は納得したように一つ頷いた。

 

「書類整理は終わったんだけど、あとは会議の予定だけなんだけど……会長と七条先輩は?」

 

「さっき外にいたけど、当分は帰って来ないわね、あれは……」

 

 

 概要を津田に教えて、私はため息を吐いた。

 

「仕方ないか。萩村、お茶でも飲む?」

 

「ありがとう」

 

 

 会長たちが帰ってくるまでの間、私は津田と二人きりだったのだ。まぁ、ボアはいたけど、それなりに満足の行く時間だったな。




横島先生はやっぱり邪な人間だったのか……分かってはいたけど……


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抜き打ち調査

後半は甘い展開なのですよ……


 最近学園に必要無い物を持ってくる生徒が増えている。クラスにも何人か明らかに必要無い物を持って来ているヤツがいるし……

 

「てなわけで、抜き打ち部室チェックを行うぞ!」

 

「なにが『てなわけで』なのかを説明してください」

 

「最近学園に必要無い物を持ってくる輩が多いのだ。なのでまずは部活動をしている者からチェックしていこうと思ってな」

 

「確かに必要無い物を持ってて来てる人は多いですね」

 

 

 今さっき俺も思ってた事だし、会長がその事を知っていてもおかしくはないか。

 

「さぁ、そうと決まったら急ぐぞ! まずは柔道部からだ!」

 

 

 何で急いでるのかは分からないけど、会長と七条先輩は楽しそうに生徒会室を出て行った。

 

「これ、私たちも行くのよね?」

 

「生徒会の仕事、何じゃね?」

 

 

 出て行った二人を呆れた様子で見ていた萩村も、渋々柔道部の部室に向かう事にしたようだ。まぁ、めんどくさいのは俺も思ったけどさ……

 

「最近学園に必要無い物を持って来ている者がいる! そこで、抜き打ちチェックだ!」

 

「分かりました」

 

 

 部室に到着したら、既に会長たちが部室のチェックを始めていた。

 

「柔道部にゲーム盤は必要ないな」

 

「すみません」

 

「確かに、部活動によけいなものを持ち込んじゃダメですよね。恋愛とか!」

 

「……それは両立出来るんじゃね?」

 

 

 相変わらずの三葉のピュア発言に、思わずツッコミを入れてしまった……

 

「では、次はロボット研究会だ!」

 

「轟さんの部活ね!」

 

「だから何でノリノリなんですか?」

 

 

 萩村のツッコミは当然の如く黙殺され、会長と七条先輩はロボ研の部室へと急いだ。もちろん、廊下は走ってはいない。

 

「最近学園に、略!」

 

「どうぞどうぞ」

 

 

 轟さんの許可も貰ったので、俺たちはロボ研の部室を調べ始めた。

 

「これは、こけしか?」

 

「はい、部屋の飾りに」

 

「ふむ、これくらいは良いだろう」

 

 

 会長は気づかなかったが、俺は見逃さなかった。あのこけしに不自然なスイッチがある事を……でも、拘わりたくないので見逃した。だって嫌な予感しかしないんだもん……

 

「次は新聞部だ!」

 

 

 最早萩村もツッコミを入れる事を諦めるくらいのテンションで、会長と七条先輩が新聞部の部室を目指し移動し始めた。

 

「最近、略!」

 

「そうですか。ウチには見られて困る物なんてありませんよ」

 

「この段ボールはなに?」

 

 

 マル秘指定された段ボールが部屋の中心に置かれているのを見て、七条先輩が畑さんに尋ねた。

 

「それは皆さんが見られると困る物が入ってます」

 

「よし、押収だ」

 

「でも、津田副会長のは全然撮れないんですよねー……」

 

「て、ことは……この中身を見られて困るのは……」

 

「会長たちですね」

 

「ちょっと待て、津田!」

 

「はい?」

 

 

 中身を確認しようとしたら、会長と七条先輩と萩村に物凄い勢いで止められた。いったいなんだと言うんだ……

 

「私たちで確認をしておく。君は今日アルバイトじゃなかったか?」

 

「もうそんな時間ですか? じゃあ申し訳ありませんが、あとの事はよろしくお願いしますね」

 

 

 会長に言われて時計を確認したが、まだそれほど急ぐ時間では無かった。でも、そんな事を言いだすと言う事はだ、よほど見られたくない物が入ってるんだろうな、あの段ボール……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルバイトが終わり帰り道、私はタカトシさんから今日の出来事を話してもらっていた。

 

「……っと、そんな事があったんですよ」

 

「そうなんですか。それで、結局何が入ってたんでしょうね、その段ボール」

 

「さぁ? 余程見られたくない物が入ってたと言う事だけは分かるんですけどね」

 

 

 天草会長と七条さんは分かるけども、萩村さんがタカトシさんに見られたくない物って何なのでしょう……あまり想像がつきませんね。

 

「ところで、今日は魚見さんもシフトだったはずなんですけど……」

 

「カナ会長は風邪でお休みだそうです。学校もお休みでしたし」

 

「あの人も風邪なんて引くんですね……」

 

 

 タカトシさんがしみじみと呟いた言葉に、私は思わず笑ってしまった。

 

「何かおかしなこと、言いました?」

 

「いえ、タカトシさんがカナ会長の事をどう思ってるか分かって少し可笑しかったんですよ」

 

「そうですか? ウチの会長もですけど、魚見さんも風邪引きそうに無いじゃないですか」

 

「確かに、それは私も思いましたけど、実際にカナ会長は風邪で休んでますし」

 

「だから意外だと思ったんですよ」

 

 

 もう一度、しみじみと呟いたタカトシさんに、私はもう一度笑ってしまいました。

 

「そんなに可笑しいですか?」

 

「ええ。それはもう」

 

 

 タカトシさんは私がどれだけ笑っても怒ったりはしないで苦笑いを浮かべています。

 

「今日は少し早いんですよね」

 

「ん? 新しい夜勤者が入ったからって、俺たちは早めに上がれたんですよね」

 

「良かったら何処かに寄って行きません?」

 

「別に良いですよ」

 

 

 ナチュラルにお誘いして、これまたナチュラルに了承を貰えた。あの旅行から、私は明らかにタカトシさんの事を意識している。いやまぁ、旅行以前から意識はしていたのですが、あの旅行を境にタカトシさんの事を考える時間が増えているのは確かなのです。

 

「それで、何処に行きますか?」

 

「この辺りに美味しい甘味処があるんですよ」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。だから、行ってみません?」

 

「良いですよ。サクラさんの行きたい場所に付き合います」

 

 

 タカトシさんの手を取り、私は目的地である甘味処に向かった。本当は、甘味なんてどうでもよくて、ただタカトシさんと一緒にいたかっただけなんですけどね……もちろん、甘味だって楽しみなんですけど。




完全にデート、なのですよ……


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賢兄愚妹

まさにその通りだ……


 今日から衣替えなので、長袖を着て学校にやってきた。ちなみに、コトミは寝てたので置いてきたのだが。

 

「やはりクリーニングしたての制服は気持ちが良いな! 皺ひとつ無い!」

 

「……皺発見」

 

「しまった!? 下着穿いてくるの忘れた!?」

 

「なにやっちゃってんの……」

 

 

 登校して早々にくだらない事を聞いてしまった……そもそも七条先輩にあれほど注意している会長本人が忘れるとは……この学校の生徒会はダメかもしれないな……

 

「萩村、教室に行こう」

 

「そうね」

 

 

 会長を放置する事にして、俺は萩村と一緒に教室に向かう事にした。

 

「今日コトミちゃんは?」

 

「寝てたから置いてきた。そろそろ起きて慌ててる頃だとは思うけど」

 

「大変ね、アンタもコトミちゃんも」

 

「あはは……」

 

 

 コトミが大変なのは自業自得だが、俺が大変なのは本当に情けない理由だからな……高校生にもなって自分で起きられない妹の面倒を見てるんだからな……

 

「津田、おはよう」

 

「ああ、おはよう」

 

「スズちゃん、おはよー」

 

「おはよう」

 

 

 教室に入って、俺は柳本に、萩村は轟さんに挨拶された。

 

「衣替えっていっても、まだ外暑いのにな」

 

「そうだな。でも、そのうち涼しくなるだろ」

 

「暑くても着崩すのはダメだからね」

 

「分かってるよー。だから今日私は下着穿いてないもん!」

 

「ここにもいたか……」

 

 

 会長は単純に忘れたっぽかったけど(それもそれで問題だが)、轟さんは確信犯だった。てか、周りの耳を気にしろよ……男子連中が前かがみで教室から出て行っちゃっただろ……

 

「あれ? みんなどうしちゃったんだろう?」

 

「轟さん……スカート捲れてる……」

 

 

 視線を逸らしながら指摘すると、轟さんは恥ずかしそうにスカートを直した。てか、今わざと捲くってなかったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日下着を穿いて無かったからか、下の方がスースーしていた。だが意外と悪くない。

 

「アリア、穿かないってのはなかなかいいな!」

 

「シノちゃんも漸くこっち側に来てくれたんだね!」

 

「貴女たち、廊下でなんて話をしてるんですか!」

 

 

 アリアとノーパン談義に花を咲かせていたら、五十嵐に注意された。

 

「私たちはそれ程直接的な表現はしてないぞ?」

 

「カエデちゃんは今の会話だけで何処まで想像しちゃったのかなー?」

 

「そ、それは……」

 

 

 私たち二人で責めると、五十嵐は後ずさりながら逃げようとしていた。

 

「逃がすと思ったか?」

 

「白状するまで逃がさないからね~」

 

「……何してるんですか、貴女たちは」

 

「先輩方、そろそろ会議ですので生徒会室まで行きましょう」

 

「もうそんな時間か?」

 

「じゃあ仕方ないねー」

 

 

 津田と萩村がタイミング悪く現れたため、五十嵐を追及する事は出来なかった。

 

「それにしても、五十嵐は相変わらずムッツリだな」

 

「『穿いてない』ってだけで、それがパンツだって分かるんだもんね~」

 

 

 言葉だけ聞けば『履いてない』ともとれるのに、五十嵐はしっかりと『穿いてない』と解釈したのだ。もしかしたらアイツも穿いてなかったのかもしれないな……

 

「風紀委員長がノーパンか……」

 

「風紀が乱れまくってるね~」

 

「本人がいない場所で酷い風評被害だ……」

 

「誰も拡散しないだけマシよね……」

 

 

 津田と萩村が呆れながら呟いた言葉に、私とアリアは笑いそうになってしまった。確かに風評被害かもしれないが、もしかしたら本当に……って事もあると思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅刻してしまったせいで、放課後に反省文を書かされる破目になってしまったのだ。

 

「まったく……妹をおいていくなんて薄情な兄を持って大変だよ」

 

「そもそも津田先輩はコトミを起こしたんでしょ? それで起きなかったコトミが悪いと思うけど」

 

「そうだな。兄貴は何も悪くないと思う」

 

「なんだよー! マキもトッキーもタカ兄の味方するのー!」

 

 

 反省文を書いている間、マキとトッキーには待ってもらっていたのだ。提出して愚痴をこぼした私に対して、マキもトッキーも冷たかった。

 

「そもそも何で寝坊したのよ」

 

「昨日夜遅くまでダンジョンに旅立っていたのだ」

 

「……ゲームしてたって言えよな」

 

「それで寝坊したんでしょ? 津田先輩は全然悪くないじゃないの。そもそも起こしてもらっておいて起きなかったんだから、やっぱり完全にコトミの所為じゃない」

 

「だって最近タカ兄が遊んでくれないんだもん! 一人でゲーム……じゃなかった。ダンジョン探索に出かけても仕方ないでしょ?」

 

「高校生にもなって兄貴にベッタリってのは変じゃね?」

 

 

 トッキーのセリフに、私は思いっきり反論した。

 

「普通のお兄ちゃんならそうかもしれないけど、タカ兄はそこら辺のお兄ちゃんとは訳が違うんだよ! あんなお兄ちゃんがいたらベッタリになるのはおかしくない! そもそもお母さんたちがしょっちゅう出張で家にいなかったから、私がタカ兄にベッタリになるのは必然で、全然おかしくない!」

 

「……大声で何を言ってるんだ、お前は」

 

「あれタカ兄? 生徒会の仕事終わったの?」

 

「じゃなきゃここにいないだろ……」

 

「相変わらずねー、アンタの妹」

 

 

 昇降口でタカ兄の素晴らしさを熱弁していたら、本人がそこにいた。ちなみにスズ先輩も一緒だった。

 

「タカ兄、今日は暇でしょ? 放課後どっか行こうよ!」

 

「悪いが暇じゃない。買い出しと晩飯の準備、それから洗濯物を取り込んで畳まなきゃいけないからな。退屈なら一人で遊んでろ」

 

「えー! 偶には一緒に遊ぼうよー!」

 

「なら、少しは家の事を手伝えよな。お前がやらないから……」

 

「だって私がやるよりタカ兄がやった方が早いでしょ? それに、私がするとタカ兄が直すから二度手間だよ?」

 

「ハァ……」

 

 

 タカ兄に盛大にため息を吐かれてしまったけど、私が言っている事は間違ってないのだ。つまり私は悪くない!




逆恨みも甚だしいぞ、コトミ……


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今日の予定

またしても甘い展開に……


 生徒会室で作業していたのだが、急激に眠気が襲ってきた。生徒会長として、欠伸など出来ないが眠いと思ってしまうのは仕方ないだろう。

 

「眠い……」

 

「何かモノを噛めば眠気は覚めますよ」

 

「なるほど」

 

 

 何か噛むのに適したモノは……

 

「はむっ」

 

「きゃ!?」

 

「噛むモノはちゃんと選ばなきゃ駄目だな! 全然効果無かった」

 

「そもそも何で七条先輩の耳を噛んだんだよ……ガムとかあるだろ」

 

 

 そういって津田は、生徒会室に常備されているガムのボトルを指差す。

 

「だって、それ刺激が強すぎるだろ? 絶頂してしまったらどうするんだ」

 

「なに言っちゃってるの……」

 

 

 呆れながら自分の席に着く津田。これから会議だからな、しっかりとしなければ!

 

「アリア、今日の予定を教えてくれ」

 

「いいよ~。この後、体育館で朝会、お昼に予算委員会、放課後には進路説明会……あと危険日」

 

「うむ、分かった」

 

「最後のって、必要だったの?」

 

「俺に聞くなよ……」

 

 

 アリアの予定は完璧だったはずなのに、津田と萩村は首を傾げていた。何がそんなに気になったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予算委員会が終わり、とりあえず教室に戻ろうとしたら萩村が足を捻ってしまった。

 

「大丈夫か?」

 

「なんとか……」

 

「津田、萩村を保健室まで連れて行け」

 

「分かりました」

 

 

 会長に指示されなくてもそのつもりだったけども、足を捻ってしまったのだから、萩村自身に歩かせるのは良くないだろうな……

 

「萩村、おんぶするから背中に乗ってくれ」

 

「いやでも……私スカートだから、おんぶはちょっと」

 

「ならだっこだな」

 

「分かりました、だっこですね」

 

 

 会長に言われ、俺は萩村を抱きあげる。相変わらず軽くて助かるよな、萩村は……ん?

 

「萩村、何か言いたそうだけど?」

 

「別に……どうせ私にはお姫様はつきませんよーだ」

 

「何不貞腐れてるんだよ……」

 

 

 小声で何かを呟いたようだが、会長には聞こえなかったようだ。だけど萩村とある意味密着している俺には、ハッキリと萩村が何に不貞腐れているのかが聞こえた……確かにお姫様だっこだけどもさ、別に今はそんな事気にしなくても良いんじゃないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休み以降、タカ君と会う機会がめっきり減ってしまった。そりゃ高校が違うんだし、タカ君は学年も下だから勉強の事で相談、なんて名目も使えない。それでもバイトなどで会えるのだけども、最近では同じシフトという事も減っているので、仕事終わりに一緒に何処かへ……などというイベントフラグも建てられないのだ。

 

「カナ会長、さっきから作業の手が止まってますけど、なに考えてるんですか?」

 

「サクラっち……いえ、ちょっとエロい事を」

 

「はぁ……余計な事考えてる暇なんて無いんですから、真面目に作業してください」

 

「冗談です。ちょっとタカ君の事を考えてました」

 

「タカトシさんの事を? 何故今タカトシさんの事を考えていたんです?」

 

「最近私とタカ君の絡みが減ってるので」

 

 

 メタ発言かもしれないけど、出番も減ってる気がしますし……

 

「でも私、この間タカトシさんと一緒に甘味処にいきましたよ?」

 

「なんですかそれ! 会長、聞いてませんよ!」

 

「え、ええ……言ってませんし」

 

「それってタカ君とサクラっちがいちゃいちゃデートを……」

 

「バイト終わりで立ち寄っただけです」

 

「そうですか。まだタカ君の貞操は守られているんですね」

 

「なに言ってるんですか!」

 

 

 サクラっちは意外とこういった直接的な表現を嫌いますからね。これで上手く誤魔化せるでしょう。

 

「とにかく、私ももう少しタカ君との時間がほしいんですよ」

 

「なら今日のバイト終わりにでも誘えばいいじゃないですか」

 

「私は今日お休みです。そんな事を言えるのは、サクラっちがタカ君と同じシフトだからですよ」

 

「……何かごめんなさい」

 

 

 サクラっちに頭を下げられて、私は複雑な思いに陥った。謝られたはいいが、これは何に対する謝罪で、私はなんと答えればいいのだろうか、と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナ会長とのやり取りをタカトシさんに話したら、タカトシさんは呆れたような顔をしました。

 

「英稜の生徒会でも、仕事は捗らないんですね」

 

「英稜でもって……桜才でも何かあったんですか?」

 

「ええまぁ……」

 

 

 ため息を吐いてからタカトシさんは今日あった桜才生徒会のやり取りを教えてくれた。

 

「さすが天草さんですね……七条さんもですけど」

 

「放課後の横島先生とのやり取りも、くだらないと一蹴してやりましたけどね」

 

 

 天草さんが生徒会顧問である横島先生に「休日は何をしているか」との質問をしたらしい。その答えは「寝ている」だったのだが天草さんは――

 

「誰とですか?」

 

 

――と繋げたらしい。

 

「布団で寝てるだけだと思ったんですけどね、俺は」

 

「普通はそう思いますよ。私だってそう思いますし」

 

「やっぱり会長がぶっ飛んでるのか」

 

 

 改めてそう思ったのか、タカトシさんが盛大にため息を吐いた。私もですけど、高校生がこれほどため息を吐かなければいけないなんて、生徒会って大変なんだなーって改めて思います。

 

「サクラさん、大変なのは生徒会の仕事ではなくツッコミです」

 

「ですよねー……薄々分かってましたけど」

 

「今度何処かで発散しに行きましょうよ」

 

「良いですよ。カラオケとかどうです?」

 

 

 今度はタカトシさんからナチュラルに誘ってくれ、私もナチュラルに行きたい場所を指定する。これではカナ会長が言ったように「いちゃいちゃデート」に見えても仕方ないかもしれませんね。




メタ発言したら、今号にウオミーが出てた……


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待ち合わせ

本当は写生大会ですが、つまらなかったので……


 森さんとカラオケに行く約束をしていたので、今日は丁度生徒会もバイトも休みだったので出かける事にした。

 

「コトミ、俺は出かけるから、昼飯は自分で何とかしてくれ」

 

「ええー! 私、そんなにお小遣い残って無いんだけど」

 

「何に使ってるんだよ……弁当だって持っててるし、食費でそんなに無くなる事も無いだろ?」

 

「色々とあるんだよ」

 

「……まぁ、色々の内容を聞く事はしないから、来月からは少し控えるんだな」

 

 

 どうせゲームとかを買ってるんだろうし、ここでコトミにぶつくさといって時間に遅れるのもバカらしいからな。

 

「じゃあこれで昼飯は済ませろ。それから、洗濯物を取り込んどいてくれよな」

 

「分かったー! ところで、タカ兄は何処に出かけるの? また生徒会のメンバーと何処かに行くの?」

 

「いや、今日は生徒会メンバーとじゃない」

 

「ふーん……ま、行ってらっしゃい」

 

 

 あまり興味なさそうだったので、俺も特に誰と出かけるとか、何処に行くとかは言わずに家を出た。どうせ何かあれば携帯に電話してくるんだし、行き先を伝えておく必要も無いしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が出かけて暫くしてから、来客があった。

 

「はーい。どちら様ですかー?」

 

 

 玄関を開けて確かめると、そこにはシノ会長が立っていた。

 

「あれ? シノ会長、何かご用ですか?」

 

「いや……津田はいるか?」

 

「タカ兄なら何処かに出かけてますよ? 約束でもしてたんですか?」

 

 

 もしそうだとしたら、タカ兄が忘れてた事になるんだけど、そんな事今まで無かったような気もするんだよね。

 

「いや、約束はしてない……そうか、いないのか……」

 

「珍しく生徒会のメンバーとじゃないお出かけみたいでしたけど」

 

「男友達とか? だが、津田と話の合う男子など、ウチにいたか?」

 

「柳本先輩じゃないんですか? タカ兄が比較的に親しくしてる男子って柳本先輩くらいですし」

 

「そうか……じゃあ仕方ないな。邪魔して悪かったな」

 

「いえいえ、どうせ一人ですし」

 

 

 シノ会長を見送ってから、私はお昼をどうするか考える事にした。タカ兄から預かったお金は二千円。つまりこの金額の範囲なら何でも食べられるのだ。

 

「全部使ったら怒られるだろうから、少しは余裕を持たないとね」

 

 

 いくらアルバイトしてるからといって、タカ兄も高校生だ。それなりに出費はあるだろうし、男子なら尚更だろう。

 

「でも、タカ兄の部屋をいくら調べても見つからないんだよね」

 

 

 トレジャーハンティングをしても、タカ兄の部屋からはそれらしきものは発見出来ないのだ。もしかして、本当に持ってないのだろうか……我が兄ながら心配になってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんとストレス発散の名目で一緒にカラオケに行く事になり、私は前日に箪笥の中身をひっくり返して洋服選びをしていた。タカトシさんの方は、ストレス発散以上の考えは無いでしょうけども、傍目から見れば、紛れも無くデートなのだ。

 タカトシさんは普段着もしっかりとしているので、何処に行っても恥ずかしくは無いのでしょうけども、私の方はそうはいかない。 

 ただでさえタカトシさんの隣に立つのだ。平凡な格好では釣り合って無いと思われるだろうし、タカトシさんのセンスを疑われてしまうかもしれないのだ。

 

「……って! 別にデートじゃないんだよ!」

 

 

 セルフツッコミを入れるが、イマイチキレが無い。理由は明らかに私が浮かれているからだ。

 待ち合わせの時間は十時。現時刻は八時三十分。この時間を見るだけで、明らかに私が浮かれている事が分かる。いくら早めに行動した方が良いと言っても、待ち合わせの一時間半前からその場所にいる必要性はまったくと言っていいほど無いだろう。

 

「はぁ……何処かで時間を潰そう」

 

 

 いくらタカトシさんが真面目な人でも、さすがに一時間以上前に待ち合わせ場所には来ないだろう。私は浮かれている自分を落ち着かせるために、近くのカフェに立ち寄る事にした。

 

「あれ、森さん?」

 

「五十嵐さん、何故こんな場所に?」

 

 

 何気なく入ったカフェには、桜才学園風紀委員長の五十嵐さんがいた。

 

「お気に入りなんです、ここ。それに、近所ですし……男性客も少ないですし」

 

「なるほど」

 

 

 確かに、このカフェの雰囲気では男性客は見込めないだろう。皆無、という訳にはいかないだろうけども、男性恐怖症の五十嵐さんには居心地がよいお店なのだろうな。

 

「森さんこそどうしたんですか?」

 

「待ち合わせをしてるんですけど、一時間以上も早く来てしまいまして……」

 

「そうなんですか……あれ? あの男の子、津田君?」

 

「えっ?」

 

 

 五十嵐さんの視線を辿ると、確かにそこにはタカトシさんがいた。特に焦った様子も無く、待ち合わせ場所を素通りして何処かのお店に入って行く。

 

「本屋さんにでも行くのかしら? 最近新しい参考書を探してるって言ってたし」

 

「そうなんですか? やっぱりちゃんと勉強してるんですね」

 

「あっ、津田君が探してるのはフランス語の参考書だよ。学校の勉強はだいたい授業で理解してるらしいし」

 

「そうなんですか……同じ副会長として、私ももう少し頑張った方が良いのでしょうか?」

 

「津田君が凄すぎるだけで、森さんは十分頑張ってると思いますけどね」

 

 

 五十嵐さんとしみじみお話をしていたら、待ち合わせの時間が迫ってきていた。良く見ればタカトシさんが待ち合わせ場所に待っているではないか。私は慌ててお会計を済ませて店の外に出た。

 

「ごめんなさい、遅れました」

 

「いえ、そこの喫茶店にいましたよね」

 

「気づいてたんですか?」

 

「チラッと視界に入っただけですよ。俺も寄り道してましたし」

 

「本屋さんですよね? フランス語の参考書を探してるとか」

 

「良いのは無かったですけどね。それじゃあ、行きましょうか」

 

「そうですね」

 

 

 私はタカトシさんのちょっと後ろを歩きながら、カラオケ屋さんに向かった。

 

「あの二人、付き合ってるのかしら……」

 

 

 背後から誰かの声が聞こえた気もしたけど、その事を考える余裕は、今の私には無かった。




この後の展開は普通のデートなので割愛させていただきます


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小遣いの使い道

コトミの自爆ですね……


 いよいよ明日は文化祭! なのだが、何処のクラスも準備が滞っているのか終わりが見えてこない。生徒会としても何とかしたいので、我々は様々なクラスの手伝いに駆り出されているのだ。

 

「これは我々も泊まり込みで作業するしかなさそうだな」

 

「こんな事もあろうかと、お泊りセットを持ってきてます」

 

 

 萩村が何処からか取りだしたバッグには、着替えや歯磨きセットなのが入っていた。用意周到なヤツだとは思っていたが、本当にさすがだな……

 

「しまったな~。私も持ってくればよかったよ~。替えの下着とか」

 

「アリア……そもそも穿いているのか?」

 

「あっそっか! 問題無かったよ~」

 

「いや、人として問題あるだろ……」

 

 

 アリアの答えを聞いた津田が、呆れたようにツッコミを入れる。

 

「津田! 乙女の会話を盗み聞きとは感心しないぞ!」

 

「そうだよ~! ノーパンだって聞かれたくなかったのに~」

 

「アンタらそもそも聞こえる声量だったろうが……それに、七条先輩がノーパンである事は、学園の殆どの生徒が知っている事ですが」

 

「そうなの~?」

 

「この間畑さんをとっ捕まえて自白させたので間違いないかと」

 

 

 つまりはそういう事なんだろうな……

 

「あのー、これ差し入れです! 良かったら食べてください!」

 

「えっ? ありがとうございます」

 

 

 生徒会室の扉が勢いよく開かれたと思ったら、料理部の後輩がおにぎりを津田に押し付けて帰って行った。受け取った津田も呆気に取られたのか、おにぎりの乗った大皿を持って固まっている。

 

「折角の好意だ、食べようじゃないか」

 

「そうですね。じゃあお茶淹れますね」

 

 

 さすがに復帰が早い津田は、大皿を机に置きお茶の準備を始めた。

 

「みんなはおにぎりの具で何が好きだ?」

 

「シャケ」

 

「私はアレ! えっとピンク色の……」

 

「桜でんぶ?」

 

「そう、それ!」

 

「良かったー! ピンク色の具、って事で、どっちか迷ったんだよなー」

 

「おにぎりの具で、他にピンク色の具ってありましたっけ? お茶です」

 

 

 そういう知識に疎い津田は、私のボケを拾う事無くスルーした。そして津田が淹れてくれたお茶は、何となく美味しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 進行状況を確認する為の見回りを萩村としていたら、萩村がしみじみと呟いた。

 

「文化祭って、結局は子供だましよね」

 

「あはは……」

 

 

 それは俺も思っている事だが、口に出すのはどうなんだ? 一生懸命準備している人たちに聞かれなかったのがせめてもの救い、なのだろうか?

 

「甘いっ!」

 

「横島先生……五月蠅いのでドアはもう少しゆっくり開けてください」

 

 

 生徒には聞かれなかったけど、教師には聞かれていたようだ。だが本当に五月蠅かったのでもう少し自重してほしかった。

 

「文化祭の良さというのはね……」

 

「聞いてねぇし、この人……」

 

 

 俺の注意を完全に無視して、横島先生は文化祭の良さを熱弁し始めてしまった。

 

「合法的に高校生と戯れられる事よ!」

 

「アンタは出入り禁止にしたい」

 

「無理よ、だって教師だもの……」

 

「うん……分かってるんだけどさ……」

 

 

 この人を野放しにしていると、何人かの生徒が襲われるのではないだろうか……などと考えていたら、その問題教師の背後から別の声が聞こえてきた。

 

「タカ兄ー! ポスター貼るの手伝ってー!」

 

「ちょっとコトミ! 津田先輩は別の仕事で忙しいんでしょ!」

 

「ダリィ……」

 

「はぁ……ちょっと手伝ってくる」

 

「頑張れ、お兄ちゃん!」

 

「その励まし方はおかしい……」

 

 

 萩村に変な励まされ方をされたが、俺はコトミたちの仕事を手伝う事にした。

 

「それで、何でコトミが演劇部のポスター貼りをやってるんだ?」

 

「実はですねー……」

 

「コトミがいたら作業がはかどらないから、演劇部の友達に押し付けられたのか」

 

「演劇部の……って! 何で分かるの!?」

 

「不本意ながら、お前の兄貴を長年やってきたんだ。それくらいの予想は付く」

 

 

 本当に不本意だが、コイツの行動のだいたいは想像が付くのだ。本当に、本当に不本意だが……

 

「さすが津田先輩。コトミの事で苦労してきているだけはありますね」

 

「マキ、それって褒めてるのか?」

 

「時さん、それは気にしちゃダメだよ……」

 

 

 八月一日さんの言葉にツッコミを入れた時さんに、俺はやんわりとツッコミを入れる。気にしたら負けなのだ、だから気にしちゃダメなのだ。

 

「あれ? この劇の主役の人、タカ兄と名前が一緒だー!」

 

「ん? 本当だ。何だか親近感湧くよな」

 

 

 会った事も無い相手だが、名前が一緒というだけで何故だか親近感を覚えた。

 

「分かるー。私もこの間名前が一緒なゲームキャラがいて親近感を覚えたんだー」

 

「そうなのか?」

 

 

 ゲームで「コトミ」なんて名前が付けられるキャラってどんなキャラなんだろう……そもそもそのゲームは何を目的としたゲームなのだろうか?

 

「エロゲで。しかも性癖も一緒だった」

 

「……来月のコトミの小遣い、半分な」

 

「ええっ!? 何でよ!?」

 

「もう少し有意義な使い方をしているならまだしも、変なゲームを買ってると分かったお前に与える小遣いは存在しない」

 

 

 そもそもお母さんたちが共働きで稼いでくれたお金で何を買ってるんだコイツは……

 

「そんな殺生な……来月も気になる新作が多いんだよ~!」

 

「……お前、いったいいくつ買ってるんだよ」

 

「えっ? トッキーもやりたいの?」

 

「チゲェよ! 少しは兄貴の苦労を分かってやれって言ってるんだ!」

 

「そこの一年生! 廊下で大声を出してはいけません! ……ってあら? 津田君じゃない」

 

「五十嵐さんも泊まり込みですか?」

 

「ええ……ところで、何を怒ってたんですか?」

 

「妹の不甲斐無さに、時さんが代わりに怒ってくれてたんです……」

 

 

 身内の恥を晒すのはさすがに避けたかったので、俺はある部分を割愛して五十嵐さんに説明する事した。だって包み隠さず話したら、五十嵐さんが気を失う可能性があったから……




次回文化祭当日、英稜の二人の出番はあるのか……


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文化祭開始

こんな責任者じゃダメだろ……


 何とか文化祭の準備は終わったが、結局は泊まりになってしまった。どうやら殆どのクラス、委員会も泊まりがけで作業していたらしく、開催当日の生徒の大半は寝不足で目が開いていなかった。

 

「萩村、そろそろ開始時刻だし見回りに行こう」

 

「そうね……」

 

「眠い?」

 

「うん、ちょっと……」

 

 

 普段は午後九時には眠くなると言っていた萩村だが、昨日は日付が変わるくらいまで起きて作業していたのだ。少し眠そうでも仕方ないよな。

 

「生徒会室で仮眠でも取れば? 見回りは俺一人でも大丈夫だから」

 

「ありがとう……でも大丈夫よ」

 

「そう? 辛かったら言ってよね」

 

 

 普段から萩村には世話になってるから、こんな時くらいは俺が萩村の代わりを務めても誰も怒らないだろう。そもそも萩村に頼ってる人は他にも大勢いるだろうしな。

 

「まずは三年生の出し物か。そう言えば会長たちに朝一に来るように言われてたっけ」

 

「会長たちが店員をやってるからじゃないの?」

 

「そう言えば俺、会長たちがどんな出し物をやってるのか知らないや」

 

 

 自分のクラスの準備と、各クラスからの応援要請やら何やらで忙しく、会長たちのクラスの出し物を確認する時間が無かったのだ。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様……?」

 

「会長? どうかしましたか?」

 

「ふむ、男性客はどのようにもてなせばいいのか、と思ってな」

 

「シノちゃん、男色の気分でもてなせばいいんだよ!」

 

「なるほどな!」

 

「責任者を出せ! ……あっ、こいつらか」

 

 

 とてつもなくサイテーな事を言い出した会長と七条先輩の事を言い付けようと思ったが、このクラスの責任者はこの二人だ。つまり上に言い付けようにも本人たちの言動なので、どうしようもないのだ……

 

「あら? 天草さんたちはどうして男装してるんですか?」

 

「執事喫茶だ! 普通ではつまらないって事でな。男装する事になったのだ。五十嵐も入って行くか?」

 

「男装なら、五十嵐さんも大丈夫なんですよね?」

 

 

 男性恐怖症だからといって、男装までダメなわけじゃないだろうし、こういった事から慣れていけばいずれは男性恐怖症も治るかもしれないしな。

 

「リアリティーを求めて、店内はイカ臭いけどね!」

 

「遠慮させていただきます」

 

「そもそも何だそのリアリティーは……」

 

 

 そもそも男子ってイカの匂いするのか? 確かめようにも、女子に聞くのはセクハラ臭いし、男子に確かめるのもなんだかな……

 

「ところで津田君」

 

「はい? なんですか」

 

「この間の休みの日、何処かに出かけませんでしたか?」

 

「この間の休み? ……カラオケに行った日ですかね」

 

「カラオケ? 誰と一緒でした?」

 

「……五十嵐さん、あの時近くにいましたよね? わざわざ答えなくても知ってるんじゃないですか?」

 

「それは……」

 

 

 サクラさんとカラオケに行った日、待ち合わせの傍のカフェには五十嵐さんもいたのだ。チラッと視界に入ったので知っているし、何となくつまらなそうに呟いた五十嵐さんの声も、俺の耳には届いていた。

 

「あれはただのストレス解消です。それ以上の事は何もありませんよ」

 

「本当ですね?」

 

「ええ。それに校内恋愛でも無いですし、五十嵐さんが気にする事は無いと思いますけど」

 

 

 そもそも恋愛では無いのだし、風紀的に問題あるわけでもないのだ。

 

「分かりました。それでは私はこれで」

 

「ええ」

 

 

 さてと……この三人の視線はどう処理すればいいんだろうか……てか五十嵐さん、爆弾を放り投げておいて無視は無いんじゃないですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノっちに誘われて、私とサクラっちは桜才学園文化祭を見学しに来ている。我が英稜高校も文化祭が近いので、参考に出来ればいいなと思っているのですが、なかなかハイレベルな文化祭ですね。

 

「会長、天草さんたちのクラスは何をしてるんですか?」

 

「シノっち達は執事喫茶をしてるそうです。男装してもてなしているとか」

 

「男装……ですか」

 

「サクラっち、今シノっちの胸を思い浮かべましたね?」

 

 

 あの胸なら、男装の際にサラシをきつく巻きつける必要もなさそうですし、シノっちは楽そうですしね。

 

「いえ、女子高だった時ならいざ知らず、桜才学園も共学化して二年目ですからね……普通にメイド喫茶で良かったのではないかと思いまして」

 

「確かにそうですね……校外からもお客さんが来るので、シノっちやアリアさんのメイド姿が見られるとなれば、それなりに客は見込めそうですしね……」

 

 

 別に利益が出るわけでは無いのですが、確かにサクラっちの言う通りですね。何故シノっちとアリアさんは男装をしてもてなそうと思ったのでしょうか?

 

「あれ、タカトシさんじゃないですか」

 

「ん? サクラさん。それに魚見さんも。こんにちは」

 

 

 サクラっちの事は名前で呼んでいるのに、私の事は苗字で呼ぶんですか……

 

「タカ君? ちゃんと名前で呼んでください」

 

「そうは言われましても……生徒会メンバーの事も普通に苗字で呼んでますし」

 

「でもサクラっちの事は名前で呼んでますよね?」

 

「苗字で呼ばれれば苗字で呼びます」

 

「私はどちらも使ってますからね」

 

「とにかく、今日一日は私の事も名前で呼んでください」

 

「はぁ……分かりましたよ、カナさん」

 

「よろしい! ……ところで、シノっちたちは何処です?」

 

 

 別行動かもしれないけど、タカ君の腕には生徒会の腕章が巻かれているので見回りの最中だろう。そうなると二人一組が普通のはずだ。

 

「新聞部の畑さんの策略で、三人はミス桜才に参加する事になりまして、今そのエントリーをしているところです」

 

「面白そうですね。私たちも見学していきましょう!」

 

「そうですね。タカトシさんも見ますよね?」

 

「来るように言い付けられましたし……」

 

 

 若干――いえ、かなり嫌そうな顔を浮かべているタカ君だったけども、私たち二人に挟まれて嫌な顔をしてるわけじゃ無かったから、とりあえずは善しとした。それにしても、久しぶりのタカ君の隣で、若干濡れちゃいましたね。




原作でも森さんがタカトシ争奪戦に参加し始めた模様……


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ミス・桜才コンテスト

アニメでは畑さんのモノマネが面白かったですね


 新聞部主催で行われるミス・桜才に、成り行きで私たちも出場する事になってしまった……こういった催しに参加するのは不本意だが、出るからにはトップを目指したいな。

 

「水着の衣装もありますが、着ますか?」

 

「着るわけないだろ!」

 

「そうですよ! 時期を考えて下さい、もう十月ですよ!」

 

 

 私の反対に萩村が続いた。コイツもなんだかんだでノリが良いし、優勝目指してるんだろうな……

 

「この時期は無駄毛の処理が疎かになってるんだぞ!」

 

「そうだ……あれー?」

 

 

 私の反論に続こうとした萩村だったが、どうやら私の意見は予想外だったようで、首を傾げて私の方を見ていた。

 

「そうですか……残念です。せっかくポロリも計画してたんですが……」

 

「全校生徒の前でポロリなど出来るかー!」

 

「安心してください! 記事にするつもりでしたので、全校生徒の前で無くても知れ渡りますから!」

 

「津田に頼んで、新聞部の活動は無期限停止処分にしてもらおうかしら」

 

「それだけは許して下さい!」

 

 

 本来部活動の処分などの決定権は会長である私にあるのだが、私が言い渡すより津田が言った方が効果があるだろう、という事で今年から副会長権限になっているのだ。

 

「あら? 会長に萩村さんも」

 

「五十嵐! お前も参加するのか?」

 

「ええ、まぁ成り行きで……」

 

「えー、ノリノリで参加してくれたんじゃないのー?」

 

「当たり前です! 誰がこんな破廉恥な催しに自分から参加するんですか!」

 

「破廉恥って……五十嵐、こんなのただのミスコンだぞ? 何を指して破廉恥だと言いきってるんだ?」

 

 

 どこの高校でも似たような事は開催されているし、別に特別破廉恥な事は無いと思うんだが……

 

「畑さんの計画では、水着審査も行われるようでしたし」

 

「それは全力で却下したから安心しろ」

 

 

 どうやら水着審査は畑の計画だったらしいな。まぁ畑以外の新聞部の連中がこんな事考えつくはずもないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君と合流して早々、新聞部主催のミス・桜才コンテストを見学する事になった。タカ君はあまり乗り気では無かったけど、生徒会のメンバーが参加するんだからと説得して、何とか会場に来てもらったのだ。

 

「あれ? タカ兄じゃん! 珍しいね、こんな場所に」

 

「俺は来るつもりじゃなかったんだが……魚見さんが乗り気で仕方なく」

 

「ふーん……カナ会長も好きですねー」

 

「コトミちゃんほどじゃないですよ。あっ、これ借りてたゲームです」

 

「どうでした?」

 

「なかなかでしたけど、私的にはもう少しハードでも良いかなと思いました」

 

「なるほどー……でも、あれ以上ハードだと、もうSMじゃないと思うんですけどね」

 

 

 コトミちゃんから借りていたゲームの話をしていたら、タカ君とサクラっちが同時にため息を吐いた。この二人は桜才・英稜の良心と言っても良い存在ですので、何かと苦労が絶えないんでしょうね。まぁ、その最たる私が思う事ではないと思うのですが。

 

「天草さんに七条さん、萩村さんに五十嵐さん……知り合いばかりのミス・桜才コンテストですね」

 

「畑さんがかき集めた参加者ですからね……」

 

「おっと」

 

「? コトミ、何処か行くのか?」

 

「へっへー」

 

 

 いきなり立ち上がったコトミちゃんは、そのままステージの方へ歩き出した。

 

『エントリーナンバー5番。津田副会長の妹さん、津田コトミさん!』

 

「はっ?」

 

『いえーい! タカ兄、みてるー?』

 

「みてなーい!」

 

 

 タカ君が律儀に返事をしていましたが、返事をしてる時点で見てるのではないのかとも思いました。まぁ、私はツッコミでは無いので言いませんでしたが。

 

『色々あってエントリーナンバー14、桜才学園教師、横島ナルコ!』

 

「なにやってるんだ、あの人は……」

 

『先生は教師の中で唯一の参加ですね』

 

『そうなのよー!』

 

『ミスコンに出てる暇があるなら、ミセスになる方法でも考えては?』

 

『喧嘩売ってんのか、おい!』

 

「壇上で何やってるんだよ、まったく……」

 

「でも、横島先生ってこういうの好きだったんですね」

 

「見たまんまだと思いますけどね……」

 

 

 参加者最後だった横島先生の紹介が終わり、新聞部部員が私たちに一枚の紙を配りだした。男子だけではなく女子の票も有効のようで、私とサクラっちの分もあった。

 

『それではー、今配った紙に「この子に入れたい!」という名前を書いてください! あっ、ちなみに票の事ですよ? 間違ってもあっちの方じゃ……』

 

『そんなの、言われなくても九割の人間は分かってるだろ』

 

『そこは十割じゃなきゃ駄目よ』

 

「なに言ってるだ、アイツらは……」

 

「タカトシさんがいないから萩村さんがツッコミなんですね」

 

「そもそも、何で会長と萩村の声までマイクが拾ってるんですかね……」

 

 

 タカ君は呆れながらも、投票用紙に誰かの名前を書いて投票箱に入れた。ちなみに、私はシノっちの名前を書いて投票したんですけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集計が終わったようで、畑さんが再び檀上に戻って来た。

 

『それではー今年のミス・桜才を発表したいと思います』

 

 

 ノリノリでドラムロールなんて流して……あと何で回ってるんだ、あの人は?

 

『今年のミス・桜才は、天草シノ会長です』

 

 

 やっぱり目が回ってるし……余計な事をするから大変な目に遭うんですよ……

 

「タカ君は誰に入れたの?」

 

「俺ですか? 俺は家族の好でコトミに。ゼロ票だと可哀想でしたので」

 

「サクラっちは?」

 

「私は五十嵐さんに」

 

「そうですか。ちなみに私はシノっちです」

 

「会長の好で、ですか?」

 

「いえ、シノっちは胸が無いので、せめて投票数くらいは多い方が良いかなと思っただけです」

 

 

 この人は……本人が聞いたらぶち切れそうな事を平然と言い放ったよ……

 

『ちなみに、二位は七条アリアさん、三位は津田コトミさん、僅差で五十嵐カエデさん。最下位は横島先生のゼロ票ですね』

 

「うわぁ……あの人ゼロなんだ」

 

「コトミちゃん、意外と人気で心配ですか? お兄ちゃん」

 

「いえ、あの変態娘を貰ってくれるなら、喜んで差し出しますけどね」

 

 

 じゃあお情けで票を入れる必要は無かったんだな。理由はどうあれ、コトミが人気者である事が分かっただけでも、この企画の意味はあったんじゃないかと思っている。本当に、理由はどうあれだがな。




酷い結果だ……


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試験に向けて

この世界のタカトシは体調崩さないかなーって事でオリジナル展開です


 文化祭も終わり、今日は代休なので久しぶりにのんびり出来る……と、思っていたのだが、もうじきテストがあるので、俺はコトミの勉強を見る事になった。

 

「普段からやってれば慌てる事も無いんだが……」

 

「それはタカ兄が出来るからでしょ! 私はタカ兄みたいに出来る人間じゃないんだよ!」

 

「それは威張って言うような事ではないと思うんだが……そもそも俺だって最初から出来たわけじゃないんだけどな」

 

 

 それなりに頑張って勉強したからこそ、今の順位にいられるのだ。勉強してなかったら柳本や三葉と同じくらいだったかもしれないのだ。

 

「マキやトッキーだってやってないし、私だけがこんな時期から勉強するなんておかしいよ!」

 

「じゃあコトミは赤点を取って補習になりたいんだな? それならそうと言ってくれれば良いのに。そうすれば俺だってお前の面倒なんてみないから」

 

「ごめんなさい、すみません、許して下さい、この通りです」

 

 

 突き放すような事を言って部屋から出て行こうとした俺の前に滑り込み、土下座をするコトミ。どうやら赤点という言葉はコトミに効果抜群だったようだ。

 

「お前、本当に良く桜才に入れたよな」

 

「面接で横島先生が試験官だったからかな? 意気投合したし」

 

「あの人は教師を辞めた方がいいな……」

 

 

 あの人と息が合ったからといって合格になったのなら、その生徒はろくな人間ではないだろうし……てか、俺の妹だったんだが……

 

「とにかく、赤点補習になったら容赦なく小遣いを減らすからな」

 

「ほ、補習にならなければいいんですか?」

 

「本当なら平均点、と言いたいんだがな……お前には無理だってお母さんたちも理解してるから」

 

 

 一学期のコトミの成績は、見事に低空飛行だったのだ。赤点こそ無かったが、あと数点低かったら補習という教科も一つや二つでは無かったしな……

 

「じゃあまたテスト前にタカ兄主催で勉強会を開いてよ。そうすれば私も勉強するし」

 

「八月一日さんや時さんに頼まれたのなら考えるが、お前に言われると何でかしたく無くなるんだよな」

 

「何でよー! 可愛い妹の頼みだよー!」

 

「じゃあお前が二人の予定を聞いてみれば良いだろ。もしやりたいのなら開いてやるから」

 

 

 おそらく二年生でも参加したがる人間がいるだろうし、それなら纏めてやった方が楽だしな。

 

「分かった―! それじゃあ明日マキとトッキーに聞いてみるねー」

 

「どさくさにまぎれて逃げようとするな。今日はしっかりと勉強するんだ」

 

「はーい……」

 

 

 コトミの相手だけで一日が潰れるのはもったいないけど、コイツが赤点補習になって俺に泣きついてきたら、一日では済まなくなるので仕方ないか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄にみっちり勉強を見てもらったおかげで、今日の私はへろへろなのだ……

 

「コトミ、また夜更かしでもしたの?」

 

「ううん、タカ兄に捕まって、昨日みっちり勉強させられたの」

 

「大変だな、お前の兄貴」

 

 

 前半は私に同情してくれたのかと思ったけど、トッキーが同情したのは私ではなくタカ兄だった。

 

「そうだ! マキとトッキーが望むのなら、またタカ兄が勉強を見てくれるってさ」

 

「本当! でも、津田先輩も忙しいんじゃ……」

 

「これ以上兄貴に負担を掛けるのも悪い気がするしな……」

 

「大丈夫だって! タカ兄が良いって言ってるんだし、どうせタカ兄は私の勉強の面倒を見なきゃいけないんだから、一人や二人増えたって問題無いって!」

 

 

 胸を張って言いきると、マキとトッキーが揃ってため息を吐いた。いったいなんだって言うんだ……

 

「偉そうに言う事じゃないと思うけど……」

 

「ホント、お前の兄貴が可哀想だ」

 

「なんだよー! じゃあ二人はタカ兄に勉強教えてもらいたくないの? トッキーだって一学期末は酷かったじゃないかー!」

 

「それは……そうだけどよ……」

 

 

 私よりは良かったけど、トッキーも赤点スレスレだったのだ。

 

「じゃあタカ兄にお願いって言っとくね。マキも参加するでしょ?」

 

「う、うん……でも、迷惑じゃないかな?」

 

「大丈夫だって! タカ兄は同級生にも泣きつかれるだろうしさ!」

 

「……それ、大丈夫じゃないよね?」

 

 

 マキのツッコミを無視して、私はタカ兄にメールで知らせた。これで私もしっかりと勉強が出来るなー……多分ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英稜の試験日と桜才の試験日は同じ日に始まり同じ日に終わる。だから試験期間にバイトを休み日も同じになるのだ。

 

「サクラさんはテストで焦ったりはしませんよね?」

 

「そんな事ありませんよ。私はタカトシさんみたいに優秀ではありませんし……」

 

 

 これは謙遜ではなく本音だ。タカトシさんと比べてしまうと、同じ副会長としてもっと頑張った方が良いのではないかと思ってしまうのですよね……

 

「それじゃあサクラさんも勉強会に参加します? 萩村とか三葉とかとするんですけど、良かったら一緒に」

 

「ですが、桜才の皆さんの中に一人だけ他校の生徒がいるのって気まずいのでは……」

 

「その辺りは大丈夫だと思いますよ。魚見さんも会長たちと一緒に勉強するらしいですし」

 

「そうなんですか? じゃあお邪魔じゃ無ければ参加したいです」

 

 

 カナ会長がいるのなら、それほど気まずくは無いでしょうし、タカトシさんに教えてもらえるのなら勉強も捗るでしょうしね。

 

「それでは、後日詳しい日程をメールします」

 

「はい、お願いしますね」

 

 

 タカトシさんもそうですが、桜才には萩村さんという天才がいるのですよね。この学年で一位と二位を脅かすのは、おそらく無理でしょうね……別の学校で良かったと、そこだけは思います。




一年目は不慣れでしたけど、既に耐性が出来てますからね……


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津田家での勉強会

あの人が参戦……


 試験も近いという事もあって、とりあえず補習の恐れがあるコトミと時さん、上位進出が出来そうな八月一日さんを家に招いて勉強会を開く事にした。

 

「タカ兄、サクラ先輩も来たよ」

 

「お邪魔します」

 

「いらっしゃい。まだ集まってませんので、寛いでいてください」

 

 

 サクラさんは元々優秀なのだが、こうして互いに意識し合う事で更に高みを目指そうと招いたのだ。俺には萩村というライバルがいるけど、サクラさんには親しい中にライバルと呼べる同級生がいないとか……

 

「後はトッキーだけだね」

 

「時間過ぎてるんだけどな……」

 

 

 八月一日さんが言うように、集合時間を少し過ぎている。真面目な子だから寝坊とかでは無いんだろうけども、大丈夫なのだろうか?

 

「あっ、トッキー。遅かったね」

 

「ウルセッ」

 

「さすがヤンキー。時間にルーズだね~」

 

「……時さん、もしかして迷った?」

 

「ウッ……ごめんなさい」

 

「さすがドジっ子!」

 

「コトミ、お前は少し黙ってろ」

 

 

 余計な事しか言わないコトミを部屋に追いやって、俺は時さんに事情を聞いた。

 

「ここ、そんなに入り組んでは無いんだけど」

 

「降りる駅を間違えました」

 

「なるほど……次からは気をつけてね」

 

「はい……ホントスミマセン」

 

「いいって。それじゃあ、勉強会を始めようか」

 

 

 これ以上何か言うと、俺が時さんをいじめてるように思えてきてしまうので、俺は早々に勉強会を始める為に部屋に時さんを案内したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミの兄貴に勉強を教わるのは初めてではないのだが、やはり緊張はしてしまう。コトミ同様落ちこぼれ組の私が、学年トップレベルの人に教わるなんて、普通ならあり得ない事だからだ。

 

「トッキー、さっきからタカ兄の事見てるけど、何かあった?」

 

「いや、お前の兄貴なのに優秀だなと思って」

 

「そりゃ自慢の兄だもん!」

 

「対する妹はアホだけどな」

 

 

 前に似てないと指摘したら変な答えをしてきたので、それ以降似てないとは言わないのだが、やはりこの兄妹は見た目以外似てない気がする。

 

「コトミ、時さん、話してる余裕があるなら、この問題でも解いてみるか?」

 

「い、いえ! ちゃんと勉強します」

 

「タカ兄、後輩を怖がらせちゃダメだよ~」

 

「じゃあコトミだけ解くんだな。時さんは真面目に勉強するようだし」

 

 

 目が笑っていない……コトミの兄貴は本気でコトミに問題を解かせようと考えているようだ。コトミもその事が分かっているのか、素直に勉強を再開した。

 

「たくっ……八月一日さん、そこ間違ってる」

 

「えっ? ……あっ、本当ですね」

 

 

 私やコトミに注意しながらも、マキの間違いを見つけ指摘する兄貴。本当にコトミの兄貴なのかと疑いたくなるくらい優秀な人だな……

 

「マキ、嬉しそうだね」

 

「喋ってるとまた怒られるぞ」

 

「大丈夫だって。トッキーもヤンキーなのにビビり過ぎだって」

 

「ヤンキーじゃねぇ!」

 

「二人とも……どうやら俺は舐められてるらしいな……」

 

「あ……違うってタカ兄! ちゃんと勉強してるから!」

 

「だから怒られるって言ったんだ……ごめんなさい、大声出して……」

 

 

 陽炎のように兄貴の周りの空気が揺らめいて見えるのは、きっと気のせいでは無いのだろう。妹であるコトミが兄貴の恐ろしさを知っているように、私も何となく兄貴が本気で怒っているのだという事は理解出来た。

 

「次同じような事をするのなら、問答無用でテストを受けてもらうからな」

 

「が、頑張ります……」

 

「タカトシさん、この問題なんですけど……」

 

「あ、はい。そこはですね――」

 

 

 説教の最中でも、質問されればちゃんと答える。その切り替えの早さに脱帽しながらも、私とコトミは大人しく勉強を再開した。なにせこの勉強会は私とコトミの赤点回避の為に開かれている勉強会なのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんに呼ばれて、私は今あまり来た事の無い住宅街に来ている。

 

「畑さん、何か用でしょうか?」

 

「ここ、津田副会長の家なんだけど、今女子を連れ込んであれやこれややってるようなのよね」

 

「津田君が!? 風紀が乱れてるわ!」

 

 

 良く考えればあり得ない事だと分かったかもしれないけど、この時の私には冷静な判断など出来なかったのだ。津田君の家に入れる機会もそう多くないだろうと思ってたし、なによりも津田君がみだらな行為をしているなどと思ってしまっていたからだ。

 

「はい? あ、五十嵐さん。何かご用でしょうか?」

 

 

 インターホンを鳴らしてすぐ、津田君が玄関から顔を覗かせた。

 

「津田君、部屋に女子を連れ込んでるというのは本当ですか?」

 

「はい? ……まぁ勉強会で森さんと時さんと八月一日さんは来てますけど」

 

「……勉強会?」

 

 

 私はクルリと回れ右をして、電柱に隠れている畑さんに視線を向けた。

 

「私は『あれやこれや』と言っただけで、いかがわしい事だとは一言も言ってませんよ」

 

「完全にそっちを思わせる口ぶりだったじゃないですか!」

 

「えっと……用事が無いならもういいですか? 目を離すとコトミがサボるので」

 

「ゴメンなさい……そうだ、私もお手伝いしても良いかしら」

 

「五十嵐さんが? ……そうですね、お願いします。今から昼食の支度をしなければいけなかったので、監視の目が増えるのはありがたいです。ついでに食べていってください。五十嵐さんの分も作りますから」

 

 

 津田君の手料理が食べられる!? 私は二つ返事で津田君の手伝いをする事を承諾し、津田君の部屋で勉強しているコトミさんたちの監視、分からない個所が出てきたら説明をする事にしたのだった。

 

「うふふ、スクープの匂い」

 

 

 窓の外から覗いていた畑さんは、何処からともなく現れた津田君に排除され、心おきなく勉強に集中する事が出来た。それにしても、男の子の部屋って意外と綺麗なんだ……




何故畑さんがいたのかは、お分かりですよね?


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テストの結果は

みんな頑張った


 津田がコトミちゃんたちの勉強を見ていると聞いて、私も手伝う為に放課後は図書室や生徒会室を使って勉強会を開いていた。

 

「明日からテストなのに、全然分からない……」

 

「お前、ちゃんと勉強してたのか?」

 

「トッキーだってあんまり変わらないじゃないかー!」

 

「騒ぐ余裕があるなら、さっさと勉強しろ。本番前の確認を込めて、この後テストするんだから」

 

「テスト前日にテストなんてしたくないよー!」

 

 

 コトミちゃんが泣きごとを言っているけど、兄である津田には全く効かず、容赦なく時計を見ている。

 

「コトミも諦めて勉強しなよ。津田先輩の時間を貰って私たちは勉強を教えてもらったんだから」

 

「でもさー! マキは出来るから良いよ。私とトッキーは出来ないんだから」

 

「一緒にするな!」

 

 

 時さんも何でコトミちゃんと友達をやってるんだろうと思う時もある。でも、人間関係は他人が口出しするべき事ではないし、何となく波長があったから一緒にいるんだろうしね。

 

「萩村、私たちも勉強してるから、何かあったら携帯を鳴らしてくれ」

 

「分かりました」

 

 

 会長たちは生徒会室ではなく図書室を使うようで、窓から外を見れば、英稜の二人も既に来ていた。

 

「それじゃあテストを始める。筆記用具以外はしまえ」

 

「タカ兄、あと十分!」

 

「悪あがきは意味をなさないから止めるんだな。伸ばした分コトミの試験時間は減っていくだけだからな」

 

 

 津田の悪魔のような笑みに、コトミちゃんは顔面を蒼白にして教科書を鞄にしまう。この兄妹の力関係は非常に分かりやすいわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんと萩村さんに挟まれて、私も最後の仕上げとばかりに勉強を必死にしているのだが、隣の二人の表情は実に涼しげで、必死になっている私がバカみたいな光景が出来あがってしまっている。

 

「そう言えば萩村、さっき会長から何か渡されて無かった?」

 

「ああ、会長が作った二年生用の確認テストよ」

 

「やる?」

 

「そうね。五教科あるし、確認するには丁度良いかもしれないわね」

 

「サクラさんもやりますよね?」

 

「えっ? ……もちろんです」

 

 

 二人と比べれば大した事の無い成績の私は、二人のあまりにも余裕な雰囲気に気圧されながらも問題用紙と解答用紙を受け取った。

 

「制限時間は五十分ね」

 

「そうだね。コトミたちもそうだし、俺たちも本番のつもりでやるか」

 

 

 タカトシさんと萩村さんの意見に賛成して、私も問題を解き始める。二人に比べたら解く速度も遅いので、私は二人の事を視界から追い出して集中する事にした。

 そして五十分後――

 

「終わったわ」

 

「うん、終わった」

 

「私も終わりました……えっ!?」

 

 

――私は一教科、二人は五教科分を五十分で終わらせていたのだった。

 

「早過ぎですよ!」

 

「そう? 何時も通りなんだけど」

 

「簡単だったしね。サクラさんだってやろうとすれば出来ると思いますけど」

 

「無理ですよ……」

 

 

 出来ても二教科くらいでしょうか……とにかく私には五十分で五教科分のテストを終わらせる、などと言う荒業は出来そうにありません。

 

「コトミ、お前たちはもう五十分経ってるだろ。何時まで解いてるんだよ」

 

「後一問だけ!」

 

「ダメだ。さっさと採点して次のテストに行かないと、お前だけ今日は寝れないなんて事になるぞ」

 

「うぅ……」

 

 

 タカトシさんの脅しに屈したコトミさんは、大人しくペンを置きました。萩村さんも思ってる事でしょうが、タカトシさんとコトミさんの兄妹は、どうしてこんなにも出来が違うのでしょうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田先輩に勉強を見てもらったおかげで、私は今回のテストはかなり自信がある。一学期のまぐれまでは行かなくとも、結構上位にはイケたんじゃないかなと思うくらいの手応えを感じているのだ。

 

「コトミはどうだった?」

 

「補習にはならなかったと思うけど、上位には絶対名前なんて無いね」

 

「今回からは上位五十人だっけ? でも何でいきなり五十人になったんだろ……」

 

「別に私には関係ないだろうし、トッキーも関係ないよね?」

 

「ウルセェ。まぁネェけどな」

 

 

 トッキーとコトミと一緒に結果が貼られている廊下を目指す。二年、三年の上位は何時も通りでしょうけども、同じ場所に貼ってあるからついでに見て行こうという事になっているのだ。

 

「やっと見える位置にこれたねー」

 

「さて、マキの名前はあるのか?」

 

「さすがに無いと思うけど……?」

 

 

 上から名前を見て行くと、見覚えのある名前が見つかった。

 

 13位 八月一日マキ  662点

 

「うわぁ! マキ凄い!」

 

「800点満点でこんなにとれるのかよ」

 

「津田先輩や萩村先輩のおかげだよ……」

 

 

 一位の人の点数は710点だから、それほど離れている訳ではない。自分でもこんなに点数がとれるなんて思ってなかったので、かなり驚いている。

 

「あっ、タカ兄! マキが凄いよ!」

 

「そうだな。おめでとう、八月一日さん」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 津田先輩に頭を下げ、視線を上げた先には、二年生の結果が貼られていた。

 

 一位 萩村スズ   800点

 一位 津田タカトシ 800点

 三位 轟ネネ    725点

 

「ついに津田も満点ね」

 

「今回は会長のテストのおかげかな」

 

「次元が違い過ぎるぞ、この先輩たち……」

 

 

 トッキーが言ったように、三位の轟先輩が一位でもおかしくは無い点数だ。

 

「会長たちだって凄いんだけど」

 

「へ?」

 

 

 コトミが間の抜けた声を上げたので、私たちはコトミの視線を辿り、三年生の結果を見る。

 

 一位 天草シノ   773点

 二位 七条アリア  765点

 三位 五十嵐カエデ 758点

 

 

 ……一年の成績って、そんなに良い物じゃ無いんじゃないだろうか。と思いたくなるような結果がそこにもあった。何で上位が団子状態なんだろう、一年生は……

 

「テストも終わったし、冬休みに温泉でも行かない?」

 

「なんだいきなり」

 

「温泉が当たったんだー」

 

「福引にでも当たったんですか?」

 

「運が良いですね」

 

「ううん、掘り当てたの」

 

「「………」」

 

「その運分けてくれ!」

 

 

 私たちが絶句している隣では、生徒会の先輩たちが日常会話をしている。この結果に満足していた自分が恥ずかしくなってきたな……




一年だってレベル高いのですが、上級生の上位三人の点数を見るとね……


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七条温泉

ボケとツッコミの比率が……


 七条さんの家が温泉旅館を開くという事で、私たちもその旅館――というかホテルに招待される事になった。

 

「凄いですね、温泉を掘り当てるなんて」

 

「普通に言われたので、てっきり福引にでも当たったのかと思いましたよ」

 

「あはは、七条さんらしいですね」

 

 

 私の隣では、サクラっちとタカ君が談笑をしている。最近この二人が自然に会話したり、自然な距離感を持って一緒にいるような気がするのですよね……

 

「ウオミー、どうしたのだ?」

 

「シノっち……NTR状態は最高だな、と思いまして」

 

「「貴女いきなり何を言うんだ!」」

 

「さすがのツッコミですね」

 

 

 私の事が聞こえたのだろう。サクラっちとタカ君が同時に、同じ言葉でツッコミを入れてきた。さすが桜才のツッコミキングと英稜のツッコミクイーンの称号を持つだけの事はありますね。

 

「アリア、お疲れだったな」

 

「別に切るだけだから疲れなかったけど、緊張して変な汗掻いてきちゃったよー」

 

「だから言ったじゃないですか。コートの下は何も着ない方が良いですよって」

 

「うん、その通りだったね」

 

「「まさか本当にその下……」」

 

 

 再び二人のツッコミが揃い、アリアさんの方に視線を向けている。

 

「んー? 津田君、もしかしてこの下がどうなってるのか見たいの?」

 

「いえ、別に」

 

「ダメだなータカ兄は。そこは『俺が脱がせてやる』くらいな事を言わないとー」

 

「お前、折角招待されたのにろくな事言わないな……」

 

「まぁトッキー、これがコトミなのよ……」

 

 

 コトミさんのボケに、お友達の時さんと八月一日さんが呆れた顔でツッコミと諦めのセリフを言う。やはりコトミさんは将来有望ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会メンバーや英稜のお二人、それに一年生三人が泊りがけで温泉旅行に行くという情報を聞き、私は風紀が乱れないように同行する事になった。

 

「当たり前のように、貴女もいるんですね畑さん……」

 

「当然。津田君の乱れた生活を……」

 

「旅行中、畑さんのカメラは没収しておきますね」

 

「止めて! 私の身体の一部を取らないで!」

 

 

 今の発言を津田君に聞かれ、畑さんのカメラは津田君に没収された。いきなり現れても驚かなくなったのは、私がそれなりに津田君に慣れているからだろう。

 

「それで、部屋割なのですが」

 

「ん? まだ決まって無かったんですか?」

 

「いえ、コトミさんがお友達と一緒が良いと申しましたので、津田さんと同室になる相手を変更しなければならなくなりました」

 

「……二人部屋ですよね? 八月一日と時さんが同室で、俺とコトミが同室で決まったんじゃないんですか?」

 

「それが、コトミさんが『ソファでも良いから!』と懇願したようでして」

 

「ですが、それなら俺が一人で部屋を使えば良いだけなのでは」

 

 

 確かに津田君の言うとおり、津田君を一人にして後のメンバーで部屋を割り振ればいいのではないのだろうか。

 

「いえ、それがこの部屋には仕掛けがありまして……ほらこの通り」

 

「シングルベッドが消えてダブルベッドに!?」

 

「これで何時でも合体が可能。さらに行為の後も余裕を持って二人で寝られる仕組みになっているのです」

 

「で? この仕掛けがなにか?」

 

「つまり、一部屋三人で割り振る事が可能なのです!」

 

「……普通に二人で良いんじゃね?」

 

 

 津田君のツッコミは当然なものだったけども、多数決という名の数の暴力で、津田君の意見は却下されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みにこう言った展開になったのだけども、まさかこんなに早く同じような展開が訪れるとは。前は津田と同じ部屋になれなかったが、今回こそは……

 

「シノさんはスズさんとカナさんと同室ですね」

 

「………」

 

 

 クジというのは、狙って引くとろくな結果にはならないんだな……

 

「お嬢様は私とランコさんとですね」

 

「じゃあまたカエデちゃんとサクラちゃんがタカトシ君と一緒の部屋なんだ」

 

「あれ? 出島さんも同室なんですね」

 

「もちろんです! お嬢様とくんずほぐれつを……」

 

「カメラがあれば!」

 

 

 出島さんたちが何かを言い始めて津田に怒られているが、私の耳にはそんな事は聞こえてこなかった。

 

「シノっち、狙ってたのに残念でしたね」

 

「とりあえず、温泉にでも行きましょうよ」

 

「ああ……そうだな……」

 

 

 カナと萩村に促されて、私は温泉に向かった。少し意識が回復した時に、背後にぞろぞろと人がついて来ているのが分かった。どうやら全員でお風呂に入るらしい。

 

「じゃあ俺はここで」

 

「ええ、また部屋で」

 

 

 津田と森がまるで恋人みたいなやり取りをしていたので、私たちは一斉に森に視線を向けた。

 

「な、何でしょうか?」

 

「お前、津田と付き合ってるのか?」

 

「いえ。お付き合いはしていませんけど」

 

「サクラちゃん!」

 

「は、はい?」

 

 

 急にアリアが大声を出したので、森は少し驚いたような顔をした。

 

「サクラちゃんはタカトシ君の息子を……」

 

「何を言い出すんですか、先輩は!」

 

 

 アリアが何かを聞こうとしたのを、萩村のツッコミが遮った。まぁ何となく続きは想像出来たし、そんな事を聞いても森の奴は答えなかっただろうな。

 温泉では巨乳の独壇場だったが、明日のスキーでは私の華麗なる滑りで視線を集める事が出来るだろう。だがアリアや五十嵐、森が巨乳である事は知っていたが、まさかウオミーまであんなにデカイとは……水着の時は気づかなかったが、やはり布が無くなると凄いんだな……

 

「(嫌な事は寝て忘れよう)」

 

 

 ベッドに潜り寝ようとするのだが、明日のスキーが楽しみ過ぎて寝る事が出来ない……こんなんだから何時まで経っても子供っぽいと言われるのだろうな……




ツッコミは疲れますよ……


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事故チュー

タイトル誤字じゃないですよ


 一夜明けて、私たちはスキーをする事になった。ちなみに、コトミちゃんとマキちゃんは初心者らしく滑り方を簡単に教えてもらっているところだ。

 

「サクラっち」

 

「はい。何でしょう会長」

 

「昨日のタカ君は激しかったんですか?」

 

「はい? 何の話ですか」

 

 

 タカトシさんは別に普通に生活してましたし、会長が何を聞いて来ているのか分からなかったので普通に返しました。

 

「ですから、タカ君はベッドの上で激しかったのかと聞いているのです」

 

「何を聞いてるんですか、貴女は!」

 

「あらタカ君。サクラっちを抱いt……」

 

「「少しは自重しろ(してください)!」」

 

「相変わらず息ピッタリですね」

 

 

 タカトシさんとツッコミのタイミングが被ったのを、カナ会長は満足そうに聞いて天草さんたちの方へ滑って行きました。

 

「何がしたかったんでしょうね、あの人は……」

 

「もう結構一緒にいますけど、カナ会長の事は私も良く分かりません」

 

「そうなんですか……まぁ俺も、会長たちとは長いですけど、未だに何をしたいのか、何を言いたいのか良く分かりませんしね」

 

 

 苦笑いを浮かべながらタカトシさんが私に同調してくれました。

 

「そういえばタカトシさん」

 

「なんでしょうか?」

 

「じつは私、あまりスキーが得意じゃないんですよ」

 

「そうなんですか? じゃあ教えますよ」

 

「……お願いします」

 

 

 夏は泳ぎを、そして今はスキーをタカトシさんに習うとは……同じ副会長なのに、何故こんなにもタカトシさんに教わる事があるのでしょう……

 

「津田君、実は私もそれ程得意じゃないんだけど」

 

「そうなんですか? じゃあ五十嵐さんも一緒に教えますよ。何故二人が出島さんに習わなかったのかは、今のあの人を見れば何となく分かりますし」

 

 

 タカトシさんの視線の先では、出島さんが天草さんと七条さんに褒められていた。

 

『エロ~イ』

 

『ひわ~い』

 

『いや~それ程でも』

 

「「………」」

 

 

 はたしてあれは褒め言葉なのだろうか……私と五十嵐さんは同じ事を思ったに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田が五十嵐と森の相手をしているので、私は萩村と一緒にリフトに乗っている。

 

「最近津田のヤツ、森や五十嵐ばっか相手してるな」

 

「そうですね。まぁ私たちは普通に滑れますし。滑れる人間が教わってるのを周りが見ると、単純にいちゃついてるようにしか見えませんしね」

 

「そうだな……優秀な自分が恨めしいぞ」

 

 

 自分で言うと厭味ったらしいが、本当に滑れる自分を恨みたい気分なのだ。滑れなければ私も津田に……

 

「そう言えば五十嵐先輩、津田に手を持ってもらってますけど大丈夫なんでしょうかね」

 

「アイツの男性恐怖症は、津田に限り治ったらしいからな。津田になら触っても問題ないし、背後から息を吹きかけられても失神せずに済むだろう」

 

「いや、後の方は男性恐怖症関係なく嫌ですよ」

 

 

 そうか? 私なら喜んで津田の吐息を感じるのだがな……

 

「うわぁ!?」

 

「ん? 大丈夫か、萩村?」

 

「え、えぇまぁ……ちょっとリフト降り失敗しました」

 

 

 萩村が思いっきり滑っているが、周りの目は子供がやる失敗程度にしか思ってないようで、微笑ましげな顔を向けている。

 

「シノちゃん。向こうでタカトシ君とサクラさんとカエデちゃんがいちゃついてる!」

 

「なんだと!? ……あいつらはスキーの練習をしてるんじゃないのか?」

 

「そうなの? でもタカトシ君は普通に滑れるんじゃないの?」

 

「だから五十嵐と森に教えてるんだろ。あの二人は出島さんに教わるのを嫌ったようだし」

 

「そのようですね。サクラっちと五十嵐さんめ……部屋割に続いて今回もタカ君を……」

 

「カナちゃん? NTR状態を楽しんでるんじゃなかったの?」

 

「ここまで来ると、興奮より嫉妬が勝ってますね」

 

 

 確かに……カナの言うとおり、何時までも津田を独り占め――二人占めか?――されているのは腹立たしい。津田は我々の共有財産だと言うのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田君に教わったおかげで、私と森さんはある程度は滑れるようになり、初心者コースなら手助けなしで滑る事が出来るようになった。

 

「津田君、ありがとうございました」

 

「タカトシさんのおかげで、苦手が一つ減りました」

 

「いえいえ。お二人とも元々筋が良かったので、教えるのも簡単でしたよ」

 

 

 津田君は謙遜ではなく本気で言っている。だから私たちは余計に恥ずかしいのだ。

 

「タッカ兄ー! みんなで雪合戦しようよー!」

 

「分かった! すぐ行くから待ってろ」

 

 

 向こうからコトミさんの声が聞こえてきて、私たちは移動する事にしました。

 

「うわぁ!?」

 

「おっと」

 

 

 私の隣で森さんがバランスを崩して倒れそうになった。でも津田君がしっかりと反応したおかげで、森さんは雪に顔から倒れ込む事は無かった。無かったのだけども……

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いえ、気を付けてくださいね」

 

 

 事情を知らなければ、森さんが津田君に抱きついているようにしか見えない。天草さんはそう思ったらしく、背後から雪玉を津田君目掛けて投げつけました。

 

「何をしているのだ、お前たちは!」

 

「ちょっと会長! 今避けられ……ッ!?」

 

「!?!?」

 

 

 振り返る事も、避ける事も出来なかった津田君の後頭部に、天草さんが投げた雪玉が凄い勢いで当たった。下が普通の地面だったら問題無かったのだろうけども、生憎下は雪で津田君が踏ん張っても少しは身体がぐらついてしまう。そしてぐらついた先にいたのは、津田君に受け止めてもらった森さんでして……

 

「シノっち! 何アシストしてるんですか!」

 

「そうだよ! タカトシ君の唇が!」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 ぐらついて体制を崩した津田君が、森さんの唇に自分の唇を重ねている……つまりキスをしているのだった……




様々な条件がそろっての事故チュー……完全に森さんがリードしましたね。


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正月の津田家

あの流れからのこの話……まだまだカエデが頑張ってます


 事故とはいえ、タカトシさんとキスをしてしまった……もちろんあの後色々と言われたのですが、タカトシさんが天草会長に鋭い視線を向けたおかげで、それ以上は何も追及してくる事はありませんでした。そしてタカトシさんは私に頭を下げたのです。

 不快な思いをさせたから、とタカトシさんは言っていましたが、私とすれば別に謝ってもらう必要は無かったと感じていました。だって別に嫌じゃ無かったから……

 そんな事故チューから暫くして、年明けのご挨拶をする為にカナ会長と一緒にタカトシさんの家を訪ねる事になりました。タカトシさんの家に向かう途中で桜才生徒会の三人と合流して、計五人での訪問になりましたが、家に着くまで私以外の四人は、私の顔を――正確には唇を凝視して来ていました。明らかにあの時の事を根に持っているのでしょう……

 

「おや~桜才・英稜の生徒会メンバーの皆さまじゃないですか」

 

「畑! 何故お前までいるんだ!」

 

「何故って、津田家の中にいる風紀委員長の観察ですよ」

 

「カエデちゃんもタカトシ君の家にいるの?」

 

「実は風紀委員長、昨日の大晦日から津田家に入り浸っています」

 

「つまり、タカ君の家にお泊りしたと言う事ですか?」

 

「そういう事ですねー。やっぱり風紀委員長はムッツリスケベです」

 

 

 タカトシさんの家に泊まったからと言って、別にムッツリなのかは分からないと思うのですが、そう考えたのはどうやら私だけだったようで、残る四人は畑さんに状況を確認する為に凄い勢いで畑さんに詰め寄った。

 

「それで、五十嵐先輩は何で津田の家に泊まったんですか?」

 

「外でバッタリあって、そのままの流れですかね。現在津田家には両親が不在、それを知った風紀委員長が家事の一切を手伝うという名目で津田家に上がり込みました」

 

「そんな事なら私だって手伝える! 今からでも遅くは無い、みんな行くぞ!」

 

 

 天草会長が急に張りきりだし、それに続くようにカナ会長やアリアさん、普段ストッパーな萩村さんまでもが意気込んで津田家に向かいました……私はあのテンションには付いていけませんね……

 

「やはりブチューとした人は余裕ですね~」

 

「な、なんですかその表現……」

 

「ほら、この写真」

 

 

 そういって畑さんは私とタカトシさんがキスしてる瞬間の写真を取りだしました。狙っていたのでしょうか、タイミングがバッチリ過ぎるのが多少気になりましたが、それ以上に何故こんな写真を持っているのかが気になりました。

 

「いや~、本当は津田副会長が転ぶシーンを狙っていたんですが、まさかの大スクープになりましたよ」

 

「そうですか……もちろんその写真は没収させていただきます」

 

「え~折角の写真なのに~! 他のライバルに差をつけるチャンスですよ?」

 

「何のライバルなのかは知りませんが、タカトシさんに見られたら貴女、殺されますよ?」

 

 

 実際にそんな事は無いでしょうけども、私よりもタカトシさんの名前を出した方がこの人には有効だろうと思ったのでそう言いました。すると尋常じゃ無いくらい震えだしたので、やっぱりタカトシさんの名前は有効だったんだと実感したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日は五十嵐さんが来て、今日は会長たちが家に押しかけてきた……別に構わないのだが、来るなら来るで一言連絡でもしてくれれば良いものを……

 

「それで、会長たちは何をしに来たんですか?」

 

「折角の正月に何も無いのは味気ないと思ってな!」

 

「タカ君たちにお手製のおせち料理でもと思いまして」

 

「でも、お母さんがいてもウチは特に何も無いですよ? むしろタカ兄が準備する人ですので」

 

「タカトシ君っておせち料理も作れるの~?」

 

「別に大したものは作りませんよ。お雑煮を作ったり後はコトミが好きな出し巻きや栗金団を作ったりするだけですし……あとは買ってきた物を切って出すだけですので」

 

 

 普段はこの時期ゆっくりできるお母さんとお父さんの為に準備するのだが、今年は仕事が忙しいのか暮れも正月も無く働いている。そしてコトミは相変わらずなので、今年は大したものを準備してないのだ。

 

「それにしても五十嵐先輩、風紀委員長が率先して不純異性交遊とは」

 

「わ、私は別にそんな事は……!」

 

「そうですね~。カエデ先輩はせいぜい、洗濯と称してタカ兄のパンツを触ろうとしたくらいですしね~」

 

「そうなんですか?」

 

 

 五十嵐さんがそんな事をするとは思えないけど、この人も周りがぶっ飛んでるから隠れているが、なかなかの思春期だし何となくあり得そうなんだよな……

 

「そんな事はしてません! むしろコトミさんが津田君のパンツを持ち去ろうとしたのを止めました!」

 

「コトミが? お前何に使うつもりだったんだよ……」

 

「何って、当たり前な事を聞かないでよタカ兄! もちろん……ごめんなさい」

 

 

 視線でコトミを黙らせて、俺はとりあえず全員をリビングへと招き入れる。

 

「畑さんも入ったらどうです?」

 

「……やはり気づいていましたか」

 

「昨日からこそこそと嗅ぎ回って、何がしたいんですか貴女は」

 

「もちろんスクープを……」

 

「今日日部活動で何でそこまで気合いを入れてるんですか……」

 

 

 新聞部はそれ程活動難と言うわけでもないのに……学校が正式に認めた商売のおかげで、新聞部の部費は他の部活より多いのに……

 

「とりあえずお雑煮を出しますね。皆さんお餅は幾つ食べます?」

 

 

 これだけの女子率にも関わらず、家事を担当するのは俺……自宅だから当然といえば当然なのだが、せめてコトミは動いて欲しかったぞ……どうせ邪魔にしかならないのだけど……




森さん>>>>>>>カエデ>>>スズ>>残りみたいな感じですかね……まだ決定じゃないから、頑張れ他のヒロイン……


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カエデの回想

一日戻って大晦日の話です


 津田君の家に天草会長たちが押しかけてきた前日、私は街で偶然津田君と出会った。

 

「あら、津田君」

 

「五十嵐さん。奇遇ですね、こんなところで」

 

「津田君は買い出し? お正月の準備かしら」

 

「そうですね。両親ともに外国に出張中でして、今年もコトミと二人で年越しになりそうですからね」

 

 

 津田君のご両親はかなりの頻度で出張に行かれているようで、家事一切は津田君が担当していると前に畑さんから聞いた事がある。

 

「良かったら私が手伝いましょうか?」

 

「本当ですか? でも、五十嵐さんって男性恐怖症じゃ……」

 

「津田君なら大丈夫よ。同じ部屋に泊まったりもしてますし」

 

「まぁ……じゃあお願いします」

 

 

 何となく納得はしていない感じだったけども、これからの大変さを考えて津田君は私の申し出を受け入れてくれた。

 何度か来た事はあるけども、やっぱり津田君の家に来るのは緊張する。何時何処で畑さんが現れるか分からないから……

 

「タカ兄、おかえりー! あれ? 五十嵐先輩じゃないですか」

 

「こんにちは、コトミさん」

 

「どうしたんですか? はっ!? まさかタカ兄がお持ち帰り!?」

 

「手伝ってくれるそうだ。お前が家事出来ない事は五十嵐さんにも知られているらしいからな」

 

「出来ないんじゃなくてやらないんだよ! だってタカ兄に任せた方が早いし確実だし」

 

「……偏見かもしれんが、そんなんじゃ嫁の貰い手が無いぞ」

 

「あの……玄関で兄妹喧嘩はちょっと……」

 

 

 喧嘩じゃないのかもしれないけど、第三者から見たら結構大変なやり取りなのだ。

 

「そうですね。じゃあコトミは宿題をしてろ。俺と五十嵐さんで終わらせるから」

 

「えー! 私だって手伝うよー!」

 

「じゃあバスタブの掃除と排水溝と換気扇、それから……」

 

「部屋で宿題してるね!」

 

「あっ、逃げた」

 

 

 津田君が掃除する個所をコトミさんに伝えようとすると、さっきまでヤル気満々だったコトミさんは部屋に逃げて行った。

 

「仕方ありません。五十嵐さんはだし汁をお願いします」

 

「だし汁?」

 

「年越し蕎麦と、明日の出し巻き卵に使うので」

 

「津田君が作るの?」

 

「コトミをキッチンに入れるわけにはいきませんので」

 

 

 何があったのか気になるけど、津田君が遠い目をしていたので聞けなかった。おそらくはコトミさんが仕出かしたんでしょうけども、何をすればあんな目をされるのかしら……

 津田君に頼まれてだし汁の準備をしていたのだけど、気づいたら結構な時間が経っていて、そろそろ帰った方がよさそうな時間になってしまっていた。

 

「どうしよう……このまま帰ったら結局なんの手伝いもしてない事になっちゃうし……」

 

 

 おそらく帰ったとしても、津田君は私にお礼を言うだろう。彼は律儀で、そしてしっかりと感謝の気持ちを伝えられる人だから。でも、私はお礼を言われるような活躍は出来ていないのだ……

 そんな事を考えていたら、私の携帯から着信を告げるメロディーが流れだした。えっと、相手は……

 

「お母さん? はい、どうかしたの?」

 

 

 滅多に掛けて来ないお母さんからの着信に、私は首を傾げながら応対する。

 

『悪いけど、お母さんたち出かけるから。留守番よろしくね』

 

「え、でも……今私も友達の家なんだけど……」

 

『そうなの? じゃあそのまま泊まらせて貰えないか頼んでみて。一人で年越しは寂しいでしょ? じゃあね』

 

「ちょっとお母さん!? 切れちゃった……」

 

 

 あの年になってもお父さんと仲が良いのは娘としても嬉しいけど、その娘をそっちのけでデートに行くのはどうなのだろう……それも年末年始に娘を置いてどこかに出かけるとは……

 

「五十嵐さん、何かあったんですか?」

 

 

 おそらく私の声が聞こえたのだろう。津田君がキッチンにやってきた。

 

「実は、お母さんたちが何処かに出かけるようで、私が友達の家にいるって言ったら、そのまま泊めてもらいなさいって、一方的にそう言って電話を切っちゃったんですよ……」

 

「そうなんですか? 今すぐ帰れば間に合います?」

 

「いえ、おそらくはもう出かけてるでしょうし……」

 

 

 お母さんは結構時間ギリギリにそう言った事を伝える人なので、多分準備も終わって出かけるってタイミングで電話を掛けてきたのだろう。

 

「じゃあどうします? 家の鍵を持ってるのなら問題なさそうですけど……」

 

「年越し、年明けを一人で過ごすのはちょっとさみしいですね……」

 

「じゃあ本当に泊まって行きます? 幸いな事に、ここ最近は泊まる人が多いので布団も準備出来ますし、着替えは一日くらいならコトミのを借りれば大丈夫ですよね?」

 

「そうね……それじゃあ、お世話になります」

 

 

 こうして私は、年越し・年明けを津田家で過ごす事になったのだ。もしかしたらお母さん、私が本当は友達の家じゃない所にいるのを見越してたのかも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年明けの挨拶をしにタカトシ君の家を尋ねたら、まさかのカエデちゃんがお泊りをしていたと聞いてかなり驚いた。あの男性恐怖症のカエデちゃんが、私たちのライバルとして君臨してきたのだから……しかもチャッカリと抜け駆けしてるなんて……

 

「(このままじゃカエデちゃんにも後れを取っちゃう……ただでさえ、最近タカトシ君とサクラちゃんが仲良さげなのに……)」

 

 

 前のスキーの時だって、シノちゃんが原因だけどキスしちゃってたし……

 

「ねぇタカトシ君」

 

「なんですか、七条先輩」

 

「それ。『七条先輩』じゃなくて『アリア』って呼んで」

 

「……学校で誤解されそうなので」

 

「じゃあ学外だけで!」

 

「はぁ……しかし何故?」

 

「だってサクラちゃんやカナちゃんの事は名前で呼んでるでしょ?」

 

「苗字で呼ぶ時もありますけど……まぁ分かりました」

 

 

 何か納得してない感じもあるけども、タカトシ君は私の事を名前で呼んでくれる事になった。

 

「それでアリアさん、何の用です?」

 

「ううん、もう用件は済んだから」

 

「はぁ……」

 

『アリア! コトミの勉強を見るぞ! 私とカナと一緒に!』

 

「は~い! それじゃあ、タカトシ君も後でね」

 

 

 カエデちゃんがお泊りしてたと言う事で、私たちも今日は津田家にお泊りする事になった。着替えは出島さんが用意してくれたし、最悪タカトシ君が洗濯してくれるでしょうしね。




カエデの母親は、娘の恋心に気づいているのだろうか……


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いったれスズちゃん

まだ諦めてませんよ


 シノ会長やアリア先輩、そしてカナ会長が私の部屋で私の勉強の面倒を見てくれている。のだけども、おそらくは私なんてついでなのだろう。

 

「会長たちもカエデ先輩のようにお泊り狙いですか?」

 

「な、何をバカなことを言う! 私たちは純粋に、お前の学力が心配なだけだ!」

 

「本当ですか~? さっきからタカ兄の部屋をチラチラと見ている気がしますけど」

 

「そそそ、そんなきょと無いですよ?」

 

「物凄い噛んでますし。大丈夫ですよ、私も皆さんと同じ気持ちですから」

 

 

 タカ兄の部屋で寝たい。タカ兄と一緒にいたい。これは他の人も同じだろうし、もちろん妹の私だって同じ気持ちになるくらい、タカ兄は魅力的な男子だ。

 

「私たちは兎も角、コトミちゃんはマズイんじゃない? その、世間一般から見たら」

 

「しかし、その背徳感がまた……」

 

「分かります。世間からどう見られようと、この気持ちは……ってやつですよね!」

 

「さすがカナ会長! 分かってくれますか」

 

 

 これをきっかけに私の勉強を、などと言う建前は捨てられてタカ兄談義になった。盛り上がってきた丁度そのタイミングでドアがノックされ、タカ兄の声が聞こえた。

 

『馬鹿な事を話してる暇があるのなら、貴女たちも手伝ってください。サクラさんやカエデさんだけが手伝うのは違うと思うんですけど』

 

「あれ、スズ先輩は?」

 

『萩村なら今買い出しに行ってもらってる。外にいた畑さんと一緒に』

 

 

 さすがはタカ兄……使えるものは何でも使うとはこの事だろう。

 

「あれ? タカ兄って何時からカエデ先輩の事を名前で呼ぶようになったの?」

 

 

 昨日までは「五十嵐さん」って呼んでたような気がするけど……

 

『細かい事は兎も角、勉強か手伝いかを選ぶんだな。強制的に寝かしつけられたいのなら別だが』

 

 

 底冷えするほどの殺気が、私の部屋へと流れ込んでくる。私たちは背筋をピンと伸ばして勉強を再開する事にした。だってぞろぞろとキッチンにいても邪魔だろうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田に頼まれた買い出しを終えて、私は津田家へと帰ってきた。

 

「津田、買ってきたわよ」

 

「うん、ありがとう。重かっただろ」

 

「そうね。人数が増えたんだから仕方ないけど、この量はさすがにね……」

 

 

 私がキッチンで作業してても、高さ的に戦力にならないので買い出しを申し出たのだけども、これほどまで重いとは思ってなかったわね。

 

「はい、お茶で良いよね?」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 座り込んでしまった私に、津田は温かいお茶を出してくれた。

 

「少し休んでてよ。後は俺たちだけで出来るからさ」

 

「う、うん……そうさせてもらうわ」

 

 

 事実上の戦力外通告だけども、今の私はそれを素直に受け入れられた。津田もだけど、森さんや五十嵐先輩も手慣れた感じで作業を進めていくし、あそこに交ざっても私は戦力になれないだろう――身長的な意味でだけど。

 

「ふぅ」

 

「いいんですか? ライバルに差を付けられますが」

 

「ヒィ!? は、畑さん……いきなりなんですか」

 

 

 身体の力を抜いた瞬間、背後から畑さんが顔を出してきた。本当に怖かったわ……

 

「先ほど、七条さんと五十嵐さんが津田副会長に名前で呼んでほしいとおねだししてましたし、津田副会長も学外ならと了承しました。海で戯れに天草会長が申し出た時は全員呼んでもらえましたけど、その後定着しているのは英稜のお二人だけでしたからね」

 

「確かに……」

 

 

 私の事も未だに「萩村」だし……別にいいんだけども、なんか悔しいのよね。

 

「私の独自調査で、萩村さんは現在三番手ですが、七条さんや魚見さんが虎視眈々と津田副会長に意識してもらおうとしてますからね。天草会長は完全に出遅れておりますが」

 

「……貴女は何がしたいんですか?」

 

 

 さっきから私を煽ろうとしているのが良く分かるけど、ここで下手を打って津田との関係を壊したくないので慎重に動く。

 

「別に、私はただ恋する乙女にアドバイスをして回ってるだけですよ。その結果がスクープに繋がれば最高なんですがね」

 

「隠さずに言ったぞ、この人……」

 

 

 分かっててはいたけども、後半部分が無ければ良い話ぽかったのに……

 

「出遅れ組の七条さんと魚見さんには、あの巨乳があります。攻めるのには十分すぎる武器ですがね……津田副会長がそこら辺の男みたいにあっさりと籠絡されるとは思えませんし……」

 

「貴女は何が見たいんですか、結局のところ……」

 

「津田副会長が誰かしらと熱愛発覚か、ドロドロの修羅場を見たいですね~」

 

「何バカな事を言ってるんですか、貴女は……」

 

 

 呆れた声が私の頭上から降ってきた。聞き間違いようのないこの声は、現在この家の主であり、私たちの話題の中心であった津田だ。

 

「畑さんもずっと外にいたから寒いんじゃないですか?」

 

「大丈夫、防寒着やカイロを持ってるから」

 

「……これでも飲んでください」

 

 

 そういって津田が畑さんに差し出したのは白く濁った液体……これって甘酒かしら?

 

「これは?」

 

「軽く作ってみました。米麹なのでアルコールは入ってませんよ」

 

「こんな物まで……津田副会長は料理上手、と」

 

「一々メモるな!」

 

 

 普通に不法侵入してきた畑さんにまで、津田はちゃんと気配りをしている。この辺りがモテている理由なのだろうけども、その優しさは勘違いしてしまっても仕方ないだろう。

 

「萩村?」

 

「……スズ」

 

「ん?」

 

「学外だけで良いから、私の事も名前で呼んで」

 

「別にいいけど……何でいきなり?」

 

「良いから!」

 

 

 まるで子供の癇癪だ。今だけは子供っぽいという謗りも大人しく受け入れよう。

 

「分かったよ、スズ」

 

「ッ!」

 

 

 自分から頼んだ事だけど、これはかなり良いわね。もし津田と付き合えたのなら、私はずっとこう呼んでもらえるのかしら……




アリア、スズ、ウオミーは攻めてる感じはするが、シノがどうしても……


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正月の夜から…

タカトシ争奪戦、勃発?


 五十嵐や森に後れを取っている我々としては、何とかして津田と……タカトシと同じ部屋で寝泊まりが出来るようにしたい。だが、あくまでも公平を期すために、部屋決めは毎回くじ引きなのだ。

 

「今回は何と! 私とタカ兄も部屋を動くかもしれません!」

 

「は? 俺とお前は自分の部屋で良いだろ」

 

「ダメダメ~。今回はもっとスリリングに行きたいからね~。タカ兄が私と一緒の部屋の場合、倫理観から凄くドキドキするでしょ?」

 

「……そんな事を考えている時点で、俺はお前の事が心配でドキドキしてるんだが」

 

 

 妹のコトミの性癖に呆れ、タカトシは盛大にため息を吐いた。苦労しているのは生徒会だけではなく妹もなんだよな……何時タカトシの胃に穴が空いてもおかしくはないな。

 

「それではくじを引きたいと思いますが、順番はどうします?」

 

「この中で、Sっ気が強い人からで如何でしょう?」

 

「そうなると、タカ兄からだね」

 

「……普通にじゃんけんで決めればいいだろ」

 

 

 タカトシの一言で、くじを引く順番を決めるじゃんけんを取り行う事になった。

 

「では、津田副会長、コトミさん、天草会長、五十嵐さん、七条さん、魚見会長、萩村さん、森さんの順番でくじを引く事になりました。ちなみに、私は泊まらないのでこのように実況を務めさせていただいています」

 

「……誰に言ってるんですか、貴女は」

 

「細かい事は気にしちゃダメよ~」

 

 

 タカトシはじゃんけんも強かったな……だがコトミに負けたのは納得いかないな……

 

「それでは~ただいまから~津田家お泊り部屋決めくじの発表を行いたいとおもいま~す」

 

「だから誰に言ってるんだよ!」

 

 

 畑のふざけにも、タカトシは正確なツッコミを入れていく。相変わらずのツッコミ技術であり、私たちには真似出来ないだろうな。

 

「まず~リビングに泊まるのは~……天草会長、コトミさん、そして萩村さん!」

 

「ちょっと待って! またツッコミが追いつかない夜が……」

 

「次に、津田副会長の部屋に泊まるのは~……五十嵐さん、森さんです」

 

「と、言う事は……」

 

「コトミさんの部屋に泊まるのは、津田副会長、七条さん、そして魚見さんですね~」

 

 

 ま、またしても私はタカトシと一緒にはなれなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分の家のはずなのに、何故俺は自分の部屋ではなくコトミの部屋で寝なければならないのだろう……しかも同室者がアリアさんとカナさんの二人……意識を手放さなくても、手放しても面倒な二人が揃ったな……

 

「こうしてタカトシ君と同じ部屋で寝泊まりするのって、去年の夏以来かな~?」

 

「あの時はまだ、我々の事を苗字で呼んでましたし、森っちはまだタカ君と出会ってなかったんですよね」

 

「そう言えばそうですね」

 

 

 もう長い付き合いかと思ってたけど、サクラさんと俺はまだ一年も付き合いが無いんだった。一緒にいると自然で、一番安心する相手だから気にしてなかったけど、付き合いは短いんだったな。

 

「今頃タカトシ君の部屋で、カエデちゃんとどっちがベッドを使うかで揉めてるんじゃない?」

 

「タカ君の匂いが染み込んだベッドでソロプレイを……」

 

「その発想はおかしい……」

 

 

 第一あの二人がそんな事するだろうか……この二人や会長、コトミならあり得そうだけど、カエデさんと萩村、そしてサクラさんはそんな事しないと思うんだけどな……

 

「シノちゃんはくじ運が悪いんだね~」

 

「シノっちは狙って引くからいけないんですよ。くじというのは、狙って引くとろくな結果になりませんからね」

 

「……狙って無くてもろくな結果じゃねぇんだけど」

 

 

 この二人と一緒の部屋というのは、精神的に疲れるだろう組み合わせだと思うのだ。萩村もだけど、ボケ二人にツッコミ一人だと精神的にも、そして肉体的にも疲労感を覚えるだろう。その点では、カエデさんとサクラさんの二人は当たりくじだったのだろう。

 

「それで、誰がコトミのベッドを使うんですか? さすがに俺は布団を使いますが」

 

 

 妹のベッドを使う事は出来ないし、そうなると必然的に俺は布団を使う事になるのだ。

 

「では、再びじゃんけんですね。勝った方が布団です」

 

 

 ん? 普通勝ったらベッドじゃないのか? ……まぁ、何処となく地雷臭がするからツッコむのは止めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかくタカ兄と一緒に寝られると思ったのに、今回も私はタカ兄と同じ部屋にはなれなかった。

 

「シノ会長、何がいけなかったんでしょうね?」

 

「知らん! 私ばっかり津田と別になって! 不公平だとは思わないか!」

 

「会長、あんまり五月蠅いと、津田が怒りますよ」

 

「へ? 私は別に怒らないですよ?」

 

「アンタじゃなく津田……って、そうか、アンタも『津田』だったわね」

 

 

 スズ先輩は普段から私の事を「コトミ」もしくは「コトミちゃん」と呼んでいるので、「津田」と言えばタカ兄の事なのだけども、ここはスズ先輩にもタカ兄の事を名前で呼ばせちゃいましょう。

 

「スズ先輩だって、タカ兄に名前で呼んでもらってるんですから、スズ先輩もタカ兄の事を名前で呼ばないとダメですよ~?」

 

「な、何で知って……アンタ、最近畑さんに毒されてない?」

 

「教育してもらってるんです! ジャーナリズムというやつをね!」

 

「畑さんもだけど、ジャーナリズムを履き違えてるわよ……」

 

 

 スズ先輩のツッコミをさらりと流して、私はスズ先輩にタカ兄の事を名前で呼ぶように勧める。

 

「あんまり五月蠅いと、タカトシが怒りますよ」

 

「おぉ! スズ先輩がタカ兄の事を呼ぶと、何だか更に親しい感じがしますね~。今のところ、タカ兄の事を呼び捨てにしてるのはスズ先輩だけですからね」

 

「わ、私も呼び捨てだぞ!」

 

「シノ会長は苗字じゃないですか。名前を呼び捨てにしてるって事ですよ」

 

「も、モノローグでは呼んでるぞ!」

 

「声にしなきゃ駄目ですよ」

 

 

 変なところでビビりなんですよね、シノ会長は……タカ兄だって特に気にしないと思うのに、シノ会長はタカ兄の事を名前で呼べないんですよね~。

 結局騒がしくしたらタカ兄に怒られるので、私たちは大人しく寝る事にした。そう言えば私の部屋にタカ兄がいるんだよね……何だか興奮してきた!




これはチャンスになるのだろうか……


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攻める二人

まだまだ可能性は十分にある…はず


 カナさんとのじゃんけんに勝った私は、タカトシ君の隣に布団を敷く権利を得た。それ程広いわけではないので、当然の如く布団はくっつけて敷く事になる。

 

「タカトシ君、間違って私の布団に入って来ちゃダメだぞ?」

 

「入りませんよ。そもそも、何でこんなにくっつけるですか? いくら広くは無いとはいえ、もう少し離して敷く事くらい出来ますよね?」

 

「そこはほら、お泊りだし」

 

 

 私の理由になっていない言い訳に首を傾げながらも、タカトシ君はそれ以上ツッコんで来なかった。それでも、顔は私を疑っているようだったけども。

 

「折角タカ君と同じ部屋で寝れるのに、私はベッドでタカ君は布団……こうなったら夜中にトイレにいったフリをしてタカ君の布団に……」

 

「カナさ~ん? 思考がダダ漏れだよ?」

 

「しまった!? これじゃあタカ君に夜這いを掛ける計画が……」

 

「アンタは大人しく寝てろ!」

 

 

 計画が露呈してしまったカナさんは、タカ君に睨まれて竦み上がった。それでも、何処か気持ちよさそうな雰囲気がするのは、私もカナさんもタカトシ君相手ではドMなんだなと思い知らされた。

 

「電気消しますよ」

 

「暗くなったシチュも悪くないですな」

 

「だから余計な事を言うな」

 

 

 タカトシ君に再び睨まれたカナさんは、慌ててベッドにもぐりこんだ。おそらく大洪水を誤魔化す為なんだろうな~。だって私も濡れてるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段だったら津田副会長の部屋を覗きこむのは簡単だ。覗きこめてもすぐにバレるが、見ようと思えば見えるのだ。

 だが今日は津田副会長の部屋にいるのは、風紀委員長と英稜の副会長の二人で、津田副会長はあの部屋にはいない。もしあの部屋にいてくれれば、爛れた生活を目撃出来たかもしれないのに……

 

「津田副会長はコトミさんの部屋だったわね……そうなると何処から覗きこめばいいのかしら」

 

 

 隣の部屋なのだが、構造的にこの電柱からではコトミさんの部屋は覗きこめない。隣の部屋を覗きこむ為には、新しいポイントを探さなければ……

 

「なに、してるんですかね?」

 

「ッ!? つ、津田副会長……このような時間に何故外に……」

 

「それはお互い様ですよね。それに、電柱によじ登っている畑さんの方がよっぽど不自然です」

 

「私は……その……」

 

「大人しく家に帰るか、警察に突き出されるか、どっちが良いですか?」

 

 

 今回もスクープは諦めるしかなさそうね……津田副会長は私の気配を探れるのか、狙いを定めようとすると私の側に現れてチャンスを潰してくる。写真さえ撮れれば、いくらでもねつ造出来るのに……

 

「だいたい、何で俺ばかり狙うんですか……他の相手じゃダメなんですか?」

 

「津田副会長の記事が一番高く売れるから……あっ!」

 

「アンタ、まだ商売してたのか」

 

 

 ついつい本音を言ってしまったせいで、私は津田副会長に意識を刈り取られてしまった……次に目覚めたのは、コトミさんの部屋で七条さんの隣の布団だった……つまり津田副会長が使うはずだった布団だ。彼は何処で寝たのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッチンから良い匂いがしてきたので、私は半覚醒状態から完全に目が覚めた。昨日の夜もツッコミが大変で、会長とコトミの相手を普段からしているタカトシの事を改めて尊敬した。

 

「それにしても……今何時だろう」

 

 

 身体を捻って壁掛けの時計を見ると、普段ならまだ寝ててもおかしくない時間だった。疲れてるけど、慣れない場所で寝たから疲れが抜け切る前に目が覚めてしまったのだろう。

 

「顔でも洗ってこよう」

 

 

 キッチンで調理しているのはタカトシだろうし、この時間なら他には誰もいないだろう。それだったら私にだって手伝えることがあるかもしれない。

 

「おはよう、タカトシ」

 

「おはよう、スズ。早かったね」

 

「あの二人の相手をしてた所為で、夢の中でもツッコミを入れてた気がするのよ」

 

「それは……お疲れ様」

 

「何か手伝いましょうか?」

 

「良いよ別に。それよりも、そろそろ他の人も起きてくるだろうから、着替えるように言っておいて。纏めて洗濯するから籠に入れておいてほしいんだ」

 

「それくらい私たちがするわよ。それに、アンタに下着を洗ってもらうのはさすがに恥ずかしいし」

 

 

 主夫であるタカトシにとって、私たちの下着なんてただの洗濯物なのだろう。実際に、昨日お風呂に入る為に脱ぎ、そのまま洗濯籠に放置されている下着にも目もくれていない。コトミちゃんので見慣れてるのだろうし、タカトシはそういった行動を取るような男子じゃないしね。

 

「おや~、萩村さんじゃないですか。朝早いんですね~」

 

「畑さん!? 何故貴女がコトミの部屋から……」

 

「昨日津田副会長に襲われまして……気がついたらここにいました」

 

 

 な、何ですって! タカトシが畑さんを襲ったなんて……ん? 別に「性的な意味で」襲う訳が無いし、そうなると文字通りの意味なのかしら……

 

「何をしたんですか?」

 

「津田副会長が七条さんと魚見さんとくんずほぐれつしてるんじゃないかと思って覗こうとしたら、その場面を津田副会長に見られてね……そのまま外で説教されて、隠してた事をつい喋ったら襲われまして」

 

「やっぱり普通に襲われただけなんですね」

 

 

 普通にという表現もおかしいが、畑さんが私に勘違いさせようとした意味では無いと確信が持てた。だってタカトシがそんな事をするわけ無いものね。

 

「その代わり、私が寝ていた布団に七条さんと魚見さんが忍び込んで来ましたけどね」

 

「あの二人は……」

 

 

 タカトシがそこにいなくて良かったと思う。だっていたら今頃二人は気絶させられてただろうしね……




攻めたけど、畑さんが邪魔をする……


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それぞれの朝

まだ諦めませんよ


 津田副会長にやられたが、その結果として室内に侵入する事が出来たので、これはこれで良かったのかもしれない。誰がどうアピールするのかも気になるが、津田副会長の料理が食べられるのは大いに嬉しい事だ。

 

「ところで、何故畑がここにいるんだ?」

 

「実は昨晩、津田副会長に襲われまして……」

 

「なにっ!? タカトシ! 襲うなら私を襲え!」

 

「いえ……会長が思ってる『襲う』ではなく」

 

「つまり、タカ君の事を盗撮しようとしたところ、逆にタカ君に殴り倒されたと?」

 

「ええ。英稜の生徒会長さんの言うとおりです」

 

 

 天草会長は私が狙った通りに勘違いしてくれたが、英稜の生徒会長はそこまで直情的では無かったようだ。てか、この人は確か、津田副会長と同じ部屋で寝てたのだから、それくらいの理解力はあって当然か。私に夜這いを掛けようとしたんだから……

 

「折角タカトシ君の布団に忍び込んだのに、寝てたのが畑さんだったからね~、残念」

 

「でも、禁断の関係ってのも良いですよね~」

 

「コトミさんは、タカ君との禁断の関係を狙っているからですよね?」

 

「あっ、バレました?」

 

 

 この空間にはツッコミという概念が存在していないのでしょうか。津田副会長は食事の準備、萩村さんと英稜副会長の森さんは洗濯と、主だったツッコミは甲斐甲斐しく家事に勤しんでいるのだ。ちなみに、五十嵐さんはこの状況に耐えられず気を失っているのだけども……

 

「タカ兄に襲われるのでしたら、私は何でもしますよ~」

 

「でも、タカトシ君にアピールしても、怒られて終わりだもんね」

 

「性的アピールはタカ君には逆効果ですからね……いっそのことツンデレで攻めてみては?」

 

「タカ兄にはツンデレは利きませんよ。ちなみにヤンデレもクーデレもダメです」

 

 

 なるほど、津田副会長は直接的アピールしか受け付けない、と……これはいい情報が……? 何だか急に寒気がしてきたような……

 

「なに、メモってるんですかね?」

 

「こ、これは、その……」

 

 

 あっ、私死んだわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リビングから誰かの悲鳴が聞こえたような気がしましたが、おそらくはタカトシさんに怒られた誰かの悲鳴だろうという事で、私も萩村さんも特に気にする事無く洗濯を続けていた。

 

「それにしても凄い量ね……」

 

「仕方ありませんよ。私たちだけでも六人分、更にタカトシさんとコトミさんのもあるんですから」

 

 

 最初はタカトシさんが洗濯もすると言っていたのですが、さすがに下着を洗濯してもらうのは恥ずかしいとのことで、じゃんけんで負けた私と萩村さんが洗濯を担当する事になったのです。

 

「そういえば、五十嵐先輩と森さん、どっちがタカトシのベッドで寝たの?」

 

「さすがに使えないので、二人で床に布団を敷いて寝ました」

 

 

 本当は私も五十嵐さんもタカトシさんのベッドを使いたかったのですが、争うのは不毛だという事で仲良く使わないという事にしたのです。

 

「へぇ……会長たちなら我先にって感じだろうけど、森さんと五十嵐先輩はそんな感じなのね」

 

「萩村さんならどうしました? タカトシさんのベッドで寝ましたか? それとも私たちと同じように床に布団を敷きましたか?」

 

「どうかしらね……その時にならなきゃ分からないわよ、そんな事」

 

 

 口ではそんな事を言っている萩村さんですが、顔にはベッドで寝たいとハッキリそう書いてありました。やはり萩村さんもタカトシさんの事を想っているのですね。

 

「競争率、高いですね……」

 

「えっ? ゴメン、聞こえなかった」

 

「いえ、独り言ですから」

 

 

 そもそも私が出会った時から、倍率はかなり高い状態でしたし……今のところ私が一番自然にタカトシさんと話せていますが、それはただの偶然でしょうしね……ふとした拍子に私以外の誰かと自然に話してるかもしれませんし……

 

「(露骨にアピールは出来ないけど、異性だという事を忘れられないようにしなくちゃ!)」

 

 

 随分と明後日な方向の目標だけども、異性だと思ってさえもらえれば、恋人になるチャンスはあるはずだもんね。異性だという事を忘れられたら――友達だと思われたら、もうそこから先は無いのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんの分まで用意しなければいけなくなったけれども、これだけいるんだから今更一人分増えたところで労力は大して変わらない。俺は九人分の朝食を作り終えてテーブルへと運ぶ事にした。

 

「コトミ、少し手伝え」

 

「えぇー! 私が手伝っても戦力にならないよ」

 

「運ぶのくらいは出来るだろ。お前はこの家の住人なんだから、少しは動け」

 

「しょうがないなー……あっ、これ美味しそう」

 

「摘まみ食いするなよ」

 

 

 コトミは昔から摘まみ食いをする癖があるので、軽く釘をさしておく。最近はその癖は治りつつあるが、ふとした拍子に再発されたら面倒だからな。

 

「分かってるよー。さすがにそこまで子供じゃないよ。生えて無いけど」

 

「……口だけじゃなくシッカリ身体を動かせ。全然運ぶ気配が無いぞ」

 

「大丈夫だって! でも、タカ兄ほど持てないけどね」

 

「持てる分だけでいい。回数を分ければいいんだから」

 

 

 下手に纏めて持ってこぼされるのが一番面倒だからな。コトミはコトミのペースで運ばせる事にして、俺は俺で運ぶ。コイツが料理とか出来ればそっちも手伝ってもらったのだが、さすがに客人に朝から謎の物体を食べさせるわけにはいかないからな……




コトミはさておき、他のキャラは思うところが多々ある一日になるでしょうね。


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二人の作戦

誰の事かはすぐに分かるかと


 折角タカトシ君と同じ部屋で寝泊まりが出来たのに、何時の間にかタカトシ君の布団の中には畑さんがいたので驚いてしまった。

 

「(でも、良く考えると畑さん、タカトシ君が使ってた布団に入ってたのよね……なんてうらやましい)」

 

 

 タカトシ君の事を想っている人はここにいる人間だけでは無い。コトミちゃんのお友達のマキちゃんや、ムツミちゃんなどもタカトシ君の事を想っているし、他にも沢山タカトシ君の事を想っている女生徒はいるのだ。

 

「(ここに畑さんまで入り込んできたら、かなり面倒な事になっちゃうんじゃないかな)」

 

 

 あの人の事だ。タカトシ君にへばりつく事など造作もないだろう……まぁ、バレたらすぐに剥がされて捨てられるだろうけどもね。

 

「アリアさん、さっきから固まってますが……口に合いませんでしたか?」

 

「えっ? ……ううん、凄く美味しいわよ」

 

 

 コトミちゃんの勉強の世話をするという名目でお泊りしていたので、今日一日もみんなで交代交代でコトミちゃんの勉強を見ていた。その間にタカトシ君は家の事を済ませたり、買い出しなどに出かけていたのだ。

 

「時に畑よ、お前は何時までこの家にいるつもりだ?」

 

「津田副会長のスクープを……いえ、大人しく帰ります」

 

 

 高らかに宣言しようとして、タカトシ君に睨まれて大人しくなり畑さん……何時までタカトシ君のスクープを狙えば気が済むのだろうか……

 

「てか皆さんは今日もお泊りなんですかー?」

 

「コトミの宿題が終わるまでは泊まり込みだな!」

 

「コトミちゃん、逃げたらお仕置きですからね」

 

「クッ……暴力になど屈するものか!」

 

「厨二禁止。お前は宿題だけじゃ無く、休み明けのテストの勉強もしっかり教えてもらうんだな」

 

「えぇー!? タカ兄、そりゃ無いよ~」

 

 

 コトミちゃんもタカトシ君に睨まれてあえなく撃沈……私も別の意味であの視線に屈しちゃった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋割は変わる事無く、今日も私と森さんはタカトシ君の部屋で寝る事に。もちろんベッドは使わずに二人で布団を敷いているのですが。

 

「それにしても、タカトシさんは優秀な人ですよね」

 

「そうね」

 

 

 タカトシ君の本棚を見ながら森さんが呟いた。

 

「どうやったらあそこまでスピーディーに家事が出来るんでしょうか」

 

「慣れ、って言ってたわよ。昔からご両親が出張で家を空けがちだったから、タカトシ君が家事の殆どをやってたって」

 

「コトミさんは……」

 

 

 何かを言いかけて森さんは言葉に詰まった。まぁ何を言いたかったのかは私にも分かるし、言っても意味が無い事だという事も理解出来た。

 

『カエデちゃーん、サクラちゃーん、お風呂空いたわよー』

 

「だ、そうですよ」

 

「そうね。それじゃあ入りましょうか」

 

 

 津田家のお風呂は大勢で入るには不向きだが、二人ずつなら入れない事もない広さだ。したがって二人一組のペアを作り順番に入浴しているのだ。

 

「天草会長と魚見会長、七条さんと萩村さん、私と森さん、そしてコトミさんが入って、最後にタカトシ君の順番……」

 

「兄妹とはいえ、さすがに一緒には入れないでしょうからね」

 

 

 コトミさんは一緒に入りたがってたけど、タカトシ君に睨まれて諦めたのよね……

 

「異常性癖は認められないわね」

 

「まぁ、相手がタカトシさんじゃ仕方ないかもしれませんけど、コトミさんはベッタリし過ぎですよね」

 

 

 若干男性恐怖症の私も、タカトシ君なら大丈夫だったのだから、妹のコトミさんがタカトシ君の事を想ってしまっても仕方の無い事だとは私も思う。だけど紛れもなくあの二人は血縁関係なのだ。

 

「とりあえず、お風呂に行きましょうか」

 

「そうね」

 

 

 考えていても結論は変わらないので、森さんの提案を素直に受け入れた。この後タカトシ君もこの湯船に浸かるのよね……何か前の二組が仕掛けてるような気がするのは考え過ぎだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアっちとじゃんけんをして、今日は私がタカ君の隣の布団で寝る事に決定した。まぁ昨日は途中からタカ君では無く畑さんが寝ていたのだけども……

 

「(折角勇気を出して夜這いを掛けたというのに、まさかの変わり身とは……やはりタカ君は侮れない)」

 

 

 ただの偶然だとは思うけども、私たちが夜這いを仕掛けると分かっていた畑さんをこの布団に置いたのではないかと思ってしまうのだ。それくらい、タカ君の勘の鋭さは凄いのだから。

 

「カナちゃん、今日は大人しく寝るのー?」

 

「どうでしょう。タカ君が私の布団に侵入してきたら、そのまま……って事もあるかもしれませんよ?」

 

「それは無いと思うな―。だってタカトシ君、そんなに寝相悪くないもの」

 

「そうでしたね」  

 

 

 微動だにしない、は言い過ぎにしても、タカ君はめったに動く事は無いのでした……それじゃあこっちから忍び込んでタカ君をその気に……

 

「ならないでしょうね」

 

「なにがー?」

 

「タカ君をその気にさせたいと思ったのですが、私たち二人で迫ってもタカ君は何とも思わないでしょうね」

 

「サクラちゃんやカエデちゃんとキスした後、少しは気まずそうだったけどもね。今は普通に接してるし」

 

「では、我々もタカ君とキスをして、意識してもらいましょうか」

 

「でも、そんな隙がタカトシ君にあるかなー……」

 

 

 確かにアリアさんの言うように、タカ君に隙があるかが問題です。気配を察知出来るんじゃないかってくらい、タカ君の勘は鋭いですからね……

 

「とにかく、決行するなら抜け駆けは無しだからねー」

 

「分かってますよ。お互いフェアに行きましょう」

 

 

 シノっちやスズポンには悪いですが、同じ部屋だという事を最大に利用させてもらいましょう。




今度は邪魔が入らないはず……


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一緒に…

これは、リードになるのだろうか……


 何やら部屋から邪な雰囲気を感じるが、今は気にせず風呂に浸かるとしよう。

 

「それにしても……何をどうすれば、こんなに汚れるんだ?」

 

 

 この間大掃除で綺麗にしたはずなのに、俺が入る前には既に風呂場はかなり汚れていた。会長たちが何かして遊んだのかもしれないが、それにしても汚れ過ぎている。

 

「仕方ない、軽く掃除してから上がるか」

 

 

 元々長風呂では無いし、最後に入ったのも掃除をする為だったので問題は無いが、想像以上に汚れている風呂場にため息を禁じえなかった。

 

「コトミも何かしてたっぽいし、アイツに掃除させても良いんだけど……余計に散らかる未来しか見えないからな……」

 

 

 何時もより長風呂だったコトミが何かをしていたのは間違いないだろう。だけど、アイツに頼むくらいなら自分で掃除した方が楽だし、そして確実だ。

 

「アイツも年頃の女子なんだから、家事の一つや二つ真面目に出来るようになりたいとか思わないのか? ……思わないんだろうな」

 

 

 自己完結してしまったが、アイツに人並みの普通があれば、家事に興味を持ったんだろうけど、アイツの思考は思春期全開で、厨二病も患ってるからな……年頃の女子の感性より先に、そっちを何とかしなければダメだろう……

 

「せめて俺がこの家を出るまでには真人間になっていてほしいがな……」

 

 

 高校を卒業したら、さすがに出て行くつもりだし、そうなるとコトミ一人がこの家の全てを行わなければいけない可能性だって出てくるのだ。今のままのコトミだと、掃除してるつもりが余計に散らかったり、調理しているつもりが科学実験に変わっていたりと、様々な残念な光景が広がってしまうのだ……

 

「会長たちに、勉強だけでなくそっちも教わった方が良いのかもな……」

 

 

 同じく思春期全開の会長たちだが、全員家事も勉強もしっかり出来るのだ。コトミには一先ず会長たちを目標にしてもらって、それから思春期を卒業してもらった方が良いのかもしれないな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂に入ってゆっくりしてきたはずなのに、風呂から出てきたタカトシは何処かグッタリしていた。

 

「どうしたのよ?」

 

「ちょっとね……凄い汚れてたから、本気で掃除してた」

 

「汚れて? 私が入った時はそうでも無かったけど……」

 

「わ、私じゃないですからね!」

 

「「………」」

 

 

 誰も、何も言ってなかったのにも関わらず、コトミちゃんが慌てて何かを否定し始めたので、私とタカトシは揃ってコトミちゃんに冷たい視線を向けた。

 

「あっ、その視線……クセになりそうです」

 

「何をして汚したんだ?」

 

「ちょっとタカ兄の事を想ってソロプレイを……」

 

「なに!? 私も風呂場でソロ活動をしたぞ!」

 

 

 明らかな自爆。余計な事を言った会長も、この後タカトシに説教される事が決定してしまった……

 

「アンタ、自宅でも大変なのね……」

 

「同情するのは止めてくれ……余計に虚しくなるから」

 

「ごめん……」

 

 

 最早謝る事しか私には出来なかった。タカトシが心休まる場所って、どこかに存在してるのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナちゃんと二人で色々と計画を練っていたら、タカトシ君が部屋に戻ってきた。お風呂に入ってただけなのに、タカトシ君は部屋から出て行った前よりも疲れが増している様な気がするんだよね。

 

「どうかしたんですか? お風呂でソロ活動し過ぎて疲れ果てちゃったんですか?」

 

「……阿呆二人を説教してきたので、それで疲れたんだと思います」

 

「阿呆二人? シノちゃんとコトミちゃん?」

 

 

 スズちゃんとカエデちゃん、サクラちゃんはタカトシ君を怒らせるような事はしないだろうし、私とカナちゃんは怒られていない。そうなると消去法でその二人が怒られたという結論が出るのだ。

 

「あの二人は何をしてタカ君を怒らせたんですか?」

 

「風呂場で余計な事をしたと、自分から言ってきたので」

 

「それってソロ活動の事? まぁタカ君が普段使ってる場所に全裸でいたら、それくらいしたくなると思いますけどね」

 

「何のフォローなんですか、それは……」

 

 

 最早ツッコミきれないのか、タカトシ君は倒れ込むようにしてお布団に入ってしまった。

 

「もう寝るんですか?」

 

「寝はしませんが、とりあえず横になっておこうかと……風呂で疲れを癒す事が出来なかったので、少しでも体力回復を、と思っただけです」

 

 

 そんな事を言っていたタカトシ君だったが、少し経ったら規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「やっぱり、タカ君でも疲れてたんですね」

 

「そりゃそうだよー。普段から私たちにツッコミを入れたり、家でもコトミちゃんの相手をしたり、外に出たらカナちゃんや畑さんにもツッコミを入れてたら、いくら精力に自信がある人でも疲れ果てちゃうよ~」

 

「つまり、タカ君は色々な穴に……」

 

 

 ツッコミが発生しないので、私たちは自分たちで内容を変える事にした。

 

「ツッコミって、大事だったんですね」

 

「そうだね~。あのまま続けてたら、タカトシ君は非童貞だってことになっちゃってたし……」

 

「上の口のファーストキスは取られちゃったけど、下の口のキスはまだしてないよね?」

 

「ではさっそく……」

 

「………」

 

 

 タカトシ君が起きていればツッコミが発生したんでしょうけども、やっぱりツッコミは発生しなかった。

 

「仕方ありません、私たちも寝ましょうか」

 

「そうだね~。それじゃあ、お休み~」

 

 

 灯りを消し、私たちは何食わぬ顔でタカトシ君の布団に入り込んだ。一緒に寝るだけなら、不純異性交遊にならないし、校内恋愛にもならないよね? もちろん、カエデちゃんやシノちゃんたちにはこの事を教えるつもりは無いけどね。




せめて痕跡は残すなよ……


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お泊り終了

何時までもダラダラ続けるのもね……


 人の気配を感じて目を覚ますと、アリアさんとカナさんが俺の布団に潜りこんできていて、何食わぬ顔で寝ていた。

 

「何がしたかったんだ、この人たちは……」

 

 

 ガッチリと腕を掴まれていて、柔らかい感触が腕に伝わってきているが、それよりも何がしたかったのかに興味が向いた。やはり俺は普通の高校生男子の感性は持ち合わせていないのだろうか……

 

「とりあえず、どうやって脱け出すか……」

 

 

 軽く運動もしたいし、昨日の掃除じゃ不十分だった箇所もあるだろうから、早めに終わらせておきたいんだよな……さて、どうしたものか……

 

 

「腕が使えないとなると、足でどうにかするしかないよな……ちょっと失礼」

 

 

 足を動かして、二人の足の裏をくすぐる。くすぐりに弱いのか、アリアさんの力が少し緩んだのを見逃さず、俺は腕を引き抜いた。

 

「あん!」

 

「……寝てるよな?」

 

 

 引き抜いた際にアリアさんが嬌声を上げたが、その後は規則正しい寝息に戻っている。

 

「さて、今度はカナさんの方だが……どうしたものか」

 

 

 くすぐってもカナさんの力が緩む事は無く、逆に強まってしまったのだ……強引に引き抜く事は可能だろうけども、もしかしたら起こしてしまうかもしれないしな……

 

「ま、その時はその時か」

 

「そこらめぇ~! ……スー……」

 

「……起きてるのか?」

 

 

 二人とも引き抜く際に嬌声みたいな声を上げたので、ひょっとしたら起きてるのではないかと疑ってみたが、その後の規則正しい寝息を聞くと、やはり寝ているようだった。

 

「ま、とりあえず脱け出せたし、着替えて外を走りに行くか」

 

 

 自室はサクラさんとカエデさんが使っているので、昨日の内に着替えは部屋から出しておいたのだ。人の布団に潜り込んでいた二人の説教は後回しにして、とりあえずしたい事をしてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝は何時もより早く目が覚めたので、偶には運動でもしておこうかなと思い外に出ようとしたら、玄関の鍵が開いている事に気がついた。

 

「昨日閉めなかったのかな? でも、タカトシさんがそんなミスを犯すとは思えないし……もしかしてタカトシさんも外に出てるのかな?」

 

 

 良く見ればタカトシさんの靴は玄関に無く、私の推理が正しいのを証明してくれた。

 

「何時に起きてるんだろう……」

 

 

 私だって早起きした部類の時間なのに、タカトシさんはそれ以前から起きていてのだ。普段寝る時間も遅いはずなのに、どうやってこんな時間に起きてるのかしら……

 

「ん? サクラさん、おはようございます」

 

「おはようございます、タカトシさん。やっぱり朝、早いんですね」

 

「昨日は風呂で疲れてしまって早く寝たからですよ」

 

「お風呂で? 何があったんですか?」

 

 

 タカトシさんから、昨日お風呂場であった事を聞いて、私はタカトシさんに同情してしまった。会長たちや七条さんはまだ分かるけど、まさか妹のコトミさんもタカトシさんでなんて、同情するしかないですよね……

 

「ところで、サクラさんは何故玄関に?」

 

「あっ、これから少し身体を動かそうかと思いまして」

 

「そうですか、じゃあ帰ってきたらシャワー浴びます?」

 

「そうですね……じゃあ使わせてもらいます」

 

 

 すぐにこういった考えを出来るタカトシさんは、やはり普段から身体を動かしているのだと理解させられました。寝起きだというのに、こういった気配りに抜かりが無いのはさすがだと言えるでしょうね。

 

「私も、せめてもう少しくらい気配りが出来るようになりたいですよ……」

 

 

 そんな事を考えながら、軽く走ったのですが……

 

「あれ?」

 

 

 慣れない道だったので、どっちが津田家だったか分からなくなってしまいました……

 

「情けないですが、タカトシさんに助けに来てもらいましょう」

 

 

 念の為持ってきた携帯が、まさかこんな役に立つとは……

 

『どうかしましたか?』

 

「ちょっと道に迷ってしまいまして……」

 

『どこです? 迎えに行きますよ』

 

「お願いします……えっと、今いる場所の特徴は……」

 

 

 その電話の五分後、私は無事津田家に戻ってくる事が出来たのでした……考え事しながらのジョギングは慣れない場所では止めておこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆さんが手伝ってくれたおかげで、私の宿題は史上最速で終了した。

 

「いやーこれで残りの冬休みは遊んで過ごせますよー」

 

「お前は宿題が残ってても遊んでただろ」

 

「嫌だなータカ兄は、普段の私はねー……宿題が残ってるのを気にしながら遊んでたんだよー! それが今年はそんな事を気にせず遊べるんだから」

 

「……何の自慢にもならないな。それに、お前は休み明けテストの為に勉強しておいた方が良いんじゃないか? 赤点だと小遣い減らすからな」

 

「こ、怖い事言わないでよー」

 

 

 タカ兄の権力は、私なんかじゃ太刀打ちできないし、お小遣いを減らそうとすればタカ兄の独断で減らす事すら出来るのだ。

 

「じゃあ私たちもこのまま泊まってコトミの……」

 

「いえ、さすがにこれ以上は皆さんに悪いですし、そろそろご両親も心配するんじゃないです?」

 

「別に問題は無いよー。パパとママは海外に行ってるし、家に帰っても出島さんしかいないものー」

 

「ウチも両親は不在ですし、このままでも大丈夫です」

 

 

 アリア先輩とカエデ先輩は問題なし。だが他の皆さんは残れる理由が見当たらなかったようだ。

 

「ではアリアさんとカエデさんにコトミの面倒は任せます。俺は買い出しと駅まで見送りに行ってきますから」

 

「うん、いってらっしゃい」

 

「さあコトミさん、勉強しますよ」

 

「嫌だー! せっかく宿題が終わったのにー!」

 

 

 タカ兄争奪戦に変化がありそうなのに、それを楽しめないなんて……こうなったら私も参戦してかき乱すしかないのだろうか……




このお泊りで、カナとアリアはタカトシと同じ布団で寝て、カエデとスズは名前で呼んでもらうようになって、サクラは相変わらずリードしている状態なのに、シノだけ進展が無かったな……


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七条家の防犯グッズ

スズの母役の松来未祐さんがお亡くなりになられました。皆さま、ご冥福をお祈りしましょう……


 結局新学期が始まる前日までカエデ先輩とアリア先輩はウチに泊まり私の勉強を見てくれたおかげで、今回の休み明けテストは結構な手応えを感じていた。

 

「マキ、今回はマキに勝てるかもしれない」

 

「そんなに自信があるの?」

 

「だって、三年の学年二位と三位に付きっきりで勉強を見てもらったんだもん! 何時もの私と同じだと思うなよ! トッキーと赤点スレスレの低レベルな争いをしていた頃の私では無いのだよ!」

 

「……そのキャラは治って無いのね」

 

 

 あきれ果てた目で私の事を見てくるマキ。この目、偶にタカ兄がする目に凄く似ている……凄く興奮する!

 

「あれ? コトミちゃんたちも結果を見に来たの」

 

「スズ先輩! 今回は結構自信ありますからね」

 

「そりゃ、七条先輩と五十嵐先輩にみっちり勉強を見てもらったら、逃げ出すか優秀になるかのどちらかだとは思うけど」

 

「あっ! 性知識は更に深まったと自負しています!」

 

 

 アリア先輩と夜な夜なトークをしていたおかげで、私の踏み入れていない領域の知識も得る事が出来たのだ。今度実戦してみようかな。

 

「ところで、今日はタカ兄と一緒じゃないんですか?」

 

「津田なら、さっきクラスメイトに解説を求められていたから、今頃教室で即席の授業でもしてるんじゃないの」

 

「さすが我が半身、その能力の高さには……」

 

「あーはいはい」

 

「せめて最後まで言わせてくださいよ……」

 

 

 スズ先輩に途中でぶった切られてしまったが、マキもトッキーも似たような目をしているので止めておこう。

 

「結果が見えてきたわね」

 

 

 スズ先輩の言うように、漸く結果が見える位置までやってきたのだ。

 

「えーっと……やっぱりマキには勝てないなー」

 

「そもそも、名前無いじゃないのよ」

 

 

 学年五十位に入れるほど、私の頭は良くないのだ。ちなみに、マキは二十位とかなり好位置に名前を連ねている。

 

「そして、お前の兄貴も相変わらずだな……」

 

 

 トッキーの視線を辿ると、そこには二年の結果が貼り出されていた。

 

 一位 津田タカトシ 500点

 一位 萩村スズ   500点

 三位 轟ネネ    446点

 

 

 どうやったら満点なんて取れるんだろうなー……我が兄ながら不思議でならない……

 

「ところで、コトミちゃんは合計で何点だったの?」

 

「300点!」

 

「……それで良くマキに挑もうと思ったな、お前」

 

「なんだよ―! 何時もより100点近く高いんだぞー! ちなみに、トッキーは何点だったの?」

 

「……240点」

 

「はっはっは! 相手にならないな!」

 

「威張るなら、もう少しマシな点数を取ってから威張りなさいよ」

 

 

 スズ先輩にツッコまれたけど、私からしてみれば、平均60点は立派なのだ。別次元でツッコまれても、私には不可能なのだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近何かと物騒だという事で、放課後は柔道部に協力を要請して護身術を学ぶ事になった。

 

「てか、アンタは必要ないんじゃない?」

 

「でも、俺だけ不参加ってわけにはいかないだろ?」

 

「そりゃそうね……主にツッコミ要員で……」

 

「そっち!?」

 

 

 萩村から見た俺って、ツッコミ要員なんだ……

 

「家にあった防犯グッズを持ってきたよー」

 

「アリア、これはお尻に突き刺すヤツじゃないのか?」

 

「うん! だから襲われそうになったところを、これで撃退するんだよー」

 

「これじゃあご褒美じゃないか!」

 

「……あれって防犯グッズなのか?」

 

「……私に聞かないでよ」

 

 

 七条家にある防犯グッズは、庶民とは異なるんだろう。俺たちはそういう事で納得する事にした。

 

「これってスタンガンですよね? さすがに危なくないですか?」

 

「そんなに威力は高くないし、普段から電流に慣れてるからそれ程でも無いよー?」

 

「……普段から身体に電気を流してるんですか?」

 

「うん! 主に絶頂の時に!」

 

「なるほど……アリア、少し試しても良いか?」

 

「いいよ~」

 

 

 会長がスタンガンを手に取り、何故か俺に目掛けて突進してきた。

 

「ほっと」

 

「おい、避けるな!」

 

「危ないでしょうが」

 

 

 ちらっと見えたが、今の設定は最高だ。こんなのをまともに喰らえば、気絶で済まないと思うんだが……

 

「せっかく津田を気絶させて、その間に既成事実を作ろうとしたのに……」

 

「この人怖い……」

 

 

 人生で一番の恐怖を感じた俺は、一足先に柔道場に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が見てる中で、私たちはムツミちゃんに教わりながら柔道の技を掛けあったりした。

 

「なかなか難しいわね~」

 

「仕方ありませんよ。私たちは初心者なんですから」

 

「だが、なかなか為になるな!」

 

 

 ちなみにタカトシ君は、さっきまで写真を撮っていた畑さんに注意をしているので、今は私たちの事を見ていない。

 

「カエデちゃんもやってみる?」

 

「いえ、そもそも私は護身術が必要になるような場所や時間に出歩きませんので」

 

「でもでも~、カエデちゃんなら人前でも襲われるかもしれないよ~? なんてったってその巨乳! オジサマたちの獲物にされても……あっ、気絶しちゃった」

 

「アリア、この状況の五十嵐を襲わないのは失礼だと思わないか?」

 

 

 気絶したせいで、カエデちゃんのスカートの中は丸見えだった。カエデちゃんは黄緑色なんだ~。

 

「じゃあさっきのビーズを突き刺して……」

 

「貴女たちも怒られたいんですか?」

 

 

 何時の間にか私たちの背後に立っていた――もちろんカエデちゃんのパンツが見えない角度だけど――タカトシ君が怖い顔をしている。

 

「でも、タカトシ君だって、目の前に気を失った美少女がいたら襲うでしょ?」

 

「普通は介抱するんですよ!」

 

 

 この後、私とシノちゃん、そしてカエデちゃんのスカートの中を盗撮しようとした畑さんの三人は、柔道場が閉まるまでずっと正座をさせられたのだった……




そのグッズの使い方は違うだろ……


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エコマスター

分別は大事ですね


 生徒会室で、突如シノちゃんが宣言した。

 

「さて、今月の学園目標は『エコロジー』だ。物や資源を大切に、みんなで無駄をなくすのだ! そして、我々生徒会がその見本となり、活動に取り組むのだ」

 

「いきなりの発言にしては、シッカリと考えてますね」

 

「ちゃ、ちゃんと昨日から考えてたもん!」

 

「いや、『もん!』って……まぁ、立派な目標だと思いますけど」

 

 

 タカトシ君が作業の手を止めてシノちゃんの相手をしている。こうやってシノちゃんが突如何かを言い出す事は稀にあるので、タカトシ君も慣れた感じだった。

 

「確かに私たちが無駄を出さないように気をつけなきゃね」

 

「そうだろ、アリア!」

 

「うん! 『ツンデレ』『貧乳』『生徒会長』のシノちゃんに、これ以上の属性付加は無駄遣いだし」

 

「なんだとぅ!?」

 

「資源の無駄って言ってましたよね?」

 

「あっ! そうだったね、ゴメンねシノちゃん」

 

「とりあえず、ゴミの分別からシッカリとやるぞ!」

 

 

 何処からか取り出したゴミ袋を掲げ、シノちゃんがそう宣言した。

 

「あの、この書類今日までなんで。遊ぶなら三人でどうぞ」

 

「なっ! 遊びじゃないぞ! これはエコロジー精神を鍛えるための……」

 

「そんなの、普通に生活してれば出来てるものですよね? ゴミの分別なんて、当たり前に出来て当然のものだと思いますけど」

 

「主夫と学生を同列に見るなー!」

 

「いや、主夫じゃないんですが……」

 

「とにかく! 津田も参加するのー!」

 

 

 駄々をこね始めたシノちゃんに、タカトシ君が折れた。どっちが年上か分からない光景ね。

 

「分かりましたよ。じゃあさっさと終わらせて仕事に戻りますよ」

 

「ではこのペットボトルだが……空だな。これは誰のだ?」

 

 

 シノちゃんがお茶のペットボトルを取り出し、誰の持ち物かを確認する。うん、私のじゃないわね。

 

「あっ、それ私のです。捨てていいですよ」

 

「なるほど……ではこれは萌えるゴミだな」

 

「えっ……」

 

「外装フィルムはプラスティック、ボトル自体は洗ってから資源ゴミ、もしくはスーパーなどにある回収ボックスに持っていきます。最近ではキャップも回収しているところがあるので、それも分別して持って行くのが良いでしょうね」

 

 

 普段からそう言う事をやっているタカトシ君が、物凄い速度でゴミの分別を進めていく。その顔は、まさに主夫だった……

 

「それから……ん? 七条先輩。俺の顔に何かついてます?」

 

「ううん。でも、手慣れてる感じは顔に出てるかな」

 

「……甚だ不本意ではありますが、家での分別は殆ど俺がやってますから……コトミのヤツは何でも同じゴミ箱に捨てますからね……」

 

 

 手慣れた感じから、今度は苦労が絶えない感じが表情ににじみ出てきている……コトミちゃん、もう少しタカトシ君の負担を減らしたらどうなの?

 

「じゃ、じゃあ分別もある程度済んだし、このゴミを捨てに行こう!」

 

「これが燃えるごみで、コッチが危険物。それでこれがプラゴミでこっちが資源ゴミですね」

 

「では、学校に回収所がある燃えるごみとプラゴミを持っていくぞ! そんなに重くないから、一人で大丈夫だろ」

 

「どうやって決めるんですか?」

 

「じゃんけんだ!」

 

 

 そう言ってシノちゃんは手を高く上げた。最近シノちゃんのリアクションがオーバー気味なような気もするけど、楽しいから何でもいいわね。

 

「では行くぞ! じゃんけん――」

 

「「「「ぽん!」」」」

 

 

 シノちゃんの音頭でそれぞれが手を出し、その結果シノちゃんの一人負けとなった。

 

「私か……だが、まさか一回で負けるとはな」

 

「会長は最近、チョキを最初に出す傾向がありますからね」

 

「そうだったのか……最近くぱぁの練習をしてたからかな……」

 

「それが何かは聞かない」

 

 

 既に興味を失ったのか、タカトシ君は書類作業に戻っている。それにしても、タカトシ君が一番真面目に分別してたような気が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近寒くなってきて、手がかじかんでいる。でも、寒いからって手をポケットに突っ込むなんて行儀の悪い事、風紀委員長の私が出来るはずもない。

 

「手の感覚も無いわねー」

 

「それは貴女の弱点を克服するチャンスでは?」

 

「どういう事です?」

 

 

 急に現れた畑さんに、そんな事を言われ私は首を捻る。弱点って事は、男性恐怖症の事よね。手の感覚が無いのと、男性恐怖症の克服とどんな関係が……

 

「今なら男性の身体に触れる事が出来るのでは無くて?」

 

「はっ!」

 

 

 そうか! 感覚が無い、って事は触っても大丈夫って事! そこから徐々に慣れていけば、男性恐怖症も治るかもしれない!

 

「では早速、通りがかったこのモブ生徒の下半身を……」

 

「って! 何処を触らせるつもりなんですか!」

 

「私は『下半身』と言っただけですよ。風紀委員長は『ナニ』を触るつもりだったんですかね~? 下半身なんですから、足でも膝でも良いんですよ~?」

 

「往来の場所で、何をしてるんですか貴女たちは……」

 

 

 畑さんに詰め寄られてるところに、タカトシ君の声が聞こえてきた。おそらくは生徒会の見回りの最中なのだろう。

 

「いえ、風紀委員長の手の感覚が無いので、男性恐怖症克服の為の訓練を、と思いまして」

 

「それと貴女が言い寄ってるのと、どんな関係が?」

 

「男子生徒の下半身を触れ、と言ったら風紀委員長が真っ赤になったので、ナニを触るつもりだったのかを聞こうと……」

 

「完全に勘違いさせるつもりだったでしょ」

 

「では!」

 

 

 タカトシ君に睨まれて、畑さんは脱兎の如く逃げ出した。そして、凄いスピードで廊下を走っていった。

 

「畑さん、今度会ったら説教ですね。廊下を走ったので」

 

「そうね。その時は私も付き合うわ」

 

「ええ、お願いします」

 

 

 そんな会話をしていたら、天草会長が現れその場で固まってしまっている。

 

「そんな……津田と五十嵐が男女交際なんて……」

 

「あー、こりゃ誤解してますね」

 

 

 天草会長の処理はタカトシ君に任せ、私はその場から逃げ出した。

 

「私とタカトシ君が……交際だなんて……」

 

 

 天草会長の勘違いで、私は照れてしまったのだ。でも、畑さんのように走って逃げるわけにはいかないので、ゆっくり冷静を装って逃げ出したのだ。




シノの基準っていったい……


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ドジっ子メイドのお迎え

優秀なのか、ダメメイドなのか……


 生徒会の仕事で遅くなってしまったので、私たちは今七条家の出島さんが運転してくる車を待っていた。

 

「すみません、七条先輩」

 

「気にしないで~。ところで津田君、今は周りにシノちゃん達しかいないからさ」

 

「?」

 

「『アリア』って呼んで」

 

 

 私の頭上で、何やら看過できない内容の会話が聞こえてきた。確かに七条先輩はあの日以降、生徒会室や学外では何かにつけて津田に名前で呼んでもらおうとしているが、津田はそれを受け入れない。それは同様に、私の事も苗字で呼んでいて「スズ」と呼んでくれていないのだが。

 

「てか、俺は近所ですし歩いて帰りますよ」

 

「ダメだよ~。いくら津田君が強いからって、沢山の女子相手に勝てるかどうか……」

 

「何故女子? そして、俺を襲おうなんて考える女子はいるんですかね」

 

「相変わらず自己評価が低いわね、アンタ」

 

「そうかな?」

 

 

 クラスメイトの半数以上は津田の事を意識してるというのに、当の本人たる津田はこの有様。鈍いわけでは無く、私たちの恋心には気づいているようだし、英稜の森さんには私たちとは違う雰囲気で接してる場面が多々見られるし……

 

「お待たせしました」

 

「なんか凄い車が来たぞ、アリア」

 

「うん、これがウチの車だよ~」

 

「そうなのか! 早速乗り込むぞ」

 

「……相変わらずコドモだなぁ」

 

 

 見た事の無い車にテンションが上がった会長を見て、津田は会長たちに聞こえない声量で呟いた。年上なんだけど、確かに会長は子供っぽいわよね……

 

「津田様、さぁお乗り下さい」

 

「普通は主人である七条先輩が先なのでは?」

 

「私のご主人様はタカトシ様ですので」

 

「……あの時名前を呼び捨てて黙らせたのが原因か」

 

 

 怪しい息遣いの出島さんを前に、津田は頭を抑えていた。本当に、津田は一人で帰った方がよさそうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局タカトシ君も私たちと一緒に車に乗ってくれたのだけど、タカトシ君の隣はスズちゃんに取られてしまった。

 

「じゃあタカトシ君。車の中だからさ」

 

「はぁ……しかし、そんなに名前で呼んでほしいものですか?」

 

「うん!」

 

 

 タカトシ君は特にそう言う事は無いのかもしれないけど、私たちからしたら、タカトシ君に名前で呼んでもらえるなんて絶頂モノなのだ。

 

「タカトシ様、出来れば私の事も……」

 

「ちょ! 出島さん、前みて前!」

 

「タカトシ様に命令されなければ動きません!」

 

「……大人しく前を見て運転しろ、サヤカ!」

 

「ッ! かしこまりました、ご主人様」

 

 

 スズちゃんに言われても前を向かなかった出島さんは、タカトシ君に名前を呼び捨てにされ、命令口調でそう指示されると嬉しそうに前を向き運転に集中し始めた。

 

「ハァ……何で俺がこんな目に」

 

「大変ね、タカトシも」

 

「ねぇねぇ、私も呼び捨てが良いな~。ダメ?」

 

「……アリアも黙ってろ」

 

「ッ! はい」

 

 

 タカトシ君に呼び捨てにされただけでイっちゃった……もう大洪水だよ。

 

「な、何で私の事は会長としか呼ばないんだ! 私の事も名前で呼べ~!」

 

「シノちゃん、タカトシ君に名前を呼んでもらうとこうなっちゃうよ~?」

 

「なん…だと……アリア、大洪水じゃないか!?」

 

 

 シノちゃんに見える角度でスカートを捲り、その中を確認してもらった。シノちゃんにタカトシ君の前で絶頂を迎える覚悟があるのかを確認する為の行為だったんだけど、シノちゃんは私のパンツを見て興奮してるようだった。

 

「それほど興奮するものなのか?」

 

「そりゃもう! あの出島さんですら大興奮するんだから~」

 

「「………」」

 

 

 向かいの席のタカトシ君とスズちゃんの視線が何となく痛いけど、そんな事も気にならないくらいの大興奮だよ~。結局シノちゃんは覚悟出来なかったのか、そのまま不貞寝をしちゃったんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんのミスで、何故かこの車は高速に乗っている。時間が時間なので、俺以外の三人は船をこいでいたり、完全に寝てしまっている。

 

「申し訳ありません、タカトシ様。後でご存分にお仕置きを……」

 

「しません。それよりもさっさと帰ってください」

 

「あぁ!! まさかの放置プレイとは……」

 

 

 ホント、この人はダメ人間だな……横島先生といい勝負かもしれない……

 

「う~ん……はっ! ご、ゴメン……」

 

「別にいいよ。疲れてるんだろ?」

 

「うん……じゃあもうちょっとだけ……」

 

 

 目を覚ました萩村だったが、やはり疲れてるのか再び寝てしまった。俺の肩に寄りかかる――肩じゃ無く腕だな。とにかく俺を枕に寝ている萩村の頭を、俺は軽く撫でた。

 

「萩村のおかげで、俺も頑張れるんだ。だから、ありがとう」

 

「えへへ……」

 

 

 そう言えば、睡眠聴取が出来るんだっけ? じゃあ今のセリフも聞かれたのか。まぁ別に起きてても言える事だし、恥ずかしがる事も無いか。

 

「う~ん……」

 

「何故こっちに倒れてくる……」

 

 

 向かい側の席で寝ている七条先輩が、何故か俺の方に向かって倒れてきた。元々船をこいでいただけだったのだが、どうやら本格的に寝てしまったようだ。だが、この動きはおかしいんじゃないか?

 

「タカトシ君……良い匂い……」

 

「何処の匂いを嗅いでるんですか、貴女は……」

 

 

 向かい側の席に七条先輩を戻し、シートベルトで固定させる。少しやりにくいが、やってやれない事は無かった。

 

「あとどのくらいかかります?」

 

「間もなく戻れるかと」

 

「ホント、お願いしますよ……」

 

 

 学校を出てから既に二時間。やっぱり歩いて帰った方が早かったな……シフト入って無くてホント良かったよ……




とりあえずは奮闘中のアリア……


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魚見カナの行動

メタすると、その週に登場する英稜勢……


 珍しくカナさん、サクラさんと同じシフトだった帰り、駅前でカナさんが声高々に宣言した。

 

「第一回、どうやったらもっと出番が増えるのか会議! ドンドンパフパフー」

 

「……あの会長? どうしたんですか」

 

「いえ、タカ君と絡みの少ない私たちが、どうやったらもっとタカ君と絡めるのかを考えようと思いまして」

 

「……メタ発言は危険ですので止めてください」

 

 

 何が危険なのかは分からないが、何となく寒気がしたのでカナさんを黙らせる事にしよう。

 

「そもそも、学校の違う私とサクラっちは圧倒的不利なはず! なのになぜサクラっちはタカ君とぶちゅーっとしちゃってるんですか!」

 

「あ、あの……恥ずかしいのであまり大声では言わないでください……」

 

 

 一回目はショック療法、二回目は事故チューだったけど、確かに俺はサクラさんと二回キスしてるんだよな……

 

「と、言うわけでこれからタカ君とどうやったらぶちゅーっと出来るかを話し合いたいと思います」

 

「本人を巻き込んでする話題では無いと思いますが……」

 

「じゃあここでぶちゅーってしてくれますか? もちろんベロチューです!」

 

「……では、俺はこれで」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

「無視は酷く無いかなー?」

 

 

 それなりに疲れてるところに、このボケだ。俺とサクラさんがカナさんを無視しても誰も怒らないだろう。むしろカナさんを怒るだろうな……

 

「さて、冗談はここまでとして、少しお腹が空いたので二人とも付き合ってくれませんか? どうも一人で食事を摂るのは恥ずかしくて」

 

「冗談だったんですか……」

 

「また分かりにくい冗談を……」

 

 

 この後、普通に食事をして帰る事になった。ほんと、分かりにくい冗談だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんと別れた後、会長は再びタカトシさんの事を話題に上げました。

 

「さっきのは冗談だったけど、どうやったらタカ君との時間を増やせるのかしら」

 

「会長は学年も上ですし、シフトも最近別ですからね……休日に誘ってみる、というのはどうでしょうか?」

 

 

 って、これだとデートと言う事になるのではないでしょうか……別に私とタカトシさんは付き合ってるわけでは無いのですが、何故か他の人と出かけているタカトシさんを想像するとこう……胸の辺りがモヤモヤするんですよね……

 

「では早速! 『今度の休み、二人でお出かけしませんか?』っと」

 

「行動が早いっ!?」

 

 

 しかも、普段は口を開けばボケばかりの会長なのに、メールの内容は意外と普通だなんて……

 

「早く返信が来ないでしょうかね」

 

「そうですね……あれ?」

 

 

 会長がメールを送信してすぐ、私の携帯がメールの着信を告げるメロディを奏でた。

 

「会長……何故タカトシさんでは無く私に?」

 

「えっ? ……緊張して宛先間違えちゃった」

 

「それで、本当に私と出かけたいんですか?」

 

「そうですね……デート用の服を買いに行きませんか?」

 

「冗談ですよ?」

 

「私は本気です」

 

 

 変なスイッチが入っちゃったな……まぁ、会長と一緒に出かけるのも悪くないですし、ここは素直にお誘いを受けましょうかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サクラっちとのデートの待ち合わせ場所に向かう為に電車に乗り込むと、なんとコトミちゃんと遭遇した。

 

「おや、コトミちゃんじゃないですか」

 

「カナ会長! どうしたんですか?」

 

「これからサクラっちとデートです」

 

「そうなんですかー。私はトッキーの家に遊びに行くんです」

 

 

 トッキーと言えば、あのドジっ子ヤンキーでしたね。彼女はなかなかの逸材だと思っていますし、コトミちゃんが仲良くしているのを見れば、彼女もまたこちら側なのではないかと想像してしまいます。

 

「お二人で遊ぶんですか?」

 

「いえ、マキも一緒です」

 

「ああ、あのタカ君に好意を持っている」

 

「いい加減告白すればいいのにーって思いますけどね。マキの気持ちを知ってる身としては」

 

「ですが、もしOKだった場合、タカ君を盗られてしまいますよ?」

 

 

 実の兄で興奮するコトミちゃんのことだ、盗られても別の妄想で興奮するのだろう。だけど、やはり別の女に盗られるのは面白くないですね……私はネトラレ属性があると思ってましたが、実はそうではなさそうです。

 

「別にマキならいいかなーって。中学の時から、マキの気持ちは知ってますし。それに、私と遊んでくれる数少ない友人ですからね」

 

「あら? コトミちゃんはお友達多いはずですよね」

 

「学校で遊ぶ友達は沢山いますけど、外に出ても遊んでくれたのはマキだけでしたから」

 

「そういえば、私も学校では大勢の友人と話しますが、学外で話す友達はあまりいませんね」

 

 

 そもそも、サクラっち以外の英稜の生徒と、学外で会った事が無いような気も……

 

「まぁ、タカ兄が欲しいなら、まずこの私を倒してからですけどね!」

 

「じゃあ、私もコトミちゃんに挑戦しなければいけませんね」

 

「もちろんです! いくらタカ兄とぶちゅーってしたサクラ先輩やカエデ先輩でも容赦しませんよ? むしろその二人にはより強力な魔力で叩き潰す気満々ですから」

 

「そうですか。ところで、満々って言葉ってなかなかですよね」

 

「さすがカナ会長! シノ会長が同士と認めるだけありますね~」

 

 

 ここが公共の場所――電車の中だという事を理解しながら、私はコトミちゃんと談笑した。周りの乗客が徐々に離れていくのを視界に捉えながら、目的地までコトミちゃんと盛り上がってしまったのでした……

 

「ツッコミって、やはり大事でしたね」

 

「そうですね……ストッパーがいないとダメですね……」

 

 

 下車して、私たちは反省しながら、同じ場面になったら同じ事をしてしまうのだろうと思っていたのだった……




あれは畑さん、狙ってたな……


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聖戦間近

相変わらずのモテ具合……


 ついに今年もこの季節がやってきてしまった。普通であれば私はチョコを渡す側なのだが、何故か毎年大量にチョコを貰うのだ。それも悩みの種なのだが、別の事でも私は頭を悩ませていた。

 

「今年は、津田のヤツはどれくらいチョコを貰うのだろうか……」

 

「タカトシ君に渡すのが確定してるのはねー……カエデちゃん、スズちゃん、ムツミちゃん、マキちゃん、カナさん、サクラちゃん、後はクラスメイトとか同級生、エッセイのファンといっぱいいるね~」

 

「アリアは渡すのか?」

 

「私~? もちろん渡すよ~。タカトシ君には色々とお世話になってるし~」

 

「つまり、義理だと?」

 

 

 この確認に深い意味は無く、あくまでも確認だと認識してほしい。断じてアリアが本気になったら勝ち目がないとか考えてないからな!

 

「義理ものの方が萌えるんじゃない? 血縁より義理なら本番が出来るし」

 

「なるほど! ……ん? どこから話が変わったんだ?」

 

 

 私は義理チョコか否かを確認していたのに、何故血縁の話になっているのだろうか……まぁ、興奮したから別にいいが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だかクラス中が色めきだってる気がするが、何かあったのだろうか……

 

「萩村、何だか周りがざわざわしてる気がするんだけど」

 

「今日と言う日がどういう日なのかを自覚してないのね、アンタ……」

 

「今日? 今日は二月の……あっ、なるほど」

 

 

 今日は二月十四日だったのか……道理で男子の目がぎらぎらしてるなと思ったんだよな……

 

「おはよう、タカトシ君!」

 

「……去年も言ったが、今日気合い入れても意味無いだろ。アピールしたところでチョコを買ったり作ったりは出来ないんだから」

 

 

 眼鏡を新調し、髪の毛をオールバックにして気合いを入れて登校してきた柳本にツッコミを入れて、俺は読みかけの本を読む為に机の中を漁ろうとした、のだが……

 

「なんか箱がいっぱい入ってるんだが……」

 

「アンタ、自分の人気を自覚してないからね……それは当たり前の数だと思うわよ」

 

 

 昨日本を忘れて帰ったため、残りわずかが気になって登校してきたのに、その本が見当たらないほど机の中に箱が詰まっている。誰がどうやって詰めたんだ……

 

「タカトシ君、これあげる」

 

「どうも」

 

「一応手作りだから!」

 

「ありがとう。ちゃんと感想を言った方が良い?」

 

 

 包みを丁寧に解き、俺は三葉から受け取ったチョコを一個口に運んだ。

 

「うん……美味しい。これはミルクチョコ?」

 

「上手に出来てたかな……?」

 

「市販されてても不思議じゃない出来だと思うけど」

 

 

 普通に美味しいので、俺は率直に感想を告げた。そうしたら三葉の顔がみるみる真っ赤に染まっていき、気づいたら逃げられてしまった。

 

「……俺、何かマズイ事言った?」

 

「リア充許すまじ……」

 

 

 柳本に問いかけると、血涙を流しながらそう言われた……何が何だか分からないが、男子連中に一日中鋭い視線を向けられる日になるのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナ会長と一緒に、タカトシさんにチョコを渡しに行く為だけに桜才学園を訪れた。私たちは既に桜才でも有名になっている為に、誰も不審がる事も無く校内に入る事が出来た。

 

「さてと、愛しのタカ君は何処にいるかなー」

 

「会長、普通に生徒会室にいると思いますけど」

 

「分かってますが、こうやって何処にいるか探してる時間も楽しいじゃないですか」

 

 

 そう言うものなのでしょうか……私には会長の気持ちはよく分かりませんが、何となく胸の辺りがモヤモヤしてるのは感じてます。

 

「あら? 英稜の魚見会長と森副会長……何かご用でしょうか?」

 

「桜才風紀委員長の五十嵐さん。いえ、ちょっと生徒会室に用事がありまして」

 

「そうですか」

 

「ところで、貴女もタカ君にチョコを渡すのですか?」

 

 

 カナ会長がズイっと五十嵐さんに身体ごと近づき、そんな事を聞いた。確かこの人、男性恐怖症なのにタカトシさんだけ大丈夫だという不思議な体質だったような……

 

「い、一応は……色々とお世話になってますので」

 

「主に、夜ですか?」

 

「ち、違います! 私は天草会長や七条さんのようにふしだらな目的でお世話になってるわけじゃありません!」

 

「別に私はふしだらとかなにも言ってませんが? 何故そのような事を言うのでしょうか?」

 

 

 獲物を見つけた狩人のような眼差しで五十嵐さんに近づいていくカナ会長……これは私が止めた方が良いのでしょうか?

 

「何を騒いでるんですか、貴女たちは……」

 

「つ、津田君! 助けて下さい!」

 

「何かご用ですか? 魚見さん、森さん」

 

「いえ、普段からお世話になっているタカ君に、これを渡しに来ました」

 

「それだけで、何故五十嵐さんがこれ程震える結果になったのか、詳しく説明してもらえますか?」

 

 

 タカトシさんに聞かれたので、私は正直に今のやり取りを伝えた。

 

「ハァ……とにかく、一応部外者は簡単に校内に入れないのはお二人も十分お分かりのはずですよね? 誰かしら生徒会メンバーに連絡を入れてから入ってくるようにしてください。そして五十嵐さんも、墓穴を掘るのだけは気をつけて下さい」

 

 

 そう纏めて、タカトシさんは私たちを生徒会室へと案内してくれる事になった。場所は分かってるし、案内が必要ではない事はタカトシさんも理解してるでしょうが、また同じような面倒事が起きるのを避けるための配慮なのだと、私もカナ会長も納得してタカトシさんの後をついて行った。これから、私たちはこの人にチョコを渡すのですが、おそらく生徒会室にはあの三人がいるでしょうし、また色々と問題が起こりそうな予感が、私はしていたのでした……




この後の場所が場所なので、ムツミは先に渡しました


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頑張る乙女たち

タカトシが甘いもの好きで良かったな……


 生徒会室にやってくると、そこにはシノっち、アリアさん、スズポンの他に、風紀委員のカエデさんがいた。やっぱりカエデさんもタカ君狙いの雌猫だったのですね……ですが、その気持ちは分かります。タカ君相手だとどうしても箍が外れてしまうんですよね。

 

「タカ兄ー、遊びに来たよー!」

 

「コトミ……生徒会室は遊びに来るような場所じゃ……」

 

「ほらほら、マキもトッキーも何時まで恥ずかしがってるのさ! ただのお礼なんだからー」

 

 

 コトミちゃんの背後には、八月一日さんと時さんがいた。ですが、何故か恥ずかしそうなのはもしかして……

 

「あの、これテストとかのお礼です! 受け取ってください!」

 

「うん、ありがとう」

 

「私からも……赤点を取らなかったのは兄貴のおかげだから……」

 

「俺はちょっと手伝っただけだよ。赤点にならなかったのは時さんが頑張ったからだよ」

 

「おー! トッキー顔真っ赤じゃん! もしかして、トッキーもタカ兄争奪戦に?」

 

「バカ言うな! それじゃあ、私はこれで」

 

 

 コトミちゃんにからかわれて恥ずかしかったのか、時さんは歩きの範囲で最速のスピードで生徒会室から逃げ出した。同様に八月一日さんも逃げ出してしまったので、コトミちゃんも後を追うように生徒会室から去って行った。

 

「なにがしたかったんだ、アイツ……」

 

 

 チョコを受け取ったタカ君は、コトミちゃんが何を煽ったのかがイマイチ理解できていない様子……無自覚フラグ乱立体質は相変わらずなのですね、タカ君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我々も意を決してタカトシにチョコを渡そうとしていたのに、マキとトッキーに邪魔をされてしまった……てか、タカトシのヤツはどれだけチョコを貰えば気が済むのだ!

 

「さてと、魚見さんと森さんは何か用事があって桜才に来たんですよね?」

 

「ええ、もちろんです。タカ君、今日は何月何日でしょう?」

 

「二月十四日ですが、それが何か?」

 

「では、タカ君がさっき八月一日さんと時さんからもらったものは何でしょう?」

 

「チョコレート、ですが?」

 

「正解です。では、私からもこれを」

 

「あ、どうも」

 

 

 ウオミーからあっさりと渡されたチョコを、これまたあっさり受け取るタカトシ……おそらく義理チョコだと思っているのだろう。だが、ウオミーが義理チョコを渡すなどとどうやったら勘違い出来るのだろうか……

 

「タカトシ君、これ、私からも」

 

「ありがとうございます、しちj――」

 

「アリアって呼んでくれる約束でしょ?」

 

「……ありがとうございます、アリアさん」

 

「うん! あっ、ちゃんと○液入れてあるからね」

 

「絶対に喰わない!」

 

「冗談だよ~」

 

 

 ウオミーの次に動いたのはアリア、まさかアリアまでタカトシ狙いだったとは……アリアはM男がタイプだと思ってたのに、まさかのドSであるタカトシ狙いだったとは……

 

「た、タカトシ、これ私から」

 

「ありがとう、スズ」

 

「ッ! べ、別にただの感謝の証よ! アンタにはお母さんとか色々と迷惑を掛けてるし……」

 

「スズだって、コトミの面倒を見てくれてるじゃん。お互い様だよ」

 

 

 な、何故タカトシはナチュラルに萩村の事を名前で呼び捨てにしてるんだ! 私の事は会長としか呼ばないくせに……

 

「タカトシ君! これ、私の気持ちです! 受け取ってください」

 

「カエデさん、外で畑さんが聞き耳を立ててるから、勘違いされそうな言い回しは避けた方が……てか、アンタもメモするな」

 

 

 確かに、今の五十嵐の言い回しだと、感謝の気持ちだという事が伝わって来ないな……完全に雌が発情してるようにしか聞こえなかったぞ。

 

「おや~? これは私の勘違いなんですかね~? それとも、津田副会長がわざと気づかないフリをしてるんですかね~?」

 

「……あんまりくどいようですと、来月からエッセイ書きませんよ?」

 

「それは困ります! 私の収入源が……あっ」

 

「やっぱり懐に入れてましたね……いくら学園が認可していようが、個人的商売は見逃せないんですがね?」

 

「……全額生徒会に申請し、必要経費+αのみを回収し直します」

 

「よろしい」

 

 

 さすがタカトシだ。あの畑が儲けた額の全容を明らかにするとは……

 

「こ、これは私からだ! お前には、いろいろと世話になったからな!」

 

「会長なら、俺の助けが無くても大抵の事は出来るでしょうが……まぁ、あんまり変な発言ばかりしてると、後々大変ですので、これからは少し控えるようにした方が良いですよ」

 

「わ、分かった……気をつける」

 

 

 何だかあっさりと受け取られてしまったが、ちゃんとこれが本命チョコだという事は伝わったんだろうか……タカトシの事だから、本命チョコなんて貰い慣れてるだろうから分かってくれてるよな?

 

「さてと! これにて本日の生徒会業務は――」

 

「これ、生徒会業務だったの!?」

 

 

 タカトシの驚きの声で、我々は満足して生徒会室を後にした。残ったのは、雑務が残ってるタカトシと、サクラだけだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒ぐだけ騒いで、困らせるだけ困らせて、他の皆さんは先に帰ってしまいました。タカトシさんは雑務が残ってるからという理由でこの場所に残りましたが、私はタイミングを逃してしまったのでここに残っています。

 

「さて、これで今日やるべき事は終わったな」

 

「お疲れ様です。これ、お茶です」

 

「ありがとうございます。ところで、サクラさんは皆さんと一緒に帰らなかったんですか?」

 

「え、えぇ……私はまだ渡せてませんから……」

 

 

 普段は簡単にタカトシさんとおしゃべりが出来るのに、何故このタイミングでは何時も通りに出来ないのでしょう……

 

「こ、これ! 受け取ってください!」

 

「あ、ありがとうございます……凄く、嬉しいです」

 

「よ、よかったです……」

 

 

 他の人からのチョコの時とは反応が違う……五十嵐さんの時の反応は照れ隠しっぽかったですが、今のタカトシさんは完全に照れている? もしかして、タカトシさんも私の事を……




キスした相手にまで無関心だと、あっちを疑われそうですし……


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バレンタイン後の視線

寒くなってきましたねぇ…


 津田君にチョコを渡したのを畑さんに知られてしまったせいで、私に対する視線の質が変わったような気がするのです。バレンタイン以前の視線は、男性恐怖症だという事を考慮してくれたものが多かったのですが、バレンタイン後は何やら執拗に粘っこいようなものが増えています。これはどういう事なのでしょうか……

 

「あっ、五十嵐さん。少しお話があるんですけど」

 

「津田君? お話とは?」

 

「あぁ、やっぱり知らなかったんですね……」

 

「何をです?」

 

 

 津田君がポケットから取り出したのは、一枚の紙と写真。これはおそらく畑さんから没収したものでしょうね。

 

「えっと……『五十嵐風紀委員長の実態! 本当はただの雌猫疑惑……』なんですかこれは!」

 

「畑さんの脚色と曲解を加えた新聞記事です。裏で商売してたようでして、発見までに時間が掛かってしまいましたが……」

 

「もしかして、この記事が原因であんな視線が増えたの?」

 

「あんな視線、とは?」

 

 

 津田君がきょとんとした顔で私の事を眺めてくる。いかがわしい感じは無く、純粋に心配してくれている視線だ。

 

「えっと……舐めまわすような、絡み付くような……そんな視線です」

 

「そうですか……では、こちらで対処しておきますよ」

 

 

 そう言って津田君は周りにいる男子生徒に鋭い視線を向け、その場から逃げ出せないようにした。

 

「さて、少し話があるんだが、時間大丈夫だよな?」

 

「「「い、イエッサー!!」」」

 

「畑さんも、逃げないでくださいね?」

 

「は、はい……」

 

 

 こうして津田君が畑さんが流した根も葉もないうわさを解決してくれたおかげで、翌日からあの気持ち悪い視線は無くなりました。

 

「五十嵐、何だか嬉しそうだが、何かあったのか?」

 

「いえ、昨日までちょっと問題があったんですけど、それが解決したので」

 

「なるほど。お通じは大切だよな!」

 

「違います」

 

 

 天草会長には悪いですけど、やっぱり私は津田君の事が好きみたいです。ライバルは多いですし、最大のライバルは私なんかより津田君と親しい間柄のようですが、私は諦めたくはありません。学外で少しくらいは津田君と一緒に出かけたりしてみようかしら……

 

「ほほぅ、何やらラブコメの気配がしてると思ったら、風紀委員長だったとは……」

 

「貴女はまだ懲りて無いんですか?」

 

「い、いえ……これは純粋に友達の応援を……」

 

「では、その隠したメモを渡してくれますよね?」

 

 

 何やら廊下で畑さんの悲鳴が聞こえたけど、きっと気のせいよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年の間でも、タカ兄の人気はかなり高い。タカ兄に作業を手伝ってもらった子なんて、次の日には自慢げにその事を話して悦に浸ってるくらいだ。

 

「やっぱり、お前の兄貴って凄いんだな」

 

「そりゃ自慢の兄ですから!」

 

「その妹がこれじゃあ、クラスメイトがお前と兄貴の事を兄妹だって思って無くても仕方なかったよな……」

 

「あれは、コトミが悪いと思うよ」

 

 

 マキとトッキーが言っているように、最初の方は私とタカ兄が兄妹だという事を信じてもらえなかった。理由は単純に、私がタカ兄を性的な目で見てたからなんだけど……

 

「でも仕方ないでしょ! タカ兄のようなお兄ちゃんがいたら、どんな妹でも性的な目で見るって!」

 

「それは無いだろ……」

 

「そもそも、津田先輩はあんなにしっかりしてるのに、何で妹のアンタは阿呆なのよ?」

 

「タカ兄に全部持っていかれて、私には何も残されていなかったのだよ!」

 

「「………」」

 

「せめてツッコミを入れて!」

 

 

 無言で呆れた目を向けてくるマキとトッキーに、私は懇願する。だって、無言で見られると何だか興奮して来るんだもん!

 

「コトミ、いるか?」

 

「あっ、タカ兄! 何か用事?」

 

「いや、お前今朝弁当忘れただろ? だから持って来たんだが」

 

「え? ちゃんと鞄に……あれ?」

 

 

 今朝は珍しく私の方が先に家を出たのだ。理由は、昨日宿題を忘れた罰と、日直が重なった所為で、タカ兄より先に家を出なければ間に合わなかったのだ。

 

「相変わらずそそっかしいな、お前は」

 

「タカ兄がしっかりしてるだけでしょ! 高校生なんて、これくらい抜けてるのが普通だって」

 

「何処の世界の普通だ、それは?」

 

「ギャルゲー!」

 

「……はぁ、とりあえずこれな。後、ちゃんと宿題はするように」

 

「はーい」

 

 

 タカ兄から忘れたお弁当を受け取り、私は元気よく返事をする。タカ兄は呆れながらも、最後まで私の相手をしてくれるので、私がタカ兄依存症になってしまっても仕方ないと思うんだけどね。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

 

「今日も遅くなるの?」

 

「生徒会の業務が溜まってるからな。夕飯は作れると思うけど、もし我慢出来なかったら冷凍庫のものを温めて勝手に食べて良いからな」

 

「うん、分かった! でも、タカ兄のご飯の方が美味しいから、きっとチンはしないだろうけどね」

 

「そうか」

 

 

 タカ兄は私の頭を軽く撫でてから自分の教室へと戻って行った。偶に見せる、あの優しい表情は本当にカッコいいと思う。妹の私から見ても……

 

「ちょっと津田さん! 何で津田先輩に頭を撫でてもらってるの!」

 

「あんな表情の津田先輩、見た事無い……」

 

「これが、妹の特権だというのか……」

 

「この学校、やっぱり変な奴多い……」

 

「トッキー、それは言っちゃダメだよ……」

 

 

 タカ兄の訪問は、思いもよらない暴動を生みかけたが、私がぼそっと「タカ兄に怒られる」と言って事なきを得た。タカ兄の怖さは、この学園で知らない人間がいないほどなのだから。

 

「それよりコトミ、アンタまた忘れ物したんだ」

 

「入れたはずなんだけどなー」

 

 

 マキとトッキーとのお喋りに興じながら、私はタカ兄の表情を思い浮かべて興奮していたのだった。




相変わらず無自覚で人を墜とすタカトシ……


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勉強会での……

これがムツミ救済になればいいが……


 テストが近い事もあって、最近まともに部活出来て無いんだよなー。身体動かしたいなー。

 

「ムツミ、手が止まってるけど?」

 

「ううん、ちょっと考え事してて」

 

「勉強しなさい! 誰の為の勉強会だと思ってるのよ!」

 

「ごめん、スズちゃん……」

 

 

 補習候補者が多い私たちのクラスは、テスト前に成績優秀者であるスズちゃんとタカトシ君、それとネネが私たちの勉強を見てくれる事になったのだ。

 

「津田ー、これってどう解くんだ?」

 

「お前……これはさっき教えたやつの応用だぞ。何で分からないんだよ……」

 

「誰もがお前のように理解力が高いと思うなよ!」

 

「じゃあ柳本は俺には教わらないんだな? 萩村か轟さんに教えてもらうんだな」

 

「ゴメンなさい。理解力が低くてゴメンなさい」

 

 

 タカトシ君に見放されそうになって、柳本君は必死に謝っている。

 

「ムツミ、アンタ大丈夫?」

 

「へ? 大丈夫って、何が?」

 

「いや、顔赤いけど」

 

「え?」

 

 

 チリに指摘されて、私は慌てて手鏡を取り出して自分の顔を確認した。

 

「あ、あれ? 別に熱があるわけじゃ……熱っ!」

 

 

 自分のおでこを触ると、思ってた以上に熱を帯びていた。

 

「保健室に行った方が良いんじゃない?」

 

「うん、そうするよ……ごめんね、スズちゃん」

 

「気にしないで。それよりも、早く風邪を治しなさい」

 

「うん……あれ?」

 

 

 立ち上がり歩き出そうとしたのだけども、身体がふらついてしまった。

 

「おっと。大丈夫か?」

 

「う、うん……ありがとう、タカトシ君」

 

「津田、アンタムツミを保健室まで連れて行ってあげなさいよ」

 

「そうだね。一人で行かせるわけにはね」

 

 

 そ、それって保健室までタカトシ君と二人っきり……

 

「ふみゅ~……」

 

「ムツミが倒れた!?」

 

 

 私の意識はそこまでしかもたなかった。次に気がついた時、私は何故か自分の家の自分のベッドに横たわっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシの対応は、本当に早かった。ムツミの鞄から携帯を取り出して、中里さんに操作させて自宅に電話を掛けさせた。それで状況説明などはタカトシが行い、迎えに来るまでは保健室でムツミを寝かせておく。そして親が迎えに来たら車までタカトシがムツミを運んで自宅に帰させたのだ。

 

「津田君って、こういった時の判断が冷静で的確だよね」

 

「まぁ、何時も周りがやかましい事が多いから、不本意ながら常に冷静でいられるようになったんだろうね」

 

「それにしても、津田君がムツミの鞄を開けた時は驚いたよ」

 

「鞄にあれば一番良かったし。さすがに三葉の制服のポケットを漁るわけにはいかないだろ?」

 

「まぁね。そんな事してたら私が津田君を抑えつけてたけど」

 

 

 今タカトシは、中里さんと雑談を交わしている。勉強会は一時中断で、今は脳を休めているのだ。

 

「ほへ~……」

 

「情けないわね。まだ一時間程度しか勉強してないでしょ」

 

「そんな事言われてもな……俺はお前らみたいに優秀じゃないんだよ」

 

「こんな事でへばってるなんて、アンタ体力無さ過ぎなんじゃ無い?」

 

 

 そもそも、男子生徒がいるウチのクラスは、普通なら体育祭などで有利とされるはずなのに、何故か活躍した男子はタカトシただ一人だけ……これはつまり、他の男子の体力が無い事を証明しているのではないだろうか。

 

「まぁまぁスズちゃん。津田君以外の男子は、自家発電で体力を消耗してるんだよ」

 

「そうだそうだ!」

 

「……アンタらは津田に謝れ!」

 

 

 タカトシは家事全般やアルバイト、そして時間があれば走っていて、体力が有り余っているわけではない。そして、そんなふしだらな行為で言い訳しようなんて、本当に失礼ではないか。

 

「よーす。あれ? 三葉はどうした?」

 

「体調不良で先に帰しましたけど、何か用だったんですか?」

 

「いや、アイツもなかなかの成績不良者だからな。今回ヤバかったらさすがに庇いきれないって言いに来たんだが……」

 

「俺はアンタの行動を庇いきれないよ……」

 

 

 倒れこんでいる柳本の背後に周り、舌舐めずりをしている横島先生に、津田が呆れたツッコミを入れた。

 

「まぁ、今回赤点だったら柳本は留年、もしくは私に童○を捧げる事になるからね」

 

「そ、そんな~」

 

 

 この人、何で本当に教師なんて出来てるのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスメイトの勉強を見る日々だが、ウチに帰ればもう一人問題児がいるのだ。

 

「タカ兄……これ、どう解くの?」

 

「昨日教えただろ。何で分からないんだ?」

 

「だって~」

 

「はぁ……ほら、シャーペン貸せ」

 

 

 コトミからシャーペンを借り、問題の横に必要な公式と解き方を書いていく。限りなく答えに近いかもしれないが、今はこれくらいして自分で解かせるしか方法が無いのだ。

 

「なるほど! こうやって解くんだね!」

 

「……お前昨日も同じ事言ってただろ」

 

「そうだっけ?」

 

「まぁいい。とりあえず赤点だけは取るなよ」

 

「分かってるって!」

 

 

 こうして前日までクラスメイトとコトミの勉強を見ていた所為で、俺は自分の勉強がろくに出来なかった……

 そしてテスト結果が発表される日……

 

 一位 津田タカトシ 800点

 一位 萩村スズ   800点

 三位 轟ネネ    750点

 

 

 あ、何とかなった……

 

「さすが津田ね」

 

「今回は私も津田君のおかげで点数が上がったよ」

 

「復習も兼ねてたからね。あれで何とかなった」

 

 

 今回は補習者の名前は貼り出されていなかった。つまり、誰も補習者がいないという事なのだろう。

 

「タカトシ君のおかげで、私も赤点回避が出来たよ」

 

「そっか。おめでとう」

 

「うん!」

 

 

 果たして喜んで良い事なのか疑問だが、とりあえず三葉が喜んでるんだから水を差すのは無粋だろう。

 

「タカ兄! 私も赤点補習じゃなかったよー!」

 

「まぁ、声を大にして言う事じゃないが、とりあえず良かったな」

 

「でも、さすがタカ兄だよね~。この私を補習から救ってくれるなんて」

 

「さすがに今回補習だと、留年が現実的になったからな……」

 

 

 身内が留年したなんて、恥ずかしくてたまらないからな……とりあえず、全員問題無く試験を終える事が出来て良かった。うん、これで心配事は無くなったはず……だよな?




やっぱりコトミは問題児……だが、タカトシも見捨てないお人好しなんですよね。


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目安箱

使った事無いかな……


 最近、目安箱に何の投書も無い日が続いている。学校に対する不満が無いと言えば聞こえがいいが、もしかしたら学校そのものに興味が無くなってしまっているのかもしれない。

 

「そこで、我々生徒会で目安箱を使った何かを考えたいと思う!」

 

「毎回ながらいきなりですね……」

 

「だって、空っぽだったら悲しいだろ」

 

 

 目安箱が空だと、折角作ったのにと思ってしまうのだ。

 

「でもシノちゃん。何かって何をするの? 具体的な案は?」

 

「それをこれから考えて行こうと思うんだが……何か無いか?」

 

 

 なにも考えて無かった訳では無いのだが、言えば絶対に津田が却下する事ばかりなのだ。

 

「何かと言われましても……言いだしっぺの会長から何か案を出してくださいよ」

 

「うっ……」

 

「? 何か問題でもあるんですか?」

 

 

 萩村が何気なくいった言葉に、私は過剰に反応してしまった。それを津田に気づかれ、今物凄い視線を向けられている。

 

「その……津田に手伝いに来てもらいたい部活、とか」

 

「それって学校運営とか関係ないよね? 何で俺が餌にならなければいけないんですか」

 

「だ、だから言いたくなかったんだ!」

 

「え~。それじゃあ『津田君のお相手(男子)募集』もダメなの~!?」

 

「……何故そんな案が出たのか、じっくり聞かせてもらいましょうか、アリア先輩」

 

 

 津田がアリアの事を名前で呼んだが、今は全然羨ましいと思わなかった。だって、今の津田の目、本気で殺そうと思ってる目なんだもん……

 

「さすがにリアルに、じゃなくて小説の中だよ~」

 

「それが言い訳になると、本気で思ってるわけじゃないですよね? もし本気なら……覚悟しろ」

 

「じょ、冗談! 冗談だから踏み止まってタカトシ君! さすがに処女のまま死にたくない!」

 

「……寝ろ!」

 

 

 津田の一撃で、アリアはぐっすりと眠りについた。

 

「何したの?」

 

「ちょっとツボを押しただけ」

 

「……怖いわよ」

 

「そうかな?」

 

 

 萩村と話してる時には、既に何時もの雰囲気に戻っていた。

 

「それじゃあ、萩村と津田は、何か案は無いのか?」

 

「そうですね……学食に追加してほしいメニュー、とか?」

 

「子供過ぎないかしら?」

 

「最近マンネリ化してるって聞いたけど」

 

「よし! それで募集してみよう! 期間は三日とする!」

 

 

 今日から募集して、火曜水曜と時間をおき木曜に集計すれば良いだろう。

 

「では、アリアを起こして我々も帰る事にしよう」

 

 

 目安箱の上に『学食のメニュー募集中』という張り紙をして、我々は帰る事にした。どれだけ集まるかなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして木曜日、タカトシが持ってきた目安箱には、あふれんばかりの紙が入っていた。

 

「過去最高ですね」

 

「何たることか……」

 

 

 会長も驚いているように、目安箱を設置して二年、これだけ投書された事は無かった。

 

「それじゃあ集計を始めましょうか」

 

「そうね……ところでタカトシは投書したの?」

 

「いや? 俺は学食を利用しないし」

 

「そうよね。主夫は毎日お弁当だもんね」

 

「だから主夫じゃないってば……」

 

 

 てか、そう考えると、コトミちゃんは毎日タカトシの手作りのお弁当を食べている事になるわけで……

 

「何だろう、無性にコトミの事を説教したくなったんだが……」

 

「奇遇だな、萩村。私もだ」

 

「シノちゃんも? 実は私もなんだ~」

 

「……何でコトミに説教なんですか? 最近は大人しくしてると思うんですけど」

 

 

 この場所で唯一私たちと感情を共有出来なかったタカトシは、首を傾げながら集計していた。

 

「とんこつラーメン、餃子定食、カツカレー、オムソバ……定番だな」

 

「あっ……」

 

 

 タカトシがメニューを読みあげていると、七条先輩のお腹がなった。

 

「食べ物の話してると、お腹すきますよね」

 

「……浣腸が効いてきた」

 

「「ダッシュでいけー!」」

 

 

 集計していたタカトシとツッコミが被る。さすが桜才学園のツッコミマスター(畑さん談)なだけはあるわね。

 

「会長、やたらとケーキという意見が多いのですが」

 

「ケーキはデザートだから除外だな」

 

「ちょっと待って下さい! 脳の栄養分はブドウ糖です。つまり甘い物は脳を活性化させます」

 

「……ケーキ、好きなんだね」

 

 

 私がそれっぽい理由で採用してもらおうとしている事は、タカトシにお見通しだったようだ。

 

「まぁ、萩村の意見も一理あるし、これだけの希望者がいますから、無下に扱うわけにも行きませんよね」

 

「そうだな……だが、大勢いるからと言って、それで決まるわけでは無いぞ!」

 

 

 会長が良い事を言ったところで、七条先輩がお手洗いから戻って来た。

 

「さすがシノちゃん! マイナーな○癖も理解してくれて……」

 

「なーいよ」

 

 

 戻ってきてすぐのボケに、タカトシの絶妙なツッコミが入った。あんなツッコミ、私には真似出来ないわね。

 

「ケーキの次に多いのがシュークリームですし、さすがは元女子校ってだけはありますね」

 

「そうだな」

 

「ちなみに会長とアリア先輩はなんて書いたんですか?」

 

「私はネギチャーシューラーメンだ!」

 

「私はお団子だよ」

 

「……どっちも意外ですね」

 

 

 二人のメニューを聞いて、タカトシはやれやれと首を振った。

 

「じゃあケーキで決まりですね。圧倒的な票数ですし、これを無視したら暴動が起こりかねませんし」

 

「そうだな。じゃあ津田、学食に話を通しておいてくれ。私は学長や職員室に報告に行ってくるから」

 

「分かりました」

 

 

 後日、新商品のショートケーキは人気を博し、桜才学園記録の売上を叩きだしたのだった。

 

「やっぱりケーキは美味しいわね」

 

「……これなら自分で作れそうだな」

 

「何か言った?」

 

「いや、べつに」

 

 

 こうして、見回り終わりにタカトシと学食でケーキを食べるのが、最近の楽しみになっているのだった。




最終的にそこに行きつくのか、タカトシ……


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雨の日の外出

ほぼオリジナル展開です


 風紀委員長として、学園の風紀の乱れには敏感に反応するように心がけているのですが、最近風紀が乱れまくっている様な気がします。共学になったのが原因か、女子も男子も色めいているような気が……まぁ、その大半が片思いなのは私にも理解出来ますが。

 

「相手は津田副会長ですものねー」

 

「貴女、本当に神出鬼没ね」

 

「同じクラスですし、貴女は個人的にマークしてますから。何かスクープ頂戴」

 

「頂戴と言われても……なにもありませんよ」

 

「ほんと~? 津田副会長と何か進展ないの~?」

 

 

 畑さんの言葉に、複数の女子から視線を浴びせられた。おそらく彼女たちもタカトシ君と何とかして仲良くなりたいと思っている子たちなのだろう。

 

「ちなみに天草会長と七条さんが、津田副会長とお出かけする計画を練っている情報を手に入れたんだけど、これってデートの計画だと思う?」

 

「んなぁ! 風紀が乱れてるわ!」

 

 

 私は真相を確かめるべく生徒会室へと向かう。もちろん廊下を走ったりはしないが。

 

『今度の休みはどうだ?』

 

『俺は構いませんよ』

 

『私も~』

 

 

 こ、これは……今度の休みにタカトシ君と天草会長・七条さんがデートする約束。しかも二股デートなんて……

 

「貴女たち! いったい何を話してるんですか!」

 

「五十嵐さん? 今度の休みに生徒会の備品を補充しようって話ですけど……」

 

「あ、あれ?」

 

「乱れてたのは貴女の頭の中ですね~」

 

 

 私の後を追って来ていたのか、畑さんが生徒会室の扉から顔を覗かせた。

 

「何の話です?」

 

「実はさっき、風紀委員長に『貴女たちお出かけする計画を練っている』って教えたんです。そうしたら早足でここに向かったので、何か面白い事が起こりそうだな、と」

 

「貴女がデートの計画だなんて言うから!」

 

「おや~? 私はどう思うか聞いただけですよ~?」

 

「ぐっ……」

 

 

 思い返しても確かに畑さんはデートの計画と断言してた訳じゃないわね……

 

「てか、そう考えるように誘導したでしょ、貴女」

 

「さて、それはどうでしょうね~」

 

 

 畑さんがしらばっくれたタイミングで、タカトシ君の携帯が鳴った。

 

「ちょっと失礼……萩村? うん……分かった。すぐ取りに行く」

 

「なんだって?」

 

「無くなったコピー用紙やガムテープですが、横島先生が勝手に持って行っていたそうです。回収出来そうなので買い出しはまた本当に備品が無くなってからで」

 

「そうか。あるに越した事は無いが、何故横島先生は生徒会の備品を?」

 

「あの人の考えなんて分かりませんよ」

 

 

 タカトシ君がやれやれと首を左右に振ってから、生徒会室を後にした。残された私と畑さん、そして最初からここにいた天草会長と七条さん。私以外の三人は、獲物を見るような目で私に迫って来たのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 備品を買いに行く予定だったのが無くなったので、今日は一日自由になった。元々する事が無かったので予定があった方が良かったのだが、無理に買い物に行く必要も無いだろう。

 

「タカ兄、トッキーとマキと遊びに行ってくるね」

 

「遊びに? あんまり無駄遣いするなよ」

 

「分かってるって。せっかくタカ兄が死守してくれたお小遣いだもん」

 

 

 その言い方にはおかしな点がいくつかあるが、今はとりあえず見逃してやろう。

 

「そんなに遅くなる事は無いから心配しないで」

 

「別に心配はしてないさ。八月一日さんと時さんが一緒だからな」

 

「うんうん! ……あれ? それって私一人だと心配って事?」

 

「時間、いいのか? お前はギリギリに家を出るから、無駄話をしてる時間は無いんじゃないのか?」

 

「時間? うわぁ! それじゃあタカ兄、行ってきます!」

 

 

 慌ただしく出かけて行ったコトミを見送り、俺は何をするか考える為に部屋に戻った。本は読み終えてしまったし、参考書も殆どの問題を解けるようになったし……

 

「俺も出かけるか」

 

 

 特に用事は無いし、洗濯物も干していない。午後から雨だと言うから出かけるなら傘を持って行った方が良いな……

 

「コトミに言うの忘れた……ま、いっか」

 

 

 今の時代、コンビニで傘くらい売っている。無駄遣いになりそうだが、一回で捨てるわけじゃないんだし問題は無いだろう。

 

「さて、出かけるか」

 

 

 目的の無い外出に出る為、俺は財布と携帯、そして傘を持って家から出た。鍵はコトミも持ってるし、先にあいつが帰ってきても問題は無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 油断した……少しくらいなら大丈夫だろうと思って傘を持たずに外出したら、見事に降られてしまった。

 

「どうしよう……この辺り、コンビニあったかしら?」

 

 

 あまり来た事の無い場所でキョロキョロとコンビニを探すが、目に見える範囲には見つからなかった。

 

「困った……」

 

「あれ? 魚見さんじゃないですか。なにしてるんです?」

 

「タカ君……外だから名前で呼んで」

 

「……なにしてるんですか、カナさん?」

 

 

 名前で呼んでもらって満足です。と、今は悦に浸ってる余裕はありませんね。

 

「こっちの本屋にしか置いて無い小説が今日発売だったので買いに来たのですが、見事に雨に振られてしまいました」

 

「……傘、持って来なかったんですか?」

 

「まだ大丈夫だろうと油断しました」

 

「……確かにこの辺りにはコンビニ、無いですしね」

 

「駅まで走って帰れば何とかなるでしょうが、新刊が濡れてしまうかもしれませんし……困っていたところです」

 

 

 一応袋に入っているとはいえ、濡れない保証は何処にも無いのです。

 

「良ければ駅まで入って行きます? あの辺りならコンビニもありますし、キヨスクで傘も売ってるでしょうし」

 

「良いんですか? タカ君と相合傘なんて、誰かに見られたら既成事実になりかねませんよ?」

 

「……じゃあ濡れて帰ってください」

 

「冗談です。それくらいで妊娠するほど、私は簡単じゃありません」

 

「……何処の誰が傘に一緒に入っただけで妊娠するんですか」

 

 

 タカ君は呆れながら私は傘の中に入れてくれた。二人で使うとやはりどちらかが濡れてしまうので、私はタカ君の腕に自分の腕を絡め、そして身体を密着させた。

 

「これなら濡れませんね」

 

「代わりに、周りの視線が突き刺さりますけどね」

 

 

 相合傘で腕を組んで密着なんて、普段なら『リア充爆発しろ!』とか思うでしょうが、今日は私がリア充です。存分に自慢してやりましょう。




こういう場面、どうしてもシノでは考えられない……何故だ?


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備品の買い出し

やっぱり残念……


 先日流れた備品の買い出しを、ちょうどいいから行ってしまおうと決めたのが昨日。そして当日になって、アリアと萩村が都合がつかなくなったと連絡がさっきあった。つまり今日は津田と二人っきりという事に……

 

「ぐふ、ぐふふふ……」

 

「何怪しい笑い方してるんですか?」

 

「おっと、何でも無いぞ……何故コトミまでいるんだ?」

 

「タカ兄に色々みつくろってもらおうと思いまして」

 

「元々コトミとの約束が先でしたし、ついでに荷物持ちもさせられますからね」

 

「そんなの聞いてないよー!」

 

「ああ、言ってないからな」

 

 

 私の側で繰り広げられる兄妹の会話は、私の耳には届かなかった。せっかく津田と二人っきりだと思ったのに……

 

「あっ、会長」

 

「なんだ……」

 

「さっきの笑い声、畑さんがボイスレコーダーで録音してましたけど」

 

「なにっ! それを早く言え!」

 

 

 私はすぐそばにいるであろう畑の姿を懸命に探した。だが、私では発見に至らない……

 

「津田、どこだ! 何処に畑がいる!」

 

「何処って……ここに」

 

「やっ!」

 

 

 津田に居場所を聞こうとしたら、既に津田が捕獲済みだった……相変わらず素早いヤツだ。

 

「現役女子高生の怪しい笑い声ってタイトルで着ボイス化を狙ってみようと思っただけです」

 

「思うな、開き直るな、少しは悪びれろ」

 

「折角ですし、買い出しに付き合いますよ」

 

「畑さんも何か買うんですか?」

 

「修理に出していたカメラを受け取りに、その後はどうせ密着取材するつもりでしたから」

 

 

 つまり津田にバレて怒られるくらいなら、最初から同行しようというわけなのか……何故私と津田を二人っきりにしてくれないんだ! ……ん? 待てよ! 集団で買い出しするのなら、手分けして買った方が早く終わるではないか!

 

「よし、ペアを作るぞ!」

 

「手分けして買い出しを済ませるわけですか。それなら終わった後にコトミの買い物も出来るな」

 

「やったー!」

 

「お金は自分で出せよ」

 

「分かってるってー」

 

 

 仲の良い兄妹だが、ここは私に津田を譲ってもらうぞ!

 

「では、裏表で決めよう!」

 

「私は構いませんよ」

 

「では、行くぞ!」

 

 

 こうして、私たちはペアで買い出しを始める事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の備品の買い出しなのに、畑さんやコトミが同行しているのはどうなんだろうと思ったが、コトミを連れてきたのは俺だし、畑さんを見つけ出したのも俺だ。細かい疑問はとりあえずおいておく事にしよう。

 

「それで、次はバインダーか……」

 

 

 萩村が作った買いだしメモと予算を交互に確認し、必要な物から買って行く。生徒会も予算厳しいからな……

 

「ねぇ……」

 

「ん?」

 

「何で私が荷物持ちしなきゃいけないの! 普通タカ兄が持つんじゃない、こういう場面って!」

 

「お前にお金を渡すとろくなことにならないからな。後で何か買ってやるから今は我慢しろ」

 

「ほんと!? タカ兄の奢りだからね!」

 

「はいはい……」

 

 

 こいつはこんな小さな事でこき使われる事を承諾するのか……まぁ別に騙される心配をしなくてもコイツなら大丈夫だろう……大丈夫だよな?

 

「それにしても、まさか一回でペアが成立するなんてねー。やっぱり私とタカ兄は強い絆で繋がれているんだね!」

 

「邪な考えを持った人と、興味が薄かった人がペアになったからだろ」

 

「?」

 

 

 コトミには何の事か伝わらなかったようだが、会長は俺とペアになりたいと――デートの風を装おうとしすぎて、畑さんは誰とでもスクープになりそうだと考えて、その結果があの二人だという事だろう。狙って良い事があるなんて滅多に無いんだから……

 

「今日はこんなものかな。予算を使い切るわけにもいかないし」

 

「でも今月分でしょ? 使っちゃえばいいじゃん」

 

「生徒会が率先して無駄遣いするわけにもいかないだろ。それに、まだ今月は終わって無いんだから」

 

 

 また必要なものが出てくるかもしれないし。その時に予算がなかったら困るからな。

 

「それじゃあ集合場所に行こう! タカ兄に奢ってもらわなきゃ!」

 

「お前は本当にがめついな……」

 

「そんな事無いよー。タカ兄に奢ってもらえるって知れば、大抵の女子はこんな反応だって」

 

「そんなもんか?」

 

 

 何故コトミが自信満々なのかは分からなかったが、これ以上追及しても俺には理解出来ないだろうから止めておいた。そういえば、荷物は七条先輩が一度持ちかえって明日持ってくる手筈になってたんだが、どうするんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の買い出し、タカトシと会長の二人に任せちゃったけど大丈夫だったかしら……主に心配なのは会長が暴走してタカトシに心労が溜まって無いか、なのだけど。

 

「おはよう、昨日はゴメンなさい」

 

「ん? ああ、事情は聞いてるから」

 

「大丈夫だった?」

 

「なにが?」

 

 

 教室でタカトシを見つけすぐに頭を下げたが、特に苛立ってはいなかった。つまり何事も無かったのだろうか?

 

「だって会長と二人っきりだったでしょ? ツッコミとか色々」

 

「コトミと畑さんがいたから大丈夫だ。それに、俺はコトミと回ったから」

 

「そうなの? てか、何でコトミちゃんまで……」

 

「先約だったんだよ。それでコトミの買い物に付き合うついでに、荷物持ちをさせた」

 

「ふーん……それで、コトミちゃんの買い物って?」

 

「春物を買うからみつくろってくれって。何で俺に頼むんだろうな、アイツ」

 

 

 タカトシは分かって無いみたいだったけど、おそらくコトミちゃんはタカトシに選んでもらった服を買いたかったのだろう。自分で同じものを選ぶより、タカトシに選んでもらった方が嬉しいから、タカトシにみつくろってもらったんだろうな……

 

「羨ましい……」

 

「なにが?」

 

「別に」

 

 

 何でも気が付くクセに、こういうところは気づかないのよね……まぁ良いけど。




じっさいあんな風に笑う女子高生がいたら、嫌だな……


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不真面目な花見

サザエさん時空に本格的突入


 桜才生徒会メンバーと英稜生徒会の二人、そしてコトミちゃんと出島さんと一緒にお花見に行く事になった。出島さんは張りきってお弁当の用意をしているけど、どうやらタカトシ君もお弁当を用意してくれる事になったらしい。その事を今日、シノちゃんから電話で聞かされた。

 

「シノちゃんは誰に聞いたの?」

 

『コトミからメールが来たんだ。津田もお弁当を用意してくれているから、他の人には飲み物やシートを用意してほしいとな』

 

「それくらいならウチで用意出来るから大丈夫だよ。だからシノちゃんたちは手ぶらで大丈夫だからね」

 

『そうか! もちろん服は着て行くがな!』

 

「シノちゃん、冗談は相手を選ばないとダメだよ~」

 

 

 その事を、私たちは散々実感したはずなのになー。シノちゃんは相変わらず私相手でもボケてくるんだから。

 

『そうだったな。それじゃあ明日、楽しみにしてるぞ』

 

「私も楽しみにしてるよ~」

 

 

 シノちゃんとお話していたら、出島さんがこっちを見ていたのに気付けなかった。

 

「どうかしたの~?」

 

「いえ、タカトシ様もお弁当を用意なさるのでしたら、私のお弁当は量を減らした方がよろしいのかと思いまして」

 

「出島さんも本気で作っていいよ~。タカトシ君と腕の競い合いでもすればいいんだよ!」

 

「そうですね! そして下剋上を……」

 

「どっちが上なの~?」

 

 

 普通に考えれば、毎日料理をする機会があり、タカトシ君より歴が長い出島さんが有利だと思うんだけどな~。

 

「タカトシ様は、私のご主人様ですから」

 

「そっか! 夜の下剋上だったんだね!」

 

 

 当然、誰もツッコミを入れてくれないので、私と出島さんは延々ボケ続けたのだった。だってこの家には、ツッコミと言える人はいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お弁当も飲み物もシートも必要ないと言われ、せめてこれくらいはと引き受けた場所取り……だったのですが、七条さんの家の人が良い場所を確保してくれていたのであまり意味をなさなかった……

 

「森さん、そうガックリしないで」

 

「ですが萩村さん……このままじゃ私たち、何も役に立たないままですよ」

 

「じゃあせめて、ツッコミを頑張りましょう」

 

「そうですね……どうせ私の存在意義なんてツッコミだけですからね……」

 

「自虐が重い!?」

 

 

 萩村さんはタカトシさんと一緒に行動したり、学力を競い合ったりして役に立てますが、私なんてツッコミ以外でタカトシさんの役に立てる事なんて無いんですから……泳げなかったりスキーが滑れなかったりと、散々迷惑を掛けてますし……

 

「お待たせ!」

 

「すみません、場所取りを頼んでしまって」

 

「良いのよ、これくらい。だいたいアンタだって、その量を一人で運んで来たんでしょ?」

 

「……コトミに持たせると不安だからな」

 

 

 まずやって来たのは津田兄妹でした。タカトシさんは作って来たお弁当を持っていましたがコトミちゃんは手ぶら、つまり何も荷物を持っていなかったのです。

 

「待たせたな!」

 

「ちょっと道に迷いまして」

 

「出島さんがうっかりしちゃってね~」

 

「申し訳ありません。タカトシ様、このダメメイドにお仕置きを!」

 

「……それじゃあ花見を始めましょうか」

 

「放置プレイ! あぁ、ぞくぞくします」

 

 

 このメイドさん、大丈夫なんでしょうか……

 

「それじゃあ早速食べましょう!」

 

「花より団子かよ……」

 

 

 そうツッコミを入れつつも、タカトシさんはお弁当を広げ始める。それと同じくして、出島さんもお弁当を披露した。

 

「これはジャガイモ串ですか?」

 

「はい。お嬢様がどうしてもと仰られましたので」

 

「そうですか……そうだアリア!」

 

「ん~?」

 

 

 ジャガイモ串を手にした天草会長が、それを見て何かを思い出したように七条さんに声を掛けた。

 

「通販サイトで、これくらい大きい玩具見つけた」

 

「本当! アドレス教えて!」

 

「……桜綺麗だな~」

 

「っ!?」

 

 

 タカトシさんが言ったのはお花の桜だと分かっている。それでも、同じ音を名前に持つ私はドキドキしてしまう。おそらく、萩村さんでも似たような事が起きるだろうけども、これは仕方の無い事だろう。

 

「サクラ先輩、なにドキドキしてるんですー? タカ兄が言ったのはお花ですからね~?」

 

「わ、分かってます!」

 

「それにしてもタカ君、どうやったらこんなに美味しい料理が作れるんですか?」

 

「どうやったらって言われましても……必要に駆られてやっている間に何時の間にか、って感じです」

 

「タカ兄は昔から料理してたもんねー」

 

 

 コトミさんの言葉に、全員の視線がコトミさんに向いた。

 

「えっ、なになに? そんなに見られると興奮しちゃうよー」

 

「……コイツがもう少し家事が出来れば、俺も平均くらいだったでしょうね」

 

「まぁコトミだしな……」

 

「コトミちゃんですしね……」

 

 

 次々とコトミさんに向けて含みのある言葉を放つ。ただ、コトミさんにはその含まれた意味は伝わらなかった。

 

「くっ、やはりタカトシ様には敵わないですね……さぁ、お仕置きを!」

 

「七条先輩、この人にお酒飲ませて下さい」

 

「私、お酒入ると脱ぎたくなるんですがー」

 

「じゃあ、出島さんはお酒、強いんですね」

 

「あれっ!?」

 

 

 思ってた反応と違う反応をしたタカトシさんに、出島さんは驚いたリアクションを見せた。しかし視線は既に七条さんが持ってきたビールに向けられていた。

 

「ぷはぁ!」

 

「……何だかお酒の匂いを嗅いだら、酔って来ちゃったよ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「何だか、エッチな気分になって来た」

 

「じゃあ会長もお酒強いんですね」

 

「あれっ!?」

 

 

 あっさりとお色気攻撃を退けられ、天草会長も驚いたリアクションを見せた。

 

「そう言えば魚見さん、あの後大丈夫でした?」

 

「ええ、無事傘も買えましたし」

 

「なら良かったです」

 

 

 先日会長が自慢げに話していた事でしょうか。津田さんの傘に入れてもらったと……何だか羨ましいです。

 

「てか、真面目に花見をしなさいよね」

 

「このメンツじゃ無理でしょ」

 

「そうですね……」

 

 

 萩村さんのツッコミに、私とタカトシさんがため息を吐いたのは、ゆっくりする事なんて、このメンバーと一緒じゃ無理だと思ったからだ。ほんと、萩村さんの言う通り真面目にお花を見ましょうよ……




この名前ネタは考えて無かったんで、やってから出来るなと思いました……まさかここでも森さんとは……


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追加の買い出し

桜才生徒会メンバー救済の為の話です。


 前回は急用でこれなかったけど、今回は全員集合出来るはずだと言う事で、追加の買い出しを行う事になった。予算も新たに用意したし、私もいるから必要なものかそうでないかその場で判断出来るしね。

 

「お嬢ちゃん、迷子?」

 

「誰がお嬢ちゃんだー!」

 

「萩村? なに騒いでるの?」

 

 

 私が子供扱いされ叫んだタイミングでタカトシがやって来た。ここで名前呼びされてたら、私が妹だと思われると瞬時に判断して苗字で呼んでくれたのだろう。

 

「このお嬢ちゃんの知り合いですか?」

 

「同級生ですが」

 

「えぇ!? ……随分大人びてますね」

 

「そっちで解釈しちゃったか……自分たちは高校生です」

 

「……失礼しました」

 

 

 おそらくタカトシの事を大人びた小学生だと思ったのだろう。タカトシが事実を告げるとその失礼な人はそそくさと逃げ出して行った。

 

「会長と七条先輩は?」

 

「まだ来てないのよ」

 

「そうなのか……まだ時間まで余裕あるし、何処かでお茶でも飲んで待ってる?」

 

「そうね……そうしましょう」

 

 

 そうと決まればどこか良い場所は……あ、あそこにしましょう。

 

「タカトシ、あそこに入りましょう」

 

「あそこ? ……ケーキでも食べるの?」

 

「うん……」

 

 

 既に頭の中がケーキで埋まっている私は、タカトシの生温かい視線に気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアと待ち合わせをしてから集合場所へ向かったので、私たちは約束の五分前に漸く到着した。だが周りを見渡しても津田と萩村の姿は無かった。

 

「あの二人が遅刻か? 珍しい事もあるものだな」

 

「シノちゃん、あそこにいるのってタカトシ君とスズちゃんじゃない?」

 

「何処だ?」

 

 

 アリアが指差す方に目をやると、店の中で美味しそうにケーキを食べている萩村と、その前でコーヒーを啜っている津田の姿があった。傍から見ると美味しそうにケーキを食べている妹を眺める兄のようだな。

 

「私たちも入るか?」

 

「あっ、タカトシ君が気づいた」

 

 

 アリアが手を振ると、津田が片手をあげて返事をしてきた。そして萩村に声を掛け、席を立ち会計に向かった。

 

「津田の奢りなんだな」

 

「スズちゃんに払わせたら、タカトシ君に色々な視線がくるからじゃない?」

 

「確かにな……」

 

 

 津田と萩村の関係を正確に把握している私たちが見れば何もおかしくは無いが、二人の関係を知らない人間が見れば、妹に支払いをさせているダメ兄貴にでも見えるかもしれないのだ。

 

「会長と七条先輩がギリギリなんて珍しいですね」

 

「ちょっと出かける前に色々あったんだー。それよりもスズちゃん、ケーキ美味しかった?」

 

「はい! でも、もう少し甘くても良かったかなーって思いました」

 

「津田は食べなかったのか?」

 

「ええ。俺はコーヒーだけです」

 

 

 津田は普通に甘いものを食べられるはずだが、今日は何故食べなかったのだろうか……気にはなったが、追及はしないでおこう。

 

「では、さっさと買い出しに行くぞ!」

 

「また別れて行動します? この間のように」

 

「そうだな! では行くぞ」

 

 

 今日こそは津田と二人きりで……

 

「タカトシ君は私とだね~」

 

「そうですね」

 

「会長、さっさと行きましょう」

 

「そうだな……」

 

 

 何故私は津田とペアになる事が出来ないんだ……もし神様がいると言うなら、私は神様を恨むぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君と二人っきりで行動するのって、考えればそんなに経験無かったなー。生徒会の備品の買い出しだけど、こうやって二人っきりでお買いものしてると、何だかデートっぽいかな?

 

「アリア先輩? 何か気になるものでも?」

 

「私、タン○ン派だけど、ナプ○ンってどんな感じなんだろうなーって」

 

「そんなの俺が知るわけ無いでしょうが……えっと次は……」

 

 

 普段から買い出しに慣れているタカトシ君は、リストを見ながらスムーズに移動していく。一方で私は、普段お買い物なんてしないから、どうしてもすれ違う人とぶつかりそうになってしまう。

 

「ちょっと、タカトシ君……あれ?」

 

 

 気になったものを見つけ、タカトシ君に聞こうとしたのだけども、私の視界の範囲内にタカトシ君の姿は無かった。もしかしてはぐれちゃったのかな?

 

「えっと、タカトシ君に電話して合流した方が良いのかな? それともこの付近を捜してからの方が……」

 

「お姉さん一人? 良かったら俺たちと遊ばない?」

 

「えっ?」

 

 

 いきなり声を掛けられて、私は驚いた。気が付けば数人の男の人に囲まれて、逃げ場が無くなっていた……これってもしかして、連れ去られて調教されて一生雌奴隷ってパターンかしら……

 

「あっ、いた。何してるんですか、アリアさん」

 

「おいおいにーちゃん。先に俺たちが見つけたんだぜ? 横入りはいけないなー?」

 

「この人は俺の連れです。貴方たちこそちょっかい出さないでくれます?」

 

「っ!?」

 

 

 タカトシ君の肩を掴んだ男の人が、タカトシ君に手首を掴まれて驚いている。おそらくは細いタカトシ君に手首を掴まれただけで動かなくなった事に驚いたのだろう。

 

「出来れば穏便に済ませたいんですが、大人しく帰ってくれませんかね?」

 

「……おい、行くぞ!」

 

「えっ? コイツぶちのめすんじゃねぇのかよ」

 

「良いから!」

 

 

 タカトシ君の恐ろしさを知った一人が大人しく帰っていくのを見て、お友達もその人について行った。おそらく彼がリーダーだったんだろうな。

 

「ありがとう、タカトシ君。あのままだったら私、雌奴隷生活を送る事になっていたよ~」

 

「緊張感の欠片も感じませんね……とにかく、あんまり心配かけないでくださいよ?」

 

「じゃあ、こうしておけばいいんだね!」

 

 

 スルリとタカトシ君の腕に自分の腕を絡ませ、はぐれないようにした。タカトシ君は振りほどこうとすれば簡単に出来ただろうけど、私の腕をそのままにして買い出しを再開したのだった。もちろん、後でシノちゃんとスズちゃんにバレて私が怒られたのは仕方ない事だったかもしれないけどね~。




スズとアリアはともかく、シノの事も考えないとな……でも、原作通りになるのはつまらないしな……


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花粉症

辛さは分からないですね……


 最近七条先輩がくしゃみをしたり鼻をかんだりする事が多い気がする。風邪でも引いたのではないかと心配するが、この人の場合は風邪を引く理由が多そうだからなぁ……

 

「アリア、ひょっとして風邪か?」

 

「どうだろう……くしゃみや鼻水が止まらないけど」

 

「お腹出して寝たとか?」

 

 

 会長が話を振ってくれたのに便乗して、私は可能性を一つ上げてみる事にした。

 

「アリアの場合、お腹だけじゃ無く全部出して寝てるんじゃないか?」

 

「そんな事ないよ!」

 

 

 あっ、良かった。さすがに全裸で寝てるなんて言われたらどう対処すればいいか分からなかったし……

 

「白い靴下は履いてるよ!」

 

「胸を張って言う事じゃない!」

 

 

 七条先輩の中では、靴下を履いているだけで全裸では無いようだが、私からしてみれば全裸だと表現しても差し支えが無い格好だ……

 

「もしかして、花粉症じゃないですか?」

 

 

 最近花粉症の人が増えていると言うし、七条先輩が花粉症デビューをしたとしてもおかしくは無いだろう。

 

「鼻水が止まらないのも?」

 

「花粉症ですね」

 

「涙が出ちゃうのも?」

 

「花粉症ですね」

 

「最近お尻の締りが悪いのも?」

 

「花粉症ですねー」

 

「萩村、落ち着け」

 

 

 ツッコムのが面倒だったので流したら、背後からタカトシにツッコまれた……別に私は落ち着いているし、七条先輩の相手が面倒になったとかじゃないんだけどな……ただ処理に困ったから花粉症の所為にしただけなんだけど……

 

「最近花粉症、流行ってますよね~。そんな私も花粉症」

 

「コトミ、何だそのティッシュは」

 

 

 振り返ると、タカトシの他にコトミも立っていた。会長が指摘したように、コトミの鼻にはティッシュが詰められていた。

 

「鼻水止まらなくて」

 

「だからと言って、女子がそんな格好で歩くものではない。今良い物を貸そうではないか」

 

 

 そう言って会長は生徒会室に保管されていたあるモノをコトミに手渡した。

 

「ゴクリ……」

 

「何の解決にもなって無いし、まだその本あったんだ……」

 

 

 コトミが会長から受け取った本を見て、タカトシが呆れている……

 

「タカトシ君も一緒に見れば?」

 

「興味が無いですし、仕事があるんですから遊んでないでさっさと仕事してください。コトミも、用が無いならさっさと帰れ」

 

 

 会長と七条先輩に仕事をするように促し、コトミから本を回収し生徒会室から追い出したタカトシは、さっさと自分の仕事を始めていた。さすがに真面目だし、切り替えの速さも立派よね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイト終わりにタカ君とサクラっちと一緒に甘いものでも食べようと思い、近所の甘味処に寄り道をしました。タカ君は男の子だけど甘いものが好きらしいので、誘う時にあれこれ理由を考える必要が無くて助かります。

 

「そう言えばタカ君」

 

「なんです?」

 

「桜才学園では花粉症が流行っていると聞きましたが」

 

「そうみたいですね。七条先輩やコトミ、後は横島先生などが今年から花粉症になったようですし」

 

「そうですか。タカ君の貯蔵ティッシュが無くなるかもしれませんね」

 

 

 男子は常にティッシュを持ち歩いているでしょうし、花粉症の人が欲しがるのは仕方ないでしょうけどね。

 

「会長、何故津田さんがティッシュを貯蔵していると思うんですか? 普通ポケットティッシュ一つくらいだと思いますけど」

 

「え? だって何処でもソロプレイ出来るように大量に持ち歩いてるんじゃないんですか?」

 

「……貴女の頭の中はどうなってるんですか」

 

「それ、七条先輩とコトミと横島先生にも言われました……俺の思考がおかしいんですかね?」

 

 

 どうやらタカ君はティッシュを大量に持ち歩いているわけでは無いようですね……まぁ、タカ君がそんな思考の持ち主であったのなら、とっくの昔にサクラっちの処女は失われているでしょうが……

 

「とにかく、タカ君は少し多めにティッシュを持ち歩いた方が良いよ? 特に花粉症の時期は欲しがられるだろうし」

 

「自分で用意しろとは言っておきましたけどね……」

 

「それってタカトシさんの仕事じゃ無いような気も……」

 

 

 タカ君とサクラっちに呆れられたような視線を向けられ、私は密かに興奮していたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花粉症の所為か、最近ゴミ箱にティッシュが多く捨てられている。それ自体は別に問題無いのですが、男子が女子が使ったティッシュを狙っているのではないかと思うと見回りを強化しなければならないんですよね……

 

「委員長、見回り終わりました」

 

「ご苦労様。それで、異常は無かった?」

 

「問題無しですね。やたらと鼻をかんでいる人が目立ちましたが、それ以外は平和そのものでした」

 

「そう……ご苦労様」

 

 

 後輩を労い、私は少し考え込む。鼻をかんだティッシュを狙うなんて、さすがにあり得ないのかしら? でも、畑さんがそれもグッズになると言っていたし……

 

「ちょっと出てきます」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 後輩に見送られ、私は風紀委員会本部から見回りに出た。自分の目で確かめれば、畑さんの言っていた事が事実かどうか分かるでしょうしね。

 

「男子に近づくのは……でも、風紀を守る為」

 

 

 見回りを始めてすぐ、廊下の角に集まっている男子の集団を発見した。だけど、何をしているのかはここからでは確認出来ないし、私は男子に近づくのが苦手だし……どうすればいいんでしょうか……

 

「何してるんです?」

 

「ひゃっ!? つ、津田君……驚かさないでよ」

 

「いえ、普通に近づいただけなんですけど」

 

「それでも! ……ところで、あの男子たちが何をしてるか、津田君は分からない?」

 

「……またアイツらは余計な物を持ちこんでるな」

 

「余計な物?」

 

 

 それなら風紀委員長権限で回収しなければ……そう思い私は男子の集団に近づき声を掛けた。

 

「何をしてるんですか」

 

「ふ、風紀委員長……いや、これは……」

 

 

 慌てた男子が隠そうとした物が下に落ちた。私はそれを見てパニックに陥りそうになる……

 

「は、破廉恥! 変態! 風紀が乱れてるわ!」

 

「だから余計な物だって言ったのに……」

 

 

 私が慌てている横で、津田君が冷静に「その本」を回収し、男子全員に鋭い視線を向けた。

 

「生徒会室に同行してもらうからな」

 

 

 あっさりと事態を収拾した津田君と違い、私はなにも出来なかった……風紀委員長なのに情けないわ……




萩村、ツッコミ放棄はダメだろ……


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繋がっているのは

皆色々と繋がっている……


 五月も中ごろになり、最近は暖かな陽気が続いている。

 

「過ごしやすい季節になって来たな」

 

「そうだね~。お風呂上がりとかに庭に出ると気持ちいいよ~」

 

「ま、まさか裸……」

 

 

 この前靴下だけ履いて寝ていると言っていたので、七条先輩ならあり得そうで怖いわね……

 

「嫌だな~、ちゃんと服は着てるよ~」

 

「そうですか、よかった……」

 

 

 敷地内とはいえ、全裸で庭に出るなんて想像しただけでツッコミを入れたくなってしまうものね……最近タカトシにまかせっきりだったけど、やっぱり私はツッコミの部類なのだろう。

 

「アリア、シースルーもダメだぞ」

 

「えっ、ダメなの!?」

 

「その発想は無かった……」

 

 

 服は着ている、でも全裸と大して変わらなかったなんて……

 

「お待たせしました。見回りに……って、萩村はどうしたんですか?」

 

「何でも無いわ……見回りに行きましょう」

 

 

 職員室に用事があったタカトシが合流して、私たちは見回りに出る事にした。うん、なんにも無かったのよ……

 

「あのカップル、また手を繋いでいますけど、風紀的に良いんですかね?」

 

 

 共学になったので、付き合いだす人たちがいてもおかしくは無いのだが、この学園は校内恋愛を禁止している。共学になる前からこの校則がある事に関しては触れてはいけない事になっているので誰も触れないが……

 

「別にあれくらいなら問題ないだろう」

 

「寛容ですね」

 

「繋がってるのが下半身なら怒るがな。あっはっはっは」

 

「俺は今から怒るよ」

 

 

 高らかに笑いだした会長に、タカトシがゆっくりと近づいて行く。ああ、これは結構本気で怒ってる時のタカトシだ……

 

「皆さん、他人事のように言ってますが、津田副会長はかなり人気高いですよ」

 

「畑さん……貴女は本当に神出鬼没ですね」

 

「頭脳明晰、容姿端麗、文武両道に家事が得意で文才まであるんですから」

 

「人の話を聞いてませんね、貴女は……」

 

 

 畑さんの評価に、私と七条先輩は納得してしまった。確かにタカトシは学年トップの頭脳に運動神経、背も高いし家事も私たちの誰よりも慣れている。そうして考えると、タカトシって彼女がいない方が不思議なんじゃ……

 

「津田が人気なのは知っている。だが、我が校は恋愛禁止の校則があるから問題ない!」

 

「たった今、会長も健全な交際なら認めると発言してますよね? ほら」

 

 

 畑さんが懐からボイスレコーダーを取り出して会長の発言を再生した。

 

「つまり、津田副会長が誰かと『健全な』お付き合いをした場合でも、会長はそれを認めると言う事ですよね」

 

「いや、それは、その……それとこれとは話が違うだろ!」

 

「一緒ですよ。むしろ、何故違うと思うのかご説明願いたいところですね」

 

「いい加減大人しくしててください、貴女は。見回りの邪魔をするようでしたら、今月分のエッセイは書きませんよ」

 

「それは困りました……では、今日のところはこれで。時機を改めて会長の考えをインタビューしたいと思いますので」

 

 

 それだけ言って畑さんは何処かに消えてしまった。現れる時もだけど、消える時も私たちには視認出来ないスピードで移動するのよね……

 

「さてと、見回りを続けますか」

 

「津田」

 

「はい、何でしょうか」

 

 

 空気を変えようとしたタカトシに、会長が声を掛けた。

 

「お前は誰かと付き合うつもりがあるのか?」

 

「いきなりなんですか……」

 

「良いから!」

 

「……余裕が持てれば付き合いたいとは思いますけど、家の事とかで忙しいですからね。当分は無いと思いますよ」

 

「そうか! なら問題ない! 見回りを続けるぞ」

 

「……会長、何がしたかったんだろう」

 

「さぁね。頭脳明晰のアンタなら分かるでしょ」

 

「……何で気にするんだか」

 

 

 会長の気持ちを知らないのか、タカトシはしきりに首を傾げていた。でもまぁ、誰とも付き合うつもりが無いって分かったから、当分は私も安心出来るわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トッキーがさっきからウロウロしているので何処に行くのかと尋ねたら、食堂を目指してたんだけど道に迷ったと言ってきた。

 

「相変わらずトッキーはドジっ子だな~」

 

「ウルセェ!」

 

「仕方ないから私について来なさい!」

 

 

 ドジっ子トッキーを食堂に連れて行くべく、私はずんずんと廊下を進んでいく。これってトッキーを従えているように見えるのかな。

 

「おい、何で生徒会室何だよ。私は食堂に行くって言っただろ」

 

「うん、だから連れて来たんだよ」

 

「何を言って……」

 

「タカ兄、食堂の場所教えてー」

 

「お前は阿呆の子だ!」

 

「……君らの気が合う理由、分かったような気がする」

 

 

 タカ兄は目を通していた書類を棚にしまい、廊下に出てきてくれた。

 

「何で生徒会室の場所は分かって食堂の場所が分からないんだ、お前は……」

 

「だって私はお弁当だし。タカ兄の愛情がタップリ詰まったお弁当を教室で食べてるから、食堂の場所って知らないんだよね~」

 

「飲み物とか買う時はどうするんだ? 食堂の自販機が近い時だってあるだろ」

 

「水筒持って来てるから大丈夫! お小遣いをやりくりする為にはそれくらいしなきゃ!」

 

「普通に無駄遣いしないって考えは起こらないのか……」

 

 

 タカ兄に案内してもらい、私たちは無事に食堂に到着した。

 

「それじゃあ、俺は戻るからな」

 

「うむ、ご苦労だった」

 

「……ホント、すみません」

 

 

 トッキーが深々と頭を下げたのを見て、タカ兄は気にしなくて良いって感じでトッキーの頭を撫でた。我が兄ながら、女子の扱いに長けているなんて……さすがは学園の種馬と揶揄されるだけは……ん?

 

「タカ兄、揶揄ってどういう意味?」

 

「……帰って辞書を引け。てか、何で揶揄なんて言葉が出てきたんだ?」

 

「だって畑先輩が『津田副会長は学園の種馬と揶揄されるくらいですから』って言ってたから」

 

「なるほど……コトミ、今日の晩飯はこれで何とかしろ」

 

 

 タカ兄は二千円を私に渡してから何処かに行ってしまった。せっかくタカ兄のご飯が食べられると思ってたのに……まぁお金もらえたから良いや。




手だったり思考だったり縁だったり……


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雨の日は…

雨ネタが多い気がする……自分で増やしてるんですけど、この頻度はマズイかも……


 生徒会で作業をしていたら、窓の外から音が聞こえてきた。そう言えば今日の降水確率、午後から70%だったっけか……コトミに傘を持たせて正解だったな。

 

「今日の作業はこれまでだな」

 

「お疲れ様です。雨が降って来たので、早めに帰りましょう」

 

「雨か……」

 

「雨ね……」

 

 

 何やら遠い目をしている会長とアリア先輩。何か思うところがあるのだろうか?

 

「夕立ですね……こんな時期に珍しい」

 

「えっ? 夕方も勃つのか?」

 

「朝だけじゃないんだね」

 

「何処を見ている……」

 

 

 視線が人の下半身に向けられているので、少し怒気を放って視線を元に戻させた。

 

「まあ雨に濡れると大変だからな」

 

「そうだね~。服が透けて露出プレイになっちゃうし」

 

「全身びしょびしょで何だかエロいしな!」

 

「……何故風邪という考えが出て来ないんだ」

 

 

 二人がおかしなことで盛り上がっていると、急に外が光った。

 

「雷までか……こりゃ本格的に夕立だな……ん? スズ、どうかした?」

 

 

 稲光と共に何かが足にしがみついてきた。別にいいんだけど、力が強い……それなりに痛い……

 

「きゅ、急に脅かされるのとかが苦手なだけで、別に雷が怖いわけでは……ヒィ!」

 

「素直に雷が怖いで良いじゃん。何で言い訳するのさ……」

 

「だ、だって! 雷が怖いなんて子供っぽいじゃないの!」

 

 

 別に大人でも雷が怖い人はいると思うんだけどな……まぁ、萩村の容姿で雷が怖いなんて言えば、そう思われちゃうのかもしれないけどさ。

 

「急に驚かされるのが怖いんなら、背後からそっと近づいてブラのホックを外すドッキリもやめた方がいいかな~?」

 

「そもそもブラしてないので!」

 

「そのツッコミはおかしい……」

 

 

 色々と怖くて冷静さを欠いているのか、萩村がおかしな方向へと進もうとしている……これは何としても阻止しなければな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨で帰れなくなってしまったので、我々生徒会は新聞部の畑に頼まれて写真を撮る事になった。何でも桜才新聞に載せるとか何とか……

 

「会長、表情が硬いです。もっと笑ってください」

 

「むっ、こうか?」

 

 

 畑に言われたので口角を上げて笑みを作る。我ながら愛想が無いと思うが、いきなり笑えとか言われても難しいしな……

 

「Sっぽい笑みは要らないので、普通にお願いします」

 

「そんな事言われても……じゃあ畑が見本を見せてみろ」

 

 

 いきなり笑えと言われても難しい事は、おそらく畑だって分かっているはずだ。それならそれを利用して反撃を……

 

「良いですよ。ほらー」

 

「んなぁ!」

 

 

 あの畑が、あんなにさわやかな笑みだと……写真を極めようとすると、あんな事まで出来るようになるのか……

 

「セロテープで口角を上げてるだけですね、あれ……」

 

「ん? ……本当だ。光が反射してる」

 

 

 尊敬して損をしたな……だいたい畑が満面の笑みなんて、想像するだけで怖気がするぞ……

 

「あら? 皆さんこんなところでどうしたんですか?」

 

「丁度良かった。貴女の写真も撮るから、津田副会長の隣に立って」

 

「えぇ!? 何で津田君の隣なのよ! 天草さんの隣じゃダメなの!?」

 

 

 見回りで偶々現れた五十嵐が、早速畑のペースに巻き込まれている……アイツは本当に巻き込まれやすいタイプなんだろうな。

 

「だって欲しいのは、津田副会長に見惚れてる貴女の写真だもの。雌の顔をした風紀委員長の横顔……これは売れる!」

 

「目的が変わってるぞ……」

 

「まさか今まで撮った写真も売るつもりで撮ってたんですか? それでしたらこちらもそれなりの対処をしなければいけませんが」

 

「冗談ですよ。では風紀委員長、笑ってください」

 

 

 何かを誤魔化すような早さで、畑はカメラを構えなおした。それだけ津田の怒りは恐ろしいものなんだろうな……実際に体験したことあるから知ってるんだがな……

 

「あれは怖かった……」

 

「何がです?」

 

「い、いや! 何でも無いぞ」

 

「?」

 

 

 余計な事を言って怒られたくないし、ここは大人しくしてるのが安全だろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が小ぶりになったので、漸く帰れるって事で全員で昇降口にやって来た。というか、タカトシ君とスズちゃんは傘持ってるんだけどね。

 

「大分小降りですね」

 

「なっ! 津田! 人が気にしてる事を!」

 

「なんです急に?」

 

 

 タカトシ君の発言にシノちゃんが胸の辺りを隠した。でもタカトシ君は何で怒られたのか分かって無いようで、しきりに首を傾げていた。

 

「シノちゃん、自虐は恥ずかしいだけだよ~?」

 

「萩村、津田とアリアが苛める!」

 

「何故私に同意を求める……」

 

 

 同じ持ってない者同士なんだろうけど、それを言えばスズちゃんに怒られちゃうからね。黙って見ていよう。

 

「アリア、その視線はやめろ」

 

「何だか無性に苛立ってきました」

 

「あら~? 私は何も言ってないし思ってないよ?」

 

「さっさと帰りましょうよ。何時までもグダグダしてると、また大降りになりますよ?」

 

「タカトシ君は小ぶりと大ぶり、どっちが好きなの?」

 

 

 ニュアンスが違う事に気付いたのか、タカトシ君はその質問には答えてくれなかった。ていうか、タカトシ君の視線が鋭いものに変わって来たような気もする……

 

「シノちゃん、下がぬかるんでるからお股弄ってもバレないよね?」

 

「何と!? 雨の日にそんな楽しみ方があったとは……」

 

「バレるよ……速攻でバレる」

 

 

 呆れた顔でツッコミを入れたスズちゃんに、タカトシ君が何かを耳打ちした。そして私たちを置いて先に帰ろうとしたのだった。

 

「まって! タカトシ君以外に透けブラを見せるつもりは……」

 

「私たちを置いて先に大人の階段を上がろうなどと……」

 

「馬鹿な事言ってないで帰りますよ。さっさと来てください」

 

 

 私たちのボケを途中で潰して、タカトシ君は私たちを傘に入れてくれると言ってくれた。でも、あのスペースだと一人が限界よね……早い者勝ちだと理解して、私とシノちゃんは猛ダッシュでタカトシ君の隣を目指すのだった。




どっちが勝ったかは、皆さんのお好きなように


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メイドの講習会

これが一位なのー!?


 行事もマンネリ化を起こし始めているので、何か良い案でも無いかと生徒会会議にかけたものの、やはりあまりいい案は浮かばないようだな……

 

「会長」

 

「なんだ、津田? 何か良い案でも浮かんだのか?」

 

 

 こういった時に津田はかなり頼りになる。私たちでは考えつかないような角度から切りこんできたりするから、津田の意見は無視する事は出来ないんだよな。

 

「全校生徒に関わる事ですし、学食の新メニュー同様に目安箱を活用してはどうでしょう?」

 

「そうだな! 我々だけで決めた行事が、本当に全校生徒が楽しめるかなんて分からないものな! さすがは津田だ」

 

「じゃあ早速準備しなきゃね~」

 

 

 そう言ってアリアが張り紙を作成し始める。一度勢いがつけばあっという間に物事を決める事が出来るのだ、我々は。

 

「関心のある職業を聞いて、その道の人に話を聞く事にしよう!」

 

「それでいいんですか?」

 

「将来の役に立つだろうし、あんまり学業と関係無かったら意味無いからな」

 

「学校行事を決めるのだから、形なりとも学業に絡め無きゃダメという事ね。それなら目安箱じゃ無くアンケートでも良いのではないでしょうか?」

 

「では、明日の朝までにアンケート用紙を作成し、各担任の先生に配ってもらおう」

 

 

 アンケート用紙は津田とアリアが即座に完成させ、萩村と私で在校生分をコピーし先生方に協力を仰いだ。そして集計結果は――

 

「メイドの出島です」

 

「これが一位なの……」

 

 

――家政婦・メイドが選ばれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全校生徒の意見を無視する訳にもいかず、七条家メイドの出島さんを招いての講習会が開かれる事になった。意外な事に掃除についての知識は豊富で、私でも知らない事がいくつかあった。だけど、参加兼監視のタカトシは、いずれも知っている様な風だった。

 

「あんた、何で参加してるのよ?」

 

「コトミ、畑さん、出島さんの監視」

 

「ご苦労様です……」

 

 

 精神的疲労が蓄積しているだろうタカトシを労い、出島さんの話に再び耳を傾ける。

 

「掃除の際の注意事項ですが、意外と腰を痛めやすいので注意です。特に重い物を運ぶ時。腕の力だけで持ち上げようとすると腰への負担が非常に大きいので、しっかりと踏ん張って持ちましょう」

 

 

 まぁ私は重たいものを持ち上げる場面なんて無いけどね……殆どタカトシが代わりに持ってくれるし、タカトシがいなくても誰かしらが持ってくれるだろうしね……

 

「ですから、この時の浣腸プレイは厳禁です。出ちゃうから!」

 

「……今の部分は聞かなかった事にしてください。そして貴女は何を言い出すんでしょうね?」

 

「はっ!? し、失礼いたしました、タカトシ様」

 

「………」

 

 

 タカトシに叱られそうになり、恍惚の笑みを浮かべた出島さんに、タカトシは侮蔑の眼差しを向けた。

 

「では、次は調理室で料理講座を開きます。参加はご自由に」

 

「お嬢様、不肖出島サヤカ、お嬢様以外で欲情してしまいました」

 

「相手はタカトシ君だし、仕方ないよ~」

 

「お嬢様~!」

 

 

 謎の主従を放置して、私たちは調理室を目指したのだけど、肝心の出島さんを置いておくわけにはいかないのでタカトシが無理矢理現実に復帰させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄に言われてメイドの心得や家事の作法などを習う為に参加したけど、私には難しいな……

 

「天草さん、味見をお願い出来ますでしょうか?」

 

「私ですか。では……」

 

 

 目の前で美味しそうな匂いをさせているものを会長が飲んでいる……羨ましいけど、ここで何か言えばタカ兄に怒られるだろうしな……

 

「どうですか?」

 

「うん……なんか欲情してきました」

 

「でしょー?」

 

「なんか入れましたね?」

 

 

 欲情しているシノ会長をスルーして、タカ兄は出島さんに滲みよった。あの目、結構本気で怒ってる時の目だな~

 

「で、では! 皆さんも調理を開始してください」

 

「……怪我には注意してくださいね」

 

 

 タカ兄の言葉に、参加している女子の殆どが腰をくねらせた。多分だけど、タカ兄に心配してもらって興奮したんだろうな~……私も興奮したし。

 

「やっぱりタカトシ君は手慣れてるね、コトミちゃん」

 

「自慢の兄ですからね~……って、うわぁ!?」

 

 

 アリア先輩とおしゃべりしていたら、私のフライパンが火を上げた。こんな事ばっかだから、タカ兄からキッチンに入るなとか言われるんだよね……

 

「落ち着いて。メイドを目指すのでしたら何事にも動じてはいけませんよ。平常心を保つ事が大切です」

 

「あっ、それ私得意です」

 

 

 あれ、この人確か……ロボ研の轟先輩だ……アリア先輩と同類で、タカ兄が頭を悩ませてる内の一人だっけ?

 

「実は私……三回絶頂をむかえてるんですが誰にもバレてません」

 

「素質ありますね~」

 

「……真面目にやれよな」

 

 

 既に料理を完成させたタカ兄が、出島さんと轟先輩にツッコミを入れる。てか、タカ兄の料理の周りに人が集まってるんだけど……

 

「コトミ、少しは落ち着いて作業しろよな。普段からやってる人なら良いが、慣れて無い人間が別の事をしながら火を扱うなんて危ないだろ」

 

「ゴメン、タカ兄……でもこの展開は、ドジっ子キャラを確立させるチャンス!」

 

「正解です!」

 

「不正解だよ!」

 

 

 出島さんとサムズアップしてたらタカ兄に怒られた。まぁ仕方ないよね……家事に関してタカ兄はこの場にいる誰よりも真摯に向き合ってるんだし。

 

「では、今日の講習はこれまでです。バイ」

 

 

 出島さんの講習が終わり、挨拶をして片手を上げる。

 

「バイ」

 

「バイ」

 

「バーイ」

 

「バイ?」

 

 

 一人意味が分からず言っているようだけども、このバイにはある意味が隠されているのを、私は確信している。タカ兄とスズ先輩、それとカエデ先輩は首を傾げているけど、さすがに会長とアリア先輩、畑先輩に轟先輩と歴戦の勇者たちは理解しているようだった。私もあの人たちみたくなりたいものだ……

 

「馬鹿な事考えてないで、後始末はちゃんとしておくんだぞ」

 

「はい……」

 

 

 現実逃避していたのがバレて、タカ兄に怒られてしまった……でも、あの優しい目は私を心配してる時の目だし、私にしか向けられない目なんだもんね。頑張らなきゃ!




メイドより立派なタカトシでした……


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恐怖症がもたらしたもの

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。


 新学期が始まって大分たち、風紀委員会でも男子が活動する場面が目立つようになってきた。それ自体はいい事なのだけども、一つだけ問題がある。それは、私が男子から報告書を受け取る事が出来ないのだ。

 

「委員長、これなんですが……」

 

「ヒッ!? あ……そ、そこに置いておいてください」

 

「分かりました」

 

 

 このように大袈裟に驚いてしまったり、時には逃げ出したりする所為で、風紀委員の仕事がスムーズに進まない事があるのだ。

 

「いい加減その体質、直した方がいいのでは?」

 

「……貴女、何処から現れたのよ」

 

「細かい事は気にしない。それより、このままじゃ風紀委員の仕事に支障が出るんじゃない?」

 

 

 そうなのだ。何時までも男子生徒を怖がったり避けたりしていたら、伝達などがスムーズに行われずに問題が発生するかもしれない。間に誰かを挿むにしても、直接伝える時よりもやはりロスが発生してしまうのだ。

 

「そこで、津田副会長に協力を仰ぎました」

 

「えっと、よろしくお願いします」

 

 

 丁度通りかかったタカトシ君にお願いしたらしく、タカトシ君は少し不思議そうな顔をしていたが、畑さんが事情を説明したら了承してくれた。

 

「まずはやはり、男子に慣れる事から始めましょうか」

 

「えっと……何をすればいいのでしょうか?」

 

「そうですね……まずは距離を置いて会話をしてみましょう。丁度あそこにクラスメイトがいますし、協力してもらいましょう」

 

 

 そう言ってタカトシ君は彼のクラスメイトに話をつけて、私の特訓に付き合ってもらえるようにしてくれました。

 

「えっと……五十嵐先輩、こんにちは」

 

「こ、こんにちは……」

 

 

 十分に距離は開いているのに、私は震えだしそうな身体に力を入れて何とか抑えている。その事が分かったのか、タカトシ君と畑さんが顔を見合わせている。

 

「どう思う?」

 

「ここまで重傷だとは思ってませんでした……」

 

 

 二人の会話を聞き、私は何とか頑張ろうと一歩踏み出しました。だけど、それだけで全身を抑えていた力以上に震えだしてしまい、そこから一歩も動く事が出来ず、更には話す事すら出来なくなってしまいました。

 

「あの、先輩? 大丈夫ですか」

 

「いやー! 来ないでー!」

 

「その反応は傷つくぜ……」

 

「悪いな、柳本。先輩、一旦落ち着きましょう」

 

 

 タカトシ君に引き上げられ、私は震えださない距離まで戻った。あれ? そう言えば今、タカトシ君に触られたし、真横に立たれたような……

 

「まずはこの距離から慣れましょう。これ以上離れると声が聞こえませんし、特訓になりませんからね」

 

 

 そう言ってタカトシ君は再び私から距離を取り、畑さんの隣へ移動した。でも、やっぱりさっきまでタカトシ君は私のすぐ隣にいたのよね……でも、何でタカトシ君だけ大丈夫なんだろう……キスしたからかな?

 

「それじゃあもう一回……五十嵐先輩、こんにちは」

 

「こんにちは。えっと……柳本君?」

 

「はい! 津田の一番の親友、柳本ケンジです!」

 

「いや、親友じゃないから……」

 

 

 横からタカトシ君のツッコミが入ったけど、柳本君には聞こえなかったようだ。それくらい距離があるのと、タカトシ君が小声だったのもあるんだろうな……

 

「えっと、勉強はどうですか? ついていけてますか?」

 

「いやー、最近は無理ですね。一年の頃は楽勝だったんですけども」

 

「ウソ吐け……補習になって人に泣きついてきただろ」

 

「ちょっ!? 本当の事を言うなよな!」

 

 

 今度は聞こえるようにツッコミを入れたので、タカトシ君の言葉に柳本君が反応した。それにしても、どうして嘘を吐いてまで見栄を張ろうとするのかしら……

 

「何やってるんだ?」

 

「あっ、会長。五十嵐さんの男性恐怖症をどうにかしようと畑さんが計画した事です」

 

「何時までも怖がってちゃ、風紀委員の後輩に失礼でしょ?」

 

「そうだな。では五十嵐、もう少し近づいて抱きついたりしたらどうだ?」

 

「だ、抱き!? ……ふみゅ~」

 

 

 天草さんの提案に、私は耐えきれず意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長の冗談にツッコミを入れようとしたら、横から空気が抜ける音が聞こえてきた。

 

「えっと……五十嵐さん?」

 

「気を失ってますね……そこの男子、風紀委員長に欲望をぶつけるなら今ですよ! ……あの、その拳はいったい?」

 

「殴られて黙るのと、今すぐ黙るの、どっちにします?」

 

 

 畑さんに見せつけるように拳を作り大人しくさせ、柳本には一旦退場願った。さすがに気絶した五十嵐さんの介抱を頼むわけにはいかない。

 

「とりあえず会長、保健室に運んだ方がよさそうですね」

 

「だな……じゃあ津田、任せた」

 

「はい? 気絶させたのは会長の一言ですよ。会長が連れていくのが……」

 

「私では五十嵐を持ち上げられんからな。こういうのは男の役目だろ?」

 

 

 こんな時だけそんな事言って……まぁ、確かに五十嵐先輩を持ち上げるのは会長には難しいだろうし、男がいるんだからそっちが運ぶのが筋だとは俺も思う。だが、気絶させたのは会長の不用意な発言なんだけどな……

 

「途中で意識を取り戻したりしないだろうな……」

 

 

 そうなると色々と面倒な事になりかねないし……

 

「大丈夫だろ。完全に気を失っているからな」

 

「威張って言うな! 少しは反省しろ!」

 

 

 まったく悪びれない会長を怒鳴りつけ、五十嵐さんのスカートの中を撮ろうとした畑さんを殴りつけ、俺は五十嵐さんをおんぶして保健室に向かった。途中で誰にも遭遇しなかったのは、日ごろから苦労している俺を神様が労ってくれたのだろう。これ以上面倒事は御免だからな……

 

「ん……」

 

 

 保健室に到着して、五十嵐さんをベッドに横に寝かせたところで、何かを言いたそうに口を動かしている。

 

「なんです?」

 

「タカトシ君……好きです……」

 

「………」

 

 

 これは、聞かなかった事にするのが良いだろう。本人だってこんな風に伝えたくないだろうし、俺もどう反応すれば分からないからな……

 

「とりあえず、女子を呼ぼう」

 

 

 目を覚ました時、男子よりも女子がいた方が安心するだろうと思い、俺は会長に連絡を入れた。五十嵐さんの告白の所為で、若干携帯を操作する指が震えていたのは会長には秘密だ。




もたらしたもの、それは津田が好きだという気持ち……


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クラス平均トップを目指し

普通にしてればトップでしょうがね……


 来週からの試験、どうやらクラス平均を発表するようになったらしい。

 

「と、言うわけで我々2―Bはクラス平均トップを目指すわよ!」

 

「でもさースズちゃん。スズちゃんにタカトシ君にネネがいるんだから、間違いなくトップだと思うよ?」

 

「ムツミにチリ、それに柳本と不安材料が多すぎるのよ」

 

「いやー、面目ない」

 

 

 スズがやけに張り切ってるのが気になるが、どうせ目指すならクラストップの方が良いだろう。

 

「それにしても、良く会長たちが生徒会室を貸してくれたね」

 

「うん……」

 

 

 何かを思い出しているのか、スズの表情が微妙な感じになる。

 

「どうしたの?」

 

「いや、何でも無いわ……」

 

 

 確実に余計な事を言われたのだろう。スズはその記憶を無かった事にするらしい。

 

「それじゃあまずは、一時間ね。分からない所は飛ばして出来るところから埋める事! 特にムツミと柳本」

 

「はーい! 頑張ってみまーす」

 

「補習じゃなければいいよ、俺は……」

 

 

 やる前から撃沈している柳本に、スズの蹴りが入った。それでやる気が出たのか、柳本は答案に向かって真剣な眼差しを向けた。でも、何で蹴られてやる気が出るんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段から勉強してない私は、答案に向かってすぐ眠気に襲われた。

 

「こらぁ! 寝るんじゃない!」

 

「ふぁ!? ……部活したい」

 

「テストが終われば出来るでしょ! それに、勉強しなかったら補習になって部活出来ないかもしれないのよ?」

 

「よし、チリ! 頑張って補習を回避するわよ」

 

「相変わらずの部活バカ……」

 

 

 気合いを入れたものの、どうしても眠気が襲ってきてしまう。何か対策は無いのかな……

 

「スズちゃん、眠くならない方法って無いかな?」

 

「じゃあ空気椅子でもしてれば」

 

 

 そうか! 空気椅子なら寝る事が出来ないし、身体を鍛えられて一石二鳥だね!

 

「じゃあチリも一緒に!」

 

「えっ!?」

 

 

 私と同じように部活が出来なくて体力が余ってるに違いないチリと一緒に、私は空気椅子を始める。これは確かに眠くならないね。

 

「……でも、問題も解けないよ」

 

「……まさか本当にやるとは思って無かったわ」

 

 

 向かい側の席では、柳本君が必死に問題を解こうとしているけど、どうも進みは遅いらしい。その隣ではタカトシ君がスラスラと問題を解いているのに……

 

「もしかして、タカトシ君の問題だけ簡単なのかな?」

 

「全部同じに決まってるでしょ。てか、タカトシの問題だけ若干難易度を上げてるわよ」

 

「そうなんだー……って、タカトシ君だけ難しいの!?」

 

 

 それでも私たちより早く解いているタカトシ君は、やっぱり頭が良いんだろうな……羨ましいなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で勉強会を開いているのは聞いているが、どうしても生徒会室に行かなければいけない用事が出来たので、私とアリアは後輩たちが勉強会を開いている生徒会室を訪れた。

 

「会長、何かあったんですか?」

 

「ちょっとな」

 

「椅子をどうぞ」

 

 

 既に全問解き終わったのか、萩村とタカトシが私たちに椅子を勧めてきた。

 

「大丈夫だよ~、私が椅子になるから」

 

「斬新な解決法ですねー……」

 

「スズ、ツッコミ諦めないで……」

 

 

 桜才きってのツッコミコンビの片割れである萩村がツッコミを放置する。それに反応したタカトシが萩村にツッコミを入れた。

 

「私には対処しきれないわよ……」

 

「それでも、放置だけはしないであげなよ……」

 

「別にタカトシ君が私に座っても良いんだよー?」

 

「全力で遠慮させていただきます」

 

 

 普通の男子ならアリアの提案に二つ返事で飛びつくのだろうが、相変わらずタカトシはアリアの魅力的な提案もきっちりと断る。さすが影でホモを疑われているだけの事はあるな……

 

「? なんだ、津田」

 

「その噂、誰が広めてるんですか?」

 

「噂……あぁ、私は畑から聞いた」

 

「なるほど……スズ、少し畑さんに用事が出来たから抜けるね」

 

「……頑張ってね」

 

 

 何かを感じ取った萩村は、タカトシを止める事無く見送った。あぁ、私はまた余計な事を言ってしまったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勉強会の成果があったのか、テスト終了後の三葉と柳本の表情は明るかった。

 

「出来たのか?」

 

「平均点は無理だけど、それに近い点数は取れたと思うよ」

 

「俺は補習にはならない程度に出来たと思うぞ」

 

「……もう少し上を目指そうぜ」

 

 

 普段赤点スレスレ、もしくは赤点の二人からすれば十分高い目標だったのだろうけども、それでもまだまだ低いと思う。

 

「タカトシ、ちょっと自己採点に付き合ってくれない」

 

「別にいいけど、珍しいね。何処か不安な箇所でもあるの?」

 

「英語でね。問題がおかしかった様な気がするのよ」

 

「あぁ、あそこね……職員室にいって横島先生に確認してこようか」

 

 

 俺も気になってた箇所が、スズも気になっているらしい。という事は、問題に不備があった可能性が高いのだ。俺とスズは試験終了直後なのにだらけている横島先生に、あの問題について聞く事にした。

 

「あそこはだいたい合ってればOKにするわ。良い問題が出来なくてな。いやー、面目ない」

 

「なら良いですけど……ちゃんと問題を作ってくださいよ」

 

 

 やる気が無かったわけではなさそうだが、横島先生は相変わらずいい加減だった。

 そして試験結果が発表される日――

 

「無事2―Bは学年トップね」

 

「トップ3が在籍してるんだし、順当と言えば順当かもしれないけどね」

 

 

 個人成績は、俺と萩村が全問正解で同率一位で、三位に轟さんが四十点差の結果だ。普通ならこれで平均ぶっちぎりのはずなのに、何故か平均では二位とさほど変わらないのだった……

 

「そう言えば、何でスズは気合いが入ってたの?」

 

「……平均身長下げてるから」

 

「あっ……」

 

 

 なんか聞いたらマズイ事だったようだ……俺はそっとスズから視線を逸らし、一年の結果に目をやった。

 

「八月一日さんが十五位か……ん?」

 

 

 その横に貼り出された紙に書かれている名前に、俺は膝から崩れ落ちたくなった。そこには――

 

『赤点補習  津田コトミ、時』

 

 

――と書かれているではないか。あいつ、また遊んでたな……




プラス要素とマイナス要素が相殺してしまう……


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アリアのお見合い

お嬢様だしそういう話が多いんだろうな……


 アリアが相談があるという事で、我々生徒会役員は七条邸を訪れた。何回見ても広い屋敷だな。

 

「それでアリア、相談というのは?」

 

「うん……実はお見合いの話が来てて」

 

「お見合いですか……そう聞くとお嬢様なんだなって思いますね」

 

「普段の言動から忘れがちだけど、アリア先輩は立派なお嬢様だよ」

 

 

 萩村の感想に、タカトシがツッコミを入れた。確かに忘れがちだが、アリアは七条グループの跡取りとされる立派なお嬢様だ。お見合いという事はいよいよ婿取りでも始めるのだろうか。

 

「まだ学生だし早いと思うんだけど、その相手が取引先のお得意様の息子さんらしくて」

 

「まったくですよ。お見合いなんてブッ潰してやりたいです!」

 

「その拳はなんですか?」

 

 

 出島さんが見せた握り拳に、タカトシが首を傾げる。だが私とアリア、そして何と萩村までその意味を理解していた。

 

「さすがにそれはマズイのでは?」

 

「なんだ萩村、お前もあの拳の意味を理解してるのか?」

 

「スズちゃんはムッツリロリなんだね!」

 

「誰がロリだ! 後ムッツリって言うな!」

 

「とりあえず、アリア先輩はまだ結婚するつもりが無いんですよね」

 

 

 脱線しかけた流れを、タカトシが華麗に元に戻す。さすが桜才きってのストッパーだな。

 

「もちろんだよ~。それに、お見合い結婚じゃ無くて恋愛結婚が良いし」

 

「断りたいけど、お得意様だからなるべく穏便に事を済ませたいという事ですか……萩村、何か案無い?」

 

「そうねぇ……ベタだけど彼氏がいるから、とか?」

 

「彼氏かぁ……」

 

 

 確かにベタだが、一番角が立たない断り方だろう。だが、残念な事にアリアには彼氏がいない。その気になればいくらでも作れるだろうけど、桜才学園は校内恋愛禁止なので、私たちは誰も付き合っている相手がいないのだ。

 

「最悪フリでも良いんでしょうけど、誰か適任者がいますかね……」

 

 

 思案し始めたタカトシに、アリアが視線を向けている。その視線に気づいたのか、タカトシが首を傾げてアリアに問いかける。

 

「何か?」

 

「タカトシ君が相手じゃダメ?」

 

「俺ですか? 別に構いませんが」

 

 

 こうして、アリアとタカトシが恋人のフリをする事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくらお見合いを断る為とはいえ、まさか七条先輩とタカトシが恋人になるとは……フリとはいえ羨ましいわね……

 

「でも、いくらフリとはいえそう簡単に恋人なんて演じられるんですか?」

 

「じゃあ詳しい事を知ろう! タカトシ君、ズボン脱いで!」

 

「何でそうなるんだよ!」

 

「だって、お互いの形状を知らないと……」

 

「きっかけとかそっちを考えろ! 具体的すぎるだろ!」

 

 

 タカトシのツッコミがさく裂し、とりあえず七条先輩の暴走は治まった。それにしても、ぶっ飛び過ぎよね、七条先輩は……

 

「きっかけかぁ……落し物から始まる恋愛は?」

 

「ベタだがそれが良いな! じゃあ実際にやってみよう!」

 

「やるんですか?」

 

 

 少し不満げなタカトシだったが、会長と七条先輩のやる気に押され実行する事に。

 

「それじゃあ、すれ違いざまにアリアが落し物をするから、タカトシはそれを拾ってアリアに手渡せ」

 

「分かりました」

 

 

 やらせ感満載だが、これも七条先輩の為だ。何処となくやる気の無さそうなタカトシだけど、ちゃんと付き合うのよね。

 

「何か落としました……? なんだコレ?」

 

「あ、アリア! それは落としちゃダメだろ!」

 

「タカトシ! 今すぐ手を離せ!」

 

「えっ? あ、あぁ……」

 

 

 七条先輩が落としたのはタン○ンだった。見た事が無いタカトシは首を傾げ、私の勢いに押され気味だったが素直に手を離した。

 

「大丈夫だよ~。さすがに使用前だし」

 

「そういう問題じゃないだろ! 生理用品から始まる恋なんて聞いた事無いぞ!」

 

「斬新で良くない?」

 

「良くないです!」

 

 

 とりあえずきっかけ作りは中止にして、恋人らしい行動を取ってもらう事にした。七条先輩とタカトシが腕を組んで歩く練習を眺めていたら、会長が何となく面白くなさそうな顔をしていた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや……あの二人を見ていると胸の辺りがムカムカと」

 

 

 あーなるほど……七条先輩に嫉妬してるのか。私も何となく羨ましいと思いますけどね。

 

「まさか! 私、アリアの事が――」

 

「いやいやいやイヤ~ン」

 

 

 何で七条先輩が好きで、タカトシに嫉妬してるって考えに至ったのか、レポート用紙三枚くらいに纏めてもらいたいくらいの勘違いね……

 

「何となくぎこちないですが、恋人同士に見えましたよ。つきましてはタカトシ様、私の調教を……」

 

「じゃあこれで当日何とかなりそうですね」

 

「スルー!? さすがタカトシ様、放置プレイですか……」

 

「誰かこの人どうにかしてー」

 

 

 出島さんを見事にスルーして、私たちは七条家を後にした。これでお見合いも中止になるでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日私はお見合いが無くなった事を生徒会室で全員に伝えた。

 

「例のお見合い、無くなったんだ~」

 

「そうなのか? でもお得意様だったんだろ、良かったの?」

 

「うん、そのお得意様の息子さんが、出島さんのお得意様だったらしくて話をつけてくれたんだよ~」

 

「出島さんの? あの人、いったい何をしてるんですか?」

 

 

 そういった知識に疎いタカトシ君は、一人だけ首を傾げていたけれども、シノちゃんとスズちゃんは理解してくれたらしい。

 

「ねぇタカトシ君」

 

「何でしょうか?」

 

「もしまたお見合い話が来たら、付き合ってくれるかな?」

 

「練習しましたし、別に構いませんよ」

 

 

 タカトシ君はフリに付き合ってほしいと受け取ったらしいけど、本当は――本当に付き合ってくれたらいいなと思って言ったんだけどな……まぁ、まだ私の魅力がタカトシ君に届いてないからそう思われたんだろうな。シノちゃんやスズちゃんには悪いけど、私も本気でタカトシ君にアピールしなきゃいけないわね。

 

「二人とも、負けないからね」

 

「強敵は五十嵐と森、そしてウオミーだな」

 

「あの、私も?」

 

 

 自分の気持ちを隠せてると思ってるスズちゃんは、私たちの仲間に入れられる事に不服そうだったけど、瞳には負けん気が宿っている。やっぱり競争率高いな、タカトシ君は。でも、負ける気は無いわよ!




これ、お得意様がお得意様だったら面白かったのに……まぁあり得ないか


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スク水撮影

いかがわしいタイトルにも見える……


 新聞部の畑に呼ばれ、我々生徒会役員は空き教室にやって来ていた。

 

「今年から桜才スクール水着のデザインが新しくなったので、そのお披露目記事を作ります」

 

「だからって、何で我々が……」

 

「そりゃモデルは綺麗な人の方が良いに決まってます」

 

 

 綺麗と言われて機嫌が悪くなる女子はいないだろう。私もアリアも萩村も、やる気になってしまった。

 

「別に俺じゃ無くてもいいんじゃないですか?」

 

「だって、貴方以外売れそうな男子――じゃ無かった。有名な男子はいないもの」

 

「アンタまた商売するつもりか!」

 

 

 つい本音が漏れた畑に、タカトシが説教を始めようとした。

 

「まぁまぁ津田、落ち着け」

 

「そうだよ~。それだ畑さん、今回はお幾らで売るつもりなの?」

 

「そうですね……皆さんには報酬を差し引いてこのお値段で……」

 

「定価はいくらだ?」

 

「……買うつもりかよ」

 

 

 私とアリアが畑との交渉を始めたのを見て、タカトシは盛大にため息を吐いた。それにしても畑は商売上手だな。

 

「着替えの為に必要な物は用意してありますので」

 

 

 交渉が終わり、畑は着替えの準備を始めさせようと段ボールから色々と取り出した。

 

「てるてるタオル、剃刀、パッド」

 

「こら畑! これは私には大きすぎる! パッドは偽だとバレたらダメなんだ!」

 

「会長が熱いわね……」

 

「拘りがあるんじゃね?」

 

 

 私が熱弁をふるってる背後で、タカトシと萩村が呆れた声でそんな事を言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個人撮影が終わり、次は男女揃った写真を撮りたいと言われたので、私たちはじゃんけんで誰がタカトシ君とツーショットを撮ってもらうかを決める事にした。

 

「俺は決定なんですか?」

 

「男子は貴方しかいませんから」

 

「テキトーに男子を呼んでくればいいじゃないですか」

 

「この状況で勃たない男子は貴方くらいよ。七条さんの水着姿、無料で見れるなんて役得でしょ」

 

 

 そんな会話が聞こえてきて、私のお股は少し濡れてきてしまった。タカトシ君に見られてたなんて……視○されてたなんて……

 

「アリア、腿の辺りに水が垂れてるぞ?」

 

「ちょっと興奮してきて……」

 

「さっさと決めましょうよ……」

 

 

 スズちゃんが呆れながらじゃんけんを促してきたので、私とシノちゃんも臨戦態勢に入った。

 

「では行くぞ! じゃんけん――」

 

「「「ぽん!」」」

 

 

 じゃんけんの結果、シノちゃんがタカトシ君とチューショットを撮る事になった。

 

「……あの、ツーショットですよ」

 

「さすがタカトシ君。私の事何でもお見通しなのね」

 

 

 心の中で噛んだのに、タカトシ君にはお見通しだった。それにしても、何時かは撮りたいな、チューショット。

 

「だからツーショットですよ?」

 

「ううん、今のはチューっであってるの」

 

 

 ろくでも無い事だと判断したのか、タカトシ君は興味を私からシノちゃんへと移した。それにしても、シノちゃんとタカトシ君が横並びになっても、カップルに見えないのは何でなんだろう……スズちゃんだと兄妹に見えるし、やっぱり私かカナちゃん、サクラちゃんが隣に立った方が……

 

「あっ、カエデちゃんでも良いのか」

 

「何がですか?」

 

「ううん、こっちの話。スズちゃんは気にしないでね」

 

「はぁ……」

 

 

 さすがにスズちゃんは私の心の裡までは読めないみたいね。てか、タカトシ君が異常であってスズちゃんは普通なんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影が終わり、俺はぐったりとその場に座り込んだ。

 

「お疲れ」

 

「何で俺だけあんなに撮るんだ?」

 

「アンタは注目されてるからね」

 

「それとこれと、関係あるの?」

 

 

 何処かつまらなそうなスズに質問したが、答えは返って来なかった。

 

「お疲れ様でした。撮った写真見る?」

 

「一応確認させてもらいます」

 

 

 この人の事だから余計な事をしでかしそうな感じがするので、俺たちは撮った写真をその場で確認する事にした。

 

「畑、モッコリが足りないと思わないか?」

 

「ですが会長、あまりモッコリし過ぎると、今度は狙い過ぎな感じがしますので、この程度のモッコリが丁度いいと思います」

 

「……モッコリ?」

 

 

 何を指して言ってるのか分からない俺は、ついついスズに視線を向けてしまった。スズなら分かってそうだからという理由だったのだが、スズは俺が視線を向けると明後日の方向を見て俺の方を見てくれなかった。

 

「あれ?」

 

「どうしたの、タカトシ君」

 

「いえ、スズにちょっと聞きたい事があって視線を向けたんですけど、逸らされてしまいまして……」

 

「聞きたい事? 私で分かるなら教えるよ~?」

 

「わー! タカトシは知らなくて良い事なの! アンタだけは純粋でいなさい!」

 

「お、おぅ……」

 

 

 アリア先輩が教えてくれると言うと、スズが物凄い勢いでアリア先輩の口を塞ごうとして飛び掛かった。そして良く分からない事を言われた俺は、とりあえず頷いておく事にした。

 

「最後に全員で一枚撮りましょうか? ハーレム野郎、ここに誕生! とか見出しつけて」

 

「新聞部の活動予算は半分で良いみたいですね」

 

「い、嫌ですね~。冗談ですよ、冗談」

 

「笑えない冗談ですね。ちなみにこっちは本気でしたけどね」

 

 

 引きつった笑みを浮かべながら、畑さんはシャッターを切る。まさにそのタイミングで、会長、アリア先輩、スズが俺に密着してきた。

 

「な、なんですいったい?」

 

「記念撮影だからな!」

 

「これくらい普通だよ~」

 

「アンタは気にしなくて良いの」

 

「いや、記念撮影だろうとこれが普通だとは思えないんですけど……後、普通に気になるんだが」

 

「やっぱりハーレム野郎でしたね」

 

 

 畑さんの言葉に反論しようとしたけれども、写真だけ見れば確かにハーレムっぽい感じはしている。とりあえずこのデータは削除しておかなければ……

 

「待て! 我々の分をコピーしてからにしろ!」

 

「折角の記念なんだから」

 

「いや、だから記念の意味が……」

 

「私も欲しいかな」

 

「スズまで……」

 

 

 この場に味方がいないと分かり、俺はとりあえずデータを会長に渡してカメラは畑さんに返した。余計なものを撮ってた場合、これで処分出来るし問題は無い……はずだよな? この言いようの無い不安は何なんだろう……




スズまで毒されてるよ……大丈夫か、この生徒会……?


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暑い日には…

原作五巻目に突入しました。


 生徒会室で作業していたら、首筋に冷たい物を当てられた。

 

「うひゃ!?」

 

「差し入れだ」

 

「驚かさないでくださいよ」

 

 

 首筋に感じたものは、会長が差し入れでもって来てくれた缶ジュースだった。

 

「普通に渡してくださいよ」

 

「普通じゃつまらないだろ?」

 

 

 そう言って会長はもう一つの缶ジュースを七条先輩に手渡――

 

「ひゃぁ!」

 

「差し入れだ」

 

 

――さなかった。

 七条先輩の胸の辺りに缶ジュースを当て、そして満足そうに手渡した。

 

「あの、透けてるんですけど……」

 

 

 今この部屋にタカトシがいなくて良かったと思った。だってもし七条先輩のポッチを見たら、さすがのタカトシでも何かしらの反応を示すだろうから。

 

「アリア、今日もブラしてないのか」

 

「近頃暑いからね~」

 

「だが、こうも透けてしまうと男子生徒たちの目の毒だぞ! ただでさえ大きいんだから」

 

 

 そもそも会長が缶ジュースを当てなければ透ける事も無かったのではないか、というツッコミは私の心の中だけで済ませた。

 

「暑い日は水分補給をしっかりしなきゃね~」

 

「熱中症対策としては、塩分補給もしなければいけません」

 

 

 水分だけではダメなのだ。だからと言って過剰に塩分摂取をしても身体に悪い。しっかりと注意しなければこの時期は体調を崩しやすいのだ。

 

「でも、夏場はおしっこ出にくいよ?」

 

「老廃物飲むな」

 

「汗を舐めれば良いんじゃないか?」

 

「老廃物舐めるな」

 

 

 どうしてこういった考えしか出て来ないのだろうか、この生徒会は……

 

「よーす、生徒会役員共」

 

「遅れました」

 

 

 横島先生の手伝いで遅れていたタカトシが合流して、これで漸く私の心休まる時間が始まる。だってツッコミに頭を悩ませなくて良いのだから……

 

「しっかし暑いわね~。こんな日は全裸で過ごしたいわ」

 

 

 生徒会室に来るなりこの発言……本当に教師なのだろうか、この人は……

 

「横島先生って、黙ってれば美人なのにね」

 

「まぁ本性を知ってるから何とも言えないけど、知らない人が見ればそうなのかもね」

 

 

 タカトシに小声で話しかけると、タカトシはそれに合わせるようにしゃがんで小声で返してくれた。

 

「聞こえてるぞ」

 

「はぁ……」

 

 

 別に悪い事を話していたわけでは無いので、タカトシは特にリアクションを取らなかった。

 

「確かに、咥えてる時は良い表情してると自負しているのだが」

 

「黙っててもダメな人だな、この人は……」

 

 

 タカトシがそう纏めてくれたおかげで、私は横島先生にツッコミを入れる事無くスルーする事が出来た。本当にタカトシのお陰で私の安寧は保たれているのね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイト終わりにカナさんとサクラさんと一緒に近くのカフェに寄る事になった。最近はお決まりとなって来たこの集まりだが、別に毎回約束を取り付けているわけではないのだ。

 

「タカ君も最近忙しそうだね」

 

「えぇまぁ……妹が補習になったりしてましたから」

 

「コトミさんがですか? タカトシさんが勉強を教えてあげてたのでは?」

 

「クラスメイトで手いっぱいでした。それでも赤点にならないように問題集を作っておいたのですが……」

 

「コトミちゃんの事です。他の事に感けてやらなかったのではないですか?」

 

 

 コトミ、カナさんにもバレてるぞ……

 

「それで、コトミちゃんは無事に合格出来たのですか?」

 

「期末テストで平均以上取れなければ夏休みの半分は補習だそうです」

 

「そうですか。コトミちゃんは将来有望なので、夏休みは私やシノッチで鍛えるつもりだったのですが」

 

「一応聞きますが、何が有望なんです?」

 

「もちろん、私たちの跡を継ぐ貴重な下ネタキャラとして……」

 

 

 やっぱりか……だがコトミとカナさんたちとの決定的な違いは、勉強が出来ない事だな……

 

「ところで、桜才学園では何か企画は無いんですか?」

 

「企画ですか? そうですね……そろそろ修学旅行がありますね」

 

「それは英稜も同じです。何処に行くんですか?」

 

「沖縄です。去年までは京都奈良だったはずなんですけどね」

 

 

 何やらとある生徒が色々とやらかした所為で沖縄に行き先が変わったとか言う噂も流れているが、おそらく畑さんだろうな。

 

「英稜も沖縄です。ちなみに時期は」

 

「えっと……この日から三日ですね」

 

「同じです! もしかしたら沖縄で会えるかもしれませんね」

 

 

 サクラさんは同学年だし、確かに会えるかもしれない。サクラさんなら会っても疲労感は覚えないし、それに……

 

「タカ君? どうかしましたか?」

 

「いえ、何でも無いです。あっ、サクラさんってもう泳げるんでしたっけ?」

 

「………」

 

「察しました」

 

 

 黙りこくったサクラさんの反応で、俺は答えを得た。

 

「タカ君、サクラっちの水着姿を男共に見せたら、その日のおかず間違い無しだよ」

 

「何を言い出すんですか!」

 

「カナさん、一応公共の場ですので、そういった発言は控えた方が良いですよ」

 

 

 一応周りに人がいない事を確認して言ってるのだろうが、一応カナさんも女子高生だし、あんまりそういった発言は聞かれたくないだろうしな。

 

「別に私は構いませんよ。シノッチと違って純情少女ではありませんので」

 

「……会長も純情では無いと思いますがね」

 

 

 桜才で純情と言えば誰だろう……三葉辺りかな? 五十嵐先輩は純情とはちょっと違う感じがするし……

 

「修学旅行の後には期末試験がありますし、完全に旅行気分ではいられないでしょうけどね」

 

「一応学校行事ですからね」

 

 

 その後は取りとめの無い雑談をし、この日は解散となった。カナさんとサクラさんを駅まで送り、俺は家で待つ問題児の相手をしなければならないという思いからため息を吐いたのだった。アイツ、ちゃんと勉強してるんだろうな……




変な考えばっかだな……


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シノ、スカウトされる

実にタイトル通りの内容だ……


 生徒会室にやって来たシノちゃんを見て、タカトシ君とスズちゃんが驚いた表情をした。

 

「どうしたの……あっ、シノちゃん、何か隠し事があるんでしょ」

 

「な、何故分かった!?」

 

「だってシノちゃん顔に出やすいから、サングラスとマスクで隠してるんでしょ?」

 

「そう言う事だったんですか……新手のボケかと思いましたよ」

 

 

 私の説明で納得がいったのか、タカトシ君がホッと一息ついて書類整理に意識を戻した。

 

「それで、何を隠してるの?」

 

「それはだな……」

 

「ちょっと待ってください」

 

「どうした、津田?」

 

 

 シノちゃんが発表するタイミングでタカトシ君が立ち上がり、そして間髪をいれずに生徒会室の扉を開いた。

 

「あら~?」

 

「……盗み聞きとは感心しないぞ、畑」

 

「いや~生徒が興味のある事を記事にするのが私の使命ですから。それで、何を隠してるのか教えてください。このままでは天草会長が変質者の気分を体験してるとしか記事に出来ません」

 

「そんな事実は無いし、そんな記事握りつぶしてやる」

 

 

 シノちゃんが軽く睨む事で畑さんは一応納得して今までのメモを捨てた。

 

「では、いったい何を隠してるのか教えてください。記事にするかは聞いてから決めますので」

 

「あぁ……実は昨日、グラビアアイドルに興味は無いかと言われてな」

 

「それってスカウトじゃないですか」

 

 

 スズちゃんが驚いた声を上げたけど、シノちゃんをスカウトするって事は、その事務所は貧乳専門なのかしら?

 

「私は学生だし、そっちの気は無いと断ったんだが……」

 

「何で無理矢理間違った解釈をしようとするんですか!」

 

 

 スズちゃんがツッコミを頑張っている事に違和感を覚えた私は、ふとタカトシ君に視線を向けた。すると――

 

「タカトシ君は興味ないの?」

 

「会長の人生ですし、会長が決めるべきかと。周りがとやかく言う事でもありませんし」

 

 

――そう言って再び書類に集中してしまった。

 

「でもこの事務所、トリプルブッキングが所属してる事務所ですよね。結構大手ですよ」

 

「そうなのか。だがやはり、私は生徒会長だからな! 頻繁に休む事になったら大変だから」

 

「さすがに新人からそんなに忙しいなんてあり得ませんよ。最初の頃は営業が主だと思いますよ」

 

「枕営業?」

 

「上手い事言ったつもりか?」

 

 

 私のボケにスズちゃんがツッコミを入れる。これで終わればスズちゃんも楽だったんだろうけど、私のボケに続いてシノちゃんもボケた。

 

「踊るのはステージの上では無く腰の上という事か!?」

 

「上手い事言ったな……」

 

「とにかく、この事は他言無用で頼む」

 

 

 シノちゃんが頭を下げたのを見て、私とスズちゃんは頷いてその要求に応える事にした。

 

「ぬるりぬるぬるり」

 

「会長、ここに口を滑らす気満々の人が」

 

「ちょっと話しあおうか」

 

 

 口の周りにローションを塗っていた畑さんの首根っこを掴んだタカトシ君が、そのままシノちゃんの前まで畑さんを運んだ。見てないようでちゃんと見てるんだよね、タカトシ君って……

 

「あっ、この書類後は会長が目を通して認印を押せば終わりなんで。俺はこの後バイトですのでお先に失礼します」

 

「おう、ご苦労だったな」

 

 

 片手を上げてシノちゃんがタカトシ君に返事をした。それにしても、これだけの量をあっさり終わらせる事が出来るタカトシ君って、やっぱり凄いんだな~。

 

「七条グループにスカウト出来ないかな」

 

「なんです急に?」

 

「タカトシ君を七条グループの事務担当にすれば、仕事がスムーズに進むのかなーって」

 

「さすがにそれは今の事務担当の人が可哀想ですよ……」

 

 

 スズちゃんにツッコまれて、私はとりあえずタカトシ君をスカウトする事を断念した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局スカウトは断り、私は生徒会業務に専念する事にした。

 

「そうですか」

 

「会長が休みがちになったら私たちが大変でしたからね。ちょっともったいない気もしますが、私的には嬉しいです」

 

「シノちゃん、断った理由はそれだけ?」

 

 

 タカトシと萩村は突っ込んだ事を聞いてこなかったが、アリアはやはり気になるようだった。

 

「学業や生徒会業務もそうだが、やはりテレビ越しだと視線を感じられないからな!」

 

「分かるよ!」

 

「分かるな……」

 

 

 アリアとサムズアップをしていたら萩村にツッコまれた。そう言えば最近、タカトシのツッコミを聞いていないような気が……

 

「タカ兄ー! 今日トッキーとマキと遊びに行っても良い?」

 

「別に構わないが、それだけの為に生徒会室に来たのか?」

 

「あと、お小遣い前借出来ないかな? さすがにトッキーたちに奢ってもらうのは……」

 

「何処行くんだよ」

 

「カラオケ! その後ファミレスかな」

 

「はぁ……ほら、五千円もあれば足りるだろ」

 

「ありがとー! さすがタカ兄! 愛してるよ!!」

 

「はいはい……」

 

 

 私の事には既に興味が無いのか、タカトシはコトミと話していた。

 

「これ、ちゃんと返すからね」

 

「期待しないで待ってるよ」

 

 

 アルバイトをしてある程度余裕があるタカトシは、コトミに貸した五千円が返って来ない事を前提に考えているようだった。

 

「じゃあ、今日晩御飯いらないからね」

 

「あんまり無駄遣いし過ぎるなよ」

 

「分かってる! じゃあ会長、お邪魔しました」

 

 

 片手を上げ、敬礼の形を取ったコトミが生徒会室からいなくなると、一気に静かになった気がした。

 

「やれやれ……お騒がせしました」

 

「アンタ、結局はコトミに甘いのね」

 

「そうかな? 時さんや八月一日さんに迷惑掛けるわけにもいかないから」

 

「津田! 私にもお小遣いをくれ!!」

 

「意味が分かりませんよ……そもそも俺より稼いでるでしょ、横島先生は」

 

 

 いきなり現れて訳が分からない事を言いだした横島先生を軽くあしらって、タカトシは今日の書類に目を通し始めた。真面目なのはいいことだが、少しは私の事にも興味を持ってくれても良いんじゃないか……




学校にあの格好で来るのは逆におかしいと思うんだが……


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修学旅行 空港編

アニメ版も併せて作るので、ちょっと長いかも……


 本日より二年生は修学旅行で学校にはいない。生徒会メンバーの内、タカトシと萩村が二年生なので、その間の仕事は私とアリアの二人でこなさなければいけないのだ。

 

「ねぇねぇシノちゃん」

 

「何だ、アリア」

 

「タカトシ君が言ってた『置き土産』って何だと思う?」

 

 

 そうなのだ。昨日萩村がお土産を期待していてくださいと言った後タカトシが――

 

「置き土産にも期待しておいてください」

 

 

――と言ったのだ。

 そもそも置き土産とは何だ……旅行の前に土産があるとでも言うのだろうか……と、そんな事を考えていると、おもむろに生徒会室の扉が開かれコトミがやって来た。

 

「タカ兄の代理でやって来ました、津田コトミでーす」

 

「……戦力的にどうなんだろう」

 

 

 タカトシの代わりがコトミに務まるとは到底思えないが……主にツッコミ面で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沖縄に向かう為に空港にやって来た私たちは、搭乗までの時間をのんびりと過ごしていた。

 

「萩村は帰国子女だから、飛行機には乗り慣れてるんだろ?」

 

「そうね。最早飛行機に乗る事が生活の一部だったからね」

 

 

 あちこちと飛び回っていたので、飛行機なんて何回乗ったかなんて覚えてないくらいよ。

 

「飛ぶのには慣れたものよ」

 

「あっ、私も飛ぶのには慣れてるよ」

 

「轟さんも?」

 

 

 ネネが会話に加わってきて、私は何となく嫌な予感がしてタカトシの背後に隠れた。

 

「今日ももう、三回くらい飛んじゃってるかな」

 

「管制塔、着陸許可をお願いします」

 

 

 アドリブで凄いツッコミを思いつくわね……さすが桜才きってのツッコミマスターとの呼び声高いタカトシね。

 

「なあ津田」

 

「なんだ、柳本」

 

「あの制服って英稜だよな? あの子、凄い可愛いと思わないか?」

 

 

 男って何でそんな話をしたがるのかしら……でもまぁ、女子もカッコいい男子を見つけたら騒ぐんだし、仕方ないのかもしれないわね……現にタカトシを見た英稜女子が騒いでるもの……

 

「どの人だよ」

 

「ほら、あの髪を上で纏めてる巨乳の女子だよ」

 

「……サクラさん?」

 

「あっ、タカトシさん。おはようございます」

 

 

 タカトシの背後で騒いでいた男子は森さんに話しかけたタカトシに鋭い視線を向け、森さんの背後で騒いでいた女子たちはタカトシに話しかけた森さんに鋭い視線を向けた。

 

「英稜もこの時間だったんですね」

 

「目的地が同じで、近所の学校ですからね」

 

「お互いツッコミの機会が減ると良いですけどね……」

 

「英稜には会長以外重いボケをする人がいませんから」

 

「羨ましいです……」

 

 

 鋭い視線を向けていた男女だったが、二人の関係が同じ副会長でツッコミポジションだと分かるとホッと胸を撫で下ろしたようだ。

 

「(知らないって良いわね……この二人は二回もキスしてるんだから)」

 

 

 ショック療法と事故チューでだけど、タカトシと森さんは間違いなく二回キスしてるのだ。しかも私たちの前で……

 

「そろそろ時間ですので」

 

「そうですね。沖縄で会えると良いですね」

 

「さすがに沖縄と言っても広いですから、そうそう会えないとは思いますけどね」

 

 

 二人の会話が終わり、自然と離れていく。なんだろうこの感じ……あの二人が一緒にいるのも、こうして離れていくのも自然な気がしてきた……学校が違うし性別も違うからそんなに接点が無いはずなのに、あの二人は一緒にいるのも離れてるのも自然な感じがするのよね……

 

「スズ?」

 

「な、何でも無いわよ! ほら、搭乗ゲートに行くわよ!」

 

「そっち逆だよ?」

 

「………」

 

 

 動揺してるのを隠そうとして、結局はタカトシに心配されてしまった……これから数日の間は誰もライバルがいないと思ってたのに……

 

「スズちゃーん! 席隣だね、よろしく!」

 

「あっ、ムツミがいたのか」

 

「ん?」

 

 

 ピュア少女であるムツミは、自分がタカトシに恋してるという事すら自覚していない。だから私の中でもライバルの位置にいなかったけど、傍から見れば明らかにムツミはタカトシの事を意識しているのだ。

 私は失念していたライバルの存在を確認して、少しでも他の人より前に行こうと心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄の代わりに生徒会の業務を体験したけど、生徒会ってかなり忙しかったんだなって改めて思った。普段から遊んでるイメージしかなかったからそれ程忙しくないだろうと思っていたのに、これはタカ兄に報酬を要求しても怒られない気がしてきた。

 

「コトミ、この書類だが、誤字が十ヶ所以上あるぞ。ちゃんと勉強してるのか?」

 

「今の女子高生はだいたい携帯かパソコンで一発で変換しちゃうので、いざ書けと言われると出て来ないんですよねー」

 

「そうなのか? 私はそう言うのは苦手だから良く分からないが……アリアはどうだ?」

 

「そうだねー、ちょっとは分かるけど、普通にお勉強してれば何とかなると思うわよ」

 

「それはアリア先輩が優秀だからですよー」

 

 

 現にトッキーも漢字間違いが多くて補習になったくらいだ。でもトッキーだと普通に間違えたのかドジったのかが分からないから参考にならないかもしれないけどね。

 

「ところでシノ会長」

 

「なんだ?」

 

「あの水着でタカ兄に抱きついていた写真ですけど、あれでリードしたつもりですか?」

 

「あの写真、出回ってるのか!?」

 

「畑先輩に見せてもらいました。『貧乳会長が頑張った』というタイトルで」

 

 

 実際タカ兄は普通に怒ってたし、アリア先輩にも反応しなかったんだからシノ会長に反応するとは思えないしね。

 

「畑を探せ! 今から説教してやる!」

 

「畑さんなら今日はお休みだよ」

 

「……休み? 風邪でも引いたのか?」

 

「分からないけど、お休みだってさっき新聞部の子たちが話してたのを聞いたよ」

 

 

 畑先輩が休みなんて珍しいなー……スクープでも探してるのかな?




英稜も出すと、かなり難しくなりそうだ……


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修学旅行 首里城編

このセリフはやりたかった


 沖縄に到着して、空港で注意事項の説明がある。高校生にもなって騒がしいのはどうかと思うけど、普段と違う空気だから仕方ないのかもしれないな。

 

「えー、今から注意事項について、横島先生から説明をしてもらう」

 

「(あの先生で大丈夫なのかしら?)」

 

「(あれでも教師だし、大丈夫じゃない?)」

 

 

 小声で話しかけてきたスズに、小声で返事をする。心配なのは分かるけど、あれでも教師であり生徒会顧問、大丈夫だと思いたい。

 

「えー、旅行って事で羽目を外したがるのは仕方ないけど、これが学校行事である事を忘れないように。特に――地元の男子を引っかけて(自主規制)するなんてもってのほかです!」

 

「横島先生、良く言えました」

 

「みんな、横島先生を見習うように」

 

「「「はーい」」」

 

 

 泣き崩れた横島先生を完全にスルーして、俺たちは空港から移動する事にした。

 

「ねぇねぇタカトシ君、(自主規制)って何?」

 

「三葉は知らなくて良い事だ」

 

「そうね、ムツミは知らなくて良い事よ」

 

 

 俺も良くは分からなかったけど、あの人の事だからろくでも無い事である事は確かだろう。てか、ナンパしてる時点でろくな事では無い事が分かる。

 

「おーい津田、早くバスに乗ろうぜ!」

 

「スズちゃーん! こっちこっち!」

 

 

 はしゃいでる柳本と轟さんを見て、俺は何となく面倒事が起こりそうな気がしていたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄の代理で生徒会の仕事をしたけど、朝から大変だったんだなーって改めて思い知らされた。

 

「コトミ、アンタ今日は随分と眠そうだね。授業中に寝るなんて津田先輩に知られたら怒られるんじゃない?」

 

「そのタカ兄の所為で眠いんだよ……生徒会があんなに忙しいなんて思わなかったよ」

 

 

 普段から会長やアリア先輩が遊んでるのを見てると、生徒会って思ってるほど忙しくないんだと勘違いしていたのだ。でも実際は目が回る程忙しく、あの仕事をこなしてなお遊んでられる二人を尊敬するくらいだ。

 

「そっか……二年生は修学旅行だっけ。あっ、ところでコトミは家事とかどうするの? お母さんたちいるの?」

 

「奇跡的に帰って来てるから大丈夫だよ。タカ兄がいないって分かってて帰って来たっぽいけどね」

 

 

 私に家事をやらせたら、タカ兄が帰ってくる前にキッチンがダメになると分かってたからだろうな。お母さんが無理をして家に帰って来たのは……

 

「お前、そんなところでも兄貴に迷惑かけてるのかよ」

 

「トッキー、この間タカ兄に頭撫でられてから雰囲気変わった? 何だか前よりタカ兄の味方みたいだけど」

 

「お前と比べれば兄貴に味方したくなるだろ……実際兄貴のお陰で補習を逃れた事だってあるんだ」

 

「確かに津田先輩がいなかったら二人とも補習だらけだったかもね」

 

「今回はタカ兄に教わって無いから赤点だったけどねー」

 

 

 自力のあるマキはともかく、私とトッキーはタカ兄に見捨てられたら補習どころか留年もあり得るのだ。それくらい私とトッキーの成績は酷い物なのだ。

 

「とにかく、お前も少しは兄貴に迷惑掛けるの止めたらどうだ? この間だって小遣い前借したんだろ」

 

「だってトッキーとマキに奢ってもらってばっかじゃね」

 

 

 タカ兄に素直に話して借りたんだから、トッキーに色々と言われる事は無いんだけどなー。やっぱりタカ兄に撫でてもらってから、トッキーのキャラが変わったような気がするよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 首里城を訪れた私たちは、工事中の天守閣を見てしみじみと思った。

 

「ウチの学校ってこういったタイミングで訪れるのかしら」

 

「去年は本能寺が工事中だったんだっけ?」

 

「それでおいたした生徒がいたって聞いたけど」

 

 

 本能寺マニアの生徒が、工事現場に殴りこみをしたと桜才新聞で見た気がするけど、本当にそんな人がいるのかしら?

 

「そういえば、大門先生と道下先生が随分と仲が良いような気がしない?」

 

「別にいいんじゃない? 仲が悪いよりかは仲が良い方が見ている方も落ち着けるし」

 

「それもそうね」

 

 

 先生たちも良い大人なんだから、別に仲が悪くても私たちに覚られる事は無いでしょうけども、タカトシは普通の高校生より観察眼が優れているからね。タカトシから見ても仲が良いのなら、本当に仲が良いんでしょう。

 

「? なんか視線を感じるような……」

 

「英稜の人たちじゃない? さっきから津田君の事を視○してるし」

 

「表現はともかく、英稜の人とは違う視線を感じる……向こうか」

 

 

 タカトシが感じる視線が気になり、私はネネたちと別れタカトシと行動する事に。べ、別に視線が怖いとかじゃないからね!

 

「ウェルカムめんそーれ!」

 

「畑さん? 何故三年生の貴女が沖縄に?」

 

「……新聞部に、二年生がいないから」

 

「はぁ……それで、学校側には許可を取って――無いんですね」

 

 

 道下先生が声を掛けてきたタイミングで、畑さんはシーサーの背後に隠れた。つまりは無断で着いてきたという事だ。

 

「自腹切ってまで何の用です?」

 

「大門先生と道下先生の関係を調べるのと、貴方のスクープを狙って……」

 

「あっ、大門先生だ」

 

 

 タカトシの言葉に畑さんが反応して再びシーサーの背後に隠れた。だが大門先生は側にいない。つまりタカトシが嘘を吐いたのだ。

 

「さっさと帰ってください。生徒会役員として、サボりを見逃す事は出来ませんので」

 

「じゃあ、貴方たちが協力してくれる? あの二人の関係を明るみに……」

 

「大人なんですから、俺たちがとやかく言うべきではないですね。はい、帰ってください」

 

 

 畑さんの相手をさっさと切り上げて、タカトシは男子生徒たちの集団に合流した。残された私も、畑さんの側を離れネネたちと合流する事にしたのだった。




部活動の延長で沖縄まで来るとは……


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修学旅行 ホテル編

二人の不幸は続く……


 首里城からホテルに移動するバスの中で、私は質問責めに遭っていた。訊かれている事はもちろんタカトシさんの事と、私とタカトシさんの関係だ。

 

「サクラ、あの桜才の人と知り合いなんでしょ? どういう関係なの?」

 

「空港で納得したんじゃなかったの?」

 

「あの時は『ああ、ツッコミ仲間か』とは思ったけど、それだけじゃないでしょ? アンタあんまり男子と仲良くしないし」

 

 

 桜才の五十嵐風紀委員長程ではないが、私も男子生徒と親しくすることを苦手にしている。カナ会長に相談したら――

 

「サクラっちのその見た目でその巨乳ですから、男子生徒が欲情しない方がおかしいとは思います」

 

 

――と言われた。

 去年初めてタカトシさんと会った時は、まさかここまで親しくなるとは――事故とはいえキスしてしまうとは思っていなかった。

 

「それで、あの人とサクラの関係は? もしかして彼氏だったり?」

 

「違うよ。タカトシさんは同じ生徒会副会長で、同じバイト先で、同じツッコミポジションで……」

 

 

 最後の共通点は私もタカトシさんも甚だ不本意ではある。だけどツッコミを放置すると、ボケが暴走してしまうのだ。英稜はカナ会長一人ですが、桜才は天草会長や七条先輩、新聞部の畑先輩に生徒会顧問の横島先生。それ以外にもタカトシさんの妹のコトミちゃんや、七条家専属メイドの出島さんなど様々な人がタカトシさんの周りでボケ倒すのだ。

 

「成績は? あの人も学年上位なの?」

 

「確か学年トップタイって聞いてる。萩村さんと一緒に全問正解だって」

 

「全問正解!? そんな人間が存在するんだ……」

 

「運動神経は? あの見た目・成績優秀で運動神経抜群なんてあり得ないよね?」

 

「殆どの競技でプロを目指せるくらいには運動が得意だって、萩村さんから聞いたけど。実際に見た事あるのは走りと泳ぎ、後はスキーかな。確かに上手かったし速かった……」

 

 

 その時の光景を思い出し――正確には溺れかけて慌てていた時にキスされたり、スキーを教わっている時にした事故チューの事を思い出して――私は顔を赤らめてしまった。

 

「なになに、そんなに顔を赤くするくらいカッコ良かったの?」

 

「えっ? うん、そう! とにかく凄かったの」

 

「へー。サクラがそういうなら、本当に凄かったんだろうね」

 

「……タカトシさんって言った? もしかして桜才新聞でエッセイを担当している津田タカトシさん?」

 

「えっ? うんそうだけど……言ってなかった?」

 

「聞いてないよ! 嘘っ! 私ファンなのに……今度会えたら握手してもらわなきゃ!」

 

 

 別に芸能人じゃないんだけどな、タカトシさんは……終始その話しで盛り上がったので、バスで休む事が出来なかった。まぁホテルに着けばゆっくりできるだろうし、タカトシさんの事を聞かれる事も少なくなるだろうしね。まさか部屋に押し掛けてきてまで聞かれる事は……無いよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バスで散々サクラさんの事を聞かれ、ゆっくりする事が出来なかったので、俺はホテルに到着した瞬間にため息を吐いた。

 

「「ふぅ……ん?」」

 

 

 俺のすぐ隣で同じようにため息を吐いた人がいたので、俺はそちらに視線を向けた。同じようにこちらに視線を向けていた人――

 

「サクラさん!?」

 

「タカトシさん!? 何故ここに……」

 

 

――サクラさんとバッチリ視線が合ってしまった。

 

「あー、英稜もこのホテルなんですか?」

 

「ここまで来ると偶然じゃ無いんじゃないかと疑いたくなりますね……生徒会で交流がありますし」

 

 

 まさか二校纏めて泊まる代わりに代金が安くなるとかそんなところか? てか、そんな割引は存在するのだろうか……

 

「ところで、タカトシさんは何故そんなにお疲れなんですか?」

 

「バスでサクラさんについて教えろと迫られまして……殴って黙らせても良かったんですが、さすがに人数が多すぎまして……」

 

「あっ、タカトシさんもですか……実は私もバスでタカトシさんの事を聞かれてまして……」

 

 

 英稜のバスでも似たような事が行われていたようだった。てか、バスの中は大人しく過ごした方が安全だと思うんだけどな……

 

「関係を聞かれても答えようがないんですけどね……同じ副会長で同じバイト先、そして同じツッコミポジション……」

 

「最後の共通点は甚だ不本意ですけどね……」

 

「まったくです……」

 

 

 俺もサクラさんも、自分から望んでツッコミを担当しているわけではない。代わりがいるなら代わって欲しいくらいなのだ。

 

「おーいタカトシ君、そろそろ部屋に行かないと横島先生に怒られるよ?」

 

「サクラー、部屋行くわよー」

 

「じゃあ、また」

 

「ええ、タカトシさんもゆっくり休んでください」

 

 

 サクラさんとお互いを労ってから自校の部屋割が書かれている表を見に行く。

 

「六人部屋なのか」

 

「結構広そうだよな」

 

「津田とあの巨乳少女との関係、もっと詳しく教えてもらうからな!」

 

「だからバスで言っただろ。サクラさんとは特別な関係じゃないんだが……」

 

「でも、津田が女子の事を名前で呼ぶのって珍しいじゃん? 三葉とは中里とかは苗字で呼んでるし」

 

「最近はスズの事を名前で呼んでるんだが……」

 

 

 まぁそれも、サクラさんを名前呼びしてる事に対抗したアリア先輩に感化されての事だとは思うが……裏事情は知りようが無いだろうし、教える義理も無いしな。

 

「とにかく、俺の恋路を最前線で邪魔している津田には、説明する義務があると思うんだが」

 

「邪魔って……そもそもこの間はアリア先輩について聞いてきただろうが。その前はカエデさんだったか?」

 

「その二人まで名前呼び!? 何処まで攻略してるんだ、お前は!」

 

「攻略? なんの話をしてるんだ、お前らは……」

 

 

 何だか良く分からないが、どうやら部屋でもゆっくり出来ない事だけは分かった。サクラさんはこんな目には遭わないで欲しいな……




無自覚攻略中のタカトシ……


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修学旅行 萩村迷子編

もうかなりうろ覚え……


 国際通りを散策していると、何だか見覚えのある携帯を拾った。これは確か……桜才生徒会の萩村さんの携帯?

 

「サクラ、どうかしたの?」

 

「いや、知り合いの携帯を拾ったから、近くにいるのかなって思って……」

 

 

 辺りをきょろきょろと見回したが、萩村さんの姿は見つけられなかった。

 

「あっ、タカトシさんから着信だ……」

 

 

 一緒に行動していてはぐれたのだろうか? そんな事を思いながら私はその電話に出た。

 

『もしもしスズ? 今何処にいるんだ?』

 

「えっと……タカトシさん、私です。サクラです」

 

『サクラさん? 萩村の携帯を拾ったんですか?』

 

 

 すぐに状況を把握できるのはさすがだと思いますが、その勘の鋭さはちょっと怖いですよ……

 

「国際通りで拾いました。えっと……ムツミ通りって場所です」

 

『それなら近くですね。今からそっちに向かいますので、待っててもらえますか?』

 

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 

 友人たちに目線で確認すると、ニヤニヤしながらOKをくれた。別に皆が思ってるような間柄でも無いんだけどね……タカトシさんは競争率高いし……

 

『じゃあすぐにそっちに向かいますね。……ちょっと横島先生――』

 

 

 そこで電話が切れた。横島先生が何をしようとしたのかが気になったけど、どうせすぐにタカトシさんと合流するんだし聞けるかなと思い気にしない事にした。

 暫く待ってから、タカトシさんが走って現れたので手を振って合流する。

 

「すみません、ちょっと待たせましたよね?」

 

「いえ、横島先生が何かを仕出かしたんだろうって思ってましたし」

 

 

 実際そのようだったようで、タカトシさんは苦笑いを浮かべながら頷いた。

 

「もし見つけられなかったら男子生徒を襲うとか言い出したので、気絶させて大門先生に預けてきました」

 

「ご苦労様です。ところで、萩村さんは迷子なんですか?」

 

「みたいですね。ちょっと目を逸らしたらはぐれてまして……」

 

 

 何だか子供みたい、と思ったのは多分私だけでは無いはず。きっとタカトシさんも思ってるんだろうな。

 

「とりあえず、携帯が落ちていた場所に案内してください。そこからスズが行きそうな場所を探してみますので」

 

「手伝いますよ。私も心配ですし」

 

「じゃあ一緒に探しましょう。他の連中も探してますし、見つけ次第連絡してくれる手筈になってますので」

 

 

 そう言って私とタカトシさんはまず、萩村さんの携帯を拾った場所へと移動する。そこに到着してすぐ、タカトシさんは一件のお土産屋さんを見つめていた。

 

「どうかしました?」

 

「いえ、あのお土産屋さん……攻めてるなと思いまして……」

 

「お土産屋さん? ……あぁ、攻めてますね」

 

 

 そこにはちんこすうと書かれたポップが前面に押し出されている。誤字とかでは無く実際にそういうお土産があるようです。

 

「スズなら、誰かがあのポップに反応すると思うかもしれない。ちょっと覗いてみましょう」

 

「そうですね」

 

 

 タカトシさんと二人でお土産屋さんを覗くと、見覚えのある金髪ツインテールの少女を発見した。

 

「スズ、探したよ」

 

「ゴメン、携帯も落として連絡出来なかったのよ」

 

「あっ、携帯なら私が拾いましたよ」

 

 

 萩村さんに携帯を手渡して、私もタカトシさん同様安堵の息を吐いた。

 

「森さんにもご迷惑おかけしました」

 

「いえ、私は携帯を拾っただけですから」

 

 

 私はタカトシさんたちと別れ、友達と合流する為に自分の携帯を取りだした。もう少し一緒にいたかったけど、学校行事中ですからね……生徒会役員が率先してはぐれるのは良くないものですし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝から服装検査、書類整理、風紀向上会議と忙しい生徒会の仕事をこなして、私は今会長たちと一緒に帰路についている。

 

「普段からこんなに忙しいなんて、生徒会役員ってMじゃなきゃ出来ない仕事なんですね」

 

「いや、普段はこんなに忙しくないぞ」

 

「そうだね~」

 

 

 なんだって!? じゃあタカ兄に要求する報酬を上方修正しなければ……

 

「タカトシとスズが優秀だからな。一人頭の仕事量は多くてもすぐに片付くからな」

 

「そうだね~」

 

「……すみません、足を引っ張ってばっかりで……」

 

 

 忙しかった原因はどうやら私だったようだ。つまりは私が仕事が捌けないのが原因で忙しくなっているらしい……報酬の上方修正はしない方がよさそうだ。

 

「あの二人がいるおかげで仕事が捗るからな!」

 

「そうだね~。ボケ倒して脱線しないからね~」

 

「なるほど、ツッコミ不在だったから仕事が捗らなかったんですね!」

 

「「「………」」」

 

「誰かツッコまないと話が進まないぞ」

 

「でも、シノちゃんもコトミちゃんも私も、普段からツッコミ慣れてないから……お尻には突っ込んでるけど」

 

「お尻って気持ちいいんですか?」

 

「「「………」」」

 

 

 またしてもツッコミ不在の所為で話が脱線してしまった……やっぱりタカ兄とスズ先輩の存在は、生徒会にとって必須なんだな~。

 

「そういえばコトミ、今度の試験で平均点取らなかったら補習というのは本当か?」

 

「誰から聞いたんですか!?」

 

「風の噂でな。トッキーと一緒に補習になりそうなんだろ? 今から勉強見てやるぞ」

 

「そんな事言って、シノ会長の目的はタカ兄の部屋でトレジャーハンティングなんじゃないですかー?」

 

「そんな事無いぞ? まぁ、興味が無いと言えば嘘になるが、純粋にコトミの夏休みを心配してやってるんだ、私は」

 

「じゃあ私もコトミちゃんのお勉強を見てあげるよ~。シノちゃんだけじゃ脱線するだろうしね~」

 

 

 おそらくだけど、アリア先輩が来ても脱線すると思う……だけど私の反論は二人に届く事は無く、そのまま二人を引き連れたまま帰宅し、晩御飯までみっちり勉強する破目になってしまったのだった……

 ちなみに、先輩二人を家に連れてきても、お母さんもお父さんも驚く事は無かった。私が冗談で「タカ兄のセフレ」だと紹介しても、「はいはい」とあっさり流してしまうほどに……どれだけタカ兄の信頼が高く、私が低いのかが良く分かったやり取りだった……




さすがっす、萩村さんマジパネッす……


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修学旅行 浜辺編

あのコンビってこんな感じだったような……


 二年生だけ海に行ったりしているのがズルイ! ということで、私たちは今、学校で夏を満喫しているところ。

 

「ビニールプールだが、意外と気持ちが良いものだな」

 

「会長、いくら胸アピール出来ないからって、お尻で勝負する必要は無いんじゃないですか?」

 

「コトミもアリアも大っ嫌いだー!」

 

 

 シノちゃんが大声を上げた所為か、見回りのカエデちゃんが私たちの許にやってきた。

 

「何をしているんですか! 直ちに片付けてください!」

 

「カエデちゃんも一緒に水着になる? カエデちゃんなら、水着姿だけで何十人の男の子のおかずになれるよ?」

 

「お、おかっ!? きゅ~……」

 

「おかずって単語の意味は分かってるんですね、五十嵐先輩も。あっ、黒だ」

 

 

 気を失ったカエデちゃんのスカートをめくったコトミちゃんが、下着の色を報告してくれた。

 

「ほぅ、黒か……畑の情報通り淫乱な女だな」

 

「でも、カエデちゃんが白だったらつまらなくない?」

 

「……確かにつまらないな。よし! 五十嵐のパンツが黒だという事を全校生徒に教えてやるか!」

 

「会長! そんな事をすれば帰って来たタカ兄に殺されてしまいます! ここは、私たちの心の中に止めておくべきかと!」

 

「確かに……タカトシに殺されるのは遠慮したいものだ……調教ならされたいがな!」

 

「わかる~」

 

 

 ……ツッコミ不在の為、私たちのボケは永遠に続いてしまう事を忘れちゃってた。ツッコミが期待出来たカエデちゃんは、おかずにされる事を想像して気を失っちゃったし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシとサクラさんに見つけてもらって、私は何とか他の人たちと合流出来た。でも――

 

「やっぱり沖縄は凄いな!」

 

「ええ! まさかちんこすうを売ってくれるなんて!」

 

 

――合流したくなかったかも!

 横島先生とネネが私を迎えに来てくれて、さっそく食いついたのがあのポップだった。

 

「スズの読み通り、誰か食いついたじゃん」

 

「先にタカトシが見つけてくれたんだから、もう食いつかなくて良いわよ……」

 

 

 こんなやり取りの他にも――

 

「マンタ!」

 

「チン!」

 

「マンタマンタ!」

 

「チン、チン!」

 

 

――マンタチンという看板を見て興奮したり……

 

「透け透け!」

 

「透け透けです!」

 

「丸見え!」

 

「全部見えちゃう!」

 

 

――船の中心に特殊なガラスで作った空間を覗きこんで興奮したり……

 

「立ってる!」

 

「太くて立派なのが!」

 

「そそり立ってる!」

 

「ブットイくて大きいのが!」

 

 

――灯台を見て興奮したり……

 この人たちは地元の人たちに頭を下げるべきではないのだろうかと思うくらいのぶっ飛んだ発想だ……

 

「ツッコミなさいよ……」

 

「面倒だから嫌だ」

 

 

 ツッコミをタカトシに押し付けようとしても、さっきからこの調子なのだ。さすがのタカトシでもあの状況はツッコめないらしい……

 

「おーい、津田ー! そろそろダイビングの準備しないと置いて行かれるぞー!」

 

「だってさ。スズも潜るんだろ?」

 

「ええ、じゃあネネたちは放置しておきましょう」

 

 

 確かネネや横島先生も潜る予定だった気がするけど、この人たちは別に放置でも良いわよね……

 

「あのー、私のお願い忘れてないわよね?」

 

「うわぁ!? ……何だ、畑さんか」

 

「大門先生と道下先生の関係を明るみに出来ないと、私帰れないんです」

 

「なら、強制的に送り返しましょうか? 二人の前に突き出せば帰れますよ、きっと」

 

 

 横から怖い顔で割り込んできたタカトシに、畑さんは顔を強張らせた。

 

「それだけはご勘弁を! これ以上内申に響くのは……」

 

「分かってるなら大人しく帰ってください。無断欠席は勘弁してあげますので、さっさと帰れ」

 

 

 タカトシに怒られて、畑さんはトボトボと空港に向けて歩き出した……てか、良くここまで尾行出来たわよね……

 

「さて、ダイビングの準備か。まずは水着に着替えないとダメだな」

 

「そうね。じゃあ後で」

 

 

 更衣室の前で別れ、私は自分の荷物から水着を引っ張り出す。その横では、随分とスタイルのいい女性が困った声を上げている。

 

「どうしよう……泳げないのバレちゃう……」

 

「サクラさん?」

 

「えっ? あっ、スズさん……桜才もこの辺りなんですね」

 

「ここまで来ると、学校間で何か取り決めがありそうな感じですけどね」

 

 

 作為的な感じが見え隠れしている修学旅行だったが、ここまでくれば確定と言い切っても良い気がしてきた。

 

「それで、何を悩んでるんですか?」

 

「いや、泳げるようになったって言い張ったんですけど、まだ若干不安でして……」

 

「そう言えばサクラさんは泳げなかったんでしたね」

 

 

 夏にタカトシに泳ぎを教えてもらって、その時に溺れかけたサクラさんにタカトシが――

 

「あの? 何で私の口許をそんなに見てるんです?」

 

「えっ? あっ、何でも無いです……」

 

 

 ついついサクラさんの唇を凝視してしまった……あそこにはタカトシの唇が触れた――というか完全にくっついたのよね……

 

「とりあえず、外に出て考えましょう」

 

「そうですね……」

 

 

 悩んでいても仕方ないと思ったのか、サクラさんは随分とあっさり更衣室から外に出る事に賛同してくれた。そしてサクラさんが外にでると――

 

「た、堪らん!」

 

「あれで同い年……」

 

「我が人生に悔いなし」

 

 

――バカな男子たちが鼻血を噴いて気を失った。

 

「何やってる……あぁ、サクラさんとスズか」

 

「タカトシさん、この人たちは?」

 

「バカは放っておいて良いですよ。ところで、さっき英稜の女子から聞いたんですが、サクラさんも完全に一人で泳げるように――」

 

 

 タカトシの言葉の途中で、サクラさんが視線を逸らした。それだけでタカトシは全てを察したようで、人気の無い方向を指差した。

 

「まだ時間ありますし、練習に付き合いますよ」

 

「お願いします!」

 

「私も付き合う」

 

 

 何となくだけど、この二人を二人っきりにするのは避けたいと思ったので、私もサクラさんの泳ぎの練習に付き合う事にした。とりあえず、浜辺に流れている血の事は無視する事で三人の考えは一致してるしね。




轟ネネ×横島ナルコ=混ぜるな危険!


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修学旅行 最終日編

ちょっと駆け足で終わらせました


 浜辺でタカトシさんとスズさんに会い、ダイビングまでの僅かな時間を使って私の泳ぎの練習に付き合ってくれる事になった。この前もタカトシさんには教えてもらっているのに、またなんて恥ずかしいです……

 

「とりあえず、水の中で目が開けられるかどうかの確認をしましょう。いくらシュノーケルをつけるとはいえ、水の中で目を開けるのはなかなかの恐怖らしいですからね」

 

「はい!」

 

 

 私は大きく息を吸って、勢い良く潜る。最初は何とか目を開けようとしたけど、どうしても恐怖心が勝ってしまい開ける事が出来なかった。

 

「タカトシ、アンタサクラさんの手を握ってあげたら?」

 

「手を? 別にいいけど……」

 

 

 スズさんの提案で、今度はタカトシさんが私の手を握りながら潜る事になった。不思議な事に、タカトシさんに手を握ってもらっただけで恐怖心は消え去り、普通に目を開けて潜る事に成功した。

 

「この調子で慣れていきましょう。今度はバタ足の練習、もちろん目を開ける練習も並行してやって行きましょう」

 

「はい!」

 

 

 タカトシさんに両手を持ってもらい、私は顔を水に着けながらバタ足の練習をする。誰にも見られる心配が無いのと、タカトシさんが側にいてくれる安心感からか、特に怯える事無く泳ぐ事が出来た。

 

「普通に出来るじゃないですか」

 

「タカトシさんがいてくれるからですよ。私一人なら、またパニックを起こして溺れてますよ、絶対」

 

「その卑屈さは何なんですか……とりあえず、今度は一人で泳いでみましょう。足が付く範囲ですので、落ち着いて泳いでくださいね」

 

 

 タカトシさんは私が泳げると判断したのか、私一人で泳いでみろと言ってきた。いくら足が付く範囲とはいえ、まだ一人で泳ぐのは早いと思うんだけど……まぁ、何かあってもタカトシさんが助けてくれるだろうし、なによりタカトシさんが期待してくれてるんだから何とかして応えなければ!

 

「力み過ぎです。肩の力を抜いて、自然体で臨んでください」

 

「あっ、はい……」

 

 

 力んでいたのがバレていたのが恥ずかしくて、私は俯いて返事をした。本当に、タカトシさんは良く見てるんですね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サクラさんに泳ぎを教えている間、私は側で見ているだけだった。もちろん大きなハプニングは起こらずに済んだし、サクラさんも普通に泳げるようになっていた。

 

「ねぇスズちゃん、さっきまで何処にいたの?」

 

「別に。普通に遊んでただけよ」

 

「砂のお城を作って?」

 

「そんな事してないわよ」

 

 

 ネネに子供扱いされたけど、ここで激昂した方が子供っぽいと思い、私は余裕の態度で返した。

 

「本当は何してたの?」

 

「だから普通に泳いだりしてただけよ」

 

「津田君と二人で?」

 

「タカトシは関係ないでしょ!」

 

 

 砂遊びに関しては冷静に返せたのに、タカトシの事になると激昂してしまう……なんだろう、この敗北感は……

 

「まぁまぁ、確かに津田君はカッコいいし、人気も高いからね。スズちゃんが焦る気持ちは分からないでも無いよ。でもね、焦っても良い事は無いと思うな。焦らずじっくり仲良くなっていけばいいんじゃないかな?」

 

「ネネ……」

 

 

 私は、ネネの事を誤解していたかもしれない。こんな風に私の事を思ってくれてるなんて……

 

「いきなりア○ル開発しても気持ち良くないし」

 

「何処から話題が変わってた?」

 

 

 感動した途端にこれだ……やっぱりネネはネネなのかもしれないわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイビングを終えて、俺は少し風に当たる為に散歩に出た。

 

「何処行くの?」

 

「ちょっと散歩。少し疲れたからさ、風に当たってくる」

 

「ふーん……行ってらっしゃい」

 

 

 部屋を出てすぐに萩村に声を掛けられたけど、特に何も無く一人で浜辺に出た。

 

「あれは……大門先生と道下先生? あぁ、さっき話してた星の砂か」

 

 

 大門先生の手にぶら下がった小瓶を見て、俺はダイビング前に道下先生と三葉が話していた事を思い出した。なるほど、畑さんが狙ってたスクープってのはこの事だろう。

 

「まぁ、大人だし恋愛は自由だろう」

 

 

 畑さんは強制帰京させたし、特に約束をしたわけでもないので、この事は俺の胸の中にしまっておこう。

 

「ん? 電話だ」

 

 

 ポケットで携帯が震えだしたので取り出してみると、電話の相手は会長だった。

 

「はい、何かありましたか?」

 

『いやなに、今君の家にいるのだがな』

 

「はい? ……あぁ、コトミが何かやらかしました?」

 

『相変わらずの察しの良さだな。領収書計算でミスを連発、誤字脱字が多かったので昨日からコトミの勉強を見てやってるんだ』

 

「すみません、相変わらずのおバカな妹で……」

 

『それでなんだが、君の部屋にある辞書を借りたいとコトミが言ってるのだが、部屋に入っても構わないだろうか?』

 

「部屋に? 別に構いませんが」

 

 

 何時も無断で入ってくるクセに、何で今回は会長に許可を取らせてるんだアイツ?

 

『ホントに良いのか? トレジャーとかしっかりと隠してあるのか? さすがに私も放置してあるトレジャーを見る勇気は……』

 

「何の事か分かりませんが、ちゃんと片付いてるはずですので問題無いですよ。辞書は机の上に置いてありますので、使い終わったら元の場所に戻しておいてください」

 

 

 良く分からない事を言いだしたので、俺は早々に電話を切って散歩の続きを始める。それにしても、静かだな……

 

「「はぁ……ん?」」

 

 

 同じようなため息が隣から聞こえてきて、俺はそっちに視線を向ける。丁度相手もこっちを見ていたようで、バッチリと目が合ってしまった。

 

「あっ、サクラさん……」

 

「タカトシさん……」

 

 

 目が合ってしまい、互いに逸らす事が出来ずに、タップリ一秒ほど固まってしまった。別に恥ずかしいとかでは無いんだけども、最近サクラさんと目が合うと離せなくなるんだよな……これって何なんだろう?




実はまだまだ森さんのターンだったりして……


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補習回避へ

後輩の為に上級生が動く……


 タカ兄が修学旅行に行っている間、私は代理で生徒会役員を務めていた。それが原因で、私はこの三日自由に過ごせる時間が減ってしまったのだ。

 

「コトミ、今日は生徒会に行かなくて良いの?」

 

「タカ兄が帰って来たし、これ以上行っても戦力にならないからね」

 

「そう言えばここ数日、付き合い悪かったな。何かあったのか?」

 

「いや……計算ミスに誤字脱字が多かった所為で、会長と七条先輩にみっちり勉強を教えてもらってたんだよね」

 

 

 二人のお陰で、少しは勉強がはかどったかもしれないけど、その分疲労が蓄積していて、発散も出来ていないのだ。

 

「普段からちゃんと勉強しておかないからでしょ」

 

「理屈なんて聞きたくない!」

 

 

 昨日タカ兄が帰ってきて、さっそく報酬を要求したら、サーターアンダギーをくれた。欲しかったものと違ったけど、美味しかったのですぐに食べちゃったんだけどね。

 

「やっぱり、頭を使うと糖分を欲するんだね」

 

「アンタの場合、単純にお腹がすいてたからじゃないの?」

 

「そもそもお前が頭を使ってもたかが知れてるんじゃないのか?」

 

「マキもトッキーも酷いよ! ちゃんと勉強してたんだから!」

 

「じゃあ今度のテストは大丈夫だね」

 

「……それとこれとは話が違うし」

 

 

 次の試験で平均以下なら、私とトッキーは夏休みの半分を補習で潰さなければいけないのだ。せっかくシノ会長やアリア先輩がまた何かを企画するって言ってたのに、補習じゃそのイベントに参加出来なくなってしまうのだ……

 

「また津田先輩にお願いするつもりなの?」

 

「だってタカ兄は私のお兄ちゃんだし、成績優秀だからね。トッキーも一緒にお願いする?」

 

「……兄貴が迷惑じゃなければ、お願いしたいけどよ」

 

「およ? やっぱりトッキー、タカ兄に撫でられてから変わった?」

 

 

 前からタカ兄の事は気にしてたけど、何だか顔が赤いし……もしかしてトッキーも墜されたか?

 

「とりあえず、生徒会室にいるタカ兄にお願いしてみよう。マキも一緒に来るしょ?」

 

「貴女たち二人で生徒会室に辿りつけるかも心配だしね」

 

「うっせ!」

 

 

 ドジっ子のトッキーと道を覚えない私を心配してる風を装ってるけど、マキは単純にタカ兄に会いたいだけなんだろうな。何せ数日会えなかったんだし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で会長と七条先輩にお土産を渡すと、二人は喜んでくれた。ちなみに、お土産はサーターアンダギーだ。

 

「そう言えば会長、アリア先輩。コトミがお世話になりました」

 

「なに、後輩の面倒を見るのも上級生の務めだからな」

 

「お礼はタカトシ君の○貞で良いよ~」

 

「良いわけあるか!」

 

 

 珍しく会長がツッコミを入れたところで、生徒会室の扉が勢いよく開かれた。

 

「タカ兄ー、ちょっと良い?」

 

「ノックぐらい出来ないのか、お前は……で、何の用だ?」

 

 

 一応の注意をしながらも、タカトシはコトミの用件を訊ねた。なんだかんだで妹には優しいのよね、タカトシって……

 

「今度の休み、私とトッキーに勉強を教えてくれないかな?」

 

「……申し訳ないです」

 

「別に構わないし、時さんがそこまで恐縮する必要は無いんだけどな……」

 

 

 タカトシがそう言いながら、困ったように私の方を見てきた。

 

「なに?」

 

「俺ってそんなに怖いか?」

 

「はい?」

 

 

 何か的外れな質問をされている感じがするのは何故だろう……もしかしなくても、タカトシは時さんが委縮してるのは怖いからだと誤解してるんじゃ……

 

「仕方ないな! トッキーもコトミも纏めて面倒見てやろう!」

 

「3Pね!」

 

「……阿呆な上級生は放っておくとして、勉強を見る事自体は構わない。場所は何処にする?」

 

「ウチで良いんじゃない? トッキーとマキと私の三人とタカ兄だけなんだし」

 

「八月一日さんも来るの?」

 

「え、えぇ。お邪魔でなければ」

 

 

 そう言えば、あの子もタカトシの事を……系統はムツミと同じっぽいけど、彼女は自分がタカトシの事を好いているって気付いてるしね……ムツミよりかは強敵ね。

 

「私も行って良い?」

 

「スズも? でも、勉強するなら自分の部屋の方が落ち着くんじゃない?」

 

「バカね。私も教える側で参加するのよ。コトミちゃんと時さんを同時じゃ、さすがのアンタも大変でしょうし」

 

「まぁ、また両親は出張だしね」

 

 

 修学旅行中は何とか帰ってきてたらしいけど、タカトシが帰って来た途端にまた出張に行ってしまったらしい……これはお泊りのチャンス?

 

「それなら私たちも参加するぞ! もちろん、ウオミーや森も参加させる!」

 

「それならカエデちゃんも誘わない? チャンスは平等に与えるべきだと思うの」

 

「何のチャンスですか……まぁ、泊まり込みで勉強会を開くのは構いませんが、ちゃんと勉強してくださいよ?」

 

 

 タカトシは、今の会話の裏に隠された乙女の戦争には気付いていないようだ。タカトシの家に泊まる=同じ部屋で生活出来るチャンスが生まれるという方程式は、タカトシの中には存在しないモノなのだろう。

 

「成績上位者が多ければ、コトミや時さんも補習を逃れられるかもしれないしな」

 

「桜才三年生のスリートップと英稜三年のトップ、桜才二年のツートップに英稜二年の上位、そして桜才一年の上位がいるんだ、コトミやトッキーも成長すること間違い無しだ」

 

「でもシノちゃん、私たちもちゃんと勉強しなきゃダメじゃない? 今回は範囲が広いんだから」

 

「もちろん自分の勉強もするぞ。だが、それよりもコトミとトッキーの成績の方が心配だからな」

 

 

 会長や七条先輩なら、自分たちの勉強をしなくてもトップ周辺にいられるでしょうけども、コトミと時さんはそうはいかないものね。今回は純粋に二人を心配しての勉強会になると良いんだけど……

 

「えっと……会長にアリア先輩、カエデ先輩にスズ、カナさんにサクラさん、時さんと八月一日さん……十人分の食事を用意しなきゃいけないのか」

 

「アンタの心配事はそっちなのね……」

 

「ん? ちゃんと勉強してくれるかも心配だがな」

 

 

 主夫タカトシの心配事は、勉強より食事だったようだ……まぁ、そっちも誰かが手伝って進めるでしょうし、それもまたアピールに繋がるんでしょうね。




本音はタカトシと一緒にいたいだけ……


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津田家での勉強会 その1

今回は意外と真面目に勉強してる……のか?


 シノっちからのメールを読んだ私は、すぐにサクラっちの胸を揉んだ。

 

「なんですかいきなり!」

 

「今度の土日、タカ君のお家で泊まり込みで勉強会を開くそうで、私とサクラっちにもお誘いが来てます」

 

「勉強会ですか? タカトシさんとスズさんがいるなら、私も質問出来ますし参加したいです。でも、それといきなり胸を揉んだ事は別ですよね?」

 

「集中してたサクラっちの意識を私に向ける為に必要な行為です!」

 

「……普通に呼べば気が付きます」

 

 

 集中力の高いサクラっちは、普段から呼んでも気づかない事があるので揉んだのですが、どうやら気持ち良くなかったようですね……もしかして、タカ君に揉まれて私では感じなくなってしまったとか!?

 

「何を考えているかは知りませんが、会長が考えている様な事はありませんよ」

 

「なら良いです。それでは、我々も参加するとシノっちに伝えておきますね」

 

 

 場所がタカ君の家なのに、何でシノっちが仕切ってるのかは良く分かりませんけど、これでまたタカ君の部屋に忍び込むチャンスが訪れましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休日、私は勉強会に誘われて津田君の家の前まで来ている。けど、インターホンを鳴らす勇気が出ない。

 

「このまま帰っちゃおうかしら……」

 

「折角来たのにもったいないですよー」

 

「うひゃ!? ……津田コトミさん、驚かさないでくださいよ」

 

「ムッツリなカエデ先輩は、タカ兄と合体する妄想でもしてたんですか?」

 

「そ、そんな事考えていません!」

 

「コトミ、誰か来たのか? あっ、カエデさん、いらっしゃい」

 

「お、お邪魔します……タカトシ君」

 

 

 普段は苗字で呼び合っているし、出来る限り名前で呼ぶのは控えていたけど、タカトシ君が私の事を名前で呼んでくれたので、私も名前で呼び返した。

 

「遅いぞ五十嵐! 既に勉強会は始まっている!」

 

「まぁ、コトミちゃんが逃げ出したから、今は中断してますけどね」

 

「そう言うわけで、コトミを捕獲してくれてありがとうございます」

 

「くっ、まさかカエデ先輩が囮だったとは!」

 

 

 何が何だか良く分からないけど、タカトシ君の役に立ったのなら良かったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勉強会という名目で津田先輩の家に来て、私はさっきからキョロキョロと周りを見渡していた。天草会長に七条先輩、萩村先輩に五十嵐先輩はまだ分かる。だが英稜の魚見会長や森副会長まで勉強会に参加するとは思っていなかった……というか、津田先輩を意識してる人がこんなに集まるなんて思ってなかった。

 

「マキ、さっきからなにキョロキョロしてるの? タカ兄のトレジャーでも探してるの?」

 

「リビングで何を言ってるのコトミは……そうじゃ無くて、普段交流の無い先輩たちに囲まれて緊張してるのよ」

 

「えっ? あぁ、マキはカナ会長やサクラ先輩とお出かけした事無いんだっけ?」

 

「無いわよ……てか、会うのも初めてかもしれない」

 

 

 さっき一応の挨拶は交わしたけど、それ以外の会話は無い。てか、生徒会メンバーに風紀委員長がいる中で平然としていられるコトミが凄いと思うんだけど……

 

「トッキーも意外と気にしてないよね」

 

「私はそれどころじゃネェからな……今回赤点だと色々とマズイ……」

 

「トッキーはドジっ子だからね~。回答欄を一つズラしてたり、問題が裏にもある事に気付かなかったりとか」

 

「そう言うコトミは普通に赤点だったからな。今回赤点だったら塾に通ってもらう。もちろん、小遣いは無しだ」

 

 

 何時の間にかコトミの背後に立っていた津田先輩が、コトミに冷ややかに宣告する。津田先輩の宣告を受けて、コトミは縋りつくように津田先輩の足にしがみついた。

 

「それだけは勘弁してください! 塾に行ったって私の頭は良くならないよ~」

 

「なら良くなるように努力するんだな。あっ、それから平均点以下だと小遣いは数ヶ月半分だから」

 

「シノ会長! 私の頭を良くしてください!」

 

「……普通に勉強するしか無いんじゃないか?」

 

 

 天草会長にツッコまれたコトミは、泣きながら問題を解き始める。てか、あの会長がツッコむなんて珍しいな……普段はボケてばっかだって聞いてたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十人分の昼食を用意する為に、タカトシはキッチンへと引っ込んだ。手伝いたいけど私の身長じゃ戦力にならないし……

 

「タカ君の手料理、楽しみですね」

 

「タカトシは料理上手だからな! 女として複雑な気分にはなるが……」

 

「まぁまぁシノちゃん、タカトシ君を嫁だと考えれば良いんだよ!」

 

「なるほど! つまりTSだな!」

 

「あんたらもっとしっかりした方が良い……」

 

 

 タカトシとサクラさんがキッチンで作業してるので、この場にいるツッコミは私くらいなのだ。八月一日さんはこの三人との交流が無いし、五十嵐先輩は無視してるし……コトミと時さんは勉強に必死になってるし。

 

「ところでシノっち、お泊りする部屋はどうやって決めるの?」

 

「公平を期すために、私がくじを作って来た!」

 

「どれどれ……シノちゃん、不正はダメだよ」

 

「何故分かった!?」

 

 

 会長が作って来たくじには、タカトシと同部屋になるように細工が施されていた。でも、良く一目で気付いたわね、七条先輩……ぱっと見じゃ分からない細工だと思うんだけどな……

 

「公平を期すには、タカトシ君に作ってもらうしかないんじゃないかな」

 

「そうですね。後でタカ君にお願いしましょう」

 

「今日こそはタカトシと同じ部屋で!」

 

 

 こういうイベントの時って、必ずって言って良いほど会長はタカトシと違う部屋になり、私はツッコミが大変な組み合わせになるのよね……今度こそは私もタカトシと同じ部屋になりたいわよ。

 

「お昼出来ましたよ」

 

「コトミも時さんも、一旦休憩。テーブル片付けてくれ」

 

「タカ兄、私はお小遣いが懸かってるんだよ! お昼なんて食べてる場合じゃ――」

 

 

 そこで盛大にコトミのお腹が鳴り、恥ずかしそうに勉強道具を片づけ始めた。てか、食べなかったらもたないと思うんだけど……




なんというか……コトミの為には赤点で良い気がしてきた……


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津田家での勉強会 その2

真面目に勉強してる……のか?


 今回の勉強会では、意外な事にコトミが必死になって勉強している。さすがに夏休み半減、お小遣い無し、放課後の塾の三つの脅し効いているようだった。

 

「シノ会長、ここってどう解くんですか?」

 

「あぁ、そこはだな――」

 

 

 会長に質問しながらタカトシがやるように言っていた個所を一つ一つ解いていっている。これなら今回のテストは、多少なりともマシな結果になりそうね。

 

「そう言えばムツミやチリは大丈夫なのかしら?」

 

「その二人なら轟さんと一緒に勉強するって言ってたよ、はいお茶」

 

「そうなんだ、ありがとう」

 

 

 タカトシに淹れてもらったお茶を啜りながら、私は時さんの間違いを発見して指摘した。この子も基本的には頭が悪いわけではなさそうだけど、どうしてもドジっ子なのか細かなミスをしている。これさえなければコトミより良い点が取れると思うんだけどな……

 

「ねぇタカトシ君。私たちが泊まる部屋を決めるくじを作ってくれないかな? シノちゃんが用意してたヤツだと不正が行われるから」

 

「八人分で良いんですよね? 俺とコトミは自分の部屋で寝ますし」

 

「何言ってるのタカ兄! 私もタカ兄と一緒の部屋が良い!」

 

「そう言うわけだから、くじは九人分だな! 使える部屋は幾つだ?」

 

「コトミの部屋とここを片づけて、それから両親の部屋に二人ですかね」

 

 

 わざと惚けてるのだろう。タカトシの部屋が選択肢の中に無かった。誰もツッコミを入れなかったらそのまま惚けるつもりだったのだろうけども、生憎誰も見逃す事はしなかった。

 

「では内訳は、コトミの部屋に三人、リビングに三人、津田両親の部屋に二人、タカトシの部屋に一人だな」

 

「今回は当たりが一個しかないのね」

 

「ご両親の部屋が解放されましたからね。その分タカ君の部屋に泊まれる人数が減りました」

 

「じゃあそういう事で。タカ兄、くじの作成とお母さんたちの部屋の掃除をお願いね」

 

 

 さすがにタカトシも反論せずにリビングからご両親の部屋の掃除に向かった。それにしても一人か……カエデ先輩やサクラさんはくじ運良いからな……この二人以外ならまだそれ程リードされて……

 

「(って、何を考えてるのよ私は……)」

 

 

 自分の考えにツッコミを入れて、私は時さんに指摘する事に集中する事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食を済ませた我々は、いよいよ運命のくじ引きを行う事にした。今回泊まる日数は二日、月曜日は津田家から学園に向かう事にした為、二泊三日の予定になっている。ちなみに、荷物などは生徒会室で保管し、月曜日の放課後に自宅に持って帰る段取りになっているのだ。

 

「俺は洗い物をしているので、勝手に決めちゃってください」

 

 

 そう言い残してタカトシはキッチンへ姿を消した。誰と同じ部屋になるのか興味が無いというのだろうか……年頃の男子としてそれは正常なのかと疑いたくなるが、アイツはそういうヤツだと思いなおしてくじに向き合った。

 

「誰から引く~?」

 

「ここは公平にじゃんけんで決めようじゃないか!」

 

「なぁマキ、何でこいつらはこんなに張りきってるんだ?」

 

「多分、津田先輩と同じ部屋になりたいんじゃないかな?」

 

 

 後輩二人は、それ程タカトシと同じ部屋になりたいとは思って無いらしい。八月一日は純情だからな、タカトシと同じ部屋になったら失神してしまうかもしれないと思っているのだろう。

 じゃんけんの結果、私は三番目に引く事になり、トップバッターはカナだ。アイツも中々くじ運が良いからな……一発目で当たりを引くなんて事もあり得るかもしれん……

 

「全員引いたな? じゃあ開くぞ」

 

 

 全員が引いたのを確認して、それぞれのくじを開いて行く。えっと……私は……

 

「両親の部屋か……」

 

「天草先輩と一緒ですか、よろしくお願いします」

 

 

 同室になったのは八月一日か……ボケてもツッコんでくれなさそうな相手だな……

 

「私、コトミちゃんの部屋~」

 

「私もです」

 

「タカ君の部屋が良かったな~」

 

 

 コトミの部屋に泊まるのは、アリア、スズ、カナの三人。またしてもスズはツッコミが大変そうな組み合わせだな……

 

「私はリビングだ」

 

「私もー! トッキー、朝まで喋り倒そう!」

 

 

 時とコトミがリビングか……となると、残ってるのはサクラと五十嵐の二人……争奪戦の一番手と二番手じゃないか……

 

「えっと……私のくじ、白紙なんですけど?」

 

「なにっ!? 貸してみろ!」

 

 

 五十嵐のくじを全員で確認すると、確かに白紙だった。ちなみにサクラのくじにはリビングと書かれている。

 

「つまり、これが当たりくじだと言うのか?」

 

「何か問題でもありました?」

 

「タカトシ君、このくじ白紙だったんだけど?」

 

「なんて書けばいいのか分からなかったので、俺の部屋に泊まる人のくじは白紙にしました。だからそれを引いた人は残念ながら俺の部屋で寝てもらいます」

 

 

 何故タカトシは残念だと思ってるのだろうか……誰しもそのくじを引きたくてしょうがなかったというのに……

 

「それで、白紙は誰が引いたんですか?」

 

「わ、私です……」

 

「カエデさんですか、なら安心ですね」

 

 

 何が安心なのか分からないが、初日の部屋割が決まってしまった。私は津田両親ルームで寝る事になり、相方は八月一日だ……

 

「大人しく勉強しよう」

 

「あっ、天草先輩。ここ教えてもらえますか?」

 

「ん? 君は学年でも上位なんじゃないのか?」

 

「津田先輩に教わって漸くですよ、私は」

 

 

 なるほど、コイツもタカトシの教え子で、争奪戦に参加しているライバルなんだな……でもまぁ、後輩に頼られたんだからしっかりと教えないと、後でタカトシに怒られるからな……一応教えておこう。




二、三歩遅れてるカエデがどう動くか……


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津田家での勉強会 その3

カエデも考えているんだな……


 タカトシ君と同じ部屋で寝る事になってしまい、私はドキドキが止まらなくなっていた。タカトシ君は他の男子と違って寝込みを襲ってくるとか、そういった心配は無いけども、私の気持ちを何となく理解してるだろうし、キスまでしちゃってるんだから何も無いのも寂しい気がしているのよね……

 

「いったいどうすれば……」

 

「何がですか?」

 

「うひゃぁ!? ……おどかさないでください」

 

「……ここ、俺の部屋なんですけど」

 

 

 急に背後から声をかけられたので驚いてしまったが、確かにここはタカトシ君の部屋で、私の方がお邪魔しているのだ。ここにタカトシ君が入ってきても何も不思議は無いのだ。

 

「お風呂入れるようですので、カエデさんも入っちゃってください」

 

「タカトシ君はまた最後なんですか?」

 

「掃除もありますし、男の後に入るのは嫌ですよね?」

 

 

 タカトシ君は私が男性恐怖症である事を忘れてはいないようだった。最近はタカトシ君と普通にお話ししたりしてるので、忘れられてるかと思っていましたがさすがですね。

 

「タカトシ君の後なら……」

 

「はい?」

 

「な、何でも無いです! それじゃあ入らせてもらいますね」

 

 

 わ、私はなにを言うつもりだったのかしら……タカトシ君に変な女って思われたりしないわよね……

 

「あれ? カエデ先輩がお風呂ですか? てっきりタカ兄が入ると思ってたのに」

 

「掃除があるからって、先に入らせてくれたわ」

 

「タカ兄は真面目だなぁ……折角先輩たちのエキスが染み込んだお湯を満喫出来るのに……」

 

「タカトシ君はそんな人じゃないでしょ? それは妹のコトミさんが一番分かってるでしょうに」

 

「時々EDなんじゃないかって思いますけどね」

 

 

 コトミちゃんはそれだけ言い残してリビングへと戻って行った。お小遣いと自由時間が懸かってるらしく、今回の勉強会は気合いが入っているようね。

 

「タカトシ君も、男の子なんだよね……」

 

 

 可能性は低いとはいえ、彼も思春期の男の子。これだけの女子がいれば興奮してしまうかもしれない……そうなったらちゃんと落ち着かせる事が出来るのかしら?

 

「……バカな事考えて無いでお風呂入ろ」

 

 

 今まで散々泊まったりしてるんだし、今更タカトシ君が暴走するとも思えないので、私は自分の考えを否定してお風呂に入る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題を解いている時に、どうしても分からない問題が出てきてしまったので、私はタカトシさんの部屋を訪ねた。スズさんでも良かったんですが、カナ会長と七条さんがいるので落ち着いて勉強出来なさそうだと思ってしまったんですよね……

 

「タカトシさん、サクラです。ちょっと良いですか?」

 

『構いませんよ』

 

 

 中から返事があったので、私はタカトシさんの部屋にお邪魔した。どうやら五十嵐さんはお風呂のようで、部屋にはタカトシさん一人だった。

 

「何かありました?」

 

「ちょっと分からない個所があったので教えてもらおうと」

 

「真面目ですね。コトミに爪の垢でも煎じて飲ませたいですよ」

 

「あはは、コトミちゃんも今回は頑張ってるようですよ?」

 

「尻を叩かれなければやる気にならないのは問題ですけどね」

 

 

 苦笑いを浮かべながら、タカトシさんはこちらを向いた。

 

「それで、分からない問題とは?」

 

「はい、ここなんですが……」

 

 

 桜才と英稜で進み具合が違うのではないかと心配しましたが、タカトシさんとスズさんにその心配は無用だと理解させられましたしね……この二人は本当に頭が良いですし、努力を怠りませんからね……

 

「――と言うわけですが、分かりましたか?」

 

「はい、ありがとうございます。さすがタカトシさん、分かり易かったですよ」

 

 

 説明を聞いて、漸く理解出来た問題の残りを解き、あっているかどうかの確認をしてもらった。

 

「あってます。サクラさんは理解が早くて助かります」

 

「そんな事無いですけどね。タカトシさんの教え方が上手なんですよ」

 

「クラスメイトには理解させるのにてこずりましたけどね」

 

 

 学校でも苦労が絶えないのだろうか、凄く疲れてる顔をしている。あれ? タカトシさんの机の上に広げられてるのって、試験勉強の為のものじゃない?

 

「何してたんですか?」

 

「えっ? あぁ、これですか? 新聞部に頼まれたエッセイですよ。試験後に発行するからって頼まれまして」

 

「試験前に、ですか?」

 

「実に畑さんらしいです」

 

 

 少し読ませてもらえないか聞こうとしたタイミングで、ノックの音が聞こえてきた。

 

『タカトシ、少し良いか?』

 

「会長? どうぞ」

 

 

 どうやら訪ねてきたのは天草さんのようだ。でも、上級生の天草さんが何の用なんだろう……

 

「何故森がいる?」

 

「ちょっと分からない問題があったので、タカトシさんに教わってました」

 

「そうか……生徒会の話しなんだが、席を外してもらえるか?」

 

「分かりました。それじゃあタカトシさん、お休みなさい」

 

 

 エッセイが気になったけど、生徒会の話じゃ仕方ない。私だってカナ会長と話す時には他の人には席を外してもらうでしょうし、ましてや私は学校が違うのだから尚更席を外すべきなのだろう。

 

「あれ? サクラ先輩、タカ兄の部屋に行ってたんじゃ?」

 

「生徒会の話しがあるって、天草さんに言われちゃってね。それよりその問題、間違ってるわよ」

 

「えぇー! まだ違うんですかー!」

 

「考え方はあってるから、後は何処が間違ってるのかを理解出来れば大丈夫よ」

 

 

 私がタカトシさんに教えてもらってるので、代わりに私はコトミちゃんの勉強を見ている。これで恩返しになるのかは微妙だけど、少しでも手助けをしたいと思っているのは本当ですからね。




みんな何か狙ってる模様……


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津田家での勉強会 その4

そろそろサブタイトル変えないとな……


 お風呂から出てきて部屋に戻ったら、何故か天草さんがタカトシ君の部屋にいた。

 

「何してるんですか?」

 

「生徒会の話をな。それじゃあタカトシ、例の件よろしくな」

 

「はぁ……」

 

 

 何だか納得してないような表情を浮かべながらも、タカトシ君は天草さんに了承を返した。

 

「なんの話だったんですか?」

 

「夏休みに企画を考えてくれとのことでした……まだプール開きとか行事が残ってるのに気が早いと思うんですがね」

 

「天草さんらしいわね。そうだ、お風呂開いたのでどうぞ」

 

「あれ? カエデさんが最後でしたっけ?」

 

「他の皆は既にお風呂済ませてるみたいでしたよ」

 

 

 そもそもじゃんけんに負けて最後になったのだから、私の後はタカトシさんしか残って無いはず。

 

「キリが良いところまでやったら入ります。カエデさんも勉強しますよね?」

 

「そうですね。試験勉強の為に来てるんですから」

 

 

 天草さん、七条さんの二人には勝てないけど、他の人には負けないように努力しなきゃいけないし。

 

「さてと、それじゃあこっちの机使ってください。俺はテーブルでいいので」

 

「えっ、タカトシ君の部屋なんだし、私がテーブルでいいわよ」

 

「終わったら風呂なんで、カエデさんの方が長く使いますよね」

 

「それは……」

 

 

 確かにそうかもしれない。タカトシ君がどの程度お風呂に入るかは知らないけど、お風呂に入ってる間も私は勉強するのだから、使う時間で言えば私の方が長い。でも、タカトシ君の部屋なのに、机を借りるのはずうずうしい気も……

 

「カエデさん? 何か悩み事でも?」

 

「い、いえ! 何でも無いわよ」

 

「そうですか。ではどうぞ」

 

 

 既に机の上のものを片付け終わったようで、タカトシ君は私に机を勧めてくれた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 断るのも悪いと思い、結局机を使わせてもらった……ここで普段タカトシ君が勉強してると思うと、ちょっと緊張するわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリが良いところまで勉強を進めたので、今日はもう勉強しないでも怒られないだろうし、そろそろお風呂にでも入らなきゃな……

 

「あれ? タカ兄も今からお風呂?」

 

「ん? まだ入って無かったのか? カエデさんが最後だって言ってたからてっきり入ったものだと思ってたが」

 

「あのじゃんけんに参加してないからね。あれはお泊り組の順番決めで、この家の住人の私とタカ兄は含まれて無かったんだよ」

 

「そうなのか……じゃあ先に入っていいぞ。掃除とかお前に任せると余計に汚れるから」

 

「信用ないな~……あっ、一緒に入る?」

 

「入るか、このバカ者」

 

 

 頭を軽く小突いて、タカ兄はリビングへ向かって行った。多分部屋に戻るのも気まずいから、キッチンでお茶でも飲んで時間を潰すんだろうな。

 

「さてと、タカ兄も待ってるし早めに出なきゃ!」

 

 

 普段はのんびりお風呂に入る私だが、この時間にのんびり入ってるとタカ兄が出る頃には日付が変わってしまうかもしれないからね。それはさすがに怒られるし、下手すればそれだけでお小遣いが減らされてしまう恐れがあるのだ。

 

「お母さんたちは私よりタカ兄の事を信頼してるし……当然だけど」

 

 

 日頃の行いを見て、どちらを信頼するかなど、私が聞かれてもタカ兄と応えるだろう。それくらいタカ兄の生活態度は真面目であり立派だと思う。同じ血が流れてるはずなのに、何で私とこんなにも違うのかと本気で悩んだ事もあるくらいだ。

 

「性知識だけはタカ兄に勝ってると自負してるんだけどね」

 

 

 悲しい勝利宣言がお風呂場に響き渡り、私はさっさとこの空間から出る事にした。普段はツッコミがあるから気にしないけど、一人でいる時にこの勝利宣言は寂しいとしか思えなかったのだ……

 

「コトミ、早かったな」

 

「タカ兄を待たせるのも悪いし、お小遣いの為にもう少し勉強しようかと思って」

 

「殊勝な考えだな。それじゃあ、俺は風呂に入ってくる」

 

 

 タカ兄に勝てるなんて思わないけど、大差で負けないように頑張ろうと思ったなんて、タカ兄には分からないだろうな……出来る兄は羨ましい……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂掃除も終え、部屋に戻るとカエデさんが真剣な表情で辞典を眺めていた。開いて使ってるならまだしも、閉じたまま辞典を見つめて何をしてるんだ?

 

「どうかしましたか?」

 

「うひゃ!? ノックしてください!」

 

「……ですから、ここ俺の部屋なんですが」

 

 

 早朝で着替えてるならまだしも、風呂上がりで勉強してるだけなのだから、自室に入る時にノックする理由が俺には分からない。

 

「それで、辞書なんて見詰めてどうしたんです?」

 

「先ほど天草さんと七条さん、それと魚見さんがこの部屋に来てですね『思春期男子の電子辞書には性的な言語を調べた履歴があるに違いない!』といって辞書を開いていたんですけど……」

 

「なにしに来てるんだ、あいつらは……」

 

 

 しかも人が風呂に入ってる間になにしに来てるんだ……だいたい会長は電子辞書使えないんじゃ……

 

「それで辞書を眺めてたんですか?」

 

「なんか色々調べてたんですけど、何を調べてたのか気になりまして……」

 

「調べてた? ちょっとすみません」

 

 

 カエデさんから辞書を受け取り、俺は履歴を開く。すると案の定、履歴はおかしな言葉で埋まっていた。

 

「カエデさん、先に寝ててください。ちょっと説教して来ます」

 

「無理しないでくださいね。タカトシ君は人より動いてるんだから」

 

「慣れてるので問題ないですが、お気持ちはありがたいです」

 

 

 テーブルを片してカエデさんが使う布団を敷いて、俺はコトミの部屋にいるアリアさんとカナさん、そして両親の部屋にいる会長を呼び出して廊下に正座させた。寝てる人もいるだろうから、日付が変わる辺りには声量を抑えて説教した。

 十分反省したようなので部屋に返して、時計を見たら既に二時を過ぎていた事に驚いたが、さっきまで怒ってた所為か不思議と眠くなかったので、カエデさんを起こさないように注意しながら部屋に戻り、残ってたエッセイを終わらせたのだった。




次回、珍しく一人の視点だけで行く予定です


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カエデの長い夜

ちょっと時間が戻ります


 タカトシ君の机を借りたはいいけど、私は緊張であまり勉強が捗らなかった。初めは真面目に勉強していたんだけど、どうしても普段タカトシ君が使ってる場所だという意識が私の頭の中を占領してしまうのだ。

 

「男の子の机って、もっと散らかってると思ってた」

 

 

 何度かこの部屋に泊まった事があるから分かるけど、タカトシ君の机は何時も綺麗に整頓されており、むしろ妹のコトミちゃんの机の方が散らかってるような印象を受ける。

 

「天草さんたちとこうして付き合うようになって、タカトシ君とも親しくなったけど、他の男子はまだダメなのよね……」

 

 

 特別な感情を抱いているからなのか、タカトシ君には触れる事も出来るし、緊張で声が小さくなる事もない。まぁ、別の意味で触るのに緊張したり、目が合うとドキドキしたりするけども、前みたいに逃げ出すような事は無いのだ。

 

「……って、ちゃんと勉強しなきゃ! テストなのは私も一緒なんだから」

 

 

 ふと現実に戻り慌てて教科書に目をやり、また暫く集中して勉強を続けたが、どうしてもタカトシ君の机を使ってるという意識が私の中に残ってしまう。別に変な事を考えているわけでは無いのに、何故かタカトシ君の事を考えてしまうのだ。

 

「普段ここでタカトシ君が勉強したり、さっきみたいにエッセイを書いたりしてるのよね……」

 

 

 エッセイのネタは何処から仕入れているのか、とか気になって机を漁りたくなる衝動に駆られそうになったが、何とか踏みとどまった。机を漁りたいなんて、まるで変態じゃないの……

 

「天草さんたちに毒されてるわね……」

 

 

 一年前ならこんな事思わなかったでしょうに、天草さんたちと密度の濃い時間を過ごしたからこそ、こういった思考が私の中に芽生えたのだろう。そうじゃなきゃこんな事考えないもの。

 

「それにしても、タカトシ君も萩村さんも、全問正解出来るのが羨ましいわ……それだけ努力してるからなんでしょうけど、全ての問題が分かるって気持ちいいんでしょうね」

 

 

 私にはその気持ちは分からない。小学校の時のテストでは百点を取った事もあるし、高校でも何教科で満点を取った事もある。だけどあの二人はそんな次元ではなく、全ての教科、全ての問題を理解し解答しているのだ。先生たちも採点してて楽だと思えるだろう答案なのだ。

 

「どんな勉強をしてるのかしら……」

 

 

 机の隅に置いてあるタカトシ君のノートに手を伸ばしかけて、私は自分の腕を掴んだ。

 

「私は何をしようとしてたのかしら……人のものを勝手に見るなんて……」

 

 

 別に何か特別な事が書かれてるわけでもないのだから、と考える自分と、なんであろうと人のものを勝手に見るのは許されない、と考える自分が私の中で囁いてくる。これが俗に言う自分の中の天使と悪魔なのだろうか?

 

「それにしてもタカトシ君、何時までお説教してるんだろう……」

 

 

 既に日付は変わっているのに、未だに帰ってくる気配すらない。先に寝てても構わないって言われてるけど、私が寝てたらタカトシ君が部屋に戻ってきづらいかもしれないし。

 

「もうちょっと待ってみようかな」

 

 

 とりあえず勉強はこのくらいにして、私は用意されている布団の中に入り携帯を弄って時間を潰す事にした。

 

「今回は畑さんもさすがに覗きに来ないみたいだし、その点は落ち着いて寝る事が出来そうね」

 

 

 この前泊まったときは、畑さんが外から覗きこんでいたらしく、タカトシ君が制裁したんだっけ。

 

「それにしても……何か布団に入ったら眠くなって来ちゃった……」

 

 

 タカトシ君を待っていようと思ってたけど、時刻は既に午前一時。普段なら寝てる時間だ。

 

「もうちょっとだけ……」

 

 

 完全に寝ないように灯りはつけっぱなしにしてあるので、もしタカトシ君が部屋に入ってきたら気づけるわよね。

 

「ちょっとだけ……目を瞑って……」

 

 

 寝るつもりは無かったのに、私の意識はそのまま眠りの世界へ落ちていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの気配を感じて、私はゆっくりと目を開けた。どうやらタカトシ君が帰って来たらしいわね。

 

「起こしちゃいましたか?」

 

「ううん、寝て無いわよ」

 

「? 寝ぼけてますね。今は朝の五時ですよ」

 

 

 五時? 私、結局寝ちゃったんだ……

 

「タカトシ君、今帰って来たの?」

 

「いえ、説教は二時に切り上げました。今から軽く運動してこようと思いまして。カエデさんはまだ寝てていいですよ」

 

「そう……お休みなさい」

 

 

 

 タカトシ君が部屋から出ていって暫くしてから、私の意識は不意に覚醒した。

 

「二時に部屋に戻ってきて今が五時……タカトシ君、ちゃんと寝たのかしら?」

 

 

 普通に見送ってしまったけど、お説教が終わったのが二時なら、それからすぐ寝たとしても三時間も寝て無い計算になる。そんな生活をしてたら体調を崩しちゃうし、早死の原因になるんじゃ……

 

「これは、先輩としてちゃんと注意しなきゃ! タカトシ君が体調を崩したら心配だし……」

 

 

 それに、タカトシ君が不在なだけで、桜才学園ではツッコミ不足が加速してしまう。私や萩村さんも何とかツッコミを入れたりしてるけども、タカトシ君一人が大抵ツッコミをしてくれるので、いざやれと言われても対応しきれないだろうしね。

 

「帰ってきたら、ちゃんと休むように言わなきゃ……」

 

 

 そう考えを纏めたところで、私は急激に睡魔に襲われた。よくよく考えれば、私もまだ四時間くらいしか寝て無いんだったわね……

 

「もうちょっとだけ寝ましょう……起きたらタカトシ君にお説教……」

 

 

 限界が訪れ、私はそのまま寝てしまった。次に気付いたら、既に九時を過ぎていて、私は大慌てで朝の準備を済ませ勉強に励んだのだ。

 

「あれ? 何か忘れてるような……」

 

「カエデちゃん、ブラしわすれたの?」

 

「違います」

 

 

 思い出せそうだったのに、七条さんが余計なことを言ったせいで思い出せなかった。まぁ、思い出せないって事は大したことじゃないんでしょうね……




やはりカエデさんはムッツリ……


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問題児二人の状況

かなり危ない状況じゃないだろうか……


 津田家に泊まる時、必ずと言っていいほど家事はタカトシ君が担当している。私たちもお手伝い程度はするんだけども、家主であり主夫でもあるタカトシ君の手際の良さには、如何に女子だろうと敵わないのよね。

 

「てな訳で、今日の昼食と夕食は私たちで作るから、タカトシはコトミとトッキーの勉強を見てやってくれ」

 

「それは構いませんが、何故急に?」

 

「ほら、さすがに十人分を一人で作るのは大変かな~って。タカトシ君だけ気の休まる時間が無いでしょ?」

 

「そんな事はありませんが……」

 

 

 タカトシ君は何となく不安げな表情を浮かべていたけど、それ以上にコトミちゃんとトッキーさんの成績が気になったのか、結局は私たちに任せてくれる事になった。

 

「では昼食は我々桜才生徒会メンバーが準備しよう。夕食は英稜の二人と五十嵐と八月一日の四人に任せる」

 

「タカ君を休ませる為にも、私たちで頑張りましょう!」

 

 

 妙に気合いが入ってるシノちゃんとカナさんに、カエデちゃんが疑いの目を向ける。そういえば、今日はカエデちゃんもお寝坊だったのよね……タカトシ君の隣でハッスルしちゃったのかしら?

 

「タカトシ君を休ませるのは賛成ですけど、何か企んでるように思えるのは気のせいですか?」

 

「き、気のせいだ! 別にタカトシの料理だけに指向性のある媚薬を入れようなんて考えて無いぞ」

 

「タカ君の料理に○液を入れようなんて企んでませんよ」

 

「……萩村さん、天草さんと七条さんの見張りはお願いします」

 

「とりあえず不審な動きをしたら脛を蹴っておきます」

 

 

 スズちゃんが蹴る仕草を見せると、カエデちゃんは一応納得したようにキッチンからリビングへと戻っていった。

 

「さて、それじゃあ何を作るかな」

 

「まだ決まって無かったんですね……」

 

 

 張り切ってるのは良いけど、食材とかちゃんとあるのかしら? タカトシ君は毎回買い出しに行ってたように思えるんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題が無かったとは言い切れないが、昼食も夕食も特に口にして何か起こる、ということもなく無事に終わった。問題はコトミとトッキーの成績だな……

 

「前日だってのに、何で試験範囲が分かってないんだよ……」

 

「スイマセン……」

 

「タカ兄が把握してるものだとばかり」

 

「……俺が受ける範囲じゃないんだが?」

 

 

 開き直ったコトミを睨みつけて、俺は八月一日さんから聞いた範囲から、去年出題された問題を記憶の中から呼び起こし、効率的に勉強出来るように問題集を作り終えたのがついさっき。今日が終わるまで後四時間弱、テスト前日に徹夜は避けたいので、せめて日付が変わるまでは勉強させたいんだよな……この二人が補習になって泣きつかれるのは俺も勘弁願いたいし……

 

「私たちも手伝おう。コトミとトッキーはリビングで決定として、他のメンバーはとりあえず部屋だけ決めておこうじゃないか」

 

 

 会長が取り出したくじを全員が引いた。今日は俺も参加するらしい。

 

「私がリビングか……責任持って二人を立派な女に育て上げてみせよう! ……あっ、立派な女と言っても――」

 

「そのボケは良いんで……」

 

 

 スズがさらっと流し、俺とサクラさんは萩村に目礼をする。ツッコミのが面倒だったのと、位置的にスズが会長に一番近かったのも俺とサクラさんがツッコミを入れなかった要因だ。

 

「私とサクラっちがタカ君の部屋ですね」

 

「何か不審な動きを見せたら、全力で止めますのでご安心を」

 

 

 英稜の二人が俺の部屋を使う事になったので、サクラさんが俺に力強く宣言した。確かに不審な動きしそうだしな……

 

「私とマキちゃんとカエデちゃんがコトミちゃんの部屋だね」

 

「じゃあ俺とスズが両親の部屋か」

 

 

 スズと一緒ならツッコミで疲れる事もないし、勉強出来なくて泣きつかれる事もないだろう。今日はゆっくり休めそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トッキーと一緒にシノ会長にしごかれ続け数時間、漸くタカ兄が用意してくれた問題集を全て解き終えた。

 

「終わった―! さぁ寝ましょう!」

 

「なに言ってるんだ、コトミ。タカトシから理解度を確認する為のテストを預かってるので、これが終わって漸く終われるかどうか判断するんだぞ」

 

「えぇー!? テスト前日にテストなんてやりたくないですよ~!!」

 

「なら補習になって夏休みと同時に自由時間と小遣いを無くしたいんだな?」

 

 

 シノ会長にそう脅され、私はその場で飛び上がり正座をしてテストを受ける体勢を取った。

 

「ほら、トッキーも急いで! 早く解き終えないと今日が終わっちゃう!」

 

「……めんどくせぇ」

 

「トッキーだって補習は嫌でしょ! 折角タカ兄が作ってくれたんだから、とりあえずこれだけはやっちゃわないと! タカ兄の問題予想は当たるんだから」

 

 

 中学の時から、タカ兄が予想問題を作ってくれた時の成績は良かったのだ。それは私だけではなくタカ兄のクラスメイトも同じだったらしく、タカ兄が作ってくれなかった時の成績は軒並み酷かったという噂が全学年で流れたくらいだ。

 

「制限時間は本番同様五十分だ。準備は良いか?」

 

 

 シノ会長に確認された私たちは、無言で頷く。

 

「では、始め!」

 

 

 さっきまで問題集を解いていて、それが終わったと思ったらテスト……もしお小遣いと自由時間が懸かって無かったらここまで必死になって勉強しなかっただろうな……

 

「(方法はともかく、タカ兄は何時も私の事を心配してくれてるんだよね……)」

 

 

 脅したり殴ったりして勉強させられてると思ってたけど、実際は私の為に怒ってくれたり注意してくれてるだけなのだ。それは理解してたけど、どうしてもやる気にならなかったんだよね~……

 

「(出来の悪い妹だけど、タカ兄は最後まで見捨てずに面倒を見てくれてるんだ。今回はそれにちゃんと報いないとダメだよね)」

 

 

 今までだって、タカ兄がせき止めてくれてたから塾に行けともお小遣いカットとも言われなかったのだ。そのタカ兄が今回ダメなら、と言うからには本気なんだろうな……多分カットされたお小遣いは塾の月謝に使われ、成績が良くなるまでお小遣いはずっとカットされるんだろう。まぁ、成績が良くなっても塾には通い続けなければならないわけで、自由時間は減っちゃうけど、お小遣いだけは元に戻してもらえる……よね?

 

「そこまで! 採点するからちょっと待ってろ」

 

 

 最後の方は別の事を考えながら解いてたから、ちょっと自信ないけど、他は大丈夫なはず。

 

「……とりあえず、明日の朝は早起きして見直せ」

 

 

 シノ会長から返却された私とトッキーの答案は、約半分がバツだった……これじゃあ二人とも補習だね……




スズが初めてタカトシと同じ部屋に……


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スズのターン

攻めまくりますよ


 ここ最近、タカトシと二人っきりというシチュエーションが無かったせいか、いざ二人っきりになると普段以上に緊張してきてしまう。でも、タカトシの方は特に気にした様子もなくもくもくと作業を続けている。

 

「勉強じゃないわよね? 何してるの?」

 

「エッセイの手直しをな。一応完成したけど、なんか気に入らなくて……ちょっと読んでみて」

 

 

 そういって手渡されたエッセイに目を通すと、相変わらず胸打ついい話だった。だが、これでもタカトシは納得していないらしい。

 

「あんた、どこまで高みを目指すのよ」

 

「畑さんの資金源になってるのは気に入らないけど、せっかく読んでもらってるんだから、納得のいくものを作りたいじゃん」

 

「そのひたむきさ、何故妹のコトミにはないのでしょうね……」

 

 

 コトミは現在、時さんと一緒に補習を逃れるために必死に勉強している。付き合わされてる会長も、頭を抱えるくらいの問題児……その兄がこれだけ立派だと、知らない人が見れば疑いたくなるだろう。

 

「スズ?」

 

「なっ、何よ!」

 

「いや、エッセイを眺めながら固まってたから、何かあったのかと思って」

 

 

 私の目の前、ほんの数センチ先にタカトシの顔がある。私の視線は自然にタカトシの唇へ向いてしまう……

 

「(サクラさんと五十嵐先輩はタカトシの唇に触れたことがあるのよね……)」

 

「おーい……」

 

「え、エッセイに問題はないと思うけど、タカトシはどこが気に入らないの?」

 

「どこって、はっきりした場所じゃないんだけど、なんか漠然と気に入らない……一応もう一つ作ってあるんだけど、こっちも読んでくれる?」

 

 

 タカトシからもう一つのエッセイを手渡され、私は再び速読をする。じっくり読むのは発行されてからでも遅くないからね……

 

「……これ、まだ完成じゃないわよね?」

 

「そこで折り返しかな。さすがに一時間じゃ完成はしないよ」

 

「絶対に完成させなさい。これは今までで一番になるかもしれないわ」

 

「スズがそういうなら自信になるよ。それじゃあ、もうちょっと作業するけど……スズ? 眠いの?」

 

 

 タカトシが私と時計を交互に見て、私を心配するように尋ねてくる。

 

「これくらい平気よ……これでも高校二年生、十七歳なんだから」

 

「でも、そろそろ日付変わるし、明日からテストだよ? 寝不足で実力が発揮できないスズじゃないってのは分かってるけど、出来るだけコンディションを整えておいた方がいいいのは確かだよ」

 

「それじゃあ、タカトシも寝なさいよ……明日テストなのはあんたも一緒でしょ」

 

「……そうだね。俺も体調管理はしっかりしておかないと。スズに離されちゃうもんな」

 

「あんたしか私に対抗できる人間はいないからね。ネネも十分すごいけど、やっぱりライバルはあんたよ」

 

 

 全教科満点の私に対抗してくるなんて、入学した時には思ってなかったけど、今ではタカトシも全教科満点を取る実力者だ。私も少しでも油断したら一位から転落する恐怖をもってテストに臨めるようになった。

 

「それじゃあ、電気消すぞ」

 

「……一緒に寝る?」

 

 

 冗談のつもりだったけど、半分くらいは期待していた。私が暗いの怖がるって知ってるタカトシなら、もしかしたらという淡い期待……今だけは子ども扱いされても文句言わないと自信がある。

 

「スズが寝たいなら別にいいぞ。梅雨明けしたからって、油断すると風邪引くかもしれないしな。それに、他人の両親のベッドを使うって結構勇気いるもんな。俺も実は結構緊張する」

 

 

 タカトシは別の理由で私が一緒に寝たいと思ってると考えないのかしら……幼児体系だからそういった対象に見られてない? でも、タカトシは私が女だということは理解しているはずだ。

 

「あんた、同い年の女子が一緒に寝ようって言ってるのに冷静なのね」

 

「スズが俺の分まで緊張してくれてるから冷静でいられるんじゃないか? スズが平常心だったら俺が緊張してたと思うよ」

 

「緊張してるってわかってるなら断ればいいじゃない」

 

「勇気を出して誘ったってのは分かるからね。なるべく意識しないようにするから、スズは安心して寝てくれ」

 

 

 どこまでも相手のことを考えるタカトシ。彼が今一番意識している異性はサクラさんだろうけども、この瞬間だけは私だけを意識してもらいたい。

 

「(私、こんな独占欲強かったんだ……)」

 

 

 共学になるとは知っていて受験したし、同級生に男子がいることに違和感はなかった。だけど、ここまで自分が異性を意識するなんて思ってなかった。しかもその相手を独占したいとこれほど強く思うなんて……

 

「スズ? せめて布団に入るまでしがみつくのは待ってくれないか? 動きにくい……」

 

「別にいいでしょ! それより、今度のテスト、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くこと!」

 

「……引き分けだったら?」

 

「互いの言うことを聞けばいいでしょ!」

 

 

 いきなりの提案に面食らった感じのタカトシだったが、私の考えが分からなかったのか首をかしげながら承諾してくれた。

 一緒に寝たおかげか、翌日の私はすこぶる機嫌がよく、その気持ちはテスト最終日まで続いたのだった。

 

「やっぱり引き分けだったね」

 

「あんた、やっぱり成長したわね」

 

 

 結果は両者満点で引き分け。まぁ、私はこの結果を狙ってたので問題ないのだけど。

 

「ところで、コトミちゃんと時さんは?」

 

「二人とも平均以上だってさ。あの二人だけ勉強会延長した甲斐があったよ」

 

 

 結局補習の恐怖から解放されなかった二人は、テスト期間中もタカトシに勉強を見てもらっていたらしいのだ。妹のコトミちゃんはともかく、時さんはタカトシに頭が上がらなくなったわね。

 

「それで、スズが俺にお願いしたい事って何だったの?」

 

「……今度二人っきりで買い物に行きましょう」

 

「別にいいよ」

 

 

 勇気を振り絞って言ったことをあっさりと了承するとは……まぁ、それがタカトシらしいわね。

 

「それじゃあ、今度の日曜日に」

 

「分かった。待ち合わせ場所とかは後でメールして」

 

 

 クラスメイトに泣きつかれたタカトシは、私に軽く手を上げて空き教室へ向かっていった。多分追試の手伝いを頼まれたのでしょうね。




潜伏期間が長かった分、甘えまくらせる予定です


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追跡隊

またの名をストーカー……


 タカ兄のおかげで補習を免れるどころか平均以上の点数を取ることが出来た。二日間の勉強会だけでは、私とトッキーの補習回避は不可能だと判断したタカ兄が、テスト期間中も私たちの相手をしてくれたからこの結果があるといえるだろう。

 

「まさか私にこんな点数を取るポテンシャルがあったなんて……」

 

「津田先輩が必死になって教えてくれたからでしょ……」

 

「確かに、兄貴がいなきゃ今頃補習確定だって沈んでただろうな」

 

「それじゃあトッキー、お礼としてタカ兄に処女を――」

 

「くだらない事言ってないで、少しは津田先輩の事を考えたら? そんな事本人に言ったら、せっかく補習を免れたのに塾に入れられちゃうよ」

 

 

 た、確かに……タカ兄に下ネタはあまり言わない方が良いと、最近になってようやくそんなことが分かってきたのだ。だって、反応薄いし、酷いと意味を聞いてきたりするもんね……

 

「他にお礼になりそうな物か……この胸でタカ兄を気持ちよくしてあげるしか――」

 

「いい加減にしないと津田先輩に言いつけるよ」

 

「冗談だよ……あれ? あそこにいるのってタカ兄とスズ先輩じゃない?」

 

 

 マキのジト目に耐えられなくなり視線を逸らした先に、仲良さそうに校門を出ていく二人の姿をとらえた。

 

「あの二人って帰る方向逆のはずじゃ……面白くなりそう。マキ、トッキー、追跡を開始する」

 

「勝手にやってろ……なぁ、ま――」

 

「何してるの! さっさと追跡するわよ!」

 

「お前もか……」

 

 

 トッキーがマキのやる気を見て天を仰いだ。マキだけは自分と同じ考えだと思ってたんだろうな……

 

「あれ? シノ会長にアリア先輩。それに畑先輩にムッツリ先輩まで」

 

「私はムッツリじゃありません!」

 

「まぁまぁ、カエデちゃん。それで、コトミちゃんもタカトシ君の追跡かしら?」

 

「ええまぁ。たまたま窓からタカ兄とスズ先輩が一緒にいるところを見たので」

 

 

 やっぱりタカ兄は人気者なんだなー、って思う。これだけの美人の先輩たちにストーキングされるんだから。

 

「何してるんですか! 見失っちゃいますよ!」

 

「一番やる気なのはマキか……」

 

 

 最近大人しくなったと思ってたけど、やっぱりマキはタカ兄が絡むと別人だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めから同点狙いだったとはいえ、こうして二人っきりになると恥ずかしいわね……周りからは恋人同士に見えちゃったりしてるのかしら……

 

「コスプレ?」

 

「仲のいい兄妹なのね、きっと。お兄ちゃんと同じ服を着たいとか、そんな感じじゃない?」

 

「もしかしたらお兄ちゃんの趣味かもよ? ロリコンとか」

 

 

 ………

 

「誰がコスプレだ! 私はれっきとした高校生だ!」

 

「お、おい……いきなり大声を出すなんてどうした?」

 

「だって! あいつらが私の事をロりだのコスプレだのって!」

 

 

 私が指さした方をタカトシが見ると、さっきの女どもがペコペコ頭を下げて逃げ出していった。

 

「てか、いきなり騒ぐとかスズらしくないぞ。普段なら笑って流すとかするじゃんか」

 

「……今だけは耐えられなかったのよ」

 

「えっ? ごめん、もう少し大きな声で言ってくれないと聞こえない」

 

 

 あえて聞こえないようにつぶやいたので、このタカトシの反応は当然だろう。もちろん、聞かせるつもりはないけどね。

 

「さてと、気を取り直してどこかに行きましょう!」

 

「そうだな……背後の連中を撒く必要はありそうだ」

 

「背後?」

 

 

 タカトシに小声で伝えられ、私はさりげない仕草でカーブミラーを見た。

 

「なるほど……畑さん以外は素人だからしょうがないかもしれないけど、あれじゃ丸見えね」

 

「ストーカーの玄人ってなんだよ……」

 

「せめて追跡って言ってあげたら?」

 

「無理だろ……特に会長とか八月一日さんとかは……息が荒いぞ」

 

 

 この距離で私の小声が聞こえなかったのに、さらに離れてる二人の息遣いは聞こえるの? ……もしかして、さっきのも聞こえてたけどあえて聞こえなかったフリをしてくれたのかしら。

 

「とりあえず、カラオケでも行く? さすがに部屋の中までは突撃出来ないだろうし」

 

「そうね。でも、寄り道は校則違反よね。五十嵐先輩に怒られるわよ」

 

「じゃあ一回家に帰るか。それで、一時間後にまた集合で」

 

「了解。それじゃあ、私はこっちだから」

 

 

 タカトシと別れ、私は自宅までダッシュで帰った。すれ違った会長たちには気づかないフリをして、タカトシとの約束だけを考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か面白いことがありそうな予感がして尾行したが、何もないまま津田副会長と萩村さんは解散してしまった。

 

「ちょっとおしゃべりしてただけだったんですね」

 

「てか、スズ先輩私たちの横を通ったのに気づきませんでしたね」

 

「タカトシ君も珍しくスルーして帰っちゃったし……」

 

「私はこのまま張り込みを続けますが、皆さんはどうします?」

 

 

 張り込みの心得もないでしょうし、すでに津田副会長には我々の存在を知られてるっぽいですしね……大人数で動くのは得策ではないでしょう。

 

「仕方ないから私たちは帰ります。トッキー、マキ、打ち上げでカラオケ行かない?」

 

「寄り道は校則違反ですよ。……あれ? もしかしてタカトシ君たちもそれを考えていったん解散したんじゃ」

 

 

 五十嵐さんの考えは多分あたりでしょうね……となると、集合は一時間後かそこらね……

 

「私たちも急いで帰って着替えるぞ! 何としてもあの二人の不純異性交遊を止めなければ!」

 

「シノちゃん、目的は違うんじゃない?」

 

 

 まぁ天草会長の本音と建て前はどうでもいいですけど、万が一くんずほぐれつの展開になったら、それはもう売れるでしょうね。

 

「では、皆さんは一時帰宅ということで」

 

「畑は?」

 

「私はこのように――一瞬で着替えることが可能ですので」

 

 

 張り込み道具の中に忍ばせていた着替えを取り出し、一瞬で制服から着替えて見せた。これで寄り道にはならないはずよね。

 

「……不要なものを学校に持ち込んだとして、畑さんには後日風紀委員会に出頭してもらいます」

 

「えっー! 貴女も興味津々なのでしょ~? 見逃してくれないかしら~」

 

「規則ですので」

 

 

 風紀委員長も副会長の事が気になって仕方ないはずなのに……融通の利かない人ね、まったく……




たまに出てきては壊れていくような……


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限りなくデート

これでスズも先頭争いに加われる……か?


 タカ兄とスズ先輩は真面目だから、制服のまま寄り道はしないと思っていたけど、まさか本当に一回家に帰るとは思ってなかったよ。

 

「タカ兄、お帰り~」

 

「ああ、ただいま」

 

 

 先回りしてタカ兄を出迎えた私は、何食わぬ顔でタカ兄のテスト結果を聞くことにした。

 

「タカ兄、テストどうだった?」

 

「いつも通りだよ。お前は今回はまともな点数だったらしいな」

 

「その言い方、いつもまともな点数じゃないみたいじゃない!」

 

「……まともだったのか?」

 

 

 本気で首を傾げられると、私も反応に困ってしまう……赤点すれすれの点数が、果たしてまともな点数なのか、私にも分からないもんね。

 

「ところでタカ兄、テストも終わったしどっか行こうよ!」

 

「今からか? 悪いが約束があるから明日以降にしてくれ」

 

 

 あれ、誤魔化すかと思ったけどはっきりと言っちゃうんだ……

 

「約束って、誰と?」

 

「お前、さっき会長たちと後をつけてただろ。スズと出かけるから明日以降にしろって事だよ。万が一ついて来たら……さて、どうしようか」

 

 

 タカ兄が見せた笑みに、私は震え上がった。たまに見るけど、タカ兄がこういった悪い笑みを浮かべてる時は、本気でやばい時なのだ。下手に逆らったら意識を刈られる可能性が高い……これはシノ会長たちにも報告しておかなければ。

 

「お前が会長たちを止めてくれるなら、お前に任せる。俺も何度も気絶させるの面倒だし」

 

「私、何も言ってないよね?」

 

「お前は顔に出やすいからな。八月一日さんにも言っておけよ。あの子もなんか変なスイッチ入ってたぽいから」

 

 

 さすがタカ兄……あの距離で誰がどんな状況だったのかもバッチリ把握してるとは。

 

「それじゃあ、俺は出かけてくる」

 

「私はシノ会長たちにメールして、大人しく留守番してるね」

 

「ん、頼んだぞ」

 

 

 タカ兄は優しく微笑み、私の頭を撫でてくれた。こんなことされちゃ、タカ兄を裏切って追跡するわけにもいかないよね……何より、今の顔だけで三回は絶頂出来るもん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシとの待ち合わせ場所に到着したのは、約束の三十分前。さすがに早すぎる……

 

「別にデートとかじゃないのに、なんで緊張してるのよ私……」

 

 

 よく考えれば、タカトシと出かけるのだって初めてじゃないのに……まぁ、二人っきりってシチュエーションがあったかどうかと問われれば、無かったと思うけど……

 

「それにしてもさすがに三十分前は早すぎるわよ……どこかで時間を潰して……」

 

 

 適当な店を探したが、この辺りにはコンビニくらいしかなかった。立ち読みするのもあれだし、かといって少し離れた場所に移動したら、ここが見えなくなる可能性も……

 

「あ、あれ? タカトシ……」

 

「早いね。待たせちゃ悪いからと思って早く来たのに」

 

「わ、私もそう思って早く来たのよ!」

 

 

 まさか緊張して早く来たなんて、恥ずかしくて言えない。タカトシの気配りに便乗して、私は緊張してるのを誤魔化すことにした。

 

「追跡者はいないな」

 

「さすがにこの時間には来ないでしょ。畑さんならありえそうだけど」

 

「コトミに思いとどまらせるようにメールさせたからな。よほどの命知らずでもない限り来ないだろ」

 

「……なにしたのよ?」

 

「別に。ちょっと『お願い』しただけで、コトミも素直に聞いてくれたからな」

 

 

 何となく、聞いちゃいけないと思った。多分聞いたら恐怖するだろうし……

 

「とりあえず、どっかに行きましょう」

 

「どこに行くんだ?」

 

「そうねぇ……映画でも見に行きましょうか」

 

「良いよ」

 

 

 特に見たい映画があるわけでも、他に何も思いつかなかったわけでもないが、せっかくの二人っきりなんだから、ちょっとくらいデートっぽい事をしてもいいよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズが選んだ映画は、今話題の恋愛映画だった。普段見ないし、普通に誘われても見たかどうか分からないような映画だが、今日はまぁいいか。

 

「面白かったわね」

 

「何となくセリフが棒読みぽかったけど、ストーリーは悪くなかったかな」

 

「あんた、そんな事気にしながら見てたの? もう少し純粋に楽しみなさいよ」

 

「そういわれてもな……気になったものは仕方ないだろ」

 

 

 特にヒロイン役の女優が棒読みだった気がする。あれでも立派に演技してるんだろうけども、もう少し感情をこめられないものか、と思ったシーンも一つや二つじゃない。

 

「この後はどうする? どっかでお昼でも食べて別のところにでも行くか?」

 

「そうしましょう。ちょうどあそこにパスタハウスがあるし」

 

「スズがそこで良いなら構わないけど」

 

 

 俺はスズと二人でその店に入り、注文を済ませてふと外を見ると――

 

「あれ、畑さんだよな?」

 

「畑さんね……マスクに帽子、サングラスまでしてるけど、明らかに畑さんね」

 

 

――挙動不審、見るからに不審者、職務質問されても仕方ないような先輩がそこにいた。

 

「気づかなかったふりをして、メールだけ送っておこう」

 

 

 俺は素早くメールを打ち、畑さんに送信した。そしてそのメールを読んだ畑さんは、その場でペコペコと頭を下げて、逃げるようにその場からいなくなってしまった。

 

「あんた、なんて打ったのよ」

 

「ん? 今後エッセイは書かないし、新聞部の予算もご自身で稼いだ分から出してくださいって」

 

「笑顔でえげつない事を言うわね……」

 

「そうかな?」

 

 

 ちょうどそのタイミングでパスタが運ばれてきて、その話題はそこで終わった。それにしても、あの人にはコトミからのメールが行ってなかったのだろうか……

 

「タカトシの、少しくれない?」

 

「別にいいよ、はい」

 

 

 スズにパスタを差し出すと、少し照れた様子だったけどふつうに食べた。よく考えれば間接キスか……まぁ、スズが気にしないなら問題ないかな。




コトミがヤバい……あっ、いつも通りか……


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それぞれの反省

釘を刺されているのに……


 た、タカトシが使ってたフォークでタカトシのパスタを食べてしまった……これって完全に間接キスよね……べ、別にこの年で間接キスが恥ずかしいってわけでもないし、タカトシが気にしていないんだから、私も気にしなくていいのよね?

 

「わ、私のも食べる?」

 

「そうだね。少しもらおうかな」

 

 

 そういってタカトシは、自分のフォークで私のパスタを食べようとしてくる。それが普通なのだろうが、私はあえてそのフォークを遮り、自分が使っているフォークに適量巻き付けてタカトシに差し出す。

 

「さ、さっきのお返しなんだから、これが正しいでしょ?」

 

「まぁ、スズが気にしないならいいけど」

 

 

 そういってタカトシは、私が差し出したフォークでパスタを食べる。これも完全に間接キスね……しかも、次に私がまた使うんだし、なんだか恥ずかしくなってきたわね……

 

「食べ終えたらどこに行く?」

 

「へっ? そうね……小物でも見に行きたいけど、男のあんたが来ても面白くないかもしれないわね」

 

「別にいいよ。今日はスズに付き合うって決めたんだから」

 

「テストは同点だったのに、あんたは何も要求してこないのね」

 

「別にスズにお願いした事は今のところないし、何か出来たら頼むよ」

 

 

 た、タカトシに頼まれる事って、結構面倒な事っぽいわね……自分の事しか考えてなかったけど、タカトシから頼み事されるって大変じゃない……

 

「それじゃあ、そこに隠れてる会長たちを撒いて、スズの小物を買いに行こうか」

 

「えっ、会長?」

 

 

 タカトシが小声になったので、私もつられて小声に返したけど、どこに会長たちが隠れているのか、ついに私には分からなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシにバレてしまったので、私とアリアは大人しく買い物に行くことにした。

 

「完璧に隠れてたつもりだったのだがな……」

 

「畑さんを囮に使ったのにね~」

 

「コトミに忠告されていたが、やはり気になってしまったからな……怒られないよな?」

 

 

 アリアに問いかけるが、笑って誤魔化された……つまりはそういう事なのだろう……

 

「好奇心はほどほどにしないければ、と常々思っていたのにな……」

 

「仕方ないよ、シノちゃん。人間は好奇心には逆らえないんだから」

 

「まったくですね~」

 

「おぉ、畑」

 

「せっかくわざと見つかったのに、会長たちまで見つかってしまうとは……」

 

 

 あれってわざとだったのか……てっきり素で見つかったものだとばかり思っていたが……

 

「私はあくまで会長たちに付き合っただけで、私個人としては止めるべきだったと思っていましたからね。怒られてもそこだけは忘れないでくださいよ?」

 

「あっ、ズルいぞ! そもそもお前がこのボイスレコーダーと超小型カメラを渡してきたんだろ?」

 

「どっちにしろ怒られるんだし、諦めて遊びましょうよ?」

 

 

 既に開き直っているのか、アリアは怒られる事を恐れていないらしい。まぁ、決定事項ではあるのだから、今からあれこれ言っても仕方ないしな……

 

「それで、どこに行く?」

 

「女三人で映画を見に行ってもねぇ……ここは津田副会長たちみたいに、何か買いに行きますか?」

 

「それでしたら、私がご案内しましょう」

 

「出島さん、いつからいたの?」

 

「お嬢様が津田さんを尾行していた時から、私もお嬢様を尾行していました」

 

 

 つまり、出島さんはアリア専門のストーカーという事か……てか、今までいたことに気づかなかったぞ……

 

「是非その追跡の極意を教えてください」

 

「私の授業料は高いですよ?」

 

「これじゃあダメですか?」

 

 

 そういって畑が取り出したのは、アリアの着替え中の写真だった。どこで盗撮したんだ、こいつは……

 

「今回はこれで引き受けましょう。その代り、今後もお願いできますでしょうか?」

 

「では、交渉成立ですね」

 

「畑さ~ん、後で盗撮の件、聞かせてね~」

 

 

 出島さんとの間で交渉成立した畑だったが、アリアに後で怒られることが決定した。タカトシにも怒られる事になるのに、なんで自分から怒られる回数を増やしてるんだ、アイツは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄がスズ先輩とお出かけしてしまったが、私は追跡することなく家で大人しくソロプレイをしていた。だって、あんな表情のタカ兄を見てしまったら、体が火照って仕方ないのだから。

 

「やっぱりタカ兄だけで十回は絶頂出来るよ……なんでタカ兄がお兄ちゃんなんだろう……」

 

 

 それは、昔から思っていたこと。子供のころは無邪気に結婚の約束をしたりしたけど――実際は昼ドラの影響だったりしたけど――今そんな事言えばタカ兄に呆れられるだろう。だって、私とタカ兄は血のつながった兄妹なんだから……

 

「サクラ先輩やカエデ先輩のように、キスしてもらえないし……」

 

 

 タカ兄の近くで生活できる、という特典はあるけども、どう頑張っても最後の一線を越えることは私には出来ないのだ。

 

「私が、っていうよりはタカ兄がそんな事望まないだろうしね……」

 

 

 真面目が取り柄と言っても過言ではないタカ兄が、そんな背徳的なことを望むわけがないし……

 

「でも、そんな背徳的な妄想が堪らなく興奮するんだよね~」

 

 

 結局、タカ兄が帰ってくるまでの間、三十回は絶頂してしまい、部屋中汚しまくってしまった……

 

「で? どうやったらここまで汚れるんだ? 昨日掃除したと思うんだが」

 

「ちょっとソロ活動に気合を入れてしまいまして……誰もいないしリビングでって思ってました……」

 

「その活動の内容は聞かないが、夕飯が出来るまでに綺麗にしておけよ」

 

「はい、わかりました……」

 

 

 タカ兄は多分分かってて聞かなかったんだろうけども、それを今聞いたら余計に怒られるから黙っておこう。さてと、開放的な気分を味わえたのは良かったけど、なんでこんなに汚れてるんだろう……あっ、三十回も絶頂してたらこれくらい汚れるか……てか、何時間ソロ活動してたんだろう……




コトミなら、これくらい楽勝……ではないだろうな


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シノがお悩み相談

ようやく原作に戻ってこれた……


 テストも終わり、ようやく一息つけると思ったらプール開き。例によって新入生獲得のために俺は新聞部と学園に客寄せパンダとして使われることになった……

 

「今年は思いっきり泳いでくれていいわよ~」

 

「毎回思うんですけど、この映像はどこで流してるんですか? 俺は見たことないんですけど」

 

「新入生に向けての映像だから、在校生は見てなくて当然ね」

 

「……まさかとは思いますが、これで小銭を稼いでる訳じゃないですよね?」

 

 

 この人は油断すると商売を始めるからな……このあたりでしっかりとくぎを刺しておかなければ。

 

「学園が買い取ってくれてるので、別に商売しなくても問題ないわね」

 

「何やってんの!?」

 

 

 新聞部に依頼って、ちゃんと金を払っての依頼だったのか……てか、これ以上新聞部を富ませるのは良くないんじゃないだろうか……沖縄にも自腹切って来てたし……

 

「参考までに、目標は何メートルですか?」

 

「目標と言われましても……自分の限界が分かりませんし……とりあえず二百くらいで」

 

「萩村さんは?」

 

 

 畑さんが不意に俺の横に立っていたスズに話題を振った。この人は何をしたいんだろうか……

 

「十五メートル」

 

「おや~? 萩村さんは泳げないんでしたっけ?」

 

「いえ、今年こそあそこに足を着けてやるんだって思いまして」

 

「プールって、真ん中が一番深いんだっけ……」

 

 

 何となく悲しい目標だと思ったけど、スズがそれでいいのなら俺がとやかく言う事ではないだろう。

 

「では、津田副会長に泳いでいただきましょう。観客の皆さんは押さないようにお願いします」

 

「何ですか観客って……」

 

 

 クラスメイトが見てるだけだと思ってたけど、いつの間にか他のクラスの連中まで来てるし……てか、教師は何をしてるんだ……

 

「津田の半裸体が見れると聞いて!」

 

「……あの人クビにした方が良いんじゃないかな」

 

 

 あれで生徒会顧問だっていうんだから、世の中はおかしいんだろうな……てか、他の先生たちまで来てるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、生徒会室で一つの議題について話し合っていた。

 

「どうも野良ネコが住み着いて、悪戯をしてるらしいんですよね。原因は生徒たちが面白半分で残り物などをやって餌付けしたらしいからですが」

 

「うっ!」

 

「うっ!!」

 

「うっ!!!」

 

「……生徒会役員三人もですか」

 

「うぅ……」

 

「それで、横島先生は何故頭を抱えてるんです?」

 

「残り物って言うな……」

 

 

 一人だけ違うところに反応していたようで、タカトシはそれは取り合わなかった。

 

「保健所に連絡して駆除してもらうのが一番良いのかもしれませんが、誰か飼えないか聞いてみましょうか」

 

「それだったら、私の家で飼うよ~。出島さんが猫アレルギーだけど、たぶん大丈夫だから」

 

「では、早速猫を捕獲しましょう」

 

 

 ふざける暇を与えないタカトシの進行に、会長はさっきから一言も発していない。これじゃあどっちが会長だか分からないわね……

 

「ところで、猫ってどこら辺に出没するんですか?」

 

「校舎裏とか、中庭とかいろいろね」

 

「人に餌をもらってるって事は、それほど苦労しないで捕まえられそうだな」

 

「アンタは見たことないの?」

 

「あんまり外で弁当を食べることが無いからな……基本学食か教室で済ませるし」

 

「さすが主夫ね……お弁当だから気にしないって?」

 

 

 タカトシがお弁当なのは知っているし、基本柳本と一緒に食べているのも知っている。だけど、偶には私と一緒に食べてくれてもいいんじゃないかしら……まぁ、誘おうと思っても誘えてない私にも原因はあるんだろうけどもさ……

 

「あっ、いた」

 

「木の上ね……あれじゃ捕まえられない……え?」

 

 

 梯子か何かを探さなきゃと言おうとしたら、タカトシがあっという間に木に登り猫を捕獲した。相変わらずの運動神経ね……

 

「この猫で間違いないんだよな?」

 

「そうね。この子が住み着いてる猫ね」

 

「……なんか足元に猫がすり寄ってきてるんだが」

 

「妻子持ちだったのね……」

 

 

 結局、この猫一家は七条先輩の家で飼われることになった。出島さんが鼻水と涙を流しながら連れて帰ったのが印象的だったけど……てか、なんで出島さんがいたのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お悩み相談室も、最近ではめっきり使われることが無くなってきた。と、言うわけで今日は私が相談したいと思う。

 

「……で、何故俺なんですか?」

 

「うむ。私の悩みに、君が大きく関係しているからだ」

 

「はぁ……それで、会長の悩みとは?」

 

「それだ」

 

「?」

 

 

 理解できなかったのか、タカトシは首を傾げた。まったく、普段は気づかなくてもいい事まで気が付くくせに、こういうところは鈍感なのだな。

 

「君が、いつまでたっても私の事を『会長』と呼ぶことが、私の悩みだ」

 

「はぁ……では、天草先輩とでもお呼びしましょうか?」

 

「アリアや五十嵐の事は名前で呼ぶのに、何故私だけ苗字なんだ!」

 

「別に深い意味は無いですけど……では、シノ先輩」

 

「うむ! これで私の悩みは解決された!」

 

「じゃあ帰っていいですか? 洗濯物を干しっぱなしなので」

 

「ああ、ご苦労だった」

 

 

 これでようやく私もタカトシに名前で呼んでもらうことが出来たな。気が付けばサクラ、五十嵐、カナ、萩村、アリアまでもがタカトシに名前で呼ばれてるからな……

 

「別に何とも思わないが、私だけ苗字だっていうのが気に入らない」

 

 

 三葉や轟、八月一日はともかくとして、私は結構早くからタカトシと知り合いだったのに、最後まで苗字だったからな……これでようやく他の連中と同じ位置まで来たな。べ、別に深い意味は無いのだがな。




タカトシの運動神経が光ったな……


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夏休み前

ちょっと詰め込みました


 桜才学園運動部として初となるインターハイ出場を、三葉たち柔道部が決めたらしい。そのことで話があるという旨のメールを役員たちに出し、集合した次第だ。

 

「我々生徒会でも、何かするべきではないだろうか?」

 

「壮行会は行われるんですよね? なら、そこで何かをすればいい訳ですから……スズ、何か意見ある?」

 

「サプライズがあれば盛り上がると思うわよ」

 

 

 優秀な後輩たちが企画を練ってくれている間、私はアリアと別の企画を考えることにしよう。

 

「アリア、何かいい案は無いか?」

 

「サプライズって事は、定番はやっぱりポロリだよね!」

 

「なるほど。タカトシの息子をポロリか」

 

「でも、タカトシ君の息子を全校生徒に見せるのはもったいないよね~」

 

「確かに……」

 

 

 私たちですら見たことないのに、全校生徒に見せるなどもったいない! しかも壮行会ということは教師も当然いるわけで、あの人がタカトシを襲いかねないな……

 

「残念だがアリア、この案は却下だ。タカトシの初めてを横島先生に奪われてしまうかもしれない」

 

「それは思いつかなかったよ~。危ない所だったね」

 

「危ないのは貴女たちの頭の中ではありませんかね?」

 

 

 背後から底冷えのする声が聞こえてきて、私は恐る恐る振り返る。そこには、ある意味想像通りのタカトシが拳を握りしめながら、ひきつった笑みを浮かべていた。

 

「少しはまともに考えてくれませんかね? いい加減、殴るのも疲れるんですが」

 

「これからは立派な生徒会長になる所存であります」

 

「私も、冗談は自重する方向で邁進していきたいと思っています」

 

 

 とりあえず平謝りして、何とか拳骨だけは許してもらった。この前ストーキングしてた時の罰として喰らった拳骨は、頭が割れるんじゃないかって思うくらい痛かったからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壮行会も無事に終わり――途中横島先生が手柄を横取りしたり、畑さんがチアのスカートの中を盗撮したり、コーラス部の口元のアップを撮ったりと、細かな問題はあったが、とりあえずは生徒会室へ戻ってきた。

 

「応援部なんてあったんだね~」

 

「このために男子たちが結成したとか。一応部活申請は通ってるんですけど」

 

「そうなんだ~。シノちゃんは知ってた?」

 

「当たり前だ! 認印を押したのは私だからな!」

 

 

 会長が胸を張ると、隣でタカトシがため息を吐きたそうにしていた。

 

「何かあったの?」

 

「いや、認印を押したのは俺なんだけど……会長は俺が許可した後にそのことを知ったはずだから」

 

「そうだったか? まぁ、とりあえず知ってはいた」

 

 

 記憶があやふやなのか、会長は誤魔化して話題を変えたのだった。

 

「そう言えばそろそろ夏休みだが、みんなは何か予定でもあるのか?」

 

「私はお稽古事とかが忙しいけど、他の日だったら大丈夫だよ~」

 

「俺もバイトが無ければ大丈夫ですね。コトミも補習を免れましたから」

 

「私もとくには無いですね」

 

 

 これだけ聞くと、生徒会の面々が暇っぽい感じがするわね……まぁ、実際暇な日が多いのは否定しないけど。

 

「ではまた何か企画でもするか!」

 

「シノちゃん、楽しそうだね~」

 

「タカトシ、なんだか疲れた顔してない?」

 

 

 会長たちが張り切ってる側で、タカトシが疲れ果てた顔を見せたのが気になったので、私は小声でそう話しかけた。

 

「だって、会長の企画って事は、カナさんや他の人も呼ぶだろうし、そうなるとツッコミの比率が……」

 

「何時もご苦労様です。私も出来る限り手伝うから」

 

 

 ツッコミにおいて、タカトシとサクラさんには敵わない私だが、他の人よりはまともなツッコミは出来るだろうし、普段タカトシに押し付けすぎてる感は確かにあるものね……少しくらい頑張らなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一学期の終業式、私はトッキーと二人で補習から逃れた喜びを分かち合っていた。

 

「ホントタカ兄には感謝だよね~」

 

「あの人がお前の兄貴だって、まだ信じられねぇけど、確かに兄貴のおかげで補習を免れることが出来たからな」

 

「二人ともおめでとう。このクラスには補習者がいないんだってね」

 

「私とトッキーが危ない感じだったから、私たちが補習じゃなきゃ誰もいないって」

 

 

 中間で赤点だったのも私とトッキーだけだしね。あの時は本気でタカ兄に殺されるかと思ったけど、何とかなだめることが出来たから良かったよ。

 

「補習もないし、夏休みはいっぱい遊ぼう!」

 

「遊ぶのはいいけど、ちゃんと宿題やらないとまた津田先輩に怒られるよ?」

 

「じゃあ、三人で集まって宿題もしようか。ウチでやればタカ兄に聞けるし」

 

「……最初から兄貴頼みなのはどうなんだ」

 

 

 珍しくトッキーがツッコミを入れてきたけど、イマイチキレは良くないね。まぁ、普段はツッコまれる側だし。

 

「トッキーだって、マキだって、タカ兄がいた方がうれしいでしょ?」

 

「べ、別に津田先輩がいなくたってちゃんと宿題はやるわよ!」

 

「まぁ、私は兄貴に聞かないと分からない箇所が多いだろうし、いてくれた方が助かるな」

 

「私だってタカ兄がいないと宿題出来ないだろうし」

 

 

 私とトッキーは勉強面で、マキは精神面でタカ兄の助けが必要だろうし、やっぱり宿題をやるなら私の部屋だね。

 

「早速タカ兄に予定を聞かなければ! バイトのない日なら大抵家にいるだろうし」

 

 

 生徒会の方で仕事が無ければ、タカ兄だって基本的には家で作業するだろうしね。

 

「これで宿題の問題も片付いたから、思う存分遊べるね!」

 

「いや、まだやってすらないだろ……」

 

 

 またトッキーにツッコまれたけど、まぁ明日からの夏休みを楽しみにしてるってことにしておこう。




二人はまともな生徒会役員になるのだろうか……


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桜才学園七不思議 前編

視点分けが難しい話だ……


 生徒会の仕事でたまたま学園に来ていた日に、たまたま新聞部から合宿の申請があった。

 

「この学園で合宿? 新聞部が何をするんだ?」

 

「実は、桜才学園にまつわる七不思議を体験取材しようと思いまして」

 

 

 畑さんが言った「七不思議」という単語に、スズが反応を見せた。それとは別に、シノ先輩とアリア先輩が目を輝かせたようにも見えたんだよな……なんとなく嫌な予感がする。

 

「噂の真偽は別として……危なそうなことには許可は出せないな」

 

「そうですよ!!」

 

「だから、我々生徒会が立ち会うのが条件だ!!」

 

「えっ!?」

 

「あぁ、やっぱりそうなったか……」

 

 

 こうして、新聞部主催、生徒会役員同伴の桜才学園七不思議体験取材、一泊二日の合宿が行われることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度解散して、夕方に再び学園へとやってきた。出来ることなら参加したくないんだけどな……

 

「スズちゃん、お守りとか持ってきた?」

 

「そんなもの必要ありませんから」

 

「「「へー」」」

 

「ユーレイとか信じてませんから」

 

「「「へー」」」

 

「七不思議なんて子供だましですから」

 

「「「へー」」」

 

 

 会長、七条先輩、畑さんの三人が私の強がりに感心している。こ、これで怖がってることを誤魔化せたかしら。

 

「すごい度胸だねー」

 

「やはり念のためにな」

 

「てゆーか基本ですよ」

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

 

 三人ともしっかりとお守りを持ってきていた。てか、基本なら教えてよ!

 

「では第一の噂は、北校舎三階にある、ノロイの階段です」

 

「上りと下りで数が違うってやつですか?」

 

「ハズレー」

 

 

 タカトシと畑さんが何やら喋っているけど、耳をふさいじゃえば――

 

『ある日の放課後、女子高生が下校のためこの階段を下りていた時の事。ふと何か柔らかいものを踏みました。下に目をやるとそこには、男の顔が浮き出て笑っていたそうです』

 

 

 しまった! 読唇術で何を言ってるか分かっちゃった!

 

「女子高生に踏まれてうれしかったのか?」

 

「その説が濃厚かと」

 

「怖くない」

 

 

 な、何だ……いつも通りの下ネタ路線の七不思議なのね。それなら大丈夫かもしれないわね。

 

「第二の噂は『赤いプール』」

 

「じゃあプールに移動しましょう」

 

 

 でも、妙にタカトシがノリノリに思えるのは気のせいなのかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プールにやってきた私とアリアは、とりあえず泳ぐことにした。

 

「夕焼けの日にここで泳ぐと、何者かに掴まれて水中に引きずり込まれるらしいのよ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 タカトシと畑が七不思議について話してると、萩村が驚いた声を上げた。

 

「七条先輩の身体に何か掴まれたような跡が!!」

 

 

 よく見ると、アリアの肩らへんに跡が見える。これはもしかして――

 

「これは縄の――下着の跡だよ」

 

「もう誤魔化しとか無理だから」

 

 

――やはり縄の跡だったか。

 

「さっき解いてるの見たから、もしかしてと思ったが、やっぱりだったか~」

 

「紛らわしくてごめんなさいね~」

 

「「………」」

 

 

 後輩二人に蔑みの目で見られるアリア。なぜか水の中でクネクネしてるのは、きっとタカトシの視線が快感に変わったからだろうな。

 

「何もなさそうなので、お二人も着替えて次の場所に向かいましょう」

 

 

 そういわれたので、私とアリアは更衣室へと移動することにした。

 

「タカトシは外で待ってろ」

 

「別にタカトシ君なら覗いてもいいんだよ~?」

 

「覗きませんよ……」

 

 

 呆れたタカトシが先にプールの外に出てしまったので、私たちも急いで着替えることにした。

 

「お疲れさまでした~。下着どうぞ」

 

「コワクナイ、コワクナイ、コワクナイ、コワクナイ……」

 

 

 更衣室の隅っこで、萩村が何かを呟いているが、その光景がなんとなく怖いような気もするが……まぁいいか。

 

「ん? このブラ、アリアのじゃないか?」

 

「うん、こっちがシノちゃんのだね」

 

「え、逆でした?」

 

 

 畑が不思議そうな顔でこっちに近づいてくる。

 

「貧乳が大きいブラでポロリ、巨乳が小さいブラでポロリが私の定義でして」

 

「許さん!」

 

 

 そんな定義どうでも良いが、アリアのブラを渡された私の気持ちをどう考えるんだ! あんなに大きいなんて思ってなかったぞ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の検証場所へ移動して、私はやる気を見せた。

 

「次の検証場所は、旧館の女子トイレです」

 

「さすがに俺は外で待ってます」

 

「もう暗くなってきたから、さっさと済ませましょう。別に怖いとかじゃなく」

 

 

 津田副会長はともかく、萩村さんは怖いんじゃないのでしょうか。

 

「そうね、その意見には賛成」

 

 

 でもまぁ、萩村さんの意見には賛成するんだけどね。

 

「長くトイレに入っていると、大便と間違われるものね」

 

「貴女の口から、そんなデリケートな事言われても……それに、誰が勘違いするんですか?」

 

「えっ? 津田君以外に誰か勘違いする人がいるの?」

 

「……さっさと検証して来い!」

 

 

 津田副会長に怒られたので、私と天草さん、七条さんと萩村さんの四人でトイレに入った。

 

「トイレと言うと、やはり花子さんか?」

 

「いえ、違います。ここのトイレは異世界に繋がっており、夜に使用すると便器から悪魔の手が出てきて引きずり込まれるとか」

 

「ここが入口なのか…」

 

 

 天草さんと七条さんが興味津々なのに対して、萩村さんは一向に便器に近づこうとしない。

 

「ただ、これには対処法があってね」

 

「……どんなですか?」

 

 

 怖がっているのなら、安心させてあげればいいのよね。

 

「聖水を掛ければ浄化するそうです」

 

「聖水なんて、普通持ってませんよ」

 

「いや、トイレに来たんだから、出るでしょう?」

 

「えっ?」

 

 

 結局ここも何も起こらなかったので、私たちはトイレから出て、津田副会長と合流した。

 

「何もなかったんですか?」

 

「萩村さんの面白いポーズが撮れたんだけど、見る?」

 

「あんたいつ撮った!」

 

 

 さっきの驚いて股に力を入れる萩村さんの写真を見せようとしたけど、寸前で萩村さんにカメラを取り上げられてしまい、消去されてしまった……せっかく最近、萩村スズ親衛隊なるものが結成され、高く売れると思ったのにな~……まぁ仕方ないですね。




そっちの「聖水」をすぐ思いつく人は、まず普通ではない……


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桜才学園七不思議 後編

あのセリフは台本だったのか、それともアドリブだったのか……


 旧校舎のトイレでは何も起こらなかったので、私たちは次の現場に向かうことにした。

 

「今日は私のおてせーい!」

 

「畑さん、料理出来たんですね」

 

「津田副会長には負けるけどね~」

 

 

 調理室に何かの噂があるのか分からないけど、私たちは畑さんお手製のカレーを食べることにした。

 

「はぁ……」

 

「萩村、どうかしたのか?」

 

 

 私がため息を吐くと、会長が心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 

「私の気分は、今の天気と同じですよ」

 

 

 外はどんよりとした雲で覆われ、雨も降っている。つまり、最悪のコンディションだ。

 

「濡れ濡れのぐちょぐちょ?」

 

「アウトっ!」

 

 

 とんでもない誤解をしてくれたな、この会長は……

 

「ところで畑さん、調理室の七不思議って何なんですか?」

 

「裸エプロンの幽霊が出るって噂です」

 

「……それ、男子の願望じゃね?」

 

 

 タカトシは、見たいとも思わないのか、冷静にツッコミを入れている。ホント、普通の男子高校生とは思えないわよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調理室の調査を終えて、我々は次なる噂の検証の為に移動した。

 

「第五の噂は、悠久の廊下。午前零時に通ると延々に道が続き、出られなくなるそうです」

 

「また眉唾物ですね」

 

 

 津田副会長はあんまりビビッてくれないけど、ほかの生徒会役員たちには結構怖がってもらってるのよね。極秘に撮影した恐怖の表情写真は、後で売りさばいてその利益を……

 

「あっ、今日撮った写真は、一枚残らず検閲しますのでそのつもりで」

 

「あら~? 七条さんの着替えシーンの写真を見たいのかしら~?」

 

「ろくでもないもの撮ってるんじゃねぇよ! 新聞部をつぶされたいんですか?」

 

「こ、これは出島さんから頼まれたものでして……」

 

「あらあら~」

 

 

 少し脱線したけど、我々は遂に『悠久の廊下』に到着した。

 

「タカトシ君、怖いから手を握ってもいいかな?」

 

「はぁ、どうぞ」

 

「タカトシ、危ないから手を握ってあげる」

 

「え、あぁ」

 

 

 あっという間にハーレム野郎が誕生したけど、まだ天草会長が残ってる。でも、両手は埋まってるし……あっ、あの場所が空いてる。

 

「会長、まだチ○コが空いてます」

 

「そんな耳打ち、あるかバカチンが!」

 

「おぬし、ツッコミのレベルが上がっておるな」

 

 

 まさかの被せツッコミとは……しかも、微妙にあの先生に声が似てた……

 

「ところで、午前零時にこの廊下を通ると、って言ってましたよね? 今午後八時なんですけど」

 

「じゃあこの場所の検証は後でにしましょう。第六の噂は、音楽室の怪。肖像画の目が光るそうです」

 

「今度はやけに定番だな……」

 

 

 津田副会長が冷静な分、萩村さんや七条さんが津田副会長にべったりですねぇ……やはり、天草会長の出遅れ感は否めませんね……

 

「うわぁ!? 音楽室から、誰かが覗いてる!?!」

 

「落ち着け、カエデさんだ」

 

「へ? ……五十嵐先輩、何してるんですか?」

 

 

 せっかく面白そうな展開になりそうだったのに、ホント津田副会長の冷静さはつまらないわねぇ~。

 

「わ、私はコーラス部の合宿でして。今は忘れ物を取りに来ただけです。それよりも、貴方たちこそ何してるんですか、こんな時間に、こんな場所で」

 

「私たちは桜才七不思議を体験しようとしています。ちなみに、この音楽室の肖像画は視○してくるそうです」

 

「怖いっ!」

 

「表現が変わってるし、実際に視てくるわけじゃないでしょうしね。それと、カエデさん……」

 

「な、何ですか?」

 

「驚いたのは分かりますけど、そろそろ離れてください」

 

「シャッターチャンス!」

 

 

 私の表現は怖かったのか、風紀委員長は副会長に抱き着いた。これは、これは売れる! 題名は、ハーレム副会長に風紀委員長もぞっこん! これで決まりね。

 

「はい、消去」

 

「あーん! せっかく撮ったのに~」

 

 

 いつの間にか私のカメラを奪い取った天草会長に、写真を消されてしまった……てか、青筋立てて怖いですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の検証場所は、柔道場だった。

 

「この場所で寝ると、夜遅くに何者かが布団の上に乗ってくるそうです。通称『黒いモノ』」

 

 

 また胡散臭い事を……

 

「スズちゃん、暑くない?」

 

 

 よほど怖いのか、スズは真夏だというのに布団にくるまって震えている。

 

「ところでその幽霊は男か、それとも女か?」

 

「女と聞いています」

 

「じゃあ、狙われるのはタカトシだな」

 

「わーい!」

 

「………」

 

 

 自分が襲われる心配がなくなったからってスズ……そのリアクションは違うんじゃないか? まぁいいけど。

 

「それでは寝ましょうか。津田副会長の隣は私が使いますので」

 

「何故だ!?」

 

「だって、他の皆さんだと、寝相の悪さだと言い張って津田副会長の布団に侵入しそうですし。そうなると『黒いモノ』よりもスクープになっちゃいますから」

 

 

 その理屈はおかしいけど、確かに畑さんなら襲い掛かってくる心配もなさそうだ。

 

「では、お休みなさい」

 

 

 畑さんが電気を消して十数分、ほかの人の寝息が聞こえてくる。

 

「ん~……ボインボインになりたい……」

 

「ん~……シノちゃん、それは、無理……」

 

 

 変な寝言が聞こえるけど、気のせいってことにしておこう。てか、なんか寝苦しいというか……なんか重いような気が……

 

「……何、してるんですか?」

 

「ちょっと夜這いを」

 

「………」

 

 

 正直に言っても、許されないことはある。それが今の発言だろう。俺はのしかかっていた横島先生を布団にくるんで、縛って、そのまま放置して寝ることにした。そして翌朝……

 

「しまった!? 悠久の廊下の検証を忘れてしまった!」

 

「あっ、別に何もなかったですよ?」

 

 

 起きてたので一人検証したが、こうして無事に戻ってこれた。てか、しょせん噂は噂か。

 

「ところで、何故に横島先生は布団で簀巻きにされてるの?」

 

「これが『黒いモノ』の正体だから」

 

 

 てか、何年前からある噂か知らないけど、元女子高で男子が襲われるって話自体おかしいって思わなかったのだろうか……

 

「楽しかったな! 今回の合宿は!」

 

「何も起こらなかったけど、楽しかったわね~」

 

「……横島先生の事は、全力で無視なんですね」

 

 

 まぁ、構うだけ無駄だからな……




しかもモノマネ似てたし……


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物置で探し物

広い物置だなぁ……


 ウオミーと待ち合わせをして、私はタカトシの家を訪問する計画を立てた。

 

「今日は何の用事でタカ君の家を訪ねるんです?」

 

「普通に遊びに行くだけだ!」

 

「アポ無しですか……なんだかドキドキしますね!」

 

 

 さすがウオミー。私が認めた好敵手だけはある。

 

「さて、到着した訳だが、何やら庭から声が聞こえるな」

 

「回ってみます?」

 

 

 ウオミーと二人で庭に回ると、何やら物置で探し物をしている津田兄妹がいた。てか、コトミの方はサボってないか、あれ……

 

「シノ会長! それにカナ会長も! どうしたんですか?」

 

「遊びに来たんだが、何をしてるんだ?」

 

「夏休みの課題で、星の観察でもしようかと思って。今物置の中で望遠鏡を探してるんです」

 

「熱いのにご苦労だな」

 

「では、私とシノッチで、冷たいものをプレゼントしましょう」

 

 

 ウオミーとアイコンタクトでタイミングを計り、私たちは冷たい目線をコトミに向ける。

 

「うひょー! 余計に熱くなっちゃいますよ~」

 

「お前が使うんだから、お前も探せよな……それから、お二人は何故ここに?」

 

「「遊びに!」」

 

「……アポくらいとってから来てくださいよ。いなかったらどうするつもりだったんですか?」

 

 

 ふむ……その可能性は考えてなかった……

 

「まぁ、今立て込んでるのでおもてなしは出来ませんが、ゆっくりしていってください」

 

 

 コトミと二人で物置を漁るタカトシを眺めながら、私とウオミーは縁側で応援することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズちゃんとサクラちゃんと偶然会って、私たちはタカトシ君のお家を訪ねることにした。理由は、出会った場所がタカトシ君のお家の近くだったから。

 

「まさかスズちゃんとサクラちゃんも同じことを考えてたなんて」

 

「あれ? あそこにいるのって五十嵐先輩じゃないですか?」

 

「ホントだ。お~いカエデちゃ~ん!」

 

「っ!? 七条さん。それに、萩村さんと森さんまで……」

 

「考えることは一緒ですね」

 

 

 四人でタカトシ君のお家を訪ねると、そこにはシノちゃんとカナちゃんがすでにくつろいでいた。

 

「まさか会長コンビまでいるとは……」

 

「やっと見つかった……あれ? なんか人が増えてる」

 

「タカトシ君、お邪魔してます」

 

「はぁ……ほらコトミ、今度は片づけるぞ」

 

「え~……少し休もうよ~」

 

「のんびりしていたら、片付く前に星が見える時間になるぞ」

 

 

 どうやらコトミちゃんがあの望遠鏡を使うみたいね……あのそそり具合、なかなか興奮するわね。

 

「あっ、スズ」

 

「なに?」

 

「コトミに星の事を教えてやってくれないか? 俺、これからバイトだから」

 

「あっ、タカトシさんもでしたっけ。私も夕方からシフトに入ってます」

 

 

 どうやらタカトシ君とサクラちゃんはアルバイトに行くみたいだけど、せっかく遊びに来たんだし、私たちもコトミちゃんに星の事を教えてあげなきゃね。

 

「留守は我々に任せて、しっかり働いてこい!」

 

「先輩は休みですけど、しっかり働いてくださいね」

 

「……すごく不安なのは気のせいなんでしょうか」

 

「奇遇ですね。俺も不安なんですけど……」

 

 

 副会長コンビが不安げな表情を浮かべながらも、とりあえずお片付けを始めた。コトミちゃんだけじゃ間に合わないって判断なんだろうな……

 

「ところで、四人は何しに来たんですか?」

 

「遊びに来たんだよ~」

 

「それじゃあ、星が出るまで何かしましょうよ!」

 

 

 コトミちゃんは、片づけそっちのけで遊ぶ気満々だった。まぁ、せっかく補習も免れたんだし、仕方ないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 星が出てきたので、私たちは庭で星の観察を始めた。ちなみに、タカ兄とサクラ先輩は、カエデ先輩にツッコミを任せてバイトに出かけてしまった。

 

「スズ先輩。あの星は何ですか?」

 

「あれがいて座で、あっちがさそり座。それで、こっちがへびつかい座よ」

 

「へー」

 

「素直に言ってもいいわよ?」

 

「てんで分かりません」

 

 

 なんとなく形は分かるかもだけど、どれがどれだかさっぱりわからない……これが天才と凡人の差なのだろうか。

 

「タカトシの許可をもらって、夕飯を作ったぞ!」

 

「それじゃあ、いただきましょう」

 

 

 シノ会長とカナ会長の二人が作ってくれた夕ご飯を食べながら、私はひときわ明るい星を見つけた。

 

「あの星は何ですか?」

 

「あれはベガ。天の川を隔てた先にアルタイル」

 

「織姫と彦星ですね」

 

 

 それくらいは私でも分かった。

 

「織姫と彦星の話って切ないですよね」

 

「ああ」

 

「うん」

 

「確かに」

 

「そうですね」

 

 

 みんな同じことを考えているのか、私が零した呟きに全員が反応してくれた。

 

「恋人なのに、一年に一回しか……」

 

 

 アリア先輩がそこまで言ったので、後はみんなで声を揃えて言うのだろうか?

 

「会えない」

 

「ヤレない」

 

「ヤレない」

 

「ヤレない」

 

「ヤレない」

 

「………」

 

「あれ?」

 

 

 カエデ先輩のツッコミがないと思って覗き込むと、今の話題だけで気絶してしまったらしい。

 

「てか、カエデ先輩の今日のパンツ、攻めてますね~」

 

「勝負パンツってやつか? もしかしてタカトシに見せるつもりだったのか?」

 

「さすが、影のムッツリクイーンって呼ばれてるだけはあるね」

 

「それ、誰が言ってたんですか?」

 

「ん~? 畑さんが言ってたの~。ちなみに、タカトシ君が『影の帝王』で、スズちゃんが『合法ロリ』だったかな?」

 

「今度会ったらはったおーす!」

 

 

 タカ兄の「影の帝王」は、なんだかカッコいいフレーズだよね。そうなると私は「影の帝王の妹」ってポジションになるのか……また表現が難しい役割だな~。

 

「ちなみに、シノちゃんは『ツンデレ貧乳』とか言ってたかな」

 

「萩村、私も畑を倒すぞ」

 

 

 アリア先輩、わざと言ったよね……まぁ、ストッパーがいないから仕方ないのかもしれないけどね。




原作より人が増えたが、ツッコミが減ったために……


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学園のプール

今回は普通に遊んでいます


 夏休みの予定を立てたは良いが、今年は意外と生徒会の仕事が忙しかったので、少しでも夏休み気分を味わう為、今日は学園のプールで泳ぐことになった。

 

「タカ君の泳ぎを生で見るのは久しぶりですね」

 

「……何故カナさんとサクラさんが?」

 

「私が呼んだからだ!」

 

「忙しいんじゃないのかよ……」

 

 

 英稜高校も生徒会の業務が溜まっているって聞いてたんだが、生徒会長と副会長が遊びに来れるくらいの暇はあるのだろうか……

 

「他の役員が来れなくなってしまったので、今日は休みになったんです」

 

「ちょうど私が誘ったらそんな感じでな! せっかくならウオミーたちも一緒にと思ってな」

 

「女子高生の水着姿! そして、タカトシ様の半裸体! はぁはぁ」

 

「この不審者を学内に入れたの誰だ!」

 

 

 息を荒げる出島さんがいきなり現れたので、俺はとりあえず犯人っぽい人に視線を向けた。

 

「あっ、そんなに見つめられると照れちゃうな」

 

「……あんたですよね?」

 

 

 主であるアリア先輩が連れてこなければ、この人はここにはいないだろうし……

 

「まぁまぁタカ兄。遊ぶ時は細かい事は気にしちゃダメだよ~」

 

「当然のごとくいるな、お前も……」

 

「補習もないし、トッキーもマキも用事があって遊べなかったからね~」

 

「夏休みの宿題は? また最後まで溜めても知らないからな」

 

 

 テストでもそうだが、こいつは少し俺を頼り過ぎているからな……留守を預かる身としては、こいつを少しでも自立させなければいけないような気もしてるんだが……俺もそこまで暇じゃなくなったからな……

 

「プールは貸し切り状態だから、思う存分楽しむぞ!」

 

「おー!」

 

「今日こそは真ん中で立ってみせる!」

 

「なんだかすみません、タカトシさん」

 

「いえ、サクラさんが悪いわけじゃないですから……」

 

 

 まぁ、集まったんだから仕方ない……とりあえず大人しくしてくれれば、俺は別に構わない……と思うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノっちとアリアっちと三人で泳いでいると、スズぽんがプールの真ん中で溺れている。

 

「あれは助けた方が良いのでしょうか?」

 

「萩村は優秀だから、自力で何とかするだろう」

 

「というか、あれは溺れてるわけじゃないよ~」

 

 

 よく見れば、足がつかなくて悔しがっているだけのようだった。

 

「タカ君とサクラっちがいませんね」

 

「二人なら、あっちで休んでるぞ」

 

「二人とも、普段から忙しいからね~」

 

 

 せっかくの休日を遊びで費やしたくなかったのでしょうか……タカ君もサクラっちも、年相応の若さが感じられませんね。

 

「なんだか縁側でお茶を飲んでる老夫婦みたいですね」

 

「タカトシには普段から苦労を掛けているからな……横島先生が」

 

「あの人はそろそろ教育委員会に報告した方が良いんじゃないかな~?」

 

 

 シノっちから聞いた話では、先日横島先生は男子生徒の○貞を奪おうとしてタカ君にこっぴどく怒られたとか。この事件で、誰が一番不運かと言えば、間違いなくタカ君だろう……襲われそうになった男子生徒も気の毒ではあるが、まったく関係ないタカ君が、ばったりその現場に遭遇したのは、不運以外の何物でもない。というか、何故資料室で襲おうとしたのだろうか……

 

「前にもタカトシ君が同じ場所で襲われそうになった、って聞いた時は驚いたよね~」

 

「横島先生もワンパターンだな!」

 

「ところで、タカ君はその場所に何の用で行ったんです?」

 

「生徒会で使う資料がそこに保管されていてな! 量が多いからタカトシに任せたんだが……その時に運悪く横島先生が使用中で」

 

「戻ってきたタカトシ君の顔は忘れられないよね~」

 

 

 その表情を見られなかった不運を、私は悔しがれば良いのでしょうか? それとも悲しめば良いのでしょうか?

 どちらにしてもタカ君の貴重な表情を見れなかった事実は覆しようがありませんし、とりあえず羨んでおきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遊びまくって疲れた私たちの前に、出島さんとタカ兄お手製のお弁当が用意された。どっちもすごくおいしそうで涎が……

 

「コトミ、涎を拭け」

 

「おっと! 本当に垂れてたのか」

 

 

 垂れそうだとは思ってたけど、まさか本当に垂らすとは……これがおいしそうなものを見た私の条件反射だったのか。

 

「出島さんも料理お上手なんですね」

 

「当然です。この程度はメイドの嗜みです」

 

「どんな料理が得意なんですか?」

 

「和・洋・中、どれでも出来ます」

 

「出島さんの料理は絶品だよ~。タカトシ君の料理にも負けてないんだから~」

 

 

 ここで出島さんと張り合えるタカ兄は、将来シェフにでもなればいいのにと思う。まぁ、家庭料理だしタカ兄はそっちには興味なさそうだしね。

 

「むっ! さすがタカトシ様。この料理は絶品です」

 

「ありがとうございます」

 

「上の口も下の口もびちょびちょです」

 

「……黙って食え」

 

 

 出島さんのエロトークに、タカ兄は割かし本気で頭を押さえている。最近あのポーズをよく見る気がするんだけど、血管とか大丈夫かな?

 

「ところで、なんでサクラさんは泣きそうなんです?」

 

「タカトシさんより料理が下手な私に涙が……」

 

「気にする必要はないと思いますよ? 俺はやらなきゃ家が吹き飛ぶから覚えただけですし」

 

 

 タカ兄のセリフを受けて、みんなが私に視線を向けてきた。そんなに見られると興奮しちゃいますよ~。

 

「コトミ、勉強もだが、家事も少しは成長したらどうだ?」

 

「会長、私が料理するよりも、タカ兄が料理した方がおいしいものが食べられるんです。だから私は料理をしません!」

 

「なるほど……一理あるかもしれん」

 

「ねぇよ!」

 

 

 タカ兄にツッコまれて、シノ会長は少しうれしそうだった。まぁ、タカ兄にため口を利かれるのは、ツッコミの時くらいだもんね。




相変わらずのボケの比重……


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昔話

ちょっとタカトシの過去をやってみようと思いまして…


 バイトの休憩時間、今日はカナさんとサクラさんと同じシフトだったので、今は三人で会話をしている。

 

「先ほどの女性客、タカ君の知り合いだったんですか?」

 

「えっ? あぁ、中学の同級生ですよ。それほど親しかったわけじゃないですが、久しぶりに会うとうれしいものですね」

 

「あっ、その気持ち分かります。中学時代はそれほど仲良くなかった人でも、久しぶりに会うとなんかうれしい気持ちになりますよね」

 

 

 サクラさんと意見が合うと言う事は、俺の感性は正常だと言う事だな。シノ会長やアリア先輩たちと意見が合うと、どうしても自分の感性を疑ってしまうのだが……

 

「タカ君の中学時代に、興味があります」

 

「興味と言われましても……ごく普通の中学生でしたよ」

 

 

 勉強と部活、それから家事に追われる日々で、特に面白い話があるわけではない。

 

「コトミちゃんから聞いてのですが、タカ君は中学時代、生徒会長候補だったそうじゃないですか」

 

「そうなんですか?」

 

 

 カナさんの言葉に、サクラさんまで興味を示してきた。コトミのヤツ、後で余計な事を言った罪で説教決定だな。

 

「知らぬ間に推薦されてましてね……もちろん、俺の意思が介在していない立候補だったので、投票前に外れましたけど」

 

「でも、タカ君なら生徒会長として立派に働けたと思うんですけど」

 

 

 今日は随分と食い下がるな……いつもなら、テキトーにはぐらかせば諦めてくれるのに。

 

「さっきの女性客も、そんなことを言ってましたね」

 

「彼女が勝手に推薦した張本人ですからね……推薦責任者として、内申を稼ぎたかったと後で聞かされた時は、結構本気で呆れましたけど」

 

「推薦責任者じゃ、内申は稼げないと思いますけど?」

 

「うちの学校、推薦責任者を生徒会に組み込む仕組みなんです。だから、俺が生徒会長になれば、アイツは労せずに生徒会役員のポジションを手に入れられたんですよ」

 

 

 そんなことがあったからか、翌年からは推薦責任者を生徒会に組み込む制度は無くなったのだ。俺が原因なのかは定かではないが、おそらくそうなんだろうな。

 

「成績もよかったんですよね?」

 

「まぁ、今ほどではないですが」

 

 

 中学では、上位にいられればいいや、って考えだったからな……今みたいに学年二十位以内に入らなければ、あることない事言い触らされたり、スズのようなライバルもいなかったからな……適当に良い点とって、適当な学校に進学出来ればいいやと考えてた時期もあった。

 

「そういえばタカ君は、桜才と英稜、両方に合格していたと聞きました。何故英稜ではなく桜才を選んだのでしょうか? タカ君なら、ハーレム目当てという可能性はあり得ませんし……」

 

「前にコトミにも言ったんですが、家から近いので、運動がてらの通学と、定期代の節約。英稜もそれほど遠いわけではありませんが、歩いていくにはちょっとキツイですからね……進学率はどちらも同じくらいでしたし、それなら歩いて通える桜才にしようと思っただけです」

 

「真面目に考えているんですね。私は普通に英稜に受かったからここにしただけです」

 

「それでもいいんじゃないですか? 高校から大学に進学するときは、それなりに考えてする人が多いでしょうけども、高校なんて考えて進学してる方が少ないですよ」

 

 

 コトミがいい例だと、俺は思う。あいつが桜才を希望した理由は、家に近く制服が可愛いからだったな……何か他の理由もあった気がするが、きっと気のせいだ。そうに違いない。

 

「タカ君が英稜に来ていれば、間違いなく生徒会にスカウトしていましたのに」

 

「英稜は男子役員はいないんですか?」

 

「今は私とサクラっち、そしてもう一人女子役員がいるだけです」

 

「三人体制ですか……それは大変そうですね」

 

 

 まぁ、四人体制の桜才生徒会も、それなりに忙しいけどな……主にツッコミが。

 

「それともう一つ聞きたいことがあるのですが」

 

「何でしょう?」

 

「タカ君は部活、やらないのですか? コトミちゃんの話では、サッカーで高校推薦が採れるくらい優秀だったと聞いていましたので」

 

「推薦で行ける学校は、殆どが家から通えませんでしたからね。両親が出張で不在がちでしたし、コトミ一人にしたら、三日持たずにゴミ屋敷になってたでしょうからね。そして、桜才には男子が入れる運動部は無かったですし、創るにしても、俺を除く27人の男子の内、運動部に入りたい人間が何人いたかも分かりませんでしたしね」

 

 

 そもそも、アリア先輩の見解では、共学化したばかりの高校に入りたがる男子など、よほどのマゾかハーレム狙いの人間だと言っていたからな……あいにく、俺はそのどちらにも当てはまらなかったけど。

 

「今からでも英稜に転校して、その実力を遺憾なく発揮してくれてもいいですよ?」

 

「英稜に行けば、ツッコミの機会も減りそうですし、魅力的な提案ではありますが、高二の夏に転校しても今更感が半端ないですし、結局生徒会に入れられるのでしたら、部活をやる余裕なんてないでしょうしね」

 

 

 そもそも、運動なら今でもしているし、部活という形にこだわる必要はないのだ。

 

「というか、タカトシさんが英稜に来てしまったら、桜才学園のツッコミは誰が担当するんですか? ツッコミ不在の恐怖は、一度経験すれば十分だと思うのですが……」

 

「それを恐れるのは、ツッコミ側の人間だけですから……」

 

 

 サクラさんと悲しい共感をしたところで、休憩時間が終わった。せっかくの夏休みだというのに、バイトに明け暮れる高校生というのは、ちょっと寂しいと思われるのかもしれないが、入用だから仕方ないよな……

 

「さて、残り時間もぬるりと働きましょう!」

 

「その表現はどうかと……」

 

 

 微妙にやる気の感じられないカナさんを見て、俺とサクラさんは苦笑いを浮かべたのだった。




間違いなくスズが過労で何度か体調を崩すだろうな……


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真夏の暑さ我慢大会

原作13巻発売日です


 この真夏に実行するのはどうかと思ったが、会長の鶴の一声で真夏の暑さ我慢大会が決行されることになったのは良いんだが、何故ウチで行うんだろう……

 

「あっ、暑さ我慢ってこっちだったんだ~。私てっきりこっちかと思ったよ~」

 

 

 そういってアリア先輩が取り出したのは、注射器のようなものに入れられた熱湯と、太い蝋燭だった。

 

「てっきりでそっちなんですか?」

 

「てかアリア、それを誰に使うつもりだったんだ?」

 

「ん~? タカトシ君に使ってもらおうかな~って思ってた」

 

「俺が?」

 

 

 てか、あの蝋燭は何の目的であそこまで太いのだろう……本来の用途では使えないよな、あれだけ太いと……

 

「とりあえず、アリアの厚着が終わったら開始だ! タカトシは暖房と炬燵の用意だ!」

 

「何でこの真夏に炬燵なんて用意しなければいけないんですか……」

 

 

 何の目的があるのかは知らないが、室内熱中症になられたら面倒だな……適当に切り上げてもらえると嬉しいんだが……

 

「タカトシ君、コトミちゃんの服だとちょっと小さいんだけど」

 

「じゃあ俺の上着を貸しますよ。ちょっと部屋に取りに行ってきます」

 

 

 アリア先輩とコトミじゃ、服のサイズが違ったようで、俺は部屋に自分の上着を取りに戻った。リビングに戻ってきたら、何故かシノ先輩とスズの頬が膨れていたんだが、何かあったのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシの家での暑さ我慢は、昼食でも容赦なかった。会長がタカトシに頼んで作ってもらったのは、激辛キムチ鍋だった。

 

「夏に鍋をする人がいるとは聞いたことがありますが、まさか自分が作ることになるとは思いませんでした」

 

「〆はうどんか? それともご飯を入れてキムチ雑炊も捨てがたいな」

 

「食べる前から〆の話ですか……」

 

 

 素早い動きで私たちの取り皿に具材を取り分けるタカトシ……相変わらずの主夫っぷりね……

 

「熱いし辛いが、美味いな!」

 

「さすがタカトシ君だね。すごくおいしいよ」

 

「普通に煮ただけで、大したことしてませんけど……」

 

「冷たい飲み物が欲しくなるわね」

 

「だが、今回は暑さ我慢だ! 飲み物も当然、温かいものだ!」

 

 

 何故か会長が威張っているが、飲み物を用意したのもタカトシ……キムチ鍋だが、温かい緑茶が手元に置かれた。

 

「さすがにコーヒーや紅茶じゃないだろうと思ったんだが、何が一番いいのか分からなくって……まぁ、後はほうじ茶か白湯しかないんだけどね」

 

「さすがに白湯は……」

 

 

 お腹には優しいけど、このタイミングでは飲みたくないわね……

 

「さぁここで! 暑さを我慢しているみなさんに涼し気な恰好をした私を見てもらおう!」

 

「コトミ、家の中だからって、そんな恰好してると風邪ひくぞ」

 

「あっ、ごめんタカ兄……」

 

 

 精神的に追い込むつもりだったんだろうけども、普通にタカトシに心配されたコトミっていったい……

 

「ていうか、さっきからアリア先輩が一言も喋ってませんけど?」

 

「アリア? なんだ寝てるのか……」

 

「それ、かなりやばい状況だろうが!」

 

 

 タカトシが即座に七条先輩に駆け寄り、涼しい場所に移動させるべく腰に手をまわし、肩を貸して運んでいく。脱水症状ではないでしょうけども、かなり危なかったかもしれないわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアがダウンしてしまったため、この企画は没にすることにした。

 

「やっぱり夏はアイスだな!」

 

「さっきまで部屋を暑くしていましたからね。アイスの冷たさが倍増してる気分ですよ」

 

 

 ちなみにアリアは、少し横になって回復して、今は一緒にアイスを食べている。

 

「シノ会長、なんで真夏に暑さ我慢なんでしようと思ったんですか?」

 

「外以上に暑いところで生活すれば、外の暑さが気にならないと思ってな! まぁ、あんまり体重減らなかったけど……」

 

「それが真の目的か!? てか、夏場は意外と食べてしまうから体重が増えるんですよ。適度な運動をして、普段以上に食べなければ気にすることは無いと思いますが……てか、毎年体重減ってる気がするんだよな……」

 

「えっ、夏バテ?」

 

「いや、夏場の家事って結構疲れるんだよ。同じ洗濯でも、夏と冬は体力を倍くらい使ってる気がするんだよな」

 

 

 これだから主夫は……普通の学生の発想をしてもらいたいものだ。

 

「タカ兄、出島さんが外にいるんだけど」

 

「何の用で?」

 

「汗だくになった服は私が洗濯しますって」

 

「今すぐ帰ってもらえ。服は各自洗濯しますからって」

 

「あっ、私が着てた服、タカトシ君のだよね。このまま返したら夜のおかずにされちゃう?」

 

「安心してください。速攻で洗濯機に叩き込みますから」

 

 

 普通の男子高校生なら、美人で巨乳の先輩が着ていた、汗だくの服を手に入れたらそれだけでイってしまうんじゃないだろうか……それをタカトシは、まったく興味を見せずに、それどころか普通に洗濯しようなどと……

 

「まさか、EDなのか?」

 

「酷い言われようだ……汗だくの服なんて、すぐに洗わなければ黄ばむじゃないですか」

 

「発想が主夫過ぎる……」

 

 

 さすがの萩村も、タカトシの発想が異常だと思ってるようだ。一般の高校生男子ならば、三日はそれだけで自家発電が出来ると思うんだけどな……

 

「ところで、何故コトミまでアイスを食べてるんだ?」

 

「何故って、これはウチで買ったアイスですし」

 

「普通に暑いですからね~」

 

 

 こんな時だけ息ピッタリな兄妹だな……普段はズレまくってるのに……

 

「とりあえず、外が涼しくなるまでは、のんびりするか!」

 

「それじゃあシノ会長、格ゲーで勝負です!」

 

 

 この後数時間、白熱の勝負を繰り広げ過ぎて、コトミと二人でタカトシに怒られたのだった……




コトミが普通に心配されてしまった……


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真夏の極寒我慢大会

暑さの次は寒さです……


 暑さ我慢大会の次は、真夏の極寒我慢大会が行われることになり、我々生徒会メンバーからは何故か私が参加することになった。

 

「タカトシが出ればいいじゃない」

 

「いや、俺は裏方仕事の横島先生の見張りと、暴走した際の対処が担当だから」

 

「ほんと、ご苦労様です」

 

 

 参加しないタカトシに文句でも言ってやろうかと思ったけど、タカトシの仕事を私が代わりに出来るかと聞かれれば、まず出来ないと答えるだろう。それくらい難易度の高い仕事であり、タカトシにしか出来ない仕事だった。

 

「俺の代わりにコトミが参加してくれるから」

 

「スズ先輩、負けませんからね」

 

「やけに自信満々ね……」

 

 

 暑さ我慢の時は、涼しげな姿で私たちの戦意を削ぐ役割だったのだが、タカトシに素で心配されたために退場、つまり役立たずだったのだ。今回の大会に意気込む気持ちは分からなくはない。

 

「タカトシ、準備出来たぞ」

 

「分かりました。参加する人は、プールサイドに集合してください。合図とともに入水し、最後の一人になるまで続きます。リタイアは自由ですので、限界が訪れる前にプールから出てください」

 

 

 タカトシの説明に、参加者全員が頷いた。目の前には氷が沢山浮いているプール、周りにはムツミやネネと言った友人たちの姿もあった。特に優勝賞品が豪華とかではないのだが、勝負と名の付くもので私は負けたくない。この大会は絶対に勝つと心に決め、タカトシの合図とともに入水した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極寒我慢大会がスタートして五分、まず最初に柳本が脱落した。

 

「何で参加したんだよ?」

 

「女子の水着が見たくて……」

 

「はい、あっちでタオル配ってるから、それで身体を拭いて応援に徹してください」

 

 

 横島先生の方を指さし、俺は引き続きプールと横島先生の両方を監視する位置に戻った。

 

「「もうだめ! 出ます!」」

 

 

 十分を過ぎた頃、柔道部の中里さんと海辺さんが脱落し、そろってプールから上がっていった。

 

「コトミのやつ、意外と頑張ってるな」

 

 

 そろそろ限界の感じる人が多くなってきている中、コトミは未だにプールの中に残っている。普段だらしないわりに、意外と我慢強いのだろうか。

 

「「もう限界!」」

 

 

 そんなことを思っていたら、轟さんと同時にコトミが音を上げた。まぁ、二十分近く我慢したんだ、後で誉めてやろう。

 

「「漏らす……」」

 

「ダッシュで上がれ!」

 

 

 褒めようと思ったらこれだ……

 

『残るは生徒会代表の萩村さんと、柔道部部長三葉さんの一騎打ちですね~』

 

『二人とも頑張って~』

 

 

 なぜかノリノリで実況と解説をしている畑さんとアリア先輩の声を背中に受け、俺は轟さんとコトミをプールから上げ、とりあえずトイレに行かせた。今回は未遂だし、説教は良いか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神攻撃と言う事で、今の私は水着の上にコートを羽織り、マフラーを巻いてホットココアを飲んでいる。萩村と三葉にこの程度の精神攻撃が利くかは分からないが、これも生徒会の務めだからな。

 

「シノ先輩、暑くないんですか?」

 

「まぁ、汚れ役も我々生徒会の役目だからな。辛かろうが職務は全うする」

 

「さすがですね」

 

 

 感心したように頷くタカトシ。そういえばこいつもさっきからいろいろ動いてるから暑いんじゃないだろうか。だが、今の私はそっちよりも気になることがあった。

 

「(『そんな○Vみたいなこと言わないで!』的なツッコミはまだか?)」

 

「俺のツッコミはそんなくだらなくないだろ」

 

「っ!?」

 

 

 今、何も声に出してないよな? まさか私の心を読んだというのか? 厚着して見えにくい私の心を読んだというのか!?

 

「厚着云々は関係ないですよね? そもそも会長は顔に出やすいって、前にも言いましたし」

 

「うむぅ……」

 

 

 これでもポーカーフェイスを心掛けているんだが、どうしてもタカトシ相手だと勝手が違う……

 

「スズ、震えてるけど大丈夫?」

 

「問題ないわ」

 

「無理はするなよ」

 

「まぁまぁ、萩村も背伸びしたい年頃なんだろうさ」

 

「背伸び? ……あぁ、なるほど」

 

 

 何か合点がいったのか、タカトシは数回頷いて萩村を心配することをやめた。何を理解したのか分からないが、タカトシが心配しないってことは問題ないんだろう。

 

「てか先輩、もう氷も溶けちゃいましたし、決着つかないんじゃないですか?」

 

 

 一時間半経過して、用意してた氷は全て溶けてしまった。確かにこれじゃあ普通にプールに入ってるだけだな。

 

「てなわけで、優勝は萩村さんと三葉さんでーす」

 

「二人ともおめでとう」

 

 

 畑とアリアが二人をたたえるコメントをし、他の参加者も惜しみない拍手を二人に送る。

 

「(しまった! 賞品を持っているから手が叩けない)」

 

 

 些細なものだが、用意した賞品を持ってきた所為で、二人に拍手が送れない。さて、どうしたものか……

 

「タカトシ、君の尻を叩いていいか?」

 

「良い訳あるか。荷物は持ちますから、普通に叩けばいいでしょうが」

 

「尻を?」

 

「手を!」

 

 

 タカトシに怒られ、私は普通に手を叩くことにした。

 

「優勝者お二人には、天草会長から優勝賞品が贈られます」

 

「まさか二人も優勝者が出るとは思ってなかったから、これは二人で山分けしてくれ」

 

 

 賞品の入った箱を二人に手渡し、もう一度拍手を送った。

 

「ちなみに、中身は何なんです?」

 

「アリアおすすめ、私が厳選した書籍だ!」

 

「えー、私本読まないんですけど……あっ、スズちゃんに全部あげるね」

 

「焼却炉ってあったかしら」

 

 

 萩村はなんとなく中身が分かってるようで、処分の方法を考えている。まったく、ウオミーやコトミも愛読しているものだと言うのに、何故萩村は良さを理解してくれないんだろう……




ネネとコトミの宣言はアニメのみだったんですね……読み直して知りました


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副会長の気持ち

森さんアニメ化記念として、彼女が中心です


 最近、タカトシさんの人気がますます上がっているらしいと、カナ会長から聞かされて、私はなんとなく焦りを覚えた。別に私とタカトシさんはお付き合いをしているわけではないのですが、それなりに親しい間柄だと自負している。彼が人気なのは知っていますし、カナ会長だけではなく、桜才の生徒会メンバーや風紀委員長の五十嵐さんもタカトシさんに好意を持っているのは、学校が違う私でも気づくことが出来る。

 タカトシさんも私たちの気持ちは気づいているようですが、あえて気づかない事で進展を避けている節が見られます。私や五十嵐さんとはキスしちゃっているのに、それでもアプローチしてこないなんて……ちょっと複雑な思いです。

 

「サクラっち、何か悩み事?」

 

「カナ会長……ちょっと今朝の事を考えていました」

 

「タカ君が横島先生に襲われそうになったって話?」

 

「そんなことは初耳です」

 

 

 そういえば、桜才には男子生徒を襲う生徒会顧問がいるって言ってましたっけ……まさかタカトシさんもその教師の毒牙に……

 

「返り討ちにした挙句にお説教したってコトミちゃんから速報が来たよ」

 

「あっ、何だ……」

 

 

 タカトシさんならそれくらい出来るだろうって分かってたけど、もしかしたらという考えが私の頭の中にあったのだ。初めてのキスの相手は私だけど、タカトシさんの初めてはほかにもある。それくらい私だって知っているし、出来ればその相手は私で……

 

「って! そうじゃなくって!」

 

「ん? どうかしたの?」

 

「い、いえ! ちょっと自己嫌悪に陥りそうになっただけです」

 

「そうですか。ところでサクラっち、タカ君の事が好きなんですか?」

 

「ぶっ!? な、何ですかいきなり!?」

 

 

 好意は持っていると自覚していますが、それが友人としてなのか、それとも……

 

「はっきり言いまして、タカ君の競争率は半端じゃないです。我ら英稜高校の女子生徒にも、潜在的タカトシハーレム要員は多いとの事ですし」

 

「何です? その『ハーレム要員』って?」

 

「タカ君の周りには、シノっち、アリアっち、スズポン、カエデっちと属性いろいろな女子が揃っています。そして更にピュワっこやドジっ子、実の妹までとありとあらゆるジャンルが存在しているのです」

 

 

 だ、だんだん会長が何を言っているのかが分からなくなってきた……そもそも属性って何でしょう?

 

「分かりやすく言うと、貧乳生徒会長、巨乳お嬢様、合法ロリツンデレ、ムッツリスケベなど、様々な属性を次々と虜に――」

 

「そんなこと本人に言ったら怒られますよ」

 

 

 タカトシさんはその手の話が嫌いらしいですし、話題を振っても見事に逃げちゃいますからね。

 

「まぁ、全て畑さんからの受け売りなんですけどね」

 

「あ、あの人は……」

 

「これ、サクラっちの分のタカ君のエッセイが載ってる桜才新聞」

 

「ありがとうございます」

 

 

 桜才学園新聞部の畑さんは、タカトシさんのコラムが載っている新聞を英稜に納品するためにちょくちょくこの学園にやってきている。その時にカナ会長に余計な事を吹き込んでるんだろうな……改めて考えると、タカトシさんの周りにはボケが多いんですよね……様々な属性とか言ってましたけど、そのほとんどがボケなのでは……萩村さんは七・三の割合でツッコミをしてるらしいですけどね。

 

「今日のシフト終わりに、タカ君に誰が好きか聞いてみましょう」

 

「会長が聞くんですか?」

 

「サクラっちが聞いても良いですよ」

 

 

 私は会長の申し出を丁重に断り、しかしその場には同伴する意思を伝えた。私だって女子高生ですので、素敵な彼氏が欲しいと思ったりするんですから、気になっている相手の恋愛事情に興味を持ってしまっても仕方ないですよね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恒例となっていたバイト終わりの寄り道の最中、カナさんが何の脈絡もなく恋愛話を始めた。

 

「英稜では確認されているだけで三十のカップルが存在しているんですよ」

 

「はぁ……桜才は全面禁止ですからね。三十が多いのか少ないのかよくわからないです」

 

「一学年に十のカップルが存在する計算ですから、割かし普通なのではないでしょうか? 私もお付き合いしたことないので分かりませんが」

 

「カナさんならすぐに良い人が見つかると思いますよ」

 

 

 社交辞令ではなく、割かし本気だ。もちろん、下ネタを控えればという条件付きではあるが……この人やシノ会長、アリア先輩は、黙っていれば美人だと俺も思っている。ただそういう対象で見るには、やはり下ネタを控えてもらわなければと思ってしまうのだ。

 柳本や他の男子からは羨ましがられるのだが、ツッコミポジションというのはそれなりに疲れるのだ。代わりたいなら喜んで代わってやるのだが、誰も代わってくれはしないのだ。

 

「タカ君は? かなりモテてるんでしょ?」

 

「生徒会の仕事と家事、バイトにコトミの面倒とやることが多いですからね。恋愛してる暇はないですね」

 

「じゃあ、その全てが一段落したと仮定して、誰かとお付き合いするとしたら、どんな子が良いの?」

 

 

 今日は随分とぐいぐい来るな……普段ストッパー役のサクラさんも、今日は何故かストップを掛けてこないし、何か聞きたいことがあるのか?

 

「そうですね……とりあえず、ボケ無い人が良いですね。お付き合いしてるのにボケとツッコミの関係じゃ、なんかしっくりこない気がしますし」

 

「そうなると、サクラっちみたいな子と言うわけですか?」

 

「っ!? 会長、何を急に……」

 

「サクラさんならいいかもしれないですね。境遇も似てますし」

 

 

 ツッコミの辛さは同じツッコミにしか分からないからな……互いに辛さを分かち合えば、大変だと思わずに済むかもしれないし。

 

「……ん? サクラさん、顔が赤いですよ」

 

「タカトシさんの所為です」

 

「はぁ」

 

 

 そんな反応されると、ちょっと悪い事をしたと思ってしまいますよ……でも、あれって照れてるんだよな。てことは、サクラさんも満更ではないと言う事か。うん、覚えておこう。

 

「おっと、すみませんが今日はここまでと言う事で」

 

「何か予定でも?」

 

「コトミが、夏休みの宿題を溜め込んでるので」

 

「そうですか、ではまた今度」

 

 

 カナさんとサクラさんと別れ、俺は家に帰りコトミの宿題を見るという仕事に向かう。何時もより溜めてないらしいが、残り一週間で終わる量なんだろうな……




一週間経ってますが、そこのツッコミは無しでお願いします


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新学期早々

この人たちは相変わらず……


 夏休みも終わり、新学期になり気分も新たに頑張ろう! と決心して生徒会室を訪れると、タカトシと萩村が机に突っ伏していた。

 

「どうした? 二人がそんな恰好になるなんて、珍しいな」

 

「昨日遅くまでコトミの宿題を見てまして……」

 

「ちょっと夏バテ気味でして……」

 

「なんだなんだ、だらしない。アリアを見ろ! すごく元気じゃないか」

 

「私は本当に身を絞めてるからね~」

 

 

 そう言ってアリアは、肩口袖をめくり、荒縄を私に見せてくれた。

 

「タカトシ、ツッコミなさいよ」

 

「もうあの流れは良いよ……」

 

「とにかく、これから始業式なんだから、二人ともしっかりしろ」

 

 

 珍しくだらけている後輩に活を入れ、私は体育館へ向かうことにした。こういった時くらいは、しっかりと生徒会長としての威厳を見せておかないと……最近、どっちが会長か分からないと自分でも思ってるし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一昨日、昨日とトッキーと一緒にタカ兄に手伝ってもらったお陰で、夏休みの宿題は無事に提出することが出来た。

 

「まさか夏休みの最初の方に一緒にやって、そのまま家に忘れてたなんてね」

 

「うっせ!」

 

「てか、コトミも気づきなさいよ……」

 

 

 トッキーの課題全般は、私のものと一緒に机の端っこに放置されていたのだ。それを見つけたのは、私の部屋を掃除しに来たタカ兄だった。

 

「いやー、てっきり終わらせたと思ってたんだけどね~」

 

「数学と英語、白紙だったもんな……」

 

「アンタら二人、津田先輩に頭が上がらなくなってきてるわね……コトミは昔からだけど」

 

「タカ兄はなんだかんだで優しいから、可愛い妹を見捨てる事なんてないからね~」

 

 

 お礼に夜這いでもしようかと思ったけど、さすがにタカ兄も私もヘトヘトで、今日は珍しくタカ兄も遅刻ギリギリだったのだ。

 

「そう言えば、壇上の津田先輩、少し眠そうだったね」

 

「トッキーが帰ってから、あの後理科の課題も残ってた事が判明してね……終わったの午前二時だったし……」

 

「天体観測したんじゃなかったのかよ……」

 

「それは自由研究だよ。トッキーは、理科の課題やったの?」

 

「あっ? ……そんなのあったか?」

 

 

 あっ、完全に忘れてるパターンだ……まぁ、あれは忘れるよね。

 

「コトミ、悪いが今日帰りが遅くなりそうだから、晩飯は勝手に済ませてくれ」

 

「あっ、タカ兄。遅いって、どのくらい?」

 

「分からん。課題を全て忘れた柳本の補習の手伝いを横島先生に頼まれたんだが、いったい何をやるのかも、どれくらいやるのかも教えてもらってない」

 

「勝手にって言われても、私料理出来ないよ?」

 

「安心しろ、コトミ! 我々生徒会が責任もって晩御飯の用意をしようじゃないか!」

 

「シノ会長たちが来てくれるなら、大歓迎です!」

 

 

 タカ兄ほどじゃないけど、シノ会長もアリア先輩も、スズ先輩も料理上手だもんね。ベッタベタな爆発オチなんて、絶対に起こらないよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミの晩御飯を用意するために津田家を訪れた私たちは、玄関前で英稜の二人と出くわした。

 

「何故カナとサクラがいるんだ?」

 

「私たちは、タカ君と遊ぼうと思ってたのですが」

 

「アポなしで来たの~? タカトシ君に怒られそうだけどな~」

 

「いえ、約束はちゃんとしてましたが、急用で遊べなくなったと言われちゃいました。でも、その急用が何なのかが気になったので、こうして参上仕った次第」

 

「カナ会長……何故にそんな言葉遣いを……」

 

 

 サクラさんのツッコミは、タカトシと比べれば劣るが、やはりハイレベルなものだと、私から見ても分かる。私も頑張ればあのくらい出来るのかしら……

 

「それだったらちょうどいい! カナもサクラも手伝ってくれ」

 

「何をするんですか?」

 

「新妻ごっこだ!」

 

 

 そのボケはどうなんだろう……それだけで伝わると、会長は思ってるのかしら……

 

「なるほど。帰りが遅いタカ君の為に、ご飯を作って待ってるんですね。そして『ご飯にします? お風呂にします? それとも……』ってやつをやるんですね!」

 

「さすがカナだ! よくわかってるな!」

 

「「えぇー! さっきのでそこまでわかるの!?」」

 

「珍しくスズ先輩とサクラ先輩がユニゾンしましたね」

 

 

 そう言われれば、タカトシとツッコミが被る事はあったけど、サクラさんとは初めてかもしれないわね……タカトシとサクラさんの二人がいると、どうしてもツッコミサボり気味になっちゃうから仕方ないのかもしれないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柳本の課題の手伝いをさせられて、ようやく家に帰って来たと思ったら――

 

「タカ君、私にします? シノっちにします? それともアリアっち?」

 

「全員同時でも構わないぞ!」

 

「初体験が4Pだなんて……」

 

「何なら私も食べていいんだよ、タカ兄?」

 

 

――そこにはカオスが広がっていた。

 

「えっと……スズ、サクラさん、状況の説明を求めます」

 

「えっと……見ての通りとしか言えないわね」

 

「会長たちが盛り上がっちゃいまして……」

 

 

 酒でも呑んだんじゃねぇだろうな……そうじゃなきゃ説明できないぞ、この状況……

 

「とりあえず、何故カナさんとサクラさんが? 日を改めましょうってメールをしたと思うのですが」

 

「カナ会長がタカトシさんの急用が気になるって……」

 

「それで、スズ? 俺は晩飯を三人に頼んだはずなんだが?」

 

「えっと……私じゃ四人の暴走を止められませんでした」

 

 

 隣ではサクラさんも申し訳なさそうに手を合わせている。つまり、二人のキャパシティー以上のボケを四人がしたというのか……

 

「コトミ、三人と一緒に片づけとけよ。スズ、サクラさん、外に食べに行きましょう」

 

 

 本当はもう一歩も外に出たくないほど疲れてるのだが、このカオスから逃げ出すには、そうした方が良いだろうしな。晩飯も用意されてなかったし……




色欲より先に呆れが来てしまう以上、このメンバーの恋路は前途多難でしょうね……


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トッキー、柔道部へ

これで成績も部活補正が掛かって大丈夫に……


 インターハイの二回戦で敗退してしまい、全国のレベルを実感した私は、戦力アップの為に新しい部員を勧誘することにした。だけど、そんな即戦力な子が、この桜才学園にいるのかなぁ……

 

『そう言えば、時さんって強いらしいね』

 

『何でも、素手で熊を投げ飛ばすらしいね』

 

 

 時さんって、確かタカトシ君の妹さんのお友達だったっけ。まさかそんな逸材がいたなんて。早速勧誘に行かなくては!

 

「――ってわけで、入ってくれないかな?」

 

「嫌だよ、めんどくさい」

 

「どうしても駄目?」

 

「ああ。悪いが他を当たってくれ」

 

「しょうがないなぁ……」

 

 

 他を当たるにしたって、そんな簡単に次の候補者が見つかるわけがない。だから私は説得の方法を変えることにした。

 

「――で、生徒会室に来たの?」

 

「うん」

 

 

 一人で説得出来ないなら、大勢で説得すればいいんだと思って。

 

「理由は分かったから、そろそろ解放してあげたらどうだ? 時さん、苦しそうだぞ」

 

「だって、こうしておかないと逃げられちゃう」

 

 

 送り襟締めをしていたんだけど、タカトシ君に注意されちゃったから解放することにした。だって、タカトシ君が怒ったら学校が壊れるって、友達が友達から聞いたって言ってたし。

 

「それで、なんで時さんなんだ? 彼女がやってるのは空手だったはずだが」

 

「えっ、そうなの!? だって、熊も素手で投げ飛ばすって聞いたけど」

 

「誰から?」

 

「えっと、一年生が話してるのをたまたま聞きました」

 

「信憑性ゼロだな……」

 

 

 タカトシ君が呆れながら、時さんに何か話してるけど、私にはその何かが聞こえなかった。でも、タカトシ君の事だらか、きっと説得してくれてるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実力を見せるという名目で、私は何故か三葉先輩と勝負することになった。兄貴に頼まれたら断れねぇしな……

 

「それじゃあ、時間無制限一本勝負」

 

「私が勝ったら、柔道部に入ってもらうよ」

 

「……私が勝ったら?」

 

 

 まぁ、負けても入る気なんてさらさらねぇけどな。

 

「主将の座を譲るよ」

 

「逃げ道がねぇ!?」

 

「三葉、それじゃあ時さんが柔道部に入るのが確定してるみたいだぞ」

 

 

 兄貴がツッコミを入れてくれたお陰で、私が勝ったら勧誘を諦めてもらえることになった。それにしても。やはり兄貴がいてくれると助かるな……勉強面でもツッコミ面でも。

 

「道着って、あの紐をきつく縛ると気持ちよさそうだね~」

 

「アリア先輩、黙っててください」

 

「初め!」

 

 

 変なボケで気が削がれたタイミングで、会長が開始の合図を言いやがった。こうなったらテキトーに腕でも極めて終わらせるか。

 

「やるね、時さん。でも、それじゃあ私には勝てないよ」

 

「チッ、ちょこまかと!」

 

 

 腕を極めるつもりで飛び込もうとしたが、簡単に間合いから逃げられてしまった。やはりこの人は強い……だけど負けるつもりなんてねぇ!

 

「っ、やぁ!」

 

「!?」

 

 

 一瞬の隙を突かれ、私は腕ひしぎ十字固めを喰らってしまった。やっぱり、私じゃこの人には勝てなかったか。でも、なんだか悪くなかったな……

 

「そこまで! 勝者・三葉ムツミ!」

 

「惜しかったね」

 

「いや、完敗だったっす」

 

 

 三葉先輩に腕を引っ張ってもらって立ち上がり、私は一礼して握手した。ここ最近感じてなかった熱い気持ちが私の中にある。これは、柔道も悪くないかもしれないな。

 

「それじゃあ、明日から時さんも練習に参加してね」

 

「あぁ、約束だからな」

 

「それから」

 

 

 ん? まだ何かあるのか?

 

「次からはちゃんと道着を着るように」

 

「は?」

 

「ヤンキーだから裏返しにして着てるんでしょ?」

 

「そんな着崩しがあるか!」

 

 

 また、やっちまったようだな……こればっかりは治そうと思っても治らない病気みたいだ……生徒会の面々にも笑われちまったぜ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か昨日は熱い展開があったようで、トッキーが柔道部に所属することになったらしい。

 

「トッキー、面白い事があったなら言ってよー。私も見たかったなー」

 

「いきなり決まった事だし、見ても面白くねぇだろ」

 

「そんなことないよー。熱いバトルが繰り広げられたなら、それを見て興奮しちゃうって」

 

「そんなもんか?」

 

 

 トッキーは気づかなかったようだけど、おそらくシノ会長とアリア先輩は興奮していただろう。

 

「それで、何でトッキーが柔道部に? トッキーがやってたのって空手だよね?」

 

「色々あったんだよ。しかも、兄貴に説得されたら、一応勝負するしかねぇだろ。あの人には色々と世話になってるんだし」

 

「そうかなー? タカ兄に頼まれたことを、私すっぽかしたことあるよ」

 

「お前は血縁だからな。多少は世話になっても気にならねぇかもしれねえが、私はそうはいかないんだよ」

 

 

 トッキーはヤンキーだけに、受けた恩はしっかりと返すのが主義らしい。確かにトッキーもタカ兄に相当お世話になってるもんね。

 

「トッキーも部活に入っちゃったし、遊ぶ時間とか減っちゃうね」

 

「休みの日とかに遊べばいいだろ」

 

「部活に入ったって事は、より一層勉強が疎かになりそうだね」

 

「グッ……考えないようにしてたのに、余計な事を!」

 

「まぁまぁ、トッキーが部活をやらなければいけなくなった原因の一端はタカ兄にあるんだし、マズかったらタカ兄に頼ればいいんだよ」

 

 

 タカ兄なら、頼まれれば断らないだろうしね。何せ、私の夏休みの宿題を結局手伝ってくれたくらいお人よしなんだから。

 

「あんまりあの人に頼るのはな……悪い気がして」

 

「大丈夫だって! タカ兄は私をこの学園に入れてくれたんだから、トッキーのテストの赤点回避くらい楽勝だってば!」

 

 

 悲しい事実ではあるけど、自力では入学できなかったと自覚しているのだ。だからではないが、テスト前にはタカ兄に泣きついて勉強を教えてもらっている。だって、ギリギリで入った私に、ここの授業は難し過ぎるのだ。

 

「トッキーも一緒にやれば、私もしっかりやるかもしれないし」

 

「それはねぇな」

 

 

 何故か否定されたけど、とりあえずタカ兄に頼ることは考えているらしい。タカ兄も色々と頼られて大変だろうけども、それに応えるだけの実力があるから凄いんだよね。我が兄ながら、何処にそんなエネルギーがあるのか不思議だよ。




若干タカトシに説得された感も……


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桜才新聞アンケート企画

これだけで一話作れてしまった……


 最近新聞のネタに限界を感じてきているので、何かここらで新しい企画を考えようと思い、何がいいかあれこれ考えていたら、ふと知名度ランキングをしたくなったので、さっそく調査を実行した。

 

「その結果がこれです」

 

「行動力はさすがですね」

 

 

 最近はしっかりと津田副会長に検閲してもらっているので、発行直前でぽしゃる事がなくなって助かっている。まぁ、ぽしゃってる原因は完全に私の所為なので、津田副会長に文句は言えませんけどね。

 

「生徒会メンバーの知名度は高いですね」

 

「そりゃ、この学園にいて生徒会メンバーを知らない人間はいませんよ。名前だけは知ってるという感じの人もいましたがね」

 

 

 実際、萩村さんなんかの写真を見せても「誰、この子供?」みたいな反応を示した人もいたくらいだ。ちなみにその子は一年生でしたけどね。こんなこと、萩村さんには言えませんね。

 

「意外なところでは、轟さんも知名度が高いんですね」

 

「そりゃ彼女は桜才きっての機械マスターですからね。その手の方々からは絶大な支持を得ていますから」

 

 

 ちなみに、七条さんの紹介で知ったという人が大半でしたけどね。そのあたりのネットワークは、私でも掴んでなかったですね。

 

「教師では横島先生が一位ですか」

 

「男子を襲っている教師、として全学年に知れ渡っています」

 

「もうクビで良いんじゃないか、あの人……」

 

 

 津田副会長の率直な感想に、私も心の中で同意しておいた。あの人は何か問題を起こしてもスクープにならないですからね……

 

「ん? まだアンケート結果がありますね」

 

「そ、それは関係ないもので……」

 

「なになに……『津田副会長ハーレムの中で、誰が一番お似合いかランキング』」

 

 

 津田副会長の視線が、ゆっくりと私に向けられているのが分かる。何時もみたいに逃げ出せればいいのだけど、あの視線に捕らわれるとどうにも動けないのだ。

 

「何ですか、このランキングは? まさかこれも新聞に載せるつもりだったんですか?」

 

「いえ、個人的趣味です……」

 

「なお悪いわ!」

 

 

 津田副会長のカミナリが、私に向けて落とされた。ここしばらくは大人しくしてたから、この感覚は懐かしいわね……思い出したくなかったけど。

 

「そもそも、なんでコトミがランクインしてるんですか、このアンケートは……」

 

「それだけ兄妹の仲が良いということです」

 

「……ん? これはアンケート用紙?」

 

「あっ!」

 

 

 結果だけなら問題なかった――いや、あったけども、その用紙だけは見られたらマズい!

 

「……何故選択肢にコトミや横島先生まで?」

 

「面白いかなーっと思いまして……」

 

「まぁ、それは置いておくとして、会長の横に『貧乳』や、スズの横に『ロリ』、カエデさんの横に『ムッツリ』とか書かれてるのは、本人に報告しておきますので」

 

「それだけは! それだけはご勘弁を!!」

 

 

 懇願虚しく、私はこの後天草会長と萩村さん、そして五十嵐さんに怒られたのだった。今日は散々な一日だったわね……ちなみに、一位は英稜の森副会長でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例の桜才新聞が発行されて、タカトシの周りには――いや、私の周りにはライバルがいっぱいいるんだと言う事を再認識させられた。ちなみに、この学園の生徒でもないサクラさんや魚見会長に負けた会長は、自虐ネタに走るという面倒な展開になってしまったのだった。

 

「知名度なんて、生徒会長という役職だけで勝ち取ったものだ。私は影も胸も薄いからな」

 

「そんなこと無いよ、シノちゃん! ツンデレ・貧乳・生徒会長の三連コンボはマニアには堪らないって!」

 

「アリア先輩、フォローになってませんから」

 

 

 ちなみに私は、サクラさんには負けたけど魚見会長と同率だったので、まだましな気分なのだ。

 

「大体なぜ、カナやサクラがランクインしてるんだ! 桜才の中でのランキングじゃなかったのか!?」

 

「あのランキングだけは、サクラさんやカナさんも対象だったらしいです。てか、勝手にお似合いとか言われても困るんですが……そもそもハーレムって何だよって話ですけどね」

 

 

 タカトシは自覚していない――いや、してるのかもしれないが、ハーレムという言葉を嫌っている。好意を寄せてくれている人を、そういった言葉で一括りされるのが嫌だとか聞いたことがあるけど、それが更にハーレム化を加速させているというのは、自覚していないようね。

 

「まさか私が二位とはね~。ムツミちゃんとかに負けるかと思ってたよ~」

 

「私と魚見会長が三位、五位に五十嵐先輩ですもんね」

 

「何故私がコトミの下なのだ……」

 

 

 六位がコトミ、そして七位が会長だったのだ。タカトシと会長は、どうしても会長と副会長というイメージが強いのか、恋人には見えないのでしょうね。

 

「てかタカトシ、良く発行を許したわね」

 

「そっちで潰してくれるかと思ってたから、俺は何も言わなかったんだが」

 

「そうだったの? まぁ、あの聞き方には腹がったったけどね」

 

「?」

 

 

 結果には満足いったので、私はこのアンケートを桜才新聞に掲載することを止めなかったのだ。だって、私がタカトシとお似合いだと思われてるんだから。

 

「意外なところでは、八月一日さんもランキングしてるんだよね~」

 

「時さんもランキングしてますね。横島先生はランク外ですけど」

 

「そもそも得票数ゼロだとか言ってましたけど」

 

 

 やっぱり横島先生とタカトシだと、教師と生徒だもんね。恋人には見えないし、そもそもタカトシの方がしっかりしてると思われてるだろうしね。

 

「今後、アンケート企画は禁止だ!」

 

「シノちゃん、そんなに落ち込まないで。周りからどう思われてようが、自分の気持ちはしっかりと持っていた方が良いわよ」

 

 

 なんかよくわからない慰めをするアリア先輩を、私とタカトシは生暖かい目で見守っていたのだった。




シノはどうしても会長・副会長のイメージが……


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避難訓練

時期的にどうかなとも思いましたが、これもめぐり合わせでしょうか……


 本日は避難訓練が予定されているが、より現実味を増す為に、いつ行われるかは伝えられていない。

 

「なんだかみんなそわそわしてるわね」

 

「まぁ、いつ始まるか分からないから仕方ないのかもしれないけどな」

 

「そう言えば今朝、七条先輩が着替えの途中で始まったらどうしようとか言ってたわね」

 

「……ちゃんと服着てくるんだろうな」

 

 

 あの人の事だから、本気で着替え中でも逃げてきそうな気がする……

 

「さすがの七条先輩でも、着替え途中で外に出る事は――ありそうね……」

 

「だよな……」

 

 

 自宅敷地内ならともかく――よくは無いが――学校でそんなことしたら、あの人の事だからただじゃすまないだろうな……本性を知ってなお、あの人が好きだという男子は後を絶たないのだから。

 

「おらー、お前らそわそわしてないでさっさと席に着けー! 今から小テストをやるぞー!」

 

「何かテンションおかしくない?」

 

「あの人がおかしいのは何時もの事だろ?」

 

「それもそうね……クビにならないのが不思議なくらいおかしいものね」

 

 

 なんとなく酷い事を言っている自覚はあるが、横島先生は本当におかしい人だからなぁ……

 

「何時避難訓練が始まるか分からないから、気になってテストに集中できませーん」

 

 

 三葉が予防線を張ろうとしてる気がするんだが……

 

「避難訓練は次の時間だから、安心してテストを受けろ」

 

「バラしちゃったよ……」

 

 

 緊張感を保つためにって案だったのに、時間バラしていいのかよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 避難訓練の途中で、本当に地震が起こってしまったので、私はクラスメイトを落ち着かせるために行動した。

 

「机の下に避難して、窓からは離れろ。教室の電気を消して二次災害を防ぐんだ!」

 

「さすがシノちゃん、こんな時でも冷静だね~」

 

「まったくです。さすが全校生徒から毛深い――じゃなかった。気高いと認識されているだけの事はありますね」

 

「認識されているのは後者だけだよな? な?」

 

 

 私は断じて毛深くは無いぞ! ちゃんと処理してるし、間隔もそれほど短くは無いはずだ……比較対象がいないから分からないが。

 

「とりあえず避難だ。慌てずゆっくり校庭に移動するぞ」

 

 

 教室から移動している途中で、タカトシたちと合流した。

 

「無事だったか」

 

「まさか訓練の最中に本当の地震が起こるとは……」

 

「ん? コトミから電話だ――どうした? ……はっ? ドアが開かない? あぁ、分かった。すぐに行く」

 

 

 タカトシが携帯でコトミと話している間、我々生徒会役員以外の生徒は校庭に避難した。

 

「コトミちゃん、どうかしたの?」

 

「さっきの地震でドアが開かなくなったらしいです。あの教室は前から立て付けが悪かったから、さっきの揺れで完全にゆがんでしまったのでしょうね」

 

「とりあえず、コトミたちの教室に向かうぞ!」

 

 

 取り残された生徒を救うのも、我々生徒会役員の役目だからな! 訓練だけじゃなく、本当に地震が起きてしまったのも、もっと大きな地震が起こった際にも冷静さを欠かないようにするための訓練になったかもしれないな。不謹慎かもしれんが、それほど大きな地震じゃなくてよかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄にヘルプの電話を掛けたが、閉じ込められた恐怖から泣きそうになるクラスメイトもちらほらと見受けられる。

 

「だりーな。訓練だけでもだるいのに、まさか閉じ込められるとは」

 

「トッキー、このドア蹴り飛ばせないの?」

 

「誰が弁償するんだ?」

 

「そりゃ、壊したトッキーでしょ」

 

「ぜってーにやらねー!」

 

 

 さすがのトッキーも、修繕費を考えて蹴り飛ばさなかったのか……タカ兄が来てくれれば、何とかなるかもしれないけど、どうやって助けてくれるんだろう?

 

「あっ、津田先輩だ」

 

「タカ兄! 早く出して~! このままじゃ漏れちゃう」

 

「……お前、この状況で冗談を言うとは、良い度胸してるな」

 

「あっ、やっぱりバレた?」

 

 

 本来なら授業中なのだ。トイレを我慢している事は確率的に低いだろうと判断して、タカ兄は私が冗談を言っていると判断したのだろう。まぁこのくらいの冗談を見抜けないようじゃ、タカ兄じゃないもんね。

 

「冗談はさておき、本当に早く出して~! 閉じ込められた恐怖から泣きそうな子だっているんだから」

 

「早く出してって、なんだかエロい響きよね~」

 

「その気持ち分かるぞ!」

 

「分かるな……ちょっと待ってろ」

 

 

 そう言ってタカ兄は、ドアを調べだし、何かを取りにどこかへ行ってしまった。やっぱりタカ兄も、ドアを破壊して――という行動はとらないようだ。

 

「これでズレを直して……スズ、ちょっとこっち押えといて」

 

「分かったわ」

 

 

 スズ先輩に手伝ってもらってるっぽいけど、スズ先輩の力で大丈夫なのかな? あの容姿じゃ相応の力しかないだろうし……

 

「無事出て来たら張ったおす!」

 

「壁越しに読まれただと……お主、なかなかやるな」

 

「厨二病もほどほどにしろって言ってるだろ……よし、これで動くな」

 

 

 そう言ってタカ兄はドアをスライドさせ、私たちを救出してくれた。

 

「さっすがタカ兄! 本当に頼りになる男だね~」

 

「会長、この教室のドアは早急に修理した方がよさそうですね。今回はまだよかったですが、大地震が起こった時にこの状況じゃ避難出来ませんよ」

 

「まぁ確かにな。学校に進言しておこう」

 

 

 無事に助かった私たちの横で、会長とタカ兄が真剣に話し合っている。訓練だったけど、問題点が見つかったので良かったのかな? それともまだまだ見つかってないだけで問題点があるのだろうか……まぁ、そんなことは私が考える事じゃないし、今は助かった事を喜ぼう。




不真面目にやってて、すみませんでした……避難訓練、大事です


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スポーツの秋

これから夏だと言うのに……


 いよいよ秋めいてきて、我々生徒会役員も何か運動でもしようかという話題になった。

 

「運動と言われましても、時間があれば走ったりしてますけど、家事って結構体力使うんですよ」

 

「でた、主夫発言。タカトシは兎も角、私たちは日ごろから運動する機会はありませんからね」

 

 

 確かにタカトシは、運動に家事、バイトに我々へのツッコミと、日々体力を使う場面が多いからな。

 

「しかし何故いきなり運動をしようと?」

 

「スポーツの秋だし、達成感も得られるだろ? 体力もついて一石二鳥だ」

 

「じゃあ軽めのもので、ジョギングかウォーキングでもどうですか?」

 

 

 確かにそれなら、明日からでも始められるだろうな……

 

「アリア、何をホッとしているんだ?」

 

「だって、ここで自○が出ないって事は、アレで得られてるのが達成感じゃなくって虚無感だからでしょ? てっきり私だけかと思ってたから、安心したよ~」

 

「違う」

 

「うん、違う」

 

「……違うぞ?」

 

 

 私だけ即答出来なかったが、決して虚無感を覚えているとかじゃないからな? ちょっと考えてみただけで、決してアリアと同じ感覚なわけじゃないからな?

 心の中で言い訳をしていると、コトミが生徒会室にやって来た。

 

「すみません、私の忘れ物届いてませんかー?」

 

 

 遺失物は一時的に生徒会室で保管されるので、無くしたり忘れたりした直後なら職員室ではなく生徒会室に取に来るのが正解なのだ。

 

「それで、何を忘れたんだ?」

 

「数学の宿題です!」

 

「……お前、昨日やったって言ったよな?」

 

 

 タカトシが若干低めの声を出してコトミに問うと、彼女は定番の言い訳を始めた。

 

「やったんだけど、机の上に忘れてきちゃったんだよ~」

 

「本当だな? 帰って確認しても問題ないな?」

 

「すみません! やってませんでした!」

 

 

 同じ家に住んでいるからこそ出来る脅しに、コトミは素直に頭を下げた。

 

「あっ! そう言えばさっき、更衣室で下着の忘れ物を見つけました」

 

「誤魔化し方があからさまだが、どんなのだ?」

 

 

 瞬時にタカトシは視線を逸らしたので、私がコトミの対応をする事にした。

 

「これです」

 

「あっ、それ私のだ~。涼しくなってきたから穿いてきたんだけど、慣れないことをすると良くないね~」

 

「いや、慣れてくださいよ……」

 

 

 会話の流れにも入ってこないタカトシの代わりに、萩村が久しぶりにツッコミを入れた。

 

「ちゃんと名前くらい書いておけ!」

 

「高校生にもなって、それは恥ずかしいな~」

 

「じゃあ、顔写真を貼っておけ」

 

「あっ、それなら大丈夫だよ~」

 

「そっちは大丈夫なのっ!?」

 

 

 この会話の最後まで、タカトシは窓の外を眺め、指で耳を塞いでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、何か運動をしようということで、二対二でバドミントンをすることになった。

 

「私とアリア、タカトシと萩村のペアで良いだろ。戦力的に」

 

「どういう分け方をしたんですか?」

 

 

 なんとなく地雷臭がするので聞かなかったのだが、スズ自らシノ先輩に聞いてしまった。

 

「だってほら、タカトシの運動神経なら、萩村の身長を補えるかなーっと」

 

「これくらい、届くわー!!」

 

 

 ほらやっぱり地雷だった……まぁ、自分で踏み抜いたんだから、シノ先輩以外文句を言われる覚えはないし、別に良いか。

 

「じゃあシノちゃん、勝ったチームは負けたチームに何か一つ言う事を聞いてもらうっていうのはどう?」

 

「そうだな……タカトシにあんなことやこんなことを……」

 

「何を考えているかは分かりませんが、一つですよ?」

 

 

 微妙にズレたツッコミであることは自分でも分かってはいるが、別のツッコミをすると面倒な事態になりそうな予感がしたので、とりあえずのツッコミを入れたのだった。

 

「そもそも先輩方、タカトシだけじゃなく私だって結構運動神経良いんですから、簡単には勝たせませんよ?」

 

「大丈夫だ。最悪、アリアのおっぱいではじき返すから」

 

「そんなバカな……」

 

 

 そもそも身体に当たった時点で失点扱いなので、例えはじき返せたとしても続行にはならないんだけどな……

 

「では、まずは年功序列で私たちからのサーブと言う事で」

 

「構いませんよ。スズ、とりあえずあっちのチームに勝たせちゃ駄目だって事は分かってるよな?」

 

「ええ。勝たせたら何をやらされるか分からないもの……」

 

 

 それだけを確認して、俺とスズは本気で勝ちに行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく本気のタカトシ君とスズちゃん相手に、私たちは手も足も出ずに負けてしまった。

 

「やはり強いな……良いように振り回されてた感が半端ないぞ」

 

「私も、もうヘロヘロだよ~」

 

 

 シノちゃんと二人で、体育館の床に倒れ込んでいるのだが、タカトシ君もスズちゃんも涼しい顔をしている。

 

「先輩たち、大丈夫ですか?」

 

「少しくらい先輩を立てると言う事をしないのか、君たちは」

 

「ですが、手加減をしたら失礼ですし」

 

「確かに……接待なんてされたら、容赦なくシャトルを君の顔にぶつけてただろうな」

 

 

 おそらくだけど、接待でもタカトシ君は強いんだろうな~

 

「仕方ないですね。じゃあ敗者への罰ゲームと言う事で、先輩二人で、四人分のジュースのお金を払ってください」

 

「そんなことで良いのか?」

 

「お金さえ出してくれれば、俺が買ってきますので」

 

 

 ヘロヘロで動けない私たちに買いに行かせるのではなく、お金だけ出してくれればというのが、タカトシ君の優しさなんだろうな~。

 

「スズも休んでていいよ」

 

「そう? じゃあお願いね」

 

 

 私たちの希望を聞いて、タカトシ君は体育館から自販機まで早歩きで移動していった。こんな時でも廊下を走らない辺り、真面目なんだよね。




バドミントンのネットなら、スズでも届きますよね……?


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ハロウィン祭 準備

どちらかというと、コスプレパーティー?


 桜才学園では、新しいイベントとしてハロウィンパーティーが行われることになった。その準備として、タカトシ君が半日ぶっ通しでかぼちゃを加工している。

 

「それにしても、相変わらず器用だよね、タカトシ君って」

 

「なんですか、急に」

 

「普通半日もかぼちゃを彫ってたら手首が痛くなったりしてナイフがズレたりするはずなのに、ほとんど同じ形に彫り上げるんだから」

 

「あと数個で終わるって考えながらやってるからでは? やっと何個目、と考えるより気持ち的に楽が出来ますからね」

 

 

 それだけで楽になるとは思えないけど、タカトシ君が言うと本当にそう思えるから不思議なのよね~。

 

「ところで、何故いきなりハロウィンをしようなんて言い出したんでしょうね」

 

「シノちゃん、お祭り大好きだからね」

 

「お祭り好きだからといって、何も収穫祭にまで手を伸ばさなくても」

 

「日本では仮装パーティーの扱いだから問題ないんじゃない? そもそもシノちゃんだって、本当のハロウィンをしようとは思ってないわよ」

 

 

 ハロウィンで騒ぐのは日本くらいだしね。シノちゃんがやりたいのは本物のハロウィンではなく、日本式のハロウィンだろうし。だから私もコスプレ衣装を考えているんだけどね。

 

「さてと、これで最後ですね」

 

「そろそろシノちゃんとスズちゃんが戻ってくる頃ね」

 

 

 二人今、新聞部と仮装パーティーの際のコスプレ大賞を決めるコンテストの打ち合わせに行っている。もちろん、学園側にはちゃんと許可を取っているので、タカトシ君が止める事も出来ないのだ。

 

「本当にやるんですか? 風紀委員が問題視するかもしれないのに」

 

「大丈夫よ。カエデちゃんもノリノリだったし」

 

「あの人、最近畑さんに毒されてますもんね……」

 

 

 カエデちゃんという障害もクリアした今、シノちゃんを止められる人はタカトシ君くらいだもんね。でも、今回は止める必要を感じてないのか、タカトシ君も準備を手伝ってくれている。これはシノちゃん、チャンスかもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑と話し合っていたら白熱してしまい、準備をすっかりすっぽかしてしまった。

 

「いや~、盛り上がったな」

 

「あの優勝賞品は怒られると思いますけどね」

 

「だからあれは止めて、学食デザート一ヶ月半額券にしただろ!」

 

 

 萩村がいてくれなかったら『タカトシが作ったお弁当を、タカトシから食べさせてもらえる権利』になっていたからな……あのままだったら賞品どころか企画自体が無くなるところだった……

 

「ところで会長、私たちもコスプレするんですよね?」

 

「当たり前だろ! 何のためにハロウィンパーティーをすると思ってるんだ!」

 

「収穫祭ですよね?」

 

「本当はそうだが、私がやりたいのは日本式だ!」

 

 

 大都会でコスプレイヤーがあふれ返り、交通機関に支障を来すのはどうかと思うが、学校レベルで楽しむくらいなら問題は無いだろう。

 

「それで、会長はどんなコスプレをするつもりなんですか?」

 

「私は魔女かな」

 

「魔女ですか」

 

「ああ! こう箒に跨ってな」

 

 

 子供のころあこがれたあの恰好を、まさか高校生になってする機会を得るとは思ってなかったな。

 

「だが、箒に跨った時、いけない気持ちにならないようにファールカップを用意しなければ」

 

「……自制心を鍛えればいいのでは?」

 

「そんなんで興奮を抑えられるか!」

 

「シノちゃん、室内まで声が聞こえてるよ」

 

 

 生徒会室前で大声を出したから、アリアが驚いて出てきてしまった。

 

「おお、すまない。ついつい興奮してしまった」

 

「何の話をしてたの~?」

 

「箒に跨った時にいけない気持ちにならないよう、ファールカップを用意しようという話だ!」

 

「あ~、あれは気持ちよさそうだもんね~」

 

 

 アリアは私に同意してくれたし、これで用意する方向に話が進むな!

 

「お疲れ様です。こちらは準備し終わったので、クラスの話し合いに顔を出してきます」

 

「あっ、私も行くわ」

 

 

 タカトシに続き、萩村も逃げ去るようにクラスの方へ行ってしまった。そんなにいけないことか? ファールカップは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシの後についてきたは良いが、実はクラスでの話し合いなど存在しない。純粋にあの場から立ち去る方便として、タカトシが作ったのだ。

 

「さてと、これからどうする?」

 

「すぐに戻るのはねぇ……ちょっとゆっくりしてから戻りましょう」

 

「そうだな」

 

 

 そう言ってタカトシはポケットから財布を取り出し、自販機に小銭を入れてコーヒーを購入した。

 

「私も何か買おうかしら……って、飲みたいものが上の段にしかない!?」

 

 

 ここの自販機っていつも使わないから、どんな飲み物があるか把握してなかったわ……まさか届く範囲に飲みたいものが無いとは……

 

「俺が押そうか?」

 

「ごめん、コーヒーの微糖を」

 

「了解」

 

 

 タカトシにボタンを押してもらい、漸くほしいものが購入できた。それにしても、この身体は不便でしかないわね……

 

「そういえば、当日は俺たちもコスプレするんだよな? 何になるんだろう」

 

「ああ、私はジャック・オー・ランタンを被って、アンタはドラキュラの格好をするみたいよ」

 

「そうなの? 何で決まってるんだ?」

 

「さっき会長がノリで……ちなみに会長が魔女、七条先輩がコウモリのコスプレをするみたいよ」

 

「コウモリ? どうやってするんだ……」

 

 

 私も分からないので、二人で首を傾げた。まぁ、当日になれば見れるのだし、分からなくてもモラルに反してない限り止めないけどね。




何でも騒げば良いものではないんだが……


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ハロウィン祭 当日

風紀委員長の衣装……あれはダメだぁ……


 ハロウィン祭当日、我々もコスプレをして会場にやって来た。

 

「シノちゃん、魔女のコスプレが決まってるね」

 

「アリアこそ、可愛いぞ」

 

「でもちょっとキツくて……亀甲縛りが」

 

「なんだ、びっくりさせるなよな~」

 

 

 てっきり採寸したときより胸が大きくなったのかと思ったじゃないか。

 

「十分驚くべきことだと思いますが」

 

「ツッコむだけ無駄だから良いんじゃない?」

 

「スズ、なんか投げやり?」

 

「このコスプレしてても、すぐに私だって分かるのは何でなのかって思ってさ」

 

「……何でだろうな?」

 

 

 萩村のコスプレはジャック・オー・ランタンを頭から被ったかぼちゃのお化けなのだが、身長的に萩村だとすぐに分かるのだ。だがその事は地雷なので、タカトシはやんわりと分からないフリをして誤魔化したのだった。

 

「それにしても、随分と盛り上がってるな」

 

「企画した甲斐がありましたね」

 

「そうだね~。カエデちゃんが『風紀が~』って言うかと思ったけど、意外とノリノリでびっくりしたよね~」

 

 

 五十嵐も世間の流行に乗ったのか、このハロウィン祭には積極的に参加している。一部男子が鼻血を出しているとの報告も受けたが、いったいどんなコスプレをしていると言うんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーラス部でもコスプレをしなければいけなくなってしまったので、私は部員たちと考えて妖精のコスチュームを作りそれを着ている。さっきから男子が遠目で見てる気がするんだけど、どこかおかしいのかしら?

 

「おやおや~、風紀委員長がそんな恰好をしてるとは思いませんでしたね~」

 

「畑さん? どこかおかしいかしら?」

 

 

 突如現れた畑さんに、私の格好は何処かおかしいのか聞いてみることにした。何処かおかしいのなら、コーラス部の子全員がおかしい事になるので、急いで修繕したいのだけど。

 

「風紀委員長が、そんな男の欲情を煽るような恰好をしてるのがおかしいんですよ~」

 

「えっ?」

 

 

 欲情を煽るって、別にそんな風に考えてなかったし、この衣装ってそんなに興奮するようなものかしら?

 

「その横乳、さてはお主ノーブラだな!」

 

「津田さん……って、何よそのキャラ」

 

 

 またまた突如現れた津田さんに、ついついツッコミを入れてしまった。って、それどころじゃなく、胸をツンツンと触るのを止めてもらいたい。

 

「いや~ベストおかずニストが中庭にいるって聞きまして、アリア先輩かな~って思ってきてみたら、まさかの風紀委員長だったんですよ~」

 

「そのフレーズ、いただき!」

 

「どうぞどうぞ、使っちゃってください!」

 

 

 何だか盛り上がってる二人をおいて、私はさっきの津田さんの言葉が引っ掛かっていた。あの子確か、ベストおかずニストとか言ったわよね……おかずって言葉は、きっと食事とかの方ではなく……!?

 

「えっ……それって……嘘よね……」

 

「おんや~? どうかしたのですか、風紀委員長?」

 

「視○されていたことに気づいたんじゃないですか~?」

 

「さっきから男子トイレが大渋滞だっていう噂も、あながち間違いではないのかもね~」

 

 

 急に恥ずかしくなった私は、今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、背後から掛けられた声で身体が硬直してしまった。

 

「コトミ、お前クラスの出し物をすっぽかして何してるんだ? 八月一日さんと時さんが探してたぞ」

 

「あっタカ兄。ちょっとベストおかずニストを見に来ただけだよ」

 

「何だそれ?」

 

 

 私の背後に今、津田君がいる……津田君も、私をおかずにしたりするのかしら……

 

「カエデちゃん、その衣装エロいね~」

 

「風紀委員長が率先して風紀を乱すとは」

 

「そういう目で見る方が乱れてるんでしょうが……」

 

「そっ、そうよね! 私、風紀を乱してないわよね!!」

 

「は、はい……大丈夫だと思いますよ」

 

 

 津田君のツッコミに救われた気分になり、私は軽くなった心でこの場から移動する事にしたのだった。自分が津田君の手を掴んでいた事に気づいたのは、かなり後になってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いろいろあったが、ハロウィン祭は無事に終わった。途中であったコスプレ大会は、柔道部が優勝したのだった。

 

「我々も結構自信あったんだがな」

 

「まぁ、楽しむのが目的だったんですから、別に良いんじゃないですか?」

 

「そうだな! 途中雨が降ってきて、女子生徒の衣装が透けるんじゃないかと、男子はドキドキしてたもんな!」

 

「そんな事実は無い!」

 

 

 タカトシに全てツッコミを任せ、これだけ楽をさせてもらった日はいつ以来だろう……ホント有能なツッコミよね~。

 

「しかし、祭りの終わりと言うのは、少し寂しさを覚えるな」

 

「そうですね」

 

「確かに……楽しかっただけに、ちょっと物悲しいです」

 

「私も~。この衣装一生懸命作ったから、脱ぐのが惜しいよ~」

 

「えっ? 別にそこまでは……」

 

 

 七条先輩のコメントに、会長がちょっと引いた。まぁ、何時までもコスプレしてるわけにはいきませんしね……

 

「だって、せっかく採寸までして作ったのに、破り捨てるのは忍びないじゃない?」

 

「破り捨てる理由がどこに?」

 

「えっ? だって、使い捨て衣装でしょ?」

 

「何処の言葉ですか、それ」

 

 

 普通に脱げばいいのに、七条先輩は相変わらずどこかズレているんだなぁ……

 

「次はどんな行事を開拓していこうか」

 

「まだ何かするんですか?」

 

「学園生活は楽しまなくてはな!」

 

 

 会長の言葉に、タカトシは諦めたように肩を竦めて、疲れたように笑ったのだった。今日一日、ツッコミを一人で担当してたから疲れてるわけではないわよね? また体調を崩す事は無いわよね? ちょっと不安になってきたけど、まぁタカトシなら大丈夫よね?




風紀を乱してると言われても仕方ないだろ……


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衣替えの季節

まぁ確かに……真逆だが


 十一月になり、少しずつではあるが厚着をしている生徒が目立ってきた。確かにハロウィンを過ぎて、あっというまに寒くなってきたから、厚着をするのも仕方ないだろう。

 

「男子にとっては残念な時期だな」

 

「何でです?」

 

「厚着されたら、ブラチラや脇チラがなくなるだろ?」

 

「何の話をしてるんですか、いったい……」

 

 

 しまった。こいつは平均的な男子高校生の思考を持ち合わせていなかったんだ……何言ってるのこの人みたいな目で見られてしまってるぞ……いや、これはこれで興奮するな!

 

「でもシノちゃん。多く着てるって事は、その分脱がす楽しみが増えるって事じゃない? 悪い事ばかりじゃないと思うんだけど」

 

「そうなのか? 脱がす喜びというのを体験した事ないからな……実際どうなんだろう?」

 

「あの、校門で話す事じゃないと思うのですが」

 

 

 我々は今、校門前で服装チェックをしているのだが、時刻は午前七時三十分。登校してくる生徒など殆どおらず、こうして暇つぶしをしているのだ。

 

「風紀委員も一緒にチェックすると聞いていたが、五十嵐は来ていないのか?」

 

「ああ、五十嵐さんならコーラス部の朝練があるからと、既に校内ですよ」

 

「何故タカトシがそんなことを知っているんだ!」

 

「何故って、五十嵐さんからメールが着ましたし……シノ先輩にも行ってるはずですよ?」

 

「何っ?」

 

 

 私は慌てて携帯を取り出して、メールが届いているか確認した。

 

「あっ……充電忘れて電池切れてる」

 

「………」

 

「ま、まぁこういう日もあるさ!」

 

 

 タカトシに半目で睨まれ、誤魔化すように笑った。それにしても、五十嵐もタカトシのアドレスを知っているのか……前回のイメージ調査でタカトシとお似合いなのは誰かで、私より上位にいたからな。油断ならないぞ。

 

「ところでタカトシ君。寒くなってきたから、そろそろ下着穿いた方が良いかな~?」

 

「穿いてください。てか、常に穿いているのが普通です」

 

「そうなのかな~? でも、校則には載ってないよね?」

 

「載せるまでも無く、一般常識としてです」

 

「でもでも、穿かない方が便利だと思うんだよね~? お手洗いの時とか青○の時とか」

 

「バカな事言ってないで、明日からちゃんと穿いてください。スズに確認させますので」

 

「何で私っ!? って、タカトシが確認するわけにもいかないわよね……」

 

 

 普通の男子生徒なら、自分が確認しますくらい言うんじゃないのか? てか、こいつに性欲があるのかどうか疑わしくなってきたな……ちゃんと処理しているのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、生徒会室で書類整理をしていると、シノ先輩とアリア先輩がようやくやって来た。どうやら体育だったらしく、着替えやらで遅れたらしい。

 

「今日の体育はなかなかハードだったな」

 

「そうだね~。まさかあんなに白熱した試合になるとは思ってなかったよ~」

 

「何をしたんですか?」

 

 

 既にお喋りモードに入っているのか、スズも先輩たちとの会話に加わった。まぁ、残ってる仕事の殆どは俺が処理しなければいけないものだし、スズがお喋りに加わっても問題は無いんだが、せめてもう少しボリュームを抑えてほしいと思うのは、俺の心が狭いのだろうか。

 

「サッカーだ!」

 

「三年生は男子がいないから、そういった競技もするんですね」

 

「シノちゃんが一人で活躍してたイメージしか残ってないけど、結果は五対四だったんだよね~」

 

「そうなんですか」

 

 

 サッカーで五点も入るとは、ディフェンスが笊だな……てか、合計九点って凄いな。

 

「あっ、会長。そこ血が出てますよ」

 

「何っ!?」

 

 

 スズの指摘に、シノ先輩が反応したのだろう。なんだか嫌な予感がしたので、視線を更に書類に向け、意識を集中して声を聞こえ辛くする。

 

「別に血なんて出てないぞ?」

 

「あの、もう少し下なんですが……」

 

「ん? あぁ、膝を擦りむいたのか」

 

 

 お喋りも終わったようで、シノ先輩は席に着き、アリア先輩がコーヒーを淹れてくれた。

 

「シノちゃん、幾つ?」

 

「十八だが」

 

「違う違う、お砂糖の数だよ」

 

「ああ、定番の間違いをしてしまったな。二つで頼む」

 

「了解。スズちゃんは幾つ?」

 

「幾つに見えます?」

 

「んー……十歳?」

 

「よっし、喧嘩だ!」

 

 

 斬新な切り返しをしたスズだったが、アリア先輩に真顔で返されてしまったようだ。てか先輩も何でスズの神経を逆なでするようなことを……

 

「冗談だよ~。本当は九歳に見える」

 

「フォローになってないんだよー!」

 

「落ち着けって。先輩もスズをからかって遊ばないでください」

 

「ごめんごめん。ところで、タカトシ君は幾つ?」

 

「俺はブラックで結構です」

 

 

 アリア先輩からコーヒーを受け取り、そのまま口に運んだ。やはりブラックが一番だな。

 

「タカトシは砂糖もミルクも使わないよな? 何時からブラックが大丈夫になったんだ?」

 

「そうですね……中学の頃にはもう大丈夫だったはずですね。正確な時期は覚えてないです」

 

「そうなのか……大人なんだな」

 

「……何故下半身を凝視しながら言う?」

 

 

 恐らく先輩の事だから、何か含みがあるのだろう。だがそれに付き合って面倒な事になるのは御免だから、とりあえずスルーすることにした。

 

「てか、二人は何時までやってるんですか……ほこりが舞いますよ」

 

 

 きちんと掃除はしているが、それでもほこりはあるだろう。せっかく淹れたコーヒーにほこりが入ったら、ちょっと嫌な気分になるだろうし、何よりいい加減五月蠅いので、そろそろ止めておこう。

 

「……タカトシが言うならこの辺で止めておくわ」

 

「スズちゃん、ちょっとした冗談だよ~」

 

「笑えないわ!」

 

 

 スズの今日一の声が、生徒会室に木霊したのだった。




ふざけあえる仲は微笑ましいです


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桜才・英稜学園交流会

非常に今更な行事になってしまった……


 新しい行事は無いかと考えた結果、英稜のカナと共同で、生徒会役員による学園交流会を開こうと言う事になり、すぐさま学園に許可を取った。

 

「と言うわけで、今日はその一回目となる!」

 

「何が『と言うわけ』なのかは置いておくとして、事前に通達くらいしておいてくださいよ」

 

「なに、来るのはカナとサクラの二人だから、顔見知りの集まりだと思えば良いだろ」

 

「それはそうですが、一応学園の代表として話し合うんですよね?」

 

「そうだな。だから恥ずかしい事をするなよ」

 

 

 タカトシやスズなら問題ないだろうが、一応念を押しておかないと締まらないからな。

 

「シノちゃん、この花瓶は何処に置けばいいかな?」

 

「机の上で良いだろ。それにしても、見事な形だな」

 

 

 アリアが持ってきた花瓶に、私は目を奪われた。何と言うユーモアセンス。これならカナにも負けないだろうな!

 

「それ、花瓶ですか?」

 

「用途はちょっと違うけど、モノを挿す道具だから問題ないよ」

 

「……スズ、ちゃんとした花瓶ってなかったっけ?」

 

「倉庫にあったと思うけど、先輩たちが頑なに変更を受け入れないというジェスチャーをしてるわよ」

 

 

 スズの指摘を受けて、タカトシが私とアリアの動きを見た。私たちは必死に両手で×印を作っている。

 

「学園の品位を落としますよ?」

 

「カナなら受け入れてくれるだろう!」

 

「そうだよ~。カナちゃんなら大丈夫だって!」

 

「……サクラさんも来るんだろ」

 

 

 ため息交じりにタカトシが呟いた言葉は、私とアリアの決心を鈍らせる威力は無かった。結局このオ○ホ型花瓶を机に置き、カナとサクラを受け入れることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園交流会というのを、桜才学園生徒会と行うことになったのですが、正直顔見知りの集まりとしか思えないんだろうなーっと思っていました。ですが、いざ改めて桜才学園を訪れると、なんだか緊張してきました。

 

「サクラっち、なんだか緊張して濡れてきてしまいました」

 

「そういうの良いので……英稜の代表として、しっかりしてください」

 

 

 サクラっちにツッコまれたけど、イマイチ締まりませんね……ここはやはりタカ君にツッコミを入れてもらうしかなさそうですね……

 

「お待たせしました。桜才学園生徒会長の天草シノです」

 

「同じく副会長の津田タカトシです。今日はご足労いただき、ありがとうございます」

 

「英稜高校生徒会長魚見カナです。こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」

 

「同じく英稜高校生徒会副会長の森サクラです。今日はよろしくお願いします」

 

 

 形式だけとはいえ、挨拶だけはしっかりしなければということで、私たちはちゃんとした挨拶を交わした。一応生徒会の会長と副会長ということだけあって、体裁を保つのも大切なのだ。

 

「では、生徒会室にご案内いたします」

 

「お願いします」

 

 

 他の生徒の目がある内は、タカ君もしっかりと礼儀を通すようなので、こちらもそれに合わせた。もちろん、肩がこるからさっさと普段通りの話し方をしたいんですけどね。

 

「お待ちしておりました。桜才学園生徒会書記、七条アリアです」

 

「同じく桜才学園生徒会会計、萩村スズです。今日はよろしくお願いいたします」

 

 

 生徒会室に到着し、アリアっちとスズぽんの挨拶を受け、着席したと同時に、私の目の前に花が挿されたオ○ホがあるのが気になった。

 

「これは、何でしょうか?」

 

「花瓶です」

 

「良く出来ていますね」

 

 

 実に精巧に作られたものに、私は感嘆の息を漏らした。

 

「花瓶?」

 

「ごめんなさい、押し切られまして……」

 

 

 私の横ではサクラっちが首を傾げ、その正面でタカ君が両手を合わせて謝っていた。それにしてもこのユーモアセンス……負けていられませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交流会と言っても、それほど大した議題も無く、普段通りのお喋りの様相を呈してきたのでお開きにすることになった。

 

「それにしても、桜才学園は未だに恋愛禁止なのですか」

 

「校内恋愛は禁止している。目に余るようなら注意する感じだな」

 

「殆ど機能してない校則ですけどね。畑さん調べで、結構な数のカップルがいるみたいですし」

 

「節度を持ったお付き合いなら、風紀委員も目を瞑るという感じですが、カエデさんは取り締まりたいようですけどね」

 

「あの人はほら、男性恐怖症だし。目に余るって範囲が他より厳しいんでしょうね」

 

 

 英稜は清い付き合いなら問題ないようだが、桜才もそのあたりは見習った方が良いのだろうか? 頭ごなしに否定するのは、ちょっと古い考えかもしれないな。

 

「ところで、この前の桜才新聞の企画ですが、タカ君にお似合いな女子はというアンケート、何故サクラっちが一位だったのでしょうか? 桜才学園でアンケートを取ったのですから、アリアっちの方が有利だと思うんですけど」

 

「サクラちゃんはほら、何度か桜才学園に来てるじゃない? そこでタカトシ君と息の合ったツッコミが話題になってたのよ」

 

「なるほど……じゃあ、コトミちゃんよりシノっちの方が順位が下だった理由は?」

 

「どうしても『会長・副会長』ってイメージが付いちゃってるんだってさ」

 

「確かに、タカ君のシノっちは、恋人関係より主従関係ですよね。あっ、タカ君が主ですよ」

 

 

 誰に向けての捕捉だったんだ、今のは……てか、誰が主だ。

 

「それじゃあ、今回の交流会はここまでと言う事で。次回は英稜学園で行う予定だ!」

 

「次回はこちらがホストですから、桜才学園に負けないおもてなしをお見せしますよ」

 

「例えば?」

 

「こちらの花瓶に対抗して、サクラっちの……」

 

「黙りなさい」

 

 

 サクラさんに口を塞がれ、カナさんのボケは途中で遮られた。まぁ、どうせろくでもない事なんだし、遮られても問題は無いんだがな。

 

「次回はどんな議題になるのか楽しみだな!」

 

「近況報告で終わりそうですけどね……」

 

 

 スズの零した言葉に、全員が微妙な顔をしたのだった。交流会もなにも、結構頻繁に顔を合わせてるから、報告する事もあまりないんだけどな……まぁ、交流を持つことが目的だし、予算とか関係ない行事だからいいんだけどな。




世間話くらいしか出来なかった……


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新校則の再確認

校則なんて、全部覚えてる方がおかしいんだ……


 生徒会新聞の更新の為、今日は生徒会室で内容に関する意見を出し合う事になった。

 

「そういえば、共学化してから新しい校則が追加されているんだが、あまり知られていないようだ。それを生徒会新聞に載せるのはどうだろうか」

 

「良いと思いますよ。でも、一字一句忠実に書くのは大変だと思いますよ。文字数の関係もありますし」

 

「そうだな。少しかみ砕いてみよう」

 

 

 タカトシの進言を受け入れ、とりあえず分かりやすく言葉を砕くことに決めた。何せ生徒会新聞と名を打っているが、そこまで堅苦しいものではないのだから。

 

「では萩村、最初の新校則を言ってくれ」

 

「学園内での男女の恋愛を禁ず」

 

「ふむ……」

 

 

 その校則をかみ砕いた表現にするには……

 

「よし! 『リア充禁止』っと」

 

「粉砕したな……」

 

 

 的確な表現だと思ったのだが、タカトシは少し呆れてる様子だった。まぁ、細部は後で決めるとして、今はこれで行こう。

 

「次、異性の手から肘以外の身体の部位に触れるの禁止」

 

「えっ、そうなんだ。俺ら結構触れ合ってますよね。スズを肩車したり、シノ先輩を持ち上げたり」

 

「気軽に出来んもんだな」

 

 

 タカトシはそれ以外にも、溺れた五十嵐を持ち上げたり、水上騎馬戦で三葉を持ち上げたりとしてたからな。そう考えるとタカトシはかなりの回数、校則違反をしていたことになるのか。

 

「そんな校則あったんだねー。それじゃあタカトシ君に踏んでもらう事も出来ないね」

 

「何企んでるんですか」

 

 

 アリアが最近、タカトシ限定のMに目覚め始めているからな……まぁ、あの出島さんや横島先生もタカトシに責められたいと考えてるようだし、アリアや私がタカトシ限定のMに目覚めても仕方ないのかもしれないな。

 

「失礼します。男女間の立場を明確にするのは良い事だと思います。あとこれ、報告書です」

 

 

 報告書を持ってやって来た五十嵐が、新校則について話し合っている我々に意見を述べてきた。まぁ、風紀委員長としての立場から考えれば、そうなるよな。

 

「最近ふしだらな空気が蔓延していますからね」

 

「ごめんなさい」

 

「え?」

 

 

 アリアが急に謝ったので、五十嵐が面食らった顔をしている。

 

「実は、カエデちゃんの三つ編みを見るたびに、お尻がムズムズしてたの」

 

「………」

 

「気絶してますね、これ」

 

「そんなに過激だったかなー?」

 

 

 アリアの発言は、それほど刺激的だとは私は感じなかったが、五十嵐には刺激が強かったのだろう。立ったまま気絶した五十嵐を、タカトシが保健室まで運んでいる間に、生徒会顧問の横島先生がやって来た。

 

「どうも。生徒たちから尊敬されるベテラン教師、横島ナルコです」

 

「言い切りましたね……」

 

 

 横島先生を尊敬してる生徒なんているのだろうか、とタカトシがいればそういったツッコミが発生したかもしれないが、今はいないので軽く流して終了した。

 

「しかしそんな私も、教育方針で悩んでいるのよ」

 

「生徒の立場からの意見としては、アメとムチを上手く利用した指導が一番いいのでは?」

 

「なるほど……」

 

 

 私の意見を吟味しているのか、横島先生が真面目な顔で考え込んでいる。この人のこんな表情は初めて見たかもしれない。

 

「ちなみに、その場合ってどっちが罰になるんだ?」

 

「先生が思ってる方ではありませんね」

 

 

 この人は本当に……まぁ、それがこの人が生徒会顧問たる所以だから仕方ないのかもしれないけどな。タカトシがいたら大目玉を喰らってたかもしれないと、理解しているのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カエデさんを保健室に運んで戻ってきたら、どうやら生徒会新聞に掲載する事に関する話し合いは終わっていた。後で精査しないとまた問題になりそうな予感がするんだよな……

 

「おっ、カナからメールだ!」

 

「カナさんから?」

 

 

 シノ先輩は機械音痴で、大抵の事は電話で済ますのに、カナさん相手ならメールなのか……まぁ、少しずつ慣れていけば、シノ先輩も自由にメールが出来るようになるだろうしな。

 

「なんと! カナはあがり症で人前に立つのが苦手だったのか。これは、同じ生徒会長としてアドバイスせねばいけないな」

 

 

 生徒会長としてアドバイスする理由は分からないが、人に何かを教えるのは良い事だと俺も思う。

 

「『そう言う時は、人をナスに見立てるとよい。キュウリも可』っと」

 

「ジャガイモは?」

 

 

 普通は芋かかぼちゃってアドバイスだと思うんだけど、何でナスとかキュウリなんだろう……何か意味があるのだろうか?

 

「来週、英稜が文化祭で、そのお誘いが来ているぞ」

 

「あぁ、そう言えばそんなこと言ってましたね」

 

 

 先日のバイト帰りに、カナさんとサクラさんが話してるのを聞いた気がするな。特に誘われなかったのは、生徒会として誘ってくるからだったのだろうか。

 

「屋外イベントも充実しているそうだ。上着を忘れないようにとの注意書きもあるぞ」

 

「丁寧ですね、魚見会長」

 

「それから、迷子預かり所は昇降口から入ってすぐの教室だそうだ」

 

「その捕捉は必要なのでしょうか?」

 

 

 若干青筋を立てたスズに、さすがのシノ先輩も余計な事は言わなかった。

 

「それにしても、他校の文化祭は参考になるかもしれませんね」

 

「そうだな。カナとサクラはウチの文化祭にも来たことがあるし、今度は我々が英稜の文化祭を見学して、より良い文化祭を目指そうではないか!」

 

「シノちゃん、お祭り大好きだもんね~」

 

「そ、それは関係ないだろ!」

 

 

 あぁ、お祭り好きだからあんなにテンション高かったのか……でもまぁ、確かにお祭りはテンションが上がってもおかしくは無い行事だから、行き過ぎない限り温かく見守ることにしよう。




あんまり厳しいと反発が凄そうだ……


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英稜高校文化祭

高校の文化祭の思い出なんてない……


 英稜の魚見会長の招待で、私たち桜才学園生徒会役員は英稜高校の文化祭を見学する事になった。会長同士の交流もあるし、タカトシと英稜生徒会の二人が同じバイト先という縁もあり、結構気楽に誘ってくれたのだ。

 

「随分とにぎわってますね」

 

「我々もこれくらい盛り上がる文化祭を目指そうではないか」

 

「そうだね~……」

 

 

 会長の言葉に同意した七条先輩だったが、なんだか落ち着きのない感じで、辺りをキョロキョロと見回している。

 

「先輩、そんな落ち着きがないと、田舎者だと思われちゃいますよ」

 

「実はスカート穿いてくるの忘れちゃって」

 

「まさかその下も……」

 

 

 普段から穿いてない七条先輩の事だから、可能性はゼロじゃない。少しでも強い風が吹いて、コートの裾が捲りあがってりでもすれば……

 

「カナさんかサクラさんに事情を話して、ジャージでも借りてきましょうか」

 

「そうね。タカトシ、お願いね」

 

「いや、スズが行きなよ」

 

「言い出しっぺでしょ」

 

「だから、俺が女子のジャージを持って歩くのはちょっと……」

 

 

 タカトシが何を危惧していたのかを理解した私は、少しでも自分が楽をしようとしか考えてなかった事に気付かされた。仕方ない、ここは私が行くしかないのかな。

 

「良く来たな、お前ら」

 

「むっ、現れたな!」

 

「……何ですか、この流れは」

 

 

 魚見さんを捜しに行こうとしたところに、タイミングよく現れたのは良かったのだが、天草会長となんかおかしなテンションで盛り上がってるし……

 

「丁度良かったです。カナさん、ジャージの下をアリア先輩に貸してもらえませんか?」

 

「保健室に予備のジャージがあると思いますが、どうかしたのですか?」

 

 

 貸してほしいと言われても、用途が分からなかったのだろう。魚見さんはタカトシに近づき理由を尋ねた。

 

「実はですね――」

 

 

 さすがに大きな声で言えることではないので、タカトシは魚見さんに耳打ちをして、ジャージを借りたい理由を説明している。

 

「そう言う事でしたか。てっきりタカ君がジャージ女子を見たかったのかと思いましたよ」

 

「何処をどう解釈したらそういう発想になるんですかね」

 

「まぁ、細かい事は兎も角、サクラっち、保健室に案内してあげてください」

 

「分かりました。七条さん、こっちです」

 

「我々は外で待たせてもらおう」

 

 

 結局全員連なって保健室に向かう事になった。そう言えば、しれっとコトミちゃんがついてきてるけど、何しに来たのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 保健室でジャージを借りたお陰で、周りを気にする必要が無くなったので、思いっきり楽しむことが出来そうね。だけど、さっきから男子も女子も、私たちの事をちらちら見てくる気がするんだけど、まだ何か着てくるの忘れたのかしら?

 

「さすが桜才の皆さん。英稜でも大人気ですね」

 

「主に見られてるのは、アリアとタカトシのような気もするがな」

 

「タカトシさんは英稜でも有名ですからね」

 

「アリアっちは、初見でも男子を興奮させるスタイルですからね」

 

「まぁ!」

 

 

 カナちゃんの言葉に、私は興奮して少し濡れてきてしまった。パンツを穿いてないから、借りたジャージにシミが付いちゃうよ。

 

「皆さんには、料理研の出し物に参加してもらおうと思います」

 

「何を作るんですか?」

 

「お味噌汁と野菜炒めですね」

 

「随分と定番のものを作るんですね」

 

「そんなに凝った物を作る時間もありませんしね」

 

 

 サクラちゃんの案内で、私たちは家庭科室で行われる調理実習に参加する事になった。グループでやるらしく、私たちは六人で料理を作ることにした。

 

「それじゃあ、分担して作ろう。私とカナは野菜を切るから、タカトシとアリアが調理、サクラとスズは後片付けを頼む」

 

「なんか納得いかないですが、愚痴を言っても仕方ないのでやりましょう」

 

 

 男の子のタカトシ君が調理担当と言う事で、周りから注目されたけど、そんなことはお構いなしにタカトシ君は慣れた手つきで調理を進めていく。

 

「さすが主夫だな。他のグループに大差をつけているぞ」

 

「勝負じゃないんですから、大差とか無いでしょ。はい、出来ました」

 

「やはりタカ君は嫁にしたい男子ナンバーワンですね」

 

「……何ですか、その嫁にしたい男子っていうのは」

 

「桜才裏新聞で掲載されていた、マル秘アンケートです」

 

「……今度畑さんに会ったら説教ですね」

 

 

 タカトシ君に秘密だって言われてたはずなのに、カナちゃんはあっさりとその事をバラしてしまった。まぁタカトシ君なら、いずれその秘密にたどり着いてたでしょうし、今教えてもあまり変わらないのかな?

 

「それじゃあ、頂こうか!」

 

「そうですね。せっかくタカ君の愛がこもった料理が目の前にあるんですから、冷めないうちに食べましょう」

 

「なんか、誤魔化してる気がするんだよな……」

 

 

 タカトシ君の追及を避けるために、シノちゃんとカナちゃんが積極的に話を先に進めた。タカトシ君も疑ってはいるが確証がないので、首を傾げながらもそれ以上追及する事は無かった。

 

「美味しいよ、タカ兄」

 

「……そういえば、お前は何をしてたんだ?」

 

「心の迷い人として、迷子センターに行ってた」

 

 

 ちゃっかりとタカトシ君の分の料理を食べているコトミちゃんに、タカトシ君が呆れた目を向ける。準備も何もしてないのに、食べるタイミングになると現れるなんて、さすがコトミちゃんよね。普段からタカトシ君にご飯の準備をしてもらってるから、嗅覚だけで料理が完成した事に気付けるなんて。




祭りは嫌いです……


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見出しの決め方

どんな決め方だよ……


 生徒会室に畑さんがやってきて、インタビューを開始した。毎回よく聞くことが無くならないな……

 

「本日もありがとうございました」

 

「何回受けても緊張するものだな、インタビューと言うのは」

 

「そうなんですか? いつも平常心を保ってるように見えますが」

 

 

 シノ先輩のコメントに、畑さんが見たままのコメントを返した。確かにシノ先輩は平常心を保ってるように見えるけどな……

 

「いや、緊張でビチョビチョなんだ」

 

「そうだったんですか。ではその場所を一枚……」

 

「二人とも、あまりふざけてると容赦しませんよ?」

 

 

 ふざけ始めたので、俺は少し脅して大人しくさせた。最近はこうすれば大人しくするから楽が出来るんだよな。

 

「では、さっそく今日インタビューした事を記事にしたいと思います。見出しは『生徒会の夫婦コンビに迫る』でどうでしょう」

 

「なっ! 誰が夫婦だ! 考え直せ!」

 

「なんかちょっと嬉しそうじゃないですか?」

 

 

 シノ先輩の表情は、どことなく嬉しそうに感じたので、俺は率直に聞いてみたが、答えてはくれなかった。まぁ、答えられても反応に困るだけなんだが。

 

「駄目ですか……じゃあ主従コンビで。もちろん、会長が従で」

 

「うむ、それなら構わない」

 

「いや、構うよ」

 

 

 変な噂を流されても困るし、何故俺が主なのかもツッコミたい気分だ。地雷臭がするからツッコまないが……

 

「先輩とタカトシって、何かと噂されてるわよね」

 

「殆ど根も葉もない噂だけどな」

 

「まぁ、人の噂も七十五日って言うし、ほっとけば良いんじゃない?」

 

「殆ど信じてないみたいだし、気にし過ぎるだけ無駄だって」

 

 

 むしろシノ先輩との噂より、カナさんやサクラさんとの関係を聞かれることが多い。

 

「とりあえず、畑さんの記事は確認した方がよさそうなので、シノ先輩も確認してくださいね」

 

「ああ、任せろ」

 

 

 シノ先輩も手伝ってくれるなら、多少は楽が出来るかな。まぁ、検閲の手は緩めないけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日夜更かしした所為で眠いわね……授業中は何とか我慢できたけど、これから生徒会の業務があるし、顔でも洗おうかしら……

 

「スズ先輩、この眠気が覚めるガムをどうぞ」

 

「あら、悪いわねコトミちゃん」

 

 

 タカトシの妹、コトミちゃんから眠気が覚めるガムを貰い噛み始める。これは中々大人の味ね……

 

「すーすーするわね」

 

「ですよね。タカ兄がスズ先輩に渡せって言ってたんで持ってきたんですけど、なかなかおいしいですよね」

 

 

 タカトシに心配されてたのか……それにしても、本当によく周りを見てるわね。

 

「もしかして、スズちゃんもこっちの世界に目覚めたのー?」

 

「アリア先輩……こっちの世界って」

 

「ノーパンだよ~」

 

「違います。絶対に違います」

 

 

 私がアリア先輩の勘違いを正してる間、コトミちゃんはガムを風船のように膨らましていた。

 

「膨らますの上手いわね。私、全然出来ないのよね」

 

「そうですか? 小さくて可愛いですよ、おしゃぶりみたいで」

 

「悪気が無くても許さん」

 

 

 誰がおしゃぶりだ! これでも私はお前の先輩なんだぞ!

 

「……何やってるんだ、さっきから」

 

「あっ、タカ兄。スズ先輩にガムを渡してたんだよ」

 

「それで何でスズがあんなに怒ってるんだ?」

 

「それが、よくわからないんだよね~」

 

 

 津田兄妹が揃って首を傾げたが、コトミちゃんは分かってるでしょうが!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この間の文化祭の感想が届いたので、私はさっそくサクラっちに報告する事にした。

 

「桜才学園生徒会メンバーから、文化祭の感想が届いたんですか? それで、どんな反応だったんですか」

 

「えっとまずシノっちは『お笑いを見て来てしまったのかと思ったが、なかなか楽しめた』との事」

 

「相変わらずぶっ飛んでますね……」

 

「次にアリアっちからは『保健室に期待した出し物が無かったのが不満』だそうです」

 

「あの人は何を期待してたんでしょう……」

 

「そしてスズぽんですが『やたらと子供扱いされたけど、出し物自体は楽しかった。だが子供扱いされた事だけは許せない』と、二回も文句を入れ込んでますね」

 

「萩村さん……」

 

 

 スズぽんのコメントを聞いて、サクラっちが涙ぐんでいる。まぁ、あの容姿じゃ子供扱いされても仕方ないとは思うけどね。

 

「そしてお待ちかね、タカ君からのコメントです」

 

「会長がもったいぶると言う事は、結構厳しいコメントだったんですか?」

 

「そんなこと無いですよ」

 

 

 別に私は、最後に厳しいコメントを残したわけではないのです。それがタカ君のコメントだったから最後にしただけで、罵倒されたいドMと言うわけではないのです。

 

「それじゃあ言いますね。『全体的に盛り上がっていたが、ところどころ寂しい場所があった。ゴミ箱の設置が徹底してなかったのか、その場所にゴミを置いていく人間が目立ったので、その辺りは改善した方が良いと思いました。出し物については、文句のつけようのないくらい楽しかったですが、調理室で囲まれたのは勘弁してほしかったです』との事です。さすがタカ君、目の付け所が違いますね」

 

「確かに。ゴミの問題は私も気になりました。指定のゴミ箱を増やすように、来年から学校に申請しましょう」

 

「タカ君は他の学校だからといって、評価をいい加減にしないから良いですよね」

 

 

 まぁ、桜才学園の皆さんはしっかりとコメントしてくれるので、私たちも更なる高みを目指せるので、このコメントは大事に保管しておきましょう。そう思い、私は四人のアンケート用紙を、重要書類がファイルされている場所にしまい、サクラっちと一緒に生徒会室を後にしたのでした。




風船ガムか……久しく食べてないな


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雪の日の朝

梅雨入りしたばかりにこの話は……


 目を覚まして窓から外を見れば、そこには一面銀世界が広がっていた。私はとりあえず生徒会のメンバーに電話をすることにした。

 

『はい?』

 

「おお、タカトシ。起きてたか」

 

『えぇ、朝食の準備とかがありますので。それで、こんな時間に何か用でしょうか』

 

「物凄い雪が降って、辺り一面に積もっている。もちろん学校にも積もっているだろう」

 

『でしょうね。だから早めに出て雪かきでもしようと思ってたんですが、その電話ですか?』

 

 

 さすがは真面目なタカトシだ。言われなくても仕事を理解しているなんて。

 

「そのつもりだったのだが、どうせなら楽しもうじゃないか」

 

『楽しむ? 何かするんですか』

 

「童心に帰って雪合戦でもしないか? アリアとスズも誘うから、雪かきの前に少し体を動かそうじゃないか」

 

『……別に良いですけど、後悔してもしりませんよ』

 

 

 電話越しから伝わってくるタカトシの雰囲気は、どことなくコトミのそれに似ている気がした。兄妹だけあって、こういう事には本気なのだろうか?

 

「とりあえず、三十分後に集合な」

 

『分かりました』

 

 

 タカトシには伝えたから、後はアリアとスズだな。コトミは勝手についてくるかもしれないが、人数が多い方が楽しいし、何より雪かきを手伝ってもらえるからぜひついてきてほしいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄についてきて生徒会のメンバーと雪合戦して遊んだあと、タカ兄以外のメンバーは疲れ果てて雪かきどころじゃなかった。他のメンバーも十分体力はある方なんだろうけど、動きにくい雪の上を、思いっきり走り回った結果、いつも以上に体力を消耗してしまったのだろう。

 

「だから言ったんですよ、後悔してもしりませんよって」

 

「あれはこういう意味だったのか……忠告は聞くものだな……」

 

「はぁ……コトミ、人数分のココアを買って来てくれ」

 

「了解だよ!」

 

 

 そう言って私は、タカ兄に向けて両手を差し出した。

 

「……ほら」

 

「それじゃあ、行ってくるね~」

 

 

 タカ兄から千円を預かった私は、五人分のココアを買いに自動販売機まで走る。他の先輩たちは疲労困憊だけど、何故か私はピンピンしてたから、タカ兄に頼まれたんだろうな~。

 

「あら? 津田さん、早いのね」

 

「五十嵐先輩。タカ兄についてきてさっきまで雪合戦してたんですよ」

 

「津田君が? 随分と子供っぽい事をしてるのね」

 

「ぶっちゃけると、シノ会長の発案です」

 

 

 私が正直に告げると、五十嵐先輩は納得したように頷いた。どうやら先輩の中で、タカ兄の方がシノ会長より大人だと思われているようだった。

 

「それで今は?」

 

「タカ兄と私以外全員ダウンしたので、温かいココアを買いに行くところです」

 

「そうだったの。呼び止めて悪かったわね」

 

「いえいえ、それでは」

 

 

 五十嵐先輩と別れ、私はさっさとお使いを済ませる事にした。もちろん、おつりを貰えるかもしれないから、しっかりと頼まれたことをしなくちゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終業式までに、何とか雪かきを終わらせたのだが、電車などが遅れているために、終業式も遅らせる事になったようだ。ちなみに、生徒会室では会長たちがぐったりと机に突っ伏している。

 

「タカトシは兎も角、何でコトミは元気なんだ?」

 

「遊びに関しては、こいつは結構無尽蔵に動けますからね」

 

「タカ兄からお小遣いも貰いましたからね」

 

「お前が勝手に懐に入れただけだろ……まぁ、別に構わないが」

 

 

 期末試験も何とか赤点を免れたようだし、少しくらいやんちゃしても見逃してやろうと決めてたからな。まぁ、額が大きかったら許さなかったが。

 

「期末試験もタカトシたちのクラスが平均一位だったようだな」

 

「スズちゃんとタカトシ君がいる時点で、一位確定のような気もするけどね~」

 

「その反面、赤点補習が一番多いのもウチのクラスですがね……」

 

「今回は勉強会しなかったですからね」

 

 

 色々と忙しかったのもあり、今回はクラスメイトの面倒まで見ている暇がなかったのだ。そのせいで、結構な人数が補習になったりしたのだ……まぁ、今回は運が悪かったと諦めてもらったんだが。

 

「それにしても、今年ももう終わりか……」

 

「何だか一年が早く感じるわよね~」

 

「確かに。一日は長く感じるのに、不思議ですよね」

 

 

 しみじみと会話していると、シノ先輩が何やら考え出した。

 

「なんだか、このセリフ毎年言ってないか?」

 

「もう省略しても通じるくらい言ってるかもね~」

 

「よし、省略してみよう」

 

 

 そう言ってシノ先輩とアリア先輩は、俺の下半身に視線を向けた。

 

「もう終わりか」

 

「早いね~」

 

「先輩たち、タカ兄の息子はそんなに軟じゃないですよ!」

 

「……君たちは何の話をしてるのかな?」

 

 

 ニッコリと笑みを浮かべて目を見ると、三人は震えあがりその話題を終わらせた。うん、これで終わってくれると楽が出来て良いな。

 

「アンタ、最後までツッコミだったわね」

 

「別にこれで最後ってわけじゃないし、どうせ来年もボケ倒すのが目に見えてるんだけど」

 

「何を言っている! これで終わりじゃないぞ! 大晦日は全員で集まって、初日の出を見るぞ!」

 

「集まるって、何処に?」

 

「七条家のプライベートビーチの側にある別荘に」

 

「相変わらずブルジョワだな……」

 

 

 普通の高校生の家なら、そんな発想は出ないが、アリア先輩は良いとこのお嬢様だしな……ん? 七条家の別荘って事は、あの人もいるのだろうか。

 

「あの、そこって出島さんも来ます?」

 

「もちろんだよ~。車出してもらったり、色々としてもらわないといけないからね」

 

「……そうですか」

 

 

 まぁ、あの人は呼び捨てにすれば大人しくなるし、暴走しなければ万能だし、問題ないか……無いよな?




タカトシ相手に遊べば、そりゃそうなる……


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年越し

このメンツでの年越しは嫌だな……


 年越しの為に、私たちはアリアの家が所有する別荘に来ている。メンバーは我々生徒会四人と英稜の二人、そしてコトミと出島さんの八人だ。

 

「このメンバーで動くのも慣れてきたな」

 

「学園交流会もありますし、会う機会も増えましたからね」

 

 

 カナの言う通り、我々は月一で顔を合わせているのだ。だからこうして集まっても自然とした雰囲気で盛り上がることが出来るのだ。

 

「お待たせしました。年越しそばです」

 

「まってましたー!」

 

「お前、何時も食べるだけだが、たまには手伝ったらどうだ?」

 

「だってタカ兄、私が手伝っても仕事が増えるだけだよ」

 

 

 開き直ったコトミに、タカトシは呆れたようにため息を吐いて、蔑みの目をコトミに向けた。

 

「その目! 興奮する~!」

 

「あぁ、タカトシ様。私にも蔑みの目を! この駄目メイドにお仕置きを!」

 

「……さぁ、食べましょう」

 

 

 コトミと出島さんをすっかり無視して、タカトシはテーブルにそばを並べる。こいつのスルースキルもレベルが上がってきたな。

 

「タカトシに任せっぱなしだけど、ツッコミ疲れしてない?」

 

「まだ大丈夫だよ。料理の時は、出島さんもまともだし」

 

「私たちももう少し手伝えればいいのですが……」

 

 

 器を並べていたタカトシだったが、二つ器が余った事に首を傾げた。

 

「どうした?」

 

「何で二つも多く作ったんだ?」

 

「それは私たちのですね~」

 

「すみません、遅れました」

 

 

 遅れてきたメンバー、畑と五十嵐が、ゆっくりと部屋に入ってきた。

 

「ああ、お二人の分だったんですか」

 

 

 納得したタカトシは、二人の前に器を置き、すぐにお茶を淹れてきた。

 

「いや~せっかくのスクープチャンスに遅れてしまうとは……」

 

「何かあったのか?」

 

 

 確かに、畑が遅れてくるなんて珍しい……しかも、五十嵐も一緒なのだから、遅れる事は無いと思ってたのだが。

 

「横島先生がついて来ようとしたもので、逃げていたら迷ってしまいまして」

 

「畑さんが知らない道に入り込んだからでしょうが」

 

 

 五十嵐のツッコミに、畑が照れたように頭を掻いた。この二人もなかなかのコンビだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシが作ってくれた年越しそばを食べ、初日の出までどうやって時間を潰すか考えた私は、フランス語の勉強をすることにした。

 

「萩村、コーヒー飲むか?」

 

 

 イヤホンでフランス語を聴いていたら、天草先輩がカップを持って問いかけてきた。

 

「ああ、勉強中か」

 

「頂きます」

 

「ん? 聞こえてたのか?」

 

 

 私がイヤホンを挿していたので、てっきり聞こえてないと思っていた先輩が、驚いたように私を見た。

 

「いえ、読唇術です」

 

「スペック高いな……」

 

「タカトシの読心術には負けますけどね」

 

 

 あいつは本当に、人の心が読めるんじゃないかと思う事が多々あるのだ。私のように唇を読むのではなく、心を読むのだから大したものだ。

 

「別に心なんて読んでないぞ。シノ先輩やコトミは顔に出やすいし、アリア先輩や畑さんはすぐよからぬことを企むから、先んじて封じてるだけだ」

 

「それが凄いって言ってるのよ。あの二人の先を行けるなんて、アンタくらいなものよ」

 

「そうかな……って、出島さんは何をしてるんですか?」

 

「先ほどまでお嬢様が座っていた座布団……くんかくんか」

 

 

 視界の端に捉えたのだろう。タカトシが呆れたように出島さんに問いかけると、想像通りの行動を始めた。

 

「アリア先輩、この人クビにしたらどうです?」

 

「……えっ?」

 

 

 タカトシが七条先輩に提案したら、その先輩はタカトシが座っていた座布団の匂いを嗅いでいた。

 

「主従揃って何やってるんだよ……」

 

 

 タカトシのツッコミに、私と森さんはそろって頷いたのだった。本当に、何をしてるのよまったく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日の出の時間が近づいてきたと言う事で、私たちは外に出て日の出を待つことにした。

 

「寒いですね」

 

「まぁ、真冬の海ですからね。良かったらカイロありますよ」

 

 

 そう言ってタカトシさんからカイロを受け取り、私は暖を取る事にした。

 

「ところで、会長たちは何をしてるのでしょうか?」

 

「気にするだけ無駄ですから、見ない方が良いですよ」

 

「それもそうですね」

 

 

 下手に首を突っ込んで、また面倒ごとに発展するのは避けたいですものね。会長たちは会長たちで時間を潰しているのですから、私は私で日の出までの時間を潰した方がよさそうです。

 

「タカトシさんは、来年の目標とかありますか?」

 

「そうですね……もう少しツッコミの機会を減らすとかですかね」

 

「……それはタカトシさん一人では達成できないと思うのですが」

 

「ええ。その対で、お参りでは先輩たちのボケが少しでも減りますようにと願おうかと」

 

 

 切実な願いだと、同じポジションの私には理解できた。本当に少しでも、ツッコむ回数が減れば、それだけで心労が大きく減るのです。だから先輩方、タカトシさんの心労を、もう少し減らす努力をしてください。

 

「サクラさんの目標は?」

 

「そうですね……もう少しタカトシさんやスズさんに成績で近づきたいなと……」

 

 

 同じ学年トップでも、二人は全問正解だからな……私は何問か間違えたりしますし、二位の人とさほど差も無いので、気を抜くと順位が落ちる可能性があるのです。だからもう少しお二人に点数で近づきたいなと、切に願っています。

 

「上位にいられるだけでも、凄い事ですけどね」

 

「そうですね」

 

 

 そんなしんみりした空気になった途端に、天草さんが水平線を指差した。どうやら日の出のお目見えのようだ。

 

「では、恒例の挨拶と行こうか!」

 

「ええ……おやすみなさい」

 

「「え?」」

 

 

 私とタカトシさんの間にいたスズさんが、限界に達して眠ってしまった。後ろに倒れていくスズさんを、私とタカトシさんで支え、そのまま部屋まで運んだのだった。




絶対に疲れるもんな……


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お疲れのツッコミ組

そりゃそうだよな……


 初日の出を拝んだ後、眠ってしまった萩村さんをタカトシさんが背負って別荘へ戻り、そのまま新年会となった。今回はさすがに料理担当は出島さんに任せ、タカトシさんも仮眠をとっている。

 

「森様もお休みになられたら如何でしょう。天草様たちはお嬢様たちと盛り上がっておられですが、森様はあそこに混ざる側ではありませんよね」

 

「確かにそうですね。五十嵐さんも気絶しちゃいましたし、私も少し休ませていただきます」

 

「料理が出来次第声をお掛けしますので、存分にお休みくださいませ」

 

 

 普段駄目な言動が目立つ出島さんだが、メイドとしては普通に優秀な部類なので、こういった時にしっかりとゲストをもてなせるのだろう。主である七条さんは先ほどからカナ会長たちと新年早々よくわからない話題で盛り上がっているので、出島さんが私たちに気を配ってくれているのだろう。

 

「寝顔のタカトシ様もそそりますね」

 

「………」

 

 

 前言撤回。やっぱりこの人も変態畑の人だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ついつい盛り上がってしまって気づかなかったが、私たちの側ではタカトシとサクラも小さく寝息を立て始めていた。

 

「あらあら、さすがのタカトシ君もお疲れみたいね」

 

「仕方ありませんよ。徹夜で私たちの相手をしてたのですから」

 

「うむ、そうだな」

 

「何だかカナちゃんの言い方って卑猥に聞こえない?」

 

 

 徹夜で相手をしていたと聞いて、アリアが別の意味に解釈したようだった。実際には、タカトシは私たちのボケにツッコミを入れていただけなのだが、表現だけ見れば夜の相手とも取れる発言だったからな。

 

「タカ君になら、一晩中でも相手してもらいたいですけどね」

 

「なるほど……津田副会長は絶倫、と」

 

「畑、お前タカトシが起きたら怒られるぞ」

 

 

 私たちの会話から、畑がまた斜め上の受け取り方をした。まぁ、何時もの事だから気にはしないが、新年早々怒られるのを見るのも忍びないので、一応釘は刺しておいた。

 

「大丈夫ですよ。バレなければ何の問題もありません」

 

「忘れてるかもしれないが、萩村は睡眠聴取が出来るんだぞ? つまり、この会話も萩村は聞いていると言う事なのだが」

 

「……記事にはしませんので」

 

 

 もしかしたらタカトシも聞こえてるのかもしれないが、我々が確認しているのは萩村だけだ。だが、萩村から間違いなくタカトシへと伝えられるだろうし、タカトシに伝わればすなわち、畑が怒られると言う事になる。

 

「そう言えばシノちゃん、タカトシ君たちが寝ている間に、私たちはお風呂にでも入らない?」

 

「別に構わないが、何故だ?」

 

「だって、コトミちゃんが浜辺で遊んで砂だらけで部屋に入ってきたから」

 

「えへへ、つい遊び過ぎちゃいました」

 

「……そう言えば見かけないと思ったが、新年早々何をしてるんだお前は」

 

 

 全身砂だらけのコトミが、廊下で頭を掻いている。仕方ない、我々もお風呂でさっぱりする事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人がいなくなる気配を感じ、俺はゆっくりと目を開けた。軽く寝ただけだが、これでも大分違うものだな。

 

「おはようございます、タカトシ様」

 

「おはようございます。あの、何故そんなところで?」

 

 

 なんとなく分かってはいたが、キッチンから望遠鏡を使って出島さんがこっちを見ていた。火を使っているからキッチンから離れられないのだろうが、よそ見してていいのだろうか?

 

「タカトシ様の寝顔を、少しでも長く見ていたかったのです」

 

「寝顔なんて見ても面白くは無いでしょうよ……」

 

 

 ただ目を閉じているだけで、普段の顔とさほど変わらないだろうし、別に見られても恥ずかしいと言うわけでもない。

 

「萩村様の寝顔は、子供みたいでしたけどね」

 

「あまりそう言う事言うと――」

 

「子供って言うなー! ………」

 

 

 子供という単語に反応し、一瞬だけ起きたスズだったが、再び眠りに落ちた。しかしまぁ、この睡眠聴取という特技は、本当に羨ましい限りだ。

 

「さて、する事も無いですし、手伝いますよ」

 

「それはいけません。本日はタカトシ様はゲスト、ホスト側である私が、全ての準備をしなくては――」

 

「年越しそばの準備も手伝いましたし、今更ですよ」

 

 

 本当はコトミの宿題でも見ようと思ってたのだが、シノ先輩たちと風呂に行ったようだし、出てくるまでは手伝うくらいしかする事が無いからな。出島さんなら料理中にふざける、と言う事は無いだろうけども、監視の意味を込めて手伝う事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間に寝てしまったのか覚えてないけど、目を開けると毛布が掛けられていた。

 

「これ……誰が掛けてくれたのかしら」

 

「あっ、おはようございます、カエデさん」

 

「お、おはよう……何でタカトシ君が私の部屋に……」

 

「寝ぼけてるんですか? ここは七条家の別荘で、カエデさんは会長たちの会話を聞いて気絶したそうです」

 

 

 思い出した。年明け早々卑猥な話を聞かされて、私は意識を失ったんだった……

 

「今何時かしら?」

 

「もうすぐ朝の八時ですね」

 

「まだそんな時間なんだ」

 

 

 日の出が六時くらいだったから、あれからまだ二時間くらいしか経ってないのね……

 

「まだ準備出来てませんし、もう少し休んでてください」

 

「私も手伝うわ」

 

「それには及びません。準備は私とタカトシ様で十分間に合いますので」

 

 

 手伝おうと思ったけど、出島さんに断られてしまった。それにしても、萩村さんも森さんも、よほど疲れてるのかぐっすり寝ているわね……あれ? そう言えば私が気を失う前、タカトシ君も寝てたんじゃ……

 

「タカトシ君は何時起きたの?」

 

「三十分前くらいですかね」

 

 

 仮眠にしても、ちょっと短すぎる気もするけど、まぁタカトシ君なら何でもありなのかな。




ツッコミって意外と疲れるんですよね……


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努力のスズ

たまには頑張れ……


 七条家の別荘から帰ってきてから数日後、年末年始に帰って来ていた両親が再び出張に出かけた。タカ兄と二人きりになるのは何時もの事だけど、私よりタカ兄の方がお年玉が多かった気がするのは気のせいだろうか……

 

「タカ兄、いくらもらったの?」

 

「何だいきなり……全額返したに決まってるだろ」

 

「えっ、もったいない」

 

「何だ、コトミはもらったままなのか?」

 

「当然だよ! 前から欲しかったあれやこれを買おうと考えてるんだから」

 

 

 普段のお小遣いではちょっと手が出せないが、こういった臨時収入があった時くらいはぱーっと使いたいものだよね。

 

「……まぁ、お前はバイトもしてないし、去年は勉強も頑張ったからいいか。ほら、お年玉」

 

 

 そう言ってタカ兄は、私にお年玉をくれた。

 

「えっ、いいの?」

 

「いらないのか?」

 

「いえいえ、ありがたく頂戴いたします」

 

 

 頭を下げ、大事に受け取った私の姿を見て、タカ兄がちょっと笑った気がした。

 

「それじゃあ、俺はバイトだから」

 

「あれ? 今日シフト入ってたんだ」

 

「年末年始に抜けてたから、その代わりだ」

 

「ああ。サクラ先輩やカナ会長も抜けてたもんね~」

 

 

 一緒にいたのだから当然だが、三人もシフトから抜けて大丈夫だったのだろうか? まぁ、この時期は臨時のバイトを雇ったりしてるのかな。

 

「飯の支度はしてあるから、温め直すなりして食べてくれ」

 

「了解だよ! あっ、トッキーとマキを呼んでもいいかな?」

 

「好きにしろ。二人が何か食べるんなら、冷凍庫に作り置きがあるし、まだおせちの残りがあるだろ」

 

 

 タカ兄が両親の為に作ったおせち料理は、七条家の別荘で食べたおせち料理に負けずとも劣らない味をしているので、食べるのが楽しみだな。

 

「それじゃあ、洗濯物だけ取り込んどいてくれよな」

 

「はーい、いってらっしゃーい」

 

 

 タカ兄を見送り、私はトッキーとマキに電話をし、家で遊ぶことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミに誘われて、私はコトミの家に向かっている。途中でトッキーと合流して向かうので、まずはトッキーの最寄り駅で待ち合わせをした。

 

「悪いな、何時も」

 

「仕方ないよ。トッキーはドジっ子だって言われてるんだし」

 

 

 何度遊びに行っても、トッキーは未だに一人で津田家へと時間通りにたどり着けない。これはもうドジで済まされないのではないかとも思うが、そう言う人はいるって聞くし、トッキーもそう言う事なんだろうなと納得する事にした。

 

「そう言えば、去年は兄貴にもお世話になったから、ちゃんと挨拶しておかないとな」

 

「津田先輩ならバイトだって、コトミから聞いてるけど」

 

「あの人は何時休んでるんだ?」

 

 

 トッキーの疑問に、私も少し考えてしまった。学校では生徒会の仕事やツッコミ、家では家事や勉強、エッセイの執筆やコトミの相手、さらにはバイトや運動までして、休む時間などあるのだろうか。

 

「そう言えばトッキー」

 

「何だ?」

 

「宿題は終わってるの?」

 

「……あと少しだよ」

 

 

 今、ちょっと間があったのは何だったんだろう……まぁ、コトミもやってないだろうし、追い込みでまた集まったりするんだろうな。

 そんなことを考えながら津田家への道を進むと、なんだか見覚えのある集団が私たちの前に現れた。

 

「天草会長、それに七条先輩と萩村先輩」

 

「ん? おお、八月一日にトッキーか。お前たちも津田の家に行くのか?」

 

「そうですけど……津田先輩はバイトですよ?」

 

 

 私がそう告げると、天草会長と七条先輩は驚いたように私に詰め寄ってきた。

 

「何故お前がタカトシの予定を知っている?」

 

「もしかして、タカトシ君から直接聞いたの?」

 

「い、いえ……私たちはコトミから誘われて、そのメールの中に書いてありました」

 

 

 正直に告げると、二人はホッと胸をなでおろして私から離れてくれた。

 

「だから言ったじゃないですか。タカトシが家にいる確率は低いんじゃないですかって」

 

「そんなこと言ってもな……年末年始一緒にいたのに、ちゃんと挨拶してなかったと思ってな」

 

「先輩たちは年越し、一緒だったんですか?」

 

「家の別荘で過ごしたんだよ~。来年は二人も誘うね~」

 

「来年って、先輩たちは卒業じゃないんすか?」

 

 

 今まで黙っていたトッキーが口を開いたが、別に卒業したからって関係が終わるわけじゃないし、そこは気にしなくてもいいんじゃないのかな……

 

「問題は無い! 宇宙意思でそういう概念は存在しないからな」

 

「シノちゃん、あまりメタ発言をすると読者さんが混乱しちゃうわよ」

 

「いや、アリア先輩も大概です……」

 

 

 何だか私たちには分からない会話を始めた先輩たちだが、とりあえず問題は無いらしい。

 

「タカトシがいないんじゃ仕方ないな……バイト先に行き先を変更だ」

 

「迷惑じゃないですか? ましてや先輩たちはジャンクフード食べないんですし」

 

「お茶だけでも十分だと思うぞ。それに、たまにはジャンク扱いも悪くない……」

 

「発想が斜め上過ぎんだろ……」

 

 

 津田先輩不在の為、萩村先輩が何とかツッコミを頑張っているようだが、どうもキレが今一つのようだった。最近では津田先輩にツッコミをまかせっきりだったと反省していたのを見た気がするので、それが原因なんだろうな。

 

「それじゃあ、私たちはコトミと遊びますので」

 

「そうか。じゃあ、また学校で。くれぐれも新学期早々遅刻、などと言う事の無いように」

 

 

 最後は生徒会長らしいところを見せ、天草会長たちは津田先輩のバイト先へ本当に向かって行ってしまった。

 

「あれ、迷惑な客になるんじゃね?」

 

「……その時は、津田先輩が対処するよ、きっと」

 

 

 三人を見送って、私たちは津田家へと歩を進めたのだった。




タカトシ不在はスズにとって絶望でしかないだろうな……


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仲良し三人組

一日中遊んでたのか……


 タカ兄が出かけてすぐ、マキとトッキーが遊びに来た。

 

「やっほー! マキもトッキーもいらっしゃい」

 

「相変わらず元気ね、コトミは」

 

「てか、兄貴にばっか働かせてねぇで、お前も働いたらどうだ?」

 

 

 来て早々、トッキーに怒られたけど、別に私が働いてもタカ兄がやり直すんだから、あえて働いてないだけなんだけどね。

 

「とりあえずご飯にしよう! タカ兄が作り置きでいっぱい置いてってくれたから、マキもトッキーも食べるでしょ?」

 

「もちろん」

 

「何時も申し訳ないが、食べる」

 

 

 マキもトッキーも、タカ兄が料理上手だと言う事を知ってるし、結構ごちそうになったりしてるんだよね。マキは感激しながら、トッキーは申し訳なさそうながらもしっかり食べてくし、タカ兄も大勢に食べてもらってる方が嬉しそうだしね。

 

「ところで、津田先輩のバイト先に生徒会の面々が行くって話をさっき聞いたんだけど、迷惑にならないのかな?」

 

「普通にお客さんとしていくのなら問題ないんじゃない? それに、問題あったらタカ兄が解決するだろうし」

 

 

 私はタカ兄が作ってくれたおせち料理を冷蔵庫からだし、来客用のお箸と取り皿を用意する。さすがにこれくらいはやらないと怒られるしね。

 

「そう言えばトッキー」

 

「あ?」

 

「宿題、ずっと家に置いてあるけど良いの?」

 

「……どうせ追い込みでこの家でやるんだ。問題ない」

 

 

 あっ、これは完全に忘れてたパターンだ。まぁそれがトッキーだし、確かに追い込みでこの家で宿題やるんだし、置いたままでも問題ないのかもね。

 

「いい加減津田先輩に頼りっきりもマズいと思うよ?」

 

「へ、何で?」

 

「何でって、津田先輩だって今年は受験生なわけだし、何時までも私たちの相手をしてられるほど暇じゃなくなるんじゃないの?」

 

「そこらへんはほら、シノ先輩やアリア先輩みたいに大丈夫なんじゃない?」

 

 

 そもそも、タカ兄が受験勉強に追われる未来など、私にはまったく見えないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君とサクラっちと一緒にレジを担当していると、見覚えのある集団がお店にやって来た。

 

「シノっちにアリアっちにスズポン、いらっしゃいませ」

 

「カナ、お前もシフトに入っていたのか」

 

「YES」

 

 

 今の時間帯はお客さんも少ないし、そもそもまだ正月休み中なので、ファストフード店に来る人など早々いないのだ。

 

「タカトシとサクラは客の対応をしているが、カナは良いのか?」

 

「何を言ってるんですか。こうしてお客様のご対応をしているではございませんか」

 

 

 冗談めかしてシノっちに言うと、シノっちは笑って頷いてくれた。

 

「確かにそうだな。今は私たちが客で、カナは店員なんだったな。では、案内してもらおうか!」

 

「席はご自由にどうぞ。注文が決まりましたら、あちらのレジでお願いいたします」

 

「私、あんまり食べないから楽しみだよ~」

 

 

 まぁ、アリアっちはお嬢様ですし、ジャンクフードには縁が薄いでしょうしね。しかしスズポンはあまり食べない方が良いと思うんだけどな。

 

「……今、ジャンクフードなんて食べるから成長しないんだよ、って思っただろ?」

 

「そそそ、そんな事ないですよ~……」

 

 

 最近、スズポンも読心術を会得してるのではないかと思わせるほど、スズポンの読みが鋭くなってきている気がします。

 

「あの……」

 

「タカ君、どうかしたの?」

 

「いえ……入口で突っ立ってられると迷惑なんですが」

 

 

 レジから抜けてきたタカ君が、私たちに注意と言う名のツッコミを入れる。確かにずっと入口で喋ってましたね。これはいけません……

 

「それと、カナさんはそろそろ休憩時間なんですから、あまりサボって時間を削られても知りませんよ」

 

「おっと、いけない。それじゃあシノっち、また後で」

 

 

 実際にそんなことはありえないだろうけども、少しでも真面目に働かなければ先輩としての威厳が……って、そんなものはとうに無くしてましたね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミの家で遊んでいたら、結構時間が経っていた。途中でコトミが洗濯物を取り込みに行くのを手伝ったりしたが、そのほかはずっとゲームをしていたので目が疲れた。

 

「いやー、遊んだね」

 

「お前ゲーム強すぎ。どんだけやり込んでるんだよ」

 

「いやーそれほどでも~。まぁ、全然やらないタカ兄には、何故か勝てないんだけどね」

 

「津田先輩は覚えが早いから、ゲームでもそうなんじゃない?」

 

 

 確かに兄貴の物覚えの早さは羨ましいものがあると、私も思っている。この前柔道部の臨時マネージャーとして手伝いに来てくれた時も、あっという間に仕事を覚えてたし。

 

「タカ兄は手先器用だからね~。コマンド入力とかも早いし正確だから、狙った技を確実に出してくるし」

 

「コトミだってほぼ正確に技を繰り出してるじゃない」

 

「私は熟練の技だよ。でもタカ兄のは天性のものだから、真似は出来ないんだよねー」

 

「津田先輩の真似なんて、誰にも出来ないと思うよ」

 

「そもそも、真似しようと思うだけ無駄だろ」

 

 

 勉強も運動もそうだが、家事や手先の器用さと何処を真似しようとしても、私たちには無理だと分かってるしな。

 

「ただいま。八月一日さんと時さん、いらっしゃい」

 

「お、お邪魔してます」

 

「気にしなくていいよ。コトミ、晩飯はどうする?」

 

「えー? そうだ! トッキーとマキも食べてきなよ。何なら泊まっていってもいいし」

 

「はぁ? 大体泊まるって言っても……」

 

「どうせ両親に聞けばOKなんだし、着替えなら私の貸すからさ~」

 

 

 こうしてなし崩しに、私とマキはコトミの家に泊まることになった。先輩たちがいないのに泊まるのは、なんだか新鮮だが居心地が悪いな……




そのまま宿題を片付ける流れに……


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マキとスズの気持ち

ツッコミポジションではあるが、タカトシたちと比べると何枚か落ちる……


 冬休みの宿題を片付けるために、私はマキと一緒にコトミの家に泊まることになった。前にドジでコトミの部屋に宿題の束を忘れたのが幸いしたのか、取りに帰る手間が省けたのだ。

 

「遊ぶために誘ったのに、何で宿題をやるハメになってるのさー」

 

「何時までも正月気分でいられたら困るんだが? 去年は問題なかったが、今年また問題ありなら塾に通ってもらう事になるから、そのつもりで」

 

「なんでさー! 塾なんて行くより、タカ兄に教わった方が効率良いし安上がりじゃないかー!」

 

「俺だってお前の面倒で時間を取られるのは避けたいんだが? だいたい、お前がしっかりと勉強してくれれば、塾に通わすだ、俺が勉強の面倒を見るだ言わなくていいんだけどな」

 

 

 兄貴に返しに、コトミは反論しようとして言葉が出なかったようだ。ガックリと肩を落とし、大人しく宿題を進め始めた。

 

「トッキー、そこ間違ってるよ」

 

「……知ってるよ。今直そうと思ってたんだ」

 

 

 マキに指摘され、私は凡ミスをしていたことに気付き修正する事にした。強がりを言ってみたが、マキや兄貴には通用しないんだよな……

 

「タカ兄のお陰で赤点回避してる私を見捨てるの!?」

 

「だから、それを塾に通わせて勉強させようと言ってるだけだ」

 

「塾に通ったって、私の成績は上がらないからね! だいたい、タカ兄より教え方の上手い講師がいるとも思えないし」

 

「なら、俺が教えても良いが、家庭教師代を請求するぞ? お前の所為でバイトに入れる日数が減ってるんだからな」

 

「ごめんなさい……」

 

 

 兄貴に対する返しを思いついたコトミだったが、やはり兄貴には勝てなかったようで、最後は素直に頭を下げたのだった。それにしても、怒りながらもしっかり教えるあたり、兄貴は優しいんだなと思える。なんだかんだ言っても、コトミには兄貴が必要なんだな……って、私も兄貴のお陰で赤点回避してる身なんだから、見捨てられると困るのはコトミだけじゃねぇんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田先輩のお陰で、コトミとトッキーの宿題は大幅に進み、これなら明日で終わるだろうと言うところで今日はお開きになり、津田先輩は自分の部屋へと戻っていった。

 

「ふぃー……頭から湯気が出そうだよ」

 

「お疲れ。でも、溜め込んだコトミが悪いんじゃないの」

 

「正論なんて聞きたくなーい。今はゆっくり休みたいよー」

 

「まったくだ。勉強でこれほど疲れるとは思ってなかったぜ」

 

 

 コトミ同様、宿題を溜め込んでいたトッキーもヘロヘロになっているようだ。机に突っ伏して、コトミの意見に賛同している。

 

「そもそもトッキーは、忘れ物を減らす方向にしてね。コトミの家に宿題を置きっぱなしって、夏休みもなかったっけ?」

 

「……そう言えばそうだな。それで結局兄貴に手伝ってもらったんだっけか」

 

「そうそう。私とトッキーだけ終わってなくて、シノ会長やアリア先輩たちにも手伝ってもらった記憶がある」

 

「手伝ってもらったって、なんだかわけのわからない会話をしてて、結局は津田先輩に怒られてなかった?」

 

 

 コトミと話が合う先輩たちだ、津田先輩にツッコミを入れられていても不思議ではなかったが、まさかあそこまでぶっ飛んでいるとは……萩村先輩も自虐ネタで津田先輩にツッコまれてるようだし、やはり津田先輩並のツッコミ役となると、英稜高校の森副会長になるのだろうか。

 

「ところでマキ、今年のバレンタインはタカ兄にチョコあげるの?」

 

「お世話になってるし、お礼の意味も兼ねてあげたいとは思ってるけど……」

 

「競争率半端ないからな」

 

 

 私の気持ちを知っているトッキーも、同情的な視線を私に向けてくれる。トッキーが渡す場合は、完全に義理チョコだと分かるだろうが、私の場合は半分以上は義理ではない気持ちがある。だけど津田先輩は他の人たちからも想われているし、私とじゃ先輩と釣り合わないし……

 

「畑さん調べでは、タカ兄の隣にいて不自然じゃないのはサクラ先輩らしいからね。何故か私もランクインしてるけど」

 

「お前は妹だから、隣にいても違和感がないんじゃないのか? まぁ、その理屈だと、あの会長がお前より下なのに納得が出来るんだが」

 

「お似合いの夫婦漫才コンビだよねー」

 

「ボケが多すぎねぇ?」

 

 

 コトミとトッキーの会話を聞きながら、どうすればあのアンケートの順位が上がるかを、私は一生懸命考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 年が明けてから、まともにタカトシと会話した記憶が無い。まぁ、年明けからアイツはバイトとかコトミの世話とかで忙しかったから仕方ないのかもしれないけど、今日一日だけで会長と七条先輩を纏めて相手する辛さが分かった気がする。

 

「これからはもっとタカトシの負担を減らさないと……同じツッコミとして!」

 

 

 ここ最近はタカトシにツッコミを全て任せ、私は楽をしていた気がしてしょうがないのだ。お参りでタカトシが願っていた「ツッコミの機会を減らしたい」という願いを、私は叶えてやることが出来る立場なのだ。

 

「だけど、タカトシ並のツッコミのキレを求められても、私には難しいのよね……」

 

 

 普通にツッコむことは出来る。だけど、それだけじゃあの二人を――もっと言えば畑さんやネネを止める事は出来ないだろう。

 

「ツッコミの勉強なんて、した事ないし……そもそも勉強する事じゃないし……」

 

 

 漫才師を目指しているならまだしも、私はそこを目指したことが無い。どうすればツッコミの腕が向上するのかと悩みながら、私はそのまま眠りに落ちたのだった。

 

「……トイレ」

 

 

 暗いと危ないからトイレまでの道のりすべてに明かりを点ける。決して怖いからではない。だからこれはセーフなのだ。




相変わらず暗がりが怖いスズ……


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冬の弁当

少し味気なく思うのは仕方ないですね……


 コトミたちの宿題も無事終わり、新学期を迎えた。どうやら提出期限も守ったようなので、これで減点されることも無いだろう。

 

「タカ兄、なんかテストがあるらしいんだけど……」

 

「休み明けのテストだろ? そんなのはいつもあるじゃないか」

 

「せっかく宿題を乗り切ったのに、テストなんてやってられないよ~!」

 

 

 泣き言をいう妹に、俺は呆れを隠し切れない表情を見せた。こいつ、本当に大丈夫なのだろうか……

 

「明日テストなんだろ? さっさと復習したらどうだ?」

 

「勉強教えてください、お願いします」

 

 

 土下座してお願いしてきた妹に、俺はため息を吐いた。補習になった方がこいつの為なんじゃないかと思うくらい、こいつの成績はギリギリのところを行ったり来たりしているのだから。

 

「とりあえず、範囲を教えてくれ。それが分からないと教えようがない」

 

「………」

 

「おい」

 

「範囲が分かりません……」

 

 

 泣きそうな声で訴えて来るコトミに、思わず拳骨を振るいそうになってしまった……仕方ない、宿題から範囲を予想して、その辺りを集中して教える事にしよう。

 そうしてコトミに勉強を教えた翌朝、学校へ向かう途中でスズと合流した。

 

「タカ兄、寒くて覚えた事忘れそうだよ……」

 

「手袋やマフラーはどうした?」

 

「テストの事に集中し過ぎて忘れた……」

 

「アンタの妹、一つの事に集中すると駄目ね……いや、集中してなくてもなんとなく駄目そうだけど……」

 

「あはは……なんとなく分かってるけど、他人から言われると泣けてくるな……」

 

 

 仕方なくコトミにマフラーを貸し、近所のコンビニで使い捨てカイロを購入しコトミに渡した。これで少しは暖かくなるだろう。

 

「ありがとう、タカ兄」

 

「これで補習になっても知らないからな」

 

「だいたい寒すぎるのがいけないんだよ!」

 

「地球に喧嘩売ってもしょうがないだろ……」

 

「アンタがだらしないんじゃない? 子供は風の子でしょ」

 

「高校生は子供と表現していいのだろうか?」

 

 

 子供ではあるが、あの言い回しでの子供に高校生は含まれないと思うんだけどな……

 

「そうですよ。強いていうなら、風神の申し子」

 

「それも高校生レベルじゃないぞ」

 

 

 妹の厨二病が治らないかと本気で神様に祈りたくなってきた……何でこいつはこんな何だろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中に全学年でテストがあり、それから解放され我々は生徒会室でお弁当を食べることにした。

 

「午前中のテスト、どうだった?」

 

「バッチリだよ~」

 

「何時も通りです」

 

「問題ありません」

 

 

 さすが生徒会役員。三人とも頼もしい答えが返ってきた。

 

「今回は結果を貼りだす事は無いから、別に順位などは気にしなくていいぞ」

 

「元々あまり気にしてませんけどね」

 

「そう言えばタカトシ、コトミがさっき燃え尽きたように歩いてたが、何かあったのか?」

 

「昨日詰め込んだんで、恐らく出し切って何も残ってないんでしょう」

 

 

 なるほど……テスト前にタカトシに泣きついて叩き込まれたのか……

 

「それにしても、冬の弁当は冷えてしまってダメだな……やっぱり温かい方がおいしく感じる」

 

「まぁ、冷めても美味しいモノはたくさんありますが、やはり出来立てが一番おいしく感じるでしょうね」

 

 

 主夫のタカトシの発言に、我々三人は頷いて同意する。冷めたモノにもそれなりの良さはあるが、やはり出来立ての温かさに勝るモノは無いだろう。

 

「パンツも脱ぎたてがおいしいんだろ?」

 

「アンタは何を言ってるんだ?」

 

「シノちゃん、おいしいのはパンツだけじゃなくって、脱ぎたての服もだよ!」

 

「おっと、そうだったな! あはははは」

 

 

 タカトシと萩村の呆れた視線に耐えきれず、私は湯呑に手を伸ばす。こういう時は何か飲んで誤魔化すに限るな。

 

「シノ先輩、それ俺のですけど」

 

「っ……危うく間接キスするところだったな」

 

「別に構いませんけど、気づいた今も何故飲もうとしてるんですか?」

 

 

 タカトシにツッコまれて、私はタカトシの湯呑でお茶を飲もうとしている自分に気付いた。

 

「シノちゃん、おいたはダメだよ?」

 

「会長がそういう行動を取るのであれば、私も考えがあります」

 

「二人は何に怒ってるんです?」

 

 

 アリアと萩村の反応に、タカトシが首を傾げる。こいつは本当に鈍感のフリが上手いな……分かってるくせにそれを相手に覚らせないなんて。

 

「間接キスで思ったのだが、パンツを顔に被っても間接キスになるのか? 上の口と下の口で」

 

「どうだろうね~。実際にやってみれば分かるかも。タカトシ君、ハイこれ」

 

 

 そう言ってアリアは、鞄の中からパンツを取り出した。

 

「待て。何故鞄の中にパンツが入ってるんだ?」

 

「寒いから穿いてきたんだけど、慣れなくて脱いじゃった」

 

「常に穿いてくださいよ! じゃなくて、なんてもん出してんだアンタはー!」

 

 

 萩村がツッコミを入れる中、タカトシは自然に視線を逸らして、特に動揺した様子も無くお茶を飲んでいる。

 

「タカトシ、お前見たよな?」

 

「見ましたが、別にそんなに気にするものですか? こういうと変ですが、先輩のパンツも洗濯した事ありますし、特に慌てるものでもないでしょ」

 

「……お前、やっぱり枯れてるんじゃないか?」

 

 

 美人の先輩のパンツを見ても、興奮しないなんてそうとしか思えない。確かに穿いている状態ではないので、そこまで気にする事は無いのかもしれないが、それでも健全な男子高校生が、女子の下着を見てもなんとも思わないのは、それはそれで問題だと私は思う……この後午後の授業まで、私たちはタカトシが特殊な性癖なのではないかと疑い続け、そして怒られたのだった。




主夫にとって、ただの布切れに過ぎなかった……


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今年の抱負

人それぞれですね……


 新聞部の企画として、桜才学園内の有名人にインタビューをすることにした。

 

「というわけでして、まずは会長にインタビューをしようと思いまして」

 

「なるほどな」

 

「では、今年の抱負をお願いします」

 

「抱負か……有言実行かな」

 

 

 会長の抱負にしてはつまらないわね……

 

「会長、サインお願いします」

 

「うむ! これが私の欲求不満のサインだ!」

 

「髪の毛を触手に見立ててるのですね。さすがです」

 

「状況が理解出来ん……」

 

 

 体に髪の毛を巻き付け、触手に捕らわれたように見える。なるほどこれはこれで面白いですね。

 

「それでは次に、津田副会長に今年の抱負を聞きたいのですが」

 

「抱負ですか? それじゃあ健康第一で」

 

 

 これは……会長以上につまらない答えが返ってきたわね……

 

「もっとこう……あら?」

 

 

 私としたことが、咄嗟に言葉が出てこなくなってしまった……

 

「ほら、こう……もっとお口サービスして」

 

「リップサービスといいたかったのだろうか……」

 

「そうそれ! 読者にサービスをお願いします」

 

 

 会長より副会長がサービスしてくれた方が、部数が見込めますからね。

 

「それじゃあ、ツッコミの機会を減らしたいですね」

 

「それがサービス?」

 

「ツッコミの機会が減れば、他の人との会話の時間に当てられますからね」

 

「なるほど……」

 

 

 ボケ組に対する威圧と、他の人への時間を作ろうとする意欲を見せるとは……やはり彼はやりおるな……

 

「何の話をしてるんですか?」

 

「次は萩村さん、今年の抱負をお願いします」

 

「抱負ですか? そうですね……肩を鍛えたいですね」

 

「またピンポイントな目標ですね」

 

 

 萩村さんが肩を鍛えて、何をするのでしょうか……

 

「この前、ボールを投げ返す場面があったのですが、全然飛ばなくて恥を掻いたので……」

 

「そうですか。乳歯投げる時にも必要ですからね」

 

「とっくに投げ終わってるわ!」

 

 

 萩村さんにツッコまれたけど、やっぱりツッコミのキレは津田副会長の方が数枚上ね。

 

「ところでこれ、何のインタビューだったの?」

 

「新聞部の企画らしいよ」

 

 

 私がメモを取っている隣で、萩村さんと津田副会長が今回の企画について話している。まぁ、今回の企画は生徒会に潰される事は無いでしょうから、気にしないで次に行きましょうか。

 

「あら~。畑さん、何か用事だったの?」

 

「生徒会メンバー最後、七条さんに今年の抱負を聞きたいと思います」

 

「抱負? 平常心を保つことかにゃー……あちゃー噛んじゃった」

 

「さっそく乱れてますよ?」

 

 そのタイミングで、エッチな風が七条さんのスカートをまくり上げた。

 

「あとねー」

 

「(今のはダメージないのね)」

 

「あっ、タカトシ君に見られちゃったかな?」

 

「……ん? 何かあったんですか?」

 

 

 少し慌てたように津田副会長の事を見た七条さんだったが、副会長は書類に目を通していたようで、今の出来事は見てなかったようだ。

 

「相変わらずアンラッキースケベだな、タカトシは」

 

「だから、その単語は何なんです?」

 

 

 津田副会長はアンラッキースケベ体質と……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室を出て行った畑さんは、その後横島先生、三葉とインタビューしに行ったらしい。

 

「インタビュー企画とか言ってましたが、抱負なんて聞いてどうするんでしょうね?」

 

「アイツの考える事など私には分からんな」

 

 

 滞っていた仕事を片付ける為、俺たちは止まっていた手を動かしながら畑さんの目的を考えてみた。

 

「また裏で販売してるとか?」

 

「それはお前のエッセイが載る回だけだろ」

 

「この前のアンケート企画の時は、英稜高校にも流れてたとか」

 

「ああ、あのいけ好かないアンケート企画の時か」

 

 

 シノ先輩が怒っているのは、コトミよりも順位が下だった事だろうな……あのアンケートは誰に取ったのかいまだに不明なんだよな……

 

「シノちゃん、さっき欲求不満のサインを出してたって聞いたけど、どんなの~?」

 

「これだ!」

 

「あの……仕事してください」

 

 

 さっきと同じく髪の毛を体に巻き付けたシノ先輩に、スズがツッコミを入れた。

 

「しているぞ? 現に溜まってた書類の六割は片付いているではないか」

 

「そう言う事じゃねぇよ……遊んでないで仕事しろってことですよ」

 

「タカトシ君もツッコミに容赦が無くなってきたよね~」

 

「容赦してて抑えられる相手じゃないですからね」

 

 

 もう二年も付き合ってるんだから、いい加減手加減などして収まる相手ではないということくらい理解している。そもそも今までもこれくらいのツッコミはしてきたのに、何故今更……

 

「いや~、いいインタビューが出来ました」

 

「畑!」

 

「お帰りなさ~い」

 

 

 いや、畑さんはここに帰ってくる人じゃないから、その言葉はどうなんだろう……

 

「そう言えば畑、お前の今年の抱負は何なんだ?」

 

「私たちも言ったんだし、聞く権利はあると思うな~」

 

「私の抱負ですか? もちろん、特ダネを掴むことです!」

 

「おお、燃えてるな」

 

 

 あの人が燃えて、良い事なんてあったかな……

 

「でも、読者層が高校生ですし、欲しいのは校内の有名人の恋愛の噂なんですが、誰一人そんな雰囲気もないんですよね~……」

 

「他人の何とかは蜜の味、というやつか」

 

「きっとしょっぱいんだろうね~」

 

「男と女だしな」

 

「蜜ですしね~」

 

 

 何だか三人が納得したようだが、これでいいのだろうか? 納得できなかった俺はスズに視線を向けたが、スズも微妙な表情をしていたので、とりあえず流すことにしたのだった。




タカトシの体質は、ラッキースケベな時とアンラッキースケベの時があるからな……


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不動の八番

本当に、どう賞賛を送れば……


 今日は桜才学園と英稜学園でソフトボールの試合が行われる。我々生徒会は応援としてグラウンドを訪れると、見知った人がユニホームを着てグラウンドに立っていた。

 

「カナじゃないか!」

 

「おや、シノっちではありませんか。それにタカ君にスズポン、アリアっちも」

 

「こんにちは。カナさんって部活をやりながら生徒会とバイトをしてたんですか?」

 

 

 タカトシの質問に、カナは笑顔で首を横に振った。

 

「今日は代理です。メンバーが一人、風邪を引いてしまったらしいので」

 

「ですが、急に言われて出来るものなんですか?」

 

 

 萩村が当然の疑問をぶつけると、カナは胸を張って答えた。

 

「昔少しやっていたんですよ。これでも、不動の八番と言われていましたので!」

 

「……どう賞賛を送ればいいんです?」

 

 

 なんとも微妙な二つ名に、萩村は困ったような顔でカナを見上げる。

 

「そう言えば、萩村さんは帰国子女でしたね。欧米風の挨拶を」

 

「いえ、もう日本も長いので……」

 

「まぁまぁ、そう言わずに……っ!」

 

 

 萩村にハグをしたカナが、ビクッと身体を震わせる。なんだ? いったのか?

 

「今『えっ、ブラしてるの』って反応しただろ……てか、してるの見た事あるだろうが!」

 

「そそそ、そんな事ないですよー」

 

 

 カナが誤魔化しきれずに視線を私たちに向け、親指を立ててグラウンドに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナ会長の応援で桜才学園を訪れたら、タカトシさんたちも来ていた。私は桜才生徒会メンバーの方々と合流して、会長の試合を見学する事にした。

 

「サクラさんは、カナさんがソフトボールをやってるとこ、見た事ないんですか?」

 

「そうですね。会長が運動神経が良いと言う事は知っているんですが、実際に何かをしてるところを見たことは多くないですね……」

 

 

 水泳などは見たことありますが、球技をやってるとこを見たことは無いような気がします……

 

「おっ、良い当たり」

 

 

 桜才の選手が痛烈なセンター返しを打つと、カナ会長が回り込んで一塁に送球した。

 

「凄い反応でしたね」

 

「守備範囲が広いんですね」

 

 

 タカトシさんとカナ会長の今のプレーを振り返っていると、会長が何か恥ずかしさを隠してるような表情でこっちを見ている。その目を見て、会長が何を考えているのかを見透かそうとすると――

 

『何故今のプレーで、私にショタ属性があると分かったのだろう』

 

 

――と書いてあった。

 

「どうやら、何か勘違いしてるようですね」

 

「そのようですね」

 

 

 私は会長の目を見て何を考えているのかを見透かしたのだが、タカトシさんは特に目を見たわけでもないのに、分かっている様子だった。

 会長の活躍で桜才の攻撃をゼロ点で抑え、今度は英稜の攻撃。打席にはカナ会長が立っている。

 

「不動の八番と言われていたと言っていましたが、打撃は微妙だったのでしょうか?」

 

「どうなんでしょう……小技とかが得意なら、二番に入るでしょうし……」

 

 

 そんな話をタカトシさんとしていると、若干ボール球にも見える球を強引に打ち返し、その打球はぐんぐん伸びていき――

 

「ホームラン、ですか」

 

「そうですね」

 

 

――見事スタンドまで運んでいった。

 

「良くあんな球を打ちましたよね」

 

「きっと、ストライクゾーンが広いんですよ、会長は」

 

 

 普通なら見送るような球を打ち返し、そしてホームランにしたのだから、会長にとってあそこはストライクゾーンだったのだろう。

 

「?」

 

「何故カナさんがこちらを見てるんでしょう……」

 

 

 先ほどの守備の時同様、カナ会長が私たちの方を見て焦っているように見える。

 

『やはり、私のショタ属性があるとバレている!?』

 

「また勘違いしてますね」

 

「カナさんの思考回路はどうなってるんですか……」

 

 

 呆れたように呟き、タカトシさんはカナ会長から視線を外した。そのまま試合は進み、会長の活躍虚しく英稜の敗北となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合が終わり、私はシノっちたちと合流した。

 

「後でメールしてもいいか?」

 

「もちろんです!」

 

「会長たちはプライベートでもお付き合いがあるんですね」

 

「まぁな。私たちは色々と似ているからな」

 

「似ている? まぁ、生徒会長同士ですし、勉強も出来ますからね」

 

 

 スズポンが常識的な共通点を挙げたが、私たちは頷きあってもう一つの共通点を教えることにした。

 

「「発情のスイッチも同じだったし」」

 

「嫌な共通点ですね……」

 

 

 タカ君のツッコミが入り、私とシノっちは満足して手を振り別れた。

 

「サクラっちに質問です」

 

「はい?」

 

「何故試合中のプレーを見ただけで、私にショタ属性があると分かったのですか?」

 

「そんな話は一切してないんですが……」

 

「え?」

 

 

 だって「守備範囲が広い」とか「ストライクゾーンが広い」とか言ってたのは、私がショタもいけると見抜いたからじゃなかったのでしょうか。

 

「あれは普通に、会長の守備に対する賞賛と、バッティングに対する賞賛ですよ。難しい打球を処理したり、ボール球を打ち返したり」

 

「じゃあ、タカ君にもバレてなかったんですか?」

 

「どうなんでしょう……タカトシさん、心の裡を見透かしたような顔をしてましたから」

 

 

 サクラっちの言葉に、私は今更ながらにタカ君のスペックの高さを思い出した。タカ君は読心術が使えるんだから、あんなことを考えていたら一瞬でバレるじゃないですか……

 

「どうしましょう……タカ君に変態だと思われてしまいます……」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

 

 サクラっちが驚いたような声を上げたので、私はそれに反応して声を出した。サクラっちが何に驚いたのか、その事は教えてくれなかったのでした。




凄い事は凄いんですが、考えてる事が残念……


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それぞれの思惑

このネタの時は、誰をピックアップするかに悩む


 生徒会室で作業をしていたら、シノ先輩が一人でやって来た。

 

「おや、タカトシだけか。萩村はどうした?」

 

「風紀委員の人に呼ばれてました」

 

 

 本来なら二人で書類整理をする予定だったのだが、何か急用だったようなので、書類整理は一人でやっていたのだ。

 

「アリア先輩は? 一緒じゃなかったんですか?」

 

「ああ、アリアは掃除当番だ」

 

 

 なるほど、それなら仕方ないかな。

 

「珍しく二人きりだな」

 

「珍しいですか? 結構あったような気も……そうでもないのか?」

 

 

 スズやアリア先輩と二人きりというのは、何度かあった気がするが、シノ先輩と二人きりというのは、なんだか久しぶりな感じがする。

 

「何だか照れるな」

 

「照れてる暇があるなら、この書類にサインお願いします」

 

「……お前、ちょっと酷くないか?」

 

「照れ隠しです」

 

 

 ボケなければ、この人は美人で面倒見がよく家事ができる素敵な女性だ。ボケなければ。

 

「そうか……タカトシでも照れることがあるんだな」

 

「先輩たちは俺を何だと思ってるんですか? シノ先輩もですが、畑さんも」

 

「畑がどうかしたのか?」

 

「いえ、俺が特殊性癖なのではないかと、さっきまで張り付いていたんですよ」

 

 

 邪魔になるので、生徒会室まで帰ってもらったのだが。

 

「そりゃお前、あれだけ女子に囲まれているというのに、まったくソロプレイの形跡がないんだ。特殊性癖を疑ってしまうのも仕方ないだろう」

 

「なんなんですか、まったく……」

 

 

 結局、書類整理は一人で進め、スズたちが生徒会室に来るまでに終わらなかった。本当に、黙っていれば素敵なんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドに寝転んで、私は今日生徒会室でタカトシに言われたことを思いだしていた。

 

「『素敵な人』か……タカトシが私の事をそんな風に思っていたなんて……」

 

 

 強調するように「黙っていれば」と言っていたが、まぁそこらへんも照れ隠しなのだろう。

 

「だが、我が校は校内恋愛禁止だしな……」

 

 

 清く正しい付き合いなら問題ないのか? いやしかし、生徒会長と副会長が率先して校則を破るわけにもいかないし……

 

「おっと電話だ……はい?」

 

『もしもしシノちゃん? 私』

 

「おう、アリア。どうかしたのか?」

 

『シノちゃん、来月の事だけど、何か予定はある?』

 

「来月? ……あぁ、バレンタインか」

 

 

 毎年あげる側ではなくもらう側になってしまっているが、去年はタカトシに渡したんだよな……まぁ、萩村やアリアも一緒にだが……

 

「何か予定でもあるのか?」

 

『もし手作りするなら、出島さんがいろいろ教えてくれるって』

 

「出島さんが?」

 

 

 確かに、あの人は料理上手だし、お菓子においてもそれは変わらないだろう。

 

「だが、迷惑じゃないか?」

 

『大丈夫だよ~。スズちゃんやカナちゃん、サクラちゃんも呼ぶ予定だから』

 

「結構大所帯だな……しかも、誰にあげるか分かり切っているメンバーだな」

 

『仕方ないよ~。それだけ、タカトシ君は倍率が高いんだよ』

 

 

 客観的に見ても、タカトシと一番お似合いなのはサクラだと私でも思う。理由は簡単で、あの二人がツッコミであり、息があっているからだ。

 

『チョコ一つでタカトシ君が優劣をつけるとも思えないけど、少しは前進できるように頑張らないとね。このままじゃ、シノちゃんは何時まで経ってもタカトシ君の従者にしか思われないよ~?』

 

「あいつが主で私がメイドで、か……それはそれで悪くないシチュなんだが」

 

『奴隷メイドってやつ?』

 

「そうそう、それだ」

 

 

 結局、話は脱線して、最終的には調教されどこかの金持ちに売りさばかれる運命とか、そんな話になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄のお陰で、私はクラスでもそこそこの成績を残すことが出来ている。もちろん、半分より上になることはないが、それでも自力で勉強しているよりもはるかにマシな結果だと言える。

 

「そこで、今年は頑張って、タカ兄にチョコをあげようと思うんだけど、マキはどうするの?」

 

『どうするって言われても……私もお世話になってるから義理チョコくらいは……』

 

「何時になったら告白するの? 中学の時から、来年は頑張るって言ってもう何年経ったのよ」

 

『そんなこと言われても……津田先輩にとって、私はアンタの友達でしかないんだからさ』

 

「だからこそ、妹の友達から親しい異性にステップアップしなきゃいけないんじゃないの? いつまでも妹の友達って地位で満足なの?」

 

『そりゃ、私だって……』

 

 

 このやり取りも何回目になる事やら……バレンタインだけでなく、タカ兄の誕生日やクリスマス前になると、こういった会話をしているので、もう両手の指じゃ足りなくなったんじゃないかな。

 

「特に最近では、タカ兄の周りに魅力的な女性が増えてきたんだから、少しはアピール強めにしておかないと埋もれちゃうよ」

 

『うぅ……それは分かってるんだけどさぁ……』

 

「何?」

 

『津田先輩の中で、私は異性として見られてるのかなぁって……』

 

「どういうこと?」

 

『なんだか、妹のように思われてるような気がするんだよね……』

 

「妹なら、異性だからいいじゃん」

 

『……妹ってのは、身内だから異性の内に入らないでしょ?』

 

「えっ? 私はタカ兄の事、異性として見てるけどな~」

 

『それはアンタが変態だからでしょうが!』

 

 

 マキにツッコまれ、私はそんな事ないと言い返す。このやり取りも何回目になったか分からないなぁ……

 

「とりあえず、マキはもう少しアピールした方が良いよ」

 

『コトミは自重した方が良いと思うわよ……』

 

「そんな事ないって。これでも十分自重してるから」

 

『それで……相変わらず酷いわね』

 

「フッ、褒め言葉として受け取っておこう」

 

 

 マキに呆れられたようだけど、これで少しはマキも前進しようって考えるよね。友達として、一応応援してるんだからね。




全員やってたら数回このネタになっちゃいますし……


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乙女の闘い

ウオミーと森さんは別行動で


 来るバレンタインに向け、私と萩村はアリアに誘われて七条家を訪れた。どうやら出島さんがチョコ作りを指導してくれるらしいのだ。

 

「いらっしゃい」

 

「アリア、今日はよろしく頼むぞ」

 

「私じゃなくて、出島さんに言ってあげて。私も今日は出島さんに習う側だから」

 

 

 アリアも公言しているように、タカトシ狙いだ。だが今日だけは、同じ目的を持った者同士、邪魔をしないと決めたのだ。

 

「お待ちしておりました、天草様、萩村様」

 

「出島さん。今日はメイドとしてではなく、先生としてここにいるんでしょ~? だから、畏まる必要はないよ」

 

「そうでしたね、お嬢様。では天草さん、萩村さん、さっそくキッチンで作業を始めましょう」

 

 

 メイドとしての挨拶をしてから、アリアに注意された出島さんは、少し砕けた口調で挨拶をし直した。

 

「出島さんって、何でも出来るんですね」

 

「まぁ、お菓子作りは趣味程度ですが、お三方に教えることくらいは出来ますよ」

 

「多分タカトシも出来るだろうが、あいつに渡すチョコを作るのに、あいつに習うのはな……」

 

「何の楽しみも無いですね、それだと……」

 

 

 恐らく津田家のキッチンでもチョコ作りが行われているだろうが、そこにタカトシは存在しないだろう。今日はカナとサクラがシフトから抜けたとかで、代わりを任されてるとか聞いたからな。

 

「カナやサクラ、そして八月一日に負けないように頑張るぞ!」

 

「おー!」

 

「青春ですねー……何とも羨ましい限りです」

 

「出島さーん? 息が荒くなってるよー?」

 

 

 何を想像して興奮したのか分からないが、出島さんはアリアに注意されてもしばらくは息を荒げたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミちゃんにお願いされ、私とサクラっちは津田家のキッチンでチョコ作り指導をしていた。

 

「八月一日マキです! 今日はよろしくお願いします!」

 

「……時です」

 

「えっと、津田コトミです。今日はわざわざ来ていただき、ありがとうございます。これ、お礼のタカ兄のパンツです」

 

「確かに」

 

「ちょっと会長? タカトシさんに怒られますよ?」

 

 

 サクラっちに怒られ、私は手に入れたタカ君のパンツを断腸の思いでコトミちゃんに返却した。

 

「それでは、これより、タカ君に渡すチョコを作りたいと……」

 

「未練タラタラですね」

 

 

 視線がタカ君のパンツから動かせないのに対して、サクラっちにツッコまれた。だって、あれがあればソロプレイの際に困らないじゃないですか……

 

「まぁまぁカナ会長。パンツはダメみたいですが、この捨てられていたシャツなら問題ないですよ」

 

「それでは、そのシャツで手を打ちましょう」

 

 

 本当はパンツが良かったですが、シャツでも十分満足出来ますからね。コトミちゃんから手渡されたシャツをバッグにしまい、いよいよチョコ作りを開始する事にした。

 

「まず、どのような感じで渡すのかを聞いておきましょう。本命ですか? それとも義理?」

 

「私は義理です。兄貴にはいろいろと助けてもらってるからな」

 

「と見せかけて○毛を紛れ込ませたりは?」

 

「しねぇよ!」

 

「じゃあ○液?」

 

「ほんとに大丈夫なのか、この人で?」

 

 

 時さんに蔑みの目で見られ、私は不覚にも興奮してしまいました。これはこれで、新しい世界が開けたのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だか校内が騒がしいが、そんなに浮かれる事だろうか? 元女子高だと言う事もあって、こういった行事は盛り上がるんだろうな……

 

「あの、津田先輩」

 

「ん? あぁ、八月一日さんに時さん。何か用?」

 

 

 昇降口で声を掛けられ、振り返った先にはコトミの友人の八月一日さんと時さんが立っていた。

 

「これ、お世話になったお礼です」

 

「兄貴のお陰で、私も赤点回避出来てるので」

 

「ありがとう。すごくうれしいよ」

 

 

 わざわざ手作りしてくれたようだし、後でしっかりと食べて感想を言わなければ。

 

「おはよータカトシ君!」

 

「ああ、三葉か」

 

「これ、チョコレート」

 

「私からも」

 

「ありがとう、三葉。そして轟さんも」

 

 

 教室に到着するなり二人にチョコを渡された。三葉のは兎も角、轟さんのには変なものとか入ってそうだな……いや、せっかくもらったのに失礼か。

 

「おはよう……何故お前は血涙を流してるんだ?」

 

「モテ男には分からないだろうさ! この無念さが!」

 

「モテ男って、義理チョコだろ? そこまで欲しいか?」

 

「義理チョコって……その中に何個本命が混じってるか分かってるの!!」

 

「お、おぉ……すまん」

 

 

 柳本の迫力に押され、何故か頭を下げた。てか、クラスメイト(主に男子)から鋭い視線を向けられてるんだが、何でそんなに睨んでくるんだ……

 

「それはですね~、津田副会長がいろいろな女子とフラグを建てまくってるからですね~」

 

「……どこから現れるんですか、貴女は」

 

「普通にドアから入ってきましたって。てことで、コレあげる」

 

「どうも」

 

「貴方にはいろいろとお世話になってますし、エッセイも好評ですからね。新聞部からのお礼だと思ってください。間違っても私は、タカトシハーレムには入りませんから」

 

「だからそれは何なんですか……」

 

 

 畑さんからもチョコをいただいたが、轟さん以上に何が入ってるか不安なチョコだな……

 

「ちなみに市販されているチョコですので、特別に手を加えたりはしてませんよ」

 

「なら安心ですね」

 

「まさか普通に返されるとは……やはりお主は一筋縄ではいかないな」

 

「どんなキャラ付けなんですか……」

 

 

 ツッコミを入れたが、既に畑さんの姿は無かった。本当に神出鬼没な人だな……




渡すだけで何回か消費しそう……


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桜才生徒会メンバーの場合

まずはこの三人


 同じクラスだから、渡そうと思えばいつでも渡せる。だけどその勇気が中々でない。私はタカトシの側を行ったり来たりと、明らかに挙動不審だと思われているような行動をしていた。

 

「タカトシ君、チョコあげる」

 

「ありがとう。お返しは期待してていいよ」

 

「別にそんなつもりじゃないから、無理しなくてもいいからね」

 

 

 あっさりとタカトシにチョコを渡したムツミに、私は羨望と嫉妬が入り混じった視線を送ったが、ムツミには通じなかった。そう言えばさっき、ネネや畑さんまで普通にチョコを渡してたからな……どれだけもらってるのかしら。

 

「タカトシ、ちょっといいかしら」

 

「ん? どうかしたか、スズ」

 

 

 私はタカトシに名前で呼んでもらっている。これはムツミよりリードしてる証拠だろう。だがタカトシが名前で呼んでいる相手は私だけではなく、そもそも私より先に森さんや魚見さんは名前で呼んでもらっている。そして森さんは二回もタカトシとキスをしている……完全に出遅れてるわよね。

 

「これ、バレンタインのチョコ」

 

 

 チョコをタカトシに差し出してから、私は七条先輩に聞いた必殺の文句を続ける。

 

「勘違いしないでよね。生徒会の好で仕方なく用意したんだからね」

 

 

 これが今人気の「ツンデレ」というやつらしい。どうも男はこういったツンツンされた態度を取られると嬉しいとかなんとか……

 

「スズ、無理してないか? またアリア先輩にでも入れ知恵されたのか?」

 

「………」

 

 

 バレてるし……しかもあまりときめいてない……

 

「チョコはありがとう。だけど、あまり無理しなくていいからな」

 

「何でお前はそうなんだよー!!」

 

「お、おい……廊下を走ると風紀委員に怒られるぞ」

 

 

 走り去ってやろうかとも思ったけど、タカトシのツッコミで思い止まった。

 

「……今はアンタの優しさが辛いわ」

 

「うん、よくわからないけどゴメン……」

 

 

 せっかくチョコを渡したというのに、何という気まずい空気……私は心の中で自分のバカさ加減に呆れてしまい、タカトシは私の演技にどう反応すればよかったのかと考えているようだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村は撃沈したと聞かされ、私は内心ガッツポーズを取った。我々生徒会の中で、萩村が一番タカトシとの距離が近い。物理的な距離もだが、精神的な距離も、私やアリアと比べれば大分近いのだ。

 その萩村が自爆したと聞かされ、嬉しいと思ってしまうのは先輩として失格だろう。だが、一人の女子としては正しい反応だと思っている。

 

「お疲れ様です」

 

「おう、タカトシ。ちょっといいか?」

 

「なんです?」

 

 

 生徒会室にやって来たタカトシに、私は鞄に忍ばせたチョコを差し出す。

 

「これを君にあげよう」

 

 

 実は今日、生徒会の業務は無く休みなのだが、その事を私はタカトシには伝えていない。アリアもスズも、タカトシと二人の状態でチョコを渡したいと考えていたので、私の考えを理解してタカトシには伝えないでおいてくれたようだ。

 

「ありがとうございます」

 

「……反応が薄いな」

 

「いや、嬉しいんですけど……」

 

 

 そう言ってタカトシは、紙袋十個分のチョコを私に見せてきた。あぁ、こいつはこの学園で私以上に人気があるからな……ちなみに、私は紙袋五個分のチョコを貰った。女子なのに……女子からもらった。

 

「ちゃんと全員のチョコを食べると考えると、もう憂鬱になりそうなくらいだな……」

 

「いや、そんなことは無いですが、食べきる前にお返しを考えなければならなくなりそうですよ」

 

 

 そう言ってタカトシは、笑顔で私のチョコを受け取ってくれた。この笑顔だけで、今は満足しておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室からタカトシ君が出てきたのを見計らって、私はゆっくりと彼の背中に声を掛けた。

 

「タカトシ君」

 

「あっ、アリア先輩……今日生徒会の業務が無いのなら教えてくれたって良かったでしょうに」

 

「今日が何の日か、この学園で一番分かってるくせに。女の子が二人きりになりたいって思ったんだから仕方ないって思わなくっちゃ」

 

 

 私が声を掛けた理由も、タカトシ君は理解してるだろう。自惚れが強い訳ではなく、それだけタカトシ君は女子に人気なのだ。

 

「私からも、はい」

 

「ありがとうございます。ちゃんと食べさせてもらいますね」

 

「無理しなくてもいいよ? 私は気持ちを渡せればそれで」

 

「気持ちは受け取れませんよ。俺はまだ、自分が誰の事が好きなのかよくわかりませんし」

 

「そうなの? 私が見た限り、タカトシ君はサクラちゃんの事が好きだと思ってたけど」

 

「人として好意は持ってますが、それがイコールで女性として好きなのかと聞かれたらちょっと……」

 

 

 タカトシ君は真面目なので、恋愛にも理屈を持ち込んでいるようだった。そういった考えをする人がいるというのは知っていたけど、まさかこんな身近にいるとは……

 

「タカトシ君、恋愛は理屈じゃないんだよ。この雌に突っ込みたいって雄の本能が感じれば、それはもう……」

 

「何を言ってるのか分かりませんが、そう言った発言は身の危険に繋がりますのでお気を付けくださいね」

 

 

 笑顔で拳を見せて来るタカトシ君に、私は戦慄と興奮を覚えた。あのS顔は何人の雌を興奮させるのだろう。

 

「全く……とりあえず、恋愛についてもう少し考えてみますよ」

 

「そうしてね。じゃないと、何人もの女子が、君に恋い焦がれて先に進めなくなるんだから」

 

「……なんか責任重大ですね」

 

 

 あまり理解していないようだったけど、それくらいタカトシ君は色々な女子から好かれているのだ。彼が誰か一人に決めてくれれば、他の女子たちも新しい恋を見つけることが出来るかもしれないしね。




すでに凄い戦果だな……


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タカトシの気持ち

モテ男の悩みなど……


 生徒会業務を終えて生徒会室からタカトシ君が出て来るのを、私はそわそわしながら待っている。見方によってはストーカー行為に見えなくもないけど、決してやましい気持ちとかはありませんから。

 

「って、私は誰に言い訳してるのかしら」

 

 

 自分の心の中の言葉に疑問を感じながらも、私はタカトシ君が出て来るのをじっと待っていた。噂では、既に天草さんと七条さん、萩村さんに三葉さんなど、多数の女子からチョコを受け取っているらしいが、誰一人として本命として渡した人はいないらしい。いや、気持ち的には本命だが、口では義理だの付き合いだの言って誤魔化しているとか。まぁ、その気持ちは分からないでもない。むしろ、私もそんな感じで渡そうと考えていたから。

 

「でも、せっかく作ったのに、義理と偽るのもね……」

 

 

 男性恐怖症の私が、まさか本命チョコを用意するなんて、私自身も驚きだ。しかも相手は、競争率がかなり高い相手……高嶺の花に興味はないつもりだったのに、結局私もミーハーだったのかな……

 

「でも、この気持ちは他の人に触発されたわけじゃないと思うのよね……」

 

 

 そもそも私は、何でタカトシ君の事を好きになったのだろう……優しいから? 他の男子とは違うから? 男性恐怖症の私でも他の人と変わらず接してくれるから?

 

「分からないわね……」

 

「何がですか?」

 

「何がって……た、タカトシ君!?」

 

「廊下の隅で風紀委員長がこそこそしてると畑さんから報告されて見に来てみれば、何を考えてるんですか?」

 

「えっと……」

 

 

 畑さんのバカ! 今日がどういう日か分かっててタカトシ君を私の所に差し向けたわね!

 

「これ、受け取ってください!」

 

 

 強引にタカトシ君にチョコを渡して、私は逃げ去るように廊下を早足で進んでいった。結局、義理とも本命とも言えなかったわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルバイトの帰りに、私とカナ会長はいつも通りタカトシさんと近くのカフェに立ち寄った。

 

「タカ君は、結構な戦果があったんじゃないですか?」

 

「戦果? あぁ、チョコレートの事ですか?」

 

「ええ。今日はバレンタインですからね。男子は貰ったチョコの数を自慢したがるんじゃないですか?」

 

 

 カナ会長の質問に、タカトシさんは首を傾げて「どうなんでしょう」と答えた。

 

「だって、チョコの数=女子からモテているという方程式が成り立つのでは?」

 

「今は友チョコや義理チョコだってありますから、必ずしもチョコを貰ったからと言ってモテているわけじゃないと思うのですがね」

 

「これだからモテる男は違うと言われるんでしょうね。ではちなみに、タカ君は幾つくらいチョコを貰ったのですか?」

 

「生徒会のメンバーや五十嵐さんに畑さん、クラスメイトや後輩たちから貰ったりしましたので……数十個といったところでしょうか」

 

「十分貰ってるじゃないですか」

 

 

 一個一個大切に受け取ったらしく、渡した相手が顔を真っ赤にして逃げ去っていったとかいう事も、私はカナ会長を通じて聞いている。カナ会長は天草会長から聞いたようだ。

 

「気持ちは嬉しいんですが、全員の気持ちに応えられるわけじゃないですからね……」

 

「それはみなさん分かってると思いますよ。もしタカ君が全員に良い返事をしたら、それは逆に気持ちが冷めるでしょうし」

 

 

 タカトシさんは、様々な女子から好意を寄せられている事を知っている。だがあえて気づかないフリをしたりして、今までの関係を崩さないように努めている。それがじれったいと思う人もいるだろうが、タカトシさんに好意を寄せているほとんどの女子が、その反応をありがたいと思っている。だって、告白して離れるより、今までの距離感で付き合ってくれる方が、まだ諦めなくても良いという気持ちになれるから。無論、何時までもそんな関係でいられるとは私たちも、もちろんタカトシさんも思ってないだろうが……

 

「実際問題として、タカ君が彼女を作ったりしたら暴動が起きかねませんからね」

 

「何ですか、それ……俺だって人並みに恋人がいたらとかは考えるんですが」

 

「なら、何故作らないのです? タカ君の環境なら、彼女の一人や二人、簡単に作れると思うのですが」

 

「二人も作ったらダメでしょうが……」

 

 

 タカトシさんのツッコミに、カナ会長は満足したように頷いた。もし二人でも三人でもとか言い出したら、タカトシさんのイメージが変わってたところですよ。

 

「冗談はさておき、何故彼女を作らないのですか?」

 

「家事やバイト、生徒会業務やコトミの面倒で手一杯ですからね。彼女の為に時間を作るのが難しい現状、付き合ってもかまってあげられないでしょうから」

 

「タカ君の彼女というステータスは、その程度の不満を凌駕すると思いますけどね」

 

「……そういう考えの人なら、付き合っても良いと思えますが、やはり失礼ですよ」

 

 

 タカトシさんの真面目な考えを聞いた私たちは、もし付き合えたとしても不満など言わないでおこうと心に誓ったのだった。

 

「そうでした。これ、バレンタインのチョコです」

 

「私からも。タカトシさんにはたくさんお世話になってますし、そう言った気持ちも持ってますから」

 

「あ、ありがとうございます……でも、さっき話した通り、当分は彼女を作ろうとは考えられませんから」

 

 

 私とカナ会長の気持ちを受け取ったタカトシさんが、少し照れた様子で念押しのように繰り返した。まぁ、今すぐに付き合えるとは、私もカナ会長も思ってませんでしたが、この反応はひょっとして……なんて考えてしまいますね。




何だか久しぶりにカエデを出したような……


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乙女の秘密

さすがジャーナリストの鑑(笑)ですね


 バイトから帰ってきたタカ兄に、私は日ごろの感謝を込めてチョコを渡した。

 

「はいタカ兄。もう飽きてるかもしれないけど、私からもチョコあげる」

 

「ああ、ありがとう。てか、これ俺の金で買ったんだろ?」

 

「ギクッ……な、何のことか分からないな~?」

 

「この前追加の小遣いをねだってきた理由は、チョコを買う為だったのか」

 

 

 やっぱりこの人には敵わないか……その通り、私は既にチョコに回すだけの余裕が無かったので、タカ兄にお小遣いの追加を頼んだのだ。その時は散々怒られたけども、普段からお世話になってる以上、義理チョコでも渡さないと私の株が下がり続けちゃうし……

 

「まぁ、このためだったと言う事で、来月の小遣いから引くのは止めといてやろう」

 

「本当っ!? ありがとう、タカ兄! 大好き!!」

 

 

 嬉しさのあまり、私はタカ兄に飛びついて頬ずりを始める。もちろん、下半身にではなく上半身、顔にだけどね。

 

「ほら、離れろ。晩飯は食ったのか?」

 

「もちろん! いつも美味しいごはんをありがとうございます」

 

「今日は不気味なくらい素直だな……」

 

「タカ兄の存在に感謝し直した日ですからね」

 

 

 普段からありがたいとは思っていたけども、考えてみれば私は、一度もお礼を言ってないし感謝の品を送った事も無かった。だから私のバレンタインデーは、タカ兄に感謝する日になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当なら風紀委員長として、バレンタインなどという風紀を乱すイベントを阻止しなければいけなかったのだけども、ついタカトシ君にチョコを渡してしまった。

 もちろん、清い関係なら問題はないのだから、気にし過ぎるのもどうかと思うのだけども、タカトシ君以外の男子は、チョコを貰ったのと同時にお付き合いを始めたり、それ以前からお付き合いをしていた男子は、そのまま女子と……

 

「って、私は何を考えているのかしら。今日も風紀が乱れていないか見回りをしなければ!」

 

「ねぇねぇ」

 

「きゃあ!?」

 

 

 気合いを入れて見回りを始めようとしたら、背後から声を掛けられた。この独特な声、タイミングを見計らったかのように現れる人を、私は一人しか知らなかった。

 

「何か用ですか、畑さん?」

 

「や!」

 

 

 振り返ればそこには、想像通りの人が片手をあげて挨拶をして近づいてきた。

 

「桜才新聞アンケート企画第二弾。貴女は誰にチョコをあげましたか?」

 

「何そのアンケート……」

 

「ちなみに私は、義理チョコとして津田副会長にあげましたが」

 

「っ!?」

 

 

 知ってはいたけど、本人の口から聞かされると衝撃が大きいわね……義理とはいえ畑さんがチョコを渡すなんて思ってなかったから……

 

「まっ、市販のチョコなので、貴女方のように気合いの入った手作りチョコを渡したわけじゃないですから。そんなに警戒しなくても良いですよ。ちなみに、津田副会長に義理チョコを渡したのは他にも大勢いますからね」

 

 

 タカトシ君にお世話になってる女子は、確かに大勢いるもの。義理チョコくらい渡してるわよね。

 

「まぁ、その中に義理チョコと評した本命チョコが混ざってるかもしれませんがね。ちなみに私の調査では、桜才生徒会の三人、天草シノ、七条アリア、萩村スズと英稜生徒会の魚見カナ、森サクラが本命を渡してるらしいとの噂です。貴女はどっち?」

 

 

 畑さんに迫られ、ついつい答えそうになったところに救いの手が差し伸べられた。

 

「何をそんなに迫ってるんですか?」

 

「あら、ご本人登場……これはマズいわね」

 

「何がマズいのか、生徒会室でゆっくりと聞きましょうか」

 

「これは……三十六計逃げるに如かず!」

 

 

 タカトシ君が登場した事で形勢不利と判断した畑さんは、持ち前の行動力でタカトシ君の前から逃げ出そうとした。が――

 

「廊下を走るのは感心しませんね」

 

 

――魔王からは逃げられない。そう私の背後に現れたコトミさんが呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回りから戻ってきたタカトシの手には、こってり絞られた後の畑さんがぶら下がっていた。

 

「どうしたの?」

 

「とりあえず廊下を走った事への説教をしただけ。取り調べはこれから」

 

「……何があったのよ」

 

 

 既に散々油を絞られた後っぽい畑さんだったが、本格的な取り調べはこれからだったらしい……何をしたのか気になった私は、会長と七条先輩のアイコンタクトに応えてタカトシに質問をした。

 

「カエデさんにしつこく迫っていたので、とりあえず捕まえただけです。何を聞こうとしてたのかはこれから調べるんだが」

 

「風紀委員長が津田副会長に渡したチョコが、義理か本命かを問いただしていただけです。もちろん、聞いた後はお三方にも尋ねる予定でしたが」

 

「タカトシ、今日は帰っていいぞ」

 

「そうだね~。畑さんへの取り調べ、ないしはお仕置きは私たちがしておくから~」

 

「そうね。たまには私たちに任せてちょうだい」

 

「え、えぇ……では、今日はお先に失礼します」

 

 

 私たちの威圧感に負けて、タカトシは生徒会室から出て行った。出ていく際、畑さんに若干同情的な視線を向けていたが、最後まで助けようとはしなかったのだった。

 

「畑、乙女の秘密を暴こうとするのはいけない事だよな?」

 

「悪い事をしたら、お仕置きされるのは分かってるわよね~?」

 

「そもそも、そんな企画を生徒会が認めるとでも思ってたんですか?」

 

「あの、慈悲は……」

 

「「「ありません!」」」

 

 

 こうして桜才新聞企画は、我々三人の手によって潰されたのだった。




何故こうなった……


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桜才新聞特別号

情報収集能力だけは褒められるな……


 バレンタインが終わり、次の週には新聞部が特集を組んでいた。内容は、学園の中で誰がどのくらいチョコを貰ったかという企画だった。

 

「こんなの、何処で調べたんでしょうね?」

 

「さぁな。だが、畑の事だから結構正確な数だと思うぞ」

 

 

 調べ方は兎も角として、アイツは結構正確な数字を叩きだすからな……本当に、調べ方は兎も角として、その執念は尊敬に値する。

 

「えっと……凄いですね、シノ会長。女子なのに二位ですよ」

 

「これは喜べばいいのか? それとも悲しめばいいのか?」

 

「どうでしょうね……」

 

 

 無理にでも盛り上げようとしてくれたタカトシだったが、私の雰囲気を感じ取り首を傾げて視線を逸らした。そもそも、女子なのにランクインしてる事自体おかしいと思うのだが。

 

「てか、一位はお前か。さすがモテ男だな」

 

「本当に、何処で数えてたんでしょうね……」

 

 

 私の数倍は貰っているタカトシだが、どうやらその数はほぼ正確なようだ。てか、これだけのチョコを食べるのは大変ではないのだろうか……私ですら厳しいというのに……

 

「なになに? 渡した主な有名人……だと?」

 

 

 タカトシの欄には、渡した相手の名前も書かれており、そこには私やアリア、萩村といった生徒会メンバーや、五十嵐や三葉といった桜才学園在籍の女子、挙句の果てにはカナやサクラといった英稜学園の生徒の名前まで書かれていた。

 

「何処で調べたんだ、こんなの……ん? 情報提供津田コトミ?」

 

「アイツ、何でそんな協力をしてるんだ?」

 

 

 ポケットから携帯を取り出したタカトシ。恐らくコトミに電話するのだろう。

 

「もしもし、コトミか? お前、新聞部の畑さんに協力して、何を貰ったんだ? ……そうか。家に帰ったら説教だな」

 

 

 電話越しでもタカトシの威圧感が通じたのか、コトミは素直に白状したらしい。だが、説教で済むあたり、大した報酬はもらってないのだろう。

 

「さてと、それでは会長。俺はこっちなんで」

 

「ああ、午後も授業頑張ろう」

 

 

 昼休みも終わりに近づいたので、タカトシは教室へ戻っていった。さてと、私も教室に戻るとするかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に戻ってきた途端、クラスメイトの男子から鋭い視線を向けられた。

 

「何なんだ、いったい……」

 

「アンタ、桜才新聞読んでないの?」

 

「ああ、あのランキングか? さっき廊下に貼ってあるのを見たけど……それが?」

 

「つまりね、貰えなかった男子の僻みだよ」

 

 

 轟さんが身もふたもない言い方をしたが、なるほどそう言う事か……てか、貰えれば良いというわけではないと思うのだが……

 

「それにしても、凄い数貰ってたのね、アンタ」

 

「お返しが大変だけどな」

 

 

 それ目的ではないのだろうが、返さないとこっちの気が済まないからな。手作りの人には、ちゃんと手作りで返した方が良いのか、それとも市販のもので良いのか……こういうことを相談出来る相手がいないからな……

 

「参考までに、萩村はお返し、何が良い?」

 

「別に何でもいいわよ。そもそも、それが目当てじゃないんだから」

 

「そうか……でも、貰ったからには何か返さないと。気持ちを渡せない以上、何か必要だろ?」

 

 

 誰かを好きになっていれば、その人以外のモノはお断り出来たのだろうが、生憎と特定の誰かを好きになっていないので、断る口実が無かったのだ。

 

「アンタの気持ちを受け取れるのなら、それに越したことはないんだけどね」

 

「悪いな」

 

「良いわよ別に」

 

 

 萩村の答えでは参考にならなかったが、やはり何でもいいのだろうか? 後でもう二、三人くらいに聞いてみるかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の風紀委員本部。私は今、一人でさっきのタカトシ君からの質問の意図を考えていた。

 

「『お返しは何が良いか』か……タカトシ君って、ちゃんとそう言う事を考えてるんだ……」

 

 

 義理堅い人だから、貰ったからにはお返しをしなければいけないとでも考えてるんだろうな……別にそれが目当てじゃないと分かってるだろうけども、きっと割り切れないのだろう。

 

「でも、物凄い数貰ってるわけだし、全員にお返ししてたら大変よね」

 

 

 たとえ駄菓子のアメだとしても、あの数を揃えるのは中々大変な事だと思う。ましてやこの学園内だけではなく、英稜高校の女子生徒からも貰っていたり、バイト先の常連さんからも貰っているとかいないとか……畑さんの取材内容からの情報なので、何処までが事実か分からないけど、それなりには貰っているのでしょうね。

 

「分かっていたとはいえ、競争率は凄い事になってるわね……」

 

 

 この学園だけでも勝てそうに無いのに、他校の女子やバイト先の常連など、私が顔も知らない相手までライバルとなるのだ。仮に、あの数が正確で、全て本命チョコだとしたら、それこそ国家試験レベルの倍率になる。むしろそれ以上ともいえるだろう。

 

「何やらアンニュイな風紀委員長を発見」

 

「畑さん!? 何処から入ってきたのよ!」

 

 

 ドアが開いた音がしなかったので、多分普通には入ってこなかったと思うのだけど……

 

「そんなことはどうでも良いのよ。そんなに好きなら、渡す時に告白すればよかったのに」

 

「な、なによいきなり……」

 

「貴女がムッツリなのは周知の事実。毎晩津田副会長で発散してるのも――」

 

「変な事言わないで!」

 

 

 畑さんが現れた事で、少しは別の事が考えられるようにはなったけども、それでも私の頭の中はタカトシ君の事でいっぱいだった……これだけ想ってるのだから、畑さんが言ったように渡す時に告白すればよかったかな……でも、振られたら怖いし……




直接聞くのはダメだろ……


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門限

男にはあまり関係ない言葉ですね


 生徒会室に入ると、何やら萩村が刺繍をしていた。良く見るとジャージに何かを縫っているようだが、あれは何をしているのだろうか?

 

「スズ、何してるの?」

 

「ジャージを新調したから、名前を縫ってるのよ」

 

「なるほど」

 

「これなら、どこかに置き忘れてもすぐに分かるでしょ?」

 

 

 縫い終わった名前を見せて胸を張る萩村だが、正直なところ、萩村のジャージなら名前が書いてなくても分かると思うのだが……

 

「スズちゃんのジャージなら、サイズで分かると思うけどな~」

 

「先輩だけど張り倒す!」

 

「アリア!」

 

 

 私は、失礼な事を言ったアリアに一言言ってやるために大声を出し萩村を大人しくさせた。

 

「なーに、シノちゃん?」

 

「今のは失礼だと思わないのか?」

 

「会長……」

 

 

 萩村が感動してるようで、尊敬のまなざしを渡しに向けている。

 

「だいたいだな、私が思い止まった事をあっさりと口に出すんじゃない!」

 

「アンタも思ってたのかー!」

 

「しまった! つい口を滑らしてしまった」

 

「……早いところ会議を始めましょうよ」

 

 

 タカトシのツッコミのお陰で、萩村は何とか冷静さを取り戻したようで、所定の位置に腰を下ろした。私とアリアもとりあえず腰を下ろし、生徒会会議を始める事となった。

 

「まず初めに、保健委員からの報告ですね。包帯の在庫が無いので、至急補充したいとの事です」

 

「随分と消費が激しいな。先月も買ったような気がするんだが……」

 

「怪我人が多いのかな~?」

 

 

 包帯の使い道など、確かに患部の固定などしかないからな……いや、待てよ?

 

「もしや!?」

 

「シノ先輩?」

 

「貧乳だと思われる者は皆、サラシを巻いてるだけなのでは!?」

 

「……ちょっと、落ちつこうか」

 

 

 私が落ち込んだのをツッコミで冷静さを取り戻させる辺り、さすが私の右腕だな。

 

「えっと次ですが……あれ? あの資料は何処だ?」

 

「何だ、見つからないのか?」

 

「いえ……ああ、ありました」

 

 

 バインダーをめくりようやく見つけたタカトシに、私は一つアドバイスをすることにした。

 

「付箋を使ったらどうだ? あれがあれば開きたい場所が一目で分かるだろ」

 

「何時もはちゃんとファイリングしてるんですが……なんか順番が変わってる気がしまして」

 

「ごめんなさい。この前そのバインダー落としちゃって、中身がバラバラになっちゃったの。ある程度は元に戻せたんだけど、やっぱり少しずれてたのね」

 

「ああ、そう言う事ですか……いえ、気にしないでください」

 

 

 どうやらアリアが中身をぶちまけたらしく、それでタカトシが見つけられなかったようだ。

 

「でも、確かに付箋は便利そうですね。帰りに買いに行くか……」

 

「付箋は便利だぞ~。見たいページが一目で分かるし、片手しか使えない自家発電の時も見たいページがすぐに分かる」

 

「それは完全に蛇足ですね。後、その手帳付箋だらけで、何処に何が書いてあるのか本当に分かってるんですか?」

 

「分かってるさ! えっと……あれ? ここは何が書いてあるんだっけか……」

 

 

 付箋だらけになっていたため、今度整理しようと思っていたのをすっかり忘れていたな……付箋に内容を書いておかないと、これじゃあ意味がなさそうだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中からふざけてしまった為、タカトシ以外の役員は残業をしなければならなくなってしまい、私は門限を過ぎてしまったのだった。

 

「大丈夫か? もしかして怒られるか?」

 

「もしそうなら、私たちからも事情を説明するよ~?」

 

 

 会長と七条先輩が心配そうに聞いてくれるが、正直言ってそっちの心配は皆無だった。

 

「怒られはしないですが、何故かうちの親は赤飯を炊くんですよね……」

 

「大人になったと思われるのか……」

 

「迂闊に門限破れないね~」

 

「そうなんですよね……」

 

 

 赤飯でも良いのだが、そう何回も誤解されるのは避けたいし、そもそも相手などいないのだから、紹介しろと言われてもどうする事も出来ないのだ。

 

「門限を破る=膜を破られたと取られるのか……なかなか厳しい家だな」

 

「そうだろうか……」

 

 

 むしろ、そんな思考回路なんて焼き切れてしまえと思うのだが、会長からすれば厳しい事らしい。

 

「まぁ、スズちゃんの膜を狙った変質者は、たくさんいるでしょうからね」

 

「最近ロリコン化が進んでるらしいからな」

 

「ロリって言うな!」

 

 

 会長たちと別れ、家に着いたのは門限の一時間後。案の定赤飯を炊いて待ってた母親に出迎えられ、これからは門限を破らないように気を付けようと決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が大量に貰ったチョコで、我が家の冷蔵庫のスペースは埋まっている。それでも問題なく食材を取り出し、美味しい料理を作ってしまうあたり、我が兄ながら優良物件だなーと思う。

 

「お前もたまには手伝えよな」

 

「だってー、私が手伝ってもタカ兄の仕事が増えるだけだよ~?」

 

「……年頃の女子として、このままでいいのかとか悩まないのか?」

 

「大丈夫だよ。私はやれば出来る子なんだから!」

 

 

 自信満々に胸を張り、タカ兄に向けてピースサインを出した。それを見たタカ兄は、盛大にため息を吐いたのだった。

 

「頼むから、もう少し頑張ってくれ」

 

「これ以上頑張るには、お小遣いをアップしてもらうしか……」

 

「むしろカットされないように頑張れよな? そろそろ期末試験も近いんだから」

 

「タカ兄……その単語は言わないお約束じゃないか……」

 

 

 聞きたくもない単語を耳にしたため、私は一気に萎れてテーブルに突っ伏したのだった。

 

「万が一留年などしようものなら……」

 

「ヒィ!? が、頑張るからその顔止めてってばー!」

 

 

 タカ兄に脅され、私はやりたくはないけども勉強を頑張ろうと心に決めたのだった。




スズ母の思考はよくわからない……


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タカトシのお返し

人数分作ったとなると、かなり大変そうだ……


 ホワイトデーが近づいて来ているからなのか、教室でタカトシが悩んでる姿をよく見かける。別にお返しが欲しくてあげたわけじゃないけども、貰えるかもしれないと思ってしまうあたり、私も気が乱れてる証拠なんだろうな……

 

「はぁ……」

 

「どうしたのよ、あんたがため息なんて珍しく……もないわね」

 

「なんだよそれ」

 

 

 タカトシのため息を珍しいと思ったけども、途中でそうでもなかったと思い直したので素直に言ったら、タカトシが苦笑いを浮かべてツッコミを入れてきた。

 

「だって、あんたしょっちゅうため息吐いてるじゃない。もう幸せ残ってないんじゃない?」

 

「嫌な事言うなよ」

 

「それで、何でため息吐いてたのよ」

 

 

 少しくらいなら相談に乗れる、ということをアピールしようと、私はタカトシのため息の原因を聞くことにした。

 

「ほら、お返しをどうしようか考えててさ。さっき柳本にどうしたらいいか聞いたら『そんなこと知るか!』って怒られたんだよな……何も怒ることないじゃないかと思って」

 

「それは……」

 

 

 聞かれた柳本に同情するしかないわね……恐らく貰えなかったであろう彼に、お返しの事を聞くなんて、タカトシも考え無しというかなんというか……

 

「相談に乗るって言うから聞いたのに、答えないでいなくなるなんて」

 

「………」

 

 

 ただ単に柳本が自爆しただけだったのね……少しでもあんたを疑った私が悪かったわ。

 

「もう少し考えてみるよ」

 

「え、えぇ……頑張って」

 

 

 気のない返事をして見送った私だったが、それ以上何も言えなかったんだから仕方ないと自分に言い訳をして席へ戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホワイトデーコーナーを軽く見て回ったが、どれも微妙というかなんというか……あれだったら自分で作った方がよさそうな感じだったな……

 

「だけど、人数分作るとなると、ウチのキッチンでスペース足りるかな……」

 

 

 何回かに分ければ問題ないのだろうが、日持ちしないし何より時間もないしな……

 

「あら?」

 

「ん?」

 

 

 考え事をしながら歩いていると、背後から聞き覚えのある声が聞こえたような気がした……たぶん気のせいだろう。

 

「津田さんではないですか。何をしているのです?」

 

「……出島さん、貴女こそ何をしてるのですか?」

 

 

 七条家専属メイドである出島さんが、鼻を抑えながら近づいてきた。

 

「いえ、先ほど公園で盛ってるカップルを見つけまして……ついつい興奮して鼻血が」

 

「へぇ……では、俺はこれで」

 

 

 この人と知り合いだと思われたくないと思った俺は、早急にこの場を離れようとした。

 

「逃げる事ないじゃないですか。ちなみに、今日はお嬢様はお稽古事で不在ですので、広いキッチンをご所望でしたらお貸出来ますよ?」

 

「何処から聞いてたんだ……」

 

 

 さすが、変態という面に目を瞑れば有能なメイドさんだ。しっかりと聞かれてたらしい……

 

「この時期にあのようなコーナーで腕を組みながらブツブツ言っているのを見れば、ある程度何の悩みかは想像出来ますよ」

 

「参りました」

 

 

 どうも考え事に集中し過ぎた所為で、出島さんの接近に気付かなかったようだな……俺は素直に頭を下げ、広いキッチンを貸してもらう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホワイトデー当日、私とサクラっちはそわそわした気分でバイトへと向かう。シノっちからタカ君のお返しは手作りクッキーだと言う事は聞かされているのだが、味については何も教えてくれなかった。

 

「タカ君の事ですから、物凄く不味い、なんてことは無いのでしょうけども……」

 

「天草さんもそこを教えてくれない辺りSなんでしょうね」

 

「シノっちはタカ君にだけMだからね、私みたいに」

 

 

 普段Sっ気が強い私やシノっちだけども、タカ君の前ではMっ気を発揮するのだ。

 

「おはようございます」

 

「はい、おはよう。津田君ももう来てるし、魚見さんと森さんも急いで着替えちゃって」

 

 

 スタッフルームに入ると、店長が売り上げ計算をしているところだったらしく、挨拶を返されて急ぎ着替えるよう指示される。

 

「そんなに忙しいんですか?」

 

「ほら、ホワイトデーでしょ? 津田君にチョコを渡した女子高生たちが来てるんだよ。津田君も律儀にお返しを渡してるから、二人にはレジをやってもらいたいんだ」

 

「さすがタカトシさんですね。名前も知らない相手でも手抜きしないなんて」

 

 

 そうなのだ。お客さんとして顔は知っているが、この店でタカ君にチョコを渡した女子たちの名前は、タカ君はおろか私たちも知らない。それでもタカ君はその子たちへのお返しも用意したらしいのだ。

 

「これは、勘違いされても仕方ありませんね」

 

「というか、勘違いしない方がおかしいですよ」

 

 

 私が彼女たちの立場だったら、絶対に勘違いしただろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトも終わり、私とカナ会長とタカトシさんの三人で、お決まりのカフェへと足を運んだ。

 

「これ、二人の分です」

 

 

 そう言ってタカトシさんが取り出したのは、綺麗にラッピングされたクッキーでした。良く見ると、お店で渡していたものと少し違うようにも見えます。

 

「あの子たちのとは違うんですね?」

 

「普通に付き合いのある皆さんと、顔だけしか知らないあの人たちとを同列に扱うのは失礼かなと思いまして」

 

 

 良く見ると私のクッキーとカナ会長のクッキーも、少し違うように見えました。

 

「全部同じじゃつまらないですから」

 

 

 そう言いながら、タカトシさんは視線を私から逸らした――ように見えました。それはつまり……勘違いしても良いと言う事なのでしょうか?




市販ではなく手作りなのが、ますます好意を加速させそうだ……


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スズの独白

恋する乙女ですね……


 朝、目を覚まして時計を見る。何度見ても笑いが出て来る時間だ。

 

「何で今日はタカ兄、起こしてくれなかったんだろう……」

 

 

 現時刻は午前八時三十分。閉門の時間が三十五分で、HR開始が四十分からだ。つまり何が言いたいのかというと、完全に遅刻である。

 

「とりあえず着替えてタカ兄が作ってくれたお弁当を持って……?」

 

 

 私はそこで、小さな違和感を覚えた。何時もならキッチンのテーブルの所に私のお弁当が置いてあるのだが、今日に限ってそれが無いのだ。

 

「何を慌ててるんだ?」

 

「あっ、タカ兄? 何でまだ家にいるの?」

 

「何を寝ぼけてるんだ、お前。今日は日曜だぞ」

 

「……日曜?」

 

 

 慌ててカレンダーを確認する。タカ兄の言う通り、間違いなく日曜日だった。

 

「何だ~。慌てて損しちゃった」

 

「起きたんなら手伝え。シーツを洗ったり部屋の掃除をしたりしたいからな」

 

「タカ兄、せっかくテストが終わったって言うのに真面目だね」

 

 

 どうやら私はテストの緊張感を持続したままだったようで、そのせいで曜日感覚がくるっていたのだろう。

 

「テストが終わったから、こうやって家事に精を出す事が出来るんだろうが。ここ最近、お前の勉強を見ていた所為で家事が疎かになっていたからな」

 

「本当に、その節は感謝してもしきれないと思っております」

 

 

 この前のテスト、前日まで絶望感に打ちひしがれていた私を救ってくれたのは、やはりタカ兄だった。ちょうどそのタイミングでお母さんたちが一時帰国したお陰で、タカ兄は家事から解放され時間が出来たのだ。

 普通だったらその時間は自分の為に使うべきなのだろうが、私の成績が芳しくないと言う事は、お母さんたちにも知られている。そして、タカ兄の成績が学年トップだと言う事も。

 つまり何が言いたいのかというと、お母さんたちに頼まれて、タカ兄が私の勉強を見てくれたのだ。

 

「本来なら自力で試験に挑ませて、自分の酷い成績を自覚させ塾に通わせる計画だったんだが、お母さんたちが『そんなことしてもコトミの成績は上がらない』って言ったから教えたんだからな」

 

「知ってます。『塾に通わすより、タカトシに教わった方が絶対身に付く』って私も言われたし」

 

 

 お母さんの考えは正しく、私が塾に行ったところで、講師の言っている事が分からずにおいて行かれてただろう。その点、タカ兄の教え方は分かりやすく、また、悪い点を取った時のお仕置きを考えると、気が緩む事無く勉強に集中することが出来るのだ。

 

「自己採点の結果、平均六十点だもんね。本当に感謝してもしきれないよ」

 

「……今度からは見ないからな」

 

 

 タカ兄はこう言ってるが、多分次もなんだかんだ言いながら見てくれるだろう。厳しいけども結局は家族である私の事を甘やかしてくれる。こんな兄だから、私はこんなにも懐いているんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト期間が終わっても、私はイマイチ気分が晴れなかった。その理由は簡単で、また長期休みに入るとタカトシと会う機会が減ってしまうからだ。

 

「コトミちゃんは良いわよね……同じ家で生活してるんだから……」

 

 

 家族なんだからそれは当然なのだけども、私はコトミちゃんを羨ましく思っていた。仲の良い兄妹だが、タカトシの方は倫理観がしっかりしてる為、最後の一線を越える事は無いだろうと確信している。だがあの妹の事だ。タカトシと一緒にお風呂、とか、寂しいから一緒に寝るとか、そんなことをやらかすかもしれないのだ。

 

「ただでさえライバルが多いって言うのに、何で血縁者にまで嫉妬しなきゃいけないんだろう……」

 

 

 私は軽く首を振ってそんな考えを頭の中から追いやり、机の上に飾ってある空のビニール袋を視界にとらえた。この袋は、タカトシから貰ったクッキーが入っていたもので、中身はちゃんと美味しくいただいた。

 

「私よりお菓子作りの腕があるっていうのも、ちょっと複雑だけども……相手がタカトシだもんね。主夫だから仕方ないよね」

 

 

 誰に聞かせるでもない言い訳を呟き、私はため息を吐いた。家事万能、成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗……あげればキリのない褒め言葉が私の頭の中に浮かぶ。欠点らしい欠点を見つける方が大変なのだ。人気があって当然だと思うしかない。

 だがそれでも、この桜才新聞に書かれている貰ったチョコの数を見ると、かなり焦ってくる。あの天草会長よりも数が多く、その相手にちゃんとお返しをしたと言う事を知っていれば、焦らずにはいられないだろう。

 

「でも、私たちにくれたのと、他の子たちがもらったクッキーは、少し違ったようだけどね」

 

 

 明らかに本命チョコだと分かる相手には、タカトシもちゃんとしたお返しをしたようだ。義理チョコ、あるいは本命に限りなく近いが、それほど交友の無い相手には、私たちとは違うクッキーを渡したようだと、この間畑さんが調べた結果を聞いて知った。

 私たちのチョコを本命チョコだと受け取った事を恥ずかしがればいいのか、それともそういった配慮もちゃんとできる事を知れて喜べばいいのか、その時は反応に困ったが、とりあえず気持ちは伝わっていると言う事でその場は納得する事にしたのだ。

 

「でも、やっぱり本命の数も多いのね……」

 

 

 英稜のお二人もやはり、私たちと同じようなクッキーを貰っている。私たちの中でも、微妙な違いがあったのを私は食べてから知ったのだ。

 

「細かい違いをつけるなんて、やっぱり凄いって思うしかないのよね……」

 

 

 クッキーの味を思い出しながら、私はもう一度ため息を吐いたのだった。




桜才学園生徒会内なら、間違いなくトップだと思いますが……強敵が二人くらいいるんですよね


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柔道部のトレーニング

キツそうだな……


 生徒会室で作業をしていたら、畑がやって来た。

 

「失礼します。新聞部の畑です。次回の生徒会インタビューのアポを取りに伺いました。そちらの都合の良い日で構いません」

 

 

 さすがに今すぐ始める、などという非常識な事はしないか。

 

「私は何時でも良いぞ。何なら、今からでも」

 

「本当ですか?」

 

 

 ちょっとしたリップサービスのつもりだったのだが、畑は結構本気で捉えたらしく、インタビュー道具を取り出し始めた。

 

「都合の良い女で助かります」

 

「びっくりするくらい、敬意を感じないな……」

 

「そんな事ないですよー? 会長は我々新聞部にとって貴重なネタ元……じゃなかった、生徒の憧れの的ですからね」

 

「今、ネタ元って言った? 言ったよな?」

 

 

 畑に詰め寄って責め立てようとしたが、私が距離を詰めた以上に離れて、気がついたら生徒会室からいなくなってしまった。

 

「インタビューするんじゃなかったのか?」

 

「シノ先輩が追いやったんでしょうが」

 

 

 黙って書類整理をしていたタカトシが、顔を上げて私にツッコミを入れる。

 

「そんなこと言ってもな、ネタ元とか言われたんだぞ? 問い詰めたくもなるだろうが」

 

「まぁ、あの人の事ですから、問い詰めたところで白状するとは思えません」

 

「シノちゃん、次のスピーチの内容、考えてるの?」

 

 

 そう言えば今度の朝会でもスピーチをしなくてはいけなかったな。さて、何を話したものか……

 

「そうだ!」

 

「どうしたの?」

 

「次のスピーチはタカトシ、お前に任せる」

 

「俺ですか? 別に構いませんが――」

 

 

 一応肯定の返事をしたタカトシだったが、どうやらまだ続きがあるようなので私は静かに耳を傾けた。

 

「数日前に言われても大したものは出来ませんよ?」

 

「問題は無いだろ。殆ど生徒会としての威厳を示すだけのスピーチになっているからな。最低限の威厳さえ保てれば、内容は問わない」

 

「そんなんでいいのかよ……」

 

 

 呆れながらも、タカトシは書類整理を済ませた後、スピーチの内容を必死になって練っていた。エッセイもそうだが、随分と熱心に文章を考えるんだな、タカトシは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝会でのスピーチを終えたタカトシの周りに、女子の人垣が出来ている。まぁ、あれだけ立派なものをすれば余計なファンが増えてもおかしくは無いとは思っていたが……これは想像以上だ。

 

「相変わらず津田君は無意識にモテる事をしてのけてるよね」

 

「ネネ……別にそういう意味で見てたわけじゃないわよ」

 

「そういう意味って? 私は何も言ってないよ」

 

「……最近ネネがたくましく見えて堪らないわよ」

 

 

 しれっとタカトシに義理チョコを渡し、私相手にカマ掛けを成功させるしたたかさ。ちょっと許容出来ない趣味は持っているけども、この冷静さは素直に羨ましく思えるわね。

 

「エッセイで感動させといて、スピーチでも感動させるなんて、津田君は将来どんな職業に就くのかしらね?」

 

「物書きになるつもりは無いって聞いたことがあるけど……」

 

 

 もったいないとは思ったけど、タカトシの人生だし周りがとやかく言う事でもないだろうと思い、それ以上話は膨らませなかったのだ。

 

「津田君なら物書きでも成功出来るとは思うけどね。でも私は教師とかもいいなーって思うな」

 

「確かに、タカトシは妹のコトミちゃんや、クラスメイトに勉強を教えたりしてるから、教師も似合いそうよね」

 

 

 アイツが教師になったら、女子生徒にモテるのだろうか……それとも、同僚の女性教師からモテるのだろうか。きっと両方なんだろうな……

 

「研究者っていうのも似合いそうよね」

 

「でもアイツ、理系じゃなくて文系だって言ってるわよ?」

 

「理系でも問題なく出来るのにね」

 

 

 アイツがどんな職業に就こうが、私には関係ないのだと思い、ちょっとショックを受けた。アイツの未来を一番側で見てみたいと思っている自分にも驚いたが、それ以上にネネがそんなことを考えている事に驚いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、生徒会室へ向かう途中の階段で、柔道部がトレーニングをしていた。

 

「何をしているんだ?」

 

「現在、階段昇りうさぎ跳び中なんです。足腰を鍛えるのにいいんですよ」

 

「随分とハードだな」

 

 

 踊り場では時さんや中里が息も絶え絶えという感じで寝転がっている。

 

「あっ、でも……階段で足腰を鍛えるなら、大人の階段を昇った方が早いかも?」

 

 

 相変わらずこの人は……

 

「ねぇタカトシ君」

 

「ん?」

 

「どういう意味か説明を」

 

「世の中には知らなくても良い事があるんだよ」

 

 

 三葉はピュアだからな……汚れきった考えなど知らなくても良いと俺は思う。

 

「そっか……じゃあ次は、町内マラソンに行こう!」

 

「外に出るのか?」

 

「危険じゃない?」

 

 

 確かに、いくら強いからといえ、女の子だしな……

 

「危険なのは承知の上です! しかし、あえて荒波に飛び込む事によって、人は成長出来るのです!」

 

「「おぉ!」」

 

「……難関は角の鯛焼き屋」

 

「減量中か……」

 

 

 スタートの合図を頼まれ、俺は柔道部を送り出した。

 

「時さん、早いわね」

 

「学年トップだってコトミが言ってたな、そう言えば」

 

「でも、彼女の事だから道に迷ったりしてね」

 

「ありえそうだな」

 

 

 スズとそんな冗談を言い合っていた三十分後、案の定時さんは道に迷って帰ってこなかった。

 

「あれ、トッキーは?」

 

「見てないよ」

 

「あぁやっぱり……」

 

 

 その後、二十分経って漸く時さんが戻って来て、柔道部の練習はお開きとなったのだった。




ドジっ子発動……


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情報漏洩

犯人はあの人だ……


 生徒会室で作業していたら、ノックの音が聞こえた。

 

「誰だ、こんな時に」

 

 

 せっかく順調に作業が進んでいたというのに、来客で中断するのは惜しいな……しかし、生徒会としては来客を無視するわけにもいかないし……

 

「五十嵐か、何かあったのか?」

 

 

 扉を開けて訪ねてきた相手を確認すると、風紀委員長の五十嵐がそこに立っていた。

 

「実は明日抜き打ちで行う予定でした、各部室への立ち入り調査ですが、事前に情報が漏れた可能性があります」

 

「何だと!?」

 

 

 さっきまで進めていたのも、どの部室から回るかという最終の打ち合わせだったのだが、それが無駄になってしまったな……

 

「情報が漏れていたとは、なんとも嘆かわしいな……」

 

 

 今日まで極秘に準備を進めていたというのに、漏れ出てしまったのか……

 

「漏らして良いのはおしっこだけだろ!」

 

「後は不満だよ! もちろん、欲求的な意味で!」

 

「………」

 

「すみません。今のは無かったことにしてください」

 

 

 五十嵐が気絶しそうになったので、タカトシがフォローに回った。さすが我が生徒会で最も頼れる男子だな!

 

「男子、一人しかいませんけどね……」

 

「うむ!」

 

 

 タカトシのツッコミに満足した私は、早急に調査委員会を立ち上げ、原因を究明する事にした。

 

「それで五十嵐、原因は何なのだ?」

 

「恐らくですが、関係者の誰かが口を滑らしたのではないかと」

 

「関係者か……」

 

 

 この件を知っているのは、生徒会役員と風紀委員だけのはずだ。

 

「私はあり得ませんね。プライベートに仕事の事は持ち込みませんので」

 

「えー、それはもったいないよー」

 

 

 萩村の言葉に、何故かアリアが反応した。

 

「『生徒会役員』の肩書は、高い萌えポイントが加算されるのに」

 

「確かに、生徒会役員という肩書は、きゅんとする人間が多いと聞くな」

 

「そんなポイント、マイナスにしてやる」

 

「なぁ」

 

「あっ、横島先生、いらっしゃったんですね」

 

 

 萩村と戯れていたら、横から横島先生に声を掛けられた。

 

「私はそもそも、明日立ち入り調査があった事自体初耳なんだが」

 

「そうでしょうね。先生には言ってませんので」

 

「一番口が滑りそうですからねー」

 

「馬鹿にするな!」

 

 

 事実を告げると、横島先生は立ち上がって激昂した。

 

「私は生徒会顧問だぞ! 尻は軽くとも口は軽くない!!」

 

「ちょっと黙っててくれますかね」

 

 

 自信満々に言い放った横島先生に、タカトシの冷静なツッコミが炸裂した。

 

「というか、横島先生に伝えたら、タカトシに怒られたいとかいう理由で漏らしそうでしたので」

 

「……あながち否定できない自分がいるわね」

 

「今すぐ出ていけ」

 

 

 更なる漏洩を防ぐため、タカトシが横島先生を生徒会室から摘み出した。

 

『貴女も懲りませんね、畑さん』

 

『いや、これは……決して盗み聞きをしていたわけでは……』

 

『ちょっと、お付き合い願えますか?』

 

『はい……』

 

 

 横島先生を摘み出したタカトシは、そのまま盗み聞きをしてた畑を連行していったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻ってくると、ちょうど話し合いが終わったようで、全員立ち上がっていた。

 

「遅かったな、タカトシ」

 

「今回の情報漏洩の原因は、畑さんが風紀委員の一年生にテスト範囲を教える代わりに聞き出したようでした」

 

「つまり、私の監督不行き届きが原因ですか……申し訳ありません」

 

 

 風紀委員長としての責任を感じたのか、カエデ先輩が頭を下げた。

 

「いえ、どうも畑さんが執拗に聞いていたらしく、風紀委員の一年生も参ってしまったようでして……解放されたいがために言ってしまったと、本人も反省していました」

 

「なるほど、それで戻ってくるのが遅かったんだな?」

 

「ええ。漏らしてしまった罪悪感からか、その子はテストの結果も振るわなかったようですし、今回は厳重注意で済ませておきました」

 

 

 これで高得点なんて結果だったら、厳重注意では済まさなかっただろうが、実力の半分も発揮出来なかったのを見れば、十分反省していると言う事が分かったのだ。

 

「それで、畑はどうしたのだ?」

 

「反省させる意味も込めまして、柔道部に一日体験入部させました」

 

「うわぁ……」

 

 

 柔道部の練習のキツさを知っているスズが、思わず悲鳴に似た言葉を漏らした。

 

「それであの畑が大人しくなるか?」

 

「とりあえずは、でしょうね……」

 

「でも、畑さんが仕入れた情報を漏らすとは思えないんだけど……」

 

「裏で情報の売買をしてるという情報もあったので、そっちもついでに怒っておきました」

 

 

 買った相手の名を漏らす事はしなかったが、信用問題云々なんて気に出来る状況ではなかったような気もするがな……まぁ、そこは畑さんの意地だったんだろう。

 

「とりあえず、風紀委員については、これ以上責めるつもりはありませんので。カエデさんもこれ以上気にしないでください」

 

 

 いつまでも頭を下げているカエデさんに、これ以上責任を感じる必要は無いと言い含めて、新たに行う調査の企画書を任せた。

 

「それじゃあ、俺たちも帰りましょうか」

 

「相変わらず流れるような速さで軌道修正するな、タカトシは」

 

「不本意ながら、慣れていますからね」

 

 

 昔からコトミが余計な事をして仕事を増やす、なんてことが多かったから、軌道修正はお手の物なのだ。まぁ、自慢出来る事ではないと、自分でも分かってはいるんだけどね……




再び時空が歪んでいく……


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四月バカ

投降忘れてた……


 四月一日ということで、私は生徒会メンバーを驚かす為に昨日用意したパットを仕込み生徒会室へと入る。

 

「やあ、おはよ――」

 

「シノちゃん、私たちお付き合いする事になりました」

 

「なにー!? それは本当か!?!」

 

「嘘だよ~。シノちゃん騙された~!」

 

「くっ、くそぅ!」

 

 

 まさかそんな嘘を吐いてくるとは……アリアにしてやられたな。

 

「あの、その為にわざわざ呼び出されたんですか?」

 

「もちろん、仕事もあるぞ! だが、せっかく嘘を吐いていい日なんだから、嘘を吐いたほうが楽しいだろ?」

 

「そんなものですかね……」

 

 

 ため息を吐きながら、タカトシは書類に目を通し始める。てか、私のこの格好に対するツッコミは無いのか? 無視なのか?

 

「ところでシノちゃん、その胸、どうしたの? ついに成長期に入ったの?」

 

「……残念ながらパットだ」

 

「分かってたけどね~」

 

「萩村、アリアがいじめる!」

 

「……何で私なんですか」

 

 

 だって、無い者同士……いや、タカトシにこの手の泣き言を言っても意味ないからな。

 

「書類整理も良いが、今から見回りに行くぞ!」

 

「見回りですか? 先ほど、カエデ先輩がしていたようですが」

 

「風紀委員だけに任せておくわけにはいかないだろ? 我々生徒会もしっかりと見回りをしておかなければならない」

 

 

 長期休暇中とはいえ、学園内に不審物を持ち込む輩が皆無というわけではないのだし、五十嵐は男子が多そうな箇所は避けるだろうしな。

 

「では、出発だ!」

 

「その前にシノちゃんはトイレでパットを抜いてきた方が良いよ~」

 

「そうだな……」

 

 

 いつまでもこんなに入れていたら動きにくいし、何より笑いが取れなかったボケを永遠に続けるのもな……せっかく自虐ネタに走ったというのに、アリアにカウンターを喰らうとは思ってなかったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草会長が合流し、私たちは中庭を見回ることになった。

 

「中庭ってあんまり来たことないな」

 

「そうなの? 柳本とかはよく来てるみたいだけど」

 

「そうなんだ。あんまり誘われないからな……」

 

 

 セリフだけ聞くと、タカトシがボッチみたいだけど、実際は中庭でいかがわしい本でも読んでるから、生徒会役員であるタカトシは誘ってないだけなのだろうな。

 

「おっ、あの木陰、怪しいな」

 

「どこ~?」

 

「やはり、あったな」

 

「トレジャーハンティングだね!」

 

 

 どうやらいかがわしい本を見つけたようで、会長と七条先輩は意気揚々と検閲に入った。

 

「あんな本読んで、何が楽しいんだか……」

 

「アンタは興味なさそうよね」

 

「一般の高校生男子よりは、興味薄いと思う」

 

 

 そう言ってタカトシは、池に視線を向けた。

 

「あっ、亀いるんだ」

 

「知らなかった……って、そうか。アンタはあまり来ないんだったわね」

 

 

 たまに私は訪れるので、この池に亀がいる事を知っていた。

 

「ところで、亀って芸覚えるのかな~?」

 

「何時の間に……それで、芸って何を覚えさせるんですか?」

 

「チンチン」

 

「亀だけにな!」

 

「……何であんなに笑ってるんだ?」

 

 

 お腹を抱えて笑っている会長と七条先輩を冷めた目で見つめながら、タカトシが首を傾げた。

 

「私に聞かれても知らないわよ……」

 

 

 理由は分かってるけども、私もタカトシも理解出来ないふりでその場を乗り切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新入部員が来てくれたお陰で、我がロボット研究部は正式に部として認められた。

 

「これで部費もアップ! 欲しかったパーツも買えるし、大会に参加する事も出来るかもしれない!」

 

 

 嬉しいことだらけで、私は教室で舞い上がっていた。

 

「ネネ、落ちついて。スイッチ切って」

 

「おっといけない」

 

 

 舞い上がり過ぎてスズちゃんにツッコまれてしまった。

 

「オフっと」

 

「そっちのスイッチも入ってたのかよ!」

 

「まぁまぁ。それよりも、部員が増えたことで作りたかったものが作れるようになったので、今度大会に参加しようと思ってるんだ」

 

「そうなの? 後で見に行っていい?」

 

「もちろん!」

 

 

 一旦スズちゃんと別れて、私は部室でロボットの作成に勤しむことにした。

 

「えっと、このパーツがこっちで、このパーツは……」

 

 

 熱中し過ぎたのか、気づいたらスズちゃんたちが部室に来ていた。

 

「凄い集中力だな」

 

「好きな事ですし、熱中しちゃうのも仕方ないと思います」

 

「そうだな! ところで、その新入部員たちはどうしたんだ?」

 

「今日は初日ということで、顔合わせだけして帰りました。私はこの子の作成が途中だったので」

 

 

 本当は顔合わせだけして終わりだったのだが、どうしても途中にしておくのが気持ち悪かったので、私だけ残ったのだ。

 

「そうなんだ。ところで、これはもう完成してるんですか?」

 

 

 津田君が私のロボットを眺めながら問いかけて来る。

 

「ううん、まら出来てないんですよ」

 

「……まら?」

 

「きっとまだを噛んだのよ……」

 

 

 私の返事に、津田君とスズちゃんが小声で何かを話していたが、私の耳にはその会話は入ってこなかった。

 

「それでは、あまり長居をしても邪魔になるだろうし、我々はお暇するとしようか」

 

「そうだ! 轟さん、コレ、私が見つけた玩具。かなり強力よ」

 

「本当ですか! 是非試してみますね」

 

 

 七条先輩に新たな玩具を紹介してもらい、私のテンションは更に上がった。

 

「……大丈夫なのか、この部は」

 

「大丈夫なんじゃない……いや、根拠はないけど……」

 

 

 引き攣った顔で津田君とスズちゃんが話してたけども、私はその事は気にせずに作成に戻ったのだった。




次回はいつも通り金曜日に……


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コトミの忘れ物

やはり抜けているコトミ……


 登校してすぐに生徒会室で作業をしていたが、一時間目は体育なので、俺とスズは先に教室に帰る事にした。

 

「では、お先に失礼します」

 

「ああ、君たちは一時間目、体育だったな」

 

「何をするの~?」

 

 

 アリア先輩の質問に、俺とスズは答える事にした。

 

「女子はバスケです」

 

「男子はサッカーです」

 

 

 体育は二クラス混合なので、男子の数が足りない、と言う事も無いので安心だ。てか、学校側もそう言う事を考慮してクラス分けをしてるんだろうな。

 

「大分暖かくなってきたから、脱水症状には気を付けてね」

 

「はい」

 

 

 アリア先輩の注意に、スズが答える。確かに最近暖かくなってきたからな……温暖化の影響だろうか。まぁ、その分洗濯物がよく乾いていいんだが……こんな事思ったら駄目か。

 

「男子は金的に気を付けろよ」

 

「そんな注意されるの初めてだし、サッカーでそんなに密着してる時に振り切るほど運動神経の良いヤツはいませんよ」

 

 

 てか、そんな考え無しもいないと思うがな……

 

「シノちゃん、むしろご褒美になっちゃうかもしれないじゃない?」

 

「しかし、あれは美女に蹴られるからご褒美であって、同性に蹴られても嬉しくないんじゃないか?」

 

「どうなんだろ~? タカトシ君はどう思う? ……あれ?」

 

 

 バカな話を始めたので、俺とスズは早々に生徒会室から逃げ出した。まったく、新学期になっても先輩たちはブレないな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下の窓を開けて空を見て、私は今の心境を口にする。

 

「春眠暁を何とかだね~」

 

「正しく言えないのか、お前は」

 

「うげぇ、タカ兄!?」

 

 

 一年のエリアなので気を抜いていたら、タカ兄にツッコまれた。

 

「いったい何の御用でしょうか……」

 

「母さんからメール貰ったんだが、お前、弁当忘れたらしいな」

 

「うっ……お母さんめ、何でタカ兄にメールしちゃうんだよ」

 

 

 おまけに今日は財布も忘れて購買で何か食べ物を手に入れる事も出来ないから、昼飯抜きの覚悟をしてお弁当の事を頭から追いやってたのに……

 

「ほら、俺の分をやるから」

 

「えっ!? タカ兄、熱でもあるの? それともタカ兄の偽物!?」

 

「……お前の事だから、財布も忘れて昼飯抜きの覚悟をして弁当の事を頭から追いやってるんだろうと思って、せっかく持ってきてやったというのに……どうやらいらないようだな」

 

「一言一句あってるし!? 貰います! てか、欲しいです!!」

 

 

 一瞬前に考えていた事を的確に言い当てられ、私は少し動揺した。だが、少し以上動じる事は無かった。何故かって? だってこの人は私の片割れだからだ!

 

「厨二禁止!」

 

「また心を覗かれた!?」

 

「相変わらずのやり取りをしてるのね、コトミ」

 

「あっ、八月一日さん、こんにちは」

 

「つ、津田先輩……こんにちは」

 

「マキに言われたくないよ~」

 

 

 タカ兄の前では相変わらずの真紀に、成長してないとか言われたくないよ。

 

「それじゃあ、俺は教室に戻るから。ちゃんと食べて午後はしっかり勉強しろよ」

 

「午後はって?」

 

「一時間目か二時間目かは知らないが、お前寝てただろ」

 

「ナ、ナンノコトデスカ?」

 

「頬、痕になってるぞ」

 

 

 慌てて手鏡を取り出してみると、確かに少し赤くなっていた。

 

「赤点なんて取ろうものなら……今度こそ塾に通わせることになるだろうな」

 

「が、頑張ります!」

 

 

 ただでさえタカ兄には迷惑をかけっぱなしだし、これ以上甘える訳にもいかないよね……私が甘えてる所為で、タカ兄は彼女を作る余裕すらないのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休み、私たちは今朝終わらせられなかった仕事をするために生徒会室へ集まった。もちろん、仕事の前にはお昼ご飯を食べる事になっている。

 

「スズ、悪いが先に行っててくれ、ちょっと購買に行ってくるから」

 

「分かった」

 

 

 お茶でも買い忘れたのかしら? まぁ、タカトシの速度なら、ほぼ私と変わらないタイミングで生徒会室に到着するでしょうけどね。

 

「おや、萩村。一人か?」

 

「タカトシ君は~?」

 

「購買に行くと言っていましたので、そのうち来ると思いますよ」

 

 

 私の予想とは裏腹に、タカトシは私と同じタイミングでは到着しなかった。だが、少し遅れた程度で生徒会室に姿を現した。

 

「遅かったな?」

 

「ちょっと予想外の買い物をしてましたので」

 

 

 そう言ってタカトシは、私の隣に腰を下ろし、パンを取り出した。

 

「あれ? あんた今日、お弁当は?」

 

「ん? コトミが忘れたらしいから、俺の分をコトミにあげて、俺の昼飯はコレ」

 

「それでタカトシ君、予想外のお買い物って?」

 

 

 私も気になっていた事を、アリア先輩が聞いた。

 

「コトミの分の飲み物です。アイツ、昼前までに水筒の中身全部飲んでしまったらしいので」

 

「コトミちゃんらしいね~」

 

 

 タカトシの話では、コトミはお弁当を忘れ、更に財布も忘れたらしいのだ。でも、持っていても大して入ってないとのことで、財布の事はタカトシも気にしていなかったらしい。

 

「そうだったんだ……うっ」

 

 

 お弁当を食べ進めようと思ったが、中に納豆巻きが入っていた。お母さんめ……苦手だって言ってるのに。

 

「何だ、スズは納豆嫌いなのか?」

 

「う、うん……」

 

「でもスズちゃん、好き嫌いしてたら大きくなれないよ~?」

 

「それは、分かってますが……」

 

 

 栄養があるのは分かってるし、アリア先輩が言っている事も理解している。でも、納豆だけはどうしても駄目なのだ。

 

「むしろ萩村は、大きくならないと食べられないんじゃないか?」

 

「貧乳が何を言っているんですかね」

 

 

 一瞬にして険悪なムードになったが、タカトシの一睨みで私も会長も頭を下げた。互いに身体的コンプレックスには触れないという約束を取り付けて……




嫌いなものは無理に食べる必要は無いと思うんですけどね……


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テスト前・コトミの憂鬱

コトミの運命は……


 HRで担任から聞かされた単語に、私のテンションは大幅に下がった。周りを見れば、テンションが下がっているのは私だけではないと分かるが、ここまで下がってる人はそうそういないだろう。

 

「コトミ、あんた大丈夫?」

 

「あっ、マキ……私はもう駄目かもしれない……」

 

「次の定期試験、津田先輩に手伝ってもらえないんだっけ?」

 

「そうなんだよね……」

 

 

 いい加減タカ兄離れしなければいけない、と言う事で、お母さんが次の定期試験でタカ兄の力を借りる事を禁じたのだ。

 

「なら、自力で勉強するしかないんでしょ? こんなところで油売ってていいの?」

 

「家に帰っても勉強する気にならないし……」

 

「なら、図書室で勉強したら? トッキーも一緒にさ」

 

「そうだな……私も色々とマズいし、マキに教えてもらうか」

 

 

 タカ兄と比べるとあれだけど、マキも十分成績上位者だし、赤点回避くらいは出来るかもしれない。私はそう思い図書室に向かう事にした。

 

「でもさ、コトミが津田先輩から離れられるとは思えないんだけど。勉強だけじゃなくって、家事とか全部津田先輩にやってもらってるんでしょ?」

 

「私がやるよりタカ兄がやった方が正確だし、仕上がりも綺麗だからね」

 

 

 洗濯にしても掃除にしても、料理にしてもそうだ。私がやるよりもタカ兄がやった方が早いし、綺麗になるし、そして美味しいのだ。

 

「兄貴ってバイトしてるんだよな?」

 

「うん」

 

「それでよくお前の相手を出来るよな」

 

「時間が無いと言いながらも、最後には手伝ってくれてたからね」

 

 

 甘えすぎだと私も思ってはいたが、まさかいきなり手伝い無しで試験に臨めと言われるとは思ってなかった。たまに家に帰って来て、そのタイミングで定期試験が行われるとは……私もついていない。

 

「ん? コトミちゃんじゃない」

 

「あっ、轟先輩。こんにちは」

 

「さっき津田君たちも来てたけど、待ち合わせ?」

 

「えっ、タカ兄来てるんですか?」

 

 

 今回に至っては全くの偶然なので、私はついつい大声を出して驚いてしまった。私の声に反応して、全員がこっちを睨んできたので、私は無言で頭を下げ轟先輩と会話を続けた。

 

「今日は特に待ち合わせとかじゃないです。でも、タカ兄も図書室に来てるんですね」

 

「スズちゃんと一緒に勉強じゃない? さっき英稜の生徒会の人も来てたから」

 

「そうなんですか」

 

 

 普段は部外者の立ち入りに厳しい場所だけども、何故かテスト前には寛容になるんだよね。なんでだろう。

 

「コトミ、早く席取らないと」

 

「おっと。それじゃあ、轟先輩」

 

 

 先輩に挨拶して、私たちも勉強するために席を確保する事にした。

 

「何でタカ兄たちの隣しか空いてなかったんだろう……」

 

「文句言わないの。それじゃあ、勉強を始めましょう」

 

 

 座りたくても座れない人が大勢いたであろう席に、私たちはすんなりと座った。まぁ、私は妹だし、トッキーとマキも面識あるからね。タカ兄だけじゃなく生徒会の先輩たち、英稜の二人とも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君たちと一緒に桜才学園の図書室で試験勉強をしているのだけど、これがまた落ち着かない。だってすぐ隣でタカ君が真剣な表情をしているのだもの。お股が濡れてきてしまうのも無理はないだろう。

 

「シノっちたちはいつもこんなタカ君の表情を見てるのですか?」

 

「何時もは見えないところで仕事を片付けているから、ここまで真剣なタカトシの表情を見るのは久しぶりだ」

 

「あんな目で見られたら、って想像しちゃうよね~」

 

 

 学年トップタイの成績とはいえ、タカ君もスズポンもテスト前の勉強は欠かさないようね。まぁ、私もこうやって勉強してるのだけど、どうしても集中力が続かないのだ。

 

「サクラちゃんも凄い集中力だね~」

 

「サクラっちはいつも生徒会で集中してますから」

 

 

 その理由として、私が真面目にやらないからという原因があげられるが、私だっていつもふざけているわけではないですからね。

 

「二年生トリオは凄い集中力だが、一年生トリオはどうした」

 

「うへぇ……シノ会長、全然分かりません」

 

「コトミがここまで理解力が低いとは思ってませんでした……」

 

「私とコトミを合わせて面倒見てた兄貴の凄さが分かった気がする……」

 

 

 いつもタカ君に勉強を見てもらっているというコトミちゃんとトッキーは、今にも死にそうな顔で問題を解いている。が、その進行速度はかなりゆっくりだ。

 

「何故コトミはタカトシに教わらんのだ?」

 

「お母さんに禁止されたんです。何時までもタカ兄の世話になってないで、たまには自力で頑張れって」

 

「でも、八月一日さんに教わってたら自力って言わないんじゃないのかな~?」

 

「お母さんは『タカ兄に頼るな』としか言ってませんから」

 

 

 なんとなくズルのような気もしますが、勉強する事には変わりないのでいいのでしょうね。

 

「さて、それでは私たちも勉強を再開するとしよう」

 

「今回こそはシノちゃんに勝てるように頑張るよ~」

 

「私も、学校は違いますが、シノっちやアリアっちに負けないように頑張りましょう」

 

 

 生徒会長としての面目を保てるような点数を取れるように頑張らなくては。シノっちやアリアっちは私より次元が高い争いをしているので、せめて大幅に離されない程度の結果を残せるよう、少しでも勉強しておかなくてはいけませんからね。




原作ではタカトシが勉強捗らないって言ってましたけどね……


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補習に向けて

遂にこの時が……


 定期試験の結果、私はトッキーと仲良く補習を受ける事になった。

 

「何やってるのよ、コトミもトッキーも……」

 

「仕方ないじゃん! 今回はタカ兄に頼っちゃいけないって言われてたし、シノ会長たちだと途中で脱線しちゃうしで大変だったんだから」

 

「普通に自制心が足りなかっただけだろ……あと実力も……」

 

 

 トッキーの冷静なツッコミに、私は肩を落とした。確かにトッキーの言う通りで、脱線しても私の自制心が強ければ止められたかもしれないし、普通に勉強が出来れば、このような苦しみを味わう事も無かっただろうしね。

 

「それで、どうするの?」

 

「どうするって?」

 

「補習だよ。これ合格出来ないと夏季補習に王手なんでしょ?」

 

「……忘れてたことを思い出させないでよ」

 

 

 この補習で合格点を取らないと、期末考査次第で無条件で夏季補習に参加しなければならないのだ。そんなことになれば、お母さんに怒られ塾に通わされる事になりかねない……

 

「仕方ない……ここはやはりタカ兄に泣きつくしか」

 

「でも、協力してもらったらダメなんだろ?」

 

「それは定期試験の時だよ。補習の時は別問題。てか、タカ兄にしか頼れないんだよ、私たちは」

 

 

 マキは成績はいいけど、人に教えるのがあまり得意ではない。そして会長たちは別の事で盛り上がってしまうしで頼りにならないし……

 

「よし、生徒会室に行くぞ、トッキー!」

 

「何で私まで……」

 

「だって、トッキーだってタカ兄に教わらないと合格出来ないでしょ?」

 

「……否定出来ない自分が情けない」

 

 

 私はトッキーを引き連れて生徒会室に向かった。何故かマキもついてきたけど、まぁタカ兄に会いたいだけなんだろうな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事定期試験を終え、高総体に備えて話し合おうとしていたら、生徒会室の扉がいきなり開けられた。

 

「タカ兄、助けてー!」

 

「お前、ノックぐらいしろよな」

 

 

 入ってきたのがコトミだったので、俺はろくに取り合わなくてもいいかと思ったが、コトミの後に時さんと八月一日さんが続いたので、何事かと思い意識をコトミたちに向けた。

 

「それで、補習になったから助けてほしいと?」

 

「何で分かったの!? って、タカ兄ならそれくらい簡単か」

 

「今回は俺の力を借りずにテストを受けろと言われたんだろ?」

 

「うん。だから散々だった」

 

 

 こいつ、会長たちに教わってたような気もするが、良くそんなことを平然と言えるな……

 

「だから補習に向けて、タカ兄に勉強を見てもらいたいのですが」

 

「大人しく夏季補習と塾通いを受け入れろ」

 

「嫌だよ! 一度しかない高校生活を塾通いと補習で費やすのは愚の骨頂だと思わない!?」

 

「普段から碌な事してないだろ、お前は……」

 

「そう言う事なら、我々がまた手を貸してやらんことも無いがな!」

 

「週末は津田君の家にお泊りでコトミちゃんと時さんの勉強を見てあげよう!」

 

「えっ、私も?」

 

 

 何故か分からないが、週末に会長たちが泊まりに来ることになってしまった……てか、自力で何とかしようとは思わないのか、こいつは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風の噂で聞きつけてタカ君の家に遊びに来たら、やはりシノっちたちがコトミちゃんと時さんの勉強を見るためにお泊りする事になっていた。

 

「そう言う事なら、我々もお手伝いします! タカ君、お泊りする人間、二人追加ね」

 

「はぁ……まぁ構いませんが」

 

 

 そう言ってタカ君は家の事をテキパキと片づけていく。その一方で、私が強引に連れてきたサクラっちは困惑気味に立ち尽くしている。

 

「急用があると言われたから来たんですが、これが急用ですか?」

 

「当然です。シノっちやアリアっちたちだけタカ君の家にお泊りなど許せないですからね。まぁ、サクラっちは何度かタカ君とデートしたりキスしたりしてますから呼ばない方が良かったかもしれませんがね」

 

 

 何歩もリードされているサクラっちを呼んだのは、あくまでチャンスは公平にと言う事を分からせる為でもあるのだ。

 

「ところでシノっち、何故コトミちゃんと時さんの勉強を? 定期試験は終わったんですよね?」

 

「この二人は補習の後で再試なんだ。だから我々がそれに備えて勉強を見てやろうと言う事になった」

 

「タカトシ君に頼れないからって事なんだけど、カナちゃんは何処から聞いたの?」

 

「今月の桜才新聞を買い取った時に、畑さんからお聞きしました」

 

 

 今月のエッセイも、胸打ついい話でした。

 

「まだ買ってるんですか?」

 

「スズポンたちは校内紙だから気にならないかもしれないけど、学外の人間からしたら、タカ君のエッセイを読むのは大変なんだからね」

 

 

 噂では裏で取引されているらしいが、英稜は堂々と買い付ける事が出来ているので、まだマシなんですよね。

 

「そんなに気になるものじゃないと思うんですけど……あっ、これお茶です」

 

 

 家事をしながら私とサクラっちにお茶を出してくれたタカ君が、謙遜したセリフを吐いた。これは自己評価が低すぎると言われても仕方ありませんね。

 

「そんな事よりカナ、お前たちもコトミの勉強を見てくれるんだろ? なら早いところ手伝ってくれ」

 

「分かりました。サクラっち、タカ君の匂いを堪能してるところ悪いけど、早く手伝いに行きましょう」

 

「私は紅茶の香りを嗅いでいただけなんですけど……」

 

 

 シノっちたちにいわれのない非難をされたサクラっちが、私の冗談に補足を入れて納得させた。まぁ、タカ君が淹れてくれた紅茶の匂いを堪能してたんだけど、別に間違ってはいませんものね。




実力は申し分ないが、幾分脱線が多いからな、シノたちは……


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コトミ・トッキーの為の勉強会 その1

コトミは純粋に学力不足でしょうね……


 私とトッキーの為に、桜才学園生徒会メンバー及び英稜高校生徒会の二人が我が家にやって来た。

 

「本日は私とトッキーの為にお集まりいただき、感謝いたします」

 

「何だコトミ。随分と丁寧じゃないか」

 

「さすがに不甲斐なさを感じているのです」

 

 

 タカ兄に面倒を見てもらえなくなった途端に補習なのだから、どれだけ私の実力が不足しているかはっきりとしたのだ。シノ会長やアリア先輩には手伝ってもらったけど、どうしても脱線してしまうので元々成績の良い二人とは違い、私には勉強の時間が足りなかったのだ。

 

「それではさっそく勉強を教えようと思うのだが、効率を考えて、それぞれの得意分野を教える事にしよう。ちなみに私は数学だ」

 

「私も数学かな~」

 

「私も数学なのですが」

 

「あら? 私も数学が一番得意なのですが」

 

「私も数学……」

 

 

 なんと五人とも得意科目が数学と言う事で、いきなり問題が発生してしまった。

 

「ちょっと待っていろ。誰が一番かテストして決めるから」

 

「いきなり躓いてるな……」

 

「あっ、タカ兄」

 

 

 買い出しに出かけていたタカ兄が帰ってきた途端、五人が一斉に振り返った。

 

「お邪魔しているぞ」

 

「すみませんね、コトミの為に」

 

「気にしないで~。可愛い後輩の為だもん」

 

「報酬として、タカ君の美味しい料理が食べたいです」

 

「まぁ、それくらいならいくらでも。それで、結局誰がどの教科を担当するか決めるんですか? それとも二手に分かれてコトミと時さんに教えるんですか?」

 

 

 タカ兄が来た途端にまとまりを見せる先輩たちに、トッキーが呆れたような視線を向けていた。声に出さなかったのは、お世話になるからだろうか。

 

「それじゃあコトミの担当はシノ先輩、アリア先輩、スズの三人。時さんは俺とカナさんとサクラさんが担当します。と言っても、俺は家事だったりをしてるので片手間ですがね」

 

「何でタカ兄は私じゃないの!?」

 

「お前、俺に甘えるなと言われたばっかだろ?」

 

「そうでした……」

 

 

 家事とかはまだまだ甘えるしかないけど、せめて勉強くらいはとお母さんに言われたんだった……だから補習になったんだけどね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんが部屋の掃除をしたり、洗濯をしたりしている間に、私たちは時さんの勉強を見ていた。

 

「トッキーさん、そこ違いますよ」

 

 

 いつの間にかカナ会長は時さんの事を愛称で呼んでいたりしますが、基本的には問題なく勉強は進んでいます。一方のコトミさんは、先ほどから泣きそうになりながら勉強を進めている様子……いったい何があったというのでしょうか?

 

「何で一緒にふざけてたシノ会長たちはトップクラスで、私は補習なんですか!」

 

「それは普段から会長たちが勉強してるからよ」

 

「……はい、大人しく勉強します」

 

 

 萩村さんに正論を言われ、コトミさんは大人しく勉強を再開しました。

 

「それにしても、トッキーさんは普通に勉強出来ているのに、どうして補習なのでしょうか?」

 

「トッキーはドジっ子だからな! 解答欄をズラしたりして点数を落としているんだろう!」

 

「それに、今回はタカトシ君の援護を受けられなかったから、付け焼刃も効かなかったんじゃない?」

 

 

 同級生の子に勉強を見てもらってた気もしますが、やはりタカトシさんと勉強したときとでは効率が違うのでしょうね。

 

「ほら、また間違ってるわよ」

 

「うわーん! シノ会長、助けてください」

 

「そんなこと言われてもな。我々もお前に勉強させるために来てる訳だし」

 

「逃げればその分お小遣いと自由時間が減っちゃうんじゃない?」

 

「頑張ります……」

 

 

 七条さんの脅しに屈したのか、コトミさんも黙々と勉強を続ける事にした。それにしても、本当にタカトシさんと血がつながっているのかと疑いたくなるくらい、中身が正反対な兄妹ですね……方や真面目で片や不真面目……まぁ見た目が似てるので、間違いなく血縁なんでしょうけどもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正午になり、いったん休憩と言う事で、私たちは兄貴が用意してくれた昼食を摂ることにした。

 

「昼はオムライスか」

 

「卵が安かったんで」

 

「タカ兄のオムライスは絶品ですよ~」

 

 

 昼飯と言う事で、コトミのテンションが回復しているが、さっきまで死にそうだった奴と同一人物とは思えない変わりっぷりだな……

 

「サラダもちゃんと食べろよ」

 

「分かってるって」

 

「それにしても、この人数分を用意するのは大変じゃなかったですか?」

 

「もう慣れてきましたので大丈夫です」

 

「申し訳ないです……」

 

 

 兄貴がこの人数の食事を用意するのに慣れてきた原因の一端は、間違いなく私だ。私が夏休みや冬休みの宿題を忘れてたり、テスト前にこの家に泊まって勉強会を開いたりで、結構な人数がこの家に泊まったりする。その時食事を用意してくれているのが兄貴なのだ。

 

「別に時さんが謝る事じゃないよ。それより、午後も勉強しなきゃいけないんだから、しっかりと栄養補給しておいてね」

 

「はい」

 

「おや~、トッキーもタカ兄には素直なんだね」

 

「ウルセェ! てか、お前は何でそんなに元気なんだよ」

 

「タカ兄の愛の詰まった料理のお陰で、私は体力を回復出来るのだ!」

 

「RPGのやり過ぎだ。馬鹿な事言ってないで、午後は真面目にやれよな」

 

「午後はって何さ! 午前もしっかり勉強したもん!」

 

「なら、即席でテスト作ってやるからやってみるか?」

 

「……午後は文句言わずに勉強する所存であります」

 

「よろしい」

 

 

 兄貴に反論しても敵うはずもないのに、こいつは本当に懲りないな……




トッキーならありえるだろうな……


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コトミ・トッキーの為の勉強会 その2

なんだかんだで優しいタカトシ


 午後も勉強を続け、コトミとトッキーは死にそうになりながらも問題を解き続けた。

 

「ふぇ~……もう死にそうだよ……」

 

「今回だけはコトミに同意だぜ……」

 

「情けないぞ、二人とも!」

 

「そうですよ。勉強は明日も行うんですから」

 

 

 二人の追試は明後日の月曜日。つまり、明日の日曜日もみっちりと勉強する事が出来るのだ。

 

「今日これだけ勉強したんですから、明日はしなくてもいいんじゃないですか~?」

 

「なら、このテストで七十点以上取れたら明日は休んでいいぞ」

 

 

 いつの間に作ったのかというツッコミを入れたくなるほど用意が良いタカトシだったが、こいつの事だから最初から用意していたのではないかと思ってしまうのが不思議だ。

 

「えぇ~! これだけ疲れ果てている妹相手に、よくテストなんて用意できたね」

 

「別に解かなくてもいいぞ? その代わり、再試で赤点なんてなったら容赦しないからな」

 

「何してるの、トッキー! 急いで問題を解かないと!」

 

「……お前、ホント兄貴に勝てないよな」

 

 

 トッキーのツッコミにコトミは反応しなかった。それもそのはずで、コトミは既に集中してテストを受け始めていたのだった。

 トッキーもコトミの姿を確認してテストを解き始め、タカトシが時計を見ながら二人の答案に視線を向ける。

 

「そのペースなら、三十分もあれば終わるな。夕飯の支度をしますので、監督はお願いします」

 

「任せろ!」

 

「あっ、私も手伝いますよ」

 

「いえいえ、サクラさんは休んでてください。他の皆さんも、今日はゆっくりしてくださいね」

 

 

 そう言い残して、タカトシはキッチンへと消えていく。私たちに手伝う事を禁じたのは、情けない妹の所為で我々の時間を奪ってしまったとでも思っていたのだろうか……なら、勘違いだと教えてあげたい。

 

「シノちゃん、今はタカトシ君に近づかない方が良いわよ」

 

「そうですよ、シノっち。任された以上、しっかりと監督しなければいけませんから」

 

「そうだな。それに、私の勘違いかもしれないからな」

 

 

 タカトシが私たちに気を遣ったのかは分からなかったが、まぁタカトシの手伝いをしようとしても、自信を失くすだけだからな……

 

「残り十五分」

 

「タカトシさんの計算通りに進んでますね」

 

 

 萩村と森がコトミとトッキーの答案を覗き込み、このままのペースで行けば三十分も必要無く終わるだろうと確認し、タカトシの凄さを再確認していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 料理を作り終えでリビングに戻ると、何故か泣きそうなコトミと時さんがこちらに駆け寄ってきた。

 

「何だ? 六十五点だったのか?」

 

「何で分かったの!?」

 

「もっと低い点だったら絶望してただろうし、合格点以上だったらそんな表情はしないだろ?」

 

「……さすが、長年コイツの兄貴をしてきただけありますね」

 

「不本意だけどね」

 

 

 時さんの様子から察するに、彼女はしっかりと七十点以上取れたようだな。落ち着いて解答すれば、時さんは学年上位を狙えるポテンシャルは持ってるからな。

 

「タカ兄、明日は手加減してもらえないかな?」

 

「……元々あのテストは、六十点以上取れれば再試に合格出来るレベルで作ったんだ」

 

「えっ!? じゃあ何で七十点以上が合格なの!?」

 

「その方が確実だろ? お前だって塾通いは嫌だって言ってたんだし、もう少し頑張るんだな」

 

 

 コトミの横をすり抜けて、俺は料理を運んだ。

 

「さて、タカトシの部屋に泊まるヤツを決めるぞ!」

 

「あっ、やっぱり泊まるんですか……」

 

 

 勉強を教えるだけにしては荷物が多いと思ったが、やはりそんな腹積もりだったのか……まぁ、今回は世話になってる分文句も言えないが……

 

「コトミちゃんは自分の部屋、トッキーさんはリビングで決定ですし、コトミちゃんの部屋に二人、リビングに二人、タカ君の部屋に一人ですね」

 

「今回は公平を期すために、じゃんけんで決めようではないか! 勝った人間からこの選択肢の中から泊まりたい場所を選んでいくシステムだ!」

 

「つまり、最初に勝たないとタカトシ君の部屋には泊まれないって事ね!」

 

「圧倒的! 圧倒的にサクラっちが不利ですね」

 

「じゃんけん弱いですからね、私は……」

 

 

 サクラさんが自分の掌をじっと見つめる……いや、手を見てもじゃんけんは強くならないと思うんだけどな……

 

「ではいくぞ! 最初はグー!」

 

「「「「「じゃんけんぽん!」」」」」

 

 

 この時、まさか一回で俺の部屋に泊まる人が決まるとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 じゃんけんの結果、タカ兄の部屋に泊まる権利を手に入れたのはサクラ先輩だった。普段は最後まで負け残るサクラ先輩だが、今日だけは一人勝ちをしたのだ。

 

「やっぱり欲が出ると負けるんですかね、シノ会長?」

 

「そんなの知らん。とにかく、コトミは教科書のここからここまでを終わらせなければ寝られないと思え」

 

「シノっち、最初から最後まではさすがに無理だと思いますよ」

 

 

 じゃんけんで負けたのがよほどショックだったのか、シノ会長はテスト範囲外まで私に勉強させようとする。てか、後半はまだ習ってないので解けないですよ。

 

「やはりサクラが数歩リードしてる感が否めないな……ましてアイツはタカトシとキスまでしてる事だし……」

 

「私の見立てでは、タカ君はサクラっちがお風呂に突撃してきてもやんわり注意するだけで済ませる感じですね」

 

「ちなみに、シノ会長やカナ会長が突撃したら?」

 

「即気絶でしょうね……私たちが」

 

「つまり、全裸の二人をタカ兄が視○するんですね!」

 

「……汚物を見るような目を向けられそうな予感しかしないのだが」

 

「……奇遇ですね、シノっち……私もです」

 

 

 二人の中のタカ兄って、そんなイメージなんだ……とりあえず、未来のお義姉ちゃん候補筆頭はサクラ先輩なんだな~。




じゃんけんもですが、くじも狙ってもいい結果には繋がらないですよね……


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シノの立ち位置

珍しくシノ視点オンリー


 何だか津田家にお泊りするときは、森がタカトシの部屋に泊まる率が高い気がするが、今回はじゃんけんだったからな……普段弱いヤツほど、こういう時に一人勝ちするんだなと思った……

 

「シノっち、そんな恨みがましくタカ君の部屋の方を睨みつけなくてもいいのでは?」

 

「カナは焦らないのか? タカトシと森は、二回もキスしてるんだぞ! タカトシも若干意識してる風だし、今夜二人が合体するかもしれないと思うと……教育的指導をするしかないだろ!」

 

「私は別に、NTR属性がありますので、それはそれでありだと思います」

 

「その前に、タカ兄もサクラ先輩も真面目ですから、シノ会長が考えてるようなことは起こらないと思いますよ」

 

 

 さっきまで机で死んでいたコトミも会話に加わってきたが、そんなことは私だって分かっている。タカトシも森も真面目で私たちのように思春期真っ盛りな考えをしていないと言う事くらいは。だが、理屈では分かっているが、万が一が起こるかもしれないと思ってしまうのも仕方ないのではないだろうか。

 

「私的には、サクラ先輩がお義姉さんでも全然かまいませんけどね~。タカ兄も結婚生活の大半をツッコミで費やしたくないでしょうし」

 

「私たちって、そんなにタカ君の時間を浪費させているのでしょうか?」

 

「カナ会長は会う時間がそう長くないので分かりませんが、シノ会長やアリア先輩は結構タカ兄の時間を浪費させていると思いますよ」

 

「そうだったのか……」

 

 

 私たちはタカトシの時間を無駄に奪っていたのか……

 

「つまり、シノ会長たちはボケる回数を減らせば、それなりに可能性は高まると思うんですよね」

 

「コトミちゃんは、勉強は苦手だけどこういった分析は得意そうですね」

 

「そりゃ、タカ兄の事を一番近くで見てきたのは私ですから!」

 

 

 確かに、学校では私たちの方がタカトシと過ごす時間が長いが、コトミは家に帰って来てからずっと一緒なのだ。タカトシがバイトに行っている間は兎も角として、休日や放課後、一番長くいられるのは妹のコトミだろう。

 

「コトミから見て、タカトシとサクラはどう思う?」

 

「はっきり言わせていただくならば、一番お似合いだと思いますよ。絵的にも美男美女ですし、纏ってる空気も似てますしね」

 

「ちなみに、コトミちゃんから見て二番目にお似合いだと思う相手は?」

 

「二番目ですかー……アリア先輩……いや、カナ会長? スズ先輩もなかなか……」

 

「おい、何故私の名前が出ないんだ!」

 

「どうしてもシノ会長とタカ兄だと、会長副会長のイメージが強いんですよね~」

 

 

 前に新聞部のアンケートでも、そんな意見が多数あったと、畑から聞かされたな……確かに会長と副会長の間柄ではあるが、男と女だぞ? 何故そっち方面で噂が立たないのだろうか……

 

「それで、結局二番目は誰なんですか?」

 

「僅差でアリア先輩ですかね。スズ先輩だと身長差がありますし、カナ会長は本気なのかどうか疑わしい部分も感じられますし」

 

「私だって本気ですよ? ただ、NTR属性が邪魔してるだけで」

 

「それがあるので、カナ会長は三番目ですかね」

 

「結局私は何番目なのだ?」

 

 

 コトミからの評価もこれほど低いとなると、私は大分出遅れているのだろう。

 

「隣にいてしっくりくるのは、シノ会長がダントツですけど、それイコールお似合いかと言われると……って感じですよね。正直言って、タカ兄とシノ会長がお付き合いしてる光景を想像出来ないんですよ」

 

「アリアやカナは出来るのに、私では出来ないというのか!?」

 

「出来ないわけじゃないんですけど……どうしても途中から備品の買い出しとか、そんな光景にすり替わっちゃうんですよ」

 

「私とタカトシは事務的な関係でしかないと?」

 

「シノ会長って積極的なのか消極的なのか分かりにくいんですよ。アリア先輩やカナ会長はぐいぐい行きますし、スズ先輩も最近はかなり積極的ですし、同級生の強みって言うんですかね? テスト前とか一緒に行動する理由が作りやすいですし」

 

 

 言われてみれば、確かにあの二人はテスト前になると行動を共にしてる感じがするな……一年の時はそんなことは思わなかったが、やはりタカトシが実力を伸ばしてきた事と関係があるのだろうな。

 

「その人たちと比べると、シノ会長は若干のアピール不足ですかね。せっかく萌え要素をいっぱい持っているのに、それを活かしきれていない気がします」

 

「確かにシノっちは『ツンデレ』『貧乳を気にしている』『生徒会長』という萌え要素を持ち合わせているのに、イマイチタカ君にはアピール出来てない気がしますね」

 

「イマイチ納得出来ないが、私はアピール不足だったのか……」

 

 

 別に近くにいられる事で満足していたわけではないが、確かに思い返せばアリアや萩村は積極的にアピールしている気がする……それが上手く行っているかどうかは別にしても、アピールしない事には異性として意識されなくて当然だったな。

 

「良し、明日からはもっとタカトシにアピールするぞ!」

 

「私的には、誰がお義姉さんになっても嬉しいですから、頑張ってくださいね」

 

 

 コトミに勉強を教えた代わりに、私はコトミから色々と学んだ気がする。まさかコトミがこんなに頼もしいと思う日が来るとは思ってなかったぞ。

 翌日、決意新たにリビングに降りていくと、キッチンで朝食の準備をするタカトシと、それを隣で手伝う森の姿があった。今はあの位置にふさわしいだけのアピールが出来ていないが、何時かあの位置に立ってみせる!




これが変な方向に行かない事を祈る……


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高総体のポスター

抱き枕カバーの裏表で決めるのは無いな……


 タカ君とサクラっちの作ってくれた朝ごはんを食べて、私たちは少しのんびりする事にした。食べてすぐ勉強しても頭に入りませんからね。

 

「シノっちは二人が調理してるところを見たんですよね? どう思いました?」

 

「悔しいが、今の私では太刀打ち出来ないと感じた。隣にいるのが自然過ぎて、二人が付き合っているという錯覚に陥ったくらいに、自然体で作業していた」

 

「シノちゃんもタカトシ君の隣にいる事自体は自然だと思うけどね」

 

「それが『異性として』ではなく、『会長・副会長として』なのが残念ですが」

 

 

 昨日コトミちゃんが言っていたように、シノっちとタカ君の関係は会長と副会長なのだ。異性として意識していないわけではないのだろうが、どうしてもタカ君はシノっちに対して会長に接する感じになってしまっているのだ。

 

「アリアっちは先輩後輩の域を抜けてませんしね」

 

「スズちゃんもクラスメイトって感じだもんね」

 

「……やはりサクラが数歩先を進んでる感じか」

 

「おやおや、三人ともお悩みですか?」

 

 

 私たちが揃ってため息を吐くと、コトミちゃんが話しかけてきました。

 

「コトミ、勉強はいいのか?」

 

「まだ食べたばっかですからね。それで、タカ兄とサクラ先輩の関係ですよね? この前より二人の距離は縮まってるように思えますね」

 

 

 そう言ってコトミちゃんが二人の方へ視線を向ける。確かにこの前よりも二人の距離が縮まっているようにも見えますね……

 

「このままだと、タカ君とサクラっちがお付き合いする事になってしまうかもしれませんね」

 

「肉体的距離も縮まってるし、もしかしたら昨日……」

 

「それは無いと思いますよ。タカ兄の部屋、イカ臭くなかったですし」

 

 

 いつの間に確認したのかは分かりませんが、妹のコトミちゃんが言うのだから間違いないでしょう。

 

「さて、そろそろ勉強を開始するか。昨日の段階で合格はギリギリだったんだから、今日は昨日の復習をしておけば問題ないだろう」

 

「さ、トッキーさんも始めますよ」

 

 

 いつまでも気にしてるわけにはいかないので、気持ちを切り替えて勉強を開始する事にしました。私たちが教えているすぐ傍で、タカ君は私たちの着ていた服や下着を洗濯し、顔色一つ変えずに干していたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄の力は借りずに、何とか補習に合格した私は、トッキーがいる柔道部に遊びに来ていた。

 

「トッキーも合格出来て良かったね」

 

「ほんとだよ。これ以上トッキーが部活に来なかったら、大会に間に合わないかと思ってたからさ」

 

「相変わらず部活中心の生活だよね、ムツミって」

 

 

 しばらく練習を見学していたら、生徒会のメンバーと畑先輩がやって来た。

 

「タカ兄、どうしたの?」

 

「高総体の広報ポスターのモデルをお願いしたいって、畑さんが」

 

「あれ? でもさっき恥ずかしいからって断ってた気が」

 

 

 三葉先輩が畑さんに頼まれてるのを偶然聞いて、そんなことを話してたように記憶してるんだけどな……

 

「だから生徒会に力添えをしてくれってさ」

 

「なるほど」

 

 

 確かにタカ兄に頼まれたら、三葉先輩なら断らないだろう。相変わらず策士ですね、畑先輩。

 

「では、さっそく試合をしてもらいましょう」

 

 

 いつの間にか話が進んでいたようで、三葉先輩とトッキーが本気で試合をすることになった。

 

「やっぱり柔道してるトッキーはかっこいいね、タカ兄」

 

「俺はあまり見た事ないが、確かに真剣な雰囲気は良いな」

 

「ところでタカ兄、補習も無事に終わったし、今度遊びに行っても良い?」

 

「追加の小遣いは無いからな」

 

「分かってます……」

 

 

 おねだりする前に断られてしまい、私はしょんぼりとしたままトッキーたちの試合を見学していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たくさん写真を撮り、生徒会の皆さんの手伝いもあって最後の二枚まで絞り込めたのですが、どちらも甲乙つけがたいのですよね……さて、どうやって決めましょうか。

 

「皆さんはどちらが良いと思います?」

 

「これだけある中から最後の二枚に選ばれただけあって、どちらも良いんだよな」

 

「コイントスで決めちゃう? 表が出たらこっちで、裏だったらこっち」

 

「ですが、コインなんて持ってませんよ? 財布は生徒会室ですし」

 

 

 困りましたね……コイントスはいい案だと思うのですが、肝心のコインが……あっ!

 

「抱き枕カバーの裏表で決まりませんかね?」

 

「何故コインは無く、そんなものがあるんだよ」

 

「試しに作ってみたんですよ。表は会長の制服バージョンで、裏は……」

 

「おい! 何故私がモデルなんだ! って、この絵はなんだ、けしからん!」

 

 

 会長に没収されてしまい、これでいよいよどうやって決めるかが難しくなってしまいました……

 

「てか、コインなら私持ってるけど」

 

「おお、さすがトッキーさん。ではさっそくトスをお願いします」

 

 

 柔道部にも参加してもらってたのですが、本人と言う事あってあまり積極的に写真選びに参加してくれませんでしたが、ここで役に立つとは。

 

「あっ……」

 

「まさかのドジっ子発動とは……」

 

 

 コインを取り損ねて、何処かに弾いてしまったトッキーさん……さて、何処に行きましたかね……

 

「ありました。もう一度トスしますね」

 

「お願いします」

 

 

 津田副会長がコインを見つけ、そのままトスを行いました。トッキーさんとは違い、津田副会長はしっかりとキャッチし、そしてどちらの写真を使うかが決定したのでした。




新聞部の活動が過激になって来てる……


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恋愛相談

本来ならウオミーの相談回なのですが、既に知り合って長いので変更しました


 タカトシがバイトで早めに帰った日、英稜の魚見さんが会長に相談があるとかでやって来た。何故かおまけに畑さんまで生徒会室にやって来たが、この人は何時もの事なので放っておくことにした。

 

「第一回、どうやったらもっとタカ君との絡みが増えるか会議~!」

 

「ドンドンパフパフ~!」

 

「……何ですかこれ?」

 

 

 てっきりお悩み相談かと思ってたから、この展開について行くことが出来なかった。

 

「なにって、スズポン。このままではタカ君の初めてはサクラっちのものになってしまいます。ただでさえ出遅れ感が半端ない私たちが、どうやったらタカ君ともっと仲良くなれるかを話し合う為に今日、私は桜才学園を訪れたのです! わざわざタカ君にシフトを代わってもらって!」

 

「それでいきなりバイトが入ったとか言ってたのね……」

 

「カナちゃんも必死ね」

 

「他人事のように言っているが、アリアも五十嵐や森に比べたら数歩遅れてるんだぞ?」

 

「そうだけど、私はあまりがっつくタイプじゃないしね~」

 

「やはり持ってるアリアは余裕なのか……」

 

「その理屈だと、魚見会長も余裕じゃなきゃおかしくないですかね~?」

 

 

 畑さんの視線が私と会長の胸元に向けられる。つまり、持っているという言葉の意味は、そう言う事なのだ。

 

「状況を整理すると、畑の調べによれば、タカトシが一番意識してるのは森だという」

 

「二回もキスしてますし、同じ境遇ということで話が合うのでしょうね」

 

「ちなみに、コトミの話でも、一番お似合いなのは森だそうだ」

 

「同級生で副会長、ツッコミポジションの三コンボだもんね~」

 

 

 七条先輩のセリフに、私は引っ掛かりを覚えた。その理屈でいうのなら、私だって同級生でツッコミポジションなのに、あまりタカトシに意識されている様子が無いからだ。

 

「サクラっちは出会ったのが一番最後だというのに、物凄いスタートダッシュを決めて、あっという間に見えなくなりましたからね」

 

「森副会長もそれなりの巨乳、やはり津田副会長はそこに惹かれたのでしょうか?」

 

「それが理由なのでしたら、アリアさんに惹かれない理由が分かりませんね。お金持ちのお嬢様で爆乳ですし」

 

「やはりアリアはボケが重いからな。それが足を引っ張っているのかもしれない」

 

「津田副会長がどう思っているのかはともかくとして、七条さんは現状四番手を魚見会長と争ってる感じですかね」

 

 

 何処で調べてるのかは分からないが、畑さんが調べたお似合いランキングで、私は三番目に位置している。

 

「前から不思議なのだが、何故そのランキングにコトミが入っているんだ? しかも、私より上に!」

 

「アブノーマル思考の方たちから、理想を現実にしてくれるかもしれない、という理由でランクインしています」

 

「確かに、コトミはタカトシの事を性的な目で見てるからな……」

 

「そういえば、シノちゃん。この前コトミちゃんにアドバイスを貰ったんでしょ? なんて言われたの~?」

 

 

 そんな事があったのか……私もコトミにアドバイスしてもらえれば、少しはタカトシの意識の中に入り込めるのかしら……

 

「大したことは言われていないが、私とタカトシはどうしても会長・副会長としか思われていないようだ。一緒にいて一番自然なのは私だが、それがイコールでお似合いとまではいかないらしい」

 

「確かに、生徒会の主従コンビですからね」

 

「タカ君にビシバシしごかれてるんですか? 羨ましいです」

 

「何故そんな感想が……」

 

 

 そもそも、会長とタカトシは主従じゃないんですけど……

 

「結論を申し上げますと、皆さんは下ネタを控えれば自然と意識されるくらい仲はよろしいと思うんですよね」

 

「私はそんなに言ってないだろ!?」

 

「いやいや、会長と七条さんは、我が校でも一、二を争う下ネタの多さです」

 

「え~? 私、そんなに言ってるかな~?」

 

「七条さんの場合、一発の重さが他の追随を許さない感じですからね」

 

「確かに、サクラちゃん、カエデちゃん、スズちゃんって上位三人は下ネタ言わないものね」

 

「五十嵐はムッツリな感じがするが、確かに下発言は少ないな」

 

 

 もう結構長い付き合いだけど、それが原因で怒られてるって自覚無かったとは思わなかったわ……散々怒られてたのに、控えなかった理由は自分が下発言をしてる自覚が無かったからなのか……

 

「横島先生のように、最初から異性として意識されていないならともかく、皆さんは津田副会長に異性だと認識はされています。ですから、下ネタを控え、それなりにアピールを繰り返せば十分巻き返しは可能だと思います」

 

「……ところで、何で畑さんはこのような相談に乗ってくれているんですか? はっきり言って、畑さんには関係ない事だと思うのですが」

 

「言われてみればそうだな……畑、また何か企んでいるのか?」

 

「いえいえ、そんなことはありませんよ。ただ、ちょっと他の皆さんにも頑張ってもらわないと、このまま英稜の森副会長で決まってしまいそうでしたので」

 

「つまり、畑さんはもっとドロドロした展開を希望してるってこと~?」

 

「はっきりいえば、そんな感じですかね~。リア充の末路をこの目で見てみたいってのもありますが、純粋に友人の恋の相談に乗ってみたかったというのもあります」

 

 

 珍しく畑さんが良い事を言ってる気がするわね……?

 

「そのメモは何ですか?」

 

「い、いえ!? 何でもないですが……」

 

「どれどれ……『生徒会室のイケナイ情事――鬼畜副会長の調教日記――』何だこれは?」

 

「ちょっとした小説を……」

 

 

 つまり、私たちの恋愛相談は、畑さんの中で歪に変換され、こういった官能小説のネタにされていたという事なのだろう……

 

「明日、タカトシに報告だな」

 

「そうね」

 

「とりあえず、メールしておきました」

 

「うわーん! せっかく完成しそうだったのに~!」

 

 

 こうして、第一回どうやったらもっとタカトシとの絡みが増えるのか会議は、グダグダで終わったのだった。でも、私以外の三人には収穫があったようで、これからどう出るのかが少し不安になってきた。




手助けしたいのか、それとも掻きまわしたいだけなのか……畑さんの存在っていったい……


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アリアの趣味

稽古事は多いですが、彼女の趣味って何だ?


 五月も終わり、衣替えを済ませたので、そろそろ新しい水着でも買いに行こうかな。

 

「シノちゃん、今度のお休み、お買い物に行かない?」

 

「ナイスタイミングだ、アリア! ちょうど新しい水着が欲しいなと思っていたところなのだ」

 

 

 新しいものを買う事は決めているのだが、色はどうしたものか……前と同じで赤でいくか、それとも別の色でいくか……

 

「白は膨張色で、他のより大きく見えるのよ。だから碁石も白の方が黒より小さく作られているの」

 

「そういえば、そんなこと聞いたことあるな」

 

「よし、色は白に決まりだな!」

 

「「えっ? 何の話ですか」」

 

 

 私たちの会話を聞いていなかったタカトシと萩村は、そろって首を傾げた。

 

「こちらの話だ。しかし、助かったぞ」

 

「はぁ……」

 

「ところで、アリア先輩は手相の本なんて見て何をするつもりですか?」

 

「私ってあまり趣味が無いから、手相でも勉強しようかなって。タカトシ君、手相見せてくれる?」

 

 

 そう言ってアリアがタカトシの手を取り、じっくりとタカトシの手相を見始める。

 

「先輩、私のも見てもらえますか?」

 

「いいよ~」

 

 

 嫉妬したのかどうかは分からないが、萩村がアリアとタカトシの間に入って手を差し出した。

 

「スズちゃん、生命線長いね~」

 

「それは知能線です」

 

「あれ~?」

 

「ちなみに、生命線が短くても知能線が長ければ長寿でいられます」

 

「そうなんだ~」

 

「どっちが見てるんですか……」

 

 

 タカトシがツッコミを入れたように、これでは萩村がアリアの手相を見てるようじゃないか。

 

「七条先輩、そんな本何処から持ってきたんですか?」

 

「物置から出てきたんだ~。読んでみたら面白くって、それでかじってみたんだ~」

 

「そうなんですか」

 

 

 かじってみたか……

 

「タカトシ」

 

「何ですか?」

 

「『尺八をかじる』って言うと、妄想が膨らむな」

 

「何の話ですか?」

 

 

 そうだった、こいつは淫語に疎いんだったな……普通の男子高校生なら興奮したに違いないのに……

 

「それで、スズは何時まで手相の説明をしてるんだ?」

 

「思ってたより七条先輩が本気だったから」

 

「スズちゃんに教わったから、もっとちゃんと勉強しようと思ったんだ~」

 

「そうですか。頑張ってくださいね」

 

「うん! もう少し上達したら、また見せてね」

 

「お願いします」

 

 

 アリアが上達したら、私も見てもらおうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ高総体と言う事で、私は応援も兼ねて柔道部を訪れていた。

 

「スズちゃん、いらっしゃい」

 

「かなり気合が入ってるわね」

 

「英稜の柔道部がかなり強いみたいだから、こっちも負けてられないんだ~」

 

「そうなんだ。頑張ってね」

 

「うん! 当日も応援、お願いね」

 

 

 ムツミたちを激励して、私は生徒会室へと向かう事にした。

 

「あれ、会長とタカトシだ」

 

 

 生徒会室に向かう途中で、私は会長とタカトシの姿を見つけ、咄嗟に隠れてしまった。

 

「(何で隠れてるんだろう、私……別に会長とタカトシは付き合ってるわけじゃないんだから、気を遣う必要は無いじゃない)」

 

 

 そう決心して私は二人に声を掛けようとした。

 

「あっ、生徒会の皆さん。何時もご苦労様でーす!」

 

「コトミ、目上の人に対しては『お疲れ様』よ。『ご苦労様』は失礼に当たるわよ」

 

 

 もっと言うのであれば、目上の人を労う事自体失礼なんだけどね。

 

「へー……下界ではそうなんですね」

 

「あんたも生粋の下界人だろ」

 

 

 コトミに注意しながら、私はしれっと二人に合流して生徒会室へやって来た。

 

「いよいよ来週から高総体が始まるな」

 

「今回も柔道部に期待だね~」

 

 

 会長と七条先輩が話してる柔道部から聞いた情報を、私は二人に教えてあげる事にした。

 

「それがですね、英稜の柔道部もかなり力を入れているようでして、ムツミたちもかなり苦戦するかもしれないとの情報が」

 

「そうなのか? まぁ、三葉たちもかなり研究されているんだろうな」

 

「そのようですね。まぁ、ムツミなら研究されても勝てそうですけどね」

 

「応援する側が油断してちゃ駄目なんじゃないか?」

 

「そうね。さっきも激励してきたんだから、私たちもムツミならって考えは捨てましょう」

 

 

 タカトシにツッコまれて、私はムツミに対する期待を高める事にした。

 

「ところで、さっきなんで隠れてたの?」

 

「特に意味は無かったけど、なんとなく話しかけにくかったのよ」

 

「そんなことあるの?」

 

「あんたと他の女子がいる所に遭遇すると、そう感じる事があるってだけよ」

 

「ふーん……」

 

 

 なんとなく疑われてる気もするけど、タカトシはそれ以上ツッコミを入れて来る事は無く、そのまま書類に集中していた。

 

「萩村、この領収書の整理を頼む」

 

「分かりました」

 

 

 会長から領収書を受け取り、私は自分の仕事をすることにした。

 

「高総体には我々生徒会も応援に参加するから、溜まっている仕事は今のうちに終わらせるぞ」

 

「おー!」

 

「気合いを入れるのは良いですけど、会長とアリア先輩も仕事してください」

 

「おぉ、すまんな。えっと、これは私が処理する書類だな」

 

「それじゃあ私はお茶を淹れるね~」

 

 

 七条先輩、それは仕事じゃないと思うんですけど……まぁ、七条先輩が淹れてくれたお茶は美味しいから、別に良いかな。




明晰夢でタカトシを開発……は趣味じゃないだろうし


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高総体 一日目

 いよいよ始まった高総体、その初日。我々桜才学園生徒会メンバーはソフトボール部の応援にやって来た。

 

「今日は暑いな」

 

「そうですか? まぁ、若干湿度が高いので暑く感じるのかもしれませんね」

 

「タカトシは感じないのか?」

 

「ええ」

 

「そうか……じゃあ、私が重ね着をしてるからだろうか――」

 

「それじゃあ暑く感じても仕方ないですね」

 

「ブラを」

 

 

 私が重ねているものを告げると、タカトシは私に呆れた視線を向けてきた。これは下ネタじゃなく事実だから問題ないよな?

 

「それにしても、初戦の相手が英稜高校とはね」

 

「何かと縁があるよな」

 

 

 私とタカトシの間に入ってきた萩村が、初戦の話を始めると、タカトシもそちらに加わった。

 

「こんにちは、タカ君。そしてその他大勢の皆さん」

 

「会長、それじゃあ失礼ですよ……」

 

「カナ! その他大勢とは何だ! 私たちはちゃんと名前があるぞ!」

 

「会長、なに言ってるのか不明ですよ……」

 

 

 カナには森がツッコミを入れ、私には萩村がツッコミを入れた。

 

「今日は敵同士ですし、馴れ合いは不要です」

 

「そうだな! 試合が終わるまで、我々は敵同士だ!」

 

「今日は舐めあいだ!!」

 

「その表現、誤解されそうだぞ」

 

 

 カナの表現が卑猥に感じたのは、きっと私だけではないはずだ。

 

「ところで、今日は魚見さんは参加しないのですか?」

 

「この間は選手が急用で来れなかったから臨時で出ただけです。私はソフトボール部ではありませんので」

 

「じゃあ、遠慮なく桜才を応援出来るね~。カナちゃんが出てたら、知り合いだし応援しようかとも思ってたけど」

 

「アリアっち、チアガールのコスがお似合いです。そのままプレイにも使えそうですね」

 

「ありがと~」

 

「今のは褒め言葉だったのか?」

 

「私に聞かないでよ……」

 

 

 タカトシと萩村、そして森も今の会話をどうやって受け取るべきかで悩んでいる。まぁ、結局は特に意識しないで終わったようだが……

 

「一応確認しますが、七条先輩」

 

「ん~?」

 

「ちゃんと下、穿いてますよね?」

 

「ちゃんと穿いてるよ~、使い捨てスパッツ」

 

「使い捨て?」

 

 

 私もそんなスパッツは初めて聞いたな……新商品だろうか?

 

「使い終わったら破きながら脱ぐの」

 

「そんな使われ方は想定していませんよ」

 

 

 森にツッコまれて、アリアはスパッツは再利用出来るものだと知ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 敵同士とはいえ知り合いなので、私は桜才学園の皆さんと一緒に観戦する事にしました。もちろん、サクラっちも一緒です。

 

「ところでシノっち」

 

「何だ?」

 

「胸のあたりに不自然さを感じるのですが、パットでも入れてるのですか?」

 

「……ブラを重ね着してるだけだ」

 

「そうですか」

 

 

 シノっちの謎も解明したところで、私は試合に集中する事にしました。

 

「ファールボールだ!」

 

「ボールに注意しろ!」

 

 

 タカ君とシノっちの声に反応して、観客たちがボールの行方に集中しました。その先には――

 

「z」

 

「おや、萩村が寝てるな……」

 

「タカ君が担ぎ上げましたね……」

 

 

――お昼寝中のスズポンがいて、そのスズポンをタカ君が担ぎ上げて運んでいきました。

 

「お昼寝してる幼女を誘拐した図、には見えませんね……」

 

「タカトシはペドでもロリでもないからな」

 

「タカトシ君は真面目だしね~。英稜高校でもタカトシ君は有名人みたいだし、おかしな想像をする人はい無さそうだね」

 

 

 アリアっちの言っている事は全くその通りなのですが、逆にアリアっちの姿を見ておかしな妄想をしてる男子は結構いるみたいですね。さっきから試合そっちのけでアリアっちのチアコスをガン見して、前かがみになってる男子が大勢いるようですし。

 

「萩村がおねむということは、結構な時間なのか? タカトシ、今何時だ?」

 

「えっと……あっ、電池切れてる」

 

「時計ならあそこにありますよ」

 

 

 タカトシの腕時計の電池が切れていたようで、森がフォローするように学校の時計を指差した。

 

「そろそろ試合も終わりそうだな」

 

「そうだね~。このままだと延長になりそうだけどね~」

 

 

 アリアがそう言ったタイミングで、英稜の選手がホームランを打った。これで二点差になった。

 

「これは厳しいな……」

 

「我が校は様々な部活に力を入れてますからね。特に、桜才学園には負けないようにと!」

 

「くそぅ!」

 

 

 カナの言葉通り、我が校のソフトボール部は研究されていたようで、一対三で敗れてしまった。

 

「残念でしたね」

 

「私、途中覚えてないんだけど……」

 

「スズちゃん、寝てたからね~」

 

 

 昼寝から覚めたのか、萩村が試合結果を見て残念がっていた。

 

「友人が出場していたので、なんて声を掛けるべきでしょうか……」

 

「これは勝負の世界だ。慰めは不要だと思うぞ」

 

「そうだよ~」

 

 

 私の意見に、アリアが同意を示してくれた。やはり、生徒会長としてたまには威厳を示しておかないとな。

 

「慰めは、個人でするものだよ」

 

「う~ん……」

 

「私が言ったのはそういう意味じゃないぞ?」

 

 

 コトミや畑に言われたからではないが、少しは自重しなければな……

 

「まぁ、今日は残念だったがまだ終わりじゃない! 明日も気合い入れて応援するぞ」

 

「そうですね。まだ高総体は始まったばかりですものね」

 

 

 萩村が予想以上に張り切っているが、私は別の意味でも張り切らなければな。この期間中に、少しでもタカトシに意識してもらえるように……




自分よく腕時計を放ったりぶつけたりするんですが……それって心理テスト的にどうなんでしょうね


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高総体 二日目

皆必死になって試合してるのに、相変わらずの人たち


 高総体二日目、今日も応援の為に集まろうって話だったんだけど、珍しくタカトシ君がまだ来てないんだよね。

 

「すみません、遅れました」

 

「珍しいな、何かあったのか?」

 

 

 シノちゃんも珍しいと思ってたようで、タカトシ君に遅刻の理由を尋ねた。

 

「コトミの奴が朝からコーヒーをぶちまけてフローリングの掃除や、汚した服の洗濯などをしてました」

 

「さすが、主夫だな……そういう事情なら仕方ないな」

 

「おまけに、人の携帯にもぶっかけてくれたようで、連絡も出来ず……申し訳ありません」

 

「それは、お前でも防ぎようがないだろう……」

 

 

 携帯も壊れちゃったのなら、連絡が無かったのも頷ける。いくらタカトシ君でも、私たちの番号を覚えてるわけじゃないものね。

 

「それで、そのコトミは?」

 

「置いてきました」

 

「待ってよ、タカ兄~!」

 

「……今来ました」

 

 

 駅から全力疾走だったのか、コトミちゃんは汗を大量に掻いているんだけど、それ以上のスピードで走ってきたはずのタカトシ君は、まったく汗を掻いてないように見えるんだよね~。

 

「タカ兄、やっぱり部活やった方が良いって。その脚、絶対活かすべきだって」

 

「お前が家事をやってくれるなら、部活に時間を割くことも出来たかもな」

 

「家事が出来ない妹で申し訳ありません……」

 

 

 タカトシ君の嫌味に、コトミちゃんは素直に頭を下げるしか出来ないのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんに頼まれて、私たちはテニス部の試合を写真に収めるべく奮闘した。

 

「まさかスズ先輩じゃ一人で試合風景を写真に撮れないとは」

 

「あんたに言われたくないわよ……朝からタカトシに多大なる迷惑をかけ、挙句に携帯まで破壊したんでしょ?」

 

「タカ兄のも私のも、両方壊れてしまいました」

 

 

 どんだけの勢いでコーヒーを溢したのかしら……

 

「そのせいでタカトシが今いないんだからね?」

 

「はい、まったくもってその通りです」

 

 

 壊れた携帯を修理に出すべく、タカトシは会長たちに許可を取って携帯ショップへと走って行った。元々高総体の応援は強制ではないので、無理に来なくても大丈夫なのだが、タカトシに応援されれば実力以上を発揮出来る子がいるかもしれない、という理由で我々生徒会メンバーが応援する形になったのだ。そのタカトシが不在になったのが原因なのか、桜才学園テニス部は初戦で大苦戦を強いられたのだった。

 

「ところで、修理代ってどっちが出すの?」

 

「本当なら私が出さなければいけないのは分かってるんですが……あいにくの懐事情でして……」

 

「ますますタカトシに頭が上がらなくなるんじゃない?」

 

「もう、下げた頭が一回転して元の高さに戻ってそうですけどね……」

 

 

 どうやら自分でも迷惑を掛けているということは分かっているようね……分かっていてなお改善されていないのは問題だけど、理解していないという状況ではないので、多少は改善の余地があるのだろうな……

 

「そう言えばさっき、スズ先輩の携帯が鳴ってましたけど」

 

「そうなの? 喧噪の中で良く聞こえたわね」

 

「そりゃ、スズ先輩に踏まれてたので、すぐ耳元で鳴ってましたから」

 

「人聞きの悪い言い方をするな!」

 

 

 私はただ、コトミに肩車してもらってただけなのだ。だって、周りの人たちが邪魔で、私一人の力では写真を撮る事が出来なかったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 携帯を修理に出し、代わりとなる携帯を受け取った俺は、急いで会場に戻ってきた。奇跡的にデータは生きていたので、それを移行してもらったお陰で連絡を取る事が出来、待ち合わせ場所を決める事が出来た。

 

「ほら、お前の」

 

「ありがとう、タカ兄。そして、ごめんなさい」

 

「修理代は後日小遣いから引いておくから」

 

「分割でお願いします……」

 

 

 情けないお願いだが、確かに一括で巻き上げるのも可哀想だな……この辺りが甘いと言われる理由なのだろうが、下手に小遣いを減らしておかしなバイトを始められるよりはマシだと考えているだけなんだけどな……

 

「それよりタカトシ、横島先生を見なかったか?」

 

「さっき見かけましたよ」

 

「それで、何処にいたんだ?」

 

「桜才の制服を着て他校の男子生徒を狙っていたので、着替えさせたうえで反省させるために帰しました」

 

「なるほど……道理で見かけなかったわけだ」

 

 

 あの人は何で教師を続けられているのかが不思議だよな……いい加減誰かが教育委員会に訴えた方が良いんじゃないだろうか。

 

「あれ? あの人、何か落としましたよ」

 

「エクステだね」

 

「エクステって、頭につける物だったんだ。道理で長い毛だと……お母さんに騙された」

 

「何してんだよ、ウチの家族は……」

 

 

 お母さんも、たまに帰って来てコトミにいらん事吹き込んでくなよな……

 

「コトミちゃんは生えていない事を気にしてるみたいだけど、天然物はマニアには堪らないんじゃない?」

 

「それはそうかもしれないんですけど、自分としては早く生えてほしいんですよね」

 

「生えてるとお手入れとか大変だから、私からすればコトミちゃんが羨ましいんだけどね~」

 

「アリア先輩の容姿で生えてなかったら、それこそマニア歓喜じゃないんですかね?」

 

「あまり阿呆な事言ってると、今すぐ修理代を徴収するからな。アリア先輩も、周りに人がいるんですから、いらん事話さんでください……」

 

 

 不純な気持ちで応援されても、選手だって嬉しくないだろうしな……




最後の一文に尽きる……


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高総体 三日目

コトミの厨ニは治るのだろうか……


 高総体三日目、今日は柔道の個人戦の応援にやって来た。我が桜才学園からは、三葉とトッキーが参加する事になっている。

 

「三葉は何をしているんだ?」

 

 

 先ほどから、正座をしてピクリとも動かないので、私は手近にいた柔道部員に尋ねた。確か、中里と言ったか……

 

「あれは精神統一をしているんですよ。ああやって心を落ち着かせているのです」

 

「そうなんだ~。あんなに長い時間正座出来るなんて凄いね~」

 

「アリア先輩は、お稽古事などで長時間正座する機会があるのでは?」

 

 

 タカトシの疑問に、私と萩村も頷いて同調する。アリアのお稽古事には、確か華道や茶道もあった気がするし。

 

「お稽古事の時は兎も角、普通の時に正座すると、踵がちょうど当たるからイケナイ気分になるんだよね」

 

「パンツを穿いてください」

 

 

 事務的にツッコミを入れ、タカトシはアリアから視線を逸らした。やはりタカトシは普通の男子高校生ではないな。目の前の美人な先輩がノーパンだと知って、あそこまで冷静に対処出来るとは。

 

「あら。時さん、その右足どうしたの?」

 

「あぁ、昨日の試合でちょっとな。まぁ大したこと無いんで」

 

 

 萩村がトッキーの足を心配していると、その背後からコトミが現れた。

 

「おや、トッキー。『静まれ、私の右足!!』とは斬新だね」

 

「………」

 

「放っておいていいですよ」

 

 

 厨二発言をしたコトミをどう扱おうか悩んでるトッキーに、タカトシが声を掛けた。さすがは、長年コトミの兄をやって来ただけの事はあるな。

 

「ところでタカトシ」

 

「何でしょう、シノ会長」

 

「前から思っていたのだが、君は何か部活はしないのか?」

 

 

 あれだけの運動神経だから、どの部活に入っても大活躍する事間違いなしだと思う。もちろん、生徒会を優先に考えてくれている事はありがたいが、もし兼任でもやる気があるなら、私はタカトシを生徒会に縛るつもりは無いのだ。

 

「今更ですよ。それに、部活に割ける時間がありませんし」

 

「生徒会の事なら気にするな。君がいなくても何とかする」

 

「いえ、生徒会の業務ではなく、ツッコミが……」

 

「何時もすまない……」

 

 

 私はボケようとは思っていない――いや、前まではわざとボケたりはしてたが、それほどまでにタカトシの時間を奪っていたとは……もっと反省して、少しでもタカトシの浪費していた時間を浮かせ、そしてゆくゆくは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の試合を、オール一本勝ちで決めた私は、お昼の為にスズちゃんたちと合流した。

 

「さすがムツミね。オール一本勝ちとは」

 

「へへ、頑張って練習してきたもんね」

 

「最早男子より強いんじゃない?」

 

「さすがのタカトシ君も、ムツミちゃんには勝てない?」

 

「どうでしょうね。リーチの差があるので、多少はまともに戦えるかとは思いますが……組んだら勝てそうに無いですね」

 

「(ひょっとして、か弱さが足りない?)」

 

 

 タカトシ君は十分強い人だけど、もしかしてタカトシ君はか弱い女の子が好みなのかな? そうなると、これまで猛者たちをオール一本で倒してきた私って、タカトシ君の好みから外れてるのかも……

 

「余計な事考えてるわね?」

 

 

 スズちゃんに睨まれ、私は慌てて両手を振って否定した。否定した所為で、何を考えていたか忘れちゃったけど、とにかくお昼にしよう。

 

「今日のお昼は、出島さん特性カツまみれ弁当です」

 

「こっちは俺から」

 

 

 七条先輩が持ってきてくれたお弁当も美味しそうだけど、タカトシ君の用意してくれたお弁当も美味しそう。

 

「これは、津田君が作ったの?」

 

「まぁ、一応は」

 

「へー。家事も出来るって噂は聞いてたけど、こりゃ女として危機を覚えるね」

 

「そう言いながら、中里さん全然気にしてる様子じゃないけど?」

 

「あっ、やっぱり分かる?」

 

 

 チリと楽しそうにお喋りしながら、タカトシ君はコトミちゃんに視線を向けた。

 

「コトミ、行儀が悪いから胡坐をかくなといつも言ってるだろ」

 

「良いじゃん別に。タカ兄だって胡坐座りなんだし」

 

「そういう問題じゃ……」

 

「ほうらよ。おんにゃのきょがあぎゅらは――」

 

「ムツミ。行儀悪いから食べるか喋るかのどっちかにしなさい」

 

 

 コトミちゃんに注意しようとしたら、私がスズちゃんに怒られちゃった。

 

「(もぐもぐ)」

 

「コミュニケーションを放棄したわね……」

 

 

 食べる事に専念した私に、スズちゃんがそんなツッコミを入れてきたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の順調に勝ち進み、ムツミちゃんとトッキーさんは優勝したよ~。

 

「強かったね~」

 

「さすが、我が桜才学園柔道部の主将と期待のホープだったな」

 

「しかし、今回は英稜学園の選手が怪我で出場辞退してましたし、次の大会は苦戦を強いられる可能性は十分にありますからね」

 

「萩村、事実かもしれんが、今は勝ったことを喜ぼうではないか」

 

 

 シノちゃんの言葉に、スズちゃんも軽く謝ってから勝利を喜びだしたみたい。やっぱり、勝った時はお祝いしなくちゃね。

 

「皆若いわね……私の涙なんてとっくの昔に枯れ果てたわ」

 

「あっ、横島先生……おられたのですね」

 

「ずっと隣にいたわよ! お昼の時だって、私いたんだけど!?」

 

 

 存在感が薄かった横島先生が必死にアピールしてるけど、シノちゃんたちはそれに取り合うことは無かった。とりあえず、無事に高総体が終わって良かったよ~。




存在感の薄い人が……ある意味濃いんですがね


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津田家のお弁当

もう九月も終わりですね


 今日も寝坊して遅刻かどうかギリギリの電車に乗り込んだ。タカ兄は校門で服装チェックがあるとかで私を起こすことなく出かけてしまったのだ。

 

「妹を置いていくとか、薄情な兄を持つと大変だよ」

 

「そんなこと言ってる場合? コトミが起きなかったせいで、私も遅刻ギリギリなんだからね」

 

「そんなこと言ってもさ~。タカ兄が起こしてくれなかったんだから」

 

「津田先輩が出かけるのって、大分早い時間なんでしょ? そんな時間に起こされたって、コトミの事だから二度寝するんじゃない?」

 

「……そう言えば私、タカ兄が何時に出かけたのか知らないや」

 

 

 いつも目が覚めてリビングに降りていくと、そこにはラップがされた朝ごはんと、綺麗に包まれたお弁当箱が置いてあるのだ。

 

「待って。今日は服装チェックで早く出てるから、津田先輩が出かけた時間が分からないんだよね?」

 

「いや……私が日直でもない限り、タカ兄が家にいる時間に起きたことがない」

 

「………」

 

 

 マキに呆れられたようで、私の事を可哀想なものを見るような目で眺めて来る。

 

「とにかく、駅に着いたらダッシュするしかないよ」

 

「何で一時間目が体育の日に、駅からダッシュしなければいけないのよ」

 

「文句言わないの。生徒会役員が門にいるって事は、時間になったら閉められちゃうんだから」

 

 

 普段なら予鈴の十分前など余裕で間に合う時間なのだが、服装チェックがある日はその時間には門が閉められてしまい、それ以降に登校した場合は遅刻扱いとなってしまうのだ。

 

「ほらマキ、ダッシュダッシュ!」

 

「私はコトミと違って体力バカじゃないのよ……」

 

「タカ兄に会えると思えば、マキだって頑張れるんじゃない?」

 

 

 発破をかけるためにタカ兄の名前を出したら、マキは物凄い勢いで駆け抜けて行ってしまった。

 

「冗談だったんだけどな……」

 

 

 見えなくなってしまったマキを追いかけて数分、私はようやく学校に到着した。

 

「せ、セーフ?」

 

「いや、アウトだ。津田コトミ、遅刻」

 

「そりゃないよ、タカ兄……」

 

 

 既に閉められた門の向こう側で淡々と告げるタカ兄に、私は上目遣いでお願いする。

 

「一生のお願い! これ以上遅刻の回数を重ねると内申に響いちゃうよ」

 

「なら、これからは生活態度を改めるんだな。日付が変わるまでゲームなんてしてないで、早く寝て早く起きろ」

 

「そんなこと言われても……ん? タカ兄、何で私が日付が変わるまでゲームしてるって知ってるの?」

 

 

 タカ兄は私が知らない間に起きているはず。だったら寝る時間も早いんじゃ……

 

「昨日は色々とやっててな。気づいたら日付が変わっていた。隣の部屋に人の気配は無く、リビングから灯りが漏れ出ていたからそう思っただけだ」

 

「御見それしました……」

 

 

 タカ兄も夜更かししてたのか……それであんなに美味しい朝ごはんと、私の分のお弁当まで……

 

「あぁ!!」

 

「どうかしたのか?」

 

 

 校内に入って行こうとしたタカ兄が足を止め、私の方に振り返る。

 

「お弁当、リビングのテーブルに置いてきたままだった……」

 

 

 遅刻ギリギリだったので、朝食もまともに食べる時間が無かった。慌てていたから、お弁当をちゃんと持ったかの確認も怠ってしまったのだ。

 

「小遣いがあるだろ。今日は食堂で済ませるんだな」

 

「実は……お金がありません」

 

 

 通学は定期だから問題なかったが、財布も忘れてしまってたのだ。まぁ、財布を持ってきてたとしても、お昼を買えるだけのお金は入ってたかどうか……

 

「春先にも似たようなことをしてたな、お前……」

 

「面目次第もありませぬ」

 

「はぁ……」

 

 

 そう言ってタカ兄は、自分のポケットから財布を取り出し、中身を確認してから私に問いかけてきた。

 

「弁当と食堂、どっちがいい」

 

「お弁当が良いです」

 

「分かった。昼休みに届けるから、とっとと職員室へ行け」

 

 

 それだけ言い残して、タカ兄は教室へ向かい、私はとぼとぼと職員室へ向かうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝はコトミを置いて行って私だけ遅刻を免れたので、なんとなく罪悪感を覚えたが、そもそもコトミが起きなかったのが原因だと気づき、途中からはその罪悪感はきれいさっぱりなくなっていた。

 

「それで、またお弁当忘れたの?」

 

「急いでたのはマキだって知ってるでしょ」

 

「お前ら、ギリギリだったもんな」

 

「トッキーは朝練で早かったもんね」

 

 

 三人で机をくっつけてお弁当を食べる。コトミのお弁当箱がいつものじゃなかったのを見て、私はまたコトミがお弁当を持ってくるのを忘れたのだと理解したのだ。

 

「津田先輩に迷惑かけっぱなしで、もし津田先輩が倒れたりしたらどうするのよ」

 

「大丈夫だって。タカ兄が倒れるなんてありえないから」

 

「お前が風邪ひかないのはなんとなくわかるが、兄貴なら風邪ひきそうだな。心労も絶えないだろうし……」

 

「タカ兄は健康体だからね。最近は風邪とは無縁の生活を送ってるよ」

 

「それでも、少しは津田先輩の苦労を減らすようにしなさいよ? そのお弁当を見れば、津田先輩がどれだけ健康に気を遣ってるか分かるんだからさ」

 

「何時も美味しいお弁当感謝だよ~」

 

 

 コトミは気にしてないようだが、津田先輩のお弁当は健康の事をしっかりと考えておかずを決めているように見える。彩だけではなく栄養も考えられた、こういっちゃ失礼だが、そこらへんのお母さんよりお母さんらしいお弁当だったのだ。




コトミがしっかりすれば、タカトシの負担も減るのに……


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臨海学校の下見

少しずつではあるが、進歩する二人


 来年から実施される臨海学校の下見として、生徒会が派遣された。本当は横島先生が担当だったのだが、イマイチ信用出来ないという理由から、我々生徒会役員+一名が付き添う事になったのだ。

 

「何で出張費の管理が津田なんだ? 元々私が下見を担当するはずだったのだから、私が管理するべきだと思うんだが」

 

「それだけタカトシが信頼されているのと同時に、横島先生が信用ならないからでは?」

 

「何をっ! っと思ったが、確かに津田の信頼度の高さは私以上だしな」

 

 

 その理由で納得しちゃうのはどうかと思うが、確かに横島先生に出張費を持たせたら、一日で酒代に消えていくだろうしな……

 

「そんな細かい事はいいじゃないですか。せっかくの旅行なんですから」

 

「当然のようにいるのね」

 

「タカ兄がいない家で私が一人だったら、あっという間に散らかっちゃいますから」

 

「分かってるなら改善しろよな……」

 

 

 開き直ったコトミにため息を吐きながら、横島先生に視線を向けた。

 

「とりあえず、先生が号令をかけてくださいよ」

 

「そうか? なら、楽しむのは構わないけど、羽目を外し過ぎないように」

 

「じゃあさっそく、タカ兄、写真撮ってよ」

 

 

 コトミに頼まれ、俺はカメラを四人に向ける。横島先生はのんびりすると写真を断ったのだ。

 

「シノちゃん、その位置のピースはおかしいんじゃない?」

 

「おっと……つい癖で……」

 

「どんな癖だよ……」

 

 

 最近は多少マシになってきたが、やはり会長は会長だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が横島先生を監視してくれてるお陰で、私たちは海で遊ぶことが出来る。

 

「下見とはいえ、海に来たなら楽しまなければな」

 

「今回は私たちだけだから、周りを気にする必要は無さそうね」

 

「だからと言って、羽目を外し過ぎるのは良くないですからね」

 

 

 生徒会の先輩たちが楽しんでるのに、タカ兄は一緒に遊ばなくていいのかな……あれ?

 

「シノ先輩、はみ出てますよ」

 

「おっと。スカートを穿いてて正解だったな」

 

「そういう問題ではないと思うのですが……」

 

 

 スズ先輩にツッコまれ、シノ先輩は慌てて下を直した。

 

「ところで三人方、タカ兄と何か進展ありましたか?」

 

「「「っ!」」

 

「何もなさそうですね」

 

 

 身体をビクッと跳ねさせただけで、私はタカ兄と何もなかったと理解した。最近はシノ先輩もアリア先輩も、下ネタを控えてるようで、タカ兄に突っ込まれる――おっと、ツッコまれる回数が減っている。

 

「スズ先輩も、タカ兄にツッコまれる回数が減ってますよね」

 

「私は元々ツッコまれる側じゃないわよ!」

 

「でも、身体的特徴を突かれるとキレますよね?」

 

「うぐっ」

 

「シノ先輩もですが、少し気にし過ぎだと思いますよ? 私だってまだ生えてないのが気になりますが、そこまで気にしてもしょうがないと思ってますし」

 

 

 天然物は好き嫌いがあるだろうし、その辺りは気になるけども、何時か生えると信じて待つしかないのだ。

 

「その点、アリア先輩は気にする箇所が無いですから羨ましいですけど」

 

「そんなことないよ~。私は逆に生えすぎの気がして心配なんだよね~。出島さんに相談しても、イマイチいいアドバイスがもらえなくて」

 

「アリアくらいが普通じゃないのか?」

 

「シノ先輩の方が生い茂ってますからね~」

 

「コトミ!」

 

 

 シノ先輩にツッコまれて、私は浜辺に逃げ出した。その後を会長とアリア先輩が追いかけてきたのだけど、何でアリア先輩まで追いかけてきたんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 浜辺で横島先生の監視をしているタカトシ君に、私は思い切ってお願いする事にした。

 

「ねぇ、タカトシ君。日焼け止めを塗ってくれないかな?」

 

「良いですよ」

 

 

 特に気にした様子もなくオイルを受け取ったタカトシ君だが、微妙に恥ずかしそうにしてるのは、私の体に興奮してくれてるって事かな?

 

「塗るのは構いませんが、ちょっと今更な気がしませんか? 既に海で遊んでたようですが」

 

「一応塗っておいたんだけど、背中にちゃんと塗れてない気がしてね。だからタカトシ君にお願いしようって」

 

「まぁ、そう言うことにしておきましょう」

 

 

 私の言い分に納得してないようだけど、タカトシ君はそれ以上追及してくることは無く、私はタカトシ君に背中を向けて寝転がった。

 

「うっかり触っても構わないよ?」

 

「しませんって」

 

 

 いきなりオイルを垂らすことはせず、タカトシ君はゆっくりと私の背中に日焼け止めを塗っていく。

 

「(タカトシ君に触られてるって思うと、思わず濡れてきちゃうな……でも、それを口に出すとまたタカトシ君に怒られちゃうし……)」

 

「別に怒ってませんが」

 

「っ!?」

 

 

 そう言えばタカトシ君は読心術が使えるんだっけ……じゃあ、心の裡にとどめただけじゃ意味がないのかしら。

 

「言葉にしないだけ進歩だと思いますが、一応男の前でそう言う事を思うのは止めた方が良いですよ」

 

「大丈夫、こんな事タカトシ君の前でしか思わないから」

 

「それもどうかと思いますが……一応俺も男なんですが」

 

「でも、他の男の子とは違うでしょ? 普通の子なら、こんな状況で勃たないわけないもの」

 

「……そういうところですって」

 

 

 結局呆れられちゃったけど、タカトシ君は最後まで日焼け止めを綺麗に塗ってくれた。

 

「お返しに私も塗ってあげようか?」

 

「いえ、自分で塗りましたから……コトミもついでに」

 

「さすがお兄ちゃんね」

 

 

 妹の事をしっかり面倒見てあげるなんて、やっぱりいいお兄ちゃんだよね、タカトシ君て。




横島先生は変わらないでしょうね……


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肝試しの下見

まだアリアのターン


 海で遊ぶだけ遊んだ私たちは、民宿に移動し、肝試しの下見までの時間を潰すことにした。

 

「スズ先輩、押し入れにお札がありますよ」

 

「触るなよ! 絶対に触るなよ!!」

 

「そう言われると触りたくなりますね~」

 

「止めとけ」

 

 

 タカ兄にツッコまれ、スズ先輩も本気で泣きそうになったので私は押入れのお札には触らないことにした。

 

「それにしても、当たり前のように俺も同じ部屋なんですね」

 

「わざわざ別の部屋にする必要も無いし、タカトシ君なら問題ないってみんな知ってるから」

 

「むしろ横島先生の方が危険だと思ってるくらいだからな」

 

「そうそう……ん? 何で私が危険なんだ!」

 

 

 シノ会長の言葉に頷きかけた横島先生だったが、自分の事を言われていると気づいてギャーギャーと騒ぎ出した。てか、自分が危険人物だって自覚無いんだ、あの人……

 

「タカ兄と横島先生は離れて寝てくださいね」

 

「てか、俺が離れればいいだけじゃないのか?」

 

「それじゃあ私たちの楽しみがなくなるでしょ!」

 

「あ、あぁ……すまん?」

 

 

 私の剣幕に圧されたタカ兄は、思わず謝ったのだったが、納得いかないようで首を傾げていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りも暗くなってきたので、いよいよ肝試しの下見に向かう事になった。

 

「会長、よいこは部屋で大人しくしている時間だと思います!」

 

「何を言う、萩村。少しくらい悪い子の方が女の魅力は上がるんだぞ」

 

「大多数が初耳ですね、そんなの」

 

 

 最近下ネタは控えているようだが、相変わらずわけのわからんことを言う人だな……

 

「とりあえず、この民宿から遊歩道を通って、近くの神社まで向かうぞ」

 

「案外普通ですね~。前みたいに誰かが脅かしたりしないんですか?」

 

「今回は学校行事の下見で来ているからな。そういうお遊びは個人的に来ている時だけだ」

 

 

 あっ、一応学校行事だって事は覚えてたんだ……さっきまではしゃいでたからてっきり忘れてたのかと思った。

 

「タカトシ君、少し暗いから手を握っていい?」

 

「はぁ……どうぞ」

 

 

 暗いとはいえ足下が見えない程ではないんだがな……まぁ、普段車移動が多いアリア先輩にとっては、これくらいの夜道でも慣れないものがあるのかもしれないな。

 

「風が涼しいですね」

 

「家の周りより緑が多いから、よりそう感じるな」

 

 

 シノ先輩やコトミ、横島先生は楽しそうに歩みを進める中、スズだけはビクビクしながら歩いている。

 

「シノ先輩、この鳴き声も風情があっていいですね」

 

「コトミもそう言う事が分かるようになってきたのか」

 

「はい。普段から皆さんに鍛えられてますから」

 

「そうなのか?」

 

 

 コトミが成長してるのは認めるが、そこまで胸を張る事でもないと思うんだよな……

 

「な、泣き声!? あーあ、私は聞こえなーい!」

 

「スズ、虫の鳴き声だから……」

 

 

 慌てふためくスズを見て、思わずツッコミを入れてしまった……ほんとこういうの苦手なんだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肝試しの下見中、ずっとタカトシ君と手を繋いでいた所為か、手が汗ばんでしまった。

 

「アリア先輩」

 

「ん~? どうしたの、コトミちゃん」

 

 

 握っていた手を眺めていたら、コトミちゃんに声を掛けられた。

 

「何だかいい雰囲気でしたよ」

 

「そうかな?」

 

「はい。アリア先輩は生徒会や英稜の人たちの中でも、特別美人ですし、タカ兄と一緒にいても大多数が諦めるくらいのオーラの持ち主ですから」

 

「オーラとかは分からないけど、コトミちゃんにそう言ってもらえると嬉しいな~」

 

 

 何せタカトシ君の実の妹なのだから、お兄ちゃんの隣に相応しい人への評価は相当厳しいものがあるのだろうしね。

 

「サクラ先輩とは違った雰囲気ですが、美男美女でお似合いですよ」

 

「ありがとー。でも、美人っていうならシノちゃんやカナちゃんもそうじゃない?」

 

「確かにお二人も美人だとは思いますが、シノ会長はまだ『会長・副会長』のイメージが強いですし、カナ会長はなんだか恋人というよりは兄妹みたいな感じがするんですよね」

 

「カナちゃんの方が年上なのに?」

 

「タカ兄のお姉ちゃんって、どんなイメージか分からないんですよ」

 

「あっ、なんとなくわかるかも」

 

 

 私も一つ上だけど、タカトシ君の方が年上っぽい雰囲気を持っていると思うんだよね。タカトシ君は落ち着いてるし、熟練の主夫だから高校生離れした雰囲気が板についている感じがするんだよね。

 

「とにかく、今までカエデ先輩やスズ先輩に後れを取っていた感じでしたが、今日見た限りではアリア先輩も負けてない感じですよ」

 

「カエデちゃんもタカトシ君だけは平気みたいだしね。でも、もしずっとそのままだとしたら、タカトシ君を譲ってあげた方が良いのかな? じゃないと、ずっと処女のままだし」

 

「恋愛は譲り合いの精神じゃ駄目なんですよ? アリア先輩だって、タカ兄と子作りしたいんですよね?」

 

「そりゃ、タカトシ君の赤ちゃんは欲しいけど……」

 

 

 最近我慢していた所為か、コトミちゃんの下ネタに少し恥ずかしさを覚えてしまった……このままだと、いずれノーパンも恥ずかしくなったりするのかな?

 

「まぁ、最終的に決めるのはタカ兄ですがね」

 

「コトミちゃんは? タカトシ君とそういう関係になりたいって言ってた気がするけど?」

 

「私がどう思おうが、タカ兄は私の事を妹としてしか見てくれませんからね」

 

 

 叶わぬ恋をしているのかと、一瞬涙が出そうになったけども、実際血の繋がった妹なんだから、それは仕方ないのかもね。




これが元に戻ったらタカトシの胃に最大級の負担が……


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夏祭り

引率の自覚無し……


 民宿の近くで夏祭りがあると聞きつけ、私たちはその祭りに出かける事にした。

 

「アリア、横島先生は?」

 

「部屋で一杯やってるって。だから私たちだけで行ってこいって」

 

「あの人は引率の自覚がないのか?」

 

 

 タカトシの言葉に、私たち一同は頷いてしまった。確かに引率なら、我々の行動に同行するのが筋で、部屋でイッパイ――否、一杯やってるなど愚の骨頂だと思ったのだった。

 

「お祭りを楽しむにあたり、我々は生徒会役員として、如何に文化祭に反映出来るかを目標に、生徒会目線でお祭りを観察するように」

 

「あくまでも学校行事の下見ですからね。コトミも、羽目を外し過ぎないようにな」

 

「分かってるって、タカ兄」

 

 

 タカトシがコトミに釘を刺しているのをみて、相変わらずこいつは信用されてないんだなと再認識したのだった。

 

「萩村、我々はあっちを見に行くぞ」

 

「えっ? 分かりました」

 

 

 さっきお風呂でアリアとじゃんけんをし、負けてしまったのでここはアリアにタカトシを譲り、私は萩村とお祭りを楽しむことにしよう。

 

「あっ、待ってくださいよシノ会長」

 

 

 私たちにコトミもついて来て、お祭りを観察し文化祭をさらに発展出来るようにと出店によって行く。

 

「(アリア、今回は譲るが、次は譲らないからな)」

 

 

 親友が後輩と発展するかもしれないと思うと少し胸の当たりがムズムズするが、今日は大人しくしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんがスズちゃんとコトミちゃんを引き受けてくれたお陰で、私はタカトシ君と二人きりになった。

 

「では、俺たちも見て回りましょうか」

 

「そ、そうね。タカトシ君、はぐれると大変だから手を繋いでおこうよ」

 

「はぁ……まぁ、確かにアリア先輩は絡まれる率が高いですしね」

 

 

 確かに、タカトシ君と二人きりになり、はぐれた途端に男の人に絡まれることが多い気がするんだよね……でも、私からすればタカトシ君も結構女の子に見られてるのに、何で声を掛けられないのか不思議だったりするんだよね……

 

「しかしまぁ、村祭りをどう文化祭につなげればいいんでしょうね?」

 

「シノちゃんは生徒会目線と言いつつも、お祭りを楽しみたいだけだと思うけどね」

 

「ありえそうですけどね。まぁ、引率教師があんな感じですから、多少羽目を外すくらいは大目に見なければいけないのでしょうけども」

 

 

 相変わらずタカトシ君は、横島先生より教師っぽいわよね。

 

「こういうふうに、アリア先輩と祭りを回るのは初めてですかね」

 

「そうだね~。何時もはシノちゃんやスズちゃんと一緒だもんね」

 

「スズは兎も角、シノ会長は少し目を離すとどこかに行ってしまいますからね」

 

「ふふ」

 

 

 タカトシ君にとって、シノちゃんもコトミちゃんも大して変わらないみたいね。

 

「おーい、タカ兄ー!」

 

「ん? コトミ、それに……会長? スズも……存分に祭りを楽しんできたようですね」

 

「生徒会目線じゃなかったの~?」

 

 

 合流したシノちゃんとスズちゃんの格好は、実にお祭りを楽しんできた様子がよく見て取れた。お面を被ったり、綿菓子を食べたり、ヨーヨーで遊んでみせたりと、タカトシ君が呆れたのも仕方ないくらいお祭りを楽しんできたようね。

 

「タカ兄、射的で勝負しようよ」

 

「勝負? お前、勝った事あったか?」

 

「ふっふっふ、今日は秘策があるから大丈夫だよ」

 

「秘策?」

 

 

 タカトシ君が首を傾げながらも、あまり驚いた様子が無いのは、コトミちゃんに負けるつもりは無いって現れなんだろうな。

 

「すみませーん! 六人分ください」

 

「六人? 五人だろ」

 

「まさか、見えない誰かが!?」

 

 

 スズちゃんが恐怖からタカトシ君の腰にしがみついたけど、もう一人分の意味はすぐに分かった。

 

「えい、えい」

 

「左外しまくってるな……」

 

 

 コトミちゃんは両手で弾を打ったけど、取れた景品は二つ。私とシノちゃん、スズちゃんは一個も取れなかった。

 

「さぁタカ兄、私の結果を超える事は――」

 

「止めてくれ! アンちゃん、一撃で景品を持ってかれたら商売あがったりなんだよ」

 

「すみませんね。ですが、こういうゲームですから」

 

 

 一回五発で景品を五個手に入れたタカトシ君に、コトミちゃんはあんぐりと口を開けて固まってしまった。

 

「皆さんでどうぞ」

 

「そうか、悪いな」

 

「アンタ、本当に隙が無いわね」

 

「さすがタカトシ君だよ~」

 

「くっ、敵の施しなど受けん!」

 

「なら、小遣いもいらないんだな?」

 

「なっ!? 卑怯だよ、タカ兄!」

 

 

 どうやら最近のコトミちゃんのお小遣いは、タカトシ君のバイト代から出てるみたいね。さらに逆らえなくなってる感じがするわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻り、我々も疲れたので寝る事にした。ちなみに、今回も横島先生は布団に簀巻きにされ部屋の隅に追いやられている。

 

「では、じゃんけんの結果、タカトシの隣には私が寝る事になった」

 

「シノちゃん、抜け駆けは駄目だよ?」

 

「間違ってタカ兄の布団に潜り込んだら、翌朝私たちで公開スパンキングショーですから」

 

「馬鹿な事言ってないで、早く寝ましょうよ……」

 

 

 どうやら萩村の活動限界が近づいてきたようで、既に舟をこぎ始めていた。

 

「では、お休み!」

 

 

 私の号令と共に電気を消し、全員布団に入る事になった。それにしても、タカトシの隣で寝るなんて緊張してきたな……

 

「起きてるか?」

 

「ええ」

 

「学校行事だったが、意外と楽しめた」

 

「全力で楽しんでたように見えましたがね」

 

「お前が締めてくれるから、私たちは遊んでいられるんだ。だから、ありがとうな」

 

「いえ、一人くらいしっかりしてないといけないのは分かってますし、それが副会長としての仕事だと思ってますから」

 

「そうか。これからもよろしく頼むな」

 

「もう少し真面目になってくれると助かりますがね」

 

「最近は下ネタを控えてるだろ?」

 

「それは当然です」

 

 

 タカトシにため息を吐かれてしまったが、最近は少し女性として見られるようになったのだろうか……アピールは出来てない気がするが、下ネタを控えるだけで多少はマシになったのだろうな。




何処が生徒会目線なんだ……


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夏休みの宿題

原作ではタカトシですが、ここではコトミで


 もはや夏休み恒例行事となりつつある、私とトッキーの夏休みの宿題を終わらせる会が今年もやってきた。参加メンバーは桜才生徒会メンバーとマキの四人、そして家主としてタカ兄が監督する形になっている。

 

「アンタたち、いい加減自分で終わらせようとか思わないの?」

 

「やろうとは思うんですけど、自分だけだとどうしても気が抜けちゃうんですよね~」

 

「コトミは、タカトシに監督してもらえば進むと思うんだが」

 

「タカ兄はいろいろと忙しいですし、それにタカ兄と部屋に二人きりだなんて、妄想が加速しちゃいますから」

 

「妄想もいいが、しっかりと宿題はやるべきだと思うぞ」

 

 

 最近、シノ会長やアリア先輩が私のボケに乗って来てくれないから、ちょっと寂しんだよね……まぁ、アドバイスした手前、「一緒に下ネタで盛り上がりましょう!」とは言えないからね。

 

「ところで、その肝心なタカトシは何処に行ったの?」

 

「タカ兄なら、お昼の買い出しに出かけましたよ、出島さんと一緒に」

 

 

 出張メイドとかで、今日はこの家に出島さんが来ているのだ。その出島さんと二人でお昼の買い出しに出かけたタカ兄だが、恐らくタカ兄が主で出島さんがメイドで、みたいな展開にはならないんだろうな……

 

「アリア」

 

「ん~? なーにシノちゃん」

 

「お前最近下ネタを言わなくなったが、何かあったのか?」

 

「そういうシノちゃんこそ、タカトシ君の前では大人しくなったけど、心境の変化でもあったの~?」

 

 

 互いに牽制しているのか、シノ会長とアリア先輩の間に激しい火花が散った、ように見えた。

 

「アンタはよそ見してないでさっさと宿題を進めなさい」

 

「マキは気にならないの? 美人の先輩が本気でタカ兄を落としにかかってるんだから」

 

「私はほら、最初から釣り合ってないし……」

 

 

 自分で言ってショックを受けたのか、マキのテンションがみるみる下がって行く。これは親友として何とかしなきゃ!

 

「マキだって十分美少女なんだから、諦めるのは早いと思うよ」

 

「お世辞は良いわよ……どうせ津田先輩から見れば、私はコトミの友達Aでしかないんだから……」

 

「自虐!? でも、この中ならマキが一番タカ兄との付き合いは長いんだし」

 

「高校に入るまで名前も忘れられてたけどね……」

 

「それは、その……タカ兄に言い寄る女子は多かったし、マキはアピールが足りなかったからだよ」

 

 

 その後も私の苦しい励ましは功を成すことは無く、時間だけが無為に過ぎて行ったのだった……マキ、もう少し自分に自信を持とうよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君と出島さんの合作のお昼ご飯を食べ、私たちも残っている宿題を片付けるために勉強を始める。ちなみに、タカトシ君とスズちゃんは既に終わらせているので、タカトシ君は家の事を、スズちゃんは暇を持て余してゴロゴロしている。

 

「シノちゃん、ここなんだけど――」

 

「ああ、そこはだな――」

 

「マキ~、全然わからないだけど」

 

「全くコトミは……」

 

 

 私たちが一生懸命宿題を片付ける傍で、出島さんは微妙に普段と違う恰好をしている。

 

「やはり、下半身裸エプロンは分かりにくかったですか?」

 

「気付いてはいますが、スルーしてるだけです」

 

「出島さんも、タカトシ君に怒られる前に止めた方が良いよ~?」

 

「タカトシ様に怒っていただけるのでしたら、私にとってはご褒美ですので」

 

「あらあら~」

 

 

 普段はS側の人だけども、出島さんもタカトシ君に対してはMなんだよね~。まぁ、タカトシ君相手にSでいられる女の子なんて、存在しないのかもしれないけど。

 

「しかし、こうして改めて考えると、私たちの次の代の生徒会も安泰だな」

 

「タカトシ君もスズちゃんも優秀だしね」

 

「その次は八月一日かな」

 

「ん~?」

 

「私の次の生徒会長がタカトシだから、その次は誰かと想像したんだ」

 

「確かに、マキちゃんは優秀だし、何より他に目ぼしい人がいないもんね~」

 

 

 成績上位者は他にもいるんだけど、残念ながら名前が無いからね。

 

「先輩方、無駄話で脱線しかかってますので、少し休憩にしたらどうでしょう?」

 

「そうだな……集中力が切れてしまったようだ」

 

「コトミや時さんも、少し休憩にしたらどうだ? 二人とも、大分頭から湯気が出てるぞ」

 

「はへぇ……今ならタカ兄に襲われても抵抗出来ないね~……」

 

「襲わねぇよ……ほら、お茶」

 

 

 タカトシ君が用意してくれたのは、濃いめに淹れたアッサムのミルクティーだった。疲れてるのを見透かされたのか、それともこれがタカトシ君のお気に入りなのかはわからないけども、疲れが溶けていく感じがするよ~。

 

「萩村も、暇ならコトミの勉強見てやってくれよ」

 

「別にいいんだけど、私がやると厳しいわよ?」

 

「むしろ厳しくした方がこいつの為だとは思うんだけどな」

 

「ロリっ子にビシバシとしごかれるなんて……興奮しちゃうよ~!」

 

「ロリって言うな!」

 

「萩村様、こちらをお使いください」

 

「何ですか、これ……」

 

「ムチでございます」

 

「しごかねぇよ!」

 

 

 出島さんがどこからか持ってきたムチを投げ捨て、スズちゃんはコトミちゃんの勉強を厳しく見る事にしたようだった。それにしても、あのムチでタカトシ君に……おっと、こういう妄想もちょっとずつ止めて行かないとね。




下ネタは控えてても、ボケ側の人間には変わりないですからね……


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監視員のアルバイト

下は控えても厨二は控えない……


 タカ兄たち生徒会の人は監視員のバイトらしいけど、私は普通にプールに遊びに来た。

 

「トッキー、随分と焼けたね~」

 

「部活でな。そういうお前も、随分と焼けてるじゃねぇか」

 

「まぁね」

 

 

 本当はマキも誘ったんだけど、例の初心っ子を発動して今日は来なかったんだよね……別に、タカ兄の前で水着になるの初めてじゃないはずなんだけど。

 

「ところで、何でお前日焼け痕ないんだ?」

 

「大丈夫、敷地内から出てないから」

 

「いや、アウト判定だろ……てか、兄貴に怒られなかったのか?」

 

「思いっきり怒られました……」

 

 

 タカ兄がいない内にと思ってたんだけど、ついうたたねをしてしまい、そして全裸姿をタカ兄に見られ、その恰好のまま正座させられて延々と怒られた思い出が……

 

「お前の兄貴、完全にお前の事見捨ててもおかしくないんじゃね?」

 

「そう言われました……」

 

 

 さすがに全裸を見られて反省中なので、最近は大人しくしてるんだけどな……

 

「とりあえず泳いで忘れよう!」

 

「別にストレス解消で来たわけじゃねぇだろ」

 

 

 トッキーを引き連れてプールサイドに行くと――

 

「「はぁ!」」

 

「おぉ! シノ会長とカナ会長が熱い戦いを繰り広げてる」

 

「お前の厨二病が周りに感染してるんだが」

 

「それは私の所為じゃないよ、タカ兄」

 

 

 準備運動と称し熱い戦いを繰り広げてた二人だったが、タカ兄にとってあの行為は私が原因だと言う事らしい。

 

「それにしても、相変わらず良いものをお持ちですね、カナ会長」

 

「そういうコトミちゃんも、一年生とは思えないものを持っていますね」

 

「カナやコトミは、何を飲んでそこまで成長したんだ?」

 

「特にこれといって何かをしたわけではないですが……シノっちは何を飲んでそこまで成長しなかったのです?」

 

「そんなもん、分かるなら私が知りたいわー!」

 

 

 やはり胸の事となると、シノ会長は我慢が効かないようだな……タカ兄の前だというのに、堂々と発言してるし。

 

「シノちゃん、今は監視員のお仕事の最中だから、あまりおふざけはいけないよ」

 

「だがアリア、カナが苛めるんだ!」

 

「でもほら、タカトシ君が呆れ顔でシノちゃんの事を見てるし」

 

「あぁ、済まなかった」

 

 

 すぐに頭を下げ、シノ会長は監視員の仕事に戻っていった。さすが、真面目な人だね。

 

「とりあえず泳ごうよ、トッキー」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 せっかくプールに来たんだからと言う事で、私とトッキーは思う存分泳ぐことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく監視員としてプールサイドにいたら、シノ会長がしみじみと呟き始めた。

 

「やはりみんな楽しそうだな」

 

「だったら、会長も泳いで来たらどうです? ここは俺が見ておきますので」

 

「いや、私は監視員だ。遊びに来たわけではない」

 

「そうですか。立派な心掛けです」

 

 

 なんとなく強がりを言っているのは分かるが、何をそんなに我慢する事があるというのか……

 

「(やっぱり下に水着を着てきたのは失敗だったな……替えのパンツ忘れた……)」

 

「(そう言う事か)」

 

 

 何を我慢していたのかは、表情から読み取り理解したが、それだけ楽しみだったのなら準備くらいしっかりしてくればよかったのに……

 

「タカトシ君、はいこれ」

 

「ありがとうございます、アリア先輩」

 

「シノちゃんにも」

 

「すまんな」

 

 

 アリア先輩からの差し入れで喉を潤し、再び監視員としての任務に集中する。

 

「そう言えばタカ君は英稜も受かってたんですよね」

 

「ええ、そうですけど」

 

「理由は前にシノっちから聞きましたが、タカ君が英稜に来てくれていたらと思ってしまいます」

 

「そうですね。英稜に行けば、ツッコミの機会もかなり減ってたでしょうしね」

 

 

 英稜には目ぼしいボケがカナさんしかいないので、サクラさんと分担ならかなり楽が出来ただろう……ただし、桜才のツッコミがスズしかいなくなるので、かなりの頻度でスズが体調を崩していた事だろう。

 

「タカトシが桜才に来てくれて、私たちはかなり助かっているのだがな」

 

「そうだね~。ボケっぱなしは寂しかったし」

 

「分かってたのなら、もっとボケる回数を減らしてくれても良かったのではないでしょうかね」

 

 

 最近でこそ減ってはきているが、それでもゼロということは無い。一日数回はツッコミを入れているような感じがするし、その一回一回がより重量を増している気にもなってきている。

 

「そう言えばアリア先輩、スズは何処に行きました?」

 

「スズちゃんなら、高いところが良いって事で、あそこに上ってるわよ」

 

「あぁ……そう言えば高いところが好きって言ってましたね」

 

 

 スズの方を見て呆れていると、コトミが溺れかけているのが目に入った。相変わらず準備運動を怠って足でもつったんだろうな……

 

「会長とアリア先輩は引き上げをお願いします。俺が端まで運びますので」

 

 

 返事を待たずに飛び込み、コトミの腕を肩に回して端まで立ち泳ぎで運ぶ。本当ならもう一人くらい欲しいが、シノ会長、下着忘れたらしいし……

 

「た、助かった~」

 

「足つくけどな」

 

「そんな正論聞きたくなーい」

 

「まったく……ちゃんと準備運動しろと、子供のころから言ってるだろ」

 

「はーい」

 

 

 毎度毎度、返事だけは良いんだよな、こいつ……




あの動きは準備運動になるのだろうか……


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シノからの電話

下無しだとやりにくい作品ってあるんですね……


 漸く涼しさを感じるようになった夜、隣の部屋で悲鳴が聞こえたのでコトミの部屋にやってきたら……相変わらずの汚さにこっちが悲鳴をあげそうになった。

 

「それで、この散らかりようはなんだ?」

 

「残ってた宿題を片付けようと思いまして……気分転換に模様替えでもしようかと思い家具を動かしたら……世にも恐ろしい黒いヤツが……」

 

「だからお菓子のゴミとかはきちんと片付けろと言っただろうが」

 

 

 殺虫剤を持ってきて現れたGに噴射、動きが弱ったところを丸めた新聞紙で叩き幾重にも紙で死体を丸め、最後にビニール袋に入れてゴミ箱に捨てる。

 

「さっすがタカ兄、一連の動作がもうプロだね!」

 

「G退治のプロって何だよ……それから、片づけは手伝わないからな」

 

 

 部屋に戻ると、着信していたことに気付き、俺は慌ててかけ直した。

 

『やっとつかまったな』

 

「すみません……ちょっとした面倒がありまして。それで、何かあったのですか?」

 

 

 シノ会長の事だから、何もない可能性も捨てきれないが、一応こう聞かないと後がうるさいからな……

 

『いや、急に君の声が聴きたくなってな』

 

「はぁ……」

 

 

 ほらやっぱり……だがまあ、退屈な時に誰かと話したいというのは普通の感情だろうし、真っ先に選んでもらえたのは光栄に思わなければいけないんだろうな。

 

『それで、面倒な事とは?』

 

「まぁ割と何時も通りなんですけど……」

 

 

 一連の流れを説明する途中で、シノ先輩も虫が苦手だったと言う事を思い出し、ヤツの事はコトミの時と同じくGと呼ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネネやムツミと宿題の追い込みをしていたら、会長から電話がかかってきた。

 

「はい、何かありましたか?」

 

『いや、何もなくて退屈なんだ。萩村は何をしてるかと思ってな』

 

「ネネとムツミと一緒に、夏休みの宿題を片付けてます。って、寝るなムツミ!」

 

 

 先輩と会話しているので油断したのか、ムツミが舟をこぎ始めていた。

 

「だって、眠いし勉強分からないし……」

 

「だったら、これをムツミちゃんが挿れて、寝そうになったらスズちゃんがスイッチを入れればいいんだよ」

 

「ゴメン、無理……」

 

『轟は相変わらずだな』

 

 

 会長がしみじみと言った感想に、思わず「貴女も大概でしたけどね」と言いそうになってしまった。

 

「勉強が終わったら、三人でボアの散歩に行こうと思っています」

 

『おや? 散歩は早朝だと言っていなかったか?』

 

「この時期は早朝に散歩は行きません。ラジオ体操に来た子供と間違われるので」

 

『なんというか……悪かったな』

 

「いえ、気にしないでください」

 

 

 その後気まずくなるのを避けたのか、会長は電話を切ったのだった。

 

「ムツミの集中力も限界みたいだし、先に散歩に行きましょうか」

 

「そうだね。この時間ならもう涼しいだろうし」

 

 

 ムツミが真っ先に喰い付いてきたが、散歩という単語にボアも反応を示し、窓越しに催促をしている。

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 

 ボアを連れて三人で夜道を散歩する。一人だと若干怖い気もしてたけど、やっぱり人がいると安心できるわね。

 

「やっぱり涼しくなってきてるわね」

 

「そう? 私はまだ暑いな」

 

 

 ネネって意外と暑がりなのね。これぐらいならもう、部屋もクーラーより窓を開けた方が涼しいかもしれないのに……

 

「あっ! スイッチ切ってなかった」

 

「なんのスイッチ?」

 

「モラルだよ」

 

 

 他に人がいなくて、本当に良かったわ……てか、会長と七条先輩が大人しくなった分、ネネのネタが重く感じるわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝ようと思ってたけど、暑くて汗を掻いて不快な思いをしたので、もう一度お風呂に入ろうかと思っていたら、シノちゃんから電話がかかってきた。

 

「はーい、シノちゃん何か用?」

 

『寝られなくてな。タカトシ、スズと電話をしたんだが何かと忙しそうだったから……アリアは何をしてるんだ?』

 

「寝ようと思ったんだけど、暑くて汗掻いちゃって……もう一回お風呂に入ろうかと思ってたとこなんだ~」

 

『そうか、タイミングが悪かったな』

 

「気にしないで~? それに、私も誰かとお喋りしたいって思ってたから、グッドタイミングだよ」

 

 

 ちょっと前なら、官能的な汗じゃない、くらいのボケをしたかもしれないけど、相手がタカトシ君じゃないにしても自重しないと、油断したらタカトシ君の前でも言ってしまうかもしれないからね。

 

『この時間に汗を掻くって事は、アリアはもうクーラーに頼ってないのか?』

 

「何時までも頼ってると、体調管理に支障をきたすからね~。本音ではまだ使いたいけど、身体の為や環境の為には頼りっきりはね」

 

『その精神、見習わせなければいけないヤツが多そうだな』

 

「でも、タカトシ君はあまり頼って無さそうだけどね」

 

『アイツは主夫だからな。一ヵ所に留まることが少なそうだし、クーラーの温度も我々より高そうだな』

 

 

 シノちゃんと共通の話題は多いはずなのに、ここ最近はタカトシ君の事ばかり話してる気がする。やっぱり、私もシノちゃんもタカトシ君の事を意識してるんだろうな。

 

『ん? いつの間にか外が明るくなってきているな』

 

「本当だ~、あっという間だったね」

 

『そろそろ電池も切れそうだし、これで失礼しよう』

 

「はーい。また今度ね~」

 

 

 電話を切ったタイミングで、私は携帯を持ったまま寝てしまった。後日シノちゃんも同じようなタイミングで寝た事を聞いて、私たちは同時に笑い出したのでした。




アピールの為とはいえ、ネタが使えないのはキツイ……


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夏休み明け

ちょっと久しぶりにあの人が


 夏休みも終わり、今日から新学期――なのだが、生徒会役員である俺たちは何故か午前六時に学校に呼び出された。

 

「シノ会長、何の用事があってこんな時間に召集されたのでしょうか?」

 

「うむ。我々生徒会役員は、この後行われる始業式で全校生徒の前に立つわけだが、休みボケや寝ぼけ眼では示しがつかない。そこで、我々生徒会役員はラジオ体操をしてから始業式に臨むことにした」

 

「そう言えば、ラジオ体操って大胸筋鍛える動きが多いよね~」

 

「なっ、それとこれとは関係ないぞ!」

 

「ほんとうに~? だって、普通に考えればシノちゃんや私、スズちゃんにタカトシ君が夏休みボケになる可能性は低いでしょ~? それなのにいきなりラジオ体操っていうから、てっきりシノちゃんがバストアップするための運動に付き合わされるのかと思ったよ~」

 

 

 アリア先輩の言葉に、シノ会長は動揺を見せた。これはつまり……

 

「正直に言ってください。会長の目的の為に俺たちは付き合わされるのでしょうか?」

 

「……正直そういう意図もあった」

 

「一人でやるのが恥ずかしかったの~?」

 

「だって! 萩村がいれば誤魔化せると思って」

 

「その点、詳しく聞かせてもらいましょうか」

 

「萩村なら容姿相応に見えなくもないだろ? ……って、萩村? そのバットは何処から取り出したんだ?」

 

 

 萩村が何処からか取り出したバットを振り上げ、会長を追いかける。俺とアリア先輩は、その二人を生暖かい視線で見守ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝から生徒会役員が何かしていたみたいだけど、結局は声を掛ける事無く始業式の時間になってしまった。

 

「おんや~?」

 

「ヒィ!?」

 

「……声を掛けただけでその悲鳴は、いくら私とはいえ傷つきます」

 

「あっ、ごめんなさい畑さん……」

 

「お詫びという事で、夏休みにどれくらい副会長でソロプレイをしたのかを――」

 

「そんなにしてません!」

 

「つまり、一回以上はしたと」

 

「知りません!」

 

 

 畑さんの質問に、私は顔が熱くなっていくのを感じていた。自爆したようだけど、とりあえずは逃げ出すことが出来たので善としよう。

 

「五十嵐、何か問題でもあったか?」

 

「いえ、津田さんが初日から遅刻しかけたくらいですね」

 

「妹が本当に申し訳ありません……遅刻扱いでも構いませんので」

 

「い、いえ……ギリギリ間に合いましたので」

 

 

 さっきの畑さんとの会話の所為で、まともに津田君の顔が見れない……男性恐怖症とは別の理由で、津田君に触れないかもしれないわね……

 

「カエデちゃん、タカトシ君の事意識してるのバレバレよ?」

 

「んなっ!? な、何を言ってるんですか、七条さん」

 

「大丈夫、十分距離は取ったし、タカトシ君は今シノちゃんと段取りの最終確認中だから」

 

「……夏休みの間、あまり会えなかったので」

 

「分かるよ。だからあんなにソロプレイを――」

 

「貴女もですか!!」

 

 

 噂では津田君の前では下ネタを言わないように気を付けてるらしいけど、やはり七条さんは七条さんなのね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜才学園でも始業式が行われた今日、私とサクラっちはいつも通りバイトだった。

 

「最近タカ君に会えてませんね、サクラっちは」

 

「会長は先日、桜才学園のプールで会えたんですもんね」

 

「サクラっちも誘ったのに、用事があったんでしたね」

 

「大した用事じゃなかったんですが、会長に誘われるより先に入ってた予定でしたので」

 

 

 サクラっちはそっちの約束を優先したがために、タカ君に会うチャンスを逃してしまったんですよね。

 

「今日はタカ君、シフト入ってないですもんね」

 

「タカトシさんは忙しそうですし、仕事も出来る人ですから私たちと中々同じシフトにならないんですよね」

 

「人が減ってしまったので、タカ君が期待されるのも仕方ないんですけどね……」

 

 

 サクラっちもだけど、私だってもっとタカ君と会いたい。タカ君とイチャコラしたいんです!

 

「別に私はそこまで言ってませんけど……」

 

「あら? 声に出てましたか?」

 

「えぇ、はっきりと……」

 

 

 これはいけませんね。心の声が外に漏れてしまうと、私の本性を全員に知られてしまうことになってしまいます。気を付けなければ……

 

「おはようございます」

 

「おや? タカ君がどうして?」

 

「新しい人が入ったらしいので、その研修に」

 

「指導員は私ではなくタカ君でしたか」

 

「同時期に入ったのに、タカトシさんは凄いですね」

 

「いえ、その新人ってのが、桜才学園の子らしいので、それで店長に任されました……」

 

 

 同じ学校の子だからって理由で任すとは……店長、考えるのが面倒になったんですね。

 

「それじゃあ、私は裏で作業してますので、表は基本サクラっちがお願いします」

 

「俺も一応表にいますが、基本的にはサクラさんと新人の方に任せますので」

 

 

 ちなみに、新人の子はあまり見たことない方でした……いわゆるモブキャラなのでしょうが、相変わらず桜才学園のモブキャラのレベルは高いですね。

 

「一応ツッコみますが、メタ発言は控えてくださいね」

 

「あら? また声に出てましたか?」

 

「いえ、顔に書いてあります」

 

「さすがタカ君ですね」

 

 

 読心術が使えるタカ君ですので、私が考えている事などお見通しでしたね……気を付けなければいけません。




これでまた出せる機会が増えたな……


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シノの背伸び

背伸びの意味が違う……


 朝から大量の生徒会の仕事を終わらせ、日直として職員室に日誌を取りに行く。

 

「横島先生、日誌をください」

 

「津田、一回だけ私も名前で呼んでくれないか?」

 

「いらぬ誤解を生みそうなので嫌です」

 

 

 この人が何を考えているなんて興味ないが、自分に害が及びそうな事はなるべく避けておきたい。

 

「頼むよ。最近男が捕まらなくて溜まってるんだ。お前に呼び捨てにされれば、それだけで一週間は自足出来ると思うんだ」

 

「……それでは、俺はこれで」

 

 

 横島先生の机の上に置いてあった日誌を回収し、俺は足早に職員室を後にする事にした。

 

「おいこら! 教師の命令を無視するな!」

 

「職権乱用も甚だしいですし、そもそもそんな命令聞くに値しませんので」

 

「このままだと、所かまわず生徒を襲ってしまうぞ! それでもいいのか!」

 

「貴女が職を失うだけですし。俺には関係ありません」

 

 

 襲われる人は可哀想だが、自分の身は自分で守ってもらおう。そもそも、この人は生徒を襲う事で有名なんだし、襲われた相手も同意があったと思われても仕方ないだろうし……まぁ、邪な人をこの学園から消し去るための生贄だと思えばいいのだろうか……

 

「タカトシ君、遅かったね」

 

「あぁ、ちょっと……? 三葉、日直の名前だが……」

 

「あっ!? な、何でもないからね」

 

「そうか……」

 

 

 何故俺は苗字で、三葉は名前だったのかは深くツッコまないでおこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の作業でパソコンを使っていたのだが、ずっと同じ体勢なのでだんだんと疲れてきてしまった。

 

「パソコン作業は肩がこって駄目だな……」

 

「慣れればそうでもないですがね。肩がこってるなら、背伸びでもしたらどうです」

 

「そうだな」

 

 

 私と会話しながらも、タカトシは書類から目を離さない。生徒会役員としては頼もしさを感じるが、意識されてないようで女としては複雑な思いだ……

 

「ふぅ……胸が大きいと肩がこるな」

 

「いえ、そういう背伸びではなくて……」

 

 

 自虐ネタまでスルーされたらどうしようとも思ったが、さすがはタカトシだな。

 

「分かってはいるが、噂では胸が大きい人は肩こりが酷いと聞いたからな。そういうシチュエーションで背伸びして見たかったんだ」

 

「はぁ……肩こりが酷いなら、作業変わりましょうか?」

 

「そうしてくれると助かる。では、私はタカトシの仕事をするから、タカトシは私の仕事を頼む」

 

「はい。と言っても、こっちはもう殆ど終わってますが」

 

 

 そう言ってタカトシの仕事を引き継いだ私だが、確かに大抵終わっているので、これでは全然平等ではないと思ってしまった。

 

「タカトシにばかり仕事を押し付けて悪いな。今度どこかに出かけた時、何か奢ろうじゃないか」

 

「別にそこまで気にしなくてもいいですよ。自販機でジュースくらいで十分です」

 

「君は少しは先輩の好意に甘えてもいいと思うんだがな」

 

「一度甘えると癖になりそうですし……うちのコトミみたいに」

 

「あれは……そうだな。締める所はちゃんと締めておかないとな」

 

 

 妙に説得力があったので、私は喰い下がるのを諦めて購買にジュースを買いに行った。戻ってきた時には、タカトシの方も作業が終わっていたので、そのまま生徒会室を閉め帰る事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトもなく特に用事もなかったのですが、なんとなく桜才学園の近くの本屋に足を運んだら、ずっと探していた参考書が見つかったので、思わず買い込んでしまった。

 

「お金は足りたけど、さすがに買い過ぎたかな……」

 

 

 本はいわゆる紙の塊なので、何冊も買えば当然重い。駅まで運ぶのも苦労しそうだなと思っていたら、背後から声を掛けられた。

 

「サクラさん?」

 

「タカトシさん……恥ずかしいところを見られてしまいました」

 

「いえ、勉強熱心ですね」

 

「少しはタカトシさんやスズさんに近づきたくて……」

 

「だからってそんなに参考書をまとめ買いしなくてもいいと思いますがね」

 

「仰る通りです……」

 

 

 やっとの思いで見つけたからといって、一気に買う必要は無かったのだ。数冊解き終えるのにだって時間が掛かるんだから、終わってから別の参考書を買えば十分なのだから。

 

「良ければ持ちますよ」

 

「いえ、悪いですし……」

 

「女性に重いものを持たせて、自分は手ぶらなんて、周りの視線が痛すぎますから」

 

「……では、お言葉に甘えて」

 

 

 タカトシさんに参考書を持ってもらい、私は駅まで一緒に歩くことにした。

 

「それにしても、随分難しいものに手を出してますね」

 

「さっきも言いましたけど、タカトシさんやスズさんに少しでも追いつけるようにと思ってますから」

 

「学校が違いますし、そこまで意識しなくてもいいのではないでしょうか?」

 

「同じ生徒会役員ですし、私ももう少し自慢出来る点数を取りたいんですよ」

 

「そんなものですか?」

 

「そんなものなのですよ」

 

 

 タカトシさんだって、スズさんに追いつこうと頑張った結果が、今の成績に繋がっていると聞いてますし、それだったら私も、二人に追いつこうと頑張れば、もっと良い点が取れるのではないかと思っているのです。

 

「それでしたら、またテスト前に勉強会でもしますか? どうせ後輩の面倒も見なければいけないですし、何処で聞きつけたかは知りませんが、シノ会長やアリア先輩、カナさんも来るでしょうし」

 

「そうですね……お邪魔じゃなければ」

 

 

 タカトシさんと勉強会の約束をして、私は改札を通ってタカトシさんにお辞儀をする。タカトシさんも軽く手を振って見送ってくれました。なんだか、周りからは恋人みたいと言われてましたが、残念な事にお付き合いしてないんですよね……




横島先生は駄目だな……


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パンフレット作製

寒くなってきました……


 桜才学園のパンフレットに制服の写真を載せる事になり、我々生徒会役員がモデルを務める事になった。

 

「いくら仕事とはいえ、この残暑が厳しい中冬服はキツイですね」

 

「そうだね~、背中に汗掻いて少し気分が悪いよね~」

 

「皆さん、準備は出来ましたか?」

 

「見ての通り、冬服も持ってきました」

 

「ちゃんとクリーニングも出してきたから、汚れとかもないはずだよ~」

 

 

 タカトシとアリアが話してる横で、私のお腹の虫が鳴いた。

 

「シノちゃん、夏服担当だからってご飯食べてこなかったの~?」

 

「す、少しでも細く見せたいだろ!?」

 

「その気持ちは分からないでもないですが、成長期の今しっかりとご飯を食べないと成長するものもしなくなりますので、無理なダイエットはあまりお勧めしません」

 

 

 何だか母親のような事を言ってるが、タカトシの言ってる事は事実として私も理解している。だが、理屈よりも女子としての意地が勝ってしまうお年頃なのだ。

 

「それではまず、冬服の写真から撮りますので、津田副会長と七条さん、お願いします」

 

「その間我々は待機だな」

 

「てか、何で私呼ばれたんですかね?」

 

 

 夏服は私、冬服はアリアがモデルを務めるので、確かに萩村が呼ばれた理由が分からないな……

 

「萩村さんには、小物とかそういったものを貸していただけたらと思いまして」

 

「小物って何ですか?」

 

「学園指定の物は、全て写真が必要になるから、カバンとか革靴とか上履きとかを貸していただければ」

 

「でも、そういうのって新品の方が良いんじゃないでしょうか?」

 

 

 確かに、萩村の言う通り新品の方が綺麗だし普通はそうするだろうが、畑には何か考えがあるのだろう。

 

「大丈夫、使用済みってちゃんと書くから」

 

「お断りします。そもそも、なんだか裏がありそうで嫌です」

 

「裏なんてありませんよ。萩村さんの写真の横に小物の写真を載せて、幼女が使用しましたなんて書くつもりはありませんよ」

 

「誰が幼女だ!」

 

「やはり碌な考えじゃなかったな……」

 

 

 最近では畑の考えていることがなんとなく分かるようになってきた。果たしてそれが良い事なのかは分からないが、暴走を事前に止めることが出来るのは恐らくいい事だろう……まぁ、私が分からなくてもタカトシが何とかしてくれるので問題なかったんだがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンフレットに載せる写真をパソコンに取り込んで加工したという事で、その確認の為に新聞部の部室を訪れることになった。

 

「パソコンで加工するのって、特別な知識がなくとも出来るんだな」

 

「そういうソフトもありますし、やろうと思えば簡単に出来ますよ~」

 

 

 会長は元々機械苦手だし、生徒会のパソコンに取り込んだとしても加工しないでしょうね……

 

「まぁでも、生徒会の皆さんはあまり加工しなくても売れる……じゃなかった、見た目が良いですから問題ないですけどね」

 

「やっぱり商売してたな」

 

「ちゃんと学園に申請して許可貰ってますので」

 

「そんな許可出した覚えは……」

 

 

 そう言ってタカトシが視線を会長に向けると、ゆっくりと会長がタカトシから視線を逸らしていく……つまりは会長が許可を出したという事なのだろう。

 

「何故そのような許可を?」

 

「け、決してタカトシの写真で買収されたわけじゃないからな! 盗撮写真が出回るのを防ぐには、畑が正式に撮った写真をファンに適正価格で販売した方が良いと判断しただけだ」

 

「適正価格って何だよ……まぁ、確かに盗撮写真が出回るのは避けたいですしね……特に会長やアリア先輩、スズには特定のファンがいるみたいだし」

 

 

 一番ファンを持っているのはアンタだよ、というツッコミを私は飲み込んだ。恐らくタカトシも分かってるのでしょうけども、この学園は元女子高で、女子生徒の数が圧倒的に男子生徒より多いのだ。特殊な性癖でもない限り、私たちよりタカトシの写真が欲しいと思う女子生徒の方が多い。つまりは、一番売れているのはタカトシの写真という事になるのだ。ま、まぁ……私も買ったけど。

 

「ところで畑、この写真なんだが……」

 

「ご希望通りちゃんと加工しましたが」

 

「少し露骨じゃないか? 私はやるなら一割増しだと言っただろ」

 

「指示してたんですか……」

 

 

 会長の写真は、確かに若干の違和感を覚えるものに仕上がっている。それほど会長と親しくない人が見れば分からないが、親しい人が見ればすぐにその違和感の原因に気付くだろう。

 

「これが私的に一割増しなのですが?」

 

「えっ、そうなの?」

 

「シノ会長、言い包められてませんか?」

 

「いや、やはり露骨過ぎる気がする……畑、もう少し自然体な仕上がりになるようにしてくれ」

 

「血涙流しながら言うなら、別にこのままでも良いですけど……」

 

 

 タカトシが折れた!? いやまぁ……確かに血涙流されたら私でも折れるかもしれないけどさ……

 

「ついでに、七条さんの写真を一割増しにするとこんな感じです」

 

「……畑、やはり私も自然体でいいから、アリアも自然体にしてくれ」

 

「そうですね。人間、自然体が一番ですもんね……」

 

「スズ? 何だか怖いんだけど……」

 

 

 あんなもの見せられたら、誰だって殺気を出したくもなるわよ……結局逆光やらなんやらの加工だけで、無事パンフレットを完成したのだった。




アリアの一割増しって、どんなだろうな……


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体調不良のスズ

自分も若干体調不良……


 今日は午後に予算会議があるのだが、少しふらふらするし食欲がない……ちゃんと体調管理してたはずなんだけどな……

 

「萩村、さっきから食が進んでないが、大丈夫か?」

 

「もしかして具合悪いの?」

 

 

 会長と七条先輩が心配して私の顔を覗き込んでくる。この年になってこんなに至近距離で人に見られるなんて思わなかったな……

 

「やっぱり熱があるんじゃないか? 少し顔が赤いぞ」

 

「確かに少し赤いね」

 

 

 二人に覗きこまれ、私は恥ずかしい思いでいっぱいだったが、横から伸びてきた手にそれ以上に驚いてしまった。

 

「少し熱いな……スズ、ちゃんと髪の毛を乾かしてから寝た?」

 

「子供扱いすんな! そんなの当然――あっ……」

 

「急に騒ぐから眩暈がするんだよ」

 

 

 タカトシの言葉に反論しようとしたら、急に目が回り椅子から落ちそうになった。それをタカトシに支えてもらい、私は別の意味で顔が赤くなっていった。

 

「シノ会長、俺はスズを保健室まで連れて行ってから教室に戻りますので、生徒会室の戸締りお願いします」

 

「それは構わないが、萩村、早退した方が良いんじゃないか?」

 

「いえ、放課後に予算会議がありますし、私が帰るわけには……」

 

「萩村がいなくても何とかするさ」

 

「私、いらない子……?」

 

「あっ、いや……やっぱりいてくれないと困るな」

 

「風邪ひいて弱ってるんだな……とりあえず寝かしてきますので」

 

 

 タカトシに背負われて保健室へ向かう。こうやってタカトシに運ばれるのは久しぶりなような……

 

「ゴメン、迷惑かけてるよね……」

 

「気にするな。誰だって風邪ひいたり弱ったりすることがあるんだし、無理して休まれたりしたら、そっちの方が大変だからな」

 

「最近は大人しいじゃない」

 

「まぁ、あの人たちだけじゃないから」

 

 

 タカトシの周りにいるボケは、確かに会長たちだけではない。

 

「おんや~? 津田副会長がロリっ子を担いで保健室に向かってる……これは捏造して取り上げなければ!」

 

「畑さん……放課後の予算会議、覚悟しててくださいね?」

 

「い、嫌ですね~冗談ですよ……ですのでその……勘弁してくれませんかね」

 

「まったく……そのメモとカメラのデータを確認させてもらっても?」

 

「こ、これはその……」

 

 

 タカトシが畑さんに詰め寄ろうとしたタイミングで、畑さんの背後に五十嵐先輩がやってきた。

 

「ちょっと畑さん! さっき私がトイレにいる時に写真撮ったでしょ!」

 

「そ、そんなことしてませんよ? ちょっと扉越しに盗聴しただけでして……あっ」

 

「はい、消去っと」

 

「せっかく録音したのに~」

 

 

 畑さんの始末は五十嵐先輩に任せ、タカトシはそのまま保健室まで私を運んでくれた。

 

「それじゃあ、ゆっくり休むんだな」

 

「うん……ありがとう」

 

 

 運んでくれたお礼と、心配してくれた事への感謝を述べてすぐ、私は眠ってしまった。どうやら自分でも分からないくらい無理してたんだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、スズの様子を見に保健室を訪れると、何故かスズの隣でたばこ型のチョコを咥えたシノ会長と、妙に楽しそうなアリア先輩がいた。

 

「何してるんです?」

 

「いや、ちょっと早く授業が終わってな。萩村の様子を見に来たのと、少しやってみたかった事を……」

 

「まぁいいですけど……スズ、大丈夫か?」

 

「大丈夫だけど、寝てたから汗掻いちゃった……」

 

 

 熱があったから仕方ないが、まぁ寝汗は見られたくないよな……

 

「スズちゃん、私が用意してくるから、もう少し寝ててね」

 

「じゃあこれ、差し入れ。体調戻ったなら少し腹に入れておいた方が良いぞ」

 

「ありがと」

 

 

 スズに買ってきたスポーツドリンクとパンを渡して保健室の外に出る。

 

「さすがタカトシ君だね~」

 

「いえ、まぁこれくらいは」

 

「普通の男の子は差し入れなんてしてくれないと思うけどな~」

 

「まぁ、付き合いが無いでしょうからね」

 

 

 スズとそれなりに付き合いのある男子は、俺を除けば誰がいるかというレベルだ。差し入れするような間柄の相手はまずいない。

 

「それじゃあ、私はスズちゃんの汗を拭いてくるから」

 

「何故それを俺に言う……」

 

 

 何だか含みのある言い方だったが、まぁ特に掘り下げる気もないのでスルーした。

 

「貴方は気になったりしないの~?」

 

「またいきなり現れましたね……」

 

「何だかスクープの匂いがしたので」

 

「どんな匂いだよ……」

 

 

 ジャーナリストの勘なのだろうか、またしても畑さんが現れ、扉越しに聞き耳を立てている。

 

「はい、大人しくしましょうね」

 

「こ、怖いのでその笑顔は止めていただけないでしょうか……」

 

「止めてほしかったら、大人しく扉から耳を離して先に会議室に行っててください」

 

「はーい……」

 

 

 少し残念そうな感じがするが、大人しく保健室から離れて行った畑さんを見送り、中から出てきた三人を出迎えた。

 

「もう大丈夫か?」

 

「おかげさまで。あーあ、寝てたからタカトシに差を付けられちゃったかもしれないわね」

 

「これくらいで離せるような成績してないだろ……こっちは毎回苦労してるってのに」

 

「私だってそれなりに苦労してるわよ?」

 

「毎回楽しそうに問題解いてる姿を見せられる身にもなってくれよな……」

 

 

 すらすらと問題を解いているスズの隣に座ってる俺は、無言のプレッシャーに耐えながら問題を解いているのだ。まぁ、分からない問題もたまにあるんだが、それでも何とかスズに負けないようにと答えを絞り出してようやく同点なんだから、少しくらい差を付けさせてくれるならありがたかったんだけどな……午後の二時間の授業だけじゃ、スズを離す事なんて出来やしないだろう……




皆様も体調管理はしっかりとしてください


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OG来訪

下キャラとして早めに登場


 生徒会室にやってくると、見覚えのない人が会長の席に座っていた。

 

「誰?」

 

「卒業生かな?」

 

 

 来客があるなんて聞いていなかった私とタカトシは、生徒会室の入口前で固まってしまった。

 

「何してるんだ?」

 

 

 生徒会室に入らない私たちを見て不審に思った会長が声を掛けてきたので、私は見たままを会長に伝えた。

 

「会長の席に人がいまして……」

 

「どれどれ~?」

 

 

 私の言葉に興味を持った七条先輩が喜々として生徒会室を覗き込んだ。

 

「古谷先輩じゃないですか」

 

「おー七条、久しぶりだな」

 

「何で先輩がここに?」

 

「天草も久しぶりだな。ちょっと用があって学園に来たんだが、懐かしくなってつい生徒会室に立ち寄ったんだ。そしたら鍵開いてるから」

 

「昼休みに使った後閉めるの忘れてたのか」

 

 

 会長にしては珍しいミスだが、私もタカトシも気づかなかったので反省しなければ……

 

「今から会議か? それじゃあ私は別の席に座るとするか」

 

「今先輩の好きな昆布茶とかりんとう用意しますね」

 

「し、渋いですね……」

 

 

 緑茶ならまだしも昆布茶とは……てか、何で常備されてるのか分からない組み合わせね……

 

「うわぁ!?」

 

「おっと、今は君の席だったか……天草を驚かそうと思ってたんだが」

 

「また古典的なトラップを……」

 

 

 私がクッションの上に座ると、昔懐かしのブーブークッションが仕掛けられていたようで、私は思わず跳び上がってしまった。

 

「誰だ、今チナラしたのは!」

 

「横島先生は変わりませんね」

 

「お前、古谷か! 随分と見た目が変わったな」

 

「華の女子大生ですから、ナウい恰好しなきゃですしね」

 

「な、ナウい……?」

 

 

 かなり昔に流行った言葉のはずだけど、何でそんな言葉をこの人が……もしかして、大分中身は古い人なのだろうか……

 

「ところで、君が桜才生徒会初の男子役員だよね」

 

「はぁ、そうですが」

 

「なるほどなるほど、かなりのしょうゆ顔だね」

 

「しょうゆ顔?」

 

「確か、日本風の顔って意味よ」

 

 

 それとは逆に、西洋風の顔の事はソース顔というんだっけ……また古い言葉を使うわね、この人は……

 

「天草や七条の雰囲気が変わったのは君のお陰なのか?」

 

「古谷先輩!」

 

「ちょっとこっちに来てください!」

 

「おっ? なんだいったい」

 

 

 会長と七条先輩に引き摺られて行った古谷さんを見送りながら、私はタカトシの方に視線を向けた。

 

「何だか大変そうな人ね……」

 

「昔のシノ会長やアリア先輩を知ってるという事は、あの人はツッコミなのか?」

 

「いや、恐らく一緒にボケてたんだと思うわよ」

 

 

 いなくなった先輩たちの代わりに、私とタカトシは溜まっている仕事を少しずつ片づけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古谷先輩を廊下に引っ張り出し、私とアリアは必死になって言い訳を始めた。

 

「べ、別にタカトシの為に変わったわけじゃないですからね」

 

「へー、タカトシ君というのか、彼は」

 

「とにかく、古谷先輩はもう用事が済んだんですよね? いつまでもOGとはいえ部外者が校内に居座るのは問題ですよ」

 

「お堅いのは相変わらずなのか」

 

「ところで古谷先輩は何故生徒会室に? 懐かしいとかおっしゃってましたけど、用事が無ければ立ち寄らないと思うんですけど」

 

「ああ、七条の言う通り用事があったんだ。今度ウチの大学の文化祭があるから、お前たちを招待しようと思てな」

 

 

 そう言って古谷先輩は、胸の谷間から招待券を取り出してきた。

 

「で、デカい……」

 

「七条には負けるけどな」

 

「でも、先輩も十分大きいですよ~」

 

 

 次元の違う話に、私は心が折れそうになった……何で私の周りにはこう、大きい人しかいないんだ……

 

「天草さんに七条さん、そちらの方は?」

 

「おっ、五十嵐じゃないか、久しぶりだな」

 

「その声……古谷会長ですか?」

 

「見りゃわかるだろ」

 

「いえ……だいぶ雰囲気変わりましたね」

 

 

 私の前の生徒会長なので、当然五十嵐とも面識はある。だが、五十嵐が言ったようにだいぶ見た目が変わってるから、一見しただけじゃ分からないんだよな……

 

「そう言えば男嫌いの五十嵐にとっては、共学化なんてたまったもんじゃなかったんじゃないか?」

 

「え、えぇ……転校しようかとも思いました」

 

「それにしては、だいぶ攻めた下着つけてるな」

 

「いきなりスカートを捲らないでください!」

 

「下着と言えば、七条が穿いてるなんて珍しいな。お前も彼の影響で変わったのか」

 

「タカトシ君、下ネタとかそういった行動が嫌みたいですから」

 

「男なのにか?」

 

「私たちが言い過ぎたってのもあるんでしょうが、アイツの妹がド思春期で下発言が酷いんですよ」

 

「なかなか面白そうなヤツだな」

 

 

 コトミに興味を持ったのか、辺りを見回し近くにいないか探し出した古谷先輩だが、コトミの事知らないのにどうやって探すつもりだったのだろうか……

 

「まぁ、五十嵐も雌だったって事が分かった事だし」

 

「なんですかそれ!」

 

「お前もあのタカトシ君の事を意識してるんだろ?」

 

「てか、ブチューってしちゃってますしね~」

 

「畑か、久しぶりだな」

 

 

 いきなりの登場にも全く動じない古谷先輩。まぁ、畑のこれは昔からだからな……

 

「これがその時の写真です」

 

「随分と大胆な水着だな……この後ヤッたのか?」

 

「ヤッてません!」

 

 

 何をと聞かないあたり、やはり五十嵐はムッツリスケベなんだな……まぁ、全校生徒が分かってたことだが……




出番少ないですけどね……


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マラソンの練習

どれだけ頑張っても無理だろ、コトミ……


 今度のマラソン大会に向けて、私はトッキーとマキと一緒にランニングを始める事にした。

 

「お前がこんな行事に気合いを入れるなんて珍しいな」

 

「昨日お母さんに『家でゴロゴロしてるんなら部活でもするか、勉強するかしろ』って言われたからさ……形だけでも学校行事に向けて頑張ってるってところを見せないと……」

 

「お母さん今いるんだ」

 

「またすぐ出張らしいけどね」

 

 

 今度は本格的に海外進出を決めた会社の事情で長期間の出張らしいが、ウチのお母さんってどんな仕事してるんだか知らないんだよね……

 

「とりあえずお母さんが家にいる間は頑張らなきゃってさ」

 

「それで私たちを巻き込んだの?」

 

「私は部活の延長だと考えれば良いが、マキは完全にとばっちりだよな」

 

「そうかなー? マキ、最近丸くなってるような気がするからちょうどいいんじゃない?」

 

「ま、丸くなってないわよ!」

 

 

 そういいながらもお腹回りをさするマキを見て、これは気合を入れすぎたかなと少し反省してみる。

 

「おや、コトミたちじゃないか」

 

「何してるんだ?」

 

「あっ、タカ兄にシノ会長。今度のマラソン大会に向けてちょっと練習を」

 

「目標は?」

 

「残像残せるくらい!」

 

「阿呆な事言ってないで真面目に走れ」

 

 

 タカ兄の容赦ない一言に、私は結構本気で言った意気込みを考え直す事にした。

 

「じゃあ、上位入賞したらお小遣いUPをお願いします」

 

「学年十位以内なら考えてやる。その代わり半分以下だった場合は小遣いも半分以下にするが、それでも――」

 

「ほら、トッキーにマキ! 頑張って練習するよ!」

 

「なんとも分かりやすいヤツだな……」

 

「まぁ、理由はともあれやる気になったんだからいいんじゃない?」

 

 

 私の背後でトッキーとマキがお喋りしているが、この二人は元々のポテンシャルが高いから羨ましいな……何で私は凡人に生まれたんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体力がないネネと、体力バカのムツミと一緒にマラソンの練習をしていたら、向こう側にコトミたちの姿を見つけた。

 

「ほらネネ。一年生たちも頑張ってるんだから、ネネも頑張りなさい」

 

「で、でも……これ以上走ったら死んじゃう……」

 

「だらしないな~、たかが十キロくらいで。そうだ! 体力をつけるために重り付きで走るのはどうかな?」

 

「ゴメン、私も嫌だわ……」

 

 

 私のペースに合わせてくれたからまだ平気だけども、ムツミのペースで走らされ、尚且つ重りを背負わされて走るのはなんとしても避けたい。そんなことさせられて平気なのは、恐らくタカトシくらいでしょうし……

 

「じゃあ、後五分だけ休んだら学校に戻ろう」

 

「わ、私は後で追いつくから、ムツミちゃんは先に戻ってていいよ……」

 

「大丈夫! 最後までネネたちに付き合うから!」

 

「うん、気持ちだけ貰っとくね……だから、ムツミちゃんは先に戻ってて……」

 

「ネネ、ほんとに大丈夫? 何なら私がおぶって学校まで連れて行ってあげるよ」

 

「お願い! もう一歩も動けないし」

 

 

 急に立ち上がったネネは、本当にムツミに背負われて学校まで戻っていった。

 

「てか、一歩以上動いてたんだけど……」

 

 

 ムツミの背中に乗るためにネネは移動してたけど、ムツミはその事に気付いてる様子はなかった。

 

「……私も帰ろう」

 

 

 ムツミのペースについて行くなんて不可能だから、私は自分のペースで学校に戻る事にした。それにしても、十キロ走ってまだ余裕とは……さすが体力バカよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回りの途中でシノ会長は新聞部を追及するとか言ってどこかに行ってしまったので、俺は大人しく生徒会室に戻って仕事の続きをすることにした。

 

「遅れちゃった……あれ? タカトシ君一人だけ?」

 

「スズはクラスメイトと一緒にマラソン大会に向けての体力づくり、シノ会長は畑さんを問い詰めると新聞部に行きました」

 

「そうなんだ~。タカトシ君はどっちにも付き合わなかったの?」

 

「生徒会室を空けておくわけにもいきませんし、スズは三葉と一緒らしいので」

 

「ムツミちゃん、こういうイベントなら張り切るだろうしね~」

 

「シノ会長について行こうとも思いましたが、今回は一人で大丈夫だと言って頑なに同行を認めてくれませんでしたので」

 

 

 何か知られたくないことを畑さんに知られたのだろうが、油断してるからそうなるんだよな……てか、畑さんも何でシノ会長に張り付いてるのか分からないが。

 

「あっ、私お茶淹れるね~」

 

「ありがとうございます」

 

 

 アリア先輩は慣れた手つきでお茶を二人分淹れ、俺の正面に腰を下ろした。

 

「タカトシ君にばっか仕事押し付けちゃってる気がするよ~、ごめんなさいね」

 

「いえ、やらなかった分は後で自分に戻って来てるわけですし、俺はそこまで大変だと思ってませんので」

 

 

 細かい作業は好きだし、ふざけられて仕事を遅らせるのは他の人に迷惑が掛かるからやってるだけなのだ。

 

「何かお礼したいんだけど、今何も持ってないんだよね」

 

「別にいいですよ。美味しいお茶を淹れてもらいましたし、それで十分です」

 

「タカトシ君は欲がないな~。それとも、私ってそんなに魅力ないかな~?」

 

「十分魅力的ですよ」

 

 

 何かしたかったのは分かったが、そこはかとなく地雷臭がしたので回避する事にした。これ以上の面倒事は勘弁願いたいし、何かしたタイミングで誰かが戻って来るなんてお約束は使い古されて面白くないからな。




下ネタ言わなくなったので、若干ですが距離が詰まりつつありますね


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マラソン大会 前編

描写が無かった一年生は簡単に終わらせます


 マラソン大会が開催されたがあいにくの空模様……雨は降らないだろうがイマイチテンションが上がらないな。

 

「トッキーは優勝を狙うの?」

 

「あ? ダリいから狙わねぇよ。てか、お前らと走るから優勝なんて無理だろ」

 

「私たちは精々真ん中くらいでゴール出来ればいい方だからね~」

 

 

 タカ兄ならぶっちぎりで優勝出来るかもだけど、私じゃそんなのは無理だから最初から諦めている。練習してなかったら恐らく、ゴールすることなく終わっていた可能性だってあるくらいだ。

 

「それにしても、随分と気合の入った人もいるね~」

 

「アイツは陸上部だからだろ。見せ場だとか思ってるんじゃね?」

 

「名前も描写もないのに張り切ってるなんてね~」

 

「訳のわからない事を言うな」

 

 

 トッキーにチョップされ、私は軽く舌を出して反省した。

 

「とりあえず完走を目標に頑張ろう! トッキーは迷子にならないように気を付けてね」

 

「だからお前らと一緒に走るんだろうが」

 

「トッキー……それは威張っていう事じゃないと思うんだけど」

 

 

 マキのツッコミに、トッキーは明後日の方へ視線を彷徨わせた。柔道部の走り込みの時もそうだけど、トッキーは道さえ間違えなければ凄い記録が出るんだろうけどね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一年の部が終わり、次は私たち二年生の番になった。ちなみに一年生の部ではコトミたちが丁度半分くらいでゴールしていたので、私もその辺りでゴール出来ればいいいかなと思っていたりする。

 

「スズちゃんは一番を狙わないの?」

 

「良く考えなさい、ネネ。この学年にはムツミとタカトシがいるのよ? 体力バカ二人にどうやって私が勝てるって言うのよ」

 

「確かにムツミちゃんも津田君も早いけど、戦う前から諦めるなんてスズちゃんらしくないよ」

 

「ネネ……」

 

 

 私を鼓舞してくれるなんて、やっぱり親友っていいものね……

 

「気合いが入ってないなら、このスズちゃん用に改良したバ○ブを――」

 

「ネネ、貴女が途中でバテないように見張るから、ちゃんとゴールしましょう」

 

 

 感動した途端にこれだもんね……ネネは相変わらずで涙が出るわよ……

 

『よーい!』

 

 

 そんなやり取りをしていたら、スターターの会長の声が聞こえた。さっきの一年の部ではタカトシがスターターを務めたが、今回はアイツも参加者なので会長が代理を務めたのだろう。てか普通、こういうのって会長の仕事だと思うんだけど、何で一年の部ではタカトシが務めたのかしら……

 

『どん!』

 

 

 会長の合図とともにスタートピストルの音が鳴り響き、二年の部がスタートした。スタートダッシュを決める男子が大勢いたが、あんなの途中でバテて駄目になるパターンの典型じゃない。

 

「私たちは堅実に行きましょう」

 

「スズちゃん、私もう……」

 

「演技してないで行くわよ」

 

「せめて演技に対するツッコミをしてほしかった……」

 

 

 スタートしてないのに疲れ果てるなんてありえないものね……いや、体力がないネネならありえるのかしら。

 

「それにしても、あっという間に最下位の方だね」

 

「スタートダッシュを決めて喜んでる男子が落ちて来るだろうから、結果的には中間くらいでゴール出来るはずよ」

 

「何で男子はスタートダッシュなんてしてるのかな」

 

「一瞬だけでも先頭に立ちたいって願望じゃない? 私には良く分からないけど」

 

 

 私の目論見通り、無駄に体力を使った男子たちを抜いて行き、中間地点では上位すら狙える位置まで順位が上がっていた。

 

「今先頭走ってるのは誰ですか?」

 

「今は柔道部と陸上部の人間が競ってる感じだな」

 

「そうなんですか」

 

 

 中継点にいた大門先生に先頭の状況を確認すると、意外な事にムツミでもタカトシでもない他の人が先頭を引っ張ってるようだ。

 

「お前らも気合いみせろ」

 

「先生、疲れた……」

 

「情けない……それでも男か」

 

 

 給水して回復した私たちは、弱音を吐いている男子を他所にゴール目指して走り始めた。

 

「給水があってよかったよ。妙に喉が渇いて駄目だね」

 

「口で呼吸するから乾くのよ。こういう時は鼻で呼吸すれば楽になるわ」

 

「分かった。鼻息荒くすればいいんだね」

 

「イマイチちゃんと伝わってない……」

 

 

 隣で鼻息を荒くしながら走られるのは、かなり気が散るんだけどな……まぁ、これでネネが楽になってるならいいんだけどさ……

 

「スズちゃん……余計に疲れてきた」

 

「当たり前だろ!」

 

 

 余計な事をしてるんだから、その分疲れるのは当然である。そんなことも分からずにやっていたなんて……

 

「とりあえず、ゴールするまでは大人しくしてるね」

 

「そうしなさい……」

 

 

 私たちは結局、半分より前でゴールする事が出来た。要因は殆どの男子が中間点前で体力を使い果たし、後半はだらだらと走っていたからだろう。

 

「二年生の部、一位は柔道部主将の三葉ムツミさんです」

 

「いや~、勉強出来ない分こっちで頑張らないとって思ってましたから」

 

「ラストのごぼう抜き、凄かったですね」

 

「タカトシ君が泣いてた女の子を助けてなかったら、私は二位でしたけどね」

 

 

 なるほど、それでタカトシがトップじゃなかったのね。

 

「人助けとは、さすが副会長ですね」

 

「たまたま視界に入っただけです」

 

「ご謙遜を。未来のハーレム要員?」

 

「新聞部は余程潰されたいんですね」

 

「ごめんなさい、冗談です」

 

 

 何やってるんだか……まぁ、タカトシなら泣いてる子を無視して走り続けるなんてしないだろうと思うけど、まさかほんとに助けてたとはね。

 

「スズちゃん、顔赤いよ?」

 

「な、何でもないわよ!」

 

 

 これは疲れたからよ! そうに違いないわ!




畑さんのセリフ、楽勝で脳内ボイス再生が出来たんですが……


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マラソン大会 後編

それでいいのか、元生徒会長……


 三年生の部という事で、運営本部を任された俺は、スターターとしてスタート地点に向かう事にした。するとこの間生徒会室で見たOGの古谷さんがシノ会長とアリア先輩に話しかけていた。

 

「暇だから遊びに来たら、面白そうな行事やってるな」

 

「古谷先輩、一昨年までこの学園にいたじゃないですか。マラソン大会だってあったでしょうに」

 

「いや~運動会とかマラソン大会とかの前日に風邪をひいてた記憶しかないな~」

 

「古谷先輩、こういった体を動かす行事嫌いでしたものね~」

 

 

 つまり、サボってたという事か……仮にも生徒会長だった人がいいのか、それで……

 

「おっ、スターターは津田君なのか。それ貸してくれ」

 

「はぁ……まぁいいですけど」

 

 

 こんなのは誰がやっても変わらないし、横島先生と顔見知りという事で問題なく溶け込んでるようだしな……

 

「よーしそれじゃあ、一位の奴には津田君と一発やる権利を進呈しようじゃないか!」

 

「下らん事言ってないでさっさと準備しろ」

 

「おっ、年上に対してため口とは、なかなか度胸があるね、君は」

 

「普段はちゃんと敬語使いますけど、ツッコミの時はどうしても使っちゃうんですよ」

 

「というか、随分と気合が入ってる連中が多いな。どれだけ堕としてるんだ、君は?」

 

「知るか! てか、さっさと仕事しろ!」

 

 

 最近シノ会長やアリア先輩が大人しくなってきたから忘れてたけど、何でこの学園は下発言を普通に流してるんだか……

 

「よーい! バン!」

 

「スタートピストルじゃなく口で言ったよ、この人……」

 

 

 何のために渡したんだか分からなくなってきたな……まぁ、スタートしちゃったし仕方ないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古谷先輩の登場でちょっとおかしな展開でスタートしたが、私とアリアは問題なく走っている。

 

「スタートダッシュを決めたやつらも、ペース配分を間違ったからかあっさり抜いてしまったな」

 

「本気は最後まで取っておくものだもんね~」

 

「そろそろ給水ポイントが見えてくるはずだが」

 

「前に何人くらい走ってるんだろうね~」

 

 

 普通に実力者の連中はまだ前にいるだろうし、気合いで保ってる人間も数人いるだろう。少なくとも私たちがトップ、というわけではないだろうな。

 

「お疲れ様です」

 

「ここは萩村の担当なのか」

 

「ええ。本当はタカトシが担当するはずだったんですけど、私では古谷さんの相手は出来ませんので」

 

「まぁ、私たちも若干扱いにくいからな、あの人は」

 

 

 昔のままなら何とかなったかもしれないが、私もアリアもタカトシに変えられてしまったからな……

 

「むっ」

 

「どうしたの、シノちゃん?」

 

「いや、今『タカトシに変えられた』と心の中で呟いたんだが、なんだか意味深な気がしてな」

 

「下らん事考えてないでさっさと走ってください。会長と七条先輩は現状十位と十一位ですので」

 

「なんだ、前にそれだけしかいなかったのか」

 

 

 もう少しいるかと思ってたのだが、どうやら普段のペースでも問題なく上位に食い込めるようだな。

 

「ちなみに、先頭は五十嵐先輩ですので」

 

「五十嵐が? アイツ、そんなに足早かったのか」

 

「男子から逃げてるうちに早くなったのかな~?」

 

「私が見た限り、鬼気迫るものを感じましたが」

 

「やはりアイツはムッツリスケベだな」

 

 

 古谷先輩が勝手に設定した賞品がそんなに欲しいのか……だが、万が一本当に一発やれるとなると、不純異性交遊になるのではないだろうか……

 

「学外なら問題ない、か……アリア、少しペースを上げるぞ」

 

「そうだね」

 

「では、頑張ってください」

 

 

 萩村に見送られ、私たちはさっきまでよりもペースを上げ前を走る九人を追いかける事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんも走っているので、実況を任された私とムツミ先輩は、ゴール地点で先頭のランナーが帰ってくるのを待ち構えていた。

 

「そう言えばムツミ先輩、トップでゴールおめでとうございます」

 

「ありがとう。でも、タカトシ君が人助けしてなかったらきっと二位だったろうけどね」

 

「まぁ、タカ兄が本気で走ってたら、ぶっちぎりの一位でしたでしょうし、適度に手を抜いていたのが分かる走りでしたからね」

 

「タカトシ君、身体能力も高いもんね」

 

 

 雑談で盛り上がっていると、向こう側にいるタカ兄に睨まれたので、私は大人しく先頭のランナーが来るのを待つことにした。

 

「おっ、見えてきましたよ」

 

「ほんとだ! あれは……天草会長と七条先輩だー!」

 

 

 実況という事で、ムツミ先輩は観客を盛り上げるように喋っている。天然ピュア娘だが、このくらいは出来るようだな。

 

「さらに、二人の少し後ろには五十嵐先輩もついてきているー!」

 

「これは三人の一位争いですね」

 

「残りは直線三百メートル、誰が一位でもおかしくない展開だー!」

 

「おっと、三人の後ろに畑先輩もいますね~。さすが、日夜スクープを探して東奔西走してるだけはありますね」

 

 

 正直畑先輩は最下位争いかなと思ってたけど、やる時はやるんだな~。

 

「残り百メートル、これはタッチの差か~!」

 

「いや、胸の差じゃないですかね~」

 

 

 私のコメントが聞こえたのか、ゴール手前でシノ会長がヘッドスライディングをかまし、見事一位に輝いた。

 

「ヘッドスライディングでゴールする人、初めて見ました」

 

「私もだよ……」

 

 

 ちなみに、一位の景品はもちろん認められず、シノ会長には万雷の拍手が送られたのだった。




不純な動機で頑張るのは良くないですね……


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大学の文化祭

一回も出た事無いな……


 OGの古谷さんに誘われたらしく、生徒会役員で大学の文化祭に遊びに行くことになった。

 

「ここですか」

 

「ああ、古谷先輩は頭いいからな」

 

「まぁ、その辺りは置いておくにしても、かなり盛り上がってますね」

 

 

 一般の人も相当入っているのだろう、かなりの賑わいを見せている。

 

「高校と大学の差は当然あるが、我が校もこれくらい盛り上がる文化祭を目指そうではないか」

 

「シノちゃん気合入ってるね~」

 

「ところで、その古谷さんはどちらに?」

 

 

 萩村が辺りを見回すが、古谷さんの姿は見られない。まぁ、普通に考えて自分が担当している出し物の所にいるのだろうがな。

 

「えっと、確か古谷先輩は飲食系の出し物をしてるとか言ってたな」

 

「何でも世界の珍しい料理を振る舞ってるとか」

 

「楽しみですね」

 

「さすが主夫、料理に喰い付いたわね」

 

「別にそういうわけじゃないんだけどな」

 

 

 単純に珍しい料理に興味があるだけで、自分ならこう調理するのに、とか考えるつもりは毛頭ない。

 

「とりあえず行くか」

 

「そうだね~。あっ! はぐれると大変だから、スズちゃんは私と手を繋ぎましょう」

 

「子供扱いしないでください!」

 

「じゃあタカトシ君と繋ぐ?」

 

「……子供扱いしないでって言ってるじゃないですか」

 

「今の逡巡はなんだったのかな~?」

 

「とにかく、はぐれないんで大丈夫です!」

 

 

 強がったスズは俺たちを置いてずんずん進んでいった。

 

「アイツ、場所分かってるのか?」

 

「まぁ、スズちゃんは頭いいから、自分で調べられると思うよ」

 

「とりあえず俺らも行きましょうか。どっちにしてもスズとはぐれてしまいますし」

 

「そうだな」

 

 

 スズを追いかける為、俺たちも構内を進むことにした。それにしても、なんだか見られてる気がするのは気のせいなのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人混みを抜けて、漸く古谷先輩が担当している場所に到着すると、同じタイミングで萩村もやってきた。

 

「何故私たちの後に萩村が来るんだ?」

 

「ちょっと人波に攫われまして……」

 

「スズちゃんは小さいもんね」

 

「喧嘩売ってるのかー!」

 

「おっ、ようやく来たな後輩共」

 

「古谷先輩、今日は招待いただきありがとうございます」

 

「気にするなって。ささ、入った入った」

 

 

 古谷先輩に背中を押され、私たちは店内へと入っていく。押される私を見ながらアリアとタカトシが笑っていたように見えたが、まぁ気にしないでおこう。

 

「ところで先輩、随分と可愛らしい恰好をしてますね」

 

「手作りだぜ。身体中のサイズを測って作ったオーダーメイドだ」

 

「何だか大変そうですね」

 

「まぁ、日常生活でこんな格好するわけないから、わざわざピッタリのサイズで作る必要は無かったんだがな」

 

 

 確かにこんな格好を日常生活でしていたら目立つだろうが、せっかく作ったんだからそんなことを言わなくてもいいんじゃないだろうか。

 

「まぁいいや。とりあえずおすすめを持ってくるから、感想よろしく」

 

 

 そう言って古谷先輩は一度奥に引っ込み、そしていくつかの料理を持ってきてくれた。

 

「ささ、食べてみてくれ」

 

「美味しそうですね」

 

「あっ、食べてるところ写真に撮っていいか?」

 

「別にいいですけど、何の料理ですか?」

 

「牛のペ○ス」

 

「え……」

 

「ペ○ス咥えてるところを撮らせてくれ」

 

 

 かなり思わせぶりな言い方になったが、アリアとタカトシは気にせず食べ始める。

 

「これ美味しい」

 

「ですね。若干味が濃いですが、元々こういう味付けの料理なんですか?」

 

「おう! しっかりと調べて作ったから間違いないぞ」

 

「今度レシピ調べてみよう」

 

 

 タカトシが満足するという事は、かなり美味しいのだろうが、さっきの古谷先輩の表現の所為で、食べるのを躊躇ってしまう……くそ、こうなったら元が何かなんて気にせず食べよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古谷先輩に料理の感想を告げ、そろそろ時間だからという事で帰る事になった。

 

「美味しかったね~」

 

「大学生が作るって聞いてたので、あまり期待していなかったのですが、結構美味しかったですね」

 

「それにしても、アリアもタカトシもよく平気な顔で食べてたな」

 

「別に元の形をしてるわけじゃないんですし、いちいち気にしていたら何も食べれなくなりますよ?」

 

「それはそうなんだが……」

 

「それよりも、俺はなんだかじろじろと見られていた方が気になりました」

 

「まぁ、君は背も高いし、色々と目立っていたのだろう」

 

 

 シノちゃんは誤魔化したけども、視線の理由はタカトシ君以外にはすぐ分かった。私服姿のタカトシ君に見とれた人の視線や、私たちに対する嫉妬の視線が多く突き刺さっていたのだ。

 

「それにしても、帰り際にかなりお土産を貰いましたね」

 

「売れ残りだからって次々と……親戚のおばちゃんを思い出した」

 

「俺もです……まぁ、コトミにでも食わせるか」

 

「そう言えば、タカトシ君ご両親は?」

 

「また出張です。いったいどんな仕事をしてるんだか……」

 

 

 タカトシ君が呟いた言葉に、私たちは頷いて同意した。出張ばっかりの仕事なんてそうそうないだろうし、ましてやタカトシ君のご両親ばっかり出張に行かされるなんて、他に人がいないのだろうか。

 

「とりあえず、夕飯はこれでいいや」

 

「タカトシ、やはりお前は主夫だな……」

 

「なんですか、いきなり」

 

 

 シノちゃんの言葉に首を傾げたタカトシ君だったけども、私もスズちゃんもシノちゃんと同じ気持ちだったんだよね……まぁ、ここにいる誰よりも家事スキルが高いタカトシ君だし、仕方ないんだろうけどもね。




元が何だったかを気にしてたら、本当に肉なんて食べられない……


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落ち葉掃き

時期的にピッタリですね


 秋も深まり、落ち葉が目立つ季節になってきた。今朝も校門から昇降口の間に落ち葉が目立ち、数人が足を取られコケそうになっていたのを目撃した。

 

「というわけで、我々生徒会で敷地内の掃除をしようではないか」

 

「相変わらず唐突に物事を決めますね、シノ会長は」

 

「ですが、確かに危ないですからね」

 

「落ち葉って意外と滑るものね」

 

 

 作業の手を止めて私の意見に同意してくれた三人に、私は満足して大きく頷いた。

 

「用務員さんに頼り過ぎるのも良くないし、我々は生徒会役員だ。人が嫌がる事を進んでするのも仕事だからな」

 

「恥ずかしいなら言わなければいいのでは?」

 

「べ、別に恥ずかしくて赤くなっているわけじゃない! これは、その……若干寒いだけだ!」

 

 

 前なら「欲求不満なだけだ!」と言ったかもしれないが、今は我慢する事を覚えたからな。それに、あまり下ネタばかり言っていると、タカトシに異性として意識されないし……

 

「なら、しっかりと暖かい恰好をしてから掃除をしましょう。シノ会長に風邪をひかれると大変ですからね」

 

「いや、私がいなくても君や萩村がいるだろ」

 

「俺や萩村では認印は押せませんから」

 

「この時期に認印が必要な案件があるとは思えないがな」

 

 

 とりあえずタカトシの進言通り、上に何か羽織る物を持ってきてから外に出る事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんの提案で学園内の掃き掃除をすることになったんだけど、改めてみると敷地内って広いのね。

 

「落ち葉ってこんなにあったのね~。普段なんとなく見てるけど、じっくり見るとすごいわ」

 

「だが、これだけあれば落ち葉焚きが出来るな。横島先生がサツマイモを差し入れしてくれたから、これが終われば焼き芋大会だ」

 

「「へー」」

 

「なんだその反応は! まるで私が焼き芋を楽しみにしてるみたいじゃないか!」

 

 

 実際そうなのではないかしらと思ったけど、タカトシ君もスズちゃんもスルーしたみたいだし、私もツッコミに慣れてないから黙っておこうかしら。

 

「おや? 生徒会の皆さん、何をしてるんですか?」

 

「見ての通り、落ち葉を掃き集めている」

 

「大変そうですね~。それじゃあ、頑張ってください」

 

「待て。せっかくだからお前も手伝っていけ」

 

「え~、でも私生徒会役員じゃないですし、報酬無しじゃやる気起きません」

 

「終わったら焼き芋があるそうだ」

 

「じゃあ手伝います」

 

 

 タカトシ君が上手く誘導して、コトミちゃんも手伝ってくれることになった。それにしても、コトミちゃんの扱いに長けているわね、タカトシ君は……

 

「というわけで、マキも連れてきました」

 

「こ、こんにちは」

 

「八月一日さんもありがとう。それじゃあ、二人はあっちをお願い」

 

 

 タカトシ君に指示され、コトミちゃんとマキちゃんはその場所へ移動し掃き掃除を始めた。よく見ると向こう側でカエデちゃんも手伝ってくれてるし、やっぱり校内が綺麗になると嬉しいのかしら。

 

「アリア、手が止まってるぞ?」

 

「ごめんなさい。皆手伝ってくれて嬉しいなって思って」

 

「確かに、大した報酬が出るわけじゃないのに、こうして手伝ってくれるのはありがたいよな」

 

 

 シノちゃんと感動を共有して、私たちも掃除を再開する事にした。だって、あまりサボってるとタカトシ君に睨まれちゃうからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ち葉焚きに必要な分以外はゴミ袋に回収し、後日業者に持って行ってもらう事にして、私たちは横島先生が差し入れてくれたサツマイモをアルミに包んで、たき火の中へ放り込んだ。

 

「こうしてたき火を囲むなんて初めてかもしれません」

 

「今は規制とかいろいろあるからな」

 

「タカ兄、疲れた~」

 

「お前は途中から箒を振り回して遊んでたからだろ」

 

 

 タカトシに怒られても、コトミはタカトシに寄りかかるのを止めない。妹だから自然なスキンシップが出来るんだろうけども、ちょっとうらやましわね……

 

「焼けたぞ~」

 

 

 たき火を仕切っていた横島先生が完成した焼き芋を取り出し、一人一人に配っていく。

 

「甘くておいしいな」

 

「私、焼き芋って初めて自分で作ったけど、結構おいしいんだね~」

 

「横島先生がちゃんとアルミも買って来てくれてよかったです。直接火に放り込むと黒焦げになっちゃいますからね」

 

「タカ兄、お茶が欲しい」

 

「自分で買いに行け」

 

 

 それぞれがそれぞれの感想を言い合いながら、私たちはホクホクの焼き芋を食べる。

 

「どうして冬に近づくにつれて焼き芋を食べたくなるのかしら」

 

「さぁ? でも、確かにそういう人が多いらしいね」

 

「特に女子は、太るかもと分かっているのに止められないのよね」

 

「何だか実感が籠ってるな、五十嵐。さては。毎年少しずつ太っているのか?」

 

「太ってませんよ! ……あっ、でも最近ブラがきつくなってきたような気が」

 

「ちくしょー! 私だって大きくなってやるんだからな!」

 

「おーい。あと一本残ってるんだが、誰か食べるかー?」

 

「もうお腹いっぱいですよ」

 

「それじゃあ、食べてないから私が食べるか」

 

 

 真面目に火の番をしていたので、横島先生は焼き芋を食べていなかったようだ。最後の一本を横島先生が食べ、しっかりと火の処理をして、本日の清掃活動は終了したのだった。

 後日、校内美化ボランティア活動をしていたと新聞部に取り上げられたのだが、作成過程の物はかなり酷かったので、タカトシがしっかりと構成し直して今の内容で発行されたのは、生徒会役員と新聞部だけが知る秘密になったのだった。




珍しく真面目な横島先生……


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放課後の生徒会室

今回は堂々と登場させられる


 放課後はもはや日課の生徒会業務をこなすため、スズと一緒に生徒会室へと向かう。

 

「そう言えばそろそろ定期試験だけど、アンタの妹大丈夫なの?」

 

「さぁ、どうなんだろうな……また直前に泣きついてくるんじゃないかな」

 

 

 実際コトミが家で勉強してるところなんてみた事無いから、外で勉強してないんだったらそうなるんだろうな。

 

「私たちも手伝いましょうか?」

 

「そうだね。きっと時さんも一緒だろうし、会長たちも便乗して来るかもしれないしね」

 

 

 何処で聞きつけたのか分からないが、毎回のようにシノ会長やアリア先輩、カエデさんもいたりする。この三人は同じ学校だから分かるんだが、何故かカナさんやサクラさんも参加する時があるんだよな……

 

「会長」

 

「はい?」

 

「あれ? 何でカナさんがここに?」

 

 

 生徒会室の扉を開けたら、何故かカナさんとサクラさんがいた。

 

「今日って交流会の日でしたっけ?」

 

「違います。普通に遊びに来ただけです」

 

「すみません……私じゃカナ会長を止める事が出来ませんでした」

 

 

 サクラさんが申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げてきたが、そこまで謝られるとかえって困るんだけどな。

 

「それで、何故カナ会長はシノ会長のジャージを?」

 

「実はですね、ここに来る途中トラックに水を撥ねられまして……今洗濯してもらってるところです」

 

「そうでしたか。それで、本当に遊びに来たんですか?」

 

「英稜は今日、生徒会業務がありませんでしたので」

 

「まっすぐ帰るのかと思ってましたが、気付いたら桜才学園の前でして……」

 

「サクラさんも疲れてるんですね……」

 

 

 途中で気づきそうなものだが、顔色を見るにだいぶ疲れているようだった。まぁ、邪魔さえされなければいても問題は無いわけだし、知らない間柄でもないから問題はないか。

 

「それで、シノ会長は?」

 

「シノちゃんなら、カナちゃんの服の洗濯、乾燥を頼みに行ってるよ~」

 

「そうですか。じゃあ、帰ってくる前に片づけちゃいましょうか」

 

 

 何時もの場所に腰を下ろし、溜まっている作業を片付け始めると、前から視線を感じた。何時もなら正面は空席なのだが、今日は英稜の二人がいるからそのせいだろう。

 

「タカトシさん、画面もキーボードも見ずに打ち込みが出来るんですね」

 

「慣れですね。家でもたまにやりますし、最近はエッセイも手書きから打ち込みに変えたので余計にですね」

 

 

 何故か俺の仕事になっている新聞部のエッセイだが、手書きだと面倒になってきたのでパソコンで打ち込んで印刷したものを畑さんに渡している。データで渡してもいいのだが、どこかで取引しそうな雰囲気を感じたので、大事を取って印刷物を渡す事にしているのだ。

 

「スズポンも電卓を使わずに計算してますし、桜才の役員はスペックが高いですね」

 

「そんな事ないと思いますけど」

 

「いえいえ、見た目完全にロリのスズポンが領収書の計算を簡単にやるなんて、誰も思いませんって」

 

「よっし喧嘩だ!」

 

「スズ、落ちつけ」

 

「カナ会長も、仕事の邪魔しちゃだめですよ」

 

 

 俺とサクラさんでスズとカナさんを宥め、とりあえず平穏を取り戻した。

 

「待たせたな。洗濯と乾燥が済んだから貰って来たぞ」

 

「シノ会長、長かったですね?」

 

「途中で畑に捕まってな。インタビューを受けていたんだ」

 

「そう言う事ですか。とりあえず今月のホームページの更新と、必要書類をデータ化して保存しておきました。後で確認してください」

 

「こちらも、領収書の計算が終わりましたので、後は会長がチェックして終わりです」

 

「うむ、ご苦労だった。それでタカトシ」

 

「はい?」

 

「カナが着替えるから廊下に出ててくれ」

 

「あぁ、そうですね」

 

 

 別に気にしないんだが、普通に考えて異性がいたら着替えられないか……俺はパソコンの電源を落として廊下へ出るために腰を上げ生徒会室から出ていく。

 

「あっ、私もちょっと用事があるので」

 

 

 サクラさんも立ち上がり俺の後に続くように廊下に出てきた。

 

「用事というのは嘘ですね?」

 

「あは、バレちゃいましたか。ちょっと最近お話出来てないので、この機会にと思いまして」

 

「バイトもなかなか時間が被りませんしね」

 

「タカトシさんがどんどん出世しちゃうからですよ」

 

「そんな事ないと思うんですが」

 

 

 精々新人教育を任されてるくらいで、そこまで出世したとは思わないんだが……まぁ、任された理由も、その子が桜才学園の子だからなんだけどな。

 

「最近、勉強が疎かになりがちなんですよね」

 

「何か悩み事でも?」

 

「卒業したらどうしようか、とかいろいろ」

 

「進学するのではないんですか?」

 

 

 てっきりサクラさんも大学に進学するものだと思ってたけど、何かやりたい事でもあるのだろうか?

 

「進学はするつもりですが、何をしたいかがさっぱり分からなくて……萩村さんのように留学するわけでもないですし、ただたんに進学するのもどうかと思いまして……それほど余裕がある家でもないですし」

 

「まだ一年ありますし、ゆっくりやりたい事を見つければいいのではないでしょうか? そもそも、やりたい事がはっきりして進学する人ばかりじゃないですし、とりあえず大学に通って、やりたい事を見つけるのも手だと思いますよ」

 

 

 何故か人生相談みたいなことになったが、サクラさんはスッキリしたような表情で頷いてくれた。とりあえずは良かったみたいだな。




ウオミーと萩村の相性の悪さ……


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シノのコンプレックス

勉強会ですね


 期末試験の勉強会を開く為、我々桜才学園生徒会役員と、英稜高校生徒会会長と副会長、そして五十嵐が教える側として参加し、コトミとトッキーの赤点回避を目指すべく津田家へと集合した。

 

「毎回毎回、妹の為に申し訳ありません」

 

「気にするな。こちらこそ、毎回お泊りしたり料理を用意してもらったりと世話になってるからな」

 

「そうですよ、タカ君。私たちだって勉強しなければいけないのですから、場所を提供してもらって感謝してるんですよ」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げたタカトシに、私とカナがフォローというか気にするなと告げ、アリアたち他のメンバーも頷いてタカトシの心配を減らそうとする。

 

「タカ兄は気にしすぎなんだよ~。勉強会なんだから勉強すれば問題ないって」

 

「そもそもお前が自力で赤点回避出来れば問題ないんだがな」

 

「だって、タカ兄と頭の出来が違うんだから、そんなの無理に決まってるじゃん。受験の時だって、かなりギリギリで合格したんだし」

 

「威張っていう事じゃねぇだろ、それ……そもそも、私やお前は見捨てられたら補習になって冬休みは半減、そしてお前は塾に入れられて自由時間だって無くなるんだぞ? 感謝するなら分かるが、何でお前が偉そうに言ってるんだよ」

 

 

 トッキーにツッコまれ、コトミは自分の境遇を思い出し慌てて正座をして我々に頭を下げる。

 

「出来の悪い生徒ですが、この通りよろしくお願い申し上げます」

 

「私も、毎回申し訳ないです……」

 

 

 コトミとトッキーに頭を下げられ、我々は勉強会を開始する事にしたのだった。ちなみに、タカトシはコトミに教える事が出来ないので、コトミの担当は私とアリア、カナの三人が受け持つことになったのだった。

 

「そう言えばマキも呼んだんだけど、まだ来てないの?」

 

「八月一日さんなら、少し遅れると連絡が来たぞ」

 

「何でタカ兄に? 普通私にじゃないの?」

 

「家主がタカトシだからじゃないか? とにかく、コトミはさっさと勉強道具を用意しろ」

 

 

 何時まで経っても用意する気配が無かったコトミを注意して、我々も自分たちの勉強道具を取り出し勉強をすることにした。それにしても、この人数が問題なく入れるとは、相変わらず大きな家だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんと私は時さんの担当をスズさんと五十嵐先輩にお任せして、とりあえず自分たちの勉強をすることになった。と言っても、タカトシさんはすらすらと問題を解いていくのに対して、私は途中躓いたりタカトシさんに教わったりしてようやく進めているのだが……

 

「同じ副会長として、なんだか情けなく思います……」

 

「役職とかは関係ないですし、俺だって分からないことはありますから」

 

「例えば?」

 

「そうですね……何であの人たちはふざけてるのに成績上位なのか、とか」

 

 

 タカトシさんの視線の先には、コトミさんに勉強を教えてるはずの三人がおかしな話題で盛り上がっている姿があった。最近は控えているらしいですが、カナ会長が一緒にいるという事で箍が外れているのか、天草さんも七条さんも楽しそうに会話している。

 

「まぁ、勉強出来るって事なんでしょうけども、コトミまで盛り上がってて大丈夫なのか?」

 

「お兄さんとしてはやはり心配なのですか?」

 

「塾通いとなると、月謝とかその他いろいろ用意しなければいけませんからね。結局金がかかるんですよ」

 

「た、大変ですね……」

 

 

 そんなことまで考えなければいけないとは、さすがタカトシさんですね……私だったら塾に通わせて成績が良くなるのだろうかとか考えてしまいますが、そこに考えが及ぶとはやはりタカトシさんは主夫なのでしょうね。家計のやりくり、とかそういう概念なんでしょうし……

 

「サクラさん、そこ違いますよ」

 

「えっ?」

 

 

 タカトシさんに指摘され、私は自分がミスしている事に気が付いた。会話しながらでもしっかりと間違いを見つけ出せるとは、その能力が羨ましいです。

 

「すみません、遅れました」

 

「いらっしゃい、八月一日さん」

 

「あっ、マキ! 先輩たちが苛める~」

 

「苛めてなど無い。お前が我慢出来るかどうか試しているだけだ」

 

「ものの見事に集中出来てないようですがね。五問中四問間違えてます」

 

「これはもっと気合いを入れるしかなさそうだね~」

 

 

 どうやらあの会話はコトミさんが我慢出来るか、集中する事が出来るかどうか確かめる為に繰り広げられていたらしいが、問題をテキトーに切り上げて会話に加わった時点で三人は内容を変えればよかったのではないのでしょうか……

 

「とりあえず八月一日はタカトシたちと一緒に自分の勉強をしてればいいさ。我々でコトミを、萩村と五十嵐がトッキーを立派に育て上げるからな」

 

「胸は立派に成長中なんですけどね~」

 

「喧嘩売ってんのかー!」

 

 

 コトミさんの一言に天草さんが盛大に反応を示した。身体的コンプレックスなのか、天草さんは胸の大きさを過剰に気にしているのだ。

 

「あそこまで気にする必要あるのでしょうか」

 

「さぁ? 俺には分からないことですから」

 

「そ、そうですよね……」

 

 

 タカトシさんが分かったらそれはそれで嫌ですし、コンプレックスくらいみんなあると思うんですよね……ちなみに私は、タカトシさんやスズさんと比べて残念な頭が悩みなんですが……




気にし過ぎは何事も良くないですけどね……


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常人と超人

自分は常人ですね……


 シノ会長とカナ会長とアリア先輩にみっちり教え込まれたおかげで、トッキーより私の方が先に限界を迎えてしまった。

 

「だらしないぞ、コトミ。まだたったの三時間ではないか」

 

「常人は三時間もぶっ通しで勉強したらこうなるんですってば……」

 

「三時間くらい余裕だろ?」

 

「余裕ですね」

 

「普段からそんなものだしね~」

 

「三人が異常なだけですって!」

 

 

 私は仲間を求めて視線を三人からトッキーグループへと移した。

 

「三時間くらいどうってことないでしょ」

 

「まぁ、出来なくはないですね」

 

「私もテスト前はそれくらいしてますし」

 

「な、何だこの空間は……まるで私やトッキーが異常者みたいではないか」

 

 

 スズ先輩もカエデ先輩もサクラ先輩も優秀な人だし、タカ兄はそれくらい楽にこなしちゃうだろうしな……

 

「そうだ! マキは!」

 

「私は二時間くらいしか集中力がもたないかも……」

 

「二時間でも十分だと思うけどね。ほら、甘いもの作ったから休憩にしろ」

 

 

 今回もタカ兄は私とトッキーのどちらにも勉強は教えず、場所の提供と食事の準備を担当している。それにしても、我が兄ながら料理の腕はさすがだな……嫁に迎えたいくらいだ。

 

「さっきから厨ニが出てるぞ」

 

「タカ兄は三時間くらい楽勝で勉強出来るでしょ?」

 

「普段学校で六時間勉強してるだろ」

 

「あれは休憩を挟んでるし、ここまでスパルタじゃないもん」

 

「てか、コトミはたまに寝てるだろ」

 

「あっ、トッキー! それは言わないでっていったじゃん!」

 

「いや、お前が授業中に居眠りしてるのは聞いてるし、そのせいで内申に響いてるのも知ってる」

 

 

 さ、さすがタカ兄……教師からの信頼も厚いので、私の事なんてすぐ伝えられちゃうのか……まぁ、お母さんたちが出張がちだから、実質タカ兄が私の保護者みたいなものだし、仕方ないんだろうけどもね……

 

「シノ会長たちも、少し休憩してください」

 

「すまないな。私たちもいただくとしようか」

 

「相変わらず美味しそうですね」

 

「タカトシ君なら、すぐにでもお店を開けるだろうね~」

 

「あくまで家庭料理レベルですよ」

 

「いえいえ、この美味しさは一個千円でも売れるレベルですって」

 

「何処から湧いて出てきた、アンタは」

 

 

 しれっとタカ兄のケーキを食べている畑さんに、タカ兄は拳骨を振り下ろす。

 

「だって、美味しそうな匂いにつられて」

 

「また張り込んでたのか……」

 

「てか、最初から畑さんの分も作ってたでしょ、タカ兄」

 

「いるのは分かってたし、後から文句言われるのも面倒だったからな」

 

 

 気配察知において、タカ兄に勝てるはずもないし、そもそもタカ兄はケーキ食べないんだから、一個余る計算だったしね。

 

「では、休憩が済んだらまた勉強するからな」

 

「特にコトミちゃんは赤点すれすれじゃ駄目なんだから頑張らなきゃね」

 

「日ごろの悪評がここでのしかかってきますね」

 

「平均届かないと補習とか、いじめですよ……」

 

 

 授業態度や提出物でマイナス査定を喰らっているので、赤点すれすれではアウトなのだ。それにしたって平均点を取らなきゃ補習は横暴だと思うけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩御飯もご馳走になり、畑さん以外はお風呂もいただき、いよいよ部屋決めの時間になった。

 

「今回はトッキーがリビング、コトミが自室で決定しているから、リビングに三人、コトミの部屋に二人、そしてタカトシの部屋に二人だ」

 

「客間がありますけど」

 

「いや、タカトシに教わりたい人もいるだろうし」

 

「……分かりました」

 

 

 客間よりタカトシ君の部屋が良いと、私たちの気持ちを感じ取ったのか、特に抵抗することも無くタカトシ君は部屋に戻っていった。

 

「それでは今回はコトミに作ってもらったくじを引いてもらう」

 

「間違ってもタカ兄と合体は許しませんから――あだっ!?」

 

「お前はさっさと風呂に入れ」

 

「タカ兄、一緒に入る?」

 

「大人しく風呂に入るか、説教されてから入るか選ばせてやる」

 

「大人しく入ります!」

 

 

 タカトシ君に脅され、コトミちゃんは脱兎のごとく洗面所へ逃げ出した。

 

「大変だね、タカトシ君も」

 

「先輩たちが大人しくなったので、多少マシにはなりましたが」

 

「アリア、次はお前の番だぞ」

 

「はーい」

 

 

 シノちゃんに呼ばれ、私はくじを引くためにタカトシ君の側を離れる。

 

「今回こそタカトシの部屋に……」

 

「タカ君の部屋でトレジャーハンティングを……」

 

「ツッコミの機会が少ない部屋が良い……」

 

 

 それぞれ思ってる事が声に出ちゃってるけど、幸いタカトシ君は部屋に行っちゃったから誰もツッコミを入れることは無かった。

 

「くそっ! コトミの部屋か……」

 

「私はリビングですね」

 

「私もだ……」

 

 

 三人が外れを引いたので、私がタカトシ君の部屋になる確率は二分の一ね……緊張してきた……

 

「私はコトミさんの部屋ですね」

 

「あっ、私リビングだ。よろしく、トッキー」

 

「……という事は、タカトシの部屋に泊まるのはアリアとサクラの二人だな」

 

「サクラっち、じゃんけん弱いけどくじ運は良いですね」

 

「余り物には福がある、ってやつですかね……今回も最後に引きましたし」

 

「それじゃあタカトシに結果を伝え、布団の用意をしてもらうとするか」

 

 

 リビングを片付けたり、お布団を用意したりと、家主じゃなきゃ出来ないことだもんね。そういうわけで私とサクラちゃんとでタカトシ君の部屋に向かい、お布団の用意をお願いする事になったんだー。




畑さんは大人しく――かは置いておくとして、帰りました


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アリアの気持ち

アリア視点は難しいんですよね……


 部屋にシノ会長とカエデ先輩がやって来て、私はみっちりと勉強をすることになった。

 

「お二人とも残念でしたね~」

 

「バカな事言ってないでさっさと始めろ」

 

「そもそも私たちはコトミさんの勉強を見るためにこの家に来ているのですから、この部屋に泊まるのはある意味で当然なんです」

 

「またまた強がっちゃって~。さっきからタカ兄の部屋の方を見てるじゃないですか」

 

 

 タカ兄の部屋行きのチケット――という名の当たりくじを引いたアリア先輩とサクラ先輩の事を恨めしそうに眺めていたのを、私は見逃さなかったし、今だって悔しそうにタカ兄の部屋を睨んでいるということは、二人の言葉が上辺だけだという事を証明するに値すると思うんだけどな。

 

「そんなこと言ってる余裕があると思ってるのか、コトミ? 我々がこの部屋に泊まるという事は、簡単には寝かせないという事だぞ?」

 

「今度の試験、平均以上を取れるようにみっちりと教えてあげますので」

 

「な、なんだか目が本気じゃないですか? 何時もの会長は何処へ!?」

 

「さぁ、勉強道具を出すんんだ」

 

「私たちが楽しい冬休みを提供してあげますね」

 

「だ、誰か助けてー!」

 

 

 私の叫びが部屋にこだましたが、誰も助けてはくれなかった……てか、タカ兄たちに聞こえてたとしても、助けに来てはくれなかっただろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう部屋決めでタカトシ君と同じ部屋になるのは珍しい気がする。何時もサクラちゃんやカエデちゃんが当たりを引いてしまうので、私はこうしてタカトシ君の部屋に入る事すら久しぶりな気がする。

 

「キョロキョロしても良いものなんてないと思いますが」

 

「ううん、なんだか久しぶりな気がして」

 

「そうでしたっけ? まぁ、特に見られても困らないのでお好きなように」

 

「どこか行くの?」

 

「風呂ですよ。皆さん入り終わったようですし、最後に掃除もしなきゃいけないので」

 

 

 相変わらずの主夫発言に、私はついつい笑ってしまった。

 

「どうかしたのですか?」

 

「大したことないんだけど、普通の男子高校生なら、女の子が入った後のお風呂って緊張するんじゃないのかなって思ったんだ」

 

「まぁ、タカトシさん以外だったら緊張するかもしれませんね」

 

 

 シノちゃんやカナちゃん、カエデちゃんやサクラちゃんと、美少女が入った後のお風呂だ、緊張しない方がおかしいと思うんだけどな……逆に考えれば、私だと絶対緊張すると思うんだよね。

 

「でも、興奮してるタカトシ君は想像出来ないな」

 

「もう慣れてしまったからじゃないですか? タカトシさんは私たちといても特に緊張してませんから」

 

「むしろ中心となって引っ張ってくれてるもんね」

 

 

 普通なら会長職にあるシノちゃんかカナちゃんが中心となって引っ張っていくのだろうが、企画をするだけで後はタカトシ君に任せる事が多い。そりゃリーダーシップはシノちゃんやカナちゃんの方があるけど、冷静に物事を進行させる能力はタカトシ君の方が二人より高いのだ。

 

「とりあえず、男の子の部屋に来たらまずゴミ箱のチェックとベッドの下を確認するって本に書いてあった」

 

「どんな本を読んでるんですか……」

 

「出島さんが貸してくれたんだけど、男女の仲を進展させるって本だったかな」

 

 

 最近では自分で本も買わないから、出島さんにお薦めを借りたんだけどなかなか面白かったのよね。

 

「そう言えば最近、七条さんも天草さんもタカトシさんの前では下ネタを控えてるらしいですね」

 

「咄嗟に出ちゃうときはあるけど、基本的には我慢してるのよ」

 

「タカトシさんに意識してもらうためですか?」

 

「コトミちゃんに言われたんだよね、意識されるためには下ネタを控えた方が良いって」

 

 

 私たちには控えた方が良いと言ったコトミちゃんは、まったく控えてないけどね。

 

「まぁ、異性と捉えられてなかった節もありましたから、控えるのは良い事だと思いますよ」

 

「でも、サクラちゃん的にはライバルが増えたことになるんじゃない?」

 

「確かに、天草さんも七条さんも、私なんかでは敵わない程の美貌や知性をお持ちですが、私だって簡単に負けるつもりはありませんから」

 

「むしろカエデちゃんとサクラちゃんに追いつかなきゃって思ってるんだけどね」

 

 

 その二人はタカトシ君とキスしてるし、タカトシ君も少なからず意識している相手だもの。まずは異性として意識してもらえるくらいにはならないと。

 

「意識しているという事では、畑さんが一番の強敵なんだけどね」

 

「あの人は意識されているというよりは警戒されているのでは?」

 

「タカトシ君に思ってもらってるという事は一緒だよ」

 

「そうなのでしょうか……」

 

 

 サクラちゃんは首を傾げたけども、四六時中タカトシ君の意識の中にいられるんなら、警戒されていてもいいと私は思う時があるの。

 

「まぁ、七条さんが本気になったら、何一つ勝てる要素が私にはありませんけどね」

 

「そんな事ないと思うけどな~」

 

「だって七条さんはお金持ちのお嬢様ですし、その胸ですし」

 

「サクラちゃんだって大きいじゃない? それに、家柄はあまり武器にならないんだよ?」

 

 

 かえって警戒されるかもしれないし、自分には釣り合わないと諦める原因にだってなるんだからと説明すると、サクラちゃんは少し納得してくれた。それでも良い事に越したことは無いと言われ、私はそれもあるかもしれないと納得したんだけどね。




普通なら意識されて当然のステータスなんですがね……


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夜も勉強

これくらいしなきゃダメですからね、彼女たちは……


 タカトシ君の部屋に泊まるにあたり、問題が一つある。それはどっちがタカトシ君に近い布団で寝るかという事なのだが、じゃんけんだとサクラちゃんが圧倒的不利だし、公平を期すためにはどうすればいいんだろう……

 

「私は別にこちら側でもいいんですけど」

 

「ほんと? 後で文句言わない?」

 

「言いませんよ」

 

 

 サクラちゃんが自分から扉側を選んでくれたお陰で、私は労せずタカトシ君の側で寝る事が出来るようになった。ちなみに、タカトシ君は今お風呂に入っている。

 

「それにしても、タカトシ君の蔵書は凄いね。噂でしか聞いてないけど、男の子の部屋ってイカ臭いエッチ本があるって思ってたよ」

 

「タカトシさんと一般的な男子高校生を同列に見てはいけませんよ」

 

「それもそうだよね~。もしタカトシ君が普通の高校生だったら、私たち今夜にでも処女じゃなくなっちゃうし」

 

「タカトシさんの前以外でも控えてくれませんかね?」

 

「こんなの、女の子の一般的な会話でしょ?」

 

「七条さんの一般的は、いろんな意味で一般的ではないと思います」

 

「そうなの?」

 

 

 首を傾げて尋ねた私に、サクラちゃんはどう一般的でないかを説明してくれた。

 

「まず、七条さんはお金持ちの家の人ですから、金銭感覚が一般の高校生とはズレていると思います」

 

「そんなことないと思うけどな」

 

「七条さんのズレたエピソードはいろいろと聞いていますから……それはさておき、次に天草さんと長い間下ネタで盛り上がっていたので、恥じらいも一般的とはズレています」

 

「まぁ、それは最近になって自覚してきたけど」

 

 

 ノーパンで過ごしてたり、男の子の前で平気で下ネタを言ったりと、今考えると大分恥ずかしい事をしてきたんだと思うわよね。

 

「後はそうですね……テスト前にこんなのんびりしてられるのも、普通の高校生ではありえないと思います」

 

「そうかな? むしろコトミちゃんやトッキーさんのように慌ててる方が珍しいと思うんだけどな」

 

「七条さんの周りではそうでしょうが、一般的な高校生は、テスト前になると憂鬱になり、勉強しなきゃと慌てるものなのです」

 

「そうなんだー」

 

 

 サクラちゃんも特に慌ててるようには見えないけど、コトミちゃんたちの方が普通だったんだね。

 

「ところでサクラちゃんはまだ勉強するの?」

 

「まぁ、私は皆さんほど出来が良くないので、もう少しやっておかないと厳しいので」

 

「そうなの? まぁ、努力すればきっといいことあるよ」

 

 

 絶対になんて言い切れないけど、努力しないで後悔する事があるなら、努力した方が良いと私は思うけどな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂掃除も済ませて、リビングで一服しようと思ったら、時さんが死にそうな顔でキッチンにやってきた。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、少し水でもと思いまして……」

 

「相当絞られてるようだね」

 

 

 リビングには確か、スズとカナさんと八月一日さんがいるはずだから、時さんもかなり大変な思いをしてるんだろう。まぁ、勉強を疎かにしてきた時さんが悪いんだけど、少し同情してあげよう。

 

「三葉や中里さんもだけど、部活ばっかりに重きを置いていたら駄目だよ」

 

「分かってはいるんですが、勉強嫌いなんです」

 

「まぁ、好きな人はそんなにいないだろうけどね」

 

 

 時さんが使ったコップを受け取り、すぐに洗ってしまう。あまり長居をして時さんの勉強時間を奪ってしまうのも悪いから、部屋に戻るとするか。

 

「あっ、タカ兄助けて!」

 

「コトミ? お前勉強は」

 

「シノ会長とカエデ先輩がスパルタ過ぎてこれ以上勉強したらパンクしちゃうよ」

 

「スパルタって、そんなに厳しいのか?」

 

「少しよそ見しただけで怒られる」

 

「勉強中によそ見をするお前が悪い」

 

 

 コトミの襟首を掴んで、部屋まで引き摺って行く。こうでもしないとまた逃げ出すからな……

 

「コトミ、このページを終わらせるまで寝かせないからな!」

 

「コトミさんの為なんですから、もう少し頑張ってください」

 

「私だって頑張ってますよー! 先輩たちの基準で考えないでください」

 

 

 まぁ確かに、コトミ基準と先輩たち基準だと、頑張っているの捉え方が違うのだろう。コトミにしては頑張っている方だと思うが、ここは先輩たち基準で頑張ってもらおう。

 

「あと見開き一ページだけなんだから頑張れ」

 

「タカ兄までそんなこと言うの! 私頑張ってるじゃん!」

 

「そうだな。このページまで頑張れば、明日の昼にコトミの好きなカツカレーを作ってやろう」

 

「頑張る! タカ兄のカツカレーは最高に美味しいからね」

 

 

 物でつるのも何だか気が引けたが、物欲でも何でもこの際やる気になるなら使って行こうと思った。

 

「さすがタカトシだな、一瞬でやる気にさせるなんて」

 

「ご褒美をチラつかせただけですよ」

 

「それでも、やる気がなくなってきたコトミさんをやる気にさせたのはさすがだと思います」

 

「それじゃあ、俺は部屋に戻るので、コトミの事よろしくお願いします」

 

「うむ」

 

 

 シノ会長とカエデさんにコトミの事を頼み、俺は俺の部屋に戻る事にした。

 

「あっ、タカトシ君お帰り」

 

「サクラさんの勉強を見てたんですか?」

 

「あんまり教える事ないけどね」

 

 

 布団の上に座りながら読書をするアリア先輩と、その隣で必死に問題集を解いているサクラさんを見て、俺も自分の勉強をすることにした。よくよく考えれば、今日あまり勉強してないからな……




コトミとトッキーは頑張れ……


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漂う匂い

皆のオカン、タカトシ……


 キッチンから良い匂いが漂ってきたので、私は目を覚ました。普段だったらここまで匂いに誘われることは無いのですが、今日は特別ですね。

 

「タカ君、おはようございます」

 

「カナさん? 随分早いですね」

 

「タカ君の匂いに誘われちゃった」

 

「あー、お腹すいてるんですか?」

 

 

 ボケをスルーされたけど、これがタカ君だから気にならないんですよね。サクラっちだったら文句を言ったかもしれませんが。

 

「タカ君が作ってくれるご飯は美味しいので、いくらでも食べられます」

 

「さすがに言い過ぎだと思いますよ。ただ、美味しいと言ってもらえるのは、作り手としては嬉しいですね」

 

 

 タカ君は珍しく照れたようで、後頭部を掻いて視線を逸らした。

 

「ところで、タカ君はこの人数の朝食を作るのを苦と思っていないようですが、どうやったらそこまで料理が上手になるのでしょうか?」

 

「一番はやっぱり慣れですかね。両親が出張が多いですし、コトミは家事がまったくでしたから」

 

「やはり経験に勝るものはないという事ですか」

 

「そう言う事です。どうします? 軽くつまめるものを作りましょうか?」

 

「いえ、もう少しのんびりとタカ君の作業を眺めさせてもらいます」

 

「見てても面白くないと思いますけどね」

 

 

 そう言いながらタカ君は慣れた手つきで料理を再開する。私も最低限は出来ますが、ここまでテンポよく作れたら楽しいんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君に朝食を用意してもらったお礼として、私と森さんは洗濯を引き受ける事にした。まぁ、本当の理由としては、タカトシ君に下着を洗ってもらうのが恥ずかしいからなのだけど……

 

「いくらタカトシ君が主夫とはいえ、やっぱり恥ずかしいですよね」

 

「何度か見られたことはありますけど、慣れちゃまずいですからね」

 

「タカトシ君としては、着けてるわけじゃないんだからと思ってるみたいですけど、こちら側からすれば着けてなくても恥ずかしいですからね」

 

 

 普段からコトミさんのを洗っているので、洗濯物としての下着にまったく興味を示さないタカトシ君だけども、彼が慣れていても私たちはまったく慣れていないのだ。慣れちゃまずいのはむしろ私たちの方かもしれないわね。

 

「サクラ先輩」

 

「あれ? コトミさん、どうかしたんですか?」

 

 

 洗濯を続けていると、コトミさんがやってきた。確か今は勉強中のはずじゃ……

 

「カエデ先輩は前にタカ兄のパンツを見て興奮してたことがありますので、なるべくサクラ先輩がタカ兄の服を担当した方が良いと思いまして」

 

「興奮なんてしてないわよ!」

 

「でも、タカ兄のパンツを見た後、トイレで発散してましたよね?」

 

「し、してないって言ってるでしょ!」

 

「どうかしました? って、コトミ」

 

「うげっ! タカ兄」

 

「また逃げ出したのか」

 

 

 タカトシ君に襟首を掴まれ、そのままリビングまで引き摺られて行くコトミさんを見送った後、サクラさんが疑いの目を向けてきた。

 

「発散したんですか?」

 

「してません!」

 

「まぁ、興奮する気持ちは分からなくはないですが、さすがに発散まではしませんよね」

 

 

 ごめんなさい、実はしました……でも、それを声高に宣言する勇気は私にはありません。

 

「天草会長や七条さん、魚見会長ならまだありえそうですが、五十嵐さんは真面目ですものね」

 

「もうこの話題は止めましょうよ。早く洗濯を終わらせて、私たちも勉強しなければいけませんし」

 

「そうですね。私ももう少し頑張ってタカトシさんやスズさんに追いつきたいですからね」

 

 

 唐突な話題変更だったけど、サクラさんは特に疑問を抱くことなく私の提案に乗ってくれた。良かった、サクラさんが畑さんみたいな性格じゃなくて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミと二人で兄貴が用意してくれた模擬テストを解いていると、横からコトミの文句が聞こえてきた。

 

「何でテスト前日にテストを受けなきゃいけないのさ……」

 

「これで合格点取れれば平均以上は確実なんだろ? 頑張れよ」

 

「トッキーは良いの? 今日テスト受けたからって勉強から解放されるわけじゃないんだよ!?」

 

「コトミ、うるさい」

 

「ご、ごめんなさいタカ兄……」

 

 

 相変わらずこの兄妹のパワーバランスは兄貴に傾いてるな……まぁ、これだけ世話になってれば当然か。

 

「タカトシ、監督は私たちがしておくから」

 

「これくらいしか出来ないけどね~」

 

「いえ、さすがに家事をやってもらうわけにもいきませんから」

 

「アンタは少し休んでもいい気がするけどね」

 

「代わりにスズたちに働いてもらうのは気が引けるから……コトミにやらせたらかえって仕事が増えるし」

 

 

 兄貴の呟きに、コトミ以外のこの部屋にいる人間は頷いて同意した。

 

「私だって本気を出せば家事の一つや二つくらい――」

 

「そっちで本気出さなくていいから、テスト前に泣きついてくるのを止めろ」

 

「……申し訳ありません」

 

 

 厨二も兄貴には通用せず、正論で返されてコトミはガックリと肩を落として問題を解き始める。

 

「時さんも、さっきからコトミばっかり気にして手が止まってるよ」

 

「タカトシさん、冷蔵庫空っぽです」

 

「それじゃあシノ会長、俺たちは買い出しに行ってきます」

 

「おう、こっちは任せろ」

 

 

 兄貴たちは買い出しに向かい、残された私とコトミを監視するメンバーは、それぞれ自分の勉強をしながらもしっかりと私たちを監視し続けるのだった……あの目、兄貴よりは迫力はねぇけど、逆らったら怖そうだな。




コトミの気持ちは分からなくはないですけどね……


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鍋のお誘い

英稜最後の生徒会役員の名前が単行本で分かりましたね


 シノ会長たちにがっつり教えてもらったお陰で、私もトッキーもテスト終了後に魂が抜ける気分を味わう事なく放課後を迎えられた。

 

「トッキー、最後の問題解った?」

 

「一応な。ほら、兄貴のところに問題持っていくぞ」

 

「へっ、何で?」

 

「何でって、問題に自分の解答を書いて兄貴に採点してもらうって決めただろ」

 

「あぁ、そうだったね」

 

 

 一応問題用紙に答えを書いてたけど、テストから解放されてすっかり忘れてたよ。

 

「私は兎も角、お前は平均点くらい取らないと補習なんだろ?」

 

「タカ兄が平均点を出すわけじゃないから、採点してもらっても私は安心出来ないんだけどね」

 

 

 とりあえず六十点くらい取れてれば大丈夫だと思うけど、今回のテスト、やけに簡単だったから平均点も高くなりそうだな……

 

「今回難しかったよね」

 

「私半分取れるか不安だよ」

 

 

 クラスメイトが難しいとか言ってたけど、そんな事なかったと思うんだよね……だって、すらすらと解くことが出来たし。

 

「トッキー、今回のテストって簡単だったよね?」

 

「あっ? そりゃ私たちは前日に兄貴が作ってくれたテストを解いてたからな。殆ど同じ問題をやってたんだから、全問正解出来てないと怒られるレベルだったと思うぜ」

 

「えっ、何問か分からなかったし、いい加減に答えた箇所もあるんだけど……」

 

「そりゃ私もだよ。兄貴や生徒会の連中じゃないんだから、一度やっただけで全部覚えられるわけねぇだろ」

 

 

 たぶんマキでも覚えられないだろうけど、マキもあのテスト受けてればもう少し楽が出来たって事なのかな?

 

「マキもタカ兄のところに行く?」

 

「私も採点してもらいたいしね」

 

 

 マキもタカ兄に採点してもらう約束をしてたらしい。まぁ、マキは自己採点でも問題なさそうだけどね。

 

「タカ兄ー! 来たよ~!」

 

「最後の問題はGだよね?」

 

「えっ、Eじゃない?」

 

「Gだ!」

 

「Eだよ!」

 

「何の話ですか?」

 

 

 生徒会室に入ると、シノ会長とアリア先輩がもめていたので首を突っ込む。私が聞いても分からないだろうけど、なんとなく興味があったのだ。

 

「最後の選択肢はどっちだという話だ」

 

「シノ会長とアリア先輩のどっちかが正解なんですかね……タカ兄、分かる?」

 

「ん? ……Fですね」

 

 

 なんと、どっちも間違ってたのか……てか、タカ兄見ただけで問題解けるんだ……三年生の問題なのに。

 

「ほら、コトミもさっさと貸せ」

 

「あっ、うん……」

 

 

 タカ兄に問題用紙を渡し、トッキーとマキと三人で部屋の隅に座ることにした。

 

「はい、お茶」

 

「ありがとうございます」

 

 

 スズ先輩にお茶を貰い、私たち三人は一服する事にした。

 

「てか、テスト終了直後に結果が分かるっていうのも嫌だね……」

 

「まぁ、ここである程度取れてるって分かれば安心して週末を過ごせるからな」

 

「マキは特に緊張しないでしょ? 私とトッキーが問題だよ……」

 

 

 勉強したからといって、いきなり頭が良くなるわけじゃないんだしな……タカ兄の模擬テストのお陰である程度理解出来てたとはいえ、やっぱり不安は残るよ……

 

「八月一日さんが平均八十七点、時さんが七十点、コトミが六十五点だな」

 

「マキ、凄いじゃん!」

 

「トッキーもついに七十点台なんて」

 

「それでタカ兄、平均点は幾つくらいだと思う?」

 

 

 過去最高の平均点だけど、学年平均がこれくらいだと補習になりそうだし……どうかもう少し低ければいいな。

 

「コトミが平均くらいじゃないか? まぁ、これだけ取れてれば補習は免れるだろうが、持続しないと意味ないからな」

 

「分かってるよ……てか、次回もお願いします」

 

「お前は……でも、私もお願いしたいです」

 

 

 試験が終わって早々に次の試験の事なんて考えたくないけど、留年とかしたらお小遣いが危ないからね。タカ兄にお願いしておけば他の人も手伝ってくれるし……

 

「俺は教えないからな。あくまで予想をたてて模擬テストを作るだけだ」

 

「安心しろ。私たちがまた泊りがけで面倒見てやるから!」

 

 

 シノ会長が胸を張りそう宣言してくれたお陰で、次の試験も何とかなりそうな気がしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テスト返却も終わり、そろそろ二学期も終わりが近づいてきたこの頃、また一段と寒くなってきた感じがする。

 

「こう寒いと、温かいものが食べたくなりますよね」

 

「そうだね~。タカ兄、今日は鍋にしようよ!」

 

「二人で食べても余るだろ」

 

「大人数で食べてこそ鍋の醍醐味だもんね。お父さんやお母さんは今年も帰ってこないんだっけ?」

 

「この前帰ってきたが、また出張だからな……明けないと帰ってこないと言ってた」

 

 

 こいつらの両親はどれだけ出張させられてるんだか……だが、家に泊まるチャンスだな。

 

「それでは、コトミの補習回避祝いとして、我々も鍋を突こうではないか! もちろん、カナやサクラにも連絡しておくから安心しろ!」

 

「まぁ鍋をする事自体に異論はありませんが、何鍋にするんですか? 用意するのに聞いておかないと」

 

「闇鍋だ!」

 

「はい?」

 

「闇鍋だ!」

 

「いえ……聞こえなかったわけじゃないんですが」

 

「安心しろ。持ち寄る食材は、鍋として美味しく食べられるものに限定するから! 間違ってもゲテモノを持ってこさせることはしないからな!」

 

「本当ですね? ギャグでも許しませんからね」

 

「あ、安心しろ」

 

 

 こいつ、相変わらず料理の事になると冗談が通用しないな……まぁ、私も美味しい鍋が食べたいし、カナやサクラにもちゃんと釘を刺しておかなければな。




セリフは無さそうですが……


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闇鍋パーティー

珍しく時期が被った……


 無事に二学期も終わり、今日はタカ君の家で闇鍋パーティーを決行するとシノっちから連絡を貰い、私とサクラっちは食材を求めにスーパーへ立ち寄った。

 

「何を持っていけば喜ばれますかね?」

 

「原則として、鍋料理として美味しく食べられるものですしね……」

 

「野菜とかはタカトシさんが用意するでしょうし、お肉かお魚ですかね」

 

「少しアクセントを利かせたいですが、奇を衒い過ぎると怒られますし」

 

 

 料理に関しては下ネタ以上に厳しいですし、ふざけると追い出される可能性もありますし……さて、どうしましょうか。

 

「カニが安いですね。二人でお金を出してこれにしましょう」

 

「二人で一つで良いんですかね?」

 

「じゃあ、サクラっちは隣のホタテで」

 

 

 海鮮なら鍋に入れても美味しいですし、魚だと被る可能性がありますからね。

 

「それじゃあ、さっそくタカ君の家に行きましょう!」

 

「気合い入ってますね」

 

「そのままお泊りでクリスマス会も兼ねてますから、これくらい張り切らなければ」

 

「珍しく間隔が狭いお泊り会ですよね」

 

 

 サクラっちの言う通り、つい一週間前も勉強会でお泊りしたのだが、今回はお疲れ会とコトミちゃんの冬休み獲得おめでとう会も込みでのお泊り会なのだ。

 

「相変わらずタカ君のお家は両親不在ですし、何時でもギャルゲー展開になれますしね」

 

「そう言うのは良いので、早いところ会計を済ませてください」

 

 

 サクラっちに怒られたけど、私は無事にカニを購入し、タカ君の家を目指したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう音頭は家主のタカトシがやるのではないかとも思うが、発案者という事もあり私が担当する事になった。

 

「それではまず、二学期が終わった事と、無事コトミが冬休みを獲得した事を祝して――乾杯!」

 

 

 私の音頭に合わせて、全員がグラスを掲げた。特に祝われたコトミは、嬉しそうな顔をしている。

 

「別に良いんですが、何故毎回ウチなのですか? 他の場所でも良いんじゃないでしょうか」

 

「ファミレスとかだと他のお客さんに迷惑がかかるだろうし、タカトシの家なら我々も気兼ねなくお泊り出来るからな」

 

「そもそも泊まるのを前提で話を進めないでくださいよ……」

 

「思いっきりはしゃげるのは学生の時だけですので、タカトシ様も少しははしゃいだら如何でしょう? 給仕などは私に任せて」

 

「いえいえ、出島さんもゲストですからね。一応ホストという事になっている俺が用意しますから」

 

「では遠慮なく……はぁ~寛ぎますね」

 

 

 出島さんが全力でだらけてみせると、タカトシとアリアが同時に苦笑いを浮かべたが、その表情を見て出島さんがだらしなく口を開けて恍惚の笑みを浮かべた。

 

「とりあえず出汁の用意は出来ましたので、食材をこちらに」

 

「手伝いますよ」

 

「カエデさんも気にしないで大丈夫ですよ。俺がやりますから」

 

 

 これだけ女がいるというのに、家事力が一番高いのはタカトシという皮肉……まぁ、こいつは主夫だから仕方ないか。

 

「シノっちは何を持って来たんですか?」

 

「私は普通なものだぞ? 白菜や長ネギ、キノコ数種類だ」

 

「オーソドックスで来ましたね」

 

「先にタカトシに確認しておいたからな。オーソドックスでも被らないものを選んできた」

 

「その手がありましたね……すっかり携帯の存在を忘れてました」

 

 

 カナたちが持ってきたのはカニやホタテといった少し贅沢な物だった。ちなみにアリアは牡蠣やタラといった魚介類、萩村は餅入り巾着などおでんの具材を持ってきた。

 

「そう言えばコトミ、トッキーや八月一日は呼ばなかったのか?」

 

「二人とも遠慮しちゃって……毎回ご馳走になるのは申し訳ないって」

 

「まぁ、あの二人は特に遠慮がちだからな」

 

 

 毎回食費は少しばかりだが出しているのにも関わらず、申し訳ない気持ちに押しつぶされるとは、やはり後輩というのは謙虚なのだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇鍋と言っても、タカトシさんがしっかりと監修したおかげで、美味しくいただくことが出来ました。さすがにこれくらいはという事で、後片付けは私たちがすることになりました。

 

「タカトシ様が使ったお箸……」

 

「誰か、この変態メイドを捕まえろ!」

 

「出島さ~ん? 少し大人しくしてましょうね~」

 

「あぁ、お嬢様に縛られてしまう!」

 

 

 あの人はよくメイドとして働けますよね……あんな変態的趣向なら、すぐにでもクビになりそうなものですが。

 

「そう言えばシノっち、今日はさすがに客間を使うんですね」

 

「まぁ、出島さんもいるから、監視の意味を込めてアリアに使ってもらう事になった」

 

「後はいつも通りタカ君の部屋とコトミちゃんの部屋、それとリビングですか」

 

 

 前回は私と七条さんがタカトシさんの部屋に泊まりましたが、今日は誰が泊まることになるのでしょうね。

 

「くじだと森が高確率でタカトシの部屋を引き当てるから、今日はちょっと変えてあみだくじだ!」

 

「最後に全員で線を足すんですね!」

 

 

 何でこの会長コンビはどうでも良い事で盛り上がれるのだろうか……まぁ、最近は下ネタを控えてるだけでマシだと思ってしまうのですがね。

 

「内訳はどうなるんですか?」

 

「リビングに三人、タカトシ・コトミの部屋に各一人ずつだ!」

 

「聖なる夜にタカ君と精なる日を」

 

「はいはい、そういうのは良いので」

 

 

 カナ会長にツッコミを入れ、残りの洗い物を終わらせることにしたのだった。それにしても、五十嵐さんも男性恐怖症って聞いてたけど、タカトシさんの事は平気なんですよね……ライバル多いなぁ……




特に予定は無いですけどね……てか、仕事ですがね……


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タカトシの弱点

さすがに目の前は……


 闇鍋パーティーも終わり、片付けを済ませ部屋割りのくじを引いた私たちは、それぞれの部屋に移動するべく立ち上がった。

 

「また森がタカトシの部屋か……」

 

「でも、今日はシノちゃんもそうじゃない? よかったじゃない」

 

「アリアが無条件で出島さんと一緒に客間だったから、確率が上がっただけだ」

 

 

 私の背後で天草さんが恨みがましく私の背中を見つめているが、今回はあみだくじで決まったんだし恨みっこないだって自分で言ってたじゃないですか……

 

「コトミの部屋はカナとカエデか」

 

「スズちゃんがまさかの一人部屋だもんね。スズちゃん、怖くても誰も助けてくれないからね?」

 

「怖くないわ! てか、何で一人部屋なんて作ったんですか?」

 

「その方が面白いかと思ってな」

 

 

 なら何でタカトシさんを一人にしてあげなかったのだろうか……まぁ、私もタカトシさんの部屋に泊まれてうれしいんですがね。

 

「それではアリア、また明日」

 

「うん、お休みシノちゃん」

 

 

 七条さんたちの部屋の前で別れて、私と天草さんはタカトシさんの部屋へ向かう。

 

「しかし、森は本当にくじ運は良いんだな」

 

「どうなんでしょうか? おみくじとかはあまりいい結果じゃないことが多いのですがね」

 

 

 実際凶を引いた事があるくらいだから、くじ運が良いと言って良いのか微妙なところだと思うんですがね……

 

「さて、タカトシの部屋に到着だ!」

 

「普通に階段上っただけなんですけどね」

 

「大人の?」

 

「家の!」

 

 

 タカトシさんの前では控えていても、この人は元々こういう人だった……まぁ、カナ会長と似たような人種ですから、相手をするのは慣れているんですけどね。

 

「タカトシ、少し経ったら他の人の部屋を回るからな」

 

「はぁ……お好きにどうぞ。しかしなぜ?」

 

「今日は何の日だ?」

 

「闇鍋パーティーですが」

 

「それは私たちだけの行事だ! 世間様はクリスマスだろうが!」

 

「それがどうかしましたか? まさか、この歳になってサンタがどうこう言いませんよね?」

 

 

 冷めた目でタカトシさんがそう告げると、天草さんの首筋に汗が流れだしたのが見えた。つまりはそう言う事なんでしょうね……

 

「まぁ、余計な事をしないのであれば、ご自由にどうぞ」

 

「何だよ! お前は私のサンタ姿を見たくないのか!?」

 

「だって、ここで着替えるつもりなんですよね? 着替える、と言っても服の上から着るんでしょうが」

 

「いや、一度全て脱いでから――」

 

 

 そう言った途端、タカトシさんは今回萩村さんしか寝ないリビングへと駆け出して行った。普段異性の事を気にしてないのではないかと思わせるタカトシさんだが、着替えの際にはちゃんと席を外すのだ。

 

「天草さん、さすがに今のは無いと思ういますよ」

 

「私もすまなかったと反省している……」

 

 

 普段自分が女として意識されていないと思っていたのか、天草さんは既に半分脱ぎかけており、タカトシさんは脱兎の如く逃げ出したのだ。それを見て満更でもなさそうな天草さんではあったが、後で怒られると思い出ししょんぼりと着替えだしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノ会長の奇行は何時もの事だが、今日はちょっと危なかった。普段は気を張って異性だと思わないようにしているから何とかなるのだが、自室で気が緩んでる時にあれは駄目だろう……

 

「会長たちは俺を何だと思ってるんだろうか……」

 

 

 俺は枯れているわけでも、異性に興味が無いわけでもないのだが、どうもそういう風に思われていそうで何だか嫌だな……かといって、露骨に反応して距離を置かれるのも嫌だし……

 

「お茶でも飲んで落ち着くか」

 

「では、私の分もお願いします」

 

「サクラさん……」

 

 

 逃げ出した俺にフォローを入れに来たのだろうサクラさんの分のお茶を用意して、俺は床に腰を下ろした。

 

「タカトシさんでもああいう反応をするんですね」

 

「サクラさんまで……俺を何だと思ってるんですか?」

 

「だって、普通に下着とか洗濯しますし」

 

「脱いであるものは洗濯物として認識しますから何とも思いませんが、着けてるものはちゃんと下着だって認識しますから」

 

 

 コトミは兎も角として、他の人はさすがに下着姿でうろうろされたら困る……なんというか、いろいろと……

 

「普段から異性として認識されてないんじゃないかって思う事がありますからね」

 

「サクラさんの事はちゃんと意識してるつもりなのですが」

 

「嬉しいです。でも、他の人もちゃんと意識してあげてくださいね?」

 

「下ネタを言わなくなってきたので、少なからず異性として認識してるつもりなのですが……」

 

「少しじゃ駄目なんですよ。特に天草さんや萩村さんは、露骨に私を敵視してきますし」

 

「敵視って……」

 

 

 何でそんなことをするのか、俺には良く分からないな……サクラさんを敵視する暇があるなら、自分たちがもう少し頑張ればいいのではないだろうか。

 

「だって私は、タカトシさんと二回キスしてますから」

 

「あんまりそう言う事は言わないでくれますか?」

 

「私だって照れますけど、これは変わりようのない事実ですから」

 

「こういう話やこういった事に慣れてないから、普段は意識して気にしないようにしてるんですが……」

 

「意外な弱点を見てしまいました」

 

 

 何だか楽しそうなサクラさんに、俺はガックリと肩を落としてお茶を飲み干したのだった。別に弱みを握られたとは思わないが、知られた相手がサクラさんで良かった……




弱点というより、普通の反応ですけどね


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シノサンタからのプレゼント

今年最後の投稿ですね


 シノ会長のプレゼント配りが進んでいるようで、とりあえず邪魔をしないようにと大人しく眺めていたが、先ほどリビングで寝ているスズの枕元をきょろきょろと何かを探すようにしてたのは、無意識にサンタを信じていると思い靴下でも探したのだろう。

 

「クリスマスプレゼントですか。天草さんも面白い事を考えますね」

 

「てか、アリア先輩はまだ起きてるみたいですが、平気なんですかね」

 

「大丈夫じゃないですか? 天草さんも七条さんも、その場のノリというものに慣れてるでしょうから」

 

 

 それはどうなんだとも思ったが、確かにあの二人はその場のノリでふざけてたからな……別にいいか。

 

「そろそろ部屋に戻りますか。ここにいたら邪魔になるかもしれませんし」

 

「? 何かあるんですか?」

 

「いえ、なんとなく嫌な予感がするので」

 

 

 そう言って立ち上がり湯呑を二つ洗い、とりあえず部屋へ戻る事にした。部屋に戻る途中でカナさんの声が聞こえたような気がしたが、あの人も起きてても不思議じゃないし、シノ会長と一緒に部屋を回っているのだろう。

 

「そういえばタカトシさん、今日もご飯美味しかったです」

 

「今日はいろいろと持ち寄ってのものですから、俺だけの力じゃないですよ」

 

「でも、出汁とかいろいろ管理してくれたのがタカトシさんだから、美味しい鍋になったんだと思います。魚見会長や天草さんとかがふざけていろいろ用意してたのをちらりと見てしまったので、タカトシさんがいなかったら悲惨な鍋になっていた確率が高いと思いますので……」

 

「食べ物で遊ぶなと釘を刺しておいたのに……」

 

 

 実行しなかっただけ善とするべきか、実行しなかったが説教するべきかで悩んだが、クリスマス・イブにまで説教したくないしな……

 

「とりあえず、サクラさんはもう寝ますか?」

 

「そうですね……もうちょっとお喋りしましょうか」

 

 

 そろそろ日付も変わる頃なので一応尋ねたが、サクラさんはまだ起きるようだな。まぁ明日も休みだし、多少の夜更かしは問題にならないんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナと二人でアリアたちの部屋を訪ねたら、思いっきりアリアが起きていた……これじゃあサンタとしての仕事が出来ないな……

 

「私って枕が変わるとなかなか寝られないんだよね」

 

「そうだったのですか? いつもお泊りの際は結構すんなり寝ていたような気がしますが」

 

「そうでもないよ~? まぁ、最近愛用してる抱き枕が具合が良くて、それが無いと寝にくいってだけだけど」

 

「抱き枕か……」

 

 

 ここはサンタとしてアリアの悩みを解決したいところだが、津田家に抱き枕になりそうな物など無いしな……

 

「あっ、萩村はどうだ? アイツなら抱き心地よさそうだし」

 

「確かに、スズポンはちょうどよさそうなサイズですしね」

 

「でも、スズちゃんが許してくれるかな?」

 

「頼む前から断られる心配をするなんてアリアらしくないぞ! とりあえず、萩村が寝ているリビングに突撃するぞ!」

 

「あまり騒がしいとタカ君に怒られちゃいそうですから、静かに突撃しましょう」

 

 

 カナは相変わらずノリが良くて助かるな。これがタカトシだったら「止めろ」とか言って突撃を阻止してくるのだろうが、たまにはおふざけだっていいじゃないかと思うのだ。

 

「あれ? シノちゃんがここにいるって事は、タカトシ君の部屋にはタカトシ君とサクラちゃんが二人きりってことだよね?」

 

「もしかしたら一つのベッドで合体してるかもしれませんね」

 

「タカトシはそういうヤツじゃないし、サクラだってそこまでを求めてる感じはしないし……大丈夫だろ」

 

 

 とりあえず萩村を抱き枕に出来るかどうかを確認するために、私たち三人はリビングへ向かうべく部屋を出た。

 

「何故二人は階段を上ろうとしてるんだ?」

 

「シノちゃんだって、完全にタカトシ君の部屋を目指してるじゃない?」

 

「つまり、スズポン<タカ君という事です」

 

 

 タカトシの初めてがまたしても森に取られてしまうのではないかという不安から、私たちはリビングではなくタカトシの部屋に向かった。

 

「では、入るぞ!」

 

 

 私の合図にアリアとカナが頷いたのを確認して、私は勢いよくタカトシの部屋の扉を開けた。

 

「無事か、タカトシ!」

 

「サクラっちに襲われたりしてませんか?」

 

「……何を言ってるんですか、貴女たちは」

 

「私たちは普通にお喋りしてるだけですよ?」

 

 

 部屋の中の光景は、タカトシが椅子に座り、森が布団に座りお喋りをしてる、なんとも微笑ましい光景だった。

 

「タカトシの無事も確認出来たし、アリアの願いを叶えに行くか」

 

「そうですね。タカ君もサクラっちもそう言う事をする子じゃないって信じてましたよ」

 

「思いっきり疑ってましたよね!?」

 

「てか、寝ている人もいるんだから、あまり大声を出すな」

 

 

 タカトシに注意されて、私たちは静かにリビングへやってきた。

 

「萩村、萩村」

 

「ん……会長? それに七条先輩に魚見さん……」

 

「スズちゃん……抱かせて?」

 

「………」

 

 

 アリアのお願いに絶句した萩村に、私はフォローを入れるべく口を開いた。

 

「勘違いするな、萩村。アリアは寝たいんだよ」

 

「シノっち、あまりフォローになってないみたいですよ?」

 

「あ、あれ?」

 

 

 固まってしまった萩村に驚きながらも、とりあえずアリアに抱き心地を確認してもらい、ちょうどいいとの事でこのまま寝てもらう事にしたのだった。




一日早いですが、よいお年を


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新年早々

明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします


 コトミたちが初売りに出かけている間に、俺は色々と用意する事になった。本当はついてきてほしそうだったが、あまり興味がないのと、行ったところで荷物持ちをさせられるのがオチだと分かっているから、家に残り全員分のお雑煮を作ることになったのだ。

 

「明けましておめでとうございます、タカトシさん」

 

「サクラさんは初売りには行かなかったのですか?」

 

「カナ会長がどうせお邪魔するから、手伝いに行った方が良いと押しかけようとしてましたので、私が代わりに」

 

 

 どうやらカナさんも初売りに行っているようだな……まぁ、多めにお餅は用意してあるから大丈夫だが、サクラさんに止められたって何をするつもりだったのだろう……

 

「新年早々大変ですね、女性は」

 

「私はあまり初売りとか福袋とかには興味ないですけど」

 

「コトミも昔は興味なさそうだったんですけどね」

 

 

 シノ会長たちと付き合うようになってから、そう言う事にも興味を示しだしたのだ。まぁ女の子として普通なんだろうけども、無駄遣いしなければいいが……

 

「心配ですか?」

 

「そうですね――スズの胃が」

 

「萩村さんには頑張ってもらいましょう」

 

 

 俺やサクラさんの前では自重しているが基本的にボケが多い空間なので、唯一のツッコミであるスズの事が心配にはなるが、今は暖かいものを作って待つことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄のお雑煮目当てにウチについてきたシノ会長たちは、ホクホク顔でさっき買った物を眺めている。

 

「これがあの値段で買えるとは、さすがは初売りだな!」

 

「そう言えばカナちゃん、今日はサクラちゃんは?」

 

「サクラっちなら、先にタカ君の家に行ってお手伝いをしてるはずです」

 

「手伝いと言いながらイケナイ事をしてたりして~」

 

 

 私の冗談に、カエデ先輩が過剰に反応して見せた。

 

「イケナイ事って、不純異性交遊は認められないわね!」

 

「カエデ先輩は何を想像したんですか? 私は『イケナイ事』としか行ってませんよ」

 

「そうだね~。火遊びとか、そっちのイケナイ事かもしれないのに、カエデちゃんは真っ先に不純異性交遊って言いだしたから、別の意味の『火遊び』を想像したのかな~?」

 

「大人の火遊びか! まったく、風紀委員長でありながらそんなことを思い浮かべたのか、はしたない!」

 

 

 他の人も恐らくカエデ先輩と同じことを思い浮かべたのだろうが、真っ先に反応したのがカエデ先輩だったので、全員がカエデ先輩を責めて遊びだした。

 

「あんまりふざけてると、タカトシに怒られますよ?」

 

「それは嫌だな。アイツに怒られると心が……」

 

「分かります。昔は快感だったのに、今はただ悲しいだけですからね……」

 

 

 最近の先輩たちの変態度が下がって来てるので、お説教で快感は得られないようですね。

 

「とにかく急ぐぞ! サクラにばかり美味しい思いをさせてなるものか!」

 

「合点承知!」

 

「コトミちゃん、ちょっと古いわよ」

 

 

 スズ先輩にツッコまれたけど、そこに反応はしないで、私たちは家路を急いだ。

 

「ただいま!」

 

「お帰りなさい……って、シノ会長たちはここに住んでるわけじゃないでしょうが」

 

 

 勢いで応えたタカ兄だったが、すぐにツッコミが入った。だがタカ兄にお帰りと言ってもらえたからか、シノ会長は至福の表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんが用意してくれたお雑煮をみんなで食べた後、何処からか現れた出島さんが七条さんに何かを手渡して、再び姿を消した。

 

「シノちゃん、食後の運動にコレやらない?」

 

「何だ、それは?」

 

「出島さんが持ってきてくれたんだけど、ツイスターゲームだって」

 

「あのムフフな出来事が起こるかものあれか!」

 

 

 たぶん違うと思うんだけどな……

 

「遊ぶならここ片付けますよ」

 

「なんだ、タカトシはやらないのか?」

 

「片付けたり洗濯物を取り込んだりといろいろやることがありますし、どうせ夜も食べていくんですよね? その買い出しにもいかなければいけませんので」

 

「じゃあ、ツイスターゲームで負けた人がタカ君とお買い物に行くというのはどうでしょう?」

 

「そんな勝つ気が無くなるような罰ゲームじゃ意味ないぞ、カナ」

 

「じゃあ、勝った人が一緒に行くというのはどうでしょう?」

 

 

 カナ会長の提案に、皆さんの目の色が変わったように感じました。

 

「じゃあ最初は、私とアリアの勝負だな」

 

「負けないからね~」

 

 

 タカトシさんは興味がなさそうにテーブルを片付け、食器を洗う為にキッチンに引っ込んでしまいました。そんなことお構いなしで、天草さん対七条さんのゲームがスタートし、すぐに七条さんがバランスを崩して負けてしまいました。

 

「あーあ、負けちゃったよ~」

 

「見た目はアリアっちの完勝でしたけどね」

 

「やはり胸か……」

 

 

 そ、そんな勝負だったんでしょうか……てか、こういう遊びなんでしょうか?

 

「そんなわけで、次は私とサクラ先輩ですね~」

 

「コトミちゃんもやるんですか?」

 

「大丈夫ですよ、すぐに負けてあげますから」

 

 

 最初から手伝う気が無いコトミちゃんは、三手目であっさりと倒れ脱落した。てか、参加しなければよかったのに……

 

「しかし、意外と面白いなこれ!」

 

「男女でやるともっと面白いですよ」

 

「また唐突に現れましたね、出島さん……」

 

 

 萩村さんが若干ビックリしながらも、いきなり現れた出島さんにツッコミを入れた。というか、出島さんも参加するんですね……




年が明けても騒がしい津田家……


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キワドイ写真

やはり暗躍する人が……


 リビングで騒がしく遊んでいるようだったので、俺は一人で買い出しに出かけた。

 

「おんや~?」

 

「何か用ですか」

 

「いえいえ、勝者とお買い物デートに出かける予感がして張り込みをしていたら、副会長一人で出てきたので」

 

「何処で聞いてるんですか貴女は」

 

 

 家を出てすぐ畑さんと遭遇したが、まともに相手するだけ無駄なので軽く会釈だけして横を通り抜けた。

 

「ちなみに、これが七条さんのツイスター中の写真だけど、買う?」

 

「まだ商売してるのかアンタ」

 

「新しいカメラを買う為に必死なんです。部費じゃ買えないですし」

 

「新聞部で使うなら部費で良いじゃないですか」

 

「いえ、これは私個人で使う為の資金ですから」

 

 

 あぁ、取材とは関係ないものを追いかけるためのカメラなのか……

 

「? でもそのカメラで新聞部の取材とかもしてますよね?」

 

「新聞部の活動中は、データカードが違いますから」

 

「公私混同してますね、そのカメラ……」

 

 

 半分は部活で使ってるのだから、部費で落とすかとも思ったが、意外と律儀だな、畑さんも。

 

「新入生を鍛えるのに部費使っちゃったし……」

 

「鍛えるって何だよ!」

 

「具体的には――」

 

「言わんでいい!」

 

 

 どうせろくでもないことなんだろうから、俺は畑さんの説明を聞かずにスーパーに急いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白熱したツイスターゲームも終わり、勝者の出島さんがタカトシと買い物に出かける事になったのだが、気が付いたらタカトシは買い物から帰って来ており、既に昼食の準備を始めていた。

 

「おいタカトシ! 何故買い物に行ってしまったんだ!」

 

「はい? 何故って食材が無かったですし、皆さん何か騒がしかったので無視して出かけただけですが? 何か問題でも?」

 

「いえ、何でもないです……」

 

 

 タカトシに睨まれ、私はそそくさとキッチンからリビングへ逃げ帰った。

 

「シノっち、何逃げてきてるんですか」

 

「カナ……あの目は駄目だ。人を殺せる……」

 

 

 ギャーギャー騒がしかったのと、新年早々押しかけて来たのと、料理の邪魔をされた事の三重の意味でイライラしているのであろうタカトシの視線は、いつも以上に鋭かった。

 

「視線で人が殺せるわけないじゃないですかー。おーい、タカ兄」

 

「あっ、バカ……」

 

 

 私の言い分が信じられなかったのか、コトミがキッチンに特攻を仕掛け、涙目で戻ってきた。

 

「あれがタカ兄……ほんとに視線で人が殺せそうな勢いでしたね……」

 

「こういう時こそ、何時もの厨二発言じゃないのか?」

 

 

 コトミが好きそうなシチュエーションだが、どうやらそれどころではないらしい……コトミの厨二すら封じ込めるとは、さすがタカトシだな……

 

「ところでシノちゃん、出島さんの優勝賞品はどうなるの?」

 

「とりあえず、タカトシの手伝いを出来る権利に変更だ」

 

「それでは、お手伝いさせていただきましょう」

 

 

 タカトシの手伝いをすべくキッチンに向かった出島さんは、コトミのように涙目で戻ってくることは無く、しっかりと手伝いをしているように見える。

 

「さすがは出島さんだな。料理には真剣のようだ」

 

「いや、シノっち。よく見てください」

 

「何をだ?」

 

「出島さんの表情、恍惚の笑みを浮かべていますよ」

 

 

 カナの指摘に私とアリア、そして萩村までもが乗り出して出島さんの顔を確認したが、特にそのようなことは無かった。

 

「引っ掛かりましたね」

 

「くそぅ!」

 

「それにしても、まさかスズポンまで釣れるとは思ってませんでした」

 

「わ、私は別に……」

 

 

 私たちの背後では、森が呆れたような表情で私たちを眺めているが、私たちの興味は森ではなく萩村に向いていた。

 

「スズちゃんもタカトシ君に躾けられたいの?」

 

「『も』って何ですか!」

 

「だって、私もタカトシ君に躾けてもらいたいし」

 

「まてアリア。お前はお嬢様として礼儀作法を身につけているだろ? 今更躾けも何も無いと思うのだが」

 

「それだったら、シノちゃんだって礼儀作法完璧じゃない? これ以上何を躾けられたいの?」

 

「てか、私は躾けてもらいたいなんて言ってないですからね!」

 

「じゃあ、出島さんを躾けたかったの?」

 

「ロリっ子が私を躾けてくれると聞いて!」

 

「言ってないわ! てか、ロリって言うな!」

 

 

 物凄い反応で出島さんがキッチンから飛んできたが、せめて包丁は置いて来てください……さすがに危ないので。

 

「あっ、申し訳ございませんタカトシ様。この駄目メイドにお仕置きを!」

 

「バカな事言ってないでさっさと終わらせますよ」

 

「放置プレイ!? でもそれが良い……」

 

「ほんと、ダメだこの人……」

 

 

 勝手に気持ちよくなっている出島さんに呆れた視線を向けながらも、タカトシは料理を再開すべくキッチンへと戻っていった。

 

「あっ、そう言えばシノ会長。さっきのゲーム中の光景を畑さんが写真に撮っていたんですが、どうやらまだ商売してるようでしたよ」

 

「なにっ!? あんな光景を撮られたというのか!?」

 

「アリア先輩とシノ会長とカナさんの写真は確認しましたが、他の人のもあったのかな……」

 

「ちょっと畑を捕まえて来る!」

 

 

 タカトシの口から名前を呼ばれた私、アリア、カナの三人で畑を捜索すべく津田家から飛び出し、そしてすぐ発見することが出来た。

 

「今すぐデータを消せ!」

 

「分かりました。これでよろしいですか?」

 

「シノちゃん、こっちに本命のデータカードを発見したわよ」

 

「でかした!」

 

 

 アリアが発見したカードの中身を確認すると、案の定きわどいアングルの写真が多かったので、私はその場でデータを消去し、念の為他のカードも確認してから津田家へと戻ったのだった。




ドSには敵わない……


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二人の心配

ツッコミペアの心配は尽きず……


 タカトシと出島さんが用意してくれた料理を食べ、私はなにか楽しめることは無いかとカナと相談する事にした。

 

「まだ時間はあるし、全員で楽しめることは無いのか?」

 

「トランプならありますよ~」

 

「でもコトミちゃん、トランプでどうやって盛り上がるの? 神経衰弱なんて、一回捲られたら覚えちゃいますし」

 

「そもそもタカトシとか萩村とか、次元の違うやつらがいる時点で神経衰弱は却下だ」

 

 

 完全記憶でも持っているのではないかと思うくらいの頭脳の持ち主だからな……私たちでも太刀打ち出来ないだろう。

 

「それでしたら格ゲーでもしますか?」

 

「テレビゲームはしたことが無いな」

 

「私もです」

 

「そ、そんな人間が存在するだと……」

 

 

 コトミの厨二発言はともかくとして、意外といると思うんだがな……まぁいいか。

 

「というか、何でこの話し合いにコトミが混ざっているんだ!」

 

「えっ? だって面白そうでしたし」

 

「……とにかく、皆が平等に戦えるものじゃなければ盛り上がらないからな」

 

「平等は難しいと思いますけどね。タカ兄の運動神経はずば抜けてますし、一人だけ男子ですから」

 

 

 確かにタカトシのスペックは女子である私たちでは太刀打ちが出来ないだろう。というか、男子でも太刀打ち出来ないのだから当然か……

 

「そうなってくると、やはりコトミちゃんが言うようにゲームの方が良いのでしょうが、コトミちゃんが無双して終わりそうですし」

 

「いえ、タカ兄もなかなか強いですよ。というか、私よりタカ兄の方が強いです」

 

「そんなにやり込んでいるのか?」

 

「いえ、タカ兄はコマンドが正確ですから、狙った技を確実に放つことが出来るんですよ」

 

 

 そこまでハイスペックとは、さすがタカトシだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長たちが何やら話し合いをしている様子ですが、私はとりあえず使った食器やコップを片付けるタカトシさんのお手伝いをすることにしました。

 

「タカトシさん、このお皿はここでいいんですか?」

 

「はい、そこでかまいません」

 

 

 本来の男女の構図からすれば、私が食器を洗ってタカトシさんが拭いてしまうのでしょうが、タカトシさんの方が早く終わるので、私が食器などを拭いて棚にしまう形になってしまっています。

 

「それにしても、まさかサクラさんまであのゲームをするとは思ってませんでしたよ」

 

「半ば強制的に参加させられまして……そうそうに負けましたけど」

 

「出島さんも何であんなものを持ってきたんでしょうね?」

 

「何でも『お正月ならこれくらい当然です』とか言っていましたよ」

 

 

 何が当然なのか私には分からなかったですが、七条さんたちは特に疑問に思って無さそうでしたし、カナ会長に関してはノリノリで参加してましたし……

 

「午後は大人しく過ごしたいものですが――」

 

 

 そう言ってタカトシさんは話し合いをしている三人に視線を向け、盛大にため息を吐きました。

 

「無理でしょうね」

 

「なら、どこかに出かけるのはどうでしょう? 騒がしくてもこの場にいなければ問題は無いわけですし」

 

「勝手に何かをされると困りますからね。コトミじゃ監視になりませんし」

 

「そうですね」

 

 

 家主であるタカトシさんが不在になってしまうと、この家に居辛くなるでしょうし、何かあった時に困りますからね。

 

「そう言えばタカトシさん、初詣には行かれましたか?」

 

「いえ、大勢で来ると聞いていたのでその準備に時間を割いてますし、そんな暇なかったですからね」

 

「なら後で一緒に行きませんか? この辺りで良いところ知ってます?」

 

「近所の神社で良ければ案内出来ますが」

 

「なら、片づけが終わったらお参りに行きましょう。そのくらいならタカトシさん不在でもこの家は大丈夫だと思いますし」

 

 

 逆を言えば、それ以上はこの家が危ないという事になってしまうのですが、この面子ではそれも仕方ないのかもしれません。普段はしっかりしている面子ですが、羽目を外すと大変な事をしでかすかもしれないですし……

 

「そうですね。サクラさんとなら落ち着いてお参り出来るでしょうし」

 

「またスズさんには頑張ってもらいましょう」

 

 

 不本意ながら、タカトシさんと私がいなければこの面子でここまで平穏に過ごせないのも確かなのです。最近では大人しくなってきているとはいえ、新年で無礼講だと天草さんが言ったため、今日だけは羽目を外しているようで先ほどから下ネタが飛び交う場面もしばしば見受けられました。

 

「それじゃあ、準備するので少し待っていてください」

 

「分かりました」

 

 

 タカトシさんは外出の準備のため一度部屋に戻り、私は上着を置いてあるリビングに向かいました。

 

「片付け終わったんですか?」

 

「ええ。ところで、スズさんは何をしているのですか?」

 

「出島さんに料理のコツを習っているんです。他は兎も角、料理に関してはこの人は尊敬出来ますので」

 

「随分と熱心に聞いてこられるので、私も張り切って教えているところです」

 

「スズちゃん、ちゃんと料理出来るのに出島さんに習うなんて、何か目的でもあるの?」

 

「なっ、目的なんて無いですよ! ただ、もう少し上手になりたいだけです」

 

「なら、タカトシ様にお願いしてキッチンをお借りして実戦と参りましょうか。食材は手配しますので」

 

 

 何やら二人きりで外出出来そうな流れですけど、出かけている間にこの場所が無くならないように神様にお願いした方が良いのでしょうか? ちょっと心配です……




萩村も頑張ってるんですが、森さんの方がリードしてますね……


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お参り

珍しくラブ要素多め……


 タカ兄が出かける準備をしていたので、私はシノ会長とカナ会長の側を離れタカ兄に声を掛けた。別に出かけるのは問題ないけど、さっきサクラ先輩も出かける準備をしていたので、これは何か面白い事になるかもしれないと感付いての行動だ。

 

「タカ兄、どこか行くの?」

 

「ちょっと近所の神社にお参りに」

 

「珍しいね。タカ兄が神頼みなんて」

 

「お前の成績を考えると、神様にすがりたくもなるだろ」

 

「……ほんと、大変だね」

 

 

 思わぬカウンターを喰らい、私はそそくさと逃げ出そうとして、肝心の事を聞き忘れたと踏みとどまりタカ兄に問いかける。

 

「一人で行くの?」

 

「いや、サクラさんも一緒に」

 

「ふーん、なんだかデートみたいだね」

 

 

 タカ兄が女性と二人きりで出かけた事なんてあったかな……あっ、お買い物とかはあった気がするけど、あれはデートって雰囲気じゃなかったし……

 

「バカな事言ってないで少しは勉強したらどうだ? 宿題だってあるだろ」

 

「えっ? そんなのあったっけ?」

 

「八月一日さんから聞いてるぞ。とぼけないで少しは片づけるんだな」

 

「マキめ……ラスボスに密告するとは」

 

「いい加減厨二も卒業しろよな」

 

 

 何だかタカ兄にお説教されるために声を掛けちゃったみたいになったけど、やっぱりタカ兄はサクラ先輩の事を意識してるようだ。何時もならもう少し柔らかいツッコミなのに、今日のは鋭さ満点でちょっと怖い雰囲気だし。

 

「お年玉が欲しかったら、帰ってくるまでに終わらせておけよ。大した量じゃないんだし」

 

「なっ、お年玉を人質に取るなんて卑怯だよ! タカ兄はそんなことしなかったはずなのに……」

 

「言い方は悪いが、金でもちらつかせないとやる気出さないだろ、お前」

 

「……ハイ、ガンバリマス」

 

 

 確かに前はお小遣いを人質に取られ、必死になって勉強したんだったな……今回はそれがお年玉になっただけだけど、これが無いと今月の私はかなり厳しいのだ。

 結局タカ兄を尾行しようとした計画は実行に移ることなく、シノ会長とカナ会長のお世話になりながら宿題を片付ける事になったのだった。

 

「(それにしても、やっぱりタカ兄の本命はサクラ先輩で決まりなのかな?)」

 

 

 帰ってきたらお義姉ちゃんとでも呼んでみようかな。どんな反応するんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思いのほかすんなりと外に出ることが出来て、私はちょっと意外な感じがしました。何時もならタカトシさんが出かけるとなれば誰かしら声を掛けてきたり、コトミさんが付いて来ようとしたりするのですが、今日はそれもなく本当にすんなり外に出れたのです。

 

「何だかちょっと場違いな感じがしますね」

 

「確かに、周りは晴れ着だったりしてますからね」

 

 

 私たちは普段着で普通の上着を羽織ってお参りに来てますが、やっぱりちゃんと晴れ着の方が良かったのでしょうか。

 

「でもまぁ、ちらほらと普段着の人も見えますし、別に気にしなくてもいいかもしれませんね」

 

「でも、なんだかカップルとか家族連れとかが多くて、なんとなく居辛い雰囲気はありますよね」

 

「それは確かにそうですね……さっさとお参りを済ませて帰りますか?」

 

「出店とかを見てから帰りましょう。お土産もいりますし」

 

 

 黙って出てきたのだ、カナ会長や天草さんたちが後から文句を言ってくるかもしれないので、出店で何かを買って帰った方が良いでしょうしね。

 

「お参りといっても、凄い人ですね……」

 

「まぁ、お正月ですからね」

 

 

 普段はお参りなんて来ない人でも、お正月くらいはという気持ちで訪れるのでしょう。そこまで大きくない神社でも、結構な人がお参りに来ているのです。

 

「まぁ、十分もすれば順番が来るでしょうし、大人しく並びましょうか」

 

「そうですね」

 

 

 私も普段はお参りなどしないですけど、今日くらいは神頼みもいいかもしれませんし、せっかく来たのに何もしないで帰るのももったいないですからね。

 

「タカトシさんは何をお願いするのですか?」

 

「人に言わない方が叶うようですが、さっきコトミに言っちゃいましたからね。アイツが少しでも真面目に勉学に取り組むようにお願いしようかと」

 

「大変ですね、お兄ちゃんは」

 

「サクラさんにお兄ちゃんと言われると不思議な感じがします」

 

「そうですか? でも、タカトシさんみたいなお兄ちゃんがいたらな、とは思ったことがありますよ。勉強も家事も出来ますし、それにカッコいいですし」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 珍しくタカトシさんが照れたようで、恥ずかしそうに頭を掻いて辺りを見回し始めました。

 

「タカトシさんでも照れたりするんですね」

 

「当然ですよ。サクラさんは俺の事をロボットか何かと勘違いしてませんか?」

 

「そんなことありませんよ。あっ、もうすぐお参りが出来そうですね」

 

 

 お喋りをしていれば十分などあっという間で、ようやくお賽銭を入れられる距離まで列が進み、私たちもお参りを済ませる事が出来ました。

 

「何をお願いしたのですか?」

 

「人に言わない方が叶うらしいので、言いません」

 

「それ、さっき俺が言った事じゃないですか」

 

「えぇ、だから教えません」

 

 

 タカトシさん相手にはぐらかす事に成功した私は、会長たちに買って帰るお土産を選ぶためにタカトシさんから離れました。ちなみに私が神様にお願いした事は、少しでもタカトシさんと親密になれますようにでした。




話作ってる間、なんだかムズムズしてました……


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出島さんへのご褒美

やっぱり駄目メイド……


 とりあえずトランプをしようと決め、タカトシも姿を探したのだが何処にもいない。買い出しにでも行ったのかとも思ったが、昼の時に夕食の分も買ってきているようで、どうやら買い出しでもないらしい。

 

「いったい何処に行ったのだ……」

 

「シノっち、どうやらサクラっちの姿も見当たらないようです」

 

「何で誰も行き先を知らないんだ!」

 

 

 家主であるタカトシが出かける時に、誰かに声を掛ける必要は無いのかもしれないが、それでも誰かには声を掛けているはずだ。何せタカトシがいなくなった今、この家で起こった責任に対処しなければいけないのはコトミになるわけで、そんな危険な状況をアイツが善しとするはずもないからな。

 

「おっ、コトミ。タカトシは何処に行ったんだ?」

 

「へっ? タカ兄ならサクラ先輩と一緒に近所の神社にお参りに行きましたよ」

 

「なにっ!? 聞いてないぞ」

 

「シノ会長たちは真剣に何をして遊ぶかを話し合っていましたからね。タカ兄も特に声を掛ける事は無いだろうって思ったんじゃないですか? それほど長時間家を空けるつもりは無いでしょうし――」

 

『ただいま』

 

「――ほら、帰ってきましたよ」

 

 

 タカトシの声に反応した私とカナは、猛ダッシュで玄関に向かう。すると驚いた表情を浮かべていたタカトシとサクラが同時に苦笑した。

 

「そんなにお土産が楽しみだったんですか?」

 

「てか、そんなに匂いました?」

 

 

 どうやら私たちが土産のたこ焼きの匂いにつられたのだと勘違いしたようだ。だが、そんなものは今はどうでも良いのだ。

 

「何故我々に黙って二人きりで出かけたのだ!」

 

「わざわざ報告するまでもないかなと思っただけです。そもそも、ツッコミの機会から逃げ出す為にお参りに出かけたわけですので、ボケ側の先輩たちを連れて行ったら意味がないじゃないですか」

 

「そうですよ。ただでさえ人が多くて大変だったんですから、シノ会長たちを連れて行ったら好奇心でどこに行くか分からないじゃないですか」

 

「うぐっ!」

 

 

 何だか子供扱いされたような気になり心にダメージを負ったが、そうか……デートではなかったんだな。

 

「とりあえず、これは皆さんで食べてください。今お茶の用意をしますので」

 

「キッチンはスズポンと出島さんが使ってるので、お茶なら私が用意しますよ」

 

「カナ会長……そのポケットから取り出した錠剤は何でしょうか?」

 

「これは、ちょっとイケナイ気持ちになるかもしれない薬です。さっき畑さんから頂きました」

 

「あ、あの人は……」

 

 

 タカトシが盛大にため息を吐いたが、それを慰めたのもサクラだった……やはり私たちよりサクラの方がタカトシに近しいのだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外にいた時はあれほど気楽そうにしていたタカトシさんが、自宅に戻ってくるなりまた疲れたような雰囲気を醸し出しているのを感じて、私といる時は楽だと思ってくれているのだと分かって、タカトシさんには失礼かもしれませんが嬉しいと思ってしまいました。

 

「サクラ先輩」

 

「どうかしましたか、コトミさん」

 

 

 カナ会長と天草さんがリビングに引っ込み、タカトシさんがお茶の用意をするためにキッチンへ向かった後、コトミさんが話しかけてきました。

 

「タカ兄とのデート、楽しかったですか?」

 

「別にデートじゃありませんし、お参りをしてきただけですから」

 

「えー、二人きりだったのですから、キスくらいしたんじゃ――って、タカ兄?」

 

「お前は余計な事しかしないな」

 

「な、何もしてないじゃん!」

 

 

 お茶の用意を終えて、私がまだリビングに入ってこないのを不思議に思ったタカトシさんが、コトミさんの襟首を掴んでリビングまで引き摺って行きました。

 

「サクラちゃん、お土産ありがとね~」

 

「確かに美味しいな、これ」

 

 

 既に七条さんや天草さんはお土産に夢中になっているようで、その間にタカトシさんは洗濯物を取り込んだりと家事に勤しんでいました。そして、コトミさんは反省させられているのか、部屋の隅で正座させられていました。

 

「タカトシ様と二人きりになれるよう、ロリっ子を引き受けた私にもご褒美を」

 

「な、なんですかいきなり……」

 

 

 部屋全体を眺めていると、背後から出島さんがそのような事を言って近づいてきました。てか、別に出島さんにお願いしたわけでもないのに、何で偉そうなのでしょうか、この人は……

 

「出島さん、またいろいろと教えてください」

 

「それは構いませんが、普段ですと私も仕事がありますのでそうそう教える時間が作れるわけではありませんよ」

 

「それは分かっています。ですから、時間がある時で構いませんので」

 

「いえ、そう言う事ではなくてですね……報酬次第ではいつでも時間を作ると言っているのです」

 

「報酬って……何が欲しいんですか?」

 

「それはもちろん罵声! ロリっこに罵声を浴びせられるなど、この上ない快感じゃないですか!」

 

「誰がロリだ! この変態駄目メイドめ!」

 

「あぁ! この為だけに相手をしたようなものです!」

 

 

 世の中には変わった性癖の人もいるのだと分かっていましたが、まさかこんなに身近にいたなんて……とりあえず出島さんへのご褒美(?)も終わり、天草さんの提案でトランプをして遊ぶことになりました。

 

「(皆さんには悪いですが、私も必死なんですからね)」

 

 

 トランプの最中にそんなことを考えましたが、もちろん声には出しません。だって出したら集中砲火を喰らう事間違いなしですからね。




ツッコミコンビは大変ですね……


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王様ゲーム

原作では性的命令は禁止でしたが……


 大雪の影響で休校になるかもしれないが、生徒会役員として一応学校へ向かう事になった。

 

「アンタも律儀よね」

 

「そう言うスズこそ。学校を挟んで逆方向だろ? 何でこんな時間にウチに来たんだ?」

 

「それは…その……」

 

「?」

 

 

 何だか口籠ったが、深く追求するのは失礼かもしれないし、コトミの昼飯の準備も出来たし学校に向かうとするか。

 

「お待たせ。学校に行こうか」

 

「コトミちゃんは良いの?」

 

「こんな時間にアイツが起きるわけ無いし、朝飯と昼飯の用意はしておいたんだ。遅刻になっても文句は言われないだろう。そもそも、授業があるのかも疑わしいんだし」

 

「それはそうだけどね」

 

 

 交通機関に影響が出る可能性もあるので、休校にするかもしれないと分かりつつ学校に行くんだから、なんとなく損だよな、生徒会役員って……

 

「とりあえず雪かきだよな」

 

「休校だろうが通常授業だろうが、とりあえず雪は退けないといけないものね」

 

「会長の事だから、楽しんで雪かきをしよう! とか言いそうだけどな」

 

「確かに、会長ならありえるわね」

 

 

 スズと喋りながら学校へ向かい、到着すると案の定大門先生から休校になったという知らせを聞かされた。

 

「とりあえず生徒会室に行くか」

 

「そうね。たぶん会長たちも来てるでしょうし」

 

 

 スズと生徒会室に向かうと、やはりシノ会長とアリア先輩も生徒会室に来ていた。

 

「生徒会役員は全員登校か」

 

「お休みになっちゃったし、今日はどうしましょうか?」

 

「俺はとりあえず雪かきをしようかと思ってますが。どっちにしろ明日しなければいけないでしょうし、今の内から退かせるモノは退かしておいた方がいいでしょうし」

 

 

 生徒会室の隣の物置から雪かき道具を引っ張る出し、俺は早々に外へ向かう事にしたのと、コトミに休校の事をメールで伝える事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪の影響で休校になってしまったので、私とサクラっちは歩いて家に帰る事にしたのですが、途中桜才学園の近くを通りかかったので、せっかくなので寄っていくことにしました。

 

「誰もいないんじゃないですか? ほら、桜才学園も休校になったわけですし」

 

「でも、真面目なシノっちたちなら登校してるかもしれないし、もしかしたらタカ君もいるかもしれないですし」

 

「例えいたとしても、校内に入れないんじゃ確認出来ませんよ?」

 

「大丈夫、顔パスだから」

 

「それは用事がある時だけだろ!」

 

 

 サクラっちにツッコまれて満足した私は、雪の中をずんずんと進んでいき、桜才学園が見える位置までやって来ました。

 

「あれは、タカ君でしょうか? 雪かきをしてる男子は」

 

「タカトシさんみたいですね。後は先生がいるだけですね」

 

「シノっちたちはいないのでしょうか?」

 

 

 とりあえずタカ君を見つけられたので、私は話を聞くためにタカ君に近づくことにしました。

 

「こんにちは、タカ君」

 

「カナさん? あー、英稜も休校になって、電車も止まってしまったので歩いて帰ってるんですか」

 

「そんなところです。ところで、シノっちたちは?」

 

「会長たちなら、校内の雪かきをしてますよ」

 

「そうなんですか」

 

「良かったら一緒にやって行ったらどうですか? あっちは雪かきというよりは、雪遊びですから」

 

 

 タカ君が視線を向けた先には、無邪気に雪で遊ぶ桜才学園生徒会役員女子たちの姿があり、そこに五十嵐さんや横島先生まで加わっていた。

 

「では、お言葉に甘えさせていただきます。サクラっち、行きますよ」

 

 

 ここでサクラっちをタカ君の許に残していくと、また知らない間に進展してしまうかもしれませんからね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪かきを終えた我々は、英稜の二人と横島先生を交えて昼食を済ませ、横島先生の提案で王様ゲームをすることになった。タカトシは嫌そうだったが、結局は付き合ってくれることになったので、我々は如何にタカトシの番号を指名出来るかが勝負の鍵になると踏んだ。

 

「まずは私が王様だな! 3番が5番にチョップをしろ」

 

「何ですか、その命令……」

 

「私が3番だ~」

 

「えっ、七条さんに叩かれるんですか!?」

 

 

 どうやら森が5番だったようだ。狙ったわけではないが、森にダメージがいくのはなんだか気持ちがいいな。

 

「ふっふっふ、次は私が王様ですね」

 

「カナか……どんな命令をするんだ?」

 

「4番が全員分のお茶を用意する!」

 

「おっ、私か」

 

「横島先生、お茶淹れられるんですか?」

 

「馬鹿にするな! 馬鹿にするなら、もっと呆れた視線を向けろ!」

 

「どっちだよ……」

 

 

 タカトシに馬鹿にされたかったようで、横島先生はちょっとガックリしながらお茶の用意を始めた、やはりまだ過激な命令は出ないか。

 

「よし! 私の時代だな!」

 

「横島先生なら、なんだかすごい命令をしそうだな!」

 

「……何でシノ会長は楽しそうなんですか?」

 

「そうだな……よし、6番が2番にキスをしろ!」

 

「はっ?」

 

 

 タカトシがそう呟いて、自分の番号を公開する。タカトシは2番、つまりされる側だ。

 

「それで、6番は誰だ!?」

 

 

 残念ながら、私は1番だった……

 

「わたし~。それじゃあタカトシ君、いくよ?」

 

 

 そう言ってアリアは喜々としてタカトシとキスをし、私たちに見せつけるよう、しっかりとタカトシの頭の後ろを押さえつけて長時間のキスをしてみせたのだった。




横島先生が恋のアシストを……


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罰ゲーム後の心境

まぁ、意識しちゃいますよね


 あの時はノリノリだったけど、時間が経つとちょっとずつタカトシ君と顔を合わせるのが恥ずかしくなってきちゃったし、シノちゃんやスズちゃん、カナちゃんの視線が会うたびに鋭くなってきている気がするんだよね……それでも、私より先にタカトシ君とキスをしたサクラちゃんとカエデちゃんは非難の目は向けてきてないのが救いだけど。

 

「お嬢様、最近如何なされたのでしょうか?」

 

「何でもないのよ。ただちょっと、生徒会室に顔を出し辛くなっちゃっただけなの」

 

「いったい何があったのでしょうか?」

 

 

 出島さんにこの間の王様ゲームで、タカトシ君とキスをしたことを話し、その後で気恥ずかしさが勝ってきたのだと説明すると、納得したように両手を叩いた。

 

「つまりお嬢様は、生徒会室に顔を出すと、タカトシ様の唇に目がいってしまい、尚且つ天草様、萩村様から非難の視線を浴びせられるのが辛いというわけですか」

 

「そうなのよね……タカトシ君は『気にしなくてもいいですよ』とは言ってくれてるんだけど、シノちゃんとスズちゃんがね」

 

 

 既にキスの経験があるタカトシ君はした直後は気まずそうだったけども、今ではあまり気にせず話しかけたりしてくれているのだ。問題はタカトシ君とキスした事が無いシノちゃん、スズちゃん、カナちゃんの三人と顔を合わせた時の気まずさなのよね。

 

「いっそのこと勝利宣言でもしてみたら如何でしょう?」

 

「でも、私より先にカエデちゃんと、サクラちゃんは二回もキスしてるわけだし、勝利ってわけじゃないもの」

 

「なら、開き直って今まで通りの付き合いを続けるよう努力してみては如何でしょう? タカトシ様はそのようにしているようですし、お嬢様もその流れに乗ってしまえば、おのずと元通りの空気になるでしょう」

 

「そうだと良いんだけどね~」

 

 

 出島さんに相談してスッキリしたので、私は学校へ行こうとして、既に普通に行くには絶望的な時間だったので、出島さんに運転を頼んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の事を言えた立場ではないのですが、七条さんがタカトシさんにキスしたのを見て、私は少し苛立ってしまいました。

 

「サクラっち、またイライラしてますね……あの日なのですか?」

 

「違います。てか、会長もだいぶイライラしてるように見えますけど」

 

「まぁ、私は経験ないから余計にしますよ、そりゃ」

 

「……ゴメンなさい」

 

 

 何だか私まで責められた様な気がして、思わず頭を下げてしまいましたが、別に会長は私を責めたわけではないのですよね。

 

「まさかゲームでタカ君の唇が奪われてしまうとは……先に性的な罰は禁ずると決めておけばよかったですね」

 

「でも、カナ会長だってちょっと期待していたのではないですか?」

 

「そそそ、そんなこと無いですよ~」

 

 

 あっ、やっぱり期待してたようですね……下手をしたら女子同士でキスをする確率の方が高かったのだから、タカトシさんと七条さんになって、ある意味健全な罰だったと言えなくもないのですが、それでもやっぱり面白くは無かったのです。

 

「とりあえず、これでタカ君とキスをしたことが無いのは、私とシノっちとスズポンの三人になってしまいました」

 

「いや、他にもたくさんいると思うのですが」

 

「主だってタカ君と行動を共にするメンバーでは、という事です」

 

「それなら、そうかもしれませんね……」

 

 

 妹のコトミさんは例外ですし、時さんや八月一日さんもあまり一緒に行動はしませんしね。

 

「なにか、打開策でもあればいいのですが……」

 

「強引に行けば、それだけタカトシさんに怒られる確率が高くなるだけですよ」

 

「そうなのですよね……しかも、私だけ圧倒的に不利ですし」

 

「何故です?」

 

 

 カナ会長だって、それなりにタカトシさんと会うのですから、不利だとしても圧倒的ではないと思うのですが。

 

「だって、シノっちは同じ学校の先輩後輩という間柄で、隙を見つければいつでも二人きりで行動出来るでしょうし、スズポンは加えてクラスメイトですから。しかも成績優秀者同士、話も合うでしょうし」

 

「カナ会長だって、同じバイト先ですし、そういう意味では外で会える会長の方が有利な気もしますが」

 

「最近は会う機会は減ってますし、どうしてもサクラっち同伴になってしまいますからね」

 

「まぁ、会長と二人きりにさせると、タカトシさんが大変そうですからね」

 

 

 ただでさえ学校で疲れているのに、カナ会長の相手までさせられたらいくらタカトシさんとはいえ体調を崩してしまうかもしれないですし。

 

「そもそも、サクラっちはお正月に二人でお参りデートをしてるのですから、私の邪魔をする権利は無いと思うのですが」

 

「デートって感じではなかったですけどね。普通にお参りをして、普通におみくじを引いただけです」

 

「それを世間一般ではお参りデートと言うのですよ!」

 

「そうなのですか? 本人が違うと言ってるんですから、違うと思うんですがね」

 

 

 タカトシさんもデートではないと説明してましたし、私もデートだとは思ってなかったので、デートでは無いのですが、周りから見たらデートだったのでしょうか……だとしたら、ますます七条さんの事を責められる立場ではないようですね、私は……

 

「とにかく、タカ君と親密になれる展開でも起こらないでしょうか」

 

「そうそうそんな展開にはならないと思いますがね」

 

 

 何を企んでいるのかは分かりませんが、とりあえず暴走しなければ止めないでおきましょう。これ以上会長が暴走したら、私でも止められませんし……




次回ついにウオミーが……


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浅からぬ関係

遂に二人の関係が……


 交流会も終わり、カナたちと別れる際になって、彼女が明日の予定を言い出した。

 

「実は明日、親戚の結婚式なんですよ」

 

「そうなんですか。実は俺もなんです」

 

「珍しい事もあるものだな。ウオミーもタカトシも親戚の結婚式だなんて」

 

「そうだね~」

 

 

 この前のキス事件以降、どことなくアリアからは余裕が感じられるようになってきたが、それでも森や五十嵐と比べればまだまだだろう。

 

「それじゃあシノっち、アリアっち、タカ君、また今度」

 

「失礼します」

 

 

 カナと森と別れ、私たちも帰る事にした。

 

「ところで、何故カナは萩村に挨拶していかなかったんだ?」

 

「だって、スズちゃんは今畑さんのところに行ってるから」

 

「そう言えばそうだったな」

 

 

 この場にいない萩村に挨拶をしていかないのは仕方のない事だな。決して小さいから存在を忘れていたわけではないからな。

 

「時にタカトシよ」

 

「何ですか?」

 

「親戚の結婚式という事は、コトミも連れて行くのか?」

 

「一応は。アイツ一人で留守番させるくらいなら、家を空けた方が安全ですから」

 

「それもどうなんだ?」

 

 

 相変わらずコトミに対して厳しいんだか甘いんだか分からないが、明日は津田家に遊びに行っても誰もいないことは分かったから、大人しく勉強でもするかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミを連れて結婚式場へ向かうと、向こう側から見知った人が、同じ式場にやってきた。

 

「タカ君?」

 

「何故カナさんがここに?」

 

 

 確かカナさんは親戚の結婚式に参加するために出かけるというのを昨日聞いた。そして目的地であろう結婚式場は、俺たちの親戚が結婚式を行う式場と同じようである。つまり――

 

「まさかウチの親戚(あに)の相手がカナさんの……」

 

「まさかウチの親戚(あね)の相手がタカトシさんの……」

 

 

――そう言う事なのだろう。

 

「凄い偶然ですね」

 

「世の中狭いですね」

 

 

 カナさんとしみじみ話し合っていると、コトミが顔を赤らめて口を押さえていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「だって、余の○内狭いって……大胆な告白だよね」

 

「お前は何を言ってるんだ?」

 

 

 ふざけたコトミの相手などしたくないので、軽く流して式場へと入ることにした。参列者の中で学生は俺とコトミ、そしてカナさんの三人だけのようで、俺たちは固まって座ることにした。

 

「これで私たちは親戚関係になりましたね」

 

「遠縁ではありますが、確かにそうなりますね」

 

 

 式中は特にすることも無いので、迷惑にならない程度の声量でカナさんとお喋りする事になった。正直親戚と言ってもさほど交流があるわけではないので、出席したくなかったのだが、父さんと向こうの叔父が仲良く、本来なら出席するのは父さんのはずだったのだが、仕事の都合上俺とコトミが名代として出席する事になったのだ。

 

「私は一人っ子だから、姉弟というものに憧れているんです」

 

「そうなんですか」

 

「だからタカ君、これからは私の事をお義姉ちゃんとして扱ってください」

 

「はぁ? 義姉として扱えと言われましても、どうすればいいのかさっぱりなのですが」

 

 

 俺には妹しかいないので、義姉扱いしてほしいと言われても困ってしまう……そもそもカナさんはバイト先の先輩でもあるので、接し方を変えろと言われても難しいのだ。

 

「普通に『カナお義姉ちゃん』と呼んでくれたり、今まであった遠慮みたいなものを取っ払ってくれたらいいだけです」

 

「お義姉ちゃんは嫌ですね……義姉さんでどうでしょう?」

 

「……悪くない響きですね」

 

 

 どうやら気に入ったらしく、義姉さんが採用されてしまった。

 

「コトミちゃんも、遠慮なく呼んでくださいね」

 

「はい、カナお義姉ちゃん!」

 

「うふふ、一日で義弟と義妹が出来てしまいました」

 

 

 親戚の結婚でこうも人間関係に変化が生じるとは……まぁ、特に何かが変わったわけでもないんだがな……この人がぶっ飛んだ提案をしてくるのは今に始まった事じゃないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の結婚式の事をタカトシ君に尋ねると、どうやら親戚の相手がカナちゃんの親戚だったようで、浅からぬ縁が出来たと報告されちゃった。

 

「それで、カナと親戚関係になったと?」

 

「ええ。義姉さんと呼べと言われまして」

 

「ということは、カナは脱落したという事か?」

 

「脱落? 何からです?」

 

「まってシノちゃん。血の繋がらない姉弟って関係は逆に燃えるものがあると思うの」

 

「うむ……あながち否定出来ないな」

 

「……この二人は何を言ってるんだ?」

 

「さぁね」

 

 

 タカトシ君は首を傾げながらスズちゃんに問いかけるけど、スズちゃんは答えてあげなかった。てか、どことなく不機嫌なのは、この前のキスが原因なのかしら?

 

「カナが義姉になったということは、津田家を頻繁に訪れる口実が出来てしまったわけか」

 

「タカトシ君がバイトで家を空ける事が多いから、カナちゃんもコトミちゃんの世話と称して家に入れるわけね」

 

 

 これはカナちゃんも一気に先頭争いに加わってきたという事かしら。一回キスしただけで勝ったと思ってたけど、これじゃあどっちがリードするか分からなくなってきたわね。

 

「そもそも森がトップなわけで、五十嵐、アリア、カナと来て、次は誰だ? 私と萩村のどっちかだよな?」

 

「だから、何の話ですか」

 

 

 タカトシ君を問い詰めるべく距離を詰めたシノちゃんだったけど、タカトシ君は何のことだかさっぱり分かっていなかったので、答えは無かったのだった。




タカトシの方が年上っぽいですけどね


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スズの失敗

何故飛びつこうと思ったのか……


 クラスメイト達と雑談をしていたら、スズから電話がかかってきた。

 

「ちょっとすまん」

 

 

 クラスメイト達に断りを入れてから、俺は電話に出る事にした。

 

「スズ? 何かあったの?」

 

『えっと……倉庫まで来てほしいんだけど』

 

「倉庫?」

 

 

 高いところのものを取ろうとして届かなかったのだろうか?

 

「分かった、すぐ行くよ」

 

 

 スズにそう答え、クラスメイト達には生徒会の仕事だと言ってその場を離れ、俺は倉庫までやってきた。

 

「スズ? いるか?」

 

 

 そう声を掛けて中に入ると、棚の上にスズが体育座りをしているのが目に入った。

 

「この荷物降ろしてくれないかな。後私も」

 

「何でこうなった……」

 

「この荷物を取ろうとしたけど、ちょうどいい踏み台も無かったし、ジャンプすれば届くと思ってやったら、今度は降りられなくなったのよ……」

 

「ジャンプする前に気付いてほしかったよ……」

 

 

 とりあえず先に荷物を降ろし、スズを降ろす為に手を伸ばす。

 

「受け止めるから飛んでくれ」

 

「で、でも……」

 

「何か問題でも?」

 

「外で畑さんがスタンバってるのが気になるんだけど」

 

「大丈夫。後でカメラごと押収して、データの全てを消去するから」

 

 

 どうせフェイクのデータカードを用意しているんだろうから、それもまとめて消去すればいいだろう。

 

「じゃ、じゃあ行くけど……ちゃんと受け止めてよ?」

 

「大丈夫だよ。スズは軽いから。それに、これでも鍛えてるから女子一人くらい受け止められるって」

 

「わ、分かったわ……」

 

 

 覚悟を決めたスズが、俺目掛けて飛び降りて来る。俺はしっかりとスズを受け止め、ゆっくりと床にスズを降ろす。

 

「ありがとう。この事は絶対に会長たちに言わないでよ!」

 

「別に言わないし、言う必要も無いと思うけど」

 

 

 何を心配してるのか分からないけど、スズは何度も念を押してきた。そんなに俺って口が軽いと思われているのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシに助けてもらい、無事に荷物を手に入れた私は、タカトシに荷物を持ってもらい生徒会室に戻ってきた。

 

「最近肩が凝っててな」

 

「確かに、数値高いですね」

 

 

 横島先生が持っていた筋肉の硬さを測る機械を覗き込んだ会長が、数値を見て横島先生の肩をもみだした。

 

「私の力じゃ凝りをほぐす事は出来そうにないですね……タカトシ、ちょっと揉んでやってくれ」

 

「俺がですか?」

 

 

 会長に頼まれたからか、タカトシは荷物を置いて横島先生の肩をもみ始めた。

 

「確かに、だいぶ凝ってますね」

 

「おっ、おぉ……利くなぁ~」

 

「年寄りくさい事を言わないでくださいよ」

 

 

 そう言いながらも、タカトシはしっかりと横島先生の肩を揉み解して行く。

 

「タカトシ君、次は私もお願い出来るかな?」

 

「アリア先輩もですか? 別にいいですけど、何でそんなに肩が凝るんです?」

 

「胸が大きいと肩が凝るんだよ」

 

「そうなんですか」

 

 

 特に慌てた様子もなく、タカトシは七条先輩の肩こりの理由に納得したようだった。それにしても、七条先輩のは相変わらず大きい……

 

「ん? なんだ、萩村?」

 

「会長は、肩凝りそうにないなと思いまして」

 

「喧嘩したいなら喜んで相手しようじゃないか!」

 

「スズ、今のはさすがに酷いと思うぞ」

 

「……ゴメンなさい」

 

 

 タカトシに怒られ、私は素直に会長に頭を下げた。七条先輩に嫉妬するあまり、会長に喧嘩を売っても意味ないのにな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄と一緒に家に帰ると、中にカナお義姉ちゃんがいた。

 

「あれ? どうかしたんですか?」

 

「叔母さんから連絡があって、コトミちゃんの勉強を見てやってほしいって」

 

「何でお母さんがカナお義姉ちゃんと連絡をとってるの!?」

 

 

 何時もならタカ兄にお願いするのに、何故カナお義姉ちゃんにお願いしたんだろう。

 

「タカ君に任せるのもいい加減可哀想だし、私なら成績も申し分ないからって」

 

「少しは娘の成長を信じてくれても良いんじゃないかな……」

 

「信じられるだけの成績を残してないからだろ」

 

 

 私の愚痴をバッサリと切り捨てて、タカ兄は洗濯物をしまう為に庭に出て首を傾げた。

 

「パンツが一枚無いんだが……」

 

「お、おかしいですね。わ、私は取ったりしてませんからね?」

 

「カナお義姉ちゃん。ポケットから布が出てるよ?」

 

「こ、これは違うんです!」

 

 

 私が指摘すると、お義姉ちゃんは慌ててパンツを取り出し正座をした。よく見ればタカ兄のパンツだ。

 

「何で義姉さんが俺のパンツを持ってるんですかね?」

 

「ちょっとした出来心なんです! 戻そうと思ったらタカ君たちが帰って来ちゃって……ゴメンなさい」

 

「……今回は未遂ですから許しますけど、今後同じような事したら分かってますね?」

 

「はい、重々承知しております」

 

「分かりました。それでは、義姉さんはコトミの勉強を見てやってください。俺は洗濯物をしまって、買い出しに行ってきますので」

 

「タカ兄、私も一緒に――」

 

「コトミちゃんは私と一緒に部屋で勉強をしましょうね」

 

 

 カナお義姉ちゃんに腕を掴まれ、私はそのまま部屋まで連行されてしまった。

 

「お義姉ちゃん、震えてる?」

 

「タカ君のあの目……今後冗談でもふざけたりしないようにしなくては」

 

「まぁ、タカ兄は怒らせると怖いですからね」

 

 

 結局その後はカナお義姉ちゃんにみっちりと勉強を教えられ、夕食までの時間を私は部屋で勉強する事になってしまったのだった。




ウオミーが出しやすくなった


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コトミの傘

持ってて恥ずかしくないのだろうか……


 カナお義姉ちゃんが家に来る回数が増えたお陰か、タカ兄とカナお義姉ちゃんとの距離は明らかに縮まっていた。

 

「タカ君、お醤油取ってくれる?」

 

「どうぞ。カナ義姉さん、無理に夕飯作りに来る必要は無いのですが」

 

「タカ君だって大変だろうし、これくらいはお義姉ちゃんとして当然」

 

「うーん……なんだか悪い気がするんですよね」

 

「報酬はタカ君のお弁当で間に合ってますから」

 

「……わざわざ取りに来なくてもご自分で作ればいいのに」

 

 

 このようにタカ兄とカナお義姉ちゃんが交互にご飯を作ってくれるので、私は毎日おいしいご飯にありつけるのだった。

 

「コトミちゃんも少しは出来るようにならないとね」

 

「でもお義姉ちゃん。私が料理するより二人がした方が早いし、それに美味しいんだよ? その状況で私が頑張ろうと思うと思う?」

 

「思いませんね。コトミちゃんはぐーたらなところがありますから」

 

「私は効率が悪いと思う事はしない主義なんです!」

 

「威張っていう事か! 要するにやりたくないだけだろ」

 

「身もふたもない事を言わないでよ、タカ兄」

 

 

 タカ兄にバッサリと切り捨てられ、私はその場に崩れ落ちる。こんな冗談にも付き合ってくれるんだから、カナお義姉ちゃんが家に来てくれるのは本当にありがたいよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝もタカ君の家から学校に通う。特に近所というわけではないのだが、親戚同士の結婚が縁でこういう関係になったので、出来る限りタカ君たちと一緒にいたいと思う一心でお手伝いをしているのだ。

 

「おはようございます、会長」

 

「サクラっち、おはようございます」

 

「今日は服装チェックがあるから早めに来てくださいと言っていたのに、何でその会長が遅れるんですか」

 

「タカ君の家に寄っていたから」

 

「またですか」

 

 

 遠縁になった事はサクラっちも知っているので、私がタカ君の家に通っていると言ってもあまり焦ったりはしません。これがシノっちだったら大慌てするのでしょうが、サクラっちはタカ君と二回もキスしているだけあって余裕が感じられます。

 

「それにしても、毎日タカトシさんにお弁当を作ってもらうのは申し訳ないのではありませんか?」

 

「そのお返しに、二日に一回夕ご飯を作りに行っています」

 

「お互いに大変そうですし、週一回とかにしたらどうでしょうか? そうすればタカトシさんもカナ会長に気を遣わずに済むでしょうし」

 

「そんなものですかね?」

 

 

 タカ君が私に気を遣っているのは、なんとなく私も気づいている。コトミちゃんのように全面的に私に任せるのは忍びないとでも思っているのでしょうか。だとしたらもう少し甘えてほしいものです。

 

「とにかく、こういう日は寄り道せずに学校に来てくださいね」

 

「サクラっちはタカ君のお弁当が食べたいだけなのではありませんか?」

 

「そんなことは言ってませんし、そういう理由で言っているわけでもありません!」

 

 

 校門前で副会長に怒られる会長の図というのは、会長の威厳を落とすような気もしますが、まだ生徒たちは疎らというか殆どいないので問題は無いですね。ですが、これからは気を付けなければいけないですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナさんからのメールで、これからは週一回のペースで家に来ることにすると伝えられ、俺はホッと一息ついた。

 

「タカトシ、どうかしたのか?」

 

「いえ、カナさんが週一回のペースにすると言ってきたので、ちょっとホッとしただけです」

 

「そう言えば、カナちゃん最近毎日タカトシ君の家に来てるんだっけ?」

 

「さすがに毎日ではありませんが、結構なペースで来てますね」

 

 

 親戚同士の結婚が縁で「義姉さん」と呼ぶようになったが、俺の中でその呼び方は定着しなかった。殆どカナさんと呼ぶことが多く、コトミのように普通に使う呼称ではない。

 

「それにしても、カナがタカトシの義姉的立場になるとはな。これでカナは別ルートになったと思っていいのか?」

 

「それはどうだろう? 血の繋がらない義姉弟って関係は、カナちゃん的には燃える展開だと思うんだよね」

 

「いったい何の話をしているんですか、先輩たちは……」

 

 

 良く分からない会話が始まったので、俺は話題を切り上げて仕事に戻る事にした。

 

「すみませーん!」

 

「コトミ、ノックぐらいしろ」

 

「あっ、ゴメンなさい、会長」

 

 

 いきなり扉を開けて生徒会室に入ってきたコトミに、会長が注意をする。あまり反省しているようではないが、コトミは一応の謝罪を述べて本題に入った。

 

「傘を紛失してしまったんですけど、届いていませんか?」

 

「傘の忘れ物か。ちょっと待て」

 

 

 会長が紛失物をメモしたノートを取り出し、ページをぱらぱらとめくる。

 

「何本が届けられているが、何か特徴は無いか?」

 

「えっと、名前が書いてあります」

 

「コトミ、お前傘に名前なんて書いてたっけ?」

 

 

 俺の記憶では、コトミの傘に名前なんて書いてないんだが……

 

「書いてあるよ。エクスカリバーって」

 

「はっ?」

 

「……ある」

 

「はぁ!?」

 

 

 コトミが変な事を書いていた事に驚き、そしてその傘が届けられていた事にさらに驚いてしまった。てか、高校生にもなってそんなことを傘に書くなよな……てか、忘れ物をするなよ。

 

「良かった~。私の聖剣は他の人には装備出来ませんから、盗られることは無いと思ってたんですが、万が一という事もあり得ますからね」

 

「いい加減厨二も卒業したらどうだ?」

 

 

 俺の切実な願いは、コトミには届くことは無かった。どうしてこんなになっちゃったんだか……




聖剣がただの傘なわけないだろ……


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コトミの生活リズム

完全夜型人間っぽいですしね、コトミは……


 朝、目が覚めて時計を見て私は慌てて飛び起きる。既に絶望的な時間ではあるが、大幅に遅刻するよりかはダメージが少ない方が良いに決まっている。

 

「とりあえず着替えながら朝ごはんを済ませて、カバンにお弁当を入れてっと」

 

 

 さっきタカ兄に起こされたと思ったのに、何でもう一時間も経ってるんだろう……

 

「てか、タカ兄もあんな時間に起こさなくてもいいのに」

 

 

 完全に逆恨みだと分かってはいるが、思わずにはいられない。タカ兄が私を起こしたのは七時ちょっと過ぎ、普通の学生にはまだまだ余裕だと思う時間なのだ。

 

「生徒会役員だから仕方ないのかもしれないけど、タカ兄は真面目過ぎるんだよね」

 

 

 脱ぎ散らかしたままだと後でタカ兄に怒られるので、脱いだパジャマは洗濯籠に入れて、私は家を飛び出した。

 

「この時間なら、電車に乗っていくより走った方が早いね」

 

 

 桜才学園と家とは、電車で一駅の距離なので、タカ兄は最初から電車を使わずに歩いて登校している。私も時間が危ない時はこうしてダッシュで学校まで向かうのだが、冬場の全力疾走は普段に五割増しで疲れるんだよね……

 

「タカ兄は凄いんだなぁ……」

 

 

 こんな寒さだろうが関係なく、タカ兄は朝ごはんとお弁当の用意を済ませ、洗濯をしてから学校に出かけているのだ。それでも文句一つ言わずに生活出来るなんて、私には考えられないんだけどね。

 

「津田コトミ、ただいま参上!」

 

「遅刻、としたいところだが、ギリギリセーフだな。それにしてもコトミ、髪がボサボサだぞ」

 

「寝坊しまして……髪を整える暇も無かったので」

 

「だから起こしたんだぞ」

 

「あんな時間に起こされても二度寝するに決まってるじゃん!」

 

 

 胸を張って答えた私に、タカ兄は盛大にため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時ものようにコトミとトッキーと一緒にお昼を食べていると、ふとコトミが何かを探しているのに気が付いた。

 

「どうかしたの?」

 

「お弁当は持ってきたんだけど……お箸忘れた」

 

「それくらいは自分で用意しなさいよ」

 

「今日は急いでたから、お弁当箱は鞄に入れたんだけどね……」

 

「職員室に行けば割りばしくらいあるんじゃねぇか?」

 

「うん……ちょっと取りに行ってくるよ……あれ、タカ兄?」

 

 

 コトミが席を立ったタイミングで、津田先輩が入口に現れ、クラス中が色めきだった。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、お前のことだから弁当は鞄に入れたが、箸を忘れたんじゃないかと思ってな。どうせ水筒も忘れたんだろうし」

 

「面目次第もありません……」

 

「ほら、割りばしとお茶」

 

「でもタカ兄、よく私が忘れたって分かったね」

 

「何となく、な。それじゃあ、これに懲りたら少しは早寝早起きの習慣を心掛けるんだな」

 

「努力はします」

 

 

 津田先輩はそれだけ言って教室から去っていった。津田先輩が去った事により、クラスは落ち着きを取り戻したのだった。

 

「いや~、相変わらずタカ兄の勘の良さにはほれぼれするね」

 

「お前、もう少し兄貴の苦労を減らそうとは思わないのか?」

 

「これでも頑張ってはいるんだけどね……」

 

「頑張ってるようには見えないんだけど?」

 

 

 今日も相変わらず遅刻ギリギリ、忘れ物はする、宿題はやってこないと、何一つ成長してるようには思えないのだけども、コトミは何を頑張ってるのだろう?

 

「カナお義姉ちゃんに勉強は見てもらってるんだけど、途中で脱線しちゃったりするんだよね」

 

「それはあんたが脱線させてるんだと思うわよ」

 

 

 お義姉ちゃんって確か、英稜の生徒会長の魚見さんだし、あの人は勉強は真面目にする人だと思うしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会のメンバーで固まって帰宅していると、前からカナがやってきた。

 

「タカ君」

 

「カナさん、何かありましたか?」

 

「もう、『義姉さん』と呼んでくれるんじゃなかったの?」

 

「はぁ……それで義姉さん、何かあったのですか?」

 

「今日はコトミちゃんの勉強を見てあげる日ですから」

 

「あぁ、そう言えばそうでしたね。でも、コトミならもう家にいると思うんですが」

 

「家に行ったけど、いなかったわよ?」

 

 

 カナの言葉に、タカトシはため息を吐きながら携帯を取り出した。

 

「コトミか? 今何処にいるんだ……そうか。今すぐ家に帰れ。義姉さんが勉強を見てくれるそうだから……分かった、それじゃあな」

 

 

 会話が終わり、携帯をポケットにしまってから、タカトシはカナに頭を下げた。

 

「すぐに戻るそうです」

 

「別に急がなくてもいいのに」

 

「いえ、せっかく時間を割いてもらってるわけですから」

 

「我々も手伝おうか?」

 

 

 カナ一人だけに良い思いをさせたくないという気持ちと、少しでもタカトシの負担を減らせればという気持ちから申し出たのだが、タカトシは首を横に振り私の申し出を断った。

 

「それでは、俺は買い出しとかありますのでお先に失礼します」

 

「私も。コトミちゃんが戻ってきたらみっちり勉強させなければならないのでこれで失礼します」

 

 

 タカトシとカナの背中を見送った私は、隣で黙って二人を見ていたアリアと萩村に声を掛ける。

 

「親戚関係になってカナは脱落したのかと思ってたら、親密度が増してないか?」

 

「サクラちゃんやカエデちゃんに迫る勢いで仲良くなってたね」

 

「……勉強くらい私がみてあげるのに」

 

 

 この中でアリアはタカトシとキスをしてるからまだいいが、私と萩村はいよいよ慌てなければならない感じになってきてしまったな……




ウオミーが物凄いスピードでタカトシと親しく……


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山の幸を求めて

参加者は多めです


 スーパーに買い出しに出かけると、前から見知ったメンバーが近づいてきた。

 

「シノっち、アリアっち、スズポンもお買い物ですか?」

 

「カナとタカトシも買い出しか」

 

「向こうにサクラちゃんもいたよ~」

 

 

 今、このスーパーには桜才、英稜の生徒会メンバーがほぼそろっているという事ですか……

 

「タカ兄、これも買って~」

 

「こないだも買っただろ。てか、小遣いの範囲内でやりくりしろ」

 

「私はタカ兄みたいに主夫的考え方は出来ないんだよ~」

 

 

 ちなみに、私は別にタカ君と一緒に買い物に来たのではなく、たまたま一緒になっただけだ。

 

「あれ、会長にタカトシさん……それに桜才学園生徒会の皆さんまで……」

 

「結局いつものメンバーね」

 

「それにしても、最近野菜、高いですよね」

 

「それだったら、近所の青果店で買えば多少安くなるぞ」

 

「知ってはいますが、食材ごとに店を変えて買いに行くほど、時間的余裕が無いんですよね……」

 

 

 全員が一斉にコトミちゃんに視線を向ける。

 

「ところでシノちゃん。何処で買えば安いかすべて把握してるの?」

 

「もちろんだ! 安く食材を手に入れ、家系の負担を減らすことが、出来る女の条件だ」

 

「凄い。感銘を受けたよ!」

 

 

 などというやり取りがあった翌日――

 

「というわけで、七条家が保有する山で山の幸を採ることになった」

 

「相変わらず唐突ですね……」

 

「まぁまぁ、タカ兄。美味しい山の幸が食べられるんだから良いじゃないか」

 

 

――タカ君の言う通り、多少唐突ではありますが、私たちは山の幸を探す為に山に入ることになった。

 

「ところで出島さん、今日は私服なんですね」

 

「幾ら私でも、メイド服で山を歩き回る自信はありませんので」

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 

 アリアっちと出島さんを先頭に、シノっち、スズポン、タカ君、コトミちゃん、サクラっち、私の順に山に入っていく。

 

「シノ会長」

 

「何だ?」

 

「そこに畑さんがいるんですけど、呼んだんですか?」

 

「あらー、やっぱりバレちゃったわね」

 

「畑さん、ここ一応私有地ですから、勝手に入ったらマズいんじゃ……」

 

 

 スズポンが常識的なツッコミを入れたが、畑さんがアリアっちと出島さんになにかを手渡すと、所有者の娘と、その家に仕えるメイドが畑さんを歓迎した。

 

「というわけで、今日一日密着取材させていただきます」

 

「何を渡したのか気になるが、アリアが良いという以上私たちが何かを言える権利はないな」

 

「いや、あると思いますが……」

 

 

 タカ君が猛烈に嫌な雰囲気を感じ取ったように顔を顰めたけど、既に許可が出てしまった以上畑さんを追いやることも出来ず、盛大にため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度山を登り、この辺りに山菜やキノコが生えているとの事で、私たちはそれぞれ山の幸を探す事にしたのです。

 

「このキノコ、凄い派手ですね……真っ赤ですし、食べられそうにないですね」

 

「これは食べられますよ。タマゴタケというキノコです」

 

「そうなんですか?」

 

 

 タカトシさんがキノコの名前と安全だという事を教えてくれたので、私はそのキノコ摘み取り、タカトシさんが持っている籠に入れる。

 

「重くないんですか?」

 

「毎日運動してますし、これくらいは」

 

「ところで森様。先ほど真っ赤だから食べられ無さそうと申されましたが、自然界では固定概念は捨てなくてはいけません」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 

 真面目な顔で出島さんに注意され、私は自分の考え方を改めようと思ったのでした。

 

「でも、黒光りのキノコを見つけたら、有無を言わずに咥えてしまいそうです」

 

「固定概念所持したままですね……てか、少し落ち着け」

 

 

 息を荒立てる出島さんに、タカトシさんがツッコミを入れる。

 

「タカトシ、なんだか雲行きが怪しくないか?」

 

「確かにそうですね。山の天気は変わりやすいですからね……あっ、降ってきた」

 

 

 天草さんが心配そうにタカトシさんに話しかけたタイミングで、雨が降ってきてしまった。

 

「一応雨具ありますが、人数分はさすがに持ってないですね」

 

「てか、畑さんのサイズでは俺は無理ですね」

 

「タカ兄、エノキダケ見つけた~」

 

 

 雨など気にせずにタカトシさんのところにエノキダケを持ってくるコトミちゃん。こんな時でも明るく振る舞えるコトミちゃんが少し羨ましいですね。

 

「みんな~、雨降ってきたから別荘に避難しましょう」

 

「特に心配無かったですね……」

 

「これだから金持ちは……まぁ、今回はそのお陰で助かったがな」

 

 

 再び七条さんに案内されながら、私たちは別荘へと向かう事になりました。

 

「ところでスズポン。先ほどから気になっていたのですが、その鈴はいったい?」

 

「クマよけです。音を鳴らす事でこちらの存在を教えているのです」

 

「そうだったんですね。てっきり迷子になっても鈴の音で見つけてもらおうとしてるのかと思ってました」

 

「誰が子供だー!」

 

「あんまり叫ぶと疲れるぞ?」

 

「……冷静なツッコミをどうも」

 

 

 タカトシさんの言葉で、スズさんは多少冷静さを取り戻したようですが、未だにカナ会長に鋭い視線を向けていますね……

 

「ところで、畑はどうやって私たちがここに来ることを知ったんだ?」

 

「それは秘密です」

 

 

 なんとなく嫌な予感がしたのか、タカトシさんはそれ以上聞き出そうとしていた天草さんを制し、とりあえず黙らせることに成功したのでした。




私有地に不法侵入は駄目だろ……


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ちょっとした問題

ちょっとでは無いかもしれませんが……


 山菜採りの途中で雨が降ってきてしまったので、七条家が保有する別荘へと避難した私たちは、天候が回復しなかったためこのまま一泊する事になった。

 

「いや~、結構降られてしまったな」

 

「皆様、お風呂の用意が出来ました」

 

「ありがと~」

 

 

 七条家専属メイドである出島さんが、お風呂の用意をしていてくれたようで、私たちは全員でお風呂に入ることになりました。

 

「それじゃあ、皆さんがお風呂に入ってる間、俺はあく抜きしてますね」

 

「なんだったらタカ君も一緒に入る?」

 

「なっ!? おいカナ!」

 

「それはさすがに恥ずかしいよ~」

 

 

 親戚関係になってから、カナ会長がかなり積極的にタカトシさんとの触れ合いを増やそうとしている気がするのですが、さすがに今回は積極的というよりは無謀ですね……

 

「後でゆっくり入りますから、皆さんはどうぞごゆっくり」

 

 

 そう言ってカナ会長の提案を退け、タカトシさんは山菜のあく抜きを始めました。

 

「それでは、ご案内します」

 

「分かってるとは思うが、畑」

 

「何でしょう?」

 

「防水カメラなど持ち込んだら、後でタカトシに説教してもらうからな」

 

「そんなことしませんよ」

 

「お嬢様、畑様が仕掛けたと思われる監視カメラの撤去は既に済んでおりますので」

 

「何故バレた……簡単にバレるような箇所には仕掛けてないのに……」

 

「貴女と私とでは、経験が違いますので」

 

 

 何の経験かは兎も角、この人もタカトシさんに怒ってもらった方が良いのではないでしょうか……

 

「ところで出島さん。この別荘ってそんなに部屋、多くなかったと思うんだけど」

 

「寝泊まりが出来る部屋は二つ、その部屋に二段ベッドが二つありますので、八人まで宿泊可能です」

 

「八人……? 私にアリア、萩村にカナ、コトミに森、畑に出島さん……ピッタリだな」

 

「えぇ……タカトシを除けば、ですがね……」

 

 

 萩村さんが零した言葉に、全員がフリーズしたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 調理を済ませてテーブルに並べていると、皆さんが風呂から出てきた。だがその表情は何処か浮かない感じが見て取れたのだった。

 

「何かあったんですか?」

 

「いや、この天気じゃここに泊まるしかないだろ?」

 

「そうですね。無理に下山して怪我でもしたら大変ですし」

 

 

 それがどうかしたのかと、視線で尋ねると、アリアさんが申し訳なさそうに口を開いた。

 

「この別荘ね、八人分しかベッドが無いのよ」

 

「八人、ですか……」

 

 

 今風呂から出てきたメンバーが八人、そこに俺を足すと合計で九人だ。一人分のベッドが足りない事になる。

 

「困りましたね……選び放題じゃないですか」

 

「何故貴女が選択権を持っているのかが不思議なのですが……」

 

「アリアが出島さんと一緒のベッドで寝るのは駄目なのか?」

 

「さすがの私でも、あのベッドに二人で寝る勇気はありませんね……どこまで我慢出来るか分かりませんし」

 

 

 この人が何を我慢するのか、聞くだけ無駄なので流す事にして、とりあえず食事にすることにした。

 

「さっすがタカ兄、今日も美味しそうだね~」

 

「コトミちゃんは緊張感が無いですね」

 

「最悪、私とお義姉ちゃんが抱き合って一つのベッドで寝れば解決ですからね~」

 

「さすがの私も、義妹には手を出しませんよ?」

 

「私も同性愛者じゃないですけどね~。別にお義姉ちゃんがそのつもりなら、私は受け入れますけど」

 

「馬鹿な事言ってないで、大人しく食え。てか、俺がこの部屋で寝ればいいだけの話でしょうが」

 

 

 女性八人でベッドを使い、俺は椅子でも並べて寝ればそれで十分だし。

 

「そんなこと出来ないよ! タカトシ君がこの部屋で寝るなら、私がここで寝る!」

 

「いえ、お嬢様にそのような事をさせたと知られれば、私が旦那様に叱られてしまいます。ここはダメっ子メイドの私がこの部屋で――」

 

「別に報告するわけでもないんですし、お二人が気にする事はありませんよ。最悪、座ったままでも寝れますし」

 

 

 下手に同室で寝て、畑さんに在らぬ噂を流されるのも面倒だしな。八人分のベッドがあるなら、女性に使ってもらった方が全員安全だろう。

 

「大丈夫なの? ただでさえアンタは普段から無理してるのに」

 

「別に一晩くらい寝なくたって大丈夫だって。それに、なんとなく身の危険を感じるしな」

 

 

 視線を出島さんに向けると、他のメンバーも出島さんに視線を向けていた。

 

「そんなに見られると恥ずかしくて濡れてしまいます」

 

「そうね……それじゃあタカトシには悪いけど、誰がどの部屋を使うか決めましょう」

 

「桜才生徒会メンバー+出島さん、私とサクラっち、コトミちゃんと畑さんの組み合わせでどうでしょう?」

 

「それが一番無難か」

 

 

 出島さんとコトミが逆ではないかとも思ったが、カナさんとコトミはそれなりに仲が良い義姉妹だしな。一緒の部屋でも問題ないか……見事にツッコミが一人に対してボケが三人の部屋割りなのは気にしないでおこう。

 

「タカトシ様、せめて布団をお使いくださいませ」

 

「あぁ、あるんですね」

 

「掛け布団だけですが……」

 

「それがあれば十分です」

 

 

 まだ夜は寒いからな、布団があるだけでも結構違うだろう。

 

「てか、畑が不法侵入してなければ、このような事は起こらなかったんだぞ」

 

「私だって、山の天気には敵いませんから」

 

 

 シノ会長が畑さんを怒ってるけど、どちらにしろ俺はベッドを使わなかったと思うんだがな……




わいわいがやがやは無しで……


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コトミに料理指導

少しは出来るようにならないとな……


 タカ兄がバイトに出かけた後、カナお義姉ちゃんとシノ会長とアリア先輩とスズ先輩が家にやってきた。何時もならタカ兄と約束でもあるのだろうかと疑うが、四人の手には料理の材料があったので、タカ兄にご飯の支度を任されたのだろうと思った。だけど、どうやら違ったみたいだった。

 

「タカ君がいない今、コトミちゃんに料理をみっちりと仕込みたいと思います」

 

「普段からタカトシに頼りっきりだからな、コトミは。ここらで少しくらい自立できるように、我々が指導してやろうではないか! という事になってやってきたんだ」

 

「本当ならタカトシ君がいる時にやるべきだとは思ってたんだけど、カナちゃんがメールでタカトシ君から了承を貰っているっていうから、今日になったんだよ~」

 

「私は監視兼指導を任された」

 

 

 タカ兄め……スズ先輩がいなければエロボケで逃げる事も出来ただろうに、それを見越してスズ先輩まで送り込んできたな。

 

「あれ? こういう展開ならサクラ先輩も来そうなんですが」

 

「サクラっちはタカ君と一緒でバイトですから」

 

「本当なら五十嵐も誘ったんだが、コーラス部の活動があるらしく、今日は我々四人がコトミを立派な女にするべくやってきたわけだ」

 

「初体験は先輩たちって事ですかー?」

 

「そう言うボケは良いから、さっさと準備しなさい」

 

 

 スズ先輩にあっさりと流されてしまい、私は渋々調理の準備を始める。普段は立ち入り禁止扱いのキッチンに入るのは、ちょっとドキドキするな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果から言えば、コトミちゃんの料理の腕は壊滅的だった。包丁は危なっかしくカナちゃんが横から代わりに切って、火を使えば中身が炎上、シノちゃんが迅速に消火し代わりに炒めはじめ、盛り付けは盛大に零しそうになり、私が横から代わりに盛り付けた。

 

「いやー、面目ないですね」

 

「タカ君がコトミちゃんに料理をさせなかった理由が分かった気がします」

 

「だが、この程度でへこたれたら意味がないからな! まずは包丁の使い方から叩き込んでやる」

 

「まだやるんですか~?」

 

「結局コトミは何もしてないからな! 次はもっと簡単なものに挑戦しようではないか」

 

「でもシノちゃん。野菜炒めより簡単な料理って何だと思う?」

 

 

 食卓に並ぶ、少し焦げた野菜炒めを眺めながら、私たちは腕を組んで考え込む。これだったら野菜を切って炒めて盛り付けるだけだからコトミちゃんでも出来るだろうと思っていたのだけど、何一つコトミちゃんは出来なかったのだ。

 

「まさか炒める事すら出来なかったとはな……」

 

「しょうがないじゃないですかー! ずっとタカ兄がご飯の用意をしてきてくれたんですから」

 

「手伝おうとか思わなかったわけ?」

 

 

 スズちゃんが直球な疑問を投げつけると、コトミちゃんは胸を張って答えた。

 

「思った事はありますけど、結局は邪魔になるだけなので自重してました!」

 

「偉そうに答えるな!」

 

「でもシノ会長。私が作るマズそうな料理と、タカ兄が作ってくれる愛情たっぷりの美味しそうな料理、どっちが食べたいですか?」

 

「……間違いなく後者だな」

 

「そうですね。タカ君の愛情たっぷりの料理が食べたいですね」

 

「でしょ~?」

 

 

 丸め込まれた感が半端ないけれども、確かに私もタカトシ君の料理の方が食べたいわね。

 

「だが、このままではいけないとコトミだって分かってるだろ?」

 

「……そりゃ分かってますよ。タカ兄が私の事を心配して彼女を作らないんじゃないかって思ったりもしますし、自分の時間が持てない原因の一つは間違いなく私だって分かってますし……」

 

「自覚してるのなら、もう少し頑張ってみましょう。お義姉ちゃんは最後まで付き合いますから」

 

「わ、私だって最後まで付き合うからな!」

 

 

 こうして、コトミちゃんを立派に成長させるための特訓は、夕ご飯編へと突入したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトも終わり、家に先輩たちがいるからというとサクラさんも手伝ってくれるとの事で、俺はサクラさんと一緒に帰路についた。

 

「――で、このありさまはいったい?」

 

 

 家に入るなり、焦げ臭い匂いが充満している事に気付き、俺はダッシュでキッチンへと向かった。そこで見たものは、そこら中に転がる失敗作の数々と、口から煙を吐いている先輩たちの姿だった。

 

「えっと……卵焼きに挑戦しようとしまして、一応形になったものを先輩たちに試食してもらったのですが……」

 

「何をどうしたらここまで真っ黒になるのでしょうか?」

 

 

 サクラさんが失敗作の一つを見ながら呟く。あれは卵というより、既に炭ではないかと思うのだが……まさか、あれを食べたのだろうか?

 

「えっと……小さじ一杯というのが分からなくて、とりあえずいっぱい砂糖を入れたらそうなりました……」

 

「計量スプーンがあるだろ……小さじは五グラムだ」

 

「二回目はちゃんと計って入れたんだけど、今度は火加減が強すぎたみたいで……」

 

「で、結果的に先輩たちは何を食べてこうなったんだ?」

 

「砂糖を入れるから焦げるんだと思って、代わりに塩を入れてみた卵焼きを……」

 

「それだけで、こんなになるとは思わないんだが……」

 

「それから粉末の出汁と醤油とみりんとコショウと――」

 

「素人が変なアレンジを加えるんじゃない!」

 

 

 先輩たちを布団に寝かせ、とりあえず回復するまで休ませることにした。サクラさんには片付けを手伝ってもらったが、本当に申し訳ないと思う……これは本格的に家事から隔離して、自分一人生きていく分には問題ない稼ぎを得られるように勉強させた方が安全だろうな……コトミがではなく、周りの人間が……




素人アレンジは危険ですからね……


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黄金週間

とりあえず、あのボケはそのままで


 新学期早々遅刻した私は、生徒指導室で担任の先生に怒られることになった。

 

「アンタも成長しないわね」

 

「胸は成長してるんだけどね」

 

「そのボケ、津田先輩の前では止めた方が良いわよ」

 

「分かってるって……」

 

 

 マキに注意され、私はこんなことをタカ兄の前で言えばどうなるかを想像し、力なく項垂れる。最近はシノ会長たちも下ネタを言わなくなってきたから、タカ兄の周りでこんなことを言うのは私と轟先輩くらいになってしまったのだ。まぁ、ボケは相変わらずなので、タカ兄のツッコミの腕は落ちるどころかさらに磨きがかかっているのだが……

 

「憂鬱だな~」

 

「だったら遅刻しなければ良いじゃない」

 

「そんな事で遅刻しないならとっくに治ってるってば」

 

 

 注意だけで遅刻が改善されるなら、この世から遅刻など無くなっていると思うんだよね……

 

「コトミ、放課後じゃなくて昼休みじゃなかった?」

 

「げっ! ヤバい! 今すぐ行ってくる!」

 

 

 放課後だと思い込んでいたが、お説教は昼休みの内にするとさっき言われたんだっけ……私は猛スピードで生徒指導室へと駆け込んだ。するとそこには、担任の先生とタカ兄が待っていた。

 

「あれ、タカ兄? 何でここにいるの?」

 

「保護者として呼び出された。お母さんたちはまた出張だからな」

 

「面目次第もありませぬ……」

 

 

 タカ兄に迷惑を掛けるのだけは避けたかったのに、さっそくこれだもんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやらコトミがこっ酷く怒られたらしいと、我々は畑からの情報で知った。まぁアイツの遅刻の回数は既に内申に響くどころではないくらいだからな……

 

「タカトシ、コトミの奴は大丈夫なのか?」

 

「とりあえず反省文と、次遅刻したら罰則課題を出すという事で今日は終わりました」

 

「タカトシ君と一緒に登校するようにすれば大丈夫なんじゃない?」

 

「あんな時間に起きるわけないですよ」

 

 

 服装検査とかが無くても、タカトシは大分早く学校に来ているからな。その時間にコトミが起きられるとも思わないが、少し無理をさせた方がアイツの為だと思うのだがな。

 

「これ以上酷くなる場合は、俺が叩き起こしてでも連れて来る事になってますから」

 

「明日からした方がいいんじゃない?」

 

「高校生にもなって、そこまで過保護にされなきゃ起きられないなら、この先やってけないだろうからな。すぐに実行するんじゃなく、少しくらいは自分で何とかしてもらわないと」

 

 

 萩村の言葉に、タカトシは非常に残念そうに答える。確かに高校生にもなって、親や家族に起こしてもらわないと起きられないというのは問題だな……

 

「カナ義姉さんのお陰で、勉強はそこそこするようになりましたがね」

 

「そうか……相変わらずカナはお前たちの家に入り浸ってるのか」

 

「前ほどではありませんよ。俺がバイトでいない日とか、カナ義姉さんが時間に余裕がある時だけです」

 

「今度、私たちもお手伝いしに行ってもいいかな~?」

 

「構いませんよ。むしろこちらからお願いしたいくらいです」

 

 

 タカトシの家に行く口実が出来た私たちは、浮かれ気分で家路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミの遅刻問題から数週間が経ち、いよいよ楽しい季節が近づいてきたと、会長が浮かれている。

 

「いよいよ来週からは、これだ!」

 

 

 ホワイトボードに掛かれた、ゴールデンウィークの文字。また何か計画してるのだろうか……

 

「シノちゃん!? ……あっ、ゴールデンウィークか。ゴールデンウォーターって書いたのかと思ってちょっとびっくりしたよ~」

 

「アリア先輩、眼科に行くか、滝行にでも行って煩悩を払ってくることをお勧めします」

 

 

 最近大人しくなってきてたけど、この人はこういう人だったわね……ここで言わない分、家で発散してるのかしら?

 

「そこでなんだが、七条家が所有するテーマパークのアトラクション試乗バイトがあるのだが、我々で行こうではないか」

 

「我々というのは、生徒会役員でという事ですか?」

 

「カナやサクラも都合がいいらしいし、どうせならコトミも呼んで大勢でいった方が楽しいだろうな!」

 

「バイトじゃないのかよ……」

 

 

 楽しむつもりが強すぎる会長に、タカトシが一応のツッコミを入れる。だがタカトシ本人もあまり効果があるとは思ってないようで、本当に形だけの一応なツッコミだった。

 

「と、とにかくだ! 来週のゴールデンウィークは、七条家が保有するテーマパークのアトラクション試乗のバイトを行う!」

 

「まぁ、お金を払って乗るよりは、乗るだけでバイト代がもらえる方が良いですからね」

 

「一気に現実感満載になったわね」

 

「家計をやりくりしている身としては、テーマパークに遊びに行くお金があるなら、食費なんかに使いたいからな」

 

 

 現実感ではなく、主夫感満載ね……とは言えなかった。タカトシが家計をやりくりしてるのは前から知っていたし、タカトシがそう言われたくないのも知っているから、私は心の中に留めたのだった。

 

「それじゃあ、当日は現地集合だからな! 詳しい事は後日メールで知らせるので」

 

「分かりました」

 

「それじゃあ、よろしくね~」

 

 

 先日は山で、今度はテーマパークか……七条グループってかなり手広いのね……




見間違いにも程がある……


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アトラクション試乗バイト その1

ジェットコースターの方が、観覧車より怖い気がするんですがね……


 ゴールデンウィークになり、私たちはシノっちのお誘いで七条家が保有するテーマパークのアトラクション試乗のアルバイトに参加する事にしました。

 

「珍しく三人がシフトに入ってない日に、こうして別のバイトをするのも悪くないですね」

 

「参加者は、私と会長、桜才学園の生徒会メンバーとコトミさんですよね?」

 

「それと、七条家の専属メイドの出島さんですね」

 

「また桜才の畑さんが紛れ込んでいる可能性は?」

 

「今回は無いと思いますよ」

 

 

 サクラっちとお喋りしながら待ち合わせ場所に到着すると、既に他のメンバーが待っていました。

 

「シノっち、なんだかそわそわしていませんか?」

 

「いや~、楽しみ過ぎてな」

 

「そう言えばシノ会長、確か高所恐怖症だと聞いていましたが」

 

「乗れるものは全力で楽しもうと思ってな!」

 

「楽しむのは良いですが、一応アルバイトなんですが」

 

 

 タカ君のツッコミに、シノっちは「分かっている」という表情で力強く頷いたのだった。

 

「皆様、本日はアトラクション試乗のアルバイトにご参加いただきありがとうございます。本日、皆様の案内役を務めます、七条家専属メイドの出島サヤカです。まずはジェットコースターに三十回ほど乗っていただきます」

 

「そんなに乗るんですか?」

 

「一回や二回では意味がないですからね」

 

 

 コトミちゃんの疑問に、出島さんは短くそう答えてジェットコースター乗り場に案内してくれました。

 

「スズポン、今幾つですか?」

 

「なっ! 人前で女性に身体の事を聞かないでください!」

 

「でも、生死にかかわりますから」

 

 

 スズポンの身長を尋ねたのですが、スズポンは慌ててその質問に反論してきました。

 

「では、二人一組になってください」

 

「じゃあ私はカナお義姉ちゃんと乗ります!」

 

「じゃあ私は出島さんと」

 

「残ったのは私とタカトシ、萩村と森の四人か……裏表で決めるか」

 

「シノ会長、ジェットコースターは大丈夫なんですか?」

 

「楽しい事は別腹だ。ジャガイモが苦手でもポテトチップスは好き、という感じだな!」

 

「……ちょっと良く分からない例えですが、大丈夫なら別にいいです」

 

 

 タカ君も納得したようで、そのままペア決めをしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシの隣に座る森を睨みつけながら、私はタカトシの後ろに腰を下ろした。こういう時、森の運の良さが羨ましいな……

 

「会長、そんなに睨みつけられると反射で手が出そうなんですが」

 

「随分と物騒だな……」

 

「それだけ殺気立たれたらそうなりますって……」

 

 

 タカトシに注意を受け、私は殺気のこもった視線を森に向けるのを止めることにした。それでも、恨みがましく森の頭部を見てしまうのは仕方ないだろう。

 

「残念でしたね、シノ会長。やっぱり、サクラ先輩が私のお義姉ちゃんになるんですかね~?」

 

「サクラっちが義妹になるのは、私としてもありですね」

 

 

 タカトシの妹と義姉が森の事を認めているのは、私たち的には大きなハンディだろうな……タカトシも森の事は満更でもなさそうだしな……

 

「まぁ、誰がタカ君の彼女になろうが、私的には歓迎ですけどね~」

 

「カナお義姉ちゃんは良いんですか?」

 

「私は既に、血の繋がらない姉弟プレイが可能ですから」

 

「なるほど、マニアックプレイですね!」

 

 

 カナとコトミが盛り上がっているのに意識を向けていた所為で、落下寸前になっている事に気付かなかった。

 

「何時の間にー!?」

 

「あらあら、凄い悲鳴ですね」

 

 

 落下しきったタイミングで、カナが面白そうにそう呟いたのを、私は薄れ行く意識の中で聞いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二回目は辞退した会長に付き添う形で、私もベンチで休む事にした。どうせタカトシの隣はサクラさんで決まりなんだから、無理して乗る必要はない。

 

「会長、大丈夫ですか?」

 

「油断していたとはいえ、まさか一回で気持ち悪くなるとは……」

 

「カナさんとコトミとバカみたいなことを話してるからですよ……ちゃんと前を見てなきゃ危ないですよ」

 

「そう言う事は落ちる前に言ってほしかったぞ……」

 

 

 恨みがましい視線を向ける会長に、私は落下しているコースターに視線を向けた。

 

「タカトシの隣なら、もう少し我慢できたかもしれんな」

 

「七条先輩と魚見さんがタカトシの隣を避けたのに、結局はサクラさんなんですもんね……タカトシは誰でも気にしない様子でしたが」

 

「アイツは恋心を理解しているのか?」

 

「畑さんの話では、タカトシも異性を意識したりはしてるみたいですが」

 

 

 前にサクラさんにキスした後に聞いた話なので、意識してる相手はサクラさんなんでしょうけどもね……

 

「萩村、この後の観覧車の試乗は参加して来い。私は一人でも大丈夫だから」

 

「ですが、まだ二十回以上コースターに乗るわけですから、もうしばらく話し相手になりますよ」

 

「そうか。私たちはかなり出遅れている気がするよな」

 

「何に出遅れているのかは聞きませんが、そうかもしれませんね」

 

「アリアは横島先生のアシストでキス、カナは親戚の結婚で一気にタカトシとの距離を詰めたからな」

 

「逆転ホームランでも打たない限り、私たちの勝ちは無さそうですよね……」

 

「いっそのこと既成事実を……」

 

「それは止めろー!」

 

 

 直接的な表現に、私は大声でツッコミを入れたのだった。




まぁ、どっちも乗りませんが……


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アトラクション試乗バイト その2

あのモノマネは凄かったな……


 アトラクション試乗のアルバイトも半分が終わり、今回はウォータースライダーの安全性のチェックだそうですが、誰一人水着を持ってきていなかったので、出島さんが滑るのをただただ見る事になりました。

 

「安全性のチェックとはいえ、あれだけ滑ったら皮が剥けそうですね」

 

「そう言う事が無いかもチェックしてるから大丈夫だよ~。それに、出島さんにとってそれくらいならご褒美で済むだろうし~」

 

「その言葉で片づけていいのだろうか……」

 

 

 タカトシさんの言葉に、私と萩村さんは頷いて同意しましたが、他のメンバーは特に気にした様子もなく滑っている出島さんを眺めていました。

 

「とりあえず、これが終わったらまたみんなで乗れるアトラクションのチェックになるから、今はゆっくり休んでね~」

 

「まぁ、本人が気にしてないなら、俺たちが気にする事ではないのかもしれませんがね……」

 

 

 力なく呟くタカトシさんの背中を、妹のコトミさんが軽く叩いて何かを囁いていました。

 

「お前は本当に……まぁ、大声で言わなくなっただけ成長したのかもしれないがな」

 

「えへへ~。これでも成長してるのだよ!」

 

「後は心の裡に留められるようになればいいんだがな……」

 

 

 どうやらろくでもない事を言ったようだと、タカトシさんの表情とため息から理解した私たちは、何を言ったのかを確認することなく出島さんのチェックが終わるまでの時間を過ごしたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すべての試乗を終えて、我々はアルバイトの報酬として、豪華なディナーをいただくことになった。

 

「美味しそ~」

 

「がっつくな! 量はあるんだから、とりあえずは落ち着け」

 

 

 報酬に飛びつこうとしたコトミの襟首を掴んで落ち着かせたタカトシが、ため息を吐きながら出島さんに頭を下げていた。

 

「何か手伝いましょうか?」

 

「いえ、本日は七条家が皆さんをお誘いしたのですから、最後まで七条家の人間である私がご奉仕させていただきます。ご希望でしたら、夜のご奉仕も――」

 

「結構です」

 

 

 出島さんの申し出をまったく躊躇なく断ったタカトシは、疲れた顔で出されたジュースを飲み始めた。

 

「最近思うんだが、タカトシって枯れてるんじゃないか?」

 

「そんな事ないと思うけどな~。ところでシノちゃん、そんなこと言ってるとタカトシ君に怒られちゃうわよ」

 

「聞こえなければ問題ないだろ。それに、今日は無礼講だろ?」

 

「まぁ、シノちゃんが気にしないならいいんだけどね」

 

「最近は大人しくしてるんだから、こういう時くらいは良いだろ」

 

 

 タカトシは読心術も読唇術もどっちも使えるから、あまり意味は無いかもしれないが、小声なら問題ないだろ。

 

「そうだ、今度正式にオープンしたらまた遊びに来ようじゃないか!」

 

「そうだね~。今日はウォータースライダーとか、遊べなかったアトラクションもあるからね~。その時はまたウチが招待するから、思いっきり楽しんでね~」

 

 

 アリアと次の計画を練りながら、報酬のディナーを楽しむことにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんに家に送ってもらい、リビングで寛いでいたら、コトミが今日の感想を言い出した。

 

「タダで色々乗れて楽しかったね~」

 

「アルバイトとはいえ、楽しめたのは良かったな」

 

「タカ兄は真面目だね~。私は途中からアルバイトって事を忘れて楽しんでたよ~」

 

「お前は……」

 

 

 まぁ、誰かを相手にする仕事ではなかったし、コトミが気を張って安全面を確認する必要も無かったからな……

 

「このアルバイトのお陰で、新しい経験が出来たしね~」

 

「? コトミなら全部のアトラクションに乗った事あったんじゃないか?」

 

 

 子供の頃や、友達と出かけた時に大抵のアトラクションに乗ったことあるだろうし、新しい経験をする機会などあっただろうか……?

 

「実は、ジェットコースターでパンツ濡らしまして。そこから家までノーパンでした。新しい快感に目覚めました」

 

「黙れ小娘!」

 

 

 なんかそわそわしてると思ったが、まさかそう言う事情だったとは……

 

「会長より先に進んじゃったよ~」

 

「小声で言うだけ成長したと思ったが、全くしてなかったな……」

 

「さすがに人前では言えないよ~。タカ兄相手だから言えるんだよ、ノーパンだって」

 

「くだらない事言ってないで、先に風呂に入って着替えてこい」

 

 

 コトミを風呂に追いやって、お茶を淹れてのんびりする事にした。

 

「遅刻や赤点、下ネタと……コトミの問題は山積みだな……」

 

 

 勉強はカナ義姉さんが面倒を見てくれてるから、多少なりとも成長してるし、人前で大声で下ネタを言わなくなっただけ成長してるんだろうが、何故俺の前では相変わらずなのか……普通この年代の異性のきょうだいは、少なからず距離を取りたがるんじゃないだろうか……

 

「両親が出張ばかりで、反抗期が無かったってのも関係してるんだろうか……」

 

 

 親がいないと、年上のきょうだいにぶつける事があると聞いたことがあるが、コトミはそんなこと無かったんだよな……だが、異様にべったりしてくるのが問題だとは思うんだよな……

 

「とりあえず、高校卒業までには、まともになってくれることを願うか」

 

 

 そう結論付けて、少し冷めてしまったお茶を啜り、コトミが風呂から出て来るまでまったりすることにするか。




コトミの問題はまだありますしね……


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お手伝い

コトミは役に立ちませんからね……


 生徒会の業務を終えて帰宅する途中で、今日の献立を考える。コトミがまったく料理が出来ないのは今に始まった事ではないが、こういう日に誰か代わりに料理をしてくれればと思う事がたまにあるのだ。

 

「まぁ、コトミに任せたら楽が出来るどころか、精神的にも苦労するだけだがな……」

 

 

 自分の考えに苦笑いを浮かべ、少し早足で家路を進む。コトミの事だから、お腹すいたとか言って玄関で待ち構えてるかもしれないな。

 

「ただいま」

 

「お帰りなさい、タカトシさん」

 

「サクラさん? 何かあったのですか?」

 

「いえ……」

 

「お帰りなさい、タカ君。ごはんにする? お風呂にする? それとも――」

 

「それ以上は言わなくていいです。なるほど、カナさんに連れてこられたのですね」

 

「タカ君、お義姉ちゃんでしょ?」

 

 

 カナ義姉さんの指摘は無視して、サクラさんが家にいた事情を把握したので、申し訳ない気持ちから頭を下げた。

 

「義姉が迷惑を掛けたようで、申し訳ありません」

 

「いえいえ、カナ会長との付き合いは、タカトシさんよりも私の方が長いですから」

 

「タカ君もサクラっちも無視は酷くないかな? せっかく疲れてるであろうタカ君の代わりに夕ご飯の支度をしに来たって言うのに」

 

「それはありがたいのですが、コトミはどうしました?」

 

 

 家に気配が無いので、帰ってきてないのだろうが、一応義姉さんにコトミの所在を尋ねる。

 

「コトミちゃんなら、今日は遅くなるってメールで言ってきたわよ。ほら」

 

「何故俺ではなく義姉さんにメールしたんですかね?」

 

「だって、コトミちゃんからタカ君の代わりにご飯を作ってほしいって頼まれたんですから」

 

「何故そのような事を?」

 

 

 確かに毎日用意するのは面倒だとは思ったりもするが、コトミに考えを見透かされたとは思えないしな。

 

「とりあえずタカ君はゆっくりとしていてください。私とサクラっちで美味しいごはんを用意しますから」

 

「何だか納得は出来ませんが、お願いします」

 

 

 コトミの真意は兎も角として、用意してくれるならそれは普通にありがたいからな。余計な事をしなければ、カナさんも文句なしの家事スキルの持ち主だし。

 

「大丈夫です、余計な事をしようとしたら全力で止めますので」

 

「サクラさんがそう言うなら安心ですね」

 

「ちょっとタカ君。それじゃあまるで、私一人だと安心出来ないって聞こえるんだけど?」

 

「安心出来るとでも思ってるんですか?」

 

 

 過去に色々としてきたんだから、そう思われて当然だと思うんだがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんが自室に戻って課題をすると言い残して、キッチンには私と会長の二人だけになってしまいました。普段なら別におかしくないのですが、タカトシさんの家で二人きりになるのは、ちょっと不思議な気分です。

 

「タカ君の為に料理をするのは、今のところ私だけの特権だったんですけどね」

 

「そうなのですか? 天草さんとかもしてたようですけど」

 

「まぁ、シノっちは出遅れ感が半端ないので気にしてませんけど」

 

「何の話ですか?」

 

「分かってるくせに」

 

 

 ここで分からないフリをすることは私には出来ませんでした。確かに天草さんは出遅れ感が凄いですが、彼女のポテンシャルをもってすれば、これくらいはハンディの内で済んでしまうのではないかという恐ろしさが彼女にはあるからです。

 

「シノっちのことは置いておくとしても、タカ君の周りには強力なライバルになりうる存在が大勢いますからね」

 

「五十嵐さんは結構強そうだとは思いますよ」

 

「まぁ、アリアっちより先にタカ君とキスしてますからね。サクラっちは更に先にキスしてますし、二回目もありましたからね」

 

「あれは二回とも私の意思ではありませんので、睨みつけるのは止めてください」

 

 

 一回目は溺れかけた私を落ち着かせるために、二回目は完全な事故チューだったので、気持ちはどうあれそこに私の意思は介在していない。だからカナ会長にここまで睨まれる覚えは無いのですけどね。

 

「いくら私にNTR属性があるとはいえ、あれは殺意を覚えずにはいられませんでしたよ」

 

「そんなことはどうでも良いですが、キスで殺されたら堪りませんよ」

 

「本気でサクラっちの唇を奪って、タカ君と間接キスをしてやろうかとも思ってましたけどね」

 

「何それ怖い……」

 

 

 カナ会長の事ですから、冗談ではない可能性の方が高いわけですからね……私は身の危険を感じでカナ会長から距離を取りました。

 

「さすがに今は思ってませんよ。それに、タカ君との間接キスのチャンスなら、かなり増えましたからね」

 

「いったい何をするつもりですか!」

 

 

 確かにタカトシさんの家に入り浸る口実がカナ会長にはありますし、一緒に食事をする機会も増えたでしょうけども、それだけは認める訳にはいきませんからね。

 

「さすがに私だって命は惜しいですから、そんなことはしませんけどね」

 

「そうしてください。カナ会長にいなくなられたら、英稜の生徒会は空中分解しますので」

 

「サクラっちがいてくれれば大丈夫だと思いますけどね」

 

 

 会長に評価してもらってる事は嬉しいですが、さすがに私ともう一人とでは仕事が終わらないと思いますけどね。




ウオミーなら何かやらかしそうですがね……


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流れでお泊り

親戚になってぐいぐい行くウオミー……


 会長と二人で用意した夕ご飯を、タカトシさんとコトミさんと一緒に済ませると、片付けはタカトシさんが引き受けてくれることになった。

 

「お二人はもう遅いですし、そろそろ帰られた方が」

 

「そうですね」

 

 

 タカトシさんのご厚意に甘えてお暇しようとしたら、意外そうな顔でカナ会長がとんでもない事を言いだしました。

 

「えっ、泊まっていっちゃ駄目?」

 

「はっ?」

 

 

 さすがのタカトシさんも予想外だったのか、会長の申し出を理解するのに数秒を要しました。

 

「泊まるってここにですか? 着替えとかどうするつもりなんですか」

 

「大丈夫。必要最低限の物は置いてあるから」

 

「何時の間に……」

 

「それに、ご両親の許可はもう貰ってるから、安心して」

 

「それも何時の間に……」

 

「わーい! お義姉ちゃんと一緒にお風呂だ~!」

 

 

 コトミさんは既にお泊りが決定したと判断して、カナ会長と一緒にお風呂に入るつもりになっている様子です。いっぽうのタカトシさんは、どこかに電話を掛け、疲れ切った表情でカナ会長に向き直りました。

 

「両親が許可した以上、追い返すわけにも行きませんね……ですが、大人しくしててくださいよ」

 

「当然です。タカ君はもう少し私の事を信用してください」

 

「信用してほしいのでしたら、俺の使った箸を懐にしまうのは止めろ」

 

「あら、バレてましたか……」

 

 

 何をしてるんでしょうか、この人は……相変わらずタカトシさんの苦労は絶え無さそうですが、せっかくお泊りが出来るのですから、今回ばかりは会長の行動力に感謝ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミと義姉さんが風呂に入っている間、俺は食器の片付けを済ませ、両親の部屋を軽く掃除してから部屋で生徒会の仕事をすることにした。今日は珍しく、四人そろってても仕事が終わらなかったんだよな……

 

『あの、タカトシさん。サクラですが、入っても良いですか?』

 

「どうぞ」

 

 

 遠慮がちに開けられた扉から、サクラさんがこちらを覗き込んでいる。

 

「なにか用ですか?」

 

「課題で分からない箇所があるんですが、教えてもらえませんか?」

 

「かまいませんよ。どうぞ」

 

 

 部屋に招き入れて、サクラさんの課題を見せてもらう事にした。

 

「英稜はもうここまで進んでるんですね」

 

「桜才はまだなんですか? じゃあ、聞くのは会長にでも」

 

「いえ、大丈夫ですよ。ここは――」

 

 

 サクラさんに解説していくと、彼女は納得したように頷いて問題を解いていく。

 

「こうですか?」

 

「正解です。やっぱりサクラさんは理解が早いですね」

 

「タカトシさんの教え方が良いんですよ。本当に理解が早かったら、授業を聞けば理解出来てるはずですし」

 

「そんなものですかね?」

 

「タカ兄、お風呂~! って、お取込み中でした?」

 

「馬鹿な事を言ってるんじゃない! サクラさん、お先にどうぞ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

 

 課題を済ませたサクラさんが部屋を出ていき、残ったコトミに視線を向ける。

 

「ん、何?」

 

「お前も宿題があるんじゃないか?」

 

「そ、そんなもの無いよ?」

 

「誤魔化せると思うなよ。これ以上呼び出されるのも面倒だ。みっちりと教えてやるからもってこい」

 

「い、イエッサー!」

 

 

 何故か敬礼をして自分の部屋に戻っていったコトミを見て、俺は首を傾げる。そこまで脅した覚えは無いんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お風呂から出てきたサクラっちと二人で、部屋でのんびりしようと思ったけど、サクラっちから微かにタカ君の香りがしてきたので思わず詰め寄ってしまった。

 

「な、なんでしょうか?」

 

「サクラっちからタカ君の香りが……タカ君の部屋に行きました?」

 

「え、えぇ……課題の分からない箇所を教わろうとしまして」

 

「えっ、襲われる?」

 

「違います」

 

 

 私の冗談にこうして付き合ってくれる稀有な存在ではありますが、義妹と認めるのはまだ出来ませんね。

 

「それで、タカ君に教えてもらったんですか?」

 

「はい。桜才ではまだ習っていない箇所だったらしいんですが、タカトシさんは問題なく教えてくれました」

 

「さすが教師よりも教師らしい生徒と言われるだけはありますね」

 

「誰が言ってるんですか、そんなこと……」

 

「この前、畑さんがそんなことを言っているのを聞きました」

 

 

 桜才の教師で有名なのは横島先生ですが、確かにあの人よりもタカ君の方が教師らしいですね。

 

「それでサクラっちは、タカ君と二人きりでお勉強をしてたんですよね? 変な気持ちになったりしなかったんですか?」

 

「変な気持ちとは?」

 

「だって、好きな男子の部屋で二人きりだなんて、欲望が湧き出てきても――」

 

「そんなことはありません。私もタカトシさんも、真面目に勉強してたんですから」

 

「そうなんですか、ちょっとつまらないですね」

 

 

 タカ君がサクラっちに取られるのはなんとなく嫌ですけど、シノっちやアリアっちたちに取られるよりかは数十倍マシだと思えますからね。それだけサクラっちは私から見てもいい子ですから。

 

「とにかく、あんまりタカトシさんを怒らせるようなことは言わない方が良いですよ」

 

「大丈夫。これくらいで怒るタカ君じゃないから」

 

「もう少し気遣ってあげましょうよ……」

 

 

 ため息交じりに呟くサクラっちを見て、タカ君は愛されているんだなーっと思いました。




コトミもちゃんとしようぜ……


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次の予定

原作ではみんなが家事を手伝うのですが、ここのタカトシは主夫ですから……


 カナに連絡を取ろうとしたら、携帯の電源が切れていたので、自宅に電話をしたらタカトシの家だと言われたので、我々は朝早くからタカトシの家を訪れることにした。

 

「会長、何故我々も招集されたのでしょうか?」

 

「カナがタカトシと同じ屋根の下で一夜を明かしたのだぞ? 萩村は気にならないのか?」

 

「そう言われると気になりますが、タカトシが魚見さんの行動を読めないとは思えないですし、普通に腕力で敵うはずもありませんし」

 

「だとしてもだ! あの家には変態なコトミがいるんだ。おかしな薬でも使ってタカトシを襲うかもしれないだろ」

 

「さすがにそれは考え過ぎだと思うけどな~。でも、コトミちゃんが味方したら、タカトシ君でも大変かもしれないね~」

 

 

 私の考えに同意してくれたアリアは、少しつまらなそうに津田家の方角へ視線を向けた。

 

「どうせなら、私が襲われたいな~」

 

「アリア、何時からMに目覚めたんだ?」

 

「タカトシ君に出会ってから、私はずっとMだよ~?」

 

「あれだけSっぽかったアリアが、タカトシに変えられてしまったのか」

 

 

 タカトシの前では大人しくしているが、アリアとの会話は基本的にこんなものなのだ。個々で下ネタを言うのは控えているが、二人揃ったり、ここにカナがいたりすると、どうしてもそっち方面で盛り上がってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を済ませたタイミングで、インターホンが鳴り、タカ君と顔を見合わせて首を傾げた。

 

「こんな時間に誰でしょうか」

 

「来客の予定はありませんが」

 

 とりあえず、前々からのお客さんではないという事を確認して、私は玄関に向かいました。

 

「はい?」

 

「カナ! 抜け駆けとは卑怯だぞ!」

 

「あら、シノっち。私は義姉としてタカ君たちのお世話をしに来ただけです。サクラっちはそのおまけです」

 

「おまけって……無理やり連れてきたのは会長じゃないですか」

 

 

 背後から顔を覗かせたサクラっちにツッコまれましたが、あまり気にせずに話を進める事にしましょう。

 

「それで、シノっちとアリアっちとスズポンはどのような御用でしょうか?」

 

 

 本来の住人ではない私が用件を聞くのもあれですが、タカ君は今家事が忙しいので仕方ありませんね。

 

「カナに連絡したらつながらず、仕方なく自宅に掛けたらこっちにいると言われてな。さすがに夜襲をかけるわけにも行かなかったので、この時間になったというわけだ」

 

「そう言えば、携帯の電池が切れてましたね。それで、シノっちはどのような用件で電話を?」

 

「次は何処に遊びに行くかの相談をしようと思ってな! せっかくだからアリアと萩村も交えてじっくりと話そうではないか」

 

「そうですね。では、お茶を用意しますので、三人はサクラっちと一緒にリビングで寛いでいてください」

 

 

 そう言う話し合いなら、タカ君やコトミちゃんも交えた方が良いのでしょうが、タカ君は洗濯や掃除、コトミちゃんは課題が溜まっているために部屋に閉じ込められてしまってますからね。ある程度は私たちで決めて、後でタカ君の意見も聞いてみましょう。

 

「それでシノっちたちは、どんな意見なんですか?」

 

「たまには身体を動かすイベントでもどうかと思っているのだが」

 

「この前山に山菜取りに行ったじゃないですか」

 

「言い方が悪かったな。スポーツでもどうかと思っている」

 

「なるほど、スポーツですか」

 

 

 確かに生徒会の作業はデスクワークですから、身体を動かすイベントはありがたいですね。

 

「具体的にはどんなスポーツを?」

 

「タカトシがいるから、男女が問題なく出来るものにしなければいけないからな。そこは相談しようと思っていた」

 

「だったら、タカ君男の娘計画をここで――」

 

「なにか言いました?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

 相変わらずの地獄耳ですね、タカ君は……もうちょっとで意識を失うところでした。

 

「人数もそんなに多くないから、テニスとかでどうだ? タカトシ一人対、私たちの誰か二人なら、それなりに試合になるだろうし」

 

「メンバーはここにいる人だけですか?」

 

「アリア、君の家が所有しているコートは、どれくらい広いんだ?」

 

「うーん……後十人くらいなら余裕で入ると思うけど」

 

「では、五十嵐や三葉たちも誘ってみるか! たまには他の人間を含めるのも楽しいかもしれないからな」

 

「私たちはあまり交流がありませんからね。その時に改めて紹介してください」

 

 

 既にテニスで決まりつつありますが、タカ君相手に二人でも荷が重い気がするんですよね……

 

「いっそのこと、タカ君対全員、ていうのはどうですか?」

 

「さすがにそれは……コートが狭く感じてしまうだろうしな」

 

「それに、人数を増やしたところで、タカトシにはあまり意味は無さそうですし」

 

「確かに、スズポンの言う通りですね……」

 

 

 何人束になってかかろうが、タカ君には勝てそうにないですし、人がうじゃうじゃいると、ぶつかって怪我をする可能性もありますしね。

 

「とりあえず、タカトシの相手は当日になって考えるという事で」

 

「では、これで決まりですかね?」

 

「初心者は、出島さんがコーチしてくれるらしいから大丈夫だよ。ちなみに、私も得意だから」

 

 

 少し不安そうにしていたサクラっちの顔を見て、アリアっちがそうフォローを入れました。これで、当日がますます楽しみになって来ましたね。




女装ってどうなんですかね……


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心労の理由

心労の大半が身内……


 話し合いをしていたらすっかりお昼時になってしまい、せっかくだから私たちが用意しようと思ったのだが、既にタカトシが準備を始めていた。

 

「相変わらずの主夫っぷりだな、タカトシは……」

 

「タカ君のスキルは、私などでは太刀打ち出来ないですからね」

 

「タカ兄は昔から料理とか洗濯とかしてましたからね~」

 

「それはアンタがまともに出来ないからでしょ」

 

 

 萩村のツッコミに、コトミは恥ずかしそうに頭を掻きながら頷く。まぁ、こいつが人並みくらいに家事が出来たら、タカトシももう少し楽が出来たんだろうな……

 

「ところでお義姉ちゃん。さっきからタカ兄の事をじろじろと見てるけど、何かあったの?」

 

「いえ、タカ君と結婚したら幸せだろうなと考えていたところです」

 

「そうですね~。炊事洗濯何でもござれで、仕事も出来そうですしね~」

 

「まぁ、タカ君が働くなら、奥さんは家にいた方が良いでしょうけどね」

 

「まさかのタカ兄が専業主夫ですか? それはさすがに無いと思いますけど」

 

 

 確かに……タカトシが家に縛られるなんてことは無さそうだしな……

 

「今のところ、サクラっちがそのポジションに一番近いわけですが、その辺りはどう思ってるのですが?」

 

「っ!? ゲホゲホ……な、何を言いだすんですか!」

 

「えっ? だからタカ君を嫁に貰う心境を聞いてるのですが」

 

「理解出来なかったわけじゃなくて、何故そのような展開になったのかを聞いているのですが」

 

 

 森は何とかしてこの話題から逃げ出したいようだが、カナが逃がすわけなく、また私たちも逃がすつもりは無かった。

 

「サクラちゃんはタカトシ君との生活、何処まで想像したのかな~?」

 

「もう一人お義姉ちゃんが出来るなんて、私的には最高ですけどね~」

 

「私はまだ諦めてないからな!」

 

「お前ら、何をしてるんだ」

 

「「「あ……」」」

 

 

 いつの間にかやってきたタカトシの威圧感に、私たちは大人しく引き下がった。ここで諦めないのは、よほど鈍感なヤツか、それとも命知らずかのどちらかだからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を済ませて、せめて片付けだけはという事で私たちは今キッチンで洗い物をしている。ちなみに、コトミちゃんが課題を溜め込んでいたのがバレて、タカトシ君とサクラちゃん、そしてカナちゃんの三人がコトミちゃんの勉強をしっかりと監視しているのだった。

 

「コトミは相変わらずというかなんというか……」

 

「タカトシが忙しくしてる大半は、コトミの所為ですからね」

 

「前までは私たちの相手もあったけど、最近はタカトシ君の前では自重してるからね」

 

「つい言ってしまう時もあるが、回数は減ってるはずだからな」

 

 

 シノちゃんも私も、タカトシ君の前で下ネタを言うのは控えているから、精神的疲労は減ってるはずなんだけどなぁ……一向に疲れが取れた様子がないのは、他にも問題を抱えているからなんだね。

 

「この前、遅刻したコトミが呼び出され、保護者としてタカトシも呼び出されたようですし」

 

「まぁ、両親が不在がちな津田家にとって、タカトシが保護者であるのは仕方のない事だろうが、コトミがどうにかしなければならない事だと思うんだが」

 

「そうだね~」

 

 

 コトミちゃんが寝坊して遅刻してるのに、何でタカトシ君まで呼び出されたんだろう……タカトシ君が何もしてないとでも思ってるのかしら。

 

「えっと、このお皿は……」

 

「そこの棚の三番目だ」

 

「さすがシノちゃん。覚えてるんだね」

 

「かなりの回数、この家に来てるからな!」

 

 

 確かに、タカトシ君の家にお泊りした回数も結構だし、それ以外でもここに遊びに来たりしてるもんね~。覚えててもおかしくはないかな。

 

「時にアリアよ」

 

「ん~?」

 

「先ほどからスカートのポケットから布が見え隠れしてるのだが、それはいったい?」

 

「あっ、忘れてた。この前タカトシ君に借りたハンカチ、返そうと思ってたんだった」

 

「何っ!? そんなイベント、私は知らないぞ!」

 

「ちょっと前に学校で借りたんだよ~。それで、返すタイミングを逸してたから、今日返そうと思ってたんだけど、すっかり忘れてたよ~」

 

 

 ちょうどいいから、今返しに行こうかな。

 

「タカトシ君、これ」

 

「? あぁ、この前の」

 

「あの時は助かりました」

 

 

 ちょっと紙で指を切っちゃったんだよね。その時にタカトシ君がハンカチで止血してくれたお陰で、床を汚す事も無かったし、傷跡が残ることも無くちゃんと塞がったんだよね。

 

「本当なら新しいハンカチを買って返そうかとも思ったんだけど」

 

「そこまで気にする事は無いですよ」

 

「出島さんがこのハンカチを食べようとしてたから、さすがに置いておけなかったんだよね」

 

「あ、相変わらずですね、あの人は……」

 

「その気持ちは分からなくはないけど、さすがに食べるのはマズいし、借りたものはちゃんと返さないとね」

 

「分かるんですか……」

 

 

 どことなく疲れた表情でハンカチを受け取ったタカトシ君だったけど、すぐにコトミちゃんの間違えに気付いて指摘したのを見て、とりあえず大丈夫そうだなと判断した。

 

「それじゃあコトミちゃん、頑張ってね~」

 

「た、助けてください~!」

 

 

 泣きそうな表情で手を伸ばしてきたコトミちゃんだったけど、タカトシ君とカナちゃんとサクラちゃんにみっちりと勉強を教わった方が、コトミちゃんの為だしタカトシ君の為になるから、私はあえて気づかないふりをしてキッチンに戻ったのだった。




コトミ、成長しないな……


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不意な一言

さすが無自覚ラブコメ野郎……


 最近スクープが無いので、何かないかと校内を歩き回っていると、津田副会長と七条さんが二人きりで歩いているのを見かけた。これは何かあるかしら……

 

「――というわけなのですが、アリア先輩はどう思われます?」

 

「知名度があるのは良いけど、あまり興味ないかな~」

 

「そうですか。俺としては自分で伝えろとは言ったんですがね」

 

「私って話しかけ辛いのかな~? あんまり男子から声を掛けられないんだよね」

 

「とっかかりが難しいのでは? 俺は生徒会役員として関係がありますが、他の男子は全員下級生ですし、先輩の美しさに後退ってるのかと」

 

 

 歯の浮くようなセリフを素面で、さすが津田副会長……七条さんが顔を真っ赤にしてるのに首を傾げてるなんて、無自覚ラブコメ野郎の称号を与えるしかなさそうですね。

 

「何してるんですか?」

 

「あら、風紀委員長。今津田副会長が七条さんを辱めてたんだけど、どう思う?」

 

「津田君が? 何を言ったんですか?」

 

「七条さんの事を『美しい』と」

 

 

 言ってるこっちが恥ずかしくなってきましたが、聞いた風紀委員長の方が顔が真っ赤になってますね。

 

「おんや~? 自分が言われたらとか思っちゃいましたか~?」

 

「そ、そんなこと思ってません!」

 

「さっきから何を大声を出してるんですか?」

 

「あら、見つかっちゃった」

 

「いえ、最初から気づいてますが」

 

 

 風紀委員長の大声に反応した津田副会長と、少し顔を赤くしたままの七条さんが近づいてきたので、私は何の話をしていたのかを聞くことにした。

 

「それで、どういう流れで津田副会長は七条さんの事を『美しい』と言ったのですか?」

 

「クラスメイトがアリア先輩に恋慕してるんですが、勇気が出せないから代わりに想いを伝えてくれと言われただけです」

 

「なるほど……ですが、本人が伝えなければ意味がないと思うのですが」

 

「俺もそういったんですけどね。ほら、アリア先輩は会長みたいに気さくに話しかけられる雰囲気ではないですからね」

 

「つまり、津田副会長も天草会長<七条さんだと?」

 

「別に優劣は付けませんけど、会長は話しかけやすい雰囲気を醸し出してますけど、アリア先輩はお嬢様ですから、住む世界が違うと勝手に思い込む生徒は少なくないと思いますよ」

 

 

 確かに、七条グループのお嬢様で、美人で巨乳、最近は下ネタを控えているので変人オーラも出てないですし、話しかけずらいというのは分かりますね。

 

「それで、カエデさんが大声を出した理由は?」

 

「自分が美しいと言われた妄想をしてたので、ちょっとからかっただけです」

 

「だからしてません!」

 

 

 他の人ならスクープにでっちあげる――じゃなかった、話題になるのですが、この二人は津田副会長とブチューっとしてる人ですからね。今更この程度では読者は喜ばないでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君のお友達には悪いけど、そのお陰でタカトシ君に「美しい」って言われたのはすごくうれしい。タカトシ君はお世辞を言うような子じゃないって分かってるから余計に嬉しいんだけどね。

 

「お嬢様、何か良い事でもあったのですか?」

 

「んー? 分かる、出島さん」

 

「はい。何時もより笑顔がまぶしいですので」

 

 

 それほど変わってるとは思わないけど、私の事をよく見てくれている出島さんがそう言うって事は、たぶん何時もと違うんだろうな。

 

「今日ね、タカトシ君に『美しい』って言われたんだ~」

 

「タカトシ様がですか? それはお嬢様にとって最高の褒め言葉となりましたね」

 

「タカトシ君はお世辞言わないし、話の流れとはいえ言われて嬉しかったのは確かだしね」

 

 

 特に意識した言葉ではないから、それが本音だという事が良く分かる。タカトシ君のお友達がそう思ってるだけなのかもしれないけど、タカトシ君の口から「美しい」と言われたことに変わりはないから、一日中気分よく過ごせたんだろうな~。

 

「録音していなかったのですか?」

 

「身構えてたわけじゃないし、言われてすぐに絶頂しちゃったからね」

 

「なるほど。タカトシ様に言葉責めされたのですね」

 

「タカトシ君にそんなつもりは無かったんだろうけどね。でもまぁ、無自覚攻めも悪くないって思えたわ」

 

 

 下ネタはタカトシ君の前では控えてるけど、タカトシ君がいない場所では前以上に酷くなってきたと自覚している。でも、これはタカトシ君の所為。我慢した分だけどこかで爆発させないとストレスが溜まっちゃうからね。

 

「次言われる機会がありましたら、ぜひ録音する事をお勧めします」

 

「そうだね~ 着ボイスにしたら、メールや電話が来るたびに絶頂出来るもんね~」

 

「言ってもらえるように、私が差し向けてみましょうか?」

 

「タカトシ君を誘導できるの?」

 

「これもメイドの務めですので」

 

「それじゃあ、今度のテニスの時にでもお願い出来る?」

 

「かしこまりました。成功した暁には、ご褒美をこのメイドに」

 

「ん~? ムチとかでいいかな~?」

 

「もちろんでございます」

 

 

 興奮しながらもしっかりと運転してくれた出島さんにお礼を言って、私は部屋で着替える事にした。

 

「あっ、パンツがぐしょぐしょになってる」

 

 

 これも全部タカトシ君の所為だね。でも、全然嫌じゃないと思ってる辺り、私ってやっぱりMなのかなぁ……




言われたら嬉しいんでしょうかね?


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生徒会室でトランプ

する事ないなら帰ればいいのに……


 生徒会室に集まったが、特に急ぎで片づける仕事も無かったので、ボーっとする事にした。

 

「珍しいですね、七条先輩がだらけてるだなんて」

 

「どうかしたのか?」

 

「私、暑さに弱い体質だからさ~」

 

 

 最近は梅雨が近づいて来ている所為か、じめじめするし、気温も上がってきてるから毎日困っちゃうのよね……

 

「タカトシ君の体質と交換したいくらいだよ」

 

「俺の? 何かありましたっけ?」

 

 

 どうやらタカトシ君は自覚してないようだけど、羨ましい体質だと思うのよね……

 

「ラッキースケベ体質」

 

「そんな体質になったつもりは無い!」

 

「でも、スキーの時サクラちゃんとブチューってしたじゃない? あれだってラッキースケベだと思うのよね~」

 

「あれはシノ会長が勢いよく雪玉を投げつけた所為でしょうが」

 

「それも含めて、だよ」

 

 

 頑なに認めようとしないタカトシ君だけど、少し顔が赤くなっているのを見ると、あの時の事を思い出したんだろうな~。

 

「私の唇と、どっちが柔らかかった?」

 

「そんなの、知りませんよ」

 

「えー? 私ともキスしたのに、感触とか比べなかったの~?」

 

「比べるわけないだろうが!」

 

 

 タカトシ君に怒られちゃったけど、ちょっとだけ気まずそうに視線を逸らしたって事は、私とのキスの事も思い出してくれたのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にすることが無かったので、アリアの提案でトランプをすることにした。

 

「私の華麗なるカード捌きを見せてやろうじゃないか!」

 

 

 そう意気込んでシャッフルをしたが、見事にばら撒いてしまった。

 

「神経衰弱がしたかったんだ!」

 

「二枚以上めくれてますけど?」

 

 

 タカトシのツッコミに反論しようとしたが、これ以上のごまかしは不可能だと判断し、黙ってカードを拾い集める事にした。

 

「スズちゃんはシャッフル上手に出来る?」

 

「普通には出来ますけど、あまり華麗とは言えないと思いますよ」

 

「私も、普通にしか出来ないかな~」

 

 

 私をフォローしているのか、アリアとスズが普通にシャッフルし始める。確かに、華麗とは言えないが、堅実なシャッフルだった。

 

「タカトシ君は、シャッフルとかも得意そうだよね~?」

 

「普通ですよ、普通」

 

 

 そう言ってタカトシもカードをシャッフルするが、かなり手慣れた手つきで普通とは言えないくらいの手さばきだった。

 

「それで、何をするんですか?」

 

「ババ抜きで良いんじゃないか?」

 

「では、そうしますか」

 

 

 タカトシがシャッフルしてそのままカードを配り始める。その手つきは実に慣れているようだが、トランプでしょっちゅう遊んでるのだろうか?

 

「とりあえず三回勝負な。負けたヤツは全員分のお茶を買いに行くこと」

 

「まぁ、それくらいなら」

 

「次からは勝者が誰かに命令出来るようにするか」

 

「先に言っておきますが、キスとかそういうのは禁止ですからね」

 

「分かっているさ」

 

 

 先に潰されてしまったので、大人しく別の罰ゲームを考える事にするか……てか、タカトシに勝てるか分からないがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ババ抜きは結局、スズが二敗して罰ゲームを喰らう事になった。

 

「私は緑茶を」

 

「私は紅茶」

 

「俺はコーヒーのブラックで」

 

「分かりました。それじゃあ、買ってきます」

 

 

 スズが生徒会室から自動販売機に向かったため、残った三人でババ抜きを再開した。

 

「シノちゃんのポーカーフェイスはさすがだよね」

 

「アリアもなかなかじゃないか?」

 

「そもそもタカトシ君は無表情だったから、ババを持ってても分からなかったしね~」

 

「萩村は少し顔に出てたぶん、負けたんだろうな」

 

 

 確かにスズはババを持っていると、ちょっとだけ不機嫌な雰囲気を醸し出していたから、何処にババがあるのかすぐに分かったからな……

 

「萩村が戻ってきたら何をするか……」

 

「一回で勝負がつくとなると、やはりババ抜きが一番ですよね」

 

「ルールも分かりやすいしね」

 

 

 スズが戻ってくる間に二回勝負が決したが、アリア先輩と俺が一回ずつ負けた。やはり時の運だな、ババ抜きは。

 

「それでは、引き続きババ抜きでいいんだな?」

 

「ポーカーでも良いですけど、皆さんルール分かりますか?」

 

「私は一応知ってるけど、そんなに強くないわよ」

 

「私も知識はあるが、やったことは無いな」

 

「私は出島さんとやったことあるよ~」

 

「では、慣らしで数回やってから実戦と行きましょうか」

 

 

 ルールの説明が要らないなら、後は実際にやってみて感覚を掴んでもらえば問題ないだろうしな。

 

「何やら面白そうな雰囲気を感じ取って!」

 

「コトミ、ノックぐらいしろ」

 

「あれ、今日はトランプなんですか?」

 

「人の話を聞けよな! ……ちょうどいい、コトミも参加するか?」

 

「面白そー!」

 

 

 恐らくシノ会長やスズは生まれ持っての運がいいからブタは無いだろうし、アリア先輩も経験者だから駆け引きとかしてくるだろうしな。単純に楽しもうとする人がいた方が楽だから、コトミも巻き込んでしまえ。

 

「それじゃあ慣らしでやってみましょう」

 

 

 カードを配り終えて、それぞれチェンジしたのちの勝負すると、やはり会長とスズは強い役を揃えており、アリア先輩も堅実にツーペア、コトミだけがブタだった。

 

「相変わらず弱いな」

 

「タカ兄だって、私がいなかったら負けだよ?」

 

「まぁ、慣らしだからな」

 

 

 ちなみに、俺はワンペアで、コトミの言う通りコトミがいなかったら負けだったのだ……




意外と運ゲーに弱いタカトシ……


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みんなでテニス その1

競技までいかなかった……


 七条家が所有するコートでテニスをすることになったのだが、参加者が思ったほど集まらなかった。

 

「結局、我々桜才学園生徒会四人と、カナとサクラの二人、後は出島さんと五十嵐の計八人か……」

 

「ダブルスをするにしても、二コートで足りますね」

 

「三葉やトッキーは何故来れないんだ?」

 

「その日は柔道部の試合があるそうで、コトミと八月一日さんはその応援に行くそうです」

 

「先約があるなら仕方ないか……まぁ、八人いれば十分か」

 

 

 本音を言えばもう少し人が集まってくれた方が楽しいのだが、これだけでも十分だと思わなければな! 無理に来てもらっても来た方も私たちも楽しいと思えないかもしれないから……

 

「ところでスズちゃん、テニスのネットはさすがに届くよね?」

 

「当たり前だー! 先輩だけど張り倒すぞ!」

 

 

 相変わらずアリアの萩村弄りは軽快だな……さすがにテニスのネットくらいなら萩村にだって届くだろ……

 

「会長も、何か失礼な事を考えていませんか?」

 

「そそそ、そんな事ないぞー」

 

「視線が明後日の方を向いてるし、完全に棒読みじゃねーか!」

 

 

 カナ直伝の誤魔化し方を実行したというのに、あっさりとバレてしまったじゃないか……あまり効果ないんじゃないか、これ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現地集合だったので、俺たちは待ち合わせをしてから向かう事になったのだが、何故かシノ会長と萩村は別行動になっている……というか、前日から泊まっているらしいので、アリア先輩たちと一緒に行くようだ。

 

「とういわけで、タカ君のお義姉ちゃんことウオミーです」

 

「なんですか、その登場の仕方は……」

 

「ちょっと新しさを求めた結果です」

 

「あまり普段と変わらないと思いますけど……」

 

 

 サクラさんのツッコミにもめげずに続けようとした義姉さんだが、俺が冷めた目で見つめてる事に気が付き、ボケを止めてくれた。

 

「今日はスポーツだということですが、どう考えてもタカ君が有利だと思うんですが」

 

「アリア先輩は中学時代に全国まで行った猛者だと聞いていますので、俺だけじゃないと思うんですけど」

 

「男子と女子とでは力の強さが違いますので。タカ君の全力を受けたら、痣になってしまうかもしれませんし」

 

「何で身体で受け止める事前提で話してるんですか、貴女は……」

 

 

 ラケットを持ってるんだから、そっちで返す事を前提にしてほしいものだ……まぁ、ある意味いつも通りの義姉さんなのかもしれないが……

 

「ペアを決める時に不正がないようにタカ君にはしっかりと見張ってもらわなければいけませんね」

 

「ダブルスで決定なんですか? シングルスでも楽しそうですが」

 

「時間はたっぷりありますから、両方やるのも楽しそうですよね」

 

「タカ君もサクラっちも若いですね……何試合も楽しむなんて事は出来なさそうです……」

 

「一つしか違わないじゃないですか……」

 

 

 急に年上アピールされても困るし、高校生なんだから義姉さんだって問題なく動けるだろうに……

 

「私、文系なうえに生徒会役員で運動は苦手なんですよ」

 

「平均以上出来るじゃないですか……むしろ、私の方が運動音痴ですよ、まともに泳げませんし……」

 

「泳げるんじゃなかったでしたっけ?」

 

「脚が付く範囲なら……」

 

 

 つまり、海では泳げないという事か……

 

「すみません、遅れました」

 

「遅いですよ、カエデさん! 罰として、タカ君に今日の下着の色を――じょ、冗談ですのでその拳は開いてください」

 

「俺たちが時間前から待ってただけで、カエデさんは時間通りですよ」

 

 

 恐縮しきってるカエデさんにフォローを入れて、俺たちは指定された場所まで電車で移動するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて思うけど、七条先輩はお金持ちのお嬢様なんだな……普段はそんなこと感じさせないけど、こういうところを見てしまうとそう思うしかないのよね……

 

「これがアリアの為だけに作られたのか?」

 

「中学の時はここで練習したりしてたしね」

 

「金持ちって凄いな……」

 

「そうですね……」

 

 

 会長の呟いた言葉に同意するが、それ以外に言葉が出ないのも一つの原因だ。だって、娘一人の為にテニスコートを作るなんて……

 

「今は一般開放して収入を得ていますので、何も問題ありません」

 

「だが、今日は他の人が見当たらないが……」

 

「当然貸し切りにしてありますので、天草様たち以外が入ることはありません。ですので、露出プレイをするのも自由ですので」

 

「そんな訳あるかー!」

 

 

 本気でスカートを脱ぎだしそうになった出島さんにツッコミを入れたけど、私じゃイマイチキレのあるツッコミは繰り出せないわね……最近はタカトシやサクラさんに任せきりだったからかしら……

 

「露出プレイは兎も角、今日はこの敷地には私たちしかいないから、何をしても問題にはならないよ」

 

「いや、タカトシが問題にすると思いますがね……」

 

「タカトシ君は、数で攻めれば大人しくなってくれるから」

 

「民主主義だからな!」

 

「絶対に違うと思うんですけど……」

 

 

 数の暴力だと呟いてるのを聞いたことがあるので、タカトシ的には納得出来てない部分が大きいんだとは思うけど、律儀に付き合ってくれてるのを見れば、やっぱり民主主義なのかもしれないわね……って、なんだか毒されてるような気が……




球技大会ネタですが、ここのタカトシは普通に勝ちそうだったのでお遊びにしました


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みんなでテニス その2

みんな運動神経は良いですからね


 カナ会長とタカトシさんとお喋りをしながらテニスコートに向かうと、既に桜才学園メンバーは待機していた。

 

「カエデっちも早いですね」

 

「せっかく誘っていただいたので、出来るだけ長く運動したいと思いまして」

 

「これで全員だな。ところで、アリアと出島さん以外に経験者はいるのか?」

 

 

 天草さんの確認に、誰も反応を見せなかった。つまり、経験者と言えるのはアリアさんと出島さんの二人だけという事だ。

 

「それじゃあペアを決めようではないか」

 

「どうやって決めます?」

 

「こんな事もあろうかと、既にくじを作ってあります」

 

 

 出島さんが取り出したくじをタカトシさんが確認して、問題なしと判断して出島さんに返す。不正などをしたら容赦なくお説教したのでしょうか……

 

「とりあえずアリアと出島さんは最後に引いてもらう」

 

「そうだね~。私と出島さんがペアじゃ、大抵の相手には勝てちゃうもんね」

 

「そういうことだ。前にビーチバレーでやったように、勝ったチームは負けたチームに罰ゲームをさせる権利が発生するからな」

 

「またあれをやるんですか?」

 

 

 タカトシさんが嫌そうな表情を浮かべたが、他の皆さんは嬉しそうな表情をしている。他の人は兎も角、何故萩村さんまで……

 

「厳正なくじ引きの結果、天草様とお嬢様、魚見様と萩村様、五十嵐様と私、タカトシ様と森様というペアに決定しました」

 

「相変わらずくじ運いいですね、サクラっち」

 

「残り物には福があると言う事でしょうね……」

 

 

 七条さんと出島さんを除いて一番最後に引いたので、こればっかりは恨まれる筋合いは無いんですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずテニスに慣れる目的で、私たちは壁打ちをすることになった。これくらいなら簡単に出来るのか、タカトシは出島さんに言われてボールを二個にして壁打ちをしている。

 

「よく戸惑わないわね……」

 

「タイミングを間違わなければ簡単だからな」

 

 

 私が話しかけてもタカトシは特に問題なく壁打ちを続けている。さっきから魚見さんがちょっかいを出そうとしているけど、それすら気にした様子はない。

 

「なぁアリア、さっきから気になってるんだが」

 

「どうしたの、シノちゃん?」

 

「この、壁に開いている穴はなんだ?」

 

「あぁ。それは壁穴プレーの為の穴だよ~」

 

 

 最近控えていたけど、良く聞くと下ネタを言ってるのよね、先輩たちも……

 

「さて、十分に身体もあったまったでしょうし、さっそく試合と行きましょうか」

 

「最初は私たちのペア対カエデちゃん・出島さんペアだね~」

 

「両チームに経験者がいるから、いい試合になりそうですね」

 

 

 アリア先輩は全国まで行ったらしいけど、出島さんってどれほどの実力者なのかしら……

 

「審判はどうしましょうか?」

 

「タカトシ様、お願いできますでしょうか」

 

「俺ですか? まぁ、審判くらいなら出来るかと思いますが……線審は他の人にお願いします」

 

 

 こうして、私と森さん、魚見さんは線審をすることになった。タカトシもだけど、私たちはテニス初心者なんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアと出島さんもだが、五十嵐の奴もだいぶ鋭い珠を打ってくるな……返すだけで精一杯でなかなか攻められないぞ……

 

「シノちゃん、そっちに行った!」

 

「分かってる!」

 

 

 アリアに言われるまでもなく反応していたが、正直ギリギリ追いついた所為でチャンスボールになってしまった。

 

「貰いました!」

 

 

 出島さんが高くジャンプしてスマッシュを――打たなかった。強打が来ると思って後ろに下がったアリアの動きをしっかり見ていたので、裏をかいてドロップショットを打つ。

 

「させない!」

 

 

 アリアが飛びついて何とか返したが、待たしてもチャンスボールだ。

 

「今です、五十嵐さん!」

 

「は、はいっ!」

 

 

 チャンスボールに五十嵐が飛び込み、倒れているアリアの後ろに強いボールを打ち込む。さすがに私が追い付ける距離ではないので、何とかアウトになってくれと思いながら一応追いかける。

 

「くっ!」

 

 

 思いのほか伸びが無かったので、何とか追いつきそうだったので飛び込んだが、やはり届かない。は、判定はどっちだ!

 

「ゲームセット」

 

 

 タカトシの判定で、私たちが負けたと理解した。やはりアリアといえでも出島さんには勝てなかったか……

 

「さて、我々が勝利した訳ですが、お嬢様には後で私とねっとりべっとりとベッドで過ごしていただきましょうか」

 

「仕方ないね……あっ、一応言っておくけど、性的命令は無効だから、一緒にベッドで過ごすだけだからね」

 

「分かっています。あくまで一緒に寝るだけですから」

 

「それじゃあ、天草さんには後でお茶を買ってもらいましょうか」

 

「それくらいならいいぞ」

 

 

 五十嵐ならおかしな命令をしてくるはずはないと思っていたが、やはりそう言った感じの命令だったな。これがカナだったら何をさせられていたか分かったもんじゃないからな。

 

「次はタカトシ君・サクラちゃんペア対カナちゃん・スズちゃんペアだね」

 

「タカ君相手なのですから、少しハンディをください」

 

「俺も初心者なのですが」

 

「でも、性別差は考えるべきだと思いますが」

 

「それじゃあ、タカトシ君は前衛禁止ね。サクラちゃんはリターンが済んだら前に出る事」

 

「分かりました」

 

 

 その程度でタカトシが大人しくなるとは思えないが、確かに前衛から強烈なショットが来ないだけでもマシなのかもしれないな。




出島さんがそれで終わるとは思えないですが……


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ボール直撃

加減してるとはいえ痛そうだ……


 性別差を考慮してのハンディとして、タカトシさんが前衛をやれないことになってしまったので、私は何とか攻めさせないように動いてみるけど、やはりカナ会長には敵いません。先ほどから私の横を簡単に抜いていくのです。

 

「サクラっちは分かりやすいですからね」

 

「そんなに分かりやすいですかね?」

 

 

 何とか食らいつこうとしますが、どうしても逆を突かれてしまう。それでも点数を奪われないのは、タカトシさんがしっかりとリターンをしてくれているからです。

 

「視線が動こうとする方に向きますから、それをしっかり観察していれば逆を突くのは簡単です」

 

「それを私に教えて良いんですか?」

 

「サクラっちは気づいたところで簡単に修正できる程器用ではないですからね。ずっと側にいた私が保証します」

 

「そんなこと保証されても嬉しくないですけどね」

 

 

 フェイントをしてみたけど、やはりカナ会長には通じず、あっさりと横を抜かれてしまいます。

 

「いい加減ラリーも飽きましたし、そろそろ攻めてもいいですよね?」

 

「こっちには私もいるって事忘れてないでしょうね」

 

 

 タカトシさんが強烈なショットを繰り出すと、萩村さんが何とかしてそれをリターンしました。が、明らかなチャンスボールで、その落下点には私がいます。

 

「貰いました!」

 

「させません!」

 

 

 私のスマッシュにカナ会長が飛びつきましたが、返す事は叶わずそのまま決まりました。

 

「さて、これでこちらのマッチポイントですね」

 

「タカ君のサーブ、何とかして返してみせます!」

 

 

 もちろん全力でタカトシさんがサーブを打ち込めば、カナ会長や萩村さんに返す手段はありません。だからタカトシさんは加減をしたサーブを打っているのですが、それでも返すのがやっとの威力なのです。

 

「くっ!」

 

 

 カナ会長がリターンをしようとして、思いの外ホップしたボールがカナ会長の脚に直撃しました。

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 心配したタカトシさんがネットを飛び越えて会長に駆け寄りましたが、何故か会長は満面の笑みを浮かべていました。

 

「タカ君にイジメられて気持ちがいいです」

 

「あっ、そうですか……」

 

 

 一気に白けたタカトシさんが冷めた目をカナ会長に向けると、会長はさらに嬉しそうに微笑みました。

 

「これでゲームセット、こっちの勝ちだな」

 

「何だか釈然としないけど、ルールだもんね」

 

 

 ボールが身体に当たった場合、当たった側の失点になるので今のプレーで私たちのペアが勝利したのだ。

 

「それじゃあ、萩村はコート周り一周してもらおうかな」

 

「それが罰ゲームってわけね……分かったわよ」

 

「それじゃあ、会長はその雑念を払ってくる意味も込めて二周ですね」

 

「仕方ありませんね」

 

 

 萩村さんと一緒にスタートした会長は、すぐに足が痛みだしたのか歩いている。そこまで痛いなら絶対に笑みなんて出ないと思うんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君のサーブを足に受けたカナちゃんを見て、出島さんは興奮した息遣いになっていた。

 

「出島さん、さっきから興奮してるけど、どうしたの?」

 

「いえ、タカトシ様にお仕置きされる妄想をしてしまいました」

 

「なるほどね」

 

 

 あれが自分だったらって妄想をしてたのね、出島さんは。確かに、タカトシ君にお仕置きされたら興奮するだろうけど、カナちゃんはすごく痛そうにしてるんだけどな~……

 

「義姉さん。痛いなら止めた方が」

 

「大丈夫です。タカ君につけられた傷だもの。責任とってもらわないとね」

 

「アイシングすれば腫れは収まるでしょうが」

 

 

 それほど力を込めたショットではないので、精々痣になるくらいだろうけども、痛そうなのは確かよね。

 

「アリア先輩、アイシングって出来ます?」

 

「氷なら出島さんが用意してくれると思うけど」

 

「それじゃあ、一応お願いします。罰ゲームは痛みが引いた後で構いませんから」

 

 

 足を引きずっていたカナちゃんをここまで背負ってきて患部を冷やした方が良いと判断したタカトシ君は、出島さんにお願いして氷が入った袋をカナちゃんに手渡す。

 

「少しずつでいいので冷やしてください。そうすれば腫れは収まるでしょうし」

 

「でも、せっかくタカ君に傷物にしてもらったのに」

 

「そういう表現、止めてもらえません?」

 

 

 どことなく卑猥に聞こえる表現に苛立ったのか、心配そうな視線から睨みつけるような目に変わったタカトシ君に、カナちゃんは素直に頭を下げた。

 

「それでは、魚見様が回復するのを待っている間に、次の試合に参りましょうか」

 

「次は私たち対タカトシ君たちだね」

 

 

 もちろん、さっきのハンディは引き続き採用され、タカトシ君は前衛を務める事が出来ない。それでもタカトシ君の動きを封じるのは難しいので、私とシノちゃんはサクラちゃんを攻める事にした。

 

「いい、シノちゃん。タカトシ君にボールを触らせたら勝ち目がないから、サクラちゃんを狙うからね」

 

「了解だ。だが、サーブのリターンの時は気を付けないとな」

 

「無条件でタカトシ君がボールに触れられるからね」

 

「ああ。タカトシが無条件で球に触れられるからな!」

 

 

 意味は同じなのに、なんとなくシノちゃんの表現が卑猥に聞こえるから不思議よね……まぁ、興奮したんだけどね。




当てたことはありますが、当たった事は無いですからどれほど痛いのか……


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実力者の狙い

未経験でも相当な実力ですからね……


 タカトシさんにボールを触らせないためなのか、先ほどから七条さんも天草さんも私を狙ってきています。そりゃ私を狙った方が勝ち目が高いというのは私にだって分かりますけども、これほどまでに狙われるとどうにかしてタカトシさんの方に打たせたくなるのも仕方のない事だと思います。

 

「くっ!」

 

 

 天草さんの着地する方の足元を狙い、こちらに打つだけの余裕を無くさせて、私はタカトシさんに後を任せました。

 

「させない!」

 

 

 七条さんが何とかしてタカトシさんのショットに食らいつきましたが、リターンは緩いものとなり、私があっさりとスマッシュを叩き込める程でした。

 

「ゲームセットですね」

 

 

 審判の出島さんが試合終了を告げ、私たちは握手を交わします。

 

「さぁタカトシ君、敗者である私たちに命令して」

 

「命令とか言われましても……特にしてほしい事は無いんですが」

 

「そんなこと言わずに! 私たちはお前のいう事を何でも聞くぞ」

 

 

 どことなく卑猥に思えるのは、私の心がすさんでるからじゃなく、この二人の表情がちょっとアレだからでしょうね……最近は控えてるとか聞いてましたが、根本的には変わってないんですね。

 

「それじゃあ、煩悩が消えるまでコート周りを走って来てください」

 

「……それだけ?」

 

「なんなら、座禅でも構いませんが」

 

 

 少し残念そうに俯いた二人でしたが、タカトシさんから流れて来る怒りのオーラに弾かれたのか、すぐにコート周りを走りに行きました。

 

「サクラさん、お疲れ様でした」

 

「やっぱりタカトシさんは運動神経が良いですね。手加減してたとはいえあの速度は返せませんよ」

 

「威力を制限されている以上、角度や速度で隙を作るしかないですからね」

 

 

 そんなことが出来るのは、タカトシさんがテニスにおいても優れているからでしょうが、勝ったのでとりあえずは善としましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前の試合でタカトシ君のサーブを脚に当てた所為か、魚見さんの動きにキレが無く、私と出島さんペアがあっさりと勝ってしまいました。

 

「無理しない方がよろしいのではありませんか?」

 

「大丈夫です、タカ君がアイシングしてくれたので、それほど腫れてませんし」

 

「ですが、ここで無理をして後々にダメージを残すのは得策ではないと思うのですが」

 

 

 まだもう一試合残っているので、出島さんが魚見さんの脚を心配しています。魚見さんもその事は分かっているようで、少し考えてから萩村さんに視線を向けました。

 

「スズポンは、無条件降伏でも受け入れられますか?」

 

「その脚では仕方ないですね」

 

 

 萩村さんの了承を得て、魚見さんは次の天草さん・七条さんペアに棄権を宣告し、罰ゲームを聞き入れる事にしました。

 

「カナちゃんが出来る事は限られちゃってるから、代わりにスズちゃんに二倍の罰を受けてもらおうかしら」

 

「何故っ!?」

 

「脚を痛めているカナに罰ゲームをさせるわけにはいかんだろ。だから、萩村が二人分の罰を消化する事で許してやるんだ」

 

「分かりました……」

 

「スズポン、ゴメンなさい」

 

 

 魚見さんが申し訳なさそうに頭を下げ、萩村さんは二人分の罰ゲームを受ける事になりました。

 

「それでは、最後はタカトシ様のペアと私たちの試合ですね」

 

「足を引っ張らないように気を付けます」

 

 

 勝てるとは思いませんが、せめて無様に負けないようにしようと思い、私は出島さんの指示に従ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがに経験者というだけあって、出島さんのショットは的確に狙われたくないところを突いてきた。だがこちらも簡単に負けるつもりは無く、少し動きが鈍いカエデさんを中心に狙い、出島さんのリズムを崩していくことにした。

 

「さすがですね、タカトシ様! ですが、その程度で私を止められると思ったら大間違いです!」

 

「わ、私だって足手纏いじゃないんですからね」

 

 

 狙いがバレたのか、カエデさんはわざと打たずに出島さんに任せる戦法に出てきた。こうなってくると本気で打てない分こっちが不利だな……

 

「ラリー中に考え事とは余裕ですね。ですが、これは返せますか!」

 

 

 コーナーを狙った一撃を、ギリギリで返す。もちろん、こちらは加減して打たなければいけないので、どうしても出島さんにとってはチャンスボールになってしまうのだが。

 

「これなら、タカトシ様に勝てる! そして、下剋上をしてみせる!」

 

「性的欲求は禁止ですからね」

 

 

 煩悩の塊のような出島さんに、一応のツッコミを入れたが、果たして聞こえたかどうか……それにして、アリア先輩とはまた違う実力者だから、サクラさんには厳しいんだよな……

 

「ボーっとしててよろしいのですか? これはダブルスなんですよ」

 

「そんなこと、分かってます!」

 

 

 出島さんが視線でカエデさんに任せるのは分かっていたので、俺はギリギリでそのボールを返す。下手に返すと出島さんに決められてしまうので、あえてネットに当てて手前に落とした。

 

「なっ!? そんなことが狙って出来るのですか」

 

「これくらいしなきゃ貴女を止められませんからね」

 

 

 完全に予想外だったのか、出島さんもカエデさんも反応出来なくて、そのまま試合の流れを引き寄せてギリギリで勝つことが出来た。

 

「お疲れ様です。ゴメンなさい、何も出来なくて……」

 

「いえ、ちゃんとサクラさんも決めていたから、問題ありませんよ」

 

 

 リズムが崩れた出島さんのショットなら返せると、いいタイミングでサクラさんが決めてくれたので、何とか煩悩の塊を退ける事が出来たのだ。俺はもう一度サクラさんにお礼を言ってからコートの外に出たのだった。




スズがちょっとかわいそう……


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危険な遊び

ほんとに危ないな……


 カナちゃんの脚の具合が思いの外良くないので、テニスは切り上げて室内で遊ぶことになったのだけど、この人数で出来る事って限られてるわよね……

 

「王様ゲームはこの前やってしまったしな」

 

「アリアっちがブチューってした時ですね」

 

 

 シノちゃんとカナちゃんが恨みがましく私の唇を見てるけど、王様の命令は絶対なんだから仕方なかったんだよ~?

 

「それでは、奴隷ゲームでもしてみますか」

 

「何だそれは?」

 

「王様ゲームと基本的ルールは同じです。ですが、命令するのではなくされる側を決めるのですよ、奴隷ゲームは」

 

「つまり、奴隷を引き当てたヤツが番号を指定し、指定された番号の人間が命令するというわけか?」

 

「YES! つまり、指名された番号の人が、奴隷にキスする事も可能に」

 

「性的要求は禁止するべきでは!」

 

「甘いな、五十嵐。キスくらいでは満足出来るメンバーじゃないだろ、この集まりは」

 

 

 まぁ確かに、キスくらいならセーフだって思う人が多いし、カエデちゃんだって狙ってるっぽいしね。

 

「つまり、お嬢様にキスする事が可能というわけですね」

 

「百合展開が多そうですね」

 

「何だか嫌な展開になりそうですね……」

 

 

 この中でただ一人難色を示しているのはタカトシ君。サクラちゃんとスズちゃんも嫌そうだけど、表立って反対はしていないのを見るに、タカトシ君の唇を狙っているのかもしれないわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多数決の結果、奴隷ゲームを行う事になった。ちなみに、反対したのはタカトシを除けば森のみ。なんだかんだ言っていたが、五十嵐の奴も賛成したのだ。

 

「命令する人数は?」

 

「初めは一人にしておきましょう。次第に二人、三人と増やしていき、最後は全員が命令する感じで」

 

「つまり、タカトシ様が最後に奴隷を引き当てた場合、ここにいる全員と合体する事に――」

 

「そういうのは禁止ですからね」

 

「そうだよ、出島さん。私今日危ない日だから、タカトシ君と合体したら出来ちゃうかもしれないもん」

 

 

 学校でないからか、今日はアリアのジョークが軽快だな……タカトシが頭を押さえているが、気にした様子も無いし。

 

「それではくじを引きましょう」

 

「ドキドキしますね」

 

 

 全員がくじを引き、誰が奴隷を引き当てたかを確認する。ちなみに、私は三番だった。

 

「あっ、最初は私が奴隷ですね」

 

「ほぅ、カナが最初の奴隷か……では、何番に命令されたいんだ?」

 

「シノっち、どことなく卑猥ですね」

 

 

 私の問いかけに楽しそうな笑みを浮かべたカナは、少し考えてから口を開いた。

 

「では、五番の方に命令してもらいましょうか」

 

「私ですか」

 

「いきなり出島さんかぁ……こりゃ凄い展開になりそうだな」

 

「ちなみに確認ですが、奴隷の方と他の番号の方を接触させるのはありなんですか?」

 

「むぅ……そんな展開もありかもしれんな」

 

「いや、無しでしょ……」

 

 

 萩村が珍しくツッコんできたが、タカトシも森も同じような表情をしているのを見れば、気持ちは萩村と同じなのだろうな……

 

「では、このゲームの提案者であるところのカナに決めてもらおうじゃないか。恐らく、多数決では決まらないだろうし」

 

 

 私とアリア、カナと出島さんは賛成だが、タカトシと萩村、五十嵐と森は反対するだろうから、この場合はカナに決めてもらおうに限る。

 

「では、それは奴隷がその都度ありかなしかを決めましょう。そのくらいの決定権は有してもいいですよね?」

 

「まぁ、本人が決めるのなら……」

 

 

 タカトシに問いかけ、それくらいならと了承を得たカナは、今回はありだと答えた。

 

「では、奴隷が三番の方に胸を揉まれる」

 

「私か」

 

 

 出島さんが指名した番号であるところの私は、カナの胸を強めに揉む。大きな胸など握りつぶされて小さくなればいいんだ。

 

「シノっち……そんなに強く揉まれたらイってしまいます」

 

「大概にしろよ!」

 

「おっと、ついつい力がこもってしまった……」

 

 

 タカトシにツッコまれ、私は我に返った。危うくカナを絶頂させてしまうところだったぞ……

 

「では、次に参りましょう」

 

 

 冷静に出島さんが進行しているが、どことなく鼻息が荒い気が……

 

「奴隷は誰だ」

 

「私です……」

 

「カエデちゃんか~。それで、他の人を巻き込むのはあり?」

 

「今回は無しで」

 

「分かった。では、誰に命令されたいんだ?」

 

 

 五十嵐は考え込むように全員を見渡し、出来る事なら私たちに当たってほしくないと願いながら口を開いた。

 

「一番の人……」

 

「私です」

 

「萩村か、つまらん……」

 

「スズちゃんじゃ面白い展開は期待できないわね~」

 

 

 無難に罰ゲームを済ませ、次の奴隷を決める。意外と面白いな、このゲームは。

 

「あっ、俺ですね」

 

「タカ君ですか……誰を指名してもキスの展開ですね」

 

「ベロチューはあり?」

 

「当然無しでしょうね」

 

「媚薬を流し込むのは?」

 

「無しに決まってるだろうが!」

 

「そのまま流れでタカ君を押し倒すのは?」

 

「少しは自重するって気が無いのか、アンタらは!」

 

 

 萩村がかなり頑張ってツッコミをしているが、こいつも選ばれたらキスするだろうし、それ以上を狙っているかもしれないんだよな……

 

「この、ムッツリロリが!」

 

「誰がムッツリだ! てか、ロリって言うな!!」

 

 

 私たちの不毛な争いを他所に、タカトシが真剣な目をして何番を指名するかを考えている。奴隷となった今、タカトシに拒否権は無いからな……ぜひ私が指名されたいものだ……




王様ゲームよりたちが悪いな……


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奴隷ゲームの結果

劇場版って何をやるんだろう……


 タカトシさんが奴隷のくじを引いたため、私たちはタカトシさんが何番を指名するかで緊張していた。誰を選んでもキスの流れだというのは、恐らく的を射た発言だったのだろうと私も思う。だって、ここで指名されればタカトシさんとキスする事が出来る絶好の機会、まだキスをしたことが無い天草さん、カナ会長、そして萩村さんにとっては願ってもないチャンスなのだから。

 

「さぁ、タカトシ様は何番の人とキスがしたいですか?」

 

「キスする事を前提に会話をしないでくれません?」

 

「でもタカ君。あのカエデっちですら息を荒げているんですよ? どう考えてもタカ君の唇を狙っているメスにしか見えませんよ?」

 

「その表現にはツッコミを入れたいですけど、確かに息は荒いですね……」

 

 

 一度キスした事があるはずの五十嵐さんですらああなのだから、一度もしたことが無い天草さんや萩村さんの目が血走っているのは仕方がない事なのかもしれませんね……それにしたって、タカトシさんの唇を凝視しているのはちょっと――いえ、かなり怖いですね。

 

「ちなみにですが、キスは禁止にしたら――いえ、何でもないです……」

 

 

 タカトシさんが珍しく引き下がりましたが、それも仕方がないでしょうね。私を含め全員がタカトシさんに鋭い視線を投げ掛けたわけですし……

 

「さぁタカトシ! キスの相手を指名しろ!」

 

「その表現止めて!」

 

 

 天草さんのストレートな表現にツッコミを入れたタカトシさんは、一つため息を吐いてから考え込みました。恐らくは一番ダメージが少なく済む相手を希望しているのかもしれませんね。

 

「それじゃあ――」

 

 

 タカトシさんが指名した番号が自分ではないかと、全員がくじを睨みつけたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかサクラさんまでキス希望とは思ってなかったので、俺は誰を指名しても一回はキスしなければいけないんだと諦め、それだったらあまり暴走しない相手が良いなと考え込んで、本当に嫌々番号を指名した。

 

「それじゃあ、五番で」

 

 

 もしシノ会長やアリア先輩、出島さんがこの番号だったら大変な目に遭うだろうし、カナ義姉さんだったら後々家で会うのが気まずくなるのではないかと考えながら、俺は誰が手を挙げるかを大人しく待った。

 

「くっ、何故私は四番なんだ!」

 

「残念です、タカトシ様にあんなことやこんなことを命じるつもりだったのに……」

 

「あらら、外れちゃったわね」

 

 

 この三人じゃなかったのは、俺にとっては非常にありがたい。特に出島さん、アンタ俺に何をやらせるつもりだったんだよ……

 

「それで、五番は誰なんですか?」

 

 

 もういい加減諦めている俺は、未だ名乗り出ない五番のくじを持った人に問いかける。残っているのはカナ義姉さん、スズ、カエデさん、サクラさんの四人だ。カナ義姉さん以外の三人なら、それほど気まずさは無いかな……特にカエデさんとサクラさんは、キスしたことあるし……

 

「私です」

 

「ほんとサクラっちはくじ運が良いですね」

 

「じゃんけんは弱いですけど」

 

「それじゃあサクラさん、命令をお願いします」

 

 

 こんな物騒なゲームは金輪際参加しないと決意しながらも、今回は仕方ないと俺はサクラさんの命令を待つ。

 

「タカトシさんから私に抱きついてもらえますか?」

 

「はっ? まぁ、そのくらいなら別に」

 

 

 キスをねだられると思っていたが、まさかそんな事で良いなんてな……俺は特に気にすることなく腕を広げて待っているサクラさんに抱きつく。

 

「本当にこんなことで良いんですか?」

 

「はい。すごく幸せです」

 

「まぁ、穏便に済んで俺的にも嬉しいですけど」

 

 

 これだけの人前でキスするのはさすがに俺も恥ずかしいし……まぁ、これ以上の人前でキスした事はあるが……

 

「さぁ! 次だ次!」

 

「まだやるんですか?」

 

「当たり前だろ! まだ全然やってないからな!」

 

 

 なんか他の人の視線が鋭い気がするが、何かあったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後、タカトシが奴隷のくじを引くことは無かったけど、私が指名した番号がタカトシだった事は数回あった。だが、タカトシが「そういった命令」をすることは無く、特に盛り上がりも無く最後の一回を迎えたのだった。

 

「最後だから、誰が奴隷を引いてもキスという事で」

 

「男女比を考えてくださいよ」

 

「女の子同士かもって思うとドキドキね」

 

「お嬢様と熱いキスを……」

 

 

 一人既に鼻血が噴き出そうになってるけど、キス縛りは仕方ないかもしれないわね……だって、本当に盛り上がらなかったんだもの。

 

「全員引いたな? では、誰が奴隷だ」

 

「私です……」

 

「最後の最後でサクラっちですね」

 

「ここまでくじ運良かったのに、最後に女の子とキスするかもしれないなんて災難ね~」

 

 

 失念しているかもしれないが、キスの相手がタカトシの可能性だって七分の一であるのだ。確率的には低いが、サクラさんならその番号を引き当てるかもしれないと思わせるから性質が悪い……これが会長とかなら安心してみてられるのに……

 

「それでサクラっち、何番を指名しますか?」

 

「……それじゃあ、一番で」

 

 

 全員が瞬時に自分の番号を確認する。良かった、私ではないわね。

 

「誰が一番ですか?」

 

「俺です……」

 

「やっぱりくじ運が良かったのね……」

 

「誰だ、最後はキスにしようって言ったの……」

 

「シノっちですよ……」

 

 

 こうして、結局私たちはタカトシとサクラさんのキスを見なければいけなくなったのだった……何でサクラさんばっかり美味しい思いを……




くじ運は仕方ない……


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コトミを驚かせ

しゃっくりはキツイですよね……


 朝からしゃっくりが止まらず、私はマキとトッキーにどうにかしてほしいとお願いしたけど、結局しゃっくりは止まらなかった。

 

「――というわけで、私をビックリさせてください」

 

「いきなり生徒会室に来て驚かせとは……暇じゃないんだが?」

 

「まぁまぁ、タカトシ。こんな面白そう――じゃなかった。困ってる生徒を助けるのも生徒会役員の役目だ。私たちでコトミのしゃっくりを止めてやろうではないか」

 

 

 つい本音が零れた会長ではあったけど、スズ先輩やアリア先輩も味方につけてタカ兄を納得させた。

 

「いきなり驚かせろと言われても……」

 

「地球って球体ではなく楕円形らしいぞ」

 

「えぇ!?」

 

 

 じゃあ、地球儀って間違った形だったんだ……

 

「涙の原料って血よ」

 

「えぇっ!?」

 

 

 それじゃあ、出血してるのとあまり変わらないだ……

 

「実は私、タカトシ君の子供を身籠ってるの」

 

「な、なんだってー!?」

 

 

 いつの間にアリア先輩と合体したの、タカ兄……

 

「……来月からコトミの小遣い三割減」

 

「それは困るよ!? ……あれ? しゃっくりが止まった」

 

 

 タカ兄の冗談で驚き過ぎたのか、いつの間にかしゃっくりが止まっていた。

 

「いや~、助かりました」

 

「ちなみに、冗談じゃないからな?」

 

「えぇ!? 三割も減らされたら生活できないよ!」

 

「ゲームとか買わなければいいだろ。そもそも、お前は買い過ぎなんだよ」

 

「そんなこと無いと思うけど」

 

 

 タカ兄はゲームとかあまりしないから分からないんだろうけど、私くらいじゃ買い過ぎとは言わないんだよね。まぁ、何とかして三割減は無くしてもらわないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミのしゃっくり騒動が収まり、私たちはとりあえず授業の為に教室に戻る事にした。

 

「次の体育は水泳だね」

 

「体操着に着替えるか」

 

「見学ですか?」

 

 

 タカトシが相槌を打ってきたが、別に気にする事ではないので普通に答える事にした。

 

「着衣水泳をするそうだ」

 

「なるほど、事故の際に落ち着いて行動出来るようにですか」

 

「夏場は水の事故が多いからって理由らしいね。確かに、去年はカエデちゃんやサクラちゃんが溺れて、タカトシ君に抱きついたりしてたもんね」

 

 

 あれは羨ましかったな……って、タカトシの視線が怖いから口には出さないでおこう。

 

「とりあえず、気を付けてくださいね」

 

「恐らく二年生もやるとは思うがな」

 

 

 タカトシたちと別れ、私とアリアは体操着に着替えてプールに向かう。せっかくプールの授業だというのに、泳げないのはなんだかもったいない気がするな……

 

「天草会長、七条さんも何を考えているんですか?」

 

「五十嵐か。いやなに、溺れたらタカトシが助けてくれるのに、とかは考えてないぞ」

 

「考えてたんですね……」

 

 

 前の奴隷ゲームでも結局タカトシとキス出来なかったし、いっそのことタカトシと遊びに行ったときに溺れたフリをして人工呼吸してもらうってのもありかもしれんな……

 

「次、シノちゃんだよ」

 

「あぁ……」

 

 

 先に着衣水泳を済ませたアリアに声を掛けられ、思わず私は言葉を失った……

 

「(濡れた衣服は身体のラインを強調させてエロいんだな……)」

 

 

 私が同じように濡れても、あそこまでエロくはならないだろうな……やぱりアリアのスタイルは凄い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室から戻って来てからというものの、コトミのテンションがダダ下がっているように感じる。何かあったのだろうか?

 

「コトミ、しゃっくりは止まったの?」

 

「うん……」

 

「何かあったのか?」

 

 

 私同様コトミのテンションが低いのを感じていたトッキーが質問する。

 

「タカ兄にお小遣い三割カットって言われちゃった……」

 

「まぁ、今まで無駄遣いし過ぎてたんだし、これを機会に無駄遣いを止めれば良いじゃない」

 

「来月も気になる新作がいっぱいあるんだよ!」

 

「なら、コトミもバイトすればいいじゃん。津田先輩ならそれぐらい許可してくれるんじゃない?」

 

「バイトなんてしたら、ますます成績が下がるじゃん!」

 

「それは胸を張っていう事ではないんじゃないか?」

 

 

 トッキーのツッコミに私も頷いて同意する。そもそも津田先輩はバイトもしつつ、しかもコトミたちの相手をしながらも成績上位なのだから、必ずしもバイトをすると成績が下がるわけではないと思うのだけど……

 

「何とかしてタカ兄にお小遣いカットを思い止まってもらえないかな……」

 

「現実を受け入れる方が楽だと思うが?」

 

「そんな現実受け入れられるわけがないじゃん! そもそも、トッキーだってお小遣い減らされたら困るでしょ?」

 

「私は別に……てか、関係ないだろ?」

 

「だって、二人と遊びに行くとき、お小遣いが減った私が二人に集る可能性が――」

 

「だからバイトするか無駄遣いを止めろって言ってんだよ!」

 

「働きたくない」

 

「ダメ人間だな……」

 

 

 コトミの発言にトッキーが盛大にため息を吐いた。確かにコトミはダメ人間だし、津田先輩が匙を投げたらとっくの昔にもっと駄目になってただろうな……

 

「とりあえず、帰ってタカ兄を説得してみるよ」

 

「減らされても助けねぇからな」

 

 

 トッキーの言葉にコトミは何かを言い返そうとしたが、結局そのまま何も言わずに帰っていった。てか、何をしてお小遣いを減らされそうになってるのかしら……




まさにダメ人間……


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試験後の打ち上げ

寄り道禁止はよくあるのか?


 定期試験も無事終わり、我々生徒会役員も一息つくことにした。

 

「そういえばタカトシ、コトミの奴は大丈夫だったのか?」

 

「えっ? あぁ、なんとかなったとか言ってましたよ」

 

「てか、アンタが時さんと一緒に面倒見てあげたからでしょ?」

 

「最後までは教えてないけどな」

 

 

 前日までコトミの相手をしなかったタカトシだが、最終的にトッキーと一緒に泣きつかれて勉強を見てやったらしい。それでいて自分は全く問題ないような雰囲気を出している辺り、私の跡を継ぐと噂されているだけはあるな。

 

「せっかくだしどこかに寄っていきましょうよ」

 

「待てアリア! 寄り道は校則違反だ! 我々が率先して校則を破るわけにはいかない」

 

「そうですね」

 

 

 タカトシが頷いたのを受けて私たちは――

 

「では、これより遊びに行くぞ!」

 

「一回帰って着替える手間は必要だったんですかね……」

 

 

――着替えて再び集まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんの提案で、まず私たちはカナちゃんのバイト先であるファストフード店を訪れた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「カナ、今日はバイトだったのか」

 

「YES! 見たところ皆さんは女子会ですか?」

 

「俺は男ですが」

 

「しまった! タカ君に女装させて男の娘にする計画が……」

 

「この前も聞きましたが、そんな恐ろしい事を考えないでくださいよ……」

 

 

 確かにタカトシ君とコトミちゃんは顔が似てるし、タカトシ君が女の子の格好しても似合うかもしれないわね。

 

「タカコちゃんにするの?」

 

「アリア先輩もおかしなことを言わないでください」

 

 

 タカトシ君に睨まれて、私は思わず見悶えてしまった……だって、タカトシ君に蔑まれると興奮しちゃうんだもん……

 

「ところで、アリア先輩ってジャンクフード食べるんですね」

 

「こんなに美味しいのにジャンクだなんて、おかしくないかな?」

 

「まぁ、世の中にはジャンク扱いされて喜ぶ人間もいるからな」

 

「なるほどね」

 

「それで納得するのはおかしい……」

 

 

 シノちゃんと二人纏めてタカトシ君に蔑みの視線を向けられた。それにしても、タカトシ君にゴミ扱いされたら興奮するかな……それともショックを受けるかな……

 

「この後どうします?」

 

「タカトシは予定ないの?」

 

「コトミも遊びに行ったからな。夕飯の買い出しは済ませてあるから、特に予定はないぞ」

 

「相変わらずの主夫発言……アンタ結婚する必要なさそうよね」

 

「まぁ、一緒にいて苦にならないなら結婚してもいいかなとは思うけどね」

 

 

 なんかすでに落ち着いてるわよね、タカトシ君って……

 

「たまにはカラオケでも行くか」

 

「カラオケですか」

 

「私は構いませんよ」

 

 

 タカトシ君もスズちゃんも歌上手だもんね……

 

「アリアは乗り気じゃないようだな?」

 

「そんな事ないけど、このメンバーだと私が一番下手だからさ」

 

「アリア先輩も上手だと思いますが」

 

「そう? ありがとう」

 

 

 タカトシ君に上手だって言われて気分が良くなったので、私もカラオケに賛成したのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と久しぶりにカラオケにやってきたが、相変わらず先輩たちやスズは歌が上手いな……

 

「カエデさんがスカウトしたくなる気持ちは分からなくもないな……」

 

「次、タカトシの番よ」

 

「あぁ……ん?」

 

 

 考え事をしていたら、いつの間にか俺の番になっていた。てか、俺の歌なんて聞いても楽しくないと思うんだけどな……

 

「タカトシ君、良かったらデュエットしない?」

 

「アリア先輩とですか? 構いませんが……」

 

 

 何故か背後でスズとシノ先輩が頬を膨らませてるんだが、何があったんだよ……

 

「そういえばスズ、何でそんなに汗だくなんだ?」

 

「必死に歌ってたからね~」

 

「汗だくの萩村か……売れるな」

 

「売るな!」

 

 

 何だか最近会長たちの我慢が解かれたような気もしないでもないが……まぁ、以前と比べればだいぶマシになってるからな……これくらいで手を挙げるのは止めておこう。

 

「タカトシ、アリアの後は私とデュエットだ!」

 

「シノ会長も? まぁ別に構いませんが……」

 

「私も!」

 

「スズもか? 先輩たちでデュエットすればいいのでは?」

 

「アンタとじゃなきゃ意味が無いのよ!」

 

「お、おぅ……すまん」

 

 

 何で怒られたのか分からないが、スズだけ除け者にするわけにもいかないしな……てか、俺は三曲続けて歌わなければいけないのか?

 

「それじゃあタカトシ君、どの曲が良い?」

 

「先輩が歌いたい曲で構いませんよ。たぶん歌えると思いますので」

 

 

 最近の曲はあまり知らないけど、聞いたことあるだろうし歌えるだろう。

 

「(そういえば最近、スズやシノ先輩のアピールが露骨になりつつあるんだよな……何が原因だ?)」

 

 

 二人のアピールが露骨になってきた時の事を想い返し、何が原因かを探ってみる。

 

「(あれか? 奴隷ゲームの時以降か?)」

 

 

 シノ会長の発案で最後の罰ゲームがキスになり、結局俺とサクラさんがキスしたんだよな……それ以降シノ会長とスズの視線が鋭くなったり、急に情緒不安定になったりして……

 

「(別に俺から発案した訳でも、サクラさんが発案した訳じゃないんだから、俺たちに不満をぶつけるのは間違ってる気もするんだがな……)」

 

 

 そんなことを考えながら、俺はデュエット曲を三曲続けて歌ったのだった。




タカトシ男の娘計画、失敗……


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エアコンに頼らないためには

相変わらずのスケール……


 結局今回のテストも、コトミの兄貴に助けてもらってしまった……少しでも兄貴の負担を減らそうとコトミと頑張っては見たものの、マイナス同士では掛け算出ない限りプラスには変わらなかったのだ。

 

「これで無事に夏休みを迎えられるね~」

 

「お前は良いよな、血縁だから」

 

「そんなこと無いよ。あの後散々怒られたんだから」

 

「まぁ、コトミもトッキーも頑張ってたけどね……勉強する範囲を間違えてたけど」

 

 

 マキの言う通り、前日までテスト範囲を間違えて勉強していたのだ……その事を兄貴に言った時の顔は、恐らく生涯忘れないだろう。

 

「マキは相変わらず上位に名前があったね」

 

「今回はギリギリだったけどね」

 

 

 上位五十人、そのうちの四十八番目にマキの名前があった。当然の如く、私とコトミの名前は無い。

 

「とりあえず、タカ兄にお礼を言いに行こうか」

 

「そうだな」

 

 

 テストが終わった時に一度お礼は言っているが、こうして無事に補習を免れたのだから、改めてお礼を言いに行くのも必要だろう。もし兄貴に見捨てられていたら、私たちは夏休みの半分を補習で費やす事になっていたのだろうから……

 

「マキも来る?」

 

「いや、私は良いわよ」

 

「何で? 最近タカ兄の周りは積極性が増した雌が大勢いるんだよ? うだうだしてると忘れられちゃうかもしれないよ?」

 

「うっ……」

 

 

 こいつ、人を煽るのだけはうまいよな……何故その才能を他に活かせないのかと思うがな……

 

「それじゃあ、マキも決心付いたみたいだし、生徒会室へGO!」

 

「何だ、そのノリは……」

 

 

 妙なテンションなコトミは兎も角として、私たちは兄貴にお礼を言う為に生徒会室へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回もタカトシと同点だったが、これはこれで良いものよね……タカトシと同じって……

 

「そういえばタカトシ、コトミとトッキーは補習を免れたらしいな」

 

「おかげさまで……まぁ、かなりギリギリだったみたいですがね」

 

 

 タカトシがテスト後に採点した結果、時さんは兎も角コトミは補習ラインすれすれだったのだ。だが何とか免れたようで、タカトシは自分の結果でもないのに漸く一息つけたのだった。

 

「おっ邪魔しまーす!」

 

「おぉ! 噂をすればコトミではないか」

 

「へっ? 私の噂をしてたんですか?」

 

「お前の成績の話をな」

 

 

 こめかみをひくつかせながら告げるタカトシに、コトミが一歩引いた。まぁ、あの威圧感は私だったら耐えられないでしょうね……

 

「それで、トッキーや八月一日までどうしたんだ?」

 

「いえ……兄貴に改めてお礼をと思いまして」

 

「あぁ、気にしなくていいよ。時さんはちゃんと結果を出してくれたから」

 

 

 時さんの点数は、平均には届かなかったがコトミ程酷くない。だからタカトシも穏やかに接しているのだろうな。

 

「まぁまぁタカ兄。この借りは何時かどこかで返すから」

 

「お前が少しでもマシになってくれれば、あの苦労も報われるんだがな……」

 

 

 盛大にため息を吐いたタカトシに対して、コトミは親指を立てて会心の笑顔を浮かべている。この兄妹、何でここまで似てないのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏本番という事で、我々生徒会メンバーで夏休みの予定を立てる事にした。ちなみに、コトミたちは既に帰ったがな。

 

「夏という事で、どうしてもエアコンに頼ってしまうだろうが、ここはエコ精神を発揮してなるべくエアコンに頼らない生活を送ってみようではないか」

 

「ですが、あまり我慢すると熱中症になってしまいますよ? 頼り過ぎも困りますが、我慢した結果が救急搬送では笑えません」

 

「確かにそうだな……」

 

 

 私も現代っ子だし、どうしてもエアコンに頼りがちになってしまっているからな……だがタカトシの言う通り我慢して救急車のお世話になるのはどうかと思うし……

 

「あっ、それだったらウチで所有している無人島で過ごすのはどう?」

 

「スケールデカいな……」

 

「シノ会長、アリア先輩にとっては今更な気もしますが……」

 

「それもそうか」

 

 

 温泉を掘り当てたり、プライベートビーチで年越ししたりと、アリアのスケールのデカさは今更だな!

 

「しかし、我々だけでその島に行って問題ないのか?」

 

「大丈夫。出島さんに案内してもらうから」

 

「あの人ですか……」

 

「大丈夫なんですか……」

 

「もぅ! タカトシ君もスズちゃんも心配し過ぎだって。出島さんはふざけなければ完璧なメイドなんだから」

 

「その『おふざけ』が問題なんですよ……」

 

 

 タカトシが心底嫌そうな顔をしているが、私はあの人の事好きなんだがな。

 

「それで、メンバーはどうする?」

 

「私たちだけじゃつまらないし、コトミちゃんやカナちゃんたちも呼んでみましょうか」

 

「あまり長期間じゃなければ、バイトも休めますしね」

 

「よし、それじゃあカナたちの予定を聞いて計画を立てるとするか!」

 

「エコ精神云々からだいぶかけ離れたような……」

 

「スズ、気にしたら負けだよ……」

 

「そうね……」

 

 

 何故かタカトシと萩村は疲れ切った表情をしているが、若いのに体力がないのか? こうなったらエコ精神と同時に二人の体力も鍛えてやるとするか!

 

「では、今日はこれにて解散! 詳細は後日メールするからな」

 

「「分かりました……」」

 

 

 いやー楽しみだな、サバイバル!




何故かサバイバルの計画に変わってる……


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釣りの裏技

正論は数の暴力で押しつぶされる……


 アリアっちに誘われて、二泊三日の無人島ツアーに参加する事になった。運よくシフトを抜けることが出来たので、私もサクラっちも、そしてタカ君も参加することが出来たのだ。

 

「本日は七条家所有、無人島二泊三日ツアーにご参加いただき、誠にありがとうございます。今回のツアーガイドを務めます、メイドの出島サヤカです。よろしくお願いします」

 

「出島さーん」

 

「あぁ、お嬢様!」

 

 

 相変わらずアリアっちにメロメロな出島さんの挨拶が終わり、私たちはまず拠点を決める事にした。

 

「シノっち、どの辺りを生活拠点にするか考えていますか?」

 

「あまり遠くにしない方が良いだろう。いっそのこと、この辺りを拠点として、食材を探した方が良いと思う」

 

「なるほど」

 

「ところで、この辺りには野獣とかいないですよね?」

 

 

 心配そうに確認するサクラっちを見て、思わず笑いそうになりましたが、確かに重要な事なので出島さんに確認する事にしました。

 

「いますよ」

 

「えぇ!?」

 

「といっても、女に飢えた野獣――すなわち、私です!」

 

「寝る時この人は縛っておいた方が良いですね」

 

「やったー!」

 

「……あれ?」

 

 

 タカ君が縛る発言をすると、出島さんの反応はあからさまに喜んでいたので、シノっちが首を傾げました。

 

「そういえば、このテントって何人で使うんですか?」

 

「この大きさなら、三人で余裕ですね」

 

「つまり、タカ君を真ん中に二人が至福の時間を過ごせる、という事ですか」

 

「ん? 何で俺が真ん中なんですか?」

 

 

 私の発言に疑問を抱いたタカ君だったが、他のメンバーは誰一人疑問を抱かなかったようだ。つまり、理解出来なかったのはタカ君だけ、という事ですね。

 

「ここは公平にくじと行きたいところですが、コトミちゃんと私がタカ君と同じテントでどうでしょう?」

 

「おいカナ! 抜け駆けは感心しないぞ」

 

「ですが、コトミちゃんは実妹、私は義姉ですからね。義姉弟妹仲良く過ごすのが一番健全だと思いますが」

 

「一般論で言えばそうだが、お前たちは不健全だから却下だ」

 

「てか、俺とコトミで一つ使って、残りを六人で使えば良いじゃないですか」

 

 

 タカ君が気づいてしまったが、私たちは八人でテントは一つ三人まで。つまり三つ必要なのだ。タカ君とコトミちゃんで使えば、確かに問題なく済むだろう。

 

「こんな事もあろうかと、四人用のテントもご用意しております」

 

「じゃあ、タカトシ君と一緒に寝られるのは三人だね」

 

「何でそうしたいんですか……」

 

 

 タカ君は不満そうだったけど、結局四人用テントを二つ使う事に決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰がどのテントを使うのかは、一旦置いておき、我々は食材を求めて川にやってきた。

 

「上手く釣れないな……あっちの二人は大漁だというのに……」

 

「コトミちゃんもすごいけど、タカトシって何でも出来るんですね……」

 

「あの兄妹は意外と凄いですからね……」

 

 

 我々の釣果は芳しくないのに対して、津田兄妹の釣果は凄い事になっている。あれだけあれば今日一日食うに困らないだろうが、このままゼロで終わるのはなんだか悔しい……

 

「コトミよ。何かコツでもあるのか?」

 

「コツですか? 川から少し離れたところから竿を投げ入れてみてください」

 

「こう、か?」

 

 

 少し離れたところから投げ入れて数秒、カナの竿に当たりが来た。

 

「おぉ! 釣れました」

 

「魚は岸辺にいる事が多いので、人の気配を感じると出てこないんです。だから少し離れたところから竿を投げ入れれば、後は運次第というわけです」

 

「そうだったのか」

 

 

 コトミから教わった通り、確かに離れたところから投げ入れたら魚が釣れた。

 

「コトミ、ここは任せる」

 

「いいけど、タカ兄は?」

 

「食べられそうな野草が無いか探してくる」

 

「分かったー」

 

 

 タカトシは釣りを切り上げて林へと入っていく。同行者は誰もいなかったが、ここはあえて追いかけるよりも大人しくした方が好感度が上がるだろう。なぜなら、野草の知識など誰も持ち合わせていないからだ……

 

「ところで、森とアリア、出島さんは何処に行った?」

 

「その三人なら、火おこしを担当してるみたいですよ」

 

「火おこし? そんなに大変なのか?」

 

「マッチもライターも使えませんからね。出島さんとアリアっちが火おこし担当で、サクラっちはその監視みたいですけど」

 

「遊びながらだと危ないですからね」

 

「ところで、テントはどうやって決めるんですか?」

 

 

 カナが思い出したように尋ねてきたせいで、私たちの竿を握る手が少し震えてしまった。

 

「そんなに動かしたら釣れませんよ?」

 

「分かってるが、ちょっと動揺してしまったんだ……」

 

「タカ兄の安全を守るのならば、もう一つテントを建ててそこはタカ兄一人にするんですが、それじゃあ納得しませんしね」

 

「当然だ! せっかくのチャンスをみすみす手放すわけがないだろ!」

 

 

 ここ最近私はタカトシとの絡みが少ないし、森は三回目のキスをしたしで、私の心中は穏やかではないのだ。

 

「公平にくじ引きでもしますか? 砂浜にあみだくじを用意して」

 

「ですが、くじだとサクラっちが有利ですし」

 

「まぁ、森が確定でも後二人いるわけだしな。あみだでも構わないぞ」

 

 

 出来る事なら、私と誰か一人が当たればいいがな。狙って引くとろくな結果にならないから、選ぶときは無心でいよう……




大漁な津田兄妹……


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無人島探検

珍しい組み合わせだ……


 釣ってきた魚を調理しながら、私たちはテントの組み分けをすることにした。

 

「倫理的に考えれば、タカトシが端っこでその隣がコトミ、後二人で問題解決なんだが――」

 

「ん? シノ会長、私の顔になにかついてます?」

 

「コイツが信用出来ないからな。公平にくじ引きで決める事にしよう。ただし、タカトシは一番最後に引くこと」

 

「はぁ……」

 

 

 タカトシが先に決まっていると、ほぼ百パーセントの確率で森が同じテントになってしまうからな。

 

「それでは年功序列で、まずは出島さんから」

 

「私は一のテントですね」

 

「次は私か……二、だな」

 

「次は私ですね……二です」

 

「私は一だったよ~」

 

「お嬢様と同じテント! これは夜が長そうですね!」

 

 

 一人興奮しておかしな反応を見せている出島さんを無視して、私は頭の中で計算を始める。

 

「(残り四人で、私とタカトシが私と同じテントになる確率は二分の一。これはかなり高い確率でタカトシと同じテントになれるという事! 次は萩村だし、ここで一が出ればほぼ確実に私はタカトシと同じテントという事になるな)」

 

 

 萩村が引くのをじっと見つめる。何故見つめられているのか分からないのか、萩村は引き辛そうしていたが、ゆっくりとくじを引いた。

 

「あっ、一です」

 

「よし、次は森の番だな」

 

 

 ここで一が出れば、必然的にコトミとタカトシが二のテントとなる。つまり、私はタカトシと同じテントという事になるのだ。もし森が二を引けば、引き続き二分の一の確率でタカトシと同じテントかそうじゃないかという事になるが、出来る事なら森には一を引いてもらいたい。

 

「二です」

 

「それじゃあ次は私ですね~。そりゃ!」

 

 

 勢いよくコトミがくじを引き、その数字が露わになった。

 

「ありゃ、一ですか。ということは、タカ兄は二のテントだね」

 

「つまり、一のテントは出島さん、アリア先輩、萩村、コトミの四人で、二のテントはシノ会長、カナ義姉さん、サクラさん、俺の四人という事か」

 

「ちょっとまって、ツッコミが追い付かないんですけど」

 

「まぁ、ボケ五、ツッコミ三の割合ですからね……」

 

 

 森が同情的な視線を萩村に向ける。私には良く分からないが、ツッコミは大変らしいからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食を済ませて、私たちは島を探検する事にしました。グループ分けは、使用するテントで決めようとしましたが、萩村さんが駄々をこねたので、もう一度くじ引きで決める事にしました。

 

「それじゃあ、せっかくだし二人ずつにするか」

 

「シノっちがそれでいいなら構いませんよ」

 

 

 タカ君と二人きりで島を探検できるとは、ありがたい事ですが、こういう時大抵サクラっちがタカ君とペアになるんですよね……たまには他の人が――出来れば私がタカ君とペアになりたいです。

 

「それでは発表します。まず第一組は、お嬢様とコトミさん」

 

「よろしくねー」

 

「次に第二組、萩村さんと魚見さん」

 

「スズポンですか」

 

 

 まぁ、脅かせば面白そうな相手ですから、不満ではありません。ですが、まだタカ君とサクラっちが残っているのが気になります。

 

「第三組は、タカトシ様と私」

 

「という事は、第四組は私と森か」

 

「珍しい組み合わせになりましたね」

 

 

 確かに、タカ君と出島さんという組み合わせは、ありそうでなかったような気がします……というか、初めてではないでしょうか。

 

「それでは、五分おきに出発する形で。これがこの島の地図とコンパスになります」

 

「携帯の電波は通じてるから、迷子になったら出島さんに電話してね~。すぐに迎えに来てくれるから」

 

「その代わり、皆さんの困った顔を写真に収め、畑様に桜才新聞に掲載していただくことになりますので」

 

「何処でそんなことが決まってたんですか……」

 

 

 タカ君が呆れながらツッコミを入れたけど、迷子になるような感じはありませんし、普通に探検して終わりそうですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員迷子になることなくスタート位置に戻ってこれたので、出島さんは少しつまらなそうな表情を浮かべていたが、時よりタカトシ君の方を見て顔を赤くしているのを見ると、何かあったんじゃないだろうかと勘ぐってしまう。

 

「出島さん、タカトシ君と何かあったの?」

 

「いえ……ちょっと足を挫いてしまいまして、タカトシ様に肩をお貸頂いたのです」

 

「つまり、探検中ずっとタカトシ君と密着してたって事?」

 

「そんな甘い雰囲気ではありませんでしたが、タカトシ様の逞しい身体に触れていたのを思い出すと、思わず興奮してしまいます」

 

 

 鼻息を荒くする出島さんを、タカトシ君は呆れながら眺めている。それにしても、出島さんが足を挫くなんて珍しい事もあるものね……

 

「もしかして出島さん、わざと足を挫いたんじゃない?」

 

「そ、そんなことありませんよ! 不詳出島サヤカ、普段ならともかくこの島でそんなことは致しません! お嬢様の身の安全を第一に考えれば、怪我などしてる場合ではありませんから!」

 

「そうね……疑っちゃってゴメンなさいね」

 

「いえ、お嬢様に疑いの眼差しを向けられ、思わず興奮してしまいました」

 

「あらあら」

 

 

 やっぱり出島さんは私の事を大事に思ってくれてるのね。それなのに疑っちゃって、本当に申し訳ない事をしちゃったわね。




コトミに信頼ってあるんですかね……


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無人島での調理

かなりサバイバル……


 使うテントが決定したので、私たちは夕食の準備を始める事にした。さすがに自力で手に入れた食材だけでは生活できないということで、予め用意していたカレーの具材を運び調理をする。

 

「シノっち、嬉しそうですね」

 

「そうか? そういうカナだってにやけてるじゃないか」

 

「タカ君と同じテントで一夜を明かせるなんて、絶好のチャンスですからね」

 

「そうだな! 欲を言えば、森は別のテントが良かったんだが」

 

 

 アイツは既に三回もタカトシとキスをしているし、タカトシの方もあからさまではないにしてもアイツの事を意識してる様子だしな……

 

「二人とも、口じゃなくて手を動かしてください」

 

「あ、あぁ……すまない」

 

「ゴメンね、タカ君」

 

「何を話していたのかはあえて聞きませんし気にしませんが、作業をサボるのは見逃せませんので」

 

 

 さすが主夫、料理中に無駄話をしているのが見逃せなかったというわけか。

 

「ところで、出島さんは何処に行ったんだ? あの人がいればだいぶ楽だと思うんだが」

 

「そういえば見当たりませんね」

 

「あぁ。出島さんなら焚き木を探しに行きましたよ」

 

「焚き木? 昼に集めてきたじゃないか」

 

「なんか、別の用途に必要だとか言ってました」

 

 

 まぁ、この場はタカトシがいれば問題ないし、この島の事は出島さんも熟知しているだろうし、私が心配するような事ではないか。

 

「よし! 完成を急ぐぞ!」

 

「そうですね。アリアっちとサクラっちも頑張ってくれてますしね」

 

「ん? コトミは何処に行った?」

 

「あぁ、アイツなら……」

 

「タカ兄、重い……」

 

「川から水を運んでこさせてます。アイツを調理場に置くわけにはいきませんので」

 

 

 相変わらずの信用の無さだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川の水を煮沸して飲み水として確保する。タカトシに命じられて川から水を運んできたコトミちゃんから水を預かり、その番をするのが私の仕事だ。調理場に加われなかったのは、決して身長が足りないからとか、そういう理由ではない。

 

「一応調理用に水は持ってきてるはずなんですけどね」

 

「エコ精神を鍛えるための無人島生活だもの。水だって無駄遣い出来ないって事でしょ」

 

「だからって、か弱い妹に水を運ばせますかね」

 

「アンタ、調理場にいても戦力にならないんでしょ? 仕方ないじゃない」

 

「水が飲みたいです……」

 

「まだお湯よ?」

 

 

 煮沸は済んだが、まだ冷めていないので飲み水には適さないと思うのだが、コトミちゃんはあまり気にした様子もなく口に含んだ。

 

「熱っ!」

 

「だから言ったじゃないの……」

 

 

 人の話を聞かない子ね、相変わらず……

 

「さすがタカトシ様ですね。飲み水の確保は必要ですし、生水は危険ですからね」

 

「で、出島さん……どこから現れるんですか」

 

「何処からって、萩村さんの股の下からですが」

 

「そういう事聞いてるんじゃねぇよ!」

 

「あぁ! ロリっ子に罵倒されるこの快感……」

 

 

 タカトシ、何で私を調理場に呼んでくれないの! この二人相手なんて私には無理よ!

 

「さて、目当てのものも手に入りましたし、私もさっそく調理を始めますか」

 

「何をするんですか?」

 

「太い枝を熱で処理して、皮を剥いでねじりパンを作ります」

 

「おぉ! 手作りパンですか!」

 

 

 さすが、メイドとしては一流だとタカトシが褒めるだけはあるわね……それ以外は酷いものだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カレーが完成に近づくのと同じく、出島さんの方で作っているものも完成が近づいている様子で、カナ会長と天草さんが興味深げに出島さんが作業しているところに近づいていった。

 

「楽しそうですよね、あの二人」

 

「エコ精神を鍛える為だとか言っておきながら、いつの間にかサバイバルになってましたからね」

 

「本当に遭難しても、タカトシさんがいてくれれば心強いですけどね、私としては」

 

「期待されるのは嬉しいですが、このメンバーで遭難する可能性は無いと思いますよ」

 

「確かにそうですね」

 

 

 出島さんはまずいないでしょうし、このメンバーでこの島に遭難したとしても、すぐに脱出出来そうですしね。

 

「タカトシ君、ちょっと味見してくれないかなー?」

 

「味見ですか? 何か足したんですか?」

 

「コクが足りないなら、おやつに持ってきたチョコを足そうかと思って」

 

「そんな必要は無いと思いますが……うん、大丈夫です」

 

 

 七条さんから受け取った小皿を返し、タカトシさんは満足そうに頷いた。だが、七条さんの興味はタカトシさんの感想ではなく、タカトシさんが使った小皿にむいているようだった。

 

「何を考えているんですか?」

 

「な、何でもないよ!? タカトシ君が舐めた場所を舐めれば、間接ベロチューになるのかな、なんて考えてないからね!?」

 

「考えていたんですか……」

 

 

 あっさりと自爆した七条さんに、タカトシさんは呆れた視線を向け、小皿を回収して速攻で洗い始める。

 

「あぁ、もったいない……」

 

「くだらない事を考えてないで、ちゃんとカレーを見ててくださいね」

 

「くだらなくないと思うけど……いえ、何でもないです」

 

 

 反論しようとして、タカトシさんの視線に危機を感じ取った七条さんは、その後大人しくカレーの番をすることにしたようでした。

 

「まったく。油断も隙もあったもんじゃない」

 

「お疲れ様です」

 

「慣れている自分が嫌ですけどね……」

 

 

 タカトシさんの愚痴に、私は同情的な笑みを浮かべるしか出来なかったのでした。




ほんとツッコミは大変なんですよね……


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タカトシの隣を狙って

そういえば原作でもタカトシと森さんの距離が近づいてた気が……


 食事を済ませ、私たちは片づけを勧めている。タカトシに頼り過ぎるのもあれなので、今回はタカトシには休んでもらっている。

 

「スズ先輩、タカ兄のスプーンを持って何を考えてるんですかー?」

 

「別に何も考えていないわよ! てか、アンタだってタカトシのコップを睨みつけて何を考えてるのよ」

 

「間接キスしたいなーって」

 

「相変わらずぶっ飛んでるわね……」

 

 

 実の兄と間接キスしたいなんてかなりアブノーマルよね……

 

「こ、これがタカトシ様が使ったお皿……」

 

「出島さーん?」

 

「……はっ! 私は今何を……」

 

「出島さんが興奮するのも仕方ないと思いますけどね。私もタカ君の使ったお皿を舐めたいですし」

 

「会長も自重してください」

 

 

 ほんと、タカトシの周りには変態しかいないのね……まともなのは私と森さんの二人だけだし……

 

「そういえばシノ会長は何処に行ったんですか?」

 

「シノっちは珍しくくじ引きで当たりを引いたのでタカ君と一緒に休憩中です」

 

「シノちゃんが当たりを引くなんて珍しいわよね」

 

 

 確かに会長が当たりくじを引くなんて、今まであったかしら……まぁ、今回はタカトシと同じテントだし、会長にもツキがめぐってきたのかしらね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 向こうでみんなが片づけをしている中、私はタカトシと二人きりでのんびり過ごしている、

 

「何だか落ち着かないですね」

 

「な、何がだ?」

 

 

 もしかして私と二人きりが気に食わないというのだろうか……

 

「いえ、他の人に仕事させておいて俺がのんびりしてるってこの状況が落ち着かないんですよ」

 

「そ、そういう事か……」

 

「何をそんなに焦ってるんですか?」

 

「何でもないぞ! というか、お前は働き過ぎなんだから、少しくらい休んだらどうだ」

 

「そんなに働いてるつもりは無いんですが……」

 

「タイムスケジュールを書き出せば分かるはずだ。お前は人より働いてるって事が」

 

 

 少なくともコトミよりも働いているだろうし、私たちでって太刀打ち出来ないくらいの働きっぷりだろう……

 

「出島さんが淹れてくれたお茶でも飲んでまったりしたらどうだ?」

 

「はぁ……」

 

 

 落ち着かない雰囲気が凄いが、タカトシは視線を水平線に向けてお茶を飲んでのんびりしはじめた。

 

「お前、本当に年下か?」

 

「学年が下なんですし、留年もしてないので年下です。それでも納得出来ないなら、無人島から戻ってから保険証でも見せますよ」

 

「そこまでしなくてもいいが……やっぱり年齢より経験なのか」

 

「何の話ですか?」

 

「私やアリア、カナがお前より年上に見られないって事だ」

 

「どうなんでしょうね?」

 

 

 タカトシはあまり興味なさそうに相槌を打って、もう一度水平線に視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片づけを済ませ、私たちはそれぞれのテントに別れて寝ることにした。

 

「それで、どの位置で俺は寝ればいいんですか?」

 

「タカ君はお義姉ちゃんの隣で寝ればいいんですよ」

 

「待てカナ! ここは公平にじゃんけんだろ!」

 

「じゃんけんするのは良いですけど、どうやって決めるんですか?」

 

 

 タカ君の疑問に、シノっちは固まって小さく頷いた。

 

「勝った人間から場所を選んでいけばいいんだ! もちろん、タカトシは真ん中のどちらか以外選べないからな」

 

「何ですか、その決まり……」

 

 

 タカ君は嫌そうな顔をしてたけど、文句を言ったからと言ってシノっちが引き下がるわけがないと理解してるからか諦めて視線を逸らしました。

 

「それじゃあじゃんけんをするぞ!」

 

「シノっち、タカ君が真ん中のどちらかしか選べないという事は、最初に勝った人が真ん中のどちらかを選べば必然的にタカ君の寝る場所が決まるって事ですよね?」

 

「そうだな!」

 

「つまり、タカ君は一回負ければじゃんけんをする必要がないと?」

 

 

 首を傾げながらタカ君に視線を向けると、疲れた表情でタカ君は頷きました。

 

「会長のルールなら、そうなるでしょうね。もちろん、最初に勝った人が端っこを選べば二回目もじゃんけんする必要があるでしょうけども」

 

「大丈夫だよ。タカ君の隣で寝たくない人なんてここにはいないから」

 

 

 シノっちはもちろんのこと、私だってサクラっちだってタカ君の隣で寝られるチャンスを不意にするつもりは無いのだ。

 

「それじゃあ行くぞ! じゃんけんぽん!」

 

 

 シノっちの音頭で、私たちは一斉に手を突き出す。タカ君とサクラっちがチョキ、私とシノっちがパーだった。

 

「な、何故だ……」

 

「サクラっちが勝つなんて……」

 

 

 そのままサクラっちがタカ君に勝って、真ん中を選択。必然的にその隣がタカ君という事になった。

 

「カナ、真剣勝負だ!」

 

「シノっちとの仲とはいえ、こればかりは譲れません!」

 

 

 精神を集中させて、私とシノっちは何を出すかを考えながら、相手の考えを読もうと真剣な表情で睨み合う。

 

「なんかすごい気合いですね……」

 

「ちょっと身の危険を感じるのは気のせいですかね……」

 

 

 タカ君が身震いをするのを横目で、私とシノっちはじゃんけんする。

 

「これが私の実力だー!」

 

「くっ……今回はシノっちの勝ちですね……」

 

 

 普段ならシノっちが負けて絶叫するパターンなのですが、今回は私が負けてしまいました。シノっちがタカ君の隣の端を選び、私がサクラっちの隣の端で寝ることになりました。




津田さんだったのが津田君になってたし……


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夜中の来訪

人が増えても頼るのはタカトシ……


 思い返せば、タカトシが私の隣で寝ているなどという事が今まであっただろうか……恐らくあったかもしれないが、すぐに思い出せる中の記憶には無いな。

 

「(私のすぐ隣にタカトシが寝ている……これは長い夜になるかもしれないな)」

 

 

 最近は下ネタを自重しているが、根本的な所は変わっていない。そんな簡単に変われるなら苦労しないだろうし、ましてや相手はタカトシだぞ? 興奮しない方がどうかしているのではないだろうか。

 

「(まぁ、タカトシは隣が誰でも興奮しないだろうがな……)」

 

 

 時々枯れているのではないかと疑いたくなるくらい、タカトシは異性に興味を示さない。アリアやカナは女の私から見ても魅力的だし、あの胸で迫られたらすぐに陥落するだろうな。

 

「(そんなタカトシでも森の事は意識しているようだがな……まぁ、三回もキスした相手を意識しないのは、そっちの趣味を疑ってしまうがな)」

 

 

 タカトシが男色ではないかなど、死んでも口にすることは出来ない。そんなことを言えば、その時が私の命日になりかねないからな……

 

「(寝返りを打つふりしてタカトシの方を振り返っていいだろうか……あからさま過ぎないだろうか)」

 

 

 こういった展開になれていない私は、タカトシに背を向けて寝ている。もし振り返ってタカトシと目があったらどうしようとか、アイツもこっちに寝返りを打ってタイミングよく唇が接触してしまったらどうしようなど、いろいろと妄想している内に、そのまま深い眠りに落ちて行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣でシノ会長が悶々と何かを考えていたようだが、今は規則正しい寝息が聞こえてきている。いろいろと考え過ぎて疲れたんだろう……

 

「(てか、何で俺はこの位置で寝なきゃいけなかったんだろう……)」

 

 

 普通に考えれば、シノ会長の位置かカナさんの位置で寝るべきだろうが、相変わらず常識が通用しないんだよな、この人たちは……

 

「(ん?)」 

 

 

 テントの外に気配を感じ取り、敵意が無いのを確認する。どうやら外にいるのはスズのようだ。

 

「タカトシ、起きてる?」

 

「あぁ、起きてるけど」

 

「ちょっと出てきてくれない?」

 

 

 スズに呼び出され、俺は三人を起こさないようにゆっくりとテントから外に出る。

 

「どうかしたの?」

 

「私、もう我慢出来ないの!」

 

「なにが?」

 

 

 スズが何を我慢しているのか見当がつかなかったが、何やらもじもじとしているスズの姿を見て理解した。だが、何故男の俺を付き合わせるんだろうか……

 

「アリアさんや出島さんじゃ駄目だったの?」

 

「だって、絶対からかわれるし」

 

「コトミは?」

 

「鼾掻いて寝てるわよ」

 

「相変わらずだな……」

 

 

 どうやら本当にギリギリだったらしく、スズは駆け足でトイレに入っていく。月明りでそれほど暗くないんだから、一人で行けたんじゃないだろうか……

 

『タカトシ、そこにいる?』

 

「いるぞ。てか、置いて帰る程薄情ではないつもりなんだが?」

 

『そ、そうよね……でも、不安になっちゃうのよ』

 

「相変わらずだね、スズも」

 

『こればっかりは成長出来ないのよ……』

 

 

 怖いものが苦手、暗い場所が苦手、スズもやはり人間なんだな……まぁ、当然と言えば当然だけど。

 

「お待たせ」

 

「それじゃあ、早いところ戻るか。もしシノ会長かカナさんが起きて俺がいないことに気付いたら騒がしい事になるだろうし」

 

「私も。出島さんや七条先輩にからかわれちゃうし」

 

 

 スズと二人元来た道を駆け足で進み、それぞれのテントに戻った。運よく三人とも寝ているようで、俺は安堵の息を吐いて自分の位置に寝転んで休む事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏とはいえ海が近いこの位置では朝はそれなりに冷えるようで、私は目を覚ました。

 

「今何時なのでしょうか……」

 

 

 とりあえず日は出ているようですが、遮るものが何もない無人島ですので、日の出から時間を予測するのは困難である。

 

「確か、時計を持ってきてたはずですし、後で確認しましょう」

 

 

 とりあえず今は尿意をどうにかするのが先なので、私はテントからトイレまでダッシュで移動してスッキリする事にした。

 

「ふぅ、気分爽快ですね」

 

「トイレの前で何を言ってるんですか、貴女は……」

 

「おや、タカ君。おはようございます」

 

「おはようございます。それで、トイレの前で変な事を言っていた義姉さんは、こんな時間に目が覚めたんですね」

 

「こんな時間って、今何時ですか?」

 

「五時を少し回ったくらいです」

 

 

 タカ君が身に着けていた腕時計を私に見せながら答えるのを受けて、私はいつもより早く起きた自分に驚きました。

 

「普段ならもう少し寝ているはずなのに」

 

「まぁ、慣れない環境で眠りが浅かったのでは?」

 

「タカ君は関係なく早起きだもんね。ひょっとしてお義姉ちゃんの寝顔でスッキリしたのかな?」

 

「阿呆な事を言ってないで、朝食の準備を手伝ってください。どうせ他の人たちはまだ起きてこないでしょうし、軽く食材探しに行くつもりだったんですが」

 

「分かりました。タカ君と二人でこの島を隅々まで調べつくしましょう!」

 

「そこまで意気込まなくてもいいんですが」

 

 

 私のテンションは寝起きだからおかしいようで、タカ君は呆れた視線を私に向けてきました。まぁ、割と何時も通りなので、私もタカ君も特に気にせずに食材探しの旅に出たのでした。




夜一人でトイレにいけないなんて、萩村はこd……


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無人島最終日

タカトシがいないところでは相変わらずのメンバー……


 朝食を済ませ、我々は景色のいい場所で一休みする事になった。崖とまではいかないが、かなり高いところから下の水面を見ると引き込まれそうになるな……

 

「押さないでくださいよ?」

 

「そういわれると押したくなるんだよな……」

 

「絶対に押しちゃ駄目だけどね」

 

 

 アリアにやんわりと注意され、私は森の背中を押したい衝動に蓋をする。ここで森を突き落としたとしても、生死にかかわることにはならないだろうし、タカトシにこっ酷く怒られるだけだからな……

 

「そういえばタカトシは何処に行ったんだ?」

 

「タカ君なら、向こうで何かを探していましたよ? 出島さんも一緒だったのを考えると、食材探しかもしれませんね」

 

「あの二人しか野草に詳しくないからな……」

 

 

 我々素人が手伝ったところで邪魔でしかないだろうし、ここは大人しく景色を楽しむとするか。

 

「ちょっとお手洗いに行ってきます」

 

「そういわれるとお腹を押したくなるな」

 

「強制放尿だね」

 

「鬼畜っ!」

 

「冗談だ」

 

「さすがにそんなことしないよ~」

 

 

 萩村の腹を押しても面白くないしな……見た目相応というかなんというか……

 

「いま、『私の見た目ならお漏らしさせても面白くない』とか思っただろ」

 

「そ、そんなことないぞ!」

 

「スズ先輩おしっこですか? 連れションしましょう」

 

「コトミ、一応女の子なんだからそんなこと言わないの」

 

 

 萩村に注意されて、コトミは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「そうですね。女子高生にもなって今のは恥ずかしかったですね」

 

「分かってくれたのなら――」

 

「スカトロしてきます!」

 

「より悪いわ!」

 

 

 反省したのではなく、よりアダルトな表現に変えただけだった……てか、タカトシが聞いてたら怒られてたかもしれないぞ、コトミよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トイレの帰りに謎の洞窟を発見した私とスズ先輩は、他の人にその事を伝え探検を提案した。

 

「――というわけで調べてみましょうよ」

 

「確かに気になるが、危なくないか?」

 

「だからこそ探検し甲斐があるんじゃないですか!」

 

 

 何があるか分からない、だから調べる価値があると私は本気で思っている。

 

「別に危険はありませんよ。中は一本道で、奥には綺麗な地底湖があるだけですから」

 

「酷いネタバレを喰らったぞ!?」

 

「ちなみに、お嬢様は指一本しか入らないようですが」

 

「えっ、いつ見てたの?」

 

「何の話をしてるんですか、貴女は……」

 

 

 タカ兄が出島さんにツッコミを入れ、とりあえずおかしな流れは断ち切られた。

 

「まぁ、安全だと分かっているなら行ってみるかな。案内してくれ」

 

「わっかりましたー!」

 

 

 私が先頭を引き受け、洞窟までの道のりを進む。なんだかRPGの勇者の気分だ。

 

「さぁ、私についてきなさい!」

 

「何で嬉しそうなんだ?」

 

「どうせろくな事を考えてないでしょうし、気にするだけ無駄ですよ」

 

 

 タカ兄に酷い事を言われたが、何時もの事なのでこっちも気にしないで聞き流した。

 

「ここが最深部ですか~……ここって泳げますか?」

 

「危険はありませんが、水温が低いのでお勧めはしません」

 

「そうですか……じゃあ、入ってるところだけ写真に撮ってもらおう! タカ兄、カメラお願い」

 

「あぁ」

 

 

 スズ先輩がピースしている後ろで、私は入水して手を挙げる。だが、意外に深くて写真に写ったのは私の腕だけで、事情を知らないでこの写真を見たら、スズ先輩の後ろに何者かの腕が写っているようにしか見えない出来上がりになってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日家に帰るので、今日は持ってきた食材とタカトシさん、出島さんが採ってきた食材を使っての夕食作りとなりました。といっても、主に作っていたのはタカトシさんと出島さんの二人で、私たちは用意された物を網で焼いていくだけでしたが……

 

「あれ? どうかしましたか、萩村さん」

 

「お酒の匂いで気分が……」

 

「大丈夫ですか? お水持ってきましょうか?」

 

「大丈夫……自分で行けるわ」

 

 

 そういってふらふらになりながらも、萩村さんは水の所までたどり着き、そして思いっきり水をがぶ飲みしていました。

 

「スズの奴、どうかしたんですか?」

 

「出島さんが飲んでいるビールの匂いで酔っぱらったようです」

 

「あぁ、苦手な人はそうなるかもですしね」

 

「タカトシさんは平気そうですね」

 

「両親が飲んでたりしましたし、料理で使ったりもしますから」

 

「それで慣れているんですか?」

 

「飲みたいとは思いませんけどね」

 

 

 そういいながらタカトシさんは私の隣に腰を下ろしました。

 

「会長たちは花火をするようですが、サクラさんはいかないんですか?」

 

「あんまり騒がしいのは……それに花火にはいい思い出がありませんし」

 

「あぁ、七条家での一件ですか……あれは大変でしたね」

 

 

 タカトシさんも覚えているようで、私たちはそろってため息を吐きました。

 

「そういえば、今日も同じメンバーでテントを使うんですかね?」

 

「天草さんもカナ会長も何も言ってませんし、そうなのではありませんかね。萩村さんには悪いですが、もう一晩頑張ってもらいましょう」

 

「ツッコミ頑張れー、スズ」

 

 

 気持ちのこもっていない応援を、水飲み場の前で座っている萩村さんに告げて、タカトシさんははしゃいでいる先輩たちに視線を向けていました。

 

「楽しそうですね」

 

「ほんとですね」

 

 

 これ以降会話は無かったですが、私はそれで満足でした。こうして二泊三日無人島生活は終わっていくのかと思いましたが、これもこれでいい思い出ですね。




ツッコミ一、ボケ複数は体力的にも精神的にもキツイものが……


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残暑見舞い

残暑というより漸く初夏ですけどね……


 無人島から戻って来てからしばらくの間、スズ先輩の飼い犬であるボアを預かることになりました。

 

「タカ兄、スズ先輩からの信頼も半端ないね」

 

「誤魔化そうとしても無駄だ。お前はさっさと宿題を片付けろ」

 

「はい……」

 

 

 煽てて逃げ出そうとしたのがバレて、私は玄関から部屋に戻るために階段を昇ろうとして、来客に気が付いた。

 

「あっ、お義姉ちゃん!」

 

「こんにちは。残暑見舞いに来たよ」

 

「こんにちは」

 

 

 タカ兄はお義姉ちゃんに軽く挨拶をして、部屋の掃除に戻っていきました。

 

「タカ君は相変わらず主夫をしてるんですね」

 

「両親不在でコトミに任したら余計に散らかりますから」

 

「ここはお義姉ちゃんに任せて、タカ君はゆっくりして」

 

「義姉さんには家事ではなく、コトミの監視をお願いしたいんですが」

 

「コトミちゃんの?」

 

 

 お義姉ちゃんが首を傾げながら私に視線を向けてきた。

 

「ほっとくとまた宿題を溜め込むので、今から片付けさせてるんですが、どうもダレて逃げ出そうとしているので監視が必要になってきたので」

 

「なるほど。それじゃあ、私が立派な女にしてあげるね! あっ、別に貫通式するわけじゃないよ?」

 

「それが何かは聞きませんので、お願いしますね」

 

 

 タカ兄が鋭い視線を私とお義姉ちゃんに向けて、今度こそリビングの掃除に戻っていった。

 

「相変わらずタカ君は下ネタに厳しいですね」

 

「タカ兄はそこらの男子高校生とは違いますからね」

 

 

 お義姉ちゃんと二人で部屋に向かい、私は大人しく宿題を開始しようとして――

 

「おろ?」

 

 

――シノ先輩からのメールに気付いた。

 

「お義姉ちゃん、シノ先輩にメールしたんですか?」

 

「えぇ、さっき。タカ君の家に来てますって」

 

「そうだったんですか。シノ先輩も心配性ですね」

 

 

 どうやらシノ先輩はお義姉ちゃんが抜け駆けするんじゃないかと疑っているようだった。

 

「今何してるか聞かれてるんですが」

 

「素直に答えれば良いじゃないですか」

 

「そうですね」

 

 

 私はシノ先輩にカナお義姉ちゃんと宿題に取り組んでいると返信して、携帯を置いて本当に宿題に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義姉さんのお陰で、コトミの宿題は順調に進んでいるようだった。俺は三人分の昼食を用意し、義姉さんにメールで昼食にしようと提案した。

 

「お疲れ様です」

 

「タカ君、コトミちゃんの面倒を今まで一人で見てたの?」

 

「まぁ、身内ですから」

 

「偉いですね。義姉さん、感動しました」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 義姉さんのテンションに若干ついて行けなかったが、とりあえず褒めてくれているようなので素直に受け入れよう。

 

「タカ兄、アリア先輩から残暑見舞いが届いたよー」

 

「アリアさんはあの後避暑で海外に行ってるんだっけか?」

 

 

 普段忘れがちだが、あの人はお嬢様なのだ。海外くらい普通なんだろうな……

 

「海外か~、行ってみたいな~」

 

「お前、英語だってろくに話せないのに、海外に行きたいのか?」

 

「ヨーロッパら辺ならたぶん大丈夫だと思うよ~」

 

「その根拠は?」

 

「RPGで鍛えてるから!」

 

「……諦めろ」

 

 

 そんな事だろうとは思ってたが、まさか本気でそう思っていたとは……こいつは一人で海外に行ったら危ない目に遭うだろうな……

 

「タカ君は英語は完璧なんでしたっけ?」

 

「完璧かは分かりませんが、必要最低限は出来ます」

 

「スズポンと一緒にフランス語を勉強してるとも聞きましたが」

 

「最近は出来てないですけどね」

 

 

 家事とバイト、生徒会業務に加えてエッセイまでやることになってしまったので、学校の勉強以外の事に時間を割く余裕がなくなってしまったのだ。まぁ、時間を見つけて勉強はしてるのだが、スズに差をつけられる一方なんだよな……

 

「コトミちゃん、タカ君の邪魔ばっかしちゃ駄目だよ?」

 

「何で私が原因だって決めつけるんですか!? タカ兄が忙しいのは私だけの所為じゃないと思います!」

 

「まぁ、確かにコトミの言う通りではあるが、大抵はお前の所為だ」

 

 

 この間担任の先生に呼び出されたしな……保護者として同席してほしいって。

 

「お前が遅刻の回数を減らせば、それだけ他の事に時間が割けるようになるんだ。夜更かしは控えろよな」

 

「せっかくの夏休みなんだから、普段出来ないことをするに決まってるじゃん!」

 

「なら、少しは家事を手伝ってみたりしろよな……俺が家にいる時なら教えられるから」

 

「お義姉ちゃんも手伝いますよ。さっきも言いましたが、コトミちゃんを立派な女にしてみせます!」

 

 

 何だか変なスイッチが入ってるようだが、とりあえず放っておこう……

 

「さぁコトミちゃん! 今日中に宿題を終わらせて、明日からは立派な女になるための特訓です!」

 

「えっー! お義姉ちゃんだって忙しいんでしょー? 私の事は気にしないでいいですよ~」

 

「いえ、タカ君の自由時間の為、ひいては私たちとタカ君の時間の為にも、コトミちゃんには立派に家事が出来るようになってもらわないといけませんので!」

 

「不純な動機……」

 

 

 結局は自分の為なのだが、確かにコトミには家事が出来るようになってもらいたいし、義姉さんが手伝ってくれるならありがたい。

 

「そういうわけでタカ君、明日から私はこの家で生活します」

 

「はぁ……まぁ義姉さんなら問題ないですかね」

 

 

 両親からもコトミの事を頼まれているようだし、騒がしくしないのであれば俺も助かるからな。




ウオミー義姉さんの家族感が半端なくなってきたな……


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コトミの得意な事

ロクな事じゃねぇな……


 カナ義姉さんがコトミに家事を叩き込むという事で、俺は客間の掃除をすることにした。どうせこの部屋で寝泊まりするはずもないのだが、万が一の可能性を信じて掃除するのだ。

 

「タカ君、ちょっとキッチン借りるね」

 

「どうぞご自由に。コトミ、しっかりと教えてもらえ」

 

「頑張ったってタカ兄やお義姉ちゃんみたいには出来ないと思うんだけどなー」

 

「やる前から諦めるな。てか、少しくらい上達するよう努力しろ」

 

 

 相変わらずやる気が感じられないが、コトミだってやれば少しは出来るようになると思うんだがな……勉強だって多少は出来るようになったんだから……

 

「コトミちゃんが家事出来るようになれば、タカ君が自由に使える時間が増えるし、コトミちゃんだってタカ君に頼り切りな生活から脱出出来るんだよ?」

 

「タカ兄にべったりなのは私の意思ですから、無理して抜け出す必要は無いんですよ~」

 

「少しは反省しろよな……」

 

 

 テスト前に部屋の掃除を初めて、自分一人で片づけられなくなり人に泣きついてきたり、料理をしてたはずがいつの間にか科学実験にすり替わっていたりと、こいつの家事スキルはかなり酷いものなのだ。

 

「とりあえず、今日中に一品は作れるようになろうね」

 

「怪我だけはしないでくださいよ」

 

 

 コトミは別に心配してないが、カナ義姉さんに怪我をされたら面倒だしな……そもそも、コトミが失敗して怪我をする分には自業自得だが、コトミに付き合って義姉さんが怪我をするのは違うもんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミちゃんに料理を教え始めて二時間、タカ君が匙を投げた理由がちょっとだけ理解出来ました……さっきから失敗し続けているコトミちゃんは、全く反省している様子が無く、むしろ失敗して当然だと言わんばかりの雰囲気を醸し出しているのです。

 

「コトミちゃん、少しは失敗を悔しがったりしないんですか?」

 

「だって、私は最初から成功するとは思ってませんから」

 

「では、次は成功するイメージを持って挑戦してください」

 

「でもお義姉ちゃん。これ以上食材を無駄にしないためにも、私は料理しない方が食材や生産者にとっても良い事だと思うんだけど」

 

「それは……」

 

 

 確かにこの二時間でだいぶ食材を無駄にした気がしますし、コトミちゃんが言っている事も一理あると思ってしまいました……

 

「それじゃあこの汚れきったキッチンを片付けましょう。料理は兎も角、掃除は出来るようになっておいた方が絶対に良いですから」

 

 

 本当は料理も出来るようになった方が良いのですが、コトミちゃんには壊滅的に料理センスが無かったようでした。

 

「掃除くらいは出来ますよー。これをそのままゴミ箱に捨てればいいんですよね」

 

「ちゃんと分別しないとタカ君に怒られますよ?」

 

「テキトーに捨てても、後でタカ兄が分別してくれますから大丈夫ですよー」

 

「………」

 

 

 タカ君がコトミちゃんに家事をさせなかった理由がはっきりと分かった気がします……やらせてもこれじゃあ、二度手間ですものね……

 

「コトミちゃん」

 

「何ですか、お義姉ちゃん?」

 

「もしタカ君に彼女が出来て、同棲するからこの家から出ていくと言われたらどうするつもりですか?」

 

「彼女さんにお願いして私も一緒に生活します!」

 

「………」

 

 

 これじゃあ当分タカ君が彼女を作らないと言っている理由も、一般的な男子高校生と比べて性に疎いのも仕方ないと思ってしまいますね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄とカナお義姉ちゃんが作ってくれたごはんを食べながら、私はどうやったらこんなに美味しく作れるのかと首を傾げた。だけど、それを追求したいとは思わない。

 

「コトミ、さっきから何をうんうんと頷いたり首を傾げたりしてるんだ?」

 

「やっぱり私が家事をするよりも、タカ兄やお義姉ちゃんにお願いした方が確実だなと思ったり、何で二人は私に家事をやらせたがったのかと不思議に思ったりしてただけだよ」

 

「家事をやらせようとしたのは、お前の為だからだよ……」

 

「別にタカ兄みたいに家事上手な男の子を捕まえるから出来ないくてもいいと思うんだけどなー」

 

「まぁ、コトミちゃんは可愛いしおっぱいもそれなりに大きいから、大抵の男の子なら捕まえられるかもしれないけど、出来るに越したことは無いと思うよ?」

 

「人には向き不向きがあるんだよ! 私は家事に向いていないんだよ」

 

「じゃあ何に向いてるんだよ?」

 

 

 タカ兄が疑り深い視線を私に向けてくる。相変わらず信用されてないんだなーって思うけど、この蔑みの目がまた興奮するんだよね。

 

「性知識ならタカ兄に負けないよ!」

 

「そんなもの、勝ちたくもない……」

 

「でもタカ兄、全くの無知じゃいざという時に困るよ? 少しくらい勉強しておいた方が――」

 

「それはお前だ! テスト前に散々人に泣きついて来て、少しは勉強しておいたらどうなんだ」

 

 

 ありゃ、藪蛇だった……

 

「コトミちゃん。家事は無理だったけど勉強はまだ何とかなるよ。家事の特訓じゃなくて必死に勉強してもらうから覚悟してね」

 

「えぇ! せっかくの夏休みなんだから遊びましょうよ~」

 

「遊びつつ勉強するのが理想的なんだから、頑張ろうね」

 

 

 何だかお義姉ちゃんのスイッチが入っちゃったみたいで、私は渋々勉強する事になったのだった。




匙を投げたくなる酷さ……勉強頑張れ、コトミ……


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トッキーの宿題

コトミは終わってても……


 例年ならコトミの夏休みの宿題を追い込みで片づける為にシノ会長たちがウチにやってくるのだが、今年は義姉さんがコトミの相手をしてくれたお陰で、無事にコトミの夏休みの宿題は片付いている。

 

「……それでもウチに集まるんですね」

 

「せっかくの夏休みだからな! お泊り会は必須だろ!」

 

「まぁまぁタカ兄。トッキーはやってないんだし、みんなでトッキーの宿題の手伝いをしてあげるって考えれば良いんだよ」

 

「ウチである必要がないだろ……」

 

「申し訳ないです」

 

「別に時さんが悪いわけじゃないよ。まぁ、ここまで宿題をやってないのは問題だけどさ」

 

 

 柔道部の練習とかで忙しいのは分かるが、全く手を触れた様子がないのは問題だろうな……

 

「今回はカナがコトミの面倒を見てくれていたからな。トッキーの面倒は我々で見ようじゃないか!」

 

「あの、私が呼ばれたのってそういう事なんですか?」

 

「カエデちゃんだってお泊りしたいでしょ~?」

 

「それは、まぁ……」

 

 

 今回時さんの宿題追い込みの為に集まったのは、桜才生徒会の三人と英稜の二人、そしてカエデさんの計六名。それに宿題を片付けなければならない時さん本人、そしてこの家の住人である俺とコトミの合計九人……食事とか用意するの大変そうだな……いつも通りだが。

 

「タカ君、私たちは何しようか?」

 

「この気温ですし、アイスでも用意しますか」

 

「でも、買いに行くのは大変だよ?」

 

「材料はありますし、作りますか」

 

 

 他の人は時さんの宿題を見てなければいけないが、俺と義姉さん、そしてコトミは暇を持て余しているのだから、これくらいは良いだろう。

 

「というわけで、私たちはキッチンに行きますが、シノっちたちは頑張ってトッキーさんを立派に育て上げてくださいね」

 

「任せろ! 私たちがトッキーを立派な女にしてみせるからな!」

 

 

 なんか引っ掛かりを覚える言い回しだったが、別にツッコむ必要は無さそうだったから俺もサクラさんもスルーしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩でタカトシ君たちが用意してくれたアイスを食べている時に、私は出島さんから預かっていた写真を取り出した。

 

「この間の無人島で撮った写真が出来たんだ~」

 

「そういえば無人島で生活すると言ってましたね」

 

「五十嵐も来ればよかったのに」

 

「生憎ですが、その日はコーラス部の活動があったので参加出来なかったんです。七条さんからお誘いは受けてたんですがね」

 

「そうだったのか」

 

 

 あれ? シノちゃんにはカエデちゃんことは話したはずだったんだけどな……知らなかったみたいだし、話すのを忘れてたのかも。

 

「しかしこうして改めて見ると、タカ君って背が高いんですね」

 

「何ですかいきなり?」

 

「私たちの中で一番大きいアリアっちと比べてもだいぶ違いますし、男の子は背が大きい方が自慢出来ますしね」

 

「そんなこと自慢しませんよ」

 

「でも、頭身が高い男の子はモテるって聞くよ?」

 

 

 まぁ、タカトシ君の場合、頭身云々なんて関係なくモテてるけどね……実際、この場にいる全員がタカトシ君に少なからず好意を持っているわけだし。

 

「それに加えてタカ兄は勉強も運動も家事も得意だもんね~。モテ要素満載だよ~」

 

「バカな事言ってないで、お前も少しは勉強したらどうだ?」

 

「もう宿題終わってるのに、何で勉強しなきゃいけないのさ~?」

 

「万年補習候補のお前の為だ! 本気で塾に通わせることになるぞ」

 

「それだけは勘弁してください!」

 

 

 コトミちゃんが跳び上がって土下座をしたのを受けて、私たちは笑ってしまった。

 

「まぁ、コトミちゃんの勉強は私がしっかりと面倒みますから。塾に通わせる時間がもったいないです」

 

「お義姉ちゃん……」

 

「それに、コトミちゃんの頭は塾に通わせた程度じゃ良くなりません。それだったら私とタカ君の二人でスパルタ教育した方が絶対に成績が上がると思いますし」

 

「それ、親にも言われました……」

 

 

 確かに塾の講師に習うよりも、タカトシ君やカナちゃんに習った方が身になるでしょうね。

 

「何だったら私たちも手伝うぞ?」

 

「そうですね。時さんの宿題をみるのに、こんな人数必要ありませんし」

 

「それじゃあ休憩後はトッキーとコトミのどちらの勉強をみるかのくじ引きをしようじゃないか!」

 

 

 シノちゃんが楽しげに宣言すると、タカトシ君が申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「結局コトミも面倒みてもらうことになって申し訳ありません……」

 

「タカトシ君が気にする事じゃありませんよ。後輩の面倒をみるのも私たちの務めですから」

 

「五十嵐の言う通りだ! それじゃあ、さっそくくじを引こうではないか!」

 

 

 いつの間に用意したのか、シノちゃんの手にはくじが握られている。ちなみに、タカトシ君は家事を片付けてからという事でこのくじ引きには参加しないことになった。

 

「まずコトミの担当だが、私、カナ、森の三人だ!」

 

「時さんの担当は私、七条先輩、五十嵐先輩の三人ですね」

 

「俺は両方を軽くみる程度にしておきます。夕飯の買い出しとかもありますし」

 

「一人で大丈夫か?」

 

「慣れてますから」

 

 

 タカトシ君の発言に、私たちは一斉に頭を下げた。慣れさせる原因となっているのはコトミちゃんや時さんだけど、お世話になっているのは私たちも一緒だからね……いつか恩返ししなきゃ!




やっぱりコトミは駄目だ……


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久しぶりのOG

マガジンでも久しぶりに出てたな……


 昼飯の買い出しに向かう途中で、背後から声を掛けられた。知らない相手ではないので、一応は相手をしておかなければな。

 

「津田君じゃないか。こんなところで何をしてるの?」

 

「買い出しです。古谷さんこそ、こんなところで何をしているんですか?」

 

「あたしは暇だったからぶらぶらとね」

 

「この暑い中をですか?」

 

「扇風機が壊れちゃってね。さすがに風鈴の音だけじゃ凌げなくてさ」

 

「冷房を使えばいいのではありませんか?」

 

 

 古風な人だと知っているが、冷房くらい使えるだろうし……それとも、家に冷房が無いのだろか?

 

「あんまり使い過ぎると良くないって聞いたからさ。ところで、買い出しって何処に行くの?」

 

「近所のスーパーですが」

 

「じゃああたしもついて行こうかな。そこだったらクーラーも効いてるだろうし」

 

「涼むだけが目的では怒られますからね」

 

「大丈夫だって。津田君について回るから」

 

 

 それの何が大丈夫なのか分からなかったが、断れる雰囲気ではなかったので、俺は古谷さんと二人でスーパーに向かう事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みで浮かれている生徒のスクープを探して日夜動き回っていたが、目ぼしいものは何もなく諦めて家に帰ろうとした矢先に、津田副会長が見知らぬギャルとスーパーに入っていくのが目に入り、私は津田副会長に気付かれない程度の距離を保ってスーパーに入る。それにしても、随分と仲がよさそうに見えるが、何時の間に知り合ったのだろうか……

 

「もうちょっと近づかないと相手の顔が見えませんね……」

 

 

 これ以上近づくと津田副会長に気付かれてしまうかもしれないけど、相手の顔を確認する為にはもう少し近づかなければならない。知り合いならこの距離でも自動補正で相手の顔が分かるけど、知らない相手だとそうはいかないしね……

 

「なにしてるんだ、畑?」

 

「はい?」

 

 

 津田副会長の隣にいた女性に気付かれてしまったが、どうやら相手は私の事を知っているようだった……はて、いったい誰なのでしょうか……

 

「って、古谷元会長でしたか。何故津田副会長と?」

 

「さっき会ってあたしが津田君の買い出しに付き合ってるんだよ。スーパーなら冷房も効いてるだろうしってさ」

 

「なんだ、てっきり津田副会長が見ず知らずのギャルと付き合ってるのだと思ったのに」

 

「また捏造なんてしようものなら、新聞部の活動予算を大幅に削りますからね」

 

「古谷元会長とデートしてたのは事実ですから、そこを曲解して記事を作ろうかとも思いましたが、予算を人質に取られては仕方ありませんね。大人しく退散します」

 

 

 津田副会長は天草会長よりも権力を持っていますからね……本気で新聞部を潰しにかかられてはたまったものではありませんし……

 

「では、私は家に帰って寝ます」

 

「おう、またな」

 

 

 古谷元会長に挨拶をして、私は家に帰る事にした。結局スクープは見つからなかったですね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君の家でコトミちゃん、トッキーさんの勉強を見ているのですが、正直この二人はやれば出来ると思ってるんですよね。

 

「トッキー、そこ違うぞ」

 

「コトミちゃん、そこはさっき教えたでしょ?」

 

 

 今はシノっちとアリアっちが二人の勉強を見ているので、私たちは休憩しているのですが、この二人を纏めて面倒見ていたタカ君の凄さが改めて理解出来ました。

 

「タカトシって凄かったのね」

 

「おや? スズポンはタカ君の凄さを間近で見てきたのではありませんか?」

 

「確かにタカトシが凄いとは思ってましたけど、コトミの相手をしながら私と同点だったことを改めて考えると、私の方が負けてるんだなと思いまして……」

 

「でも、タカトシ君は萩村さんの方が凄いって思ってるのでは?」

 

「どうなんでしょうね……」

 

 

 カエデっちの言葉に、スズポンが首を傾げた。お互いに相手の方が凄いと思っているのかもしれませんが、私からすればどちらも凄いと思いますけどね。

 

「サクラっちはどう思いますか?」

 

「私は、萩村さんもタカトシさんも凄いと思いますよ。てか、私ももっと頑張らないとと思います……」

 

「サクラっちも十分頑張っていると思いますよ? それは私が保証します!」

 

 

 生徒会の仕事っぷりを見れば、サクラっちが頑張っているのは分かりますし、何より私に対する愛のあるツッコミには感謝してもしきれませんしね。

 

「ですが、萩村さんは外国語の勉強をしたり、タカトシさんは家事やコトミさんの相手をしてる中、私は特別な事はしてませんし……」

 

「サクラっちはアルバイトをしてるじゃないですか」

 

「それはタカトシさんも一緒ですよ……」

 

「タカ君はいろいろとスペックが高いからそれくらいは問題ではないのでしょう。サクラっちもスペックは高いですが、タカ君は異常に高いんですよ」

 

 

 親戚になってから改めてタカ君のスペックの高さを思い知らされましたが、サクラっちや私だってスペックが低いわけでは決してないのです。ただ単にタカ君が高過ぎて私たちが平均かそれ以下に感じられるだけであって、そこと比べる事を止めれば私たちだって十分にハイスペックだと評価されるでしょう。

 

「とにかくサクラっちは、タカ君やスズポンというハイスペックすぎるライバルがいるせいで自信が持てないんですね」

 

「そうなのかもしれませんね……」

 

 

 気落ちしたサクラっちの肩に手を置いて、私はサクラっちを慰めるのだった。




遠目では気づかないのかもしれませんね


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夏休み明け

ここのタカトシは遅刻しないだろうということでアレンジしました


 夏休み終盤を成績上位者にしごいてもらったお陰で、私とトッキーの休み明けテストの結果は上々だった。具体的に言えば、クラスで真ん中よりちょっと高い位置に属していた。

 

「二人とも、夏休みはしっかりと先輩たちにしごかれてたんだね」

 

「あれだけ勉強させられてたら、いやでも覚えるよ……マキも来ればよかったのに」

 

「私は宿題も終わってたし、コトミみたいに赤点すれすれじゃないし。そんな私がコトミの家に遊びに行っても邪魔なだけでしょ? 精々先輩たちのお手伝いくらいしか出来なかっただろうし」

 

「まぁ、マキは先輩たちにしごかれてた私たちより成績上位だもんな」

 

 

 マキは相変わらず上位に名があり、今回も三十位くらいには名前があってもおかしくない結果なのだ。ちなみに、今回は定期テストではないので、結果は廊下に貼りだされることは無い。

 

「津田先輩も萩村先輩も忙しい中コトミたちの面倒を見てくれたんでしょ? 天草会長や七条先輩もだけど」

 

「後はお義姉ちゃんとサクラ先輩、カエデ先輩なんかもいたけどね~」

 

「お礼言っておいた方が良いんじゃない? コトミはテストの結果が上々だったから、今日の遅刻はお咎め無しだったんだしさ」

 

「寝坊しちゃったんだよね~」

 

 

 テストが終わり、気が緩んでついつい遅くまでダンジョンに旅立ってたら朝になってて、慌てて来たんだけど間に合わなかったんだよね。

 

「本来なら罰則掃除があったはずなんだし、その事も含めて生徒会室にお詫びとお礼を言いに行くべきだよ」

 

「そんなこと言って、マキがタカ兄に会いたいだけじゃないの?」

 

 

 マキも忙しかったらしく、夏休みの間は全然タカ兄と会えなかったし、もしかしたらそんなつもりなのかと疑って見たが、怖い顔で睨まれてしまった。

 

「バカな事言ってねぇで、お礼言いに行くならさっさと行こうぜ。私も部活あるしよ」

 

「あっ、待ってよトッキー」

 

 

 トッキーを追いかけるように教室から駆け出し、廊下を早足で進む。せっかく良い点数を取ったのに、廊下を走って怒られるのは避けたいもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業をしていたら扉をノックされた。

 

「はい? おや、コトミにトッキー、それに八月一日じゃないか、どうかしたのか?」

 

「会長たちのお陰で今回のテスト、無事に済ませる事が出来ましたので、お礼を言いに来ました」

 

「そうか。だがタカトシは今五十嵐に連れていかれていないぞ」

 

「カエデ先輩に? 何があったんですか?」

 

 

 さすがコトミ、タカトシが問題を起こしたとは思わないようだな。

 

「アイツのクラスメイトたちがエロ本を学校に持ち込んだとして、風紀委員会本部で訊問しているはずだ。本当なら五十嵐がやるべきなんだろうが、アイツはタカトシ以外の男子が駄目だからな」

 

「それでタカ兄を頼ったんですね。まぁ、それだったらタカ兄には家でお礼を言えばいいか。会長、アリア先輩、スズ先輩、本当にありがとうございました」

 

「それだけコトミとトッキーが頑張った結果だ。私たちはただ教えてただけだからな」

 

「感謝されるのって、悪くない気分だね~」

 

「これで満足しないで、これからも継続して今の順位をキープしなきゃ意味ないからね」

 

 

 萩村に言われた事をコトミとトッキーは困った顔で聞いていた。恐らく自分たちだけでは難しいとか思っているのだろうな。

 

「後輩の面倒を見るのも先輩の務めだからな! 定期試験の時もまた相手してやろう!」

 

「あんまり甘やかさないでくださいよ……まぁ、時さんは兎も角コトミは面倒みないと赤点だろうからな」

 

「あっ、タカ兄」

 

 

 風紀委員会本部から戻ってきたタカトシが、呆れながらも私たちに頭を下げる。

 

「妹がお世話になりました。また、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません」

 

「なに。タカトシが頭を下げる必要は無いさ。お前は私たちに美味しい料理を食べさせてくれたりしてるからな」

 

「そもそもタカトシ君に対する恩をこれで返していかないと、私たちが大変だからね~」

 

「確かに。タカトシには返しきれないほどの恩がありますからね」

 

 

 こいつが入学してからというもの、私たちはどれだけこいつに借りを作った事か……それを纏めて返せとか言われたら無理だし、コトミの面倒を見る事でちょっとずつ返済していけば何とかなるだろうしな。

 

「別に貸しなんて作った覚えはないのですが……まぁ、とりあえずコトミがお世話になったのは事実ですから」

 

「それじゃあタカ兄、私は先に帰るね」

 

「あぁ。洗濯物取り込んどいてくれ」

 

「りょーかいだよ!」

 

 

 コトミたちが帰って行くのを見送り、私たちは残りの作業を再開する事にした。

 

「それにしても、コトミもトッキーもだいぶ成長してきたな」

 

「あれが持続してくれれば俺も楽なんですがね」

 

「コトミちゃん、覚えたことをテストで全部吐き出しちゃうからね~」

 

 

 アリアの言うように、コトミは詰め込むだけ詰め込んで、試験でそれを吐き出して、後には何も残らない頭の持ち主なのだ。タカトシが言うように、塾に通わせてもあまり意味がないというのは、この結果だけでも良く分かるのだ。

 

「とりあえず、補習にならないように気を付けてくれれば、後は何も言わないんですけどね」

 

 

 しみじみと呟いたタカトシに、私たちは同情の視線を向けるのだった。




成長してもすぐに元に戻るダメ妹……


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似非怪力少女

憧れるのだろうか……


 生徒会室に行くと、会長が何かのアンケート用紙に記入していた。

 

「なんのアンケートですか?」

 

「先日買った本が面白かったのでな。その本に付いていたアンケートだ」

 

「なるほど」

 

 

 俺は答えた事が無いけど、確かにアンケートはがきが挟まっている本は見かけるな……それにしても、本当にアンケートに協力する人がいるとは……身近にはいなかったからちょっと驚きだ。

 

「えっと……職業に丸を付けるのか……これで良しと!」

 

「よくは無いと思いますが……てか、スパムじゃないんですから」

 

 

 確かに丸を付けたが、恐らく――いや、アンケート主催側がつけてほしい箇所はそこではないだろう。

 

『〇学生』

 

 

 確かに学生に丸を付けている事には違いないが、これは絶対に違う、そう言い切れる自信がある。

 

「シノちゃん、誰にスパム送るの?」

 

「ほら、やっぱり……」

 

 

 後ろから覗き込んだアリア先輩もスパムだと思ったので、シノ会長は丸の位置を直し、正しい感じになったのだった。

 

「おっと、そういえば倉庫の整理を頼まれてたんだったな。アリアも来た事だし、そろそろ行くとしよう」

 

「スズは?」

 

「萩村は横島先生に呼び出されて職員室だ」

 

「なんの用なんでしょうね……」

 

 

 あの人の用事には極力付き合いたくないし、下手に首を突っ込んで巻き込まれるのも避けたいしな……頑張れ、スズ。

 

「倉庫って言っても頻繁に掃除とかしてるから散らかってないね」

 

「それでも、埃をかぶったりしてますね」

 

 

 前に掃除したのは何時なのだろうか……

 

「この椅子、脚の部分が朽ちてますね」

 

「そういうのは処分して構わないぞ」

 

「分かりました」

 

「ちょっと待ったー!」

 

 

 椅子を脇において整理を再開しようとしたら、いきなりコトミが現れた。

 

「なにか用か?」

 

「その椅子、捨てるんだったら私にください」

 

「こんな椅子をどうするつもりなんだ?」

 

 

 家に持って帰るとか言い出したら説教でもしてやろうか……

 

「……はぁー!」

 

「相変わらずの厨二だな……」

 

 

 朽ちて脆くなっているところにチョップを喰らわせ、あたかも怪力であるかのように椅子を破壊した。

 

「散らばった木くずと、その椅子の処分はお前がするんだからな」

 

「えぇー!? 何でそんなことしなきゃいけないの?」

 

「その椅子はお前がもらったものだし、壊して散らかしたのもお前だ。お前が片づけるに決まってるだろうが」

 

「は、はいぃ……」

 

 

 少し眼光を鋭くして詰め寄ると、コトミは反論を諦めて箒と塵取りを持ってきて片付け始めた。

 

「さて、俺たちも整理を続けましょうか」

 

「そうだな」

 

「といっても、タカトシ君がコトミちゃんを怒りながら進めてたから、殆ど終わってる感じだね」

 

「え?」

 

 

 完全に無意識で説教をしながら片付けていたらしく、確かに倉庫はある程度綺麗になっていた。

 

「無自覚でも掃除の手を止めない、さすが主夫の鑑だな!」

 

「だから、主夫じゃないですってば……」

 

 

 シノ会長とアリア先輩に拍手されたが、あんまり嬉しくないのは何故なのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園の机と椅子は、私からしてみれば大きくて使い難い。だが、それを学園に訴えるのは恥ずかしいし、何より私が小さいだけだと言われそうで嫌なのだ。

 

「――という事なんだけど、何とかならないかしら?」

 

「そうだね……ちょっと相談してみるね」

 

 

 ネネに相談すると、何か案があるらしく、学園に許可を貰う為に職員室に向かっていった。

 

「何をする気なのかしら……」

 

 

 ネネの事だから、突拍子もない事をしでかすのではないかという不安と、相談した私の責任なのかしらという不安に押しつぶされそうになった。

 

「スズちゃん、何してるのー?」

 

「ムツミ……ちょっとネネの帰りを待ってるのよ」

 

「ネネならさっき、空き教室に入ってくのを見たよ」

 

「空き教室?」

 

 

 そんなところで何をするつもりなのかしら……

 

「なんかタカトシ君にも声を掛けてたけど、何をするんだろうねー?」

 

「タカトシにも?」

 

 

 ネネがタカトシになにかをするとは思えないけど、もしかしたら私の相談事をタカトシに話したのかしら……タカトシなら私の事を子供扱いする事はないのだけど、知られたと思うと何だか恥ずかしいわね……

 

「スズちゃん、お待たせー!」

 

「ネネ! って、その机と椅子は?」

 

「先生に許可を貰って、空き教室の机と椅子を改良したんだよ。ちなみに、工具はウチの部のを使いました」

 

「あぁ、これってスズの為にやってたのか」

 

 

 机と椅子を運んできたタカトシは、何が目的だったか知らされてなかったようで、私の姿を見て納得したように頷いて、元々私が使っていた机と椅子を退けて、その机と椅子を置いた。

 

「中身とかは自分で動かしてくれ」

 

「うん」

 

 

 タカトシに言われて、私は机の中身を移動させ、その作業が終わるとタカトシは元々私が使っていた机と椅子を空き教室に運んでいった。

 

「これならスズちゃんにもピッタリだと思うんだけど、どうかな?」

 

「確かに使いやすいわ」

 

 

 ネネが改良してくれた机と椅子は、私の身長でも問題なく使える。こんなことなら早く相談すればよかった。

 

「良かった。これでスズちゃんも、放課後の人気のない教室で角オ〇ニーが出来るね!」

 

「良い表情でおかしなことを言ってんじゃねー!」

 

 

 せっかく感動したのに、ネネの余計な一言で色々と台無しになってしまった……まぁ、感謝はしてるけどね。




いろいろと台無し……


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新聞部の課外活動

真面目なのか、不真面目なのか……


 校内の見回りをしていると、畑さんが新聞部員になにかを話しているのが聞こえてきた。

 

『では、本日より交代で例の場所を張り込みます。今日は私が』

 

 

 また何かスクープを狙って張り込みをするのかと俺は流したのだが、シノ会長はそうはいかなかった。

 

「畑! 夜間外出は認められないぞ!」

 

「いいえ、外出はしませんよ」

 

「なに? だが、張り込みをすると言っていたじゃないか」

 

「父に頼んでアパートを借りましたから」

 

「今日び部活動ってそこまでするの?」

 

 

 視線で問われた俺たちだったが、誰も部活動をしていないので答えようがなかった。

 

「なんでしたら一緒に来ますか?」

 

「いいのか?」

 

「えぇ。どうせ今日は私一人ですから」

 

 

 畑さんの誘いに、シノ会長とアリア先輩が目を輝かせた。そういえばこの二人、こういう事好きだったんだっけ。

 

「では、住所はここになりますので、各々準備をしてきてください」

 

「では生徒会役員共。各自家に帰って再集合だ!」

 

「それって参加しなきゃいけないんですか?」

 

「せっかくだからな! 部活動の課外活動の見学をさせてもらおう!」

 

 

 どうやら決定らしい……仕方ない。コトミの夕飯だけ用意してアパートに向かうとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシがまだ来ていないけど、私たちは畑さんから教えてもらった住所にやってきた。どうやらこの近くにスクープがあるらしいわね……

 

「このアパートの向かいの河川敷にもUMAが現れる、という情報を入手したのです」

 

「UMA?」

 

「河童です」

 

「本当か!?」

 

 

 会長ってこういうの好きそうよね……なんだか一人でテンションが上がってるし。

 

「河童か~。昔よく真似して遊んでたな~」

 

「真似?」

 

 

 河童の真似って何かしら……

 

「河童は水陸両生で、人のお尻に手を突っ込んで尻子玉を抜き取る、という伝説があります」

 

「………」

 

 

 タカトシがいたらツッコミを入れてくれたでしょうけど、生憎まだ来てないのよね……何をしてるのかしら。

 

「ふーん……UMAって世界中に存在してるんだな。実際会ったらちょっと怖いが」

 

「生憎私は非科学的なものは信じないので、まったく怖くありませんね」

 

「ところで畑。このアパート、家賃大変なんじゃないか?」

 

「ところがどっこい、格安物件でして。だから押入れの中にあるお札を剥がしたらダメですよ」

 

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

 

 なんてところに遊びに来てしまったんだろう……今からでも遅くないから、私だけ帰ってもいいだろうか。

 

「すみません、遅くなりました」

 

「珍しいね。タカトシ君が一番最後って」

 

「洗濯物を片付けて、コトミの晩御飯の用意と並行して皆さんの分も作ってきましたので」

 

「これはかたじけない」

 

「で、何でスズは叫んでたの?」

 

「この部屋が事故物件だからだと思いますよ」

 

 

 タカトシが来てくれたお陰で、少しマシには感じるけど、それでもお札が貼ってあるような部屋で一夜を過ごしたくはないわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が用意してくれたもので食事を済ませた私たちは、交代で河川敷を見張ることにした。

 

「河童ですか……」

 

「あんまり信じていませんね?」

 

「いたらいたで面白いでしょうが、UMAの殆どがはっきりと姿を確認出来ていない訳ですからね」

 

「だからこそ追い求めるんです! ロマンを求めるんですよ」

 

 

 畑さんが力説している横では、タカトシ君が少し呆れ顔で容器を片付けている。

 

「そういえば、俺が何も持ってこなかったらどうするつもりだったんですか? 見たところそこらへんの用意はされていない感じですけど」

 

「私は非常食としてカップ麺を常備していますから」

 

「私たちは一食くらい抜いても問題はない!」

 

「あっ、シノちゃんダイエット中なの?」

 

「こら、アリア!」

 

 

 どうやら図星だったらしく、シノちゃんは顔を赤らめる。こういうところは可愛らしいわよね、シノちゃんも。

 

「ぱっと見た感じ日用品もありませんし、ちょっと買ってきますね」

 

「そこまでしていただくわけにはいきませんし、日用品は明日新聞部で買い足しておくことになっていますので」

 

「ならいいですが」

 

 

 腰を浮かしかけたタカトシ君だったけど、とりあえず買いに行く必要がなくなったのでその場に腰を下ろした。

 

「それにしても、こうして皆さんと一夜を過ごすのは久しぶりですね。桜才学園七不思議探検ツアー以来でしょうか」

 

「その後も、畑さんがタカトシ君に怒られてそのまま気絶させられたりして、一緒に朝を迎えたこともあるよ~」

 

 

 あの時は勇気を出してタカトシ君の布団に潜り込んだのに、いざ中を見たら畑さんだったというオチだったんだよね……

 

「萩村、そろそろ眠いんじゃないか?」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

「眠気覚ましのコーヒーを淹れたよ~」

 

「ありがとうございます」

 

 

 残念ながらミルクもお砂糖も無かったからブラックだけど、タカトシ君は特に気にした様子もなく飲み始める。

 

「苦い……」

 

「アリア、さすがに苦すぎるぞ」

 

「そうかな~? でも、ミルクもお砂糖も無いし……困っちゃったね」

 

「津田副会長にミルクを――いえ、何でもないです」

 

 

 畑さんがエロボケを放とうとしたけど、タカトシ君とスズちゃんに睨まれて途中でやめてしまった。少し前なら私たちもノリノリで畑さんと盛り上がっただろうけどね。




コーヒー飲んで目が冴えるなんて幻想だろ……


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河童を追い求めて

昨日投稿忘れてました……


 河童の目撃談を基に、我々新聞部と生徒会のメンバーは夜間も張り込みを続けていた。

 

「なかなか現れないものだな」

 

「お疲れ様です。交代の時間です」

 

「あぁ。ずっと同じ体勢でいるとキツイな……」

 

 

 天草会長が腕を伸ばすと、小さく音が鳴った。

 

「お疲れでしたら、そこにある寝袋を使って休んでも良いですよ」

 

「何だかキャンプみたいですね」

 

「休んでいいとは言っても畑さん、寝袋が人数分無いのですが」

 

「マジで!?」

 

 

 おかしいな、先ほど七条さんに数を確認してもらった時にはあったはずなのですが……

 

「あっ! 間違えてタカトシ君の袋をカウントしちゃってたみたい」

 

「間違え方が斬新過ぎるだろ……」

 

「どうしましょうか。私は別になくても問題ないんですが」

 

「俺は使いませんので、四人で使ってください」

 

「でも、タカトシが休む時はどうするんだ?」

 

「一日二日寝なくても問題はないですし、ずっと付き合うわけでもないでしょうし」

 

「それはそうだが……」

 

 

 もしかしたら天草会長は、津田副会長が寝たら襲いかかるつもりだったのでしょうか。もしそうだったら、そっちの方がスクープになりそうですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局仮眠をとる程度で私たちは目を覚ました。まぁ、ここでぐっすり寝るのも何か違う感じがするしな。

 

「ちょっとお手洗いに行ってきます」

 

「おぅ」

 

 

 萩村がトイレに行くのを見送り、私たちはお喋りに興じる事にした。

 

「それにしても、やはり薄着になるとアリアのスタイルは強烈だな」

 

「シノちゃんは気にし過ぎだよ~。ね、タカトシ君?」

 

「何でここで俺に話を振ったのかは聞きませんが、会長も十分魅力的だとは思いますよ」

 

「そ、そうか……」

 

 

 タカトシに褒められると悪い気はしないな……だが、やっぱりアリアのスタイルは同性の私から見ても強烈であり、目が行ってしまうのも仕方ないなと思わせられる。

 

「ん? 萩村から電話だ」

 

 

 先ほどトイレに行った萩村から着信があり、私は扉越しに話しかけた。

 

「何かあったのか?」

 

『あの、紙ってありませんかね?』

 

「あぁ。明日買いに行く予定なので、まだありませんね」

 

「どうする? 乾くまでそこにいるか?」

 

『ですが、使いたい人が出てくるかもしれませんし』

 

 

 確かに萩村の言うように、我々の内誰かがトイレを使いたくなった時、萩村が中に篭ってる状況は非常にまずい気がするな。

 

「仕方ありませんね。押入れのお札でも――」

 

『絶対にやめろ!』

 

 

 畑が本気でお札を剥がすと思ったのだろう、扉越しでも萩村が本気で怒ってる表情が見て取れた。

 

「流せるティッシュがあるけど使いますか?」

 

「さすがタカトシだな。用意が良い」

 

「まぁ、俺が渡すといろいろと問題がありますので、とりあえずおいておきますね」

 

 

 そそくさとティッシュをおいていったタカトシを見送ってから、私は萩村に扉を開けるよう言った。

 

「これで拭けばそのまま流せるようだ」

 

「聞こえてました。タカトシに聞かれてたのは恥ずかしいですが、とりあえず助かりました」

 

「ざーんねん。お札を剥がしたら何が起こるか調べたかったのに」

 

「絶対にやるなよ! 間違っても剥ぐなよ! 剥ぐなら私がいない時に遣れよ!」

 

 

 三連でツッコミを入れた萩村は、再び鍵を掛けてトイレに篭る。まぁ、私もお札を剥がされたら少しくらいは動揺するかもしれないが、相変わらず萩村は怪談が苦手なんだな。

 

「あっ、私は歯磨き粉を忘れた……」

 

「私ので良ければ貸すよ~」

 

「すまんな」

 

 

 歯磨き粉は共有出来るからよかったが、歯ブラシを忘れたらどうすればよかったんだろう……もしタカトシのを借りて歯磨きをすれば、間接ディープキスになるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見張り続け、遂に時刻は午前三時。スズとアリアさんは半分以上寝ているし、シノ会長も目は開いているがどこか眠そうだった。

 

「出た!」

 

「えっ?」

 

 

 畑さんが大声を上げたので、スズもアリアさんもシノ会長も跳び上がった。

 

「どこどこ?」

 

「あそこです。あの河原」

 

 

 畑さんもテンションが高めで、口調が定まっていない様子だった。

 

「なにしてるんですか?」

 

「今河童が男の人に激しいア○ルファ○クを! きっと尻子玉を狙っているんでしょう!」

 

「……出島さんって、今日非番ですか?」

 

「良く分かったね~」

 

 

 つまり、今畑さんが河童だと思って見ている物体は、非番でふしだらな事を外でしている出島さん、という事なのだろうな……てか、普通に犯罪だろ。

 

「せっかく出たと思ったんですけどね……確かに、ズームして確認したら出島さんでした。ですが、何故河童の格好をしてるのでしょうか?」

 

「そういうプレイなんだと思うよ~」

 

「なるほど。見つかっても誤魔化せるというわけですか」

 

 

 誤魔化せてないとは思うが、それで畑さんが納得したなら放っておくか……

 その後も見張り続けたが、結局夜が明けるまで何も出なかった。

 

「残念ですが、我々新聞部はこれからも追い続けます」

 

「そうか、頑張れよ。だが、伝説は伝説のままであった方がロマンがあっていいな」

 

「そうだね。『アイドルはトイレに行かない』と同じように」

 

「その伝説、マニアにはがっかりだな」

 

「寝不足で思考回路が狂ってるんですか? 少しはクリーンに物事を終わらせてください」

 

 

 最後の最後まで締まらない二人にツッコミを入れて、俺たち生徒会役員は解散したのだった。




アニメ版では、出島さんが河童のコスプレをしてましたが……あれはなんかのCMだったような……


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スカート問題

男子が見てたら問題ですね……


 今日も風紀を取り仕切る為に校内の見回りをしていたら、階段を昇る女子がスカートの後ろに手をやっているのが目に入った。

 

「パンツが見えそうならもう少し丈を長くすれば良いものを」

 

「天草会長……いつの間にいらしたんですか?」

 

「ついさっきだ」

 

 

 注意しに行こうとしたタイミングで話しかけられたので、ちょっとだけ驚いてしまいました。

 

「しかし、五十嵐が見つけたからまだよかったものの、これが男子生徒だったらいろいろと問題だな」

 

「ですね」

 

 

 ただでさえ最近また風紀的によろしくない傾向になりつつあるのに、覗き事件にまでなるといよいよ風紀委員では取り締まることが難しくなってしまいますしね。

 

「一度タカトシを交えて話し合った方が良いかもしれないな」

 

「タカトシ君、ですか?」

 

 

 何故ここで彼の名前が出てきたのか、私には理解出来なかった。女子のスカート丈の問題なのだから、七条さんや萩村さんの方が良いのではないだろうか。

 

「女子の我々が注意するよりも、男子のタカトシが注意した方が羞恥心を煽ることが出来るだろ?」

 

「タカトシ君が引き受けてくれるでしょうか」

 

「服装の乱れを注意するのは生徒会もだからな。さらにタカトシは副会長で男子だから女子目線ではない意見も出てくるかもしれない」

 

「第三者的意見、というわけですか……確かにそういった目線からの意見も必要でしょうね」

 

 

 おしゃれをしたいという気持ちも分からなくはないですし、私だって少しくらいはしてみたいと思わなくはないですしね……もちろん、風紀的問題があるのでしませんけど。

 

「更に、アイツには年頃の妹がいるからな。そういった目線でも何か新しい意見が出てくるかもしれない」

 

「それは、どうなんでしょうか……てか、さっき津田さんのスカートの丈が短すぎると注意したばかりなのですが」

 

 

 タカトシ君は凄く真面目なのに、何故妹の津田さんは何度も注意させるのでしょうか……成績の面でも安定していないようですし、少しはタカトシ君を見習ってほしいですね。

 

「とりあえず五十嵐、後程生徒会室に来てくれ」

 

「分かりました。見回りが終わり次第伺わせてもらいます」

 

 

 天草会長と別れて、私は再び校内の見回りをはじめ、同じような光景を三回目撃したのだった……皆さん、風紀を乱し過ぎてますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五十嵐が来る前に、私は生徒会役員に先ほど見たことを話す事にした。

 

「階段を昇る時に手を後ろにあてている女子が最近目立っているんだが、みんなはどう思う?」

 

「確かに見かけるね~。あれって風紀委員的にどうなんだろう?」

 

「先ほど五十嵐にも聞いたが、注意した方が良いのではないかという事になった」

 

「特に一年生に多いみたいですね。二年生にもちらほらと見受けられるようですが」

 

 

 萩村の情報に、私は一度頷いてからタカトシに視線を向ける。

 

「男子から見て、そういう女子はどう思うんだ?」

 

「制服でおしゃれをしようとしなくてもいいのではないか、とは思いますね。校則違反ですし、風紀委員でも問題になっているなら注意するべきだと思います」

 

「実は、先ほど五十嵐がコトミの服装を注意したらしいが」

 

「アイツは……」

 

 

 妹が注意されたと知り、タカトシは頭を押さえて苦々しげに呟いた。

 

「そこでこの後、五十嵐を交えてどう注意すべきかを話し合おうと思っている」

 

「それって俺がいて良いんですか?」

 

「タカトシには異性から見たそういう行動に対する評価を述べてもらいたい」

 

「実際にそういう場面に出くわしてたら、注意するとは思いますが、異性に見られてたと知った場合どういう反応をするか分からないのですが……皆さんならどういった反応をしますか?」

 

「脛を蹴り飛ばすわね」

 

「いきなり物騒だな……」

 

 

 萩村の回答に、タカトシは戦いたような表情を浮かべる。確かに、見られていたと分かったら何かしらの制裁を加えるかもしれないな……

 

「タカトシ君にだったら見られてても良いけど、他の男の子に見られてたらちょっと嫌だな~」

 

「何故俺ならいいんですか……」

 

「だって、タカトシ君になら私の全部を見られても良いって思ってるから」

 

「わ、私だってタカトシになら見られても良いぞ!」

 

「だからって見せようとはしないでくださいね?」

 

 

 あまり参考にはならなかったようだが、タカトシはとりあえず私たちの意見を聞いて結論を出すようだった。

 

「実際に問題になる前になにか手を打っておかないと、男子生徒はおちおち階段前を歩けなくなりそうですね。もちろん、見なければいいだけですが、この場合女子にも問題があるわけですし、何かしらの罰を設けるのが一番早いかと思います」

 

「そもそも校則違反なわけだしな。だが、罰を設けると言っても具体的には?」

 

「その辺りはカエデさんを交えて話し合った方が良いでしょうね。実際に取り締まるのは風紀委員会なわけですし」

 

「生徒会はあくまで注意と警告だけだからな」

 

 

 取り締まろうとすれば出来ないことは無いのだが、そうなると風紀委員会の仕事が大幅に減ってしまい、存在価値も減ってしまうからな……

 

「参考までに、タカトシは帰ってコトミにどうやって注意するんだ?」

 

「別に特別な事はしませんよ。普通に怒って、それでも直らなければ……さて、どうしましょうか」

 

「こ、怖いぞ……」

 

 

 タカトシの雰囲気の所為で、生徒会室の温度が下がったような錯覚に陥り、私たちは自分の身体を抱きしめたのだった。




そこまで短くする意味っていったい……


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問題児への罰

問題いろいろですからね……


 タカ兄から生徒会室に来るようメールで言われたので、私はとりあえず生徒会室にやってきた。

 

「しっつれいしまーす! ……おろ?」

 

 

 勢いよく生徒会室に入ると、何時もなら会長かスズ先輩にノックをしろと怒られるのだけども、今日はその注意が無かった。

 

「タカ兄、いったい何の用?」

 

「さっきカエデさんからお前が怒られたと聞いてな。ちょうどいいからお前で試す事になった」

 

「試す? 何を?」

 

「スカートの丈をどこまで短くしたら罰を与えるかの話し合いのサンプルだ」

 

「えっと……つまり私は怒られるの確定って事ですか?」

 

 

 三十六計逃げるにしかず! 私は回れ右をして生徒会室から逃げ出そうとしたのだけど――

 

「逃がすと思ったか?」

 

 

――どこの世界でも魔王からは逃げられないようだった……

 

「津田さん。スカートの丈だけではなく、貴女は廊下を走ったり遅刻常習犯だったりと、風紀委員だけではなく生活指導部でも問題になっています」

 

「そ、そこまで悪い事はしてないと思うんですが……」

 

「タカトシが最終的に手を貸してくれているからこそ赤点は無いが、本来なら補習になっていて当然の成績だ。問題ありと判断されても仕方ないだろう」

 

「授業中に居眠りしてるのも報告書に書いてあるよ~?」

 

「うっ……」

 

 

 シノ会長、アリア先輩が報告書を見ながらつらつらと私が問題児であることを説明している横で、タカ兄が凄い顔で私の事を睨んでるよぅ……

 

「とりあえず生活指導部の判断に対する罰は、この話し合いを手伝ってもらう事で終わるから、後は風紀委員の方の罰だけね」

 

「えぇ! そっちも怒られるんですか!?」

 

「当然でしょ。貴女、さすがにスカート短すぎです」

 

 

 スズ先輩の言葉に反応すると、カエデ先輩が当然だと言わんばかりに頷いた。

 

「何で私ばっかり! スカートが短い生徒はいっぱいいるでしょ!」

 

「俺が話し合いに参加しなければならないから、身内であるお前が選ばれたんだ。そして、お前もどうせ怒られる運命なんだから、さっさと怒られろ」

 

 

 タカ兄の容赦のない一言に、私はその場に崩れ落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現状のコトミのスカート丈でも問題なのだから、ここからどこまで戻せばセーフになるのかを話し合うはずだったのだが、そもそも短くしている時点で問題なのではというタカトシの根本的な疑問で、私たちは今までの話し合いは無駄だったのだと思い知った。

 

「元の丈以外の生徒は注意し、余りにも丈が短すぎる生徒は風紀委員会で徹底マークします。もちろん、生活指導部にも報告は入れますので、先生方からも注意されるでしょうね」

 

「つまりコトミは既に教師陣のブラックリストに載っているという事か?」

 

「そんなものがあるんですか!?」

 

「いや、私も知らないが……」

 

 

 そもそもそんなものがあったとして、私たちには縁がないものだからな……たとえあるとしても私は知らない。

 

「一時期は成績面でも問題があったから、ブラックリストがあれば確実に名前は載っているでしょうね」

 

「トッキーさんも問題ありだけど、部活動の成績が素晴らしいもんね~」

 

「そんな……」

 

 

 宿題を忘れる、テストは赤点のトッキーは仲間だと思っていたのか、コトミは膝から崩れ落ちた。

 

「ショックを受けているところ悪いが、これからお前に対する罰を実行する」

 

「やめて、もう私のメンタルはズタボロよ……」

 

「なにわけわからないことを言ってるんだか……とりあえず、反省文を明日までに提出、次同じことをしたら生活指導部から呼び出されるだろうから、覚悟だけはしておけ」

 

「それって……」

 

「下手をすればお母さんたちが呼ばれるかもしれない」

 

「そ、そんなことになったらお小遣いが……というか、家から追い出される可能性も……」

 

 

 タカトシたちの両親は日本にいないことが多いのに、そんなことになるのだろうか? てか、保護者呼出で面倒な事になるのはコトミではなくタカトシなのでは……

 

「と言うわけで津田さん、これ反省文用の原稿用紙です。五枚以上書いてくること。期限は明日の放課後まで。提出先は職員室か風紀委員会本部ですので」

 

「そんなに書けませんよー……せめて三枚になりませんか?」

 

「お前は反省する事が多いから、五枚でも少ないだろ。文句があるなら十枚にしてやってもいいが?」

 

「タカ兄の優しさに感謝します……」

 

 

 相変わらず力関係がはっきりしてる兄妹だな……てか、前よりも遥かにタカトシが強くなってないか?

 

「では、今度の集会で今日決めたことを全校生徒に伝える、これでいいですね?」

 

「はい、問題ありません」

 

「発表は生徒会からしますか? それとも風紀委員がします?」

 

「連名でいいのではないでしょうか。風紀委員だけが問題視しているわけではありませんし」

 

「では、そのように。会長も問題ありませんよね?」

 

「あぁ。外で見た分には気にしないだろうが、やはり校内で短いスカートは気になるからな」

 

「それじゃあ、今日はこれでお終いだね~」

 

 

 アリアが人数分のお茶を淹れてくれたので、私たちはそれで一服する事にした。ちなみに、コトミは反省文を書かなければと、急ぎ家に帰ったようだった。




反省文など書いた事ないな……


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生徒会役員の持ち物検査

私立は厳しいんだなぁ……


 近頃不要なものを持ってきている生徒が多いと聞く。部室を見回ったりしてきたが、全員が部活に入っているわけではないので、それで全員を調べたとは言えないだろう。

 

「――というわけで、明日持ち物検査をすることになった」

 

「確かに不必要なものを持ってきてる生徒が多いとカエデさんが言ってましたね」

 

「何時五十嵐から聞いたんだ?」

 

「ついさっきですが」

 

 

 タカトシは見回りに出ていたから、その時に五十嵐と会ったのだろうが、情報交換する時間はあったのだろうか?

 

「私も聞きました。どうやら男子に多いようです」

 

「なるほど……エロ本でも持ち込んでるんだろうか」

 

「学校で発散するのは良くないと思うけどな~」

 

「普通に漫画とかそういう発想は出ないんですか?」

 

 

 タカトシが呆れた表情でこちらを見てきたので、私とアリアは気まずげにタカトシから視線を逸らした。

 

「情報を知っている我々だけ今から持ち物検査をするから、カバンの中身を机の上に出してもらう」

 

「特に何も入ってませんが」

 

 

 真っ先に中身を出したタカトシだが、確かに普通のものしか入ってないな……ん?

 

「これはなんだ?」

 

「えっ? あぁ。さっきコトミから没収した漫画です。後で取りに来させるつもりだったのを忘れてました」

 

「またアイツか……」

 

 

 この間スカートが短いと叱ったばっかりなのに、またなのか……タカトシが疲れ果てている理由も分かる気がするぞ……

 

「次はアリアだが、DVDは学校に必要ないな」

 

「それ、畑さんから借りてたやつなんだ~。今日返そうと思ってたんだけど、彼女見当たらなくって」

 

「そういう事情なら仕方ないが、なるべく学校で貸し借りはしないように」

 

「ごめんなさい」

 

 

 形だけの注意になってしまったが、アリアはこれで反省するだろうから問題ないだろう。

 

「萩村、このボールはなんだ?」

 

「健康グッズです。血行を良くして身体の疲れを抜いたり出来ます」

 

「ちょっと試していいか?」

 

「どうぞ」

 

 

 萩村から健康グッズを借り、試しに使ってみる。これは確かに気持ちいいな……

 

「まぁ、これくらいならいいだろう」

 

「最後はシノちゃんだね~」

 

「なにっ!? あっ、いや……別に大したものは入ってないぞ?」

 

「それは俺たちで判断しますので、大人しくカバンの中身を出してください」

 

「はい……」

 

 

 タカトシに睨まれたら、私に逆らう事など出来ない。大人しくカバンの中身を机の上に並べていく……

 

「これは、タカトシ君の隠し撮り写真?」

 

「き、昨日畑から貰ったのを忘れてて……」

 

「まさか、買ったんですか?」

 

「ち、違うぞ! サンプルだからと無理矢理……あ、アリアや萩村だって貰ってるぞ!」

 

 

 苦し紛れの言い訳だったが、アリアと萩村は想像以上に慌てだした。

 

「その件は後日、畑さんを交えてゆっくり話しましょうか」

 

「「「は、はいぃ……」」」

 

 

 タカトシの素敵な笑顔に、私たちはそう答えるしか選択肢が無かった……あの笑顔は逆らったら危ないと思わせる何かがあるしな……

 

「タカ兄ー! 漫画返してー!」

 

「丁度いいところに来たな。今からお説教だ!」

 

「えーっ!? てか、シノ会長たちは何で涙目なんですか?」

 

「な、何でもない! そんな事より、お前はこの前反省文を書いたばかりなのに、また怒られるようなことをしてるようだな!」

 

「トッキーにお薦めしようとしただけですって」

 

「そういう事は校外でやるんだな」

 

「すみませーん」

 

 

 あまり反省している様子は見られないが、私たちも強く怒れる立場ではないので、後はタカトシに任せるとしよう。

 

「次持ってきてるのを見つけたら、容赦なく生活指導部に呼び出しにするからな。ただでさえお前は遅刻やら居眠りやらで目を着けられてるんだ。これ以上余計なものは持ってこないように」

 

「ゴメンなさい……あっ、そういえばタカ兄。今日はお義姉ちゃんが来てくれるから、晩御飯の用意はしなくていいって」

 

「分かった。その分、お前の説教に時間を使うとしようか」

 

「そ、そんなことより、たまにはのんびりしたらどう?」

 

「そうしたいところだが、残念ながら俺は今日バイトだ。だから義姉さんに晩御飯の用意を頼んだんだ」

 

 

 どうやらカナがタカトシの家に行くのはタカトシが頼んだかららしい。カナに頼まなくても我々がそれくらいしてやるのに……やはり、義姉弟という関係は強みなのか……

 

「とりあえず、これは返しておくが、今後持ってこないように」

 

「はーい」

 

「もしまた持ってきてたら、今後一切お前のテスト前勉強は手伝わないし、赤点補習になっても面倒見ないからそのつもりで」

 

「はい! 今後二度と余計なものは学校に持ち込まないと誓います!」

 

 

 背筋を伸ばしてはっきりと宣言するコトミを見て、ますますタカトシとの力関係がはっきりしてきたなと感じさせられた。

 

「それじゃあ、今日はもう帰って良いぞ。洗濯物だけはお前がしまっておけ」

 

「はい! 失礼しました!」

 

 

 まるで上官を相手にしているようなコトミの態度だったが、それだけタカトシを怒らせたら大変だと言う事を知っているのだろうな……

 

「さて、俺たちも帰りますか」

 

「そうだな」

 

「あっ、写真の事はしっかりと聞かせてもらいますので、後日覚悟しておいてくだいね」

 

「わ、分かってる」

 

 

 コトミので誤魔化せたと思ってたのだが、やはりダメだったようだ……




普通にゲームとかしてたな……


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読書の秋

これから夏だというのに……


 読書の秋ということで、我々新聞部はエッセイのみの新聞を発行しようと話し合い、津田先生に交渉に赴いた。

 

「――と、言うわけでして、来週までにもう一本お願いできませんかね? もちろん、報酬は弾みますので」

 

「弾むといわれても、特に何かを貰ってないんですが」

 

「渡そうとしても津田先生は断るじゃないですか」

 

「てか、その『先生』って何ですか?」

 

「またまた。桜才学園きっての作家先生じゃないですか」

 

「煽ててもこの前のカエデさんに対しての密着取材の件は許しませんからね」

 

 

 この間風紀委員長に密着取材していたら津田副会長に怒られたんですよね……まだ覚えてたか。

 

「その件は後程ということで、どうにか一本、お願いできませんか?」

 

「そもそも何で今になってそんな話をするんですか……もう少し前に言ってくれれば何とか出来たかもしれないのに」

 

「今月は良いネタが無かったので、津田副会長のエッセイで誤魔化そうと思いまして」

 

「正直に言えば何でも許されると思うなよ」

 

「まぁまぁ、津田副会長のファンが多く、前々からエッセイを増やしてくれという意見が新聞部に来ているので、この機会にお願いしてみようという運びになったわけです」

 

「今から一本となると、かなり厳しいんですが……具体的にはどの程度のものを期待してるんですか?」

 

「先日頂いたものの半分程度で結構です。文字校正はこちらでしますので、津田先生は誤字脱字など気にせず進めてください。まぁ、何時もほぼ完璧ですから、こちらとしても助かっているのですが」

 

「あれの半分で良いなら何とかなるか……」

 

 

 そう呟いて、津田副会長は虚空に視線を向けて考え込んだ。恐らく、頭の中のスケジュール帳を確認しているのでしょうね。

 

「なんでしたら、こちらで津田先生の代わりを務めましょうか? 家事やコトミさんの相手くらいなら私がしますので」

 

「大丈夫です。今日から義姉さんが泊りに来るので……間に合わなくても文句は受け付けませんからね」

 

「その時は、天草会長が生徒会室でバストアップ体操をしてた写真を載せますので大丈夫です」

 

「また盗撮してたのか、アンタは……」

 

「あっ……」

 

 

 今回は完全に自爆でしたね……この後、津田副会長にこっ酷く怒られました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君の家にお泊りするにあたり、一人じゃ心許ない感じがしたので、サクラっちを誘って二人でタカ君の家にやって来ました。

 

「いきなり私も泊まることになって大丈夫なのでしょうか……」

 

「大丈夫。お義母さんの許可は貰ってるから。それに、サクラっちにお願いするのは、私が料理とかやってる時のコトミちゃんの監視だから」

 

 

 どうやらコトミちゃんは、生活指導部に目を付けられているくらいの問題児らしいので、生活態度を改善させるために私が呼ばれたのだ。だが、タカ君が急に忙しくなってしまったので、家事一切を私にお願いしたいと先ほどメールを貰い、そういう事ならとサクラっちを増援として呼んだのだ。ちなみに、何故サクラっちなのかというと、他のメンバーではタカ君の邪魔をしかねないから……

 

「しかし、いきなりもう一本エッセイをお願いされても、普通なら断りそうですがね」

 

「タカ君はなんだかんだで優しいですし、大勢のファンの声を無視するのは申し訳ないと思ったのかもしれませんよ。散々せっついた甲斐がありました」

 

「会長の案だったんですね……」

 

「もちろん、私だけではありませんがね」

 

 

 タカ君のファンは、桜才学園だけではなく英稜にも大勢いますし、私一人がせっついてたとは思えませんしね。

 

「すみません、義姉さん。いきなり全てをお願いする形になってしまって」

 

「気にしないでください。その代わり、感動できるお話を期待してますので」

 

「あんまり期待されても困るんですがね……サクラさんも、急に申し訳ありませんでした」

 

「私はあくまでもお手伝いですから」

 

 

 タカ君はもう一度申し訳なさそうに頭を下げてから、エッセイ作成の為に自分の部屋に引っ込んでしまった。

 

「さてと……コトミちゃん? 逃げちゃ駄目だからね」

 

「わ、分かってますよ……ちょっとコンビニにお茶とお菓子を買いに行こうと思っただけですって」

 

「それならタカ君から指示を受けて、私たちが買ってきたから大丈夫だよ」

 

「くっ、優秀な兄が憎い……」

 

 

 コトミちゃんが逃げ出す口実として使うかもしれないから、というメールを貰い、この家に来る前に私とサクラっちで先に買ってきたのだ。これでコトミちゃんが家から逃げ出す口実に使えないからと……

 

「それじゃあさっそく、数学の復習からしようか。サクラっち、監視をお願いね。その間に私は洗濯物を取り込んでおくから」

 

「分かりました。コトミさん、部屋に行きましょう」

 

「勉強したくありません!」

 

「タカ君に見放されて、この家を追い出されたいならしなくてもいいよ?」

 

「さぁサクラ先輩! いろいろと教えてください!」

 

「……よっぽど追い出されるのが怖いんですね」

 

 

 私の脅しにコトミちゃんはあっさりと部屋に向かい、その姿を見たサクラっちが呆れたように呟いてその後に続いた。まぁ、自活能力皆無なコトミちゃんがこの家を追い出されたらどうなるか、想像するのは簡単ですからね。




コトミの先読みをするタカトシでした


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タカトシの凄さ

身を持って実感した人物が一名……


 タカトシさんはエッセイ作成、カナ会長は下で家事をしているので、コトミさんの部屋には私とコトミさんの二人きりという事になっています。それなりに付き合いはありますが、こうして二人きりになったのは数えるほどしかないので、ちょっと緊張しますね……

 

「何をキョロキョロしてるんですか、サクラ先輩?」

 

「いえ、こうしてコトミさんの部屋に入るのも珍しいなと思ってただけです」

 

「普段はタカ兄の部屋ですもんね」

 

「あんまりふざけてると、後で会長とタカトシさんに報告しちゃいますからね」

 

「そ、それだけは勘弁してください……」

 

 

 普段から余程怒られているのか、タカトシさんの名前に過剰に反応するコトミさん。そんなに怒られているのなら少しは改善しようとか思わないのでしょうか……

 

「とりあえず宿題から片付けましょうか」

 

「今日は宿題はありません」

 

「タカトシさんが担当の先生からあると聞いているそうですが?」

 

「はい……大人しく宿題をします」

 

 

 まさか教師から聞いていたとは思わなかったのでしょうか……コトミさんは素直に鞄からプリントを取り出して机に向かい――

 

「なにが書いてあるか分かりません……」

 

 

――すぐに私に泣きついてきました。

 

「何で分からないんですか……あぁ、英語ですか」

 

 

 コトミさんは特に英語が苦手らしく、一問目から躓いたようですね。

 

「よく合格できましたよね……」

 

「タカ兄が徹夜で叩き込んでくれたお陰です」

 

「タカトシさんが努力したんですか……普通コトミさんが努力するんじゃないんですか?」

 

「私だって頑張りましたよー? でも、それ以上にタカ兄が頑張ってたんですよねー」

 

 

 笑いながら言うコトミさんを見て、タカトシさんには悪いですが、いっそのこと不合格になった方が良かったのではないかと思ってしまいました。

 

「まずは辞書を引く癖をつけましょう。そうすれば自ずと覚えていけるはずです」

 

「タカ兄にも同じことを言われてるんですが、調べるよりも聞いた方が早いじゃないですか~」

 

「早い遅いの問題ではなく、覚える為にも辞書を引いてください」

 

「辞書引いてやってると、いつ終わるか分からないですけど」

 

「……とりあえず一時間は辞書を使って進めてください」

 

 

 タカトシさんが匙を投げずにコトミさんの相手をしていられることに尊敬の念を抱きますね……

 

「ん? 私の顔になにかついてます?」

 

「いえ、見た目は似ているのに、どうしてここまで中身が違うのかと思っただけです」

 

「タカ兄に全部持っていかれて、私の時には何も残ってなかったんですよ。あっ、性知識は残ってたみたいですけどね」

 

「……とにかく、頑張ってください」

 

 

 もし私がコトミさんの血縁だったとして、彼女の面倒を最後まで見る事が出来るでしょうか……そんな疑問が浮かび上がり、私は絶対に無理だろうなと結論付け、タカトシさんを尊敬する気持ちがますます強まったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミちゃんの面倒はサクラっちが見てくれていたお陰で、私は家事に専念する事が出来ました。普段ならタカ君が帰ってきても終わっていない事が多いのですが、今日はほぼ完璧に終わらせることが出来、私は満足です。

 

「――で、何故サクラっちは精根疲れ果てているのでしょうか?」

 

「まさかあそこまで出来ないとは思っていなかったので……」

 

「コトミちゃんは毎回赤点すれすれですからね。タカ君が面倒を見て、ようやく平均に届くか届かないかですからね」

 

「改めてタカトシさんとカナ会長の凄さを実感しました……」

 

「私はそこまで面倒を見てあげてるわけではないですけどね。タカ君がコトミちゃんの面倒を見ている間の家事を請け負ってるだけですから」

 

 

 もし私がコトミちゃんの相手を任されたら、恐らく数日で匙を投げているでしょうね。

 

「タカ兄の凄さはみんな知ってると思うですけど」

 

「ですから、改めてと言っているのですよ……前々から凄いとは思っていましたが、実際にコトミさんの相手をしてみて、その気持ちがさらに強くなったという感じでしょうか」

 

「それに加えて、タカ君は家事やエッセイ、それからバイトとこなしていますからね。あっ、タカ君」

 

「すみません、義姉さん。家事の全てを任せてしまって」

 

「これくらいしかお手伝い出来ませんので。もう完成したんですか?」

 

「さすがに一日じゃ無理ですよ。ちょっと息抜きに下に降りてきただけですが、サクラさんはどうしたんです?」

 

 

 ソファで倒れ込んでいるサクラっちを見て、タカ君は不思議そうに首を傾げて問いかけてきました。

 

「コトミちゃんの相手を四時間務めてたんですから、仕方ないと思うな」

 

「あぁ……申し訳ありません、サクラさん」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

 

 力なく起き上がり、タカ君に手を振るサクラっちを見て、私はタカ君に提案した。

 

「サクラっち、今日は泊まってったら?」

 

「いきなり何を言ってるんですか!? そもそも、着替えなんてありませんし」

 

「大丈夫。下着とかなら私やコトミちゃんのがあるし、制服だからシャツだけ変えれば問題ないよ」

 

「乾燥機ありますから、洗っても明日の朝には乾いてますよ」

 

「そ、それじゃあ……お世話になります」

 

 

 サクラっちのお泊りも決定したので、私は客間の用意を始める事にしました。もちろん、私もお泊りするんですけどね。




成長はしてるんでしょうが、それ以上に抜けていく速度が速いコトミ……結局ダメじゃん


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コトミの将来設計

やれば出来ると思うんですがね……


 タカ君はエッセイの続きを作るために部屋に、サクラっちは客間なので、コトミちゃんの面倒は私が視る事になりました。

 

「ほら、また同じ間違いをしてるよ」

 

「うぅぅ……」

 

「……ちょっと休憩しようか」

 

 

 夕飯から数えて、既に二時間以上は勉強しているので、コトミちゃんの頭は限界を迎えていた。

 

「お義姉ちゃんは平気そうですね」

 

「まぁこれくらいは。それに、私は教えているだけですから」

 

「サクラ先輩も特に気にした様子も無かったですし、私がおかしいんですかね……」

 

「コトミちゃんはちょっと頑張れば出来るようになると思うんだけどな」

 

 

 タカ君の妹なわけですし、全く出来ないという事はあり得ないと思うんだけど、どうにかしてやる気を起こさせないと駄目なのが難点なんですよね……

 

「コトミちゃんは卒業したらどうするかとか考えてるの?」

 

「まだ何をしたいかすら分からないですねー。とりあえず大学に行こうかなとは考えてますけど、具体的に何処とかは全く」

 

「進学するつもりがあるなら、もうちょっと勉強を頑張らないとね。タカ君だってその時にこの家にいるか分からないんだから」

 

「タカ兄ならレベルの高い大学にいけそうですしね」

 

 

 そうなればタカ君はこの家を出て一人暮らしを始めるだろう。そうなるとコトミちゃんがこの家に一人という事になるのでしょうか……それとも、お義母さんたちが帰ってくるのでしょうか?

 

「コトミちゃんが得意な事って何ですか?」

 

「保健体育の保健ですかね~。それならタカ兄にも勝てると思います」

 

「あんまり役に立ちそうにないですけどね」

 

「じゃあ何にもないです! ゲームも得意と胸を張れるレベルじゃないですし」

 

「そんな事で胸を張られても困るんですけど」

 

 

 そんな話をしていると、廊下から扉をノックしたタカ君が声を掛けてきた。

 

『コトミ、さっさと風呂に入れ』

 

「はーい。お義姉ちゃん、一緒に入りませんか?」

 

「そうですね。義姉妹のスキンシップと行きましょうか」

 

 

 ちょうど休憩中でしたし、タカ君がコトミちゃんにふろに入るように言ったのですから、この時間はゆっくりとコトミちゃんとの絆を深める事にしましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 客間で勉強していたのですが、どうしても分からない箇所が出てきてしまい、私はどうしようかと頭を悩ませ、タカトシさんにメールで部屋を訪ねていいか確認しました。

 

「すみません、サクラです」

 

『開いてますからどうぞ』

 

 

 メールで構わないといわれたので、私はタカトシさんの部屋を訪れました。エッセイの製作中でPCを使っているので、タカトシさんは眼鏡をかけていました。

 

「その眼鏡は?」

 

「ん? あぁ。ブルーライト対策で買ったやつです。度は入ってません」

 

 

 そう言ってタカトシさんは眼鏡を外して私が持っていた参考書に目を通し始めました。

 

「この問題ですか?」

 

「はい。どうしても分からなくて」

 

 

 タカトシさんは机からシャーペンを取り、ノートに分かりやすく解説を書いてくれました。

 

「これで分かると思いますが」

 

「ちょっとやってみます」

 

 

 タカトシさんに書いてもらった解説を見ながら問題を解くと、さっきまで分からなかったのがウソみたいに簡単に解くことが出来ました。

 

「ありがとうございます。やっぱりタカトシさんは凄いですね」

 

「そんなこと無いですよ。実を言うと、この問題は前に解いたことがあったので、それで解き方を知っていただけです。俺も最初は苦労しましたけどね」

 

「でも、自力で解いたんですよね?」

 

「本当に苦労しましたがね」

 

 

 タカトシさんはその時の苦労を思い出しているのか、苦々し気に微笑んでシャーペンを置きました。

 

「他になにか分からない問題はありますか?」

 

「今のところは大丈夫です。ゴメンなさい、タカトシさんも忙しいのに」

 

「いえいえ、ちょっと煮詰まってたところなので、丁度良い息抜きになりましたよ」

 

「煮詰まってたんですか?」

 

 

 ちょっと覗き込んだだけですが、エッセイの出来はかなり高い物だと感じたのですが、タカトシさん的には納得いっていないようです。

 

「なんかイマイチ上手く行ってないような気がするんですよ……ちょっと読んでくれます?」

 

「良いんですか?」

 

「まだ完成してませんし、途中までの感想を貰えるとヒントになるかなって」

 

 

 そういいながらタカトシさんはPCの前を譲ってくれました。

 

「……これでどれくらいなんですか?」

 

「まだ半分も行ってないくらいですかね。どうですか?」

 

「普段のエッセイも十分凄いのに、これは今までのどのエッセイよりも凄い気がします」

 

「そうですか? それじゃあ、もうちょっと頑張ってみます」

 

「完成を楽しみにしてますね」

 

 

 タカトシさんに適度なプレッシャーを掛けて、私はタカトシさんの部屋から客間に戻る事にしました。途中でカナ会長とコトミさんと遭遇し、タカトシさんの部屋に何の用で言っていたのかを問い詰められましたが、私が参考書を持っていたのを見つけ、そういう事かと納得してくれました。

 

「やっぱりカナ会長もタカトシさんの事が好きなんでしょうね……義姉弟になっても、そういう気持ちは変わらないんでしょうね」

 

 

 部屋で一人呟きながら、私はタカトシさんに負けないように参考書の問題を解き続けたのでした。




やらないから一生出来ないのか……


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早朝のキッチン

当然の如く、コトミは寝てます……


 朝食の準備をするためにキッチンに降りたのですが、既にタカ君が終わらせていました。相変わらずの早起きでお義姉ちゃんは嬉しいのですが、これじゃあ何のためにお泊りしたのかが分からなくなってしまいますね。

 

「タカ君は休んでてよかったのに」

 

「いえ、昨日ほぼ全てを頼んでしまったのでこれくらいは。それに、どうせ学校がありますから」

 

「タカ君は真面目だね。お義姉ちゃん嬉しい」

 

「はぁ……それで、コトミのヤツは?」

 

「まだ寝てますよ」

 

 

 昨日は十二時前まで勉強してたから、普段からこの時間まで起きてるコトミちゃんなら大丈夫かなとも思ったけど、遊んでるのと勉強してたのとでは違うみたいですね。

 

「何時もより早く寝てるはずなのに、やっぱり起きないんですか……」

 

「ん? タカ君、何でコトミちゃんが何時に寝たか知ってるの?」

 

「部屋の明かりが消えたのが、何時もより早かったからですが」

 

「……タカ君は何時に寝たの?」

 

「二時ですかね……たぶんそのくらいだったと思います」

 

 

 首を傾げながら答えるタカ君を見て、私はタカ君の凄さを改めて思い知らされた。二時まで作業していたのに、六時前から朝食の準備をしていたわけですし、それに全然眠そうに見えないのもさすがです。

 

「タカ君はゆっくり寝た方が良いと思うよ」

 

「時間があれば寝ますけど、締め切りまでそれほどありませんので、出来る限りはやりたいんです」

 

「立派だね。どうしてコトミちゃんにはその気概が無いのでしょうか……」

 

「何でですかね……」

 

 

 最後の一品をお弁当箱に詰めながら首を傾げるタカ君。よく見ればお弁当箱は何時もの二つではなく、私たちの分も含めた四つ用意されている。

 

「相変わらずタカ君のお弁当は美味しそうですね。思わず早弁したくなっちゃいますよ」

 

「別にしても構わないと思いますよ。授業中じゃなければ、ですがね」

 

「さすがに生徒会長が授業中に早弁してたらマズいですもんね」

 

 

 タカ君と二人で談笑していると、客間からサクラっちが出てきました。いつ見てもあの胸は羨ましいですね……

 

「おはようございます……お二人とも早いですね」

 

「サクラっちも十分早いと思いますが?」

 

「ですが、タカトシさんも会長も完全に目が覚めてますよね……私はまだ少し眠いです」

 

「コーヒー淹れますので、その間に顔でも洗ってきてください」

 

「お願いします……」

 

 

 まだ半分寝ぼけ眼なサクラっちは、目を擦りながら洗面所へ向かいました。それにしても、今のやり取りを見ても、タカ君は良いお嫁さんになりそうですね……性別違いますけど。

 

「カナさんも着替えて来たらどうですか? もう乾いてると思いますし」

 

「私の着替えはコトミちゃんの部屋に置いてあるから大丈夫なんだよ。二、三日急に泊っても大丈夫なくらいの替えはあるから」

 

「……道理で見覚えの無い下着が増えたなと思ったら」

 

「タカ君のエッチ」

 

 

 洗濯物としてしか見てないだろうけども、一応は言っておかないと私まで受け入れちゃったと思われちゃいますからね。

 

「とりあえずお二人は早めに出ますよね? 桜才と違って一駅走れば間に合う距離じゃないですし」

 

「まだ時間大丈夫だよ。七時をちょっと過ぎただけだし」

 

「生徒会の業務とかは無いんですか?」

 

「今日は無いよ」

 

 

 テキパキと朝食とコーヒーをテーブルに並べながら尋ねてくるタカ君に、私もちゃんと答える。でもまぁ、そろそろ着替えないと洗濯出来なくなっちゃうから、着替えてくるとしますかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんの家から英稜まで会長と二人で向かう中、私は鞄の中に入っているタカトシさんお手製のお弁当が気になっていました。私がタカトシさんに作ってあげるなら、まだ性別的に問題ないのかもしれませんが、男子であるタカトシさんが、女子である私にお弁当を作ってくれるというシチュエーションは、女子である私的に何だか複雑な思いでいっぱいです……

 

「サクラっち、さっき朝ごはん食べたばっかだよ? もうお腹すいてるの?」

 

「違います! てか、会長も何となく分かってますよね?」

 

「まぁね。でもタカ君は主夫だし、私たちが用意するよりもおいしいごはんを作ってくれるからね……複雑な思いなのは分かるけども、せっかく作ってくれたわけだし」

 

「そうなんですよね……」

 

 

 私や会長だって普通に料理は出来るのだが、タカトシさんが作る料理の方がよっぽど美味しいので、下手に「私が!」とかは言えないんですよね……

 

「そういえばコトミさんは起きたんでしょうか?」

 

「どうなんでしょうね……最悪コトミちゃんは遅刻、って事になるでしょうがね」

 

「タカトシさんも起こしてあげてるみたいですが、コトミさんは全然起きない様子でしたしね」

 

「タカ君曰く、昨日はいつもより早く寝てるらしいけどね」

 

「ところで、今日も泊まるんですか? もしそうなら、さすがに替えの下着とかを持ってきたいのですが」

 

「後でタカ君にメールで聞いてみるね。でもまぁ、まだエッセイも終わってないし、サクラっちだってお泊りしたいでしょ?」

 

 

 会長の質問にどう答えるべきか悩んだ私は、無言で頷いたのでした。だって、力強く答えるのもあれですし、かといって否定するのも違いますし……てか、会長の中では私も泊まるのが決定してるみたいでしたしね……




どうしようもないな……


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同じ失敗

アリアさん(中の人)、結婚おめでとー


 今日も遅刻ギリギリで学校に到着したら、マキとトッキーが呆れ顔で話しかけてきた。

 

「コトミ、今日もギリギリなの?」

 

「少しは兄貴の負担を考えたらどうだ?」

 

「私だって頑張ってるもん! 今日だって頑張って起きようとはしたけど、気がつけば何時もと同じ時間になってただけで……」

 

「それは頑張ってないのと同じだろ」

 

 

 トッキーに厳しい一言を言われ、私は机の上に突っ伏した。やっぱり寝起きダッシュはキツイよ……

 

「ところでコトミ、今日持ち物検査があるみたいだけど、余計なものは持ってきてないよね?」

 

「持ち物検査? タカ兄そんな事言ってなかったけどなぁ」

 

「教えるわけないだろ。そもそもお前は要注意人物だろうし、兄貴だってそんな相手に情報を流すとも思えねぇしな」

 

「聞いてたとしても忘れてる可能性があるんじゃない、コトミの場合は」

 

「そんな事ないよ!」

 

 

 絶対に聞いてないし、タカ兄が身内だからといって贔屓してくれるわけもないしね……

 

「今日は何も入ってないと思うけど……あっ、昨日の漫画入れっぱなしだった……」

 

 

 昨日は家に帰ってからサクラ先輩とお義姉ちゃんに監視されて勉強してたからな……すっかり漫画の事を忘れてたよ。

 

「今度余計なものを持ってきたら指導室に呼び出されるんじゃなかったか?」

 

「てか、津田先輩も呼ばれるんじゃないの、保護者として」

 

「あ、あわ、あわわわわ……」

 

 

 タカ兄は事情を知ってるから許してくれる、なんて甘っちょろい考えは出来ない……そもそも、昨日タカ兄に怒られたばっかりなのだから、許してくれるはずもないのだ。

 

「昼休みに生徒会室に行かなきゃ!」

 

「てか、次の休み時間に津田先輩の教室に行けばいいでしょ」

 

「タカ兄に直接言うのはちょっと……」

 

「どうせ怒られるんだから、さっさと怒られれば良いだろ」

 

 

 トッキーもマキも一緒に来てくれるつもりは無さそうだな……仕方ない、先にタカ兄に怒られておこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室でネネと雑談をしていると、廊下に見覚えのある後輩がうろうろしているのが視界に入った。

 

「ちょっとゴメン」

 

 

 ネネに断りを入れて、私は廊下でうろうろしているコトミに声を掛けた。

 

「なにしてるのよアンタ……」

 

「あっ、スズ先輩……えっと、タカ兄いますか?」

 

「タカトシ? さっき横島先生に呼ばれて次の授業で使う教材を取りに行ったけど」

 

「そ、そうですか……」

 

「何でタカトシを探してたのかしら?」

 

 

 コトミの事だからまた何かやらかしたんでしょうけども、今日の怯え方はいつも以上に思えるのよね……

 

「実はですね――」

 

 

 私はコトミから事情を聞き、思わずため息を吐いてしまった。

 

「そういう事情なら仕方ないわね……生徒会室で預かっておくから、後日取りに来なさい」

 

「良いんですか?」

 

「これ以上タカトシの負担を増やすわけにはいかないでしょ」

 

「面目次第もありませぬ……」

 

 

 本当に反省しているようで、コトミはショボンとした顔で私に漫画を手渡してきた。

 

「今度からは気を付けなさいよ」

 

「はい、申し訳ございませんでした……」

 

 

 トボトボといった足取りで教室に戻っていくコトミを見送って、私は教室に戻ろうと振り返った。

 

「またか、アイツは……」

 

「うわぁ!? た、タカトシ……脅かさないでよ」

 

「普通に背後に立ったつもりだったんだがな……まぁいい。それは俺が預かっておくから、スズは気にしなくていいぞ」

 

「アンタも大変ね」

 

 

 私の言葉に、タカトシは苦笑いを浮かべながら漫画を受け取った。

 

「アイツの事だからやらかすとは思ってたが、まさか本当にやらかすとはな……」

 

「ところでタカトシ、昨日何だか大変そうだったけど、家事とか大丈夫だったの?」

 

「あぁ。義姉さんとサクラさんが手伝いに来てくれたから大丈夫だ。と言っても、家事は義姉さんがやって、サクラさんはコトミの監視の手伝いだけどな」

 

 

 急遽エッセイをもう一本頼まれたとは聞いてたけど、まさかそれを理由に魚見さんと森さんがタカトシの家に泊まってただなんて……

 

「何で泊ってたって知ってるんだ?」

 

「あれ? 声に出してた?」

 

「いや、顔に書いてあった」

 

 

 漫画を自分の鞄にしまいながら指摘してくるタカトシに、私は自分の顔が真っ赤になっているのを感じた。どうしてこいつは人の考えている事が分かる癖に、こういった配慮に欠けるのかしら……

 

「そんなに恥ずかしいか?」

 

「自分が考えていたことを言い当てられて、恥ずかしくないわけないじゃないの!」

 

「そんな怒鳴らなくても……てか、スズたちはこの間新聞部の手伝いで一緒に泊まったじゃないか」

 

「あれは畑さんのお父さんが借りているアパートで、タカトシの家じゃないでしょ!」

 

「だけど、さすがに同じ部屋じゃないし」

 

「なになに、スズちゃんと津田君は同じ部屋で寝泊まりした事があるの?」

 

「ん? 別に二人きりじゃないけど」

 

 

 ネネが興味深げに尋ねてきたが、タカトシは特に気にした様子もなく普通に答えた。

 

「そうなんだ……良かったね、スズちゃん」

 

「わ、私だけじゃないって言ってるだろうが!」

 

「?」

 

 

 ネネが小声で話しかけてきた事に大声を出してネネを追いかけまわす私を、タカトシは不思議そうに眺めていたのだった。




これで生徒会メンバーで独身はタカトシ役の浅沼晋太郎さんだけに……


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押収品

持ち物検査でこれだけ押収されるとは……


 生徒会の業務があるため、お弁当は生徒会室で食べる事になった。もちろん、アリアやスズ、タカトシも一緒にだ。

 

「持ち物検査の結果ですが、やはり必要無いものを持ち込んでいる生徒が多いですね」

 

「そうだな。特に一年生に多いようだが、やはり慣れてきて気持ちが緩んでいるのだろうか?」

 

「どうなんでしょうね……ウチのコトミの場合は、単純にやらかしただけですが」

 

 

 昨日没収され返却された漫画をそのまま鞄に入れておくという失敗を演じたコトミは、どうやら反省しているようだった。さっき見かけたが、随分と落ち込んでいたからな。

 

「逆に三年生はあんまり持ち込んでる子はいなかったね~」

 

「受験生だからな。余計なものを持ち込んで、内申を悪くするのを避けているのだろう」

 

「ですが、畑さんからこれだけの不必要なものを押収したのですが」

 

 

 さっきから気になっていた段ボールの中身は、タカトシが畑から没収したものだったのか……いったい何が入ってるんだろうか?

 

「畑さん曰く『生徒会女子メンバーが見られると困る物』が入っているようですが、確認した方が良いですかね?」

 

「それは我々でやるから、タカトシはこっちの押収品の確認とリストの作成を頼む」

 

「分かりました」

 

 

 少しは興味を示しても良いんじゃないかと思いつつ、見られると困る物とはいったい何なのかという恐怖心から、タカトシに見られずに済むと思いホッとしてしまう私がいた。複雑な乙女心、とは違うのだろうが、これはこれで複雑だな……

 

「えっとこれは……アリアの昔の写真だな。ノーパンで過ごしてた頃の」

 

「こっちはシノちゃんの写真だね。髪の毛を乳首に縛り付けようとしてる時の」

 

「何処から撮ってたんでしょうね……って! これは完全にアウトだろうが!」

 

 

 萩村が叫んだのを見て、私とアリアは萩村が持っている写真を覗き込んだ。

 

「萩村、畑を連れてこい」

 

「これはお説教しなきゃいけないヤツだね」

 

「分かりました。すぐに捕まえてきま――」

 

「や!」

 

「連れてきました」

 

 

 萩村に指示を出したのだが、既にタカトシが捕獲済みで、私たちの前に畑がいた。

 

「それで、何を叫んでたんですか?」

 

「こ、これはさすがに見せられない! 恥ずかしすぎるぞ!」

 

「はぁ……まさか更衣室に隠しカメラでもあるとかですか?」

 

「「「ッ!?」」」

 

「そのまさかでしたか……後程回収の為に畑さんには再び同行を願う事になると思いますが、逃げないでくださいね?」

 

「分かりました。さすがに今回はやり過ぎたと反省してます」

 

 

 タカトシの威圧感に負けたのか、畑は素直に同行を受け入れた。何時もなら何か言い訳をするのだが、さすがに今回は素直に認めるようだな。

 

「さて畑よ。まさかとは思うが、この写真を売ったりはしてないよな?」

 

「さすがにしませんよ。皆さんの下着姿を何時もの値段で売るわけがありません」

 

「つまり、特別価格で販売していたと?」

 

「しようと思ってましたが、その前に津田副会長に見つかってしまったため、その写真の存在を知っているのは私と生徒会の皆さんだけです」

 

「もし出回っていたら、畑さんを警察に突き出すしかなかったですね」

 

「これは完全に犯罪だからな。何時もの盗撮とはわけが違う」

 

 

 何時ものも酷いものだが、これは完全にアウトだ。さすがに見逃すわけにはいかなかっただろう。

 

「それにしても、どうやったらこんな写真を撮ることが出来るんだか……」

 

「呆れるのを通り越して感心しますよね」

 

「さすがに男子更衣室の写真は無いみたいね」

 

 

 アリアが段ボールの中身の検閲を済ませそんな感想を述べたが、さすがに男子更衣室に忍び込む度胸は無いだろうな。

 

「だって、津田副会長にはバレてしまいますので……どれだけ巧妙にカメラを隠しても、どれだけ気配を殺して忍び込んでも、津田副会長には通用しませんので。他の男子の写真は全く売れませんしね」

 

「そもそも忍び込もうとするな!」

 

「申し訳ありませんでした。ところで、津田先生」

 

「まだですよ。てか、一日で出来ると思ってないでしょ」

 

「さすがに一日は無理でも、今週中には出来るのではないかと思ってますが」

 

「まだ半分も出来てませんので、あまり高望みをされても困るのですが」

 

「先日も申し上げた通り、間に合わなかったら天草会長が生徒会室でバストアップ体操をしていたという記事と証拠写真を載せますので問題はありません」

 

「大ありだ!」

 

 

 てか、何故その事を畑が知っているんだ……あの時はかなり警戒していたから、さすがの畑でも盗撮出来なかったと思うんだが……

 

「廊下側に意識を向けていましたので、屋上からロープを垂らして覗き込みました」

 

「たかが部活動に命がけだな……」

 

 

 まさか外から撮られていたとは……今度からは学校でやるのは止めよう……

 

「ところで会長、この写真はどうするんですか?」

 

「処分するに決まってるだろ! だがその前に、五十嵐にも報告しておいた方が良いだろう。我々以外だとアイツの写真が一番多いわけだしな」

 

「風紀委員長の写真は、普通のでも高値が付きますからね」

 

「反省の色無し。新聞部は一ヶ月間活動停止処分ですかね」

 

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 

 萩村の脅しに、畑は素直に頭を下げ謝罪の言葉を述べた。さすがに活動停止処分は嫌なようだな……ならこんな事しなければいいのに。




ジャーナリズムをはき違えてるような……


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会長の意地の張り合い

タカトシの為と言いつつ自分の為……


 昨日に引き続きタカ君の家にサクラっちと二人で帰ると、リビングで正座させられているコトミちゃんがいた。

 

「なにしてるの?」

 

「ちょっと自主的に反省中なんです……」

 

「また何かしたんですか?」

 

「この間の小テストで赤点だったので、タカ兄が帰ってくる前から反省しておこうと……」

 

 

 コトミちゃんの横に置かれている答案を覗き込み、これはタカ君じゃなくても怒るだろうと思われる結果だった。普段から少しでも勉強しておけば、このくらいのテストなら満点取れると思うんだけどな……

 

「それで、タカ君はまだ帰ってきてないの?」

 

「今日は買い出しの日ですから、たぶん一回帰ってきてスーパーに出かけたんだと思います」

 

「言ってくれれば私が買いに行ったのに」

 

 

 何のためにお手伝いに来てると思ってるんだろう、タカ君は……まぁタカ君の性格上、人に頼り過ぎるのを嫌ってるんだろうな。

 

「義姉さん、サクラさん、お帰りなさい」

 

「タカ君もお帰り。買い物くらい私とサクラっちのどっちかで行ったのに」

 

「お願いしようとも思ったんですが、さっき台所を覗いて醤油とか油とかのストックが無かったことに気付いたので買っちゃおうと思って。他にもいろいろと買っておいた方が良いものがあったので、さすがに重くなりすぎると思い自分で行ったんです」

 

「タカ君はちゃんと女性の事を考えられてエライね。お義姉ちゃんが頭を撫でてあげましょう」

 

 

 タカ君の頭を撫でながら、私は視線でコトミちゃんの答案を捉えて、この後起こるであろう惨劇を想像して震えた。

 

「それで、コトミは何をしてるんだ?」

 

「っ! あの……申し訳ありませんでした」

 

 

 深々と頭を下げるコトミちゃんに対して、タカ君は蔑むような視線を向けながら答案に目を向けました。

 

「これか……サクラさん」

 

「はい」

 

「今日はこのテストの復習をさせておいてください。あまりにも出来ないようでしたら軽く叩くくらいなら許可しますので」

 

「さすがに叩きませんし、タカトシさんだって叩かないですよね?」

 

「俺が叩いても喜んじゃうんで……」

 

「あぁ、そういう人でしたね……」

 

 

 タカ君とサクラっちが揃って残念な子を見る目をコトミちゃんに向ける。すると深々と頭を下げていたコトミちゃんの身体が、クネクネと動き出した。

 

「バカなことしてないでさっさと勉強しろ。定期試験で赤点取ったら容赦なく小遣い減らすからな」

 

「そ、それだけは勘弁してください!」

 

「お前の為にどれだけの人が手伝ってくれてると思ってるんだ」

 

「感謝してもしきれないと思っています、はい……」

 

 

 トボトボと階段を上がるコトミちゃんにサクラっちが続き、タカ君は盛大にため息を吐いてから私に視線を向けてきました。

 

「すみません、義姉さん。今日もお願いします」

 

「任せて。というか、タカ君の為なら毎日だってお手伝いするからね」

 

 

 私の言葉に、タカ君はもう一度申し訳なさそうに頭を下げてから部屋に戻っていった。さて、今日もタカ君の為に美味しい料理を作らなくっちゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシがエッセイの作成に取り組んでいると聞き、私たちはタカトシの家を訪れた。少しでもアイツの手伝いが出来ればと思ったのだが、確かカナがいるんだったな。

 

「はい?」

 

「やぁ、カナ。我々も手伝いに来たぞ」

 

「タカ君から何も聞いてませんが、タカ君に頼まれたんですか?」

 

「いや、自主的に手伝いに来ただけだ」

 

「そうですか。じゃあシノっちは庭の掃除、アリアっちはお風呂、スズポンはサクラっちのお手伝いをお願いします」

 

「何故カナが仕切るんだ?」

 

「私はタカ君に直々に頼まれていますから。シノっちたちはそのお手伝いですよね?」

 

 

 言い返そうとしたが、今の状況でカナに逆らえば追い返される可能性があると考え、我々は素直にカナの言う事を聞くことにした。

 

「森さんの手伝いって、何をすればいいんですか?」

 

「コトミちゃんの成績を立派にするための作業です」

 

「あー……大変そうですね」

 

 

 コトミの成績は我々も知っているので、萩村は既に疲れ切った表情を浮かべながらコトミの部屋に向かった。

 

「お風呂掃除って、結構がっつりやった方が良いのかな?」

 

「タカ君が普段からやっているようですので、浴槽の掃除くらいで大丈夫ですよ」

 

「それなら任せて」

 

 

 アリアが気合いを入れて風呂場に向かう中、私は家に上がることなく庭に周り、落ち葉や雑草の除去に取り掛かった。

 

「シノっちが一番こういう事が得意そうでしたので」

 

「まぁ、スズは容姿相応の力しかないし、アリアはお嬢様だからな」

 

「タカ君も申し訳なさそうにしてましたし、後でお礼を言ってもらえるんじゃないですか?」

 

「アイツも結局畑に甘いからな……」

 

「私たちが圧力をかけましたから」

 

「そういえばエッセイオンリーは英稜の希望だったな」

 

 

 もちろん桜才の中でもそういう声はあったのだが、今回は英稜の後押しもあり新聞部はエッセイオンリーの新聞を発行する事を決めたらしいのだ。だがそれが決まったのはついこの前、作者であるタカトシに伝わったのは昨日だ。

 

「タカ君には申し訳ない事をしてしまいました。だから私とサクラっちが英稜を代表してタカ君のお手伝いをしているのです」

 

「だが、タカトシのエッセイのファンは桜才にも多いからな。桜才を代表して我々も手伝った方が良いだろう」

 

 

 何故かカナと意地を張り合ったが、虚しくなったので私は庭掃除、カナは夕飯の準備に戻ったのだった。




この場に限ればウオミーの方が強いだろうな……ほぼ自分の家みたいな感じですし……


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ダメな妹

まさにダメな妹だ……


 カナちゃんが張り切っているのを感じながら、私はお風呂掃除をし終えてリビングにやってきた。

 

「アリアっち、お風呂掃除終わったんですか?」

 

「うん。といってもあんまり汚れてなかったからすぐに終わるのも当然だけどね」

 

 

 毎日タカトシ君が最後に掃除してるお陰で、津田家のお風呂場はかなり綺麗な状態を保っているんだよね。

 

「タカ君はしっかりしてますからね。あっ、これお茶です」

 

「ありがとう。ところで、シノちゃんが汗だくになってるのは何で?」

 

「意外と雑草が生えていたようですよ」

 

 

 息を荒げながらお茶を飲んでいるシノちゃんに視線を向けながら尋ねると、カナちゃんが代わりに応えてくれた。

 

「タカ君も処理しなきゃと思いながら時間が無かったみたいよ」

 

「まぁタカ君のスケジュールを考えれば、庭掃除までこまめにやってる余裕は無いよね」

 

「我々もタカトシに頼り過ぎていたということか……」

 

 

 漸く息が整ったのか、シノちゃんが私たちの会話に加わってきた。

 

「シノちゃん、とりあえず汗を拭いたら?」

 

「あぁ……ふぅ。漸く落ち着いたか」

 

 

 本当に疲れていたようで、シノちゃんは本気のため息を一度吐いてから視線を私たちに向ける。

 

「学校でもそうだが、こまめに処理しておかないと駄目だな」

 

「今度花壇の整備をする?」

 

「そうだな……美化委員に相談して決めるか」

 

「英稜もそろそろ掃除のスケジュールを考えないといけませんかね」

 

「英稜の事はサクラちゃんと相談したら? さすがに私たちは英稜の状況は分からないからね」

 

 

 三人でお喋りしていると、上からサクラちゃんとスズちゃんが疲れ果てた表情でリビングにやってきた。その背後からは、絶望的な表情を浮かべているコトミちゃんがいた。

 

「どうかしたのか?」

 

「小テストの再試をしてたんですけど、本番以上に酷い点数だったので……」

 

「復習したんですけど、コトミさんは覚えた先から忘れていくようでして……」

 

「やっぱりタカ兄に教わらないと覚えられないみたいです……」

 

「何処までタカトシに依存してるんだ……カナ、お前が教えてやったらどうだ?」

 

「そうですね。私が教えた分は覚えてるようですし、それじゃあこっちはシノっちたちにお願いします」

 

 

 そう言ってカナちゃんはコトミちゃんの腕を取って部屋に向かっていった。

 

「カナも義姉が板についてきたようだな……」

 

「スズちゃんやサクラちゃんでも無理だなて、やっぱりコトミちゃんは問題児なんだね……」

 

「定期試験前は頑張って覚えるんですけど、こういった小テストの時は駄目みたいですね……」

 

 

 スズちゃんとサクラちゃんを労って、私たちはカナちゃんが進めていた晩御飯の準備を引き継いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部活も終わり帰ろうとしたら、校門付近で怪しい動きをしている畑さんを発見した。ぱっと見た感じは普通なんだけど、付き合いの長い私には分かる。彼女は何かをしようとしている。

 

「畑さん、何をしてるんですか?」

 

「これから津田副会長の家に行こうと思っただけです」

 

「津田君の?」

 

「新聞部がもう一本エッセイをお願いした所為で、現在津田副会長の家には英稜の二人に他に、我が桜才生徒会メンバーも集まっているようなので、何かスクープにならないかなと思いまして」

 

「だって津田君は部屋に籠ってるんでしょ? 畑さんが期待するようなことは無いと思うんだけど」

 

「まぁ、新聞部として少しでも津田副会長の手助けにならないかなと思い、差し入れを持って行こうと」

 

「差し入れ? 何を持っていくんですか?」

 

 

 天草さんたちがいるなら、食事の用意はしてくれるだろうし、特に持っていくようなものは無いと思うんだけどな……

 

「ん? この間撮った風紀委員長の下着写真です」

 

「何処で撮ったんですか!?」

 

 

 畑さんが取り出した写真を奪い取り確認すると、そこには下着姿の私が写っていた。

 

「データが残っていたので津田副会長にプレゼントしようかと……津田副会長だって男子ですから、この写真をオカズに自家発電するかなーって」

 

「というか、こんな写真を津田君に渡したら、畑さんが怒られるんじゃないの?」

 

「……その可能性を忘れてた」

 

「てか、今から私が怒りますよ!」

 

 

 畑さんの腕を掴んで風紀委員会本部へ連れて行こうとしたが、いつの間にか畑さんの姿はだいぶ遠くにあった。

 

「冗談はさておき、津田副会長のお手伝いに行こうとしてたのは本当ですので」

 

「畑さんが行って、何の手伝いが出来るんですか?」

 

「そうですね……具体的には、次の試験の範囲とかを教える事が出来ます」

 

「……津田君には不要じゃない?」

 

「ですから、妹のコトミさんに教えるんですよ。範囲が分かればそこを重点的に勉強すれば本番で焦ることも無くなるでしょうし」

 

「でも、いくら範囲が分かってもコトミさんの出来なささは異常よ?」

 

 

 前に勉強会に参加させてもらった時に思い知らされたけど、あの子の出来なささは津田君が匙を投げないのが不思議なくらいだったのよね……

 

「大丈夫です。確実に出る場所を教えられますから」

 

「その情報、どうやって手に入れたんですか?」

 

「おほほほほほ」

 

「なにしたんですか!」

 

 

 明らかに何かやっているのを隠そうともしない笑い方をした畑さんを、駅まで全力で追いかけた所為で、かなり汗を掻いてしまった。秋とはいえ汗を掻いたままじゃ気持ち悪いのよね……

 

「このまま風紀委員長も津田家へ行きますか? シャワーくらいなら貸してくれるでしょうし」

 

「だって着替えが……」

 

「大丈夫です。風紀委員長の替えの下着はここに」

 

「何で畑さんが持ってるのよ!?」

 

 

 畑さんの鞄から取り出されたのは間違いなく私の下着……てか、何処で盗ったのよ……




畑さんの行動力は異常……


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情報の出所

祝・劇場公開! 狙ったんですかね、この日付……


 カナがコトミの相手を務める事になったため、私たちが夕食の用意をすることになった。ここにいるメンバーなら誰がやってもあまり変わりはないので、全員で準備を進める事にした。

 

「改めて考えると、タカトシって凄いヤツだったんですね」

 

「無理にでも生徒会役員にしておいてよかったな」

 

「あれ? タカトシさんは自分の意思で生徒会役員になったわけじゃないんですか?」

 

「そっか~。サクラちゃんは知らないんだったね~」

 

 

 カナはなんとなく知ってる風だったから、てっきり森も知ってるものだと思っていたが、どうやら知らないようだな。

 

「タカトシは最初、余りやる気は無かったんだ。てか、我々が強引に生徒会役員にしたんだから、やる気が無くても仕方なかったんだがな」

 

「あの時はまだ、会長も七条先輩も下発言が酷かったですからね……私も辞めたかったですし」

 

「タカトシ君が入ってくれたお陰で、ボケっぱなしって事が無くなったし、仕事も大幅に遅れる事が無くなったもんね~」

 

「もともと多くは無かったですが、しっかりと期限までに終わるようになったのはタカトシのお陰でしょうね」

 

 

 しみじみとあの時の事を思い出していたら、インターホンが鳴った。はて、来客があるとは聞いていなかったんだが……

 

「はい?」

 

 

 玄関扉を開けて誰が来たのかを確認すると、そこには畑と汗だくの五十嵐が立っていた。

 

「なんだ? タカトシならまだ部屋で缶詰だが」

 

「いえ、お手伝いに来ました」

 

「五十嵐もか?」

 

「風紀委員長は津田先生のオカズになりにきたようでして――」

 

「そんな事一言も言ってません!」

 

「一緒にお手伝いに来たようです」

 

 

 畑のボケにツッコんだ五十嵐だったが、またすぐに下を向いて息を整え始める。どれだけ疲れてるんだ、こいつは……

 

「だが、手伝うと言っても我々と英稜の二人で十分間に合ってるんだが」

 

「じゃあ私は締め切り間近の作家と編集者という体で津田副会長の部屋で待たせてもらいましょうか」

 

「さすがに二日じゃ完成しないんじゃないか?」

 

 

 タカトシがエッセイを作り始めたのが昨日なのだから、今日出来上がるはずはないと思う。それなのに部屋に行かせたら、畑が何をしでかすか分かったもんじゃない。

 

「もしくは、津田さんの勉強を見る事が出来ますが」

 

「それはカナがやってるぞ」

 

「いえいえ、有益な情報を津田さんに提供する事が出来ますので」

 

「有益な情報?」

 

「はい。次の定期試験で確実に出題される箇所をお教えする事が出来ます」

 

「何処で仕入れてるんだ、そんな情報……」

 

 

 まぁ、コトミにはそれくらいでもしなければ補習回避は難しいだろうが、そんな事タカトシが許すとは思えないんだが……

 

「とりあえずお邪魔しますよ。津田先生の進捗状況を知っておきたいですし。万が一の時の為にこちらも記事を作っておかなければいけないので」

 

「まて。その記事というのは――」

 

「はい。天草会長が生徒会室でバストアップ体操をしていた証拠写真付きの記事と、風紀委員長が誰もいない風紀委員会本部で怪しい動きをしていた記事を載せるつもりです」

 

「怪しい動きなんてしてないわよ!」

 

「ほーん? これを見てもそんなことが言えますかね~?」

 

 

 そう言って畑が取り出したのは、風紀委員会本部の机の角に跨っている五十嵐の姿を写した一枚の写真だった。

 

「動画もありますけど、見ますか?」

 

「風紀委員長が誰もいない教室で角○ナプレイとは……風紀が乱れまくってるな」

 

「人の家の玄関で何をしてるんですか、貴女たちは……」

 

「おや、津田先生。部屋から出てきても大丈夫なんですか?」

 

「畑さんの気配がしたので、一応目を通してもらおうと思いまして」

 

「もう完成したんですか?」

 

「明日には出来ると思います」

 

 

 そう言ってタカトシは畑に原稿をコピーしたものを手渡した。畑はしっかりとその原稿を受け取り、物凄い早さで目を通して行く……私も読みたいぞ。

 

「その程度で問題は無いですか?」

 

「これはこれは……まったくもって問題ありませんね。それどころか、ますます津田先生のファンが増える事間違いなしですね。あっこれ、私からの差し入れです」

 

「……何ですか、これ?」

 

「風紀委員長の使用済み――」

 

「何を渡してるんですか貴女は!!」

 

 

 一瞬しか見えなかったが、あれはパンツじゃなかったか? 何処で手に入れたのかも不思議だが、何故それをタカトシに差し入れしようとしたのかも不思議だ……何せタカトシの部屋には、いわゆるトレジャーすらないというのに。

 

「冗談はさておき、これ、次の定期試験で出題されるであろう予想問題です。コトミさん成績の為に役立ててください」

 

「……どこで仕入れたんですか、これ?」

 

「ちょっと先生たちの弱みを握りまして……」

 

「脅しは駄目ですからね」

 

 

 そういいながら畑が持ってきた問題に目を通し、一つ頷いてタカトシはその問題を畑に返した。

 

「おや、不必要でしたか?」

 

「いえ、俺が予想してたのとほぼ同じだったので、後はこっちで問題を作りますから」

 

「これはこれは……さすがは津田副会長、御見それしました」

 

「とりあえず、エッセイは明日データごと新聞部に持っていきますので」

 

「では、今日のところは帰ります。ちなみに、風紀委員長はお泊りする気満々のようですので」

 

「そんな事言ってません!」

 

 

 相変わらず畑にからかわれてるな、五十嵐は……しかし、五十嵐も学校でああいう事をするんだな……ちょっと意外だ。




畑さんの情報が知りたい方は69-0721-***まで


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調理実習

タカトシ無双ですね


 朝一で新聞部にエッセイのデータを渡して、とりあえず今回の分は二つとも完成したと言える状況になった。後は畑さんが文字校正をすればほぼ完成だし、手直しが必要かもしれないので、こちらにもデータは残してある。まぁ、恐らく何事もなく発行にこぎ着けるだろうけどね。

 

「はー、何とかなった」

 

「お疲れ様」

 

「スズも、わざわざ手伝いに来てくれてありがとう」

 

 

 特に用事もないのに、我が家に泊まったメンバーは全員俺と同じ時間に登校している。もちろん、コトミは起きてすらいないが……後で電話かけておくか。

 

「それにしてもあの量を二日で完成させるなんて、さすがタカトシよね」

 

「丁度バイトも休みだったし、コトミの相手と家事をみんなが手伝ってくれたからだよ。もしどっちもあったらさすがにまだ終わらないって」

 

 

 バイトは兎も角コトミの相手はかなり疲れるからな……妹だからって甘えすぎてないか、アイツ。

 

「というか、私たちまでお弁当作ってもらっちゃってよかったの?」

 

「ん? 別に構わないよ。どうせ英稜の二人の分は作るつもりだったし、四人分増えてもあまり気にしないって」

 

「四人分はさすがに手間が増えると思うんだけど……」

 

 

 あの後結局五十嵐さんは泊まることになったので、今朝は俺とコトミ、義姉さんとサクラさん、シノ会長とアリアさん、そしてスズとカエデさんの八人分の朝食と弁当の用意をしたのだ。ただまぁ、最近泊まることが多くなってきているので、普段とあまり変わらない時間で八人分を用意出来るようになっているので、スズたちが恐縮してるのを見て逆に申し訳なく思っている。

 

「そういえば今日調理実習があるんじゃなかったっけ?」

 

「朝一で家庭科の授業だったな。まぁ問題ないだろ」

 

「一応エプロンも頭巾もあるしね」

 

 

 てか、男子が真面目にやるのか、そっちが心配だけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運よくタカトシと同じ班になった私は、タカトシの邪魔をしない程度に手伝いながら実習を進めていた。

 

「さすが津田君、全く無駄がない動きだね」

 

「そういうネネは、もう少し頑張りなさいよ」

 

「だって、津田君と比べられたら誰でも料理下手って思われるよ」

 

「俺は別に上手だとは思わないんだけどな……必要だったから覚えただけで、上手くなりたかったわけじゃないし」

 

 

 そういいながらも、タカトシは次々と料理を完成させていく。というか、何処の班よりも早いし、綺麗だし、美味しそうだし……さすが学園きっての主夫ね。

 

「だから主夫じゃないっての」

 

「津田君、卵片手で割れるんだ」

 

「えっ? あぁ、完全に無意識だった」

 

 

 私と会話しながらも綺麗に卵を割って見せたタカトシに、クラスメイト全員が拍手を送った。

 

「その技術、羨ましいわね」

 

「スズだって出来るだろ?」

 

「さすがに喋りながらは出来ないわよ……それなりに集中しないと殻が入っちゃうし」

 

「そうだよね~。お喋りしながらブラを外そうとすると引っ掻いちゃうもんね~」

 

「何故その話題になる?」

 

 

 ネネが余計な事を話し始めたが、タカトシは特に気にすることなく最後の料理を完成させ、私たちの班はぶっちぎりの高評価を得たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業も終わり、スズちゃんとムツミちゃんと一緒にお昼を食べる事にした。といっても、朝一で調理実習だったため、それほどお腹はすいていないんだけどね。

 

「あれ? スズちゃんのお弁当箱、何時もと違うね?」

 

「う、うん……実は生徒会メンバー+風紀委員長でタカトシの家に泊まったから、これタカトシの手作りなんだ」

 

「た、タカトシ君の手作り……ごくり」

 

「ムツミちゃんは何を想像したのかな?」

 

 

 既に自分のお弁当を食べ終えているムツミちゃんが喉を鳴らしたが、恐らく足りなかったという理由だけじゃないんだろうな。

 

「足りないなら購買で何か買ってくれば良いじゃない」

 

「もう買ってきてるけどね」

 

 

 そういいながらムツミちゃんは大福を取り出して口いっぱいに頬張る。お腹いっぱいだけどああいうのを見ると美味しそうだと思うのよね。

 

「調理実習の時も思ったけど、津田君が作る料理って美味しそうだよね」

 

「実際美味しかったでしょ?」

 

「うん。女としてちょっと自信を失くすくらい美味しかったよ」

 

 

 今の時代、女が家事だなんて古い考え方かもしれないけど、だいたいの家庭では女性が家事を仕切っているんだろうし、私ももう少し出来るようになりたいわね……

 

「あれ? 今度はパウンドケーキ?」

 

「うん」

 

 

 いつの間にか大福を食べ終えたムツミちゃんが、今度はパウンドケーキを頬張っていた。さっきのお弁当もかなりの量があったはずなのに、何処に消えていったのかしら……

 

「身体動かす分食べないと体重落ちちゃうんだよね」

 

「女子としては羨ましい悩みね……私は文化部だから運動する機会が無いし……あっ、でもピスト――」

 

「おっとそこまでだ」

 

 

 スズちゃんにカットされてしまい、私はちょっと頬を膨らませてみせた。

 

「今度はアイス……って、アイスはおかしいだろ! 学園抜け出してコンビニ行ってきたな」

 

「ゴメンなさい!」

 

 

 どうやらムツミちゃんは購買ではなくコンビニでお菓子を買ってきたようで、生徒会役員であるスズちゃんに怒られちゃったのでした。




ウチの高校、坂上らないとコンビニなかったな……


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中華まん

近所のコンビニに中華まんの計器がもうあったな……


 生徒会の作業も一段落し、七条先輩が淹れてくれたお茶を飲みながら雑談をする。最近はこういった時間も良いなと思えるようになったのよね。

 

「そういえば最近、友人から痩せるにはどうすればいいかと良く聞かれるんですよね」

 

「スズちゃんも? 私もこの前聞かれたんだよね」

 

 

 女子はどうしてもダイエットしなきゃと思うようで、ネネからも聞かれた事があるんだけど、何故私に聞くのかしら? 自慢じゃないけど、私はダイエットとは無縁だから良く分からないのよね……

 

「スズちゃんはなんて答えたの?」

 

「普通に運動するか食べる量を減らせばいいんじゃないかとは答えましたが」

 

「正論だね。でも怒られなかった?」

 

「怒られました。なんで怒られたのかは分からないんですがね」

 

 

 ネネ曰く「正論なんて聞きたくない!」との事だったけど、正論を聞きたくないなら私に聞かなければよかったのに……

 

「そういえば俺も轟さんに質問されたっけ」

 

「タカトシにも? なんて答えたの?」

 

「スズとほとんど同じこと」

 

「ほとんど?」

 

 

 私はそこに引っ掛かりタカトシに首を傾げてその内容を問う。

 

「前にコトミと義姉さんが話してたのをそのまま轟さんに伝えただけだよ」

 

「カナとコトミがか? 何を話してたんだ?」

 

「女子は恋をすると痩せる、というのをリビングで話してたのを偶々聞いただけですけどね。本当かどうかは知りませんし、実際痩せたいならスズが言ったように食事の改善か運動するのが一番ですけどね」

 

「ちなみに、タカトシ君はダイエットとかするの?」

 

「しませんよ。普通に運動して家事をしてれば太りませんし」

 

「この主夫め!」

 

「主夫じゃないですってば……」

 

 

 会長がタカトシに対して苛立っているということは……

 

「会長、もしかして?」

 

「なっ!? ち、違うぞ! 別に太ったわけじゃないからな!」

 

「私は何も言ってませんが?」

 

「ちなみにシノちゃん、自分が着てる服のワンサイズ下のものを買って部屋に飾っておくと痩せられるよ」

 

「ち、違うからな? 別に太ってなんて無いからな?」

 

 

 そこまで否定すると逆に怪しいですが、ここには追撃して会長を困らせようとか考える人間はいなかった。

 

「よーす! 頑張ってるお前らに優しい先生から差し入れだぞー」

 

「あっ、寒いんでドア閉めてください」

 

「す、すまん……」

 

 

 いきなり生徒会室に入ってきた横島先生に、会長が冷たいツッコミを入れた。というか、まだそこまで寒くないと思うんだけど、ちょっと苛め過ぎたのかしら。

 

「それで、差し入れって何ですか?」

 

「コンビニで買ってきた中華まんだ!」

 

「またバッドタイミングで……」

 

「は?」

 

 

 タカトシが零した言葉に、横島先生は首を傾げたが、会長から向けられる殺気を感じ取り、ちょっと悪い顔を浮かべた。

 

「まさか天草、中華まんを食べられないほど太ったのか?」

 

「そんなことありません! 中華まんの一つや二つくらい平気です!」

 

「ならしっかりと食べろよ。ちゃんと人数分あるから」

 

 

 そう言って横島先生は中華まんを置いて去っていきました。というか、本当に差し入れに来ただけだったのね。

 

「種類が違うみたいですが、なにが良いですか?」

 

「私、こういうの食べた事無いんだ~」

 

「さすがお嬢様ですね……」

 

 

 私は無難にカレーまんを選んだ。会長は悩んだ末に粒あんまんを選択。タカトシはあまりモノで良いとの事で、七条先輩が選び、タカトシはノーマルな肉まんになった。

 

「あっ、これ美味しい! これはケチャまん?」

 

「ピザまんですね。というか、横島先生はスタンダードのものを買ってきたみたいですね」

 

「たまに驚くようなものがあるからな、コンビニの中華まんは」

 

「もう食べたんですか?」

 

 

 会長は既に食べ終えたようで、お茶を啜りながらタカトシの言葉に頷いていた。というか、早食いは太るんだけどな、とは思ったが言わないでおきましょう。

 

「コトミとかが良く買い食いしてますけどね、この時期は」

 

「アイツ、小遣い厳しいんじゃなかったのか?」

 

「買い食いしてるから厳しいんですよ……言っても聞かないのでもう言いませんが」

 

 

 呆れているのを隠そうともしないタカトシに対して、私たち三人は同情的な視線を向ける。ほんと大変ね、あの子のお兄ちゃんっていうのは……

 

「アリアは兎も角として、タカトシやスズは中華まんを買ったりするのか?」

 

「私はたまに買いますね。ボアの散歩の帰りに寒くなったりしたらですが」

 

「俺はあまり買いませんね。このくらいなら作れますし、ウチに蒸籠もあるんで」

 

「凄いな……というか、手作りするより買った方が楽だろ」

 

「ええ。だから滅多に使いませんけど」

 

「なら今度作ってくれないか? タカトシの家で中華まんパーティーをしようじゃないか! もちろん、費用は我々も出すから心配するな」

 

「別に構いませんが……参加者はここにいるメンバーだけですか?」

 

「せっかくだし英稜の二人と五十嵐も呼んでやろう。この前の角オ○疑惑は畑の捏造だと判明したし、謝罪の意味を込めてもてなそうじゃないか!」

 

「俺は何も言ってないんですが……」

 

 

 どうやらあの写真は五十嵐さんが机を元に戻そうとしたのを、そういう事をしているように見える角度で写真を撮り、その後で畑さんが加工したものだったらしく、この間タカトシにこっ酷く怒られていた。

 

「カナにメールしたら、何時でもOKとの返事が来たぞ」

 

「早い……てか、なに勝手に家の使用許可出してるんですか、あの人は」

 

 

 家主であるタカトシが許可する前に魚見さんが許可したようで、タカトシは頭を抱えながらため息を吐いたのだった。




コトミの浪費癖は治るのだろうか……


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女の意地

まぁ意地も張りたくなるよな……


 タカ兄から中華まんを作ると聞かされて、どうせならラーメンが良いと私が言ったからかは分からないが、急遽ラーメンパーティーへと変更された。というか、ちゃっかり来てる畑先輩も凄い神経してると思うな……この間の風紀委員長角○ナ疑惑は畑先輩の捏造で、その風紀委員長がこの場にはいるんですから。

 

「畑さん、この前の件じっくり聞かしてもらいますからね」

 

「あの場で釈明しなかったのは貴女じゃないですか。そもそも怪しい動きをしてたのは事実でしょー?」

 

「机を戻そうとしていたのの何処が怪しい動きなんですか!」

 

「えっー? だって津田副会長の名前を呟いてたじゃないですか」

 

 

 それは私も気になりますね。五十嵐先輩は机を戻しながら何故タカ兄の名前を呟いてたんだろう。

 

「呟いてません! そもそも貴女、何処からこの写真を撮ったんですか!」

 

「屋上からロープを垂らして」

 

「命がけですね」

 

 

 そんな話をしていると、タカ兄がキッチンからやってきた。

 

「どうしたの、タカ兄?」

 

「いや、手伝おうと思ったんだが、どうも『女としてのプライドに関わるから』という理由で追い出された」

 

「まぁ、津田副会長が料理をすれば、あのメンバーの女としての自信が揺らぎますからね~。先日の風紀委員長のお弁当もさすがでした」

 

「どこで見たんですか!?」

 

「大丈夫です、バッチリと捏造しますから! タイトルは『風紀委員長のお弁当は副会長作の愛夫弁当!?』というのは如何でしょうか?」

 

「良いも悪いも捏造でしょうが……その日はシノ会長もアリア先輩もスズもコトミも、もっと言えば義姉さんもサクラさんも俺が作った弁当ですよ」

 

「これが一夫多妻制の現実か」

 

「違うから……てか、一人は実の妹だぞ」

 

 

 だんだんとタカ兄が畑先輩にため口を利いてるけど、それはそれで仕方ないのかな。畑先輩も気にしてないようだし、タカ兄はツッコむときため口が出るし。

 

「とにかく、今後畑さんが屋上からロープを垂らしてるのを見つけたら、即刻引き上げるか落とすかのどちらかの処置を取らせてもらいますから」

 

「なら私は、津田副会長に見つからない程の気配遮断を身に着けるまでですよ」

 

「おぉ、カッコいい!」

 

「お前の厨二病がここまで広がってしまってるんだぞ……」

 

 

 タカ兄は呆れたのを隠そうともせず、盛大にため息を吐いてから立ち上がりました。

 

「ん? どっか行くの?」

 

「洗濯物を片付けるんだよ。料理しなくて良くなったからな」

 

「少しは休めばいいのに」

 

「そうだな。お前が家事出来れば休めるんだがな」

 

「それは大変だね……」

 

 

 シノ会長たちやカナお義姉ちゃんたちに料理や洗濯を教え込まれたけど、結局ろくに出来なかったんだよね……タカ兄に感謝だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんをキッチンから追いやったのは失敗だったかもしれません。タカトシさんがいてくれれば会長たちは下ネタを控えてくれますが、いなくなれば話は別です。本質的にはこの人たちは変わっていないのですから……

 

「タカトシに監視されていると思わず濡れてしまう時があるんだよな」

 

「分かります。あの蔑みの眼、もっと向けてほしいと思う時があります」

 

「タカトシ君のお陰でパンツがびちゃびちゃになっちゃったときは困るよね~」

 

「アリアっち、パンツ穿く習慣が出来たんですね」

 

「意外と持っててびっくりしたよ~」

 

 

 このように料理に関係ない会話で盛り上がっているのを、私と萩村さんは頭を抱えながら隣で作業をしているのです。

 

「やっぱり戻ってきてもらえないかしら」

 

「ですけど、天草さんとカナ会長が女の意地とか言って追い出したわけですし、今更呼び戻せるとは思えません」

 

「そうよね……てか、散々タカトシの料理を食べておいて、今更女の沽券も何もないと思うんだけど」

 

 

 萩村さんの言うように、私たちは散々タカトシさんの料理をご馳走になっていますし、彼の家事能力が高いのは周知の事実のはずなのです。ですが今日は何故かそのタカトシさんに頼らずに作ると言ってきかなかったのです。

 

「まぁ、本人は別の事をしてるようだし、今更私たちが助けを求めてもね……」

 

「料理をしなくても良くなったので、掃除や洗濯物を片付けたりしてますね。後は、コトミさんの勉強を見てるんでしょうか?」

 

 

 畑さんと五十嵐さんが教えてるようですが、時々タカトシさんが覗き込んで何かを教えてるように見えますし、恐らく理解力が追い付かなかったコトミさんに分かりやすく解説してるんでしょうね。

 

「アイツは教師でも物書きでも成功するでしょうね」

 

「でもタカトシさんはどっちもやるつもりが無いって言ってましたよ」

 

「そうなのよね……もったいないと思うんだけど、本人がやるつもりが無いんなら――ん?」

 

「どうかしました?」

 

「物書きは兎も角、教師になるつもりが無いって何時言ってました?」

 

「この間ボソッと言ってましたよ、バイト帰りに」

 

 

 コトミさんでこりごりだとか言ってましたね、確か。

 

「あぁ、その時なら私が知らなくても仕方ないですね」

 

「若干睨んでませんか?」

 

「そんなこと無いですよ」

 

「で、ですよね」

 

 

 ちょっと怖い雰囲気を纏っている萩村さんから距離を取り、私は余計な事を言った自分を責めるのでした。




みんな上手なんですけどね……


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ラーメン完成

このメンバーで作れば、普通に商品として成立しそう……


 逃げ出そうにも五十嵐先輩と畑先輩がしっかりと見張ってるし、この二人を掻い潜ってもタカ兄が待っているだろうしで、私は大人しく勉強をしている。ちなみに、今回の問題はタカ兄が用意した定期試験予想問題で、その問題を見た畑さんが息を呑んでいた。

 

「この問題集を手に入れられれば――」

 

「そういう事は認められませんからね」

 

「じゃあ風紀委員長の隠し撮り写真を――」

 

「また撮ってたんですか!?」

 

 

 さっきから私の横で五十嵐先輩と畑先輩がギャーギャー言ってるので集中できない……といっても、元々集中してはいないんだけどね。

 

「こらコトミ、手が止まってるぞ」

 

 

 洗濯物を片付けていたタカ兄が、通りすがりに私の頭を軽く叩く。作業しながら見てたのか……相変わらずスペックが高い兄だなぁ……

 

「五十嵐さんと畑さんもコトミの邪魔になってるので静かにしてくださいね」

 

「は、はぃ……」

 

「相変わらずの威圧感ですね……」

 

 

 畑先輩がしみじみ呟いたように、タカ兄の威圧感はかなりのものがある。並大抵の人間ならあれだけで気絶するんじゃないかと思わせるくらいだ。

 

「厨二はいい加減にしておけよ」

 

 

 タカ兄は私にそう言ってリビングで洗濯物をたたみ始める。兄なんだけどお母さんみたいな感じなんだよね……両親が出張がちだから仕方ないのかもしれないけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんがスープを完成させ、スズちゃんとサクラちゃんが麺を完成させたので、後はその麺を茹でて盛り付ければ完成というところで、タカトシ君がキッチンにやってきた。

 

「どうした? こっちは私たちだけで問題ないぞ」

 

「いえ、他の事は終わったのでちょっと覗きに来ただけです」

 

「そうか。ちょうどいいから味見をしてみてくれ」

 

 

 シノちゃんがタカトシ君にスープの味見を頼んだ。タカトシ君は小皿にスープを救って一口啜る。

 

「ちょっと甘目ですね」

 

「そうか? 私的にはこれくらいがちょうどいいんだが」

 

「まぁ味付けはシノ会長に任せますよ、コトミは何でも食べますし、これくらいなら俺も問題ないですから」

 

 

 小皿を洗ってからタカトシ君は自分の部屋に戻っていった。

 

「さすがタカ君だね……私たちが間接キスを狙う可能性を見抜いてた」

 

「視線が露骨だったかな?」

 

 

 私たちが小皿を凝視してたのに気づいたのか、ただ単純に使ったものはすぐ片付ける癖なのかは分からないけど、私たちはちょっと落胆してラーメン作りを再開する。

 

「会長、タカトシに何を言ったんですか?」

 

「味見を頼んだだけだぞ?」

 

「そうなんですか? 何だかちょっと怖い雰囲気だったので」

 

「たぶんそれは私たちがタカトシの使った小皿を凝視してたからだろう。お前たちは兎も角、私はタカトシとキスした事ないからな」

 

「私もキスしてないですけどね」

 

「お前は義姉弟の関係だろ! 私はそういう親戚関係も無ければお前たちのようにキスしたことも無いんだぞ!」

 

「あの、私もしてないんですけど……」

 

「萩村は放課後二人で一緒に勉強とかしてるだろ」

 

 

 スズちゃんは同級生だから一緒にテスト勉強とかしてるけど、確かにシノちゃんは学年も上だしキスもしてないからさっきの視線は仕方なかったのかな……でも、私たちだって間接とはいえもう一回キスしたいんだよ?

 

「会長、鍋が噴いてますよ?」

 

「おっと……この話題はここまでだ」

 

 

 麺が茹で上がったので、全員分のどんぶりを用意しスープを入れて麺を人数分に分けていく。ラーメンってあんまり食べないけど、こうやってみんなで食べると美味しいんだろうな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完成したと声がかかったので、俺は部屋からリビングへ向かう。コトミも勉強を一時休止して一緒に食べるようだし、結構な人数になるな……

 

「さぁ、食べろ!」

 

「どんな掛け声なんですか……」

 

 

 一人立ち上がって胸を張るシノ会長に、俺は呆れ気味な視線を向ける。シノ会長一人で造ったわけじゃないんだろうが、何故かこの人が作った感が凄い出てるんだよな……

 

「薬味を使う人は言ってね~。こっちにあるから」

 

「あっ、七味ください。このスープちょっと甘いので」

 

「畑は辛い方が良いのか?」

 

「そんなことは無いですけど、ちょっと甘すぎると思いますよー?」

 

 

 さっき俺も思ったけど、そこまでじゃないと思うんだがな……まぁ、味覚はそれぞれだし、一口も食べずに味付けを変えたわけじゃないし口を挿む必要は無いか。

 

「このラーメン、普通に商品として出てきてもおかしくない程美味しいですね」

 

「コトミにそこまで言ってもらえると自信がつくな!」

 

「タカ君に舌を鍛えられてるコトミちゃんがそこまで言うとは、さすがシノっちですね」

 

「麺を作ったのは萩村と森だがな」

 

「でもスープの味付けをしたのはシノちゃんだよ? 麺も確かに美味しいけど、私はこのスープ好きだよ」

 

「ありがとう、アリア。今度は別の味のラーメンを作ってみるか?」

 

「今度はタカ兄に全部やってもらったらどうですか? タカ兄ならシノ会長に負けないくらい美味しいものを作ってくれるでしょうし」

 

「その前に定期試験ですね。コトミは平均以上取れなきゃ補習なんだから頑張れよ」

 

「うっ……忘れてたのに……」

 

 

 忘れてたら困るんだが、こいつはすぐに現実逃避するからな……また試験前は徹夜覚悟なのだろうか……




いきなり味を変えるのはね……一口は味わいましょう


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スズの失敗

凡ミスは誰にだってあるでしょうに……


 最近気にしなくなってきたが、私の身長は同年代から見ても低すぎるのではないだろうか……いや、別にそこまで気にしてないけど、ムツミやネネと比べても明らかに低いし、私服で外を歩いていると、小学生に間違われたりすることが多い……また、タカトシと一緒にいても兄妹に間違われたり、タカトシが迷子を案内しているように見られるのだ。

 

「でもスズちゃん、体重も軽いでしょ? 私からすれば羨ましいよ」

 

「ネネだってそこまで重くないでしょ? てか、あんまり気にしてないでしょ?」

 

「そんなの事無いよ。私だって女子の端くれ、体重は気になるんだって」

 

 

 そういいながらネネは私の両脇に手を入れて、そのまま私を持ち上げた。

 

「ほら、私の力だってスズちゃんを持ち上げられるんだから、絶対に軽いって」

 

「何だか高い高いされてるようで嫌なんだけど……」

 

「こんだけ軽いなんて、羨ましいな~」

 

「どれどれ?」

 

 

 ネネと私の会話を聞いていたムツミが、ネネから私を受け取りそのまま持ち上げる。

 

「確かに軽いね。これなら減量の心配もいらないし、羨ましいよ」

 

「あんたあんまり気にしてないでしょうが」

 

 

 減量とか言ってる割にはよく食べるし、この間も学校を抜け出してコンビニでお菓子とか買ってたしね。

 

「あっ、タカトシ君。タカトシ君もスズちゃんを持ち上げてみる?」

 

「は? 何でそんな展開になってるんだ?」

 

「スズちゃんの体重が軽くて羨ましいって話から、ちょっと持ち上げてみようってネネが」

 

「た、タカトシだって身長のわりに軽いわよね?」

 

「そんなこと無いと思うが……平均くらいじゃないか?」

 

「あんたの場合、贅肉じゃなくて筋肉だもんね……」

 

 

 それなりに鍛えているし、普段から動いているためか、タカトシはかなりの筋肉質なのである。それでいてムキムキだと思わせない辺り、やはりスマートな体型なんだろうな……

 

「ところでスズ、さっき数学の先生から頼まれたんだが」

 

「ん、なに?」

 

「いや、珍しく間違えてたから体調でも悪いのかって」

 

 

 そう言ってタカトシは私がさっき提出したプリントを取り出す。恐らく先生から預かったんだろう。

 

「……あっ」

 

 

 パッと見直して、私がかなりの凡ミスをしていた事に気が付く……こんな失敗を犯すなんて……

 

「なになに? 何処が間違ってるの?」

 

「うっかりは誰にでもあることだから気にしないで、スズちゃん」

 

 

 ネネに励まされたが、私はショックでしばらく立ち直れなかったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、スズと一緒に生徒会室に移動したが、スズはさっきの間違いをまだ引き摺っているようだった。

 

「萩村のヤツ、何かあったのか?」

 

「数学の問題でちょっとミスしてしまって……それもかなりの凡ミスで」

 

「あぁ、それでショックを受けてるのか」

 

 

 シノ会長とひそひそ話をしていると、それが聞こえたスズが力なく笑った。

 

「大丈夫です。人間はミスをするたびに成長する生き物ですから。だからさっき買ったこのジャージも一回り大きいものを――」

 

「早く帰ってこい……」

 

「てか、どっかに行ってたと思ったらジャージ買いに行ってたのか……」

 

 

 とりあえずスズを落ち着かせるために席に座らせ、すかさずアリアさんがお茶を淹れる。

 

「そういえばさっき古谷先輩が来てな」

 

「あの人ですか……それで?」

 

「今度大学の催しでワカサギ釣り大会を開くようなんだが、我々も参加しないかとのお誘いだ」

 

「……何故俺たちなんですか?」

 

 

 猛烈に嫌な感じしかしなかったので、俺はシノ会長を問い詰める。

 

「いや……集まりが悪くて盛り上がらないだろうから、我々にサクラをやってほしいと頼まれたんだ」

 

「いっそすがすがしいですね、その頼み方は……」

 

 

 サクラをやれと頼むなんて、中止にでもすれば良いものを……

 

「私ワカサギ釣りってやったこと無いんだけど、面白いのかな?」

 

「釣れればそれなりに楽しいでしょうが、必ず釣れるわけじゃないですしね……氷の上で釣るわけですし、寒いと思う人も少なくないとか」

 

「そうなんだ~。ちなみに、タカトシ君はやったことある?」

 

「あんまりないですね……」

 

「とにかく、冬休みに入ってからだから問題ないな?」

 

「てか、もう参加するって答えちゃったんですよね?」

 

「……うん」

 

 

 お祭りごとが好きな会長の事だからどうせそうだろうと思ってたが、もう返事をしてしまったのなら仕方ないか。

 

「そういえばタカトシ、コトミのテスト結果はどうだったんだ?」

 

「おかげ様で、平均すれすれでした」

 

 

 普段から考えれば高得点なのと、宿題を少し多めにしてもらう事で、コトミは補習を免れたのだとさっきメールが着た。てか、コトミのためを思えば補習になった方が良いんだろうが、どうせまともに聞いてないんだろうし、家で俺がか義姉さんが監視してた方がまだ勉強するだろうから、俺が提案して宿題を多めにしてもらったのだ。

 

「それなら大丈夫だな! 当日は我々四人で参加する事になるので、コトミには留守番を頼んでおいてくれ」

 

「はぁ……どうせ義姉さんが来るでしょうし、そっちに頼んでおきます」

 

 

 冬休みは何度か泊まりに来るって言ってたし、後でメールしておくか。




頑張れ、スズ……大きくなれると良いね……


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ワカサギ釣り大会

久々登場の古谷さん


 生徒会OGである古谷先輩に誘われ、我々現役生徒会役員はワカサギ釣りにやってきた。

 

「それにしても、氷の上はやはり寒いな」

 

「サクラが必要だと聞いてたんですが、それなりに人数はいるみたいですね」

 

 

 確かに辺りを見回せば、それなりに人数はいる感じだが、これが全員サクラだったら何だか虚しい気持ちになるんだろうな……

 

『さぁ始まります。第一回ワカサギ釣り大会! 今回優勝したチームには賞品があります』

 

「賞品があるんですね」

 

 

 タカトシが興味薄な感じで呟く。まぁ、サクラとして参加するのだから、優勝したらまずいのかもしれないな。

 

『先日の文化祭に来てもらったトリプルブッキング、彼女たちの歌を収録した、このレコードが送られます』

 

「再生できないじゃないか……」

 

 

 古谷先輩は古い物趣味とはいえ、今の時代レコードを再生できる家がどれほどあると思ってるんだろうか……

 

「とりあえず穴を掘りましょうか……」

 

「そうだな……」

 

 

 多少呆れながらも、我々はワカサギ釣りを開始すべく氷に穴を空けていく。

 

「シノ会長は何処に掘ります?」

 

「君の隣が良いな」

 

「はぁ」

 

 

 特に追及してこなかったので、私は用意していたボケを諦めた。最近タカトシがボケに付き合ってくれなくなってしまったな……

 

「じゃあ私はタカトシ君の前が良いな~」

 

「私はその隣で良いわ」

 

「では私は先に始めさせてもらうぞ」

 

 

 タカトシが明けてくれた穴に糸を垂らし、私は一足先にワカサギ釣りを開始する。

 

「そういえばタカトシ、コトミのヤツは大丈夫なのか?」

 

「今日は義姉さんが来てくれてますので、宿題を見てもらってるんじゃないですかね」

 

「補習は免れたとはいえ、コトミは問題児で間違いなからな……」

 

 

 生徒会室にある問題児リストの中に、コトミの名前がバッチリと記載されているくらいだからな……ちなみに、要注意人物は畑である。

 

「タカトシ君、この前のエッセイオンリー新聞、凄い勢いで売れてるんだってね~」

 

「英稜だけでなく、近隣の高校から新聞部に連絡が入っているようで……畑さんには利益の六割は学園に入れるよう忠告はしました」

 

「タカトシの事だから、販売自体を禁止すると思ったけど、意外ね」

 

「学長がノリノリで許可したのを、俺の力でどうにか出来るわけないじゃないか……」

 

 

 そうなのだ。あの桜才新聞販売は学長が許可しているので、いくらタカトシでもその決定を覆す事は難しい。ましてや利益の半分以上を学園に寄付しているのだから、尚更である。

 

「って、さっそく引いてますよ」

 

「ほんとだ~」

 

 

 会話をしながらもしっかりと周りを見ていたタカトシは、アリアの竿が引いているのを見て素早く指示を出す。さすがは私の跡を継ぐ人間だな。常に周囲に気を配っているとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのまま七条先輩をはじめ私たちは大量にワカサギを釣り、サクラとして参加しながら優勝してしまった。

 

「まさかあそこまで釣れるとは……」

 

「掘ったところが良かったのかもしれないね~」

 

 

 合計五十八匹、その内私と会長が十匹で、七条先輩が十五匹、タカトシが二十三匹と、ここでもタカトシが一番だった。

 

「それにしても大漁だったな」

 

「二位のチームに十五匹差をつけての圧勝でしたからね」

 

「タカトシ君が釣り過ぎだったんじゃない?」

 

「そんなこと無いと思いますけど」

 

 

 謙遜してるわけではないだろうが、私と会長から見てもタカトシは釣り過ぎである。何せ十三匹も私たちより多く釣っているのだから……

 

「それにしても、さっきまで氷の上にいた所為か、室内は熱いね~。上着を脱ごうっと」

 

 

 そういいながら七条先輩はコートを脱ぐ。その仕草に周りの男性が七条先輩の胸に視線を固定する。

 

「おっ、津田君はあんまり見ないんだな」

 

「今更じっと見る事も無いと思いますし、露骨に見てはアリアさんに失礼だと思いますからね」

 

「モテる男は余裕なんだな」

 

 

 古谷先輩の言葉に、タカトシは肩を竦めてコーヒーを啜る。その仕草に周りの女性がきゅんとした表情を浮かべている。これはなんとしても我々に視線を向けさせなければ。そう思って私は会長に目を向けると、会長も同じことを考えていたようで、私たちは同時に頷いて上着を脱ごうとする。

 

「ふう、室内は暑――くない!?」

 

「くそぅ! 脂肪の差か!」

 

「えぇ!?」

 

「てか、なにやってるんですか……」

 

 

 タカトシが呆れたような目を私と会長に向ける。ちょっと情けないが、これでタカトシの興味は私たちに向けられるだろう。

 

「だって! アリアだけずるいじゃないか」

 

「はぁ? 何がずるいんですか?」

 

「それは……タカトシに意識してもらえるなんて」

 

「別に特別意識してるわけじゃないんですが……」

 

「そうなの?」

 

「自分がどれだけ注目されるのか分かってないのかと、呆れてはいましたが」

 

「君はこの子たちの保護者か何かなのか?」

 

「失礼な。シノ会長とアリアさんの方が年上ですよ」

 

「うん、知ってる……でも、雰囲気的に君が保護者で三人が引率されている感じだ」

 

「なんですか、それは……」

 

 

 タカトシは古谷先輩との会話に意識を向けたため、私たちはゆっくりと脱いだ上着を羽織り直すのだった。




確かにタカトシが保護者っぽいですね……


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ウオミー義姉さんの着付け教室

偶に見ると良いなって思いますね


 年が明けて、我が家では義姉さん主催の着付け教室が開かれている。

 

「まさかカナが着付けまで出来るとは思ってなかったぞ」

 

「まぁ、このくらいなら平気ですから」

 

 

 そう言って義姉さんは着物を持って客間へと消えていく。さすがに俺は混じるわけにはいかないので、人数分の昼飯を用意する事になっている。

 

「サクラさんは参加しないんですか?」

 

「私はこっちのお手伝いをしてから参加する事になってますので」

 

「そうですか」

 

 

 わざわざ申し訳ない気持ちだが、恐らく断っても大人しく客間に行ってくれないだろうし、ここは大人しく手伝ってもらおう。

 

「まぁ、簡単なものなので、二人でやればすぐに終わるでしょうけどもね」

 

「何時もご馳走になって申し訳ありません」

 

「気にしなくていいですよ。ちゃんと食費は出してもらってますし」

 

 

 毎回気持ち頂いているから、ここまで謙遜する必要は無いんだけどな……まぁ、そこがサクラさんらしいと言えばらしいのだが。

 

「ところで、タカトシさんは着物を着るんですか?」

 

「さすがに着ませんよ。動きにくいですし、皆さんだけで良いんじゃないですかね」

 

 

 そもそも、家事をするので着物なんて着たらやり難くてしょうがない。ミスはしないだろうけども、コトミとかが汚しそうだからな……

 

「さて、後はこれを煮込めば終わりですので、サクラさんも客間へどうぞ」

 

「分かりました。では、後はお願いしますね」

 

 

 サクラさんを客間に見送って、俺は仕上げをさっさと済ませる事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お義姉ちゃんに着付けてもらったお陰で、私たちは晴れ着姿へと変身を遂げた。

 

「お義姉ちゃんは何でも出来るんだね~」

 

「やり方を覚えれば誰だって出来るよ。コトミちゃんだって頑張れば――」

 

「私は着付けの前に勉強を頑張らないといけないので」

 

「自覚してるだけ成長したね」

 

 

 前はタカ兄に怒られるまで絶対に勉強などしなかった私だが、最近では怒られる前には勉強をするようになったのだ。それでも、理解力は伸びていないから、タカ兄とお義姉ちゃんに精一杯教えてもらっているのだけど……

 

「カナ、こっちも頼む」

 

「シノっちはそのままで可愛いと思います」

 

「何処見て言ってるんだ?」

 

「それはもちろん――あっ、いえ……着付けさせていただきます」

 

 

 お義姉ちゃんがシノ会長の胸を見て何かを言いかけたが、すぐに謝って着付けを再開した。

 

「アリアっちは自分で出来るって言ってましたが、さすがはお嬢様という感じなのでしょうか」

 

「アリアの場合は、出島さんに頼むとえらい目に遭うからだと思うぞ」

 

「どういう意味です?」

 

「前に聞いた話では『着付けは出来ないが脱がすのは得意』とか言っていたから」

 

「なるほど……実に出島さんらしいですね」

 

 

 あの人もタカ兄には敵わないようで、最近は少し大人しくなったってアリア先輩が言ってたなぁ~……我が兄ながらどれだけの女性を撃墜すればいいのだろう。

 

「さて、これで後はサクラっちだけになりました」

 

「お願いします」

 

「それじゃあ私たちは先にリビングに行ってるな」

 

「行きましょう、スズ先輩」

 

 

 シノ会長とスズ先輩を引きつれ、私たちはタカ兄が待つリビングへ向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅で着付けてきたアリアが先にリビングで待っていたが、タカトシがまだキッチンにいたので抜け駆けにはならないだろう。

 

「それにしても、相変わらず豪華だな、アリアが着物を着ていると」

 

「そうかな~? シノちゃんだって似合ってるけど」

 

「私たちは自分で着られないからな。物珍しさもあるんじゃないか?」

 

 

 容姿にはそれなりに自信はあるが、アリアを前にするとその自信も霞んでしまう……まぁ、あの見た目だしな、仕方ないか。

 

「タカ兄、ご飯まだ~?」

 

『少し待ってろ。てか、暇なら運ぶの手伝え』

 

「着物だから無理~」

 

 

 少し離れたところで兄妹の会話が聞こえたが、コトミは相変わらずだな……まぁ、無理に手伝って着物を汚したら大変だしな。

 

「スズちゃんも可愛らしいね」

 

「ありがとうございます」

 

「着物っていいよね。結婚式も和風にしようかな」

 

「アリアが結婚とか言うと、なんだかまたお見合いでもあるのかと勘ぐってしまうぞ」

 

「最近は無いかな~。でも、いずれは結婚しなきゃいけないだろうし、その時はドレスも良いけど着物もいいかなって思っただけだよ」

 

「白無垢とか憧れるよな」

 

「結婚ですか~。子供の頃、タカ兄と結婚の約束をしました」

 

「微笑ましいな」

 

 

 特に仲が良い兄妹だからな。そのくらいのエピソードがあってもおかしくはないだろう。

 

「あの時は昼ドラに影響されたんだっけか」

 

「……微笑ましさ皆無だな」

 

「今では世間に認められずともタカ兄と一緒に! とか考えたりしますね」

 

「相変わらずぶっ飛んでるわね……」

 

「だって、このままいけばタカ兄は立派に成長して稼ぎも良く家事も出来る万能夫になりそうですし、私は家事とか出来ないですからね……一生養ってもらおうかと」

 

「少しは自分で何とかしようとしろよ」

 

 

 タカトシがため息を吐きながらお雑煮とおせちを持ってきた。何処から聞いていたのか分からないが、そのツッコミに私たちは安堵し、英稜の二人もリビングにやってきたのでタカトシが作ってくれたものを食べる事にしたのだった。




コトミは相変わらずダメっ子だなぁ……


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恒例行事

こういっても差し支え無くなってきたな……


 冬休みも終盤に差し掛かり、私たちは長期休み恒例の宿題片付けを始める事になった。

 

「君たち、もう少し成長してくれないかな?」

 

「ゴメンなさい……」

 

「まぁまぁタカ兄、今回トッキーは宿題をウチに忘れてたんじゃなくて、宿題自体を忘れてたんだから、成長してると言えなくはないんじゃない?」

 

「宿題を忘れてる時点で、成長なんて言えないだろ」

 

「仰る通りです……」

 

 

 今回はタカ兄が一人で私たちの面倒を見てくれているのだが、タカ兄は派手に呆れている様子なのだ。

 

「てかコトミ。お前散々遊んでたが、自分の立場分かってたのか?」

 

「うっ……てかタカ兄、その目は止めてください」

 

 

 私よりも背が高く、私は今座っているので、だいぶ高い位置からタカ兄に見下ろされている。そして鋭い眼光を向けられているので、興奮するよりも前に恐怖を覚えてしまうのだ。

 

「時さんも、もう少し自分で出来るようになってほしいんだけど」

 

「はい、申し訳ないです……」

 

「タカ兄、トッキーには随分と優しくない?」

 

「お前は身内だからな」

 

 

 呆れているのを隠そうともしないタカ兄に、私とトッキーは俯いてタカ兄の視線から逃げたのだった。

 

「さて、二人とも全く宿題に手をつけてないようだし、早いところ始めたいんだが、何時まで俯いてるんだ」

 

「ゴメンなさい……」

 

「タカ兄、お願いします」

 

 

 タカ兄に見下ろされ、私とトッキーは素直に頭を下げて宿題に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当なら兄貴に頼るのは間違ってるのだが、私とコトミだけではこの量の宿題を終わらせることは出来ないし、マキに手伝ってもらえないしで、結局兄貴に頼るしかなかったのだ。

 

「時さん、そこ間違ってる」

 

「うっ……すみませんっす」

 

 

 兄貴に間違いを指摘されるのはこれが初めてではない。宿題を初めてからもう何度目か分からないのだ。

 

「コトミも間違えてるぞ」

 

「えー? 何処が間違ってるの?」

 

「こことこことここ」

 

「うぅ……」

 

 

 兄貴に間違いを指摘されて、コトミは呻き声を上げて間違えている箇所を考え直す。といっても、自力で直せるならここで兄貴に監視されながら宿題をやる意味は無いので、当然兄貴に相談しながらだ。

 

「さて、そろそろ昼飯の用意をするから、その間は自力で考えておくように」

 

「今日のお昼ご飯は何?」

 

「そんなこと気にしてる暇があるなら、一つでも多く問題を解いておけ」

 

「うへぃ……」

 

 

 兄貴の切り返しに、コトミはあまりやる気が感じられない返事をして、私と二人で宿題を片付ける事に覚悟を決めたようだった。

 

「といっても、私とトッキーじゃ力を合わせたところで大した戦力じゃないよね……」

 

「お前と同列に見られているのが物凄く悔しいが、言い返せない自分がいる……」

 

「マキでもいれば変わったんだろうけど、家の用事じゃね……」

 

 

 というか、マキがいたところで私たちの面倒を見てくれるとは思えない。勉強は出来るが、マキは人に教えるのがあまり得意ではないらしいのだ。

 

「まぁ、マキもタカ兄にテスト範囲予想してもらってるしね」

 

「私たちのついでにマキも範囲予想を聞いてるだけだがな……それが無くてもマキは上位の成績だったし」

 

「理解力は高いからね、マキは……」

 

 

 マキの理解力を羨ましがる一方で、私たちは同時にため息を吐いて宿題に向き合ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミと時さんの分の料理を用意し終え、俺はコトミの部屋に料理を運ぶ。本来ならリビングかダイニングで食べた方が良いのだが、少しでも多くの時間を宿題にあてる為には、部屋から移動する時間も無駄に出来ないと考えての事だ。

 

「出来たぞ」

 

「ありがとう、タカ兄」

 

「すみません、何時も勉強だけじゃなくご飯まで用意してもらって……」

 

「見てみぬふりは出来ないしね……」

 

 

 申し訳なさそうに俯く時さんを慰め、俺は二人の前に料理を置き、自分の分を空いているスペースに置いた。

 

「ところで、さっきのページから進んでないみたいだが?」

 

「うっ……」

 

「頑張ろうとはしたんですけど、私とコトミでは分からなかった時どうすればいいのかが分からなくて……先に進もうにも結局分からなくて……」

 

「先に進もうとした気概は認めるけど、やってなかったら意味が無いと思うけどね。それで、なにが分からないの」

 

 

 時さんに視線を向けてはいるが、俺はコトミにも同時に聞いているのだ。だがコトミの奴はその事に気付かないようだった。

 

「コトミ、お前にも聞いてるんだが」

 

「私は殆ど全部分からないです!」

 

「威張って言う事じゃないぞ」

 

「はい、ゴメンなさい……」

 

「私も途中までは何とか分かるんですが、どうしても答えまでたどり着かないんです」

 

 

 時さんの宿題に目を通せば分かるのだが、彼女は基礎は出来ているのだ。だが途中で諦めてしまうのか、持ち前のドジっ子を発揮してるのか、何故か間違っているのだ。

 

「とりあえず食べ終わったら教えるが、次の定期試験は自力で何とかしてくれよな」

 

「タカ兄がいないと、私とトッキーはあっという間に赤点ギリギリまで点数が落ちるんだけど!?」

 

「バイトだってあるんだ。二人の相手をずっとしてる暇は無い」

 

 

 あまり甘やかしてもアレなので、あえて突き放す物言いで二人に反省を促したのだった。




結局は甘いんですけどね……


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SF展開

サイエンスフィクションではなく、少し不思議です


 無事に新学期を迎え、俺たちは生徒会室で作業をしていた。

 

「今思ったんだが、倦怠期ではないだろうか」

 

「はい?」

 

「どうかしたんですか?」

 

 

 何の脈略も無くシノ会長が発言したので、俺とスズは同時に会長に視線を向ける。

 

「単調な生活は精神的に良くないとは聞くね」

 

「それが原因で鬱になるとは聞きますね」

 

「確かに。そう考えると変化は欲しいかもしれませんね」

 

 

 さすがに生徒会の作業で鬱にはならないだろうが、恐らく何かを企んでいるんだろうし、今日は思ったより仕事も多くないから話をあわせておこう。

 

「というわけで、今日一日役職取り換えっこしようではないか!」

 

「今思った割には準備万端だな……」

 

 

 まぁ、前々からやりたかったんだろうな……深くツッコんで面倒事を引き起こすのもだるいし、大人しくくじを引くとするか……

 

「私が会長ですか」

 

「私は副会長だよ~」

 

「うむ、私は書記か」

 

「じゃあ俺は会計ですか」

 

 

 レディーファーストという事で先に引いてもらったので、俺は引くまでもなく会計になった。

 

「会長!」

 

「何かな?」

 

 

 また絶妙なタイミングで来客が……三葉は何の用事で来たんだろうか。

 

「あれ? スズちゃんじゃなくて会長……あれ?」

 

「今は私が会長よ」

 

「えっ!? スズちゃんと会長の中身が入れ替わっちゃったの!?」

 

「斜め上の解釈をしてしまったか……」

 

 

 俺は三葉に事情を説明し、今日一日はスズが会長職を担う事を納得してもらう事に成功した。

 

「それで、ムツミは何しに来たの?」

 

「部費のアップをお願いしに来ました!」

 

「幾ら?」

 

「十万!」

 

「却下」

 

「それじゃあ五千円!」

 

「うーん……」

 

 

 三葉も随分と交渉上手なんだな。最初にあえて不可能な要求をすることで、次の要求のグレートが低く感じさせるとは……といっても、スズは元々会計だし、本当に不可能ならグレートが下がってても拒否するだろうがな。

 

「検討はするけど、確約は出来ないわね」

 

「それで大丈夫です。それじゃあ会長……あれ? 天草会長はなんて呼べばいいんだろう」

 

「普通に天草先輩で良いんじゃないか?」

 

「そうだね! それじゃあ天草会長、七条先輩、お邪魔しました。スズちゃんとタカトシ君もまたね」

 

 

 そう挨拶して、三葉は生徒会室から去っていった。

 

「前のタカトシもそうだが、私の事を会長としか呼ばないのは問題だな」

 

「なんですか、急に……シノ先輩は実際は会長なわけですし、そう呼ばれても仕方ないのではありませんかね」

 

「おぉ……」

 

「……何なんですか?」

 

 

 何故か感動しているようなシノ先輩に問いかけると、頬を染め、視線を逸らしながら答えた。

 

「『シノ先輩』と呼ばれたのは初めてな気がしてな」

 

「? コトミがしょっちゅう呼んでるじゃないですか」

 

 

 あいつは「シノ先輩」か「シノ会長」のどっちかだし、そんなに感動するところだったか?

 

「お前に! 『シノ先輩』と呼ばれたのが始めただからだ!」

 

「あぁ、そういえばそうでしたっけ?」

 

 

 そう言われればそんな気もするが……そこは重要なのだろうか。

 

「スズちゃん、何で頬っぺた膨らませてるの?」

 

「別に……ちょっとくさ~な空気だったので、息を止めているだけです」

 

「嫉妬する事ないんじゃない? タカトシ君が呼び捨てで名前を呼んでくれるのはスズちゃんだけなんだし」

 

「なんなんですか、いったい……」

 

 

 シノ先輩が照れたと思えば、今度はスズが嫉妬してるし……名前を呼ぶだけで何でそんなに意識するんだか……

 

「タカトシ君は特に気にしてないのかもしれないけど、好きな男の子に名前で呼ばれるのは嬉しいんだよ?」

 

「はぁ……ですけど、普段から名前で呼んではいたと思うんですが」

 

「そうだけど、『会長』と『先輩』とではまた違った良さがあるんだよ。私だって『アリア先輩』って呼ばれるよりも『アリアさん』の方が嬉しいし」

 

「そんなモノですかね……」

 

 

 俺は基本的に呼び捨てにされることが多いし、もしくは君付けだから大して差が無いと思うんだが、男子と女子でまた違うんだろうか……

 

「見回りに行くわよ!」

 

「何怒ってるんだよ」

 

 

 スズの機嫌が直るのはしばらく時間がかかりそうだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室の空気に耐えられなくて見回りに出たんだけど、こうしてリーダーとして先頭を歩くのは悪い気はしないわね……我ながら単純だと思うけど。

 

「……って! しれっと背の順に並ぶんじゃない!」

 

 

 先頭が私で、その後ろに天草先輩、七条先輩、タカトシの順で並んでいて、よくよく見れば背の順に並んでいるのだ。つまり、私の背が低いと見せつけているようだったのだ。

 

「そんな意図は無かったんだが……俺は何時も通り一番後ろを歩いてたんだけど」

 

「……まぁ、タカトシは基本的に一番後ろよね」

 

「私たちも別に意識はしてなかったんだけど……言われてみれば確かに背の順になってたわね」

 

「つまり、萩村が気にし過ぎなだけだったんだな」

 

「……ゴメンなさい」

 

 

 コンプレックスを指摘されたみたいで激昂したけど、悪気は無かったみたいね……つまり、私が過剰に気にしているという事か。

 

「まぁ、私は途中で気づいたんだがな!」

 

「気づいてたんなら変わるとかしろよ!」

 

 

 天草先輩は途中から確信してた事を自供したため、私は先輩に噛みついたのだった。




背の順か……大体最後かその一個前だったな……


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雪の中の訓練法

雪かきは地味に腕にきますよね……


 校内の見回りの途中で、私たちは図書室を訪れた。最近図書室でイチャコラするカップルが見受けられるとの報告を受け、見回りのルートに図書室を組み込んだのだ。

 

「風紀委員の管轄じゃないですかね、こういうのは」

 

「まぁ、カップルという事は男子がいるわけだし、五十嵐には無理なんだろ」

 

「風紀委員はカエデさんだけじゃないと思いますけどね」

 

 

 ぐるりと見回っている途中でタカトシが零した疑問に、私も同意したが、生徒会でも見回っておけば、イチャコラする機会は大幅に減るだろうし、本来の用途で訪れている生徒たちにも安心感を与えられるだろう。

 

「ん? コトミがいますね」

 

「珍しい事もあるものだな」

 

 

 図書室とコトミなど、全くイメージが合わないのだが、確かにあそこで勉強しているのはコトミのようだ。

 

「遂に目覚めたのか?」

 

「いや、たぶんダメなパターンでしょうね」

 

 

 必死に勉強しているように見えるが、血縁であるタカトシは何やら悪い予感がしているようで、静かにコトミに近づき、周りに積んである本の一冊を手に取った。

 

「……桃太郎?」

 

「なに? ……こっちはマジック入門に世界の料理?」

 

「いやー。周りに本を積んでおけば秀才っぽく見えると思いまして」

 

「見た目だけ誤魔化しても意味はないぞ。ちなみに、そこ間違えてるからな」

 

「あれ?」

 

 

 冷静にツッコミを入れて、タカトシは生徒会室に戻ろうと提案し、私もその意見に同意した。

 

「おっと、一冊持ってきてしまった」

 

「何の本、それ?」

 

「世界の料理だな……なんとも美味しそうな写真だ」

 

「シノちゃん、涎出てるよ」

 

「おっと、はしたないところを見せたな」

 

 

 思わず涎が出てしまう程美味しそうだったのだ。何時かは食べてみたいものだな。

 

「うーん……」

 

「スズ、涎出てるよ」

 

「寝起きだからね……」

 

 

 まだ覚醒しきっていないのか、タカトシの指摘に眠そうな声で萩村が答えた。

 

「そんなときはコレが良いんじゃないかな?」

 

「すぴ~」

 

「まだ持ってたのかよ……」

 

「さっき見つけて、持って帰ろうと思って洗ったんだよ~」

 

 

 なるほど、ずっと置きっぱなしだったのか……しかし、これを装着するのは随分と久しぶりな気がするな。

 

「すぴ~」

 

「そんな事に感動してなくていいですから、早く本を戻してきてください」

 

「なんて言ってたの?」

 

「久しぶりに装着した気がする、と」

 

 

 さすがタカトシ。この状態でも私が言っている事を理解してくれるから、楽が出来るんだが怒られるんだよな。早いところ外して図書室に本を戻してこよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部のマラソンの付き添いを頼まれたんだが、雪が積もってるんだよな……まさかこの状態でマラソンはしないよな?

 

「これじゃあマラソンは無理だね」

 

「残念だな~」

 

 

 柔道部の中里さんと海辺さんが、感情の篭ってないセリフを述べたが、そのセリフを聞いた三葉が意外そうな表情を浮かべている。

 

「何言ってるの? 雪のお陰で足腰が鍛えられるじゃない!」

 

「体育会系過ぎる……」

 

「これ、俺も走るの?」

 

 

 普通のマラソンなら別に問題ないんだが、さすがに雪道を走りたくはないな……

 

「タカトシ君は、そこでタイムを計っててくれればいいよ」

 

「分かった」

 

 

 走っても良かったんだが、三葉の基準では走りたくないしな……てか、柔道部員が恨めしそうな視線を向けてくるんだが、俺は柔道部じゃないぞ。

 

「相変わらず三葉は元気がいいな」

 

「シノ会長。見回りですか?」

 

「いや、雪かきでもしておこうかと思ってな。タカトシは柔道部の手伝いだろ?」

 

「タイム計るだけですから、俺じゃなくても出来ますけどね」

 

「それじゃあ私がやるよ~」

 

 

 何故か会長たちについて来ていたコトミが代わってくれたので、俺は生徒会活動として雪かきをすることになった。

 

「あれ? タカトシ君がここにいるって事は、誰がタイムを計ってるの?」

 

「コトミが代わってくれた……って、三葉はもう終わったのか?」

 

「うん。たかだか校庭二十周くらいすぐだよ! でも、この時期は屋外で活動しにくいから困るんだよね」

 

「それじゃあ、スノーシューに挑戦してみない? ちょうど次の土日で行く予定だから、ムツミちゃんたちも参加すると良いよ」

 

「すのーしゅー?」

 

「雪上ハイキング。雪の山を散策するんだよ」

 

「楽しそうですね」

 

「ちなみに、ガイドは誰が?」

 

「出島さんだよ~」

 

 

 まぁ、普通に考えればあの人だよな……天然ピュアな三葉と出島さんの相性は最悪だからな……俺は不参加の方向で話を進めてもらおう。

 

「楽しそうだな! よし、我々生徒会役員も参加するぞ!」

 

「わー! それじゃあ出島さんには人数が増えるって連絡しておくね」

 

「私も行きたいです!」

 

「もちろんだ、コトミ!」

 

「あっ、でも柔道部のみんなは予定があるって言ってたし、参加出来るの私とトッキーだけだ」

 

「大丈夫、他の子たちは今度ムツミちゃんが案内してあげればいいだけだよ」

 

「それもそうですね! それじゃあ、今度の土曜日、お願いします」

 

 

 えっ、なんだか流れるように予定を組まれたけど、俺参加したくないんだけど……

 

「タカトシ、諦めも肝心よ」

 

「同情するフリして、自分が楽をしたいだけじゃね?」

 

「そんなこと無いわよ」

 

 

 と言いつつも、スズは視線を合わせてはくれなかった……




寒いの嫌だし、自分だったら行きたくないな……


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スノーシュー

喰い付くのはコトミだけですし……


 ムツミと時さんと一緒に、私たちも出島さんがガイドを務めるスノーシューに参加する事になった。

 

「皆さんこんにちは。本日ガイドを務めさせていただきます、七条家専属メイドの出島サヤカです」

 

「始めまして! 桜才学園柔道部主将、三葉ムツミです! 今日はよろしくお願いします!」

 

「はい、こちらこそ」

 

 

 さすがは体育会系といった挨拶ね……元気が良すぎるのもあれだけどね……って、ムツミって出島さんと会った事なかったっけ? まぁ、些末事だけど。

 

「体育会系だけあって上下関係に厳しいのですね。礼儀がしっかりしていて素晴らしいです」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「上下関係に関しては、私と極めて近い存在ですね」

 

「出島さんのはムツミちゃんと違うと思うけどね~」

 

 

 恐らく出島さんが思い浮かべたのは主従関係なんだろうな……こんなことが分かってしまう自分が嫌だな……

 

「てかコトミ。なんでお前まで来てるんだ?」

 

「トッキーに誘われたんだよ~」

 

「私は誘ってねぇぞ。てか、お前何処で話を聞いたんだ?」

 

「面白そうな事には常にアンテナを張ってるんだよ! てかトッキー、迷子になっちゃ駄目だからね」

 

「さすがに雪山では洒落にならないからな」

 

「私がドジるの前提で話すの止めてもらえませんかね?」

 

 

 コトミと時さんの会話に加わった会長にツッコミを入れる時さん。この子もドジっ子という面を除けば優秀なツッコミなのよね……

 

「私は雪国出身だから雪には慣れてる。近所で雪だるま作るの一番うまかったし」

 

「へー」

 

「何を想像しているんだ?」

 

 

 時さんがツッコんだ隣で、タカトシが呆れた表情を浮かべているのを見て、私はコトミが何を想像したがなんとなく分かった。恐らくは坂道を転がり落ちて時さんが雪だるまになった図を思い浮かべたんだろうな……

 

「ではそろそろ行きましょうか」

 

 

 出島さんを先頭に、私たちは雪道を歩き出す。普段歩いてるのと比べて、確かに運動量は増えている気がするわね。

 

「おや」

 

「どうかしたの~?」

 

「ご覧ください。キツネの足跡です」

 

「近くにいるんですかね?」

 

「何だかわくわくするね~」

 

 

 動物ではしゃぐなんて子供っぽいかもしれないけど、野生動物と会えると思うとワクワクしてしまう。まぁ、七条先輩もワクワクしてるんだし、別に気にしなくてもいいかな。

 

「タカ兄、疲れた……」

 

「早すぎるだろ……てか、自分の意思で参加したんだから、自分でどうにかするんだな」

 

 

 スタートして早々にコトミがバテ始めたけど、タカトシはまともに相手にしなかった。てか、タカトシの言う通りコトミは自分で参加したんだし、このくらい自分でどうにかしなきゃね。

 

「ご覧ください」

 

「今度は何の足跡ですか?」

 

「露出マニアの足跡です」

 

「近くにいるんですか!」

 

「……凄い喰い付きだな」

 

 

 疲れたと文句言っていたコトミが、出島さんが指差した足跡を見るために物凄いスピードで先頭に追い付いてきた……相変わらずの思春期全開ね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩き続けた私たちは、出島さんに指示を仰ぎながら雪を掘って即席の食卓を作り始めた。

 

「タカ兄、雪が重い!」

 

「一気に掘り進めようとするからだろ。自分が問題なく持ち上げられるくらいでやめておけばいいものを」

 

「だって、一気に進めた方が回数少なくて楽じゃん!」

 

「その分重い思いをするんだから、結局は変わらないだろ」

 

 

 タカトシ君にツッコまれたコトミちゃんは、結局は自分が悪いと思い知らされたようで、次からは自分が持てる量だけ掘り起こしていた。

 

「さて、これで完成ですね」

 

「雪を掘り起こして椅子を作るとは……さすがですね」

 

「知恵だよね~」

 

 

 シノちゃんと二人で感心していると、タカトシ君がバテていたコトミちゃんを引っ張り上げて椅子に座らせている光景が目に映った。

 

「相変わらず仲良しだよね。タカトシ君とコトミちゃんって」

 

「コトミがタカトシにべったりな気がしていたが、タカトシも最終的には甘いよな……」

 

 

 即席食卓で休んだ我々は、再び雪道を歩きだした。寒いけど確かに面白いな~。

 

「皆様。最後は疲れをリフレッシュしていきましょうか」

 

「温泉があるんですか?」

 

 

 出島さんを除き、ただ一人疲れた様子が無いムツミちゃんが――タカトシ君は異性だから別と考えてだけど――出島さんの提案に疑問を呈す。

 

「ありますよ。しかも、混浴です!」

 

「えぇ!? そんな……嫁入り前の娘が、異性に裸を曝すなんて出来ませんよ!」

 

 

 ムツミちゃんが純情可憐な事を言っている横で、タカトシ君が呆れたような表情で出島さんを見ていた。

 

「混浴って、足湯じゃないですか」

 

「タカトシ様はもう少しノリが良い方が盛り上がると思うのですが」

 

「三葉をからかって遊んでいる人に付き合う義理はありませんからね……てか、みんな疲れすぎじゃないですか?」

 

「だらしないなー」

 

「運動バカと主夫と一般的な学生を同列に見るな……」

 

「主夫じゃないって言ってるじゃないですか」

 

「運動バカ?」

 

 

 ムツミちゃんはシノちゃんの嫌味に気づか無かったようだけど、特に気にしなかったから誰もツッコミは入れなかった。というか、早く足湯に使って疲れを取りたいよ……




体力お化けでも間違えではないかと……


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山の天気

森さんがいないため、全員にチャンスが


 足湯でリラックスしながらも、私には一つの懸念事項があった。

 

「ところで、暗くなる前に下山しなくても大丈夫なんですか?」

 

「今の時間帯はロープウェイが混雑していますので、あえて遅い時間まで待っているのです」

 

「そういう事でしたか」

 

 

 確かにさっきちらっと見た限りでは、ロープウェイ乗り場には人が沢山いた。出島さんはその事をしっかりと考えてのんびりしているのだった。

 

「それにこの時間は道路も混んでいますので、帰宅ラッシュを避けるためにも、こうしてのんびり過ごした方が後々楽が出来ます」

 

「そう上手く行きますかね……」

 

「何か気になることでも?」

 

「いや、杞憂に終わればそれが一番ですし」

 

 

 何やら空を見上げながら不安げな態度を見せるタカトシに、私たちは何処となく不安な気持ちになった。だがタカトシも決定的な何かがあるわけではなさそうで、すぐに気にしないでくれとでも言いたげな笑みを浮かべて視線を逸らした。

 

「さて、そろそろ支度をしておかないとロープウェイの最終に間に合わなくなりそうですね」

 

「それじゃあ、足を拭いて帰りましょうか」

 

 

 足湯から上がり荷物の準備をしていると、外から凄い音が聞こえてきた。

 

「これって……」

 

「吹雪いてますね……」

 

「あっ! もしかしてタカ兄が気にしてたのって……」

 

「山の天気は変わりやすいからな……だけど、まさか本当に吹雪になるとは……」

 

 

 出島さんが確認すると、案の定ロープウェイは運休となってしまい、私たちの下山の術は無くなったのだ。

 

「まぁ、こんなこともありますよね」

 

「しかし、どうします? さすがにこの吹雪の中野宿はしたくないです」

 

 

 私たちは八人だし、運よく部屋が空いている可能性も低いからな……そうなるとタカトシが言ったように野宿するしかないのだが、こんな吹雪の中野宿したくないのは私たちも同じだ。

 

「そうですか……ではお願いします」

 

「どうだった?」

 

「運よく部屋が空いているそうです」

 

「ほっ、良かった」

 

「ただし、二人一部屋ですがね」

 

「な、なんだって!?」

 

 

 二人一部屋という事は、誰か一人がタカトシと一夜を共にするわけで……しかも、こういった場面で大抵当たりを引く森はいない。となると、私がタカトシと同じ部屋になる可能性もあるわけで……

 

「普通に俺とコトミで一部屋使えばいいだけでは?」

 

「えっ、タカ兄。私たち兄妹だよ?」

 

「だからだろ。身内なら男女一部屋という考えにはならないだろ」

 

「私は、タカ兄が良ければそれで……」

 

「……何か致命的に考え方に相違があるんだが」

 

「コトミと一緒だと逆に不健全な空気が漂うわね……」

 

 

 萩村が動いたが、ここで抜け駆けを許すわけにはいかないな。

 

「それじゃあコトミは時と同室という事で」

 

「私はそれで構わないです」

 

「そうなると残りは、シノちゃん、スズちゃん、ムツミちゃん、私、出島さん、タカトシ君の六人だね」

 

「わ、私はタカトシ君と別の部屋で……男の子と一緒の部屋だなんて、恥ずかしいですし……」

 

「(よし、三葉は脱落した!)では私たち四人の内誰かがタカトシと同室となるわけだが……」

 

「恨みっこなしだよ~?」

 

 

 私が拳を突き出すと、アリアも同じように拳を突き出した。もちろん、殴り合いで決めるのではなく、公平にじゃんけんで決めようという提案である。

 

「私は出来ればお嬢様と同室が良いのですが、タカトシ様と同室でも一向にかまいませんので」

 

「わ、私も参加します」

 

 

 拳の意味を理解して、出島さんと萩村も拳を突き出した。つまり、全員タカトシと同室を狙っているという事になる。

 

「私と出島さんが負けたら、ここが同室でいいよね?」

 

「つまり、私か萩村が三葉と同室になる、という事か」

 

「もしくは、私かお嬢様が勝てば、その二人が同室になる、という事ですね」

 

 

 つまり私が勝てば萩村が三葉と、萩村が勝てば私が三葉と、アリアか出島さんが勝てば私と萩村が同室、という事になるのか……

 

「一回勝負だからな」

 

「勝っても負けても恨みっこなしだからね」

 

「こういう時、狙っていると負けそうですけどね」

 

「どう転んでも私は得しかしませんけどね」

 

 

 既に息を荒げている出島さんに、タカトシが呆れているのを隠そうともしない目を向けている。確かに出島さんは殆どの確率で当たりだもんな……さすがに天然ピュワっ子には手は出さないだろうけども……

 

「無知な少女を私色に染め上げるのも悪くないですし」

 

「まごうことなき変態ですね……」

 

「?」

 

 

 出島さんのいかがわしい視線の意味も理解出来ないのか、三葉は首を傾げていた。まさかここまで無知だったとはな……

 

「ではいくぞ!」

 

「「「「じゃんけんぽん!」」」」

 

 

 じゃんけんにこれほど全力を出したことがあっただろうか。私以外はパーで、私はチョキ。つまり、私がタカトシと同室に決定したのだ。

 

「わー、私はスズちゃんと一緒の部屋だね」

 

「よろしく……」

 

「お嬢様と一夜を共にするだなんて……はぁはぁ」

 

「息が荒いよ~?」

 

「というわけで、よろしくな!」

 

「よろしくお願いします」

 

「……なんか淡泊な反応だな」

 

 

 私はこれほど興奮しているというのに、タカトシはいたって普通な反応を示す。まぁ、同室だからと言って何かが進展するわけではないと私も分かってはいるがな……




珍しくシノを勝たせてみました


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シノの心情

ちょっと暴走気味……


 シノちゃんがタカトシ君と同じ部屋になるのって、よくよく考えたら初めてなんじゃないかしら……前に全員同じ部屋って事はあったけど、二人きりっていうのは無かった気がするのよね……

 

「お嬢様、なにを考えているのですか?」

 

「シノちゃん、緊張して昔の癖が出ないかなって心配してるだけよ」

 

「タカトシ様と同じ部屋に二人きりですものね。私ならそれだけで絶頂しちゃいそうです」

 

「あらあら~」

 

 

 出島さんもタカトシ君の事好きだもんね。まぁ、私たちと違うのは、異性として見ているのではなく、性的なご主人様として見てるから、厳密にはライバルにはならないんだけど。

 

「ところでお嬢様、窓側と廊下側、どちらがよろしいですか?」

 

「出島さんの好きな方使って良いよ~」

 

「で、出来ればお嬢様と同じベッドが……」

 

「それはゴメンなさいね」

 

 

 さすがに百合的な展開は私も避けたいし、出島さんはバイだから万が一の展開もあり得るからね。日常に潜む落とし穴はちゃんと回避しておかないと。

 

「残念です……では、私が廊下側で」

 

「はーい」

 

 

 シノちゃんの心配をしてたけど、タカトシ君からという事はないでしょうし、シノちゃんもいざとなったらヘタれるから何も進展は無いのかしら……

 

「出島さん的には、誰と同じ部屋でも当たりだったの?」

 

「そうですね……一番はやはりお嬢様ですが、タカトシ様と同じ部屋でも興奮しますし、ロリっ子やピュアっ子などもありですしね」

 

「シノちゃんやコトミちゃんは?」

 

「大いにありです」

 

「出島さんは人生を楽しんでるわね~」

 

 

 ここまで欲望に忠実に生きていたら、きっと何事も楽しいんだろうな……まぁ、私もそれなりに楽しい人生を送っているとは思うけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から部屋に戻ると、タカトシが眼鏡をかけて何かをしていた。こいつの眼鏡姿は破壊力抜群なので、鼻血が噴出さないように注意しなければな。

 

「何をしているんだ?」

 

「暇を持て余しているので、持ってきた本を読んでるだけですよ」

 

 

 そう言ってタカトシは私の方に振り返る。正面から見ると、また違った雰囲気があるな……畑が眼鏡姿のタカトシの写真を狙っている理由が分かる気がする。

 

「またエッセイのネタ探しか?」

 

「そういった意図もありますが、今回は純粋に暇つぶしです」

 

「コトミはトッキーと騒いでるようだが、お前は本当に冷静だな」

 

「二人で騒いでるのではなく、コトミが一方的に騒いでるだけでしょうがね……明日時さんに謝っておかないといけないな」

 

 

 コトミたちの部屋の方を向きながら、タカトシはため息を吐いた。割と見慣れた光景ではあるが、眼鏡があるだけで大分違うな……なんだか興奮してきたぞ。

 

「ところでタカトシ」

 

「何ですか?」

 

「この間役職変更遊びをしただろ?」

 

「えぇ。あまり新鮮味はなかったですがね」

 

「そうか? 私は楽しかったぞ。特に、お前に『先輩』と呼ばれたのは新鮮だった」

 

「……そう考えると、確かに『会長』ってずっと呼んでますからね」

 

 

 出会った時は会長だったり先輩だったりだったが、今では会長で固定されてしまってるからな……こういった課外活動でもそう呼ばれているのだから、恐らくタカトシの中では私は異性ではなく会長というイメージが強いのだろうな。

 

「タカトシは私の事をどう思っている?」

 

「どう、とは?」

 

「異性として、だ」

 

「随分と踏み込んだ質問をしてきますね」

 

 

 タカトシが私の事をジッと見つめてくる。ここで私が視線を逸らすわけにはいかないと、気合いを入れてタカトシの視線を受け止めた。

 

「正直自分に余裕がないので、異性として意識してる相手はいませんよ。会長も異性として認識はしてますが、意識してるかと問われれば、否です」

 

「森やカナの事は?」

 

「同じです。義姉さんは異性というより家族に近いですし、サクラさんは他の人より近いですが、意識してるのかと聞かれれば、ちょっとわからないですね」

 

「……だが、私たちより森の方がタカトシの意識に入り込んでいるんだな?」

 

「恐らく、ですがね。恋愛経験が皆無ですので、良く分からないというのが本音です」

 

 

 まぁ、子供の頃からコトミの世話や出張がちな両親に代わって家事とかをしてたらしいからな。恋愛をしている余裕などなかったのだろう……そう考えると、タカトシが本気で異性を意識し始めたら、それが初恋と言うことになるのか。

 

「………」

 

「なんです?」

 

「いや、私もタカトシとキスしてみたいなと思っただけだ」

 

「唐突ですね」

 

「いや、割と何時も思っているのだが」

 

 

 狙ってみてもタカトシのキス相手は森になってしまうし、横島先生のアシストでアリアが、ショック療法で五十嵐がキスしてるのに、私はまだだからな……常に思っていても仕方ないだろうと私は思っている。

 

「何の理由もなくキスなどしませんよ」

 

「私はお前が好きなんだと思うが……まぁ、私は恐らくメンドクサイ女だからな。一度キスしたら恋人面で他の女を牽制するだろう」

 

「……迂闊にキスするような展開にならないように気を付けないといけませんね」

 

「そうだな。もしキスしたら、結婚まで迫るかもしれないからな」

 

 

 我ながら面倒な性格だと思うが、タカトシを独占したいと思ってしまうのは私だけではないだろうな……ただでさえ出遅れているのだから、一回のキスで暴走しても仕方ない……と思ってもタカトシに嫌われるだけだろうから、万が一キスしても自重しなくてはいけないな。




確かにメンドクサイ女だな……


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コトミの早起き

珍しい事が起きた……


 昨日の夜、散々トッキーを弄って遊んだからか、ぐっすり眠れて目覚めもすっきりしている。もしかしたらタカ兄より早く起きたんじゃないだろうか。

 

「えっと、現時刻は……四時半?」

 

 

 人生でこんなに早く起きたことがあっただろうか……この時間に寝たことはあるかもしれないが、恐らく自己最速の目覚めだろう。

 

「せっかく早起きしたんだから、タカ兄の部屋にでも忍び込んで驚かせてあげよう」

 

 

 私がこんな時間に目覚めたなんて知ったら、タカ兄もびっくりして腰を抜かすかもしれないもんね。

 

「そうと決まれば、まずは着替えてトッキーを起こさないようにしないと」

 

 

 物音を立てないように気を付けながら着替え、私はタカ兄とシノ会長の部屋に忍び込もうとして――

 

「何してるんだ、こんな時間に」

 

 

――私の気配を感じ取ったタカ兄に迎え入れられてしまった。

 

「タカ兄……起きてたんだ」

 

「あぁ、三十分ほど前からな」

 

「相変わらず早起きだね」

 

 

 この兄を驚かせることなど、私には出来ないのか……いかにタカ兄が高次元の存在かを知らしめられたなぁ……

 

「シノ会長は?」

 

「まだ寝てる。だからお前も少し静かにしろよな」

 

「分かったよ。ところでタカ兄はどっかに行くつもりなの?」

 

 

 こんな時間に着替えているという事は、誰かの部屋に忍び込んで――などという展開ではないだろうし、そうなると何処に行くのかちょっと気になる。

 

「軽く散歩でもと思ったが、お前も来るか?」

 

「遠慮しとくよ。わざわざ寒い思いをしてまで歩きたくないし」

 

「……何でスノーシューに参加したんだ、お前」

 

 

 タカ兄に呆れられたけど、私は何も答えずにタカ兄を見送った。

 

「せっかく早起きしたんだし、寝起きドッキリでも仕掛けてみようかな」

 

 

 タカ兄がいなくなった今、シノ会長にドッキリを仕掛ける絶好のチャンスなのではないかと思い、私はタカ兄の部屋に忍び込んだ。

 

「うわぁ、タカ兄って準備良かったんだ」

 

 

 ベッドの上に置かれている本を見て、私はタカ兄がこういう状況を考えて荷造りをしていたんだと思い知った。まぁ、タカ兄の場合は車の中でも本を読めるから、行き来の間で読もうと思っていただけかもしれないけどね。

 

「……しかし、ドッキリを仕掛けるにしても、なにをすれば一番驚いてもらえるんだろうか」

 

 

 私がタカ兄の格好をして起こす、というのも面白そうだけど、タカ兄の鞄を漁るわけにもいかないしな……多分途中から違う目的に変わってしまうだろうし。

 

「ここは普通に起こしてみようかな」

 

 

 こんな時間に私が起きている、これだけでも驚くべき事だろうし。

 

「なんか、自分で言ってて情けなくなってきた……」

 

 

 自分の生活を反省しながら、私はシノ会長のベッドに近づき、耳元でささやく。

 

「シノ会長、起きてください」

 

「……あと少し」

 

 

 やっぱり起こされるともう少し寝たくなるものなのだろうか。シノ会長も定番の返しをしてくれた。

 

「もう少しってどのくらいですか?」

 

「後五分……って、コトミか?」

 

「そうでーす。おはようございます、シノ会長」

 

 

 問いかけに答えたところで、シノ会長が私の姿を認識した。

 

「コトミに起こされる日が来るとは……ところで、今何時だ?」

 

「朝の四時半くらいですね」

 

「随分と早起きだな……って、タカトシは何処だ?」

 

「タカ兄なら散歩しに行きましたよ」

 

 

 本当はタカ兄を驚かそうとしたが、結局私の方が驚かされちゃったし……

 

「それで、私を起こしたわけを教えてくれ」

 

「暇つぶし相手が欲しかったんですよ。タカ兄に付き合って散歩に行くのも考えましたけど、私がついて行っても邪魔になるだけだと思ったので」

 

「エッセイのネタでも探しに行ったのか? まぁ、起こされた以上起きるが……」

 

 

 そこでシノ会長は、私に視線を向けた。

 

「何ですか?」

 

「着替えるからちょっと出ていってくれるか?」

 

「女同士なんですから、気にしなくて良いんじゃないですか?」

 

「なら、そのカメラをしまえ」

 

「何故バレた!?」

 

 

 畑先輩から盗撮の極意を教わった私の完璧な盗撮だと思ったのに……

 

「分かりました。カメラはしまいます」

 

「それと、念の為後ろを向いていろ」

 

「疑り深いですね……これでいいですか?」

 

 

 シノ会長に背を向けながら答える。もしかしたらタカ兄以上に警戒されているのではないかとちょっと複雑な思いを懐く。異性であるタカ兄より私の方が警戒されるなんて、シノ会長に『そういう趣味』があるんじゃないかと疑ってしまうじゃないですか。

 

「しかしコトミよ」

 

「何ですか?」

 

「お前がこんな時間に起きるなんて、また吹雪になってしまうんじゃないか?」

 

「それって酷くないですかー? 私だってたまには早起きくらいしますよ~」

 

「コトミのいう早起きとは、いったい何時だ?」

 

「んー……八時とか?」

 

「全然早くないぞ……」

 

「八時なら遅刻しないギリギリなんですよ~」

 

「もっと早く起きた方が良いんじゃないか? いつまでもタカトシに甘えっぱなしも考え物だろ」

 

「たった二人の兄妹ですし、少しくらい甘えても良いじゃないですか~」

 

 

 お父さんもお母さんも出張ばっかりで子供の頃からタカ兄と二人きりが多かったので、私が甘えん坊になっても仕方ないと私は思っている。

 

「とにかく、少しは自立するようにするんだな」

 

「努力はしてみまーす」

 

 

 私はとりあえず良い返事をして、シノ会長が着替え終わるのを大人しく待ったのだった。




八時まで寝てみたい……


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津田兄妹のカード運

タカトシもコトミも強そうですし……


 コトミに起こされたのはいいが、特にする事も無かったので、コトミが持ってきていたトランプでポーカーをしていた。

 

「今度こそ勝つからな!」

 

「くっくっく、私には貴女の手札が見えるのだよ」

 

「なにっ!? ……って、誰もツッコまないから恥ずかしくなってきたぞ」

 

「ですね~。で、勝負します?」

 

 

 特に何も賭けてないし、負けたからと言って罰ゲームがあるわけでもないので、余り難しく考えずに勝負が出来るのだ。

 

「これならば!」

 

「残念でした~。ストレートフラッシュです」

 

「何故お前はこんなに強いんだ……」

 

 

 私はただのフラッシュなので、またしてもコトミに負けた……これで通算二勝十三敗だ。

 

「まだ続けます?」

 

「そろそろ飽きてきたし、他の連中も起こすか」

 

「あんまり迷惑かけるのは感心しませんがね」

 

「あっ、タカ兄お帰り~」

 

 

 いつの間にか私の背後に現れたタカトシに驚きはしたが、こいつがいきなり現れるのも割と何時もの事なので必要以上には驚かなかった。

 

「それにしても、シノ会長ってポーカー苦手なんですね」

 

「何故か良い役が揃わないんだ……てか、コトミが強すぎるんじゃないか?」

 

「アイツはまずは堅実に、初手が良ければ冒険するタイプですからね。そして何故かは知りませんが、カード運が非常に高いので、高確率で良い役が揃うんですよ」

 

「何だか納得出来んな……まぁ、タカトシも来たことだし、今度は三人でやるか」

 

「良いんですか? タカ兄は私以上にカード運良いですよ?」

 

「何かを賭けてるわけじゃないんだし、負けても問題ない」

 

 

 そう意気込んで三人でポーカーをしたが、結局私は全敗した……この兄妹、賭け事に強すぎるぞ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝食を済ませて、私たちは出島さんの運転する車で帰る為にロープウェイに乗り込んだ。ちなみに、コトミちゃんは何故か服を着替えていたが、まだ寝ている。

 

「朝早くからはしゃぎ過ぎたな、こいつは……」

 

「タカトシ、重くないのか?」

 

「それほどじゃないですし、身内ですから」

 

 

 コトミちゃんをおんぶしながらロープウェイまでやってきたタカトシは、コトミを椅子に降ろして自分は窓際で外を見ている。

 

「そういえば、会長って高所恐怖症じゃなかったでしたっけ?」

 

「外を見なければいいだけだ! それに、私だって少しずつ克服していってるんだからな」

 

 

 強がっているのは見て明らかだったが、誰もその事にはツッコまなかった。膝が震えているのは、見えない事にしたのだろう。

 

「まさかお泊りになるとは思ってなかったですが、すっごく為になりました!」

 

「それは良かったです。私も、三葉様のお役に立ててうれしく思います」

 

「そういえば出島さん、何で朝私のベッドの下にいたの~?」

 

「と、特に深い理由はありません。ただお嬢様のベッドになりたいと思っただけでして……ちょっと疑似体験をしていました」

 

「あらあら~」

 

 

 それで済ませて良いのだろうかとも思ったけど、七条先輩もタカトシも何も言わなかったので、私が何か言うべきではないと判断した。だって、出島さんの相手を一人でするのは厳しいし……

 

「スズちゃんはすぐに寝ちゃったし、私も疲れてたからすぐ寝ちゃったしな~。お泊りっぽい事はしなかったね」

 

「そうね。まぁ、元々泊まる予定じゃなかったんだし、遊ぶ用意なんてしてなかったから仕方ないけど」

 

「トッキーは? ずっとコトミちゃんと遊んでたの?」

 

「コイツが騒ぐだけ騒いで、その後すぐ寝たんで、私もそのまま寝ました」

 

「それでコトミは早起きだったのか」

 

「? まだ寝てますよ?」

 

 

 会長が呟いた言葉にムツミが首を傾げた。確かにコトミはまだ寝ているが、恐らく早起きして一遊びして二度寝したという事だろうな。

 

「タカトシ様、この駄メイドにお仕置きを!」

 

「アリアさん、この人どうにかしてください」

 

「タカトシ君がお仕置きすれば大人しくなると思うよ?」

 

「はぁ……そもそも俺は出島さんを罰する立場に無いんですけど?」

 

「私のご主人様はタカトシ様ですから」

 

「ニュアンスがおかしくないですかね?」

 

 

 出島さんの雇い主は七条家で、ご主人様は七条先輩のはずだが、恐らく出島さんが言っている『ご主人様』というのは、精神的なご主人様なのだろう……タカトシはその事が分かっているのか、盛大にため息を吐いた。

 

「それにしても、こうしてみんなとお泊りなんて学校行事でしかなかったから、楽しかったです」

 

「そうか。三葉はお泊り会とかしないのか」

 

「だって、そんな機会滅多にないじゃないですか」

 

 

 ムツミの言葉に、タカトシ以外の学生が目を逸らす。時さんは宿題の追い込みで、私たちはしょっちゅう何かにつけてタカトシの家に泊まっているのだ。

 

「そういえば三葉」

 

「なーに、タカトシ君?」

 

「今度の試験、赤点だと色々ヤバいんじゃなかったか?」

 

「忘れてたのに……」

 

「いや、忘れてちゃ駄目だろ……今度の勉強会は三葉も参加するか?」

 

「良いの!?」

 

「あ、あぁ……どうせコトミと時さんに勉強を教えるって、義姉さんやシノ会長たちが張り切るだろうし、三葉も参加すればいいよ。俺やスズもいるし」

 

「お願いします、タカトシ先生。スズ先生」

 

 

 ムツミがロープウェイの中で土下座しそうな勢いで頭を下げたので、私とタカトシは苦笑いを浮かべた。ちなみに、コトミは家に着くまで起きなかったと言う……




結局ダメ人間なコトミでした……


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義姉弟の関係

普通の姉弟より仲良しですから


 久しぶりに三人同じシフトだったので、帰りにタカ君とサクラっちを誘ってデートに行くことにしました。

 

「世間はバレンタインで盛り上がってるね」

 

「そうみたいですね。最近生徒会室がピリピリしてやり難いんですよ」

 

「タカトシさんがそれを言うんですか?」

 

 

 サクラっちの言う通り、ピリピリしている原因はタカ君だと私も思う。

 

「クラスメイトからタカ君は羨ましがられてるんじゃない?」

 

「どちらかと言えば恨まれてますかね」

 

「恨む? どうして?」

 

「何でも『お前がいるから俺たちがモテないんだ!』らしいんですけど」

 

「たぶん、タカトシさんがいるいない関係ないと思うんですけど」

 

「私もサクラっちに同意です」

 

 

 確かにタカ君に女子の視線が行ってしまうのも原因かもしれないけど、タカ君がいなかったとしても他の男子に視線が行っていたかどうかは分からない。そもそも、本当にモテるのなら、タカ君の存在に関係なくモテてると思うので、恐らくやっかみなのだろうな。

 

「今年はタカ君の家でコトミちゃんたちと作るから、私からの分は冷蔵庫に入れておくね」

 

「何だか恋人を通り越して夫婦みたいな会話ですね」

 

「サクラっちもなかなか面白い冗談を言いますね」

 

 

 私とタカ君が夫婦だなんて……恐らくタカ君が圧倒的優位に立つ関係になってそうです……もちろん夜も。

 

「俺と義姉さんが夫婦だったら、コトミはどんな立ち位置になるんでしょうね……」

 

「大きな子供?」

 

「言い得て妙ですね……中身はまだまだ子供ですし」

 

「タカ君が大人びてるだけで、高校生なんてコトミちゃんくらいが普通じゃないかな」

 

 

 ちょっと厨二が強すぎるとは思いますが、高校生なんてまだまだ子供で良いと私は思います。もちろん、何時までも子供でいられては困る年代だとは思いますが。

 

「そうそう、チョコレートで思い出しましたが」

 

「何ですか?」

 

「英稜にタカ君のファンが急増してるんですよ。もしかしたら、またタカ君宛のチョコが増えるかもしれません」

 

「何でそんなことに?」

 

「恐らくですが、この間のエッセイオンリーの桜才新聞の影響だと思います。どうやら畑さんが、タカトシさんの写真を載せたのが原因で、一年生の間でもタカトシさんの事が噂になっていまして……」

 

「写真? 俺が確認した時にはなかったはずですが」

 

「どうやら外部販売用に後から載せたらしいですよ」

 

 

 英稜以外にも購入希望している学校があるらしく、畑さんはそれで随分儲けていると噂されていますし。それだけタカ君のエッセイは魅力的で、かつタカ君本人も魅力的なんでしょうが、またしてもライバルが増えるんじゃないかとお義姉ちゃんは心配です。

 

「別に俺の写真が載ったからといって、販売数が伸びるとは思えないんですが」

 

「そうでしょうか? むしろタカトシさんの写真を売り出した方が売れそうな気がしますが」

 

「アリアっちが買い占めそうだよね……財力では対抗しようが無いし」

 

 

 女としての魅力なら、私やサクラっちは対抗出来そうだけど……あそこまでは大きくないしなぁ……

 

「アリアさんやシノ会長は、普通に写真撮れるはずなのに、何故畑さんから買いたがるんだか……」

 

「だって、タカ君写真嫌いでしょ?」

 

「裏で商売されるくらいなら、普通に撮ってもらった方がマシです」

 

「じゃあ後でお義姉ちゃんとのツーショットを撮りましょう」

 

「何故?」

 

「だって、商売されるくらいなら普通に撮ってもらった方が良いんでしょ? それなら、お義姉ちゃんも一緒に写りたいし」

 

 

 コトミちゃんに頼めば、シャッターぐらいは出来るでしょうし。

 

「後で……つまり会長は、この後タカトシさんの家に行くんですか?」

 

「さっき言ったように、コトミちゃんたちと作るチョコの打ち合わせや、コトミちゃんのテスト対策とかで色々と忙しいんです。もちろん、お義母さんの許可は貰ってるので」

 

「毎回愚妹が迷惑をかけて申し訳ございません……」

 

「大丈夫だよ。そのお礼にタカ君がご飯の用意とかしてくれてるし。毎回お弁当も楽しみです」

 

「それでここ最近会長のお弁当が豪華なんですね」

 

 

 自分で作る時より、タカ君が用意してくれたお弁当の方が、色合いや栄養バランスが良いのは女子として複雑ではありますが、美味しいので気にしないことにしているのです。

 

「どうせならサクラっちも来ますか? 一日くらいなら私の替えの下着で何とかなるでしょうし」

 

「何で会長の下着が常備されてるんですか?」

 

「だって、しょっちゅうタカ君の家に泊まってるから、私の着替えくらいありますよ」

 

「何で偉そうに言っているのか分かりませんが、たまには家に帰った方が良いんじゃないですか? ご両親も心配するでしょうし」

 

「大丈夫。タカ君の家に泊まってるって知ってるし、ウチの両親もタカ君なら安心だと言ってくれてますから」

 

「俺の知らない所で、凄い信頼されてるな……」

 

「ウチの両親も、タカ君のエッセイのファンですから」

 

 

 私が読んでいたのをお母さんが読んで、更にお父さんも読んでファンになったのだ。そして親戚が結婚した縁でタカ君との関係が深まった事を、二人とも喜んでたっけ。

 

「それじゃあ、お邪魔します」

 

「コトミちゃんの面倒もお願いね」

 

「それは義姉さんもですからね」

 

「分かってるよ。その代わり、明日のお弁当もお願いね」

 

 

 こうして私たち三人は、タカ君の家に向かったのだった……まぁ、タカ君は普通に帰るだけだけど。




ちょっと兄妹も仲良すぎな気が……


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桜才生徒会役員共の気合い

このネタは引っ張れるから楽です


 今年もバレンタインが近づいてきて、学校中がピリピリしている。といっても、大半はタカトシに渡そうと考えているのだろうし、中には話したこともないが渡したいと思ってるヤツもいるかもしれない。

 

「シノちゃん、今年も出島さんが時間取れるらしいから、ウチで作らない?」

 

「それはありがたいな。アリアん家はキッチンも広いし、設備も整ってるからな。どうもカナたちはタカトシん家で作るらしいから、参加者は私と萩村くらいか?」

 

「さっき誘ったらカエデちゃんも来たいって言ってたよ~」

 

「風紀委員長が率先して風紀を乱そうとするとは……」

 

 

 まぁ、生徒会長の私も似たようなものかと考えなおし、後で五十嵐をからかう事を自重する事に決めた。

 

「そろそろタカトシ君に誰が一番か選んでもらいたいところだけど、選ばれなかった時のショックを考えると、今のままの関係が一番かな~って思っちゃうよね」

 

「そうだな。特にアリアは、タカトシの存在でお見合いがストップしてるんだろ?」

 

「えっ、その話シノちゃんにしたっけ?」

 

「おおよその見当くらいつくさ。あの件以来、アリアがお見合いに悩むことがなくなったからな」

 

 

 前に一度そういう話があった時、タカトシを偽の彼氏として仕立て断ろうという案があったのだ。どうやらそれがアリアの両親の耳に入ったらしく「そういう人がいるなら」という事でお見合いを断っているのだ。もしタカトシが誰かと付き合い始めたら、アリアの見合い話も復活してしまうのだろう。

 

「日本が一夫多妻制度を導入してくれればな~」

 

「だがそれだと、タカトシにばかり女が群がることになるぞ?」

 

「余計に独り身の人が増えちゃうのか……」

 

 

 確かにアリアの案はありだと思ったが、ウチの高校に当てはめて考えると、どう考えてもあぶれる男が大勢いる事になってしまう。そうなると、我々の代は兎も角、その次の代が困った状況になってしまうのだ。

 

「とにかく、タカトシが自発的に誰かと付き合おうと考えるまでは、私たちは今のままで良いんじゃないか?」

 

「そうだね~。一応ライバルの関係だけど、みんなと仲良くしたいもんね~」

 

「小耳にはさんだ情報では、英稜の女子生徒の大半がタカトシにチョコを渡すらしいから、うかうかしていたら私たちのを受け取ってもらえない可能性があるらしい」

 

「それ、誰から聞いたんですか?」

 

「おぉ、萩村……いたのか」

 

「最初からいましたけど?」

 

 

 萩村の存在をすっかり忘れていた……寝てたんだったな。

 

「そういえばタカトシは?」

 

「アイツは新聞部に行ってる。また畑が五十嵐の着替えを盗撮していたらしく、生徒会からタカトシを派遣して説教しているところだろう」

 

「畑さんも懲りないですね……」

 

 

 もはや商売の為でなく、五十嵐を困らせる為にやってるんじゃないかと思わせる程、五十嵐の事を盗撮している気がするな……

 

「とにかく、モブ女子に負けないためにも、気合いを入れたチョコを作る必要がある!」

 

「何言ってるのか分かりませんが、変に気合いを入れるより、自然体の方が目立つと思いますよ」

 

「そうだね~。たぶん他の子たちは気合を入れて作るでしょうから、あえて自然体で作った方が、印象に残るかもしれないわね~」

 

「そういうものか……だが、逆に義理だと思われても困るだろ?」

 

「かといって、あんまり気合いを入れすぎると、かえって引かれる可能性もあると思いますよ」

 

「今更義理だと勘違いされるとは思わないけどな~」

 

「確かに、あいつも我々の気持ちは知っているわけだし……」

 

 

 それでいて変わらぬ態度で接してくるという事は、異性として意識されてないのではないかと考えてしまうが、あいつは私情を持ち込まないからな……森に対しては若干意識してるんじゃないか、という節は見られるが、それでもまだ決定的ではないと信じたい。

 

「じゃああえて渡さないというのは……ダメか」

 

「自分から脱落する必要は無いと思います」

 

「せっかくのチャンスだもんね。タカトシ君に少しでも意識してもらえる可能性があるなら、私はその可能性を放棄したくない」

 

「畑さんからの情報では、横島先生も渡すとかなんとか」

 

「あの人は敵じゃないから問題ないな」

 

 

 そもそもタカトシが横島先生を異性として意識しているのかすら怪しいし……

 

「出島さんは義理チョコを渡すって言ってたよ~」

 

「出島さんが?」

 

「なんでも『主に夜、タカトシ様にお世話になっているので』って言ってた」

 

「あの人は……妄想でもしてるのか?」

 

「畑さんから貰ったタカトシ君の写真を見ながら発散してるみたいだよ~」

 

「普通の写真でか?」

 

「出島さんは私たちの想像をはるかに超える強者だから」

 

「なるほど……」

 

 

 私たちもかなりの上級者だと思うが、出島さんはそれ以上だもんな……普通の写真を見るだけで、タカトシの色々な事を妄想できるんだろう。

 

「とにかく、今度の休みはアリアの家でチョコ作りだ!」

 

「戻りました……って、なんですか、この空気?」

 

「な、何でもないぞ……?」

 

 

 タイミング悪くタカトシが新聞部の部室から戻ってきたが、どうやら気づかないふりをしてくれたみたいだ。さすが、空気が読める男だ……




といっても、こう何回もこのネタが出てくるときつい……


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聖戦前日

通常運転の人が数名……


 七条さんの家に招待され、私は天草さんと萩村さんと一緒にお屋敷にやってきた。何度見ても広いお屋敷よね。

 

「いらっしゃい」

 

「アリア、今日はよろしく頼む」

 

「私も教わる側だし、その言葉は出島さんに言ってあげてね~」

 

「もちろん出島さんにも言うが、場所を提供してくれたアリアにも言っておくべきだろ」

 

 

 天草さんは変な言動などが目立つが、こういう事はしっかりしている人だから、七条さんにもしっかりと頭を下げられるのよね。

 

「カエデちゃんもスズちゃんも、渡す時はライバルだけど、今は一緒に頑張ろうね」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしく……」

 

 

 ら、ライバルって何よ。私はただ、タカトシ君にはお世話になってるからそのお礼にチョコを渡すだけなんですからね!

 

「ツンデレは最近流行りませんよ?」

 

「うひゃ!?」

 

「出島さん。今日もよろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 

 突如背後から現れた出島さんに驚いている私を横目に、天草さんは出島さんに頭を下げる。というか、何時の間に私の後ろに立っていたのでしょうか……

 

「報酬は今皆さんが穿いているパンツで結構ですので」

 

「問題ありまくりだろうが!」

 

「あぁ、ロリっ子に罵られるこの快感!」

 

「……とりあえず、中に入りましょうよ。人通りが少ないと言っても、さすがにこの光景を見られるのは問題あると思うんですが」

 

「そうか? 出島さんは通常運転だろ?」

 

「出島さんの為人をそれなりに知っているからそんな態度でいられますが、知らない人が見たら問題ですよ」

 

 

 それに、萩村さんは今制服じゃなくて私服だから、事情を知らない人が見たら事案発生と思われる可能性も……

 

「今失礼な事考えませんでした?」

 

「そ、そんなこと無いわよ!」

 

「それでは、キッチンまでご案内いたします」

 

「お願いね~」

 

 

 私が萩村さんに睨まれている事には触れずに、出島さんを先頭に天草さんと七条さんはさっさと敷地内に入っていく。私も萩村さんを宥め三人の後に続いた。

 

「……迷いました。相変わらず広いですね、このお屋敷は」

 

「「えぇー!?」」

 

「あらあら」

 

「何度目ですか、この流れ……」

 

 

 萩村さんのセリフから、既に何度かこんな流れがあったのかと、私は少し残念な人を見るような視線を出島さんに向けた。

 

「その目、ゾクゾクします!」

 

「えぇー……」

 

 

 何をやってもダメなのかと、私は諦めて七条さんの案内に続いてキッチンに向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノっちもアリアっちもチョコの準備で遊べないとなると、私はすることがなくなってしまう。だからじゃないけど、今日もタカ君の家でコトミちゃんの勉強を見てあげる事にした。

 

「わざわざ毎日来なくても、ちゃんとやりますよ~」

 

「でも、私が帰った後、全くやってないでしょ? 昨日私が教えてたページからまったく進んでないし」

 

「いや~、ちょっと息抜きで始めたダンジョンが手ごわくてですね~」

 

「何でその情熱を勉強に向けられないんだ、お前は……」

 

「あっ、タカ君。お邪魔してます」

 

「どうも、義姉さん。お茶淹れたのでどうぞ」

 

 

 恐らく買い出しに行っていたタカ君が帰ってきて、私にお茶を持ってきてくれた。後で自分で淹れようと思ってたけど、私が淹れるよりタカ君が淹れてくれた方がおいしいから、これはラッキーですね。

 

「タカ兄、私の分は?」

 

「しらん。自分で淹れろ」

 

「お義姉ちゃんには淹れたのに、私には淹れてくれないの~?」

 

「義姉さんはお客様だ。お前はこの家の人間だろうが」

 

「私もここの住人でも良いですけどね?」

 

 

 そう言って私は、カバンの中から婚姻届けを取り出す。既に私の名前は書き込んであるので、後は新郎側を書き込めばいつでも提出できる。

 

「待って、何でそんな物持ってるんですか? てか、何で義姉さんの親は許可してるんですか!?」

 

「だって、タカ君といつでも結婚出来るようにと思って。ウチの親も、タカ君ならいつでも歓迎だって言ってるから」

 

「タカ兄の信頼度は半端ないね~」

 

 

 軽い頭痛を覚えたのか、タカ君は頭を抑えながらコトミちゃんの部屋から出ていってしまった。

 

「怒られなくて良かったね、お義姉ちゃん」

 

「私は本気だったんですけどね。まぁ、タカ君に決断を迫るわけにもいきませんし、今はコトミちゃんの勉強を見る事にしましょう」

 

「せっかく話を逸らせたと思ったのに……」

 

 

 コトミちゃんは逃げ出そうとしてたのか、机の上に広げていた勉強道具をいつの間にか片付けていた。もちろん逃がすつもりはないので、コトミちゃんを椅子に押し戻して勉強を開始した。

 

「それにしてもお義姉ちゃん」

 

「何でしょうか?」

 

「本気で私のお姉ちゃんになろうとしてるんですね」

 

「別にコトミちゃんのお姉ちゃんになろうとしてるのではなく、タカ君の妻になりたいだけですよ」

 

 

 今のところその第一候補はサクラっちですが、私だって結構いい位置にいるはずですから、何かきっかけさえあればサクラっちを逆転出来るかもしれませんからね。

 

「その為にはまず、タカ君の悩みの種であるコトミちゃんをしっかり更生させるのです」

 

「うへぇ……私だってやれば出来る子だと思うんですよ。タカ兄と同じ遺伝子を受け継いでるわけですし」

 

「でも、コトミちゃんは努力してないでしょ?」

 

 

 私の正論に、コトミちゃんはガックシと肩を落として、大人しく勉強を始めた。確かに、やればできる子なんですが、やらないんですよね……




やればできるって、自分で言ってちゃ意味が無い……


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義理チョコの数

一つ本命が混じってるけど……


 バレンタイン当日。毎年の事ながら、クラスの男子がピリピリとした空気を醸し出しているが、意味はあるのかと聞きたくなる。

 

「今年も津田か……」

 

「この前のエッセイオンリーの新聞の効果で、一年のハートも鷲掴みだからな……」

 

「頭が良くて運動も出来て、家事も完璧。生徒会副会長にして文才まであるとか……どこのチート野郎だよ」

 

「それだけでもずるいのに、見た目まで良いとか……」

 

「神様聞こえるか! あんたは不公平だー!!」

 

 

 何だかよく分からないことを言われてる気がするが、下手に近づいて絡まれるのも得策じゃないしな……てか、この下駄箱に入ってたチョコの山をどうにかしたいんだが……

 

「相変わらずだね、タカトシ君は」

 

「三葉……おはよう」

 

「そんなタカトシ君に、私からもチョコあげる」

 

 

 山積みになっているチョコの上に三葉がチョコを置いていった。嬉しいんだけど、今ここで渡さなくても良いんじゃないだろうか……

 

「おはよう、津田君」

 

「轟さん、おはよう」

 

「すっごい数だね。さすが学園の種馬と名高い津田君だよ」

 

「ちょっと待て。誰だそんなこと言ってんの」

 

「私たちのコミュニティでは、津田君はそんな感じだけど?」

 

「あっそ……」

 

 

 轟さんのコミュニティって事は、いわゆるそういう事か……しかし種馬は酷いな。

 

「私の分もここに置いておくから。言っておくけど、ムツミと違ってちゃんと義理だからね」

 

「分かってる。ありがとう」

 

 

 うん、くれる事は嬉しいんだけど、だんだんと前が見えなくなってくるんだが……

 

「うひゃー! さっすがタカ兄。既に大漁ですな~」

 

「コトミ……今朝は随分と早くに出かけてたが、何か呼び出されるようなことをしたのか?」

 

「我が兄ながら、私に対する信頼度が低すぎる気がする……」

 

「信頼できる要素が何処にあるんだよ、お前に」

 

「酷っ!? まぁいいや。運ぶの手伝ってあげるよ。教室で良いんだよね?」

 

「あぁ。てか、どうやって持って帰ればいいんだ?」

 

「こんな事もあろうかと、家から大きな紙袋を大量に持ってきてるのだ! さぁタカ兄、私を褒めるがいい!」

 

「……どうも」

 

 

 コトミから受け取った紙袋にチョコを入れていき、とりあえず前が見えるようにはなったが、改めてみると凄い量だな……

 

「本命は三葉先輩だけっぽいね。タカ兄、これからが大変だよ?」

 

「はぁ……気持には応えられないと言ってるんだがな」

 

「それでも、タカ兄には渡したいって思うのが乙女心だよ。まぁ、タカ兄が誰か一人に決めたところで、チョコの数は減らないだろうけどね~」

 

「なんでだよ?」

 

「ほら、人のものって美味しそうに見えるんだよ」

 

「意味が分からん……」

 

 

 とりあえずコトミに手伝ってもらったお陰で、ようやく教室にたどり着いた。が、そこにはもう一つのチョコの山が作られていた。

 

「こりゃタカ兄には当分チョコレートはいらないね~」

 

「………」

 

 

 もはや何も言葉が出ない……それくらい驚いているのだ。この前のバレンタインは、ここまで多くなかった気がするんだが、何でこんなに増えたんだ?

 

「その疑問にお答えしましょう」

 

「……どこから現れるんですか、貴女は。そして、人の心を読むな」

 

「まぁまぁ。今の津田副会長は分かりやすいですから。それで、何故ここまでチョコの数が劇的に増えたのかというと、ぶっちゃけ私の所為ですかね」

 

「畑さんの?」

 

「この前出したエッセイオンリーの桜才新聞、あれの反響が凄いのなんの……私の財布がめちゃくちゃ潤うんですよね~。あっ、ご心配なく。ちゃんと六割は学園に寄付しましたから」

 

 

 畑さんの収入源になってるのは気に入らないが、学園が認めた商売だから俺が何を言っても止められないんだよな……

 

「ですが、エッセイだけなら毎月書いてますし、あれでどうこうなるとは思えないんですが」

 

「あら? 言わなかったかしら? あのエッセイオンリーの桜才新聞には、津田君の写真も載ってるのよ。その所為で今まで津田君の事を遠くからしか見れなかった女子たちも、津田君の魅力に気づいちゃったのよね」

 

「俺、別に高嶺の花のつもりは無いんですが……校門で服装チェックや持ち物検査とかで割と近くにいると思うんですけど」

 

「それでも、貴方の周りには天草会長に七条さん、風紀委員長に萩村さん。それに加えて英稜のお二方と、綺麗どころが揃っていますから。自分なんかと諦めていた一年生女子は多数いたんですよ? それでも、やはりエッセイの力と、そこに載せた写真の効果で、義理チョコくらいならと決心したのでしょう」

 

「そんなことがあるんですね……」

 

「あっ、ちなみに。男子からも数個きてるようですよ」

 

「は?」

 

 

 まぁ今は友チョコという文化もあるんだし、男子から貰ってもおかしくは無いのかもしれないが……何故このタイミングで?

 

「男子からもおモテになるとは、さすがは津田副会長ですね。美術部が非公式で同人誌を作りたいという気持ちが分かります」

 

「同人誌? 何でまた……」

 

「世の中には色々な趣味嗜好の人物が存在するのですよ」

 

「はぁ……?」

 

「分かりやすく言うと、同性愛の漫画を好き好んで読む腐女子とか」

 

「………」

 

 

 そういう趣味嗜好を否定するわけではないが、自分がその人たちの需要を満たす事になるかと思うと、ちょっと気味が悪いな……

 

「まだ会長たちのチョコは無さそうですし、これから大変ですね~」

 

「心のこもってない同情、ありがとうございます……」

 

「あっ、これ。私からの義理チョコです。津田先生のお陰で大分儲けさせていただいたので、奮発してます」

 

「高そうなチョコですね……どれだけ儲けたんですか」

 

「おほほほほほ」

 

 

 報酬を請求したくなるくらい儲けたんだろう、俺は畑さんの笑い声でそう確信した。




三葉本人が恋心を自覚してないからなぁ……


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本命組 カエデ・スズ編

数回は青春感が凄い増します


 タカトシ君にチョコを渡したいんだけど、彼の周りには男子がいるのよね……せっかく七条さんのお家で一生懸命作ったんだから、義理チョコの体で渡すのもあれだし……かといって男子がいる前でタカトシ君に渡す勇気は無いしな……

 

「お困りですか?」

 

「つ、津田さん……」

 

「さっきからカエデ先輩から雌の匂いがプンプンしてますよ?」

 

「し、してないわよ!」

 

 

 だいたい雌の匂いって何よ……

 

「私がタカ兄を呼び出してあげましょうか?」

 

「……何かまた怒られるようなことをしたんですか?」

 

「そ、そんなことありませんよ。私はただ、未来のお義姉ちゃん候補の手助けをしてあげようと思ってるだけですから」

 

「お、お義姉ちゃん!?」

 

 

 それってつまり、私がタカトシ君と……って事よね? そりゃタカトシ君となら嬉しいけど……

 

「さっきから何をやってるんですか?」

 

「た、タカトシ君!?」

 

「あっ、カエデ先輩が妄想してる間に呼んできました」

 

「いや、気配で分かってたけど……それで、何でカエデさんとコトミが一緒にいるんだ?」

 

「タカ兄にチョコを渡したいけど、周りの目が気になって渡せなくなっていたカエデ先輩の手助けをしただけだよ」

 

「で?」

 

「はい?」

 

「何をしたんだ?」

 

「……小テストで赤点を取ってしまいました」

 

 

 やっぱり後ろめたいことがあったみたいで、コトミさんはタカトシ君に睨まれて小さくなってしまいました。

 

「あの、これチョコです。タカトシ君ならもうたくさんもらってるでしょうけど、私からも」

 

「ありがとうございます」

 

 

 渡す時に少しタカトシ君の手に触れてしまい、私は一瞬で顔を真っ赤に染め上げた。このくらいで恥ずかしがってたら何時まで経っても踏み込めないと分かっているのだけど、こればっかりは急に治せない。

 

「その顔いただき!」

 

「畑さん!?」

 

「今度の一面は『風紀委員長もただの雌!? 津田副会長に触れられて絶頂!』に決定ですね……あっ……冗談ですからその顔止めてください」

 

 

 速攻でタカトシ君に捕まり、畑さんは今さっき撮った写真のデータをタカトシ君に没収された。

 

「何撮ってるんですか、貴女は……」

 

「日夜スクープを探すのが私の使命ですので!」

 

「最近無断欠席が多いと報告を受けていますが、なにを企んでいるんですか?」

 

「津田副会長は知っているでしょう? 河童ですよ」

 

「あぁ、まだ探してるんですか……」

 

 

 畑さんを持ち上げたまま去っていったタカトシ君を見送りながら、私は渡せたことに対する達成感と、告白出来なかった残念な気持ちが合わさって、ちょっと複雑な気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシが一人になるタイミングを狙っているのだけど、今日に限ってタカトシは中々一人にならない。恐らく他の男子がタカトシに本命チョコを渡そうとしている女子の邪魔をしているのだろう。

 

「スズちゃん、さっきからそわそわしてるけど、何かあったの?」

 

「な、何でもないわよ」

 

「トイレ?」

 

「そんなわけあるか!」

 

「もしかして特殊プレイの最中とか?」

 

「あんたと同じ扱いされるのは不本意よ」

 

 

 既に渡しているムツミと、義理チョコだとはっきり伝えているネネが私の態度を見て不審がっている。ムツミは兎も角、ネネは分かってて言ってるんでしょうね……

 

「それにしても、津田君のモテっぷりは凄いね」

 

「タカトシ君、いろいろと手伝ってたりしてるしね。後輩からも感謝の気持ちを伝えられてるみたいだし」

 

「ムツミちゃんは? 津田君にチョコ渡したんでしょ?」

 

「うん。タカトシ君にはテスト前に予想問題集を貰ってるから。まぁ、答えが分からないから時間を見つけて聞いたりしてるんだけど」

 

「答えを見てわかったふりをするよりはいいと思うわよ」

 

 

 前はムツミも勉強会に参加してたりしてたけど、最近はタカトシがムツミに問題集と答えを渡して、自分で採点させたりしてる。さすがのタカトシも、コトミと時さん、そしてムツミの相手を同時にするのは厳しいみたい。

 

「てか、あれだけタカトシの問題集とテスト問題が類似しているっていうのに、何でムツミは平均に届かないのよ」

 

「勉強は嫌いなんだよー」

 

「あっ、スズちゃん。津田君が一人になるっぽいよ」

 

 

 ネネにそう言われて慌ててタカトシの姿を確認すると、男子たちに断りを入れて廊下に向かっていく。

 

「ちょっと行ってくる」

 

「頑張ってね」

 

 

 ネネが人の悪い笑みを浮かべていたが、そんなことに付き合ってる暇はない。私は鞄の中に入っているチョコを取り出し、タカトシの後に続く。

 

「……何か用事?」

 

「やっぱり気づいてた?」

 

「隠れてるつもりなんてないだろ」

 

 

 あっさり見つかってしまったので、私はタカトシにチョコを手渡した。

 

「一応手作り。食べたくなかったら捨てて良いから」

 

「捨てるわけないだろ。ちゃんと食べるさ」

 

「そう……」

 

「てか、さっきからチラチラと見てたのは、これを渡す為?」

 

「そ、そうよ」

 

「生徒会作業の後でいくらでも渡せたんじゃないか?」

 

「だ、ダメよ!」

 

「何で?」

 

「な、何でも! とにかく、あんたはまだ貰う相手がいるだろうけど、私のチョコ忘れないでよ!」

 

 

 急に恥ずかしくなってきて、私は早足でこの場から逃げ出し、教室に戻った。戻ってきた私を見て、案の定ネネがにやにやしながら私になにかを聞きたそうにしてたけど、なにも進展していないので、私はネネの視線に気付かないふりをした。




ムズムズするのは何故だ……


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本命組 シノ・マキ編

シノ一人じゃちょっと中途半端だったので


 既に五十嵐と萩村はタカトシにチョコを渡したらしい。聞きたくなくてもタカトシの情報は勝手に入ってくる。それだけ三年の間でもタカトシの事は話題になっているのだ。

 

「シノちゃんが先に渡すんだよね?」

 

「べ、別にアリアが先でも良いが……」

 

「ダメだよ~? わざわざ順番を決めて、それぞれ二人きりになれるように近づかないようにって決めたんだから、生徒会活動の前の時間はシノちゃんの番なんだから」

 

「わ、分かってはいるんだが……いざ渡すとなると緊張してきてな……」

 

「シノちゃん、意外と初心だもんね」

 

「なっ!? アリアだって緊張してるだろうが!」

 

「当然だよ~。だって、本当に好きな人にチョコを渡すんだもん。緊張しない方がおかしいよ」

 

「う、む……」

 

 

 アリアの言い分に納得してしまった自分と、何故その事に思い至らなかったのかと自分を責める。アリアの言っている事は当然の事で、私にだって当てはまることだ。アリアにからかわれた事に腹を立てるのではなく、その事に気付けなかった自分が腹立たしい。

 

「まぁまぁ、シノちゃんなら大丈夫だよ。それじゃあ、私はスズちゃんと先に見回りに行ってるから、頑張ってね」

 

 

 アリアに背中を押されて、私はタカトシがいるであろう生徒会室を目指す。この時間は五十嵐も風紀委員として見回りをしているはずだし、コトミたちも生徒会室にはいないだろう。

 

「しかし、タカトシと二人きりなんて、この間のスノーシューの時以来か……」

 

 

 あの時は特に緊張しなかったというのに、何故今はこんなにも緊張で手汗が止まらないのだろうか……若い男女がベッドルームで二人きり、このシチュエーションの方が何倍も緊張すると思うんだが……まぁいいか。

 

「あれ、シノ会長? スズとアリア先輩はまだ来てませんよ」

 

「その二人なら先に見回りに行ってもらっている」

 

「はぁ……そんな連絡、受けてませんけど」

 

「そうなのか? おかしいな、萩村には伝えておくように言ったはずなんだが……」

 

 

 もちろん、嘘だ。乙女協定に従って萩村はタカトシに黙っててくれたらしい。まぁ、私たちも萩村が渡す時はちょっかいを出さないように二年の教室に近寄らなかったんだから、萩村にも付き合ってもらわないと不公平だからな。

 

「それじゃあ、俺たちも行きますか?」

 

「その前に、君に渡したいものがある」

 

「何です?」

 

「……今日は何月何日だ」

 

「二月十四日です」

 

「なら、分かるだろう? てか、君は既に数えられないくらい貰っているだろ」

 

「自惚れたくないだけです。これでチョコじゃなかったら、ただのイタイ奴じゃないですか」

 

「君もそんなことを考えるんだな……」

 

 

 あれだけモテていて、私たちも好意を前面に出しているというのに、絶対に貰えるなどと自惚れないなど、普通の男子ならありえないだろうな……だが、そこがタカトシの良い所でもあるのだろうな。

 

「これは私の気持ちだ! 返事はしなくていいからな」

 

「はい……本当に返事を出来ればいいのですがね」

 

「分かってるさ。簡単に答えを出せる問題ではないからな」

 

「好いてくれているのは本当に嬉しいのですが、俺自身誰かを好きになった事が無いものでして……せっかく皆さんが本気で好きになってくれているのに、俺自身が軽い気持ちで答えるわけにはいかないですから」

 

「普通の男子なら、これだけの女子に好意を持たれていると分かれば、ハーレム状態でウハウハとか考えそうだがな」

 

「何処の世界の普通なんですか、それは……」

 

「とにかく、渡したからな! 我々も見回りに行くぞ!」

 

「分かりました。ありがとうございます、シノさん」

 

 

 今だけは会長としてではなく、一人の女子として見てくれているという事だろうか。タカトシに名前で呼ばれるとこう……身体の奥底から電気が走るんだよな……

 

「どうかしましたか?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 こいつは特に気にしてないのだろうな……こういう事を自然とやってのけるから、ますます好きになってしまうのだろう。

 

「あれ、コトミ? 何してるんだ、あいつ」

 

「なに? 本当だ……八月一日も一緒か……」

 

 

 あいつは我々の乙女協定の中にいないからな……恐らくタカトシにチョコを渡そうとしているのだろう。

 

「シノ会長、お疲れ様でーす。今時間良いですか?」

 

「……五分だけだからな」

 

「そんなにはかかりませんよ。ほら、マキ」

 

「う、うん……」

 

 

 頬を赤く染め、今にも泣きそうな雰囲気を醸し出しながら、八月一日が一歩前に出る。その手には可愛くラッピングされたチョコが握られていた。

 

「つ、津田先輩!」

 

「ん、なに?」

 

 

 タカトシは私たちにはしない、とても優しく穏やかな表情を浮かべている。相手が緊張しているから、少しでも自然体でいられるように配慮しての事だろうが、あんな表情を向けられたら別の意味で緊張しそうだ。

 

「これ、私の気持ちです! 受け取ってください!」

 

「ありがとう。気持ちは受け取れないけど」

 

「はい、分かってます。津田先輩は、中学の時からそう言ってますからね」

 

「タカ兄も試しに誰かと付き合えばいいのに」

 

「俺が誰かと付き合えば、コトミの面倒を見る時間が無くなるわけで――」

 

「気軽に誰かを選んじゃ駄目だからね! みんな真剣なんだから、タカ兄も真剣に誰かを好きになるまで、答えなんて出しちゃ駄目だからね!」

 

「当たり前だろ。そもそも、気軽に付き合ったら失礼だから、こうして困ってるんだろうが」

 

 

 八月一日からのチョコを受け取り、タカトシは困ったように微笑んで、俯いている八月一日の頭を撫でる。年下から人気が出るのも頷けるよな、こいつのこういうところを見ると……




コトミにとっては死活問題だな……


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本命組 アリア+α編

出島さんはおまけです


 カエデちゃんもスズちゃんも、シノちゃんもチョコを渡したから、今度は私の番。といっても、なかなか二人きりになれるタイミングが無いんだよね……

 

「アリア、後はお前だけだ」

 

「私たちは先に帰りますから、頑張ってくださいね」

 

「えっ? シノちゃん? スズちゃん?」

 

 

 タカトシ君が職員室に報告に行っている間に、シノちゃんとスズちゃんは気を利かせて先に帰ってしまった。

 

「戻りました……? シノ会長とスズは?」

 

「えっと……先に帰っちゃったかな」

 

「はぁ……」

 

 

 タカトシ君は不思議そうに首を傾げたけど、私だけが残っている理由が分かったのか、特に追及はしてこなかった。

 

「それじゃあ、俺たちも帰りますか」

 

「あっ……うん、そうだね」

 

 

 今ここで渡しちゃえばタカトシ君とは校門でお別れ……なんだかもったいない気がしてこの場では渡せなかった。

 

「あのね、この後少し時間あるかな?」

 

「バイトがありますから、あまり時間は取れませんが……それでもいいですか?」

 

「うん! 出島さんにタカトシ君の家まで送ってもらうよう頼むから、一緒に来てくれる?」

 

「はぁ……それなら問題ないですが」

 

 

 出島さんの名前を出した時、ちょっとだけタカトシ君が嫌そうな顔をしたけど、結局は私に同行してくれるみたい。

 

「それじゃあ行きましょう」

 

「前みたいに間違えて高速に乗る、とかいう事が無いようにお願いします」

 

「大丈夫だよ。出島さんだってそこまでドジっ子じゃないから」

 

 

 タカトシ君の予定が詰まっている事は想定の範囲内だから、出島さんだって間違えないに決まっているもの。というか、この前間違えて高速に乗ったのだって、少しでもタカトシ君と長い時間一緒にいたかったからだしね。

 

「お待ちしておりました、お嬢様」

 

「出島さん、ありがとー」

 

「タカトシ様も、どうぞお乗りください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 少し警戒する素振りを見せたけど、タカトシ君は思っている事を胸の内にしまって車に乗り込む。

 

「それで、何か用があって誘ってくれたんですよね?」

 

「うん……タカトシ君はもう色々な子に貰ってるだろうけど、これ私からのチョコレート。貰ってくれるかな?」

 

 

 拒否されるとは思わないけど、この瞬間は身体が震えてしまう……差し出した手が小刻みに震えているのが、実際に見なくてもよく分かるもの……

 

「ありがとうございます」

 

「モテモテですね、タカトシ様」

 

「コトミが袋を持ってきてくれていて助かりました。というか、何で俺ばっかりに……元女子高とはいえ、他にも男子はいるはずですが」

 

「タカトシ君だって分かってるんじゃない? 他のモブ男子にあげても描写されないって」

 

「それが何を言っているのか追及しませんが、義理を貰う程接点が無い相手からも貰っているので、どう反応すればいいのかちょっと困りますよ」

 

「タカトシ君のファンの子たちだと思うよ? ほら、畑さんがエッセイに顔写真を付けたり、裏でタカトシ君の写真を販売していたりしてるから」

 

「あの人は……」

 

 

 盛大にため息を吐きながらも、タカトシ君は数度首を左右に振ってその話題は終わりにした。相変わらずの切り替えの早さだよね。

 

「アリアさんに誘ってもらった時、正直助かったと思ったんですよ。さすがにこの量を持って帰るのは大変ですから」

 

「うん。だから誘ったんだ。チョコを渡すって理由もあったけど、タカトシ君が大変そうだからね」

 

「チョコの量も大変ですが、今日一日男子の視線が鋭すぎたのも原因で疲れました」

 

「有名税だもん、しょうがないよ」

 

「他の奴らも、もう少し勉強なり運動なりを頑張れば貰えるんじゃないか、とは言ったんですが……」

 

「どっちでもタカトシ君に勝つのは難しいと思うよ?」

 

 

 勉強はスズちゃんと並んで全科目満点のぶっちぎりのトップだし、運動神経だって他の追随を許さない程優秀。それに加えて文才があり家事万能。何処のチートキャラだと、他の男子たちが文句を言っても仕方ないと思えるほどのスペックの高さ。それだけでもずるいのにこの見た目だ。戦う前から負けを認めたくなるのも分からなくはないわよね。

 

「タカトシ君って、これは勝てないなって思える相手っているの?」

 

「何ですか、急に」

 

「いや、ちょっと気になったから」

 

「そうですね……コトミには娯楽関係では勝てそうにないですかね」

 

「他には?」

 

「上げたらきりがないですよ。アリアさんにだって、勝てない分野はたくさんあると思いますし」

 

「それって――」

 

「到着しました」

 

 

 タカトシ君に質問しようとしたタイミングで、丁度タカトシ君の家の前に着いてしまった。

 

「ありがとうございました」

 

「あっ、タカトシ様。これ、私からのチョコです。どうぞお召し上がりくださいませ」

 

「……変なものは入ってませんよね?」

 

「ご安心を。精々唾液くらいです」

 

「絶対に食わん!」

 

「冗談です」

 

 

 出島さんが一礼して車を出発させる。私は無言でタカトシ君に手を振りながら、聞けなかったことを後悔していた。

 

「申し訳ございません、お嬢様。少し遠回りしようかとも思ったのですが、タカトシ様の予定を考えると……」

 

「出島さんは悪くないよ。勇気を出せなかった私が悪いんだから」

 

「まだ、タカトシ様は誰か一人に決めたわけではございませんので、諦めるには早いかと思います」

 

「ほぼサクラちゃんで決まりっぽいけどね」

 

 

 後はカナちゃんやカエデちゃんも結構いい感じに思える。こう考えると、私ってあんまりタカトシ君と親しくないのかなぁ……ちょっと不安だよ。




うん……食べたくないな、出島さんのチョコは……


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本命組 サクラ編

アオハル感が増したような……


 今日私はシフトに入っていない。これはカナ会長も同じだ。だが会長は義姉として津田家に入るのも容易で、既にチョコレートは冷蔵庫の中に入れてあると言っていた。私は「直接渡さなくて良いのか?」と尋ねると、会長は「気持ちは渡せないって分かってるから」と微妙に寂しそうな笑みを浮かべて答えてくれた。

 普通なら気持ちも渡すのではないかとツッコみたくなるが、タカトシさんの場合を考えれば、それも仕方のないことだと思える。なぜならタカトシさんは、チョコを受け取る時必ず「気持ちまでは受け取れない」と断っているからだ。

 これはタカトシさんが無責任ではないという事の表れでもある。複数人から友情以上の好意を向けられていると、タカトシさんだって知っている。そしてその中の何人かは、自分一人だけじゃなくても構わないと思っている事も。これが並大抵の男子高校生ならば、夢のハーレム状態だとはしゃぐかもしれない。自分に魅力が無いと思っている人なら、何かの悪戯なのかもしれないと思うだろう。

 だがタカトシさんはこのどちらでもない。普通の男子高校生なら数日とモタないであろう状況でも、タカトシさんは私たち女性に手を出してきたりもしないし、十分に魅力的な男子だと、あれだけ言われていれば自覚しないにしてもそう思われているのだと理解はしているはずだ。そして彼の魅力は複数存在するのだ。

 一番分かり易いのは見た目だろう。顔はもちろんのことだが、高い身長にスラリとした身体。しかしなよなよした印象は無く、むしろしっかりとした体格だと印象付ける。

 そしてその容姿だけではなく、中身までもが魅力的だから性質が悪い。今日もこうして直接関係のない他校の女子たちがタカトシさんにチョコを渡しに来る始末なのだ。

 

「相変わらず凄いなぁ……」

 

 

 これだけ人気があるタカトシさんが誰か一人を選ぼうものなら、下手をすれば暴動が起こるかもしれない。その相手が天草さんや七条さん、カナ会長ならば、一定以上の諦めから暴動など起こらないだろう。だがこれが私みたいな相手だったら? 特に才能もない、平々凡々な女子高生がタカトシさんの隣に立つとしたら、他の女子は諦められるだろうか? 答えは当然、否だろう。

 

「でも、何故かタカトシさんは私の事を一番意識してくれている……と思う」

 

 

 一時期は同じ副会長、同じツッコミポジションだからだと思っていたが、今はそんなことは無いと思う。ファーストキスの相手だから? それとも、タカトシさんはこんな私に魅力を感じてくれているのだろうか……

 

「でも、私がタカトシさんからしてもらえることは多いけど、タカトシさんが私にしてほしいことなんてあるんだろうか……」

 

 

 家事万能、成績優秀、運動神経抜群、神は二物を与えずということわざは、タカトシさんには当てはまらないと思える。他の男子が嫉妬するのもバカらしいと諦める気持ちが、女子である私ですら理解出来るくらいのスペックの高さだ。そんな相手に私がしてあげられる事など、ありはしないだろうな……

 

「あれ、サクラさん?」

 

「あっ、タカトシさん……お疲れさまです」

 

「今日ってサクラさん、シフトに入ってましたっけ? ……いや、入っていたらこんなところにいませんよね」

 

「えぇ。入ってたらサボりでしたね」

 

 

 時刻は既にバイト終了の時間だ。万が一私がシフトに入っていたとしても、サボった事になる。

 

「そうだ。諸事情で晩飯を食べ損ねたので、ちょっと付き合ってくれませんか?」

 

「良いですよ。どんな事情かは分かってますから」

 

 

 休憩時間にチョコを渡しに来た他校の女子を相手していた所為で、タカトシさんの食事の時間は無くなったのだろう。私は引き攣らないように注意しながら笑みを浮かべてタカトシさんの誘いを受けた。

 

「ところで、こんな寒い中何故、サクラさんは外で突っ立っていたんですか? 店の中ででも待てたと思いますが」

 

「客じゃないのに店の中で何時間も待ってたら迷惑ですし」

 

「何時間も待ってたんですか?」

 

「あっ……」

 

 

 本当はさっき来たと思わせたかったのだが、思いっきり自爆してしまった……まぁ、人の気配を探れるタカトシさん相手に誤魔化したところで、私が数時間外で待っていたことはバレバレだろうけども……

 

「それで、サクラさんが何時間も待っていた理由は、俺が聞いても良いのでしょうか?」

 

「むしろ、タカトシさんが聞かなかったら、誰が聞くんだと言いたいくらいですよ……」

 

「拗ねないでくださいよ……別に俺は、サクラさんを辱めようとしたわけじゃないんですから」

 

「分かってます……自己嫌悪中です……」

 

 

 タカトシさんが悪いわけがない。今のは完全に私の自爆であり、私が悪い以外の何物でもない。

 

「これ、私からのチョコです。受け取ってくれると嬉しいです」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 一瞬戸惑ったように見えたのは私の気のせいだろうか? それとも、タカトシさんと一定以上の付き合いがある相手から受け取った時の反応は、全てコレだったのだろうか?

 確かめようのない疑問を懐きながらも、とりあえずチョコを渡せた満足感と、タカトシさんとこうして一緒に食事をしている事への感情でいっぱいになり、その疑問を解決しようと思う事が出来なかった。




次もサクラのターン……


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初めての森家

またしても甘々空間に……


 サクラさんを家まで送るために、俺は電車で移動する。まぁ、これだけのチョコを持って帰るのも大変だから、サクラさんがいなくても電車を使ったかもしれないが。

 

「すみません、わざわざ送っていただいて」

 

「さすがに長い時間待ってもらってた相手をそのまま帰らせる程人でなしじゃないつもりですから」

 

 

 俺の言い回しが面白かったのか、サクラさんは口元を抑えながらくすくすと笑った。

 

「タカトシさんが人でなしだったら、世の中の大半は人でなしですね」

 

「そうですかね?」

 

「えぇ。タカトシさんは自己評価が低いから分からないでしょうけども、私の知り合いの中でもトップクラスのお人好しだと思いますよ」

 

「そうですか……」

 

 

 お人好しって、褒められてる気がしないんだけど、恐らくサクラさんは褒め言葉として使ったのだろう。

 

「タカトシさんみたいなお兄ちゃんがいるコトミさんが羨ましいです」

 

「サクラさんみたいな妹なら苦労はしなかったでしょうね……」

 

 

 たぶんコトミに聞けば、こんな兄は嫌だ、とか言いそうだしな……俺だってこんなのが兄だったら嫌だろうし。

 

「カナ会長がしょっちゅう自慢して来るんですよ。『タカ君が作ってくれた』って」

 

「弁当ですか? まぁ、義姉さんにはしょっちゅうコトミの面倒を見てもらってますし、それくらいはしなければいけないですし」

 

「そこらへんのお母さんより、お母さんしてますよね」

 

「まぁ……ウチは両親不在の時が多いですから……コトミに家事を任せるわけにはいきませんし」

 

 

 少しは出来るようになれよ、と思う反面、コトミに台所を使わせたら後が大変だから、やらなくていいと思ってしまう自分がいるのだ。俺がもう少し時間的余裕が取れれば、コトミにみっちりと教える事が出来るのかもしれないが、わざわざコトミの為に時間を作るものな、と思ってしまうのだ。

 

「その点、義姉さんが家に来てくれると助かります。こうして、家の事を心配することなくサクラさんをお送りする事が出来るんですから」

 

「会長には悪いですが、その点はありがたいです」

 

 

 今頃義姉さんはコトミの宿題を見て頭を悩ませているかもしれないけど、今だけは勘弁してください。

 

「あっ、私の家はここです」

 

「そうですか。では、今日はありがとうございました」

 

「良かったらお茶でも飲んでいきませんか?」

 

「うーん……では、お言葉に甘えます」

 

 

 すみません、義姉さん。もう少しコトミの相手をお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何を悩んだのかは私には分からないけど、タカトシさんは私の誘いを受けてくれた。

 

「何もない部屋ですが……」

 

「いえ、きちんと整理されていて、良い部屋だと思いますよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 普段からちゃんと掃除はしているけど、タカトシさんに褒められると何だか自信になるなぁ……これが説得力というものなのでしょうか。

 

「今お茶淹れてきますね」

 

「ありがとうございます」

 

 

 タカトシさんを私の部屋に残して、私はお茶を淹れる為にキッチンへ向かう。普通なら彼氏でもない異性を自分の部屋に残すなんて考えもしないだろうけども、タカトシさんならその点の心配は無いから、こうして安心してお茶を淹れられるのだろうな。

 

「あら、お帰りなさい」

 

「ただいま、お母さん」

 

 

 キッチンへ向かう途中のリビングで、お母さんに声を掛けられる。普段は仕事で帰りが遅いのに、今日はもう帰って来てたんだ。

 

「誰か来たの?」

 

「友達にちょっと寄ってもらっただけだよ」

 

「友達? あんたウチに連れてくる程親しい友達、いたっけ?」

 

「うっ……別にいいでしょ」

 

 

 確かに、ウチに連れてくるような相手、今までいなかったかも……別に友達が少ないわけじゃないけど、家で遊ぶような相手はいなかったかもしれない……

 

「それに、さっき男の子の声が聞こえたんだけど……もしかして、私何処かに行ってた方が良い?」

 

「そ、そんなんじゃないよ! さっきも言ったけど友達だから!」

 

 

 友達、という単語に心が痛む。私はタカトシさんの友達でしかないのだから、お母さんが妄想したような事には絶対にならない。

 

「冗談よ。あんたはそういう欲が無いものね」

 

「……まったくないわけじゃないけど、そこまで露骨に出すものでもないでしょ」

 

「まぁね。今度ちゃんと紹介してよね。あんたの彼氏候補」

 

「だから違うってば!」

 

「だって、あんた若干男性恐怖症だったじゃない? それなのに今、異性を自分の部屋に一人残してる訳でしょ? そういう相手じゃなければ、部屋に一人残すなんて出来ないと思うんだけど」

 

「あ、あの人はそういうのに興味が無い……ってわけじゃないんだろうけど、そういう心配をしなくていい相手だから」

 

「それって、最近よく聞く『タカトシさん』って子?」

 

「っ!?」

 

「これでも母親よ? あんたの交友関係くらい知ってるわよ」

 

 

 お、おそるべしお母さん……いつの間にタカトシさんの事を知ったのだろうか……

 

「まっ、あんたが選んだ相手なら、よっぽどのことも無いでしょうし、安心して応援できると思うわよ」

 

「だから、そんな関係じゃないってば!」

 

 

 結局お母さんにからかわれ過ぎて、私はタカトシさんを部屋に待たせている事を失念しそうになり、そのまま部屋に戻ろうとして、お母さんに笑いながら「何しに来たのよ」とツッコまれることになってしまいました……




おそるべし、森母……


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本命組 カナ編

通い妻感が凄い……


 タカ兄の帰りを待ちながら、私はお義姉ちゃんとゲームをしていた。意外な事にお義姉ちゃんはこういったゲームは苦手なようで、勝率は私が八割以上という、他の事ではまずありえない数字をたたき出していた。

 

「また負けちゃいましたね」

 

「こればっかりはお義姉ちゃんに負けるわけにはいかないですからね! 他の部分では勝てる気がしませんし」

 

「コトミちゃんの胸のポテンシャルは、私を超えるかもしれないですが」

 

「本当ですか!?」

 

 

 お義姉ちゃんのポテンシャルだって相当なモノだけど、それを超えるかもしれないということは、もしかしてアリア先輩並みのポテンシャルが私に……

 

「少なくともシノっちやスズポンに負ける、という事はあり得ないでしょうし」

 

「もう勝ってますよ~」

 

 

 スズ先輩は一つ上、シノ先輩は二つ上だけど、胸は既に私の方が上だと自負している。というか、誰の目にも明らかだとすら思っている。

 

「ただいま」

 

「あっ、タカ兄。お帰り~って、凄い量だね~」

 

「何か店に持ってくる人が多くてな……義姉さん、こんな時間までありがとうございました」

 

「いえいえ、タカ君の為ならこれくらい問題ありません」

 

 

 帰ってきたタカ兄からチョコが沢山入っている袋を受け取りながら、お義姉ちゃんがタカ兄に笑みを見せる。

 

「タカ君がこれだけモテるというのは、義姉である私も鼻高々です」

 

「そんなモンですかね?」

 

「そんなモンです。お茶で良いですか?」

 

「自分でやりますよ」

 

「良いから。タカ君は座って待っててください。それか、コトミちゃんの相手をしてて」

 

 

 お義姉ちゃんに押し切られ、タカ兄はチラリと私を見てため息を吐いた。

 

「お前、勉強してたんじゃないのか?」

 

「してたよ? でも、さすがに集中力が続かないから息抜きをね~」

 

「……じゃあ、この対戦成績はどういう事だ?」

 

「げっ!?」

 

 

 画面端に表示されている対戦成績を見て、タカ兄は明らかに息抜きではないことを見抜いた。

 

「べ、勉強はしてたよ? でも、ずっと勉強出来るほど私は優秀じゃないんだよ……」

 

「まぁ、後で進捗状況を義姉さんに聞くが、一応勉強してたならいいか」

 

 

 ため息を吐きながらも、タカ兄はコントローラーを手に取り私の相手をする。ちなみに、通算での対戦成績は、タカ兄が圧倒的な勝ち越しをしているので、私としては気合を入れなければいけないところだ。

 

「お待たせしました」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「コトミちゃんがここまで苦戦するとは……やっぱりタカ君は何をやらせても上手いんですね」

 

「そんなこと無いと思いますが」

 

 

 お茶を啜りながら、かつお義姉ちゃんとお喋りをしながらでも、タカ兄は全く隙を見せない。そして、私の隙を見逃さない。

 

「そういえばタカ君、今日はちょっと遅かったけど、何かあったの?」

 

「休憩時間に飯を食えなかったので、帰りに食べてきたんです。あぁ後、サクラさんを家まで送ってきたので、それで遅くなったんだと思います」

 

「サクラっちの家に行ったんですか?」

 

「えぇ。あんな時間まで待たせてしまった、せめてもの罪滅ぼしです」

 

「罪滅ぼし……本当にそれだけですか?」

 

「……何を疑ってるんですか?」

 

 

 お義姉ちゃんが疑り深い目を向けているのに対して、タカ兄は呆れ気味な目をお義姉ちゃんに向けている。

 

「そのままサクラっちを美味しく頂いちゃったりしたんじゃないですか?」

 

「するか! てか、サクラさんは食べ物じゃねぇだろうが!」

 

「そういう意味じゃないって、タカ君だって分かってるでしょ?」

 

「……とにかく、そんなことはありません」

 

 

 タカ兄は盛大にため息を吐いて、私にとどめを刺した。

 

「何で喋ってるのにそんな動きが出来るんだよ~! チートだチート!」

 

「自分に出来ない動きをチートとか言うな。てか、お前だってこれくらい出来るだろうが」

 

「さすがによそ見しながらは出来ないって……」

 

「そうだ。せっかくだしお茶請けを用意しますね」

 

「そこまでしてくれなくても大丈夫です」

 

「まぁまぁ。今日はお茶請けに困らないですし、遠慮は無用です」

 

 

 そう言ってお義姉ちゃんは再びキッチンに消えていく。確かに、タカ兄が大量にチョコを貰って来たから、お茶請けには困らないもんね。

 

「チョコならコーヒーとか牛乳の方が良いんじゃ……」

 

「まぁまぁ、お茶でも美味しくいただけるんだから、気にしたら負けだよ」

 

「そういう事です」

 

 

 お義姉ちゃんが戻ってきて、タカ兄にチョコを手渡す。

 

「これは? 貰った覚えがないものですが」

 

「さすがタカ君。あれだけ貰っておいて全部覚えてるとは……これは、私が作ったものです」

 

「あれ? お義姉ちゃん、恥ずかしいから冷蔵庫に入れておくって言ってなかったっけ?」

 

「せ、せっかく渡せるチャンスがあったので、どうせなら手渡ししてしまおうと思っただけです」

 

「うわ、お義姉ちゃんが照れてる。ほら、タカ兄。男として責任を取らないと!」

 

「何かニュアンスがおかしくないか?」

 

 

 そういいながらも、タカ兄はチョコを口に運び、そして小さく頷いた。

 

「美味しいです。ありがとうございました」

 

「い、いえ……気に入ってくれたなら私も嬉しいです」

 

「くー! 見てるこっちがムズムズするね~」

 

「馬鹿な事言ってないで、宿題片付けろ。どうせやってないんだろ?」

 

「げっ、何故わかった!?」

 

 

 冷やかしたら手痛い切り返しを喰らい、私は慌てて部屋に逃げ込んだのだった。




とりあえずこれでバレンタインネタは終わりです


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花瓶の値段

あの!はダメだろ……


 生徒会室の机の上にレポートが置いてあるが、残念ながら持ち主の名前は無い。

 

「これ、アリア先輩のですよね?」

 

「名前書いてないのに、よくわかったね?」

 

「さすがに生徒会メンバーの字は、見ればわかります」

 

 

 それだけ長い時間一緒にいるという事もあるが、アリア先輩の字は特に分かりやすい。

 

 

「アリアの『!』は卑猥だからな」

 

「昔の癖で……」

 

「その癖は直した方が良いですよ」

 

 

 学内だからまだいいが、社会に出てこのままだと、いろいろと問題がありそうだ……

 

「シノちゃんだって、昔はアルファベットで遊んでたじゃない?」

 

「あ、あれは暇だったからで……ずっとやってたわけじゃないぞ?」

 

「何をしてたんですか……」

 

 

 俺が入学する前の話のようだし、あまり深く追求するのは止めておこう……下手に聞いて、面倒な事になるのも嫌だし。

 

「ところで、この花って造花ですか?」

 

「あぁ。花は偽物だが、その花瓶は七条家に伝わるお値段八千万という――」

 

「そんな物生徒会室に置くな!」

 

 

 怖くて近くを通れないじゃないか……

 

「タカトシ君が壊した場合は、七条家に婿入りしてくれればチャラになるけどね~」

 

「それで俺の人生が決まるのは避けたいです……」

 

 

 どうやらシノ会長の冗談ではなく、本当に八千万する花瓶らしいな……気を付けておかなければ。

 

「時にタカトシよ」

 

「はい、何でしょう?」

 

「今度の朝会だが、お前がスピーチしてくれないか?」

 

「俺が、ですか?」

 

「君が、だ」

 

 

 急に言われても困るんだが……

 

「実は横島先生から、そろそろ後任の指導に切り替えた方が良いんじゃないかと言われてな。次期生徒会長である君に、スピーチなどは任せようと思って」

 

「生徒会長って選挙で決めるんじゃないんですか?」

 

「殆ど信任投票だからな。前任の会長が後任を指名して、全校生徒に是非を問うだけの選挙だ」

 

「余程の事がない限り、タカトシ君で決まりだろうね~」

 

「スズは?」

 

「私はあんたのサポートで十分よ。何より、私が会長になっても、スピーチとか見えないだろうし」

 

「何か前にも言ってたね……」

 

 

 次期生徒会長なんて言われても、全然実感湧かないし、俺なんかが務まるのだろうか……まぁ、今度のスピーチは頑張ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄とカナお義姉ちゃんのお陰で、私は最近小テストの点数が良い。といっても、前までが酷すぎたので、それと比べて良くなってもたかが知れているんだけどね。

 

「最近じゃトッキーには負けなくなった」

 

「殆ど変わらないだろ? てか、さっきの小テストは私の方が上だったぞ」

 

「英語は苦手なんだよー」

 

 

 またテスト前には地獄を見る事になるのだろうが、今からそんな心配してたら気が持たないから考えないでおこう……

 

「マキは相変わらず成績上位者だしね」

 

「私だって頑張ってるんだよ。コトミだって津田先輩や魚見さんに教わってるんでしょ? なのに何で少ししか成果が出ないのよ」

 

「教わった先から忘れてるからかなぁ」

 

「兄貴たちが可哀想だ……」

 

「私の頭に詰め込もうとしたって、すぐに容量オーバーになるって」

 

 

 既に詰まっている知識を追い出す程の力は無いし、そもそも必死になって覚えようと思ってないからかもしれない……これはタカ兄たちには内緒だ。

 

「そういえばマキ、タカ兄がお礼言ってたよ」

 

「お礼? 何の?」

 

「チョコの。直接言えればいいんだけど、とも言ってたけど」

 

 

 あれだけの量を貰っておきながら、タカ兄はどれが誰からのかを全て覚えており、しっかりと感謝しながら一つ一つを大事に食べていた。まぁ、まだ大量に残ってはいるのだが……

 

「べ、別にお礼を言ってもらいたくて作ったわけじゃないよ」

 

「それは私も分かってるし、タカ兄だって当然分かってるだろうね。でも、未来のお義姉ちゃん候補なのは間違いないわけだし」

 

「お、お義姉ちゃん……」

 

「あっ……」

 

 

 マキにこの手の話題は禁物だったんだっけ……

 

「相変わらず足が速い事で……」

 

「陸上部の奴らがスカウトに来るくらいだもんな……てか、久しぶりにマキのダッシュを見た気がする」

 

「最近は地雷を踏み抜いてなかったからね」

 

 

 気を付けていたんだけど、どうやら気が緩んでしまっていたようだ……反省反省っと。

 

「しかしまぁ、お前の兄貴とは思えないほどの人気だよな」

 

「それは聞き捨てならないね、トッキー! 私だって、大勢のオカズになってるんだよ!」

 

「威張って言う事か、それ? てか、そんなのと兄貴とを同列に扱うのは、兄貴に失礼じゃねぇ?」

 

「トッキーもすっかりタカ兄の魅力に絆されちゃってるねぇ~。もしかして、トッキーもお義姉ちゃん候補?」

 

「そんなわけねぇだろうが! だいたい、私と兄貴とじゃ釣り合わねぇだろうが……」

 

 

 その反応が既に、候補に入ってるんじゃないかって疑いたくなるんだよね~。まぁ、本人が否定してる事を私がとやかく言うのもアレだし、ここは黙っておこう。

 

「まぁ、試験の前にはまたトッキーもタカ兄のお世話になるだろうし、そんなこと考えてたら勉強に身が入らないか」

 

「実の兄を性の対象として見てるお前に言われたくはないがな……」

 

「タカ兄相手なら、これが普通だと思うけどな~」

 

 

 あれだけ魅力的なら、血のつながりなんて気にしないって考える方が普通だと、私は本気で思っているんだよね。この考え、カナお義姉ちゃんも同意してくれたし。




久しぶりのマキダッシュ……


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タカトシの足ツボ教室

原作だとフラグバッキバキでしたが……


 生徒会室に入ると、タカトシが何か雑誌を読んでいた。タカトシが雑誌とは、また珍しい光景だな……

 

「何を読んでるんだ?」

 

「ツボ押しマッサージの特集です。最近義姉さんに家事を代わってもらってるので、何かお礼をと考えたんです」

 

「それでマッサージか……ん? 確かタカトシはツボとかも詳しかったよな?」

 

 

 それが何故今更雑誌を見て勉強してるんだ?

 

「いろいろと復習を兼ねてるんですが、読んでるだけじゃいまいち勘を取り戻せないんですよ」

 

「なら、我々が協力するぞ!」

 

 

 そういって私はアリアと萩村の顔を見る。二人とも食い気味に頷きながら近づいてくる。タカトシにマッサージしてもらえる機会など、滅多にないからな。

 

「マッサージするのは構わないんですが、何処か問題ある箇所があるんですか?」

 

「最近眼精疲労でな……何か効果的なツボは無いか?」

 

「眼精疲労ですか……それじゃあ、ちょっと足を拝借」

 

 

 タカトシに促され、私は上履き、靴下と脱いでタカトシに足を差し出す。

 

「この辺りに眼精疲労に効くツボがあるんですが……」

 

「痛っ!?」

 

「痛いという事は効いているんですよ。痛いのは分かりますが、少し声を抑えてください」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 何だか目の奥がじんわりと暖かくなってきたような……

 

「慣れてくると気持ちがいいものだな!」

 

「まぁ、マッサージですから、痛いだけじゃないですよ」

 

「ふぅ、少しは楽になった。ありがとうな!」

 

「じゃあ、次は私だね~」

 

 

 そういいながらアリアが私と交代でタカトシの前に腰を下ろした。

 

「アリア先輩は何か悩みがあるんですか?」

 

「最近お通じが来なくてさ……」

 

「それでしたら、足の裏にある大腸・結腸・直腸ゾーンを刺激すると良いです。てか、男の俺にそんなこと言って良いんですか?」

 

「タカトシ君なら問題ないよ~。だって、こんな事言われても、呆れるだけで興奮はしないでしょ?」

 

「まぁ、確かに呆れましたが……」

 

 

 そういいながらも、タカトシはしっかりと足ツボを押していく。普通の男子なら、美人で巨乳の先輩の足を差し出されたら舐めまわしたくなると思うんだがな……

 

「会長、おかしなこと考えてません?」

 

「そんなこと無いが、タカトシのお陰で催すなんて、ちょっと変なシチュエーションだなと思っただけだ」

 

「それがおかしなことだと言ってるんですよ……」

 

 

 萩村に呆れられてしまったが、タカトシはこちらを見ずにしっかりとマッサージをしていた。

 

「これで出なかったらちゃんと病院に行った方が良いですよ」

 

「ありがと~」

 

「最後は私ね」

 

「スズも?」

 

「最近冷え症なのよ」

 

「まぁ、寒くなってきたし、女子には多い悩みだもんな」

 

 

 腕を組みながらうんうんと頷くタカトシ。こいつは本当に理解のある男子だよな……

 

「足ツボ押すならパンスト脱がないと。こっち見ないでよね」

 

「別に脱がなくても大丈夫だ。手にあるツボを押すから。それに、寒いんだから脚を冷やすのは避けた方が良い」

 

「そ、そうね……ありがとう」

 

 

 普通ならフラグバッキバキ状態だっただろうが、タカトシのフォローで逆に萩村の好感度が上がった感じがするな……さすが一級フラグ建築士の称号を持つ男だ……

 

「失礼します……って、何をしてるんですか?」

 

「おぉ、五十嵐! ちょっとタカトシの実験体をな」

 

「実験体?」

 

 

 風紀委員の報告書を持ってきた五十嵐に、こうなった理由を説明する。これが畑だったら、盛大に曲解してタカトシを怒らせたんだろうが、五十嵐ならそんな心配も無いしな。

 

「そうだったんですか……さすがタカトシ君ですね。時間が出来たなら自分の為に使えばいいのに」

 

「そういう事になれてないんだろうな……昔からコトミの相手をしていたら、仕方ないだろうが」

 

「はい、終わり」

 

「ありがとう。少しはマシになった気がするわ」

 

「所詮気休めだからな。本当に改善したければ、食事に気を遣うとかした方が良いぞ」

 

「そうね、考えておくわ」

 

「ついでだし、五十嵐もマッサージしてもらったらどうだ?」

 

「えっ! 私もですか?」

 

「まぁ、俺は構いませんよ」

 

 

 既に三人マッサージしているタカトシだが、特に疲れた様子もなく五十嵐に判断をゆだねた。

 

「それじゃあ……お願いします」

 

「それで、何か悩みはありますか?」

 

「最近、ちょっと不眠症で……」

 

「……それはマッサージよりカウンセリングの方が良いのでは? まぁ、不眠に効くツボはありますが」

 

 

 そういいながら、タカトシはマッサージかカウンセリングのどっちが良いか五十嵐に尋ね、五十嵐はマッサージを選んだ。

 

「タカトシに触ってもらえる機会を選んだか」

 

「まぁ、タカトシ君ならカウンセラーとしても優秀だと思うけどね~」

 

「あの、気が散るので真横で会話しないでくれます?」

 

「私たちの事は気にしないで、存分に五十嵐を揉んでやると良い!」

 

「別に揉まないですけどね……」

 

 

 タカトシが呆れた態度で私たちを見て、盛大にため息を吐いた。

 

「最近大人しくなってきたと思ってましたが、本質的には変わってないんですね」

 

「まぁ、人間そんな簡単に変われないという事だ!」

 

「……何か良い事風に言ってますが、先輩たちの場合は必死に変わろうとした方が良いですよ。俺は別に気にしませんが、社会に出てそのままだと、いろいろと問題がありますから」

 

「う、うむ……」

 

 

 本気で心配されてしまい、私は居心地の悪さを感じ視線を逸らしたが、アリアの方は気にした様子が無かった。まぁ、アリアの場合は七条グループに就職だろうから、そういう事を気にしなくても良いのかもな……ちょっと羨ましいぞ。




畑さんも勘違いしないだろうって事でカエデさん登場


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地域清掃ボランティア

タカトシの心配は的中する


 ボランティアの一環として、地域美化活動をする事になった。我ら生徒会メンバーをはじめ、風紀委員や一年生の姿もちらほらと見受けられる。もちろん、ここから見えない場所にも大勢集まっているので、ここら一帯からゴミがなくなるかもしれないな。

 

「本日はお世話になっている地域に恩返しをする為、清掃活動を行う。主にゴミ拾いや落書き消しだが、各自しっかりと行うように」

 

 

 私の挨拶に、参加者全員が頷き、清掃活動がスタートする。

 

「では、我々も二組に分かれて清掃を始めようか」

 

「どう分けます?」

 

「公平に裏表で決めようじゃないか」

 

「公平?」

 

 

 私の言葉に引っ掛かりを覚えたタカトシだったが、アリアと萩村から出ているオーラを感じ取って納得したようだった。こいつはよくいる『好意に気付かない鈍感主人公』じゃないからな……

 

「シノちゃんやスズちゃんには悪いけど、今日は負けられない」

 

「随分と気合が入ってますね」

 

「ゲン担ぎの為に、新しい靴で来たんだから」

 

「動き回るのに、新しい靴で?」

 

 

 タカトシが何を心配しているのか、今の私たちには分からない。正直、どうすればタカトシとペアになれるかしか考えられないので、他の事に思考を割く余裕が無いのだ。

 

「うーらおもて!」

 

 

 私の掛け声で、それぞれ片手を突き出す。私と萩村が表、タカトシとアリアが裏だ。

 

「やった!」

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 

 ペアになったタカトシとアリアがゴミ拾いに向かい、私と萩村も自分の手を恨めしそうに見ながら清掃活動を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君と二人きりで行動するのは、なんだか久しぶりな気がするなぁ……学校行事だけど、なんだか嬉しくなってきちゃったな。

 

「随分とゴミが捨てられていますね」

 

「そうだね。ちゃんと所定の場所に捨てればいいのに」

 

「まったくです。自分一人なら問題ないだろう、とか考えているんですかね」

 

 

 強い憤りを感じているのか、普段のタカトシ君よりも鋭い目をしている。やっぱり、普段からゴミの分別とかをしているから、余計に腹立たしいのかな?

 

「俺はあちら側から拾って行きますので、アリアさんは向こうからお願いします」

 

「はーい。任せて」

 

 

 無意識だったのか、タカトシ君が今『先輩』じゃなくて『さん』で呼んでくれた。それほど変わりはないとタカトシ君は思っているようだけど、好きな男の子に学校の先輩としてじゃなくて一人の女として見られている気がして、私はこのさん付けがとても気に入っているんだよね。もちろん、シノちゃんもそうらしいけど。

 

「でも、本当は呼び捨ての方が良いんだけどね」

 

 

 誰に聞かせるでもなく呟いて、私はタカトシ君に任されたゴミ拾いを始める。こうしてみると、いろいろなゴミがあるものね~。

 

「あら、エッチな本」

 

 

 これは資源ごみかしら? 抜き取る側から拭く側にリサイクルされるなんて、なんだか哲学っぽいわね……って、変な事考えてると、またタカトシ君に怒られちゃう。

 

「それにしても、タカトシ君は真面目だなぁ……」

 

 

 物凄い勢いでゴミを拾っているタカトシ君に感心しながら、私もゴミを拾っていく。普段紙ごみ以外出さないから、こうやっていろいろなゴミを見ると何だか楽しいわね……

 

「痛っ? 今何か、足に痛みが……」

 

 

 結構歩き回った所為か、靴擦れを起こしてしまった。

 

「あっ……」

 

 

 ペア決めの時、タカトシ君が懸念していたことはこれだったのか……確かに、履きなれていない靴で動き回れば、靴擦れの危険性は高くなる。そんなことまで考えていたんだ……

 

「でも、これくらいなら平気だよね……タカトシ君に心配かけちゃ悪いし」

 

 

 私は、少し痛むくらいなら大丈夫だと自分に言い聞かせてゴミ拾いを続ける。だけど、ちょっとした変化にも気づいてしまうタカトシ君が、私が片足を庇いながら作業している事に気付かないはずもなかった。

 

「アリアさん、ひょっとして靴擦れしてません?」

 

「えっ? ……やっぱりバレちゃった?」

 

「何時もより少し動きがゆっくりでしたし、わざわざ軸足を変えてしゃがんだりしてましたからね」

 

「タカトシ君はよく人を見てるんだね。普通ならバレないと思ったんだけどな……でも、あとちょっとだから大丈夫だよ」

 

 

 私は、あるはずもない力こぶを作って見せて強がってみたが、タカトシ君には通用しなかった。

 

「休んでてください。後は俺がやっておきますから」

 

「でも……」

 

 

 なおも渋った私を、タカトシ君は強引に休ませることにしたらしく、私を抱きかかえて近くのベンチに降ろしてくれた。

 

「後でちゃんと保健室に行った方が良いですが、作業を投げ出すわけにもいきませんからね。少しそこで待っていてください」

 

「う、うん……」

 

 

 あまりにも自然にお姫様抱っこされたせいで、私の思考回路はその事に追いついていなかった。しばらくしてから、タカトシ君に抱きかかえられていたという実感が湧き、顔が熱くなっていくのを感じていた。

 

「もう、ずるいよ……」

 

 

 私をこんなにもドキドキさせておきながら、タカトシ君はまったくの素面でゴミ拾いを続けているのだ。私の気持ちは知っているはずなんだけどな……

 

「でも、それがタカトシ君の良い所でもあるんだよね」

 

 

 私は自分にそう言い聞かせて、火照る顔を冷ます事に専念する事にしたのだった。




今度はアリアのターン


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清掃活動の記録

畑さんがサボってるのはいつも通り……


 清掃活動を取材していた畑を捕まえ、自分も参加するように注意する。

 

「こうして記録しておくことも大切だと思うのですが」

 

「記録も大事だが、参加する事も大事だぞ」

 

「確かにそうですね。清掃活動に参加すれば、こういう思いが出来るわけですし」

 

 

 そういいながら畑は撮ってきた写真の一部を私に見せてくれる。これは、タカトシとアリアのペアか……ん?

 

「何故アリアはタカトシにお姫様抱っこされているんだ?」

 

「何ででしょうね~?」

 

「会長、何を見ているんですか?」

 

「萩村、これを見てくれ」

 

 

 IQ180の萩村なら、この写真からタカトシがお姫様抱っこした理由を導き出せるかもしれない。そう思ってみせたのだが、萩村は嫉妬するだけだった。

 

「後でタカトシを問い詰めるべきだと思います」

 

「そうだな。掃除をサボってアリアとイチャイチャするなんて」

 

「いえいえ、津田副会長は参加している誰よりもゴミを集めていますよ? ほら」

 

 

 そう言って畑に見せられた一枚は、タカトシが私たちよりもゴミを拾っている証拠だった。

 

「分別に迷いがないな……」

 

「普段からやっているだけあって、一切の躊躇がありませんね……」

 

「ちなみに、妹の津田さんの成果はこんな感じ」

 

 

 コトミの成果を見せてきたが、何故私たちに報告するのか分からないな……

 

「エロ本を探しているだけだな……」

 

「同じ組の時さんと八月一日さんが可哀想ですね……」

 

「後で津田副会長に報告しようと思っているのですが、お二人はどう思います?」

 

 

 畑に尋ねられて、私と萩村は一瞬顔を見合わせ、同時に頷いて答えた。

 

「「報告するべきだと思う(思います)」」

 

「やっぱり? それでは、私は同じ組の風紀委員長の取材に行ってきます」

 

「だから掃除しろ!」

 

 

 高笑いを残して消えてしまった畑に呆れ、ため息を吐いてから萩村に視線を移す。

 

「何故アリアはタカトシにお姫様抱っこされていたんだろうな……」

 

「冷静に考えれば、七条先輩が何処か怪我をして、タカトシがベンチまで七条先輩を運んだ、という事だと思いますが」

 

「まぁ、あいつが掃除をサボってアリアとイチャイチャするとは考えにくいしな……」

 

 

 普通の男子ならありえるかもしれないが、あいつは他の男子とは違うし、何より主夫だ。不法投棄を黙って見逃せるとは思えない……それは、タカトシが集めたとされるごみの量を見て分かる。

 

「とりあえず、掃除を再開するか」

 

「そうですね」

 

 

 考えても分からない事に時間を割くよりも、少しでもこの街が綺麗になった方が良いということで、私たちは掃除を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中で靴擦れしてしまった所為で、タカトシ君にばかり負担をかけてしまったけど、無事に清掃活動は終了した。

 

「お疲れさまでした」

 

「ゴメンね、タカトシ君。途中から役立たずで」

 

「靴擦れしてしまったのですから仕方ないですよ。無理に続けて悪化させるわけにはいきませんし」

 

 

 タカトシ君は優しいな……あれだけのゴミを一人で回収して疲れているだろうに、こうして私の心配をしてくれるんだから……

 

「アリア、タカトシ、ちょっと聞きたい事があるんだが」

 

「はい? どうかしましたか、シノ会長」

 

 

 終了の挨拶をしていたシノちゃんが、少し怖い表情で私たちに近づいてくる。な、何かあったのかしら……

 

「さっき畑に見せてもらったのだが、何故タカトシがアリアをお姫様抱っこしていたんだ?」

 

「やはり撮られていましたか……気配は感じていたので、もしかしたらとは思っていましたが」

 

「ちょっと恥ずかしいな……」

 

 

 ため息交じりに呟くタカトシ君とは対照的に、私は大いに照れていた。あの光景を誰かに見られていたなんて、なんだか露出プレイを……っと、こういう考え方は改めた方が良いってこの前タカトシ君に注意されたばっかだったわね。

 

「それで、理由を教えてもらえるか?」

 

「アリアさんが靴擦れして、無理にでも清掃活動を続けようとしていたので、強制的に休ませるためにベンチまで運んだんですよ。おんぶよりもこちらの方が早くできますので」

 

「やはりか……」

 

 

 どうやらシノちゃんは、なんとなく理由が分かっていたようだった。それでも問い詰めようと思ったのは、生徒会メンバーでシノちゃんだけお姫様抱っこを――あれ?

 

「シノちゃんって、タカトシ君に抱っこされた事あるよね?」

 

「その描写はカットされているから、私はされていないことになっているはずだ!」

 

「凄いメタ発言来た……てか、抱っこくらいで大袈裟ですね」

 

 

 タカトシ君にとっては大したことじゃないのかもしれないけど、タカトシ君に好意を寄せている女子からしたら大変な事件なのだ。

 

「大袈裟とはなんだー!」

 

「シノ会長?」

 

「お前は、自分がどれだけ注目されているのか分かってるのかー!」

 

「えっ……何かすみません」

 

 

 シノちゃんの剣幕に圧されて、タカトシ君はとりあえず頭を下げた。

 

「っと、アリアさん、保健室に行きましょう。消毒して絆創膏を貼っておいた方が良いです」

 

「そうじゃないと悪化しちゃうもんね」

 

 

 タカトシ君の肩を借りて保健室までの道のりを行く。その間男子からも女子からも複雑な視線を向けられたけど、タカトシ君は一切動じることなく保健室まで私を連れて行ってくれたのだった。




カットしていたことをすっかり忘れていて、確認して驚きました


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清掃活動後の噂

煽るのはもちろんあの人


 清掃活動以降、何故か周りからアリア先輩と付き合っているのかという質問をされることが多くなった。

 

「なぁスズ」

 

「なに?」

 

「何で俺とアリア先輩が付き合っている、なんて噂が出回ってるんだ?」

 

「この間のお姫様抱っこの写真が桜才新聞に載ったからじゃないの?」

 

「それで誤解されるのか? スズの事だって抱っこしたことあるし、理由もちゃんと書いてあったと思うんだが」

 

 

 発行前に確認したから、それは間違いないと思うんだがな……本当は写真を載せる事に反対していたのだが、アリア先輩が既に許可した後だったので、正確に状況を説明するならという条件を出したので、さすがの畑さんも曲解した文章にはしていなかったのだ。

 

「普通の先輩後輩なら、あんなことしないからじゃないの?」

 

「緊急事態だったんだから仕方ないだろ」

 

「まぁ、私はあんたたちの関係を知っているから誤解しようがないけど、他の人が見たらそう思うんじゃない? それに、七条先輩があんたの事を気にしている事は全校中が知っているわけだし」

 

「シノ会長やスズとの噂が落ち着いたと思ったら、今度はアリア先輩か……やっぱり発行を差し止めるべきだったか」

 

「有名税だと思って諦めたら?」

 

「他人事だと思って酷くない?」

 

 

 何処か投げやりな態度のスズにツッコむが、あまり効果は無かった。

 

「おっはよー、タカトシ君」

 

「あぁ、三葉。おはよう」

 

「朝から疲れてるね。何かあったの?」

 

「いや、噂の事でちょっとうんざりしてただけ」

 

「噂? 七条先輩とタカトシ君が付き合ってるってあれ?」

 

「そう。別に付き合ってないんだがな……」

 

 

 そもそも異性とお付き合いしている暇がないのが現状だから、誰からの告白も受け入れていないと知っているはずなのに、何故こうも誤解されるのだろうか……

 

「畑先輩が率先して煽ってるからじゃないかな? この間友達がそう聞いたっていうのを聞いたけど」

 

「やっぱりあの人か!」

 

「まぁタカトシ君は全校生徒から注目されてるから、少しでも噂になればすぐに広まっちゃうんだろうけどね」

 

「そんな目立つようなことをしてるつもりは無いんだが」

 

「あんた本当に自覚無いのね……学年トップタイでエッセイの作者。生徒会副会長というおまけつきなんだから、注目されるに決まってるじゃないの。ついでに、その容姿も注目される理由の一つね」

 

「ついでにコトミちゃんのお兄ちゃんって事でも注目されてるみたいだよー。この前柔道部の一年生たちがそんな話をしてた」

 

 

 大人しく生活していたつもりだったんだが、随分と目立っていたようだと知らされて、俺は盛大にため息を吐いて席に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情は知っているけど、あの写真を見ると胸のあたりがもやもやとする……タカトシ君は七条さんの靴擦れが酷くならないようにと思っていただけなのに、幸せそうな七条さんの表情を見ると、どうしても割り切れなくなってしまうのだ。

 

「おんや~? またその新聞を見ているんですか~?」

 

「畑さん……」

 

「まぁ、見ているのは新聞記事じゃなくてその写真なんでしょうけどもね」

 

「………」

 

 

 反論する気にもなれずに、私は視線を新聞に戻す。畑さんが言ったように、記事にではなく写真にだ。

 

「先ほど天草会長も見ていましたし、そんなにインパクトが強いとは私自身思っていなかったのでびっくりです」

 

「十分強いと思うけど……」

 

「まぁ、隠れファンを合わせると五百は下らないと噂されていますからね、津田副会長のファンは」

 

「それ、桜才だけに限った数でしょ?」

 

「えぇ。さすがに他校のファンまでは数えられませんので」

 

 

 この人ならそれくらい出来そうだけど、聞いたところではぐらかされるだけでしょうし、ここは大人しく流そう。

 

「ちなみに、今なら特別特価でこの写真の七条さんの部分を風紀委員長に代えてプリントする事も出来ますけど、如何です?」

 

「……特別特価って、どのくらいです?」

 

 

 ついつい誘惑に負けて値段を聞いてしまう……だって、写真の中だとしても、タカトシ君にお姫様抱っこしてもらえると思うと……

 

「風紀委員長にはそれなりに売り上げに貢献していただいていますので、このくらいで如何でしょう?」

 

「一万二千円……」

 

「今なら背景加工や服装加工も込みでこのお値段ですよ?」

 

「加工って……何をするつもりなんですか?」

 

「それはですね……ごにょごにょ」

 

「っ!?」

 

 

 畑さんの提案に、思わず顔を真っ赤にしてしまう……まさか、そんな事が可能だなんて……

 

「でもそれって、タカトシ君にバレたら大変じゃないんですか?」

 

「大丈夫ですよ~。バレるようなヘマは踏みませんので」

 

「どんなヘマなんでしょうか?」

 

「それは――はい?」

 

 

 背後から物凄いオーラを感じ取った畑さんは、油の切れたロボットのように首を軋ませながら振り返る。そこには満面の笑みを浮かべたタカトシ君が仁王立ちしている。

 

「新聞に掲載する事は認めましたが、商売をすることまでは認めてませんよ?」

 

「ま、まだ未遂ですから!」

 

「言い残したことはありませんね? あっても聞きませんが」

 

「お慈悲を! ちょっとした出来心なんです!」

 

「言い訳は空き教室でたっぷり聞きますので、大人しくついて来てください。もし逃げようものなら……」

 

「わ、分かりました!」

 

 

 タカトシ君に連行された畑さんを見送りながら、私はちょっぴり残念な気分になっていた。やっぱり私ってムッツリなのかな……




残念ながら慈悲はありません


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次のイベント

あれって結局イベントだったのか?


 地域清掃活動が好評だったのか、今度は幼稚園の一日先生の依頼が生徒会に来た。学校としては宣伝になると前向きに検討しているようだが、地域清掃の時みたいに大勢で行くわけにはいかないな……

 

「我々生徒会メンバーは決まりだが、後数人参加してもらった方が良いだろうな」

 

「そうですね。参加者を募ってみますか?」

 

「だが、参加者がいないから私たちが参加する事になったんじゃなかったでしたっけ?」

 

「そうなのよね~。誰か参加してくれる人はいないかしら」

 

 

 元々学校に話が来ていたのだが、参加者がいないから生徒会に降りてきたのだ。四人でも大丈夫かもしれないが、どうにも心許ない気がするのだ。

 

「五十嵐にも頼んでみるか?」

 

「ですが、生徒会メンバーに加えて風紀委員長まで不在となると、学校で問題があった場合どうするのですか?」

 

「うむ……五十嵐は残ってもらった方がよさそうだな」

 

「コトミちゃんは?」

 

「コトミですか? アイツに幼稚園児の相手が出来るとは思えないんですが」

 

 

 タカトシが腕を組みながら首をひねる。確かにコトミだと逆に幼稚園児にお世話されそうな気がするんだよな。

 

「まぁ、参加してもらえるならコトミでも誰でも構わない。タカトシ、後でコトミに聞いておいてくれ」

 

「はぁ……あまり期待しないでもらえるとありがたいですけど」

 

「コトミが参加すればトッキーも参加してくれるだろうし、八月一日も参加するんじゃないか?」

 

「八月一日さんはその日予定があると言っていた気がしますが」

 

 

 平日だが何の予定なんだろうか……まぁ、参加出来ないのなら仕方ないか……

 

「会長、ちょっと心配事があるんですが」

 

「何だ、萩村?」

 

 

 萩村が手招きしていたので、私は萩村の方に顔を近づける。

 

「万が一なんですが、タカトシに惚れてしまう女の子がいるかもしれないのですが」

 

「さすがにまだタカトシの魅力に気づく女の子がいるとは思えないんだが……いやしかし、最近の女子はマセている気がするし……」

 

「なんのはなし~?」

 

「タカトシが幼女に誘惑されるんじゃないかっていう話だ」

 

「ちょっと心配だね~」

 

「なんですか?」

 

 

 我々三人そろってタカトシに視線を向けたので、タカトシが不審そうに首をひねる。

 

「とにかく、コトミの件は任せるぞ」

 

「はぁ……?」

 

 

 さっき終わった話題を引き出した所為で、ますます不信感を懐かれたが、どうにか誤魔化す事に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノ会長に頼まれたので、一応コトミに幼稚園の一日先生体験に参加するつもりがあるか尋ねた。

 

「行っても良いけど、何かご褒美が欲しいな~」

 

「……試験前の勉強会で特別厳しくしてやろうか?」

 

「それってご褒美じゃないよね!?」

 

 

 やっぱり褒美を求めてきたな……こいつが無償で働くなどありえないからな。

 

「コトミちゃん、ボランティア精神は大切だよ?」

 

「ですがお義姉ちゃん。貴重な時間を無償で提供するのは私の精神に反するんですよ」

 

「お前の相手をしてる俺は、どれだけ時間を浪費したと思ってるんだ?」

 

「まぁまぁ、タカ兄が勉強を見てくれるなら参加しても良いよ」

 

「それじゃあその日はお義姉ちゃんが家の事をしておくから、タカ君とコトミちゃんは思う存分幼稚園で一日先生体験をしてきてね」

 

「そう言えばタカ兄、平日だけど学校は良いの?」

 

「元々学校に来ていた依頼だから、公休扱いになる」

 

 

 てか、平日を希望してくる幼稚園も幼稚園だが、それを受けた学校も学校だな……てか、困ったら生徒会に丸投げしてくるの止めてもらいたいんだが……

 

「英稜でも今度ボランティア活動をしてみようかな?」

 

「良いんじゃないですか? 自主的に参加した方が良いですが、学校行事にして全校参加にしても意味はあると思いますよ」

 

「うわぁ、なんだか真面目な雰囲気になってきたから、私は部屋に逃げますね~」

 

 

 話し合いが嫌いなコトミは、脱兎の如くリビングから逃げ出した。

 

「別にそんなに堅苦しい話し合いじゃないんだがな」

 

「普段から生徒会で会議している私たちに比べたら、コトミちゃんはこういう空気に慣れてないんだと思うよ? タカ君だって、生徒会役員になる前は、似たような感じだったんじゃない?」

 

「どうでしょうね……もう覚えてないですよ」

 

 

 だいぶ前の事だし、あの時の心境を思い出そうとしても最近の出来事が濃すぎるせいか、おぼろげにしか思い出せないのだ。

 

「タカ君でも忘れるんですね」

 

「義姉さんは俺を超人か何かと勘違いしてませんか? 俺だって物忘れしますし、間違いだって犯すんですから」

 

「でも、コトミちゃんよりははるかに少ないですよね?」

 

「まぁ、気を付けていますから……」

 

 

 昔からコトミには注意しているんだが、未だに忘れ物は多い、遅刻の回数も減らない、挙句に赤点ギリギリを行ったり来たりだ。少しは成長してほしいんだが……

 

「今度サクラっちと本格的にアイディアを出してみます」

 

「そうしてください。相談には乗れますが、最終的には英稜の生徒会が決める事ですから。部外者の俺が意見するのはマズいでしょうし」

 

「そんなこと無いと思うけどな」

 

 

 いや、そんなことあるんと思うんだが……




とりあえず職業体験という位置にしておきましょう


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幼稚園で職業体験

タカトシが一番似合ってる気がする


 参加者は生徒会メンバーとコトミ、後は時の六人だが、我々は幼稚園にボランティア兼職業体験という名目でやってきた。

 

「それではお願いします」

 

 

 幼稚園の園長先生だと思われる人と挨拶を交わし、我々はそれぞれ宛がわれたクラスへと向かう。ちなみに、ペアは我々生徒会女子と、コトミ・時ペアにタカトシが監視でつくことになった。

 

「それじゃあさっそく挨拶しましょう。こんにちはー! ん? 声が小さいぞー? もう一度、こんにちはー! はい、よくできました」

 

「シノちゃんノリノリだね」

 

「会長は意外と子供っぽいですからね」

 

 

 私がノリノリで先生をしているのを見て、アリアと萩村が少し呆れている様子だったが、すぐに子供たちに囲まれてそれどころではなくなった。

 

「スズ先生はどうして小さいの?」

 

「そ、それはね……成長ホルモンが――」

 

「萩村、難しい言葉で誤魔化そうとするな」

 

 

 子供にホルモンの話をしても分からないだろうし、恐らく聞かれたくなかった事だから難しい話にして興味を逸らそうとしたのだろうが、さすがに見過ごすわけにはいかないな。

 

「スズ先生はな、好き嫌いが多くて大きくなれなかったんだぞ。だから、みんなも大きくなりたかったら好き嫌いしないで、何でもおいしく食べるんだぞ」

 

「「「はーい!」」」

 

 

 私の説明で納得してくれたので、この話題はここで終わりだろう。

 

「会長、後程お話がありますので」

 

「あ、あぁ……分かった」

 

 

 最後に大きな問題が残ってしまったようで、私を睨みつける萩村に対して、私はそう答えるのが精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業に参加しなくてもいいのは楽だけど、こうして子供の相手をするのはなんだかダルイ……だが、職業体験という名目になっているので、真面目にやればそれだけ評価が上がるのだ。裏を返せば、不真面目だったら成績に影響するという事で、私とコトミはそうなったら補習必死だろう。

 

「コトミ先生とタカトシ先生は同じ苗字だね~」

 

「夫婦なの~?」

 

「んー? それは皆の想像に任せるよ」

 

「「きゃー!」」

 

「………」

 

 

 園児たちと同レベルではしゃいでいるコトミを見て、私は言葉を失った。これはこれで良いのかもしれないが、高校生としてそれはどうなんだと思ってしまったのだ。

 

「おいコトミ」

 

「ん、何トッキー?」

 

「後で兄貴に怒られるぞ」

 

「これくらいで怒らないって。そもそも、私は何も言ってないんだから」

 

「それは……そうだけどよ」

 

 

 確かにコトミは何も言っていない。夫婦であるとかは、園児たちが言い始めたことで、コトミはそれを肯定していない。否定もしていないのでどうなのだろうとは思うが、確かにこのくらいで兄貴は怒らないだろう――そう、兄貴は……

 

「コトミちゃーん? 後でお話があるんだけど……いいかな?」

 

「奇遇だな、アリア。私も後でコトミに話がある」

 

「私もです」

 

 

 この先輩たちが今の話を聞いてどう思うか、それはコトミにも分かっただろうに……幾ら嘘の中とはいえ、あの兄貴と夫婦だと嘯いたコトミに、この人たちが制裁しないわけがないのだ。

 

「五人とも、まともに働かないと怒られますよ」

 

「「「「「はい……」」」」」

 

 

 結局兄貴に注意されてしまい、私たちはそれぞれの持ち場に戻る。というか、さっきから兄貴の周りには男の子ばかりだな……普段女子に囲まれてるイメージが強いから、これはちょっと意外だ。

 

「タカ兄はサッカー上手だから、男の子たちに人気でも不思議じゃないと思うけどね」

 

「運動神経が良いのは知っているが、子供にもそれが分かるんだな」

 

「サッカーの強豪校からスカウトが来てたくらいだからね」

 

「それが何で桜才になんて通ってるんだ?」

 

「家から通える距離なのと、進学率がどうのこうのって言ってた気がする」

 

 

 コトミもあやふやなようで、はっきりとした理由は分からなかったが、恐らくコトミを一人であの家に残すのが心配だったんだろうな……こいつが一人暮らしをしたら、一ヶ月もたずにゴミ屋敷になるだろうし。

 

「時先生、男の子たちが苛める」

 

「あぁ!? 女の子苛めてんじゃねぇよ!」

 

「トッキー、相手は子供なんだから……」

 

 

 つい声を荒げてしまった私に、コトミがツッコミを入れた。こいつがツッコむなんて、明日は雨なんじゃないだろうか……と、現実逃避気味な事を考えていたが、さすがに子供相手にさっきの態度は無いな……

 

「わ、ワリィ……」

 

「カッコいい……」

 

「は?」

 

 

 もしかしたら泣き出すかもしれないと思っていたが、何故か怒られた男の子たちは私の事を憧れの人を見るような目で見ていた。

 

「凄いカッコいいです!」

 

「僕も時先生のようになりたい」

 

「えっ? えっ?」

 

「まさかの大人気だね、トッキー」

 

 

 けらけらと笑いながら冷やかすコトミにガンを飛ばしたが、コトミは口笛を吹いて明後日の方を向いた。こいつ、他人事だからと言って楽しんでやがるな……

 

「タカトシ先生もカッコいいけど、時先生もカッコいい!」

 

「女の人なのに、どうしてそんなにカッコいいんですか?」

 

「どうしてって言われてもな……」

 

 

 なりたくてこうなったわけじゃないので、聞かれても困ってします。普段の私はドジばかりするので、自分がカッコいいだなんて思ったこと無いし、そもそも女だし……

 

「(今度兄貴に相談してみるか……)」

 

 

 こんな悩みを相談できる相手など、兄貴以外に思い浮かば無かった。とりあえず今は、この場を何とかして抜け出す事を考えよう……




トッキーまさかの大人気……


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職業体験の感想

疲れたという感想しか出ないのか……


 園児たちと外で遊んでいたが、急に雨が降ってきたので慌てて屋内へと避難する。

 

「雷まで鳴ってますね」

 

「本格的な雨だな……」

 

「シノ会長、もしかして怖いんですか?」

 

「いや、子供たちが怖がらないか不安なんだ」

 

「なるほど」

 

 

 慌てて屋内に入った為、別々のクラスの園児たちが一緒にいる。その為グループが違う俺たちも会長たちと一緒にいるのだが、さすがに怖がったりはしないだろうな。

 

「おへそを隠さないと雷様に取られちゃう」

 

「怖いねー」

 

 

 そう言えばそんな迷信もあったな……子供だからそういうのもありか。

 

「コトミ先生は大丈夫なの?」

 

「お姉ちゃんは神の申し子だから心配ないのさ」

 

「?」

 

「こんな所でも厨二を発動させるなよな……」

 

 

 子供相手にふざけたところで、誰もツッコんでくれないと分かってるだろうに……

 

「ところで、スズやアリア先輩は?」

 

「隣の教室に避難したんだろう。本当にいきなり降ってきたからな」

 

 

 確かにいきなりだったな……雲の流れを見ていたが、雨が降るような感じは無かったんだが……

 

「架空の生物で思い出したが、昔エロい夢を見たらサキュバスに食べられるとか思ってたな」

 

「どんな思い込みだよ……」

 

「えっ? サキュバスって存在するんじゃないんですか?」

 

「まだ思い込んでたやつがいた……」

 

 

 それが身内だと思うと、なんだか疲れてくるんだよな……てか、園児と同レベルで遊べるコトミは、もしかしたら幼稚園の先生に向いているのではないだろうかと思ったが、遊ぶだけが仕事じゃないから駄目だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの後結局晴れる事は無かったので室内で遊び、いよいよお別れの時間になってしまった。何時もだったらありえない光景だが、タカトシの周りに集まっているのは女の子ではなく男の子たちだ。

 

「タカトシせんせー、また今度サッカー教えてね」

 

「どうやったらあんなに上手くなれるの」

 

「絶対にタカトシ先生とおんなじ学校に通えるようになるから」

 

 

 随分と人気があるようで、私たちは思わずほっこりした気分になった。これが女の子に囲まれていたなら、きっと不機嫌になっただろうが……

 

「それじゃあ皆さん、今日はありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました」

 

 

 私たちを代表して会長が園長先生と挨拶を交わす中、私たちは子供たちとの別れを惜しんでいた。

 

「スズ先生、今度かけっこで勝負しようね」

 

「スズ先生になら勝てそう」

 

「子供だからって容赦しないわよ?」

 

「アリアせんせー、私もせんせーみたいに綺麗になれるかなー?」

 

「なれるよー、きっと」

 

 

 私たちが女の子に囲まれているのも珍しいと思いつつ視線をずらすと、時さんが男の子に囲まれていた。

 

「時先生、絶対に弟子にしてもらうからな!」

 

「その時は覚悟してよね!」

 

「だから私は弟子なんて取らないって言ってるだろ!」

 

「トッキー、随分と気に入られたんだね~」

 

 

 隣でコトミが茶化しているけど、どうやら男の子たちは本気で時さんの弟子になりたい様子……何があったのかしら……ちょっと気になるわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日だったけど幼稚園の先生を体験して思った事は、子供相手は疲れるという事だった。

 

「タカ兄、今日は疲れたから外食にしよう」

 

「お前が疲れてようが関係ないだろうが……そもそも今日は義姉さんが夕飯の用意をしてくれてるんだから、このまままっすぐ帰るに決まってるだろ」

 

「言ってみただけだから本気で怒らないでよ」

 

 

 会長たちとは学校前で別れたし、トッキーはあの後部活があると言って道場に行っちゃったしで、帰り道は私とタカ兄の二人きり。なんだかこうして一緒に帰るのは久しぶりな気がする……

 

「ねぇタカ兄」

 

「なんだ?」

 

「今日の職業体験って、後でレポートを提出するんだよね?」

 

「一応課外学習という名目になっているからな。当然提出する事になるだろう」

 

「何書けばいいの?」

 

 

 正直に言えば、今日の体験で得たことは子供相手は疲れるという事だけで、他に何を書けばいいのかさっぱり分からない。

 

「今日感じたことを正直に書けばいいだけだ」

 

「疲れたって?」

 

「……そんなことで単位がもらえると思うなよな」

 

「でもさ~」

 

 

 大変だったとか、子供は可愛かったとか、そんなありふれた感想しか出てこないんだし、正直やりたくてやってたわけじゃないし。

 

「お前の場合はそれらしいことを書いておけばいいだろ。本当はダメだが、ありのままを書いたら指導室に呼び出されるだろうし」

 

「うへぇ……」

 

「というか、中学の時も職業体験があっただろ? その時のレポートはどうしたんだ」

 

「マキに手伝ってもらった」

 

 

 あの時もそれらしいことをテキトーに書いたんだっけ……あれでよくオッケーもらえたよね。

 

「つまり、お前は一向に成長していないという事か……」

 

「タカ兄、そんな褒めないでよ~」

 

「褒めてない」

 

「あれ? タカ兄、なんだかお疲れモード? 子供相手は疲れたのかな?」

 

「お前の相手をしてる方が何倍も疲れるんだよ……」

 

「つまり?」

 

「お前は幼稚園児以下、という事だ」

 

「そんなこと無いと思うけどな~」

 

 

 だって、幼稚園児にこの胸はあり得ないし。それに、性知識は絶対に勝てる自信があるもんね!




成長しないコトミ……


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マナー教室 前編

ここのタカトシなら問題なく出来そうですし


 本日二年生のみ、礼儀作法の講習会が行われる。タカトシや萩村は問題ないだろうが、他の連中は真新しい知識を得る事になるだろうな。

 

「私たちも今度やるか? 再確認の意味も込めて」

 

「それだったら出島さんにお願いしてみるよ~」

 

「そうか。だが、出島さんで大丈夫なのか?」

 

 

 あの人は基本的な礼儀作法は完璧だろうが、どことなく不安を感じさせるんだよな……

 

「大丈夫だって。何かあってもタカトシ君が何とかしてくれるだろうし」

 

「タカトシに頼りっきりというのもアレだが、確かにそうだな」

 

「何がアレなんですか?」

 

「おぉ、丁度良かった」

 

 

 これから計画を練ろうというタイミングで、タカトシと萩村が生徒会室に現れた。

 

「今日はマナー教室があっただろ? 私たちも再確認の為に出島さんを講師としてマナー教室をしようじゃないか、という話をしていたんだ」

 

「そうですか。今日受けたばかりですが、こういうのは何度受けても良いですからね」

 

「タカトシ君やスズちゃんならほとんど完璧だろうけど、一緒に参加してもらってもいいかな~?」

 

「良いですけど、場所は何処です?」

 

「ウチでだいたいのマナー講座は出来ると思うよ?」

 

「忘れがちだが、凄い金持ちでしたね……」

 

 

 萩村が呆れながら言うが、正直私も忘れていた……アリアは物凄いお金持ちのお嬢様なんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は七条先輩のお宅で、出島さんを講師としたマナー教室が開かれる。てっきりコトミを連れてくるかと思ったけど、タカトシは一人でやってきた。

 

「コトミは?」

 

「義姉さんに任せてきました。宿題をサボった罰で出された課題が月曜までなので」

 

「相変わらずね、あの子は……」

 

 

 会長と二人でタカトシに同情的な視線を向ける。あの子の世話だけでも大変でしょうに、最近では魚見さんが出入りしていて、ツッコミの機会が増えているのだろうと勝手に決めつけて……

 

「いらっしゃい。それじゃあさっそくお座敷に案内するね~」

 

「出島さんはどうしたんだ?」

 

 

 てっきりお出迎えは出島さんだと思っていた私たちは、七条先輩がお出迎えをしたことに驚き、会長は出島さんの所在を尋ねた。

 

「出島さんなら『今日の私は講師ですので』といって、着替えに行ったよ~」

 

「それで雇い主に出迎えをさせるのはどうかと思うんですが……」

 

「まぁまぁタカトシ君。私は、お友達をお出迎え出来て楽しいから、そこは出島さんは悪くないんだよ~」

 

「アリアさんが気にしてないなら、俺も特に何も言いませんが」

 

 

 そう言えば最近、タカトシが七条先輩の事を「アリアさん」と呼ぶ回数が増えている気がする……学校でもたまに呼んでいるし、今なんてあまりにも自然に呼ぶものだから、危うくスルーするところだったわ。

 

「何だかタカトシと七条先輩の距離感が詰まってる気がするんだけど?」

 

「そうか? 学校じゃないし、どうも『先輩』と呼ばれるのが嫌みたいだから」

 

「ふーん……」

 

 

 たぶん「先輩」と呼ばれるのが嫌なんじゃなくて「タカトシ」に先輩と呼ばれるのが嫌なんだろうなと、私は穿った見方をする。会長も同じように思っているのか、若干タカトシを見る視線に鋭さが増した。

 

「なぁ、タカトシ」

 

「何ですか、シノさん」

 

「うむ、何でもない」

 

「はぁ……」

 

 

 恐らく確認したかっただけなんだろうが、名前で呼ばれて会長は上機嫌になった。名前一つで凄い変化だと思うが、タカトシに名前を呼んでもらえるだけで幸せな気分になるのは私も同じだ。

 

「お待たせしました。第一回出島さんのマナー教室IN七条家を開催します。本日この教室の講師を務めさせていただく、七条家専属メイドの出島サヤカです」

 

 

 お座敷で雑談をしていたところに、漸く出島さんが登場するが、服装は何時ものメイド服と何ら変わらない。いったい何を着替えたのか気になったが、何やら地雷臭がするのでツッコまなかった。

 

「入室の際のマナーとして、相手を見下ろさず前傾姿勢で襖を開けます。歩くときは敷居や座布団を踏まないように注意しましょう。一つ一つの行動が、相手への敬意に繋がります」

 

 

 出島さんの説明を頷きながら聞いていた私たちだったが、次の行動に驚いてしまった。

 

「では次は――」

 

「「「(えっ、上座?)」」」

 

 

 雇い主である七条先輩より上座に腰を落ち着かせた出島さんに驚いたが、七条先輩は何とも思っていない様子で続きを待っている。

 

「皆さん、何か質問でもあるのですか?」

 

「い、いえ……どうぞ続きをお願いします」

 

 

 出島さんも特に何も思っていない様子だし、雇い主である七条先輩が何も言わないのなら、私たちがとやかく言うべきではないだろう。

 

「もしかして、私がお嬢様より上座に腰を下ろしたことが気になっているのですか?」

 

「え、えぇ……」

 

「本来であれば許されないでしょうが、今この時だけは私は皆さんの講師ですから。上座に落ち着いても問題はありません。ですよね、お嬢様?」

 

「そうだね~。というか、今は上下を気にしなくても良いんじゃないかな~? そんなこと言い出したら、シノちゃんだって私より上座にいるわけだし」

 

「う、うむ……」

 

 

 特に考えなく何時もの並びで腰を下ろしたからなんだけど、この並び順だとタカトシが一番下座になるのよね。そう考えるときりがないから、私たちは七条先輩も言葉に従い、上下を気にする事を止めた。




ツッコみたくなる気持ちは分かる……


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マナー教室 後編

ところどころで下ネタが……


 出島さんが腰を下ろしたところで、マナー教室が開始となった。

 

「まずはお辞儀ですね」

 

「角度によって意味が変わる、という事ですか?」

 

「その通りです。まずは十五度。これは会釈です。続いて三十度。こちらは敬礼となり、最後は四十五度。こちらは最敬礼となります」

 

 

 萩村が分かり易く実践してくれたお陰で、角度の具合などもしっかりと分かる。昔の私たちならこの後に――

 

「九十度はバックからの突き待ちだ!」

 

 

――などと続けたのだろうが、ここでボケようものならタカトシに殺されかねないからな……思っても自重できるだけ成長しているのだろう。

 

「萩村様、実践ありがとうございました。では次はテーブルマナーですね」

 

「お座敷でテーブルマナーということは、箸使いだよね?」

 

「その通りです。それでは代表的なダメな例をお見せしましょう」

 

 

 そう言いながら出島さんは箸をうろうろと動かしだす。

 

「さーて、どこから取って曝してやろうか」

 

「迷い箸だね~」

 

「おや? 刺身の味の他にHな味がするぞ?」

 

「ねぶり箸だな」

 

「きゃ(裏声)! おっと、違うところを刺しちゃったぜ」

 

「刺し箸だね~」

 

「……何か違う事が行われてる気がするのは俺の気のせいか?」

 

「たぶん女体盛りで例えが展開してるんだと思う……」

 

 

 タカトシと萩村は女体盛りで例えられているのが気に入らないようだが、私とアリアには非常に分かり易い例えだったから気にしなかった。

 

「冠婚葬祭にもマナーがありますね。結婚式の贈り物にもタブーがあります。ハサミや包丁といった『切れる』意味があるものや、花瓶や皿など壊れるものも縁起が悪いと言われているわね」

 

「お見舞いに鉢植えも『根付く』という意味から敬遠されたりするよな」

 

「よくご存じですね。その他にもドレスコードなど冠婚葬祭以外にも当てはまるものがありますので、その都度調べ直すのも一つの手です」

 

 

 出島さんの説明が一番手っ取り早く確実なので、私たち四人は頷いてこの話題は終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いろいろとマナーの確認をしていたら遅くなってしまったので、このまま七条先輩の家に泊まる事になった。着替えなどは近所にある七条グループの宿泊施設のものを借りられるとの事で、心配はなくなった。

 

「今日はいろいろと勉強になったな」

 

「本当だね~。再確認した事や、新しく覚えたマナーもたくさんあったもんね~」

 

 

 今はタカトシを除いた四人でお風呂に浸かっている。何故出島さんも一緒に入っているのかが不思議だけど、何もしないなら気にしなくてもいいかしらね……

 

「ねぇ、お風呂にもマナーってあるの?」

 

「そうですね……温泉で女の子同士が『あんたちょっと胸大きくなった?』とか言ってもみ合う戯れがあるじゃないですか」

 

 

 あ、あるのだろうか……少なくとも、私の周りではそんなことは起こらないけど……

 

「アレ、どさくさに乳首こねるのはNGです。怒られます」

 

「一般人は触った時点で怒りますよ」

 

「そうですかね? よくお嬢様の胸を揉んだりしますが、怒られたりしませんよ? というか、天草様や萩村様は確認されることがないからではありませんか?」

 

「「けんかうってんのかー!」」

 

 

 私と会長は同時に出島さんに詰め寄ろうとして、視界に入った七条先輩の胸に釘付けになってしまった。

 

「んー? どうかしたの、二人とも」

 

「生で見るとまたデカいな……」

 

「大きいと分かってはいたんですけどね……」

 

「触りたくなりますよね?」

 

 

 出島さんの悪魔のささやきに、私と会長は思わず頷きかけて、慌てて首を横に振った。

 

「私たちは出島さんと違うんです!」

 

「そんな大声を出すと、逆に怪しいですけどね~」

 

「何だか出島さんと畑さんがダブって見えたんですが……」

 

 

 あの人も良く語尾を伸ばして迫ってくることがあるからかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君から、今日は七条さんの家に泊まると電話があって、私は少し慌ててしまったが、良く聞けばシノっちたちも一緒だという事が分かり、アリアっちがゴールインしたわけじゃないのかとホッと息を吐いた。

 

「お義姉ちゃん、どうしたの?」

 

「タカ君がお泊りになったから、私もこのままお泊りする事になりました」

 

「タカ兄がお泊り? 新しいお義姉ちゃんが出来るんですかね~?」

 

「マナー教室が遅くまで続いた所為で、七条家で一泊する事になったそうですよ」

 

「なんだ~。誰かが新しいお義姉ちゃんに決定したのかと思ったのに」

 

 

 思考回路は私と似ているようですね……さすが我が義妹です。

 

「お泊りと言えば、アメニティって持ち帰りOKの場所がありますよね」

 

「タオルとか浴衣とかはダメですが、ティーパックやシャンプー、マッチなどはOKのところが多いです」

 

「私もたまには外泊したいな~」

 

「長期休暇に旅行が出来るかどうかは、コトミちゃんの成績次第ではないですかね」

 

「それを言われると困っちゃうんですよね~……またタカ兄とお義姉ちゃんに手伝ってもらわないと、私は赤点になってしまうので……」

 

「胸を張って言う事ではないと思うのですが」

 

 

 コトミちゃんだってやれば出来る子だと思うんだけど、当面の目標は赤点回避なんですよね……タカ君も可哀想に……




出島さんはバイだからなぁ……


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スパリゾートホテル

福引なんて当たった事ないな……


 世間はゴールデンウィークで盛り上がっている中、我々生徒会も疲労回復目的でスパリゾートホテル一泊二日ツアーを企画した。

 

「シノ会長のくじ運は羨ましいくらいですね」

 

「まさかスパリゾート一泊二日を福引で当てるなんて」

 

「いやいや、アリアの強運に比べたら私のなんて可愛いものだろ」

 

「そう言えば引率の横島先生は何処に行ったんですかね」

 

 

 学生だけではまずいのではないかということで、丁度生徒会室に現れた横島先生が引率でついてくることになったのだが、さっきまでいたはずなんだけど見当たらないな……

 

「タカトシ、あそこで男性に声をかけてるのって横島先生じゃない?」

 

「あの人は、ほんと反省しないな……」

 

 

 通行人と思われる男性の集団に声をかけている横島先生の襟首をつかんで、男性たちに頭を下げて会長たちの許に戻る。

 

「捕まえてきました」

 

「ご苦労。横島先生、引率だという自覚を持ってください」

 

「いや~面目ない。つい美味しそうな男を見つけてな」

 

「あんた一応教師だろうが!」

 

 

 俺が雷を落とすと、横島先生だけでなくシノ会長たちも肩をびくつかせた。

 

「おいっ! 大声を出す時は言え! 私たちもびっくりしただろうが」

 

「予告してからじゃ効果ないですから」

 

「まぁ、タカトシ君しか横島先生を怒れないしね」

 

「そんなこと無いと思うんですが……」

 

 

 俺だって高校生なんだから、普通なら教師相手に説教なんてしたくないんだけどな……というか、誕生日を考えれば、この中で一番年下になるんだが……

 

「まぁいいか。それじゃあ、出発だ!」

 

「すぐそこじゃないですか……」

 

 

 意気込む会長にツッコミを入れて、俺たちはすぐそこのホテルに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 受付を済ます前に、私はあることに気が付いてしまった。

 

「そう言えばこれ、レディースプランだ」

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

「待て待て! カップルとしてなら利用可能らしいから、誰かとカップルのふりをすれば大丈夫だ」

 

「誰かって、誰とカップルのふりをすればいいんですか?」

 

 

 タカトシの質問に、私たちは顔を見合わせる。この中で一番自然にタカトシと腕を組んだりカップルっぽい空気を出せるのはアリアだろうが、こいつはこの前お姫様抱っこしてもらってたりしてたし、これ以上リードされるのは避けたい。

 

「間を取って四股って事で良いんじゃね?」

 

「何処の間を取ったんですかね?」

 

 

 阿呆な事を言い出した横島先生に、タカトシが底冷えするような笑みを浮かべながら問い詰める。とりあえず横島先生は脱落したから、これで確率は三分の一だな。

 

「そう言えば、何で学生証なんて持ってこさせたんですか?」

 

「萩村が私たちと同年代だと証明するためだ」

 

「……会長のご配慮、感謝します」

 

「萩村が気にしてるのは私も分かってはいるが、私服だとますます同年代に見られないだろ?」

 

「それなら、スズちゃんが恋人役でもタカトシ君が犯罪者と間違えられる心配はないね~」

 

「どういう意味だ、おら!」

 

 

 アリアを問い詰めようとする萩村を、タカトシが宥める。何時までも受付前でうだうだしてるのも怪しまれるので、手っ取り早くじゃんけんで恋人役を決める事にした。

 

「それじゃ、よろしくね」

 

「はぁ……」

 

「何故あの時チョキを出してしまったんだ……」

 

「やはり七条先輩は強運の持ち主でしたね……」

 

 

 悔しいが確かに私とタカトシがカップルのふりをするよりも、アリアがした方が自然に見えるだろうしな……私だったら舞い上がってしまうだろうし、萩村だったらぎこちなくなりそうだし……

 

「決まったか? それじゃあさっさと受付を済ませて中に入るぞ」

 

「あっ、引率っぽい発言ですね」

 

「これでも引率なんだが?」

 

 

 苛立ちを横島先生にぶつける事で誤魔化し、私たちはスパリゾートを楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怪しまれないように、設定上私たちは友人で、タカトシは七条先輩の彼氏として同伴した、という事になっている。その為、呼び方も名前呼びで統一する事になったのだ。

 

「あの、シノさん」

 

「何だ、スズ?」

 

「ナルコさんの姿が見えませんが?」

 

「ここにいる男性は恋人がいる人だけだから、そこまで心配する必要はないんじゃないか?」

 

「ですが、あの人は人のものだろうが横取りしますよ?」

 

 

 私の言葉に、シノさんが慌てて辺りを見渡す。幸いナルコさんはすぐに見つかり、私たちの視界から外れる事を禁止にすることに成功した。

 

「私ってそんなに信用ないのか?」

 

「むしろ、信用されていると思ってるんですか?」

 

 

 シノさんの返しに、ナルコさんは口をあんぐりと開けて固まってしまった。どうやら自分の中では信用されていると思っていたようね……

 

「そう言えば、アリアさんとタカトシは何処に行ったんですかね?」

 

「あの二人なら、カップル専用の施設に向かったぞ。それらしくみせるためには必要だからと、アリアが半ば強引に連れて行ったんだがな」

 

 

 会長の言葉の後半は、周りに聞こえないように小声だ。てか、つい気を抜くと『会長』呼びに戻ってしまうから気をつけないと……

 

「最近はアリアが勝ち組っぽいよな」

 

「元々人生勝ち組ですから、アリアさんは……」

 

 

 お金持ちのお嬢様で、容姿端麗、文武両道に加えてあの巨乳……天は二物を与えずというのは間違いだと思わせる人よね、七条先輩って……




何処をどう見れば信用出来るというのか……


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ハイレベルストーカー

スクープの為なら火の中水の中……


 タカトシ君とカップルという設定でスパ施設を利用しているので、私とタカトシ君は基本二人で行動する事になった。シノちゃんたちには悪いけど、こういう感じは悪くない。

 

「アリアさん?」

 

「ん~?」

 

「いや、なんだか楽しそうだなと思っただけですので」

 

「実際楽しいよ~? こういうところにあんまり来ないっていうのもあるけど、こうして二人きりでいられることが何よりも楽しい」

 

 

 シノちゃんたちと行動してても楽しかっただろうけども、タカトシ君と二人きりだから楽しさはそれ以上に感じてしまうんだろうな。

 

「ところでタカトシ君」

 

「はい、何でしょうか」

 

「今はカップルの設定なんだから、敬語は止めてほしいかな」

 

「そこまで気にしなくても良いんじゃないですか? 年齢差は変えられないわけですし、そこから襤褸が出るとも思えませんが」

 

 

 確かに、さっきからすれ違う他のカップルと見比べても、私たちは見劣りしていないという自信がある。それは私たちの演技力云々より、タカトシ君が自然体でいてくれるからだろうと私は思っている。でも、タカトシ君にツッコみ以外でため口を利いてもらいたいという気持ちはやっぱりあるのだ。

 

「確かにタカトシ君の雰囲気なら、普段から他の人の敬語を使っている人なんだろうと思わせられるけど、どうせならね?」

 

「何がどうせなのかは分かりませんが、後で面倒な事になりそうなので嫌です。なんかカメラ構えてこっちを狙ってる盗撮魔がいる事ですし」

 

「え?」

 

 

 タカトシ君が睨みつけた先には、鉄柱のてっぺんからカメラを構えている畑さんがいた。いったい何処から上ったのか、何処で聞きつけたのかとかいろいろ気になることがあったけど、まず何よりも先にしなければいけないことは、畑さんをあそこから下ろす事だった。

 

「いや~、まさか見つかるとは思いませんでした。今回は距離も十分取っていましたし、いつも以上に気配遮断にも気を遣っていたんですがね~」

 

「気を遣う箇所が致命的に違うんですよ、畑さんは……」

 

「バレてしまったからには仕方ありませんね。普通にスパリゾートを楽しんで帰ります」

 

「そもそも、どうやって入ってきたんですか?」

 

「普通にお金払って入ったに決まってるじゃないですか。そう簡単に福引なんて当たりませんから」

 

「会長が福引で当てたなんて、学校で話してませんけど?」

 

「ではっ!」

 

 

 タカトシ君が盗聴を疑い始めたのを感じたのか、畑さんは未だかつてない速度で人混みに紛れて逃げ出した。タカトシ君は追いかけるかと思ったけど、盛大にため息を吐くだけで追いかける事はしなかった。

 

「追わないの?」

 

「アリアさんをおいていくわけにもいきませんし」

 

 

 タカトシ君の言葉に、どんな意味があったのか私には分からないけど、とりあえず私と一緒にいてくれるという事だけは分かった。今はそれだけ分かればいいかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思う存分リラックスした我々は、ホテルで食事をしていた。ちなみに、横島先生は早々に酔いつぶれた。

 

「空腹の状態であんなに呑めばすぐに回るわな……」

 

「まぁ、酔いどれ教師は放っておくとして、これで明日からまた頑張れるな」

 

「そうですね。マッサージなどで身体をリフレッシュしましたし」

 

 

 ちなみに、まだカップル設定が残っているのか、アリアはタカトシにべったりで、私と萩村の心中は穏やかではない。

 

「何時までくっついてるんだ」

 

「えっ? だって泊まるんだし」

 

「そこはさすがに別室だろうが!」

 

「でも、カップルの設定なんだから、そこを分けちゃったら怪しまれるんじゃないかな?」

 

「学生証を提出しているんだから、一緒の部屋だと不純だろうが!」

 

「そっか……残念」

 

 

 本気で悔しがっているアリアとは対照的に、タカトシは興味なさげに横島先生を眺めていた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ……誰が部屋まで運ぶのか考えていただけです」

 

「最後の最後に疲れる仕事だな」

 

 

 私たち三人では、横島先生を運ぶことは出来ない。いや、出来ない事はないが、横島先生を引きずってしまったりする可能性があるのだ。

 

「何処かの廊下にでも転がしておきましょうか」

 

「そうしたいのはやまやまだが、さすがにホテルに迷惑だろ」

 

「ですよね……そういえば部屋割りってどうなってるんですか?」

 

「私たち四人で一部屋、タカトシは一人部屋だが」

 

「そうですか……それじゃあ、さっさと運んで休みましょう。いろいろと疲れました」

 

 

 スパ施設に来ていたというのに、タカトシの疲労度は来る前より増しているようだ。私と萩村は、そんなに疲れる要素があったかと首を傾げたが、アリアは何か思い当たる節があるようで、納得した表情を浮かべていた。

 

「アリア、何かあったのか?」

 

「この施設に畑さんも来てたんだよ~」

 

「あぁ、そういう事か……」

 

 

 あいつがここに来ていたということは、またあること無いこと書くに決まっている。今からその事を考えて疲れているのだろう。

 

「タカトシ君と私の熱愛発覚! とかいう記事を書くつもりだったらしいから、タカトシ君が人気のないところで畑さんにお説教してたんだよ~」

 

「そっちか……」

 

 

 既に疲れる事をしていたわけか……しかしまぁ、タカトシは何処に行っても疲れる運命なのだろうな……




その熱意を別の方向に向ければ、立派なジャーナリストになれるだろうに……


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それぞれお泊り

自分の部屋が一番だと思う……


 試験も近くなってきて、何時までもタカ兄に頼れないという事で、トッキーの家で私とマキとでお泊り勉強会を開く事になった。もちろん、試験一週間前にはタカ兄たちが開いてくれる勉強会に参加するのだが、その時に少しでも理解出来るようになるための勉強会だ。

 

「――というわけで、この日からトッキーの家に泊まりこむ事になったんだ~」

 

「立派な志だが、時さんの家に迷惑じゃないのか? お前は騒がしいし、一度挨拶に伺った方が――」

 

「タカ兄は心配性だな~。人の家でお世話になるんだから、私だってそれくらい心得てるって」

 

「それなら良いんだが……」

 

 

 まだ不安そうな表情のタカ兄の視線を受けながら、私は食後のお茶を飲む。タカ兄が不安に思う気持ちも分からなくはないけど、もう少し私の事を信用してほしいよ……

 

「タカ兄だって色々な場所でお世話になってきたんだし、私にだってそれくらいの経験くらいあるんだから!」

 

「まぁ、中学時代に何度か友達の家に泊まりに行ったりしてるのは知ってるが……」

 

「その時だって何もなかったんだし、今回だって大丈夫だって」

 

 

 疑わしい目をしていたタカ兄だったが、一度ため息を吐いて諦めてくれたようだった。まぁ、何時までもこんなふうに疑われる私も悪いんだろうけど、しっかり者のタカ兄に甘えてばっかりだったんだから仕方ないよ。

 

「タカ兄も納得してくれた事だし、さっそく準備を始めないと!」

 

「今からか? 明日でも十分間に合うだろ」

 

「何時もタカ兄が『準備は早めに済ませろ』って言ってるじゃん」

 

「そう言って勉強道具をしまい込んで勉強しないつもりなんだろ?」

 

「うっ……」

 

 

 さすがタカ兄、私の考えなんてお見通しだったか……タカ兄の突き刺さるような視線を受けながら、私は素直に謝って勉強するために部屋に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミが時さんの家に泊まりこんで勉強をするのは、悪いことではないと思う。だが、アイツが迷惑をかけないかが心配なのだ。

 

「タカトシ、何か心配事でもあるの?」

 

「ちょっとな……」

 

「私で良ければ相談に乗るわよ?」

 

「コトミの事だから」

 

「あぁ……また何かしたの?」

 

「今日から時さんの家で勉強会をするために泊まり込むんだが、迷惑をかけないか心配なだけ」

 

「親みたいな感想ね、それ……」

 

 

 まぁ、保護者だし仕方ないとは思ってるんだが、親って……俺とコトミは一歳しか違わないというのに……

 

「コトミがいないって事は、今日あんた家に一人なの?」

 

「ん? そう言えばそうだな……」

 

 

 久しぶりに自分の為に時間が使えるという事か……

 

「あっ、でもバイトがあるから誰もいないのか……しっかりと戸締りしておかないと」

 

「発想が主夫っぽいわね、今度は」

 

「そうか?」

 

 

 まぁ、コトミの飯とかを作っておく必要がない分楽が出来るかな……

 

「タカくーん!」

 

「義姉さん?」

 

 

 校門のところで声をかけられ、俺は義姉さんが待っていたことに漸く気が付いた。

 

「今日、タカ君の家に泊まりに行ってもいいかな?」

 

「構いませんが、俺はバイト、コトミは勉強会で誰もいませんよ?」

 

「コトミちゃんから聞いてるよ。だから、私とサクラちゃんでお留守番兼タカ君のお世話をしてあげようと思って」

 

「ど、どうも……」

 

 

 周りの目を気にしない義姉さんとは違い、サクラさんは何処か恥ずかしそうに視線をそらしている。

 

「魚見さん、一応校内ですので堂々とそういう話をするのは止めてください。風紀が乱れます」

 

「あっ、ゴメンなさい五十嵐さん。それじゃあタカ君、さっさと校門から出ましょう」

 

 

 義姉さんに腕を引っ張られ、俺はとりあえず校内から出る。出たところで大差ないと思うんだが、これでカエデさんになにかを言われることがなくなったのだろうか。

 

「さっきからスズポンやシノっち、アリアっちが怖い目で私たちの事を見てたけど、この間お泊りしてた三人に私たちを咎める権利は無いと思うんだよね」

 

「そんなものですかね……」

 

 

 とりあえず義姉さんの中でウチに泊まる事は決定してるようだし、拒む理由もなかったので許可して、俺は着替えてバイトに行くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君が留守の間、私とサクラっちで家の掃除をしたり、晩御飯を作ったりしたのだが、普段からタカ君がしっかりしているので、掃除する箇所は殆どなかった。

 

「やっぱりタカ君は凄いですね」

 

「本当ですね。自分の事だけじゃなく、コトミさんの事も面倒見ているというのに、一切の手抜きがありませんからね」

 

「私もたまにお手伝いしますけど、基本的にはタカ君が全部やっちゃうんですよね」

 

 

 もう少しお義姉ちゃんを頼ってほしいと思うのですが、タカ君は他人にも自分にも厳しい人ですから、必要以上に甘えたりはしない子なんですよね。

 

「今度のコトミちゃんの為の勉強会、私たちもお手伝いしなければ!」

 

「会長はそんな口実がなくても来られるんじゃないんですか?」

 

「まぁ、何かにつけて口実を見つけないと、シノっちたちが厳しいですから」

 

 

 シノっちたちにとやかく言われる筋合いは無いと思うのですが、やっぱりまだタカ君が決めていないのに彼女面をしてる私の事が気に入らないんでしょうね。まぁ、私は彼女面じゃなく家族面をしてるんですけど。




ウオミーが恋の応援っぽいのをしてる


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三人の気持ち

いろいろと思考が飛び交ってる


 バイトから帰ってくると、義姉さんとサクラさんがリビングで寛いでいた。

 

「お帰り、タカ君」

 

「お帰りなさい」

 

「わざわざすみません。留守番なんてさせてしまって」

 

「気にしないでください。私はタカ君のお義姉ちゃんですから」

 

 

 それが何の理由なのかは分からないが、こうして義姉さんが来てくれたお陰で戸締りの心配をしなくて良かったんだし、あまり深く理由を聞くのも悪いか。

 

「ご飯にします? それともお風呂にします?」

 

「お二人は既にお風呂に?」

 

「えぇ。いただきました」

 

「では風呂にします。掃除もありますし」

 

「分かりました。では、タカ君がお風呂に入ってる間に晩御飯を温め直してますね」

 

「お願いします」

 

 

 義姉さんが用意してくれると分かっていたので、今日は帰りに何も食べてきていない。本当なら先に晩飯でもよかったんだが、どうせ風呂場で疲れるんだから、その後で飯にした方が体力の回復が見込めるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんがお風呂に入っている間、私と会長とで晩御飯を温め直す。タカトシさんに食べてもらえるほどの腕ではないけど、それでも食べてもらいたいと思う。

 

「サクラっちもだいぶ積極的になってきたよね」

 

「そうですかね? ですが、少しでも積極的にならないと、七条さんや天草さんの陰に隠れてしまいますから」

 

「ぶっちぎりのスパートをかけているサクラっちがあの二人の陰に隠れるとは思えないけど」

 

「そんなこと無いですよ……」

 

 

 タカトシさんの周りには魅力的な女性が多い。ただでさえ学校が違う私なんて、少し自重しただけで存在感が薄れるだろう。そうなるとタカトシさんの中で私の存在が忘れられてしまうかもしれないのだ。

 

「タカ君のお義姉ちゃんとして断言するけど、今タカ君が最も意識している女性はサクラっちだよ」

 

「ですが、それは異性としてなのか友達としてなのか分からないですよね?」

 

「異性の友達としての意識じゃないと思うけど。そもそもタカ君は異性の友達も多いから、その人たちに向けてる感情を見る限り、サクラっちに向けているそれとは別だと分かるよ」

 

「そう、ですかね……」

 

 

 確かにタカトシさんの周りには異性が多い。その殆どは友達として付き合っているのでしょうが、中にはタカトシさんに好意を向けている人はいるだろう。その人の感情をタカトシさんが気づいていないとは考えにくいし、その相手に友達としての情だけを向けているとも考えにくい。

 

「サクラっちの悪い癖だよね、自分に自信を持てないどころか、自分を卑下し過ぎるのは。これはタカ君も一緒だけど」

 

「私はそんな大した人間じゃないですよ……」

 

「そんなこと無いと思うけどね。まぁ、こればっかりは私が何と言っても変わらないのかもしれないけど」

 

 

 会長はそう締めくくった。確かに何度か会長に言われてきたが、その度に私は会長の過大評価だと思ってきた。しかし、もし会長が言っている事が真実だとしたら、もう少しタカトシさんに対して積極的になってもいいのでしょうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サクラっちの背中を押しながらも、私はサクラっちが積極的な行為に出ないだろうと確信している。もし積極的になれるのであれば、とっくになっているだろうし、彼女はタカ君との距離が開くのではないかと怯えているのを知っているからだ。

 

「(私は誰かを応援しなければいけない立場になったとはいえ、やはりタカ君の事を諦めきれないのでしょうね)」

 

 

 既に義姉としてタカ君と沢山の時間を過ごしてきたのだから、これ以上を望むのは他の女子に失礼だと思っている。元々私はタカ君に対してどのような感情を懐いていたのか、もう覚えていないんですよね……

 

「会長? どうかしましたか?」

 

「いえ、タカ君ならお風呂でソロ行為をすることも無いだろうなと思ってただけです」

 

「最近は控えてたのに、どうしてこのタイミングで……」

 

「たまには言っておかないと、自分を見失いそうだったので」

 

「?」

 

 

 サクラっちは首を傾げましたが、これは私の決意表明みたいなことなのですよ。これからもタカ君の事を義弟として思う、という決意表明。竿姉妹ならともかく、恋敵にはならないという決意。

 

「そういえばコトミちゃんは時さんたちと勉強会らしいですが、効果あると思いますか?」

 

「やろうという気持ちがあるのであれば、きっと効果もあるのではありませんか?」

 

「そうだと良いんですけどね……後で私たちが面倒を見る時、少しでも知識が身についていれば楽が出来ますからね」

 

「タカトシさんが楽を出来れば、自分の為に使える時間が増えますからね」

 

 

 確かに、タカ君が自分の為に使える時間が増えれば、もしかしたら彼女を作ろうと思うかもしれない。そうなればこの膠着状態を打開出来るかもしれないものね……

 

「そうなると、サクラっちとデートしたりするのかな?」

 

「な、何で私なんですか?」

 

「だって、他にタカ君とデートしたことある人っているっけ?」

 

「さぁ……私は知りませんが……」

 

「いてもおかしくはないでしょうが、サクラっちほど意識されてる子はいないと思うよ」

 

 

 何だか胸がチクチクと痛むけど、タカ君とサクラっちは私から見てもお似合いだしね……




ウオミーも複雑ですねぇ……


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お似合いな関係

ツッコミコンビですしね


 会長に誘われてタカトシさんの家に泊まったけど、こうして一人で部屋を使わせてもらうのは初めてかもしれない。普段は誰かと同室だったりしたけど、今日は一人で客間を使わせてもらっている。普段なら会長がこの部屋を使っているらしいですが、今日はコトミさんの部屋を借りたので、私が客間を使わせてもらいました。

 

「何だかいい匂いが……」

 

 

 時計を確認したが、まだ六時になったかならないかという時間だ。こんな時間から料理をしているとはちょっと考えにくい……

 

「タカトシさんなら、そんな時間かけなくても美味しい料理が作れるでしょうし」

 

 

 私は制服に着替えてから客間を出てキッチンへ向かう。もし会長が料理しているのなら手伝おうかと思っていたのだが、やはりというべきかそこにいたのはタカトシさんだった。

 

「おはようございます。早いですね、サクラさん」

 

「おはようございます。私はたまたまですが、タカトシさんはいつもこんな時間から起きて料理してるんですか?」

 

「普段はもう少し遅いですが、だいたいこんなものですよ」

 

「でも、タカトシさんって結構遅くまで起きていますよね?」

 

「コトミの相手をしてると、課題をやる時間がなかったりしますから、遅くまで起きている事はあります。ですが、昨日は義姉さんやサクラさんが手伝ってくれたので、家事に割く時間が必要無かったのでそれほど遅くまで起きている必要が無かったですし」

 

「タカトシさんのお役に立てたのなら良かったです」

 

 

 こうして私とお喋りしてる間も、タカトシさんの手は止まらない。一切の無駄がなく調理を進める姿は、ウチのお母さんよりもお母さんっぽい。

 

「朝ごはんを作ってるんですか?」

 

「いえ、これは弁当用です。俺とコトミ、そして義姉さんとサクラさんの分を作るので、今日は早めに起きたんですよ」

 

「す、すみません……」

 

 

 手伝いに来たはずなのに、結局タカトシさんの仕事を増やしてしまった気がして、私は思わず頭を下げる。

 

「サクラさんが気にする必要はないですよ。俺が自分で勝手にやってるだけですから」

 

「て、手伝います!」

 

「大丈夫ですよ。後は弁当箱に入れて終わりですから」

 

 

 そう言ってタカトシさんは、四人分のお弁当箱を取り出し、とても綺麗に料理を詰めていく。

 

「義姉さんもですが、サクラさんも男の作った弁当なんて嫌かもしれませんが」

 

「そんなこと無いですよ! むしろ自信が失われてしまいます……」

 

「そ、そうですか」

 

 

 タカトシさんの料理を食べると、女としての自信がなくなるんですよね……このご時世、女が料理をしなければいけないなんて考えは薄れていますが、やっぱり女として料理の腕で男性であるタカトシさんに負けるのは悔しいと思ってしまうのです。

 

「おはようございます。タカ君は相変わらずですが、サクラっちも早起きですね」

 

「おはようございます。会長も十分早いと思いますよ」

 

「おはようございます。義姉さんも顔洗ってきたらどうです?」

 

「そうします。その間にタカ君の愛情たっぷりの朝ごはんが準備出来てるでしょうし」

 

「そんな短時間で完成しませんよ」

 

 

 タカトシさんが苦笑いをしながらも会長と楽しそうに話しているのを見て、私の心はちょっぴり痛みを覚えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅刻するとマズい、ということで洗濯などをタカ君にお願いして、私とサクラっちは先に津田家を後にして学校に向かいました。乾いた洗濯物は帰りにでも取りに来てくれと言われたので、これで無条件で放課後もタカ君の家に行く事が出来ます。

 

「そういえばサクラっち」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「さっき私がタカ君と話してる時、私の事を睨んでましたけど、嫉妬ですか? もう彼女のつもりなのですか?」

 

「そんなつもりはありませんが……私、睨んでましたか?」

 

 

 なんと、無自覚だったとは……あれだけ憎悪の念を込められてたので、てっきり意識的に睨んでいたのかと思ってました。

 

「まぁ、私もタカ君が他の女の子と話してるとちょっとイラっとしますが、あそこまで睨んだりはしません」

 

「す、すみませんでした」

 

「気にしなくていいですよ。それだけサクラっちがタカ君に対して本気になってきたという証拠ですから。私はサクラっちが義妹になるのは賛成ですよ」

 

「話が飛躍し過ぎじゃありませんかね!?」

 

「そんなこと無いですよ。コトミちゃんとは違ったタイプの義妹が欲しいですし」

 

 

 シノっちやアリアっちじゃ、結局同じ部類ですし、スズポンやカエデっちは結構ムッツリだったりしますし、私としてはコトミちゃんと別カテゴリーに分類出来るのはサクラっちくらいなんですよね。

 

「それに、タカ君との相性を考えれば、サクラっちがぶっちぎりの一位です」

 

「相性って周りがとやかく言う事ではないと思うんですが……」

 

「結婚云々は置いておくにしても、彼女にするならサクラっちだと思いますよ。タカ君も満更でもなさそうですしね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「お義姉ちゃんの目には、そう見えますよ」

 

 

 そう言って私はサクラっちから視線を逸らす。こうする事でサクラっちが思いっきり照れる事が出来るだろうと考えたからで、サクラっちは私の思惑通り思いっきり照れている様子でした。




他の人も頑張らないと……


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桜才部活動調査

怪しいのはあそこだ……


 最近部費を不当に請求している部活がある、という噂を耳にした。我が校の部活動でそんなことがあるとは思いたくないが、噂が流れている以上調べなければならない。

 

「――というわけで、本日は部費が適切に使われているか調査するため、各部に領収書を提出してもらおうと思う」

 

「疑わしいのは新聞部の畑さんですが、あの人自分で稼いだ分も部費に組み込んでいるようなので、今度の予算会議で新聞部の分の部費は削ってもよさそうですね」

 

「その辺りはこの調査が終わったら萩村と話し合ってくれ」

 

「そうですね。スズは会計ですし、俺と二人で再分配の話し合いは必要でしょう」

 

 

 タカトシと萩村の二人きりで話し合いをさせるのは、私たちが卒業した後の生徒会の事を考えれば当然なのだが、なんだか気に入らないと思ってしまうのもまた、仕方がない事なのだ。

 

「まずはコーラス部だな」

 

「はい。こちらが領収書になります」

 

 

 五十嵐が提出した領収書を精査し、問題ない事を確認する。

 

「コーラス部は問題なさそうだな」

 

「当然です。我が部はクリーンさが売りですからね!」

 

「あ、この領収書はNGですね。部活動以外の買い物ですし」

 

「あっ、それは個人的な領収書でした。何処に行ったのか探していたんですが、まさか部活の領収書の中に混じっていたとは」

 

「ということは、これは部費で落としたわけじゃないんだな?」

 

「当然です!」

 

「ならば良し!」

 

 

 コーラス部の領収書をまとめ、全員が問題なしと判断して領収書を返す。

 

「次はロボット研究部だな」

 

「ウチの領収書の殆どは部品代です」

 

 

 領収書を提出する轟は、何処か自信に満ち溢れている。この態度から察するに、部費の不正利用などしていないだろう。

 

「これがアクチェーター代で、そっちが電子デバイス代。ホイール代にセンサーボード、ACバッテリー――」

 

「横文字ばかりで分からん……」

 

 

 英語は得意だが、機械に疎い私は、それが本当にロボット研究に必要なのか分からないが、タカトシや萩村が口を挿まないのを見れば、必要な物なのだろうという事は分かる。

 

「――って! バイブ代とオ〇ホ代って何だ! どう考えてもロボットと関係ないだろ!」

 

「今回のロボットはふ〇なりベースなので」

 

「そっか。それならOKだ」

 

「「OKなわけないだろうが!」」

 

 

 私が納得したタイミングでタカトシと萩村のツッコミが入る。

 

「この領収書は認められませんので、部費は返還していただきます」

 

「津田君とスズちゃんがそう言うなら仕方ないね。後で返還しておきます」

 

 

 轟も素直に諦めてくれたので、これでロボット研究部も問題なし。

 

「次は柔道部だ」

 

「よろしくお願いします」

 

「この交通費や食事代って、遠征試合のもの?」

 

「うん!」

 

「ならOKだ」

 

「でも、三葉にしては飲食代が安い気が……」

 

「もー、タカトシ君ったら。大盛チャレンジで何時もクリアしてるだけ!」

 

「赤面するほど内容に可憐さは無いよ」

 

 

 その後も各部活に提出してもらった領収書を精査し、問題のある領収書に関しては返還請求をし、残るは新聞部だけになった。

 

「やっ!」

 

「今回この調査は新聞部の為に開いたと言っても過言ではないからな。早速領収書を提出してもらおう」

 

「いいですよ」

 

 

 やけにあっさりと提出した畑だったが、タカトシが疑わしい目を畑に向けている。もしかして何か隠しているのだろうか。

 

「このスパリゾート代は認められません」

 

「これって、この間私たちが行った場所よね?」

 

「えー、あれは取材の為だったんだから、正当な請求ですよ~」

 

「個人的ストーカーの間違いではありませんか?」

 

「……申し訳ございませんでした」

 

 

 タカトシが一睨みすると、畑はあっさりと非を認め部費の返還請求を受け入れた。

 

「その他諸々、精査の結果部費利用の正当性が認められないものが複数ありましたので、生徒会として返還請求をします」

 

「こんなにですか~? 何個かはちゃんと桜才新聞に掲載したものの取材ですし、部費として認めてくれても良いんじゃないですかね~?」

 

「トイレットペーパー代やカップラーメン代というのは、例のアパートでの張り込み取材の為ですよね? あれはまだ結果が出ていないので部費として認められません」

 

「では、結果が出て新聞に掲載出来れば、部費として認めてくださると?」

 

「それが捏造とかでは無ければですがね」

 

「分かりました。我々新聞部は例の河川敷のUMAの正体を追求します!」

 

 

 部費として認めさせるためだけに頑張るのは違うと思うが、新聞部全体にやる気が入ったのならそれはそれで良いのかもしれないな。

 

「――あっ、それから畑さん個人の帳簿も提出してもらいますので」

 

「な、何のことですか?」

 

「恍けても無駄です。桜才新聞を裏で販売しているのは知っています。本当に学園と新聞部に入れているのかどうかの調査も必要ですから」

 

「ちゃんと必要経費+α以外は入れてますよ」

 

「その+αが何なのか調査する必要があると思いますので」

 

「持ってくるの大変なので、津田副会長が部室に来ていただけますか?」

 

「提出していただけるのでしたら、それで構いません。では会長、俺は新聞部部室に行ってきます」

 

 

 我々はタカトシを見送り、調査が終わった打ち上げとしてお茶で乾杯して、タカトシを待つことにしたのだった。




裏帳簿は見たくないな……


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目標

何故生徒会室に貼った……


 生徒会室に入ると、何故か『禁酒』と書かれた紙が壁に貼られていた。

 

「あの、これは?」

 

「あぁ。さっき横島先生が来て貼っていったんだ。なんでも、お酒で失敗したからと」

 

「自分の部屋に貼ればいいだろうが……」

 

 

 タカトシのツッコミは最もだったので、私も隣で頷いてみせる。そもそも学校内でお酒を呑んだら、その時点であの人クビよね……

 

「まぁタカトシの言い分は最もだが、目標をこうして紙に書いて貼るというのは良いものだな」

 

「私たちもやってみる~?」

 

「そうだな……」

 

 

 何時もならすぐ喰いつきそうな会長が、何処か恥ずかしそうに考え込んだ。これはもしかして……

 

「会長、家の壁になにか貼ってるんじゃないですか?」

 

「そ、そんな事ないぞ! 別に何もやっていない!」

 

「そうやってムキになるの、怪しいですよ?」

 

「グヌヌ……」

 

「会長はですね――」

 

「また音もなく現れたな……」

 

 

 突如現れた畑さんに驚いた私たちを代表してタカトシがツッコミを入れてくれた。それにしても、何処から現れたのかしら……

 

「まぁまぁ。それで天草会長ですが、部屋の壁に1サイズ上のブラを――」

 

「何故お前がそれを知っている!?」

 

「ダイエットの逆ですか? 1サイズ下の服を買う事で、それを着ようと頑張れるとかいう」

 

「でも、シノちゃんの場合努力でどうにかなるものなのかな~? 豊胸だって言って、もう三年生だよ? 確か一年の時からずっと言ってるよね?」

 

「こ、これでも努力してるんだ! バストアップ体操をしてみたり、自分で揉んでみたり」

 

「あの、そういう話は俺がいないところでしてもらえますか? 別に気にしませんけど、シノ会長の方が恥ずかしいのでは」

 

「た、タカトシ!? そうだ、こいつがいたんだったな……」

 

 

 完全にタカトシの存在を失念していたようで、会長は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

「それじゃあ、私はこれで」

 

「どうするんだよ、この空気……」

 

 

 元凶である畑さんが逃げ出して、タカトシはそう呟くしか出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずシノちゃんが復帰したので、私たちも目標を書くことにした。

 

「アリア先輩はさすがにお上手ですね」

 

「一応書道も習い事の一つだからね」

 

「字が生きているようです」

 

 

 タカトシ君に褒められ、私はかなり浮かれてしまった。昔だったら下の口がびちゃびちゃになっちゃった、とか平気で言ってただろうけど、今はそんな事言えないよね。

 

「タカトシ君も上手だよね」

 

「俺のは特に上手くも無いと思いますが。普通に書いただけですし」

 

「こうしてみると、私が一番字が下手なのか?」

 

「会長のも十分お上手ですよ」

 

「だが、萩村も達筆だし、私だけごく普通の字じゃないか……」

 

「俺のだって普通の字ですよ? シノさんだけが特別変なわけじゃないですって」

 

 

 さすがタカトシ君。ここでシノちゃんの事を『会長』と呼ばないで『さん』付けで呼ぶことで、シノちゃんの機嫌の回復を狙うだなんて。これが計算じゃなくって天然だから、威力も倍増よね、きっと。

 

「タカトシにそういってもらえると自信になるな」

 

「ところで、この目標ってどこかに貼るんですか?」

 

「各自、自分の部屋にでも貼っておけばいいだろ」

 

「というかタカトシ。アンタまだ成績を上げようと思ってるの?」

 

「いや、実はこれは『コトミの』って書きたかったんだが……」

 

「なるほど……それじゃあそれはコトミの部屋に貼っておきなさいな」

 

 

 タカトシ君が書いた字は『成績UP』だ。もちろんタカトシ君自身も目標にしてるのだろうけども、確かにコトミちゃんの方がしっくりくるわね。

 

「それじゃあ、今日はこれで解散だ!」

 

「お疲れ様でした」

 

 

 シノちゃんの終了の挨拶に、私たちはすぐに反応出来なかったけど、タカトシ君だけはちゃんと返事をする。この辺りもさすがタカトシ君よね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰ってきた私は、机のところにタカ兄の書が貼られている事に気付き、急いでタカ兄のところへ向かった。

 

「ちょっとタカ兄! あれって何!?」

 

「あぁ。今日生徒会でちょっとな」

 

「何で私のところに貼るのさ~!」

 

「少しはプレッシャーになるかと思って」

 

「プレッシャーだよ! あんなの貼られちゃ常にタカ兄に監視されてるみたいじゃないか~」

 

 

 そんな状況じゃ、おちおちソロ活動も出来ない……いや、待てよ。常にタカ兄に見られているという事は、私のソロ活動をタカ兄に見せつけるチャンスなのでは?

 

「また馬鹿な事考えてるだろ。そんなだから成績が上がらないんだろ」

 

「ちゃんと勉強はしてるってば。今日だってほら!」

 

 

 私は、授業中にあった小テストをタカ兄に見せる。今日のは結構うまくいったので、それなりの点数なのだ。

 

「これに慢心しないで、しっかりと予習復習をして身につけなければ意味がないぞ」

 

「分かってるけど、たまにはご褒美とか欲しいかなって」

 

「七十点でご褒美なんて出せるか。せめて九十点にしろ」

 

「それは無理だって! 八十点で何とか……」

 

「まぁ取れてから交渉するんだな」

 

「タカ兄、厳しい……」

 

 

 バッサリと斬り捨てられ、私はそう呟くしか出来なかった……というか、私にとって七十点は快挙なんだけど、タカ兄にとってはダメダメな点数なんだろうな……




タカトシも達筆そうだし……


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美味しい思い

直にしてる人がいますが……


 衣替えシーズンという事で、風紀委員主体で我々生徒会役員も校門で服装チェックを行う事になった。

 

「ほらそこ! ちゃんとシャツは中にしまいなさい」

 

「ご、ゴメンなさい」

 

「まったく、衣替え関係なく注意しなければいけない生徒が多いな」

 

「その為の服装チェックですから」

 

「おう、五十嵐。ん? タカトシと萩村は何処に行った?」

 

「先ほど横島先生に呼ばれて、何処かに行きましたけど」

 

「そうか」

 

 

 横島先生の頼み事ということは、恐らくろくでもない事なんだろうが、決めつけるのも良くないか……

 

「人数が減ったが、しっかりと服装チェックは行うぞ」

 

「当然です。ここで問題ありと判断された生徒は、風紀委員会が管理しているリストに載せる事になります」

 

「問題児リスト、ということか?」

 

「そう判断していただいて構いません」

 

「我々には縁がないものだな」

 

「そうですね。最近は下ネタ発言も減ってきていますので、会長と七条さんはリストから外れています」

 

「何っ!? ということは、以前はリストに載っていたという事なのか?」

 

「えぇ」

 

 

 知らなくても良かったことを知り、私は少しモチベーションが下がった。だが現在は載っていないという事は、それだけ自制が出来ているという事だろうな。

 

「さて、そろそろ校門を閉める時間だが……コトミの姿を見てないな」

 

「また遅刻ですか……津田さんは反省していないのでしょうか」

 

「タカトシが怒ってるはずだし、最近はカナも注意しているはずだが」

 

 

 それでも改善されないのは、アイツが何とかしなければと思っていないからだろうな……タカトシやカナがいくら怒ったところで、コトミ自身が変わろうとしなければ変わらないだろう。

 

「時間だね」

 

「そうだな」

 

 

 アリアが腕時計を見ながら、門を閉める時間だと伝えてくれたので、私はゆっくりと門を閉めた。そうして五分後に向こうから走ってくる女子生徒の姿が見えた。

 

「せ、セーフ?」

 

「誰がどう見てもアウトだ」

 

「あれ? タカ兄がいると思ったんですが、今日は会長とアリア先輩とカエデ先輩の三人だけなんですか?」

 

「タカトシ君とスズちゃんは横島先生のお手伝いだね」

 

「津田さん! 先月から数えてこれで十五回目の遅刻ですよ」

 

「まだHRの時間じゃないですし、遅刻扱いは勘弁してください」

 

「駄目だな。職員室に行って遅刻届を貰ってくるように」

 

「そんな~」

 

 

 コトミに無慈悲なる宣言をして、私たちも教室に向かう事にした。ちなみに今日私たちがチェックした中で、遅刻扱いはコトミだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝横島先生から言われたのは、最近生徒会室の中と周辺が汚れているから、一度本気で掃除してほしいということだ。実際スズと二人でチェックしに行ったら、確かに汚れが目立っていたので、放課後は生徒会役員で掃除をする事になったのだ。

 

「――コトミがホント迷惑をかけてしまって、申し訳ございません」

 

「タカトシが悪いわけじゃないだろ。注意しても変わろうとしないコトミが悪いな、ここまでくると」

 

 

 掃除の前に愚妹の遅刻を謝ってから、俺は廊下を集中的に掃除する事になった。

 

「お兄ちゃんも大変ね」

 

「見限っても良いんだけど、それをしたら完全にダメ人間になりそうだし……世間様に迷惑をかけないようにするためにも、もう少し面倒を見なければいけないと思ってる」

 

「ホント、ご苦労様……」

 

「身内の恥を晒すのは避けたいからね」

 

 

 アイツの事だから、ホイホイと騙されて警察のご厄介になるようなことをしでかすかもしれないし、そんなことされるのなら、俺が我慢してしっかりとさせるよう努力した方が何十倍もマシだからな……

 

『タカトシ。悪いがドアの廊下側のガラスを拭いてくれないか?』

 

「構いませんが、何でこんなに汚れてるんですか?」

 

 

 こんな所、誰も触らないと思うんだが……

 

『そういえばこの間、横島先生が窓ガラスに胸を押し付けた時のエロスを表現するとかいって胸を押し当ててたけど、もしかして直あてだったのかな?』

 

「あの人は……」

 

 

 念入りに拭いておいた方がよさそうだと、ガラス越しにアイコンタクトでシノ会長と認識を共有し、俺と会長は必死に窓ガラスを拭き続ける。

 

「あっ、ゴメン」

 

『あっ、ゴメンね』

 

 

 窓ガラスを拭くのに集中していた所為か、スズが俺の背中に、アリア先輩がシノ会長の背中にぶつかり、二人揃ってバランスを崩してガラス越しにキスをしてしまった。

 

「これは問題ですね」

 

「私たちも悪かったけど、これは問題にするべきだよ」

 

「ちょっとまて! ガラス越しだ! 本当にしたわけじゃないぞ! というか、実際にタカトシとキスしているアリアに私を責める権利はないだろ!」

 

「というか、スズ。なんであんなに勢いよくぶつかってきたんだ?」

 

 

 普段にスズの勢いならあそこまでバランスを崩す事は無かったと思うんだがな……何か急いでいたんだろうか?

 

「虫がいて、ちょっと焦ってたのよ……」

 

「言ってくれれば処理したのに」

 

「素直にタカトシを頼ればよかったって、今は思ってるわよ」

 

「とにかく! ガラス越しだからノーカウントだ! この話題はこれで終わり! さぁ、掃除を続けるぞ!」

 

 

 強引に話を終わらせたシノ会長は、掃除中どことなく嬉しそうに感じられたが、スズもアリアさんも気にした様子はなかった。




ガラス越しなのでノーカウントで


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飛ばされたスカート

大変だな……


 水泳の後直接生徒会室にやってきた私は、とりあえず着替えようとハーフパンツを脱いでスカートに履き替えようとして――

 

「おや?」

 

 

――鍵をかけ忘れたことに気が付いた。

 

「萩村、着替えていたのか」

 

「えぇ、水泳の後野暮用がありまして、ここで着替えさせてもらってます」

 

「でも何で鍵をかけなかったの? もしかしてタカトシ君に着替えをのぞかせて、責任を取らせるつもりだったの?」

 

「そんな意図は一ミクロンも存在しない」

 

 

 そもそもタカトシなら、生徒会室の中の気配を感じ取って、私が何をしているかくらいわかりそうなものだし。

 

「そういう事なら仕方ないが、ちゃんと窓を閉めておいた方が良いと思うぞ?」

 

「窓を閉めたくないなら、せめてカーテンを閉めておいた方が良いよ~」

 

「どうしてですか? この部屋は地形的に外から覗かれる心配は必要無いと思うのですが」

 

「えっとね、この部屋は――」

 

 

 七条先輩が理由を説明しようとした瞬間、突風が襲ってきた。

 

「――極偶に強い風が吹いて、部屋の中の物を攫って言っちゃうの」

 

「ぬぁっ!? スカートが」

 

「遅かったみたいだな……」

 

 

 既に私のスカートは風に攫われ、手を伸ばしても届かない位置まで飛ばされて行ってしまった。

 

「仕方がない、私たちが探してくるとするか」

 

「さすがにスズちゃんがパンツ丸出しで探し回るのは問題だしね~」

 

「面目ないです……」

 

 

 会長と七条先輩がスカートを探しに行ってくれている間に、私は窓を閉めてる。

 

「まったく、エライ目に遭ったわね……」

 

「あれ? 会長とアリア先輩は?」

 

「あ……」

 

 

 窓を閉めたからといって、扉の鍵を閉めなかったら意味ないじゃん……タカトシ以外にも来客があるかもしれなかったんだし、窓より先に扉でしょうが……

 

「どうかしたの?」

 

「い、いや……何でもない」

 

「そう? 何だか冷や汗をかいてる様子だから、何か都合が悪いのかと思ったけど」

 

「(さすが、こういうところは鋭い!)」

 

 

 恋愛方面では鈍感を装っているタカトシだが、普段から鋭い観察眼で物事を見抜いているのだから、私が今ここにいてほしくない気持ちも分かっているのだろう。

 

「ちょっと熱いな……何で窓を閉めてるの?」

 

「うぇ? と、特に意味はないわ……よ?」

 

「……ちょっと購買に行ってくる。何かいる?」

 

「だ、大丈夫。牛乳があるから」

 

「そう。それじゃあ、会長たちが来たらよろしく言っておいて」

 

「えぇ。ありがとう」

 

「どういたしまして、でいいのかな? 今度からは気をつけなよ。鍵は合鍵で閉めておくから」

 

「っ!?」

 

 

 どうやらお見通しだったようで、タカトシは静かに生徒会室から出ていき、外から鍵をかけた。本来なら会長が持っている一本だけだったのだが、紛失騒動の際にタカトシが合鍵を所持する事になったのだ。ちなみに、職員室にも予備の鍵を用意してあるので、二人が休んでも私のように鍵を借りてきて開ける事が出来るのだ。

 

『萩村、見つかったぞ……? あぁ、鍵がかかっているのか』

 

 

 タカトシが出ていって数分後、会長と七条先輩がスカートを見つけてくれたようで、生徒会室に戻ってきた。私は中から鍵を開けるべきか悩んだが、会長が自分の鍵を使って中に入ってきた。

 

「ほら」

 

「ありがとうございます」

 

「あれ? タカトシ君がまだ来てないなんて珍しいね」

 

「あぁ、それなら――」

 

 

 スカートを穿いた私が説明を始めようとしたタイミングで、タカトシが人数分のお茶を持って生徒会室に戻ってきた。

 

「遅れました」

 

「珍しいな、タカトシが遅刻だなんて」

 

「何やら事情がありそうだったので、購買に寄ってお茶を買ってました」

 

「ゴメンなさい……」

 

「萩村が言ったのか? 風でスカートが――」

 

「わー! と、とにかく全員集まったので、作業を始めましょう」

 

「な、なんだいったい……」

 

 

 会長が余計な事を言い出しそうだったので、私は強引にその話題を終わらせて作業に没頭する事にした。

 

「というか、熱いぞこの部屋……」

 

「あっ、さっき窓閉めたままですので」

 

「そういう事か……まだエアコンに頼る時期じゃないし、窓を開けるか」

 

「大丈夫? また何か攫われ――」

 

「わー! わー! わー!」

 

「スズ、さっきから五月蠅い」

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

 

 恐らくタカトシには私のスカートが風に攫われた事はバレているのだろうけども、直接口にするのはちょっと恥ずかしいし、異性のタカトシの前でスカートの話をされるのも恥ずかしいので、大声を出して誤魔化していたんだけど、タカトシに怒られてしまった……

 

「とりあえず、物が飛ばされない程度に窓を開ければいいんだろ? 萩村もそれでいいな?」

 

「はい……それで構いません」

 

「といっても、今日はそれほど事案も発生してませんし、処理すべき書類もこれだけですけどね」

 

「楽が出来るのは良い事だな」

 

「やっ!」

 

「畑さん? 何か用事ですか?」

 

「これ。萩村さんの飛ばされたスカートを追いかける天草会長と七条さんのパンチラ写真。いくらで買ってくれます?」

 

「アンタの所為でいろいろ台無しじゃないかー!」

 

 

 結局書類の処理をタカトシに任せ、私たち三人は畑さんを説教するために生徒会室を後にするのだった……というか、この人の存在を忘れてた……




やっぱり畑さんはダメだな……


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交流会 副会長たち編

これって交流会なのか?


 久しぶりの学園交流会という事で、我々は英稜高校にやってきた。

 

「――で、何でコトミがいるんだ?」

 

「ムツミ先輩に柔道部の偵察を頼まれました」

 

「偵察? そういえば今度大会で当たるんだったな」

 

 

 三葉たちも十分に強いが、英稜の柔道部も侮れないと聞いたことがある。柔道部員たちには練習してもらった方が良いし、コトミに偵察を頼むのは正しい選択だったな。

 

「偵察は分かったが、何でコトミは英稜の制服を着てるんだ?」

 

「お義姉ちゃんに相談したら貸してくれました」

 

「……何してるんだよ」

 

「えっ、ダメだった?」

 

「偵察されていると分かっていれば、本気を見せないかもしれないだろうが」

 

「あっ!」

 

 

 タカトシに指摘され漸く気づいたのか、コトミは大声を上げて頭を掻いた。

 

「お義姉ちゃん、やけにあっさり制服を貸してくれたと思ったら、そういう思惑があったのか」

 

「くっくっく……今更気づいたのか」

 

「くっ、今回は……私の負けだ!」

 

「君たちは何をしてるのかな?」

 

 

 突如現れたカナと二人で厨二ごっこを始めたコトミに、タカトシが呆れながらツッコミを入れる。

 

「こんにちはタカ君。そしてその他大勢」

 

「おい!」

 

「冗談ですよ。シノっちはからかい甲斐がありますね」

 

「まぁ冗談ならいいが……」

 

 

 そもそも生徒会長は私なのだから、どう考えても私が中心だろうが。

 

「そもそも今日偵察が来ることは、私以外知りませんので、思う存分偵察してください」

 

「それで良いのか?」

 

「まぁ、やりすぎないように私が監視しますので、ご心配なく」

 

「では、私たちもコトミに付き合うとするか」

 

「交流会は良いのかよ……」

 

「副会長同士でやっておいてください」

 

「………」

 

 

 タカトシが頭を抑えながら萩村になにか耳打ちする。恐らく行き過ぎた時のストッパーを任せたのだろうが、最近の私たちはだいぶ大人しいと思うんだがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義姉さんに生徒会室の鍵を借り、俺は英稜高校生徒会室を訪れた。

 

「お邪魔します」

 

「あれ? タカトシさん一人ですか? 会長が出迎えに行ったはずですが」

 

「あぁ……義姉さんならコトミの偵察に付き合うと言って、ウチの会長たちと一緒に柔道部に行きました」

 

「何で桜才の偵察に会長が?」

 

「単純に楽しそうだからかと……」

 

 

 出迎えてくれたサクラさんに愚痴をこぼすような形になっているが、どうやらサクラさんも呆れてくれたようだ。

 

「ウチの会長もですが、そちらの会長もなかなかですよね……」

 

「まぁ、昔はもっとぶっ飛んでいたので、最近はまともになってきたと言えなくもないですが、相変わらずな部分はやっぱありますよね……」

 

「とりあえず、お茶でも飲んで落ち着いてください」

 

 

 サクラさんが淹れてくれたお茶を啜り、とりあえず一息つくことにした。

 

「それで、会長たちが柔道部に行ってしまったということは、交流会はどうなるんでしょうか?」

 

「俺とサクラさんに丸投げされました……『副会長同士で上手いことやっておいてくれ』だそうです」

 

「はぁ……」

 

 

 どうやらサクラさんも呆れて言葉が出ないようだった……まぁ、俺も似たような感想だし、サクラさんが呆れてしまっても仕方ないか……

 

「そもそも、会長は何で偵察を黙認してるんでしょうか?」

 

「さぁ……コトミが相談して英稜の制服を貸すくらいですから、何か考えがあるのでしょうが……」

 

「コトミさんに? そういえばさっき、見たこと無いツインテールの女子生徒がいるという噂を聞いた気がします」

 

「十中八九コトミですね、その特徴は……」

 

「男子たちが噂してたみたいですし、声をかけられてるかもしれませんよ?」

 

「それがどうかしました?」

 

 

 まぁ、不審者として声をかけられるのなら問題だが、普通に声をかけられるくらいあるだろうな。実際、俺もさっき生徒会室に来るまでに何人かに声をかけられたし。

 

「お兄ちゃんとしては心配じゃないんですか? 妹さんが付き合うかもしれないって?」

 

「あの問題児を貰ってくれるのなら、喜んで贈りだしますよ。何なら熨斗でもつけて」

 

「……まぁ、コトミさんの本性を知っている身としては、タカトシさんの気持ちは痛いほどわかりますけど、それでいいんですか?」

 

「そうですね……相手に悪いかもとは思いますが」

 

 

 あんな妹を押し付けて申し訳ないと思うかもしれないな……家事無能でおバカな女を受け止めてくれるだけの器量があればいいんだが……

 

「普通は妹に彼氏が出来るかもって思うと焦るのでは?」

 

「どうなんでしょうね……まぁ、彼女もいない兄が何を言ってもやっかみと思われるかもしれませんが」

 

「タカトシさんなら、すぐに彼女を作れるんじゃないですか?」

 

「どうでしょうね……意外とシビアですから、付き合ってもすぐにフラれそうですし」

 

 

 そもそもコトミの世話から解放されない限りは、彼女と何処かに出かけるなんて余裕は無いだろうし、そうなると「つまらない」とか言われてフラれそうだしな……

 

「何だか彼女を作らない理由が、他の高校生とは違い過ぎますよね、タカトシさんは……」

 

「まぁ、保護者代わりですから、とりあえずはコトミがしっかり自立するまでは無理ですね」

 

 

 そんなことを話しながら、これでいいのだろうかという疑問が頭をよぎった。これじゃあ交流会というよりバイト後のお喋りと大差ないんじゃないだろうか……




保護者が板につき過ぎてる……


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交流会 偵察組

今年最後の投稿です


 サクラっちとタカ君が二人きりというのも気になりますが、コトミちゃんがノリノリで偵察する姿も捨てがたかったので、私はこっちに参加したのです。

 

「というか、こうも簡単に偵察させて良いのか?」

 

「問題ありません。我が柔道部は強いですから、これくらいは良いハンディです」

 

「何だか気に食わない言い方だが、負けた時の言い訳が欲しいだけじゃないのか? ウチの柔道部だってかなり強いんだからな」

 

「会長、魚見さん、五月蠅いですよ」

 

 

 なんだかんだ言って、一番偵察にノリノリなのはスズポンだったりするんですよね……

 

「というかこのカメラ、ちゃんと撮れてるんですかね……」

 

「あんた、使い方知らないの?」

 

「昨日タカ兄に使い方は習ったんですけど、再生の仕方がイマイチ分からないんですよ……試し撮りでもしてみましょうか。アリア先輩、セクシーポーズお願いします」

 

「えぇ? いきなり言われても困るんだけどなぁ……」

 

 

 アリアっちに無茶ぶりをするコトミちゃんに、私は微笑ましさを感じていた。タカ君がいないからやりたい放題で楽しいんでしょうね。

 

「えっと、こんな感じ?」

 

「……どこからパンツ出したんですか?」

 

「出島さんが、夏は汗をかくから替えのパンツが必要だって言ってくれて」

 

「またあの人か! というか、それはセクシーポーズじゃないっ!」

 

 

 アリアっちは替えのパンツを取り出してパンツあや取りをしてみてた。コトミちゃんがカメラをあちこち操作して、その動画を再生する。

 

「この角度だと、アリア先輩が脱いだパンツを取り出したようにも見えますね~」

 

「どれですか? ……これは、同性の私が見ても興奮する映像ですね」

 

「せっかくですから、畑先輩にこの動画を提供して、お小遣いを稼いでみたり?」

 

「どうでしょう……タカ君にバレて怒られるのがオチだと思いますが」

 

「ありえそうですね……タカ兄は何処から情報を仕入れているんだってくらい情報通ですからね」

 

 

 というか、この動画をタカ君に見せるのはちょっと抵抗がありますしね……もしみたいと言うなら、私がタカ君の目の前でパンツを脱いで見せてあげますし。

 

「というかコトミ、ちゃんと録画出来てるなら偵察に戻りなさいよね」

 

「あっ、そうでしたね。ついつい素人エロ動画投稿サイトにUPしようとか考えていました」

 

「それは困るな~。不特定多数の男の人のオカズになるつもりは無いよ~」

 

「そこが問題なのか?」

 

「だってそんな事になったらウチの会社の信用問題に発展しちゃうし」

 

「そうなったらコトミが賠償金を払う事になるんだろうな」

 

「うぇっ!? そんなお金ありませんよ?」

 

 

 もしもの話で盛り上がっている間にも、柔道部は着々と稽古を続けている。というか、ここまで騒がしくしていても気づかないなんて、ちょっと鈍感なのではと心配になりますね……

 

「それじゃあタカトシ君を婿入りさせて、損失分以上稼いでもらうしかないね~」

 

「というか、まだ投稿してないですからね!?」

 

「ていうか、ちゃんと偵察の役目を果たしなさいよね」

 

「おっと、そうでしたね」

 

 

 スズポンのツッコミで漸く本来の目的を思い出したのか、コトミちゃんは練習風景をカメラに収め始める。

 

「コトミの監視の名目で残ったが、これだったら普通に交流会を開いてた方がマシだったな……」

 

「何だかどっと疲れたね~」

 

「まぁ、交流会は真面目な副会長たちがしっかりとしてくれてますから、何時も私たちは遊んでるんですけどね」

 

「違いないな」

 

 

 真面目にならなくてはと思うのですが、どうしてもシノっちやアリアっちと一緒にいると遊びたくなるんですよね……

 

「素朴な疑問なんだが、偵察したところでどうするんだ? 相手の動きを研究するといっても、本番でこの動きをしてくるとは限らないわけだし」

 

「癖とかを見つけるんじゃないかな~? それか、こういう動きがあるからどうやって対策するかとかを話し合うとか」

 

「まぁ結局は参考資料ですからね」

 

 

 偵察はコトミちゃんとスズポンの二人に任せて、私たちは談笑を始める。

 

「まぁ資料は多いに越したことはないし、使い道があるから動画を撮っているんだろうしな」

 

「それにしてもアリアっち、さっきのパンツ動画は破壊力抜群でしたね」

 

「そうかな~? カナちゃんにそういわれると何だか照れるよ~」

 

「たぶんですが、タカ君にも効果あると思いますよ」

 

「そうか? アイツはアリアの下着なんて見慣れてると思うぞ?」

 

「まぁ、それだけお泊りしてるわけですしね」

 

 

 最初の方は恥ずかしいからという理由で洗濯は私たちの誰かがしていたのですが、最近ではタカ君がした方が早いという事で結局まかせっきりですし……

 

「未だに気にするのは森や五十嵐くらいだろ。八月一日も申し訳なさそうにはしているが、結局はタカトシに任せているわけだし」

 

「サクラっちは下着なんて気にならないくらいの事をしてるのに、気にし過ぎですよね」

 

「まぁ、公衆の面前でキスしてるしね」

 

「そういえばシノちゃん、この間のガラス越しのキスはどんな感じだったの?」

 

「何ですかそれ? お義姉ちゃん聞いてませんよ?」

 

「い、いう程の事じゃないしな! というか、お前は私の義姉じゃないだろうが」

 

 

 ちょっと違うけど、これはこれで交流会として成立してるのでしょうかね。




来年もよろしくお願いします


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集中力を高めるには

あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いいたします。


 コトミの試験勉強を見ていたのだが、どうにも集中力が続いていない気がする。ゲームやら遊びやらなら何時間でも集中出来ているというのに……

 

「はぁ……」

 

「どうかしたのか?」

 

「タカトシ君が生徒会室でため息なんて最近無かったんじゃない?」

 

「先ほどコトミの件で職員室に呼ばれまして……今度の試験で平均以下ならいろいろとマズいそうです」

 

「それでため息か?」

 

「それもありますが、アイツに勉強を教えても集中力が続いていないんですよね……何かいい方法ありませんかね」

 

 

 こっちの集中力は問題ないのだが、コトミの集中力を上げる方法が良く分からない……というか、自分の事じゃないのに、何で俺はここまで追い込まれているんだ?

 

「スポーツなどをすると集中力が高まると聞いたことがあるぞ」

 

「最近ではパターゴルフなどがブームですよね」

 

「パターゴルフか……でもスズ、ここら辺にパターゴルフが出来る場所なんてあったっけ?」

 

 

 時間的にも遠出をしなければいけない場所はなるべく避けたい。それくらいコトミの成績はヤバいらしいのだ。

 

「パターゴルフ場は無いけど、ウチのゴルフ場を使えば大丈夫だと思うけど」

 

「いや、本家を代理にしちゃマズいんじゃないですか?」

 

「そうかな? じゃあ試しにタカトシ君がやってみて、問題なさそうならコトミちゃんにもやってもらうっていうのはどうかな?」

 

「いや、俺がマズいと言ったのは――」

 

「よし! それじゃあ今週末はアリアの家でパターゴルフ大会だ!」

 

「えっ、私たちもやるんですか?」

 

「当然だろ!」

 

 

 何で俺の周りは人の話を聞かない人が多いんだろうか……というか、会長たちは集中力に問題はないんじゃないだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はタカトシ君たちと一緒にパターゴルフをやるために七条家が保有するゴルフ場にやってきています。案内人として出島さんに帯同してもらい、やり方などのレクチャーを受けて、漸くパターゴルフ大会が開始されるらしいんだけど、タカトシ君が頭を押さえているのは何でだろう……

 

「距離的には問題ないでしょ?」

 

「問題ないけどさ……俺が今抱えている問題は、俺たちがやったところでコトミの集中力に一切関係ないって事なんだけど」

 

「あっ……」

 

 

 タカトシ君が言ったように、これはコトミちゃんの集中力問題からきているものなので、私たちがやってもあんまり意味は無かったんだっけ……

 

「まぁ今は細かいことは気にするな!」

 

「俺にとっては細かくないんですが……妹が退学になるかどうかの瀬戸際ですし」

 

「そこまで酷いの?」

 

「残念ながら……」

 

 

 タカトシ君が疲れ切ったサラリーマンの如く深いため息を吐く。

 

「あれ? そういえば出島さんは?」

 

「さっき何処かに行っちゃいましたが――」

 

「タカトシ様。コトミ様をお連れしました」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「何で私はここに連れてこられたの?」

 

「コトミの集中力を高めるため、今日はパターゴルフで集中力を鍛えてもらう」

 

「私、それなりに集中力ありますよ? ゲームを一晩中やっても集中力乱れませんし」

 

「勉強に向ける集中力よ。アンタの所為で、タカトシが疲れ切った中年サラリーマンのような雰囲気を醸し出しているんだから」

 

 

 何か反論しかけたタカトシ君だったけど、言っても意味がないと思ったのかもう一度ため息を吐くだけに留めたようだ。

 

「とにかく、コトミが退学になるのは私たちも寂しいからな! きっちり鍛えて勉強に集中してもらう」

 

「退学って何ですか?」

 

「なんだ、聞いていないのか?」

 

「まぁ、言ったところで焦らないでしょうし、無駄な事に頭を悩ませるのなら勉強してもらった方が良かったですしね」

 

「えっ? 私の成績ってそこまでヤバいの?」

 

「遅刻の回数、授業中の居眠り、宿題未提出などなど、様々な要因が重なって退学か否かの瀬戸際まで追い込まれてるんだ。少しは危機感を覚えなかったのか?」

 

「だって、タカ兄が何とかしてくれると思ってたから」

 

「とにかく! 今日集中するコツを掴んで、明日から試験に向けて猛勉強してもらう! 何なら我々が津田家に泊まり込みでコトミの面倒を見てもいいぞ! タカトシはいろいろとあるだろうし」

 

 

 シノちゃんの言葉に、私とスズちゃんも力強く頷く。タカトシ君の為にも、コトミちゃんにはちゃんとしてもらった方が良いし、何よりこれ以上タカトシ君がやつれるのを見ていられないものね。

 

「わ、分かりました! 今日はしっかりとパターゴルフで集中力を高め、明日から頑張ります!」

 

「本当なら今日から頑張ってほしいんだが……まぁ、後は義姉さんなんかも手伝ってくれるでしょうし、皆さんの食事などは俺が用意しますから、コトミの事をよろしくお願いします」

 

 

 タカトシ君が深々と頭を下げると、コトミちゃんが慌てたように頭を下げる。恐らくタカトシ君が頭を下げる必要はないと気づいたんだろうな。

 

「よし! 暗い事は一旦忘れて、今はパターゴルフを楽しもうじゃないか!」

 

「そ、そうだね! タカトシ君もほら!」

 

「はい……ほんとすみません……」

 

 

 何だか可哀想なくらいタカトシ君が追い込まれてる気が……これはなんとしてもコトミちゃんにはしっかりしてもらわないと!




コトミの事で追い込まれるタカトシ……


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突然の雨

変態が増えた……


 集中力向上の為にパターゴルフをしていたのだが、急に雨が降ってきて中断しなければいけなくなってしまった。

 

「雷まで鳴ってるな。諸君、金属製のものを手放すんだ」

 

 

 シノ会長の指示で、私たちはパターを置いて屋根のある場所まで非難する事にしたのだが、出島さんが何かもぞもぞやってるのが気になった。

 

「出島さん、なにをしてるんですか?」

 

「いえ、金属製品を手放す為にブラジャーを――」

 

「それは余裕でセーフですので、出島さんもさっさと屋根のある場所に移動してください」

 

 

 スズ先輩のツッコミで諦めたのか、出島さんも大人しく屋根のある場所まで移動し、一緒に雨宿りをする事になった。

 

「雷は高いところに落ちるので、それを考えて避難すれば問題ありません。ましてやこの辺りには避雷針もありますので、雨さえ止めば再開する事が可能です」

 

「さすが七条グループが保有するゴルフ場だな……安全対策も万全という事ですか」

 

「お嬢様に万が一の事があったら、私は生きていけませんので」

 

「大袈裟だよ~」

 

 

 主従の微笑ましいやり取りを見ながら、私は心がほっこりした。そんな時スズ先輩がもじもじしてるのが目に入った。

 

「どうかしたんですか、スズ先輩? もしかして雷が怖くてお漏らししちゃったんですか?」

 

「違うわ! っ!? し、七条先輩、トイレってどこにありますか?」

 

「この近くには無いかな……」

 

「そ、そうですか……」

 

 

 なるほど、お漏らしじゃなくて我慢してたのか……

 

「スズ先輩、大、中、小のどれですか?」

 

「中?」

 

「中に入れたものを出すという意味ですよ」

 

「そんな当然の知識のような顔で言われても……」

 

「スズ先輩でも知らないことがあったんですね」

 

 

 何故か誇らしげな気分になったけど、スズ先輩は別に口惜しがってないんだよね……スズ先輩が知らないことを私が知っていたというのに何でだろう?

 

「まぁすぐ止むだろ。気を紛らわせるために世間話でもしようじゃないか」

 

「そうですね」

 

 

 シノ会長の提案で、私たちは世間話に花を咲かせることにした。

 

「最近暑くなってきましたよね~」

 

「そうだな。夏本番が近づいている証拠だ」

 

「夏といえば熱中症対策をしっかりしないといけませんね。特に熱中症は雨上がりになりやすいと言われています。湿度が上がりより暑く感じるからです」

 

「なるほど。ではしっかりと対策しなければいけないな」

 

 

 そう言ってシノ会長がジュースを取り出し私たちに配る。スズ先輩と私はそれを受け取り、しっかりと飲み干した。

 

「って! もうパンパンだよ!」

 

「何で飲んだんですか?」

 

 

 おしっこを我慢してるのは分かってるんだから、受け取っても飲まなければ良かったのに……

 

「もうそこらへんでしてきちゃえば? 我慢してたら身体に悪いよ?」

 

「なっ!? 聞かれてた……くそぅ! 覚えてろよ!」

 

 

 

 タカ兄に聞かれていたのが恥ずかしかったのか、スズ先輩は近くの茂みに逃げ込んでしゃがみ込んだ。恐らくあのあたりで放尿するのだろう。

 

「いい、タカトシ! 目と耳を塞ぐのよ!」

 

「もうタカ兄は塞いでますよ~」

 

「えぇ。タカトシ様は完全に視覚と聴覚を塞いでおります」

 

 

 出島さんと私は、顔を見合わせて頷き、大きく息を吸う。

 

「嗅覚も閉じろ!」

 

「別に深呼吸してるだけですよ~。スズ先輩は自意識過剰ですね~」

 

「まったくです。私たちはただ深呼吸をしているだけです。万が一ロリっ子の尿の臭いを嗅いでも、それはたまたまであって私たちに悪気はありません」

 

「ありまくるだろうが!」

 

 

 私たちがスズ先輩をからかって遊んでいると、背後から無言でタカ兄がオーラをぶつけてきた。恐らく私たちが遊んでるという事を心の目で見抜いたんだろうな……さすがはタカ兄だ。

 

「萩村、出島さんとコトミは大人しくなったから、思う存分出すがいい!」

 

「いや、そういわれるとやり難いんですが……」

 

「大丈夫だよ、スズちゃん。タカトシ君が言ってたように、我慢して溜め込む方が身体に悪いんだから、気にせず出しちゃえば」

 

「分かってはいるんですが……」

 

 

 むぅ……何か話してるのは分かるんだけど、シノ会長とアリア先輩に嗅覚と一緒に聴覚も塞がれちゃったから何を言ってるのかが分からない……これがタカ兄なら読唇術で分かるんだろうけども、生憎私は修得してないから分からない……こんなことなら修得しておけば良かった。

 

「お、終わりました……あの、紙ってありませんか?」

 

「ティッシュで良いならあるぞ」

 

「ありがとうございます……ふぅ、もういいですよ」

 

「あっ、聞こえるし嗅げる」

 

 

 シノ会長に解放されたので、私は嗅覚と聴覚の素晴らしさを体感した。どうやら出島さんも同じようで、私と一緒にもう一度深呼吸をしたのだった。

 

「おっ、晴れてきたな」

 

「これなら再開できそうですね」

 

「あぁそうだな! これだけ晴れれば――」

 

 

 そう言ってシノ会長はグリーンの方に走っていき、力強く宣言した。

 

「お昼にバーベキューが出来るな!」

 

「あれ。そっちなの……?」

 

「もちろん、お昼が終わればゴルフを再開するぞ?」

 

 

 何やら怪しげな感じだったけど、タカ兄は追及する事はしなかった。こうして私たちはバーベキューを楽しんだ後、パターゴルフを再開したのだった。




コトミはダメだな……


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普通の高校生

コトミやトッキーが普通かはおいておきます……


 いよいよ期末試験も近づいてきたという事で、私とトッキーは諸先輩方に囲まれながら勉強していた。今回平均以下だと、一学期だというのに進級が危ういと言われているので、さすがの私もいつも以上に真剣な面持ちで勉強に勤しんでいるのだが、気持ちだけでどうにかなるのなら、このような状況になっていないのだ。

 

「シノ会長、ここってどうやって解くんですか?」

 

「これはさっきの問題の応用で、考え方はさっきの問題と変わらないんだが」

 

「それじゃあ……こうですか?」

 

「いや、そっちじゃなくてこっちを先に解く事で、よりスムーズに答えにたどり着ける」

 

「トッキーさん、そこはその公式ではなくこっちの公式を使います」

 

「す、すみませんっす」

 

 

 私は今シノ会長に、トッキーはお義姉ちゃんに付きっ切りで数学を教えてもらっている。他の先輩たちは自分の試験勉強に勤しんでいるのだが、誰一人苦労している様子はない。

 

「よし、そろそろ休憩にしよう。あまりぶっ続けでやっても頭に入らないだろうからな」

 

「そうですね。既に一時間半は勉強してますし、コトミちゃんたちはそろそろ限界のようですし」

 

「はへぇ~……」

 

 

 口から何か出そうなくらいヘロヘロになっている私とトッキーだが、会長たちはまったくもってピンピンしているのだ。教える側と教わる側の差はあるとはいえ、二人も集中してたはずだからそれなりに疲れてると思うんだけどな……

 

「あれ? そういえばタカ兄は何処に行ったんですか?」

 

「タカ君なら昼食の買い出しに出かけたよ? スズポンと一緒に」

 

「スズ先輩で戦力になるんですかね?」

 

「私たちもそう思ったが、試験勉強を焦ってする必要がない二人だからな。前日に復習すれば何とかなると言われたら、私たちが介入する余地がないし」

 

「会長たちだって、その程度の勉強で何とかなるんじゃないんですか?」

 

「私たちはタカ君とスズポンのように、全問正解なんて出来ませんから」

 

 

 そうなのだ。タカ兄とスズ先輩は、前日にノートを見直したりするだけで全教科満点という驚異的な結果を叩き出すのだ。会長たちも私のような凡人から見れば凄いのだが、その人たちから見てもタカ兄とスズ先輩は次元が違うらしい……

 

「アリア先輩やサクラ先輩、マキは問題なく勉強を続けてるっていうのに……」

 

「焦っても身になりませんし、ゆっくり理解してくれれば私たちの努力も報われますから」

 

「というか、トッキーは兎も角コトミは普段から復習する時間があるというのに、何故しないんだ?」

 

「普通の高校生は、予習復習なんてしませんよ!」

 

「そうなのか? 私は一応しているんだが」

 

「私もです。習った事を早いうちに自分のものにしておかないと、後々大変ですからね」

 

「ねぇトッキー……」

 

「何だ?」

 

 

 私は信じたくないという顔でトッキーの方を向くと、トッキーも私と同じような顔をしている。

 

「もしかしてなんだけど、私たちの方がおかしいのかな?」

 

「あぁ、私もそんな気がしてきた……」

 

「というか、予習復習って都市伝説じゃなかったの?」

 

「少なくとも私の周りには、そんなことしてるやつはいなかった……」

 

 

 トッキーと二人で頷きあいながら、私たちは自分たちがおかしいのではないという結論に落ち着いた。そうでもしないと気が狂いそうだったから……

 

「そろそろ休憩も終わりで良いだろ」

 

「まだ五分しか休んでいませんよ?」

 

「この二人には時間がないからな。効率よく教えるためには五分の休憩時間も惜しかったんだが、お喋り出来るくらいに回復したなら大丈夫だろう。ほら、さっさと起き上がって勉強するぞ」

 

「シノ会長、スパルタ過ぎますよ……」

 

 

 文句を言っても解放されることはないので、私は自分の身体に鞭打って起き上がり机に向かう。

 

「そもそもコトミのポテンシャルは相当なものだと思うんだが、もう少し努力してみたらどうだ?」

 

「これでも頑張ってるんですけどね……」

 

「でも結果が出てないよね? 普段から私やタカ君が宿題を教えたりしてるのに」

 

「あれはその場しのぎですから」

 

 

 それではいけないと分かってはいるのだが、どうしても楽がしたいのだ。

 

「これじゃあタカトシに本格的に生徒会長の仕事を任せる日は遠そうだな」

 

「あれ? 次の会長ってタカ兄で決定してるんですか? スズ先輩とか、他の人は?」

 

「お前はタカトシ以上に会長らしい二年生を言えるのか?」

 

「……ちょっと思いつきませんね」

 

 

 タカ兄は中学時代こそ生徒会には入っていなかったが、生徒会長以上に全校生徒からの信望は篤かったし、先生たちからの信頼も凄かった。だからこそ、その妹である私の成績が酷かったのに失望されたのかもしれない……

 

「コトミがしっかりと一人で問題なくなった時こそ、私とアリアが生徒会を引退する日なのかもしれないな」

 

「それだったら、私はずっとしっかりしない方が生徒会の為ですね!」

 

「威張ってないでちゃんと勉強しなきゃダメだよ?」

 

「はい、ガンバリマス……」

 

 

 誤魔化そうとしたけどお義姉ちゃんにツッコミを入れられ、私は大人しく勉強する事にした。さすがにこの時期に進級ピンチは私としても焦るしね……




自分も予習復習なんてしなかったな……授業で大体理解出来たし


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恒例の部屋決め

まぁ、恒例になりつつありますし


 コトミの面倒を見る為にこの家に泊まるという展開も、最早恒例行事となり始めている。今回この家に泊まるのは、私、アリア、萩村、五十嵐、カナ、森、そしてトッキーだ。タカトシとコトミは自分の部屋で寝るのは確定で、トッキーはリビングで決定している。

 

「――したがって内訳は、リビング二人、コトミの部屋一人、客間二人、タカトシの部屋一人だ」

 

「毎回思うんですけど、何で俺の部屋に泊まりたがるんですか?」

 

「そんなの、決まっているだろうが!」

 

「そうですか」

 

 

 私が本気で怒鳴ったからか、タカトシは大人しく引き下がり洗い物を再開する。ここにいる殆どのメンバーが、タカトシと二人で過ごしたいと考えているんだから、タカトシの部屋を選択肢から外す事など出来るはずがないのだ。

 

「それでシノちゃん、今回はどうやって部屋を決めるの?」

 

「くじ引きやじゃんけんでは、サクラっちが圧倒的有利ですし」

 

「しかしそれ以外の方法で決めるのは時間がかかり過ぎるからな……」

 

「やはり普通にくじ引きかな~?」

 

「既に用意しておきました」

 

 

 さすがは萩村。話の流れを先読みして準備しておくとはな。

 

「さすが桜才きっての才女だな」

 

「ちっちゃい見た目とは裏腹に、スペック高いですからね~」

 

「会長、私はコトミの部屋で構いません。朝までみっちり仕込んでやりますので」

 

「しまった!?」

 

 

 余計な事を言った所為で、コトミの部屋は萩村で決まった。コトミお得意のエロボケも、萩村相手では通用しないしな……

 

「えっと……コトミの部屋と書かれたくじはこれか……」

 

「それじゃあ残りは、タカ君の部屋一人、リビング二人、客間二人ですね」

 

「どういう順番でくじを引くの~?」

 

「胸の大きさなんてどうでしょう?」

 

「ケンカウッテンノカー!」

 

 

 この中で圧倒的に私が小さいじゃないか……そもそもそんな決め方があってたまるか。

 

「私は最後で良いですよ。この中で一人だけ後輩ですし」

 

「スズポンが抜けてしまいましたから、そういう事になりますね」

 

「なら残りのメンバーでじゃんけんだな」

 

 

 森が抜けたので、くじを引く順番は三年生だけで決める事になったが、狙って引くとろくな結果にならないから、今回は無心で引くとしよう。

 

「順番は、七条先輩、魚見さん、天草会長、五十嵐先輩、森さんですね」

 

「私からか~。ちょっと緊張するな~」

 

 

 まずアリアがくじを引き、その次にカナがくじを引いた。次は私の番だが、まだタカトシの部屋行きのくじが残っているのか、それすら分からない。

 

「緊張するな……よし、これだ!」

 

 

 私が勢いよく引いた後、五十嵐と森が静かにくじを引く。何時もなら最後に引いた森がタカトシの部屋と書かれたくじを引いているのだろうが、今回は違うと良いな……

 

「それでは、一斉に開いてください」

 

「何だかドラフト会議を見てるみたいですね~」

 

「そういうの良いから」

 

 

 コトミのボケを軽く流して、萩村が進行を続ける。私もちょっと思ったけど、口にする勇気はなかった。

 

「私はいつも通り客間ですか」

 

「私もです」

 

「英稜コンビが客間ですか~。珍しいこともあるものですね」

 

「という事は、天草会長、七条先輩、五十嵐先輩の誰かがタカトシの部屋という事ですね」

 

 

 萩村の言葉に緊張感を覚えながら、私は自分のくじに視線を落とす。

 

「リビングか……」

 

「シノちゃんと一緒だね~」

 

「――と、いうことは?」

 

「カエデちゃんがタカトシ君の部屋なんだ~。なんだか珍しいかも」

 

 

 私の後に引いた五十嵐がタカトシの部屋行きのくじを引き当てたという事か……確率三分の一だったのに、惜しかったな……

 

「ではアリア。私とアリアの二人で、トッキーの夏休みを守ろうではないか!」

 

「そうだね~。元々コトミちゃんとトッキーさんに勉強を教える為にお泊りするんだから、この形が正しいんだもんね~」

 

 

 私がやけっぱちで宣言すると、アリアも同じようなテンションで続いてくれた。さすがは、入学来の友人だな。気持ちは一緒なんだろう。

 

「決まりましたか?」

 

 

 洗い物を済ませ、全員分のお茶を持ってきたタカトシがそう尋ねてくる。タカトシ的には、誰が同じ部屋だったら嬉しかったのだろうか?

 

「えっと、私がタカトシ君の部屋にお邪魔させていただきます」

 

「カエデさんなら安心ですね。万が一義姉さんだったら、いろいろと面倒だったでしょうし」

 

「タカ君? お義姉ちゃんに対して失礼じゃないかな?」

 

「この間人のパンツを盗もうとしたんですから、少しくらい反省してください」

 

「あ、あれはコトミちゃんがくれるって言うから……」

 

「言ってない! 言ってないからね、タカ兄!」

 

 

 これ以上怒られたくないのか、コトミが必死にカナの言葉を否定している。普段ならノリノリでカナに付き合うのだろうが、今はそんなことをしてる場合ではないと、コトミも自覚しているのだろうな。

 

「とにかくコトミと時さんはしっかりと勉強する事。他のメンバーは勉強の邪魔にならない程度でお願いします」

 

「何だかタカ君が先生みたいですね」

 

「一番しっかりしてるからな! いろいろと複雑だが……」

 

 

 年長者としてこれで良いのかと悩む時もあるが、タカトシ相手なら仕方ないかと割り切るしかない。そう自分に言い聞かせて、私たちは風呂の準備をするのだった。




コトミはしっかりとスズに絞られるがいい……


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コトミの影響力

無駄に強いですからね……


 津田家に泊まることには慣れてきたけど、こうしてタカトシ君の部屋に泊まるのは一向に慣れてこない……しかも今回は久しぶりに二人きりという状況で、私はいつも以上に緊張してしまう。

 

「――といいつつも津田副会長のベッドに視線を向けるなんて、やっぱり貴女はムッツリスケベですね」

 

「畑さん!? というか、何処から入ってきたのよ」

 

「そこの窓から、こうちょちょいと」

 

「相変わらず人間じゃないですね、畑さんも」

 

 

 タカトシ君の事を人じゃないと表現している畑さんだが、私からしてみれば畑さんも十分人間の範囲外の存在なのよね……

 

「というか、私何も言ってなかったわよね?」

 

「貴女の顔が雄弁に物語っていましたから、ほら」

 

 

 そういいながら畑さんが差し出したカメラには、確かに私の顔が写っている。だけど、そんなに顔に出てるようには私には思えないんだけど……

 

「ところでその家主は今何処に?」

 

「タカトシ君なら、お風呂に入ってますけど」

 

「見たところ貴女も湯上りよね? 津田副会長が最後なんですか?」

 

「何回も張り込んでるなら知ってると思うけど、タカトシ君は私たち全員が入った後に入浴して、そのままお風呂掃除をして洗濯機を回すんです」

 

「さすがハイスペックですね、嫁にしたい男子生徒ナンバーワンは伊達ではありません」

 

「なんですか、それ?」

 

 

 嫁にしたいって、タカトシ君は男の子なんだけどな……まぁ、女子顔負けの家事スキルの持ち主だから、そう思うのも仕方ないのかもしれないけど。

 

「津田副会長は女子だけではなく、一部男子からも絶大な人気を誇るお方ですから」

 

「その一部男子って?」

 

「それは秘密です。では私はこれで失礼します」

 

 

 現れた時と同じように、音もなく消え去った畑さんに驚きながらも、私はさっき畑さんが言っていた「一部男子」というフレーズが頭から離れなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 墓穴を掘ってしまったのは悔やまれるが、まさかここまで本気でスズ先輩が私に向き合ってくれるとは思わなかった。

 

「ここはさっきの応用だから――」

 

 

 今もこうして真剣に私に分かり易いように説明してくれている。これなら何とか平均くらいには届きそうだ。

 

「聞いてるの?」

 

「ちゃんと聞いてますよ。スズ先輩はナプキン派なんですよね?」

 

「まったく聞いてないじゃないか!」

 

「痛っ!?」

 

 

 エロボケで場を和ませようとしたけど不発……それどころかスズ先輩に脛を蹴り上げられてしまった。

 

「冗談じゃないですか~。そこまで怒らないでくださいよ~」

 

「アンタの成績を考えれば、冗談なんて言ってる場合じゃないって分かるでしょうが!」

 

「分かってますけど、ちょっとした冗談で気を紛らわせるくらいの事は良いじゃないですか。なんでそこまでスズ先輩が切羽詰まってるのかが私には分かりません」

 

「アンタが留年、もしくは退学になれば、それだけタカトシにかかる負担が増えるでしょうが」

 

「まぁ、ずっとタカ兄に寄生するとか言い出すでしょうしね」

 

 

 私一人で生活出来るとは思えないし、タカ兄に寄生していた方が楽だとか考えるだろうしね。タカ兄が切り捨てようとしても、私は離れるつもりは無いし。

 

「タカトシの負担が増えると、それだけ生徒会業務にも支障が出るのよ! つまり、コトミをしっかりした人間にしないと、それだけいろいろな人に迷惑が掛かるってわけ!」

 

「へ~、私ってそんなに多くの人間に対して影響力を持っていたんですか~。なんだかカッコいいですね」

 

「ふざけてないでしっかり勉強しろ! 何だったら私からタカトシに進言してあげましょうか? コトミちゃんはお小遣い要らないようだからって」

 

「要るに決まってるじゃないですか!」

 

 

 お小遣いを人質に取られてしまったら、私は頑張るしかなくなる……さすがはスズ先輩、計算できる女だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 掃除と洗濯を済ませてキッチンに向かうと、リビングから時さんの死にそうな悲鳴が聞こえてきた。恐らくシノさんとアリアさんにみっちりと教えられているのだろう。

 

「コトミは大丈夫だろうな……」

 

 

 スズの事だから手加減無しで教えてるだろうし、コトミが下ネタで逃げようとしてもスズなら対応出来るだろうし。これがカエデさんだったら気絶してしまったかもしれないし、スズがコトミの相手を申し出てくれて助かったかもしれない。

 

「さてと、人の心配だけをしていればいいわけでもないし、俺も勉強するか」

 

 

 せっかく苦労しない相手が部屋に泊まる事になっているのだから、たまにはしっかりと勉強しておいた方が良いだろうと思い、俺はコップを洗ってから自分の部屋に戻る。前にカエデさんがこの部屋に泊まった時、散々ノックをしろと言われたので、俺は自分の部屋に入るためにノックをした。

 

『はい?』

 

「タカトシです。入りますね」

 

『ど、どうぞ』

 

 

 何やら慌てた雰囲気を感じたが、別に悪いことをしてるわけではなさそうだったので気にせず中に入る。カエデさんは椅子に座って俺の蔵書に手を伸ばした形で固まっていた。

 

「何か気になる本でもありましたか?」

 

「いえ、凄い量だなと思っただけです」

 

「そうですか? そんなに多いとは思いませんが」

 

 

 そもそも高校に入学してから読み始めたのだから、それほど蔵書があるわけではない。カエデさんが何に驚いたのかは分からないが、俺は気にしないことにした。




スズの負担がヤバい気がする……


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限界を超えて…

スズがヤバい……


 一晩中コトミの相手をして分かった事は、タカトシがいかに凄いか、という事だった。私一人だけだったら、コトミを桜才に合格させることは出来なかったでしょうね……

 

「タカトシ、アンタ凄いわね……」

 

「何かあったの?」

 

 

 ふらふらになりながらキッチンにやってきた私を、タカトシは心配そうに支えて椅子に座らせてくれた。

 

「コトミの相手をしてたんだけど、私じゃそろそろ限界なんだけど……」

 

「そのコトミは?」

 

「一時間前に寝たわ……さすがに寝ずに勉強を再開しても無意味だと思って」

 

「スズも寝たら? 今日は休んでていいから」

 

「そうさせてもらいたいのはやまやまなんだけど、お腹すいちゃって……」

 

 

 空腹のまま寝てもすぐに起きてしまうだろうし、何か食べてからの方が気持ちよく眠れると思って、私はこうしてキッチンにやってきたのだ。

 

「だったら軽く摘まめるものを作るよ。ちょっと待ってて」

 

「お願い……」

 

 

 タカトシが何かを作り始めたのを見て、私は安心感を覚えてそのまま眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 顔を洗ってタカ君のお手伝いをしようとキッチンに行くと、スズポンが寝ていた。なんでこんなところで寝ているのか気になって近づくと、タカ君が唇に指をあてて首を左右に振る。

 

「どうしたの?」

 

「コトミの相手で疲れたようです。気持ちよさそうに寝てるので、起こさずこのまま部屋に運ぼうかと」

 

「なら朝ごはんの準備はお義姉ちゃんに任せて、タカ君はスズポンを運んであげて」

 

「それじゃあ、お願いします。といっても、もう大体終わってるんですが」

 

 

 そう言ってタカ君はスズポンを抱っこしてコトミちゃんの部屋に運んでいった。恐らく明け方までコトミちゃんに勉強を教えていたんだろうけど、スズポンって確か夜弱いんじゃなかったっけ?

 

「それだけコトミちゃんの成績が危ないって事なんだろうな……」

 

「おはよう、カナ」

 

「おはようございます、シノっち。トッキーさんの方はそこまで問題ではなさそうですね」

 

「トッキーはドジっ子なだけで、基礎はしっかりできているからな」

 

「先ほどまでここにタカ君とスズポンがいたのですが、コトミちゃんは結構危なさそうなんですよ」

 

「何となく聞こえていた。萩村が頑張ってくれているようだが、今日は我々がコトミの相手をしなければいけないだろうな」

 

「スズポンは限界を突破してる様子ですし、今日もコトミちゃんを押し付けるのは可哀想です」

 

「トッキーはタカトシに任せて、我々でコトミを担当するとするか」

 

「義妹ですから、最終的には私が責任をもって面倒を見ますが、皆さんの力を借りたいと思います」

 

 

 私一人で担当しても、恐らくはスズポンの二の舞を演じるだけでしょうから、ここは全員でコトミちゃんを立派に成長させるのが得策でしょう。もちろん、コトミちゃんがやる気を出してくれないと意味はないですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十時近くに目を覚ましたコトミを、我々がみっちり勉強を教える事で、コトミに二度寝をさせる暇を与えなかった。本当はまだ寝ていたいのだろうが、寝る間も惜しんで勉強しなければ間に合わないのだから、寝かせてやるわけにはいかないのだ。

 

「眠いですよ~……」

 

「後で休憩をやるから、今はここまでしっかり理解してもらおうか」

 

「寝ぼけ頭で詰め込まれても、覚えませんって……」

 

「頭の片隅にでも残っていれば、本番で役に立つだろうが」

 

「試験中に見覚えがある問題があれば、もしかしたら頭の片隅から引っ張り出せるかもしれませんしね」

 

「それは皆さんが優秀だからですよ……」

 

 

 目をこすりながらも、コトミは私たちの説明を聞きながら問題を解いていく。正解率はさほど高くないが、昔みたいに全問不正解という事は無くなってきている。

 

「コトミも基礎はそれなりに叩き込まれてるようだから、後は応用と問題を理解する速さを磨けば、平均以上は簡単になると思うぞ」

 

「そうなればいいんですが、私集中力が続かないんですよね……この間のパターゴルフも、途中から集中力が乱れて、なかなか入れられませんでしたし」

 

「ゲームや漫画に対しての集中力が、何故勉強に発揮出来ないのか疑問だ」

 

 

 格ゲーなどを数時間ぶっ続けでやることが出来るのなら、その応用で勉強も数時間くらいぶっ続けで出来るはずなんだがな……

 

「遊びと勉強とは違いますよ~。そもそも、勉強したくないって気持ちが強すぎて、集中力が散漫になってしまうのかもしれません」

 

「なら、勉強したいと自分に言い聞かせてみてはどうだ? もしかしたら、集中力が持続するかもしれないぞ」

 

「自分の気持ちに嘘を吐いてまで集中力を高めたいとも思いませんし……でも、集中しないと学校にいられなくなっちゃうかもしれないし……」

 

 

 何やら葛藤が見受けられるが、コトミは頭を振って勉強に集中しようと問題を睨みつけている。

 

「会長、これってさっきの問題の応用ですか?」

 

「そうだ。それが分かればすぐに解けると思うぞ」

 

「スズ先輩が必死になって基礎を叩き込んでくれたお陰で、なんとなく出来そうな気がしてきました」

 

「そうか」

 

 

 それなら萩村の苦労も報われることだろう。ちなみに、萩村はまだ起きてきていないがな……




コトミの相手はこれくらいじゃないと……


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コトミの試験結果

雪降り過ぎだろぅ……ここ神奈川だぞ……


 諸先輩方、なによりタカ兄に迷惑をかけてしまった事は、私も重々理解している。だから今回のテストには、いつも以上に気合いを入れて臨んだ。

 

「トッキー、さっそく生徒会室に行こう!」

 

「あぁ……テスト終わりだというのに元気だな、お前……私は全部出しきって疲れた」

 

「私も疲れてるけど、ここで倒れるわけにはいかないからね」

 

「また厨二発言? 生徒会室に行くなら私もついて言って良い? 採点、私もやってもらいたいし」

 

「マキなら採点してもらわなくても平均以上なのは確定な気もするけど、仲間は多い方が良い! さぁ、生徒会室に出発だ!」

 

 

 トッキーを無理矢理立ち上がらせ、背中を押しながら私たちは生徒会室に向かう。タカ兄の採点は正確だし、その上スズ先輩やシノ会長がタカ兄の採点のチェックをしてくれるのだから、間違いなど起こるはずがない。

 

「タカ兄、来たよ」

 

 

 何時も怒られるので、今日はしっかりとノックをして、中からの返事を待つ。

 

『はーい、ちょっと待ってね~』

 

 

 どうやら中にいるのはアリア先輩だけのようで、私たちは少し気が抜けてしまった。

 

「お待ち同様。タカトシ君なら職員室に呼ばれちゃったから、少し待っててくれって言ってたよ」

 

「職員室に? タカ兄が?」

 

 

 私が呼び出されるならまだ分かるけど、タカ兄が職員室に呼び出されるなんて珍しいな……いったい何の用で呼び出されたんだろう。

 

「別に心配しなくても、アンタの事で呼び出されたわけじゃないわよ」

 

「スズ先輩……」

 

 

 いたことに気が付かなかった……

 

「ちょっとシノちゃんと夏休みの諸注意についての最終確認と、横島先生の監視を頼まれてるんだと思うよ~」

 

「横島先生の、監視……?」

 

「ほら、あの人前科があるから」

 

「そういえば海で男の人を襲ってたりしてましたね」

 

 

 普通なら警察のご厄介になっててもおかしくないんだろうけど、双方合意という事で厳重注意で済んだらしいんだけど、あの時は確か出島さんも一緒だったから、恐らく七条家の力が働いたんだろうな。

 

「待たせたな!」

 

「シノ会長、その登場の仕方は如何なものなんでしょうか……」

 

「コトミ相手なら問題ないだろ?」

 

「まぁ、私は気にしません」

 

 

 シノ会長の隣で、タカ兄が頭を抑えながらため息を吐いた。家でも学校でも苦労してるんだな、タカ兄って……今後気をつけよっと。

 

「それで、三人とも問題用紙を提出してくれ」

 

「はい」

 

 

 私たちは三日分の問題用紙をタカ兄に提出し、タカ兄はそこに書き込まれている解答に目を通していく。我が兄ながら、そのスピードはすさまじい物だ……

 

「待ってる間、冷たいお茶でもどうぞ~」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 

 アリア先輩にお茶を出してもらい、私たちはそれで一服する。自分でも気づいていなかったが、物凄く喉が渇いていたようで、あっという間に飲み干してしまう。

 

「あらあら~、おかわりいるかしら?」

 

「いえ、大丈夫です。あんまり飲み過ぎると、ここで放尿プレイに発展してしまいますから」

 

「馬鹿な事言ってないで、もう少し緊張感を持ったらどうなの?」

 

「こうでもしないと正気を保てないんですよ……本音を言えば、今すぐ逃げ出したいです」

 

 

 逃げたところで結果は変わらないのだが、数日間寿命が延びる気がしている……つまり、それくらい私は手ごたえを感じていないのだ。

 

「うーん……」

 

「タカトシ君、どうかしたの?」

 

「いえ、このテストですと平均点はどのくらいかと計算しているんですが、はっきりとは分からないんですよ」

 

「大体で良いんじゃないか? さすがのタカトシだって、全ての生徒のテストを見てるわけじゃないんだしさ」

 

「そうだな……」

 

 

 アリア先輩とスズ先輩に相談して、タカ兄は各教科の平均点を導き出している。私たちも覗きたいが、シノ会長がしっかりと見張っている為に見る事が出来ない。こういうときの連携はさすがだと思う……

 

「こんな感じですかね?」

 

「そうね。私もそう思うわ」

 

「私も~。シノちゃんはどう思う?」

 

 

 見張りをアリア先輩が引継ぎ、シノ会長にも意見を求める。

 

「そうだな……もう少し低い気もするが、この程度だろう」

 

「なら、これで計算しましょう」

 

 

 どうやら結論が出たようで、タカ兄が私たちの平均点との差を書き込んでいる。ここで平均以下だったら、私の夏休みは消えてなくなり、下手をすれば高校生活が終わってしまうかもしれないのだ……

 

「八月一日さん、平均八十三点」

 

「相変わらず凄いな……学年一位もあり得るんじゃない?」

 

「上位十名には入ってると思うよ」

 

 

 

 タカ兄がマキに問題用紙を返しながらそういうと、マキは恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「次に時さん。平均六十八点」

 

「タカ兄……私は?」

 

 

 我慢出来ずに尋ねると、タカ兄は一度瞼を閉じてから答えた。

 

「平均七十二点。これなら退学は無いだろう」

 

「本当っ!? やったー!」

 

「その代わり、今後もこれを続けていかなければ、すぐに退学問題が浮上してくるだろうから、生活態度の改善と授業中の居眠りなど、問題行動を慎むように」

 

「ははぁー」

 

 

 深々と頭を下げながら、私はタカ兄から返された問題用紙を見返し、丸の多さに驚いたのだった。




コトミも頑張りました


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カエデの恋路

応援したいのかからかいたいのか……


 正式なテスト結果が貼りだされて、私は一年の補習者にコトミさんの名前がない事を確認してホッと一息ついた。

 

「おんや~? 何故風紀委員長が一年の結果を見てホッとしているのですかね~?」

 

「神出鬼没にもほどがあるわよ、畑さん」

 

 

 背後から現れた畑さんにツッコミを入れるが、果たして効果はあっただろうか……とりあえず反省のポーズを取った畑さんに視線を向け、私はホッとした理由を告げる。

 

「補習者にコトミさんの名前が無かったので」

 

「そういえば津田副会長の家でお泊りして、妹さんに勉強を教えていたんですね」

 

「私だけが泊ってたわけじゃないですが」

 

「もちろん知ってますよ~。でも、貴女が津田副会長の部屋に泊まったのも知っているので、何かなかったか聞きに来たんです」

 

「何もないですよ……というか、何かあると思ってたんですか?」

 

「正直に申しますと、貴女が裸で迫ったとしても、津田副会長は冷静に貴女に服を着させ、それからお説教すると思ってます」

 

「ありえそうですね」

 

 

 タカトシさんは女性に興味がないわけではないでしょうが、裸を見ても興奮するよりも先に呆れて、そして冷静にお説教してくるイメージが強いのよね……

 

「せっかくの夏休みですし、何処かに二人きりで出かけたりしてみてはいかがでしょう?」

 

「何で私がタカトシさんと二人きりで?」

 

「別に私は『誰と』だなんて言ってませんが?」

 

 

 畑さんに嵌められた感じになってしまったが、今のは完全に私の自爆でしょうね……確かに畑さんは、誰とだなんて言ってなかったもの。

 

「これでも貴女の友人として、貴女の恋路を応援しているんですよ」

 

「畑さん」

 

「まぁ、貴女の場合は好きになる以前の問題でしたから、こんな展開になるなんて思ってもいなかったんですけどね」

 

「男性恐怖症、治ってきてると思うんだけど」

 

「では、おもむろに男子生徒の身体に触ったり出来ますか? もちろん、津田副会長ではない男子生徒です」

 

「それは……」

 

 

 想像しただけで身の毛がよだつような思いをする……なんだか以前よりも悪化してるんじゃないかしら……

 

「その反応で分かる通り、貴女は津田副会長以外の男子生徒に触れる事はおろか、話しかけるのも嫌だと感じているのではありませんか? 職務上、後輩風紀委員男子は仕方ないとしても、それでも積極的に話す事はしませんよね?」

 

「確かに……言われてみればそうかもしれない」

 

 

 後輩だって分かってるのに、それでも逃げ出したい気持ちになってるわ……これって、治るどころか悪化してるって事よね……

 

「こうなるともう、貴女が結婚するなら津田副会長しかいない、という事になってしまいます」

 

「けっ!?」

 

「あっ……」

 

 

 畑さんが驚いた声を上げたのは聞こえたけど、それ以降何を言っていたのか私には分からない……だって、気絶したんだもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんに呼び出されて嫌な予感はしていたが、案の定気を失ったカエデさんを保健室に運んでほしいと頼まれたのだった。

 

「今回は何をして気絶させたんですか?」

 

「大したことはしてませんよ。ただ津田副会長と結婚と言ったら気を失ってしまいまして……」

 

「何でそんな話題になったのか、詳しく聞かせてもらっても構わないですよね?」

 

 

 満面の笑みで畑さんを問い詰めると、意外な事にあっさりと白状し始めた。

 

「――というわけです」

 

「俺以外にも大丈夫な相手が現れるかもしれないのに、何で決めつけてるんでしょうか?」

 

「現状、貴方以外の男子生徒と話す事はおろか、近づく事すら出来ない彼女が、これから先貴方以上の男性と出会える確率がどれほどあるのでしょうか?」

 

「ゼロではないと思いますが」

 

「でも、限りなくゼロに等しいと私は思ってます。五十嵐さんの友人として、貴方との関係を成就させるのが一番だと思っただけです」

 

「そうですか、友達思いですね、畑さんは。それで、本音は?」

 

「な、何のことでしょう……」

 

 

 今のが百パーセント畑さんの本音とは思えなかったので問い詰めると、案の定畑さんは挙動不審になる。

 

「大方、カエデさんが慌てふためく姿や、照れたりした姿を隠し撮りして商売するつもりだったんでしょうが、そんなこと許しませんからね」

 

「それ以外にも、修羅場になってくれればとか思ってました、すみませんでした」

 

「正直に白状したので、気持ち制裁を緩めてあげますよ」

 

「こ、こんなやり取りしてる場合ではありませんよ。早いところ五十嵐さんを保健室に運ばなければ! さっきから他の男子生徒が気を失った風紀委員長の事を、獣の如く狙っていますので」

 

「貴女の思考回路が心配になってきましたが、確かに何時までも廊下に寝かしておくわけにもいきませんね」

 

 

 畑さんの思惑に乗るのもあれだったが、何時までもこんな所で寝かせておくわけにもいかないのも確かなので、俺はカエデさんを抱き上げて保健室まで運ぶことにした。

 

「お姫様抱っこをするのが様になってますね」

 

「甚だ不本意ではありますが、ここ最近こういう事をする回数が増えてきている気がするので」

 

「名のある男子生徒が貴方くらいしかいませんからね~」

 

 

 畑さんの発言は、かなり危ない感じがしたので、俺は取り合わずに保健室まで急ぐことにしたのだった。




気絶してたら進展しないだろ……


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短期バイトを求めて

たまには殊勝な考えをするんだなぁ


 もうすぐ夏休みという事で、学校中が浮かれている感じがする。かくいう私も、タカ兄たちが死守してくれた夏休みをどう過ごそうかで頭を悩ませているところだ。

 

「トッキーはやっぱり部活中心になっちゃうの?」

 

「だろうな。大会も近いわけだし、どうしてもそうなるだろうが、主将がいろいろと危ないらしいから、何時もよりかは休みが多いらしい」

 

「ムツミ先輩、今回も赤点ギリギリだったみたいだしね」

 

 

 タカ兄から聞いた話だけど、ムツミ先輩はギリギリセーフで、柳本先輩は余裕でアウトだったらしい……下手をすれば柳本先輩ポジは私だったのかもしれないと思うと、これからはもう少し勉強頑張った方が良いなと思えてくる。

 

「コトミはどうするの?」

 

「私? とりあえず積みゲーを崩して、それから少しくらいはアルバイトした方が良いのかなって思ってる。夏休みなら、短期のバイトとかあるだろうし」

 

「勉強はどうするのよ? また津田先輩に泣きつくの?」

 

「たぶんお義姉ちゃんが毎日ってほどウチに来るだろうし、質問しながら進めるつもり」

 

「コトミにしては殊勝な考え方ね。漸く自分の成績のヤバさに気が付いたの?」

 

「今回赤点だったら、いろいろとヤバかったからね……」

 

 

 まさかこの時期で留年リーチだったとは思わなかったし、下手をすれば退学と言われれば、さすがの私でも危機感を覚えるよ……

 

「それじゃあさっそく、短期のアルバイトが無いか探しに行こう!」

 

「学校でか?」

 

「学校が推薦してるアルバイトなら危険も少ないだろうし、何よりそこまで遠くに行かなくてもいいだろうしさ」

 

「電車賃が無いわけね……」

 

「今月も気になる新作が多くてさ……」

 

 

 既にお小遣いも半分以上消費してしまってるし、これ以上タカ兄にお小遣いをねだるのも問題があるだろう……主に来月のお小遣いに響く恐れがあるのだ。

 

「とりあえず生徒会室に行けば何か分かるかもしれないし、さっそく出発だー!」

 

「悪いが私はパス。この後部活だからな」

 

「頑張ってね、トッキー」

 

「トッキーも赤点回避したからといって、油断してるとまたギリギリになっちゃうよ」

 

「コトミに言われたくねー」

 

 

 トッキーと別れて、私とマキは生徒会室を目指す。たぶんマキはアルバイトしなくてもお小遣いがあるだろうし、純粋にタカ兄に会いたいだけなんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一学期も残り数日になり、生徒会業務も減ってきた今日この頃、我々は生徒会室でお茶を飲みながら世間話をしていた。

 

「この間カエデちゃんが保健室に運ばれたのって、畑さんにからかわれたからなんでしょ?」

 

「そうみたいですね。何を言われたのかは分かりませんが、運んだのは俺ですから」

 

「アンタ、何時から搬送業なんて始めたのよ」

 

「お金貰ってないけどな」

 

「そういえば、夏休みの予定は皆どうなってるんだ?」

 

 

 我々生徒会役員は、何日か学校に来なければいけない日があるが、それ以外は普通の生徒と変わらぬ夏休みを贈れるはずだ。そうなればまた、遊ぶ予定を立てなければいけなくなってくる。

 

「私はお稽古とかが無ければ大丈夫だよ~」

 

「私も特に問題はありません」

 

「俺もバイトが無ければ大丈夫ですよ」

 

「バイトか……」

 

 

 そういえば夏休みの間、学校が紹介しているバイトをする生徒もいると聞くな……何かやってみるのも悪くないかもしれない。

 

「失礼しまーす」

 

「コトミ? 何かあったのか?」

 

「あっ、タカ兄。夏休みの短期バイトってどこで調べればいいの?」

 

「バイトするのか?」

 

「さすがに散財し過ぎまして……」

 

「丁度良いところに来た! 私たちも今確認しに行こうと思ってたところだ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 萩村が怪訝そうな目で尋ねてきたので、私は今さっき思いついたことを全員に話す。

 

「確かに、バイトをすることで社会経験を積むことが出来るかもしれませんね。学校が推薦するバイトなら、怪しいものも無いでしょうし」

 

「スズちゃんも学校の紹介なら、断られることも無いだろうしね~」

 

「断られることを前提で話すんじゃない!」

 

「まぁまぁスズ先輩、落ちついて落ち着いて。それじゃあ会長、一緒にその募集広告が掲載されている場所まで行きましょう!」

 

「それは構わないが、八月一日もバイトするのか?」

 

「コトミ一人じゃ不安だったんですが、先輩たちが一緒なら大丈夫だと思いますので、私は止めておきます。宿題も多そうですし」

 

 

 まぁコイツはコトミと違って計画性がありそうだしな。まだ小遣いも残ってるんだろう。

 

「では、さっそく行くとしよう」

 

「はい!」

 

 

 ノリノリでついてくるコトミと、その後ろから楽しそうなアリアの雰囲気が伝わってくる。さらにその後ろからは、疲れ果てたようなタカトシと萩村の雰囲気も何となく伝わってきた。

 

「ここがその掲示板だ! 学校の紹介だから、ブラックバイトなんて事はないぞ!」

 

「OGの紹介は、大丈夫なんですか?」

 

「ん?」

 

 

 タカトシがそう言ったことで、私は漸く古谷先輩が掲示板に募集広告を貼ろうとしている事に気が付いた。

 

「なにやってるんですか?」

 

「いや~、知り合いの海の家でバイトを探してるんだが、大学生には相手されなかったからな。泊まり込みだし、車で迎えに来てくれるから、交通費も掛からないぞ? 良かったらどうだ?」

 

「それにしましょう!」

 

「えぇ……」

 

 

 コトミがノリノリで決定したのを見たタカトシが、嫌そうな顔をしたが、私たちもそのバイトに興味があったので、それに決定したのだった。




というわけで、コトミのバイト決定


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海の家のバイト

真面目に働くのか心配


 コトミだけでバイトに行かせるのも心配という事で、我々生徒会役員も古谷先輩の紹介で海の家でバイトをする事になった。

 

「問題を避ける為に、店員は白シャツにハーフパンツだ」

 

「何故この格好で問題が避けられるんですか?」

 

「あんまり刺激的な恰好をしていると、ナンパとかに巻き込まれる可能性があるからな。なるべく地味な恰好をするんだ」

 

「そうなんですね~」

 

 

 コトミが感心しながら古谷先輩の話を聞いている横で、アリアが背中を掻こうと腕を伸ばした。

 

「届かない……」

 

「挑発的なポーズも禁止だー!」

 

「ど、どうしたのシノちゃん?」

 

「アリアはもう少し自分のプロポーションを自覚しろー! そんな恰好したらすぐに襲われるだろうがー!」

 

「はいはい、天草のコンプレックスは知ってるから、七条も少しは天草の気持ちを汲んでやれ」

 

「そう言われましても、背中が痒くて」

 

「どの辺りですか?」

 

 

 萩村がアリアの背中を掻いてやることで、セクシーポーズ問題はなんとか解決した。

 

「ところで、津田君はどうしたんだい? お前たちが来るって事は、てっきり津田君も来ると思ってたんだが」

 

「タカ兄なら、元々のバイトで今日は来られません。明日お客さんとして来てくれるそうですが」

 

「そうなのか。せっかく女性客倍増を見込んでたんだがな」

 

「タカトシ君がここにいたら、それこそナンパされ放題だったんじゃないですか?」

 

 

 確かに、アイツはこの格好をしていても魅力的だっただろうし、海の家に来た女という女からナンパされていたかもしれないな。

 

「津田君には厨房を任せようと思ってたんだけど、それでもつられる女性客はいるだろ?」

 

「まぁ、タカ兄は料理上手ですからね~」

 

「私たちよりも上手いですから、女子としてのプライドがちょっと傷つきますが、アイツは主夫だからということで何とか納得してるんですけどね」

 

「津田君は主夫だったのか」

 

「コイツが一切家事出来ませんから」

 

「いやー、それほどでもないですよ~」

 

「褒めてない!」

 

「あいたっ!?」

 

 

 萩村に脛を蹴り上げられ、コトミはその場で飛び跳ねながら痛みに耐えていた。そうだよな、こいつが少しでも家事が出来ていれば、もう少し私たちと過ごす時間が確保出来ていたかもしれないんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開店してしばらくはまばらだったお客さんも、お昼時になればかなりの数が訪れ、あっという間に店の中は人で埋め尽くされていた。

 

「うひゃー! こんなに大変なんて聞いてなかったんですけど」

 

「ぶつくさ言わないでさっさと運びなさい」

 

 

 スズ先輩に怒られ、私は出来上がった料理をお客さんに運ぶ。

 

「ところてんとイカ焼きお待ちしました~」

 

 

 男性客にところてん、女性客にイカ焼きを渡しながら、私は妄想を楽しんでいた。

 

「おいコトミ」

 

「はい、なんですか?」

 

「今、前立腺プレイヤーと触手プレイヤーだって思っただろ」

 

「何故それをっ!? まさか、心眼の持ち主だと!?」

 

「単純に私も注文を受けた時に思っただけだ」

 

「さっすがかいちょー! 下発言は減ってきても、相変わらずのレベルの高さですね~」

 

「タカトシがいないからな」

 

「シノちゃーん! こっちおねがーい!」

 

「おっと、それではコトミもしっかり働くんだぞ」

 

 

 シノ会長はアリア先輩に呼ばれて行ってしまったけど、相変わらずの同類だという事が分かってホッとした。最近真面目な感じしかしてなかったけど、基本的に会長もこちら側の人間だもんね。

 

「コトミ、これお願い」

 

「はーい! って、スズ先輩も運んでくださいよ~」

 

「私は裏方の仕事なのよ」

 

「何でですか~?」

 

「……子供が働いてると思われない為に、私は人前に出ちゃいけないんだと」

 

「あらら~」

 

 

 古谷先輩も色々と考えて配置してるんだな~と思いつつ、私はスズ先輩に八つ当たりされないように完成した料理を運ぶのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピークも過ぎ、漸く一息つけるくらいにお客さんは減り、私たちは休憩を貰ってのんびりしている。

 

「いや~、働くって大変ですね~」

 

「コトミは途中から死にそうになってたな」

 

「だって、あんなに混むなんて聞いてなかったんですもん」

 

「海の混み方を見れば、あれくらい想像がつくだろ」

 

「そうですけど、もう少し楽が出来るかな~って思ってたから、より大変でした」

 

「でも、タカトシ君やカナちゃんが働いてるお店は、もっと忙しいんじゃない?」

 

 

 ただでさえファストフード店は混むって聞くし、そこにタカトシ君やカナちゃん、サクラちゃんといった餌が加われば、それだけで混みそうな気がするのよね。

 

「まぁ、タカ兄たちがいない時といる時とじゃ、売り上げがだいぶ違うってお義姉ちゃんから聞いたことがありますけど」

 

「いるだけで利益を上げているのか……さすがタカトシだな」

 

「バレンタインの時、名も知らない女子から大量にチョコを貰ってきましたからね~。そんな相手にも律儀にお返しを用意してましたが」

 

「その辺りもさすがだな……」

 

 

 そんなことされたら、ますますファンが増えちゃうんじゃないかって思ったけど、どうやらシノちゃんやスズちゃんもおんなじことを思ったようで、少し頬を膨らませている。タカトシ君本人がいないから嫉妬し放題だと思ったのかしらね。




タカトシがいたら大変だったら……


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コトミなりのアドバイス

アドバイスになってるのかは微妙


 バイトもある程度終わり、片付けが終わったら海に遊びに行く事になった。

 

「会長、この後ビーチに行きましょう!」

 

「そうだな」

 

「アリア先輩も、ビーチに行きますよね?」

 

「うん、私も遊びたいし」

 

「スズ先輩も、ビーチく?」

 

「何でそこで略した……そして、そんな聞き方があるか!」

 

 

 スズ先輩にツッコまれて、私は満足げに頷いた。タカ兄程ではないけど、スズ先輩もなかなかのツッコミのキレがあるので、ツッコまれると嬉しいんですよね。

 

「そういえばコトミよ」

 

「はい?」

 

「今日は家にタカトシ一人なのか?」

 

「タカ兄がバイトですし、お義姉ちゃんが来てると思いますよ。もしかしたら、サクラ先輩も来てるかもしれませんがね」

 

 

 私から見ても圧倒的嫁のサクラ先輩がウチにいるかもしれないと知った三人は、あからさまに動揺している。まだタカ兄が誰と付き合うかなんて明言してないというのに、もう決まっちゃったと思ってるのかな?

 

「明日タカ兄が来てくれますし、水着アピールでもしてみては如何でしょう? あっ、シノ会長とスズ先輩じゃあんまりアピールにならないかもしれませんね」

 

「コトミ、喧嘩したいなら素直にそういえ」

 

「私も、相手になってあげるわよ?」

 

「いえいえ、喧嘩したいわけではありませんよ。そもそも私は、皆さんの恋路を応援してるんですから」

 

 

 このままサクラ先輩に決まっちゃっても面白くないし、もう一波乱くらいあっても良いんじゃないかなって思ってるんだよね~。なんなら、マキを焚きつけてタカ兄に告白させるって手もあるんだけど、散々せっついてもなかなか告白しなかったし、マキはこのまま脱落しちゃうのかな。

 

「応援してるって、最前線で私たちの邪魔をしてるのはお前だろうが」

 

「私、邪魔なんてしてませんよ?」

 

「お前がもう少しまともだったら、タカトシがお前に使ってた時間は我々と一緒にいたかもしれないだろうが」

 

「私がダメだから、それにかこつけて先輩たちはウチにお泊りしたり出来てるんじゃありませんか? もし私が自力で平均点を取れるんなら、勉強会なんて必要なかったでしょうし」

 

 

 私の反論に、シノ会長は黙ってしまった。スズ先輩やアリア先輩も何も言ってこないところを見るに、私の反論は相当効いているようだ。

 

「まぁ、タカ兄はあの通り色恋には明るくないですし、誰かがリードしてあげないといけないと思ってます」

 

「だが、鈍感とはまた違うだろ? 私たちの気持ちも、知った上で何時も通り接してくれてるわけだし」

 

「そこなんですよね~。普通の男子高校生なら、自分に好意を寄せている美人の先輩がいるなら、我慢せずに食べちゃうと思うんですよ。それこそ、男子生徒を喰い漁ってる横島先生みたいに」

 

 

 タカ兄がそんな人だったら嫌だけど、そうじゃないって分かってるから言える冗談だ。会長たちも私が冗談を言っているのは分かっているので、あまり強めのツッコミは来なかった。

 

「横島先生の問題行動は兎も角として、タカトシはそんな節操無しではないからな」

 

「そんなこと、私が一番よく分かってますよ。リビングで全裸オ〇ニーが見つかった時も、そのまま正座させられましたし」

 

「何でそんなところでしてるのよ、アンタは……」

 

「一度リビングでしてみたかったんですよ。というか、スズ先輩も興味あるんですか~?」

 

「あるわけないだろうが!」

 

 

 スズ先輩に思いっきり脛を蹴られて、私は悶絶しながら快感を味わっていた。これがタカ兄の蹴りなら、絶対に快感なんて味わえないのだろうが、スズ先輩の蹴りなら、それほど痛くないので快感も味わえるのだ。

 

「っと、話が横にそれましたが、とにかくタカ兄と付き合いたいのなら、もう少し積極的にアピールしてもいいと思いますよ? 下発言が減ってきた事で、タカ兄が先輩たちに向ける感情にも変化が見られますし」

 

「そもそも私はそんな事言ってないわよ」

 

「スズ先輩の場合は、自虐的な発言がなくなれば、もっと距離が縮まると思いますけどね」

 

「自虐的というと、身長ネタと貧乳ネタか……って、誰が貧乳だー!」

 

「誰も会長の事なんて言ってませんよ? シノ会長もそれがあるから、タカ兄にイマイチ異性として意識されないんだと思いますけど」

 

 

 タカ兄は別に、大きさにはこだわらないだろうし、そもそも興味があるのかどうかすら怪しい。私やお義姉ちゃんがバスタオル一枚でうろうろしてても、普通に注意するだけだし……

 

「とにかく、明日はタカ兄がここに来ることになっているので、皆さん少しくらいは意識してもらえるように頑張ってくださいね」

 

「人の事ばかり言っているが、お前にはそういう相手はいないのか?」

 

「恋愛はゲームの中で十分ですよ。そもそも、こんな変態を貰ってくれるような男がいるとは思えませんし」

 

「自覚してるなら少しは改善したらどうだ? さっきの話じゃないが、お前がこのままだとタカトシが自分の為に使える時間が増えないだろうが」

 

「一日一エロを目指してるんですけど、どうしても十、二十と増えちゃうんですよね~」

 

 

 一度滝に打たれろとタカ兄に怒られた事があるくらい、私は煩悩の塊のようなのだ……




まずコトミをどうにかしないと無理だろうな


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水着コンテスト

見目は麗しいんですが、中身は……


 コトミちゃんがアルバイトをしていると聞いて、私はタカ君とサクラっちを引き連れて海の家に遊びに来た。もちろん、海でも遊べたら遊ぶつもりなので、水着も持ってきている。

 

「おはようございます、シノっち」

 

「おぉ、カナか。コトミの様子を見に来たのか?」

 

「それもありますが、せっかくの休みですから、海に遊びに来ました。あっちにタカ君とサクラっちもいますよ」

 

「そういえば昨日、タカトシの家に泊まったのか?」

 

「えぇ。ご両親は出張ですし、タカ君はバイトでしたから、私とサクラっちの二人で家事をしたので」

 

 

 私一人でも十分だったのですが、サクラっちにお手伝いを頼んだのは、生徒会の事でサクラっちと打ち合わせしておきたかったことがあったからで、他意はないのです。

 

「私の提案で、三人リビングで川の字で寝ました」

 

「何と羨まけしからん状況なんだ!」

 

「タカ君は最後まで反対してましたが、意外な事にサクラっちが乗り気だったので、結局は二人きりで押し切りました」

 

「森も最近積極性が増してきてないか?」

 

「圧倒的スタートダッシュを決めたとはいえ、まだまだ油断出来ないのでしょうね」

 

 

 サクラっちは明らかにタカ君に意識されているとはいえ、そこで油断しないのが凄いですよね。私なんて、義姉になって安心しちゃってますし。

 

「とにかく、川の字で寝たとはいえ、何の進展もありませんので、そこまで怖い顔しなくても大丈夫ですよ」

 

「このバイトが終わったら私たちもタカトシの家でお泊り会だな」

 

「楽しそうですね。もちろん、私たちも参加しますので」

 

「カナたちは既にお泊りしてるだろうが」

 

「あれはお手伝いの延長でですから。今度は純粋に遊びに行きます」

 

「むぅ……まぁどうせコトミの宿題の面倒を見る事になるんだろうし、人は多い方が良いか」

 

 

 イマイチ納得してない様子のシノっちではありましたが、結局は私たちのお泊りも認めてくれました。というか、家主はタカ君なのだから、シノっちの了承を得たところで意味はないのですが。

 

「シノちゃ~ん」

 

「アリア? どうかしたのか?」

 

「砂浜で水着コンテストをやるらしいんだけど、参加者が足りないから出てほしいんだって~」

 

「私は嫌だぞ!」

 

「でも、もう古谷先輩とコトミちゃんがOKしちゃったんだけど」

 

「少しは人の意見も聞いてもらいたいものだ……」

 

「ちなみに、カナちゃんやサクラちゃんにも出てもらいたいんだって。スズちゃんはさすがに参加させられないからって」

 

「私は構いませんが、たぶんサクラっちは参加しませんよ」

 

 

 こういう行事は苦手だと言っていましたし、無理に参加させるのはシノっち一人で十分でしょうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか参加を断れたので、私はタカトシさんと萩村さんと一緒に見学だけになりました。

 

「まさか義姉さんとコトミがノリノリで参加するとは思いませんでしたが」

 

「そう? あの二人ならむしろノリノリで参加しそうだけど」

 

「確かに会長は意外と乗り気でしたしね」

 

 

 今回参加しているのは、天草さん、七条さん、魚見会長、そしてコトミさんの四人と、最初から参加していたメンバーらしいのですが、実際何人参加しているのか私たちは知らないのです。

 

「というか、随分と人が集まってるようですね」

 

「それだけ話題を呼んでいるんじゃありませんか? 実態は兎も角として、四人とも魅力的な女性ですから」

 

「コトミだけはそれに当てはまらないと思いますが」

 

 

 タカトシさんが苦虫を噛み潰したようような顔でそういうと、萩村さんが可笑しそうな表情を浮かべていました。確かに実態は兎も角として、全員魅力的ですものね。

 

「……見えない」

 

「じゃあ、私が動画を撮って萩村さんに送りますよ」

 

 

 私は携帯を取り出して参加者のムービーを撮り、その都度萩村さんにメールで転送する事にしました。

 

「てか、古谷さんも参加してるんですか……」

 

「あの人って、桜才のOGなんですよね?」

 

「シノ会長の前の会長だって聞いてますが、昔はあんな派手じゃなかったらしいですよ」

 

「大学デビューでしょうかね?」

 

 

 知り合い全員の紹介が終わったので、私は携帯をしまってタカトシさんとお喋りを続けました。

 

「このコンテストって、どうやって一位を決めるんでしょうね?」

 

「見学者の投票じゃありませんか? あっちで投票用紙を管理してる人がいますし」

 

「タカトシさんは誰に投票するんですか?」

 

「俺は見てるだけで投票はしませんよ。もし誰かに投票したとして、面倒になりそうですし」

 

「会長や魚見さんは嫉妬深そうだもんね」

 

 

 ムービーを見終わった萩村さんも会話に加わってきて、私たちは投票結果が発表されるまでお喋りで時間を潰しました。

 

『今回の優勝者は、エントリーナンバー8・天草シノさんです』

 

「さすが会長ね。人気が高いのは校内だけじゃないみたい」

 

「二位以下も知り合いばかりですね」

 

 

 タカトシさんが指差した結果が書かれた紙を確認すると、僅差で七条さんが二位、三位が魚見会長、四位がコトミさん、そして六位に古谷さんという結果だった。

 

「さくらで参加したのに優勝しちゃ駄目なんじゃないですかね?」

 

「いいんじゃない? どうせ賞金が出るわけじゃないんだし」

 

「そんなもんか」

 

 

 とりあえず私たちは、天草さんに拍手を送ることにしたのでした。




多少はマシになってるとはいえ、どピンク思考だからな……


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バイトの打ち上げ

あんまり真面目に働いてなかった気もするが……


 水着コンテストで優勝したシノちゃんをお祝いするために、私たちは海の家で祝勝会を開くことにした。

 

「それじゃあ、さくらなのに優勝した天草を祝して――」

 

「先輩が参加させたんでしょうが!」

 

「まぁまぁ、堅いこと言うなよ。それじゃあ、乾杯!」

 

 

 古谷先輩の音頭で乾杯をして、私たちは一気にコップを空にした。もちろん、お酒ではなくジュースだけどね。

 

「それにしても、ここの浜辺の男どもは貧乳趣味だったのか?」

 

「先輩だけどはりたおーす!!」

 

「冗談だ。それにしても、てっきり七条が優勝すると思ってたんだがな」

 

「私じゃシノちゃんには勝てませんよ~」

 

「そうですね。シノっちは大人びた見た目でつつましやかな胸という、ある意味最強のコンボを持っていますから」

 

「喧嘩売ってるんだな? それは喧嘩を売っているんだよな?」

 

 

 カナちゃんに詰め寄るシノちゃんを、タカトシ君が片手で押さえて落ち着かせた。

 

「良いんですかね? 俺や義姉さん、サクラさんはここでバイトしてたわけじゃないんですが」

 

「良いんだよ。津田君がここにいるだけで、客寄せになってるんだから」

 

「はぁ……」

 

 

 さっきから凄い数の女性がこの海の家にやってきている。既に私たち以外のバイトが来ているので、お店が回らないという事はないのだが、それにしても凄い数のお客さんよね。

 

「とりあえず夕方には帰って、明日からはタカトシの家で宿題を片付ける事にするか」

 

「何でウチなんでしょうか?」

 

「コトミが逃げるからだ」

 

「なるほど」

 

「えー、そんなこと言って、本当は会長たちはタカ兄と一緒の部屋で――」

 

「それ以上は言わない方が良いぞ? 楽しい夏休みを過ごしたいならな」

 

「グッ!? この威圧感は……」

 

「厨二禁止」

 

 

 タカトシ君に頭を叩かれ、コトミちゃんはチロリと舌を出して反省したように見える。

 

「まぁ宿題は早めに片付けておいた方が、後々楽しい夏休みを過ごせるというのは事実だ。カナや森も参加するんだろ?」

 

「当然です。コトミちゃんの宿題問題は、義姉である私も関係していますし、サクラっちにも手伝ってもらった方がタカ君も楽が出来るでしょうし」

 

「「(あぁ、主にツッコミか)」」

 

 

 タカトシ君とサクラちゃんが似たような表情を浮かべているのを見て、私はちょっと嫉妬してしまった。波長が似ているから仕方ないのかもしれないけど、タカトシ君とサクラちゃんは仲が良すぎるような気がするんだよね。

 

「とりあえず、今は会長の優勝を祝して騒ぎましょう!」

 

「あんまり騒ぐと店に迷惑だろうが」

 

 

 ハイテンションで騒ぎ出したコトミちゃんを叱りつけて、タカトシ君はため息を吐いてジュースを飲み干したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りのタクシーを呼ぼうとしたら、何処からか見たことがある車がやってきた。

 

「お嬢様、お迎えに上がりました」

 

「ありがと~」

 

「出島さんでしたか……」

 

「皆様も、ついでにお送りしますので、どうぞお乗りください」

 

「ありがとうございます」

 

 

 出島さんの好意に甘える事にして、私たちは出島さんが運転する車に乗り込むことにしたが、タカトシだけが怪訝そうな顔をしていた。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、タイミングが良すぎると思ってな……アリア先輩、ひょっとして監視されていたかもしれませんよ?」

 

「えっ?」

 

「バッグの中に、見慣れないものとか入ってませんか?」

 

「どうだろう……あら、これは何かしら?」

 

「超高性能小型カメラと盗聴器、ですね」

 

 

 タカトシが出島さんにそれを突き付けると、さすがに観念して犯行を認めた。

 

「お嬢様をお守りするのが私の役目ですので、離れていてもお嬢様の行動を確認するために忍ばせました」

 

「まぁ、出島さんが私を守ってくれてたのなら、今回は許してあげるね~」

 

「お嬢様!」

 

 

 何だかいい話風になってるけど、やってたことは盗聴と盗撮なのよね……どうせろくでもない映像とかを撮ってたんでしょうし……

 

「とにかく、出島さんのお陰で分乗する必要がなくなったんだ。今回はそれで良いじゃないか」

 

「アリア先輩が許したんですから、俺がとやかくいう事ではないですね」

 

「そういう事ですので、さっそく出発しましょう」

 

 

 出島さんと七条先輩の抱擁が終わり、出島さんは気合を入れて運転席に乗り込んだ。一度乗った事があるとはいえ、この車は凄いわよね……

 

「普通のバスとは違い、飲み物とかも完備されてるからな」

 

「何だったらカラオケも出来るよ~?」

 

「何処の観光バスですか……」

 

「シノ会長! 座席に穴が開いてますよ?」

 

「本当だ……ん? 今何か光ったような」

 

 

 会長がゆっくりと穴を確認すると、先ほど七条先輩の鞄から出てきた小型カメラが仕掛けられていた。

 

「出島さん、これはいったいどういう事でしょうか?」

 

「女子高生のパンツ写真が欲しかっただけです」

 

「堂々と言ったぞ、この人……」

 

「スカートの中を盗撮だなんて、恥ずかしくて濡れちゃいますよ~」

 

「お前は何を言ってるんだ……」

 

 

 相変わらずぶっ飛んだ考えの持ち主であるコトミの発言に、タカトシは盛大にため息を吐き、持っていたタオルをカメラの上に置き席に座るよう指示したのだった。




変態性なら、出島さんも畑さんに負けてないな


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エコ精神

冷房は兎も角、暖房は殆ど使わないな


 夏真っ盛りな今、現代人の中でエアコンを使わずに過ごせる人がどれだけいるだろうか。地球温暖化を防ぐためにも、なるべくならエアコンに頼らずに生活した方が良いと分かってはいるのだが、どうしてもこの暑さを凌ぐにはエアコンに頼らざるを得ない。

 そこで私は考えた。個人で使うからいけないのであって、みんなで一ヵ所に集まって使えば、地球温暖防止につながるのではないかと!

 

「――で、集まるのウチなんですか?」

 

「うん」

 

 

 そういう話をして、私たちは今タカトシの家に集まっている。メンバーは我々桜才学園生徒会役員と英稜の二人、そしてコトミの友人のトッキーと八月一日という、ある意味いつものメンバーである。

 

「五十嵐にも声をかけたんだが、コーラス部の活動があるとかで学校にいるらしい」

 

「そういえばトッキー、今日部活は?」

 

「休み。来週大会だから、今のうちに英気を養うんだとさ」

 

「随分と余裕ですね。我が校の柔道部はかなり強いですよ?」

 

「ウチの柔道部だって負けてないぞ!」

 

「では、勝った方の学校が負けた方の学校になにか一つ言う事を聞かせる、というのはどうでしょうか」

 

「乗った!」

 

「あんまり感心しませんね」

 

 

 カナと私とで賭け事をしようと決めたが、タカトシが青筋立ててこっちを睨んでいたので、この賭けは不成立という事になった。

 

「せっかく集まってるんですし、何かしましょうよ」

 

「そうだな。これだけいるんだから、コトミと時さんの宿題でも見てもらいましょうか」

 

「何で勉強しなきゃいけないのさー!?」

 

「お前、自分が退学すれすれだという事を忘れているのか? 夏休みの宿題を忘れただけでも、留年の可能性があるんだからしっかりしろ」

 

「うへぇ……」

 

 

 タカトシに怒られ、コトミはその場にヘタレ込み、トッキーは情けない表情でタカトシに頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんに頼まれて、私たちはコトミさんと時さんの宿題を教えつつ、自分たちの宿題を片付ける事にした。

 

「森さんは夏の模擬試験、受けるんですか?」

 

「一応受けるつもりではいます。萩村さんは?」

 

「私は既に申し込んでいますので」

 

「早い……私ももっと緊張感を持った方が良いんでしょうか?」

 

「森さんには森さんのペースがあるんでしょうから、無理に緊張感を持つ必要は無いと思いますよ」

 

 

 萩村さんとそんな話をしながら宿題を進めていると、キッチンにいたタカトシさんが何かを持ってきました。

 

「タカトシ、それは?」

 

「暑いからアイスを作ってみたんだが、食べる?」

 

「アンタホントに有能ね……もちろん食べる」

 

 

 ケーキとか甘い物に目がない萩村さんは、既にアイスに意識を持っていかれているようだった。

 

「コトミも時さんも、少し休憩にしよう。あんまり無理しても頭に入らないだろうし」

 

「ほへ~……今ならタカ兄に襲われても抵抗出来ないよ」

 

「馬鹿な事言ってると、本気で塾に通わせるぞ」

 

「それだけは嫌だな~……」

 

 

 口から何かが抜け出ているような反応ですが、コトミさんもしっかりとタカトシさんからアイスを受け取って食べ始めました。

 

「というかタカトシ」

 

「はい?」

 

「お前は本当に抜け目がないな」

 

「丁度アイスが食べたいと話していたところだったんですよ」

 

「そうなんですか? まぁ、材料もありましたし、この暑い中買いに行くのも面倒だったので」

 

「作る方が大変だと思うけどな~」

 

「暇でしたから」

 

 

 萩村さん同様、既に宿題を終わらせているタカトシさんとしては、これくらい大した労力ではないのかもしれませんが、この人数分を作るとなると、結構な重労働だと思うんですよね……

 

「津田先輩、私たちの分まで、ありがとうございます」

 

「他の人には作って、八月一日さんたちにだけ作らないなんて事はしないよ」

 

「てかタカ兄。せっかくエアコンつけてるのにそんなに動き回ったら意味なくない?」

 

「誰かが家事をしないと片付かないだろうが。お前は宿題が残ってるし、俺がするしかないだろ?」

 

「一日くらいサボっても問題ないんじゃない?」

 

「そういう考え方をしてるから、お前は毎年宿題に苦しめられているんだろうが」

 

 

 タカトシさんのカウンターを喰らい、コトミさんは旗色悪しと判断して会話を打ち切った。ここで追い打ちをかけるような性格の悪さを発揮するタカトシさんではないので、彼はため息を吐いて話題を変えた。

 

「少しは真面目になってきたかと思ったんだがな」

 

「何だよ~! これでも五エロに減ったんだからね」

 

「まだ多いだろ……」

 

「さすがに二十エロだった時と比べれば減ってるでしょ」

 

「コトミ、そんなにしてたのか?」

 

「コトミちゃんの部屋が雌臭かったのは、それだけしてたからですか」

 

「先輩たちだって、タカ兄を想ってソロプレイしたことくらいあるでしょう。私は少し探せばおかずがいっぱいあるので、我慢出来ないんですよ」

 

「なら仕方ない――となると思ってるのか、お前は?」

 

「これからは自制心を鍛える所存であります故、平にご容赦くださいませ」

 

 

 とても兄妹の会話とは思えないけど、これが津田兄妹の日常のようで、私以外は特に驚いた様子ではありませんでした。というか、凄いパワーバランス……




コトミは相変わらずだな……


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試写会

下ネタ無くても酷いな……


 新聞部の畑さんに呼び出されて、生徒会役員である私たち四人は学校の視聴覚室にやってきた。

 

「今度、桜才新聞で映画研究会の作品をレビューする事になりまして、生徒会の皆さんにも参加していただきます」

 

「試写会ってワクワクするねー」

 

「どんな映画なんだ?」

 

「とりあえずトイレに行く手間は無いかと思います」

 

 

 何故トイレ? ひょっとしてショートムービーなのかしら。そう思って席に座り、画面に表示された文字を見て私は立ち上がった。

 

『桜才版、学校の怪談』

 

「だ、誰も漏らしたりせんわ!!」

 

「スズ、落ちつけ」

 

 

 タカトシにツッコまれて、私はとりあえず腰を下ろした。映画の内容は、桜才七不思議を調査しに来た男女がいろいろな事件に巻き込まれるという内容らしいけど、この七不思議って以前私たちが検証したものよね……特に何にもなかったはず。

 

「また私たちも調査するか」

 

「いいね~。お泊り楽しかったし、結局何一つ解明されなかったものね」

 

「わ、私は反対です! 何もなかったという事は、七不思議が迷信だったと証明されという事ですし」

 

「いやいや、一日で決めつけるのは良くないぞ。幽霊だって休日があったかもしれないし」

 

「どんな思考だよ!」

 

「三人とも、五月蠅いですよ」

 

 

 真面目に映画を見ていたタカトシに怒られ、私たち三人はとりあえず黙る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく見続けていくと、ちょっとずつホラー要素が強くなり、よく見れば萩村がタカトシの腕にしがみついているではないか。これはひょっとするとチャンスなのでは? という考えが働き、私もタカトシの腕にしがみついた。

 

「両手に華なのも大変ですね~。腕封じ込められて」

 

「はぁ……」

 

「チンポジ変えたくなったら私に言いなさい」

 

「腕を封じ込まれても、頭突きとか出来るんですが?」

 

「ゴメンなさい」

 

 

 まったく、私と萩村がしがみついているというのに、タカトシの興味は畑に向けられている……まぁ確かに、私たちではそれほど感触を味わう事が出来ないかもしれないが――って!

 

「誰が貧乳だ!」

 

「どうしました?」

 

「あっ、いや……ちょっと幻聴が……」

 

「はぁ?」

 

 

 あからさまに呆れている視線を向けてくるタカトシに、私は頭を下げて腕を解いた。そうこうしている内に、映画内ではお約束の死亡フラグが展開されていた。

 

「(死んじゃうのか……)」

 

 

 こんな状況で一人で行動すればどうなるのか、物語ではもはやお約束になっている。タカトシやアリアも分かっているようで、その後の展開をじっと見つめている。

 

「(やっぱり死んじゃったか……)」

 

 

 別行動を申し出た男子が、教室の天井にロープを吊るして首を吊っている。もちろん演出だと分かっているが、ちょっと怖いな……

 

「死亡フラグも捨てたもんじゃないと思う」

 

「何故ですか?」

 

「女子がああやってドキドキしながら黄色い声を飛ばしてくれるんだから」

 

 

 畑の視線の先では、萩村がギャーギャー騒いでじたばたしている。

 

「ときめき要素ゼロじゃないか?」

 

 

 確かに声を飛ばしてはいるが、あれは黄色いのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映画は学園に住みついている幽霊が現れ、次々と男女を殺害していくという、ちょっと血生臭い感じで終わりを迎えた。

 

「バッドエンドも意外と面白かったな」

 

「レビューの提出は来週までにお願いします」

 

 

 一人も助からないという、ある意味斬新な展開だったが、会長が言うように素人が作ったものにしては面白かったと俺も思う。

 

「さぁ、さっさと帰りましょう」

 

「スズ? なんか予定でもあるの?」

 

「別に」

 

 

 若干不貞腐れた様子ですたすたと歩き、扉を開けた萩村がいきなり倒れた。よく見ると、幽霊の格好をした映画研究会の人が立っている。

 

「補足すると、ここまでがオチだそうです」

 

「お子様の萩村には刺激が強すぎたか……」

 

「でもまぁ、失禁しなかっただけ大人かと」

 

「そんなこと言ってないで、起こすの手伝えよ」

 

 

 気絶したスズを見て談笑する二人にツッコミを入れ、俺はとりあえずスズを抱きかかえて保健室に向かう事にした。

 

「あっ、スズちゃんの荷物は私が持ってくね」

 

「すみません、アリア先輩」

 

「いいって。スズちゃんも可愛い後輩なんだから」

 

 

 アリア先輩にスズの荷物を任せ、俺はスズを保健室のベッドに寝かしつける事にした。

 

「それにしても、スズちゃんってホント怖がりだよね」

 

「あの映画を見た後にあの展開ですから、ビックリはすると思いますがね」

 

「でも、意識を失うまで驚くかな?」

 

「どうでしょうね? 気配はあったから驚かなかったかな」

 

「そんな事が出来るのはタカトシ君だけだよ」

 

「そうですかね?」

 

 

 驚かす気満々で待機していたから止めなかったんだけど、スズには悪い事をしたな……後で謝っておこう。

 

「タカトシ君だったら、私があの映画のような展開になったら助けてくれる?」

 

「最後の男女のような展開ですか?」

 

 

 生き残っていた男女は、互いに疑心暗鬼になり刺し違えるという、かなり可哀想な最期を迎えたのだ。

 

「そうですね。なんとしてもアリアさんだけは逃がそうとすると思いますよ」

 

「そっか。なら安心だね」

 

「あくまでもフィクションですよ?」

 

 

 そもそも俺たちが検証した七不思議とは違うものだったので、同じようにはならないと断言出来るんだが……別にいいか、それは。




スズはやっぱり子供だn……


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ボディタッチ

タカトシとのボディタッチを狙う人が


 生徒会の作業が教室に戻ろうと思ったら、シノ会長が手を温めているのが目に入った。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、冷房で手が冷えてしまってな……ちょっと温めてただけだ」

 

「そんなに寒かったですか? 俺としては気にならない程度だったんですけど」

 

「体温はそこまで下がってないんだが、何故か手だけが冷えてしまったんだ。アリアや萩村は大丈夫だったか?」

 

「私は大丈夫だよ~」

 

「私も問題ありません」

 

 

 やはり冷えたのはシノ会長だけで、アリア先輩やスズは問題なさそうだった。というか、スズは打ち込み作業で指を使っていたし、アリア先輩も何か書いていた書いていたから冷えなかったのだろう。その点、シノ会長は書類に目を通して認印を押す作業だけだったから、だんだんと冷えていってしまったというところだろう。

 

「困ったな、次の授業は随分と板書が多い先生のモノだから、書くのに苦労しそうだ」

 

「何とかして温められればいいんでしょうが……」

 

「人の体温を貰えばいいのだろうか?」

 

 

 そう言ってシノ会長は俺の手を握りだした。確かに冷たくなっているな……

 

「会長、我が校の校則では、男女が手をつなぐのは問題になると思うのですが」

 

「そうだよ~。それに、タカトシ君は教室が違うんだから、繋ぐなら一緒のクラスの私とにしなよ~」

 

「お前たち、別の理由でこの行為に文句をつけてないか?」

 

「そんな事はありません。というか、すぐに五十嵐先輩に怒られそうですから、ここで注意しただけです」

 

「タカトシ君だって時間的余裕があるわけじゃないんだし、三年のフロアまで連れていくのは可哀想だよ~」

 

「う、うむ……ではアリア、私と手を繋いで教室まで行こうじゃないか」

 

「は~い」

 

 

 シノ会長とアリア先輩が生徒会室から出ていったのを確認してから、スズは俺の腕を掴んで生徒会室を出る。もちろん、廊下までしか腕を掴む事はしなかったが、何故かスズは嬉しそうな顔をしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育の時間、今日は水泳が予定されている。普段は結構本気で指導してくれるんだけど、どうやら今日は自由時間にしてくれるようだった。

 

「今日の水泳は自由にしていいんだって~」

 

「ムツミはほんとに楽しそうに体育の授業に出てるわよね」

 

「唯一の得意分野だからね~」

 

 

 はしゃいでいるムツミを他所に、私はとある目標を達成させるために準備体操を始める。

 

「スズちゃんも泳ぐの?」

 

「ネネは?」

 

「私はプールサイドでゆっくりしたいな~って思ってる。それほど運動得意じゃないし」

 

「一応授業中なんだから、それは許されないと思うんだけど」

 

「じゃあとりあえず浮かんでる。スズちゃんも一緒に浮かぶ?」

 

「私はプールの真ん中で足がつくか確認するために泳ぐから」

 

「そういえばプールって、真ん中の方が深いんだっけ」

 

「そうよ。浅い所じゃないと届かないという汚名を、今日こそ返上してやるんだから」

 

「スズちゃんは気にし過ぎだと思うんだけどね。ちっちゃくて可愛いじゃんか」

 

「ちっちゃいって言うな!」

 

 

 こんな身体つきで良い思いをしたことなんて無いんだから、せめてプールの中央で立てるくらいには大きくなりたいのよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会作業を終えて帰ろうとすると、校門のところにカナがいる事に気が付いた。どうやらタカトシを待っていたらしい。

 

「タカくーん!」

 

「義姉さん。何かあったんですか?」

 

「ううん、今日は時間があるからタカ君のお家に行ってもいいかな?」

 

「構いませんよ。今日はコトミも早く帰ってるでしょうから、宿題でも教えてあげてください」

 

 

 ナチュラルにタカトシと腕を組んでいるカナに、私と、いきなり現れた五十嵐で問い詰める事にした。

 

「魚見さん、ご親戚なのかもしれませんが、当校では男女の腕組は禁止されていますので」

 

「そう言われると思って、ちゃんと一ミリ離してますよ」

 

「そんな言い訳通用するわけないだろー!」

 

「シノ会長、ちょっとおかしくなってません?」

 

 

 タカトシにツッコまれたが、私は気にせずカナを問い詰める。

 

「というか、タカトシの家の鍵を持ってるんだから、勝手に行けばいいだろうが」

 

「確かに鍵は持ってるけど、たまにはタカ君と一緒にいたいって思っただけです」

 

「お前はしょっちゅう一緒にいるだろうが!」

 

 

 それこそ、同じ学校に通っている私たちよりもカナの方が一緒にいる時間が長いのではないかと思わせるくらいに。

 

「何を怒っているのかは分かりませんが、義姉さんも少し離れてください」

 

「しょうがないな……それじゃあ、校門を出てから腕組する事にする」

 

「あまり変わらないと思いますが……それではシノ会長、カエデさん、お疲れさまでした」

 

 

 しっかりと一礼して家への道を歩き始めたタカトシと、その後に続くカナの姿は、どことなく夫婦に見えなくもなかった。まぁ、二人とも制服を着ているから、夫婦と勘違いする人はいないだろうが。

 

「しかし、五十嵐まで注意しに来るとは思わなかったぞ。何処で見てたんだ?」

 

「私は、魚見会長がタカトシ君に腕を絡ませるところを偶々見ただけです」

 

「そんな偶然があるのか?」

 

 

 何となく怪しいと思ったが、私には畑のように問い詰める術がないからな……とりあえず今ので納得しておくか。




ウオミーが一番自然だ


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独特な照れ隠し

こんな人いないだろ……


 生徒会室でタカトシ君と二人きりになり、私はちょっと恥ずかしいのと、少しでもタカトシ君に意識してもらえるようにと思い、お茶を淹れる事にした。

 

「タカトシ君。お茶飲むよね?」

 

「俺が淹れますよ」

 

「大丈夫だよ。私の方が近いから」

 

 

 そう言って私は、家から持ってきた良いお茶を取り出し急須に茶葉を入れる。

 

「それって結構いい茶葉ですよね?」

 

「分かる? みんなに飲んでほしくて、家から持ってきたんだ~」

 

 

 本当はタカトシ君に飲んでもらいたかったのだけど、それを正直に言う勇気は私には無い。

 

「良いお茶は冷ましたお湯で淹れた方が濃厚な味が出るんだよね」

 

「そうらしいですね」

 

 

 やっぱりタカトシ君も知っていたようで、私の手順に頷きながら答える。タカトシ君は何でも知ってるから凄いなって私も思うよ~。

 

「美味しいです。アリアさんは良いお嫁さんになれますね」

 

「もー、タカトシ君お上手なんだから~」

 

 

 タカトシ君に褒められたことでますます恥ずかしくなった私は、タカトシ君の腕を取って甘噛みする。

 

「アリアさん?」

 

「ち、違うの! これはその……照れ隠しなの!」

 

「照れ隠しに相手を叩く心理が働くとは聞いたことがありますが、甘噛みする人は初めて見ましたよ……」

 

 

 タカトシ君が呆れながら私の身体を押して、とりあえず噛めない距離に追いやる。もちろん、押された事でバランスを崩す、などといったハプニングは起こらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅れて生徒会室にやってきたら、室内でアリアがタカトシの腕を噛んでいた。まさかアリアがタカトシと進展したのかと疑ってみたが、とりあえずそんな事ではなさそうだ。

 

「だが、入りにくいな」

 

「そうですね」

 

「ノックでもするか」

 

「それが良いでしょう」

 

 

 私の隣で苛立ちを抑えながら答える萩村だが、私も心中穏やかではない。

 

『ドン!』

 

 

 ついついノックする手に力が篭ってしまい、大きな音が鳴ってしまった。

 

「それじゃ壁ドンだよ!」

 

「イライラした時に壁を叩く方の壁ドンだな!」

 

「感心してる場合か!」

 

 

 中からドアが開かれ、タカトシが呆れた顔で私たちを生徒会室に招き入れる。この部屋、一応私が長だったような気がするんだが……まぁ気にしないでおこう。

 

「(それにしても、同性から見てもアリアは魅力的な女性だ……どうすれば彼女のようになれるんだろう)」

 

 

 席に着いた私は、じっとアリアの身体の一部分を眺めながら思考する。同性としてあの胸はうらやまけしからんからな……一割くらい私にくれてもいいんじゃないだろうか、とすら思えてくる。

 

「(もしや普段の運動や食生活に秘密が? アリアの行動を真似すれば私も――)」

 

 

 そう考えた瞬間、アリアが髪を結おうと鏡を取り出し、胸の谷間に挿しこんだ。

 

「いきなり真似できない事をするな!!」

 

「な、なんですかいきなり……」

 

「あっ、すまん萩村……驚かせてしまったな」

 

 

 ここには萩村もタカトシもいるので、私が大声を出したことでアリアだけではなく、萩村も驚かせてしまった。だがタカトシは驚くことはなく、黙々と作業を続けている。

 

「(恐らく私の心を読んで、叫ぶのを察知していたのだろう)」

 

「だから、読心術なんて使えませんからね」

 

「っ!?」

 

 

 的確に私の心を読んだとしか思えないタイミングでのツッコミだったので、私は驚いて立ち上がってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日一日シノちゃんが私のモノマネをしてるように感じていたけど、何が目的だったのだろう。放課後になり我慢出来なくなったので、私は直接シノちゃんに尋ねる事にした。

 

「――というわけで、アリアの真似をすれば私も魅力的になれるのではないかと思ったんだ」

 

「そうだったんだ。でも、シノちゃんだって十分魅力的だと思うけど」

 

「アリアはそういってくれるが、私としてはもう少し成長したいんだ」

 

「シノちゃーん? どこ見てるの~?」

 

 

 シノちゃんの視線が、私の胸に向けられているのを感じて、私は咄嗟に両手で胸を隠して身体を捻った。

 

「そのポーズが魅力的なんだー!」

 

「ご、ゴメンなさい!」

 

 

 咄嗟に謝ってしまったけど、私はただ、シノちゃんの視線から逃げただけなんだけどな……

 

「さっきから何を叫んでるんですか? 廊下まで聞こえてますよ」

 

「いや、ちょっとアリアの魅力についてな」

 

「はぁ……」

 

 

 タカトシ君が呆れた視線をシノちゃんに向けて、すぐに無駄だと判断したのか作業を始めた。

 

「というか、タカトシは私とアリア、どっちが女性として魅力があると思ってるんだ?」

 

「はぁ? なんですか、その質問……二人とも違った魅力があるんですから、比べる事自体おかしいでしょう」

 

「どういう意味だ?」

 

「シノさんにはシノさんの、アリアさんにはアリアさんの良さがあるんですから、違う魅力を持った二人を比べるのは変だ、という事です。他人に劣等感を懐くのは仕方ないにしても、そこと比べて自分の魅力を否定するのはおかしいでしょ?」

 

「な、なんだかすごい事を言われた気がする……」

 

「別に大したことは言ってません。あくまで俺個人の感想ですから」

 

 

 タカトシ君に魅力的だと言われた私とシノちゃんは、恥ずかしくなってタカトシ君の臍を指で突っつき始める、

 

「甘噛みの次は臍責めかよ……」

 

 

 タカトシ君が呆れながら私たちの腕を取り、臍責めを止めさせたのだった。




壁ドンはこっちだろ


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三者面談

問題はやっぱりコトミ


 生徒会室で、一枚の紙を眺めながらため息を吐いたら、シノ会長が心配して肩口から覗き込んできた。

 

「三者面談の紙か。何がそんなに心配なんだ?」

 

「いえ、相変わらず両親が出張中でして……保護者同伴じゃなきゃダメだろうなと思って」

 

「まぁそうだろうな。だが君なら問題ないんじゃないのか? 面談で話さなきゃいけない事などなさそうだし」

 

「いえ、コトミの事で……」

 

「あぁ、なるほどな」

 

 

 一応俺も面談はしなければいけないだろうが、自分の事よりもコトミの事が心配でたまらないのだ。何を言われるか分からないし、いろいろと問題があるのは俺も知ってるからな……

 

「タカ君の保護者役なら、私が担当してあげるけど、コトミちゃんのはタカ君が担当した方がよさそうね」

 

「義姉さんが? というか、何当たり前のように生徒会室にいるんですか」

 

「暇だったから」

 

「一応部外者は立ち入り禁止なんですが……」

 

 

 俺の当然のツッコミは黙殺され、面談当日は義姉さんが参加する事になった。というか、何故コトミのは出たくなかったのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君の三者面談に保護者役で同伴したら、横島先生が怪訝そうな顔をして私を見詰めていた。

 

「保護者?」

 

「はい」

 

「いや、一応家族の人じゃないと……ご両親は?」

 

「相変わらずです」

 

「妹さん……」

 

「それじゃあ俺のじゃなくてコトミの面談になるでしょうが」

 

 

 タカ君の言葉に、横島先生だけではなく私までも頷いてしまった。

 

「仕方がないね……これ」

 

「何でそんなもの持ち歩いてるんだよ」

 

 

 私が取り出したのは、既に私の分が書き込まれた婚姻届け。家族じゃなきゃいけないなら、本当の家族になればいいだけだと思ったんだけど、タカ君は呆れてる様子だった。

 

「まぁいいわ……」

 

「それじゃあ担任の先生も許してくれた事だし、タカ君、ここ書いて。判子ある?」

 

「いや、そっちじゃなくて……」

 

「横島先生がツッコむなんて相当だぞ……」

 

 

 とりあえず婚姻届けはしまうように怒られたので、私は渋々鞄にしまい込んだ。何時か本当にタカ君にサインしてもらえる日が来ると良いんだけどな。

 

「えっと、それじゃあ気を取り直して……津田の成績や生活態度、生徒会役員としての仕事っぷりはさすがね。校内でも津田の事を認めている人は大勢いるわ」

 

「さすがタカ君だね。お義姉ちゃん、鼻高々だよ」

 

「唯一気になることと言えば、いい加減彼女を作らないと同性愛じゃないかと疑われるって事くらいか」

 

「誰だ、そんなこと疑ってるやつは……」

 

「だって、お前の容姿なら選び放題だろ? 何なら複数と付き合っても許されるんじゃないかってくらいのモテっぷりだ。それを誰とも付きあってないとなれば、同性愛を疑われても仕方がないだろ」

 

「そんな思考の持ち主はくたばればいいんだ……というか、複数と同時に付き合ったらダメでしょうが」

 

 

 タカ君はその辺りも真面目なのか、彼女が認めたとしても複数と付き合うつもりは無いらしい。というか、タカ君を独占出来ると思ってる女子の方が少ないと思うんだけどな。

 

「まぁ、その辺りは畑が流してる噂がネタ元だから、詳しい話は畑から聞いてくれ」

 

「やっぱりあの人か……」

 

 

 あっさりと犯人が特定出来て、タカ君は盛大にため息を吐き、新聞部の部室がある方に視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 順番待ちの為廊下で待っていたら、タカトシと魚見さんが教室から出てきた。

 

「あら、津田君のお母さん、随分と若いのね」

 

「いや、違――」

 

「まだ膜ありますよ」

 

 

 私の言葉を遮るように魚見さんがお母さんに言うが、そのツッコミは違うんじゃないかな……

 

「貴女も膜の再生手術したの?」

 

「……もっ!?」

 

 

 おかしな話だなと思って流そうと思ったけど、ついつい聞き流せない事だと思って大声を上げてしまった。

 

「何を驚いてるの? もう一度お父さんに初めてを貰ってほしくて――」

 

「あー、それ以上は言わなくていいから。というか聞きたくないから」

 

「相変わらず大変そうだね」

 

「アンタの妹には負けると思うけどね」

 

「あっ、この後コトミの面談だから、俺はもう行くね」

 

「自分のが終わったと思ったら次はコトミの……やっぱりアンタは大変ね」

 

「同情しないでよ……なんだか虚しくなるから」

 

「ご、ゴメン……」

 

 

 タカトシが気にしなくていいといった感じで手を上げて一年のフロアに向かうのを、私はただただ見つめる事しか出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が保護者として面談に同席してくれるんだけど、出来る事なら一人で面談して一人で怒られたかったな。

 

「怒られる事前提で考えるのもどうかと思うぞ」

 

「だって、どう考えてもいい事を言われる確率の方が低いよ……」

 

「だったら改善しようと努力しろ。この前生徒指導部に呼び出されたばかりだろうが」

 

「私はタカ兄みたいに優秀じゃないから、頑張ってもたかが知れてると思うけど」

 

「別に優秀になる必要はないから、せめて普通になるように努力しろよ」

 

「普通って難しいんだよ~?」

 

 

 自分が普通だと思っていても、周りから普通じゃないと思われているかもしれないし、平凡を目指すってのも何だかつまらないしね。

 

「屁理屈ばかり言ってないで、少しくらいは反省しろ」

 

「はーい」

 

 

 いい返事をすると、タカ兄は呆れたようにため息を吐いたのだった。




このシーンのウオミーは結構好き


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面談後

しっかりと監視してもらわないと


 三者面談を終えて、家に帰ってきてからというもの、お義姉ちゃんの目が怖いのなんの……恐らくタカ兄から頼まれたんだろうけど、そんな顔しなくても逃げたりしないのに……

 

「さぁコトミちゃん。早いところ宿題を片付けましょう」

 

「そんなに急がなくても良いんじゃないですか~? とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きましょうよ」

 

「そうやっていつも逃げるじゃないですか。今日という今日は逃がしません。タカ君の胃の痛い思いを解消させるためにも、コトミちゃんにはみっちりと勉強してもらって、少しでもまともになってもらわないといけませんので」

 

「最近は大人しくしてるじゃないですか~! 今日だって、まだ三エロしかしてませんし」

 

 

 少し前の私は、一日十エロくらい当たり前だったのに、今はたったの三エロなのだ。私にとってこれはかなりの成長だと思うんだけどな。

 

「学校から帰ってきたばかりで三エロは多すぎです。とにかく、宿題を出して机に向かってください」

 

「今日は宿題なんて無いです」

 

「嘘はダメです。タカ君が先生から聞いているんですから」

 

「何故ラスボスにそれを教えてしまうんだ……」

 

 

 そりゃ、タカ兄と私、どっちを信用するかと問われれば、私だって迷わずタカ兄と答えるだろう。だけども告げ口なんて先生も酷いことするな……

 

「この間のテストで証明したように、コトミちゃんはやれば出来る子なんですから、しっかりとやってください」

 

「でも、切羽詰まらないとやる気にならないんですよ~」

 

「なら、次生徒指導部に呼び出されたら、コトミちゃんのゲーム全てを捨てる、というのはどうでしょうか?」

 

「や、やめてくださいよっ!? そんなことされたら生きていけません!」

 

 

 ゲームは私の生き甲斐なのだ。それを捨てられたらやる気になるどころか、全てにおいて無気力になってしまうだろう。

 

「そうされたくないのでしたら、しっかりと規則正しい生活を送って、少しでもタカ君の負担にならないように努めてください」

 

「はーい……」

 

 

 タカ兄からはお小遣いを、お義姉ちゃんからはゲームを人質に取られてしまい、私は仕方なく鞄から宿題を取り出そうとしたが――

 

「あっ、学校に忘れてきた」

 

「………」

 

「まだタカ兄が学校にいるだろうし、持ってきてもらいます」

 

 

 お義姉ちゃんが呆れた視線を向けてきたので、私は大慌てで携帯を操作してタカ兄に電話をかける。

 

『何か用か?』

 

「あっ、タカ兄! 宿題のプリントを忘れてきちゃったから、私の机の中から持ってきてくれないかな?」

 

『……それじゃあ俺が帰るまで、義姉さんに今度のテスト範囲の復習を見てもらってろ』

 

「えー! それじゃあ勉強時間が長くなるじゃん。少しくらい遊んでちゃ駄目なの?」

 

『駄目だ。お前の場合、少しじゃ済まないだろうからな。というわけで、義姉さんに代わってくれ』

 

 

 タカ兄の威圧感が、電話越しから伝わってきたので、私は大人しくお義姉ちゃんに携帯を渡した。

 

「もしもしタカ君? ……うん、うん……はーい、分かった。それじゃあ、コトミちゃんを立派な女の子にする為に頑張るから」

 

 

 お義姉ちゃんの言葉だけを聞いていると、なんだか卑猥にも聞こえなくはないけど、恐らく真剣に話してるんだろうな……というか、最近お義姉ちゃんも下ネタ言わなくなってきたし。

 

「というわけでコトミちゃん。次の試験の範囲を教えて」

 

「まだ全部終わってないから分かりませんが、この前はここまででした」

 

「ということは、恐らくここら辺までは確実に範囲に入るでしょうから、今終わってるところは完璧にしておきましょう」

 

「この前テストが終わったばかりなのに、もうテスト勉強しなければいけないのですか~?」

 

「コトミちゃんの場合、一週間やそこらの付け焼刃じゃ身につかないから、徹底的に予習復習をして、確実に身に着けてもらった方が後々楽が出来ますからね」

 

「学校の勉強なんて、世間に出たら殆ど役に立たないものばかりじゃないですかー!」

 

「コトミちゃんはそれ以前の問題なんですからね? このままじゃ、世間に出る前にドロップアウトです」

 

 

 お義姉ちゃんの言葉に、私は自分の状況を改めて自覚させられた。留年にリーチ、更に下手をすれば退学にさせられるかもしれないのだ。確かにドロップアウト一直線だと言われても仕方がないな……

 

「タカ君だって、一生コトミちゃんの面倒を見てくれるわけではないのですから、家事が出来ない分、勉強はしっかりとしなければいけませんよ」

 

「家事が出来ないって言い切られるのも女としてどうなのかと思いますが、タカ兄から料理禁止令が出されてしまってる以上、勉強で成果を出すしかないですもんね」

 

 

 私の料理は食材を無駄にするだけだと怒られ、タカ兄から料理禁止令を出されているのだ。同様に掃除しても散らかすだけ、洗濯しても洗剤を入れすぎて泡だらけにするなど、タカ兄の手間を増やすだけの結果に繋がっているので、そろそろそっちも禁止令が出されるだろう。そうなるといよいよ、勉強で評価を上げるしか、私に残された道は無いのだ。

 

「とりあえず英語からですね」

 

「私が苦手な教科ベストスリーに入る教科ですね」

 

「そのランキング、ほとんどが同率一位じゃないですか」

 

「そ、そんな事ないですよ~?」

 

 

 お義姉ちゃんに見透かされたような気がして、私は視線を逸らして苦笑いを浮かべるのだった。




全教科同率一位のランキング……


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生徒総会後

総会の中身はカットで


 今日は生徒総会だったが、恙なく終わることが出来、今は晴れ晴れとした気分だ。

 

「始まる前は緊張していたが、こうして終わってみると、こういった総会は必要なんだなと思えるよ」

 

「途中、予算決めの為に腕相撲させられる身にもなってくださいよね……というか、何で腕相撲だったんですか?」

 

「だってほら、手を取り合って決めるべきだと考えたから」

 

「意味合いが違う気がするんだが……」

 

 

 話し合いで決まらなかったので、タカトシに勝ったら予算アップと言ってみたところ、ほとんどの部活が参加してびっくりしたのだ。結果はタカトシが全勝したため、予算アップの部活動は無し、という事になった。

 

「お陰で他の箇所に予算を回せたと、予算委員から褒められてたな」

 

「部費アップも必要だったと思いますがね……」

 

「その辺りは来年度から考える事にして、今は修繕などに使うべきだろ。共学化により、いろいろと修理したり増設したりしなければいけないものもあることだし」

 

「そういう事にしておきましょう」

 

 

 タカトシも疲れているのか、何時も程ツッコミにキレがない気がするな……まぁ、あれだけの人数と腕相撲すれば疲れもするか……

 

「シノちゃん、お疲れ様~」

 

「あぁ。アリアもご苦労だったな」

 

「回収のための箱を用意してなかったとは思わなかったよ~」

 

「わざわざ回収の為に体育館の端から端まで動いてもらって助かったぞ。今後はしっかりと箱を用意しておかないとな」

 

「最終手段として、タカトシ君にビキニパンツを穿いてもらおうと思ってたけど、なんとなく殴られそうだったから止めて正解だったね~」

 

「そもそも、そんな案があった事自体初耳なんだが?」

 

「だって心の中で踏みとどまったから~」

 

「なるほど。アリアも成長してるな」

 

「そうかな~? あっ、最近ブラのサイズが合わなくなってきたような気も――」

 

「知った事かー!」

 

 

 アリアの胸がまだ成長しているというのに、何故私の胸は一向に成長しないのだろうか……とにかく、そんな話しは聞きたくなかったので、私はその場から逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 片づけをしていたらシノ会長が何処かに行ってしまったので、俺とスズは首を傾げながらアリア先輩に近づいて事情を聞いた。

 

「何があったんですか?」

 

「シノちゃんに『成長したな』って言われて、そういえば最近ブラのサイズが合わなくなったって答えたら走って行っちゃったの」

 

「それは七条先輩が悪いです」

 

「スズ?」

 

 

 何故か断言したスズに、俺は首を傾げながら彼女の目を見詰めた。

 

「だってほら、会長は胸が小さい事を気にしてるから……」

 

「あぁ、そういえばそうだったな……」

 

 

 俺からすれば気にし過ぎだと思うんだが、女子にしか分からない悩みなのだろうな……下手に頷いたりしてセクハラとか言われたくないので、とりあえず話題を変えることにしよう。

 

「アリア先輩、あちら側の片づけはだいたい終わりましたが、こちらはまだ時間がかかりそうですね」

 

「シノちゃんがいなくなっちゃったからね」

 

「会長が職務放棄とは困ったものですね……」

 

 

 ちょうどそのタイミングで、俺の視界に見知ったヤツが現れた。

 

「コトミ、なにしてるんだ?」

 

「えっ? ちょっと誰もいない体育館で妄想しようかと」

 

「そうか。ちょうどいいから片づけを手伝え」

 

「えぇ!? 何で私がそんな事しなきゃいけないのさ~」

 

「そうだな……教師陣に好印象を持たせるためじゃないか? 今日も遅刻ギリギリだったんだろ?」

 

「うっ!? 何故それをタカ兄が知ってるの……」

 

「保護者代理だからな」

 

 

 遅刻すればすぐに報告されることになっているし、あまりにも遅刻ギリギリが続いた場合にも報告されることになっているのだ。というか学校側も、俺にだけじゃなくてそっちでもどうにかしようとしてくれないだろうか。

 

「課題を出されるよりも、こっちを手伝った方が、頭脳的に楽が出来るんじゃないか?」

 

「でも、肉体的に苦労しそうだよ」

 

「なら帰って義姉さんに勉強を見てもらうか? メールすればすぐに来てくれると思うが」

 

「大人しく手伝わせていただきます」

 

 

 余程勉強したくないのか、コトミは大人しく片付けを手伝い始めた。そんなコトミを見て、スズが同情的な視線を俺に向けてきた。

 

「相変わらずね、コトミちゃんは」

 

「すぐに変わるようなら、俺だって苦労してこなかったさ……」

 

「一度七条グループでやってる淑女体験講座に参加させてみる? もしかしたまともになるかもよ~?」

 

「いえ、お金の無駄になるでしょうし、講師の方に悪いですし」

 

「タカトシ君の為なら、無料で参加させることは出来るけどね~」

 

「その代わり、何か見返りを要求されるんじゃないでしょうね?」

 

「そんなことしないよ~。精々、タカトシ君とデートしたいな~って思うくらい?」

 

「……まぁとにかく、コトミの性格の矯正は、義姉さんと相談しながらゆっくりしていきますよ」

 

「何かあったら手伝うからね」

 

「ありがとう」

 

 

 スズに手伝ってもらえば、少しでも義姉さんにかかる負担が減るだろうし、そうなれば俺に要求される報酬の件も、多少なりとも楽になるだろうな……って、自分でもあり得ないと思ってる事を考えてみたりしたが、とりあえず時間の無駄なので、残りの片づけを終わらせることにしよう。




みんな少しは成長しようぜ……


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初対面

滅多に会う相手ではないな


 生徒総会の数日後の放課後。我々生徒会は総会で挙がった意見をまとめ、とある場所を目指していた。

 

「先の生徒総会で挙がった要望を直接、学園長に訴えるぞ」

 

「直に話すのは始めてだから、緊張しますね」

 

「ドキドキしてるよ」

 

 

 タカトシとアリアが胸を押さえているので、私はアリアの胸に手を伸ばして確認してみた。

 

「おっぱいが大きいから心音伝わらんな。嘘ついちゃだめだぞー」

 

「ごめーん!」

 

「遊んでないでさっさと行きましょうよ……」

 

 

 歩いてアリアを追いかける私を見て、タカトシが呆れながらツッコミを入れる。一応校則を破らなかったので怒られなかったが、どころなく怒っているように思えたのは気のせいだろうか……

 

「よ、よし! 学園長室に急ぐぞ」

 

 

 タカトシにツッコまれたわけではないが、とりあえずアリアを追いかけるのは止めて、学園長室を目指す事にした。

 

「失礼します。生徒会です」

 

『入りたまえ』

 

 

 中から渋い声が聞こえてきた。私たちは一度目を合わせてから、学園長室に入ることにした。

 

「ようこそ、諸君」

 

「本日はお忙しい中時間を作っていただき、ありがとうございます」

 

 

 私の挨拶の後で、全員で頭を下げる。

 

「いやいや、楽にしなさい」

 

 

 学園長の許しを得て、私以外の三人は腰を下ろした。だが私はお辞儀したままで固まる。

 

「会長?」

 

「(女の子の日なんだね)」

 

「(楽な姿勢なんですね)」

 

 

 アリアとスズは察してくれたが、タカトシと学園長は少し首を傾げたが、特に何も言ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず会長も腰を下ろしたので、私は学園長室を見回し、珍しいものを発見した。

 

「(あ……痔の座布団)」

 

 

 私の視線に気が付いたのか、学園長が申し訳なさそうに声をかけてきた。

 

「すまんね。これが無いと座れなくて」

 

「い、いえ……」

 

「ウチの父もそうなんですよー。母にイジメられてなっちゃったみたいで」

 

「そういう事は言わなくていいんで」

 

 

 アリア先輩のボケに、タカトシが丁寧なツッコミを入れたが、恐らく内心はため口でツッコミたかったんだろうな……

 

「学園長。こちら、先日行われた生徒総会で挙がった要望をまとめたものです」

 

「見させてもらおう」

 

 

 変な空気になる前に、会長が要望書を学園長に手渡し、学園長もすぐにそれに目を通し始めた。

 

「いろんな要望があるね……予算アップ、校則緩和、校内全面禁煙化か……喫煙者としては耳が痛いね」

 

「学園長も吸うんですか?」

 

「ああ。でも学園内では自粛しているよ。ガムを噛んで紛らわせたりしてね」

 

「この前赤ちゃんプレイで使った哺乳瓶があるので、良ければこれを吸ってください」

 

「ふざけるのもいい加減にしてくれませんかね?」

 

 

 会長のボケに対して、タカトシが物凄いオーラを出してツッコミを入れる。多少慣れている私たちですらビックリしたので、初めて間近でそのオーラを見た学園長はかなり驚いている様子だ。

 

「津田君と言ったね。随分と凄いオーラだね」

 

「すみません。ですが、これぐらいしないと大人しくしてくれないものでして……ちょっと失礼」

 

 

 タカトシが学園長に断りを入れてから、音もたてずに扉に近づき、そしておもむろに扉を開けた。

 

「あらー?」

 

「やっぱり聞き耳を立てていましたね……いい加減にしてください。新聞部を潰されないと分からないんですかね?」

 

「せ、生徒たちが知りたがっている事を記事にするのが、私の使命ですので」

 

「要望が通ればお伝えしますので、さっさと帰れ」

 

 

 畑さんの襟首を掴んで外に追いやったタカトシを見て、学園長が感心したように頷いた。

 

「随分と畑くんの扱いに長けているようだね」

 

「甚だ不本意ではありますが、慣れてきましたので」

 

「彼女はいろいろな所に忍び込んでいるらしいからね。最近では、授業をサボって二年の修学旅行についていったりしていたらしいし」

 

「その場で取り押さえて強制送還させようかとも思いましたが、自腹切ってかつ、内申を捨てているなら自己責任という事で放置しました」

 

 

 タカトシからの報告を、学園長は興味深そうに聞いていた。それにしても、学園長相手でもタカトシは物怖じしないなぁ……

 

「さて、この要望は前向きに検討させてもらおうと思っているよ」

 

「そうですか。ありがとうございます」

 

「そうそう、これは今回の件とは関係ないのだが」

 

 

 学園長がそう前置きをしてから、再びタカトシに視線を向けた。

 

「津田君には気になっている異性はいるのかね?」

 

「……その質問の意図をお聞きしても?」

 

「知っての通り、我が桜才学園は最近になって共学化したからね。男子が少ない中で生活しているのだから、親しい異性の一人や二人いるだろう? その中で、特に気になっている相手がいるのかという、いわば単なる興味から出た質問だよ」

 

「そうですか。特別意識している女性はいませんね。そう言ったことに時間を割けないという現状もありますが、自分が本当に相手の事を好きなのかどうか、良く分からないというのが偽らざぬ本音です」

 

「なるほど。君は実に真面目な生徒のようだね。横島君から聞いた通りだ」

 

「横島先生が?」

 

 

 タカトシではなく、私たちが驚いて聞いてしまったが、学園長が笑顔でそれに答えてくれた。

 

「彼女は度々男子生徒を襲っているようだが、君だけは靡かないとぼやいているのを聞いたことがあってね」

 

「馘にしたらどうです?」

 

「いやいや、双方合意だそうだからね」

 

「それで良いんでしょうか……」

 

 

 タカトシの力のないツッコミに、学園長は笑いながら肩を竦めたのだった。




学園長すら一目を置くタカトシ


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コトミの手伝い

あまり役には立たないかな


 何時も通りアリアがお茶を淹れてくれたのだが、何やら何時もと匂いが違うような気がするんだよな……

 

「これはセンブリ茶ですか?」

 

「そうだよ~。身体に良いから持ってきたんだ~。その代わり凄く苦いけど」

 

「前にコトミが買ったんですけど、結局飲めなくて俺が片づけたくらいですからね」

 

「そうなんだ~。ということは、タカトシ君はセンブリ茶は平気なんだね~」

 

「最初はちょっと厳しかったですけど、飲み続けて平気になりました」

 

「私はちょっとまだ厳しいかな~」

 

 

 アリアとタカトシは談笑しながら飲んでいるが、私や萩村にはちょっと厳しい苦さだ……というか、アリアも厳しいとか言っておきながら、平然と飲んでるじゃないか……

 

「シノ会長?」

 

「いや……ちょっと苦くて飲み込めない……」

 

「そういう時は勢いで飲んじゃうと良いよ~」

 

 

 そういうとアリアは私の鼻を摘まんで呼吸できなくし、強制的にセンブリ茶を飲み込ませた。

 

「うへぇ……苦い……」

 

「慣れればなんてことないんですけどね」

 

「ゴメン、私も無理だわ……」

 

 

 萩村もギブアップをして、結局お茶はタカトシが全て飲んでくれた。

 

「いくら身体によくても、こんだけ摂取したら身体に悪いと思うんですが」

 

「申し訳ない……だが、捨てるわけにもいかないだろ?」

 

「まぁ、もったいないですからね」

 

 

 結局この日以降、生徒会室でセンブリ茶が出されることは無かったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の仕事として、資料室の整理を任されたんだけど、さすがに私一人では賄えないので、ムツミとネネに手伝ってもらう事にした。

 

「スズちゃん、これは何処に持っていけばいいの?」

 

「それはそっちの棚に。というか、ゴメンねムツミ。ジャージ汚れちゃってる」

 

「別に良いよー。どうせ部活で汚れるだろうし」

 

「そう? でも、ありがとうね」

 

 

 力仕事なら任せてと、ムツミは張り切って手伝ってくれている。ひょっとしてタカトシが手伝いに来るかもとか思っているのかもしれないけど、タカトシは現在、この資料室を散らかした横島先生を説教中なので、絶対に来ることはない。というか、タカトシが来られるなら、ムツミやネネに声はかけなかったし……

 

「ネネもゴメンね。というか、ジャージに着替えなくて良かったの? 制服汚れちゃってるけど……」

 

「別に大丈夫だよ」

 

「そうなの?」

 

「どうせ後で着衣オ〇ニーするから汚れるし」

 

「笑顔が眩しい……」

 

 

 満面の笑みでそう言われてしまったら、ツッコミを入れる事が出来なくなっちゃうじゃないの……というか、制服でするのは良いのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近生徒会業務やバイトが立て込んでいて、まともに家事をすることが出来ていない。時間がある日は義姉さんが来てくれてやってくれているのだが、さすがに申し訳なく思ったので今日は断った。

 

「タカ兄、今日も遅いの?」

 

「ん? そうなるだろうな」

 

 

 生徒会室に顔を出したコトミに、俺はそう告げて作業を再開する。だが、背後でコトミが頬を膨らませている雰囲気を感じ取り、もう一度振り返った。

 

「どうかしたのか?」

 

「べっつにー!」

 

「最近タカトシと一緒にいられなくて不貞腐れてるんじゃないか?」

 

 

 シノ会長が顔を上げてコトミを見てそう発言すると、コトミが慌てて手を振って否定し始める。

 

「そ、そんなんじゃないですからね! 別にタカ兄の料理が食べられなくて不満、とかそんなんじゃないですから! お義姉ちゃんがいてくれるから全然寂しくなんてないんですからね!」

 

「ツンデレ?」

 

「というか、殆ど本音だと思いますが……」

 

 

 慌てて否定しようとした所為か、本音が垂れ流し状態になってる気がしなくもないがな……

 

「だったらコトミも手伝ったらどうだ? そうすればタカトシも早く帰れるだろうし」

 

「でも私、生徒会の作業なんて出来ませんよ?」

 

「纏めた資料をファイルに入れるだけだから、コトミでも出来るだろ」

 

 

 そう言って会長はコトミにファイルを差し出す。少し考えてから、コトミはそのファイルを受け取った。

 

「仕方ないから手伝ってあげるけど、帰りにタカ兄が荷物持ってよね」

 

「はいはい」

 

 

 そうでもしないと手伝えないのだろう。コトミはなんとか自分を納得させて作業を開始した。といっても、本当にファイルに入れるだけなので、コトミじゃなくても出来るんだが……

 

「コトミ、これも頼む」

 

「こっちもおねがーい」

 

「これも」

 

「わーん! 多すぎですよー!」

 

 

 何で処理してる俺たちの方が早く終わってるのかが不思議なくらい、コトミの作業効率は悪かった……これだったらいない方が早かったかもしれない……

 

「よし、これで終わりだな」

 

「こっちも終わったよ~」

 

「私の方も、これで終わりです」

 

「コトミ、お前の方は――」

 

 

 四人の作業が終わったのでコトミの方を確認すると、机に突っ伏して寝ていた。

 

「とりあえず終わってるみたいですね」

 

「コトミがいてくれたから、その分早く終わった……のか?」

 

「まだ外も明るいですし、そう思っておきましょう」

 

「……もしかして荷物ってコイツ?」

 

 

 揺すっても起きないコトミを見ながら、俺はため息を吐いた。

 

「仕方ないか」

 

 

 このままここで寝かしておくことも出来ないので、俺はコトミを背負って先に生徒会室を辞した。鞄は持ってきてるけど、寝てちゃ持てないしな……素直に先に帰せばよかった……




荷物は重そうだ……


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和のマナー教室

何でもある七条グループ


 前にお座敷マナーなどをアリアの家で再確認した延長で、今回はテーブルマナーの確認をするために、再びアリアの力を借りる事になった。

 

「お店があるこのホテル、七条クループのものなんだって」

 

「道理で急な話でも問題なく出来てる訳か」

 

 

 私の背後で萩村とタカトシがこそこそと話しているが、確認の為の会話なので注意する事はしなかった。

 

「今回は急なお願いにも拘らず快く受け入れてくれた七条グループの皆さんに感謝を込めて実践するよう。みな、粗相のないようにな」

 

「はーい」

 

「随分と参加者が多いですね」

 

「ただ飯が食えるって横島先生が銘打ったからじゃない?」

 

「てか、横島先生来てないけど……」

 

 

 タカトシが意識を集中して気配を探ったが、この場に横島先生の気配は無かった。

 

「まーまー、タカ兄は細かい事気にし過ぎなんだよ~」

 

「当然のようにお前もいるんだな……」

 

「だって、タカ兄がいなかったら、私のご飯が無いからね~」

 

「……しっかりとマナーを再確認するように」

 

 

 青筋を立ててそういったタカトシに対して、コトミは何処までもお気楽ムードだった。

 

「お寿司なんて久しぶりですー」

 

「あんまり外食しないのか?」

 

「お小遣いにも限りがありますから」

 

 

 カウンターで握りが出てくるのを待つ間、私はコトミと世間話に花を咲かせていた。

 

「お前は無駄遣いし過ぎなんじゃないか? タカトシが頭を抱えてるのを何度か見たことがあるが」

 

「気になる作品が多いんですよね~。最近はお義姉ちゃんと分担して買ってるから、そこまで散財はしてないと思うんですけど」

 

「カナもなのか? 私はゲームとかあんまりしないから分からないが、面白いのか?」

 

「今度やってみますか? PCがあれば出来ますよ」

 

「PCは苦手なんだがな……」

 

 

 最近でこそタカトシと萩村に鍛えられたから普通には使えてるつもりだが、ゲームとなるとまた別の知識が必要になるのではないか、私はそれが不安だったのだ。

 

「マグロお待ち」

 

「わー、美味しそー!」

 

 

 握りが出されて、コトミが大喜びで手を伸ばした。

 

「待てコトミ。皿やげたは動かしてはいけない」

 

「えっ?」

 

「無理に動かすと握りが倒れてしまうからな」

 

「そうなんですかー。こういうとこにマナーがあるんですね」

 

 

 コトミは納得しように頷き、握りだけを掴んで口に放り込んだ。あんまり行儀は良くないように思えるが、しっかりと味わってるし今回は見逃しておこう。

 

「私も最近知りました。下駄はヒールには無い快感があることを」

 

「七条家のホテルと聞いて、いると思ってましたよ」

 

 

 いきなり現れて変な事を言った出島さんを持ち上げて、タカトシが強制退場させた。

 

「お任せで」

 

「はい」

 

「スズ先輩、お任せって?」

 

「旬の物を楽しみたい時に、板前さんのお薦めを出してもらう事よ」

 

「そうなんですか~。あっでも、お寿司には山葵が入ってますよ?」

 

「だ、だからどうしたのよ……」

 

 

 恐らく萩村は山葵が苦手なのだろう。だがさび抜きを頼むのは子供っぽいとか思っているのか、震えながらも強がりを言っている。

 

「おまち!!」

 

 

 そんな葛藤に気付かず、萩村の前に握りが出された。

 

「ハンバーグ寿司です」

 

「っ!?」

 

「完全にお子様だと思われてましたね~」

 

「コトミ、お前ぶっとばーす!」

 

「何騒いでるんだ?」

 

 

 出島さんを追いやったタカトシが戻ってきて、萩村とコトミに呆れた視線を向けた。

 

「そうそう。お刺身の食べ方にもマナーがあるんだよ~」

 

「お刺身、ですか?」

 

 

 アリアの言葉にコトミが喰いつく。完全に助かったと思っているんだろうな……

 

「山葵は醤油で溶かず、お刺身に乗せた方が風味が損なわれないの」

 

「へー、そうなんですか~。ちょっとやってみよー」

 

 

 コトミがアリアに言われた通り、刺身に山葵を乗せて食べる。私もやってみるか。

 

「んー!? つーんとするな」

 

「鼻射された時ってこんな感じなんですかね?」

 

「知るか! というか、そんなこと考えてる余裕がない」

 

 

 コトミは何処か余裕がある感じだが、私は鼻に山葵が抜けてそれどころではないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田さんの変な発言がこっちまで聞こえてくるけど、私はわざわざ巻き込まれるようなことはせずに座っていた。

 

「おや。五十嵐さんも蕎麦組ですか」

 

「光り物が苦手なので……」

 

 

 食べられたら、私だってタカトシ君の側にいたかったけどね……

 

「ところで、お蕎麦にもマナーってあるのかな?」

 

「蕎麦には、挽きたて・打ちたて・茹でたてという、三たてがあって、食す人は素早く食べるのが礼儀です」

 

「さすが畑さん。マスコミ志望だけあって博識ですね」

 

 

 畑さんの言葉を忘れないように、私はメモを取ることにした。

 

「あと、蕎麦と肉の延べ棒は音を立てて口にした方が情緒があり――」

 

「うわっ、書いちゃった!」

 

「なに変な事を言ってるんですかね、貴女は」

 

「つ、津田副会長……ちょっとしたジョークですよ」

 

「食事をする場でそのような冗談は如何なものかと思いますがね」

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

 

 タカトシ君の怒りオーラに中てられたのか、畑さんはその後大人しくお蕎麦を食べていました。

 

「あ、ありがとうございます。私ではどうにも出来なかったと思います」

 

「そんな事ないと思いますが……まぁ、コトミ、畑さん、出島さんの監視が仕事みたいなものですから」

 

「何時もご苦労様です」

 

 

 同情的になってしまったけど、タカトシ君は気にした様子もなく「ありがとうございます」と一礼してくれた。本当に、タカトシ君は大変そうよね……




何処でも大変なタカトシ


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迷い猫捜索

広い庭だから


 生徒会室にやってくると、七条先輩が机に突っ伏していた。

 

「先輩、どうかしたんですか?」

 

「うん……」

 

 

 声をかけても生返事しかしてくれないので、私は会長に視線を移した。

 

「七条先輩、何かあったんですか?」

 

「どうやら飼い猫が昨日から帰ってきてないそうなんだ。それで昨日一睡も出来ずに、今も半分寝てる状態だ」

 

「そうだったんですか……心配ですね」

 

 

 迷子となれば、いろいろと危険がある。車に引かれたり、別の生き物に襲われたりと……

 

「心当たりは無いんですか?」

 

「うーん……ちょっと分からないんだよね」

 

「外は車が多いですし、早く見つけてあげないと」

 

「ううん、車は大丈夫。走ってないから」

 

「えっ、敷地内で迷子なんですか?」

 

 

 忘れがちだが、七条先輩は凄い所のお嬢様だったんだっけ……そりゃ敷地内で迷ったりもするよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアの心配を取り除くために、我々生徒会メンバーも飼い猫捜索を手伝う事になった。

 

「エティエンヌの捜索隊を結成する!」

 

「何処からさがしましょうか」

 

「食べ物の匂いで誘ってみようと思うの」

 

「というわけで、エティエンヌの好物を用意しました。トリュフと鯛のムニエルとモッツァレラチーズの生ハム包みです」

 

「……本当に猫の好物なのか?」

 

「疑いたい気持ちはわかります……」

 

 

 私たちが普段食べているものよりも明らかに高級な食材が出てきて、私たちは猫を羨んだ。まぁ、そんなことしても意味はないので、別の作戦も実行する事にした。

 

「エティエンヌの為に、萩村家の愛犬、ボアにも来てもらった」

 

「猫くんの私物があれば、匂いで追えます」

 

「んー……そうだ! エティエンヌが愛用してるぬいぐるみがある」

 

 

 そう言ってアリアが取り出したぬいぐるみは、妙なところがほつれて、穴が開いていた。

 

「この不自然な穴は、綻びですよね?」

 

「エティエンヌはそこを噛むのが好きなんだ~」

 

「へー……」

 

 

 萩村は深くツッコむことを諦めて、そう返すのが精一杯だったようだ。

 

「ふむ。スパッツはお尻のラインが出て良いですね」

 

「なにっ!?」

 

 

 いつの間にか私の背後に周っていた出島さんが、私のヒップラインを見て生唾を呑んだ。相変わらずの変態だな。

 

「出島さんは前を歩いてください」

 

「仕方ありませんね……ふむ。前から見えるお尻も良いですね」

 

「何処までも尻好きだな! というか、真面目に探せよな」

 

「あぁ! タカトシ様に叱っていただける快感! もっと叱ってくださいませ!」

 

「ホント、ダメだこの人……」

 

 

 タカトシが呆れながら首を振ると、不意に何かを見つけたように上を見詰める。

 

「アリアさん、行方不明の猫くんって、あの子ですか?」

 

「あっ、いた! あんな所に登って……」

 

「降りられなくなっていたんですね」

 

 

 確かに高い所だし、子猫では降りるのに勇気がいるのかもしれないな。

 

「梯子の用意だ!」

 

「ロープはありますので、誰を縛りますか?」

 

「今一刻を争うので、そういうのは後にしてください」

 

 

 私が出島さんにツッコミを入れている間に、タカトシがするすると木に登ってエティエンヌに手を伸ばす。

 

「ほら、怖くないぞ。こっちにこい」

 

 

 タカトシの匂いを嗅いで、一瞬躊躇ったが、結局エティエンヌはタカトシの手の中に納まった。

 

「よし、良い子だ」

 

 

 タカトシはエティエンヌを抱きかかえながら木を降りてきた。

 

「エティエンヌ! 心配したよ」

 

「良かったですね、無事で」

 

 

 タカトシがエティエンヌを地面に降ろすと、アリアに向かって走り出す。アリアもエティエンヌを迎え入れ、頬ずりする。

 

「それにしても、相変わらずの運動神経ね……」

 

「そうかな?」

 

「普通人間でも躊躇う高さよ?」

 

「昔コトミに付き合わされて、もっと高い場所まで登った事があるから、これくらいなら大丈夫だよ」

 

「アンタ、ほんと苦労してるのね」

 

「あはは……まぁね」

 

 

 頬を掻きながら、タカトシがため息でも吐きそうな雰囲気で萩村に頷いた。

 

「皆様。エティエンヌを探していただき、誠にありがとうございました。ささやかではありますがお礼としてお菓子を用意いたしましたので、ぜひお召し上がりくださいませ」

 

「大したことしてませんが、せっかくのご厚意ですし、いただきます」

 

 

 タカトシと萩村にも同意を得て、私が代表で出島さんの申し出を受ける。七条家のささやかは当てにならないから、少し身構えてしまうんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が出かけているので、これで好き放題出来ると思ってたんだけど、お義姉ちゃんが監視でやってきた。

 

「タカ兄め……全然私を信用してくれてないな」

 

「むしろコトミちゃんの何処を信用すればいいのですか?」

 

「ですよねー……はぁ」

 

 

 自分でも信用する箇所がないという事は分かっているのだが、改めて人に言われると心に響くものがあるんですよね……

 

「とりあえず、宿題を片付けてから遊んでください」

 

「えっ、遊んでいいんですか?」

 

「宿題を片付ければ、ですけどね」

 

「よーし! それじゃあさっそく……っ!? お義姉ちゃん」

 

「はい?」

 

「一問目から問題が何言ってるか分かりません……」

 

「社会のプリントですよね?」

 

 

 それだけ理解力が低いという事なんだけど、お義姉ちゃんは呆れた顔で私を見詰めてきました。これがタカ兄だったら大洪水だっただろうな……




出島さんは空気を読もう……


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崖っぷちの二人

いろいろと残念ですから


 横島先生に呼び出された私は、用件を伝えられてすぐに生徒会室に駆け込んだ。

 

「大変だー!」

 

「ムツミ? ノックぐらいしなさいよね」

 

「あっ、ゴメン……」

 

 

 駆け込んだ所為でスズちゃんに怒られちゃった……

 

「それで、何が大変なの?」

 

「そうだった! 今度のテストで赤点だと、冬休み丸々補習だって言われちゃった……」

 

「まぁ、妥当じゃない? 散々部活補正で何とかしてもらってたんだから、そろそろ危なくなってもおかしくはないと思ってたし」

 

「そうなの?」

 

「何でアンタが知らないのよ……」

 

 

 スズちゃんが呆れながらツッコミを入れてきたけど、そんなこと私が知るわけ無いじゃないの……

 

「それで? 何で生徒会室に駆け込んできたのよ。急いで帰って勉強すれば良いじゃないの」

 

「私一人じゃ補習を回避出来る自信がないから、スズちゃんに手伝ってもらおうと思って……」

 

「何で私? タカトシでも良いじゃない」

 

「タカトシ君はほら、妹さんの相手があるから」

 

「アンタにまで心配されるコトミっていったい……」

 

「とりあえず、勉強教えてください」

 

「授業をちゃんと聞いていれば理解出来るでしょうが」

 

「私はスズちゃんやタカトシ君のように、頭の出来が良いわけじゃないので、そんなことありません」

 

「威張っていう事じゃないと思うんだけど」

 

 

 スズちゃんは呆れながらも私に席を勧めてくれて、そこからスパルタで勉強を教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 テストが近づいてきたので、なんとなく家にいづらくなったので逃げだそうとしたけど、早めに帰ってきたタカ兄と、今日も手伝いに来てくれたお義姉ちゃんに捕まり、私は部屋で勉強をさせられている。

 

「嫌々やったって覚えるわけ無いじゃん!」

 

「だったら嫌々じゃなく、真剣にやればいいだろ」

 

「やりたくありません!」

 

「言い切ったな……だが、そんなことで逃がすと思ってるのか? そもそもお前自身の事だろうが」

 

「はい、頑張ります……」

 

 

 タカ兄に睨まれて、私は大人しく課題に取り組もうとしたが、相変わらず問題が何を言っているのかが分からないのだ。

 

「タカ兄、これって何て言ってるの?」

 

「……英語じゃないだろ」

 

「化学なんて出来なくたって問題ないでしょ?」

 

「必修科目なんだから、出来なければ問題だ」

 

「世間に出れば何の意味もないってば!」

 

「お前はその世間に出られるかどうかの瀬戸際なんだからな?」

 

「申し訳ありませんでした」

 

 

 どう考えてもタカ兄と私とでは、持っている手札が違い過ぎる……これじゃあ勝ち目はないよね……

 

「タカ君、お客さんです」

 

「客? 何方ですか?」

 

「シノっちとアリアっちです。何でも生徒会の書類に不備があったとかで」

 

「そうですか。では義姉さん、コトミの見張りをお願いします」

 

 

 タカ兄はシノ会長たちの相手をするために下に行ったけど、代わりにお義姉ちゃんが私の隣に腰を下ろした。

 

「コトミちゃんが頑張れば、タカ君ももっとバイトに使える時間も増えるだろうし、そうなればコトミちゃんのお小遣いも増えるかもよ?」

 

「むしろ減らされないように頑張らないといけない状況ですけどね~」

 

「分かってるなら、そんなに気楽に言うものじゃないと思うけど?」

 

「分かってはいるんですけど……ほら私って、追い込まれないと力を発揮出来ないタイプなんですよ~」

 

「既に崖っぷちだと聞いていますが? これ以上どうやって追い込むと言うんですか」

 

 

 お義姉ちゃんに睨まれて、私は身体を縮こまらせる。確かに留年するかしないかの瀬戸際、もっと言えば退学にリーチという追い込まれようなのだから、これ以上どう頑張っても追い込むことは出来ないだろうな……

 

「そうそう、タカ君が言っていたんですけど」

 

「何ですか?」

 

「次の試験で成績が揮わなかったら、家を出て自立してもらうって」

 

「えぇ!? 自立なんて出来るわけ無いじゃないですか! 私に家事をさせたら、余計に酷い状況になるって事はタカ兄が一番よく分かってるはずなのに!」

 

「そうでもしないとコトミちゃんが一生タカ君に付きまとうと思ったから、お義姉ちゃんも賛成しておいたからね」

 

「酷いっ!? というか、それって本当なんですか?」

 

 

 私を脅す為にお義姉ちゃんが考えた嘘、という可能性もあるんじゃないかと思って尋ねたんだけど、お義姉ちゃんの表情は真剣そのものだった。

 

「まだ半月あるんだから、頑張って勉強しようね。お義姉ちゃんも手伝うから」

 

「半月も家で勉強したくないです……」

 

「じゃあ、大人しく家を出るの?」

 

「そんなことしたら、一週間で死ねる自信があります」

 

 

 なんとも情けない事だと、私だって分かってるけども、タカ兄に捨てられたら私は生きていけないだろう。

 

「だったら頑張らないと。とりあえず、ゲームとかは押し入れにしまって……これは?」

 

「あっ! それは、その……ちょっとした好奇心と言いますか……」

 

「まぁ、タカ君には黙っておいてあげるけど、こんなものを買ってるからお小遣いがなくなるんだよ?」

 

「はい、気をつけます……」

 

 

 新境地開拓を目指して買ってみた同人誌をお義姉ちゃんに見つけられて、私は何とも恥ずかしい思いをしながら課題に取り組む。もっとしっかりと隠しておけば良かったよ……




ムツミは兎も角、コトミは成長してもすぐ元に戻るからな……


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ボアの散歩

犬にも悟られる飼い主


 体育の時間で足を挫いてしまい、私は今生徒会室の椅子に座っている。短時間歩く分には問題ないのだが、なるべく安静にしているようにと言われてしまったのだ。

 

「大丈夫か、萩村」

 

「えぇまぁ……ですが、この後ボアの散歩をする予定だったのですが、どうしようかとちょっと悩んでいます」

 

 

 一日くらい散歩しなくても問題ないだろうけど、あの子は散歩が好きだからな……また逃げ出して勝手に散歩されると大変なのよね。

 

「散歩くらいなら俺が代わりにさせようか? 今日はバイトもないし、義姉さんが家に来てくれるから家事の心配もないし」

 

「そうなの? じゃあ、お願いしようかな」

 

 

 タカトシならボアも懐いてるし、問題なく散歩もこなせるだろうな。

 

「そういう事なら、私も手伝おう」

 

「私も~」

 

 

 ……あれ?

 

「何で四人で散歩させてるの?」

 

「俺に聞くなよ……」

 

 

 一度家に帰って私服に着替えてきたタカトシがボアの散歩を行う予定だったんだけど、何故か同じように私服に着替えてきた会長と七条先輩がやってきて、それじゃあ私もという流れで、ボアの散歩は私たち四人で行う事になってしまったのだ。

 

「スズちゃん、抜け駆けはダメだよ」

 

「なんのことですか? 私は家で留守番してる予定だったんですが」

 

「というか、何でついてきたの? 足痛いんでしょ?」

 

「うん……でも、なんとなく一人じゃ寂しいかなって」

 

 

 三人で散歩してる中、私は家で一人じゃハブられてるみたいで寂しかったからついてきたと言い張る。本当は会長と七条先輩が抜け駆けするんじゃないかと思って監視についてきたのだけど……

 

「そういえばボア君、今日は歩く速度がゆっくりじゃない?」

 

「きっと萩村が足が痛い事を察して、歩く速度を落としてるんだろう」

 

「飼い主の事を察するなんて、頭いいんだね~」

 

 

 七条先輩と会長がボアの頭を撫でようと私たちの側を離れボアの側による。存分に撫でてもらった後、ボアは私とタカトシの周りをぐるぐると周り、足にリードを絡ませてきた。

 

「こら! 私たちの周りをぐるぐるするな!」

 

「あれも察してるのか?」

 

「そうだと思うけど、タカトシ君は問題なく抜け出しちゃってるから意味ないんじゃない? あっでも、倒れたスズちゃんを抱っこしてるから、意味あったのかもしれないけど」

 

「聞こえてるぞ!」

 

 

 何だか子供扱いされた気がして大声を出したけど、タカトシが心配して顔を覗き込んできたせいで勢いを殺がれてしまった。というか、顔が近くて恥ずかしいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散歩の途中で、なんだか見知った二人組を見つけて声をかけた。

 

「コトミとトッキーか……買い食いとは感心しないな」

 

「帰りが遅いと思ったら、こんな所で油を売っていたのか……もう義姉さんが待ってるから、早く帰れ」

 

「ちょっとした息抜きだよ~……はっ! ちょっと血肉の匂いに誘われて……ところで、皆さんはこんなところで何を?」

 

「足を痛めたスズちゃんの代わりに、私たちがボア君の散歩をしてあげる事になったんだ~」

 

「でもスズ先輩いるじゃないですか」

 

 

 コトミのツッコミに、私たちは小声で事情を話した。

 

「――と、言うわけだ」

 

「つまり、自分のウチなのに一人でお留守番が出来ないスズ先輩が勝手についてきちゃったんですね」

 

「アンタも同じようにしてやろうか?」

 

「じょ、冗談ですよ! まったく、スズ先輩には私の冗談はレベルが高過ぎたみたいですね。タカ兄とあの二人が一緒に行動するのを見過ごせなかったんですよね?」

 

「んなっ!?」

 

 

 コトミが小声で萩村に何かを伝えたが、私たちには聞き取れなかった。だが萩村が大人しくなったという事は、恐らく図星を突いたんだろうな。

 

「というか、お前たちが食べてるのを見て、私たちも小腹がすいてきたぞ」

 

「何か食べる?」

 

「ならあそこの肉まん、結構いけますよ」

 

 

 コトミが肉まんを齧りながらお薦めしてくる。くそぅ……ダイエット中だというのに、食べたくなってきてしまったではないか。

 

「なら俺が買ってきますよ。何個いります?」

 

「四人だし、四つで良いんじゃないか?」

 

「いえ、俺は食べませんので」

 

「タカ兄、肉まん嫌いだっけ?」

 

「いや、夕飯が小籠包の予定だから」

 

「先に言ってよっ!?」

 

 

 まさかの夕飯と似たような物だったとは思わなかったのだろう。コトミが大袈裟に驚いてみせたが、恐らく聞いていても食べただろうな……

 

「というかコトミ、こんな所で油を売ってる余裕があるのか? 次駄目だったら退学なんだろ?」

 

「ま、まだ留年ですよ?」

 

「何故疑問形……というか、それでもダメだろ」

 

「早く帰って勉強した方が良いよ~? カナちゃんも待ってるんでしょ~?」

 

「うっ……」

 

 

 よっぽど勉強したくないのか、コトミがその場に片足をついて蹲った。というか、その恰好でも肉まん食べるんだな……

 

「買ってきました……それで、コトミは何をしてるんだ?」

 

「もう一人の私を降臨させようと」

 

「ふざけるのもいい加減にして、さっさと帰って勉強しろ」

 

「はーい……トッキー、帰ろ」

 

「あぁ、失礼しました」

 

 

 二人が帰るのを見送って、私たちはタカトシが買ってきてくれた肉まんに齧りついたのだった。




コトミは少し焦ろうぜ……


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旅行の計画

実際に事件に巻き込まれたら、落ちついてはいられないだろうな


 生徒会の仕事も一段落つき、休憩がてら我々は読書をしていた。

 

「タカトシが戻ってこない事には帰れないからな」

 

「また横島先生が何かしでかしたんだっけ?」

 

「この間片付けた資料室を盛大に散らかしてくれたらしいので、その片付けを監視しているんです」

 

「どっちが教師だか分からないな、その構図だと……」

 

 

 散らかした生徒を教師が見張っているならまだ分かるが、散らかした教師を生徒が見張るって、もう意味が分からないでもないが、タカトシだからという理由で納得出来てしまうから不思議だ。

 

「この間理事長に会った時も思ったんだが、いっそのこと馘にした方がタカトシの為なんじゃないかって思えてくるな、ここまで酷いと」

 

「タカトシの場合、横島先生以外にもコトミという頭痛の種が残ってるんですけどね」

 

「でもこの間のテストでは、ギリギリ平均点以上だったみたいだけどね~」

 

「あれだけタカトシとカナが勉強を見てやっても平均点ギリギリとはな……」

 

 

 補習にならなければ良い、という次元ではないからな、コトミの成績の悪さは……

 

「ところでシノちゃん。最近ずっと推理小説を読んでるけど、好きなの?」

 

「なかなか面白くてな。犯人を推理しながら読んでいるんだ」

 

「へー面白そうだね~」

 

「こう言うのを読んでいると、私も探偵をやってみたいと思ってしまうんだよな」

 

「だったら、ウチの企業が計画しているミステリーツアーを体験してみる?」

 

「相変わらずスケールが違うな……」

 

 

 普通ならそんな都合よく企画なんて無いんだろうが、アリアの家は大企業だからな……

 

「参加者は私たちだけか?」

 

「タカトシ君が来るなら、コトミちゃんも来ると思うよ。後は英稜の二人も誘ってみようよ」

 

「二泊三日なら、問題ないか。過去にも何度か泊りで遊びに行ったこともあるし」

 

「問題は、三人のバイトのシフトですね。急に言って休めるものでもないでしょうし」

 

「その辺はご都合主義で何とでもなるだろ」

 

「何言ってるんですか?」

 

 

 私の若干メタ発言に、萩村が呆れた顔でツッコミを入れる。忘れがちだが、萩村もツッコミ側の人間だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が戻ってきてそのまま帰路についた私たちは、都合よくカナちゃんとサクラちゃんと遭遇したので、例のミステリーツアーの計画を二人に話した。

 

「七条グループ主催のミステリーツアーですか。面白そうですね」

 

「参加者は何時ものメンバーですか?」

 

「五十嵐や畑にも声はかけたんだが、二人とも都合が悪いようで、我々生徒会メンバー+コトミだ」

 

「それでは、そこに我々二人も追加で」

 

「よし。あっ、二泊三日なんだが、予定は大丈夫か?」

 

 

 シノちゃんが二人に予定を聞くと、カナちゃんもサクラちゃんも手帳でスケジュールを確認して笑みを浮かべた。

 

「ウチの両親は寛容なので、三泊四日くらい平気です」

 

「いや、二泊三日だぞ?」

 

「いえ、ツアー出発の前日、タカ君の家に泊まる事になっているので」

 

「な、何故タカトシの家に泊まる事になっているんだ」

 

「何故って、コトミちゃんの冬休みの宿題の監視として」

 

「あぁ……」

 

 

 カナちゃんに嫉妬したシノちゃんが凄い剣幕で言い寄ったけど、カナちゃんの答えを聞いて思わず納得してしまったようで、そのまま引き下がった。

 

「それじゃあ参加者は七人だね~。出島さんに伝えておく」

 

「あの人も来るんですか?」

 

「進行役兼身の回りの世話を買って出てくれたんだよ~」

 

「タカトシがいれば身の回りの世話役は必要無いんじゃないか?」

 

「そこはほら、ウチの企画だからゲストに任せるわけにはいかないんだよ~」

 

「なるほど」

 

「とりあえず、必要な物は着替えか?」

 

「後は各自持っていきたいものを持っていけばいいんですね」

 

 

 シノちゃんとカナちゃんが話を進めている後ろで、タカトシ君とサクラちゃんが少し嫌そうな顔を見せたのは、ボケとツッコミの比重を考えての事なんだろうな~。

 

「そうそう、三人はバイト、大丈夫なのか?」

 

「えぇ、丁度その期間は宿題を片付けようと思っていたので、元々休みを取っていたので」

 

「私とタカ君は、コトミちゃんの宿題の監視の名目で休みになってますので」

 

「そんな理由で休めるものなのか?」

 

「コトミちゃんの成績の悪さは、ウチの店でも有名になっていますので」

 

 

 カナちゃんの言葉に、タカトシ君が顔を顰めた。たぶん、タカトシ君がため息を吐いていたのを心配したカナちゃんが話しかけて、その内容を他の人も聞いていたとかそんな感じなんだろうな。

 

「いや~、それほどでもないですけどね~」

 

「コトミ……いつの間に」

 

「ついさっきですよ。皆さんの姿を見つけたので、こっそりと近づいてきました。まぁ、タカ兄にはバレてたんですけどね」

 

「お前も少しは成長すれば、タカトシがお前の為にバイトを休む事も無くなるんだぞ?」

 

「少しくらい休まないと、タカ兄は明らかに働き過ぎですからね~。学生と主夫、そしてアルバイトまでしてるんですから」

 

「だから、お前が負担を掛けなければ良いんだろ?」

 

「それは無理です」

 

 

 コトミちゃんが胸を張って宣言したので、私たちはそろってため息を吐いちゃった……もう少し頑張った方が良いと思うんだけどな……




参加者一名追加で


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ミステリーツアー 出発

何でもある七条グループ


 カナ会長と共に、私も七条家主催のミステリーツアーに参加する事になり、今はバスの中で説明を受けているところだ。

 

「皆さんこんにちは。ミステリーツアーのガイドを務めさせていただく出島サヤカです。原則として目的地は明かせませんので、先の見えぬ旅ですがゆるりとお楽しみください」

 

 

 出島さんの説明を聞いたコトミさんが、なんだか自分に酔ったような表情で呟く。

 

「先の見えぬ旅……私たちの人生のよう」

 

「『たち』じゃないからな」

 

「そうだな。この歳ともなれば、将来の目標くらい皆あるだろう」

 

「うん」

 

「そうですね」

 

「確かに」

 

 

 タカトシさんのツッコミに、天草さん、七条さん、萩村さん、カナ会長が同意する。するとコトミさんの表情が見る見るうちに蒼ざめていきました。

 

「というか、コトミは先の事より直前の事を気にしなければいけない状況だからな……」

 

「冬休みの宿題は、ある程度終わらせたよー!」

 

「俺と義姉さんが散々苦労して、だろ?」

 

「その節は大変お世話になりました」

 

 

 カナ会長とタカトシさんに頭を下げたコトミさんは、何とかして二人の視線から逃れようと席を移動しました。元々タカトシさんの隣にコトミさんが座っていたので、空いた席を全員が狙っているように見えたので、私はさりげなくタカトシさんの隣に腰を下ろして、タカトシさんを休ませようとしたのですが、どうやらその事を理解してくれたのはタカトシさんだけのようでした。

 

「また森なのか!」

 

「サクラちゃん、ちょっと抜け駆けが過ぎるんじゃないかな?」

 

「たまには会長に譲ってくれても良いんじゃないかな?」

 

「所詮森さんもタカトシ目当てなんですね」

 

「いや、その、あの……」

 

 

 私がなんて言おうか悩んでいるのを見て、タカトシさんがため息を吐いて私の代わりに説明してくれました。

 

「サクラさんは、俺の隣を皆さんが狙っているのを察知して、騒ぎにならないように自分が座って俺を休ませる目的だっただけで、皆さんが懐いているような不純な動機から来る行動ではないのですが?」

 

「というか、サクラ先輩以外が座ったらタカ兄が疲れちゃうって、私でも分かりますよー? もちろん、この私が隣でもね!」

 

「いや、カッコよくないからな?」

 

 

 キメ顔でそういったコトミさんに、タカトシさんが呆れ顔でツッコミを入れた。

 

「そういうわけですので、皆様。今後席の移動は禁止致します」

 

「仕方ないか……まぁ、タカトシに負担をかけているのは間違いないからな」

 

「自覚があるなら、もう少し努力してください」

 

「これでも大分我慢してる方だろ? 昔はもっと酷かったと自覚しているんだが」

 

「まぁ、確かに……」

 

 

 タカトシさんの前では下ネタを控えているらしいのですが、咄嗟に出てしまう事がまだあるようで、タカトシさんはその都度ツッコミを入れているらしいのです。それ以外にも、生徒会作業中に脱線したり、生徒会顧問である横島先生にお説教したり、アルバイトしたり、コトミさんの勉強をみたりと、タカトシさんには気の休まる時間があまりないのです。

 

「とりあえず移動中くらいは休ませてあげましょうよ」

 

「サクラっち。私は信じてたからね」

 

「思いっきり疑ってたじゃないですか」

 

「そ、そんな事ないですよー?」

 

「視線が明後日の方を向いてますが?」

 

 

 白々しい会長の態度に、私は盛大にため息を吐き、タカトシさんに同情的な視線を向けられたのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくカラオケなどで盛り上がっていると、急にバスが停まってしまった。

 

「何かあったんですか?」

 

「分かりません。ちょっと運転手に確認してきます」

 

 

 さっきまで歌っていた出島さんが急に真面目な表情で立ち上がり、運転手に確認しに行った。

 

「まさか、こんな所で放り出されるのか? 外は雪が降っていて野宿は無理だろうし、バスの故障だとすると、暖房は動かないだろうし」

 

「そ、それは困りましたね。私、暖房が無いと死んじゃう生き物なんですけど」

 

「そんな生き物がいるわけ無いだろうが!」

 

 

 ……ん? そういえば、アリアが危険な目に遭うかもしれないというのに、出島さんは随分と落ち着いていたように見えたが……もしかして、そういう演出なのだろうか?

 

「確認が取れました」

 

「どうでしたか?」

 

「どうやらエンジンの故障のようでして……これ以上先には進めないようです」

 

「それは困りましたね」

 

 

 カナが何処か白々しい口調なのも、私と同じ結論に至っているかもしれないな。

 

「あっ! あそこを見てください!」

 

 

 出島さんもわざとらしい態度で大声を上げて、窓の先を指差す。

 

「あんな所に洋館が! あそこに避難させてもらいましょう」

 

「ミステリーの定番ですね~。あの洋館で誰かが殺され、疑心暗鬼になって一人で行動して更に死体が……ってやつですね~」

 

「アンタ、知識偏ってない?」

 

「そんなこと無いですよ~。ところで、スズ先輩は怖くないんですか~?」

 

「べ、別に怖くなんて無いわよ! というか、子供扱いすんな!」

 

「痛っ!?」

 

 

 萩村をからかって遊んでいたコトミだったが、萩村に脛を蹴り上げられて悶絶し始める。とにかく、これがミステリーツアーの流れだというのなら、大人しくあの洋館に向かうとするか。




この面子で森さん以外がタカトシの隣だとね……


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ミステリーツアー 事件発生

タカトシのままだとすぐにバレるので……


 乗っていたバスがエンジントラブルで動かなくなり、偶然見つけた洋館に向かう事になったのだが、どうもやらせの匂いがするんだよな……

 

「ようこそ。この館の主人です。話はあちらの女性から聞きました。災難でしたな」

 

「(あの人って、バスの運転手だよな?)」

 

「(これもミステリーツアーの内容なんじゃない?)」

 

 

 スズと小声で話していると、出島さんがその会話に割り込んできた。

 

「(何分人手不足なものでして……ちょっとした無理は見逃してください)」

 

 

 つまりあの人も七条家の人なのだろうと納得し、とりあえず館で過ごす事にした。アリア先輩がいる以上、衣食住に不備があるという事は無いだろうし。

 

「お部屋にご案内しましょう。大浴場もありますので、ご自由にお使いください」

 

「大浴場か」

 

「足を伸ばして入れるのは良いですね」

 

 

 スズの興味が風呂に向いたので、俺はとりあえず部屋に向かおうとして、ふと部屋割りが気になり出島さんに話しかけた。

 

「さすがに俺は一人部屋ですよね?」

 

「いえ、先ほど魚見様と話し合われて決めたのですが、タカトシ様は森様と同じ部屋だそうです」

 

「何故? 俺とコトミを一緒にすれば、義姉さんと森さんが同じ部屋で事は済んだはずですが」

 

「その辺りは聞いていません。後程魚見様からお聞きになるか、気にしないことをお勧めします」

 

「はぁ……」

 

 

 何だか最近、義姉さんが俺とサクラさんをくっつけようとしてるように感じるのだが、これもそれが原因なのだろうか?

 

「お義姉ちゃん、一緒に部屋でだらだらしましょう!」

 

「丁度いい機会だから、コトミちゃんの勉強を見てあげるね」

 

「宿題はちゃんと終わらせましたよ?」

 

「宿題だけじゃ補えない成績なんだから、頑張って勉強しようね?」

 

「くっ! これもタカ兄の陰謀か!?」

 

「俺は何にも言ってないだろ」

 

 

 厨二全開のコトミに軽くツッコミを入れてから、俺はとりあえず部屋に向かう事にした。

 

「まさかタカトシさんと同じ部屋になるとは思ってませんでした」

 

「俺もです……どうやら、義姉さんが出島さんと話しあって決めたらしいんですけど」

 

「会長が? 珍しい事もあるんですね」

 

「サクラさんもそう思いますか?」

 

「ええ」

 

 

 義姉さんの行動が怪しいとサクラさんも感じているようで、俺たちはひとしきり可能性を上げては否定し、また上げては否定しを繰り返した。

 

「駄目ですね、さっぱりわかりません」

 

「面白半分って可能性もありますし、深く考えては負けなのかもしれませんね」

 

 

 義姉さんの思惑を考える事に諦めたタイミングで、扉の隙間から何かが入れられてきた。

 

「何ですかね、コレ?」

 

「さぁ?」

 

 

 サクラさんがその紙を拾い上げて、そこに書かれている文を読む。

 

「えーと……森サクラ様、今回起こる事件において、貴女が犯人役となりました……つまり、どういう事でしょうか?」

 

「これから起こる事件の犯人役として立ち回れ、という事ではありませんか? なんなら、俺もお手伝いしますし」

 

 

 これを持ってきた人は気配で分かっているので、恐らくあの人が何かをして、それをサクラさんがやったようにミスリードさせろという事なのだろうな。

 

『うわぁっ!?』

 

「今の、天草さんの声、ですよね?」

 

「何かあったみたいですね」

 

 

 サクラさんと二人でシノ会長の許へ向かう。

 

「風呂に入っている間に、パンツ盗られた」

 

「えぇ……」

 

 

 サクラさんが何とも言えない目で俺を見てくるが、俺は明後日の方を向いてその視線から逃れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノ会長のパンツが盗まれたと聞かされ、私たちは全員大広間へと集められた。

 

「下着ドロがいるかもしれない場所にこれ以上いられるか! 私は部屋に戻らせてもらう!」

 

「………」

 

「って! 誰か止めてくださいよ! このままじゃ死亡フラグになっちゃうじゃないですか!」

 

「遊んでないで真剣に考えろよな」

 

 

 タカ兄に怒られて、私たちはそれぞれのアリバイを言い合った。

 

「全員アリバイがありますね」

 

「そういえば、館の主人とか言ってた人は何処に行ったんですか?」

 

「あぁ、彼なら厨房で食事の準備をしております」

 

「まさか、その人が犯人?」

 

「でも、女湯の更衣室にあの人が入ったら、さすがに気づくのではありませんか?」

 

「うーん……まぁ、とりあえずお義姉ちゃん。一緒にお風呂に入りましょう」

 

 

 考える事を諦めて、私はお義姉ちゃんと一緒にお風呂に入ることにした。どうせタカ兄が全て推理してくれるだろうし、私は普通にこのツアーを楽しもうと決めたのだ。

 

「それにしても、シノ会長は災難でしたね」

 

「そうだね。でもスズポンのではなくシノっちのパンツを盗んだって事は、犯人はロリコンではないじゃないかな」

 

「うーん、どうでしょう。スズ先輩のと間違えてシノ会長のパンツを盗ったという可能性もありますし」

 

「じゃあ次のターゲットはスズポン?」

 

「あり得ますね」

 

 

 お風呂でお義姉ちゃんと推理し合って、私は着替えるべく脱衣所に移動して――

 

「あ、あれ?」

 

 

――私のパンツが無い事に気が付いた。

 

「どうかしたの?」

 

「私のパンツも無くなってるんですけど」

 

「犯人はパンツが好きなのかな?」

 

 

 確かに、ブラもあるのにパンツを盗むって事は、それを被って楽しむような人なのかな。とにかく、パンツが無いと困るんだけど……




まぁ、あの人だから仕方ない


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ミステリーツアー 解決

あっという間に解決


 どんな事件に巻き込まれようと、お腹は空くもので、我々はひと時のディナーを楽しむことにした。

 

「洋館だけあって、ナイフとフォークか」

 

「テーブルマナーを気にする人はいませんが、普通に出来ますからね」

 

「私、ちょっと不安なんだけど」

 

「まぁ、コトミちゃんは出来なくても仕方ないかもね」

 

 

 不安そうな顔を見せるコトミに、カナがバッサリと斬り捨てるような言葉をかける。するとコトミはショックを受けるどころか、嬉しそうに食べ始めた。

 

「今の、落ち込むところじゃなかったのか?」

 

「駄目でも指摘されないと分かったからじゃないですか?」

 

「あぁ、そういう事か」

 

 

 指摘されないと分かったから嬉しそうにしてたのか……てっきりコトミがドMで、カナに罵倒されて喜んだのかと思ったが、それは言わない方が良いな、うん。

 

「それにしても、アリアはさすがだな。コトミのを見た後だからかもしれないが、ナイフとフォークの使い方が上手だ」

 

「ありがとー。私も昔は出来なかったんだけど、父の仕草を見て覚えたの~。ほら、子供は親の背中を見て育つって言うじゃない?」

 

「あぁ、言うな」

 

「でもうちの父、母にイジメられた後だったのか、無数のろうそくの痕がついてたんだよね~」

 

「あはは、それは酷いな」

 

「笑い事なんですか、それ?」

 

 

 タカトシがジト目で私たちを見てきたので、私たちは慌てて視線を逸らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えて一息ついていると、部屋に犯行予告らしき紙が貼られている事にシノっちが気が付いた。

 

「なになに『三つの針が一つになる時、Hな布を頂く』だと? どういう意味だ?」

 

「暗号ですかね~? 私には難しくて分からないですけど」

 

「タカ君、分かった?」

 

「えっ? えぇまぁ」

 

「おっと待った! 私にも分かったぞ」

 

 

 タカ君に答えを聞こうとした私を手で遮り、シノっちが自信満々に胸を張っていました。

 

「この針とは時計の針で、三つの針が一つになる時とは深夜零時の事だ。そしてHな布とはHカップのブラ!!」

 

「という事は、標的はHカップの人って事? 怖いねー」

 

「あぁ、怖いな」

 

「怖いですね」

 

「アリア先輩は兎も角、シノ会長とスズ先輩は怖がる必要は無いんじゃないですか?」

 

 

 空気を読めなかったコトミちゃんが、言ってはいけないことを言ったせいで、シノっちとスズポンの視線がコトミちゃんに突き刺さった。

 

「というか、もうすぐ零時ですね」

 

「こういう時、男の子のタカ君が羨ましい」

 

「何でです?」

 

「だって、ブラしてないでしょ? だから狙われる心配が無いじゃない」

 

「はぁ……」

 

「ねぇタカトシ君。怖いからくっついててもいいかな?」

 

「おい、アリア――」

 

「私のブラ、フロントホックだから」

 

「――ぬけが……あ、あれ?」

 

 

 怖いという理由でタカ君に抱きつこうとしたのではないかと疑ったシノっちでしたが、単純に盗難対策だと分かり呆気に取られてしまったようです。

 

「な、なんだっ?」

 

「停電ですね」

 

「うひゃっー!?」

 

 

 辺りが暗くなったと思ったら、スズポンの悲鳴が部屋に響き渡りました。

 

「HカップはHカップでも、硬い方のHでしたか。ハードのH」

 

「鉛筆じゃないよ、マシュマロだよ」

 

「スズ、そのツッコミはどうかと」

 

 

 ブラを盗まれたスズポンの力ないツッコミに、タカ君が同情的なツッコミを入れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これ以上の被害を防ぐために、全員で同じ部屋で寝ることにしたのですが、私には気になっている事がありタカトシさんに声をかけました。

 

「これって、私が犯人を追及しなければいけないのでしょうか?」

 

「まぁ、犯人役という名の探偵役に指名されているのがサクラさんですから」

 

「でも、タカトシさんは最初から犯人があの人だって分かってましたよね?」

 

「あの手紙を部屋に運んだのはあの人ですから」

 

 

 常人には出来ない特定の仕方で犯人を見抜いていたタカトシさんと私とでは、探偵役としての説得力が違うと思うんですけど……

 

「サクラっち、どうかしたの?」

 

「犯人が分かりました」

 

「本当か?」

 

「えぇ。まずこの手紙は、私に罪をかぶせる為のブラフです。そして犯人は天草さんがいた女湯に忍び込むことが出来て、コトミさんの縞々パンツを盗むような邪な人で、七条さんのバストサイズを知っていてかつ、萩村さんのブラを抜き取るフィンガーテクを持つ出島さん、貴女です」

 

「お見事です。言い逃れの出来ない推理ですね」

 

 

 私の推理に、出島さんが拍手をしながら称賛を送ってきました。

 

「さぁ、大人しくお縄につきましょう。早く縛ってください」

 

「うわー反省してないよこの人……」

 

 

 縛られるのをドキドキしながら待っているのを見て、私は思わず素の思いが零れてしまいました。

 

「でも何でタカトシを犯人役に指名しなかったんですか? 女物の下着を盗むなら、男であるタカトシの方が自然だったのに」

 

「だって、タカトシ様には手紙を仕込む前から私が犯人だとバレてたようですし」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。だって、部屋割りがあからさま過ぎでしたし。俺とサクラさんを同室にしたのは、このミステリーツアー完遂に俺も一役噛まされたからですよね?」

 

「その通りです。そして何よりの理由は……タカトシ様がここにいるメンバーの下着を盗むわけがないという、絶対的な信頼を得ているからです」

 

 

 出島さんの言葉に、私たち全員納得してしまいました。確かに、例え普通に盗難事件が起こっても、真っ先に疑うのはタカトシさんではなく出島さんだったでしょうね……




男より下着ドロの可能性が高い出島さん……


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それぞれの正月

寝正月とか羨ましい……


 長風呂をして少し逆上せてしまったので、部屋でゴロゴロしようとしたらタカトシから電話がかかってきた。

 

『シノ会長、あけましておめでとうございます』

 

「ふぁい、おめでとう……」

 

『どうかしたんですか?』

 

 

 電話越しでも私が普段通りではないと理解したタカトシが、私の体調を気遣ってくれた。これだけの事でも嬉しいなんて、私は乙女だったのか。

 

「いや、ちょっと長風呂をし過ぎてな……」

 

『大丈夫ですか? この時期は湯冷めしやすいので、気を付けてくださいね』

 

「あぁ、分かってる。気をつけなければいけないと分かっているのだが、水中だと身体が大きく見えるからついつい身体の一部に見惚れてしまうんだ」

 

『はぁ……まぁ風邪などひかないようにお気をつけて。では』

 

「あぁ。わざわざ電話ありがとう」

 

 

 タカトシからの新年のあいさつを、まさかこのようにだらしない恰好で受ける事になるとはな……なんだか情けない気持ちになってきたな……

 

「あっ、そういえば明日、アリアと出かける約束をしてたっけ」

 

 

 今年は集まろうとかいう感じにならなかったので、各自のんびり過ごす事になったのだが、こうして友達として出かけようって感じも悪くないな。

 そして翌日……

 

「シノちゃん、お正月はどうだった?」

 

「ゴロゴロと寝正月だったよ。夜はちょっと逆上せてだらだらしてたけど」

 

「そうなんだ~。あっ、タカトシ君から新年の挨拶はあった?」

 

「あぁ。逆上せた時に電話を受けたから、ちょっと心配させてしまった」

 

「あらあら~」

 

 

 アリアが面白がってるのを隠そうと、口を手で覆っているが、恐らく笑っているのだろうと付き合いが長いので分かってしまった。

 

「そういうアリアは、正月はどうだったんだ?」

 

「私は家族でのんびりしてたよ~。お父さんとお母さんとピエールとコンスタンツとジョン・スミスとエティエンヌと」

 

「ん? ……あぁ、猫か。今はペットも家族のようなものだもんな」

 

 

 ペットが家族……という事は!

 

「『お前は私のペットだ!』というのも、現代風のプロポーズになるのか」

 

「なかなか斬新なプロポーズだね~」

 

「いや、素で返されると困ってしまうんだが……」

 

「ボケる相手は選ばないと駄目だよ~」

 

 

 ボケたと分かっているのにツッコんでくれないとは……アリアもなかなかのSだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネネとムツミに誘われて、私は今買い物に来ている。と言っても、自分の買い物ではなく、ネネとムツミの買い物の付き添いなんだけど。

 

「うーん……」

 

 

 今はネネの目的地である眼鏡屋に来ている。私にはあんまり縁がない場所だけど、こうしてみると結構種類があるのね。

 

「新調しようにも、フレームのデザインで迷うなー」

 

「シンプルにふちなしとかししたら?」

 

「あっ、それも良いね。私、ふちなし好きだし」

 

「そうなの?」

 

 

 そんなこと知らなかったな……というか、なんとなく嫌な感じがするのは気のせいよね?

 

「うん。だから、パンツもふちなしなんだー」

 

「それは前張りって言うんだよ?」

 

 

 何でタカトシがいてくれなかったのかしら……って、こんな所で会ったら会ったで困るわね……

 

「決まったー? 次は私の買い物に付き合ってよねー」

 

「OK」

 

 

 とりあえずネネの眼鏡はふちなしに決まったので、今度はムツミの買い物に付き合う事になった。

 

「新しいカバン欲しいけど、デザインで迷うな」

 

「こういう背負う感じのはどう?」

 

「うん、可愛くて良いね!」

 

 

 ムツミならエロボケもないし、安心してお薦め出来るわね。

 

「背負うやつなら、カバンチラも出来るしね」

 

「そんな目的で背負ってないよ」

 

「カバンチラ?」

 

 

 ネネのエロボケが分かってしまった私は、もしかして毒されてるのだろうか?

 

「スズちゃんが薦めてくれたやつ、気に入ったから買ってくるね」

 

「うん、行ってらっしゃい……」

 

「スズちゃん、いつの間に絶頂して疲れ果てたの?」

 

「普通に疲れてんだよ!」

 

 

 こんなのを毎日相手にしているタカトシの事を、ますます尊敬しちゃいそうね……私には一人が精一杯だわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にしては珍しく、冬休みの宿題を終わらせているので、堂々とコタツでだらだらしていたら、とあることに気付いてしまった。

 

「ひょっとして太っちゃった?」

 

「そりゃ、コタツで食っちゃ寝してたら太るだろ。ただでさえ運動してないんだから」

 

「気付いてたんなら止めてよー!」

 

「何でお前の体重管理までしなきゃならないんだ」

 

 

 同じように食べてるのに、タカ兄は全然太ってないんだよな……何か秘密があるのだろうが?

 

「タカ兄って運動してたっけ?」

 

「バイトの行き帰りに走ったりしてる。後は普通に家事をしていれば運動になったりするからな」

 

「くそぅ! まさかそんな罠があったとは……とりあえず、急いで痩せなければ!」

 

「言っておくが、コタツはサウナじゃないから痩せないぞ」

 

「何で分かったの!?」

 

 

 私がしようとしている事をタカ兄に言い当てられて、私はいつも以上に驚いてしまう。

 

「何でってそりゃ、ものぐさなお前の事だから、コタツに篭って汗でも掻こうとか思ってるんじゃないかってな。無駄だから少しは運動してこい」

 

「はーい……」

 

 

 タカ兄に怒られてしまったので、私はとりあえず外に出て身体を動かす事にしたのでした。




そして堕落するコトミ……


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カエデの悩み

多少はマシになってるのか?


 困ったことが起きて、どうしようか考えていると、急に視界が塞がれた。

 

『だーれだ』

 

「……七条さん」

 

 

 かけられた声は天草さんの物だったけど、背中に当たる膨らみが明らかに彼女の物とは違ったので、私は知り合いの中で最も胸の大きい人の名を答えた。

 

「むっ、正解だ。良く分かったな」

 

「私、勘が良い方なので」

 

 

 言えない……背中に当たった胸の感触で天草さんじゃないと分かったなんて……そんなこと言ったら、天草さんが激怒するでしょうし……

 

「何か悩んでる様子だったが、何かあったのか?」

 

「明日近所の小学校で歌の発表会があるのですが……風邪で欠員が四人も出てしまってどうしようかと悩んでいたんです」

 

「何だ、水臭いな。ここに四人いるじゃないか」

 

「えっ、俺もですか?」

 

 

 天草さんの提案に、タカトシ君が驚いた声を漏らしたけど、タカトシ君なら私も気にならないし、確かに丁度四人いるわね。

 

「では、皆さんの実力を拝見しても良いですか?」

 

「もちろん! では、一時間後に集合だ!」

 

 

 何故今すぐではなく一時間後なのか、その時は分からなかった。でも、待ち合わせして向かった先に気が付き、私は納得してしまった。

 

「寄り道は校則違反だからな」

 

「なるほど」

 

「何でここでやるんですか?」

 

 

 タカトシ君だけは何となく納得してない様子だけど、歌の実力を確かめるには、ここが一番適してるかもしれないわね。

 

「誰から行く?」

 

「俺はあんまり自信ないんで、最後で良いです」

 

「あら、あんた歌は苦手だったの?」

 

「得意だと言い張れるだけの自信なんてないよ」

 

 

 萩村さんと小声で話しているタカトシ君のセリフを聞いて、私は少し嬉しくなってしまった。だって、あのタカトシ君にも苦手な事があったって知れたから。

 

「それにしても……」

 

 

 天草さん、萩村さん、七条さんの順で歌っているけど、みんな上手で羨ましいわね。

 

「これだけ美味いと、コーラス部に欲しくなってきます」

 

「トータルに考えた結果、ヘッドハンティングしたくなったわけか」

 

「シノちゃん、いくら防音されているからってそんなことを言っちゃ……」

 

「? 別におかしなことは言ってないだろ? トータルに考えてヘッドハンティングしたくなったと言っただけだ」

 

「あぁ、私の聞き間違いだったんだ……まぁ、最近は控えてるからおかしいなとは思ったんだけどね」

 

「なんて聞こえたんですか?」

 

 

 聞いたら後悔すると分かっていながらも、なんと聞き間違えたのか知りたくなってしまった自分の好奇心旺盛な部分を、私は後で悔いた。

 

「タートルヘッドハンティングしたいって」

 

「亀○狩りか」

 

「………」

 

 

 気を失いそうになった私を、タカトシ君が無言で支えてくれました。

 

「あ、ありがとう」

 

「いえ。というか、カエデさんも自爆する事が多いですね」

 

「自分でもそう思いました……」

 

 

 今回は完全に私の自爆だったので、タカトシ君の言い分に反論する事が出来ませんでした。ちなみに、タカトシ君の歌声は、かなりレベルが高いものだったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨時で参加したが、発表会は成功したと言って良いと自負している。何せ我々生徒会役員共が一肌脱いだのだからな!

 

「この間はありがとうございました」

 

「なに、困った生徒を見かけたら手を貸すのが我々生徒会役員の務めだからな」

 

「困った生徒会顧問は男子生徒に手を出してますけどね~」

 

「七条さん、その報告はいらないです」

 

 

 横島先生が男子生徒を襲っているのは、桜才学園の公然の秘密だからな。風紀委員長である五十嵐が知らないわけないが、確かに要らない報告だな。

 

「タカトシ君や萩村さんにもお礼を言いたいんだけど、まだ来てないんですか?」

 

「我々は早く終わったからな。二人もそろそろ来るとは思うが」

 

「待ってる間、お茶でも飲む?」

 

「はぁ、いただきます」

 

 

 アリアが淹れたお茶を一口啜り、五十嵐は普段タカトシが座っている席に腰を下ろした。

 

「あそこにタカトシが座っていると仮定しての疑似挿入ごっこをしてるのかな?」

 

「それだったらこの玩具を貸してあげるよ~。より本格的になると思うよ~」

 

「おかしなこと言わないでください! そんなつもりは毛頭ありませんから!」

 

 

 アリアが出したものを見た五十嵐は、一瞬気を失いそうになったが、何とか堪えたようだった。

 

「というか、なんてものを学校に持ってきてるんですか、貴女は!」

 

「だって、校則には載ってないよ~? 大人の玩具を持ってきちゃいけないって」

 

「そんな物書かなくても常識で分かるでしょうが! というか、タカトシ君がいないところでは前と変わってないんですね、お二人とも」

 

「普段我慢しているからこそ、タカトシがいないところで発散しているんだ!」

 

「見つかるかもってスリルがまた、興奮を加速させるんだよね~」

 

「あっ……」

 

 

 五十嵐が私たちの背後を見て言葉を失ったのを受けて、アリアと顔を見合わせて振り返った。

 

「遅くなりました」

 

「た、タカトシ……何時からいたんだ?」

 

「さて、何時からでしょうね?」

 

 

 人の悪い笑みを浮かべながら詰め寄ってくるタカトシに対して、私たちは本気で頭を下げて何とか許してもらったのだった。




タカトシがいないところではダメダメ……


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失われていくもの

確かに殆ど持ってないな


 生徒会室で作業していると、珍しく横島先生がやってきた。この人、生徒会顧問だけど全然顔を出さないし、殆ど役に立たないんだよな……

 

「んー……」

 

「どうかしましたか?」

 

「天草、ちょっと太ったか?」

 

「なっ!?」

 

 

 めったに来ないくせに、来たら来たで失礼な事を……

 

「寒いから厚着してるだけで、体重はキープしています!」

 

「そうか、悪かったな」

 

 

 全然悪びれた様子もなく謝る横島先生に、私は本気で抗議してやろうかとも思ったが、タカトシから鋭い視線が向けられているので止めておくことにした。今は横島先生と遊んでる暇なんて無いしな……

 

「よく見れば津田も大きくなったよな。初めて見た時は、もう少し小さかった気がする」

 

「そうですかね? 別に背が伸びたという実感はありませんけど」

 

 

 横島先生の言葉を軽くあしらって、タカトシは作業を続ける。こいつみたいなあしらい方が私も出来ればなぁ……

 

「七条もデカくなったな」

 

「そうですか~? でも、言われてみれば確かに最近ブラが合わない気がしてるんですよね~」

 

「「くそっ!」」

 

 

 アリアの発言に舌打ちしたのは、私だけじゃなかった。タカトシの陰に隠れて気が付かなかったが、萩村もいたんだったな……

 

「じゃ頑張ってね」

 

「アンタ何しに来たんだよ。暇なら手伝え」

 

「私はほら、この後予定があるから」

 

「今日は職員会議も何もないでしょうが」

 

「個人的な予定よ。久しぶりに若い男が捕まったから」

 

「ろくな用事じゃねぇな……」

 

 

 付き合うの馬鹿らしくなったのか、タカトシはそのまま横島先生を生徒会室から追い出して、残りの作業を黙々と進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会作業を終わらせて帰る頃には、降り始めていた雪が積もっていた。

 

「これは明日、雪かきをする必要があるな」

 

「それでしたら、早めに集合して生徒が通学してくる時間前に終わらせないといけませんね」

 

 

 会長とタカトシが真面目な話をしている横で、私は別の事を考えていた。

 

「子供の頃って雪を見るとはしゃいでいたけど、そう考えると今は億劫なものでしかないですね」

 

「確かにそうだな。そう考えると、この歳でも大分純真さが失われているのかもしれないな」

 

「アンタが言うと、説得力があって嫌ね」

 

「どういう意味?」

 

 

 タカトシがニッコリと笑みを浮かべながら私の顔を覗き込んできたので、私はゆっくりとタカトシから視線を逸らした。べ、別に怖くはないけど、なんとなくあの視線を受け続けられる自信が無かったのだ。

 

「だったら雪かきの負担を減らす為に、今の内から雪を消化しようではないか!」

 

 

 そう言って会長は雪を手に取り、軽く握ってから私に投げつけてきた。

 

「やりましたね!」

 

「わー雪合戦ですか~。トッキー、マキ、負けてられないね」

 

「私は別に……わっぷ!?」

 

「ハッハー、隙だらけだぞ八月一日!」

 

「やりましたね!」

 

「トッキーも背中がら空きだよ~」

 

「テメェ、コトミ! やりやがったな!」

 

 

 いつの間にかやってきたコトミちゃんたちも加えて、私たち五人は本気で雪合戦を始めたのだが、その光景をタカトシと七条先輩はしみじみと眺めていた。

 

「まだ純真さを失ってないようですね」

 

「タカトシ君はやらないの~?」

 

「俺は止めておきます。それと、ちょっとこの場を外しますね」

 

 

 私たちを残してタカトシはどこかに行ってしまったが、会長はそれに気づかない程雪合戦に熱中している。

 

「何処を見ている、萩村!」

 

「なっ、卑怯ですよ!」

 

 

 よそ見をしていた私に向かって本気で雪玉を投げてきた会長に反撃する為、私も意識を完全に雪合戦に向けた所為で、タカトシが何処に行ったか聞くのを忘れてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私以外の全員が雪合戦で体力を消費し、その場に倒れ込んでいると、何処かに行っていたタカトシ君が戻ってきた。

 

「あぁ、やっぱりこうなりましたか」

 

「お帰り~。何処に行ってたの~?」

 

「一度家に帰って、身体が温まるものを作って持ってきました」

 

 

 そう言ってタカトシ君は、全員にコップを渡して、温かい飲み物を配り始めた。

 

「タカ兄、これは?」

 

「生姜湯だ。風邪予防にも良いし、身体が温まるから」

 

「さっすがタカ兄。私たちが体力の限界まで遊び倒すのを読んでたんだね~」

 

「途中で止めるかどうするか悩んだんだが、多分止めても無駄だっただろうしな」

 

 

 そういいながら、全員に配り終えたタカトシ君は、私の許にやってきて、私にも生姜湯を注いでくれた。

 

「アリアさんも。寒い中突っ立ってたので」

 

「ありがと~」

 

 

 普通なら女子の私が用意したりするのかもしれないけど、タカトシ君は主夫だし敵わないよね~。

 

「うん、美味しい」

 

「タカ兄、おかわり!」

 

「お前は……飲み過ぎてトイレが近くなっても知らないからな」

 

「大丈夫だって。最悪、そこらへんですればいいんだし」

 

「……お前、少しは年頃の少女としての恥じらいを持てよな」

 

「緊急時に恥じらいも何も無いって。それに、ちゃんとトイレを探して見つからなかった時は仕方なくって感じだからさ」

 

「もういい……」

 

 

 コトミちゃんの発言に呆れたタカトシ君は、盛大にため息を吐いて首を数回左右に振ったのでした。




最初からなかったかもしれないけど


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急な雨

昨日はすみませんでした


 野暮用で英稜高校を訪れたのだが、帰る頃には雨が降っていた。

 

「雨か……予報では降らないと言っていたはずだが」

 

「思いっきり降ってますね……」

 

 

 カナと二人で空を見上げてため息を吐いていると、後ろから楽しそうに話す二人の声が聞こえてきた。

 

『――というわけなんですよ』

 

『それは災難でしたね』

 

『笑い事じゃないですよ』

 

『ははっ、すみません』

 

 

 生徒会室に忘れ物をした森とタカトシの会話だが、端から聞いている限りでは、既に恋人同士のような会話に聞こえるな。

 

「あれ? 会長たちまだ帰ってなかったんですか?」

 

「サクラっち、貴女は私の右腕だけど、タカ君の右手になっちゃ駄目だからね」

 

「はい?」

 

「おっと、ちょっと難しかったですかね。つまり、タカ君の恋人になりたいなら、まずは私を倒してからにしてもらおうか!」

 

「……コトミの厨二が移ってませんか?」

 

「お義姉ちゃん、認めないからね!」

 

「はぁ……」

 

 

 カナの暴走を呆れた顔で見ていたタカトシだったが、その視線が外に向けられて、私たちが帰っていなかった理由に納得したようだった。

 

「雨ですか」

 

「つまり、会長たちは傘が無くて困っていたと」

 

「それもあるが、お前たちを置いて先に帰るのも悪いと思ってな!」

 

「それはすみませんでした」

 

 

 少しばつが悪そうに頭を下げたタカトシに、私は頭を掻きながら明後日の方へ視線を向ける。

 

「(森と二人きりにさせたら、そのまま次の日には付き合ってるかもと思ってたなんて言えるわけ無いよな)」

 

「シノっち、顔が雄弁に語ってますよ」

 

「何っ!?」

 

 

 カナにツッコまれて、私は慌てて手鏡で自分の顔を確認する。

 

「別に変じゃないぞ?」

 

「やーい、引っ掛かったー!」

 

「騙したな!」

 

 

 逃げるカナを追いかけようとしたが、濡れるのは嫌だなと思い躊躇してしまった。カナも同じ考えだったのか、屋根がある場所を逃げ回っている。

 

「あの……早いところ帰りませんか?」

 

「そうしたいのは山々なんですが、傘がありませんので」

 

「私、置き傘してありますので。良ければ使ってください」

 

「えっ、でもそれじゃあサクラっちが」

 

「大丈夫です! こういう時の為に、二本用意してますから」

 

 

 鞄から折り畳み傘を取り出した森の用意の良さに、カナが感嘆の息を漏らした。

 

「でも、折り畳みじゃ二人は入れないし、一人は濡れちゃうよね」

 

「大丈夫ですよ。俺も傘持ってますし」

 

「タカトシもかっ!?」

 

「えぇ。コトミに持たせるついでに。義姉さんの鞄にも入れたはずですが」

 

「えっ?」

 

 

 タカトシの言葉に驚いたカナが、慌ててカバンの中をまさぐると、確かに折り畳み傘が出てきた。

 

「さすがタカ君! お義姉ちゃん嬉しいです」

 

「まぁ、コトミに入れさせたので、本当に入っているか不安ではあったんですが」

 

「ということは、傘を持っていなかったのは私だけか……なんだか私が準備不足みたいじゃないか」

 

 

 天気予報では雨は降らないって言っていたし、実際に傘を持っていない生徒の方が多く見受けられるのだが、この場に限って言えば、私が少数派になってしまった。まぁ、タカトシと森の用意の良さは私たちも知っているがな。

 

「では天草さん、この置き傘を使ってください。次に会う時返してくれればいいので」

 

「あっ、それだったら一度タカ君の家に寄って、そこでシノっちに別の傘を貸せばいいんじゃない? サクラっちの傘は、私が後日返せば早いし、シノっちはタカ君に傘を返せばそれで良いわけだし」

 

「ウチに、ですか? まぁいいですけど」

 

「ではいきましょう! ちょうど美味しいお菓子があるので、お茶にしましょうか」

 

「寛ぐ気満々ですね」

 

 

 タカトシのツッコミに、カナはチロリと舌を出して誤魔化した。まぁ義姉という事で随分と入り浸ってるようだし、カナのお陰で私もタカトシの家に上がり込む口実が出来たというわけだ。

 

「それじゃあさっそく、私たちの家に行きましょうか」

 

「ちょっと待て! いつの間に津田家がカナの家になったんだ」

 

「だって私はお義姉ちゃんですから、あの家が私の家だと言っても過言ではないと思いますが」

 

「異議あり! お前はあくまで義姉だろうが! あの家に住んでいるわけでも、タカトシと付き合ってるわけでもないのだから、お前の家だという事は大げさだ!」

 

「シノっち、そんなに私があの家に入り浸っている事が気に入らないのですか? あの家には私の一週間分の着替えや、私物の類も置いてありますから、私の家といえなくはないと思いますけど」

 

「あぁ、だから見覚えのない洗濯物が増えたのか」

 

「タカトシさんにも内緒だったんですか?」

 

「その方がタカ君も驚くと思って」

 

「待て待て! カナの服をタカトシが洗濯してるのか!? それはさすがにマズいんじゃないか!」

 

「別に、ただの洗濯物ですし」

 

「……お前はそういうやつだったな」

 

 

 普通の男子高校生なら、カナのような美人の義姉のパンツなどで発散するのが普通だろうが、こいつは男子高校生の前に主夫だったのをすっかり忘れていた……アリアの脱ぎたてのパンツですら、洗濯物としか見ないんだから、カナのパンツじゃそんな事しないよな……

 

「随分と失礼な事を考えてますね」

 

「べ、別にそんな事ないぞー」

 

 

 あからさまな棒読みだったが、タカトシは深く追求してこなかった。こいつはこういうところも弁えてくれるからありがたい。




主夫にとってただの布切れ


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津田家で雨宿り

原作より来客多め


 とりあえずタカトシの家に寄った私たちは、カナの申し出を受けて軽く休ませてもらう事になった。

 

「着替えを用意しますので、ちょっと待っててくださいね」

 

「タカトシ、済まないがタオルを貸してもらえるだろうか? カナと二人で使っていたから、ちょっと濡れてしまった」

 

「別にそれは構いませんが、何故義姉さんは折り畳み傘を使わなかったんですか?」

 

 

 タカトシが気にしてるように、カナは自分の折り畳み傘を使わずに、森の置き傘であるこの傘を私と二人で使ったのだ。お陰で私もカナも、少しずつ濡れてしまったのだ。

 

「だって、せっかくシノっちと友好を深めるチャンスだったので」

 

「傘を二人で使って、どうやって友好を深めるんですか」

 

 

 タカトシは呆れながらタオルを差し出し、すぐにキッチンへ消えていった。

 

「ところで、何故森まで来てるんだ?」

 

「えぇ……さすがに一人であの場から帰るのは寂しかったので」

 

「そうか」

 

 

 確かにあの場で「はいさようなら」と私が言われたとしたら、寂しい気持ちになるだろうな。とりあえず嘘を吐いている様子は無いし、タカトシが気にしてないなら別にいいか。

 

「はい、シノっち」

 

「悪いな……って、何故下着なのだ?」

 

「えっ? だって全部濡れたでしょ?」

 

「私にカナのサイズのブラを着けろというのか……」

 

 

 同じ会長で発情スイッチも同じ、その他にも似ている私たちだが、決定的に違う部分があるのだ。それを分かっていてカナは自分の下着を私に渡してきたんだろうな。

 

「でも、後はコトミちゃんのしかないよ?」

 

「濡れてないからそのままで構わん!」

 

 

 カナに下着を投げ返して、私はリビングへ向かう。私たちのやり取りを見ていた森も、苦笑いを浮かべながらリビングへやってきた。

 

「コーヒーと紅茶、どっちが良いですか?」

 

「ではコーヒーを」

 

「私も同じで構いません」

 

 

 リビングに顔を出した途端に、タカトシが飲み物の希望を聞いてきた。こいつは本当にマメだな……畑が嫁に欲しい男子ナンバーワンだと言っていたが、あながち大袈裟でもないかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄から折り畳み傘をもたされたおかげで、私はそれ程濡れなかったけど、トッキーとマキはびしょぬれになってしまったので、とりあえずウチに避難してもらう事になった。

 

「ただいまー! タカ兄、タオル頂戴」

 

「コトミ、お前傘……あぁ、そういう事。すぐに持ってくるから、ちょっと待っててね」

 

 

 タカ兄は私に小言を言う勢いで玄関に顔を見せ、すぐにマキとトッキーに姿を見て納得したようにタオルを取りに行った。

 

「こんな事言うと津田先輩に失礼だけど、今の完全にお母さんっぽかったね」

 

「タカ兄はお兄ちゃん兼お母さん、時々お父さんだからね~」

 

「お前が自立してくれれば、そんなことしなくてもいいんだがな」

 

「げっ、タカ兄」

 

 

 タカ兄がいないから言えた事だったのに、聞かれていたとは……

 

「二人も上がっていって。すぐに暖かいものを用意するから」

 

「お構いなく」

 

「遠慮しなくて良いって。タカ兄だって好きでやってるんだし」

 

「そうかもしれないけど、コトミが言う事じゃねぇと思うぞ」

 

 

 トッキーのツッコミに、マキも頷いて同意する。タカ兄は苦笑いを浮かべてるのを見ると、どうやら私は三人にツッコまれたようだ。

 

「コーヒーと紅茶、どっちが良い?」

 

「すみません、それじゃあ紅茶で」

 

「私も」

 

「了解。コトミ、お前はとっとと宿題を終わらせろ」

 

 

 私には用意してくれないのかというツッコミを入れようとしたけど、先に怒られちゃった……というか、本当にお母さんみたいだよね、タカ兄って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんの家で雨宿りをしていたけど、結局雨は止まなかった。人数分の傘を貸してくれたタカトシさんに、私たちはお礼を告げる。

 

「済まないな、タカトシ。この傘は綺麗にして返すから」

 

「ビニール傘ですから、そこまで気にしなくてもいいですよ」

 

「お茶までご馳走になって、本当にありがとうございました」

 

「気にしなくて良いって。それに、時さんは宿題、分からなかったみたいだしね」

 

「申し訳ないっす……」

 

 

 コトミちゃんが宿題をするついでに、時さんはタカトシさんに分からない部分を教わっていたのだ。その説明を横でコトミちゃんが盗み聞きしてたように思えたけど、タカトシさんは気づかないふりをして見逃したのだった。

 

「それじゃあサクラっち、明日また会いましょう」

 

「あれ? 会長は帰らないのですか?」

 

 

 しれっと部屋の奥にいるカナ会長に声をかけると、会長は自慢げに胸を張って答えた。

 

「私はこのままタカ君の家に泊まって、コトミちゃんの勉強を見てあげなければいけませんので。このままだと良くて留年ですからね」

 

「そ、そこまで酷くないですよ~。遅刻の回数も減ってるし、何とか無事に進級できると思いますよ」

 

「何とかじゃ困るんです。確実に進級出来るように、私がしっかりとコトミちゃんの面倒を見てあげますので」

 

「そんな~!? シノ会長、助けてください!」

 

「何だったら私も泊まってコトミの面倒を見てやってもいいが?」

 

「……お義姉ちゃんだけで間に合ってます」

 

 

 さすがに二人がかりは困るのか、コトミちゃんは疲れ果てたように答えた。そのやり取りをタカトシさんは、呆れた様子で眺めていたのが印象的でした。




反省したかと思ったらまた……


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女子寮の片付け

横島先生が必死過ぎる……


 生徒会室に入ると、会長たちが何か資料を見ていたので、俺は声をかけてその資料を見せてもらった。

 

「何々『桜才学園寮取り壊しにつき、寮内に残っている備品の運びだし――』ウチに寮なんてあったんですか?」

 

 

 素朴な疑問を口にしたら、背後から返答があった。

 

「昔な。入寮者少なくて一時閉鎖していたんだけど、結局取り壊しが決まってな」

 

「OG横島先生は寮生だったらしい」

 

 

 横島先生と会長の説明を聞いて、俺と萩村は納得したように頷く。

 

「じゃあ懐かしの凱旋ですね」

 

「全然懐かしくないよ。そんなに時間経ってないし、昨日の事のようだし――」

 

「アピール必死過ぎませんかね……」

 

 

 横島先生が卒業したのは確か、七年前だし、懐かしいと表現しても差しさわりは無いのだろうが、女性はそういう事を気にするらしいからな……とりあえず、これ以上年齢に関係するような話は止めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず元桜才女子寮にやってきた我々は、建物の外観を見て少し驚いた。

 

「いやー、すっかりボロくなってんなー」

 

「横島先生が生活してた頃は、まだそれほど古くは無かったのですか?」

 

「さすがにこれほどじゃなかったかな。だがそれなりに古かったのには変わりないが」

 

 

 外観の感想を聞いてから、私たちは寮の中に入ることにした。

 

「人が住んでない建物って、独特な雰囲気がありますよね」

 

「あぁ。何かでそうだな」

 

 

 タカトシと私の会話を横で聞いていた萩村が、少し早口で会話に割り込んできた。

 

「何を言ってるんですか。架空のモノを信じて良いのは小学生までですよっ」

 

「やはりそうなのか」

 

「会長?」

 

 

 私が萩村の言葉に反応を示すと、タカトシが不思議そうに私の顔を覗き込んできた。

 

「実はちょっと前まで、やおい穴があると信じていたんだ……」

 

「何ですか、それ?」

 

「タカトシ君は知らなくても仕方ないものだよ。BL小説の中だけの物だから」

 

「はぁ……」

 

 

 アリアのフォローのお陰で、私は恥ずかしい説明をしなくて済んだが、結局恥ずかしかったんじゃないか、この告白は……

 

「それにしても、随分と埃が溜まってますね」

 

 

 タカトシが棚の上の埃を指でスッとする。それにつられて私とアリアも棚の上に視線を向けた。

 

「確かに溜まってるな」

 

「誰も生活してないと、埃もすぐ溜まっちゃうんだね~」

 

 

 これは運び出す前に一度掃除した方が良いのではないかと思う程の汚れだが、どうせ取り壊すのだからという事で、各自マスクをして運び出す事に決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家具などを運び出していると、横島先生が懐かし気に壁を眺めていた。

 

「お、懐かしいなこのキズ。寮生の皆と大きさを競ったっけ」

 

「へぇ」

 

 

 私も家の柱にキズをつけて、目標に届いたかどうかを確認してるなんて言えないわね……

 

「ところで、何故ここのキズは横に伸びてるんでしょうか?」

 

「そりゃ胸の大きさを競ってからに決まってんだろ。高校生にもなって、身長なんて競わないだろ」

 

「ハハッ、ソウデスネ……」

 

 

 私がカタコトになっているのに気づいたタカトシが顔を引きつらせているけど、横島先生はその事に気付いていない。

 

「ん? これは昔の写真……これって横島先生ですよね?」

 

「おっ? こんなの残ってたのか」

 

 

 横島先生が写真を手に取り懐かしんでいる。私たちも覗き込み、仲良さそうに肩を組んでいるのが印象的だと感じた。

 

「肩組んじゃって、仲良しさんですね~」

 

「いや……あの時私は肩を組んでなかった。つまりこの手は――」

 

「うわーん!」

 

 

 横島先生の言葉に私はたまらず逃げ出した。

 

『生徒で遊ばないように』

 

『いやー、面白いくらいに信じるからさー』

 

 

 背後から聞こえてきた会話に、私はからかわれたのだと理解したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家具を運び出した翌日、さっそく寮の取り壊し工事が開始した。

 

「………」

 

「横島先生、少し寂しそうですね」

 

「思い出が詰まった寮だったんだろう。そっとしておいてやろう」

 

 

 解体工事を寂しそうに眺めている横島先生を見て、スズたちがそんな会話をしているが、横島先生が思っている事はそんな事ではなかった。

 

「(当時の寮生の子らに連絡取ったら、みんな結婚して苗字が変わってた……)」

 

 

 高校卒業から七年も経てば、そりゃ結婚してる同級生がいても不思議ではないが、どうやら横島先生の周りでは結婚していない方が少なかったようだな……

 

「こうなりゃ自棄だ! 生徒会役員共! アルバイト代としてこの後飯に行くぞ!」

 

「横島先生の奢りですか? それは珍しいですね」

 

「といってもファミレスだがな。あんまり高いものは奢れないし」

 

「そんなの期待してないから別に良いですよ。それじゃあ各自、私服に着替えてから集合な。横島先生は先に店に行って席を確保しておいてください。場所はメールで知らせてくれれば行きますので」

 

「教師に場所取りさせるのかよ……」

 

「生徒会役員である我々が、校則違反をするわけにはいきませんので」

 

 

 シノ会長の言う通りで、俺たちは制服なので一度帰らなければいけない。従って横島先生の誘いを受けるためにも、一度帰って着替える必要があるのだ。先生は渋々了解し、俺たちは一度家に帰ってから、横島先生からのメールに書いてある店に向かう事にしたのだった。




横島先生の歳なら、結婚してない方が多いと思うんだけどな……


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購買部のお手伝い

神が買い物に来るわけがないと思う


 購買部のおばちゃんが急用で出かける事になったので、我々生徒会役員が代理を務める事になった。

 

「何々、接客の心得か……お客様は神様…は大袈裟ですが、自分の店を養ってくれる存在と思い、しっかりと敬意を払いましょう、か」

 

「さっきから何を読んでるんですか?」

 

 

 バイトで接客しているタカトシなら緊張しないんだろうが、私はやったことが無いのだ。こういったマニュアルを見ても不思議ではないと思うんだが……そう思い無言で表紙を見せると、タカトシは納得したように表へ向かう。

 

「よし、これでバッチリだ!」

 

 

 マニュアルを読み終えて、私もタカトシに続き表に出た。

 

「いらっしゃいませ、ご主人様」

 

「ほぅ」

 

「今の無し。もう一回やらせて」

 

 

 な、何か間違えたのだろうか……畑のカメラのレンズが光ったかと思ったら、タカトシがすぐさま畑を取り押さえてから、私に耳打ちをしてきた。

 

「何をどう解釈したらあんな挨拶が出るのかは置いておきますが、ふざけるのなら裏方をお願いします」

 

「ま、待て! ちゃんとやるから」

 

 

 せっかく接客するチャンスなのに、裏に回されたらそれはそれで大変じゃないか。何より、せっかくアリアや萩村と話し合って、タカトシと接客するチャンスを勝ち取ったというのに、裏に回されたらアリアか萩村にこのポジションを取られてしまうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君とシノちゃんだけではさばききれなくなったようなので、私とスズちゃんも表で接客のお手伝いをする事になった。

 

「お昼時は混むんだな」

 

「普段利用しないから分からなかったですが、こうしてみると高校の購買も忙しいんですね」

 

「一列に並ばないから、誰の注文を受ければ良いのか悩むよね~」

 

「だが、途中でタカトシが一睨みしたら、大人しく一列に並んだからビックリしたな」

 

「この学校の女子なら、タカトシ君に命じられれば一発だよ~」

 

 

 男子は男子でタカトシ君に逆らえないようだし、女子でタカトシ君の命令に逆らおうと考える人はいないもんね。そのお陰で、私たち三人で接客する事になったんだけど。

 

「ありがとうございました~」

 

「先輩たち、結構様になってますね。接客に向いてるんじゃないですか~?」

 

「そうかな~?」

 

 

 早弁をしたことでお昼が無いコトミちゃんが買い物に来て、私たちの接客態度を褒めてくれた。誰だろうと褒めてくれるって言うのは嬉しいよね~。

 

「というか、随分と上から目線だけど、あんたはどうなのよ?」

 

「私ですか? 私は名前を変えて生きていくので」

 

「結婚の事を随分と大袈裟に言ってるな……というか、お前弁当はどうしたんだ?」

 

「今日の体育はマラソンでさ~。お腹すいちゃって」

 

「その金は何処から出てきたんだ? たしか、もう小遣いを使い切って前借を頼みに来てた気がするんだが?」

 

「それは~……」

 

 

 視線を明後日の方へ向けたコトミちゃんに、タカトシ君の冷たい視線が突き刺さる。誤魔化しきれないと判断したコトミちゃんは、素直に頭を下げて白状した。

 

「マキに借りました」

 

「……はぁ」

 

 

 ため息を吐いて、タカトシ君がポケットからお財布を取り出し、コトミちゃんにお金を渡す。

 

「迷惑料も込みで、これを八月一日さんに返しておいてくれ。来月のコトミの小遣いから天引きしておく」

 

「そりゃないよ、タカ兄!?」

 

「だったら無駄遣いを控え、八月一日さんや時さんに迷惑を掛けないように気を付けるんだな。それから、義姉さんから貰ったお金も、小遣いから天引きするからな」

 

「な、何でそれをタカ兄が知ってるの!? 内緒だって言ったのに……」

 

 

 タカトシ君には逆らえないコトミちゃんは、その場に崩れ落ち、そしてトボトボと教室に戻っていった。可哀想だけど、これもコトミちゃんの為だもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 在庫チェックを終え、購買のおばちゃんも無事戻ってきたので、私たちのお手伝いはここまでとなった。

 

「いやー、結構疲れたな」

 

「そうだね~。何時もこれだけの人の相手をしてる購買の人を尊敬するよ~」

 

 

 私とアリアで感想を言い合っていると、奥の方で寝息が聞こえてきた。

 

「萩村は寝てしまったのか」

 

「そうみたいですね」

 

 

 タカトシの肩に寄りかかって寝ている萩村を見て、私はなんだか起こしにくい空気を感じ取った。

 

「気持ちよさそうに寝ているのを起こすのは、なんだか心苦しいが、萩村は寝起きがいいから、大丈夫だろう」

 

 

 誰に聞かせるでもなくそう呟いてから、私は萩村を起こす事にした。

 

「萩村、起きろ。私たちも帰るぞ」

 

「むぅ」

 

「な、なんだか寝起きが悪いな……何かあったのか?」

 

「いえ別に」

 

 

 事情は何となく分かるが、萩村のそれも抜け駆けになるんじゃないのか? というか、私だけタカトシにもたれかかった事が無いんだが……

 

「はい、これは御駄賃ね」

 

「ありがとうございます」

 

 

 おばちゃんがくれたジュースをそれぞれが受け取り、それで乾杯する事にした。

 

「お疲れ様!」

 

「「「お疲れさまでした」」」

 

 

 私の音頭に合わせて、三人がジュース缶を突き出す。なんだか中年サラリーマンみたいな感じがするが、これはこれでいいな。




労働の対価がジュース一本……まぁ手伝いですからこれで良いのかもしれませんが


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コラムの締め切り

御遣いくらいちゃんとしろよ……


 廊下で横島先生に注意をしていると、畑さんが近づいてきた。スクープの匂いでも嗅ぎ取ってきたのかとも思ったが、俺が横島先生を注意するのなんて日常茶飯事だし、今更スクープになるとも思えないんだがな。

 

「先生」

 

「おっ、なんだ畑?」

 

 

 声をかけられたのを幸いと思ったのか、横島先生が俺から視線を逸らして畑さんの方へ身体ごと向ける。だが畑さんは横島先生の問いかけに首を横に振ってから、俺を指差した。

 

「私が言う『先生』とは、横島先生ではなく津田君です」

 

「俺ですか?」

 

 

 何故俺が「先生」と呼ばれるのか分からないので、横島先生を顔を合わせて首を傾げた。

 

「桜才新聞に載せるコラムの締め切り、今日までなのですが――忘れてますよね?」

 

「先週新聞部に持って行って、確かに渡したはずですが――コトミが」

 

 

 新聞部に行く途中に横島先生の奇行が目に入り、同じく視界に入ったコトミに持って行かせたのが先週の事。念の為家に帰ってからコトミに確認したし、間違いなくコラムは新聞部の手に渡っているはずなのだが……

 

「それが届いていないからこうして確認に来ているのです」

 

「ちょっと待ってくださいね……あっ、コトミか?」

 

 

 俺は携帯を取り出し、コトミに確認を取ることにした。

 

「お前先週任せた御遣い、ちゃんとしてなかったのか?」

 

『そ、それはその……』

 

「正直に白状しろ」

 

『タカ兄から預かったUSBメモリーをトイレに落としてしまいまして……データが消えてしまったんじゃないかって思い家で確認したらその……案の定データが消えていたので、渡したことにしてしまおうと思いまして』

 

「後でバレるって分からなかったのか?」

 

『タカ兄の事だからバックアップを取ってるだろうと……』

 

「帰ったら説教だな」

 

 

 そう宣言してから電話を切り、畑さんにその事を告げた。

 

「困りましたね……今日中に新聞を完成させないと、明日の放課後の発行までに間に合わないのですが」

 

「一度家に帰ってからデータを持ってくれば何とかなるのですが」

 

「それ、どのくらい時間がかかりますか?」

 

「学校・自宅の往復で大体十分で、データをUSBにコピーするのに数分、と言ったところでしょうか。もちろん、コトミが元データに手を加えていなければですが」

 

「コトミさんがそんなことをするメリットがあるとも思えませんが」

 

「余計な事をするのがコトミですから」

 

 

 自分で言っていて情けないが、コトミならありえる。俺は畑さんに生徒会室への伝言を任せ、急ぎ家まで向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に畑がやってきた時は何だと思ったが、事情を聞くと仕方ないなという事になり、私たちは畑と一緒にタカトシが帰ってくるのを待つことにした。

 

「しかしコトミのヤツも、何でUSBをトイレに落としたりしたんだ?」

 

「新聞部に向かう前に催したようで、その際に落としたらしいのです」

 

「ですが、USBなんて落とすでしょうか?」

 

「そこはほら、コトミちゃんだし」

 

「コトミだしな」

 

 

 萩村の質問に、私とアリアは「コトミだから」という事で納得した。萩村もその理由でなんとなく納得したようで、それ以上気にする事はしなかったようだ。

 

「お待たせしました。残念ながら完成データは残っていなかったのですが、完成直前のデータはありましたので、ここで仕上げちゃいますね」

 

「家で仕上げてきても宜しかったのですが?」

 

「あんまり遅いと畑さんに心配をかけそうでしたし、電話で伝えるくらいならPCごと持ってきてこっちで完成させてしまおうと思いましてね」

 

 

 そう言ってタカトシは、何時も座っている場所に腰を下ろし、物凄い速度でキーボードを叩いていく。

 

「萩村もそうだが、タカトシのタイピング速度も半端ないな」

 

「私には真似出来ないな~」

 

「お静かに。先生の気が散ってしまいますので」

 

 

 畑に注意され、私とアリアは互いに互いを見詰め、唇に人差し指を当てて黙るように注意する。

 

「タカトシの気がこれくらいで散るとは思いませんが、出来るだけ邪魔しないでおきましょう」

 

「では、昔みたいにヤンデレ風に見守るとしよう」

 

「そういうの本当に止めてもらえます? 新聞部としても、先生のコラムが完成しないと困るのです。エッセイだけではなく、コラムも大変人気なので」

 

「最早タカトシしか貢献してないんじゃないか、その新聞って?」

 

「先生は新聞部の名誉部員ですから」

 

 

 いつの間にそんなものになったのかと聞きたかったが、タカトシはまだ指を動かして視線を画面に固定したままなので、声をかけるのを憚られた。

 

「ふぅ……完成しました」

 

「……確かに。ではこのデータをUSBに落とし、後はこちらでやっておきます。先生、本当にありがとうございました」

 

「ところで、その「先生」というのは?」

 

「津田先生のお陰で、我が桜才新聞部は脚光を浴びているのです。ですから、尊敬と感謝の念を込めて「先生」とお呼びしています」

 

「そうですか」

 

 

 特に興味なさそうに呟いたタカトシに、もう一度頭を下げてから、畑は生徒会室から新聞部部室へと向かっていったのだった。

 

「ところで、いつの間に名誉部員などになったのだ?」

 

「そんなものになった覚えは無いんですけど」

 

 

 どうやらタカトシも知らぬ間になっていたようだと、私たちは顔を見合わせて苦笑いを浮かべたのだった。




名誉部員って何だよ……


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宿直 前編

宿直担当の教師が一番駄目人間……


 放課後の生徒会室。今日の活動が終わり、解散となるタイミングで会長が口を開いた。

 

「明日は休みだが、清掃ボランティア活動のため休日登校だ。忘れないように」

 

「はーい。でも明日寒いんだよね? いっそ学校に泊まっちゃおうかしら」

 

「アリア先輩は、出島さんに迎えを頼めばいいのでは?」

 

 

 七条先輩のボケだかマジだか分からないセリフに、タカトシは至極まっとうな答えを返した。だが一人真に受けた人間が、七条先輩に声をかける。

 

「別に泊っても良いぞ」

 

「横島先生?」

 

 

 いきなり現れて何を言いだすのかとタカトシが視線で問いかけると、先生は私たちをある部屋へと案内した。

 

「一緒に宿直やろうぜ!」

 

「一人だと寂しいんですか?」

 

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

 

 タカトシのツッコミに慌てる横島先生。先生は意外と寂しがりやだという事を、私たちは知っているので、生暖かい視線を向けて、一度着替えなどを取りに家に帰る事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれ再び学校に戻ってきてから、私たちは宿直室に向かう。

 

「それにしても、宿直制って前時代的ですよね」

 

「まぁ古き良き何とかってことで」

 

 

 宿直室の前で待っていた横島先生に続き、私たちは室内に入った。

 

「そういえば、宿直室なんて初めて入りました」

 

「私も~」

 

「当たり前だろ。ここは選ばれし者――特殊な人間しか入れない場所なのさ」

 

「先生までコトミに感化されてるんですか?」

 

 

 厨二的な発言をした横島先生に、タカトシ君が呆れ顔でツッコミを入れる。

 

「とりあえず日誌をつけるとするか。日付、当直の名前、活動内容の報告か……九時から校舎の見回りだ」

 

「分かりました」

 

「(スズちゃん、怖がってないんだ。成長してるんだね)」

 

 

 スズちゃんの反応を見て感心していた私の隣で、タカトシ君が苦笑いを浮かべているのが気になり、私はタカトシ君に尋ねた。

 

「(どうしたの?)」

 

「(いえ、スズの考えが分かって呆れただけです)」

 

「(スズちゃんの考え?)」

 

 

 視線でタカトシ君に問うと、タカトシ君は「スズの名誉にかかわるので黙っておきます」とだけ言ってそれ以上は教えてくれなかった。

 

「それじゃあ、私たちは先に風呂を済ませるとするか。まぁ、シャワーしかないがな」

 

「それじゃあ、俺は部屋で留守番してますので」

 

「別に一緒でも構わないぜ? シャワー室は女子用しか無いんだし」

 

「遠慮しておきます」

 

 

 横島先生の誘いをやんわりと断って、タカトシ君は宿直室に残った。

 

「アイツ、本当に性欲が無いんじゃないかってくらい、誘いに乗ってこないよな~」

 

「タカトシが普通の男子高校生だったら、とっくに○貞を卒業してるでしょうし。あれだけモテてるんですから」

 

「だよな~。あっ、石鹸貸してくれ」

 

「どうぞ」

 

 

 シャワー室でシノちゃんと横島先生が話しているのを聞いて、私はその通りだなと思っていた。だって、タカトシ君が普通の男子高校生並みに性に敏感だったら、とっくに誰かと合体してるはずだし。

 

「濡れると髪の毛が絡まっちゃうんですよね」

 

「キューティクルは繊細だからな。だから自然乾燥する前にドライヤーで乾かすのがポイントだ」

 

「へー」

 

 

 シノちゃんの雑学に、スズちゃんが感心している。スズちゃんにも知らないことがあるのね――下ネタ以外で。

 

「だからパイ○ンの方が良いぞ。濡れ場でお互いの○毛が絡まるから」

 

「未経験者だからってバカにすんなっ!!」

 

 

 スズちゃんのツッコミがシャワー室に響き渡り、私とシノちゃんは顔を見合わせて苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四人がシャワーを浴びている間に、晩飯の用意を済ませた。と言っても、簡単なものなのでそれほど手間はかからないが。

 

「夕飯はおでんか~、嬉しいね」

 

「着替えを取りに行ったついでに、材料を持ち寄ったんです」

 

「それにしても、相変わらずタカトシの料理は美味そうだな」

 

「おでんなんて、不味そうに作る方が難しいと思いますが」

 

「この間コトミが作ってるのを見たが、生産者に謝った方が良いんじゃないかってくらい失敗していたぞ?」

 

「アイツはまぁ……ある意味特別でしょう」

 

 

 会長の言葉に苦笑いを堪えられなかった。確かにアイツの料理は、どれをとっても不味そうだしな……

 

「って、横島先生、お酒飲んじゃって大丈夫ですか? この後見回りなんですが」

 

「一杯くらい平気だって」

 

 

 そう言っていた三十分後。

 

「あれ~? おかしい、酔いが回って……」

 

「空腹の状態で飲むからですよ」

 

「浣腸液でおなかいっぱいなんだけどなー」

 

「本当に酔って……いや、マジなのか?」

 

 

 この人の事だから、これが本気の可能性の方が高そうだな……

 

「もうダメ……」

 

 

 そう言って横島先生は机に突っ伏して寝てしまった。

 

「結局酔いつぶれちゃったね」

 

「仕方がない。我々だけで見回りをするとしよう」

 

「………」

 

「スズちゃん?」

 

 

 会長の宣言に、スズが引き攣った笑みを浮かべているのをアリア先輩が気にしている。スズが何を考えているのかは、彼女の名誉の為に伏せるが、スズは相変わらずなのかと苦笑いを浮かべてしまったのは許してもらいたい。




スズの考えてた陣形は不可能に……


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宿直 後編

侵入者が一名……


 酔いつぶれてしまった横島先生の代わりに、我々生徒会役員が校内の見回りをする事になった。

 

「早速始めるとしようか」

 

「そ、そうですね……早いところ終わらせちゃいましょう」

 

 

 そう言えば萩村は、暗いところが苦手だったな。加えてそろそろ眠くなる時間だし、何もなく終わればそれほど時間もかからないだろうな。

 

「タカトシは私の右腕だから、右側に立ってくれ」

 

「分かりました」

 

「アリアは私の前、萩村は私の後ろだ」

 

「は~い」

 

「わ、分かりました」

 

 

 萩村の返事が若干震えているような気もするが、タカトシがいればだいたいの事は解決出来ると思うんだがな。

 

「ところでシノちゃん。私とスズちゃんの配置理由は?」

 

「萩村はこういう場面が苦手だろうから、出来るだけ私の背後で大人しくしてもらおうと思って、アリアは歩くたびに揺れるそれを見たくなかったから……」

 

「び、ビビッてませんからね!」

 

「そんなに目立つかな~?」

 

 

 アリアが自分の胸に視線を落とし不思議そうに首を傾げる。私の気持ちは恐らく、持たぬ者の嫉妬なのだが、男子生徒の殆どがアリアが通り過ぎると前かがみになっているのだから、必ずしも嫉妬でそう見えているわけではないのだろうな。

 

「次は二階だ。暗いから足下に気を付けるのだ」

 

「はい」

 

「うん」

 

 

 懐中電灯は私しか持っていないし、夜目が利くタカトシ以外は踏み外すかもしれないからな。しっかりと注意してから私たちは階段を登った。

 

「ここって確か、タカトシたちの教室だよな?」

 

「そうですけど?」

 

「今何か物音がしたような気が」

 

「そ、そんなこと言って怖がらせようとしても――」

 

 

 萩村が私に抗議しようとしたタイミングで、物音が教室内から聞こえてきた。

 

「ひゃっ!?」

 

 

 物音に驚いた萩村がタカトシに飛びついたが、タカトシは特に反応もせずに教室の扉を開けた。

 

「三葉、何してるんだ?」

 

「へっ、ムツミ?」

 

 

 姿を確認するまでもなく犯人が分かっていたようだな……さすがタカトシと言うところか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 忘れ物を取りに学校に忍び込んだのは良いけど、あっという間に見つかってしまった……これって、内申に響かないよね?

 

「忘れ物を取りに来たのは分かったが、だからといって忍び込んじゃ駄目だろ?」

 

「申し訳ありません」

 

「職員室に忍び込んだのなら兎も角、教室ならそこまで強く咎める必要もないでしょう」

 

「だからと言って、お咎め無しでは問題だろ?」

 

「だったら、三葉も一緒に見回りをしてもらう、という事で如何でしょう? その方がスズも安心でしょうし」

 

 

 タカトシ君と会長の間で私に対する罰が話し合われていたけど、何故かいきなりタカトシ君にデートに誘われた。

 

「男の子に夜景の散歩に誘われるなんて……」

 

「何か都合のいい解釈をしてない? 一応罰だからね、コレ」

 

「す、スズちゃん……顔が怖いよ?」

 

「別に、普通よ」

 

 

 スズちゃんから鋭い視線を受けながらも、私はタカトシ君からのお誘いを受けて、生徒会の皆さんと見回りをする事にした。

 

「よし、次は体育館だな」

 

「何だかノリノリだね~、シノちゃん」

 

「夜の学校はなんだかテンションが上がってな。何かあるかもしれないだろ?」

 

「あったら困るから見回りしてるんだろうが」

 

 

 タカトシ君のツッコミに、会長と七条先輩はバツが悪そうに頭を下げている。これだと、誰が一番偉いのか分からないね。

 

「特に異常は無さそうだな」

 

「一応、ステージの方も見てみよう」

 

 

 タカトシ君から逃げるようにステージに向かった会長と七条先輩だったけど、特に何もなかったのですぐに戻ってきた。

 

「後はもう一周して宿直室に戻るだけだな」

 

「それじゃあ、私はここで――わっ!?」

 

 

 見回りも終わったようなので帰ろうとしたら、何かに躓いてコケそうになってしまった。

 

「おっと」

 

「た、タカトシ君……」

 

「暗いから気を付けて」

 

「う、うん……ゴメンね」

 

 

 私も鍛えてるけど、こういった時男の子の方が頼りになるって思っちゃうのは、相手がタカトシ君だからなのかな?

 

「え、えっと……皆さん、顔が怖いんですけど?」

 

「三葉、まさかわざとコケたんじゃないだろうな?」

 

「そ、そんな事ありませんよ。というか、何でわざとコケる必要があるんですか?」

 

 

 私の問い返しに、会長たちは視線を彷徨わせ始めた。何を言い淀んでるのか分からなくてタカトシ君に聞こうと思ったけど、タカトシ君も呆けた顔をしてるから、多分分からないのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三葉を校門まで送った後、俺たちは宿直室に戻った。さすがに目が覚めていた横島先生が、勢いよく正座して俺たちに頭を下げてきた。

 

「見回りお疲れさまです! 飲み物どーぞ!!」

 

「先生、これからは気を付けてくださいね?」

 

「ははーっ」

 

 

 宿直中に酒を呑むのはどうかと思うが、多分俺たちがいたことで気が緩んだのだろう。俺はそういう事にしてこれ以上説教をする事はしなかった。

 

「あのぅ、私炭酸苦手で……」

 

「じゃあ交換するか? と言っても、私のも炭酸だが」

 

「私のも~」

 

「ほら」

 

 

 スズから炭酸の缶を受け取り、オレンジジュースの缶を手渡す。子供っぽいと手を伸ばさなかったはずなのに、結局はスズがオレンジジュースを飲んでいると、横島先生が笑いを堪えているのを見て、スズは先生の足の甲を思いきり踏んづけたのだった。




炭酸苦手な人って苦労しそうですね……


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ヤンチャタイム

下ネタが減ってもボケ側の人間だからな……


 生徒会室に入ると、シノ会長が机に突っ伏していた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「最近どうにもストレスが溜まっていてな……ヤンチャでもしたい気分なんだよ」

 

「ストレス、ですか?」

 

「自分で言うのもあれだが、学園内で優等生として通っているが、時としてそれが大きなストレスとなるんだ。だから偶にヤンチャしてガス抜きしたくなる気分になるんだ」

 

「ハァ……」

 

 

 日ごろからかましているボケはヤンチャに入らないのだろうか……今日だけでシノ会長に十三回ツッコんだんだがな……まぁ、エロボケが無くなった分成長はしているんだけど、出来る事ならボケるのも止めてもらいたいんだが。

 

「というわけで、タカトシにはこの風船を持ってもらいたい」

 

「何処から取り出したんですか?」

 

 

 やけに用意が良すぎる気がしたが、会長の気が紛れるのなら付き合うとするか……

 

「てい」

 

「!?」

 

 

 突如取り出した針で風船を突き刺したので、咄嗟に身構えてしまう。だが風船は割れる事無く元の形を保っている。

 

「ひっかかったな。テープを貼っておけば針を刺しても割れないのだ!!」

 

「あぁ……」

 

 

 自慢げに語る会長を見て、俺はそう答えるしか出来なかった……というか、これってヤンチャなのだろうか? ただの実験にしかなってないような気もしないでもないが……

 

『パチ』

 

「ん?」

 

 

 今何か、火花が散ったような音がしたような気がしたんだが……

 

『パァン!』

 

「わぁ!?」

 

「あっ、静電気か……」

 

 

 静電気が発生した所為で風船が割れ大きな音がした。俺はそれ程驚かなかったが、会長がびっくりして腰を抜かしてしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、あぁ……ちょっと衝撃が強すぎて転んでしまった」

 

「ちょっとシノちゃん? 大きな音がしたけど、何をしてたの?」

 

「何やらスクープの香りが」

 

「どんな匂いだ……」

 

 

 慌てて飛び込んできたアリア先輩とスズと一緒に、畑さんまでもが生徒会室に飛び込んできた。最近忘れられているが、この部屋って関係者以外立ち入り禁止だったような気も……

 

「お騒がせして悪かったな。ちょっとガス抜きをしようとしたらこんなことになってしまって……」

 

 

 シノ会長が申し訳なさそうに頭を下げたのを見て、アリア先輩とスズは納得したような顔をしているが、畑さんは何かを考え込んでいるように思えた。

 

「会長、メディアは真実を伝えるのが務めですが、今回は見なかったことにします」

 

「畑……すまんな」

 

 

 何やら悪だくみをしてるのではないかと疑ってしまったが、どうやら見なかったことにしてくれるようだ。畑さんも成長して――

 

「放屁プレイはマニアックすぎますし」

 

「そのガスじゃないぞ!?」

 

 

――なかったな……

 

「曲解して新聞に載せるつもりなら、貴女を説教しなければいけないのですが?」

 

「大丈夫ですよ。新聞に載せるつもりも、誰かに話すつもりもありませんから」

 

「大丈夫だと言い切るなら、そのメモは何に使うんですかね?」

 

「あっ、これはその……」

 

 

 畑さんのメモ帳には『会長、生徒会室でガス爆発?』という、少し意味が分からない見出し風の一文が書かれていた。

 

「畑……お前とはゆっくり話し合う必要がありそうだな」

 

「じょ、冗談ですので……こんなメモこうしちゃいますから」

 

 

 慌てた畑さんは、メモ用紙を破り捨て、ぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に投げ入れた。もちろん、ダミーを疑ったが今回は本物だったようだ。

 

「さすがに反省しました……これからは真実のみを追い求める事を誓います」

 

「そうしてくれると、我々としても大いに助かるんだがな」

 

 

 最後に会長から釘を刺され、畑さんは頭を下げて生徒会室から出ていった。

 

「まったく……畑の曲解癖には困ったものだ」

 

「ところで、何で風船なんて割ったの?」

 

「割るつもりは無かったんだが、乾燥してた所為で静電気がな……」

 

「そっか~」

 

「というか、何で風船なんて持ってたんですか?」

 

「さっきも言ったが、ちょっとガス抜きとしてヤンチャしようと思ったんだ。だからテープを貼った風船をタカトシに持たせ、針を刺して驚かそうとしたんだが……結局驚いたのは私だったな」

 

「俺は静電気が発生した音が聞こえたので、ある程度身構えられましたから」

 

 

 会長に忠告しようとしたけど、その前に割れてしまったからな……会長には申し訳ない事をしたかもしれない。

 

「タカ兄、会長がガス爆発を起こしたって本当?」

 

「何だその話は……誰から聞いたんだ?」

 

「さっき畑先輩が『ここだけの話』だって教えてくれたんだけど、ガス爆発を起こした割には生徒会室が綺麗だね」

 

「風船が割れただけだからな」

 

「何だ……それじゃあ私は先に帰ってゲームでもしようかな」

 

「宿題はどうした?」

 

「小学生じゃないんだから、そう毎日宿題なんて出ないって。今日はお義姉ちゃんも来ないから、一人で勉強してもはかどらないしね~」

 

「誰かがいれば勉強しようと思えるようになっただけ成長か……」

 

 

 相変わらず一人では勉強しようとしないけど、誰かに見られれば渋々ながらも勉強するようになったのだ。これでも成長していると思える自分が情けないが、とりあえずは善としておこう、うん……




すぐに人に話す畑さん……


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新たな部活動

不純な動機……


 生徒会業務を済ませ家に帰ると、コトミがリビングでゲームをしていた。割と何時も通りなのだが、宿題は終わったのだろうか……

 

「やっぱり剣はかっこいいなー」

 

「家帰ってもゲームしかやらないなら、部活でもやったらどうだ? 多少なりとも内申点を稼げるだろうし」

 

 

 自分で言っておきながら、コトミが部活に勤しむ姿など想像出来ない。だから冗談のつもりだったのだが、何故かコトミが勢いよくこちらを振り返り、そして思いがけない事を言い出した。

 

「やる!」

 

「えっ?」

 

 

 何を思い立ったのか分からなかったが、その疑問は翌日の登校後に明らかになった。

 

「ヘヴィファイト部を作りたい? てゆーか、何それ?」

 

「本物の甲冑を着て剣で叩きあう、中世を意識したスポーツです。かっこいいでしょう?」

 

「昨日言ってたのはこれか……」

 

 

 またゲームに影響されたのかと呆れる一方で、興味があるものの知識はしっかりと持ち合わせているのかと少し感心してしまった。

 

「でも肝心の甲冑はどうやって用意するのよ?」

 

「だから、今頼みに来てるんですよー」

 

 

 どういう意味だと首を傾げるスズを他所に、コトミはアリア先輩の前に移動して頭を下げた。

 

「部のスポンサーになってください!」

 

「あぁ……そういえばアリア先輩の家に甲冑の置物があったな」

 

「てか、最初から人頼みって……」

 

 

 スズのツッコミに俺は同意を示したが、アリア先輩がノリノリで出島さんに電話をかけ始めたので、とりあえずは様子見をすることに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、七条家に足を運んだ我々は、とりあえず甲冑が置いてある部屋に案内された。

 

「とゆーわけで、まずヘヴィファイトというものを体験してみよう」

 

「そしてその教官役を務める出島です。武器は木製ですが激しい競技です。安全にしっかり配慮し、遊び半分でやらないように」

 

「言ってる出島さんが遊び半分のような気もしますが」

 

 

 確かにタカトシの言う通り、出島さんは上半身は鎧、下半身はスカートというなんとも言えない恰好をしている。これじゃあ安全を考慮していないと思われても仕方ないだろう。

 

「お、重い……」

 

 

 タカトシがツッコミを入れている横で、コトミが鎧の重さに膝をついていた。

 

「安全性の為にフル装備必須ですからね。20kg以上あります」

 

「ひぇー」

 

 

 コトミが苦労している横で、タカトシは平然と鎧をフル装備し、軽く動いていた。

 

「そういえば、会長は着ないんですか?」

 

「いや、私は……」

 

 

 どう答えたものかと考えていたら、横からアリアが口を挿んできた。

 

「安全性の為にサイズ合わせなきゃならないの。胸囲とか」

 

「しーっ!」

 

 

 何で主にそこを言い渋ってるような感じで言うのだ! べ、別に恥ずかしくて言ってないわけじゃなくて、アリアとかコトミとか大きい人間と比べられたくないから言ってないだけで、というか恥ずかしい数字ではないのだ、私だって!

 

「……心の中で何を言い訳してるんですか?」

 

「な、何でもない……」

 

 

 そう言えばタカトシは読心術が使えると噂されているんだったな……叫ばなくてもバレるのなら、いっそのこと大声で言い訳すればよかったかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎧を装備して、まずはタカ兄と剣を合わせる事にした。

 

「行くよ、タカ兄! とー」

 

「随分と気の抜ける掛け声だな……」

 

 

 私の掛け声に呆れながらも、タカ兄はしっかりと剣を合わせてくれた。

 

「くー! この剣でクロスを描く鍔迫り合いに憧れてたんだー」

 

「だったら剣道でも良かったんじゃ……」

 

 

 タカ兄のツッコミを無視して、出島さんが私に共感してくれた。

 

「分かります。私もムチでクロスを描くのが好きです」

 

「今は武器の話を……まぁムチも武器だけど」

 

「それではコトミさま。兜を被り試合と行きましょう」

 

「待ってました!」

 

 

 出島さんの準備が完了したので、私はついにヘヴィファイトを体験する事になった。

 

「たー!」

 

「こいやー!」

 

 

 私の掛け声に合わせ出島さんも声を出してくれた。

 

「ふん」

 

「ぐぇ!?」

 

 

 何度か攻撃を繰り出したが全ていなされ、そして反撃され私は膝をついた。

 

「まいった」

 

 

 負けを認め剣を収めると、会長たちが拍手をしてくれた。

 

「初めてにしては頑張ってたな」

 

「若干動きが鈍かったけど、それでも凄いわよ」

 

「これを続けられれば、お前も体力がつくんじゃないか?」

 

 

 タカ兄だけ若干違う感想だったけど、ヘヴィファイト体験は無事に終了した。しかし翌日――

 

「全身筋肉痛だ……」

 

 

――全身運動だったので筋肉痛に悩まされた。

 

「結局断念か」

 

「イタタ……ゲームしよう」

 

 

 タカ兄の呆れているのを隠そうともしない言葉に気付かないふりをして、私はゲームをする事にした。

 

「暫く鎧は見たくないな……」

 

 

 そう言いながら私は、キャラの装備画面を開き鎧を外していく。ついでに籠手や兜なども見たくないので外してと。

 

「これでよし!」

 

「何で剣以外を外したんだ?」

 

「ゲームでも鎧とか見たくなかったし、どうせなら露出プレイにしようかなーって」

 

「くだらない事に頭を使うのなら、しっかりと勉強しろ。今日は宿題あるんだろ」

 

「何でタカ兄が私の宿題の有無を知ってるのさ!? って、先生から聞いてるんだっけ……」

 

 

 タカ兄に怒られる前に、私はゲームを止めて宿題をする為に部屋に向かおうとして、筋肉痛の前に撃沈したのだった。




長続きしないコトミ……


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ヤンチャの代償

タカトシの迫力があってこその事故……


 またしてもストレスが溜まってきたので、ヤンチャでもして発散しよう。

 

「本日のヤンチャタイムは、いたずら描きだ!」

 

「はぁ」

 

 

 なんだかんだ付き合ってくれるタカトシに感謝しつつ、私は手頃な枝を拾った。

 

「でも壁に描くのはいけないので、土の地面に描こう」

 

「何で俺の正面から線を描いてるんですか?」

 

「こうやって描けば、遠目にはタカトシがここで立小便をしたように見えるだろう?」

 

「今すぐ消せ」

 

「は、はいぃ……」

 

 

 タカトシに怒られたので、私はすぐにイタズラ描きを消し、教室に逃げ帰った。

 

「はぁ、怖かった……」

 

 

 最近はタカトシに怒られる回数も減っていたので忘れていたが、アイツを本気で怒らせるとお漏らしをしそうになるんだったな……

 

「というか、コトミはしょっちゅう怒られていて何で大丈夫なんだ?」

 

 

 そんなことを考えながら作業していたら、油性マジックが頬についてしまった。

 

「タカトシを怒らせた罰なんだろうか……」

 

 

 そんなことを考えながら、私は今日一日何とかして目立たないようにしなければと決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に行くと、会長と七条先輩が何かを話し合っていた。

 

「どうかした――あれ? 会長、ほっぺどうしたんですか?」

 

「うっかり油性ペンをつけてしまってな……やっぱり目立つのか」

 

「まぁ多少は……ですが、そういう時に赤とか明るい色の物を身に着けると、相手の注意をそこに逸らす事が出来ますよ。誘目性が高いそうです」

 

「そうなのか。だが、都合よくそんな物を持っていないしな……」

 

「何か探してきましょうか?」

 

「いや、別に良いんだが……タカトシに見られるの恥ずかしい」

 

 

 乙女心というやつなのだろう。私は一度生徒会室から出て、廊下でタカトシが来るのを待った。

 

「あれ? 何してるの」

 

 

 少し待つとタカトシがやってきたので、私は事情を説明した。

 

「――というわけで、会長が凹み気味」

 

「じゃあ俺は気づかないフリをすればいいのか?」

 

「意識してる異性に指摘されるのは恥ずかしいからね」

 

「了解」

 

 

 意識されてる云々について、タカトシは特に触れる事はしなかった。まぁコイツも会長や私たちの気持ちを知っていながら何時も通りの対応をしてるんだから、今更そんなことで慌てたりはしないわよね。

 

「戻りました」

 

「では会議を始めよう」

 

 

 私と一緒に現れたタカトシをちらりと見て、会長は何か言いたげだったがとりあえず会議を始める事にしたようだった。

 

「――以上が風紀委員からの報告になります」

 

「そうか」

 

「それで、こちらは嘆願書なのですが――」

 

 

 すらすらと会議を進めていくタカトシをじっと見ながら、会長は何か複雑そうな表情を浮かべている。

 

「――というわけなので、検討してみては如何でしょうか……あの、何か俺の顔についてるんですか?」

 

 

 あまりにもジッと見られていたので、タカトシがそんなことを会長に尋ねた。

 

「タカトシって私の顔を全然みてないんだな!!」

 

「はぁ……マジックがついてると指摘されたかったんですか?」

 

「気付いてたのかっ!?」

 

「生徒会室に入った時にチラリと見えたので。ですが、指摘するのは会長に恥をかかせる事になるのではないかと考え指摘しなかったのですが」

 

「そ、そうか。ならいい」

 

 

 不貞腐れた会長の機嫌を上手くとって、タカトシは理不尽な誹りを受ける事は無かった。

 

「ところで、それどうしたんですか?」

 

「さっきイタズラ描きをしてタカトシに怒られただろ?」

 

「はぁ」

 

「あの後慌てて教室に戻って作業してたんだが、つい上の空になってしまい」

 

「それで誤って油性マジックが頬についたわけですか」

 

「そういうわけだ」

 

「完全に落とすのは難しいですが、水で洗ったりして目立たなくしたりはしなかったのですか?」

 

「……そういえば何で洗おうとしなかったんだろうか。落ちないにしても、目立たなくなったかもしれないのに」

 

 

 普通に洗うという事を失念していた会長が、その場で凹んでしまった。タカトシは困ったような顔を私に見せたけど、私はフォローする事が出来なかった。

 

「っ! そう言えば報告があったんでした」

 

「何だ?」

 

 

 私はさも今思い出した風を装って、大袈裟に声を上げた。そのお陰で俯いていた会長の顔が私に向けられた。

 

「校舎の隅にハチの巣が出来ていると柔道部から報告がありました」

 

「ハチの巣? スズメバチか?」

 

「いえ、ミツバチの巣でしたので、必要以上に近づかなければ危険性は低いそうですが、興味本位で近づく生徒がいるかもしれないので注意を促して欲しいと、確認した横島先生から言われました」

 

「我々より横島先生が直接注意を促せばいいのではないか?」

 

「先生曰く、自分が言うよりも会長やタカトシが言った方が説得力が増す、との事でした」

 

「教師としてそれでいいのか?」

 

 

 会長の疑問に、私たちは首をひねったけど、あの先生ならそれでも仕方ないのかもしれないと無理矢理納得する事にした。

 

「タカトシ。悪いが新聞部に行って畑と協力して注意を促すよう手配してくれ」

 

「分かりました」

 

「では、我々は残りの仕事を片付けるとしよう」

 

 

 何故タカトシを派遣したのかは分からないけど、とりあえずはハチに対してはこれで何とかなるわね。




教師としての威厳が無い横島先生でした


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第一回女子会

タカトシはいません


 タカ兄に言われて待ち合わせ場所に行くと、そこには桜才学園生徒会役員の三人と、英稜高校生徒会役員の二人がやってきた。

 

「何故コトミがここにいるんだ?」

 

「えっと……タカ兄の名代? としてここに派遣されました」

 

「読まれていたというのか……」

 

「シノ会長、なんだかガッカリしてません?」

 

 

 私がこの場にいたらいけなかったのだろうか……まぁ、タカ兄なら会長が何を企んでいるかなんてお見通しだっただろうから、最初からここにタカ兄が現れるなどありえないのだけど。

 

「せっかくタカ君用に大きめの女性服とウィッグを持ってきたのに」

 

「タカトシ君男の娘作戦、失敗」

 

「先輩たちは何処を目指してるんですか?」

 

 

 そんな事しようものなら、タカ兄に怒られるに決まってるのに……というか、タカ兄がそんなものを大人しく着ると思ってるのだろうか?

 

「タカトシがいないんじゃしょうがない。私たちでコトミに淑女の心得を教え込もうじゃないか」

 

「げっ!?」

 

「というわけで、第一回生徒会役員女子による女子会としゃれこもうじゃないか」

 

「わ、私は生徒会役員じゃないので、これで失礼しま――」

 

「コトミちゃんはタカ君の名代なんでしょ? だったら問題ないよね?」

 

「……タカ兄、まさかここまで読んで私を派遣したんじゃ」

 

「タカトシならありえるわね」

 

 

 スズ先輩にがっちりと腕を掴まれてしまい、私は逃げ出す事が出来なくなってしまった。まさかタカ兄が私を派遣した理由が、会長たちの考えを潰す為じゃなく、私に女としての心得を身に着けさせるためだったとは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミを連れて店に入った我々は、取り合えず注文を済ませる事にした。

 

「バームクーヘンを3つください」

 

「3つも食べるのか?」

 

 

 そんなに食べたら体重が気になってしまうのではないかと思いツッコんだが、カナからはそんな心配は感じ取れなかった。

 

「3という数字は女性的なイメージがあると言われています。だから3にこだわれば女子力が上がるはずです」

 

「そうでしょうか? 数字にはそんなイメージがあるかもしれませんが、3つも食べたら大食いな女の子という印象を持たれ、逆に女子力が下がる気がするんですが」

 

「まぁ、男の子の前で3つも食べませんけどね」

 

 

 森のツッコミに、カナがあっさりと手のひらを返した。確かに3つも食べれば女子力アップなどありえないと思うし……

 

「というか皆さん、女子力って何ですか?」

 

「女子力というのは、女の子らしいと思わせられる事らしいけど、そもそも女子な私たちにはあまり関係ない気もするな」

 

 

 そういう事を気にするのは、彼氏のいないOLとからしいし、私たちにはまだ関係ないだろう。

 

「具体的には、料理上手だったり、掃除が得意だったり、洗濯する際の手際が良かったりなど、家事力とイコールとも思えるものですね」

 

「じゃあタカ兄は女子力高いですね」

 

 

 コトミの何気ない一言に、私たち全員固まってしまった。

 

「そう言われてみれば、タカトシは女子力の塊のような存在じゃないか?」

 

「ですが、タカ君はカッコいい男子です。女子力云々を言われるのは嫌なのではありませんか?」

 

「だけど、タカトシ君の家事スキルが高いのはここにいるみんなが知っている事だよ~? 下手をすれば、それを生業にしている出島さんといい勝負が出来るくらいに」

 

「そもそも、女子である私たちより女子力が高いわけですよね、タカトシは……」

 

「前々から思っていましたが、女としての自信を無くしそうです……」

 

「あ、あれ?」

 

 

 コトミだけがショックを受けていないからか、私たちの落ち込みようを見てオロオロしているが、そもそもこいつが原因でタカトシの女子力が高いんじゃないだろうか……

 

「もしや、コトミと同居すれば私たちの女子力も高まるんじゃないか!?」

 

「コトミちゃんと同居するのは、かなりの精神的ストレスが掛かりますよ? タカ君だって一時期その所為で胃痛や頭痛を覚えていましたから。現在では慣れたのか改善されたのかは分かりませんが、多少はマシになっているようですが」

 

「そうだったな……」

 

 

 コトミの受験の際に、受験生のコトミではなくタカトシの方が追い込まれていた事もあったし、赤点補習のピンチという時も、当の本人はのほほんとしていたが、タカトシはだいぶピリピリしていたしな……あれを私が受け入れられるかと考えると、コトミと同居作戦は却下だな。

 

「それに加えてタカ兄は、バイトや新聞部からの依頼などをこなしていますからね。女子力以外も相当高いと思いますよ」

 

「……とりあえず、タカトシを目標にするのは止めにしよう」

 

「……そうですね。あいつは私たちとは違う種類の人間なんでしょうしね」

 

「タカ君の凄さが証明されてお義姉ちゃん嬉しいですが、私もタカ君より女子力が低いと考えると複雑です」

 

「あの……とりあえず普通に女子会しませんか? 女子力とか気にしない方向で」

 

「そうしましょうよ。美味しそうなスイーツもあるわけですし、今日はいろいろと気にしないで食べましょう」

 

 

 森の意見にコトミが全力で乗っかったが、確かにそれが一番精神衛生上良いのかもしれないな。

 

「よし! 今日は体重の事とか気にせず食べるとするか!」

 

「おー!」

 

 

 こうして第一回生徒会役員による女子会は、ただのお喋りの場と化したのだった。




別にこだわるものではないと思うんだけど……


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乗馬体験

その登校手段はないなぁ……


 早朝会議があるから遅れないようにと昨日通達しておいたのに、未だにアリアが登校してこない。忘れているのかと電話を取り出したタイミングで、アリアが生徒会室に駆け込んできた。

 

「ごめん、遅れたー!」

 

「アリアが遅刻とは珍しいな」

 

「ちょっと寝坊しちゃって……」

 

「寝坊か」

 

 

 アリアが寝坊するのも珍しいが、出島さんならそこまでギリギリの時間までアリアを起こさないなんてことがあるだろうか?

 

「車で行こうと思ったらパンクして使えず、自転車使おうとおもったらキーが見つからずで……」

 

「それはついてないですねー」

 

 

 萩村が「それでは仕方ない」と言いたげな口調でアリアに同情する。確かに走ってきたなら多少遅れたのも仕方ないのかもしれないな。

 

「いっそのこと馬で登校しようと思ったけど、さすがに出島さんに止められたよ」

 

「ん?」

 

 

 今、馬と言ったか……? 個人で馬など所有しているのだろうか……

 

「疑うなら放課後ウチに来てよ。紹介するから」

 

「よし! 放課後は七条家で馬を見ようじゃないか!」

 

「会議は良いのかよ……」

 

 

 腕時計を見ながらため口のツッコミを入れてきたタカトシのお陰で、私は会議を忘れる事無く開始する事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、生徒会メンバーを連れて私は乗馬場へとやってきて、馬に乗って見せた。

 

「本物の馬ですね」

 

「本当だったのか……」

 

 

 スズちゃんとシノちゃんがポカンと口を空けて驚いているけど、タカトシ君は最初から疑ってなかったので、素直に私の乗馬スキルを褒めてくれた。

 

「アリアさんは、さすがに慣れてるようですね」

 

「これでもこの子の飼い主だからねー」

 

 

 馬から降りてシノちゃんたちとお話ししようと側を離れると、代わりにタカトシ君が馬に近づいて手を出した。

 

「馬って近くで見ると可愛いですね」

 

 

 タカトシ君が出した手に、大人しく顔を近づけ、そしてその手に触れた。

 

「おや珍しい」

 

「うん」

 

「何がですか?」

 

 

 出島さんと二人で珍しがっていると、タカトシ君が不思議そうに尋ねてきた。

 

「ゴールデンドルフィン、私にしか懐かないんだけど……相性がいいのかな?」

 

「どうなんでしょうね?」

 

 

 何となく恥ずかしい雰囲気になり、私はタカトシ君から視線を逸らした。

 

「まぁ、私のペットは絶対に他人に靡かない自信があります」

 

「具体的な事を言ってないのに分かっちゃう自分が恥ずかしい」

 

 

 何だかスズちゃんが恥ずかしがってるけど、いったい何があったんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何でも出来ると思われがちのタカトシ様も、さすがに乗馬は出来ないようで、ぎこちない態勢でゴールデンドルフィンに乗っています。

 

「タカトシ君、猫背になっちゃ駄目。馬の背中に対して垂直に座るとバランスが取れるよ」

 

「なるほど」

 

 

 お嬢様に指導してもらっているタカトシ様の図、というのも新鮮な気がしますが、私は素朴な疑問を懐きました。

 

「何で背中を丸めると猫背というんでしょうね?」

 

「見たままを表現しているのでは?」

 

 

 私が呟いた疑問に、萩村様が答えてくれましたが、その答えに私は異議を唱えた。

 

「私の知っているネコは姿勢が良いんですけどね」

 

「そっちのネコじゃない!! しかも犬じゃん!!」

 

「おや? よく私が思い浮かべた映像が分かりましたね。もしかして萩村様も――」

 

「違う! 断じて違う!」

 

 

 私が萩村様をからかって遊んでいる間に、タカトシ様はみるみる上達していました。しかもいつの間にかお嬢様も後ろに乗せているではありませんか。

 

「さすがタカトシ君。上達も早いねー」

 

「アリアさんの指導のお陰ですよ」

 

 

 何だかいい雰囲気が漂っている気がしますが、お嬢様がバランスを崩してタカトシ様の背中に胸を押し付けてしまうと、さすがにタカトシ様が気まずい表情を浮かべました。

 

「その……当たってます」

 

「あっゴメン!」

 

「いえ、揺れた所為だと分かってますから」

 

 

 普通の男子なら前かがみになっていたであろう状況でも、タカトシ様は紳士的な対応でお嬢様をフォローしていました。

 

「これが天草様や萩村様なら、気付かれること無く心配されただけだったでしょうね」

 

「「喧嘩なら買ってやろうじゃないか!」」

 

 

 私が二人同時にからかうと、その声が聞こえたのかタカトシ様とお嬢様がゴールデンドルフィンに跨ったままこちらにやってきました。

 

「何を騒いでるんですか?」

 

「いえ、ちょっとした戯れです。お気になさらずに」

 

「はぁ」

 

 

 何となく察しがついたのか、タカトシ様は深く追求することなくゴールデンドルフィンから降りました。

 

「それにしても、綺麗な白馬だな」

 

「ありがとー。お気に入りなんだー、この子」

 

「子供の頃、白馬に乗った王子様を夢見たもんだ」

 

「あるある」

 

「大きくなったら、それは夢の存在だって分かっちゃいましたけどね」

 

 

 乙女ムード漂う会話に、タカトシ様はただただ黙って聞いているだけでした。

 

「白木馬に乗った小父様なら実在しますよ」

 

「シルエットじゃ白かどうか分からないじゃないですか」

 

「スズ、ツッコミどころが違うんじゃないか?」

 

「というか、よくシルエットで思い浮かべたと分かりましたね。やはり萩村様も――」

 

「違うと言っているだろうが!」

 

 

 こうしてロリっ子を散々からかって、私は潤いを得たのでした。




萩村が毒されてる気が……


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授業中の睡魔

眠くなるのは仕方ない


 最近やけに授業中に寝ている人が多い気がする。実際俺の隣でも柳本が涎を垂らしながら寝ているし、少し見回せば三葉や轟さんも寝ている。

 

「(ん……?)」

 

 

 何か引っかかりもう一度見回すと、なんとスズまでもが寝ていたのだ。

 

「(珍しい事もあるものだ)」

 

 

 確かにこの先生の喋りは眠気を誘うが、スズが授業中に寝るなんてあったかな……

 

「(一年の時は知らないけど、二年になってからは無かったはずだよな……)」

 

 

 かくいう俺も、昨日は遅くまでコトミの勉強とエッセイの手直しをしていたので若干眠いんだがな。

 

「はい、今日はここまで」

 

 

 先生の合図と共に、寝ていた数人が目を覚ます。不思議なもので、何で授業間休みには寝ないんだろうな。

 

「いやー、先生の話が難しくて寝ちゃってたよ」

 

「あっ、私もー。難しい話を聞いてると眠くなるんだよね」

 

「そう言えば轟さん。最近成績が芳しくないんだっけ?」

 

「ちょっとついて行けなくなってきちゃってね……ますます機械に弄ってもらいたくなっちゃうよ」

 

「それはどうなんだ……」

 

 

 ストレス発散方法は人それぞれだが、轟さんのやり方はあまり推奨されたものではない気がするんだが……

 

「スズも寝てたけど、夜更かしでもしたの?」

 

「いや、簡単すぎて眠くなってきただけ……授業中に寝るとは、一生の不覚」

 

「まぁ赤点ギリギリなのに授業中に寝てるこいつよりマシだろ。まだ起きてないし」

 

 

 涎だけではなく鼾まで掻きはじめた柳本の頭に一発食らわせて起こし、俺はもう一人こんなことをしているであろう人物を思い浮かべため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し話し合う必要がある案件が出てきた為、私は緊急招集をかけた。といっても、お昼時なのでついでにお昼も一緒に済ませてしまおうという考えもちょっとだけあったが。

 

「いやー、やっぱり話し合う事は大事だな。私だけではあのような案は出てこなかっただろうし」

 

「私たちが出した意見を纏めてくれる人がいてくれたからね~」

 

「ホント、タカトシには感謝だな」

 

「大したことはしてませんよ。アリア先輩が言ったように、俺は皆の意見をまとめた案を出しただけですから」

 

「でもバラバラだった意見を纏められたのは、タカトシがいてくれたからよ。そこは素直に認めた方が良いんじゃない?」

 

 

 萩村に言われ、タカトシは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。分かりにくいが、こいつも照れたりするんだなと改めて実感した瞬間だ。

 

「……む、むぐっ!?」

 

「シノちゃん?」

 

「の、喉に詰まった」

 

「大変! 誰か水持ってきて!」

 

「もう飲み終えちゃいました」

 

「じゃあすぐにお茶を――お湯が沸いてない」

 

 

 私たちが慌てている間に、タカトシ君がひとっ走りしてお茶を買ってきてくれた。

 

「どうぞ」

 

「す、すまない! ……ふぅ、飲み込めた」

 

「どうも。しかし、何故喉に閊えたんですか?」

 

「確かに。シノちゃん、ちゃんと噛まないと駄目だよ~?」

 

 

 アリアに怒られても怖くは無いが、確かに言ってる事は正しいので頭を下げた。

 

「実は、口内炎が出来ていてな……痛いからあまり噛まずに食べていたんだ」

 

「そうだったんですか」

 

 

 タカトシはそれで納得してくれたようで、自分の食事を再開した。アリアと萩村からも注意して食べるように言われ、私は食事中じっと見詰められながら食べるという、何とも居心地の悪い時間を過ごす事になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草に用があって桜才学園にやってきたは良いが、共学になっただけあって男子生徒がちらほらと見受けられるな。

 

「んなぁ!?」

 

「おっと、ここは男子トイレか」

 

「古谷さん? 何故貴女がこんなところに?」

 

「用事があって来たんだが、天草が見当たらなくて探してるんだ。それにしても、桜才に男子トイレが出来るとはな」

 

「一応外に出てもらえます? 俺以外にも人がいるんだ」

 

 

 津田君に追いやられて、私は男子トイレから外に出た。

 

「私の時は教員用のトイレしかなかったから、気分は浦島太郎だな」

 

「そうですか」

 

「だって、生理用品は飛ばないし、教室にジャージは干してないし」

 

「どんな状況だよ……」

 

 

 この子は普段はしっかりと敬語を使ってくれるが、ツッコミの時にはため口になる傾向があるらしい。確かにツッコミの時まで敬語を使うのは大変だろうし、丁寧にツッコまれるよりため口でツッコまれた方が、気分的にいいかもしれないな。

 

「それで、会長を探してるんでしたね。携帯で電話すればいいじゃないですか。さすがに持ってますよね?」

 

「一応はな。だがどうやって使うのかイマイチ分からないから、出るだけで掛けたことが無い」

 

「そうですか……ちょっと待っててください」

 

 

 そう言って津田君は自分の携帯を取り出し天草に連絡してくれた。

 

「シノ会長ですか? 古谷さんが待っていますので生徒会室まで来てもらえませんかね? えぇ、分かりました」

 

 

 私に合図を出し移動する事を伝えてきた津田君の背中を追いかけ、私は生徒会室にやってきた。こうやって男子にリードしてもらった事って無かったけど、割といい気分なんだな。




古谷さんは相変わらず


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ボイスドラマ 前編

危険な発言が若干……


 畑さんに呼び出されて、私たちは生徒会室に集まっていた。

 

「それで畑よ、いったい何の用だ?」

 

「生徒会役員の皆さんに、新聞部の企画を手伝ってもらえないかと」

 

 

 そう言って畑さんは、企画書をテーブルの上に置いた。

 

「お昼休みの放送にボイスドラマ?」

 

「はい。脚本私、出演は皆さん。前後編に別れて生放送を」

 

「面白そうだな」

 

「声だけで演技って、なかなか難しそうですよね」

 

「気持ちを込めれば相手に伝わるさ! それに私たちの声は――」

 

「おっと、危ない発言はそこまでだ」

 

 

 会長が何を言おうとしたのか、あえて追及はしないけど、タカトシ、ナイス!

 

「それで、内容はどんな感じなんですか?」

 

「これが台本。まだ前編しか完成してないけど、後編もあと少しで完成するのでご心配なく」

 

「恋愛ものですか」

 

 

 畑さんが渡してきた台本に目を通すと、内容は両親の再婚によって義理の三姉妹が出来た男子が主人公のようだった。

 

「これ、生徒会メンバーの名前をもじってるんですか?」

 

「身近な恋愛をネタにした方がリアリティがありますから。主人公のタカヒコ役を津田君が、長女のシズノ役を天草会長、次女のマリア役を七条さん、三女のスズコ役を萩村さんにお願いしたいと思っています」

 

「名前的にそれが妥当だろうな。私がアリアの姉役なのがちょっと気になるが」

 

 

 私も何で三女役なのか気になるけど、とりあえず配役も決定したので、さっそく放課後に稽古する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 台本の読み合わせをするという事で、今日の生徒会活動は延期になり、俺たちは演技の練習をする事になった。

 

「タカヒコ、今晩は何を食べたい」

 

「カット。今の所、親しみを出す為に愛称で呼んでください。呼び方は会長にお任せします」

 

「えっ!?」

 

 

 何をそんなに驚くことがあるのだろうか……愛称なら義姉さんが使ってるもので良いと思うんだけどな。

 

「た…タカ君……」

 

「ん? なんだって?」

 

「もっとはっきり言ってくれないと」

 

「た…くん……」

 

「聞こえないですね~。もっとお腹から声を出してくれないと」

 

「個人の名前を卑猥な言葉を言わせる感じにするのはやめろ。というか、アリア先輩も畑さんと一緒に遊ぶな」

 

「「ごめんなさい」」

 

 

 とりあえず二人を黙らせ、会長には愛称呼びになれてもらう為に一度脇にそれてもらった。

 

「じゃあ次は私の番だね」

 

 

 アリア先輩がやる気満々で俺の前に立ち、そして読み合わせを始めた。

 

「タカちゃん。ブラのホック引っ掛かっちゃって……外してくれる?」

 

「はぁ」

 

「カット。津田副会長、素が出てます。タカヒコは純情キャラですから、もっとしどろもどろな感じにしてくれないと」

 

「はぁ……」

 

 

 しどろもどろにと言われても、この間義姉さんに似たような事をやらされたばかりだからな……恥ずかしいと思う前にわざとなんじゃないかと疑ってしまうのだ。

 

「じゃあもう一回。タカちゃん、ブラのホックが引っ掛かっちゃって……外してくれる?」

 

「え…えぇ!?」

 

「いい感じですね。しかし、津田副会長がブラ程度でしどろもどろになるのは、見ていて楽しいですね」

 

「人で遊ぶな」

 

 

 さすがに着けている状態のブラを見れば、俺だって普通の反応は出来るんだが……もちろん、わざとらしくなければだが。

 

「では最後は萩村さんですね。ここは一人演技ですから、自分のタイミングでどうぞ」

 

 

 スズがやるシーンは、タカヒコとシズノが親しくしているところを目撃し、息を切らしながら走る続けるシーンだ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「臨場感を出す為に、ここで効果音を入れましょう」

 

 

 そう言って畑さんがレコーダを取り出し、スズの演技に合わせて音を出した。

 

「はぁ…」

 

『クチュ』

 

「はぁ…」

 

『クチュ』

 

「何の音だこれは!」

 

 

 スズが激高して畑さんのボイスレコーダーを取り上げた。本当に、何の音だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日前編を放送し、成功と言える結果を収めた。

 

「凄い面白かったです! 続き、どうなるんですか?」

 

「それは明日のお楽しみだ」

 

「くーっ! 続きが気になって今夜眠れないかもしれません!」

 

「そう言って授業中に寝るなよ」

 

「はいぃ……」

 

 

 興奮状態のコトミに、タカトシが冷水の如き冷たい口調で釘をさすと、一瞬でコトミの興奮は収まった。

 

「そう言えば、畑さんって今日風邪で休んでるんですよね?」

 

「あぁ。この調子だと明日は中止になるな」

 

「ところがどっこい。何とか九割まで完成させました。後は皆さんのアドリブでお願いします……」

 

「畑っ!」

 

 

 咳き込みながら台本を渡してきた畑に驚きながらも、私は気になることを尋ねる。

 

「完成してない一割の内容は?」

 

「告白シーン。相手は津田副会長が選んでね」

 

「わざと完成させなかったんじゃないだろうな……」

 

「いえいえ、良いエンディングが思い浮かばなかったので、津田先生の御力をお借りしようとか考えていませんからねー」

 

「明後日の方を見ながら棒読みで言われても説得力がないわ! まぁ、明日までに考えておきますが」

 

「「「っ!」」」

 

 

 タカトシの言葉に、私たち三人が身構える。これはフィクションだが、選ばれた者が最もタカトシとの距離が近いという事とイコールになるのではないかと思ったからだ。これはなんとしても負けられないぞ。




ここのタカトシはフィクションの告白程度ではたじろがない


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ボイスドラマ 後編

相手は弄らずに


 お昼のラジオ放送にボイスドラマをやったのは良いが、肝心の告白シーンはアドリブになってしまった。セリフがアドリブなのではなく、誰に告白するのかも一任されてしまい、俺は少し悩んでいた。

 

「タカトシが悩み事とは珍しいね」

 

「お母さん……お帰りなさい」

 

「またすぐに出るけどね」

 

 

 出張から帰宅した両親がいる事も忘れて、俺は考え込んでいたようだった。お母さんだけではなく、お父さんも心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 

「タカ兄、誰に告白するか悩んでるんだよね~」

 

「伝えるなら正確に伝えろ」

 

 

 横から口を挿んできたコトミを睨みつけると、コトミは肩を竦めてリビングから逃げ出した。アイツが説明するつもりが無いと分かった為、俺は悩んでいた理由を両親に告げる。

 

「――というわけで、ちょっと考えていただけ」

 

「相変わらずタカトシはモテモテだね。父さん、ちょっとだけ羨ましいぞ」

 

「ん?」

 

「いや、何でもないです」

 

 

 お母さんに睨まれ、お父さんはすごすごと新聞に逃げた。睨まれると分かってるんだから、口にしなければよかったのに……

 

「まぁ、あんまり親らしい事をしてあげられてないから説得力が無いかもしれないけど、タカトシが一番好いと思う子にすればいいよ」

 

「いや、実際に告白するわけじゃ――」

 

「分かってる。もちろん、実際に告白する時も、タカトシが選んだ子なら母さんたちは何も言わないわよ」

 

 

 お母さんに肩を叩かれ、俺はある意味吹っ切れたのかもしれない。とりあえず、ボイスドラマを完成させるために、誰に告白するのが一番か考えるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィクションとはいえ、タカトシが誰かに告白をする。その事が昨日から頭の中を占領して、私はずっと上の空だった。

 

「スズちゃん、おはよー」

 

「ネネ、おはよう」

 

「ボイスドラマの続き、楽しみにしてるよー」

 

「みんな物好きね。今日だけで三人目よ」

 

 

 教室に来るまでに二人に聞かれているので、私は辟易といった感じでネネの問いをはぐらかし席に着いた。

 

「スズちゃん、そこ私の席なんだけど」

 

「おっと、私としたことが」

 

「スズちゃんも浮かれてるんだね」

 

「そんな事ないわよ」

 

「ひょっとして、フィクションだけど津田君に告白されるかもって期待してるの?」

 

「そんなんじゃないわよ!」

 

「スズちゃんって分かり易いよね~。あっ、津田君だ」

 

「っ!」

 

 

 タカトシが来たというネネの言葉に慌てて振り返ると、そこには柳本と話しているタカトシがいた。どうやら向こうもボイスドラマの事を聞かれている様だった。

 

「みんな気になることは一緒なんだね」

 

「まぁ、実際にタカトシが誰かに告白するとなれば、女子も男子も興味が湧くでしょ」

 

 

 女子は誰が選ば選ばれるのかに、男子は選ばれなかった子を狙おうとか考えるのでしょうけどね。

 

「兎に角、私たちもどういう結末になるのか分からないから」

 

「そうなの?」

 

「肝心の告白シーンが完成してないから」

 

 

 私は畑さんの体調や台本が未完成であることをネネに話し、自分の席に腰を下ろし――

 

「スズちゃん、そこ私の席だよー?」

 

 

――間違えてムツミの席に腰を下ろしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日タカ兄が真剣に悩んでいた告白シーンは、アリア先輩を選んだようだった。

 

「タカ兄、何でアリア先輩を選んだの? やっぱりそのダイナマイトボディー?」

 

「別にアリア先輩を選んだわけでは無く、マリアを選んだだけだ。ストーリーの流れからして、シズノやスズコでは伏線が回収されないと思っただけだ」

 

「さすが津田先生。そこまで考えてくださったとは」

 

「というか、畑さんも最初からマリアエンドにするつもりだったのでは?」

 

「さて、どうでしょうか?」

 

「というか、全快してるんですから、それくらい教えてくれたっていいじゃないですか」

 

 

 タカ兄がちょっと圧の強い声を出すと、畑さんは素直にタカ兄の考えが正しい事を認めた。

 

「タカヒコは巨乳好きですから、どう考えてもマリアを選ぶに決まってるじゃないですか。シズノやスズコと対してる時と、マリアと対してる時とでは、どう見ても気持ちの変化が出てますから」

 

「だったら変な期待をさせるなー!」

 

「会長、これはフィクションですよ? 告白したのはあくまでもタカヒコであって、津田副会長ではありませんが」

 

「そ、それはそうかもしれないが……」

 

「まぁ実際津田副会長が巨乳好きかどうかは知りませんし、伏線などを無視して他の二人を選ぶ可能性もありましたからね。津田副会長が話の流れを読んだ結果が今回のエンディングというわけです。そこに津田副会長の気持ちが含まれているかは、私には分かりませんから」

 

 

 畑さんがまた三人を暴走させるように話を向けると、タカ兄がこめかみをひくつかせながら畑さんに迫る。

 

「仮病まで使って何がしたかったんですかね?」

 

「よりよい放送になればと思っただけで、今回は商売などしてませんよ?」

 

「何故疑問形なのでしょうか? まぁ、畑さんの考え通りに事を進めたので、今回は何も言いません、俺は」

 

 

 タカ兄が「俺は」という言葉を強調した事に疑問を覚えたのだが、その疑問はすぐに解消された。

 

「畑、少し話をしようじゃないか」

 

「私も付き合いますよ、会長」

 

 

 シノ会長とスズ先輩が、畑さんの首根っこを掴んで空き教室に引きずっていったのだった。それを見送った私とアリア先輩は、特に合図も出さずに同時に合掌したのだった。




既に全員にフラグ建ってますし


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暑い日の草むしり

熱中症になりそうな感じがする


 美化委員の活動の一環として草むしりに参加した我々は、暑くなったので上着を脱いで作業していた。

 

「少しの時間を空けただけで、随分と草も伸びな」

 

「この時期は油断するとすぐ伸びますから、こまめに刈るのが一番なんですけどね」

 

「そんな暇もなかなか無いでしょうし、学校のとなると尚更面倒だと思う人が大勢いるんでしょうね」

 

 

 萩村の感想に、タカトシが嘆かわしげに首を振り、作業を再開する。

 

「しかし、前も思った事だが、目の届かないところに手を突っ込むというのは、なかなか度胸がいるな」

 

「シノちゃんって結構ビビりだもんね~」

 

「なっ!? そ、そんなことはないぞ!」

 

 

 アリアに冷やかされたからか、私は慌てて指を切ってしまった。

 

「痛っ!」

 

「なにやってるんですか……」

 

「め、面目ない」

 

 

 タカトシから絆創膏を受け取り、近くの水場で切り口を軽く洗ってから絆創膏を貼った。とりあえずこれなら作業を続ける事も出来るし、周りに血を垂らす事も無いだろう。

 

「もう終わりますので、会長は大人しくしててください」

 

「私も手伝うぞ?」

 

「今は止血を優先してください。傷口を心臓より高い位置で動かさない事が、とりあえず簡単な止血法ですから」

 

「わ、分かった……」

 

 

 タカトシの雰囲気に負け、私は大人しくすることにした。まぁ殆ど終わってるから、後は三人に任せても問題はないのだが、なんだか申し訳ない気分になるのはどうしてだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとしたアクシデントはあったが、とりあえず草むしりを済ませ、私たちはタカトシがお茶を買いに行ってくれている間休憩を取っていた。

 

「ごめんなさいね、シノちゃん」

 

「アリアが悪いわけではない。私の不注意が招いた結果だ」

 

「タカトシ君が絆創膏を持っててくれてよかったよ~。シノちゃん一人で保健室に向かわせるわけにもいかないしね~」

 

「それは、私が頼りないと言っているのか? 一人で保健室に行っても、自分で処置出来ないと言っているのか?」

 

 

 会長が七条先輩に詰め寄ろうとするが、下手に指を動かさないようにしている為か実際に詰め寄ることはしなかった。

 

「お待たせしました」

 

「すまないな」

 

「いえ」

 

 

 特に気にした様子もなくタカトシが私たちにお茶を配り、自分も近場に腰を下ろしてお茶を飲み始める。

 

「それにしても、ボランティアを募ったはずだったのだが、我々と美化委員以外いないとはどういう事だ?」

 

「参加してもメリットが無かったからではないでしょうか。ましてやこの暑い中草むしりなんてやりたがる生徒がいるとは思えません。それでも、一人二人くらいは参加してくれると思ったのですが……」

 

「まぁ、コトミちゃんたちに参加を持ち掛けてみても断られちゃったしね」

 

「アイツが来ても仕事が増えるだけですから、来なくても良かったんですが、参加者ゼロだったとは思いませんでした。とりあえず終わりましたが、想定していた時間よりかなりかかりましたね」

 

「花壇の手入れだけじゃなく、結構本格的に草むしりをしてたから仕方ないだろ。途中アクシデントもあったわけだしな」

 

「そうですね」

 

 

 お茶を飲み終えたタカトシが、近場のゴミ箱に缶を捨てる。タカトシの運動神経なら投げても入りそうだったが、しっかりと立ち上がって捨てに行く辺りに、タカトシの行儀のよさが窺い知れる。

 

「とりあえず私たちも生徒会室に戻るとするか。美化委員の終了の挨拶も終わったようだしな」

 

「というか、私たちが待っている必要はあったのでしょうか?」

 

「一応、最後までいた方が良いだろ。例え美化委員の挨拶に私たちが関係してなくてもな」

 

「そうですかね」

 

 

 私はイマイチ納得しなかったけども、会長が決めたことだし、七条先輩もタカトシも特に文句無さそうだし、これでいいのかもしれないと思い始めた。

 

「とりあえず各自のブレザーをちゃんと持って帰らないと――背が縮んだ!?」

 

「それは俺のです」

 

「というか、何故私を見ながら言った?」

 

 

 嫌味なのかと疑いの目を向けたが、会長は素知らぬ顔で誤魔化した。

 

「てか、何時まで着てるんですか」

 

「あ、あぁ……すまない。つい、君の匂いがするなと思って」

 

「そんなに臭いますか?」

 

「いや、そっちの意味じゃないから安心してくれ」

 

 

 タカトシが自分の体臭を確認したのを見て、会長は慌ててタカトシにフォローを入れた。ちょっと汗臭いかもしれないけど、タカトシの体臭なら私だって嗅ぎたい――って!

 

「変態かっ!」

 

「「っ!?」」

 

「スズ、どうしたの?」

 

「い、いや……ちょっと自己嫌悪中」

 

「はぁ……」

 

 

 会長と七条先輩は何となく理解したようだったけど、タカトシはイマイチ意味が分からないと言いたげな顔で首を傾げていた。

 

「タカトシ君には分からなくても仕方ないと思うよ。そう言った欲求があんまり無いんだし」

 

「何の話ですか、全く……」

 

「お願いだから気にしないで」

 

 

 私が懇願するように言うと、タカトシは何となく申し訳なさそうな表情で頷いて、私が叫び出した理由を聞くのを止めてくれた。取り合えず良かったけど、会長と七条先輩がニヤニヤ顔を向けてくるのが、何となく居心地が悪かったわね……




美化活動に参加する生徒なんているのか?


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欠伸写真

欠伸くらいはするだろうな


 登校途中に、私は憂鬱な事を思いだした。

 

「あ……宿題やんの忘れた……」

 

「トッキーは相変わらずドジっ子だな~」

 

「うっせ。そういうお前はどうなんだ」

 

「私は、タカ兄とお義姉ちゃんが怖かったので、しっかりとやったよ」

 

「自分の意思では無いじゃねぇかよ」

 

 

 あの兄貴と英稜の生徒会長に睨まれれば、そりゃ誰だって宿題をやるな……

 

「罰で立たされるだろーけど、まぁいいや」

 

「トッキーにとって、大した罰じゃないもんね。私みたいに、お小遣いが懸かってるわけじゃないんだし」

 

「お前の場合、それ以上じゃね?」

 

 

 こいつは確か、次赤点ギリギリだった場合、良くて留年。最悪退学の危機だったような気もするしな。

 

「到着。急がないと遅刻になっちゃうね」

 

「お前が早く起きないからだろうが」

 

 

 コトミと一緒に階段を駆け上がり、HRを終えて英語の授業が始まった。

 

「えー、罰で立たすと後ろの席の人が黒板見えないって苦情があるので、宿題忘れたヤツは空気椅子の罰に変更だ。忘れたヤツは手を上げろ」

 

「トッキー、お疲れ」

 

 

 コトミに肩を叩かれ、私は絶望的な気分を味わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 委員会に出席する前に生徒会室に集まっていたら、三葉が生徒会室にやってきた。

 

「部費アップのお願い?」

 

「はい!」

 

「うーん、それは難しいな」

 

 

 既に今年度の予算編成は終わっているし、一つの部活を優遇するわけにもいかないし。

 

「今日はみんなの要望を背負って来てるんです。うんと言ってくれるまでこの場を動きません!」

 

「といわれても、今から委員会に出席しないといけないから、私たちはここからいなくなるぞ」

 

「じゃあ私、留守番してますよ」

 

「えっ、あぁ……ありがとう」

 

 

 あまりにも自然に言われてしまったので、私は思わず三葉に留守番を頼んでしまった。

 

「良いんですか?」

 

「だって、動かないって言ってるし、留守番してくれるなら鍵を掛ける必要もないし」

 

「それぐらい面倒だって思わないでくださいよ」

 

 

 タカトシに呆れられたが、とりあえず生徒会室の鍵を掛けずに、我々は委員会に出席する為に会議室に急いだ。

 

「(まぁ、我々が委員会に出席する事はだいたいの生徒が知っているから、生徒会室を訪ねてくるヤツなどいないだろうがな)」

 

 

 会議中、留守番の意味なんて無かったかもしれないなと思いながら、私はそれを表情に出さず進行役を務めていたが、隣に座るタカトシが若干呆れたような視線を向けてきたのが気になった。

 

「――というわけで、本日の委員会は以上とする」

 

「「「「お疲れさまでした」」」」

 

 

 私の閉幕の合図に答えるように各委員会の長が挨拶を交わし、お開きとなる。

 

「結構時間が経ってしまったな。三葉は大人しく留守番をしてくれただろうか」

 

「それくらいムツミでも出来ますよ……たぶん」

 

 

 萩村が若干不安そうな表情で答える。私たちは急いで生徒会室に戻ると、中から寝息が聞こえてきていた。

 

「寝てますね……」

 

「留守番になってないねぇ」

 

「やれやれ、仕方ないな」

 

 

 私は机に突っ伏して寝ている三葉の背中に手を伸ばし、ブラのホックを外した。

 

「何で今ブラを外したんですかね?」

 

「普通のブラを着けたまま寝るのは良くないんだぞ。就寝用ブラというものがあってだな――」

 

「普通に起こせよ!」

 

 

 久しぶりにタカトシに怒られた気がする……結局、三葉は起きなかったのでタカトシが背負って道場まで連れ帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業していると、畑さんが音も無く生徒会室に入ってきた。

 

「やっ!」

 

「畑、せめてノックはしろ」

 

「これは失礼しました」

 

 

 全く悪びれた様子もない畑さんの態度に、シノちゃんがため息を吐いた。ちなみに、タカトシ君は気配で気づいていたようで、驚いたりはしなかったけど。

 

「最近皆さん、ちょっとたるんでるんじゃないですか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「我々生徒の代表なのですから、もう少しシャキッとしてもらいたいという意味です」

 

 

 そう言うと畑さんは、懐から三枚の写真を取り出しました。

 

「この欠伸写真を戒めにしてください」

 

「いつの間にこんなのを」

 

「これは萩村さんの欠伸写真です」

 

「は、恥ずかしい……」

 

「こっちが七条さんの欠伸写真です」

 

「あら~」

 

 

 油断してたつもりは無いけど、私じゃ畑さんの隠し撮りに対抗出来ないわね。

 

「これが会長のアクメ写真です」

 

「なっ、違うぞ!?」

 

「失礼、欠伸を噛んでしまいました」

 

「脅かすな……」

 

 

 シノちゃんが慌てているのを見るに、恐らくアクメ顔をしてたことがあるのだろうなと思ったけど、タカトシ君に怒られそうだから口にはしなかった。

 

「ところで、タカトシの欠伸写真は無いのか?」

 

「津田副会長は、私の気配を察知出来ますので。欠伸をしていたとしても私に気付かれない場所でしょうし」

 

「と、とにかく! これからは気を引き締め直して学園生活を送ろうじゃないか」

 

「そうだね~」

 

「はい」

 

「ではそういう事で。ちなみに、これコトミさんの居眠り写真だけど、いる?」

 

「屋上で腹出して寝てますね……」

 

「何してるんだ、コトミは……」

 

「放課後ですから、その辺りは大目に見てあげてください」

 

 

 それだけ言い残して、畑さんは生徒会室から音も無く消えてしまった。相変わらず凄い特技だよね。




やっぱり残念なコトミ……


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不機嫌な萩村

気付かなくてもしょうがない


 アリアと二人で生徒会室にやってくると、何故か萩村がご立腹で、タカトシが困ったような表情で頬を掻きながら書類を処理していた。

 

「萩村と喧嘩したのか?」

 

「いえ、なんだか急に機嫌が悪くなったようでして……」

 

「急に? それは珍しいな」

 

 

 タカトシが何か無神経な事をした、なんてことは無いだろうし、いったい何が原因なのだろうか……

 

「萩村、いったいどうしたというんだ?」

 

「いえ、先ほど高い所の物を取ろうとして踏み台に乗ったんですけど、ちょっとバランスを崩しまして……」

 

「怪我は無かったのか?」

 

「はい。タカトシが受け止めてくれましたから」

 

「なら何で機嫌が悪くなってるんだ?」

 

 

 タカトシに受け止めてもらったのなら、むしろ機嫌がよくなると思うのだが……

 

「その時に胸タッチハプニングを起こしておきながら、気付かないんです!」

 

「あー……」

 

 

 確かに萩村の胸なら、触っても気づかない事もあるかもしれないな……現に、この間私がタカトシの後ろで馬に乗っていた時も、胸が当たっても気にしなかったし……

 

「思い出したら何だか腹が立ってきたな……」

 

「どうしたの~?」

 

 

 私と萩村は、タカトシにではなく、アリアの胸に鋭い視線を向ける。この胸が当たった時、タカトシは若干ではあるがアリアを意識したんだよな……

 

「とりあえず、タカトシが何らかの謝罪をしてくるまで、私は許しませんから!」

 

「まぁまぁ、生徒会の仲が拗れたままだと大変だから、手を繋いで仲直りだ!」

 

 

 そう言ってタカトシの右手を私が、左手をアリアが繋ぎ、アリアのもう一方の手と萩村の手を繋いだ。

 

「むぅ!」

 

「何だか余計に機嫌が悪くなってませんか?」

 

 

 タカトシに指摘されて、これでは萩村が嫉妬するだけだと気が付き、私たちは繋いだ手を離したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当はタカトシが悪いんじゃないって分かってるんだけど、女として意識している相手に胸を触られて無反応だという事実を受け入れるのに抵抗があるのだ。

 

「ところで、タカトシは萩村が突然不機嫌になった割には落ち着いているな」

 

「子供の頃、コトミが良く訳が分からない拗ね方をしていたので」

 

「なるほど、慣れているんだな」

 

「(妹扱いかよ!)」

 

 

 タカトシの中で私がどう思われているのかを知り、私はますます機嫌を損ねた。まぁ、タカトシのような人から見れば、私なんてお子様なんでしょうけどもね!

 

「スズちゃん、口をとがらせてどうしたの?」

 

「何でもありません!」

 

「あっ、スズ口か!」

 

「タカトシの前以外でも止めろ!」

 

 

 出数は減ってきているとはいえ、七条先輩の下ネタ発言は勘弁願いたいのよね……ツッコむ度に、私の中で何かが崩れていくような感覚があるから。

 

「こんな時に頼むのもあれなんだが、二人で倉庫整理をしてきてくれないか? また横島先生が散らかしたらしいんだ」

 

「何で馘にならないんですかね、あの人は……」

 

 

 タカトシは特に気にしてないようだけど、この状況で二人きりははっきり言って避けたい。私が勝手に気まずくなっているのは分かっているんだけど、それでも何とかして誰かと変わってもらいたかった。

 

「私とアリアは、これから新聞部に行く用事があるからな」

 

「また何かしたんですか?」

 

「コーラス部への取材要請がしつこいと苦情がきてな。とりあえず注意という形をとるから、私とアリアで十分だと判断した。タカトシが行くと説教になるし、萩村では畑相手にやりにくいだろ?」

 

「それは、まぁ……」

 

 

 仮にも先輩に対して強く出るのは、私もやりにくいけど……だけど何でこのタイミングでそんな事になるのよ!

 

「さて、さっさと片づけを終わらせるとするか」

 

「そうね」

 

 

 タカトシの方は気まずさなんて全く感じてない様子で、テキパキと片づけを進めていく。こうなれば私も、気にしないようにしなければ。

 

「この段ボール、重っ……」

 

「俺が持とうか?」

 

「いいっ!」

 

 

 ここでタカトシに頼るのも何となく癪だったので、私は無理矢理段ボールを持ち上げようとして――

 

『ブチっ』

 

 

――何かが切れる音を聞いた。

 

「へっ?」

 

 

 音がした方に視線を向けると、スカートのホックが壊れたみたいで、ものの見事にパンツが丸見えになっていた。不幸中の幸いなのか、タカトシの方からは段ボールの陰になって私のパンツは見えていないようだが。

 

「(どうしたら良いんだ……)」

 

 

 逃げだすにしても、この状況で外に出るわけにもいかないし、かといってタカトシに代わりのスカートを取ってきてもらうのも恥ずかしいし……

 

「スズ?」

 

「な、何でもない!」

 

 

 頬を赤らめながら必死に答える私を見て察したのか、タカトシは自分のブレザーを脱いで私に渡してくれた。

 

「それでとりあえず隠して。保健室で替えのスカートに履き替えれば」

 

「それしかなさそうね……」

 

 

 タカトシのブレザーは、私が着ると丁度スカートを履いている時と同じくらいの長さになる。だから当面を凌ぐには最適のアイテムだ。

 

「その……ありがとう」

 

「どういたしまして、で良いのかな? 特に何もしてないけど」

 

 

 こう言ったときにこういう事が普通に出来る男子がどれくらいいるのか、タカトシは分かっていないようだ。まぁ、この行動に免じて、胸タッチハプニングについては不問にしてあげようかしらね。




スズ程度じゃ気付かn……


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タカトシ、ダウン

疲労は溜め込むとこうなる……


 珍しくタカトシが風邪を引いたらしく、本日の生徒会室はいつも以上に騒がしかった。もちろん、萩村がストッパー役を頑張ってくれたのだが、タカトシ程の効果はなく、私とアリアはふざけまくったのだった。

 

「おや、シノっちではありませんか」

 

「カナ。タカトシの家の前で何をしてるんだ?」

 

 

 生徒会を代表して私がお見舞いに来たのだが、津田家の前でカナと遭遇した。

 

「私は今学校から帰ってきたところです。今日はタカ君が風邪を引いて寝込んでいるというので、いろいろとお手伝いに来たのです。そういうシノっちこそ、どうしたんですか?」

 

「私は生徒会を代表してタカトシの見舞いに来たんだ」

 

 

 アリアや萩村も来たがっていたが、じゃんけんをして私が代表を務める事になったのだ。決してずるはしていないからな。

 

「しかし、タカトシが風邪を引くなんて珍しい事もあるんだな。何があったんだ?」

 

「コトミちゃんの悪ふざけの結果としか聞いていませんが、相当な事をしたんだという事だけは分かりました」

 

「あのタカトシが風邪を引く悪ふざけか……少し興味があるな」

 

 

 一年の頃は、環境に慣れていなくて風邪を引いたこともあったタカトシだが、ここ最近はダルそうにはしていたが本格的に寝込むようなことは無かったからな。

 

「とりあえず、中に入りましょう。今の時間、タカ君はまだ寝てるはずですから」

 

「お邪魔します」

 

 

 カナに案内され、私は津田家の中に入るのだった。

 

「あれ? シノ会長、いらっしゃい」

 

「コトミか。タカトシの具合はどうだ?」

 

「タカ兄、さっきまで起きてたんですけど、また寝ちゃったみたいですよ。心配かけないように家事をしようとした私を必死で止めてたんですけどね」

 

「コトミちゃん、お願いだからこれ以上タカ君に無理をさせるのは止めて」

 

 

 割かし本気のカナの注意に、コトミも本気で反省しているようだ。

 

「さっきタカ兄にも似たような事を言われました……」

 

「それじゃあ私は家の事を片付けるので、シノっちはタカ君のお見舞いを済ませちゃってください。その後、時間があるならコトミちゃんの宿題を見てあげてくれると、凄く助かるのですが」

 

「そうだな。ほぼ家族であるカナにここは任せて、私はコトミの勉強を見てやることにするか」

 

「だ、大丈夫ですよ? 自分で何とか出来ますから」

 

「お前が立派になれば、タカトシの負担が減るんだ。さぁ、グダグダしてないで部屋に行くぞ!」

 

 

 コトミを引っ張ってタカトシの部屋に入り、寝ているのを確認してからコトミの部屋に向かった。

 

「……この惨状は何だ?」

 

「片づけをしてたら何故だか散らかっちゃうんですよね」

 

「うん……まずは掃除からだな」

 

 

 この有様では宿題どころではないからな。私はコトミと二人で部屋の片づけを開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに熱を出して寝込んだ所為か、いろいろと考える事が出てきた。一つは、コトミの今後についてだ。

 

「(今のままだと、無事に卒業出来るかの前に、進級出来るかなんだよな……)」

 

 

 成績は常にギリギリ、下手をすれば留年もあり得るのだ。両親不在が多いせいか、コトミは何かにつけて俺を頼り、自力で何とかするという事を諦めてしまっている節がある。かといって俺が見捨てれば、すぐにでも退学処分が下されてもおかしくない所まで、コトミの評価は下がっているのだ。

 

「(このままだと、自分の事に時間を割く余裕なんて出来ないよな……)」

 

 

 いつだったか義姉さんに聞かれた「彼女は作らないのか?」という質問に対する答えを思い返し、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

「(コトミを斬り捨てれば、時間なんていくらでも作れるのかもしれないけど、両親からコトミの事を頼まれてるし、身内を見捨てるのも忍びないし……って、俺は誰に言い訳をしてるんだろうか)」

 

 

 時間が無いという事を理由にして、俺は皆の好意から逃げているだけなんじゃないだろうか。最近そんな事を考えてしまう。

 

「(この間のボイスドラマの告白相手を考えてた時からか? こんなことを考えてしまうようになったのは)」

 

 

 フィクションだからと割り切っていたはずだが、どうも心の中の靄が晴れずに残っている感覚がある。

 

「(こんな事で悩んでたから、コトミの悪戯に対しての反応が遅れたんだろうな……)」

 

 

 風呂掃除を頼んで様子を見に行くと、コトミが水シャワーを俺に向けて発射したのだ。普段なら躱せたんだろうが、考え事をしながら様子を見に行ったせいで、一瞬反応が遅れ、全身水浸しになったのだ。すぐに身体を乾かしたが、どうやら相当溜まっていた疲れと相まって、この有様なのだ。

 

「(体調が悪いから、こんなことで頭を悩ませてるんだろうか?)」

 

 

 心の靄が晴れないのも体調の所為だと決めつけ、俺はなんとか思考を切り替えようと頭を振った。

 

「(ん? 隣の部屋からシノ会長の気配が……下には義姉さんの気配も……心配をかけてしまったようだな、反省しなければ)」

 

 

 何とか明日には体調を治して、シノ会長と義姉さんにお礼と謝罪をしなければと心に決め、俺はもう一度横になって休むことにした。




自分の事を考える余裕がなかったからなぁ……


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気になる胸囲

生徒会役員の胸囲は……


 生徒会の作業中、アリアが全員分のお茶を用意してくれた。普段から生徒会室でお茶をする時はアリアが用意してくれるのだが、毎回タカトシは申し訳なさそうに頭を下げている。

 

「お茶淹れたからちょっと休憩にしよ~」

 

「すみません、アリア先輩」

 

「気にしなくていいよ~。タカトシ君が淹れてくれるお茶よりかは味は落ちるかもしれないけど」

 

「そんなこと無いですよ。アリア先輩が淹れてくれるお茶はとても美味しいです」

 

「二人で雰囲気作るの禁止! アリアはこの前のボイスドラマからぐいぐい行き過ぎじゃないか?」

 

 

 何となくいい雰囲気になりつつあったので、私は無理矢理二人の間に割って入って雰囲気を霧散させた。

 

「アリア先輩は良いお嫁さんになるでしょうね」

 

「タカトシ君がもらってくれるなら、今すぐにでも――」

 

「タカトシはまだ十七だ! 結婚は出来ないぞ!」

 

「さっきから何でそんなに大声を出してるんですか?」

 

 

 私が苛立ってる理由が分かっていないのか、タカトシは不思議そうに私を眺めている。一方で萩村は、私と同じ気持ちなのかタカトシを睨みつけている。

 

「結婚云々は置いておくとして、新妻のG・O・Wはやってみたいな」

 

「何ですか、それ?」

 

「おかえりなさい、アナタ。ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し? というやつだ」

 

「あぁ、この間義姉さんがやってましたね。何故か最後がタワシだったですけど」

 

「カナならありえそうだな」

 

「どういう意味だったんですか?」

 

「タカトシは分からなくて良い世界だからな」

 

 

 性知識に疎いタカトシは、タワシ洗いの意味が分からなかったんだろうな……というか、カナは何をしているんだか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室でスズちゃんとお喋りしてたら、窓際で津田君と柳本君が何かを話しているのが視界に入った。

 

「あの二人、何を話してるんだろう?」

 

「二人? あぁ、タカトシと柳本ね……」

 

 

 スズちゃんと二人で窓際に移動すると、どうやら柳本君が津田君に何か相談しているようだ。

 

「何話してるの?」

 

「あぁ……好きなアイドルが結婚してしまってな……これからは何を楽しみに生きていけばいいのか分からなくなってしまったんだ」

 

「くだらないわね」

 

 

 スズちゃんがバッサリと斬り捨てたけど、私は柳本君にアドバイスしてあげる事にした。

 

「結婚した事により、人妻属性が追加されたと思えば良いんだよ」

 

「なるほど! そんな考え方があったとはな! これで明日からも頑張っていけそうだ」

 

「前向きになったのは良いけど、今度の試験は手伝わないからな?」

 

「「えぇ!?」」

 

「何で三葉まで驚いてるんだよ……」

 

 

 津田君が柳本君に容赦なく言い放ったら、何故かムツミちゃんまで驚いていた。まぁ、私も最近津田君やスズちゃんに教わって漸くな成績だし、二人の気持ちは分からなくもないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後の見回り中、私は何となく昨日の両親の喧嘩風景を話した。

 

「――という感じで、母がテレビに嫉妬してたんですよね」

 

「仲が良くて良い事じゃないか」

 

「私もそういう経験があるな」

 

「横島先生……どこから聞いてたんですか」

 

 

 廊下の角からいきなり現れた横島先生に驚きながらも、私はなんとか驚いてない風を装って尋ねた。

 

「偶々聞こえただけだ。テレビくらいで喧嘩になるとは思って無かったんだ」

 

「ちなみに、横島先生はどんなシチュエーションで?」

 

 

 ウチの両親は、食事中にテレビを見たことで喧嘩になったのだが、横島先生は結婚してないから、どういう状況なのか分からないのよね……

 

「営み中に好きな俳優のドラマを見てたら――」

 

「そりゃ喧嘩になるだろ! というか、どんな状況だ!?」

 

 

 私のツッコミに満足したのか、横島先生は職員室に戻っていった。

 

「まったく、何がしたかったんでしょうかね……あれ? このベスト、大きい」

 

「それ私のだよ~」

 

「す、すみません!」

 

 

 作業するために脱いでいたベストを着ようとしたら、間違えてしまったようだ……

 

「あれ? このベスト、胸の所がキツイような……」

 

「それは私のだー!」

 

「ご、ゴメン!」

 

 

 どうやら七条先輩のベストではなく、天草会長のベストだったようで、なんだか会長がフルボッコになってしまった感じだ……

 

「すみません、会長。私が間違えたばっかりに……」

 

「良いんだ。アリアの胸が大きいのも、私の胸が小さいのも、萩村の所為じゃないからな……」

 

「というか、また大きくなってるような気がするのは気のせいなんでしょうか?」

 

「いや、私もそう思っていた……」

 

「あの?」

 

 

 私と会長で七条先輩の胸を凝視していたら、七条先輩が恥ずかしがってタカトシの背後に隠れてしまった。

 

「何してるんですか?」

 

「いや、ちょっと観測してただけだ」

 

「観測? いったい何を測ってたんですか?」

 

「目測でアリアのバストサイズを」

 

「シノちゃん!? そんな恥ずかしい事しないで!」

 

「別にタカトシに言うわけじゃないんだから、そこまで恥ずかしがること無いだろ」

 

「それでも恥ずかしいよ」

 

 

 前はノーパンで過ごしてた人とは思えない発言だけど、これが普通なのよね、たぶん……




大きさなんて気にしなくてもいいんじゃないんですかね?


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雨の日の登校

傘を右手で持つから左側がびしょびしょ


 生徒会に上がってくる案件は、日々増えている。今日も保健委員から相談を持ち掛けられ、我々で協議する事になった案件がある。

 

「最近、保健室の私的利用が目立っているそうだ」

 

「私的利用、ですか?」

 

「具体的には、仮眠をとるために使われているらしいの。勉強や部活疲れもあるかもだけど……」

 

「もはや休憩室感覚ですね」

 

「そう言えばこないだ、コトミも保健室で寝てたらしいな」

 

 

 ふと思い出したことをタカトシに確認すると、タカトシは申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

 

「妹が申し訳ありませんでした」

 

「いや、別に糾弾するつもりじゃないから、そこまで申し訳なさそうにしなくても良いぞ? コトミだって具合が悪かったとか、そういう理由だったかもしれないし」

 

「夜遅くまで義姉さんに勉強を見てもらってたのは良いんですが、授業中に眠くなって仮病を使ったとか、そんなところだと思いますよ」

 

「あり得そうだな……」

 

 

 さすが長年コトミの兄をやっているだけあるのか、行動理由が手に取るように分かるようだな。

 

「今後保健室の私的利用を防ぐために、保健委員と共同で対策に取り込む事となっている」

 

「普通に注意するだけでは減らないでしょうし、何か罰を設けるというのはどうでしょう?」

 

「具体的には?」

 

「授業をサボっているわけですし、内申に響くのは当然として……サボった分だけ赤点の基準を上げるというのはどうでしょう? そうすればむやみにサボろうとする輩はいなくなると思いますが」

 

「だが、タカトシや萩村のように、頭のいいヤツがサボり始めるかもしれないぞ? その場合はどうするんだ?」

 

 

 タカトシや萩村のようなヤツが他にいるとは思っていないが、ある程度サボっても点数を確保出来る人間はいるかもしれないからな。そういう連中に対する抑止力も考えておかないといけないだろう。

 

「女子だったら大門先生の熱血指導、男子だったら横島先生の邪な指導はどうです?」

 

「……絶対に嫌だな、その罰は」

 

 

 タカトシが考える罰則に、私たちは顔を顰めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しくタカ兄が早く出かけなかったので、今日は私も一緒に登校する事が出来た。と言っても、タカ兄に起こしてもらって漸くなんだけど……

 

「この時期は雨ばっかりで嫌になるな……洗濯物も乾きづらいし」

 

「よし、占ってみようっ!」

 

 

 タカ兄の主夫的発言は兎も角として、確かに毎日雨ばかりだと気が滅入ってくるもんね。

 

「あーした天気になーれ!」

 

 

 履いていた革靴を前に蹴りだし、靴占いをする。これで晴れが出れば、タカ兄の気分も少しは晴れてくれるかな。

 

「おい、靴が濡れるぞ」

 

「あっ」

 

 

 雨が降ってるのにそんなことをすれば靴が濡れるのは当然だったが、私はその事を失念していた。しかも運が悪い事に、占いの結果は晴れだった。

 

「ど、どうしよう……」

 

「洗濯物を増やすな……」

 

 

 タカ兄には呆れられるし、靴の中に雨水は溜まっていく一方だし、私は踏んだり蹴ったりな結果に憤慨した。

 

「おはよう……って、何でコトミちゃんは怒ってるの?」

 

「靴占いをしたら晴れが出やがったんです!」

 

「え? それなのにキレてるの?」

 

「靴がびしょびしょで、その靴を履いた所為で靴下もびっしょりに……」

 

「あー……」

 

 

 スズ先輩にも呆れられちゃったし、靴占いはろくな結果を招かなかった。

 そんな事があった翌日、占い通りなのかは分からないが、見事な晴天となっていた。

 

「ねぇトッキー」

 

「何だ?」

 

「私昨日『プールも雨で中止。どうせ濡れるんだから雨でもやればいいのに』って言ったよね?」

 

「あぁ。そんな事言ってたな。だが、何で今そんなことを?」

 

 

 晴れたお陰でプールの授業も出来たので、私はトッキーと昨日の会話を思い返していた。

 

「だから、もう濡れてるんだし、わざわざトイレに行く必要も――」

 

「横着しないで早く行け!」

 

 

 トッキーに怒られ、私は仕方なくトイレに向かった。なんであそこまで怒ったんだろう……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の決定に納得がいかなくて、私は生徒会室に対抗案を持っていきました。

 

「――こればっかりは譲れません! 同意してくれるまでこの場を動きませんから!」

 

「しかしだな、これでは男子生徒に一方的ではないか?」

 

 

 私が持ってきた対抗案に目を通し、天草会長の意見はこれでした。確かに少し男子生徒に負担を掛け過ぎかもしれないという自覚はありますが、これくらいしなければ風紀は改善されないのです。

 

「まぁ、お茶でも飲んで落ち着いてください」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 タカトシ君がお茶を差し出してくれたので、私は反射的にそのお茶を受け取り、それを飲もうとして廊下から視線を感じた。

 

「何してるんですか、貴女は」

 

「いえ、動かない風紀委員長に水分を摂らせ、お漏らしをさせようとしている副会長を撮ろうと……」

 

「そんな事考えるわけ無いだろうが」

 

「何だ、つまらない」

 

 

 タカトシ君が畑さんを撃退し、呆れた表情でこちらに振り返ったのを見て、私は安心してお茶を飲むことにした。実はちょっとだけ、私も畑さんと同じような事を思ったのだけど、タカトシ君にバレてないよね?




邪な人が多い空間だ……


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追われる畑

追われる原因は畑さんにある……


 タカ君がバイトの為、家事一切を任された私は、服を脱ぎ散らかしているコトミちゃんにお説教をする事にした。

 

「きちんと畳まないと駄目でしょ」

 

「ごめんなさーい」

 

「まったくコトミちゃんは……」

 

 

 普通に怒っても全く反省しないコトミちゃんの為に、私は怒り方を変える事にした。

 

「例えばベッドの前に服を畳まないで置いて、こうやってベッドに潜り込んだら――」

 

「何だかすっごくエロいです!」

 

「でしょ? こんなところをタカ君に見られたらなんて言われると思う?」

 

「……大目玉必死ですね」

 

 

 ただでさえこの間怒られたばかりなのだから、コトミちゃんはもぞもぞと動き出し服を畳み始めた。

 

「というか、年頃の女の子として、何時までも兄に服を畳んでもらうのはどうかと思うよ?」

 

「タカ兄が普通の兄だったら自分で畳んだかもしれませんけど、タカ兄は妹の服や下着で興奮するはずありませんから。むしろ私がタカ兄のパンツで興奮しちゃいますし」

 

「それは分かります」

 

 

 タカ君が普段穿いているパンツを見るだけで、お義姉ちゃん大興奮ですからね……そういう邪な気持ちに気付いているのか、普段は触らせてくれませんけどね。

 

「兎に角、コトミちゃんはもう少し自立する事を目標にした方が良いよ? 私やタカ君も、何時までもコトミちゃんの面倒を見てあげられないんだし」

 

「分かってはいるんですけどね~」

 

 

 全く反省してない様子だけど、これ以上強く言うと反発して何もしなくなっちゃうかもしれないので、今日のところはこれくらいで勘弁しておいてあげましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシが職員室に報告に行っている間、私たちは生徒会室で談笑していた。するといきなり畑が生徒会室に飛び込んできた。

 

「匿ってください!」

 

「どうしたんだ?」

 

「追われているんです! 追手が来ても誤魔化してください」

 

 

 そう言って畑は、テーブルの下に潜り込んだ。

 

「何だかサスペンスドラマを観てるみたいだね~」

 

「私はフェチ系AVを観てる気分です」

 

「追い出すぞ、こら」

 

 

 人のパンツを覗き込んでいた畑にそうツッコミを入れたタイミングで、生徒会室の扉がいきなり開かれた。

 

「ここに畑さんが逃げ込んで来ませんでしたか!?」

 

「五十嵐……急いでいるのは何となく分かったが、せめてノックはしてくれ。もし着替え中とかだったらどうするつもりだったんだ」

 

「あっ、申し訳ありません……ですが、緊急事態なんです」

 

「そうか……悪いが畑はこっちには来てないぞ」

 

「そうですか……相変わらずすばしっこい人で困っちゃいます……」

 

 

 肩を落として生徒会室を去った五十嵐の足音が聞こえなくなってから、畑が机の下から顔を出した。

 

「助かりました」

 

「まったく。急に『机の下ではエロい事が行われていたプレイ』をするんじゃない」

 

「会長のポーカーフェイスはさすがですね」

 

「タカトシがいないからって、なにやってるんだよ!」

 

 

 萩村にツッコまれて、私はとりあえず反省の気持ちを懐いたが、それよりも気になることがあるのですぐに表情を改める。

 

「それで、何をして五十嵐に追われてたんだ?」

 

「そう言えば、何も聞いてなかったね~」

 

 

 アリアも同じ疑問を懐いたのか、私の言葉に同意して畑に視線を向けた。

 

「話すと長くなるのですが、風紀委員長に密着取材(無許可)をしていたらなんやかんやありまして」

 

「なるほど、そういう事か」

 

 

 私はアリアと萩村に目配せをして、二人は頷いて私の考えに同意してくれた。

 

「没収だ」

 

「あーれー」

 

 

 アリアと萩村が畑を取り押さえ、私が畑のカメラを取り上げる。機械音痴なので弄ったりはしないが、後で五十嵐に渡しておこう。

 

「畑さん! やっぱりここにいた!」

 

「げっ! 風紀委員長……何故ここに舞い戻ってきた!?」

 

「タカトシ君に畑さんの気配を探ってもらったんです!」

 

「何があったんですか?」

 

 

 職員室から戻ってきたタカトシが、不思議そうに扉の向こうから顔を覗かせて尋ねてくる。

 

「畑さんが五十嵐さんに密着取材(無許可)をしてたらしいのよ」

 

「なるほど、そういう事か」

 

 

 それだけで全てを察したタカトシは、チラッと私が持っているカメラを見て、すぐに視線を畑に移した。

 

「あれだけ言っても止めないなら、やはり新聞部は活動休止にするしかないですかね」

 

「それは困ります!? そうなったら私のお小遣い――じゃなかった! 津田先生の大勢のファンが悲しみますので」

 

「畑さん、ゆ~くりと話し合いましょうか?」

 

「あっ……」

 

 

 五十嵐の事を忘れていたのか、畑は血の気の引いた顔で五十嵐の方へ振り向き、そのまま連行されていった。

 

「というか、何で畑さんを匿ったんですか?」

 

「理由を聞いてなかったから、とりあえず匿ったんだが……理由を聞いて五十嵐に引き渡そうとしてたところにタカトシと五十嵐が戻ってきたんだ」

 

「そうでしたか。またシノ会長が悪ふざけでもしたのかと思いましたよ」

 

「そ、そんなわけ無いだろ?」

 

 

 実はちょっとだけ悪ふざけしたので、私は視線を明後日の方へ向けて答えた。その所為でタカトシの視線が痛いが、追及してくることは無かったので安心したのだった。




タカトシがいないと相変わらずだなぁ……


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特別行事

海も山も行きたくない


 桜才学園夏の特別行事として、臨海学校・林間学校のW開催が決定した。ちなみに、どちらに参加するかは生徒の自由だが、参加しないのは認められていない。

 

「希望者は臨海学校の方が多いようですね」

 

「そうだねー」

 

 

 ちなみに、我々生徒会役員+コトミは、臨海学校に参加希望を出している。

 

「それにしても、男子の殆どが臨海学校とは……そんなに水着が視たいのか?」

 

「俺に聞かれても知りませんよ……」

 

 

 タカトシが臨海学校に参加希望を出した理由は、横島先生や畑さん、コトミがこちらに参加する気満々だったからである。さすがにこのメンバーをタカトシ無しで黙らせるのは、私たちだけでは不可能だからと萩村が頼み込んだのだ。

 

「ウチの男子は虫が苦手なヤツが多いですから、それも原因なのでは? 山の中は虫が多いですし」

 

「軟弱な男どもだなー。タカトシは問題ないんだろ?」

 

「まぁ特に苦手なものはいませんね。かといって、台所のアイツを頻繁に見たいわけではありませんが」

 

「それはまぁ……私たちも見たくはないな」

 

 

 むしろあれを見たがる人間などいるのだろうか? 少なくとも女子であれが好きだという人間は、私が知る限りいたことが無い。

 

「とりあえず今度の休みに、我々も臨海学校に備えた買い物をしようではないか!」

 

「楽しみだね~」

 

「それって俺もですか?」

 

「アンタがいないと、この二人が暴走しちゃうでしょ!」

 

「はぁ……また義姉さんにコトミの事を頼むか……」

 

「補習は免れたんじゃなかったの?」

 

「リーチ懸かってるのには変わりないから……」

 

 

 力なくうなだれたタカトシに、私たちはかける言葉が見つからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物当日。コトミの事は義姉さんにお願いしていて、俺は待ち合わせの場所で三人を待っていた。途中で畑さんがいるのに気づいたので、何かしでかしたらすぐに捕まえられるようにしておこうと心に決めたのだった。

 

「悪いな、待たせてしまって」

 

「いえ、女子の買い物に俺がついていくのもあれですから」

 

「せっかくタカトシ君に新しい水着を選んでもらおうと思ったのにな~」

 

「水着売り場に男一人と言うのは、かなりの拷問だと思うんですけど」

 

「タカトシ君なら気にしないでしょ?」

 

「俺は兎も角、周りの女性が気にするでしょうが……」

 

 

 不本意ながら、そういう場所に行くのに慣れてしまっているので、今更ドキドキもしないけど、他の客が俺を見てどう思うかは、恐らく想像通りだろう。

 

「慣れてるって、私たちそんなにタカトシの事を連れまわした覚えはないぞ?」

 

「コトミの下着を買ったり、義姉さんに付き合わされたりしてるんです」

 

「あぁ……主夫だったな、タカトシは」

 

 

 いい加減自分で買いに行けと言っているんだが、アイツに金を持たせるとろくなことが無いから、最近は義姉さんにお願いして買ってきてもらう事にしたんだが、何故か義姉さんは俺を連れていきたがるのだ。

 

「(副会長はEDっと)」

 

「何してるんですかね?」

 

 

 何だかまったくの出鱈目を書かれた気がして、俺は畑さんに鋭い視線を向けた。その視線に気付いた畑さんが、慌ててメモ用紙を破り捨てたのを見て、とりあえずは放置する事にした。

 

「そう言えば私、枕が変わると寝られないんだよね」

 

「ですが、さすがに枕を持っていくのはかさばるのでは?」

 

「そうだよね……シノちゃんは平気だっけ?」

 

「ああ。私はどんな枕でも寝られるぞ」

 

「(会長はビッチだった……)」

 

「限定的な枕にするな!」

 

「シノちゃん、どうしたの?」

 

「いや、なんだか誰かに貶された気がしてな……」

 

 

 会長も感じ取ったようで、俺は音も無く畑さんの背後に回り込み、彼女を会長の前に突き出した。

 

「やっ」

 

「お前か……言っておくがそういう類の枕じゃないからな」

 

「会長はどんな枕を想像したんですかね~?」

 

「というか、何処から覗いてたんですか……」

 

 

 畑さんの存在に気付いていなかったスズが、驚きを隠せない表情で畑さんを見ているが、何時もの事かと自己完結してそれ以上興味を向けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨海学校出発の朝、私はタカトシとコトミを迎えに行くために津田家を訪れた。タカトシ一人なら心配ないんだけど、コトミはね……タカトシ一人だと苦労するかと思って来ただけで、ポイントを稼ごうとか思って無いから!

 

「誰に言い訳してるんだ?」

 

「な、何でもないわよ」

 

「コトミちゃん、忘れ物は無い?」

 

「大丈夫でーす」

 

「気を付けてね」

 

「お土産楽しみにしててね」

 

「それじゃあ、行ってらっしゃい」

 

「「「行ってきます」」」

 

 

 当たり前のように見送られたからスルーしたけど、何でこんな時間に魚見さんがいるんだろう……

 

「義姉さん、昨日から泊ってるんだよ。留守中は家の事を任せたし、着替えも置いてあるから」

 

「そうなんだ……って、私声に出してた?」

 

「スズ先輩は顔に出やすいから~。私でも分かりましたよ」

 

「そ、そんな露骨じゃないわ!」

 

 

 確かに気になったりはしたけど、そんな露骨に顔に出した覚えは……

 

「(無いと言い切れる自信が無かった……)」

 

 

 ちょっとだけ嫉妬してたから、コトミに対して強く出られなかった自分が恥ずかしい……というか、タカトシに見られた……穴があったら――

 

「挿入りたい!」

 

「余計な文字を付けるな!」

 

「貴様、良く分かったな」

 

 

 だんだんと毒されてる自覚はあるけど、何で分かっちゃったんだろう……




畑さんとコトミはあんまり変わってないな……


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海難救助訓練

何でも出来るな、この人は……


 臨海学校が始まり、私はシノ会長とビーチで行動を共にしていた。

 

「まずは写真を撮ろう!」

 

「そうですね!」

 

 

 ちょうど畑先輩が通りかかったので、私たちは写真を撮ってもらう事にした。

 

「ピースだ!」

 

「はい!」

 

 

 シノ会長が片目を瞑って、開いている目を挟むようにピースをする。私もそれに倣ってポーズをとると、丁度タカ兄が通りかかった。

 

「指のお陰でタカ兄が全裸に見えます!」

 

「そんな意図は無かったんだが……」

 

「ですが、興奮しませんか?」

 

「まぁ、悪くはないな……」

 

 

 私たちを見て呆れた表情を浮かべていたタカ兄に、アリア先輩が近づき海に入っていった。何をするのかと見ていたが、ただ水をかけあっているだけのようだ。

 

「傍から見ると恋人同士のようですね」

 

「森先輩がいない限り、アリア先輩がぶっちぎりでタカ兄の彼女っぽいですからね~」

 

 

 美男美女で絵になりますし、アリア先輩のダイナマイトボディにデレデレしないので、余計にそう見えるのだ。

 

「なぁっ、そんなの絶対ダメですよ! 学生の本分を――」

 

「傍から見るとやきもちキャラみたいですね」

 

「ぽっと出のキャラに男の子を盗られそうになって、頬を膨らませて嫉妬してる幼馴染キャラみたいですね」

 

「撮るな!」

 

 

 カエデ先輩も大人しくしていればタカ兄の隣にいても不思議ではないんだろうけども、あふれ出るムッツリオーラがもったいないんだよね……アリア先輩は変態オーラが薄まってきたから、余計にそう思っちゃうんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海に来たからと言って、遊びに来たわけではないのだ。ここでは海難事故に対する講習を行う為に、ライフセーバーの方に来てもらっているのだ。

 

「皆さんこんにちは。七条家専属メイド兼ライフセーバーの出島です」

 

「(何でこの人を呼んだんですか?)」

 

「(だって、タダで良いって言うから……)」

 

 

 タカトシにツッコまれて、私は裏事情を素直に話した……できるだけ予算を使わずに行きたいという横島先生の頼みを、最大限に叶えられる人選だったので、私は出島さんの申し出に二つ返事をしてしまったのだった。

 

「夏は水の事故がつきもの。そこで皆さんには、水難救助の基本を学んでもらいます」

 

「(資格は本物だから、問題はないぞ?)」

 

「(人間的に問題があるんですよ、あの人は……)」

 

 

 本気で嫌そうな顔をするタカトシから離れるべく、私は萩村の隣に移動した。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、タカトシのジト目が……」

 

「そう言えば、タカトシがいない時に決まったんでしたね」

 

 

 出島さんを呼ぶことは事前に決まっていたのだが、タカトシに伝えていなかったのを後悔した。

 

「溺れている人を助ける場合、前から行くとしがみつかれて危険です。後ろから救助しましょう」

 

「(女難と通ずるものがありそうだ)」

 

「くだらんことを考えてないでくれます? 一応引率なんですから」

 

 

 恐らく変な事を考えていたであろう横島先生を、タカトシが首根っこを押さえつけて連行していった。

 

「海で最も怖いのは離岸流です。万が一それに乗ってしまったら冷静に対応しましょう。流れが止まるまで待ち助けを呼ぶか、45度の角度で泳いで抜けたりするのが安全です」

 

「怖いですねー。携帯防水だし、常備しておこう」

 

「持ちながら泳ぐのは無理だろ?」

 

 

 いつの間にか隣に来ていたコトミにツッコミを入れると、コトミは私たちの機嫌を損ねる行動に出た。

 

「こうやって胸に挟めば……はっ!? おっ、お尻でも同じことできると思います」

 

「下手な気遣いは悲しいから止めなさい……」

 

 

 怒るに怒れなくなったので、私はそうツッコミを入れるしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんの説明を聞き、実際に訓練してみようという流れになったのは良いのだが、その訓練中に私は足をつってしまった。

 

 

「タカトシ、救助だ!」

 

「はい」

 

 

 それほど深くない場所ではあったが、私の身長的に冷静さを保つのは難しかった。すぐにタカトシに救助してもらったので大事なかったが、大勢の人の前でお姫様抱っこはちょっと恥ずかしかった。

 

「せっかくなので人工呼吸の訓練をしましょう」

 

「はぁ!?」

 

「フリですよ?」

 

「あっ、フリですか……」

 

 

 出島さんの提案に慌てて跳びあがりそうになったけど、フリならまぁいいよね……五十嵐さんと七条先輩は実際に、会長だってガラス越しにタカトシとキスしたことあるんだし、フリで嫉妬したりはしないでしょうし……

 私はタカトシの顔が近づいてくるのに耐えきれず目を瞑ってしまったが、どうやら無事に人工呼吸のフリは終わったようだった。

 

「………」

 

「出島さん?」

 

「いえ」

 

 

 何だか複雑そうな表情を浮かべている出島さんだったが、私には何を考えているのかが分からない。そこでタカトシに小声で尋ねてみた。

 

「(彼女、何を考えてたの?)」

 

「(私が言ったフリは『フラグの御膳立てしてやったからあとはわかるな?』というフリだったんだけど、日本語って難しいな……って考えてるみたい)」

 

「(あの人は……)」

 

 

 しかし、さすがタカトシよね……恐らく一言一句間違えずに出島さんの考えを読み当てたんでしょうけど、普通読心術なんて出来ないわよ。

 

「だから、読心術なんて使えないって」

 

「っ!?」

 

 

 心臓を鷲掴みされたような錯覚に陥るくらい、タカトシのツッコミはタイミングが良すぎるのだった……




でも残念な出島さん……


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リア充殺し

どんな妖怪だよ……


 夜になり臨海学校定番の肝試しをする事になったのだが、昼間足をつったスズは参加するかどうか微妙だという事で確認の為に、俺と横島先生と大門先生の三人でスズの足の具合を確認する。

 

「まだちょっと痛いですかね」

 

「なら無理をしない方が良いな」

 

「残念だが、萩村は留守番という事で」

 

 

 大門先生と横島先生の判断を聞いて、スズは何故か嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「参加出来ないですか、残念です」

 

「嬉しそうだけど?」

 

 

 そう言えばスズは、こういった事が苦手だったな……多分参加出来なくてラッキーとか思ってるのかもしれない。

 

「それじゃあ、安静にしておくんだな」

 

「誰もいないからってソロ活動を――」

 

「アンタじゃないから大丈夫ですよ」

 

 

 余計な事を言いそうになった横島先生の首根っこを掴んで部屋から退場する。最近会長たちが大人しくなった分、この人の奇行が目立つんだよな……

 

「お帰り。萩村の様子は?」

 

「まだちょっと難しそうなので、留守番を頼みました」

 

「そうか。ならちょうどだな」

 

「何がですか?」

 

「肝試しのペアが」

 

 

 そう言って会長が余ってるくじを俺に渡してきた。つまり俺は残り物というわけか……

 

「それではくじを開けてくれ」

 

「あっ、タカトシ君とペアだね」

 

「よろしく」

 

 

 何だか久しぶりに三葉とペアになった気がするが、三葉ならおかしなことにはならないだろうから安心出来る。

 

「トッキー、驚いてパンツ濡らさないようにね」

 

「濡らすか!」

 

 

 相変わらず変な事を言ってる妹が視界に入ったけど、時さんに対応を任せよう……

 

「それでは、各自時間になったらスタートしてくれ! くれぐれも腰を抜かさないように」

 

「気絶しても知らないからね~」

 

「………」

 

 

 厄介な二人が脅かし役になったな……あそこに畑さんなんかも加わってるから、余計に面倒な事になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにタカトシ君と二人きりで行動する事になったけど、タカトシ君は特に気にした様子も無くすたすた歩いて行ってしまう。

 

「三葉、足下気を付けて」

 

「あっ、うん。ありがとう」

 

 

 ちょっとした段差があったので、タカトシ君は私の足下にライトを向けてくれた。こういった些細な気遣いが出来るから、タカトシ君はモテるんだろうな……

 

「(それにしても、ちょっと怖いかもしれない……普通の人間なら何とでもなるけど、もし本当のお化けが出て来たらと思うと……)」

 

 

 会長たちが脅かし役に決まってると分かってるのにこんなことを考えてしまう私って、ちょっと子供っぽいのかもしれない……

 

「(タカトシ君は怖くないのかな……もし怖くないなら手を握ってもらいたいけど、ちょっと子供っぽいよね)」

 

 

 もしスズちゃんみたいな見た目なら問題ないのかもしれないけど、私が言ったらタカトシ君に呆れられるかもしれない……

 

「(そうだ! ズボンならセーフだよね。でも恥ずかしいから少しでも大人っぽく聞こえるように漢字で表現しよう)」

 

 

 私は少ない脳みそをフル回転して、何とかして大人っぽい表現にしようと頑張った。

 

「タカトシ君、下半身握ってもいいかな?」

 

「は?」

 

「……あれ?」

 

 

 何だか変な表現になったような……

 

「怖いの?」

 

「ちがっ!? ……はい」

 

「ほら」

 

 

 タカトシ君が手を差し出してくれて、私は一瞬何のことか分からなかったけど、すぐにその意味を理解してタカトシ君と手をつないだ。

 

「ゴメンね、タカトシ君。普通の変質者とかなら何とかなるんだけど……」

 

「普通、変質者の方が怖いと思うんだが」

 

「そうなの?」

 

「まぁ、三葉だからな」

 

 

 何だか呆れられたような気がするけど、繋いだ手が暖かいから良しとしよう。

 

「っ!?」

 

 

 ほっこりしてたのも束の間、草陰から誰かが飛び出してきて私はタカトシ君の腕にしがみついた。

 

「シノ会長? 何してるんですか?」

 

「いや……妖怪リア充殺しを演じてみた」

 

「そんなのいるんですか?」

 

「何だかいいムードだったから、そのムードを壊そうと思って……」

 

「ムード?」

 

 

 タカトシ君と会長が話してる内容が高度過ぎて、私にはよくわからなかった。でもタカトシ君が呆れてるのを見ると、分からなくてもいいのかなって思えてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全チームがゴールに到着したので、私たち脅かし役もゴールへと集合した。

 

「全員いるか確認してくれ」

 

「分かりました」

 

 

 横島先生に言われるまでもなく、私は人数を数え始めていた。まぁ、はぐれた人がいるとも思えないから、形だけの確認なんだけどな。

 

「……あれ?」

 

「どうかしたのか?」

 

「始めた時より一人多いような……」

 

 

 そんなはずがないともう一回数え始めるが、やはり始めた時より一人多い。

 

「まさか、本物の幽霊が……」

 

「あっ、お疲れさまです」

 

「は、萩村……何故ここに?」

 

 

 足をつった影響で宿舎で留守番をしているはずの萩村が混じっていたのだ。そりゃ一人多いわけだ……

 

「いえ、宿舎に一人でいるのも怖かったので……」

 

「あぁ……無人の部屋とか、結構怖いもんな」

 

「会長! トッキーが足を滑らせたので宿舎に戻っていいですか?」

 

「大丈夫、トッキー? 私がおんぶしていこうか?」

 

「いえ、大丈夫です……」

 

 

 最後まで騒がしかったが、これはこれでいい思い出になったな……タカトシと一緒に周れなかったのが残念だが。




スズはやっぱりこどm……


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臨海学校、終了

結局疲れるのは一人だけ……


 臨海学校最終日、水族館にやってきた。最早遠足との違いが分からなくなってきているが、楽しそうにしている人が多いのでツッコミは入れずにおこう。

 

「ペンギンだー!」

 

「カワイイ物を見てると口元緩んじゃうよね」

 

 

 向こうで三葉、スズ、轟さんがペンギンを見て表情を緩めている。確かに可愛いし気持ちは分からなくはないが、学校行事という事を忘れてないか?

 

「お嬢様、こちらにタコがいます」

 

「触手モノを見ると口元引き締まるな」

 

「ですが抵抗虚しくねじ込まれてしまう」

 

 

 出島さんと横島先生が固い握手を交わしているけど、あの二人は無視しておこう。というか、もう少し純粋に海洋生物を見れないのかあの人たちは……

 

「シノちゃん、こっちの水槽凄くキレーだよ」

 

「壮観だな」

 

「デートスポットに最適だね」

 

「それでカップルが肩を組んで――」

 

「タカ兄、見てみて~!」

 

 

 会長の言葉を遮るようにコトミから声をかけられ、俺はそっちに視線を向ける。そこには――

 

「それは満身創痍で勝利した主人公だろ」

 

 

 時さんの肩に腕を回しサムズアップするコトミの姿があった。確かそんなシーンがあるアニメを、義姉さんとコトミが見てたのをチラッと見た記憶がある。

 

「それにしても、水族館って久しぶりに来たよ~。こうやって楽しめるなら、もう少し来てても良かったかもしれないね」

 

「相手がいないからじゃないか? 女友達と来ても虚しいだけだろ」

 

「確かにデートスポットに同性同士で来ても寂しいかもしれないね~。ところで会長、そう言った経験がお有りなのですか?」

 

「……ないよ! 悪かったな!」

 

 

 コトミの反撃に、シノ会長が涙ながらに答えた。別にあったって偉いわけじゃないんだから、そこまで悔しがらなくてもいいんじゃないだろうか……

 

「タカ兄、あっちにラッコがいるんだって」

 

「あんまりはしゃぐなよな。他のお客さんに迷惑だから」

 

「大丈夫だって! それに、ここのラッコはガラス越しに手を合わせてくれるって有名なんだって」

 

「そうなんですか?」

 

「あっ、カエデさん」

 

 

 コトミに注意していたら、背後からカエデさんがやってきた。どうやらラッコに興味が惹かれたようで、カエデさんも一緒にラッコのところへ向かう事になった。

 

「ホントだ、手を出してきてくれた……かわいい」

 

「こっちのラッコは貝を出してきました。これって貝合わせをしようってメッセージなのかな?」

 

「思い違いだ!」

 

「……貝合わせ?」

 

 

 コトミのボケがイマイチ分からなかったので、ツッコミは時さんに任せたんだけど、どうやらろくでもない事であるのは確かのようだな……

 

「タカ兄はほんと下ネタに弱いよね~。そんなんじゃ、来るべき時に苦労するよ?」

 

「お前で苦労してるから、これ以上の苦労はないだろうな」

 

「それじゃあ、私はタカ兄の役に立ってるって事でいいの?」

 

「いいわけ無いだろ……」

 

 

 俺が力なくツッコミを入れると、カエデさんと時さんが力強く頷いた。そこまで同情されると、なんだか虚しくなるんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨海学校も終わり、私たちは帰りのバスに乗り込んだ。

 

「楽しかったね~」

 

「学校行事だったけど、確かに楽しかったな」

 

「会長、堅い事は言いっこなしですよ~。楽しかったか楽しくなかったかの二択なんですから」

 

「それもそうだな」

 

 

 珍しくタカ兄は疲れ切って寝てしまったので、私はシノ会長とお喋りをしていた。

 

「水族館で働くのって難しいんですかね?」

 

「どうしたんだ、いきなり」

 

「今日見てて動物と触れ合う仕事って楽しそうだなーって思ったので」

 

「大変な仕事だと思うが、コトミがやりたいと思ったのなら調べてみると良い。たぶんタカトシやカナが手伝ってくれると思うし、調べるだけならそんなに難しくは無いだろう」

 

「それはそうなんでしょうが……あそこまで疲れ切ったタカ兄を見ると、これ以上迷惑を掛けるのは妹だからといってもどうなんだろうと思いまして……」

 

「自分がタカトシの疲労の原因だという事は自覚してるんだな」

 

 

 会長に蔑みの目を向けられ、私は恥ずかしくなり視線を逸らす。幾ら私がおバカだからといって、タカ兄にどれだけ負担を掛けているかくらい自覚している――つもりだ。実際は私が思ってる以上に負担を掛けているのかもしれないけど……

 

「将来の事よりまずは、自立する事を目標にしたらどうだ? 試験の度にタカトシに迷惑を掛けてるんだろ?」

 

「はい……ですけど、タカ兄と私とでは頭の出来が違い過ぎますので、タカ兄に聞かないと私は点数を確保できないんですよ」

 

「もう少し努力して、それでも分からない箇所をタカトシに聞くようにするのはどうだ?」

 

「私が努力してもたかが知れてますので……時間を無駄にしない為にも、最初からタカ兄に聞くのが最も効率がいいんですよね……タカ兄に申し訳ないとは思っているのですが」

 

「そうか……それは重傷だな」

 

「何の話ー?」

 

「私が残念、という話です……」

 

 

 前の席に座っているアリア先輩に、私は端的に伝えた。それで伝わったのもどうかと思うけど、とにかく私が残念だという事は周知の事実だという事が分かったので、もう少し頑張ろうと決意したのだった。




休める時に休んだ方が良いですから


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帰省先でも

少しは大人も手伝えよ……


 私たち兄妹とお義姉ちゃんは、親戚の集まりで田舎の祖母の家にやってきていた。

 

「大人たちは昼間からお酒に酔っちゃってさー」

 

「偶の集まりなんだから、別にいいんじゃないか?」

 

 

 タカ兄も家事から解放されて、今は私と一緒に縁側でのんびりしているけど、何処か呆れ気味なのは私と同じ思いを懐いているからだろう。

 

「学生の私たちはかき氷でも」

 

「さっすがお義姉ちゃん!」

 

「すみません、義姉さん。俺がやるべきでしたね」

 

「タカ君は良いの。この集まりの目的は、タカ君を休ませることでもあるんだから」

 

「そうだよタカ兄。この間熱を出して寝込んだばかりなんだから」

 

「この間って程最近じゃないだろ?」

 

 

 タカ兄は気にしていない様子だけど、私とお義姉ちゃんは本気でタカ兄の体調を心配しているのだ。まぁ、心労の大半を占めている私が心配するのもお門違いなのかもしれないけど。

 

「とりあえず、かき氷を食べよう!」

 

「あんまり急ぐと、アイスクリーム頭痛になるぞ」

 

「あのキーンってやつだね」

 

 

 タカ兄とお義姉ちゃんが注意してくれたのにも拘わらず、私はかき氷を掻っ込んであのキーンというやつに襲われた。

 

「くっ、頭が!?」

 

「まさか、封印された記憶がっ!?」

 

「君たちはいつも楽しそうだね……」

 

 

 タカ兄が呆れながら私たちにツッコミを入れ、かき氷を一口食べる。家事から解放されてもツッコミからは解放されないのは、やっぱりタカ兄がそう言う星の下に生まれてしまったからだろうか。

 

「お茶でも淹れてくるから、大人しくしてろ」

 

 

 そう言ってタカ兄が台所に向かったのを見送って、私はその場に転がり込んだ。

 

「田舎って何にもすることが無くて暇ですね。こんなならゲーム持ってくればよかった」

 

「じゃあ、あや取りでもする? ちょうどここにひもがあるから」

 

「私、良く知らないんですよね~」

 

 

 子供の頃もやらなかったし、お義姉ちゃんにルールを教わりながらあや取りを始める。

 

「お茶持ってきたぞ――って、何してるんだ?」

 

 

 ルール説明を聞いていると、タカ兄がお茶を持ってきてくれた。なので私は、タカ兄に現状を伝える事にした。

 

「お義姉ちゃんの指から糸引かせる遊び――あれ?」

 

 

 私の説明を聞いて、タカ兄が襖を閉め去っていった。私、何か間違えたかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず誤解だという事をタカ君に分かってもらい、何とか部屋に戻ってきてもらった。

 

「何だ、あや取りだったんですか」

 

「ゴメンね、タカ兄。私、何か間違えたみたいで」

 

「全くだ」

 

 

 タカ君が呆れながらコトちゃんの頭を軽く小突き、その場に腰を下ろした。

 

「女子はこーゆーの好きですよね。一人遊びって言うんですか?」

 

「でも、男の子もあや取り好きでしょ?」

 

「いえ、俺は特に」

 

「取り出しましたは予備のパンツ。これをこうして――パンツあや取り」

 

「義姉さんはもっと羞恥心を持った方が良いですよ?」

 

「大丈夫。タカ君の前でしかやらないから」

 

「俺も一応男なんですが?」

 

 

 タカ君のツッコミに、私は笑みを浮かべるだけだった。もちろんタカ君が男の子であることは知っているし、私の周りで一番男らしいのはタカ君だろう。だがそれと同時に、タカ君は主夫なので穿いていないパンツで興奮しない事も知っているのだ。

 

「お義姉ちゃん、お風呂一緒に入りましょー!」

 

「良いですね。タカ君も一緒に入る?」

 

「入りません」

 

 

 冗談でこの場を誤魔化して、私はコトちゃんと一緒にお風呂に向かった。

 

「あら? コトちゃん、それ……」

 

「タトゥーシールだよ。夏休みの間だけだけどやってみたんだ~」

 

「シールでもよくないよ?」

 

「ヤンチャしたい年頃なんだよー」

 

 

 コトちゃんの気持ちも分からなくはないけど、うっかり学校が始まってもそのままだとよくないし……よし!

 

「入れ墨をしたければ、健全な入れ墨にしなさい」

 

「でも、どうやって?」

 

 

 コトちゃんの疑問に答えるべく、私はカミソリを取り出した。

 

「――でね、陰○でハート作ったんだよ」

 

「見る?」

 

「いや、結構です」

 

 

 タカ君に呆れられたけど、コトちゃんはタトゥーシールを止めてくれたからこれで良かったのかな? コトちゃんに陰○生えてないけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシたちが田舎に帰省している間、私たちは私の家で宿題を片付けていた。

 

「ん、コトミからメールだ」

 

「タカトシ君たち、田舎に行ってるんだっけ? 魚見さんも」

 

「コトミのヤツはちゃんと宿題をやっているんだろうか……何々『昨夜は家族と川の字になって寝ました』か」

 

 

 添付されている写真を開き、私は危うく携帯を落としそうになった。

 

「シノちゃん?」

 

「会長?」

 

 

 アリアと萩村が私の携帯を覗き込み、二人ともそのまま固まってしまった。

 

「これは、どう見れば良いんだ?」

 

「普通に考えて、タカトシが寝た後で魚見さんとコトミが近づいて写真を撮ったんでしょうが……」

 

「タカトシ君が目覚めたの!?」

 

「それは無いと思うが……」

 

 

 タカトシなら寝ていても相手の気配を掴むことが出来るだろうし、こんな悪戯を許すとは思えない。だがアリアが言ったような事があるとも思えないし……

 

「カナからメールだ……『疲れ切って眠ったタカ君の隙を突いて撮りました』か……田舎でも苦労してるんだな」

 

「そうみたいですね……」

 

 

 帰省中も大変な思いをしてるタカトシに、私たちは同情の念を懐いたのだった。




休ませようとする意志は汲むけどさ……


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ドッキリアイテム

宿題をちゃんとやってるのはえらいが……


 タカトシたちが田舎から帰ってきたので、私たちはコトミの勉強を見る為と、タカトシの手伝いをするために朝から津田家に向かっていた。

 

「今のカップル、学生みたいだね」

 

「まったく、学生が朝からイチャイチャして」

 

 

 べ、別に私もタカトシとああいう風に出来ればとか思ってるわけではなく、学生の本分は勉強なんだから、朝早くから見せつけるようにイチャイチャするのが気に食わないだけだ。

 

「じゃあ男女のペチャクチャは?」

 

「まぁ、それくらいは……」

 

「男女のペチョクチュは?」

 

「らめぇ!!」

 

 

 相変わらずこの人たちは……タカトシがいないところでは絶好調ね……

 

「二人とも、そろそろ津田家が見えてきますので、おふざけはほどほどにしてください」

 

「分かっているさ。だがタカトシがいないところでは、羽目を外したって良いだろ?」

 

「外し過ぎなんですよ、二人は!」

 

 

 出来ればタカトシがいないところでも、恥じらいを持って行動してもらいたいものだ……主に私の胃の為に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 洗濯を済ませ、掃除でもしようかと思ったところで、家に近づいてくる三人の気配を感じ取った。

 

「シノ会長たち? こんな時間から何の用だろう……」

 

 

 夏休みの前半は、殆ど義姉さんたちと過ごしていたので、シノ会長たちと会うのは臨海学校以来だが、今日は特に予定は無かったと思うんだがな……

 

「本人たちに聞けばいいか」

 

 

 どうせ用事がなくて遊びに来たとか、そういう事なんだろうけど……

 

「朝早くからすまないな」

 

「そう思うならもう少し後に来てほしかったですね。まぁ、追い返したりはしませんが」

 

 

 三人を招き入れ、とりあえずリビングで寛いでもらう。三人分のお茶を用意して、俺は掃除の続きをすべく掃除機を手に取った。

 

「コトミはどうしてるんだ?」

 

「アイツが夏休みのこんな時間に起きるわけ無いじゃないですか」

 

 

 昨日の夜も遅くまでゲームをしてたみたいだし、こんな時間に自発的に起きるなら、俺も義姉さんも苦労しないのだ。

 

「では我々が起こしてこよう。タカトシは掃除を続けてくれ」

 

「はぁ……お願いします」

 

 

 やけにシノ会長が気合いが入っているようだが、何が目的なんだか……まぁコトミを起こしてくれるならありがたいし、特に止める理由も無かったので三人がコトミの部屋に行くのを見送り、俺は残りの箇所の掃除を進める事にした。

 

『起きろコトミ!』

 

『何ヤツっ!? ってシノ会長たちじゃないですか~……グー』

 

『寝るなっ!』

 

『痛っ!? でも、ロリっ子に躾けられるのってなんだか快感』

 

『ロリって言うな!』

 

「何をしてるんだ……」

 

 

 案の定ろくな結果にならなかったようだが、とりあえずコトミが起きたので善しとしておこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノ会長たちに叩き起こされて、私は眠い目をこすりながら歯磨きをする事にした。

 

「コトミ、ここにタオル……」

 

「ふぁい」

 

「おやおやザ○ゲロをしてるみたいだな」

 

「何言っちゃってんの?」

 

 

 私の寝間着を洗濯するために脱衣所にやってきたタカ兄にツッコまれ、シノ会長が恥ずかしそうに去っていった。前なら気にしなかったはずなのに、最近の会長はやたらと乙女だな~。

 

「お前もくだらない事を考えている暇があったら、残ってる宿題をさっさと終わらせろ。休み明けのテストで七十点以下だったら、容赦なく小遣いを減らすからな」

 

「えぇ!? 七十点なんて取れるわけ無いじゃん! いきなりなんでそんなことを」

 

「この前田舎に行ったとき、お母さんたちがそう言ってたんだ。お前はさっさと寝てたから聞いてないだろうが」

 

「うへぇ……最近漸く六十点平均になってきたばっかだって言うのに……」

 

 

 タカ兄とお義姉ちゃんのお陰で、私は漸く人に言っても恥ずかしくないような平均点になったのだ。

 

「いや、十分恥ずかしいだろ……」

 

「あれ?」

 

 

 私からしてみれば、六十点平均なんて快挙なんだけどな……下手をすれば四十点に届かない教科だってあったくらいだし。

 

「何時まで歯を磨いてるの。さっさと来なさい」

 

「わ、分かりましたから引っ張らないでくださいよ~」

 

 

 スズ先輩に引っ張られて、私はテレビの前のテーブルの所に正座させられた。ここ、私の家だったような気もするんだけどな……

 

「それでコトミ、夏休みの宿題は大丈夫なのか?」

 

「少し残ってますが、今までと比べればバッチリですよ! これ、工作の宿題です」

 

 

 自信満々に取り出したカップを、シノ会長に手渡す。これにはちょっとした仕掛けがあるから、シノ会長が引っ掛かるのが楽しみだな~。

 

「ほほぅ、よく出来て……」

 

『パキ』

 

「っ!?」

 

「――ていうドッキリアイテムです」

 

「あ、あぁ、仕様なのか……」

 

 

 見事に引っ掛かってくれた会長に、私はすぐにネタ晴らしをした。何時までも黙っているのも何だか心苦しいし、元々壊れてるものを壊したと思い込んで凹まれるのは、周りの人にも悪いしね。

 

「じゃ、じゃあ早いところ残ってる宿題を終わらせるぞ! コトミ、ぼやぼやするな」

 

「そんなに意気込んでも、大して残ってませんよ?」

 

 

 今年の私は、タカ兄とお義姉ちゃんにみっちり絞られて、早めに宿題に手を付けたので、この時期でも大して残っていない。これは自慢出来る事だろうな。




発想がろくでもない……


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斬新な宿泊施設

その発想が出てくるのが凄い……


 今日はタカ兄がお義姉ちゃんの家の用事に付き合う事になっているので、私が家の鍵を持っている。どうやらタカ兄は泊りがけで出かけなければいけないらしいけど、何でお義姉ちゃんの家の用事にタカ兄が駆り出されたんだろう。

 

「おや? コトミじゃないか。何してるんだ、こんな所で」

 

「あっ、会長! アリア先輩にスズ先輩も。先輩たちこそ何してるんですか?」

 

「私たちは買い物だ」

 

「私も一緒です。今日はタカ兄もいないから、自分でご飯を用意しないといけないので」

 

「そうなのか? なら私たちが作ってやろう」

 

「本当ですかー!」

 

 

 正直、私は料理が得意ではないので、出来合いの物で済ませるつもりだったので、会長たちの美味しい料理が食べられるならぜひお願いしたい。

 

「それじゃあ荷物を持ってウチに帰りましょう」

 

「ところで、タカトシがいないってどうしたんだ? バイトならお前のご飯を用意していくだろうし」

 

「何でも親戚の集まりにお義姉ちゃんが呼ばれて、タカ兄はその手伝いで出かけてるんですよね」

 

「それで、何でコトミは留守番なんだ?」

 

「よく分からないんですけど、私が行くとややこしくなるらしいんですよね」

 

 

 会長たちとお喋りしながら歩き、家の前に到着して私は大問題に気が付いた。

 

「あれっ!? 鍵がない」

 

「何してるのよ……」

 

「鍵屋さんに電話したら~?」

 

「持ち合わせが無いんですよね……タカ兄に徹底管理されてるので」

 

 

 不在の間のお金は、タカ兄が必要最低分しか置いていってくれなかったので、ここで鍵屋を呼ぶと残り数日の私のご飯が無くなってしまうのだ……

 

「アリアの家に泊めてもらうのは?」

 

「生憎今日はお父さんのお客さんが大勢きてて、客間も空いてないんだよね……あっ、そうだ!」

 

 

 アリア先輩が何かを思い出したように手を叩き、そのまま七条家へと連れていかれた。

 

「キャンピングカーならあるよ~」

 

「斬新な宿泊施設ですね」

 

 

 とりあえず、今日の寝床は決まったようで、私はホッと一安心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシは帰ってこれないようだが、両親に連絡がついたようで、明日には帰ってこられるとの事。まぁ、またすぐに出かけなければならないらしいから、忙しい合間を縫って戻ってきてくれるんだなと分かった。

 

「ちゃんと両親に謝るんだぞ」

 

「分かってますよ~。それにしても、この車の中広いですね~」

 

「車内にあるものは好きに使って良いよ~」

 

「この下着、可愛いですね~」

 

「コトミちゃんには少し大きいんじゃないかな?」

 

「さすがにアリア先輩程はありませんからね」

 

「「くそぅ!」」

 

 

 私と同時に萩村も悔しがったのを見るに、どうやら同じことを思ったようだな……

 

「ところで、この車ガソリンは入ってないんですね」

 

「あんまり使わないからね~」

 

「ガソリンが無くても、車体を揺らせばエンジンがかかる場合があるらしいぞ」

 

「へー、実験してみよう」

 

 

 ノリノリで実験したは良いが、結局エンジンはかからなかった……

 

「残念でしたね」

 

「まぁ、確率は低いらしいからな……」

 

「そう言えばアリア先輩、この車ベッドが見当たらないんですが」

 

「あぁ。ソファを組み替えればベッドになるよ~。二段ベッドになるから、好きなところで寝られるよ」

 

「私は絶対、二段ベッドの上が良いです」

 

 

 コトミが高らかに宣言する。まぁ、何とかは高い所が好きだっていうしな……

 

「私は御手洗いから近ければ何処でも」

 

「私も何処でも良いぞ」

 

「あれ? みんな泊まるんですか?」

 

「せっかく女子しかいないからな。女子だけしかいないお泊り会というのを楽しもうじゃないか!」

 

「というか、タカ兄がいてもあまり変わらないと思いますけど」

 

 

 コトミはそういうが、私たちからすればタカトシがいるといないとでは大違いなのだ。発言にビクビクする必要もないしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親戚に呼び出された義姉さんの付き添いで田舎に舞い戻ってきたのは良いが、どうやら義姉さんにお見合いの話が出てきたらしいのだ。それを断るのを手伝うという理由で、俺はわざわざ田舎に連れてこられたらしい。

 

「タカ君のお陰で助かっちゃった。今時親戚がお見合いをセッティングするなんて無いと思ってたからびっくりしちゃって……」

 

「まぁいきなり言われれば驚きますよ、普通は。でも、納得してくれて良かったですね」

 

 

 義姉さんの相手とされた人は、三十過ぎのサラリーマンで、明らかに義姉さんと釣り合いが取れていない。それに義姉さんは進学するつもりなのに、向こうは家の事を全てやってもらいたいと思っていたらしく、明らかに主義主張が合わないお見合いだったので、潰すのに力を貸したのだった。

 

「ん? コトミから電話だ。どうかしたのか?」

 

『あっ、タカ兄? 私は今何処にいるでしょうか?』

 

「知るわけないだろ。家じゃないのか?」

 

『私は今、車の中にいます』

 

「車?」

 

 

 アリア先輩に会って何処かに出かけたんだろうか?

 

『そして今、おしっこ中です』

 

「は?」

 

 

 さすがにお漏らしという事は無いだろうし、そうなると可能性は絞られてくるな……

 

「お前、鍵失くしただろ」

 

『うっ!?』

 

「後でアリア先輩にお礼の電話をしなきゃいけなくなったようだな」

 

『ご、ごめんなさい……』

 

 

 どうやら当たりだったらしく、俺はため息を吐いて電話を切ったのだった。




察しの好いタカトシでした


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金欠の理由

コトミのではありませんよ


 夏休みが終わってもまだまだ暑い日は続いているので、私はトッキーとマキと一緒に自動販売機でジュースを買いに行くことにした。

 

「最近金欠だな」

 

「トッキーが金欠なんて珍しいね。何か買ったの?」

 

「部活の物を色々とな……」

 

 

 トッキーの答えに私は親が出してくれるものじゃないのかなと思ったけど、他所の家では違うんだろうという事で納得した。

 

「というか、コトミの財布、随分とパンパンだね。何時もスカスカで泣きそうなのに、今月はあまり使ってないの?」

 

「いや……これお(さつ)じゃなくてお(ふだ)……」

 

「また何かに影響されたんだ……」

 

 

 トッキーとマキに呆れられながら、私はジュースを買う為に小銭を取り出して、自動販売機の下に落としてしまう。

 

「あぁ!? なけなしのお金が!?」

 

「もうちょっと計画的に使いなさいよね……」

 

 

 マキが棒状の物を取ってきてくれたお陰で、何とかお金は取り出せたけど、マキの小言は私の耳に痛かった。タカ兄やお義姉ちゃんに散々言われている事をマキにも言われたのだ。

 

「そんなことは耳に胼胝ができるくらい言われてるよ」

 

「なら少しくらい反省しなさいよ」

 

「てか、早く戻らないと遅刻扱いになるぞ」

 

 

 トッキーが指差している時計を見て、私たちは早足で教室に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休み明けの試験の結果が貼りだされ、私は順位を見て首を傾げた。

 

「ネネ、最近成績悪くなってない?」

 

「あはは……付け焼刃じゃどうにも出来なくなってきちゃってね」

 

 

 ずっと学年三位をキープしていたネネが、最近では上位に名前がないくらい点数が取れなくなってきているのだ。

 

「これじゃあネネも、コトミたちと一緒に勉強会をしなきゃいけなくなりそうね」

 

「さすがに補習にはならないだろうけど、勉強会はありがたいかな。スズちゃんだけじゃなく、津田君も教え方上手いんでしょ?」

 

「まぁタカトシはあのまま教師になれるんじゃないかってくらい、出題される問題を的確に当てたり出来るし、問題児相手にも慣れてるから、ネネくらいならすぐに更生させられると思うわよ」

 

「別に悪さをしたわけじゃないんだけど?」

 

「あんたの趣味は、十分更生させるに値すると思うんだけどね?」

 

 

 最近は七条先輩が大人しくなってるから、ネネだけがぶっ飛んだ趣味を大っぴらにしているのだ。タカトシとはそれほど交流がないから気にされてないが、私からすれば大問題なのである。

 

「スズちゃん用のちっちゃいのも作ってるんだけど、いる?」

 

「いらん! ……いらん!」

 

「何で二回言ったの?」

 

「念を押しただけ」

 

 

 ネネの事だから、一回断っただけじゃ諦めないだろうから、私は二回断って念を押したのだ。これで間違っても肯定の返事だとは思われないだろうからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏休みの最後の方でコトミが迷惑を掛けたので、俺はアリア先輩にお礼の言葉と気持ちのお菓子を渡した。

 

「愚妹がご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした」

 

「そんなに気にしなくても良いよ~。お泊り会みたいで楽しかったし」

 

「そう言っていただけるのはありがたいのですが、あんまり甘やかすのはアイツの為にもなりませんので」

 

 

 ちなみに、この気持ちのお菓子はコトミの小遣いから天引きしているので、お礼と同時にコトミへの罰でもあるのだ。

 

「じゃあもし何か私が困った時に、タカトシ君が助けてくれる事で納得してあげる」

 

「そのくらいでしたら」

 

 

 さすがに無茶ぶりだったら困るが、だいたいの事なら何とか出来るだろうし、ここ最近の言動からあまりぶっ飛んだ事も言ってこないだろうという事で、それで手を打つことにした。

 

「それにしても、まさかカナちゃんもお見合いを持ち出されるなんてね~」

 

「そう言えば以前、アリア先輩もありましたね」

 

「ウチはいろいろとあるから仕方ないけど、カナちゃんは普通の家の子じゃない? 今のご時世お見合いを持ってくる親戚がいるとは思わなかったよ」

 

「俺も思いませんでした」

 

 

 まぁ正確には、前の集まりの際に義姉さんを見て、気に入った人が親戚の人を使ってお見合いを仕組んだらしいのだが、断ったのでその辺りは気にしなくても良いだろう。

 

「カナちゃん一人だったら、今頃話を進められてたのかな?」

 

「どうですかね。義姉さんも最初から断るつもりでしたので、無理矢理話を進めたところで途中で必ず頓挫したでしょうし」

 

「私たちはまだ高校生だもんね~。結婚とか考える年齢じゃないしね」

 

「高校生以前に、俺はまだ十七ですから結婚出来ませんよ」

 

 

 意思云々ではなく、法律で結婚出来ない俺とは違い、義姉さんやアリア先輩は法律的には問題ではないのだから厄介なのだろうな。

 

「そう言えば最近お見合いの申し込みがめっきり無くなったんだけど、魅力無くなっちゃったのかな?」

 

「出島さんが断ってるんじゃないですか? あの人、アリアさんが乗り気ではないのを知ってますし」

 

「そのまま出島さんのお得意様になってるのかな?」

 

「それも問題だと思いますけどね……」

 

 

 あの人の前職は聞いているので、何とも言えない気持ちになったが、とりあえずはアリア先輩に困った事態が起こらない事を祈るとしよう。




アリアのこれは後のフラグです


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コトミの試験勉強

成長はしてるんですけどね……


 定期試験が近づいてきた事もあり、私は前にもまして津田家にお邪魔する機会が増えた。もちろんコトちゃんの成績の事もあるが、タカ君の体調面を気にしての事でもある。

 

「――義姉さんが俺の事を心配してくれるのは嬉しいんですが、それで義姉さんが体調を崩したら意味がないと思うんですが」

 

 

 私がタカ君に定期試験の手伝いをすると申し出た時、タカ君はこう言って私の事を気遣ってくれた。確かに最近調子が良くないなと思う日が増えたけど、それは別にタカ君の手伝いをしてるからではなく、単純にそういう周期だからである。

 

「お義姉ちゃん、ここなんですけど……」

 

「コトちゃん、ここはこの間教えたところの応用だよ」

 

「そうなんですか? ……じゃあ、こうやってこうやれば――」

 

「そっちじゃなくてこっちの公式を使うんだよ」

 

「なるほど」

 

 

 私とタカ君の調子が良くない事を分かってるからか、コトちゃんもいつも以上に真面目に勉強してくれてるような気がする。何となく情けない気もしますが、コトちゃんがやる気を出してくれているので善しとしましょう。

 

「あら? お客さんかしら」

 

「下から声がしますね」

 

 

 今日はタカ君が家事を担当しているので、来客への応対はタカ君がしている。私にタカ君程の気配察知能力があれば、誰が訪ねてきたのか分かるんでしょうけども、さすがにそんな能力は無いので、コトちゃんと二人で下を覗き込んだ。

 

「シノっちにアリアっち、それにサクラっちまで」

 

「会長、今日は会議があるって言いましたよね?」

 

「おや? もうそんな時間でしたっけ?」

 

 

 サクラっちに言われて漸く、私はそろそろ会議の時間になるという事に気が付いた。そろそろといっても、ここから英稜まで向かってもギリギリ間に合う時間ではあるが、迎えに来てくれなかったら間違いなく忘れていただろう。

 

「私がタカ君の家にいるって、よく分かったね」

 

「ここ最近コトミさんの勉強を見ていると、会長が自分で言ってたんじゃないですか」

 

「そうだったっけ?」

 

 

 サクラっちの指摘に恍けたふりをして、私は急ぎ制服に着替えて学校へ向かう事にした。シノっちとアリアっちが何でタカ君の家に来たのか気になったけど、それは後で聞けばいい事なのでとりあえずスルーする事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だか慌ただしくお義姉ちゃんがいなくなったかと思ったら、今度はシノ会長とアリア先輩が私の勉強を見てくれる事になった。スズ先輩がいないのは、ムツミ先輩とネネ先輩に勉強を教えて欲しいと泣きつかれたようだ。

 

「ネネ先輩って、成績上位者じゃなかったでしたっけ?」

 

「機械いじりをし過ぎて、成績に影響しているようだな」

 

「そうだったんですか。ネネ先輩が改良してくれた玩具は、かなりいい具合なので続けて欲しいんですけど」

 

「私も一時期お世話になってたから、頑張って欲しいんだけどね~」

 

 

 タカ兄がいなければ、この二人は前とあまり変わっていない。下ネタにも普通に反応してくれるし、私のノリにもついてきてくれるのだ。

 

「さて、無駄話はここまでにして、そろそろ勉強を再開するか」

 

「そうだね~。今度のテストで平均七十点以上じゃないといけないんでしょ~?」

 

「タカ兄はノルマが高過ぎるんですよね……」

 

 

 私の頭脳では、六十点平均だった前回の試験が奇跡なのだ。それ以上を望まれても厳しいに決まっている。そりゃタカ兄たちが必死になって勉強を見てくれているから、それくらいの結果を出したいと私だって思ってるけど、記憶力も理解力もタカ兄の足元にも及ばないので、なかなか厳しいのだ。

 

「何か覚えるコツとかありませんかね?」

 

「コトミはゲームとかでコマンドを覚えたりするんじゃないのか? その時と同じ感覚でやってみたらどうだ?」

 

「ゲームと勉強とでは勝手が違うんですよね……それに、私覚えゲー苦手ですし」

 

「馬鹿な事言ってないで、真面目に勉強しろ」

 

「あっ、タカ兄」

 

 

 先輩たちにお茶を持ってきたタカ兄にお盆で頭を小突かれて、私は軽く舌を出して誤魔化す。

 

「この間の試験でやれば出来ると証明されたんだから、しっかりとやってもらおうか」

 

「あれはいろいろとヤバい状況だったから発揮出来ただけで、今度の試験でも発揮出来るかどうか分からないよ」

 

「お前がいろいろヤバいのは今も変わってないだろ。このままだと本当に退学になりかねないんだからな」

 

「分かってます……」

 

 

 遅刻は減ってきたが、その分授業中の居眠りが増えてしまっているので、プラマイゼロ。だから私の評価は特に変わっていないのだ。そこへ赤点という問題が加われば、良くて留年、最悪は退学になる状況なのだ。

 

「私たちもコトミが退学になるのを見過ごすわけにはいかないからな。生活習慣の改善はタカトシとカナに任すしかないが、勉強なら手伝える」

 

「そういうわけだから、厳しくいくよ~」

 

「お、お手柔らかにお願いします……」

 

「多少厳しくしないと覚えないだろ、お前は」

 

 

 タカ兄のツッコミに、私はガックリと肩を落として勉強を再開する。なんで私の頭はタカ兄並みの能力を発揮出来ないんだろうな……




ちょっとですが、久しぶりに森さん登場


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彼女たちの成長

成長してない人も……


 定期試験も無事に終わったけど、私の内申がよろしくない状態なのには変わりはないので、最近ではタカ兄と一緒に登校する事にしている。

 

『コトミ、準備出来たか?』

 

「タカ兄? 今日はなんだか早くない?」

 

 

 何時もの時間より大分早い時間にノックされ、私は首を傾げながら扉を開いた。

 

「昨日の夜言っただろ? 服装チェックがあるから早く出るって」

 

「それって今日だっけ? それじゃあ急がないとね」

 

 

 タカ兄は生徒会役員なので、今日のように早く出なければいけない日が多々ある。別に私は後で行っても問題ないのだが、タカ兄に置いて行かれたそのまま寝落ちして遅刻確定になるだろうから、こうして同行する事にしたのだ。

 

「最近はタカ兄のお陰で先生たちから怒られる回数も減ってきてるよ」

 

「高校生なんだから、自力で出来ればなお良いんだがな」

 

「その辺りは、今後精進していきます……」

 

 

 さすがにタカ兄に対して迷惑を掛け過ぎていると、この間鍵を失くしたときお母さんに怒られたので、それを機に少しでもタカ兄への負担を減らそうと努力をし始めたのだから、まだまだなのは仕方がないと思うんだよね……

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、タカトシ君。コトミさんも早いですね」

 

「タカ兄と一緒に登校すれば、遅刻する事なんて無くなると思いまして」

 

 

 既に校門前でスタンバイしていたカエデ先輩に挨拶をして、私はそのままタカ兄たちと別れ教室へ向かう。こんな時間に登校してる生徒など、生徒会メンバーや風紀委員以外では部活の朝練がある人たちくらいだろうな……

 

「誰もいない教室……特にする事がないのが問題なんだよね……」

 

 

 遅刻しなくなった代わりに、こうした時間をどう過ごせばいいのかが全く分からないので、たまに教室で寝てしまう事があるのだが、それもここ最近は減ってきたと自負している。まぁ、マキやトッキーに叩き起こされる事もあるんだけどね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近めっきり暑くなってきたせいか、何を触っても熱く感じてしまう。

 

「例えばこの車のボンネット」

 

「何ですかいきなり」

 

「太陽光で熱されて鉄板のようだと思わないか?」

 

 

 そう言いながら私は、ボンネットの上に手を置いた。

 

「熱っ!?」

 

「自分で鉄板のようだとか言っておきながら、何で触るんですか……」

 

「好奇心に勝てなくてな……」

 

 

 熱そうだと分かっていながらも触ってしまったので、私は大げさに叫んでしまいタカトシに心配されてしまった。

 

「火傷してませんか?」

 

「あっ……」

 

 

 タカトシが私の事を心配して掌を見てくれている……

 

「(な、なんだか体の芯から熱くなってきたような気が……)」

 

「少し赤いですね」

 

「な、何っ!?」

 

「いえ、ですから掌が赤いって……冷やしてきた方が良いのでは?」

 

「そ、そうだな」

 

 

 タカトシに顔が赤いと指摘されたのかと思って焦ってしまったぞ……まったく、タカトシは無自覚ラブコメ野郎だから困ったものだ……

 

「あんな姿を畑に見られたら――」

 

「やっ」

 

 

 見られたっ!? いや、別に私の掌をタカトシが見てただけで、別に疚しい事は何もないんだが、何でか焦ってしまうな……

 

「会長が照れて頬を染めてくれたお陰で、いい写真が撮れました。タイトルは『副会長に手を取られて照れる会長の図』というのは如何でしょう? これを発表すれば、潜在的タカトシハーレム要員はだいぶ減ると思いますが」

 

「こ、こんな写真恥ずかしくて見せられるわけないだろ!」

 

「そうですか~? 一昔前は平気で下ネタを言っていた会長が、このくらいで恥ずかしがるんですか?」

 

「あ、あの時の事は忘れろ! というか、そんなことすればタカトシに怒られるだけだぞ」

 

「大丈夫です。発行してしまえばこっちのものですから!」

 

「何を、発行するんですかね?」

 

「つ、津田副会長……」

 

 

 ゆらり、という感じで傍の背後に現れたタカトシは、明らかに怒ってる風だった。私はその場から離れ、掌を冷やすべく水道に向かった。

 

「シノちゃん、さっきの見たよ~」

 

「アリア」

 

「タカトシ君に手を握られて恥ずかしかったの~?」

 

「ま、まぁ……」

 

 

 すっかり純情少女になってしまったと自覚しているが、タカトシを前にするとどうしても照れてしまうのだ。

 

「でも、ちょっと羨ましいな~」

 

「何がだ?」

 

「タカトシ君に心配してもらう事が」

 

「アリアだって、タカトシに心配された事くらいあるだろ?」

 

「以前は性癖を心配されてたかな~」

 

「それは私もだ」

 

 

 根本的には私もアリアもそれほど変わっていないのだが、タカトシの前では以前のようにしないようにしようと心掛けているお陰で、最近はそっち方面を心配される回数も減ってきている。

 

「そう言えば、カエデちゃんがカンカンに怒ってたから、後で何か言われるかもよ~」

 

「怒る? 何を怒るんだ?」

 

「校内で堂々とラブコメを展開してたから『風紀が乱れる!』って」

 

「ら、ラブコメっ!? 別にそんな事してないだろ」

 

「タカトシ君は素面だったけど、シノちゃんは顔が真っ赤だったから」

 

「うっ……そんなにか?」

 

「うん」

 

 

 言われるまで意識してなかったが、意識すると凄く恥ずかしい事だったんだな……今更ながら顔が熱くなってきたような……




シノが純情乙女になりかけてるな……


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子供会

シノの張り合い方が……


 子供会の行事である芋煮会の手伝いをするために、我々生徒会役員は車に乗り込んでいた。

 

「みんな、シートベルトはしたかなー?」

 

「あっ、お姉ちゃん。シートベルトしなきゃ」

 

 

 私が確認の声をかけると、アリアの隣に座っていた子がアリアに注意をする。

 

「してるよー。胸に隠れちゃって見えないだけだよ」

 

「ほんとだー」

 

 

 アリアの答えに納得したようだが、私と萩村はその光景を見て衝撃を受けた。こうなったら……

 

「お姉ちゃん、シートベルトしなきゃ」

 

「してるよ。服に隠れちゃってるんだ」

 

「どうして中に入ってるの?」

 

「………」

 

 

 タカトシが私を何だか可哀想な者を見るような目で見ているが、きっと私がアリアに張り合った事がバレたんだろうな……

 

「それでは出発しますので、急に立ち上がったりはしないでください」

 

 

 運転手として同行してくれている出島さんの声に子供たちが元気よく返事をする。そんな中私と萩村は、何とも居たたまれない感じになっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会場に到着してすぐに、俺たちは野菜を切る事になった。さすがに子供に刃物を使わせるわけにはいかないという理由だ。

 

「野菜って、切る方向によって味が変わるんだぞ」

 

「そう言えばそうらしいですね。野菜の繊維に沿って切ったり、直角に切る事によって、味や食感が変わるって何かで聞いた事があります」

 

「さすがタカトシ。こういった雑学にも精通しているんだな」

 

 

 シノ会長に感心されたが、これくらいは知っていてもおかしくはないだろう。普段料理する側の人間として、最低限の知識だ。

 

「(ちなみに、挿れる方向で気持ちよさも変わります。きゅうりはこの角度で)」

 

「(お子様の耳に届かぬよう小声なのは感心しますが、食べ物で遊ぶんじゃねぇ)」

 

 

 ろくでもない事を耳打ちしてきた出島さんを注意して、俺は野菜を煮込み始める。

 

「タカトシ君、味見お願い出来るかな?」

 

「構いませんよ」

 

 

 アリア先輩から味見を頼まれ、俺は一口啜る。

 

「うん、美味しいですね」

 

「こっちもお願い」

 

「あぁ」

 

 

 今度はスズに頼まれ、俺は再び一口啜った。

 

「ちょっと甘味が足りないかもな……もう少しみりんを足して」

 

「分かった」

 

「タカトシ、今度はこっちの鍋の味見を頼む」

 

「何で皆さん俺に頼むんですか?」

 

 

 向こうに出島さんもいるし、三人とも料理上手なんだから、俺に頼まなくても良いと思うんだが……

 

「二人のは味見出来て、私のは出来ないって言うのか!」

 

「いや、そういうわけではないですけど……どれ」

 

 

 さすがにここで断るわけにもいかないので、もう一口啜る。

 

「こっちはちょっと薄味ですね。これはこれで悪くないと思いますが、好みが分かれるかもしれません」

 

「じゃあ、こっちは大人用にするか」

 

「そうですね。子供は味がしっかりしてた方が良いでしょうし、その鍋は大人用という事で」

 

 

 別にそこまで薄味というわけではないのだが、前の二つと比べると幾分か薄いのだ。子供の方が大人より味覚が優れているので、少しの違いでも揉めるかもしれない。今から味を足しても良いのだが、大人にはこれくらいがちょうどいいのではないかという事で、これはこのままにする事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシの指示の許、完成した三つの鍋を取り分けて、私たちはいよいよ芋煮を食べ始める。

 

「おいしー」

 

「お姉ちゃんたち、料理上手なんだねー」

 

 

 はしゃぐ子供たちを見て、出島さんがしみじみと呟いた。

 

「私の同級生に、あれくらいの子がいるんですよね」

 

「そう言えば出島さんって、おいくつなんですか?」

 

 

 もう結構な付き合いだけど、出島さんのパーソナルデータって聞いてなかったので、この機会に聞いてみた。これが異性だったら失礼だとあしらわれたかもしれないが、同性という事もあって、出島さんはあっさりと答えてくれた。

 

「26です」

 

「そうですか」

 

 

 もう少し上かと思っていたけど、まぁ妥当な線よね……

 

「一桁目を伏せ字にすると哀愁感があり、二桁目を伏字にすると〇V感が出る数字です」

 

「急に何の話してるの?」

 

 

 せっかく話題が終わったと思ったら、変な事を言い出した出島さんを無視して、私は芋煮を食べる事にした。

 

「お姉ちゃん、あーん」

 

「ん? あーん」

 

 

 隣に座っていた女の子が箸を差し出してきたので、私はそれを受けるべく口を開けた。

 

「ぱくり」

 

「っ!?」

 

 

 まさかこんな子供にからかわれるとは思わなかったので、私は思わず驚いてしまった。

 

「随分と微笑ましい事をしているな」

 

「会長」

 

「どれ、私もタカトシに――」

 

「シノちゃん? いま聞き捨てならない事を言わなかった?」

 

「ちょっと、お話ししましょうか?」

 

 

 会長の肩と腕を私と七条先輩で掴み、そのまま引き摺って行く。

 

『お姉ちゃんたち、どうしちゃったの?』

 

『さぁ? 大事な話があるのかもしれないね。それじゃあ、片づけを始めようか』

 

『『『はーい!』』』

 

 

 タカトシが私たちに関わるのを止めて、子供たちと片づけを始めた。それはそれで何だか寂しいけど、とりあえずこちらに干渉しないのは助かるので、私と七条先輩は思う存分会長を問い詰めたのだった。




気付けば出島さんが年下になってる……


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タカトシの執事体験

コトミの尻拭いで大変な事に……


 この間コトミちゃんの鍵紛失の時に『困った事があったら言ってくれ』といわれたのを思い出して、私はタカトシ君に相談する事にした。

 

「ちょっと困った事態になっちゃったんだけど、相談してもいいかな?」

 

「俺で解決出来る事なら」

 

「実はね――」

 

 

 私の説明を聞いて、タカトシ君は「そういう事なら」といってウチにやってきてくれた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。……おや? これは津田様。本日はどのようなご用件で?」

 

「実は橋高さんの事を話したら、数日で良いならって執事代理を引き受けてくれたんだ~」

 

「そうでしたか。それでしたら、さっそく着替えていただきましょう」

 

 

 何やらやる気満々でタカトシ君を連れていった出島さんだけど、なんだか不安になるのはどうしてなんだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田さんに部屋の掃除をお願いしたら、いつも以上に綺麗に仕上げてくれた。

 

「このぐらいで良いんですかね?」

 

「問題ありません。むしろ、正式に契約したいくらいの完成度です。手際も良く、床や絨毯を傷めないような丁寧な清掃法、高校生をやらせてるのがもったいないくらいです」

 

「そこまで言われると何だか恥ずかしいですが、高校生はやらせてください」

 

「もちろんです。では次は、お嬢様に紅茶をお持ちしてください」

 

「紅茶ですか……」

 

「何か問題でも?」

 

 

 津田さんにしては珍しく困ったような表情を浮かべていたので、私はついつい弱みを見つけたような気持で尋ねた。

 

「普段緑茶かコーヒーばかりなので、紅茶の正しい淹れ方がちょっと……」

 

「そうでしたか。では、試しに私が淹れて見せましょう」

 

 

 

 津田さんに物事を教えるチャンスなど滅多にないので、私は喜々として紅茶の美味しい淹れ方をレクチャーする事にした。

 

「高い位置から注ぐことで、お湯に空気が含まれ味が良くなります」

 

「なるほど」

 

「では、やってみてください」

 

 

 一度実演しただけで、津田さんは理解したようですが、こればかりは慣れですからね。一回で成功されたら私の立場というものが――

 

「なかなか難しいですね」

 

「いえ……結構なお手前で」

 

 

 普通なら手に掛かりそうとか、バランスを保つのが難しいとかなりそうなところを、タカトシさんは多少危なっかしい感じはありながらも、しっかりと紅茶を淹れる事に成功していた。そして、味もなかなか悪くないものでした。

 

「本当にただの高校生なのですか? 実はどこかで執事のバイトをしているとか」

 

「そんなバイトしてませんし、そんなのあるんですか?」

 

「メイド喫茶というものがあるのですから、世界のどこかに執事喫茶というのがあってもおかしくはないのではないでしょうか?」

 

「いや、疑問形で言われても……」

 

 

 津田さんが困ったように私を見つめてくる。なんだか癖になりそうな視線だけど、ここで蕩けていては職場の先輩としての威厳が丸つぶれですね。

 

「では、残りの掃除をお願いします」

 

「残っているのは、お風呂、トイレ、キッチンの三箇所ですか」

 

「では、キッチンは私がしますので、お風呂場とトイレをお願いします」

 

「分かりました」

 

 

 ここで私がお風呂を選んでいれば、あのような事件は起こらなかったのかもしれませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんに言われ、風呂場とトイレの掃除をする事になり、まずトイレ掃除を済ませてから風呂場に向かった。

 

「えっと、掃除道具は――」

 

「えっ?」

 

「ん?」

 

 

 掃除道具を持って浴室に入ると、中にアリアさんがいた。俺は咄嗟に視線を逸らして脱衣所に戻ろうとしたが、それよりも早くアリアさんの手が俺の腕を掴んでいた。

 

「掃除しに来たんでしょ? ちゃんとしなきゃダメだよ?」

 

「ですが、アリアさんが使っているのですから、掃除は無理ですよ。終わったら声をかけてください」

 

「私は気にしないし、もう見ちゃったんでしょ?」

 

「はい」

 

 

 ここで見てないと誤魔化すような不義理は働かないで、俺は素直に見たと白状する。一瞬ではあるが、見えたのは確かなのだから。

 

「タカトシ君なら、じろじろと見ることも無いだろうし、私はもう出るところだから気にしないで」

 

「そういう事なら……」

 

 

 俺はアリアさんの言葉に従い、なるべくアリアさんの姿が見えないところから掃除を始める。だが一向にアリアさんが出ていく気配がしないので、途中で騙されたと気付いた。

 

「七条先輩」

 

「その呼び方は嫌だな」

 

「何故あのような嘘を?」

 

 

 あえて呼び直さずに話を続けると、少し不機嫌な雰囲気が浴室に流れ始める。そして何を思ったのか、アリアさんはそのままの格好で俺に抱き着いてきた。

 

「少しでもタカトシ君に意識してもらいたかったから。それじゃあだめかな?」

 

「意識してますよ。というか、こんなことをして、怒られると思わないんですか?」

 

「今はタカトシ君が執事で私が主だもの。主に怒る執事なんていないよ?」

 

「年頃の淑女が、そのような姿で異性に抱きつけば、注意するのも従者の務めですよ」

 

「相変わらずタカトシ君は真面目だね。じゃあ、後で私のお願いを聞いてくれれば、ここは退散してあげる」

 

「内容にもよりますね」

 

「膝枕をしながら耳かきをして欲しいの」

 

「まぁ、それくらいなら……」

 

 

 完全に執事の仕事ではないだろうが、この事を言いふらすと言い出さない為にも、ここは素直に言う事を聞いておこう




掃除に集中してたので、気配を見落とすとは……


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気になるシミ

気にし過ぎな気も……


 生徒会室で作業をしている役員共を労おうと、生徒会室にやってきたが、何やら冷ややかな視線を向けられてしまった。

 

「おいおい、興奮するだろ」

 

「何しに来たんですか」

 

 

 津田に冷めた目で見つめられながら問われると、思わず濡れてしまいそうだ。

 

「シミが気になる……」

 

 

 そんなやり取りをしていると、萩村がそんな事を呟いた。

 

「え、ないよ~?」

 

「違います」

 

「そんなの無いぞ!?」

 

「だから、違います」

 

 

 天草と七条が服と顔を確認してシミがない事をアピールするが、萩村が気にしてるのは別のところのようだ。

 

「まさか、そんなに目立つのか!?」

 

「そんなところのシミを気にするわけ無いだろうが!」

 

 

 私が前を隠すようにすると、萩村がため口でツッコミを入れてきた。ロリっ子にため口でツッコまれるのも、なんだか新しい快感が……

 

「それでスズ、何処のシミが気になるの?」

 

 

 グダグダやってる私たちをまるっと無視して、津田が萩村に問いかける。こいつはいつも冷静で頼りになるな。

 

「この壁のシミ……人の顔に見えません?」

 

「ふむ……確かにこの三つの点を見ると、人の顔を連想してしまうな」

 

「ですよね!!」

 

 

 天草に同意されたのが嬉しいのか、萩村が必要以上に大声を出した。

 

「私は三つの点を見ると、人の身体を連想するな。上二つが乳首で、下が臍」

 

「くだらない事言ってないで、用がないなら出ていってくれます?」

 

 

 津田が私を追いだそうとしたので、私は持っていたポスターを萩村に渡した。

 

「これ、生徒会室用のポスターなんだが、これでシミを隠せばいいだろ」

 

「そ、そうですね。別に怖くはないですが」

 

 

 私が差し出したポスターを素早く受け取り、萩村がシミの上からポスターを貼る。

 

「萩村は本当に怖いのが苦手なんだな。津田はどうなんだ?」

 

「俺は割と好きですよ。ホラー映画とか」

 

「やはりな。夜中にトイレ付き添いシチュを楽しめるからな」

 

「貴女とは永遠に分かり合えないようですね。それから、用が済んだなら出ていってください」

 

 

 津田に背中を押され、そのまま生徒会室から追いやられてしまったが、邪険に扱われるのもこれはこれでありだな……

 

「私Sだと思ってたんだが、実はMだったのか!?」

 

『廊下で変な事を大声で叫ぶな!』

 

 

 扉越しからツッコまれ、私は反省しながら職員室へと戻ることにしたのだが、途中でどうしても我慢出来なくなりトイレで発散してから戻ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先生の手伝いをしていたら下校時間になっていたので、私はトッキーと一緒に帰るべく柔道場へと向かった。

 

「トッキー、一緒に帰ろ――あれ?」

 

 

 柔道場を覗き込むと、柔道部員ほぼ全員がその場に倒れ込んでいた。

 

「少し休ませてくれ……練習がキツすぎて……」

 

「ありゃ」

 

 

 答えるのもやっとのようなトッキーを見て、私はその中心へと歩み寄る。

 

「ふっ」

 

「お前が無双した感じを出すな……」

 

「さすがトッキー。分かってくれた~?」

 

「分かりたくも無かったがな……」

 

 

 力なくツッコミを入れてくれたトッキーだったけど、本当にお疲れの様でその後が続かない。

 

「ほらほら、みんな何時までも寝てないで立った立ったー」

 

「何でアンタは平気なのさ……アンタが一番動いてたのに」

 

「怪物か……」

 

「酷いなー。これくらいは普通でしょー?」

 

 

 ムツミ先輩が部員に声をかけ無理矢理立たせる。確かにムツミ先輩は体力お化けだからな~。

 

「下校時間ですよ」

 

「あっ、タカ兄」

 

「!」

 

 

 タカ兄の声を聴いたからか、ムツミ先輩がその場に倒れ込んだ。

 

「みんなお疲れだな」

 

「(男子にはそう思われたくないのだろうか? それとも、タカ兄だから?)」

 

 

 私がそんな事を考えていると、タカ兄が私を見つけて首を傾げた。

 

「柔道場で何してたんだ?」

 

「トッキーと一緒に帰ろうと思って」

 

「そうか。それで、こんな時間まで何でお前が残ってたんだ?」

 

「先生に手伝いを頼まれてたので」

 

 

 本当は内申を稼ごうと申し出たのだが、その辺りを正確に伝える必要は無いだろうと思って、私は少し嘘を吐いた。

 

「……そうか」

 

 

 タカ兄は信じてない様子だったけど、とりあえず追及はしてこなかった。

 

「ねぇねぇ、ムツミちゃんの理想の男の子ってどんな人~?」

 

 

 私がタカ兄から疑いの視線を向けられている横で、アリア先輩がそんな事を聞き始めた。

 

「そりゃもちろん、私より強い人!!」

 

「強い人ですか~。タカ兄は?」

 

「さすがに三葉には勝てないかな」

 

 

 タカ兄も十分強いけど、やっぱりムツミ先輩の方が強いんだな……

 

「やっぱり、私より弱い人!!」

 

「軟弱で良いのか!?」

 

 

 すぐに答えを変えたムツミ先輩に、シノ会長が驚きの声を上げた。

 

「(やっぱりムツミ先輩もタカ兄の事を……)」

 

 

 前々からタカ兄にだけ態度が違ったから「ひょっとして」とは思ってたけど、この反応で確信した。ムツミ先輩はタカ兄の事が好きなんだ。

 

「(それにしても、さすがはタカ兄だよね……これだけのフラグを建てておきながら放置なんて。普通の高校生男子なら、ハーレム状態でウハウハだろうに)」

 

「くだらない事を考えてないで、さっさと帰れ」

 

「読心術っ!?」

 

 

 最後の最後でタカ兄に怒られちゃった……




タカトシも十分強いんですけどね……


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会長交換 桜才編

こっちはあんまり変わってない…のか?


 桜才と英稜の交流行事、生徒会長を一日交換しようという企画が立てられ、そしてそのまま採用された。

 

「というわけで、今日はよろしくお願いします」

 

「どういう理由で計画されたんですか?」

 

「他校の風習に触れる事により、自校の学園作りに生かすためです」

 

「はぁ……」

 

 

 それは生徒会が考えるのではなく、学園が考える事なのではないかとも思ったが、シノ会長も義姉さんもノリノリで交換に応じたから、そのツッコミはしないでおこう。

 

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 

「苦しいので離れてください」

 

 

 何故かスズに抱きついた義姉さんに、スズが冷めた声で拒否のセリフを述べる。

 

「スズポン、なかなか心を開いてくれませんね」

 

「十分開いてるつもりですが……というか、開いてほしいならもう少しスキンシップの手順をですね……」

 

「じゃあお尻から開きましょう」

 

「心閉ざしてやる!」

 

「ふざけてないで、しっかりと仕事してください」

 

 

 スズに対してふざけだしたので、俺は義姉さんの襟首を掴んでスズから引きはがした。

 

「さすがタカ君。サクラっちにはないやり方ですね」

 

「……この後予算会議があるので、会長にはこちらの資料に目を通しておいていただきたいのですが」

 

「何で丁寧語になってるの?」

 

「ふざけているので、ご自分の立場を思い出していただこうと思いまして」

 

 

 俺があえて距離を取った話し方をしたからなのか、義姉さんは真面目に資料に目を通し始めた。常にこうしてくれていれば、俺もサクラさんも苦労しないんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜才学園の予算会議に参加しているけど、やっぱり少し資料に目を通しただけでどうにかなるわけがなかった。

 

「今月の部の予算ですが――」

 

「(タカ君、ここなんだけど)」

 

 

 どうしても分からない箇所を、隣に座っているタカ君に尋ねる。

 

「魚見会長! いくら親戚同士とはいえ、くっつき過ぎではありませんか!?」

 

「そうですか?」

 

「そうですよ。そこまでくっつかなくても見えますから」

 

 

 タカ君に諭され、私は少し不貞腐れながらもタカ君から離れた。

 

「タカ君、続きは後で…ね?」

 

「っ!?」

 

「話の続きを後で、という解釈でお願いします。というか、義姉さんも勘違いさせるつもりでしたよね?」

 

「バレました? シノっちから、カエデっちはからかうと面白いと聞いていたものでして」

 

「ろくなこと言って無いんだな、会長も……」

 

 

 この後の会議は、タカ君が目を光らしていたお陰でなのか、スムーズに進んだ。

 

「――では、今回はこれで解散です」

 

 

 タカ君の挨拶で、会議に参加していた面々は会議室から出ていく。そんな中、新聞部部長の畑さんだけが会議室に残った。

 

「何か?」

 

「魚見会長にインタビューしたいのですが」

 

「では、この後生徒会室で」

 

 

 会議室の片づけを済ませて、私は畑さんのインタビューを受けるべく生徒会室に一緒に向かった。

 

「今回の企画は、両会長の友情によって実現したわけですね?」

 

「少し違います。友人であり、ライバルでもあります」

 

「恋のですか!?」

 

「私、ネトラレに関心があるので、それは負けてもいいと思っています」

 

「なるほど。ですが、津田副会長が天草会長に盗られたとなると、魚見会長としては面白くないのではありませんかね?」

 

「どうでしょうね……」

 

 

 タカ君とシノっちの関係は、何処まで行っても会長と副会長、ボケとツッコミ、躾けられる側と躾ける側でしかなさそうですし……

 

「何か失礼な事考えてませんか?」

 

「そんな事ないよ?」

 

 

 タカ君の鋭い視線を受けながら、私はなんとか誤魔化そうとした。

 

「天草、ちょっといいか?」

 

「おや、古谷先輩」

 

「ん? 天草はどこ行った? それと、その制服は英稜学園のじゃ」

 

 

 急に生徒会室に入ってきた女性に、タカ君が事情説明をしている。どうやら彼女は、シノっちの前の生徒会長のようだった。

 

「――それで英稜の生徒会長さんがいるのか。しかも津田のおねーちゃんか」

 

「シノ会長に用事なら、メールしておきましょうか?」

 

「大丈夫、また来るから。ところで津田」

 

「はい?」

 

「ねぇ、ちゃんと風呂入ってる?」

 

「これみよがしに古典的なネタぶち込んでくるんじゃねぇよ。原則として学園に関係者以外入ってきてはいけませんので、お帰りくださいませ」

 

 

 タカ君が半分怒りながら古谷さんを追い返すと、横でメモを取っていた畑さんを睨みつけた。

 

「なに、メモってるんですかね?」

 

「こ、これはその……」

 

 

 タカ君が没収したメモを覗き込むと、そこには『津田副会長と英稜学園会長、混浴疑惑』と書かれていた。

 

「これ以上曲解が続くようでしたら、本当に新聞部を活動休止にするしかないのですが?」

 

「それだけは! それだけはご勘弁を!」

 

「でしたら、これ以上曲解や過大解釈はしないようにお願いします」

 

「分かりました。今後は正確な情報を伝えるマスメディアとして活動していきます」

 

「学校の部活ですけどね……」

 

 

 タカ君のセリフに、アリアっちとスズポンも頷いて同意している。畑さんも恥ずかしそうに頭を掻いて、逃げ出すように生徒会室から出ていったのだった。




古谷さんのネタは古すぎるだろ……


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会長交換 英稜編

シノの本領発揮?


 桜才・英稜の間で行われている生徒会長交換イベントで、私は今日一日英稜高校に通う事になった。

 

「(私の行動が桜才学園の評価に関わってくるわけだし、ここは気合を入れてかからねば)」

 

 

 そう思い気合いを入れる為に頬を叩こうとしたが、跡が残ってしまっては恥ずかしいな……

 

「よし!」

 

 

 跡が残っても見えないところなら問題ないだろうと考えて、私は自分のお尻を叩く。気分はセルフスパンキングだな。

 

「タカトシさんがいないところでも、しっかりしてくれると助かるんですけど」

 

「森か」

 

「本日はよろしくお願いします」

 

「あぁ、こちらこそよろしく頼む」

 

 

 森に案内され、私はとりあえず生徒会室へとやってきた。何処の学校も生徒会室という場所は神聖視されているのか、余り普通の生徒は寄ってきていないようだな。

 

「桜才学園では、天草会長が生徒の相談役として生徒会室を開放していると聞いているのですが」

 

「昔はそんな事もあったが、最近はあまり相談されなくなったな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。だいたいはタカトシに相談してるようだしな」

 

 

 私よりもタカトシの方が信頼出来るからなのだろうか、相談者は私にではなくタカトシに、場所も生徒会室ではなく空き教室に変わっているのだ。

 

「今日はこの後朝会がありますので、天草会長も体育館へ移動してもらいます」

 

「朝会か……おっと、消しゴムがきれていたか」

 

 

 桜才学園の生徒会室なら予備が置いてあるのだが、さてどうしたものか……

 

「よければ私のを使ってください」

 

「良いのか? だがこれはお前の予備じゃないのか?」

 

「大丈夫です。こんなことがあろうかと、あらかじめ二個持ってますので」

 

 

 そういって森はもう一個の予備を取り出してみせる。

 

「準備が良いんだな。そういえば私も昔、体温計を二つ持っていた時期があったな」

 

「体温計……ですか?」

 

「二つ脇に挟めば巨乳っぽく見えるだろ?」

 

「同意を求められても困るのですが……」

 

 

 困ったように頬を掻く森を見て、私はどことなく敗北感を味わった。

 

「そうだな! お前は最初から大きいもんな」

 

「カナ会長とは違った意味でめんどくさい……」

 

「副会長、そろそろ」

 

「そうね。天草さん、体育館に行きましょう」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 もう一人の役員に促され、私たちは胸談義を止めて体育館に向かう事にした。

 

「今更ながら、部外者の私が朝会に参加して良いのだろうか?」

 

「本当に今更ですね……その辺りは校長も理解していますので、問題はありませんよ」

 

「それは良かった……ん?」

 

 

 廊下から見える中庭に視線を向けると、そこには手を繋いだ男女の姿が……

 

「英稜は校内恋愛OKなのか」

 

「プラトニックであるなら口を挿むべきではないという考え方です」

 

「桜才は全面禁止だが、それはもう古いのかもな……やはりトップに必要なのは柔軟に時代の変化を感じる力……そう、お堅い石頭よりも柔らかい亀頭! そして乳頭のような敏感さ!」

 

「もう一考お願いします」

 

 

 何か間違えたのか、森が冷めた目を私に向けてきている。というか、タカトシが側にいないからかストッパーが壊れかけてるような気がするな……

 

『みなさんも固定概念にとらわれず、いろいろな角度から物事を見てみましょう』

 

「こちらの校長もいい事を言うな。早速違う角度から見てみよう」

 

「はい?」

 

 

 私の隣で森が嫌そうな顔をしているが、別にまだ何もしてないだろうが。

 

「一見ただの体育座りだが、持ち方一つでいろいろなプレイに発展する」

 

「もう一考しろっ!」

 

「副会長、ついにため口に……」

 

「さすがに我慢の限界だからね……」

 

 

 森ともう一人の役員――確か青葉とか言ったか? がこそこそと何かを話しているが、どうやら今日の私は絶好調のようだと今更ながらに気が付いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一日中天草さんの下ネタに付き合わされて、私は改めてタカトシさんの凄さを思い知りました。

 

「天草さんだけでなく、七条さんや畑さん、更にはコトミさんまで相手にしてたなんて……どんな体力なんでしょう……」

 

「最近は大人しくしてるんだぞ?」

 

「出来れば、私の前でも大人しくしてほしかったです……」

 

 

 更にはタカトシさんはカナ会長の相手もしていましたので、最大で私の五倍はツッコミを入れていたという事になるわけですし、一時期心がすさんでしまっていても仕方なかったのかもしれませんね……

 

「桜才ではカナが絶好調だったから、タカトシも久しぶりにツッコミを連発してたのかもしれないな」

 

「どうして会長たちには、自重するという考え方が出来ないんですか……」

 

「それはツッコミがいてくれるからだな。タカトシと萩村が修学旅行でいなかったとき、ボケっぱなしは悲しいという事に気が付いてからは、人がいないところではボケないようにしているんだ」

 

「人がいるところでもボケない方向でお願いしたいのですがね……」

 

「それは難しいな。私たちは基本的にボケ側の人間だから、ついボケたくなるんだ」

 

「その気持ちは、私には分かりませんよ……」

 

 

 そして恐らくタカトシさんにも……兎に角、少しは自重してもらいたいものです。




下発言して輝くってどんなキャラなんですかね……


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テスト前のテスト

コトミも頑張っているんです


 いよいよ秋本番という感じで、今日はなんだか寒いと感じる朝だ。二学期からずっと、タカ兄と一緒に登校する事にしているので、遅刻ギリギリという事は無くなったけど、こんなに寒い日はベッドの中で丸まっていたいよ……

 

「おはよう、タカトシ、コトミ」

 

「あっ、シノ会長。おはようございます」

 

「シノちゃん、おはよ~」

 

「おはようございます」

 

 

 校門に差し掛かる頃には、シノ会長とアリア先輩、そしてスズ先輩も合流し、ちょっとした集団になっていた。

 

「こんなに寒い日は、外に出ずに暖を取りたいですね~」

 

「しかし授業に参加しなければならないだろ? 我々学生の本分は勉強なのだから」

 

「そうは言ってもですね~……あっ、そうだ!」

 

 

 私は名案を思い付いたとばかりに手を打ち、四人に提案する。

 

「おしくらまんじゅうでもして温まりましょう!」

 

「いい年して何を考えてるんだか……」

 

「だって、人肌は温いでしょ? 冷えた身体を温めてくれるのは、やっぱり人の温かみだと思うんだよね~」

 

「馬鹿な事言ってないで、そろそろテストの心配をした方が良いんじゃないか?」

 

「それは言わないお約束だよ……」

 

 

 一応頑張ってはいるが、平均七十点はなかなかに厳しそうなんだよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきのコトミではないが、確かに今日はなんだか寒く感じる。生徒会室で作業して、タカトシ以外は何となく寒そうな感じが見受けられる。

 

「おーす」

 

「横島先生、おはようございます」

 

「今朝は寒いわねー」

 

「そうですね」

 

 

 早朝会議だから横島先生にも来てもらったのだが、正直あんまり必要無かったかな……だいたいはタカトシが纏めてくれるし。

 

「こう寒いと――」

 

 

 横島先生がバナナを取り出し、皮をむく。どうやらあれが朝食のようだ。

 

「振動〇〇ラが捗るな」

 

「遅刻しておいてその発言ですか……理事長先生に報告して、横島先生の冬のボーナスをカットしてもらいましょうか?」

 

「正直すまんかった!」

 

「というかタカトシ、いつの間に理事長と仲良くなったの?」

 

「横島先生の事で困ったら相談しなさいって、この間言われたんだよね」

 

 

 どうやら理事長も横島先生の事は気にしているようで、普段側にいる確率の高いタカトシに監視を頼んだのだろうな。

 

「何卒! 何卒ボーナスだけは!」

 

「……何か使い道でも?」

 

「年越しの瞬間、独り身を紛らわすのはボーナスくらいしか無いんだよ……今年も結婚出来そうにないしな」

 

「それは……」

 

 

 さすがのタカトシも何も言えなくなってしまったのか、横島先生のボーナス問題に関してはこれ以降触れる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、力仕事では役に立てないので、私は生徒会室でコトミの勉強を見ていた。

 

「はいこれ」

 

「何ですか、これ?」

 

「タカトシがやらせとけって」

 

 

 私がコトミに渡したのは、タカトシが作った期末試験対策用のテスト用紙だ。タカトシが予想して作ったテストなのだが、これがまた実際のテストと似たような問題らしいので、一時期畑さんが裏で売買しようとしたとか噂が流れた程だ。

 

「テストの前に軽くおさらいをしておきましょうか」

 

「お願いします」

 

 

 既に基礎はタカトシと魚見さんに叩き込まれているようで、後は応用問題が出来れば七十点も夢ではないところまで来ているらしいので、テスト前に公式の復習をする事にした。

 

「――というわけ。分かった?」

 

「はい……何とか」

 

「それじゃあ、五分後にテストを開始するから、その間に態勢を整えなさい」

 

「ほぇ……」

 

 

 口から煙が出てるんじゃないかと思うくらい、今のコトミは疲弊している。というか、この程度の復習で疲れるようじゃ、タカトシや魚見さんの厳しさに耐えられないんじゃないのかしら……

 

「あと一分」

 

「……よし!」

 

 

 何とか気合いを入れたのか、コトミは集中している眼差しで裏返してあるテスト用紙を見詰めていた。

 

「始め!」

 

 

 私の合図とともに、コトミは答案を表返して問題を解き始める。その間私は読みかけの本を読むことにしようとしていたのだけど、思いの外すらすらと解いているので、私はコトミの手の動きを眺める事にした。

 

「(成長してないと思ってたけど、ちゃんと成長してるのね……これでタカトシの苦労が報われれば良いのだけども)」

 

 

 もう何度目か分からないけど、コトミがここまでスムーズに問題を解いてる姿を見る日が来るなんて……私は身内ではないけど、なんだか子の成長を喜ぶ親の気分ね。

 

「……よし、出来ました」

 

「それじゃあ、採点するわね」

 

 

 コトミから受け取った答案に目をやり、私は少し意外な気持ちを味わった。

 

「六十八点……結構出来てるじゃない」

 

「でも、目標には届いてませんね……」

 

「ケアレスミスが多いわね。ほらここはさっき教えた公式の応用だから――」

 

 

 私の説明を真剣な眼差しで聞いているコトミに違和感を覚えながらも、私はミスした箇所の説明をしていく。

 

「――というわけ。分かった?」

 

「はい、何とか……後は忘れないうちに本番を迎えられれば大丈夫だと思います」

 

「いや、ちゃんと身になるように反芻しておきなさいよね」

 

「ふぁぃ……」

 

 

 さすがにキャパシティを超えたのか、頭から煙が出始めている。詰め込み過ぎたつもりは無いけど、全部忘れたりしてないわよね……?




目標まであと一歩、頑張れコトミ


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コトミの知識の幅

原作ではタカトシですが


 中間テストも無事に終わり、季節は秋から冬へと向かっていく。

 

「足が冷えるな」

 

「もう11月ですからねー」

 

 

 我々生徒会メンバーは変わらぬ成績を収め、風紀委員長の五十嵐、新聞部の畑と、上位者にとっては平穏な日常を取り戻したと言えるだろう。

 

「今回はコトミの成績も悪くなかったですし、無事に終わって良かったですよ」

 

「タカトシ君とカナちゃんが必死になって教えてたもんね~。私たちも少しくらい手伝っても良かったんだけど?」

 

「さすがに毎回皆さんの力を借りるわけにもいきませんので」

 

「そういえば萩村」

 

「はい?」

 

「轟と三葉の成績が揮わなかったそうだな」

 

「ムツミは兎も角、ネネがあそこまで酷い点数になるとは思ってませんでした」

 

「今度はクラスメイトの為に勉強会を開く必要がありそうだな。柳本も酷かったみたいだし」

 

 

 タカトシのクラスは萩村もいる事で、クラス平均がだいぶ高い。それでも補習にリーチが掛かっているメンバーも多いのは、担任が横島先生だからだろうか。

 

「ところで、男子だけズボンってずるいな!」

 

「俺に言われても……というか、まだその内容だったんですか?」

 

「今足が寒いって思って思い出したのだ」

 

 

 テストの話題で誤魔化していたが、風が来るとやはり寒いものは寒いのだ。

 

「いっそ女子の制服もズボンに変更してもらうか」

 

「あんまりパンツスタイルが好きじゃない子もいるだろうし、女子の制服がスカートじゃくズボンじゃ、制服が可愛いって理由で入学してくる子が減っちゃうよ? 今の時代定員割れを恐れてる学校だって少なくないんだし、そういう理由でも選んでくれる子がいてくれるのはありがたい事だと思うけど」

 

「そうだな……確かコトミがそんな理由だったな」

 

「後は家に近いからという、非常に残念な理由でしたね……」

 

「仕方がない、この案は却下だ」

 

 

 桜才はそれなりの進学校なので、制服が可愛いという理由で選ぶ奴らがいなくなってもそこまで生徒が減るとは思えないが、不必要に理由を減らす必要もないか。

 

「暖房をつければいいだけの話だしな」

 

「そうですね」

 

 

 女子の制服ズボン化計画は、表に出る事無く却下されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝は晴れていたのに、今は雨が降っている。昇降口では傘を持っていない人たちが困り果てた表情を浮かべている。

 

「朝タカ兄に傘持ってけって言われた時は何でって思ったけど、やっぱりタカ兄は頼りになるな~」

 

 

 私は朝タカ兄から渡された傘を開き、そのまま帰ろうとして――

 

「ちょっと待って!」

 

「マキ?」

 

 

――親友に呼び止められた。

 

「どうしたの?」

 

「今日用事があるんだけど、傘持ってなくて……駅まで入れてくれない?」

 

「別にいいけど、マキが傘を持ってないなんて珍しいね」

 

「今朝の天気を見て、傘を持ってくる方が珍しいって。というか、よくコトミは持ってたね」

 

「まぁね! と言いたいけど、タカ兄に持ってけって言われたからなんだよね」

 

「なるほど、津田先輩なら納得」

 

 

 それで納得されるのも複雑だけど、私とタカ兄、どっちを信じると聞かれれば、私もタカ兄を信じるだろうな。

 

「ところで、マキの用事って?」

 

「お母さんの荷物が届くらしいんだけど、今日お母さんが出かけてるから私が受け取らなきゃいけないんだよね」

 

「再配達を頼めば良いんじゃない?」

 

「時間指定しておいてそれは失礼だと思うけど」

 

「確かに……何回運んでも報酬は一回分だけだもんね」

 

 

 マキの用事も聞けたことだし、今日はマキとラブラブしながら駅に向かうとしますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英語の小テストで赤点だったコトミが生徒会室に呼び出され、今はシノ会長と単語のチェックをしている。

 

「闇」

 

「ダークネス」

 

「反射」

 

「リフレクション」

 

「探索」

 

「クエスト」

 

「コトミの英単語の知識、だいぶ偏ってるな」

 

「ゲームで鍛えてたのばかりですからね~。最近は普通の単語も覚えようとしてるんですけど、どうしても覚えられなくて」

 

 

 恥ずかしそうに頭を掻くコトミだが、恥ずかしいのはむしろ俺の方なんだが……

 

「好きなものはすぐ覚えられるってやつだね~」

 

「どうでもいい事ばっか覚えてるんだから」

 

「いや~……お義姉ちゃんにも似たような事を言われました」

 

「せっかく前回のテストは良い結果だったのに、これじゃあまた留年にリーチが掛かってるんじゃないか?」

 

「こ、今回の小テストはかなり難しくて、私以外にも赤点はいっぱいいました」

 

「大勢いるからと言って、安心して良いわけじゃないだろ。ここで復習した後、家で再テストをするからそのつもりで」

 

「えぇっ!? タカ兄、そりゃないよ……」

 

「それくらいしなければ、覚えないだろうが」

 

 

 それなりに成長しているとはいえ、根は相変わらずなので、吸収速度は遅い。だから繰り返しやって覚えさせる以外に方法が無いのだ。

 

「それなら私たちも手伝いに行くが?」

 

「いえ、今日は義姉さんが来てくれる日なので、皆さんの手は借りなくても大丈夫です」

 

「お義姉ちゃん、昨日も来てたけどね~」

 

「バイトが無い日は、だいたい来てくれるからな」

 

 

 お陰でだいぶ助かっているのだが、義姉さんの体調は平気なんだろうか……ちょっと心配だな。




英語は自分も苦手だな……


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シノの失敗

机に頭をぶつけるのって、地味に痛いんですよね……


 またしてもストレスが溜まってきたので、私はヤンチャをする事にした。

 

「(今回は、隠れて飛び出てビックリ作戦だ)」

 

 

 机の下に隠れて、誰かが入ってきたところで飛び出してビックリさせるという、実に単純な作戦だが、誰もいないと思っていたところでひとがでてきたらビックリするに違いないだろう。

 

『この間はありがとうね、タカトシ君。お陰で助かっちゃった』

 

『いえ、こちらも貸しがありましたので、お相子ですよ』

 

「(ターゲットはアリアとタカトシか)」

 

 

 仲良さそうに会話しながら生徒会室に来るなんて、これは本気で驚かさなければならないようだな。

 

「あれ? 人がいないのに鍵が開いてる」

 

「……そうですね」

 

「(よしよし、案の定不思議がってるな)」

 

 

 鍵を閉めておけべより驚かせることが出来たかもしれないが、あえて鍵を開けっぱなしにしておくことで、私がトイレにでも出ていったと思わせることが出来るのだ。

 

「とりあえずお茶を淹れるね~」

 

「いえ、お構いなく。それよりも、今日は仕事が多いみたいですから、少しでも先に終わらせておきましょう」

 

「確かに多そうだね~。でも、お茶くらいは良いんじゃないかな? タカトシ君や皆に飲んでもらいたいから、ウチから良いお茶っ葉持ってきたんだよ~」

 

「そうなんですか? それじゃあ、一杯だけご馳走になりましょうか」

 

「(グヌヌ……なんだかいい雰囲気で、逆に出にくくなってしまった……)」

 

 

 アリアの発言で引っ掛かったのは、何故『皆』で一纏めにしないでタカトシの名前を先に出したのか、というところだ。もしかしたら他意はないのかもしれないけど、何となくタカトシの事を特別扱いしているようにも聞こえる。

 

「それで、会長は何時まで机の下に隠れてるんですか?」

 

「何ッ――痛っ!?」

 

「えっ、シノちゃん?」

 

「……大丈夫ですか?」

 

 

 タカトシに覗きこまれた衝撃で思わず立ち上がろうとしてしまい、私は机に強か頭をぶつけてしまった。

 

「い、何時から気付いていたんだ?」

 

「何時って……最初から、部屋の中にシノ会長の気配はありましたし……」

 

「せめて常人レベルで判断してくれ……」

 

 

 普通気配なんて分からないだろうが……というか、私の作戦は最初から失敗だったという事か。

 

「そんなところで何してたの~?」

 

「隠れて飛び出てビックリ大作戦だったんだが、出るタイミングを逸してしまってな……挙句の果てにタカトシに驚かされるとは……」

 

「何か意味があるのかとも思いましたが、何時ものヤンチャタイムでしたか……」

 

「何時ものって、そんなにはやってないだろ?」

 

 

 私の抗議に対してタカトシは何も答えてくれなかった。そんなにはやってないと思うんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に向かう途中、反対から畑さんが歩いてきたので、私は軽く会釈をして通り過ぎるつもりだったが、畑さんが話しかけてきた。

 

「この間のインタビュー、大変役に立ちました」

 

「いえ、お役に立てなのなら幸いです」

 

 

 新聞部からのインタビューだったので、私は胡散臭さを懐きながらもインタビューに応じたのだ。思いのほかまともなインタビューだったので、私も真面目に答えたのだ。

 

「それにしても、メモも取らずによくあそこまで正確に記事に出来ましたね」

 

「マスコミの端くれとして、ボイスレコーダーを持ち歩いていますので。これで聞き漏らしの心配はありません」

 

「なるほど」

 

「今度は風紀委員長にインタビューしようと思っているんですよ」

 

「五十嵐さんに?」

 

「この間の生徒会長交換会を経て、天草会長の中で校内恋愛禁止は古いのではないかという考えが浮かんだようなので、風紀委員長としてどうお考えなのかをね」

 

「なるほど……」

 

 

 ここ最近の畑さんは、真面目路線のようで安心出来る。

 

「ではさっそく――」

 

 

 そういって畑さんは女子トイレに入り、個室の扉の前でボイスレコーダーのスイッチを入れた。

 

「風紀委員長、インタビューよろしいでしょうか?」

 

『ッ!?』

 

「ここで録音するな」

 

 

 明らかにインタビュー以外の目的だろうと判断して、私は畑さんの腕を掴んでトイレの外に連れ出した。タカトシなら首根っこでも押さえつけて連行するんでしょうけども、私にはそんな事は出来ないので。

 

「それじゃあ、風紀委員長が出てくるまでの間、貴女にインタビューしてもいい?」

 

「まともな事なら」

 

 

 どうせふざけた質問が来ると決めつけていたので、私はあまり畑さんに意識は向けなかった。

 

「もし校内恋愛が解禁されたとして、貴女は誰かと付き合いたいですか?」

 

「ブッ!? な、なんですかその質問は……」

 

「一般的な質問のつもりだったのですが。そこまで動揺するという事は、やはり津田副会長狙いですか」

 

「何故そのような結論を導き出したのか分かりませんが、実際に解禁になってみなければ分からない、としかお答えできません」

 

「何という模範的な回答……正直つまらないですね」

 

「つまらなくて結構です。私は真面目に答えたのですから」

 

 

 これ以上畑さんといると、余計な事を書かれそうなので、私は足早に生徒会室を目指すのだった。




そして相変わらずの畑ランコ……


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驚きの光景

学校で何をやってるんだか……


 トッキーと裏庭を散歩していたら、壁に穴が空いているのに気が付いた。

 

「こういう穴を見ると、ついつい覗きたくなるんだよね」

 

「馬鹿な事言ってないでさっさと教室に戻ろうぜ。いい加減寒くなってきた」

 

「運動部なんだし、このくらいはへっちゃらでしょ? というか、私よりトッキーの方が筋肉あるんだから、私が大丈夫なんだしトッキーだってもう少しくらい我慢してよ。この穴を覗いたらすぐ帰るからさ」

 

「仕方ねぇな……」

 

 

 トッキーも諦めてくれた事だし、さっそく覗き込むことにしよう。

 

「………」

 

「何か見えたか?」

 

「穴が見えた」

 

「はっ?」

 

 

 トッキーが訳が分からないと言いたげな表情で私を見てくる。まぁ、実際に覗いた私も信じられない気分だけどね。

 

「世の中には壁穴プレイっていうのがあってね――」

 

「えっ、ちょっ……向こうに誰かいるの?」

 

「たぶん……」

 

 

 真相を聞いてもまだ信じられないという表情のトッキーに、穴を覗くように視線で促したけど、トッキーは全力で首を左右に振った。

 

「と、とりあえず……見なかったことにしようか」

 

「それが良いだろうな……」

 

 

 何だか気まずい雰囲気になったので、私とトッキーは足早にその穴から遠ざかる事にした。それにしても、まさか学校で壁穴プレイをしようだなんて……世の中想像もつかない事ばかりだね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の作業を進めていると、会長が困ったような声を上げた。

 

「どうしましょう……」

 

「どうかしたんですか?」

 

「今日タカ君の家に手伝いに行く日だったんだけど、急にシフトに入ってくれといわれてしまいまして……タカ君に連絡したいのですが繋がらなくて……」

 

「直接言いに行くのは駄目なんですか?」

 

「それが、割と切羽詰まった状態らしくて、すぐにでも行かなければいけないんですよ」

 

 

 私もタカトシさんも、今日は休みなので、会長がダメなら私かタカトシさんのどちらかに連絡が来たのでしょうが、とりあえず会長が引き受けてくれて良かったと思いましょうか。

 

「それでしたら、伝言くらいなら私が引き受けますよ? 今日は特に予定もありませんし」

 

「ありがとう。さすが私の右腕」

 

 

 そういって会長が抱き着いて頬擦りをしてきた。

 

「(慣れているとはいえ、相変わらず会長のスキンシップは過激だなぁ……)」

 

「この間タカ君の下半身にしようと思ったら、こっ酷く怒られたけどね」

 

「それはそうでしょうね……? 私、口に出してましたか?」

 

「いえ、目が雄弁に語ってましたので」

 

「そうですか……」

 

 

 てっきりタカトシさんのように読心術が使えるのかと驚いてしまいましたよ……

 

「それでは、桜才学園に行ってきます」

 

「よろしくね。それから、くれぐれもタカ君と親密になり過ぎないように。サクラっちとタカ君なら私も諦めがつくけど、私がいない間にゴールインなんて認めませんから!」

 

「何言っちゃってるの?」

 

 

 時々訳が分からない事を言い出すのが、この人の困ったところなんですよね……そもそも、タカトシさんがそんな事をすると思ってるんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会業務が終わり、会長たちが出てくるのを待っていると、校門の外に見知った人物を見つけ、俺はそちらに歩み寄った。

 

「サクラさん、どうかしたのですか?」

 

「タカトシさん。会長からの伝言で『急なシフトが入ったので、お手伝いに行けない』だそうです」

 

「わざわざサクラさんが? メールでもしておけばいいものを……」

 

「最初はコトミさんにしようと思ったらしいんですが、何故か繋がらず、タカトシさんに連絡しようとしたら電池が切れたらしいです」

 

「あの人は……」

 

 

 何故先にコトミに伝えようとしたのか疑問だが、そういう事情なら仕方がないか。

 

「わざわざありがとうございます」

 

「いえ、久しぶりにお話ししたかったですし」

 

「そういえば、最近ゆっくりと話す機会も無かったですからね」

 

 

 前に義姉さんを迎えにウチに来たくらいで、その前は何時だったかな……

 

「会長は相変わらずタカトシさんの家に入り浸ってるんですか?」

 

「夏休みの間はしょっちゅうでしたが、学校が始まってからはそれ程ではないと思いますよ? 週に二、三日ですし」

 

「十分すぎると思いますが」

 

「大抵は土日ですから、学業に支障は出ないと言い張られまして……」

 

「会長らしいですね」

 

 

 こちらとしても、コトミの面倒を義姉さんに任せっぱなしなのも忍びないので、無理しなくて良いと言ってるんだけど、義姉さんの好意だと言われては強く言い返せないのだ。

 

「校門にベストカップルがいると聞いて飛んで来てみれば、副会長コンビでしたか」

 

「畑さん……ベストカップルって、俺とサクラさんですか?」

 

「津田副会長があまり見かけない他校の女子生徒と楽しそうに話していると一年から聞いて最低限のものを取って大急ぎで来たのに、これじゃあスクープにもなりませんね」

 

「畑さーん? 廊下を走った件、じっくりとお話し聞かせてもらいましょうか?」

 

「い、五十嵐風紀委員長……ではっ!」

 

「待ちなさい!」

 

「……何だったんですかね?」

 

「何時もの事です。気にしないでください……」

 

 

 なんか俺が恥ずかしくなってきた……というか、畑さんも五十嵐さんも相変わらずだな……




久しぶりに絡ませた気がする


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くっついた萩村

ちょっとした失敗が大事に……


 生徒会室の備品を壊してしまって、どうしようか悩んでいたら、タカトシ君がやってきたので瞬間接着剤で補修してもらう事にした。

 

「新しいのを買った方が良いと思いますけど?」

 

「でも、壊れたのが取っ手だけだし、直せるなら直した方が予算の無駄遣いを防げるじゃない?」

 

「そうですね。でもまぁ、あくまでも応急処置ですから、ダメだと判断したら買った方が良いですよ」

 

「分かった~」

 

 

 タカトシ君の言葉を素直に受け入れて、私はタカトシ君の作業をじっと見詰める。普段の作業の時もそうだけど、こうやって集中しているタカトシ君は、普段とは違うカッコよさがあるんだよね。

 

「これで後は接着剤が固まれば大丈夫だとは思いますよ」

 

「ありがと~」

 

「……ん?」

 

「どうかしたの?」

 

 

 タカトシ君が視線を下に降ろして首を傾げたのを見て、私は何か問題があったのかと少し慌てる。

 

「いえ、気付かない内に接着剤を零してたようで、ズボンに垂れていたものでして」

 

「早いところ拭かないと固まっちゃうね」

 

「そうですね」

 

 

 タカトシ君がティッシュに手を伸ばそうとしたタイミングで、廊下からシノちゃんとスズちゃんの声が聞こえてきた。

 

『今日は廊下が濡れて滑りやすいから、気を付けないとな』

 

『そんなミスしませんって』

 

 

 そんな話をしながら生徒会室に入ってきたスズちゃんだったが、入ってきて早々に足を滑らせてタカトシ君の膝の上に着地した――接着剤がある所にお尻を乗せて。

 

「ご、ゴメンタカトシ……」

 

「いや、別に良いんだけど……接着剤を零してたから、もしかしたらくっついちゃったかもしれない」

 

「えぇ!?」

 

 

 慌ててスズちゃんが立ち上がろうとしたけども、やっぱり接着剤でくっついちゃったようで、タカトシ君の体重に引っ張られてスズちゃんは立ち上がる事が出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした失敗でこんなことになってしまうとは思ってもみなかった……まさかタカトシの膝の上から動けなくなるとは……

 

「接着剤という事なら、お湯を使えばすぐに剥がれるだろう」

 

 

 何処か冷静さを保とうとしているのが伝わってくる会長の言葉だが、確かにお湯があればこんなのすぐに剥がれるわよね。

 

「アリア、お湯を持ってきてくれ」

 

「はーい……あら?」

 

「どうかしたのか?」

 

 

 ポットを持ってきた七条先輩だったが、蓋を開けて固まってしまった。

 

「生憎お湯を切らしてるみたいなの~」

 

「そうか……二人とも、尿意は?」

 

「沸くまで待つわ! というか、変な事を聞くな!」

 

「す、すまん……動揺してつい」

 

「どんな『つい』だよ……」

 

 

 タカトシがツッコんでくれたから何とかなったけど、相変わらず会長の思考は分からないわね……

 

「さて、お湯が沸くまで待つのは良いのだが、その恰好は絵面的に問題があると思うんだが」

 

「そうでしょうか? 事情を話せば五十嵐さんや畑さんも分かってくれると思うんですが」

 

「そうかもしれないが、畑は取材もせずに記事を書く可能性があるから、そういう問題を摘み取っておくためにも、萩村がスカートを脱いで離れておく必要があると思うんだ。ジャージならここにあるから、一時的にスカートを脱いでも問題ないだろ?」

 

「ですが、タカトシに下着を見られてしまうじゃないですか」

 

「その点なら問題ないと思うよ~? スズちゃんが滑って転んでから今まで、タカトシ君は眼を瞑ってるから」

 

「後ろから萩村の下着が覗き込めるわけか」

 

「高さ的にちょうどいいんだろうけど、さすがタカトシ君だよね~」

 

 

 まさかそんな気遣いをさせていたとは……後ろが見えないから気づかなかったけど、タカトシには申し訳ない事をしたわね……

 

「それじゃあ、ちょっと脱ぐから……動くけど我慢してよね」

 

「分かってる」

 

 

 タカトシに声をかけてから、私はスカートを脱ぐためにもぞもぞと身体を動かす。多少こちらもくすぐったいけども、我慢出来ない程では無かったし、七条先輩に手を借りて何とかタカトシの膝の上から脱出する事に成功したのだ。

 

「(全く見ようとしないのも面白くないし、ここは少し煽ってみるか)」

 

「(面白そ~)」

 

 

 会長と七条先輩の悪戯心に火が点いたようで、二人は何かを打ち合わせしてから声量を上げた。

 

「スズちゃん、随分と可愛いパンツだね~」

 

「へ、変な事言わないでください!」

 

「というか萩村、お前、なんて恰好してるんだ」

 

「はいっ!?」

 

 

 確かにスカートを脱いだことで下着が丸見えだが、それはこれからジャージを穿けば問題無いわけで――

 

「スズちゃんがあられもない姿に!?」

 

「Rー18級だ!」

 

「おい、余計な事を言うな!」

 

 

 二人の煽りにも全く反応を見せないタカトシに、ちょっと苛立ちはしたけど、それ以上に会長と七条先輩の悪ふざけに嫌気がさしてきたので、私は二人にツッコミを入れてジャージを穿いた。

 

「タカトシ君の鉄の心はこれくらいじゃ動じなかったね~」

 

「まぁ、私は最初から信じていたがな」

 

「シノちゃんがやろうって言ったんじゃないの~」

 

「あの……お湯が沸いたのでタカトシをそろそろ解放してあげた方が」

 

「おっと、そうだな」

 

 

 漸く沸いたお湯のお陰で、私のスカートはタカトシのズボンから剥ぎ取る事が出来た。もちろん、万事解決とはいかず、会長と七条先輩はタカトシに怒られる事になったのだったが、それは自業自得よね。




そして怒られる先輩二人……


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生徒会への接待

接待になってないんだよな……


 柔道部のミーティング中に、部費アップの件を思い出されて、私は項垂れて答える。

 

「現状で十分やって行けるだけの予算は割り振ってあるって言われちゃって……私の交渉術がダメなのかな」

 

「ウチのお父さんが言うには、交渉成功の鍵は接待らしいよ」

 

「それだ!」

 

 

 チリの言葉を受けて、私は生徒会室に向かう。

 

「明日お出かけしませんか!」

 

「ん? 三葉、今聞き捨てならない事を言わなかったか?」

 

「どうしてムツミちゃんがタカトシ君と明日、お出かけしなければいけないのかな~?」

 

「その辺り詳しく教えてもらいましょうか?」

 

「えっ? ……えっ!?」

 

 

 スケートに誘っただけでここまで怒られるとは思って無かった私は、会長と七条先輩、スズちゃんに凄まれて萎縮してしまう。

 

「まぁまぁ、それで三葉。なんでいきなりあんなことを?」

 

「実は、スケートの無料入場券が当たってたのをすっかり忘れてて……柔道部全員で使ってもあと四人来られるから、生徒会の皆さんを誘おうって話になったので」

 

「何だ、タカトシ一人を誘ったわけじゃないのか」

 

「まったく、紛らわしいわね」

 

「そういう話ならOKよ~」

 

「……また義姉さんに家の事を頼むしかないのか」

 

 

 さっきまで凄い顔をしていた三人はノリノリだけど、タカトシ君は何処か諦めたような表情を浮かべている。何かあるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三葉に誘われて我々生徒会役員一同は、スケート場にやってきた。恐らく何か思惑があるのだろうが、タダで滑れるというなら断る理由も無かったしな。

 

「スケートにきたは良いが、小学生以来だから上手く滑れるかどうか分からないな」

 

「そうなの? まぁ私もあんまり得意じゃないけど」

 

「そうなんですか? それじゃあ、私が教えますよ」

 

 

 何やら気合いが入っている三葉に率いられて、私たちはスケートリンクに足を踏み入れ、ゆっくりと滑り始める。

 

「ほらほら、後三周!」

 

「体育会系過ぎるだろうが……」

 

 

 三葉が牽引するという時点でこうなる事は予想出来ていたが、まさかその通りになるとはな……

 

「タカトシは問題なく滑れるんだな」

 

「まぁ一応は……」

 

「というかムツミ、柔道部の連中が遊び始めてるけど、あれで良いの?」

 

「えっ? こらー! 遊びに来たんじゃないよー!」

 

 

 萩村が機転を利かせてくれたお陰で、私たちは三葉の体育会系指導から解放された。

 

「しかし、転ばずに滑る方法とかないのか?」

 

「まずはゆっくりと氷に慣れるところからですかね。それから徐々に滑っていき、最後は転ぶ恐怖に打ち勝つとしか言えませんかね」

 

「そうか……氷に慣れるところからか……」

 

 

 タカトシに言われても、私は氷に慣れるという感覚がイマイチよく分からない。滑りやすい状況でそんな事を考える余裕がないのかもしれないな……

 

「うわぁ!?」

 

「大丈夫?」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

 私の横で盛大に転んだ萩村に、タカトシが手を差し出す。タカトシの方は純粋に助けてるだけなんだろうが、萩村の表情が雌になっているのが気になるな……

 

「きゃっ!?」

 

「アリアさんもですか? 少し意外ですね」

 

「どういう事?」

 

「アリアさんはお嬢様ですから、こういう事に慣れているのかと思ってました」

 

「スキーなら兎も角、スケートはあんまり得意じゃないんだよ」

 

「そうみたいですね」

 

 

 今度はアリアに手を差し出すタカトシ。普通なら下心全開なんだろうが、タカトシは純粋にアリアの事を心配しているから、怒鳴るに怒鳴れないしな……

 

「って、うわぁっ!?」

 

「シノさんまで……大丈夫ですか?」

 

「あ、あぁ……すまない」

 

 

 余計な事を考えていたからか、それとも二人に嫉妬した罰なのかは分からないが、私も盛大に転びお尻を打ってしまった。しかしまぁ、タカトシに心配してもらえたなら、この痛みも我慢出来なくはないかな。

 

「やっぱり三葉に指導してもらった方が――」

 

「いや、それは大丈夫だ!」

 

 

 あんな熱血指導、少し体験しただけでもうこりごりだからな……

 

「タカトシが見ていてくれれば、上達出来そうだから」

 

「そうだね~」

 

「というわけで、ちゃんと見ててね」

 

「はぁ……」

 

 

 イマイチ納得出来ていない様子だが、タカトシはその後しっかりと私たちを見ていてくれ、転ぶたびに手を差し伸べてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思う存分スケートを楽しんで、生徒会の皆さんと食事を済ませたところで、私は本来の目的を思い出した。

 

「(今日生徒会の皆さんを誘ったのは、部費アップの交渉をする為だった。なんで純粋にスケートを楽しんでたんだろう……)」

 

 

 普段から一つの事に集中して他の事が疎かになりがちだけど、こんな時にその癖が出なくてもいいじゃないの。

 

「あのっ!」

 

「部長、財布忘れました……」

 

「お金足りない。貸して……」

 

「………」

 

 

 トッキーとチリの言葉に、私は言い掛けていた言葉を飲み込んで生徒会の皆さんに頭を下げた。

 

「すみません。月曜日には必ずお返ししますので」

 

「気にしないで~。スケート場の無料券をもらったわけだし、ここは私が払っておくよ~」

 

「本当に申し訳ありません……」

 

 

 こんなんじゃ、部費アップのお願いなんて言い出せるわけがないじゃないの……




そして交渉は出来なかった……


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冬休みの予定

長期休暇は家で休みべきだと思う……あまり縁がないですけど


 タカ兄とお義姉ちゃんのお陰で、今回の試験は手応えがあった。普段の私なら終了のチャイムと共に机に突っ伏していたところだが、今回はなんだか充実感に満ち溢れているのだ。

 

「コトミ、今回のテストどうだった?」

 

「トッキーになら勝てる自信はあるよ! もしかしたら、過去最高点をたたき出すかもしれないくらいの手応えだよ」

 

「津田先輩と魚見さんが必死になった結果でしょ? 自分一人で勝ち取ったみたいに言うのは二人に失礼じゃない?」

 

「分かってるって、マキ。私がこうしてテスト終わりにピンピンしていられるのは、常日頃から私に勉強を教えてくれたタカ兄とお義姉ちゃんのお陰だってことはね!」

 

 

 サムズアップしてみせると、マキは苦笑いを浮かべながら頷いてくれた。

 

「津田先輩もだけど、魚見さんだって自分の勉強があったり、バイトだったり生徒会の仕事だったりで忙しかったんだろうし、ちゃんとお礼を言った方が良いよ」

 

「今日帰ってからタカ兄が採点してくれるから、その結果を見てからお礼を言うつもりだよ。もちろん、お義姉ちゃんも来るみたいだから、そこで一緒にね!」

 

 

 しっかりと問題用紙にも答えを書き込んでいるので、これでテストが返ってくる前にだいたいの点数が分かるのだ。テストが終わってすぐに結果が分かるというのも何だか怖いけど、ずっとビクビク過ごすよりかは健康的だと割り切る事にしたのだ。

 

「ただいまー!」

 

「コトちゃん、お帰り。その様子だとバッチリだったみたいだね」

 

「お義姉ちゃんとタカ兄が私を導いてくれたお陰だと思ってます。タカ兄の採点が終わったら、改めてお礼を言うね」

 

「タカ君ならまだ帰ってきてないから、それまでゆっくりしてたら? 昨日までコトちゃん、死にそうな顔してたし」

 

「そりゃ、あれだけ厳しく教えられたら死にそうにもなりますって」

 

 

 普段ふざけてしまうから仕方ないんだけど、タカ兄もお義姉ちゃんもかなり厳しく私に勉強を教えてくれたのだ。その事は今でこそありがたく思ってるけど、昨日までは何度恨み言を心の中で呟いたことか……

 

「タカ君が用意しておいてくれたお菓子があるから、それでお茶にしましょう」

 

「さすがタカ兄!」

 

 

 私とお義姉ちゃんは、タカ兄が帰ってくるまでの間、タカ兄が作ってくれたお菓子とお茶でうちあげをしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の仕事を終わらせ家に帰ると、既に義姉さんとコトミがリビングで寛いでいた。

 

「その様子だと、手応えがあるみたいだな」

 

「タカ兄に言われた通り、問題用紙に答えを書き込んだから、さっそく採点してください」

 

 

 コトミから手渡された問題用紙に目を通し、俺はペン入れをしていく。普段なら間違いだらけなのである意味単純作業なのだが、今回はバツを付けていけばいいだけではない。

 

「………」

 

「ごくり」

 

「この結果なら補習は無いだろう」

 

「本当っ!?」

 

 

 平均七十一点という結果に、俺は内心驚いていた。確かに七十点以下は小遣いを減らすと脅したりもしたが、六十点以上なら許すつもりだったのだ。しかし、コトミは俺の予想を大きく上回る結果を残したのだ。

 

「この調子でいけば、その内ブラックリストからも外されるだろうし、成績上位者に名を連ねる可能性も出てくるんじゃないか?」

 

「いやいや、そこまで高望みされても困るって。とりあえず、この結果はタカ兄とお義姉ちゃんのお陰です。本当にありがとうございました」

 

 

 妹に深々と頭を下げられて、俺と義姉さんは少し気恥ずかしさと居心地の悪さを覚え、コトミを労ってその場をごまかしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定期試験も終わり、来週からはいよいよ冬休みだが、私にとっては憂鬱なものでしかないんだよな……

 

「(休みって言っても、どうせ一人だしな。また今年も一人で年末を過ごすのか……)」

 

 

 そんな事を考えていると、大門先生と理事長の会話が耳に入ってきた。

 

「冬休みは柔道部の合宿ですわ」

 

「部活の指導も大切ですが、家族サービスもしなければいけませんぞ。大門先生はまだ新婚なのですから」

 

「(合宿か……そうだ!)」

 

 

 その会話がヒントとなり、私は生徒会室へ駆け込んだ。

 

「合宿しようぜ!」

 

「何ですかいきなり……というか、教師が廊下を走らないでください」

 

「あ、あぁ……すまんすまん」

 

 

 津田に注意されたのでとりあえず謝ったが、私の意識はそんな事に向けられていない。

 

「合宿といっても生徒会で何をするんですか?」

 

「合宿を通して、我々が背負っている責務を見詰め直すのだ!」

 

「「おぉー!」」

 

「ちなみに、おやつは五百円までだ」

 

「遠足か!」

 

「オカズは五千円から受け付けるぞ?」

 

「確かに見つめ直した方が良さそうな人がいますね」

 

「おいおい、そんな残念な人を見る目でこっち視るなよな……興奮して垂れてくるだろ」

 

「何で穿いてないんですかね?」

 

 

 津田に蔑みの眼で見られ、天草と七条からはちょっと同情的な眼で見られ、萩村からは嫌悪感むき出しの眼で見られて、私は思わず絶頂しそうになってしまったが、ここで絶頂すればまた蔑まれてエンドレス絶頂になりそうだったので、合宿の約束だけを取り付けてトイレに駆け込んだのだった。




ホントに、ダメだこの教師……


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生徒会合宿 前編

何が行われる予定だったのか……


 横島先生の申し出で桜才・英稜合同生徒会合宿が行われる事になり、私たちは合宿場所となる旅館にやってきていた。

 

「ここは隠れ宿として有名でね。三ヵ月前に予約しないとダメなんだぜ」

 

「でも合宿を決めたのって一週間前ですよね?」

 

 

 タカトシの質問に、私たちも頷いて横島先生を見る。

 

「三ヵ月前は行く相手がいたのさ……」

 

「はぁ……」

 

 

 タカトシは深く考えなかったようだが、私たちはいろいろと引っ掛かりを覚えて顔を突き合わせて小声で話し合う。

 

「(八人で予約してたんだよな?)」

 

「(いったい何が行われる予定だったんでしょうか……)」

 

「(横島先生の事だから、きっと『そういう事』が行われたんだと思うよ~)」

 

「あの、先輩方。タカトシが凄い目で見てますので、そろそろ行きましょう」

 

「そ、そうだな!」

 

 

 萩村に言われて漸く、私たちはタカトシがこちらを睨んでいる事に気が付いた。とりあえずチェックインを済ませて、部屋に向かう。

 

「あの、今更ながら同じ部屋に男がいて大丈夫なんですか?」

 

「タカ君なら私たちを襲うわけ無いって信じてるから。むしろタカ君の方が襲われそうだし、お義姉ちゃんの隣で寝る?」

 

「カナっ! 抜け駆けは禁止だと言っただろ!」

 

「そうだよ~! タカトシ君の隣は、公平にじゃんけんで決めようって話し合いで決まったでしょ」

 

「そうなのか?」

 

「………」

 

 

 タカトシに尋ねられた萩村は、無言でタカトシから視線を逸らし、そのまま森も視線を逸らした。なんだかんだ言って森もタカトシの隣を狙っているからな……

 

「さぁ、まずは風呂に行くぞ!」

 

「横島先生、気合入ってるな~……あっ、先生は部屋の隅ですからね?」

 

「はい……」

 

 

 この人が一番タカトシを襲う可能性が高いので、タカトシから最も離れた場所で寝てもらうということで、私たちの意見は一致していたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 泥風呂に入ってちょっとしたおふざけがあったけど、基本的には心地よい時間を過ごせたので、私たちは気分よく部屋に戻りました。

 

「お帰りなさい」

 

「あらタカ君。相変わらずお風呂に掛ける時間が短いね。せっかくの温泉なんだし、もう少しゆっくりすればいいのに」

 

「あんまり長い事浸かってると逆上せそうですし」

 

「だからっていつもと同じ時間じゃもったいないよ?」

 

「そうですかね? というか、シノ会長たちは何でそんな顔を?」

 

 

 タカ君に言われて振り返ると、確かにシノっちたちは物凄い形相で私の事を睨みつけていました。

 

「私とタカ君が特別な関係なのは、シノっちたちも知ってるでしょ?」

 

「あぁそうだな。カナとタカトシは『親戚』だもんな!」

 

「わざわざ強調しなくてもいいんじゃないですかね?」

 

 

 何でシノっちたちが怒っているのかあえて気にしてないのか、タカ君が何時も通りのトーンでツッコミを入れる。まぁ、私もわざとシノっちたちを嫉妬させたので、これ以上からかうのは止めておきましょう。

 

「せっかく温泉宿に来たんだし、卓球でもしましょうか」

 

「そういえばさっき、卓球台を見たな」

 

「それじゃあさっそくペアを決めましょう」

 

「あたしは部屋で呑んでるから、あんたたち若者だけでやってきな」

 

「もう呑むんですか? というか、合宿の引率だという自覚をですね――」

 

 

 どっちが引率だか分からないタカ君と横島先生の図を見ながら、私たちはこっそりと部屋を抜け出して卓球場へと向かう。タカ君には申し訳ないけど、私たちでは横島先生の相手は務まらないのだ。

 

「ではさっそくペアを決めたいと思います」

 

 

 公平なじゃんけんの結果、私と青葉っちペア、シノっちスズポンペアの揺れ無し、そして最後にアリアっちとサクラっちのプルンプルンペアとなった。

 

「何だかカナのモノローグに殺意を生じたんだが」

 

「私もです」

 

「気のせいじゃないですか?」

 

 

 タカ君がいたら読心術でバレてただろうけども、ここにタカ君はいない。恐らくタカ君も参加したくなかっただろうし、横島先生の相手を出来るのはタカ君だけですからね。

 

「ではさっそく」

 

 

 まずは私たちとシノっちたちのペアの勝負。青葉っちは一年生ですし、圧倒的に立場が不利ですが、スズポンは高校生以下の平均身長にも届いていないわけですし、身体的にはこちらの勝ちですね。

 

「何だか分からないけど張り倒す!」

 

「くっ!?」

 

 

 スズポンのスマッシュを返せず、まずは向こうの得点となる。

 

「仕方ないですね……」

 

 

 私は羽織っていた上着を脱ぎ、再び二人と対峙する。

 

「本気モードという事か」

 

「いえ、次やられたら下着姿になってしまいます」

 

「そ、そんなルールは設定していないぞ!?」

 

「あらシノっち。タカ君もいないのにそんなに赤くなるなんて……もしかしてノーブラなんですか?」

 

「うぐっ!? そ、そんなわけ無いだろ!」

 

「会長……?」

 

「そ、そんな目で見るな! してるに決まってるだろうが!」

 

「じゃあ、罰ゲームも怖くないですよね?」

 

「と、とにかく! 生徒会合宿で来てるんだから、そんな破廉恥な罰ゲームは禁止だ!」

 

「仕方ないですね」

 

 

 シノっちの名誉の為にも、これ以上苛めるのは止めてあげましょうか。




シノがフルボッコに……


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生徒会合宿 中編

複雑な乙女心……


 食事の席で、まず誰がタカトシさんの隣に座るかで揉めてしまった。

 

「カナは普段からタカトシと食事をしてるんだし、今日くらいは譲ったらどうなんだ?」

 

「私は普段、タカトシ君の正面に座る事が多いので、たまには隣に座ってみたいです」

 

「私は正面でも良いな~。タカトシ君にずっと見てもらえるわけだし」

 

「ですけど、逆に食べにくくないですかね? タカトシにいろいろ見られるわけですし」

 

「スズちゃんは恥ずかしいって思うかもしれないけど、私はタカトシ君の顔を見ていたいんだよね」

 

「じゃあ、アリアっちがタカ君の前で良いですよ」

 

 

 何だか魚見会長が主導権を握っているような感じもしますが、タカトシさんとの関係が一番深いのは会長だから仕方がないのかもしれませんね……

 

「サクラっちはさっきから黙ったままだけど、タカ君の隣じゃなくても良いの?」

 

「私は別に何処でも大丈夫ですよ?」

 

「本妻の余裕?」

 

「ち、違いますよ!?」

 

 

 だいたい本妻って何ですか……私は別にタカトシさんと結婚してるわけでも、ましてやお付き合いしてるわけでも無いんですから……

 

「森が脱落したので、タカトシの隣は私かカナか萩村の内二人という事になるな」

 

「というか、シノっちやスズポンは、生徒会の時にしょっちゅう隣に座ってるんじゃないんですか? そういう意味では、アリアっちは何時もタカ君の正面に座ってる事になると思いますが」

 

「学校と旅館とでは雰囲気が違うんだよ~」

 

「まぁ、その感覚は分かりますが」

 

 

 結局じゃんけんの結果、タカトシさんの隣に座るのは天草さんと魚見会長になった。その所為で萩村さんが少し不機嫌になったけど、私ではどうしようもないのでタカトシさんにお任せしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他のメンバーが卓球場から戻ってきたので、俺は横島先生をシノさんたちに任せて少し外に出た。

 

「何で旅行に来てまで横島先生の面倒を見なければいけないんだ……」

 

 

 あの人は一応「引率」のはずなんだがな……

 

「ん? コトミから電話だ」

 

 

 さすがに家に一人コトミを残してくるのは不安だったので、時さんと八月一日さんが泊りに来てるはずなんだが、何かあったのか?

 

「どうかしたのか?」

 

『ううん、別にどうもしてないよ? ただマキとトッキーがタカ兄にお礼を言いたいからって』

 

「お礼? 別に何もしてないと思うんだが」

 

 

 時さんからは既に勉強の手伝いをしたお礼は受け取ってるし、八月一日さんも一緒となると、いよいよ何のお礼なのか分からなくなってくる。

 

『タカ兄が作り置きしておいてくれた料理がおいしいからって』

 

「何だその事か。別にお礼を言われる事ではないと思うんだが」

 

『タカ兄は分からないかもしれないけど、女子として複雑なんだよ、ここまで美味しい料理を作る男子って』

 

「そう思うなら、お前も少しは出来るようになったらどうなんだ?」

 

『勉強で手一杯で、そっちまで努力する気にはなれません……というか、タカ兄やお義姉ちゃん、会長たちに習っても一向に成長しないのを見れば、私に料理の才能が無いのはタカ兄だって分かるでしょ?』

 

「勉強だって続けてやって漸く成果が出るようになってきたんだから、料理だって続ければ成長するかもしれないだろ?」

 

『生産者たちに失礼なので、これ以上食材を無駄にしないと心に誓ってるんだよ』

 

 

 まぁ、アイツの料理は化学実験に近い結果にしかならないし、確かに生産者に失礼かもしれないな。

 

「お礼は確かに受け取ったと、二人に言っておいてくれ。それから、俺や義姉さんがいないからといって、あまり夜更かししないように」

 

『分かってるって。タカ兄、お兄ちゃんを通り越してお母さんみたいだよね』

 

「お前がもう少し立派になれば、俺だってこんな事言わなくなるだろうな」

 

『そうすれば、タカ兄は誰かと付き合ったり出来るのかな?』

 

「さぁな……考えたことも無い」

 

 

 そもそもコトミが手のかからないまでに成長するとは思えないんだよな……そりゃ多少は結果が出てきているが、油断するとすぐに元に戻りそうだし。

 

『それじゃあタカ兄、お休み』

 

「こっちはまだ食事前だけどな」

 

 

 コトミとの電話を終え、俺は部屋に戻る事にした。元々特に目的があって外に出たわけではないので、無理に外にいる必要は無いからな。

 

「――で、これは何があったんですかね?」

 

「えっと、横島先生が泥酔して、そのまま萩村さんと天草さんに絡みだして、そのお酒の匂いで天草さんと萩村さんが酔っぱらい、それを介抱しようとして七条さんも潰れちゃったという感じですかね……」

 

「はぁ……義姉さん、布団を敷いてもらえますか? 四人を寝かせます」

 

「起こさなくて良いの?」

 

「一食抜いただけで死ぬわけではありませんし、下手に起こして吐かれても困りますから」

 

「まぁ、タカ君がそう判断したなら、お義姉ちゃんは何も言いませんけど」

 

 

 義姉さんが何を考えたのか気になったけど、無理をしてまで聞き出す必要は感じなかったので、そのまま酔い潰れた横島先生と、巻き込まれた三人を布団に運ぶ。

 

「津田先輩って、力持ちなんですね」

 

「タカトシさんは不本意だって言うかもだけど、こういうシーンを何度も見てきたから、慣れもあるんだと思うよ」

 

 

 背後で青葉さんとサクラさんが話してる声が聞こえたけど、本当に不本意だよな……




何処にいても苦労するタカトシであった


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生徒会合宿 後編

雪かきは疲れるんだよな……


 いつの間に寝てしまったのか分からないが、布団で目を覚ました私は、朝なのに暗い事が気に掛かり、窓の外を覗いた。

 

「凄い雪だ!」

 

「会長? 雪なんて別に珍しい事は――」

 

「雪で宿が埋もれてるんだ」

 

「凄い雪だっ!」

 

 

 私の言葉に驚いた萩村が跳びあがって窓の外を覗き込む。そりゃ宿が埋もれてるって聞けば驚くか……

 

「シノっち、どうかしましたか?」

 

「雪で宿が埋もれてるんだ」

 

「昨日の夜、そんなに降ったのでしょうか? ところで、私たちはいつの間に布団の中に?」

 

「恐らく、卓球場ではしゃぎすぎて疲れ果てたのだろう。タカトシが布団に運んでくれたんだと思うぞ」

 

「確か、お酒の匂いを嗅いだところまでは覚えてるんですが……やっぱりはしゃぎ過ぎたのでしょうか?」

 

「たぶんそうだ……そういう事にしておこう」

 

 

 記憶が曖昧なのではっきりとは言えないが、間違っても飲酒したという事は無いはずだ。というか、そんな事になっていたら、タカトシが止めただろうしな。

 

「ところで、そのタカトシは何処に行ったんでしょうか?」

 

「サクラっちの姿もありませんし、まさか二人で抜け駆けデートを――」

 

「そんなわけ無いでしょうが。旅館の人に、どういう状況なのかを確認しに行ってたんですよ」

 

「タカ君、お義姉ちゃんは信じてたよ」

 

「思いっきり疑ってたでしょうが……」

 

 

 タイミングよく部屋に戻ってきたタカトシと森から事情を聞き、私たちはとりあえず着替えてからラウンジに集まる事にした。

 

「記録的な大雪で停電か……これは帰れそうにないな」

 

「とりあえず今出来る事を考えましょう」

 

「そうだな! 現実的に考えて、まずは雪かきをするべきだろう」

 

「それじゃあさっそく――」

 

「アリア、雪の中でその恰好はさすがに止めとけ? タカトシに怒られるだけじゃ済まないぞ?」

 

「純白の下着とは、アリアっちも随分純情になってしまったのですね」

 

 

 カナと二人でアリアの下着姿をじっと見ていたら、萩村から冷たい視線を向けられたので、私たちは急いで着替える事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草さんが考案するまでもなく、タカトシさんは雪かきをするつもりだったようで、一人先に道具を借りて雪かきを始めていました。

 

「さすがはタカトシだな。我々が言うまでもなく始めてるとは」

 

「起きた時点でこの状況は分かってましたので、雪かきはすべきだと思ってましたから」

 

「タカ君はえらいね。後でお義姉ちゃんがご褒美をあげる」

 

「いりませんよ」

 

「ちなみに、カナちゃんは何をあげるつもりだったの~?」

 

 

 タカトシさんが断った時点で聞く必要は無いのだろうが、七条さんが会長にそう尋ねた。

 

「それはもちろん、私の初めてを――」

 

「させるかー! というか、破廉恥だぞ!」

 

「マッサージをしてあげるという意味だったんですが、シノっちはどんな『初めて』だと思ったんですか?」

 

「も、もちろんマッサージだと分かっていたぞ? というか、遊んでないでさっさと雪かきを済ませてしまおう」

 

「誤魔化しましたね」

 

 

 天草さんが恥ずかしそうに顔を逸らして作業を再開したのをみて、会長が小さくガッツポーズをしてたのをタカトシさんは見逃してませんでした。

 

「義姉さんも遊んでないでしっかりとしてください」

 

「分かってますよ」

 

「実はこの雪、私が原因かもしれません」

 

「どういう事です?」

 

「実は私、雪女で、行く先々で雪が降るんですよ」

 

「そういう事ですか。でも、サクラさん一人の所為とは思えませんがね」

 

「そうですよ。ちなみに私も、この季節は行く先々で霜に塗れ『シモ女』って言われる」

 

「「それは皆そうだよ!」」

 

 

 久しぶりにタカトシさんと揃ってのツッコミに、会長は何処か満足そうに作業に戻っていきました。

 

「何がしたかったんでしょうね?」

 

「サクラさんに分からないのに、俺が分かるわけ無いじゃないですか……義姉とはいえ、サクラさんの方が一緒にいる時間は長いわけですし」

 

「ですよね……」

 

 

 二人揃ってため息を吐いてから、私たちも雪かきを再開する事にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 例の宿でのことが地方紙に載った事で、私は理事長から呑みに誘われた。

 

「泊り客の学生がボランティアで雪かき、横島先生の指導の賜物ですな。是非乾杯を」

 

「私が言わなくても、自主的にやってましたよ」

 

「いやいや、ご謙遜を。横島先生だって、カメラに目も向けずに雪かきをしているではありませんか」

 

「はぁ……」

 

 

 理事長に褒められるのは嬉しいけど、私がカメラを視なかったのは、化粧してなかったからなんだけどな……

 

「横島先生が指導してくださる限り、我が校の生徒会は大丈夫ですな」

 

「いやーそれ程でもないんですけどね」

 

 

 理事長も知ってるだろうが、生徒会で一番偉いのは顧問である私ではなく、副会長の津田なのだ。あいつが実質的な会長であり、生徒会顧問でもあるので、私や天草は津田の顔色を窺いながら発言しているのだ。

 

「我々も横島先生を見習わなければいけませんな」

 

「全くですな。今日は横島先生の実績を祝して、大いに呑みましょう!」

 

「あ、あはは……恐縮です」

 

 

 津田に知られたらどんな目で見られるか想像して、思わず興奮してしまったのは、理事長たちには内緒だ。




横島先生も心の中では卑屈に


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鍛冶≠餅つき

何故似てると思ったのか……


 無事にテストを終えたからか、最近のコトミは随分とだらけているように思える。

 

「ゲームばっかりやってないで、少しは勉強したらどうなんだ?」

 

「普通の学生は、テスト前でもない限り家で勉強なんてしないって」

 

 

 こいつはテスト前でもしてなかったような気もするが、俺や義姉さんが相当頑張って詰め込んだから、今回は何とかなっただけだと何故分からないんだろうか……

 

「やっぱり刀鍛冶はカッコいいな~。私もやってみたい」

 

「またゲームの影響か? お前、この前ヘヴィファイト部を作るとか言ってすぐ断念しただろ?」

 

「ちょっと相談してみよう」

 

 

 そう言って何処かに電話をするコトミ。何となく嫌な感じがするのは気のせいだろうか……

 

「――というわけで、第一回七条家餅つき大会を開催しま~す!」

 

「「わー!」」

 

「似てるのか?」

 

 

 電話をしてすぐ集まるメンバーも凄いが、すぐにもち米や臼を用意できる七条家も凄いな……

 

「もち米の用意OKです」

 

「出島さん、メイド服じゃやりにくくありませんか?」

 

「そうですね。それでは、ちょっと相応しい服に着替えてきます」

 

 

 シノさんに言われて出島さんが一度屋内に引っ込んだが、これまた嫌な予感がするのは気のせいじゃないんだろうな……

 

「お待たせしまし――さぶっ!? やっぱりちゃんとした格好してきます」

 

「餅つきだからウサギの格好だったんですね~」

 

「だが、冬場にあの恰好はさすがに寒かったんだろうな」

 

「タカトシ? なんか微妙な顔してない?」

 

「まさかツッコミを入れる前に音を上げるとは思って無かったから……」

 

 

 まぁ、あの恰好のままではさすがに風邪をひいただろうし、着替えてきてもらった方がありがたかったから良かったんだがな……ボケるならツッコミまで待ってから引っ込んでほしかったかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私と会長、七条先輩が一つきした後、スズ先輩がカラーコーンを使って一つきして、後はタカ兄と出島さんにお任せする事になった。

 

「やっぱり私たちにはちょっと重かったですしね」

 

「こういうのは力仕事だしな。というわけでタカトシ、美味しいお餅を頼む」

 

「結局こうなるんだよな……」

 

 

 呆れた目を私に向けてくるタカ兄だが、杵を受け取ってしっかりともち米をつき始める。

 

「まだまだ弾力が足りません。もっと速く、もっと強く!」

 

 

 出島さんの言葉に、タカ兄が餅をつく杵の速度が上がり、ついた時の音も力強いものに変わった。

 

「良いですよ、その調子です!」

 

「頑張れー」

 

「応援してるぞー」

 

 

 アリア先輩とシノ会長の棒読みの応援は無視して、タカ兄と出島さんはラストスパートをかけ始める。

 

「完成です!」

 

「お疲れさまでした」

 

「津田様のお陰で、漸くお嬢様の胸の弾力を再現できました」

 

「そんな理由で速度を求められていたとは……」

 

 

 タカ兄は呆れてたけど、その隣でシノ会長が餅を二回ほど揉んだのを私は見逃さなかった。

 

「どうでした、アリア先輩のおっぱいの弾力?」

 

「た、確かに似ていたような気がするが、そんな事より自分の胸の弾力を思い出して、かなり凹んだ……」

 

「まぁ、シノ会長の大きさが良いって人もいるわけですし、気にしたら負けですよ? 私だって、まだ生えてないのがコンプレックスですし」

 

「何の話をしてるんだ、お前たちは」

 

「げっ、タカ兄……」

 

 

 お餅の準備をサボって話してたのがタカ兄に見つかって、この後こってり怒られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意外と時間がかかったので、皆には泊っていってもらう事になった。タカトシ君の着替え以外は何とかなったし、出島さんが車でタカトシ君の着替えを買ってきてくれたから、お泊りに反対だったタカトシ君も諦めて泊っていってくれる事になった。

 

「すみません、アリアさん……いきなり餅つきなんて言い出した挙句に泊めてもらう事になってしまって」

 

「ううん、気にしないで~。私も楽しかったし、お餅も美味しかったから」

 

 

 出島さんは私の胸の弾力を求めてつかせてたみたいだけど、タカトシ君がついたお餅はかなり美味しかった。

 

「こんなことくらいでしか、私はお礼が出来ないから」

 

「そんなこと無いと思いますよ? アリア先輩なら、その身体で十分お礼を――あだっ!?」

 

「馬鹿な事言ってないで、せっかく成績上位者が揃ってるんだし、この前のテストの復習と行こうか? ここに問題用紙はあるわけだし」

 

「何で持ってるの!?」

 

「冬休みの宿題は終わらせてるが、お前は常に勉強してなければやっていけないレベルだという事を思い出させる為に」

 

「あ、悪魔だぁ……」

 

 

 コトミちゃんに問題用紙を渡し、スズちゃんとシノちゃんがやる気満々にコトミちゃんを部屋に引き摺って行った。

 

「あれ? あの三人が一緒の部屋で寝るって事は、タカトシ君一人になっちゃうね?」

 

「別に良いのでは? コトミ以外だと問題になりますし、一人ならやれることも多いですから」

 

「何かあるの?」

 

「畑さんから、年明け特別号に掲載するエッセイを頼まれていますので」

 

「大変だね~」

 

 

 何も無ければ、私の部屋でって誘いたかったけど、タカトシ君のエッセイは人気が高いし、私も楽しみにしてるから邪魔しないでおこう。




やっぱり七条家は何でもあるな


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ちょっとした疑問

原作のような流れは無しで


 生徒会室に行くと、何故かアリア先輩が机に突っ伏していた。

 

「アリア先輩? ……寝てるのか」

 

 

 これがスズならまだ納得出来るんだが、アリア先輩がこんなところで寝てるなんて珍しいな……

 

「よっぽど疲れてるのか?」

 

 

 忘れがちだが、アリア先輩はお金持ちのお嬢様だから、俺たちには分からない苦労とかがあるのかもしれないしな。

 

「とりあえず、寝かせておくか」

 

 

 男子の上着なんて嫌かもしれないけど、とりあえず羽織らせておくとするか。

 

「さて、他の人が来るまでに、こっちの仕事を終わらせておくか」

 

 

 今日もそれなりに仕事があるので、俺は寝ているアリア先輩を他所に作業を始める事にした。さっきまで規則正しかった寝息が、今は乱れている事は気づかないふりをして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し疲れたから机に突っ伏してたら、いつの間にか寝てしまっていたようで、私は起きるタイミングを逸してしまっていた。

 

「(まさかタカトシ君の制服の上着を羽織らせて貰えるなんて……)」

 

 

 スズちゃんとかシノちゃんが寝てた時にも羽織らせてあげてたけど、私にもちゃんとしてくれた嬉しさと、さっきまでタカトシ君が着ていたという恥ずかしさが混ざった感情が私を支配する。

 

「(タカトシ君は特に気にした様子もなく作業を始めてるし、このまま寝たふりを続けた方が良いのかな? それとも、自然な感じで起きて、上着を返した方が良いのかな?)」

 

 

 タカトシ君の事だから、私が既に起きている事に気付いているかもしれないけど、だからといってあっさりと起きる事は出来そうにないよ……

 

「(シノちゃんかスズちゃんが来てくれれば状況は変わるかもしれないし、あの二人なら私の事を起こしてくれるかもしれないし……)」

 

 

 結局そんな事を考えていた所為で、余計に起きるタイミングを逸してしまい、タカトシ君が黙って生徒会室を出て行ってくれたお陰で、漸く私は身体を起こす事が出来た。

 

「と、とりあえず恥ずかしいから、お手洗いで顔を洗ってこよう」

 

 

 そそくさと生徒会室を抜け出し、お手洗いを目指した途中で、シノちゃんとスズちゃんと鉢合わせした。

 

「おぉアリア……むっ? その上着は?」

 

「さっき生徒会室でウトウトしてたらタカトシ君が羽織らしてくれたの。彼、本当にジェントルマンだよね」

 

「そういえば、私が寝てた時にも羽織らせてくれたな」

 

「私の時もです」

 

「知ってるよ~。だからちょっと羨ましいな~とか思ってたけど、タカトシ君なら平等にしてくれるって分かってよかったよ~」

 

 

 これで私だけ羽織らせてくれなかったら、ちょっとどころではない動揺を覚えたかもしれないけど、こうして平等に羽織らせてくれたから、少なくとも私が二人より下に思われている事は無いって事だもんね。

 

「ところで、三人寝ていたら誰に羽織らせるのだろう?」

 

「「………」」

 

 

 シノちゃんの思いつきに、私とスズちゃんは顔を見合わせる。

 

「明日、やってみますか?」

 

「そうだな。タカトシが生徒会室にやってくる前に私たちが集まり、そして寝たふりをして実験してみよう」

 

 

 意外と乗り気なシノちゃんとスズちゃんにつられるように、私もその計画に参加する事にした。だって、二人だけ楽しそうでズルかったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日決めたように、タカトシが生徒会室に来る前に私たちは集まり、そして寝たふりをする事にした。

 

「……何で三人が横並びで寝てるんだ」

 

 

 普段ならこんな座り方をしないので、タカトシも戸惑っているようだな……

 

「というか、大事な会議だって言ってたのに、何で昼寝なんか……」

 

「(すまん、それは君を呼び出すための嘘なんだ)」

 

 

 わざと時間を遅く教えたのも、この実験の為なのだ。タカトシなら私の嘘を見抜いていた可能性も考えられるが、こうして困惑しているという事はバレなかったという事か。

 

「てか、資料も何もないのにどうやって会議をするつもりだったんだ?」

 

「(早いところ誰かに羽織らせてくれないと起きられないじゃないか!)」

 

「というか、この書類の字間違えているし」

 

「(なにッ!?)」

 

 

 ここ最近はパソコンにも慣れて、誤字も減ってきたはずなのに……

 

「まったく……いい加減寝たふりは止めたらどうですか? 会議も嘘でしょうし」

 

「気付いていたのかっ!?」

 

「まずその座り方がおかしいですし、さっきからもぞもぞと動いてるのに気づかなかったとも? そもそも、会議の件を話しに来たシノ会長の目が、明らかに泳いでましたし」

 

「もぅ、シノちゃん駄目じゃない」

 

「せっかくの実験が台無しですよ」

 

「実験?」

 

「あっ……」

 

 

 萩村がポロリと言ってしまった単語を、タカトシが聞き逃すはずもなく、私たちは疑いの目でタカトシに見られる事になってしまった。

 

「い、いや……三人が寝ていたら、誰が上着を羽織らせてもらえるのか気になってな……」

 

「いや、三人そろって生徒会室で寝るなんてありえないだろうが……というか、何でそんな事が気になるんですか」

 

「仕方ないだろ! 気になってしまったんだから!」

 

「まぁ、良いですけど……それじゃあ、早いところ仕事を片付けましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 実験は失敗したが、怒られる事なく終わったので善しとするか。




本当に寝てたら、誰を選ぶんだろうか……てか、あのマフラーは何処から出てきたんだ?


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ロボ部、出陣

珍しく轟さんを多用


 初めての大会に向けて最終調整しているという轟を労う為、我々はロボット研究部の部室を訪ねる事にした。

 

「応援に来たぞ!」

 

「今大事な調整中なのでお静かに。というか、ノックしてください」

 

「あ、あぁ……すまない」

 

 

 つい何時ものノリで部室に入ってしまったが、部員に怒られてしまったな……

 

「えっ、私はノック音聞こえたけど」

 

 

 轟はそういうが、私はノックなどした覚えは――

 

『コン、コン』

 

「気のせいかな?」

 

「あぁ、気のせいだ……」

 

 

 耳を澄ませると確かにノック音は聞こえたが、それは扉をノックする音では無く、玩具が轟の――

 

「おっとそこまでだ」

 

「す、すまん……」

 

 

 人の思考が読めるんじゃないかと噂されているだけあって、タカトシの制止のタイミングは絶妙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ大会当日、私たちは応援の為に天下一ロボ大会の会場に足を運んだ。

 

「初戦の相手は前回大会の準優勝校ですが、勝算はありますか?」

 

 

 何処から現れたのか、新聞部の畑さんがネネにインタビューをしている。

 

「………」

 

「あ、気を悪くしましたか?」

 

 

 畑さんの質問に答えないネネを見て、少し申し訳なさそうに頭を掻く畑さん。だが――

 

「いえ、ちょっと吐き気が……」

 

「ネネってプレッシャーに弱いんですよね」

 

「あっー」

 

 

 

 私の説明で納得したのか、畑さんも無理にインタビューしようとはせずにどこかに行ってしまった。

 

「あれが轟さんたちが作ったロボット? 可愛いね~」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです。お腹を痛めて生んだ子ですから」

 

「そんな大げさな……」

 

 

 実際に生んだわけじゃないのに、お腹を痛めるって表現はどうなんだろう?

 

「部長、またフリーズしました」

 

「またか……」

 

「苦労してたんだね……」

 

 

 ネネの胃の辺りからキリキリという音が聞こえてきたような気がする。確かにあれなら『お腹を痛めて生んだ子』だという表現も大げさではないのかもしれないわね……

 

「そういえばタカトシは、ロボットの知識はあるのか?」

 

「最低限は持ってるとは思いますが、いきなり参加しろと言われても出来ないと思いますよ。それがどうかしたんですか?」

 

「いや、さっきから専門用語が飛び交っていて、私にはさっぱりだったから」

 

 

 確かに至る所でロボットに関係する用語が飛び交っているが、困るほどだろうか? 少なくとも私は何とか分かるんだけどな……

 

「気にする事は無いんじゃないですか? 用語が分からないにしても、結果は分かるわけですし」

 

「それはそうだが……知識があった方が観戦も楽しいんじゃないかと思っただけだ」

 

「まぁそうでしょうが、会長はあまり知識が無い柔道の試合でも楽しんでたじゃないですか」

 

「あれは解説も難しい言葉を使ってなかったからな。だが、この会場ではやはり用語が分かった方が楽しいんじゃないかと思っただけだ」

 

「なら、後で轟さんに聞いたらどうですか?」

 

「そこまで知りたいわけじゃないんだがな……」

 

 

 どうやら会長は、ただタカトシに説明してもらいたかっただけの様で、タカトシの提案に難色を示す。その理由が分からなかったタカトシは首を傾げただけだったが、理解出来た私と七条先輩は、会長に鋭い視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟さんたちの善戦虚しく、桜才学園ロボ部は三回戦で敗退した。

 

「お疲れ様」

 

「あっ、ありがとう」

 

 

 精根尽きたという感じで座り込んでいるロボ部に水分を差し入れして、俺は生徒会メンバーと合流する。

 

「初出場で三回戦まで進めたという事は、次は期待できるんじゃないのか?」

 

「過度な期待はプレッシャーにしかなりませんが、さっきの試合も紙一重でしたからね。期待しても良いのではないかと思います」

 

「タカトシもそう思うか!」

 

 

 どうやら会長も紙一重だと感じていたらしく、俺と意見が同じだと分かると何故か喜びだした。

 

「轟!」

 

「はい?」

 

「次はもっといい成績を収められると思うぞ! ネバーギブアップの精神だ!」

 

「はい!」

 

 

 会長と轟さんが手を取り合って頷きあうと、そこに畑さんが現れた。

 

「ちなみに、これが『ネバァ…恥部アップ』の画像です」

 

「こ、こんなの何処で撮ったんですか?」

 

「何だか、ドキドキするな」

 

 

 どうもろくでもない写真を見せているようだが、何となく見ない方が良いと思い近づかないでおいた。

 

「スズ、あっちの処理は任せる」

 

「私には無理よ。というか、あれで元気になるならそれでもいいんじゃないかって思ってる」

 

「轟さんは兎も角として、シノ会長が元気になる必要は無いと思うんだけど」

 

「偶には良いんじゃない?」

 

「そう…だな……まぁ、普段ぼんやりしてるけど、いざという時に頑張れる人は素敵、という事にしておくか」

 

 

 最近では勉学が疎かになってきてはいるが、自分の得意分野で輝いている轟さんを見て、俺はそう結論付ける事にした。

 

「だったら、普段から頑張ってる私に賞賛を贈るべき」

 

「スズちゃんはナデナデしてもらいたいのかな~」

 

「子供扱いしないでください!」

 

「じゃあ、大人のナデナデ?」

 

「ネネもいい加減にしろ!」

 

「はぁ……やっぱりこうなるのか」

 

 

 良い感じに終わらないのが、桜才学園が関わった行事って事なのだろうか……




やっぱり苦労するのはタカトシ……


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別の問題児

コトミ以上に問題ではあるが


 最近は津田さんの遅刻も減ってきているので、風紀委員としてタカトシ君に話す内容が無くなってしまい、なかなかお話が出来なくなってきてしまっている。もちろん、津田さんが成長してきているのは嬉しいんですけど、タカトシ君とお話し出来なくなると考えると、津田さんはあのままで良かったのかもしれないわね……

 

「おんや~? 何やらアンニュイな風紀委員長を発見」

 

「畑さん……貴女は何時まで経っても変わらないんですね」

 

「それが私ですから。それで、何を考えていたんですか? 津田副会長のクラスメイトが大量のエロ本を学校に持ち込んだ件ですか?」

 

「何それっ!? そんな報告受けてませんけど」

 

「そりゃ仕入れたてほやほやな情報ですから。ついさっき、生徒会室に呼び出されてましたから、その後で風紀委員に報告されるんじゃないですかね」

 

「……何で畑さんは知ってるんですか?」

 

 

 生徒会室に呼び出されただけなら、何が原因でかなんて分からないはずなんだけど……というか、タカトシ君なら畑さんの気配で盗み聞きしてたのが分かるはずだけど……

 

「連行している津田副会長に何事かと尋ねましたから。ですから、貴女が心配するような事はしてませんよ」

 

「心配? 私が何を心配してるっていうんですか?」

 

「私と津田副会長が特別親密な間柄だという――」

 

「間違ってもそんな考えは起こしませんので」

 

 

 まぁ、ある意味親密だと言えなくもないだろうけど、タカトシ君と畑さんはあくまでも生徒会役員と新聞部部長という、事務的な関係だしね。

 

「からかい甲斐が無くなってきましたね……じゃあ、これを見てもらえるかしら?」

 

「それは?」

 

「天草会長と津田副会長のデート写真」

 

「で、デートっ!?」

 

 

 慌てて畑さんから写真を受け取り覗き込むと、そこには備品の買い出しの為に文房具店を見て回る二人の姿が写っていた。

 

「凄い反応速度でしたね~。やっぱり貴女も一般女子みたいにデートしてみたいとか思うんですね」

 

「騙しましたね?」

 

「見ようによっては買い物デートですから。騙したのではなく曲解しただけです」

 

「殆ど一緒じゃ無いですか!」

 

「ではっ!」

 

「待ちなさい!」

 

 

 逃げ出した畑さんを追いかける為、私は出来る限りの速さで歩き追いかけたが、廊下を走っている畑さんを捕まえる事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちの前でみっちりと説教をしていたタカトシが風紀委員に男子を引き渡し一息ついたので、アリアがすかさずお茶を差し出した。

 

「お疲れ様~。凄い迫力だったね~」

 

「すみません。一冊二冊なら兎も角、あれだけ持ち込んでたら怒りたくもなりますよ」

 

「でも思春期の男の子だもん。多少は大目に見てあげた方が良いんじゃないかな~? ましてやここは元女子高だし、あんまり抑制すると爆発して女子を襲っちゃうかもしれないよ?」

 

「そんな事をすれば、社会的制裁を受けるだけですから。退学させられたうえ、一生『そういう事をした』という目で見られるわけですし」

 

「タカトシは厳しいな……エロ本くらい持ってるんじゃないのか? まぁ、お前の部屋で見た事は無いが」

 

 

 何回もタカトシの部屋に入っている私たちは、タカトシがそういう本を持っていないのを知っている。だから最後に付け加えたのだ。

 

「生憎普通の男子が当たり前なのかどうか分かりませんので」

 

「アンタがそういう本を持ってたら、コトミや魚見さんが知ってるでしょうしね」

 

「というか、この前コトミの部屋からそういう本が出てきたって義姉さんが」

 

「何をやってるんだ、アイツは……」

 

 

 生活態度や成績面で成長してるかと思っていたが、そういったところは成長してないようだな……

 

「ちょっと匿ってください!」

 

「畑さん、廊下は走っちゃ駄目ですよ」

 

「風紀委員長に追われてるんです!」

 

「またですか……それで、今度は何をしたんですか?」

 

 

 最初から畑が悪いと決めつけた聞き方をするタカトシだが、過去の事例からそれも仕方ないだろう。

 

「別に大したことはしてませんよ? 貴方と天草会長のデート写真を見せただけです」

 

「何それっ!? タカトシ、どういう事!」

 

「デート? ……この前の備品の買い出しの時の写真ですか? 遠くから盗み見てるのは気付いてましたが、そんな曲解をしてカエデさんに教えたんですか?」

 

「私は見られてるのすら気づかなかったぞ……」

 

 

 あの時はアリアも萩村も別の買い出しに行ってもらっていたからタカトシと二人きりで、夢見心地だったからな。

 

「畑さんっ!」

 

「さて、五十嵐も来た事だし、じっくりと言い訳を聞かせてもらおうか? もちろん、どんな言い訳をしても許すつもりは無いがな」

 

 

 畑に詰め寄る私と、アリアと萩村が鋭い視線を向けた事で、畑は大人しく頭を下げた。

 

「ゴメンなさい。最近会長と副会長の絡みが減ってきているから、ここら辺でこの写真を使えば盛り上がるんじゃないかと思って……ただでさえ出遅れてるんですから」

 

「何の話をしてるんだ、お前は」

 

「だって、武器となるモノがない天草会長じゃ、この出遅れ感を取り戻せるとは――」

 

「タカトシ。今日は先に帰ってくれ。私たちで畑を訊問する」

 

「はぁ……お疲れさまでした」

 

 

 盛大に私の地雷を踏み抜いた畑を取り押さえて、とりあえずタカトシには聞かれたくない話をするからタカトシを追い返し、私たちは畑から情報を聞き出すのと並行して説教をしたのだった。




自爆というかなんというか……


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小山先生、赴任

横島先生担当が現れた


 新学期に伴い新任の先生が来るらしいと、校内が微妙に騒がしくなっている。

 

「新しい先生が来るらしいな」

 

「会長もですか……」

 

「タカトシ君、なんだか疲れてない?」

 

「いえ……ここに来るまでに何人かに同じことを言われたので、またかと思っただけです」

 

 

 誰が来ようが関係ないだろうが、と思ってしまうのは駄目なんだろうか……人によってやる気を出す出さないが変わるのは多少あるだろうが、結局は自分の為に頑張るのだから、教師が誰だろうがあまり気にしてないんだよな。

 

「それなら私、さっき見ましたよ」

 

「どんな人だった?」

 

 

 生徒会室に入ってきたスズが、会長の興味を一手に引き受けてくれたから、少し余裕が出来た。

 

「若い女性でした」

 

「新しい先生は女性か」

 

「あと、背が高くて――」

 

「スズちゃん基準じゃ、本当に大きいのかどうか分からないね~」

 

「どういう意味だ!」

 

 

 アリア先輩が盛大に地雷を踏み抜き、スズに追いかけまわされる。このやり取りも相変わらずだなぁ……

 

「若い女性という事は、またライバルが増えるかもしれないのか……」

 

「ん? 俺の顔に何かついてます?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 シノ会長が何を気にしているのか、あえて考えないようにしておこう……また面倒な事になるかもしれないし。

 

「そんなに気になるなら会いに行けばいいのでは? 今の時間なら職員室にいるでしょうし」

 

「そ、そうだな! よし! 今から職員室に行くぞ」

 

「シノちゃん、ノリノリだね」

 

「そうですね……七条先輩、後でゆっくりお話ししましょうね?」

 

「スズちゃんも気にし過ぎだって。今は何でもコンパクトになってる時代だし、スズちゃんも時代のニーズに合ってるのかもしれないよ~?」

 

「やっぱりはったおす!」

 

「落ち着け……先輩も、あんまりスズを挑発しないでください」

 

 

 スズの肩を掴んで落ち着かせ、アリア先輩に注意を入れる。本来なら生徒会長がまとめ役のはずなんだが、シノ会長の意識は既に職員室に向けられているので、期待するだけ無駄だからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だかずっと生暖かい視線を向けられているような気がしたが、私たちは職員室までやってきた。

 

「さて、新任の若い女性というのはどの人だ?」

 

「あっ、あの人です」

 

「なにっ!?」

 

 

 萩村が指差した方に視線を向けると、確かに見慣れない女性が――ん?

 

「ひょっとして、小山先生ですか?」

 

「はい。貴女は……天草さん!?」

 

「やっぱり。お久しぶりです」

 

「お知り合いですか?」

 

 

 私と小山先生が旧知の間柄だという事をいち早く察したタカトシが、後ろでそわそわしているアリアと萩村の為に声をかけてくれた。

 

「この方は小山先生。私が小学生の頃教育実習で来てた先生だ」

 

「会長って確か、その時も児童会の会長をしてたんですよね?」

 

「あぁ、まあ成り行きでな」

 

「天草さんも変わらないわね」

 

「そんな事は無いですよ。あの時よりも下発言は減ってますから」

 

「まさか、当時から……」

 

「やっぱり耳年増……」

 

 

 タカトシと萩村が小声で話し合ってるのが聞こえ、私は慌てて話題を変える事にした。

 

「当時は小学校で実習でしたが、高校の先生になってたんですね」

 

「まぁ、いろいろあってね。ところで、そちらの人たちを紹介してくれる?」

 

「我が校の生徒会メンバーです。まずこのお嬢様っぽいのが七条アリア。見た目の通りお嬢様です」

 

「七条って、あの七条グループの?」

 

「一応跡取り娘って事になってます~」

 

「本当にいるのね、こんなお嬢様……」

 

 

 小山先生が驚いているが、まぁ私も最初は驚いたな……良いところのお嬢様が、私と同じで乳首弄るのが好きだと知って。

 

「それからこっちの金髪少女が萩村スズ。生徒会の会計で、ほぼ暗算で計算をしています」

 

「萩村スズ、二年生です」

 

「よ、よろしくね」

 

 

 萩村の威圧感に負けたのか、小山先生が一歩後退る……多分子供だと勘違いされないように威圧してるんだろうが、制服を着てるんだから高校生だって分かると思うんだが……

 

「それからこっちのデカい男子が津田タカトシ、副会長で私の右腕です」

 

「津田です」

 

 

 タカトシは軽く会釈をする程度の挨拶で済ませ、小山先生も軽く頭を下げただけで終わった。

 

「おーい、生徒会役員共。私に出会いを寄越せ」

 

「何言ってるんですか?」

 

「えっと……あの残念な人が生徒会顧問の――って、小山先生!?」

 

 

 横島先生を紹介しようとしたら、何故か小山先生が棒泣きしていた。

 

「ん? 天草、その人は?」

 

「新任の小山先生です」

 

「何で泣いてるんだ?」

 

「恐らく、横島先生同様出会いが無いのではないかと……」

 

 

 共感するとしたら、そこしかないだろうしな……

 

「やっぱり出会い無いですよね」

 

「そうですよね」

 

「今夜、呑みに行きませんか?」

 

「良いですね。出会いが無い同士、今日は傷のなめ合いをしましょう」

 

 

 小山先生が差し出した手を、横島先生がじろじろと眺める。

 

「……なめ合うようなSM傷、無いけど?」

 

「直球過ぎる……」

 

「まぁいいか。それじゃあ今夜」

 

「えぇ」

 

 

 何だかいいコンビになりそうな二人だなと思っていると、タカトシが意味ありげな視線を小山先生に向けていた。

 

「(どうかしたのか?)」

 

「(いえ、横島先生を任せられるツッコミの人が来たなと)」

 

「(あぁ……)」

 

 

 一瞬別の事かと思って心配したが、こいつはそういうやつだったな……




まぁ、完全に任せられるわけではないが……


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走って良い理由

まぁ、走るに走れないかもしれないな


 新しく桜才に赴任してきた小山先生と、私は職員室に向かう。本当ならタカトシが職員室に行く予定だったのだが、またしても畑が無許可で五十嵐を取材していたとかで、生徒会室で五十嵐を交えてお説教中なのだ。

 

「我が学園の印象はどうですか?」

 

「そーねー」

 

 

 小山先生が顎に指を当てながら考える。そんな仕草が少し大人っぽいと思ってしまうのは、私がまだ子供だからだろうか。

 

「一番驚かされたのは、廊下を走る生徒がいない事かな。よく教育されてるのね」

 

「あぁ、その辺の校則は最近変わりまして」

 

 

 私はちょうど掲示板に貼ってある注意事項を指差した。

 

『廊下は走らないでください(便意がヤバい時のみ許可)』

 

「こうすれば、走ってるヤツはトイレを我慢してるんだと思われる羞恥プレイを受ける事になりますので」

 

「走るに走れないわね……」

 

 

 小山先生が呆れた表情を浮かべているのは、顔を見なくても分かった。だって、タカトシと同じようなトーンで喋ってるからな。

 

「うひゃー!?」

 

「こらコトミ! 大声を上げて廊下を走るな」

 

「すみませーん! でも、我慢の限界なんです」

 

「なら仕方ないな」

 

 

 走り去ったコトミを見送った私を、小山先生は驚いた顔で見ている。

 

「どうかしました?」

 

「堂々と言っちゃう子もいるんだなって思って……」

 

「アイツはいろいろと特殊ですから。実の兄に性的興奮を覚え、怒られることに快感を覚え、兄の匂いだけで絶頂してたヤツですから」

 

「確かあの子は津田コトミさん――ということは、お兄さんは……」

 

「ええ。生徒会副会長にして、我々の束ね役、津田タカトシです」

 

 

 驚愕して言葉を失った小山先生。まぁ、そうなるのも当然だろう。私たちだって、あの兄とあの妹を見比べれば驚いたものだ。優秀な兄と、残念な妹。血縁なのかと疑いたくなるのが普通で、今の私たちのように受け入れてしまっているのが異常なのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんへのお説教が終わり、私はホッと一息ついてその場に倒れ込む。といっても、机に突っ伏すだけだけど。

 

「お疲れさまです。畑さんにはこちらからも何か罰を考えておきますので、今後は大人しくなると思いますよ」

 

 

 そういいながら、タカトシ君が私の前にお茶を置いてくれた。七条さんが常備してるらしく、生徒会室には様々なお茶が用意されており、今日はアッサムティーのようだ。

 

「ありがとう……あっ、美味しい」

 

「そうですか? この前、出島さんに美味しい紅茶の淹れ方を教わったので、その成果かもしれませんね」

 

「タカトシ君なら、教わることも無く美味しく淹れられたんじゃないの?」

 

「日本茶やコーヒーなら兎も角、紅茶はあまり淹れませんでしたから、そんな事は無かったと思いますけどね」

 

「そんなこと無いと思うけどな」

 

 

 今だって、疲れてる私の為に、お砂糖やミルクを何時もより多めに入れてくれていて、少し甘めのミルクティーにしてくれている。これは紅茶の淹れ方云々は関係ない、タカトシ君の優しさだ。

 

「それにしても、畑さんの盗撮・盗聴には困ったものですね。散々言っているのに、一向に改善の余地が見られないなんて……コトミの勉強に対する気持ちと同じみたいですよ」

 

「でも、コトミさんは結構マシになってきてるんじゃないの?」

 

「俺や義姉さん、会長たちが散々言って漸く――ですからね……次の試験でどうなってるかは分かりません」

 

 

 覚えた先から忘れていくらしく、コトミさんは試験前に何時も慌ててる印象がある。でも、タカトシ君に勉強を教えてもらえるなら、どことなく羨ましいって思っちゃうのはおかしいのかな?

 

「ところで、他の役員は?」

 

「スズはロボ部からの申請の確認の為に出ています。アリア先輩はカエデさんの代わりに校内の見回り、シノ会長は小山先生と職員室に行っています」

 

「横島先生は?」

 

「あの人が来るわけ無いじゃないですか」

 

 

 タカトシ君がバッサリと斬り捨てたけど、私もそう思っていたので特にコメントはしなかった。というか、いい加減生徒会顧問を変更したらどうなのかしら?

 

「この前の生徒会合宿でも、横島先生は何もしてないんでしょ? 雪かきはしてたみたいだけど、あれだって横島先生が言い出したわけでも、率先してやってたわけでも無いんでしょ?」

 

「まぁ、前日は酒を呑んで酔い潰れたくらいですから、率先してはしませんよね。あれはシノ会長と義姉さんが提案したものです」

 

「……引率だったのに、お酒を呑んだの?」

 

「今に始まった事ではありませんよ。カエデさんだって知っていますよね?」

 

「ま、まぁ……」

 

 

 引率兼運転手として海に行ったときも、横島先生はビールを呑んで酔い潰れたのだ。あの時は出島さんも一緒に酔い潰れたから、一泊したんだったわね……

 

「何故だか理事長も、横島先生の監視を俺に任せてますし」

 

「それだけ信頼されてるって事じゃない?」

 

「横島先生が信頼されていないってだけじゃないですかね」

 

「それもあるかもね」

 

 

 あの先生の何処を信頼すればいいのか、私だって分からないもの……

 

「それじゃあ、私はコーラス部に顔を出してくるわね」

 

「はい、お疲れ様でした、カエデさん」

 

 

 タカトシ君に見送られて暫く廊下を歩いてから、男の子に名前を呼ばれて見送られるのも悪くないって思い始めた。

 

「(でもきっと、タカトシ君だからこんなことを思ってるんだろうな)」

 

 

 競争率は高いけど、やっぱり私はタカトシ君の事が――




コトミならやりかねない……


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乙女心

何故あんなことをしたんだろう……


 今回の交流会は桜才学園で行われるため、私たちは桜才学園へと足を運ぶ、私たちと言っても、メンバーは私と会長の二人だけだが。

 

「………」

 

「どうかしました?」

 

 

 私の事をジッと見つめてくる会長に、私は素直に問い掛ける。この人が何を考えているかなど、私には分からないから直接聞いた方が早いのだ。

 

「サクラっち、私の事をしっかりと見てないんだね」

 

「はぁ……何かあったんですか?」

 

「私の変化に気づかないの?」

 

「変化、ですか?」

 

 

 髪を切ったわけでもなければ、薄らと化粧しているわけでもない。新しいカーディガンにしたわけでもないし、装飾品を付けているわけでもなさそうだし……

 

「駄目です、全然分かりません」

 

「そう……まぁ、タカ君なら分かってくれるだろうから良いけどね」

 

「最初からタカトシさんに気付いてもらいたいだけだったのでは?」

 

 

 あの人なら会長が何を考えているか読むことも出来るでしょうし、何よりちょっとした変化にも目敏く反応してくれるのだ。だから女子からの人気が高いんでしょうけどね。

 

「お待ちしていました」

 

「シノっち、タカ君、今日もよろしくお願いします」

 

「……何故さらしを巻いているのですか?」

 

 

 タカトシさんの視線が会長の胸に向けられているのを見て、私は漸く会長の胸がいつもより小さくなっていることに気が付いた。

 

「ちょっとシノっちの気分を味わいたくて」

 

「喧嘩売ってるなら買うぞ? 今なら底値で買い叩いてやる」

 

「冗談です。ちょっとした間違い探しだったのですが、サクラっちは気付いてくれなかったので」

 

「女心的に『胸小さくなった?』とは聞けませんって……というか、タカトシさんだから普通な感じになってますけど、他の男子だったらセクハラ発言ですよ?」

 

「タカ君だから大丈夫だよ」

 

 

 何の根拠もない発言ですけど、タカトシさんだからという理由で納得出来るのは、私も心のどこかでそう思ってるからなんでしょうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交流会を終え、カナたちを校門まで送る途中、PTAの集まりが目に入った。

 

「あ、母さんだ」

 

「タカトシのお母さん、PTAだったのか?」

 

「殆ど参加出来ない、幽霊だと言っていましたけどね」

 

「というか、お母さん日本にいたんだね」

 

「昨日帰ってきました。まぁ、また来週にはいなくなるのですが」

 

 

 タカトシのご両親は忙しいらしく、めったに家にいない。ここは挨拶をしてポイントを稼いでおくか。

 

「ご挨拶しておいた方が良いな。しょっちゅう家に泊めてもらってるわけだし」

 

「そうですね」

 

 

 私と一緒に動いたのはカナだった。こいつは普段から津田家に入り浸ってるから、今更挨拶も必要ないと思うんだが……

 

「「こんにちは――」」

 

 

 同時に声をかけたのは良いが、挨拶の後に続いた言葉に、私は驚愕した。

 

「小母さん」

 

「お義母さん」

 

 

 私たちの挨拶に、津田母は軽く手を上げて応えたが、私はカナの口から出た単語に目を見張る。

 

「お義母さんと呼んでいるのか!?」

 

「まぁ、殆どそういう関係ですからね。タカ君とコトちゃんのお母さんなら、私にとってもお義母さんだから」

 

「どんな理屈だ! お前たちは遠縁なだけだろうが!」

 

 

 私が苛立っているのを見て、カナは楽しそうに胸を張った。何時もより小さい胸だが、私より揺れているのは考えない事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母さんとの挨拶で義姉さんと会長がもめているようだが、下手に首を突っ込んで疲れるのは避けたいから放置しよう。

 

「私もご挨拶しておいた方が良いでしょうか?」

 

「サクラさんの事はウチの母さんも知っているので、会釈だけでいいんじゃないですか? 無理に声をかけようとすれば、二人の会長に睨まれるでしょうし」

 

「そ、そうですね……」

 

 

 サクラさんが会釈をすると、母さんも手を上げてそれに応えた。相変わらずちょっと男らしい母親なのはどうしてなんだろうか……

 

「それにしても、タカトシさんのお母さん、スタイル良いですよね……何か特別な事でもしてるんでしょうか?」

 

「別にしてないと思いますが……というか、女性はそういう事気になるんですね、やっぱり」

 

「当たり前ですよ。ちょっと太ったかもとか、あの子更に綺麗になったとか、女子の間ではそういう話題ばっかりですから」

 

「そうなんですね。まぁ、男子の間でも変わったという事は話題になってるみたいですが」

 

 

 あまりそういう話題に誘われないので、聞いただけだが、あの子が可愛くなったとか彼氏が出来たらしいとか、そういう話は男子の間でも飛び交っているらしいのだ。

 

「私だって、もう少し細かったらとか考えますし」

 

「サクラさんは十分に魅力的だと思いますが。というか、女子ってそんなに細い方が良いとか思ってるんですか?」

 

「違うんですか?」

 

「あんまり細いと、男は逆に引いてしまう方が多いですね。無理してると思われる可能性もあるでしょうし、自然体が一番だと思いますよ」

 

「じゃあ、タカトシさんから見て私の身体、どうでしょうか?」

 

「適度に引き締まっていて、それでいて不健康さを感じさせない、綺麗な身体だと思いますが」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 何だか急に恥ずかしくなってきたけど、タカトシさんに褒められて悪い気はしませんね。




うーん……乙女心は難しい


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スズに起きたハプニング

何時もと違う事をしたらこれだ……


 今日は暖かいので、何時も穿いているパンストを脱いで過ごす事にした。

 

「パンストを脱いだだけで、なんだか身軽になった気分が――」

 

『ブチッ』

 

「………」

 

 

 何かが切れた音がしたので、私はゆっくりと視線を音がした方に向ける。そこには、さっきまで穿いていたパンツが落ちていた。

 

「(パンツのゴムが切れた……)」

 

 

 物理的にも身軽になってしまい、私はどうしたものかと頭を悩ませる。

 

「(今日は体育も無いから、ジャージも持ってないし……まさか今日一日ノーパンで過ごさなきゃいけなくなるとは……まぁ、何時も通りに過ごしてれば問題は無いかな)」

 

 

 とりあえず生徒会室に顔を出さなければいけないから、私は教室に鞄を置いて生徒会室に向かう。

 

「おはよう――」

 

「おはよう、スズ……どうかしたの?」

 

「床がピカピカになってる……」

 

「あぁ。時間があったからワックスがけをしておいたんだ。結構汚かったからな」

 

「そ、そうね……お疲れ様」

 

 

 確かにそろそろワックスをかけた方が良いって話をこの前したけど、まさか今日このタイミングでしてたとは思わなかったわ……

 

「そういえば会議に必要な資料を取りに行かなければいけなかったんだっけ」

 

「俺も行こうか? 確かあの資料って、高いところに置いてあるとか言ってたし」

 

「うっ……」

 

 

 資料室は上の階だし、資料は高いところに置いてあるのか……タカトシにスカートの中を見られる危険性があるわ……

 

「タカトシ、先に行ってくれる?」

 

「? 良いけど」

 

 

 階段を先に上らせて、とりあえずここはクリア。問題は高いところにあるという資料ね……

 

「どうやって取ろうか」

 

「じゃあ、私が台になるから」

 

「それは無理なんじゃないか? ……大人しく下を見てればいいの?」

 

「……そうしてちょうだい」

 

 

 何かを察したタカトシは、目を瞑ってしゃがみ、私を肩車して資料に手が届くようにした。もちろん、他の男子だったらどさくさに紛れて目を開けたりした可能性が高いけど、タカトシなら絶対にあり得ないものね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議は無事に終わり、タカトシに資料を戻しに行ってもらってる間に、私たちで出来る事を片付ける事となった。

 

「部屋が乾燥してますね」

 

「窓を開けて換気しよう」

 

 

 アリアが立ち上がり窓を開けたのと同時に、萩村がファイルを取る為に立ち上がった。すると丁度そのタイミングで風が入り込み、萩村のスカートを捲し上げた。

 

「あの、これは……」

 

「まさか、スズちゃんがノーパンに目覚めてくれたなんて」

 

「断じて違う!」

 

「だが、今穿いてなかったよな?」

 

「じつは――」

 

 

 萩村から事情を聞いた私たちは、とりあえず萩村が目覚めたわけではないという事を理解した。

 

「体操着とか無いのか?」

 

「今日は体育が無いので」

 

「じゃあ、出島さんから貰ったパンツ、貸してあげるよ」

 

「あ、ありがとうございま――」

 

 

 アリアが差し出したパンツは、前にオプションがついている物で、萩村は差し伸べた手を引っ込める事無く固まってしまった。所謂男装用なのか、女子には必要無いものがついているので、見ているとだんだん恥ずかしくなってくるな。

 

「これを穿け、と?」

 

「ぜ、前後逆に穿いたら、尻尾みたいで可愛いかもしれないぞ?」

 

「なるほど」

 

 

 ノーパンの羞恥から思考が麻痺しているのか、萩村は私の冗談を真に受けてアリアのパンツを前後逆に穿いた。

 

「な、なんだかおかしくないですかね?」

 

「穿く前に気づけたんじゃないか?」

 

 

 ちょうどそのタイミングで、タカトシと横島先生が生徒会室にやってきた。

 

「何だ? 萩村も尻穴調教か?」

 

「……も?」

 

 

 横島先生が萩村のお尻らへんを見て、変な事を言ったが、この人が変な事を言うのはある意味いつも通りなので、とりあえずスルーした。

 

「……コトミか? お前、体操着の下、持ってないか? ……変な事言うなら、今後お前の小遣いは無しという事になるが? ……よろしい。悪いが、持ってきてくれ」

 

 

 タカトシが電話でコトミに指示を出し、自分がいては萩村が恥ずかしい思いをするだろうと考えて黙って出て行った。

 

「タカ兄、お待たせっ!? あ、あれ?」

 

「おぉコトミ。廊下を走らないでよくこの短時間で現れたな」

 

「お小遣いが懸かってますから……それで、タカ兄は?」

 

「タカトシは出て行ったわ。悪いけど、早くそれ、貸してちょうだい」

 

「別に構わないですけど……スズ先輩は何をしてるんですか? お尻の穴を――」

 

「それ以上は横島先生と同じだから言わなくていいわ」

 

 

 コトミから体操着を奪い取り、萩村は隣の部屋に引っ込んで、スカートの下に体操着を穿いて戻ってきた。

 

「これ、明日洗って返すわ」

 

「別に気にしなくても……あっ、でも、ロリ先輩の染み付き体操着として売り出せば――」

 

「今すぐ家から追い出されたいのか?」

 

「うげぇ!? タカ兄……何時からそこに?」

 

「スズが隣の部屋から戻ってきたのと同じタイミングでだ」

 

「冗談に本気で対応するなんて、タカ兄らしくないよ!?」

 

「お前がそれだけ馬鹿な事を言ったという事だ」

 

「反省します……」

 

 

 タカトシに怒られたコトミは、一回り小さくなったような錯覚を受ける印象だったが、確かに今のはコトミが悪いよな……




コトミのおバカ発言は何時も通り……


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似た者同士

見た目全然似てないけど……


 今日は体育で走高跳をやることになった。タカトシがいれば注目の的になるのだろうが、三年にはタカトシはおろか男子がいないので目立つのは私とアリアだった。

 

「注目されるとやりにくいんだがな」

 

「まぁまぁシノちゃん。この高さまで跳べるのは私とシノちゃんだけみたいだから、注目されちゃうのは仕方ないよ」

 

「そもそもやる気が無くてわざと跳ばなかった連中もいるんじゃないか?」

 

 

 運動部の奴らだっているんだから、私とアリア以外脱落という事は無いと思うんだがな……

 

「まぁ、跳びたくない気持ちは分からないでもないがな」

 

「ん~?」

 

「だって、激しい運動をすると下着が食い込む事があるだろ?」

 

「あるある~。最近は下着を穿いてるからね~」

 

「そういえば、以前は穿いてなかったんだっけな」

 

 

 ノーパン主義だったアリアが下着を穿くようになったきっかけは、もちろんタカトシだ。あいつがアリアを変えたと思うと、なんだか複雑だな。

 

「そういえば、さっきの家庭科の授業の時に思ったんだけど、エプロンをすると胸に食い込むんだね~」

 

「そんな事は無い!」

 

 

 アリアがエプロンの仕方が下手なだけで、決して私の胸に食い込む余地が無いわけじゃないぞ! 断じて! 絶対にだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の作業をしていると、アリア先輩が立ち上がった。

 

「ちょっと一服しようか~。コーヒーでも淹れるね~」

 

「頼む」

 

 

 アリア先輩がコーヒーとは珍しい事もあるものだ。何時もは紅茶か緑茶が多いんだが……まぁ、ここにいるメンバーは問題なく飲めるから良いか。

 

「お待たせ~……あっ、お砂糖もミルクも切らしてる」

 

「じゃあブラックで構わないぞ」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 俺は兎も角、会長もスズも、普段は微糖を飲んでた気がするんだが……

 

「苦っ……」

 

「飲みなれないと厳しいかもしれませんね」

 

「アンタは飲みなれてるのね」

 

「まぁね」

 

 

 シノ会長が顔を顰め、スズはそれを見てコーヒーに手を出さなかった。

 

「まさかどっちも無かったとは思わなかったよ~……ちょっと料理部に顔を出してお砂糖貰ってくるね~」

 

 

 そういってアリア先輩が出て行ったのと入れ替わりで、コトミが生徒会室にやってきた。

 

「タカ兄、今日遊びに行ってくるね」

 

「別に良いが、お前今日宿題を忘れて怒られたんだろ? 課題は無いのか?」

 

「やったけど家に忘れちゃったんだよ~」

 

「人って嘘を吐く時無意識に顔を触るらしいわよ?」

 

 

 スズのツッコミに、コトミは頬に当てていた指を突き上げ、作り笑いをした。

 

「うううう、嘘なんてついてませんよぅ?」

 

「義姉さんのように誤魔化しても無駄だ。これからは忘れ物を減らすように」

 

「はーい……」

 

 

 コトミを撃退したら、今度は三葉が生徒会室にやってきた。

 

「ムツミ、その本は?」

 

「えっと……部室に持ち込まれた不用品なんです。受け取ってください!」

 

「……別に良いが、おかしな空気になってないか?」

 

 

 三葉が持ってきたのはエロ本で、確かに不用品であり、生徒会室に持ってくるのも間違いではない。だが、何で俺に渡すのかがイマイチ分からなかったし、三葉の言葉がおかしな勘違いを誘うもので、廊下で盗み聞きをしていた畑さんには、しっかりと釘を刺しておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古谷先輩がやってくるという事で、私は校門まで迎えに出て、一緒に生徒会室を目指した。

 

「ちょっと貴女」

 

「ん?」

 

 

 古谷先輩に声をかける小山先生。そういえば、面識無いんだっけか。

 

「貴女この学園の関係者じゃないわよね。部外者は――」

 

「おっと。私は部外者ではありませんよ。天草とは一夜を共にした仲ですので」

 

「っ!?」

 

「生徒会の仕事で、ですけどね」

 

 

 困った顔でこっちを見てきた小山先生に、私はあっさりと真相を告げ、互いに互いを紹介する事にした。

 

「小山先生。こちらはOGの古谷先輩です。元生徒会長で偶にこちらに顔を出しているんです」

 

「よろしく」

 

「古谷先輩。こちらは新しく赴任した小山先生。私が小学生の頃にお世話になった人です」

 

「初めまして」

 

「ほー、小学校でも先生をしていたんですか」

 

「えぇ、その時はまだ教育実習生でしたけど」

 

 

 古谷先輩が小山先生をじっと見て、何か思いついたように手を打った。

 

「先生トイレ!」

 

「先生はトイレではありません!」

 

「?」

 

「何大きな声を出してるんですか?」

 

「あぁ、タカトシか……いや、小山先生と古谷先輩がな」

 

 

 事情を説明すると、タカトシは納得がいったように二人を見て、私に耳打ちをしてきた。

 

「(感性が似ているから意気投合したんでしょう)」

 

「(なるほど……古谷先輩は、ちょっと古い感性の持ち主だったな)」

 

 

 恐らく小山先生が小学生の頃に流行ったネタなのだろう。私やタカトシには分からなくても、古谷先輩になら分かるのかもしれない。

 

「それで、今日はどのような用件で?」

 

「あぁ、この前七条に借りたでぃーぶいでぃーを返しに」

 

「相変わらず横文字は苦手なんですね……」

 

 DVDと変換されていないのを理解したタカトシが、苦笑しながらそういうと、困惑していた小山先生も納得の表情を浮かべた。てか、この前も言ったが、学校に持ってこないで欲しいものなんだがな……まぁ、別に良いか。




ネタの意味がイマイチ分からないんですよね……まぁ、何となくは分かるんですが


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経費節約

削る場所を間違えてるような……


 生徒会室で作業していると、風紀委員の五十嵐がやってきた。

 

「節約してください」

 

「何だいきなり」

 

 

 生徒会室に入るなりいきなりそんな事を言われても、何でそうなったのか分からない。私は五十嵐と向き合い、彼女の発言の理由を聞くことにした。

 

「ここ最近、生徒会の経費が多すぎます。もっと抑えられるのでは?」

 

「なるほど、第三者の目線か……」

 

「外野だからこそ、冷静に物事を見る事が出来ることもありますよね」

 

「しかし、そんなに多くなっていたか……」

 

「普段抑え気味の生徒会だからこそ目立つんです。予算にも限りがありますので、ご協力お願いします」

 

 

 そう言い残して、五十嵐は生徒会室を去って行った。

 

「いきなりで戸惑ったが、確かに五十嵐の言う通りだな。身を切る改革で無駄をなくそう」

 

「例えばどんな感じで~?」

 

「そうだな……いらないプリントはメモ帳に再利用だ!」

 

「確かに、これなら紙を必要以上に買う必要が無くなりますね」

 

 

 萩村がいらないプリントを纏め、結構な量になったのを見て頷いた。

 

「ティッシュは一回一枚だ!」

 

「確かに、一枚で事が足りるのに二枚取ってたりしてたもんね~」

 

 

 鼻をかもうとしていたアリアが、二枚目を引き抜こうとしたのを何とかとどまり、私の言葉に同意してくれた。

 

「私も、テーピングでバストを大きく見せるの止めるから!」

 

「泣くくらいなら使っても良いですよ」

 

 

 私が泣きながら宣言すると、萩村が同情的な目で私の事を見てきた。

 

「ところで、タカトシは何処に行ったんだ?」

 

「あぁ、タカトシなら予算委員に呼び出され、各部の予算分配に」

 

「それで五十嵐が生徒会室に来たのか」

 

 

 予算編成で生徒会が沢山予算を確保すると、他の部に行き渡らなくなってしまうからな……

 

「あっ、そろそろお茶にしようか」

 

「ああ、頼む」

 

「あっでも、身を切る改革をしなきゃ」

 

「このお茶っ葉は、アリアが自前で持ってきたんじゃなかったか?」

 

「そうだけど、あんまり使い過ぎると、次のお茶っ葉を買わなきゃいけなくなるから」

 

 

 そういってアリアは、お茶を一杯だけ淹れて私たちの前に置いた。

 

「というわけで、お茶の量を減らしました」

 

「三人で一杯というわけですか」

 

「タカトシ君がいれば、四人で二杯にしたんだけど、生憎タカトシ君がいないからね~」

 

「というか、もしタカトシがいた場合、誰がタカトシとカップル飲みをするのかでもめただろうな」

 

「ただでさえ最近タカトシとの絡みが減ってる会長や私が大いにもめたでしょうね」

 

 

 萩村も分かっているようで、最近カナや森だけでなく、アリアとの絡みも多くなってる気がするんだよな……その代わりに、私や萩村とタカトシの絡みが減っているのだ。

 

「兎に角、暫くはお茶も我慢しなければならないようだな」

 

「そうだね~」

 

「というか、飲みたいなら自販機に行って買ってくれば良いのでは?」

 

「なっ、タカトシ!? いつの間に現れたんだ」

 

「普通に入ってきたんですけど」

 

 

 いつの間にか戻ってきたタカトシに驚き、私はお茶を零してしまった。

 

「あっつ!?」

 

「なにやってるんですか……」

 

 

 タカトシが呆れた視線を私に向けつつタオルを手渡してくれた。

 

「着替えるなら俺はちょっと出てますね」

 

「いや、そこまでしなくても――」

 

「会長、服が透けてます」

 

「……着替えるから少し席を外してくれ」

 

 

 タカトシに席を外してもらった間に、私は濡れた服を脱いでジャージに着替える事にした。

 

「すみません、さっきは――」

 

「あら、カエデちゃん」

 

「何をしてるんですかっ!?」

 

 

 ちょうど上を脱ぎ終えたタイミングで五十嵐が生徒会室に戻ってきて、私の格好を見て大声をあげる。

 

「いや、お茶を零してしまってな……着替えようとしただけだ」

 

「カエデちゃんは何を考えたのかな~?」

 

「な、何でもありません! ところで、何故お茶を零したのです? 会長なら、そんなミスを犯すとは思えないのですが」

 

「いや、ちょっとビックリしてな……それでお茶を零してしまったんだ」

 

「ビックリ?」

 

 

 五十嵐にお茶を零した経緯を説明すると、納得いったようで二度頷いた。

 

「そういう事でしたか。とりあえず、何時タカトシ君が戻ってくるか分からないですし、早く服を着てください」

 

「タカトシなら、私が着替え終わったタイミングで戻ってくるだろうがな」

 

「アイツはラッキースケベとは程遠いですしね」

 

「でも、サクラちゃんとはラッキースケベが起るんだよね……不思議だよ~」

 

 

 アリアの言葉に、私たち三人の時が停まる。確かにタカトシと森との間には、ラッキースケベが起こりすぎているような気もするな……

 

「って、一回は私がアシストしたんだったな……」

 

「奴隷ゲームの件も含めると二回では?」

 

「兎に角、着替え中にタカトシが帰ってくることは無いだろうから、五十嵐もそこまでそわそわする必要は無いぞ」

 

「いえ、そういう理由でそわそわしてるのではないんですが……」

 

「カエデちゃんもキス経験者だもんね~」

 

「っ!?」

 

 

 アリアの冷やかしに慌てた五十嵐は、足をもつれさせてその場に倒れた。なるほど、五十嵐のパンツは黒なんだな……




何処を見ているんだか……


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津田家でのハプニング

この展開は残しておかないと


 帰宅途中で急に雨に降られ、俺とシノ会長は軒先で雨宿りをしていた。

 

「このくらいならすぐに止むかもしれませんし、家で雨宿りしていきませんか?」

 

「それは嬉しいが、構わないのか?」

 

「別に気にする人もいませんし、どうせコトミも濡れて帰ってくるでしょうから、そのついでで良ければ」

 

「ならお邪魔するか。ご両親は?」

 

「相変わらずです」

 

 

 この前ちょっとの間帰ってきていたが、またすぐに出張に行ってしまったため、相変わらず俺とコトミの二人暮らしなのだ。

 ダッシュで家まで帰ってきたが、予想以上に雨が強くなってきたので、シノ会長を余計に濡らしてしまった気分だ。

 

「結構濡れちゃいましたね。今タオルを持ってくるので、リビングで――」

 

「えっ?」

 

「はい?」

 

 

 リビングと廊下を仕切る扉を開けると、何故かサクラさんがリビングで着替えをしていた。

 

「あらタカ君。お帰り」

 

「会長っ! タカトシさんが帰ってきた時、リビングに入らないように見張っててくれるのではなかったのですか!?」

 

「私もタオルを使おうと思って取りに行ってる間に、タカ君がラッキースケベを体験してたのよ。それより、タカ君は気配が分かるんじゃなかったっけ?」

 

「さすがに自分の家で気配を探ったりはしませんよ……」

 

 

 外から誰か来るなら兎も角、先に家の中にいる人の気配を探ったりはしない。というか、義姉さんがいる事は鍵が開いていた事で分かってたが、まさかサクラさんまでいるとはな……

 

「一言連絡入れてくれればよかったのに」

 

「お義母さんに許可をもらったんだけど、タカ君には連絡がいってなかったんだね」

 

「何故母さんに……」

 

 

 両親が既に出張に行った事は、義姉さんも知ってるはずなんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何事も無かったかのように、タカトシはタオルを取りに部屋に向かったが、アイツさっき森の下着を見たんじゃないのか?

 

「洗濯物としてなら兎も角、着用してても興味が無いのか、アイツは」

 

「どうなんでしょうね? まぁ、タカ君をそこらへんの男子と一緒にしちゃ駄目ですよ」

 

「それはそうなんだが……あそこまで無反応だと、あっちの趣味を疑いたくなるだろ?」

 

「酷い言われようですね」

 

 

 タオルを持ってきたタカトシが、若干引き攣った笑みを浮かべながら私たちの会話に加わってきた。

 

「だってそうだろ? 美少女が着用した状態の下着を見ても興奮しないなんて……まさかED!?」

 

「死にたくなかったら今すぐその口閉じろ」

 

「す、すまなかった!」

 

 

 久しぶりに純度百パーセントの殺気を浴びて、私はすぐに頭を下げて脱衣所に逃げ込んだ。

 

「あ、危なかった……危うく失禁するところだった」

 

「シノっちが余計な事を言うから」

 

「何故カナまでここに?」

 

「私もタカ君の殺気から逃げてきたんですよ。というか、シノっちの隣にいたんですから、私だって殺気を浴びせられた気分です」

 

「それは悪かったな……というか、思い出したらまた脚が震えてきたぞ」

 

「冗談でもタカ君の事を弄るのは止めましょう」

 

「そう…だな……」

 

 

 もう二度とタカトシの前で変な事を言わないでおこうと、私とカナは強く心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシさんが変に反応しなかったお陰で、私は大声を出す事も無かったけど、よくよく考えると私、タカトシさんに着替えをバッチリ見られたんだよね……

 

「思い出したら恥ずかしくなってきた」

 

 

 意識しないようにしてたけど、一度意識してしまったら顔が熱くなっていくのを止められなくなっていた。

 

「サクラさん、どうかしましたか?」

 

「い、いえ……ちょっと思い出して恥ずかしがってるだけですので」

 

「あっ……ゴメンなさい」

 

「い、いえ……タカトシさんが悪いわけじゃないですから」

 

 

 そもそもタカトシさんたちの家だと知っていて上がり込んで着替えてたわけだから、あれは私の不注意だ。会長が見張っててくれるというのを信じ安心しきってた所為で、タカトシさんが入ってくるのに気づけなかったのだし、タカトシさんはすぐに視線を逸らしてくれたのだから、必要以上に意識する方が悪いのだ。

 

「謝っても許してもらえるとは思ってませんが、やはり謝っておいた方が良いと思ったので」

 

「タカトシさんが謝る必要なんてないですよ。そもそも、会長の提案に乗った私が悪いんですから」

 

「いえ、それでもリビングに誰かいるかもと考えなかった俺の落ち度です。俺に出来る事があるなら何でもしますので、それで許してもらえませんかね?」

 

「何でも、ですか?」

 

「もちろん常識の範囲内で、ですがね。まぁ、サクラさんならそれ程常識外れな事は言わないと思ってるので、その点は安心してますが」

 

 

 タカトシさんに信頼されているのは嬉しいですが、そういわれると何をお願いすればいいのか分からなくなってきますね……あっ、そうだ。

 

「それじゃあ、私の事も萩村さんみたいに呼び捨てにしてくれませんか? その代わりに、私もタカトシ君と呼びますので」

 

「まぁ、その程度で良いのなら構いませんが……」

 

「ついでに、敬語も止めましょうよ。もっと仲良くなりたいですし」

 

「……分かったよ、サクラ」

 

「うん、いい感じだね、タカトシ君」

 

 

 何だか慣れないけど、これはこれでいい感じだと思います。




そしてまた、森さんが一歩前進


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噂の真相

その噂は無理だろ……


 最近新聞部の畑の行動が目に余るという報告を受け、私は新聞部部室を訪れた。

 

「あら会長、何かご用でしょうか?」

 

「五十嵐から、最近お前がやりすぎているという報告を受けてな。注意しに来たんだ」

 

「それは心外ですね。私は日夜、世間が知りたがっている情報を得る為に行動しているのです。決して個人的趣味で動いているわけでは――」

 

「なになに? これは五十嵐の着替えシーンを撮ったものか?」

 

「申し訳ございませんでした!」

 

 

 私が畑のカメラを取り上げて映像データを呼び出すと、畑は観念したように頭を下げた。ちなみに、機械に弱い私が何故畑のデジカメを扱えたかというと、事前にタカトシと萩村からレクチャーを受けたからである。

 

「あまりやりすぎると、さすがに活動休止を宣言せざるを得なくなるからな」

 

「そうなると、津田先生のエッセイも発行出来なくなりますね」

 

「だから私が事前に指導しに来たんだろうが。タカトシが来る時は、新聞部廃部が決定した時だと思った方が良いぞ」

 

「それだけの権限を持っているわけですからね、津田副会長は……」

 

 

 今や理事長とも交流があるとすら噂されているタカトシだ。新聞部を活動停止にする事くらい簡単に出来るだろう。だが、最早学園の資金源にすらなりつつあるタカトシのエッセイが載っている桜才新聞が発行出来なくなるのは、学園としても避けたいのかもしれないので、タカトシが動く前に私が指導するように言われたのかもしれないな。

 

「では暫くは、タレコミBOXに入っていたモノから信憑性の高い物を載せる事にしましょう」

 

「ほぅ、そんなものがあるのか」

 

「はい。例えばこのようなものが」

 

 

 畑から手渡された紙には『理事長はズラ』と書かれていた。これは、根も葉もない噂なんだろうな。

 

「こうしてみると、面白いものとそうで無いものがはっきりしてるんだな……」

 

「まぁ、信憑性が高いものは、こちらも取材して確かめますからね」

 

「例えば?」

 

「風紀委員長が最近津田副会長の事を目で追っている回数が増えている、とか」

 

「それは私も感じてるな……」

 

 

 男性恐怖症であるはずの五十嵐だが、タカトシ限定でその症状が緩和されている――どころか、タカトシ相手だと雌の表情を見せる事すらあるのだ。

 

「ちなみにこれは私としては疑わしいのですが」

 

「何だ?」

 

 

 非常に興味がそそられる前置きをされ、私は畑の次の言葉を待った。

 

「天草会長は隠れ巨乳疑惑」

 

「それ本当。本人が言ってるんだから、な?」

 

「いえ、私は会長の裸を見た事があるわけですから、隠れ巨乳でない事は分かっているんですよね~。まぁ、あの時もサラシを巻いていたのなら貧乳に見えても仕方なかったのかもしれませんが、そんな物巻いていたようには見えませんでしたし」

 

「畜生っ!」

 

 

 そういえばコイツとは裸の付き合いをしたことがあったんだったな……というか、分かってたなら最初からそんな疑惑を持ち出すんじゃない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新聞部部長の畑さんを指導しに行ったはずの会長が、なんだか肩を落として生徒会室に戻ってきたので、私と七条先輩でその理由を聞きだす事にした。

 

「会長、新聞部部室で何かあったんですか?」

 

「いやなに、噂を流すのって難しいなって思っただけだ……」

 

「どんな噂~?」

 

 

 女子というものは噂話が好きな生き物なので、私も七条先輩も興味津々に会長の言葉を待った。

 

「新聞部宛に来るタレコミの中に、私が隠れ巨乳だという疑惑があったんだ」

 

「はぁ……」

 

 

 会長の言葉に、思わず私の視線が会長の顔から胸に下がる。間違っても会長の胸が大きいなんて事はあり得ないのに……

 

「何処を見ている!」

 

「まぁまぁ。それで、何でシノちゃんはガッカリしているのかな~?」

 

「噂の中でも、胸が大きいという気分を味わってみたかったのだが、畑に一刀両断されてな……『私は会長の胸を直に見た事があるので』と言われてしまった」

 

「温泉だったり、海だったりも一緒に行ってますからね」

 

「儚い夢だった……」

 

 

 よっぽど悔しいのか、会長はそのまま机に突っ伏してしまった。

 

「……ところで、タカトシは何処に行ったんだ?」

 

「タカトシ君なら、風紀委員本部に呼ばれたよ~。何でも、一年生男子の間でエッチな本が見つかって、その指導に駆り出されたんだよ」

 

「この間はクラスメイトたちで、今度は後輩か……まぁ、年頃の男子なら一冊くらい持っている物だろうが、学校に持ってくる必要は無いよな」

 

「てか、前にムツミが生徒会室に持ってきてましたね。部員が持ち込んだとか言って没収したやつを」

 

「あぁ、あれか」

 

 

 正直あんなもの見て何が楽しいのか私には分からないけど、未だに需要があるという事は必要な物なんだろうな。

 

「とりあえず、生徒会業務は私とスズちゃんで終わらせておいたから、後はタカトシ君が戻ってくれば今日の業務は終了かな?」

 

「何だ、二人で終わる量だったのか?」

 

「昨日の内にタカトシが殆ど終わらせてましたから」

 

「やはりアイツは優秀だな。会長の威厳もだいぶなくなってきた気がするよ……」

 

「落ち込み過ぎでは?」

 

 

 隠れ巨乳なんてありえないって知られてるんだから、そこまでショックを受ける必要もないと思うんだけどな。

 

「今、失礼な事を考えなかったか?」

 

「いえ、別に」

 

 

 タカトシが読心術なんて使うから忘れがちだけど、この人も勘が鋭いんだった……




人の夢と書いて、儚いと読む……


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七条家での生徒会業務

忙しいメンバーだなぁ……


 さすがに津田家で集まりすぎという事で、今日は七条家で生徒会業務をする事になった。

 

「休日だというのに、皆様生徒会業務お疲れさまです」

 

「場所を貸していただきありがとうございます」

 

 

 出迎えの出島さんに挨拶を済ませ、私たちはアリアが待っている部屋へと向かう。ちなみに、出島さんに案内を頼まなかったのは、また迷子にでもなられたら大変だからだ。

 

「タカトシ、アリアの気配は?」

 

「こっちです」

 

 

 わざわざ出島さんにお願いしなくても、我々には高性能レーダーがあるのだ……いや、人間だけど。

 

「いらっしゃ~い。早速だけど始めましょ」

 

「そうだな」

 

 

 アリアと合流し、我々は生徒会業務を開始する。

 

「これってどうやって使うんだ?」

 

「シノちゃん、タブレット使うの初めてだっけ?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 パソコンは使えるようになったが、こういう最新機器はどうしても苦手だ……まぁ、古谷先輩程ではないがな。

 

「画面を縮小したいときは、こうやって摘まむ感じで」

 

「ほほぅ」

 

「画面を拡大したいときは、くぱる感じで」

 

「アリア、昔の癖が出てるぞ」

 

「おっと。自宅だから気が緩んでるのかな~」

 

「しょうがない奴め」

 

 

 私とアリアの間では笑い話で済んだが、タカトシのこめかみがヒクヒクと動いているのを、私たちは見逃さなかった。たぶん怒ってるんだろうが、注意するほどでもないと考えているんだろう。

 

「それにしても、金曜日にだいたい片付けたはずなのに、何でこんなに溜まってるんですか?」

 

「何でも横島先生が生徒会室に持ってくるのを忘れてたらしい。しかも期限が月曜までだから、今日中に仕上げないといけないんだと」

 

「あの人、生徒会顧問としての自覚があるんですかね?」

 

「そんなものが横島先生にあると思うか?」

 

 

 私の言葉に、三人の作業の手が止まった……つまり、そういう事なんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく作業していると、出島さんが部屋にやってきた。

 

「皆様、昼食は如何致しましょうか?」

 

「もうそんな時間だったか……集中していると時間が流れるのが早いな」

 

「出島さんの料理なら心配なく食べられますので、出島さんにお任せします」

 

「かしこまりました。ちなみに、ご希望などはございますでしょうか?」

 

 

 出島さんは私にではなく皆に希望を聞いている。私に聞くと、またカップ麺とか言い出すとか思ってるのかしら。

 

「じゃあ……賄い飯で」

 

「えっ!?」

 

「それで良いんですか?」

 

 

 シノちゃんの希望に、出島さんが驚きスズちゃんが首を傾げながら尋ねる。まぁ、せっかくウチに来たのに賄いってとか思ってるのかしらね。

 

「出島さんが作る賄い飯なら、間違いはないだろうしな」

 

「では、ご期待に添えるよう頑張らせていただきます」

 

 

 出島さんが気合いを入れて厨房に向かうのを見送って、私たちは作業を再開した。

 

「そういえば、タカトシ君は賄い飯でも構わなかったの? さっき何も言わなかったけど」

 

「作っていただいたものにケチをつけるつもりはありませんし、出島さんの料理の腕は知っていますから」

 

「タカトシと同等か、それ以上だもんな」

 

「いや、どう考えても俺より上でしょう。俺は家事の延長でしかありませんが、出島さんはそれを生業にしているわけですし」

 

「いや、我々からすれば、君のレベルも相当だからな」

 

 

 確かに出島さんは調理だけでなく、掃除や洗濯をしてお金を貰っている人だけど、タカトシ君だって十分にそのレベルに達してると思うんだけどなぁ……

 

「お待たせしました! 出島流、スープパスタです」

 

「結構本格的ですね」

 

 

 出島さんが作ってくれたスープパスタに感動しながら、私たちはそれを食す。

 

「上手いですね! 十分お店に出せるレベルですよ!」

 

「本当ですね。とても賄い飯とは思えません」

 

「ありがとうございます。そう言われるのは二回目です」

 

「二回目?」

 

 

 スズちゃんが首を傾げながら私を見詰めてくるけど、私はそんな事言った事ないので首を振って否定した。

 

「実は昔、お店を経営している男とやった時に――」

 

「それは一回目としてノーカウントだろうが!」

 

「というか、食事中にそんな話しないでくださいよ!」

 

 

 スズちゃんとシノちゃんがカンカンに怒ったので、タカトシ君は出島さんに鋭い視線を向けるだけに留めていた。

 

「あぁ、その眼! 非常に興奮します」

 

「駄目だこの人……」

 

 

 タカトシ君の視線で興奮し始めた出島さんを見て、スズちゃんがそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作業も終わっておやつを食べていると、プチシューが最後の一個となっていた。

 

「誰が食べるか、じゃんけんで決めようじゃないか」

 

「私は結構です」

 

 

 おやつの最後の一個を取り合うなんて、なんだか子供っぽいし……

 

「萩村は脱落したという事で、私たち三人で勝負だな」

 

「負けないよ~」

 

「えっと、俺もですか?」

 

「君が一番働いたんだから、食べる権利はあるだろ」

 

「はぁ……」

 

 

 あまり乗り気ではないが、タカトシも参加するようだ。

 

「それじゃあ行くぞ――」

 

「やっぱり私も!」

 

 

 何だか仲間外れにされた気がして、私は慌ててじゃんけんに参加したのだった。




結局子供っぽいぞ、スズ……


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ハイスペックな後輩たち

一人ロースペックがいるな……


 生徒会室で作業をしていたら、急に会長が右手首を抑え始めた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、急に手首が痛くなってな……」

 

「腱鞘炎ですか?」

 

 

 確かにこれだけの量の書類にサインしていたら腱鞘炎になっても仕方ないかもしれないな……

 

「手が使えないんじゃ、文字書くの難しいな……」

 

「左手で書けばいいんじゃないですか?」

 

「両利きなのは萩村だけだろうが!」

 

「この前タカトシも右手を捻ったとかで左手で文字を書いてましたが」

 

「この後輩たちスペック高過ぎ……」

 

 

 タカトシは兎も角、私はそこまでハイスペックなつもりは無いんだけどな……というか、タカトシと比べたら誰だってスペック低いって思われるだろうな。

 

「タカトシ君もいない事だし、お尻にペンを挿して――」

 

「タカトシがいなくても自重してください」

 

「そんな事しないぞっ!?」

 

 

 相変わらず七条先輩のジョークは重いんだよな……最近は大人しくなってきたとはいえ、一発の威力がね……もう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島先生に呼ばれ、職員室の作業を手伝っていたら、学園長が現れ職員室の空気が一変した。

 

「珍しいな、学園長がここに来るなんて」

 

「そうなんですか? というか、人にばっかりやらせないで、自分で何とかしてくださいよね」

 

「そんな事言われてもな……私一人でやる量じゃないだろ?」

 

「自分で溜め込んだんだろうが……」

 

「津田君は横島先生に対してため口なの?」

 

「普段はちゃんと敬語を使いますけど、ツッコミの時まで敬意を払う必要はないでしょう? というか、普段から敬意なんて払いたくないですけど」

 

 

 俺がゴミを見るような目を横島先生に向けると、何故かだらしなく口を開き涎をたらしていた。

 

「ほんと、ダメだこの大人……」

 

「タカトシ様に詰っていただけるなら、ダメな大人で十分です」

 

「はぁ……」

 

 

 横島先生に押し付けられた書類整理を済ませ職員室を辞そうとしたら、理事長先生に捕まった。

 

「おやおや、妹さんなら兎も角君が職員室に呼び出されていたとはね」

 

「生徒会顧問の手伝いとして呼び出されたんですが、実質デスクの整理をやらされただけです」

 

「それはそれは」

 

 

 手近な椅子に腰を下ろした理事長先生の周りに、横島先生と小山先生がやってきた。

 

「今日はどのようなご用件で?」

 

「いやなに。少しは先生方の仕事を見ておこうかと思ってね。査定に役立つから」

 

「「っ!」」

 

 

 理事長先生の言葉に、横島先生と小山先生の背筋が伸びた。まぁ、大人にとって査定という言葉がどういう意味を持っているのか、想像に難くないからな……

 

「それにしても、この歳になると膝が痛くて……階段の上り下りが辛くて」

 

「あー」

 

 

 理事長の何気ない話に、小山先生が共感した。

 

「膝が痛いと、正座する時も辛いですよね」

 

「あと、膝コキの時も――ンゴ」

 

 

 くだらない事を言った横島先生の口を、小山先生の手が塞いだ。まぁ、睨んで黙らせるよりかは穏便なんだろうな……恐らく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄に相談に来たら不在で、何故か会長たちに勉強を見てもらう事になってしまった……

 

「というか、生徒会作業は良いんですか~?」

 

「安心しろ。腱鞘炎になった私に代わって、ハイスペックロリっ子が全て終わらせてくれた!」

 

「ロリっていうな!」

 

「スズ先輩なら、これくらいはお手の物ですよね~」

 

 

 何とかして話題を逸らそうとした私の目論見は、アリア先輩によって阻まれてしまう。

 

「これ、コトミちゃん用に作った問題。復習を兼ねてだからそれ程難しくないと思うよ~」

 

「アリア先輩基準で難しくないって言われても、私にとっては難しいかもしれないじゃないですか~」

 

 

 そもそも生徒会役員は、二年と三年のトップが在籍しているのだから、凡人である私とはレベルが違うのだ。私の知識レベルは精々こん棒だ。こん棒でラスボスに挑んで簡単に勝てるわけが――

 

「くだらない事を考えてる暇があるなら、さっさとテストを始めたらどうなんだ?」

 

「なっ、タカ兄!?」

 

 

 いつの間に……まったく気配も感じなかったし、部屋に入ってきた音すら聞こえなかった……やはりこの兄、只物ではない……

 

「だがコトミよ。これは確かに簡単だぞ?」

 

「そうね。この程度なら二十分も必要ないわね」

 

「だから、インテリな皆さんと私を同レベルに思わないでくださいよ! 皆さんが二十分で終わるって言っても、私じゃ一時間あっても終わるかどうか――」

 

「テスト時間は五十分だろうが。一時間も使って終わらないんじゃ、次のテストは駄目だな。義姉さんに連絡して、お前の部屋にあるゲームを全て売ってもらおうか」

 

「頑張ります! 三十分で終わるように頑張ります!」

 

 

 タカ兄に脅され、私はすぐに問題に目を通す。脅されたからかは分からないけど、普段の私なら苦戦するような問題でもスラスラ解くことが出来、三十五分で全ての問題を終わらせることに成功した。

 

「お、終わった……」

 

「それじゃあ、さっそく採点と行こうじゃないか!」

 

 

 その場に倒れ込んだ私を他所に、会長たちが採点を始める。

 

「この問題でこれだけ出来るなら、次は大丈夫じゃないか?」

 

「ゲームを人質に取られたからですよ……というか、タカ兄、許してください」

 

 

 このテストの結果が一応良かったので、ゲームを売られる事は無かったけど、相変わらずタカ兄は厳しいなぁ。まぁ、私に発破をかけてるんだろうけども……




コトミのスペックは微妙だ……


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初めてのおつかい

別に下着くらい……


 見回りの為に廊下を歩いていると、畑が角から誰かを覗いていた。

 

「何をしているんだ?」

 

「風紀委員長がさっきから頭を抱えて悩んでいるので、何をしているのかを見張っているのです」

 

「いつものお前なら、すぐに特攻を仕掛けるのに、随分と慎重だな」

 

「ああやって頭を抱えて身体を前後させている風紀委員長の動画を加工して、イ〇〇チオ動画を作ろうかと――あっ何でもないです」

 

 

 タカトシが怖い顔をしたからか、畑は慌ててカメラをしまって五十嵐に特攻を仕掛けに行った。

 

「相変わらずおかしなことを考えてる人ですね……」

 

「というか、さっきの睨みなら大抵の人は大人しくなると思うけどね……私もちょっと怖かったし」

 

「スズちゃん、お漏らししてない?」

 

「するか!」

 

「アリア先輩も、最近箍が外れてませんか?」

 

 

 三人のやり取りを聞きながら、私は視線を五十嵐に固定していた。あいつがあそこまで悩むとは、いったい何があったというのだろうか……

 

「戻りました」

 

「それで、何を悩んでいたんだ?」

 

「セルフイ〇〇チオをしてただけ――」

 

「違いますから!」

 

 

 畑の冗談を聞きつけて、五十嵐が凄いスピードで迫ってきた。もちろん、走らない程度の速度だったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんの冗談の所為で、私は生徒会メンバーにまで事情を話さなければいけなくなってしまった。

 

「実は今度、姉が一人暮らしをすることになったのですが、その準備を手伝う事になりまして……」

 

「その程度の事なら、頭を抱える必要は無さそうだが?」

 

「その手伝いというのが、買い物なんです」

 

「何を頼まれたの~?」

 

 

 興味津々という感じで尋ねてくる七条さんと、その後ろで似たような目を向けてくる天草さん。この二人は本当に好奇心が旺盛ね……

 

「だ…男性用の下着を……」

 

「いくら一人暮らしをするからと言って、やりすぎは良くないぞ?」

 

「そういう目的じゃなくてっ!」

 

「じゃあどういう目的なの~?」

 

 

 最近は大人しくなってきたとはいえ、この二人は根本的には変わってないようね……

 

「防犯用ですよ!」

 

「「防犯用?」」

 

「女性の一人暮らしだと知られない為に、男性用の下着を干しておくことである程度の防犯が見込める、という事ですよね」

 

「さすが畑、腐ってもジャーナリスト志望なだけはある」

 

「これくらいは当然です」

 

「ちなみに男性の一人暮らしの場合、女性の下着を干しておけばリア充アピールを――」

 

「そんな話聞いたこと無いので、この話はこれで終わりですね」

 

「あ~れ~……」

 

 

 タカトシ君に首根っこを掴まれて運ばれていく畑さんを見送って、私たちは揃ってため息を吐いた。

 

「それじゃあ、我々もその買い物に付き合おうじゃないか! どうせこの後は暇だからな」

 

「えっ、それって私たちもですか?」

 

「当然だ!」

 

 

 何故かなし崩し的に私の買い物に生徒会メンバーが付き合ってくれることになったけど、天草さんは楽しんでるだけじゃないかしら?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カエデさんの買い物に何故か付き合う事になった俺たちは、一度家に帰って私服に着替えてから再集合した。

 

「それで、具体的にどのような下着を?」

 

「安物でいいとの事です」

 

「じゃあこの辺りの物で良いですかね」

 

「お、男の人の下着も、結構種類があるのね……」

 

「久しぶりに五十嵐のムッツリが発動か?」

 

「ムッツリじゃありませんから!」

 

「周りに人もいるので、あんまり騒がないでくれません?」

 

「「ご、ゴメンなさい……」」

 

 

 カエデさんとシノさんを同時に睨みつけて大人しくしてから、俺は目つきを元に戻してカエデさんに尋ねる。

 

「下着だけなら問題ないんですか?」

 

「あ、あんまり触りたくないけど、未使用品だからまだ平気かな」

 

「カエデちゃんだって、タカトシ君の使用済みパンツを触った事あるでしょ?」

 

「そ、そういう言い方はしないでください! あれはあくまでも洗濯物ですから」

 

「というか、さっさと選んで買った方が良いんじゃないですか? 悪い意味で目立ってますし」

 

 

 俺が視線を向けると、こっちを見ていた人たちがそそくさとその場から移動していく。まぁ普段から目立つ面子ではあるが、今は会話内容が聞こえてた所為で余計に目立っているんだろう。

 

「私たちは文房具コーナーに行ってるから、五十嵐は早く会計を済ませてこい」

 

「はい……あっ」

 

「どうかしました?」

 

 

 下着を手に取ってレジに向かおうとしたカエデさんが、何かを思い出して固まってしまった。

 

「……俺が買ってきましょうか?」

 

「だ、大丈夫よ! あっでも、付き添いなら……」

 

「別の誤解を生みそうな気もしますが、カエデさんがそれでいいなら」

 

「良くない! 私が買ってきてやるから、お前たちは文房具コーナーで待ってろ!」

 

 

 カエデさんから下着を強引に取り、そのままシノさんがレジに歩いていく。

 

「どうしたんでしょう?」

 

「きっと嫉妬したんじゃないかな~? タカトシ君とカエデちゃんが恋人に間違われるのを想像して」

 

「こ、恋人……」

 

「五十嵐先輩、顔が真っ赤ですよ?」

 

「カエデちゃんは何を想像したのかな~?」

 

「な、何でもありません!」

 

 

 結局騒がしくなったので、俺は三人から少し離れた場所に移動して、事が収まるのをただただ眺める事にしたのだった。




姉弟には見えないしな……


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密着

あんまりされるのも嫌だな……


 体育の授業でダンスをする事になり、私はトッキーとペアを組むことになった。

 

「だりぃ……何でダンスなんてしなきゃいけねぇんだよ……」

 

「まぁまぁトッキー、そうぼやかないの」

 

 

 確かにダンスなんてやる意味あるのかとは思うけど、踊るだけで単位がもらえるなら私にとってはラッキーだ。

 

「……ところで、さっきから掌を広げて何をしてるんだ?」

 

「これ? こうしてみると、皆が私の掌の上で踊ってるように見えるからさ」

 

「楽しそうだな……」

 

 

 トッキーが呆れた目で私の事を見てくるが、私は気にせず遠近法を使って遊んでいた。

 

「あっ……」

 

「どうかしたのか?」

 

「指に跡が残ってる……そんなにキツイ指輪をしてたわけじゃないのにな」

 

「別に跡くらいなら良いんじゃねぇか? 実物があるなら兎も角」

 

「鞄の中にしまってあるんだよ」

 

 

 最近は大人しくしてたからマークされてないとは思うけど、不要な物を持ってきたと知られたら怒られちゃうかもしれないし……

 

「センコーとかに見られなきゃ大丈夫だろ」

 

「だと良いんだけど……」

 

 

 さっきまで楽しかったのに、なんだか憂鬱な気分になって体育の授業は終了した。とりあえず着替えて飲み物を買いに行く途中で、タカ兄とアリア先輩に遭遇した。

 

「あっ、こんにちはー」

 

「こんにちは……あら? コトミちゃん、その指の跡」

 

「っ!?」

 

 

 しまった! 挨拶のついでに思わず手を上げてしまい、アリア先輩に指輪の跡を見られてしまった。

 

「内緒にしておいてあげるね」

 

「へっ? あ、ありがとうございます」

 

 

 タカ兄は難しい顔をしてるけど、アリア先輩は見逃してくれるようだ。これなら何とかなる――

 

「元ア〇ルサック愛好者としてはね」

 

「ほー」

 

「馬鹿な事言ってないで、早いところ済ませましょうよ。コトミも、余計なものは学校に持ってこないように」

 

「「はーい」」

 

 

 二人同時にタカ兄に怒られ、私たちは元気に返事をする。タカ兄はまだ何か言いたげな雰囲気だったけど、ため息を吐いただけで何も言わずに去って行った。

 

「ふぅ、助かった……」

 

「自爆もいいとこだな……」

 

「つい癖でね~。とにかく、早いところジュースでも買って教室に戻ろう」

 

「そうだな。お前に付き合って遅刻したくねぇし」

 

「って、いつの間に買ってきたの!?」

 

 

 横でジュースを飲んでいるトッキーに驚き、私は急ぎ足で自販機を目指したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たまには外で飯を食べようという事になり、俺は今中庭に来ている。普段は教室か生徒会室で済ませるんだが、何故外で食べようという事になったのか、俺は詳しい事情を聞いていない。

 

「――つまり、会長の思いつきなんだな?」

 

「ある意味いつも通りよ。また何か考えがあるのかもしれないけど、少なくとも私は知らないわね」

 

「スズが聞いてないんじゃ、多分考えなんて無いと思うぞ」

 

 

 スズから詳しい事情を聞こうにも、スズも詳しい事は何も分からないらしい。まぁとりあえず重要な事ではないという事だけは分かったから良しとしよう。

 

「それにしても、公衆の面前でいちゃついて恥ずかしくないのかしらね?」

 

「ある意味黙認してるんだから、俺たちも同罪なのかもしれないがな」

 

「あっ、こっちの視線に気づいた」

 

「逃げてったな」

 

 

 一応校内恋愛禁止が校則だと理解しているようで、生徒会役員である俺とスズの視線から非難めいたものを感じ取ったカップルがそそくさと中庭から去って行った。

 

「あんなにくっついて、恥ずかしくないのかしらね?」

 

「近くに座るくらいなら、問題無いんじゃないか?」

 

「私だったら恥ずかしくて逃げ出すわね」

 

 

 スズが何となく機嫌が悪そうだと感じたタイミングで、遠くから会長とアリア先輩の声が聞こえた。

 

『おーい!』

 

『お待たせ~』

 

「先輩たちが座れるように、距離を詰めないと」

 

「……無理に詰める必要は無いんじゃないか? あっちの席も空いてるんだし」

 

 

 さっきまで密着して座るのが恥ずかしいと言っていたスズが、俺に密着するように座り直した。

 

「おい萩村? 随分とタカトシに密着してないか?」

 

「先輩たちが座れるように座り直しただけです」

 

「スズちゃんなら、私の膝の上にでも座れば良いと思うよ~? だからそこは私が――」

 

「いや待て! そこは会長である私が――」

 

「三人で座ってください。俺はあっちに座るので」

 

 

 何だかもめだしたので、俺はカップルたちが座っていた方へ移動し、三人を座らせることにした。何で揉めているのか分かっているが、それを俺が口に出すのは憚られる。

 

「(先輩たちが邪魔するから、タカトシがあっちに行っちゃったじゃないですか)」

 

「(邪魔というが、抜け駆けをした萩村にも問題があると思うが)」

 

「(乙女条約を忘れたとは言わせないからね、スズちゃん)」

 

「(分かってますけど、会長や先輩だって、結構抜け駆けしてますよね?)」

 

「(………)」

 

 

 何を話してるかは聞こえないけど、唇の動きで分かるんだよな……俺に聞こえないように配慮したまでは良いが、口元を隠す事を忘れている時点で、内緒話になってないんだが……




スズなら膝の上に座ってても問題ないとおm……


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ちょっとした変化

余程親しくないと分からないぞ


 昨日はコトちゃんの勉強を見て、そのまま津田家に泊ったので、朝は私が用意する事になった。

 

「おはよう、お義姉ちゃん」

 

「コトちゃん、おはよう。今日は早いんだね」

 

「ちょっとトイレに」

 

「今タカ君が入ってるはずだよ?」

 

 

 今から出かけるらしく、タカ君がさっきトイレに入ったはずだからまだ出た気配はない。まぁ、私は気配とか分からないけど。

 

『タカ兄、早くー!』

 

『入ってるよ』

 

「っ!?」

 

 

 今の兄妹の会話を聞いて、私はあり得ない想像をしてしまった。

 

「いやいや、あり得ないって……タカ君のはミニサイズという光景なんて」

 

 

 くだらない事を考えてないで、お弁当の用意を済ませちゃいましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早朝会議で生徒会室に集まることになっているのだが、アリアとタカトシがまだ現れない。まぁ、まだ時間まで余裕があるから良いんだが。

 

「最近目が疲れやすくてな」

 

「そーゆー時は遠くを見ると良いですよ」

 

「なるほど」

 

 

 既に部屋にいる萩村に相談して良かったな。私は遠くを見る為に窓の外に視線を向けた。

 

「おっ、タカトシとコトミとカナだ」

 

 

 昨日は津田家に泊まったのだろう、カナがわざわざ桜才学園に寄ってから通学している。

 

『タカ君、これお弁当』

 

『わざわざすみません』

 

『気にしないで。勉強頑張ってね』

 

『それはコトミに言ってやってください』

 

『ちゃんとやってるんだけどな~』

 

「………」

 

「会長が遠い目に!?」

 

 

 三人のやり取りを見ていて、ついついおかしな想像をしてしまった……タカトシとカナが夫婦で、ダメな娘であるコトミを躾けているという光景を……

 

『あっ、三人ともおはよ~』

 

『アリアっち、おはようございます。それじゃあタカ君、コトちゃん、私はこれで』

 

『はい、ありがとうございました』

 

『じゃあタカ兄、私も教室に行くから』

 

 

 カナとコトミが離れていき、代わりにアリアがタカトシの隣を歩く。ライバルとしては複雑な思いだが、やはりタカトシとアリアが並んでいると絵になるんだよな……

 

「会長、そろそろ現実に戻ってきてください!」

 

「あ、あぁ……すまん、ちょっと三途の川まで行きそうになっていた」

 

「あの光景を見ただけで死なないでくださいよ!?」

 

「しかし、畑があの二人のツーショットを狙っているのも分からなくはないな」

 

「どういう意味です?」

 

「何処の芸能人カップルだって言いたくなるくらいじゃないか?」

 

「まぁ、タカトシの身長を考えると、七条先輩が一番隣にいてしっくりくるのは分かりますけどね……」

 

「それだけじゃなく、アリアはスタイルも良く美人だから、タカトシの見た目に負けていないという事らしい」

 

 

 私は自分で言っておきながら、自分のスタイルに視線を向け悲しい気分になる。

 

「「はぁ……」」

 

 

 どうやら萩村も私と似たような事を考えたようで、私と同じタイミングでため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 購買に寄ってから生徒会室に向かうらしいタカトシ君とは一旦別れて、私は一足先に生徒会室にやってきた。

 

「おはよう」

 

「シノちゃん、おはよ~」

 

「………」

 

「ん~?」

 

 

 何だか私の事を睨んでいるような気がするんだけど、私何かしたっけ?

 

「アリアは人の事よく見てないんだな。昨日美容院に行ったのに」

 

「そうだったんだ~。でも、劇的に変わったわけじゃないんだし、分からなくてもしょうがないと思うけど~? スズちゃんは気づいたの~?」

 

「いえ……私も今言われて知りました」

 

「ほら~。気づかない方が普通なんだって~」

 

「そうなのだろうか……ところで、タカトシはどうした? 確か校門で一緒になってただろ」

 

「タカトシ君なら、購買に寄ってから来るって言ってたよ~」

 

 

 自分の方が旗色が悪いと判断したのか、シノちゃんが唐突に話題を変えてきた。まぁ、タカトシ君の事が気になってるんだろうけども。

 

「校門と言えば、カナちゃんが来てたよ~」

 

「あぁ、ここから見えた。相変わらず通い妻状態のようだしな」

 

「タカトシ君の家にいて一番不自然じゃないポジションにいるからね、カナちゃんは~」

 

 

 親戚同士の結婚で、浅からぬ縁が出来た事で津田家に入り浸る口実を手に入れたカナちゃんは、私たちの中で一番自然に津田家を訪れる事が出来るのだ。

 

「遅れました……会長、美容院に行ったんですか?」

 

「さすがタカトシ、人の事をちゃんと見ているんだな!」

 

「そんな事は無いと思いますが……あっ、これ人数分のココアです」

 

「女の子の日にはココアが最適なのを知って……本当によく見ているんだな」

 

「えっ、何の話ですか?」

 

「シノちゃん、タカトシ君がそんな事を知ってるわけ無いでしょ? コトミちゃんのなら何となくありそうだけど、シノちゃんの周期を把握してるはずがないもの」

 

「そうですよ! だいたいタカトシがそういうのに疎いのは会長だって知っているでしょうが!」

 

「な、なにもそこまで怒らなくても良いだろ」

 

「何なんですか、いったい……」

 

 

 一人状況を把握出来ていないタカトシ君が、珍しく首を傾げながら私たちを見ている。だけど説明すると怒られそうだから、私たちはそれ以上何も言わなかった。




絵になるのは分かる……


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カエデの悩み事

忘れがちな設定だけど、克服出来てませんし……


 最近また、学校に関係無いものを持ち込む生徒が増えていると、風紀委員長の五十嵐から相談された。

 

「――というわけで、何か良い方法は無いだろうか?」

 

「そう言われても、もう何度も注意した後だしね~」

 

「問答無用で採り上げるというアイディアを実行するしかないのではないでしょうか」

 

「だが、それだと反発を招かないだろうか?」

 

 

 一時期そういう考えを実行しようという段階に入ったのだが、タカトシが待ったをかけたのだ。理由は今、萩村が言った通り、問答無用で採り上げて反発を招く可能性を考えての事だ。ただでさえ元女子高で女子生徒が多い学校で、生徒会メンバーや風紀委員にも女子が多い。男子生徒が強硬手段に出てきた場合、対応出来る自信が無いのだ。

 

「ところで、そのタカトシ君は?」

 

「あぁ、最近また畑が周辺を嗅ぎまわってるので、注意と指導を頼んでおいたんだ」

 

「畑さんもこりませんね」

 

「あの情熱を別の方へ向けられれば、アイツもきっと優秀なんだろうが……」

 

「それで、今度は何を嗅ぎまわってるの~?」

 

 

 アリアの興味が畑に向いてしまったが、関係ない問題ではないので話しておくか。

 

「タカトシの周りの女子――つまり我々か。その中で誰が一番タカトシと近づいたのかを探っているらしい」

 

「近づいたって、肉体的距離かな~? それとも、精神的距離?」

 

「恐らく後者だろうな。肉体的に近づいたと言える人間は、結構いるからな」

 

「えっと……シノちゃんとスズちゃん、そんなに睨まれると怖いんだけど」

 

 

 私と萩村がアリアの唇を凝視していると、アリアは身の危険を感じたのか身体をよじる。そんな行為も色っぽく見えるのは、やはり胸の所為だろうか……

 

「でも精神的距離となると、英稜の森さんが一番なんじゃないですか? 同じ境遇という事もあって、あの二人は結構話が弾んでいますし」

 

「サクラちゃんはボケないし、身体的特徴で自虐する事も無いもんね~」

 

「それは喧嘩を売ってるんでしょうか?」

 

「別にそんな事はないけど?」

 

 

 萩村が自分の事を指摘されたと勘繰って、アリアを睨みつけるが、アリアは特に気にした様子もなく話を続けた。

 

「あっ、でも精神的距離という事では、カエデちゃんが一番なのかもしれないね~」

 

「どういう事だ?」

 

「ほら、カエデちゃんは男性恐怖症でしょ? でもタカトシ君には触れる事が出来るし~」

 

「そういえばあったな、そんな設定……」

 

 

 私たちの中で、五十嵐はタカトシを狙うライバルの一人としか認識されてなかったが、アイツは他の男子生徒とはまともに話せないままだったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員でもアイディアを出し合ったけど、結局解決策は出てこなかった。生徒会の方でもあまり良いアイディアが無いようで、注意をし続ける事しか出来ないのが何だか悔しいわね……

 

「私、学園の風紀を守れなくなってきてるのかしら……」

 

 

 共学化する事で風紀が乱れるのを恐れて、厳しい目で見ていたつもりだったんだけど、いつの間にか当時の気持ちを忘れて、何処か緩い監視になっていた事を自覚し、私は思わずため息を吐いた。

 

「はぁ……」

 

「おんや~?」

 

「ヒィっ!」

 

「……声をかけただけでその反応は、さすがの私も傷つくのですが」

 

「ふ、普通に声をかけてくださいよ!」

 

 

 いきなり背後からあんなふうに声をかけられたら、誰だって驚くわよ……

 

「それで、何の用ですか?」

 

「何やらアンニュイな風紀委員長を見かけたので、ご相談に乗ろうかと思っただけですが」

 

「本当にそれだけですか?」

 

 

 この人の事だから、また私から何かを聞き出そうとしているのではないかと疑ってしまう。

 

「今回は一友人として、貴女の相談に乗ろうってだけで、裏はありませんよ」

 

「……なら、信じます」

 

 

 畑さんとはそれなりに付き合いが長いので、嘘を言っているわけではないと信じられる目をしていたので、私は先程考えていた事を畑さんに話す。

 

「――というわけなのですが、どう思いますか?」

 

「それはある意味仕方がない事ではないかと思いますが」

 

「どうしてです?」

 

「男子生徒が増えた事で、貴方は一年、二年のフロアを見回り出来なくなっていますよね?」

 

「そ、それは……」

 

 

 男子生徒と極力会いたくないという私の弱い心を指摘され、私は反論出来ずに押し黙る。

 

「風紀委員の中で最も厳しい貴女が見回らない事で一,二年生はかなりの数不要な物を持ち込んでいるというデータがあります。特に男子生徒が……」

 

「な、なに?」

 

「いえ、気絶されたら困るので、具体的な事は言わないでおきましょう」

 

「……何となく察しました」

 

 

 所謂そういうものを持ち込んでいるという報告は受けたことがあるけど、やっぱり結構な数持ち込まれているのね……

 

「こういう事は副会長に相談するのが良いと思いますよ」

 

「タカトシ君に?」

 

「貴女がこの学園の中で、教師以外で近づける唯一の異性、それが副会長です。それに副会長は二年のフロアでは絶大な支持を受けていますので、彼が本気で風紀委員の手伝いに動けば、相当数の不要物が持ち込まれないようになると思います」

 

「でも、これ以上タカトシ君に負担を掛けるのは……」

 

「じゃあ、貴女が直接取り締まる?」

 

 

 畑さんの反撃に、私は再び押し黙るしか出来なくなってしまったのだった。




正攻法でも相手を黙らせることが出来るのになぁ……


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相談事

相談する相手が決まってる……


 畑さんに呼び出されて、俺は風紀委員会本部に顔を出す事になった。何故畑さんが風紀委員会本部に呼び出したのかと会長たちは気になっていたようだが、先日の流れから考えればすぐに理由は分かった。

 

「――というわけなのだけど、協力してもらえませんかね?」

 

「協力するのは構いませんが、何故畑さんがこの事で動いているのですか?」

 

「津田副会長なら、私が何を考えているのかお見通しなのでは?」

 

「……無理にカエデさんに見回りをさせて、男性恐怖症を悪化させるのは悪手ですね」

 

「さすが副会長」

 

 

 棒読みで褒められても嬉しくもなんともないが、確かにカエデさんは男性恐怖症が原因で、一年と二年のフロアの見回りが出来ない。かといって他の風紀委員に任せても、カエデさん程厳しく取り締まれるはずもない、と畑さんが考えたのは俺にも理解出来る。

 

「ですが、それって畑さんが動く理由になりますかね?」

 

「友人を心配する事くらい、私にだってあるのですが?」

 

「……本音は?」

 

「最近英稜の森副会長と急接近中の津田副会長を諦めきれない風紀委員長を焚きつけて、修羅場にでもなれば面白いかななんて考えてませんから」

 

「考えてたんですね」

 

 

 語るに落ちるとはこういう事をいうのだろうか? てか、今のは完全に畑さんの自爆だったな。

 

「手伝うのは構いませんが、別にサクラと何かあったわけでは――」

 

「サクラ? いつの間に呼び捨てにするようになったんですかね? 私の記憶では、津田副会長は森副会長の事をさん付けで呼んでいたはずですが」

 

「この前頼まれたんです。敬語も止めて、もう少し楽な付き合いをしましょうって」

 

「ふ~ん……」

 

 

 あの目は何かを疑っている目だが、読心術なんて使える人間がそうそういるはずもないし、別に疚しい事は何もないのだから、探られたところで困らないがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員の手伝いとして、タカトシが一年と二年のフロアを見回る事になった。元々生徒会も見回りをしていたが、タカトシ個人が見回った方が効果は高そうだ。

 

「そういうわけで、タカトシは少し遅れている」

 

「カエデちゃんの男性恐怖症、まだ治ってなかったんだね~」

 

「確かに、タカトシ以外の男子と話しているところを見た覚えがありませんね」

 

「というか、タカトシ以外目ぼしい男子生徒はいないんじゃないか?」

 

 

 殆ど出番もないし、いてもいなくてもあまり変わらない存在だしな……

 

「しかし、何故畑が動いてたんだろうな?」

 

「タカトシ君もその辺は教えてくれなかったしね~」

 

「まぁ、タカトシなら何か裏があったとしても気付けるでしょうし、放っておいても問題ないと判断したのだと思いますよ」

 

「アイツは人の心を読めるからな」

 

 

 本人は否定しているが、タカトシは確実に読心術を使えると、私は思っている。実際何度も心の中だけに留めていた事に対してツッコまれた事があるしな。

 

「おーし、揃ってる――ん? 津田がいないじゃないか」

 

「タカトシは風紀委員の手伝いとして見回りをしています。それで、いったい何の御用でしょうか、横島先生」

 

「天草、私は一応生徒会顧問なんだが?」

 

「生徒会顧問としての自覚がお有りなのなら、もう少し顔を出すか生徒会の行事を把握しておいていただきたいのですが」

 

「……まぁ、それは置いておくとして」

 

「かなり重要だと思いますが」

 

 

 萩村がジト目を向けて横島先生に詰め寄ったが、これで反省するならとっくに改心しているだろうと萩村が判断して、すぐに睨みつける事をやめた。

 

「来月のプール開きを前にして、生徒会や美化委員にプール掃除を頼みたいんだとさ」

 

「プール開きですか……もうそんな時期なんですね」

 

「この前年が明けたと思ってけど、もう夏なんだね~」

 

「しみじみとしているところ悪いんだが、他に参加してくれそうなヤツに心当たりは無いか? さすがに生徒会と美化委員だけでは大変だろうからな」

 

「参加者を募ってみるか」

 

「ですが、過去の経験から言わせていただくと、参加者はあまり集まらないと思いますよ」

 

「そうなんだよな……」

 

 

 この学校の生徒には、ボランティア精神が無いのか、報酬などが無いと参加者が集まらないのだ。

 

「津田の上半身裸体が見られると銘打てば、それなりに集まるんじゃないか?」

 

「横島先生は、タカトシに殺されたいのですか? そんな事をすれば、普段の説教では済まないと思いますが」

 

「……痛気持ちいいのは好きだが、痛いだけのは嫌いだな」

 

「なにを想像してるんですか……」

 

 

 斜め上な感想が出てきたので、萩村が呆れているが、私とアリアにとっては実に想像通りの答えだった。

 

「まぁ、最悪コトミに参加してもらうようタカトシに頼むしかないな。多少はマシになってきているとはいえ、アイツはいろいろと問題があるから、教師陣の心証が良くなるとでもいえば参加してくれるだろう」

 

「あとはタカトシ君を貸してあげてるから、カエデちゃんにも手伝ってもらおうか~」

 

「まぁ、男子がいない空間なら、五十嵐先輩も問題ないですからね」

 

 

 とりあえず人員を確保出来たので、横島先生は満足そうに生徒会室を後にした……本当に、生徒会顧問としての自覚があるのだろうか?




横島先生、珍しく顧問として働く


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ラッキーハプニング

今回はカエデの番


 シノ会長とタカ兄からお願いされ――実質強制され、私はプール清掃の手伝いをする事になってしまった。

 

「面倒だな~」

 

「一度引き受けたんだし、しっかりと働きなさいよ」

 

「マキは自分から名乗り出てたけど、ボランティアを募っても集まらないから私が呼ばれたわけでしょ~? 実質身内だから選ばれた感が半端ないよ」

 

「家に帰ってもゲームしかしないんだし、たまには身体を動かしたら? プール掃除って、結構大変だし」

 

「バイト代が出るなら違うんだけどな~」

 

 

 もちろんそんな事をタカ兄に言えば、即座に説教されるに違いないので、口が裂けてもそんな事は言わないが……

 

「でも、こういう事を手伝っておけば、心証が良くなるんじゃないの? 減ってきているとはいえ、遅刻や居眠りで心証悪いんだから」

 

「そうですね……まぁ、タカ兄に見限られないようにするためにも、少しは手伝っておいた方が良いよね」

 

 

 そもそも生徒会役員と美化委員を除けば、参加希望者はマキとカエデ先輩の二人だけ。そこに私が加わったところで大した戦力増加では無いんだけどね……というか、タカ兄一人で殆ど終わらせることが可能だと、私は思っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プール掃除のボランティアに参加する事にしたけど、実はタカトシ君にお願いされて参加しているという事を、他の人は多分知らない。

 

「(参加者が集まらなくて困っていると相談されて、つい引き受けちゃったけど……)」

 

 

 私も授業で使うので掃除する事は仕方がないとは思っているけど、濡れてもいい恰好で掃除するのでちょっと恥ずかしいのだ。

 

「カエデちゃん、今日はありがとうね~」

 

「いえ、このくらいなら問題ありません」

 

「もう少し参加してくれる人がいると思ってたんだけど、皆忙しかったりするみたいなんだ~」

 

「そうですか」

 

 

 恐らく参加したくないのでテキトーな理由をでっちあげて逃げた人もいるんでしょうが、強制的に参加させてもあまり役に立たなさそうですし、仕方がないですね。

 

「それで、美化委員はあちら側を、生徒会とボランティアでこちら側を清掃する」

 

「分かりました」

 

 

 少し離れた場所で、天草会長と美化委員長が話し合いを進めている。効率的に清掃するために、普段から行動している面子で動いた方が良いという結論に至ったようで、美化委員とは別行動になったようだ。

 

「それでは、我々はこちら側を清掃する事になった。参加してもらった三人には後程何かしらの謝礼をするつもりだから、それなりに頑張ってくれ」

 

「そんな物いりませんよ」

 

「そうですね。私たちはボランティアですから」

 

「私はちょっと欲しいって思いましたけど」

 

 

 私の他に参加している一年生――津田さんと八月一日さんは、謝礼を断って掃除を始める事にした。

 

「しかし意外ですね。津田さんがボランティア活動に参加するなんて」

 

「実は、タカ兄に頼まれまして……少しでも先生たちの心証を良くしようと思って参加しました」

 

「そういう事情ですか」

 

 

 津田さんの心証はあまり良くないですし、他の人間が殆ど参加していないボランティア活動に参加すれば、確かに心証は少しは良くなるでしょう。ですが、そんな気持ちで参加してもあまり戦力にならないと思うんですよね。

 

「あっ、その辺り滑りやすいみたいですから、気を付けて――」

 

「はい?」

 

 

 津田さんからの忠告の途中で、私はその場所に足を取られて滑りそうになった。だけど誰かに抱き留められ大事には至らなかった。

 

「えっと、ありがとう――た、タカトシ君っ!?」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 どうやら私のすぐ傍で作業していたタカトシ君に抱き留められたらしく、私の身体はすっぽりとタカトシ君の腕の中に納まっている。

 

「あー、カエデちゃん良いな~」

 

「風紀委員長が率先して風紀を乱すとはな」

 

「べ、別にそんなつもりは――」

 

「苔に足を取られただけでしょうし、狙ってやったわけじゃないんですから、そんな事言わなくてもいいんじゃないですかね? もちろん、狙ってたとしたら問題ですが」

 

「そ、そんなわけ無いじゃないですか! というか、津田さんに注意されるまで気がつきませんでしたし」

 

「もうちょっと早く言っておけば良かったですかね~? でも、カエデ先輩的には美味しい思いを出来たんですし、結果オーライ?」

 

「コトミ?」

 

「ヒィっ!? 真面目に掃除します!」

 

 

 タカトシ君に睨まれ、津田さんは弾かれたようにこの場から逃げ出し、離れた個所を掃除し始めた。会長たちも少し膨れてはいるが、わざとではないという事で何とか納得してくれたようだった。

 

「あの、ゴメンなさい……」

 

「いえ、何とか受け止められましたし、転んだら痛いですから」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 タカトシ君ならこう言ってくれるだろうと思っていたけど、実際に言われると何だか恥ずかしい。改めてさっきまでの体勢を思い返し、私はさらに恥ずかしくなってしまう。

 

「(さっきまで私、タカトシ君に抱きしめられてた……)」

 

 

 昔だったら逃げ出したか殴り倒したかしてたでしょうけども、今はなんだか恥ずかしいだけで、嫌な気分はしなかった。

 

「(男性恐怖症、治ってきてるのかな……)」

 

 

 これが他の男子だったらと想像して、私は急に寒気を覚えたのだった。




タカトシ的には普通の事なんでしょうがね……


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泳ぎの練習

ただのイチャイチャカップルにしか見えなくなってきたな……


 シノっちからメールが届き、私はサクラっちに話しかける。

 

「桜才ではそろそろプール開きらしいですね」

 

「そうですか」

 

「ウチももうすぐプール開きですし、楽しみですね」

 

「そうですね……」

 

「サクラっち?」

 

 

 どこか憂鬱な空気を纏っているサクラっちに、私は訝し気な視線を向ける。普段ならもう少し丁寧な対応をしてくれるサクラっちが、こんな上の空な対応をするなんて、何かあるに違いないと思ったから。

 

「プールなんて無くても良いと思うんですよね……ウチや桜才にはプールがありますが、学校自体にプールが無い場所もあるんですし」

 

「……あっ!」

 

 

 その言葉を聞いて漸くサクラっちが憂鬱そうにしている事に合点がいった。

 

「サクラっち、泳ぐの苦手でしたね」

 

「い、一応泳げます! ですが、あまり長い距離を泳ぐ事が苦手で……」

 

「苦手は克服するべきだよ! 練習しましょう!」

 

「で、ですが……他の人に見られるのは恥ずかしいですし……」

 

「そう……」

 

 

 私はサクラっちと話しながら、携帯でシノっちと連絡を取り合っている。サクラっちがそうやって逃げる事は想定済みなので、私は次の手を既に打ってあるのだ。

 

「シノっちから許可を貰えたから、明日桜才学園のプールで泳ぎの練習だね! もちろん、タカ君も来てくれるそうだから」

 

「またタカトシ君に迷惑を掛けちゃう……」

 

「……タカトシ『君』?」

 

 

 サクラっちは確かタカトシさんと呼んでいたはずだけど、いつの間にか関係が進展している……これは近々サクラっちが私の新しい義妹になる日が近づいたという事なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナに頼まれ、私たちは休日の学校のプールサイドに集合していた。

 

「英稜学園生徒会副会長の森サクラです! 今日はお願い致します!」

 

「気合いが入っているのは良いが、これは没収だ」

 

「あぅぅ……」

 

 

 森が抱えていた浮き輪を回収し萩村に手渡す。べ、別に何か意図があって萩村に渡したわけではなく、偶々近くにいたのが萩村だっただけだからな!

 

「……会長、表情に出てますよ」

 

「なにっ!?」

 

 

 タカトシに耳打ちされ、私は萩村に視線を向けた。すると物凄いジト目で私の事を睨んでいる萩村がそこにいた。

 

「……と、とりあえずだ! どのくらい泳げるのかチェックしておく必要があるな!」

 

「シノちゃん、急に早口になってない?」

 

「なってない! アリア、お前も手伝え」

 

「は~い」

 

 

 萩村から逃げ出すように、私はプールの中に入る。もちろん準備運動はしっかりとしたし、飛び込むなどという事もしないので安全だ。

 

「まずは軽く泳いでみろ」

 

「わ、分かりました……」

 

 

 森が水の中で目を開けていられるかどうかを確認する為に、私たちはとある行動を取った。だが、それに対してのツッコミは無かったので、どうやらまずはそこを克服させる必要があるようだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中から遊び始めたシノさんたちを無視して、俺はサクラの泳ぎの特訓に付き合っていた。

 

「ぜ、絶対に手を放さないでね!?」

 

「大袈裟じゃないか? 足がつくんだし、そこまで怯える必要は無いと思うんだが……」

 

「タカトシ君は泳げるから良いけど、私は泳げないんだから! 足がつくつかないの問題じゃないんだよ!」

 

「そうなのか……」

 

 

 未だに違和感をぬぐえないが、下着を見てしまった事を許してもらう為にこちらから交換条件を申し出たのだから、慣れるしかないか……

 

「ところで、タカトシ君は子供の頃から泳げたの?」

 

「どうだったかな……その辺りはよく覚えてないが、泳げなくて苦労した覚えはないから、泳げたんだと思う」

 

「羨ましい……」

 

「サクラだって、全く泳げなかった時と比べればだいぶ成長しているんじゃないのか?」

 

 

 慰めになるかは分からないけど、ここで落ち込まれたら練習が滞ってしまうから、何とか絞り出してそう言うと、何となく複雑そうな表情を浮かべながらもこちらの意図を察してくれたようで、再び気合いを入れ直していた。

 

「それじゃあ、もう一度お願いします!」

 

「お願いと言われても、俺は手を持ってるだけなんだが」

 

「それがあると無いとじゃ大違いだから、気にしなくていいよ」

 

「はぁ……ところで、あっちで遊んでる連中は放っておいて良いのだろうか?」

 

 

 一応泳ぎの練習をする為という名目でプールを使わせてもらっているのだから、遊んでるところを見られたら怒られるんじゃないだろうか……

 

「あの三人は兎も角として、スズさんまであっちに加わるとは思いませんでした……」

 

「いや、スズは足がつかないらしいから」

 

「なるほど……」

 

 

 サクラから回収した浮き輪を使って浮かんでいるスズを見て、俺たちは同時にため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君との練習のお陰で、恥ずかしくない程度には泳げるようになった私は、自信をもってプールの授業に臨めるようになった。

 

「去年より成長した私の姿を見せてやります!」

 

 

 気合を入れてプールの授業に向かうと、男子だけでなく、女子の視線も私の身体の一部に向けられていた。

 

「「(確かに去年より成長してる)」」

 

「何処見てるんですか!?」

 

 

 全員の視線から逃れるように、私は身体をよじってその一部を隠した。

 

「(タカトシ君はそんな事なかったのに)」

 

 

 とても同い年とは思えないくらいの差が、クラスメイトたちとタカトシ君との間にあると、私は改めて思い知らされたのだった。




男子も女子も見てたけど、気になるものなのか?


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他力本願

畑さんもこうなると分かっててやってるからなぁ……


 最近暖かくなってきたので、生徒会室の窓を開けて風に当たっている。エアコンの風は涼しくて確かに良いけど、こういった自然の風もなかなか悪くないのよね。

 

「七条先輩、胸のところに虫が止まってますよ」

 

「えっ?」

 

 

 スズちゃんに言われて漸く、私はブラウスの胸のところに虫が止まっている事に気が付き、慌てて追い払った。

 

「全然気が付かなかった」

 

「胸が大きいと感度が低いっていうのは本当だったんですね」

 

「どうなんだろうね~」

 

 

 どことなく責められている感じがするのは、私の気のせいだろうか?

 

「へーそーなんだー」

 

「会長、胸ポケットの携帯鳴ってますよ? というか、分かってますよね?」

 

 

 シノちゃんが悔し涙を流しながら携帯に出る。そこまで悔しい思いをする事かなぁ……

 

「あぁタカトシか、どうした? ……そうか分かった。そっちはお前に任せるから、こっちの心配はしなくて良いぞ」

 

「どうかしたの?」

 

「あぁ。見回り前に横島先生が男子生徒を空き教室に連れ込もうとしたのを見つけたらしいから、そのまま説教する事になったらしい」

 

「相変わらず、どっちが教師だか分からない構図ですね……」

 

「まぁ、タカトシ君だしね~」

 

 

 この学園のどの教師よりも教師らしいと陰で言われているくらいだから、タカトシ君が横島先生を説教してても不思議ではないのかもしれない。だけど、立場上生徒であるタカトシ君が教師である横島先生を説教する図というのは、違和感を覚えるものなのかもしれないね。

 

「というわけで、この量の書類を我々三人で処理する事になった。ガンバロー!」

 

「会長、カタコトになってませんか?」

 

「ちょっと大変ね~」

 

 

 タカトシ君がいてくれればそれ程大変では無いだろうけども、私たち三人で処理するとなると、かなりの時間を要する事になりそうね……これは、出島さんにお迎えを頼む事も考えておいた方が良いかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は特に問題なく見回りが済み、生徒会の仕事もそれほどではないので早く帰れるかと思っていた矢先、新聞部の畑が生徒会室にやってきた。

 

「桜才新聞にクイズコーナーを入れようと思っているのですが」

 

「良いんじゃないか? だが、そんな事をわざわざ報告しに来たわけじゃないだろ?」

 

「えぇ。クイズコーナーを作るにあたって、生徒会の皆さまに問題を作っていただきたいと」

 

「恐ろしく他力本願だな」

 

 

 桜才新聞の最大の売りは、タカトシのエッセイだ。ただでさえ新聞部に協力している人間がいるのに、またしても人任せとは……

 

「ねーねーおねがーい!」

 

「俺に色仕掛けをしても何の効果もありませんが」

 

「わかった! 作るから離れろー!」

 

「ふっ、計画通り」

 

「……コトミに感化されてる?」

 

 

 畑の狙い通りに問題作成を引き受けた私たちとは別に、タカトシは畑の言葉に引っ掛かりを覚えていた。確かに若干厨二臭かったし、この学園で厨二と言えばコトミだろう。

 

「しかしクイズと言っても、私たちはそういう事はあまり得意ではないんだが」

 

「昔作ったのならあるんだけどな~」

 

「……タカトシに怒られそうだから、これは没だ」

 

「やっぱり~? 私たちが一年の頃に作った問題だからね~」

 

「そっちも問題だが、簡単すぎてつまらないだろ?」

 

「……簡単?」

 

 

 萩村が首を捻ったが、私たちのように元々がそういう事を考えて生きていた人間からしてみれば、この問題は考えるまでもなく分かるだろうな。

 

「轟あたりに今度出してみるといい」

 

「全力で遠慮します」

 

「ところで津田先生、今月分のエッセイ拝見させていただきましたが、相変わらず胸打つ良い話でした」

 

「はぁ……貴女の収入源になっているのが納得いきませんが、好評なようで何よりです」

 

 

 タカトシは心底複雑そうな表情で畑と話しているので、問題作成は私たち三人で担当する形となった。結局下校時間ギリギリまで問題を考えていたので、生徒会作業はタカトシが全て終わらせてくれた。

 

「お疲れ様でーす! タカ兄、たまには一緒に帰ろうよ~」

 

「こんな時間まで何でお前がいるんだ?」

 

「えっと……ちょっと先生の手伝いを頼まれまして」

 

 

 どうやらコトミはまた何かやらかしたようで、気まずそうにタカトシから視線を逸らして頬を掻いていた。

 

「ところで会長たちは何でお疲れモード?」

 

「桜才新聞に新しくクイズコーナーを設けようと思いまして、会長たちにはその問題を考えていただいていたのです。それでは生徒会の皆さま、この問題は私の方で預からせていただきます」

 

「あぁ……」

 

 

 生徒会室から去って行った畑に軽く手を上げ、私たちはその場に突っ伏す。

 

「皆さん、お疲れ様でした。貴女たちの役目は終わりだ、ゆっくり眠ると良い」

 

「なんだその、お前は用済みだ的なボス特有のセリフは!」

 

「会長、良く分かりましたね」

 

「まぁ、このくらいなら何とかなる」

 

 

 最近カナから進められてRPGを少しだけやっていたから、コトミがそういう事を考えて言ったんだろうという事が分かってしまった。だがまぁ、労おうという気持ちがあっただけ善しとするか……相変わらず厨二全開だけどな。




そして思惑通りに動くシノたち……


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おかずを求めて

この作品で「おかず」って言うと厭らしく見える不思議……


 午前の授業が終わり、お昼ご飯タイムだというのに、私は空っぽのお弁当箱を見て落胆する。

 

「早弁するんじゃなかった……」

 

「自業自得だろ」

 

「今日に限ってタカ兄もお義姉ちゃんも早くて、私を起こしてくれなかったんだもん」

 

「それって完全に逆恨みだよね? 津田先輩も魚見さんも悪くないじゃん」

 

「分かってます……」

 

 

 マキの言うように、タカ兄もお義姉ちゃんも悪くないのだ。悪いのは自分一人で起きられなかった私なのだ。

 

「購買に行って何か買ってくれば?」

 

「それが、お財布忘れて……」

 

「定期だけはちゃんと持ってきたんだ……」

 

「ポケットに入れっぱなしだからね~」

 

「自慢する事じゃないだろ」

 

 

 トッキーにツッコまれて、私は机に突っ伏した。みんなが食べているのを見たくないというのもあるが、これ以上喋って余計なエネルギーを消費しないようにしたのだ。

 

「仕方ないな、少し分けてあげるよ」

 

「じゃあ私も」

 

「ほんとうっ!?」

 

「コトミ、お弁当箱貸して」

 

 

 マキにお弁当箱を貸して、何をするのか黙って見ている事にした。

 

「まずは津田先輩たちがいるであろう生徒会室に行こう」

 

「何でタカ兄?」

 

「事情を説明して、おかずを分けてもらおうと思って。あそこなら天草会長たちもいるだろうし」

 

「面白いって言って参加してくれるかもね」

 

 

 タカ兄は兎も角、シノ会長たちはノリノリで参加してくれるだろう。マキの提案に乗って、私たちは生徒会室を目指したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと話しておきたい事があったので、お昼に集まってもらったので、私たちは生徒会室で昼食を摂る事にした。するとそこに、コトミたち一年生トリオがやってきた。

 

「何かあったのか?」

 

「実はですね――」

 

 

 八月一日の説明を聞いて、タカトシが頭を押さえた。たぶん情けない妹だ、と思ったんだろうが、私たちはその企画に乗る事にした。

 

「まずはご飯を入れて」

 

「主食と野菜を入れて」

 

「うーん……彩りが寂しくありませんか?」

 

「赤が欲しいな」

 

「ですが、赤色なんてありませんよ?」

 

 

 タカトシはコトミに説教しているので、私たちだけでコトミの弁当を作っていたのだが、やはりここにいる面子だけでは厳しいな……

 

「よし! 各自の教室に行っておかずを提供してもらおうじゃないか!」

 

「じゃあまずはウチのクラスですね」

 

 

 意外とノリノリの萩村を先頭に、私たちは弁当箱片手に萩村たちのクラスを訪れた。

 

「えっ、おかずを分けて欲しい?」

 

「かくかくしかじか」

 

「そうなんだ。じゃあこのほうれん草の肉巻きを――」

 

「野菜食べなさい」

 

「んほーっ!?」

 

 

 おかずを提供してくれそうだった轟だったが、どうやら自分が嫌いなものをこちらに押し付けようとしてただけのようだった。

 

「次は職員室にでも行ってみるか」

 

「そうだね~」

 

 

 とりあえず別のおかずを貰い、私たちは職員室に向かった。

 

「えっ、おかずを分けて欲しい?」

 

「かくかくしかじか」

 

「事情は分かった。だがただではやれんな。私にじゃんけんで買ったらいいぜ。最初はグーな」

 

 

 そういって横島先生は縦にして拳を突き出す。親指が人差し指と中指の間に挟まっているのは、彼女の癖だろうか。

 

「厭らしい手つきしないでください」

 

「何言ってるんだ。手コキが厭らしいのは当然だろ」

 

「だな」

 

「そうだね~」

 

「……ちょっと待て。勝手に私のセリフを改竄するのは止めろ!」

 

 

 何故だか横島先生が思い返したセリフを理解した萩村が慌て始める。確かに平仮名の『つ』と片仮名の『コ』ってパット見ると似てるよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄に怒られている間に、シノ会長たちが私のお弁当箱を持って帰ってきた。

 

「寄せ集め弁当の完成だ!」

 

「わーおいしそ~」

 

「その前に言う事があるだろ」

 

 

 タカ兄に睨まれて、私は会長たちに頭を下げた。

 

「わざわざありがとうございました」

 

「意外と楽しかったから気にしないで~」

 

「そうだぞ。それに、早く食べないと時間が無くなるからな」

 

 

 アリア先輩とシノ会長の厚意に甘え、私は早速お弁当を食べ始める。

 

「むっ! これはシノ会長の卵焼き! 相変わらず絶品ですね~」

 

「分かるのか?」

 

「タカ兄のお陰で、舌には自信があるんです」

 

「ちなみに、人間って味覚よりも嗅覚で味を感じるらしいわよ」

 

「そうなんですか!? じゃあさっそく」

 

 

 私はスズ先輩から得た知識を使って、表現し直す事にした。

 

「あー会長のにおいは絶品だな~」

 

「ただの変態だろうが!」

 

「痛っ!?」

 

 

 タカ兄にチョップされて、私は叩かれたところを押さえる。加減してくれてるとはいえ、不意打ちはやっぱり痛いんだよね。

 

「ごちそうさまでした~! 皆さんのおかげで、午後も乗り切れそうです」

 

「そうか、それは良かったな」

 

「このご恩は、いずれお返ししますので」

 

「そんな、気にしなくて良いよ~」

 

「そうね」

 

「コトミが真面目になれば、それが一番の恩返しだからな」

 

「皆さん――」

 

『『『グー』』』

 

 

 私が感動したところで、三人のお腹の虫が鳴いた。私にご飯やらおかずやらを分けてくれた所為で、若干足りなかったみたい……

 

「えっと……タカ兄、お金貸して? 購買で何か買ってくるよ」

 

「……後で返せ」

 

 

 最初からタカ兄にお金を借りて、購買でお弁当でも買えば良かったよ……




だいぶ感覚がマヒってるんでしょうね……


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柔道部体験入部

今年最後の投稿になります


 校内の見回りをしていると、掲示板に柔道部のお報せが貼られていた。

 

「体験入部?」

 

「ハイ! 柔道を気軽に楽しんでもらおうと思って。一緒に青春の汗を流しましょう!」

 

「じゃあ、体験してみようかな」

 

 

 最近運動不足気味だし、体験入部程度なら私にだって出来るだろうし、アリアや萩村も問題無く出来るだろう。

 

「じゃあ俺は見学します」

 

「(シャワー浴びとかなきゃ……汗臭いかも)」

 

「青春の汗は?」

 

 

 タカトシが見学に来るという事で、三葉が乙女モードに入ったのを察した萩村がすかさずツッコミを入れる。忘れがちだが、萩村もツッコミ側の人間だから、こういう時は素早いんだな。

 

「とりあえず皆さん、道着に着替えましょう」

 

「はーい」

 

「ん?」

 

 

 柔道場に移動し、まずは道着に着替える事になった私たちだが、よく見れば一人増えているではないか……

 

「コトミも体験入部か?」

 

「違います。私は道場破りです」

 

「ふざけた事言ってると、タカトシとカナに報告して監視の目を厳しくしてもらうぞ?」

 

「そ、それだけは……」

 

「まぁまぁシノちゃん。コトミちゃんのこういった発言は何時もの事だし、素直に体験入部っていうのが恥ずかしいだけかもしれないしね」

 

「まぁ、そういう事にしておこう」

 

 

 とりあえず道着に着替えた私たちは、コトミの冗談で始まった道場破りごっこを見学する事にした。

 

『始め!』

 

「道場破りを生で見るのは初めてだ」

 

「………」

 

「まぁタカトシ、コトミが自発的に運動をしようとしたことを褒めてあげて」

 

「この前太ったとか言ってたから、それが目的だとは思うがな……」

 

「なるほど……」

 

 

 兄妹の仲がいいと、そういう事も伝わるんだな……というか、コトミも太ったのか? 見た感じではさっぱり分からないが……

 

『一本!』

 

「まぁ、ムツミに勝てるわけないわよね……」

 

「というか、あんなりすぐ負けたら、運動にならないんじゃないか?」

 

 

 秒殺されたコトミに、タカトシは呆れているのを隠そうともしない視線を向け、コトミは恥ずかしそうにトッキーのところに逃げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムツミ先輩に瞬殺され、タカ兄の冷たい視線から逃げてきた私は、トッキーに柔道について教わっていた。

 

「――という感じだ」

 

「なかなか難しいね~」

 

「あとはルールを覚えるともっと楽しめると、主将があっちで言ってるな」

 

「ルール?」

 

「一本の時は腕を上に上げ、技ありの時は横に、有効の時は斜め下に、という感じだ」

 

「憶えられるかな?」

 

 

 それ程多くは無いけども、私って興味がない事を覚えるのが苦手なんだよな……あっ、そうだ!

 

「女子らしく恋愛に置き換えれば覚えやすいかも」

 

「恋愛?」

 

「一本は四つん這いになってる相手にフィ〇ト〇ァックする感じで、技ありが腕枕、有効が手を繋ぐって覚えれば良いんじゃないかな?」

 

「何言ってるのか分かんねぇよ! というか、兄貴が怖い顔をしてお前の事を見てるが?」

 

「な、何でもないからね!?」

 

 

 相変わらず勘が良いタカ兄が私の事を怖い顔して睨んでたので、私はすぐさま否定してトッキーと組手をする事にした。

 

「お前、帯解けてるぞ」

 

「あら」

 

「しっかりしめておけ」

 

「そんなにきつく締めたら、解けなくなるんじゃない?」

 

「そこまでじゃねぇよ」

 

 

 トッキーにしっかりと帯を締めてもたらったお陰で、組手の間解ける事は無かった。

 

「ワリィ、ちょっとタイム」

 

「どうしたの?」

 

「トイレ」

 

「なるほど」

 

 

 トッキーと一緒にトイレに向かうと、何故か困った表情で私の事を見てきた。

 

「解けない……」

 

「帯が?」

 

「ズボンのひもが……こんがらがった」

 

「相変わらずドジっ娘め」

 

「今わりと切羽詰まってるから!! というか、解くの手伝ってくれ!」

 

「仕方ないな~」

 

 

 トッキーのズボンのひもを解くために、私はトッキーの前にしゃがむ。ちょうどそのタイミングでシノ会長がやってきて、驚きの声を上げた。

 

「トッキーがコトミを従えてるっ!?」

 

「チゲェよ!」

 

「ただのドジっ娘ですよ~。ズボンのひもがこんがらがったので、解いてあげてるだけです~」

 

「何だ、ビックリさせるなよな……てっきりトッキーがコトミに舐めさせてるのかと思っただろ」

 

「それはそれでありですね」

 

「無しだよ! というか、どんな発想だよ……」

 

「はい、解けたよ」

 

「サンキュー!」

 

 

 余程我慢していたのか、トッキーは凄い勢いでトイレに駆け込んでいった。

 

「ところで、シノ会長はここに何の用で?」

 

「……しまった! 私も切羽詰まってるんだった!?」

 

「会長もドジっ娘ですか?」

 

「いや、ひもはこんがらがっていないが……」

 

「おーいトッキー! 会長がお漏らししちゃうから早く出てだってさ~!」

 

「そ、そんな事言ってないぞ!?」

 

 

 ドア越しにトッキーに催促すると、会長が慌ててそれを否定する。だけで表情に余裕が感じられないので、恐らく私の言った事が大袈裟だという事は無いだろう。

 

「何なら本当に舐めましょうか?」

 

「その必要は無い! ちょうどトッキーが出てきたからな」

 

「あらら……ちょっと残念」

 

「私にそっちの趣味は無いからな!」

 

 

 きっちりと否定していってから、会長はトイレに駆け込んだのだった。




ちょっと早いですが、よいお年をお迎えください


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体験入部後の心境

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします


 柔道部に体験入部したお陰か、普段から身体を動かしておこうという気分になり、私たちは生徒会業務の前に軽く運動する事にした。

 

「普段から気を付けているつもりだったが、部活をやっている連中と私たちとでは、やはり体力に差があったな」

 

「会長、ムツミと比べたら誰だって体力不足ですよ……」

 

「いや、三葉もそうだが、トッキーや他の部員たちと比べても、私たちは劣っていただろ」

 

「そりゃ部長がムツミですから……かなりの運動量をこなしてるみたいですよ」

 

 

 余程運動したくないのか、萩村が柔道部の練習メニューの一部を教えてくれた。確かにこれだけ運動していれば体力もつくだろうが、私たちがだらけて良い理由にはならないな。

 

「軽く運動するだけで、眠気を吹き飛ばす事が出来るだろうし、これから夏本番だからな。少しでも痩せるように頑張ろうじゃないか」

 

「それが本音かっ!?」

 

 

 つい本音が出てしまい、萩村は私にツッコミを入れてきた。そういえば、さっきからアリアが大人しいが、何をしているんだ?

 

「何見てるんだ?」

 

「あそこ。タカトシ君とムツミちゃんが何か話してる」

 

「本当だ……」

 

 

 少し離れたところで三葉がタカトシに何かを話しているようだが、この距離じゃ声は聞こえない……

 

「萩村、唇の動きから分からないか?」

 

「さすがにこの距離じゃ分かりませんし、タカトシの唇の動きはここからじゃ見えませんし」

 

「そうだな……」

 

 

 気になるが、これ以上近づけばタカトシに気づかれる可能性が高くなるし、そうなると怒られる可能性もあるわけだから、私たちは大人しく運動して生徒会室に戻る事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちが生徒会室に戻ってきたのとほぼ同時に、タカトシも生徒会室に顔を出した。さっきまでムツミと何話していたのかが気になるけど、聞いたところで素直に答えてくれるか分からないし、私だけが気にしてるみたいで何だか恥ずかしい……

 

「なに?」

 

「何が?」

 

「いや、人の顔をジッと見てるから、何か聞きたい事でもあるのかと思って」

 

「そんなに見てないわよ」

 

 

 また心の裡を見透かされたのかと思ったけど、どうやら無意識にタカトシの顔を見ていたみたいね……

 

「タカトシ君、さっき体育館の側にいた~?」

 

「えぇ、ちょっと三葉と話してたので。というか、皆さんも体育館にいましたよね?」

 

「やっぱり気付いてたのか」

 

「あれだけ見られれば、誰だって気付くと思いますが」

 

 

 それ程見ていたつもりは無かったのだが、どうやら私たちはタカトシの事をジッと見ていたようで、タカトシには気付かれていたようだった。

 

「それで、何を話してたんだ?」

 

「会長たちが体験入部してくれたのは良かったんだけど、それ以降希望者がいないって相談されていただけです」

 

「何故タカトシに相談するんだ? 部員の確保なら顧問の大門先生に相談するべきだと思うんだが」

 

「俺もそう思いましたが、無下にする事も出来なかったので相談を受けていただけです」

 

「それで、なんて答えたの~?」

 

「気長に待つしかないと言っておきましたが、団体戦に出られるだけの人数はいるわけですし、焦る必要は無いとも言っておきました」

 

 

 タカトシの答えはもっともなもので、文句のつけようがないものだった。まぁムツミがそれで引き下がるとも思えないけど、タカトシに相談しにくくなったのは確かよね……

 

「(何を考えてるんだ私は……)」

 

 

 ムツミとタカトシが一緒にいる時間が増える心配がなくなってホッとした自分にツッコミを入れて、私は生徒会業務に戻る事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トッキーと組手をして、自分の未熟さを思い知らされた私は、レベルを上げる為に今日もダンジョンに向かう事にした。

 

「――ゲームは宿題を終わらせてからだよ?」

 

「お、お義姉ちゃん……居たんだ」

 

「タカ君から、今日は食材の買い出しするから、コトちゃんの監視を頼まれたんだ。そのお礼に、今日の晩御飯はタカ君が用意してくれるって」

 

「タカ兄め……少しは私の事を信頼してくれてもいいじゃないか……」

 

 

 自分で言っておきながら、私の何処を信頼出来るのかと疑問に思ってしまった。最近は大人しくしているとはいえ、私が問題児なのには変わりはないし、下手をすればまた留年や退学のピンチに陥るのは目に見えている。それが分かっていながら改善出来ない私を、誰が信頼してくれるというのだろうか……

 

「とりあえず宿題が終わればゲームしても構わないんだから、まずはそっちを終わらせちゃいましょう」

 

「宿題といっても、今日はそれ程多くないから後でも……」

 

「そう言って結局やらずに学校に行くんだから、先に終わらせなきゃダメだよ」

 

「はーい……というか、よく宿題がある事が分かりましたね」

 

 

 タカ兄なら読心術で私が嘘を言っている事に気付いても不思議ではないが、お義姉ちゃんは読心術使えないし。

 

「タカ君が先生から聞いたのを、私にメールしてくれたんです」

 

「そういう事か……」

 

 

 少し考えれば分かる事だったが、私は大げさに納得してみせて、カバンから宿題を取り出してお義姉ちゃんに聞きながら終わらせたのだった。




相変わらずタカトシの信頼度は高い


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風邪を引いたコトミ

それくらいで風邪を引くなよ……


 コトミちゃんが風邪を引いたらしく、私は朝から津田家を訪れた。しかし学校が休みだったからよかったけど、平日だったらどうしてたんだろう?

 

「タカ君、おはよう」

 

「おはようございます、義姉さん。すみません、こんな時間から」

 

「ううん、気にしなくて良いよ。タカ君に頼られるのは嬉しいし、今のところ私以外に頼らせるつもりも無いから」

 

「はぁ……とりあえず俺は家事を終わらせますので、コトミの様子を見ておいてください。目を離すとゲームでもしそうですから」

 

「テレビはリビングにしか無いんだし、大丈夫じゃない?」

 

「いえ、ポータブルゲームです」

 

 

 今の時代、携帯ゲームも普及してるので、確かにその可能性はありそうですね……タカ君に頼まれてコトミちゃんの部屋に向かうと、中は少し静かすぎるように感じた。

 

「コトちゃん? 起きてますか? 入りますよ?」

 

『お、お義姉ちゃん!? ちょっと待ってください』

 

 

 どうやら起きていたようだが、コトちゃんは少し慌ててるように感じられた。恐らくタカ君が心配してたようにゲームでもしているんだろうと思い、私はコトちゃんの許可無く部屋の中に入る事にした。

 

「コトちゃん、風邪を引いてるんだから大人しくしてなきゃ――どうして裸なんですか?」

 

「いやちょっと……熱で頭がくらくらしてきて、ついでにムラムラしてきたから発散しようと思って……タカ兄が家事に精を出している間なら、大丈夫かなって……」

 

「タカ君には黙っててあげるから、早く服を着なさい」

 

「はい……」

 

 

 ムラムラする気持ちは分からないでもないけど、風邪を引いているのに全裸で発散しようとするとは……相変わらずコトちゃんは私の想像の上を行く変態ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見られたのがお義姉ちゃんだったからまだよかったけど、タカ兄に知られたら何を言われるか分かったもんじゃないので、お義姉ちゃんにもう一度だけ念を押してから、私は大人しくベッドの中に戻った。

 

「本当に言わないでくださいね?」

 

「大丈夫だよ。それより、今は体調、問題無いの?」

 

「少し怠いくらいですかね。最近色々と頑張ってた所為で、疲れがたまってたのかもしれません」

 

「頑張ってたって?」

 

 

 お義姉ちゃんが首を傾げて私の事を見詰めてくる。確かに私が何かを頑張ってたと言っても、パッと思いつくような事に心当たりは私にも無いので、お義姉ちゃんの反応は当然だと言えるだろう。

 

「授業中に寝ないように気を張ってみたり、手を抜いていると思われないように掃除を頑張ってみたり、柔道部に体験入部してみたりと、普段しない事をした疲れが出たんだと思います」

 

「……柔道部への体験入部以外は、割と普通の事だよね?」

 

 

 お義姉ちゃんのツッコミは、普通の人間には当てはまるかもしれないが、私には当てはまらない事なのだ。普段から不真面目な私が、授業に集中したり掃除を真面目にやったりするのは、かなり疲れる事なのだ。

 

「あんまりタカ君に負担を掛け過ぎるのは良くないよ? ただでさえコトちゃんの相手をしてるせいでタカ君が自由に使える時間が限られてるのに」

 

「それは分かってるんですけどね……どうにもこうにもタカ兄に甘えちゃうんですよ。長年の癖、ってやつですかね」

 

 

 私だって何時までもタカ兄の世話になれるとは思っていないので、自立しなければと思ってはいる。だけどどうしてもタカ兄にやってもらった方が早いという考えが頭を過ってしまうのだ。

 

「とりあえず、普通に授業と掃除はこなそうね?」

 

「善処します」

 

 

 タカ兄に迷惑を掛けているのは確かなので、私は御義姉ちゃんの言葉に力なく項垂れながらそう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家事が一通り終わったので、俺はコトミの様子を見る為に部屋を訪れた。中から義姉さんの声が聞こえてくるという事は、コトミは一応起きているのだろう。

 

「コトミ、何か食いたいものはあるか?」

 

「食べたい物かぁ……」

 

 

 俺の問いかけにコトミは少し考え込む。体調が悪いから何が食べられるか考えているのかと思ったが、どうやらろくでもない事を考えているようだったので、先に釘を刺しておくことにしよう。

 

「実在している物しか受け付けないからな」

 

「さすがタカ兄……マンガ肉って答えようとしてたのに、ボケを先に潰されちゃった」

 

「くだらんことに付き合ってる暇は無いからな」

 

「じゃあリンゴ」

 

「了解」

 

 

 昨日の内に買い物は済ませておいたので、果物もある程度買ってある。俺はキッチンに向かいリンゴを剥いて再びコトミの部屋を訪れる。

 

「ほら、剥いてきたぞ」

 

「食べさせて」

 

「……随分と甘えてくるな」

 

 

 自分で食べろと突っぱねようとも思ったが、今日くらいはという考えてコトミにリンゴを差し出す。

 

「もぐもぐ……王様になった気分じゃ」

 

「お前元気だろ? 後は自分で食べろ。俺はこれからバイトだ」

 

「後の事は私に任せて」

 

「すみません、義姉さん。お願いします」

 

 

 わざわざ義姉さんを朝から呼んだのは、俺が半日バイトだからだ。そうじゃなければこんな時間から義姉さんに頼る事は無かったんだがな……まぁ、最近の義姉さんなら大人しくしてくれると信じられるから頼ったんだが……




タカトシの方が倒れそうなんだけどな……


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閉じ込められた生徒会役員共

自分は昔風呂場に閉じ込められたことがあります


 一学期の終業式も終わり、生徒会室で細々とした作業を済ませ、それも無事に終わった。

 

「これで無事に夏休みを迎えられるな」

 

「そういえば、コトミちゃんのテストの結果はどうだったの~?」

 

「お陰様で、平均すれすれでした」

 

 

 タカトシとカナが普段から散々勉強を教えているというのに、何故コトミの頭は良くならないのだろうか……

 

「一ヶ月無人になるので、戸締りをしっかりとしておかないといけませんね」

 

「まぁ、何日かは登校してもらう日もあるだろうが、それも夏休み後半だからな。畑が忍び込む可能性もあるし、戸締りはしっかりとしておくに限る」

 

 

 ついこの間も、生徒会室にカメラが仕掛けられていたのだ。もちろん、タカトシがすぐに撤去してくれたお陰で、おかしなものは何も撮れていないのだが。

 

「これでよし。後は私たちが出て、扉に鍵を掛ければ密室の完成だ!」

 

「シノちゃん、推理小説の読み過ぎじゃない?」

 

 

 珍しくアリアにツッコまれたので、私は思わず笑ってしまった。

 

「アリアにツッコまれるなんて、何時以来だろうな」

 

「とにかく、早く出ましょう」

 

「そうだな……?」

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、開かないんだが……」

 

「……ノブが壊れてますね」

 

「マジで!?」

 

 

 冷静にドアノブを見たタカトシが、困ったように告げてきたので思わず声が裏返ってしまった。まぁ、助けを呼べばいいだけだろ。

 

「みんな、携帯は?」

 

「教室に置きっ放し」

 

「同じく」

 

「私も……」

 

「むっ……私も持ってきてないぞ……」

 

 

 誰かしら持っていると思っていたんだが、どうやら助けを呼ぶのは難しそうだな。

 

「すでに下校時間も過ぎて人も少ない……閉じ込められてしまったか」

 

「電気を付けたまま夜を迎えれば、異変に気付いてもらえるかも」

 

「もう少し早期解決を狙おう」

 

 

 現在の時刻は午前十一時。いったい何時まで生徒会室にいさせるつもりなんだ、アリアは……

 

「萩村、どうかしたのか?」

 

「実はトイレ我慢してまして……」

 

「ペットボトル使う?」

 

「いやいや、タカトシの前でするのは……」

 

 

 タカトシがいなかったら考えたのだろうか……まぁ、女子同士なら気にすることも無いか。

 

「仕方がない。誰か通るまでトークでもして気を紛らわそう」

 

「そうですね」

 

 

 まだ先生方は残っているだろうから、見回りに来た時に外から開けてもらえば何かとなかるだろうと考え、萩村の気を紛らわせる方向にシフトチェンジした。

 

「そういえば私たちが置かれてる状況って、あの都市伝説に似てるね」

 

「都市伝説?」

 

 

 アリアが仕入れてくる都市伝説は、結構な割合で胡散臭いのだが、こういう時興味を惹かれるんだよな……

 

「とある学校での話なんだけど、終業式の日に扉が壊れた倉庫に生徒が一人閉じ込められちゃったらしいんだよね。周囲には人はいないし携帯も持ってなかったから助けも呼べずじまい。結局彼が発見されたのは始業式……ミイラとなって――」

 

「尿意加速させるな!!」

 

「あの、シノ会長?」

 

「な、何でもないぞ!? アリアの話が怖くて腰を抜かしてしまって、自力で立てないから君にしがみついているわけではないからな!」

 

「はぁ……」

 

 

 あんまり信じてもらえてない感じだが、とりあえず足に力が戻ってきたのでタカトシから離れる。

 

「しかし、このままでは冗談では済まなくなりそうだな……タカトシ、このドアを蹴破る事は可能か?」

 

「やろうとすれば出来ない事もないですが……修繕費はどうするのですか? ノブだけならそれほどかかりませんが、ドア丸ごととなると――」

 

「そうか……それでは、蹴破るのはあくまでも最終手段という事にして、早く誰か通らないだろうか……なんだか私もトイレに行きたくなってきたぞ」

 

「シノちゃんも? 実は私も……」

 

 

 この場にタカトシがいなければ、三人ともペットボトルで済ませる事が出来たのに……

 

「仕方ありませんね……」

 

「タカトシ? そっちは窓だぞ」

 

 

 何故かドアから離れ、窓の方へ向かうタカトシに、私たちは何をするのかと視線で問いかける。

 

「この程度なら、死ぬ事は無いでしょうし」

 

 

 そう言ってタカトシは窓の鍵を外し、おもむろに窓を開けて外に飛び降りた。

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 一切躊躇なく飛び降りたので、私たちは尿意も忘れて窓の外に顔を出しタカトシの安否を確認する。

 

「大丈夫かっ!?」

 

「平気です。とりあえず、外からなら開けられるんですよね?」

 

「あぁ、多分な」

 

 

 実際に開けたわけではないので何とも言えないが、外からなら開けられると思う。

 

「じゃあとりあえず戻りますね。もしダメなら、職員室から工具を借りてドアを外しましょう」

 

 

 タカトシが昇降口から校内に戻ってくるのを見送り、私たちは今の一連の動作について話す事にした。

 

「相変わらずの運動神経だな」

 

「いや、それで片づけられないと思いますが……」

 

「足とか大丈夫なのかな?」

 

「タカトシの事も心配だが、今は我々の尿意も心配だ……タカトシがいない今、ペットボトルで済ませてしまおうか?」

 

 

 全員の視線がペットボトルに向けられたタイミングで、外からドアを弄る音が聞こえた。

 

「お待たせしました」

 

「うぉぉぉぉぉ!」

 

「スズ、廊下は――まぁいいか」

 

 

 走り去った萩村を追いかけるように、私たちもトイレに駆け込んだ。我が校の校則で、尿意がヤバい時は廊下を走ってもいい事になっているので、タカトシも見逃してくれたしな。




校則でOKですからね……


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昆虫採集

殆どしたこと無いな……


 生徒会業務の一環でラジオ体操の手伝いをしていたら、近頃のキッズたちは昆虫を見た事が無いという事をしり、私たちは実物を見せてやる為に山へ虫採りにやってきたのだ。ちなみに、七条家の私有地なので、他の人と取り合いになることはない。

 

「相変わらずスケールがデカいな……」

 

「もう慣れてきたとはいえ、相変わらずよね……」

 

「タカ兄、ずっと上見てたら首が痛くなってきた」

 

「確かに……私もちょっと痛くなってきた」

 

 

 生徒会役員共+コトミで昆虫を探していたのだが、木の高い場所を探すので首に負担が掛かるのだ。

 

「私のように楽な姿勢で上を向くと良いですよ」

 

 

 七条家の私有地という事で、案内役としてついてきた出島さんが、地面に寝そべりながら昆虫を探している。

 

「今日は黒のフリフリですか」

 

「何を見てるんですかね?」

 

 

 昆虫を探していたのではなく、アリアのパンツを覗いていた事が発覚し、出島さんはタカトシに怒られることになった。

 

「出島さんは放っておく事にしても、なかなか見つかりませんね」

 

「子供たちの期待を裏切るわけにはいかん! 採れるまで頑張る!!」

 

「この紫外線の中、己の身を犠牲にする会長、かっこいい!!」

 

「……カブトムシ星に帰省中でいなかったことにしようか」

 

「子供の純粋を利用するな!」

 

「仕方ありません。とっておきを伝授しましょう」

 

 

 先ほどまでタカトシに怒られていた出島さんが、私たちの間に割って現れる。いるって分かっていてもちょっとビックリしたな……

 

「まず、樹液が出ている木を見つけ縛って印をつけます。夜になるとカブトムシを視れますよ」

 

「へー」

 

「私はタカトシ様に縛っていただきたいですけどね」

 

「……それじゃあ、夜になるまでもう少し探してみますか」

 

「スルーっ!? だがそれもいい!」

 

 

 タカトシに相手にされなかった出島さんだったが、それはそれで興奮出来るようで、私たちはその場に置いていく事にした。

 

「あっ、野生のタヌキですよ」

 

「子供が可愛いな」

 

 

 萩村と一緒に見つけたタヌキの親子で和んでいると、コトミがしゃがみ込んでいるのが視界に入った。

 

「こっちにも子供いましたー」

 

「何っ、もう一匹子ダヌキがいるのか」

 

「――クワガタの」

 

「「ギャー!?」」

 

 

 てっきりタヌキだと思って近づいた私と萩村は、コトミの手の中にいるクワガタの幼虫を見てダッシュで逃げ出した。これでも乙女だからな……虫は苦手なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかく見つけたクワガタの幼虫を見せようと思ってたのに、会長とスズ先輩が走って逃げてしまった。

 

「どうかしたのか?」

 

「あっタカ兄、クワガタの幼虫を見つけた」

 

「それでシノさんとスズが逃げていったのか……」

 

「まさか逃げ出すとは思わなかったよ――って、タカ兄カブトムシ捕まえたんだね」

 

 

 タカ兄の手に黒く光るものを見つけ、私はそれがカブトムシだと認識した。一瞬Gかとも思ったけど、立派な角が生えてたから間違えなくて済んだのだ。

 

「表面が硬くて黒いんだね~」

 

「なかなかのサイズですね」

 

 

 アリア先輩と出島さんがタカ兄の手にくっついているカブトムシを見ながらそんな感想を言い合っていると、カブトムシが落ちてタカ兄の下半身に貼り付いた。

 

「ガチガチだね」

 

「黒光りしてます……実物はどうなのでしょうか?」

 

「タカ兄のは立派ですよ」

 

「ほぅ……」

 

「何の話をしてるんですかね?」

 

 

 出島さんとタカ兄の下半身談義に花を咲かせようとしたところで、タカ兄が物凄いオーラを放っている事に気付き、私たちはひたすら頭を下げたのだった。

 

「み、皆様。一匹捕まった事ですし、一先ず戻りましょう」

 

「そ、そうですね! 汗かいたことですし、シャワーでも浴びましょうか」

 

 

 出島さんの発言に便乗して、私はダッシュで別荘に戻る事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幼虫から逃げた私と会長だけでなく、何故か出島さんとコトミまで汗だくになっていた。

 

「何かあったの?」

 

「ちょっとタカ兄のプレッシャーから逃げてきたので……」

 

「また何かしたの?」

 

「いえ……タカ兄の下半身に落ちたカブトムシの話を出島さんとしてただけなんですが――ちょっと過激な表現になってしまったので」

 

 

 相変わらずぶっ飛んだ妹なのね……

 

「えっと着替えは……あぁっ!?」

 

「な、なによ……」

 

 

 急に大声を出したコトミにびっくりして、私は少し後退った。

 

「替えの下着を忘れました……」

 

「それじゃあ、旅行中はその下着を使い続けるしかないんじゃない?」

 

「そうですね……」

 

 

 さすがにタカトシが持ってるはずもないし、私はそれだけ言ってシャワーを浴びる事にした。

 

『おや、コトミ。替えの下着はどうしたんだ?』

 

『スズ先輩に旅行中ずっとこのパンツを穿くように言われたので』

 

『っ!?』

 

「ちゃんと事情を説明しろ!」

 

 

 脱衣所から聞こえてきた会話に、私は大声でツッコミを入れた。まるで私が同じ下着を使うように強要してるような感じに聞こえたからだ。

 

「スズちゃん、どうかしたの?」

 

「いえ、コトミの表現にツッコミを入れただけです」

 

 

 隣でシャワーを浴びていた七条先輩に顔を覗き込まれてしまった……というか、相変わらずデカい……




タカトシが言っても事情を聞かれるだけでしょうから、スズに変更しました


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百物語

タカトシの本領発揮……?


 トイレに行って部屋に戻ってくると、何故か会長が蝋燭に火を灯してした。

 

「あれ、停電ですか?」

 

「いや、せっかくだから百物語をやろうかと」

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 

 べ、別に怖いわけではないけど、雰囲気的に怖がった方が良いかと思っただけだから大丈夫。

 

「じゃあまずは私からだな。こんな都市伝説を知っているかな? ある研究者が禁断の実験を行った話だ。まず目隠しをした被験者に水をたらし続ける。その水を被験者に本人の血だと錯覚させす。その結果被験者はショック死してしまったらしい」

 

 

 な、なかなかの話ね……だがまぁ、耐えられないことも無いわね……

 

「それ私もやった事があります」

 

「え?」

 

 

 やった事があるって、この話だと人が死んでるわけで……

 

「感度の低い相手に」

 

「(もっとだ。もっと空気を壊してくれ)」

 

 

 私が出島さんにそう願っているのを知ってか知らずか、今度は七条先輩が怪談を始める。

 

「これは私が実際に体験した事なんだけど、夜寝てたら窓の外がガタガタ鳴ってたの。その日は風もそれほど強くないのに変だなー、って思ったんだけどその時はそのまま寝ちゃったんだよね。でも気になって朝起きてカーテンを開けてみたら。窓一面に人の指紋と――」

 

「し、指紋と……?」

 

「乳紋が!」

 

「皆さん、何故私を見詰めるのですか? 照れるじゃないですか」

 

 

 またしても出島さんのお陰で空気がぶち壊れてくれた。これなら何とか私が怖がってるのを隠し通せるかもしれない。

 

「では皆様の期待にお応えして、今度は私が話しましょう」

 

 

 今まで雰囲気ブレイカーだった出島さんだけど、この人の怪談はなんだか本格的そうで嫌ね……

 

「心理学の話をしましょう。パラドックス技法というのをご存知ですか?」

 

「何ですか、それ?」

 

「例えば、興奮状態の人が自分より興奮している人を見ると、逆に冷静になってしまうというからくりです」

 

「なるほど」

 

 

 会長が興味深そうに出島さんの話を聞いているけど、そのくらい私だって知っている。だけど今はそれを説明出来るだけの余裕が無かったので、説明は出島さんに任せたのだ。

 

「しかしこの技法、使い方を誤ると恐ろしい事になります」

 

「お、恐ろしい事……?」

 

 

 ここからが本番だと言わんばかりに声のトーンを落とした出島さんにつられて、私もつばを飲み込む。

 

「性的興奮している奴に使うと、静まるどころか――」

 

「オチたのでもういいです」

 

 

 タカトシが出島さんの話を遮った。まぁ、これ以上聞かされても怖い事も無かったでしょうけども、怪談ではなく猥談を聞かされても困るからちょうどよかったわ。

 

「じゃあ次はタカ兄だね~」

 

 

 この時、私はコトミの無邪気のこのセリフを止めればよかったと後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシの話を聞いていると、何故か部屋の温度が下がったような錯覚に陥り、私は隣にいるアリアの腕を掴んだ。

 

「シノちゃん?」

 

「アリア、なんだか寒くないか?」

 

「そう言われれば、なんだか涼しくなってきたかもしれない」

 

 

 

 いくら夜だからといって、真夏にこんなひんやりとした空気が入り込むだろうか?

 

「――という事だったのでした」

 

 

 私たちが寒さを感じているのを無視して、タカトシの怪談は終わった。

 

「こ、怖かったな……途中で体温が下がる錯覚に陥ったぞ」

 

「あぁ、それは……スズがトイレに逃げたから廊下の空気が部屋に入り込んできたんでしょう」

 

「何っ!? あっ、本当だ……」

 

 

 よく見れば萩村が部屋からいなくなっているではないか……つまり錯覚ではなく、本当に部屋の気温が下がったのか……

 

「それにしても、怖すぎるぞ君の話は」

 

「危うくお漏らししちゃうかと思ったよ~」

 

「何故それを俺に言うのかは気にしませんが、怪談をしようと言い出したのはシノさんたちですよ? 怖がらせたのにクレームを言われても困るのですが」

 

「まぁまぁタカ兄。それだけタカ兄の話が怖かったという事だよ。それじゃあ、蝋燭も最後の一本だし、これを消しておしまいにしましょう」

 

 

 コトミが蝋燭の火を消そうとしたタイミングで、萩村がトイレから戻ってきた。

 

「待って。蝋燭の火を全部消すとよくない事が起こるって言われてるから、あえて消さないで終わりにしましょうよ」

 

 

 恐らく火が全部消えて真っ暗になるのが怖いんだろうが、はっきりとそういえば良い物を……

 

「でも、バースデーケーキの蝋燭は全部消した方が縁起が良いって言いますよ?」

 

「そんなのは迷信だ!」

 

「落ち着け……というかコトミ、この状況でケーキの蝋燭なんて関係ないだろ?」

 

「いや~、スズ先輩が激しく狼狽してるのが楽しく手ですね~。相変わらず容姿相当な反応をしてくれるな~って」

 

「貴様ー!」

 

 

 萩村がコトミの事を蹴ろうとしたタイミングで、蝋燭の火が消えた。

 

「えっ?」

 

「私消してませんからね?」

 

 

 突如消えた火に全員が怯える中、タカトシが電気のスイッチを入れて犯人を捕まえていた。

 

「出島さん、面白がってましたね?」

 

「萩村さんだけでなく、お嬢様たちまで驚いてくれたのは想定外ですけどね」

 

「本気でびっくりしたよ~」

 

 

 コトミが消すものだと思っていたから、出島さんの存在を忘れていた……それにしても、相変わらずタカトシは冷静だな……




スズも見た目通りの反応を……


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津田家での一幕

何故途中で気づかなかったのか……


 カナと二人でお出かけを終えて、帰路についていると二人とも汗だくである事に気が付いた。

 

「暑いな……」

 

「ですね……」

 

 

 会話も続かないくらい暑いので、私たちはそれだけしか言葉を発する事はしなかった。

 

「そうだ! よかったらウチで冷たいものでもどうですか?」

 

「良いのか? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 

 

 ちょうど近所に差し掛かったのか、カナの自宅に誘われた。

 

「ただいまー。さぁ、どうぞどうぞ」

 

「おい……何故津田家が『ウチ』なんだ! 押しかけ女房か!」

 

「だって、コトちゃんの宿題を見る為に昨日からここで生活してるので」

 

「あっ、お義姉ちゃんお帰り~。シノ会長もいらっしゃい」

 

「あ、あぁ……お邪魔します」

 

 

 正真正銘この家の住人であるコトミが、カナには「おかえり」で私には「いらっしゃい」だったのを受けて、私はカナに対する抗議を諦めた。

 

「タカ君は?」

 

「タカ兄なら庭の草むしりをしてますよ~。何でも『夏草は放っておくとすぐ伸びるから』らしいですけど。こんなクソ暑い中やらなくても良いのにとは思いますけど、タカ兄は真面目ですからね~」

 

「そうだね。それじゃあコトちゃんはしっかりと宿題をしておいてね? すぐ部屋に見に行くから、遊んでちゃ駄目だよ?」

 

「うへぇ……」

 

 

 コトミを部屋に向かわせてから、カナは私をリビングに案内する。

 

「少し待っていてくださいね。タカ君が作っておいてくれた麦茶がありますから」

 

「あぁ……」

 

 

 こうして考えると、カナは脱落したのではなく、圧倒的に津田家に来やすいポジションを手に入れたんだなと思い知らされる……前まではコトミの勉強を見るのは我々桜才生徒会役員だったのに。

 

「よし! 今日は私もコトミの面倒を見ようじゃないか!」

 

「シノっち……そんな事言って、少しでもタカ君と同じ空間にいたいだけなんじゃないですか? コトちゃんの勉強を見る事が主な理由なのでしたら、そっちはシノっちにお任せして私はタカ君のお手伝いをしますけど」

 

「何っ!? あっ、いや……」

 

 

 これではタカトシの手伝いではなく、カナにアシストしてるみたいで何だか困るな……

 

「どうしますか?」

 

「……少し休んだら帰るよ」

 

「そうですか」

 

 

 後日生徒会の業務の一環で、地域の子供たちを対象にしたラジオ体操の手伝いで会えるし、今日は大人しく帰るとするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 草むしりを終えてリビングに戻ると、テーブルに突っ伏しているコトミと、苦笑いを浮かべている義姉さんが出迎えてくれた。

 

「お疲れ様」

 

「コトミはどうしたんですか?」

 

「シノっちに、今度のラジオ体操の手伝いの手伝いを命じられて、早起きできないって」

 

「ラジオ体操の手伝い? あぁ、今度生徒会業務の一環としてボランティアでやるあれですか。しかしなぜコトミに手伝わせることに?」

 

 

 別に人手が足りないわけでは無かったと思うんだが……

 

「コトちゃんが不規則な生活をしてるって私が話したら、シノっちが『それでは休み明けが辛いだろうから、今から矯正してやる!』って言って」

 

「あぁ、なら仕方ないですね」

 

 

 こいつの不規則な生活を矯正出来るとは思えないが、やらないよりやった方が良いだろうという事で、俺はそれ以上何も言わない事にした。

 

「何で私が生徒会の手伝いをしなきゃならないのさ……何かご褒美が欲しい!」

 

「高校生にもなって褒美が無ければ頑張れないというのはどうなんだ? 褒美をやるならその分罰を差し引かなければ割に合わないよな? そうなると相当な罰が課せられると思うんだが、それでも良いのか?」

 

 

 散々大目に見てきた事があるので、その罰を課して良いのなら褒美も考えなくはない。もちろん、そうなった場合罰の方が多いので、褒美は無しになるのだが。

 

「そんなことしたら大変だよ! ただでさえタカ兄には貸しがあるのに……分かった、大人しく手伝います」

 

「最初からそうすればいいんだ」

 

「タカ君も最近厳しくなってきたよね」

 

「そうですか? 前までが甘すぎただけだと思いますが」

 

「全然甘くなかったよぅ……」

 

 

 コトミが恨み言を言いながら部屋に戻っていく。恐らくまだノルマが終わっていないので、すごすごと逃げ帰ったというところか……アイツもやれば出来るんだから、しっかりやれば良いものを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトちゃんが部屋に戻り、タカ君も庭掃除が終わったので、私はタカ君に冷たいお茶を出す為にキッチンに移動して、コトちゃんが何のためにリビングに降りてきたのかとふと気になった。

 

「シノっちに言い渡されてショックだったのは分かるけど、タカ君に言い負かされると分かってるのに何で来たんだろう……まぁ、現実逃避をしたかっただけなのかな?」

 

 

 分からない箇所があった、という感じでもなかったし、ますますコトちゃんの行動理由が分からなくなったけど、後で本人に聞けばいいという考えに落ち着いた。

 

「タカ君、お茶です」

 

「ありがとうございます、義姉さん」

 

「それにしても、夏休みの間も生徒会活動は活発なんだね、桜才学園は」

 

「シノさんがそういうの好きだからでしょうね。企画しては人に丸投げするんですが」

 

「何となく想像がつく」

 

 

 シノっちはお祭り好きだし、こういう事でも楽しめるんだろうし、タカ君に任せておけば万事大丈夫だという事も理解出来る。タカ君は心底めんどくさそうだけど、私は楽しそうだなと感じてしまったのでした。




ウオミーの方が一枚上手だったな……


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ラジオ体操

実はまともにやった事なかったり……


 我々生徒会メンバーとコトミで、子供会のラジオ体操を手伝い事になっている。元々コトミはメンバーに入っていなかったのだが、不規則な生活を送っているという事で、その矯正の為にこの前私が誘ったのだ。

 

「コトミ、寝坊せず来られたようだな」

 

「そりゃもう」

 

「………」

 

 

 私はタカトシに視線で問いかけたが、どうやらタカトシが起こしたようではないみたいだ。そうなるとコトミが改心して早寝早起きを……ん?

 

「徹夜したな?」

 

「うっ!?」

 

 

 よく見ればコトミの目の下に隈が出来ている。どうやら早起きしたのではなく、寝てないだけのようだ。

 

「だって、タカ兄が起こしてくれないって言うし、遅刻した分だけのお小遣いを減らすって脅されたので」

 

「だったら早く寝て早く起きればよかっただけなんじゃないか?」

 

「普通の高校生が、夏休みに早起きなんてするわけ無いじゃないですか!」

 

「威張って言う事ではな無いと思うが……」

 

 

 少なくともアリアも萩村も、当然タカトシも当たり前のように来ているので、この中で異質なのはコトミなんだと思うんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徹夜してせっかく来たので、私もちゃんとラジオ体操の手伝いをする事にしよう。

 

「私たちは見本となるわけだから、間違えないように気を付けるように」

 

「分かりました~」

 

 

 シノ会長から注意され、私は記憶の中にあるラジオ体操を必死で思い返す。

 

「(間違えても問題ないだろうけど、変に目立っちゃうだろうしな……)」

 

 

 順調に進んでいく中、次の体操に移動する。

 

『腕を振って体をねじる運動』

 

 

 あぁ、これは腕を左右に振る体操か……ん?

 

「(今会長、間違えたのかな……それとも無意識にバストアップ体操やったのかな?)」

 

 

 本来なら腕を伸ばして左右に振るのだが、会長は腕組みをして体を左右に振った。そこまで気にしてるのかと、心の中で会長に同情していると、スズ先輩がこっちを見ていた。

 

「どうかしました?」

 

「いや、第二体操のこれって、恥ずかしいなって思って……ガニ股になるヤツ」

 

「あぁ、確かにそうですね~。さらに拳をピースにすると、更に羞恥心が増しますよ~」

 

「じゃあやんなよ!!」

 

 

 これでアヘ顔でもしてれば、完全にそういうシーンに見えるだろうけども、あえて表情は真面目にしていたので子供たちには分からなかっただろうな。

 

「というか、ふざけてると後でタカトシに怒られるわよ?」

 

「これくらい大丈夫ですって」

 

 

 スズ先輩と話しながら残りの体操を終え、最後の深呼吸になった。

 

「ようやく終わりましたね」

 

「それ程疲れるものでもないでしょ?」

 

 

 無事ラジオ体操を終え、会長が子供たちのカードに判子を押していく。

 

「お姉ちゃんたちがくれたカブトムシに名前つけたよ」

 

「なんて名前?」

 

「カブトムシだから、カブちゃん」

 

「シンプルでよろしい」

 

 

 さすが子供、単純な名前だなぁ……ん? ちょっと待てよ!

 

「スズ先輩」

 

「何?」

 

「もし捕まえてきたのがカブトムシじゃなくてクリオネだったとしたら――」

 

「何を期待しているんだ!」

 

「別に私はまだ何も言ってませんけど、スズ先輩は何を想像したんですか~?」

 

 

 ニヤニヤと笑いながらスズ先輩を見詰めると、恥ずかしそうに視線を逸らされた。つまりスズ先輩も私と同じ事を考えていたというわけだ。

 

「このムッツリロリめ」

 

「ロリって言うな!」

 

「あいたっ!? だが、この痛みが気持ちいい」

 

 

 スズ先輩に脛を蹴られ、私はぴょんぴょん跳ねながら恍惚の笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラジオ体操の手伝いも終わり、本来ならここで解散なのだが、何故だかコトミが子供たちに大人気で一緒に遊んでいる。

 

「コトミちゃん、子供たちと仲良さそうね」

 

「まぁ、精神年齢が近いんじゃないですかね」

 

 

 高校生にもなってそれもどうなんだと思うが、子供相手に向いているという事にしておくか……

 

「それにしても、コトミの事だから来ないかと思ってたぞ」

 

「さっきコトミが言ったと思いますが、サボれば小遣いは抜き、遅刻したらその分だけ小遣いカットだと脅しましたから」

 

「……高校生にもなって、脅されなければ早起きできないというのも問題だと思うが」

 

「アイツの場合、早起き以前の問題ですけどね……」

 

 

 徹夜してこの場にやってきたんだから、そもそも早起きでも無いんだよな……

 

「あっ! お姉ちゃん、ちょっとトイレに行ってくるからこれ預かって」

 

 

 コトミと遊んでた一人が、トイレに行くためにラジオ体操カードをスズの首にかけていった。

 

「似合ってないよ」

 

「フォローありがとう……」

 

「えー、私的には似合ってると思うんだけどな~。スズ先輩なら、子供たちに交じってても問題なさそうですし」

 

「貴様ー! 言ってはならない事を言ったなー」

 

「それ逃げろー! 今度はあのお姉ちゃんが鬼だぞ~」

 

「「きゃー!」」

 

 

 どうやら態よく鬼ごっこに鬼にされたようだな……

 

「スズちゃんも難儀な性格してるよね~」

 

「まぁ、身体的コンプレックスは誰にでもあるのかもしれませんね」

 

「わ、私は別にないからな!」

 

「何も言ってませんよ」

 

 

 シノさんが慌てて否定した事は、俺もアリアさんも気にしない事にした。




スズもコトミと精神年齢変わらないんじゃ……


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それぞれの一日

大変な人もいるな……


 部活はあるけど、それだけじゃ全国相手に戦えないので、私は夏休みの間早朝ジョギングを日課にする事にしている。他のメンバーも誘ったんだけど、全員に断られちゃったんだよね……

 

「(そういえば、タカトシ君も時間がある時は走ってるって言ってたっけ)」

 

 

 タカトシ君は学業以外にもいろいろと忙しいらしいので、無理に誘ったら悪いかなって思って誘わなかったんだけど、タカトシ君なら私のペースにもついてこれるだろうから、一緒に走るには最適な人だと思うんだよね……

 

「(人の身体って不思議だな……身体が水分を欲している一方で、身体から水分が出たがってる)」

 

 

 急に催してきたので、私は茂みで済ます事にした。本来なら何処かお店に入ってトイレを借りたいのだが、生憎近所にお店は無く、探している間に我慢の限界が訪れること必至なのでやむを得ないのだ。

 

「ふー、すっきりした~」

 

 

 人がいない事を確認して、私は土手の茂みに隠れて水分を放出した。

 

「三葉?」

 

「っ!?」

 

 

 背後から声をかけられ、私は慌てて振り返る。

 

「タカトシ君!? ……と、ボア君?」

 

 

 何でスズちゃんの家の犬であるボア君がタカトシ君と一緒にいるんだろう?

 

「スズ、今日は出かけるらしいから、ウチで預かる事になったんだ」

 

「そーなんだー」

 

 

 私の表情から何でボア君がいるのか気にしてるのを察したタカトシ君が、事情を説明してくれた。

 

「ちょっとゴメン。こいついつも、そこの草むらでマーキングを――」

 

「うわわわわ!」

 

「……どうかしたの?」

 

 

 今私が用を足した場所に行かれるのは恥ずかしいので、私は慌ててボア君の行く手を阻む事にした。それで何となく察してくれたタカトシ君が、ボア君を引っ張って土手の上に移動してくれた。

 

「それじゃあ、散歩の続きをして俺は帰るよ」

 

「うん……ありがとう」

 

「どういたしまして、で良いのか?」

 

「た、たぶん」

 

 

 具体的な事は何も言ってないけど、なんだか恥ずかしい気持ちになった……今日はこのまま家に帰ろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシにボアの相手を任せて、私は会長たちと買い物に来ていた。本当ならタカトシにも付き合ってもらいたかったんだけど、何かを察してボアの相手を申し出てくれたのよね……

 

「この服、可愛いな……」

 

 

 タカトシがいれば似合うかどうか聞いたんだけど、会長や七条先輩に聞いても仕方ないし、自分の感性を信じる事にしよう。

 

「成長期だから、大きいサイズを買おう」

 

「スズちゃん、無理しないで自分に合ったサイズの方が良いと思うよ?」

 

「喧嘩売ってるのか―!」

 

 

 確かに、あまり背は伸びていないけども、成長期なのは間違いないのだから、少しくらい見栄を張ったって良いじゃないか……

 

「このブラ、可愛いな」

 

 

 私が七条先輩と揉めている横で、会長が下着を眺めている。慎ましい胸であることを気にしている会長だが、新しいブラは必要なのだろうか?

 

「揺れブラ現象を起こす為に、大きいサイズを買おう……」

 

「(か、悲しすぎる……)」

 

 

 ちなみに揺れブラとは、自分より大きいサイズのブラを着ける事により、胸が揺れて見える事である。

 

「会長、私が間違っていました。見栄を張らずに自分に合ったサイズを買いましょう」

 

「な、なんだいきなり……」

 

 

 何だか自分もダメージを負った気になり、私は会長に合ったサイズのブラを手渡し、その気持ちを断ち切る事にした。

 

「この水着派手だね~。買ってタカトシ君に見せてあげようかな~?」

 

「っ!? 人前でこんな格好するな!」

 

「まぁ確かに、恥ずかしいかな~」

 

「(意外と純だった……)」

 

 

 昔は平気でノーパンで過ごしてた七条先輩が、頬を赤らめて視線を逸らすなんて……

 

「人前でこんな格好したら……」

 

「意外性のないじゅんだ! というか、タカトシが察したのってこの人の存在!?」

 

 

 通りすがりの横島先生が、股の辺りを濡らしているのを見て、私はタカトシの先見の明を羨むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜遅く、やる事も終わったので寝ようとベッドに寝ころんだら、何故かコトミが部屋にやってきた。

 

「どうかしたのか?」

 

 

 確かコトミは一時間前には寝たはずなんだが……

 

「怖い夢を見たので、一緒に寝ても良いですか?」

 

「しょうがねぇな……」

 

 

 昔から怖い夢を見た時は人のベッドに潜り込んできてたが、高校生にもなってやるとは……まぁ、追い返して寝不足になられても困るからな……

 

「義姉さんのところじゃ駄目だったのか?」

 

「タカ兄の方が安心出来る」

 

「そんなものか」

 

 

 客間で義姉さんが寝ているのだが、どうやらコトミの中では俺の方が良いらしい。普通同性の方が落ち着くとおもんだがな……まぁ、兄妹だからって事なのかもしれないな。

 

「ん?」

 

 

 部屋の外に義姉さんの気配を感じ、俺は首を傾げる。ちなみに、コトミは既に寝息を立てているので、音を立てずに扉に向かう。

 

「タカ君……」

 

「どうかしたんですか?」

 

 

 何故か目を潤ませている義姉さんを見て、俺は何となく嫌な予感がした。

 

「エロい夢を見たから、一緒に寝てもいい?」

 

「お帰りくださいませ。というか、変な事を言うな」

 

 

 義姉さんを客間に追い返して、俺はベッドに戻ろうとして――

 

「あっという間に占領されたな……」

 

 

 我が物顔でベッドの中央に移動していたコトミを見てため息を吐いたのだった。




主に大変なのはタカトシだった……


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休み明けの出来事

誰かが誰かのアシストを……


 生徒会室で作業していたら、横島先生がやってきた。

 

「夏休み明けから忙しそうだな」

 

「横島先生、何かご用ですか?」

 

 

 この人が来てもあまり役に立たないので、生徒会顧問だけどあまり来てほしくないんだよね……

 

「そんなに嫌そうな顔をするなよな……」

 

「先生が現れると、タカトシの機嫌が悪くなる確率が高いので……」

 

「それを言うな……」

 

 

 横島先生が項垂れ、何かに気づいたように腹部をさすりだした。

 

「夏太りか……ちょっとばかりお腹が出てる……」

 

「先生、夏の間だらだらし過ぎだったんじゃないですか?」

 

「シノちゃん、実は私もなんだよね」

 

「アリアもか?」

 

 

 見た感じ、アリアのお腹は出ていない気がするんだが……

 

「最近はみブラ気味で」

 

「こらー!」

 

「くわー!!」

 

「会長も横島先生もやかましいですよ」

 

「す、すまん……」

 

 

 ちょうど時間も来たので、私たちは生徒会室から移動する事にした。

 

「私たちは次体育だし、更衣室に向かうぞアリア」

 

「分かった~。それじゃあタカトシ君、生徒会室の戸締り、よろしくね~」

 

「分かりました」

 

 

 タカトシに戸締りを任せて、私たちは更衣室に向かう。既に何人か着替えているので、急いでロッカーを確保した。

 

「しかし、夏休みも終わったばっかだというのに、もう体育かぁ……」

 

「まだ暑そうだよね~」

 

 

 これで水泳だったらまだ良かったんだが、普通の体育だと憂鬱になってくるな……

 

「あれ、ブラが落ちてる」

 

「っ!?」

 

 

 背後から聞こえた言葉に、私は肩を震わせた。

 

「何で私が落ちブラしてると分かった?」

 

「え、いや……」

 

 

 五十嵐の言葉に慌てて振り返ると、本当にブラが落ちていたようで彼女の手にブラが握られていた。というか、随分と大きなブラだな……

 

「シノちゃん、気にし過ぎじゃないかな?」

 

「持ってる者であるアリアには分からないだろうが、かなりショックなんだぞ……」

 

「えっと……なんだかすみませんでした」

 

 

 五十嵐が申し訳なさそうに去って行ったが、残された私はかなり複雑な思いを懐きながら授業を済ませた。

 

「はぁ……憂鬱だ」

 

「シノちゃん、まだ気にしてるの?」

 

「あれだけの物を見せられて、気にしないヤツの方が少ないと思うぞ……」

 

 

 憂鬱な気分になった所為か、なんだか作業効率も落ちてきた気がするし……

 

「集中出来ん」

 

「暑いですからね。せめて涼しくなる髪型にしてみてはどうですか?」

 

「そうだな」

 

 

 気分転換になるかもしれないし、髪型を変えるのは良いかもしれないな。

 

「涼しくなる髪型か……こんな感じか?」

 

 

 私は後ろ髪を前に持ってきて目を隠し、口だけ見えるようにして笑ってみる。

 

「こわっ!? 『涼しくなる』の意味が違いますよ!?」

 

「ん? 何か間違ったか?」

 

 

 萩村が怯えてしまい、結局今日の作業はなかなか終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サクラっちと廊下を歩いていて、ふと窓の外に視線を向けると、雨が降り出していた。

 

「急に降ってきたね。タカ君に傘を持たせてもらってよかった」

 

「プールも中止になっちゃいました」

 

「サクラっち、泳げるようになってから楽しそうだね」

 

 

 タカ君に鍛えてもらって、サクラっちは漸くまともに泳げるようになったのだ。

 

「まぁ、全く泳げなかった時は憂鬱でしかなかったでしたから……あっ、ちょっとトイレに」

 

「もうすぐ会議だから、急いでね」

 

 

 サクラっちがトイレに入って数分、漸くサクラっちが出てきた。

 

「お待たせしました」

 

 

 何故か服装が乱れているサクラっちを見て、私は時間がかかった理由が理解出来た。

 

「(下に水着を着てきたんだね)」

 

「会議に行きましょう」

 

「そうだね」

 

 

 サクラっちと共に会議室に向かい、無事に会議が終わったタイミングで外を見ると、雨が上がっていた。

 

「晴れたね。あっ、この後タカ君に会いに行くけど、サクラっちも来る?」

 

「お邪魔じゃなければ」

 

「別に邪魔じゃないよ。その前に、水着は脱いできたら? 雨も降って湿度も上がってるし、蒸し暑く感じると思うよ」

 

「うっ……」

 

 

 自分が下に水着を着ているのを指摘され、サクラっちは恥ずかしそうに更衣室に向かっていった。まぁ、水着でも特に問題ないだろうけど、普通の服の方が通気性も良いし、あせもになる心配も減るだろうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長と一緒に桜才学園を訪れると、タカトシさんが校門付近の掃き掃除をしていた。

 

「タカくーん!」

 

「義姉さん? サクラも」

 

「こんにちは」

 

 

 タカトシさんに挨拶したタイミングで、突風が吹いて私のスカートが翻った。

 

「サクラっち、替えのパンツ黒色だったんだね」

 

「か、会長!」

 

「何だか余計な事を言っちゃったかな? 水着のままなら見られても大丈夫だったのにね」

 

「た、タカトシ君……見ました?」

 

「……少し見えた」

 

 

 申し訳なさそうに頭を下げたタカトシさんに、私も頭を下げた。

 

「見苦しい物をお見せして申し訳ございません」

 

「い、いえ……こちらこそ見てしまって申し訳ございません」

 

「これはまた、サクラっちがリードを広げたかな? コトちゃんとは違う義妹が出来る日も近いかな」

 

「何を言うんですか!」

 

 

 会長の言葉に、私は顔を真っ赤にして抗議したけど、タカトシさんは何も言わなかった。




原作では水着のままでしたけどね


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臨時メイド&執事

他にいないのか……


 生徒会の仕事で校門前服装チェックをしていると、大半の生徒がだらしなくボーっとしているのが目についた。

 

「まだ夏休みボケを引きずっているのだろうか……」

 

「おはよーございます……」

 

「コトミ、だらしないぞ! しっかりしないか!」

 

「ふぁい……」

 

 

 だらしなく背筋を丸め、だらだらと歩くコトミを注意したが、あまり効果は無かった。

 

「皆様、おはようございます」

 

「出島さん? おはようございます」

 

 

 アリアを乗せてやってきた出島さんが、キメ顔をしながら挨拶をしてきた。何かあるんだろうか?

 

「出島さんは、明日から夏休みなんだよ~」

 

「アナウンサーみたいだな……」

 

「という事は、明日から七条先輩のお世話は誰がするんですか?」

 

「よし! 私たちが手伝いをしようではないか!」

 

「えっ、俺も?」

 

 

 タカトシは何か言いたげだったが、我々で七条家の手伝いをする事が決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんが夏休みに入ったので、シノちゃんんたちが代理で七条家のお手伝いさんを買って出てくれた。

 

「お嬢様、何なりとお申しつけください」

 

「シノちゃん、なかなか様になってるね」

 

「一度、メイド服を着てみたかったんだ」

 

「ロングスカート、いいよね~」

 

 

 昔ならここで、シノちゃんのスカートの中に忍び込んでイタズラしたかもしれないけど、今はそんな事はしない。思うだけで踏みとどまれるようになったんだよね。

 

「タカトシ君、お茶を淹れてくれるかな?」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 タカトシ君が恭しく一礼してからお茶の用意をしてくれる。それにしても、様になり過ぎて本物の執事かと思っちゃったよ~。

 

「? 出島さんは何故ここにいるんですか」

 

「帰省したはずじゃ」

 

「親は近所に住んでいるので別に。つまり、今日は私を客人としてもてなしたまえ」

 

「(何だ、このウザさ……)」

 

「出島さんもお茶飲むの~?」

 

「タカトシ様が淹れてくださるのでしたら」

 

「……かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 

 

 出島さん用のティーカップを用意して、タカトシ君がもう一杯お茶を淹れる。

 

「さすがはタカトシ様ですね。この前一度教えただけで、だいぶ様になっているようです」

 

「それ程でも。お待たせしました、出島様」

 

「出来れば名前で呼んでくれないでしょうか? もちろん、普段は苗字で構わないのですが」

 

 

 出島さんもメイドとしてではなく客人としてなので、タカトシ君に名前で呼んでもらえないかと言っているのだろう。そういえば前に一度だけ名前で呼ばれて、その場で絶頂してたような気もするんだけど大丈夫かしら?

 

「……かしこまりました、サヤカ様」

 

「ありがとうございます!!」

 

「で、出島さん!? 鼻血出てますけど」

 

「凄い破壊力だったんだな」

 

 

 もう私たちは名前で呼ばれ慣れちゃったけど、タカトシ君に名前で呼ばれるって、これだけの威力があったんだって事を思い出した。まぁ、私も呼ばれるたびに大洪水してたっけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段しない事をした所為で、私と会長はかなりヘロヘロになったのだが、タカトシは特に問題なく仕事をこなしているのを見ると、やっぱりこいつは何でもそつなくこなせるんだなって思い知らされる。

 

「お嬢様、こちら前菜でございます」

 

「ありがと~」

 

 

 七条先輩への給仕も、タカトシが担当してくれているので、私たちは基本的には掃除くらいしかしてないんだけどね……

 

「あんた、このまま就職できるんじゃないの?」

 

「どうだろう……臨時の手伝いだから甘い評価をしてもらってるけど、実際に働くとなるといろいろと問題があると思うけど」

 

「そうだろうか? 私が見た限りだが、君の働きっぷりは出島さん以上だと思うぞ?」

 

「それは出島さんのだらしのないところしか見てないからでは?」

 

 

 確かにタカトシの働きっぷりは本職の出島さんと遜色ないように見えるけど、それは出島さんが私たちの前ではふざけるからなんだろうな……

 

「おっと、次の料理が出来たみたいだから、俺は行くよ」

 

「頑張って」

 

 

 タカトシを見送ると、七条先輩がこっちにやってきた。

 

「お嬢様、どうかなさいましたか?」

 

「私にだけかしこまらないでよぉ」

 

「ですが、今は主人と使用人という立場ですし……」

 

「下剋上プレイでいいから!!」

 

「それを我々にやれと?」

 

 

 タカトシがいないところでは相変わらずだなぁ……というか、そんな事を私がすると思ってるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの仕事が終わり、会長とスズが大きく伸びをしている。

 

「疲れましたね」

 

「漸く休めるな」

 

「まだ屋敷の見回りがありますよ。主人の身の安全を考えるのも、使用人の仕事です」

 

「……というか、まだいたんですね」

 

 

 いい加減帰ればいいのにと思ったけど、この人住み込みメイドだったんだっけ……

 

「……見回り、しないんですか?」

 

「いえ、出島さんをマークしておけば大丈夫かなと」

 

「もーっ、マーキングは電柱だけで十分ですよ」

 

「何言ってるのか分からないですね……」

 

「まぁ、セキュリティに問題があるとは思いませんが、一応見回りをしておきましょう」

 

「そうだな。タカトシの気配察知で問題ないとは思うが、これもメイドの務めだからな!」

 

 

 何故か意気揚々と先頭を進む会長を、俺は微笑まし気に眺めたのだった。




タカトシしか働いてないような気も……


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寝苦しい夜

一人おかしなことを考えている


 従者の仕事として、我々は七条家内の見回りをする事になった。

 

「しかし夏休み中の出島さんが一緒に見回りをして良いんですか?」

 

「皆様だけでは、屋敷内の地図が完ぺきではないでしょうから。ちなみにこちらがお嬢様の寝室です」

 

 

 そう言って出島さんが部屋の前で立ち止まり、口に指を当てた。つまりは静かにしろという事だ。

 

「………」

 

「先輩、盗み聞きされてますよー!」

 

 

 萩村が大声でアリアに忠告すると、その声に反応したのかアリアが部屋から出てきた。

 

「すまんアリア、起こしてしまったか」

 

「萩村さんが騒いだばかりに……」

 

「えっ、私が悪いの?」

 

 

 萩村が心外だとばかりに出島さんを睨みつけるが、彼女にはあまり効果は無かった。

 

「ううん、ただ寝つけないだけだから」

 

「ふむ……」

 

「この暑さでもすもんね」

 

 

 萩村は仕方がないと言いたげだが、何とかしてアリアを寝かしつけてあげたいものだな……

 

「よし! これより、アリアを寝かしつけ大会を開催する」

 

「何か始まった……」

 

「相変わらず唐突だな……」

 

 

 後輩二人から冷たい視線を向けられているが、私はめげずにアリアの部屋に特攻した。

 

「うわぁ、暑いな」

 

「出来るだけエアコンは控えたいんだよね。エコ精神を鍛えた身としては」

 

「でしたら、扇風機にぬれタオルをかけると涼しい風がきますよ」

 

「へー、でもウチ扇風機無いんだよね」

 

「そうなんですか」

 

「でしたら、私がお嬢様の下着を濡らしますので、そこに風を送り込めば――」

 

「少し黙っててくれませんかね?」

 

 

 余計な事を言い始めた出島さんをタカトシが睨みつけ、とりあえず萩村案は却下された。

 

「なら次は私の番だな。少し待っていてくれ」

 

 

 私はアリアの部屋から食堂まで移動し、目ぼしい物を発見して部屋に戻る。

 

「お夜食をどうぞ」

 

「牛乳とアセロラ?」

 

「牛乳とビタミンCを一緒に摂取すると寝つきが良くなるのだ」

 

「意外な組み合わせが逆に良かったりする、ってやつだね」

 

 

 萩村とタカトシは知っているのか私の説明を聞いて頷いている。相変わらず知識の幅が広い二人だな……

 

「〇Vでも、不釣り合いな組み合わせに興奮したりしますものね」

 

「綺麗に纏まったんだから、余計な事は言わないでくれませんか?」

 

 

 再び出島さんに冷たい視線を向けるタカトシ。昔だったら私が蛇足で言っていただろうことを言う出島さんは、もしかしたら私たちの未来の姿だったのかもしれないな……

 

「では次は私が。シンプルにアロマを使ってみてはどうでしょうか? 特にラベンダーには心を落ち着かせる効果がるので、安眠効果もばっちりです」

 

「そういえば、会長からもラベンダーの香りがしますね」

 

「ああ、香水だ」

 

 

 学校では使えないが、今はお手伝いの最中なので軽く振りかけたのだが、意外と匂ってるものだな。

 

「あー良い匂い! (一緒に)寝たくなってきた」

 

「離せー!」

 

 

 出島さんが私に抱き着き、香水の匂いを至近距離で嗅いでくる。ここまでくると変態としか言えなくなってしまうな……

 

「大人しくなるか、外につまみ出されるか、どっちが良いですか?」

 

「お、大人しくします……」

 

 

 出島さんを引きはがしてくれたタカトシに頭を下げ、私は出島さんから距離を取った。

 

「普通に誰かがうちわであおげばいいのではありませんか?」

 

「しかしそれでは、人の気配で眠れないのではないか?」

 

「そんなタカトシじゃないんですから……」

 

「それじゃあ仕方ないですね……アリアさん、少し痛いかもしれませんが――」

 

「っ!」

 

 

 タカトシがアリアに近づき何かしたと思ったら、アリアの体勢がその場で崩れた。

 

「何をしたんだ?」

 

「ツボを押して強制的に寝かしつけました」

 

「(肉)ツボを(肉棒で)押して、強制的に寝かせつけた!?」

 

「いろいろと余計な事を思ってませんか?」

 

「め、滅相もありません!」

 

 

 最後の最後まで、出島さんはタカトシに怒られてるんだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝付けなかったからみんなに相談して、いろいろとしてもらったのは良いんだけど……

 

「私、いつの間に寝ちゃったんだろう?」

 

 

 確か、タカトシ君に近づかれたところまでは覚えてるんだけど、それ以降の記憶が無いんだよね……もしかして、タカトシ君に近づかれただけで失神しちゃったのかな?

 

「でも、カエデちゃんじゃないんだし、近づかれただけで気絶したりしないと思うんだよね……」

 

「おはよう、アリア! あっ、おはようございます、アリアお嬢様」

 

「シノちゃん、別に気にしなくて良いよ」

 

 

 私の声を聞きつけたのか、シノちゃんが部屋に入ってきて、慌てて従者らしい言葉遣いに直したのが可笑しくて、私は口元を抑えて笑った。

 

「良く寝られたか?」

 

「うん。でも、どうやって寝かしつけてもらったのか覚えてないんだよね……」

 

「それは仕方ないだろうな。タカトシのツボ押しで強制的に寝かしつけられたんだから」

 

「そっか……それでタカトシ君に近づかれたところで記憶が途切れてたんだね」

 

 

 タカトシ君のツボ押し術は、最早達人の域に達しているらしく、それくらいなら簡単に出来るって前にコトミちゃんに聞いたことがあったけど、まさか本当にツボ押しで寝ちゃうなんてね。

 

「後でお礼を言っておかないと」

 

 

 シノちゃんに着替えを手伝ってもらいながら、私はタカトシ君に感謝の言葉を告げなければと心に決めたのだった。




そして相変わらずスペックの高さ……


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ドッキリ返し

シノはドキドキですね


 最近またストレスが溜まってきたので、久しぶりにヤンチャタイムと行こうではないか。

 

「(ということで、今日のヤンチャタイムはビックリ箱だ)」

 

 

 ふたを開けると仕掛けが飛び出す簡易的なビックリ箱だが、これでも十分驚かせることが出来るだろう。

 

「(さらに、この一文を書き足す事によって、人の好奇心を刺激する……我ながら完璧だな!)」

 

 

 ふたに書いた文字は「ぜったいにあけてはいけません!!」という、普通の人間なら好奇心に負けてふたをあけてしまうだろう一文だ。これなら誰かしらふたを開けてビックリしてくれるだろう。

 

「(よし、陰に隠れて観察しなければな)」

 

 

 まだ誰も来ていないので、私は隣の部屋に隠れて生徒会室を覗く事にした。

 

「あれ? シノちゃん何処に行ったんだろう?」

 

「トイレじゃないですか? 鍵も閉めてなかったですし、すぐに戻ってくると思いますよ」

 

「そうですね……まぁ、とりあえず仕事をしましょうか」

 

 

 一瞬タカトシの視線がこっちに向いたが、私は咄嗟に隠れる事で何とか他の二人には気づかれずに済んだ。

 

「(しまったっ!? みんな真面目だったから、あの一文の通り誰もふたを開けてくれない……)」

 

 

 せっかく仕掛けたのに、誰も開けてくれなかったらつまらないじゃないか……

 

「もーっ! せっかくのドッキリが、もーっ!!」

 

「っ!? か、会長……いきなりなんですか……」

 

 

 何だか意図したのとは違う方法で驚かせてしまったが、アリアとタカトシはビックリすらしてくれていない……

 

「だって、あけるなって書いてあるし……」

 

「普通だったら、好奇心に負けてふたをあけるだろぅ!」

 

「ごめんごめんシノちゃん、機嫌直して」

 

 

 アリアが謝りながら私の頭を撫でてきたが、そんな事で誤魔化される私ではないぞ!

 

「こんなコトしたって――って、タカトシ!?」

 

「撫でてたのはタカトシ君でした~」

 

「もーっ!」

 

 

 いつの間に示し合わせたのかは分からないが、アリアが謝ってタカトシが撫でてたとは……

 

「というか、何時まで遊んでるつもりですか……早く片付けて帰りましょうよ」

 

「そうですね。急ぎの用件は無いとはいえ、遊んでるところを畑さんにでも見られたら――」

 

「あら?」

 

「またかお前はっ!」

 

 

 萩村のセリフで窓の外を見ると、屋上からロープをたらして生徒会室を狙っていた畑と目があってしまった。

 

「津田副会長には気付かれてたけど、他の三人は誤魔化せてたのにな~」

 

「屋上からロープをたらしての盗撮は止めろとあれほど言っただろうが!」

 

「まぁまぁ、今回はこんなのしか撮れなかったので」

 

 

 窓から生徒会室に入ってきた畑が見せてきたのは、タカトシに頭を撫でられて雌の表情をしている私の写真……

 

「よし、消去だ」

 

「あ~ん、せっかく撮ったのに~」

 

 

 本音を言えば現像して部屋に飾りたいくらいなのだが、アリアと萩村の視線が痛いので消しておこう……

 

「お~す、生徒会役員共」

 

「何か用ですか、横島先生」

 

「随分と棘がある感じがするが……生徒会メンバーの集合写真を撮ると畑に言われて来たんだが」

 

「そういえばそんな事も言ったような気も……」

 

 

 新入生募集のパンフレットに、生徒会メンバーの写真を載せるとかなんとか言われて畑に頼んだんだった……

 

「それじゃあまずは試しに一枚」

 

「ピース」

 

「試しだから良いですが、真面目な写真ですよ?」

 

「そうですよ。それにピースサインってくぱぁを連想してしまう人がいるでしょうし」

 

「いるわけないだろ……」

 

「そうだな。全然思わんぞ」

 

 

 畑のボケにツッコんだ萩村に、意外な事に横島先生が同意した。この人が真面目な事を言う日が来るなんて――

 

「私は、人差し指と薬指でくぱって、中指は穴弄り役だし」

 

「シャッターチャンス!」

 

「おい撮るな!」

 

 

 少しは真面目な事を言うのかと思ったけど、結局横島先生は横島先生だったな……というか、なんて動きを見せてくれたんだか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室でうとうとしていたら、なんだか周りが騒がしくなったので、私は突っ伏していた顔を上げて周りを見回した。

 

「あっ、マキ。なんだか騒がしいけど、何かあったの?」

 

 

 ちょうど近くにいたマキに状況を尋ねる。するとマキの視線だけではなく、他の女子の視線も廊下に向けられている事に気付き、私も廊下に視線を向けた。

 

「あっ、タカ兄」

 

 

 どうやらタカ兄が来た事で騒がしくなってたらしく、私は席を立ちタカ兄の側に向かう。

 

「どうかしたの?」

 

「急にバイトが入ったから、今日の晩飯はこれで何とかしてくれ」

 

「お義姉ちゃんは?」

 

「義姉さんもバイトだ」

 

「そうなんだ……」

 

 

 ということは、今日はゲームし放題って事で――

 

「帰ってきたらちゃんとチェックするから、宿題は終わらせておけよ」

 

「……お見通しでしたか」

 

「お前は顔に出やすいからな」

 

 

 私の頭を軽くポンポンと叩いてから帰って行ったタカ兄を見送って、私は教室に戻る。すると物凄い数の視線が私に突き刺さってきた。

 

「えっと……?」

 

「妹だって分かってるけど、何とも羨ましい……」

 

「一度でいいから、津田先輩に『ポンポン』されてみたい……」

 

「相変わらず津田先輩の人気は凄いね……」

 

「そう言いながら、マキも凄い顔してるって……」

 

 

 私に同情してる風を装って、マキも私を睨みつけているのだ。我が兄ながら、この人気はどうにかならないものだろうか……




タカトシ人気は相変わらず……


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ムツミの照れ隠し

彼女の照れ隠しは過激だしな……


 生徒会の手伝いとして、タカ兄と二人で校舎周りを見回っていると、角から会長が覗き込んできているのに気づき、私は駆け寄った。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、やんちゃして落とし穴を造ったんだけど、誰もハマらなかったなと……もちろん、安全性を考慮して浅く掘ったんだが……」

 

「またですか……」

 

 

 タカ兄が呆れてるのを見るに、ここ最近も何かやったんだなと察し、私は会長に微妙な視線を向けた。

 

「それなら私が手本を見せてやろうか?」

 

「何ですか、横島先生」

 

 

 タカ兄があからさまな態度で横島先生を見る。その視線を受けて、先生が若干クネクネしたのを、私は見逃さなかった。

 

「私の穴は必ず相手を堕とす――ってあれ? 帰っちゃうの?」

 

 

 話の途中で会長とタカ兄が校内に戻っていくので、私もその後に続いた。

 

「ちょっと気になったけどな~」

 

「そういう事は思っても口に出すもんじゃないぞ? コトミには乙女の恥じらいというものが足りないぞ」

 

「会長だって、ちょっと前までは私と殆ど変わらなかったじゃないですか~」

 

「そんな事ないだろ! ちょうどいい機会だから、コトミには淑女の嗜みというものを叩き込んでやろう!」

 

「えっ!? タカ兄、助けて!」

 

 

 私はタカ兄に助けを求めたが、残念ながらタカ兄は私ではなく会長の味方だった。

 

「ではお願いします。俺は引き続き、校内の見回りをしてきますので」

 

「薄情者~」

 

 

 遠ざかっていくタカ兄を恨みがましく睨んだけど、私はそのまま生徒会室に連れ込まれた。

 

「まずはお茶を淹れてみろ」

 

「それくらいなら出来ますよ~」

 

 

 何だか馬鹿にされたような気もするけど、私は急須にお湯を注いで会長にお茶を出す。

 

「どーぞ!」

 

「随分と自信満々だな」

 

「このくらいなら出来ますからね~」

 

 

 お茶を点てろと言われたら無理だけど、この程度なら私だって問題なく出来るという事を証明してみせた。

 

「コトミ……これ出涸らしだぞ。殆ど水だ」

 

「あれ?」

 

 

 茶葉はそのままだったし、まだ大丈夫だろうと思ってたんだけどな……

 

「ちゃんと急須の中を確認しないからこうなるんだ」

 

「ごめんなさーい」

 

「謝ってる感じが微塵もしないんだが?」

 

「そんな事ないですよ~」

 

 

 私としてはちゃんと謝ってるんだけど、どうやら会長にはその気持ちが伝わらなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前の授業が終わり、お昼だと教室が騒がしくなると、タカトシが席を立ち何処かに行こうとしているのが視界に入った。

 

「何かあったの?」

 

「コトミの奴が弁当を忘れたらしく、俺の分を渡したからこれから購買に行こうかと思ってな」

 

「またなの、あの子は……」

 

 

 ここ最近は勉強や授業態度は気を付けているらしいんだけど、この辺りの成長はまだ見られないのね……

 

「タカトシ君、良かったら私の食べて。今日たまたま作り過ぎちゃって」

 

「いいの?」

 

 

 タカトシと私の会話を聞いていたのか、ムツミが自分の弁当箱を持って現れた。

 

「たまたまって、それアンタの適量――」

 

「っ!」

 

 

 ムツミにツッコミを入れようとしたチリが、両頬を押さえつけられた。

 

「すいましぇん……」

 

「えっと……それじゃあ、貰おうかな」

 

「うん、いいよ!」

 

 

 タカトシが何か言いたげな表情を見せたが、今のやり取りは無かったことにするようだった。というか、なんだかラブコメの空気が充満してきたな……

 

「スズちゃん、私の顔に何かついてるの?」

 

「べ、別に」

 

 

 ついついムツミの顔を凝視してしまってたようで、私は慌ててムツミから視線を逸らした。

 

「それじゃあ、私も一緒に食べようかな」

 

「じゃあみんなで食べよー」

 

 

 ムツミは何も感じなかったようだけど、私はムツミの邪魔をするつもりだったんだけどな……何となく罪悪感を覚えるのは気のせいだと思っておこう……

 

「ご馳走様でした」

 

「タカトシ君、食べるの早いんだね」

 

「そうか?」

 

 

 あっという間に食べ終えたタカトシに、ムツミがそんな感想を漏らした。確かにタカトシは食べるのが早いけど、行儀が悪いわけではなく、純粋に男女の差で済む程度の早さなのだ。行儀云々で言うなら、コトミの方がよっぽど目立つくらいだしね。

 

「美味かったよ。将来いい嫁さんになるな」

 

「もー、口が美味いんだからーっ!」

 

 

 タカトシの社交辞令に、ムツミは本気で照れている。さっきからタカトシの事を指でぐりぐりしてるし。

 

「三葉、痛いんだが」

 

「えっ?」

 

「(ひょっとして、急所を突いてるの?)」

 

 

 ムツミのは照れ隠しではなく攻撃だったという事か……というか、社交辞令でもタカトシにそんな事言われた事ないから羨ましい……

 

「スズ? さっきから怖い顔をしてるんだが、何かあるのか?」

 

「べ、別に! 何でもないわよ」

 

「スズちゃん? もしかしてお弁当食べたかったの?」

 

 

 何かを覚った表情のタカトシとは違い、ムツミは見当違いの言葉をかけてくる。

 

「そうじゃないわよ。本当に何でもないから」

 

「スズちゃんがそういうなら良いけど……私、何かしちゃった?」

 

「大丈夫よ。ムツミは何も悪くないから」

 

 

 そう、悪いのはムツミに対して嫉妬してしまう私なんだから……




スズの嫉妬が目立つようになってきた今日この頃……


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津田家の休日

珍しくまったりとした時間が流れてる


 珍しく生徒会業務も、バイトもない休日を迎え、俺は朝から家の掃除をしていた。

 

「せっかくの休みなのに、タカ君は真面目ですね」

 

「義姉さん、おはようございます」

 

 

 昨日はバイトがあったので、義姉さんにコトミの世話をお願いしていた。その流れで義姉さんはウチに泊まって今起きてきたのだ。

 

「せっかくの休みなんだから、もう少し寝てたらどう? ただでさえタカ君は働き過ぎなんだから」

 

「そんな事ないと思いますけどね。それを言うなら、義姉さんだって昨日は遅くまで起きてたみたいですし、もう少し寝てたらどうですか?」

 

「何で私が遅くまで起きてたことを知ってるの?」

 

「部屋の明かりが消えたのがだいぶ深い時間だったので」

 

「……もしかして、タカ君はそれより遅い時間まで起きてたの?」

 

「畑さんから頼まれたエッセイを詰めちゃおうと思って集中してたみたいです。まぁ、義姉さんの部屋の明かりが消えたのを見て、俺もキリが良いところまでで止めましたけど」

 

 

 まだ完成していないので、掃除や洗濯が終わったら続きをやるつもりだが、今日中には終わる見込みは立ったので、それ程焦ってはいない。

 

「それじゃあ朝食の準備くらいは私がやっちゃうね。まだでしょ?」

 

「まぁ、義姉さんが起きてからやろうと思ってので、まだですけど」

 

「それじゃあ着替えて支度をしちゃうね」

 

「お願いします」

 

 

 義姉さんに朝食を頼み、俺は残りの洗濯を終わらせてしまおうと作業を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君の家事も一段落したので、私はタカ君と二人でまったりとお茶を飲んでいた。

 

「おはよ~……」

 

「コトちゃん、もう九時過ぎだよ?」

 

「休日の私にしたら、だいぶ早起きですけどね~」

 

「威張って言う事では無いと思うが? お前、昨日は十二時くらいには寝てただろ?」

 

「だって、あそこから続きをやったら、朝までかかると思ったから」

 

 

 どうやら勉強が終わった後でゲームをしていたらしく、コトちゃんはバツが悪そうな表情で頭を掻いている。

 

「自分の部屋の掃除くらいしろよ」

 

「何、急に?」

 

「お前の部屋以外の掃除は、さっき終わらせたからな。今ウチの中で汚いのはお前の部屋だけだ」

 

「べ、別に汚くないよ?」

 

「そういえば、昨日見た限りでは、お菓子のゴミが散乱していたような……」

 

「わーっ! お義姉ちゃん、それは黙ってくれるって約束じゃ……」

 

「今日中に綺麗にしろよ」

 

 

 タカ君に睨まれて、コトちゃんは肩を落として洗面所へ向かう。顔を洗って朝食を済ませてから掃除をする事になってしまい、コトちゃん的には残念なのだろうけど、あの部屋は掃除した方が良いと私も思っていた。

 

「さて、それじゃあ俺は部屋に戻りますので、義姉さんも自由にしてください。今日は俺が家にいますから、帰っても構いませんし」

 

「お昼の支度はしていこうかなって思ってるから、もうちょっといるね」

 

「すみません、お願いします」

 

 

 タカ君は律儀に頭を下げてから部屋に戻っていった。

 

「義姉弟なんだから、もうちょっとフランクに話してくれてもいいのに」

 

 

 タカ君に対するちょっとした不満を零してから、私は残っていたお茶を飲み干したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄に言われ、私は仕方なく部屋の掃除を始めた。

 

「……おかしい。私は部屋の掃除をしていたはずなんだけどな……」

 

 

 私の目の前には、掃除を始める前より散らかった部屋と、何処から出てきたのか分からないゴミの山が広がっている。

 

「この部屋にこれほどゴミがあったとは……」

 

 

 殆どがお菓子のゴミなのだが、ここまで無精したつもりは無かったんだけどな……

 

「これからはちゃんと、食べたら捨てておこう……」

 

 

 幸いにして黒いアイツは出てこなかったので何とかなりそうだけど、これを今日中に元に戻るのは骨が折れる作業になりそうだな……

 

「タカ兄に手伝って――いや、怒られる未来しか視えないから止めておこう」

 

 

 この間の掃除の際も、タカ兄に手伝ってもらう事になって散々怒られたというのに、またこんな惨状をタカ兄に見せたら、今度こそこの家から追い出されかねないもんね……

 

 

「とりあえず掃除機とゴミ袋、後は雑巾が必要だな……何処にあったっけ?」

 

 

 普段から掃除などしないので、掃除道具が何処にあるかなんて分からないな……タカ兄に聞いて教えてもらうのもあれだし……

 

「まだお義姉ちゃん、いるかな……」

 

 

 今日はタカ兄が一日中家にいられる日なので、お義姉ちゃんはもう帰っちゃったかもしれない。そうなるとタカ兄に怒られるの覚悟で掃除道具の場所を聞かなければ、この部屋で生活する事は出来なくなってしまう……

 

「コトちゃん? 何か探してるの?」

 

「お義姉ちゃん! 掃除道具ってどこだっけ?」

 

「……ここ、コトちゃんの家でもあるんだよね?」

 

「面目次第もありませぬ……」

 

 

 さすがに誤魔化す事が出来ないので、私は素直に頭を下げ自分の不甲斐なさを恥じた。それでとりあえずは納得してくれたお義姉ちゃんは、掃除道具の場所を教えてくれた。

 

「さすがに手伝えないけど、頑張ってね」

 

「な、何とか今日中には終わらせる所存です……だからどうか、タカ兄には言わないでください」

 

「仕方ないね」

 

 

 お義姉ちゃんに口止めをして、私は部屋の掃除に戻ったのだった。




コトミは成長してるのか微妙ですな……


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意識する相手

タカトシのままだと戯れになってしまうので……


 生徒会室で作業をしていると、新聞部の畑がやってきた。

 

「やっ」

 

「何か用か? また五十嵐からかくまって欲しいとか言われても困るんだが」

 

「今日は違いますよ。純粋に皆さんにインタビューをしに来ただけです」

 

「桜才新聞企画ですか?」

 

「えぇ。近頃大した話題がないので、生徒から関心が強い生徒会の皆さんの事で誤魔化s――いえ、もう一度桜才新聞に興味を持ってもらおうと」

 

「いま誤魔化そうと言ったか?」

 

「いえ、気のせいです」

 

 

 あからさまに視線を逸らしているんだが、まぁまともな企画なら付き合ってやらない事もないな。

 

「ではまず初めの質問ですが、皆さんは将来、何になりたいですか?」

 

「それは気になるな。特にタカトシは何になりたいんだ? お前なら何でもなれるだろうし」

 

「そんな事ないと思いますが?」

 

 

 タカトシはこう答えるが、私たちから見ても、こいつは何でもそつなくこなす。既に出島さんから七条家で執事として働かないかと誘われているところや、理事長から教師として働かないかと誘われているところを見たし、それ以外にも物書きや料理人など、様々な職業に向いていると思わせる素質があるのだ。

 

「とりあえず安定を考えるなら公務員ですかね。最近の公務員はどうもたるんでるイメージがあるので、あまり積極的になりたいとは思いませんが」

 

「なかなかに厳しい意見ですね。会長たちは?」

 

 

 畑の明らかに「ついでに聞いておこう」みたいな雰囲気を感じ取ったが、私は胸を張って答えた。

 

「私たち三人は女子アナだ!」

 

「三つの女子穴? 何当たり前な事を」

 

「わざと聞き間違えるな!!」

 

 

 ちょっと前までの私なら畑の冗談に乗って下ネタを重ねたかもしれないが、今の私はそんな事はしないぞ!

 

「皆さん、そんな事今まで言ってましたっけ?」

 

「知的な感じでカッコいいじゃないか」

 

「ひょっとして、今人気のミヤっちの影響ですか?」

 

 

 畑が私たちが影響された人物をピンポイントであげてきたので、私たちは少し気まずげに答えた。

 

「えぇ、まぁ……」

 

「あの人カッコ良くて好きなんだ~」

 

「うんうん」

 

「あー、俺もあの人好きですね。今はやりの感じではなく、ちゃんと知性で売ってる感じで」

 

「確かに今の女子アナは、キャラで売ってるのが殆どですからね~……って、会長たち? 何で頬を膨らませてるんですか? もしかして、津田副会長が好きだという言葉を『異性として』と取ったんですか?」

 

「そ、そんな事ないぞ! もちろん、人として好感が持てるという意味だって分かってるからな!」

 

 

 何となく居心地が悪くない、私は早口に否定して作業に戻る事にしたが、畑から冷ややかな目を向けられ、作業は捗らなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄に用があり生徒会室にやってきたのは良いけど、タカ兄は不在だったので待たせてもらう事にした。

 

「相変わらずスズ先輩は電卓使わないんですね」

 

「これくらいな暗算で出来るし」

 

「ハイスペックロリですもんね!」

 

「ロリっていうな!」

 

「あいたっ!」

 

 

 スズ先輩に脛を蹴られ、私は悶絶する。まぁ、スズ先輩は見た目相応の力しかないから、そこまで痛くは無いんですけどね。

 

「意味・感極まって泣いて語る事」

 

「涙腺共に下る」

 

「(国語の勉強かな?)」

 

 

 さっきからシノ先輩とアリア先輩が問題を出し合ってるのを見て、私は普段から勉強してるんだという事を実感した。この二人はどことなく私と同じように、普段ふざけてる感じがするのになとは思ってたけど、やっぱり普段から勉強してるんだ……

 

「ガリレオ衛星、イオ・エウロパ・カリスト、あと一つは?」

 

「ガニメデ!」

 

「(今度は理科? というか、ガリレオ衛星って何だろう……)」

 

 

 さっきは国語だったのに、今度は理科。やっぱり受験生だけあって広い知識が必要になってくるんだろうな。

 

「世界遺産にもなったキノコ型の岩――」

 

「カッパドキア!!」

 

「(次は地理? というか、問題の途中で答えるなんて、なんだかクイズ番組みたいだな……)」

 

「シノちゃん、クイズ得意だね~」

 

「今までのが戯れだとっ!?」

 

 

 てっきり勉強だと思っていた遣り取りは、なんとクイズだったと分かり、私は驚愕した。

 

「ほら『高校生クイズキング』って番組があるだろ? あれの優勝賞金は百万円らしいんだ!」

 

「そうなんですか~。何を買おうかなぁ」

 

「そもそも出てないよ~」

 

「コトミ、アンタ飛ばし過ぎじゃない?」

 

「そうですね~」

 

 

 そもそも私が参加しても、勝てる未来なんて見えないし、参加するとしたらタカ兄かなぁ……

 

「予選の参加、申し込んだぞー」

 

「会長が一番飛ばしてる!! というか、本気で出るつもりだったんですね」

 

「まぁ、参加するだけでも勉強になるし、このメンバーならそれなりに進めると思うしな」

 

「このメンバーって、ひょっとして私も!?」

 

「いや、普通に生徒会メンバーという意味だったんだが」

 

「……ですよね~」

 

 

 あービックリした……そもそも私じゃ戦力どころか足手纏いだし、普通にタカ兄だよね。

 

「ん? コトミ、なんか用だったか?」

 

「あっ、タカ兄。今日マキたちと遊んで帰るから、勉強はその後でお願いします」

 

「やる気があるだけ成長だと思っておこう」

 

 

 タカ兄から許可を貰い、私はマキとトッキーと遊んで帰る事にしたのだった。




まぁ、コトミなら戯れレベルじゃないだろし……


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クイズ大会地区予選

またしても誰かが勝ち組に……


 普段は校内ラジオなんて気にしないんだけど、今日は何故か気になって耳を傾けていた。

 

『――というわけですね』

 

『なるほどー』

 

「今日は会長がゲストなんだね」

 

「らしいな」

 

 

 トッキーと教室でお弁当を食べながらラジオを聞いていたので、私の言葉にトッキーも相槌を打った。

 

『ゲストの天草会長は博識ですねー』

 

『いやいや、それ程でも』

 

『クイズとか得意なんじゃないですか?』

 

『あっ、クイズと言えば――』

 

 

 畑さんのセリフがフリにしか聞こえなかったけど、どうやら仕込みのセリフだったようだ。

 

『今日夜七時から放送の高校生クイズキングに、我々生徒会が出ているのでどうぞご覧ください』

 

「TVでこーゆー番宣あるよな」

 

「そういえば参加するって言ってたっけ」

 

 

 ちょうどその場にいたんだけど、今日放送だって事忘れてた。

 

「トッキー、一緒に視る?」

 

「視ねぇよ! というか、部活だし」

 

「そっか、残念」

 

 

 今日はタカ兄がバイトで家に誰もいないからゆっくり出来ると思ったんだけどな……まぁ、一人で視ようかな。

 

「あっ、コトミちゃんいた~」

 

「アリア先輩? どうかしたんですか?」

 

「今日の夜、ウチで番組鑑賞会をするから来ない? タカトシ君はバイトだって言ってたし、コトミちゃん一人なんでしょ?」

 

「そうですね。お義姉ちゃんも来れないって言ってましたし」

 

「カナちゃんなら、ウチに来る予定だよ~」

 

「あっ、そうだったんですね」

 

 

 道理でタカ兄がバイトだっていうのにお義姉ちゃんがウチに来ないわけだ……

 

「それじゃあ、後で出島さんを迎えに遣わせるね~」

 

「おぉ! 何だかお嬢様になった気分ですよ」

 

 

 家に迎えなんて、私のような庶民には縁が無いと思ってたからな~。今日はいい気分で過ごせそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君はバイトで来られなかったけど、アリアっちの家で高校生クイズキングの地区予選を視聴する事になったので、私とサクラっちもアリアっちの家にやってきた。

 

「普通に入って良いんでしょうか?」

 

「どうなんでしょう。そこにカメラがありますし、ちょっとくぱぁしてみたら入れてくれるんじゃないですかね」

 

「アンタは何を言ってるんですかね?」

 

「ようこそ、いらっしゃいませ」

 

「お邪魔します、出島さん」

 

 

 サクラっちにタカ君みたいなツッコミをされていたところに、出島さんが中から現れて私たちを案内してくれた。

 

「遅かったな! もうすぐ始まるぞ」

 

「サクラっちがカメラの前でくぱぁしようとしてたので――」

 

「少し黙っててくれませんかね?」

 

 

 サクラっちにセリフをぶった切られ、私は大人しくスズポンの隣に腰を下ろした。

 

「ところで、コトちゃんは結果を知らないんでしたっけ?」

 

「タカ兄に聞いても教えてくれなかったので」

 

「私が口止めしてたからな」

 

「私もお嬢様に結果を聞いたのですが、なかなか口を割らなかったので、身体に聞いたけどダメでした」

 

「もう少しで落ちるところだったけどね」

 

「………」

 

「タカトシさんがいないからって、皆さん酷すぎませんかね?」

 

 

 スズポンが開いた口がふさがらないといった感じでサクラっちを見て、サクラっちがツッコミを入れた。タカ君がいないと、サクラっちの負担増だね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 番組が始まりお喋りを止めて視ていたが、私が映ったところでコトミが口を開いた。

 

「会長、化粧してたんですか?」

 

「TVに出るから、少しだけな……」

 

「そんなことしなくても、会長たちなら目立ったんじゃないですか~? ただでさえタカ兄がいるだけで目立ったんでしょうし」

 

「まぁ、また余計なライバルが増えた気がする……」

 

 

 進行役のアナウンサーが、執拗にタカトシにインタビューしてたような気もするし……

 

「おっ、サクラ先輩だ」

 

「は、恥ずかしいです……屈辱です」

 

 

 ○×クイズで間違えた森が、粉ゾーンに顔面から突っ込んだシーンが映り、森は恥ずかしそうにテレビから顔を背けた。

 

「ま〇ぐり返しされてセルフぶ〇かけされた時くらいの屈辱感?」

 

「いい加減下ネタは止めませんか?」

 

「これくらい普通だろ? タカトシがいないんだし」

 

「いないところでも止めろって言ってんだよ!」

 

 

 森をからかって遊んでいたら、再び森がTVに映った。

 

『サクラ、頬が汚れてる』

 

『あ、ありがとう、タカトシ君』

 

「えっ、こんなところも撮られてたのっ!?」

 

『タカ君、この後タカ君のウチに行ってもいい?』

 

『構いませんが』

 

「……タカトシが視てたらTV局にクレームの電話をしそうなくらいの隠し撮りだな」

 

「というか、完全に狙ってましたよね、これ」

 

 

 こんなところ、タカトシを狙って無ければ撮れないだろうが……つまり、畑以上に隠し撮りが上手いカメラマンがいたという事か……

 

「あっ、今タカ兄がこっち睨んだ」

 

「これTVよ? そんな事あるわけ――」

 

『何撮ってるんですかね?』

 

『あっ、いえ……』

 

「……タカ兄、隠し撮りに気付いてたみたいですね」

 

「それをそのまま放送するとは……プロデューサーは死にたいのか?」

 

 

 その後は特に盛り上がりもなく、結果発表になり、無事我々桜才学園が予選を突破した。

 

「おめでとうございます! っと、スズ先輩がおねむでしたね」

 

「これで本戦に出られるから、コトミはタカトシ不在の間は頑張れよ」

 

「だ、大丈夫ですよ?」

 

 

 静かに盛り上がり、私たちは寝ている萩村を起こさないように今後の事を話し合ったのだった。




このカメラマンは畑イズムを継承しているのか……


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学芸交流会の準備

イベントが多い学校だ……


 全国高校生クイズキングの結果は、桜才新聞で大々的に報じられているらしく、すれ違う生徒たちから応援の言葉や、期待の言葉をかけられる。

 

「おめでとうございます。全国大会は一ヶ月後でしたね」

 

「畑か」

 

 

 掲載されている桜才新聞の前で畑に声をかけられ、私たちは足を止めた。

 

「意気込みなどをお願い出来ますか?」

 

「全国大会までまだ時間があるので、それまでしっかりと勉強しておかねばとは思っている。TVの前で恥ずかしい姿は見せられないし」

 

「私はむしろ、恥ずかしい姿を見て欲しいって思ってたけどね~」

 

「さらっと何を言ってるんだ!? タカトシが別行動だからって、そういう発言は控えてくださいよ」

 

「おや~? そういえば津田副会長はどちらに?」

 

「タカトシなら、生徒会顧問として全国大会の会場に連れていけと騒いでいる横島先生の対処を頼んだので職員室だ」

 

「会場に行って何をするつもりなんでしょうね、あの人は」

 

 

 畑も何となく察しているようだが、あくまでも分からないといった感じで問いかけてきたので、私も憶測でいいならという前置きをしてから答えた。

 

「応援に来ている男子高校生を引っかけて、そのままあわよくば――なんて考えてるんじゃないか?」

 

「実に横島先生らしいですね」

 

「桜才学園の恥になるから、何としても諦めてもらわなければならないな」

 

「では、私はこの辺で。インタビューありがとうございました」

 

 

 畑と別れてからしばらくして、何故か校内で古谷先輩の姿を発見した。

 

「古谷先輩。何故先輩が校内に?」

 

「ちょっと用があってな。それより、TV観たよー。録画もしたし、永久保存版だな」

 

「ありがとうございます……? 先輩、その指どうされたんですか?」

 

 

 よく見ると先輩の指先に絆創膏が貼られてした。何処かで怪我をしたのだろうか。

 

「ちょっと爪を割っちまってな」

 

「爪、ですか?」

 

「ああ。ビデオテープのツメを折る時にさ。ちゃんと切っておけばよかった」

 

「ちょっと何言ってるか分からないですね……」

 

 

 辛うじて聞いたことはあるが、実際にやった事は無いのでどういう状況なのかイマイチ把握出来ずにいたが、とりあえず絆創膏の下は爪が割れただけだと分かり、とりあえず安心して古谷先輩と別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が奮闘してくれたお陰で、横島先生は同行を諦めてくれたようで、私たちは本戦に向けての勉強に集中する事が出来るようになった。

 

「やっ!」

 

「またお前か」

 

「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ~」

 

 

 生徒会室でクイズに向けての勉強会をしていたら、畑さんが現れ、シノちゃんはあからさまに嫌そうな顔を見せたので、畑さんが少し不満げに唇を尖らせる。

 

「それで、今度は何の用だ?」

 

「今月末にある、学芸交流会の事でちょっとご相談がありまして」

 

「あぁ、その事なら理事長から聞いている」

 

「そうですか。なら話は早いですね。お願いします」

 

「ん? まて、何をお願いされたんだ、私たちは?」

 

 

 畑さんの言葉に首を傾げ、私たちに視線で問われたけども、私もタカトシ君も、スズちゃんも首を振ってシノちゃんのが懐いたのと同じ疑問を畑さんにぶつけた。

 

「聞いていたのではないのですか?」

 

「学芸交流会があるというのは聞いているが、それ以外は何も聞かされていない」

 

「それは困りましたね。既に台本も作成済みなのに」

 

「台本? 劇でもやるのか?」

 

「その通りです。生徒会のメンバーに手伝ってもらえるという事で、既に轟さんに台本をお願いし、配役も既に済んでいるとか」

 

「えっ、ネネが脚本なの……大丈夫なんですか?」

 

 

 スズちゃんのお友達である轟さんは、今でも思春期全開だと聞いているし、ちょっとだけ興味が惹かれるわね。でもまぁ、あんまりひどかったらタカトシ君が無かったことにするでしょうし……ん?

 

「タカトシ君が脚本担当じゃ駄目だったの?」

 

「津田先生のですと、学芸交流会のレベルで収まらなくなりそうでしたので」

 

「なるほど……タカトシの脚本なら、それだけでお金が取れるだろうしな」

 

「取れるわけ無いだろ」

 

「それで、皆さんは参加してくれるのですか?」

 

 

 畑さんの言葉に、私たちは顔を見合わせ、全員が「仕方がない」といった感じで頷いた。そしてシノちゃんが代表で畑さんに答える。

 

「本来ならもう少し早く言って欲しかったが、既に決まってしまっているなら仕方ないな。私たちも手伝おう」

 

「ありがとうございます。それじゃあさっそく明日から劇の練習が始まりますので、放課後体育館にお願いします」

 

「えっ、そんなにすぐなのか?」

 

「何せ今月末ですので」

 

「ちなみに配役ってどうなってるんですか?」

 

 

 スズちゃんの質問に、畑さんは台本を取り出して説明を始めてくれた。

 

「主人公は津田副会長、ヒロインは天草会長、敵役が七条さんで、萩村さんは妖精だそうです」

 

「妖精?」

 

「まぁ身長で選ばれた感も否めませんが、詳しい事は私には分かりませんので、後で轟さんにでも聞いてください。では、私はこれで」

 

 

 現れた時も急だけど、いなくなる時も急で、畑さんはあっという間に生徒会室からいなくなり、残された私たちは、全員でため息を吐いた。




古谷さんのセリフ、分からない人もいるだろうな……ちなみに、自分もだいたいでしか分からない……


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白雪王子様

何処のニーズだ……


 今月末に行われる芸術交流会に向けての準備の記録を残す為に、我々新聞部は総動員で取材を行っている。ちなみに部長の私は、今回の目玉となる演劇の取材を担当する事になっている。

 

「今月、桜才で芸術交流会があります。他校の方を招き、芸術を通じて親交を図る。我々はそこで演劇を披露します」

 

 

 映像に残すということで、私はナビゲーター口調でカメラに向かって話しかける。

 

「おっ、どうやらあの教室ですね。早速迫真の稽古場に潜入してみましょう」

 

 

 カメラマンを引き連れて稽古場に入ると、そこでは会長と副会長が台本の読み合わせをしていた。

 

「――こんな感じですかね?」

 

「もう少しクサくても良いと思うが」

 

「これ以上だと白々しくないですか?」

 

「稽古場ではそう感じるかもしれないが、本番なら盛り上がると思うぞ」

 

「うーん……」

 

 

 どうやら感情の入れ方を話し合っているようだが、先ほどから気になることが一つ。

 

「白雪王子様?」

 

「白雪姫を男、王子様を姫騎士に変更しました。時代のニーズに合わせて、オリジナリティを目指しました」

 

「男女逆転劇、というわけですね」

 

「はい。ちなみに騎士姫の国は、オーク軍団と交戦中という設定です」

 

「つまり『くっ、貴様らなどに屈しない!』というわけですか」

 

「何処のニーズだよ」

 

 

 脚本担当の轟氏と盛り上がっていたら、津田副会長にツッコまれてしまった。

 

「でも、性別逆になったらストーリーとかどうなるんですか? 自分よりきれいな姫に嫉妬した王妃が、毒リンゴを食べさせるんですよね?」

 

「その辺は抜かりないよ!」

 

 

 津田副会長の疑問を解決するかのように、王妃役の七条さんと、魔法の鏡役の風紀委員長の読み合わせが始まった。

 

「鏡よ鏡、この世で一番キレイなのは誰?」

 

「白雪王子でございます」

 

「よーし、さっそく汚しに行こう!」

 

「王妃をドSにしました」

 

「脚本変えろ! 交流会で発表するんだろうが!」

 

「確かに、これでは桜才の品位を落としかねないな……そうなった場合、脚本担当である轟が責任を取る事になるかもしれないな」

 

「が、頑張って変更します!」

 

 

 津田副会長と天草会長に脅され、轟氏は急いでPCで作業を開始する。恐らくさっきの部分の修正を行っているのだろう。

 

「おんや~? 萩村さんは小人役なんですね~。とてもお似合いです」

 

 

 私は事前に知っていたけど、ここでは知らない態で話を進めている。その方がより臨場感が伝わるからだ。

 

「妖精って少し憧れていたので、ちょっと嬉しいです。まぁ、身長で選ばれた感はありますが」

 

「その気持ち分かります。私も実は、妖精に憧れていた時期があるので」

 

「そうなんですか?」

 

「妖精オ〇ホとか」

 

「今の部分カットで」

 

 

 私の発言に対して津田副会長がカメラマンに指示をして、その後私に対する説教が始まってしまった為、読み合わせは一時中断となってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白雪姫が原作という事で、陶然の如くキスシーンが存在する。一度ガラス越しではあるがしたことがあるとはいえ、かなり緊張してしまうな……

 

「シノちゃん、固まっちゃったね。照れちゃって」

 

「演技だというのに、会長はこう言うところは意気地なしですよね」

 

「唾液をためているところでしょ? プレイの為に」

 

「演技だからそーゆーの無いって」

 

「聞こえてるぞ!」

 

 

 私たちの練習を見ながら話していた三人にツッコミを入れ、私は唇が触れるギリギリまで顔を近づけ、向こうからはキスをしてるように見える角度に顔を背けた。

 

「はい、OKです」

 

「どうやら今日の練習はここまでのようですね。では私たちもこれで」

 

「編集作業には同行させてもらいますので」

 

「分かってます」

 

 

 新聞部の連中が去って行ったのを見てから、私は全身に入れていた力を抜いた。

 

「まったく、人前でキスなど破廉恥極まりないな!」

 

「まぁフリですから」

 

「これはそうだが……」

 

 

 そう答えてから、私はタカトシの唇をジッと見つめる。そういえばこいつは、人前でキスをしたことがあったな。

 

「なにか?」

 

「い、いや! 何でもないぞ!」

 

 

 ジッと見つめていたのがバレ、恥ずかしくなった私は大声でそう答えた。

 

「明日も早朝から練習だ。しっかりと歯を磨いて寝よう」

 

「はぁ……」

 

「あ……これは生活のエチケット的な意味であってキスのエチケット的な意味じゃなくって、だから私が特別意識してるわけでは無いというわけで、一度でいいからしてみたいとか思ってるわけじゃないからな!」

 

「シノちゃん、慌てすぎじゃない?」

 

「焦り過ぎて、本音が出てますし」

 

「なにっ!?」

 

「お疲れさまでした」

 

 

 私が動揺してるのを見て、タカトシは一人で先に稽古場を出て行ってしまった。残された私は、アリアと萩村から鋭い視線を向けられているが、アリアは私の事を責める権利は無いと思うのだが。

 

「というか、シノちゃんは人前でタカトシ君とキスしたいんだ」

 

「あ、アリアだって私たちの前でしたじゃないか!」

 

「でも今回は大勢の前だよ? シノちゃん、そんなことして恥ずかしくないの?」

 

「うっ……考えただけで恥ずかしくなってきた」

 

 

 こんなんで本番大丈夫だろうかとか考えてしまうが、とにかくフリなのだから、そこまで考えなくても大丈夫なはずだ……大丈夫だよな?




さすがに学校の名誉を傷つけたとなるとな……


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芸術交流会

黙って見てろよ……


 芸術交流会が開かれ、我々は今英稜の演奏を聴いている。

 

「あの指揮者の子、絶対音感の持ち主なんですよ」

 

「それは凄い」

 

「絶対音感の人って、心音や呼吸音も聞き分けられるから、お医者さんにむいているとか」

 

 

 そう言ってカナは、タカトシの胸に耳を当てる。

 

「くっつき過ぎだろ!」

 

「会長、お静かに」

 

「むっ……」

 

 

 確かに演奏中に大声を出すのは失礼だが、それとこれとは話が違うというか、何とも羨まけしからん状況というべきか……

 

「タカ君」

 

「何でしょう?」

 

「お義姉ちゃんがこれだけくっついてるのに、心音に変化が無いんですけど?」

 

「(何という鋼の精神の持ち主なんだ)」

 

 

 幾ら義姉弟とはいえ、カナのような女子にくっつかれれば、それなりに動揺したりすると思うんだがな……

 

「義姉さんがくっつくのなんて日常茶飯事じゃないですか」

 

「確かに、しょっちゅうくっついてますね」

 

「何だとっ!?」

 

「会長、お静かに」

 

 

 もう一度タカトシに注意されてしまったが、今聞き捨てならない事を言っただろ、お前ら。

 

「どうやら終わったようですね」

 

「次は私たちの番だし、そろそろ移動しよう」

 

「シノちゃん、早く行くよ」

 

「あ、あぁ……って、今の会話は無かったことになってるのか!?」

 

 

 アリアも萩村も我々の会話は聞こえてたはずなんだが、全く気にした様子が見られない……まさか、二人も鋼の精神を手に入れたというのだろうか……

 

「魚見さんがタカトシにくっつくのなんて、もう見慣れましたし」

 

「タカトシ君も特に気にしてないみたいだし、私たちが気にする必要は無いんじゃないかな? タカトシ君にとってカナちゃんは、異性というより義姉だし」

 

「う、うむ……?」

 

 

 確かにアリアや萩村の言う通りなのだが、イマイチ納得出来ないのは何故だ? 私が考え過ぎなのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英稜の演奏が終わり、今度はウチの演目、白雪王子様の番となり、私は隣にいるトッキーとマキと一緒に劇を観ていた。

 

『鏡よ鏡、世界で一番キレイなのは誰?』

 

「こうしてみると、王妃ってナルシストだね」

 

「そうだな」

 

 

 トッキーは言葉で、マキは頷いて私の感想に同意してくれた。

 

「だから自分の部屋に、あんなに大きい鏡を置いてるんだね」

 

「?」

 

「コトミ、それってどういう意味よ?」

 

 

 だが続く感想には二人とも疑問符を浮かべている様子だったので、私は自分の考察を述べる事にした。

 

「鏡で自分をオカズにしてるんだよ!」

 

「そーゆー妄想良いから」

 

「というか、そんな事考えてる暇があるなら、もっと真剣に劇を観なさいよ!」

 

 

 トッキーには呆れられ、マキには怒られちゃったけど、お義姉ちゃんなら共感してくれるはず。後で話してみようかな。

 

「あっ、スズ先輩」

 

「まぁあの先輩なら、妖精役がピッタリだろ」

 

「トッキー、それ萩村先輩に聞かれたら怒られるよ?」

 

 

 トッキーのコメントにマキが苦笑いを浮かべながらツッコミを入れてるけど、多分マキも同じことを想ってるんだろうな。

 

「妖精なんて、まるでメルヘンの世界だね」

 

「そうだな」

 

『それなら私たちと一緒に住みましょう』

 

「ひょんなことから始まる同棲生活って、ギャルゲーの世界のよう」

 

「そーゆーたとえ、良いから」

 

 

 再びトッキーに呆れられてしまったが、私のような考えをしてる人は他にもいると思うんだよね……

 

「そろそろクライマックスだし、黙って観てようよ」

 

「そうだね」

 

 

 舞台上では毒リンゴを食べてしまった白雪王子様(タカ兄)が倒れているのを姫騎士(シノ会長)が発見するシーンへと移っている。

 

『あぁ、なんと美しい王子様だ!』

 

「確か、キスした際に喉に詰まってた毒リンゴが取れるんだよね?」

 

「あぁ、確かそうだったはず」

 

「じゃあきっと、スロートキスをしたんだね」

 

「そーゆー考察、いいから」

 

「てか、ろくなこと考えないわね、アンタ」

 

「マキは知ってるでしょ。これが私だって」

 

「カッコよく言ってもダメだってば……」

 

 

 付き合いの長いマキに呆れられてしまったが、これが私なんだから仕方ないと開き直って、私は劇の続きを観る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよシノっちがタカ君にキスをする――実際はフリらしいが――シーンになり、私は隣にいるサクラっちに話しかける。

 

「サクラっち、飲み物どぞ」

 

「あっ、どうも」

 

 

 私が手渡したドリンクを受け取り、一口飲んだタイミングで、私の後ろに控えていた畑さんがサクラっちにマイクを向けた。

 

「森副会長、インタビュー良いですか?」

 

「っ!?」

 

 

 ストローで飲み物を吸っていたタイミングでマイクを向けられ、サクラっちは驚いた表情を浮かべた。だが問題は、マイクが音を拾っていた事にあり――

 

『ちゅうううう』

 

 

 ――シノっちが熱烈なキスをかましたような感じになってしまった。

 

「コラーっ! 誰だ濃厚なSEを入れたの! あれはフリだ! 本当にしてないからな!」

 

「あ、あの~ゴメンなさい。実はあの音、私が……」

 

「そんな嘘を吐いてまで事実を捻じ曲げようとは、もしや津田氏の事……?」

 

「畑さん、狙ってましたよね? 劇序盤では貴女の気配は体育館の奥の方にあったのに、あのシーンが近づき、義姉さんが森さんに飲み物を渡す直前、義姉さんの背後に移動し、ストローを吸ったタイミングでマイクを向けた。違いますか?」

 

「……ではっ!」

 

 

 タカ君の圧倒的推理力の前に、畑さんは逃げ去る事しか出来なかったようだ。それにしても、人前ではちゃんと苗字で呼ぶ当たり、タカ君は冷静だなぁ……シノっちは顔真っ赤だけど。




そして余計な事をする畑さん……


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芸術交流会後の騒動

大変な問題が……


 芸術交流会の後、再び私とタカトシとの関係についての噂が流れ始めた。

 

「まったく、畑のヤツ……」

 

 

 噂の内容は、私が公衆の面前でタカトシにキスをする関係だという事で、私にとっては恥ずかしくもあるが、ある意味光栄な内容なのだが、アリアや萩村からの視線が鋭すぎるので、こうして畑に注意しに来たのだ。

 

「お前は反省してもすぐに別の問題を発生させるな」

 

「え~、会長も満更じゃないんじゃないですか~? 私が観察した限りですが、会長が正面から否定したという噂は入ってきてませんが」

 

「そ、そりゃタカトシとキスできる間柄という内容自体は悪くない――じゃなくて!」

 

 

 畑に乗せられて危うく本来の目的を見失うところだった……

 

「事実無根の噂を流すのは止めろ! あれはお前が狙ったSEだったんだろ?」

 

「別に狙ったわけじゃないんですけどね~。タイミングよく、会長たちがキスするフリをしたところに、森副会長がストローで飲み物を啜っただけで、私の意思が介入したわけでは――」

 

「タカトシが言ってたように、狙って近づいたんだろ?」

 

「はい」

 

 

 タカトシが気配察知で畑の動きを正確に掴んでいたのと、森が事実説明をしたお陰で噂は流れないと思っていたんだが、畑の情報操作能力を甘く見ていたようだな……

 

「本当ならここにタカトシを連れてきたかったんだが――」

 

「そ、そんなことしては新聞部が活動休止になってしまいます!」

 

「……分かってるんなら、これからは事実のみを報道するように」

 

「仕方ありませんね。これからは少し大人しくする所存であります故、今回は許していただきたく存じます」

 

「噂の収束に努めるように」

 

 

 そもそも私とタカトシの関係は会長・副会長でしかないのだから、公衆の面前でキスをするはずがないのだ。

 

「(自分で思っていて情けなくなってきたが、関係が進展していないのはアリアたちも同じだしな)」

 

 

 タカトシとの関係が進展しているのなど、森くらいだしな……

 

「兎に角今回は厳重注意で済ますが、次は無いと思えよ?」

 

「分かってます。ほとぼりが冷めるまで大人しくします」

 

「冷めても大人しくしてくれると、我々も余計な仕事をせずに済むのだがな」

 

「少しくらいの娯楽は必要だと思いますので」

 

「それは各々が見つけるべき事であって、お前が扇動する必要は無いだろ」

 

 

 私ではどうも威力が弱いのか、あまり反省している様子は見られないが、畑もこれで少しは大人しくなるだろう。もしならなかったら、次は容赦なくタカトシを新聞部に送り込めばいいだけだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノっち濃厚キス事件は、桜才学園よりもむしろ外部で話題になっている。桜才学園の生徒たちなら、タカ君がそんな事を許すはずもないと分かっているから、冗談めいた噂で済んでいるが、外部の人間はタカ君の為人をちゃんと知っている人ばかりではないのだ。

 

「凄い勢いでスレッドが建ってますね」

 

「何ですか、それ?」

 

 

 私が携帯でとあるサイトを観ていたら、背後からサクラっちが覗き込んできた。

 

「非公式タカ君ファンクラブサイトです」

 

「そんな物が……」

 

「サクラっちは知らなかったでしょうが、結構な会員数なんですよ?」

 

 

 誰が作ったのか、誰が運営しているのかも分からないけども、かなりの人数が登録しており、例の演劇を観てた人間がスレッドを建て、レスが付いている。

 

「あら、シノっち暗殺計画まで持ち上がってる」

 

「どれだけなんですかっ!?」

 

「まぁ、タカ君とキスしたなんて知られれば、そうなるんじゃないかな、サクラっち?」

 

「意味ありげに私の唇を見ないでください」

 

 

 サクラっちもタカ君とキスした事がある。しかも公衆の面前でだ。その時の証拠写真さえあれば、このサイトにサクラっち暗殺計画のスレッドが建っても不思議ではないだろう。もちろん、そんな事はしないけども。

 

「運営側もこのスレッドを封鎖するつもりが無いのか、黙認してるようですね」

 

「危なくないんですか?」

 

「実行するはずがないと思ってるのでしょうけども、何処にでも過激派は存在するものだと思うのですがね」

 

「あっ、封鎖されましたね」

 

 

 私たちの会話が聞こえたわけではないでしょうが、シノっち暗殺計画のスレッドは封鎖され、スレッドを建てたアカウントは凍結されたようだ。

 

「そもそも、誰がこんなアングルで写真を撮れたのでしょう?」

 

「少なくとも素人の仕事ではないですよね……」

 

「そもそも演劇中に携帯を操作してれば目立ちますし」

 

「考えても分からないですが、とりあえずシノっちの命の安全は確保されたという事でしょうね」

 

「どうなんでしょう……あれ? こっちには会長が写ってますよ?」

 

 

 サクラっちに言われて、私は自分が写ってる写真を拡大する。これはこの間腕を組んだ時の写真ですね。

 

「こっちも炎上してたようですが、私とタカ君との関係がコメントされてからは、一応は鎮火したようですね」

 

「こんなサイトがあるようじゃ、おいそれとタカトシさんと外で会話出来ませんね」

 

「いったい誰が運営してるんでしょうか……」

 

 

 さっきの写真といい、私とタカ君との腕組み写真といい、あのアングルで写真が撮れる人物など一人しかいないので、私はタカ君にこの事を報告して、運営主に説教してもらう事にしたのだった。




運営主はもちろんあの人……


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萩村スズの災難

ペットと一緒に寝るから……


 最近寒くなってきたので、ボアも犬小屋ではなく室内で寝る事が多くなってきている。そんなボアが今日は、私の部屋にやってきている。

 

「偶には一緒に寝ようか」

 

「わん!」

 

 

 ボアが何と答えたかは分からないけど、彼も部屋から出て行かないことを見るに、私と一緒に寝る事に否定的ではなさそうだ。

 

「(あっ、あったかいな)」

 

 

 ボアを抱えて寝ると、彼の体温が伝わってきて私の身体も温まる。横島先生じゃないけども、一人で寝るより誰かと寝た方がよく寝られるという気持ちが少しだけ分かるような気も……

 そんな事を考えて眠った翌朝、私は謎の温かさを感じて目を覚ました。

 

「? ……あっ、やったな!」

 

 

 布団をめくると、ボアがお漏らしをして布団に跡が出来ている。

 

「スズちゃん、どうかしたの……あら?」

 

「か、母さん! これはボアだからね! 断じて私じゃないからね!」

 

 

 めんどくさい相手に見られてしまい、私は慌てて否定する。こんなに慌ててると余計に私が漏らしたとか思われそうだけど、否定しないとそれはそれで私が漏らしたと思われそうだったので、私はとにかく否定する事にしたのだ。

 

「うーん……うん! 確かにこの臭いはスズちゃんじゃないね」

 

「犬かよ……」

 

 

 私が漏らしたわけじゃないと分かってもらえてよかったけど、そんな判断方法を取らなくても分かってほしかったと思ってしまった……

 

「――というわけで、今朝は大変な思いをしました」

 

「それは災難だったな」

 

 

 放課後になり生徒会で今朝起きた事を話すと、会長が同情してくれた。この人に同情されるのもあれだけど、前みたいに母と同じような反応をされないだけマシかな……

 

「そういえばこの間、出島さんが山の絵を描いてたよ」

 

「? ……っ!」

 

 

 一瞬何のことか分からなかったけど、理解してしまった。こんなことを理解してしまう自分が恥ずかしいが、あの人ならあってもおかしくないって思えるだけの付き合いがあるから厄介ね……

 

「そういえば、タカトシは何処に行ったんですか? HRの後から姿が見えないんですが」

 

「タカトシなら、カナからメールの件で新聞部を――というか、畑を問い詰めているところだろう」

 

「魚見さんから…ですか?」

 

「どうやら畑の奴が裏で運営していたタカトシのファンクラブサイトの件だ」

 

「そんなのがあったんですね……」

 

 

 私は全然知らなかったし、会長や七条先輩も知らなかったらしい。それなのになぜ魚見さんは知っていたのかしら?

 

「この間の濃厚キスシーン事件の事で、そのサイトが荒れたらしくてな。まぁ、原因も燃料投下したのも畑だと分かっているのだが」

 

「何をしたんですか?」

 

「私とタカトシのキスシーンに合わせて森を使って挿入した濃厚キスを思わせるSEが入った動画をファンサイトにアップして外部のファンを煽ったとかなんとか……詳しくは分からなかったが、さすがに封鎖する必要があると畑が判断したほど荒れたらしいぞ」

 

「それは……」

 

 

 あの畑さんがやり過ぎたと思う程炎上したという事は、それだけタカトシのファンが外部にいるという事で、私は顔も見た事ない相手に負けたくないと決意したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく宿題もなく、タカ兄もお義姉ちゃんもいないので、私はトッキーを誘って家でゲームをしていた。

 

「トッキーが部活休みで良かったよ~」

 

「まぁ偶になら構わないが、あんまり遊んでるとまた兄貴たちに怒られるんじゃねぇのか?」

 

「息抜きは大切だって、タカ兄やお義姉ちゃんだって分かってるだろうし、あんまり詰め込んでもキャパオーバーになるって分かってると思うしね~」

 

 

 テスト前ならいざ知らず、普段から詰め込まれても私は覚えきれないのだ。そうなると教えた先から忘れていくという、何とも非効率な結果になりかねないので、最近は一週間に二日は休脳日を設けてくれている。

 

「それにしても、この選手のコントロール、全然定まらないよ」

 

「お前の操作方法に問題があるんじゃね?」

 

 

 野球ゲームをしているのだけど、さっきからフォアボール連発でついには押し出しでトッキーに勝ち越しを許してしまった。

 

「ちょっとタイム」

 

「どうしたの?」

 

「トイレ」

 

 

 女子同士という事もあり、トッキーも気にした様子もなく理由を教えてくれた。

 

「こうなったら」

 

 

 私はトッキーが入ったトイレの前に立ち、携帯に保存してあるエロボイスを再生した。

 

『それで何がしたいんだ?』

 

「トッキーが興奮して、尿のコントロールが乱れるかなって」

 

『乱れるわけ無いだろうが! というか、くだらないものを保存してるって兄貴に報告するぞ!』

 

「そ、そんなことしたら、来月のお小遣いが……というか、いつの間にタカ兄の味方になったの、トッキー!」

 

『お前と兄貴を比べれば、誰でも兄貴の味方をしたくなるだろうが』

 

「そ、そうだね……止めるからタカ兄に報告するのは止めてください」

 

 

 これ以上タカ兄に呆れられたら、本気で家を追い出される可能性もあるので、私は扉越しに平謝りをしてリビングに戻り、トッキーが戻ってくるまでの間正座をして反省するのだった。




トッキーもタカトシの味方……当然ですが


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全国大会の準備

普通に勝てそうだけどなぁ……


 生徒会室にやってくると、何故か机の上にエロ本が置かれていた。

 

「誰かが没収してここに置いたのか?」

 

 

 可能性としてはタカトシが一番高いが、アイツならちゃんとした処理を施すだろうから、こんなところに置きっ放しにはしないだろう。

 

「そうなると誰だろう……」

 

 

 何となく目が離せなくなり、次第に中が気になり始めたが、こんなところでエッチな本を読むなど、生徒会長としてあるまじき行為だろう。

 

「まて、今日は確か風が強かったな……」

 

 

 私は窓に近づき、そして開け放った。風でページがめくられて中身が見えてしまうのは不可抗力だし、読みふけるわけじゃないし問題ないだろう。

 

「なるほど……」

 

 

 パラパラとめくれるページに、私は思わずそんな言葉を呟いた。自重しているとはいえ、私は基本的には思春期全開な人間だ。目が奪われてしまっても仕方がないだろう。

 そんな言い訳を心の中でしていると、誰かがこの部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。私は咄嗟に窓を閉め、エッチな本を隠した。

 

「あれ? シノちゃん一人?」

 

「や、やぁ、アリア」

 

 

 本を丸めて後ろに隠しているので、私は少し不自然は感じでアリアに受け答えをする。するとアリアは私の股の間から何かが見えている事に気付いた。

 

「シノちゃん、何かお尻に挿れてるの?」

 

「なっ! そんなわけ無いだろ!」

 

 

 私は思いがけない言葉に憤慨し、隠していた物を出してしまった。

 

「あっ、それさっき横島先生がここで熟読していた本だ~」

 

「何故あの人が?」

 

「男子生徒から没収して、ここに持ってきたは良いけど誰もいなかったからって言ってたけど」

 

「本当か?」

 

 

 あの人の事だから疑わしい点があるが、まぁそういう事にしておこう。それよりも問題なのは、教師が神聖なる生徒会室でエロ本を熟読していたという事か……

 

「それで、その横島先生は?」

 

「タカトシ君にエロ本を熟読しているところを見られ、今理事長室で申し開きをしてると思うよ~」

 

「相変わらずだな、タカトシは……」

 

 

 教師よりも理事長から信頼されていると言っても過言ではない程だからな……横島先生を理事長室に連行するくらい容易なのだろう。

 

「そういうわけで、今日の生徒会作業は三人で……あれ? そういえばスズちゃんは?」

 

「二日目で辛いからってさっきメールが着てたぞ。無理せず休めと言ってしまったから、今日は私とアリアの二人だけだな」

 

「そっか……かなり頑張らないと厳しいね」

 

「あぁ……ボケてもツッコんでくれる人がいないからな」

 

 

 私とアリアはボケ側の人間だ。ボケっ放しはかなり寂しい思いをする事になるだろうから、私たちはなるべくボケないよう心掛けて生徒会作業を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ来週に迫った、高校生クイズキングの全国大会。私たちは生徒会室に集まって作戦会議を開いていた。

 

「我々の実力がどの程度通用するか分からないが、出来る事はしっかりとしておこうじゃないか」

 

「そうですね。得意分野の知識を伸ばすのも良いですが、苦手を克服しておくのもありかと」

 

 

 突出しているのもいいかもしれないが、オールマイティに活躍出来る方が役に立てると思う。私はそう考えて会長と二人でクイズを出し合って知力を磨く。

 

「ヨガをやると忍耐力が身に付くらしいよ~」

 

「アリアさんは冷静に物事を判断する力が少し欠けていますので、耐え忍ぶ事も必要かもしれませんね」

 

 

 お手付きはなるべく避けたいので、七条先輩には確実に答えられるまでボタンを押さないように我慢してもらいたい。そういう意味では忍耐力を身に付けるのは良いかもしれないな。

 

「タカトシは?」

 

「俺は、どうしようか」

 

 

 ある意味欠点が無いタカトシは、何を準備して良いのか考えている。すると横島先生がやってきた。

 

「私はあげマンなんだぜ?」

 

「また理事長室で説教されたいんですか、貴女は?」

 

「そ、それだけは勘弁してくれ!」

 

 

 この間のお説教がだいぶ堪えているようで、横島先生はただただ頭を下げて去って行った。何時も思うんだけど、あの人はこの部屋に何をしに来るのかしら……

 

「実力を伸ばすのも良いが、やっぱりTVに出るんだから化粧くらいしておいた方が良いだろうか……」

 

「会長、人間は外見より中身です。普段しない化粧をして目立つ必要は無いと思います」

 

「萩村……つまり服の下に縄化粧しろという事か?」

 

「何故そんな結論になったのか、詳しく話してもらいたところですが、タカトシが怖い顔をしてるのでそっちに任せます」

 

「じょ、冗談だ」

 

 

 この間二人で作業した所為か、先輩たちは少し箍が外れているようだ。タカトシがいるのに下発言が出てしまったようで、会長は久しぶりにバツが悪そうな表情をしている。

 

「な、なにはともあれ、いよいよ全国大会だ! 気合を入れる為円陣だ! みんな、手を出せ!!」

 

 

 ここに魚見さんがいれば、会長の身体をまさぐるというボケをしてきただろうが、私たちは素直に手を出した。

 

「優勝目指して頑張ろうではないか!」

 

「「「おーっ!」」」

 

 

 会長の音頭に私たちも声を揃えて応えた。

 

「おっ、手叩きゲームか? 私も混ぜてー」

 

「違います」

 

 

 何故か遊びに来ていた古谷さんの所為で、最後締まらなかったけど、とりあえず全国大会でベストを尽くせるように頑張ろう。




相変わらず感性の古い古谷さん


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全国大会 一日目

普通なら優勝確実ですが


 クイズキングの全国大会の為にスタジオにやってきたけど、こういう場所って普段来ないから興味があるな……

 

「あんまりキョロキョロすると目立つわよ? ただでさえアンタ、目立ってるんだから」

 

「目立つことをした覚えはないんだがな……」

 

 

 さっきからすれ違う人々見られてにいるのは分かってるんだが、何で見られているのかはイマイチ分からないんだよな……何かしたっけか?

 

「タカトシ君の見た目で制服を着てなかったら、何処かのタレントさんかと思われてるんじゃないかな?」

 

「そうなんですかね?」

 

 

 そんな理由で見られていたのかと思うと、ちょっと微妙な気分になってくるが、ライバル視されているわけじゃないなら気楽に行けそうだ。

 

「そちら、お連れさん? お連れさんはこちらからスタジオに入れないですよ」

 

「……参加者です」

 

「こ、これはどうも……失礼しました」

 

 

 スタジオに入ろうとした時にスズが警備員に止められそうになったが、彼女の眼力と持参した生徒手帳のお陰で無事に入る事が出来た。

 

「あれって、ミヤっちじゃない?」

 

「本当だ! 実際に見るのとTV越しで見るのとでは、なんだか印象が違うな」

 

「番組MCですからいても不思議ではないと思っていましたが、やっぱり実物は綺麗ですね」

 

 

 三人が盛り上がっているが、実の所俺はあんまり知らないんだよな……TVを観てる暇がないっていうのもあるけど、芸能人とかアナウンサーとかは新しい人がバンバン出てくるし、興味を持てないってのもあるんだが。あの人は辛うじて見た事あるし、芸能人だと言われても納得出来るくらいの人だとは分かるが……

 

「(前に柳本が言ってた女性タレントの事も、辛うじて知ってたくらいだし……)」

 

 

 新聞で結婚の記事が芸能面に載ってたから知っていたが、あれだって偶々目についただけだしな。

 

「とりあえずまずは一回戦だな。タカトシは温存しておくとして、我々だけで頑張るぞ!」

 

「何ですか、その『温存』って?」

 

 

 一回戦は全員参加が出来るはずだし、温存も何も無いと思うんだが……

 

「タカトシは我々の切り札だ。先に進むにつれて難しくなるであろう問題に対応してもらう為、序盤は頭を休めてもらいたい」

 

「はぁ……ですがそれならスズの方が良いんじゃないですか?」

 

「萩村は逆に、先に答えてもらって高校生であることを証明した方が――」

 

「それってどういう意味ですかね?」

 

 

 スズの纏っている雰囲気が一変し、シノさんは慌ててその場から逃げ出した。クイズ開始前に何だか目立ってしまったような気がするんだがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ始まった大会だけど、私は今違う事が気になっている。ライバルチームの女子メンバーの視線が、タカトシ君に向けられているような気がするのともう一つ。

 

「アリア、何を見ているんだ?」

 

「モニターに映ってる私、裸リボンしてるように見えるな~って」

 

「余裕があるのは良いですが、ふざけたことは言わないでくださいね」

 

 

 タカトシ君が笑顔で私の事を見詰めているけど、この笑顔は出来る事なら見たくない笑顔だよね……

 

『それでは第一問!』

 

 

 タカトシ君と二人で後ろに下がり、まずはシノちゃんとスズちゃんが答える。別に順番とかは決められていないんだけど、全員で均等に答えられるようにとシノちゃんが提案したのだ。

 

「B?」

 

『残念。お手付きは一回休みです』

 

「す、すまん……」

 

 

 シノちゃんは緊張からか、普段なら答えられそうな問題を間違えてしまった。

 

「(お手付きかぁ……)」

 

 

 私はその語感から、手を穴に突き刺す光景を思い浮かべて微笑んでしまった。

 

「(勘違いされているのが幸いですが、変な事を思って笑うな)」

 

「(勘違い? なんて思われてるの?)」

 

 

 タカトシ君は読心術が使えるのではないかと言われてるくらいだし、他のチームの人が何を考えているのかが分かるのだ。

 

「(一回くらい休んでも問題ないと、余裕の表れだと思われているようです。あと、読心術など使えませんからね)」

 

「(でも、さっきから他のチームの人が何を考えているのか見てるんでしょ?)」

 

「(表情から何を考えているのかを推測しているだけです。心を読んでいるわけではありません)」

 

 

 それって限りなく読心術に近いんじゃないかと思ったけど、タカトシ君が頑なに認めようとしないのならこれ以上言っても無駄だしね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のお手付きから流れが悪くなってしまったのか、我々は善戦したが一回戦で敗退してしまった。

 

「みんな、すまない……」

 

「悔しいんだね、シノちゃん。さぁ、私の胸でお泣き!」

 

 

 アリアが両手を広げて私を受け止めてくれたので、私はアリアの胸に顔を……

 

「(何だか別の理由で泣きたくなってきたな)」

 

 

 負けた悔しさももちろんあるのだが、同級生の胸がここまで大きいと、なんだか惨めな気持ちになってくる。

 

「そんなに泣かないの。一回戦で負けたチームも、敗者復活戦があるから頑張れ」

 

 

 泣いていた私の肩を叩きながらミヤっちがそう言ってくれた。私とアリアは顔を見合わせて頷き、タカトシたちにもそれを告げた。

 

「ならまだ気は抜けませんね」

 

「そうだな! ちょっとお手洗いに行って化粧を直してくる!」

 

「私も行くよ、シノちゃん!」

 

 

 泣いた所為で落ちてしまった化粧を直す為、私はアリアを伴ってお手洗いに向かったのだった。




暇つぶしで他人の心を読むなよ……


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全国大会 二日目

周りの方が盛り上がってる


 クイズ大会初日、シノっちたちは一回戦で敗退するも、敗者復活戦で見事に蘇りそこから快進撃を続け、今日の決勝にコマを進めた。その要因はもちろんタカ君で、一回戦は大人しくしていたが、敗者復活戦からその実力を全面に押し出し、他の追随を許さぬ活躍を見せたのだった。

 

「――というわけで、今日は私たちも応援に行きます」

 

「(何で桜才の生徒じゃない魚見さんが一番盛り上がってるんでしょうか)」

 

「(たぶん義弟である津田副会長の活躍が嬉しいんでしょう)」

 

「お義姉ちゃん、盛り上がってますね~」

 

 

 私と一緒に収録現場にやってきた畑さんと五十嵐さんは何かコソコソと話してますが、コトちゃんは私同様盛り上がっています。

 

「予選の時も思いましたが、最初から津田君が答えればよかったんじゃないですかね」

 

「これはあくまでチーム戦ですから、タカ君だけが答えては成り立たないんでしょう。まぁ、スズポンもアリアっちもですが、シノっちも知識十分ですから、そこにタカ君が加われば優勝も十分にあるでしょう」

 

 

 タカ君が隣に立っていてくれているだけで、普段以上の実力を発揮出来る気がするのは、恐らく私だけではないでしょうから、あの三人も普段以上の力を見せてくれるでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二日目も順調に勝ち進んで、いよいよクライマックスが近づいてきたんだけど――

 

「トイレに行きたくなってきたけど、目が離せないんですけど」

 

 

――急に尿意を催し隣で見ているカエデ先輩に相談する。

 

「知らないわよ。トイレに行けばいいじゃない」

 

「でも、せっかく盛り上がってるのに」

 

 

 タカ兄の活躍もあり、桜才チームは良い問題をゲットし、それに答えられれば決勝進出決定という場面なのだ。こんな場面でトイレになんて行ってる場合ではないのだ。

 

「じゃあ、これ使う?」

 

 

 カエデ先輩と反対方向の隣にいた畑さんから、空のペットボトルが手渡され、私はその意味を瞬時に理解した。

 

「助かります」

 

「不精しないでトイレに行きなさい!」

 

 

 

 収録中という事もあり小声ではあったが、カエデ先輩は私の手からペットボトルを奪い取り外を指差しました。

 

「仕方ないですね……まぁ、会長たちなら問題なく答えられるでしょうから、大人しくトイレに行ってきます」

 

 

 答える人があの三人以外だったら気になっただろうけど、正解するのは明らかなので私は簡易トイレではなくちゃんとしたトイレで用を足す事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシが隣にいてくれるだけで、私たちは実力以上の力を発揮する事が出来る。それだけでもタカトシは十分な働きをしてくれているのだが、加えてこいつは頭が良い。知識の幅も広いので、相談出来る問題では非情に助かっているのだ。

 

「いよいよ最後の問題です。これに答えた方が優勝となります」

 

 

 最終問題は各チーム二人が選ばれ答える形式だ。私の隣にはもちろんタカトシが居り、緊張している私とは違い普段通りの表情で前を見ている。

 

「タカトシ、万が一私が分からなかった時は頼むぞ」

 

「そうは言いますが、シノさんたち全部分かってたじゃないですか」

 

「君や萩村のように自信があったわけじゃないからな。ここぞという場面で間違えたら申し訳ないから、答える前に相談させてくれ」

 

 

 解答権を得てもすぐに答える必要は無い。時間内であれば相談してもお手付きにはならないので、タカトシに確認してから答えれば大丈夫だろうが、私が分からなかったらどうしようもない。タカトシに頼むしかないのだ。

 

「それでは最終問題」

 

 

 司会のその言葉に、私たちは全員集中する。変に力まなくて済んだのは、隣にいるのがタカトシで、全く緊張していなかったからだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最終問題、タカトシ君が難なく答えたお陰で、私たちは全国高校生クイズキングの本戦で優勝した。

 

「優勝は、桜才学園チーム! 敗者復活から見事に優勝です!」

 

 

 司会の宣言でスタジオは大いに盛り上がり、私たちは喜びのあまりそれぞれとハグをした。

 

「シノちゃん、抜け駆けは駄目だよ?」

 

「なにどさくさに紛れてタカトシに抱き着こうとしてるんですか」

 

「チームなんだから、仲間外れは可哀想だろ?」

 

 

 それっぽい理由でタカトシ君に抱き着こうとしたシノちゃんを、私とスズちゃんは全力で阻止する。

 

「お疲れさまでした」

 

「あ、あぁ……タカトシのお陰で優勝出来たな」

 

「いえ、殆ど答えたのは三人ですし、俺はいただけです」

 

 

 最終問題を軽々答えておいてこの余裕……さすがはタカトシ君という感じだね。

 

「この後ウチで祝勝会しない? 出島さんに電話すればすぐに用意してくれると思うし」

 

「良いな! この感動を少しでも多く分かち合いたいし!」

 

「私も構いません。母に事情を話せば、赤飯の用意はされないでしょうし」

 

「そういえば、門限を破るとお赤飯用意されちゃうんだっけ?」

 

 

 スズちゃんのお母さんはスズちゃんが大人の階段を上ったから門限に遅れたと考えるらしく、毎回大変だって前に聞いたことがあったな~。

 

「タカトシ君も、来るよね?」

 

「まぁ、今日くらいは出島さんにお願いします」

 

 

 毎回手伝おうとしてくれるタカトシ君だけど、今日は素直に祝われる立場に徹すると言ってくれた。これでこの後もタカトシ君と一緒にいられるね。




今回ばかりはタカトシも素直に祝われる側に


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祝勝会

変な盛り上がり方をしてる気も……


 クイズ大会の祝勝会という事で、我々は七条家でお祭り騒ぎを繰り広げている。何故か参加していたタカトシより観客だったコトミの方が盛り上がっているのだが……

 

「というか、何故コトミがここにいるんだ?」

 

「だって、タカ兄がこっちに参加して、お義姉ちゃんがバイトじゃ私の晩御飯が無いじゃないですか」

 

「そういう事か……」

 

 

 確かに一人増えたくらいで食料が足りなくなるという事は無いし、コトミにキッチンを使わせたらいけないという事は我々も理解している。だが、コトミが盛り上がるのはやっぱり違うんじゃないだろうか……

 

「それにしても、タカ兄を温存して勝ち進もうだなんて、会長たちも相手の事を下に見過ぎてたんじゃないですか?」

 

「それは……少しくらいタカトシに楽をしてもらおうと思っただけだ」

 

「でも結局、敗者復活戦からタカ兄大活躍での優勝じゃないですか。もう少し頑張った方が良かったんじゃないですかね~?」

 

「そういうコトミだって、普段からタカトシに迷惑を掛けてばかりではないか! 少しは頑張ったらどうなんだ!」

 

「うわぁ、藪蛇だった……私だって最近は頑張ってるんですから! 小テストだって、五十点は確実に取れるようになったんですから」

 

「威張るような点数じゃないけどな」

 

 

 コトミの言葉に、タカトシが呆れながらツッコミを入れてきた。優勝の立役者だというのに、なんだか盛り上がりに欠けてるんだよな……

 

「タカトシ、もう少し盛り上がったらどうなんだ?」

 

「楽しんでますよ? ただまぁ、誰かが締めないとグダグダになりそうだなって事で、必要以上に騒いだりはしてませんが」

 

 

 タカトシが視線を向けた先には、アリアと萩村がカラオケで盛り上がっており、出島さんが萩村家の犬であるボア君に話しかけている。

 

「その内酔っぱらいの介抱もしなければいけなくなるでしょうから、俺は適度に楽しんでるんです」

 

「君がいなかったら、我々生徒会はまともに機能しないってよく分かる構図だな……いつもすまない」

 

「いえ、こういう役回りに慣れてますし、最近はだいぶ大人しくなってきてくれているので、俺も必要以上に疲れずに済んでますから」

 

「やっぱり疲れていたのか……」

 

「そりゃ、まぁ……多少は」

 

 

 疲れているという事を隠そうとしなかったタカトシに、私はもう一度頭を下げた。こいつに彼女が出来ない原因の一端は間違いなく私たちにもあるので、この程度で許しては貰えないかもしれないが、謝罪はしておくべきだしな。

 

「タカ兄は相変わらず真面目だよね~。もう少しはっちゃければいいのに」

 

「お前が不真面目過ぎるだけだと思うが? それよりも、この前義姉さんから聞いたが、小テスト赤点ギリギリだったそうだな? 前日にゲームなんかしてるからそんな事になるんだ」

 

「お義姉ちゃん、黙っててくれるって約束したのに」

 

 

 タカトシをからかおうとして逆に起こられる結果となったコトミは兎も角として、私はアリアと萩村に相談をすべく移動する。

 

「シノちゃんも歌うの~?」

 

「いや、少し相談したい事があるんだ」

 

「相談? 賞金の使い道なら先ほど決めたじゃないですか」

 

 

 優勝賞金は学園の為に使うという事で我々四人とも納得し、一万円だけ自分たちの為に使うという事で話が付いている。

 

「その事ではなく、タカトシの負担を減らす相談だ」

 

「そんなこと言っても、最近は私たちも大人しくしてるから、タカトシ君の負担と言えばコトミちゃんくらいじゃないの?」

 

「確かに下ネタは言わなくなったが、それ以外でも我々はタカトシにだいぶ負担を掛けていると思うが」

 

「自覚しているのなら、そこを改善すれば良いのではありませんか?」

 

「スズちゃんだって他人事のように言ってるけど、身長ネタだったり身体的特徴ネタの時はタカトシ君に負担を掛けてると思うんだけど?」

 

「先輩たちが指摘しなければいいだけなのではありませんかね?」

 

 

 萩村の影がゆらりと揺れたような気がしたけど、とりあえずその事はスルーして、私たちは本格的な相談を始める。

 

「タカトシの負担を減らせば、アイツも彼女を作ろうと思うかもしれない。そうなれば我々もチャンスだという事だ」

 

「ですが、現状を冷静に見れば、タカトシが彼女にするなら森さんだと思いますが」

 

「サクラちゃんとタカトシ君は一緒にいても自然だし、最近特に仲良しさんだよね~」

 

 

 お互いに遠慮が無くなってきたのか、以前に増して恋人感が出ているのだ。まぁ森は美少女と言っても差しさわりの無い見た目だし、タカトシの隣にいても霞んだりもしないしな……

 

「やはり胸なのだろうか……」

 

「それだけではなく、自然にタカトシの側に寄り添えるのもだと思います」

 

「後は神様に好かれ過ぎなような気もするけどね~。くじとか殆どの確率でサクラちゃんの勝ちだし」

 

「じゃんけんは弱いのにな……」

 

「というか、何でタカトシの事を私たちが話し合ってるんですか?」

 

「もう少し高校生らしい生活をさせてやりたいだろ? 今だって、酔い潰れた出島さんと暴走してるコトミをまかせっきりなんだから」

 

 

 私たちの背後に広がるカオスをタカトシに押し付けている自覚がある萩村は、私の言葉を聞いて無言で頷いたのだった。




関係ない人が迷惑かけてるからな……


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気苦労の度合い

苦労してるのは何時もの事


 テストが近くなってきて、私はタカ兄とお義姉ちゃんに監視されながら勉強する日々を過ごしている。いい加減信用してもらいたいと思う一方で、恐らく監視されなければ勉強なんてしないだろうと分かっているので、私は大人しく二人の内どちらかの監視を受けながら勉強に励んでいる。

 

「――というわけで、最近発散出来てないんだよね~」

 

「いきなり何を言いだすんだ、お前は」

 

「まぁ、それがコトミだからね……」

 

 

 トッキーとマキに口を聞いてもらいながらお昼休みを過ごしていると、何故か教室が色めきだした。この反応はタカ兄が教室に来たのか。

 

「タカ兄、どうかしたの?」

 

「急な用事が入ったから、今日は俺も義姉さんもお前の勉強を見てやれなくなった」

 

「本当っ!」

 

 

 それじゃあ、今日は久しぶりに発散する事が――

 

「喜んでるところ悪いが、シノ会長たちがお前の面倒を見てくれることになってるから、くれぐれも迷惑をかけないようにな」

 

「私だってそれくらい分かってるよ」

 

 

 会長たちなら多少ふざけても何とかなるとは思うけど、わざわざ私の為に時間を割いてくれているのだ。その恩を仇で返すような事はなるべくしないようにと心掛けている。

 

「なるべくではなく、絶対にしないでくれよな?」

 

「また心を読んだでしょ」

 

「お前は顔に出やすいだけだ」

 

 

 タカ兄は頑なに読心術を使っている事を認めようとしないけども、周りから見ればどう考えても心を読んでいるようにしか見えないんだよね……実際、私たちの会話を盗み聞きしてたクラスメイトが驚いてるし……

 

「そういうわけだから、洗濯物は取り込んでおいてくれ」

 

「分かってるよ」

 

 

 そもそもそれくらいしかお手伝い出来ないし……最近は少しくらい手伝った方が良いんじゃないのだろうかと考えなくもないけども、手伝えば手伝うだけ余計な仕事を増やすだけだと考え大人しくしているのだ。

 

「訳の分からない事を考えてる暇があるなら、少しくらい復習したらどうなんだ? 次の時間、小テストなんだろ?」

 

「何故タカ兄がそれをっ!? って、タカ兄ならそれくらい知ってて当然か」

 

 

 タカ兄に言われてしまったから、私は仕方なく教科書を開き、何処が範囲か分からない現実に打ちのめされたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシから頼まれたから仕方ないけど、私に会長と七条先輩、そしてコトミを纏めて相手にするだけの体力があるだろうか……

 

「(最近は会長も七条先輩も大人しくなってきているけど、それはあくまでもタカトシがいる時だけ。いない時は相変わらずの酷さだし、私がストッパーとして機能するかどうかも不安だわ……)」

 

 

 タカトシや森さんと比べれば一枚落ちる私が、三人を抑え込む事が出来るかどうか聞かれれば、微妙としか答えられない……せめてもう一人くらいまともな人がいてくれれば……

 

「あら、萩村さん? 考え事かしら?」

 

「五十嵐先輩……いえ、放課後に会長と七条先輩、コトミの三人を相手にしなければいけなくなってしまって、ちょっと不安なだけです」

 

「三人を相手に? どういう状況なのかしら」

 

 

 私は五十嵐先輩に事情をかいつまんで説明した。すると納得してくれたようで、私に同情的な視線を向けてきた。

 

「私もあの三人を纏めて相手にする自信はないわね……そんな事が出来るのは、タカトシ君か英稜の森さんくらいでしょう」

 

「そうなんですよね……そうだ! 五十嵐先輩もご一緒に如何ですか? 先輩ならタカトシも許可してくれるでしょうし」

 

「私が?」

 

 

 そんな事考えてもいなかったのだろう。私の提案に意外そうな表情を浮かべた。

 

「今日はコーラス部の活動もないし、風紀委員の活動も見回り程度しかないからいけなくはないけど……」

 

「じゃあお願いします! もし一人で相手したら、明日寝込んじゃいそうですし」

 

「それ程なの?」

 

「タカトシの前では大人しくなってますけど、あの三人は基本的にぶっ飛んでる人たちですから……」

 

「それは知ってるけど……」

 

 

 私の必死さが伝わったのか、五十嵐先輩は「一応タカトシ君に聞いてみる」と言って去って行った。

 

「(これで心労を折半できるかもしれないわね……)」

 

 

 五十嵐先輩には悪いけど、半分でも引き受けてくれる人がいないと過労で倒れる事間違いなしでしょうし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村さんに頼まれ、私はタカトシ君に許可を得る為にタカトシ君の教室に顔を出した。

 

「あれ? 五十嵐先輩だ」

 

「ヒッ!?」

 

 

 男子生徒に声をかけられ、私は思わず飛び退いた。失礼な態度だとは思うけども、こればっかりは我慢出来ないのだ。

 

「どうかしたんですか?」

 

「あっ、タカトシ君……」

 

 

 ちょうど教室に戻ってきたタカトシ君に、さっき萩村さんから頼まれた事を話した。するとタカトシ君は苦笑い気味の表情で私を見据え、そして頭を下げた。

 

「ご迷惑でなければ、カエデさんにもお願い出来ますか?」

 

「もちろん。後輩の面倒を見るのも先輩の務めだし、何より萩村さんの気持ちも理解出来るから」

 

「本当に申し訳ないです」

 

 

 別にタカトシ君が悪いわけではないのに、彼は本気で申し訳なさそうにもう一度頭を下げた。相変わらずしなくてもいい苦労を背負いこんでるんだなと思う反面、やっぱりいい子なんだなと再確認させられた気持ちになったけど、タカトシ君から頼られるってなんだかいいわね。




こんな生活してたら胃に穴が開きそう……


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慌てる理由

やりかねないのが怖い


 タカトシ君とカナちゃんの代わりにコトミちゃんの勉強の監視と、家事をするために、私たち桜才学園生徒会役員女子とカエデちゃんは津田家を訪れた。ちなみに出島さんに「今日の晩御飯はいらない」と電話を入れると悲しそうにしていた。

 

「(出島さんは、後で機嫌を取ってあげないと駄目かな)」

 

 

 仕事っぷりは問題ないんだけど、出島さんは私の事が好きすぎるんだよね……まぁ嬉しいけど。

 

「それじゃあ、私と五十嵐でコトミの勉強を見るから、萩村とアリアは掃除や洗濯物を片付けておいてくれ。くれぐれもタカトシのシャツやパンツを持って帰ろうと思わないように」

 

「そんな事思わないよ~。精々匂いを嗅ぎたいな~くらいだし」

 

「それも問題だと思うんですが……」

 

「そうかな~? このくらいなら許容範囲だと思うけど」

 

 

 スズちゃんとカエデちゃんが険しい表情になったけど、シノちゃんとコトミちゃんは私の気持ちが分かってくれているみたいで「そのくらいなら仕方ない」と言いたげな表情を見せている。

 

「萩村さん、七条さんの監視をお願いね」

 

「分かりました。五十嵐先輩も、コトミと会長の相手をお願いします」

 

 

 タカトシ君がストッパー役として期待している二人が、それぞれ声をかけあって別れた。まぁ私たちだって最近は大人しくしてるんだし、この二人に負担を掛けるような事は無いだろうけどね。

 

「それじゃあまずは洗濯物を畳もうか」

 

「そうですね。先輩はコトミや魚見さんの物をお願いします」

 

「そんなにタカトシ君のパンツに触りたいの~?」

 

「そうじゃねぇよ! 先輩がおかしな行動を取らないようにしただけです」

 

「ほんとにそれだけ~? スズちゃんも、タカトシ君の匂いを嗅ぎたいんじゃないの~?」

 

「そんなわけないわ!」

 

 

 スズちゃんの絶叫に免じて、これ以上からかうのは止めておこう。

 

「それにしても、タカトシ君の用事って何なんだろうね?」

 

「急用としか言いませんでしたからね……」

 

「もしかしてサクラちゃんとデートかな?」

 

「そんな理由でタカトシが私たちに迷惑を掛けるとは思えませんが」

 

「そうだね~」

 

 

 タカトシ君は真面目なので、自分の都合で人に迷惑を掛ける事はしない。急用と言っていたんだから、それはきっと急用なんだろうな。

 

「コトミなら分かるんじゃないですかね? もしくは魚見さんとか」

 

「それじゃあ、カナちゃんにメールで聞いてみよう。まだバイトの時間じゃないだろうし」

 

 

 カナちゃんにメールを送ってから数分後、私たちはタカトシ君の急用を知る事が出来た。

 

「カナちゃんの家の方の用事で、タカトシ君はカナちゃんの代わりにバイトに出る事になったんだって」

 

「それならそういえば良かったのに」

 

「どうも早番だったらしくて、急いでたんじゃないかってカナちゃんは言ってるよ」

 

 

 急に代わることになったんだから、少しくらい遅れても仕方ないとか思えない辺り、タカトシ君の真面目さがうかがえるな~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミに勉強を教えていて驚いたことだが、昔のように全て分からないという事にはならずに、ある程度は解けているのだ。これもタカトシやカナが苦労して教え込んだ結果なのだろうが、これだけ出来るのになぜ補習候補なのだろうか……

 

「会長、私の顔に何かついてます?」

 

「いや、そういうわけでないが……」

 

「それじゃあ何で私の顔をジッと見ていたんですか?」

 

「昔のように全てが分からないわけではないのに、どうして補習候補なのかと考えていただけだ」

 

 

 私が正直に告げると、私の隣で五十嵐も頷いた。恐らく同じような事を考えていたのだろう。

 

「私、本番に弱いんですよね~。いざテスト問題を見ると、急に全部分からないってなっちゃうんですよ……その後ゆっくり問題を見て、漸く分かるな~ってなった時には、もう半分くらい時間が過ぎちゃってたりして」

 

「もう少し冷静さを心掛ける事をお勧めする……」

 

 

 コトミの為ではなく、タカトシやカナの為に……

 

「タカ兄やお義姉ちゃんにも言われてるんですけどね~。いざ冷静になろうって思っても、そう簡単になれるものでもないですし……何かコツってないですか?」

 

「コトミは何故テストになると駄目なんだ? 普通に勉強してる分には問題なく出来るようになってきてるというのに?」

 

「さっきも言いましたが、本番に弱いんですよ~。周りの人たちは普通に解けてるのに、私だけまだ出来てないとか考えだしちゃって、終いにはタカ兄に怒られて絶頂する妄想をしちゃったり」

 

「テスト中は止めとけ?」

 

「誰かにバレちゃうかもという緊張感もまた」

 

 

 私とコトミの会話を聞いていた五十嵐が、呆れたような表情で頭を抑える。恐らく私たちの会話が脱線しかかった為呆れたのだろうと理解し、私は一度咳払いをして会話を立て直す事にした。

 

「兎に角、コトミは落ち着けば平均点くらいは取れる下地が出来てるんだから、後はそこに応用や冷静さが加われば普通に優秀な生徒にはなれると思うぞ?」

 

「本当ですか~! それじゃあ、もう少し頑張ってみます」

 

 

 まぁ、あくまでも「普通」に優秀であって、タカトシのように多方面でその才能を発揮する事は出来ないだろうがな……




コトミもマシになってきているとはいえ……


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SP三葉ムツミ

何で騙されるかなぁ……


 新聞部の畑先輩にインタビューさせて欲しいと頼まれて、私は先輩からの質問に答えていった。

 

「――以上で終わりです。インタビューお疲れ様でした」

 

「はー、緊張した~」

 

 

 柔道の試合ではこんなに緊張する事も無いんだけど、やっぱりインタビューって緊張するんだな~。

 

「さて次は、津田君のスクープを……」

 

「タカトシ君がどうかしたんですか?」

 

「彼はいろんな人物に狙われているという噂があってね」

 

「(ねらわれてる!?)」

 

 

 タカトシ君は十分に強いけど、いろんな人物にねらわれているとなると、一人で対処しきれないんじゃないかな。

 

「――というわけで、私が君のボディガードになる!」

 

「え?」

 

 

 生徒会室で作業していたタカトシ君にそう宣言すると、タカトシ君は意味が分からないという顔で私の事を見て、すぐに隣に視線を移した。

 

「今度は何を言ったんですか?」

 

「私が原因ですか~?」

 

「畑先輩は、タカトシ君がいろんな人にねらわれてるって教えてくれたんだよ」

 

「はぁ……まぁ今は急ぎの仕事があるわけじゃないですし、三葉も暇なら別に構わないが」

 

「?」

 

 

 タカトシ君が何を気にしてるのか分からなかったけども、とりあえずボディガードとして認めてもらったからにはしっかりと護らないと。

 タカトシ君が生徒会室から出て行くので、私もその後をついていく。なんだか親鳥についていく雛のように思われてる気もしないでもない……

 

「三葉、何処までついてくるつもりだ?」

 

「だってボディガードだし」

 

「トイレに行くつもりなんだが」

 

「あ」

 

 

 確かに男の子のタカトシ君と一緒にトイレに入る事は出来ない。

 

「でもボディガードとしては片時も離れるわけには……」

 

「おっ、三葉に津田。何してるんだ?」

 

「横島先生」

 

 

 女子トイレから出てきた横島先生に、今の状況を説明する。

 

「そんなの簡単だろ。温泉浣腸すればいいんだよ」

 

「? よしやろー」

 

「意味が分からない事を言うな! それと三葉、別に危険なんて無いから気にしなくて良い」

 

 

 そう言ってタカトシ君は一人で男子トイレに入っていってしまった。

 

「というか、何で三葉が津田のボディガードなんてやってるんだ?」

 

「それはですね――」

 

 

 私が横島先生に事情を説明していると、タカトシ君が黙ってトイレから生徒会室へ戻っていってしまった。私と横島先生は慌ててタカトシ君の後を追い掛け、そのまま生徒会室に入る。

 

「三葉……と、横島先生ですか。一応関係者以外立ち入り禁止なんだが」

 

「今の私はタカトシ君のボディガードです」

 

「私はそもそも関係者だろ!?」

 

 

 天草会長の言葉に、横島先生が声を大にして抗議したけども、誰もちゃんと相手にはしてなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作業中ずっと三葉が側にいたけども、特に意識を割かれることは無かった。むしろ会長たちが途中でイライラし始めた所為で作業が遅れた気もするが……

 

「タカくーん!」

 

「彼女が津田副会長を狙う一人」

 

「っ!」

 

 

 三葉が勘違いしているのをいいことに、畑さんがまた余計な事を三葉に吹き込む。というか、三葉もいい加減気付いてもよさそうなんだがな……

 畑さんに嘘を吹き込まれた所為か、三葉は俺と義姉さんの間に立って両手を広げた。それを見た義姉さんは、三葉に抱き着いた。

 

「な、なんの真似ですかっ!?」

 

「えっ? ハグじゃないの?」

 

「義姉さん、ちょっとこっちへ」

 

 

 勘違いをした義姉さんに、三葉がどうしてあのような行動を取ったのかを説明する。

 

「――という事らしいです」

 

「なるほど、タカ君の命を狙う人がいっぱいいるって勘違いしてるんだね。というか、あの子もタカ君の事を少なからず想ってるのなら、そんな勘違いするとは思えないんだけどな~」

 

「三葉は勉強が苦手ですし、純真なんですよ」

 

「確かに、ピュアな感じがするね」

 

 

 それで納得するのもどうかとは思うが、義姉さんはとりあえず納得してくれた。

 

「えっと、三葉さん?」

 

「はい!」

 

「タカ君の事は私が家まで送るから安心して。それから、タカ君は貴女に護ってもらう程弱くないよ?」

 

「それは分かってますけど、大勢のヒットマンにねらわれたらさすがのタカトシ君も――」

 

「それ、貴女の勘違いよ。畑さんが意図した『狙われてる』って言うのは――」

 

 

 義姉さんが三葉の耳元で何かを囁くと、三葉の顔がみるみる赤く染まっていく。染まった原因は、勘違いに気付いたからか、それとも――

 

「そ、それじゃあタカトシ君! 私、こっちだから!」

 

「あ、あぁ……気を付けて帰れよ?」

 

「う、うん!」

 

 

 顔を真っ赤にして走り去った三葉を写真に収めていた畑さんに鋭い視線を向けると、慌てて言い訳を始めた。

 

「わ、私は別に勘違いさせるつもりはありませんでしたからね? 三葉さんが勝手に思い違いをしただけで、面白そうだから黙ってたわけじゃないですから」

 

「俺は何も言ってませんが?」

 

「あっ……」

 

「まぁまぁタカ君。タカ君が大勢の女の子に想われてるのは確かなんだし、今回は許してあげたら? もちろん、さっきの写真は消去してもらってさ」

 

「……そうですね」

 

 

 これ以上怒るのも面倒だし、畑さんからカメラを没収して隠し撮りしてた全てを消去して、俺は義姉さんと家に帰る事にしたのだった。




大抵の相手ならタカトシに勝てないだろうし……


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カメラを取り戻せ

油断大敵ですね


 今朝は一段と冷えるとの予報だったので、母に毛糸のパンツを穿くように言われ穿いたけど、この歳になってこんなパンツは恥ずかしいな……

 

「(まぁ、誰に見せるでもないし気にしなくても良いか)」

 

 

 今日は体育もないし、スカートの中を誰かに見られる心配なんてするだけ無駄だったわね。

 

「萩村さん、こっち向いてくださいーい」

 

 

 校舎周りを見回りしていたら畑さんに声をかけられたので、私は片手を上げてそれに応えた。ちょうどそのタイミングで――

 

『ふわり』

 

 

――いたずらな風が私のスカートを捲った。

 

「………」

 

「あっ、いや、その」

 

 

 デジカメに収められた映像を見て黙り込んだ畑さんに言い訳をしようとしたが、上手く言葉が出てくれない。その隙に畑さんは校舎内に走り込んでしまった。

 

「ま、待て!」

 

 

 畑さんを追いかけようと走り出したが、外履きから上履きに履き替えてた分をロスしてしまい、畑さんを見失ってしまった。

 

「ど、何処に行った……」

 

「冗談ですよ、萩村さんはからかい甲斐がありますね~」

 

「っ! じょ、冗談なら早くデータを消してください」

 

 

 いきなり現れて驚いたけども、冗談で済むうちにデータ消去をしてしまおうと思ったのだけど、畑さんの手にカメラは無かった。

 

「今カメラ持ってないのよ」

 

「はい?」

 

「廊下を走った罰として会長に没収されちゃった」

 

「………」

 

 

 な、なんてこった……よりによって生徒会に没収されるなんて……。これが風紀委員ならデータを見るなんてことしないと言い切れるんだけど、あの面子では誰がカメラを弄るか分からないじゃないの……万が一タカトシに見られたら――

 

「(ん?)」

 

 

 そこまで考えて私は、何故タカトシに見られると想像したのだろうと、自分の思考に引っ掛かった。タカトシは人の物を勝手に弄るような人物ではないのだから、そんな心配しなくても良いじゃないか。

 

「兎に角、生徒会室に取りに行ってデータを消してください」

 

「放課後まで返してくれないって言ってましたので、私が行っても無駄ですよ」

 

「偉そうに言うな!」

 

 

 とりあえず畑さんのカメラを取り戻す為に、私は生徒会室へと向かう。

 

「戻りました」

 

「おぉ、萩村。見回りご苦労だったな」

 

「それでシノちゃん、どうして畑さんが廊下を走ってたか聞いたの?」

 

「いや、カメラを持って走ってたから、また余計なものを撮ったんだとは思うんだが……」

 

「ん~?」

 

「私、デジカメのデータの見方が良く分からなくてな……」

 

「シノちゃん機械音痴だもんね~」

 

「………」

 

 

 こ、この流れは何となくマズい! どう考えてもこの後、七条先輩がカメラを受け取ってデータを確認する流れだ。幸いなことにタカトシはいないけども、それでも見られて恥ずかしいのには変わりはない。

 

「アリア、ちょっと確認してみてくれ」

 

「分かった~」

 

「っ! ちょっとまっt――」

 

 

 私の静止の声もむなしく、二人は私のパンツが写ったデータを見てしまった。

 

「いや、母が寒いから穿いてけってうるさくって、ですね……」

 

「毛糸のパンツってお尻のボリュームを出して身体のライン良く見せるのに良いんだよね」

 

「……そーそー、私もそれで穿いてたんです」

 

「え?」

 

 

 私が七条先輩のコメントに乗っかったので、会長がポカンという表情で私を見詰める……いや、私だってあり得ないとは分かってますけど、そういう理由にしておきたいじゃないですか……

 

「会長、畑さんがカメラの返却を求めてるんですが……? 何かあったんですか?」

 

 

 生徒会室にやってきたタカトシは、室内の空気がおかしい事に気付き、首を傾げながら私たちに問うてくる。

 

「べ、別に何にもないぞ! カメラの件だが、反省させるため放課後まで返さないと言ってあるはずなんだが」

 

「本人もそう言ってましたが、何でも見られたらマズいデータがあるので、それだけでも消去させて欲しいとの事です」

 

「じゃあ私が立ち会うから、その条件でなら一時返却しても問題ないですよね?」

 

 

 私がタカトシの言葉に食い気味に反応したので、タカトシは不思議そうに私を眺めているけども、今はそんな事を気にしてる場合ではない。万が一タカトシが付き添いの下でデータ証拠を行うなんて流れになれば、他に余計なものが無いか検閲する可能性が出てきてしまうのだ。

 

「そ、そうか……では萩村の監視の下で一時返却を認めよう。萩村、このカメラを畑に届けて、データ消去が終わったらまた生徒会室に持ってきてくれ」

 

「分かりました」

 

 

 会長からカメラを受け取り、私は足早に新聞部の部室へとやってきた。

 

「さぁ畑さん! 今すぐ消去してください!」

 

「津田副会長にお願いすればこうして返ってくるんですね~」

 

「一時返却です! 変な事を言うなら今すぐこのカメラに残ってるデータをすべて消去します」

 

「それは困ります! 分かりました、萩村さんのパ――」

 

「何を言うつもりなんだ、貴女は!」

 

 

 他にも部員がいる前で余計な事を言いそうになった畑さんの口を塞ごうとしたけども、私の身長では届かなかった……

 

「女同士とはいえ、いきなり胸を触るのはどうかと思いますよ?」

 

「べ、別に触りたくて触ったわけじゃ……」

 

「分かってますよ。その代わり、この事を記事にされたくなければ、暫くは見逃してもらえませんかね?」

 

「……私個人で見逃す分には、構いません」

 

 

 何となく従わなければいけない気持ちになり、私は畑さんとの交渉を終えたのだった。




おそらくタカトシは察してるんだろうがな


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ペアの定義

量産型なんですが……


 生徒会の業務をしていると、さっきから会長の作業が進んでいないのが気になり声をかけた。

 

「会長、何か心配事でもあるんですか?」

 

 

 昨日までは普通に作業していたし、今朝も特にいつもと変わった様子が無かったので風邪や病気という事は無いだろうと思い、そうなると何か悩みがあるのではないかと考えての発言だったのだが、会長は驚いたようにこちらに視線を向けた。

 

「何で分かったんですか?」

 

「いえ、あてずっぽうですが……」

 

「実はですね、最近タカ君が姉離れをしてきたのではないかと思いまして」

 

「タカトシ君が、ですか?」

 

 

 元々それ程甘えていたようにも思えないのですが、会長からすれば何か変化があったという事なのでしょう。タカトシ君と義姉弟ではない私には分からない悩みとか、そんな感じの事が。

 

「それで、具体的に何かあったんですよね?」

 

 

 タカトシ君の態度からそう感じているのなら、そもそも最初からだと言えるのだが、それくらい会長だって分かっているだろうから、具体的な何かがあったと確信してそう尋ねた。

 

「タカ君とペアルックをしようと思ったんだけど断られた」

 

「最初からそんな事してくれないって思わなかったんですか?」

 

 

 タカトシ君は真面目な人なので、そんな事をすれば周りにどんな影響を与えるかを考えたりして断ったんだろうな。まぁ、家の中だけなら疑われることも無いから、付き合ってあげても良かったのかもしれないけど……

 

「だって、せっかくコトちゃんも含めてお揃いの服を用意したのに」

 

「恥ずかしかったんじゃないですか? そういう経験が無いと意外と恥ずかしいと思います。私は一人っ子だからそういう経験が無いですし、もしやれと言われたら恥ずかしいと思いますよ」

 

 

 タカトシ君がコトミさんとおそろいの服を着ていたとも思えないし、この歳になって兄妹でお揃いは恥ずかしいだろう。もし私に兄がいて、おそろいの服を着ろと言われたら、間違いなく恥ずかしさから断るだろうし。

 

「でも、恥ずかしがるタカ君が見たかったのに」

 

「じゃあ会長の邪な気持ちがタカトシ君に伝わったんじゃないですか? 恥ずかしい思いをさせたいって気持ちが」

 

「でも、恥ずかしがらせるのが目的だし、強制女装プレイは」

 

「そんな事だったのかよ!」

 

 

 それじゃあタカトシ君に断られて当然だし、そんな事で生徒会業務を滞らせていたのかと思うと、私はつい語気が強くなってしまった。でも会長はそんな事気にして無いようで、もう一度ため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日は英稜高校生徒会と合同で清掃ボランティア活動を行っており、授業中に寝た罰としてコトミも参加させたのだが、元々参加する予定ではなかったので軍手を持っていなかった。

 

「タカ兄、軍手貸して!」

 

「……ほら」

 

 

 文句ばかりでまったく作業しなくなるのが目に見えていたので、俺はコトミに軍手を貸し作業するよう指示する。

 

「そもそも何で私がボランティア活動なんてしなきゃいけないのさ!」

 

「授業中に寝たからだろ? それとも、大人しく留年して家から出て行くか?」

 

「大人しく掃除します!」

 

 

 多少マシになってきたとはいえ、コトミのこれまでの事を考えれば何時留年が決定しても不思議ではない。そして留年したアイツの面倒を見てやるほど、俺も両親も暇ではないのだ。

 

「まったく……」

 

「お兄ちゃんは大変だね?」

 

「サクラ……まぁ、脅せば大人しく作業してくれるだけマシだと思うようにしてる」

 

 

 前はそこまで危機感が無かったのか、脅してもまったくやらなかったからな……

 

「ところで、タカトシ君は手、大丈夫なの? 今日結構寒いけど」

 

「まぁ何とかなるだろ」

 

「良かったら私の軍手使って」

 

「でもそうするとサクラが寒いんじゃないか?」

 

 

 男女差を考えれば、サクラが軍手を使った方が良いだろう。絵的にも何だか変な感じがするし、このくらいなら我慢出来なくもないからな。

 

「大丈夫だよ、予備があるから」

 

「そういえば、常に予備を持ち歩いてるんだっけか?」

 

「うん。まぁ、ものによるけどね」

 

「そりゃそうか」

 

 

 サクラから軍手を受け取り手にはめる。無くても問題は無かったが、あって邪魔になるわけでもないので素直に受け取っただけだったんだが、向こうから凄い形相で義姉さんが迫ってきた。

 

「タカ君、お義姉ちゃんとのペアルックは断ったのに、サクラっちとのペアルックは気にしないんだね」

 

「ペアルック? あぁ、この軍手の事ですか?」

 

 

 俺は義姉さんの前に軍手をはめた手を差し出し尋ねる。

 

「そう! それが大丈夫なら、家の中でくらいお義姉ちゃんと――」

 

「これをペアルックと認識するとは思えませんが? 普通の軍手ですし」

 

 

 どこででも売ってるような軍手と、女物の服を同列視する方こそどうなんだとは思うが、そんな正論で大人しくなる人じゃないしな……

 

「コトミが俺の軍手を持っていったから、サクラが予備を俺に貸してくれただけですよ」

 

「じゃあその軍手を私に貸して。タカ君にはお義姉ちゃんの軍手を貸してあげるから」

 

「……それで義姉さんの気が収まるなら」

 

 

 殆ど意味はない交換だが、義姉さんが心中穏やかに作業出来るならそれで良いか……




嫉妬する程では無いと思うんだがな……


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言ってみたかったセリフ

そんなこと言えばどうなるか分かるだろうに……


 公正なるじゃんけんの結果、外の見回りは私とタカトシ君のペアになった。じゃんけんで決めると言い出したのはシノちゃんだったけど、この結果に不満を懐いてるようだったな……

 

「アリア先輩? どうかしたんですか?」

 

「ううん、何でもないよ」

 

 

 私が上の空だったからか、タカトシ君が心配してくれた。こういったちょっとしたことでも嬉しくなっちゃうのは、私がタカトシ君の事が好きだからなんだろうな……

 

「いたっ!」

 

「どうしました?」

 

「ちょっと目にゴミが……」

 

 

 せっかく気分が良かったのに、これじゃあ台無しだよ……

 

「見せてください」

 

「えっ?」

 

 

 気づいたらタカトシ君の顔がすぐ近くに来ていた……一度キスした事あるとはいえ、こんなに近づかれたらドキドキしちゃうよ……

 

「下手に擦らない方がいいですね。ちょっと水を持ってきますから大人しくしててください」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 さすがにゴミを取ってもらうわけにもいかないので、私はタカトシ君が戻ってくる間で大人しく待つ事にした。下手に動いて痛みが悪化するのも困るし……

 

「お待たせしました。これで顔を洗ってください」

 

「ありがとう」

 

 

 タカトシ君が私の手に水をたらしてくれ、私はそれで目の中のゴミを掻きだす。思いのほか簡単に取れたので、下手に目を傷める事は無く済んだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「うん、もう平気。それじゃあ、見回りの続きを――シノちゃん? スズちゃんに横島先生も」

 

 

 視界が回復したので周囲を見回したら、校舎内の見回りをしているはずのシノちゃんとスズちゃん、そして横島先生が柱に隠れてこちらを見ていた。

 

「何してるの?」

 

「いや、横島先生が『あの二人がキスしようとしてる』とか言い出したから」

 

「それで『顔洗って出直してこい』って意味かもとか言っていたので」

 

「そんなんじゃないよ。目の中にゴミが入っちゃったから、タカトシ君が水を持ってきてくれただけ」

 

「というか、そんなくだらない事で見回りをサボったんですか? 生徒会長ですよね?」

 

「うっ、すまん……だが、乙女にとってはくだらない事じゃないぞ!」

 

「はぁ……それはすみませんでした」

 

 

 あんまり意味は良く分かってないみたいだけど、タカトシ君はとりあえずシノちゃんに謝罪する。確かに想ってる相手が別の相手とキスをするかもしれないと聞かされれば、見回りなんてしてる場合じゃないって思っちゃうかもしれないよね。

 

「それじゃあとりあえず、見回りを再開しよう」

 

「あっ、横島先生は後で生徒会室に出頭してくださいね。見回りが終わり次第お説教です」

 

「何だよ、天草や萩村だって気になっただろ?」

 

「それとこれとは話が別ですので」

 

 

 横島先生をここで叱らず生徒会室に呼び出したのは、タカトシ君なりの配慮なんだろうな……さすがに昇降口で生徒に怒られる教師の図は横島先生にとって後々に響くことになるだろうしね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の授業であった小テスト、結果は目も当てられないものだった……定期テストならタカ兄やお義姉ちゃんがガチガチに対策してくれるお陰でまともな点数になりつつあるけど、こういった突発的なテストでは散々な結果にしかならないのである。

 

「はぁ……」

 

 

 今は珍しくお母さんもお父さんも家にいるので、この結果を見せなければいけないのか……

 

「二人に怒られた後、タカ兄にも怒られそうだよ……」

 

 

 さすがに赤点ではないけど、すれすれの点数じゃタカ兄たちの苦労が何も実になってないという事を証明しちゃったって事だし……

 

「何してるんだ?」

 

「っ!? た、タカ兄……タカ兄も今帰りなの?」

 

「あぁ。今日は生徒会業務も無かったし、横島先生を怒る事も無かったからな」

 

「それってタカ兄の仕事なの?」

 

 

 横島先生は教師だし、生徒のタカ兄が怒るのっておかしいと思うんだけどな……まぁ、あの先生だし、タカ兄だしおかしくないのかもしれないけど。

 

「それで、何をしょぼくれてたんだ? 小テストの結果が芳しくなかったことか?」

 

「何でタカ兄がそれを!? って、先生から聞いたのか……」

 

 

 私の授業態度や小テストの結果は、逐一タカ兄に報告されることになっているようで、私が隠そうとしてもタカ兄には筒抜けなのだ……

 

「今回は私だけじゃなくて、クラスメイトの半分くらいは散々な結果だったんだから」

 

「それも聞いてるが、開き直る事では無いと思うが?」

 

「申し訳ございませんでした!」

 

「お母さんたちにちゃんと見せろよ?」

 

「……怒らないの?」

 

「大人しくお母さんに怒られるなら、俺は怒らない」

 

「タカ兄……」

 

「俺もテストがあったから一応見せるつもりだったし」

 

「そうなの?」

 

 

 それじゃあ、言ってみたかったセリフが言えるかもしれない……言ったところで怒られることには変わりないだろうし、それだったら言う機会なんて無いと思ってたあれを言ってしまおう。

 

「ただいま、お母さん。いい報告と悪い報告があるんだけど、どっちから聞きたい?」

 

「くだらない事言ってないで、素直に怒られとけ。二人だって暇じゃないんだから」

 

「はい……」

 

 

 タカ兄に小突かれて、私は鞄から散々な結果の答案を取り出し、お母さんの前で正座をして一時間怒られたのだった。




詰め込んでおかないとそのままですから……


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アクシデント

早とちりで大変な目に


 壊れてしまった物を瞬間接着剤で直していたら、いつの間にか手に接着剤が付いてしまっていた。それ程焦る事ではないが、固まってしまっては面倒だし早く洗い流すか。

 

「タカトシ君、その手どうしたの!? 血が出てるじゃない!」

 

「いや、これは――」

 

 

 接着剤だと言おうとしたが時すでに遅し、カエデさんの手が俺の手とくっついてしまった。

 

「あ、あれ?」

 

「接着剤が手に付いただけだったんですが……」

 

「ご、ゴメンなさい……私ったら早とちりしちゃって……」

 

 

 確かこの接着剤はお湯で溶かせばすぐに外れるはずだし、ポットからお湯を用意して剥がすしかないか……

 

『シノちゃん、これってこれで良いの?』

 

『ああ、問題ない』

 

 

 ちょうど会長たちもやってきたし、事情を説明して剥がしてもらおう。俺はそう考えていたのだが、どうやらカエデさんは違う事を考えているようだった。

 

「どうしましょう……どうにかして誤魔化さないと」

 

 

 何故誤魔化す必要があるのだろうと思ったが、風紀委員長としての立場を考えて、男女が手を繋いでいるところを見られるのを避けたかったのだろうと考えて納得しておこう。

 

「……それで、君たちは何をしているんだ?」

 

「え、えっと……」

 

 

 何故腕相撲の格好で誤魔化そうとしたのか、その程度で誤魔化せると思ったのかは分からないので、俺は事情をシノ会長たちに話してお湯を用意してもらう事にした。

 

「生憎ポットの中は空だったが、そんなに時間もかからないだろう」

 

「ですがこの後予算会議が……」

 

「くっついたまま会議に出るしかないな」

 

「職員室にお湯があるはずですし、そこで剥がしましょう」

 

「だが職員室に行く間に、タカトシと五十嵐が手を繋いでいる光景が大勢に見られる事になるぞ?」

 

「そ、そんな事になったら大変です!」

 

「どこが~? カエデちゃん的には、ライバルたちに自慢出来るんじゃない?」

 

「先日手を繋いでいるカップルに注意したばかりなので、その私がタカトシ君と手を繋いでいたなんて噂になれば、今後注意しても効果が薄れてしまいます」

 

 

 校内恋愛禁止とは言うものの、実際に付き合っているカップルは少なくない。まぁ手を繋ぐ程度なら大目に見ていたんだが、どうやらカエデさん的にはそれもアウトだったようだ。

 

「アリアさん、職員室からお湯を貰ってきてもらえませんか? 俺は兎も角カエデさんの事情を考えれば、自分たちで取りに行くわけにもいきませんし」

 

「タカトシ君の頼みなら喜んで引き受けるよ。それじゃあカエデちゃん、もう少し満喫しててね」

 

「満喫?」

 

 

 我慢しててなら納得出来たんだが、この状況の何処を満喫しろと言うんだ、あの人は……

 

「タカトシも分からないフリは止めた方がいいぞ」

 

「……別に分からないフリをしているわけではありません」

 

 

 まさか会長からツッコまれるとは思っていなかったので、俺は少し間を開けてそう答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この前は勘違いでタカトシ君とくっついちゃったけど、幸いなことに生徒会室の中だけの秘密になっているので、私を見る生徒たちの視線は前と何も変わっていない。

 

「(でもまぁ、手を繋ぐくらいは大目に見てあげた方が良いのかしら)」

 

 

 あまり破廉恥な事なら怒るけども、手を繋ぐ程度なら問題なしと判断した方が、それ以上を抑止する結果に繋がるのではないかと考えていると、背後から声をかけられた。

 

「少しよろしいでしょうか?」

 

「きゃっ!? は、畑さん……いきなり声をかけないでください」

 

「普通に背後から気配を消した話しかけただけですが?」

 

「気配を消して背後から忍び寄ってる時点で、普通ではありませんよ」

 

 

 タカトシ君なら人の気配を感じ取る事が出来るかもしれないけど、普通の人間は気配なんて感じ取れない。まして畑さんは足音まで消して近寄ってきたのだ。驚くなと言う方が無理だろう。

 

「それで、何か用ですか?」

 

「いえ、津田副会長とくっついた感想を聞きたいなと思いまして」

 

「ちょっとこっちに来てください!」

 

 

 何で畑さんがその事を知っているのかとか、いったい何が目的かと聞きたい事は沢山あったけども、まずは他人の耳を気にしなくて良い場所まで畑さんを引っ張り込んだ。私は兎も角、タカトシ君にまで迷惑をかける事になっては申し訳が無いからだ。

 

「ど、どこでその事を知ったんですか?」

 

「壁に耳あり障子に目あり、窓の外にランコあり、ですよ」

 

「また屋上からロープをたらしてたんですか……」

 

「記事にはしません。個人的な興味ですから、そこまで警戒しなくても大丈夫です」

 

「貴女の個人的興味って時点で警戒に値すると思いますが」

 

「私はただ、友人の恋路を応援したいだけですよ」

 

「胡散臭さが半端ないのだけど?」

 

「普段の言動からすれば仕方がないとは思いますが、こればっかりは本心です。私だって貴女の体質を本気で心配してるんですから」

 

「畑さん……」

 

 

 伊達に付き合いが長いわけではないので、今の彼女は嘘を言っているわけではないと理解出来た。

 

「恥ずかしかったですが、少し嬉しかったのも事実です」

 

「そうですか、頑張ってくださいね。ライバルは多いですし、今のところ英稜の森副会長が先頭をぶっちぎっていますので」

 

「それが何かは、あえて聞きません」

 

 

 それだけ言って畑さんは本当に去って行った。もしこれが記事になったら、私は男性恐怖症だけでなく人間不信にも陥りそうだな……




新たな格言が……違うかな


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塩入のコーヒー

自分は基本なにも入れません


 最近またしてもストレスが溜まってきたので、そろそろヤンチャタイムのタイミングだと思い、私は四人分のコーヒーを用意し、その内の一つに仕掛けをした。

 

「コーヒーを淹れたぞ」

 

「シノちゃん、ありがと~」

 

「すみません、会長」

 

「………」

 

 

 アリアと萩村は素直にお礼を言ってくれたが、タカトシは何かを見抜いたような顔で私の事を見詰めてきた。

 

「な、なんだ?」

 

「あまり口にする物で遊ぶのは感心しませんね」

 

「タカトシ、どういう事?」

 

 

 タカトシの言葉に萩村が反応し、アリアもコーヒーへと伸ばしていた手を止め、タカトシに視線を向けた。

 

「またヤンチャタイムなんでしょうよ」

 

「今回は何をしたの~?」

 

「この中の一杯に砂糖ではなく塩を入れたんだ」

 

「何でそんな事したんですか」

 

「べ、別に健康に害が出る程はいれていない! 精々小さじ一杯だ」

 

「というか、俺は砂糖いらないんですが」

 

 

 タカトシは元々ブラックで飲む人なので、砂糖入りが当たったとしても外れのようなものなのか……

 

「とりあえず選べ! 飲んだところでちょっとしょっぱいくらいだ!」

 

「はぁ……じゃあこれを」

 

「私はこれ~」

 

「ではこれを」

 

 

 三人がコーヒーをそれぞれ選んで残ったカップを見て、私は思わず固まってしまった。

 

「それが塩入なんですね?」

 

「うん……」

 

「飲む前にオチが分かってしまった……」

 

 

 私が固まった事で、タカトシに外れがバレ、萩村に呆れられてしまった……

 

「それは俺が飲みますので、会長はこれをどうぞ」

 

「だ、だが! これは私が用意したものだし、三人が外れを選ばなかった以上、私が飲むしかないだろ」

 

「そんな引きつった顔で言われても……俺は別に気にしませんので」

 

 

 そう言ってタカトシは塩入のコーヒーが入ったカップを手に取り、そのまま口に含んだ。

 

「どうだ?」

 

「会長が仰っていたように、そんなに気になりませんね。さて、作業を再開しましょう」

 

 

 そう言ってタカトシは作業を再開し、たまに塩入のコーヒーを飲んでいた。

 

「(ああも平然と飲まれると、どんな味だったか気になってくるな……今度家で飲んでみよう)」

 

 

 変な好奇心が湧きあがってきた私は、それを実行した時にそんな事を思った今の私を恨むのかもしれないな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この前の小テストで散々な結果だった私は、お母さんとお父さんに怒られ、タカ兄とお義姉ちゃんからの監視が強くなってしまった。

 

「コトちゃん、またゲームしてる」

 

「ちょっとした息抜きですよ~。この通りちゃんと勉強だってしてるんですから」

 

「こことこことここ、間違ってるよ」

 

「三箇所も!?」

 

 

 私としてはちゃんとやったつもりだったんだけど、どうやら間違っていたようだ……やはり自力ではどうにも出来ないのか……

 

「ほら、説明してあげるからゲームを止めて」

 

「セーブポイントまであとちょっとなので、もう少し待ってください」

 

「しょうがないな……」

 

 

 お義姉ちゃんが認めてくれたので、私はセーブポイントまで急いだ。これがタカ兄だったら、問答無用で電源を切られたかもしれないな……

 

「……はい、お待たせしました」

 

 

 無事にセーブが終わり、私は机に戻る。私だって自分の成績がヤバいって事くらい自覚しているし、次の試験で同じような結果だったら補習だって事も分かっている。補習で済むのは、ここ最近タカ兄のお陰で真面目に過ごしていたからで、それが無ければ一発で退学になってたかもしれないのだ。

 

「――というわけだけど、理解出来た?」

 

「ほへ……頭から煙が出てる気分です」

 

 

 集中して説明を聞いていたので、私の頭はパンク寸前まで腫れあがっているようだ。今ならスズ先輩にも不覚をとるかもしれない……

 

「ただいま」

 

「タカ君、お帰りなさい。今日もお疲れ様」

 

「義姉さんもわざわざすみません。ところで、コトミは何で倒れてるんですか?」

 

「今の今まで宿題の説明をしてたから、それでちょっと」

 

「あぁ、そういう事ですか」

 

 

 随分と集中していたようで、タカ兄がバイトから帰ってくるような時間になっていた。というか、第三者目線で二人の会話を聞いてると、なんだか新婚夫婦の会話みたいだな……

 

「義姉さんはこのまま?」

 

「さすがにこの時間までいるつもりは無かったんだけど、今から帰っても遅くなっちゃうし、着替えはコトちゃんのタンスに入ってるから泊っていく。幸いなことに、明日は日曜日だしね」

 

「ではお先に風呂をどうぞ。俺はその間に片づけを済ませておきますので」

 

「そういえば、コトちゃんの相手をしてた所為で食器とかまだ片付けてなかったわね……タカ君、お願いね」

 

「分かりました。コトミ、お前も手伝え」

 

「うへぃ……」

 

 

 何とか言葉を絞り出したけど、タカ兄は呆れた視線を私に向けてくる。そりゃ私だって情けない声だと思ったけど、今日の範囲はそれだけ難しかったんだから大目に見てよ……

 

「コトミ、やっぱり塾に通った方が良いんじゃないか?」

 

「それだけは絶対に嫌! 塾に行くよりタカ兄とお義姉ちゃんに教わった方が集中出来る」

 

 

 塾だと余計な事を考えてしまいそうだけど、二人相手なら余計な事を考えた時点で怒られるので、どっちが勉強が捗るかと言えば間違いなくこっちだ。私はそう断言して、何とか塾通いを思いとどまらせることに成功したのだった。




どっちの会長とも仲がよろしいようで


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箱の中身はなんだろな?

中身は変更しました


 この間のヤンチャタイムは失敗だったので、どうもストレスが残っているな……

 

「ん? あれは……」

 

 

 目安箱が視界に入り、私は先日テレビで見た企画を思い出した。

 

「(あれはいろいろと楽しそうだし、ヤンチャタイムとは別でストレスを解消できるかもしれないな)」

 

「何を見てるんですか?」

 

 

 いつの間にか私の隣にやってきた萩村に、私は自分の気持ちを打ち明けた。

 

「この間テレビで見た『箱の中身はなんだろな?』をやってみたくなってな」

 

「はぁ……じゃあやります? 今日は比較的に暇ですし、タカトシと七条先輩は生徒会室にいましたから」

 

「よし! それじゃあさっそくやるぞ!」

 

 

 私は目安箱と同じ形の箱を用意して、生徒会室へ向かう。もちろん、廊下を走ればタカトシと五十嵐に怒られるし、他の生徒からはトイレを我慢していると思われるので、早歩き程度のスピードでだ。

 

「――というわけで、今から『箱の中身はなんだろな?』を開催するぞ!」

 

「事情は分かりましたが、随分と急ですね……」

 

「シノちゃんって、意外と流されやすいよね~」

 

「べ、別にいいだろ! それじゃあ各自、箱の中に入れるものを用意しよう。五分後に開始だ!」

 

 

 そう言って各自箱の中に入れるものを用意し、私は目隠しをして箱の中に入れる瞬間を見ないようにした。

 

「まずは私からです」

 

「ふむ……」

 

 

 萩村がトップバッターという事で、私は安心して箱の中に手を入れる。これがアリアとかなら、冗談で私が怖がるような物を入れるかもしれないが、萩村と私は、恐れるものが似ているのでその心配はしなくて良いのだ。

 

「ふむ……触れた感じは布だな……ゴムがあり穴が開いている事を考えると……」

 

 

 私は頭の中で二つの物を思い浮かべる。一つは萩村の脱ぎたてパンツだが、そんな事を言えば萩村だけではなくタカトシにも怒られそうだ……そもそも、萩村がそんな物を用意するはずもない。という事は――

 

「シュシュか?」

 

「正解です」

 

 

――もう一つの方で合っていたようだな。

 

「それじゃあ次は私の番だね~。シノちゃん、後ろ向いて、目隠ししててね」

 

「おう、任せろ!」

 

 

 私は再び目隠しをして、アリアが箱の中に何かを入れる瞬間を見ないようにする。

 

「(正直、アリアが何を持ってきたか見当がつかない……以前なら、大人な玩具とかだったんだろうが、タカトシが止めなかったという事を考慮すれば、一般的な物なのだろう)」

 

 

 だが、アリアの私物っていったいなんだ……? お嬢様だと言う事を考えると、私が想像し得ない物を持ってきているかもしれないし……

 

「準備出来たよ~」

 

 

 アリアの合図を受けて、私は目隠しを外しアリアを見る。

 

「(特におかしな感じはしないな……)」

 

 

 アリアの表情からは不審な点は無さそうだったので、私はゆっくりと箱の中に手を入れる。

 

「……ん? なんだこれは……」

 

 

 触った感じは堅い感触なのだが、所々に突起がある。そして何となく冷たい……

 

「……さっきの弁当箱に入っていたイセエビの殻か?」

 

「正解。簡単だった~?」

 

「いや、普通入れないだろ……」

 

 

 いくら即席で用意した箱とはいえ、匂いが強い物を入れるのは避けるべきなんじゃないか? まぁ、タカトシが止めなかったのを考えれば、多少のオイタで済まされるのだろうけども。

 

「それじゃあ、次は俺ですね」

 

「タカトシか……皆目見当もつかんな」

 

「普通の物しか持ってませんよ」

 

 

 そう言ってタカトシが箱の中に入れるものを用意し始めたので、私も目隠しをして合図を待つ。

 

「……どうぞ」

 

「うむ」

 

 

 この三人の中で、一番何を入れるか見当がつかないタカトシだから、私は恐る恐る箱の中に手を入れる。万が一生き物だったらどうしようとも思ったが、噛みついてこなかったので、生き物ではないようだ。

 

「……? どこかで触った事があるような……だが、なんだったか思い出せない……」

 

 

 アリアがイセエビの殻を入れた後だからなのか、タカトシが箱の中に入れたものはビニールの中に入っている。その所為で実際の感触が分からないのもあるが、絶妙に思い出せない物を用意してきたんだろうな……

 

「……駄目だ、分からない。ヒントをくれ」

 

「ヒントと言いましても、会長も持ってると思いますよ」

 

「私も持ってる……? あっ!」

 

 

 そこで私は、確認のためもう一度箱の中の物を触り確信した。

 

「携帯電話だ!」

 

「正解です」

 

 

 箱の中から出てきたのは、ジップロックに入ったタカトシの携帯電話。匂いやエビの汁などが付かないようにしたのだろうが、それがより難易度を上げていたのだ。

 

「これで満足しましたか?」

 

「なかなか楽しかったぞ! だが、まだ私が物を入れてないからな。タカトシ、君が当ててくれ」

 

「俺が? まぁいいですが……」

 

 

 そう言ってタカトシは後ろを向き、瞼をきつく結んだ。その隙に私は箱の中に私物を入れ合図を送った。

 

「……ハンコですか?」

 

「一瞬で見抜くとは……もうちょっと悩んでくれるかと思ったのに」

 

「いやまぁ、このくらいなら分かりますよ」

 

「お前はそういうやつだったな……だが、楽しかったな! またやろうじゃないか」

 

「それじゃあ、この箱は棚に置いておくね~」

 

 

 定期的にやることになり、あの箱はゴミから生徒会の備品へと昇格したのだった。




アリアの場合、そのまま説教コースになるので……


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日曜日の津田家

コトミも努力してますが……


 日曜日という事で、私はお昼近くまで惰眠を貪っていたんだけど、今日はお義姉ちゃんがお昼から、タカ兄が夕方からバイトという事で、入れ替わりで私の見張りを担当する事になっているのだ。

 

「コトミ、いい加減に起きろ」

 

「もう起きてるよ……」

 

 

 本当はまだ寝てたいんだけども、タカ兄が怒るから仕方なく起き、私は顔を洗いに洗面所へ降りていく。

 

「タカ兄だから、私が着替えてないって分かって入ってきたんだろうな……」

 

 

 ノックもせずに入ってきたのを考えれば、タカ兄は部屋の中で私がまだベッドに横たわっている事が分かっていたんだろう。壁越しでも中の状況が理解出来るって、本当にタカ兄は凄いんだな……

 

「お待たせ、タカ兄」

 

「言えばやる気になってくれるようになったのは良いが、もう少し自発的に動けないのか、お前は」

 

「それは無理だよ……だって、元々が酷すぎたんだから、これでも頑張ってるんだよ? これ以上は無理だって」

 

「酷すぎた自覚があるのなら、何でもっと早く改善しようとしなかったんだ、お前は」

 

「それはほら、タカ兄が優秀だから、思う存分甘えてたんだと思う……」

 

 

 別にタカ兄が悪いわけじゃないんだけども、優秀な兄を持つとどうしても怠け癖が付いてしまうのだ。まぁ、元々の性格が怠け者だったかもしれないという線も捨てきれないけど……

 

「とにかく留年や退学になったら容赦なく家から追い出すから、そのつもりで勉強してくれ」

 

「毎回言われなくても分かってるよ……この家から追い出されるって事は、私にとっては死刑宣告とイコールなんだから」

 

 

 料理も掃除も洗濯も、どれ一つまともに出来ない私にとって、一人暮らしをしろという事はそれくらいの意味を持っている。タカ兄やお義姉ちゃんの美味しい料理が食べられなくなるのもいたいけども、そもそも生活出来るかどうかも怪しいのだから、何とかしてこの家に留まる方向で頑張るしかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君と交代でコトちゃんの見張りをしていたんだけど、お昼の間にタカ君が頑張ってくれていたお陰で、今日のコトちゃんは何時も以上に頭がさえていた。

 

「――これであってる?」

 

「正解。やっぱりコトちゃんはやれば出来る子だね」

 

「そういってもらえると嬉しいですけど、私もいろいろと懸かってるので……」

 

「ん?」

 

「主に今後の人生が……」

 

「そういう事ね」

 

 

 コトちゃんは勉強の方は改善されてきてるけども、家事全般はタカ君が匙を投げるくらい酷いので、私たちもコトちゃんに家事をさせようとは思わなくなった。その結果かどうかは分からないけども、コトちゃんは全く家事をせずに過ごしているので、この家から追い出されればすぐにゴミ屋敷を作り出すだろうとタカ君と話していたくらいだ。コトちゃんもその事を自覚しているので、この家から追い出されないように、勉強を頑張っているのだという。

 

「とにかく、このままやっていけばブラックリストから外される日も遠くないだろうから、後は遅刻や居眠りを減らしていけば、この家から追い出される恐怖からも解放されるかもよ?」

 

「タカ兄と一緒に登校できる日は遅刻は大丈夫だけど眠くて、遅刻ギリギリの日は大丈夫なんですよね……何ででしょう?」

 

「それはコトちゃんの夜更かし癖が治ってないからだよ……」

 

 

 勉強が終わってからのコトちゃんは、ゲームで日付を跨ぐという事が多々あるのだ。だからタカ君が出かける時間に起きると、眠くて授業中に寝てしまう事が多く、タカ君に置いて行かれると遅刻ギリギリまで寝てしまうのだ。

 

「今日はもうノルマも終わったし、このまま寝たら?」

 

「だってまだ十時前ですよ? タカ兄だってまだ帰ってきてない時間に眠れませんよ」

 

「明日も朝早いんだし、今日から生活習慣を改めれば、遅刻や居眠りの回数も減ってより勉強に集中出来るようになるんじゃないかな?」

 

「……そうですね。まだ眠くないですけど、とりあえずベッドに入ります」

 

 

 そう言って渋々ベッドに入ったコトちゃんだったけども、十分も経った頃、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「普段勉強してない分、頭を使って疲れたのかな……」

 

 

 コトちゃんが寝たので、私はタカ君の部屋にある小説を借りる為にタカ君の部屋に向かった。タカ君から変に荒らさなければ部屋に入ってもいいと許可を貰っているので、私は堂々とタカ君の部屋に入り、この間読んでいた続きから小説を読み始める。

 

「タカ君、今日は遅いのかしら……」

 

 

 時計の針は既に十時を回っており、何時もなら帰ってきてもおかしくない時間だ。だがタカ君はまだ帰ってきていないので、私はタカ君の事を思いながらベッドに横たわった――ここがタカ君のベッドだという事を完全に失念して……

 

「ん……」

 

 

 目を覚まして、私は何時もと違う光景に首を傾げ、すぐに理解した。ここがタカ君の部屋で、タカ君のベッドで寝てしまった事を。

 

「タカ君、ゴメンなさい!」

 

「別にいいですよ。本を読んでる途中で眠くなることは、俺だってありますから」

 

「ありがとう……? タカ君は何処で寝たの?」

 

「そこです」

 

 

 リビングの床を指差したタカ君に、私はもう一度頭を下げたのだった。




ここのタカトシは夜更かししても平気ですし


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桜才パワースポット巡り

めずらしくタカトシの出番なし


 桜才学園のパワースポットを紹介する記事を書くためという名目で、我々生徒会役員と畑はその場所をめぐる事になった。

 

「ここが、男子生徒の背筋が良くなると言われているパワースポットです」

 

「背筋が?」

 

「窓を開けていると偶に強い風が入り込んで――」

 

「きゃぁ!?」

 

「――このようにパンチラが拝める場所です」

 

「没だな」

 

 

 このように碌なスポットではないので、タカトシは途中から見回りに行ってしまい、萩村も予算委員会との話し合いに行ってしまったので、畑と一緒に回っているのは私とアリアの二人だけなのだ。

 

「これもダメですか~? せっかくいろいろと話を聞いて作ったのに」

 

「だいたいこんなものを記事にしたら、タカトシに怒られ萩村に予算を削られるという事が分かりそうなものだが」

 

「そうだね~。私個人としては面白いって思う場所もあったけど、それを紹介するのはタカトシ君に怒られるだろうね~」

 

「そもそもパンチラスポットなんて、紹介したらチャンスが減るだろうが」

 

「それもそうですね」

 

 

 タカトシも萩村も不在という事で、私の中のストッパーが外れている。何故男子生徒目線で畑を注意したのか自分でも分からないが、密かなパワースポットとして残しておいた方がいいと思ったのだ。

 

「それじゃあ最後は恋愛成就のパワースポットに向かいましょう」

 

「なにっ!? そんな場所があるのか?」

 

「先ほどまでとは随分と違う食いつきよう……誰か告白したい相手でも――あぁ、津田副会長ですか」

 

「ち、違うぞ?」

 

 

 今更誤魔化したところで、畑やアリアには私の気持ちは知られているので、あまり意味のない否定になってしまった。だがまぁ、本人に聞かれなかったという事でセーフという事にしておこう。あいつがそんな勘違いをするとは思えんが、私が否定した事で私の気持ちまで否定されてしまうのではないかと少し不安になった。

 

「それで、恋愛成就のパワースポットって~?」

 

「七条さんもノリノリですね。ここが恋愛成就のパワースポット、放送室です」

 

「「放送室?」」

 

 

 私もアリアも、何故放送室が恋愛成就のパワースポットなのか見当がつかず、首を傾げる。

 

「この放送室から告白をすれば、必ず成就すると言われています」

 

「……そんな話、聞いたこと無いんだが」

 

「私も」

 

 

 この学園に三年通っているが、そんな噂も、そもそも放送を使って告白したという話も聞いたことが無い。アリアと顔を見合わせ、私たちは畑を問い詰める。

 

「本当にそんな話があるのか? またいつものように捏造なんじゃないだろうな」

 

「……まぁ、そんな大胆な告白が出来るようなら、パワースポットになんか頼りませんよね」

 

「やはりか」

 

 

 畑が目標としている『自分の掌の上で民衆を転がしたい』という考えから出来た嘘だという事が判明し、結局パワースポット巡りは全て没となった。

 

「でも、実際にやれば嘘も本当になるわけですから、試しに会長、告白してみてください」

 

「なにっ!? そんな事出来るわけ無いだろうが!」

 

「まぁまぁ、とりあえず中に入りましょう」

 

 

 畑に背中をぐいぐいと押され、私とアリアはとりあえず放送室の中に入る。

 

「ここに来るのって、ボイスドラマを放送した時以来かな~」

 

「そういえばそうだな。あの時は畑が仮病を使った所為で、しなくて良いドキドキをした気がするぞ」

 

「あれはあくまでもフィクションですから、実際に津田副会長がお三方の誰かに告白するわけではなかったんですがね~。それなのになぜ、会長たちはドキドキしたのでしょうか?」

 

 

 畑がにんまりとした笑みを浮かべながら迫ってきたので、私は何とかして話題を変えようと辺りを見回す。

 

「そういえばこの部屋、完全防音で外には声が聞こえないんだったな」

 

「ですから、ここでエロい事をしてもバレないと、以前横島先生が何かを計画しているようでした」

 

「またあの人か……」

 

「前も思ったけど、そこはあえてスイッチを入れたまま、バレるかバレないかのスリルを楽しむんじゃない?」

 

「なかなか上級者な楽しみ方だと思うぞ……」

 

 

 私はそんなスリルを味わいたくないので、やるならまずスイッチがちゃんと切ってあるかを確認――ではなく!

 

「放送室の不適切使用は認められないな」

 

「資料室を不適切使用している教師がいるんですから、少しくらい大目に見てくれたって良いんじゃないですか?」

 

「あの人は注意しても治らないから仕方がないだろ! そもそも、タカトシにこっ酷く怒られたんだから、少しくらい大人しくなってもらいたいものだ」

 

「どうやら津田副会長の怒声が快感に変わるまでになっているようです」

 

「……私たちの想像を超える変態だな」

 

「まぁ、横島先生だし」

 

「横島先生ですからね」

 

 

 その一言で納得してしまうのもどうかと思うが、確かにあの人ならそれくらい出来そうだ。

 

「しかし、全て没になってしまったので、来月の桜才新聞はどうしましょう……」

 

「何かネタは無いのか?」

 

「天草会長が生徒会室でバストアップの為にマッサージをしていた写真を載せるしか――」

 

「新聞部は当分の間活動休止だ!」

 

「冗談ですよ」

 

 

 私は結構本気だったので、畑は慌てて頭を下げてネタを探しに放送室を去って行った。




捏造ばっかり……


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スズとボアの奮闘

タカトシの代わりにあの人が


 萩村とその愛犬ボアがドッグフェスに参加するという事で、我々生徒会役員は応援に駆け付けた。

 

「――ところで、何故タカトシではなくカナが?」

 

 

 本当ならここにタカトシがいるはずなのだが、何故か英稜のカナがこの場にやってきたのだ。

 

「タカ君は珍しく帰ってきているご両親の相手と、コトちゃんの面倒を見る為に来られなくなっちゃったので、私がタカ君の名代としてきました」

 

「来られないなら連絡くらいしてくれれば――」

 

「えっ? タカトシ君からメール着たよ?」

 

「えぇ、着ましたね」

 

「なにっ!?」

 

 

 私は慌てて鞄の中の携帯を取り出し、メール着信を確認する。

 

「本当だ……気が付かなかった」

 

「シノっち、女子高生としてそれはどうなんですか?」

 

「う、五月蠅いな! まぁ、タカトシの代わりにカナが応援してくれるなら大丈夫だろう。萩村、落ちついて行けよ」

 

「はい!」

 

 

 ボア君と一緒に開始位置に移動した萩村を見送り、私たち三人は応援席へ移動する。

 

「こうしてみると、色々な犬がいるんだな」

 

「みんな可愛いね~」

 

「アリアっちは確か、猫を飼ってるんですよね?」

 

「うん。今度見に来る?」

 

「時間が合えば、是非に」

 

 

 アリアもカナもこう見えて忙しい人だから、なかなか時間が合わないんだろうな……

 

「あっ、スズちゃんたちの番だ」

 

「なかなか上手くイキが合ってるじゃないか」

 

「二人のイキのタイミングを合わせる難しいよね」

 

「イキを合わせるのが大事ですよね」

 

 

 萩村は真剣にドッグフェスに挑んでいるし、タカトシがいない為私たちの箍が外れているのだろうか。先程から「息」という単語を『イキ』と脳内変換しているような気がしてならない。

 

「なんだか、猥談してる気になってきた」

 

「シノちゃんも? 実は私もなんだ~」

 

「タカ君もスズポンもサクラっちもいませんから、ついつい昔の癖が出ちゃうんですよね」

 

 

 どうやら私だけではなかったので、ほっと一安心だ。

 

「お疲れ様~。かなり息が合ってたね~」

 

「この子が頑張ってくれました」

 

「次はファッションショーだな。衣装はアリアが用意したんだっけ?」

 

「うん。ウチの専属デザイナーに用意してもらったんだ~」

 

「相変わらずアリアっちのスケールの大きさには驚きますね」

 

 

 忘れがちだから仕方ないが、アリアは物凄いお嬢様なのだ。だから専属のデザイナーくらいいても不思議ではないのだが、私もカナもその事に驚いてしまう。

 

「じゃーん!」

 

「ダメージシャツってやつですね」

 

 

 アリアが取り出したのは、所々破れているシャツで、萩村はお洒落だと感じたらしい。

 

「えっ? 恥部強制露出服だけど」

 

「……タカトシがいたら怒られるって思わなかったんですか?」

 

「これくらいは冗談の範囲だと思うんだけどな~」

 

「大会の趣旨を理解しろ!」

 

 

 萩村の絶叫がこだまし、他の参加者やその関係者が一斉にこちらを見る。注目されるのには慣れているつもりだったのだが、案外恥ずかしいな……

 

「アリア、とりあえず謝っておけ」

 

「ゴメンなさい」

 

 

 素直に頭を下げたアリアに満足したのか、萩村の怒気は下がり仕方なくではあるだろうが、アリアが用意した衣装をボア君に着せた。

 アリアの用意した衣装のお陰かは分からないが、無事に萩村とボア君のペアが優勝した。

 

「おめでとー、頑張ったね」

 

「いえ、この子の頑張り……ギャー!? 服が土塗れに! お前またやったな!」

 

「犬は臭いを消す為に身体を地面にこすりつけるらしいからな」

 

 

 なんとも騒がしい感じになったが、これはこれで萩村らしいのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫く優勝の余韻に浸っていたけど、気付いたらスズポンが眠ってしまっていた。

 

「どうしましょうか…荷物は私が持っていきますが」

 

「私はトロフィーを」

 

「私はボア君を」

 

 

 他の荷物はどうにかなるけど、スズポン自体はどうしたものかと悩んでいると――

 

「お疲れさまです」

 

「タカ君? どうしたの?」

 

 

――タカ君が会場にやってきていた。

 

「いえ、たまにはコトミの相手をすると母が言いまして、手持無沙汰になったので応援に来たんですが」

 

「無事に優勝したよ」

 

「みたいですね。辛うじて表彰式には間に合ってましたので」

 

「じゃあ早く合流してくれればよかったのに」

 

「いえ、皆さんの暴走に巻き込まれたくなかったので」

 

 

 どうやら私たちの箍が外れているのに気付いていたようで、タカ君はあっさりとそう言い放った。

 

「本当なら合流せずに帰るつもりだったんですが、スズが寝ちゃったようでしたので」

 

「お前、何処から見ていたんだ?」

 

「あっち側です」

 

 

 シノっちと話しながらも、タカ君は素早くスズポンを背負い私たちを促した。タカ君を先頭に私たちはスズポンの家を目指し進む。

 

「タカトシ君が来てくれて助かったよ~。もしいなかったら、出島さんに電話しようかとも考えてたんだけど」

 

「それでも良かったかもしれませんが、困っているのが分かったから手伝いに来ただけです」

 

「スズポン、心なしか幸せそうな表情ですね」

 

「睡眠聴取が出来るから、自分がタカトシに背負われているのが分かってるんじゃないか?」

 

「そうかもね~」

 

 

 タカ君におんぶしてもらえるなんて羨ましいけども、どことなく遊び疲れて寝てしまった小さな妹をおんぶしてるお兄ちゃんにも見えるんだよね……声に出したらスズポンに知られちゃうから、あえて黙ってるけども。




おんぶされるスズの図……


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勘違いと錯覚

酷い勘違いだ……


 リビングでテレビを見ていると、電話が掛かってくるシーンが流れた。

 

「はい、津田です……?」

 

「テレビですよ、お義姉ちゃん」

 

「何だ……それにしても、随分とボリュームが大きくない? もう少し小さくした方が耳に優しいと思うんだけど」

 

「そうですかね? 私はこれくらいが普通なんですが」

 

 

 タカ兄がバイトでいないため、お義姉ちゃんが今日もウチに泊まっている。勉強もノルマはこなしたし、お義姉ちゃんが作ってくれた小テストでも八割正解したので、今日はもう勉強しなくてもいいし。

 

「それじゃあ私はお料理の続きをするけど、あんまりだらけてたら駄目だからね?」

 

「分かってますよ~」

 

 

 私だって自堕落な生活に戻った時点で留年、あるいは退学という事実を忘れてるわけではないので、そこまでだらけるつもりは無い。そもそもだらけて留年でもしたら、この家から追い出されるんだし……

 

「(この前お母さんたちに脅されたばっかだしね……)」

 

 

 珍しく帰ってきた時に、お母さんとお父さんに散々脅されたのだ。私だってついこの間の事を忘れる程残念な頭をしているわけではないのだ。

 

「おっ、お蕎麦美味しそ~」

 

 

 考え事をしていたが、テレビに映ったお蕎麦に意識をとられ、私は考えを放棄した。

 

「誰のをバキューム○ェラしてるの!」

 

「お義姉ちゃんも大概ですよね~」

 

 

 一切の迷いなくキッチンからやってきたお義姉ちゃんに、私にしては珍しくツッコミを入れた。

 

「そもそもこの家に今いるのは私とお義姉ちゃんの二人だけですし、したくても出来ませんよ~」

 

「それもそうね。そろそろご飯だから、コトちゃんも運ぶの手伝って」

 

「分かりました~」

 

 

 料理を手伝えとは言われなくなったけども、このくらいの手伝いなら私だって出来る。なので私はテレビを消してお義姉ちゃんのお手伝いをする事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の勘違いを思い出して、私は生徒会室で顔を覆った。

 

「会長? 何かあったんですか?」

 

「サクラっち……テレビの音と現実の音との区別が出来なかった事を思いだして、少し恥ずかしくなっただけですので」

 

「たまにありますよね」

 

 

 私が恥ずかしがっている理由を聞き、サクラっちがフォローしてくれた。

 

「そうだよね。蕎麦を啜る音と、○ェラ音を聞き間違える事もあるよね!」

 

「ありませんね、そんなこと」

 

 

 ついさっき同意してくれたばかりだというのに、サクラっちはあっさりと私の言葉に否定の返事をしてきた。

 

「同意してくれたばっかりじゃない!」

 

「電話の音とか、チャイムとかなら分かりますが、そんな事で勘違いはしません」

 

「そうかな……シノっちに聞いてみよう」

 

 

 そう思って私は携帯を取り出し、シノっちにメールを送る。暫くしてシノっちから返信が着た。

 

「シノっちも勘違いした事あるって」

 

「いったいどんな状況で……」

 

「お父さん膝枕でお母さんがテレビを見てるときに――」

 

「あー、それ以上言わなくて良いです」

 

「子供心に思ったって書いてあります」

 

「言わなくて良いと言っただろうが!」

 

 

 サクラっちのカミナリが落ちたのに、青葉っちは気にした様子もなく作業を続ける。この子も意外と豪胆というかマイペースと言うか……

 

「とにかく、くだらない事を考えてる暇があるなら作業してください。今日は結構量があるんですから」

 

「サクラっちもかなりシビアだよね」

 

「会長がどうでもいい事で作業を中断させるからです」

 

 

 サクラっちにまともに相手をしてもらえなかったので、私は仕方なく作業を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナからのメールに返信してる間に、萩村が錯覚の実験を始めていた。

 

「同じサイズの大福も、小さい皿に乗せると大きく見えるんですよ」

 

「錯覚って面白いね~」

 

「……!」

 

 

 その原理を利用すれば、些か慎ましやかな私の胸も、小さなブラをする事で大きく見えるのではないだろうか。

 

「シノちゃん、どうかしたの?」

 

「気にするだけ無駄ですし、アリア先輩が聞くと嫌味で、俺が聞くとセクハラになるでしょうし」

 

「ん~?」

 

 

 私の心を読んだであろうタカトシがそういうと、アリアは胸の前で腕組みをしながら首を傾げる。そのポーズがまた色っぽく、私の視線はアリアの胸に向けられる……

 

「ん? 何でこんなところにラップがあるんだ?」

 

 

 てっきり大福にラップをかけるのかと思ったが、これはお茶菓子だしな……

 

「あー、それ私のー」

 

「古谷先輩の? 何に使うんですか?」

 

 

 勝手に校内に入ってきてる事に対するツッコミは、今更なのでしなかったが、この人が来てたの忘れてたな。

 

「これを使うとキレイになるっしょ」

 

「美容ですか。先輩も気を使ってるんですね」

 

 

 化粧っ気は無いし、ケアなどしてないと思ってたんだが、ラップでパックをするとは先輩もちゃんと女子大生してるんだな~。

 

「え? リモコンに巻くんだけど?」

 

「おばあちゃんの知恵!? ていうか、それならここに持ってくる必要あったんですか?」

 

 

 せっかく女子大生っぽいって思ったのに、結局はそういうオチか……私だけでなく、アリアと萩村も驚いているのを見れば、先輩の考えの方がおかしいんだろうな……




またタカトシの出番が無かったな……


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マネージャー就任

なったところで……


 この間行った家庭科の評価を渡され、私はガックリと肩を落とす。

 

「実技の評価がC……家事系って苦手なんだよねー」

 

「兄貴に頼り過ぎなんじゃね?」

 

「トッキーだって、タカ兄の技術の高さは知ってるでしょ?」

 

「まぁ、何度もお世話になってるし」

 

 

 勉強の方はタカ兄やお義姉ちゃんのお陰で何とか平均くらいまで取れるようになっているけども、家事のスキルは全く成長していないのだ。

 

「どうやったら出来るようになるんだろう」

 

「経験積むしかないんじゃね? まぁ、あの兄貴がお前に家事をやらせるとは思えんが」

 

「だよね……」

 

 

 トボトボと歩いていた私だったが、掲示板に貼られている一枚の紙が目に留まった。

 

『柔道部マネージャー募集! 仕事内容、洗濯・掃除など』

 

「よし、ここで経験値を稼ごう!」

 

「え?」

 

 

 柔道部所属のトッキーは、私がマネージャーを志願した事にちょっと引き気味だったけども、柔道場に行ってムツミ先輩に事情を話したら快く引き受けてくれた。

 

「――というわけで、待望のマネージャー、津田コトミさんです」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 部員の前で挨拶をし、私は正式に柔道部のマネージャーに就任した。

 

「君の仕事は部室の掃除、道着の洗濯――」

 

「基本ですね!!」

 

「ライバル校の情報収集」

 

「スパイですね!!」

 

 

 ムツミ先輩から仕事内容の説明を受け、私は早速掃除を開始しようとした。でも――

 

「ところで、タカトシ君の好きな食べ物って?」

 

「主将が私的な情報収集してるぞ」

 

 

――ムツミ先輩にそんな質問をされた。

 

「えっ、グミとか」

 

「いや、そういうのじゃなくて……」

 

「タカ兄って、基本的に好き嫌いが無いですから、妹の私でも好物は分からないです」

 

「そうなんだ……」

 

 

 何故かムツミ先輩がガッカリしてるけども、タカ兄にアピールしたいのなら好物で釣るよりも栄養バランスが良いお弁当の方が評価が高いと思うんだけどな……

 

「それじゃあ私は部室の掃除に行ってきます」

 

 

 高らかに宣言して柔道場から部室に移動し、掃除を始めたのは良かったんだけども、普段掃除なんてしてないから大変だなぁ……

 

「コトミ、頑張ってるかー?」

 

「シノ会長……腰が痛いです」

 

 

 シノ会長たちが様子を見に来てくれたけども、普段雑巾がけなんてしないから、変な所に力が入って腰が痛くなってきた……

 

「私の掃除機を貸してあげるよ」

 

「何でそんなもの持ってるんですか?」

 

「昔、掃除機○ナに興味があって持ってきたんだけど、持って帰るの忘れてたんだ~」

 

「どのみち校則違反なので没収します」

 

「待ってタカ兄! せめて正しい使い方をしてから没収して……これ以上は腰がもたない」

 

「情けない奴……代われ」

 

 

 タカ兄に雑巾を手渡し、私は腰を伸ばしたりストレッチをしたりで痛みを和らげる。そんな事をしている間に、部室が綺麗になっていた。

 

「相変わらずタカ兄の家事スキルはすさまじいものがあるね……」

 

「おーい、マネージャー!」

 

「はーい!」

 

 

 柔道場から声を掛けられ、私は急いでそっちに移動する。

 

「道着がほつれててな。直せるか?」

 

「やってみるよ。糸は何時も持ってるし」

 

 

 トッキーの道着の脇がほつれているので、私は糸を取り出した。

 

「用意いいわね」

 

「鋼糸の使い手(設定)なので」

 

「馬鹿な事言ってないで、針と糸を貸せ」

 

 

 タカ兄に怒られ、私は糸と針をタカ兄に手渡す。するとあっという間にほつれを直してしまった。

 

「これで大丈夫かな?」

 

「あっ、はい。問題ないっす」

 

「タカトシ君、柔道部のマネージャーやらない?」

 

「えっ、それは私ですよー!」

 

 

 ムツミ先輩が本気でタカ兄に交渉を始めそうになったので、私は二人の間に割って入り勧誘を中止させた。

 

「そもそも俺に女子部のマネージャーは出来ないよ」

 

「タカ兄なら問題ないと思うけどね。女子以上にお母さんっぽいし」

 

「お前がもう少し出来れば、俺だってこんな風にはなってなかっただろうがな」

 

「ソレハタイヘンダネ……」

 

 

 タカ兄にジト目で睨まれたので、私はゆっくりと視線を逸らせた。

 

「まぁ、半分は冗談だけどね。それじゃあコトミちゃん、私たちはシャワーを浴びてくるから、洗濯よろしく」

 

「全部洗っておいてくれ」

 

「はーい」

 

 

 籠に入っている衣類を全て洗濯機に入れ、私は洗濯を開始する。これくらいなら何とか出来るから、ここから少しずつ成長していこう。

 

「ふぅ、さっぱりした」

 

「あれ、パンツは?」

 

「え?」

 

 

 全部洗っておいてと言われたので、当然籠の中にあったパンツも洗濯機の中で洗われている。柔道部全員の時が止まったような錯覚に陥り、私は頭を下げた。

 

「ゴメンなさい……」

 

「言い訳せず非を認めるのはいい事だよ。これからもよろしくね」

 

「はい!」

 

 

 若干恥ずかしそうに歩いているけども、見た目ではノーパンだって分からないし、ムツミ先輩は怒らずに済ませてくれた。

 

「これからしっかりと汚名挽回します!」

 

「名誉挽回、汚名返上だ、おバカ娘が……で、何かやらかしたのか?」

 

「げっ、タカ兄」

 

「何かあったのか?」

 

 

 さっき別れた会長たちと鉢合わせしてしまい、私は何て答えようか頭を悩ませる。すると――

 

「実は全員、パンツ濡らしちゃって」

 

「なにっ!?」

 

「お前はもっと言い訳しろ!」

 

 

 ムツミ先輩が盛大に自爆したのだった……




おバカなのは相変わらず……


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パーソナルスペース

別に気にする事では無いと思う


 心理学の本を読んでいたら、私はとあるページで手が止まった。

 

「(パーソナルスペースか……)」

 

 

 人が持つ心理的縄張りであり、距離によって親密度が分かる、という記述を見て、私は生徒会メンバーとの心理的距離はどのくらいだろうと考える。

 

「(好感度高い相手なら接近も許せるわけか……そうなると、私と生徒会メンバーとの距離は近いのか?)」

 

 

 普段の距離感を思い返してみたが、どうにもあやふやな感じがする……

 

「(実際に近づいてみれば分かるか……)」

 

「会長――」

 

「っ!? コトミ、何時の間に」

 

 

 確かにコトミには気を許している節はあるが、接近に気付かない程集中していたというのか……

 

「フフフ、気配消していましたからね」

 

「あっ、うん……」

 

 

 相変わらずの厨二発言に、どう反応して良いのか困ってしまった。

 

「何の本を読んでるんですか?」

 

「心理学の本だ。パーソナルスペースについて考えてた」

 

「パーソナルスペース? 何ですか、それ」

 

「お前が好きそうな単語だと思うんだがな……」

 

 

 コトミに説明しているとアリアが生徒会室にやってきたので、私はちょっとずつアリアとの距離を詰めた。

 

「シノちゃん、何か用?」

 

「いや、別にそういうわけじゃないんだが……」

 

「あっ、ひょっとして臭う?」

 

「いやいや。どちらかというと、少し甘い匂いが……」

 

 

 また香水を変えたのだろうか? この前まではこの匂いじゃなかったと思うんだが……

 

「あーやっぱり。最近出島さんとハチミツプレイにはまってて」

 

「……タカトシには言えないな」

 

「お願い! 秘密にしておいて」

 

 

 出島さんに影響されやったんだろうけども、タカトシに知られればジト目を向けられそうなことだしな……まぁ、タカトシが怒っても出島さんは反省しないどころか興奮するだろうしな……

 

「お疲れさまです」

 

「スズちゃん、お疲れさま」

 

 

 アリアとの距離感が分かったところで、次は萩村が生徒会室にやってきた。萩村は自分の席に座り作業を開始したので、私は普段タカトシが座っている席に腰を下ろし、ちょっとずつ萩村との距離を詰める。

 

「(ち、近い……何で……いや、まさか)」

 

 

 萩村が私の事をチラチラと見てきているが、別に逃げる素振りを見せないという事は、私が萩村のパーソナルスペースに侵入しても不快ではないという事か。

 

「(確か、ボディタッチ出来れば親密度は高い、だっけ)」

 

 

 私は作業している萩村にボディタッチをすべく手を伸ばした。

 

『スリスリ』

 

「(会長がご乱心だーっ!)」

 

 

 焦ったような表情を浮かべているが、手を払う事をしないという事は、私のボディタッチが不快じゃないということか……

 

「何してるんですか?」

 

「うひゃ!? た、タカトシ、何時の間に……」

 

 

 萩村にボディタッチしていたら、タカトシがいつの間にか私の側に来ていた。接近に気付けなかったのは少しショックだが、タカトシにとって私はパーソナルスペースに侵入しても不快ではない相手という事か。

 

「スズの脚を触り始めたころですかね。ところで、何で俺の席に座ってるんですか?」

 

「いや、少し萩村との距離を測っていたんだ」

 

「精神的距離ですよね? ではなぜ肉体的距離を詰めていたのでしょうか?」

 

「パーソナルスペースにどれだけ侵入出来るか試していたんだ」

 

「あっ、そういう意味だったんですね……」

 

 

 私の説明に、タカトシではなく萩村がホッとした様子を見せた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、会長が目覚めたのかと思いまして」

 

「目覚め? ……あぁ、私に百合属性は無いから安心しろ」

 

 

 よくよく考えたら、私が触っていたのは萩村の脚――というか腿だ。見方によっては同性愛者のスキンシップにも見えなくはないのか。

 

「改めて確認するまでもなく、このメンバーならある程度パーソナルスペースに入ってきたとしても不快に思う事は無いと思いますが」

 

「そうだな。しょっちゅう一緒に行動している間柄だし、これだけ密着しても不快に思われる事は無いか」

 

「そうですね。ところで、さっきから窓の外にいる畑さんの対処はどうしましょう」

 

「何っ!?」

 

 

 タカトシに言われて漸く私は、窓の外から生徒会室を覗き込んでいた畑の存在に気付いた。

 

「『会長乱心!? ロリっ子会計にセクハラ?』って記事を書こうと思うのですが」

 

「そんな事実はない!」

 

「ロリって言うな!」

 

「ですがこの映像を見る限り、会長が萩村さんにセクハラをしているようにしか見えませんよね~?」

 

 

 畑が取り出したカメラには、私が萩村にボディタッチをしてる映像が保存されている。確かにこれだけ見れば私がセクハラしてるようにしか見えないな……

 

「消去、っと」

 

「あーん、せっかく撮ったのに~」

 

「というか畑! 屋上からロープをたらして生徒会室を覗くなとあれほど言っただろうが!」

 

「スクープの為ならこれくらいの危険は危険じゃありませんので」

 

「我々の注意を聞き入れないというのであれば、新聞部は活動休止にするしかないな。部長が率先して問題行動をしているわけだし」

 

「それだけは勘弁してください! 今後はしない方向で調整しますので!」

 

「……出来れば二度としないと言い切ってもらいたいがな」

 

 

 とりあえず畑の捏造記事を事前に止められたので、今回は不問にしておこう。




いくら親しくても、近づきすぎは不快です


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代理の人

この人しか無理でしょ


 生徒会の業務をするために生徒会室に入ると、会長が右手に湿布と包帯を巻いていた。

 

「どうしたんですか、その手」

 

「腱鞘炎になっちゃって……」

 

 

 もしかしたら義妹のコトミさんに影響されたのかとも一瞬思いましたが、どうやらそうではなかったので私は内心ほっとした。だけどそっちの心配をしなくて良くなった代わりに、別の心配事が浮かんだ。

 

「その手じゃ作業とか無理そうですよね」

 

「出来ない事は無いけど、支障が出るのは避けられないかな……」

 

「大丈夫です。副会長として、会長のフォローも仕事の内ですから」

 

 

 私は力こぶを作って見せ、会長に安心してもらおうと思った。だけど私の腕じゃ安心させられるほどの物は出来ないんだよね……

 

「それじゃあさっそくお願いしたい事があるんだけど」

 

「何でしょう?」

 

「今日の夜、コトちゃんとタカ君の晩御飯を作ってあげて」

 

「……はい?」

 

 

 てっきり生徒会業務の事だと思っていたんだけど、どうやら違ったみたい……

 

「今日タカ君はバイトで遅いし、コトちゃんをキッチンに入れちゃいけないって決まってるから」

 

「そうなんですか?」

 

「サクラっちも見た事あるでしょ? コトちゃんの料理の腕は壊滅的だから」

 

「……分かりました。それじゃあこの後、タカトシ君の家に行きます」

 

「お願いね。これ、家の鍵」

 

「何で持ってるんですか?」

 

 

 あまりにもナチュラルに手渡されたのでスルーしそうになったけども、この鍵は津田家の玄関の鍵で、会長が持っているのは些かおかしいのでは……

 

「タカ君から預かったの。コトちゃんに持たせて失くされたら困るって。実際、前に何処かに落として、鍵本体を替えたらしいし」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 ちょっとした会話からでも感じられるタカトシ君の苦労に、私は少しでもお手伝いできればと心の中で意気込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部のマネージャーとしての仕事を終えて家に帰ってきたら、お義姉ちゃんじゃなくて別の人が出迎えてくれた。

 

「お帰りなさい」

 

「サクラ先輩? あれ、お義姉ちゃんは?」

 

 

 今日はタカ兄がバイトだから、お義姉ちゃんがご飯の支度とか勉強を見てくれることになっていたんだけど、家の中にお義姉ちゃんは見当たらない。

 

「魚見会長は腱鞘炎になってしまい、私が代理でこちらに来ました」

 

「そうだったんですか……」

 

 

 お義姉ちゃんが腱鞘炎になったと知り、私は迷惑を掛け過ぎてしまったのかと反省する。だが同時に、目の前にいる先輩に対して素朴な疑問を懐いた。

 

「ではなぜサクラ先輩に代理を頼んだのでしょう? 別にシノ会長やアリア先輩でもよかったのでは?」

 

「偶々私が会長の手伝いをすると言ったから、こっちも任されたんだと思います。それに、天草さんや七条さんですと、タカトシ君の負担が増えるかもしれないと思ったのかもしれませんね」

 

「なるほど……サクラ先輩の考えも一理ありますね」

 

 

 そもそもお義姉ちゃんと同じ学校なんだから、サクラ先輩に頼むのはおかしなことではない。だがタカ兄のお嫁さんレースの状況を考えれば、シノ会長にチャンスを与えるべきなのではないかと思ってしまったのだ。

 

「まぁ、私としては誰がお義姉ちゃんになってくれても嬉しいんですけどね」

 

「話が飛躍し過ぎてません?」

 

 

 サクラ先輩にツッコまれ、私は首を傾げた。だってここでタカ兄にアピールすれば、そういう対象として見てもらえるかもしれないと思ったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義姉さんからメールを貰い、俺は出来るだけ早く家に帰る事にした。元々バイトが終われば直帰しているのだが、今日は何時もより早く走って家に向かう。

 

「サクラには迷惑をかけてしまっているな……本当なら俺がするべき事をしてもらってるわけだし」

 

 

 そもそも義姉さんに頼むのだって心苦しいのに、その代理を頼むことになるのは俺としては不本意だ。バイトを休むわけにもいかなかったので、やむを得ず了承したのだが、やはりちゃんと謝っておこう。

 

「あっ、お帰りなさい、タカトシ君」

 

「ただいま。ゴメン、サクラ。いろいろと頼んじゃって」

 

「別に気にしてないよ。それより、先にご飯にします? それともお風呂にします?」

 

「ご飯で構わない。それより、コトミは何ニヤニヤしてるんだ?」

 

 

 ちょうど通りかかったコトミが、俺たちのやり取りを聞いてニヤニヤしている。今の会話の何処に面白い箇所があったというのだ。

 

「恋人をすっ飛ばしてすっかり新婚さんみたいな会話だなって思っただけだよ」

 

「は? 何を言ってるんだ」

 

「そ、そうですよ! そんな事より、宿題をサボろうとしたことはタカトシ君に報告しますからね」

 

「そ、それだけは勘弁してくださいって言ったじゃないですか!」

 

「お前、またサボろうとしたのか……このままじゃ本当に家を出て行ってもらうしかなくなるぞ」

 

「そ、それだけは何とか……今後は精進する所存ですので」

 

 

 もう何度目か分からないが、コトミの反省する姿勢を大事にするという事で毎回許していたのが間違いだったかもしれないな。次サボろうとしたら容赦なく家から追い出す事にしよう。




ニヤニヤしたくなる気持ちも分かる


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焦る生徒会役員共

これ以外にも焦る人は多そうだ


 カナ会長の代わりに津田家の家事一切を任されたのだけども、私は人様に自慢出来るような家事スキルは持ち合わせていない。そりゃ普通くらいには出来るんですが、カナ会長もタカトシ君も『普通』ではないから、代理と言われても困ってしまうのだ……

 

「サクラ先輩のご飯も美味しいですね~」

 

「そうですか? タカトシ君やカナ会長と比べれば、私なんて大したこと無いですよ」

 

「そりゃあの二人は別格ですから。毎日家事をしていれば、自然と成長していたとしても不思議ではないんですから」

 

「お前がもう少し出来れば、俺や義姉さんだって普通程度だっただろうがな」

 

「それは深刻な問題だね……」

 

 

 タカトシ君の視線を浴び、コトミちゃんが困ったように視線を逸らす。この兄妹の力関係は実に分かりやすく、からかおうとしても返り討ちに遭うのだろう。

 

「(でも、タカトシ君みたいなお兄ちゃんがいたらって、ちょっと思ったりしないでもないな)」

 

 

 私は一人っ子だし、カナ会長のようなお姉ちゃんか、タカトシ君のようなお兄ちゃんに憧れる節がある。まぁ、コトミちゃんのような妹は勘弁してもらいたいけど……

 

「ん? サクラ先輩、タカ兄の事をじっと見つめてどうしたんですか? 想像妊娠しちゃったんですか?」

 

「馬鹿な事言ってないで、さっさと宿題を終わらせろ。サボってたんだろ?」

 

「い、一応終わってるから……」

 

 

 タカトシ君に睨まれて、コトミちゃんはすごすごと退散していった。怒られるって分かってるんだから、発言には気を付ければいいのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サクラっちに代理を頼んだから悪化はしていないけど、まだ手は痛い。生徒会業務は皆で分担してもらえるけども、コトミちゃんの面倒はそうはいかない。というか、下手にシノっちたちに頼むと、タカ君の負担が大幅に増えてしまうだろうし……

 

「――というわけで、今日もサクラっちに代理をお願いします」

 

「構いませんが、今日はタカトシ君もバイトお休みですよ? 何をすればいいんですか?」

 

「お買い物。そろそろ買い足しておかないといけない物がいっぱいあるから」

 

「……何故津田家の事情を会長が把握しているのか、深くは考えないようにしておきます」

 

 

 普段から入り浸ってるからだという事はサクラっちも理解しているのだろう。だがそれを認めるのにどことなく抵抗を覚えたんだろうな……

 

「サクラっちに一言言っておきますが」

 

「何でしょう?」

 

「私はまだ、コトちゃん以外の義妹は欲しくありませんから」

 

「意味が分かりませんよ……」

 

「つまりですね――」

 

「会長は病院なんですよね? 早いところ行った方がいいですよ」

 

 

 サクラっちに事細かに説明しようとしたのに、背中を押されて生徒会室から追いやられてしまった。

 

「サクラっちもまだまだ純ですねぇ……圧倒的リードを保ってるサクラっちでこれじゃあ、シノっちやアリアっちたちじゃどうなるんですかね」

 

 

 あの二人が義妹になるというのも変な感じがするが、今度会ったら言ってみようかな……でもまぁ、タカ君に怒られるだろうし、出来る事ならタカ君がいない時にしよう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会業務を終え帰宅しようとしたら、校門の前で森と遭遇した。

 

「どうかした?」

 

「カナ会長が病院に行くので、今日も私が代理を頼まれたの。会長曰く『そろそろ買い足した方がいい物がある』らしいので」

 

「あぁ……確かにそろそろ買い足した方がいいかもな。だけど、無理に手伝ってくれなくても大丈夫だが」

 

「無理にじゃないよ。私が手伝いたいって思ったから手伝ってるんだよ」

 

「……なんだこの、甘酸っぱい青春の一ページ――をすっ飛ばして、結婚間近なカップルを見ているような感じは」

 

「何となく分かります、その表現」

 

 

 私の苛立ちに同感してくれた萩村が力強く頷き、その隣ではアリアも複雑な思いが篭った視線を森に向けていた。

 

「買い出しは分かったが、我が校の校則で寄り道は禁止されている。なので一度家に帰ってスーパーの前で集合だ」

 

「分かりました!」

 

「それじゃあ後でね~」

 

「……何でついてくるんですか?」

 

 

 私とアリアと萩村がそそくさと帰路に就いたのを見送ったタカトシが、そんな事を呟いたが、このままでは森の新妻感が半端なくなってしまうからな……ただでさえ、カナの通い妻感が凄いというのに……

 誰に言い訳するでもなくそんな事を考えながら帰宅し、急ぎ着替えてスーパーの前に向かうと、既にアリアと萩村の姿があった。

 

「早いな……」

 

「森さんは油断できませんから」

 

「お似合いだとは思うけど、諦めるつもりも無いしね~」

 

 

 最近はタカトシに対する好意を隠そうともしなくなってきた二人だが、それは私もか……長い事一緒にいるというのに、英稜の二人と比べると仲が進展していないわけだし、多少焦っても無理はないか。

 

「お待たせしました」

 

「早いですね、お三方」

 

「スーパーは戦場だ! そんな心持では良い物は買えないぞ!」

 

「……別に特売品を買いに来たわけじゃないですが」

 

「兎に角! 全員揃ったから中に入るぞ!」

 

 

 タカトシの冷ややかな視線に耐えられず、私はそそくさと店内に逃げ込んだ。とりあえず、買い物デートは阻止出来そうだから善しとしよう……




デートじゃないから……


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マネージャー奮闘記

頑張ってるんだかいないんだが……


 普段勉強で頭を使わないからなのか、私は今困った状況に陥っている。領収書の計算をしていたら、今学期使える部費がほとんど残っていないことに気が付いたからだ。

 

「今月、もう一回遠征があるのに……」

 

 

 遠征といっても、場所は英稜高校なので交通費の問題はない。問題は食費だ。私が大食いチャレンジで何とかするにしても、これだけの人数の食費を賄えるだけの資金が無い……

 

「大門先生に相談してみよう」

 

 

 私は柔道部顧問の大門先生に事情を説明し、新学期までの残りをどうするかの相談をする。

 

「――というわけなのですが」

 

「そうだな……せっかくマネージャーが入ったんだ。弁当を用意してもらうというのはどうだ? 人数分を店で、となればそれなりに費用は掛かるが、食品などを安く仕上げてもらえば、人数分を用意するだけの予算は残ってるだろうしな」

 

「そうですね。ちょっと相談してきます」

 

 

 大門先生から解決策を授かった私は、すぐに道場に向かいマネージャーのコトミちゃんに相談する。

 

「――というわけで、今週末の遠征のお弁当、用意してもらえないかな?」

 

「そうですね……」

 

 

 本来のマネージャー業務ではないが、コトミちゃんが柔道部マネージャーになったのは、家事スキルを磨くためだとトッキーから聞いているので、これもいい経験になるんじゃないかと思っている。

 

「分かりました。何とかしてみます!」

 

「ありがとう! 出来るだけ安く、美味しく、量が多いと助かるかな。来月からは予算編成で部費も増えるから、今回だけだと思うから」

 

「はーい」

 

 

 コトミちゃんの好い返事を聞けて、私は安心して練習に戻れた。コトミちゃんの料理レベルが壊滅的だったという事をすっかり忘れて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ムツミ先輩からお弁当を頼まれたので、私は家に帰りすぐに頼れる人に相談した。

 

「――というわけなんですが、何とかなりませんかね?」

 

「……帰ってくるなり人の部屋に駆け込んできたと思ったら、何でそんな事を引き受けたんだ、お前」

 

 

 エッセイの最終調整をしていたので、眼鏡姿のタカ兄に土下座して相談すると、そんな返事をされた。それにしても、我が兄ながらこの眼鏡姿の破壊力の高さ……見ただけで絶頂しそうだよ。

 

「それで、予算はどのくらいなんだ?」

 

「えっとね……」

 

 

 ムツミ先輩から預かった残りの部費を取り出しタカ兄に見せる。その金額を見てタカ兄はすぐに何個かのレシピが頭に浮かんでいるのか、無言で空を見詰めている。事情を知らない人が見たらちょっと危ない人とも見えなくもないが、タカ兄がこういう仕草をしてる時は解決策が浮かんでる時なので、私はタカ兄が何かを言うまで黙って見詰める事にした。

 

「三葉の分もと考えると少し厳しいが、何とか出来ない事はないだろう。だが、お前が作れるかという問題を度外視すれば、だがな」

 

「やっぱそうなりますよね……そこで物は相談なのですが――」

 

「どうせそういうと思ってたから、お前には買い出しを手伝ってもらう。今回は仕方ないが、今後は自力でどうにかするように」

 

「さすがタカ兄。私が何を言いたいか分かってるなんて」

 

 

 さすがに遠征で食べてもらうお弁当を、私の壊滅的な料理で済ますなんて出来るわけがない。だからタカ兄に手伝ってもらうか、いっそのことタカ兄に作ってもらえないか交渉するつもりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英稜へ遠征に出かけたが、部長の手違いでメシ代が残っていなかったのでマネージャーに用意させたという。

 

「(マネージャーってコトミだろ? アイツ料理なんて出来なかったんじゃ……)」

 

「お待たせしました~。安くて、美味しくて、量が多いお弁当です」

 

「何だそれ……」

 

 

 コトミが弁当箱を取り出し、そんな事を言ったので思わずツッコんでしまった……というか、この量って部長の分もあるのか。

 

「あっ、これ三葉先輩専用のお弁当箱です。周りの事は気にせず思う存分食べてください」

 

「あの予算で随分用意できたんだね」

 

「安くていい店を知っていたので(タカ兄が)」

 

「(あぁ、兄貴が知ってたのか)」

 

 

 コトミがそんな事を知ってるわけがないので、私は勝手にそう決めつけた。あの兄貴なら少ない予算でこれくらいの準備が出来ても不思議ではないしな……ん?

 

「(この味って、兄貴の料理じゃねぇ?)」

 

 

 一口食べて、私はこの弁当を用意したのがコトミではなく兄貴だと確信した。一口食べただけで分かるなんて、私も相当兄貴に面倒を見てもらってるという事か……

 

「おいコトミ、ちょっと」

 

「なに、トッキー?」

 

 

 コトミを連れ出し、私は今思った事を尋ねた。

 

「あの弁当、兄貴が作っただろ?」

 

「うっ……やっぱトッキーにはバレたか……」

 

「一口食べれば分かるっての」

 

「さすがにいきなり上手くなる事は出来ないからね……今後精進するという事で、今回はタカ兄にお願いしました」

 

「まぁ、お前の料理の腕に関していえば、兄貴も一度匙を投げているわけだしな……」

 

「うん……今後こういう事があるかもしれないっからって事で、心を入れ替えてタカ兄に師事する事にしたよ」

 

「まぁ頑張れよ(兄貴)」

 

 

 コトミにエールを送るフリをして、私は兄貴にエールを送ったのだった。だって、この問題児を更生出来るのは兄貴しかいねぇし……




トッキーもだいぶタカトシ色に染まってるな……


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運動不足解消法

運動不足で良いのか?


 生徒会室で作業していて、私はふとタカトシに視線を向けた。相変わらず真面目な表情で書類を処理している姿はいくら見ても飽きない。

 

「……何か用でしょうか?」

 

「いや、どうやったらそんな風に処理出来るのかと思っただけだ」

 

「はぁ……俺の事を羨む必要は無いのでは? 会長だって相当早いと思いますし」

 

「そうだろうか?」

 

 

 私の手元にはまだ数件の書類が残っているが、タカトシの方は既に片付いている。私の方が先に作業を始めたというのにこの差……しかもタカトシの方が処理した量が多いのも気になる。

 

「萩村もだが、次期生徒会も優秀で私は嬉しい反面、優秀過ぎて立場が無いように思えるんだ」

 

「シノちゃん気にし過ぎだよ~。横島先生曰く、今の生徒会が歴代最高なんだって」

 

「あの人に言われても嬉しくないぞ」

 

 

 恐らく歴代最低の生徒会顧問だろうしな……そもそも生徒会顧問としての役目を全く果たしていないわけだし。むしろタカトシに怒られている時の方が多いな。

 

「というか、何で俺の作業速度なんて気にしてたんですか?」

 

 

 作業が終わったので、タカトシがお茶を淹れてくれた。アリアが淹れてくれるお茶も美味しいが、タカトシが淹れてくれたお茶は格別なので、私は一旦作業の手を止めてお茶を飲む。

 

「タカトシ並みの速度で作業が出来れば、運動不足にならないのかなと思っただけだ」

 

「運動不足、ですか?」

 

「シノちゃん、もしかして――」

 

「おっと、それ以上は言うな。念の為言っておくが違うからな」

 

 

 断じて太ってなどいない。ただちょっとむくんできたかもしれないとは思っているが、断じて体重は増えていない! 体重計に乗ってないけど……

 

「だったら片足立ちを試してみれば? 片足立ち二分でウォーキング五十分の運動効果が得られるって聞いたことがあるよ~」

 

「それは効率がいいな。だが、運動した気になっただけで、効果なかったというのは困るしな……普通に運動した方が何と言うか……達成感があるような気もする」

 

「なら普通にウォーキングすればいいのでは?」

 

「生徒会作業と勉強、それに加えて運動か……ますます忙しい日々を送る事になりそうだな」

 

「そうですか? 合間合間に運動すれば、そんなこと無いと思うんですが」

 

「タカトシ君はバイトの行き帰りとか、家事の合間に走ってるんだっけ?」

 

「まぁ、それ以外でもやってますけど、合間でやってるのはそれですね」

 

「主夫の時間の使い方を真似ろと言われても難しいんだが」

 

「ですから、主夫じゃないですって」

 

 

 タカトシは毎回否定するが、どう考えても主夫なんだよな……だって、そこんじょそこらのお母さんよりお母さんしてるわけだし……料理も私たちより上手いし……

 

「また柔道部に体験入部してみる?」

 

「いや、本気で大会を目指してる三葉たちの邪魔にしかならないだろうし、それは止めておこう。コトミに管理されるのも何となく嫌だし……」

 

「コトミちゃん、マネージャー頑張ってるって聞いてますが」

 

「萩村……」

 

 

 いたのすっかり忘れてた……いや、断じて視界に入らなかったから忘れてたわけではなく、会話に入ってこなかったから忘れていたのだ。だから睨むのは止めてもらいたい……

 

「やっ!」

 

「畑か……今日は何をやらかしたんだ?」

 

「決めつけは困ります。せっかくいいダイエット法をお教えしようと思ったのに」

 

「なにっ!? あっ、いや……別に太ったわけじゃないからな」

 

 

 畑の言葉に喰いついた私に対して、タカトシと萩村の冷たい視線が突き刺さったので、私は慌てて否定する。なんだか背筋に冷たいものが伝ったような気もするが、気のせいだという事にしておこう。

 

「こうやって津田副会長や萩村さんに冷たい視線を向けられれば、冷や汗を掻くでしょう? それでカロリーを消化すれば、運動なんてしなくても効率よく――」

 

「精神的疲労が半端ないから別の方法で」

 

 

 断じて太ってなどいないが、そんな事を毎日繰り返していたら、いつの間にかそれが快感に変わって意味が無くなって……ではなく! 精神的に参ってしまうかもしれないのだ。

 

「だったらこの天草会長の隠し撮り写真を校内のあちこちに隠しますから、それを探す事で運動を――」

 

「はい、消去っと」

 

「せっかく撮ったのに~」

 

 

 アリアと萩村が畑を羽交い絞めにして、タカトシがデジカメを取り上げて私に手渡す。一連の流れだが随分とスムーズになったもんだ……

 

「お前もこういったくだらない事を撮ってないで、何か別の事に熱意を向けられないのか?」

 

「生徒が気にしている事に全力を注ぐのが私のポリシーですから! 天草会長の秘密を一つでも暴き出せれば、それが達成感に繋がるのです! ちなみに、会長は先月より少しですがふt――」

 

「畑、お前とはじっくりと話し合う必要があるようだな。悪いがアリア、残りの作業は任せる」

 

「は~い。頑張ってね~」

 

 

 畑の口を押え、襟首を掴んで生徒会室を出て行く私を、アリアは笑顔で、タカトシと萩村は苦笑気味な表情で見送った。まぁ、今の私は鬼気迫る雰囲気だし、あの表情も仕方ないだろうな……




畑さんの方法は……


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体力テスト

タカトシのけ者回


 新学期になり、今日は体力テストが行われる。普段頑張らない連中も、ここで頑張るというよく分からない光景が繰り広げられるのだ。

 

「我々も頑張るぞ!」

 

「変に頑張らなくても良いんじゃないですか? 普段通りやってれば」

 

「タカトシはそれでもいいかもしれないが、普段サボってる疑惑を向けられている私としては、ここで頑張ってる姿を見せておかないと」

 

「また畑さんの捏造記事ですか……」

 

「それもあるが、タカトシと萩村が優秀過ぎて、私とアリアが楽をしているという噂もあるんだ。だから今日の為にスタミナが付く物をたくさん食べてきたから、今日一日くらい何とかなるさ!」

 

 

 ここからは男女別で行われる。何故なら身体の数字に関わるモノを測るからだ。

 

「くっ、伸びてない……」

 

「私もあんまり伸びてないな~」

 

「………」

 

「会長?」

 

 

 測定器の前で固まった私を心配そうに見つめる萩村。さっきまで萩村の事を似たような目で見ていた自分を殴り飛ばしたい。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 

「何かあったの?」

 

「うん、まぁ……乙女の秘密かな」

 

「はぁ?」

 

 

 反復横跳びの場で合流したタカトシが萩村の説明を受けて首を傾げているが、こればっかりは男子には分からない悩みだろう……というか、タカトシには関係ない悩みだろう。

 

「あっ、タカ兄」

 

「コトミか」

 

「いや~最近勉強だ家事だマネージャーだで忙しいからか、体重が落ちちゃって」

 

「お前は食っちゃ寝してたんだし少しくらい痩せた方が健康的だろ。そもそも、お前の身長に対してあの体重は多すぎだ」

 

「そんな事ないよ~。というか、何でタカ兄が私の体重を知ってるの?」

 

「見ればだいたいわかるだろ」

 

「いや~、そんなスキルがあるのはタカ兄だけだって」

 

 

 なん…だと……タカトシは人を見るだけでだいたいの体重が分かるというのか……ということは、今の私の体重もタカトシには丸わかりということで……

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

「おっ、会長がラストスパートだ」

 

「何かあったのか?」

 

「……乙女の悩みよ」

 

 

 今の兄妹の会話を聞いていた萩村が、同情的な目を私に向けてくる……頼むから憐れむのだけは止めてもらいたいものだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんが奮闘しているのを見て、私ももう少し頑張った方がいいのかもしれないと思い、シノちゃんの半分くらいの気合いで反復横跳びに挑んだんだけど、男子生徒の殆どが前かがみになって何処かに行ってしまった。

 

「どうしたんだろう?」

 

「七条さん」

 

「あっ、カエデちゃん」

 

 

 何やら頭を抑えたカエデちゃんが話しかけてきた。何かあったのかしら……

 

「やる気を出す事は悪い事だとは言いませんが、もう少し周りの目を気にしていただけないでしょうか。風紀委員の男子から、相談されたので」

 

「えっと……私、何かやっちゃったの?」

 

「七条さんとしては悪気があったわけではないと分かっているのですが、その……七条さんの胸はその……」

 

「胸?」

 

「これがその映像だけど、見ます?」

 

 

 私とカエデちゃんの間にヌッと割り込んできた畑さんが見せてくれたものは、確かに男子生徒を前かがみにさせてしまっても仕方がないと思えるくらいのものだった。そして、一緒に覗きこんだシノちゃんとスズちゃんがショックを受けてしまった。

 

「とりあえず、この映像は消去させてもらいます」

 

「せっかく撮ったのに~」

 

 

 カエデちゃんがカメラを取り上げて削除してくれたけども、こればっかりはどう気を付ければ良いのか分からないし……

 

「何かあったんですか?」

 

「お前は大丈夫だったんだな」

 

「はぁ?」

 

「いや、お前はそういうやつだったな」

 

「何なんですか、いったい……」

 

 

 またしてものけ者にされてしまったタカトシ君だけども、今ばっかりは仲間に入れられないよ……そもそも、タカトシ君にあんな姿を見られたなんと思うと、恥ずかしくて逃げ出したくなるし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリア先輩の破壊力の高さによって体育館から人が減ったので、私たちはスムーズに体力測定を進められるようになった。確かにあの破壊力は凄かったけども、私だって負けてないと思うんだよね。

 

「――というわけなんだけど、どう思うトッキー?」

 

「知るか! というか、そんなくだらない事を考えてる暇があるなら、さっさと終わらせてこいよ」

 

「わかった。でも、アリア先輩に負けないように、私も本気を出す時が来たようだな」

 

 

 錘入りのリストバンドを外し、私は本気モードになる――という設定だ。実際はそれ程重くないし、着けたままでも十分に運動できるのだ。

 

「またくだらない事を……」

 

「あっ、タカ兄。タカ兄は大丈夫だったの?」

 

「何がだ」

 

「……いや、何でもないよ」

 

 

 タカ兄がアリア先輩の乳揺れ程度で動揺する漢じゃないって分かってたんだけど、全く気付いていないというのも雄としてどうなんだろう……

 

「ゴメンね、時さん。こんな妹の相手をいつもしてくれて」

 

「いえ、私こそお世話になってますので」

 

「トッキー、タカ兄の前だと大人しいよね」

 

「うっせぇ! 良いからさっさとやってこい!」

 

「はーい」

 

 

 トッキーも乙女なんだし、少しくらいときめく権利はあるけど、多分そういう感情じゃないんだろうな……

 

「(というか、トッキーをお義姉ちゃんって呼ぶ日は来ないで欲しいかも……)」

 

 

 いろいろと複雑だし、トッキーも異性として意識してるわけじゃないだろうし……




見てても大丈夫だっただろうけど、見られた側が気にするので


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大福問題

投稿予約忘れてました


 今日は生徒会役員の女子だけでお出かけをしている。本当はタカトシも誘ったのだが、都合がつかないということで女子会になったのだ。

 

「あれ、アリア?」

 

 

 さっきまで隣を歩いていたアリアの姿が見当たらず、私はキョロキョロと辺りを見回す。すると見知らぬ男性に声を掛けられている光景を目の当たりにした。

 

「ナンパか?」

 

 

 普段はタカトシが側にいる為にあまりナンパされているところを見かけないが、あの見た目ならナンパされても不思議ではない。むしろしてこない男共は枯れているのではないかとすら思える身体だしな……

 

「ゴメン、シノちゃん」

 

「何だったんだ?」

 

「モデルやらないかって誘われちゃった」

 

「あー」

 

 

 確かにアリアの見た目なら何を着ても似合うだろうし、あっという間に人気モデルの仲間入りをするだろうな。

 

「どうやって断ろうか悩んでたんだけど、名刺を見たらウチの系列グループの事務所だったから名前を言ったら諦めてくれたよ」

 

「それでペコペコ頭を下げていたのか」

 

 

 去り際に頭を下げていた男性を見て、こっ酷く振られたのかとも思ったが、グループ総帥のご令嬢だと分かって慌てていたのか……

 

「なあ萩村……萩村?」

 

 

 アリアが合流したので萩村に声を掛けようとしたら、今度は萩村の姿が見当たらない。人ごみに呑み込まれたのかとも思ったが、萩村の姿はすぐに見つかった。

 

「スズちゃんも声を掛けられてるね」

 

「道でも尋ねられているのだろうか?」

 

 

 萩村の事だからモデルに誘われているわけではないだろうし、相手は女性だからロリコン紳士でもない。そうなると道を尋ねられているくらいしか理由がないだろう。

 

「お待たせしました」

 

「どうしたんだ?」

 

「いえ……迷子? って声を掛けられてました」

 

「あぁ……」

 

 

 私たちは萩村が高校二年生だと知っているから思いつかなかったが、私服姿の萩村は小学生に見えなくもないから、一人でいると思われて声を掛けられてたのか……

 

「というか、タカトシがいないだけで声を掛けられる率が上がってないか?」

 

「いろいろとストッパーだったんでしょう、タカトシの存在が」

 

「タカトシ君、いい意味でも悪い意味でも目立つもんね~」

 

「悪い意味?」

 

「ナンパ目的の男の人たちにとって」

 

「あぁ……」

 

 

 ナンパ目的の奴らにとって、タカトシは超強力な蚊取り線香って事か……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園交流会が行われる為、今日は桜才学園に英稜生徒会の二人がやってきている。

 

「タカ君」

 

「魚見さん、一応学校内ですから呼び方を改めてもらえませんかね?」

 

「今は私とタカ君の二人しかいないんだし、生徒会室内なら別にいいでしょ?」

 

「切り替えがしっかりと出来るなら良いですが、言っておかないと忘れるでしょう?」

 

 

 実際生徒会長交換の際、義姉さんは予算会議の場で俺の事を愛称で呼んでちょっとした問題が発生したのだ。まぁ、事情を話せばすぐに納得してくれたから、大した問題ではなかったのだが。

 

「そんな事より、はいタカ君」

 

「大福?」

 

 

 義姉さんが鞄から大福を取り出してこちらに差し出す。何故鞄に大福が入っていたのかも気になるが、何故こちらに差し出したまま手渡そうとしないのだろう?

 

「あーん」

 

「……そういう事ですか」

 

 

 義姉さんの意図を理解し、俺は渋々口を開ける。こうなった義姉さんをどうにかするのは骨が折れるので、素直に従っておいたほうが疲労が少なく済むのだ。

 

「おっ、おやつタイムか?」

 

 

 義姉さんが人の口に大福を入れたタイミングで会長たちがやってきた。狙ったわけじゃないだろうが、タイミング悪すぎるな……

 

「いえ、タカ君に口移しで食べさせてもらうところです」

 

「なにっ!?」

 

「そんな事聞いてませんが? というか、大福が食べたいならどうぞ」

 

 

 義姉さんに大福を差し出す。俺は別に食べたかったわけじゃないし、義姉さんが食べたいというならそっちの方がいいだろう。

 

「えっと……これってタカ君がかじった大福ですよね?」

 

「そんなに食べてないですし、義姉さんが構わないならどうぞ」

 

 

 もう一度義姉さんに大福を差し出すと、義姉さんは少し恥ずかしそうにしながらも口を開けた。同じことをしろという意味なのだろうと理解し、俺は義姉さんの口の中に大福を入れた。

 

「タカ君の味がします」

 

「どんな味ですか……って、皆さんは何故そんな顔をしてるんですか?」

 

 

 視線を義姉さんからずらすと、四人が鋭い視線を俺と義姉さんに向けている。

 

「随分と甘々な空気だったな」

 

「はぁ? 大福が欲しいって言うからあげただけですが」

 

「タカトシ君と間接キスだけでも羨ましいのに、あまつさえ『あーん』までしてもらうなんて、カナちゃんズルいよ!」

 

「私だってタカ君がこんなに積極的になるなんて思ってなかったですよ」

 

「何だって言うんですか……」

 

「これでタカトシとキスした事ないのは私だけになったわけね……」

 

「待てっ! 私もしてないぞ!」

 

「会長はガラス越しにしたじゃないですか。私はガラス越しですらしたこと無いんですが?」

 

「サクラ、何とかしてくれ」

 

「タカトシ君の所為でしょ」

 

 

 助けを求めたが、サクラにそっぽを向かれてしまった……間接キスくらいで大袈裟じゃないのか? 確かに行儀は良くないとは思うけど……




さすが無自覚ラブコメ野郎……


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カメラに映ったもの

絶対にわざとだ


 ちょっとした用事を済ませて生徒会室に戻ってくると、部屋の中が明るかった。いや、もともと暗い部屋ではないんだが、そういう事ではない。

 

「電気を消すの忘れてたのか……」

 

「まぁ、すぐに帰ってくるつもりでしたから仕方ないのではありませんか?」

 

「みんなちょっと出るだけだからって思ってたんだと思うよ」

 

 

 私の後ろからやってきた萩村とアリアの言葉に、私も生徒会室を出て行った時の事を思い返し、確かにちょっとくらいと思ったのを思い出した。

 

「まぁまぁ、このような失敗は誰にでもある事ですよ」

 

「畑……何の用だ?」

 

 

 どことなく嫌な感じを覚え身構えたが、時すでに遅し……

 

「実はカメラをこの部屋に忘れちゃって。うっかり録画状態だったんですよ」

 

「絶対に嘘だろ!」

 

「では私が嘘を吐いている証拠を」

 

「そ、それは……」

 

 

 畑の事だから確信犯だと言い切れるだけの根拠はあるが、証拠と言われると困ってしまう。そもそも嘘を吐いた証拠など見つける方が難しいのだ。

 

「まぁとりあえず中を確認してみましょう」

 

 

 そう言って畑は録画した映像を再生し始める。特に疚しい事はしてなかったはずだし、見られても問題ないだろう。

 

「シノちゃんが腕組みしてる」

 

「腕をせわしなく組み替えてますね」

 

「しっくりしないのでしょうか」

 

「………」

 

 

 どうやら三人には分かっていないようだが、この時私は腕を組みかえるフリをして乳腺を刺激してどうにかバストアップ出来ないかと試行錯誤していたのだ。

 

「(皆には黙っておこう……)」

 

「次はスズちゃんが生徒会室にやってきたね」

 

 

 私が退室してすぐに萩村がやってきたようだが、当の本人は興味なさそうにカメラから離れていった。

 

「おっ、萩村が脱ぎだした」

 

「しかも捲って肌を露出してる」

 

「そ、そんな事してません!」

 

 

 慌ててカメラに駆け寄ってきた萩村にネタ晴らしを行う。

 

「(制服を)脱いでる」

 

「(袖を)捲って肌を露出してる」

 

「正確に物事を伝えろ!」

 

「でも慌てたって事は、してみたいって思った事があるんじゃないの?」

 

「そんな事あるわけ無いだろ!」

 

 

 憤慨した萩村がカメラを取り上げ停止しようとしたが、次のアリアがやってきたのでその指が止まった。

 

「七条先輩の事ですから、何かとんでもない事をしてるんじゃないですか?」

 

「そんな大したことしてないけどな~」

 

 

 私も興味があったので萩村の頭上からカメラを覗き込む。何か取り出そうとしているのか?

 

「って!? 何でブラを取り出してるんだ!」

 

「脱いでどうするんですか!」

 

「違う違う。ちょっと暑いなって思って、出島さんが用意してくれた通気性がいいブラに替えようと思って」

 

「こんなところで着替えないでくださいよ!」

 

「……おい、何故ブラを置いたまま何処かに行った」

 

「ちょっと用事を思い出して、部屋を出たんだよ」

 

「……そこにぶら下がったままのブラって、七条先輩のだったんですね」

 

 

 さっきから気になっていたが、確かにホワイトボードの上にブラが引っ掛かっている……あの大きさ、私には縁がないだろうな……

 

「おっ、津田副会長がやってきましたね」

 

「タカトシ君に見られちゃったって事になるのかな」

 

 

 最後に生徒会室にやってきたタカトシは、ホワイトボードの方を向いている。

 

「もしかしてスクープゲット?」

 

「何があっても目をつぶろう」

 

 

 タカトシがそんな事するわけ無いと分かっているが、アイツも年頃の男子だ。周りの目を気にしなくていい状況なら何をするか分からないしな……

 

「一瞬見ただけで興味を失ったかのように作業し、何か用事を思い出し部屋を出て行きましたね」

 

「ある意味いつも通りですか……つまらないです」

 

「タカトシ君、私の胸に興味ないのかな……」

 

 

 アリアが零したセリフは聞かなかった事にして、私は録画したデータを削除して畑にカメラを返す。

 

「次こんなことをしたら容赦なく新聞部を活動休止にしてやるからな」

 

「だから、ちょっとした失敗ですよ」

 

「あれ? 皆さんお揃いで何をしてるんですか?」

 

「タカトシ君、私の胸見たい?」

 

「は?」

 

 

 アリアの唐突な質問に首を捻ったタカトシだったが、畑がいる事で全てを察したように目を瞑った。

 

「畑さんの隠し撮り動画でも見たんですか? というか、七条先輩も人が来ないからってこんなところに下着を置きっ放しにしないでください」

 

「津田副会長はこの下着が七条さんのだと分かったんですね」

 

「まぁ、何度か洗濯したことありますから」

 

 

 つまり、タカトシには私たちの下着のサイズを知られているという事か……

 

「美人の先輩のブラを見ても興奮しないとは……津田副会長はh――」

 

「どうやら死にたいようですね」

 

「じょ、冗談じゃないですか……じゃあ!」

 

 

 タカトシの殺気から逃げるように生徒会室から出て行った畑を見送って、私たちはホッと一息吐いた。

 

「ところでタカトシは何処に行ってたんだ?」

 

「横島先生が生徒会予算で一人飲み食いしたので、その説教をしに」

 

「何だそれ?」

 

「この領収書、巧妙に隠してますが完全にプライベートのですし、問い詰めたら飲み代だったと白状したのでついでに説教してたんです」

 

「……馘で良いんじゃないか?」

 

「ほんの出来心で、回収するつもりだったが見つからなかったと言ってました。とりあえず厳重注意で済ませましたので、次があれば理事長に報告します」

 

 

 相変わらず会長の私より会長らしいが、タカトシの報告に私たちは注意を強めようと心に決め頷きあった。




下着程度では動じないタカトシ


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乱れる心

そりゃ乱れるわな……


 最近校内の風紀が乱れてきている気がする。天草さんや七条さんといった、主だった問題児たちが大人しくなってきているのに、この乱れはいったい何なのだろう……

 

「失礼します」

 

 

 風紀の乱れについて生徒会と話し合おうと思い生徒会室にやってきたが、生憎タカトシ君と萩村さんは不在で、室内にいたのは天草さんと七条さん、そして横島先生の三人だった。

 

「五十嵐か。何かあったのか?」

 

「いえ、少しご相談をと思っていたのですが、また改めて相談に――」

 

「カエデちゃん的には、私たちじゃ頼りないってこと~?」

 

「そ、そういうわけではないのですが……」

 

 

 確かにこの相談内容をこの二人にしても良いのだろうかとは思ったが、頼りないと思ったわけではない。というか、横島先生がいたから何か大事な事を話しあっているのだと思って出直そうと思ったんだけど……

 

「五十嵐はタカトシがいなくて不満だったんじゃないか?」

 

「そんな不純な気持ちはありません!」

 

「おっ、五十嵐も津田狙いなのか。こりゃアイツの貞操も何時まで無事か分からないな」

 

「教師がそんな事を言わないでください! そもそも、私の相談事に横島先生も無関係というわけではないのですがね」

 

「私が? いったい何だって言うんだ」

 

 

 まるで風紀を乱している自覚がないような横島先生に、私は少し苛立ってしまう。普通なら取り締まるべき側である教師が、風紀を乱してる自覚がないなんて……

 

「この数ヶ月、横島先生が男子生徒に声をかけ、無人教室に連れ込もうとしているという報告が多数風紀委員に上がっています。その事について生徒会の方々と話し合いをと思ってきたのです」

 

「別に喰ってないぞ? 殆ど袖にされてるからな」

 

「殆どという事は、何回かは襲ったという事ですか?」

 

「双方合意だ。襲ったわけじゃないぞ」

 

 

 天草さんと話す横島先生を睨みつけるが、横島先生は私の視線に気付いていないのか天草さんとの話を続ける。

 

「最近出会いが無くてな。手ごろなところで出会えるならそれでも良いかなと思って」

 

「そんな気軽に男子生徒を狙わないでください」

 

「私は誘ってるだけで、強引に襲ったりしてないぞ。だいたい、そんなことすれば津田に怒られるしな」

 

「強引じゃなくても、怒られるでしょうが!」

 

 

 私の癇癪に、横島先生だけでなく天草さんと七条さんも驚いた表情を浮かべる。何故私が怒鳴ったのかが分からない、と言いたげな顔だ。

 

「だいたい、校内恋愛禁止だと生徒に言っておきながら、自分は校内で出会いを探すなんて最低です!」

 

「別に恋愛をしたいわけじゃない。心が繋がってなくても、身体さえ繋がっていればそれで良いんだ」

 

「なお悪いじゃないですか! だいたい、神聖な校内でそんな事――」

 

「ゴメンなさい、カエデちゃん。実は私、昔の癖でカエデちゃんの三つ編みを見るとお尻の穴がムズムズしちゃってたの」

 

「っ!?」

 

 

 七条さんのカミングアウトで、私は意識を失いそうになる。まさか私の髪型が風紀を乱す原因になっていたなんて思っていなかったのもあるけど、あまりにも衝撃が大きすぎたからだ。

 

「確かに五十嵐の髪型は、ア○ルビーズを想像させるよな」

 

「あれを男子生徒の穴にぶち込んで調教するのか……五十嵐もなかなかの鬼畜だな」

 

「そ、そんな事しません! というか、そんなことを堂々と言わないでください!」

 

 

 私が大声を上げたタイミングで、生徒会室の扉が開かれ、何事かと言いたげな表情のタカトシ君と萩村さんが部屋に入ってきた。

 

「何かあったんですか?」

 

「いやなに、五十嵐の髪型がア○ルビーズみたいでムズムズするって話してただけだ」

 

「またくだらない事を……というか横島先生」

 

「何だ?」

 

 

 タカトシ君がため息を吐いて、厳しい表情を浮かべたので横島先生の方も居住まいを正す。どうしてタカトシ君相手にしかこの態度を取れないのだろう……

 

「次何か問題を起こしたら、三ヵ月の減俸とボーナスカットだそうですので」

 

「な、何で津田がそんな事を知ってるんだ?」

 

「あぁ、先ほど学園長に会いまして、タカトシから伝えた方が効果があるだろうって言われてました」

 

「た、確かに津田から言われた方が衝撃が大きいが、私は別に問題行動を起こしたりは――」

 

「自覚してないのが問題なのではありませんかね? 反省の色なしということで、今すぐ学園長に報告しても良いんですが」

 

「は、反省してます! だから報告するのだけは……それと五十嵐。たぶんお前の髪型を見て興奮してる男子生徒もいると思うから、暫くは結ばない方がいいぞ!」

 

 

 タカトシ君から逃げるようにそれだけ言って横島先生は生徒会室から去って行った。

 

「五十嵐、悪い事は言わないから、私からも髪を下ろす事を勧めておく」

 

「ふ、風紀を守る為にも、そうした方がい良いのでしょうか?」

 

 

 私の髪型が風紀を乱す原因になっているのならば、少しは考えた方がいいんだろうな……

 

「なんだかよく分かりませんが、カエデさんが悪いわけではないと思いますが」

 

「まぁ、邪な考えをする連中が多いからね……」

 

 

 タカトシ君と萩村さんは私の所為じゃないと思ってくれているようだけど、暫くは下ろしてみようかな……




横島先生はしっかりと反省した方がいい


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カエデの通り名

そう思われていても仕方はないが


 先日生徒会室で何があったのかは分からないが、ここしばらく五十嵐先輩が髪を解いている。今までずっと結わいていたからなのかもしれないが、一瞬誰だか分からない事があって困るのだ。

 

「萩村さん、少しよろしいでしょうか」

 

「……五十嵐先輩、何かご用でしょうか」

 

「今の間はいったい……」

 

 

 このように、声を掛けられ、五十嵐先輩だと認識するのに少し時間を要するのだ。私はタカトシと違い、気配で誰が近づいてくるかなんて分からないから、振り向いて知らない人だと思うと少しドキッとするのだ。

 

「――というわけです」

 

「分かりました。私から会長たちに言っておきます」

 

「お願いします」

 

 

 話自体は大したことではなかったので、私は五十嵐先輩に一礼して教室に戻ろうとしたのだけど、丁度私たちの横を男子生徒が通り過ぎ、五十嵐先輩は微妙に震えだした。

 

『今の人って五十嵐先輩だよな? 何で髪を解いてるんだろう』

 

『イメチェンじゃねぇの? あの鬼の風紀委員長にも好きな人が出来て、その男が髪を解いてる女が好きだとかなんとか』

 

『それ誰から聞いたんだ?』

 

『新聞部の人がそんなのを話してるって』

 

 

 あぁ、あの人がまた根も葉もないうわさを……

 

「萩村さん」

 

「はい、なんでしょう」

 

「私って『鬼の風紀委員長』だなんて呼ばれてるんですか?」

 

「一部男子生徒の間で、そう呼ばれているみたいですね」

 

 

 融通が利かない五十嵐先輩の事を『鬼』と呼んでいる男子がいるとタカトシから聞いたことがあるけども、私たちからすれば五十嵐先輩は間違った事を言っているわけではないので、鬼というのは間違っているのではないかと感じている。もちろん、使ってる本人たちも五十嵐先輩に聞かせるわけでもないので、かなり気楽に呼んでいる感じだが。

 

「そっか……私、鬼だったんだ……」

 

「い、いえ……そんな事ないと思いますが」

 

「スズ? 次移動教室だから急いだほうが――あっ、カエデ先輩、お疲れさまです」

 

 

 ショックを受けた五十嵐先輩をどうしたものかと悩んでいたら、タイミングよくタカトシが現れたので、私はこの場をタカトシに任せ教室に戻る事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事情説明もないままスズにこの場を任されたのだが、いったい何があったというのだろう……さっきからカエデさんの表情が沈んだままなんだが……

 

「タカトシ君、私って怖いんでしょうか?」

 

「はい? 何があったんですか?」

 

 

 少なくとも俺はカエデさんの事を怖いと思った事はない。初対面の時はなるべく近づかないでおこうとは思ったが、それは怖いとかではなく怖がらせてしまうからだ。

 

「さっき私たちの横を通り過ぎた男子たちが、私の事を『鬼の風紀委員長』って」

 

「あぁ、なんだかそう呼んでる連中がいるらしいですね。ですがそれは、自分たちが悪い事をして先輩に注意された事を逆恨みしてるだけでしょう。先輩は理不尽に怒ったりする人ではないと分かってますから、俺はそうは思いませんが」

 

 

 そもそも怒られるような事をしておいて、怒った方を悪者にしようだなんておかしな話ではないか。注意してくれるのはその人にとって必要だからだと思ってしてくれているのであって、憎しみを懐いているわけではない。そもそも興味のない相手に注意する程、風紀委員だって暇ではないはずなのに。

 

「まさかその事を気にして髪を下ろしてるんですか?」

 

「いえ、それは別の理由からです」

 

 

 この間横島先生を脅した日から、カエデさんは髪を下ろしている。似合っているから特に何も言わなかったが、もしかしたら印象を変えたくてしてるのではないかとふと思ったのだ。

 

「とにかく、カエデさんは間違ったことをしているわけではないので、男子の評価などあまり気にしなくていいのではないでしょうか? 少なくとも俺は、カエデさんの事を鬼だと思った事はありませんので」

 

「そう、ありがとう」

 

「いえ」

 

「タカトシ、お待たせ」

 

「では先輩、俺たちはこれで」

 

 

 カエデさんと話してたところにスズがやってきたので、俺たちはそのまま次の授業が行われる教室に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村さんとタカトシ君を見送って、私も教室に戻る事にした。

 

「それにしても、タカトシ君って、私と二人きりの時は『カエデさん』で、周りに人がいる時は『カエデ先輩』って呼び分けてくれてるんだ」

 

 

 天草さんや七条さんがせがんでそういう呼びわけをするようになったと聞いたことがあるけど、私にも自然にそうしてくれているのは素直に嬉しい。

 

「タカトシ君が私は正しいって思ってくれているなら、男子生徒に『鬼の風紀委員長』って呼ばれてても気にしなくても良いかな」

 

 

 確かに私は校則に五月蠅いと自覚している。だけどそれは風紀委員長として当然だと思う。それなのに『鬼』なんて呼ばれててショックを受けたけども、タカトシ君が気にしなくていいって言ってくれたお陰で、今はそれ程気にならなくなった。

 

「何か嬉しい事でもあったんですか~?」

 

「なんでもないです。それよりも畑さん、私が異性の目を気にして髪を下ろしてるって噂を流してるようですね」

 

「ではっ!」

 

 

 突然現れた畑さんを撃退し、私も教室に向かい歩き続けた。




噂の出所は大抵この人だろ……


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暗闇の中で

昔やった事あったなぁ……


 家事スキルを磨くためにマネージャーになったんだけど、最近では柔道部の皆さんのお手伝いが出来る事に喜びを感じるようになっている。まぁ、まだ「役に立つ」レベルに達してないので、早く成長したいんだけどね……

 

「主将、例の件どうなりました?」

 

「大丈夫。責任は私が取るから!」

 

「(おぉ、カッコいい)」

 

 

 ムツミ先輩が言うと説得力があってよりカッコいい感じに聞こえるなぁ……私が知っている限り、あの説得力を出せるのはムツミ先輩とタカ兄くらいだろうけど。

 

「おいコトミ、股割り手伝ってくれ」

 

「はーい」

 

 

 最近では選手の手伝いも任され始めているので、私はトッキーの背中を押す役に就く。さすがに全体重をかけたりしないけども、内心やってみたいと思ったりもしているんだよね。

 

「いててっ、(いろいろと)裂ける!」

 

「大丈夫、責任は私が取る!」

 

「っ!?」

 

「あれ? 使いどころ間違えた?」

 

 

 何だか微妙な空気が流れ始めたのを感じ、私はトッキーに尋ねる。

 

「人の身体を裂いて責任を取るって、なんだか違うだろ? そもそもお前も私も女だし」

 

「あー、そういう風になっちゃうのか~。なんだったら、私が責任を以てトッキーをタカ兄のお嫁さんに――」

 

「タカトシ君のお嫁さん!? トッキーとタカトシ君はそんな仲なの!?」

 

「……違います」

 

 

 ムツミ先輩が凄い勢いで食いついてきたのを受けて、トッキーが私に冷めた視線を向けてくる。なんだか癖になりそうな感じもするけど、とりあえずムツミ先輩を落ち着かせる方が先か……

 

「別にトッキーはタカ兄と深い仲になりたいわけじゃないですよ」

 

「そっか……なら安心だね」

 

 

 ムツミ先輩が何に安心したのかはあえてツッコまないでおこう。そもそもムツミ先輩自身が理解してないだろうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と集中していた所為か、気が付いたら辺りが真っ暗になっていた。

 

「今日は遅くなっちゃったなー」

 

「夜道って何か出てきそうで怖いねー、モンスターとか」

 

「お前はゲームのやり過ぎだ」

 

 

 コトミは相変わらずゲーム脳なようで、仮定の話でもあり得ないだろう可能性を上げてきた。最近少しはマシになってきたと思ってたんだが、根本的には変わってないようだな……

 

「ピンチの時に王子様が助けに来てくれる展開って、女の子の夢だよね」

 

「そーか?」

 

 

 そもそも主将は助けてもらわなくても大抵の相手には勝てそうなんだけどな……まぁ言わないけど。

 

「おじさま? 主将はおじさん好き?」

 

「違うけど、そのくらいがリアルだな」

 

 

 モンスターや王子様に比べれば、おじさまはまだリアルだろう。だがまぁ、おじさまが倒せるくらいの相手なら、主将が後れを取るはずもないんだが……

 

「ありゃ、門閉じてる」

 

「乗り越えちゃお!!」

 

「誰かに見られたらどうするのさ」

 

「その時は謝ればいいって」

 

 

 中里先輩の忠告を軽く流し、門を乗り越えるべく飛乗った主将が、慌てて門から降りた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「見られた……」

 

「はっ?」

 

 

 主将の言葉に私たちは門の向こう側に誰かいる事に漸く気が付き、目を凝らしてその相手を確認する。

 

「あっ、タカ兄」

 

「何だ、柔道部はまだ残っていたのか?」

 

 

 コトミは兄貴に声をかけたが、反応したのは生徒会長だった。

 

「タカ兄、ムツミ先輩のパンツ見たの?」

 

「人の気配があるのは分かってたから、門を開けようとしたら三葉が乗り越えようとする気配を感じたから、とりあえず視線はそらしてた」

 

「それで私の事見詰めてたんだね~」

 

「いえ、別に見詰めてはいませんが」

 

 

 相変わらず常人とはかけ離れた能力を持ってる人だな……普通気配なんて分からないと思うんだが。

 

「とりあえず今開けるから、柔道部は少し待っていてくれ」

 

「早くしてくださいね~」

 

 

 会長の言葉にコトミが無邪気に応える。柔道部の一員なのかと問われれば微妙だが、マネージャーだから別に良いのかもしれないけど、普通主将が応えるべきなのではと思ったが、主将は兄貴にパンツを見られたかもしれないと未だにあわあわしている。

 

「大丈夫だって、ムツミ先輩。タカ兄にならむしろ見せつけるつもりで挑まないと勝てませんよ?」

 

「お前は何を言ってるんだ!」

 

「えっ? だってタカ兄はアンラッキースケベだから、率先して見せようとしなければ見てもらえないから」

 

「兄貴に怒られた方がいいんじゃないか?」

 

 

 ただでさえあの人に苦労を掛けているだろうに、これ以上酷い事を言うのは可哀想だ。その考えは私だけでなく、柔道部の大半が思っている事なのだが、迷惑を掛けている本人がその事を自覚していないのだ。

 

「待たせたな」

 

「ムツミは後日、門を乗り越えようとした件で生徒会室に来てもらうわね」

 

「ハイ、すみませんでした……」

 

「まぁまぁスズちゃん。私たちにパンツを見られたので、ムツミちゃんの件は不問にしてあげようと」

 

「活発少女の白パンはなかなかそそるものがあるな」

 

「会長、タカトシが物凄い感じで睨んでますが」

 

「……今後同じような事をしないと約束できるなら、出頭はしなくてもいいぞ」

 

「反省してます……」

 

 

 うちの学校、兄貴がいなかったら駄目だったかもしれないな……




友達と二人でまず友達が外に出て、自分がチャリを持ち上げて外に出し、最後に自分が飛び越えた記憶があります


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ツッコミ不足の恐怖

それを感じるのはツッコミ側の人間だけ……


 じゃんけんの結果、今日の見回りは私とタカトシ君のペアとシノちゃん・スズちゃんペアになり、私は少し浮かれ気分で見回りをしていた。

 

「何かいいことでもあったんですか?」

 

「うん。こうしてタカトシ君と一緒に見回りが出来た」

 

「はぁ……」

 

 

 それの何処がいい事なんだと言いたげなタカトシ君の態度だけども、恋する乙女にとって好きな人と二人きりでいられるのは、何物にも代えがたいものだと言えるんだけどなぁ……

 

「一緒に見回りが出来るだけで嬉しいのなら、いくらでも付き合いますが」

 

「っ! もう! そんな事言って、本気にしちゃったらどうするつもりなの?」

 

「どうする、とは?」

 

「シノちゃんやスズちゃんが嫉妬に駆られて鞄からナイフを――」

 

「最近はそういう類いの小説がブームなんですか?」

 

「出島さんから勧められて、ちょっとヤンデレを研究中なんだ~」

 

「よく分かりませんが、物騒な事だけはしないでくださいね? 対処が面倒なので」

 

 

 確かにタカトシ君なら、ナイフ程度じゃ大人しくならないだろうけど、それで済ませられるって凄いな……

 

「ん? 会長とカエデ先輩が一緒にいるのは珍しい気もしますね」

 

「ほんとだ~。あれ? スズちゃんがいない」

 

 

 確かシノちゃんはスズちゃんと一緒に見回りをしていたはずなのに、スズちゃんは何処に行っちゃったんだろうな……

 

「それじゃあ明日」

 

「えぇ、楽しみにしてます」

 

「どこかに出かけるんですか?」

 

「おぅ、タカトシか。最近銭湯にはまっていてな。五十嵐も一緒にどうだと誘ったところだ」

 

「銭湯か~。それって私も行って良いの?」

 

「あぁ、もちろんだ!」

 

「ところで、スズは何処に行ったんですか?」

 

「萩村なら、轟に連れていかれたぞ」

 

 

 シノちゃんに言われ、タカトシ君はスズちゃんの気配がロボ研にあるかを確認したようで、小さく頷いて視線をシノちゃんに戻した。

 

「さすがに俺は付き合いませんが、くれぐれも暴走しないでくださいね」

 

「……お前は私たちを何歳だと思ってるんだ」

 

「年相応に思われたいのなら、日ごろの言動を気を付けてください」

 

 

 若干呆れ気味に言われ、シノちゃんは気まずげに視線を逸らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草会長に誘われて銭湯に来たけども、冷静に考えたら今日ってタカトシ君がいないのよね……ツッコミの手が足りないなんてことにならなければ良いけど……

 

「これで全員だな」

 

「シノちゃん、私、カエデちゃん、スズちゃん、轟さんの五人だね!」

 

「今日はお誘いいただきありがとうございます」

 

「たまには違うやつとも交流を深めないとな」

 

「五十嵐先輩、私はネネ一人で精一杯ですからね」

 

「わ、私だって二人相手は無理ですから」

 

 

 どうやら萩村さんもタカトシ君がいない事に不安を覚えているようだ……しかしよくよく考えたら私たちって、随分とタカトシ君に頼りっきりだったんだ……

 

「ではまず身体を洗う事にしよう」

 

「そうですね」

 

「でも何でバスタオルって太ってるように見えるんだろうね」

 

「………」

 

 

 何度か見た事あるとはいえ、相変わらず七条さんのボディラインは凄いわね……私だけじゃなく、天草さんや萩村さんも言葉を失ってしまってるし……

 

「さすが七条先輩ですね~。校内男子のおかずランキング上位なだけあります」

 

「ありがと~。でも、そんなランキング聞いたこと無いよ?」

 

「畑先輩が裏で企画してたんですけど、津田君に見つかって潰された企画ですからね」

 

「そうなんだ~」

 

 

 さすがタカトシ君……発行前に潰せるのは彼しかいないわね……私だったら企画を聞かされた時点で気絶してたかもしれないし……

 

「ちなみに、五十嵐先輩もランクインしてましたよ」

 

「わ、私もっ!?」

 

 

 知りたくなかったことを聞かされ、私はその場で軽く意識を失ってしまったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部の練習も午前中で終わり、午後はゆっくり休もうと思ってたんだけど、生憎今日は家にタカ兄とお義姉ちゃんが揃っているのだ。私がのんびりできるわけがなかった……

 

「――というわけだけど、ちゃんと聞いてた?」

 

「ほへぇ……少し休憩しましょうよ~」

 

「まだ二時間しかやってないよ?」

 

「私の勉強に対する集中力は一時間もてばいい方なんですよ」

 

 

 最近は一応我慢してるけども、前は授業中に寝ることだってあったのだ。二時間も勉強してたことに私が驚くくらいだ。

 

「仕方ないね。タカ君が作ってくれたクッキーがあるから、お茶にしようか」

 

「タカ兄がクッキー……ですか? 何だか珍しいですね」

 

「どうせすぐ音を上げるだろうから、お菓子で釣れば少しはやる気になるだろうって言ってたよ」

 

「なんだか見透かされてる気が……」

 

 

 私からしてみれば二時間頑張ったんだけど、タカ兄たちから見れば二時間程度じゃ頑張った内に入らないのだろう。

 

「まぁコトちゃんも始めたころと比べればだいぶマシになってきてるから、もう少し頑張れば平均には届くと思うよ」

 

「これだけ頑張って漸く平均……タカ兄やお義姉ちゃんたちがいかに凄いか改めて思い知らされたよ」

 

「コトちゃんだってやれば出来ると思うけどね」

 

「それは買いかぶり過ぎですよ~」

 

 

 昔の私なら、ここで「皮被り過ぎ」ってボケたかもしれないけど、少しは成長してるってところを見せておかないとね。




コトミ、緩やかに成長中


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写真の真相

多少ゾッとするのは仕方ない


 生徒会室で作業をしていたら、突然ノック音が聞こえた。

 

「はて、今日は会議の予定はなかったはずだが……」

 

 

 本来生徒会室は関係者以外立ち入り禁止なのだが、ここ最近は用が無くても遊びに来るヤツもいるから、今回もそんな感じだろうと思いながら扉を開くと、コトミが立っていた。

 

「コトミ、何か用か?」

 

「タカ兄にちょっとお願いがありまして……」

 

「タカトシに?」

 

 

 コトミがやってきたという事を気配で分かっていたのか、タカトシはこちらに一切興味を向けていない。この対応を見る限り、コトミの「お願い」というのはろくでもない事なのだろうな……

 

「とりあえずタカ兄、これ差し入れ。皆さんにもどうぞ」

 

「ちょうど休憩にしようと思っていたところだ。よく分かったな」

 

「ふっ、私には人の心を読む力があるので」

 

「会長たちを懐柔してお願いを聞かせるよう援護射撃を狙っただけだろ」

 

「ぎくっ!?」

 

 

 タカトシの心の裡を見透かしたようなツッコミに、コトミは声に出して驚いた。まぁ、人の心を読むのはコトミではなくタカトシだしな……

 

「それで、何の用だ」

 

「明日トッキーとマキと遊ぶので、お小遣いの前借をお願い出来ないでしょうか」

 

「少しは無駄遣いを控えろといっただろうが」

 

「はい、ゴメンなさい……」

 

「そもそも、先月も先々月も前借をしてたはずだが」

 

「その通りです……」

 

 

 タカトシが説教モードに入ったので、私はコトミの隣から自分の席に戻る。あの場所にいると私まで怒られてるような気になるんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回りをしていると、畑さんが私たちを見つけて慌てて写真を隠した。

 

「何を隠したんですか?」

 

「いえ、皆さんには関係ないものです」

 

「そんな事言って、またろくでもない事を考えてるんじゃないんですか?」

 

 

 普段はタカトシにまかせっきりなので、今日くらいは私が畑さんを問い詰めようと決意して話しかけたので、私も必要以上にぐいぐい畑さんに詰め寄る。後ろでタカトシが呆れてるような気もするけど、少しくらいはタカトシの負担を減らしたいし……

 

「またデータを消されたくないからって、テキトーな事言って誤魔化そうとしてるんじゃないですか?」

 

「そんな事はありませんが、貴女の事を思って見せないようにしてるんです」

 

「私の為? まさか私の着替えシーンでも盗撮したんですか!?」

 

「いえ、貴女の心霊写真だけど」

 

 

 待ってましたと言わんばかりのタイミングで、畑さんが隠した写真を私に見せてきた。限界まで詰め寄っていたので、私は取り出された写真をしっかりと見てしまった……

 

「そ、そういう事は早くいってくださいよ」

 

「おっ、これって資料室の掃除をしてる時の写真か」

 

「えぇ」

 

「加工したんじゃないの~?」

 

「してませんよ」

 

 

 か、加工してないって事は本物の心霊写真という事?

 

「(も、もうあの部屋には入れないわね……)あれ? 携帯が無い……」

 

「掃除の時壊したら大変だからって言って、棚の上に置いてなかった?」

 

「じゃあ資料室だな」

 

「うわぁ!?」

 

 

 早速資料室に用事が出来てしまった……

 

「それじゃあさっそく行くぞ! 心霊写真が本物かどうか突き止めてやる!」

 

「何でそんなにノリノリなんですか……私は出来る事なら行きたくないんですけど」

 

「スズちゃんは怖いの~?」

 

「行ってやろうじゃないの!」

 

「………」

 

 

 七条先輩の分かりやすい挑発に乗った私を、タカトシが微妙な顔で見つめている……何を言いたいのかは私にも分かるけど、そんな目で見ないで……

 

「とりあえず中を確認しよう」

 

 

 資料室に到着して、私と会長とで資料室の中を確認するために、ゆっくりと扉を開け中を覗く。

 

「うわぁっ!? いる!?」

 

「……ん? この顔、どことなく横島先生に似てないか?」

 

「本当だ~」

 

 

 窓に写っている顔が横島先生のものだという事はつまり……

 

「生霊っ!?」

 

「落ち着け」

 

 

 さすがに取り乱し過ぎたのか、タカトシが冷静にツッコミを入れてくれた。

 

「とりあえず横島先生に聞きに行くか!」

 

「そうですね。このままでは記事に出来ませんので」

 

 

 ノリノリで職員室に向かう会長と畑さんの後ろで、私は生霊ではありませんようにと心の中で祈っていた。

 

「……確かに私の顔だな」

 

「な、何でそんなところに先生の顔があるんですか?」

 

 

 真相を知りたくないと願う一方で、ここで聞かないと今日寝られなくなるんじゃないかという不安から、私は勇気を出して横島先生に尋ねる。

 

「外から掃除の様子を見てたら、ガラス豚鼻プレイをしたくなって、ファンデーションがついちゃったんだな」

 

「なーんだ」

 

「それじゃあこれは心霊写真じゃなくて、ちょっとしたホラー写真として掲載します。少し手を加えて、ゾっと出来るような写真に」

 

「捏造は駄目だと言っているじゃないか」

 

「じゃあ、廊下をビクビクしながら歩いてる萩村さんの写真を、トイレを我慢してるシーンとして掲載するのは?」

 

「うーん……駄目だな」

 

「即答しろぅ!」

 

 

 終始呆れ気味なタカトシが印象的だったけども、とりあえず無事に携帯を回収出来、心霊写真の謎も解決出来たので、今日はぐっすり眠れそうね。




やっぱり駄目教師だな……


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ため口ツッコミ

自分も偶にため口になる……


 最近暑くなってきたとはいえ、生徒会メンバーとのスキンシップは大事にしたい。私は校門で見つけたサクラっちにハグをする。

 

「サクラっち、おはよー」

 

「おはようございます……会長、スキンシップが過激ではないでしょうか?」

 

「そうかな? 私としては、これでも我慢してる方なんだけど」

 

 

 ハグだけで済ませているので、私としてはこれでもおとなしめなスキンシップなのだ。本当なら頬ずりしたりほっぺにチューくらいはしたいのだけど。

 

「会長がスキンシップを大事にしてるのは知っていますが、これが校内で流行り出したら大変ですので、もう少し自重していただきたいです」

 

「わかった。じゃあこの距離をキープする形にすればいい?」

 

 

 そう言って私は、自分の胸とサクラっちの胸がギリギリ当たる距離に移動する。これなら過激なスキンシップにはならないだろう。

 

「別の問題が発生しそうなので、暫くはスキンシップを我慢していただく方向でお願いします」

 

「そんな……サクラっちも反抗期なの!?」

 

「違います! ……も?」

 

「今朝珍しくゆっくりしていたタカ君にもスキンシップをしようと思ったんだけど、あの冷静な目で見られたら出来なかった……前は引きつりながらも受け入れてくれてたのに」

 

 

 まぁ、タカ君が忙しそうにしていたところにスキンシップをしようとしたから、怒られそうになったんだけど、それでも義弟とのスキンシップは大事だもの。

 

「とにかく生徒会室に行きましょう。昨日残った作業があるんですから」

 

「そうだね」

 

 

 サクラっちと二人で生徒会室に行くと、青葉っちが既に作業を始めていた。

 

「それにしても今日は暑いですね……」

 

「だからって青葉っち、少しだらしないよ?」

 

「それに比べて会長はしっかりと背筋を伸ばしてますね。下はだらしないですが」

 

「だって、今日は暑いから」

 

 

 バケツに水を張って足を入れて涼んでいる。エアコンを使うまでではないので、これでしのいでいるのだ。

 

「まぁ、会長のそういった大胆なところは見習いたいですけどね」

 

「えっ?」

 

 

 サクラっちの言葉に、私は恥ずかしながらもバケツの水をコップに移して差し出す。

 

「はっはっは、清潔な会長の足の爪に垢なんてあるはずないですよ。ていうかやめろ」

 

「サクラっちのツッコミ、最近タカ君みたいだね」

 

 

 タカ君も所々ため口になることがある。前のサクラっちはそんな事なかったと思うんだけど、だいぶタカ君に影響されてるんだね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今朝は急ぐ必要が無かったので、ゆっくりと家事を済ませてから学校に向かおうとしたところで、コトミから電話が掛かってきた。

 

「何だ? 忘れ物でもしたのか?」

 

『バレてるっ!? って、タカ兄ならそれくらい当たり前か』

 

 

 電話口で納得したような雰囲気が漂ってきたが、とりあえずこいつの相手をまともにしてたら疲れるからな。

 

「それで、何を忘れたんだ?」

 

『パンツ! 悪いんだけど持ってきてくれないかな?』

 

「……確か水泳の授業があったんだっけか」

 

 

 下に直接水着を着ていったから、替えの下着を忘れたというわけか……

 

「というか、異性の家族に下着を持ってきてもらうって、恥ずかしくないのか?」

 

『だって、タカ兄は毎日私のパンツを触ってるでしょ?』

 

「人聞きの悪い事を言うな。洗濯してるだけだ」

 

『じゃあお願いね。朝練が終わったら取りに行くから、生徒会室で待ってて』

 

 

 本当は持っていく義理など無いのだが、妹がパンツを穿かずに授業に出るなんて状況を避ける為に、俺はコトミの部屋から下着を一枚持って鞄に入れる。

 

「(こんなの見つかったら問題だな……)」

 

 

 人に鞄を預ける事など無いから別に良いんだが、何となく嫌な予感がするのは何故だろう……

 

「おはようございます」

 

「よし! 今から持ち物検査をするぞ!」

 

「………」

 

 

 さっきからしてた嫌な予感の正体はこれか。

 

「何故いきなり持ち検を?」

 

「抜き打ちでこそ意味があると思ってな!」

 

「はぁ……」

 

 

 事情を話せばわかってくれるだろうから、必要以上に慌てる事も無いか……

 

「むっ? アリア、これは何だ?」

 

「あっ、今朝出島さんから貰ったお○玉ブラジャー。タカトシ君に是非って言ってたから」

 

「あの人は一度説教した方がいいですね」

 

「そうだな……萩村、この本は何だ?」

 

「先日友人から勧められたのですが、私にはよく分からないものでした」

 

「まぁ、萩村はラノベは読まないだろうしな」

 

「それ以前に、何故女子同士であんなに密着した描写があったんでしょうか」

 

 

 ……そっち方面の本があるとは聞いていたが、まさか身近に読んでいる人がいたとは。

 

「タカトシっ! 何で女子のパンツを持ち歩いてるんだ! 誰と合体してきたんだ!」

 

「変な発想をするな! コトミが下に水着を着てパンツ忘れたから持ってきてくれってさっき電話があったんですよ」

 

「なるほど……つまりタカトシの貞操はまだ守られているわけだな」

 

「最近大人しかったからか、シノ会長の発言に対するいら立ちが半端ないのですが」

 

「タカ兄、持ってきてくれた―?」

 

「コトミ! 年頃の乙女が兄にパンツを持ってこさせるとは何事だ!」

 

 

 タイミングよく現れたコトミに説教する事で逃げたな……まぁ、あの人が変な事を言うのは今に始まった事じゃないしな……




ツッコミにまで敬意を求められてもな……


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コトミの成績表

高校でオール2って……


 一学期も今日が最終日。成績表が返され、私は普段通りの成績を見てとりあえず胸を撫で下ろす。

 

「うわっ! 相変わらずマキの成績は凄いね」

 

「コトミ、勝手に覗きこまないでよ」

 

 

 背後から近づいて来ていたコトミに成績を覗き込まれたので、私は慌てて成績表を胸に押し付ける。

 

「公衆の面前でオ○ニー?」

 

「見られないように隠しただけだ! というか、アンタそのネタまだ言ってたんだ」

 

「さすがにタカ兄の前では言わないけどね」

 

 

 津田先輩に散々怒られた結果、コトミのエロボケはだいぶ減ってきているけど、津田先輩がいないところでは偶に言ってるのよね……

 

「それで、コトミの成績はどうなの? 津田先輩や魚見さんたちが苦労した結果は出たの?」

 

「まぁ、だいぶ2は減ったかな……」

 

「それでもまだあるんだ……」

 

「オール2からは進歩したんだから、タカ兄も納得してくれると思うよ」

 

「あれだけ勉強を教わってるのに、何で2があるのよ……」

 

「点数は兎も角、授業中に寝ちゃったり、宿題を提出し忘れたりしてるからかな」

 

「忘れ物は減らしなさいよ……さすがにそこまで津田先輩に面倒を見てもらうのは恥ずかしいでしょ?」

 

 

 高校生にもなって忘れ物が無いかチェックされるなんて普通なら恥ずかしい。少なくとも私はそんな事されたくない。

 

「あっトッキー、成績どうだった」

 

「逃げるな」

 

 

 どうやら恥ずかしいと思っていなかったようで、コトミは露骨に話題を逸らそうとトッキーのところに逃げた。私もそれを追いかける。

 

「まぁ普通だよ」

 

「トッキーとなら、いい勝負が出来る気がする」

 

「別に勝負なんてしねぇよ。そもそも、お前は兄貴に面倒見てもらって点数も上がってるんだから、私より成績良いんじゃねぇの?」

 

「トッキーだってタカ兄に面倒見てもらって、だいぶ点数上がってるでしょ? だからいい勝負だと思うよ」

 

 

 そう言ってコトミはトッキーに成績表を手渡し、トッキーも渋々コトミに成績表を手渡す。

 

「えっ……トッキーがオール3以上だと……」

 

「何でお前は2があるんだよ」

 

 

 漏れ聞こえた限りでは、どうやらトッキーが勝ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 終業式だからといって、生徒会業務が無いわけではない。むしろ顧問の横島先生が忘れていた仕事が発覚した所為で、何時も以上に忙しいと言える。

 

「いやー、終業式の日に悪かったな」

 

「前々から言っていますが、仕事はしっかりと把握しておいてください。期限ぎりぎりに思い出すの、これが初めてではないですよね?」

 

「面目ない……」

 

 

 この人が生徒会顧問で大丈夫なのだろうかと、何度思った事か……まぁ、タカトシがしっかりしているから、何かあってもどうにかなっているから大きな問題に発展していないが。

 

「お詫びと言っては何だが、これをプレゼントしよう」

 

「へ?」

 

 

 そう言って横島先生は、タカトシのズボンのポケットに手を突っ込もうとした。

 

「何をするつもりなんですかね?」

 

「萩村、このロープで縛ろう」

 

「ご、誤解だ! プレゼントはポケットに忍ばせるものだろ?」

 

「忍んでなかったでしょうが! それで、なんですかそれは?」

 

 

 横島先生が持っていたのは、何かのチケットのようだ。

 

「こ、これは……トリプルブッキングのライブチケット!?」

 

「知人から貰ってね」

 

「トリプルブッキングって確か、以前古谷さんが文化祭に呼んでた人たちですよね」

 

「それだ!」

 

「っ!? か、会長……いきなり大声を出さないでくださいよ」

 

 

 私の声に萩村が驚いたようで、私に非難めいた声で抗議してくるが、今はそれどころではない!

 

「うちの文化祭にも、トリプルブッキングを呼ぼうじゃないか!」

 

「来てくれますかね? 彼女たちも忙しいと思いますが」

 

「握手会の時に直接参加依頼を渡せばいいだろ」

 

「学園を通した方がいいと思いますよ? それに、直接渡したところで読んでくれますかね?」

 

「大丈夫だ! 読みたくなるように一工夫したから」

 

 

 取り出した手紙には、『絶対に中を見ないで!!』と一筆添えてある。これなら好奇心から読みたくなるに違いない。

 

「そんなことして、本当に中を見なかったらどうするのさ?」

 

「……その可能性は考えてなかった! くそぅ! 作戦の練り直しだ」

 

「シノちゃん、さっきから大声出してどうしたの? 廊下まで聞こえてたけど」

 

「おぉ。他用で外に出ていたアリアか」

 

「なんだか説明クサくない?」

 

「気にするな」

 

 

 生徒会室に戻ってきたアリアにも事情を話し、私はいい案が無いか相談する。

 

「この一文は書かずに、直接手渡してお願いすれば良いんじゃないかな? それかスズちゃんが言ったように、学園を通してオファーをした方がいいと思うけど」

 

「だが、それだと面白くないだろ?」

 

「別に面白さは必要無いと思うけどな。タカトシ君はどう思う?」

 

「そうですね……アリア先輩が仰るように、学園を通じてオファーした方がいいとは思いますが、それではシノ会長は納得しないでしょうから、直接オファーすればいいのではないでしょうか? もちろん、余計な事はせずに、普通にオファーするのが前提条件ですがね」

 

「では、握手会の時にオファーしようじゃないか!」

 

 

 こうして、我々四人はトリプルブッキングのライブと握手会に行くことになった。オファー、引き受けてくれるといいな。




そもそも3すらなかったな……オール4以上だった


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ライブの興奮

おかしな方向に話は進む……


 夏休みに入り、漸くだらだら出来ると思っていたら、今日はタカ兄もお義姉ちゃんも家にいないので、私が家事をしなければいけなくなってしまったのだ。

 

「まったく、こういう事は私には不向きだってわかってるでしょうに……」

 

 

 さすがに料理はタカ兄が作り置きしておいてくれたので、私がしなければいけないのは洗濯と掃除、後は食べ終わった後の片付けくらいなのだけど、もともと得意ではないから柔道部のマネージャーとして経験値を稼いでいるのだ。家で披露するほど上達もしていないし……

 

「まぁ、とりあえず朝ごはんを食べて、洗濯と掃除をしてしまおう」

 

 

 ちなみに、時刻は十時を過ぎている。朝ごはんと言うには少し遅い時間だし、普段なら遅刻確定の時間。夏休みに入ったばかりだというのに、早くも堕落してきているのだろうな……

 

「柔道部の練習が午後からでよかったよ……もし朝からだったら遅刻だし」

 

 

 とりあえずタカ兄が作ってくれていた朝ごはんをかっ込み、洗濯機を回して掃除を始める。とはいってもタカ兄とお義姉ちゃんが毎日掃除しているので、さほど汚れていないのだが。

 

「何で私にはあの手際の良さが無いのだろう……」

 

 

 タカ兄もお義姉ちゃんも、何の苦労もなくぱっぱと終わらせているのだが、私にはそれは出来そうにない。とりあえずは怒られない程度にちゃんとやっておこう……

 

「ん? そういえば、タカ兄は何処に行くって言ってたっけ?」

 

 

 横島先生からご褒美をもらったとか言ってた気がするけど、疲れてたから話半分でしか聞いてなかったんだよね……後でお義姉ちゃんに聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日に限って義姉さんも予定が入っているとかで、家にコトミ一人を残してきたが、やっぱり俺は断れば良かったかもしれない。

 

「タカトシ、何か心配事?」

 

「まぁ、家にコトミ一人を残してきたが、大丈夫なんだろうかと」

 

「魚見さんは?」

 

「朝からバイトで行けても夕方からだと」

 

「ご両親は?」

 

「相変わらず」

 

「……まぁ、コトミちゃんも高校生だし、何とかなるんじゃない?」

 

「スズ、せめてこっちを見て言ってくれ……」

 

 

 視線を明後日の方に向けて言われても、気休めにもなりやしないんだが……

 

「みんなにこれを渡しておこう!」

 

「サイリュウム、ですか?」

 

「ライブには必須だろ?」

 

「シノちゃん、楽しみ過ぎて昨日寝られなかったでしょ? 目の下に隈が出来てるよ?」

 

「そ、それはいま関係ないだろ!?」

 

 

 あぁ、そういえばシノさんはイベントの前日は寝られない事が多いんだっけ……

 

「と、ところで萩村」

 

「何ですか?」

 

「最前列付近とはいえ、ちゃんと観れるのか?」

 

「………」

 

 

 何かを考えこむスズを覗き込むシノさん。何となく嫌な予感がするのは気のせいではないだろうな……

 

「見えなかったら、タカトシを踏み台にしてでも――」

 

「せめて肩車で勘弁してくれ……」

 

 

 あまり興味はないとはいえ、せっかくライブに来たのに踏み台で終わるのは何となくもったいないし、そもそも踏み台になんてならないんだが……

 

「まぁ、タカトシがそれで疲れないっていうなら、肩車でいいわよ」

 

「てか、何で踏み台か肩車の二択なんだよ……」

 

「待て! 肩車だと後ろのお客さんに迷惑が掛かるかもしれない。だから、おんぶにしておけ」

 

「……余計に子供っぽく見えないですか?」

 

「背に腹は代えられないだろ? それとも萩村は、トリプルブッキングの三人が見えなくても良いのか?」

 

「グッ……分かりました。おんぶでお願いします」

 

 

 何故かシノさんに頭を下げたスズだが、おんぶするのは俺なんだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ライブは熱狂を極めて終了し、私も大満足だ。ライブ前に感じていた萩村への嫉妬も、今ではだいぶ収まってきている。

 

「あー、楽しかったな」

 

「そうだね~。あまりの熱気に、昔の癖が蘇りそうになったよ」

 

「癖、ですか?」

 

「うん。ちょっと上着を脱ぎたくなったんだ~」

 

「まぁ一枚くらいなら――」

 

「ううん、全部」

 

「アンタはここで説教されたいんですか?」

 

 

 ライブ中ずっと萩村をおんぶしていた所為か、タカトシはだいぶ汗をかいている。疲れてはいないのだろうが、ここでアリアに説教を始めたら疲れ切ってしまうかもしれないな。

 

「まぁまぁタカトシ、心の中だけで踏みとどまっているんだから、説教はしなくてもいいんじゃないか?」

 

「……そうですね。一応大企業の一人娘として、それなりに顔を知られているアリアさんを公開説教なんてしたら、七条グループに影響ありそうですし」

 

「もし影響が出ても、タカトシ君が婿養子としてグループに入って、それ以上の利益を出してくれれば大丈夫だよ」

 

「……説教一つで人生決められたくないんですが。そもそも、怒った側が損害を被るっていったい……」

 

「損害は酷くないかな~? それとも、私ってそんなに魅力ない?」

 

「アリア! 公衆の面前で誘惑するなどはしたないぞ!」

 

「そうですよ! そもそも七条先輩はもっとしっかりしてください!」

 

「あの、目立ってるんでそろそろ移動しませんか?」

 

 

 私たちのやり取りで注目を集めてしまっていたようで、タカトシに促されて漸く私たちは移動する事にしたのだった。




説教しただけで人生決められるのはな……


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思いがけない遭遇

ちゃんと確認しろよ……


 トリプルブッキングのライブを観た私たちは、ホテルで一泊して帰る事にしているので、ライブ会場からホテルへ移動した。

 

「あっ!」

 

「どうかしたんですか?」

 

「出演依頼の手紙を渡し忘れた……」

 

 

 今回ライブに来た目的は、ただ単にライブを観に来ただけではなく、トリプルブッキングに文化祭に参加してもらうよう手紙を渡す目的もあったのに、ライブの興奮で渡すの忘れるなんて……

 

「どうしよう。もう会える機会なんてないよなぁ……」

 

「まぁ、最悪学園を通じて依頼をすれば良いじゃないですか」

 

「だがそれだと、最初からそうすればよかったって感じになるだろ」

 

 

 萩村の慰めも虚しく感じ、私はがっくりと肩を落としながら部屋へと向かう。千載一遇のチャンスを不意にしてしまったんだから、仕方ないよな……

 

「おかしーなぁ」

 

「どーすんのさ」

 

「え?」

 

 

 部屋に向かってる途中で、つい最近聞いたばかりの声がした気がして顔を上げると、そこにはトリプルブッキングの三人が立っていた。

 

「どうかしたんですか?」

 

「えっと……鍵を部屋に忘れたまま外に出ちゃって……マネージャーに電話したら、暫く戻ってこれないって」

 

「なら、我々の部屋にどうぞ!」

 

 

 せっかく巡ってきたチャンスを不意にしないよう、私は三人を部屋に招き入れた。

 

「すみません、お世話になります」

 

「この子が鍵を部屋に忘れてね」

 

「マネージャーが帰ってくるまで、お世話になります」

 

 

 シホさん、カルナさん、ユーリさんがタカトシにお礼を言う。まぁ、この面子を見てタカトシがトップだと思っても仕方ないだろう。

 

「てゆーか、フロントに言えば合鍵があるのでは?」

 

 

 ここで萩村が尤もな意見を出す。確かにフロントに行けば合鍵くらいあるだろうし、部屋に入る事は出来るだろう。

 

「そんなことしたらネットに『シホ、またホテルの部屋から閉め出される』って書かれるじゃん!!」

 

「また?」

 

 

 シホさんの言葉にタカトシが引っ掛かりを覚えた。そういえばこいつは芸能面は弱かったんだったな……よくネットニュースで見かけるのだが、タカトシは知らなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だか見た目が似てる三人だけど、関係性は随分と違うよね……私に似ているカルナさんだけど、雰囲気とかはだいぶ違うし……

 

「ジュースどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 私もこれだけ綺麗だったら、タカトシ君を独占で来てたのかな……

 

「ただジュースを飲んでいるだけなのに、やっぱり絵になりますね」

 

「そうですか? ありがとうございます。ところで貴方たちの関係って?」

 

「高校の生徒会メンバーです。顧問の先生からライブのチケットをいただきまして」

 

「そうだったんですね。貴方が会長ですか?」

 

「いえ、会長は彼女です。ちなみに、自分とこっちの彼女は一学年下です」

 

 

 タカトシ君がスズちゃんに視線を向けながら説明をすると、カルナさんは驚いた表情を見せる。たぶんタカトシ君が年上じゃない事と、スズちゃんと同い年である事に驚いたんだろうな……

 

「ところで、さっきからユーリが静かじゃない?」

 

「ライブで疲れちゃったんじゃないですか?」

 

「じゃあベッドに」

 

 

 この部屋は私とシノちゃんが使う部屋なので、どっちのベッドで寝ても問題は無い。だけど見ず知らずの人の前で寝られるのかな?

 

「あ、あのぅ……私の手、握っててくれませんか?」

 

「はい?」

 

 

 まさか、会ったばかりのタカトシ君に惚れたんじゃ……

 

「私、寝相が悪いので。落ちないように」

 

「それじゃあスズちゃんでも良いんじゃない?」

 

「まぁそうかもしれませんが、もう握って寝ちゃいましたので、このまま俺が」

 

 

 タカトシ君の手を握ってすぐ、ユーリちゃんは寝息を立てた。余程疲れてたのか、タカトシ君の手に安心感を覚えたのかは分からないけど、やっぱりぐっすりと寝られた方が疲れも取れるしね。

 

「よし! せっかくのご縁ですから、一緒に写真を撮りましょう! ユーリも一緒に」

 

「肖像権的にマズいのでは?」

 

「別に大丈夫ですよ。よくエロコラされてるし」

 

「アンタら心広いな!」

 

「スズ、起きちゃうから静かに」

 

「あっ、ゴメン……」

 

 

 何だかもうすでにユーリちゃんのお兄さんみたいな感じになってるタカトシ君……相変わらずの兄力って、コトミちゃんなら言うのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だかシホさんがそわそわしているようだが、何かあるのだろうか?

 

「なにトイレ我慢してるの?」

 

「ちょっ! アイドルはトイレに行かないっていう青少年の夢を壊しちゃダメ!」

 

「いえ、アイドルも人間ですし、普通にトイレに行くと思ってたので」

 

「そっか。じゃあ遠慮なく」

 

 

 一体絶対誰がそんな事を思ってるのか分からないが、どうやらシホさんは俺の事を気にしてくれていたらしい。まぁ、考え過ぎなだけだったが……

 

「あっ、マネージャーから電話だ」

 

「漸く戻ってきたんだね」

 

 

 昼寝から目覚めたユーリさんがカルナさんに話しかける。しかし、寝てる間ずっと手を握られるとは思ってなかったな……

 

「すっかりお世話になっちゃったし、何かお礼をしたいんだけど」

 

「だったらウチの文化祭にゲスト出演してもらえませんか!?」

 

 

 シノさんが本来の目的を思い出したのか、絶妙なタイミングで出演依頼をする。

 

「文化祭?」

 

「他の学校からもオファー来てなかったっけ?」

 

「確か――英稜高校」

 

「え?」

 

 

 また面倒な事になりそうな予感がする……




絶対に面倒事になるだろ……


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ビーチ勝負

相変わらず場所が凄い


 トリプルブッキングに文化祭にゲスト出演してもらおうと思っていたのだが、英稜高校からもオファーを受けていたという事で、我々桜才学園と英稜高校、どっちの文化祭にゲスト出演してもらうかを懸けて勝負を行う事になった。

 

「――というわけで、場所は七条家が所有しているプライベートビーチだ!」

 

「相変わらずのスケール……この点では我々の負けですね」

 

「なんだ、もう負けを認めるのか?」

 

「そもそも我々は三人、そちらは四人じゃないですか! 人数的にも不利なんです」

 

「うちには萩村がいる。つまり、三人半ということだ」

 

「それ、どういう事ですかね?」

 

 

 勢いで言ってしまって後悔した。だって、タカトシ並みのオーラをまき散らした萩村が私に詰め寄ってきたんだから……

 

「俺は見学でも構いませんよ? 体力勝負がだいたいでしょうから、男の俺が参加したら不公平でしょうし」

 

「なんなら、タカ君はこっちにも参加してくれてもいいよ?」

 

「タカトシを誘惑するな!」

 

 

 我々は今水着なのだ。布一枚で密着すれば、いくらタカトシだって意識しないはずもないだろうし……

 

「義姉さん、俺は桜才学園の人間ですから、英稜チームに参加する事は出来ませんよ」

 

「残念……まぁ、タカ君が見学してくれるのなら、私たちもいつも以上の力を発揮出来るかもしれませんし、今日はそれで手を打ちましょう」

 

「あ、あれ?」

 

 

 相変わらずタカトシは無反応……まぁ、こいつがこれくらいの誘惑で籠絡されるとは思ってなかったが、美人な義姉に水着で抱き着かれても微動だにしないとは、一筋縄ではいかな過ぎるだろ……

 

「と、とりあえず最初の勝負はビーチバレーだ!」

 

「ペアはどうするんですか?」

 

「タカトシが出られない以上、私とアリアのペアだ!」

 

「……文句を言いたいですが、私では戦力になりませんしね」

 

 

 萩村が何か言いたげに私を睨んでいるが、だって萩村じゃネットに届かない可能性が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビーチバレーはギリギリ私たち英稜が勝ったので、会長はご機嫌の様子。でも、チームが違うのにタカトシ君の隣に座るのはどうなんだろう……

 

「次の勝負はビーチフラッグだ! これなら萩村でも活躍出来るぞ」

 

「その言い方は引っ掛かるな?」

 

「べ、別に深い意味はないぞ? お前は脚力があるから、砂場でも問題なく走れるだろ?」

 

「まぁ、そう言ってもらえるのなら頑張りますが」

 

 

 桜才学園側から聞こえてくる会話に、私は顔を引きつらせる。相変わらず萩村さんも難儀な事をしてるんだなと思う一方で、タカトシ君はあのメンバーの中でも普通に活躍出来るんだなという思いが押し寄せてきたからだ。

 

「それじゃあ、こっちはサクラっちに任せるから」

 

「えっ? 私ですか」

 

「スズポンに負けたら恥ずかしいよ?」

 

「変なプレッシャーかけないでください!」

 

 

 私はそれ程運動が得意なわけじゃないんですが……そりゃ並み程度は出来ますけど、ここにいるメンバーで並み程度で何とかなるのは、同じチームの青葉さんくらいだし……

 

「審判はタカトシに任せる。公平な判断が出来るだろ?」

 

「別に贔屓するような人がいるとは思えませんが……」

 

 

 何となく視線を逸らした人が数人見受けられたけども、タカトシ君はそれには気づかないふりをして進行する事にしたらしい。

 

「位置について」

 

 

 一瞬だけ萩村さんがこっちを睨んできたような気もしたけど、勝負前の行動だという事にしておこう……その方が何となく精神的に楽だから。

 

「よーい、どん」

 

 

 タカトシ君の合図で私と萩村さんは一斉にフラッグ目掛けて走り出す。やっぱり萩村さんの脚力には敵わなそうだな……

 

「あっ!?」

 

 

 萩村さんのテールが私のビキニの紐に引っ掛かり、私は何とかそれを外そうとしたが、萩村さんがフラッグに飛び込んだ所為で、その紐が引っ張られてしまった。

 

「取った!」

 

 

 萩村さんが勝ち誇った声で私にそう宣言するが、私はフラッグを取られた事よりも気になることがあるのでその声に反応出来なかった。

 

「び、ビキニの紐が……」

 

「何やってるんだよ……」

 

 

 胸が見えないように腕で抑えていたら、タカトシ君が背後に周って紐を結び直してくれた。

 

「この勝負、我々桜才学園の勝ちだな!」

 

「だけど、サクラっちの一人勝ちな気がするのは何故でしょう?」

 

「ビーチフラッグでビーチフラグを建てるなんて、やっぱりサクラちゃんが強いのかな」

 

「あの、何の話をしてるんですか?」

 

「次は遠泳勝負だ! アリア、任せた!」

 

「ではこちらは青葉っちで」

 

 

 とりあえずこの勝負は負けてしまったので、これで一勝一敗。次の勝負は結構重要になってくるので、私は青葉さんを必死に応援する事にしました。そうしてないと、さっきの事を思い出しちゃうから……

 

「いい勝負してるね」

 

「そうですね。どちらも頑張ってますね」

 

「それじゃあ、私たちは追いかけっこでもしようか?」

 

「は?」

 

「タカ君が鬼ね」

 

 

 そう言って会長が逃げ出し、タカトシ君は何故か追いかける羽目に陥ってしまいました。

 

「なに力押しのロマンスを展開してるんだ!」

 

「てか、タカ君早いっ!? これじゃあ捕まって犯され――」

 

「それは○Vだろうが!!」

 

「大声で変な事を言うな!」

 

 

 おかしなボケをした会長と、おかしなツッコミをした天草さん二人に、タカトシ君のカミナリが落ちる。結局遠泳勝負は、僅差で七条さんが勝利したのだった。




参加してないのにタカトシが一番忙しい……


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別荘での一時

萩村一人じゃ厳しいな……


 ビーチでの勝負は結局五分五分で終わってしまったが、一時休戦という事で七条家が保有している別荘で一泊する事になった。だが――

 

「ギャー!? 蛇口から血がー!!」

 

「赤さびだよ。最近使ってなかったから仕方ないね」

 

 

――とか。

 

「冷蔵庫から血が!!」

 

「トマトジュースが倒れてた」

 

 

――とか。

 

「タンポンに血が!!」

 

「ひゃーー!」

 

「……スズ、もう何か、流れで怖がってない?」

 

 

 ……終いには出島さんにからかわれてタカトシに呆れられちゃうし。お世話になるから文句は言えないけど、もう少し別荘のメンテナンスをちゃんとしておいてくれても良かったんじゃないですかね。

 

「皆様、お風呂の用意が出来ましたのでご案内します」

 

「じゃあ俺は、晩飯の下ごしらえでもしてますよ」

 

「誰を食べるおつもりなのですか?」

 

「アンタは何の話をしてるんだ?」

 

「あぁ! タカトシ様の視線が癖になる!」

 

 

 いろいろとダメな人な出島さんはタカトシに任せて、私たちは浴場に向かう事にした。別に案内されなくても七条先輩が知ってるし、そもそも案内板が出てるからね。

 

「……ム!? あ、何だ疲れてるのかな」

 

「どうしたんですか?」

 

 

 案内板の前を通り過ぎたタイミングで会長が大声を出したので、私は足を止めてその真意を問う。

 

「矢印が食い込ませパンツに見えてしまった……昔の癖が出てしまったのかな」

 

「深刻ですね……というか、タカトシがいないところでも気を付けてくださいよ」

 

 

 出島さんの相手をタカトシに押し付けた罰なのか、会長たちの相手は私がしなければいけなくなってしまった。森さんは魚見さん専門だしな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が別行動なので、英稜三、桜才三の計六人でお風呂に入る事になった。それにしてもこんなに広いお風呂があるなんて、さすが七条家だなぁ……

 

「お風呂に入ると、温泉卵食べたくなるなー」

 

「そうですか?」

 

 

 天草さんに萩村さんが興味なさげな相槌を打つ。既にツッコミ疲れなのか、萩村さんの顔色はあまり良くない。

 

「卵と言えば、子供の頃スーパーで買った卵を孵化させようとした事あります。思い出したら恥ずかしくなってきますが」

 

 

 少しでも萩村さんの気を紛らわせようと、私は昔の失敗談を語る。どうやら興味はこっちに向いてくれたようで、七条さんが話題に食いついてきた。

 

「それ、私もやったことある」

 

「本当ですか?」

 

「うん。でも、入らなくて断念したよ」

 

「私はそこまでやってない!!」

 

 

 というか、何でそっちに話が流れて行ってしまうんでしょう……やっぱり最強のストッパーであるタカトシ君がいない所為なのでしょうか?

 

「そもそも卵なら毎月――」

 

「その話題はここまでだ!」

 

 

 魚見会長が話題に加わろうとしたので、私は強制的に話題を打ち切り、先に浴場から逃げ出した。後ろから萩村さんの視線が突き刺さってきたけど、これ以上この場にいたら危険だと警鐘が鳴っているのだ。

 

「ん? サクラ……走ってきてどうしたんだ?」

 

「い、いえ……タカトシ君がいないとあの人たち、昔のままだから逃げてきた」

 

「やっぱりか……とりあえず、水飲むか?」

 

 

 息を荒げて膝に手をついていた私の前に、水の入ったコップが差し出される。相変わらず用意がいい人だな……

 

「ありがとう……ふぅ、落ちついた」

 

「さすがに風呂の中まで面倒見れないからな」

 

「そもそも一緒に入れないよ」

 

「そうだな」

 

 

 タカトシ君の冗談に、私は漸く落ち着きを取り戻した。やっぱり、タカトシ君が側にいてくれると安心出来るんだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君と出島さんが用意してくれた夕食、バーベキューを堪能して、私たちは寝室に案内された。ちなみに、当然だけどタカ君は別室に案内され、その部屋に忍び込もうとした出島さんが庭に吊るされている。

 

「ん~……」

 

「シノちゃん、寝付けないの?」

 

「枕変わるとなー。前は問題なかったんだが、オーダーメイドの枕を作ってからというもの、外泊がきつくなってきた」

 

 

 この間アリアっちと一緒に枕を作ったって聞いてたけど、そんなに使い勝手が良いんだね。

 

「やっぱり枕は使い慣れている物が一番ですよね」

 

 

 実を言うと私も寝付けなくて困っていたので、シノっちたちが会話を始めてくれたお陰で、気が紛らわせることが出来る。

 

「――というわけで、タカ君、腕枕よろしく」

 

「……何で呼び出されたのかと思いましたが、このボケの為ですか? 別に起きてたから良いですが、こんな時間に呼び出しておいて何をするのかと思ったら」

 

 

 私の懇親のボケにシノっちとアリアっちは驚いた顔をしたけども、タカ君は何時も通りの冷静な表情で私に説教を開始する。

 

「というかタカ君。こんな時間に異性がいっぱいいる部屋に連れ込まれたっていうのに、何の期待もしてなかったの?」

 

「何の期待をしろと言うんですか……というか、文化祭の件はどうするつもりなんですか?」

 

「「あっ……」」

 

 

 タカ君の言葉に、私だけでなくシノっちも反応を示す。すっかり忘れていたのはどうやら私だけではなかったみたいですね。

 

「重要な事を私たちだけで決めては駄目だろう」

 

「では、今度は学校対抗で勝負ですね!」

 

 

 タカ君の非難めいた視線から逃げる為に、私とシノっちは事を盛大にして誤魔化したのだった。




結局何も解決してない……


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残念な思考

ほんと残念だ……


 タカ兄たちがいないので、私は久しぶりに昼頃までゴロゴロしていたんだけど、不意に物音を聞いた気がして飛びあがった。

 

「まだタカ兄が帰ってくる時間じゃないし、お義姉ちゃんは予定があるって言ってたから来るはずない……もしかして泥棒さん?」

 

 

 もし男の泥棒さんだったら、見つかった時点で捕まえられてそのまま犯されたりされちゃうんだろうな……それを避ける為には――

 

「何か武器になるものは……」

 

 

 部屋中を探し回った結果、水鉄砲を見つける事に成功した。相手を倒す事は出来なくても、少し隙を作るくらいならこれでも十分だろう。その隙に家を飛び出して、近くにいる人に助けを求めれば、私の処女は守られる。

 

「でも、武器はあったけど弾(水)がなぁ……」

 

 

 二階にはトイレもないし、空っぽじゃ脅しにもならないだろうしな……

 

「うーん……ん? トイレ……はっ!」

 

 

 ちょうどもよおしてきたので、私はそれを水鉄砲に詰めようと思い立ったが、さすがにJKの聖水を泥棒さんにぶちまけても喜ばれるだけかもしれないし……

 

「仕方ない。空砲で誤魔化せますように」

 

 

 私は物音を立てないように階段を降り、泥棒さんがいると思われるリビングに水鉄砲を構えて飛び込む。

 

「動くな! 両手を頭の後ろに回せ!」

 

「え? ……こう?」

 

「これは違うと思いますが」

 

「てっ、あれ? タカ兄とアリア先輩?」

 

 

 私の忠告を聞いて、アリア先輩がタカ兄の頭の後ろに手を回し、なんだかキスする前の格好のようになっているではないか……

 

「お前、なにやってるんだ?」

 

「えっと、タカ兄が帰ってくる時間には早いし、お義姉ちゃんは来るはずないから、てっきり泥棒さんかと思ってたんだけど……」

 

「途中で出島さんが車で拾ってくれたから、予定より早く帰ってきただけだ。そんな事より、こんな時間まで寝てたのか?」

 

「そ、そんな事ないですよ~?」

 

 

 視線が明後日の方に向いてしまっているので、タカ兄には私の嘘はバレバレなんだけども、素直に認めるのもあれだし……

 

「というかアリアさん、何時までこの格好なんですか?」

 

「えっ? だってコトミちゃんに動いていいって言われてないから」

 

「もうっ! アリアは最近抜け駆けし過ぎだ!」

 

「あっ、シノ会長たちも来てたんですね」

 

 

 てっきりタカ兄がアリア先輩を選んだのかとも思ったけど、どうやらいつものメンバーで遊びに来てたのか。

 

「とりあえずアリアさん、離れてもらえます? このままだと動けませんので」

 

「もうちょっとこうしてたかったけどな~」

 

「七条先輩、乙女同盟の件でお話があります」

 

「乙女同盟?」

 

「タカ兄には、関係ない事だよ」

 

 

 まぁ、タカ兄の事に関する同盟なんだけども、その事をタカ兄に説明するのもね。まぁ、何となく分かってるのか、タカ兄はそれ以上追及してこなかったけども……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 萩村と二人でアリアをこってり絞ってリビングに戻ると、タカトシが冷たいお茶を用意してくれていた。

 

「すまんな」

 

「いえ、お気になさらずに」

 

 

 タカトシは私たちにお茶を配ってすぐ、別の事を片付ける為に部屋から出て行ってしまう。

 

「相変わらずの主夫っぷりだな……」

 

「コトミちゃん、最近柔道部で家事スキルを磨いているんなら、少しくらいタカトシの手伝いをしたらどうなの?」

 

「そうなんですけど、私が一つ片づける間に、タカ兄は五個から十個片付けちゃうので、私が手伝おうにも戦力になれないんですよね」

 

「まぁ、タカトシならそれくらい出来そうだしな」

 

 

 コトミも最近頑張ってるからか、平均並みくらいには出来るようになってきている――料理の腕は相変わらずのようだが。

 

「洗濯だって、タカ兄がした方が綺麗に洗えてる気がしますし」

 

「いや、洗濯機を使ってるんだろ? だったら誰がやっても変わらないとは思うが」

 

「分かってはいるんですけど、タカ兄のテリトリーを侵略してる感じがするので、大人しくしてようかと」

 

「相変わらずの厨二病ね……」

 

 

 どれだけ成長しようとも、コトミのこの病気は治らないようだな……まぁ、私たちの下ネタ好きも完全に治ったわけではないしな……

 

「それにしても、最近暑いよな」

 

「ですね。いよいよ夏本番って感じがしてます」

 

「夏は嫌いではないんだが、こうも汗が止まらないとな」

 

 

 津田家ではエアコンを付けてもその場に留まらないという理由から、設定温度を高めにしてあるし、ついさっきまでコトミが寝ていた所為で、エアコンが稼働していなかったことから、私はさっきから汗をぬぐっている。

 

「汗っかきの人って、下の方も濡れやすいって聞いたことがあるよ」

 

「なにっ!?」

 

「汗をかきやすい人は、新陳代謝いいから健康的ですよ」

 

「濡れやすい体質で良かった」

 

「会長は下が汗っかきなんですね! これは畑先輩に教えてあげないと」

 

「余計な事をするな! ところで、その畑なんだが、最近見ないな」

 

「カエデちゃんたちと海に行ってたらしいよ」

 

「そこで、歩きながら撮影して、五十嵐先輩に怒られたとか」

 

「どういう意味だ?」

 

「手振れがハメ撮りみたいになるって実験をして、カエデちゃんに映像を消去されたんだって」

 

「何故そんな事を知ってるんだ?」

 

「カエデちゃんからメールで聞いたんだ~」

 

「なるほど……」

 

 

 そう言えば私、五十嵐の連絡先なんて知らないな……




畑さんは何がしたいんだか……


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ピュアな勘違い

高校生にもなって……


 タカ兄と一緒にウチにやってきた会長たちが、どうやらお昼を作ってくれるようだ。

 

「というわけで、コトミも少しは手伝え」

 

「私が手伝ったところで、かえって仕事が増えるだけなんですけどね」

 

「それは私たちも分かっている。だが何時までもお前をこのままにしておくわけにはいかないからな! 主にタカトシの為に!」

 

「そんな事言って、私が自立したら、タカ兄が使える時間が増えて、恋人を作る気になるんじゃないかって思ってるんじゃないですか~?」

 

「そ、そんな事は無いぞ!」

 

 

 シノ会長が分かり易く動揺する。まったく、常にタカ兄を相手にしているからか、シノ会長は分かり易くて楽が出来る。

 

「まぁ、私も何時までも壊滅的な料理の腕じゃいけないって思い始めてるので、少しずつ出来るようになりたいなとは思ってるんで」

 

 

 柔道部の遠征などで、お弁当の用意が出来ればそれだけで部費が浮く。まぁ、ムツミ先輩が凄い量食べるから、それで部費が圧迫されたりもしてたらしいけど……

 

「とりあえず、今日のところは私たちの作業を見て全体の流れを確認するように」

 

「わっかりました!」

 

 

 元気よく敬礼をする私に、スズ先輩とアリア先輩が少し呆れた視線を向けてくる。

 

「あれ? そう言えばタカ兄は?」

 

「さっき会った畑に追加のエッセイを頼まれて部屋に向かったぞ。どうもトクダネとして扱う予定だったものがぽしゃったようで、その穴埋めをタカトシに頼んだとか」

 

「まぁ、桜才新聞の読者の大半はタカ兄のエッセイ目当てですからね~」

 

 

 畑先輩には悪いけども、純粋に記事を読んでる人がいるのか疑わしいんだよね……定期購読している英稜高校の人たちだって、お目当てはタカ兄のエッセイだって言ってたし。

 

「コトミ、少し味見をしてくれ」

 

「味見ですね~。でも良いんですか? 私の舌はタカ兄に鍛えられているので、ちょっとやそっとでは満足しませんから」

 

 

 まぁ、シノ会長の料理も美味しいから、特に問題は無いとは思うんだけど、素直に感想を言っても面白くないからね。

 

「うーん……もうちょっと味を濃くしてもいいと思いますよ」

 

「そうか……じゃあこれでどうだ?」

 

「うーん……」

 

「ならこれでどうだ!」

 

 

 このやり取りを何度かしていると、段々と舌が麻痺してきて味が分からなくなってきてしまった。

 

「何度も味見をすると、味が分からなくなってきますね」

 

「そんなときは目を瞑れば良いのよ」

 

「目を?」

 

「人は情報の九割を視覚から得てるから、視覚を閉ざすと他の感覚が研ぎ澄まされるらしいのよ」

 

「へー、そうなんですね。暗がりHのメリットが分かった気がします」

 

「お前、人の話聞いてなかったな!」

 

 

 ちょっとしたボケをかましたら、スズ先輩に脛を蹴り上げられた。この感覚、なんだか久しぶりだな~……

 

「……そろそろ、味見してくれるか?」

 

「了解です!」

 

 

 何時までもふざけてるとタカ兄が部屋から下りてくるかもしれないので、私は真面目に味見係を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はムツミとネネと一緒に遊んだ。その流れで部屋に招いて、今はまったりとした時間を過ごしている。

 

「くるしー……」

 

「どうかしたの?」

 

 

 遊んでる時もそうだったけど、ムツミに何時もの元気がなかったので気にしていたけど、どうやら何処か調子が悪かったようだ。

 

「先生の奢りで、回転寿司に行って来たんだ。試合の祝勝会だったんだけどね」

 

「そういえば、この前の試合も快勝だったらしいわね。コトミから聞いた」

 

「うん、試合自体は問題なかったんだけど、さすがに十皿は食べ過ぎたかも」

 

「へぇ……」

 

 

 ムツミにしては意外と普通ね……十皿なら平均くらいだし、これはムツミに対する考えを改めなければいけないかもしれないわね。

 

「カレーを」

 

「!?」

 

 

 回転寿司に行って十皿食べたと聞いて、普通だと思ってたのに、まさかカレーを十皿も食べていたとは……タカトシでも食べれないと思うわよ、そんな量……

 

「ムツミちゃんは相変わらずいっぱい食べれて羨ましいな~。私なんて、そんなに食べられないと思うし」

 

「いやネネ……普通の人はカレーを十皿も食べられないと思うんだけど……」

 

 

 何となく気まずくなって、私はテレビを点ける。映ったのはドラマで、丁度盛り上がりのシーンだった。

 

『愛してる……』

 

 

 盛り上がりのシーンは良いんだけど、話の内容がよく分からないのにいきなりキスシーンって……まぁ、この程度で恥ずかしがるほど子供じゃないけど。

 

「小さい頃、キスで赤ちゃんが出来ると思ってたよー」

 

「ネネにもピュアな時代が――」

 

「こーゆーの見たら、キスにも避妊が必要だって思っちゃうでしょ?」

 

 

 そう言ってネネが取り出したのは、避妊具を咥えているアイドルの写真。いったいどこから取り出したのかは気になるけど、とりあえず今言える事は――

 

「私の勘違いだったわね」

 

 

 まったくピュアではなく、子供の頃から邪な考えを持っていたという事が分かった。

 

「へ? キスで赤ちゃんって出来ないの?」

 

「現役でピュアな子がいた!?」

 

 

 ムツミとネネを足して二で割れば、丁度良い感じになるのかしら……




自分は寿司でも十皿も食べられない……


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浴衣の着付け

ウオミー暴走気味


 今日は近所で花火大会があるので、魚見会長が私たちの浴衣の着付けをしてくれるらしい。しかしなぜ集合場所が津田家なのだろう……

 

「コトミ、浴衣出しておいたぞ」

 

 

 ちなみに、タカトシ君は私たちの昼食を用意するために買い出しに出かけているので今は不在。つまり、天草さんや七条さんのストッパーが外れる可能性が高い。

 

「ふぁーい」

 

「こらこら、歯磨き中に口をあけるな」

 

 

 しかしここの住人のコトミさんが浴衣を用意してもらっているのはどうなんだろう……

 

「兄が口内に出されたやつ見せつけフェチだったらどうする」

 

「いないからって言っていい事じゃないだろ!」

 

「おぉ、森か……これくらい普通の冗談だろ?」

 

「それが普通だと思ってる時点で、貴女は普通じゃないと思いますが……」

 

「次、サクラっちの番だよ」

 

 

 七条さんと萩村さんの着付けを済ませた会長が、部屋から顔をのぞかせて私を呼ぶ。とりあえず天草さんは大人しくなったので、私は浴衣を持って部屋に入る。

 

「七条さんも萩村さんも、浴衣お似合いですね」

 

「ありがと~。でも着こなしには立ち方も大切なんだって」

 

「そうなんですか」

 

「うん。今日のミニ丈浴衣の時は、裾を抑えて恥じらい感を出す」

 

「ためにならねぇ……というか、誰がそんな事を言っていたんですか?」

 

「ん? 出島さん」

 

「やはりか……」

 

 

 七条家のメイドである出島さんは、タカトシ君に怒られたいと思っているようで、このように碌でもない事を七条さんに吹き込んだりしている。まぁ、それを信じる七条さんにも問題があるのかもしれないけど……

 

「サクラっち、じっとしててね」

 

「分かりました」

 

 

 会長に着付けてもらっているのだけど、さっきから接触が多い気が……

 

「あ、あの……くっつきすぎでは?」

 

「そう? 分かった」

 

 

 良かった……いくら同性とはいえ、あんなにくっつかれたら落ち着かないし……

 

「フェザータッチの方がお好みなんだね」

 

「全然分かってない!?」

 

 

 むしろ事態は悪化したようにも思えてきた……タカトシ君、やっぱり私一人じゃこの人たちをいっぺんに相手出来ないよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い出しから戻ってきたら、リビングでサクラがぐったりと倒れていた。

 

「何かあったのか?」

 

「あっ、タカトシ君……お帰りなさい」

 

「あぁ、ただいま……」

 

 

 彼女の疲労感漂う表情から、おおよその事態を理解し、何となく申し訳ない気持ちになる……

 

「大変だったようだな」

 

「タカトシ君がいない所為で、皆のストッパーが外れちゃって……私には魚見会長一人を相手するだけで手一杯だって思い知らされたよ」

 

「義姉さんも俺がいる時は大人しくなってきてるんだけどな」

 

 

 会話をしながら、俺はサクラの前にアイスティーを差し出す。ぐったりしているので、何時もより甘く作った。

 

「ありがとう」

 

「気にするな」

 

 

 とりあえず人数分の食事を作らなければいけないので、俺はキッチンに移動して調理を開始する事にした。といっても、屋台で沢山食べると宣言してる人がいるので、昼食は軽めの物を作るつもりなので、さほど手間ではない。

 

「タカ兄、お義姉ちゃんがタカ兄も浴衣を着たらどうだって言ってるけど」

 

「俺も? まぁ俺だけ洋服じゃ浮くかもしれないが、何で義姉さんが?」

 

「タカ兄の着付けもしたいって言ってたけど」

 

「着物じゃないんだ……浴衣くらい自分で着られる」

 

「あれ? タカ兄って着物も着られるんじゃないの?」

 

「一応は、な……だが、義姉さんに確認してもらった方がいいかもしれないが」

 

 

 相変わらずのハイスペックさが窺い知れる会話だなぁ……タカトシ君なら何でもありかな……

 

「何だ、残念……せっかくタカ君の胸板をぺたぺたしようと思ってたのに」

 

「カナ! 抜け駆けは駄目だって言ってるだろうが!」

 

「というか、陰で隠れてたんじゃないんですか? まぁ、気配で気付いてましたけど……はい、野菜多めのヘルシーそうめんの完成です」

 

「おくらにトマトにナス、コーンに刻んだネギか。美味そうだな」

 

 

 タカトシ君が作ってくれた昼食は、シンプルだけど実に美味しそうなものだった……私ももう少し料理出来るようにならなきゃ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火大会という事で、それほど屋台は出ていないけども、皆無というわけではない。私たちはタカトシに場所取りを頼んで、食べ物を買い込みタカトシを探す。

 

「しかし凄い人だな……」

 

「地元の花火大会という事で油断してましたね」

 

「ところで皆さん、タカ兄と何か進展無いんですか?」

 

「っ!? そ、そんなものあるわけ無いだろ!」

 

 

 コトミの言葉に、思わず買ったトウモロコシを落としそうになったが、何とか堪えて声を荒げる。

 

「このままじゃサクラ先輩かカエデ先輩が、私のもう一人のお義姉ちゃんになりそうだなーって思ったんですけど、その反応じゃ、やっぱりその二人の争いですかね~?」

 

「私が本当のお義姉ちゃんになってあげてもいいよ?」

 

「うーん……でもお義姉ちゃんの場合、もう完全にタカ兄と義姉弟って感じになっちゃってますし」

 

「それは私も感じてるよ」

 

 

 カナが脱落したのは良いが、まだ強敵が残ってるんだよな……というか、タカトシ抜きでこんな話をしたところで、私たちの仲が進展するわけじゃないんだが……




タカトシに聞かれたら怒られそうだな


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桜才VS英稜 体育祭編その1

嫌な借り物競争になりそう


 文化祭にアイドルを呼ぶという目的が被った桜才高校と英稜高校。そのオファー権を駆け、体育祭で両校が激突する事になった。――のだが……

 

「英稜の文化祭って何時ですか?」

 

「えっとね、この日ですね」

 

「その日程なら遊びに行けます」

 

 

 周囲の空気は割とどうでもいい感じだった。そもそも両校の会長がムキになっているだけなので、全校を巻き込んだこの勝負に気合いが入っていなくても仕方がないのかもしれないな……

 

「タカ兄は参加しないんでしょ?」

 

「いや、別に規制はされてないが」

 

「でもタカ兄が参加したら圧倒的じゃない? ただでさえウチにはムツミ先輩というチート選手がいるんだから」

 

「いや、チートって……」

 

 

 確かに三葉の運動能力を考えれば、そう表現したくなる気持ちも分からなくはない。無いのだが、味方であるコトミが使うのはどうなんだろう……

 

「津田副会長」

 

「畑さん? 何かありましたか?」

 

 

 運営本部に詰めていた畑さんが俺の所まで来たという事は、何かあったという事か、単純に飽きて交代して欲しいかのどちらかだろう。

 

「借り物競争で使うお題の紙が紛失したそうです」

 

「それは困りましたね……? 確か、お題の紙の管理って新聞部の担当だったはずでは」

 

 

 この人が意図的に紛失したのではないかと疑い、俺は畑さんに視線を向ける。だが畑さんは特に動揺した様子もなく、むしろこの質問が来ると予想していたような表情を浮かべていた。

 

「普段の行いを考えれば仕方がありませんが、今回に限って言わせていただけるのでしたら、断じて故意ではありません」

 

「……分かりました。ですが、来月のエッセイは休載しますからね」

 

「っ! ……ゴメンなさい、過去の資料を処分する時に一緒にシュレッダーにかけてしまいました」

 

「そういう事なら、素直に言ってください。故意ではないのなら、怒りませんから」

 

 

 何かを隠しているという事は分かって脅してみたら、あっさりと白状した。というか、俺はそんなに怒りやすいヤツだと思われているのか……

 

「では作り直しましょう」

 

「ですね。なんて書きましょう?」

 

「みんなが持っていそうなもので」

 

 

 それほど盛り上がっていないとはいえ、一応勝負なので、その体裁を保てる程度のレベルで問題ないだろう。万が一誰も持ってい無さそうなものを書き出したら、本当にエッセイを休載すればいいだけの話だし。

 

「……ちょっと待て」

 

 

 そう思っていたのだが、畑さんが紙に書いたのは『副会長の体操着(上)』『女子生徒会役員の体操着(下)もしくは下着』『風紀委員長のブラ』など、体裁を保つ以前の問題がある物だった。

 

「えっ、ダメですか?」

 

「これがダメかどうか分からない貴女の頭がダメです……」

 

 

 仕方ないのでシノ会長とサクラを呼んで、どっちの学校にも有利・不利が発生しないよう公平な物を書いてもらう事にした。本当は最後まで監督したかったんだけど、これから二人三脚に参加しなくてはいけないので。

 

「よろしくね、タカトシ君」

 

「あぁ、よろしく」

 

 

 俺のペアは三葉か……まぁ、三葉の脚力に対抗出来る男子がいなかったというだけだろうな……いや、俺も怪しいけど……

 

「よろしくね」

 

「夫婦も二人三脚っていうし、私たちなら大丈夫だよね」

 

 

 隣のペアは生徒会でも把握している恋人同士なので、そのような会話が聞こえてきても不思議ではないのだが、一応校内恋愛禁止という校則が生きている以上、大っぴらにイチャイチャするのは止めてもらいたい。

 

「あ、あはは……それとこれとは違うよね?」

 

「三葉、何を動揺してるんだ?」

 

 

 夫婦生活は二人三脚、それはあくまでも比喩表現であって、本当の二人三脚と比べる必要は無いんだが。

 

「そうだよ、三葉さん」

 

「義姉さん」

 

 

 どうやら英稜ペアの一人は義姉さんのようだ……まぁ、気配で分かってたけど。

 

「夫婦生活は脚を結ぶんじゃなくて絡めるんだよ」

 

「?」

 

「そういう事じゃねぇよ!」

 

 

 意味が分かっちゃう自分が何となく嫌だけど、三葉が毒されないようにこの話はここで止めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当はタカ兄が参加するはずだった借り物競争。だけどタカ兄の脚力を考えて交代すべきだという声が英稜サイドから上がり、私が参加する事になった。

 

「(そもそも、タカ兄の代わりなんて誰も務まらないって……)」

 

 

 もめにもめた結果、血縁者という事で私が選ばれたんだけど、男子ばっかりの中に参加しろって、下手をすれば肉便器に成れと言われてる感じがするよ。

 

「(うわっ! タカ兄が凄い目で睨んでるよ……)」

 

 

 私がろくでもない事を考えている事に気付いているようで、タカ兄から視線で「真面目にやれ」と怒られてしまった……

 

「(えっとお題は……『嫁キャラ』?)」

 

 

 この字はシノ会長が書いたお題か……それにしても、これ良いのかな?

 

「タカ兄、来て」

 

「お題は?」

 

「それを説明してる暇はないよ! このままじゃ負けちゃうから!」

 

 

 タカ兄の腕を引っ張って、私はゴールに駆け込んだ。途中からタカ兄に引っ張られたおかげで、何とか英稜の選手より先にゴール出来たようだ。

 

「それじゃ、お題を確認……まぁ、この中じゃ津田兄が一番か」

 

「ですよね」

 

「……性別的な問題は良いのかよ」

 

 

 審判である横島先生が納得し、英稜の先生も事情を知っていたようでOKをくれた。だけどタカ兄だけは今一つ納得出来ないという表情だった。




いや、確かに主夫だけどさ……


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桜才VS英稜 体育祭編その2

タカトシがそのまま出てたら相手にならない


 体育祭勝負は一進一退の状況でお昼休憩に入った。私はそれなりに活躍出来てるとは思うけど、やっぱりタカ兄や生徒会の皆さんと比べれば貢献度は低いよね……

 

「コトちゃん、お疲れ様」

 

「お義姉ちゃん。あれ、タカ兄は?」

 

「タカ君なら、飲み物を買いに行ってるよ」

 

「タカ兄なら準備してると思ってたんだけど」

 

「それは、コトちゃんががぶがぶ飲んじゃった所為でしょ」

 

「いや~……普段運動して無いものでして」

 

 

 マネージャー業とは使う筋肉とかが違うし、私は元々運動が得意じゃないから疲れちゃったんだよね……その所為でタカ兄が飲み物を買いに行ってるのか……少し反省しよう。

 

「お待たせしました」

 

「お帰り、タカ君……何故シノっちたちも一緒にいるのでしょうか?」

 

「私たちはチームメイトだ! カナこそ何故ここにいるんだ! 今日は敵同士だろうが」

 

「だって、私のお弁当はタカ君たちのと一緒の重箱に入っているんですから」

 

「昨日タカ兄とお義姉ちゃんの二人で作ってたんですよ~。私も少し手伝いました」

 

「灰汁取りと味見だけだろうが……」

 

 

 タカ兄にあっさりバラされて、私はそっぽを向いて口笛を吹く。確かにそれだけだけど、全く手伝わなかったころと比べればマシになってきているのだ……間違っても私がお弁当を用意しようものなら、食中毒が発生するかもしれないし。

 

「魚見会長に呼ばれて来たんですが……」

 

「サクラっち、お疲れ様」

 

「結局この面子なのか……」

 

「まぁまぁシノちゃん。仲間外れにされなかっただけマシだって考えようよ」

 

「そうですよ。というか、私たちが勝手についてきただけですけどね……」

 

「萩村、それは考えたら負けだ」

 

 

 どうやらシノ会長たちはタカ兄を見つけてついてきただけのようだ……この点だけ見ても、やっぱりタカ兄は生徒会のメンバーを特別視しているわけではないんだなぁ。

 

「おっ、相変わらずのタカトシハーレムか?」

 

「横島先生……何ですか、その呼称は」

 

「前に畑が言っていたのを聞いたんだが、なかなか的を射ている表現だと思ってな」

 

「またあの人は……ところで先生」

 

「何だ? 私もハーレムに入れてくれるのか?」

 

「英稜の先生から相談されまして。英稜男子生徒に声をかけてくる桜才の教師がいるんですがって」

 

「それじゃあ!」

 

 

 どうやら横島先生は英稜の男子生徒を喰らおうとしていたようだ……タカ兄にあれだけ怒られてるのに、懲りない人だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 様々な競技をを終え、いよいよ最後のリレー勝負を残すのみとなった。点差は十点と、このリレーで一位を取った方が勝ちという、今まで何のために戦ってきたのか分からないような展開になっている。

 

「――以上が参加選手となります。なお、戦力バランスが崩れるという事で、津田副会長にはこちらで解説をお願いします」

 

「何なんですか、そのノリ?」

 

「まぁまぁタカトシ君。ここは畑さんのノリに付き合ってあげようよ」

 

 

 ちなみに、七条さんも英稜の男子生徒を刺激し過ぎるという理由でこちらで解説をお願いしている。しかし、七条さんは駄目で魚見さんはOKとは……あの人もそれなりに大きかったと思うのですが……

 

「長時間戦って来て、このレースで結果が決まるなんて、なんだかお約束な展開ですよね」

 

「選手の戦意を削ぐような事言わないでもらえますかね? 皆さん、手抜きなどせず戦ってきたんですから」

 

「ですが、これでアンカー勝負になったら、それはもうお約束すぎる展開だと思いませんか? もっと言えば、最後の最後で足をもつれさせて転べば、何処かに演出家がいるんじゃないかって思うくらいに」

 

「……今時そんなべたな展開を狙う演出家がいるでしょうか?」

 

 

 津田副会長はあんまり気にしていないようですが、十点負けている我が校の方が、その展開になる可能性があるというのに……

 

「さて、ここまでは若干英稜リードの展開ですが、その差は精々一秒程度。やはりアンカー勝負になりますね」

 

「胸の差でカナちゃんが有利かもしれないね~」

 

『アリア! 後で覚えてろ!』

 

『ふっふっふ……プルン』

 

「カナも覚えてろよ!」

 

「もうすぐスタートだっていうのに余裕だな、あの二人……」

 

 

 結局べたな展開も起らず、普通に意気込んでいた天草会長が魚見会長を抜き去りゴール。体育祭勝負は桜才学園の勝利で終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この勝負の目的は、どちらが文化祭にトリプルブッキングを呼ぶかを決めるものであり、勝った我々にその権利が与えられた。

 

「なかなかいい勝負だったな」

 

「えぇ。負けましたが、すがすがしい気分です」

 

 

 カナとがっちりと握手を交わし、この勝負は幕を下ろす――はずだったのだが。

 

「あっ、出島さんからメールだ。トリプルブッキング、どっちの文化祭にも参加してくれるって」

 

「「へっ?」」

 

「今彼女たちが出演しているCM、ウチがスポンサーでね。掛け合ってみてくれたんだって」

 

 

 私とカナは顔を見合わせて、同時にアリアの手を握った。

 

「本当に無駄な一日になりましたね」

 

「思っても黙ってろ?」

 

 

 畑が零した一言は、なかなかの重みを感じたが、熱い戦いが出来ただけ善しとしようじゃないか……じゃないと、本当に無意味な一日になってしまうから……




結局学校ぐるみではしゃいでただけになった……


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想像以上の反応

この反応は予想できるだろ……


 生徒会室で作業していたら、会長たちが購買から戻ってきた。まぁ急ぎの作業でもないから別に良いんだけど、この書類は会長が処理すべきではないのだろうか……

 

「最近すぐイライラしてしまうんだ。だから牛乳を飲んでカルシウム不足を解消しよう!」

 

「ですが、牛乳のカルシウム量はそれ程でもないと聞いたことがあります」

 

「えっ!? 最近常識だと思ってた物が嘘だったってパターンが多いな……」

 

「まぁ、悪気があったわけじゃないですし」

 

 

 何気ない会話だったが、どうやら会長はその話を知らなかったようで、スズが想像してた以上のショックを受けたようだ。というか、作業してるの分かってるんだから、もう少し声量を落として欲しいんだが……

 

「だが昔信じてた、男汁を飲むと美肌になるというデマは、作為的なものを感じていたな」

 

「ミルクタイムの邪魔しないで」

 

「というか、作業の邪魔をしないでくれませんかね?」

 

「す、すまん……」

 

 

 スズがツッコんだついでにツッコミを入れたが、どうやら怒られたと勘違いして想像以上に凹んでしまった。

 

「別に怒ってるわけではありません。急ぎの案件でもありませんし」

 

「だが、邪魔をしたのには違いないだろ? だから、悪かった」

 

「かいちょー! ちょっとご相談したい事があるんですがー」

 

 

 会長やスズ以上に邪魔なヤツが来たな……

 

「コトミ……赤点でも取ってタカトシに怒られないように助けて欲しい、とかなら無理だからな?」

 

「そんな事相談しませんよ。というか、そんな事になったら、タカ兄にバレないように全力で逃げますから」

 

「いや、お前の成績って、タカトシに教えられているんじゃなかったか?」

 

「そうですね。もし赤点など取った場合、すぐに俺のところに情報が来るようになってますね」

 

「……とりあえず、赤点は取ってないよ」

 

「……で、相談事とは?」

 

 

 とりあえずコトミを椅子に座らせて、会長が相談を聞く体勢を取った。

 

「実はですね、今日の午前中の授業で先生に注意されたんですよね。集中力が散漫になっているって」

 

「よそ見してたんだろ」

 

「ギクッ!? ……私、どーも人の話を聞いていられないようでして。集中力を上げる方法とかないですか?」

 

「それならビタミンCを摂りなさい。中でもグァバが良いらしいぞ」

 

「へー」

 

 

 会長のアドバイスを受けて、コトミがメモを取る。だが、その内容は酷いものだった。

 

「クパァ……ビラ見……C……と」

 

「お前は本当に話を聞いていないな……今度注意を受けたら小遣いを減らすって言ったの忘れたのか?」

 

「そ、そんな事言われてないよね?」

 

「さて、どうだったかな」

 

「つ、次からはしっかりと人の話を聞くから! どうかお小遣いを人質に取るのだけは勘弁してください」

 

 

 相変わらず小遣いを人質に取られると弱くなるな……俺だって苛めてるみたいでこのやり取りはしたくないんだが、こうでもしないとやる気を出さないからな、こいつは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日萩村に牛乳のカルシウム量は大したこと無いと言われたせいか、あまりイライラは解消されていない。こうなればまたヤンチャタイムを実行するしかないな。

 

「よし! 今日のヤンチャはノックダッシュだ」

 

「実行するのは構いませんが、生徒会長として廊下を走るのは止めてくださいね? 俺としても、全校生徒が見る可能性がある場所で会長を説教したくないので」

 

「た、タカトシ!? いつの間に背後にいたんだ、お前は……」

 

「最初からに決まってるでしょうが……」

 

「と、とにかくソフトなピンポンダッシュみたいなものだから、それほど本気で移動するわけではない。というか、怒られたくないからノック逃げにしよう」

 

 

 早足程度なら怒られないだろうし、この角から生徒会室の扉はそれ程離れていないので、走らなくても何とかなるだろう。

 

「今生徒会室にいるのは萩村一人。彼女の歩幅なら何とかなるだろう」

 

「別の問題があると思うんですけどね」

 

「何だ、その別の問題とは?」

 

「いえ、大したことではないですので」

 

 

 何となく気になる言い方だが、とりあえず生徒会室の扉をノックして驚かせよう。

 

『はい?』

 

 

 私がノックした事で中から声が返ってくる。私は急ぎ廊下の角に移動して、萩村が出てくるのを静かに待った。

 

「あれ、誰もいない……おばけー!?」

 

「……これがタカトシが不安視していたことか?」

 

「まぁ、スズは心霊現象の類いが絡むと弱いですから……」

 

「誤解が生まれたので謝ってくる」

 

 

 私は室内に逃げ込んだ萩村に事情を説明する為、もう一度扉をノックする。

 

「萩村、いるか?」

 

『か、会長……?』

 

 

 な、なんだ……何故また廊下の角に移動したい衝動に駆られているんだ私は……

 

「すまない萩村。さっきのノックも私だったんだ。実はノック逃げというヤンチャをしたのだが、想像以上に萩村が驚いてしまってな……」

 

「お、驚かさないでくださいよ……本気でお化けだと思ったじゃないですか」

 

「うん……実は実行する前に、タカトシからその可能性があるんじゃないかと遠回しに注意されていたんだが、萩村がそういう事が苦手だという事をすっかり忘れていてな……本当に悪かった」

 

 

 私が本気で謝罪しているという事は萩村にも通じたようで、そんなに怒られること無く許してもらえた。何となくイライラは解消されたが、別のモヤモヤした気持ちが残ったな……




やっぱりスズはこd……


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文化祭を楽しむ為に

赤点だったらね……


 この間の体育祭勝負以降、タカ君と会える時間が一気に減ったような気がする……そりゃ家事のお手伝いとかで津田家を訪れる事は多いけど、私が行く場合は大抵タカ君が忙しくてコトちゃんの世話に手が回らない時だから、タカ君は家にいないのだ。

 

「――というわけなのですが、どう思いますか?」

 

「私にそんな事言われましても……そもそも、私の方が会長よりタカトシさんと会う確率が低いと思うのですが」

 

「でもサクラっちはたまにタカ君と一緒のシフトでしょ?」

 

「ここ最近は会長と一緒の事が多いので、会ってないことは会長が一番よく分かっているのではないでしょうか?」

 

「そうだったね」

 

 

 タカ君は新人の指導とかいろいろある為、最近私たちと一緒のシフトになることが減っている。それだけ頼りにされているという事なのだろうけども、タカ君の優秀さが今だけは邪魔だと思えます……

 

「あっ、タカトシさんからメールだ」

 

「何でサクラっちに!? って、私にも着ましたね」

 

 

 サクラっちに嫉妬してすぐに自分にもメールが着ていたと知り、ちょっと恥ずかしいです……

 

「えっと、どうやらまたシノっちがタカ君の家にお泊りを企画してるらしいですね」

 

「そのようですね。後で文句を言われたくないと天草さんが仰ったようで、それでタカトシさんが報告のメールを送ったようです」

 

「相変わらず大変そうですね、タカ君は……」

 

 

 普通なら男子が女子を家に泊まらないかと誘うなんて、そういう事を期待しているのではないかと疑って当然だと思うのだが、タカ君からのお誘いからはそのような思惑は感じ取れない。むしろ私たちの方がタカ君の事を襲いそうになりそうなくらいですし。

 

「楽しい文化祭を迎える為に、コトちゃんやトッキーさんの試験勉強の為とは、シノっちも考えましたね」

 

「というか、タカトシさん一人で十分教えられると思うんですけどね……まぁ、私もタカトシさんや萩村さんに教えていただくことがあるので、ありがたいお誘いではあるんですが」

 

「サクラっちは自力だけでも十分一位になれると思うんですけどね」

 

「いえいえ、タカトシさんや萩村さんのように、最初から地力が違うわけじゃないので、努力は必要です」

 

「タカ君だって、最初から凄かったわけじゃないみたいですがね」

 

 

 地力があったのかもしれないが、スズポンという強敵のお陰で力を伸ばしていったらしいですし……まぁ地力も自力もあったという事なんでしょうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノ会長から、私たちのテスト準備だという事でトッキーを誘っておくようにと指示が来た。私たちの為とか言ってるけど、会長たちがタカ兄と一緒にいたいだけなんだろうなと思いつつ、赤点を取った時点で家を追い出される私としては、何ともありがたい申し出だった。

 

「――というわけでトッキー、部活が終わったら一度トッキーの家に寄ってからウチに行くよ」

 

「いろいろと言いたい事はあるけど、世話にならなきゃ私も危ないからな……」

 

「そもそも私とトッキーは、タカ兄たちに面倒を見てもらわないと赤点確実だしね」

 

「威張って言う事ではないと思うがな……」

 

 

 タカ兄やお義姉ちゃんのお陰で基礎は何となく理解出来ているが、試験前の詰め込みが無ければまだ赤点回避は難しいのだ。というか、今回の試験は範囲が広いので、一人で勉強してたら範囲の復習が終わる前にテストが終わる――つまり、私の人生が終わると言っても過言ではないだろう。

 

「しかしまぁ、毎回集まる必要あるのか? 兄貴と英稜の会長の二人いれば、何とかなるだろ」

 

「タカ兄の負担を減らそうという事らしいけど、サクラ先輩以外のメンバーは多かれ少なかれタカ兄に苦労させてると思うんだけどね」

 

「その最たる私たちが言えることじゃねぇと思うんだが」

 

「トッキー、それは言わない約束だよ……」

 

 

 そもそも私とトッキーが自力で赤点を回避する事が出来れば、わざわざ勉強会など開かなくても済むのだ。それは私だって分かっているけど、タカ兄と私とではそもそもの地力が違い過ぎるので、どうしてもタカ兄を頼りたくなってしまうのだ。

 

「そういえば主将や中里先輩も、兄貴からテスト範囲の要点をまとめた問題集を貰ったとか言ってたよな」

 

「……柔道部って、タカ兄がいなかったらいろいろと危ないんじゃない?」

 

「………」

 

 

 主将のムツミ先輩やエースのトッキーが赤点候補という時点でいろいろとアウトなのに、それ以外の先輩たちもタカ兄が用意してくれた問題集のお陰で赤点を回避していると聞いたことがある。もしそれが無かったら部が存続していたかどうか……

 

「今度、全員でタカ兄にお礼を言った方がいいんじゃない?」

 

「そうだな……テストが終わったら主将に話してみる」

 

「私が言える事じゃないけど、タカ兄って苦労を背負いこみやすいタイプなんだろうね」

 

「本当に、お前が言うべき事じゃねぇな……」

 

 

 タカ兄の頭痛の種ナンバー1であろう私が言うべきではないとトッキーも思ったんだろうが、私だけでも大変なのにと思っているので、私が言っても問題ないよね……たぶん。




柔道部影の立役者、タカトシ


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それぞれの成長

成長してるんだが……


 もはやここまでする必要は無いのではないかと思うのだが、コトミと時さんの赤点回避対策としてのテスト勉強会が今回もウチで行われる事になった。

 

「皆さん、わざわざ私とトッキーの為に集まっていただき、誠にありがとうございます」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 コトミの挨拶の後に、時さんが少し恥ずかしそうに続いた。見た目で勘違いされがちだが、彼女は割と恥ずかしがりやなのだろうな。

 

「コトミやトッキーが赤点になれば、その分負担が増えるからな。私たちも集まって勉強会を開けるから、必ずしもコトミやトッキーの為だけというわけではない。そこまで畏まられるとこちらも困ってしまう」

 

「そうですね。シノっちやアリアっちと一緒に勉強すれば、私も見落としていたことがあったと気付けることもありますから、コトちゃんたちがそこまで気にする必要は無いよ。でもまぁ、コトちゃんもトッキーさんもそれなりに理解してきているので、ここまで大袈裟にする必要はあったのか、という疑問はありますが」

 

「カナだけ泊まり込みで津田家に居座るのはズルいだろ」

 

「やっぱりそう言う事でしたか」

 

 

 義姉さんは何となく分かっていたようだが、そもそも義姉さんにも迷惑をかけるつもりは無かったんだけどな……コトミは兎も角、時さんはここ最近実力だけでも赤点回避は難しくなくなってきているのだし、コトミもコトミでギリギリではあるが赤点にはならないくらいの実力はつけてきているようだし……あれだけ教えているのにギリギリなのを嘆くべきか、ギリギリとはいえ赤点にならなくなったことを喜ぶべきかは難しい問題だが。

 

「とりあえず、コトちゃんの面倒は私とシノっち、トッキーの面倒はアリアっちとスズポン、サクラっちは交代要員で」

 

「あの、俺は?」

 

「タカ君はゆっくりと休んでいてください。ここ最近働き詰めだったんでしょ?」

 

「それ程ではないと思いますが……家事にコトミの面倒、バイトに生徒会業務、エッセイの仕上げにクラスメイトたちへの問題集作成――」

 

「働きすぎだ! とにかく、タカトシは少し休んでいろ!」

 

「はぁ……」

 

 

 そこまで働いていたつもりは無かったのだが、どうやらシノさんたちに心配させてしまったらしい。仕方ない、大人しくお茶の準備だけして部屋に戻るとするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が部屋に戻ったからと言って、私たちのリミッターが解除される事はなく、勉強会は未だかつてない緊張感を持ったまま進んでいた。

 

「そういえば、今回カエデ先輩は来なかったんですか?」

 

「五十嵐はコーラス部の集まりがあるとかで今はいないが、後から来ると言っていた。アイツも私たちと勉強会をする事で、自分が間違って覚えていた箇所の再確認が出来るとか言っていたからな」

 

「そうなるとお義姉ちゃんや会長たちが何処に泊まるか、という問題が更に悪化するんじゃないですか? ただでさえタカ兄争奪戦はサクラ先輩が圧倒的リードを保っているというのに」

 

「そういう事を考えてる暇があるなら、一つでも多く英単語を覚えてくれると、お義姉ちゃん嬉しいんだけどな」

 

「いやー……そりゃ困った事ですね……」

 

 

 さっきからコトミちゃんが何とか話題を逸らそうと奮闘しているが、シノちゃんもカナちゃんも今回はその思惑には乗ってくれないと理解して、コトミちゃんは大人しく勉強に戻る。

 

「七条先輩、さっきからコトミの方を見ていますが、時さんの事も気に掛けてくださいよ。さっきから注意してるの私だけじゃないですか」

 

「ゴメンね。ただシノちゃんもカナちゃんも、漸く本気になったんだなーって思って」

 

「本気? あぁ、コトミに対してですね」

 

「前まではコトミちゃんと一緒にふざけだしたりしてたから」

 

「あの、ここってどういう意味ですか?」

 

「えっと、そこはね――」

 

 

 トッキーさんが質問してきたので、私は即座に説明を開始する。シノちゃんやカナちゃんが真面目にコトミちゃんに勉強を教えているのだから、私が不真面目にやるわけにはいかないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 交代要員と言われても、基本的に私よりも優秀な人たちが教えているので、特に問題が起こるわけがない。私は自分一人で自分の勉強を進めるべく、少し離れたところで自分のノートを広げて復習に勤しむ。

 

「(それにしても、どうして今になってカナ会長たちは本気でコトミさんの事を心配しだしたのでしょうか?)」

 

 

 さっき聞いた理由では、タカトシ君が働きすぎだから、少しでも負担を減らそうという感じだったけども、どうもそれだけじゃないような気がするんですよね……

 

「(コトミさんに使っていた時間を浮かせることで、タカトシ君にお付き合いをする余裕を持たせようとしているのでしょうか?)」

 

 

 前々からタカトシ君が言っているように、お付き合いをしている暇がないという現状を打破しようとしているのではないかと思ったが、それならそれで別に問題は無いと考えて確かめようとはしなかったのだが、今更ながら会長たちの思惑が気になってしまった。

 

「(結果的にタカトシ君の邪魔にならなければ良いんだけど……)」

 

 

 良かれと思ってしたことが迷惑に繋がらなければ良いのだけどと思いながら、私はとりあえずはタカトシ君を休ませてあげられている現状に文句は言わないでおこうと思った。




休ませないと何時か倒れそうだし……


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休んでないタカトシ

休み慣れてないから……


 風紀委員とコーラス部の用事を済ませてタカトシ君の家にやってくると、丁度休憩時間のようでコトミさんと時さんが机に突っ伏していた。

 

「これは、どういう状況なんでしょうか?」

 

「さっきまで教えたことを理解出来ているかどうかのテストをしていたからな。二人とも六割は理解しているようで安心した」

 

「それでいいんですか? 六割じゃ先に進めないと思うんですが」

 

「まだ初日だからな。それに、ラスボスが上に控えているから、私たちはある程度教えておけば大丈夫だ」

 

「あぁ、本番前のタカトシ君のテストですか……的中率が高いから、畑さんが裏で販売したいとさえ言っている」

 

 

 タカトシ君が考える問題と、先生方が考える問題の類似率はかなりのもので、タカトシ君が作ったテストで合格点が取れれば、本番でも似たような点数が取れると言われている。

 

「それで、そのタカトシ君は? 一応挨拶しておきたいんですけど」

 

「タカ君なら部屋にいると思いますよ。さすがに働きすぎだという事で、今は休んでもらっているのですが……大人しく休んでるかどうか怪しいものです」

 

 

 義姉である魚見さんが心配そうに天井を見詰める。なんだか義姉弟が板について来ている気がするのは、それだけ魚見さんが津田家に入り浸っているからなんでしょうね……

 

「それじゃあ、ちょっと挨拶してきます」

 

 

 天草さんたちに断りを入れて、私は階段を上がる。本来ならこの家の住人であるコトミさんに許可をもらうべきなのでしょうが、コトミさんは生憎の状態ですし。

 

「タカトシ君、ちょっといいですか?」

 

『はい、構いませんよ』

 

 

 私が声をかけると、中からすぐに返事があった。恐らく気配で私が部屋に近づいている事に気付いてたんでしょうね。

 

「いらっしゃい、カエデさん」

 

「お邪魔してます。何してるんですか?」

 

「えっ、あぁ……三葉や柳本用のテスト対策プリントの作成と、コトミや時さんの試験対策テストの作成、後はエッセイの手直しと自分の分の復習を少々」

 

「……ほんとに休んでいませんね」

 

 

 魚見さんが心配していた通り、タカトシ君は殆ど休んでいなかった。

 

「自分の事だけしてればいいので、普段より楽でしたけどね」

 

「半分以上、タカトシ君がしなくてもいいような事だと思うんだけど」

 

「そう言われるとそうなんですが……っと、そろそろ昼食の準備をしなければいけませんね。下に行きますが、カエデさんも来ますよね?」

 

「えぇ」

 

 

 ここで『部屋に留まる』なんて言い出せば、きっと冷たい目を向けられるでしょうし、留まってもする事ありませんしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が用意してくれたごはんをみんなで食べて、私とトッキーは再び勉強漬けになる。普段から勉強に力を入れていればこんなことにならないって分かっているのだけど、どうしても他の事にかまけてしまうのだ。

 

「会長、これはどういう意味ですか?」

 

「あぁ、それはだな――」

 

 

 タカ兄とお義姉ちゃんが基礎を徹底的に叩き込んでくれたお陰で、ある程度の事は理解出来るはずなんだけど、応用になるとまるっきしダメなのだ。

 

「時さん、そこはさっきの問題と同じ考え方で大丈夫」

 

「ありがとうございます」

 

 

 向こうではトッキーがスズ先輩とサクラ先輩に教わっている。その向こうではアリア先輩とカエデ先輩が自分の勉強をしている様子が見える。

 

「コトちゃん、よそ見しちゃダメだよ」

 

「ゴメンなさい、お義姉ちゃん」

 

「集中力の低さは相変わらずか……勉強しようとするだけ成長してるんだがな」

 

「これでも一日五エロに減ってるんですからね」

 

「まだ威張れる回数じゃないけどね」

 

 

 高校入学時は一日十エロは当たり前だった私からすればかなりの進歩なのだが、やっぱりまだ多いようだ。

 

「そういえば、タカ兄はまた部屋に戻っちゃったんですか?」

 

「タカトシは夕食の買い出しに出かけると言っていたぞ」

 

「タカ君、休んでるようで全然休んでないですから」

 

「私が言える立場じゃないですが、タカ兄は働きすぎですから」

 

 

 私がそう言うと、シノ会長とお義姉ちゃんから『お前が言うな』という感じの視線を向けられる。だから先に私が言える立場じゃないと断ったのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五十嵐先輩と交代して、私は自分の勉強をする事にした。とはいっても、試験勉強ではなく、最近疎かになっていた外国語の勉強だ。

 

「スズちゃん、コーヒー淹れたけど飲む?」

 

「いただきます」

 

「お砂糖、幾つ入れる?」

 

「二つでお願いします」

 

 

 七条先輩が用意してくれたコーヒーを飲みながら、私はふと周りを見渡す。だいたいの人は砂糖を入れて飲んでいるが、森さんだけがブラックで飲んでいる。別に他の人も砂糖を入れているのだから気にしなくても良いのかもしれないが、何となく自分が子供っぽく感じてしまう……

 

「(そういえば、タカトシもブラックよね……)」

 

 

 今この家にいる高校二年生で、ブラックが飲めないのは私だけ……

 

「(私もいつかは飲めるようになるのかしら……)」

 

 

 別にブラックコーヒーが飲めないからといって、それほど気にする事ではないという事は分かっているのだけど、同い年の二人がブラックを飲んでるのを見ると、やっぱり気になっちゃうものなのよね……




シノたちも砂糖入れてるから気にしなくてもいいのに


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乙女たちの悩み

悩むようになっただけ進歩か……


 タカ兄の作ってくれた対策テストの問題で見たような問題が、本番のテストでも出題された。これだけ類似しているのなら、満点を採れてもおかしくないのかもしれないけど、私の頭では問題の答え全てを覚えられないのだ。もちろん、トッキーも同じようなものだろう……

 

「――ここは対策テストでも出来てなかったな」

 

「お義姉ちゃんや会長たちに説明してもらったんですが、どうにも理解出来なくて……」

 

「理解しようとしてるだけ進歩か……」

 

 

 私とトッキーは今、全てのテスト問題を持って生徒会室のタカ兄の前に座っている。時間に余裕があるならという条件だったが、私とトッキーは全ての解答を問題用紙にも記述したので、試験が終わり次第タカ兄に採点してもらっているという運びだ。

 

「これなら問題なく文化祭を楽しめるとは思うが、これを継続しなければ意味はないからな? 時さんもだけど」

 

「はい……」

 

「分かっています……兄貴にはいつも迷惑を掛けていると自覚しています」

 

「別に迷惑ではないよ。問題集を渡しても開きもしなかったクラスメイトに比べたら、時さんは十分結果を残してくれてるし」

 

「そんな人がいたんですか?」

 

 

 タカ兄のセリフにトッキーだけでなく私も驚く。忙しいタカ兄が時間を割いて作ってくれた問題集のお世話にならないなんて、最初からタカ兄に頼らなければ良かったのではないだろうか……そうすれば、タカ兄は他の事に時間を使えたのに。

 

「まぁ、なにをしていたかは聞かなかったがな。どうせ碌な事してなかったんだろうし」

 

「(あぁ、溜まってたのか……)」

 

「……口に出さないだけ成長したんだろうが、顔に思いっきり出てるからな?」

 

「こればっかりはタカ兄のようなポーカーフェイスが羨ましいです」

 

「とりあえず二人は今後もこの成績を継続出来れば、補習なんて気にしなくても良くなるだろうから、今後も精進する事」

 

「分かりました」

 

「タカ兄、先生より先生みたいだよ」

 

「後コトミは集中力の持続を」

 

「うへぇ……」

 

 

 最後の最後に注意が入り、私は思わず脱力してしまった……ほんと、先生より先生らしいよね、タカ兄って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に行っていたコトミとトッキーが戻ってきて、私は二人の表情から津田先輩が設定した合格点を獲得出来たのだろうと察した。

 

「お疲れ様。これで文化祭を安心して楽しめるんだね」

 

「まだ何も言って無いよ?」

 

「顔を見ればわかるって。コトミは顔に出やすいし」

 

「さっき兄貴にも言われてたな」

 

「表情に出ないように頑張ってるんだけどな~」

 

 

 津田先輩と比べれば誰だって分かり易いのかもしれないけども、コトミは特に分かり易い。同じ家にあの人がいるというのに、何でこんなに分かり易くなっているのだろう……

 

「ところで、マキは採点してもらわなくて良かったの? 最近、タカ兄と喋れてないんだし、一緒に来ればよかったのに」

 

「ただでさえ忙しいのに、私の相手なんかしてもらったら津田先輩に申し訳ないよ……」

 

「マキは遠慮し過ぎだと思うんだけどな~。ただでさえ魅力的な先輩たちが増えたというのに、今まで通り二、三歩下がったままだとあっという間に忘れられちゃうよ?」

 

「そもそも私じゃ津田先輩と釣り合ってないから……というか、そういう事に気を回してる余裕があるなら、少しくらい津田先輩の苦労を減らそうとか思わないわけ? 津田先輩の忙しい原因の殆どは貴女でしょ?」

 

「それを言われると困っちゃうんだけどね……」

 

 

 最近では多少家事が出来るようになってきたとはいえ、その手際は津田先輩と比べるまでもなく遅い。よくお手伝いに来ている英稜の魚見会長とも比べるまでもないくらいらしい。まぁ、あの人も手際良いらしいし……

 

「そうだ! 今度の文化祭の準備期間に、マキが差し入れを作って生徒会室に持っていけばいいんだよ! そうすればタカ兄に会えるし、アピールにもなって一石二鳥でしょ?」

 

「私の腕じゃ、津田先輩に喜んでもらえるレベルの料理は作れないし……」

 

「作る事に意味があるんだよ! 私みたいに壊滅的な味じゃないんだしさ」

 

「マキもお前とは比べられたくないと思うが」

 

「トッキー! 今はそれを言っちゃダメなんだよ!」

 

「何なんだよ……」

 

 

 勝手に盛り上がるコトミの隣で私は、津田先輩に自分の料理を食べてもらいたいと思う気持ちと、ガッカリされたくないという思いの板挟みになっていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミと時さんの問題が片付いたからか、タカトシの作業スピードは何時にもまして早い……手の残像が見えるんじゃないかと思えるくらいだ。

 

「なに?」

 

「いや、相変わらず早いわね」

 

「そうかな? それより、スズの方もだいぶ片付いてるじゃん。計算機を使わなくていいっていうのは羨ましいよ」

 

「アンタだってこれくらい出来るでしょ?」

 

「出来ない事はないとは思うけど、スズのようなスピードで処理は出来ないと思う。その点ではスズに勝てないって思ってるし」

 

「別に勝負じゃないんだから。出来るだけで十分だと思うわよ? 私なんて、出来ない事の方が多いんだし」

 

 

 もし私がタカトシのような生活を送っていたら、とてもじゃないが自分の事にまで手が回らないだろうし……

 

「出来ないことがあるのは当たり前だろ? 無理して全部自分でやる必要は無いんだし。頼れるときは誰かを頼った方が効率がいいだろうしね」

 

「そうやって考えられるのが羨ましいわよ」

 

 

 私はすぐに、誰かを頼るなんて子供っぽいって思っちゃうからな……




萩村は気にし過ぎ


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手品の練習

ここのタカトシはほっといてどっかいきそうだったので、アリアの手品は真面目にしました


 文化祭の準備中に不純な事をする輩がいないか見張る為に、風紀委員では準備期間中の見回りを強化する事にした。生徒会の方でも手伝ってくれているので、今のところ順調に準備が進んでいると思う。

 

『ねぇ聞いた? 今度の文化祭にトリプルブッキングが出演してくれるのって、生徒会が直接交渉したからなんだって』

 

『私が聞いたのは、トリプルブッキングが出演しているCMのスポンサーが七条グループで、七条先輩がお願いしたらOKがもらえたってやつだけど』

 

『私が聞いたのは、交渉に行った生徒会――というか津田君にメンバー全員が一目惚れして出演を承諾してくれたって話だけど』

 

 

 トリプルブッキングが出演してくれることになった流れは、英稜との合同体育祭の件で知っているはずなのに、何でこんな噂が流れているのかしら……

 

「言っておきますが、私ではありませんからね?」

 

「きゃっ!? ……何も言って無いじゃないですか」

 

「いえ、私の事を疑ってるような顔をしていたので」

 

「疑われるような事をしてる貴女が悪いんでしょうが」

 

 

 いきなり現れた畑さんに、私はとりあえず注意しておく。

 

「あれだけ派手に争っていたというのに、お熱だったのは両会長だけだったという事ですね」

 

「単なる合同イベントだと思われていたんですね」

 

 

 確かに天草さんと魚見さんはバチバチしてた感じだったけども、両校の生徒たちは割とどうでもいいといった感じだったものね……まさか合同体育祭の趣旨が知られていなかったとは思わなかったけども……

 

「ところで、先ほど津田副会長が七条さんに手錠を掛けていたんだけど、どう思う?」

 

「今度はどんな勘違いをさせたいんですか、貴女は」

 

「さすがに引っ掛かりませんでしたか……七条さんが手品の練習をするという事で、津田副会長が七条さんの手を後ろに回して手錠を掛けただけなんですけどね」

 

「何故手品……余興でもするんですか?」

 

「生徒会の方々も、色々と考えなければいけない事が多いのでしょう」

 

「貴女が盗撮しないように見張らないといけませんからね」

 

「な、何のことでしょう?」

 

「さすがに現役アイドルの盗撮写真なんて出回らせたら、お説教だけじゃ済まないですからね?」

 

「そ、そんな事するわけないじゃないですか~……では!」

 

 

 慌てて逃げ出したところを見るに、釘を刺しておかなければやっていた可能性が高いわね……

 

「タカトシ君が心配してた時は『さすがにそんな事しないわよ』って言ったけど、まさか本当にしようとしてたとは……」

 

 

 タカトシ君のお陰で桜才学園から犯罪者を出さずに済んだのかもしれないけど、畑さん自身で踏みとどまってほしかったわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の文化祭の目玉は間違いなくトリプルブッキングなのだが、我々生徒会でも何か準備しなければいけないという事で、アリアの提案で手品を披露する事になった。

 

「とはいっても、私たちは手品なんて出来ないぞ?」

 

「大丈夫。出島さんから『初心者でも出来る手品』って本を借りてきたから」

 

「あの人が貸してくれたって事に目を瞑れば安心なんだが」

 

 

 あの人は多才でいろいろな事が出来ると分かっているのだが、どうも余計な事をする傾向にあるんだよな……まぁ、昔の私も大差なかったのかもしれないが。

 

「さっきやってみたけど、確かに上手くいったよ~」

 

「本当か?」

 

「うん。タカトシ君に見てもらってたから聞いてみて~」

 

 

 タカトシならこんな本に頼らなくても何か出来そうだな……ではなく。

 

「タカトシと一緒に練習してたのか?」

 

「さっきちょうどタカトシ君しかいなかったから、その時に見てもらったの~。シノちゃんも見る~?」

 

「ちょっと見てみたいな」

 

「じゃあこの手錠を掛けてくれる?」

 

 

 手渡された手錠を後ろに回したアリアの腕に掛ける。それにしても、最近の手品グッズは良く出来ているんだな。

 

「見ててね~」

 

「おぉ!」

 

 

 しっかりと鍵を掛けたはずなのに、アリアの腕はするりと手錠から抜け出しているではないか。

 

「シノちゃんってどんな手品をやってみたいの~?」

 

「昔物体浮遊の手品をしたが、あれは透明な糸を吊るしてあるだけだしな……コトミに『じゃあパンツに糸引かせてみればいいんですよ!』って言われた事があったが」

 

「それだと別の『糸』になっちゃうんじゃない?」

 

「……タカトシがいないとどうもブレーキが利かないな」

 

「基本的には私たちは変わってないって事だね」

 

「とにかく、本番までに何か一つくらいはマスターしておきたいものだ」

 

 

 出島さんから借りた本に目を通していると、ふと気になることが出てきた。

 

「タカトシは兎も角として、萩村は何をやるんだ?」

 

「あれは? 耳が大きくなるマジック」

 

「あれはただの小道具だろ? というか、萩村は耳よりも背を大きくしたいんじゃ――」

 

「なかなか面白い話をしてますね?」

 

「は、萩村っ!? べ、別に悪口じゃないだろ?」

 

「えぇそうですね。ですが、人に言われると倍気に障るんですよ! この貧乳会長!」

 

「人が気にしてる事を! ……なるほど、確かに倍気に障るな」

 

 

 私と萩村の不毛な争いを、丁度生徒会室に戻ってきたタカトシが呆れた顔で眺めていたのだった。




不毛な争いが……


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器用さ発揮

タカトシなら出来る……か?


 文化祭の目玉はトリプルブッキングだが、各クラスでも出し物をする事には変わりはない。生徒会の仕事を終えて教室に顔を出すと、コーヒーの匂いが充満していた。

 

「そういえばうちのクラスは喫茶店だったな」

 

「珍しいわね。タカトシが把握してなかったなんて」

 

「覚えてはいたが、こんなに匂いが充満する程何をしてたんだと思っただけだよ」

 

「なんでもラテアートをやるらしくて、その練習じゃない?」

 

「あぁ、それでか」

 

 

 あれは初心者が簡単に出来るような物ではないと思うんだがな……練習だけでどれだけのマイナスが出る事やら。

 

「あっ、タカトシ君来た」

 

「ん? 三葉、何か用か?」

 

 

 教室に顔を出してすぐ、何かと格闘していた三葉が声をかけてきた。

 

「タカトシ君なら、初めてでも出来るかなって思って」

 

「何を?」

 

「津田副会長は初体験でおめでたと……」

 

「文化祭を楽しめない身体になりたいんですか、貴女は?」

 

「じょ、冗談ですよ……では!」

 

 

 通りすがりの畑さんに脅しをかけてから、俺は三葉に説明を求める事にした。

 

「このラテアートなんだけど、結構難しくてさ……お手本を見せてもらいたくても誰も出来なくて」

 

「じゃあ何でやろうとしたんだよ……」

 

「だって、普通の喫茶店じゃ受けが良くないってネネが」

 

「まぁ一理あるかもしれないが……」

 

 

 何か目玉となるものを用意しようと考えたまでは良いんだが、せめて自分が出来る事で考えて欲しかったな。

 

「それで、説明書とかあるのか?」

 

「これだよ!」

 

 

 三葉からマニュアルを受け取り、俺は一度目を通して実践する事にした。

 

「――こんな感じか?」

 

「うわぁ! タカトシ君凄い!」

 

「ほんと器用ね、アンタ」

 

「マニュアル通りにやっただけなんだが」

 

「それが普通に出来る辺り、アンタは器用なのよ」

 

「スズ、なんだか棘を感じるのは気のせいか?」

 

 

 恐らくスズは出来なかったのだろうと思い、それ以上追及はしないでおこうと心に決め、俺は向こうの席で死にそうになっている柳本に声をかける。

 

「お前は何をやってるんだ?」

 

「失敗作の処理……」

 

「捨てるのもったいないから飲んでもらってるんだ~」

 

「それくらいならお前にも出来るだろ」

 

「他にも出来るわ!」

 

「じゃあお前もやってみるか?」

 

「……大人しくこれを処理しておきます」

 

 

 さすがに無茶ぶりだと分かっていたが、そこまであからさまに視線を逸らさなくても良いんじゃないか? これじゃあ俺が苛めてるみたいじゃないか……

 

「ねぇねぇ津田君」

 

「なに?」

 

 

 付き合い方を考え直そうとしたタイミングで、今度は轟さんに声を掛けられた。

 

「津田君なら3Dアートラテも出来るんじゃない?」

 

「3Dアートラテ? 何でそんな事を?」

 

「出来たらカッコいいじゃない?」

 

「そうか……?」

 

 

 素人が手を出しても失敗する未来しか視えない気がするんだがな……というか、柳本が処理している中に、それらしきものが見えるんだが……

 

「試しにやってみてよ。もし出来るなら、私たちにレクチャーしてもらえないかな?」

 

「たぶん出来ないと思うけど……」

 

 

 轟さんから受け取ったマニュアルを見ながら、今度は3Dラテアートに挑戦する事になった。

 

「………」

 

「すごーい! さっすがタカトシ君!」

 

「何時でも喫茶店に就職できるね」

 

「褒められてない気がするのは気のせいか?」

 

 

 一応形にはなったから良いが、やっぱり素人が手を出して良い領域では無かったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシをクラスメイトに取られてしまったので、舞台の設営などは私たち残りの生徒会メンバーと有志のみで行う事になってしまった。

 

「――というわけです」

 

「まぁ、タカトシなら出来ても不思議ではないが……」

 

「やっぱりウチで雇えないかな~?」

 

「七条先輩、冗談に聞こえませんので」

 

 

 七条グループに就職となれば、タカトシも考えてしまうかもしれない。アイツはどの職でも淡々とこなしそうだし、系列の多い七条グループなら、タカトシにピッタリの職もあるだろう。そしてゆくゆくはグループを背負って立つ存在として認められ、七条先輩と結婚――なんて展開が容易に想像出来る。

 

「ところでシノちゃん、いくら何でもそのうちわは早すぎないかな?」

 

「え?」

 

 

 七条先輩に言われて初めて、私は会長が持っているうちわがアイドルのコンサートなどで見かけるものだと気がついた。

 

「それにしても、我が校にアイドルがやってくるなんて初めての事だな!」

 

「あたしゃ若い男の子のアイドルが良かったわね」

 

「例えそうだったとしても、手を出した時点で犯罪ですからね?」

 

「双方同意なら犯罪にはならないわよ」

 

「事務所から訴えられたいのなら我々が関与しない場所でどうぞ?」

 

「……ところで、津田は何処に行ったの? こういう仕事は男の担当じゃないの?」

 

「(あっ、誤魔化した)」

 

 

 さすがに事務所から訴えられたら横島先生でも困るんだな……当然かもしれないけど。

 

「タカトシ君なら、クラスメイトたちにラテアートの指導をしてるらしいですよ~」

 

「なるほど、そっちも津田にしか出来なさそうね」

 

「アイツは器用ですからね」

 

 

 さっき私が思った事を、会長たちも思ったようで、私たちは全員でタカトシが指導しているであろう教室を見上げ、同時にため息を吐いたのだった。




さすがにそれはマズいだろ、横島先生……


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チャリティーオークション

危険な奴らが……


 いよいよ文化祭当日となり、我々生徒会はチャリティーのオークションを開くことになっている。

 

「――って、何で横島先生が開催してる風に言ってるんですか?」

 

「私は生徒会顧問だ。私が開催してると言っても問題ないだろ?」

 

「ありまくりでしょうが……」

 

 

 壇上には天草をはじめとする生徒会メンバーがオークションの趣旨を説明しているが、私は客席の最前列でその光景を見ているのだ。

 

「まぁ、私が関わっているかはともかくとして、最前列に座れてラッキーだ」

 

「見やすいですもんね」

 

「ライブとかだと汗飛んでくるしね」

 

「なに言ってんの?」

 

 

 ここ最近小山先生のツッコミが容赦なくなってきたが、これはこれで快感だと思える。

 

『まずは桜才指定の新品上履きを百円から』

 

「おっ、オークションが始まったな」

 

 

 客席から落札額が飛び交う中、少し後ろに座る畑が質問を投げ掛けた。

 

「サイズいくつですか?」

 

『えっと……あれ? 書いてない』

 

『どれどれ~23センチだね、私の足にピッタリ』

 

 

 サイズが分からなかったようだが、七条が履いてサイズが判明した。アイツの足のサイズは23センチなのか。

 

『一万』

 

『上履きと一番縁が無い人が落札しないでください!』

 

「相変わらずあの人はぶっ飛んでるな~」

 

「彼女も貴女には言われたくないと思いますよ」

 

「いや、あの人は私以上にぶっ飛んでると思う」

 

 

 津田から言わせればどっちもどっちなんだろうが、私から言わせてもらえば、私はあくまでも若い男専門で、女には興味ないからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 順調にオークションが進む中、次とその次は今回の目玉商品と言えるものが出品される。

 

「続いては、今日の為に書いてもらった、人気アイドルトリプルブッキングの直筆サイン!」

 

「こちらはサインが入った封筒もついてきます」

 

 

 客席――主に男子たちが声を上げて驚いている。トリプルブッキングのサインはそれなりに値が張るものらしいのだが、転売は禁止だと思う。

 

「先輩、切手がはがれかけてます」

 

「あっ」

 

 

 封筒からはがれた切手の裏をアリアが舐めて張り直す。

 

『五万』

 

「ファン以外の落札はご遠慮ください!」

 

 

 アリアに対する変態行動で脱線しかかったが、出島さんの落札を禁止したお陰で、高校生の常識の範囲内の金額で落札された。

 

「そして、こちらも大注目! 新聞部から提供された、津田タカトシ先生のエッセイを纏めた本!」

 

「ん?」

 

「今までの全てのエッセイがこの一冊に詰まっております。これさえあれば、かさばる新聞を処分でき、何時でも感動する事が出来るでしょう」

 

「そんなもの、俺は聞いてないんですが」

 

 

 タカトシが横から鋭い視線を向けてきているが、こればっかりは私だって欲しいと思い、畑の出品を認めたのだ。

 

「こちらは三千円からスタート」

 

『五千!』

 

『一万!』

 

『三万!』

 

 

 あっという間に十倍の値が付いたが、まだまだ収まる様子が無い。私も欲しかったが、予算は二万までだったから無理だな……

 

『十万!』

 

「おっと、十万円です! 十万円! 他にいませんか?」

 

 

 ここまで値が上がるとは思っていなかったが、本人が払うと言っているのだから進めるしかない。しかしこれ以上値が上がると、ぼったくりの感じがしてくる気が……

 

「他にいませんね? では十万円でハンマープライス!」

 

 

 落札者が決定し、客席からは割れんばかりの拍手が起こった。中には悔し涙を流している女子生徒も見受けられる。

 

「普通に増刷すれば、かなり売れそうだな」

 

「俺は新聞部の利益の為に書いてるわけじゃないんですがね」

 

 

 興奮に包まれる会場の中で唯一冷めた雰囲気のタカトシに、私たちは畑に増刷の提案をする事を諦めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オークションが無事に終わったタイミングで、客席にいたはずの横島先生が舞台裏に現れた。どうやら緊急の用事らしい。

 

「えっ、遅れる!?」

 

「先方から電話があって、渋滞に捕まったらしい」

 

「どうします? もう二時ですし」

 

 

 トリプルブッキングのライブ予定時間は二時から三時だったのだが、渋滞では仕方がないだろう。こればっかりは彼女たちの所為ではない。

 

「我々で時間を稼ぐしかあるまい」

 

「でもどうやって?」

 

「本番前からトークで時間稼ぎするタイプの風俗嬢のようにすればいいんじゃね?」

 

「アンタは黙っててもらえますか?」

 

 

 おかしなことを言いだした横島先生を黙らせて、俺はシノ会長に意見を求める。

 

「アリアやタカトシが練習していた手品で時間を稼ぐのはどうだ? 私や萩村もフォローするし」

 

「でも私は兎も角タカトシ君が前座をやったら、本番のライブより盛り上がっちゃうんじゃないかな?」

 

「いや、そんな事ないでしょ……」

 

 

 本職のアイドルと少しかじった程度のマジックを比べる事自体失礼だと思うんだがな……

 

「とにかく、トリプルブッキングが到着するまでの間、我々で時間を稼ぐしかないんだ!」

 

「そうなると人手が必要ですよね? コトミたちにも声をかけてみましょうか」

 

「そうだな。コトミが来ても役に立つとは思えないが、何かに使えるかもしれないしな」

 

「俺もそう思いますが、会長がそれを言わんでください」

 

「す、すまん……」

 

 

 俺だって思ったけど言わなかったんだから、会長にも我慢してもらいたかったな……




コトミの評価は相変わらず


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時間稼ぎの方法

コトミのこういうところは変わってないな……


 会長に呼ばれて舞台裏にやってくると、非情に焦っている会長や七条先輩が申し訳なさそうに事情を説明してくれた。

 

「――というわけで、何とかして時間をかせがなければいけなくなった」

 

「悪いんだけど、手伝ってもらえないかな?」

 

 

 会長と七条先輩から何かを頼まれるなんて、今まであっただろうか。何とも言えない快感に見舞われ、私は会長たちの頼みを聞き入れる事にした。

 

「そういう事でしたら、お手伝いしますよ。一度でいいからやってみたかったんですよね。主役が到着するまで時間をかせぐっていうのを」

 

「引き受けてくれたのはありがたいが、それって死亡フラグ建ってないか?」

 

「そんな事ないですよ~。ところで、タカ兄とスズ先輩は何処に行ったんですか?」

 

 

 さっきから会長と七条先輩しか見当たらないので、私は思わずそう尋ねた。だってタカ兄がいれば何とかなりそうだし、スズ先輩がいれば知恵を借りられそうだから。

 

「二人には会場の人たちへの事情説明と、時間をかせぐのに必要なものを調達しに行ってもらっている」

 

「なるほど、スズ先輩が事情説明で、タカ兄が道具の調達にいってるんですね」

 

「その通りだが、良く分かったな」

 

「そりゃスズ先輩じゃ、道具調達に時間が掛かり過ぎそうで――」

 

「人がいないと思って随分な事を言ってるじゃない?」

 

「――ひぇ、す、スズ先輩……」

 

 

 背後から現れたスズ先輩に脛を蹴り上げられ、私は暫くその場で悶絶する事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とかタカトシが用意してくれた道具を使って、私たちはマジックを披露する事になった。

 

「世紀のマジック! 真っ二つ!」

 

 

 上半身役をアリア、下半身役を五十嵐が担当しているので、本当に人が真っ二つになっているわけではない。

 

「そのマジックの種は、二人に分かれてるんですよね?」

 

 

 客席からそう指摘してきたのは、七条家のメイドである、出島さんだ。実際そうだが、ネタバラシをされたら盛り上がらないじゃないか。

 

「そ、そんな事ないですよ? どちらともちゃんとアリアの身体だ!」

 

「そうですか――」

 

 

 何とか納得してもらえたようで、私は安堵の息を吐く。

 

「では、それを証明してください」

 

「しょ、証明?」

 

 

 安堵の息を吐いたのもつかの間、私はどうすれば良いのか困ってしまう。というか、時間稼ぎだって分かってるはずなのに、何でこの人はここまで追求してくるんだ……

 

「はい。本当に上半身も下半身もお嬢様の身体であるのなら、それを証明してみてください」

 

「ど、どうすれば納得してくれるんですか?」

 

「では僭越ながら」

 

 

 そう言って立ち上がった出島さんは、おもむろに上半身に近づき、その身体をなめるように見回す。

 

「確かに上半身はお嬢様で間違いないですね」

 

 

 そう言って今度は下半身をなめまわすように――ではなく、本当に舐めようとしたところをタカトシに捕まった。

 

「素人の時間稼ぎ程度のマジックにハイクオリティを求められても困るんですが」

 

「た、タカトシ! 助かったぞ……」

 

 

 そのまま出島さんを舞台袖まで連行していったタカトシにお礼を言い、私たちは次のマジックを披露する為に一旦舞台袖にはけた。出島さんが連行されていった方ではない側に。

 

「一時はどうなる事かと思ったぞ」

 

「危うく風紀委員長の下半身が強制露出されるところでしたね」

 

「出島さん、本気で舐めようとしてたからね~」

 

 

 私の言葉に、アシスタント役の畑と、上半身役のアリアが同意して五十嵐を見る。彼女は安堵した表情が一変し真っ青になっている。

 

「もしかして風紀委員長、大勢の前で絶頂してしまう妄想でもしてるんですか?」

 

「ち、違います! というか、何なんですか! あの人は!」

 

「ゴメンね、カエデちゃん。出島さん、何時もはあんなこと言わないんだけどな」

 

「大勢の前で女子生徒を舐めまわしたかったのか?」

 

「かもしれないね~」

 

 

 私とアリアの、冗談なのか本気なのか分かりにくいギャグを聞いた五十嵐は、その場で気絶してしまった。

 

「おっ、今日は黒なんですね~。風紀委員長がこんなイヤラシイ下着を穿いてるとは」

 

「なんだか湿ってないか?」

 

「触って確かめるべきですかね?」

 

「アンタら、タカトシに報告しますからね」

 

「あっ、スズちゃん……」

 

 

 五十嵐の下着を覗き込んだコトミにつられてしまった私たちは、もう一人の存在を思い出して全身に冷や汗を掻いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とかトリプルブッキングが到着し、すぐにライブを開始してくれたので客席からの不満は最小限にとどめる事が出来た。

 

「お疲れさまでした、会長……会長?」

 

「寝ちゃってる」

 

「まぁ、色々ありましたからね」

 

「半分以上は会長たちの自業自得だと思いますが」

 

 

 さっきまでタカトシに説教されていたのは、会長たちが五十嵐先輩の下着を覗き込んでいたからで、それで疲れているのなら紛れもなく自業自得だ。

 

「会長の為に、録画しておくべきですかね。楽しみにしてましたし」

 

「そうだね。スズちゃんは寝フェチなんだね」

 

「トリプルブッキングのライブを撮れって言ったんだよ!」

 

「スズ、声が大きいよ」

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

 

 何で私が怒られなきゃいけないのか釈然としないけども、確かに声が大きかったのは私にも分かったので、タカトシに小声で謝ってから七条先輩を睨みつけたのだった。




出島さんは危険人物だな……


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カエデのお誘い

忘れてた……


 コーラス部の部室から出て、私は廊下でさっきまで部員から頼まれていたことを思い返す。

 

『部長、男子部員の獲得を検討してください』

 

『テノールがいればもっとメリハリがつくと思うんです』

 

「はぁ……」

 

 

 確かに、男子部員がいればもっと選曲の幅も広がるだろうし、共学になったのだから男子部員が入部してきてもおかしくはないだろう。だが、私はタカトシ君以外の男子生徒との接触が苦手なのだ。

 

「男子部員欲しい……か」

 

 

 思わずつぶやいてしまったが、別におかしなことを言っているわけではないので構わないか。

 

「五十嵐先輩」

 

「あら、津田さん」

 

 

 背後から津田さんに声を掛けられた。タカトシ君がいる時は結構付き合いがある方だと思うけど、互いに一人の時に積極的に話した記憶は、私が注意してる時以外思い浮かばないわね……

 

「話は聞かせてもらいました。男子の陰部が欲しいんですね! ふたなり希望とは」

 

「ちょっと何言ってるか分からない……」

 

 

 この子は全く変わってないから、タカトシ君も苦労してるんだろうな……というか、どういう聞き間違いをしてるのよ。

 

「さっき部員から頼まれたのよ。男子部員の獲得を検討して欲しいって」

 

「男子部員ですか。でも先輩って確か、男性を見ると○される妄想を――」

 

「さっきから何を言ってるんだ、お前は」

 

「た、タカ兄……何でもないです!」

 

 

 津田さんの背後から現れたタカトシ君を見て、彼女は脱兎のごとく逃げ出した。廊下を走った件で、後で風紀委員会本部に出頭してもらわないと駄目ね。

 

「それで、コトミと何を話してたんですか?」

 

 

 せっかくだし、タカトシ君を誘ってみようかしら。運動部に参加する余裕はなくても、文化部ならそれなりに時間を作れるかもだし。

 

「コーラス部に興味ないかな?」

 

「コーラス部、ですか? 何故いきなり」

 

 

 事情を聞かれて、私は事の概要をかいつまんで説明した。

 

「――というわけなの」

 

「なるほど……」

 

 

 少し考えてくれているようだ。ここはコーラスの良いところをアピールしてもっと興味を持ってもらおう。

 

「コーラスは良いよ。歌は上手くなるし、肺活量鍛えられるし」

 

 

 タカトシ君は元々歌は上手だし、肺活量も多い方だけど、興味を持ってもらう為に私は利点を上げていく。

 

「? 畑さん、何をメモってるんですか?」

 

「風紀委員長が副会長に夜の誘いをしてる現場に遭遇したので」

 

「そんな事してません! というか、何でそんな風に曲解してるんですか!?」

 

「えっ? だって肺活量が多い男は夜の営みが――」

 

「新聞部は活動休止にされたいんですか? それとカエデさん、申し訳ありませんが、部活に参加出来るだけの余裕が無いのでお断りさせてもらいます」

 

「そう……分かったわ」

 

 

 やっぱりタカトシ君には部活に参加出来るだけの時間的余裕が無かったか……もし参加してくれれば、少しでもタカトシ君と――って!

 

「私はそんな邪な気持ちで誘ったわけじゃ――はっ!?」

 

「………」

 

 

 自分の考えを否定しようと声を出してしまい、私はタカトシ君と畑さんから白い目で見られてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は義姉さんが泊まりに来るそうだが、生徒会の業務が多くて夕飯の支度は俺がする事になった。まぁ、互いにバイトではないので、元々俺がするつもりだったから何の問題も無いが……

 

「ただいま。あー疲れました。おっ、これ美味しそうですね」

 

「いろいろとツッコミたいですが、つまみ食いは行儀が悪いのでやめてください」

 

 

 当たり前のように玄関からリビングを通ってキッチンにやってきた義姉さんに、とりあえず行儀が悪いとツッコミを入れる。今更自分の家のように入ってきた事を指摘しても響かないだろうし……

 

「たっだいまー! あっ、タカ兄特性のから揚げだ!」

 

「つまみ食いするな! そして手を洗ってこい!」

 

「はーい」

 

 

 義姉妹で同じようにつまみ食いをするとは……

 

「タカ君、私とコトちゃんに対する注意、随分と違うんだね」

 

「義姉さんも怒鳴られたいと?」

 

「いえ、そうではなく。長年コトちゃんのお兄ちゃんをしてるんだなと思いまして」

 

「そんな事で感心されたくないですが、義姉さんも手を洗って来て下さい。お茶の用意をしておきますから」

 

「分かりました」

 

 

 本当の家族のように接している部分もあるが、義姉さんはあくまでもこの家の住人ではない。だから俺も多少は加減するのだ。

 

「そうそうタカ兄」

 

「何だ?」

 

「さっき畑先輩から、五十嵐先輩に夜のお誘いを受けたって聞いたんだけどホント?」

 

「あの人は……今度みっちり絞る必要がありそうだな」

 

 

 誤解だと分かっていたはずなのに、何でそう言った誤りを流布しようとするかな、あの人は……

 

「そういえばコトミ、今日の現国の授業で小テストがあったんじゃないか?」

 

「……さーて、宿題を片付けてこなきゃ」

 

「逃げるな」

 

「だ、大丈夫だよ……ちゃんと70点は超えたから」

 

「あれだけ俺と義姉さんで説明してるのに、七割しか理解出来てないのかお前は……」

 

「これ以上高望みされても無理だからね! 後は前日の詰め込みでどれだけ拾えるかくらいだから!」

 

 

 必死になって弁明するコトミを見て、俺は思わずため息を吐く。七割理解出来ていると捉えるか、七割しか分かっていないと嘆くか、日ごろの苦労を考えれば嘆きたくなるのはコトミにも分かってるんだろうが、確かにこれ以上は無理なんだろうな……




畑さんは相変わらず……


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お眠のスズ

眠くなるのは分かる


 生徒会の作業は放課後に行うのがだいたいなので、私の体質上若干眠くなってくる時間帯なのだ。でも今日は作業が多いのでお昼寝タイムは取れそうにないわね……

 

『校内十周!』

 

『おーっ!』

 

「柔道部は元気だな」

 

 

 よかった。ムツミの大きな声のお陰で少し眠気が冷めてきたし、このまま外の音を聞いてれば寝なくて済むかもしれない。

 

『タッタッタ――』

 

「………」

 

「スズ?」

 

 

 一定のリズムを聞いていたら、いつの間にか寝てしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣で凄い音がしたから横を向いたら、スズが寝落ちしてしまったようだ。何時もなら自分の意思で寝るのでこのような事は無いのだが、柔道部が走ってる足音を聞いていた所為で寝落ちしたんだろう。

 

「困ったな。萩村が寝てしまったら今日の作業、終わるかどうか分からないぞ」

 

「スズもそれが分かってたから昼寝を我慢していたんでしょうが、一定のリズム音には抗えなかったようですね」

 

 

 スズが処理するはずだった書類に目を通し、この程度なら何とかなると思い起こす事はせずに代わりに作業する。普段はバイトとかで早めに抜ける事があるので、こういう時くらいは恩返しをしておかないと。

 

「タカトシ君だけにやらせるわけにはいかないよ。私にも少し分けて?」

 

「いえ、アリア先輩だってかなりの量が残ってるんですから、スズの分は俺が片づけておきます」

 

「そうは言ってもな……君だって我々と同じ量を片付けた後だろ? それなのに萩村の分まで君に任せるのは――」

 

「気にしないでください。先輩たちがボケなくなってきたお陰で、作業効率は上がっているので」

 

 

 前は先輩たちのボケにツッコんだり、面倒な時は気絶させたりしていたので、作業スピードはかなり遅かった。だがボケなくなるだけでここまで作業効率が上がるって、普通ならありえないと思うんだがな。

 

「アリア、早めに私たちの分の作業を終わらせてタカトシを手伝おう」

 

「そうだね」

 

「急ぐ必要は無いですからね」

 

 

 俺としてはこれくらいなら一人でも十分終わらせられるので、先輩たちの手を煩わせる事は無いんだが、どうやらそれでは納得してくれないらしい。まぁ、自分の仕事を早く終わらせようと思うのは悪い事ではないので、これ以上は何も言わないでおこう。

 

「それにしても、萩村も無理せず少し仮眠をとれば良かったのに」

 

「何時ものお昼寝って感じじゃないよね。ぐっすり寝てる」

 

「疲れがたまっていたのもあるんじゃないですか? 文化祭の準備やその前の体育祭とかで」

 

「だがそれは我々全員が同じじゃないのか? まぁ、私は楽しんでたからそれ程疲れたという感じではなかったが」

 

「シノちゃんはライブ中にぐっすりだったしね」

 

「うっ……」

 

 

 あれほど楽しみにしていたトリプルブッキングのライブ中に寝落ちしたシノ会長が、恥ずかし気に視線を逸らした。まぁ、動画で確認してたから見逃したというわけではないが、やっぱり生で観たかったんだろう。

 

「――さて、こっちは終わったぞ」

 

「私も~」

 

「俺の方も、これで最後です」

 

「結局君一人に任せてしまったな」

 

「いえ、お気になさらず」

 

 

 スズの分も終わらせて、今日の生徒会作業は終了となる。だが未だに起きる気配がないスズをどうするか、先輩たちは少し考えてから俺を見た。

 

「頼めるか?」

 

「構いませんよ。今日はバイトも無いですし、コトミは下で柔道部の手伝いをしてるみたいですし」

 

 

 部活中という事は、マネージャーのコトミも仕事中なんだろうから、急いで帰る必要もない。俺はそう判断して寝ているスズを背負い、鞄を先輩たちに任せて萩村家へ向かう事にした。

 

「良いな~スズちゃん。タカトシ君におんぶしてもらえて」

 

「本人は子供っぽくていやだ! とか思うかもしれないぞ?」

 

「でも、タカトシ君に抱き着いてるわけでしょ? 私からしてみたら羨ましいよ~」

 

 

 後ろで何か話してるが、下手に首を突っ込んで二人も背負う展開になるのは避けたいので、聞こえないふりを続けよう。

 

「スズ、そろそろ着くから起きろ」

 

「ん……」

 

 

 さすがに家の中まで背負って入るのは避けたかったので、家の少し前でスズを起こす。するとスズは弾かれたように辺りを見渡し、そして申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

 

「ゴメン、わざわざウチまで運んでもらっちゃって……あれ? 私、作業終わらせましたっけ?」

 

「そっちもタカトシ君がやってくれたから大丈夫だよ~」

 

「重ね重ね、ゴメン……」

 

「別に気にしてない。スズには色々と世話になってるから、これくらいじゃまだ返しきれてないし」

 

「(津田副会長のオナペットは萩村女史――)」

 

「何処から湧いて出てきたんですか、貴女は」

 

「あっ……」

 

 

 電柱の影に気配を感じ気づかれないように背後に回って問い詰めると、畑さんはこの世の終わりのような表情を浮かべた。別にそこまで威圧した覚えはないんだが……

 

「とりあえず、今日はありがとう。お陰でゆっくり休めたわ」

 

「それは良かった。でも、結構寝てたけど、夜寝られるの?」

 

「……今、何時?」

 

「そろそろ十八時」

 

「私、何時寝ました?」

 

「十五時半くらいか?」

 

「そうだね~」

 

「………」

 

 

 恐らく寝すぎたと思ってるんだろうが、スズの精神的疲労度を考えれば、まだ回復しきれてないと思うんだがな……俺が言える立場ではないんだが。




何処にでも現れる畑さん……


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関係性の違い

どっちの生徒会もあんまり変わらないな……


 英稜高校生徒会は現在、女子三人で切り盛りしています。書類整理や他の作業なら何とかなるのですが、力仕事などの時は男手が欲しいと思ってしまうのも仕方がないのかもしれません。

 

「やっぱりこういう時は男手があった方が良いのかもしれませんね」

 

「でも気楽で良くないですか? 何処でもお化粧出来ますし」

 

「ここでしちゃダメよ」

 

 

 英稜の高速では化粧を禁止してはいないが、生徒の模範となるべき生徒会役員があまり派手なメイクをしたり、校内でメイク直ししてると知られたら歯止めが利かなくなるかもしれないという理由で、会長が生徒会役員はファンデーションを使うくらいにするようにと決めたのだ。

 

「でもメイク中の女子って、変顔フェチに需要があるよ?」

 

「収束に向かった話を変な方向に広げないでください。というか、タカトシ君の前以外でも自重してくれませんか?」

 

「これくらい女子トークの普通だよ。ねっ、青葉っち?」

 

「そうですね~」

 

「……桜才ほどじゃないけど、この生徒会もおかしい」

 

 

 今の桜才生徒会は昔ほどではないにしろ、かなり酷い状況だとタカトシ君の苦労を見て知っているけども、英稜も負けず劣らず酷い気がしてきた……

 

「あっ、ちょっとトイレに行ってきますね」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 青葉さんがトイレに出て行ったのを見送って、魚見会長が身を縮こませる。

 

「今日は少し寒いね」

 

「そうですか? 重い物を運んだあとだけじゃなく、今日は暖かいと思いますけど」

 

「これが若さか……」

 

「一つしか違わないじゃないですか」

 

 

 前にもこのボケを聞いたことがある気がする……高校二年と三年の一学年でそれ程違うとは思えないし、そもそも暑さ寒さに歳の差など関係ない気がする……

 

「カーディガンを脱ごうっと」

 

 

 汗を掻くまではいかなくても、今日はカーディガンは不要な陽気だし、私はカーディガンを脱いで椅子に掛ける。

 

「ピンク」

 

「? ……っ!?」

 

 

 会長が背中を覗き込んで呟いた言葉の意味を理解し、私は瞬時にカーディガンを羽織り直す。ついでに猫背になってしまったのは、無意識に背中を守ろうとしたんだろうな……

 

「戻りました――副会長、寒がりですか?」

 

 

 カーディガンを脱ぎ、袖を捲っている青葉さんにそう言われてしまった……まぁ、会長はあくまでも普通に範囲でカーディガンを羽織ってるけど、私は身を守るように猫背で腕で身体を抱いているのだから、そう思われても仕方がないのかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は珍しくタカ君とサクラっち、そして私の三人でシフトに入っていたので、帰りは恒例の寄り道タイムとなった。ちなみに、コトちゃんの晩御飯はタカ君がお弁当を作ったついでに冷蔵庫に入れておいたので、それを温め直して食べるよう言ってある。

 

「三人そろうのは久しぶりだね」

 

「そうですね。私と会長はたまに一緒になりますけど、タカトシ君とは殆ど一緒になりませんしね」

 

「新人研修でどうしても被らなかったからな」

 

 

 私たちはケーキと紅茶を注文して、タカ君はコーヒーだけ。甘いものが苦手ではないけど、あまり好んで摂取しないタカ君は、こういう店に入ってもコーヒーだけの時が多いのだ。

 

「タカ君もたまには食べればいいのに」

 

「そうだよ。何なら一口食べる?」

 

 

 サクラっちが差し出したケーキを、タカ君は特に意識せずに食べる。こういうところを見せつけられるから、タカ君とサクラっちが付き合ってないって言っても信じられないんだよね……

 

「ケーキとは違う甘さを感じます」

 

「何言ってるんですか?」

 

「タカ君とサクラっちはそういう事を平然とやってのけるから気にならないのかもしれませんが、『はいあーん』を目の前で見せられた私の気持ちを少しは考えてくれませんかね?」

 

「別にそんな意図はなかったんですが……」

 

「間接キスくらいで大袈裟な」

 

「じゃあタカ君、こっちも食べて」

 

 

 サクラっちに対抗意識を燃やした――わけではないですが、何となく面白くなかったので私もケーキを一口タカ君に差し出した。ちなみに、サクラっちと同じケーキなので、食べ比べにはならない。

 

「なんなんですか、いったい」

 

 

 呆れながらもタカ君は私の差し出したケーキも食べてくれた。そしてそのフォークを使って食べた次の一口は、さっきまでとは違った味がした気がしました。

 

「タカ君の味がします」

 

「なんですか、それ……」

 

 

 二口食べたからか、タカ君はコーヒーを啜って少し顔を顰める。ケーキの甘さと私たちの甘さが合わさった口の中に、ブラックコーヒーがより苦く感じられたのかもしれない。

 

「タカ君はこの後コトちゃんの勉強を見るの?」

 

「自分一人で宿題に取り込もうとしているのは良いんですが、ご存じの通り一人では終わらせることが出来ないので」

 

「途中までは出来てるのにね」

 

 

 私とタカ君が苦労して教え続けたお陰で、コトちゃんもある程度は理解出来ているようだけど、どうしても最後まで一人で宿題を終わらせることが出来ないのだ。

 

「また手伝いに行くね」

 

「すみません」

 

「いいの、お義姉ちゃんだから」

 

 

 私とタカ君の会話を、サクラっちがどこか羨ましそうに眺めていた気がしたけど、私からしてみれば、サクラっちの方が羨ましいんだけどな。




珍しくウオミー絡みで甘くなったな……


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遊び場所

何でもある七条家……


 最近コトミが大人しくしているからか、タカトシの機嫌がそこまで悪くないように感じる。まぁ、タカトシの機嫌が悪かった原因はコトミだけじゃなく、私たちだった時もあったのであまりコトミだけを責める気にはなれないのだがな……

 

「今日は生徒会業務も早く終わったし、この後遊びに行かないか?」

 

「寄り道は禁止ですよ?」

 

「だから、一度帰ってから何処かに行かないか、と言っているのだ」

 

「だったらウチにおいでよ~。遊戯室もあるし、大抵のモノはあるから」

 

「こうやって聞くと、やっぱりアリアは物凄いお嬢様だなって思い知らされるな」

 

 

 自慢げに言われれば嫌味な奴だと思うだけだろうが、さも当然のように誘われてはそんな風に思う気すら起こらない。というか、アリアは普通に私たちを家に招待してくれているだけだしな……

 

「じゃあ後程七条家に集合だな!」

 

「あっ、出島さんが迎えに来てくれるから、途中でみんなの家によって着替えてくれば良いよ~」

 

「……至れり尽くせりだな」

 

 

 出島さんの運転というのが何処か不安だったが、特に問題も起こらずに各々の家に到着し、着替えて再び車に乗り込み七条家へやってきた。

 

「何度か来た事あるけど、やっぱり大きいですね」

 

「出島さん、今日は迷子になったりしないでしょうね?」

 

「当たり前です! 毎日目隠して散歩プレイしているんですから!」

 

「威張って言うような事ではないと思うんですがね……というか、女子会なら俺がいてはマズいのでは」

 

「今日は生徒会メンバーと遊ぶだけで、女子会というわけではないぞ!」

 

「はぁ……まぁ今日は特に予定もなかったですから急いで帰る理由もないですけど」

 

「というか、タカトシが時間を確保するのが難しいから、私たちと交流する時間が減ってきているんだぞ?」

 

「それは申し訳ないです」

 

 

 タカトシはコトミの世話だけでなく、バイトもしているので仕方ないといえばそれまでなのだが、同じ生徒会メンバーとして最近交流する機会が減ってきているのは寂しいものなのだ。決して、私個人の感情を優先したわけではないからな。

 

「それでお嬢様、今日は何をなさるおつもりでしょうか?」

 

「ビリヤードはスズちゃんが不利っぽいし、ボウリングでもしようか?」

 

「家にボウリング場があるのか?」

 

「この前増設したんだ~。お母さんがお父さんと勝負して、徐々に辱めていくプレイをしたいからって」

 

「最早スケールが大きいのかおかしいのか分からなくなってきた……」

 

 

 そんな理由で施設を増やすなど、私たちからしてみればあり得ないのだが、七条家の感覚からしたら普通なのかもしれないな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ボウリングはタカトシ君の圧勝で終わり、今度はカラオケをしようということで、私たちはカラオケルームへ移動した。

 

「忘れがちだけど、ここって一個人の家なのよね……」

 

「どれだけ儲かってるんだ、七条グループ……」

 

「まぁ、遊びに行くのに困らないから便利と言えば便利だな! 移動に懸かる費用も馬鹿にならないし」

 

「ウチで良かったら何時でも遊びに来て良いよ~」

 

「さっきから出島さんが皆さんの事を見て息を荒げているのは、気にしなくていいんでしょうか?」

 

「「なにっ!?」」

 

 

 タカトシ君にバレていたと分かったからか、出島さんが姿を現わした。確かに息が乱れているように感じられるけど、何かあったのかな?

 

「お嬢様の揺れるお胸! 天草さんの健康的な太腿! 萩村さんの小さなお尻! 何処を見ても天国ですね!」

 

「あらあら」

 

「どうせ私の胸は揺れないさ……」

 

「小さいって言うな!」

 

「そして時々向けられるタカトシ様の鋭い視線! それだけで不肖出島サヤカ、何度も絶頂してしまいました」

 

「それで息が乱れてたんだね~」

 

 

 タカトシ君に見られただけで絶頂してしまうなんて、出島さんも本当にタカトシ君に躾けられたいんだなって感じる。私も昔の私と比べればだいぶタカトシ君に躾けられちゃったし。

 

「というか出島さんは仕事しなくていいんですか?」

 

「御心配には及びません。お嬢様の身の安全を確保するのも私の仕事ですので」

 

「屋敷内――さらにこの面子で行動してるのにどんな危険があるって言うんだよ……」

 

「例えば、タカトシ様が目覚めお嬢様を襲ったり――」

 

「そんな事はあり得ないから、心配するだけ無駄です」

 

「まさか、タカトシ様は貧乳好き!? それともロリっ!?」

 

「貧乳って言うな!」

 

「誰がロリだっ!」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 シノちゃんとスズちゃんに脛を蹴られ、出島さんは嬉しそうにお礼を言う。男性相手にはSな出島さんも、たまにMっぽいんだよね~。まぁ、私もタカトシ君と会うまではSだって思ってたけど、実はMだったって分かったんだけどね~。

 

「それじゃあ出島さんは締め出して、誰から歌う?」

 

「会長からでいいのでは? 何時も先頭を歩いてるわけですし、ここも一番槍をお願いします」

 

「うむ、そう言われては歌わないわけにはいかないな!」

 

「というか、ドリンクバーまであるんですね」

 

「好きなの飲んで~。あっ、さすがに変なものは混じってないから安心して良いよ」

 

「それを心配しなきゃいけないってどんな状況だよ……」

 

 

 タカトシ君には呆れられちゃったけど、こうして皆を家に呼んで一緒に遊びって楽しい。今度はカエデちゃんやカナちゃんたちも呼んで遊びたいな。




出島さんはちゃんと働いてるようで働いてない……


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太った原因

ちゃっかり美味しい思いしてたんだな……


 私は今悩んでいる。来週の練習試合に向けて計量を行ったのだが、なんとオーバーしてしまったのだ。試合に出る為には何としても体重を戻さなければいけないのだが、これだけ練習してるのに何で太ってしまったのかが分からないし、練習だけでは体重を戻せないのだ。

 

「――というわけなんだけど、何かいい案無いかな?」

 

 

 こういう悩みは一人で抱え込んでも仕方がないので、私は柔道部の皆に意見を求める事にした。

 

「それなら楽な、入浴ダイエットですよ。汗を掻いて毒素を出す」

 

「ウォーキングは? 効率よく脂肪燃やせますけど」

 

「うーん、悩むな……」

 

 

 コトミちゃんとトッキーの意見を聞いて、私はどっちをしようか頭を悩ませる。だってどっちも良さそうなんだも……

 

「――とゆーわけで、ジムの温水プールで水中ウォーキングを実施します!」

 

「「「「「(混ざった!?)」」」」」

 

「今回はさらに負荷を掛ける為に、ペアをおんぶして歩きます」

 

「うへぇ……」

 

「ムツミ先輩! それってマネージャーの私もやるんですか?」

 

 

 マネージャーとして同行しているコトミちゃんが挙手をして質問をしてくる。確かにコトミちゃんは試合に出るわけじゃないから鍛えなくても良いのかもしれないけど――

 

「せっかくだからやってね」

 

「うへぇ……」

 

 

 参加してもらおうとしたら、コトミちゃんもチリと同じ反応をした。

 

「(なんでみんな嫌そうなんだろう……? せっかく鍛えられるし、痩せられるのに)」

 

 

 一つの作業で二つの効果が出るんだから、こんなにいい事はないと思うんだけどな……

 

「それじゃあさっそく、チリ」

 

「はいよ」

 

 

 まずは私がチリをおんぶして水中ウォーキングを開始する。それ程キツくないと思っていたんだけど、進むにつれてだんだんと厳しさが増してきた。

 

「結構キツイね、これ……これはカロリーを消費するな」

 

「あんたって食べても太らない体質だと思ってたけど、やっぱり人の子だね」

 

「うん、最近食べ過ぎてたかも」

 

「そうか? 何時も通りに見えたけど」

 

「だってタカトシ君のお弁当のおかず、すっごく美味しいんだもん。よく取り替えっこしてるんだけど」

 

「(えっ、幸せ太り?)」

 

 

 チリが何か言いたそうな雰囲気を醸し出したけども、私は追及することなく歩き続けた。ここでしっかり痩せられれば、またタカトシ君とおかずの交換できるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マネージャーとして同行しただけなのに、何故か私も参加しなければいけなくなった。まぁ今はトッキーの錘として参加してるんだけど。

 

「んぷっ!?」

 

「どうしたの?」

 

「鼻に水が入った」

 

「相変わらずドジっ子だな~」

 

 

 重心を前に傾けすぎてプールに顔が浸かっちゃっただけか……心配して損したよ~……あっ!

 

「トッキー、私トイレ」

 

「はっ? もうちょい我慢しろ」

 

「だって、おんぶって……お尻の穴開くでしょ? そこから水入って……」

 

「すぐ出るから!!」

 

 

 危機的状況を察してくれたのか、さっきよりも急いで歩いてくれたトッキー。そのお陰で私は、ジムのプールで粗相をする事なく済んだ。

 

「いや~危なかったよ」

 

「ホントにな……」

 

「あれ? トッキーたちも休憩?」

 

「部長……いや、ちょっと」

 

 

 トイレから出てお喋りしていたら、ムツミ先輩たちもやってきた。

 

「そうそう、下っ腹摘まめる人は、皮下脂肪持ちらしいよ」

 

「そうなのか? ってムツミアンタ、摘まむところないじゃん」

 

「ちょっと、止めてよ~」

 

 

 チリ先輩がムツミ先輩の下っ腹を摘まもうとしても、残念ながら摘まめなかったようだ。

 

「あっ、ここ摘まめますよ。土手○ン」

 

「下のヤツ排除しろ!」

 

 

 私がムツミ先輩の土手○ンを摘まもうとしたら、トッキーに凄い力で押さえつけられた。

 

「トッキーが摘まみたいの?」

 

「違うっ!」

 

 

 力いっぱい否定されたけど、じゃあ何であんなに焦ったんだろう……私には分からないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長たちが見回りで不在の時、生徒会室に近づいてくる気配を察知し俺は視線をドアに向けた。

 

「タカトシ君、みてみて~!」

 

「三葉……一応ノックをして相手の返事を待ってからドアを開けたらどうなんだ?」

 

「あっ、ゴメンね」

 

「いや、嬉しくて舞い上がってるから仕方ないのかもしれないが」

 

「へっ?」

 

 

 何故俺がそんな事を言ったのか分からないといった様子で首を傾げる三葉。というか、それを言いたくて来たんじゃないのか?

 

「運動して体重を戻したんだろ?」

 

「うん! ……あれ? 私、タカトシ君に太ったって言ったっけ?」

 

「コトミから聞いてた。まぁ、見ればだいたいの体重は分かるんだが」

 

「へー、凄いね~。でもちょっと絞り過ぎて、スカートが――」

 

 

 三葉が何かを言い掛けたところで、彼女のスカートが落ちる。

 

「ありゃ。やっぱりちょっと緩くなっちゃったな~」

 

「今日もプールに行くのか?」

 

「うん! せっかくだから、練習試合まではプールで鍛えようと――あっ、会長。七条先輩にスズちゃんも」

 

「な、なにをしているんだ?」

 

「タカトシ君に私の身体を見てもらってます」

 

「破廉恥だ!」

 

「……絞った身体を確認してもらいたかっただけらしいです。そもそも、これは下着ではなく水着です」

 

 

 相変わらずの勘違いだが、さすがの俺でも女子が下半身下着姿を曝して注意しないわけ無いだろうが。




コトミはいろんな意味で危なかったな……


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幼少期のタカトシ

掃除はちゃんとしろよ……


 今日はお義姉ちゃんと会長たちが我が家にやってきて、ウチ中の掃除を手伝ってもらっている。何故そんな事になったかと言うと、私が家のあちこちに余計なものを溜め込んでいるので大掃除である程度片付けろとタカ兄に怒られ、お義姉ちゃんが手伝ってくれることになり、その流れで会長たちも手伝ってくれているのだ。

 

「こらっ! 掃除サボるな!」

 

「いやー、物置から昔のマンガが出てきて……」

 

 

 ちょっとマンガを読んでいたらスズ先輩に怒られてしまった。これがタカ兄だったら、問答無用で取り上げてお説教だっただろうな。

 

「こーゆー発掘品でついつい見たくなりません?」

 

「そんなわけ……」

 

 

 スズ先輩の視線が私から側に置いてある段ボールに向けられる。あの中身は確か、昔とったビデオが入ってるはず……そしてスズ先輩が手に取ったテープに貼ってあるラベルには――

 

『タカトシ六才』

 

 

――と書かれていた。

 

「見たいんですか~?」

 

「そ、そんなわけ……」

 

「じゃあ、片づけを再開しましょうか~」

 

「くっ……まさかコトミちゃんに屈する時が来るとは」

 

 

 スズ先輩を降した私はビデオテープを持ってリビングへ向かう。お義姉ちゃんたちならすぐに喰いつくだろうから、大掃除をサボるのにはもってこいだ。

 

「なに? 昔のタカトシのビデオが出てきた?」

 

「見てみた~い」

 

「じゃあ、少し休憩してみんなで見ましょうか。タカ君は買い出しに出かけてるし」

 

「こーゆーのって、照れ臭い子供時代の姿をみんなに見られて悶えるタカ兄を楽しむんじゃないですか?」

 

「タカ君がその程度で動じるとは思えないけど?」

 

「……そうだね」

 

 

 そもそも子供時代からしっかりしていたタカ兄は、見られて困るような事は無いだろうし……むしろ子供時代の無垢なタカ兄の姿を見て先輩たちがショタに目覚めないか――

 

「あっ」

 

「? コトちゃん、どうかしたの」

 

「いえいえ、なんでも」

 

 

 お義姉ちゃんには最初からショタ属性があったんだっけ……

 

「それじゃあ、スイッチオン!」

 

 

 私がビデオデッキを操作して再生すると、いきなり子供時代のタカ兄のドアップから始まった。

 

「わっ、このころのタカトシ君可愛い~」

 

「ホントですね、ナデナデしたい……」

 

「萩村、今何か言った?」

 

「子供のタカトシ君をなめなめしたいって」

 

「思いっきり聞き間違えてますね。というか、タカトシがいないからって下発言するな!」

 

「えー、私もタカ兄をなめなめしたいって思いましたよ~?」

 

「お前と一緒にするな! この変態妹が!」

 

 

 スズ先輩に罵声と蹴りをいただいて、私は大人しくビデオ鑑賞に戻る事にした。それにしても、我が兄ながらこのころからイケメンの匂いがするなんて……

 

「おっ、タカ君がホースを持ってますね」

 

「水が出ないみたいだね~」

 

 

 テレビでは私がホースを踏んで水を止めたのが分からず、タカ兄が覗き込んでいるのを見た私が足を離した所為で、タカ兄の顔に水が○射されていた。

 

「そーいえばこんなことやったな~」

 

「子供ですから、タカ君もコトちゃんの気配をまだ察知出来てなかったんだね」

 

「これをやった後、タカ兄が覚醒して二度と同じ悪戯が出来なくなったんですよね~」

 

「つまり、コトミの悪戯がタカトシを達人クラスまで育て上げたという事か?」

 

「厳密に言えば、私の所為じゃないんですよ」

 

「どういうこと?」

 

「実はこの悪戯、お母さんがお父さんに皮ダムプレイをしてたのを見て影響されちゃって」

 

「このころから変態だったのか、アンタは!」

 

 

 スズ先輩が頑張ってツッコミ役をこなしてるけど、イマイチ威力を感じない。それは私の勘違いではなく、スズ先輩の意識が子供時代のタカ兄に向けられているからだろう。

 

『年上と年下の子、どっちが好み?』

 

『別に、一緒にいて居心地が悪くないのならどっちでも』

 

「タカ君、このころからしっかりと考えてる子だったんだね」

 

「実際タカ兄は年齢や身体的特徴で人を選んだりしませんから」

 

 

 むしろ女の子に興味があるのかと心配になるほどなんだけどね……どれだけ探してもトレジャー見つからないし……

 

「何見てるんですか? ……俺の子供時代のビデオか」

 

「タカ君、どうしてこの時からお義姉ちゃんの義弟じゃなかったの!」

 

「いや、そんな事言われても……」

 

 

 お義姉ちゃんに理不尽に責められて、さすがのタカ兄も戸惑っていた。そして私は、掃除をサボっていたことで後でこっ酷く怒られたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長が携帯をジッと見ているので、私は思わず会長に声を掛けた。

 

「何を見てるんですか?」

 

 

 これで変なサイトを見せられたらお説教していましたが、会長が見ていたのは男の子の写真でした。

 

「これだーれだ」

 

「どことなくタカトシ君に似ているような……」

 

「うん、タカ君の子供(時代)」

 

「っ!? ……あぁ、幼少期のタカトシ君の写真を撮影したんですね」

 

「この前津田家の大掃除をしてる時に出てきたんだ~。すっごく可愛かったよ」

 

「タカトシ君の幼少期ですか……ちょっと想像出来ないですね」

 

 

 今のタカトシ君から想像すると、物凄く真面目でしっかりとした子供時代だったと思うのが普通だけど、もしかしたらヤンチャとかしてたのかな……今度聞いてみよう。




コトミの変態性は昔から……


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次のイベント

はしゃぐ気持ちが分からない


 冬休み明けのテストも無事合格して、私はほっとした気持ちでお昼休みを過ごしていた。

 

「まさか私にあんな点数を取るポテンシャルがあったとは」

 

「津田先輩が必死になって詰め込んでくれたお陰でしょ? コトミだけの力ならきっと、また赤点ギリギリだったと思うよ?」

 

「最近マキも手厳しくなってきたよね……私だって少しは成長してるんだから、私だけの力だって――」

 

「思わない」

 

「せめて最後まで言わせてよ……」

 

 

 親友にぶった切られて、私は机に突っ伏す。まぁマキとは長い付き合いだから、私がどれだけ不真面目かを知られてるから仕方ないんだけどさ……

 

「あれ? トッキーは?」

 

「部活のミーティングがあるって言ってたけど。そう言えばコトミって柔道部のマネージャーじゃなかったっけ?」

 

「ミーティングは放課後だけど?」

 

 

 私は手帳に書かれたミーティングの予定をマキに見せる。そこには確かに「放課後ミーティング」と書かれており、マキも首を傾げた。

 

「……もしかして、何時ものドジっ子?」

 

「それか、コトミが予定を書き間違えたか」

 

 

 その可能性を考えてなかった私はすぐに主将に電話で確認する。

 

『はい?』

 

「ムツミ先輩、ミーティングって放課後ですよね?」

 

『そうだよー。それがどうしたの?』

 

「いえ、トッキーが昼休みにミーティングだっていって何処かに行っちゃったんで……あっ、帰ってきた」

 

 

 ムツミ先輩と電話してすぐトッキーが帰ってきたので、私は先輩にお礼を言って電話を切る。

 

「トッキー、私に確認してくれれば良かったのに」

 

「いや、コトミほど信頼出来ない奴もいないだろ……この間の遠征の弁当だって、兄貴に作らせてたし」

 

「わ、私だって手伝ったんだよ! ……まぁ、卵割ったり焼き具合を確認したりだけだけどさ」

 

「相変わらず津田先輩にマネージャー業をさせてるのね」

 

「私だって頑張ってるけど、料理だけは一向に成長しないんだよ……」

 

 

 そもそも何度も匙を投げられた分野だから、大失敗しなくなっただけでも成長なんだけど、それで満足してたら駄目だって事は私だって理解してるつもりだ。

 

「まぁとりあえず、トッキーはドジっ子だな~」

 

「うるせぇよ! というか、マネージャーなら私の勘違いを正せよ」

 

「だって、気付いたらトッキーいなかったし」

 

 

 ドジっ子を私の所為にされても困るんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田家の大掃除を手伝った時から、カナの携帯の待ち受け画面がタカトシの幼少期の写真に変わっている。携帯の待ち受けは個人の自由かもしれないが、何となく抜け駆けされている気がしてならない……

 

「――というわけで、もう一回あのビデオを見て、私たちも写真に収めようじゃないか」

 

「私は前に畑さんに幼少期の写真のデータを貰って持ってるから~」

 

「そういえばそんな事もあったな……」

 

 

 あれは確か、生徒会役員の幼少期の写真を新聞に載せるとかいう企画でタカトシが持ってきた写真をデータとして保存し、裏で販売していたんだっけか。

 

「そもそも何度も見せるものじゃないと思うんですが」

 

「だがな、タカトシ。カナばっかりお前の子供時代を楽しめるなんてズルいと思わないか!」

 

「いや、それを俺に問われても……」

 

 

 タカトシとしてはあまり見られたくない物のようだし、本人に聞いても仕方無かったか……だがこの気持ち、萩村なら分かってくれるだろう。

 

「萩村だってもう一度観たいよな!」

 

「わ、私はどっちでも……」

 

「視線が明後日の方を向いているぞ? 普段物事をはっきり言うお前らしくないじゃないか」

 

「み、観たい…です……」

 

「もっとはっきりと! 萩村はいったい、何を観たいんだ?」

 

「た、タカトシのちっちゃい頃のビデオ、もう一度観たいです!」

 

「(ロリ会計、副会長のちっちゃいモノを視たい、っと……)」

 

「アンタは懲りないですね?」

 

 

 私が萩村をからかって遊んでいると、どうやらドア越しに聞き耳を立てていた畑をタカトシが捕まえていた。

 

「畑、何だこのメモは! そもそもタカトシのが小さいわけ無いだろ!」

 

「そうだよ~。見た事無いけど、タカトシ君のは立派だってコトミちゃんが言ってたし」

 

「何の話をしてるんですかね?」

 

「あっ……とにかく畑! 今後新聞部を潰されたくなければ、捏造記事を書くのは止める事だな」

 

「分かりました。さすがに部活を潰されてしまったら何も出来ませんから……」

 

 

 畑を追いやって誤魔化そうとしたが、タカトシからは鋭い視線が向けられ続けている。私は何とか話題を変えようと頭をフル回転させる。

 

「な、なにか別の案が降ってこないものか……」

 

「あっ、会長。雪が降ってきました」

 

 

 窓の外に視線を向けると、確かに白い物が空から降ってきている。

 

「そうだ! 確か雪合戦大会があったな!」

 

「もしかして参加するつもりなんですか?」

 

「地域の人との交流も出来るし、運動にもなる。寒くて引き篭もりがちで運動不足な今の状況にピッタリのイベントじゃないか! 早速積もったら練習だ!」

 

「おー!」

 

「……こうなった会長は止まらないからなぁ」

 

「諦めましょう……」

 

 

 ノリノリなアリアとは対照的に、タカトシと萩村は何処かめんどくさそうな感じだが、私は参加する事を決めたのだ。これは変更しないからな。




コトミの何処を信用しろというのか……


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フェスに向けて

強そうでそうでもなさそう……


 会長の思い付きで我々生徒会役員は、雪合戦フェスというものに参加する事になった。その練習の為今日は七条家が運営しているスキー場の一部を借りてルールの確認などを行う事になったのだが――

 

「雪だるまできたー!」

 

「やっぱりこういうのはやっておかないとな!」

 

「練習するんじゃなかったのかよ……」

 

 

――いつも通りのグダグダな感じで始まったのだ……

 

「皆さん、今回監督を務めます、七条家専属メイドの出島サヤカです」

 

「監督が必要なんですか?」

 

「このフェスはチーム戦ですから、監督も当然必要です。まぁ我々が出るのはライトな大会ですから、気楽にやりましょう。えーと、参加するには一チーム七人」

 

「えっ、三人足りない」

 

「友達を誘ってみます」

 

 

 そう言ってタカトシが携帯を操作してメンバー集めを開始する。

 

「三葉、今度の日曜日って大会だっけ?」

 

『うん、そうだよ~』

 

「そっか、じゃあ無理だな……練習の邪魔して悪かったな」

 

『何かあるの~?』

 

「雪合戦フェスに参加するのに人数が足りないんだ」

 

『じゃあコトミちゃんを貸してあげるよ~。大会って言っても、今回はマネージャーは帯同しないから』

 

「コトミか……」

 

 

 タカトシが確保できたのはムツミではなくコトミのようね……正直戦力になるかどうか分からないわ。

 

「こっちも、古谷先輩が出てくれるそうだ」

 

「あと一人、どうしましょう?」

 

「横島先生はどうだ? あれでも顧問だからな。生徒会活動に参加する必要があると思う」

 

「これ、生徒会活動なんですか?」

 

「……とにかく、これでメンバーは揃ったな。どうやら英稜も出るらしいから、負けられないな」

 

「義姉さんたちですか……」

 

 

 そう言えば何で魚見さんたちを誘わなかったのかと思ったけど、既に敵チームとしての参加が決まっていたのね……また面倒な事にならなければ良いけど。

 

「ではメンバーも決まったところで、ルールを説明します。勝利条件としては、相手全員に雪玉を当て失格にするか、敵の雪玉に当たることなく敵陣に置かれたフラッグを奪うかのどちらかです。実際にやってみた方が良いでしょうから、お嬢様・天草様チーム対タカトシ様・萩村様チームでやってみましょう」

 

 

 出島さんの提案でタカトシとチームになれたけど、この競技はどちらかと言えば私向きかもしれない。まず七条先輩の攻撃を躱しながら先輩に雪玉を当て、会長の攻撃を掻い潜ってフラッグを奪取した。

 

「タカトシばかりに気を取られていた感も否めないが、萩村やるなー」

 

「タカトシばかりに任せてはいられませんから」

 

「(的が小さくて雪玉が当たり辛いとは、言わない方が良いよね)」

 

「………」

 

「タカトシ、どうかしたか?」

 

「いえ、何でもないです」

 

 

 一瞬出島さんを見て何か考えていたように見えたけど、結局タカトシは何も言わずに出島さんに追加の説明を求めた。

 

「雪玉はあらかじめ用意されている物を使います。フォワードは自分で補充出来ないので、バックスフォローが必要です」

 

「じゃあ私はスズちゃんの雪玉を」

 

「タカトシの玉は私が管理する。あぁ、玉を管理と言っても――」

 

「余計な事を考えてる暇があるなら、少しでも多く練習を積んだ方がいいと思いますがね?」

 

「す、すまん……寒くて昔の癖が」

 

「どんな理由だよ……」

 

 

 会長が昔の癖を出し掛けたので、タカトシが盛大にため息を吐く。でもやっぱり、タカトシのツッコミを聞くと安心するのは、私では処理しきれないからなのかしらね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度練習を積み、戦い方の指針も固まってきたので、私たちはもっと具体的な対策を考える事にした。

 

「敵の目を欺くため、白い恰好をしたら背景に溶け込んで惑わせられるんじゃないかな」

 

「いい案ですね」

 

「うん。当日は白い恰好をしよう」

 

「そうですね。ところで皆さんの肌、白くて綺麗ですよね」

 

「よしみんな!!」

 

「良しじゃねぇよ! というか、アンタも昔の癖が出てるぞ!」

 

 

 出島さんの言葉を聞いたアリアが脱ごうとしてタカトシに怒られる。やはり寒いと昔の癖が出てしまうんだな……よかった、私だけじゃなくて。

 

「会長、少しご相談したい事が」

 

「どうした?」

 

 

 タカトシがアリアに説教をしてるのを横目に萩村が手招きをしてきたので、私は二人に聞こえないように相談したい事があるのだろうと考え、萩村に近づく。

 

「それで、何か問題でも?」

 

「敵として英稜生徒会も出場するんですよね? またタカトシとサクラさんの間にラブコメフラグが建つのではないでしょうか?」

 

「敵同士だし、さすがにそんな事は無いだろ。あったとしても、建った時点で雪玉をぶつけて折ればいいだけだしな!」

 

「そう簡単に折れれば苦労しないと思いますが……何しろあの二人は同じ境遇というアドバンテージからあっという間にカップルに見えるくらいまで仲良くなったわけですし」

 

「気にし過ぎだろ……」

 

 

 萩村に言われて私も何だか不安になってきたが、公衆の面前でキスをするような事は無いだろうと思いたい……一回は私がミスをしてキスをさせてしまったが、今度は頭ではなく背中を狙えばいいんだし……




気になるのも仕方がない


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雪合戦フェス当日

心配事は現実となる


 雪合戦フェス当日、生徒会メンバーだけでは参加制限に引っ掛かるので、助っ人としてコトミ、古谷先輩、横島先生の三人を召喚した。

 

「あたしゃこんな寒いところで活動したくないんだけどな」

 

「なんだか年寄りくさいですね、横島先生」

 

「言動から年寄りくさいアンタに言われたかないわよ!」

 

 

 古谷先輩にからかわれてやる気になったのは良いが、初戦から英稜高校と戦う事になるとは……

 

「タカ君、こうなっちゃったからには、お義姉ちゃん手加減しないから」

 

「はぁ……」

 

「くっ、これが私たちとお義姉ちゃんの宿命だというなら、私も手加減はしませんから!」

 

「それでこそ我が義妹。お互い死力を尽くそうではないか!」

 

「ねぇ、打ち合わせしてたの、君たち?」

 

 

 あまりにもノリノリに会話する二人に、タカトシがツッコミを入れる。というか、魚見さんもだいぶコトミに毒されてるって分かるわね……

 

「こちらの助っ人はソフトボール部員。玉を扱う競技にうってつけです! その点シノっちが召喚した助っ人はOGと生徒会顧問、年齢差でも圧倒的にこちらが有利!」

 

「年寄り扱いするな! わたしゃまだぴっちぴちじゃ!」

 

「語尾がババ臭いですよ……」

 

 

 激高した横島先生にタカトシがツッコミを入れる。というか、ここにいるメンバーって殆どボケ側の人間じゃないだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三セットマッチで第一セットを落とした我々は、多少無謀だと分かりながらも特攻を仕掛ける。

 

「やられたー」

 

「残念だったね~」

 

 

 既に討ち取られた私とアリアの許に、カナに討ち取られたコトミがやってきた。派手にぶつけられたようで、雪は服の中にも入っているようだ。

 

「早く出さないと霜やけになっちゃいますよ」

 

「今の、なんだか逆流した精液が零れるようでエロかったです」

 

「えっ、本当ですか! まさか雪合戦にこのような楽しみ方があったとは」

 

「そういえば前、スキーに行ったときにやった雪合戦でコトミちゃん、理想の○射風顔って喜んでなかった?」

 

「つまり、雪があればいつでも逆流や○射を再現出来る!」

 

「あたしが言える義理じゃないが、津田が凄い顔でこっちを睨んでるぞ?」

 

 

 いつの間にかやられてこちら側にやってきた横島先生に言われて漸く、私たちはタカトシが怖い顔をしている事に気付く。

 

「やっぱり寒いとストッパーが緩むんだな……」

 

「というか、逆流や○射なんて日常茶飯事で別にエロく無いだろ?」

 

「それは横島先生だからですよ~」

 

「くっ、最近ご無沙汰な私に対する嫌味ですか!?」

 

「なんなら、今度私のペットを貸してやろうか?」

 

「……よろしいので?」

 

「アンタに調教されたペットを再調教する楽しみがあるだろうしな!」

 

 

 がっしりと握手を交わした横島先生と出島さんを、私たちは複雑な思いで見つめていた……というか、タカトシからの視線が痛い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただでさえ後がないというのに、脱落者たちが騒がしいので、タカトシの機嫌がすこぶる悪い。残ってる私の身にもなってもらいたいわね……

 

「俺が敵を惹き付けるから、スズはフラッグを狙ってくれ」

 

「分かった。何としても逆転するわよ!」

 

 

 このセットを落としたら私たちの負け。多少無謀でもフラッグを狙ってイーブンに戻すのが一番だと考えて、私たちは特攻を仕掛ける事にした。

 

「させません! ……あっ!」

 

 

 飛び出した私を狙おうと雪玉を放った森さんが足を滑らせて転びそうになる。普通なら敵が転んだらチャンスだと思うのだろうが、紳士のタカトシが目の前で女子が転びそうになって黙って見ているわけがない。

 

「大丈夫か?」

 

「あっ、ありがとう、タカトシ君……」

 

「お前ら何処のカップルだ!」

 

 

 森さんを抱き留めたタカトシに向けて、敵味方関係なく雪玉が飛んでくるが、森さんを抱えながらもタカトシはその全てを躱しきった。

 

「あの、もうフラッグ取ったんですが」

 

「えっ!? スズポンいつの間に……まさか、タカ君に注目を集めて、その隙にスズポンがフラッグを奪取する作戦だったとは……サクラっちはスパイだった!?」

 

「単純に転んだだけです!」

 

 

 とりあえず一勝一敗になったので、これで何とかなるのかしら……

 

「というか、何時まで抱えてるんだ!」

 

「ん? あぁ……悪い、サクラ」

 

「いえ……ありがとうございました」

 

 

 こういう事を素でやるから、こいつらはカップルだって思われるんだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜才学園には勝ちましたが、二回戦で敗れた私たちはシノっちたちと合流して、お疲れ様会としてラーメン店でご飯を食べる事にした。

 

「ニンニクラーメンは身体が温まるな」

 

「そうですね。ですが、デートにはあまり向かない食べ物ですね」

 

「あぁ、口が臭くなるからな」

 

 

 シノっちと二人で口を押えながら臭いを確認するが、かなりニンニク臭がする。タカ君やサクラっちのようにノーマルなラーメンにすればよかったかもしれないですね……

 

「ニンニクだけじゃなく、唐辛子もデート中には向かないぞ」

 

「どうしてです?」

 

 

 私たちの会話に横島先生が加わってきた。何か苦い過去でもあるのでしょうか?

 

「実は唐辛子を食べた後に相手のキノコを加えたら悶絶しちゃって」

 

「「それは大変でしたね(相手が)」」

 

 

 あまり役には立たない情報だが、私とシノっちはその事をしっかり覚えておこうと胸に誓った。

 

『プルン』

 

「嫌味か! 嫌味なんだな!!」

 

「気にし過ぎです」

 

 

 大声を出して私に迫ってくるシノっちをみて、ちょっとやり過ぎたとウオミー反省……しないとタカ君に怒られちゃうから……




シノじゃ揺れる程n――


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コトミの気遣い

気遣ってるのかどうかは微妙


 タカ兄とお義姉ちゃんが同時にバイトの日だったので、私の課題の監視は生徒会メンバーが担当する事になった。別に監視なんていなくてもちゃんとやるのに……

 

「かいちょー、ここなんてすが」

 

「あぁ、そこはだな――」

 

 

 まぁ、こうして会長たちがいてくれるから、分からない場所を聞けるんだけどね。

 

「それにしてもコトミ、最近は頑張ってると聞いていたが、あくまでもタカトシやカナがいるお陰なんだな」

 

「勉強しようと思うだけ成長だと思ってくださいよ~。前までの私だったら、課題なんてやらなくても何とかなる! とか考えてたでしょうし」

 

 

 自分で言っていながら、過去の私は本当に考えなしだったんだな~って痛感する……タカ兄が私の事を見捨てようとするのも何となく理解出来る……

 

「……よし! 終わりました~!」

 

「お疲れ様~」

 

「コトミの事だから、もう少しかかると思ってたわ」

 

 

 スズ先輩の言葉に疑問を覚えた私は時計を見る。確かに課題を初めてまだ三時間ちょっとだし、前までの私なら夜になっても終わってなかっただろう。

 

「ありがとうございました! それじゃあ、後は一人で留守番出来ますから」

 

 

 課題が終わったのでもう会長たちにいてもらおう必要は無い。あんまり遅いとスズ先輩のお母さんはお赤飯を炊くらしいから、早いところ帰ってもらった方が良いだろう。

 

「いや、外猛吹雪で電車停まってるんだ」

 

「私が知らない間にっ!?」

 

 

 会長に言われて窓の外を見て、私は随分と自分が集中していたんだと思い知る。まさか、ゲーム以外でもここまで集中出来るなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか帰ってこれたが、コトミの面倒を見ていたシノさんたちは無事に帰れたのだろうか。そんな事を考えながら玄関に入り、三人の靴があるのを見て状況を理解した。

 

「あっタカ兄、お帰り~」

 

「ただいま。先輩たちは帰れなくなったのか」

 

「課題が終わったのが五時前だったからね。私の知らない間に猛吹雪になってたみたい」

 

「そこまでなる前に帰ってもらえれば良かったんだがな……さすがに今から帰れとは言えないし」

 

 

 義姉さんもこっちに来たがってたけど、あそこからならこっちより義姉さんの家の方が近いので送り届けてから帰ってきたからな……さすがに三人を送り届けるのは大変だし、今日は泊まってもらった方が良さそうだ。

 

「それで、先輩たちは?」

 

「冷蔵庫の中をのぞいて何を作るか話し合ってたよ。私は戦力外だって言われて……」

 

「まぁ、今のお前を台所に入れたところで、役に立つとは思えないが」

 

 

 課題で疲れ切っているので、何時も以上に気怠そうなコトミを見て、先輩たちの判断を支持する。しかし普通ならよそ様の家の冷蔵庫を開けるのは躊躇われると思うんだが、先輩たちも随分とウチに慣れているという事か。

 

「先輩たちに今日は料理を任せて、タカ兄も休んだら? この吹雪の中を帰ってきたんだし」

 

「そうだな……風呂の準備をして部屋の掃除をしてエッセイの手直しが終わったら休むとするか」

 

「全然休んでないじゃん! お風呂の準備と部屋の掃除は私がするから、タカ兄は自分の部屋で休んでて!」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 まさかコトミに怒られるとは思わなかった……心配させてしまったのは反省するとして、コトミが自分から手伝うと言い出したことを喜ぶとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 玄関からコトミの剣幕が聞こえてきたかと思ったら、掃除機を持ったコトミがリビングを掃除し始める。

 

「どうかしたの?」

 

「吹雪の中帰ってきたタカ兄が掃除をするとか言ったので、私が代わりにやるから部屋で休んでてってお願いしたんです」

 

「朝からバイトだったから仕方ないかもしれないけど、リビングを散らかしてるのってコトミよね?」

 

「反省します……」

 

 

 タカトシならバイト前に掃除くらい済ませられそうだけど、掃除した後にコトミが散らかしたのを見通してたから掃除するといったのではないだろうか……

 

「あっ、タカ兄から料理はお願いしますって伝言があります。本当なら自分がやるべきなのにって、凄く気にしてましたが」

 

「アイツはいろいろと背負い過ぎなのよ」

 

 

 たまには私たちを頼ってくれればいいのに、こちらから申し出ないと頼ってくれないのだ。そりゃ私たち三人が束になったところで、主夫であるタカトシに敵わないのは分かってるけどさ……

 

「それで、そのタカトシは?」

 

「タカ兄なら、部屋でエッセイの手直しをするって言ってました。身体を動かさなくてもいい作業なので許可しましたけど、本当なら何もせずに休んでもらいたかったんですけどね。エッセイだけはファンが大勢いるので、私個人の感情で止めるわけにはいきませんから」

 

「畑さんの収入源になってるのが気になるけどって言ってた気がするけど、タカトシは律儀だからね」

 

 

 私たちもタカトシのエッセイのファンなので、発行中止になると悲しい気分になる。だからコトミちゃんの配慮に感謝しているのだが、確かにタカトシには完全に休んでもらいたいって気持ちもあるのよね。

 

「それじゃあ、私は料理に戻るわね」

 

「はい! あっ、お泊りは許可してもらってますけど、さすがに今日は三人とも客間でお願いします」

 

 

 タカトシを休ませたいという気持ちが強いのか、今のコトミちゃんからは有無を言わせない感じが強い。まぁ会長たちには私から事情を説明しておきましょう……




まだ台所には入れない


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お泊りの夜

珍しい構図


 タカトシの負担を減らす為にコトミの面倒を見ていたのは良いが、課題が終わるのを待っていたら外は猛吹雪となり、我々は津田家へお泊りする事になった。

 

「こうして三人同じ部屋でお泊りするのって、実は初めてかもしれないね~」

 

「そうですね。何時もはタカトシの部屋に泊まる権利を争ってるわけですし」

 

「てか、私だけ一人で布団を使わせてもらって悪いな」

 

 

 来客用の布団は今クリーニングに出しているらしいので、私たちが使える布団は二つ。じゃんけんの結果私が一人で一つの布団を使い、アリアと萩村が二人で使う事になったのだ。

 

「じゃんけんの結果ですし、文句はありませんよ」

 

「スズちゃん、抱き枕にちょうどいいサイズだし、私的にも問題ないよ~」

 

「なんか引っ掛かるんだよな……」

 

 

 萩村が抱き枕にされる事に違和感を懐いてるようだが、確かにあのサイズなら抱きしめるのにちょうどいいだろう……まぁ、私は抱き枕は使ってないから必要無いが。

 

「それじゃあ、お休み」

 

「お休み~」

 

「おやすみなさい」

 

 

 明かりを消し、いよいよ寝ようと思ったのだが、外は吹雪で気温は当然低い。布団を被っても暖かくならず、私はどうすれば寝られるか頭を悩ませている。

 

「(隣の二人からは寝息が聞こえ始めているというのに……)」

 

 

 コトミの世話や夕飯の準備、その他もろもろで疲れていたのだろうが、この寒いのに良く寝られるものだ……

 

「(ん?)」

 

 

 どうやったら寝られるのか二人を見て分からないかと隣に視線を向けると、アリアが萩村を抱きしめて暖を取っている。そのお陰で萩村もアリアの体温を感じてぐっすり、といった感じに見受けられる。

 

「まさかこっちが当たりだったとはな」

 

 

 私は二人の布団に潜り込み、アリアの身体を抱きしめる事で暖を取る。結果萩村が潰される形となったのだが、起きる気配もないし良いか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄を休ませようという名目でお泊りに来た先輩たちも寝静まったので、私はこっそりと部屋を抜け出してリビングでゲームをしようと思ったのだが、部屋を出てすぐタカ兄に見つかってしまった。

 

「こんな時間に何してるんだ?」

 

「えっと……ちょっとトイレに」

 

「なら何でそんなにビクビクしてるんだ? トイレなら堂々と行けばいいだろ」

 

「えっと……割と切羽詰まってまして……」

 

 

 タカ兄相手に嘘を吐いたところですぐに見抜かれるだろうけども、今日は全然出来てないから少しくらい進めたいのだ。

 

「……一時間だけだからな。それ以上は先輩たちが起きる可能性がある」

 

「えっ……やっても良いの!?」

 

「やる事をしっかりとやったんだから、それくらいはかまわない。ただ、お前は何時もやり過ぎているから禁止してるだけだ」

 

 

 それだけ言うとタカ兄は部屋に戻っていく。なんだかお母さんみたいなお兄ちゃんだけど、私がしっかりしてないからそんな感じになってるんだよね……

 

「タカ兄に許可してもらったから、早いところプレイしよう」

 

 

 一時間という制限がついてしまったが、やっていいと言ってもらえたのだから遠慮する必要は無い。もちろん、寝てる人もいるのでミュートでプレイしなきゃだけど。

 

「お義姉ちゃんと一緒にプレイして以来だから、三日ぶりくらいかな」

 

 

 昨日、一昨日とタカ兄の監視が強すぎてプレイできなかったから、私ははやる気持ちを抑えながらゲームを開始する。タカ兄もやれば楽しさが分かると思うんだけど、タカ兄はちゃんと分別を持ってプレイするから、私のように何かを疎かにする事はないんだろうな……

 

「この敵が硬いんだよね……一時間で倒せるまでレベルアップ出来るかな……」

 

 

 戦術を駆使しても倒せないので、単純に火力が足りないのだ。私はキャラを強化する事で火力を増し、さらにいろいろと考えた戦術を駆使して敵を倒すと決めていた。だが二日プレイ出来ていなかったので、まずはレベルアップに時間を費やす必要がある。

 

「気づいたら一時間以上やってそうで怖い……」

 

 

 私は時間と戦いながら敵を倒し経験値を稼ぐ。何時もならゲームに熱中できるのだけど、課題やらテスト対策やらで頭を使っていた所為か、気付いたら寝落ちしていたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミが二階に戻ってくる気配がしないと思って下に様子を見に行くと、コントローラーを握ったまま眠っていた。ちゃんと時間を気にして止めようとしていたようで、セーブポイント前での寝落ちのようだ。

 

「余程疲れていたんだろうが、あれくらいで疲れ果てるならテスト対策期間を前倒しにしなきゃダメそうだな……」

 

 

 コトミの手からコントローラーを取り、しっかりとセーブしてから電源を切る。普段ならこの場に放置するところだが、この気温では風邪を引くかもしれないな……

 

「やれやれ、結局俺もコトミには甘いな……」

 

 

 ゲームを片付けてコトミを背負い階段を上がる。途中で起きるかもしれないと思ったが、ぐっすりと眠っていたのかベッドに降ろしてもコトミは起きる事は無かった。

 

「努力しようとし始めてるだけ進歩だと思わないとな……」

 

 

 スタート地点が後ろ過ぎた為、まだ同級生たちと比べだいぶ後ろにいるが、変わろうと思い始めてくれたのは、間違いなく進歩だろう。そう思わないとこいつの相手なんて務まらないしな……




まさかのスズたんぽ……


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カップル限定イベント

畑さんが真面目に取材してる


 最近カップル限定のイベントが多く見受けられるけど、こういうのを取材すればエッセイ頼みの新聞部という汚名を返上する事が出来るのかしら。

 

「でも、一人で入れない店だし……どうすれば良いのかしら」

 

 

 さすがの私もエア彼氏だと言い張って店に入る勇気はない。以前そんな記事を書いたことがあるような気もするけど、いざ自分が直面すると恥ずかしいと思うのね……

 

「都合よく津田副会長でも現れないかしら」

 

 

 あの人なら「取材の為」と頼み込めば同行してくれるでしょうし……まぁ、天草さんや五十嵐さんに見つかったら面倒な事になりそうだけども。

 

「おや~?」

 

「畑さん……気配がしてたからいるとは思いましたが、何してるんですか?」

 

 

 考え事をしながら角を曲がったら、都合よく津田副会長が現れた。これはつまり、神様が津田副会長を使って取材しろと言っている!

 

「ちょっとお願いがあるのですが」

 

「追加のエッセイなら書きませんからね」

 

「いえいえ、今月分も感動するいい話でしたので。そうではなく、ちょっと取材に付き合ってもらいたいのですが」

 

「まともな取材なら構いませんが、この間のように河童を探すだのなんだのは嫌です」

 

「津田副会長なら、私が何の取材をしたいか分かっているのではありませんか?」

 

 

 何せ人の心を読むともっぱらの噂の津田副会長だ。私が何も言わなくても何処に行きたいかなんて分かっているに決まっている。

 

「あんまり甘いものは得意じゃないんですが……」

 

「一緒に入ってくれるだけで十分です。私の目的は津田副会長とデートする事ではなく、あの店の取材ですから」

 

「そういう事なら……念のために言っておきますが、捏造記事なんて書こうものなら、今後一切新聞部の手伝いはしませんから」

 

「わ、分かってますよ……」

 

 

 こやつ、最後に足湯に行って津田副会長の『身体の一部が元気になった』と書こうとしている事に気付いたとは……さすがは副会長と言ったところでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリア、萩村と一緒に出掛けていたら、一軒の店が視界に入った。いや、店はずいぶん前から見えていたのだが、私が引っ掛かったのは窓際に座っている一組の男女。この店はカップル限定のイベント中だったな……

 

「アリア、萩村、あれをどう見る?」

 

「うーん……普通に考えたら、畑さんが取材の為にあの店に入りたかったところに、タカトシ君がやってきて恋人のフリをしてもらってる?」

 

「それが普通でしょうね。間違ってもあの二人が付き合っているなんてことは無いでしょうし」

 

「だよな……だが、万が一という可能性もあるから、少し寄って行かないか?」

 

「でも、カップル限定のイベントでしょ? どうやって入るの~?」

 

「私か萩村がアリアと付き合っている設定で――」

 

「一般的にカップルとは、男女でお付き合いしている事だと思いますけど?」

 

 

 私の考えに否定的な萩村がおもむろに携帯を取り出してメールを始める。一分経たない内に返信があり私たちの疑問は解消された。

 

「やっぱり取材の手伝いのようですよ」

 

「というか、タカトシが付き合うとしても畑は無いよな」

 

「少なくとも恋人同士には見えないもんね~」

 

 

 普段から怒る側と怒られる側だという事を知っていると、二人がカップル限定イベントに参加していても「あぁ、取材か……」としか感じないんだな……

 

「もし相手がカナや森だったら突撃してたかもしれないが」

 

「シノちゃん、最近がっつき過ぎじゃない?」

 

「何となく出遅れてる気がしてるからな! いや、何にとは言わないが」

 

「殆ど言ってるような気も……」

 

 

 萩村にジト目で見つめられ、私はそっと視線を逸らす。こいつも私と一緒で出遅れてるから、私の気持ちが分かるんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この間取材協力した記事が掲載され、俺は今カエデさんから詰問されている。

 

「――では、疚しい気持ちがあったわけではないのですね?」

 

「畑さんから『取材の為に恋人のフリをして欲しい』と頼まれただけですし、時間的余裕もあったので断らなかっただけです」

 

「ではなぜ津田副会長に協力を要請したのでしょうか? わざわざ津田副会長を呼び出さなくても――」

 

「いえ、呼び出されたのではなく、街で偶々ばったり遭遇してそのまま手伝っただけです。こちらとしては気配を感じ取っていたので、迂回する事も可能だったのですが、邪な感じはしてこなかったので」

 

 

 あの人がまた誰かを追いかけていたのなら迂回したかその場で説教したが、純粋に店の取材をしようとしていただけなので付き合ったに過ぎない。そこに特別な気持ちなどあるはずがない。

 

「……分かりました、津田副会長を信じます」

 

「ありがとうございます」

 

 

 そもそも疑われるような事は無いと思うんだがな……例え「そういう関係」だったとしても、校外なわけだから問題は無いんだし。

 

「タカトシ君、疑って申し訳ございませんでした」

 

「いえいえ、畑さんにしては珍しく真面目な記事だったので、疑いたくなる気持ちは分かりますので」

 

「それだけじゃないんですけど……」

 

「はい?」

 

「な、何でもありません!」

 

 

 慌てて生徒会室を飛び出していったカエデさん。一応風紀委員長なのだから、廊下は走らないでもらいたかったな……




タカトシハーレムの人々は穏やかな気持ちではないでしょう


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寒い日の出来事

呂律が回らないことはたまにある


 近頃めっきり寒くなってきて、校則に反しない程度の防寒対策を考えている。

 

「こう寒いと、いつの間にか猫の手になってる事って無いか?」

 

「あー、ありますね」

 

「あれで温かくなるわけではないんだろうが、ついついやっちゃうよな~」

 

 

 擬人化萌えの人間には別の意味で温かくなるのかもしれないが、生憎私はそっちの趣味ではないので心が温かくなる事はない。

 

「そうだ、五十嵐」

 

「にゃんですか? ……い、いえ! 今のは別に猫の真似をしたとかではなく、寒くて呂律が回らなかっただけで……」

 

「(何となく擬人化萌えが理解出来た気がする)」

 

 

 ただ五十嵐が噛んだだけなのに心がほっこりしたのを受けて、私は新しい世界を感じた気になる。

 

「そ、それで! 何か言い掛けてましたけど」

 

「あぁ。さっき男子たちが屋上に向かってたんだが、何をしてると思う?」

 

「屋上ですか? この寒いのにわざわざ屋上に行く意味があるのでしょうか……」

 

 

 五十嵐と二人で可能性を考えていると、丁度タカトシが私たちの横を会釈しながら通り過ぎようとしたので、タカトシにも意見を求める事にした。

 

「タカトシ」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「さっきお前のクラスメイトが屋上に向かってたんだが、何をしてるか分からないか?」

 

「屋上、ですか? もしかしたらまた、余計なものを持ち込んでいるのかもしれませんね」

 

 

 タカトシの言葉に、五十嵐が反応を見せる。

 

「余計なもの? いったいそれは?」

 

 

 風紀委員長としての性なのか、そこに反応したのはさすがだと私も思う。だが人目につきにくい場所に男子が持っていく余計なものを考えれば、この反応は自爆だと思うのだが……

 

「決めつけは良くないでしょうが、カエデさんには刺激が強いものだと思います」

 

「……な、なるほど」

 

 

 遠回しな注意で気づいたのか、五十嵐は二、三歩タカトシから遠ざかる。別にタカトシがそういった本を読んでいると誤解したわけではないのだろうが、ヤツも男だという事を再認識したのかもしれない。

 

「会長、ちょっと行って確認してきますが、同行しますか?」

 

「風紀委員長が同行できない以上、生徒会長である私が同行するしかないだろうな」

 

 

 申し訳なさそうな視線を背中に感じたが、私は少し興奮気味に屋上を目指す。発言こそ減ってきていると自負しているが、中身は変わったわけではない。どのような本なのか興味がわいてくる。

 

「では、俺が声を掛けますので、会長は出入り口を塞いでおいてください」

 

「分かった。こっちに逃げてきた男子生徒たちに人質にされて、そのまま連れ去られ監禁・調教される生徒会長を演じればいいんだな?」

 

「何言ってるの?」

 

「いや、この前コトミに借りたPCゲームが、そんな感じだったから」

 

「アイツは……」

 

 

 どうやら余計な事だったようだが、タカトシはすぐに男子生徒たちに声を掛けに向かう。あそこにいる男子生徒全員が束になってかかったとしても、タカトシには勝てないだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部の練習に付き合って帰宅すると、何故かご立腹なタカ兄が私を出迎えてくれた。

 

「えっと……赤点は採ってないけど?」

 

 

 今日は遅刻もしてないし、授業中に寝てない……はず。だから怒られる理由に思い当たらなかった私だったが、よく見るとタカ兄の後ろで両手を合わせて私に謝っている会長がいた。

 

「随分と無駄遣いをしているようだな。今後小遣いは半分でも問題ないよな?」

 

「そっ、それは困るよタカ兄っ! 来月も気になる新作が――はっ!?」

 

 

 言ってから失言だったと気付いたけど、そもそも私が自白しなくても会長から裏を取っているのだ。言い逃れなど出来るはずがない。

 

「会長! タカ兄には内緒だって言ったじゃないですか!」

 

「す、すまん……つい流れでぽろっと言ってしまったんだ……」

 

「どんな流れですか……」

 

 

 タカ兄が私のゲームの内容を把握しているとは思えないので、タカ兄がカマを掛けたとは考え難い。お義姉ちゃんから情報を得た可能性は否定出来ないけど、それだったら会長を介さなくても私を説教する事は出来るし、そうなるとどんな会話から会長がぽろっと失言したのかが気になる。

 

「今日男子生徒たちが屋上に集まっていたんだが、私が出入り口を塞ぐ役だったんだ。それでタカトシが声をかけ、私の方に逃げてきたやつらに捕まって雌奴隷にされるシチュみたいだと思って、つい……」

 

「思っても口に出さないでくださいよ……あれだって手に入れるのに苦労したんですよ? 会長がそういうのが好きだって聞いて、色々と探したんですから」

 

 

 私とお義姉ちゃんの趣味と、会長の趣味は微妙に異なるので、私は会長好みのゲームを探して購入した。プレイしてみて確かにこういうのもありだと思ったのだが、まさかそれが原因でタカ兄に怒られる事になるとは……

 

「とにかく、今度の定期試験で平均八十点以上取れなかったら、お前のゲームは一つ残らず捨てるからな」

 

「そんなっ! 私が八十点平均なんて無理だよ!」

 

 

 何とか交渉して平均七十点にまで下げてもらったけど、それでも私には厳しい……私はお義姉ちゃんにメールをして、明日から毎日勉強を見てもらう事になったのだった。




コトミは何時も通り自業自得


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天草家へ

五月蠅いのは困りますからね


 今日は生徒会作業が多いので集中しなければ終わらない。だが学校の近くで工事をしているので、さっきから凄い音が聞こえてくる。

 

「前から決まっていたことだから仕方ないが、この工事の音では作業に集中出来ないな」

 

「そうだね~」

 

「誰かの家でやりますか?」

 

 

 タカトシの提案に、私たちはその方が作業が捗るだろうと思った。だが――

 

「んー、ウチは都合が悪いな」

 

「ウチも今日はお客さん来てて……」

 

「タカトシの家は?」

 

「コトミが義姉さんに泣き付いて必死になって勉強中です」

 

「あぁ……」

 

 

 この間流れで私がぽろっと言ってしまった事が原因で、コトミは次のテストで平均七十点以上採らないとゲーム没収になってしまったんだっけか……

 

「じゃあ私の家に来るか? ウチは防音対策バッチリだからな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ! 完璧すぎて『そんなに激しくされたら隣に聞こえちゃう』プレイが出来ないって、昔母が愚痴っていたくらいだ!」

 

「え、何だって?」

 

「あっいや……何でもないぞ」

 

 

 ついウチにみんなが来るのが嬉しくて昔の癖が出てしまった……というか、相変わらずタカトシの視線は鋭過ぎるなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時もならタカトシの家で作業するんだろうけども、今日は会長の家にやってきた。考えてみれば、会長の家に来るのって初めてかもしれない……

 

「津田家や七条家にはいったことありますが、何故会長の家は来た事無かったんでしょう?」

 

「ウチの両親は在宅の仕事をしているからな。何時もなら家にいるんだが、今日は出かけていないから招くことが出来たんだ」

 

「そうだったんですね」

 

 

 ご両親がいたからと言って部屋で作業するのだから問題ないと思うんだけどな……でもまぁ、ウチで作業した場合、お母さんが部屋にやってきて余計な事を言ったりするから、会長の家でもそうなんだろうって事で納得しておこう。

 

「シノさん、なんだかテンション高いですね」

 

「フフフ。鍵っ子って自立心刺激されてカッコいいだろう?」

 

「そうですかね?」

 

「というか、会長以外家の鍵を持ち歩いていますし、気持ちを共有出来ないんですが」

 

「私は持ってないよ~?」

 

「いや、アリアさんは出島さんが迎えに来てくれるんですから、必要ないでしょうが……」

 

 

 お嬢様である七条先輩が家の鍵を持ち歩いてるとは思ってないから気にしなかったんだけど、どうやら仲間外れにされて不満の様子……

 

「というか、萩村だって母親が家にいるんだから、鍵を持ち歩くことなんて無いんじゃないのか?」

 

「いえ、ウチの親はしょっちゅうどこかに行くので、鍵を持ってないと締め出しを喰らう事があるので」

 

「何処に出かけてるんだ?」

 

「さぁ……」

 

 

 恐らくろくでもない事をしてるんだろうけども、それを知りたいと思った事はない。一度ボアの散歩途中で出くわして知りたくもない事を聞かされたこともあるし……

 

「てっ、会長アヘマルシリーズのぬいぐるみ持ってるんですね」

 

「あっ! 片付けるの忘れてた……」

 

 

 別に恥ずかしいものではないと思うんだけど、会長はぬいぐるみを見られて恥ずかしそうにしている。

 

「シノちゃん、可愛いのに目がないからね~」

 

「そうだったんですね」

 

「あ…あ…恥ずかしいからもっと見て……あ、いや、見ないで!!」

 

「……今、本音でた?」

 

 

 つい本音が出た会長を、タカトシが呆れた顔で見つめていたのが印象的だったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かなりの量だったので、終わった頃にはだいぶ時間が過ぎていた。

 

「もうこんな時間だったんですね」

 

「ホントだ~」

 

「せっかくだから夕食を食べていくと良い」

 

「でも迷惑では?」

 

 

 ウチのようにしょっちゅう来客がある家ではないだろうから、食材に余裕があるとは思えないし……

 

「言っただろ? 今日は私しかいない。気を遣う事はない」

 

「ひょっとして、一人じゃ寂しいんじゃ……」

 

 

 アリアさんのセリフに、俺とスズは納得した。シノさんは意外と寂しがりやなところがあるからな……

 

「いーから食べてくの!!」

 

 

 シノさんの勢いに負け、俺たちは夕食をご馳走になる事にした。といっても、作るのは俺なんだが……

 

「シノさん、冷蔵庫の中にある物は使ってもいいんですよね?」

 

「あぁ。特に使ってはいけないものはないから、タカトシの好きに使ってくれ」

 

 

 シノさんから許可をもらい、俺は冷蔵庫の中を見てメニューを考える。

 

「(最低限のものは揃っているから、とりあえず人数分を作るには困らないな……)」

 

 

 これがウチの冷蔵庫なら、どれが何時買ったものか分かるんだが、人の家の冷蔵庫じゃそこまでは分からないしな……ましてや冷凍してある食材もあるし……

 

「(まっいっか……何かテキトーに作れば)」

 

 

 栄養バランスを考えて必要な食材を出したところで、玄関から音が聞こえてきた。

 

「あれ、母さん。帰り早いね……あっ、今キッチンには後輩のタカトシが……いやいや、二人きりじゃないから!」

 

「(さすがシノさんの母親なだけあるな……)」

 

 

 何やら盛大な勘違いをしているようだが、ここで顔を出して面倒に巻き込まれるのもあれだし、さっさと作ってしまおう……

 料理が完成して食卓に運ぶと、お母さんから「何時でも婿に来てくれていいから」と言われ、シノさんは真っ赤になり、アリアさんとスズは不機嫌さを隠そうともしなかった……




母も盛大に勘違い……


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乙女の悩み事

もう何度もやってるだろうに


 もうすぐバレンタインということで、学校中がそわそわし始めている。でも大抵の男子は貰う事は出来ないだろうな……何せこの学校には我が兄にして生徒会副会長、加えて大勢の人を感動させるエッセイの作者であるタカ兄が在籍してるから……

 

「コトミ、また変な事考えてる?」

 

「別に変な事じゃないよ。ただ男子たちがそわそわしても、タカ兄に勝てるわけ無いからもらえないんだろうなーって」

 

「そんな事考えてる暇あるの? 平均七十点越えしないといけないんでしょ?」

 

「お、お義姉ちゃんのお陰で、六十五くらいは採れるようにはなってるから……」

 

 

 もちろんそれが平均ではなく、何教科でという話なので、ここから後十点以上平均を上げないといけないのだ……

 

「まぁ、その前にバレンタインがあるから、お義姉ちゃんのお勉強講座はお休みになるんだけど……その分タカ兄が厳しくなりそうで今から怖いよ……」

 

「普段からちゃんとしてないからでしょ? 津田先輩、そんなに怖い人じゃないし」

 

「それはマキがタカ兄に怒られるような事をしてないからでしょ!」

 

「いや、そもそも怒られたくないし」

 

「ごもっとも……」

 

 

 私だって出来る事なら怒られたくないし、タカ兄の負担になりたくはない。だがそう思うだけで実行出来る程、私には実力が無いのだ……

 

「というか、コトミがちゃんとしてたら、津田先輩にだって彼女がいてもおかしくないんじゃない? まぁそれは、中学の時からなんだけど」

 

「そうだね。例えば、マキとか?」

 

「わ、私はあくまでも後輩の一人でしかないから!」

 

「あーあ……また物凄いスピードで走ってっちゃった……」

 

 

 何時まで経っても純情なままで、マキはからかうと大変だなぁ……

 

「おい、今マキが物凄いスピードで走ってったんだが」

 

「うん、何時もの」

 

「お前も懲りないな」

 

「私の所為なの?」

 

「お前が兄貴関係でマキをからかわなければ、あんなにダッシュする必要は無いわけだろ?」

 

「うん、そうだね……」

 

 

 私としては冗談ではなく、結構本気でマキの恋路を応援しているんだけどな……まぁ、同時に最前線で邪魔してるのも私なんだろうけども……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会作業をしていてもどうしてもあの日の事が頭を過り、私は何時もならしないミスを連発している。

 

「会長、何か不安でもあるのですか?」

 

「実は、バレンタインチョコをどうやって渡そうかと思って……」

 

「タカトシ君にですか? しょっちゅう家に通ってるんですから、そのついでに渡せばいいのではないでしょうか?」

 

「簡単に言ってくれますね、サクラっち……ことはそう簡単ではないから悩んでるんじゃないですか」

 

「だって、会長って本気でタカトシ君の事が好きなのか、イマイチ分かりませんし……」

 

 

 確かに私はタカ君の事を義弟として好きだとはっきり言い切る事が出来るが、異性としてどう思っているのかと聞かれれば、答えに窮するかもしれない。もちろん好きなのだが、最近は異性としてというより家族としてという感情が大きくなってきているのは確かだ。

 

「そういうサクラっちは、どうやって渡すんですか? もしかしてチョコと一緒にサクラっちの初めてまで――」

 

「そういうのは良いんで」

 

「ちぇー」

 

 

 最近サクラっちの付き合いが悪くて、ちょっと寂しいですけども、冗談でも言わなければこの気持ちに押しつぶされそうなのでもう少し付き合って欲しかったな……

 

「コトちゃんの面倒を見てるから、タカ君の懐に飛び込むチャンスはいくらでもあるんですけども、邪な気持ちがあるとタカ君にバレてしまいますから」

 

「そもそも、物理的に飛び込む必要はありませんよね?」

 

「なんですか? 『タカ君の胸は私の特等席!』とでも言うつもりですか?」

 

「そんな事を言うつもりはありませんが……というか、何でそんな事を思ったんですか?」

 

「いや、ちょっと嫉妬キャラを確立させようかと思って」

 

 

 ただでさえ本妻に一番近い位置にいるのだ。ちょっとはマイナス面を見出さないとシノっちの心の平穏が保てないしね……

 

「兎に角! タカ君に渡すチョコの事と、どうやって渡せばいいのかが気になって作業に集中出来ません」

 

「ハッキリ言ったな……乙女として不安になる気持ちは分かりますが、生徒会長としての職務を全うしてください」

 

「サクラっちは余裕でいいよね……絶対に断られることは無いだろうし」

 

「いや、会長たちのだって、タカトシ君は受け取ってるじゃないですか。お礼もちゃんとくれてますし」

 

 

 タカ君の凄いところは、貰った相手を全員覚えていて、それぞれ違うお返しを渡しているところだ。同じクッキーにしても、ラッピングが違ったり形が違ったりと、一つとして同じものが無いという噂だ。

 

「あきらかな義理チョコにでも、ちゃんとお返ししてるのがタカ君の凄いところだよね。お義姉ちゃんそういうところ尊敬しちゃう」

 

「はいはい。そういうのは良いんでこの書類にハンコください」

 

「ツッコミが事務的になってる……」

 

 

 実際事務作業中だから仕方ないのかもしれないけど、サクラっちのツッコミに冷たさを感じてしまった。やっぱりタカ君の事を私が話すのが気に入らないのかしら……




それでも慣れないのは仕方がない事なのだろうか……


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モテ男の憂鬱

何とか出来る量ではないな


 バレンタイン当日。私はタカ兄に大量の紙袋を渡す。

 

「はいタカ兄。今日は絶対にこれが必要だから持っていった方が良いよ~」

 

「何だこの紙袋……というか、こんな時間から起きてるなんて珍しいな」

 

「朝練の前に道場の掃除をしなきゃいけないんだよぅ……」

 

 

 本当は昨日のうちに終わらせなきゃいけなかったんだけど、終わらなかったから今日の朝にやらなきゃと思っていたんだけど……随分と想定してた時間より遅い時間に起きちゃったな……本当ならタカ兄が起きる前に起きて驚かそうと思ってたのに。

 

「掃除ならさっさと行った方が良いんじゃないか? 朝練開始時間まで、あと一時間も無いんだし」

 

「嘘ッ!?」

 

 

 タカ兄に指摘されて慌てて時計に視線を向けると、確かにあと一時間くらいしか残っていない……これじゃあ掃除が終わらないよ……

 

「タカ兄、効率よく掃除するコツを教えてください……」

 

「そんな事を聞いてる暇があるなら、さっさと行って掃除を始めた方がいいと思うぞ? 聞いたところで、お前は元々効率が悪いんだから」

 

「返す言葉もありません……」

 

 

 作業効率が悪いのは昔からで、タカ兄に何度かその事を指摘された事がある。それでも改善されていないのだから、タカ兄がこういうのも当然だろう……

 

「行ってきます……」

 

 

 タカ兄からお弁当を受け取ってから気落ちしながら家を出て、ダッシュで駅へ向かう。そのまま走って学校まで行った方が早いかもしれないけども、ダッシュした後に掃除して、朝練中もいろいろとやらなければいけないので、そんな事をすれば授業中に寝てしまうだろう。だから私は、少しでも体力を温存する為に電車で学校に向かう事にしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に到着してまず初めに視界に飛び込んできたのは、机一杯に積まれたチョコの山だった。新聞部の方でタカトシにチョコを渡したい人用の受け取りBOXを設けているようでそっちに持っていった人もいるからこの程度で済んでいるのかもしれないけど、相変わらず凄い人気よね……

 

「おはよう、タカトシ」

 

「あぁスズ……おはよう」

 

「元気ないわね?」

 

「持って帰る事を考えたら、少しくらい憂鬱になっても無理はないだろ?」

 

「男子からの嫉妬の嵐で疲れてるのかと思ったわ」

 

 

 もらえなかった男子生徒からは、タカトシに対して物凄い殺意の篭った視線が送られている。

 

「この程度なら気にならないし、気にするだけ無駄だからな」

 

「まぁね。そんな中で悪いんだけど、これ」

 

 

 私はどさくさに紛れて渡す事で、恥ずかしさを誤魔化す作戦を考えたのだ。義理と偽ろうと思ったけども字が綺麗に書けなかったので、こうなったら開き直ろうと思って。

 

「別にチョコ自体は悪くないだろうし、そういう日だから仕方ないと割り切ってるんだけど」

 

「でも、これだけもらったらもう欲しくないんじゃないの?」

 

「気持ちは受け取れないけど、用意してくれた人に悪いだろ? ちゃんと受け取るし、お返しの品は用意するつもりだ」

 

「真面目ね……」

 

 

 名前も――もっと言えば顔すら知らないかもしれない相手だろうと、タカトシはしっかりとお返しを用意する。以前畑さんが桜才新聞にタカトシの写真を載せた事で、タカトシは知らなくても向こうは知っているという人が増えたらしいのだ……

 

「まぁ今日一日は、風紀云々を言える立場じゃないのは少し問題かもね……生徒会副会長として」

 

「学校中が浮かれてるから、タカトシが注意しても問題ないと思うわよ? あんた、全然浮かれてないし」

 

 

 並みの男子なら、これだけチョコを貰えば浮かれても不思議ではないだろうけども、タカトシは浮かれる前に持って帰る憂鬱に押しつぶされてるし……

 

「タカトシ君、いますか?」

 

「カエデ先輩、何かご用ですか……って、畑さんも一緒ですか」

 

「気配で分かっていたでしょう? これが、今朝集まった津田先生宛のチョコレートです。そしてこちらが、どのチョコが誰からかを纏めた資料です。一応本人の許可を取って写真もついてます」

 

「わざわざどうも……これ、頼まれていたエッセイのデータです」

 

「確かに。先生のエッセイを載せないと売れな――興味を持ってもらえないんですよね」

 

「商売してるのは知ってますから……それで、カエデ先輩は畑さんの付き添いですか?」

 

 

 ずっと黙っていた五十嵐さんにタカトシが声を掛けると、先輩は緊張した面持ちで鞄からチョコを取り出した。

 

「これ、受け取ってください!」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、これは私から。言っておきますが、風紀委員長と違って私のは市販のチョコです。まぁ、先生のお陰でだいぶ懐が温かいので、多少奮発しましたが」

 

「はぁ……」

 

 

 段ボール五箱分のチョコを受け取ったタカトシは、持って帰る方法が思い付かずに頭を抱えている。さすがのタカトシも、五箱分のチョコを持って帰るのは無理よね……

 

「コトミのヤツ、紙袋なんて役に立たないじゃないかよ……」

 

「畑さんが裏で管理してるサイトに、タカトシ宛のチョコを代理で渡すって書き込んでたから、それでじゃない?」

 

「また裏サイト……というか、スズは何でその事を知ってるんだ?」

 

「さ、さぁ……何でだったかな……」

 

 

 昨日会長と二人で発見して、乙女の為にスルーしたなんて言えない……まぁ、タカトシのあの目を見る限り、見透かされてるのかもしれないけど……




別の商売を始めた畑さん……


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モテ男の受難

ここまで行くと悲劇ですよね……


 タカトシにチョコを私に行こうとアリアと教室を出たのだが、何故かアリアはもじもじしている。緊張しているのかとも思ったが、さっきから視線がトイレに向けられているので、我慢しているんだと気付けた。

 

「我慢しないで行ってきたらどうだ?」

 

「そうする。ちょっとカフェインを摂りすぎちゃって……」

 

「カフェイン? コーヒーでも飲みまくったのか?」

 

「ううん、チョコの味見で」

 

「どんだけ味見したんだ?」

 

 

 アリアからチョコを預かってトイレの外で待っている間、アリアがどんなチョコを作ったのかが気になりだした。親友として互いに互いの恋路を応援しているのと同時に、ライバルでもあるので気になってしまっても仕方ないだろうが、ここで確かめるのはさすがにマズい。

 

「(こんな時に透視能力があれば……私もだいぶコトミに毒されてるようだな)」

 

 

 そんな能力実際にあるわけないのにそんな事を想ってしまった自分にツッコミを入れて、私は大人しくトイレの前でアリアを待つ。

 

「あれ会長? トイレの前で何してるんですか?」

 

「コトミか。アリアがトイレに入ったから待ってるんだ」

 

「そうなんですか。そうそう、タカ兄ですけど、既に段ボール五箱以上のチョコを貰ってるので、少し機嫌が悪いですよ」

 

「そうなのか」

 

 

 普通ならチョコを貰えてうれしいとか思うのだろうが、タカトシ程になると機嫌が悪くなるのか……まぁ確かに、五箱以上も貰ったら困るだろうがな。

 

「それでもちゃんと他の人からのチョコを受け取るあたり、タカ兄の人の好さが感じられるんですけどね。さっきムツミ先輩が渡してましたし」

 

「三葉が? アイツは特に気にせずに渡せそうだから羨ましいな」

 

 

 自身の恋心を自覚していないのか、三葉は割と簡単にタカトシと接しているように見える。

 

「そんな事なかったですけどね。以前なら当たり前のように渡してたらしいですけど、今日のムツミ先輩は恋する乙女のような表情でしたから。頬を赤く染めながら、視線を合わせたり逸らしたりを繰り返してから、蚊の鳴くような声で渡してました」

 

「お前、何処で見てたんだ?」

 

「畑先輩が盗撮した映像を見せてもらったんですよ。まぁすぐにタカ兄に怒られて削除されちゃいましたけども」

 

 

 タカトシの事だから盗撮してる最中に気付いてたんだろうが、三葉を一人きりにするのを避けて後で説教したんだろう。

 

「お待たせー」

 

「それじゃあシノ会長、アリア先輩、頑張ってくださいね~」

 

「気軽に言ってくれるな……」

 

「そりゃ私は第三者的ポジションですから」

 

 

 普段は実兄で興奮する変態だが、こういう時だけは弁えてるようだな……というか、なんだか緊張で私もトイレに行きたくなってきたような気がする……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に自力で持って帰る事が不可能なので、職員室でどうすれば良いのか相談した結果、横島先生と小山先生の車で運んでくれるという事になった。借りを作ってしまったような気もするが、小山先生は兎も角横島先生には散々貸してるから問題は無いだろう。

 

「はぁ……」

 

「あっ、タカトシくーん」

 

「アリア先輩、シノ会長も」

 

 

 気配は感じていたからいるのは分かっていたが、あの笑顔を見ると何だか居たたまれない気持ちになってくる。用件は分かっているし、二人の気持ちも知っているけども、今は嬉しい演技は出来そうにない。

 

「タカトシ君がチョコを貰い過ぎて憂鬱になっているのは知ってるけど、渡さないって選択をする事は出来ないから」

 

「私もだ。別に食べなくても良いが、受け取ってくれ」

 

「ありがとうございます。食べないなんて失礼な事はしませんよ。ですが、食べ終わる前にお返しをしなきゃいけなくなるでしょうけども」

 

 

 一箱に幾つ入っているかは分からないし、チョコなんてそう何個も食べるものでもないからな……

 

「よかったら出島さんに運んでもらえるよう手配しようか?」

 

「いえ、横島先生と小山先生が車を出してくれるようですので――」

 

「でもそれって今の段階ででしょ? タカトシ君の事だから、放課後には倍以上になってるかもしれないよ?」

 

「………」

 

 

 その事は考えないようにしていたのだが、畑さんが言っていた『朝の段階』という言葉が今更ながら重くのしかかってくる。あの人は他校にも桜才新聞を売っているから、放課後になったら恐ろしい事になっているかもしれないのだ。

 

「相変わらずのモテ男だな……羨ましいと思えない程のモテっぷりとは」

 

「同情するフリしてトドメを刺したいんですか?」

 

「そんなつもりは無いが」

 

「シノちゃん、携帯鳴ってるよ?」

 

「ん? あぁ、カナか」

 

 

 義姉さんからのメールという事で、俺は猛烈に嫌な予感がしてきた。交流会の予定もないし、義姉さんが会長にメールする用事は他に思いつかなかったのだ。

 

「タカトシ……英稜の方でもタカトシ宛のチョコが段ボール二箱に到達したらしい」

 

「アリア先輩、出島さんの手配、お願い出来ますでしょうか……」

 

「任せて~。七条グループの配送部門の人を手配してもらって、タカトシ君の家にチョコを届けるね~」

 

「はぁ……」

 

 

 甘いものなど何も食べていないのに、口の中が甘くなってきた気がする……




タカトシが甘いもの苦手だったら大変だったな……


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店長の思惑

ちゃんと売り上げに貢献するんです


 バレンタインのシフトは、何故か私と魚見会長、そしてタカトシ君の三人。だけどタカトシ君がシフトに入っている理由は仕事をしてもらいたいからではなく、タカトシさんにチョコを渡しに来た女子高生が一つでも商品を買ってくれるのではないかという浅はかな理由からなのです。

 

「相変わらずタカ君はモテモテですよね。お義姉ちゃんとしては鼻高々ですが、あそこまでモテると何だか複雑な思いが」

 

「どっちなんですか」

 

 

 さっきからタカトシ君は次々と店にやってきてチョコを渡して満足している他校の生徒の対応に追われている。私たちは開店休業中のような感じでレジに立っているだけで、むしろタカトシ君をシフトに入れたのは店長の失敗だったのではないかと感じている。

 

「暇ですね」

 

「さっきから立ってるだけですから」

 

「まぁ、これでお給料がもらえるなら楽な仕事ですけど、このままじゃ何もしないで一日が終わりそうですね」

 

「さすがにそこまでは無いんじゃないですか? タカトシ君が店に迷惑をかけるって何か買っていくように言ってくれてますし」

 

 

 そんな会話をしてすぐ、タカトシ君にチョコを渡した女子高生たちがジュースやポテトなどを注文してくれ始めた。

 

「さすがタカ君ですね。店の利益を考える余裕があるとは」

 

「会長は何処目線なんですか?」

 

 

 そんなこんなで一日が終了し、私たちは三人そろった時には恒例となっている寄り道をする事にしました。ちなみに、タカトシ君がもらったチョコは、何故か外で待機していた七条家の人たちが津田家へと搬送してくれています。

 

「タカ君、今日はお疲れ様」

 

「殆ど仕事してませんけどね」

 

 

 タカトシ君はバイト時間の殆どを女子高生の相手に費やしたため、お給料はいらないと店長に言っていましたっけ……でも結果としてタカトシ君につられてお客さん倍増だったので、店長はちゃんと支払うと言っていましたが。

 

「もう見飽きたかもしれませんが、これチョコです」

 

「私からも。タカトシ君ならいっぱいチョコを貰うだろうと思って、チョコチップクッキーにしておきました」

 

「ありがとうございます、義姉さん。サクラも、ありがとう」

 

 

 もうチョコ系はいらないと思うけども、タカトシ君はしっかりと会長と私からのチョコを受け取ってくれる。

 

「タカ君の為にクーラーボックスをいっぱい用意してくれた七条家の人たちにも感謝しないとね」

 

「食べきる自信が無いんですがね……コトミにも手伝ってもらいます」

 

「それでもちゃんとお礼をするタカ君が、お義姉ちゃん大好きです」

 

「そういうの良いんで……」

 

 

 会長に対するツッコミも疲れ切った感じですが、それでも私たちに付き合ってくれたタカトシ君。やっぱり優しい人ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大量にタカ兄がチョコを貰って来たお陰で、私は糖分補給に困らなくなった。でも他の問題が発生している。

 

「こんなに食べたら太っちゃうよ~」

 

「なら食べなきゃいいだろ」

 

「でも、勉強して頭を使ったら甘いものが食べたくなるでしょ?」

 

「いや、限度があるだろ……」

 

 

 人間というものは不思議な生き物で、沢山あると沢山食べたくなってしまうのだ。実際、貰って来たタカ兄よりも私の方がチョコを食べている気がするくらい……

 

「そうそう、会長たちがチョコの感想を聞きたがってたから、テキトーにお茶を濁しておいたよ」

 

「濁す必要が何処にある……知り合いからのは俺が食べてるんだから」

 

「それ以外も食べてる気がするけどね~」

 

 

 名前も知らない相手からのチョコでもちゃんと食べるあたり、タカ兄の人の好さがうかがえる。私だったら、何か変なものが入っているかもしれないって思い、食べないで捨ててしまうかもしれないのに。

 

「そういえば、何でサクラ先輩はクッキーだったの? 普通お返しがクッキーじゃないの?」

 

「チョコは沢山もらうだろうからって言ってたが、気にしなくても良かったんだがな」

 

「ふーん」

 

 

 なるほど、気遣い出来ますアピールか……さすがは私のもう一人のお義姉ちゃん候補筆頭なだけはある。

 

「変な事考えてる暇があるなら、もう少し勉強したらどうだ? 今度の試験だって、赤点ギリギリなんだろうし」

 

「さ、最近は二人の頑張りのお陰で六十点は採れるようになってるから……」

 

「はいはい。晩飯は食べるのか?」

 

「一応……でも、少しだけにしておくよ」

 

 

 私はタカ兄のように普段から運動をしているわけでもなければ、節制が得意なわけでもない。これだけチョコを食べておきながら何時も通りに晩御飯を食べたら、間違いなく太ってしまうだろう。

 

「勉強しながら運動出来れば一番なんだけどな」

 

「やってやれないことは無いだろ? 英語のCDを聞きながら走るとか」

 

「私の集中力じゃ、事故るか聞き流すかのどっちかだよ……」

 

「じゃあ素直に勉強して、食べる量を減らすんだな」

 

「はーい……」

 

 

 マイルドに撃退され、私はトボトボと部屋に戻る。もう少しタカ兄に相手してもらいたいけども、テストの結果が芳しくないとこの家から追い出されるという恐怖から、私は粘れなかったのだ……




コトミが摘まんでたら太るだろうな……


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出演依頼

自前の部員では無理なんだろうな


 魚見会長のスキンシップは結構激しく、ところかまわずハグをしてきたりします。少しは人目を気にした方がいいのではないかと何度か注意してきたのですが、一向に改善される様子はありませんでした。ですがこの頃、人目がある所ではもちろん、生徒会室内でもスキンシップをする事はなくなりました。

 

「(漸く分かってくれたのかな)」

 

 

 加減をしてくれるなら問題なかったのですが、改善されたので余計な事は言わないでおこう。

 

「そういえば最近会長、ハグとかしてませんよね」

 

 

 私が黙っておこうと思っていても、青葉さんが会長に質問してしまった。まぁ聞いたところで復活するとは思えないので、私も話題に乗っておこう。

 

「再三注意したので、少しは私たちの気持ちが分かってくれたんですか?」

 

「ううん、静電気がきつくてスキンシップ自重してるの」

 

「暖かくなってきたら再開するのか……」

 

「それにタカ君が怖い顔で睨んでくる時があるから、相手の機嫌を見てしようと思ってる」

 

「それはありがたいですね」

 

 

 タカトシ君の邪魔をしようとしたとか、集中してるところに近づいたとか、そういう事なのだろうけども、私には出来ない方法で魚見会長を大人しくしていたタカトシ君に、私は改めて尊敬の念を懐く。

 

「(もう少し、タカトシ君に近づけたらいいのかもしれませんけど、私には出来ないですからね)」

 

 

 タカトシ君には最終奥義として、力ずくで黙らせるという方法もありますし……最近では手を出さずに脅すだけで大人しくなってくれているので、その光景を目にする事はなくなりましたけども。

 

「とりあえずは静電気の季節が終わるまでは自重するつもり」

 

「静電気の季節が終わっても自重してくれるとありがたいのですが」

 

「一番分かり易い愛情表現でしょ? 日本でももっと取り入れるべきだと思うの」

 

「会長は日本人ですよね?」

 

「血筋は日本でも、心は海外さ!」

 

「コトミさんに影響されてます?」

 

 

 義妹であるコトミさんと一緒にいる時間が多いせいか、最近会長が厨二病なのではないかと思えてくるのですが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに生徒会室に相談者がやってきた。今日は特に急ぎの案件も無いので、ゆっくりと相談に乗ってやるとするか。

 

「高校生映画コンテスト?」

 

「はい。我が映画部も出展しようかと」

 

「映画部か……」

 

 

 前にショートムービーとしてホラー映画を観たが、確かにそれなりのレベルはあるのだろう。まぁ、素人目に見ての事なので、あまり当てにはならないのかもしれないが。

 

「出展の話は分かった。だが何故それを生徒会室に? 普通職員室だと思うんだが……」

 

「実はですね、出展にあたって、映画の主人公とヒロイン役は生徒会の方々にやってもらおうという話になりまして!」

 

「んー、ちょっと恥ずかしいな」

 

「私も恥ずかしいです」

 

「私も、恥ずかしいのは好きだったけど、ちょっと荷が重いかな」

 

 

 私たち三人が難色を示すと、映画部の女子は残念そうな表情を浮かべた。事前に相談されていれば覚悟も決まったかもしれないが、出展する作品を取り始めるのは来週からだという話だし、そんな急には覚悟出来ないからな。

 

「津田君はどうかな?」

 

「俺も気が乗りませんが、全員が断るのも悪いですからね。撮影スケジュールを教えてもらえますか?」

 

「えっとね――」

 

 

 女子が携帯を取り出してスケジュールをタカトシに見せる。自分の頭の中の予定表と照らし合わせているのか、タカトシは何度か小さく頷いた。

 

「スケジュール的には問題ありません。俺で良ければ手伝わせていただきます」

 

「ありがとー。それじゃあ後はヒロイン役を探さないと……」

 

「しょーがない、私もやろう」

 

「私も……」

 

「じゃあ私も」

 

「皆さん、急にどうしたんですか?」

 

「………」

 

 

 私たちが急にやる気を出したのを見て、女子生徒は首を傾げたが、タカトシは私たちの邪な気持ちを見抜いているようで、呆れた表情を浮かべている。だって、もし映画がラブロマンスで、演技とはいえタカトシと恋人になれるというなら、参加したがる女子生徒は大勢いるだろう。ただでさえ出遅れてる感じがする私だ。この機会を逃す手はない。

 

「こまったな……さすがに私一人じゃ選べないし、ヒロインはオーデイションをして決めようと思います」

 

「参加者は私たち三人か?」

 

「他の配役も探さなければいけないので、もう少し募集してみます。その中からヒロインに相応しい人を探して、他の人にも映画に出演してもらおうかと思ってます」

 

「それが一番いいかもしれませんね。他に役者を探すのも大変でしょうし」

 

「というか、何でもっと早く準備してなかったんだ? 来週から撮影なんだろ?」

 

「実は、脚本を頼んでいたんですけど、完成したのが昨日でして……」

 

「なるほど、それでか」

 

 

 ある程度の希望は出しているだろうが、どういった脚本になるのか分からなければ役者も決められない。それでこんなキツキツなスケジュールなのか……

 

「それじゃあ、職員室に許可をもらいに行きましょう」

 

「そうですね。それじゃあ会長たちは、オーデイション参加者募集のポスター作りをお願いします」

 

 

 映画部の女子とタカトシが自然な流れで職員室に向かったが、何故タカトシもついていく必要があったのだろうか……




タカトシが出ると言った途端にこれだ……


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ヒロインオーディション

間違ってもオークションではないです


 会長たちが一気に出演に前向きになった所為で、映画のヒロインはオーディションで決める事になった。その為に空き教室を使いたいと映画部所属の柳本に頼まれ、俺は今教室使用許可をもらう為に職員室に来ている。

 

「横島先生、少し空き教室を使いたいのですが、使用許可をいただけますか?」

 

「教室の使用許可? 何の目的で使うんだ?」

 

「ヒロインのオーディションをするので」

 

「ダメだっ!」

 

「はい?」

 

 

 何故か力いっぱい拒否されて、柳本は口を開けて固まっている。俺は何が気に入らないのかを尋ねる為に視線を向け、次の言葉を待った。

 

「ヒロインのオークションなんて、そんなエロゲみたいな展開――」

 

「あっ、小山先生。空き教室の使用許可をいただけないでしょうか」

 

「目的は?」

 

「映画部が製作する作品のヒロインを決める為にオーディションを開くためです」

 

「分かりました。ではこれを」

 

 

 小山先生から申請許可書を貰い、俺は柳本にそれを手渡す。

 

「ほら、これで出来る」

 

「悪いな、津田。ついでに審査も手伝ってもらえるとありがたいんだが」

 

「手伝うって、何を手伝えばいいんだ?」

 

「そりゃお前、主人公であるお前との掛け合いとか、そう言ったものを見る為にはお前が手伝ってくれないと」

 

「まぁ、そういう事なら……」

 

 

 というか、先輩たちが乗り気になった以上、俺が出演する理由はなくなったんじゃないか? まぁ一度引き受けた以上、途中で投げ出したりはしないが。

 

「――というわけで、これからヒロインを決めるオーディションを開催します! 基本的にはセリフを数行読んでもらう程度ですが、レベルが高いとこちらが感じた場合、主演である津田との兼ね合いをしてもらう事もありますのでそのつもりで」

 

 

 柳本の宣言を受けて、数人の背筋が伸びたような気がするが、それほど緊張する事ではないと思うんだがな……

 

「では順番に呼んでいきますので、廊下でお待ちください」

 

 

 ざっと数えた程度だが、十人以上参加希望者がいたようだ。というか、それだけ希望者がいるのであれば、生徒会に参加以来なんかしなくても十分に人が集まったんじゃないか?

 

「一番、天草シノです」

 

 

 最初はシノ会長からか……セリフは問題なく言えているし、演技力もそれなりにあるので十分に務まりそうだな。

 

「はい、結構です。では次のシーンを主人公である津田と演じてみてください」

 

「は、はい」

 

 

 何故か急に緊張しだした会長を見て、俺は何となく嫌な予感がしてきた。この人、最近大人しくしてるから忘れがちだが、基本的にはボケ側の人間だからな……

 演者としてシノ会長を後ろから抱きしめ、自分のセリフを述べたところで、会長の反応がない事に気付き声を掛けた。

 

「会長、次は会長のセリフです」

 

「あぁ、すまない。タカトシの胸板の感触を楽しんでいたらセリフを忘れてしまった」

 

「何やっちゃってんの……」

 

 

 結局まともに演じる事無く会長の番は終了した。というか、あの人本気でやる気あるのか?

 

「二番、三葉ムツミ! 運動神経には自信があります!」

 

 

 そう宣言して三葉はその場でバク転を決めた。

 

「おー! スタントマンとして参加してくれない?」

 

「あれー?」

 

 

 まぁ、そうなるよな……一応恋愛映画を撮ると言っているんだから、運動神経をアピールしてもヒロインとして採用はされないだろう……というか、何故運動神経アピールをしたんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オーディションは終了し、後は結果発表を待つだけなのだが、私はさっきから気になっていたことがある。

 

「何故コトミまでオーディションに参加してるんだ? 仮にも主人公はタカトシで、恋愛映画だというのに」

 

「現実では出来ない、兄妹での禁断の恋愛に憧れまして」

 

「そういえば、お前はそういうやつだったな」

 

 

 昔から実の兄の事を性的な眼で見て、タカトシに散々怒られているコトミの事だ。映画という理由を得たら何処まで暴走するか分かったものじゃない。その辺り審査員たちは理解しているのだろうか?

 

「(あっ、審査員の中にはタカトシもいたんだっけか……)なら大丈夫か」

 

「何がですか?」

 

「こちらの話だ」

 

 

 思わず声に出てしまったが、コトミだから簡単に誤魔化す事が出来た。

 

「お待たせしました。ただいまより審査の結果を発表させていただきます」

 

 

 教室内から映画部の面々が顔を出し、私たちを教室内に迎え入れる。よくよく見れば五十嵐や轟までオーディションに参加していたのか……五十嵐は兎も角轟は撮影側じゃないのか?

 

「ヒロインには、萩村スズさんを採用させていただくことになりました」

 

「「「おめでとー」」」

 

 

 私たちの実感の篭っていない賛辞に、萩村は照れ臭そうに頭を掻く。しかしなぜ萩村なんだ? タカトシとの恋愛ものなら、私かアリア、もしくは五十嵐だと思うのだが……

 

「何故萩村氏をご指名に? まさか、津田副会長はペd――」

 

「ん?」

 

「なんでもないでーす」

 

 

 畑のおふざけはタカトシの睨みで撃退され、映画部から選考理由が発表された。

 

「ズバリ、身長です」

 

「はい?」

 

「言ってませんでしたっけ? この映画は兄妹での恋愛映画なので」

 

「じゃあ何で私じゃないんですかー! タカ兄のリアル妹である私じゃ!」

 

「それだと、映画祭に出展出来ないので」

 

 

 映画部の言葉に、コトミ以外の全員が頷いた瞬間だった。




コトミ相手じゃ出展出来ないよな……


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撮影開始

タカトシがいればスムーズに進む


 早速映画部の撮影が始まったのだが、さすがは二年生学年トップの二人だけあって、一回もミスすることなく撮影が進んでいく。

 

「カット、オッケーです」

 

「お疲れ様~。スズちゃんもタカトシ君も凄いね~。私だったらセリフ覚えられなかったよ」

 

「じゃあ何でオーディション受けたの?」

 

「いや~、それは出てみたかったからだよ~」

 

 

 休憩中三葉と話す萩村を見ながら、私は横目でタカトシの様子を窺う。この後私とのシーンだから、少しくらいは緊張してくれているのだろうか。

 

「さすが津田だな。主役を引き受けてくれて良かった」

 

「別にお前の為に引き受けたわけじゃないんだが……というか、俺が断ったら誰が主役をやる予定だったんだ?」

 

「その時は俺がやるしかなかっただろうな」

 

 

 本気でタカトシが主役で良かったと思った瞬間だな……まぁ柳本君が主役だったら、私たちも協力したかどうか分からないし……

 

「それでは次、津田と会長のシーン、行きます」

 

「おっ、出番だな」

 

「会長、頑張ってくださいね」

 

「あぁ!」

 

 

 コトミに背中を押され、私はやる気満々で撮影に臨む。

 

「カット! 会長、もう少し恥じらった表情でお願い出来ますか?」

 

「難しいものだな」

 

 

 私としては十分恥じらいを持った表情で演技していたつもりなのだが、どうやら足りなかったようだ。しかしこれ以上どうやって恥じらいを持てばいいんだろうか……

 

「このシーンって確か、バストアップで撮影するんですよね?」

 

「えぇ」

 

「だったらスカートを脱いで下半身露出しながら撮影すれば――」

 

「阿呆な事言ってる暇があるなら、少し裏方でも手伝って差し上げたらどうだ?」

 

「ヒェ、タカ兄……」

 

 

 コトミはあっさりタカトシに撃退されたが、さてどうやって恥じらえば良いのか……

 

「シノちゃん、シノちゃん」

 

「何だアリア?」

 

 

 手招きするアリアに近寄り、私は耳を貸せと言われて身体ごとアリアに傾く。

 

「昔の行動を思い返せば、恥じらいを出せるんじゃない?」

 

「……そんなに恥ずかしい事をしてたのか、私は?」

 

 

 アリアに言われて思い返してみると、確かに恥ずかしいことこの上ない行動をしてたんだな、私は……

 

「か、会長? 顔真っ赤ですけど、何かありました?」

 

「な、何でもない! さっさと撮影を始めてくれ!」

 

「はぁ……それじゃあ再開します」

 

 

 アリアの所為で恥ずかしい思いをしたが、そのお陰か撮影は成功した。まぁ、半分以上は私の自爆なんだがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エキストラとして映画に参加する事になった私は、タカ兄とシノ会長が会話をしている隣の席で食事をしている女子高生を演じている。

 

「おい、エキストラがカメラ目線とか、目立ちすぎるだろうが」

 

「えー、せっかく出演するんだから、少しくらいは目立たないと」

 

「主役はあくまでも兄貴たちで、私たちはおまけだろ」

 

「でも、メインキャラよりサブキャラの方が人気になるなんて、結構あると思うんだけど」

 

「お前は何の話をしてるんだ?」

 

 

 ゲームやアニメにあまり関心がないトッキーには伝わらなかったけども、私はそういう現象を何度も見てきたから知っている。ここで目立っておけばいつか、私にもチャンスが――

 

「ってトッキー」

 

「あん?」

 

「もっと背筋伸ばした方が良くない?」

 

「私は別に目立つつもりないからこれでいいんだよ」

 

「でも背中丸めてると、思いっきりブラ透け映っちゃうけど?」

 

「っ!?」

 

 

 物凄い勢いで背筋を伸ばしたせいか、そのタイミングでカットが掛かってしまう。

 

「エキストラの方はもう少し大人しくお願いします」

 

「あっ、すんません……」

 

「ダメじゃんトッキー」

 

「お前に言われたくない!」

 

 

 この後は特に目立つことなく私たちの出番は終了。轟先輩の編集のお手伝いをする事になった。

 

『お姉さんにおまかせー』

 

「うわぁ、最新のCG技術って凄いですね」

 

「コトミちゃんも少し勉強すれば出来るようになるんじゃない?」

 

「いや、普通の勉強で手一杯でして……」

 

「まぁ私も、最近こっち方向ばっかり勉強してたから成績は良くないんだけどね」

 

 

 そう言えば轟先輩は最近、平均点に届くか届かないかの瀬戸際だって聞いたことがあるっけ……

 

「おっ、タカ兄とシノ会長が見つめ合ってますね」

 

「津田君は平常心だけど、会長は少し照れくさそうだね」

 

「あっ、そうだ! 轟先輩、ちょっとご相談が」

 

「ん、なになに?」

 

 

 私は思いついたことを轟先輩に耳打ちし、先輩はすぐに作業に取り掛かってくれた。

 

「会長、観てください!」

 

「何だ?」

 

「タカ兄と見つめ合ってるシーンにひと手間加えて――」

 

 

 私の言葉に合わせるように、轟先輩が加工後の写真を画面に表示する。

 

「唾液ブリッジを加えて濃厚な感じに」

 

「遊んでないでちゃんと編集してくれませんかね?」

 

「ちょっとした息抜きだよ~。まぁ、コトミちゃんの発案で面白いと思ったからやったんだけど」

 

「またお前か!」

 

 

 柳本先輩に白状した轟先輩の所為で、タカ兄に雷を落とされてしまった。まぁ確かに邪魔しかしてないって自覚してるけども、あそこまで怒らなくても……

 

「あっスズ先輩」

 

「なに?」

 

「明日の撮影夜からなんで、お漏らししないように気を付けてくださいね」

 

「べ、別にビビったりしないわよ?」

 

 

 既に震えてるんだけど、そう指摘したらまた怒られるかな……




やっぱコトミは邪魔しかしない……


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夜の撮影

邪魔者が追加されます


 撮影が夜からということで、私は少しテンションが高いのだが、主演のタカトシが珍しくやる気が無さそうにしている。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、これがあるからシフトを昼の人と変わってもらって、バイトが終わってから洗濯物を取り込んで軽く部屋の掃除をしてきたので、少し腰を落ち着かせてるだけです」

 

「大変だな……だが、そろそろスイッチを入れないと駄目じゃないか? 映画部の動きを見る限り、そろそろ開始だろうし」

 

「ですね」

 

 

 まだやる気が入っていないようだが、タカトシなら始まればすぐに完璧にこなす事が出来るだろうな。

 

「何の話をしてるんですか?」

 

「あぁ、スイッチが入らないという話をだな――」

 

「し、心霊現象!?」

 

「あっいや……タカトシのやる気スイッチが、という話なんだが」

 

 

 こういう時の萩村は、普段の冷静な判断が出来ないんだったな……しかし、スイッチが入らないという言葉だけで心霊現象に繋げるとは、ある意味想像力豊かというか、何と言うか……

 

「(ここは先輩として、萩村の緊張を解いてやる必要があるな)」

 

 

 私が言葉足らずな所為で余計な緊張を与えてしまったのだから、どうにかして萩村の緊張を解いてやらないと……しかし、どうやって?

 

「(そうだ!)」

 

 

 私は方法を閃き、ゆっくりと萩村の側に近寄る。

 

「会長?」

 

「隙だらけだ!」

 

 

 一気に背後に回って萩村の脇の下に手を突っ込み、そのままくすぐり始める。私の行動に初めは驚いた感じだったが、次第に楽しそうに笑ってくれた。

 

「どうだ? 少しは緊張解れたか?」

 

「はい、お陰様で。笑い過ぎて少し疲れましたが、気分が楽になりました」

 

「何々、何のはなし~?」

 

「アリアにもおまけだ!」

 

「きゃっ!?」

 

 

 巫女装束に身を包んだアリアの脇の下もくすぐり、萩村と同じ気分にさせてやろうと思ったのだが――

 

「もー、急に胸のGスポットを攻撃してくるなんて、シノちゃん夜だからって性欲高まってるの?」

 

「あ、あれ? 何でそんな流れになってるんだ?」

 

 

 何故かアリアに怒られる展開になってしまった……というか、私はくすぐっただけなんだが……

 

「そろそろ本番いきまーす!」

 

「「えっ、本番!? あっ、いやいや……」」

 

「昔の癖が出てますよ……」

 

 

 萩村にツッコまれ、私たちは恥ずかしくなり視線を下に向けタカトシから睨まれているという現実から目を背けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影は順調に進み、休憩時間になるとタイミングよく出島さんが差し入れを持ってきてくれた。

 

「撮影って楽しいですよね」

 

「というか、タイミングよく現れたことに対して、納得出来る説明を――」

 

「私も昔エキストラとして参加した事があります」

 

 

 どうせアリアさんの持ち物の何かに盗聴器か何か仕掛けてるんだろうが、問い詰めても白状しそうにないか……

 

「エキストラもメイクした方がいいですか?」

 

「私はしませんでした。どうせ顔にモザイク掛かりますし」

 

「AVの撮影じゃねぇか!」

 

「おんや~? 何故萩村さんがそんな事を知ってるんですかね?」

 

「いや、それは……」

 

「休憩も終わりですし、出島さんはどうぞお帰りください」

 

 

 出島さんを脇に追いやる事で、スズへの追及を強制的に終わらせる。

 

「それじゃあ最後は、津田と会長のベッドシーンを撮ります」

 

「はぁ?」

 

「いや、フリだから! 青少年のリアルを表現するためにこのシーンは必要なんだ! ほら、時代劇だって斬られたフリするだろ? それと一緒だって!」

 

 

 軽く視線を向けただけだというのに、柳本は慌てたようにそう言う。別に怒ったわけではないんだが、そんなに怖かったのだろうか……

 

「つまり素股ということか?」

 

「アンタは何を言ってるんだ」

 

「あっ、緊張して昔の癖が出てしまうんだ……」

 

「どんな緊張だよ……」

 

 

 とりあえずそれっぽく見えればいいとの事なので、俺とシノ会長の二人で保健室のベッドに入る。

 

「会長、息荒いですが大丈夫ですか?」

 

「も、問題ない……ちょっと鼻血出そうだけど」

 

「何で?」

 

 

 この状況で何故そうなるのか気になったけども、それ以上に俺は、会長の脚が気になっていた。

 

「っ!? 痛たたたたた!」

 

「「「っ!?」」」

 

「あぁ、やっぱりつりましたか……」

 

 

 過度の緊張で脚がつりそうになっているのは気配で感じてたが、どうやらやっぱりつったようだ……

 

「タカ兄、こんな大勢の前で初体験なんて」

 

「お前は明日一日を正座で過ごしたいようだな?」

 

「正直申し訳ございませんでした!」

 

「会長の脚が治るまでちょっと休憩」

 

「す、すまん……」

 

 

 失敗してがっがりしている会長の側に、先ほど追い返した出島さんが近寄ってくる。あれでも俺たちより人生経験は豊富だから、何かアドバイスしてくれるのだろうか。

 

「私も本番中に脚をつったことがあるのですが、初物だと思われて結果オーライでした。ですからそれほど気にする必要は――」

 

「慰めるならちゃんと慰めろよな」

 

「あぁ、タカトシ様の罵声! これだけで三回は絶頂出来そうです!」

 

「はぁ……会長、あまり気にし過ぎると次に差し支えますから、適度に反省して切り替えてください」

 

「あぁ、分かった」

 

 

 この一言が利いたのかは分からないが、無事に撮影は終了して後は轟さんの編集を待つだけとなった。




コトミと出島さんも、なかなか混ぜたら危険ですよね……


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新生徒会役員

ついに登場新キャラ


 生徒会の作業で必要な備品を取りに来たのは良いのですが、私も会長もあの位置の物はとれない。

 

「どうしましょうか?」

 

「私が踏み台になるのでサクラっちが――」

 

「踏み台を持ってきた方が早いですかね」

 

「スルーは酷くないかな? まぁいいです。少し待っていてください」

 

 

 そういって会長は倉庫から出て行く。恐らく踏み台を探しに行ったのだろう。

 

「お待たせ。入って」

 

「人っ!?」

 

 

 てっきり踏み台を持ってくるのだと思っていたのだけども、会長は人を連れてきた。

 

「あの荷物を取ればいいんすね?」

 

「うん、お願い」

 

 

 会長が頼むと、彼はすんなりと荷物を取ってくれた。やっぱり大きいと届くんだな……

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「というわけで、生徒会に入らない? 実は前から目を付けてたんだ」

 

「会長、いきなりは失礼ですよ。いくら男手が欲しいからって」

 

「えっ、私女っすけど?」

 

「ごっ、ゴメンなさい!」

 

「サクラっちが一番失礼だったね」

 

 

 てっきり男子だと思っていたけど、どうやら女子だったようだ……恥ずかしくて穴があったら入りたい。

 

「別にいいっすよ。良く間違われますし」

 

「で、でも」

 

「それに、男に負けないような体作りをしてるんで、間違われるのはある意味光栄っす」

 

「おっー」

 

「腕、硬いね」

 

 

 会長がべたべたと広瀬さんの身体を触りだしたけども、女子同士だし特に注意する必要は無いかな。

 

「失礼しま――」

 

「下っ腹も硬ーい」

 

「っ!?」

 

「女子同士だからね!」

 

 

 タイミング悪く入ってきた青葉さんに、何故か私が言い訳を始める。というか、会長は気にしなさすぎですよ……

 

「やっぱり欲しい!」

 

「会長?」

 

『ドン!』

 

 

 何を思ったのか会長は広瀬さんを壁際に追いやって所謂「壁ドン」をする。

 

「その貴女の素晴らしい肉体、我が生徒会に是非欲しい。真剣に考えてくれない?」

 

 

 どうやら本気で広瀬さんを生徒会に勧誘しているらしい。確かに広瀬さんが入ってくれれば、重いものを運んだり高い場所にある物を取るのに苦労し無さそうだし……

 

「って、股ドンもしようと思ったのに届かない」

 

「目論見外れて良かった」

 

 

 せっかく真面目な雰囲気だと思ったのに、結局は何時も通りか……

 

「入るのは別にいいっすよ」

 

「ホントッ!? じゃあさっそく生徒会名簿に名前を」

 

 

 何だかあっさりと勧誘に成功したようで、英稜高校生徒会役員は四人になった。

 

「これで四人。桜才学園と同じだね」

 

「賑やかになりますね」

 

「生徒会に入るのは良いんすけど、私部活あるんすけど」

 

「うん、そっち優先で良いよ。こっちは暇なときに」

 

「それじゃあ今も部活中? 戻りが遅いと怒られちゃう?」

 

「別に平気っすよ。ちょうど休憩中でトイレに行ってたんで、部の皆うんこだと思ってますよ。あはははは」

 

「もう少し女子としての恥じらいをね……」

 

 

 会長や天草さんたちとは違った意味で恐ろしい子だと感じた瞬間だった……

 

「幽霊部員ならぬ幽霊役員ですね」

 

「そうだね。今度スズポンを脅かすネタにしよう」

 

「止めてあげてください……」

 

 

 萩村さんは怪談が苦手で、面白いくらいに勘違いするので絶対に冷静な判断が出来なくなるだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに英稜高校との交流会を終え、校門に移動したところで義姉さんが口を開いた。

 

「実は、英稜高校生徒会も役員が四人になりまして」

 

「そうなのか。是非紹介してくれ」

 

「今の時間はちょっと無理ですね」

 

「何か事情があるのか?」

 

「えぇ、幽霊ですので」

 

「ゆ、幽霊っ!?」

 

「スズ、落ちつけ……義姉さんも、狙ってたでしょう」

 

「バレちゃった?」

 

 

 チロリと舌を出して頭を掻く義姉さんを見て、俺は確信犯だっただろうと視線で追及する。だがしれっと追及を避け話を続ける。

 

「今日この後合流するので、その時に紹介しますね」

 

「それじゃあ生徒会室に戻ってお茶でもするか」

 

「そうですね。サクラっち、お茶の用意を」

 

「何で生徒会室を出たんですか……」

 

 

 サクラのツッコミを無視して、義姉さんたちは生徒会室へ歩いていく。

 

「大変だな」

 

「うん、でもまぁ、タカトシ君ほどじゃないから」

 

「そうか……」

 

 

 そう思われるのはなんだか複雑だが、実際サクラの方がまだマシなんだろうな……

 

「それで、新しい役員ってどんな子なの~?」

 

「もうすぐ来ると思いますので、それまでのお楽しみです」

 

「遅れました」

 

 

 お茶を出したタイミングで新しい役員と思われる人が入ってきた。かなり鍛えている様子だし、背もかなり高い。

 

「ほう、彼が新しい役員か」

 

「彼『女』ですよ」

 

「なにっ!?」

 

「あぁ、やっぱり……」

 

 

 どうやらシノさんは新しい役員の人を男子だと思ったようだ。まぁ確かにあの身体つきを見れば勘違いしても仕方がないだろうな。

 

「疑ってるなら触って確かめていいっすよ? そこのお兄さん」

 

「いや、貴女が女子だというのは見ればわかります。かなり鍛えているようですが、骨格などは変えられませんから」

 

「……この人、何者っすか?」

 

「タカ君。私の自慢の義弟」

 

「何の説明にもなってないと思い――」

 

「なるほど」

 

「納得しちゃったっ!?」

 

 

 どうやら別ベクトルのボケのようだな……サクラも大変になるだろうな……




相変わらずの観察眼


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水難の相

占いなんて当たるのか?


 何時も通り朝の支度をしていると、ふとテレビの占いが目に入った。普段気にしないのだけど、今日は何故か気になってしまったのだ。

 

『今日の運勢ワーストさんは乙女座。水のトラブルに注意!!』

 

「えっ」

 

 

 乙女座の人なんていくらでもいるのだし、私が水のトラブルに遭う可能性は低いのだろうけども、こういうのは悪い方が気になってしまうのよね……

 

「――というわけで、朝から憂鬱です」

 

「ふむ……」

 

 

 廊下でばったり会って私の様子がおかしい事に気付いた天草さんに、今朝の事を話す。占いなんて信じてないけども、やっぱり気になってしまうのよ……

 

「何があっても大丈夫なよう、防水スプレーをかけておこう」

 

「どうもです」

 

 

 何でそんなものを持っているのか? とか、気になることはあったけども、今日の私には御守りのようなものだったので深くは聞かない事にした。

 

「一応パンツにもかけておいた方が良いんじゃないですか~?」

 

「漏らしませんよ!! というか、何時からそこにいたんですか」

 

「割と最初から。一応私このクラスですし」

 

 

 いきなり現れて余計な事をしようと提案してきた畑さんを撃退して、私は今日一日水に注意しようと決意する。

 

「というか、次は体育ですよ」

 

「おっとそうだったな。急いで着替えなくては」

 

「(ただ着替えるだけなら問題ないよね)」

 

 

 常に水気に気を付けていたお陰か、体育は無事に終わった。途中水たまりに脚を突っ込みそうになったけども、意識していれば避ける事は難しくなかったわね。

 

「(手を洗いたいな……)ん?」

 

 

 水道を見つけたけども、そこには使用禁止の紙が貼られている。

 

「(壊れてるの?)」

 

 

 つい油断したのかは分からないけども、私は使用禁止と書かれている水道の蛇口をひねる。すると――

 

『バシャ―!』

 

「きゃっ!?」

 

「(故障=出ないという固定概念が招いた悲劇か……)」

 

 

 慌てて蛇口を締めた私の眼に飛び込んできたのは、そんな風に考えているであろう天草さんの顔だった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業しようとしたが、何故かカエデさんが落ち込んだ表情で俺の席に座っている。ついでに横島先生もいる。

 

「おい、今私の事を『ついで』とか思っただろ?」

 

「いえ、別に」

 

「隠しても分かる! 侮蔑するならもっとしてください!」

 

「あぁ、ダメだこの人……」

 

 

 とりあえず横島先生を脇に移動させ、俺はカエデさんに声を掛ける。

 

「何かあったんですか?」

 

「じ、実は――」

 

 

 カエデさんの説明を聞いて、俺とスズは同情するしかなかった。確かにあの水道は故障しているので、近い内に業者が来る予定になっているのを知っているからだ。

 

「それは災難でしたね」

 

「ええ……」

 

「ブラも乾かしてるって事は、今五十嵐はノーブラ! 男子の欲望にたぎった視線が――」

 

「少し、黙ってもらえますか?」

 

「い、イエッサー!」

 

 

 余計な事を言い出した横島先生を黙らせて、俺はシノ会長に視線を向ける。

 

「どうするんですか?」

 

「服はもう少しで乾くだろうが、このままだとまた事故に遭いそうだから、私たちで五十嵐を家まで送ってやる事にしたんだ。というわけで、今日の生徒会業務は何時もの五割増しのスピードで進めるぞ!」

 

「そんな事言って、殆どタカトシ君が終わらせちゃうんだろうけどね~」

 

「分かってるならもう少し先輩たちも頑張ってくださいよ」

 

「うむ」

 

 

 毎回返事だけは良い会長と、都合が悪くなると恍けるアリア先輩を軽く睨んで、俺は残ってる作業を進めようとして――

 

「何をしている?」

 

「いや、ノーブラだと形が崩れるかなって……」

 

「さっさと解け。それとも、その縄で一週間くらい生徒会室に縛り付けられたいか?」

 

「失礼しました!」

 

 

 しれっと生徒会室に入ってきていたコトミにカミナリを落として、俺は生徒会作業を終わらせるべく黙々と手を動かしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄に怒られた時は終わったと思ったけども、無事にカエデ先輩のブラ――おっと、服も乾いたので家まで送る事に。

 

「あっ、雨降ってきた」

 

「今日は厄日です」

 

「とりあえずウチに寄っていきます? ここからなら一番近いので」

 

「よし、津田家までダッシュだ!」

 

 

 急に走り出した会長を追いかけるように私も駆け出す。負けず嫌いなスズ先輩は反応したけども、タカ兄とカエデ先輩、アリア先輩は普通の速度で走るだけだった。それでも、タカ兄が一番早かったんだけども……

 

「だいぶ濡れてしまったな」

 

「私、雨女なのかもしれません」

 

「まぁまぁ、雨の方が女子は性欲が増すって――」

 

「ちょっとお手洗いに」

 

 

 私のボケを華麗にスルーして、カエデ先輩はトイレに行ってしまう。勝手知ったる何とやら、特にトイレの場所に困る事は無く。

 

「しかし、だいぶ強まってきたな」

 

「今出島さんに電話して、ここに迎えに来てもらえることになったよ」

 

「おお、すまないな」

 

「あの、会長……ちょっと事件が」

 

「ん?」

 

 

 トイレから恥ずかしそうに顔をのぞかせるカエデ先輩。まさかお漏らしでもしたのか!?

 

「……コトミ、風呂場からバケツに水を汲んで来い」

 

「えっ、何で!?」

 

「いいから」

 

 

 タカ兄に指示された時は分からなかったけども、まさかトイレが流れなくなってたなんて思わなかったよ。




察してコトミに指示するタカトシさん……さすがっす


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徹夜明けのテンション

コトミの相手は変更


 コトちゃんの勉強を見て、タカ君が用意してくれたテストで合格点を採れたので、少しくらいならゲームをして良いと許可をもらったコトちゃんは、私を誘ってゲームを始めた――のが昨日の夜。

 

「徹夜しちゃったね……」

 

「つい盛り上がっちゃいましたからね……」

 

 

 既に外は明るくなってきている……ちょっとの息抜きに付き合うつもりだったのに、私としたことが。

 

「こういう時って、ついハイになってしまいますよね」

 

「えっ、お義姉ちゃんはバンパイアの末裔っ!?」

 

「それは灰でしょ」

 

「「あははははは」」

 

 

 一通り盛り上がったところで、私たちは背後から鋭い視線を向けられている事に気が付いた。

 

「随分と楽しそうですね、貴女たちは」

 

「た、タカ君……」

 

「二人とも少し寝ろ。義姉さんは今日、生徒会業務があるって言ってましたよね? コトミは起きたら勉強だからな。夜通しゲームした罰で、何時も以上に厳しくしてやる」

 

「そ、そんな~……」

 

 

 ちょっとコトちゃんに同情したいけど、まだ終わってないのに盛り上がっちゃったんだから仕方ないよね……というか、あのタカ君に逆らったら、私まで危なくなるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室にやってきた会長は、何処か眠そうだったけども、しっかりと作業をしてくれているのでとりあえずは問題ないだろう。

 

「ところで、これ全部広瀬さんのトレーニンググッズ?」

 

「えぇ。暇さえあれば鍛えてるんで」

 

「そうなんだ」

 

「この間会った桜才副会長、あの人はかなり出来そうですからね」

 

「タカトシ君のこと?」

 

 

 確かにタカトシ君は男子の中でも鍛えている方だろうけども、彼は特別な事は何もしていないって言うだろうな。多分、家事をしてて自然と鍛えられていたとか、そんな感じだろうし。

 

「えぇ、そうっす。ところで」

 

「ん?」

 

「森先輩とその人って、付き合ってるんすか?」

 

「ふぇ!?」

 

「いやだって、名前で呼んでますし。森先輩ってあんまり男子と親しそうにしてるところ見た事ないですし」

 

 

 確かに、英稜の男子とはあまり話さないし、名前で呼ぶこともないけども……

 

「前に生徒会合同で旅行に行ったときに、魚見会長と天草さんの発案で名前で呼び合う事になって、そのままの流れで普段も名前で呼んだりしてるだけだよ。苗字で呼ぶこともあるし」

 

「そうなんすか?」

 

 

 広瀬さんが会長に確認をしようとするけども、会長は何処か眠そうな感じで窓の外を見ていた。

 

「会長?」

 

「……えっ? あぁ、広瀬ちゃんは身体を鍛えてるんだっけ? じゃあ私からはこれを――」

 

「それ以上喋るな! というか、何処からそんなもの持ってきた!」

 

「ふたりって仲いいっすね」

 

 

 この状況でそんな感想が出てくるとは思ってなかったけども、広瀬さんにはこれが何か分からなかったみたいだ……というか、分かっちゃった自分が嫌だ。

 

「それで、森先輩と桜才の副会長は付き合ってるんすか?」

 

「タカ君は誰とも付き合ってないよ。コトちゃんの面倒を見るのが大変で、自分の為に使える時間が少ないのが原因だから」

 

「コトちゃん? ペットでも飼ってるんすか?」

 

「ううん、タカ君の妹なんだけど、毎回毎回補習ギリギリで、タカ君と私が散々勉強を教えて漸く平均点に届くようになってきた子。広瀬ちゃんと同い年だよ」

 

「そうなんすか。まぁ、私も赤点ギリギリなんですけどね」

 

 

 大笑いをする広瀬さんだが、会長の眼が鋭く光ったのを私は見逃さなかった。というか、生徒会役員になったのだから、そんなテスト結果で許されるはずもない。

 

「今度の勉強会は広瀬ちゃんも参加だね」

 

「そうですね。タカトシ君にお願いして、広瀬さん用の対策テストを作ってもらいましょう」

 

「えっ、何でそうなるんすか!? というか、対策テストってなんすか!?」

 

「タカ君は過去の傾向から今回出題されるであろう問題を抜粋して模擬テストを作ってくれるの。その的中率は八割強! これさえ出来ればほぼ合格間違いなしと噂されるくらいのテストなんだよ」

 

「でも、学校の違う私の為のテストは、さすがに作れないんじゃないんすかね? ほら、先生の性格とか分からないでしょうし」

 

「大丈夫。私がタカ君に教えておくから」

 

 

 学校が違う事を理由に逃げようとした広瀬さんだったが、それくらい会長が考えていないわけがない。当然の如く過去問を用意してあり、それをタカトシ君に渡して広瀬さん用のテストを用意してもらうつもりなのだろう。

 

「生徒会役員が補習なんて事になったら恥ずかしいしね。それに補習の所為で部活に参加出来なくなっても良いの?」

 

「それは……嫌っす」

 

「でしょ? 大丈夫。タカ君は厳しいけども、その厳しさが途中から快楽に――」

 

「余計な事は言わなくて良いんで。とりあえず、広瀬さんはもう少し勉強した方が良いと思うよ。生徒会云々は置いておくにしても、補習になっていい人なんていないんだし」

 

「そうなんすけど、勉強は嫌いなんすよ……授業中も途中から眠くなってきますし」

 

「何となく分かるけど、授業中に寝ちゃダメ」

 

 

 どことなくコトミさんと似た感じがするけども、広瀬さんは下ネタを言わないだけマシなのかな……




広瀬もダメっぽいな


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潮干狩り

あまりやった思い出は無いな……


 久しぶりに生徒会メンバーで外出をしようという話になり、私たちは潮干狩りに出かける事にした。買い物とかはしょっちゅう一緒に行っている気もするが、こうして遠出をするのは久しぶりだろう。

 

「さぁ、狩りの時間だ」

 

「遊んでるのは良いが、何でお前までついて来てるの?」

 

「えっ、会長に誘われたので」

 

「おいてくぞー」

 

 

 何となくタカトシに怒られそうに感じたので、私は距離を取ってコトミにそう告げる。別に呼んだからと言って怒られることではないのだが、相談なしに決めたのは何となく気まずいのだ。

 

「それでは早速潮干狩りを楽しもうじゃないか! 私はあっちで探しているから、君たちも頑張ってくれたまえ!」

 

「なんかキャラ違くないですか?」

 

 

 タカトシから少しでも距離を取りたいがために、私はキャラ変更をしてまでアリアと萩村の側に移動した。

 

「あれ、シノちゃん? タカトシ君たちと一緒にやるんじゃなかったの?」

 

「何となく気まずくてな……あっ」

 

 

 逃げてきた時か、今なのかは分からないが、私は自分の足元が濡れている事に気付いた。

 

「裾が濡れてしまったか」

 

「ズボンの丈は短い方が良いね」

 

「そうかもな。だがシャツの丈は長い方が良いぞ」

 

「どうして~?」

 

「ローライズパンチラしそう」

 

「そうなんだ~」

 

「七条先輩の事ですよ!」

 

 

 萩村がツッコんだお陰で、アリアは自分がパンチラしそうになっていたことに気付く。一昔前ならノーパンだったのでパンチラの心配なんてしなくて良かったんだが、今は穿いているからな……

 

「かいちょー! 一緒に貝を狩りましょう!」

 

「コトミか……タカトシはどうした?」

 

「迷子の兄妹がいたので、迷子センターに連れて行ってます」

 

「さすがタカトシ……」

 

 

 こんなところでも頼れる兄貴をしているというわけか……

 

「それじゃあコトミ、一緒に狩るか!」

 

「はい!」

 

 

 そう意気込んだのは良いが、なかなか上手く貝を採る事が出来ずにいる。

 

「ありゃ、また貝われちゃったよー」

 

「力加減が難しいな……」

 

 

 普段熊手なんて使わないので、上手く貝を掘り出す事が出来ない。見つけられても掘り出せなければ、何の意味もないのだ。

 

「二人とも、こっちに並んで」

 

「どうした、アリア?」

 

 

 アリアに手招きされ、私とコトミは素直にアリアの側に移動する。

 

「熊手はね、爪愛撫のように優しくなぞるんだよ」

 

「わひゃ! 何だか気持ちいい……」

 

「(えっ、次は私なのか?)」

 

 

 何となくイケナイ気持ちになり掛けたが、タカトシが戻ってきて熊手のコツを教えてくれたお陰で、私はアリアの爪愛撫を受ける事無く済んだ。何となく残念に思えるのは、きっと気のせいだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長とコトミの相手はタカトシに任せて、私は七条先輩と貝を探す事になった。

 

「砂浜にある穴に塩を入れると――」

 

「わー貝が出てきた! これって確か……マラ貝」

 

「マテ貝です」

 

 

 タカトシが側にいないからなのか分からないけども、今日の七条先輩は絶好調のようだ。こんなことで絶好調になられたくはなかったが……

 

「あっスズちゃん、そこに貝があるよ」

 

「本当ですね」

 

「それってアサリ?」

 

「これはアサリに似ているけど違いますね。一回り大きいです」

 

「ホントだー。えっとそれは確か……ガバマン」

 

「せめてちゃんと隠語使って! バカ貝です!!」

 

 

 やっぱりタカトシにこっちに来てもらおうと思った矢先、会長がカメラを持ってこっちにやってきた。

 

「せっかくの遠出だから、記念に撮っておこうと思ってな」

 

「準備良いですね」

 

 

 私が生徒会に入った頃はデジカメなんて使えなかった会長だが、今では自由に写真を撮る事が出来るまで成長している。まぁ、タカトシが教えたんだけどね。

 

「おっ、良い感じだ」

 

「見せてください」

 

 

 会長が撮った写真を見せてもらうと、スコップを持ってしゃがんでいる私がそこに写っている。

 

「(……なんだか、泥んこ遊びをしているように見える)」

 

「どうかしたか?」

 

「いえ、何でもありません」

 

 

 私が気にし過ぎなだけで、会長に悪意があるわけではないんだから、この考えは私の中にしまっておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貝がいっぱい採れたので、お昼は出島さんにお願いして貝尽くしのメニューにしてもらった。タカトシ君は手伝いたそうだったけども、ウチに招いた以上タカトシ君はゲストだ。ゲストに給仕をさせるなんて出来ないと言うと、渋々納得してくれた。

 

「ホントにタカ兄は真面目だねー」

 

「お前が不真面目なだけだ」

 

「お待たせいたしました。どうぞお召し上がりくださいませ」

 

「美味しそー」

 

 

 タカトシ君に怒られていたコトミちゃんだけども、料理が運ばれてきたらあっという間に興味が料理に移り、凄い勢いで食べ始めた。

 

「美味しー!」

 

「がっつき過ぎだ。ウチじゃないんだから、もう少し遠慮を――」

 

「タカトシ君、別に気にしなくても良いよ? 自分の家だと思ってくれても」

 

「さすがにそれは無理です……」

 

「がっつくと言えば、貝類を食べると性欲が増すらしいです」

 

 

 そう言って出島さんは私の前に料理を運んでくる。

 

「ですのでじゃんじゃん――」

 

「貴女もがっつき過ぎでは?」

 

「あらあら~」

 

 

 出島さんの気持ちは嬉しいけど、私は別にバイじゃないのよね。それに、タカトシ君と出会ってからはタカトシ君以外では興奮出来なくなっちゃったし。




そもそも貝類得意じゃなかった……


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桜才学園マスコット

そりゃ人気出るわ……


 最近どこの市や県でもその場所のキャラクターが存在している。それを見た私は生徒会メンバーには内緒で桜才学園のキャラを作る事にしたのだ。

 

「――で、今日は生徒会作業は休みだって聞いたんですが」

 

 

 放課後にタカトシを生徒会室に呼び出して、やってきたのと同時に不機嫌そうな声音で言われる。恐らく久しぶりの休みに予定を入れていたのだろう。

 

「実は桜才学園でマスコットを作ろうという話があってな」

 

「初耳ですね」

 

 

 そりゃそうだろう。私が密かに進めていたのだから……もちろん、学園長の許可は取ってあるので、もしかしたらタカトシの耳に入っているかもとは思っていたが。

 

「今さっきその試作品が出来たと言われてな」

 

「そうですか」

 

「それでタカトシを呼んだんだ」

 

「はぁ……」

 

 

 何となく察しているのか、先ほどから表情があからさまに嫌がっている。

 

「サイズ的にもタカトシしか出来ないんだ」

 

「そういう事は事前に相談して欲しかったですね」

 

 

 着ぐるみを受け取ったタカトシは、不服そうに眺めてから一応着てくれた。しかし相変わらずタカトシが怒っている時の目は恐ろしいものがある。

 

「(何故コトミは何回も怒られているのに改心しないのだろう?)」

 

 

 ふとそんな事を思ったが、アイツはアイツで考えがあるのかもしれないな。

 

「それで、着てどうするんですか?」

 

「この後畑の取材が――」

 

「ちわー、マスコットの取材に来ました」

 

「来た」

 

 

 着ぐるみでタカトシの表情は分からないのだが、何故だか私はタカトシが嫌そうな顔をしていると確信している。

 

「それにしても、なかなかのクオリティですね。あっ、ポーズお願いします」

 

 

 畑が写真を撮っている横で、私は満足げに頷く。これなら知名度も出るだろう。

 

「このマスコットの名前は?」

 

「仮でだが、さくらたんと名付けてある」

 

「ほほぅ、英稜の森副会長みたいな名前ですね」

 

「桜才の桜から取ったんだ!」

 

 

 畑に言われて、森の名前を冠した着ぐるみをタカトシが身に付けていると思い、急に腹立たしくなる。だが気にしなければ良いと思い直し、私はタカトシに話しかける。

 

「少し息苦しいか?」

 

「まぁ我慢出来ない程ではないですが、篭ってるのでそれなりに」

 

「せっかくですから、外に出てみんなの反応を見てみませんか?」

 

 

 畑の提案に、私は期待と不安の二つの感情が芽生えた。

 

「生徒たちは受け入れてくれるだろうか? 生徒会予算の無駄遣いとか言われないだろうか? あぁ、やきもきする」

 

「そういう事は反応を見てから考えればいいんですよ。そもそも、学園長公認なんですから、生徒から何と言われようが今後活躍してもらうんですから」

 

「そうだったな」

 

 

 畑の言葉で決心がついた私は、さくらたん(タカトシ)を連れて外に出る事にした。ちょうど放課後だし、下校中の生徒たちの反応をしっかりと見ておこう。

 

「何アレー!」

 

「かわいーっ!」

 

 

 外に出てすぐ、女子生徒たちがさくらたんに群がり始める。あっという間にさくらたんの周りには女子が集まり、次々に携帯で写真を撮っていく。

 

「良かったですね、大人気じゃないですか」

 

「そうなんだが、なんだかやきもきする」

 

「それはやきもちじゃないですか? 彼女たちは中の人が津田副会長だって知らないですけど、会長は知っているのですからね~」

 

「なっ! そんな事ないぞ!」

 

 

 そうだ。彼女たちはあの中がタカトシだと知らないで群がっているんだ。タカトシが他の女子たちと写真を撮っているわけではないんだから、やきもきする必要は無いんだ。

 

「会長、あのキャラ何ですか?」

 

「えっ? あぁ。今度桜才学園のマスコットキャラクターとして採用されるさくらたん(仮)だ」

 

「遂にこの学園にもマスコットが出来るんですね! 生徒会メンバーもかなりのマスコットキャラだと思ってましたけども、実際にこういうのがあるのは良いですよね」

 

「私たちはマスコットじゃないぞ!?」

 

 

 一般生徒から見たら、私たちはそんな風に思われていたのか……

 

「ところで、あの着ぐるみの中って誰が入ってるんですか? 大門先生とか?」

 

「あっ、何となく分かる。ああいうのって外身は可愛いんだけど、中身はがっしりとした人が入ってるのが普通だもんね~」

 

 

 随分と夢の無い話をされた……確かに着ぐるみの仕事は意外と重労働で、鍛えた人が中に入ってる事が多いと聞くが、だからって大門先生にこんなことは頼めないだろうが……

 

「それで、誰なんですか?」

 

 

 女子生徒の一人が気になり過ぎてさくらたんに直接尋ねる。別に教えても問題ないんだが、何となく知られたくないと思ってしまうんだよな……

 

「………」

 

 

 答えて良いのか困っているのか、タカトシがこちらを見ている。いや、視線が何処に向いているのかなんて分からないが、間違いなく私に委ねている。

 

「取っていいぞ」

 

 

 そう言うとさくらたんは頷いて頭の部分を外す。

 

「意外と熱いんですよね、これ」

 

「えっ、津田君だったの!?」

 

「うそ!? もう一回、その状態で写真撮ってもらえますか!?」

 

「頭を外した状態で?」

 

 

 何故そんな事を頼まれたのか分からないタカトシは首を傾げたが、タカトシとツーショットなんて言ったら女子の間で発狂ものだからな。

 

「撮影会はこれまでだ! タカトシ! 生徒会室に戻るぞ!」

 

「はぁ」

 

 

 私は何となくイライラしてきたのでタカトシを連れて生徒会室へ戻る。結局さくらたんは本採用となったが、二度と頭を外した状態で歩かせないと心に決めたのだった。




半分くらいシノの自爆のような気も……


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子供への教え方

劇場版第二段、まさかの決定


 生徒会室で作業していると、萩村が鞄から何か紙を取り出して唸りだした。

 

「うーん、難しいなぁ」

 

「(あの萩村が問題を見て難しいだと? いったいどんな問題なんだ?)」

 

 

 私は好奇心に負け、作業中の書類を机に置き萩村の背後に回る。もしかしたら私じゃ読めない外国語で書かれた問題かもしれないが、覗かないまま作業を続けるのは無理だ。

 

「(どれどれ?)」

 

 

 紙を覗き込むとそこには――

 

『たろうさんはスーパーでみかんを3こ、りんごを5こかいました。あわせていくつ?』

 

 

――と書かれていた。

 

「萩村が阿呆の子になったっ!?」

 

「はい? あっ、これ私ようの問題じゃないですからね」

 

 

 私の反応で勘違いされた事に気付いた萩村が、事情を説明してくれることになった。

 

「実は最近、近所の子の勉強を見てあげているんですが……その問題作りがけっこう骨が折れまして」

 

「そういう事か」

 

 

 てっきり萩村がどこかに頭を打って、残念な頭になったのかと思ってしまったぞ……まぁ、そんな事は小説の中でしか起こらないだろうけども。

 

「じゃあ問題作りのプロに聞けばいいんじゃないか?」

 

「おっ、私を呼んだか?」

 

 

 私の発言に、生徒会室の隅でタカトシに怒られていた横島先生が反応を示す。ちなみに何故怒られていたのかと言うと、空き教室を個人的目的で使用しようと計画していたのがタカトシにバレたからだ。

 

「いえ、私が言った問題作りのプロは、横島先生ではなくタカトシです」

 

「はい?」

 

 

 まさか自分が指名されると思っていなかったのか、タカトシは腕組みしながら厳しく横島先生を睨んでいた表情から一変、困惑気味の表情になった。

 

「確かにタカトシなら出来るかもしれませんが、その子女の子なんですよ」

 

「この案は却下だな」

 

「いや、問題作成の手伝いくらいなら出来ますけど」

 

「(直接会わせなければ問題ないか?)」

 

「(恐らく)」

 

 

 タカトシが直接赴いて教えるのは問題だが、問題作成の手伝い程度なら何とかなるか? まぁこの問題を解くくらいの年代なら、タカトシに魅了されるという事は無さそうだが、念には念を入れて。

 そのようなやり取りがあった数日後、萩村が嬉しそうに私たちの報告してくれた。

 

「この間の問題のお陰で『塾でたいへんよくできましたもらったー』と言ってくれました」

 

「良かったな」

 

 

 女の子の真似だったのか、萩村の声が一瞬幼稚さを増したような気がしたが、あまり違和感なかったな。

 

「萩村! 何処で知り合ったんだ!」

 

「何ですか、いきなり……」

 

 

 ドアを思いっきり開けて生徒会室に飛び込んできた横島先生に、私たちは冷たい目線を向ける。

 

「だってお前今『ヘンタイとデキました』って! 詳しく聞かせてくれ」

 

「真剣な顔で何言ってるんですか。完全なる聞き間違いです」

 

 

 勘違いして飛び込んできた横島先生を追い返して、私たちは生徒会作業を進める事にした。だって、タカトシが怖い目で睨んでたから、ふざけるとああなると思って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後少し小腹が空いたので、柔道部に顔を出す前に購買部に寄る。あまりお小遣いは残っていないけども、少しくらいなら買い食い出来るだけの余力は残っている。

 

「あれ? おばちゃん、このパン賞味期限切れてるよ?」

 

「ありゃ、ほんとかい? じゃあ売れないね」

 

 

 食べようと思っていたパンが賞味期限切れで下げられてしまったので、私は違うパンを買って道場へ向かう途中トッキーに愚痴をこぼす。

 

「どうせ捨てちゃうならタダでくれって思っちゃうよね」

 

「そんな単純な事じゃないんだろ?」

 

「そうかな~?」

 

 

 私はまだ納得出来ない感じを見せると、丁度廊下の反対側からやってきた会長が会話に加わってきた。

 

「トッキーの言う通りだと思うぞ。男に営みの際『どうせ脱ぐんだからスカートめくらせろ』って言われたら困るだろ?」

 

「私はそういう意味で言ったんじゃ――」

 

「別にいいと思いますけど?」

 

「お前も変な答えをすんな!」

 

 

 トッキーに怒られながら、私は道場へ逃げ込む。すると丁度ムツミ主将が他の部員に活を入れているところだった。

 

「今日もがんばろー」

 

「お疲れさまです。主将はほんと裏表のない人ですよね~」

 

「そーかなー?」

 

 

 自覚が無いのか、ムツミ主将はしきりに首を傾げる。こういう仕草は女の子っぽくて可愛らしいのだが、ひとたび試合になると男でも簡単に投げ飛ばすから凄い人なんだよね。

 

「えぇ。タカ兄がそう言っていました」

 

 

 タカ兄も裏表がない――とある部分では思いっきり裏があるけども――人なので、特別な意味があっていったわけではないのだろうけども、確かにムツミ主将は裏表がないと私も思う。

 

「ひょっ、ひょんなコト言ってたんだっ」

 

「主将、声が裏がってます」

 

「ひゃって、タカトシ君に褒められると何だか照れ臭いんだもん……他の人に言われてもそうならないのに、なんでなんだろう?」

 

「まさか、自覚していない…だと……」

 

 

 ムツミ主将がそう感じる理由なんて考えるまでもないはずなのに、まさか本人が自覚していなかったとはな……これが天然ピュアっ子というわけか……




劇場版やるなら三期やって欲しい……


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パワースポット巡り

信じる者は救われる、みたいな感じなんですかね……


 シノっちと前々から計画していた、新制英稜生徒会と桜才生徒会との外部交流会として、今日は八人で行動する事にした。

 

「「第一回、パワースポット巡り!!」」

 

「わー」

 

「七条先輩しか盛り上がってませんよ」

 

 

 私たちの宣言に反応を示してくれたのはアリアっちだけ。青葉ちゃんと広瀬ちゃんの一年二人は拍手してくれているが、二年生トリオは冷たい反応だ。

 

「きょ、今日は訪れると良い感じになるという神社に行くぞ」

 

「また曖昧な」

 

 

 確かにどのように「いい感じになるのか」分からない表現だけども、女の子はそういうのでも反応してしまうんだよね……あっ、タカ君は男の子だった。

 

「せっかくだし、タカ君も男の娘になる?」

 

「ふざけた事ぬかすなら、ここで永眠させてあげましょうか?」

 

「じょ、冗談ですよ。タカ君もそれくらい分かるでしょう?」

 

 

 とてつもない殺気を浴びせられ、私は慌てて冗談という事にした。

 

「あの先輩、物凄い怖いんですね」

 

「普段は優しいんだけどね。怒らせるとああなるから、広瀬さんも気を付けてね」

 

「うっす」

 

 

 私が怒られている横で、サクラっちが広瀬ちゃんにタカ君との正しい付き合い方をレクチャーしている。

 

「とりあえずこの階段を上るぞ」

 

「お先にどうぞ」

 

「ありがと」

 

 

 広瀬ちゃんがスズポンを先に行かせている。普通に考えれば階段のマナーを理解していると思うのだろうけども、どうも違う理由がありそうなんだよね……

 

「IQ180ってマジすか?」

 

「あっ、やっぱり」

 

 

 広瀬ちゃんはスズポンに対して敬意を払って先行させたのではなく、目線合わせやすくしたくて先行させたようだ。まぁ、広瀬ちゃんとスズポンの身長差を考えれば、それくらいしないと話しにくいんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩たちはずんずんと先に上り、広瀬さんは萩村さんとお喋りしながら上っているのを、私とタカトシ君は一番後ろから見守りながら階段を上っている。

 

「何で俺たちが引率的立ち位置なんだか」

 

「まぁまぁ、この面子を見たらタカトシ君が引率的立ち位置でも仕方ないと思うけど?」

 

 

 学年で言えば魚見会長、天草さん、七条さんの方が上だが、あの三人がしっかりと引率の役目を全うするかと聞かれれば首を傾げてしまう。それなら学年は下だがタカトシ君の方がしっかりと引率として機能しそうだし。

 

「それにしても、いきなりパワースポット巡りとは、何を考えているんだか」

 

「流行に乗っかりたかっただけじゃないかな? 魚見会長はそういうところがありますから」

 

「シノ会長もそんな感じだしな……じゃあなぜ生徒会を巻き込んだんだ? 二人で行けばいいものを」

 

「まぁまぁ。交流会の延長だと思えばいいんだよ」

 

 

 実際そういう目的で集められたわけだし、恐らく二人で巡るのが恥ずかしくて私たちを巻き込んだんだろうけども、運動代わりにもなるからちょうどいい。

 

「どうかしたのか?」

 

「えっ?」

 

 

 急にタカトシ君に尋ねられ、私は思わず首を傾げる。彼にしては珍しく何の脈略もなく問われたので、私でなくても首を傾げただろう。

 

「歩幅が少しずつではあるが小さくなっているから、疲れたのかと思って」

 

「別に疲れてはないんだけど、ちょっと足が痛くなってきたなって思って。靴擦れしそうなのかな」

 

 

 新しい靴ではないけども、階段を上るつもりは無かったので運動靴ではないので、少し擦れてきたのかもしれない。

 

「靴にリップクリームを塗ると良いらしいから、ちょっと貸して」

 

「あっ、うん」

 

 

 ちょうど頂上に到着したので、私はタカトシ君に靴を手渡す。こういう事を予期していたのかは分からないけども、タカトシ君は未使用のリップクリームを取り出し私の靴に塗ってくれた。

 

「これで少しはマシになるとは思うが、無理はしない方が良いと思う」

 

「大丈夫だよ。ありがとう」

 

 

 タカトシ君から靴を受け取ったところで、私は複数の視線に気付き顔を上げる。

 

「あれで本当に付き合ってないんすか?」

 

「無自覚ラブコメコンビだから仕方ない」

 

「シノちゃん、血涙を流しながら言わなくても」

 

「そういうアリアっちだって、拳に血管が浮いてますよ」

 

 

 広瀬さんの問いかけに上級生三人が怖い顔をしながらこちらを睨みつけていた。というか、何で私とタカトシ君が付き合ってるって思ってるんだろう。

 

「ほ、ほら! せっかく神社に来たんですから、お参りしていきましょうよ」

 

「なんか誤魔化しだしたけども、確かにそうだな」

 

 

 私の言葉に納得しきれない部分はあったのかもしれないが、何とか興味を逸らす事に成功した。

 

「あっ……」

 

「どうかしたのか?」

 

「小銭、十円しか入ってなかった……遠縁になっちゃう」

 

「なら共同で入れるか。俺の十五円と足して、二重のご縁で」

 

「あっ、ありがとう」

 

 

 こういう事をさらっとできるから、タカトシ君は人気なんだろうな……

 

「奇数の賽銭ってカップルがやる事らしいですよ。割り切れない関係って意味で」

 

「あっ、やっぱり付き合ってたんすか」

 

「だから違うって!」

 

 

 力いっぱい否定するのも何だか悲しいけども、勘違いされたままにしておくと面倒な事になりそうなので、私は広瀬さんの誤解を解くことに全力を注ぐ事にした。




無自覚ラブコメコンビが目立ったな……


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マスコットのハプニング

普通は首が取れるとかなんでしょうけども


 パワースポット巡りでは結局効果があったのかどうかは分からないけども、こういう事は信じる事に意味があると思うので、私は神社で買った御守りを鞄に括りつけた。

 

「あっ、その御守り」

 

「はい?」

 

「サクラっち、買ったんだ」

 

「えぇ、せっかくですから」

 

 

 お賽銭の後でもいろいろとタカトシ君との関係を邪推されからかわれそうになったけども、タカトシ君が一睨みするとその場では大人しくなってくれた。でもタカトシ君の目が届かない場所でいろいろと疑惑の篭った視線を受けた身としては、神頼みでもして何とかしたいのだ。

 

「持ってると運気が上がるらしいので、物は試しで買ってみました」

 

「早速効果が出てると思うよ」

 

「どういうことで――」

 

「サクラっちのラッキースケベ運が上がってる」

 

 

 会長の視線を辿ると、私の鞄がスカートの裾をまくり上げている。

 

「ぐわぁ!」

 

「よかったね、タカ君がいない時で」

 

「た、タカトシ君は関係ないですよ!」

 

「でもサクラっちのパンチラなら、さすがのタカトシ君でも動揺するんじゃないかな? 私がやってもゴミを見るような目で見られるだけだろうけど」

 

「……なんで若干嬉しそうなんですか?」

 

「本格的にMに目覚めそうだから?」

 

「何で疑問形? そして私に聞かれても知りませんよ」

 

 

 会長の性癖が変わりそうだと聞かされた私は、いったいどんな反応をするのがせいかいだったんだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜才学園のマスコットキャラとして開発していたさくらたんが正式採用となり、今日が本格的なお披露目となる。

 

「以前畑に乗せられて軽くお披露目はしたが、全校生徒に向けてのものじゃなかったからな」

 

「そもそも私は、こんな企画が進められていた事自体初耳なんですが」

 

「そうだったか? だが学校が認めてくれているんだから、今更予算云々で却下は出来ないからな?」

 

 

 理事長や横島先生、そして宣伝してもらう為に畑には話しておいたが、そう言えば生徒会メンバーには話してなかったんだっけか……まぁ、以前タカトシに試着してもらう為に話したが、あの時は誰もいなかったんだっけか。

 

「おまたせー、さくらたんの準備出来たよ~」

 

 

 別室で着替えていたタカトシと、それに付き添っていたアリアが生徒会室に入ってきて、とりあえず萩村からの追及の視線は止んだ。

 

「随分と本格的ですね」

 

「前に一部の生徒の間で噂になってたのってこれだったんだね~。やっと実物を見られたよ~」

 

 

 アリアと萩村が興味津々にさくらたん――に扮しているタカトシを眺める。

 

「それじゃあ、さっそくお披露目と行こうか!」

 

 

 気合十分に宣言をして、私たちは体育館へと向かう。全校集会でさくらたんを披露すると、殆どの生徒が「かわいー」と興奮しており、一部のマイナーな生徒からは、性的な目を向けられている。恐らくそういう趣味の奴らだろう……

 

「シノちゃん、獣○趣味を否定したら可哀想だよ?」

 

「まぁ、性癖は人それぞれだしな……」

 

 

 一通りタカトシが動いてみせると、全校生徒だけでなく教師陣からも感嘆の声が漏れる。まぁアイツの身体能力ならあれくらいは出来るだろうけども、着ぐるみを身に付けながらバク転って、どれだけ運動神経が良いんだ……

 

『以上、生徒会長考案、桜才学園公認キャラクターさくらたんでした』

 

 

 司会進行の五十嵐が終了の合図を出すと、タカトシ――さくらたんは手を振って体育館から退場していく。その際惜しみなく拍手が送られ、私はこの企画の成功を実感したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻り着ぐるみを脱ごうとして、俺は問題が発生している事に気付く。

 

「ファスナーが壊れて脱げなくなってます」

 

「なにっ!? タカトシがバク転なんてしたからじゃないのか?」

 

「あの程度で壊れたりはしないと思いますが……」

 

 

 ファスナーと連動しているのか、頭も外せずに途方に暮れる。とりあえずシノ会長が裁縫道具を取りに行ったので、それまではこの格好で過ごすしかないのか……

 

「水分、いる?」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 視界は狭いが見えないわけではないので、俺はスズが差し出したストローからお茶を啜る。何かは見えなかったが、中身はほうじ茶だったのか。

 

「タカトシ君、トイレ平気? したくなったらこのカテーテルで――」

 

「この格好でも説教は出来るんですが?」

 

「ゴメンなさい」

 

 

 何処から取り出したのかは知らないが、学校に不要なものを持ち込んだらカエデさんに怒られるし、そんな発言をすれば俺に怒られると思わなかったのか? まぁ、少し威圧すれば大人しくなってくれるので、最近はあまり疲れずに済んでるんだが……

 

「待たせたな!」

 

「会長、早いところ修理してやってください。七条先輩が余計な事を言って、タカトシをこれ以上怒らせないためにも」

 

「……何を言ったんだ?」

 

 

 シノ会長が不思議そうにアリアさんに視線を向け、小声でアリアさんが告げると納得したように頷いてから、すぐに修繕作業に取り掛かってくれた。

 

「とりあえず、これで脱げるはずだ」

 

 

 ファスナーを下ろしながらシノ会長がゆっくりと頭を外す。特に息苦しさは無かったが、やはりこうして肌に直に空気を浴びる方が気分が良いな。




アクロバティックマスコット……


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OGの引っ越し

タカトシのハイスペックさが目立つ


 古谷先輩の付き添いで、私は今日物件巡りをしている。一人暮らしをする為に部屋を探したいのだが、一人ではよく分からないから付き合って欲しいと頼まれたからだ。

 

「こちらです」

 

「おー、いい感じじゃないか」

 

 

 まず外観が気に入ったのか、古谷先輩は今まで観てきた物件の中でも一番いい反応を見せた。もしかしたら、ここで決まるかもしれないな。

 

「……? 自動ドア、壊れてますよ」

 

「あ、いえ、オートロック……」

 

「(私のおばあちゃんも何かあると故障っていうな……)」

 

 

 感性が古いのは知っていたけども、まさかオートロックを知らなかったとは……女子大生の一人暮らしを考えている割には、防犯意識が低いんだな……

 

「なかなかいい感じの部屋だな」

 

「如何でしょう? 家賃もこれくらいですので――」

 

 

 オートロックで少し手こずりそうだが、古谷先輩の感じからすると、この部屋で決まりそうだな。そうなれば今度は引っ越しの手伝いとか頼まれそうだし、生徒会メンバーに招集を掛けるかもしれないという旨のメールだけは送っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノさんから言われた通り、俺たちは今日古谷先輩の引越しの手伝いをする為に新しく借りた部屋に集まっていた。

 

「――というわけで後輩共、悪いが手伝ってくれ」

 

「いいですよ~」

 

「一人暮らしですか、憧れますね」

 

「そうだな。大人な感じがするもんな」

 

「それは暗に、私が子供っぽいと言ってるんですかね?」

 

「そ、そんな事は意図してないからな!?」

 

 

 スズとシノさんが何やらもめてるようだが、俺はさっさと帰りたいので片づけを開始する。それにしても、特に気にする事もなく男の俺に荷解きをさせるのはどうなんだろう……まぁ、俺も俺で気にしないでやってるからお相子なのかもしれないが。

 

「古谷先輩、これはどちらに?」

 

「あー、それはあっちにお願い」

 

「分かりました」

 

 

 勝手に運んで後で分からないと文句を言われたくないので、ある程度古谷先輩に配置場所を聞いて運ぶので、あまり効率は良くない。というか、シノさんとスズがまだ言い争っているので、作業の進みが遅いことこの上ないのだ。

 

「先輩、この箱って開けてもいいんですか~?」

 

「あぁ、それは人前で穿くやつだから問題ないぜ」

 

 

 アリアさんはまともに働いてくれているので、まだ救いかもしれない――

 

「あっ、このパンツ可愛いですね~」

 

「だろ? 人に見せる奴だからちょっとかわいいのを買ったんだ」

 

「あの『見せパン』ってそういう意味じゃないと思うんですが……」

 

「えっ? だって昔七条から聞いた話だと――」

 

 

――前言撤回……これなら一人で片づけてた方が早く終わるかもしれないな……

 

「ん? ぎゃっ、ゴキブリ!」

 

「た、タカトシ! 何とかしてくれ!」

 

「はぁ……」

 

 

 食器を包んでいた新聞紙を束ねゴキブリを潰し、騒がしくならない内に処理をする。というか、誰か他に処理できる人はいないのか?

 

「わ、私には一人暮らしは難しそうだ……」

 

「私もです……」

 

「ゴキブリ一匹で一人暮らしを断念するなよな……」

 

 

 古谷先輩は殺虫剤を構えてはいたが、結局は腰が引けているように見えたし、今後現れたらどうするつもりなのだろうか……

 

「あれ? このパンツ男の子のじゃ……」

 

「あぁ、それは天草から聞いたんだ」

 

「防犯用ですね」

 

「そうだったんですか。てっきり古谷先輩は男の娘だったのかと思っちゃいましたよ~」

 

「口じゃなくて手を動かせ手を」

 

「そういえば引っ越し祝い用にそば打ちセットを貰ったんだが、誰が作る?」

 

「一番の適任はタカトシですね」

 

 

 そんなの出前で済ませればいいのに……俺はある程度片付けに目途をつけてからキッチンに移動し、随分と本格的なそば打ちセットを見てため息を堪えられなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田君がほぼ一人で片づけてくれたお陰で、随分とすっきりした部屋になった。私一人だったら一週間は片付かなかったかもしれないな。

 

「相変わらずハイスペックな後輩だな」

 

「とっても助かってますから」

 

「よく発掘したな」

 

「こう、ビビっと来たんですよ」

 

「あの時は人手不足で何となく声を掛けた人を勧誘したんじゃなかったっけ?」

 

「こらアリア!」

 

 

 七条にあっさりと曝露されて、天草は恥ずかしそうに七条の口を塞ぎにかかる。そしてまた二人で追いかけっこが始まり津田君から物凄い視線を向けられている。

 

「お前ら、一応先輩だよな?」

 

「タカトシに逆らえる人間なんてそうそういませんって……」

 

「あれは視線だけで人を殺せますよ……」

 

「だから大人しくしてなさいって言ったんですよ」

 

 

 萩村からも怒られ、二人はシュンとしてしまう。というか、今の生徒会メンバーは後輩が実権を握っているのか?

 

「出来ました」

 

「おぉ、さっそく食べよう!」

 

 

 津田君が用意してくれたそばで何とか誤魔化した私は、一口啜り女としての自信を失いそうになった。

 

「これ、凄く美味いな……店で食べてるみたいだ」

 

「手順通りにやれば、これくらい誰でも出来ると思いますけど?」

 

「いや、その考え方はおかしいと思うぞ……少なくとも、私には難しいだろうからな」

 

「そうですかね?」

 

 

 さすが天草が「主夫」と呼んでいるだけあって、家事スキルはかなり高いようだな……これなら七条が「嫁に欲しい」と言うのもうなずける……




一日早いですが、メリークリt――(タカトシに蹴り飛ばされる)


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ムツミのハプニング

事態をややこしくしようとする人が……


 今日の体育はタカトシ君と一緒。なんだか緊張するけども、他の男子たちが女子が動くたびに声を上げているけども、何を観て盛り上がってるんだろう?

 

「ねぇねぇスズちゃん」

 

「なに?」

 

「さっきから男子たちが盛り上がってるんだけど、何で盛り上がってるのか分かる?」

 

「私が分かるわけ――」

 

 

 スズちゃんが答えようとしたタイミングで再び声が上がり、スズちゃんが男子たちの視線の先を辿ってため息を吐いた。

 

「まともに参加しないで女子の胸を見て盛り上がってるみたいね」

 

「そうなんだ」

 

 

 あの中にタカトシ君がいなくて良かったって思った私は、何かおかしいのかな? それとも、私はタカトシ君に見て欲しいって思ってるのかな?

 

「それにしても、長ズボンって動きにくいね」

 

「そう? 普段から道着で穿いてるんじゃないの?」

 

「道着は慣れてるけど、ジャージはちょっと……脱ごうかな」

 

「下穿いてるならいいんじゃない?」

 

「じゃあ脱ごう」

 

 

 下に短パンを穿いてるから、ジャージを脱ごうとしたら勢い余って短パンまで下ろしかけてしまった。

 

「スズ、ちょっと――」

 

「わぁ!」

 

「な、何だよ三葉……」

 

「みっ、見えた!?」

 

「いや、何も見てないが……というか、何かあったのか?」

 

「ううん、何でもない!」

 

 

 前にネネが『津田君はラッキースケベ体質とアンラッキースケベ体質が同居してる』って言ってたけど、それってどういう意味だったんだろう……でもまぁ、見られなくて良かった。

 

「見えた!! パンツのゴムの跡が……これは実質パンツ見たようなもんだね」

 

「ひゃー!」

 

「ネネ、話をややこしくしないでくれない?」

 

「というか、さっきまで死にかけてたのに、何でここまで来てるの?」

 

「あっ、いや……ムツミのエロハプに興味を惹かれて……」

 

「動けないって言うからスズたちを呼びに来たのに、自分で動いてここまで来たなら大丈夫だな。じゃあ、俺は戻るんで」

 

 

 どうやらタカトシ君は動けなくなったネネの事を私たちに伝えに来てくれただけみたい。だけどネネが自力でここまで来たからその意味も無くなったので、タカトシ君は授業に戻っていった。

 

「というかネネ、体力無さすぎ」

 

「私は機械いじりが専門なんだよ……あっ、弄るだけじゃなく弄ってもらうのも――」

 

「ほら、またタカトシに怒られそうになる前に授業に戻るわよ。ムツミも、ジャージ脱いだならさっさと再開しましょう」

 

「そうだねー」

 

 

 体育は私の唯一の見せ場と言える授業だし、これ以上お喋りでその活躍の場を減らすのは避けないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育ではタカトシとムツミの活躍を間近で見せられた所為で、何となく凹んでしまったけども、体力お化けのムツミと、何か真剣に取り組めば今すぐにでもプロとして通用するのではないかと言われているタカトシと自分を比べるだけ無駄よね……

 

「どうした萩村、食が進んでないように見えるが」

 

「いえ、ちょっと考え事を」

 

「そうなのか。ところでこのカレー、メニューの写真と実物とじゃ、随分と違う気がするな」

 

「ですが、そんなものじゃないですか? メニューの写真は美味しそうに見えるように撮るものですから、実物以上に気合いを入れて作る事もあるでしょうし」

 

「出島さんから借りたDVDも、パッケージのサンプル画像のシーンが入ってなかったりするし、それが普通なんじゃない?」

 

「そりゃ十八禁DVDだろうが!」

 

 

 何で七条先輩が意図したDVDが十八禁だって分かったのかは私自身も分からないけども、出島さんから借りたという一言で理解したという事にしておこう。

 

「ところで、タカトシはどうしたんだ?」

 

「授業を不真面目に受けていた男子たちの説教に駆り出されました」

 

「不真面目? 何があったんだ?」

 

 

 私は体育の授業であった事を会長たちに話す。

 

「――という事があり、それが大門先生にバレたそうです」

 

「そりゃご愁傷様としか言えないな……思春期男子たちにとって、女子の体育なんて乳揺れ見放題だろうし」

 

「そうだね~。もし私たちの学年に男子がいたら、そんな風になっちゃうのかな?」

 

 

 これ見よがしに七条先輩が腕組みを解き、その反動で胸が揺れる……

 

「アリアよ……」

 

「ん、なーに?」

 

「ワザとか? ワザとなんだな?」

 

「し、シノちゃん? 顔が怖いよ……?」

 

「戻りました……? 何、この空気?」

 

 

 会長が七条先輩に詰め寄ろうとしたタイミングで、タカトシが食堂に戻ってきた。

 

「いや、ちょっとした問題が発生しただけで、アンタが気にするような事じゃないから」

 

「そう……? というか会長、カレーこぼれますよ?」

 

「おっと……すまないタカトシ、助かったぞ」

 

「いえ」

 

 

 食堂にはやってきたけども、タカトシの手にはお弁当がある。まぁ主夫様が学食のメニューを食べるなんてことはないわよね……コトミちゃんならともかく。

 

「というか、何でタカトシは呼ばれたの?」

 

「今後監視役を命じられた。先生が監視するより効果的だろうからって。それで呼び出された」

 

「アンタも大変ね……妹の監視以外も任されて」

 

「あはは……悲しくなるから同情しないで」

 

「ご、ゴメン……」

 

 

 何故か同情しちゃうのよね……本人は同情して欲しくないみたいだけど、同情する以外どうすれば良いのよ……




監視対象何人だよ……


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ディベート

舌戦ならタカトシの圧勝


 昨日テレビを観ていたら、討論番組がやっていたのでつい見入ってしまった。そして、なかなか白熱した討論に興奮したのだ。

 

「――というわけで、今日はディベートをやるぞ!」

 

「なんですか、急に」

 

 

 私の宣言に、タカトシが呆れたのを隠そうともしない視線を向け、アリアと萩村は少し興味を持ったような視線を向ける。

 

「いろいろな意見をぶつける事で、相手の事をより理解出来るんじゃないかと思ってな」

 

「別にそれは良いですけど、四人でやったところで大した収穫はないんじゃないですかね」

 

「そうかもしれないな! というわけで既にメンバーを増やしておいた!」

 

「かいちょー! ムツミ先輩と来ましたよ~」

 

「ディベートって何ですか?」

 

「やっ!」

 

「風紀について相談があると聞いてきたのですが」

 

「よーす」

 

「……奇数になったので、俺は参加しなくてもいいですか?」

 

「いや、横島先生にはジャッジを頼むから、タカトシも参加するんだ」

 

 

 最初から乗り気ではないタカトシが逃げようとしたので、すかさず逃げ道を塞ぐ。そもそも横島先生とディベートをしても楽しくないだろうしな。

 

「それで、議題は何なんだ?」

 

「その前にこのくじを引いてくれ! 肯定派、否定派に分かれてから発表する」

 

 

 それぞれがくじを引き、私は余りものを引く。何時も先に引いてタカトシと別々だから、今回は最後に引いたのだ。

 

「それじゃあはっぴょーするぞ。肯定派は天草、畑、萩村、津田妹。否定派は七条、五十嵐、津田兄、三葉だな」

 

「なぜだっ!?」

 

「会長?」

 

 

 発狂しかけた私を、萩村が見た事も無いような表情で見つめる。というか、何故私は毎回タカトシと別チームになってしまうんだ……

 

「タカトシ君、よろしくー」

 

「というか三葉、ディベートの意味は聞いたのか?」

 

「ううん、聞いてない。でもタカトシ君がいるから大丈夫かなーって」

 

「タカトシ君、今日は味方同士頑張りましょう」

 

「私は何時だってタカトシの味方だぞ!」

 

「シノちゃん、今は対立派閥なんだから」

 

 

 私がタカトシと五十嵐に割って入ると、アリアからやんわり注意された。だがアリアの表情は、何処か勝ち誇ったもののように見えたのは、私の心がすさんでいるからだろうか……

 

「かいちょー、今日こそタカ兄に勝ちましょう!」

 

「意気込みは買うが、お前は舌戦でタカトシに勝てると思ってるのか?」

 

「………」

 

 

 相手の実力を思い出したのか、コトミはそれ以降困ったような表情で笑う事しかしなくなってしまった。

 

「それではテーマを発表するぞ。天草が持ち込んだテーマは『学生のアイドル活動』だ」

 

 

 横島先生から開始の合図があり、私は先制パンチをする事にした。

 

「近年のアイドルの年齢が下がっているのは知っての通りだが、その事でより身近にアイドルを感じているファンも増えていると思う」

 

「なるほどな」

 

「ちなみに、近年愛ドールのロリ化も――」

 

「余計な情報を付け加えないでください」

 

 

 否定派の五十嵐が物凄い剣幕で注意してきたので、私はとりあえず意見を述べるのを止める。

 

「学生アイドルは仕事の為学校を休むことが多いと聞きます。そうなると当然学習時間が削られ、学力低下につながります」

 

「なるほど、おバカが露呈して一人Hが好きだと世間に知られてしまう危険性があるわけですね」

 

「なにくだらないこと言ってんだ、お前は」

 

「ヒェ!? た、タカ兄……」

 

 

 私の隣に座るコトミが余計な事を言ってタカトシに睨まれた所為で、私まで怒られた感じになってしまったではないか……

 

「最近見たテレビ番組で言っていたのですが、アイドル活動の一環でいろいろな国に赴き、そこで経験した事を知識として蓄えられるそうです。アイドル活動のお陰で見聞を広げられるのも事実ではないでしょうか」

 

「でも、旅行ならいつでも行けると思うよ? 見聞を広げる為なら、なおのことだけど」

 

「それは七条さんがお金持ちだから言える事ですよ。というか、津田君だって自分の彼女がトップアイドルだったらどう思う? 国民的人気のアイドルのプライベートを独り占め出来るんだよ?」

 

「はぁ……」

 

 

 畑の攻撃に、タカトシはあまりピンと来ていない様子。まぁタカトシならそうだろうとは思ったが、もう少しくらい興味を持っても良いんじゃないか?

 

「ほら、彼女が恋愛ドラマとかに出演したら、NTR気分を味わえるわけだし」

 

「………」

 

「コトミ、さすがに今のは無いと私だって分かるぞ」

 

「あ、あれ?」

 

 

 タカトシが完全に興味を失ったところで、今回の討論は終了となった。

 

「それじゃあ判定の横島先生、我々の意見を聞いて、今回の議題について、どう思われましたか?」

 

「いろいろな意見を聞いた結果、今回は『是』だな。否定派の意見も的を射ていたが、最終的には活動をする個人の考えが大切という意見が胸に刺さった」

 

「……そんな意見出ましたっけ?」

 

「まさか横島先生、途中寝てました?」

 

「さ、さーて、そろそろ下校時間だぞ。お前らも帰る支度しろー」

 

 

 あからさまに視線を逸らし、話題を逸らしたのを見て、私たちは揃ってため息を吐いたのだった。




今年一年ありがとうございました。来年もア○ル締めてがんばろー!


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スズの勘違い

恥ずかしい勘違い……


 お母さんに買い物を頼まれてスーパーに行き、無事に頼まれていたものを買って店を出ると、隣に見知った人がいた。

 

「た、タカトシ……同じスーパーに来てたなんて奇遇ね」

 

「そうだな。スズも夕飯の買い物か?」

 

「えっと……お母さんに頼まれたの」

 

「そうなんだ。せっかくだから途中まで一緒に帰ろうか」

 

 

 そう言いながらタカトシが左手を差し出してくる。

 

「う、うん」

 

 

 戸惑いながらも私はタカトシの手を握ると、彼は困ったような笑みを浮かべた。

 

「荷物を持とうと思っただけなんだが……スズがこっちの方がいいなら別に構わないが」

 

「ご、ゴメン!」

 

 

 咄嗟に手を振り解いて、私はタカトシから距離を取る。本当はこのまま手を繋いでいたかったのだけども、こんな姿を畑さんに見られたら――

 

「相変わらず神出鬼没ですね」

 

「やっ! まさか萩村女史があんな行動に出るなんて思ってなかったわ」

 

「写真も動画も削除させてもらいます」

 

「えっー! もったいない」

 

 

 既にタカトシが畑さんを確保して、画像も動画も削除してくれていたようだ。というか、この人は何でこんなところにいたのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 庭の掃除をしていたら、私は橋高さんに感じ取った事を伝えた。

 

「雨が降りそうですね」

 

「分かるのですか?」

 

 

 どうやら橋高さんは感じ取ってなかったようで、驚かれた。まぁ、私の特技のようなものですから、驚かれても仕方がないかもしれません。

 

「私は人一倍嗅覚が鋭いので、あらゆる臭いを感じ取る事が出来ます。だからお嬢様の健康状態を知る為におならの匂いを嗅がせて、ってお願いしましたが、NGくらいました」

 

「そりゃそうだ」

 

 

 呆れられてしまいましたが、私としては割と本気だったんですけどね……おっと、そろそろお嬢様がお帰りになられる時間ですね。

 

「ただいまー。凄い降ってきたよ」

 

「お帰りなさいませ。ご連絡いただければお迎えに参上しましたのに」

 

「いいの。今日は歩きの気分だったから」

 

 

 休日なのにお嬢様がお出かけになると仰られた時は、護衛を申し出たのですが断られていたのです。迎えくらい遠慮してほしくなかったのですが、こういう奥ゆかしいところもまた興奮します……

 

「おやお嬢様。スカートの裾が濡れてしまっていますね。すぐにお着替えくださいませ」

 

「はーい。あれ? そういう出島さんの裾も濡れてるよ?」

 

「あぁ。さっきまで咥えスカートたくし上げの練習をしていたので。こんなふうに」

 

 

 お嬢様に証明する為、私はお嬢様の前でさっきまでしていたことを実践する。

 

「なんだ、涎か~……あれ? 橋高さんと一緒に庭掃除をしていたんじゃないの?」

 

「バレるかバレないかのギリギリを責めるのもなかなか……」

 

「刺激的だね~。あっ、後でシノちゃんたちが来ることになったから、お願いね」

 

「かしこまりました」

 

 

 天草さんたちと仰いますと、タカトシ様もいらっしゃるのでしょうか? もしいらっしゃるのでしたら、精一杯おもてなししなくては。

 

「出島さん、お嬢様はどちらに?」

 

「少し濡れてしまったようでしたので、お着替えをお勧めしました。ですから、部屋にいるのではないでしょうか」

 

「なるほど」

 

 

 納得したように頷き廊下を進む橋高さんの後をついていくと、重厚な扉が目の前に現れた。

 

「ここって何の部屋ですか? 広すぎて未だ把握出来てないんですが」

 

「こちらはレスキュールーム。非常時に隠れる部屋です」

 

「なるほど……」

 

 

 私は営みの最中に別の相手が来た時の事を想像し、もしそんな事になったらこの部屋に隠れてもらえばいいと思いついた。

 

「そういう非常事態じゃないと思いますが? というか、何で全員女性なの?」

 

「何故私が考えている事が分かったのですか? まさか、タカトシ様に読心術を習ったとか?」

 

「いえ、普通に口に出てましたから」

 

「おや、そうでしたから」

 

 

 てっきり心の裡を覗かれたと思ったのですが、まさか妄想が漏れ出ていたとは……

 

「出島さーん? シノちゃんたち来たからお茶をお願いね~」

 

「かしこまりました」

 

 

 いつの間にか天草さんたちがいらしていたようで、私はお嬢様からのオーダーを受け、四人分のお茶とお菓子を用意する。

 

「お待たせいたしました」

 

「出島さん、お邪魔しています」

 

「いえ、私の家ではありませんので、私に対する遠慮は不要です」

 

 

 天草さんと会話しながらカップを皆さんの前に出していると、タカトシ様が視界の端に映り、何もしていないのに動揺してしまう。

 

「ああっ!? お嬢様のティーカップがっ!?」

 

 

 動揺からうっかり手を滑らせてしまい、お嬢様のティーカップを割ってしまう。

 

「申し訳ございません……」

 

「気にしないで~」

 

 

 私は膝を突いてお嬢様に謝罪する。お嬢様はお優しいので許してくださいましたが、このままでは私が私を許せない。

 

「どうぞ、この駄メイドにお仕置きを」

 

「出島さん、なんだか興奮してない~?」

 

「滅相もございません! お嬢様にお仕置きしてもらえるのが嬉しいなんて、口が裂けても言えませんので」

 

「思ってるんじゃねぇかよ……アリアさん、この人を叱っても喜ばせるだけですし、そのままにしておきましょう。お茶はこのカップを使えば大丈夫ですから」

 

 

 タカトシ様はご自分に用意された紅茶をお嬢様に差し出し、慣れた手つきで割れたカップを片付け始める。相変わらずの主夫力に油断してしまいましたが、私は慌ててカップの片付けを手伝う事にしました。ゲストにこんなことをさせてしまうなんて、後でお仕置きをしてもらわなければいけませんね。




出島さんは駄目だなぁ……


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縦と横の存在感

どっちも目立つんでしょうね


 タカ君のお家にお泊りしてたから、今日は何時もより遅い時間に学校に到着した。それにしても、この時間だとかなりの人が登校してるんだなぁ……

 

「おっ?」

 

 

 人混みの中、一際大きな人が私の視界に飛び込んでくる。

 

「(あれは広瀬ちゃん。この登校ラッシュの中であの存在感とは……やはり只物ではない)」

 

 

 さっきまでコトちゃんと話していたからか、私の中の厨二心が制御出来ていない……

 

「(タカ君に聞かれたら呆れられちゃうでしょうけども)」

 

 

 鞄の中に入っている、タカ君の愛義弟弁当に視線を向け、思わず頬が緩む。もう何度も作ってもらっているけども、こういうのは何度体験しても良い物です。

 

「むっ!」

 

 

 鞄から視線を前に戻す時、私の視界に見慣れた物が飛び込んできた。

 

「(あっちで存在感を出しているのはサクラっち! この人混みの中でも目立つ大きさ……やはりタカ君の恋人候補筆頭だけある)」

 

 

 やっぱりコトちゃんの影響を受けているようで、私は教室にたどり着くまでに何とか気持ちの整理をしておこうと心に誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の仕事で校内見回りをしていると、部活中の広瀬さんが走っているのが目についた。

 

「広瀬さんはやー」

 

「足で稼げそうですね」

 

 

 青葉さんと軽く話していると、会長もその話題に喰いついてきた。

 

「最後まで逃げ切ったら○万円っていうAVがあるもんね」

 

「いや、それは違うでしょ」

 

 

 ため口だけど、ツッコミの最中まで敬意を払う余裕はないし、今の会長の発言に払う敬意は無いですしね。

 

「そっか。あれは捕まってやられちゃうのがウリか。さすがサクラっち、分かってるー」

 

「こんな形で自分の評価を上げたくなかった! というか、大勢の前で何を言ってるんですか貴女は!」

 

 

 部活中という事は、当然下校中の生徒もいるのだ。会長の発言を聞いていた生徒がいたとしてもおかしくはない。

 

「大丈夫。たとえ聞かれてたとしても『あぁ何時もの事か』って思われるだけだから」

 

「……それはそれで大丈夫じゃないと思うんですけど」

 

「副会長も毎回大変ですよね」

 

「そう思うなら、少しは手伝って……」

 

 

 青葉さんに同情されたけども、会長の相手は私の仕事じゃないんだけどな……

 

「まぁまぁサクラっち、この後タカ君と会えるんだから」

 

「なんの慰めですか……」

 

「えっ? 森先輩、ついに津田先輩と付き合いだしたんですか?」

 

「いや、なにが『ついに』なのか分からないんだけど……今日は三人ともシフトが一緒ってだけ」

 

 

 そもそもタカトシ君が誰かと付き合ったとなれば、畑さんが桜才新聞特別号とか言って売り出してるでしょうし……

 

「だから、今日は早めに生徒会作業を切り上げるからね! 二人とも、覚悟しててね」

 

「会長がふざけなければ、すぐに終わるんですけどね……」

 

 

 脱線が多いのでその所為で時間がかかっているという事を自覚しているのでしょうか、この会長は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイト終わりに義姉さんとサクラと共に近くのカフェに入る。三人シフトが一緒だった時の恒例となりつつある行事だが、何故か毎回義姉さんは楽しそうなのだ。

 

「それにしても、タカ君がいる時といない時とじゃ、お客さんの入りが全然違うよね」

 

「そうなんですか? いない時は知りようがないので、何も言えませんが」

 

「確かにそうですよね。タカトシ君がいないって分かった途端に帰るお客さんとかもいるくらいですから」

 

「それは店に迷惑なんじゃないか?」

 

 

 いれば直接注意できるが、いない時にそれをやられても注意する事は出来ないしな……というか、何で客寄せパンダになってるんだ、俺は?

 

「ところでタカ君」

 

「なんですか」

 

「今日のお弁当も美味しかったんだけど、随分と無理してない?」

 

「別に無理なんてしてませんが。何故そう思ったんですかね?」

 

 

 義姉さんにそう思われる覚えがないので、俺は素直に義姉さんに尋ねた。下手に誤魔化しても意味はないと思ったのか、義姉さんは少し考える素振りを見せてから答えた。

 

「なんていえば良いのかな……何時もよりお弁当が凝ってる感じがしたから?」

 

「そんなつもりは無いんですが……あぁ、コトミが『一回でいいから派手なお弁当が食べたい』と言ったので、彩を変えてみたりしたからですかね」

 

「タカ君のお弁当は、何時も派手だと思うけど」

 

「そうですか?」

 

 

 俺としては普通のつもりなのだが、意外と派手だったのだろうか?

 

「だって、タカ君のお弁当を食べようとすると、皆が寄ってくるから」

 

「それは単純に、会長がタカトシ君のお弁当を自慢してるからじゃないですかね? まぁ、私もタカトシ君のお弁当を持っている時は、女子から凄い見られますけど」

 

「まぁそれだけタカ君の家事スキルが凄いのと、ただでさえご縁が少ない英稜女子たちの嫉妬なのかもしれませんけどね」

 

「じゃあもう用意しない方がいいですかね?」

 

 

 下手に目立つのは避けた方がいいかもしれないし、原因を取り除けるなら取り除いた方が良いだろうしな。

 

「いえいえ、タカ君のお弁当は、そんなわずらわしさを凌駕するものですから」

 

「そうですね。女として自信を失くしそうになりますが、タカトシ君のお弁当が食べられなくなるのはちょっと嫌ですね」

 

「そんなもんか?」

 

 

 視線でサクラに尋ねると、力強く頷かれた。そんなに凝ったものを作ってるつもりは無いんだけどな。




タカトシの弁当は羨まれるでしょうね


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野良猫問題

近頃野良猫なんているのか?


 じゃんけんで勝ったお陰で、今日の見回りのパートナーはタカトシ君だ。何時もならシノちゃんかスズちゃんがタカトシ君と一緒で、私と一緒なのは随分と久しぶりな気がするな~。

 

「あっ、最近携帯の着信音を猫の鳴き声にしてみたんだけど、その音にウチのコが反応するんだよね。仲間だと思ってるのかな?」

 

「へぇ、かわいいですね」

 

 

 タカトシ君が言っているのは「猫が可愛い」なんだろうけども、私の事を見て言ってるから、つい自分が言われた気がしてちょっと恥ずかしいな……

 

「あ、言ってるそばから」

 

 

 出島さんからのメールで、猫の鳴き声の着信音が鳴ると、近くの茂みから鳴き声が返ってきた。

 

「えっ?」

 

「猫がいるみたいですね」

 

 

 タカトシ君に言われて茂みを覗き込むと、小さく丸まったネコちゃんがそこにいた。

 

「どうしようか?」

 

「首輪をしてないので野良猫かもしれませんね。保健所に連絡するのが一番なんでしょうが――」

 

 

 そこでタカトシ君は私の顔をじっと見つめてきた。な、何だろう……

 

「アリアさんが不満そうなので、誰か飼えないか探してみましょう」

 

 

 どうやら私が可哀想だと思った事を見透かしたようで、タカトシ君は取り出していた携帯をしまってくれた。こういうちょっとしたことでも嬉しいって思っちゃうのは、私がタカトシ君の深みに嵌まってるからなのかな?

 

「とりあえず、こっちにおいで」

 

 

 私が手を差し出すと、少し警戒したけどもすんなり捕まってくれた。

 

「可愛いね」

 

「そういえばアリアさん、猫飼ってるのならどうですか?」

 

「ちょっと難しいんだよね」

 

 

 私は生徒会室に戻る間にタカトシ君にウチの猫事情を説明して納得してもらった。それが無ければ私が飼ってあげたいんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回りから戻ってきたアリアだが、何処か挙動不審だ。タカトシがいないし、よく見ればお腹周りが膨らんでる気がする。

 

「何を隠しているんだ?」

 

「だっ、だめ! お腹には子供が!!」

 

「っ!?」

 

 

 私の背後で作業していた萩村が驚いたのを感じる。まぁ、私もかなり驚いてるんだが……

 

「なんだ、子猫か……」

 

「裏庭で丸くなってて……」

 

「だからといって校内に入れるのは良くないぞ」

 

「うん。だからタカトシ君が職員室に行って事情説明中なの。ついでに誰か飼えないか聞いてくれるみたい」

 

 

 なるほど。だからタカトシが一緒ではなかったのか……

 

「というか先輩。先輩の家で飼えないんですか?」

 

「さっきタカトシ君にも説明したんだけど、ウチのコ最近赤ちゃん産んで、今十五匹いるの」

 

「それは、多いですね……」

 

「スズちゃんはどう?」

 

「いや、ウチはボアがいるので無理です」

 

 

 そう言えば萩村は犬を飼ってたんだったな……それじゃあ猫は飼えないか。

 

「シノちゃんは?」

 

「ウチは母が猫アレルギーだから無理だ。でも母は何時もエロいこと考えてるから、元々くしゃみは多いから大丈夫か?」

 

「エロ雑学は必要無いです。ついでにタカトシがいないからって余計なこと言うな」

 

 

 萩村にツッコんでもらい、私は満足げに頷く。ここ最近エロボケが無かったから、なんだかアイデンティティを失った気がしていたんだよな。

 

「戻りました。アリア先輩、横島先生から許可は貰えましたが、生憎飼い主になってくれそうな人は見つかりませんでした」

 

「そっか……」

 

「タカトシはどうなんだ?」

 

「はい?」

 

 

 ふとそんな事を思って尋ねると、タカトシは驚いたように首を傾げた。

 

「無理かな……?」

 

 

 アリアが子猫を抱えてタカトシに尋ねる。あんな真っ直ぐな瞳で見つめられたら、並大抵の男なら堕ちてしまうだろう。

 

「飼う事自体は出来るかもしれませんが、ウチにはコトミがいますから……」

 

「「「あぁ……」」」

 

 

 思わず私たち三人の声が揃う。子猫より手のかかるコトミの世話をしているのだから、これ以上面倒事を背負いこませるのは可哀想か……

 

「一応親に聞いてみます。多分大丈夫だと思いますが」

 

 

 そう言ってタカトシは携帯を取り出して親に電話をかけ始める。

 

「あっ母さん? ……うん、そういう事なんだけど……えっ? あぁ、そっちは多分大丈夫……分かった、忙しいのにゴメンね」

 

 

 話がまとまったのか、タカトシは携帯をしまい私たちの方へ振り返る。

 

「大丈夫です。ですが、他に飼い主が見つからなかった場合ですからね」

 

「だが、どうやって飼い主候補を探すというんだ?」

 

「それは――」

 

 

 タカトシがすたすたとドアの方へ歩いていき、音もたてずに開け放つ。

 

「あら?」

 

「――この人に協力してもらえば、校内に残ってる人に聞くことは出来るでしょう」

 

「じゃあ畑。早速で悪いが頼むぞ」

 

「報酬は?」

 

「この間発覚した隠し撮りの件の取り調べを、気持ち緩めてあげますよ」

 

「それって報酬なんですかー?」

 

 

 不満げな畑に対して、タカトシは、出来れば見たくない笑みを浮かべながら問い掛ける。

 

「それでしたら、問答無用でカメラを取り上げ、これまでの問題と併せて理事長を含めて面談しますか? これ以上内申に響いたら困るのは畑さんですよ?」

 

「よ、喜んでご協力させていただきます!」

 

 

 弾かれたように生徒会室から出て行った畑を見送り、タカトシは小さくため息を吐く。私たちが怒られたわけではないのだが、なんだか私たちまで背筋が伸びてしまったな……

 畑が飛び出していって一時間後――

 

「残念ながら、希望者はいませんでした」

 

「そうですか。ご苦労様でした」

 

「いえ! では、私はこれで」

 

 

 折り目正しく一礼して生徒会室を去って行く畑を見て、私たちは改めてタカトシを本気で怒らせてはいけないと心に刻んだ。

 

「そういう事ですので、この子はウチで飼います」

 

 

 ビニール袋に入って遊んでいる子猫を抱えて、タカトシはそのまま帰っていった。




いるにはいるんだろうけども、近所ではあまり見かけないな……


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柔道部の問題

活動以外で問題だらけ……


 柔道部のマネージャーとして、私は部員のランニングに付き添う事になった。もちろん、私は走らずに自転車で遅れている部員を鼓舞するのが役目だけども。

 

「はぁ、はぁ」

 

「トッキー、だいぶ離されてるよ?」

 

 

 普段ならムツミ先輩と一位争いをしているトッキーが、今は最後尾。何処か体調でも悪いのだろうか?

 

「ダメだ、この新しい靴、スゲェ走りにくい……」

 

「靴?」

 

 

 トッキーに言われ、私は足下に視線を向ける。

 

「トッキー……それ、左右逆なんだけど」

 

「あっ? ……あっ」

 

 

 トッキーも漸く気が付いたようで、恥ずかしそうに顔を背けながらしれっと靴を履き直す。高校生にもなって靴の左右を間違えるなんて、ドジっ子で済ませられないレベルだと思うんだよね……

 

「これで前の集団には追いつけるかもね」

 

「別に追い掛けねぇよ。とりあえず走り切れればそれで問題ねぇだろうし」

 

「でも後でムツミ先輩には心配されるだろうね。何時も隣を走ってるトッキーがいなかったんだから」

 

「素直に話せば納得してくれるだろうし、問題ねぇだろ」

 

「そうかな……」

 

 

 むしろトッキーの頭を心配されそうな展開になりそうだけど、トッキーが気にしないなら別に良いのかな。

 

「ところで、今日の弁当って確か、お前が用意したんだよな?」

 

「えっ? ……も、もちろんだよ?」

 

 

 視線を明後日の方へ向けて答えると、トッキーが疑っている目を私に向けてくる。この視線が癖になって来なくもないけども、そんなこと言ってたらまたタカ兄に怒られそうだな……

 

「ゴメンなさい。今日もタカ兄に手伝ってもらいました」

 

「手伝って?」

 

「……すみません、嘘です! 殆どタカ兄に用意してもらいました」

 

 

 私の料理スキルは、殆ど成長していないと言っても過言ではないレベルで推移している。そんなレベルで柔道部の皆さんに食べていただくなど、恐れ多くて出来ない。だからタカ兄に頭を下げて人数分――ムツミ先輩のは別で――のお弁当を用意してもらったのだ。

 

「部費をやりくりするだけでも大変なのに、そこから栄養バランスを考えたり彩りを考えたりなんて、まだ私には出来ないよ」

 

「それを当たり前のようにやってのける兄貴もスゲェけど、柔道部のマネージャーはお前だよな?」

 

「タカ兄は管理栄養士の資格も取れそうだよね」

 

「そういう問題じゃねぇ気もするが……」

 

 

 そんな話をしながら、トッキーは快調に飛ばしていき最終的には一つ前の集団と大差ないタイムでゴールした。なんだかんだ言って真面目なんだから、トッキーは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後の練習を前に、私たちはマネージャーが用意してくれたお弁当を食べる。個人で用意するのが普通なのかもしれないが、マネージャーに頼んだ方が安上がりでかつ美味しいお弁当が用意されるので、大門先生に許可をもらって用意してもらったのだ。

 

「さすがコトミちゃん。今回のも美味しそうだねー」

 

「い、いやー……それ程でもないですよ」

 

 

 少し困った表情で頭を掻くコトミちゃんだけども、私は特に気にしないで手渡されたお弁当を食べ始める。

 

「兄妹だけあってタカトシ君のお弁当と味が似てるんだよね」

 

「そうですかねー……まぁ、同じものを食べてるので、味覚が似てるのかもしれませんね」

 

 

 さっきから視線が左右に動いてる気がするけど、何か気になることでもあるのかな? もしそうなら、主将として悩みを解決してあげたいんだけど、私では出来る事が少ないし、万が一「勉強の事で……」なんて言われたらどう反応して良いのか分からなくなってしまう。というか、私もかなり危ないから、むしろ助けてもらいたい……

 

「おっ、今は休憩中か?」

 

「あっ、会長」

 

 

 ちょうど見回りに来たのか、道場の入口には天草会長と七条先輩が立っている。どうやらタカトシ君とスズちゃんは別のところを見回っているようだ。

 

「ここ最近の柔道部の活躍は学園中で話題になってるからな。特に三葉とトッキーは、かなり注目されているようだ」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。だから今度のテストはしっかりと合格点を採ってくれと、さっき大門先生から伝言を頼まれた」

 

「うっ……」

 

「変なプレッシャーかけないでくださいよ……」

 

 

 名指しされた私とトッキーは、会長から視線を逸らしながら乾いた笑みを浮かべる。というか、部活に集中している所為で最近ますます勉強が疎かになってるのに……

 

「コトミも、授業中の居眠りは減っているようだが、突発的な小テストでは散々らしいな」

 

「だって、私の実力じゃあれが限界ですって……タカ兄とお義姉ちゃんの力を得て、漸く何とかなってるんですから」

 

「それは威張って言う事じゃ無いと思うけど~?」

 

「でもアリア先輩。私の力じゃこの学校の平均点なんて夢のまた夢なんですよ?」

 

「良く合格出来たな、お前……」

 

 

 会長が呆れた声でそう言うと、コトミちゃんは困ったように視線を逸らす。

 

「面接の担当が横島先生だったのと、タカ兄が死に物狂いで勉強を見てくれた結果です……」

 

「あぁ、そうだったな……」

 

 

 コトミちゃんにつられるようにして、会長も視線を明後日の方へ向ける。とりあえず言える事は、柔道部全員、勉強が苦手だって事かな……




主将、エース、マネージャーが赤点候補……


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ムツミのスランプ

原因がしょうもない……


 ここ最近柔道部内に一つの問題が発生している。それは主将がトッキーに負けるのが多い事だ! ってタカ兄に宣言したら「ふざけてないでしっかり働け」と怒られた……

 

「――というわけなんですが、何かいい改善方法とかありませんかね?」

 

 

 私一人ではどうしようもないので、シノ会長に相談しに生徒会室を訪れる。ちょうどタカ兄は見回り中のようで、生徒会室にいたのはシノ会長とスズ先輩の二人だけ。

 

「一度柔道から離れてみてはどうだ? 気分転換などをして、スランプから抜け出せることも多いようだしな」

 

「ですが、ムツミ先輩って柔道一筋って感じですし、何に誘えば良いのか分からないんですよね」

 

「気分転換なんだから、カラオケとかで良いんじゃない?」

 

「何分金欠なものでして……カラオケとかはちょっと」

 

 

 今月分のお小遣いも殆ど使い切っちゃってるので、なるべくお金のかからない気分転換が無いか尋ねると、あまりお勧めは出来ないけどという前置きをされてから次の案が出てきた。

 

「ゲームセンターとかはどうだ? 見てるだけでも気分転換になるし、実際にプレイしてもいいし」

 

「確かにそうですね! 早速ムツミ主将に相談してきます!」

 

「分かってるとは思うけど、寄り道は校則違反だからね」

 

「分かってますって! 一度家に帰ってから集合しますから」

 

 

 そうは言ったけども善は急げ! 今日の練習が終わったらそのままゲームセンターに行こうと私は主将たちに提案する。

 

「そうだね……確かにムツミの調子が悪いのは問題だし、気分転換になるならいいと思う」

 

「でも、寄り道は校則違反だよ?」

 

「部活の延長って事で良いんじゃない? アンタがスランプだと柔道部全体に影響が出るし」

 

「それでタカトシ君が納得してくれるかな」

 

 

 ムツミ主将はそこが心配なようだけども、タカ兄だって事情を聞けば納得してくれる……はず。カエデ先輩程じゃないけども、タカ兄も結構融通利かないからな……

 

「とりあえず着替えて行こっか。ほらムツミ、アンタのためなんだから」

 

「うん……」

 

 

 今一つ乗り気ではない主将だけども、スランプだって自分でも分かっているので最終的に押し切られて今日の練習は打ち切りになった。

 道場から校門に向かう途中、遠くにタカ兄とアリア先輩の姿が見えて緊張したけども、向こうからはこっちが見えなかったようでホッと一息吐いたのも束の間――

 

「あっ、タカ兄から警告メールが……」

 

 

――遠目だろうが何だろうが関係なく、タカ兄は私たちがこれから何処に行こうとしているのかお見通しだったようだ……

 

「一応、今回は見逃してくれるそうです」

 

「ほら、やっぱりタカトシ君に怒られちゃったじゃん」

 

「まぁまぁ、お咎めなしで済んだんだから結果オーライだって」

 

 

 中里先輩が無理矢理明るい雰囲気でいてくれたお陰で、私たちは必要以上に落ち込むことなくゲームセンターにたどり着いた。

 

「ゲームセンターって不良の溜まり場ってイメージがあったけど、そうでもないんだね」

 

「アンタ、何時の時代の人間よ……今時ゲーセンなんて子供でも来るっての」

 

 

 とりあえず各々がやってみたいゲームのところに移動し、私は金銭的問題からトッキーと一緒に行動するだけにした。だって、ここで散財したら来週発売の新作が買えなくなってしまうから。

 

「キャッチャーって取れそうで取れないんだよな……くそっ、フックが上手く引っ掛からない」

 

「トッキー」

 

「あ?」

 

「トッキーの顔がガラスに押し付けられて、鼻フックみたいになってる」

 

「っ!?」

 

 

 トッキーも女の子なので、恥ずかしさで顔を真っ赤にして飛び退いた。夢中になるのは良いけど、そういう事も注意しておかないと、男性客のおかずにされてしまうかもしれないからね。

 

「ところで、お前は見てるだけなのか?」

 

「トッキーは知ってるでしょ? 私の財布事情……」

 

「無駄遣いし過ぎだっての。兄貴に怒られたんじゃねぇのかよ」

 

「仕方ないじゃん! 興味深いジャンルがいっぱいあるんだよ!」

 

「で、兄貴にそれを言ってなんて言われたんだ?」

 

「問答無用で怒られました……」

 

 

 タカ兄はあまりゲームしないし、私みたいに手広く遊ぶことはしないしな……お義姉ちゃんと折半してると言っても、興味深い物が増えて結局出費は減ってないんだよな……

 

「おっ、主将がパンチ力測定するみたいだな」

 

「何処まで行ってもそっち方面からは抜け出せないみたいだね……」

 

 

 さっきやってたのは格ゲーみたいだし、ムツミ主将はそういう人なんだろうな……

 

「うわぁ……」

 

「あんなの喰らったらひとたまりもないね……」

 

 

 物凄いパンチが繰り出されて、私とトッキーは思わず引いてしまった……よく見れば先輩たちも引いてるな……

 

「そろそろ帰ろっか。なんだかスッキリしたし、また明日から初心に――」

 

「あれ?」

 

 

 そこで何かに気付いた部員が、ムツミ主将の持っている道着を確認する。

 

「これ、私の予備じゃ」

 

「へっ?」

 

 

 道着取り違えが発覚した翌日、ムツミ主将は豪快にトッキーを背負い投げで下した。

 

「窮屈だとは思ってたけど、まさか道着が違ったとは」

 

「結局コトミのミスじゃねぇかよ……」

 

「いや~面目ない」

 

 

 こうして元の強さを取り戻した主将は、練習試合で無双したのだった。




結局コトミのせい……


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気遣いに気付く

タカトシならあり得るよな


 生徒会室で作業しているのだが、今は私一人だけ。アリアと萩村は見回り、タカトシは風紀委員との打ち合わせで不在。従って溜まっている書類作業は私一人で片づけなければならないのだ。

 

「ふぅ、疲れた……」

 

 

 さほど多くないから心配するなと言ったが、やはり一人でやるには少し量が多いな……

 

「ここは甘~いものでブレークを……」

 

 

 先ほど差し入れでもらったあんパンを食べようとして、私は誰かの視線を感じ扉に視線を向ける。そこには見回りから戻ってきたアリアが部屋の中を覗き込んでいた。

 

「何やってるんだ?」

 

「シノちゃんがアーマーブレイクって言ってたから……」

 

「言って無いからな? というか、タカトシがいないからって昔の癖を出すな?」

 

「シノちゃんだって結構出てると思うけど」

 

「まぁ、本質的には変わってないんだろうな。私もアリアも」

 

「あの、タカトシが戻ってくる前に仕事を終わらせませんか?」

 

「おぉ……萩村、いたのか」

 

「最初からいました」

 

 

 アリアにばかり目がいっていたので、萩村の事をすっかり忘れていた。決して視界に入らなかったわけではないからな? いや、ホントに……

 

「とはいっても、もうあと一息で終わるところまではこぎ着けているから、二人はお茶でも飲んでゆっくりしててくれ」

 

「分かった。シノちゃんの分もいる~?」

 

「うーん……貰うとするか」

 

「任せて~」

 

 

 アリアのお茶の用意を任せ、私は残っている書類に認印を押していく。さすがに酷すぎるものには押せないが、最近はそういうのも無くなってきたからな。

 

「戻りました」

 

「おぉタカトシ、風紀委員との打ち合わせはどうだった?」

 

「滞りなく。ですが、ここ最近大きく問題になるような事は無いので、この状態を継続する方向で話がまとまったくらいですかね」

 

「何もない事はいい事だ」

 

「ついでに、目安箱がいっぱいだったので回収してきました」

 

「ご苦労様~。今タカトシ君の分のお茶も淹れるね~」

 

「お構いなく、自分でやります」

 

「大丈夫だよ~。それに、タカトシ君の分を淹れるくらい大した手間でもないから」

 

 

 ちょうど書類も最後だったので、私は席を移動して投書を読む事にした。

 

「なるほど……最近はこういった攻め方で男を手玉に取るのか……」

 

「何の投書ですか、全く……」

 

「会長、この投書面白いですよ」

 

「どれだ? ……っ!」

 

 

 急に肩に手を回され、私の心拍数は上昇する。位置的に萩村には不可能、そうなるとタカトシが私の肩に手を――

 

「どれどれ~?」

 

「って! アリアの手か!」

 

「どうかしたの~?」

 

「いや、何でもない……」

 

 

 つい興奮してしまった自分が恥ずかしくなり、私は何事も無いように振る舞いながら萩村が差し出した投書を読むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上から垂れ幕が垂らされるのはよくある事だ。部活動で優秀な成績を収めたのを表する為の物で、今日また一つ垂れ幕が増えた。

 

「映画部の作品が表彰されたんだね~。出演者として嬉しいよ」

 

「私は恋敵役だったから複雑だが、主演のタカトシとスズとしては鼻高々じゃないのか?」

 

「いや、そんなこと言われましても……映画部の人たちが頑張った結果であって、出演者はあまり関係ないんじゃないですかね」

 

 

 タカトシはそう思っているけども、私は映画部の手伝いをしているネネから選考理由を聞いていた。曰く――

 

『タカトシ君の演技力が高校生とは思えないって評価されての受賞らしいよ』

 

 

――との事。相変わらずハイスペックで羨ましい限りである。

 

「日陰者扱いだった映画部も、ついに目立つことが出来た」

 

「良かったな、柳本。だけどあの幕がかかってる場所って、映画部の部室じゃないのか?」

 

「つまり、映画部は日陰者から脱出出来たが、部室は日陰になったというわけか?」

 

「………」

 

「まぁ、とりあえず部室に行けば分かるでしょう。私もネネから呼ばれてるから一緒に行くわ」

 

「お、おぅ……」

 

 

 肩を落としながら部室へ戻る柳本の横を歩く。普段タカトシと一緒だから問題ないだろうと思っていたけども、やはり男子の歩幅についていくのは大変だ。

 

「(タカトシが無意識に私の歩幅に合わせたスピードで歩いてくれているっていうのもあるんだろうけども)」

 

 

 さりげない気遣いだから、普段は気づくことが出来ない。だがこうやって改めて考えると、私たちはタカトシにだいぶ気を遣ってもらっているのだ。

 

「萩村? ボーっとしていると置いてくぞ」

 

「分かってるわよ」

 

 

 柳本に言われ、私は駆け足で映画部の部室へ入る。ちょっとした気遣いが出来ないから、柳本はモテないのかもしれないと感じたけど、私がその事を彼に伝える事は無かった。

 

「スズちゃん、いらっしゃい」

 

「いや、ネネも部外者でしょ?」

 

「編集として携わってるから、半分部員のようなものだけどね」

 

 

 そう言いながらネネは編集作業を続ける。

 

「あっ、ここ商品が映っちゃってるな。モザイク処理しておいてくれ」

 

「分かった」

 

 

 ネネは写り込んでしまった商品にではなく、主役の顔にモザイクを掛ける。

 

「こう?」

 

「そうそう商品は気にしないで女優の顔に、って! これじゃAVだろうが!」

 

「良く知ってるね」

 

「いや、そりゃ……お年頃だし?」

 

 

 うん、タカトシには無いツッコミね……正直聞きたくなかったけど。




ツッコミになってるのか?


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畑の興味

取材熱心なのは認めるんだが……


 夏休みに入り、我々は桜才・英稜生徒会合同で宿題を片付ける為に図書館へ集まろうと計画し、都合がつくものだけで集まった。ちなみに、桜才は四人全員集まり、英稜はカナと森の二人だけだ。

 

「それにしても、タカ君もスズポンもすさまじい集中力ですね」

 

「まだそれほど夏休みになって時間も経ってないのに、殆ど終わってるからな」

 

「スズちゃんは兎も角、タカトシ君は何時の間に宿題をやってたの?」

 

 

 タカトシは家事の他にバイトもあるから、宿題に費やせる時間がそう多くないと思うんだが……しかもコトミの面倒を見たりしなければいけないから、更に時間が無くなってるはずだというのに……

 

「効率の問題では? それか、夏休みに入ってエッセイに時間を割かなくて良くなったので、その分の時間を使ってるからでは?」

 

「タカ君のエッセイの新作が読めないのが、夏休み唯一の不満ですね」

 

「本屋にでも行って本職のエッセイでも買って読めばいいじゃないですか……」

 

 

 そう言ってタカトシは再び集中力を発揮して宿題を片付けていく。

 

「というか、コトミも呼んだはずなんだが?」

 

「コトちゃんなら、柔道部の練習で朝から出かけてるよ」

 

「なるほど、柔道部……ん?」

 

 

 今の発言に、私は引っ掛かりを覚える。何故カナのヤツはコトミが朝から出かけている事を知っているんだ?

 

「義姉さんは昨日からウチにいましたから」

 

「何でだっ!」

 

「お静かに。単純に俺が昼からバイトだったので、コトミの面倒を見てもらってたんですよ」

 

「夏休みだから、そのままタカ君の家にお泊りしちゃった」

 

 

 タカトシとカナは親戚同士だからそういう事もあり得るのか……

 

「というか、さっきから手が止まってますよ?」

 

「ちょっと集中力が散漫になり始めてるのかもな……おや? あれは畑じゃないか」

 

 

 壁面のPCコーナーに見知った人を見つけ、私はカナとアリアを引き連れて畑の側へ移動する。

 

「はぁ……会いたい、ユウマ」

 

「「「ユウマ?」」」

 

 

 いったいユウマとは誰の事なのか……畑も遂に一般的な女子高生みたく男性に憧れだしたというのか。

 

「おや、皆さん」

 

「畑、ユウマとはいったい?」

 

「はい? あぁ、これですよ」

 

 

 畑が見ていたサイトを私たちにも見えるように移動する。そこにはUMAの文字……なるほど、そっちか。

 

「我々はUMAの目撃情報を得て張り込みまでしたのに……」

 

「あぁ、あの河童の件か」

 

 

 私たちも興味があって随行したが、結局河童は現れる事無く、その後も大した成果も出ていないらしい。

 

「それで、今回はどんな目撃情報なんだ?」

 

「これです」

 

 

 畑の説明では、○○山で目撃された獣人の写真が出回っているとの事。

 

「女型の獣人らしく、イメージ画まで作られているんですよ。実物を写真に収めれば確実に儲k――いえ、話題になるでしょう」

 

「今、儲かるって言った?」

 

 

 畑の本音が垣間見えたが、私たちはそこには追及しない事にした。

 

「イタズラじゃないのか? ネコミミをつけて走り回っているところを目撃されたとか?」

 

「いえ、有志の調べで、この形のネコミミは存在しないことが分かっています。ですから、これは本物の獣人に違いありません」

 

「あまいな。自分のブラを頭に被って走り回らされる羞恥プレイの最中だったかもしれないだろ」

 

「ほほぅ、そんなマニアックプレイがあったとは……ですが、獣人である可能性を否定するには弱すぎる意見です。今回は目撃情報もあるんですから」

 

「そうなのか?」

 

「はい。全身茶色っぽい姿をしていたと。これは獣人である何よりの証拠」

 

「汚物プレイヤーって可能性は?」

 

「……はっ! その可能性を忘れていたとは……」

 

 

 ガックリと膝をつく畑。しかしそれも一瞬で、次の瞬間には立ち上がり声を潜めて我々に食って掛かる。

 

「そこまで言うのならば、我々と勝負しましょう! もしUMAが本当に存在したら、津田君を我が新聞部に移籍させていただきます」

 

「私たちが勝ったら?」

 

「その時は、皆さんの恥ずかしい写真を返還いたします」

 

「ちょっとまて。何だその恥ずかしい写真というのは」

 

 

 そんな物を撮られた覚えも無いが、畑の事だからまた盗撮でもしていたのだろう……というか、これは一度新聞部にガサ入れに行かなければ。

 

「皆さんが油断した瞬間を収めた、ちょっと見られたくない写真とかですよ。決して天草会長が誰もいない生徒会室で――」

 

「お前は何を言うつもりだ? ん?」

 

「シノっち、何をしてたんですか?」

 

「何もしてないからな?」

 

 

 カナに疑惑の念を懐かれてしまったようだが、私は断じて何もしていない、うん……

 

「では勝負は成立という事で良いですね? 集合は明日の朝、場所は学園の前で」

 

「良いだろう。何としてもその写真の流出は避けなければ……まて? 結局我々しかリスクを負ってないじゃないか」

 

「バレました? では見つからなかったら津田副会長の写真を皆さまに特別提供させていただくという事で」

 

「……分かった」

 

 

 タカトシの写真とはかなり貴重なものなのだろうな……これは何としてもUMAを探し出さなくてはと思っていたけども、ちょっと考えてしまうな……




動機が不純なんだよな……


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UMA捜索

みんな興味津々だよな……


 雌型の獣人を追って、山を捜索します。参加者は私と生徒会役員の方々。そして七条家の全面協力の元捜索するので、発見できる確率はかなり上がっているでしょう。

 

「むっ! 見てください、怪しい獣道です!」

 

「普通の獣道に見えますけど……」

 

 

 萩村さんが呆れ気味に私のテンションにツッコミを入れてきますが、私はこの程度のツッコミで大人しくなるつもりはありません。

 

「津田君、怖いから先頭歩いて」

 

「人をフン避けに使おうとするな」

 

「な、ナンノコトデスカ?」

 

 

 私が思っていたことを的確に指摘してきたので、私はついカタコトになってしまう。相変わらず人の心を見透かしたような発言が多い人ですね……

 

「特に何もいないようですね。気配もありませんし」

 

「タカトシ、常人の範囲で判断してくれ……」

 

「普通、気配なんて分からないわよ」

 

「そうか?」

 

 

 天草さんと萩村さんが若干呆れ気味でツッコミを入れると、津田君は不思議そうに首を傾げます。この人は普段常識的なのに、意外なところでズレていますからね。

 

「とりあえず、ベースキャンプに戻りましょうか」

 

「そうだな……おい畑。ベースキャンプはどっちの方角だったか?」

 

「はい?」

 

 

 怪しい獣道に片っ端から入っていったせいで、方向感覚が狂い、ベースキャンプの位置が分からなくなってしまった……

 

「これは、遭難したという事でしょうか?」

 

「おーい。タカトシ君がこっちだってさ~」

 

「……出島さんの気配を辿ったのか?」

 

「それか、最初から分かっていたかのどちらかでしょう」

 

 

 津田君の後に続きベースキャンプに戻ると、七条家メイドの出島さんが出迎えてくれた。

 

「お疲れさまです。どうでした?」

 

「発見には至りませんでしたが、とりあえずくさい箇所に幾つか監視カメラを」

 

「っ!」

 

 

 私の言葉に驚いた出島さんが、小声で津田君に話しかけるのを見て、私はその会話を聞きたくて耳に全神経を傾けた。

 

「相手がUMAとはいえ、法的に大丈夫ですか?」

 

「マーキングポイントじゃねぇよ」

 

 

 出島さんの意図を完全に理解したツッコミに、私は思わず拍手しそうになり、慌てて自分の手を抑える。そんな事で拍手したら、津田君に怒られそうだからね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 監視カメラを仕掛けたお陰で、私たちが歩き回って獣人を探す必要は無くなったが、ずっと静止画でだんだんと飽きてきた。

 

「本当に出るのか?」

 

「そう簡単に見つけられたら、今頃他の誰かが発見して大騒動になっていますよ」

 

「そうかもしれないが……」

 

 

 先ほどまで食事をしていたので、その間の映像も巻き戻して確認したが、特に怪しい物は映っていなかった。

 

「それにしても、相変わらず津田君の料理の腕は凄いですね。本職の出島さんにも負けていない味でしたし」

 

「まぁ、アイツは主夫だからな」

 

 

 ちなみに、タカトシは今出島さんと二人で食器の片づけをしている。普通なら男子のタカトシが私たちの使用済み食器を舐めないか心配になるところだが、あの二人に限って言えば、出島さんが食器を舐めないようタカトシが監視しているのだ。

 

「なんだか手がかゆい」

 

「捜索中になんかの植物に触ったんじゃ? かいちゃダメだよ」

 

 

 画面を見詰めていたら、隣で萩村がアリアに軟膏を貰っていた。

 

「準備が良いな、アリア」

 

「出島さんが粗相プレイで良くかぶれるから、以前から持ち歩いていたんだ~。前は私も良くやってたし」

 

「常用理由は聞きたくなかったです」

 

 

 アリアから理由を聞いた萩村がドン引きしているが、今のは女子の間では一般的な会話ではないのだろうか? 私たちは良くそういう会話をしていたんだがな……

 

「何か映りましたか?」

 

「いや、今のところ何も……」

 

 

 タカトシが片づけを終えて合流したタイミングで、画面の中で何かが光り私はタカトシの腕にしがみつく。

 

「何か光ったぞ!?」

 

「タヌキですよ」

 

 

 冷静に画面を見ていたタカトシが正体を教えてくれたお陰で、私は粗相せずに済んだ。

 

「もしもし、くっつき過ぎでは?」

 

「スズちゃんの目も光ってるね」

 

「夫の浮気現場を目撃した正妻?」

 

「なっ!?」

 

「私は浮気相手じゃないぞ!?」

 

「そのツッコミはおかしい。というか、アンタの取材に協力してやってるのに、随分と面白い事を言うんですね?」

 

「「「っ!?」」」

 

 

 畑に向けて放たれた殺気ではあるが、私たち三人もその殺気に中てられ背筋を伸ばす。先程のタヌキ以上に粗相しそうになったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局俺以外のメンバーは寝てしまい、監視は俺一人で行う事に。途中で出島さんが余計なものを鍋に落した所為でおかしな音が響いたが、それ以外は特に問題は起こらなかった。

 

「まさか寝てしまうとは……」

 

「特に何も無かったですし、記録は残ってるのでご自分で確認してください」

 

「結局イタズラだったという事ですか……」

 

「まぁ、そう簡単に出会えるのなら未確認生物なんて言われませんよ」

 

 

 とりあえず慰めておく事にしたが、最初からいないと思っていたので、そんなにショックを受ける理由が俺には分からない。

 

「せっかく私たちが獣人にイタズラしたかったのに」

 

「そんなくだらない理由だったのかよ……」

 

 

 こんなことの為に、俺は義姉さんにコトミの面倒を頼んで手伝ってたのか……




目的はくだらないけど、行動に移すことは尊敬……いや、しないな


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町内パトロール

原作の流れは無しで


 夏休みに入ったからと言って、生徒会の活動が無いわけではない。むしろあの会長は、こういう時だからこそいろいろとやりたがる人なのだ。

 

「第一回! 町内パトロールのお手伝い!」

 

「わー!」

 

「盛り上がってるの七条先輩だけですよ?」

 

 

 シノさんの宣言にアリアさんが付き合ったが、スズはジト目でシノさんの事を見ている。恐らくあのテンションに付き合いたくないのと、さっき町内会の人に子供と間違えられて機嫌が悪いのだろう。

 

「夏はトラブルが多いので、その為の防止活動だ」

 

「はい」

 

 

 簡単な事情説明を受けて、俺はシノさんから腕章を受け取る。

 

「まずはお肌のトラブル防止だ!」

 

「そういう事は家で済ませてきてくれませんかね?」

 

 

 堂々と日焼け止めを塗り始めたシノさんに、スズだけではなく俺もジト目を向ける。すると少し慌てたような手つきになり塗り方にムラが出始める。

 

「ちゃんと塗らないと意味ないですよ?」

 

「わ、分かってる!」

 

 

 とりあえず塗り終えたので、俺たちは町内の見回りを開始する事にした。

 

「最近監視カメラ、増えましたよね」

 

「そうだな。商店街や公園」

 

「ダミーもありそうですけどね」

 

 

 全て本物だったら結構な予算が掛けられている事になる。必要な事だが文句を言いだす人がいないとも限らないので、あくまでも予算内で設置出来るだけなのだろうが。

 

「そういえば、自宅の中に設置する人もいるとか」

 

「それはAV女優の私生活を覗き見する企画ものじゃなかったっけ?」

 

「そうだったな」

 

「何でそんな事を知ってるんですかね?」

 

 

 最近は大人しくなっていたのに、夏休みという事で気が緩んでいるのか?

 

「あっ、タカ兄……」

 

「お前、家で勉強してるって言って無かったか?」

 

「こ、これはちょっとした息抜きで……」

 

「コトミ、お前兄貴に許可をもらったって言って無かったか?」

 

「わー! トッキー、シー!」

 

「バツとしてコトミも見回りに参加してもらおう」

 

 

 シノさんが予備の腕章をコトミに差し出し、それを渋々受け取るコトミ。まぁ、遊んでるくらいなら生徒会活動に参加してもらった方が有意義な時間の遣い方と言えるだろう。本当はとっとと宿題を片付けてもらいたいのだが。

 

「あれ? スズ先輩、腕章がずり落ちてますよ? 安全ピンで留めないんですか?」

 

「これは……おニューの服で穴を開けたくなくて」

 

「ちゃんとしないと迷子の子供だって思われちゃいますよ?」

 

「はったおーす!」

 

「遊ぶんじゃねぇ……」

 

 

 スズをからかって遊びだしたコトミにチョップを喰らわせ、人数が増えたので二手に分かれる事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故かタカトシとコトミペアになってしまい、私たちは三人で見回りをしている。というか、コトミがいなきゃタカトシと一緒にいられたのに。

 

「あそこで子供たちが川遊びしてますね」

 

「おーい、危ないから川で遊んじゃ駄目だ」

 

「「はーい」」

 

 

 会長が注意すると、子供たちは素直に言う事を聞いてくれた。こういう子たちばかりだとやりやすいのだけども、中には反発する子もいるのよね……

 

「じゃあ私とあそんでー」

 

「パトロール終わってからな」

 

 

 会長が女の子に手を引っ張られ強請られているのを見て、私は微笑ましさを覚える。

 

「あら、おませさん」

 

「?」

 

 

 私とは違う感覚なのか、七条先輩はそんな事を言い出した。

 

「そういうセリフは十年早いよー」

 

「年相応のセリフだと思いますけど!?」

 

 

 何を曲解したらそう言う言葉が出てくるのか不思議でしょうがない。やっぱりタカトシがいないところでは全然変わってないな、この人たち……

 

「ん? タカトシから?」

 

「私も」

 

「私にも」

 

 

 三人同時にタカトシからのメッセージを受け取り、私たちは携帯を操作する。

 

「……コトミが熱中症になったので、家に連れて帰る、か……」

 

「何の為に参加したんですかね、コトミのヤツ……」

 

「まぁ、見回りに適した格好じゃなかったから仕方ないのかもしれないね」

 

 

 私たちは帽子を被ったりして熱中症対策をしているが、コトミはそもそも見回りをする為に外出したわけではないので、帽子は被っていなかった。その所為で熱中症になったかもしれない。

 

「とりあえずタカトシが抜けてしまったので、戻ってくる間で我々だけで見回りをするぞ」

 

「仕方ないですね」

 

「コトミちゃんだもんね」

 

 

 七条先輩のセリフに、私と会長は頷いて同意した。それで納得出来るものおかしな話だが、コトミだから仕方がないという事で納得するしかないのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく見回りをしていたら、コトミちゃんを家に寝かせに行っていたタカトシ君が再合流した。

 

「すみませんでした」

 

「まぁ、タカトシが悪いわけじゃないしな」

 

「これ、差し入れのアイスです」

 

「アイスっ!」

 

「あらあら」

 

 

 甘いものに目が無いスズちゃんが凄い勢いでタカトシ君の言葉に反応を示す。そう言うところは子供っぽいと思われても良いのかしら。

 

「あーアイスいいな~」

 

「君たちの分もあるから、仲良く分けるんだよ」

 

「「「はーい」」」

 

 

 ちゃんと小さな子たちの分も買ってきてるあたり、タカトシ君はさすがだよね。




ここのタカトシが熱中症になるはずないなーって事でコトミ登場。フラグバッキバキですな……


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だらしない恰好

コトミは成長してるんだかしてないんだが……


 夏休みという事で、今日はタカ君の家に来ている。名目は家事を手伝いに来たなんだけど、タカ君としてはコトちゃんの相手をしてもらう程度にしか思っていないようだ。

 

「あらら、またコトちゃんは散らかして……少しは片付ける癖をつけてもらいたいわね」

 

 

 義妹が散らかしたものを片付けながらそう呟くと、近くを掃除していたタカ君に聞こえてしまったようで少し笑われてしまう。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、義姉さんがコトミの姉ではなく母のような事を言っていたのが少し面白かっただけです」

 

「さすがにあんなに大きな娘はいないよ? というか、まだ処女だから。まぁ、タカ君との子共ならすぐにでも欲しいけど」

 

「暑くておかしくなってます?」

 

 

 タカ君から冷ややかな視線を向けられ、私は慌ててコトちゃんが散らかしたものを片付ける。危うく失禁してしまうところだった……

 

「ところで、そのコトちゃんは?」

 

「その辺でだらしなくしてると思いますよ」

 

 

 タカ君がそう言ったのと同じタイミングで、リビングにコトちゃんがやってきた――物凄い恰好で。

 

「わぁ、本当にだらしない」

 

「別に上半身裸じゃないですよ? こうやって、貼り付け型のビキニですけど」

 

「なーんだ……やっぱりだらしないよ?」

 

 

 何でそれをしていれば大丈夫だと思ったのか一瞬考えてしまったけども、どう見てもだらしない恰好でしかない。ここが浜辺とかなら良いのかもしれないけども、家の中だし。

 

「勢いで買ったのは良いんですけど、思ったより露出高くて人前で着れなくて」

 

「それだったら自分で紐をつけてアレンジ」

 

「おー! でも、これじゃあ普通のビキニと大差ないんじゃ」

 

「いやいや。紐解けばポロリ詐欺ドッキリが出来るよ?」

 

「それは良いですね! 今度シノ会長たちに仕掛けてみますよ~」

 

「遊んでんじゃねぇ。コトミ、散らかした物は自分で片づけろ。じゃないと全部捨てるからな」

 

「それは勘弁して!」

 

 

 タカ君に怒られてコトちゃんはすぐに散らかしていた物を全て部屋に持ち帰る。というか、何でリビングであんなに散らかるまでになるんだろう……

 

「あら?」

 

 

 少し考え事をして立ち止まっていたら、私の股の間をムラサメ君が潜り抜ける。タカ君とコトちゃん以外にはあまり懐いていないって聞いてたけど、結構人懐っこい猫君じゃない。

 

「おっ、ムラサメはドMだったのか」

 

「何言ってんの?」

 

 

 片づけ終わったコトちゃんがその光景を見てそんな感想を漏らし、タカ君から再び冷ややかな視線を浴びることになったのだった。

 

「つ、冷たいといえば! 見てください! こんなにお腹周りがゆるゆるー」

 

 

 何とか話題を変えようとしたのか、コトちゃんが急にウエストを自慢してきた。

 

「暑くて食欲なかったからー」

 

「それで冷たい物ばかり食べてたの? でもそれじゃあ身体に悪いよ」

 

「………」

 

 

 私の言葉を聞いたからなのかは分からないけども、コトちゃんが急に震えだす。

 

「おっ、お腹の中もゆるく……」

 

 

 ダッシュでトイレに駆け込んでいったコトちゃんを、タカ君が残念な人を見るような目で見ていたのが印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私がトイレに籠っていたからかは分からないけども、晩御飯はお腹に優しい物をタカ兄が作ってくれた。

 

「コトちゃん、ちゃんとタカ君にお礼を言っておいた方が良いよ?」

 

「分かってはいるんですけどね~」

 

 

 食事を済ませ片付けはタカ兄がやってくれているので、私はお義姉ちゃんと一緒にお風呂に入っている。我が家の風呂はそれ程広くはないが、女二人で入るくらいは出来る広さなので、お義姉ちゃんがお泊りする時はこうして一緒に入る事が多いのだ。

 

「それにしても、我が兄ながら女子力の高さには驚きを隠せませんよ」

 

「それだけコトちゃんがタカ君に迷惑をかけてきたって事じゃないの? 普通に生活してたなら、タカ君だってあそこまで料理上手にはなってなかったかもしれないし」

 

「それは別に私だけの所為じゃないですよ~! お母さんたちが出張ばっかりで家にいなかったのも原因ですから」

 

「でも、コトちゃんがちゃんとお手伝いしていれば、タカ君だってあそこまで疲れ切った感じにはならなかったんじゃないの? コトちゃんだって、もう少ししっかりとした子に育ってたかもしれないし」

 

「あはは、お義姉ちゃん何だかお母さんみたいですね」

 

「それ、お昼過ぎにタカ君にも言われたよ」

 

「そうなんですか?」

 

 

 どちらかと言えばタカ兄の方がお母さんっぽいんだけどな……性別を無視すればの話だが、私の知り合いの中で一番お母さんっぽいのはタカ兄だ。

 

「夏休みもまだ残ってるけども、少しはコトちゃんも自立できるように頑張った方が良いよ?」

 

「少しは頑張ってるんですけどね~。今日だって、部屋を片付けようとしてましたし」

 

「リビングを散らかしたままだったからじゃないの?」

 

「はい、その通りです……」

 

 

 あれだって後で片づけようと思ってたんだけど、ついつい押し入れから出てきたマンガを読みふけっていた所為で忘れちゃったんだよね……それでお茶を飲みにリビングに行って漸く思い出した流れなのだ。

 

「今後はしっかりとしていきたい所存であります」

 

「よろしい」

 

 

 お義姉ちゃんにそう宣言して風呂を出て、さっそくバスタオル姿でうろうろするなとタカ兄に二人揃って怒られたのだった……




成長した分だけ別のところが酷くなってる気が……


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大食いチャレンジ

山盛りはいらないな……


 最近合同企画が少ないとシノっちから相談を受け、我々英稜生徒会メンバーと桜才生徒会メンバーで集まり会議を開く事にした。

 

「「第一回学園行事企画会議」」

 

「「わー」」

 

「楽しそうっすね」

 

「タカトシ、森さん、私は何もツッコまないから任せた」

 

「少しは手伝ってくださいよ。私は英稜メンバーで手一杯ですから」

 

「はぁ……」

 

 

 ノリノリのアリアっちと青葉っち、そして広瀬ちゃんとは対照的に、二年生三人のノリはあまり良くない。

 

「何か良いネタが無いか、皆で話し合おうという集まりなんだから、タカ君もサクラっちもスズポンも手伝ってください」

 

「わざわざ喫茶店に集まる必要はあったですかね?」

 

 

 タカ君に睨まれ、私とシノっちはそれぞれ違う方向へ視線を逸らす。するとシノっちが何かを見つけたように声を上げた。

 

「これだっ!」

 

「ご注文ですか?」

 

「あっ、いや……」

 

 

 シノっちの視線の先には「大食いチャレンジ」のポスター。そしてそこに描かれているのは山盛りのかき氷だ。

 

「とりあえず、やる?」

 

「まぁ残暑厳しいですから、食べたいところではありますね」

 

「では人数分をお願いします」

 

「やるなんて言って無いぞっ!?」

 

 

 シノっちが早々に人数分を注文したので、スズポンが慌てて止めようとしたが、店員は既に奥に下がってしまった。

 

「仕方ないね……」

 

「何で俺まで……」

 

 

 既に諦めの境地に達しているのか、サクラっちとタカ君はスズポンのようにシノっちに食って掛かる事はせず二人揃ってため息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人数分の山盛りかき氷が運ばれてきて、私は注文した事を早くも後悔し始める。

 

「こうしてみると、かなり多いな……食べきれるか不安だ」

 

「せっかくですし、罰ゲームを懸けて競争しませんか?」

 

「むっ、そうなってくると弱音を吐いてる場合ではないな」

 

 

 英稜の新メンバー、広瀬に勝負を挑まれ私はやる気を取り戻す。我ながら単純だとは思うが、戦う前から負けを認めるなど出来ないからな。

 

「それで、何を懸けるんだ?」

 

「そうっすね……」

 

 

 何かを考える広瀬をジッと見つめる。すると何か思いついたのか声高らかに宣言した。

 

「じゃあ負けた方は、勝った方にこのパフェを奢るって言うのはどうっすか?」

 

「それ、君以外は勝った方も罰ゲームだと思うが……」

 

「そんな事ないと思うっすけど……あれ?」

 

 

 同意を求めようと残りのメンバーに視線を向けたが、誰一人同意することなく視線を逸らしている。あのタカトシですら、引きつった笑みを浮かべて視線を逸らすくらいだから、広瀬の感性がズレているのが証明された。

 

「とりあえず食べましょうか。早くしないと溶けちゃいますし」

 

「だな」

 

 

 やる気なさげだったが目の前に運ばれてきて覚悟を決めたのか、萩村がスプーンを動かし始める。それを合図にそれぞれ食べ始めるが、やはり量が多い……

 

「アリアはレモン味か」

 

「うん。子供の頃おしっこを掛けてレモン味って遊びをしたっけ」

 

「っ!?」

 

 

 アリアと同じくレモン味を食べていた青葉のスプーンが止まる。

 

「まさか同じ味の相手の戦意を削ぐ作戦とは……アリアっち、やりますね」

 

「食事中に汚い話をするな」

 

 

 アリアにタカトシからのツッコミが入り、何とかその話を引っ張る事は無く済んだ。

 

「おっと……零してしまった」

 

 

 タカトシの視線に動揺したわけでは無いが、私はイチゴ味のかき氷を胸の辺りに零してしまう。

 

「早く拭かないとシミになってしまうな」

 

「なんだかシノっちの乳首が透けて見えているように思えますね」

 

「なんて事だっ!?」

 

「やる気ないなら帰れば?」

 

 

 昔の癖が出始めているのを受けて、タカトシは我々がやる気をなくしていると判断したようだ。別にそんな事は無いんだが、注文した手前途中棄権は避けたい。

 

「………」

 

「どうしたの? かき氷をジッと見詰めちゃって」

 

「いえ、ちょっと苦い思い出を思い出してしまっただけです」

 

「苦い思い出……」

 

「白くて苦いものを掛けたの?」

 

「ダイレクトな思い違いをするな!」

 

「はぁ……」

 

 

 我々が暴走し始めてしまったので、結局山盛りかき氷企画は見送る事にした。というか、広瀬以外のメンバーは食べきるのにやっとで、企画云々など話してる余裕はなかったんだがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中でとんでもない勘違いをされて食欲を失い掛けたけども、タカトシ君のお陰で何とか完食する事ができた。

 

「ありがとね、タカトシ君。私一人だったら絶対に止められなかったと思う」

 

「まぁ、ふざけてたのは殆どこっち側だから、サクラが気にする事は無いんじゃないか?」

 

「でも、魚見会長もふざけてたし」

 

「あの人は俺の関係者でもあるから、サクラ一人が気に病む事ではないだろ」

 

「そうかもしれないけどさ……」

 

 

 なんとなく申し訳なく思ってしまうのだけども、タカトシ君にこう言ってもらえると心が落ち着く。同じことを違う男子に言われても落ち着かないと思うと、やっぱりタカトシ君は特別な存在なのかなって思っちゃう。

 

「ところで、広瀬さんはほんとにパフェ食べるの?」

 

「奢ってくれるなら食べます」

 

「凄いね……」

 

 

 いち早く食べ終えてまだ食べ足りないという広瀬さんに、私は呆れるのを通り越して少し尊敬してしまった。




てかパフェもいらない……


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動物病院

さすがあの母の側にいる犬……


 ムラサメの調子が悪いとコトミから相談され、俺は動物病院に行く為ムラサメをゲージに入れて家を出た。

 

「ん? スズ」

 

「タカトシ、どうしたの?」

 

「ムラサメが調子悪いみたいだから病院に。スズも?」

 

「まぁね」

 

 

 目的地が一緒なので別々に行く必要もないので、俺はスズと一緒に病院に向かう事にした。

 

「やっぱり動物もこの暑さには参ってるのかもしれないな」

 

「そうね」

 

「ん? ボアは信号を理解しているのか」

 

 

 赤信号でちゃんと止まったボアを見て、俺は思わず感心した。

 

「これくらいは出来て当然よ」

 

「そんなものか」

 

 

 しばらく会話しながら歩いていると、急にスズの脚が止まった。何があったのかと思い振り返ると、ボアの足が止まりスズが進めなくなっていたのだ。

 

「白線も理解しているのか?」

 

「違う、病院に向かってるのがバレた」

 

「教えてなかったのか?」

 

 

 まぁわざわざペットに行き先を伝える必要は無いか……

 

「仕方ない。スズ、ムラサメを頼む」

 

「え? あぁ、お願い」

 

 

 スズの力ではボアに対抗できないので、ムラサメをスズに、ボアは俺が担当して動物病院までの道を進む。

 

「やっと着いたわね……ゴメン、タカトシ」

 

「別に、謝る事じゃないよ」

 

 

 途中からボアを引きずってきたので、その事をスズが申し訳なさそうに思っているようだが、観念して自分の足で進んでくれたから大して苦労はしていないのだ。

 

「でもスズが良い病院紹介してくれたお陰で助かるよ。まぁ、ワクチンの時以来だけど」

 

「そう頻繁に来るようじゃ困るものね。でもまぁ、私もペッ友が出来て嬉しいわ」

 

「(べっ友!?)」

 

「………」

 

「どうしたの?」

 

「いや、さすがスズのお母さんと一緒にいるだけはあるなと思って」

 

「? ……まさか、変な事考えてたんじゃないでしょうね」

 

 

 スズがボアを問い詰め始めたところで、ムラサメの番が回ってきたので診察室へと移動する。

 

「入江先生、お願いします」

 

「はい。ムラサメ君、今日はご機嫌だね」

 

 

 手慣れた様子でムラサメの健康状態をチェックしていく獣医の入江先生。どうやら彼女は動物の機嫌が分かるようだ。

 

「先生は動物の機嫌が分かるんですね」

 

「動物は態度に感情が出るんだよ。例えば、よそよそしい態度の時は嫉妬してる時」

 

「なるほど」

 

 

 一通り入江先生と会話をしてから待合室に戻ると、何故かスズが頬を膨らませていた。

 

「津田君、入江先生と随分と楽しそうにお話ししていましたね」

 

「はぁ……というか、次はスズの番だろ?」

 

 

 スズがよそよそしくかつわざとらしく敬語で話しかけてきたけども、これは嫉妬で良いんだろうか? というか、動物と同じ観点で良いのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だかタカトシにはぐらかされたような気がしたけども、実際次は私たちの番なので診察室へと向かう。

 

「ほらボア君、怖くないよ」

 

 

 何度受けても診察は怖いのか、診察台の上でボアが小刻みに震えている。

 

「ほら、ボールだよ」

 

 

 こういう時は普段使っている玩具を見せて落ち着かせるのが一番。という事で私は用意していた玩具を取り出してボアの顔の前に持っていく。

 

「それ、ボア君の玩具?」

 

「ハイ。母が持っていた物なんですが、変わった形のボールですよね」

 

 

 本来の用途は分からないけども、これを見せるとボアは喜ぶので使っている。お母さんも何故か微笑まし気に眺めているので、私は何か別の使い方をしているんじゃないかと思っているのだけども……

 

「(膣ボール……萩村さん、知らないのね)」

 

「? 何か?」

 

「いえ、ボア君が大人しくなってきたので、そのままでお願いします」

 

「分かりました」

 

 

 タカトシのように読心術が使えれば入江先生が何を考えていたのか分かったんだろうけども、生憎私は読唇術までしか使えない。唇の動きは読めても心の動きは読めないのだ。

 一通り診察が終わり結果待ちをする為に診察室の長椅子に座って待っていると、先生が話しかけてきた。

 

「それにしても、こうも暑いとここまで来るのも大変でしょ」

 

「そうですね。汗で服が湿って気持ち悪い……ん?」

 

 

 何だか汗とは違う感じで湿ってきたような気がして、私はゆっくりと隣に陣取っているボアに視線を向ける。

 

「あー漏らした!」

 

「あらら」

 

 

 ボアに粗相されて服が濡れてしまったので、帰り道どうしようかと考えていたら、入江先生が着替えを持ってきてくれた。

 

「これで大丈夫?」

 

「えぇ、問題ないみたいです」

 

「良かった。娘の服でサイズ合ってたみたいね」

 

「ありがとうございます」

 

 

 何だか複雑な気持ちだけども、濡れたままの服を着ているのも気持ち悪いし、この服は洗濯して明日にでも返せばいいと言ってくれたので、このまま帰る事にしよう。

 

「大変だったみたいだね」

 

「まったくよ。誰かさんが粗相した所為で服は濡れるし、先生の娘さんの服を着る羽目になるしね」

 

「(萩村女史、津田副会長に粗相され幼女服を着るっと)」

 

「何をしてるんですかね、貴女は」

 

「あっ……」

 

 

 電柱の陰に潜んでいた畑さんを引きずり出したタカトシの顔は、私だけでなくボアも恐れるような雰囲気が漂っていた。




スズならお漏らししても……


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キスの意味

ろくでもない雑学


 生徒会作業も一通り終わり、後は細々とした作業を片付ければ解散というところで、横島先生が生徒会室にやってきた。

 

「なぁ知ってるか? キスする場所によってその意味が変わるんだぜ」

 

「何ですか、いきなり」

 

 

 普段顔を出さないくせに、どうでもいい事を言いにわざわざ生徒会室にやってきたのだろうか? だとすれば邪魔でしかない。

 

「そういえば聞いたことがあります。おでこは『友情』でほっぺは『厚情』。そして口唇は『愛情』ですよね」

 

「天草よく知ってるな」

 

「さすがシノちゃん」

 

 

 別にもう大した作業も無いから、会長たちが横島先生の相手をしてくれるならそれで良いか。俺が残ってる雑務を片付ければいいんだから……

 

「じゃあ鼻はなんだ?」

 

「えっと……何だっけ」

 

「シノちゃん度忘れしちゃったの?」

 

「何とか思い出すから……えっと、臭い物フェチ人向けだったか?」

 

「そんなわけ無いだろ。愛玩ですよ」

 

 

 ひねり出せなかったのか、昔の癖が発動した会長にツッコミを入れ、俺は正解を教える。それにしても、こういう時にスズが三人の相手をしてくれればいいのに、彼女は我関せずを貫き通しているのだ。

 

「顔以外へのキスにも、意味があるの知っているかな? たとえばおなかにキスするひとは、相手に母性を求めているんだ」

 

「そうなんだー」

 

「じゃあちょっと聞くが」

 

 

 ここでまた横島先生が余計な事を言い出しそうな感じがしたが、今度は俺も放っておく事にしよう。というか、この人の相手をするだけ無駄だからな。

 

「へそ舐めの場合は、相手に何を求めているんだ?」

 

「罵声を求めているんじゃないんですか? というか、何故へそ舐め?」

 

「昨日の相手がそんな感じな事をしてきたからな。思いっきり罵声を浴びせてやったら絶頂しちまってな」

 

「ドMだったんですね」

 

 

 会長も七条先輩も昔の癖が出ていたので、俺はさっさと雑務を終わらせて音を立てずに生徒会室を後にした。残されたスズが恨みがましくこちらを見ていたような気もするけども、それには気付かないフリをしてさっさと帰る事にしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が生徒会業務で遅くなるので、私はトッキーを家に呼んで一緒に遊んでいた。本当は宿題を一緒にしていたんだけども、二人だけじゃどうにもならなくなってしまったのでタカ兄が返ってくる間での時間つぶしだ。

 

「先手は譲ってやる」

 

「また何かに影響されてるな……」

 

「敵に塩を送るというやつだよ」

 

 

 私とトッキーのプレイ時間の差を考えれば、この程度は問題ないと思っていたのだが――

 

「あっ、あわわわわわ」

 

 

――思ってた以上にトッキーの攻撃が繋がって、私のライフはあっという間に残りわずかになってしまった。

 

「そういえばトッキー、この前パンツの上に水着を着てプールに入ってたね!」

 

「古傷に塩を塗り込むな! てか、余裕ぶってたのに随分と慌ててるな」

 

 

 トッキーにも余裕が無くなったのか、意外といい勝負になってきた――いや、泥仕合か……

 

「ただいま」

 

「あっ、タカ兄おかえりー! それじゃあトッキー、タカ兄に質問しながら宿題の続きをしようか」

 

「おいこら! 負けそうになったからって逃げるんじゃねぇよ」

 

 

 さすがにバレたようで、この試合だけはきっちりを終わらせる事にした。先手を譲ったのが原因で、私はトッキーに負けてしまったのだが……

 

「よし、リベンジだ!」

 

「宿題やるんだろ?」

 

「終わったらもう一回勝負だからね!」

 

 

 リビングにいるタカ兄に声をかけて、私たちは残っていた宿題を急ぎ片付ける事にした。

 

「タカ兄、宿題教えてー」

 

「すんません……」

 

 

 二人揃ってタカ兄に教えを乞う。タカ兄は気配で私たちが近づいてきているのも、宿題で分からない箇所を質問することも分かっていたようで、私たちを座らせてじっくり解説してくれた。

 

「――というわけだが、二人とも理解したか?」

 

「はへ~……今ならタカ兄に襲われても抵抗出来ないよ」

 

「阿呆な事を言ってないで、最後の問題は自力で解け。さっきのと考え方は同じだからできるだろ」

 

 

 タカ兄に怒られてしまったので、私は残っている気力を振り絞って最後の問題に取り掛かる。隣ではトッキーが頭を悩ませながらも解いているのが気配で分かるので、私も負けないように問題を読みタカ兄に教わった公式を使って問題を解いていく。

 

「タカ兄、これであってる?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

 

 タカ兄は私たちが問題を解いている間に洗濯物を取り込んでいたようで、私が確認してもらおうと思った時もまだ片づけをしていた。

 

「相変わらず母親みたいな兄貴だな……」

 

「トッキーだって、タカ兄の女子力の高さは知ってるでしょ?」

 

「女子力っていうか、オカンだよな、完全に」

 

「聞こえてるんだけど?」

 

「……すんません」

 

 

 タカ兄に聞かれていたことを失念していたトッキーは、素直に頭を下げた。さすがのトッキーもタカ兄には勝てないようだ……

 

「二人ともやればできるんだから、もう少し頑張ってくれ」

 

「タカ兄が教えてくれて漸くできるんだよ。だから、自分一人ではどうしようもない」

 

「威張って言うな……」

 

 

 タカ兄に頭を小突かれたけども、それほど痛くは無かった。まぁ、タカ兄も加減してくれてるから痛くないって分かってるんだけどもね。




兄兼オカン兼先生……


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覆面調査

引率の役目を果たすつもりがあるのか……


 生徒会作業をしていたら、アリアが何処かそわそわした雰囲気を醸し出している。

 

「アリア、何かあるのか?」

 

「えっ?」

 

「なんだかそわそわしてるようだから」

 

「うん、実は――」

 

 

 アリアから説明を受けて、私と萩村は首を傾げる。

 

「「覆面調査?」」

 

「うん。うちが経営しているお店にね。本当は出島さんが行く予定だったんだけど、急用ができちゃったんだって。それで私が代理で行くことになったんだけど、皆も一緒にどう?」

 

「皆と言うと、私と萩村、後は所用で席を外しているタカトシの四人でか?」

 

「学生だけで入れるお店なんですか? タカトシが私服でいればなかなか学生だってバレないでしょうけども」

 

「そうだね……」

 

 

 アリアが何かを考えていると、所用で席を外していたタカトシが横島先生と一緒に生徒会室に戻ってきた。

 

「何の話してるんだ?」

 

「実はですね――」

 

 

 横島先生に説明をすると、先生は何か納得したように頷いてから、提案してきた。

 

「引率で私が行ってやってもいいぞ」

 

「タダ酒呑みたいだけじゃないんですか?」

 

「自分の分くらいは払うに決まってるだろ?」

 

「それじゃあ、お願いします。あっ、皆のはバイト代としてうちが出すから安心して」

 

 

 我々の食事代は七条家が払ってくれるそうで、私たちは安心して覆面調査の依頼を引き受ける事にしたのだが、タカトシは少し困ったような表情を浮かべている。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、今日はバイトなので」

 

「それじゃあ仕方ないな……」

 

「話は聞かせてもらった! そのバイト、私が参加します」

 

「コトミか……」

 

 

 盗み聞きしていたのか、タイミングよくコトミが生徒会室に入ってきた。タカトシは分かっていたようだが、急に室内に入って来られるとビックリするんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄の代役で覆面調査員のバイトで七条グループが経営しているフレンチ店にやってきた。

 

「リーズナブルな値段で楽しめるフレンチ店か。いいな!」

 

「リーズナブルって言っても、私のお小遣いじゃ無理ですねー」

 

 

 普段こんなところに来ることなんてないから、値段ばかり気になってしまう。いくら七条家の奢りだと言っても、食べ過ぎないようにしよう。

 

「ところで、アリアは何そわそわしてるんだ?」

 

「正体ばれないよう気を付けないといけないから」

 

「だから伊達眼鏡で変装してるんですか?」

 

 

 アリア先輩は今、普段下ろしている髪を結い、伊達眼鏡をかけている。普段とは違う雰囲気に、私でも意識してしまう。

 

「本当は伊達キノコで男装しようって出島さんに言われたんだけど、橋高さんに止められちゃったからね」

 

「あの人は本当に碌なこと言わないですね……」

 

 

 タカ兄がいない為、スズ先輩がアリア先輩にツッコミを入れる。

 

「お待たせしました。野菜と海のミルクのスープです」

 

「美味しそー」

 

 

 運ばれてきた料理に、私は歓声を上げる。しかし食べる前に、少し気になったのでスズ先輩に質問をする。

 

「スズ先輩、海のミルクって何ですか?」

 

「牡蠣のことよ」

 

「牛乳のように栄養素が豊富、ということだ」

 

「へー、スタミナ付きそうですね」

 

「そして夜には下から海のミルクを出すわけだな」

 

「なるほどー」

 

「食事中に変な事を言うな! というか、もう酔ってるのかっ!?」

 

 

 この人は何時もそうだけど、酔っ払って何時も以上にエンジンが掛かっているようで、スズ先輩が何とかして止めようとしている。が、タカ兄程上手くは操縦できないようだ。

 

「白身魚のポワレとクリーム添えです」

 

 

 次の料理が運ばれてきて、スズ先輩が一口食べて感激した。

 

「ほっぺたが落ちそうっ」

 

「はい」

 

「?」

 

「ほっぺたからクリームが落ちそうですよー?」

 

「ぐはー!?」

 

 

 せっかく大人っぽい料理を食べていたのに、やっぱりスズ先輩は子供っぽい感じになってしまう運命なんですね~。

 

「いやー、美味かった。さすがは七条家の娘がお薦めするだけのことはあるな!」

 

「っ!?」

 

 

 酔っぱらった横島先生がアリア先輩を見ながら大声でそんな事を言うものだから、店中に緊張が走った。私でも分かるくらいだから、恐らく全員がそれを感じ取ったことだろう。

 

「なにいってるんですか~。私は津田ですよ~」

 

「? あ、あぁ……そうだったな」

 

 

 アリア先輩から底冷えするような視線を向けられ酔いがさめたのか、横島先生が申し訳なさそうに頭を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会計を済ませて店の外に出てから、私と会長で七条先輩を問い詰める。

 

「何故津田姓を名乗ったんですか?」

 

「咄嗟に異性の苗字が出てこなかったんだよ、タカトシ君以外」

 

「別に異性の苗字である必要は無いだろ? あの場にいなかった出島さんの苗字でも、カナでもよかっただろうが」

 

「うーん……苗字が変わるならタカトシ君かなーって思っちゃったんだと思うよ。出島さんやカナちゃんじゃ、私と結婚は出来ないし」

 

「何となく言いたい事は分かりましたが……というか、横島先生が余計な事を大声で言わなければよかっただけですけどね」

 

「いやー、すまんすまん。ついいい気分になってな」

 

 

 七条先輩から殺気を浴びせられた所為で酔いがさめているので、横島先生は素直に頭を下げる。というか、七条先輩もあんな雰囲気を出せるんだなぁ……




やっぱり余計な事しか言わない横島先生……


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挨拶運動

前半、虚しさが半端ないな……


 生徒会と風紀委員合同で朝の挨拶運動習慣というのを企画し、今日がその初日だ。一応生徒会顧問として横島先生も参加しているが、さっきから欠伸を噛み殺している。

 

「寝不足ですか?」

 

「いや、しっかりと寝たはずなんだがな……ふぁ~」

 

 

 遂に噛み殺せなくなったようで、横島先生は盛大に欠伸をかました。そのことで五十嵐が少し責めるような口調で横島先生に詰め寄る。

 

「教師として参加しているのですから、もう少ししっかりとしてください」

 

「そうは言っても、出ちまうものは仕方ないだろ?」

 

「欠伸は脳に酸素が足りていないから出るんです。深呼吸をしてください」

 

「脳に酸素ね……」

 

 

 何かを考え出した横島先生を見て、五十嵐は何やら嫌な予感がしているような表情を見せている。人のことは言えないが、教師相手に失礼なことを考えているな……

 

「常にパンツを被ってれば、呼吸回数が増えて酸素を多く取り込めるんじゃないか?」

 

「くだらないことを考えてる暇があるなら、ちゃんと挨拶してくれませんかね? さっきから欠伸してるだけでいてもいなくても変わらないじゃないですか」

 

 

 さすがにタカトシに怒られて大人しくなり、その後は横島先生も挨拶をしっかりと始める。

 

「おはようございます」

 

「………」

 

 

 携帯に夢中で挨拶を返さない生徒もちらほらといるが、やはり携帯を解禁したのは失敗だっただろうか。

 

「こらっ! 挨拶はしっかりと返さないか!」

 

「ご、ゴメンなさい!」

 

 

 ここで漸く、横島先生が教師らしい振る舞いを見せる。私たちが注意するよりも、教師である横島先生が注意した方が響くだろうしな。

 

「挨拶しても返ってこない。それがどれだけ虚しいことか分かるか?」

 

「えっと……」

 

「夜、一人暮らしの部屋に帰ってきて挨拶してもなにも返ってこない虚しさ……私はそれを毎日経験してるんだぞ!」

 

「この人が言っている事は兎も角として、ちゃんと挨拶は返してくださいね」

 

「は、はい! 分かりました、津田先輩」

 

 

 どうやら一年生だったようで、タカトシに注意されて慌てて頭を下げてこの場を去って行く。というか、最初からタカトシが注意すればよかったんじゃないだろうか……

 

「横島先生、ご自身の虚しい私生活を暴露しただけで、生徒には響かなかったみたいですね」

 

「うわーん! 虚しくないもん! こうなったら新しく出来た男に――」

 

「往来の場所で何を言うつもりなんですかね?」

 

「な、何でもないぞっ!? というか、天草が私のことを虚しいとか言うから……」

 

「いえ、私は先生を指して『虚しい』と言ったわけでは……」

 

 

 何だかこちらにも火の粉が飛んで来そうになったので、私は慌てて挨拶運動に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の午後は体育でマラソンだったので、なんだかお腹が空いてしまった。生徒会業務中にお腹が鳴らなかったのは良かったけども、家に帰るまで我慢出来そうにない。

 

「あっ、あれ美味しそう……」

 

 

 帰路の途中でクレープ屋を発見して、私の足はふらふらとそちらの方向へと流れていく。

 

「買い食いは禁止じゃなかったか?」

 

「っ!? なんだ、タカトシ君か。ビックリしたな」

 

 

 てっきり男性教諭に見つかって怒られたのかと思って振り返ると、そこには笑顔のタカトシ君が立っていた。

 

「昼飯を食い損ねたのか?」

 

「ううん、そうじゃなくて」

 

 

 何だか食いしん坊だって思われそうだなと思いながらも、私は事のいきさつをタカトシ君に説明する。

 

「なるほど、それは腹が空いても仕方ないな」

 

「奢るから会長には黙っててくれないかな?」

 

 

 タカトシ君の家に行くとさっき言っていたので、もしかしたら会長の耳に入ってしまうかもしれないと考えて、私はタカトシ君に口止めをしようとした。だけどタカトシ君は私の申し出を断り、ポケットから財布を出した。

 

「俺も食べるから、これで共犯だな」

 

「あっ、ありがとう」

 

 

 別にお金に困っているわけではないけども、クレープを二つ買うのはちょっと避けたかったので、タカトシ君の申し出は私にとってありがたいものであり、タカトシ君が驕らぬ良い人だと再認識出来た。

 

「というか、英稜にも購買はあるよな? そこで何か買えば良かったんじゃないか?」

 

「さすがにもう何もない状態だったからね……普段お弁当だから気にしてなかったけども、購買でお昼を買ってる人たちもいるから」

 

 

 むしろそっちの方が多いくらいなのかもしれないので、放課後に購買の商品が残っていることなど滅多に無いらしい。

 

「イチゴとバナナ、どっちにしよう……」

 

 

 漸く順番が回ってきたのは良いが、私は何を注文しようか決められずにいる。だって、どっちも美味しそうなんだもん……

 

「イチゴとバナナ、一つずつください」

 

「はい、少々お待ちください」

 

「えっ?」

 

 

 私が悩んでる横で、タカトシ君がさっさと注文を済ませてしまった。

 

「後ろ並んでるみたいだし、サクラが食べない方を俺が食べるよ。欲しいなら一口あげてもいいし」

 

「あ、ありがとう」

 

「別にお礼を言われる事じゃないだろ?」

 

「そんな事ないと思うけどな」

 

 

 この後、タカトシ君と間接キスだということに気が付き、私は少し照れながらバナナのクレープを齧ったのだった。




そして後半はただのカップル……


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ドジコンボ

あり得そうだからな……


 最近また部室に私物を持ち込む生徒が多いと聞き、抜き打ちで部室チェックを行う事になった。

 

「最後はロボット研究部ですね」

 

 

 元女子高ということもあって部室にタカトシが入るのを断ってくる部活もあったが、そう言う時は大抵生理用品とかが出しっぱなしだったりした。まぁ、今更タカトシが生理用品を見て興奮したりするはずもないので、二回目からはタカトシに突入させると脅しておいた。

 

「あれ、スズちゃん?」

 

「ネネ、抜き打ちで部室チェックよ。神妙にしなさい」

 

「べ、別にいけないものは持ってきてないよ?」

 

 

 明らかに動揺しているネネを見て、私は何か余計なものを持ち込んでいると確信し、タカトシに目で合図を送った。

 

「失礼します」

 

「だ、だめ!」

 

 

 タカトシが部室の扉に手を掛けると、ネネが大声で制止しようとする。だがタカトシはネネを一瞥しただけで、躊躇なく扉を開け中に入った。

 

「随分な数を持ち込んでますね」

 

「部室に私物を持ち込んじゃイカンぞ」

 

「ゴメンなさい」

 

 

 タカトシに続いた会長が部室の中を見て、軽くネネに注意する。

 

「にしても、ずいぶん綺麗に保管されてるわね」

 

「私にとっては大切な子供だからね」

 

 

 随分と大事にしているのか、ネネはフィギュアを子供と表現する。前にロボットたちも子供と言っていたから、それと同等の思い入れがあるのだろう。

 

「お尻に入れてもいたくないっ」

 

「それを言うなら目……あれ、マジで言ってる?」

 

 

 ネネならありえそうで嫌だな……というか、没収するのが嫌になってきた……

 

「ちゃんと持ち帰ってくださいね。一週間後にチェックに来ますので、もし持ち帰ってなかったら生徒会と風紀委員で没収しますので」

 

「ゴメンなさい! 没収は勘弁してください!」

 

 

 タカトシが違反切符を手渡し、期限を設けて持ち帰るよう注意すると、ネネは大慌てで部屋の隅にあった段ボールにフィギュアたちをしまい始める。

 

「これだけの数、揃えるのにどれだけお金かけたんだ?」

 

「一部は中古で安く手に入れたんです。状態の良い中古探すのは一苦労でしたけども」

 

「というか、これだけの量を一回で持って帰るのは大変じゃない? 良かったらウチの業者に運ばせるけど」

 

「良いんですか? でも、配送料もバカにならないですし……」

 

「後輩のためなら、無料で運ぶよ?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 

 七条先輩の申し出に涙を流しそうな勢いで飛びついたネネだったけども、怒られるって分かりそうなんだから、家でコレクションすれば良いのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部も更なる高みを目指す為に、これからは毎日朝練をすることになり、マネージャーの私も日によってはタカ兄より先に学校に来ることになってしまった。

 

「ほらほら、声出てないよー!」

 

「相変わらずムツミ先輩は気合入ってるな~」

 

 

 既に二時間近く動いているというのに、全く疲れる素振りが見えない。トッキーたちもだいぶ慣れてきているとはいえ、初めの頃はへとへとだったもんな~。

 

「主将、そろそろ時間です」

 

「へっ? あぁ、もうそんな時間なんだ。はい、練習そこまで! シャワー浴びて教室に行くよ」

 

 

 私の言葉で時間の概念を思い出した主将が終了の合図を出す。それで他のメンバーたちはその場に倒れ込み、息を整えてからシャワー室へと向かう。その間、マネージャーの私は道場の掃除などの雑務を行うことになる。

 

「あっ、お弁当持ってくるの忘れた……」

 

 

 今日はタカ兄より先に出たので持ってきてくれるかもしれないけど、タカ兄に怒られるだろうな……

 

「はぁ、憂鬱だよ……」

 

『あー……ここ拭かずに着ちまったか』

 

「(トッキーの何時ものドジか)」

 

 

 シャワー室から聞こえてきたトッキーのセリフに、私は心の中で笑みを浮かべる。トッキーのドジっ子も相変わらずだな。

 

『ちなみにそのブラウス、私の何だけど』

 

『す、すんません……』

 

「(ドジコンボだと……)」

 

 

 何処かを拭かないでブラウスを着て、挙句にそのブラウスは自分のではなく主将のだったとは……ここまでありきたりなドジ、マンガ以外で目の当たりにするとは……

 

「失礼します」

 

「あれ、タカ兄? どうかしたの?」

 

「お前が一番分かってるんじゃないのか?」

 

「うっ……お弁当を届けてくれたんですか?」

 

「ほら。時さんのことをドジと言う前に、お前もこういうミスを減らせ」

 

「仰る通りです……」

 

 

 タカ兄に怒られていると、シャワーを浴び終えた皆さんが戻ってきた。

 

「あっ、タカトシ君おっはよー」

 

「……あぁ、三葉か。おはよう」

 

「タカ兄、どうかしたの?」

 

「いや、気配と見た目が一致しなくてな」

 

 

 何時も髪を結わいている主将だが、シャワー上がりということで今は髪を下ろしている。それでタカ兄は一瞬反応出来なかったのか。

 

「タカトシ君でも分からないことあるんだねー」

 

「三葉は髪を結わいてる印象が強かったからな。でも、そっちも似合ってると思うぞ」

 

「へっ!?」

 

「ん? コトミ、俺変なこと言ったか?」

 

「別に。ただ無自覚ラブコメ野郎の称号は伊達じゃないなーって思っただけ」

 

「何なんだ……」

 

 

 タカ兄に褒められてムツミ主将は顔を真っ赤にして、周りの人たちはニヤニヤ笑いだし、タカ兄は自分が何をしたのか気付かないという状況。ほんと天然って怖いなー……




三葉は結わいてるイメージが強いからな


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ペット事情

見るだけに限るよな……


 横島先生と二人で生徒会室にやってきたら、丁度他のメンバーたちが話していた。

 

「昨日ニュースで、道路標識が倒れたって話題ありましたよね」

 

「あれってイヌやネコのおしっこが原因らしいね。腐食したって」

 

「うちのボアもよくするから、気を付けなきゃ」

 

「棒○ナニーする時も気を付けなきゃな」

 

「なに言い出してるんですか? 今、ペットの話をしてるんですが」

 

 

 隣にいる横島先生が余計な事を言った所為で、私までタカトシに睨まれたような気分になる。というか、この人は何で何回もタカトシに怒られてるのに余計な事を言うのだろうか……

 

「というか、私だけペットいないのか……私だって飼いたいのに」

 

「でも、親がアレルギーなんですよね?」

 

「あぁ……」

 

 

 それさえなければ、津田家で飼われているネコはウチで飼えたかもしれないのに……

 

「津田をオナペットにしたらどうだ?」

 

「くだらないことを言うな! どうして横島先生はそういう事しか言えないんですかね」

 

「だって、動物アレルギーの親をどうにかするより、アレルギー源ではないペットを探した方が早いだろ? それに天草だって、津田のことを思ってすることはあるだろうし」

 

「余計な事言わんでください!」

 

 

 確かにここ最近のシチュエーションはタカトシに――って、危ない危ない。タカトシは読心術が使えるから、心の中で呟いてもバレるんだった。

 

「ですから、読心術なんて使えませんから」

 

「っ!?」

 

 

 またしても的確なタイミングで思考を読まれ、私は身体をビクつかせる。

 

「アレルギーじゃない動物を飼えば良いんじゃないか? 例えばハムスターとかなら平気なんじゃないか?」

 

「確かに、ハムスターは可愛いですね」

 

 

 ハムスターなら母もくしゃみが止まらなくなるということはないだろうし、何より可愛いのはポイントが高い。

 

「だが、一つ問題がある」

 

「何ですか?」

 

「部屋にペットがいると、一人Hの罪悪感が凄いらしいからな。逆に興奮して止まらなくなる可能性がある」

 

「何言ってるんですか?」

 

 

 一瞬それもありかもしれないと思ったが、そんな事を言えば私までタカトシに怒られると考え却下する。一瞬だけだから、さすがのタカトシも勘付いていないよな?

 

「それならインコはどうですか? 言葉を覚えてコミュニケーションとれますよ」

 

「楽しそうだな」

 

「ちょっと待った! 大きな問題が!!」

 

「私は声を押し殺してする派なので」

 

「じゃあ、恥ずかしボイスを覚えられることはないな」

 

「少し、お話ししましょうか?」

 

 

 横島先生はタカトシに連れていかれたため、これ以上話が脱線することはなくなったが、部屋を出て行く際にタカトシが私のことを睨みつけてきたのが、少し気になった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんのペットを考える為に、私たちは外に出て考える事にした。部屋に篭っていたらいい案が出てこないんじゃないかと思ったのと、タカトシ君に睨まれたシノちゃんの為に気分転換を兼ねてのお散歩だ。

 

「子供の頃を思い出したんだが」

 

「んー?」

 

「親戚のネコが全然懐いてくれなくてな。もしペットを飼ってもああなったらどうしよう」

 

「大丈夫だよ~。こんど、皆でペットショップに行こうね」

 

「うーん……足が重いなぁ」

 

 

 シノちゃんは気が進まないようだけども、私はシノちゃんの足元を見て別の意味だと受け取った。

 

「シノちゃんの足に亀さんが乗ってるからじゃない?」

 

「おおっ!?」

 

 

 シノちゃんは言われるまで気付いていなかったようで、かなり本気で驚いている。

 

「おや、亀吉に懐かれたね」

 

「学園長」

 

「亀というのは結構賢いのだよ。餌をくれる人の顔を覚えたりね」

 

「確かに手伝いで偶にやっていますが」

 

 

 そう言えばシノちゃんが中庭で良く目撃されるって聞いたことがあったけども、亀に餌をあげていたんだね。

 

「ほら、ちゃんと動物にもシノちゃんの気持ちは伝わってるんだよ~」

 

「そっか」

 

「タカトシ君に伝わってとも思うしね~」

 

「な、何のことかなっ!? というか、アリアだってタカトシのことを想ってるだろうが」

 

 

 学園長の前だという事を忘れて、私とシノちゃんは暫しその事で言い争いをした。

 

「ペット云々ということだったが、良ければ亀吉の餌やりを正式に引き受けてくれないか?」

 

「いいんですか?」

 

「事情は分からんが、亀吉が懐いているようだし、ペットを飼う気持ちは味わえると思うぞ」

 

「謹んで拝命いたします」

 

 

 少し堅苦しい返事をシノちゃんがしたのが面白かったのか、学園長は終始笑顔でこの場を去って行った。

 

「これでペット問題も解決だね~」

 

「家で飼えないのは残念だが、疑似ペットが出来て良かったよ」

 

 

 亀吉君は余程シノちゃんのことが好きなのか、シノちゃんの足を上り始める。

 

「うわっ!? 亀が入ってきた!」

 

「何っ!? 亀生えてきただとっ!?」

 

「貴女はまだ説教が足りてないんですか? 何なら学園長室で粛々として差し上げますよ? ついでに、給料査定についても話し合うことになるでしょうが」

 

「それだけは勘弁してくださいっ!」

 

 

 漸く合流したと思ったらすぐにこれだもんね……横島先生は何時になったら反省するんだろうな。




生徒に給料査定の話をされる教師っていったい……


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トッキーの失敗

ホントにやったら凹むよな……


 柔道部のマネージャーとしてランニングのタイムを計っていると、生徒会メンバーが見回りにやってきた。

 

「皆さん、お疲れさまでーす」

 

「コトミか。何をしてるんだ?」

 

「タイムを計ってます」

 

 

 よく見るとタカ兄はいないようだけども、このメンバーだけでも見回りは出来るもんね。

 

「タカ兄は何処に行ったんですかー?」

 

「タカトシは風紀委員の手伝いで校内の見回りをしてるわよ」

 

「さすがタカ兄ですね。生徒会だけではなく風紀委員でも頼りにされてるんですね~」

 

 

 我が兄ながらいろいろな人から頼られてるのが羨ましい。これが私だったら頼られるどころか見回りをちゃんとしているか見張られるだろう。

 

「そうそう、向こうのイチョウの木だが、銀杏が落ちてるから気をつけろよ。踏むと臭いからな」

 

「そうですね~。万が一その上で転んだら、粗相をしたように思われちゃいますからね」

 

 

 ちょうどそのタイミングで、柔道部の皆さんが戻ってくる。今日は主将がペースメーカーとして走ってるので、殆どの方が同時に戻ってきた。

 

「あれ? トッキーはどうしたんですか?」

 

「ちょっとアクシデントがあってね。もうすぐ来ると思うよ」

 

 

 ムツミ主将がそう答えると、トッキーの姿が見えた。どうやら道を間違えたとかではなくて、私はとりあえず安堵した。

 

「と、トッキー……」

 

「あん?」

 

 

 トッキーを出迎えたは良いが、彼女のお尻は茶色く汚れており、何やら臭いにおいを放っている。

 

「替えのパンツ、持ってこようか?」

 

「この茶色いの土だから! 臭いは銀杏だからな!!」

 

「さっき転んじゃったんだよね。それで、ちょっと遅れてたんだよ」

 

「そうだったんですね。でもどちらにしよ洗濯しなきゃいけないから着替えてきなよ」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 トッキーが着替えた道着の下を洗濯するために掴むと、少し手が汚れてしまった。これくらいなら急いで洗う必要は無いので、とりあえずは洗濯機を操作する。

 

「手を洗わないと」

 

「すまん」

 

「別にトッキーが悪いわけじゃないでしょ? これは、私の不注意だし」

 

 

 手を洗い終えた私は、靴を脱いで足も洗う。

 

「ん? 足も汚れたのか?」

 

「手を汚しちゃったから足を洗ったのさ」

 

「そんなことしてる暇があるなら道場の掃除をしろ。さっき主将が『何だか汚れてるね』って言ってたぞ」

 

「この間したばかりなんだけどな?」

 

「お前のことだから、隅までちゃんと掃除してなかったんじゃないか?」

 

「私は主婦じゃないから、そんな細かい所まで掃除しないって。タカ兄じゃないんだし」

 

「兄貴や全国の主婦に謝れよな……」

 

 

 トッキーに怒られてしまったので、私は軽く頭を下げてから道場の掃除へと向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員の仕事で手が足りないのでタカトシ君に手伝ってもらったお陰か、想定していた時間より早く終わった。

 

「タカトシ君、今日はありがとうございました」

 

「いえ、服装検査は生徒会の管轄でもありますから。本来なら会長が手伝うべきなのですが、男子生徒のチェックはカエデさんには出来ませんし、会長だとどことなく不安でしたので」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 タカトシ君とはこうしてお喋りすることができるけども、他の男子とは以前より会話することが難しくなっている。それどころか、近づくことすら出来なくなった。まぁ、以前から積極的に近づくことはしなかったのだけども……

 

「これはやはり、津田副会長が責任を取って風紀委員長を彼女にするしかないですね」

 

「か、彼女っ!?」

 

「何処から現れるんですか、貴女は……ついでに、スカートの丈が少し短いので、ちゃんと既定の長さに戻しておいてくださいね」

 

 

 私は畑さんの登場と発言に動揺して注意出来なかったが、タカトシ君はしっかりと畑さんのスカート丈を確認していたようだ。他の男子だったら不潔だと思うかもしれないけど、タカトシ君だと仕事熱心だと思ってしまうのは何故だろう……彼も男子のはずなのに。

 

「まぁまぁ、細かいことは置いておくことにして、正直風紀委員長の男性恐怖症は以前よりもひどくなっていると思います。津田副会長が基準になってしまった所為で、一般的な男子でも不潔だと感じてしまうほどに」

 

「それって俺が悪いんですかね?」

 

「この際誰が悪いかなんて関係ないんですよ。このままでは風紀委員長は一生しょj――」

 

「畑さーん?」

 

「失礼。一生異性と付き合うことができないでしょう。つまり津田副会長が風紀委員長と付き合うしかないんですよ」

 

「以前も言ったかもしれませんが、俺以外にも大丈夫な異性が現れるかもしれないじゃないですか。決めつけは失礼ですよ」

 

「ですが風紀委員長の現状を考えれば、貴方以外の男子に近づけないんですから、現れる可能性があったとしても、その相手を捕まえられるかどうか」

 

 

 畑さんの表現に反論したかったけども、私は何も言えなかった。実際タカトシ君以外の男子には声を掛けられた逃げ出したくなってしまうのだから……

 

「これでも一人の友人として、風紀委員長のことは気に掛けているんですから」

 

「なるほど。では、このメモは何でしょうか?」

 

「あっ……」

 

 

 タカトシ君が取り上げたメモには『副会長と風紀委員長、熱愛発覚か!?』と書かれていた。この後、私とタカトシ君で畑さんを説教したのは言うまでもないだろう。




そして相変わらずの畑さん……


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スポーツジム

運動は大事です


 今日は生徒会メンバーとコトミで、近所のジムへやってきた。普段からこういうところに来ていれば緊張しないのだろうけども、一人で入るのはどことなく難しそうだったので、企画にしてしまおうと考えたのだ。

 

「スポーツの秋ということで、今日はスポーツジムにやってきた!!」

 

「随分やる気ですね」

 

「事務作業ばかりだからな! たまには身体を動かす企画を考えたんだ!」

 

「シノちゃんの格好、キマってますね」

 

「褒めてもなんも出ないぞっ」

 

「赤くなっちゃってますねー」

 

 

 アリアとコトミに茶化され、私は顔が赤くなっていくのを感じていたのだが、萩村の視線が私の腹辺りに固定されているのに気付き、視線を下に向ける。

 

「(あっ、丹念に洗い過ぎて臍も赤くなってる)」

 

 

 とりあえず萩村は何も言わないので、私は何事もない感じで進行していく。

 

「まずは各自器具を使っての運動だ。後程プールに移動する」

 

「わっかりましたー」

 

「ところでシノさん、何故いきなりスポーツジムに? 運動するだけなら、学校でも十分に出来たと思うんですけど」

 

「普段生活してる場所だと何となく恥ずかしいだろ?」

 

「そんなものですかね?」

 

 

 タカトシは恐らく、私が別の目的を持っていることを見抜いているのだろうが、深く追及してくること無くどこかに行ってしまった。

 

「うぇーん、太ったよー。キツイよー」

 

「口じゃなくて鼻で呼吸した方が楽になるわよ」

 

 

 向こうでコトミがランニングマシンで走っている。タカトシは普段から走ったりしているからスタイルが変わることは無いのだろうが、コトミは運動してなかったんだな。

 

「あぁ、鼻呼吸にじだら、鼻水あぶれる~」

 

「はい」

 

 

 どうやらコトミに運動は向いていないようで、萩村が無言でティッシュを差し出した。

 

「私のことは大丈夫ですから、スズ先輩も運動して来たらどうですか? エアロバイクで身長を伸ばせるらしいって聞いたことがありますし。なんか、あの運動がホルモンをなんたらかんたらって言ってましたし」

 

「随分と曖昧な話ね……」

 

 

 そんなことを言いつつ、萩村の視線がエアロバイクに向いている。やっぱり小さいのを気にしてるんだろうな――って!

 

「誰の胸が小さいってっ!」

 

「シノちゃん、誰も何も言って無いよー?」

 

「ん? 何だか幻聴が聞こえた気がしてな……」

 

 

 私もいろいろと気にし過ぎで、聞こえちゃいけない何かが聞こえたんだろう……

 

「というかスズちゃん、足が届いてないよー?」

 

「こんちくしょー!」

 

 

 何だか負けた気になったのだろう。萩村が走り去っていくのを、私はただただ見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 各自運動していたのか、何だか疲れているような感じがするのだが、シノさんはまだ満足している様子はない。

 

「それでは次はプールだ! 各自水着に着替えて集合な!」

 

 

 そう宣言して、俺以外は女子更衣室へと向かう。当然と言えば当然なのだが、帰ろうとした俺は全員に捕まって付き合うことになったのだ。

 

「待たせたなっ!」

 

 

 男など脱いで穿くだけだから時間もかからなかったので、集合場所で待っていたら声高らかにシノさんがやってきた。

 

「目立ってますよ?」

 

「まぁ、この面子なら仕方ないだろ」

 

「いえ、大声を出したからです」

 

 

 確かにシノさんやアリアさんは目立つ存在だろうが、どうして大声を出して注目されていると思わなかったんだろう?

 

「競泳水着って速く泳げるようにするために、表面がざらざらしているのだ」

 

「(あっ、誤魔化した)」

 

 

 露骨な話題変更にそんなことを考えていると、アリアさんが指を伸ばしてシノさんの水着を触る。

 

「ホントだー。あっ、ここは剃った毛が突き抜けてるだけか」

 

「そんなことを声に出すなっ!?」

 

「会長。会長が毛深い疑惑があるのは知ってるので、恥ずかしくないですよ。むしろ、私は生えていないことが悩みですし」

 

「スズ、ここは任せた」

 

 

 相手にするのも面倒になったので、俺は一人で泳ぐ事にした。授業以外でプールに来るのは久しぶりなので、たまには全力で泳ぎたくなったのもあるが、あの話題に男の俺が加わるのはいろいろと面倒になりそうだと感じ取ったからだ。

 

『うひゃぁ、相変わらずタカ兄は凄いな』

 

『兄妹なんだから、コトミもやろうとすれば出来るんじゃないか?』

 

『シノ会長は、タカ兄が私並みに下ネタ全開になれると思いますか?』

 

『そんなの、タカトシじゃないな……』

 

『それと一緒ですよ。いくら兄妹だからといって、同じように出来るわけではないんです』

 

 

 なんだか深いことを言っている雰囲気を醸し出しているコトミだが、要するにやりたくないと言っているのだ。

 

『あっ、宿題やるの忘れてた……面倒だな』

 

『そういう面倒なことは先にやりなさい』

 

『そういえば今度栗拾いがあるよね』

 

『あぁ。だから先に痩せておいたんだ』

 

『それが目的だったんですかっ!?』

 

 

 スズはシノさんの告白に驚いた様子だったが、俺は最初からそれが目的だと知っていたので、特に何も反応せずに泳ぎ続けた。プールから上がった時、やたらと見られていたのは何となく恥ずかしかったけども、別に敵意も無かったので放っておいた。




目的が仕方ない……


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栗拾い

まともな人が少ない……


 今日は生徒会のイベントとして行われる栗拾いに参加している。メンバーは生徒会の四人と柔道部、カエデ先輩と畑先輩、轟先輩という、ある意味いつも通りのメンバーで、タカ兄が大変な思いをしそうなイベントだ。

 

「(まぁ、迷惑かけてる側の私が言うのもあれだけど)」

 

 

 この間のスポーツジムだって、このイベントの為にシノ会長が前以て痩せておく為のものだったし……

 

「栗拾いにやってきたぞ!」

 

「拾うぞー!」

 

 

 シノ会長とアリア先輩、そしてスズ先輩はテンションが高い様子だけど、タカ兄は既に引率の先生みたいな雰囲気を醸し出している……ちゃんと横島先生が引率で来てるというのに……

 

「秋の味覚!!」

 

「くりくりくりー」

 

 

 スズ先輩とアリア先輩がハイテンションで騒いでいるので、私もそれに倣う事にした。

 

「乳首!!」

 

「くりくりー……って! 何を言わせるんだ!」

 

「会長が引っ掛かった~」

 

「くそぅ!」

 

「………」

 

 

 私とシノ会長のことをタカ兄が冷めた目で睨んでいるので、私はそそくさとトッキーの側に移動して栗拾いを開始する。

 

「トッキー、素手で拾おうとすると危ないよ?」

 

「別に平気だろ……いてっ」

 

「だから言ったのに。軍手かトング使う?」

 

「そうするわ」

 

 

 相変わらずのドジっ子展開にほっこりしながら、私は足を滑らせて尻餅をついてしまった。

 

「わっ!」

 

「大丈夫かよ?」

 

「うん。アリア先輩から貰った鉄パンツ穿いてきたから」

 

「それはいったい何だ?」

 

 

 トッキーには分からなかったようだけど、近くでくりを探していた轟先輩からはサムズアップを貰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんとくりを探していると、萩村さんと轟さん、三葉さんと合流した。どうやらタカトシ君は天草さんと七条さん、横島先生の監視で別行動のようね。

 

「これおっきいー」

 

「栗見てるといろんな料理を食べたくなるなー。くりごはんにくりきんとん」

 

「私はうに丼かな」

 

「いや、形は似てるけどさ……」

 

「私はプリン」

 

「何でプリンなんですかー?」

 

「うにはプリン体多いから」

 

「へー」

 

「何ですか、この連想ゲーム……」

 

 

 だんだんと脱線していった連想ゲームを終わらせ、私たちは黙々とくりを拾い続ける。

 

「ちょっと籠が重くなってきたな」

 

 

 まだ動けなくなる程では無いが、それでも負荷が掛かってきているのは誤魔化しようがない。

 

「その分、足腰が鍛えられますよ!」

 

「それは三葉さんだから出てくる感想ですよ」

 

「(ひょっとして今の発言、女子力低い!?)」

 

 

 私の返事に驚いた表情を浮かべている三葉さん。でも、普通の女子が足腰を鍛えたいとは思わないんだし、仕方ないよね……

 

「赤ちゃんが出来た時の予行演習と思いましょう!!」

 

「なんだかいろいろとすっ飛ばし過ぎじゃない?」

 

「何を大声で言ってるんだ?」

 

「あっ、タカトシ君」

 

 

 三葉さんの声が聞こえたのか、右手で横島先生、左手で畑さんの首根っこを押さえて引き摺っているタカトシ君がやってきた。

 

「何かしたの、その二人」

 

「何時も通りのろくでもないことですから。それで、三葉は何を大声を出してたんだ?」

 

「なんでもないよ。それより、タカトシ君の籠、沢山入ってるねー。重くないの?」

 

「くりよりこの二人の方が重い」

 

「何時もご苦労様です……」

 

 

 畑さん一人なら私でも何とか出来るかもしれないけども、横島先生も一緒となると、私では対応できない。ほんと、タカトシ君がいてくれて助かったよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 拾ったくりを調理する為に、七条家が保有している小屋にやってきた。小屋と言っているが、下手な別荘より広いキッチンがあるので、相変わらずスケールが庶民とは違っているんだと思い知らされた。

 

「くりを剥きやすくするために、水につけておく」

 

「それくらいなら私でも出来ますよ」

 

 

 量が多いので、コトミにも手伝ってもらっているようだが、正直コトミがキッチンにいても役に立たないんだよな……

 

「会長、何個か浮いてるんですけど、これって何でですか?」

 

「浮いているくりの中には虫が入っている可能性が高いんだ。タカトシ、任せた」

 

「………」

 

 

 必ずしも虫が入っているわけではないが、こういうのは虫に食われているので食べるのにはむかない。なので浮いてきたくりを分けて外に戻しておく。

 

「というか、調理するメンバーは誰なんですか?」

 

「私は食べる専門ですので」

 

「私もー! 食材に失礼になるからねー」

 

「別に作ってやっても良いが、お礼にお前の○貞を貰っても良いか?」

 

「横島先生、ちょっと別室でお話ししましょうか?」

 

「天草さん、付き合います」

 

「私も」

 

 

 畑さんとコトミは問題外、シノさんとアリアさんとカエデさんは横島先生を引きずって別室に移動。残っているスズと三葉、轟さんや時さんは揃って視線を逸らす。

 

「……何か希望は?」

 

「タカ兄が作ってくれるなら何でもいいよ~。あっ、でもさっきスズ先輩が言ってたくりきんとんが食べたいかも」

 

「私はくりごはんが食べたいなー」

 

「スズ、米を洗っておいてくれ。こっちはこっちで準備するから」

 

「それくらいなら戦力になれるわね」

 

 

 結局調理は俺一人ですることになり、引率兼調理担当みたいな感じでこのイベントは終わった。




結局調理するのはタカトシ……


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予約のキャンセル

迷惑行為の方のキャンセルではないです


 次の授業は小テストが予定されているので、クラス中のあちこちで必死になって復習をしている人が目立つ。

 

「ネネはやらなくて良いの?」

 

「今更付け焼き刃でどうにかなるとは思ってないし」

 

「やればできるんだから、ちゃんとしなさいよ」

 

 

 ここ最近のネネの成績は、タカトシが鍛え上げたコトミと同じか、下手をすればそれ以下という感じにまで落ちている。

 

「そんなことより、スズちゃんの髪、サラサラでキレイだねー」

 

「そ? って、そんなことで誤魔化されないわよ! 遊んでないでちゃんと勉強しなさい」

 

「何騒いでるんだ? クラス中の視線がスズに突き刺さってるんだが」

 

 

 ちょうどトイレから戻ってきたタカトシが、私に集中している視線に気付いて首を傾げる。こっちは余裕から復習なんてしなくてもいいんだろうな。

 

「ネネが小テストを諦めてる感じだったから、ちょっと注意しただけよ」

 

「なるほど。それでスズの声がうるさくて集中できないという言い訳を得たクラスメイトたちが、批難すると見せかけて息抜きをしてるわけか」

 

 

 タカトシの考察にクラス中から向けられていた視線が一気に霧散した。恐らくはタカトシが言った事が当たっていたのだろう。

 

「というか、復習するほどの範囲じゃなかったと思うんだが」

 

「それは津田君やスズちゃんだから言えることだよ」

 

 

 ネネのツッコミに私とタカトシは揃って首を傾げる。そしてテスト中――

 

「(そっちの紙もさらさらだー!!)」

 

「(視線がうるさい……)」

 

 

 私はさっさとテストを終わらせてボーとしていたのだが、隣の席のネネから向けられる視線に辟易していた。

 

「やっぱりスズちゃんは凄いねー」

 

「そう? あっ、タカトシ」

 

「なに?」

 

「生徒会室に行く前にトイレに行くから、先に行ってて」

 

「了解」

 

 

 普通異性にトイレに行くなんて言えないのかもしれないが、タカトシ相手なら気にする必要は無い。アイツは普通の男子高校生ではないから。

 

「おっ、萩村もトイレか」

 

「会長」

 

 

 トイレでばったり会長と遭遇し、私たちは揃って個室へ入る。

 

「(最近は会長たちも大人しくなってくれて、だいぶ楽をさせてもらってるな)」

 

 

 以前は作業中でも下ネタを言いまくっていたので仕事が終わらないこともあったが、最近はしっかりと終わるようになっているのだ。それもこれも、タカトシが生徒会メンバーをしっかりと締めてくれているからだろう。

 

「少し水分を控えた方が良いな」

 

「どうしたんですか?」

 

 

 個室から出て手を洗っていると、隣で会長がそう言ったので、私は思わず問い掛けた。

 

「今さっき白いおしっこが出てな」

 

「『無色』の方が適切ではないだろうか」

 

 

 タカトシがいないところでは相変わらずのようで、私は何とも言えない気分になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく柳本と話していると、スズと轟さんの会話が耳に入ってきた。というか、こっちに聞こえるように話しているようだ。

 

「このお取り寄せスイーツ、三年先まで予約が埋まってるんだよ。年に一度しか作らないから」

 

「へぇ。でも何でそんな話を?」

 

「私も注文したんだけど、キャンセル待ち状態なんだよねー」

 

 

 別にそれは良いんだが、さっきからこっちをチラチラ見ているのは何でだ?

 

「ねぇ」

 

「なに?」

 

「津田君なら作れないかな?」

 

「なにを?」

 

 

 轟さんから雑誌を借りて何の話をしていたのかを確認する。

 

「チーズケーキ? 普通ので良いなら作れるけど、こういうのって特別な物なんじゃないの?」

 

「確かにこれは特別な物なんだろうけど、予約できない状態じゃね? その点津田君ならすぐに作れるかなーって」

 

「まぁ、材料さえあれば作れるけど」

 

 

 というか、轟さんだけではなくスズも期待するような視線をこちらに向けてきた。相変わらずケーキとか甘いものに目がないんだな……

 

「やったー! キャンセルでた!」

 

「どこの店?」

 

 

 急に三葉が大声を上げたので、スズは驚いた様子だったが、轟さんの興味はキャンセル先のようだ。

 

「店? 学校のことだよ?」

 

「「へ?」」

 

「あぁ、柔道部の関係?」

 

「そうだよ」

 

 

 そのまま三葉を連なって生徒会室へ向かう。何故一緒に生徒会室に向かっているかというと、スズと三葉が話しているからだ。

 

「星恍女学院?」

 

「そう! 全国常連の強豪校なんだよ」

 

「何の話をしてるんだ?」

 

 

 生徒会室から顔を出した会長とアリア先輩も、三葉の話に興味を示した。

 

「対戦申し込んでた他の学校がキャンセルして、ウチにチャンスがきたんです!」

 

「なるほど。それで三葉はテンションが高いんだな」

 

「とにかく遠征に向けて練習と……バイトするぞっ」

 

「? 遠征費は向こう持ちだろ?」

 

「いや、おやつ代をね」

 

「「「あーっ」」」

 

「何ならコトミに何か持たせるけど? どうせアイツも同行するだろうし」

 

 

 あれでも柔道部のマネージャーだから、遠征となれば同行するだろう。付いて行っても役に立つとは思えないので、せめてもの仕事としておやつの用意くらいはさせよう。

 

「でも、お弁当とかしてもらってるのに、これ以上は悪いよ」

 

「いや、俺が作るんだけど」

 

「でもやっぱり材料費とかは払うから、バイトはするよ!」

 

「それでいいなら良いけど」

 

 

 三葉はかなりやる気になってるようだけども、三人から鋭い視線を向けられていることに気付いていない。というか、三人もしょっちゅう食べてると思うんだが……




人が群がってると、何故か一気に冷める自分はおかしいのか?


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ムツミのアルバイト

原作では付き添いはタカトシですが


 タカトシ君におやつを用意してもらえるということで、そのおやつ代を稼ぐためにバイトをすることになった。

 

「――で、何で私までバイトしなきゃいけないんですか?」

 

「コトミちゃんだって柔道部の一員なんだし、手伝ってもらおうと思って」

 

「まぁ、私じゃおやつを用意することはできませんしねー」

 

 

 七条先輩の伝手で着ぐるみバイトをさせてもらえることになったのだが、私以外のメンバーは予定が入っているということでコトミちゃんに手伝いを頼んだのだ。

 

「ちなみに、タカ兄はお金を掛けずに美味しいおやつを用意してくれるようですから、今日半日働けば十分におつりがきますよー」

 

「そうなの? それじゃあ、新しい道着でも買おうかな」

 

「主将の道着、だいぶ解れてきてますからねー」

 

「部費は他のところに回せるし、バイトするっていいことだね」

 

「うっ! 笑顔がまぶしい」

 

「?」

 

 

 コトミちゃんが私から顔を逸らしながらそんなことをいうけど、そんなこと無いと思うんだけどな。

 

「今日はよろしくお願いします!」

 

「お嬢様から聞いています。三葉様はこっちで風船配りをお願いします。コトミ様はこちらで客寄せをお願いします」

 

「分かりました!」

 

「あれ? 会長たちも来るって言っていたんですけど」

 

「天草様たちなら、お嬢様とご一緒にテーマパーク巡り中です」

 

「さぁ、コトミちゃん! お仕事がんばろー!」

 

 

 コトミちゃんの腕を取り持ち場に移動する。着ぐるみを着ながら動くなんて初めてだけど、何だか熱がこもってサウナスーツみたいだ。

 

「(働きながら減量にもなるかも)」

 

 

 柔道部の皆でプールに行って以来、体重にも気を付けているから減量の必要は無いけども、大会に向けてちょっとずつ減らしておいた方が良いだろうし、これで少しは減ってくれたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三葉とコトミがバイトをしているということで、私たちは七条グループ傘下のテーマパークに来ている。

 

「タカトシも呼べばよかったか?」

 

「タカトシ君は柔道部の遠征用のおやつを考える為にスーパー巡りだって言ってたし、呼んでも来れなかったんじゃないかな?」

 

「テーマパークなんて子供だましですよ」

 

「その割には、さっきのアトラクションで絶叫してたような」

 

「きゅ、急に脅かされるのが苦手なだけです」

 

 

 言い訳が子供っぽいような気もするが、とりあえずテーマパークを楽しんだので、本来の目的である三葉とコトミの働きっぷりを見に行くとしよう。

 

「出島さーん」

 

「はい、お嬢様」

 

「二人はどんな感じー?」

 

 

 アリアが二人のバイトの監視員をしている出島さんに話しかける。監視員といっても、直接見ているのではなく、監視カメラを使って別室で見ているのだ。

 

「三葉様は少しぎこちない感じは受けますが、十分にキャラクターとしてやっていけていると思います」

 

「コトミちゃんは?」

 

「最初は良かったのですが、途中から疲れたのか動きが鈍いです。やはりタカトシ様にお願いした方が良かったのではないでしょうか?」

 

「そうすれば汗だくのタカトシ君が見られるから?」

 

「そ、そのようなことは……少ししか思っていません!」

 

「少しは思ってたんだー」

 

 

 まさか出島さんがそんなことを考えていたとは……だが、着ぐるみを着て動いた程度で、タカトシが汗だくになるだろうか? アイツはさくらたんの着ぐるみを着たままバク転したりしても、大して汗を掻いていなかったのに……

 

「でも急にムツミちゃんに『バイトを紹介して欲しい』って言われた時はビックリしたよー」

 

「まぁ、遠征に必要なおやつ代が必要ってことでしたしね」

 

「柔道の強豪校らしいし、当日は我々も応援に行ってやろうじゃないか!」

 

「そんなこと言って、遠足みたいで楽しみなんじゃないのー?」

 

「そ、そんなこと無いぞ!?」

 

 

 ちょっとそんなことを思ったが、応援したいという気持ちに嘘はないぞ! 本当に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当ならタカ兄がやるべきような事だけども、私は柔道部マネージャーとしてムツミ先輩と一緒にバイトをした。といっても、途中から体力がなくなってただただ手招きしていただけだけど……

 

「お疲れさまでした。午後からは別の人間が担当しますので、三葉様とコトミ様はここまでということで」

 

「お疲れさまでした!」

 

「お疲れ様でーす……」

 

 

 まだまだ元気なムツミ先輩とは対照的に、私はぐったりとした感じで出島さんに応える。

 

「三葉様はこのまま働いてもらいたいくらいの感じでしたが、コトミ様は些かペース配分に問題があったように思えますね」

 

「すみませーん」

 

「まぁ、汗だくの女子高生を見ながら、女子高生の汗の香りを嗅げたので善しとしましょう」

 

「まごうこと無き変態ですねー」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 私がはっきりと言うと、出島さんは嬉しそうな顔を見せる。この人はSでもMでもどっちでもいけるらしいから、私の罵倒もご褒美だったのだろう。

 

「あちらにシャワー室がございますので、汗を流してからお着替えください」

 

「わっかりましたー! ムツミ先輩、行きましょう」

 

「そうだね」

 

 

 出島さんからお給料を受け取って、私とムツミ先輩はシャワー室へと向かう事にした。それにしても、これが労働というものか……




出島さんの変態性が上がった気が……


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出島さんの希望

ダメさ加減が目立つな……


 珍しく宿題も終わり、タカ兄もお休みなので一緒にテレビを見ていた。だが特に面白くもないので、私は他のことをしようと考え、タカ兄と一緒にお出かけをしようと決めた。

 

「ねー、コンビニ行かない?」

 

「別に良いが」

 

 

 普段タカ兄はコンビニではなくスーパーに行っているので、あまり一緒に行く事は無かったけど、意外なことにすんなりと同行してくれることになった。

 

「寒いからちゃんと上を着ていけよ」

 

「そんな子供に対する親みたいなこと言わないでよー」

 

 

 そりゃタカ兄は保護者代理だし、お母さんよりお母さんっぽいけど、私だってもう高校生なのだ。上着の必要性の有無を決める事くらい自分でできるのだ。

 

「あっ、今ノーブラだった」

 

 

 別に上着は無くても良いかなーと思ってたけど、ブラをしていないのでさすがに部屋に取りに行かなければならない。

 

「お待たせ―」

 

「ふざけてるのか?」

 

 

 シャツの上からブラを着けている私を見て、タカ兄のこめかみがぴくっと動いた。あの動きは怒ってるときにする動きだ。

 

「こーゆーファッション、本当にあるんだよ! けっして着替えるのが面倒だったわけじゃ――」

 

「ん?」

 

「ゴメンなさい! 着替えてきます」

 

 

 こめかみだけでなく、片眉までぴくっと動いたので、私は急いで着替えに戻る。最近大人しくしているから本気で怒られることは無かったけど、このままだと本気で怒られることが分かったからだ。

 

「あー……怖かった」

 

 

 部屋に逃げ込んで大きく息を吐いてから、私はちゃんと着替えてタカ兄と一緒にコンビニに向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の用意をする為に、橋高さんと一緒にキッチンで作業をしている。本当ならお嬢様とくんずほぐれつしながら用意したいのですが、さすがにそんなことをしていたら調理が進まないので自重している。

 

「あっ」

 

 

 そんなことを考えていたからか、私は普段ならしないミスをしていたことに気が付いた。

 

「水の量、間違えて米炊き失敗しました」

 

「まぁ、どんまいですな」

 

 

 橋高さんは基本的に穏やかな方なので、滅多に怒ることはない。まぁ私も怒られて快感を覚えるタイプではないので、この対応は非常にありがたい。

 

「出島さーん」

 

「お嬢様、如何なさいましたか?」

 

 

 失敗してしょんぼりしていたところにお嬢様が現れたので、私のテンションは一気に最高潮になる。こう考えると、私って結構簡単なのでしょうか。

 

「トイレ流す時、大と小のレバー間違えたでしょ。少し残ってたよ?」

 

「恥ずかしーっ」

 

「それは猛省してください」

 

 

 橋高さんに聞かれていたことが恥ずかしいわけではないが、何となく気まずくなり、私は調理を任せて別の仕事へ向かう。

 

「何してるの?」

 

「クローゼットの整理です。着ない服は圧縮袋に」

 

 

 これだけでもだいぶ片付くので、一般家庭でも使われているのだが、お嬢様はあまりそういうことに詳しくないので、関心したように圧縮袋を眺めている。

 

「そういえば、タカトシ君の家でもやってたような気がするな―」

 

「タカトシ様は立派な主夫ですからね」

 

 

 ご本人が聞いたら怒りそうな会話ですが、誰がどう見てもタカトシ様は立派な主夫なんですよね。

 

「ところで、それも整理の一環なの?」

 

 

 お嬢様が見ているのは、お嬢様のパンツが入れられた圧縮袋。

 

「これは私のお楽しみ用です」

 

「ここはブルセラじゃありませんぞ!!」

 

「橋高さん、いたんですね」

 

 

 最近では七条家内のツッコミ役として数えられている橋高さんだが、タカトシ様とは違ったタイプのツッコミを入れてくる。恐らくタカトシ様なら無言で睨みつけてくるか、容赦なくパンツを回収してお嬢様本人で保管するように促したでしょうね。

 

「おや?」

 

 

 お嬢様の足下に猫が群がり、母猫の乳を吸い始めたのが目に入る。こういう光景は和むので良いですよね。

 

「猫の赤ちゃんって、決まった乳首吸うんだって」

 

「猫の性ですね」

 

 

 お嬢様が披露した雑学は私も知っていたが、お嬢様は特に気にした様子もなく猫の授乳姿を見詰めている。

 

「私も本当は、お嬢様の乳首以外は吸う気ないんですけどね」

 

「あなたタチでしょ」

 

「お嬢様の前ならネコにだってなります! というか、むしろお嬢様の乳首を吸わせていただけるのなら、ネコだって偽ります!」

 

「というか、ちゃんと仕事してください」

 

 

 橋高さんに注意されてしまったので、私はほのぼの空間から離れて仕事を再開することに。

 

「あぁ、お嬢様の子猫になりたい……お嬢様の乳首を吸いたい」

 

「そんなことばかり言っていると、旦那様と奥様に報告してお嬢様から離れる仕事に回してもらいますぞ」

 

「それだけはご勘弁を! お嬢様と離れなければならないなら、私はこの仕事を辞めます」

 

「辞めてどうするのですか?」

 

「お嬢様のペットとして再就職します!」

 

「募集していないので諦めてください」

 

 

 橋高さんにバッサリと斬り捨てられて私はガックリと肩を落としながら、残っている作業を片付ける。お嬢様のペットなら、一日中お嬢様の側にいられるし、もしかしたら乳首も吸えると思ったんですが……残念です。




別名ヒモ……


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プレゼント選び

タカトシなら慣れてても不思議では無いが


 コトミが珍しくいい成績を取ったので、俺は親からご褒美に何か買ってやったらどうだと言われたので、何か買ってやることになった。のだが――

 

「何が欲しいんだ?」

 

 

 年頃の妹の欲しい物なんて分からないので、俺は何件か店を回ったけどさっぱり分からない。こういう時に彼女でもいれば相談できたのかもしれないが、生憎そういう相手はいない。

 

「あれ? タカトシが何で女子向けの店にいるの?」

 

「スズ? それにシノさんにアリアさんも」

 

「私たちは女子会でウインドウショッピングだが、タカトシは何してるんだ?」

 

「コトミにプレゼントをすることになったんですけど、何を買えば良いのか分からなくてですね」

 

「珍しいな。タカトシならそういうシチュエーションに慣れててもおかしくないと思うんだが」

 

「彼女もいない高校生男子に何を期待してるんですか」

 

 

 普段買っている服とかで良いなら問題ないが、それだとご褒美にはならない。だから頭を悩ませているのだが、シノさんたちは微妙な目でこちらを見ている。

 

「何ですか?」

 

「お前なら作ろうとすればすぐにできるだろうと思ってな」

 

「作ろうとしてもコトミの世話とかで時間が取れませんので」

 

「何ならコトミちゃんはウチの淑女教室で徹底的に鍛えてあげるけどー?」

 

「遠慮しておきます。もう少し店を回って決めようと思いますので、俺はこれで」

 

 

 三人と別れ、俺はもう数件の店を回ったが、こういうお洒落着よりゲームの方が喜ばれそうだと思い、コトミと一緒にゲームしている義姉さんに相談して、どのゲームを買うか決めた。もちろん、やり過ぎたら即没収の上捨てるということを言い含めておいたので、やり過ぎることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業していると、どうしても女子同士ということもあって気が緩むことがある。といっても、主に緩んでいるのは広瀬さんなのだけど……

 

「広瀬さん、スカート短すぎない? ここには女子しかいないからある程度なら黙認するけど、一応生徒会役員なんだから」

 

「そうなんすけど、高校に入ってから急激に背が伸びたので」

 

「スズポンが聞いたら発狂しそうな理由だね」

 

「あの人本当に年上なんですよね?」

 

「私やタカトシ君と同級生なんだから、少なくとも広瀬さんよりかは上だよ」

 

 

 日本には飛び級制度がないので絶対に同い年なのだけど、何となく言い切る自信が無い……こんなこと萩村さんに知られたら怒られそうだけども……

 

「そういうサクラっちも、体操服の丈が短くなってたけど」

 

「高校に入って胸が成長――って何言わせるか!」

 

「シノっちが聞いたら発狂しそうな理由だね」

 

「一々桜才の人を引き合いに出さないでくれません?」

 

 

 天草さんは慎ましやかな胸に、萩村さんは身長にコンプレックスを懐いているのは知っているが、それを引き合いに出すのは本当に止めて欲しい。会長も私がそう言うと分かっていて言ってるから性質が悪いのだ。

 

「そういえば今度の交流会は英稜でやることになってるから、色々と準備しておかないとね」

 

「交流会? それってなんすか?」

 

「英稜高校と桜才学園の生徒会同士で意見交換したり、企画の意見出しをしたりするんだよ。この前のパワースポット巡りはその延長かな」

 

「かき氷大食い大会もそうだね」

 

「あぁ、あれって交流会だったんすね。てっきり会長たちが津田先輩に会いたいからだと思ってました」

 

「そんな理由じゃないよ」

 

 

 確かにタカトシ君がいてくれたらだいぶ楽ができるから良いんだけども、その分タカトシ君が大変な思いをしていると思うと、素直に任せられないし……

 

「広瀬ちゃんはタカ君のこと、どう思う?」

 

「かなりデキる人だと思います。私のことを一目で女子だと見抜きましたし、会長たちに向ける殺気もかなりのものでしたし」

 

「タカ君の凄さはそれだけじゃなくて、勉強もできて料理も得意、掃除洗濯もお手の物。さらには文才もあって運動神経抜群」

 

「本当にいるんすね、そういう完璧超人。でも彼女がいないとか言っていたような気もしたんすけど、それだけのスペックなら、いてもおかしくないとおもうんですが」

 

「タカ君が彼女を作らない理由は、そういうことに時間を割くことが難しいからなんだよ。コトちゃんの面倒を見たり、バイトや家事、エッセイなんかをやって更に自分の勉強をしてるんだから」

 

「タカトシ君はあまり自分の勉強を家でやらないって言ってましたが」

 

「テスト前にはさすがにやってるよ。まぁ、クラスメイトたちに教えてるついでに復習してるらしいから、あまり家でやってる姿は見ないけど」

 

 

 下手な教師より分かり易い解説をするということで、テスト前のタカトシ君はクラスメイトから大人気だとか。まぁ、テスト前じゃなくても大人気なんですが。

 

「そういうわけで、広瀬ちゃんもタカ君に教えてもらうと良いよ。この前のテスト、赤点ギリギリだったんでしょ?」

 

「勉強嫌いなんで」

 

「だいたいみんな嫌いだけど、やらないと駄目だからね?」

 

「善処しまーす」

 

「するつもりないでしょ、その返事」

 

 

 広瀬さんの返事を聞いて、私は思わずため息を吐いた。コトミさんとは違う意味で問題児かもしれないよね、広瀬さんって……




勉強したくないのは分かる


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代理の生徒会顧問

いてもいなくても変わらない


 職員室で作業していると、横島先生に話しかけられた。

 

「小山先生、悪いんだけど明日、生徒会の顧問の代理をお願い出来ませんか」

 

「それは構いませんが、横島先生明日は何か予定でも?」

 

「出張でさ。あんまりすること無いけど、代理は立てておかないとだろ?」

 

「そうですね。それで、具体的には生徒会顧問の仕事ってどんな事です?」

 

 

 普段から顔を出している様子ではないし、生徒会メンバーはしっかりとした子だ。天草さんや七条さんは若干不安があるけども、津田君と萩村さんはちゃんとしていると記憶している。

 

「私は主に、下ネタを言って場を和ませている。つまり下の世話をしている!」

 

「つまり何もしていないんですね……」

 

 

 昔の天草さんなら喜んで横島先生と会話していたでしょうけども、最近は大人しくなってきているということなので、恐らくは冷たい目で見られているのでしょうね……

 

「分かりました。とりあえず横島先生が不在の間は、私が代理の生徒会顧問を務めます」

 

「助かったよ。これで安心して出張に行ける」

 

「というか、随分と急ですね」

 

 

 普通なら以前から決まっていることだから、もっと早くに代理を探すはずなのですが……

 

「普段なら代理なんて立てないから忘れてたんだよ。まぁ、小山先生もあいつらと交流を持った方が良いだろうと思って、今回はお願いしたんです」

 

「そうですか」

 

 

 何となく疑いたくなる理由だけども、嘘だという確証はないので、私はそれ以上追及することはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に向かう途中、部屋の中から珍しい人の気配を感じ取って首を傾げると、隣を歩いていたスズが視線で問いかけてきた。

 

「小山先生が生徒会室にいるんだが、いったい何の用だろう」

 

「小山先生が? 横島先生じゃなくて?」

 

「あの人は今日出張らしい。朝から気配が無いからな」

 

 

 いても大して役に立たないので、横島先生が生徒会室に来ても追い返すのだが、小山先生がいるのは気になるな。あの人、昔シノ会長と交流があっただけあってなかなかのツッコミスキルを持っているが、普段は横島先生一人で手一杯だし、今の時間はシノ会長とアリア先輩しかいないので、あの二人のストッパーも緩んでるだろうし。

 

「遅くなりました」

 

「あっ、津田君と萩村さんも来てくれた。これで二人も大人しくなるかな?」

 

「あぁ、やっぱり」

 

 

 俺が思った通り、二人のストッパーが緩んでいたようで、小山先生は困った表情でこちらを見て、安心した表情に変わった。

 

「ちょっとした冗談だったんですけど、小山先生なら受け入れてくれるかと思ったんですけどね」

 

「私は横島先生ではありませんので」

 

「あの人はここに来ても余計な事しかしませんので」

 

 

 今日はそれなりに仕事が溜まっているので、俺は処理すべき領収書をスズに渡して、自分の分の仕事を始める。何となく小山先生が驚いた様子なのは、スズが計算機を使わずに領収書の処理をしているからか、それとも会長であるシノさんがあまり機能していないからか。

 

「お茶淹れたよー。小山先生もどうぞ」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 代理の生徒会顧問としてやってきたようだが、別に普段からいないので誰も話しかけなかった所為か、小山先生はすっかり空気と化していた。それを察したのか、アリア先輩が五人分のお茶を用意して、漸く会話するきっかけが出来たようだ。

 

「ところで、何故小山先生が生徒会室に? 代理と言っていましたが、普段から生徒会顧問はいないものとして作業しているので、わざわざ常駐する必要はないですよ?」

 

「横島先生からもそう言われましたが、せっかくの機会ですから、皆の仕事っぷりを見学しようかと思っていたの」

 

「それで、どうでした?」

 

「天草さんや七条さんも仕事となると真剣だなって感じたけど、後輩二人の方が仕事をしているのが気になったかな」

 

「それは、まぁ……萩村が処理した方が早いですし、タカトシが打ちこみした方が誤字脱字が少なくてチェックが楽ですから」

 

「まぁ、天草さんはあんまり機械が得意じゃなかったもんね」

 

 

 会長と小山先生が話している横で、俺は朝から気になっていたことをスズに尋ねる。

 

「美容院に行った? 朝から様子が違うって思ってたんだが」

 

「良く気づいたわね。ネネやムツミでも気づかなかったのに」

 

「まぁ、何となく雰囲気が違ったから」

 

「さすがタカトシだな。よく人のことを見ている」

 

「津田君って、昔からそんな感じだったの?」

 

「そんな感じ、とは?」

 

 

 小山先生が何を聞きたいのか、俺にはよく分からない。いや、分からないことはないんだが、何故それが気になったのかが良く分からないのだ。

 

「この学校の男子のだいたいは、女子生徒に対して多かれ少なかれ欲の詰まった視線を向けてるのに、津田君からはそんな感じが一切しないから」

 

「まぁ、そういった感情で相手を見るのは失礼ですし」

 

「津田副会長はむしろ、欲望の詰まった視線を浴びる側ですからね」

 

「屋上からロープを吊るして盗撮するのは止めるよう、散々指導したはずですが? やはり新聞部を活動停止にしないと分からないのですか?」

 

 

 突然現れた畑さんに俺以外の全員がビックリしているが、俺は淡々と畑さんに説教してその場を片付けたのだった。




そして何処からともなく現れる畑ランコ……


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夜行バス

乗ったこと無いな


 遠征試合のために貸し切り夜行バスで対戦高校に向かうことになった。普段遊んでる時間だから眠くはないが、こういうのってなんだかいいよね。

 

「対戦相手の星恍女学院の情報ですけど、部員三十人以上いるそうです」

 

「うへ、それだけで圧倒されそう」

 

 

 私の情報を聞いて中里先輩が困ったような顔で相槌を打つ。

 

「何言ってるの。私たちにもたくさんの仲間がいるじゃないっ」

 

 

 ムツミ主将が力強く振り返ると、柔道部にあまり関係ない人たちが拳を掲げていた。

 

「サポートは任せろ!」

 

「取材するぞー!」

 

「ほぼ部外者じゃん……」

 

 

 中里先輩が戦う前から疲れ切ったような表情を浮かべると、タカ兄が苦笑いを浮かべた。

 

「確かに部外者ばっかだよな……というか、俺も付き添いでいいのか?」

 

「何言ってるの! タカトシ君が用意してくれた夜食とおやつ、そして明日の朝ごはんがあるんだから、当然タカトシ君も同行して良いんだよ」

 

「本当ならコトミが用意すべきなんだが」

 

「いやー、せっかく強豪校と対戦できるというのに、私が作ったものを食べて食中毒にでもなったら大変ですから」

 

 

 タカ兄に責められると、私は笑いながら視線を逸らしたんだけど、シノ会長たちからも睨まれたので素直に頭を下げた。

 

「これからは精進する次第です」

 

「そのセリフ何度目だよ……」

 

 

 タカ兄には悪いけども、私が精進しても大した腕にはならないだろうし、これからもタカ兄を頼らせてもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜行バスに乗り込み暫くして、私はちょっと圧迫感を覚え始めた。乗った時には気にならなかったのだが、動き始めると感じるものなのだな……

 

「(リクライニングシートを倒すか)」

 

 

 いざ倒そうとして、こういう時は後ろの人に一言告げるのがマナーだと思い直し、後ろの席のタカトシに声をかける。

 

「タカトシ」

 

「はい?」

 

「押し倒していいか?」

 

「リクライニングですか? 別にいいですよ」

 

 

 さすがタカトシだ。私が言わんとしたことを精確に受け取ってくれた。普通の男子なら襲われるんじゃないかと勘違いするかもと思ったが、やはりタカトシ相手だと楽が出来る。

 

「じゃーん! タカ兄が用意してくれた夜食、カツサンドです」

 

 

 私がリクライニングを倒したタイミングで、コトミが高らかに宣言する。用意したのはタカトシで、材料を買ったのもタカトシなのだが、何故コトミが自慢げなのだろうか。

 

「見てるだけで涎が出ちゃいますよね」

 

「お、おいっ! 隣の主将の唾飲む頻度が上がってるんだけど……」

 

「エチケット袋だーっ!」

 

 

 私たちが慌てて袋を探すが、既にタカトシが三葉に袋を手渡し、酔い止めの薬を飲ませていた。

 

「乗り物酔いの時は氷をなめると楽になるから」

 

「ありがとう……少し楽になってきた」

 

 

 すっかり引率の先生化したタカトシだが、こういった時に冷静でいられるのは本当に尊敬する。

 

「というかコトミ」

 

「ん?」

 

「お前一人で食べるんじゃない」

 

「へ? ……あっ」

 

 

 どうやら無意識だったようで、コトミはカツサンドを掴んでいた手を止めた。というか、美味しそうなのは分かるし、私も食べたいが、三葉が吐くかもしれないって時によく食べられるよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だいぶ時間も遅くなってきたので、皆さん寝る準備を始めている。

 

「そろそろ寝るか」

 

「必要な人はいってくださーい。耳栓にアイマスクありますよ」

 

「用意いいね、さすがマネージャー」

 

「あと鼻栓もありますから」

 

「へ? 何に使うんだ」

 

「寝っ屁対策に」

 

「誰もしないよ! たぶん……」

 

 

 コトミマネージャーと中里さんの会話はあんまりおもしろくなかったけど、誰かかましたらそれを記事に出来るんじゃないかしら。

 

「(そんなことより、何故私が同行したか、皆さん気付いていないようですね)」

 

 

 私は単純に柔道部の取材に来たわけではない。夜行バスということで、皆さんの寝顔を激写して裏で売買すれば、それなりの稼ぎにはなるだろうと思ったからだ。特に天草会長や七条さんは人気が高いし、三葉さんやコトミさんも特定のファンが付いている。そして萩村女史も、意外と人気が高い。

 

「(ふっふっふ……みんな、寝てるかな)」

 

 

 バスの中が静かになったのを見計らって、私は物音を立てずにカメラを取り出す。本来の目的がバスの中など思っていなかっただろうから、誰も警戒していないようですね。

 

「(ではさっそく、旅のお約束と行きましょうか)」

 

 

 寝顔の写真を撮ろうとして、私はまず天草会長と七条さんに近づく。恐らく私の気配に気づいた津田副会長がカメラを奪うでしょうから、真っ先に撮ってメモリーを取り替えておかないと。

 

「(って、全員顔が分からん!? ナイトキャップにアイマスク、乾燥対策マスクだと……)」

 

 

 これでは写真に収めても商売ができない……

 

「まさか、津田副会長はこれを見越して――」

 

「えぇ、貴女がこういうのを狙っていると思ってましたから」

 

「っ!?」

 

 

 全く気配を感じなかったのに、私の背後から声が聞こえてきた。私はゆっくりと首だけで振り返ると、そこには呆れかえった顔の津田副会長が、紙を指している。そこには「ここで降ろされるか素直に寝るか」と書かれており、私は素直に自分の席に戻って寝ることにした。




暗い場所にいきなりタカトシが出て来たら怖そうだ……


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遠征試合

警戒してしまうのは分かるが


 星恍女学院は由緒あるお嬢様校だ。普段なら男子禁制と思われる場所だが、学校に来ている女子生徒たちの視線はタカトシに向けられている。嫌悪感の篭った視線ではなく、羨望の眼差しと言える。

 

「(会長、何だかタカトシが注目されてるような気がするんですけど)」

 

「(まぁ、あの見た目だからな……)」

 

 

 どうやら萩村も同じように感じていたようで、私と萩村でタカトシを見詰めている女子に牽制を入れておく。どれくらい効果があるかは分からないけども、やらないよりマシだろう。

 

「道場はあっちのようですね」

 

「よーし、乗り込むぞー!」

 

 

 三葉が気合いを入れているのを聞いて、私はなんだか自分も柔道部の一員のような気がしてきた。

 

「気分は道場破りだな」

 

「看板は貰えませんがね」

 

 

 珍しくタカトシが私のノリに付き合ってくれたので、何となく嬉しくなる。最近は軽く流されることが多かったから、そう思えたのかもしれないな。

 

「よろしくお願いしまーす」

 

 

 道場に入ってすぐ、星恍女学院柔道部の出迎えを受けて、私は自分の容姿と見比べて肩を落とす。はっきり言ってしまえば、彼女たちに対抗できるのはこの中ではアリアくらいだろう。それくらいキラキラオーラが撒き散らされているのだ。

 

「(看板は貰えませんが、看板娘をいただくってのはどうでしょう?)」

 

「っ!?」

 

「相変わらず余計な事しか言わないですね、貴女は」

 

「あーれー……」

 

 

 私に耳打ちしていた畑の襟元を掴んで道場の外へ放り投げる。私たちからすれば何時もの光景だが、星恍女学院の皆さんには少し衝撃的だったようだ。

 

「それでは準備してください」

 

「分かりました!」

 

 

 柔道部たちが更衣室で着替えている間、私たちは星恍女学院柔道部員たちをじっくりと観察することになった。

 

「あの子」

 

「ん?」

 

「天才柔道少女って言われている、ちょっとした有名人」

 

「あぁ、テレビで見たことある」

 

 

 普段スポーツ関係の情報を積極的に得ていない私ですら知っているくらいだからな。かなりの強者なんだろう。

 

「頭脳なら私も負けませんけどね」

 

「天才しょじょだもんね」

 

「聞き逃さなかったぞっ! というか、桜才の品位に関わるから止めろ!」

 

 

 昔の癖が発動してしまったアリアに萩村がツッコミを入れると、星恍女学院の皆さまが何事かとこちらを一斉に振り返った。だがタカトシが何でもないというニュアンスを告げ落ち着きを取り戻させてくれた。相変わらず、頼りになる男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先鋒戦でまさかトッキーが負けてしまうとは思っていなかったけども、その後は一進一退の好勝負が続き、ついに大将戦となった。ウチの大将はもちろんムツミ主将で、対戦相手は天才少女と言われている津田ハナヨさんだ。

 

「(なんだかタカ兄のお嫁さんって古谷先輩なら言いそうな感じだな)」

 

 

 同じ苗字だけあって親近感は覚えるけども、会って間もない相手にそんなことを言えばタカ兄に怒られるに違いない。心の中だけに留めていたのだけども、どうやらタカ兄には呆れられてしまった。

 

『技あり!』

 

「三葉、随分と気合いが入ってるようだな」

 

「そうでしょうとも」

 

 

 私以外にも主将が気合十分だということは分かっているらしく、会長と畑先輩が小声で会話している。

 

「相手の子の苗字『津田』ですし。なんか対抗心が芽生えてるんだと思いますよ」

 

「あっ、畑先輩もそう思いました?」

 

 

 どうやらそこも共感していたようで、私は畑先輩と固い握手を交わす。その光景を見ていたタカ兄のこめかみがピクピク動いてるのを見ると、かなり怒っているようだ。

 

『そこまで!』

 

 

 結局判定となり、ムツミ主将が辛くも勝利を収めた。対戦相手も天才少女と言われているだけあって、かなり強かったな。

 

「おめでとうございます!」

 

「ありがとー」

 

 

 桜才柔道部員と私は、ムツミ主将に駆け寄ってまず抱き合い、そのまま流れで主将を胴上げすることになった。

 

「(軽っ!?)」

 

「(毎日あんなに喰ってるのにっ)」

 

「祝福ムードゼロだな……」

 

 

 私たちの胴上げを見ていたタカ兄が、そんな風に呟いたのが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とてもいい勝負ができたので、私は相手の大将である津田さんにお礼を言いに行く事にした。

 

「今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ。またやりましょう!」

 

「うん!」

 

 

 最初は丁寧語を使っていたのだけども、互いに親近感を覚えてすぐに打ち解けた。

 

「そうだ! おやつ用意してきてもらったから、一緒に食べない?」

 

「良いの?」

 

「うん。結構な量を用意してもらったから」

 

 

 私一人分を考えるとそうなっちゃうらしいんだけども、こういうことを見越してくれたのか普段より多めに用意してくれているのだ。

 

「マネージャー」

 

「はいはい、おやつになります」

 

 

 コトミちゃんが持ってきてくれたのは、生クリームの代わりに豆乳クリーム使ったカロリー控えめなケーキだ。ちゃんとクーラーボックスで保管していたので、鮮度に問題もない。

 

「これ、貴女が作ったの?」

 

「い、いえ……これはタカ兄が」

 

「お兄さん?」

 

「はい。あそこでカメラを持った人をお説教している人が、私の兄です」

 

 

 星恍女学院側の更衣室を盗撮しようとした畑先輩を説教しているタカトシ君を見て、柔道部の皆さんは複雑な視線を向けていたけども、なにかあったのかな?




余計なライバルが増えたかな?


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遠征先でお泊り

試合後すぐに帰宅じゃ大変でしょうしね


 星恍女学院との遠征も無事終わり、あとは帰るだけだったのだが、向こうさんが旅館を用意してくれていたのでそこで一泊することになった。

 

「随分と立派な旅館だな」

 

「ここの温泉、混浴があるようですよ」

 

「なにっ!?」

 

 

 私だけが過剰に反応したように見えるが、アリアや三葉も反応していたのだ。まぁ、三葉の場合はちょっと私たちとは違う理由だろうが……

 

「さ、さすがに男の子と一緒にお風呂は入れませんよ!」

 

「そうだよね。まずは布団の中からだよね」

 

「スタート地点おかしくないですかね?」

 

 

 タカトシは全くの無関心を貫き通しているので、萩村がツッコミを入れる。それにしても、これだけ女がいるというのに、タカトシは一切の興味を示さないとは……本当に高校生なのだろうか?

 

「まぁ混浴はさておき、ここの温泉は濁り湯で美容に良いそうです」

 

「良し、急ぐぞ!」

 

「あらあら~」

 

 

 美容ときいて私はすぐに温泉へと向かう。別に普段から気にしているわけではないのだが、そういうことに気を付けておかないと、横島先生みたいになってしまうそうな気がするんだよな……

 

「(あの人、見た目は良いとは思うが)」

 

 

 誰に聞かせるわけでもないフォローだが、何となくしておかなければいけない気になったのだ。

 

「それにしても、私たちの分まで用意してくれているとは、さすがはお嬢様校というわけか」

 

「殆どタカ兄の功績だと思いますけどねー。向こうの柔道部の皆さんも、タカ兄が用意してくれたお菓子に舌鼓を打ってましたから」

 

「あれは普通にお店でも出せるレベルだったよねー。ほんと、タカトシ君って料理上手だよね」

 

「女子として自信失くしそうなくらいだけどね」

 

 

 中里がぽつりと言ったセリフに、女子風呂の空気が停まった。全員分かってはいるのだが、改めて言われると不安になったのだろう。

 

「まぁタカ兄と結婚できる人は、だいぶ楽をできると思いますよー。家事万能ですし」

 

「でもタカトシ君が専業主夫っていうのももったいないと思うんだよね。ウチのどの部署に来ても、タカトシ君ならすぐに出世するだろうし」

 

「アリア先輩だから言える感想ですねー」

 

 

 アリアと結婚すれば、タカトシは七条グループを背負って立つ存在になるということだろうし、そもそもアリアの家にはメイドの出島さんや他の人たちもいるから、タカトシが主夫になることはないだろうな。

 

「まぁ、タカ兄の恋路を最前線で妨害している私を倒さなければ、結婚はおろかお付き合いもできないでしょうけどね」

 

「自覚してるなら少しは成長しろ!」

 

 

 胸を張って言うことではないことを堂々と言い放ったコトミに、萩村のカミナリが落ちる。見方によってはタカトシとの関係を邪魔してることに怒っているようにも見えるが、ここにいる大半の人間が萩村の気持ちを理解しているので、視線でコトミを責めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事の席では主将が凄い勢いでメシを喰っていたせいで、何となく疲れがたまったような気がする。

 

「おいコトミ――」

 

「むにゃ……」

 

「寝てやがる……」

 

 

 他の先輩たちはちょっと外に出ているので、この部屋には私とコトミの二人きり。マッサージでも頼もうと思ったのだが、コトミは満腹で眠くなってしまったようだ。

 

『コトミ、いるか?』

 

「今開けます」

 

「あれ? 時さん――あぁ、相変わらずだらしないヤツ」

 

 

 兄貴が部屋を訪ねてきたので、私が対応に出て、兄貴はコトミを一目見ただけで状況を察してくれた。

 

「これ、差し入れ」

 

「ありがとうございます。どうぞ」

 

 

 部屋に兄貴を招き入れて、私は兄貴に座布団を差し出す。コトミに用事があるのなら、少しすれば起きると思ったからだ。

 

「コトミは迷惑かけてないかな?」

 

「よくやってくれてますよ。たまにドジるけど、そこは親近感があるというか――」

 

「きんしん姦はまずいよ――むにゃむにゃ」

 

「起きてる?」

 

 

 私の言葉にコトミが反応したので問いかけるが、コトミはだらしなく口を開けて寝ている。

 

「時さん、疲れてる?」

 

「えっ? 何でですか?」

 

「さっきから肩とか腰を気にしてるみたいだから」

 

 

 さすがは兄貴。さりげなく私のことを見ていたようだ。

 

「良かったらマッサージしようか?」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

 

 これ以上兄貴に迷惑をかけるのは忍びないのだが、この人のマッサージはかなり効くとコトミが前に言っていたのを思い出し、私はせっかくだからお願いする事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋で横になったまでは覚えているのだが、気が付いたら部屋にタカ兄がいるではないか。しかも、布団を敷いたトッキーまで……

 

「どうだった?」

 

「はい、気持ちよかったです。お兄さん、上手ですね」

 

「(えっ? トッキーが私のもう一人のお義姉ちゃんに!?)」

 

「コトミと話してる時みたいに『兄貴』で構わないよ」

 

「うっ……すんません」

 

「で。コトミは何時まで狸寝入りを続けるつもりなんだ?」

 

「!?」

 

 

 タカ兄に声を掛けられ、私は思わずビクついてしまった。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

 

「はい。マッサージ、ありがとうございました」

 

「あっ、そういうことか……」

 

 

 てっきりタカ兄とトッキーが合体したのかと思ったけど、タカ兄にマッサージしてもらってただけだと分かり、私は思わず安堵してしまったのだった。




相変わらずのコトミ……


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ホラーゲーム

原作ではタカトシの宿題でしたけどね


 生徒会メンバーが私の勉強を見てくれるということでやってきているのだが、タカ兄は家事、お義姉ちゃんはバイトで私がサボるんじゃないかと思いお義姉ちゃんが頼んだらしいと聞かされ、私はどれだけ信用が無いんだとちょっと落ち込んだ。

 

「冬休みの宿題終わったー!」

 

「意外と早かったな。もう少しかかると思っていたぞ」

 

「私だって成長しているんですよ! まぁ、威張って言える程の成績ではないんですけど」

 

 

 タカ兄とお義姉ちゃんに面倒を見てもらって漸く平均に届くくらいなので、胸を張って言える程ではないと自覚している。それでも入学したてのことよりかは良い成績になっているのだけども。

 

「せっかくですから一緒にゲームしませんか?」

 

「タカトシから許可は出てるのか?」

 

「宿題が終わったらやってもいいって言われてるので」

 

 

 もちろん、やり過ぎたら怒られるだろうけども、このゲームはそれ程長いものではないし、皆でやる分にはタカ兄も怒らないだろう。

 

「んー、私テレビゲームってあんまりやらないんだけど」

 

「見てるだけで良いです。一人でやるの怖いんで」

 

 

 そう言って私は、ホラーゲームのパッケージをスズ先輩に見せる。

 

「ノォオオオオ!?」

 

「何かあったのか?」

 

「スズ先輩をホラーゲームに誘っただけだよ」

 

「なるほど……ほどほどにな」

 

 

 スズ先輩の絶叫を聞きつけたタカ兄が顔を出したが、理由を聞いてすぐに戻っていってしまった。タカ兄がいてくれれば怖くても大丈夫だと思ったんだけど、どうやらタカ兄は一緒にいてはくれないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここで逃げ出すのも子供っぽいので、私はコトミに誘われたゲームをすることにした。別にゲームをすること自体に問題は無いのだけども、よりにもよって何でホラーゲームなのかしら……

 

「最近のゲームって、ずいぶんリアルですね……」

 

「ハハハ、それでも所詮ゲームさ」

 

 

 プレイしているコトミの隣で、私は会長に話しかける。会長は怖くなさそうだけども、何となく顔が強張っているように見えるのは、私一人だけが怖がっているのが恥ずかしいとか、そういう理由ではないと思う。

 

『ヴォオオオ』

 

「っ!?」

 

 

 画面の中でゾンビが襲ってくるシーンが流れると、私の隣で会長が大きく震えた――ように見えた。

 

「今のはビックリしたんじゃなくてしゃっくりだ」

 

「別に誤魔化さなくても良いですよ……私も怖かったですし」

 

「普段大人ぶっていますけど、会長もスズ先輩もまだまだですね。この程度で怖がっていては、この先思い遣られますよ?」

 

「「ぐっ……」」

 

 

 まさかコトミにそんなことを言われるとは思っていなかったので、私と会長は悔しさに押しつぶされそうになる。

 

「はい、スズ先輩が操作してみてください」

 

「えっ、私が?」

 

 

 コトミからコントローラーを受け取り、私はステージを進んでいく。

 

「わっ。スカートの中まで作り込んでいるのかっ」

 

「最近のゲームって凄いねー」

 

 

 所用で席を外していた七条先輩も戻ってきて、私の隣で会長と食い入るように画面を見ている。タカトシがいれば大人しいが、根本的には変わっていないのだろう。

 

「あれ? 動かなくなった……」

 

「まさか萩村もパンツを見たくて」

 

「羞恥プレイかもしれないよ?」

 

「コトミ! 動かないんだけど」

 

「ん? あぁ、フリーズしましたか」

 

 

 コトミに操作を任せようやく再開した。そして私は疲れてしまったので会長に操作を変わってもらうと、順調にステージを進めていく。

 

「おー、初めてなのに上手ですねー」

 

「まぁ、こんなものだ」

 

「次私ー!」

 

 

 会長から七条先輩にプレイヤーが変わる。さすがにここまでくると敵も強くなってきているのか、何度も攻撃を喰らっている。

 

『きゃっ、あっ、んっ、あっ、あんっ、んん』

 

「初めてなのに連続でダメージを受けると喘ぎ声っぽくなることを理解している!?」

 

「コントローラー取り上げろ!」

 

 

 真面目にやるつもりが無いことが分かったので、私は七条先輩からコントローラーを取り上げ、コトミに渡したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラストステージに到達し、プレイヤーは家事を終わらせたタカトシに変わった。本人はやるつもりは無かったのだが、皆怖がってプレイできなかったのでタカトシに任せたのだ。

 

「(ん?)」

 

 

 よく見るとタカトシの腕を萩村が掴んでいる。余程怖いのか無意識に掴んでいるのだろうだが、何となく面白くないのは何でだろう……

 

「ラスボスだ!」

 

「力が入ってきますね!」

 

 

 淡々と戦うタカトシの隣で、私とコトミが盛り上がりを見せる。そして萩村の腕にも力が入っているのか、タカトシの腕を絞り上げているようになっている。

 

「あっ、終わった」

 

 

 最後まで淡々とプレイしていたタカトシの言葉で、このゲームが終わったことを知らされる。途中から怖くてまともに見れていなかったが、終わってみるとすがすがしくなるものだな。

 

「まぁ、なかなかだったわね」

 

「スズ先輩、殆ど見てなかったじゃないですか」

 

「そんなこと無いわよ! 所詮作り話――」

 

 

 そこで萩村は、タカトシの腕に跡が付いていることに気が付いた。

 

「ぎゃぁぁぁ!? タカトシ、憑かれてる!?」

 

「スズが掴んでたんだろ……」

 

 

 完全に無意識だったようで、タカトシに言われるまで萩村はそのことに気付いていなかったようだ。




やっぱりスズはこd……(小柄な人影が飛来)


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森サクラの奮闘

普段から奮闘している気もしないでもないですが


 生徒会室に入る前に魚見会長と顔を合わせたら、なんとマスクをして咳をしていた。

 

「会長、風邪ですか?」

 

 

 私が尋ねるとポケットからメモ帳を取り出して何かを書き始める。

 

『ちょっと喉を痛めちゃって……』

 

「あらら……」

 

 

 今日は会長に負担を掛けないように仕事をしようと思って生徒会室に入ると、広瀬さんが机に突っ伏して眠っていた。

 

「(あっ、そうだ)」

 

 

 相手が寝ているなら出来るイタズラを思いついて、私は広瀬さんにそっと近づいて彼女に注意する。

 

「ユウちゃん、生徒会室で寝てちゃダメだよー」

 

「すっ、すみません会長っ! ――って、森先輩?」

 

 

 私のモノマネで飛び起きた広瀬さんが首を傾げている。これはなかなか面白かったな。

 

「今のって森先輩ですか? 先輩の声色、うまいっすねー」

 

「そう?」

 

 

 広瀬さんに褒められてご満悦だった私だが、会長が何かメモ帳に書き始めたのを見て、何となく嫌な予感がしてきた。

 

『似てる似てる。だから今日、サクラっちが会長代理ね』

 

「へ?」

 

 

 会長代理と言われても、基本的に生徒会業務は書類作業だ。代理が必要な場面など――

 

「今日、生徒会放送ありますよね」

 

「私がメインパーソナリティー!?」

 

 

 普段は会長がすらすらと話しているだけで、たまに私や青葉さんに話が振られる程度なのだが、会長の声が出ないということは、私が会長の分も話さなければいけないのだ。

 

『大丈夫。ちゃんとカンペは出すし、サクラっちならアドリブでも十分いける』

 

「そうですか?」

 

 

 会長に認められていると分かると、何となく出来そうになってきたけど、この人がふざけないとも限らないしな……

 

『甘酸っぱい恋愛話聞かせて!』

 

「?」

 

 

 会長が謎のカンペを出してきて首を傾げていると、会長の目が「ページ間違えた」と言っていた。

 

『私が必要時カンペ出すから安心して』

 

「なんか不穏なフリを見てしまったんですが!?」

 

 

 やっぱり余計な事をしようとしていたと分かり、私はちょっとどころではない不安を抱えることに……

 

「そろそろ移動しましょう」

 

 

 青葉さんの合図で私たちは放送室へ移動する。基本的な流れは把握しているけども、会長が個人的にお薦めしている作品などもあるので、その辺は会長のカンペに頼るとしよう。

 

「あぁ、緊張する……」

 

『発声練習する?』

 

「良いですね」

 

 

 会長の案で私は発声練習をすることに。スムーズに喋る為にも必要だが、これで緊張が解れれば良いのだけど。

 

『赤巻紙青巻紙黄巻紙』

 

「あかまきがみあおまきがみきまきがみ!」

 

 

 噛まずに言えてちょっと気分が良い。これくらいなら噛まずに言えて当然だと思うけども、緊張で舌が回らない状況で言えたので嬉しいのかも。

 

『「9万個」って聞くと、締りの良いアレを想像しちゃう』

 

「それを口にして得られる物ありますかね?」

 

 

 発声練習のカンペかと思ったら余計な事を書いていたので、私はそれをスルーして本番に備える。

 

「皆さん、生徒会放送の時間です」

 

 

 何時も通りの流れで始まった放送だが、私はトチらないように必死だ。主だったことは頭の中に入っているので、会長の方を見ずに話を進めていく。だがお薦め作品のコーナーになり、私は会長の方に視線を向けた。

 

『○△さんの詩集は神韻縹渺たる作品でお薦めです』

 

「(よ、読めない……)」

 

 

 会長は難しい漢字も使うので、私は何て読むのか分からず首を傾げていると、会長がルビをフッてくれた。

 

『しんいんひょうびょうたる作品』

 

「(あっ、そう読むのか)」

 

 

 会長のお陰で不自然な間が生まれることなくお薦め作品のコーナーは終わった。だが次なる問題が発生する。

 

『手が疲れてきた』

 

「私が代わりに書くっす!」

 

 

 会長の手が疲れたということで、残りの原稿は広瀬さんが書くことになった。だが――

 

「広瀬さん。もうちょっと綺麗に書いてほしい……読めないんだけど」

 

「あれ?」

 

 

 ミミズが這ったような字を渡されても読むことはできない。結局私は自分の頭で考えて最後まで放送をやり切ることになった。

 

「終わったー!」

 

 

 何とかやり切ることができ、私は何時も以上に達成感を覚えていた。普段はお手伝い程度だったけど、こうして一人でやると大変だったんだって改めて思い知った。

 

「?」

 

 

 解放感で浮かれていた私の肩を会長がつついたので、何事かと思いカンペを見ると――

 

『タカ君から電話かかってきた。心配かけたくないからさっきの声音を使ってサクラっちが出て』

 

「ええっ!?」

 

 

 最後の最後に凄い無茶ぶりがきて、私はどうしたものかと思ったが、声が出せない以上私が出るしかない。

 

「も、もしもーし。どーしたのタカ君?」

 

『……なにやってんだ、サクラ?』

 

「(バレたー!? 何で一瞬で分かるの!?)」

 

 

 会長のお墨付きのモノマネだったというのに、タカトシ君に一瞬でバレてしまった。

 

『義姉さんは風邪で声が出なくて、心配を掛けたくないからサクラが義姉さんの声音を真似て出た、ということで良いのか?』

 

「う、うん……」

 

 

 裏事情までバッチリバレてしまっていたので、私は素直にタカトシ君に話して、会長への伝言を頼まれ電話を切った。それにしても、顔を合わしていなくても鋭いんだね、タカトシ君は……




電話越しでも見抜くタカ君……


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風邪の原因

気苦労もあるのか?


 声は出せないけど、筆談なら出来るので、私たちは放課後桜才学園を訪れて軽く交流する事にした。本音を言えばタカ君に心配させたくなかったのだけども、サクラっちの声帯模写がバレて裏事情までバッチリ知られてしまったので、遠慮する必要はなくなったのだ。

 

「カナ、声は大丈夫なのか?」

 

『二、三日は大人しくしていた方が良いと言われましたが、ずっと出ないわけではないので。ここ最近急に寒くなったので、それで風邪を引いたんですよ』

 

「暖房器具とかで室温を調整しなかったのか?」

 

『ちょうど故障してまして……』

 

「義姉さんの家も? 確かに家のエアコンは壊れてますが」

 

「カナちゃんの風邪とタカトシ君の家のエアコンの故障が関係しているの?」

 

「ここ数日、コトミの面倒を義姉さんに任せていたので。二日くらい泊まっていたので、もし家のエアコンの故障が原因なら重ね重ね申し訳ないことをしたと――」

 

『タカ君の所為じゃないよ。温かい恰好をしなかった私の落ち度だから』

 

 

 タカ君が非常に申し訳ないと言わんばかりの表情で私の体調を気遣ってくれたのは嬉しいけど、タカ君に責任はないので、私はすぐさま否定の言葉を書いた。

 

「というか、カナばっかり津田家にお泊りしててズルい! 今度私たちもお泊り会をするぞ!」

 

「会長、理由なく津田家に入り浸っていては、完全に嫉妬してるとしか言えませんが」

 

「嫉妬して何が悪い! ただでさえ競争率が高く、私は出遅れている感じが否めないんだ! ……ん? 今私、とても恥ずかしいことを言わなかったか?」

 

「恐らく……」

 

 

 シノっちは自覚していなかったようだが、今の発言は完全に私に対する嫉妬と、タカ君に対する恋心を隠せていないものだった。まぁ、最初から隠していないのかもしれないけど、こうもはっきりと言い切るのは珍しい。

 

「まぁもうじきテストですし、コトミの勉強を見る名目なら、幾分か恥ずかしさは紛れると思いますが」

 

「それだ! そういうことでタカトシ、私たちがコトミの面倒を見てやるからな!」

 

「はぁ……お願いします」

 

 

 コトちゃんの面倒なら、私とタカ君で何とかなる程度まで成長しているのでシノっちたちに頼る必要はないのだが、それをいま言えばまたシノっちが発狂してしまうので黙っていることにした。

 

「いや、義姉さんは今、声が出ないでしょうが」

 

『そうでしたね』

 

 

 タカ君に心の裡を見透かされたことに多少驚きながらも、タカ君ならこれくらい出来て当然だと思い直して、私は素直な感想を紙に書く事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長と当たり前のように会話しているタカトシ君を見ながら、私はふとさっきの電話の件を思い出した。

 

「(タカトシ君なら何でもありだと思うけども、電話越しで私と会長の声の違いを見抜くなんて、随分と親しくなったってことなのかな?)」

 

 

 会長とタカトシ君は義姉弟だからある程度仲良くなっていても不思議ではない。だが電話越しで些細な声の違いを見抜き相手の状態まで理解するとは、ある程度では説明がつかないのではないだろうか。

 

「(今だって、会長が何を考えているのか見抜いて話しかけてたし……)」

 

 

 前々から心を読むのではないかと思わせるシーンはあったけども、今日のこれは明らかにそうだと言える。だって初めてその瞬間に遭遇した広瀬さんが、青葉さんに事情を聞いているくらいだから。

 

「今魚見会長、何も言って無かったっすよね? なのに津田先輩は何かを察したように話しかけてますけど」

 

「あの先輩はそういうことができる人だって思っておけばいいよ。嘘を吐いてもすぐにバレるし、誤魔化そうとしても誤魔化しきれないから」

 

「この間も思ったんですが、あの人何者っすか?」

 

「桜才学園生徒会副会長で、魚見会長の義弟……後は学年トップクラスの頭脳の持ち主で運動神経抜群。英稜でも人気があるエッセイの作者ってことくらいしか私は分からない。森先輩は何か知ってませんかね?」

 

「私も青葉さんが言ったこと以上のことは分からないわよ。昔から凄く苦労していたということくらいしか、捕捉することはないわね」

 

 

 幼少期からあのコトミさんの相手をしていたのだから、色々なスキルが身についてしまったとしても仕方がないだろう。だけども、読心術だけはその理屈では納得できない。コトミさんの相手をしていただけで会得できるほど、簡単な技術ではないだろうし……

 

「だから、読心術なんて使えないって言ってるだろ」

 

「っ!? タカトシ君、何時の間に……」

 

「ウチの会長たちと義姉さんで盛り上がり始めたからこっちに避難してきただけだ」

 

「そうだったんだ……でもタカトシ君、私何も言って無かったよね?」

 

「確かに声には出ていなかったが、顔が雄弁に語っていたからな。俺の過去に同情してくれるのはありがたいが、読心術は使えないと何度も言っているんだが」

 

「でも、タカトシ君が心を読んでるんじゃないかって場面に何度も遭遇してるし」

 

「何回も言っているが、顔に出てるから分かるだけで、本気で隠そうとされたら俺にだって分からないからな」

 

「本当? タカトシ君なら隠そうとしても知られちゃいそうだけど」

 

 

 だって、大勢の恋心を理解しているだろうし……まぁ、あからさまな人もいれば、自覚していない人もいるだろうけども、それでも多少なりともタカトシ君に対して恋心を懐いている人は大勢いる。私も、その中の一人だからこれは言い切れる。




絶対読心術使ってるよな……


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掃除の代償

腰は辛いよなぁ……


 近所のドラッグストアにやってきたら、聞き覚えのある声がレジ近くから聞こえてきた。

 

「腰に効く湿布ってありますか?」

 

「ハイ」

 

 

 タカトシが腰を痛めたのかとも思ったが、アイツが自分で買いに来たわけもないし、コトミか?

 

「タカトシ」

 

「あぁ、シノさん」

 

「家族の人が腰を痛めたのか?」

 

「いや、義姉さんがちょっと痛めて、昨日からウチに泊ってるんで」

 

「えっ!?」

 

 

 どうやらカナが腰をやってしまったらしく、それでタカトシが薬局にやってきたようだ。

 

「私もお見舞いに行こう」

 

「義姉さんも喜ぶと思いますよ」

 

 

 タカトシが湿布を買って家に帰るのについていくことに。途中で何か盛り上がる話題でもあれば良かったのだが、生憎そのような話題はなかった。

 

「お邪魔します」

 

 

 玄関で一応挨拶をしてから部屋の中に入る。一直線に客間に向かうと、カナが横になって苦しそうに呻いていた。

 

「あっ、タカ君……シノっちもいらっしゃい」

 

「カナ、大丈夫か?」

 

「張り切って掃除してたら腰をやっちゃったぜ……」

 

 

 苦しそうに呻きながら事情を説明してくれるカナ。どうやら本当に痛めてしまったようで、演技ではないかと疑っていた道中の私をぶん殴りたい。

 

「土日で良かったよ……学校があったら行けないし」

 

「バイトは?」

 

「今日は休み。昨日はタカ君が代わってくれたから」

 

「むぅ……」

 

 

 義姉弟だから仕方がないが、ここ最近カナとタカトシの仲が良すぎるような気がする……ただでさえサクラという強敵がいるというのに、カナまで私の邪魔をしてきたら、ますます埋もれてしまうじゃないか。

 

「会長、ごめんなさい。ムラサメが会長の靴に粗相を。洗っておきますね」

 

「これじゃあ帰れないし、私も泊っていこう」

 

「ん?」

 

 

 靴は洗えば何とかなる程度だし、帰るまでには乾くだろうが、私はムラサメの所為にして津田家に泊まることにした。

 

「シノっち……後でアリアっちたちに怒られそうだね」

 

「カナに言われたくはない!」

 

「まぁいいか。じゃあタカ君、早速貼ってくれる?」

 

 

 そう言いながらカナは服を捲って腰を露わにする。そんなことを考えている場合ではないと分かっているのに、何となく魅力的で負けた気分だ。

 

「ビーチのオイル塗りか! 私がやるからタカトシは別のことでもやってろ!」

 

「はぁ……」

 

 

 私がキレた理由が分からなかったのか、タカトシは首を捻りながら客間から出ていく。

 

「シノっち。ビッチのオイル塗りって……腰を痛めてるので乗っかられるのはちょっと……」

 

「ユニークな聞き間違いをするな!」

 

 

 タカトシがいなくなったことで絶好調になったカナにツッコミを入れながら、私はゆっくりと湿布を貼るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急遽シノさんまで泊まることになったので、夕食は食材の都合がつく鍋にすることにした。

 

「タカ兄、何か手伝おうか?」

 

「だったら義姉さんの様子を見ておいてくれ。シノさんと二人きりだと、恐らく絶好調で腰を悪化させるかもしれない」

 

「私が加わってもあまり意味はないと思うけど」

 

「分かってるなら自重しろ。というか、お前にこっちを手伝ってもらったらえらい目を見ることは火を見るより明らかだからな」

 

「そこまで酷くないよ~。まぁ、お義姉ちゃんが無理をしてないか見てくるね」

 

 

 コトミをキッチンから追いやって、俺は具材の用意をしておく。あまり煮込む必要はないので、義姉さんがこちらに来れるようならこっちで、無理そうなら客間にガスコンロを持っていって仕上げればいい。

 

「タカ兄、お義姉ちゃんまだ無理っぽそう」

 

「分かった。それじゃあコトミは客間にこれとこれを持っていってくれ」

 

「了解!」

 

 

 何故か敬礼をしたコトミに苦笑いを浮かべる。また何かに影響されているのだろうが、家の中ならまだしも外でやってたら引かれるだろうな……

 

「(てか、高校生にもなって影響されやすいヤツ……)」

 

 

 犯罪行為に走らないだけマシだと思いながら、俺は具材を持って客間へ移動する。

 

「ゴメンね、タカ君。本当なら私が作るべきなのに」

 

「仕方ありませんよ。この前まで風邪をひいてて、それを挽回しようとして掃除を張りきったところ、腰をやってしまったんですから」

 

「なんとも情けない限りです……」

 

 

 別に義姉さんにそこまでしてもらわなくても掃除は行き届いてるし、風邪を引いたのも半分はウチのエアコンの故障が原因なので、義姉さんが気にする必要は無いんだがな……まぁ、義姉さんがやりたいと言ったのを無理に止める必要もないかと思ってやらせたのだが、こんなことになるなら止めとけばよかった。

 

「というか、私までご馳走になってすまないな」

 

「そう思うのなら、いきなり泊まるなんて言い出さないでくださいよ」

 

「悪い……」

 

「まぁムラサメが粗相したのが原因ですから、そこまで本気で怒ってるわけではないんですが」

 

 

 靴は既に乾いているが、コトミ一人に義姉さんを頼むのは少し不安だったからシノさんが居てくれて助かる部分もあるからな。

 そう夜の時点では思ったのだが――

 

「「寝違えちゃった」」

 

「何やってんだよ……」

 

 

――朝起きてきた二人は見事に首を寝違えていたのだった。




自宅でも苦労するタカトシ……


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漂う匂い

原作では逆ですが……


 会長とスズは部室の見回り、俺は職員室で横島先生と小山先生と次の生徒総会の打ち合わせということで、生徒会室にはアリア先輩一人が残っている。それほど多くは無いが一人でやるには少しキツイ量の書類を引き受けてくれたのだが、さすがに終わらせるのは難しいだろうと思い、俺は打ち合わせを早めに切り上げる事にした。

 

「――ということですので、くれぐれも畑さんに内容を漏らさないようにお願いします」

 

「おいおい、これでも生徒会顧問なんだぜ? 不満は漏らしても機密情報を漏らしたりはしないさ」

 

「前半は聞かなかったことにしておきます。小山先生、横島先生の監視をお願いします」

 

「そんなに信用無いのか、私は?」

 

 

 不本意だと言わんばかりに俺と小山先生を交互に睨みつける横島先生だが、俺からしてみれば何処を信用すれば良いのか分からないくらいの相手なのだからこの措置は当然なのだ。

 

「大丈夫よ、津田君。さすがに横島先生も喋っていいことと悪いことの区別くらいはできるでしょうし」

 

「そうだと良いのですが……男子生徒を斡旋すると言われたらホイホイと話しそうですし」

 

「……否定出来ない」

 

「しろよ! というか、さすがの私でもそこまで落ちぶれてないわ!」

 

 

 そこはかとなく不安だが、とりあえずは横島先生を信じて俺は職員室を後にする。幸いな事に畑さんの気配は会長とスズの側にあるので、ここでの会話を聞かれていたということはない。盗聴器などの心配もなかったので、とりあえずこれで情報が洩れたら横島先生を問い詰めれば良いのだ。

 

「まぁ、バレたところで近い内に発表されることなんだがな」

 

 

 特別重要なことでもないのだが、あの人に知られたら面倒なこともあるので釘を刺したに過ぎないので、俺は気持ちを切り替えて生徒会室へ戻る。

 

「(アリア先輩一人で何処まで終わらせられたか)」

 

 

 時間的にはほぼ終わっていてもおかしくはないのだが、一人だと集中できる人とできない人がいるからな……ちなみに、コトミはどちらでも集中できないのだが。

 

「お疲れさま――ん?」

 

 

 一応声をかけてから入室しようとしたが、中から規則正しい息遣いが聞こえてきたので、俺は音を立てずに生徒会室に入り、寝てしまっているアリア先輩に自分のブレザーを掛け、残っている仕事を片付ける為に机に向かう。

 

「まぁ、だいたい終わってるからそれ程時間は掛からないか」

 

 

 残っているのはPCに打ち込む作業だけなので、俺は鞄から眼鏡を取り出してデータを打ち込む。その間かなり集中していたので、会長とスズが生徒会室に戻ってきていたことに気づけなかった。

 

「あぁ、二人ともお疲れさまです」

 

「お疲れ。早速だがタカトシ、この状況を説明してくれ」

 

「はい?」

 

 

 何故かご立腹な会長とスズが指差す方に視線を向けると、アリア先輩が俺のブレザーの匂いを嗅いでいるような格好になっていた。

 

「あぁ、寝てしまっていたのでブレザーを掛けてあげたのですが、ズレてそんな格好になってしまったんですね」

 

「お前がアリアに匂いを嗅がせたわけじゃないんだな?」

 

「そんなことをして、俺にどんなメリットが?」

 

「いや、忘れてくれ。とりあえず仕事も終わったんだし、帰るとするか。アリア、起きろ!」

 

「ん~……あれ? シノちゃん……?」

 

「ここは生徒会室だ。作業も終わったから帰るぞ」

 

「えっと……私最後まで終わらせたっけ?」

 

「残ってた分は俺がやっておきましたので」

 

「ゴメンね。それとこれも……少し汚れちゃったかもしれないけど」

 

「かしてみろ」

 

 

 横から俺のブレザーをひったくった会長が念入りにチェックをし、問題ないと判断されブレザーが手元に戻ってきた。というか、何をそんなに気にしたんだか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろお嬢様がお戻りになるので、私は玄関ホールへ移動する。本当ならお迎えに行きたかったのですが、生憎車は車検中で送迎ができないのだ。

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「出島さん、今日もお出迎えありがとうね」

 

「いえいえ、お嬢様に早く会いたくてここで待っていました」

 

「あらあら~」

 

 

 仕事をサボっているわけではないが、橋高さんにはあまり良い顔はされないので自重した方がいいのだろうが、こればっかりは止められない。

 

「ところでお嬢様、なにかいいことでもあったのですか?」

 

「どうして~?」

 

「何時もより笑顔がまぶしいような気がしまして」

 

「別に何もないよ~?」

 

「そうですか……っ!?」

 

 

 部屋へ向かわれるお嬢様とすれ違った時、私はお嬢様から津田氏の匂いがしたことに気が付いた。それも横にいた程度で移る匂いではなく、抱きしめられたような感じの匂いだ。

 

「お嬢様、タカトシ様にハグでもされたのですか?」

 

「えっ? 何でそんなことを聞くの?」

 

「いえ……お嬢様からタカトシ様の匂いがしましたので」

 

「そんなに匂うかな?」

 

「私の嗅覚は誤魔化せません」

 

「そうなんだ。実はね――」

 

 

 お嬢様から事情を聞き、私はようやく納得出来たのですが、それと同時にさすがはタカトシ様だと感心したのでした。




アリアからタカトシの匂いがするのは一緒でしたね


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食後のハプニング

上着のポケットとかに忘れるのは分かる


 何時もはお弁当だが、たまに学食で食べたくなる時がある。今日がそれだ。なので私はお母さんにお弁当はいらないと言い、学食でナポリタンを食べている。

 

「あっ、財布ブレザーの中だ」

 

「どじー」

 

 

 券売機の前で女子生徒たちが騒いでいるのを聞いて、私は心の中で笑みを浮かべる。

 

「(私は貴重品はスカートの中にいれているから、そんな失敗はしない)」

 

 

 今日は少し暖かく、ブレザーを脱いでいる生徒は少なくない。各言う私も今日はカーディガンで過ごしているのだが、貴重品を持ってくるのを忘れることはなく、問題なく過ごせている。

 

「(それにしても、ナポリタンは口の周りが汚くなるのが難点よね……早いところ拭いてしまおう)」

 

 

 私はポケットをまさぐって、ハンカチがティッシュを探すが――

 

「あっ……」

 

 

――ハンカチもティッシュもブレザーのポケットの中だということを思い出し、さっきまで内心嘲笑っていた女子生徒たちに心の中で頭を下げる。

 

「(私としたことが……でも、早いところトイレで口の周りを洗ってしまえば問題ないか)」

 

 

 みっともないので口元を隠しながらトイレへ急ぐ。隠しているのは口元が汚いなんて子供っぽいとか思っているからではない。断じて。絶対にだ。

 

「(それにしても、まさか私がこんな初歩的なミスをするなんて)」

 

 

 頭の中がナポリタンを食べることでいっぱいだったのもあるが、その後のことを失念するなんて気が緩み切っていたのかしら……

 

「(ここ最近緊張するようなこと無かったし、ここらへんで一度引き締めておかないと)」

 

 

 そう心の中で決めて、私は急ぎ足でトイレへ向かう。だが――

 

「わっぷ」

 

「ゴメン、まさか早足で出てくるとは思ってなかった」

 

「た、タカトシ……」

 

 

 私の普段の歩調を把握しているので、普通に歩いていても問題ないと思っていたのだろう。タカトシは私が早足になったのに驚いた様子だった。

 

「ちょっと急いでて……あっ」

 

「?」

 

「それ、ゴメン……」

 

「それ? あぁ、ナポリタンでも食べてハンカチもティッシュも教室に忘れたから、トイレに急いでたわけか」

 

 

 袖に着いたキスマークだけでそこまで把握するとは、さすがはタカトシよね……って、感心している場合ではない。

 

「急いで洗わないと」

 

「そうだな。まぁスズはもうトイレに行く必要もなくなったから、急がなくても良いんじゃないか?」

 

「どうして?」

 

「事故とはいえ、口は拭けただろ?」

 

「あっ……」

 

 

 結果的にタカトシのシャツで口を拭いたことになってしまったのか……

 

「おい津田!」

 

「はい? 何かありましたか、横島先生」

 

 

 私が下を向いている間に、凄い勢いで横島先生がこちらに詰め寄ってくる。タカトシは何か嫌な予感がしているようだが、私には皆目見当もつかない。

 

「そのキスマーク! いったい誰とゴールインしたんだ!」

 

「相変わらず碌なこと言わないな、この人は……」

 

 

 タカトシが頭を抑えながらため息を吐き、私はタカトシが何を思ったのかが分かり納得した表情で頷く。

 

「これはさっき私がぶつかって付いちゃったんですよ」

 

「だが萩村、お前口紅なんてしてないだろ?」

 

「ケチャップです。さっきナポリタンを食べてたんですが、ハンカチもティッシュも教室に忘れてしまってトイレで口を洗おうとしていたところでぶつかったので」

 

「ということは、津田はまだd――」

 

「怒られてから黙るのと、怒られる前にこの場を立ち去るの、どちらを選びますか?」

 

「失礼しました!」

 

 

 タカトシに睨まれた横島先生は、その場で敬礼をして急ぎ足でこの場から去っていった。相変わらずの威圧感だが、今のはどう考えても横島先生が余計な事を言おうとしたのが悪い。

 

「それじゃあ、俺はトイレで袖を洗ってから生徒会室に行くから」

 

「ゴメンなさい」

 

「気にしなくていいって」

 

 

 そう言い残してタカトシは普通の足取りでトイレに向かっていった。それにしても、タカトシの威圧感の所為でちょっと漏れそうになったから、私もトイレに寄っておこう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっとした噂で、タカトシの袖にキスマークがあったという話を聞いたが、事情を聞いて納得した。

 

「――つまり萩村のうっかりが原因ということか」

 

「はい、お騒がせしました」

 

「主に騒いでいたのは横島先生と畑さんの二人だけどねー」

 

 

 横島先生は既にタカトシに怒られた後なので、現在は畑が一人タカトシに怒られている。噂の鎮静化は既に済んでいるので、畑を怒ることに集中できるということだ。

 

「それにしてもうっかりは誰にでもあるんだな。ちょっと安心した」

 

「会長もなにかあったんですか?」

 

「うむ。この前近所に出かけた時のことなのだが、うっかりブラをしないで出かけてたんだ」

 

「そんなのと一緒にしないでもらいたいですね」

 

「まぁ、あまり関係なかったんだがな」

 

 

 虚しいことに、私がブラをしていなくても誰も気付かない。むしろしているのかを疑われるくらいだ。

 

「――って、誰が貧乳だー!」

 

「誰も何も言ってませんけど?」

 

「シノちゃん、幻聴でも聞こえたの?」

 

「幻聴か……」

 

 

 私は自分の耳を軽く叩いて、二度とあのような幻聴を聞かないように心の中で命じたのだった。




シノの気持ちは分からん……


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無人の生徒会室

隙だらけの人が……


 コトミの面倒を義姉さんに見てもらっていたのだが、バイトから帰って来てみたら二人でこたつに篭っていた。

 

「何してるんですか?」

 

「あっ、タカ君お帰り」

 

「義姉さん……コトミも。布団被ってだらしない」

 

「こたつはこれが最高なんだよー」

 

 

 側に置いてあるノートを見て、とりあえず宿題は終わらせたのかと、俺は怒る案件が一つ減ったことに胸をなでおろす。

 

「こうしていればお義姉ちゃんの足の匂いが嗅げるし」

 

「そんなに臭くないよ?」

 

「別に私匂いフェチじゃないですよー?」

 

「君たちは何の話をしているのかな?」

 

 

 怒らずに済みそうだと思った途端にこれだから、この二人の相手は気が抜けない……まぁ、抜くつもりもないが。

 

「タカ君も一緒に入る?」

 

「いえ、さっさと風呂に入って部屋に戻ります。義姉さんもコトミも、何時までもこたつで丸くなってないで部屋に戻った方が良いですよ」

 

「少しくらい良いじゃん」

 

「おや? ムラサメ君がこたつの中で丸くなってますね」

 

 

 露骨な話題逸らしにでた義姉さんに呆れた視線を向けるが、めげずに話を続ける。

 

「私も猫になりたいですね。たまには一日中寝てみたいです」

 

「私は鍵になりたい」

 

「え?」

 

 

 コトミの訳の分からない発言に、義姉さんは声を上げ、俺は視線で真意を問い掛けた。

 

「世界の命運を握る鍵にね!」

 

「くだらないことを言ってないで、少しは自分の部屋でも片づけたらどうなんだ? どうせまた散らかってるんだろうし」

 

「そ、そんなことないですよ?」

 

「明後日の方を見ながら言われても説得力に欠ける。それじゃあ、俺はこれで」

 

 

 一度部屋に戻り着替えを持ってきて、俺は風呂に入る。既に義姉さんとコトミは入浴済みなので、俺が入れば後は風呂掃除をするだけ。義姉さんは兎も角コトミに掃除をさせるわけにはいかないので、ここ最近義姉さんが泊まる時には二人一緒に先に入浴を済ませているのだ。

 

「以前ならコトミが汚すんじゃないかと思ったが、義姉さんが一緒だからその心配も減ったし」

 

 

 たまに盛大にやらかすが、基本的には大人しく入浴してくれるので、俺としても掃除が楽で助かるのだ。まぁ、ほぼ毎日義姉さんがウチに泊っているということは、シノさんたちには黙っておいた方が良いのかもしれないが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室にやってきたが、部屋の中には誰もいなかった。鍵は開いていたのに誰もいないとは、不用心だな……

 

「だが、誰もいない部屋ならあれが出来るかもしれない」

 

 

 そう思った私は、掃除用具入れから箒を取り出してノリノリでモノマネを始める。

 

「いえーい! 今日も一発いっちゃうよー!」

 

 

 この前テレビで見たトリプルブッキングのシホのモノマネだ。我ながらかなり似ていると思うのだが、誰も評価してくれないから確かめようがない。

 

「あっ、次の時間は体育だから、ここで着替えるか」

 

 

 誰もいないし、今から教室に戻って更衣室に移動して着替えるのも面倒だし、ここで着替えてそのまま放課後の業務をすれば移動距離が減って良いと思いついた。

 

「というわけで早速――」

 

「そういうことは本当に誰もいないか確認してからにしてもらえませんかね。モノマネ程度なら黙っていましたが、そういうことになるなら黙ってるわけにもいきませんし」

 

「た、タカトシっ!? 何をしてたんだ」

 

「何って、生徒会室の掃除ですよ。朝来た時気になったんで、昼休みの間に掃除しておこうと思って」

 

 

 机の下から出て来たタカトシに驚いたが、私は冷静な対応ができる状態ではない。まさかあのモノマネを聞かれていたとは……

 

「というか、シノ会長は少し油断し過ぎだと思います」

 

「ど、何処がだ!」

 

「何処がって、さっきから窓の外にいる人に気付いていませんし」

 

「あらー?」

 

「畑っ! あれほど屋上からロープをたらして生徒会室を覗くのは禁止だと言ったのに!」

 

 

 タカトシにバレていたと気づいた畑が大人しく窓から生徒会室に入ってくる。

 

「本当は副会長が無人の生徒会室で何をするのか興味があっただけなのですが、まさか会長のおふざけが撮れるとは思ってませんでした。見出しは『浮かれる生徒会長、ノリノリでアイドルのモノマネ』で行きましょう」

 

 

 別に誇張しているわけではないので怒るに怒れないが、私はそんな記事を認めるわけにはいかないと思いタカトシにアイコンタクトを送った。

 

「今後屋上からロープをたらして中を覗いたら容赦なく新聞部を休部にすると言っていたはずなのに、そのことを忘れてたんですか、貴女は?」

 

「ちょ、ちょっとした冗談じゃないですか! ほらこの通り! 外から隠し撮りした映像・画像は全て消去しましたので! ですから休部だけは平にご容赦を!」

 

 

 タカトシから発せられた殺気に耐えられなくなったのか、畑は映像・画像データを完全消去した。何時ものようにダミーのデータカードではなく、本当に消去したのを見て、私はそれだけタカトシが畑にとって恐ろしい存在なのだと再確認した。

 

「今回はデータ消去を以て不問としますが、次はありませんからね」

 

「はい! 失礼しました!」

 

 

 直角に頭を下げ、敬礼をしたかと思ったら畑は生徒会室から逃げ出した。もちろん廊下を走れば怒られるので、早歩きの範疇で。

 

「会長も、今後は気を付けてくださいね」

 

「あ、あぁ……気を付ける」

 

 

 こうして、私のモノマネが周りに知られることは防がれたのだった。




ホント畑さんは懲りないなぁ……


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嘘発見器

タカトシには必要ないな


 生徒会メンバーの秘密を探ろうと掃除用具入れに隠れていたら、ロボ研の轟さんが飛び込んできた。

 

「生徒会のみんなー……あれ?」

 

 

 鍵は開いているが中には誰もいないので、轟さんは首を傾げる。

 

「せっかく新発明のこれで、生徒会メンバーを丸裸にしようと思ったのに」

 

「機械姦に成功したの!」

 

「畑先輩っ!?」

 

「あっ……」

 

 

 轟さんの言葉に思わず飛び出してしまったが、どうやら私が想像していたものとは別のものだった。

 

「嘘発見器?」

 

「はい。これをセットして質問をして、嘘を吐いていたらブザーが鳴る仕組みなんです」

 

「ほほぅ……面白そうですね」

 

「試してみます?」

 

「受けて立ちましょう」

 

 

 何となく挑発された気になったので、私は早速実験台になることにした。

 

「貴女はS?」

 

「いいえ」

 

 

 私の答えに、嘘発見器は反応しない。

 

「それではM?」

 

「いいえ」

 

 

 この答えでも嘘発見器は反応しない。

 

「洋服買う時はLサイズだから」

 

「独自解釈で性癖を隠してきた」

 

 

 何となく勝った気分だが、これでは本当にこの嘘発見器が本物かどうかが分からないではないか……

 

「ん? 生徒会室で何をしているんだ? というか、その機械はなんだ?」

 

「あっ、会長」

 

 

 ちょうど生徒会メンバーが戻ってきたので、この嘘発見器を使ってもらいたいが、素直に言って実験台になってくれるかどうか微妙ですね……

 

「健康器具です」

 

『ビー!』

 

 

 私の吐いた嘘に、機械が反応する。つまりこの機械は本物だということだ。

 

「何だこの音は!?」

 

「畑先輩、嘘吐いちゃダメですよ。これは私が開発した嘘発見器です」

 

「面白そうだな。タカトシ、試してみてくれ」

 

「何故俺が……」

 

 

 もっとも使ってみたい相手が会長に指名され、本人はまったく乗り気では無いが嘘発見器を装着する。

 

「貴方はA型?」

 

「いいえ」

 

「B型?」

 

「いいえ」

 

「初デートでCまで行っちゃう派か……津田君って積極的なんだね」

 

「何の話をしてるの? 血液型はOだから」

 

 

 轟さんの冗談を華麗にスルーして、津田副会長は作業に戻ってしまう。

 

「では次は七条先輩」

 

「よーし!」

 

 

 何故気合いを入れたのかは分からないが、七条さんが嘘発見器を装着する。とはいっても、七条さんは表情に出やすいので、機械が無くても嘘を吐いているかどうかは分かるのだが。

 

『ビー!』

 

「どうして分かるのー!」

 

「アリアは分かり易いからな!」

 

「それじゃあシノちゃんもやってみてよ」

 

「良いだろう」

 

 

 七条さんから会長に被験者が代わり、質問者も轟さんから私が引き継ぐ。

 

「会長は気になっている男子はいますか?」

 

「なっ!? そ、そんなのいるわけ無いだろ! 我が校は男女交際を禁止しているんだから!」

 

『ビー!』

 

 

 嘘なんか吐かなくても、会長が津田副会長のことを意識していることは全校生徒が知っているというのに……そうだ。

 

「その相手は津田副会長である」

 

「ち、違う!」

 

『………』

 

「あれ?」

 

 

 てっきり盛大にブザーが鳴ってくれると思ったのだが、嘘発見器はうんともすんとも言わない。これは会長の好きな相手は津田副会長ではないということか?

 

「あっ、電池切れだ」

 

「た、助かった……」

 

 

 せっかく慌てふためく会長を写真に収め、面白おかしく記事を書くつもりだったのに……まぁ、向こうで津田副会長が怖い顔をしているので、ここは大人しく退散しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネネの発明品で一通り遊んでいた会長たちだが、タカトシが無言の圧力を掛けたおかげで大人しく作業に集中してくれた。

 

「それにしても、轟は面白いものを発明するな」

 

「嘘発見器なんて、実際に使う機会があるとは思ってなかったよー」

 

「というか、何故畑が生徒会室にいたんだ?」

 

「そういえば……」

 

 

 あまりにも自然にいたのでツッコむのを忘れていたが、何故畑先輩がネネと一緒にいたのかしら……

 

「タカトシ、生徒会室に不審物とか無いかしら?」

 

「別に無さそうだけど? まぁ、あの人は掃除用具入れに隠れて皆さんの写真を撮ろうとしていた時に轟さんがやってきて思わず出てきてしまったんでしょう」

 

「ありそうね……」

 

 

 この間タカトシに今度屋上からロープをたらして生徒会室を覗いたら新聞部を活動停止処分にすると脅されたので、上から覗くのを止めてそのような手段にしたのだろう。

 

「それにしても、シノちゃんの気になってる人はタカトシ君じゃなかったんだね」

 

「ち、違うぞ! あっ、いや……」

 

「今更隠そうとしても無駄だって。私たちの気持ちはタカトシ君だって知ってるんだし」

 

「まぁ、あれだけあからさまなら」

 

 

 会長と七条先輩は少し恥ずかしそうにしているが、タカトシはまったくの素面だ。これだけ反応されないと会長じゃないけど面白くないと思ってしまうわね……

 

「さっきの話に戻るけど、タカトシはネネの質問の意味は分かってたの?」

 

「あまり分からなかったが、A、Bと聞かれれば普通血液型だと思うだろ」

 

「まぁ、普通はそうだな」

 

「でも轟さんは別の意味で質問してたみたいだね」

 

「そもそもタカトシがそこまでがっつくわけ無いだろうが」

 

 

 会長の意見に全面同意だが、私は別にタカトシが相手なら……って! 何を考えているんだ私は!




独自解釈が酷かった


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勘違い多数

ありえないだろ、そんな勘違い……


 今日はコトちゃんの宿題も早めに片付いたので、私が晩御飯の用意をしようと思ったのだが、タカ君に休んでてくださいと言われてしまったのでコトちゃんのゲームを後ろで見ていた。

 

「コトちゃん、勉強にもそれくらいの集中力を持って取り組めないかな?」

 

「無理ですね。これはゲームだからできるものであって、勉強には応用できません」

 

「威張って言うことではないと思うんだけど?」

 

 

 タカ君の妹なのだから、それくらいのことはできても不思議ではないのだけども、コトちゃんの集中力は何故か勉強には発揮されない。

 

「このままじゃマズいってコトちゃんだって分かってるんでしょ?」

 

「それはそうですけど……」

 

 

 私が小言を言い始めると感じたのか、コトちゃんがセーブポイントに移動し始める。

 

「セーブするから少し待ってください」

 

「いいよ」

 

 

 コトちゃんはセーブをしてゲームの電源を切る。そして私の方に向き直って話を聞く体勢をとった。

 

「――というわけ。ちゃんと理解してくれた?」

 

「はい……」

 

 

 粛々と小言を続けていたのか、気付いたら三十分近くコトちゃんにお説教していた。

 

「こんなにお説教するつもりはなかったんだけど、気付いたらこんな時間になっちゃった」

 

「時間を巻き戻せるなら、お義姉ちゃんにお説教される前に戻りたいです。どうしてリアルにはセーブ機能がないんだろう……」

 

 

 そんな機能がリアルの世界にあったとするならば、それを会得した人間は無条件で勝ち組になってしまうだろう。

 

「セーブ機能は兎も角として、私も現実で使いたいゲーム機能はあるよ」

 

「なんですか?」

 

「○毛のON・OFF機能」

 

「私はそもそも生えてませんけどね~」

 

 

 手入れなどが大変なのでいっその事無くしたいと思ったことが何度もあるのだが、コトちゃんは共感してくれなかった。まぁ、生えてないんじゃ仕方ないよね……

 

「コトミ、確かレポートがあるとか言ってなかったか? そっちは終わってるんだろうな?」

 

「………あっ」

 

 

 タカ君に言われて思い出したのか、コトちゃんは大慌てで部屋に戻っていった。あの様子じゃレポートの存在自体を忘れていたようですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室で作業をしていたら、津田妹が職員室にやってきた。兄貴の方なら珍しいと思うが、妹の方じゃ大して珍しくもない。なにせ三日に一回は呼び出されていたくらいの問題児だからな。

 

「レポート、こんな感じでどうでしょう?」

 

「ん~……もう一度、やり直そうか」

 

「そうですか……」

 

 

 兄貴の文才があいつにもあれば、レポートで苦労するようなことはなかったのだろうが、生憎妹の方にある才能は私が知る限りは下ネタだけだ。その点だけは兄貴以上だと太鼓判を押せる。

 

「(まぁ、こんな太鼓判はいらないって言われるだろうけどな)」

 

 

 そもそも兄貴に怒られるだけだろうし、妹の方も最近は自重する方向になっているらしいから、今はどうなのか分からないしな。

 

「横島先生」

 

「おっ、どうした天草?」

 

 

 珍しく天草が職員室にやってきて私に声をかけてきたので、私は少し真面目な雰囲気を醸し出しながら天草に応じる。

 

「小山先生を探しているのですが、何処にいるか知りませんか?」

 

「あぁ、小山先生なら――」

 

 

 そこで私はちょっとした悪戯を思いついた。普通なら勘違いしないだろうが、津田兄に恋心を懐いている天草なら、面白い具合に勘違いしてくれるだろう。

 

「津田に何度もやり直そうって言ってた」

 

「こじれた関係!? というか、何時の間にタカトシとそんな関係に……」

 

「そこまでだっ!!」

 

 

 私たちの会話が聞こえていたのか、小山先生が私たちの間に割って入ってくる。そして事情を説明して、私は天草と小山先生の両方から怒られたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とかレポートも合格点を貰え、放課後には柔道部の方に顔を出せた。しかし今度は手当の勉強をして欲しいと言われ、今は生徒会室で応急ガイドを読んでいる。

 

「包帯の巻き方って難しいなぁ……」

 

「精が出るな」

 

 

 場所を提供してもらっているので会長たちが声をかけてきても不思議ではないが、今は集中したかったな……

 

「どうすれば上達しますかね?」

 

「練習するしかないんじゃないか?」

 

「練習と言いましても、そう簡単に怪我人が出てくれるわけでもないですし……」

 

「タカトシに練習台になってもらえば良いんじゃないか?」

 

「それだ! でも包帯は……」

 

「保健室で借りればいんじゃないかな~?」

 

 

 シノ会長とアリア先輩の提案のお陰で、私はどうしてそんな簡単なことに気づけなかったのかと思い知らされた。

 

「それじゃあさっそく、保健室でタカ兄相手に実技の練習をしましょう! 会長たちも一緒に!」

 

「なんてことを大声で言ってるんですか、貴女は!?」

 

「カエデ先輩? 何かおかしなことを言いましたか?」

 

「だって貴女……保健室でタカトシ君相手に実技の練習って……」

 

「包帯の巻き方を勉強する為に、タカ兄に練習台になってもらおうと思っただけですけど、カエデ先輩は何の練習だと思ったんですか? もしかして子作りの練習とか?」

 

 

 私の言葉に顔を真っ赤にしてカエデ先輩が逃げていく。

 

「ふっ、勝った……」

 

 

 だがこの勝利は無性に虚しい感じがしてならなかった。




この後コトミが怒られたことは言うまでもない


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車に足りない設備

普通はないよな……


 ちょっと用事があったので遠出をしたので帰りはバスを使おうと思ってバス停に行ったはいいが、バスは一分前に出て行ったばかりのようだ。

 

「仕方ない。少し遠いが走って帰った方が速いしな」

 

 

 すぐに来るなら待っていたが、次のバスは十分後だ。それだけの時間をただ待っているのなら、走って帰った方が運動にもなって良いだろうと思い振り返ると、そこにはアリアさんと出島さんが立っていた。

 

「こんなところで奇遇だね、タカトシ君」

 

「そうですね。アリアさんたちもこの辺に用事が?」

 

「たまには出島さんとお買い物でもと思ってね。タカトシ君、バス待ってるなら送ってくよ?」

 

「お気持ちだけ頂いておきます。走って帰ろうと思ってたので」

 

「遠慮しなくて良いよ。というかもう、出島さんもタカトシ君を送ってく気満々だから」

 

 

 アリアさんの言葉を受けて視線を出島さんに移すと、何故か鼻息が荒くなって頷いている出島さんが映ったので、自然な感じで視線をアリアさんに戻した。

 

「それでは、お願いします」

 

「うん、任せて! 出島さん、車をお願い」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 一応メイドということで、出島さんは恭しく一礼してから車を取りに行った。本来なら主を一人取り残すなんてマズいのだろうが、俺が一緒ということで出島さんは安心しているとアリアさんから聞かされた。

 

「それにしても、休日にタカトシ君とばったり会うなんて珍しいよね」

 

「そうですね。今日はバイトも休みで、義姉さんがコトミの面倒を引き受けてくれたので遠出ができたわけですし」

 

 

 昨日まで四連勤だったので、今日はさすがに休めと言われて休みになり、義姉さんも暇だったのかコトミの面倒を引き受けてくれたからここにいるわけで、普段なら来られない場所で出会ったのだから珍しいと言えるだろう。

 

「お待たせしました」

 

「それじゃあタカトシ君、乗って」

 

「こういうのって普通アリアさんが先に乗るんじゃ……」

 

「気にしなくて良いから」

 

「そういうわけには行きませんって」

 

 

 頑なに俺を先に乗せようとするアリアさんの手を取ってエスコートをする。手を取った時に少し驚かれたが、特に抵抗せずに大人しく乗ってくれた。

 

「さすがタカトシ様ですね。あまりにもお嬢様の手を自然につかむので、そのまま押し倒すのかと思いました」

 

「貴女の思考回路はどうなってるんですか?」

 

 

 運転席からおかしなことを言いだした出島さんを睨みつけ、すぐに無駄だと思い直しため息を吐くだけで留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさかタカトシ君とばったり会えるなんて思っていなかったから、私は分かり易いくらい浮かれている。ましてやタカトシ君に手を取ってエスコートされるなんて思っていなかったから、心臓はバクバクだ。

 

「何か飲む?」

 

「相変わらず凄い設備ですね」

 

「そうかな?」

 

 

 私からしてみれば普通なのだけど、タカトシ君からしてみればやはり凄いらしい。普段意識していないけども、こういう感覚の違いから、私はズレているんだと思い知らされる。

 

「むっ? すみません、お嬢様。どうやら渋滞にはまってしまったようです」

 

「急いでいないから大丈夫だよ~」

 

「タカトシ様も、申し訳ございません」

 

「こればっかりは貴女の所為ないですから、謝る必要はありません」

 

 

 タカトシ君も渋滞じゃ仕方ないという感じで出島さんを慰め、備え付けのテレビを点けてニュースを視ている。

 

「コトミだったら浮かれそうな設備ですね。ここで暮らすとか言い出しそうです」

 

「いや、不十分だったよ」

 

「はい?」

 

「トイレも欲しかった……」

 

 

 浮かれすぎていたのか、私は冷たい飲み物を飲み過ぎて尿意を覚え始めた。このままじゃタカトシ君の前でお漏らししちゃう……

 

「タカトシ様、助手席に移動していただけますか? 椅子を倒せばそちらから移動できますので」

 

「それは構いませんが、いったい何を?」

 

 

 タカトシ君が助手席に移動した後、出島さんが操作して後部座席との間に仕切りが現れる。

 

「お嬢様、これでペットボトルに出すことができます」

 

「あ、ありがとう」

 

「これ、普通に見えるんじゃ……」

 

「ご安心を、こちらはマジックミラーですので。こちらからお嬢様の姿を見ることはできません」

 

 

 ちなみにこの車は窓ガラスもマジックミラーに変えることができるので、中でする時に便利だと出島さんが豪語してタカトシ君に怒られている。

 

「ですが、お嬢様の側からは私の姿は見えますので、こうして覗き気分を楽しむことができるのです」

 

「視線が気になって定まらないよぅ……」

 

「余計なことをするな」

 

 

 出島さんの首根っこを掴んで視線を前に固定させたタカトシ君。こういった気遣いが嬉しいんだよね。

 

「ところで出島さん、この出した後のヤツ、どうしよう」

 

「保管していただければ、後程美味しくいただきますが」

 

「それはさすがに……」

 

「では冷蔵庫にでもしまっておいてください。目に見えない場所においておけば、お嬢様も気にならないでしょうし」

 

「そうだね。タカトシ君、もう戻ってきて良いよ」

 

 

 私の老廃物を見られるのは、相手がタカトシ君でも恥ずかしい。私は津田家に到着するまでの間、なんどか冷蔵庫の方をチラチラと見て、自分で恥ずかしい思いをしたのだった。




何故飲みたいと思うのか……


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感じる重さ

授業中は眠くなるよな……


 最近練習時間が減っているような気がして、私は普段からできるトレーニングが無いかマネージャーに調べてもらう事にした。

 

「簡単にできるものですと、リストウエイトなどを装着して生活するとかですかね。もちろん、無理のない範囲でですけど」

 

「リストウエイトか……早速やってみようかな」

 

 

 部活中に使っているものを取り出して、私は手首に巻き付ける。これくらいなら問題ないし、日常生活に支障をきたすような重さじゃないよね。

 

「それじゃあ部員全員に――」

 

「アンタじゃないんだから、そんなもの着けたまま生活なんてできないっての」

 

「そうなの?」

 

 

 私の提案はチリに却下され、そのチリの意見を部員全員が支持したので、とりあえず全員にリストウエイトを配るのは諦めた。

 

「それじゃあ今日の朝練はここまで。放課後もがんばろー!」

 

「その前に授業があるだろうが」

 

 

 またしてもチリにツッコまれてしまったが、正直授業に出ている時間もトレーニングできたら、もっと強くなれるのにとか考えてしまう。

 

「スズちゃん、タカトシ君、おはよー」

 

「おはよう」

 

「あらムツミ、それは?」

 

 

 教室に入ってすぐにスズちゃんとタカトシ君に挨拶をしたら、スズちゃんが私の手首を見ながら尋ねてきた。

 

「リストウエイトだよ。これならいつでも鍛えられるし」

 

「重いんじゃないの?」

 

「これくらいヘーキだよ」

 

「無理するなよ」

 

 

 スズちゃんには心配そうな視線を、タカトシ君からは言葉をもらったけども、二人とも心配し過ぎだと思うんだよね。たかが体感十キロくらいの重りで。

 

「席に着け。授業を始めるぞ」

 

 

 早速授業が始まり、私は教科書とノートを取り出して板書されている文字をひたすらノートに書き写す。

 

「(ダメだ、重い――)」

 

 

 授業が始まって十分位した頃、私は重さと戦っていた。

 

「(――まぶたが)」

 

 

 何言ってるのか分からないし、何が書いてあるのかも分からないものを見ていた所為で、睡魔に襲われているのだ。

 

「(もうだめ……)」

 

 

 まぶたの重さに耐えきれず、私はそのまま寝てしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀を取り締まる為に校内の見回りをしていると、やはり校則違反をしている生徒がちらほらとみられる。

 

「津田さん、アクセサリーは校則違反です!」

 

「ごめんなさーい」

 

 

 最近は大人しくなってきたと思っていた津田さんも、アクセサリーを身に着けていたりと、やはり一度締め直さないといけないみたいですね。

 

「(でも、私一人が厳しくしても、風紀が元通りになるとも思えないのよね……)」

 

 

 風紀委員長としてそれなりに厳しくしてきたつもりなのに、ここ最近は風紀の乱れが目立つ。誰に相談した方が良いのかもしれないが、他の風紀委員に相談しても何か解決案が出るとは思えない……

 

「はぁ、風紀が乱れてるなぁー……」

 

 

 思わずため息を吐いてしまったが、周囲には津田さんしかいないし気にしなくてもいいだろう。

 

 

「バレましたか。今日は安定しなくって」

 

「はい?」

 

「だって今『ふ…気が乱れてるな』って言いましたよね」

 

「言ってません。というか津田さん、これ以上校則違反を繰り返すのなら、保護者の方を呼んで面談することになりかねませんよ?」

 

「こ、今後気を付けますので、タカ兄に言うのだけは勘弁してください」

 

「……あ」

 

 

 何故ここでタカトシ君の名前が出てくるのか一瞬分からなかったけども、津田さんのご両親は出張でいないのでタカトシ君が保護者代理として呼ばれるんだっけ。

 

「タカトシ君に迷惑かけていると自覚しているのなら、もう少し気を引き締めてください」

 

「気を付けます……」

 

 

 ガックシと肩を落としながら戻っていく津田さんを身を繰りながら、タカトシ君と話せるのなら津田さんを指導するのもありかもしれないと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英稜生徒会は女子四人で会長は三年生、私は二年生で残り二人が一年生。先輩と後輩に挟まれて大変な思いをしています。

 

「中間管理職って大変だなぁ……」

 

「チュー管理職? 良く分かんないケド、欲求不満?」

 

「その言葉、直球で投げ返してやりますよ」

 

 

 挟まれて大変なだけではなく、会長は良く分からないことを言い出すし、広瀬さんは女子しかいないからだらしない恰好をしたりしますしで、それを注意しなければならないのだ。

 

「それはそうと、今度桜才の皆さんとお花見をしないかって話題があるのですが、サクラっちも参加しますか? 青葉っちと広瀬さんは都合つかなくて不参加なのですが」

 

「お花見ですか。そう言えばタカトシ君からそんなメールが着てたような気が……」

 

 

 そう言いながら私は携帯を操作しタカトシ君からのメールを確認する。あまりする機会はないけども、たまにメールが届くと嬉しくなるんですよね。

 

「あぁ、ありました。その日なら予定もないですし、私も参加します」

 

「というか、サクラっちタカ君とメールしてたんだね」

 

「一応相談とか乗ってもらったり、課題で分からないところを聞いたりとしてます。それがなにか?」

 

「いえ、タカ君が携帯を弄ってるところをあまり見ないので」

 

「タカトシ君はあまり使ってるイメージ無いですしね」

 

 

 会長と話しながらタカトシ君に参加する旨のメールを送ると、すぐに返信が着た。僅か数行の遣り取りだが、これはこれで嬉しいものだと感じますね。




まぁ学生じゃないので、眠かったが正しいかもしれませんが


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交流会で花見

必死な人が若干名


 本日は桜才・英稜生徒会合同のお花見が行われる。合同と言っても、英稜の方は二人不参加ということで、実質何時も津田家に集まっているメンバーの花見という感じだ。

 

「皆さん、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 

 花見など場所取りが大変だと思っていたのだが、そこは七条家のメイドである出島さんがアリアの代わりに場所取りをしてくれていたので、私たちは問題なくベストポジションを手に入れることができた。

 

「場所取りご苦労様。大変だったでしょ?」

 

「いえいえ、皆さん程ではありません」

 

 

 出島さんの視線が弁当箱とタカトシを往復したことで、私と萩村は出島さんが何を意図してそのようなことを言ったのか理解した。確かにこの場所取りは花見の場所取り以上に大事なものだろう。

 

「それでは用意したお弁当もありますし、早速花見を開始しましょう」

 

 

 出島さんの合図と共に、私と萩村はぴっちりとタカトシの隣をキープする。そしてタカトシが腰を下ろしたタイミングで、私と萩村もその隣に腰を下ろす。

 

「タカく~……早っ!?」

 

「毎回毎回カナにタカトシの隣を取られていたからな。こればっかりは譲ってやるわけにはいかない」

 

 

 義姉の立場を最大限に利用してタカトシの隣を確保していたカナと、圧倒的リードを誇っている森への牽制も兼ねての場所取りなのだ。せっかく勝ち取った場所を譲ってやれるほど、私と萩村は余裕があるわけではない。

 

「仕方ないね。タカ君の隣は二人に譲ってあげる」

 

「「(何か勝った!)」」

 

 

 素直にカナが引き下がるとは思っていなかったので、今の発言で私たちはカナに勝利したのだと思った。だが――

 

「私はここで」

 

「「ロマンティックなひととき!?」」

 

 

――タカトシの背後に座り、自分の背中をタカトシに預けだす。

 

「義姉さん、そこじゃちゃんと食べれませんよ」

 

「タカ君に食べさせてもらうから大丈夫」

 

「いや、大丈夫じゃないでしょうが……」

 

 

 タカトシに注意され、カナは渋々移動する。座った場所は私の左隣。つまりタカトシとカナの間に私がいる状態だ。

 

「(これはこれで優越感だな)」

 

 

 なんとも小さい感じだが、タカトシの隣にいる為に苦労している私や萩村とは違い、カナや森は学校も違うのに自然に隣にいられるのだから、こういう時くらいは私が隣に座ってても文句は言えないだろう。

 

「そういえばタカ君、今日コトちゃんは?」

 

「アイツの分も弁当も用意しておきましたので、昼はそれでなんとかなるでしょう。洗濯物だけはしまっておけと言っておいたので、そっちの心配もありません」

 

「それはそうだけど、コトちゃんを家に一人にして大丈夫なの?」

 

「午後から八月一日さんと時さんが遊びに来るそうなので、そっちも心配ありませんよ」

 

「なら大丈夫だね」

 

 

 なんだ、この子供を心配する夫婦の会話を隣で聞いているような感覚は……この位置、失敗だったかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草さん、萩村さん、魚見会長の壮絶な場所取り争いとは関係なく、私は空いている場所に腰を下ろしたのだが、その場所はタカトシ君の正面だった。

 

「しかし高校生で花見をしているのは我々だけのようだな。周りは大人ばかりだ」

 

「会長がこういうイベントに敏感に反応するからでは? 普通高校生がここまで派手に花見をしようとは思いませんって」

 

「まぁ、大人たちはお酒が飲める機会だとはしゃげるが、我々は飲めないからな」

 

「出島さんは飲まないのー?」

 

「私はこの後お嬢様をお送りしなければいけませんので」

 

 

 あちこちで盛り上がっている様子だが、タカトシ君はさっきから無言で上を見ている。ちょうど散ってきた花びらを見ているのか、その視線はだんだんと下りてきて――

 

「っ!」

 

 

――ずっとタカトシ君を見ていた私の視線とぶつかり、私は慌てて視線を逸らした。

 

「ところでタカ君」

 

「なんですか?」

 

「何度も聞きますが、どうやればタカ君のように美味しいお弁当が作れるのでしょうか?」

 

「義姉さんの料理も十分美味しいですよ」

 

「タカ君はそう言ってくれますが、タカ君の料理がおいしいのも事実。サクラっちなんてタカ君のお弁当を食べてショックを受けるレベルですから」

 

「そうなのか?」

 

 

 会話の流れでタカトシ君の視線が私に向けられる。確かにタカトシ君のお弁当を食べてショックを受けたことはあるけども、今この場で言う必要は無かったんじゃないだろうか。

 

「私は最低限しかできないから、タカトシ君のレベルの高さを羨んだことはあるよ」

 

「そもそも俺だって好きで上達したわけじゃないんだがな……両親不在でコトミが全くできないから仕方なく、という感じだから」

 

「前にも聞いたことあるが、よくお前の胃は無事だったよな」

 

「実際胃薬に頼ってた時期もありますがね」

 

 

 その時を思い出したのか、タカトシ君は苦々し気な表情を浮かべている。

 

「出島さん、さっきからタカトシ君が使ってた割り箸を見てどうしたの?」

 

「いえ……これを舐ればタカトシ様と間接ディープキスができるのではないかと思いまして」

 

「あらあら~」

 

「それで済ませて良いんですか?」

 

 

 隣に座っている七条さんにツッコミを入れるが、あまり効果は無さそうだ。出島さんの変態性は私たちの想像を遥かに超えているから……




出島さんの変態性はどうしようもないな……


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四月バカ

何でも嘘を吐いていい日ではない


 今日はエイプリルフールで登校日ということで、私は生徒会室でさくらたんの着ぐるみを着て待機していた。首を外せば中身が空っぽと驚かせる計画だ。

 

「(早く誰か来ないかな)」

 

 

 生徒会室で待つこと三十分、この部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

「(来たっ!)」

 

 

 足音から察するにタカトシがこの部屋にやってきたようだ。タカトシが相手だと驚かせられるか分からないけど、せっかく準備したんだからやらないわけにはいかない。

 

「っ!」

 

 

 タカトシが部屋に入ってきたタイミングで、首を外したのだが、タカトシはあまり驚いた様子もなく一瞥しただけですぐに理解した。

 

「エイプリルフールで誰かを驚かそうとしてたんですか?」

 

「分かってるのなら驚いてくれたっていいだろ!」

 

 

 まったく驚くことなく作業を始めたタカトシに、私は着ぐるみの手でぽかぽかと叩くが、タカトシはあまり相手をしてくれない。

 

「せっかく三十分もこの中で待機していたんだから、もうちょっと相手をしてくれたっていいだろ!」

 

「そんなこといわれましても……」

 

 

 なんだか残念な人を見るような目を向けられて、私はタカトシ相手にドッキリは絶対にしないと心に決め、着ぐるみを脱ごうとしたのだが――

 

「ファスナーが壊れた!? 早く脱がしてくれ!」

 

「なにやってるんですか……」

 

 

 呆れているのを隠そうともしないタカトシが私の背後に回って、ファスナーを外してくれる。

 

「す、すまない……」

 

「いえ、何時までもそんなのを身に着けていたら作業できないでしょうし」

 

 

 無事に着ぐるみを脱ぐことができ、私は恥ずかしさを誤魔化す為に蘊蓄を述べることにした。

 

「エイプリルフールは午前中にだけ嘘を吐いていい日で、午後にはネタ明かしをして普通に過ごす日という説がある」

 

「いくら嘘を吐いても許される日だからといって、やっていいことと悪いことがあるので気を付けてくださいね? 着ぐるみドッキリ程度なら許しますが」

 

「う、うむ……」

 

 

 何となく実感がこもっている注意をされてしまい、私は素直に頷くしかできなかった。恐らく過去にコトミがやらかしたのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か良いネタが無いかと登校日の校内をうろついていたら、生徒会室から大声が聞こえてきた。

 

『ファスナーが壊れた!? 早く脱がしてくれ!』

 

『なにやってるんですか……』

 

 

 どうやら生徒会室で会長と副会長がなにかをやっているようだ。今の声は録音してあるから、面白おかしく編集して曲解して記事にすれば、それなりの話題にはなるだろう。

 

「まさかこんなネタを手に入れられるとは」

 

「喜ぶのは良いですが、事実無根の記事を書くつもりなら、新聞部は活動休止にしますからね」

 

「なっ、津田副会長……何故!?」

 

 

 先ほどまで私の目の前には誰もいなかったのに、いつの間にか津田副会長が私の前で満面の笑みを浮かべた状態で立っている。並の人間なら気絶しても不思議ではない光景だ。

 

「では今の会話の真相を教えてください」

 

「会長がドッキリを仕掛けようと着ていた着ぐるみのファスナーが壊れて脱げなくなっただけです」

 

「なんだ、つまらない……」

 

 

 エイプリルフールで盛り上がろうとするなんて、相変わらず天草会長は子供っぽいところがありますね。まぁ、そこが人気の理由でもあるのでしょうが。

 

「というか、用もない人が何時までも校内に残らないでくれませんかね? カエデさんに突き出されたいんですか?」

 

「ま、まだ何もしていませんよ?」

 

 

 風紀委員長に突き出すと脅され、私は思わず怯む。なにせ叩けば埃が出る身なので、できることなら風紀委員会のお世話にはなりたくない。まぁ、風紀委員長だけなら口先で何とかできそうですが、恐らく――というか絶対、その場には津田副会長も同席するだろう。そうなると嘘は使えなくなってしまう。

 

「未遂ということで見逃しますが、大人しく帰宅してください。貴女のことに意識を割きたくないので」

 

「酷い言い様ですね……まぁ、大人しく退散しますよ」

 

 

 津田副会長相手では私の口八丁は意味を成さない。なので大人しく退散することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に向かう途中、七条先輩と合流したのでお喋りをしながら生徒会室を目指す。

 

「そういえば今日、エイプリルフールだね」

 

「会長がなにかしそうな日ですね」

 

「せっかくだし、こっちからドッキリを仕掛けてみる?」

 

「面白そうですね」

 

 

 会長のことだからなにか嘘を用意しているだろうから、こちらから仕掛けて会長の嘘を潰すのも面白そうだ。

 

「遅れました」

 

 

 とりあえず普通に生徒会室に入ったが、七条先輩はなにかを企んでいるような表情で会長に話しかける。

 

「シノちゃん」

 

「なんだ?」

 

「実は私――」

 

 

 いったいなにを言うんだ?

 

「――スズちゃんとお付き合いすることになったの」

 

「「はぁ!?」」

 

「……何故萩村まで驚くんだ?」

 

「あっ……」

 

 

 せっかく七条先輩が渾身の嘘を吐いたというのに、仕掛人側の私も驚いてしまった。

 

「わーい。シノちゃんもスズちゃんも引っ掛かった~」

 

「「くそぅ……」」

 

「あの、そろそろ作業してください」

 

 

 結局三人ともタカトシに注意されてしまい、その後は普通に作業を進めた。




人間関係が悪化しても知らんが……


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気になる数字

女性は特にでしょうけども


 来週は身体測定ということで、女子の間では様々な悲鳴が上がっている。例えば――

 

『来週までに絶対痩せてやるんだから!』

 

 

――とか、

 

『今年こそは大台に届いてますように!』

 

 

――などだ。ちなみに私も、できることなら背が伸びていて欲しいと願っている。

 

「スズちゃん、来週身体測定だね」

 

「そうだね」

 

「体重とウエスト、増えてたらどうしよう」

 

「そっちも心配よね」

 

 

 見た目には変わっていないかもしれないが、意外と増えていたりすることもある。ネネが心配しているのを他人事だと笑い飛ばせるほど、私は自分の体重やウエストを把握しているわけではないのだ。

 

「はぁ……増えてたらどうしよう」

 

「横島先生?」

 

 

 教師は身体測定なんて関係ないのに、何故か通りがかりの横島先生がため息を吐いた。

 

「血圧とか内臓脂肪とか……」

 

「(大人になるといろいろあるんだ……)」

 

 

 体重やウエストで頭を悩ませているのが可愛いと思えるような悩みを聞かされ、私は思わず頬を強張らせる。

 

「そんなに心配なら運動すれば良いんじゃないですか?」

 

「でも一人じゃ続けられるかどうか分からないだろ?」

 

 

 あっ、この流れは良くないな……そして翌朝。

 

「というわけで、横島先生の人間ドックに向けての運動に、我々生徒会役員も付き合うことになった」

 

「よろしく頼む!」

 

「会長! 私は生徒会役員ではありません!」

 

「コトミは生活習慣を見直す為に、タカトシが推薦したんだ」

 

「そのタカ兄は?」

 

「横島先生と我々の朝ごはんやお弁当を用意してくれている」

 

「くそっ! 優秀な兄が憎い」

 

 

 恐らくタカトシだけ走らないのはズルいとかなんとか言いたかったのだろうが、タカトシは運動しない代わりに食事管理をすることになっていると知り、コトミはその場に崩れ落ちる。

 

「コトミちゃんだって身体測定があるんだし、運動しておいた方がいいでしょ~?」

 

「別に太ってませんし。あっ、でも最近ブラがキツくなってきたような気もします」

 

「「くそぅ!」」

 

 

 思わず会長とユニゾンしてしまったが、何故コトミばかり成長しているのだろうか……

 

「コトミちゃんも? 私も最近キツくなってきたような気がするんだよね」

 

「今度一緒に買いに行きませんか?」

 

「いいよ~。じゃあシノちゃんたちも一緒に――あっ」

 

 

 何かを察したような表情を見せる七条先輩。恐らく私や会長はサイズが変わっていないから新しく買わなくてもいいということに気付いてしまったのだろう。

 

「なぁ、早いところ運動しようぜ? 何時までもだべってると後で津田に怒られそうだ」

 

「そうですね」

 

 

 意外なことに横島先生が流れを変えてくれたお陰で、とりあえず不穏な空気は何処かに流れていってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段ならまだ寝ている時間ということもあり、私は欠伸を噛み殺しながら走っている。

 

「コトミ、もう少しちゃんとできないのか?」

 

「まだ眠いんですよ……うわぁ!?」

 

 

 不真面目に走ってるところに会長から話しかけられ意識をそっちに向けた途端、私は小石に躓いてこけてしまう。

 

「大丈夫か?」

 

「なんとか……」

 

「気を付けた方が良いよ~」

 

「そうですね。前を走っているスズ先輩のズボンを下ろしてしまって、ロリの露出プレイをしてしまうかもしれませんし」

 

「ロリって言うな! というか、そんな派手に転ぶつもりなの?」

 

 

 スズ先輩は自分のズボンの紐をきつく縛りながらそう問いかけてくる。

 

「だって私はタカ兄のように運動神経が良いわけじゃないので、こけそうになったら身体を捻って空中で体勢を整えることなんてできませんから」

 

「……そんなことができるのか? というか、タカトシがこけるところなんて想像できないんだが」

 

「中学の時、私が走っててタカ兄が反対側を歩いていたんですが、ぶつかって私は吹っ飛び、タカ兄はそうやって体勢を整えて無傷でしたから」

 

「相変わらず普通の人間の範疇にいないヤツだな……」

 

 

 シノ会長以外も似たような表情を浮かべているので、三人とも同じようなことを思っているのだろう。

 

「というか、お前中学校でも廊下を走っていたのか」

 

「ギャルゲーごっこをしていただけですよ」

 

「あぁ、パンを咥えながら『遅刻遅刻!』ってやつか」

 

「はい。まさか実兄にぶつかるとは思ってませんでしたが」

 

 

 まぁタカ兄以外にぶつかっていたらもっと大事になっていただろうけども。

 

「何で私が一番真面目に走ってるんだよ!」

 

「横島先生の為の早朝ジョギングですよね?」

 

「それはそうなんだが……」

 

「先生の為に用意した青汁があるので、良かったらどうぞ」

 

 

 スズ先輩が横島先生に手渡した水筒からドロッとしたものがでてくる。あれは飲みたくないな……

 

「青汁じゃなくて○汁なら喜んで飲むんだが……」

 

「余裕ありそうですし、もう一杯いきましょうか」

 

「鬼畜っ!? だがロリっ子鬼畜プレイもなかなか……」

 

「だからロリって言うな!」

 

「はぁ……誰が収集付けるんですかね?」

 

「それは同感だが、お前が言うな」

 

 

 この面子では誰もこの場を収めることはできないだろうと思って呟いたのだが、会長にツッコまれてしまった。




相変わらず人間の範疇にいないタカトシ……


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服の趣味

さすがにそんなミスはしないだろ


 タカ兄からお小遣いをもらったので、私はトッキーと一緒に服を買いに行くことにした。普段ならタカ兄に頼み込んでお小遣いをもらうのだが、今回はテストで平均以上を取ったので臨時のお小遣いをお願いしたら、なんとOKをもらえたのだ。

 

「お前がこの時期に小遣いがあるなんて驚きだな」

 

「タカ兄から臨時ボーナスをもらえたんだよ」

 

「まぁ、今回は私も兄貴のお陰でなんとかなったしな」

 

 

 私もトッキーも、タカ兄とお義姉ちゃんのお陰で良い点数を取れたのだ。

 

「ところでトッキー、最近その服ばかり着てるけど、お気に入りなの?」

 

「まぁ、楽だしな」

 

「(あぁ、リバーシブルだしね)」

 

 

 あのアウターはリバーシブルで、トッキーが裏表を間違えても問題はないのだし、一緒に買いに行った時も同じようなことを思ったし。

 

「それにしても、兄貴がお前に小遣いをくれるなんて珍しいよな」

 

「それだけ良い点数を取ったからだよ。それにお義姉ちゃんにも援護射撃をお願いしたから」

 

 

 私一人の力ではもらえなかっただろうが、お義姉ちゃんも私の味方になってくれていたので、タカ兄も臨時ボーナスに納得してくれたのだ。まぁ、次のテストでまた酷い点数を取った場合は、お小遣いを減らされるんだけども……

 

「それじゃあ、とりあえず自分の気に入りそうな服を探そう」

 

「そうだな」

 

 

 私とトッキーとでは、服の趣味が違う。なので同じ店に来ても一緒に服を探すということはしない。どちらかと言えば、マキと一緒に探す方が楽なのだが、生憎今日は予定が合わずに私とトッキーの二人で来ているのだ。

 

「(高校に入学するまでタカ兄に服を選んでもらっていたから、私のセンスって他の子たちと比べると悪いんだけどね)」

 

 

 いい年して兄に服を選んでもらっていたというのは、何となく恥ずかしい気もするが、中学までは自腹を切らなくてもタカ兄が服を買ってきてくれていたのだから仕方がないだろう。むしろ、自分で選ぶなんて考えたこともなかったくらい。

 

「(おっ、あれはちょっと興味あるかも)」

 

 

 私の眼に留まったのは背中開きのトップス。普段なら着てみたいとは思わないし、タカ兄が買ってきてくれていたデザインとも大きく異なる。だが何となく試着くらいならしてみてもいいかなと思ったのだ。

 

「何かあったのか?」

 

「ちょっと試着してみる」

 

 

 試着室の前でトッキーと合流し、私はさっきのトップスを試着してみることにした。

 

「これ結構大胆で、ちょっと恥ずかしいかもね」

 

「ふーん……私も試着してみるか」

 

 

 私が着ているのを見て、トッキーも試着すると言い出したので、私は一つ注意しておくことにした。

 

「トッキー、試着する時は前後気を付けてね」

 

「そこまでドジじゃねぇよ!」

 

 

 結局冒険する勇気は出なかったので、私は普段着ているような服を買い、トッキーはまたしてもリバーシブルの服をチョイスしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は生徒会役員で出かけることになっており、私は待ち合わせ時間に余裕で間に合う時間に出かけようと玄関に向かう。

 

「あら? スズちゃん、この靴シークレットブーツになってるのね」

 

「あっ!」

 

 

 少しでも背を高く見せたくて買ったはいいが、あまり履く機会がなかった靴をお母さんに見つけられ、私は恥ずかしさからその靴を奪い取る。

 

「このことは内緒にして! トップシークレットで!」

 

「え? そっちも底上げしてるの?」

 

「そういう意味じゃねぇよ!」

 

 

 相変わらずボケが多い母親とのやり取りで少し時間に余裕が無くなったが、それでも十分に間に合う時間だ。

 

「(もう来ているとしたらタカトシくらいかしらね)」

 

 

 アイツは何時も一番に待ち合わせ場所に来ているようで、前に話を聞いたらだいたい十五分前には着くようにしているらしい。

 

「(真面目なタカトシらしいけど、たまにはアイツが来るのを待ってみたいものよね)」

 

 

 別に二人きりで出かけるわけではないし、もしかしたらタカトシよりも先に会長か七条先輩が来る可能性だってある。だが私は少し急ぎ足で待ち合わせ場所に向かい、タカトシより先に到着することができた。

 

「(これでアイツを出迎えることができるわね)」

 

 

 そう思っていたのだが、五分前になってもタカトシはおろか、会長も七条先輩も現れない。

 

「何かあったのかしら?」

 

 

 私は携帯を取り出してタカトシに連絡することに。

 

『もしもしスズ? 何かあったの?』

 

「それはこっちのセリフよ。何時まで経っても誰も来ないんだけど」

 

『もしかして西口にいるの? 待ち合わせ場所は東口に変更だってさっき会長から連絡があったはずだけど』

 

「えっ……」

 

 

 私は慌てて携帯のメッセージを確認すると、一時間以上前に確かに会長から待ち合わせ場所変更の連絡が入っていた。

 

「す、すぐに行くわ!」

 

『別に慌てる必要はないよ。西口から東口の移動だけなら、五分も必要ないし』

 

「そういうことじゃないのよ!」

 

 

 まさか先に到着することだけを考えていて、待ち合わせ場所変更の連絡に気づかなかったなんて、子供みたいで恥ずかしい。そこに遅刻まで加わったら死にたくなるから、私は大急ぎで移動して何とか待ち合わせ時刻に間に合ったのだった。




シークレットブーツなんて縁がないな……180くらいあるし


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デートの予定

仕事の延長なのですが……


 今日は新たな校則を考えることになっており、生徒会室には風紀委員長の五十嵐がやってきている。ちなみに、タカトシは壁越しに会話を盗み聞きしようとしていた畑を連行していって不在。アリアは五十嵐の代わりに校内の見回りでおらず、生徒会メンバーで話し合いに参加するのは私と萩村の二人だ。

 

「風紀委員側は五十嵐一人なのか?」

 

「他のメンバーは見回りとかいろいろとありますので。正式に校則になるかどうかの段階で他のメンバーに決を採ることになっています」

 

「なるほどな」

 

 

 確かに大勢で案を出した場合、どれもこれも必要に思えてくるか、どれも必要無いと感じてしまう可能性が出てくる。この人数で話し合いをした方が、より厳選した案が出せるかもしれない。

 

「まぁ、タカトシがいなくなって若干不安が残りますが、会長もふざけた案を出さないでくださいね?」

 

「私だって真面目にやる時とふざけて良い時は弁えているつもりだ!」

 

「そうだと良いのですが……」

 

 

 どことなく萩村が不安げな表情をしているし、五十嵐も萩村に同情的な視線を向けているが、私だって真面目な話し合いくらいできるというところを見せつけてやらなければいけないな。

 

「それで五十嵐、新しく校則に加えたい事案があると聞いていたが、いったい何なんだ?」

 

「はい。最近カラーレンズの眼鏡を掛けている生徒が目立ちますが、これはおしゃれで掛けている場合がほとんどです。学外で掛ける分には問題ないですが、学内では必要ないと思います。ですから、眼鏡のレンズは透明なものだけにするという校則を作りたいのです」

 

「なるほどな」

 

 

 確かコトミがカラーレンズの眼鏡を掛けているところを見たことがある。その時はあまり気にしなかったが、五十嵐の意見を聞いて改めて思い直すと、あれは学校には必要ないものだったかもしれないな。

 

「五十嵐の考えは私にも理解できる。それに透明の眼鏡って、何だか透ける眼鏡を連想させてなんだかエロいしな!」

 

「タカトシがいないからってアクセル全開にするな! というか、何故透明=透けるという連想をした」

 

「おっと……ついおかしな方向に妄想を馳せてしまったな。話を戻すが、確かにカラーレンズの眼鏡は学校では必要ない。これは正式に話し合いをするべき案件かもしれないな。一度職員室に話を持っていって、最終的には生徒会と風紀委員で決を採ることにするか」

 

「お願いします」

 

「まぁ、あまり厳しすぎると反発を呼ぶかもしれないが、この程度なら問題ないだろう」

 

 

 化粧禁止とか、学外でも禁止とか言い出したら暴動が起こるだろうが、学内限定なら我慢してくれるだろうと考え、私は本格的に新たな校則を成立させるために動くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新学期も一ヶ月が経とうとしている頃、私は友人と一緒に教室に向かう。

 

「今度のゴールデンウイークは彼氏とこのテーマパークに行こうと思ってるんだ」

 

「学外での行動には文句は言わないけど、学生なんだから節度を保ってよね」

 

 

 この友人は学校でも堂々とイチャイチャしているので、風紀委員の方で要注意人物としてマークされている。本人たちも見られていることには気付いているのだが、どうも『見られてると思うと余計に興奮する』などという思考の持ち主らしく、隠れて見ていては効果がないのだ。見つけ次第注意しなければやめてくれない。

 

「そんなに心配なら監視についてくる?」

 

「いや、それはさすがにお邪魔虫でしょ」

 

 

 私だって男女交際全面反対というわけではない。カップルのお出かけに付いて行くような野暮な真似はしたくないし、したとしても一人でテーマパークなど惨めな思いをするだけだろうし……

 

「大丈夫だって。あっ、丁度良いところに」

 

 

 そういうと友人は、向こうから歩いてきた生徒会メンバーに――タカトシ君に声を掛ける。

 

「津田君。今度のゴールデンウイークにダブルデートしよう」

 

「は?」

 

「なにっ!?」

 

「タカトシ君、彼女出来たのっ!?」

 

「誰よ!」

 

「あっ、説明不足だったね」

 

 

 友人の発言で生徒会の三人に不穏な空気が流れたが、説明を聞いて何とか収まったようだった。

 

「――つまり、お二人が羽目を外し過ぎないようにカエデさんが監視役として同行し、そのカエデさんに俺が同行して欲しい、と?」

 

「そういうこと。さすがにカエデ一人で連れ回したら可哀想だし」

 

「お二人が自重する方向には考えが行かないんですかね?」

 

「うーん……さすがに羽目を外しまくるつもりは無いけど、盛り上がったら分からないじゃない?」

 

「いや、同意を求められても分からないですし」

 

「津田君ってモテるのに彼女いないんだよね? どうして?」

 

「はぁ……」

 

 

 あまり接点のない先輩に絡まれているので、さすがのタカトシ君も居心地が悪そうだったので、私が助け舟をだすことに。

 

「まぁまぁ、そういうわけだから、タカトシ君。お願い出来ないかしら?」

 

「まぁ、出かける分には構いませんが」

 

「よし決まり! それじゃあカエデ、ちゃんとおしゃれしてくるんだよ?」

 

「私は別にデートというわけでは……」

 

 

 語尾が小さくなったのは、心のどこかでタカトシ君とデートだと思っていたわけではない。きっと……




カエデがおいしい思いをした


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デートの監視

ダブルデートにか見えん……


 カエデさんがカップルを見張るという名目で、俺は何故か遊園地に同行することになった。

 

「(校内恋愛禁止なだけで、外で付き合う分には問題無いんじゃないだろうか)」

 

 

 そんなことを考えていたが、カエデさん自身がそのことに気付いているが、羽目を外し過ぎないように監視したいといっていたので、とりあえずは付き合うことに。だがまぁ、俺意外にも誰かいたんじゃないのか?

 

「ヒッ!?」

 

「(あっ、男性恐怖症があったんだっけか)」

 

 

 すれ違う男性にビクビクしながらこちらにやって来たカエデさんを見て、そこまで怯えるのならこんなところに来ると言い出さなければよかったのにと思う。職務熱心なのは感心するが、無理をしてまでする必要は無いと思う。

 

「これで全員揃ったね」

 

「今日はよろしくお願いします」

 

 

 あまり付き合いの無いカップルに同行するということで、俺は挨拶と共に一礼をする。向こう二人は気楽な感じだが、カエデさんの熱量が凄いのが気になるが……

 

「まずはどこ行こっか?」

 

「えー、そっちが決めてよ~」

 

 

 入園そうそうイチャイチャしだす二人を見て、俺は早くも辟易してきた。何が悲しくて休日に他のカップルがイチャイチャしてるところを見なきゃいけないのか……せっかくいい天気だから、部屋の掃除とか念入りにしたかったな……

 

「そんな悠長なこと考えてないで、混みそうなところから行くわよ。空いている内に遊んじゃった方が、後々楽しめるから」

 

「カエデ、随分と楽しみだったんだね」

 

「そ、そんなこと無いわよ! まずは観覧車ね」

 

「まぁ、カエデのガイドに任せるわよ」

 

 

 どうやらカエデさんは監視の名目を忘れてはいないようだが、単純に楽しみだったようだ。まぁ、彼女も女子高生だし、こういう場所に遊びに行きたいと思うこともあるだろうし。

 

「あっでも、狭い空間に異性と二人きりって、何だか緊張しそう」

 

「大丈夫だよ」

 

 

 まぁ、さすがに四人で乗り込むわけにもいかないので分乗するが、何を根拠に大丈夫といっているのだろうか。カエデさんの体質は、俺限定で発動しないらしいが、狭い空間でもそうなのかは分からない。逃げ場のない観覧車の中で発作を起こされたら、さすがに対応できないんだが……

 

「ロッカーの中より全然広いし」

 

「そこで何をしたっ!」

 

 

 ……カップルというのは、俺の思考が及ばないことをしているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君と二人きりで観覧車に乗った後、私たちはお化け屋敷に足を運んだ。ここのお化け屋敷はかなり怖いので有名で、脱落者が大勢出るらしい。

 

「(すごく暗くて雰囲気あるなぁ……それにしても、あの二人は観覧車で何をしてたのかしら)」

 

 

 降りてきた時、微妙に服が乱れていたようにも見えたのだが、それを問いただして気絶するのもバカらしかったので聞かなかったが、恐らくは私の想像通りのことをしていたのだろう。

 

「(他の人が乗る物の中で何をしているのかしら……それとも、それが恋人同士の普通なの?)」

 

 

 残念ながら私は異性と付き合った経験どころか、二人きりでこういうところに来た経験すらない。今日だってタカトシ君に頼めなかったら来られなかったわけだし……

 

「(あれ? よくよく考えてみれば、今日ってタカトシ君とデート……?)」

 

 

 そんなことを考えてしまい、私は慌てて頭をふる。今日の目的はあくまでも二人が羽目を外し過ぎないように監視するだけであって、そのような浮ついた理由ではない。

 

「(それにしても、何だか寒くなってきたような……)」

 

 

 お化け屋敷の演出なのか、徐々に気温が下がってきているように感じ、私は身震いをする。それを感じ取ったタカトシ君が、自分の上着を私に差し出してくれた。

 

「着ます?」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 ここで遠慮したら、変に意識していると思われそうだったので、私はタカトシ君の上着を素直に羽織ることにした。

 

「(こういうことを普通にできるから、タカトシ君はモテるんだろうな)」

 

「ばあっ!」

 

「うひゃっ!?」

 

 

 タカトシ君の横顔に見惚れていた所為で、私は横から現れたお化けに驚いて腰を抜かし掛け、タカトシ君にしがみついてしまった。

 

「出島さん、何してるんですか?」

 

「ここは七条家が経営している場所ですので。ちなみに、お嬢様たちは監視カメラでこの状況を見ております」

 

「えっ!?」

 

 

 まさかこんなシーンを見られるとは思っていなかったが、とりあえずタカトシ君に支えてもらいながらお化け屋敷を出て、天草さんたちと合流した。

 

「ここの噴水にコインを入れると願いが叶うらしいな」

 

「そうなんですか? じゃあ、良いことがありますように」

 

 

 天草さんの一言でとりあえず願っておこうと思った私がコインを入れると、出島さんが現れた。

 

「おめでとうございます! 貴女がこの噴水にコインを入れた百万人目のお客様です! 記念品として、お連れ様とご利用できるオフィシャルホテル宿泊券を贈呈いたします」

 

「えっ?」

 

「おめでとう、カエデ。津田君とのデート、延長だね」

 

「そんなんじゃないから!」

 

 

 記念品を辞退しようとも思ったけど、あまりにも盛り上がっていた所為でそれもできず、私とタカトシ君は併設してるホテルに一泊することになってしまった。




デート延長決定


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デート後のお泊り

ここのタカトシなら心配ないし


 たまたま噴水にコインを入れたら百万人目だということで、併設するホテルの宿泊券をいただいたのはいいが、外泊するとなると親に連絡を入れないといけない。ここでダメと言われるのを期待していたのだが、私の母親は――

 

『カエデも遂に男の子と外泊するようになったのね。もちろんOKよ』

 

 

――とノリノリで許可してきた。まぁ、ウチのお母さんもタカトシ君のことは知っているし、私がタカトシ君相手には男性恐怖症が発生しないことも知っているので許可してくれたのだろう。

 

「なんだかノリノリでOKされました……」

 

「年頃の娘の親として、それはどうなんでしょうか……」

 

 

 タカトシ君の方もため息をこらえきれなかったのか、思いっきりため息を吐いていた。彼の場合は、魚見さんがコトミさんの面倒を見てくれているので問題ないらしいが、あまり乗り気ではない。

 

「まさかこんな展開になるなんて」

 

「まぁ、二人きりじゃないだけマシなのではありませんか?」

 

「これが七条家が経営しているホテルか」

 

「前の温泉旅館とはだいぶ違いますね」

 

「……そうね」

 

 

 私とタカトシ君はペア宿泊券で、天草さんたちは七条さんのコネでこのホテルに泊まることになったのだが、何故か三人とも自分たちの部屋ではなく私たちに宛がわれた部屋にいるのだ。

 

「まさかカエデちゃんが百万人目になるなんて思ってなかったよ~」

 

「私だって……というか、こんな偶然あるんですね」

 

「しかしアリア」

 

「んー?」

 

「百万人目が偶々五十嵐とタカトシだったから良いが、お一人様の客だったらどうするつもりだったんだ?」

 

「当日限定じゃないんだし、別の日に相手を連れてくれば良いんだよ。もしくは、知人にプレゼントするとか」

 

「じゃあそうすればよかった……」

 

 

 両親にプレゼントして、私は自宅で留守番をしている方が気が楽だったのに……もちろん、タカトシ君相手が嫌だというわけではなく、純粋にそちらの方が気を遣わなくて済むという理由だが。

 

「というか、シノさんたちは何時までこの部屋にいるつもりなんですか? スズももう眠そうですし」

 

「子供扱いするな!」

 

 

 タカトシさんに指摘され、萩村さんが何とか反論しましたが、さっきから眠そうに目をこすっているのは私も気付いている。時刻はそろそろ午後九時になろうとしているので、普段なら萩村さんは就寝する時間なのだ。

 

「いくら記念とはいえ、高校生のお前たちが二人きりで――ましてや男女なのだ。そんなことをみすみす見逃すわけがないだろ!」

 

「ですが、俺の部屋で二人きりで寝たこともあるんですけど」

 

「……そうだったな」

 

 

 タカトシ君の反論に言葉を失くした天草さんたちは、それぞれの部屋に戻っていく。やっと静かになったのは良いのだが、これはこれで緊張してしまうではないか……

 

「着替えとかどうしましょう」

 

「き、着替えっ!?」

 

「どうかしました?」

 

 

 タカトシ君に他意がないことは分かっているのだが、私は彼の言葉に過剰に反応してしまう。二人きりの部屋で着替えなど言われれば、反応してしまうのも仕方がないだろう。

 

「急に泊まることになったので、着替えなど持ち合わせていませんし……このままの格好で寝るにしても、男の俺は兎も角カエデさんは嫌でしょうし」

 

「べ、別に大丈夫ですよ?」

 

「何故敬語?」

 

 

 緊張のあまり口調が硬くなってしまった私を訝しげに見詰めるタカトシ君。彼は私が何を考えているのかを探っているのかもしれないが、こればっかりは知られたくない。

 

「ほ、ホテルなんだからクローゼットに何かあると思うわ!」

 

 

 彼の視線から逃げる為にクローゼットを開けた私は、中に入っている物を見て失神してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急にカエデさんが倒れたので、俺は咄嗟に彼女を支えてベッドに寝かせた。倒れた理由は、クローゼットの中身が普通の衣服ではなく、所謂『コスプレ衣装』だったからだ。

 

「普通のコスプレ衣装ならまだ良かったのかもしれないが……」

 

 

 クローゼットの中身はかなりマニアックなもので、カエデさんには刺激が強すぎたようだ。別に誰かが着ているわけではないのだから、そこまで気にしなくて良いものを……

 

「というか、この人はこの人で思春期だったんだっけか……」

 

 

 周りにぶっ飛んでる人が多いので目立たないが、カエデさんも結構な思春期真っ直中な思考をしているのだ。今回だって、普通のデートに同行するなど、どんなことを想像していたのやら……

 

「さて、俺はどうするかな」

 

 

 寝るには早すぎる時間だが、生憎暇つぶしになりそうなものは持ち合わせていない。充電器も持ってきていないので、携帯で読書も考え物だ。

 

「お困りですか?」

 

「さっきから気配を感じていましたが、何か用ですか?」

 

「いえ、タカトシ様の貴重な卒業シーンを見学しようと――」

 

「死にたいんですか?」

 

「し、失礼いたしました! これ、携帯の充電器になりますので、どうぞお使いくださいませ!」

 

 

 直立不動で敬礼をし、充電器を差し出したと思ったら脱兎のごとく逃げていった出島さんを見送り、俺は日付が変わるまで読書をすることにしたのだった。




影のムッツリクイーンは健在と……


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気になるメニュー

一枚で十分だと思うんですがね……


 タカトシは職員室に用事があるので、私だけ先に生徒会室にやって来たのだが、何だか汚れが目立つので他のメンバーが来る前に掃除をしておこうと思い、私は椅子に乗って入り口の上の小窓を掃除する事にした。

 

「(ふふん、何だか大きくなった気分だ)」

 

 

 生徒会室の前を通る生徒の頭を見下ろしながら、私は悦に浸る。こんなことで喜ぶなんて我ながら単純だとは思うが、普段見下ろされている分、こういう時は気分が良いのだ。

 

「あいたっ!?」

 

 

 ついつい行き交う人たちを見下ろすのに夢中になっていたのか、私は頭を鴨居にぶつけてしまった。

 

「私としたことが……こんな初歩的なミスを犯すなんて……」

 

 

 とりあえず小窓も綺麗になったので、私は椅子を片付けてぶつけた箇所を確認する為にトイレに向かう。

 

「あれ? スズ先輩、どうかしたんですか?」

 

 

 トイレにはちょうどコトミがいて、私の姿を見るなり駆け寄って来た。しかしこうして改めてみると、コトミも結構大きいのね……

 

「いや、ちょっと頭を鴨居にぶつけちゃってね」

 

「鴨居ってなんですか?」

 

「えっ、そんなことも知らないの、アンタ……」

 

 

 まさかここまで常識知らずだと思わなかったが、とりあえず鴨居の説明をすることにした――のだが、話の途中からコトミが不思議そうに首を傾げだした。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、鴨居が何かは分かりましたが、スズ先輩がどうやってそこに頭をぶつけたのかなって思いまして。タカ兄に肩車でもしてもらってたんですか?」

 

「そんな子供っぽいことするか! 椅子に乗って窓を拭いてたんだよ!」

 

「なるほど! てっきり夢の中でぶつけちゃったのかとも思いましたけど」

 

「悪意が無くてもはったおす!」

 

 

 私の神経を逆撫でするようなことを平然と言ってのけたコトミを追い掛けようと駆け出したが、すぐにタカトシがコトミを確保してくれたお陰で、私は廊下を走るというミスを犯さずに済んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会メンバーで校内の見回りを済ませた後、食堂の前を通りかかった時ふと期間限定の文字が視界に入った。

 

「こんなものまで売ってるのか……」

 

 

 期間限定のメガ盛りパンケーキの写真を見て、私だけではなくアリアと萩村も興味を惹かれたようだ。

 

「一度カロリーを忘れて食べてみたいよね、こういうの」

 

「ですが、現実問題として、一人で食べきれる量ではないように思えますが」

 

「確かにそうだな……無理して食べても美味しくないだろうし」

 

 

 写真で見る限り、少なくとも五枚のパンケーキが積んである。厚さは写真からは分からないが、こんなのを一人で食べたら、間違いなく一日分のカロリーをオーバーしてしまうだろう。

 

「量もそうだが、同じ味が続くと飽きてしまいそうだ」

 

「だねー。変化でも付ければ行けるのかな?」

 

「あっ……」

 

「シノちゃん? 何かあったの?」

 

「いや、この写真を見ていたらお腹が空いてきてな……何か甘いものを食べたい気分になったんだ」

 

「会長もですか? 実は私も……」

 

「なーんだ。シノちゃんやスズちゃんも私と同じだったんだね~」

 

 

 女子三人で盛り上がっている隣で、タカトシが呆れたのを隠そうともしない視線を私たちに向けていた。

 

「な、なんだ? こういうトークは女子の特権だろ?」

 

「いえ、別に良いんですけど。というか、気になるなら三人で食べてくれば良いじゃないですか。俺は生徒会室で残ってる雑務を片付けておきますから」

 

「いやしかし……」

 

「今日は大して量も多くないですし、一人でも十分終わりますよ。それに、一人で食べきれないなら、三人で分ければいいだけの話ですし。メープルシロップ以外にも、イチゴジャムやバニラアイスなんかもあるみたいですし」

 

「ぐっ……」

 

 

 トッピングも豊富だと知らされ、私たちの意識は既にデカ盛りパンケーキに傾いている。タカトシは苦笑いを浮かべながら、私たち三人を食堂に入らせ、自分一人で生徒会室に戻っていった。

 

「なんだか悪い気分だが、せっかくの好意だし……」

 

「タカトシ君の分の仕事を今度肩代わりするってことで……」

 

「………」

 

「萩村?」

 

「……はい!?」

 

 

 萩村の意識は既にパンケーキに持っていかれているようだ。私たちはタカトシの好意に甘え、三人でパンケーキに舌鼓を打ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マキとトッキーと三人で食堂でお茶をしていたら、会長たちが食堂にやってきて期間限定メニューのデカ盛りパンケーキを注文して三人で分け合っていた。

 

「タカ兄は一緒じゃないみたいだね」

 

「兄貴があの中に混ざってる絵は想像できねぇな」

 

「津田先輩、あまり甘いもの食べないもんね」

 

「一年分の甘いものは、バレンタインで間に合ってるからね~」

 

 

 我が兄ながらモテすぎのような気もするが、そのくらいチョコレートを貰ってくるのだ。他の甘いものを食べたいと思うことは滅多にないだろう。

 

「そろそろ帰ろうっか……あれ? 私の鞄どれだ?」

 

 

 三人で同じ場所に鞄を置いていたので、パッと見ただけでは自分の鞄が分からなかった。

 

「コトミのはこれでしょ」

 

「良く分かるね」

 

「だって、中身が空っぽだから」

 

「失礼な! お弁当箱と水筒は入ってるよ!」

 

「教科書は?」

 

「………」

 

 

 マキの追及に、私は視線を明後日の方へ向けて口笛を吹いて誤魔化したのだった。




原作ではタカトシの鞄ですが、ここではコトミので……


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別の練習場所

休むという概念がないな、この子


 今日も張りきって部活をしよう――と思っていたんだけど、道場の改修工事の所為でしばらくはまともな練習はできそうにない。

 

「しばらくは使えそうにないな」

 

「道場は使えないけど、練習は何処でも出来るよ! とりあえず当分は走り込みを――」

 

「でも、明日から一週間雨予報ですけど」

 

「練習できないかも!?」

 

 

 万事休すかと思っていたら、丁度タカトシ君が通りかかったので、私は彼に知恵を授けてもらおうと駆け寄る。

 

「タカトシ君!」

 

「三葉? どうかしたのか?」

 

「うん、あのね――」

 

 

 私が事情を説明すると、タカトシ君は少し考えるような仕草をして、私に案を授けてくれた。

 

「何処か近くの学校の道場を借りることはできないのか? 合同練習という名目で」

 

「それだ! 早速近くの学校に……」

 

「どうした?」

 

「どうやって依頼すれば良いの?」

 

「はぁ……ちょっと待ってろ」

 

 

 そう言ってタカトシ君は何処かに向かっていってしまった。

 

「主将、タカ兄となに話してたんですか?」

 

「近くの学校と合同練習をすれば良いって教えてくれたんだけど、どうやって依頼すれば良いのか分からないっていったら、どっか行っちゃった……」

 

「まぁ、タカ兄ならちゃんと解決策を持ってきてくれますって」

 

 

 コトミちゃんとお喋りしていたら、タカトシ君が戻ってきた。

 

「ほら、英稜高校と明日から合同練習の名目で道場を借りられるようにしておいたから。この許可書をもっていけば入れる」

 

「ありがとー。さすがタカトシ君だね!」

 

「とりあえず今日は外周でもしておいてくれ」

 

「うん!」

 

 

 タカトシ君の尽力のお陰で、明日から英稜高校と合同練習ができることになった。他のメンバーは何となく嫌そうな顔をしてたけども、ずっと階段ダッシュとかじゃなくなったと誰かが呟いた後からは、ホッとしたような表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄のお陰で、英稜高校の道場を借りることができ、我々桜才学園柔道部は英稜高校を訪れていた。

 

「本日より一緒に練習させていただきます。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 主将の元気のいい挨拶で相手との顔合わせを済ませ、早速練習を始めようとしていたのだが、英稜高校柔道部の皆さんは主将のことをチラチラとみている。

 

「なんだか見られてる?」

 

「ウチも強豪校として注目されてるんじゃね?」

 

「そっか……近所のラーメン屋に私の写真が貼ってあるから」

 

「何やってんのっ!?」

 

「えっ? 十倍ラーメンに挑戦して完食しただけだよ?」

 

「相変わらずスゲェ食欲だな……」

 

 

 中里先輩は呆れているが、主将ならそれぐらい食べても不思議ではないと思っている。なにせタカ兄が用意してくれるお弁当、主将の分は他の全員の分と同じくらいの量があるのだから……

 

「というかコトミ、こういう時ってマネージャーのお前がどうにかするもんじゃねぇの?」

 

「そんなこといわれても、私にここまでセッティングする能力があると思う?」

 

「思わない」

 

「即答!? まぁ、私もそう思ってたから良いけどさ」

 

 

 トッキーに即答され、一応ショックを受けたように見せたけど、すぐにそれを否定。そもそも私がそんなことできるわけがないと、私自身が思っているのだから、トッキーにそう思われていようと関係ないのだ。

 

「おーい。練習試合することになったよ」

 

「早速ですか?」

 

 

 主将のコミュニケーション能力のお陰か、いきなり練習試合をすることになったようだ。結果は一進一退だが、主将は少し不満げな表情を浮かべている。

 

「守ってるばかりじゃ勝てないよ。ちゃんと攻めないと!」

 

「ならアンタも気になってる相手にアタックしなよ」

 

「な、何の話かな!?」

 

 

 あれで主将は自分の想い人を隠せてると思っているようで、中里先輩のカウンターに分かり易く動揺する。同性ながら可愛らしい反応で、思わず抱き着きたくなるよ。

 

「ちょっとトイレいってくるわ」

 

「トッキー、いくら女子しかいないからって堂々とし過ぎじゃない? もっと女子っぽい口調にした方が良いよ?」

 

「そんなこと言われても、口調なんてそう簡単に変えられるもんじゃねぇだろ?」

 

「とりあえず、一人称を『ボク』に変えてみるとか」

 

「……割と切羽詰まってるから、そう言うボケは後にしてくれないか」

 

 

 そう言ってトッキーはトイレに駆け出していった。まぁ、トッキーはあれで可愛らしい面があるし、このままでも良いのかもしれないけど。

 

「あれ? トッキーはどこ行ったの?」

 

「トイレに行きました……にしては、ちょっと時間かかってますね」

 

 

 道場からトイレまでそんなに離れているわけでもないし、既に五分近く経っている。もしかしたら大きい方なのかと思っていると、トッキーからラインが――

 

『道に迷った。道場何処?』

 

 

――とのこと。なので私は――

 

『人は皆人生の迷い人。でもその先に未来はあるよ』

 

 

――と返信した。するとトッキーから鬼のように電話が掛かってきて、こっ酷く怒られた後迎えに来てほしいと頼まれた。まさか怒られてから頼まれごとをされるなんて思ってなかったよ。




そして相変わらずのコトミ……


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気になる情報

また捏造しようとしてるし……


 英稜高校の生徒会は女子四人で運営しているため、高い場所に置いてある物を取る場合は踏み台を取りに行くか、広瀬さんにお願いすることになっている。

 

「広瀬さんは背が高くて羨ましいよね」

 

「そうっすか? 私は森先輩みたいに大きくなりたいって思ってたんすけどね」

 

「何処見てるの!?」

 

「サクラっちは目立つからね」

 

 

 広瀬さんの視線から逃れるために身体を捩ったら、今度は会長が私の胸を見て感心していた。

 

「会長だって十分に大きいじゃないですか」

 

「確かにシノっちやスズポンと比べれば大きいですが、サクラっちやアリアっちと比べれば普通サイズですよ」

 

「会長が普通サイズなら、桜才の二人はどうなるんですか?」

 

 

 広瀬さんが特に考えなく言い放ったセリフに、会長が少し考えて首を振りました。

 

「広瀬ちゃん、それは言っちゃいけないことだよ」

 

「そうなんすか……痛っ!?」

 

 

 喋りながら生徒会室に入ると、広瀬さんがくぐり損ねて頭をぶつけていた。

 

「大丈夫?」

 

「まぁ平気っすね。ぶつけるのも慣れてますし、私石頭っすから」

 

「鴨居に頭をぶつけるなんて、タカ君くらいしか知り合いにいなかったけど、広瀬ちゃんもぶつけるんだね」

 

「あの人ほどじゃないっすけど、私もデカいっすから」

 

「でも石頭って羨ましいな」

 

「どうしてです?」

 

 

 石頭を羨む理由が分からず、私は会長に尋ねる。

 

「だってHの時ってかなり頭をぶつけるらしいから」

 

「………」

 

 

 何故会長に尋ねてしまったのか、私は数秒前の私を恨んだ。どうせろくでもないことなんだとは分かっていたが、本当にろくでもなかったから……

 

「とりあえず、仕事しましょうか」

 

 

 青葉さんが切り替えてくれたお陰で、生徒会室の中に気まずい空気が流れることはなかった。

 

「それじゃあ、とりあえず仕事しましょうか」

 

 

 会長が号令をかけてくれたお陰で、それまでの緩んだ空気が張り詰め、黙々と作業を進められた。ある程度終わったのか、会長と青葉さんがお喋りをはじめ、私はお茶を用意し、広瀬さんは鞄からトレーニンググッズを取り出し始めた。

 

「それにしても暑いっすね」

 

「広瀬さん。いくら女子しかいないからって、もう少し周りの目を気にした方が良いよ」

 

「気にし過ぎじゃないっすかね? そもそも私のような筋肉女の身体なんて、男子が見ても喜ばないでしょうし」

 

「サクラっちは純だから仕方ないって」

 

「私は生徒会の風紀をですね――」

 

 

 私が広瀬さんにお説教をしている横で、会長と青葉さんが何か目で会話をしているのが見えたけど、私にはタカトシ君のように表情から心の裡を探ることはできないので、会長たちが何を考えているのか分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日夜スクープを探るのが私の使命であり、貴重な収入源になる。なので常にアンテナを張っているのだが、ここ最近学園長と横島先生が密会しているのを目撃する回数が増えている。

 

「(もしかしたら面白い記事になるかもしれないですね)」

 

 

 今も理事長室で二人きりで会話をしているので、私は壁に耳を当てて中の会話を盗み聞きしている。

 

『例の件、どうなっているかな?』

 

『滞りなく』

 

 

 やはり何かネタになることがありそうですが、具体的な内容は分からない。

 

『生徒の間で噂になっていたりは?』

 

『それも問題ありません。毎回こうして二人きりで会っていますから』

 

『なら安心だな』

 

 

 むぅ……全然具体的な内容を話してくれませんね……

 

「何してるんですか?」

 

「中で学園長と横島先生が……?」

 

 

 私は誰かに話しかけられたので答えたが、話しかけてきた相手を気にしていなかった。だが改めて考えると、話しかけてきた相手は、今一番見つかりたくない相手だった。

 

「失礼します。盗聴魔を捕まえましたのでご報告に」

 

「畑っ! お前また盗み聞きしてたのか」

 

「ご安心を。具体的なことは何も分からなかったので、学園長が横島先生と不倫しているということにして記事にしようかと」

 

「お説教されたいならそう言ってくれればいいのに」

 

「じょ、冗談ですよ……それで、何をこそこそとしていたんですか?」

 

 

 津田副会長の威圧感に負け、私は素直に問いかけることにした。

 

「正式発表はまだだから、記事にするのは駄目だからな」

 

 

 そう念を押されたが、私は横島先生から具体的な話を聞き出すことに成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園長室から畑さんを生徒会室に連行して、俺は後のことを会長に任せて作業を始める。

 

「留学生?」

 

「来週来るそうです」

 

「ふっ、バレましたか」

 

「コトミ? 何か用か?」

 

 

 何をしに来たのか分からないコトミが生徒会室に現れ、またおかしなことを言いだした。

 

「実は私、竜族の血を引いていまして――」

 

「留学生ってどんな人かな?」

 

「アメリカ人らしいですよ。ホームステイをするそうです」

 

「あっ」

 

 

 畑さんの話でアリア先輩が何かを思い出したようだが、こっちもろくでもなさそうなので拘わらないでおこう。

 

「どうした、アリア?」

 

「ホームステイで思い出したけど、今朝出島さんにステイさせたまま出かけてきちゃった」

 

「何やってるんですかっ!」

 

 

 スズがツッコみを入れたが、とりあえずそれ以上会話が発展しなかったので、俺はスルーして作業を続ける事にしたのだった。




聞き耳を立てるのは兎も角、捏造は良くない


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噂の留学生

ボケ側が絶好調だ


 畑さんから聞かされていた留学生だが、どうやらウチのクラスに組み込まれるらしい――という話題でクラス中が盛り上がっている。

 

「留学生がウチのクラスに来るんだってさ」

 

「ホントー?」

 

「どんな子だろうな」

 

「噂では女子らしい。しかも美人で」

 

「どこでそんなことを聞いてきたのよ」

 

 

 柳本がどや顔で言い放ったセリフにツッコミを入れていると、タカトシが興味なさそうにため息を吐いていた。

 

「どうしたの?」

 

「いや、また面倒なことにならなきゃいいなと思っただけだ」

 

「面倒?」

 

 

 タカトシが何を気にしているのか分からないが、タカトシが心配しているということは、また面倒事が増えるのだろう。

 

「ひょっとしたら繊細な人かもしれないから、付き合い方に気を付けないとねー」

 

「いや、繊細じゃないんじゃないか?」

 

「どうして? ……あっ」

 

 

 タカトシが何を根拠に繊細ではないといったのか分からなかったが、彼の視線の先には扉越しに聞き耳を立てている頭が見えている。

 

「とりあえず、席に戻りましょうか」

 

 

 ホームルームが始まるということで、私たちは一旦解散して横島先生を迎え入れた。

 

「おっ、今日はすぐに座ったな。まぁ、お待ちかねってことだろうな」

 

 

 何故か偉そうな雰囲気な横島先生だが、本来なら教師だからおかしくないはずなのに、何故か腹立たしい……威厳が無い教師だからなのかしら?

 

「それじゃあ、留学生カモン!」

 

 

 おかしなノリだが、留学生の不安を解消させる目的なのかもしれないので、私はツッコまなかった。

 

「ハジメまして。パリィ・コッペリンといいマス。しばらくヨロシク。えーと……」

 

 

 少し詰まりながらも日本語で挨拶をしていたが、何故か急に黙り込んでしまった。

 

「手のカンペ、汗で消えちゃった……」

 

 

 どうやら掌に挨拶文を書き込んでいたようで、それが消えてしまったので黙ったようだった。正直に言ったおかげで、クラスは笑いの渦に呑まれた。

 

「AVのカンペは萎えるけど、こーゆーのは微笑ましいな」

 

「確かに」

 

「誰だ今同意したの!?」

 

 

 タカトシ以外の男子だということは分かるけど、いったい誰が同意したのか……

 

「とりあえず萩村、パリィの世話を頼むな」

 

「分かりました」

 

 

 クラス委員であり同性でもある私が留学生のお世話係を頼まれた。

 

「分からないことがあったら言ってね。クラス委員の私が何でも教えてあげる」

 

 

 頼られたことでいい気分になった私は、パリィに見栄を張る為に何でも質問して欲しいといった。

 

「スズは好きな人いるー?」

 

「っ!?」

 

 

 唐突の恋バナに焦るが、テキトーに誤魔化せばいいだけだ。だがムツミやチリ、ネネたちが興味津々な視線を向けてきてるせいで、下手に流そうとしたら余計なことを言われてしまう。

 

「~~~~~~~~」

 

「英語で喋り出した!?」

 

「くそっ、何言ってるのか分からん!!」

 

 

 このクラスで英語がペラペラなのは私とタカトシくらいだ。他の人たちは即座に理解できないので、日本語で誤魔化すより効果的だろう。

 

「タカトシ君、通訳して―」

 

「レギュレーション違反だ!」

 

 

 ムツミたちを誤魔化す為に英語を使ったのに、ここでタカトシを使うのは反則だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、私はパリィに校内を案内する事にした。

 

「――ここがトイレよ」

 

「ウワサ通り日本のトイレってキレイだね」

 

「そんな噂があるんだねー」

 

 

 何故かついてきたネネとパリィの会話を聞きながら、私はトイレの外で待っている。

 

「あと、キレイな女性がM字開脚で待ち構えてるウワサも知ってる」

 

「それは女子トイレにはいないよ」

 

「何の話をしてるんだっ!?」

 

 

 どうやらパリィは日本を勘違いしている節が見られる……というか、何処でそんな情報を仕入れているのだろうか……

 

「おっ、留学生の案内は萩村が任されたのか」

 

「えぇまぁ……」

 

「スズー」

 

 

 会長と会話をしていると、パリィが英語で話しかけてきたので、私も英語で答える。

 

「盛り上がってるな」

 

「話せる人がいるから、つい」

 

「私たちも一応話せるが、萩村やタカトシのようにぺらぺらではないからな」

 

「ぼ…ぼ…ぼくっこ?」

 

「ボクっ娘を語らっていたのかー」

 

「母国語の言い損じですよ」

 

 

 いくら大人しくなってきたとはいえ、会長もどちらかと言えばあちら側の人間だ。パリィと意気投合しなければいいが……

 

「ヘイ!! インタビューOK?」

 

「パリィは初日なんだ。そういうのは明日にしなさい」

 

「えー……見出し記事を落とすことになったら、今夜は枕を濡らしちゃいます」

 

「枕オ○ニーで自分を慰めるのか?」

 

「まぁ、そっちもありかな」

 

「ほー」

 

 

 タカトシがいないことで会長も絶好調のようで、その会話にパリィも興味津々の様子……タカトシがいてくれないと色々と辛いかも……

 

「それでは早速。日本に来て驚いたことはありますか?」

 

「んー……あいさつのやりかたがチガウことかなぁ」

 

「会長、風紀委員会と予算委員会から報告書が――」

 

「私の国ではこう――」

 

 

 報告書を持ってきたタカトシに近づいたパリィが、タカトシに抱き着こうとしたのを私たちが全力で阻止した。

 

「ハグだな、ハグ!!」

 

「OH!?」

 

「……何やってんの?」

 

 

 私たちがパリィを抑え込んでいる理由が分かっていながら分からないフリをするタカトシに、今だけは感謝することにした。




萩村の最終手段もタカトシの前では無意味……


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街案内

いきつけではないような……


 留学生のパリィと親交を深める為、休日に生徒会メンバーで集まって出かける事にした。

 

「今日はパリィを街案内するぞー」

 

「パリィちゃん、行きたいところある?」

 

「えーと……みんなのイキツケの店」

 

「よく行く店か……」

 

 

 私の頭に浮かんだのは、ファストフード店やコンビニといった、あまりお勧めしなくてもいいかんじの店であり、しかもアメリカ発祥のものだった。

 

「タカトシは何処かイキツケの店はあるの?」

 

「あまり外で食事をすることが無いからな……スズは?」

 

「えっと……ケーキの美味しい店とか、そういうところくらいかな」

 

「あっ! この辺りに足湯カフェができたらしいから、みんなで行かない?」

 

 

 アリアの提案に、私と萩村は二つ返事で賛成し、タカトシも異論は無さそうだ。パリィは足湯の意味が分かっていない様子だったが、萩村とタカトシが説明してくれたお陰で、興味がわいたらしい。

 

「気軽に温泉を楽しめるなんて、さすが日本だね」

 

「ちょっと違うんだけどな……」

 

 

 少し誤解があるようだが、とりあえずはどのようなものか体験してもらえばいいだろうということで、私たちは足湯カフェへと向かった。

 

「ここか」

 

「店内は女性が多そうですね」

 

「タカトシ君はそんなこと気にしないでしょう?」

 

「俺を何だと思ってるんですか……居心地の悪さは感じますって」

 

「そうなのか?」

 

 

 タカトシなら周りが女だらけだろうが気にしないと思っていたが、意外とそう言うことを気にするのか。

 

「まぁ、一人だったら絶対に入らないでしょうけど」

 

「とりあえず我々と一緒なら問題ないだろ。パリィも興味津々のようだしな」

 

 

 既に意識が店内に向いているのか、パリィは私たちの会話を聞いていない様子だった。まぁ、外国人にとって日本の温泉は興味深いものの一つだろうし、たとえ足湯であろうとそれには違いないのかもしれないな。

 

「いらっしゃいませ、五名様でよろしいですか?」

 

「はい」

 

 

 店に入ってすぐ、店員が私たちに人数を確認してから席に案内してくる――それは良いのだが、何故タカトシに尋ねたのかと疑問には思った。普通に考えれば、タカトシが一番年上に見えたのか、引率役として一番適任に見えたとか、そういうことなのだろう。

 

「おっ、気持ちいいな」

 

「気持ちいいですね」

 

 

 パリィを案内するはずだったのだが、意外と私たちも満喫できる店で、私はホッと一息つきながら足湯を満喫する。

 

「んおぉ~バカになりゅ~~」

 

「何言ってるの?」

 

 

 どうやらパリィは日本の文化を誤解しているようで、気持ちいいという意味でさっきのセリフを言ったようだ。前の私ならノリノリで付き合ったかもしれないが、今はそのようなことはしない。

 

「お待たせいたしました」

 

「ありがとうございます」

 

 

 注文の品を運んできた店員にタカトシがお礼を言いながら商品を受け取り、私たちの前に置く。本来なら店員がする作業なのだろうが、タカトシがやると自然に見せるから不思議だ……

 

「というかシノさん、このおせんべい辛そうですが大丈夫ですか?」

 

「問題ない! 辛いものを食べて代謝を上げれば健康にいいからな!」

 

「あっ、シノちゃんもしかして太ったの?」

 

「ち、違うからな!?」

 

 

 アリアに図星を突かれ、私はあからさまな態度で反応してしまう。

 

「てか、私以外みんな甘そうな物を注文したんだな……」

 

「俺は普通のせんべいですけどね」

 

 

 アリアと萩村、パリィが注文した物を見ると、何だかそっちの方が良かったと思えてしまう……まぁ、自分で選んだんだし、これはこれで良いものかもしれないしな。

 

「もぐもぐ……っ!?」

 

 

 一口齧って味わっていると、強烈な辛さが口内を襲う。これは想像以上に辛いぞ……

 

「お茶が足りない!」

 

「そんなに辛いんですか?」

 

「疑うなら食べてみればいいだろ」

 

 

 タカトシにもう一枚のせんべいを渡して、私と同じ思いをしてもらおうと思ったのだが、タカトシは特にリアクションをとることなく食べ終えてしまった。

 

「確かに辛いですが、そこまで騒ぐほどではないと思いますが」

 

「そうなの~? シノちゃん、一口頂戴?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 私がおかしいのかと一瞬錯覚しそうになったが、アリアも私と同じように悶絶したのを見て、おかしいのはタカトシの方だと確信できた。というか、これだけ辛いのに何でタカトシは大丈夫なんだ?

 

「タカトシ」

 

「ん? どうかしたの?」

 

 

 私たちの遣り取りを見て、パリィが何か疑問を持ったらしく、タカトシに手招きして何かを尋ねている。

 

「本当にシノとアリアが先輩なの? タカトシの方が年上っぽいけど」

 

「よく言われるけど、間違いなく俺は二人の後輩だ。というか、スズと同い年なんだから」

 

「スズも同い年には見えないけど、タカトシの落ち着きようは別格」

 

「そうかな……」

 

 

 タカトシは納得していないようだが、私たちから見てもタカトシの落ち着きようは驚きを隠せないものがある。やはり年齢ではなく経験なのかと思わせられるが、だからといってタカトシと同じ経験をしたいとは思わない。何故なら、あのコトミの相手を長年してきたからこその貫禄なのだから……




タカトシの貫禄は高校生レベルではないからな


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美味しい日本食

まず間違いないですし


 足湯カフェを満喫した私たちは、次に何処に行こうか考え、パリィに決めてもらう事にした。そして英語の復習にもなるので、私がパリィと会話している。

 

「パリィ、次は何処に行きたい?」

 

「そうだな……何か美味しい日本食を食べたいんだけど」

 

「日本食か……」

 

 

 頭の中に何軒か思い浮かんだけども、私が真っ先に思い浮かんだ美味しい料理は、タカトシの手料理だった。女子として複雑な思いを懐かなくもないけども、タカトシの料理はとにかく美味しいのだ。

 

「なんなら、スズとかシノの手料理でも良いんだけど」

 

「残念だけど、この中だと一番料理上手は私でも会長でもないのよ」

 

「えっ、じゃあアリア? でもアリアってお嬢様だって聞いてるけど」

 

「それも違う。私たちの中で一番の料理上手はタカトシなの」

 

「本当に?」

 

 

 パリィがタカトシに視線を向けると、タカトシは私に視線を向けてきた。タカトシは私たちの会話内容を理解しているが、自分で料理上手だと思っていないので私に任せたのだろう。

 

「間違いないわよ。もしかしたら、学園一と言っても過言ではないくらいの腕だもの」

 

「興味が出てきたな……おーい、タカトシ」

 

 

 パリィが直接タカトシに交渉しているので、私は二人の会話を少し離れたところで聞こうとしたのだが、会長に手招きされてしまった。

 

「なんです?」

 

「パリィはタカトシと何を話してるんだ?」

 

「美味しい日本食が食べたいということで、タカトシに作ってもらえないか交渉中です」

 

「確かにタカトシの料理は絶品だが、何故パリィがそのことを知ってるんだ?」

 

「実は――」

 

 

 私はさっきまでの会話内容を会長に話す。途中で複雑な表情を浮かべたのは、恐らくさっき私が思ったことと同じことを思ったからだろう。

 

「まぁ、タカトシに対抗しようとするだけ無駄だし、タカトシの作った料理より自分の方がおいしいと言い切れる自信も無いがな……」

 

「私もです……」

 

「おーい、スズー」

 

「どうしたの?」

 

 

 会長と二人で落ち込んでいると、嬉しそうな表情のパリィが駆け寄って来た。

 

「タカトシが料理作ってくれるって。これからタカトシの家に行くことになったんだけど、スズたちも来るでしょ?」

 

「当然よ。パリィにいろいろと教えたい事があるし」

 

「じゃあ、タカトシの家に出発ー!」

 

 

 思わぬ形でタカトシの料理を食べられることになったが、これが敵を増やす結果にならなければいいのだが……パリィは金髪美少女だし、今までいなかったカテゴリーだし、タカトシがクラっといかなければ――あり得ないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故かウチで食事の用意をしなければいけなくなったが、今日コトミは義姉さんの家でお泊りだと言っていたので、都合は良かった。ここにコトミがいたらまた面倒なことになるだろうし……

 

「パリィ、食べられない物は何かある?」

 

「うーん……生ものはちょっと……」

 

「分かった。それじゃあ生もの以外で何か作る」

 

 

 冷蔵庫の中身を見て何品かメニューを決め、俺は何時も通り調理を始める事にしたのだが、背後でずっとパリィが見ているのが気になる。そんなに珍しい光景なのだろうか?

 

「パリィ、何をしてるんだ?」

 

「男の人が料理しているのを見るの珍しくて……ウチではお母さんがしてるし」

 

「普通はそうだろうな。だがタカトシは主夫だから、これが普通の光景なんだ」

 

「だから主夫じゃないと言っているじゃないですか……」

 

 

 他の人から見ればそう見えるのかもしれないが、俺はあくまでも学生だ。主夫になった覚えなどないのだ。

 

「よく話ながら料理ができるね」

 

「慣れれば誰だってできると思うが……」

 

 

 何故か感心されてしまったが、これくらい義姉さんもできるし、もちろんシノさんたちもできるだろう。だから謙遜したつもりは無かったのだが、パリィは謙遜していると勘違いしているようだ。

 

「日本人は謙遜するって聞いていたけど、これがそうなんだー」

 

「パリィ、向こうで萩村たちが待ってるから行こう」

 

「もう少し見学したい」

 

「邪魔をしたらそれだけ食べられるのが遅くなるぞ?」

 

「それは困る……じゃあタカトシ、後で」

 

「あぁ」

 

 

 別に見られているくらいで作業速度は落ちないのだが、会長が気を利かせてパリィをリビングに連れていってくれた。期待されるようなものではないが、パリィの期待に応えられるよう急いで完成させてしまおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノたちと談笑していたら、向こうから良い匂いが漂ってきた。これは、ミソスープの匂いだ。

 

「お待たせしました」

 

「何時もすまないな。しかも今日はこんなしっかりとした食事を」

 

「時間的にも夕食時でしたし」

 

「おいしそー」

 

 

 シノとアリアがタカトシに頭を下げているが、やはり日本人は礼儀正しいんだなぁ……

 

「土下座ックスが流行ってるって聞いてたし」

 

「日本文化を勘違いしてるよね!?」

 

 

 スズが何故か驚いているが、私は気にせずタカトシの料理を一口運んで――

 

「ッ!?」

 

 

――衝撃を受けた。

 

「タカトシ、私のお嫁さんになって」

 

「ん?」

 

「何か聞き捨てならないことを言わなかった?」

 

「パリィちゃん、ちょっとあっちでお話ししましょう?」

 

「はぁ……」

 

 

 何故かシノたちには怒られ、タカトシには呆れられてしまったが、私は何か間違えたのだろうか……




盛大に間違っていると思うんだが……


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柔道見学

海外の人には物珍しいんだろうか


 外はあいにくの天気だが、とりあえず濡れずに学校に来ることができたので、私は更衣室に寄らずに生徒会室にやって来た。すると既に私以外全員揃っており、私は一つ咳ばらいをしてから挨拶をする。

 

「おはよう、皆」

 

「シノちゃん、おはよ~」

 

「「おはようございます」」

 

「おや? 今日は横島先生も来るように言っておいたんだが……」

 

 

 私が最後だとばかり思っていたが、そういえば横島先生も招集していたんだった……普段いなくても問題ないからすっかり忘れていた。

 

「ういーす」

 

 

 私が席に腰を下ろしたタイミングで、やる気のない挨拶をしながら横島先生が生徒会室に入ってきた。

 

「先生、もう少しちゃんとした挨拶を――」

 

「さぶい……雨でぬれちゃったよ」

 

 

 先生は普段車移動のはずだから、通勤の途中で濡れたとは考え難い。そうなると駐車場から昇降口までの間であそこまで濡れたということか……まぁ、確かにこの雨なら濡れたとしても不思議ではない。

 

「先生、タオルをどうぞ」

 

「温かいお茶を淹れましたので、少しゆっくりしてください」

 

 

 先生に席を進めながら我々はタオルやらお茶やらを用意して横島先生をもてなす。この様なことをしてる場合ではないのだが、今日の話し合いには横島先生も必要なので、とりあえず落ち着いてもらわなければならないのだ。

 

「ありがとう、皆」

 

「このくらいは当然ですよ」

 

「いや、温まるよ――」

 

「少し大げさでは?」

 

「――心が」

 

「「「あぁ……」」」

 

 

 ここ最近はタカトシの目が厳しく校内で男子生徒を引っかけることもできず、それでいて外でも出会いがないようで心が寂しかったようで、私たちの優しさで心が温まったようだ。

 

「ふぅ……それで、何でこんな時間に生徒会室に呼ばれたんだ?」

 

「何も聞いてないんですか?」

 

「あぁ。昨日天草に、この時間に生徒会室に来てくれとしか言われていないからな」

 

「何で話さなかったんですか?」

 

「いや、横島先生に話したら外に情報が漏れる可能性があるから」

 

「そこまでみっともなくないぞ! 漏らすのは性的欲求くらいだ!」

 

「それもダメだろ」

 

 

 性欲駄々洩れな教師にタカトシがツッコミを入れ、それが切り替えの合図となり私たちは重要な会議を進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局朝の会議だけでは話し合いが終わらなかったので、昼休みも集まることになったのだが、意外と早く終わってしまい、今はシノちゃんと遊んでいる。

 

「アリアは感情表現が豊かだよな」

 

「そんなこと無いと思うけど? シノちゃんだって十分表情豊かだよ」

 

「私はどうもお堅いと思われているらしいからな」

 

「タカトシ君が来てくれてから、私たちも変わったからね~」

 

 

 以前の私たちは平然と下ネタを言っていたし、二年生以上はそのことを知っているのでさほど緊張感無く付き合ってくれているのだけど、一年生はそのことを知らない子たちが多いのか、未だに緊張されてしまう。

 

「そういえば感情表現って美容マッサージになるらしいし、感情豊かになって一石二鳥になるかもね」

 

「よし、試しにやってみるか」

 

「任せて~」

 

 

 シノちゃんの合図に合わせて様々な感情表現をしていくが、これが意外と難しい。自分で表現する分には何も難しいものはないのだが、言われてからその表情を作るのに少し苦労してしまう。

 

「なかなか難しいね~」

 

「だがやはりアリアが笑っていると破壊力があるな……同性の私でも見惚れてしまいそうだった」

 

「ほんとー? タカトシ君はどう思う?」

 

 

 ここで何故タカトシ君に尋ねたのか、シノちゃんには邪推されていそうだけども、私は純粋にタカトシ君の感想が聞きたかっただけなのだ。

 

「アリアさんに限らず、シノさんだって笑っている顔はお綺麗だと思いますよ」

 

「ほんとー? ありがとう」

 

「ん? すみません、電話だ」

 

 

 もっと褒めてもらおうと更なる質問をしようとしたら、タカトシ君は携帯を取り出してクラスメイトからの頼み事を叶える為に出ていってしまった。

 

「残念ね」

 

「まぁ、私たちだけがタカトシを独占できるわけじゃないしな」

 

 

 シノちゃんと二人で残念がりながら、さっき褒められたことを思い出して二人でニヤニヤしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は留学生のパリィちゃんが部活の見学をしているので、私たちは何時も以上に気合いを入れて練習をしている。

 

「おりゃぁ!」

 

「くっ!」

 

 

 トッキーと組み合っているのだけども、ここ最近トッキーも実力を付けているので、なかなか簡単に組ませてもらえない。

 

「っ!」

 

「しまっ!?」

 

 

 タカトシ君も見に来ているので少し気を取られていると、その隙を突かれてトッキーに倒されてしまう。一本は避けたけども、このままでは抑え込みに入られてしまう。

 

「(逃げなきゃ)」

 

『ビリっ』

 

「あっ」

 

 

 何やら嫌な音が聞こえたし、トッキーの視線がお尻に向けられている。

 

「あーあ……破れちゃったか。予備に着替えてこなきゃ」

 

 

 とりあえず予備の道着に着替え、破れた箇所を繕ってもらおうとコトミちゃんに道着を渡したのだが、何故かタカトシ君が繕ってくれることになった。

 

「これが本場のアーマーブレイク」

 

「いや、そんな本場ないから……」

 

 

 破れた道着を見ながらパリィちゃんが目を輝かせているけども、いったい何がそんなに嬉しかったんだろう?




やっぱり何処か勘違いしてるパリィ……


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てるてる坊主

効果があるかは信じる人次第


 マネージャーの仕事である道着の繕いをタカ兄が変わってくれたので、私は主将たちに水を配りながら道場の掃除をする。

 

「パリィちゃんの瞳って綺麗だよね」

 

「そう? ムツミの黒髪だって綺麗だよ」

 

「ありがとう」

 

 

 確かに主将の黒髪は綺麗だと私も思う。シノ会長も黒髪だけど、何故かムツミ先輩の方が綺麗に見えるのは、心の汚れが反映しているかな?

 

「パリィ先輩、私にも瞳を見せてください」

 

「いいよー」

 

 

 何となく気になったので、私は掃除を中断してパリィ先輩の瞳を覗き込む。確かに綺麗な瞳をしているし、これに対抗できる瞳の持ち主はすぐに思いつかなかった。

 

「ふっ、良い目をしているな」

 

「歴戦の勇者みたいな言い方止めろ」

 

「おっ、さすがトッキー。ちゃんとわかってくれたね」

 

「さすがにお前との付き合いも長くなってきたからな」

 

 

 トッキーと談笑していると、タカ兄が無言でこちらに近づいてきたので、私は慌てて掃除を再開する。特に何か言われたわけではないけども、何となく再開しなければいけない気がしたからだ。

 

「三葉、これ一応直しておいたが、何処においておけばいい?」

 

「更衣室に置いておいてくれれば――」

 

「俺は男なんだが?」

 

「あっ、そうだよね……それじゃあ、私が自分で置いてくるよ」

 

 

 タカ兄なら女子更衣室に入ったからといって、下着を漁ったりしないだろうけども、さすがに堂々と入るのは抵抗があったようで、少し視線を逸らしながら抗議していた。珍しいものを見たという気持ちもあったけども、ムツミ主将も当然のようにタカ兄を更衣室に入れようとするとは……

 

「(我が兄ながら、なかなかのオカン属性だからなー……)」

 

 

 間違いなくこの学校で一番カッコいいと言えるであろうはずなのに、どことなく異性を忘れされる雰囲気を持つタカ兄を見て、私は少し複雑な思いを懐いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろプール開きということで、我々風紀委員会と生徒会も美化委員会の仕事であるプール掃除の手伝いに駆り出された。

 

「それでは、生徒会と風紀委員会はあちら側をお願いします」

 

「あぁ、任せろ」

 

 

 

 美化委員会の人と会長が話し合って掃除場所が決まり、私たちは任された個所を掃除する。

 

「今年はボランティアを募らなかったんですね」

 

「募集したところで来ないからな……それだったら最初から我々だけで掃除した方が良いだろ?」

 

「まぁ、ボランティアで来たコトミとかは遊んでましたしね」

 

 

 前回のプール掃除の時はコトミさんや時さんなどが手伝ってくれたのだが、最終的にはタカトシ君がほとんど一人で掃除していた記憶がある。今年はそうならないように気を付けないと。

 

「それにしても、何でプールってこんなに汚れてるんですかね」

 

「まぁ、一年中水を張りっぱなしだからな……コケとかが生えてしまっても仕方がないだろう」

 

「踏んで滑らないようにしないとね~」

 

「そんなミスしませんって」

 

 

 足下に注意しながら掃除をしていると、前方に人の気配を感じ取り顔を上げると、風紀委員会の男子生徒が目の前にいて、私は慌てて距離を取ろうとしてしまう。

 

「あっ――」

 

 

 コケは注意していたが、水たまりに足を突っ込んでしまい、それに足を取られてこけそうになる。何だか以前にもこんな展開があったような気がする。全く成長していないということなのだろう。

 

「おっと」

 

「あっ、ありがとう……」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 男子生徒と一緒に掃除していたタカトシ君が私がバランスを崩したことに気付き受け止めてくれた。これが他の男子生徒だと発狂しただろうけども、タカトシ君なら私も平気なのだ。

 

「カエデさんは向こう側を掃除していた方が安全だと思いますよ。あっちには女子しかいませんし」

 

「ゴメンナサイ……そして、ありがとう」

 

 

 タカトシ君に気を遣ってもらい、私は女子生徒が固まっている周辺を掃除することに。最初からこっちの担当にしてもらえば良かったのだが、何だかあっちを掃除していてよかった気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プール開きが近づいているが、ここ最近は生憎の天気だ。それ程楽しみでは無いが、楽しみにしている生徒の為にも何か出来ないだろうか……

 

「――というわけで、てるてる坊主を作ってみた」

 

「プール、楽しみなんですね?」

 

「そ、そんなこと無いぞ? 私じゃなくて、プール開きを楽しみにしている生徒の為にだな……」

 

「シノちゃん、誤魔化さなくてもいいって。私だって楽しみなんだし」

 

「う、うむ……」

 

 

 何となくプール開きを楽しみにしているなんて子供っぽいと思ったが、アリアも楽しみにしているのなら、無理に誤魔化さなくても良いのかもしれない。

 

「………」

 

「今『萩村の容姿なら問題なく楽しみだって言えるのに』って思っただろ」

 

「そ、そんなこと思ってないぞ?」

 

 

 タカトシ程ではないが、萩村もかなり勘が良いので、私は心を読まれたような気がして返事が詰まってしまった。それがますます疑われる原因となっているのだが、とりあえず追及は逃れられたようだ。

 

「というか、窓を閉めたらどうです? インクが滲んでますよ?」

 

「おぉ、何だかちょっと怖い感じになってるな」

 

 

 私の言葉で萩村がビビったのか、疑いの目は収まった。とりあえず、晴れると良いな。




おまじないの一種ですしね


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プール開き 二年生の部

目標がおかしい気も……


 今日からプール開きということで、クラス中が浮かれているような気がする。プールで涼みたいと思っているのならまだいいが、男子は気になる女子を、女子は何故かタカトシのことをじっと見つめている。

 

「スズ、さっきから何で見てるの?」

 

「別に私は邪な気持ちなんて無いわよ」

 

「いや、そういうことじゃなくて……てか、邪な気持ちって?」

 

「な、何でもない……」

 

 

 盛大に自爆したような気がするけども、タカトシはそれ以上追及してこなかった。恐らく私の心を読んで知られたくないことを理解してくれたのだろう。

 

「スズちゃんは何か目標あるのー?」

 

「そういうムツミは?」

 

「今年こそは400mのタイムでタカトシ君に勝ちたい!」

 

「相変わらず次元が違うわね……」

 

 

 そもそも男子と女子とではタイム差があって当然なのだが、タカトシとムツミのタイムはそれ程違わない。これはタカトシが遅いのではなく、ムツミが早すぎるのだが、当の本人はタカトシに勝てなくて悔しいらしい。

 

「それで、スズちゃんの目標は?」

 

「今年こそプールの中心で立って見せる!」

 

「溺れたら助けてあげるね」

 

「誰が溺れるか―!」

 

 

 ムツミは親切心から言ってくれたのだろうが、私からしてみれば子供扱いされたようで気に入らない。

 

「スズ、そろそろプール行こうー」

 

「パリィは楽しみでしょうがないようね」

 

 

 完全に浮かれ切っているパリィやムツミと共に更衣室に向かい水着に着替える。周りを見渡すことなく黙々と着替えるのは、同年代と比べて発育が悪いからではない。単純に興味がないからだ。

 

「そういえばネネは?」

 

「忘れ物したから取りに行くって言ってたけど」

 

「まさか、サボる気じゃないでしょうね」

 

 

 ネネは運動全般が苦手で、泳ぎもそれ程得意ではないはずだ。泳げないわけでは無いが、できることなら泳ぎたくないとか言っていた気がするし、もしかしたらサボり――

 

「遅れちゃった」

 

 

――ではなかったようだ。

 

「ネネ、忘れ物って?」

 

「度入りゴーグルだよ。これが無いと見えないし」

 

「そうなんだ」

 

 

 とりあえず真ん中まで向かい、足が付くかを確認。結果は……

 

「ムツミって人魚みたいにすいすい泳ぐね」

 

「ムツミちゃんの唯一の得意科目だしね」

 

 

 目から水が垂れているが、これはきっとプールの水に違いない。

 

「あっ、おーいムツミ」

 

「どうしたの?」

 

「レッグバインダー持ってるんだけど、それ付けて泳いでみない?」

 

「?」

 

「没収するから持ってきなさい」

 

 

 相変わらず余計なものを持ち込んでいるようで、私はネネに説教する。

 

「まぁまぁスズちゃん。暑い中怒ったら倒れちゃうよ?」

 

「確かに……これだけ暑いと、アイス食べたくなるわよね」

 

「アイスって溶けかけが一番美味しいよねー」

 

「何となく分かるわ」

 

 

 ムツミとアイス談義をしていると、パリィが何かを思い出したように手を叩く。

 

「水着も溶けかけが一番エロスだって○Vで知ったよ」

 

「法律守れ!」

 

 

 パリィの発言に私は大声でツッコミ、ムツミは首を傾げ、ネネは共感したように握手を求める。ネネ一人でも大変なのに、どうしてパリィの担当が私になっているのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズちゃんたちとお喋りを楽しんだ後、私はタカトシ君の側に近寄って声を掛けようとしたのだけども、何故だかタカトシ君の側に近づけない。

 

「おーい、タカトシくーん!」

 

 

 近づけないので大きな声で呼びかけると、タカトシ君が振り返って頷いてくれた。恐らく私の用件が分かっているのだろう。

 

「(それにしても、どうしてクラスメイトたちは私がタカトシ君に近づくのを阻止しようとしたんだろう?)」

 

 

 私がタカトシ君と泳ぎで勝負するのは毎年のことなのに……

 

「ねぇスズちゃん」

 

「なに?」

 

「何だか女子の視線が鋭い気がするんだけど……私、何かしたっけ?」

 

「ムツミは何も悪くないわよ。ただ、勇気を出せない女子の嫉妬が向けられてるだけだから」

 

「?」

 

 

 スズちゃんの言っていることは難しくて私には理解できない。とりあえずタカトシ君がこっちに来るまでアップしておこう。

 

「お待たせ」

 

「ううん、全然待ってないよ」

 

 

 つい声が上ずってしまったけども、これはいきなり声を掛けられてビックリしたから。タカトシ君なら気配で誰かが近づいていることにも気づけるのだろうけども、私にはその技は使えない。

 

「とりあえず400で良いんだよな?」

 

「うん。今年こそはタカトシ君に勝ちたいなー」

 

「いくら三葉とはいえ、女子に負けるのはさすがに避けたい」

 

「だって、勉強でも料理でもタカトシ君に勝てないし、得意分野くらいはタカトシ君に勝ちたいよ」

 

「柔道では勝てる気がしないが……」

 

「というかタカトシ君、柔道したこと無いんじゃないの?」

 

「中学の体育の授業で数回……くらいだな」

 

「だったら私が勝つよ、さすがに」

 

 

 タカトシ君の身体能力ならひょっとしたら危ないかもしれないけども、これでも桜才学園柔道部の主将を任されているんだから、素人と言ってもいいタカトシ君には負けないと思う。

 

「スズちゃん、スターターお願い」

 

 

 とりあえず今は、目の前の勝負に集中しよう。

 

「(……また負けた)」

 

 

 結果はタカトシ君に30m以上の差付けられて私の負け。去年はもう少し差があっての負けで、少しは成長したみたいだけども、負けるのってやっぱり口惜しいな……




恋心を自覚してないからこそ、気軽に声を掛けられるんでしょうね


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プール開き 三年生の部

相変わらずの人が……


 今日はプール開きで、午前中はタカトシたちのクラスがプールを使っていたのを、教室から見ていた。もちろんがっつりとみるのではなく、視界の端で捉えた程度だが。

 

「シノちゃーん。こっちに来て一緒に泳ごうよ~」

 

「そうしたいのは山々だが、その格好だと一段と目立つからな……」

 

「?」

 

 

 アリアのバストが私とは比べ物にならないくらい凄いと分かっているつもりなのだが、薄着になればなるほど、その破壊力は増す。三年に男子がいないからよかったが、もし男子がこの場にいたら、一瞬で勃つだろう。

 

「(これは、これは売れる!)」

 

「何をしてるんだ、お前は」

 

 

 プールサイドの隅から望遠レンズを使ってアリアの胸のアップを撮っていた畑を捕まえてカメラを没収。授業中は先生に預け、終わり次第生徒会で保管することにしよう。

 

「仕方ありませんね。私も普通にプールの授業を楽しみましょう」

 

「畑さん! 更衣室にカメラを仕掛けたのは貴女ですよね!」

 

「おや、そちらも見つかってしまいましたか……今回の設置場所は自信があったのですが」

 

「いい加減警察のお世話になるぞ、お前……」

 

 

 明らかに盗撮なので、警察に突き出せばそれなりに怒られるだろうし、下手をすれば退学になる案件なのだが、畑はあまり反省している様子はない。まぁこいつの場合、警察に怒られるよりもタカトシに怒られた方がダメージがデカいのかもしれないな。

 

「とりあえず泳ぐか」

 

 

 せっかくのプールの授業なので、私は一人で黙々と泳ぐ事にした。水の中にいると、色々な女子生徒のスタイルが見えるが、ウエストの細さなら私も負けていない。まぁ、胸に脂肪がない分、腹にも脂肪がないのかもしれないが……

 

「天草さん、お魚みたいですね」

 

「泳ぎは得意だからな」

 

 

 この場にタカトシがいたら、私程度で得意など言えないのだが、この中でなら私の泳ぎは上手い部類に入るだろう。

 

「こうやって浮いてるだけでも楽しいよー」

 

「うっ……」

 

 

 アリアはただ浮いているだけなのだが、胸が突き出しているので思わず視線をそらしてしまう。あそこまで出っ張るとは……

 

「これはこれは……」

 

「畑さん、くすぐったいよ~」

 

「マグロですな」

 

「何をやってるんだお前は!」

 

 

 アリアの胸をツンツンぷにぷにしている畑を怒鳴りつけて、私は畑をプールサイドに引きずり説教をする。

 

「私だって我慢していたことを堂々とやるんじゃない!」

 

「えー、だって触ってみたいじゃないですか~」

 

「そこで我慢するのが普通の思考だ! それをお前は……」

 

「男子がいるわけじゃないんですし、女子同士ならあれくらい普通ですって」

 

「そうなのか? ……いやいや、とりあえず畑はこの後生徒会室に来るように。タカトシを交えてこってり絞ってやるからな!」

 

「そ、それだけはご勘弁を」

 

 

 この学園で畑の天敵となるのはタカトシのみ。他の人間――生徒会長である私や理事長では畑を反省させるまでには至らないのだが、タカトシが怒ればさすがの畑も反省するし、少しは行動を改めるのだ。

 

「(会長としての威厳など、とうの昔に失くしたからな……)」

 

 

 私だってタカトシに怒られれば反省もするし、改めようと思うのだ。どっちが会長か分からない図だと言われたこともあるが、知らない人が見たらタカトシが会長に見えるのだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、生徒会室に畑さんの気配があったので俺は首を傾げながら生徒会室に入ったが、事情を聞いて納得した。

 

「まだ懲りていなかったんですね、貴女は」

 

「だって、男子からの注文が多くて……特に三年には男子がいないので、下級生たちからしたら先輩女子の水着を見る機会は無いわけですし」

 

「男子がいたとしても、下級生は見れないと思いますが」

 

「またまたー。先輩男子とつながりがあれば、隠し撮り写真とかでおかずにできるじゃないですか」

 

「……そうなんですか?」

 

 

 生憎そう言うことに疎い俺は、シノ会長に視線を向けて確認するが、シノ会長も首を傾げている。まぁ、シノ会長は女性だから、そういうことが分からないのかもしれないな。

 

「兎に角、盗撮は立派な犯罪ですからね。新聞部として活動していたのなら、それなりの罰を与えなければいけませんね」

 

「わ、私個人でやっていましたので、部員たちは知らないです!」

 

「では畑さん個人に罰を与えるべきですか」

 

 

 シノ会長に同意を求め、俺はどのような罰が良いか相談する。

 

「三ヵ月間エッセイを書かないというのはどうでしょう?」

 

 

 不本意ではあるが、俺のエッセイは畑さんの収入源になっている。それを書かないと言えばさすがに反省するかと思うのだが、何故かシノ会長から猛反対を喰らった。

 

「それは駄目だ! お前、どれだけファンがいると思っているんだ」

 

「津田先生のエッセイが読めないとなると、暴動が起こりかねません!」

 

「そんなに……?」

 

「「当然だ(です)!」」

 

「声を揃えて言わなくても」

 

 

 何だか俺が怒られてる気がしてきたが、とりあえず畑さんへの罰は半年間の桜才新聞の転売禁止。並びに個人的な写真販売の禁止で決まった。これを破ったら、今度こそエッセイを書かないと言っておいたので、暫くは大人しくしてくれるだろうが、何故かシノ会長だけでなく、アリア先輩とスズも畑さんに釘を刺していた。




タカトシのエッセイが原因の暴動って……


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畑さんの本気

仕事っぷりは良いんですが……


 桜才新聞といえば、津田副会長のエッセイが載っているものという認識が高まりつつある。無論その認識でも問題は無いのだが、桜才新聞にはエッセイ以外にも記事が載っているのだが、そちらが話題になることは滅多にない。このままでは我が新聞部の存在理由がなくなってしまうのではないかと危惧し、何とか記事に注目してもらえないかと考えた。

 

「――で、それが俺のインタビューだと?」

 

「うん」

 

 

 この学園で最も注目されている生徒は誰だと考え、思い付いたのが天草会長と津田副会長の二人だ。天草会長のインタビュー記事でも注目されるだろうが、元女子高だというだけあって、女子生徒の方が圧倒的に数が多い。そう考えると、女子の天草会長より男子の津田副会長ののインタビューの方が注目されるのではないかと考えたのだ。

 

「別に協力するのは構いませんが、何故わざわざ土曜日に呼び出したんです? 平日の放課後とかでも良いじゃないですか」

 

「いつ、どこで、誰が聞き耳を立てているか分からないですからね。圧倒的に人の少ない土、日のどちらかにインタビューを行った方が良いと思ったのです」

 

「畑さんの考えは分かりました。ですが、何故このような場所で? 生徒会室とかでもよかったんじゃ」

 

「先ほどと同じ理由です。生徒会室では誰が聞き耳を立てているか分からないですから」

 

 

 私たちは今、横島先生が良く男子生徒を襲っていると噂されている資料室に二人きりでいる。男女が密室で二人きりとなれば、邪な勘繰りをする輩がでてくるかもしれないが、相手は津田副会長だ。七条さんや五十嵐さんにすら手を出さない人が、私に手を出すとは考え難い。というか、むしろ私が津田副会長を襲うのではないかと思われそうだ。

 

「そもそも俺のことを記事にして何か意味があるんですか?」

 

「何を仰います! 我が校で最も注目されている男子にして、ファンの数が数えきれないくらいいる津田先生のインタビュー記事! これは、これは売れる! ……じゃなかった。興味を持ってもらえると思います」

 

 

 今回はあくまでも校内向けなので販売はしない。だがつい興奮してしまい何時もの流れになってしまい掛けたが、何とか軌道修正を行い、津田副会長にインタビューをすることに。

 

「ではまず、今最も意識している異性はどなたですか?」

 

「いませんよ。以前も言ったかもしれませんが、そのようなことに意識を割いている余裕がないですから」

 

「では、余裕ができたらと仮定したとして、付き合ってみたい異性の特徴とかはありますか?」

 

「また難しいことを……」

 

 

 何処か呆れている雰囲気を醸し出しながらも真剣に考えてくれる津田副会長。この辺もモテる要因なのでしょうが、本人は無意識に行っているのでそのことに気付いていない様子。

 

「(天然たらしとはよく言ったものですね……)」

 

 

 その後も順調にインタビューは進み、想定していた時間より短い時間で十分な答えを得ることができた。

 

「ご協力ありがとうございました。一週間以内には記事が出来上がりますので、その時は検閲をお願いします」

 

「曲解したりしないのであれば、検閲の必要は無いと思うのですが」

 

「発行後に潰されるのは困りますので、修正が必要な部分があった場合は先に言ってもらいたいのです」

 

 

 津田副会長が言うように曲解しなければいいだけの話なのだが、いかんせん癖でそうしてしまう場合があるのだ。だから津田副会長には先に読んでもらい、問題がなければ発行するという方向で話を進めておいた方が、私も自重できる。津田副会長はその裏まで読み切っているようで、ため息交じりながらも承諾してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しく畑が真面目に記事を書いた新聞が発行されるということで、私は少し楽しみにしながらその記事が掲示されている場所まで向かう。

 

「シノちゃーん」

 

「アリアか」

 

「桜才新聞見に行くんでしょ~? 一緒に行こう~」

 

「あぁ、そうだな」

 

 

 エッセイが載っている号は裏で販売しているので後でゆっくり読めばいいのだが、今回の新聞はエッセイではなく記事で勝負するということでタカトシのエッセイは掲載されていないらしい。

 

「タカトシ君のエッセイがメインになりつつあるからって危機感を覚えたらしいよね~」

 

「非常に今更な気がするがな」

 

 

 以前からタカトシのエッセイ以外の記事は注目されていない問題はあったと思うのだが、今更ながらに危機感を覚えてもな……まぁ、畑が真面目に書いた記事に興味がないわけでもないし、私たちは早足で桜才新聞が掲示されている場所を目指した。

 

「……随分と人だかりができているな」

 

「そんなに興味深い記事なのかな~?」

 

 

 新聞に集まっているのは女子ばかりなのを見ると、内容はタカトシ関連だということは想像に難くない。だがそこまで注目される記事となると、これはいよいよ気になってしまうな。

 

「あっ会長。どうですか私の渾身の記事は!」

 

「……内容は確かに興味深いが、注目されているのはこちらのパネルのようだぞ」

 

「等身大の副会長の記事を書いたついでに、等身大パネルも作ってみたのですが、やはりそちらが注目されちゃいますよね……」

 

「畑さん、少しお話があります。生徒会室までご同行願えますか?」

 

「あ、悪意はなかったんですよ?」

 

「それを含め、ゆっくり話し合いましょうか」

 

 

 ゆらりと現れたタカトシに連行されていく畑を見送りながら、私たちもタカトシの等身大パネルを眺めるのだった、




余計なことまでするのが畑ランコクオリティ……


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風紀的問題

しそうな人が多数いますし……


 クラスの女子たちが騒いでいた内容が気になったので、私は集団に近づいて何について話していたのかを聞くことにした。

 

「ねぇ、何で盛り上がってるの?」

 

「あっコトミ。貴女知らないの?」

 

「何を?」

 

 

 校内の話題には精通している方だと自負しているが、どうやら何かあったらしい。これは徹底的に話を聞いて後れを取り戻さなければならないな。

 

「職員室近くの掲示板に、津田先輩のインタビュー記事が載ってる桜才新聞があるのよ」

 

「タカ兄の? あぁ、この間の土曜日に出かけてたのって、それだったのかな」

 

 

 タカ兄に何処に行ったのかと聞いても、そんなことを気にしてる暇があるのなら英単語の一つでも覚えろとはぐらかされていたのだが、どうやら畑先輩にインタビューされていたようだ。

 

「でもそれだけで盛り上がるものなの? タカ兄のことなら、だいたい知ってると思うんだけど」

 

「それはあんたが妹だから――って、そうじゃなくて!」

 

「何さ?」

 

 

 何かもったいぶられているような気がして、私はクラスメイトに続きを促した。

 

「津田先輩の等身大パネルがその隣に飾られているのよ!」

 

「等身大パネル? タカ兄がよくそんなものを許可したね」

 

「その辺は無許可だったようで、畑先輩が連行されていったんだけどね」

 

「あっ、やっぱり」

 

 

 タカ兄がそんなことを許可するとは思えなかったので、その説明で漸く納得できた。しかし等身大パネルだなんて、タカ兄にキスする練習とかいってパネルにキスする輩がでてくるかもしれないな。

 

「さっき三年生の先輩が、パネルの下半身を舐めまわすように見つめていたり、横島先生が実際に舐めまわそうとして生徒会メンバーに怒られてたりしてたけど、それでもやっぱり注目しちゃうよね~」

 

「さすがタカ兄……私の想像の上を行く変態たちに好かれてるようだね」

 

 

 キス程度は可愛いものだったと思わさられるとは……でも、そんなことになればカエデ先輩が黙ってないと思うんだけどな……まぁ、影のムッツリクイーンだし、誰も見ていないところでパネルにキスしてたりして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員の会議で、タカトシ君の等身大パネルをどうするかが議題に上がったが、大事にするべきではないという意見が多数出たので、とりあえずは現状維持ということになった。

 

「(それにしても、タカトシ君の等身大パネルか……)」

 

 

 私は比較的にタカトシ君に近い位置にいるから気にしなかったけども、少しでもお近づきになりたい人たちが、パネルでも良いから一緒に写真を撮るだなんて思っていなかった。

 

「おや~? これはこれは風紀委員長」

 

「畑さん……何だかぐったりしてませんか?」

 

「津田副会長にこってり絞られましたからね……さすがに疲れました」

 

「無許可でこんなものを作るからですよ」

 

 

 初めはタカトシ君が許可したものだと思っていたけども、畑さんが連行されたという話を聞いて無許可だったと分かり、問題にすべきだと思ったのだけども、そんなことをすれば暴動が起こるかもしれないと言われ経過観察にしたのだが、近い内に撤去されそうね。

 

「記事に注目してもらいたかったのですが、まさかパネルの方が注目されるとは……津田副会長の人気の高さを甘く見ていました」

 

「私たちは普通に話しているからありがたみが分からないみたいですね」

 

 

 実際クラスメイトたちからも、タカトシ君と普通に話せるなんて羨ましいと言われたこともある。そもそも私が異性であるタカトシ君と話しているのが珍しいのもあったのだろうが、驚きよりも嫉妬の感情が大きかったことを考えれば、今回のこの騒動は納得がいく。

 

「このパネルを裏で販売すれば……」

 

「畑さ~ん?」

 

「冗談ですよ。そんなことをしたら今後エッセイの販売ができなくなってしまいますから」

 

「そうなったら、他校のファンが黙っていないでしょうね」

 

 

 私たち桜才学園の生徒は簡単に手に入れることができるが、他校のファンは畑さんが販売している記事を買わなければタカトシ君のエッセイを読むことができない。それが禁止されたとなれば、桜才学園にタカトシ君のファンが雪崩れ込んでくる可能性があるのだ。

 

「そういえばこの間お泊りデートしてきたんですよね? そのままゴールインしちゃったりはしてないんですか?」

 

「してません! というか、いつの間にか気絶していて、次に気付いた時にはベッドで寝ていましたから」

 

「膜、ちゃんとありました?」

 

「当たり前です! というか、なんてことを聞いてくるんですか、貴女は!」

 

 

 そもそもタカトシ君が意識の無い異性を襲うだなんて思えないし、そんな雰囲気になったとしてもちゃんと許可を取ってからするだろうし。

 

「今度は五十嵐風紀委員長のインタビュー記事にしましょうか。内容は、津田副会長とのお泊りデートの真相について」

 

「別段面白いことはありませんよ。そもそもデートではなく、カップルの監視目的だったんですから」

 

「校外でイチャコラするくらいは目を瞑ったらどうです? その辺は自由のはずですが」

 

「分かってはいるんですがね……」

 

 

 何時までも頭ごなしではいけないと分かっているんだけども、どうしても気になってしまうのだ。もしかしたら、私もいつかタカトシ君と……なんて思っている所為かもしれないわね。




やっぱりカエデさんはムッツリ……


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宿題に挑む

面倒事は先に片付ける方が良いですから


 期末試験も無事に終わりいよいよ夏休み! だというのに、いきなり会長たちがウチにやってきて早速宿題を片付けなければいけない流れになってしまった……

 

「やっと勉強から解放されたばかりだっていうのに、どうして家でも勉強しなきゃいけないんですか!」

 

「お前は毎年最後まで溜め込むんだから、さっさと片付けておいた方が良いだろ? それに、会長たちが付き合ってくれるんだから、分からない箇所はすぐ聞けるだろうが」

 

「はい……」

 

 

 既に宿題を終わらせてるタカ兄と、同じく終わらせているスズ先輩に監視されながら、私は宿題を開いて――

 

「まず問題が何を言っているのか分かりません……」

 

 

――初っ端から躓いた。

 

「お前、よく期末試験で平均点取れたな……」

 

「あれは、タカ兄とお義姉ちゃんが詰め込んでくれたお陰だよ」

 

「ならまだ分かるだろう? この問題は、今回のテスト範囲だぞ」

 

「テスト終了と共に全て出し切ったから残ってないんだよ~」

 

「はぁ……」

 

「タカトシ、ここは私がやっておくから、家のことしてて良いわよ」

 

「ゴメン、お願い」

 

 

 朝早い時間ということで、タカ兄はまだ掃除やら洗濯やらが残っている。一応私がふざけないようにと監視していたようだが、ここでふざければさすがにヤバいということは私だって分かっている。なのでタカ兄がいなくなっても宿題から逃げないようにしなくては。

 

「しかし一年の問題は簡単で羨ましいぞ」

 

「私たちもコトミちゃんの勉強を見た方が良いかな?」

 

「先輩たちはご自分のを終わらせてからで大丈夫ですよ。コトミの面倒は、私が見ておきますから」

 

「というか、これが簡単だって言える先輩たちが羨ましい!」

 

 

 私の頭では一生かかっても簡単だなんて言えないので、あっさりと言い放った先輩たちを妬んだ。でが地頭が違い過ぎるので妬むだけ無駄だとすぐに分かり、とりあえず問題を読むところから始める。

 

「しかし、テスト期間中は兎も角、普段のアンタはあまり成長してないのね」

 

「そんなこと無いですよ~。一日五エロに減りましたし、胸も大きくなってきてますし」

 

「「クソがっ!」」

 

 

 私の言葉にシノ会長とスズ先輩が同時に呟く。そんなに気にしなくても良いと思うのだが、先輩たちは自分の胸が成長しないことを気にしている。

 

「タカ兄は大きさになんて興味ないですから、心配しなくても良いと思いますよ~? もしタカ兄が巨乳好きだったら、とっくの昔にアリア先輩と合体まで行ってるでしょうし」

 

「タカトシに聞かれたら殺されそうなことを平然と言うな、お前は……」

 

「これくらい女子トークの範疇ですよ~。それに、タカ兄は身体的特徴を気にしないのは先輩たちも知ってますよね~?」

 

「それは、まぁ……」

 

「てか、巧みに話題を逸らそうとしても無駄だからね! さっさと宿題をやりなさい!」

 

「うはっ、バレた……」

 

 

 せっかく先輩たちをからかって休憩していたのに、スズ先輩にバレてしまった。まぁ自分の為でもあるし、早く終わらせたらゆっくりと遊べるしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがに午前中だけでは終わらなかったので、タカトシの作ってくれた食事で休憩を挟んでから続きをすることに。家主であるタカトシは、夕食の買い物の為不在だが、コトミにふざける余裕はなかった。

 

「これはさっきの応用だからできるでしょ?」

 

「えっと――」

 

 

 この通り萩村が付きっ切りでコトミの面倒を見ているので、さすがのコトミも勉強に集中するしかない。というか、自分の成績を考えれば、ふざけてる余裕などないと分かりそうなものだが……

 

「シノちゃん、ここってどういう解釈なのかな?」

 

「何処だ?」

 

「これ」

 

 

 アリアから質問をされ、私も自分の勉強に戻る。

 

「あぁ、これはだな――」

 

 

 アリアに説明をしていると、横から視線を感じたのでそちらを見ると、コトミが意外そうな目で私たちを交互に見詰めている。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、アリア先輩がシノ会長に質問するのを初めて見たものでして」

 

「そうか? まぁ、コトミはあまり生徒会室に来ないから知らないかもしれないが、アリアは結構私に質問してくるぞ?」

 

「逆にシノちゃんも私に聞いてくる時もあるしね~」

 

「それって、どっちも分からなかった時はどうするんですか~?」

 

「その時は最終手段だ。タカトシに聞く」

 

「私が言うのもあれだと思いますけど、タカ兄は先輩たちより年下ですよね? 頼るのに抵抗はないんですか?」

 

「お前に言われたくないが、タカトシは私たちとは違うベクトルの存在だから気にしないことにした。同様に萩村もな」

 

「まぁタカ兄もスズ先輩も天才ですからね~」

 

「また集中力が切れてる! あと五ページなんだからさっさと終わらせなさい!」

 

「スズ先輩はスパルタですね~……」

 

 

 萩村に連れ戻されて、コトミは宿題に戻る。あのコトミが一教科だけとはいえ一日でそこまで終わらせるとはな……

 

「そういえば萩村、パリィの歓迎会について聞いてくれたか?」

 

「えぇ、今予定を聞いているところです……おっ、丁度返事が着ました」

 

 

 一度町内を連れ回したが、ゆっくりと親睦を深める為には休みの日に出かけるに限る。私は今から楽しみでしょうがなかった。




またシノが楽しみ過ぎて寝れなくなりそうな展開に


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引率役は

この人は役に立つのだろうか


 パリィちゃんとお出かけする予定を立てる為に、私たちは急いで宿題を片付けた。コトミちゃんは一教科だけだったけども、これを継続できれば早く宿題から解放されるでしょうね。

 

「それで、何処に行きますか?」

 

「パリィは日本文化に興味津々だからな」

 

「それだったら、七条グループが経営してる歴史体験ツアーに参加するっていうのはどう?」

 

「相変わらずのスケールだな」

 

 

 シノちゃんたちは慣れているはずだけど、こういう話題の時は大抵驚いてくれる。別に自慢してるわけでもないし、私が経営しているわけでもないのでそもそも自慢にならないけど、こういう反応を示してくれるのは嬉しい。

 

「でも少し遠くにあるから、一泊旅行になるかもね」

 

「泊まりですか……そうなると引率が必要になるんじゃないですか?」

 

「課外活動扱いになるだろうから、そうなるな」

 

「出島さんにお願いしようか?」

 

 

 出島さんなら車も出してくれるだろうし、引率としても十分な役割を果たしてくれると思ったんだけど、シノちゃんは首を左右に振った。

 

「生徒会としての活動になるから、横島先生に頼もう」

 

「というか、タカ兄がいれば十分じゃないですかー? 横島先生よりも先生らしいですし」

 

「確かにな……」

 

 

 コトミちゃんの言う通り、横島先生や出島さんよりも、タカトシ君の方が引率らしい雰囲気は持っているし、過去に引率として役立たなくなった二人の代わりを立派に務めた実績があるのだ。だがさすがに大人がいないのは問題なので、横島先生に確認の連絡をすることに。

 

「――という訳なのですが、引率をお願いしても良いでしょうか?」

 

『あぁ、問題ないぜ。どうせ一人で飲んだくれる日々だろうし……』

 

「そ、そうですか……あっ、くれぐれも引率先で酔いつぶれたりしないでくださいね? 泊まりとはいえ、面倒には変わりないんですから」

 

『分かってるっての! というか、これ以上津田に怒られるのはな……』

 

「何かあったんですか?」

 

 

 シノちゃんと横島先生の会話を横で聞いていた私たちも同時に首を傾げる。普段の横島先生ならタカトシ君に怒られることに快感を覚えていたはずなのに……

 

『今度タカトシに怒られたら、そのまま学園長に呼び出される流れになってしまってな……今後の給料やボーナスの査定に響いてくるんだ……』

 

「それは……」

 

 

 タカトシ君に給料の額を握られているのと同義というらしいので、横島先生は暫く大人しくなると私たちは安堵したが、その程度で本当に大人しくなるのだろうかという疑問が、心の隅に残った。

 

『というわけだから、監視の目は厳しくいくからな! 間違っても津田と合体なんてさせないからそのつもりで!』

 

「初めからそんなつもりはありません。まぁ、どうしてもと言われたらやぶさかでは無かったですけども」

 

「シノちゃん、本音が漏れてるよ」

 

「おっと」

 

 

 私だってタカトシ君に求められたら喜んで応えただろうけども、あのタカトシ君がそんなことをしてくるはずもないって分かっているので、期待はしていなかったのだ。まぁ、何時までもこんな関係なのは少し寂しいけど、急激に変えられるものじゃないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 買い物から帰ってくると、何故か旅行の計画を決められていた。まぁコトミも同行するということなので、義姉さんに家のことを頼む必要は無いのだが。

 

「というか、女子だけで行ってきたらどうです? そっちの方が楽しめると思いますが」

 

「無理! 会長に七条先輩、横島先生にコトミ、そしてパリィの相手を一人でするなんて、絶対に無理だから!」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 スズに全力で拒否を叩きつけられてしまったので、俺が行かないという選択肢は消滅した。まぁ、俺も言ってみただけだし、ここで行かなくてもいいとなったら暇を持て余していたところだ。

 

「それじゃあ参加メンバーは、私とタカトシ、アリアに萩村、コトミとパリィ、そして引率の横島先生の七人だな!」

 

「区切りに欲望を感じましたが、それで決定ですね」

 

「というか、何でコトミまでくるんだ? 大人しく家で勉強してろ」

 

「息抜きだよ~。まぁ、宿題を持っていって旅行先でもやるというのが、会長たちから出された条件なんだけど……」

 

「そういうことか」

 

 

 確かに会長たちが居なかったら、こいつが宿題をやるという思考にすらならなかっただろう。義姉さんだって結局はコトミに甘いのか、息抜きで許したゲームを一緒にやっているということも多々あるし。

 

「ところで、何処に行くんですか?」

 

「七条グループが経営している歴史体験ツアーだ!」

 

「それって参加費はどれくらいなんですか? 二人分となると、早めに用意しておかないと」

 

「大丈夫だよ~。費用はウチで出しておくから」

 

「ですが――」

 

「まぁまぁタカ兄。せっかく奢ってくれるっていうんだから、素直に奢られておこうよ~」

 

「お前は気楽で羨ましいよ……」

 

「?」

 

 

 これは近い内にアリア先輩に何かお返しをしておかないと、後々厄介な頼まれごとをされそうな予感がする。俺は一日デートまでならと腹をくくり、素直に奢られることにした。




あまり奢られてるとタカトシの人生が決定してしまうような……


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タオルの枚数

気にしちゃうのは女の子だから


 引率役として同行するはずの横島先生は――

 

「こういうのは教師が一緒にいると楽しめないだろうから、私はホテルの部屋でゆっくりしている」

 

 

――と、早速職務放棄をした所為で、私たちの引率役はタカトシが代行することになった。何故会長や七条先輩ではなくタカトシなのかといえば、説明の必要がないくらいそっちの方がしっくりくるからだ。むしろ、横島先生よりも教師らしい雰囲気なのだから仕方がないのかもしれない。

 

「というわけで、早速教師がいなくなってしまいましたが、一応生徒会活動の一環という位置づけになっていますので、必要以上にはしゃがないようにお願いします。特にコトミ」

 

「分かってるよタカ兄~。というか、やらかしたらお小遣い減らされるんだから……」

 

 

 事前に家で釘を刺してきたのか、コトミはタカトシの言葉に素直に頷く。まぁコトミの場合、小遣いを人質に取られたら何も出来ないしね。

 

「しかし、随分と作り込まれていますよね。タイムスリップした気分です」

 

「「「「………」」」」

 

「どうかしました?」

 

 

 私が素直な感想を零したら、会長、七条先輩、コトミ、パリィがじっと私のことを見詰めてきた。

 

「今『タイムっ、ストリップしたい気分』って言った?」

 

「聞こえた」

 

「聞こえた」

 

「キコエタ」

 

「言ってねぇよ! というか、公の場で何を言ってるんだアンタたちは!」

 

「はぁ……砂利の上で正座したいんですか、貴女たちは?」

 

「「「ひっ!?」」」

 

 

 タカトシに睨まれ、パリィ以外の三人はすくみ上り頭を下げ、パリィはキラキラした目をタカトシに向けている。

 

「パリィ、どうしたの?」

 

「タカトシの眼力、まるで黄門様の印籠ね! 見せたらみんな平伏する」

 

「タカトシを怒らせたら怖いからね……」

 

「パリィも、あまり大きな声で変なことを言わないように」

 

「了解ね、タカトシ」

 

 

 とりあえず出鼻を挫かれた気分ではあるが、ようやく私たちはテーマパークの中に入ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歴史体験ツアーということで、私たちは着物に着替える事にした。洋服のままでも平気なのだが、せっかくの機会なので全員で着替えようと私が提案し、アリアとパリィが積極的に、萩村は消極的にではあるが賛成してくれ、コトミも乗り気だったのだが、タカトシだけは何処か後ろ向きだった。

 

「どうかしたのか?」

 

「なんでもありませんが、後でグチグチ文句を言って来ても知りませんからね」

 

「?」

 

 

 タカトシが何を気にしていたのかその時は分からなかったが、着物を着つけてもらう時にようやく理解出来た。

 

「和服って身体の線が出ないようにウエストにタオルを巻くと良いんだよな」

 

「それって浴衣じゃないんですか?」

 

「着物は寸胴な体型な方が綺麗に見えるんだよ~」

 

「つまり、凹凸が少ない方が美しく見えるんだ!」

 

 

 早速ウエストにタオルを巻くが、これは萩村以外大差ない感じだったが、問題はその後だった。

 

「胸も潰した方が良いんですかね?」

 

「ある程度は潰した方が綺麗に見えるしね~」

 

「でも、さらしって苦しくないですか?」

 

「帯に胸が乗っちゃうとみっともないし、ある程度は我慢するしかないよ~」

 

「………」

 

 

 タカトシが何を危惧していたのか、今になってようやく理解した。あいつは着付けも自分でできるくらいだから、こういう事態も想定していたのだろう。アリアやコトミにはその工程が必要になるが、私はそれをしなくても平気で、私が自分の体型にコンプレックスを懐いていることも知っているタカトシだからこそ、先に手を打ってきたということか……

 

「萩村、さっきは憐憫の視線を向けてすまなかった」

 

「どういう意味だ!」

 

 

 子供体型の萩村ならあまりタオルを巻く必要もないだろうなという感じて見ていたのだが、まさかここに来て自分も必要無い状況に陥るとは……

 

「というか、早いところ行きましょう。これ以上見ているのは精神衛生上よろしくありません」

 

「そうだな……」

 

 

 とりあえず着付けが終わっているので、私と萩村はそそくさと集合場所に移動する。するとタカトシが女子大生グループにナンパされていた。

 

「お兄さん一人なら私たちと一緒に行こうよ」

 

「いえ、連れがいますので」

 

「え~? さっきから見てたけど、お兄さんずっと一人だったじゃん」

 

「というか、お兄さんの連れなら別に一緒でも良いよ~?」

 

 

 何と言うか、見慣れてるから忘れていたが、タカトシはかなりレベルが高い男だったんだと改めて思い知らされる光景だな。

 

「待たせたな」

 

「いえ、女性の方が時間が掛かると分かっていますので。それで、他の人はまだ?」

 

「えぇ。私たちは先に終わったから出てきただけ」

 

 

 私と萩村で女子大生たちに牽制の視線を向けると、向こうは素直に引き下がってくれた。まぁ、どれだけ誘惑しても梨の礫だったからだろう。決して、私たちの目が怖かったからではないだろう。

 

「すみません、助かりました」

 

「というか、相変わらずの人気だな」

 

「着物が珍しいんでしょう」

 

「分からないフリはしなくても良いんじゃない?」

 

「………」

 

 

 萩村の指摘に、タカトシは無言を貫いた。そうこうしている内にアリアたちも出てきたので、私たちはいよいよ歴史体験を味わうことにするのだった。




あまり出ていたらみっともないですが、気にするほどではないかな


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体験したかったこと

海外の人は憧れるんでしょうか


 私たちが着付けをしている間に、タカ兄が女子大生にナンパされていたと会長とスズ先輩から聞かされ、私は我が兄の人気っぷりに感心する。見た目だけならタカ兄に並ぶ男はいるかもしれないが、タカ兄が良いのは見た目だけじゃないからなぁ……

 

「(家事万能で成績優秀、運動神経抜群で類まれなる文才、周りを締めることができるカリスマ性、さらに異性相手に気遣いを自然にできる。欠点らしい欠点は無いけども、異性に消極的過ぎるのが欠点かな)」

 

 

 これだけモテているのだから、異性の一人や二人食べていても不思議ではないのだが、タカ兄はそんなことをするような人間ではない。女性から複数の内の一人でも良いと言われても、きっと受け容れない。

 

「(何となくで付き合うとかができない人だしね……恐らく、タカ兄が異性と付き合う時は、その人と一生一緒にいたいと思った時だけだろうし……だから、会長やアリア先輩、お義姉ちゃんやサクラ先輩たちからの好意を受け容れつつも答えを出していないんだろうな)」

 

 

 優柔不断ともまた違うし、タカ兄に選ばれなかったとしても誰一人として文句は言わないだろう。タカ兄が真剣に考えて選んだ相手なら、素直に祝福できると考えているのかもしれない。

 

「ねぇねぇタカトシ、タカトシはちょんまげとかしないの?」

 

「さすがにそこまでする必要は無いだろ。というかパリィ、ちゃんと前むいて歩かないと危ないぞ」

 

「ヘイキヘイキ、子供じゃないんだか――」

 

「危ない!」

 

 

 一応整備してあるとはいえ普段歩いているアスファルトの道と土の道は根本的に違う。しかも履物も靴ではなく草履なので、パリィ先輩は足を取られてこけそうになったが、タカ兄が咄嗟に腕を掴んで抱き寄せたお陰で、パリィ先輩は転ぶこと無く済んだ。

 

「だから危ないと言っただろ」

 

「ゴメンナサイ……そして、ありがとう」

 

「どういたしまして。怪我してないならそろそろ自分の足で立ってくれるか?」

 

「OH! 私、タカトシに抱きしめられてる恰好みたいね」

 

「そういうのは声に出さなくていいから」

 

 

 パリィ先輩が自分の足で立ったタイミングで、シノ会長とアリア先輩が詰め寄る。その間に私はタカ兄に江戸文化の説明をしてもらうことに。隣ではスズ先輩も一緒に説明してくれている。

 

「江戸時代のお鮨は屋台だったのよ」

 

「へー」

 

「こっちはお風呂か」

 

「江戸時代のお風呂は混浴だったのよ」

 

「へー」

 

「……お前、ちゃんと聞いてるのか?」

 

「聞いてるって! というか、こうして説明を聞きながら見てると、江戸時代の生活が目に――はっ!」

 

 

 私が急に大声を出したので、スズ先輩が驚いた表情をした。

 

「ど、どうしたの?」

 

「今、前世の記憶が目に浮かんだような」

 

「夢だろ。というか、くだらないことを考えてる暇があるなら、ここで体験したことをレポートにして提出してもらおうか? 一応課外活動扱いなんだから、それぐらいは良いよな?」

 

「ゴメンナサイ、レポートは苦手です……」

 

 

 それ以外も苦手なのだが、タカ兄が言ったら本当にレポートを書かされかねないので、私は素直に頭を下げて何とか許してもらった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故シノやアリアに責められたのかは分からなかったが、ワタシは江戸時代の食事を楽しんだ。

 

「美味しかったわね」

 

「思わず顔がとろけちゃったな」

 

「私なんてとろけすぎてあh――」

 

「ん?」

 

「なんでもないでーす」

 

 

 恐らくコトミはアヘ顔って言いたかったんだろうけども、タカトシに睨まれて大人しくなった。まだ付き合いは長くないけども、この中で一番力があるのはタカトシだと私でも分かる。

 

「さて、そろそろ着替えてホテルに戻るとするか」

 

「では、俺はこっちですので」

 

 

 更衣室前でタカトシと別れ、私たちはレンタル衣装から私服に着替え――ようとして、着物が脱げないことに気付いた。

 

「ぬ、脱げない……」

 

「帯をきつく締めすぎたようだな」

 

「早く脱がして~」

 

「何だか卑猥に聞こえますね~」

 

「お前は黙ってろ!」

 

「痛っ! でもこれが気持ちいい」

 

 

 スズに脛を蹴られたコトミが恍惚の笑みを浮かべている。どうやらコトミはマゾの気があるようだ。

 

「少し強めに引っ張るぞ」

 

「任せる」

 

「とりゃー!」

 

 

 シノが私の帯を強めに引っ張ると、私はその場で回転してしまった。これが所謂「帯回し」というやつなのだろう。

 

「目が回った……」

 

 

 体験してみたかったけど、実際にやると結構目が回るんだなぁ……

 

「パリィ! 見えちゃってる! 前隠して!」

 

「へ?」

 

 

 スズに言われたので、私は慌てて自分の目に手を被せて目線を入れる。

 

「そっちじゃねぇよ! というか、分かっててやってるだろ!」

 

「スズ先輩、女子更衣室なんですから、そんなに慌てる必要は無いですよね? もしかして、パリィ先輩のスタイルに嫉妬するから隠させようとしてるんですか~?」

 

「そんなんじゃないわよ! というか、あんまりおかしなこと言うと、タカトシに報告してお小遣いなしにしてもらうわよ?」

 

「それだけは平にご容赦を!」

 

 

 こんな風に帯回しも楽しめたので、私は大満足だ。企画してくれたシノたちにちゃんとお礼を言っておこう。




コトミは余計なことしか言わない


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童心に帰る

何処にいてもろくでもない教師が……


 江戸体験ツアーを満喫した私たちは、アリアが手配してくれた旅館に戻った。本来なら引率の横島先生も一緒に来るはずだったのだが、先生は旅館でずっとお酒を飲んで休んでいた。

 

「横島先生、ただ今戻りました」

 

「おう、お帰り~」

 

「横島先生も来ればよかったんじゃないですか?」

 

「私はこっちのほうが楽しめるから」

 

「こっちも楽しかったですよ。久しぶりに童心に帰った気分です」

 

「ほ~、それはよかったでちゅね~」

 

「(横島先生も子供に戻ってる……)」

 

 

 私が子供扱いされたわけではないので気にしなかったが、萩村はムッとした表情を浮かべているところをみると、どうやら自分が子供扱いされたのだと勘違いしたのだろう。

 

「ところで、津田はどうしたんだ?」

 

「タカトシなら、テーマパークで行われるショーの代役を頼まれてまだ帰ってきてません」

 

「どういうことだ?」

 

「実はですね――」

 

 

 私は帰る途中でコトミのよそ見が原因で起こったちょっとした事故の説明をし、ショーの参加者の一人が足を挫いてしまったことを伝える。怪我の具合は大したこと無さそうなので、今日一日安静にしていれば問題ないとのことだが、その今日一日が問題だったのだ。代役も用意していなかったので、ショーを中止するしかないかもしれないという流れになり、罪悪感で潰されそうになったコトミがタカトシに泣きつき、タカトシが代役を引き受ける流れになったのだ。

 

「ほぅ……でもいいのか? 津田がショーになんか参加したら、ますます人気が出てしまうんじゃ?」

 

「それはそうかもしれませんが、七条グループが経営しているテーマパークで、七条家のお嬢様が側に居れば言い寄ってくる女はいないと思いますが」

 

「あー、それで七条もいなかったのか」

 

「ついでに、そのショーに興味津々のパリィも帰ってきてませんがね」

 

「それで、天草と萩村は何でこっちに戻ってきたんだ?」

 

「そりゃ、コトミを反省させる為にみっちり勉強を教え込むためです」

 

「なるほど」

 

 

 さっきから私たちの背後で小さくなっているコトミに視線を向け、納得したように頷く横島先生。

 

「そうだ。せっかく先生がいるんですから、英語は先生が担当してください」

 

「教師が学校以外で個別に指導するわけにはいかないからな。津田妹の面倒は天草と萩村に任せる」

 

「それっぽい理由で逃げたぞ、この人……」

 

 

 恐らく本音は酒を楽しみたいだけなのだろうが、横島先生が言っていることも何となく理解できるので、コトミの面倒は私と萩村でみっちり見てやることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不慮の事故とはいえ、コトミちゃんのよそ見が原因で危うくショーは失敗に終わるところだったけども、代役のタカトシ君が十分な活躍をしてくれたお陰で、お客さんは大満足で帰っていった。やっぱり七条グループに欲しい人材だけども、どうせ手に入れられるのなら、本部役員で迎え入れたい。

 

「タカトシは何でもできるんだね~」

 

「いや、何でもはできないと思うが……」

 

 

 タカトシ君の活躍を目を輝かせて見ていたパリィちゃんが、タカトシ君と楽しそうに話している。恐らく恋愛感情とかではなく、純粋に尊敬しているだけなのだろうが、どうしても気になってしまう。

 

「あっ、パリィ」

 

「ん?」

 

「スリッパは玄関までだよ」

 

「あ……」

 

 

 ここは洋室ではなく和室なので、部屋の中までスリッパを履いていくのはマナー違反。うっかりしていたのかパリィちゃんはタカトシ君に指摘されるまでその事に気付かなかったようだ。

 

「ついうっかり……」

 

「ドンマイ」

 

 

 失敗して落ち込むパリィちゃんを、タカトシ君が慰める。当たり前のことなのだけども、こういうことをさらりとやってのけるタカトシ君は、やっぱりモテるタイプなのだろう。

 

「二日目で……」

 

「不束者のことか?」

 

「そう、それ!」

 

 

 言い間違いしたことに気づけるのも凄いけども、何を言いたかったのかちゃんと理解できているのも凄い。私はてっきり本当に二日目だと思っちゃったのに。

 

「ところで、さっきアリアと一緒にいた人はどうしたの? 知り合い?」

 

「へ? あぁ、あの人はさっきのショーの責任者だよ~。本格的にタカトシ君をスカウトできないかって相談されてたんだけど、タカトシ君はまだ高校二年生だよって教えてあげたらビックリしてた」

 

「そんなに老けて見えますかね?」

 

「んー、タカトシ君の場合、老けてるんじゃなくて大人びてるからな~。さっきの人だって、タカトシ君が私の後輩だって思ってなかったみたいだし」

 

「アリアさんの知り合いに、年上の男性ってそんなにいませんよね? 会社関係以外では」

 

「そうだね~。プライベートで一緒に出掛ける異性は、タカトシ君くらいだね~」

 

 

 そもそもタカトシ君たちが入学してくるまで桜才は女子校だったし、それ以前でも男子とのお付き合いはほとんどなかった。そう考えると、タカトシ君は私の初めてをいろいろと貰ってくれてるんだなぁ。

 

「とりあえず、その場でもお断りしましたが、俺はまだ本格的に働くつもりはありませんので」

 

「分かってるよ~」

 

 

 実は、私のお婿さん候補だと伝えたので、もうタカトシ君にスカウトが行くことはないだろう。そのことは、タカトシ君には秘密だ。




そりゃご令嬢の婿候補だと言われりゃスカウトもできないだろうな……


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迷信の真相

タカトシだからできる技


 シノ会長とスズ先輩にこってり絞られたおかげで、私は冗談を言う余裕がないくらい疲れ果てている。部屋に戻ってきたタカ兄の両脇にパリィ先輩とアリア先輩がくっついていたのを見て、普段の私なら――

 

「ハーレムなんて羨ましいですな~」

 

 

――とか茶化しただろうが、そんなこと考える余裕がなかった。

 

「とりあえずタカトシたちも戻ってきたし、風呂にでも行くか」

 

「お風呂はこっちだよ~。タカトシ君も疲れたでしょう?」

 

「いえ、あれくらいなら大丈夫です」

 

「タカトシ、凄かった!」

 

「分かったって……」

 

 

 タカ兄がどんなショーをしたのかは分からないが、パリィ先輩はタカ兄に夢中なようだ。まぁ、恋愛感情から来る夢中ではないので、シノ会長やスズ先輩も焦ってはいないようだが。

 

「コトミちゃんも入るでしょう?」

 

「はい……」

 

 

 疲れもピークを迎えているので、無理に身体を起こして浴場へ向かうことに。酔っぱらっている横島先生は置いていくことにして、私たちは大浴場に向かった。

 

「あれ? お風呂は混浴だってさっきスズが言っていたような……」

 

「それは昔の話!」

 

「というか、パリィ先輩も聞こえてたんですね~」

 

 

 私がスズ先輩に説明してもらっていた内容だったので、パリィ先輩は知らないと思ってたのに……

 

「コトミよ」

 

「なんですか?」

 

「これ以上タカトシに迷惑をかけ続けるようなら、私たちにも考えがあるからな」

 

「ど、どうするつもりなんですか?」

 

「ウチの傘下が経営している旅館で住み込みで働いてもらおうかな~って思ってる。そうすれば住む所の心配はしなくてもいいし、お金も稼げるよ~」

 

「わ、私はまだ働きたくありません!」

 

「さっきタカトシ君にも似たようなことを言われたけど、人が違うだけで全然印象が違うんだね~」

 

「ちなみに、お前のご両親からは許可をもらっているから、何時でも実行できるからな」

 

「い、何時の間に……」

 

 

 お母さんたちと交流があることは知っていたし、先輩たちの信頼度は私よりも高いということも知っているが、何故私の将来の選択肢を先輩たちに握られているのだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂場で何かあったようで、風呂に入る前よりもコトミの気力が低下している。まぁ、どうせろくでもないことをして怒られたんだろう。

 

「ここの旅館はお風呂も食事も最高だな!」

 

「というか、何時の間に起きたんですか?」

 

 

 さっきまで部屋で倒れていた横島先生が大声を出したので、俺はとりあえず確認しておく。

 

「何時までも倒れてるわけにもいかないからな! というか津田妹、顔色が悪いぞ?」

 

「な、何でもないです……いろいろとヤバい状況だって教えられたので」

 

 

 どうやらコトミも後がないことに気付いたようで、そのことで気力が低下しているようだ。

 

「ところでここの旅館、実はただの旅館じゃないようだ」

 

「どういうことですか?」

 

「実は、出る!」

 

「っ!」

 

 

 シノさんの言葉に、スズが人の背後に隠れる。別にいいんだが、何故俺の後ろに隠れたんだ?

 

「あっ、いや……お化けじゃなくてだな……」

 

「じゃあ何が出るんですか?」

 

「座敷童だ!」

 

「精霊にあって加護を貰って幸せになりたーい!」

 

「コトミはがっつき過ぎだ」

 

「そんなの迷信でしょう。もっと現実的に――」

 

「津田に幸せにしてもらおうってか?」

 

「酔っ払いに絡まれたー!」

 

「それでアリアさん、シノさんの話は本当なんですか?」

 

「どうなんだろうね~。見たって人がいるとは聞いたことあるけど、本当に見たのかも分からないし」

 

「なるほど……」

 

 

 恐らく寝ぼけて何かを見間違えたとか、そういうことなのだろうが、こういうことは信じるものは救われるという感じなのだろう。特にシノさんはこういった話が好きなので、現実的に指摘しても納得しないだろうな……

 

「というわけで、早速座敷童さんに会えるよう作戦会議だ!」

 

「お供え物をしておくと会えるって書いてありますね」

 

「お前、こういう時以外にも自分で調べる癖を付けろよな……」

 

 

 すぐに携帯で検索したコトミに、一応ツッコミを入れておく。勉強の時は自分で調べようとしないくせに、ホントこういう時は早いんだから……

 

「よし! この大福をお供え物として置いておこう!」

 

「ところで、タカトシも一緒の部屋で寝るの~?」

 

「俺は障子を挟んで向こうに布団を敷くから」

 

「なんだ残念。ジャパニーズ夜這いを見られると思ったのに」

 

「そんな邪な考えを懐いているようでは、座敷童さんは出てこないぞ!」

 

「シノさんは何処まで本気なんですか?」

 

 

 この人のことだから、何処までも本気なのだろうが、高校三年生にもなってこういうことに本気でいられるのは、果たして良いことなのだろうか……

 

「それじゃあ、お休み!」

 

「えぇ、お休みなさい」

 

 

 電気を消し、暫くすると横島先生のいびきが部屋中に響き渡る。そんなことを気にしている間に、他の人たちの寝息も聞こえ出したが、障子越しに小さな影が起き上がるのが見えた。

 

「(本当にいたようだな……)」

 

 

 スズが起きたのかとも思ったが、気配が違う。俺は噂もバカに出来ないなと感じつつ、黙って座敷童の行動を眺めていたのだった。




コトミはどうなることやら……


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魚見さん、瞑想中

迷走ではありません


 生徒会作業をしていると、シノっちからメールが届いた。

 

「おっ、シノっちたちは現在江戸体験ツアー中のようですね」

 

「天草さんたちが? ですが何故江戸体験ツアーなんです?」

 

「ほら、桜才学園には今、交換留学生が来てるから」

 

「そういえばそうでしたね」

 

 

 サクラっちが作業をしながら器用に私の携帯を覗き込み、写真を見て何度か頷く。

 

「お土産も期待しておけ、だそうです」

 

「わざわざお土産を用意してくれるなんて、相変わらず会長たちは仲がいいですね」

 

「私とシノっちとの仲だからね!」

 

 

 初めは発情スイッチが同じという共通点からだったが、今ではそんなこと関係なく仲がいいと言い切れる関係だと思っている。

 

「というわけで、これからお返し用のお土産を買いにお出かけしよう!」

 

「お土産目的のお出かけとはこれ如何に……」

 

「青葉っちもユウちゃんも急いで作業を終わらせてお出かけするよ!」

 

「おー、お出かけっすか」

 

「それって全員参加なんですか?」

 

「せっかく全員いるんだし、向こうも+αがいるとはいえ、生徒会でのお出かけみたいだしね!」

 

 

 別に対抗するつもりは無いが、向こうは全員参加でこちらは欠員がいると言うのは何となく負けた気分になる。なので私たちは急ぎ生徒会作業を終わらせ、一度帰宅してから再度集結することにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魚見会長がノリノリでお出かけすると言っていたので、何とかして回避したかったが失敗し、私も結局お土産が第一目的のお出かけに参加する事になってしまった。

 

「というわけで、本日は座禅体験にやってきました」

 

「何で座禅?」

 

「あれ、言って無かったっけ?」

 

「聞いてません」

 

 

 魚見会長のことだから、自分の中で盛り上がりまくって伝えたと勘違いしているのだろうが、少なくとも私は聞いてないない。

 

「会長。森先輩はスカートですし、あぐらを組んだらパンツが見えてしまうのでは」

 

「大丈夫。座禅は煩悩を払う為に行うから、JKパンツが見えたところで誰も気にしないって」

 

「なるほど。良かったですね、森先輩」

 

「何だかパンツを見せる流れになってるようだけど、座禅は正座でも良いんだからね?」

 

 

 青葉さんがズレた慰めをしてくれたので、私はその勘違いを訂正することに。広瀬さんは最初から座禅に興味が無さそうなので気にしてなかったが、よくよく見ると私以外はパンツルックだ。どうやら私だけ伝えられていなかったようだ……

 

「会長、もしかして最初から?」

 

「だって、サクラっちはあまりスカート穿かないって言ってたから……」

 

「ただ『お出かけ』としか言われていなかったので、動きやすい恰好で来ただけです」

 

 

 最初から座禅だと知っていたら、わざわざスカートなんて穿かなかった。

 

「話終わったっすか? もう飽きちゃったんでさっさとやりましょうよ」

 

「飽きるの早くないかな?」

 

 

 広瀬さんは部活関係ではかなり我慢できる方らしいが、他のことにはその能力は一切発揮されない。飽き性なのは分かっていたが、座禅する前から飽きるとは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウちゃんが急かしたので私たちは早速座禅を組むことに。本来の目的はお土産を探しにだが、せっかく体験できるのだからしておきたかった。

 

「(静かだ……心が洗われていく気分)」

 

 

 普段瞑想しようにも、どうしても途中から妄想になり、そして暴走してしまう傾向があるので、こういった体験は貴重だと言えよう。

 

「(それに、普段はコトちゃんのことが気になり出してそれどころじゃなくなるしね)」

 

 

 タカ君のように意識を完全に切り替えることができるのなら、家で瞑想も出来るかもしれないが、残念ながら私にその能力は無い。

 

「(それに、タカ君みたいな人がそこらかしこにいるわけ無いし)」

 

 

 そもそもタカ君と同じ能力を持てるだなんて思う方がおこがましい。

 

「(何だかコトちゃんの影響を受けてるような気も……)」

 

 

 心の中で自分にツッコミを入れ、意識的に思考を切り替えることに。すると今まで気にならなかったことが気になりだした。

 

「(あっ、お尻に汗かいてきちゃった……今日は白いデニム……ということは汗で透けるかもしれない。このまま立ったらパンツ透けちゃうエロハプ!?)」

 

 

 煩悩丸出しになってしまった私を見抜いたように、肩に喝が入れられる。

 

「(どうして私が煩悩丸出しだって分かったんだろう……もしかして、さっきから私のお尻をガン見してたとか!?)」

 

 

 くだらないことを考えていると、もう一回喝を入れられ、私はもう一度意識して思考を切り替えることに。

 

「(シノっちたちは私がタカ君とお買い物に行くと『抜け駆けだ!』とか文句を言ってくるくせに、自分たちはちゃっかりタカ君とお泊りしてるんですから、これは今度英稜メンバーとタカ君でお出かけするしかなさそうですね)」

 

 

 青葉っちやユウちゃんは、純粋にタカ君のことを尊敬してるようだが、私やサクラっちは違う。異性として意識していると言い切れるだろう。

 

「(義姉弟での関係も悪くないし……)」

 

 

 またしても煩悩丸出しな思考になってしまい、私はもう一度喝をいただいたのだった。




しっかりと煩悩を払わないと


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森さん、瞑想中

長時間の正座はキツイ……


 隣で魚見会長が喝を入れてもらっているのを気に掛けながら、私も精神を集中させる。

 

「(静かだ……五感が研ぎ澄まされる……)」

 

 

 普段なら気にならない物音がはっきりと聞こえてきて、私は集中出来ていると実感する。

 

「(タカトシ君なら、特に意識することなく精神統一できるんだろうけどね)」

 

 

 いろいろな意味で私たちとは違うタカトシ君のことを思い出し、私は心の中で笑みを浮かべる。

 

「(まさか、ここまで仲良くなるなんて思ってなかったな)」

 

 

 初対面の時はここまで親密になるなんて思っていなかったし、むしろ異性ということで少し距離を置きたいとすら思っていたかもしれない。

 

「(桜才の五十嵐さんほどではないけども、私だって男子の視線は苦手だったんだけどな……)」

 

 

 今でもタカトシ君以外の露骨な視線は気になるし、だらしなく人のことを見てくる男性の視線も嫌だけども、タカトシ君からはそんな感情を一切感じないのだ。

 

「(異性に興味がないわけではないって言ってたけど、あれだけの美人に囲まれながらも欲望を表に出さないなんて、並大抵な精神じゃないはずだし)」

 

 

 同性の私から見ても、天草さんや七条さん、魚見会長たちは魅力的な女性だと言える。その面子に割って入るなんて出来ないはずなのだが、広瀬さんは私も十分綺麗だと言ってくれている。

 

「(あっ、足がしびれてきた……)」

 

 

 ずっと正座しているからか、足がじんじんとしびれてきてしまった。このままじゃ体勢を崩しそうだが、粗相をする前に座禅の時間が終わってくれたので、私は速攻で足を崩してその場で休むことに。

 

「う~~~~~~、足がしびれた~」

 

「森先輩は正座でしたからね」

 

「青葉さんも何度か喝を入れられてたけど、何を考えてたの?」

 

「えっ、あっ、いや……ちょっと余計なことを……」

 

「ふーん……」

 

 

 良く会長と盛り上がっているのを見る限り、青葉さんもそっち側なのだろうけども、具体的に何を話しているのかは分からない。

 

「私もしびれたっす!!」

 

「広瀬さんも?」

 

 

 ずっとあぐらを組んでいたはずの広瀬さんが、何故足がしびれているのだろう……

 

「煩悩を払う為に、髪の毛以外すべて剃ってきてたなんて!」

 

「急ぎ過ぎて、ちょっとヒリヒリするけどね」

 

「……もう一回喝を入れてもらった方が良いんじゃないですか?」

 

 

 神聖なる場所でなんてことを話してたんだ、この人は……というか、広瀬さんもそこは感心するところじゃないんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず座禅を満喫したけども、本来の目的は煩悩を払うことではない。

 

「それで、肝心のお土産はどうしよう……」

 

「お香はどうです?」

 

「同じ匂いなら、入浴剤の方が使いやすいと思いますよ?」

 

「んー……」

 

 

 サクラっちや青葉っちが真剣に選んでくれているのは分かるけども、それならわざわざここまでくる必要が無かったのではないかという話になってしまう。お香や入浴剤なら、近所のスーパーでも売ってるわけだし……

 

「いい匂いっすねー」

 

「ユウちゃんは色気より食い気だね」

 

 

 お饅頭の匂いにつられているユウちゃんを見て苦笑いをしたけども、確かに良い匂いだ。

 

「せっかくだし、皆で食べよっか」

 

「賛成!」

 

「ここは、先輩の奢りっすよね?」

 

「えっ?」

 

 

 この面子で、ユウちゃんと青葉っちは一年生、サクラっちは二年で私は三年……先輩の奢りということは、私が四人分を払うということなのだろうか……

 

「会長、ご馳走様っす」

 

「ご馳走様です」

 

「あっ、うん……」

 

 

 既にユウちゃんと青葉っちの中では私の奢りということで話がまとまってしまっているようだ。

 

「(会長、半分出しますよ)」

 

「(あ、ありがとう)」

 

 

 私もバイトしているのでお饅頭の四人分くらい払えるのだが、急に言われて動揺してしまっていたようだ。サクラっちが半分出してくれると言ってくれたお陰で、ようやく冷静さを取り戻せた。

 

「それで結局、桜才の人たちへのお土産はどうするんすか?」

 

「うーん……」

 

「あっ、会長。ここ、焼き印でオリジナルキーホルダー作れるんですって」

 

「キーホルダーか」

 

「良いこと思い付いた! 生徒会の役職を入れたキーホルダーを作りましょうよ。私たちと桜才のみんなの分をそれぞれ作って持つんです。これで絆アップ!」

 

「(無自覚でタカ君とペアルックしようとしている……?)」

 

「別にそれでもいいっすけど、私庶務っすよ? 桜才に庶務の役職なんていましたっけ?」

 

「あっ……萩村さんは会計だし、二人だけ揃ってなかった……」

 

「あっちの生徒会は、タカ君が庶務も兼ねてるからね」

 

 

 むしろタカ君が会長兼副会長兼書記兼会計兼庶務のような気もしないでもないが……

 

「というか、津田先輩が生徒会顧問ぽくないっすか? あの人、森先輩と同い年とは思えないくらい落ち着いてますし」

 

「それって私が落ち着きがないって言ってる?」

 

「そんなことないっすよ。森先輩が年相応で、津田先輩が落ち着き過ぎているって言ってるんです」

 

「まぁ、タカ君の人生を考えれば、あれくらい落ち着いてないとやってられないんだと思うよ」

 

 

 結局お土産はお饅頭ということになったが、まさかタカ君の人生を考えることになるなんて思わなかったな……




何個兼任してるんだか……


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思考の違い

コトミの考え方は分からないな


 宿題も早めに終わっているので、今日はトッキーと遊びに出かけている。とはいっても、お小遣いには限りがあるので、遠出することはないのだけども……

 

「ちょっとコンビニいかねぇか?」

 

「良いね」

 

 

 移動中にコンビニが視界に入ったので、私はトッキーに誘われた風を装ってコンビニに入る。

 

「うーん……何を買おうかな」

 

「そう言うのは心の中で言えよ」

 

「おっと、声に出てたのか」

 

 

 トッキーに指摘されるまで自分が喋っているなんて思っていなかったので、私は周りを見回して誰も聞いていなかったことに安堵する。

 

「先に会計してるからな」

 

「えっ、もう決まったの」

 

 

 トッキーが商品を持ってレジへ向かうのを見て、私は慌てて何を買おうか決めることに。

 

『お会計777円です』

 

 

 トッキーが会計時に少し嬉しそうにしているのが見えた。恐らくラッキー7ということで気分が良いのだろう。

 

「お願いします」

 

 

 トッキーから遅れること3分、私も買いたい物を纏めてレジへと持っていく。

 

「お会計999円です」

 

「はーい」

 

 

 千円を出して会計を済ませて、私はレシートを持ってトッキーに駆け寄る。

 

「トッキー見てみて!」

 

「あ?」

 

「カンストダメージ叩きだした気分」

 

「(今の若い子ってそうなの?)」

 

 

 私が喜んでいるのを見て、トッキーが不思議そうに首を傾げているが、私には何が原因で首を傾げているのか分からない。これがタカ兄なら分かるのかもしれないが……

 

「ところで、今月も厳しいとか言ってた気がするんだが、コンビニで千円も使ってよかったのか?」

 

「……ハッ! まさか、トッキーの罠だったとは……」

 

「何でそうなるんだよ!」

 

 

 今の私にとって千円ですら大金だということをすっかり忘れていた……さっきまでカンストダメージ叩きだした気分で楽しかったのに、一気に絶望に浸ることになるとは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古谷先輩から電話でヘルプ要請を貰い、私は先輩が一人暮らししているマンションにやって来た。

 

「悪い天草! 家のことをやってくれるだけで良いから」

 

「なんだかコトミみたいな感じになってますね……溜め込んだんですか?」

 

「提出期限を一ヶ月間違えてたんだよ……急いで仕上げないと単位もらえない」

 

「分かりました。今日は私が古谷先輩のお世話をしますから、先輩は頑張ってくださいね」

 

 

 事情を聞き、私は古谷先輩の部屋の掃除から始め、洗濯、ゴミ出しと先輩がやろうとしていたであろう家事を片付けていく。

 

「次はご飯か……」

 

「冷蔵庫の物、好きに使って良いから」

 

 

 先輩から許可をもらい、私は冷蔵庫の中身を見て何が作れるか考える。

 

「(これがタカトシなら、すぐに何品も思いつくんだろうが、生憎私は主夫ではなく普通の女子高生だし……)」

 

 

 レポートと格闘しているから、あまり手の込んだものより食べやすいものの方が良いだろうということで、私はカレーを作ることにした。

 

「(こんなものか……)」

 

 

 我が家ならスパイスを追加で入れることもできたのだが、先輩の家にはそのようなものは無かったので市販のルーのみの味付けだが、これはこれで悪くない。

 

「先輩、ご飯できましたよ」

 

「すまんねぇ……本来なら私がおもてなししなきゃいけない立場なのに」

 

「レポートが大変なのですよね? 困った時はお互い様です」

 

 

 作業を一旦取りやめて、先輩はテーブルを空けてくれた。私はそこに二人分のカレーを置き、二人きりの食事にすることにした。

 

「おっ、カレーか」

 

「材料もありましたし、手軽に食べられた方が良いかなと思いまして」

 

「よし、早速食おう!」

 

 

 この発言がコトミの物で、私がタカトシだった場合怒られるだろうなと思いながら、私は手を合わせてカレーをいただく。

 

「あちゃー零しちゃった……」

 

「カレーと白い服は相性最悪ですね」

 

「辛いものともねー」

 

「?」

 

 

 辛いものと白い服の相性が最悪とは、いったいどういうことか……私は先輩に真意を尋ねるような視線を向ける。

 

「汗で服、透けてるよ」

 

「ぐはーっ!?」

 

「風呂貸してやるから、今日は泊まっていったら?」

 

「お言葉に甘えさせてもらいます……」

 

「着替えはテキトーに出しておくから」

 

 

 先輩にお風呂を借りて、私は汗だくの身体を洗い流す。部屋にいるのが畑だったら覗きの心配もしただろうが、先輩はそういうことはしないので安心だ。

 

「(というか、先輩はメカオンチだから、隠し撮りなんて出来ないか)」

 

 

 辛うじてPCは使えるようだが、さっきからレポートも手書きなのを見ると、ワードなどは使えないようだ。そんな人が、写真をPCに取り込んでネットで拡散するなんてできるはずもない。

 

「お風呂出ました」

 

「貸した服、ちょっと大きいかい?」

 

「いえ、ゆったりサイズの方が落ち着けて良いです」

 

「なら、パンツもゆったりの方が……」

 

「ノーパンで良いです」

 

「何だか七条みたいだな――っと、最近は穿いてるのか、アイツも」

 

「えぇ。以前タカトシにこっ酷く怒られましたから」

 

「前も聞いたかもしれんが、お前ら本当に津田君の先輩なのか?」

 

「アイツの方が後に入学したんですから、私たちの方が先輩でしょう……言い切れる自信がないですが」

 

 

 間違いなく私たちが先輩で、年上のはずなのに、タカトシ相手だと何故か言い切れないんだよな……




そこは言い切れよ……


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出島さんの新事実

この人もいろいろとやってんな……


 出島さんが淹れてくれたアイスティーを楽しんでいると、橋高さんが書類を持ってやって来た。

 

「ここにサインをお願いします」

 

「はい」

 

 

 どうやら何かのサインが必要なようで、私は特に気にすることもなく二人の会話を聞いていた。

 

「……そのポーズはいったい?」

 

「これが私の欲求不満のサインです」

 

「書類にサインして欲しいと言ったはずですが」

 

「失礼。最近ご無沙汰でして……」

 

 

 横島先生のように現地調達が難しいのか、出島さんは最近ご無沙汰なようね。まぁ、私と一緒に行動してる事が多くなっているから、出会いも減ってるんだろうな……

 

「あっ、間違えて昔の姓を書いちゃった」

 

「え?」

 

 

 出島さんがミスすることは珍しくは無いが、聞き流せないことを言っていたような気がして、私は橋高さんに確認する。

 

「出島さんって既婚者?」

 

「初耳ですが……」

 

 

 私よりも出島さんの事情に詳しいであろう橋高さんも知らないとなると、もしかしてこの屋敷に務める前から結婚していたのかもしれないわね……

 

「女優(意味深)時代の芸名書いちゃいまして」

 

「どれどれ~」

 

 

 出島さんに間違えて書いた名前を見せてもらい、スマホで検索する。

 

「あっ、ホントだ~。名前検索したら出てきた~」

 

「えぇ……」

 

 

 私は出島さんが有名人であることに感動したのだけども、橋高さんは呆れている様子……同僚が有名女優だなんて自慢出来ることなのに、何が気に入らないのかしら。

 

「これ、どう修正すればいいですか?」

 

「間違えた箇所を二重線で消して、修正印を押しておいてください」

 

「分かりました」

 

 

 なるべく早くこの場を去りたいのか、橋高さんは何時も以上に事務的な態度で出島さんとの会話を済ませ、書類を持って去っていってしまった。

 

「それにしても出島さんが女優だったなんてね~。今度作品を探してみようかな」

 

「お嬢様に見ていただくようなものではありませんが、興味がお有りでしたら」

 

「うふふ、シノちゃんやスズちゃんも呼んで鑑賞会しようかしら」

 

「知り合いに見られるなんて……興奮してきました」

 

 

 息を荒げる出島さんを見て、私は笑みを浮かべる。タカトシ君も呼びたいんだけど、絶対に興味ないだろうしなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトちゃんがトッキーたちと集まって残りの宿題を片付ける為に出かけているので、今津田家には私とタカ君の二人きり。何だか新婚気分です。

 

「義姉さん、後は俺がやりますから」

 

「気にしなくていいって。タカ君はリビングでゆっくりしてて」

 

「ですが――」

 

「タカ君は働き過ぎなんだから、今日くらいはお義姉ちゃんに甘えてください」

 

 

 なおも食い下がろうとしたタカ君だったが、私が断固譲らないという姿勢を見せると諦めてくれた。普通ならサボろうとして悪あがきするのだろうが、タカ君は真面目だから。

 

「(タカ君が使ったお箸……もう慣れてきましたが、まだちょっとドキドキしますね)」

 

 

 全く何も感じなくなってしまったら終わりなのでしょうし、私はこのドキドキを大切にしようと思っています。

 

「(何だかサクラっちやカエデっちのように初心になった気分です)」

 

 

 以前の私ならタカ君とディープキスできると浮かれていたかもしれませんが、タカ君がそう言うことを嫌うので、私も自重しているのだと自覚し、何だかタカ君に変えられてしまったようだと浮かれる。

 

「片付け終わったよ~――って、何でタカ君はリビングで歯磨きをしてるの?」

 

「偶々見ていたテレビで、時間を掛けながらの『ながら歯磨き』が良いと言っていたので試しに」

 

「なるへそ」

 

 

 タカ君がテレビでやっていた知識を実行するなんて珍しいと感じながら、私は自分の歯ブラシを取りに洗面所へ向かい、リビングに戻る。

 

「私も一緒にします」

 

「お好きにどうぞ」

 

 

 タカ君も止める理由がないと判断したのか、私が隣で歯磨きをしても気にしなかった。まぁ、気にすることじゃないしね。

 

「ただいまー」

 

 

 私が歯磨きを始めたタイミングでコトちゃんが帰ってきたようで、真っ直ぐにリビングにやって来た。

 

「疲れたー」

 

「おふぁえり」

 

「!?」

 

 

 口から白いものが零れ落ちそうになったけども、私は笑顔でコトちゃんを迎え入れる。ただ、それでちょっと勘違いされたみたいだけど。

 

「お義姉ちゃんたち、リビングで何をして……?」

 

『シュコシュコ』

 

 

 コトちゃんの質問に答える為に、私は歯ブラシを動かして見せる。その時に手で歯ブラシが見えにくかったようで、コトちゃんは盛大に勘違いした。

 

「あわわ、遂にお義姉ちゃんがタカ兄の息子を――」

 

「バカなこと言ってないでさっさと手を洗って風呂に入れ。八月一日さんの家で夕飯は済ませてきたんだろ?」

 

「タカ兄、遂に性に目覚めたんだね!」

 

「歯磨きしてただけで何を言ってるんだ、お前は」

 

「えっ、歯磨き……?」

 

 

 タカ君に言われて漸く私たちが歯磨きしていたんだと理解したコトちゃんは、責めるような態度で私に詰め寄って来た。

 

「お義姉ちゃん、紛らわしいことしないでよ!」

 

「そもそもタカ君がこんなところでしゃぶらせるわけ無いでしょ?」

 

「それもそっか」

 

「「あははははは」」

 

「今すぐ黙るか、正座して怒られるか選べ」

 

「「………」」

 

 

 久しぶりに純度百パーの殺気を浴びせられて、私たちはすぐに押し黙ったのだった。




最後の最後に鬼のタカトシ降臨


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教師・タカトシ

さすが教師より教師らしい生徒


 この間のお土産をシノっちと交換して、タカ君の家でシノっちのお土産を開く。

 

「お義姉ちゃん、それどうしたの?」

 

「シノっちとお土産の交換をしてもらったの」

 

「それってこの前江戸体験ツアーに参加した時のだよねー? 随分と経ってるような気もするんだけど」

 

「シノっちとなかなか会わなかったから。タカ君が間に入ってくれれば早かったんだろうけども、タカ君も忙しいから」

 

 

 そう、タカ君は今もバイトに出かけているし、終わった後はコトちゃんに勉強を教えることになっている。なので私が泊まり込みで津田家の家事を任されているのだ。

 

「タカ兄は厳しすぎるんだよ。私はもう宿題だって終わらせてるんだから、勉強なんてする必要無いと思うんだよね」

 

「そんなこといってると、休み明けのテストで赤点になっちゃうよ? 今度赤点だったら問答無用で家を追い出されるんじゃなかったっけ?」

 

「て、定期試験の話ですから……」

 

 

 コトちゃんの成績は、タカ君や私たちの努力のお陰か平均点くらいには上がってきているのだが、油断するとすぐ赤点スレスレに落ち込んでしまう。コトちゃんも自覚しているようだが、自分一人で勉強をしようという殊勝な考え方はできないようで、タカ君が苦労することになっている。

 

「前にシノっちが冗談で言ってたけど、タカ君の自由時間の為にもコトちゃんはこの家から出ていった方が良いのかもしれないね」

 

「そんなことになれば、一週間もしない内に死ぬ可能性がありますからね! そんな事になれば、不動産の方たちにも迷惑が掛かりますし……」

 

「少しは自立しなきゃダメだよ?」

 

「分かってはいるんですがね……でも両親不在でタカ兄に頼る癖ができてしまってからというもの、自分で何かしようとか考えられないんですよねー……これはつまり、タカ兄は私を駄目にしたといっても過言ではない!」

 

「責任転嫁も甚だしいよ……そんなことタカ君に言えば、今すぐにでも追い出されちゃうよ?」

 

 

 私の脅しにコトちゃんはあからさまに焦ったような表情で玄関に視線を向け、まだタカ君が帰ってきていないと分かりホッとした。

 

「怖いこと言わないでくださいよ! 私だって、タカ兄が悪いわけないって分かってるんですから」

 

「やっぱりコトちゃんはアリアっちに頼んで淑女教室に参加した方が良いのかもね」

 

「淑女になんてなれませんよ。私は痴女ですから!」

 

「胸を張って言うことじゃないと思うよ」

 

 

 どちらかと言えば私もそちら側なのかもしれませんが、コトちゃんのように開き直っているわけではないのでまだマシだろう。まぁ、淑女らしい淑女なんて、高校生でいるのかどうか分からないですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が帰ってきてからというもの、私は三時間ぶっ続けで机に向かっている。もちろん、ただ机に向かっているだけではなく、タカ兄が用意したテキストと格闘しているのだ。

 

「タカ兄、この問題ってどう解くの?」

 

「それはさっきの応用だ。さっきの問題が理解できているなら、人に聞かなくてもできるはずだが」

 

「応用は苦手なんだよぅ……」

 

 

 応用どころか基礎も危ういのだから、私一人で解けるとは思えない。だがタカ兄は頑として教えてくれないようで、暫く頭を捻って問題を解いた。

 

「これでいいの?」

 

「途中でケアレスミスしてるから、しっかりと見なおして何処が間違っているか探せ。そこが分かったらもう一度聞け」

 

「はーい……」

 

 

 解き方としては当たっていたようだが、途中で間違えていたようで、私はタカ兄から言われた通り間違えた箇所を探すことに……

 

「(どこで間違えたんだろう……)」

 

 

 さっきタカ兄は一瞥しただけで私の間違えに気付いたのだから、余程単純なミスをしているのだろうとは思うのだけども、私には何処が間違っているのかすぐには分からなかった。

 

「(……あっ)」

 

 

 何度も見返してようやく、私は自分のミスに気付きそこを修正。自ずと答えも変わってくるので、私は最後まで解いてもう一度タカ兄に見せる。

 

「これで良いでしょうか?」

 

「正解だ」

 

「ほっ……」

 

「後は同じような応用問題だから、全部できるだろ」

 

「できるかもしれないけど、これだけ時間が掛かってたらテストではいい点採れそうにないよね……」

 

「分かってるなら繰り返し解いて、理解し、似たような問題に手間取らないようにするんだな」

 

「タカ兄、何だか先生みたいだよね。ほんと、助かってます」

 

 

 むしろ教師より教師らしいと言われているタカ兄だ。これくらいのことはできて当然なのだろうが、どうしても言わずにはいられなかった。

 

「入学当初から考えれば理解できるようになってるだけ成長してるからまだマシだ。これがあの時のままだったら、とっくに匙を投げて家から追い出してる」

 

「本当にありがとうございます」

 

 

 この家から追い出されることは、私にとって死刑宣告とイコールなのだ。柔道部のマネージャーをやっているから洗濯や掃除は最低限できるようになったが、料理などは全く成長していない。お弁当を買うにしてもお金は限られているのだから、すぐに食事に困ることとなり、そして身体を売ってお金を――

 

「くだらないことを考えている余裕があるなら、英語か化学を追加してやろうか?」

 

「数学だけで手一杯だよ!?」

 

 

 タカ兄が取り出した別教科のテキストを見て、私はくだらないことを考えることを止め、残りの問題に取り掛かった。




コトミはもう少し成長しようぜ……


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新たな付き合い

仲良くはなれそうですし


 魚見会長と森先輩、そして青葉さんと一緒に出掛けていると、見覚えのある男性と見たこと無い女子が一緒にいるところに遭遇した。

 

「津田先輩、こんちはっす!」

 

「こんにちは」

 

「そちらの女子は?」

 

「コトちゃん、こんにちは。タカ君とお出かけ?」

 

「荷物持ちに駆り出されました……」

 

「会長、知り合いっすか?」

 

 

 どうやら魚見会長以外にも森先輩もこの女子のことは知っているようだ。

 

「コトちゃんはタカ君の実の妹だよ。中身は兎も角、見た目は結構似てると思うけど」

 

「言われてみたら確かに……」

 

「お義姉ちゃんたちもお出かけですか?」

 

「私たちは英稜生徒会の親睦会をね。長期休みになって会う機会も減ってきたから」

 

 

 会長と親しそうに話す妹さん。そう言えば会長と津田先輩は遠縁だって言ってたから、それなりに妹さんとも付き合いがあるのだろうな。

 

「そうだ! タカ君たちも一緒に行く?」

 

「何処へです?」

 

「これから四人でボウリングにでも行こうって話してたんだけど、どうせだからタカ君とコトちゃんも一緒に。たまには息抜きしないと疲れちゃうでしょう?」

 

「賛成! タカ兄、せっかくお義姉ちゃんが誘ってくれたんだし、一緒に行こうよ!」

 

「お前は勉強したくないだけだろ」

 

「うっ……」

 

 

 津田先輩に睨まれた妹さんは、苦しそうに声を出している。まぁ、私も勉強したくない組だから気持ちは理解できる。

 

「まぁまぁタカ君。ここ最近コトちゃんも頑張ってるんだし、たまにはね?」

 

「義姉さんはコトミを甘やかしすぎじゃないですか?」

 

「そうかな? でも、あまり締め付けすぎるとパンクしちゃうし」

 

「パンクする程詰まってるとは思えませんがね……さっきも復習を兼ねた小テストで五割程度でしたし」

 

「気持ちの準備が出来てなかったんだよ! それに、制限時間もあったし……」

 

「普通テストには制限時間はあると思うんだが?」

 

「それは…そうですが……」

 

「まぁまぁ津田先輩。息抜きした方が勉強に気持ちを持っていけるかもしれませんし」

 

 

 さすがに妹さんが可哀想に思えたので、私は助け舟を出す。すると津田先輩は一瞬だけ私を見て、すぐにため息を吐いて首を左右に振った。

 

「少しだけだからな」

 

「やった! ありがとうお義姉ちゃん! それと……」

 

「広瀬っす。広瀬ユウ、高1っす」

 

「おー同い年だー! 私は津田コトミ! よろしく」

 

 

 明るい性格のようで、私とコトミはすぐに打ち解け、青葉さんを交えた後輩三人衆で楽しくお喋りをすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如タカトシ君とコトミちゃんも加わったけど、交流会は順調に進んでいる。といっても、会長はコトミちゃんたちに交じってお喋りをしたり、私やタカトシ君に楽しんでいるかを聞いて回ったりと、忙しそうではあるが。

 

「これって俺たちが参加してる意味あるのか?」

 

「どうだろうね。でも、コトミちゃんが加わったことで、青葉さんと広瀬さんの距離が縮まった感じはしてるよ」

 

「あの愚妹が役に立っているなら良いが」

 

「大変だね、お兄ちゃんは」

 

「サクラにお兄ちゃんって呼ばれると変な感じがするがな」

 

「そう? 私はタカトシ君みたいなお兄ちゃんなら欲しいなって思ったことがあるから、何だかくすぐったい気分だよ」

 

 

 タカトシ君のようなお兄ちゃんがいたら、私もコトミちゃんみたいに家事ができなかったのかな? それともお兄ちゃんと一緒に家事をすることで、今以上にできるようになっているのだろうか。

 

「サクラみたいな妹なら、しなくても済んだ苦労は多そうだな」

 

「そうかな?」

 

「少なくとも、コトミのように思春期全開じゃないし」

 

「まぁね。でも、コトミちゃんの気持ちも少しは分かるよ」

 

「どういうことだ?」

 

「だって、こんなカッコいいお兄ちゃんなら、少しくらいはそう言うことを考えちゃっても不思議じゃないかなって。もちろん、実際にそういう関係になりたいとかは思わないだろうけど」

 

「そんなものなのか?」

 

「タカトシ君だって、綺麗なお姉ちゃんがいたと仮定したら、少しは分かるんじゃないかな?」

 

「うーん?」

 

 

 首を捻って考え込むタカトシ君。珍しい光景を視れて、私は思わず笑みを浮かべた。

 

「さっぱり分からん。たとえ姉がいたとしても、身内としか思えないだろうな」

 

「まぁ、それが普通だよね。私も実際にお兄ちゃんがいるわけじゃないから、仮定としか言えないし」

 

「そう考えると、俺の周りで異性の『きょうだい』がいる人っていないな」

 

「そう言われれば……」

 

 

 確か五十嵐さんはお姉さんがいると聞いたことがありますが、それはあくまでも同性。タカトシ君とコトミちゃんのように異性の『きょうだい』ではない。

 

「さっきからタカ君とサクラっちは楽しそうですね。本格的にカップルになったんですか?」

 

「そっちで盛り上がってるんですから、俺とサクラが弾かれるのは自然な流れだと思いますが? そちらに混ざりたいとも思いませんけど」

 

「タカ兄、これからユウちゃんと遊びに行って良い?」

 

「明日何時も以上に厳しくなっても良いならな」

 

「……大人しく帰ります」

 

「相変わらず凄い威圧感っすね……」

 

 

 お兄ちゃんから保護者の顔に変わったタカトシ君に、コトミちゃんはもちろん、広瀬さんも気圧されたのだった。




この世界で異性のきょうだいがいるのって他にいたっけ……?


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ケーキのお礼

スケールが違う


 今日は私の家にアリアが遊びに来ている。普段なら私がアリアの家に行くか、外で会うことが多いのだが、今日は両親がいないので友人を家に招くことができるのだ。

 

「シノちゃん、なんだか楽しそうだね~」

 

「そ、そうか?」

 

「うん。何だか何時もより浮かれてる感じがする」

 

「自分ではそんなつもりは無かったんだが……」

 

 

 アリアが見てそう思うのだから、相当浮かれているのだろうな、私は……だって昔から家に友達を招くことなんて少なかったから、数少ない経験ができてうれしいのだから……

 

「(って、誰に言い訳してるんだ私は……)」

 

 

 心の中の言い訳に心の中でツッコミを入れて、私は気を取り直してアリアと課題を片付けることに。

 

「コトミの面倒ばかり見ていたから、少しは自分たちの勉強もしておかないとな。受験生なのだから」

 

「大丈夫だよ、シノちゃん。来年の今頃も、同じこと言ってると思うから」

 

「そうなのか?」

 

 

 私には分からないが、アリアが言うのならそうなのだろう。だからといって受験勉強をしなくて良いわけではないので、私とアリアは黙々と勉強することに。

 

「(……何故だろう。集中出来ているはずなのに、何か物足りないと感じてしまうのは)」

 

 

 何時も予習復習している時と変わりないはずなのに、私はイマイチ集中しきれていない。チラリとアリアの方を見ると、どうやらアリアの方も集中しきれていないようで、しきりに首を傾げている。

 

「どうやらアリアも集中しきれていないようだな」

 

「シノちゃんも? 私もさっきから何か物足りない気がしてるんだよね」

 

「普段一人で勉強している時はこんなこと無いのに、不思議なものだな」

 

「ねー」

 

 

 勉強自体は順調なのだが、集中力が散漫になってしまったので息抜きをすることにした。

 

「昨日ケーキを作ったんだ!」

 

「シノちゃん本当にこういうこと得意だよね~」

 

「まぁな! だが、タカトシには敵わないだろうが……」

 

「タカトシ君は別カテゴリーだから比べること無いんじゃない?」

 

「そう思おうと思っているのだが、どうしても比べてしまうんだよな……この間のケーキも、かなり美味しかったし……」

 

 

 この間という程最近ではなかったかもしれないが、柔道部の遠征に付いて行った際に作っていたケーキはタカトシのオリジナルらしいのだが、店で売っていてもおかしくない程の出来だった。味も十分で、余計なライバルを生み出しかねないと思い私とアリア、萩村で散々牽制したくらいだ。

 

「料理上手な男の子はモテるって言うしね~」

 

「それであの見た目だからな……あの時は苦労したな」

 

「でも、シノちゃんのケーキだって本当に美味しいよ。ご馳走になるのが悪いって思えるくらい。何かお返しした方が良いかな?」

 

「気にするな。アリアには何時も世話になってるからな」

 

「でもな~……」

 

 

 そう言って顎に指をあてて考え込むアリア。その仕草が妙に色っぽく見えたが、断じて胸が強調されているからではない。私にできないから羨んだわけでもない……はずだ。

 

「そうだ! ウチにプール造ったから遊びに来ない?」

 

「相変わらず凄いスケールだな……」

 

「お母さんが水攻めプレイをしたいって言って造ったんだ~」

 

「その希望でプールを造れるのが凄いが、造っちゃうってのが本当に凄いよな……」

 

 

 そんなんで七条グループは大丈夫なのだろうかとも思うが、株価はぐんぐん上がっているようだし、経営面では順調なのだろうな……

 

「せっかくだし、タカトシ君たちも誘っちゃう?」

 

「そうだな。せっかくの夏休み、あまり出かけられていないしな」

 

「パリィちゃんと一緒にお出かけしたくらいだしね~。後はコトミちゃんの面倒を見る為に津田家に行ったり」

 

「意外と出かけてたな……」

 

 

 思い返せば結構遊んでいたんだなと思い、私は受験生の自覚が足りないと気合いを入れ直そうと心に誓ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアさんから電話をもらい、明日七条家にお邪魔することになってしまった。本当なら断ろうと思っていたのだが、横にいたコトミが人の電話をひったくって快諾をしてしまい、断れない感じになってしまったからだ。

 

「――で、言い訳はそれで全部か?」

 

「はい、誠に申し訳ございませんでした」

 

「はぁ……今年は課題も終わっているから多少の粗相は目を瞑るつもりだったが、人の電話をひったくるのはいただけない」

 

「仰る通りです」

 

「挙句に人の予定を勝手に喋って断れないように仕向けるなどな。普段知恵を働かせられないくせに、悪知恵だけは回るようだ」

 

「反省しております」

 

 

 俺の前で正座をしながら小さくなっているコトミを見て、俺はため息しか出てこない……毎回反省だけはしっかりするのだが、次に活かされないのが問題だからだ。

 

「兎に角、今から断ることもできないだろうし、どうせお前も付いてくるつもりなんだろうからちゃんと準備しておけ。どうやら出島さんが迎えに来てくれるらしいからな」

 

「行っても良いの!?」

 

「どうせダメだと言っても付いてくるつもりだったんだろ、白々しい」

 

「さっすがタカ兄! 私のことならお見通しだね!」

 

「はぁ……」

 

 

 もう一度ため息を吐いて、俺はコトミへの説教を切り上げて夕食の準備に取り掛かることにした。




動機が不純……


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速く泳ぐコツ

普通に泳げればいいよ


 七条先輩に誘われて、私たちは今日七条家に新たに造られたプールに遊びに行くことになった。移動は七条家専属メイドの出島さんが家まで迎えに来てくれて、帰りも車で送ってくれるとのことなので、目一杯遊んで疲れ果てても帰るのには困らないという、至れり尽くせりのおもてなしでだ。

 

「楽しみですねー、スズ先輩」

 

「当然のようにいるのね、アンタ」

 

「今年は課題も終わってますし、残り少ない夏休みを楽しむに決まってるじゃないですか」

 

「タカトシや私たちが散々お尻を叩いてようやく終わったって言うのに、何で自分の手柄みたいに言えるのかしらね……」

 

「前までの私なら、お尻を叩かれても悦に浸るだけでしたけど、今年はちゃんと終わらせたんですから、少しくらい胸を張っても良いじゃないですか!」

 

「まぁ、悪いとは言わないけどさ……」

 

 

 タカトシは既にコトミのことを無視するモードに入っているし、会長はコトミの胸を見て自分の胸に視線を落としフリーズしているので私が相手をするしかない。とはいえ、私だってコトミの胸を見て少なからずショックを受けているのだが……

 

「お待たせ~」

 

「七条先輩の水着、可愛らしいですね」

 

「そう、ありがと~」

 

 

 水玉模様のビキニスタイルで現れた七条先輩に素直な感想を伝えると、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべてタカトシに近づいて行った。

 

「どう、かな?」

 

「似合ってますよ。とても可愛らしいと思います」

 

「津田様、こちらのボードをお持ちください」

 

「くだらないことに付き合うつもりはありませんので」

 

「どういうこと?」

 

「では萩村様、こちらをどうぞ」

 

 

 出島さんから渡されたボードを持って七条先輩を見ると、水着の部分がちょうど隠れて裸に見えるという、タカトシが言ったように「くだらないこと」だった。

 

「ところで、浮き輪を膨らますやつが見当たりませんが?」

 

「私がやりますよー。肺活量には自信がありますから!」

 

「そうか? ならたのm――」

 

「なんなら、私のお尻を踏んでくれても良いですよ?」

 

「……タカトシ、頼めるか?」

 

「はぁ、構いませんが」

 

 

 コトミがくだらないことを言ったことで、会長も呆れてしまったようだ。以前ならノリノリでコトミのボケに付き合ったんでしょうが、やはりこう見ると会長も更生してきているようだ……タカトシの前だけだろうけども。

 

「申し訳ございませんでした、タカトシ様。準備不足のメイドにどうか折檻を!」

 

「ところでアリアさん、本当に俺たちだけで使ってもいいんですか?」

 

「無視っ! だがそれも良い!」

 

 

 出島さんを完全に無視して、タカトシは七条先輩に確認している。確かにこんなに広い場所を私たちだけで使って良いものかと考えてしまう気持ちは分かるが、一応七条家の敷地内だし、七条先輩が使っても良いと言っているのだから気にし過ぎだと思わなくもない。

 

「大丈夫だよ~。さすがにこの時間から水攻めプレイはしないだろうしね~」

 

「それが何かは聞かないが、大丈夫なら別に良いです」

 

 

 他に誰も来ないことを確認できたからか、タカトシは七条先輩から視線を逸らして、三人分の浮き輪を膨らまし始める。私だったらもっと時間が掛かるだろうなと思いながら、タカトシが膨らませてくれた浮き輪を使ってプールに入る。決して足が付かないから浮き輪が膨らむまでプールに入らなかったわけではない。

 

「スズ先輩、ここのプールはそこまで深くないから大丈夫ですよ?」

 

「貴様! 私は浮き輪が無くてもプールに入れるって言ってるだろうが!」

 

「わースズ先輩が怒ったー! シノ会長、逃げましょう!」

 

「何故私まで」

 

 

 コトミと会長を追い掛けようと泳ぎ出したが、どうも私は早く泳げないようだ。昔海で三人を追い掛けた時にはもう少し早く泳げたような気もするんだけど、どうしても距離が離れていく。

 

「スズちゃん、速く泳ぐコツはバタ足だよ~」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 七条先輩がアドバイスをしてくれたが、どうも一人では感覚が掴めない。私は七条先輩に手を持ってもらいながらバタ足の練習をすることに。何だか泳げない子供が教わっているようにも思えるが、私は普通に泳げるのでこれはセーフ。

 

「お嬢様、奥様からお電話です」

 

「お母さんから? 何だろう……スズちゃん、ちょっとゴメンね」

 

「俺が代わりますよ」

 

「じゃあお願い」

 

 

 七条先輩からタカトシに変わった途端、私のバタ足は力強いものになりすいすい前に進んでいく。

 

「おっ、スズ先輩もムッツリですね~。タカ兄の肌に触れた途端に全身に力がみなぎったようですし」

 

「お前も余計なことを言ってないで泳いで来たらどうだ? 夏休みの間で数キロ太っただろ」

 

「ギクッ、何故それを……」

 

「前に言わなかったか? 見ただけで何となくの体重は分かる」

 

「人間の常識で言ってよ……普通の人は見ただけで相手の体重なんて分からないって」

 

 

 コトミを撃退して私の精神に平和をもたらしてくれたタカトシだが、私の近くで会長が自分の身体に視線を落としているのが見えた。恐らく少し太ったのだろうが、私にはどれだけ増えたのかは分からないし、タカトシも身内以外でそのことを指摘するような不謹慎な奴ではないので、会長の体重事情はそれ以上触れられることはなかった。




相変わらずのタカトシ


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キャラ変更

変えるならもっとマシに


 タカトシと萩村が泳ぎの練習をしている横で、私はコトミと一緒に浮き輪に乗って寛いでいた。

 

「しかし、夏休みの終盤だというのに、コトミが宿題で慌てていないとは驚きだな」

 

「タカ兄とお義姉ちゃん、シノ会長たちに夏休みに入った途端にしごかれましたから、今年は宿題が終わらないって焦る必要はありませんから」

 

「そうか。なら休み明けのテストも期待してるからな」

 

「そ、それとこれとは話が別ですから……」

 

 

 どうやらテスト対策は相変わらずの様で、残りの夏休みはそれの対策の為の勉強といったところだろうな。相変わらず大変そうだな……コトミではなくタカトシが。

 

「まぁ、今日は息抜きという感じだから、コトミもゆっくりして良いんじゃないか?」

 

「ですよねー。まぁ、会長は息抜きというよりヌキイキじゃないですか? タカ兄の半裸、興奮しますよね?」

 

「私は男じゃないからな!?」

 

 

 若干おかしなツッコミな感じもするが、私にはヌクものなんて付いていないから間違っていないはずだ。というか、この会話は分が悪いので何とかして話を変えなければ。

 

「宿題と言えば、トッキーは終わっているのか? 毎年コトミとトッキーの面倒を見てきている身としては、そちらも心配なんだが」

 

「トッキーなら、ムツミ主将たちと一緒で、タカ兄が夏休み早々に宿題用の解説テキストを渡していたので、それを見てやってるはずですよー。まぁ、夏休み終了一週間前にタカ兄が柔道部に顔を出して、終わってなかったらお説教だって言ってましたから」

 

「むしろ終わらせない輩がいるんじゃないか?」

 

「柔道部の皆さんはムッツリじゃないので、タカ兄に怒られて快感に浸る人はいないと思いますけどね」

 

「なるほど……」

 

 

 柔道部でタカトシに恋心を懐いているのは、私が知る限り主将の三葉のみ。そして三葉はエロボケとは縁遠いタイプだから、怒られたくて宿題をやらないということはないだろう。

 

「というか、会長が怒られたいからそんなことを言ったんじゃないんですか~? タカ兄に怒られて濡れても、プールの中だから誤魔化せるとか思ったんじゃないですかー?」

 

「それはコトミだろっ!? わ、私はそんなこと思ってないからな!?」

 

 

 最近コトミが畑に感化されているようで、追い詰められる回数が増えてきたような気がする……まぁ、コトミは畑のように何か証拠を掴んでるわけでもないので――畑もでっちあげなことが多いが――誤魔化すのは簡単だが。

 

「と、兎に角! 休み明けのテストの結果が揮わなかったら、生徒会室で私たちが徹底的に勉強を教えてやるからそのつもりで!」

 

「そんなことしなくても、どうせ家でタカ兄とお義姉ちゃんに絞られるでしょうから、会長たちは気にしないでください……」

 

 

 何とかコトミを黙らせることに成功したので、私はホッと一息吐いて、タカトシと萩村が手を繋いでる光景――実際は萩村のバタ足の練習にタカトシが付き合っているだけだが――を見て、何とも言えない気持ちになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長を弄ろうと思っていたのだが、やんわりと撃退されてしまったので、私はタカ兄とスズ先輩の邪魔をする為に移動して二人に話しかける。

 

「もうすぐ夏休みも終わっちゃいますね~」

 

「そうね。でも、こうして何回も集まってたから、学校であっても久しぶりって感じはしないわよね」

 

「タカ兄は明後日、柔道部に顔を出すしね」

 

「どういうこと?」

 

 

 私はさっき会長に話したことをスズ先輩にも話す。私の話を聞いたスズ先輩は、タカ兄に同情的な視線を向けている。

 

「アンタ、ホント教師より教師してるわよね……」

 

「ほっといてくれ……」

 

「しかし新学期か~……何か新しいことをしたいな~」

 

「なら自力でテストで合格点を採れるように勉強を――」

 

「キャラ変でもしようかな」

 

 

 タカ兄から鋭い視線を向けられているが、私は気付かないフリをして強引に話を続ける。

 

「キャラ変? なら優等生キャラにでも――」

 

「ドSキャラでも確立しようかな」

 

 

 今度はスズ先輩から言いようのないプレッシャーを浴びせられているが、そもそも優等生キャラなんて私にできるはずがない。というか、タカ兄が天然の優等生キャラなのだから、私がやったところで目立たないだろう。

 

「ドSキャラって、アンタどちらかと言えばMじゃないの?」

 

「私はどっちでもいける変態ですから!」

 

「胸を張って言うセリフじゃないわね……」

 

「胸と言えば、この水着少しきつくなったような気も……」

 

「「くそぅ!」」

 

 

 私が胸に視線を落とすと、スズ先輩だけでなくシノ会長も舌打ちをしたけども、私は別に自慢したくて言ったわけじゃないんだけどな……

 

「ドSキャラって、どんな感じにするの~?」

 

「アリア先輩、戻ってたんですね~」

 

 

 お母さんから電話があって席を外していたアリア先輩に話しかけられ、私は頭の中でキャラを確立してから実践する。

 

「ハッ、私に話しかけるな、ション便臭いガキが」

 

「えっ!? バレちゃった?」

 

「えっ?」

 

 

 アリア先輩が妙に照れ臭そうに言うので、私は素で驚いてしまう……アリア先輩の横でタカ兄が呆れてるのを見るに、どうやらアリア先輩の冗談だったようだが、まさかアリア先輩がそんな冗談で私を騙してくるなんて思ってなかったな……




なにしてるんだよぅ……


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教師よりも教師

報酬出ても誰文句言わないだろうな


 夏休み残り一週間というタイミングで、私たち柔道部は道場に集合していた。今日は部活自体は休みなのだが、集まらなければならないイベントがあるから、全員集合している。

 

「ちゃんとやって来た?」

 

「一応はやったけど、どうしても分からない場所があるから、今日津田先輩に聞こうと思ってる」

 

「私も……津田先輩の解説テキストのお陰である程度分かったけど、文字で読んでも理解できない部分がどうしてもあるんだよね」

 

「確かに」

 

 

 後輩たちもタカトシ君から解説テキストを貰っているので、だいたいの箇所は終わらせてるようだ。というか、どうしてタカトシ君が一年生の宿題の解説をできるんだろう……二年生のなら分かるのに。

 

「ねぇチリ、どう思う?」

 

「どう思うも何も、コトミが津田君の妹だからでしょ」

 

「あっ、コトミちゃんは一年生だったね」

 

 

 タカトシ君の妹のコトミちゃんの宿題を見て、解説テキストを作ったにしても、作業が早すぎるような気がする……あれを貰ったのは、夏休みに入った翌日だったし。

 

「あらかじめ宿題の範囲が分かってたのかな?」

 

「津田君ならあり得るかもね。彼のテスト対策プリントのお陰で、柔道部から赤点補習者が出てないんだし」

 

「ほんと、タカトシ君には感謝しかないよね」

 

 

 主にその対策プリントの恩恵を受けているのは私とトッキー、そしてコトミちゃんなのだけども、それ以外でも危ない人は何人かいるのだ。タカトシ君がいなかったら、柔道部は勉強面で苦戦を強いられていただろう。

 

「皆さん、もうすぐタカ兄が来ますので、質問したい部分などを開いて待っててくださいねー」

 

「タカトシ君は?」

 

「生徒会作業が終わってから来るそうです。まぁ、夏休み期間ですから大してないようですが」

 

 

 コトミちゃんの説明が終わって五分後、タカトシ君が柔道場にやってきた。普段ならタカトシ君に練習を見られてるって緊張するんだけども、今日は練習じゃなくて勉強を見てもらうので、別の緊張感が走る。

 

「津田先輩、ここなんですが――」

 

「あぁ、そこはね――」

 

 

 一年生数人が同じ個所を質問して、タカトシ君が丁寧に説明をしていく。解説テキストだけでは理解できない箇所があるとタカトシ君も分かっていたからこそ、この日を設けてくれたんだろうな……

 

「三葉は大丈夫か?」

 

「えっと、英語と化学と古典と数学と世界史が危ないかな……」

 

「ほぼ全部じゃないか……一年生用だけじゃなくて、二年生用にも休み明けテスト対策プリントを作って来たから、夏休み明けにそれをチェックするから、これで勉強してくれ。解説用プリントもあるから、分からなかったらそれを見て、繰り返し勉強すること。それでも分からなかったら、メールでも電話でもしてきて良いから」

 

「良いの!?」

 

「あ、あぁ、構わない」

 

 

 タカトシ君に電話できる機会なんてそんなに無いし、私は一生懸命勉強してタカトシ君に説明してもらいたい箇所を探そうと心に決めた――勉強する目的がおかしいとタカトシ君に指摘されるまで気づかなかったのは、部員たちには内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何やら柔道場が騒がしいと思い見回りに行くと、どうやらタカトシ君が柔道部の皆の宿題の解説をしていたようだ。

 

「相変わらずですよねー」

 

「っ!? は、畑さん……貴女も相変わらずね」

 

「せっかくの夏休みだというのに、風紀委員長は何してるんですか~?」

 

「コーラス部の活動の帰りに、ちょっと校内を見回りしてただけです」

 

「それで、偶々愛しの副会長を見かけて柔道場に押しかけようとしていたと?」

 

「愛しっ!?」

 

 

 畑さんの表現に気絶しそうになったが、何とか耐えて畑さんに説教をしようとして――

 

「何かご用ですかー?」

 

「三葉さん……今日は練習の日じゃないのに人が集まってたので様子を見に来ただけです」

 

 

――柔道部主将の三葉さんに声を掛けられて、私はここに来た理由を説明する。

 

「御覧の通り、タカトシ君に宿題で分からない部分を説明してもらったり、休み明けテスト対策プリントをもらったりしてるだけです」

 

「それ、私もいただけませんかね~? コピーして裏で売りさばけば――」

 

「これ以上不当な商売をするつもりなら、タカトシ君に報告してエッセイの販売を禁止してもらいますからね? いくら学園公認とはいっても、筆者本人がそれを拒否すれば、貴女はそれが出来なくなるんですから」

 

「そんなことになったら、エッセイのファンから何をされるか……分かりました、小銭稼ぎは止めておきます」

 

 

 テスト対策プリントを裏で販売するより、エッセイを堂々と販売した方が儲かるのかと、私はタカトシ君の人気を再確認した気がした。

 

「それにしても、何故柔道部だけ津田先生の特別指導を?」

 

「それは……」

 

 

 何か言い淀んだ三葉さんだったが、疚しいことがあるわけではなく、単純に恥ずかしい理由だったからだった。

 

「私、トッキー、コトミちゃんといろいろと勉強面で不安を抱える人間が多く、それ以外のメンバーもバッチリとは言えないので……」

 

「確かに……三葉さんも赤点ギリギリでしたし、コトミさんと時さんも危なかったと聞いています」

 

 

 三葉さんの説明で納得した私は、タカトシ君の邪魔をしたら悪いと思い畑さんを連れて柔道場を後にすることにした。この人を残しておいたら、絶対にタカトシ君の邪魔をすると思うし……




相変わらずの畑さんクオリティ


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夏休み最終日

ここでも立派な先生役


 夏休み最終日、私は宿題とは別の問題を解決する為にコトミの家を訪れた。ただし、用事があるのはコトミではなく兄貴の方だ。

 

「いらっしゃい、トッキー。さぁ、何してあそぼ――」

 

「遊びに来たわけじゃねぇから。というか、お前だって分かってるんだろ?」

 

「うん……宿題は終わってるけど、休み明けのテストを乗り切らないと今後の生活が……ね」

 

「私もそこまで酷くはねぇけど、自力で合格点取れる自信がねぇからな……それで、兄貴は?」

 

「タカ兄なら今は部屋で休み明けのエッセイの手直しをしてるはずだよ。でもそろそろ――」

 

 

 コトミが階段の方を振り返ったタイミングで、二階から扉の開く音が聞こえてきた。

 

「ほらね。タカ兄なら気配でトッキーが来たことに気づくだろうと思ったけど、相変わらず凄い人だよね」

 

「その妹のお前は、何でそんなにも残念なんだ?」

 

「タカ兄に全部持っていかれて、私に残っていたのは性知識だけだったのだよ!」

 

「胸を張って言うことじゃねぇと思うんだが」

 

 

 こいつがもう少しまともだったのなら、兄貴だってもう少し楽ができただろうし、もしかしたら彼女がいたのかもしれない。そう考えると、こいつはどれだけ兄貴の人生の邪魔をしているのだろうか……

 

「(まぁ、世話になってる私が言えた義理じゃないけどな)」

 

 

 私だけでなく、主将たちも兄貴がいなければ部活に集中できなかっただろうし、生徒会のメンバーだって今以上にひどかったのかもしれない。

 

「時さん、いらっしゃい」

 

「お邪魔します。今日はよろしくお願いします」

 

「そんなにかしこまる必要は無いんだけどな。まぁ、とりあえずリビングでやるから、コトミはさっさと部屋から勉強道具を持ってこい」

 

「タカ兄、トッキーと私とで扱い方が違い過ぎない?」

 

「お前は身内だからな。遠慮する必要は無いだろ?」

 

「少しは遠慮してもらえると助かるんだけどな~……」

 

「お前に少しでも甘い顔をするとつけあがるからな。しっかりと締めておかないと反省しないだろ、お前は」

 

「最近は大人しくしてるつもりなんだけど……」

 

「この間いろいろとやらかしたのは、どう説明するつもりだ? 会長からちゃんと聞いてるからな」

 

「おっと時間がもったいないから急いで部屋に行ってくるね!」

 

 

 完全に旗色が悪くなったと覚ったコトミは、自分の部屋に逃げ出した。残された私は、また何かしでかしたのかと呆れ苦笑いを浮かべたが、兄貴の表情を見て同情したくなってきた。この人は何時か報われるべきだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会作業もなく、コトちゃんの宿題も終わっているので、私は純粋にタカ君の家に遊びに来たのだが、何故かリビングでコトちゃんとトッキーさんがタカ君の講習を受けていた。

 

「こんにちは、タカ君。これは何の講習?」

 

「いらっしゃい、義姉さん。休み明けテスト対策の講習です。コトミも時さんも、あのプリントだけでは不安だと思いまして」

 

「まぁ、コトちゃんは私に散々聞いてようやく終わってたしね」

 

「しー! お義姉ちゃん、それはしーです!」

 

「お前、自力でやったって言ってたよな?」

 

「まぁまぁタカ君。コトちゃんが自力でできるわけないって分かってたんだよね?」

 

「まぁ、明らかにコトミが理解していないであろう問題まで解けていたので、恐らくは義姉さんに聞いたのだろうとは分かっていましたが、白状するまで泳がせておくつもりだったんですけどね」

 

 

 つまり、コトちゃんはバレてないと思っていたのにタカ君にはバレバレで、何時までも言い出さなかったらその分罪が重くなっていたということなのだろう。相変わらずタカ君も人が悪い……

 

「タカ兄も知ってたなら言ってくれればいいじゃん! どうして黙ってたのさ!」

 

「開き直るな! お前が少しでも罪悪感を懐いているのなら酌量の余地はあったが、どうやらそうでもないらしいな。午後からはもっと厳しく教えてやるから覚悟しろ」

 

「ヒッ!?」

 

「た、タカ君……殺気をしまって」

 

 

 タカ君の周りが揺らいだように見えたのは、恐らくそれだけタカ君の殺気が強かったからなのだろうが、コトちゃんだけでなく私やトッキーさんまで震えてしまうくらいの殺気だったので、私はタカ君を宥める為に声をかける。

 

「……はぁ。コトミは休み明けテストで七十五点以下は赤点とするからな。一点毎に小遣いを減らしてやる」

 

「そんなっ!? 七十五点なんて取れっこないよ……」

 

「その為の講習なんだから、必死になって勉強すれば何とかなるだろ。本当なら八十点以下と言いたいところなんだがな」

 

「タカ兄の慈悲に感謝します……」

 

 

 タカ君とコトちゃんのパワーバランスは知っているけども、ここまでコトちゃんが弱いとは……タカ君がいなくなったらコトちゃんはどうやって高校生活を送るのでしょう?

 

「コトちゃん、午後からは私も手伝ってあげるから、もう少し頑張ろ?」

 

「頑張ってるつもりなんですけどね……」

 

「つもりじゃなくて、本当に頑張らないと。このままじゃこの家から追い出されちゃうんでしょう?」

 

「そ、それは留年が決定したらですから……」

 

 

 明らかな挙動不審な態度に、これはコトちゃんがこの家からいなくなる日も近いのかもしれないなと感じ、私はコトちゃんの為にはどっちが良いのか本気で悩んでしまったのだった。




コトミの一人暮らしは……うん、無理だな


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テストの結果

脅してやる気が出るなら普段から頑張れよ


 新学期になって早々、生徒会室にコトミとトッキーが死にそうな顔をしてやって来た。何をしに来たのか聞こうとしたが、彼女たちの手には先程終わったばかりの休み明けテストの問題用紙が握られていたので、恐らくはタカトシに採点してもらいに来たのだろう。

 

「タカトシならまだ来てないぞ?」

 

「そうなんですか?」

 

「スズちゃんもまだだから、きっと教室で何かしてるんだと思うよ~」

 

「早く解放されたかったのに……」

 

「まぁまぁ、冷たいお茶でも飲んで落ち着いたら~?」

 

 

 アリアが二人にお茶を出すと、二人は少し複雑そうな表情を浮かべながらもお茶を受け取り、一気に飲み干した。

 

「あらあら~。そんなに喉が渇いてたの~?」

 

「自分ではそんなつもりは無かったんですけど、意外と喉が渇いてたみたいでして……」

 

「多分緊張してたんだと思います」

 

 

 恐らくタカトシから独自の赤点ラインを決められているのだろう。トッキーよりコトミの方が余裕がないように感じられる。

 

「コトミよ」

 

「はい?」

 

「赤点ラインは何点なんだ?」

 

「な、何故それを?」

 

「タカトシのことだから、プレッシャーをかける為に設けていても不思議ではないと思っただけだ」

 

「さすがシノ会長……私のことをよく分かっていらっしゃる」

 

「それだけ付き合いが長いということだな。それで、何点なんだ?」

 

「な、七十五点です」

 

「ふむ……」

 

 

 タカトシのことだからもう少し高く設定するかとも思っていたのだが、意外にも良心的な点数だな。

 

「アリアなら何点にした?」

 

「私なら六十五点で合格って言っちゃうかもね~」

 

「甘いな。私は八十点以上だと思ってた」

 

「実は兄貴も八十点以上にしたかったようですけど、英稜の会長が何とか宥めて七十五点になったんです」

 

「あのままだったら速攻で家を追い出されてたかもだし、さすがの私も死を覚悟しましたよ……」

 

「また何かしでかしたのか……」

 

「会長がタカ兄に告げ口したからですからね!」

 

「プールでのあれは、完全にお前が悪いからな?」

 

 

 私がそう反論すると、コトミも分かっていたのかガックリと肩を落とす。それにしても、コトミがあの家を追い出されたら、どうやって生活していくのだろうか……少し興味があるな。

 

「アリア」

 

「んー?」

 

「一週間くらいコトミを一人で生活られるような部屋は無いか?」

 

「用意できると思うけど、何に使うの?」

 

「死ぬ気でやればコトミでもどうにかなるのか興味がわいてな」

 

「本当に死んじゃうので勘弁してください! というか、アリア先輩に頼むなんて、本気過ぎて笑えませんから!」

 

 

 必死になって私の好奇心に蓋をしようとするコトミに免じて、私はアリアには用意しなくていいとアイコンタクトを送った。それにしても、コトミが一人暮らしをするとどうなるのか気になるな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新学期早々余計なことをした横島先生を説教するタカトシに付き合っていたら、三十分も経っていた。まぁ今日は新学期の挨拶くらいで、生徒会業務もないだろうから良いんだけども……

 

「――今日はこのくらいで勘弁してあげますが、今後同じようなことをしでかしたら、問答無用で上に報告しますので」

 

「はい、誠に申し訳ございませんでした」

 

「(生徒に怒られ頭を下げる教師の図……違和感がないのは何故なのかしら)」

 

 

 普通なら教師が生徒に怒られるなどありえない光景なのだが、怒っているのがタカトシで、怒られているのが横島先生だと不思議と違和感を覚えない。

 

「(いや、それだけ横島先生がタカトシに怒られてるってことなのかしらね)」

 

 

 見慣れた光景だから自然に受け入れられているのかと自己完結し、私はタカトシの鞄を彼に渡して生徒会室へと向かう。

 

「悪いな、スズ。こんなことに巻き込んで」

 

「いいわよ、それくらい。というか、タカトシがすべきことじゃないと思うのだけど」

 

「俺以外にあの人を怒れる人がいないのが問題なんだよな……」

 

「いっそ馘にすればいいのに……」

 

「人事権なんて俺には無いからな。あんな人でも馘にできないくらい、今は人手不足なのだろう」

 

「そうかもね」

 

 

 酷いことを言っている自覚はあるが、横島先生だしなー……そんなことを考えていたが、生徒会室にコトミと時さんがいたので、すぐに意識はそっちに傾いた。

 

「タカ兄、遅いよ……」

 

「こっちにもいろいろと事情があるんだ。それで、ちゃんと問題用紙は持ってきたんだろうな?」

 

「はい、ここに……」

 

 

 コトミと時さんから差し出された問題用紙を受け取り、一目見ただけで採点が終わったのか、タカトシが胸ポケットに挿しているボールペンを取り出し数字を書き込んだ。

 

「ほら」

 

 

 コトミに二人分を渡して、コトミが片方を時さんに渡す。その表情は何とも言えない感じに見えるが、いったい何点だったのかしら?

 

「タカ兄、オマケしてもらえないかな……これでも必死に頑張ったんだけど」

 

「七十点か……残念だったな、コトミ」

 

「惜しかったね~」

 

「来月の小遣いは五割カットだな」

 

「そ、そんなぁ……」

 

「冗談だ。五百円カットだ」

 

 

 人の悪い笑みを浮かべるタカトシに、コトミは本気で泣きそうな表情で文句を言っているが、タカトシは一切相手をせずに受け流していた。




コトミは残念でした


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畑さんの処分

もう警察案件だと思う


 タカ兄に本気でお小遣いを五割カットされるかと思って焦ったけど、何とか五百円で済んでよかった。

 

「まったく、タカ兄は鬼畜だよね……実の妹を虐めて楽しんでるんだ」

 

「そもそも津田先輩に面倒を見てもらわないと、コトミは生活すらできないんだから、少しくらい我慢しなさいよね。というか、今回のテスト、そこまで難しくなかったんだから、七十五点くらい採れるでしょうが」

 

「それはマキが頭が良いからでしょ! 私やトッキーじゃ、七十五点なんて無理に決まってるじゃん!」

 

「いや、私は七十八点だったんだが」

 

「えっ……トッキーに負けた」

 

 

 ここ最近はトッキーに勝っていたのに、まさかここに来て負けるとは……お小遣いが懸かっていた分、私の方が緊張感があったはずなのに……

 

「まぁ、まだ正式な点数が出たわけじゃないんだし、落ち込むのは早いんじゃない?」

 

「マキは兄貴が採点ミスをすると思うのか?」

 

「思わないけど、コトミやトッキーが答えを写し間違える可能性はあるかなとは思ってる」

 

「「……否定できない」」

 

 

 私もトッキーもうっかりやドジが多いので、答えを写し間違える可能性は大いにある。その場合あっていると判断された答えが間違ってる可能性や、その逆もあり得るのだ。

 

「兎に角今は、テストが終わったことを喜んだら?」

 

「そうだね……とりあえずお昼にしようよ。トッキーと私はこの後部活だし、マキも一緒に食堂でご飯にしよう」

 

「そうだね。たまにはそれでもいいかな」

 

 

 三人で食堂に行き、私たちはそれぞれ注文を済ませて席に着く。

 

「なんだ、二人とも一緒にしたんだ」

 

「コトミだって同じでしょ?」

 

「うん。無性に食べたくなっちゃって」

 

 

 私たちは三人とも唐揚げ定食を注文したようで、全く同じものが三つテーブルに並んだ。

 

「このお肉、柔らかくておいしー」

 

「ウチの食堂、レベル高いよな」

 

「そうだね。でも、タカ兄のお弁当の方が美味しいって思っちゃうのは、食堂のおばちゃんたちに失礼かな?」

 

「好みは人それぞれなんだし、別に良いんじゃねぇの?」

 

「柔らかくて美味しいのは同意するけど、その分固いものを食べる機会が減ってる気がするんだよね。顎の力が衰えないか心配だよ」

 

「確かに。でもまぁ、固いモノを咥えることはあるから大丈夫じゃない?」

 

「……津田先輩に報告して、やっぱり五割カットにできないか相談してくる」

 

「じょ、冗談だから! せっかくテストから解放されたんだから、これくらいの冗談は良いでしょ!?」

 

 

 マキが本気でタカ兄の所に行きそうな雰囲気だったので、私は必至にマキを押し宥める。せっかく死守したお小遣いが、ちょっとした冗談で消滅するのは避けたいし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で備品の整理をしていたら、タカトシが横島先生に連れていかれてしまった。何でも新聞部がまたやらかしそうという情報が職員室に入り、真相を確かめて欲しいと横島先生がタカトシを連れて新聞部室に向かったのだ。

 

「という訳で、私たちだけでこの備品を片付けなければいけなくなったわけだが……量が多い」

 

「というか、畑さんをここに召喚して事情を聞き出せばよかったのでは?」

 

「まぁ、畑が元凶と決まったわけではないし、呼び出しに応じるとも思えないからな」

 

 

 

 新聞部で何かやらかすとすればあの人しかいないだろうけども、確かに会長の言う通り畑さんが悪いと決まったわけではない。私は凝り固まった概念を頭から追いやる為、左右に頭を振った。

 

「新聞部の方はタカトシ君に任せるとして、私たちは御片づけを済ませちゃいましょう」

 

「この花瓶だが、このまま箱に入れるのはマズいですね」

 

「そんな時は、紙をくしゃくしゃにして一緒に入れると良いぞ!」

 

「(天草会長、萩村書記に『ミーをめちゃくちゃにして』と頼む……っと)」

 

 

 何となくロッカーの中から不穏な気配を感じ取り、私はロッカーを勢いよく開けた。

 

「あら~?」

 

「畑っ! そこで何をしている!」

 

「もちろん、津田副会長の追及から逃れる為にここに隠れていたんです! まさかこんな特ダネが手に入るとは思ってませんでしたが」

 

 

 畑さんから回収したメモ帳には、事実とは異なることが書かれていた。私たちは速攻でそのメモを破り捨て、タカトシに電話を掛けようとして――

 

「畑さんが不在の間に、新聞部にあった資料は全て回収しておきましたので。申し開きがあるのでしたら職員室でお願いします」

 

 

――タイミングを計ったかのようにタカトシが現れた。

 

「何故……部員たちには秘密の資料だったのに」

 

「貴女が何をしているかなど興味ありませんが、何処に隠すなんて少し考えれば分かります。わざわざフェイク動画まで作って隠すなんて、随分と手の込んだ隠蔽工作でしたので、それ相応の処分が下ると思いますのでそのつもりで」

 

「未遂ですので、どうにかなりませんか?」

 

「それは俺にではなく職員室で言ってください。今回の件はそちらで処分を下すことになっていますので、俺には何もできませんので」

 

「そ、そんなぁ……」

 

 

 のちにタカトシから聞いた話では、畑さんがしようとしていたのは女子更衣室の盗撮映像の男子生徒への転売だったようで、畑さんは三日間の停学処分と、反省文の提出を命じられたようだ。




タカトシから逃げられるわけ無いのに


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恋バナ

勝手に周りが盛り上がっているだけ


 水泳の授業で泳いでいたのだが、不意に尿意を覚え私はプールから上がり考える。

 

「トイレ行きたいけど、この格好で外に出るのはなー……」

 

「我慢してお漏らししても、スズちゃんなら容姿相応で誤魔化せるよ~。それに、金髪ロリの聖水は欲しがる男子がいるかもしれないし」

 

「いろいろとツッコミたいが、誰がロリだー!」

 

 

 余計なことを言いだしたネネの脛を蹴り上げ、私はいよいよ我慢の限界が近づいてきた。

 

「やっぱり行った方が良さそうね……」

 

「だ、だったらこれを貸してあげるよ」

 

「何で持ってるのか気になるけど、助かったわ」

 

 

 ネネからバスローブを受け取り羽織ると、何やら納得顔で頷きだした。

 

「やっぱりバスローブは濡れている方が艶っぽく見えるね」

 

「謀ったなーっ!」

 

「さっきから何騒いでるんだよ……」

 

「あっ津田君。どうどう? スズちゃん、艶っぽいよね?」

 

「轟さんは後で生徒会室に来てもらいます。不用品を持ち込んだ件、ゆっくりと話を聞かせてもらいますから」

 

「き、緊急時に備えてのものなので、生徒会室はご勘弁を……」

 

 

 ネネのことをタカトシに任せて、私はトイレに駆け込んだ。こんなにギリギリまで我慢したのは、いったい何時ぶりだっただろう……

 

「ふーすっきりした」

 

「スズ、何処か行ってたの?」

 

「パリィ、ちょっとお手洗いに行ってたのよ。ところで、パリィはもう泳がないの?」

 

「ちょっと休憩中」

 

 

 よく見れば他の子たちも休んでいるので、私もそのままプールサイドに腰を下ろした。

 

「ムツミは相変わらずね」

 

「唯一の得意教科だしね」

 

「ムツミ速ーい、スポーツカーみたい」

 

「そりゃ言い過ぎでしょ」

 

 

 確かにムツミは泳ぐのも速いが、スポーツカーは言い過ぎだと私も思った。だがチリがツッコミをしてくれたので、私はのんびりムツミの泳ぐ姿を見ることができた。

 

「お腹減った~……」

 

「燃費の悪さはそーかもな」

 

「何が?」

 

「ムツミがスポーツカーみたいだってパリィが言ってたから、燃費の悪さはそれに匹敵するって話」

 

「そんなに悪くないよー!」

 

「ムツミとタカトシ、どっちが速い?」

 

「この前タカトシ君に負けちゃったから、タカトシ君の方が速いよ~」

 

「というか、男子と競ってる時点でムツミの方が凄いと思うんだが」

 

「それを自覚してないのがムツミの凄いところよね」

 

「んー?」

 

 

 首を傾げるムツミを見て、私とチリは揃って苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちょっと張り切り過ぎて突き指をしたパリィさんと一緒に保健室に行き、軽く手当をする。

 

「ハイ、できた」

 

「アリガト、ムツミ」

 

「何かあったら保健委員の私に言ってね」

 

 

 普段頼られることなんて無いけど、これくらいなら私にだってできる。昔から運動していたから、怪我の手当ての知識ならそれなりにあるのだ。

 

「保健委員って大変そーだネ」

 

「そんなことないよ? 生徒会の方がよっぽど大変だし」

 

 

 主にタカトシ君が大変そうだけども、他の三人だってそれなりに忙しそうにしている。しかし、あの三人の中でタカトシ君が一番後に生徒会に入ったはずなのに、どうしてタカトシ君が一番偉い様に思えるんだろう……会長は天草先輩なのに。

 

「でも保健委員って、保健の授業で教材になるんでショ?」

 

「?」

 

 

 パリィさんが何を言っているのか分からない私は、思わず首を傾げてしまう。

 

「(後でタカトシ君に聞いてみよう)」

 

 

 とりあえず怪我の手当ても終わったので教室に戻る途中で、パリィさんが話しかけてきた。

 

「ムツミは誰か好きな人いないの?」

 

「っ!? な、何でそんな話に?」

 

「女子高生は恋バナが好きだって、ランコが言ってたから」

 

「ランコ……あぁ、畑先輩か」

 

 

 確かにそう言った話は嫌いではないけども、自分の話をして楽しめるなんて思えない。というか、誰かを好きになるってどんな気持ちなのか分からないし……

 

「よく分からないんだよね……」

 

「そうなの? ムツミはタカトシのことが好きなのかなーって思ってたけど、違うの?」

 

「?!?!?」

 

 

 パリィさんに変なことを言われ、私は言葉にならない声を上げてパリィさんの口を塞ぐ。

 

「な、何を言ってるの!? 私がタカトシ君を好きだなんて、そんなこと……」

 

「ぷはぁ! でも、この学校の殆どの女子生徒がタカトシの貞操を狙ってるって聞いたけど」

 

「ていそー? よく分からないけど、タカトシ君が人気だってことは確かだよ。タカトシ君の見た目が良い人もいれば、エッセイのファンだって人もいるし」

 

「タカトシってエッセイストじゃないんだよね? なのにエッセイを書いてるの?」

 

「新聞部に頼まれてるんだよ。畑先輩が頼み込んで書いてもらってるって噂だけども、実際はファンの圧力が強いからなんじゃないかって噂を聞いたことがある」

 

 

 その噂もコトミちゃんから聞いたんだけども、柔道部にもタカトシ君のエッセイのファンはいるので、あながち間違いではないのだろう。

 

「ナルコが怒られてるのも見たことあるけど、タカトシって何者?」

 

「ナルコ? ……あぁ、横島先生。えっと、タカトシ君が怒ってるのは、偶々だと思うけど、タカトシ君は生徒会副会長だよ」

 

 

 それ以上の説明ができないので、私はそれだけ答えて質問から逃げた。だって、他に説明しようがないんだもん……




それ以外に説明しようがない……


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お月見の計画

珍しく時期が被った


 何か新しいイベントは無いか考えてながらカレンダーを眺めていると、もうすぐ十五夜だということに気付き、パリィもいることだし月見イベントを開こうと決め生徒会メンバーに連絡する。

 

『今度みんなでお月見をやらないか?』

 

 

 メッセージアプリでそう呟くと、すぐに返事が着た。

 

『いいね!』

 

『構いませんよ』

 

『せっかくですし、パリィも誘いましょう』

 

 

 さすが我が生徒会メンバー。私が言いたいことを理解してくれているようだ。

 

『よーし! みんなでまんげっ見よう!!』

 

『はっ?』

 

『……すまない。予測変換でミスった……満月を見よう』

 

 

 昔使っていた履歴が残っていたのか、予測変換で盛大にミスをしてしまいアプリ越しにタカトシから殺気を飛ばされた。

 

「最近は大人しくしてたから忘れてたが、相変わらず画面越しでもすごい圧だ……」

 

 

 普通の男子高校生ならこれくらいの冗談気にしないのだろうが、タカトシは私たちの保護者的なポジションでもあるので、言葉遣いとかにも厳しいのだ。

 

『それで、何処でやるの~?』

 

『そうだな……』

 

 

 普段ならアリアの家に集まって庭から月を眺めるパターンなのだが、せっかくだし縁側でゆっくりしたいしな……

 

『タカトシの家でどうだ?』

 

『ウチですか? 別に構いませんが、何故です?』

 

『君の家には縁側があるだろ? せっかくのお月見だし、縁側でまったりするのもいいかと思ってな。私と萩村の家には無いし、アリアの家だとお月見はできるかもしれないが、思い描いているのとちょっと違う感じになりそうだし』

 

『そうだね~。ウチには縁側がないしね~』

 

『そもそも七条先輩の家は完全に洋風ですからね』

 

 

 洋風以前に豪邸な気もするが、タカトシの家で開催することが決定的になり、私は具体案を練る為に話を変える。

 

『何か持っていかなければいけない物はあるか?』

 

『ただ月を見るだけなら、何も必要ないんでしょうが、会長のことですから月見だんごも必要ですよね?』

 

『なっ!? 食べたいのは私だけじゃないはずだぞ!』

 

 

 

 私だけ食い意地が張っているように言われ、私は慌てて否定するが、それが余計に食べたいと思っていると思われる感じになってしまい、何とも言えない感じになってしまった。

 

『それはこちらで用意しますので、皆さんは手ぶらで構いませんよ』

 

『わかった~。あっ、出島さんがバニースーツ持ってけっていってるんだけど、必要かな~?』

 

『いらん』

 

『分かった~』

 

 

 さすが出島さんだ……私がやろうとしていたボケを先に提案して潰してくるとは……これじゃあ頃合いを見計らってバニー姿になる計画は失敗だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お月見の件をパリィに話すと、ぜひ行きたいということなので、当日私はパリィと一緒に津田家へと向かう。パリィは浮かれているようで、鼻歌交じりに歩いている。

 

「そんなに楽しみなの?」

 

「うん! こうやってみんなで集まって何かやるの、楽しいし」

 

「そうね」

 

 

 これでボケる人間がいなければ楽しいと思えるのでしょうけども、ツッコミ側の人間からすれば、余計な作業があるんじゃないかと身構えてしまい、素直に楽しめないのよね……

 

「(まぁ、タカトシがいるから何とかなるんでしょうけども)」

 

 

 ここ最近サボり気味だと自覚しているけども、私にタカトシ並のツッコミスキルを期待されても無理なものは無理なのだ。ましてあの家にはタカトシ以外にコトミもいる。タカトシの前でもアクセル全開のコトミを、私程度が抑えられるはずもないのだから。

 

「スズ~、タカトシの家ってどっちだっけ?」

 

 

 以前一度だけ行ったことがあるから、ある程度の道順は覚えていたようだが、細かいところは忘れているようで、パリィは振り返って私に尋ねてくる。

 

「こっちよ。ところで、さっき何を買ったの?」

 

「ススキだよ~。お月見には必要なんでしょう?」

 

「そうね」

 

 

 確かにお月見にはススキだけども、最近の人間でそこまで用意してお月見する人がどれだけいるのかしら……少なくとも私たちの会話の中で、ススキを用意しようという話は出てこなかったわね……

 

「到着!」

 

「そういえばパリィは、コトミにあったことあるんだっけ?」

 

「あるよ~。タカトシの妹とは思えないくらい、おふざけな娘だよね~」

 

「パリィにもそう思われてるなんて……」

 

 

 出会って間もないパリィにもコトミの本質を知られているようで、私は心の中でタカトシに同情する。タカトシも同情されたくないだろうけども……

 

「タカトシー、来たよー」

 

 

 玄関を開けてそう声を掛けるパリィ。インターホンで来たことは告げているので、今更そんなこと言わなくても良いと思うんだけども……

 

「いらっしゃい」

 

「タカトシ、ス……スキ――」

 

「っ!?」

 

 

 何故このタイミングでパリィがタカトシに告白をしたのか……絶賛混乱中の私をよそに、タカトシはパリィから何かを受け取った。

 

「――持ってきた」

 

「わざわざススキなんて持ってきたのか?」

 

「だって、必要でしょう?」

 

「まぁ、あった方が風情は良いかもね」

 

「あっ、ススキか……」

 

 

 さっきパリィが持ってきたという話をしたと言うのに、何でそんなことを忘れてしまったのかしら……




スズも焦るなよ……


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文学的な勘違い

勘違いも甚だしい


 シノ会長の提案でお月見をするらしく、今日の我が家は桜才学園のメンバーでにぎわっている。

 

「せっかくならお義姉ちゃんも誘いましょうよ~」

 

「義姉さんは今日バイトだ」

 

「そうだっけ?」

 

 

 お団子の用意をしているタカ兄に提案したが、お義姉ちゃんの都合がつかないらしく断念。その話を会長にしたら、何故か喜んでいる感じに見えた。

 

「どうして喜んでるんですかー? 会長とお義姉ちゃん、仲良いですよね?」

 

「確かに仲は良いが、カナは頻繁にこの家を訪れているから、たまには私たちだけの日があっても良いと思ってな」

 

「そんなこといって、タカ兄とお義姉ちゃんの仲が良いのが気に入らないんじゃないんですか~? この間なんて、リビングで一緒にしてましたし」

 

「何だとっ!?」

 

「歯磨き」

 

「……なに?」

 

「だから、リビングでタカ兄とお義姉ちゃんが一緒に歯磨きをしていたんです」

 

「紛らわしい言い方をするなー!」

 

 

 絶対に勘違いするだろうなと思っていったので、この反応は狙った通りのもの。それでもちょっとすっきりしなかったのは、もう少し動揺してくれるかなーと期待していたからだろう。

 

「ところでコトミよ。そろそろ定期試験の準備を――」

 

「おっと、私はタカ兄の様子でも見てきますねー」

 

 

 確実に私が不利な話題を振られそうになったので、私はそそくさとキッチンへと逃げ込む。まぁ、私がやって来たところで戦力になるどころか邪魔にしかならないんだけども……

 

「タカ兄、何か手伝うことあるー?」

 

「ならこれを持っていってくれ」

 

「一個食べて良い?」

 

「それはお供え用だ。食べるのは後」

 

「ちぇー」

 

 

 美味しそうだから食べたかったんだけども、タカ兄に怒られてしまったのでとりあえず運ぶ。会長が睨みつけてきたけども、私がお団子を持っているのを見て、とりあえず落ち着いてくれたようだった。

 

「タカトシ君は?」

 

「皆さんが食べる用のお団子の用意をしていますよ~」

 

「そっか~」

 

「タカトシはいないが、お団子とススキも備えたので、先にお月見を始めよう」

 

「良いんですかね?」

 

「そもそもタカトシはあまり乗り気じゃない感じだったし」

 

「まぁタカ兄ですからね~」

 

 

 こういった行事にあまり関心がないので、場所の提供や食事の用意くらいしかしない人だし、タカ兄がゆっくり縁側でお茶を飲んでる姿を想像するとこう……

 

「いかに自分がダメ人間かを自覚してしまいそうです」

 

「「「?」」」

 

「なにが~?」

 

 

 私の呟きに皆さんが首を傾げる。私が思い浮かべた光景は、すっかり老け込んだタカ兄だったので、その原因は間違いなく私だと思ったから反省したなんて、言ったところで意味はないので黙っておこう。

 

「ところで、満月を見るとオオカミ男になる映画がありますよね。あれ怖かったなー」

 

「フィクションでしょ」

 

「分かりませんよー? お化けや幽霊みたいに、本当はいるけども会ったこと無いだけかもしれませんし」

 

「そ、そんなわけ無いでしょ。非科学的よ!」

 

「スズ先輩、怖いんですかー?」

 

 

 私がからかっていると、シノ会長が真面目な顔で私の意見を聞いて頷いていた。

 

「確かにコトミの言う通り、あり得ない話ではないのかもしれないな」

 

「ど、どういう意味ですか?」

 

 

 シノ会長の言葉はあっさりと否定できないのか、スズ先輩が恐る恐るという感じで会長に尋ねる。

 

「だってほら、男子は半ゲツを見るとオオカミになるらしいから」

 

「そりゃケモノじゃなくてケダモノだろうが!」

 

「スズちゃん、そのツッコミはどうなの~?」

 

 

 まさかアリア先輩がスズ先輩にツッコむとは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず準備も全部終わり、俺も合流したのだが、ただゆっくり月を眺めて何になるのだろうかとか考えてしまう……

 

「(風情もへったくれもない人間だな、俺は……)」

 

 

 畑さんから頼まれていたエッセイも終わっているし、コトミたちの定期試験用のテキストも八割がた完成しているので、ゆっくりしていても問題は無いのだが、どうにも落ち着かない。そんなことを考えていると、何故かシノさんとアリアさん、スズの表情が驚愕に染まっているのに気付いた。

 

「どうかしたのか?」

 

 

 事情を知っているであろうコトミに話しかけると、何やら面白そうな感じで口を開いた。

 

「タカ兄、月が綺麗だね」

 

「あぁ――ん?」

 

 

 そこで俺は、三人が固まっている理由に思い当たった。だが、普通に考えれば違うと分かりそうな気もするので、一応確認しておくことに。

 

「三人とも、もしかして夏目漱石を思い浮かべてません?」

 

「夏目漱石? タカ兄、何か関係があるの~?」

 

 

 やはりコトミは知らなかったようだが、三人は俺の言葉にカクカクと首を縦に動かした。

 

「やっぱり……どう考えても同性同士で使わないでしょう? そもそも、コトミが意味を知っているわけ無いと分からなかったんですか?」

 

「ねぇねぇタカトシ、どういう意味?」

 

 

 コトミは兎も角、パリィも意味を知らなかったようで、俺は説明することにした。

 

「事実かどうかは分からないが、夏目漱石は『I LOVE YOU』を『月が綺麗ですね』と訳したと言われているんだ。だから三人は、コトミが自分に告白してきたとでも思ったんじゃないのか?」

 

 

 視線を向けるとバツが悪そうに視線を逸らされたので、俺は三人が勘違いしていたと確信した。というか、そんな勘違いするなよな……




コトミが知ってるわけ無いだろ


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尾行の練習

勝てるわけがない


 とある調査の為に気配を消す練習をしようと思うのだが、実際に気配を消すことなんてできないので、できるだけ気付かれずに後をつけてみようと思う。

 

「(まずは天草会長ですね)」

 

 

 都合よく――おっと、タイミングよく表れた天草会長の後をバレないように十分距離を取って歩く。

 

「畑、何か用か?」

 

「ちょっとした検証です。生徒会の皆さんはどのタイミングで尾行に気付くのかを確かめていました」

 

「いったい何の理由で?」

 

「全員確かめた後に発表します」

 

 

 何か言いたげな天草会長だったが、とりあえずは追及してくることは無くこの場は去ってくれた。

 

「(さて次は……)」

 

 

 ちょうど萩村さんの背中が見えたので、私は先程と同じ距離で萩村さんの後を付ける。

 

「何か用ですか?」

 

「いえ、特に何か用があるわけではなかったのですが、生徒会の皆さんがどのくらいの距離で尾行に気付くのか検証していまして」

 

「何故そのようなことをしているのか聞きたいところですが、他のみんなも調べるのでしょうから、後で説明をお願いします」

 

「もちろんです。全員が終わったら生徒会室に向かうつもりですので、気にせず作業をしていてください」

 

 

 萩村さんも納得してくれたようでとりあえずこの場での追及は避けてくれたので、次は津田君と七条さんのどちらかを――

 

「(あの胸は七条さん)」

 

 

 廊下の向こうで存在感のある胸が見えたので、二人と同じくらいまで近づいて後を付ける。

 

「(やはり二人と比べると気づくのに時間が掛かるようですね……)」

 

「? 畑さん、何か用かな~?」

 

「生徒会役員に対しての検証をしていまして、どのくらいの距離で尾行に気付くのかを調べています」

 

「そうなんだ~。それで、結果は?」

 

「今のところはこんな感じですかね」

 

「あらら、やっぱりスズちゃんはすぐに気付くんだね~」

 

 

 現在の結果は、萩村さんが三十メートル、天草さんが七十メートルで、七条さんが百メートルだ。

 

「さて、残るは津田君だけなのですが、今日は遭遇しないんですよね」

 

「タカトシ君なら、畑さんの後ろにいるよ~?」

 

「はい~?」

 

 

 七条さんに指摘され、ゆっくりと後ろを振り向くと、呆れ顔を浮かべている津田君がそこにいた。

 

「いったい何時から?」

 

「畑さんがシノ会長の後を尾行し始めたころから、ですかね」

 

「な、何だと……」

 

 

 つまり、皆さんを尾行していた私を尾行していたということなのか……この気配遮断の極意を教われば、私も尾行能力が上がるのだろうか……

 

「さて、それじゃあ生徒会室に行きましょうかね」

 

「そうだね~。畑さんも理由を話してくれるんだよね~?」

 

「そういう約束ですからね」

 

 

 津田君を尾行してから結果発表するつもりだったのだが、尾行する前に尾行されていたので結果はゼロメートル――ということになるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシとアリアに連れられて畑が生徒会室にやってきた。恐らく例の検証結果を伝えに来てくれたのだろう。

 

「遅くなりました」

 

「それで、検証はできたのか?」

 

「はい、一応は」

 

 

 なんとも歯切れの悪い答えに私と萩村は首を傾げる。だが事情を知っているであろうアリアは畑の答えに納得している様子だ。

 

「本当は生徒会の皆さんを尾行するつもりだったのですが、津田副会長に尾行されていたことに気付けなかったのです。なので、津田副会長はゼロメートルという結果になってしまいました」

 

「なるほど……まぁ、タカトシならそれくらいできて当然だろう。それで、誰が一番鈍感だったんだ?」

 

「結果だけを見れば七条さんですかね。百メートルで漸く気付きました」

 

「会長は七十メートルだったんですね」

 

「萩村は三十メートルか……」

 

 

 気配には敏感なつもりだったのだが、やはり萩村もいろいろな意味で規格外だな。

 

「それで、何故こんなことをしていたんだ?」

 

「気配を消す練習をしています。それで、生徒会の皆さんにご協力していただいていたというわけです」

 

「私たちは協力するとは言っていないがな……それで、何故このようなことをしているんだ?」

 

「今回の取材対象が手強くてですね。気配を少しでも消して近づかなくては逃げられてしまうんです」

 

「今度は誰の取材だ? 取材するなとは言わないが、くれぐれも迷惑をかけるようなことはするなよな」

 

 

 ただでさえここ最近の畑の取材行動は目に余るものがある。一応釘を刺しておかなければ他の人に迷惑が掛かるかもしれないからな。

 

「大丈夫ですよ、人ではないので」

 

「どういうことだ?」

 

 

 人ではない取材相手ということは、動物でも追いかけるのだろうか? だが、その様なことで畑がここまで真剣になるだろうか。

 

「それで、いったい何の取材なんだ?」

 

「ツチノコです」

 

「人外?」

 

 

 また眉唾な話だが、畑がそこまで真剣になるということは、それなりに信憑性がある話なのだろうか。私も実際にツチノコがいるのならば見てみたいし、捕まえればそれなりの懸賞金が出るという話もある。もちろん、私はお金が目当てではなくロマンを追い求めたいだけなので、実際に捕まえても売りさばくつもりは無いがな。




害は無かったので放置されてました


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ツチノコの情報

何がしたかったのか、アイツは……


 畑さんが尾行の練習をしていた理由を聞いて、俺は呆れてしまった。ツチノコの目撃例はそれなりに聞いたことがあるが、実際に捕まえたという話は無い。そもそも本当にいるのかどうかも分からないものを追い求めて何になると言うのだろうか……

 

「それで、何故ツチノコなんて話になってるんですか?」

 

「実は、この様なタレコミ投書がありまして」

 

 

 畑さんから手渡された紙には――

 

『道場のウラでツチノコらしきモノを見た! 調査してください!!』

 

 

――と、何とも読みにくい文字で書かれていた。

 

「なんか文字が角ばってるね」

 

「定規を使って書いたんでしょうね。筆跡で特定されないように」

 

「サスペンスドラマであるやつかー」

 

 

 スズとアリア先輩は文字に注目しているようだが、俺は別のことが気になっていた。

 

「(こんな回りくどいことをするのって、アイツしかいないよな……)」

 

 

 恐らくこの投書の主であろう妹を思い浮かべて、俺は盛大にため息をついて畑さんに紙を返す。

 

「津田副会長はご興味が無いようで」

 

「ええ。特に止めませんが、調べるのならご自由に」

 

 

 俺は残ってる作業を片付ける為に机に向かう。背後では会長が興味津々の様子だが、こっちにまで回ってこなければ良いが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシは興味が無いようだが、私は畑の話を詳しく聞くことにした。

 

「それで、ツチノコは本当にいるのか?」

 

「それを調べる為の尾行訓練です」

 

「なるほど。なんらかの生物がいるというのは学園の安全が脅かされかねない。我々も捕獲に協力しよう」

 

 

 生徒会を上げての調査だから、アリアや萩村、タカトシも参加してもらおう。

 

「じゃあ髪の毛をください」

 

「え?」

 

「ツチノコは女子の髪の毛が好きと言われています」

 

「え~~~~~」

 

「すぐ済みますから! 先っぽ!! 先っぽだけだから!!」

 

「またこの部屋ですか!」

 

 

 畑に髪の毛を強請られていたタイミングで生徒会室に五十嵐が入ってきた。

 

「って、何をしてるんですか?」

 

「ツチノコ捕獲の為に、天草会長に髪の毛を提供してもらおうと思いまして。何なら五十嵐さんの髪の毛でも良いですよ? むしろ五十嵐さんの髪の毛の方がツチノコもおびき寄せそうですし」

 

「おい! それはそれで気に食わないぞ!」

 

「ではご協力を」

 

 

 何だか畑の口車に乗せられた感じがするが、五十嵐の方が良いと言われて何となく気に入らなかったので、私は髪の毛を提供することに。

 

「ですが、ツチノコの正体って食事中の蛇って言われてますよ?」

 

「そんなロマンの無い」

 

 

 私が髪の毛を提供した直後、萩村が夢も希望もないことを言いだした。

 

「だが調べて見ないことには分からないだろう?」

 

「どれどれ~……ホントだ、そっくり」

 

 

 アリアが見ていた映像を覗き込んだ五十嵐が気を失いそうになり、タカトシがその背中を支える。

 

「アリア! 生徒会室で丸のみフェチむけのアニメを再生するんじゃない!」

 

「でも、食事中の蛇の映像を調べようとしたら、これくらいしかなかったし」

 

「ですが、確かにこの映像はツチノコに見えなくもないですね」

 

 

 畑の言うように食事中の蛇がツチノコに見えなくもないが、これだけ大きな蛇が動いていたらさすがに誰かに見られているだろうしな……

 

「ちなみに、これが捕獲前に私がまとめたツチノコ情報です。ご覧ください」

 

 

 畑から渡されたデータを私たち四人――ちなみにタカトシではなく五十嵐だ――で見ることに。

 

「何々……ツチノコは凄く速い。ツチノコは高く跳ぶ。ツチノコ型という肉の延べ棒がある、か」

 

「最後の情報は何なんですか!?」

 

「ツチノコに関する情報です」

 

「何処がですか! 名前以外関係ないじゃないですか!!」

 

 

 五十嵐は文句を言いたげだが、なんだかんだで付き合ってくれるようだ。

 

「それでは早速ツチノコ捜索に繰り出しましょうか」

 

「そうだな。できる限り早く見つけて結果を知りたいし」

 

「それって私も付き合うんですか?」

 

「天草さんに髪の毛を提供してもらえたので、五十嵐さんは来なくても大丈夫ですよ」

 

「……いえ、畑さんが風紀を乱す行為をしないかどうか近くで見張らせてもらいます」

 

 

 結局五十嵐も捜索に付き合うようだ。ちなみに、タカトシは生徒会室の留守と、残っている雑務を担当してくれるようで不参加だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫く道場周辺を捜索したが、そう簡単に見つかるはずもなく早くもあきらめムードが漂い始めている。

 

「いないなー……」

 

「まぁ、ツチノコって夜行性らしいですからね」

 

 

 萩村が何気なく言ったセリフに、私たち全員がそちらを向く。

 

「へーそれは知らなかった」

 

「畑! それくらいの基本情報は仕入れておけ!」

 

「すみません。では、捜索は週末の夜にやりましょー! それなら津田君も参加してくれるでしょうし」

 

「た、タカトシ君と夜の学校で一緒!?」

 

「おや~? 風紀委員長は何を想像したんですかね~? ツチノコ以上のスクープになりそうなことは遠慮してもらいたいのですが」

 

 

 五十嵐と畑が盛り上がっている中、私は萩村の表情が気になった。

 

「(あぁ、ヤブヘビだったと思っているのか……)」

 

 

 萩村は暗い場所などが苦手だからな……だが参加する辺り、アイツも気になっているようだ。




カエデさんも参加決定


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捕獲作戦

横島先生は……


 どこかの誰かさんの所為で会長たちの好奇心に火がついてしまった為、週末の今日、学園でツチノコの捜索をしなくてはいけなくなった。

 

「あれ? タカ兄、何処か行くの?」

 

「どこかの誰かが余計なことを投書した所為で、新聞部の手伝いでツチノコを探す羽目になったんだ」

 

「へ、へー……そりゃ大変だね」

 

「とりあえず、お前の晩飯は作っておいたからそれを食べるように」

 

「分かったよ。ってあれ? こんな時いつもならお義姉ちゃんが来るのに、今日は来ないの?」

 

「義姉さんはバイトだ」

 

 

 本当ならこいつを一人にするのは避けたかったんだが、俺が参加しないとカエデさんが大変な目にあうだろうし、そもそも参加しないという選択をすることができない雰囲気だったしな……

 

「まったくコトミは……」

 

 

 いい年して一人で留守番させるのが不安になる妹に不安を抱きながらも、俺は学園への道を行く。考え事をしていたからか、気付いた時にはもう学園に到着していた。

 

「遅かったな!」

 

「まだ時間前のはずですけど?」

 

 

 既に待ち構えていたシノさんに出迎えられたが、俺は腕時計で時間を確認してそう返答した。

 

「ツチノコ捜索は楽しみだが、よくよく考えたら私は蛇系は苦手だったんだよな……」

 

「はぁ」

 

「だから母の部屋にあったこのうねるディ〇ドで耐性を付けられないかとトレーニングしたんだが、ダメだった……」

 

「なんてもの持ってるんですか!?」

 

「おぉ、五十嵐か……」

 

 

 なんだかんだで全員集合した時点で、監督役の小山先生に挨拶することに。

 

「今日はわざわざ時間を作っていただきありがとうございます」

 

「時間が遅いから騒がないように――って、津田君がいるから大丈夫だよね」

 

「どうでしょうね……」

 

 

 既にお祭り騒ぎ気味のメンバーを見て、俺はため息を堪えながら小山先生に答える。

 

「あっ、これ差し入れです。終わるまで暇でしょうからよかったら」

 

「あら、ありがとう」

 

 

 コトミに作ったついでに差し入れを作ってきていたので、小山先生にそれを手渡して振り向くと、畑さんが七輪とスルメを取り出していた。

 

「何してるんです?」

 

「ツチノコはスルメが好物なんです。なのでこうして香ばしい匂いを漂わせれば現れるのではないかと」

 

「そうですか」

 

 

 俺はその匂いを嗅いで、別のモノが釣れそうだなと思った。

 

「こりゃーっ! 誰だ旨そうな匂いをさせとるのはっ!」

 

「やっぱり」

 

 

 職員室に気配があるなとは思っていたが、やはり横島先生がスルメの匂いに釣られて顔を出した。

 

「先生は何してるんですか?」

 

「見りゃ分かるだろうが! 残業だよ!」

 

「怒りながら言うことではないと思うのですが……そもそも、先生の効率が悪いから残業になっているのでは?」

 

「そんなこと無い! 私だっていろいろと忙しいんだ」

 

「では今日の放課後、男子生徒に声をかけて資料室に入ろうとしていたのは、必要なことだったと?」

 

「えっと……兎に角! そんな匂いを漂わされたら一杯やりたくなるだろ! どんな理由があるにしても、こちらのことも考えてくれよな!」

 

 

 とりあえず仕事を終わらせる為に横島先生を引っ込ませて、俺は畑さんに声を掛けることに。

 

「そういう事情ですので、スルメ作戦は止めておいた方が良いのでは?」

 

「では津田君のイカの匂いでも――」

 

「ん?」

 

「なんでもないでーす」

 

 

 余計なことを言いそうだったので視線で牽制し、とりあえず畑さんの暴走を止めることに成功した。というか、この人たちの方が先輩なのに、何で俺が引率ポジションなんだか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君がいてくれるお陰で、とりあえず畑さんたちの暴走を相手にしなくても良いので安心だけども、よくよく考えたらこんな時間に男子と一緒にいるなんて、共学になる前だったら考えもしなかったわね……

 

「(最初は共学化なんて反対だったけども、こうして男性恐怖症が改善されてきているのを考えると、悪いことばかりじゃなかったのかもね)」

 

 

 タカトシ君以外の男子がより駄目になっているような気もするけども、普通に付き合える男子ができたのは、私からすればかなり進歩したと言える。

 

「(タカトシ君があまり男臭くないのも要因なのかもしれないけど)」

 

 

 私の周りにいる男子で、誰よりも男らしいのだけども、どことなく母性を感じさせてくれるのも、こうして普通に付き合える要因なんだろうなと考えていると、急に視界が下がった。

 

「あっ、穴にハマっちゃったのか」

 

 

 溝板が外れていた場所に足を突っ込んでしまったようで、私はゆっくりと足を上げて歩き出そうとしたら、何故か七条さんに手を取られた。

 

「あの、何か?」

 

「今、アナニーにハマったって言ったでしょ? 私も以前は好きだったから」

 

「そんなこと言ってません! というか、何ですかいきなり!」

 

 

 七条さんの性癖が普通とは違うとは聞いていたけども、まさかそっちが好きだったなんて……じゃなくって! 何だか同族扱いされているのが気に入らないので、私は慌てて七条さんの手を振り解いた。

 

「何してるんですか……」

 

「七条さんが!」

 

「分かってますから落ち着いてください。小山先生にも騒がしくしないように言われているんですから」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 タカトシ君に宥められて、私は弱々しく頭を下げる。顔を上げるとタカトシ君が七条さんに静かにお説教している姿が目に入り、私は再び恥ずかしくなってきてしまった。




畑さんも懲りないよな……


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ツチノコの正体

人変更であのシーンは存続


 何やら七条先輩が余計なことをしていたようで、タカトシが私たちの背後でお説教をしている。

 

「(相変わらず大変な思いをしてるのね……)」

 

 

 そもそも乗り気ではなかった捜索だろうに、こうして私たちの引率をしてくれてるんだから損な性格してるわよね……

 

「(って、私もあまり乗り気じゃないんだけどもね)」

 

 

 会長がノリノリだから仕方なく付き合っているのだが、こうして捜索してみると本当にいるのではないかという気持ちになってくるのが不思議だ。

 

「(とはいえ……)」

 

 

 さっきから裏庭を中心に探しているのだが、一向に現れる気配が無い。まぁ、気配なんて私には分からないんだけども。

 

「(暗い……せめて会長が持ってる懐中電灯も私が持てれば良いんだけども……)」

 

 

 足下だけでなく前も照らしたいんだけども、一つしかないのでどうしても地面付近を照らしてしまうのだ。

 

「(べ、別に怖いとかじゃなく、五十嵐さんみたいに穴にハマってしまうかもしれないからであって、決して暗いのが嫌だというわけではないんだから)」

 

 

 誰に言い訳してるのか分からないが、私はとりあえず自分自身を納得させるように心で言い訳をし、再びツチノコ捜索に集中することに。

 

『カサっ』

 

「っ!?」

 

 

 背後で草を分ける音がして、私は咄嗟にそちらを振り返る。確認するのも怖いが、分からないままでいるのも怖いので、決死の覚悟で振り返ったのだが、そこには――

 

『ニャー』

 

「なんだ、猫……」

 

 

 学園に再び野良猫が住み着いているようだと安心したのだが、私の背後で畑さんが余計なことを言いだした。

 

「ホラー映画だとこの後、元の方向に向いた瞬間目の前にアレがいて襲われるよね」

 

「………」

 

 

 そ、そんな展開があるのか……普段ホラー映画なんて見ないから知らなかったけども、それじゃあ元の方向を向けないじゃないか……

 

「スズが固まってしまったじゃないですか。というか、所詮はフィクションの中でしょうが」

 

「いやー、面白い様に信じてくれるのでつい」

 

「貴様ー!」

 

 

 子供扱いされたようなのと同時に、そんなことでビビってしまった自分が恥ずかしいのを誤魔化す為に、私は暗闇の中畑さんを追い掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 捜索前から分かっていたことだけども、やっぱりタカトシ君が大変そうだなと思いながらも、私は手伝えずにいる。

 

「(こんな時、英稜の森さんとかならタカトシ君のお手伝いができるんだろうな……)」

 

 

 私もどちらかと言えばツッコミポジションだとは思うのだけども、タカトシ君や森さんのようなツッコミはできない。ましてや私は畑さんや七条さんにからかわれてしまうので、どうしても抑止力としては弱いのだ。

 

「ここが目撃情報の道場裏ですね。重点的に探しましょう」

 

 

 畑さんが声を潜めて私たちにそう指示して、自身は集中して地面を捜索し始める。その横では天草さんたちも地面を必死に見詰めているので、私もとりあえず捜索することに。

 

「(本当にツチノコなんているのかしら……)ん?」

 

 

 半信半疑に思いながら歩いていると、何かが私の足に絡まってきた。懐中電灯を当てずに下を見ると、何やら先の膨らんだ蛇のような形のモノが足下に……

 

「出たー!?」

 

 

 私が大声を上げると、タカトシ君以外のメンバーが駆け寄ってきた。

 

「ん? 少し待った」

 

 

 天草さんが持っていたトングで私の足下に転がっている何かを掴み上げる。

 

「これは……浣腸器」

 

「なーんだー」

 

 

 とりあえずツチノコじゃなかったので安堵したけども、ふと何故その様なモノが転がっているのかという疑念が私の中に芽生えた。

 

「これが、ツチノコの正体……?」

 

「まーまー畑さん。こういうのはロマンを追い求めるモノだって言ってませんでした?」

 

「ですが、これじゃあ記事にならない……」

 

 

 ガックリと項垂れる畑さんに、私は拾った浣腸器を持ちながら近づく。とりあえず風紀委員の方で預かっておくにしても、こんな所に転がしておくわけにもいかないし。

 

「コラ、夜に騒いじゃダメだって――」

 

 

 そんなタイミングで小山先生がひょっこりと顔を出した。

 

「あわわわわわ」

 

「とりあえず話し合いませんか!?」

 

 

 何やらあらぬ疑いを掛けられた気がして、私は慌てて小山先生に駆け寄る。

 

「ま、まさかそんな趣味があったなんて思いませんでした」

 

「違います! というか、学園にこんなものが転がってる方を問題視してくれませんかね!?」

 

 

 私が持ち込んだと思われたくないので、小山先生にズイっと押し付けるように手渡す。

 

「……本当に五十嵐さんが畑さんに浣腸をする光景じゃなかったのね?」

 

「当たり前です!」

 

 

 きっぱりと否定して、私は小山先生に処理を任せることにした。

 

「というか、あの投書はコトミのイタズラでしょうから、そもそも捜索自体無駄だったと思いますよ」

 

「何ッ!? じゃあ本当にツチノコなんていないと言うのか?」

 

「実際はどうか知りませんが、少なくともここにはいないと思いますよ。さっきから気配を探ってますが、普通の野生動物くらいしか気配がありませんし」

 

「相変わらず普通の人間と一線を画してるな、君は……」

 

 

 タカトシ君の一言で、私たちのツチノコ捜索は幕を閉じた。




小山先生の勘違いもなかなかあり得ない……


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捜索後の津田家

コトミは完全に態と


 出かけていたタカ兄が帰ってきたのは良いが、何故かその背後にはお怒りの生徒会の皆さんとカエデ先輩、そしてがっかりした表情の畑先輩がいらっしゃる……

 

「あの、私何かしましたか?」

 

「お前のふざけた投書の所為で無駄な時間を過ごしたぞ!」

 

「えっ? タカ兄は最初から私の投書だって気付いていたようですし、皆さんも分かってたんじゃないんですか?」

 

 

 そもそも筆跡がバレないように定規を使って文字を書くなんて、私以外に実践する人が桜才にいるとは思えないんだけども……そしてツチノコなんて情報を持ち出す人間もだ。

 

「タカトシに言われて漸くそういえばそうだと思ったくらいだ!」

 

「つまり、皆さんは本当に学校の敷地内にツチノコがいると思っていたと?」

 

 

 もしそうなら、私以上に夢見がちだ。そもそもツチノコなんて未確認生物が一高校の敷地内で見つかるはずないと分かるだろうに。

 

「兎に角今からコトミは説教タイムだ! 我々の貴重な時間を奪った罪、しっかりと反省してもらう」

 

「そんなこと言われましても……タカ兄、どうにかならない?」

 

「そもそも皆さんはロマンを追い求めてツチノコの捜索をしていたのではなかったんですか? 実際にいるかいないか、そこは問題では無かったはずだと思いますが」

 

 

 タカ兄はどちらの味方をするつもりも無いのだろうが、恐らく捜索前にシノ会長が宣言したのであろう言葉を淡々と告げる。

 

「確かにロマンを追い求めていたのは事実だ。だがその結果がこれでは、原因を作ったコトミに文句を言いたくなっても仕方ないだろう?」

 

「結果って?」

 

 

 何か結果が出たのだろうと思い、私はタカ兄に確認したのだが、横から畑先輩が何かを取り出した。

 

「今回我々が発見できたのはこれです」

 

「これって……浣腸器? 何でこんなものが発見できたんですか?」

 

「それは分かりません。ですが、せっかく現れたと思ったのに結果がこれでは……記事にしようにもできません」

 

「何故敷地内に浣腸器があったのか捜索すれば、それなりに話題にはなると思いますけど?」

 

「どうせ横島先生が持ち込んだとか、そんなところでしょうから記事にはなりませんよ」

 

 

 畑先輩の返事に、私は思わず納得してしまう。確かにあの先生なら浣腸器を持ち込んでいたとしても不思議ではないし。

 

「というか、私を責める前に、好奇心に負けたご自身を責めたらどうでしょうか? 私はちょっとした悪戯のつもりだったわけですし、タカ兄にはバレバレだったんですから」

 

 

 私の反論に、シノ会長たちは何も言えなくなってしまったようだ。だけど何処か私を恨めしそうに睨んでいるのは、それでも私を叱りたいという気持ちの表れなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日はバイトでタカ君たちの家に行けなかったけども、今日は朝から行くことができる。確か昨日はシノっちたちがツチノコの捜索をするとかで、コトちゃんが一人でお留守番をすることになっていたはずだから、もしかしたら家の中が散らかっているかもしれないし。

 

「――というわけで、来ちゃった」

 

「はぁ……随分と早い時間から来ましたね」

 

 

 現時刻は朝の七時ちょっと前。この時間で普通に起きて作業しているタカ君もタカ君だが、確かにこんな時間に訪ねるのはちょっと失礼かもしれない。

 

「実はこの後サクラっちたちとお出かけすることになってるんだけど、タカ君たちも一緒にどうかなと思って」

 

「特に予定は無いので構いませんが、俺がいない方が気楽なのでは? 英稜の生徒会メンバーは全員女子ですし、半数は後輩になるわけで、委縮させてしまう気もしますし」

 

「タカ君なら大歓迎だよ。それに、サクラっちが一人でツッコミをしなくても済むだろうし」

 

「義姉さんたちが自重するって選択肢もあると思うのですが?」

 

 

 タカ君の目が笑っていないのを感じ、私は明後日の方を向いて誤魔化す。それができるのであれば、最初からサクラっちの心配などしないのだ。

 

「わー遅刻だー! タカ兄、何で起こして――って、お義姉ちゃん?」

 

「おはようコトちゃん。遅刻って?」

 

「今朝は朝練なんですよー! タカ兄、どうして起こしてくれなかったの!?」

 

「そもそも俺はお前がこの時間に出かけるなんて聞いていない。というか、高校生にもなって起こしてもらわなけれは行動できないという点を反省しろ」

 

「お説教なら後で聞くから! 行ってきます!」

 

「「行ってらっしゃい」」

 

 

 タカ君と二人でコトちゃんを見送り――手ぶらだけど良かったのだろうか――私はタカ君と二人で家事を済ませることに。

 

「コトちゃんもいないし、タカ君がお出かけしても大丈夫だよね?」

 

「コトミがいないからという点は気にしないでおきますが、お邪魔でなければ」

 

「私が誘ってるんだから、お邪魔なわけないよ」

 

 

 むしろ他の三人がお邪魔と思える……青葉っちやユウちゃんは兎も角、サクラっちはタカ君争奪戦で圧倒的有利なポジションにいるわけだし、たまにはお義姉ちゃんに譲ってくれたも良いんじゃないかと思うのだけども。

 

「シノさんたちに知られたら後が面倒そうだな……」

 

「夜のお散歩をしたシノっちたちに、私たちをとやかく言う権利はないから大丈夫だよ」

 

 

 事情はどうあれ夜にタカ君とお出かけをしたのだから、これくらいは見逃してもらいたいものです。




次回は英稜組とお出かけ


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デリカシーの有無

この子は仕方ないな……


 魚見会長から生徒会メンバーの親睦を深めよう会のお知らせを聞き、今日は生徒会メンバーが集まることになっているのだが、そもそも私以外はそれなりに長い間生徒会の活動をしているのだから、親睦もないと思うのだが。

 

「広瀬さん、おはよう」

 

「おはよっす、青葉さん」

 

 

 同じ一年ということで、青葉さんとはそれなりに親しいと思っている。あまり会話はかみ合っていないが、そんなことも気にしなくても良いくらいには、居心地は良いのだ。

 

「魚見会長も好きっすよね、こういうの」

 

「桜才の天草会長と同じで、魚見会長もイベント好きだから」

 

「ウチの生徒会もっすけど、あっちも副会長がちゃんとしてるから成り立ってるんですかね?」

 

「どうだろうね。でも津田先輩や森先輩がしっかりしてると言うのは確かだし、あの二人がいなかったら生徒会活動がままならないのも確かかもね」

 

「私がいても大して役に立ってるとも思えないっすけどね」

 

 

 私は主に重い荷物や高い場所にある物を取る係りなので、それ以外で役に立てるとは思っていない。むしろテスト前に散々お世話になっているので、むしろお荷物感がある。

 

「でも広瀬さんが入ってくれたお陰で、荷物運びとかの作業はスムーズに進んでるし、十分に役に立ててると思うよ」

 

「そう言ってもらえると気が楽っすね。むしろそれ要員で誘われたので、そこくらいしか活躍の場が無いわけですし」

 

 

 青葉さんと話ながら集合場所に行くと、既に森先輩が来ていた。

 

「森先輩、おはようございます」

 

「おはようっす」

 

「二人ともおはよう。一緒に来たの?」

 

「途中でばったり会ったので。ところで、会長は?」

 

「まだ来てないよ」

 

 

 珍しいこともあるものだ。普段は私が一番最後のことが多いのに、今日は会長が最後とは……

 

「ところで、今日は何処に行くんすか?」

 

「私は何も聞いてないかな……会長、行き当たりばったりのことも多いし」

 

「そうなんすか?」

 

 

 私より付き合いの長い森先輩が言うのだからそうなのだろうが、あの会長が何も考えずに出かけるとも思えない。そんなことを考えていると――

 

「お待たせー」

 

「会長、遅い……」

 

「ちょっとナンパがしつこくて――タカ君に対しての」

 

 

――津田先輩を引っ張ってきた魚見会長がやってきた。

 

「タカトシ君!? 今日は何で?」

 

「義姉さんに誘われた」

 

「タカ君の人気を甘く見ていた……まさか駅前であれだけ声を掛けられるなんて」

 

 

 津田先輩は確かにカッコいいし、性格も良いので人気は高い。私の周りでも津田先輩に特別な感情を懐いている子がいるくらいだし。

 

「とりあえず行こうか」

 

「何処にです?」

 

「生徒会で必要な備品を買いに。ユウちゃんは荷物持ちよろしく」

 

「了解っす」

 

 

 力仕事なら喜んでという意味合いを込めて力こぶを作って見せると、会長は楽しそうに笑ったが、その横で森先輩と津田先輩が微妙な顔をしていたのは何故だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 親睦云々と言っていたのでてっきり遊びに行くものだと思っていたが、まさか備品の買い出しとは……会長は相変わらず何を考えているのか分かりにくいんだから。

 

「ゴメンね、タカトシ君。まさか生徒会の買い出しだったとは」

 

「まぁ、どうせ暇だったし構わない。それに、サクラが謝ることでもないだろ?」

 

「う、うん……」

 

 

 タカトシ君は素でやっているのだろうが、その笑顔はズルい。私は自分の顔が熱を帯び始めているのを感じて顔を背けた。

 

「森先輩、こっちはこれで全部っす」

 

「こちらもこれで全部ですね」

 

「後は魚見会長か」

 

 

 広瀬さんと青葉さんが戻ってきたので、私は魚見会長の姿を探すふりをして、顔の熱を逃がす。

 

「確か広瀬さんと一緒だったと思うんだけど」

 

「会長ならトイレに行くって言ってたので、多分そろそろ戻って来るんじゃないっすか? うんこだったら分かりませんが」

 

「広瀬さん……」

 

 

 相変わらずデリカシーの無い広瀬さんに、私はどうお説教しようか頭を悩ます。私がどうしようか考えている間に、タカトシ君が広瀬さんに注意をしてくれた。

 

「あまり人が多い場所でそういうことを大声で言うのは感心しないな。あけっぴろげな性格なのは良いことなのかもしれないが、そういう分別はしっかり持っていた方が今後苦労しないだろうし」

 

「そんなもんっすか? まぁ、確かに大声で言うもんじゃないっすね」

 

「というか、そもそも言うものじゃないと思うんだが」

 

「うーん……津田先輩がそう言うならそうなのかもしれない……今後気を付けます」

 

 

 コトミさんで慣れているからなのか、タカトシ君は妹を諭すような感じで広瀬さんに注意を済ませる。こんな風にさらっとできるのが羨ましいと思う反面、やっぱりタカトシ君はお兄ちゃん気質なんだなと感じてしまう。

 

「お待たせ。ちょっと混んでて時間かかっちゃった」

 

「あっ、それで遅かったんすね。てっきり――何でもないです」

 

「?」

 

 

 普段ならはっきりと言う場面で言いよどんだのを見て、会長が首を傾げる。だがすぐにタカトシ君の方を見て事情を察したようで、広瀬さんに対する追及は無かった。




手のかかる妹が増えたような……


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合コンとは

何が楽しいのかわからんな……


 サクラっちと次の会議の打ち合わせをしていると、生徒会室でユウちゃんが携帯とにらめっこをして何か悩んでいる。

 

「うーん、わからん……」

 

「広瀬さん、どうしたの?」

 

 

 あからさまに悩んでいるので、サクラっちがそう声を掛ける。ユウちゃんのことだから斜め上の悩みということは無いだろうから、安心して聞いたのだろうな。これが私だったら何かよからぬことを考えているのではないかと疑われていただろう。

 

「分からないことがあったら、先輩に聞きなさい。分かる範囲で答えてあげるから」

 

「会長、微妙にかっこ悪いです」

 

「そう? タカ君じゃないんだから、何でも分かるってわけじゃないし」

 

「タカトシ君だって何でも分かるわけじゃないと思いますが……」

 

 

 確かにタカ君だって分からないことがある。でもそれは知らなくても困らないような範囲の話なので、ユウちゃんの悩み事くらい、タカ君ならすべて解決できると私は思っている。

 

「それで、ユウちゃんは何を悩んでいるの?」

 

「合コンって何やるんすか?」

 

「「へ?」」

 

 

 私もサクラっちも想像していなかった単語がユウちゃんの口から出て、私たちは間抜けな声を出してしまう。だって運動一筋のユウちゃんが合コンなんて……

 

「えっと……どうして合コンについて知りたいの?」

 

「男子と女子バレー部が親睦会としてやるらしいんすけど、合コンって全然わからなくて。部員に聞こうとしても『ユウは知らなくても仕方ないか』って言われて終わるんすよね……」

 

「あぁ……」

 

 

 確かにユウちゃんなら知らなくても仕方ないって思われてそうだし、それを面白がって教えないのも頷ける。

 

「それで先輩、合コンって何をやるんすか?」

 

「えーと……食事とかカラオケとか?」

 

「普通に遊ぶ感じなんすか?」

 

「スクワット」

 

「えっ?」

 

 

 私がユウちゃんの質問に答えると、サクラっちが不思議そうな表情で私を見詰める。まぁ、サクラっちが思っている合コンではこんなことしないだろう。

 

「ジュースに媚薬を盛られたショーコには理性を抑えることができなかった。肉の延べ棒の上にまたがり、ゆっくりと腰を下に――」

 

「フィクションから抜粋すなっ! というか、何でそんな内容の本がここにあるんですか!?」

 

「だって、家で読んでたらタカ君に怒られそうだから……」

 

「だからって生徒会室で読もうとしないでください! と言うか、不必要なものを持ち込むなんて、生徒会長としてどうなんですか」

 

「それを言われると……」

 

 

 サクラっちに怒られ、私は持っていた官能小説を鞄の中にしまう。本当はアリアっち経由で出島さんから借りたのだが、そのことを声高に宣言する勇気は私には無い。だって、あの人とつながっているということは、結構ハードな性癖だと宣言することと同義だろうし……

 

「それで結局、合コンって遊ぶだけなんすね?」

 

「うーん……私たちもやったこと無いから詳しくは言えないし、何となく大学生以上がしてるイメージだし」

 

「お酒飲んで騒いでる感じ」

 

「何の話ですか?」

 

 

 ここで青葉っちが合流して、私は今度ユウちゃんが男女バレー部で合コンをすることと、具体的に何をするのか質問されていることを説明した。

 

「十円ゲームというものがあるそうです」

 

「十円ゲーム?」

 

「参加者が順番に質問し、YES・NOで答えて盛り上がるゲームです。表ならNO、裏ならYES」

 

「普通逆じゃないっすか?」

 

「数字が書いてある方が表だと思ってる人が多いけど、あっちが裏だからね」

 

「そうなんすか」

 

 

 実際はどっちでもいいらしいけど、基本的には数字が書いてある方が裏ということになっているので、今はそのツッコミはしないでおこう。

 

「十円を持っていれば気軽に遊べるから、盛り上がるには良いかもね」

 

「でも私、制服の型崩れが嫌で、小銭持ってないっす」

 

「……結構現代っ子だね」

 

「じゃあ、試しにやってみよう」

 

 

 ちょうど十円を四枚持っていたので、私は早速十円ゲームを体験しようと提案し、三人とも賛成してくれた。

 

「こうやって手許を布で隠すから、誰がどの答えなのか分からないようになってるんすね」

 

「タカ君なら、布越しでも誰がどの十円を動かしてるか分かりそうだけどね」

 

「それはさすがに……」

 

 

 サクラっちが否定しようとして途中で止まったのは、恐らくタカ君ならできそうだと思ったのだろう。

 

「じゃあ私から。実は気になっている人がいる!!」

 

 

 実に合コンらしい質問だが、恐らくユウちゃんはそんなことを考えずに質問したのだろう。

 

「お?」

 

 

 YESが二枚あることにユウちゃんは意外そうな反応を見せたが、私はこれくらいでは驚かない。

 

「私とユウちゃんの十円玉は二十七年モノだからー……あ」

 

「レギュレーションに反してません!?」

 

「サクラっちは分かるけど、青葉っちも?」

 

「私は広瀬さんがどういう人なのかまだ良く分かってませんので」

 

「なるほど……」

 

 

 どうやら気になる『異性』だと受け取っていたのは私とサクラっちで、純粋に気になる『人』という考えで青葉っちは受け取っていたようだ。まぁ、間違っていないけどこの場合は間違ってるんじゃないだろうか。




ウオミーもなかなかレギュレーション違反


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演習相手

シノ、隠せてないから……


 会長がレギュレーション違反ギリギリの判断方法で答えた相手を特定するということが数回続いたので、十円ゲームはお開きになった。

 

「それ以外だと『合コンさしすせそ』と言うものがあるそうです」

 

「合コンさしすせそ?」

 

 

 どうして青葉さんが合コンに詳しいのかはさておき、説明を受けなければそれが何なのか分からないので、そこのツッコミは流して青葉さんに先を促す。

 

「例えばさなら、さすが~と言った感じで、しは知らなかった。すはすごーい! で、せはセンスある~。そしてそはそ~なんだ~と言った風に、相手を立てる手段です。やり過ぎは逆効果とも言われているので、ほどほどに使うと上手く相手を気持ちよくさせられるそうです」

 

「へー」

 

 

 確かにやり過ぎたら不快に思われそうだけども、盛り上げるにはちょうどいい感じの言葉たちだ。でも私が言っても棒読みになりそうだし、余り効果は無さそうだな……

 

「(まぁ、合コンなんてやらないだろうけども)」

 

「せっかくだから新しいさしすせそを考えた」

 

「えっ?」

 

 

 何だか嫌な予感しかしないが、一応聞くことに。

 

「さ『サービスしてあげる』、し『シコシコ』、す『スーっ』(バキューム音)、せ『前立腺マッサージ』、そ『粗〇ン野郎!!』ってのはどうかな?」

 

「一つも許容できない」

 

 

 やっぱり会長はろくでもないことしか考えていなかった……というか、何で聞いちゃったんだろう。

 

「駄目? 結構使えると思うんだけど」

 

「何時何処で使うつもりなんですか!」

 

「うーん……あっ、タカ君は粗〇ンじゃないから使えないか」

 

「それ以外も使えるかぁ!! というか、タカトシ君がそんな誘いに乗ると思ってるんですか?」

 

 

 こんな説得の仕方は不本意だが、私ではそれ以外に会長を止める手段が思い付かなかったので、タカトシ君の名前を借りた。

 

「確かに……じゃあ、これは没だね」

 

 

 何だか納得はいかないけど、とりあえず会長が諦めてくれたので善しとしよう……

 

「(ゴメンなさい、タカトシ君)」

 

 

 心の中でタカトシ君に謝罪をして、私は自分の不甲斐なさをかみしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もいろいろと合コンっぽいことを体験した私たちは、今や合コンマスターと言えるかもしれない。

 

「(何だか思考がコトちゃんっぽくなってきたような気も……)」

 

 

 元々そういう感じは好きだったけども、コトちゃんと一緒にいることが増えたから影響を受けているのだろう。

 

「広瀬さん、これで合コンは大丈夫そうかな?」

 

「んー……」

 

 

 なんとも歯切れが悪い返事に、私とサクラっちは顔を見合わせる。

 

「何か不安なことでも?」

 

「私、物覚えが悪くて……忘れそうっす。カラダで覚えるのは得意なんすけど」

 

「フム」

 

 

 ここはもう少し先輩として手助けをしてあげなくてはいけないようだ。私は携帯を取り出してサクラっちに宣言する。

 

「つまり、予行演習が必要ってことだね」

 

「へ」

 

 

 私の提案が予想外だったのが、サクラっちは間の抜けた声を出す。まぁ、実際男子を四人集めるなんて難しいので、ここは友人に助けてもらおう。

 

「――というわけで、英稜生徒会と桜才生徒会で合コンしましょう」

 

『しかし、八人中七人が女子なんだが?』

 

「大丈夫。私たちは両刀遣いって設定でやるから」

 

『そっかー、なら大丈夫だな』

 

「全員タカ君狙いになっちゃう感じになるのは、シノっち的にも嫌でしょ?」

 

『な、な、な……何で私にそんなことを言うんだ?』

 

「だって少なくとも、そちらの三人とこちらの二人はタカ君狙いになるでしょうし、青葉っちやユウちゃんもタカ君のことは認めてますから」

 

 

 後輩二人の場合は、異性としてというより先輩として認めてる感じだけども、それをシノっちに言う必要は無い。

 

『兎に角、後輩の為なら仕方が無い。時間とかは追々連絡してくれ』

 

「分かりました。それではまた」

 

 

 シノっちに約束を取り付けて、私は満面の笑みで振り返った。

 

「そういうわけで、桜才学園生徒会の皆さんが練習相手になってくれるから、今度の日曜日は模擬合コンと行きましょう」

 

「いろいろとツッコミたい事がありましたが、練習相手に桜才学園を選んだ理由をお聞かせください」

 

「だって、男子生徒を四人捕まえてくるより、桜才生徒会にお願いした方が早いでしょう? それに、見知った相手なら緊張することもないし、さっき私が言ったようなことも起こらないだろうし」

 

「別にそこは心配してませんけど、確かに見知った相手の方が気楽に練習できそうですが……先程の設定を本気で実行するなら、私とタカトシ君で粛々とお説教しますから」

 

「それはそれでご褒美かもしれないですが、実行しないでおきましょう」

 

 

 せっかくのお出かけだというのに、延々と二人に怒られると言うのはさすがに避けたいので、両刀遣いという設定は却下しておこう。

 

「でもそうなると、本当に全員でタカ君を狙うことに――」

 

「予行演習なんですから、性別は考えなくてもいいんじゃないですか? 純粋に仲良くなりたいとか、そういった感じで」

 

「それだとリアリティが……」

 

「会長の考えの方がよっぽどリアリティに欠けます!」

 

 

 サクラっちに怒られ、私は首を竦めた。それにしても、そんなに怒ることなのだろうか……




リアリティを求めるのに何故両刀遣い設定……


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カラオケ性格診断

当てにならない診断結果


 ユウちゃんが男女バレー部で行われる合コンの予習をしたい――という態でただタカ君と遊びたいという理由で、私たち英稜生徒会と桜才生徒会とで合コンを開催することになった。

 

「今日はよろしくな!」

 

「こちらこそ、ウチのユウちゃんの為に集まってくれてありがとう」

 

「どうもっす」

 

 

 事情を知らない人が見たらタカ君がとんだハーレム野郎に見えるかもしれないが、このメンバーでのタカ君のポジションはどちらかと言えば保護者ポジだ。私たちが暴走し過ぎないように見張ってくれていると表現するのが適当だろう。

 

「それじゃあ早速会場に行きましょうか」

 

「会場って、このカラオケ店じゃないんですか?」

 

「サクラっち、そこは雰囲気を楽しまないと」

 

 

 せっかくノリノリで宣言したのに、サクラっちに水を差された気分です。まぁ、実際このカラオケ店でやるので、サクラっちの言うことは正しいんだけども……

 

「それにしても合コンなんて初めてだな~。お見合いなら未遂だけどあったけど」

 

「さすが七条さん……普通の女子高生はお見合いなんて早々ありませんよ」

 

「そういえば私も、親戚の集まりの後にお見合いさせられそうになったっけ」

 

「そんなこともありましたね」

 

 

 あの時はタカ君が潰してくれたから何とかなったけども、もしかしたら今頃私は年上の旦那様に肉人形の如く使われていたのかもしれないと考えると……

 

「タカ君、あの時はありがとうね」

 

「はぁ……」

 

 

 気のない返事の原因は、恐らく私が考えていたことを見抜いているからだろう。タカ君だからこそできる技で、他の人は――特に一年生二人は何故タカ君がそんな返事をしたのか首をかしげている。

 

「というか、早く入りましょうよ。店の前で立ち止まっているから、店員さんが不審がってますし」

 

「そうだね。このままだとタカ君が幼女誘拐の疑惑を掛けられちゃうかもしれないし」

 

「誰が幼女だ!」

 

「私は別に、スズポンを指して『幼女』と言ったわけじゃないんですが? それとも、自分が言われているという自覚があったと?」

 

「グッ……」

 

「義姉さんも遊んでないで協力してくださいよ。というか、こういうのって主催者側が進めるんじゃないんですかね?」

 

 

 タカ君が手際よく受付を済ませてくれていたようで、私たちはタカ君に先導されるように部屋へと向かう。後ろからスズポンの鋭い視線が飛んでくるけども、とりあえずは気付かないフリを続けておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナから誘われて特に考えずに引き受けたが、実際合コンをするにあたって、私たちにはその知識が無かったことに今更気が付いた。

 

「とりあえず乾杯しておくか」

 

 

 各々のジュースを手に、我々八人は乾杯を済ませた。だが、そこから一向に進まない……

 

「合コンってまず何をするんだ?」

 

「そういう時は青葉っち」

 

「合コンは最初に自己紹介をするそうですよ」

 

「ほぅ」

 

 

 青葉が何故合コンの知識に富んでいるのかは分からないが、とりあえず情報は手に入った。だがこの面子で今更自己紹介をしてもな……

 

「改めて何を言えば良いんだ?」

 

「趣味とか血液型とか?」

 

「スリーサイズとか」

 

「初体験の年齢とか」

 

「そりゃ〇Vの自己紹介だろっ!」

 

「何故スズちゃんがそのことを知ってるの~?」

 

「グラビアアイドルのイメージビデオかもしれないだろ? 何故〇Vだと決めつけたんだ~?」

 

「先輩方、スズをからかって遊んでいるのでしたら俺は帰らせてもらいますが」

 

「私も、帰りたいんですけど」

 

「「す、すみませんでした」」

 

 

 タカトシと森に睨まれて、私とカナは慌てて謝罪をし、アリアも萩村に頭を下げた。この面子でタカトシと森に帰られたら、いろいろとヤバいからな。

 

「せっかくカラオケに来てるんですから、歌いましょうよ」

 

「じゃあ一番手はユウちゃんが」

 

 

 特に考えていないようだが、広瀬の助け舟のお陰で二人の意識は私たちから逸れてくれたようだ。

 

「そういえば、マイクの持ち方でその人の性格が出るんだよね」

 

 

 広瀬が熱唱している横で、カナがそう話しかけてきた。ここでタカトシではなく私に話しかけてきたのは、恐らく深い意味は無いのだろう。

 

「ああやってちょい持ちする人は自信家なんだって」

 

「そうなのか」

 

 

 カナの解説に感心していると――

 

「変わった持ち方だね」

 

「私汗っかきで。濡らさないように……」

 

 

――広瀬が持ち方の理由を萩村に説明した。

 

「やっぱ違うかも」

 

「次、七条さんどうぞ」

 

 

 広瀬がアリアにマイクを渡す。アリアはマイクを受け取り歌い始めた。

 

「あの持ち方は私も知ってるぞ。小指を立てる人は、甘えん坊タイプだ」

 

「うんうん」

 

 

 カナと二人でマイク診断の続きをしていると――

 

「七条さん、可愛い持ち方しますね」

 

「実はさっきお尻の穴がかゆくて……小指でちょっと、ね。だから汚さないように」

 

「我々の考えが甘かったようだ……」

 

「というか、さすがはアリアっちと言った感じでしょうか……」

 

 

 さすがの我々もアリアが小指で穴を弄ったなど考えなかったので、二人でしみじみと話していたのだが、隣からタカトシが呆れているのを隠そうともしない視線をアリアに向けているのを感じ、私たちも気を付けようと心に決めたのだった。




呆れられるのは当然


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絶好調な三年生組

エンジン全開フルスロットル


 とりあえず全員一回は歌ったので、次は何をするか義姉さんとシノさんが話している。そして合コン通の青葉さんに意見を求めた。

 

「青葉っち、次は何をすればいいのかな?」

 

「合コンは途中で席替えをするそうですよ」

 

「じゃあシャッフルするか。だが、どうやって席替えをするんだ?」

 

 

 先輩たちが俺の隣を睨んでいるような気もするが、とりあえずそれには触れないでおこう。

 

「私、紙とペンを持っていますので、席に番号を振ってそれで決めましょう」

 

「さすが萩村、用意が良いな」

 

「不正が無い様に、タカ君に作ってもらいましょう」

 

「席替えに不正も何もないでしょうが……」

 

 

 とりあえずスズから紙とペンを受け取り、俺は八つの番号を書き紙を折ってシノさんに手渡す。

 

「これをシャッフルして、順番に引けばいいのか。だが、順番はどうする?」

 

「役職順で良いんじゃないでしょうか? まず会長、次に副会長と言った感じで」

 

「そこの順番は良いが、書記と会計はどちらが上なんだ?」

 

「アリアっちの方が年上だから、そこらへんは年功序列で」

 

 

 なんともグダグダな順番決めのようだが、とりあえず決まったのでくじを引くことに。

 

「六か」

 

 

 端の席が良かったんだが、思いっきり真ん中になってしまった。

 

「タカトシ君の隣だ~」

 

「私もです」

 

「私はタカ君の正面だね」

 

 

 右隣がアリアさん、左隣がサクラ、正面が義姉さんという結果に。シノさんとスズが思いっきり睨んでいるが、こればかりはくじ運だから仕方が無いだろう……

 

「義姉さん、グラス取ってください」

 

「せっかくだからグラスもシャッフルしちゃう?」

 

「「待てぃ!」」

 

「冗談言ってないで……はぁ、もう良いです」

 

 

 取ってくれる気配が無かったので自分で手を伸ばしてグラスを引き寄せる。義姉さんの冗談に付き合っていると疲れるからスルーしたんだが、シノさんとスズは本気にしたようだな……

 

「ここで十円ゲームをしましょう」

 

「何だそれは?」

 

「かくかくしかじか」

 

「なる程」

 

 

 会長同士が話を進め、合コンでよくやるらしい十円ゲームを行うことに。

 

「それじゃあ早速――今、恋人がいる人」

 

 

 義姉さんが随分と突っ込んだ質問をするが、当然の如く全員がNO。

 

「当然の結果ですね」

 

「ちょっと突っ込んだ質問だったかな」

 

「では、次は私がもう少しソフトな質問を」

 

 

 シノさんが意気込んでいるが、こういう時はろくでもない展開になりやすいんだよな……

 

「右手が恋人の人」

 

『チャリーン』

 

「義姉さん、ふざけてコインを操作しないでください。それは俺のです」

 

「な、何故分かった……」

 

 

 ハンカチで隠れているから分からないと思ったのだろうか。それくらい手の動きを見ていれば分かるというのに……

 

「というか、これってこういうゲームなんですか?」

 

「うーん、私もやったこと無いので分からないですね」

 

 

 発案者らしい青葉さんに質問したが、どうやら彼女も実際にしたことは無いとのこと。これじゃあ何が正解なのか分かったものじゃないな……

 

「このままじゃ全ての質問がNOで終わってしまうかもしれない……青葉っち、他に合コンですることは無いの?」

 

「そうですね……盛り上がってくるとスキンシップ系のゲームに発展するらしいです」

 

「そ、そんなことまでするのか!?」

 

「そんな過激なゲーム駄目だよ!」

 

 

 珍しくアリアさんが照れているが、どうやら勘違いしているようだな……

 

「お尻肌を楽しむゲームなんて」

 

「「そりゃスキンヒップだ!」」

 

 

 サクラとツッコミを被らせてから、俺はアリアさんを睨みつける。

 

「多少のことなら目を瞑りますが、昔の癖が出ていますので気を付けてくださいね。校内だったら容赦なくお説教しますので」

 

「ゴメンなさい」

 

 

 これでとりあえず落ち着くだろうと思い、俺は青葉さんに具体例を求めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまり過激なことは駄目ということで、王様ゲームをすることになった。もちろん、行き過ぎた命令は禁止というルールで。

 

「私が王様か。では、一番が五番にチョップ」

 

「はっ?」

 

「私が一番ですね」

 

 

 天草さんの命令で、青葉さんが萩村さんにチョップをすることに。この程度なら可愛いものですね。

 

「おっ、次は私が王様っすか。じゃあ七番が全員の頭を撫でる」

 

「私だ~」

 

 

 この様に穏やかな時間が過ぎていく中、タカトシ君は何処か疲れた感じの様子……恐らく日頃の疲れが出てきているのだろう。

 

「大丈夫?」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 小声で確認すると、今にも眠ってしまいそうな雰囲気で答えてくれた。

 

「会長、そろそろお開きにしては?」

 

「そうですね。では次が最後の命令ということで」

 

 

 会長たちもタカトシ君が疲れているのを感じ取っていたようで、私の提案はすんなりと受け入れられた。

 

「最後は俺か……」

 

「さぁタカトシ! どんな鬼畜な命令でも受け入れるぞ!」

 

「むしろタカ君のならいつでも受け容れたい!」

 

「……三番と五番が後片付けと会計を済ませてください」

 

「「何故ピンポイントで!?」」

 

 

 タカトシ君だからこそできる技で会長コンビを懲らしめて、合コンはお開きに。そこそこ楽しかったけども、タカトシ君にとっては負担が大きかったようで可哀想……ゆっくりと休んでもらいたいものだな。




結局疲れるのはタカトシ……


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タカトシの信頼度

これ以上信頼できる人はいないでしょう


 合コンの練習をした翌日、私はタカ君の家でコトちゃんに勉強を教えていた。

 

「お義姉ちゃん、昨日タカ兄たちと合コンしてたんですよね? どうだった?」

 

「特別なことは何もなかったよ。そもそもタカ君以外女子だったから、カップル成立なんてあり得ないことだし」

 

「タカ兄が誰かをお持ち帰りするわけ無いですしね~」

 

 

 女子七・男子一の構図でも興奮する素振りすらなく淡々と過ごしていたタカ君を思い出して、ちょっと複雑な思いがよみがえる。

 

「というか、タカ君って異性に興味があるのでしょうか?」

 

「あるんじゃないですか? タカ兄だって高校生男子ですから、それなりに異性を気にしたりはするでしょう。でも、それよりも先にツッコミが出てしまうので、異性というよりボケとしか見ていないのかもしれませんね」

 

「ありえそうですね……」

 

 

 タカ君が私たちをどのように見ているのかは、コトちゃんが言っている通りだろうと私も思っている。異性としてよりもボケる人、作業の邪魔をする人など思われているのだろう……

 

「実際問題として、タカ兄が恋人を作っちゃったら、私はもうタカ兄に構ってもらえないでしょうから、もう暫くは恋人など作らずにいて欲しいんですが」

 

「コトちゃんがいなかったら、タカ君だって年相応に恋人が欲しいとか思ってたかもね」

 

「それはどうでしょうね……昔からタカ兄はモテてましたけども、告白されたって話はあまり聞きませんし」

 

 

 コトちゃんの話では、中学時代でもタカ君はかなりモテており、コトちゃんの存在を知らない相手ですらタカ君に告白したのは稀であったらしい。

 

「それだけ高嶺の花扱いされているのでしょうね」

 

「まぁ、タカ兄と付き合おうとするのなら、それなりのスペックが要求されるでしょうから、一般モブでは付き合えないでしょうし」

 

「コトちゃんは何を言っているの?」

 

 

 色々とツッコミたい感じはするけども、深く聞いちゃいけないような気がするので、この話題はここで終わりにすることに。

 

「というか、私の興味を逸らして勉強をしないようにしてるけど、その分タカ君が厳しく教えることになるよ?」

 

「そ、そんな意図はございません……」

 

 

 どうやらそのつもりだったようで、コトちゃんは慌てて勉強に取り組む姿勢を見せる。

 

「(コトちゃんのお陰でタカ君に彼女がいないのは、私たちにとってはありがたいことなのですが、それをコトちゃんに言えば調子に乗りそうですし、何よりタカ君が良い顔をしないでしょうから黙っていましょう)」

 

 

 内心でそんなことを考えながら、私はコトちゃんの勉強を見ることに集中するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員の見回りを終え教室に戻ろうとしたら――

 

「ちょっと良いでしょうか?」

 

 

――背後から畑さんに声を掛けられた。振り返った私を見て少しつまらなそうな表情を見せたのは、恐らく私が大して反応しなかったからだろう。

 

「それで、今日は何をしでかしたんですか?」

 

「私が悪事を働いたことを前提で話をしないでもらいたいのですが」

 

「そう思われたくないのでしたら、日ごろの行いを改めてください。貴女は風紀委員からすれば要注意人物なわけですから」

 

「そんなですかー?」

 

「自覚していないのですか?」

 

 

 タカトシ君のような威圧感は無理でも、少しでも釘を刺しておきたいのでニッコリと笑いながら詰め寄る。

 

「ぜ、善処します」

 

「お願いしますね」

 

 

 とりあえず畑さんに反省を促すことに成功したので、私は畑さんの用事を聞くことに。

 

「それで、何の用なんです?」

 

「先日、桜才学園生徒会四名と英稜高校生徒会の四名でカラオケへ行っていたようなのですが」

 

「交流会の延長だったのでは?」

 

 

 ウチの生徒会と英稜の生徒会は結構仲が良い。会長同士が意気投合しての付き合いらしいのだが、それ以外にも各々が仲良くしているようで、そう言ったイベントも頻繁に行っていると聞いている。

 

「狭い部屋に女子七人に対して男子が一人。何も無かったと思いますか?」

 

「その男子ってタカトシ君ですよね? だったら何もありませんよ。彼はそこらへんの男子とは違いますし」

 

「そう思いたいだけなのでは? 津田副会長だって高校生男子。襲っても抵抗しない女子が側に居たら理性の箍が外れても――」

 

「俺がどうかしました?」

 

「な、何でもありません。では!」

 

 

 タイミングよく表れたタカトシ君の表情に怯えた畑さんがすさまじいスピードでこの場から去っていく。

 

「畑さん、廊下を走っては――」

 

「もう聞こえないでしょう」

 

「はぁ……後で新聞部に行って注意しておかないと」

 

「それで、何の話をしてたんです?」

 

 

 自分の名前が出てきたので興味があるのか、タカトシ君がそう尋ねてくる。

 

「ウチと英稜の生徒会で出かけてたのを目撃したが、どう思うかと聞かれてました」

 

「あぁ、合コンの練習の時ですか」

 

「合コンの練習……ですか?」

 

 

 何故そのようなことをする必要があるのか分からなかったので素直に尋ねると、タカトシ君は開催された理由を丁寧に教えてくれ、途中疲れ切ったような雰囲気を醸し出した。恐らく大変だったのだろうと思い、私は「お疲れ様」と心の中でタカトシ君を労ったのだった。




畑さんは何処で情報を仕入れてくるのか……


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合コンの結果

広瀬さんは三葉と似てる……のか?


 先日の練習のお陰かは分からないが、男女バレー部の交流会という名の合コンは十分楽しむことができた。

 

「――という感じで、合コンは成功だったと思うっす」

 

「そう、それは良かったね」

 

「まぁ、練習の時のような遊びはしなかったですが、それなりに楽しめたし、飯は奢ってもらえたので万々歳です」

 

 

 どうも合コンの際は女子は奢ってもらえるらしく、私は奢りということもあり結構な量を食べ、男子からだけでなく女子からも若干引かれたような感じだったが、そんなことを気にして奢りを楽しめないなど馬鹿らしいと思ったので気にしなかったが。

 

「それで誰かお持ち帰りされてた?」

 

「お持ち帰り? あの店、テイクアウトはやってなかったので持って帰ってないっすよ?」

 

「そういう意味じゃないんだけど……」

 

「会長は何をがっかりしてるんです?」

 

「広瀬さんは気にしなくていいよ。ろくでもないことだから」

 

「そうっすか」

 

 

 森先輩がそう言うのなら、恐らくそうなのだろうと考えて、私は会長ががっかりした理由を気にしない事にした。まぁ、私の頭で考えても分からないことなんだろうし……

 

「そうそう、盛り上がってきた時にスキンシップ系のゲームもやったすよ」

 

「えっ!」

 

「な、なんすか?」

 

 

 がっかりしていた会長が急に元気になったので、私は思わず一歩引いた。この人の感情の落差が激し過ぎて付いていけないっすね……

 

「それで、具体的にはどんなスキンシップを?」

 

「男子相手に五人抜きしてきたっす」

 

「えっ、まさかユウちゃんに初体験の早さで負けるとは……しかも五人相手に」

 

「会長は黙っててください。それ、どんなゲーム?」

 

「腕相撲っす! 並の男子相手なら負けないっすよ!」

 

「あぁ、腕相撲……確かに肌と肌が触れ合うもんね……」

 

「?」

 

 

 何故か会長がまだガックリしてしまったようだが、私にはその理由が分からない。理由を聞こうにも森先輩が無言で首を左右に振っているので、聞くことはできなかった。

 

「というか、広瀬さんなら同世代相手ならほとんど負けないんじゃない?」

 

「そんなこと無いっすよ。多分津田先輩には勝てないっす」

 

「あの人は別格だよ。会長たちだって勝てないっぽいし」

 

「? 会長たちは男子に腕相撲勝てそうには見えないっすけど」

 

「そういう勝てないじゃないんだけどね」

 

「? 青葉さんも難しいことを言う……」

 

 

 結局何故津田先輩に会長たちが勝てないのかが分からなかったが、とりあえずあの人が私の周辺で最強ってことで納得することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の英語の小テストで八十点以上を採れたので、私はとりあえず胸をなでおろしてマキたちに話しかける。

 

「これが赤点だったら死んでたよ……」

 

「大袈裟じゃない? 今日のテスト、そこまで難しくなかったし」

 

「それはマキだから言えることでしょ。実際問題として、クラス平均だって何時もより低かったし」

 

 

 普段なら六十点後半くらいが平均なのだが、今日の小テストは五十点台が平均だった。それだけで判断すれば、今日の小テストはむしろ難しかったと言えるのではないだろうか。

 

「トッキーは何点だった?」

 

「八十三」

 

「クッ、トッキーに負けた……」

 

 

 私は八十一点だったので、トッキーに二点負けているではないか……

 

「まぁ、私の実力ならこれくらいは――」

 

「津田先輩と魚見さんに散々勉強を見てもらってるからでしょ? 自分一人で採ったみたいな感じで言うのは止めなよ」

 

「もうちょっと悦に浸らせてくれたっていいんじゃない? 私だって頑張ってるんだから」

 

「悦に浸りたいのなら、二人の手を煩わせずに結果を残せた時にしなよ」

 

「そんな時、一生来ないって」

 

 

 そもそもタカ兄が勉強を見てくれていなかったらこの高校に通えていたかも怪しいんだから、私一人で勉強しても平均点に届くわけがないではないか……

 

「というか、マキは何点だったわけ?」

 

「百点……」

 

「これだから天才は! 凡才がいくら努力しようと、天才には敵わないということか」

 

「お前、努力してないだろ? 兄貴や英稜の会長が努力して、お前はへらへらしてるだけじゃねぇかよ」

 

「トッキー、それは言っちゃいけない」

 

 

 トッキーのツッコミに、私は首を振って黙らせる。私だってそのことは分かっているが、それを認めるのは勇気がいることだから……

 

「津田先輩に感謝してるのなら良いけど、コトミってあまり感謝してないよね?」

 

「してないことは無いけど、身内だからあまり感謝してる感じはしないかもね」

 

「お前、兄貴に見捨てられたら生きていけないって言ってたのに、ちゃんと感謝しとけよ」

 

「トッキーはすっかりタカ兄に懐柔されちゃってるよね」

 

「散々世話になってるからな……勉強以外にも」

 

 

 柔道部の陰のマネージャーと呼ばれているくらいだし……柔道部のマネージャーは私なのに。

 

「タカ兄の能力から考えるなら、これくらい平気だって」

 

「平気か平気じゃないかが問題じゃないような気もするんだが……兄貴だって何時までもお前の相手をしてられるわけじゃないんだからな」

 

「分かってるよ」

 

 

 タカ兄だって何時か家から出ていってしまうだろうし、そうなったら私は一人暮らしになる。そうなると家事とかいろいろとやらなきゃいけないし……




出番無くても活躍してるタカトシ


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ホームシック

盛り上がりたいだけな気も……


 生徒会室である程度作業を終わらせたので、校内の見回りに行くことに。普段なら分かれて見回りするのだが、今日は全員で行動する事にした。

 

「全員で見回りと言うのも久しぶりだな」

 

「最近は二人組で行動してたもんね~」

 

 

 誰がタカトシと組むかで毎回熱いじゃんけん勝負が繰り広げられているのだが、今日は三人でタカトシを囲おうということで話がまとまっているのだ。

 

「あっ、パリィだ」

 

 

 萩村が先に角を曲がりパリィを発見。私とアリアも確認するように角に隠れながらパリィの姿を確認する。

 

「何だか哀愁が漂ってる気がする」

 

「パリィにもいろいろと悩みがあるのかもしれないな」

 

 

 交換留学生として桜才に通っている彼女だ。いろいろと悩みがあっても不思議ではない。

 

「悩みか~。シノちゃん、例えばどんな悩みだと思う?」

 

「そうだな……ホームシックかもしれないな」

 

「ホームシックか……」

 

「故郷に想いを寄せているのだろう。家族や友人、そして恋人」

 

「恋人なんていないよ~」

 

 

 私たちの声が聞こえていたのか、パリィが少し楽しそうな表情で振り返る。そう言えば、恋愛話が好きだったな……

 

「最近元気が無さそうだったからな。何か悩みがあったら我々に相談してくれ!」

 

「ありがと~。でもネネが言ってたけど、シノやアリアより、タカトシの方が解決策を授けてくれそうだって」

 

「それは否定できん……」

 

「実際タカトシ君の方が生徒会長っぽいとか言われてたもんね~」

 

「ここ最近は私だって真面目に生徒会長やっているというのに」

 

 

 タカトシの方が会長っぽいのは私だって思ったことはあるが、実際の生徒会長はこの私だ。畑のヤツが何処でそんな噂を仕入れてきたのかは分からないが、誰が何と言おうと生徒会長は私だ。

 

「とりあえず大丈夫だから、シノたちは見回りを続けていいよ~。まぁ、タカトシが既に終わらせてるようだけど」

 

「なにっ!?」

 

「あらあら~」

 

「いつの間に……」

 

 

 パリィに言われて気付いたが、タカトシが窓から見える廊下にいる。私たちがパリィと話している間に見回りを終えたということだろう……

 

「これではまたどっちが生徒会長だか分からないとか言われそうだ……」

 

「今回に関していえば、私たちも同罪ですから……」

 

「そもそもタカトシ君なら、見回りしなくても異常があれば気配で分かるだろうけどね~」

 

 

 アリアの一言に私と萩村はガックリと肩を落としながら、とりあえず生徒会室に戻る事にした。

 

「タカトシ、すまなかったな」

 

「いえ、女子は話が長いと義姉さんが言っていましたし、生徒の悩みを聞くのも会長の仕事ですから、見回りは俺一人がやっておいただけです」

 

「す、すまない……」

 

 

 何だかフォローされたのがいたたまれなくなり、もう一度謝ってからタカトシにもパリィの事を相談することに。

 

「なる程、ホームシックですか」

 

「こればっかりは私たちにも気持ちは分からないからな……どうすれば解決すると思う?」

 

「故郷を思わせる行事でもあればいいのでしょうが」

 

「故郷か……」

 

 

 タカトシに言われて、私は何かおあつらえ向きな行事が無いか思考を巡らせ、時期的にちょうどな行事を見つけた。

 

「ハロウィンはどうだ?」

 

「ハロウィンですか?」

 

「あぁ。ハロウィンはアメリカが本場だからな」

 

「発祥はアイルランドですけど、盛んなのは確かにアメリカですね」

 

「故郷の行事を楽しめばパリィも――」

 

 

 そこまで言って、私はもう一つの可能性に気付いてしまう。

 

「ますますホームシックになったらどうしよう」

 

「そこは前向きに考えましょう」

 

 

 こうして急遽開催されることになったハロウィンパーティーを成功させる為に、タカトシや萩村が関係各所に交渉して放課後に開かれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリィには内緒だが、放課後ハロウィンパーティーを行う。その為にまずはお菓子作りだ。

 

「料理部が協力してくれることになりました」

 

「なる程。かぼちゃを使ったお菓子を作るんだな」

 

「お化けの方はタカトシたちが準備してくれるそうです」

 

「……タカトシがこっちにいた方が戦力になったんじゃないか?」

 

「何で私を見ながら言うんですか~?」

 

 

 会長の視線の先にはコトミが……確かにコトミがこちらにいてもあまり戦力にはならない――というか、むしろいない方が作業がはかどりそうな気もする。

 

「まぁ、このままお菓子作りをしっかりして、そのままハロウィンパーティーに移行するという寸法だ」

 

「サプライズパーティーだね」

 

 

 七条先輩が意気込んだところで、パリィがその言葉に反応してしまった。

 

「サプライズパーティー?」

 

「あっ、いや……」

 

 

 さすがに誤魔化せないかな、と思っていたが――

 

「サプライズパンティーって言ったの!」

 

「何言って――えぇぇぇぇ!?」

 

「アリア、随分と積極的」

 

「くっ、カメラがあれば……」

 

「タカトシがいないからって暴走すんなー!」

 

 

 パリィの興味を逸らすことには成功したみたいだけど、この空気どうするんだ……

 

「と、とりあえず料理部の指示に従おう」

 

「そうだね~」

 

「先が思いやられる……」

 

「スズ先輩、頑張ってくださいね」

 

 

 ホント、何でタカトシじゃなくてコトミがここにいるのかしら……




スズの負担が……


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お菓子作り教室

タカトシがいないことでスズの負担増


 パリィにサプライズを仕掛ける為に、まずはハロウィンのお菓子を作るべく料理部主催のお菓子作りに参加しているのだが、ボケばかりで私の負担が半端無さそう……

 

「スズちゃんも参加してたんだね~」

 

「ムツミ」

 

「私もいるよ」

 

「ネネ」

 

 

 ムツミはそれ程ボケることもないから良いが、ネネは確信ボケをしてくるから油断ならない……

 

「ところでムツミのエプロン、可愛いね」

 

「かぼちゃコーデです」

 

 

 急遽開かれたお菓子作り講座なのに、随分と用意周到と言うか何と言うか……まぁ、持っていても不思議ではないからツッコまないけど。

 

「私もかぼちゃコーデ意識してるんだけど、わかる?」

 

「うん、かぼちゃパンツはみ出てる」

 

 

 相変わらずのボケ具合に早くも疲れてきたけども、ここにタカトシを呼ぶわけにはいかない……

 

「(ただでさえ料理部の特別部員として入部して欲しいという話があるというのに、この場にタカトシがいたらなし崩しに料理部に引き抜かれてしまいそうだし……)」

 

 

 タカトシ自身は部活をやる時間が無いと断っているのだが、名前だけでもと交渉しているらしいのだ。その方が新入部員獲得に有利だとか何とか……

 

「スズ先輩、これってどうやるんですか?」

 

「コトミはとりあえず後片付けだけしてくれればいいから、今は大人しくしててくれる?」

 

「それってちょっと失礼じゃないですか? 私だってやればできるんですから」

 

「だったらタカトシに頼んで、今日の晩御飯の用意はコトミちゃんがする?」

 

「大人しくしてまーす!」

 

 

 分が悪いと理解したのか、コトミちゃんは大人しく引っ込んでいった。

 

「よーし! パウダーかけるぞー!」

 

「意気込むのは良いけど、落ちついてね」

 

「分かってるー」

 

 

 パリィが意気揚々とパウダーを振るうと、案の定勢い良く舞い上がった。

 

「パリィ、顔に粉付いてるよ」

 

「アリャー」

 

 

 少し恥ずかしそうにしながらも、何処か楽しそうなパリィ。さっきまでの寂しそうな表情は見る影もない。

 

「(これだけでも十分だったかもね)」

 

 

 みんなでワイワイ作業するのも楽しいので、そのことで寂しさを埋めることは十分できる。だからサプライズが失敗したとしても、これはこれで良い思い出になりそうだ。

 

「って、七条先輩も太ももに白い粉が付いてますよ」

 

「あっ。さっき皆にパンツ見せつけて興奮した際に分泌されたラブジュースが乾いた跡だねー」

 

「だねー、じゃないっ!」

 

 

 タカトシがいないから絶好調な七条先輩にお説教をしながら、私はここにタカトシがいないことを恨んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズ先輩に何もしなくて良いと言われたが、これだけ良い匂いが漂っていると何か手伝った方が良いかもと思ってしまう。例えば、味見とか……

 

「(良い匂い……)」

 

 

 ふらふらと出来上がっているお菓子に近づきさらに匂いを嗅ぐ。

 

「(いやいや、つまみ食いは駄目だ!)」

 

 

 ただでさえあまり戦力になっていないというのに、つまみ食いをして完成品の数を減らすのは避けたいだろう。

 

「(こうなったら息を止めて我慢! 匂い嗅いじゃダメ!)」

 

 

 私が必死になって葛藤しているのに気付いたシノ会長が、笑顔で近づいてくる。

 

「コトミ、そんなに口を膨らませてー。つまみ食いは駄目だぞ」

 

「違いますよ! つまみ食いしないように息を止めてるんです」

 

「何故息止めを?」

 

「良い匂いを嗅いでお菓子を食べたくならないように……」

 

「もう少し、我慢を覚えろ?」

 

「努力してるんですけどね……」

 

 

 こればっかりは一朝一夕で身に付けられるスキルではないので、私は終始良い匂いと戦いながら、しっかりと任された後片付けをこなしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノたちが誘ってくれたお菓子作りに参加したけども、物凄く楽しかった。

 

「上手にできたな」

 

「誘ってくれてありがとー。でも、こういうのならタカトシも参加すると思ってたけど」

 

「確かにタカトシ君は料理とかお菓子作りとか上手だけど、あそこに参加したら全部タカトシ君任せになっちゃいそうだったから、今回は誘わなかったんだよ」

 

「なる程~」

 

 

 タカトシの料理の腕は私も知っている。ちょっとしたお店になら勝てそうなくらいの実力の持ち主だし、アリアが言ったことも一理ある。

 

「でも、タカトシがいた方がシノたちは嬉しかったんじゃないの~?」

 

「そ、そんなこと無いぞ」

 

 

 シノやアリア、スズがタカトシに想いを寄せていることは私だって気付いている。というか、これだけ分かり易いのに、気付かない人がいないはずもない。

 

「あっ、タカトシの声」

 

 

 偶々前を通った教室の中からタカトシの声が聞こえてきたので、私はお菓子をタカトシに上げようと扉を開く。

 

「オーイ、お菓子作ったよ~」

 

「あ」

 

 

 私の背後でシノが声を上げたが、私は気にせず教室の中に入り――

 

「着替えバッタリイベントにそーぐーしちゃったー!」

 

「リアクションポイントそこか」

 

 

――男子たちが更衣室として使っていたことに気付き、慌てて目を手で覆う。

 

「会長たちも、何時までも見てないで出ていってください」

 

「す、すまない……」

 

 

 どうやらタカトシの腹筋に見惚れていたシノたちだったが、タカトシに一喝されて私を引き摺りながら教室から出ていった。




引き締まったタカトシの身体に釘付け……


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衣装提供先

何でもすぐ準備出来る家など……


 ホームシック気味なパリィの為にハロウィンパーティーを開催することになったのだが、この学校は意外とノリがいい人が多いので、急遽決まった割にはかなりの盛り上がりを見せている。

 

「パリィ、楽しんでる?」

 

「うん。シノたちが準備してくれたお陰で、かなり楽しいよ」

 

 

 先ほどからコスプレしている生徒たちとすれ違っては、パリィは妖怪の名前を言っている。日本の妖怪だったりするのだが、意外と詳しいのよね……

 

「あれは一つ目小僧だ」

 

「詳しいわね」

 

「日本に来るにあたって、いろいろと調べてきたからね~。何時本物と出会っても良い様に」

 

「そ、そんな機会は無いと思うわよ」

 

 

 そもそも妖怪なんているわけ無いんだから、期待するだけ無駄だと思うのよね……

 

「スズ、何だか震えてない?」

 

「震えて無い!」

 

 

 決して怖がってるわけではない。ただちょっと寒くなってきたなと思っただけで、ちょっと身震いしたかもしれないが、妖怪の話が怖いからとかではない。

 

「おっ、あれはカメラ小僧」

 

「私も一眼ですぞ」

 

「………」

 

 

 広報も兼ねて許可はしているのだが、あの人がコスプレしている人を撮影していると、違う目的があるのではないかと思ってしまう……もちろん、裏で販売などしようとすればタカトシにバレて大目玉を喰らうことになるだろうから、さすがの畑さんも自重すると思うが。

 

「それにしても、さすがは生徒会ですな。この規模のイベントをすぐに開催できるのですから」

 

「今回は有志を募った結果ですので、必ずしも生徒会の力というわけではありませんよ。それに、生徒会長が率先して楽しんでいますし」

 

 

 視線の先ではサキュバスのコスプレをした会長が、ノリノリで廊下を歩いている。その隣にはジャックオーランタンに扮したタカトシが少し疲れ気味に付き添っている。

 

「ところで、どうしていきなりハロウィンパーティー? 前以て準備してる感じじゃなかったけど」

 

「パリィちゃん、最近元気が無かったから、皆心配してたんだよ~」

 

「七条先輩」

 

 

 所用で別行動していた七条先輩が加わり、パリィの質問に答える。この人も本当ならコスプレしようとしていたが、出島さんが用意してくれた衣装があまりにも過激だった為、会長と二人掛かりで断念してもらったのだ。

 

「(まったく……学校のイベントだと言っておいたのに)」

 

 

 おそらく出島さんの趣味だったのだろうが、あんなにも肌を露出するようなコスプレは、風紀的に引っ掛かる……決して胸が強調されて私たちが惨めな思いをするとか、そう言った理由で断念してもらったわけではない。

 

「カエデ的には問題ないの?」

 

「あまり行き過ぎた行動でなければ、今回は問題ありません」

 

「そっか……じゃあこのイベントは――」

 

「そうっ! パリィに元気を与えたくてな!!」

 

「相手の元気を奪うコスプレだけどねー」

 

「天草さん。ノリノリなのは良いですが、あまり羽目を外し過ぎないでくださいね」

 

「分かっているさ! まぁ、以前の五十嵐のように、男子生徒の一部分を元気にするようなコスプレではないがな」

 

「いつの話をしてるんですか!」

 

 

 以前行ったハロウィンパーティーの際、五十嵐さんのコスプレは男子生徒の大多数を興奮させた。本人は無自覚でコーラス部で用意した衣装だからという感じだったのだが、見ようによってはなかなか刺激的な恰好だったのだ。

 

「その恰好、見てみたかったなー」

 

「し、しませんからね」

 

「以前の写真データが新聞部のPCにありますので、後でお見せしますぞ?」

 

「やったー!」

 

 

 畑さんの申し出にパリィが大喜びになったのは良いが、五十嵐さんが何処か恥ずかしそうになった。コスプレしている最中は兎も角、後で見られるのは恥ずかしいのかしら。

 

「それにしても、こうやってみんなに楽しめるっていいね」

 

「何言ってるんだ! ハロウィンパーティーはまだまだこれからだぞ!」

 

 

 既に満足気味なパリィとは違い、天草会長はまだまだ楽しむ様子。さっきから黙っているタカトシが、被り物の中で苦笑いを浮かべているのが目に浮かぶわね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんに用意してもらった衣装を着ながら、私は校内を練り歩いていた。本当は会長の衣装を着ようと思ったのだが、胸の部分が少しきつかったので変えてもらったのだ。

 

「コトミのそれは、猫又?」

 

「ケモミミっ娘です! 可愛いですか?」

 

「それって七条先輩に用意されていたのと似てるわね」

 

「そうだね~。でも私の衣装には、胸の部分にスリットが入ってたから」

 

「絶対わざとですよね、あれ……」

 

「おそらくどこかから写真を撮ろうとしていたんだと思いますよ~。あの人は畑先輩以上の隠密力がありますからね~」

 

 

 それでもタカ兄からは逃げられない様で、以前出島さんが潜んでいるのをタカ兄が見つけたことがある。本当に、我が兄ながら凄い能力の持ち主だよな~。

 

「というわけでスズ先輩、お菓子ください」

 

「そこはちゃんとセリフを言いなさいよ」

 

「えー、だってお菓子貰ってもイタズラしたいですし」

 

「アンタは最低限のルールを守れよな!」

 

「痛っ!? でも気持ちいい……」

 

 

 スズ先輩に脛を蹴られ、私は悶絶しながらも快感を覚えていたのだった。




コトミは仕方ないなぁ……


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祭りの終わり

ちょっと寂しくなるんでしょうか


 生徒会の業務の一環ということにされてしまったので、俺はさっきからジャックオーランタンの格好ですれ違う人に声を掛けていた。

 

「トリックオアトリート!!」

 

「はい、どうぞ」

 

 

 一応全校生徒並びに教師陣には話を通してあるので、大抵の人はお菓子を持ち歩いている。だからトリックの方を選ぶ人などいないと思っていたのだが――

 

「トリックオアトリート!!」

 

「ん? ……お菓子持ってないな。仕方ない、イタズラして良いぞ」

 

「ポケットからお菓子が見えていますけど?」

 

「こ、これはお菓子ではなく、私の非常食だ!」

 

「お菓子ですよね?」

 

「……はい」

 

 

 あわよくば邪なことをしようとしていたのだろう。横島先生を追及するのは簡単だが、この格好で説教しても怖くないだろう。だから素直にお菓子を差し出させることでこの場は不問とした。

 

「津田君は相変わらずだね」

 

「その恰好でも、タカトシ君だってすぐわかるよね~」

 

「轟さんに三葉……楽しそうだな」

 

「うん! 楽しんでるよ」

 

 

 三葉は何事にも全力で取り組む性格なので、突発的なイベントも全力で楽しんでいる様子。

 

「その調子で勉強の方も全力で取り組んでくれると、テスト前に俺が楽できるんだがな」

 

「それは……」

 

「轟さんもだけど」

 

「いやー……」

 

 

 さすがに付きっ切りで勉強を教えるということはしていないが、赤点すれすれのクラスメイトにはテスト対策テキストを作って勉強させている。解説や採点などをしなければいけないので、一人でも減ればだいぶ楽になるのだが……

 

「回数を追うごとに増えてる気がするのは気のせいだろうか……」

 

「津田君のお陰で赤点回避できたって話したら……ね」

 

「さすが、教師より教師らしいって言われてるだけはあるよね!」

 

「だから、嬉しくないって……」

 

 

 そもそも授業で理解できていればいいだけの話なのに、授業中に別のことをして人に泣きつくのは違うんじゃないだろうか、と最近思っている。もちろん、見捨てれば後で文句を言われそうなので、当分はテスト対策テキストは作るつもりだが。

 

「あっ、せっかくだし写真撮ろうよ!」

 

「いいね~! スズちゃんやパリィも一緒に!」

 

「仕方ないわね」

 

 

 口では渋々という感じを醸し出しているスズだが、表情はかなり乗り気だ。

 

「撮るのは構わないが、全員を入れるのはキツイと思うんだが」

 

「こういう時、自撮り棒があればいいのに」

 

「さすがに自撮り棒は無いけど――」

 

 

 轟さんがスカートに手を伸ばし始めたので、俺はスズに対処を任せて少し距離を取った。

 

「じっとり棒ならあるよ」

 

「しまえっ! いや、そこにしまうな!!」

 

「私がお撮りしましょうか?」

 

「お願いします」

 

 

 ちょうど手が空いたのか、畑さんに写真を任せることで自撮り棒問題は解決した。

 

「せっかくですから、ツーショットもしましょうか? なかなか広報に使えそうな写真が撮れなくて」

 

「そっちが本音か……」

 

 

 真面目に働いてくれているので文句は言わないが、彼女の本音は別の所にある。もちろん、実行しようとする前に潰すので、写真を撮る分には構わないのだが。

 

「うーん、構図が悪いな……津田副会長、萩村さんを抱っこしてください」

 

「えっ!」

 

「俺がしゃがむんじゃダメなんですか?」

 

「椅子持ってきたよ~」

 

「では、津田副会長は座ってください」

 

 

 捏造しようとしてる匂いがしたので、俺は三葉が持ってくれた椅子に座り、スズとのツーショットを撮ってもらう。何だかスズから不機嫌オーラが流れてくるが、とりあえず気付かないフリをしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会のみんなのお陰で、ハロウィンパーティーを十分に楽しむことができた。でも、タカトシはずっとかぼちゃの頭を付けていたから、どの写真にもタカトシの顔は写っていない……

 

「せっかくだから、タカトシも頭を取った状態で写真を撮ろうよ」

 

「別に良いだろ、俺が写ってなくても」

 

「でも思い出だし」

 

 

 私がお願いすると、タカトシは渋々頭を取ってくれた。ちょうどランコがいたので、集合写真っぽく撮ってもらうことに。

 

「では行きますぞー」

 

「お願いしまーす」

 

 

 ランコに撮ってもらった写真をプリントアウトしてもらい、私は満足げな表情で生徒会室に向かう。

 

「今日は私の為にありがとう! お陰で思い出が増えたよ」

 

「楽しかったな」

 

「急遽お願いしたけど、皆楽しそうだったよね~」

 

「出島さんには後日お話を伺いたいですけどね」

 

「まぁまぁスズちゃん。出島さんだって悪気があったわけじゃないんだし」

 

「あの衣装は悪気百パーセントだったと思うがな」

 

 

 確かにアリアに用意した衣装は悪意を感じたが、それでも楽しめたのは事実だし私は許してあげても良いと思う。

 

「またやろうな! 今度はしっかりと準備をして」

 

「そうだね~。今度は私も準備を――」

 

 

 そこまで言って、私は肝心なことを思い出した。

 

「――私、ずっと日本にいるわけじゃ無かった」

 

「またセンチメンタルな空気が……」

 

「と、ところでタカトシは何処に行ったんだ?」

 

 

 シノが強引に話を切り替えようとしたタイミングで、タカトシが生徒会室に入ってきた――美味しそうな匂いをさせて。

 

「園芸部からかぼちゃを貰ったので、かぼちゃのパイを作ってみました」

 

「相変わらずクオリティが高い……」

 

「美味しそー!」

 

 

 ちょっとセンチメンタルになったけども、タカトシのお陰でそんな気分は吹き飛んだ。またできると良いな~。




手際の良さが半端ない


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シノ来訪

原作では編み物ですが


 コトミの小テストの結果が揮わなかったので、生徒会を代表して私が津田家でコトミの勉強を見ることになったのだが――

 

「いらっしゃい、シノっち」

 

「何故お前がいるんだ」

 

 

――玄関で私を出迎えたのはカナだった。

 

「お義姉ちゃん、ただいまー」

 

「お帰り、コトちゃん」

 

「タカ兄は?」

 

「タカ君なら調味料とか重たい物を買いに行ったよ。本当なら私が買いに行くつもりだったんだけど」

 

「そうだったんですね~」

 

「それで、シノっちは何しに来たの?」

 

「まずお前の家じゃないだろ、ここは……」

 

 

 あたかも自宅のような雰囲気を醸し出しているカナに、一応のツッコミを入れてから、私は今日ここに来た目的を告げる。

 

「コトミの小テストの結果が酷かったみたいでな。タカトシが教えると言っていたのだが、今日は生徒会作業も無かったので、私が代わりを申し出たのだ」

 

「生徒会メンバー全員で来ようとしてませんでした?」

 

「別に全員で相手をしても良かったんだが、大勢で押しかけても迷惑だろうから、こうして私が代表でやってきたんだ」

 

 

 アリアや萩村とのじゃんけんの結果、私が代表になったのだ。決して会長権限で私が押しかけて来たわけではないぞ。

 

「コトちゃん、あれだけ私とタカ君とで勉強を教えてるのに、どうして突発的な小テストでは結果が出ないの?」

 

「緊張感の違いですかね……定期試験で良くない結果だった場合、問答無用で家から追い出される可能性がありますので、かなりの緊張感をもって試験に挑めますが、小テストとかはそこまで緊張感を持てなくて……いや、悪い点を採っていいとは思っていないのですが、いかんせん地力がないもので……」

 

 

 タカトシやカナが相当鍛えているので、地力もそれなりに上がっているとは思うのだが、やはりコトミはコトミということか……

 

「そう言うことですので、シノ会長」

 

「ん?」

 

「今日の小テストの復習に付き合ってくださり、ありがとうございます」

 

「お礼は終わってからでいい。というか、何時までも玄関で喋ってたら勉強の時間が無くなるぞ」

 

「そうでした……」

 

 

 カナが私を部屋に案内し、コトミは部屋着に着替える為に一度自室へ。私はコトミの部屋でも問題ないのだが、あの部屋には漫画やポータブルゲームなど、コトミを誘惑するものが多くあるので、客間で勉強することにしたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトちゃんとシノっちが客間で勉強を初めてしばらくたった頃、タカ君がスーパーから帰ってきた。

 

「お帰り、タカ君」

 

「ただいま戻りました。シノさんが来てくれたようですね」

 

「タカ君は知ってたんじゃないの?」

 

 

 まるでシノっちが来るのを知らなかったような反応に、私は首を傾げる。

 

「生徒会の誰かが来てくれると言うのは知っていましたが、誰が来るのかまでは知りませんでした。シノさん以外にも、アリアさんやスズも来たがっていたので」

 

「なる程」

 

「別にそこまでコトミの事を心配する必要は無いと思うんですけど」

 

「タカ君、わかってないフリは良いから」

 

「はぁ」

 

 

 三人の目的がコトちゃんの成績ではなく、タカ君の生活空間にやって来ることだということは、私が言うまでも無くタカ君も分かっているだろう。だが不純な動機だろうが何だろうが、コトちゃんに勉強を教えてくれると言うのだから、タカ君も深くはツッコまなかったのだろうな。

 

「それにしても、コトちゃんはどうして毎回毎回小テストで失敗するのかしら」

 

「定期試験のように前日に俺たちで詰め込んでいるわけじゃないので、どうしても結果が出ないのではないかと。もちろん、一度教えているはずなのですから、知識として身に付いていないということなのでしょうけども」

 

「コトちゃんの場合、一度くらいじゃ覚えられないもんね」

 

「余計なことはすぐ覚えるんですけどね」

 

 

 兄を通り越して親のような反応をしているタカ君を見て、タカ君には悪いけども私は笑ってしまった。

 

「何かおかしなこと、言いました?」

 

「ううん、タカ君も保護者が板についてるなって思ったら」

 

「はぁ……御覧の通り、両親不在ですから」

 

「お義母さんたちは帰ってこないの?」

 

「いろいろと忙しいみたいですからね。年末年始くらいは帰ってきたいとこの前電話で言っていましたが、恐らく無理でしょう」

 

「それじゃあ、また私たちと一緒に年越しパーティーでもしようか」

 

「別に構いませんよ。コトミが補習にでもなってない限りは、ですけど」

 

「さすがにコトちゃんだって定期試験の時くらいは大丈夫だって」

 

 

 何の根拠も無いけども、コトちゃんのバランス感覚は相当なものだと思う。赤点すれすれだった時からだが、今では平均すれすれまで成績を伸ばしているのだから、万が一にも赤点補習ということは無いだろう。

 

「そういえば、英稜の生徒会一年生は大丈夫なんですか?」

 

「青葉っちは兎も角、ユウちゃんはちょっと心配かな……でもまぁ、ムツミちゃんみたいに部活補正があるだろうし、補習にはならないと思うよ」

 

「それに頼りっきりなのは問題だと思いますが」

 

「そうだね……」

 

 

 ユウちゃんにはテスト前に勉強を教えた方がよさそうだと、私は後でサクラっちと相談しようと心に決めたのだった。




ここのタカトシは自分で編めるでしょうし


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乙女の心配事

食べちゃうんですよね……


 シノ会長に勉強を教わりながら、私はできなかった小テストを思い出して反省することに……覚えていなかったのだが、問題の殆どは依然タカ兄やお義姉ちゃんに習ったものばかりだったのだ。

 

「(どうして私はこんなにも勉強ができないんだろう……)」

 

 

 先に生まれたタカ兄に殆どの才能を持っていかれたということなのだろうが、それにしてもできなさ過ぎる。自分一人で挑んでいたら、恐らく高校生活におけるテストで、ほぼ百パーセント赤点だっただろう。

 

「コトミ、集中が途切れてるぞ」

 

「すみません、ちょっと考え事をしていまして……」

 

「考え事?」

 

「えぇ……もし私一人で試験に挑んでいたら、そもそも桜才に合格できなかっただろうな、とか」

 

「試験の結果が揮わなかったことを反省するのは良いが、それは後でもできるだろ。今はしっかりと復習して、もう一回同じ問題をやることだけに集中してくれ」

 

「分かってはいるんですけど……」

 

 

 落ち着いて勉強しようと思えば思う程、余計なことを考えてしまう。本当ならタカ兄に彼女がいても不思議ではない状況なのに、彼女がいないのは間違いなく私が原因の一端だろう。私が、タカ兄の時間を奪っているからだろう。

 

「(でも、考えようによっては私がダメだからという理由で家に入り浸ってるわけだし、必ずしも私がタカ兄に恋慕している人たちの邪魔をしているわけではないのか)」

 

 

 それはそれで問題だとは思うが、私をダシにタカ兄の料理を食べたり、ウチに泊ったりしてるのだから、邪魔だけではないはずだ。

 

「コトミ、さっきから文字が曲がっているぞ。集中しなさい」

 

「ゴメンなさい」

 

 

 シノ会長に注意され、私はもう一度気合いを入れ直す。タカ兄の恋愛事情云々は後で考えることにして、今は再テストで合格点を採れるように勉強しなければ。まぁ、再テストといっても、ここでやるだけなんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局コトミが合格点を採るまでに三回かかり、シノさんには夕飯を食べていってもらうことになった。

 

「すみません、会長……まさかこんな時間が掛かるとは思ってませんでした」

 

「コトミの意識が色んなことに向けられていたからだろうな。まぁ、遊びたいとかでは無かったので注意しなかった私も悪かった」

 

「コトミ、ちゃんとシノさんに感謝するんだぞ」

 

「分かってるよ。シノ会長、本当にありがとうございました」

 

 

 義姉さんと一緒に作った料理を食卓に運び、俺たちは四人で夕飯を摂ることに。

 

「そういえばタカ君、この前桜才学園でハロウィンパーティーがあったそうですね」

 

「留学生のパリィを元気づけようと企画したんです」

 

「そこでタカ君がお菓子作りをしたと噂になっているのですが、それは本当ですか?」

 

「園芸部からかぼちゃをもらったので、それでパイを作りましたが……何故噂に?」

 

 

 別に全員に振る舞ったわけではないので、あの場にいた人しか知らないはずなんだが……というか、噂になるようなことでもない気もするんだがな。

 

「タカ君のお菓子は美味しいですから、誰かが生徒会室でタカ君のお菓子が振る舞われていることをしって、嫉妬したのかもしれませんね」

 

「確かにあのパイは美味しかったからな」

 

「シノっちが羨ましいです」

 

「食べたいのなら、ウチで作りますが」

 

 

 あれくらいならそれ程手間もかからないので、義姉さんが食べたいのなら作るんだが……

 

「本当ですか! あっでも、タカ君のお菓子は美味しいので、食べ過ぎてしまう傾向が……」

 

「まさかカナ……」

 

「ち、違いますよ? でも、秋から冬になるわけですし、気を付けておかないと食べ過ぎてしまいますから」

 

「分かる! 分かるぞ、その気持ち! この時期は食べ物がおいしくてついつい食べ過ぎてしまうんだよな」

 

「私も気を付けてるんですけど、毎年ちょっと太っちゃうんですよね~。タカ兄が羨ましいですよ~」

 

 

 三人に視線を向けられ、俺はそんなこと言われてもという気持ちになる。

 

「タカ兄って、体重を気にしたりしてないよね」

 

「適度に運動してるからな。それに食べ過ぎなければいいだけの話だ」

 

「その自制心がないから、私たちは困ってるんだよ」

 

「それは俺の所為じゃないだろ。自制心を鍛えればいいだけの話だ」

 

 

 俺がバッサリ切り捨てると、コトミだけでなく義姉さんとシノさんもガックリと肩を落とす。

 

「自制心を鍛えようにも、美味しそうな食べ物を見たら食べたくなるでしょう?」

 

「なら食べた分運動すればいいだけじゃないか?」

 

「それができたら苦労しないって」

 

「タカ君は乙女心が理解できていないようですね」

 

「タカトシの数少ない欠点だな」

 

「酷い言われようだ……」

 

 

 さっきから体重の話をしているのに、三人の箸は止まることなく料理に伸ばされている。作った手前食べてくれるのはありがたいのだが、気を付けるという話は何処に行ったのやら……

 

「ご馳走様でした」

 

「タカ君、もう良いの?」

 

「もういいって、結構食べた方ですけど」

 

 

 俺のこの発言で、三人の手が止まる。無意識で食べていたようで、自分が食べた量を思い出して頭を抱えているのだが、この年頃なら多少食べ過ぎても問題ないと思うんだがな……まぁ、それを言うとまた何か言われそうなので言わないが。




最近は自制できるようになりましたが、若いうちは……


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見学のムツミ

柔道部メインで


 今日は休日だけど柔道部の活動があるので、私は朝から学校へ行くために早起きをしようとして――

 

「遅刻だー!」

 

 

――盛大に寝坊した。

 

「何してるんだ、お前は……」

 

「タカ兄、何で起こしてくれなかったの!?」

 

「自分で起きる努力をしろって言っただろ。前にも言ったが、高校生にもなって自力で起きられないなんて情けない」

 

「小言は良いから、水筒ちょうだい!」

 

 

 タカ兄から水筒を受け取って猛ダッシュで学校へ向かう。普段なら電車を使って行くのだが、電車では間に合わない時間なので走っていく事にしたのだ。

 

「まったく、タカ兄が起こしてくれなかったから大変な目に遭ってるというのに、タカ兄は冷たいんだから」

 

 

 両親不在なんだし、たった二人の兄妹なんだから、もう少し優しくしてくれてもいいのに……

 

「まぁ、甘えまくってるせいでもあるのかもしれないけど」

 

 

 私だってタカ兄に甘えている自覚はある。だがタカ兄がいなかったら桜才に合格できなかっただろう私が、今更タカ兄に頼らずに生活できるわけがない。家事も勉強もタカ兄がいなかったら何も出来ないのだから……

 

「ま、間に合った!」

 

「おっ、コトミだ。先に来て道場の掃除をするとか言ってたが終わったのか?」

 

「な、中里先輩……今から急いで掃除します」

 

「まぁまだ開始時間まではあるから、少し休んでからでも良いんじゃないか?」

 

「いえ、そんな悠長なことをしてる余裕がない程汚れてるので……」

 

「こまめに掃除してるんじゃなかったのか?」

 

「それは……」

 

 

 私一人ではどうしても手を抜いてしまうので、先輩たちが来るというシチュエーションじゃないとこまごまな所は掃除していない。これがタカ兄なら常日頃から綺麗にしているのだろうと思うと、どうして私にはタカ兄のような才能がないのかと愚痴りたくなる。

 

「まぁ、使える範囲が綺麗なら、後は私たちが練習中にでも掃除すればいいだろ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 とりあえず中里先輩からのお咎めは無かったので、私はとりあえず掃除を始める為に道場に向かう。

 

「まずは拭き掃除をしてから乾拭きして……それから換気をしてっと」

 

 

 手順なんて分からないから、とりあえずで掃除しているが、これで本当に良いのだろうかという不安がよぎる。

 

「今度、タカ兄に掃除の手順でも習おうかな……」

 

 

 その前に勉強しろとか言われそうだから、素直に聞きにくいんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドタバタとしていたコトミだったが、何とかムツミが到着する前に練習範囲の掃除は終わらせたようだ。

 

「やっほ」

 

 

 隅っこでコトミがバテている中、少し遅れてムツミがやってきた。

 

「そのジュース、どうしたんだ?」

 

「登校中に献血をやっていたからしてきたんだ。そうしたらサービスしてもらった」

 

「偉いねー」

 

 

 特に考えることなく人助けできるのが、ムツミの良いところだろう。だがこいつは何の為に学校に来たと思ってるんだろうか。

 

「献血の後って運動しちゃダメじゃね?」

 

「あっ!?」

 

「やっぱり考えてなかったのか……」

 

 

 これくらいの知識なら私だって持っているんだ。ムツミだって当然知っていただろう。だがやはり考えなしだったようで、ムツミはその場にガックリと膝を突く。

 

「とりあえず荷物置いてくる……」

 

 

 何とか立ち上がり更衣室に移動するムツミ。何だか可哀想だが、こればっかりは仕方が無いだろう。

 

「あーあ、今日は見学かー」

 

「そう言いながら、何で道着着てるんだよ?」

 

「気分だよー」

 

 

 見学だけなら制服のままでいいはずなのに、ムツミはしっかりと道着に着替えている。

 

「んなこと言って、ちゃっかり練習に参加する気じゃないの?」

 

「大丈夫ですよ」

 

 

 さっきまで隅っこでバテていたコトミが、何故か自信満々に声を掛けてくる。

 

「何か秘策でもあるのか?」

 

「主将にはアンダーシャツ着せていませんから」

 

「スースーする」

 

「(結構スパルタだな……この辺はさすが津田君の妹という感じなのか?)」

 

 

 彼もかなりのスパルタだから、その妹のコトミが多少スパルタでもおかしくはないのだろうが、アンダー無しの道着は少し動いたら中が見えてしまうのではないだろうか……

 

「というかコトミ、残りの掃除はどうしたんだ?」

 

「こ、これからしようと思ってたところです」

 

「何だったら手伝うよ? ただ座ってるのも暇だしね~」

 

「それはありがたいですけど、主将がはだけたタイミングで男子生徒が道場にやってこないとも限りませんので、主将は大人しくしててください」

 

「男子生徒って、今日は休日だしいないんじゃないの?」

 

「いえ、タカ兄が後から生徒会作業の為に登校してくるでしょうから、タカ兄に見られたいのでしたら主将にも手伝ってもらいましょうか」

 

「えっと……止めておこうかな」

 

「というかコトミ、掃除はマネージャーの仕事なんだからしっかりやれよな」

 

「分かってますよ……というわけで、主将の監視をお願いします」

 

「任せろ」

 

 

 ムツミのことだからアンダーシャツ無しでも動き回れそうだしな……コトミの言う通り、監視は必要だろう。




鬼畜なのは兄譲り


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ムツミの喰いっぷり

痛そう……


 登校途中で献血をしてきたせいで、今日の部活に参加できなくなってしまった。まぁ、私の血で誰かが助かるのなら、一日運動できないくらいどうってこと無い。

 

「寒くなると裸足はキツイね~」

 

「このくらいの寒さなら平気」

 

 

 一年生たちが道場に入って来るのを眺めていると、トッキーが何時ものようにドジを踏んだ。扉の角に足の小指を強打したのだ。

 

「~~~」

 

「冷えた足にその一撃はキツイよね」

 

「トッキーも私と一緒に見学する?」

 

「見学? というか、主将はどうして見学を?」

 

 

 一年生たちに私が見学している理由を説明すると「主将らしいね」と言われたけど、何で私らしいのだろう?

 

「というわけで、コトミちゃんが掃除している間は私がマネージャー業をするから、必要な時は声を掛けてね」

 

「あんまり動き回るなよ?」

 

 

 チリに釘を刺されたが、何もせずに座っているのも退屈なので、できる限りマネージャー業を頑張ろう。

 

「トッキー、組手の相手して」

 

「あぁ、構わない」

 

 

 みんなが練習してるのに、私だけジッとしてるのはな……こんな思いをするなら献血は帰りにすれば良かったかも……まだやってるのかは分からないけど。

 

「あっ、ゴメン」

 

「平気……少し血が出たくらい」

 

「大丈夫!?」

 

「っ!?」

 

 

 トッキーが受け身を失敗して擦りむいたので、私は救急箱を持ってトッキーに駆け寄ろうとして――

 

「運動するなって言っただろ」

 

 

――駆け出す前にチリに捕まった。

 

「ゴメン、ちょっとトイレ」

 

 

 チリにお説教されている横で一人がトイレへ向かう。この寒さだからトイレに行きたくなっても仕方ないよね。

 

『血が出た』

 

「大丈夫!?」

 

「場所で察しろ」

 

 

 少し過敏になっているのか、チリに冷静なツッコミをされて気付く。こればっかりは女の子にしか分からないけど、私が気にすることじゃなかったのだ……

 

「もう大人しく座ってろ」

 

「そうするよ……」

 

 

 椅子を持ってきて素直に見学する事にしたんだけど、どうしても運動したくて身体がうずうずしてくる。

 

「(でも運動したらまたチリに怒られるし……かといってこのまま大人しくしてるといつ爆発するか分からないし……)」

 

 

 私は根っからの運動好きなので、みんなが練習しているのを見ているだけでは、何時運動したくて我慢出来なくなるか分からない。

 

「(座ったままでもできる運動は……)」

 

 

 あまり激しい運動じゃなければ大丈夫だろうと考えて、私はバレない程度に腰を浮かす。

 

「?」

 

 

 チリが一瞬こっちを見たような気がするけど、この程度ならバレないよね……

 

「おーい! こいつ空気椅子してるぞー!!」

 

「っ!?」

 

 

 何故バレたのか分からないけど、チリが大声を出した所為で部員以外にも聞こえてしまったようだ。

 

「いったい何を騒いでいるのだ? いくら休日とはいえ少しは声のボリュームをだな」

 

「あっ、生徒会の皆さん」

 

 

 さっきコトミちゃんが言っていたように、生徒会メンバーが現れた。生徒会作業を終えたくらい時間が経っている考えると、結構大人しくしていたんだな。

 

「かくかくしかじかで、ちょっと目を離すと運動をしちゃうんですよ」

 

「それは大変だな」

 

「分かった。俺が三葉の事を監視してるから、みんなは部活しててくれ」

 

 

 た、タカトシ君が私のことをずっと見てるってことだよね……それってつまり、私以外の女の子を見ないってことで……

 

「………」

 

「固まって大人しくなった」

 

「タカトシ、私が監視してるからアンタは見回りの続きを」

 

「献血の後ならレバーを食べるといいよ。レバーは鉄分が豊富だからね」

 

「食べ物の話を聞いたらお腹減ってきたなー」

 

「相変わらずね」

 

 

 結局生徒会の皆さんが私の監視をしてくれるようで、タカトシ君はコトミちゃんが掃除した箇所が気になったようで掃除道具を持って道場をせわしなく動いている。

 

「おーい! 大門先生がお昼、焼き肉を奢ってくれるってー」

 

「生徒会も来ていいぞー」

 

「本当ですか! ありがとうございます」

 

「というわけで、一旦部活休止! 大門先生のおごりで焼き肉に行きます」

 

「「「おっー!」」」

 

 

 七条先輩がお肉の話をしてたから、無性にお肉が食べたくなっていたので、この話は凄く嬉しい。それに奢りだし、たくさん食べられる。

 

「すみません、大門先生。俺とコトミの分は出しますので」

 

「気にするな。津田には色々と世話になってるからな」

 

「そんなことは無いと思いますが……」

 

「いやいや、お前がいてくれるだけで、体育の授業に緊張感があるからな。男子生徒が騒ぎだしたり、女子の着替えを覗こうとかしなくなるから」

 

「抑止力として機能している、ということですか」

 

「そう言うことだ」

 

 

 タカトシ君と大門先生が何か話しているけど、今はそれどころではない。

 

「すみませーん! ご飯大盛りお代わりおねがいしまーす!」

 

「「「………」」」

 

「ん? みんな食べないの?」

 

「アンタの喰いっぷりに、私たちの血の気が引いたんだよ……というか、それ何杯目よ?」

 

「えっ……五杯目かな」

 

 

 せっかくの奢りだし、お腹空いていたからこれくらいは普通だよね。でもみんなが苦笑いを浮かべているような気もする……

 

「(まっ、いっか)」

 

 

 今は周りの事を気にするよりもご飯ご飯っと。




食べ過ぎだって……よく入るよな……


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防寒具の準備

またくだらないことを……


 最近めっきり寒くなってきているので、私は何か新しい防寒具が無いかを調べていた。

 

「いろいろとあるけども、どれも私の予算では難しい……」

 

 

 今月も既に新作ゲームなどでお小遣いを使い切っている私では、新しいものを買うのは無理だ。かといってお義姉ちゃんに無心してもらうのも難しい……

 

「タカ兄にバレて、散々怒られたばっかりだしな……」

 

 

 お義姉ちゃんが何とか宥めてくれたお陰であの程度で済んだけども、あのタカ兄の様子からして、本来なら後二時間はお説教が続いていたに違いない。それくらいタカ兄は怒っていたのだから。

 

「それ程お金がかからなくて、なおかつ温かいものは無いだろうか……」

 

 

 そんな都合の良いものがあるわけ無いと私だって分かっている。だがこのままでは風邪をひいてますます授業について行けなくなってしまうかもしれないのだ。

 

「私もアルバイトとかしてお金を稼げばいいのかもしれないけど……勉強の時間が減れば、それだけこの家に留まれる確率も下がってしまうし、勉強以外の時間を削るとなると、もう部活しか……」

 

 

 ゲームなど遊んでる時間を削ればいいのかもしれないが、それがない人生などありえない。それくらい私とゲームは切っても切り離せない関係なのだと思い知った。

 

「うーん……っ! これは!?」

 

 

 いろいろと検索してるうちに、私は一つの記事に目を奪われた。

 

「これだったらお義姉ちゃんに習いながらできるかもしれない……問題は材料費か」

 

 

 必要な物に掛かる金額を調べ、今の私でもギリギリ準備出来ると分かり、私は本当にこれでいいのか考える。

 

「(防寒具ならタカ兄に必要経費として認めてもらえるかもしれない。そうなれば自腹を切る必要もないし、そもそも新しい服とかのお金はタカ兄に出してもらえるのだから、これも出してもらえる? いや、この前のお義姉ちゃんお小遣い事件の所為で、今のタカ兄にお金の話をするのは避けたい状況……さすがに必要経費として認めてもらえない可能性の方が高いか……)」

 

 

 ただでさえムダ金を使っているように思われているのだから、これ以上私にお小遣いを出すのはタカ兄にとって嫌なことだろうと、私でも分かる。それに本当に必要だと思ってもらえたとしても、お小遣いで買えるだろと言われてしまえばそれまでだ。防寒具は、洋服とかと違い無くても生活できるのだから。

 

「(そうなるとやっぱり手作りするしかない……問題は、私にできるかどうか)」

 

 

 柔道部のマネージャーをやり始めて、多少は手芸の腕も上がってきていると思うが、それはせいぜい破れた道着を繕うとかその程度だ、一から物を作るなんてやったことが無い。

 

「今晩お義姉ちゃんに相談してみよう……」

 

 

 ここでタカ兄に相談しないのは、これ以上私のことでタカ兄の時間を奪いたくないという気持ちが少しあったのと、まだタカ兄に頼るのが怖いからという半々だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バイトのタカ君の代わりにコトちゃんのお世話をしていたら、何やら神妙な面持ちでコトちゃんが近づいてくる。

 

「どうしたの? さすがに追加のお小遣いは渡せないよ?」

 

 

 私がコトちゃんにお小遣いを渡していたことがタカ君にバレ、コトちゃんはこっ酷く怒られたばかり。次は私も怒られるかもしれないということで、暫くはコトちゃんにお小遣いは渡せないと言ってあるので、さすがにお金の無心ではないとは思うが、一応釘を刺しておく。

 

「分かってます。今日はお義姉ちゃんにお願いしたいことがありまして」

 

「お願い?」

 

「お願いというか、教えて欲しいことがありまして」

 

「教えて欲しいこと? スリーサイズなら教えてあげられないからね」

 

 

 もう少しウエストが細ければ自慢できるが、今の数字ではコトちゃんの方が凄いかもしれない。私の冗談とも本気ともとれる発言に、コトちゃんは苦笑いを浮かべながら頭を振った。

 

「お義姉ちゃんに手芸を教えてもらいたいんです」

 

「手芸? 何か作るの?」

 

「これなんですけど……」

 

 

 コトちゃんが見せてきたのは、耳あての作り方。何故この様なものを作ろうとしているのか聞くと、コトちゃんは少しバツが悪そうな表情を浮かべて説明してくれた。

 

「――というわけなんです」

 

「なる程ね。確かにそれ程高いモノじゃないから、お小遣いで買えと言われる可能性はある……だったら手作りして出費を減らそうと」

 

「それに、この形は市販じゃないですからね」

 

「でもこの形って暖かいのかしら?」

 

「一応は防寒具としての効果もありますし、せっかく作るのなら好きな形にしたいですし」

 

「なる程ね……確かにこれくらいなら難しくなさそうだし、コトちゃんにも作れそうね」

 

 

 以前のコトちゃんなら絶対に無理だったかもしれないが、柔道部マネージャーとして経験値を積んできている今のコトちゃんなら、これくらいはできるだろう。私はそう考えた。

 

「それじゃあ明日の放課後にでも、必要な材料を買いに行きましょうか」

 

「お願いします」

 

「分かってるとは思うけど、材料費はコトちゃんのお財布から出すんだからね?」

 

「そ、それくらいのお金はありますから……」

 

 

 視線が泳いだように見えたのは、恐らく私が少し出してくれるかもしれないという期待があったからなのかもしれないわね。でも、タカ君に怒られたくないから、今回は心を鬼にしてコトちゃんを突き離さないとね。




珍しくコトミオンリー……ウオミーいたけど


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イヌのコスプレ

結果的にそう見える……


 母が買ってくれた耳当てを付けて登校すると、結構見られた。そりゃイヌ耳の形をした耳当てを高校生の私がしていたらさすがに見られるよね。

 

「(あの子コスプレ? 高校生の格好してる)」

 

「………」

 

 

 すれ違った他校の女子高生の会話が耳に入り、私は回れ右をしてその女子高生の脛を蹴ろうとして――

 

「スズ?」

 

「あっ……」

 

 

――後ろからやってきたタカトシと目が合って気まずい感じになってしまう。

 

「何か忘れ物でもしたの?」

 

「いや……」

 

「……気にするだけ無駄だと思うけどね」

 

「えっ?」

 

 

 答えに窮していた私の視線で何かを察したのか、タカトシはそんなことを言った。

 

「スズのことを知らない人間が何を言おうが、スズはれっきとした高校生だろ? 見ず知らずの人の言葉に一々反応していたら疲れるだろうし、確か轟さんから何かのデータをもらうって言ってなかったか? 時間に遅れると轟さんに心配されるだろうし」

 

「そうだった」

 

 

 今日はネネからレポートの添削をして欲しいと頼まれていて、そのデータを受け取る約束をしているのだ。同じ学校、同じクラスなのだから後でも受け取れるのだが、約束した時間はそろそろなので、急いで学校へ向かわなければいけない。見ず知らずの相手の暴言にキレている時間は、無かったのだ。

 

「ありがとう、タカトシ」

 

「どういたしまして、で良いのかな?」

 

 

 首を傾げながらも笑みを浮かべるタカトシに、一瞬だけ見惚れてしまったが、私は急いでネネとの約束の場所へ向かった。

 

「遅かったね」

 

「そう? まだ時間前のはずだけど」

 

「うーん……スズちゃんはノリが悪いな~。まっ、それがスズちゃんっぽいんだけどね」

 

「待って、何の話?」

 

 

 どうやらネネはアニメか何かのネタをやったようだけども、私には分からなかった。とりあえず今後の話に影響はないので、ネネのネタを追求することはしない。

 

「これ、レポートのデータが入ったUSB」

 

「確かに預かったわ。……でも、このストラップは?」

 

「可愛いでしょ?」

 

「可愛いけど……」

 

 

 USBメモリーには犬の尻尾のストラップが付いていた。私がしている耳当てはイヌ耳……このUSBをスカートのポケットに入れたら、尻尾が生えたように見える……まんまイヌのコスプレをしているように思われるかもしれない。

 

「そういえばスズちゃん、その耳当て可愛いね」

 

「母が買ってくれたのよ。愛犬とお揃いだって言ってね」

 

「ボア君か~。また会いに行っても良い?」

 

「構わないけど、ネネってそんなに犬好きだったっけ?」

 

「ううん、ボア君とは話が合いそうな気がするんだよね」

 

「………」

 

「今、犬の言葉が完全に分かる機械を開発してるから、ボア君に協力してもらいたくて」

 

「素直に協力したくないわね……」

 

 

 犬の言葉が分かる機械ができれば確かに嬉しいと思う飼い主は多いだろう。だが、何となくだけどもボアとネネが会話をするとろくなことにならないと思ってしまい、私はネネの提案を素直に受け入れられなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昇降口に向かう途中で、萩村が横から現れた。

 

「コスプレ?」

 

「あっ、やっぱりそう思われたか……これはUSBに付いているストラップです」

 

「なる程」

 

 

 萩村自身もコスプレだと思っていたのか、私が疑問を呈したらすぐに答えてくれた。

 

「その耳当て、可愛いな」

 

「ありがとうございます」

 

「私も耳当てしてきました!」

 

「おぉコトミ、今日は遅刻せずに――」

 

 

 振り返った私が見たコトミの姿は、耳が長いエルフのコスプレをしているようだった。

 

「よく作ったな……」

 

「お義姉ちゃんに教わりながら、何とか作ることができました」

 

「だが、何故エルフ耳? 普通の耳当てを買った方が楽じゃないか?」

 

「私の財布事情では、これが精一杯です」

 

「なる程な……」

 

 

 コトミの散財癖は私も知っている。まぁ、その御蔭で新たな趣味に目覚められたので、その点では感謝しているのだが……

 

「おはよ~、あっ、コトミちゃんの耳当て、なかなか可愛いね~」

 

「おはようございます、アリア先輩」

 

「それってお手製?」

 

「はい!」

 

 

 合流したアリアがコトミの耳当てを褒めている横で、タカトシが呆れ顔を見せているのが印象的だった。

 

「タカトシ的には、コトミのお手製耳当てはどうなんだ?」

 

「どうもこうも、普通に耳当てを買えるくらいの小遣いは渡してるのに、どうして手作りしようと思ったのか謎ですよ……」

 

「だが、コトミの手芸スキルが上がったと思えば――」

 

「型取りから綿入れなど、殆ど義姉さんがやったようですけどね」

 

「………」

 

 

 カナが手伝っていたのか。まぁ、コトミ一人で完成まで持っていけるかどうか確かに疑問だったが、まさか殆どカナの手作りだったとは……

 

「というか、何時までもこんなところで固まっていたら邪魔ですし、そろそろ校内に入りましょう。幾ら防寒具をしているとはいっても、寒いのには変わりないんですし。風邪でも引いて休むことになったら大変ですしね」

 

「そうだな」

 

「あっ……お弁当忘れた」

 

「………」

 

 

 耳当てを自慢していたコトミだったが、鞄の中にお弁当が入っていないことに気付きショックを受けている。その横でタカトシが鞄からコトミのお弁当を取り出し、軽くお説教をしているのを横目に、私たちは校内へ向かうのだった。




よく作ったよな、ウオミーが……


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校内の雰囲気

浮かれすぎるのもなぁ……


 クリスマスが近いということで、ここ最近校内の風紀が乱れている気がする。具体的には、廊下で男女の距離が近くなっているように見えたり、露骨に女子生徒を見ている男子が見受けられたり、挙句の果てには校舎裏でキスをしていたという目撃報告すら入って来るのだ。

 

「ここ最近見回りの回数が減っていたから、こんなにも風紀が乱れているだなんて……」

 

 

 私も三年生なので勉強などで見回りができなくなる日が出てきているので、その所為で風紀が乱れていると思い、気合いを入れ直して見回りをしようとして――

 

「おっと、すみません」

 

「………」

 

 

――廊下を早足で移動していた男子生徒にぶつかってしまった。

 

「もしもし?」

 

「………」

 

「何だこの女?」

 

 

 どうやら私のことをよく知らない生徒の様で、私の目の前で手を振ったりして反応が無いのを見て、首を傾げながらどこかに行ってしまった。

 

「び、ビックリした……」

 

 

 とりあえず何もされなかった安堵と、未だに治っていない男性恐怖症に不安を覚えながら、見回りを再開する。

 

「おんや~?」

 

「畑さん……今日は何の用ですか?」

 

「別に用はありませんが、今さっき男子生徒にいろいろとされていたようでしたので、具体的に何をされたのか聞きたいですけどね」

 

「ど、何処から見てたんですか!?」

 

 

 声を掛けてきた時は、偶々出会った感じだったのに、何故か畑さんはさっきの出来事を知っていた。別に疚しいことは無いのだけども、何故か焦ってしまい、私は明らかに畑さんの術中にはまっている。

 

「風紀委員長が校内で不順異性交遊とはいただけませんね~? これは珍しく津田副会長のエッセイが無くても校内新聞が注目を浴びるチャンス!」

 

「誤解です! ただぶつかっただけです」

 

「本当ですか~? 嘘を吐くと為になりませんよ~?」

 

「ほんとうです! というか、気を失い掛けて殆ど話せてませんので」

 

「何だ、つまらない……」

 

「つまらなくて結構です」

 

 

 畑さんに娯楽を提供するつもりもないですし、そもそも本当に何もなかったのだから、これ以上何も話すことは無い。私は畑さんと別れて校内を見回りし――

 

「五十嵐! お前、男子生徒と校内でイチャコラしてたって本当なのか!?」

 

「あの人は……」

 

 

――天草さんと鉢合わせして畑さんがいい加減なことを吹聴していると知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 逃走を図ったのだが、あっという間に居場所を特定され、私は生徒会室に連行された。

 

「やはり津田副会長から逃げおおせるのは不可能でしたか……」

 

「いや、逃げるなら昇降口を見張ってれば見つけられると誰でも思いますが? まぁ、貴女の場合は別ルートも考えられましたが、あれだけ殺気立っているカエデさんが探し回ってたら、別ルートを考えてる余裕なんて無くなりますよね」

 

「そ、そこまで考えての待ち伏せだったとは……」

 

 

 津田副会長にしては随分と安直な待ち伏せだと思っていたのですが、まさか私の心理状態を考えての待ち伏せだったとは……やはりこの人、ただ者ではないな。

 

「会長、連れてきました」

 

「ご苦労。後は私と五十嵐で訊問しておくから、今日は帰っていいぞ」

 

「分かりました。アリアさんとスズには俺から連絡しておきます」

 

 

 一応津田副会長以外のメンバーも捜索していたようで、この部屋で待ち構えていたのは天草さんのみ。津田副会長が生徒会室から出てすぐに、五十嵐さんが合流し私への訊問が始まる。

 

「まずは、何故このような嘘を吹聴したのか説明をしてもらえますか?」

 

「も、黙秘権を――」

 

「話さないなら一生ここから動けません」

 

「それは困りましたね……」

 

 

 風紀委員長の雰囲気からそれが冗談ではなく本気だと覚り、私は素直に理由を話した。と言っても、少し騒動になれば楽しいかなー、くらいの感覚だったのでこれと言った理由は無いのだが……

 

「――という感じです」

 

「そんな理由で私に嘘を吐いたのか? 態々誤解するようなアングルから写真を撮ってまで?」

 

 

 私が天草さんに見せた写真は、固まっている風紀委員長の前に手を翳す男子生徒の図なのだが、敢えて手は写らない角度で撮った為、男子生徒がキスをしようとしているシーンにも見える構図だったのだ。そして私の嘘が相まって、天草会長は風紀委員長が不順異性交遊をしていると勘違いしたのだが。

 

「今回の件はかなり重い罰が必要のようですね。完全なる愉快犯ですし」

 

「だが私たちが科した罰なんて、畑にダメージがあるとは思えん。かといってタカトシに頼むのも違う気がするし……」

 

「ですが、無罪放免というわけにもいきません。これ以上悪質な悪戯をされたら、ただでさえ乱れている風紀がさらに乱れてしまいますし」

 

「うーん……とりあえず畑は一ヶ月の活動停止だな。それから、今後はタカトシのエッセイ以外は必ず検閲をするから、その時の記事と違うものが発行されていたら、すぐに新聞部は休部、畑の裏帳簿は理事長室でタカトシと理事長に精査してもらおう」

 

「う、裏帳簿なんてありませんよ?」

 

 

 それらしいものは確かにあるが、別に脱税をしているわけではない。ちゃんと学校にも利益の何割かを入れているので、理事長はそこまで目くじらを立てることは無いだろう。そう、理事長は……




あることは確定してますからね


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広瀬ユウの学力レベル

具体的な数字が出てないからなぁ……


 思いがけずに早く帰ることができたので、俺は一度着替えてから買い出しの為に出かけた。最近は義姉さんに頼むことが多くなってきているので、自分で買い出しに来るのはなんだか久しぶりな気がする。

 

「あれ、タカ君?」

 

「義姉さん、どうしたんですか、こんな所で……」

 

「私たちは生徒会の備品を買いに来たんです」

 

「そうでしたか。でも、この前買いに行ったばかりでは?」

 

 

 義姉さんに誘われて備品の買い出しに付き合った記憶があるのだが……あれはまだそれ程時間が経ってないと思うんだがな。

 

「あれこれときれちゃってね……この前買い出しの時にちゃんと確認したんだけど、何故か減りが早くて」

 

「大変ですね」

 

「会長、これで全部っすね。あっ、津田先輩、ちっす」

 

「こんにちは、広瀬さん」

 

 

 義姉さんと話していたところに買い出しから戻ってきた広瀬さんが合流。そのすぐ後に青葉さんとサクラも合流した。

 

「広瀬さん、荷物持ってるのに速すぎ……」

 

「だって、エレベーター待ってる時間がもったいなかったんで」

 

「だからって、階段を駆け下りること無いでしょ……私と青葉さんは運動部じゃないんだから」

 

「お疲れ」

 

「えっ? あっ、タカトシ君」

 

 

 息が切れているサクラと青葉さんに声を掛けて、ようやく俺のことに気付いたような反応を見せてきた。本当に疲れてるんだろうな。

 

「あれくらい余裕っすよね? 津田先輩」

 

「何階から降りてきたのかにもよると思うが……まぁ、俺や広瀬さん基準はこの二人には当てはまらないとは思うけど」

 

 

 部活でバリバリ運動している広瀬さんと、普段から運動している俺――もっと言えば性別が違う――とサクラたちの体力を比べるのは可哀想だ。

 

「というか、義姉さんは別行動だったんですか?」

 

「私は修理に出していた備品を受け取りに行っていたから」

 

「修理?」

 

「ユウちゃんが派手に壊しちゃって」

 

「いやー、面目ないっす」

 

「なる程」

 

 

 実にイメージ通りな感じだが、修理が必要なほど派手に壊すとはな……

 

「ところで、タカ君は何をしにここへ?」

 

「普通に買い出しです。色々と補充しておいた方が良いものがありますし、どうせコトミのテスト対策で家に人が集まるでしょうから、その準備とかもしておきたかったですしね」

 

「あぁ、そう言えばそろそろ定期試験でしたね」

 

「そろそろって、会長は余裕っすね……私は赤点ギリギリっぽいですし」

 

「だったらユウちゃんもちゃんと勉強しなきゃね? コトちゃんだけじゃなくって、ユウちゃんもみっちりしごいてあげるから」

 

「え、遠慮するっす……前にコトミから聞いた話では、頭から湯気が出るくらいスパルタだって……」

 

「そんなことないよ? ただ、合格点に届かなかったら永遠に復習と再試が繰り返されるだけ」

 

 

 広瀬さんだけじゃなく青葉さんの顔も引きつったように見えたが、特別に厳しいことはしていないと俺も思う。甘い採点で苦労するのは、結局のところコトミなんだから、厳しくした方が良いだろうしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校に戻ってきてすぐに、広瀬さんの学力チェックが行われ、私と会長は顔を見合わせ、同時にため息を吐く。

 

「ユウちゃん、このままじゃ赤点確実だよ?」

 

「さっきギリギリって言ってたから油断してたけど、これはギリギリどころかアウトだよ」

 

「そ、そんなにヤバいんすか? 私の成績……」

 

 

 全く自覚していないような広瀬さんに、私と会長は力強く頷いて見せる。まさか授業を聞いていれば分かるような問題も悉く間違えるとは……

 

「これはユウちゃんもタカ君にみっちりしごいてもらう必要がありそうだね」

 

「ですが会長、これ以上タカトシ君に負担を掛けるのはどうかと……」

 

「そうだよね……ただでさえコトちゃんとトッキー、それとクラスメイトたちがいるんだし……」

 

 

 タカトシ君に教われば赤点が回避できるという噂があるらしく、テスト前のタカトシ君は普段の五割増しで忙しそうにしているのだ。そこに広瀬さんのお世話まで頼むなんて、私にはできない。

 

「でもこのままじゃユウちゃんは赤点必死だし、そうなると英稜・桜才生徒会合同のクリスマスパーティーにユウちゃんだけ参加できなくなっちゃうし」

 

「何ですか、そのイベント」

 

「あれ? サクラっちには言ってなかったっけ? 七条家が場所を提供してくれるので、私たちでクリスマスパーティーをしようってシノっちと話してまして、結構な規模で開催することになってるんです」

 

「何も準備してないんですけど……」

 

 

 クリスマスパーティーということは、プレゼント交換とかいろいろとあるだろうし、今から準備しておいた方がいいのに……

 

「準備は七条家がしてくれるらしいので、私たちはただ参加するだけで良いとのことです。でも赤点補習になったりしたら、参加どころか開催が危ぶまれますので、ユウちゃんはしっかりと勉強してくださいね?」

 

「は、はい……」

 

「というわけで、タカ君にラインしておきますね。今度の勉強会にはユウちゃんも参加するって」

 

「結局タカトシ君頼みなんですよね……」

 

 

 私や会長だって自分の勉強があるので、広瀬さんに付きっ切りというわけにはいかないんですよね……タカトシ君、ゴメンなさい。




今年最後の投稿です。来年もお付き合いの程、よろしくお願いいたします


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広瀬の初体験

明けましておめでとうございます。そして劇場版公開日ですね


 定期試験の季節が近づいてきて、私とトッキーは心底嫌な気分になっている。主将たちも気にしているみたいだけど、二年生組はタカ兄がテスト対策テキストを作って、分からない箇所をメールなり直接聞いたりで何とかなっているらしいが、私とトッキーはみっちりとしごかれないと身にならないという残念な頭の持ち主なのだ。

 

「――というわけで、テスト期間に入るので部活は明日から休みだ。各自しっかりと勉強して、くれぐれも赤点など採らないように。では解散」

 

 

 大門先生の言葉でお開きとなり、私たちは重い足取りで更衣室に戻る。

 

「はぁ……部活できないのは辛いなー」

 

「ムツミはそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ? 津田君からどっさりとテキスト貰ってるんだし」

 

「それはチリもだって同じでしょ? まぁ、私より量が少なかったようにも見えるけどさ」

 

「そりゃ、私はムツミ程理解力低くないから」

 

 

 どうやらムツミ主将のテキストは特別仕様らしく、他の人たちよりも分厚いらしい。まぁ、それくらいしなきゃ主将も赤点回避なんて難しいんだろうな……

 

「ん?」

 

 

 携帯を確認すると、この間知り合った英稜生徒会一年生のユウちゃんから連絡が入っていた。

 

「なになに……ありゃ、それはご愁傷様」

 

「何言ってるんだ?」

 

「今度の勉強会、一人新人が入ることになったんだってさ」

 

「誰?」

 

「英稜の一年生。お義姉ちゃんと同じ生徒会役員なんだけど、私と同じくらい残念な頭の持ち主らしいから、タカ兄にみっちりしごかれることになったんだって」

 

「そりゃ可哀想だな……兄貴が」

 

 

 タカ兄の負担を考えてトッキーがタカ兄に同情しているが、私はユウちゃんに同情したい。お義姉ちゃんに目を付けられたのが運の尽きなのだろうが、厳しい一週間を過ごすことになるなんて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魚見会長から住所を聞いてやってきたが、本当に私が参加しても良いのだろうか?

 

「えっと……この辺りのはずなんすけど」

 

「待っていたぞ!」

 

「はい?」

 

 

 背後から声を掛けられ、振り返って確認するとそこには――

 

「桜才の生徒会長!」

 

 

――何故か仁王立ちをしている天草会長がいた。隣にはノリノリの七条先輩と、少し恥ずかしそうにしている萩村先輩もいる。

 

「どうして三人がこんなところに?」

 

「タカトシに頼まれてな……広瀬は初めてだから案内して欲しいって」

 

「それなら津田先輩が来てくれればよかったのでは?」

 

「ちょっと騒ぎすぎちゃってね~。それで追い出す口実で広瀬さんのお迎えを命じられたんだ~」

 

「何だか嬉しそうっすね?」

 

 

 普通追い出されたら反省したりするものだと思うのに、七条先輩は何故かにこにこしている。

 

「だってタカトシ君に命令されたんだもん」

 

「あの目はゾクゾクするよな」

 

「何で私まで……」

 

「萩村先輩は追い出されたわけじゃないんすか?」

 

「私はこの二人の見張りよ……」

 

 

 どうやら津田先輩の中では天草先輩や七条先輩より、萩村先輩の方が信用できるようだ。まぁあの会長と仲良しな時点で、天草会長も結構な性格をしているのだろうし。

 

「というわけで連行だ。みっちりと勉強を教えてやるから覚悟しろ」

 

「というか、何故津田先輩の家なんすか? 何処か図書館とかでも良いのでは?」

 

「トッキーは泊まり込みだからな。本当なら広瀬もそうなるはずなのだが、さすがにそれは免除された」

 

「そうだったんすね」

 

 

 泊まり込みで勉強会なんて、ちょっと楽しそうだけども、以前コトミから聞いた話では楽しんでる余裕などないらしいし、免除されたのは嬉しい。

 

「その分厳しく行くから覚悟するんだな」

 

「根性だけはあるんで、よろしくお願いします!」

 

 

 威勢のいい返事をして津田家へと連れていかれる私。この時、どうして何とかなると思ってしまったのか、私はしごかれた後そう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがにタカトシ君一人に三人を押し付けるわけにもいかないので、コトミさん、時さん、広瀬さんの面倒は私たちがローテーションを組んで勉強を教えている。

 

「――というわけ。広瀬さん、分かった?」

 

「な、何となく……」

 

「何となくじゃ困るんだけど……」

 

「申し訳ないっす……でも、私の頭ではこれが限界です」

 

 

 既に限界を超えている様子の広瀬さんを見て、私は少し休憩をと提案し、タカトシ君も許可してくれた。

 

「こんなのが後数日も続くなんて考えると、今すぐ逃げ出したい気分ですよ」

 

「逃げて困るのは広瀬さんだよ? このままだと冬休み補習まっしぐらだし、そうなると部活もできないし、会長が言ってたクリスマスパーティーにも参加できなくなっちゃうし」

 

「そうなんすよね~……何で勉強なんてしなきゃいけないんすか?」

 

「学校に通ってるんだから、勉強はしなきゃダメだよ」

 

 

 向こうではコトミさんや時さんも机に突っ伏しているのが見えるので、どうやら今日はこのくらいでお開きのようだ。まぁ、さすがに放課後三時間もみっちり勉強を教えられたら、この三人では限界を迎えてしまうだろう。

 

「広瀬さんは帰るんだよね? じゃあこれは家でやっておいてね」

 

「なんすか、これ?」

 

「今日サクラたちが教えた範囲の復習プリント。ちゃんと確認しておいてね?」

 

「りょ、了解っす……」

 

 

 タカトシ君の威圧感に気圧された広瀬さんは、直立不動で敬礼をして津田家を後にしたのだった。




逆らえない威圧感……


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十分な結果

これで十分と言えるレベルは……


 テスト前最後の平日、私たちはタカトシ君にテスト範囲の質問をする為に教室からタカトシ君を出さないようにしている。本当ならタカトシ君だって予定があるんだろうけども、気軽にタカトシ君の家に行けない私たちは、ここでタカトシ君に質問をするしかないのだ。

 

「――というわけだけど、ちゃんとわかった?」

 

「な、何とか……」

 

「津田君のお陰で、何とか平均点くらいは採れそうだよ」

 

「轟さん、最近めっきり学力が落ちてるよね……」

 

「アハハ、部活が忙しくて……それに、機械に相手してもらう時間も増えちゃってるし」

 

「はぁ……」

 

 

 ネネの反応にタカトシ君が引き攣った顔をしているけど、何か問題がある発言だったのだろうか? ネネはロボ研だし、機械の相手をする時間が増えても仕方ないと思うんだけどな……

 

「それじゃあ、特別講習はこれくらいでお開き。後は各自しっかりと渡したテキストを反芻してしっかりとテストに臨むように」

 

「タカトシ君、本物の先生みたいだね」

 

「津田君なら、人気の先生になれそうだよね」

 

「でもでも、津田君なら作家とかエッセイストとかもむいてると思う」

 

「雑談してる暇があるなら、一つでも多くの単語を覚えたりした方が有意義な時間の使い方では? 補習になっても助けないからな」

 

 

 お喋りで盛り上がりそうになったのを察知したタカトシ君が、厳しい視線を向けながらそう告げると、私たちは蜘蛛の子を散らすように教室から逃げ出した。だって、あの目のタカトシ君は物凄く怒ってる時だって、コトミちゃんから聞いていたから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 土日は結局津田家でお世話になり、私はテストに挑んだ。普段ならさっぱりわからなくて半分以上空欄で提出するのだが、今回は全ての教科で七割以上欄を埋めることができた。それでも空欄はあったのだが、私からしてみればこれは快挙だと言える。だって、テスト返却の際に先生から何があったのかと聞かれたくらいだから。

 

「――てな感じで、赤点は無かったっす」

 

「平均六十点か……これじゃあコトちゃんたちにも負けちゃってるかもね」

 

「そりゃコトミたちは津田先輩にみっちりとしごかれてるわけですし。私は自宅学習の時間もありましたので、その差だと思いますよ」

 

 

 ちゃんと家でも勉強しているつもりだったが、どうしても他の誘惑に負けることもある。その点コトミたちはそんな誘惑に乗る余裕すらないくらいの厳しさで教えられているのだ。まして津田先輩以外にも監視者がいるのだから、私以上の点数でも不思議ではないだろう。

 

「これでユウちゃんもクリスマスパーティーに参加できるね。アリアっちに全員参加って連絡しておかなきゃ」

 

「というか、これから私職員室でカンニング疑惑の否定をしなきゃいけないんすけど……会長たちからも説明してくれませんか?」

 

「あぁ……それじゃあサクラっち、ユウちゃんの弁護をお願いね。私と青葉っちで仕事は終わらせておくから」

 

「分かりました」

 

 

 普段三十点行けば上出来の私が、いきなり六十点超えの点数を採れば疑われるのは仕方が無いことだが、せっかく勉強して良い点を採ったのに、カンニングを疑うなんてひどい先生たちっすよね……

 

「失礼します。一年の広瀬ユウです」

 

 

 職員室に入る際にそう宣言して、私を呼び出した担任の許へ向かう。森先輩が付いてきたのが不思議だったのか、私ではなく森先輩に視線を向け、その理由を説明され私のカンニング疑惑は晴れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義姉さんとサクラからのメッセージで、広瀬さんも無事赤点回避に成功したことを知り、とりあえず安堵した。クラスメイトたちも殆どが補習回避できたので、今回も見当はずれな所を教えていなかったという結果に俺も満足だ。

 

「津田~」

 

「だから言っただろ? 補習になっても助けないって」

 

「そんな~。このままじゃ俺、クリスマスも補習なんだよ」

 

「自業自得だろ? テスト前日まで遊んでたお前が悪い」

 

「遊んでたわけじゃない! ただちょっと誘惑に勝てなかっただけで、勉強するつもりはあったんだ」

 

「まぁまぁ津田君。思春期男子の部屋には誘惑がたくさんあるんだし、少しは同情してあげても良いんじゃないかな?」

 

「それが何かは分からないが、誘惑に乗って勉強を疎かにしたのはソイツなんだ。ソイツが望んだ結果がこのテストなんだから、補習は甘んじて受け入れるべきだろ」

 

「御尤も」

 

 

 柳本のフォローをしようとした轟さんを撃退し、俺はため息交じりで生徒会室へ向かおうとして――

 

「津田ー! このままじゃ私のクリスマスが補習でつぶれてしまう! せっかく男どもを喰い漁ろうと思っていたのに」

 

「教師らしく、健全で安全なクリスマスをお過ごしください。分かってるとは思いますが、男子生徒を襲おうとか思っているのでしたら、来年からこの学園に居場所は無いと思っていてくださいね?」

 

「め、滅相も無い! 立派に補習をする所存であります!」

 

 

 横島先生もついでに撃退して、俺はいよいよため息を連発するまでに呆れてしまっていた。

 

「タカトシ君、大丈夫?」

 

「カエデ先輩……えぇ、ちょっと自分以外のことで疲れまして」

 

「?」

 

 

 事情を説明して納得してもらい、何だか同情されたような感じになってしまった。別に俺が同情されるいわれはないんだがな……




教師からも相談される生徒って……


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あり得ない聞き間違い

浮かれすぎると昔の癖が……


 七条家でクリスマスパーティーを開催するにあたって、我々はその準備を手伝うことにした。いつも場所を提供してもらって、なおかつ準備まで任せるのはさすがに頼り過ぎではないかと思ったからである。

 

「では皆様にはイルミネーションの準備をお願いします」

 

「そんな、出島さんったら」

 

「シノちゃん、どうかしたの?」

 

 

 出島さんの言葉に私が赤面していると、アリアが不思議そうに私を眺めてくる。

 

「だって、ある日ネションって……」

 

「どういう耳をしてるんですかね?」

 

「す、すまない……楽しみ過ぎてちょっと昔の癖が……」

 

「どんな癖だよ……」

 

「タカトシ様には厨房の手伝いをお願いしたいのですが」

 

「俺なんかが手伝って良いんですか? プロの方がいるのですよね?」

 

「御謙遜を。タカトシ様は今すぐにでもその中でやっていけるだけの実力を有しているではございませんか」

 

 

 出島さんのセリフに、私とアリア、そして萩村が力強く頷く。タカトシはそんなこと無いと思っているようだが、アイツの料理の実力は既にプロ級に達している。七条家で働いている料理人の中でもやっていけると、私たちは思ったのだ。

 

「そんなことは無いと思いますが、問題がないのであれば……というわけで萩村、こっちの三人の監視は頼む」

 

「三人?」

 

「シノさん、アリアさん、そして出島さんの三人」

 

「ちょっと待って!? 私一人でその三人はさばききれないって!?」

 

「おいおい、幾ら浮かれているからと言って、前みたいに暴走したりしないから安心しろ」

 

「そうだよ~。ちょっと楽しみ過ぎちゃうかもしれないけど、ちゃんと準備はするから」

 

「イマイチ安心できないんだよな……」

 

 

 萩村は不安そうに私たちを眺めているが、私たちだって成長しているんだ。何時までも後輩に迷惑を掛けたままではないということを思い知らせてやろう。

 

「ではまず、この電飾をお願いします」

 

「今電源を入れたらシノちゃんに電撃プレイだね」

 

「やるなよ! 絶対にやるなよ?」

 

「それはつまり、電源を入れて欲しいということですね?」

 

「芸人的なノリじゃないからな!?」

 

 

 早くも脱線しかかっている私たちの雰囲気を見て、萩村が盛大にため息を吐いたのはタカトシには内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君たちのお陰でユウちゃんも赤点回避できたことで、英稜生徒会メンバー全員で七条家で開催されるクリスマスパーティーに参加できることになった。これもすべて、タカ君が後輩の面倒を見てくれたからだろう。

 

「まさか私があんな点数採れるとは思っても見なかったっす」

 

「それ程胸を張れる点数じゃないと思うけど? 赤点は回避できたけど、平均点付近じゃ」

 

「私にしてみたら快挙っすよ。何時も赤点すれすれだったんですから」

 

「それでよく生徒会に入ろうと思ったよね」

 

「会長がスカウトしたんじゃないっすか。高い所の物を取る要員として」

 

「そうだったね」

 

 

 元々ユウちゃんには目を付けていたので、あの時はチャンスだと思ってスカウトしたのだ。まさかあっさりオッケーをもらうとは思っていなかったので、少し拍子抜けな気分を味わったのは内緒だ。

 

「ところで、私たちはお手伝いしなくても良いのでしょうか?」

 

「サクラっちは真面目だね。でもアリアっちが私たちは何も心配しなくて良いって言ってたんだし、ゲストとして振る舞いましょう」

 

「本当に良いのでしょうか……」

 

「あっ、個人的にプレゼントを買うのは構わないからって、出島さんから伝言があったんだった。どうもプレゼントも七条家の方で用意してくれるらしいから、今年は私たちでの交換会は無し」

 

「至れり尽くせりですね」

 

「それで会費千円は、何だか申し訳ない気持ちです」

 

「まぁ、本当は会費なんていらないって言ってたらしいんだけど、それはさすがに厚かましすぎるってシノっちたちがね。だから気持ちだけ出すことになったんだよ」

 

 

 七条家として見れば、お嬢様の友人から金をとるなんてとんでもないとでも言いそうなことだが、こちらとしてもすべて払ってもらうのは気が引ける。その気持ちは理解できたので、もう少し位出しても良いんじゃないかと思ったんだが、それ以上は頑として受け入れてくれなかったのだ。

 

「それにしてもみんなでクリスマスパーティーっすか。何か起こりそうっすね」

 

「タカ君が目覚めて、私たち全員に赤ちゃんを――」

 

「本人がいないからって酷いこと言ってません? 後で報告しても良いんですけど」

 

「それだけは勘弁してください!」

 

 

 私とサクラっちの言い分、タカ君がどちらを信じるかなんて考えるまでも無い。私は義姉だが、サクラっちの方が信用度が高いので、私がどれだけ言い訳したとしても意味は無いだろう。そしてタカ君は、下ネタを嫌っている。それはつまり、長時間お説教コースまっしぐらなのだ。

 

「会長も津田先輩がいないからってぶっ飛び過ぎなんですよ」

 

「でも青葉っち、タカ君だって男の子なんだし、性なる夜に――」

 

「聖なる、ですよね?」

 

「何故私が誤変換したと分かった……」

 

「コトミさんにも影響され過ぎです」

 

 

 サクラっちに睨まれてしまったので、これ以上のボケは自重し、生徒会メンバーで来るクリスマスパーティーまでしっかりと仕事を片付けようと奮起したのだった。




森さんも鍛えられている


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隠そうともしない本音

本当に畑さんと出島さんは……


 校内の見回りをしながら、私は七条家で行われているであろう準備のことが気になっていた。本当なら私も手伝った方が良いのだろうが、天草さんたちに「生徒会メンバーだけで大丈夫だ! 我々がいない間、お前には校内の安全を守ってもらいたい」と言われてしまった以上、無理に参加するわけにはいかない。

 

「……あれ? むしろ天草さんたちがいない方が、校内って安全なんじゃ……」

 

 

 校内で起こる問題の内、殆どが生徒会メンバーが絡んでいる案件なので、むしろあの四人――タカトシ君と萩村さんはいても問題ないのだが――がいない方が風紀的にも良いのではないだろうか……

 

「ねぇねぇ」

 

「何ですか、畑さん」

 

「最近はこの程度では驚いてくれませんね~、ちょっと残念です」

 

 

 私の背後からヌッと表れて声を掛けてきた畑さんに鋭い視線を向けるが、あまり効果は無かった。まぁこの人がこの程度で怯むのであれば、校内の風紀はもっと保たれていたであろう。

 

「それで、何の用なんですか?」

 

「七条家で開催されるクリスマスパーティー、私も参加できないかしら?」

 

「何が目的で?」

 

「学友とクリスマスを楽しみたいと――」

 

「貴女がそんな殊勝な考えをするとは思えません」

 

 

 畑さんのことですから、絶対に裏があると決めつけているが、この人を信じて良い思いをした覚えがないので、これは畑さんの自業自得だろう。

 

「ちぇー。本音を言えば、津田副会長が誰かとゴールインするのではないかと思ってまして」

 

「タカトシ君がクリスマスだからって浮かれるとは思えませんけど? むしろ浮かれている天草さんたちを適度に締める役割なんですし」

 

「それは私だって分かってますけど、せっかくの性なる夜に、何もしないとは思えませんので」

 

「聖なる夜だからこそ、大人しくしてるのでは?」

 

 

 畑さんが何を思ってそんなことを言っているのか、私には分からない。だがタカトシ君がクリスマスだからと言って浮かれるなんて絶対にあり得ない。これは私じゃなくても断言するだろう。

 

「それじゃあ潜入するしか――」

 

「会場は七条家の敷地内ですので、不法侵入で退学になりたいのでしたら止めませんけど」

 

「さすがにそれはマズいですね……退学になんてなったら私の収入源が」

 

「問題はそっちなんですか?」

 

 

 タカトシ君のエッセイが掲載されている桜才新聞、それを裏で売りさばいているので畑さんにはかなりの収益があるのは公然の秘密。もちろん、生徒会や風紀委員で取り調べようともしたが、学園公認の裏取引になっているので、私たちは介入できないのだ。

 

「それに、津田先生の多くのファンに刺される未来になりそうですし、今回は大人しくしてます」

 

「そうしてください」

 

 

 タカトシ君のエッセイが読めなくなったとなれば、一部過激なファンが畑さんを目の敵にして襲いかかってくるかもしれない。それくらいタカトシ君のファンは多く、熱心だからこそ過激になるかもしれないのだ。畑さんが思い止まったことに、私も安堵したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕込みも済み、残りはプロの方々に任せることになり、俺はシノさんたちの手伝いをする為に庭に戻る。さすがに暴走してはいないとは思いたいが、あの人たちは一度スイッチが入ると当分切れないから面倒なのだ。

 

「――で、この状況はいったい?」

 

「お嬢様が電飾コードを持って皆様に駆け寄り、足をもつれさせ天草様に縺れ、体勢を崩して萩村様を巻き込み、無理に起き上がろうとした結果皆様にコードが絡みつき、それが何だかエロくて……」

 

「それで出島さんは鼻を押さえている、と」

 

「お嬢様の胸に絡まるコード! 天草様の強調されるように突き出された臀部! 萩村様の破れたストッキングから見える太もも! これで興奮しないわけ無いでしょうが!」

 

「出島さんの趣味はどうでもいいので、さっさと助けてあげてくださいよ」

 

 

 この人は助け出すつもりが無いのだろうかとも思ったが、さすがに主であるアリアさんを放置するはずもない。俺に言われて漸く助けるという考えに至ったようで、絡まるコードを外そうと三人に近づき――

 

「も、もうたまりません!」

 

 

――盛大に鼻血を噴き出して倒れてしまった。

 

「何をしてるんですか、貴女は……」

 

「お嬢様のパンツが見えました」

 

「はぁ……」

 

 

 ため息を一つ吐いて、俺は絡まっているコードを少しずつ解いていく。間違って女性の身体に触ってしまわないように、慎重に解いていると、萩村が何だか足をもぞもぞと動かし始めた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いや、ちょっと……」

 

「スズちゃん、もしかしておしっこ?」

 

「デリカシー! 相変わらずデリカシーの欠片も無いですね、七条先輩は!」

 

「幼女の聖水なら、私が喜んで飲ませていただきます!」

 

「変態しかいないのか!」

 

「もう少しだから我慢してくれ」

 

 

 さすがにここでされるのも問題だし、出島さんが飲むとか言うのも大問題なので、俺は気持ち急いでコードを解きにかかる。

 

「できた」

 

「うぉぉぉぉぉぉ!」

 

「結構余裕ですね。本当に限界だと、走ることもできないのに……ちょっと残念です」

 

 

 どうやら本気で飲むつもりだったようで、その場で正座をさせ出島さんに説教することに。俺は何をしにこの家に来たんだか……




誤変換に気付けないのが、森さんと五十嵐さんの差


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気苦労の多さ

気の休まる日は来るのか?


 パーティーの時間が近づき、続々と七条家へと人が集まり始める。本当なら何か持ち寄った方が良いのだろうが、出島さんが頑なに受け取ろうとしなかったので結局誰も何も持ってきていない。

 

「本当に良いのだろうか……」

 

「タカトシ君は気にし過ぎだって。私たちが招いているんだから、これくらい準備するのは当たり前だよ」

 

「七条家での当たり前を受け容れるのにちょっと時間が掛かりそうですが」

 

 

 目の前に用意されているものをみて「当たり前」の一言で済ませるのは少し無理がある。多少手伝ったとはいえ、材料費などは完全に七条家持ちなのだから、俺以外にも恐縮している人間が――

 

「さすがは七条家だな!」

 

「これがタダで食べられるなんて夢みたいですー!」

 

「コトちゃんが参加できてるのはタカ君が勉強を教えてくれたお陰なんだから、ちゃんと感謝するんだよ」

 

「それは私もっすね。津田先輩がいなかったらどうなってたことか」

 

 

――特に気にしてる人が見当たらないのは俺の錯覚だろうか。というか、会費出しただろ、コトミよ…

 

「タカトシ君の方が正しいと思いますけどね」

 

「付き合いが長いから麻痺してるけど、やっぱり普通だって思っちゃダメよね……」

 

「気にするなと言われても無理ですよね……」

 

「サクラちゃんもスズちゃんもカエデちゃんも気にし過ぎだって」

 

「こっちが普通だと思うんですが」

 

 

 アリアさんにとっては当たり前なのかもしれないが、それを俺たちにも当たり前だと思えは無理があると思う。あちら側の人たちは特に気にしていないが、この料理にどれだけのお金が掛けられているかを考えると、コトミのようにバカ食いはできない。

 

「タカトシ様はお手伝いいただいたから気にしているだけではありませんか?」

 

「手伝ってなかったとしても、食材を見ればどれくらいかは分かりますよ」

 

「さすがは主夫の鑑」

 

「主夫ではないんですが」

 

 

 突如現れた出島さんにツッコミを入れながら、俺はシノさんがクラッカーを構えたまま固まっているのに気付いた。

 

「まったく、あの人は……」

 

 

 お祭り好きなのに変なところでビビりだから、クラッカーの音が怖いのだろう。俺はそっと背後に立って彼女の耳を塞いだ。それで安心できたのか、シノさんは盛大にクラッカーを鳴らし、さらに騒ぎ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノ会長とお義姉ちゃん、そしてユウちゃんと盛り上がった私は、部屋の隅で疲れた表情を浮かべているタカ兄に声を掛ける。

 

「タカ兄、せっかくのクリスマスパーティーなのに、どうしてそんな顔をしてるの?」

 

「お前たちが暴走しそうになるたびに止めてるからに決まってるだろ。さすがに騒ぎすぎだろ」

 

「そんなこと気にしなくても良いんじゃない? だって七条家だよ、ここ。防音対策くらいバッチリしてあるだろうし、そもそも近隣住民のことを気にするほどご近所さんいないし」

 

 

 敷地が相当な広さだから、ご近所迷惑を考える必要なんて無いと思うんだけど、やっぱりタカ兄には主夫根性が染み付いてしまっているから気になっちゃうのだろう。

 

「それにせっかくのパーティーなんだから、盛り上がらなきゃ損じゃない」

 

「損も何も、一円も払ってないんだから関係ないだろ」

 

「お金の問題じゃないよ、タカ兄。せっかくの騒げる機会に騒がないともったいないって言ってるんだよ。ただでさえ私にはこの後宿題という地獄が待っているんだから……」

 

 

 クリスマスパーティーには参加できているが、宿題のことを考えると憂鬱になる。あの量を私一人で片づけろと言われたって無理だから、結局タカ兄やお義姉ちゃんに頼ることになり、その代償として何をさせられるか分からないのだ。こんな時まで周りのことを気にして騒げないなんて御免だ。

 

「おいコトミ! 次はお前の番だぞ」

 

「ここでコトちゃんの出た目によっては順位が入れ替わりますね」

 

「いい加減ビリから脱出したいっす」

 

「ふっふっふ、私には出目を操る力があるのだよ!」

 

 

 ノリがいい三人と遊んでいるので、ついつい私も力を解放してしまう。そんな私の姿を見て、タカ兄が盛大にため息を吐いたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君のフォローをしてあげたいけど、あの騒ぎに巻き込まれたくないので、私たちは少し離れた場所で雑談をしている。

 

「結局タカトシ君頼りなんですよね」

 

「仕方ないよ。タカトシ君しかあの面子を纏めて相手にできる人がいないんだもの」

 

「私も相手にしたくないですね。誰か一人でも大変そうなのに、四人纏めてなんて」

 

 

 あの中に七条さんがいないのがせめてもの救いかもしれない。彼女は今、青葉さんと何かの話題で盛り上がっている。あそこに出島さんもいるので、恐らく知らなくても良い話題なのだろう。

 

「そういえば畑さんがこのパーティーに潜入できないかって模索してたんですけど、さすがにいませんよね」

 

「七条家のセキュリティを潜り抜けて盗撮するとは思えませんよ」

 

「そもそも、忍び込んだらタカトシの気配察知の網にかかって警備室に突き出されるのがオチですって」

 

「それもそうだね」

 

 

 七条家のセキュリティシステムよりタカトシ君の気配察知能力の方が上だという萩村さんの言葉に、私も森さんも特に疑問を抱かなかった。普通ならおかしいと思うはずなんだけど、タカトシ君ならそれくらいできて当然だと思ってしまうのよね……




タカトシセキュリティの信頼の高さ


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ちょっとした贅沢

本当にちょっとしたです


 部屋の熱気に嫌気がさしたのか、タカトシ君が屋敷の外へ出ていったのを見て、私は後を追う。こっそりついて行こうとしても気付かれるので、ここは敢えて堂々と追い掛けたのだ。

 

「アリアさん、どうかしました?」

 

「タカトシ君の方こそどうしたの? パーティ、楽しくない?」

 

「いえ、適度に楽しませてもらいました。ただあの連中のように考えなしで盛り上がれはしないですね」

 

 

 部屋の中で大盛り上がりの四人のことを言っているのだろうと、考えるまでも無く理解出来た。

 

「お友達なんだから、そんなこと気にしなくていいのに~」

 

「いえ、少しくらいは気にしておかないと。これが当たり前だと思ってしまうのはいけません」

 

「タカトシ君は真面目だな~。タカトシ君なら、今すぐにでも当たり前にできるのに」

 

 

 私がどういう意図でそのセリフを言ったのか、理解できないタカトシ君ではない。彼は少し真面目な表情になり、そしてため息を吐いた。

 

「アリアさんだけではなく、他の皆さんの気持ちはありがたいと思っています。ですが、まだ答えを出すことはできません」

 

「分かってるよ。タカトシ君はとりあえずでお付き合いを始めるような人じゃないもんね。もしそんな人だったら今頃、畑さんのゴシップ記事の餌食になってるだろうし」

 

「そんなにできた人間ではないですが」

 

「そんなこと無いと思うよ。少なくとも私たちの中では、タカトシ君が一番人間ができてるって。横島先生を含めてもね」

 

「あの人と比べられてもうれしくは無いですね」

 

 

 タカトシ君と横島先生、どちらが生徒会顧問として相応しいかと問われれば、タカトシ君と答えるだろう。彼はまだ学生なのに、教師である横島先生よりも信頼できる。これは私だけではなくシノちゃんやスズちゃんだってそう答えるだろう。もしかしたら、横島先生もそうかもしれない。

 

「とりあえず中に戻ろうよ。そろそろ寒くなってきたし」

 

「……そうですね。俺に付き合わせてアリアさんが風邪をひいたなんてことになったら、出島さんに何を言われるか分かりませんし」

 

「そんな酷いことは言わないと思うよ? 精々責任取って完治まで看病しろくらい?」

 

「むしろあの人が付きっ切りで看病しそうですけどね」

 

「ありえそうだね~」

 

 

 出島さんのことだから、私のお世話をすることで興奮するなんてことがあるかもしれない。あの人は本当に私のことが大好きだから。

 

「それじゃあ、パーティの続きを楽しもう」

 

「適度に付き合いますよ」

 

 

 タカトシ君に手を伸ばし、彼がその手を取ってくれる。ただそれだけのことなのだが、こんなにも嬉しいのは私が本気でタカトシ君のことを想っているからなんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散々盛り上がった結果、最終的にカラオケでの点数対決に発展し、シノっちが優勝した。私もカラオケには自信があったんだけども、シノっちには敵わないか……

 

「クッ、まさかこの私が敗れるとは……」

 

「残念だったな、コトミ。今回は私が勝者だ」

 

「楽しかったっすね」

 

「ユウちゃんは何でも全力で楽しむんだね」

 

「当然っすよ。楽しめる時に楽しんでおかないと、何時補習になるか分からないっすから」

 

「その気持ちは分からないけど、楽しめる時に楽しむのは賛成」

 

 

 いつの間にか部屋からいなくなっているタカ君の事を思い、私はユウちゃんの考えに賛同する。タカ君がいてくれるから私たちが全力で楽しめてるということは分かっているのだが、タカ君ももう少し頭のねじを緩めて盛り上がっても良いと思う。

 

「それでは勝者から敗者へ命令だ」

 

「な、何をさせる気です?」

 

「ここにコーラがある。これを一気飲みしろ!」

 

「それくらいなら――」

 

「そしてゲップをせずに寿限無を言い切れ!」

 

「そもそも寿限無が分かりません!」

 

 

 シノっちとコトちゃんの遣り取りを微笑まし気に眺めていると、タカ君とアリアっちが手を繋いで部屋に戻ってきた。

 

「アリアっち、抜け駆けは許さないよ?」

 

「これはただのエスコートだよ~。それに、カナちゃんだって結構抜け駆けしてるんじゃない? タカトシ君と同じ屋根の下で生活してるようなものなんだし」

 

「それを言われると辛いですね」

 

 

 確かにタカ君とスキンシップする機会は私が一番多いのかもしれない。料理を一緒にして味見をお願いしたり、ちょっと高い場所にあるものをタカ君に取ってもらい、その際にちょっとタカ君の胸板の感触を楽しんだりと、言われれば抜け駆けとも思えることをしているんですね、私は。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

 

 

 私とアリアっちが言い争っている隙に、タカ君はアリアっちから手を離して部屋の隅へ移動してしまう。もう少しタカ君の側に居たかったアリアっちは、少し残念そうに手を見詰めていた。

 

「今アリアっちと手を繋げば、間接的にタカ君と手を繋いだことに!?」

 

「カナちゃんはそんなことをしなくてもタカトシ君と手を繋げるチャンスはあるんじゃないの~?」

 

「まぁ、そうなんですけどね」

 

「それにしても、タカトシ君の気持ちを手に入れるのは難しそうだね~」

 

「何を話していたのです?」

 

「えー内緒」

 

 

 アリアっちが可愛らしくウインクして見せたので、私は強く踏み込めなくなってしまった。同性でもこれだけ見惚れるのだから、タカ君以外の男性が視たらどうなっていたことか……まぁ、アリアっちがタカ君以外の男性にウインクをするとは思えないけども。




コトミはダメだな…


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夜中の宅配

宅配で良いのかは微妙ですが


 パーティーがお開きになり皆さんが部屋に戻っていったので、これからが私の仕事ということですね。まずはしっかりと衣装に着替えて、寝静まったら部屋を訪れて枕元にプレゼントを置く。

 

「そのついでにお嬢様の寝顔を鑑賞して……グフフフフ」

 

 

 普段であればお嬢様の部屋に忍び込むなんて旦那様に怒られる案件だが、今回は合法的にお嬢様の部屋に入ることができる。

 

「あわよくばお嬢様の寝顔を激写して、それで暫く欲求を満たすことも……」

 

 

 ここ最近は畑様からお嬢様の写真を購入できるので盗撮することもなかったのですが、やはり寝顔ともなると畑様でも撮ることが難しい。そもそもこの屋敷に忍び込んだ時点で御用となるので、畑様がお嬢様の寝顔を撮るチャンスは私以上に少ないのですから。

 

「そうと決まれば、まずはお嬢様の部屋から……」

 

 

 全員分のプレゼントが入った袋を担いで廊下を進み、笑い声でバレないようにゆっくり歩いていたら、腰に鈍い衝撃が走った。

 

「ま、まさか……」

 

 

 気のせいだと思いたかったが、身体は正直だ。腰に衝撃が走ってすぐ、私は歩くことができなくなりその場に倒れ込む。

 

「こ、このままではよいこの皆様にプレゼントを配ることが……お嬢様の部屋に合法的に入ることが……お嬢様の寝顔が……」

 

 

 はいつくばってでもプレゼントを配ろうとしていた私の目の前に――

 

「何してるんですか?」

 

「つ、津田様……」

 

 

――私の独り言を聞いて呆れている顔をしている津田様が立っていました。

 

「興奮し過ぎて腰が……」

 

「ぎっくりですか?」

 

「そ、そこまで酷くは無いと思いたいのですが……この現状を見るにそうかもしれません……」

 

 

 まだまだ若いと思っていましたが、こういうのは年齢関係なく突然やって来るものですからね……

 

「ちょっと失礼します」

 

 

 津田様が私の背後に回り込んで、腰の辺りを軽くマッサージしてくれ、私は何とも言えない快感を味わう。

 

「き、気持ちいい……」

 

「応急処置はしましたので、明日――いえ、日付が変わってるので今日ですか。一日大人しくしていれば大事には至らないと思いますよ」

 

「ですが私の仕事はこれからが本番でして……」

 

 

 私の横に置いてある袋に目を向け、津田様は苦笑いを浮かべていました。

 

「それは明日、直接手渡すしかないのでは? この状況では配って歩くなんて無理でしょうし」

 

「せっかくコスプレまでしたのに……」

 

 

 どうにかしてプレゼントを配れないかと考え、私は一つの答えにたどり着いた。

 

「というわけですので津田様、後はお願いいたします」

 

「……俺が皆さんの部屋に配って歩けと?」

 

「津田様にしかお願い出来ないのです」

 

 

 嫌そうな顔をしていた津田様ですが、私が頼み込むと渋々引き受けてくださいました。これでお嬢様たちの喜ぶ顔が見れますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんから任されたプレゼント配りを終わらせる為に、俺は皆さんの部屋を訪ねることになってしまった。

 

「まったく、何でこんなことを……」

 

 

 先にコトミ、広瀬さん、青葉さんへのプレゼントを配り終え、次からは上級生の部屋だ。

 

「と言っても、皆さん寝てない様子ですし……」

 

 

 シノさんは偶々目を覚ました様子だが、義姉さんは部屋におらず、アリアさんは部屋で読書でもしている感じだ。

 

「部屋の前に置いていくのも違うしな……」

 

 

 出島さんの計画に付き合う必要など無いのだが、部屋の前に置いていくのは違うと俺でも分かる。

 

「やれやれ、ここは素直に説明してプレゼントを配っていくか」

 

 

 一番面倒が少なさそうなシノさんの部屋から配っていくことにして、俺はゆっくりとドアを開けて部屋の中に入り――

 

「会長、出島さんからです」

 

「なにっ!?」

 

 

――布団にもぐって変な妄想をしているシノさんに事務的に語り掛けた。

 

「出島さんがプレゼントを用意していたというだけの話ですよ」

 

「だが何故タカトシが配ってるんだ? 出島さんが用意していたのなら彼女が配れば良いじゃないか」

 

「本人はそのつもりだったようですが、プレゼントが重かったのか腰をやってしまいまして……それで俺が押し付けられたというわけです」

 

「そう言うことだったのか……だが何故タカトシは出島さんが腰をやったと知っているんだ?」

 

「あぁ、人の部屋の近くで蹲ってましたから……さすがに気配で分かりますし、あのまま放置しておくのもあれだったんで、部屋まで運びましたから」

 

「で、出島さんをお姫様抱っこしたというのか?」

 

「いえ、橋高さんに頼んで担架を用意して運びました」

 

 

 何か勘違いしているようだったので、俺は事実だけを淡々と告げてシノさんの部屋を後にする。次は義姉さんの部屋だが、あの人は何故俺の部屋にいるんだ?

 

「とりあえずプレゼントだけを置いてアリアさんの部屋に事情を説明しに行くか」

 

 

 どうせろくでもないことを考えていたんであろう義姉さんの事は放置して、俺はアリアさんの部屋へ向かう。出島さんは「出来れば寝顔を……」と言っていたが、隠し撮りなんてするつもりは無いし、そもそも寝ていない人の寝顔なんて撮れるはずもない。俺はそう考えながらアリアさんの部屋の扉をノックした。

 

『どうぞ~』

 

「失礼します。これ、出島さんからのクリスマスプレゼントです」

 

「ありがと~。でも何でタカトシ君が?」

 

 

 この後アリアさんにもシノさんと同じ説明をして「せめてそれっぽくした方が良いよ」と言われ、何故かトナカイの着ぐるみを着ることに……配るのはサンタで、トナカイじゃないと思うんだが……




何時も以上に事務的なタカトシ……


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プレゼントの中身

選んだ相手が相手ですから……


 妙な時間に目が覚め、私は時計を確認する為に手を伸ばして携帯を見る。

 

「夜中の二時前……慣れない場所で緊張しているのかしら」

 

 

 七条家には何度かお泊りしたことがあるが、やはり慣れない。私が使っているベッドよりも明らかに高級な物だし、部屋だってここまで広くも無い。一般家庭とお金持ちの家を比べては駄目だと分かっているのだが、これが客間の一つだと言うのは未だに信じられない……

 

「そういえば七条家でクリスマスプレゼントを用意しているとか言ってたけど、さすがに部屋に入り込んで置いていくなんてことは無いわよね……」

 

 

 サンタを信じているなんて子供っぽいことは無いが、あの出島さんならそれくらいの演出はしそうだと思っている。だが枕元を見てもプレゼントなど置いていないので、朝食の席で配るのだろうと考え、もう一度寝ようとしたところで――

 

「(何か物音が聞こえたような……)」

 

 

――扉の外で音がした気がした。

 

『スズ、ちょっといいか?』

 

「タカトシ?」

 

 

 こんな時間にタカトシが私の部屋を訪ねてくるなんて……いったい何の用かと思い扉を開けるとそこにいたのは――

 

「トナカイの化け物っ!?」

 

「俺だって……」

 

 

――トナカイの着ぐるみを着たタカトシがいた。頭を外してくれたのでとりあえず冷静さを取り戻し、タカトシを部屋に招き入れる。

 

「それ、どうしたの」

 

「あぁ、実は――」

 

 

 ここに来るまでの経緯を説明してくれたタカトシに、私は同情的な視線を向ける。

 

「アンタも大変ね……」

 

「それっぽい恰好って言われてもな……」

 

 

 動きにくいし声は篭るしと、タカトシは七条先輩の案に文句を言いながらも突っぱねることはしなかったと説明してくれた。

 

「とりあえず、これは出島さんからのプレゼントだ」

 

「何が入っているのかしら?」

 

「さぁ? それは聞いてない。ただ色で渡す人は決まっているからとしか言われてない」

 

「この暗闇で良く色の識別ができるわね……普通なら真っ暗よ?」

 

「部屋の前で確認すればいいだけだろ。それで後はその位置からプレゼントを取って置けば良いだけだし」

 

「簡単に言ってるけど、結構大変だと思うわよ?」

 

 

 配置を覚えたからと言って、運んでる間にズレるかもしれないし、取る際に間違えるかもしれないのに、タカトシはその心配を一切していない様子。相変わらず私の常識の中にいない男よね。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

 

「そう……ありがとう」

 

「どういたしまして、でいいのか? お礼は出島さんに言ってくれ」

 

 

 タカトシが部屋を出ていって、私は電気を消してもう一度寝ようとして――

 

『ヴィィィィィィ』

 

「なんてもんプレゼントしてるんだ、あの人はー!」

 

 

――箱が振動し始めたので中身を察知し、部屋で寝ているであろう出島さんに文句を大声て叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か大声が聞こえたような気がして、私は目を覚ます。

 

「何かあったのかな……」

 

 

 時計を見たら夜中の一時過ぎ。こんな時間に大声が聞こえるなんて普通ならあり得ないと思いながらも、この家なら何かあってもおかしくは無いなと思ってしまう。

 

「私もそれだけ毒されてるってことか……」

 

 

 七条さんともそれなりに付き合いが長くなってきたので、七条家で何か行われても不思議ではないと思ってしまうくらい、私も考えがズレてきているということなのだろう。

 

「何か寝汗を掻いちゃった……着替えよう」

 

 

 パジャマの上を脱いだタイミングで扉がノックされ、私は特に考えずに扉を開けた。

 

「えっ?」

 

「……後ろを向いておくからさっさと服を着てくれ」

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

 

 開けた先にはトナカイの格好をした――視界が悪くなるので頭は外した状態――のタカトシ君がいて、私の格好を見てすぐに回れ右をしてなるべく見ないで済ませてくれた。

 

「本当にごめんなさい」

 

「さすがに服を脱いだ状態だとは思ってなかった……というか、サクラがそんな恰好でいるわけ無いと思ってたから、深く探らなかった俺の失敗か……」

 

「ううん、自分の格好を考えずに扉を開けた私の失敗だよ……タカトシ君は悪くないって」

 

 

 いくら好意を寄せている相手とはいえ、恥ずかしい恰好を見せてしまったので何だか居心地が悪い。というか、何で気にせず開けちゃったんだろう……

 

「と、ところでタカトシ君はこんな時間にそんな恰好でどうしたの?」

 

「あぁ、出島さんの代役」

 

 

 そう言って事情を説明しながらタカトシ君はプレゼントを取り出して渡してくれた。

 

「ありがとうございます」

 

「さっきスズにも言ったが、お礼は出島さんに言ってくれ。別に俺からってわけじゃないんだし」

 

「それもそうだね。あっ、これ私からタカトシ君にって」

 

「俺に?」

 

 

 私は鞄から取り出したプレゼントをタカトシ君に手渡す。会長が言っていた「個人的なプレゼント」なのだが、皆さんの前で渡す勇気がなかったのでしまっていたのだ。

 

「ありがとう。今度お返しを用意しないとな」

 

「別にいいって」

 

「貰いっぱなしじゃ落ち着かないんだ。今度一緒に出掛けて何が欲しいか選んでくれ」

 

「う、うん……それじゃあ、今度ね」

 

 

 しれっとデートに誘われたが、タカトシ君は深く意識していないし、私も気にし過ぎないようにしないと……




また無自覚ラブコメ臭が……


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配達者の正体

出島さんでなければこの人しかいません


 朝目が覚めたら枕元にプレゼントが置いてあったので、私はてっきり七条家の人が寝静まってから配ったのだろうと思っていた。だが天草さんや七条さんがチラチラとタカトシ君のことを見ているのが気になる。

 

「まさかタカトシ君があんな時間に部屋を訪ねてくるなんてね~」

 

「遂に目覚めたのかとドキドキしたが、寝たふりもあっさりバレてしまったしな……普通にプレゼントを置いていかれた」

 

「私は少しお話したけどね~。お陰でぐっすり寝られたけど」

 

「ちょっと待ってください! このプレゼントってタカトシ君が配ってたんですか!?」

 

「何だ五十嵐、知らなかったのか?」

 

「普通に寝てましたし、タカトシ君が配ってるなんて思いませんよ……」

 

 

 まさかタカトシ君に夜遅く女子の部屋を訪ねる趣味が――なんて勘違いはしないけども、寝顔を見られたと思うと少し恥ずかしい……まぁ、そのタカトシ君は今、ぎっくり腰で動けない出島さんの代わりに働いているのだけども。

 

「お待たせしました」

 

「ゴメンね~タカトシ君。お給料はちゃんと出すから」

 

「気にしなくて良いですよ。元々何もしないでいるのが落ち着かなかったのでこれくらいは」

 

「でも出島さんの代わりに夜の配達から朝の配膳までやらせちゃって」

 

「夜の配達って、何だかイヤラシイですよね~」

 

「お前は貰ったプレゼントを没収されたいのか?」

 

「はい、黙ります!」

 

 

 コトミさんが余計なことを言ったのを一睨みで黙らせ、タカトシ君は黙々と配膳を済ませ厨房へ下がっていってしまう。

 

「やっぱりタカ君は働き者ですね。お義姉ちゃん、嬉しくて泣きそうです」

 

「そういえばカナ! お前タカトシの部屋に忍び込んだんだってな!」

 

「はい、そうですけど?」

 

 

 全く悪びれた様子の無い魚見さんに、天草さんが語気を強めて迫る。

 

「我々の間にある同盟規約を知らないわけじゃあるまい? お前は抜け駆けをし過ぎなんだ」

 

「私は別に同盟に参加しているわけじゃありません。それはあくまでも桜才学園生徒会の中の同盟ですよね? 私はそもそも桜才の生徒ではありませんし、タカ君のお義姉ちゃんとして部屋を訪ねたまで。それともシノっちは、私がタカ君に夜這いを掛けようとしたと? 万が一そう考えていたとしても、タカ君に返り討ちにされた挙句に部屋に連れ戻されてベッドに縛り付けられ朝まで放置されるのがオチです」

 

「それは……あり得そうだな」

 

 

 さすがにそこまではしないとは思うけども、私も天草さんにおおむね同意する。タカトシ君が部屋に忍び込まれたことに気付かないわけ無いし、大人しく魚見さんにやられるはずもない。

 

「そもそも私の事を抜け駆けしていると責める前に、もっと抜け駆けしてる人がいると思うんですけど?」

 

「誰だ?」

 

「サクラっち!」

 

「は、はい?」

 

 

 急に指差されて、森さんが少し驚いた顔で魚見さんに返事をする。彼女はそれ程抜け駆けしているようには見えないが、タカトシ君との距離が圧倒的に近いのは彼女だ。抜け駆けしているように思えても不思議ではない。

 

「お義姉ちゃんは誤魔化せませんからね? 貴女、後日タカ君とお出かけする約束をしているでしょう」

 

「え、えぇ……タカトシ君にプレゼントを渡したら、用意してないから今度一緒に選びに行こうって言われましたけど」

 

「なん…だと……」

 

「まさか本当に個人的なプレゼントを用意していたとは……」

 

「あ、あれ? だって会長が用意しても良いって言っていたので、全員分用意しているんですけど……」

 

 

 そう言って森さんは、私たちにもプレゼントを手渡し始めました。

 

「そう言うことでしたか。お義姉ちゃん、勘違いしちゃったみたいです」

 

「だが待て! タカトシとお出かけする事実は変わりないんだぞ!? 勘違いで済ませて良いのか?」

 

「タカ君とお買い物くらい、私だって経験済みです。シノっちたちだってあるんじゃないですか?」

 

「それはそうだが……だがあくまでも生徒会としてだ! 個人的にお出かけなど……」

 

「それなりにしてるよね~」 

 

「というか会長。タカ兄がサクラ先輩とお出かけしたからって、デートみたいな感じになるとは思えませんけど~?」

 

「それは……そうだが……だがアイツらは無自覚カップルの空気を醸し出すから、見ている方はモヤモヤするだろ!?」

 

 

 天草さんの発言に、魚見さんが呆れた目で天草さんを見詰めます。今の発言のどこかに呆れる箇所なんてあったかしら?

 

「シノっち……まさかとは思いますが、二人のお出かけの尾行するつもりですか? タカ君に気付かれて怒られるのがオチですから、大人しくしてた方が良いですよ?」

 

「そもそもサクラちゃんがここにいるのに尾行宣言なんて、タカトシ君に気付かれる前に終わってると思うけど~?」

 

「というか、さすがに尾行なんて見過ごせませんよ」

 

「な、何だよ寄ってたかって……キス経験者だからって」

 

「私はしてませんけどね」

 

「カナは同棲ごっこしてるだろうが!」

 

 

 天草さんに言われ、私と七条さんは少し照れ臭そうに自分の唇に触れる。自分でも分かっているのだが、こんなに分かり易く照れるなんて……

 

「兎に角シノっちは大人しくしててくださいね? タカ君の恋路を邪魔すのは私としても本意ではないですから」

 

「わ、わかった……」

 

 

 タカトシ君にだって自由に恋愛する権利はある。それは私も分かっているのだが、天草さんの気持ちも分かってしまう。これって私が欲張りなのかな……




嫉妬する気持ちも分からなくはない


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お返し選び

タダのデートですね


 七条家でのクリスマスパーティーから二日後、私はタカトシ君とお出かけする為に待ち合わせ場所に向かっている。七条家では天草さんや萩村さんから睨まれたりしましたが、別に疚しいことではないので気にしないでおこうと決めたのですが、どうしても尾行の不安は拭い去れません。

 

「七条さんがあちら側に居ますし、最新技術を駆使して監視されていたりするかもしれませんしね……」

 

 

 あの家は何でもできると噂されているくらい系列会社が多いから、それくらいできて当然な気もします。そうなるとタカトシ君でも気付けない可能性もあるわけで、後で何を言われるか分かりませんね……もちろん、普通にお出かけするだけなので、気にしなくて良いような気もしますが。

 

「えっと待ち合わせはあの場所だから……」

 

 

 待たせたら悪いなってことで、十分前に到着したのだが、タカトシ君の姿は無い。彼の事だから早めに着いてるかもしれないって思ったんだけど……

 

「本当にありがとうございました」

 

「気にしないでください」

 

「ですが!」

 

「結果的に何も盗られなかったんですから、そこまで気にしなくても」

 

「タカトシ君?」

 

 

 私が来た反対側からタカトシ君と、何やら恐縮している女性グループがやってきて、私は何事かと思い声を掛けた。

 

「あぁサクラ。待たせてゴメン」

 

「まだ時間前だけど……それより、この人たちは?」

 

「あぁ、彼女のバッグがひったくられそうになったから、その犯人を追い掛けて取り返しただけ」

 

「本当にありがとうございました! このバッグ、お母さんからもらったもので、大事にしていたので」

 

「中身、大して入ってないもんね~」

 

「それは関係ないでしょ!」

 

「本当に気にしないでください。偶々目について追い掛けただけですから」

 

 

 さらっと言っているが、ひったくりを追い掛けるなんて普通はできないと思うんだよね……自転車か、最悪バイクという可能性だってあるのに。

 

「何かお礼を……」

 

「お気持ちだけで大丈夫ですよ。それに、貴女たちもどこかに出かける予定なのでしょうし、その邪魔はしたくありませんので」

 

「本当にありがとうございました! この御恩は忘れませんので」

 

「は、はぁ……」

 

 

 身を乗り出してお礼を言ってくる女性に、タカトシ君は引き攣った笑みを浮かべているが女性は特に気にせず、もう一度頭を下げて去っていく。

 

「あの人たち、タカトシ君が高校生だって分かってたのかな?」

 

「いや、どうだろう……明らかにあの人たちは社会人っぽかったが……」

 

「というか、やっぱりタカトシ君の方が先に到着してたんだ」

 

「五分くらい前だけどな」

 

「それでさらっと犯人確保しちゃうんだから、タカトシ君って自分がどれだけ凄いか自覚してるの?」

 

「凄い? 俺が?」

 

 

 やっぱり無自覚だったようで、私は苦笑いを浮かべてしまい、タカトシ君に不審がられてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プレゼントのお返しと言っても、俺にそう言った類いの経験は無い。コトミに誕生日プレゼントを買う感覚とは違うということだけは分かっているが、個人に贈り物という経験は皆無に等しい。

 

「何をあげれば良いんだ?」

 

「タカトシ君でも分からないことがあるんだね」

 

「サクラは俺を何だと思ってるんだ……」

 

 

 俺にだって分からないこと、知らないことくらいある。だが何故か周りの人間は俺に聞けば解決するという雰囲気で尋ねてきたりするのだ。

 

「こう言うのは気持ちだから、余程おかしなものじゃない限り大丈夫だよ」

 

「そうなんだが……」

 

 

 ちなみに、俺がサクラからもらったのは黒の長財布。前まで使っていた財布がボロボロだったのをしっかり見ていたようだ。買い替える予定だったが、まさか買ってもらえるとは思っていなかったので嬉しかった。

 

「(そう言うことか……)」

 

 

 相手の事を観察し、相手が欲しいと思っている物を探す。プレゼント選びは相手を喜ばせたいという気持ちなのだろう。

 

「サクラ、ちょっと待っててくれ」

 

「えっ、うん」

 

 

 何を買うかを決め、さすがに本人の前でそれを選ぶ勇気がなかったので別行動を申し出て、俺は目的の物が売っている店へ入り、会計を済ませサクラの許へ戻る。

 

「お待たせ」

 

「五分も待ってないよ。それに、さっきは私が五分タカトシ君を待たせちゃったから、これでお相子ということで」

 

「そうだな」

 

 

 これがコトミだったら何か奢らされていただろうが、サクラはそんなこと言わなかった。まぁ、コトミの方ががめついだけなんだろうが。

 

「それで、何を買ってくれたの?」

 

「大したものじゃないがな」

 

 

 そう言って買ってきたばかりの物をサクラに手渡す。

 

「手袋とマフラー?」

 

「もう持ってるだろうけど、気分で変えるのもありかと思ってな。普通のデザインだから、登校中でも怒られないだろうしな」

 

「ありがとう! 今年、買い替えようか迷ってたんだよね」

 

「なら良かった」

 

 

 流行とか、そういった類いのことは分からなかったが、サクラが喜んでくれているようで一安心だ。

 

「何だか互いに買い替えようとしてたものをプレゼントした感じになっちゃったね」

 

「そうだな。だが俺はサクラが手袋とマフラーを買い替えようと考えてたなんて知らなかった」

 

「私も。愛着があるのかもしれないと思ってたんだけどね」

 

「つまり、互いに知らなかったということか」

 

「だね」

 

 

 何だかおかしい感じになり同時に吹き出す。とりあえずサクラが喜んでくれてよかった。




誰か見てたら発狂案件だな……


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怒涛の忙しさ

家にいても忙しいなんてな……


 今年のお正月は何処かに出かけることもなく、珍しく両親も帰ってきていたので家で過ごした。親戚の子なんかも来て遊んでったけども、結局忙しそうにしていたのはタカ兄一人だけで、大人たちは昼からお酒、私は親戚の子たちと遊びたおしたのだ。

 

「やっと静かな日が戻ってきた……」

 

「タカ兄、まだ年明けてそんなに経ってないのに、凄く疲れた顔してるよ?」

 

「何時もはお前の相手だけしてればいいからまだマシだってことを思い知らされた気分だ」

 

 

 お母さんもお父さんも、殆ど家では仕事をしなかったので、料理などはタカ兄が用意していた。お母さんは最低限「手伝おうか?」と尋ねていたけども、今この家のキッチンはタカ兄の領域なので、お母さんが手伝ってもあまり役に立てなかっただろう。タカ兄も断っていたことを考えると、恐らくそんな感じだ。

 

「今日くらいはゆっくりさせてくれ……」

 

「そんなタカ兄に悪い報せがあるんだけど……」

 

「何だ?」

 

 

 タカ兄の目が鋭くなったのを受けて、私は一歩引きながらさっき届いたメッセージをタカ兄に見せることに。

 

「……シノさんたちがパリィを連れて家に来るのか」

 

「どうしてタカ兄にメッセージを送らなかったのか分からないけど、そういうことです。ちなみに、私はこの後トッキーとマキと遊びに行くので」

 

「小遣いはあげないからな」

 

「それも分かってます……」

 

 

 親や親戚からお年玉をもらったばかりなので、懐はそこまで寒くない。まぁ、タカ兄は全額返していたけども、私はまだそこまでの境地に達していないのでありがたく使わせてもらおう。

 

「くれぐれも無駄遣いしないように」

 

「心得ていますって。タカ兄、ますますお兄ちゃんって言うよりお母さんみたいになってるよ」

 

「お前がしっかりしてれば、俺だってこんな感じにはなってなかっただろうよ」

 

「それは…そうかもしれませんね……」

 

 

 自分がタカ兄に迷惑を掛けている自覚があるので、私は視線を逸らしながら自分の部屋に逃げ込み、出かける準備を済ませてそそくさと家を出ることにした。

 駅に向かう途中でひときわ目立つ集団が見えたので、一応声を掛けておく事にした。

 

「会長、先輩方、あけましておめでとうございます」

 

「コトミか。どこかに行くのか?」

 

「はい。トッキーとマキと遊びに行くんです」

 

「つまり、今家にはタカトシ君一人?」

 

「珍しく疲れてますけど、皆さんが来ることは伝えてありますので」

 

「疲れてる? タカトシが?」

 

 

 スズ先輩が珍しいとでも言いたげな表情で首を傾げたので、私はここ数日のことを話してあげた。

 

「――というわけです」

 

「何だか悪いタイミングだったかもな」

 

「でも、ここまで来たらタカトシの家で遊びたい」

 

「パリィちゃんのそういう所は凄いと思うな~」

 

「タカ兄も皆さんが来ることを拒否はしていなかったので、多分大丈夫だと思いますよ」

 

 

 私の根拠のない言葉に、スズ先輩だけが顔を顰めたけども、シノ会長やアリア先輩、パリィ先輩は遊びに行くことで頭がいっぱいの様で反応はしなかった。まぁ、タカ兄ならこの四人を相手にしても倒れることは無いだろうし、さすがに暴走もしないだろうから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミが言っていたように、タカトシは何処か疲れている感じだったが、パリィが興味を示したおもちゃの説明をして、今はキッチンに引っ込んでいる。

 

「うりゃ!」

 

「うわぁ!?」

 

 

 会長は相変わらず負けず嫌いが発動しているようで、初めてのパリィ相手に容赦なく羽根つきで無双している。

 

「落としたから罰ゲームだな!」

 

「うぅ……シノに汚された」

 

「スズちゃん」

 

「何ですか?」

 

 

 私の隣で見学していた七条先輩が、何か楽しそうな顔で私に耳打ちをしてきた。

 

「今のパリィちゃんのセリフ、とってもエロくなかった?」

 

「そんな風に聞こえる七条先輩の耳がエロいんだと思いますよ」

 

 

 私一人では七条先輩の相手をするので手一杯なので、さっきから会長やパリィが暴走しても放置している。もちろん、何かを壊すような暴走ではないからだ。

 

「次はこれだ!」

 

「福笑い?」

 

「これ、どうやって遊ぶの?」

 

 

 パリィに福笑いの遊び方を説明し、早速挑戦してもらうことに。これは下手なら下手なほど笑えるので、初めてのパリィならきっと面白い結果になるだろうと思っていたのだが――

 

「できた!」

 

「おぉ! 見事なア〇顔!!」

 

「これは芸術ね!」

 

 

――無駄に上手い分、何も言えなくなってしまった。

 

「何を騒いでるんですか、全く……」

 

 

 キッチンから何かを持ってきたタカトシが、騒いでいる三人に呆れている視線を向け、何故か七条先輩はクネクネと動き出した。

 

「それは?」

 

「あぁ、寒そうだったから甘酒をね。洗濯物とか片付けてくるから、三人のことは任せたよ、スズ」

 

「えっ、ちょっと!」

 

 

 そそくさとこの場を離れるタカトシの背に手を伸ばすが、私では届かない。別に私の手が短いからではなく、タカトシの動きが早いからだ。そうに違いない。

 

「これ美味しい」

 

「さすがはタカトシだな!」

 

「何時でもお嫁においでって感じだよね」

 

「おいおい、タカトシは嫁じゃなくて婿だろ?」

 

「七条グループの総帥になれる器だと思うんだけどな~」

 

「それは絶対に許さん!」

 

 

 本人がいないので絶好調な二人を無視して、私はタカトシが用意してくれた甘酒を飲む。本当に、見ていない様でちゃんと見てるところはお母さんっぽいのよね……彼、男なんだけど……




何処に行っても活躍できるだろうなぁ


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タカトシの気苦労

後輩からも心配される始末……


 コトミとトッキーと三人で出かけているのだが、コトミが何処か心配そうな顔をしているのが気になる。普段なら何も考えていないような感じで遊んでいるのに、何か気掛かりなことでもあるのだろうか。

 

「コトミ、何か心配事?」

 

「へっ? 何で?」

 

「いや、心ここに在らずって感じだし」

 

 

 伊達に中学時代からの付き合いではない。コトミの表情の変化くらい気づけるので、私はそう指摘したのだが、コトミは驚いた様子で私を見てくる。

 

「何?」

 

「マキは私のことよく見てるなーって思っただけ」

 

「コトミは分かり易い方だと思うけど?」

 

「そうかな? まぁ、確かにタカ兄と比べたら分かり易いかもしれないけどさ」

 

「……どうしてそこで津田先輩の名前が出てくるわけ?」

 

 

 何となく自分に都合の悪い話題になりそうな予感がしたが、どうやらコトミに私をからかう意思は無かったようで、素直に事情を話してくれた。

 

「――というわけなんだよね。疲れてるのに嫌そうな顔をしなかったけど、内心は嫌なんじゃないかって思ったり」

 

「まぁ津田先輩なら顔に出さないだろうし、何より普段からコトミの相手をして嫌な顔してないんだから、表情から読み取ろうとしても無理だよ」

 

「まぁ、私も兄貴には世話になってるから分かるけど、あの人は顔には出さないよな」

 

「トッキーまで……」

 

 

 トッキーも津田先輩にはお世話になることが多いので分かっているようだが、あの人は相手に自分の心情を見せないのだ。もちろん、心を許している相手になら見せるのかもしれないが、私たちではそこまでの関係を築けていないので、津田先輩の本音を窺い知ることはできない。

 

「他人の私たちは兎も角、どうしてコトミは分からねぇんだよ?」

 

「そりゃ、コトミが悩みの種だからじゃない? 中学時代から酷かったし」

 

「今は多少なりともマシになってるよ!」

 

「本当に少しでしょう? この間のテストだって、津田先輩がいなかったら赤点だったんでしょう?」

 

「そ、そんなこと無いと思うけど……」

 

 

 急に自信が無くなったような表情になったコトミを見て、私は津田先輩の苦労の一端を見たような気がして、思わずため息を吐いてしまう。

 

「今年はあまり津田先輩に負担を掛けないようにした方が良いんじゃない? トッキーもだけど」

 

「「ハイ……」」

 

 

 自分たちでも分かってはいるようだが、どうしようもないと言いたげな二人を見て私は、今年も津田先輩は大変な思いをするのだろうなと思い、どうにか手伝えないかと頭を悩ませたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 散々遊びたおしたパリィちゃんだったけども、一番気に入ったものはこたつという、何ともダラダラした結果に落ち着いた。ちなみに、私たちもこたつでぬくぬくしながら過ごしている。

 

「これって、タカトシの家である必要あったんですかね?」

 

「確かに、こたつなら私の家でも、萩村の家でもあっただろうしな……」

 

「でも、お正月遊びのおもちゃは無かったんじゃない?」

 

「まぁ、遊ぶ年齢じゃないしな」

 

 

 タカトシ君はまたキッチンで何か作業をしているので、この部屋には私たちだけしかいない。普通なら他人の家でこんなにダラダラなんてできないだろうけども、何回も訪れているとそう言った緊張感は無くなってしまうのだなと、そんなことを考えていると、スズちゃんが私を見詰めていた。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、さっき言っていたことが気になりまして」

 

「さっき?」

 

 

 何の話かと首をかしげていると、スズちゃんがもったいぶらずに教えてくれた。

 

「タカトシを七条グループの総帥にって話です」

 

「あぁ、その話か~」

 

「まさかアリア、本気でタカトシを七条家に迎え入れるつもりじゃないだろうな!?」

 

「私は何時でもOKだけど、タカトシ君にその気がないしね~。もしタカトシ君が本気になったのなら、何時でも迎え入れる準備はできてるんだけど」

 

 

 お父さんにもタカトシ君のことは伝わっているようで、以前本気でタカトシ君のことを調べていたとお母さんから聞いたことがある。だが、調べていた人の方がタカトシ君に見付かって素性を調べられた為、具体的なことはお父さんの耳には入っていないのだが。

 

「アリアが本気でタカトシ攻略に挑んだら、私や萩村など相手にならないだろうな……」

 

「何処を見て言ってる?」

 

「べ、別に他意はないからな? 身体的なスペック以外でも勝てないだろ?」

 

「それは、まぁ……七条先輩はお金持ちですし、強運の持ち主ですし」

 

「そんなことないよ~」

 

 

 謙遜しているとパリィちゃんが興味津々な顔をしているのが目に入り、何が楽しいのだろうと気になってしまった。

 

「パリィちゃん、何がそんなに楽しいの?」

 

「恋バナ! 三人ともタカトシに恋してるんだね!」

 

「そ、そんなにハッキリ言うこと無いだろ!?」

 

「そうだよ~。人に言われると恥ずかしいんだから」

 

「べ、別にタカトシのことなんて何とも想ってないんだから!」

 

「スズはツンデレだね~」

 

「何を騒いでるんですか、貴女たちは……」

 

 

 呆れ顔で部屋に入ってきたタカトシ君に言い訳をしようとしたが、彼が持っているパンケーキに意識を奪われたのが複数名――というか全員。

 

「おやつに作ったのでよかったらどうぞ」

 

「さすがはタカトシだな!」

 

 

 本当に、お嫁さんにしたいくらいの家事力。女として複雑だと思わなくはないけども、今は素直に舌鼓を打とうと思う。




甘いものにつられる面々……


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五十嵐家の会話

家族からも責められるとは


 お正月休みということで、一人暮らしをしているお姉ちゃんが実家に帰ってきている。帰ってきたといっても、通えない距離ではないので顔は頻繁に見ているし、私も偶に遊びに行ったりしているので久しぶりという感覚ではない。

 

「やっぱり実家だと楽ができて良いわね」

 

「お姉ちゃん、少しはお母さんの手伝いをしたら?」

 

「いやよ。せっかく休みに来たのに手伝いなんて」

 

 

 こんな感じでお姉ちゃんは何もすること無くゴロゴロ過ごしている。そろそろお母さんも怒りそうだということはお姉ちゃんも分かっているはずなのになぁ……

 

「そんなことより、カエデ」

 

「なに?」

 

「少しは男性恐怖症は改善できたの?」

 

「な、なによいきなり……」

 

 

 唐突な話題に、私は思わず身構える。私の男性恐怖症は筋金入りで、一時期はお父さんですら近づけなかったりしたほどだ。今でこそ普通に――私からしたらだが――会話できるくらいにはなっているが、それでも改善したと言いきれる程ではないと自覚はしている。

 

「だって何時までも彼氏の一人もできないなんて寂しくないの?」

 

「お姉ちゃんだって、高校時代に少し付き合っただけでしょ! 今は独り身だって散々ぼやいてるじゃないの」

 

「だからこそ、カエデが彼氏でも作ってお母さんを安心させてあげろって言ってるのよ」

 

「無理だから」

 

 

 私の場合は彼氏の前に男友達が作れたら奇跡というレベルなのだ。元女子校だから同級生に男子はいないし、コーラス部にも男子部員はいない。風紀委員会には男子がいるが、報告などはなるべく離れてしてもらっている。これでは関係が進むなんてことはあり得ないだろう。

 

「誰もいないわけ? カエデの体質を知っていて、それでも接してくれている男子は」

 

「いないこともないけど……」

 

「えっ、誰よ!?」

 

「なにその喰いつき……」

 

 

 お姉ちゃんの喰いつき方に若干引きながら、私は思い浮かべた男の子の説明をしたくないと自分の部屋に逃げ込もうとして――

 

「お母さんも気になるよね?」

 

「そうね」

 

 

――逃げ道をお母さんに塞がれてしまった。

 

「それで、カエデの意中の人って誰なの?」

 

「な、何か大袈裟になってない?」

 

「だって、カエデの体質を知ってなお付き合ってくれているんでしょう?」

 

「仕事上! 仕事上の付き合いだから!」

 

 

 力説していて悲しくなるが、彼は誰とも付き合っていない。私の好意にも気づいてはいるが、あえて踏み込んでこないでいてくれているのだ。

 

「なーんだ。風紀委員会の後輩君か」

 

「そういうわけだから、この話はおしまい! というか、お姉ちゃんの方が出会いの可能性はあるのに、どうして私に押し付けようとするのよ!」

 

「さーて、そろそろ帰ろうかな」

 

「逃げるな!」

 

 

 私からのカウンターを受け一人暮らしの部屋に帰ろうとしたお姉ちゃんの肩を掴んで、その後永遠に問いただしてやった。その所為でお母さんとお父さんがドン引きしていたけども、こうでもしないとタカトシ君が風紀委員の後輩ではないということを聞き出されそうだったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正月気分でいられるた日々はあっという間に過ぎ、私は今現実から目を背けたくなっている。

 

「おかしい……今回は計画的に宿題をしていたはずだったのに、何故こんなにも残っているのだろうか」

 

 

 私の目の前には山積みになっている宿題が置かれている。冬休みに入ってすぐに宿題に着手したはずだというのに、何故こんなにも残っているのだろうか……

 

「はっ! まさかこれは、仕組まれた陰謀!!」

 

「お前がやってなかった結果だろうが。というか、着手したって言ってるが、一日一問じゃ終わるわけ無いだろうが」

 

「ハイ……ゴメンナサイ」

 

 

 私の前で呆れているのを隠そうともしないタカ兄に頭を下げ、私は宿題を終わらせるべくノートを開く。幸いなことに、問題が何を言っているのか分からないという程ではないので、何とか自力で解ける問題も少しはあった。

 

「今年は時さん、ちゃんとやってるらしいのに、どうしてお前はこうなるんだ?」

 

「私だってやろうとは思って、ちゃんと机に向かってたよ! でもどうしても他のことが気になったり、ムラムラしてきて発散してたらつい……」

 

「はぁ……」

 

 

 盛大にため息を吐かれてしまった……この人に見放されたら終わりだと分かってはいるのだが、どうしても「大丈夫だろう」という考えがどこかで生まれてしまう。タカ兄だって何時までも私の相手をしてくれないと、散々自分に言い聞かせているというのに、だ。

 

「(もしかしたら私は、タカ兄に彼女ができるなんて考えたくないのかもしれないな……)」

 

 

 散々「お義姉ちゃん候補」だとか言って色々な人をからかっているのに、本音ではタカ兄を取られたくないのかもしれない。

 

「そこ、間違えてる」

 

「えっ?」

 

 

 そんなことを考えていたかは分からないが、タカ兄に間違いを指摘されて私は慌ててノートを見返す。だが残念なことに、何処が間違っているのか分からなかった。

 

「ゴメンなさい、何処が間違っているのでしょうか?」

 

「……何か余計なことを考えていただろう」

 

「な、ナンノコトデスカ?」

 

 

 明らかに片言になっている私を見て、タカ兄はもう一度盛大にため息を吐いた。もうタカ兄の幸せは残っていないかもしれない。そんなことを考えながら私は、タカ兄の説明を聞いて間違いを修正するのだった。




成長しないコトミ……


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珍しい組み合わせ

ありそうでなかったからな


 コトミを遊びに誘おうと思っていたのだが、相変わらず宿題を終わらせていないという返事が着たので、私はトッキーと二人で遊びに出かけた。だが出かけた先で天草会長と七条先輩と遭遇し、何故か四人で行動することになってしまった。

 

「トッキーとも八月一日とも、あまり交流する機会が無かったからな」

 

「たまにはこういう付き合いも良いよね~」

 

「そ、そうですね……」

 

 

 何時もなら津田先輩かコトミが間に入ってくれているので緊張することは無かったが――津田先輩の場合、別の理由で緊張していたが――直接この二人の先輩と話すのはかなり緊張する。ふざけている場面ばかり目立っているが、この二人も紛れもなく優秀な先輩たちだから。

 

「トッキーさんもマキちゃんもそんなに緊張しなくてもいいよ~。私もシノちゃんも、もっと気楽に二人と遊びたいだけだから」

 

「そうは言われましても……なぁ?」

 

「ですね……あまり交流の無い先輩たちと一緒に遊ぶとなると、それなりに緊張はしてしまいますよ。ましてお二人は、我が校で知らない人はいないと言われているくらい有名な人ですし」

 

「そうなのか? 私たちよりもタカトシの方が知名度高そうだが」

 

 

 津田先輩は別格だが、天草会長も七条先輩も遠くから見ている分には申し分ない美少女なのだ。男子からだけでなく、女子からも一目置かれていても不思議ではない。だが二人にはその自覚がないようで、互いに顔を見ては首を捻っていた。

 

「生徒会メンバーは有名っすよ。あのちっこい先輩も」

 

「スズちゃんもか~。それなら納得だよ~」

 

「生徒会メンバーの顔が売れているのは良いことだな!」

 

「(まぁ、それ以外の理由もあるんですけどね)」

 

 

 天草会長と七条先輩は、今でこそ落ち着いてきているが、一時期はかなり酷かったらしい。どのくらい酷いかというと、コトミと同レベルで酷かったのだ。もちろん、頭の出来ではなく下発言が……

 

「ところで八月一日よ」

 

「何でしょうか?」

 

「中学時代のタカトシの話をしてくれないか?」

 

「はい?」

 

 

 いきなり何を聞いているんだこの人は、と言った感じで返事をしてしまい、私は慌てて頭を下げる。だが天草会長は気にした様子も無く理由を話してくれた。

 

「私たちは高校に入学してからのタカトシしか知らないからな。以前のタカトシの話なんて、コトミから偶に聞けるくらいだ」

 

「コトミちゃんからだとちょっと脚色されてる感じがするから、マキちゃんならその辺り上手く話せるんじゃないかって思っただけだよ~」

 

「そ、そうですか……でも私だってそこまで津田先輩のことを知っているわけじゃないんですけど」

 

「まったく知らない私たちからすれば、少しでもタカトシの事を知れるチャンスなんだ。だから頼む!」

 

「お願い出来ないかな~?」

 

「ま、まぁそれくらいなら……」

 

 

 二人に懇願されてしまい、私は押し切られる形で津田先輩の中学時代の話をすることに。トッキーは興味なさそうに私たちの会話を聞いていたのだが、何処からか現れた七条家の車にトッキーも押し込まれてしまい、その後二時間は解放してもらえなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまり詰め込んでも覚えないというので、俺はコトミを連れて買い出しに出かけることにした。本音を言えば三時間程度で弱音を吐くなんてと思っているのだが、見るからに限界のコトミにこれ以上勉強を教えても見に着かないだろうと判断したのだ。

 

「というか、お前が来ても何の戦力にもならないんだが?」

 

「少しくらいは荷物持ちできるよ」

 

「いや、お前に持ってもらう程買う物なんて無いんだが」

 

「そう言わないで……」

 

 

 ストックが無くなっているということもないし、大勢が家に来る予定も無い。両親は相変わらずなので基本的には俺とコトミの二人暮らし。大量の荷物が発生するような買い物など無いのだ。

 

「というか、お前も少しくらいはできるようになろうとか思わないのか?」

 

「そう言われましても……タカ兄のように食材の目利きなんてできないし……」

 

「覚えようとしないの間違いだろ?」

 

「勉強だけで手一杯だよ!」

 

「その勉強も大してしてないだろうが、お前は」

 

「ハイ……」

 

 

 コトミに小言を言いながら必要な食材をカゴに入れていく。あまり長居をして知り合いに会うと面倒だからと思っていたのだが、さすがにスーパーで知り合いに会うということは無さそうだ。

 

「だいたいお前は――」

 

「タカ兄、お説教なら家で聞くから……外で怒るのは止めてください」

 

「……そうだな」

 

 

 ついつい小言を言い続けようとしてしまったことを反省し、俺はさっさと会計を済ませることに。だがレジで思わぬ人と遭遇した。

 

「おや、津田君じゃないか」

 

「古谷先輩、ご無沙汰してます」

 

「相変わらず主夫が似合うねぇ」

 

「主夫ではないんですけどね」

 

「いやいや、妹さんに小言を言っている姿なんて、立派なお母さんだよ」

 

「性別的に不可能なんですが……」

 

「それくらい板についているってことだよ」

 

「嬉しくないですね、それ」

 

 

 古谷先輩と軽く会話をして、スーパーの出入り口で別れた。さすがにコトミも悪乗りしてくることは無かったので、後は帰るだけだ。

 

「帰ったらしっかりと宿題を終わらせろよ」

 

「一日じゃ無理だから!」

 

「それだけ溜め込んだお前が悪い」

 

「分かってるけどさ……」

 

 

 何時までも自立しないコトミに呆れつつ、甘やかしている自分にも問題があるのではないか……そんなことを考えながら家路を進むのだった。




溜め込む気持ちもわかるが……


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兄妹の力関係

当然と言えば当然


 新学期を目前に控え、我々は生徒会室に集まり今後の予定を確認する事にした。

 

「――といった流れだな」

 

「シノちゃん、そろそろ津田君に会長職を任せる感じになるの?」

 

「そうしたいんだが、何故か受験に焦るシーンがやってこなくてな……」

 

「何を言ってるんですか、貴女は……」

 

 

 だいぶメタいことを言っている自覚はあるが、私やアリアが受験生だと思わせる感じが一切ないのは事実なのだ。もしかしたら、来年の今頃も同じことを言っているのかもしれない。

 

「というわけで、まだしばらくは私が生徒会長をする感じになるだろうから、タカトシも萩村もそのつもりで」

 

「「分かりました」」

 

「では、今日はこのくらいで」

 

 

 顔合わせをする必要など無かったのかもしれないが、学校でしか確認できないこともあったので集まってもらったのだ。決して私がタカトシに会いたかったから招集したというわけではない。

 

「シノちゃん、この後暇~?」

 

「特に予定は無いな」

 

「だったら遊びに行かない?」

 

「そうだな……たまにはいいかもしれないな。だが寄り道は校則違反だ。だから一度帰ってからだな」

 

「その点は問題ありません」

 

「出島さん……何処から現れたんですか、貴女は」

 

 

 突然の出島さんの登場に驚く私と萩村だが、タカトシは気にした様子はない。恐らく潜んでた時から気配で気付いていたんだろうな。

 

「皆さまの着替えは既に用意してありますので」

 

「出島さんに頼んでみんなの服は買ってきてもらってるから安心して~」

 

「確かに、これなら寄り道にはならないかもしれないな……だが、何故私たちのサイズを知っているんだ?」

 

「これくらい造作もないです」

 

 

 何となく受け取りにくい感じだが、時間を無駄にしないという観点から出島さんが用意した服に着替える事に――

 

「何処で着替えればいいんだ?」

 

「ここで着替えれば良いじゃないですか。俺はこのまま帰りますので」

 

「タカトシ君、何か予定が?」

 

「この後バイトなんです。その前に家のことを終わらせてコトミの監視をしなきゃいけないので」

 

「相変わらず忙しそうだな……だが、それなら仕方ないか」

 

「では、失礼します」

 

 

 生徒会室からタカトシが去り、私と萩村は着替える為に出島さんを生徒会室の外へ追いやった。あの人は畑以上の盗撮技術を持っているから、追い出して安心というわけではないのだが、さすがに同じ部屋の中にいられたらおちおちと着替えられない。

 

「というかアリア、何処に行くつもりなんだ?」

 

「七条グループで新しく始めたアトラクション施設に、オープン前だけで入れてもらえることになってるんだ~」

 

「……相変わらずスケールがデカい」

 

「会長、もう気にするだけ無駄ですよ……」

 

「そうだな……」

 

 

 普段忘れがちだが、アリアの家は超が付くほどのお金持ちなのだ。これくらいで驚いていてはきりがないと分かっているのだが、驚かないということはできない。

 

「ん? まさか、また試乗のバイトか?」

 

「最終チェックは既に済んでおりますので、純粋に楽しんでくださいませ」

 

「それならあんし――って、出島さんは外に出ててください!」

 

 

 いつの間にか室内に入ってきていた出島さんを追いやって、私と萩村は急いで着替える事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄がいない間に宿題を終わらせてしまおうと思っていたのだが、いつの間にか部屋の掃除をしていて、気が付いたら掃除をする前より散らかっていた……

 

「――というわけです」

 

「現実逃避をしてる暇があるなら、一つでも多く数式を覚えろと言っておいたはずだが?」

 

「本当に申し訳ございませんでした」

 

 

 タカ兄の前で土下座をするのも慣れてきている自分がいることに気が付き、私はさすがに情けない気持ちになっている。前なら快感を覚えていただろうが、さすがに自分が捨てられる危機という自覚があるのでそんなことを考えている余裕がないのだろう。

 

「とりあえずさっさと部屋を片付けて、宿題を終わらせろ。明日から新学期なんだから、遊んでる余裕なんて無いということはお前が一番分かってなきゃいけないことなんだぞ」

 

「分かっています……タカ兄、片づけを手伝ってください」

 

 

 私一人で片づけようとしても終わらないということは、タカ兄が不在だった午前中で証明できている。なのでタカ兄に掃除の手伝いを頼むしか、終わるビジョンが見えないのだ。

 

「自分でやれと言いたいところだがな……」

 

「不出来な妹で申し訳ない……」

 

「自覚してるだけ成長か……」

 

 

 ぶつぶつと文句を言いながらもタカ兄は凄いスピードで私の部屋を片付けていく。

 

「洗濯物はちゃんとしまえって言ってるだろ」

 

「やろうとは思ってるんだけど、どうしても他のことが気になって後回しになっちゃってるんだよ」

 

「ゲームとかしてる暇があるのにか?」

 

「今後はもう少しゲームの時間を削る所存です……なので、全面禁止だけは……」

 

 

 私の楽しみを取り上げる権限がタカ兄にはあるので、先手を打って何とかしなければならない。兄妹のはずなのに随分と権力に差がある気もするが、これは私が悪いからだ。

 

「……後で義姉さんが来てくれるみたいだから、宿題は義姉さんに見てもらえ」

 

「本当にごめんなさい……」

 

 

 お義姉ちゃんの手間で煩わせる結果になってしまい、私はもう一度深々と頭を下げたのだった。




全面禁止でも良い気がしてきた


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信頼度の高さ

まぁタカトシですし


 七条先輩に誘われて、オープン前のアトラクション施設で遊んだ私たちは、タカトシのバイト先に遊びに行くことに。もちろん、冷やかしではなくお客として。

 

「アリアは分かるが、出島さんも行くんですか?」

 

「私もタカトシ様にお客様としてもてなされたいですし」

 

「もてなすと言っても、タカトシのバイト先はファストフード店ですよ? 執事喫茶ではないので、出島さんが考えているようなことは起こらないと思います」

 

「無論です。ですが、タカトシ様にもてなされる経験をしてみたいと思うのは仕方が無いことなのですから」

 

「確かにな……普段見下されてる場面が多いから」

 

 

 心の中でタカトシに同情しながら、この人を止めるのは私には不可能だと判断して、四人でタカトシのバイト先に向かう。近くの駐車場で車を降りたので、今は徒歩で移動しているのだが、出島さんの歩幅が私たちより広いのか、どんどん先に行ってしまう。

 

「出島さーん、少し早くない?」

 

「そうでしょうか? 私は普段通り歩いてるつもりなのですが……皆様が遅いのでは?」

 

「そうなのか? 無意識に萩村の歩幅に合わせているのかもしれないな」

 

「タカトシ君がそうやってスズちゃんの歩幅に合わせてるから、私たちも自然にそういう風にする感じになっちゃってるのかもね~」

 

「何かすみません……」

 

 

 確かに普段から私の歩幅に合わせて歩いているタカトシにつられるように天草会長と七条先輩も歩幅を合わせてくれる場面が増えてきているのは自覚している。それを普段行動を共にしない出島さんに求めるのは酷ということなのだろう……

 

「確かに萩村様の歩幅は狭いですからね。気付けずに申し訳ありませんでした」

 

「いえ、私も普段から気を使ってもらっているということを再認識できましたので」

 

 

 これが当たり前だと思っていてはいけないと分かっていたはずなのだが、出島さんと行動を共にするまで思い出さなかったなんて……私も、随分と甘えていたのだなぁと自覚するいい機会ができた。

 

「これを機会に私も歩幅を広くする特訓をしようと思います」

 

「スズちゃんはそのままでも良いと思うけどね~。タカトシ君だって意識してスズちゃんに合わせてるわけじゃないんだしさ」

 

「自然にされているから当たり前だって思いたくないんです」

 

「まぁ、萩村がそれでいいなら私たちは止めないがな。だが、無理だけはするなよ?」

 

「分かってます」

 

 

 こうして歩幅改善の特訓をすることになったのだが、これって私の背が低いからこういうことになってるのよね……歩幅改善より身長を伸ばす努力をした方が良いんじゃないのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店に近づいてくる知り合いの気配に、俺は首を傾げた。あの三人はまだ分かるが、何故あの人まで一緒に来るのかが分からなかったのだ。

 

「どうかしたの?」

 

「いや、店に来る気配の中に知り合いがいるから……」

 

「いても良いんじゃない?」

 

「そうなんだが、あの人だけは理由が分からないんだよな……」

 

 

 比較的にお客が少ない時間帯だったので、サクラと裏で作業をしているのだが、あの四人は俺が対応しないとだめだろうなと思い、この場をサクラに任せて表に顔を出す。ちょうどそのタイミングで四人が入店してきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

「おっ、今は暇な時間だったのか」

 

「……とりあえず話しかけてくるのは止めてください。一応仕事中ですから」

 

「タカトシ様、私はこれを」

 

「かしこまりました」

 

 

 三人のペースなどお構いなしに注文してくる出島さんに対応して、視線で三人にも注文を尋ねる。視線の意味を理解した三人がすぐにメニューを見て同様に注文を済ませ、四人席へ移動していった。

 

「普通に食事をしに来ただけか……」

 

「津田君、あのお客さんたちと知り合いなのかい?」

 

「まぁ……学校の先輩二人と同級生一人、後は先輩の家で働いているメイドさんです」

 

「メイド? 本当にそんな職種があるんだねぇ……」

 

「まぁ、あの人は凄いお金持ちですから」

 

 

 普段の言動なんか見ていると忘れがちだが、七条グループと言うのは日本でも有数の大企業なのだ。その本家で働いている出島さんは、考え方によっては凄い人なのだが、あの人もあの人で言動がひどすぎるからなぁ……

 

「まぁ、ウチとしては御客様が一人でも増えてくれるなら、何処のお嬢様でも構わないんだけどね」

 

「店長、そう言うのは心の中にしまっておいてくださいよ……一バイトに過ぎない自分に言われても困るんですが」

 

「おっと、そうだね。だが津田君相手だと本音が出てしまうんだよ。それだけ、君が与える安心感が強いってことで」

 

「何だか良い感じにまとめようとしていますが、収支計算の手伝いはもうしませんからね?」

 

「あはは……分かっているさ」

 

 

 以前手伝わされたのだが、あれはどう考えても俺の仕事ではない。その後報告書作成まで手伝わされそうになったので、今後このようなことがあれば本社に報告させてもらうと釘を刺しておいた。さすがにそれはマズいと理解したのか、店長も俺に仕事を振ることは減ってきているのだが……

 

「相変わらず、凄い信頼のされ方だよね、タカトシ君は」

 

「嬉しくないのはなんでなんだろうな……」

 

「何でだろうね?」

 

 

 サクラに同情されながら、俺は四人が待つ席に注文の品を届けることにした。すぐにその場を離れれば大丈夫だろうし、そろそろ忙しい時間帯に突入するからな。個別対応してる暇は無くなるし、それは四人も分かってくれるだろうし。




高校生バイトに収支計算の手伝いをさせるなよ……


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ヨガ体験教室

どんな勘違いだよ……


 手分けして校内の見回りをし、先に生徒会室に戻ってきたのだが、見回り前にはいなかったはずの横島先生が生徒会室で何やら悩んでいた。

 

「うーん……」

 

「先生、どうしたんですか? お通じが来ないんですか?」

 

「いや、それもあるけど今は違う悩みだ」

 

「そうですか」

 

 

 どうせろくでもないことなんだろうと思いスルーしようとしたのだが、何故か横島先生は私に喰いついてこなかった。何時もならすぐに喰いついてくるというのに、何があったのだろう?

 

「先生? 深刻な悩みなら聞きますが」

 

「そうだな。生徒会にも関係ない話じゃないし」

 

「そうなんですか?」

 

 

 生徒会にも拘わる話とはいったい何なのか、私は横島先生の話に興味を懐いた。

 

「実は、新しい部活を作りたいと相談され、その顧問をやってくれないかと打診されたんだ」

 

「新しい部活、ですか? そんな話、生徒会に上がってきてませんけど」

 

「まだ部員集めの段階だからな。顧問だって正式に設立した時に探すのは遅すぎるからという理由で打診されただけだから、まだ正式に決まってるわけでもないし」

 

「そうでしたか……」

 

 

 確かに部活をするには顧問が必要だ。部が設立してから探すのでは遅すぎるという考えも理解できる。だが私が理解できなかったのは、その部分ではない。

 

「ですが、何故横島先生に打診が? 先生は既に生徒会の顧問ですし、両立するのは難しいのではありませんか?」

 

 

 ほとんど名ばかり顧問とはいえ、横島先生は生徒会の担当だ。新しい部活がどのようなものかは分からないが、兼任は難しいのではないかと思った。

 

「そこなんだよな……ほら、私って生徒会にとってはいなくてはならない存在だろ?」

 

「はぁ……」

 

「ツッコめよ! って、天草にそんなことを期待しても無理か。お前はボケ側の人間だしな」

 

「自覚はしています」

 

 

 タカトシと萩村が修学旅行でいなかった時、私とアリア、そしてタカトシの代打としてやってきたコトミとで作業をしていた時に痛感している。ボケだけでは作業がはかどらないとな。

 

「ところで、新しい部活ってどんなのですか?」

 

「あぁ、ヨガ部というのを作りたいという話だったんだ」

 

「ヨガ、ですか? 確かに最近色々なところでヨガ教室という文字を目にしますが……何故横島先生に顧問の打診が? ヨガをやってるわけじゃないですよね?」

 

 

 そもそも横島先生は身体が硬い方だったと思うし、ヨガの知識があるとは思えないんだが……

 

「どうやら私が毎晩ヨガってるって話を誤解したらしくてな」

 

「なる程……確かにヨガですね」

 

「だろ?」

 

 

 私では横島先生の処理はできなさそうなのでスルーしたが、恐らく作りたいヨガ部と横島先生のヨガりは関係ないだろう。どうしたものかと頭を悩ませていたところに、アリアと萩村が戻ってきた。

 

「だったら実際にヨガを体験してみれば良いんだよ~」

 

「だがアリア、そんな簡単にできるものではないだろ?」

 

「大丈夫。私、経験あるから」

 

「さすがはアリアだ。ではさっそく体験してみよう! ――って、タカトシはどうした?」

 

「タカトシ君なら、何やら相談したいって子に連れていかれちゃったよ」

 

「今日はそのまま帰ることになると思うって言ってました。鍵は自分で持っているので、先に帰ってくれて構わないとも」

 

「そうか……では仕方ないな。アリア、ヨガの体験は何処でできるんだ?」

 

「ウチでできるよ~。最近ヨガ用の部屋も造ったから~」

 

「相変わらずのスケール……」

 

 

 アリアのスケールの大きさに驚くのもバカらしいと思っているのだが、やはり驚いてしまう。とりあえずヨガが体験できるというので、私たちは出島さんの運転で七条家へと向かった。

 

「まずは簡単なポーズから」

 

 

 アリアがお手本を見せてくれるので、私たちはそれと同じようにポーズをとるだけだ。最初のポーズは木のポーズというらしい。

 

「大地に根を張る木をイメージしてください」

 

「横島先生、股から樹液が漏れてます」

 

「くだらない表現するな!」

 

 

 何故か私が萩村に怒られたが、直接的な表現をするより良いと思ったんだがな……

 

「次は半月のポーズ。片手と片足で全体を支える感じかな」

 

 

 簡単にやってのけているが、これがなかなか難しい。私も辛うじてできているが、横島先生はさっきから身体が震えている。

 

「先生、ハンケツしてますよ」

 

「ぐわぁ」

 

「次はハトのポーズ」

 

「先生、羽がはみ出てますよ」

 

「うがぁ!」

 

 

 身体の硬い横島先生は色々と苦戦しながらもヨガの体験を進めていく。

 

「七条先輩、このぶら下がってる布は何ですか?」

 

「それは空中ヨガ。ブランコのように乗ってバランス感覚を養えるの」

 

「これ、楽しいですね」

 

 

 萩村が空中ヨガを体験しているのを見て、横島先生が得意げな顔をした。

 

「私、こーゆーのなら得意だぜ」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ。普段から股縄ブランコやってるから」

 

「それとバランス感覚は関係ないのでは?」

 

「ヨガなめんな!」

 

「えっ、ヨガって舐めるな?」

 

「そんなこと言ってないだろうが!」

 

 

 派手に聞き間違えた横島先生の脛を萩村が蹴り飛ばす。少し痛そうな感じもするが、横島先生は満足げな表情をしているから、きっと痛みが快感になったのだろうな……

 

「これで少しは自信が持てた! ヨガ部の顧問も行けそうだ」

 

「別に良いんですが、生徒会顧問もちゃんとしてくださいよ?」

 

「分かってるさ」

 

 

 自信を持った横島先生だが、顧問としてやっていけるのかという不安が私たちの中にあったのだが、それは黙っておこう。




これで自信が持てるのが凄い……


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裏で動く副会長

優秀過ぎる副会長


 見回りをしていたら一年生女子に声を掛けられた。それ自体は珍しいことではないのだが、真剣な相談事を持って来られるのは稀なので少し驚いた。

 

「私たち、ヨガ部を作りたいんです!」

 

「新規部活要請は生徒会室で行ってもらいたいんだけど」

 

「いえ、いろいろと相談したくて」

 

「何故会長じゃなくて俺に?」

 

 

 部活申請の相談なら会長である天草先輩にするのが手っ取り早いと思うのだが、何故かこの子たちは俺に相談を持ってきた。

 

「津田さんのお兄さんなら、話しかけやすいと思って」

 

「あー、コトミのクラスメイト?」

 

「はい」

 

 

 どうやらコトミのことを知っていて、それで俺に相談を持ってきたらしい。まぁ、後輩を怯えさせる趣味も無いので、俺は相談に乗る事にした。

 

「それで、部設立に必要な人数は揃っているのかな?」

 

「まだ三人だけでして……」

 

「正式に設立させるには最低五人必要だから、後二人集めないと部としては認められないね。同好会としてなら活動できるけど」

 

 

 以前柔道部設立や、ロボット研究会などからも相談を受けていたので、こういった対応には慣れている。もちろん、一人で対応していたわけではないのだが、これくらいなら俺一人でもできる。

 

「それから部として発足するからには顧問も必要になってくる。その目星は付いているの?」

 

「横島先生に声を掛けてあります」

 

「あの人に?」

 

 

 何故あの先生なのかと首を傾げたら、後輩の一人が自信満々に理由を教えてくれた。

 

「あの先生は毎晩家でヨガをしているって聞いたので」

 

「横島先生が、ヨガをね……」

 

 

 恐らくこの子が聞いた話の本質は全く別のものなのだろうと思いつつ、俺も良く分からないので訂正はしないでおこう。だがまぁ、別の人を推薦しておいた方が良いだろう。

 

「あの人は既に生徒会顧問をやってるからね。まだ部活の顧問をしていない先生にお願いしてみたらどうだ? 確か、小山先生はまだ部活の顧問をやってなかった気がするし」

 

「そうなんですか? じゃあ、横島先生に断られたらそうしてみます」

 

「そもそも、何故ヨガ部を? ヨガなら教室があるからそこで体験することもできると思うんだけど。もちろん、お金がかかるから気軽にはできないのかもしれないけど」

 

「そうなんですよ! 私たち高校生には敷居が高いというか何と言うか……だから部活として体験したいと思ったんです」

 

「なる程ね」

 

 

 動機はどうあれ、部を作りたいという気持ちは本物のようだ。ヨガなら特殊な備品もそこまで必要ないし、空き教室の机を片付ければそこでも活動できるだろう。俺は他に問題になりそうなことが無いかを探し、とりあえず申請だけなら問題ないだろうと結論付ける。

 

「とりあえず話は分かった。設立に必要な条件はさっき言った通りだから、最低後二人見つけておくこと。集まらなかったら同好会という形になるだろうけども、活動自体はできると思うから。それから顧問については、こっちから小山先生にも声を掛けておくから」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 後輩たちに感謝されてしまったが、それ程のことをしたつもりは無い。とりあえず横島先生にこの子たちの指導は無理だろうと判断した俺は、職員室に気配がある小山先生にこの話を持っていくことにした。

 

「――というわけなのですが、小山先生、お願い出来ませんか?」

 

「私もそれ程ヨガに詳しいわけじゃないんだけど」

 

「ですが、純粋に横島先生を信じているあの子たちを、あの薄汚れた大人に指導させるのは避けるべきだと思います」

 

「それは確かに……」

 

 

 小山先生の中でも横島先生のイメージが悪いと言うのは分かっていたので、俺はそこから攻めることにした。

 

「それにヨガの知識が無いのはあの人も同じでしょうし、加えてあの人は既に生徒会の顧問を担当しています。俺個人の気持ちで良いなら、小山先生を生徒会顧問にしてあの人をヨガ部の顧問にしても良いのですけど、後輩たちにあの人を押し付けるわけにもいきませんし」

 

「確かに、横島先生を制御できる生徒は津田君だけだもんね」

 

「甚だ不本意ではありますけどね」

 

 

 心底嫌そうな顔をしていたのだろう。俺の表情を見て小山先生が同情的な視線を向けてきた。

 

「そう言うことなら、少しヨガの勉強をしておこうかな。もし話が来た時、全くの無知じゃ困るし」

 

「一応必要な備品のリストは作っておきました。特別な工事が必要なものは兎も角、ヨガマットなどはホームセンターでも手に入りますし、それ程高額ではないので部費申請も下りると思います」

 

「相変わらず仕事が早いわね……」

 

「同好会としてなら、すぐにでも活動できるでしょうしね」

 

 

 既に三人は部員がいるのだから、活動する分には問題ない。なので必要な備品は調べておいたのだが、小山先生はそこに驚いていた。

 

「それじゃあ、お願いします」

 

「分かったわ。無垢な一年生を横島先生に任せられないし」

 

 

 この人が立派な先生で本当に良かった……もしこの人も横島先生並にダメ教師だったら、この学校は駄目になっていただろうな……

 そして翌日――

 

「ヨガ同好会顧問の小山です」

 

「アレー? 私は?」

 

「あっ、副会長権限で却下です」

 

 

――やる気満々だった横島先生を宥め、小山先生がヨガ同好会の顧問に正式に就任した。申請自体も滞りなく進み、危険も少ないと判断され簡単に許可が下りたのだった。

 

「津田先輩、ありがとうございました!」

 

「「ありがとうございました!」」

 

「生徒会として動いただけだ。それじゃあ、頑張ってね」

 

「「「はい!」」」

 

「このジゴロが……」

 

 

 スズが何か酷いことを言ってきたが、とりあえず聞こえないふりをしておこう。




普通に却下されると分かりそうなんだけどな……


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美肌の要因

色々と酷いな……


 ヨガ同好会の顧問を任されたからには、私も美容とか健康に気を使った方が良いのではないかと思い、最近では白湯を飲むようにしている。そのお陰かは分からないけども、肌の調子が良い気がする。

 

「小山先生は何を飲んでるんだ?」

 

「白湯ですよ」

 

 

 津田君にヨガ同好会の顧問を任された要員の一人、横島先生が隣に座りながら話しかけてくる。この人はヨガ経験者ではなく、毎日ベッドでヨガってるだけだったらしい……何処で話がすり替わってヨガ経験者ということになったのやら……

 

「誰が入ったお湯?」

 

「その質問はおかしい……」

 

 

 一瞬ヨガ同好会の顧問になれなかった嫌がらせなのかとも思ったが、この人はこれが平常運転だと思い直し、軽く流しておくことに。

 

「だが何で白湯なんて飲んでるんだ? この間までは普通にコーヒーとかだったじゃん」

 

「同好会の顧問になったので、一応色々と気を付けようと思いまして」

 

「そんなもんか……」

 

「横島先生だって、生徒会顧問として気を付けていることとかあるのではないですか?」

 

「私がダメでも、天草や津田が優秀だからな! 特に気を付けていることは無い」

 

「そうですか」

 

 

 確かに天草さんも津田君も優秀な生徒だ。成績だけではなく、生活面でもお手本になれる生徒だと私も思う。だがそれと横島先生がしっかりしなくて良いことはイコールではないと思うのだが……

 

「というか、この間も津田君に怒られてませんでした?」

 

「あれは、補習で私の貴重なクリスマスが潰れそうだったから津田に何とかしてくれと頼んでただけだ」

 

「それが仕事でしょうが……」

 

 

 横島先生を撃退して、少し催してきたので職員室から移動すると、先ほどまで話題に上がっていた天草さんが七条さんと一緒に話しかけてくれた。

 

「小山先生、こんにちは」

 

「こんにちは、天草さん。七条さん」

 

「あれ~? 小山先生、何だか最近お肌が良い感じに見えます」

 

「確かに。何か始めたんですか?」

 

「何だと思う?」

 

 

 普通の問題ならあっさりと解かれてしまうけども、こういったクイズなら少しは悩んでくれるかな、というちょっとした好奇心だったのだが――

 

「うーん……」

 

「あっ! 確かオ〇禁って美肌効果があるって聞いたぞ」

 

「それだ!」

 

 

――津田君がいない時のこの二人が思春期全開だということを忘れていた自分を殴りたい。

 

「違うわよ。最近、白湯を飲んでるの」

 

「あぁ、美肌に良いって言いますもんね」

 

「お湯ならそんなにお金もかかりませんし、手軽な美容方法ですよね~」

 

「じゃあ何で最初にそっちが出てこないのよ……」

 

 

 小学生のことから天草さんのことは知っているけども、この子は中身は成長していない感じなのかな?

 

「ところで小山先生」

 

「何、七条さん?」

 

「先生って肩こり解消はどんなことをしてますか?」

 

「肩こり? そうねぇ――」

 

「私は先に行ってるからな!」

 

 

 私と七条さんが肩こり談義を始めようとしたところで、天草さんがどこかに行ってしまった。何か嫌なことでもあったのかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当ならスズと二人で片づけをする予定だったのだが、ロボ研の轟さんがまた不要なものを持ち込んでいるとのタレコミーーという名の畑さんからの告げ口があったので、スズはそちらに向かうことになってしまった。重くは無いとはいえ、さすがに一回で持っていける量ではないので、それなりに往復しなければいけない。

 

「こういう時、使い勝手がいいヤツがいれば良いんだがな……」

 

 

 生憎桜才の生徒会には、英稜の生徒会のように庶務がいない。なのでこういった作業も我々がするしかないのだが、さすがに一人でやるのはそれなりに面倒くさい。

 

「あっ、タカ兄」

 

「ちょうどいいところに。お前も手伝え」

 

 

 さっきから近くに気配はあったが、わざわざ声を掛けに行く必要も無いと思っていたが、まさかあっちから声を掛けてくるとは。

 

「嫌だと言ったら?」

 

「は?」

 

「なぁコトミ、それは違うんじゃないか?」

 

「? ……まさか、NOと言える日本人を目指すとか話してたのか?」

 

「何故今の遣り取りだけでそれが――って、タカ兄なら当然か」

 

 

 時さんも一瞬驚いた顔をしたが、すぐに納得したような顔で頷いている。少し考えれば誰でもわかりそうなことなんだがな……

 

「くだらないことを言ってないで手伝え。授業中に寝てた説教はこれを手伝うことでチャラにしてやるから」

 

「な、何故そのことを……」

 

「普通に報告されただけだが」

 

「コトミの保護者代理なんだろ? そりゃ話くらい行くだろ」

 

「うへぇ……じゃ、じゃあトッキーも手伝ってよ。今日は部活も無いんだしさ」

 

「まぁ、お兄さんには世話になってるし、構わないですよ」

 

「ありがとう、時さん」

 

 

 コトミに巻き込まれる形ではあるが、時さんは手伝いを快諾してくれた。見た目や言葉遣いで勘違いされがちだが、この子は良い子だからな。

 

「ふ、普段お兄さんにしてもらってる事を考えれば、これくらいでは恩は返せませんので」

 

「おやおや~? トッキーもタカ兄の優しさにハマっちゃったのかな?」

 

「くだらないこと言ってるなら、お前の小遣いの何割かを時さんの報酬にするぞ」

 

「さぁトッキー! 急いで終わらせよう!」

 

 

 時さんをからかおうとしたコトミを大人しくさせ、俺たちは荷物運びを終わらせる事にしたのだった。




コトミの悪知恵程度ではタカトシに勝てないって分かってるはずなのに……


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取材対象の条件

700話目らしいです


 本当ならタカトシと荷物運びの予定だったのだが、ネネが不用品を持ち込んでいると畑さんから報告があったので、私はロボ研の部室に来ている。

 

「ネネ、あれほどフィギュアを持ち込むなって言ったでしょうが!」

 

「ゴメンなさい! なので処分だけは何卒……」

 

「怒られるって分かってるんだから、最初から持って来なければ良いでしょうが」

 

 

 私よりタカトシが怒った方が効果があるだろうけども、私一人で荷物運びをしたって作業が滞るだけだ。なのでタカトシにそちらを任せて、私がネネのお説教役になったのだけど、イマイチ効果があるのかどうか分からない反応なのよね……

 

「でも、何でスズちゃんにバレたんだろう……最近は遊びに来てなかったよね?」

 

「あぁ、それは畑さんから報告があったのよ」

 

「畑先輩から?」

 

「あの人、最近色々とやらかしてるから、少しでも点数稼ぎをしておこうとか思ってるんじゃないの?」

 

 

 この前は七条家に忍び込もうとしていたとかなんとか……実行されることは無かったので実害はないのだけども、考えが相変わらずぶっ飛んでるのよね……

 

「そういえばこの前、畑先輩にインタビューされた時に見られたんだっけ……」

 

「インタビュー? ネネに?」

 

「今後のロボ研発展の為って言われて」

 

「何か裏がありそうね……」

 

 

 あの人が純粋に取材することなんて無いと思っているので、私は何か企みがあるのではないかと思考を巡らす。

 

「あっー!」

 

「っ!? な、なによ」

 

 

 考えに集中していたところにネネが大声を出すものだから、私は何時も以上に大袈裟に反応してしまった。決して、ネネの大声に驚いたのではなく、意識を他のことに割いていたから驚いただけだ。大声が怖いとか、そういう子供っぽい理由ではない。

 

「私のフィギュアに虫が」

 

「虫?」

 

 

 ネネに言われてフィギュアに視線を向ければ、確かに虫が止まっている。私では処理できないが、ネネなら自力で出来そうだし問題は無さそうね。

 

「………」

 

「? ネネも虫ダメなの? 何ならタカトシを呼ぶけど」

 

 

 これくらいで呼ぶのはどうかとも思うけども、私もネネもダメなら仕方が無いだろう。会長や七条先輩も虫は苦手だったし、後はタカトシくらいしか思いつかないし。

 

「ムシ姦っぽくて見惚れてたんだよ」

 

「君はたくましいなぁ……でも、さっさと片付けないなら没収して七条グループの伝手で売ってもらうから」

 

「それだけは平にご容赦を!」

 

 

 そんなことを本気でするわけ無いのだが、これくらい脅せば今後は持ち込むことはしないだろう。決して私が虫が怖いからとか、そう言った理由で片づけを急かしたわけではない。断じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に入ると、何故か畑が陣取っている。隣で古谷先輩が携帯に向かって何か話しかけているので、恐らくはテレビ電話中なのだろう。

 

「はー楽しかった」

 

「誰と電話してたんです?」

 

「電話? ワイドナショー見てただけだよ」

 

「テレビに話しかけてたんですか」

 

 

 ウチのお母さんと同じようなことをしている先輩に、少し首をかしげたくなる。だがこの人の感性は昔から同年代というより、だいぶ上だったからな……これくらいはあるのだろう。

 

「それで先輩と畑はここで何を?」

 

「ちょっと津田君に用事があったから待たせてもらってるんだよ」

 

「タカトシに?」

 

「この間借りた辞書を返しに来たんだよ」

 

 

 私が何を考えたのか、的確に見抜いて安心させるような言葉をくれた古谷先輩。だがニヤニヤしてるのを見るに、私を気遣ったのではなくからかったのだろう。

 

「そ、それでは畑は何をしに生徒会室に?」

 

 

 このまま古谷先輩の相手をしていたらマズいと直感し、私は無理矢理話題を変えることに。

 

「実は、最近良い取材対象がいないのです。なので生徒会の皆さんにご相談をと思ってきたのですが……古谷先輩がいらっしゃったので少しお話をしていました。ところで、何故今天草会長は慌てたんですかね?」

 

「そ、それは……」

 

 

 畑に滲みよられ、私は答えに窮した。何とかして誤魔化さないとからかわれる未来しか見えないぞ……

 

「は、畑の言う良い取材対象って具体的にはどんな相手だ?」

 

「何だかうまい具合に逃げられた気もしますが、相談しに来たのは確かですから誤魔化されましょうか」

 

 

 完全には躱しきれていないようだが、とりあえずは凌げた。

 

「叩けば埃が出る人とか良いですよね。津田先生のエッセイばかりだと思われがちですから、ここらで桜才新聞はエッセイだけではないという感じにしておきたいので」

 

「そんな人いるか?」

 

「シノちゃんとか良いんじゃない?」

 

「アリアっ! って、私は叩いても埃は出ないぞ」

 

「えっ? 叩くと誇りが出ていく人じゃないの?」

 

「私は暴力に屈しないぞ!?」

 

「でも、相手がタカトシ君だったら?」

 

「……すぐに屈しそうだ」

 

「そんなんじゃ記事になりませんよ」

 

「そうだな。ほとんどの女がそんな感じだろうしな」

 

 

 私たち三人が笑い合っていると、古谷先輩が私たちの背後に声を掛けた。

 

「津田君、これ、ありがとうな」

 

「いえ」

 

「つ、津田……いったい何時から……?」

 

「さて、何時からでしょうね」

 

 

 素敵な笑みを浮かべているタカトシを見て、私たち三人は揃って震えあがったのだった。




この後説教コース直行だな……


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大雪の代償

半分以上自爆……


 大雪が降った影響で、電車やバスが遅れている。なので授業は三時間目から開始することに決定したようで、我々は今生徒会室で時間をつぶしている。

 

「まさかこんなに積もるとはな」

 

「私の友達も渋滞で遅れてるみたいです」

 

「スズちゃん、そんなこと言って」

 

「えっ? 何かおかしなこと言いましたか?」

 

 

 七条先輩が急に大声を出したので若干ビックリしたが、私はそこまで驚かれるようなことを言った覚えがないので、そっちの方が気になった。

 

「十代で後れ毛みたいって」

 

「耳掃除でもしたらどうですか? というか、タカトシがいないだけでどうしてそんな難聴になるんですかね?」

 

 

 タカトシは今、私たちのクラスで特別補習をしている横島先生の監視として出払っている。なので生徒会室にはタカトシではなくコトミがいるのだが、この子がいても役に立たないし……

 

「スズ先輩は年上好きなんですか~?」

 

「そんな話は一度もしてないだろうが! というか、アンタもタカトシに特別補習してもらったらどうなの」

 

「せっかく授業がつぶれたって言うのに、タカ兄にしごかれるんじゃ大人しく授業をしてくれた方が良いって思いますけどね」

 

「だがコトミの成績を考えたら、タカトシの特別補習程度ではどうにもならないんじゃないのか? またテスト前に私たちが泊まり込みで教えてやろう」

 

「そんなこと言って、本当はタカ兄と同じ部屋に泊まる権利が欲しいだけですよね?」

 

「そ、ソンナコトナイゾー?」

 

「会長、思いっきり片言になってます」

 

 

 コトミに図星を突かれて、会長は上手くしゃべれなくなってしまったようだ。

 

「ところでスズちゃん、さっきの後れ毛の話だけど」

 

「そんな話は一瞬たりともしていない!」

 

 

 こんなことになるんだったら、私も特別補習に参加すればよかった……もちろん、教わる側でなく教える側として。

 

「せっかくだからコトミ、今ここで勉強を見てあげるわ。さっさと準備しなさい」

 

「何でそんな流れになってるんです!?」

 

「アンタの成績を考えれば、時間を無駄に使ってる余裕なんて無いでしょ! 即席で英語の小テストを作ってあげるから、それを解きなさい」

 

「八つ当たりは止してくださいよ」

 

「だが萩村の言う通りだな。今ここで無意味に時間を浪費させているくらいなら、一つでも多く知識を叩き込んだ方がコトミの――すなわちタカトシの助けになる」

 

「それじゃあ私は科学の小テストを作るね~」

 

「私は古文だな」

 

「何でそんなにやる気なんですかー!」

 

 

 コトミの悲痛な叫び声が響いたが、私たちはそれには取り合わずにコトミを逃がさないよう取り囲み、みっちり勉強を教えることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田に監視されながらの特別補習も終わり、私は津田と二人で生徒会室へと向かうことに。

 

「しかし、何故津田が監視役だったんだ? 補習なんだから私だって真面目にやるというのに……」

 

「それだけ信頼されていないということだと自覚してくれません? 俺だって教師の監視なんてしたくなんですから」

 

 

 呆れているのを隠そうともしない津田の態度に若干興奮しつつも、私は気まずげに視線を逸らす。私の給料の運命は津田に握られていると言っても過言ではないので、ここでふざけると査定に響くのだ。

 

「しかしウチのクラスはほとんどが登校できていたんだな」

 

「補習該当者はそれ程離れた場所に住んでいるわけじゃなかったというだけでは?」

 

「あれだけ補習該当者がいるのも問題だが、参加できなかったヤツにはどうするつもりなんだ?」

 

「先程の補習内容はこちらで纏めておきましたので、先生の方でコピーを取って渡してください。それくらい、できますよね?」

 

「あ、当たり前だ!」

 

 

 不参加だったやつへの対応を怠っていたと判断されたような気がして、私は必要以上に偉ぶって津田からノートを受け取る。こいつは常に先のことを考えていて疲れないのだろうかとも思ったが、そんなことを口にすれば怒られるだけだから黙っておこう。

 

「(横島先生、津田先生に怒られ悦に浸るっと)」

 

「何をしてるんだ、お前は」

 

「新聞部をリニューアルする為に、事実のみを報道しようと思いメモしてました」

 

「私の何処が悦に浸っていた!」

 

「というか、俺は『先生』ではないのですが」

 

「またまた~。津田先生は教師より教師らしいや、エッセイの『先生』として全校生徒に広く知られているではないですか」

 

 

 確かに津田が教えた方が私たちが教えるより身になるという噂もあるし、エッセイは下手な小説家の本より売れると言われているくらいだしな……本当に、何で学生やってるのか不思議な奴だ。

 

「とりあえず、そんな記事は認めないからな! 事実に反する記事を書くと言うのなら、津田の力で新聞部を活動休止にするくらいできるんだからな」

 

「そこでご自身ではなく津田君の名前を出す辺り、横島先生が津田君に負けている証拠ですね」

 

「そんな細かいことはどうでもいいだろ! というか、この学校で津田に勝てる奴がいるのか?」

 

「ちょっと思いつかないですね」

 

「だろ?」

 

 

 畑と盛り上がっていた所為で、私たちは背後の本人がいることを失念していた。だが背後から無視できない殺気を飛ばされ、私たちは同時に振り返る。

 

「どうやら新聞部の活動は休止、横島先生は給料カットしなきゃ分からないようですね」

 

「「それだけは! それだけは平にご容赦を!!」」

 

 

 外は雪が降っていて寒いはずなのに、私と畑は全身から汗が噴き出す事態に……これだから津田に勝てる奴はいないって思うんだよな……




三大問題児ですね


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カマクラ作り

作ったこと無いな……


 補習の監視を終えて生徒会室にやってきたタカトシは、何処か疲れている様子だった。だがそれでも私たちがコトミに勉強を教えているのを見て、申し訳なさそうに頭を下げてくる辺りが真面目なのだろう。

 

「すみません皆さん。我が愚妹がご迷惑を……」

 

「まぁ、私たちも時間を持て余していたからちょうどいい暇つぶしだ。タカトシがそこまで気にすることではないぞ」

 

「そうそう。それに、後輩の面倒を見るのも先輩の務めだしね~」

 

「アンタだって教師の監視なんて、しなくても良いことしてたんだから、これくらい気にしないで」

 

 

 我々三人の言葉に、タカトシはもう一度頭を下げてからお茶の用意をしだす。ここで変に気にしないのも、タカトシの良い所なのだろうな。

 

「とりあえず後は俺が引き継ぎますので、皆さんはお茶でも飲んでゆっくりしてください」

 

「タカ兄、これ以上は無理……」

 

「普通なら後二時間以上は勉強するんだから大丈夫だろ。というか、お前は授業中に違うことを考えたりして集中していないから疲れるんだろ」

 

「お説教は勘弁して……」

 

「ところでタカトシ、横島先生はどうしたんだ? 確か補習が終わったら一緒に生徒会室に来るはずだったんだが」

 

 

 タカトシがコトミに小言を言い出したタイミングで、私は横島先生がこの場にいないことに気が付いた。別にいてもいなくても変わらないんだが、来ると言っていたのに来ないので気になっただけなのだが。

 

「畑さんと一緒に反省文の作成をしていると思いますよ。さすがに給料が懸かっているので、ふざけたりはしないでしょうし監視は無くても大丈夫だと判断して、俺だけ生徒会室に来たんです」

 

「な、なる程な……」

 

 

 どうやらまた余計なことをしたようだと、私たち三人はそれを理解し、タカトシが淹れてくれたお茶でほっと一息つくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が半分潰れてくれたお陰かどうかは分からないけど、私はいつもより元気に放課後を迎えられた。

 

「そういえば、パリィは補習に参加してなかったね」

 

「英語は母国語だから」

 

「そうだったね」

 

 

 一瞬パリィが羨ましいと思ったけど、国語の授業では泣きそうな顔をしていたからお相子なのかもしれない。まぁ、私も最近は理解するのに時間が掛かって必死こいてるけど……

 

「スズちゃんは良いよね、頭が良くて」

 

「ネネだって昔はできてたでしょ?」

 

「もう追いつけないって」

 

 

 スズちゃんと津田君は相変わらずの頭脳の持ち主だけど、私は機械弄りに励み過ぎて勉強が疎かになっているのだ。理由が分かっているのだから改善すれば良いのではないかとも思うが、それができるのなら苦労しない。

 

「この後どうする?」

 

「せっかく雪が積もってるんだし、何かしようよ」

 

「カマクラ、作ってみたい」

 

「カマクラ?」

 

 

 パリィが目を輝かせているので、私とスズちゃんはカマクラ作りに付き合うことになった。まぁ、部員の半数が登校できなかったから、今日の部活は中止にするしかなかったし、久しぶりに童心に帰るのも悪くはない。

 

「私は大人だから、童心に帰る権利がある!」

 

「スズちゃん、誰も何も言ってないよ?」

 

「幻聴が聞こえた気がして……」

 

「スズもなかなかエキセントリックだよね~」

 

「普段は常識人側なんだけどね~」

 

 

 容姿などの話になるとぶっ飛んだ感じになるのは、それがコンプレックスだからだろう。

 

「それじゃあとりあえずカマクラを作りますか」

 

「スズ、早く手伝って」

 

「えっ、えぇ」

 

 

 パリィに声を掛けられて正気に戻ったスズちゃんも手伝ってくれたお陰で、考えていたより早い時間でカマクラが完成した。

 

「これでカマクラの中でお餅を――」

 

「七輪なんて持ってきてないわよ」

 

「というか、そこまで大きいカマクラじゃないから、お餅は楽しめないかな」

 

「残念……」

 

 

 どうやらそんな意図があったようだと、私とスズちゃんは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

「まぁ、中に入るだけでもあったかいだろうし、それで勘弁して」

 

「そうだよ~。それじゃあさっそく――ッ!?」

 

 

 完成したカマクラに入ろうとした私は、自分の身体が先に進まないことに気が付く。

 

「ネネ? どうかしたの?」

 

「最近太ったの忘れてた……お腹が引っ掛かって進まない」

 

「えぇ!?」

 

「スズちゃん、パリィ、引っ張って!」

 

「私たちの力で抜けるかどうか……」

 

 

 確かにスズちゃんは容姿相当な力しかないし、パリィもどちらかと言えば非力の部類。二人掛かりでも私の身体を引っこ抜けるかどうか……

 

「何してるんだ?」

 

「その声は津田君! お願い抜いて!」

 

「まさか轟先輩が壁尻プレイを強要!?」

 

「お前は黙ってろ」

 

 

 どうやらコトミちゃんもいるみたいで、愉快な勘違いをしている。まぁ、普段の私ならコトミちゃんの勘違いに乗って盛り上がるんだろうけども、生憎と緊急事態でそれどころではない。

 

「引っ張るから少し我慢してくれ」

 

「お願い」

 

 

 津田君に引っ張ってもらったお陰で、私はカマクラから脱出することができたのだが、私が引っ掛かっていたところから崩落して、カマクラは無残な姿に……

 

「残念……」

 

「タカ兄、作ってあげたら?」

 

「何で俺が……」

 

 

 津田君は文句を言いながらも私たち三人で作ったカマクラより大きいものを、私たちが掛かった時間より短い時間で創り上げたのだった。




タカトシなら造作もないでしょうね


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会長の悩み

作り手側の悩み


 青葉さんと二人で生徒会室に行くと、会長が腕を組んで悩んでいた。いったい何を考えているんだろうかと気になりはしたが、私では会長の助けにはならないと思いスルーしたのだが、後からやってきた森先輩が会長に声を掛けた。

 

「会長。何か悩み事があるなら相談してください。会長のお手伝いをするのも、副会長の務めですので」

 

「でも、サクラっちにはあまり関係のない悩みだし」

 

「どんなことでも構いませんよ」

 

 

 さすが森先輩。私では言えないようなことをあっさりと言ってのけるとは……さすがは津田先輩と仲が良いだけあるっすね。

 

「それじゃあ相談しても良い?」

 

「はい、もちろんです」

 

 

 会長が甘えても良いかと確認し、森先輩はそれを受け止める。確かにここにいる三人の中で、誰に相談したいかと聞かれれば森先輩を選ぶだろう。間違っても私に相談したいとは思わないだろうな。

 

「コトちゃんの晩御飯、何が良いと思う?」

 

「お母さん的な悩み?」

 

「タカ君がバイトで、ちょっと遅くなるからコトちゃんの晩御飯だけを頼まれたんだけど、何を作れば良いかなって思って」

 

「津田家のメニューなら、私より会長の方が詳しいと思うんですけど」

 

「そうなんだけど、コトちゃんって基本的に何でも食べるから、何を作っても同じ反応なんだよね……だから、少し奇を衒ったものでも作ろうかなって思ったんだけど、そんなことしてタカ君の耳に入ったら怒られるかなとも思って……」

 

「普通で良いんじゃないっすか?」

 

 

 深刻な悩みではないと分かったので、私も会話に参加することに。作ってもらう立場から言わせてもらえれば、作ってもらえるだけで十分ありがたいのでそんなことしか言えないのだが。

 

「その普通が難しいんだよね……ほら、コトちゃんの基準はタカ君なわけだし」

 

「確かに会長もお料理上手ですけど、タカトシ君と比べられてしまうのは……」

 

「七条家お抱えのシェフと一緒に作業しても邪魔にならない程の腕だしね……私はせいぜい家庭レベルだし」

 

「津田先輩って、そんな料理上手なんすね」

 

「クリスマスパーティーの時にタカ君が作った料理もあったでしょう? ユウちゃんだって食べてたじゃない」

 

「うーん……どれも美味しかったから分からないっすね」

 

 

 あんな高級料理滅多に食べられないので、私はしこたま料理を平らげた。だがあの中に津田先輩が作ったものが混ざっていたなんて、全く気付かなかったな……

 

「津田先輩って、料理人にでもなるつもりなんすか?」

 

「タカ君は『家事の延長』としか言わないだろうけどもね」

 

「それでプロレベルって、あの人本当に何者っすか?」

 

 

 頭が良い、運動神経も良い、見た目も良い、文才もあるときてさらに料理上手。これだけハイスペックな男子、他には思いつかないっすね……そりゃ会長や森先輩が惚れるわけっすよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局会長の献立に関する悩みは、コトミさんに何を食べたいか聞くことで決着した。

 

「コトミさん、何でもいいって言うかと思いましたけど、意外とちゃんと答えてくれましたね」

 

「タカ君に怒られてるからじゃないかな。何でもいいが一番困るって」

 

「確かに、作り手側としたらその答えが一番困るんでしょうね」

 

 

 私は誰かに料理を振る舞う程の腕は無いのでそういう経験はないが、普段から作っているタカトシ君からすれば、何でもいいは困るんだろうな。

 

「そういえば、この前のクリスマスパーティーの時の写真ができたよ」

 

「会長と桜才の会長、津田先輩の側に居すぎじゃないっすか?」

 

「私は義姉弟だから問題ないんだけど、シノっちが嫉妬してべったりだったからね」

 

「これ、何処に飾りましょう?」

 

 

 青葉さんが写真を飾ったコルクボードを持って会長に尋ねる。

 

「この辺りで良いんじゃないかな? ここなら目立つし」

 

「分かりました」

 

 

 会長が指示した場所にコルクボードを飾って、私はじっくりと観察する。

 

「やけるなぁ……」

 

「えっ妬ける? サクラっちも嫉妬ですか?」

 

「いえ、この位置だと日が当たって写真が焼けちゃいます。もう少しこっちにしましょう」

 

「あっ、そういうこと……」

 

 

 何を勘違いしてるんだと思いながら、私はコルクボードを移動させる。そもそも会長とタカトシ君の仲が良いのは知ってることですし、今更嫉妬することでもないと思うんですけどね。

 

「そういえば、会長と津田先輩ってホントにただの義姉弟なんすか? 一年の間で会長と桜才の人が付き合ってるって噂が流れてるんすけど」

 

「私の方では森先輩が付き合ってるって噂が流れてますね」

 

「どうしてそんな噂が流れてるのか不思議なんだけど……」

 

「私はタカ君とお買い物とかに行きますし、サクラっちはこの間のデートを見られたんじゃないですか?」

 

「あれってデートじゃないと思うんですけど……」

 

 

 タカトシ君にお返しを買ってもらった時に誰かに見られてたんだろうけども、そもそもあの場面を見てればデートだって勘違いしないと思うんだけどな……お返しを買ってもらった後、私はタカトシ君に勉強を見てもらってたわけだし。

 

「まぁ、事情を知らない人が見たら、サクラっちが一番彼女っぽいでしょうけどもね」

 

「会長は彼女を通り越して奥さんみたいなことしてますしね」

 

「えっ、私がタカ君の奥さん?」

 

 

 そこまでは言ってないのだが、会長はタカトシ君との新婚生活でも夢想したのか、だらしなく頬を緩ませていたのだった。




彼女と奥さんがいるって……


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兄妹の差

歴然ですけどね……


 お義姉ちゃんから晩御飯何が良いか聞かれて、私は肉じゃがと答えた。別にそれ程食べたかったわけではなのだが、タカ兄に「何でも良いは答えになっていない」と昔から怒られていたので、とりあえず思い浮かんだ料理を答えたのだ。

 

「コトミ、さっきから何をブツブツ言ってるんだ?」

 

「トッキー、どうかしたの?」

 

「お前が道場の端でブツブツ言ってるから、一年が不気味がってるんだよ。遂に壊れたのかって」

 

「遂にって何さ!? というか、何でトッキーが聞きに来てるの?」

 

「私ならお前にビビらないからだとよ」

 

 

 まぁ、他の一年生と比べればトッキーと仲が良いのは確かだし、トッキーなら私に後れを取らないというのも分からなくはないけども――

 

「私、壊れそうだって思われてたの?」

 

 

――気になったのはそこだ。

 

「前々からポンコツだって思われてるからな……兄貴に手伝ってもらってるって、いい加減バレてるだろうし」

 

「最近は自力でやってる部分もあるよ!」

 

「胸を張って言うセリフじゃねぇだろ」

 

「まぁ……」

 

 

 私の家事スキルとタカ兄の家事スキルを比べるなんて、比べるだけ無駄なことなのでしたこと無いが、誰がやったかなんて見ればすぐわかるくらいの差があるのだ。気付かれない方がおかしい。

 

「ほらそこ! 喋ってる暇があるなら練習しなきゃ!」

 

「主将は相変わらずだねぇ……」

 

「とりあえず、端でブツブツ言ってるのだけは止めろよ? 練習に身が入らないみたいだしな」

 

「分かったよ」

 

 

 トッキーに注意されたので、私なとりあえず道場の掃除を再開することに。それにしても、そんなにブツブツ言ってたのかなぁ……私としては何も言ってないつもりだったんだけども……

 

「おーいマネージャー!」

 

「なんですか?」

 

 

 主将から声を掛けられ、私はそっちに意識を向ける。

 

「さっきから何か考えてるみたいだけど、ちゃんと掃除できてる?」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「だって、道場がびしょびしょだよ?」

 

「えっ?」

 

 

 主将に言われて私は床を見て愕然した。ちゃんと掃除してたつもりだったけども、床をびしょびしょにしてただけだった。

 

「ゴメンなさい、ちゃんと掃除し直します」

 

「お願いねー」

 

 

 主将に言われて私は慌てて掃除をし直す。考え事をしながら掃除なんて、私のスキルではできなかったようだ。

 

「(タカ兄やお義姉ちゃんならこれくらい楽勝なんだろうけども、私レベルでは無理だったか……)」

 

 

 綺麗にしてたはずの道場を汚していたと気付き、私は絶望しながら綺麗に道場を掃除し直したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義姉さんにコトミの世話をお願いしていたお陰で、俺はバイトに集中できた。今日は元々俺は休みだったはずなのだが、新人の指導を店長に頼まれて急遽出勤したのだ。

 

「――という感じだけど、わかった?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 

 後輩に指導していると、何故か熱のこもった視線を向けられるのだが、そんなことを考えてる暇があるなら、レジ操作をしっかりとマスターしてもらいたいものだ。

 

「はぁ……」

 

 

 とりあえず一通りの説明を終え、忙しい時間帯を越えたので新人を一人にして俺は裏で一息吐く。

 

「お疲れ様。やっぱり津田君に頼んで正解だったかな」

 

「こう言うのはもう少し上の人がやるものじゃないですか?」

 

「いやいや、津田君なら問題なくできるって思ってたし、あんまり上の人だと恐縮して何も覚えられないだろうし」

 

「そう言うものですか?」

 

 

 店長の言っていることは分からなくはないが、あの子って確か入って既に二週間くらい経ってるはずだ。今更俺に回ってきたということは、他の人では成果が出なくて、俺に押し付けようって考えたのではないかと邪推してしまう。

 

「魚見君が言っていたけど、君の妹さんは結構な問題児みたいだから、津田君なら彼女でも指導できるんじゃないかって」

 

「義姉さんが……」

 

 

 どうやらコトミの問題児っぷりはここにまで影響を与えていたらしい。まぁ、アイツの勉強の為にテスト前に俺と義姉さんが揃って休むということも度々あるので、知られていても不思議ではないのだが。

 

「そういうわけで、もう少し頑張ってね」

 

「分かってますよ……それでも、付きっ切りでは成長しませんので、もう少し裏で見てますけど」

 

「それでいいよ。津田君ならサボってゲームとか無いだろうし」

 

「なんですか、それ?」

 

「どうやら仕事をサボって裏で遊んでる子がいるらしいんだよね。見つけ次第指導するつもりだから、津田君も見付けたら報告よろしく」

 

「分かりました」

 

 

 給料をもらっているのにサボってゲームとは、随分と労働を嘗めている人もいるものだな……まぁ、バイトだし、そこまで重く考えてないのかもしれないけど……

 

「津田せんぱーい! これってどうすればいいんですか」

 

「ん?」

 

 

 少し考え事をしていたのだが、後輩に呼ばれて表に出る。どうやらレシートが詰まってしまったらしく少し泣きそうな顔をしているが、これくらいは説明を受けているはずなんだがな……

 

「(言葉で説明されるより目で見て覚えるタイプなんだと思っておこう……)」

 

 

 これ以上問題児を抱え込みたくないので、俺は自分の中でそう考えて詰まりを直す。それで理解してくれたかは分からないが、とりあえずは直せるようになったという風に思っておこう。そうしないと、平穏が遠ざかっていく気がするから……




タカトシの平穏は何処に……


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シノの悩み

その速度はなかなか難しいと思う


 最近シノちゃんの機嫌が悪い様に見える。悪いと言っても、誰かに当たり散らかすわけでもなければ、仕事が雑になっているわけでもないので、気にしなくても良いのかもしれないが、友人として気になってしまう。

 

「シノちゃん、最近機嫌悪くない?」

 

「そうか? 自分ではそんなつもりは無いんだが……」

 

「長くシノちゃんを見てきた私が言うんだから、間違いないと思うんだけど」

 

「そんなに表に出ていたか?」

 

「うーん……付き合いの短い人なら気付かないくらいかな。タカトシ君やスズちゃんは気付いてるだろうけども、クラスメイトとかは気付いてないと思う」

 

 

 本当に些細な違いなので、気付いていない人の方が圧倒的に多いだろう。もし分かり易く機嫌が悪かったら、畑さんが特集でも組んでそうだし。

 

「実はちょっと悩みがあってな……それでイライラしてるように見えたのかもしれない」

 

「悩み?」

 

「あぁ。だが役員全員に気付かれてるならちょうどいい。放課後、生徒会室で相談しても良いか?」

 

「もちろん!」

 

 

 タカトシ君やスズちゃんだってシノちゃんの悩み解決に力を貸してくれるだろうし、シノちゃんが自分から相談したいというくらいだからかなりの悩みなんだろう。その解決に力を貸すのは、友人として当然だと私は意気込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか役員全員に気付かれていたなんて思っていなかったので、私は内心恥ずかしい思いをしていた。だが私一人では解決策を見出せなかったので、相談できるようになったのはありがたい。

 

「それでシノちゃん、いったい何で悩んでいたの?」

 

「聞いていいのか分からなかったので聞かなかったのですが、会長は最近イラついてましたよね」

 

「そんなにか?」

 

「些細なことですが、付き合いが長い我々は誤魔化せませんよ。ねっ、タカトシ」

 

「何故そこで俺に振るんだ?」

 

「だって、アンタが一番最初に気付いたじゃない」

 

 

 タカトシに最初に気付かれたと知り、私は少し恥ずかしい思いをした。まさかタカトシが私のことをじっくり見てくれていたなんて……

 

「書類の文字が何時もより乱れていたり、シノ会長にしては珍しく誤字があったりと、集中力散漫になってるなとは言ったが、何か悩んでるんじゃないかなんて言ってないぞ?」

 

「普通は体調が悪いんじゃないかって気にするけど、アンタは『機嫌が悪いんじゃないか』って言ってたでしょう? その時点で何か悩みがあるって分かってたんじゃないの?」

 

「さて、どうだったかな」

 

 

 タカトシははぐらかすように答え、視線を私に向けてきた。急に目を見られると恥ずかしいんだが、ここで逸らすわけにもいかない。

 

「それで、ここ最近会長が悩んでいることってなんです? 今のままでも仕事に影響は少ないので介入しないでおこうとは思っていましたが、このままではシノさんの精神衛生上よろしくないでしょうし」

 

「おぉ……」

 

「? どうかしました」

 

 

 学校で「シノさん」と呼ばれたことに感動していると、タカトシが不審がってきた。まぁこの感動はタカトシには分からないだろうな……だって、アリアと萩村には睨まれてるし。

 

「何でもないぞ」

 

「そうですか」

 

「それでシノちゃん、悩みって?」

 

「実はな……最近放課後にバッティングセンターに行ってるんだ」

 

「バッティングセンター……ですか?」

 

「OLとかの間でも流行ってるんだってね~」

 

「ストレス発散に良いって聞いてな」

 

「会長、ストレスが溜まってたんですか?」

 

「ちょっとな」

 

 

 前までなら自分で発散していたのだが、あまりやり過ぎると生徒会室にメス臭が充満して、タカトシに怒られそうだったから別の方法を探したのだ。もちろん、これは三人には言えない理由だが。

 

「それと最近イライラしてたのと、どんな関係があるの?」

 

「ボールが速すぎて打てないんだ……やっぱり140キロは私には早かったか……」

 

「分かってるのなら、もう少しゆっくりしたマシンを選べばいいじゃないですか」

 

「スカッとしたいのに、負けた気分になったらスカッとできないだろ?」

 

「ただの負けず嫌いじゃないですか……」

 

 

 タカトシに呆れられてしまったが、萩村は分かってくれたようだ。できないからと言ってランクを下げるのは、何だか負けた気になってスッキリしないのだ。

 

「そういえばタカトシ、アンタ偶にバッティングセンターに行ってるとか言ってなかった?」

 

「昔な。最近はバイトとかコトミの相手とか、家事とか誰かさんたちへの説教とかで時間がないから行ってないけど」

 

「あぁ、あの人ね……」

 

 

 タカトシが濁した相手が誰なのか、ここにいる全員はちゃんと理解している。本来タカトシが怒らなくても良い相手なのだが、タカトシしか大人しくさせることができないので任せきりになっているから。

 

「せっかくだしこの後みんなで行く?」

 

「だがアリア、寄り道は校則違反だ。なので、一度帰宅してからバッティングセンターに集合だ!」

 

「一度帰宅するのなら、自宅でできるストレス発散方法を見つけた方が良いのでは?」

 

「兎に角、一時間後にバッティングセンターに集合だからな! 遅れたら全員にジュースを奢ること!」

 

 

 半ば強引に話を終わらせ、私たちは生徒会室を出て帰宅するのだった。……あれ? 私たち、生徒会の仕事したっけ?




打てて130かな……


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的確なアドバイス

コーチとしての才能もバッチリ


 会長に集合を掛けられてしまったのでいかないわけにもいかない。私は気が進まないがバッティングセンターにやってきた。

 

「スズちゃん、早いね」

 

「七条先輩。あまり気は進みませんけども、私だけ来ないわけにもいきませんし」

 

「待たせたな!」

 

「シノちゃん」

 

 

 珍しくタカトシが一番最後だということにちょっと驚いたけども、アイツにもいろいろとやることがあるから遅れているのだろう。と言っても、まだ時間前だけど。

 

「お待たせしました」

 

「タカトシ君が最後って珍しいね~」

 

「そうですか?」

 

「あぁ。お前は何時も一番最初に来ているイメージだからな」

 

「洗濯物を取り込んで片付けていたので、その分遅れたのかと」

 

「なる程」

 

 

 主夫はやることが色々とあるようで、私たちみたいに帰って着替えてすぐ出発というわけにはいかなかったようだ。それでも時間前に来られるのは、こいつの凄い所よね。

 

「早速だが打ってみようではないか!」

 

「シノちゃん気合入ってるね~」

 

「人に見られてると思うと気合も入るだろう?」

 

「そうなんですか?」

 

「人によると思いますけど」

 

 

 見ず知らずの相手に見られてたら気が散るかもしれないが、知り合いに見られてると思うと、逆に緊張して力みそう……

 

「兎に角見ててくれ!」

 

 

 そう言って会長は140キロコーナーに向かう。やっぱり遅いマシンにはいかずに140キロで勝負するようだ。

 

「今日こそ――」

 

『キーン』

 

「――玉を打つぞ! ……ここに来るとボールを玉って言っちゃうな」

 

「そんなこと無いと思いますが? あと、細かい様ですが玉ではなく球です」

 

「ニュアンスで私が思い描いている漢字まで分かるのか……」

 

 

 タカトシの特殊能力がまた一つ判明したところで、会長が挑戦した。だが結果は以前と同じようで、ガックリと肩を落としてゲージから出てきた。

 

「やはり前に飛ばないな……当たってもボテボテだし」

 

「ボールをバットに乗せる感覚で振れば角度が付きます。次はそんなイメージで振ってみてください」

 

「分かった」

 

 

 タカトシのアドバイスを受けて、会長が再チャレンジ。結果はさっきよりかは打球に角度が付いているが、それでもまだあまり飛んでいない。

 

「やっぱり難しいな……萩村、やってみてくれ」

 

「私ですか?」

 

「萩村なら出来そうだしな」

 

「そんな期待されても……ところで、あの的って何ですか?」

 

「あそこに当たるとホームランなんだ。だから狙ってるんだが、的を狙うよりも先にボールを打てるようにならないといけないんだよな……」

 

「そうなんですか」

 

 

 せっかくだし狙ってみよう。そう意気込んで打席に立ったのだが――

 

『ペキン、ペキン、ペキン、ペキン』

 

「な、内野安打性の当たりが四発だから実質一点だし!」

 

 

――バットに当たっても私の力では前に飛ばなかった。

 

「うん、頑張った」

 

「何だか子供扱いされてる気がする」

 

「き、気のせいだ! とりあえずもう一回挑戦だ」

 

 

 会長が意気込んでもう一度挑戦する。七条先輩はこう言うことはやらないのか見学だけだし、タカトシは会長に指導するだけ。私だけやらされた気がしてならないが、やってみて難しさは分かったわ。

 

「むぅ……」

 

「会長、もっとしっかりボールを見てください」

 

 

 タカトシのアドバイスを受けて、会長が集中し直す。

 

「むっ!」

 

「どうしたの、シノちゃん?」

 

「ボールがパンツ被ってる顔に見えてきた」

 

「動体視力の無駄遣いしてるんじゃねぇよ」

 

 

 タカトシのため口ツッコミが入り、会長から雑念が吹き飛んだ。物凄い集中力でボールと向き合い、そしてホームランの的にボールが当たる。

 

「やったぞ!」

 

「「「………」」」

 

「ん?」

 

 

 打ち合わせしていたわけではないが、私たちはサイレント・トリートメントを実行する。敢えてよそよそしい態度をとってから盛大にお祝いする野球儀式だ。

 

「もしかして私の姿が見えていないのか? 主人公消失系〇Vごっこか?」

 

「浮かれすぎて昔の癖が出てるんじゃないですか?」

 

 

 会長のセリフに対するタカトシのツッコミは、底冷えするような雰囲気が伴っており、会長だけではなく私と七条先輩も震えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシのアドバイスのお陰でスッキリすることができた。だが私は一つ気になることがあったので確認することに。

 

「アリアが打たないのは分かったが、何故タカトシは打たないんだ?」

 

「そうよ。せっかくなんだし打ってきなさいよ」

 

「私も、タカトシ君が打つところ見たいな」

 

「そんな期待されるようなもんじゃないですよ?」

 

 

 これがタカトシの謙遜だということは分かっている。こいつが大した結果じゃないことなんてないだろうし、もしかしたら私たちを自信喪失させたくないから打たなかったのではないかと言うのが、私たちが導き出した結論だからだ。

 

「………」

 

「先に見なくて良かったな……」

 

「タカトシ君、すごーい」

 

「こりゃ野球部がスカウトしに来る理由がわかるな」

 

 

 ほぼ全球ホームラン性の当たりで、何発も的に当てているではないか……私が苦労して一発当てたのを嘲笑うかの結果に、私も萩村も何も言えなくなってしまった。もちろん、タカトシにそんな意図はないと分かっているのだが……




自分は何故かすべて流し打ちになってしまう……


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眼鏡事情

自分も無いと家から出られない……


 珍しくネネが体育で頑張っているのを見て、私ももう少し頑張った方が良いのではないかと思い始めた。身長の関係でできることに限りがあるのである程度は諦めていたのだけども、運動音痴のネネがあそこまでやるのなら、私だってもう少し位は頑張れる。そう思って体育の時間を過ごした。

 

「いやー、今日はネネもスズちゃんも頑張ってたね」

 

「一番動いてたムツミに言われてもね……」

 

 

 体育はムツミの独壇場だ。男女混合ならタカトシもいるのだが、基本的には男女別で行われているので、この場はムツミの一人勝ちになることが多い。

 

「唯一の得意科目だからね~。こればっかりはスズちゃんに負けられないし」

 

「うん、最初から勝とうなんて思ってないから」

 

 

 私がムツミと喋っていると、ネネがおぼつかない足取りで私たちに近づいてくるのが見えた。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっとハッスルし過ぎちゃったみたい」

 

「どういうこと?」

 

 

 ネネの言葉の意味が解らず首を傾げたが、そのタイミングでネネの手許に視線が行った。どうやら眼鏡が壊れてしまったらしい。

 

「大丈夫なの?」

 

「更衣室に予備があるから。ただ、そこまで行くのが大変なんだけどね」

 

「私たちも一緒に行くから大丈夫じゃない?」

 

「でも、結構時間かかるから迷惑にならない? だって、スズちゃんの顔だってまともに認識できてないんだよ?」

 

「結構重症ね……」

 

 

 互いが手を伸ばせば届く範囲にいるのに、私の顔が認識できないとは……目が悪いのは知っていたが、まさかそこまでだったとは……

 

「私がおんぶしていこうか?」

 

「そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ」

 

「そっか」

 

 

 ムツミならネネを背負ったところで殆ど負荷にならないだろうけども、さすがのネネもそれは断った。汗をかいた後に人に背負ってもらうのを躊躇ったのだろう。

 

「今度タカトシ君と勝負してみたいな」

 

「そんなこと思えるのはアンタだけよ……タカトシだって相当凄いんだし」

 

 

 今日の体育はバレーだったのだが、タカトシは何をやらしても即戦力になれるくらいには実力があるらしい。まぁ、コトミ談なので本当かどうかは分からないが。

 

「おっ、更衣室が見えてきたね」

 

「ほらネネ、もう少しよ」

 

「おぉ、着いた着いた」

 

 

 ネネが更衣室の扉を開こうとして――

 

「そっちは男子更衣室だよ!?」

 

「そんな古典的なボケありかよ!?」

 

 

――私とムツミが慌ててネネを止めた。ちょうど更衣室から出てこようとしていた柳本も驚いた顔をしているが、その背後ではタカトシが呆れた顔をしている。

 

「眼鏡を壊したの?」

 

「ちょっとハッスルし過ぎちゃって……」

 

「見えない人にはキツそうだね」

 

「ネネ、こっちこっち」

 

 

 ネネの手を取って女子更衣室に誘導し、ネネが使っているロッカーの前に連れていく。これ以上男子更衣室の前で喋らせるのもあれだったし、タカトシがあそこに立っていたのは、中で着替えている人たちのブラインド役だと気付いたからだ。

 

「あったあった。これで良く見えるよー」

 

「良かったね」

 

「スズちゃんの可愛い白パンが」

 

「何処見てるんだー!」

 

 

 わざわざ人のスカートを捲って確認してきたネネに、私は今日一のツッコミを入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきはネネの眼鏡が壊れて大変だったけども、私は常々思っていたことを話すことに。

 

「眼鏡って良いよね。おしゃれだし、頭良さそうに見えるし」

 

「実際、眼鏡を掛けてるからって頭が良いわけじゃないんだけどね」

 

「ネネはやればできるでしょ? 一年の時は、私やタカトシと同じくらいだったんだから」

 

「もう無理だって……機械弄りに精を出し過ぎて勉強に向ける情熱は残ってないもん」

 

「威張って言うことじゃないと思うぞ?」

 

 

 スズちゃんのツッコミにネネが舌をチロっと出して頭を掻く。勉強を疎かにしている自覚はあるようだけども、改善するつもりもないようだ。

 

「せっかくだし、ムツミもかけてみる?」

 

「良いの?」

 

「でも、外したらネネ、何も見えないんじゃないの?」

 

「休み時間の間、少しくらいなら平気だって」

 

「じゃあ、ちょっとだけ」

 

 

 ネネの眼鏡を借りて掛けるが、私には度が強すぎて良く見えない……

 

「ちょっと気持ちが悪くなってきた……トイレトイレ」

 

「そっちは男子トイレだ!」

 

「今度は三葉か……スズ、何事?」

 

「あっ、タカトシ……」

 

 

 トイレから出てきたタカトシ君にスズちゃん事情を説明し、呆れ顔をしながらも納得してくれた。

 

「三葉は目が良いから、轟さんの眼鏡を掛けたらキツイって分かりそうなものだけどな」

 

「あんなにキツイとは思わなかったんだよ。しかも、掛けた自分を確認する前に外しちゃったから意味なかったし」

 

「だったらこれを貸してあげるよ。ブルーライト対策だから、度は入ってない」

 

「ありがとー」

 

 

 タカトシ君が普段使っている眼鏡を借りて、私は鏡の前に立つ。

 

「どうかな?」

 

「凄い! 馬鹿そうに見えない」

 

「そうかな? ……ん? もしかして今、褒められてない?」

 

「今ので褒められたと勘違いするなんて、やっぱりムツミちゃんはムツミちゃんだね」

 

「というか、眼鏡を掛けたくらいで頭が良くなるなら、コトミに五個でも十個でも買ってるって」

 

「お兄ちゃんの悲痛な叫びね……」

 

 

 コトミちゃんのことで頭を悩ませているタカトシ君の呟きに、スズちゃんが同情するように背中を叩いている。まぁ、私もタカトシ君にお世話になってるから何も言えないけど、コトミちゃんは特にひどいからなぁ……




タカトシ、心からの言葉……


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信用の無さ

信頼度が高いのはタカトシだな


 シノちゃんとスズちゃんはお家の事情で先に帰っちゃったけども、生徒会作業はあったので私とタカトシ君の二人で終わらせることになった。もちろん、シノちゃんやスズちゃんの分は家に持ち帰ってやると言っていたのでそれ程多くは無いのだけども、二人きりということで少し緊張しちゃうな。

 

「津田副会長、こちらが報告書になります」

 

「確かにお預かりしました。わざわざ申し訳ありません」

 

「いえ、こちらとしても生徒会には色々とお世話になっていますので」

 

 

 風紀委員からの報告書をタカトシ君が受け取り、今日の業務は終了となる。本来ならカエデちゃんがシノちゃんの手渡すのだが、今日はどちらも不在なので副会長のタカトシ君が、副委員長から報告書を受け取っている。別におかしなことではないと思うのだけども、どちらも男の子と言うのが少し気になった。

 

「(元女子校だけども、こうやって男の子たちも活躍してるんだな~)」

 

 

 タカトシ君ばかり目立っていて、他の男の子たちが働いていないように錯覚しているけども、他の男の子たちもちゃんと働いているって分かれて良かった。じゃないと他の男の子たちは学校におかずを探しに来てるだけって思っちゃうしね。

 

「さて、これを確認して今日の業務は終わりですね。アリア先輩、お疲れ様でした」

 

「タカトシ君も、お疲れさまー。今お茶淹れるね」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

 

 報告書に目を通しながらもしっかりとお礼を言ってくれるタカトシ君に見惚れながらも、私はしっかりとお茶を用意する。何時もなら四人分淹れるのだが、今日は二人分だ。

 

「それにしても、タカトシ君が会長って言われても違和感がない感じになってきちゃったね」

 

「そうですかね? 俺としてみればやっぱりシノ先輩が会長って方がしっくりくるんですが」

 

「シノちゃんも長いからね~。でも、タカトシ君だってシノちゃんの代理としてしっかりと仕事してるんだし、次期生徒会長なんだから、もう少しは自覚を持った方が良いと思うよ?」

 

「そんなものですかね」

 

 

 お茶を啜りながら残ってる報告書に目を通し、タカトシ君は軽く伸びをする。

 

「さて、これで終わりですね」

 

「それじゃあ、私たちも帰ろう――って、あら?」

 

 

 窓の外に目をやると、ぽつぽつと雨が降っている。さっきまでは降りそうだったが降ってなかったのになぁ……

 

「出島さんにお迎えを頼まなくっちゃ」

 

 

 大丈夫だろうと思って傘は持ってきていないので、出島さんに車で迎えに来てもらう。電話を済ませて出島さんが来るまではぼんやりと時間をつぶさなきゃなと思っていたのだけども、そのタイミングで畑さんが生徒会室にやってきた。

 

「津田先生、こちらの確認をお願いします」

 

「その『先生』って呼び方、止めてもらっても良いですかね?」

 

「いえいえ、先生のお陰で私は――新聞部は相当儲かっていますから。感謝の念を込めて先生で」

 

「言い直さなくても儲けてるのが畑さんだけだって知ってますけどね」

 

 

 畑さんが持ってきた来月号の桜才新聞の検閲を済ませたタカトシ君が、ふと窓の外に視線をやる。そのタイミングで出島さんの車が校門前に停車したので、さすがはタカトシ君だなぁって感心してしまった。

 

「校門まで入っていきますか? 折り畳みなので、あまり大きくないですけど」

 

「ありがとー」

 

 

 こういう風に、さらっと言ってくれるからタカトシ君は信用できるんだよね。これがもし他の男の子なら、下心があるんじゃないかって疑っちゃうのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お嬢様をお迎えに上がったのは良いのですが、傘を持っていないのに昇降口からここまでどうやって来るのでしょうか。まさか、濡れてくるつもりじゃないでしょうね。

 

「もしそうだったら……」

 

 

 ビショビショのお嬢様を想像して危うく鼻血を吹き出しそうになりましたが、私の妄想は現実の物とはなりませんでした。何故なら――

 

「出島さーん」

 

「お嬢様! と、津田様」

 

「こんにちは」

 

 

 お嬢様をエスコートしてきた津田様。折り畳み傘なので二人が濡れないようにするには密着するしかない。まさか津田様はこれを狙って――いえ、あり得ませんね。津田様のことですから純粋な善意でお嬢様をエスコートしてくださったのでしょう。

 

「せっかくだし、タカトシ君も乗っていって? 送ってくよ」

 

「いえ、お気持ちだけで」

 

「大丈夫ですよ、津田様。今回は道を間違えたりしませんので」

 

「イマイチ信用できないんだよな……」

 

 

 以前間違えて高速に乗ってしまい、帰宅時間を大幅に遅れさせた前科がある手前強く言い返せませんが、津田様に疑いの目を向けられるだけで絶頂しそうなので善しとしましょう。

 

「タカトシ君は出島さんのことを疑い過ぎだって。大丈夫だから」

 

「はぁ……では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

「何だったら、そのまま私に甘えてくれてもいいんだよ?」

 

「やっぱり歩いて帰ります」

 

「冗談だよ~。タカトシ君、冗談に対して真顔で返すのは酷くないかな?」

 

「でしたら、もう少し笑える冗談でお願いしたいですね」

 

 

 普通でしたら巨乳で美人なお嬢様に甘えられるって聞けば飛びつきそうなのですが……むしろ、私が甘えたいくらいです! っとふざけるのはここまでにして、しっかりと津田様をお送りしなければ。




畑さんも出島さんも、ふざけなければ優秀なのに……


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解決策は

こんなことしてる高校生、見たこと無いんだが……


 最近我が桜才学園の生徒たちの交通マナーが乱れていると報告され、本日は朝から校門側で挨拶運動と交通マナーチェックを兼ねることにした。

 

「こうしてみると、友人と時間を合わせて登校してくる生徒の方が多いんだな」

 

「私は出島さんに送ってもらうことが多いから分からなかったけど、お友達と一緒に登校って楽しそうだよね~」

 

 

 アリアとペアになって活動しているのだが、やはりこういう風景は青春っぽいなと思ってしまう。もしあそこにいるのが私で、隣にいるのがタカトシだったら――などという妄想をしていると、反対側の歩道にいるタカトシから鋭い視線を向けられてしまった。恐らく、私たちが不真面目に活動しているのがバレたのだろう。

 

「もしかして、アリアもか?」

 

「シノちゃんも?」

 

 

 どうやら私だけでなくアリアもタカトシと一緒に登校できたらという妄想をしていたようだ。さすが親友だな。

 

「そういえば、スズちゃんは何回かタカトシ君と一緒に登校したことがあるんだよね」

 

「わざわざ津田家にまで迎えに行って一緒に登校してきたらしいな」

 

「そう考えると、私たち以上にスズちゃんの方がタカトシ君との関係が進展しているのかな?」

 

「どうだろうな。あの二人が一緒に歩いていたとしても、兄妹にしか見られないんじゃないのか? それかコスプレ幼女を連れ回す高校生――みたいな?」

 

 

 いくら萩村が制服を着ていたとしても、一目で高校生だと納得はしてくれないだろう。実際、私たちと一緒のいる時も通りすがりに「コスプレ?」と言われたことが何度もある。

 

「シノちゃん、今度はスズちゃんが怖い顔してこっちを見てるけど」

 

「おっと。さすがに喋り過ぎたな」

 

 

 マナーチェックだけではなく挨拶運動も兼ねているのだ。私たちが挨拶を交わしていないことを見て怒っているのだろう。決して、私たちが萩村の容姿のことを弄っているのがバレたわけではないはずだ。タカトシなら兎も角、萩村ならこの距離で私たちの会話が分かるはずが――

 

「そういえば萩村は読唇術が使えたんだっけか」

 

「スズちゃんが読唇術で、タカトシ君は読心術だもんね~。後輩は優秀だって言われても仕方ないよね」

 

「そもそも普通の人間は唇の動きから何を言っているのかを推察するのも、心を読むこともできないとおもんだがな」

 

 

 前者はやろうとすればできるかもしれないが、後者は普通の人間には無理だ。それを当たり前のようにやっている二人に、私とアリアは改めて優秀だなぁと思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員として参加しているのだけども、さっきから生徒会の三年生二人が不真面目に見えて仕方が無い。タカトシ君と萩村さんは真面目にしてくれているのだけども、どうしてあの二人はエンジンがかかるのが遅いんだろう。

 

「天草さん、七条さん」

 

「おぉ、五十嵐」

 

「どうかしたの~?」

 

 

 私が話しかけてきた理由が分からないのか、天草さんも七条さんも首を傾げて問い掛けてきます。

 

「さっきから挨拶をしていない様子でしたので注意をしに。今日は挨拶運動も兼ねているんですから」

 

「分かってるさ。だが、少しくらいお喋りに興じていても構わないんじゃないのか? 今の時間は、あまり生徒たちも見受けられないし」

 

「そういう問題ではありません! ちらほらではありますが生徒は通ってますし、何より天草さんは生徒会長なんですから。もっとしっかりしてくれないと困ります」

 

「わ、悪かったな」

 

 

 私の剣幕に気圧されたのか、天草さんは真面目に運動を再開してくれた。だが再開してすぐに、横断旗が折れてしまったようだ。

 

「どうするか……」

 

「シノちゃん、一緒に使う?」

 

「アリアが私を後ろから抱きしめるのか? 悪いが私にユリ属性は無いんだが」

 

「違うよ~。こうやって端と端を持って」

 

「なる程」

 

 

 何だかおかしな光景ではありますが、ふざけてるとも言い難いので注意し辛いですね……

 

「残念。せっかく『生徒会長と書記は危ない関係!?』という記事を書こうと思ったのに」

 

「畑さん……貴女、何処から現れたんですか?」

 

「普通に最初から。この活動の特集を組むために参加していたんですけど。もしかして風紀委員長には話が伝わっていなかったんですか~?」

 

「そんな報告は受けて――あっ」

 

 

 確か男子風紀委員が何か報告していたんだけども、距離が近すぎてあまり聞いていなかった報告があったわね……もしかして、それが畑さんの取材許可だったのかも。

 

「その体質、早い所改善しないと。さもないと本当に一生しょj――」

 

「取材する許可は出しましたが、カエデさんをからかって遊ぶ許可を出した覚えはないんですが?」

 

「つ、津田副会長……お主、何時の間に背後に……」

 

「普通に移動してきたに決まってるでしょうが。というか、生徒たちも見てるんですから、カエデさんもしっかりしてください」

 

「ご、ゴメンなさい……」

 

 

 私までタカトシ君に怒られてしまった。だがタカトシ君の言う通り、もう生徒たちも結構登校してきているのだ。ふざけている場合ではない。

 

「よしっ!」

 

「おっ、津田副会長に告白する覚悟でも決めたんですかー?」

 

「畑さんもふざけてないで、取材するならしっかりとしてください」

 

 

 からかってきた畑さんをあしらって、私は挨拶運動と交通マナーチェックに戻るのだった。




結局ふざける畑さん……


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注意の仕方

どんな注意だよ……


 生徒たちも増えてきたので、私たちは妄想したりすること無く挨拶運動と交通マナーチェックを進めている。大半の生徒たちは挨拶をすれば返してくれるし、注意をすること無く交通マナーを守ってくれている。でも中には危険な歩き方をしている子もいるのだ。

 

「シノちゃん、あの子」

 

「あぁ」

 

 

 正面から歩いてくる女子生徒を見て、私とシノちゃんは彼女に注意することを確認した。

 

「こら! 歩きスマホは危ないぞ」

 

「そうだよ~。私たちが近づいてきたのにも気付かなかったでしょう?」

 

 

 私たちが声を掛けるまで、女子生徒は私たちの接近に気付かなかった。私たちだったから良いけど、これが自転車だったり車だったりしたら危険だ。歩行者が悪いにしても、向こうの責任も問われてしまうのだから。

 

「どれくらい危険なのかというと、こうしてトラックが横を通って風が吹いてスカートがめくれても、パンチラしてることに気付けないくらいにだ!」

 

「歩きスマホ、止めます」

 

 

 タイミングよくトラックが通り、女子生徒のスカートを捲り上げたお陰で、歩きスマホの危険性に気付いてくれた。だが男子生徒からしてみれば、絶好のパンチラチャンスが無くなって残念なのかな。

 

「ふぅ……また一人交通マナーの乱れた生徒を改心することができたな」

 

「そうだね~」

 

 

 二人で満足げに頷いていると、遠くで女子生徒を注意していたタカトシ君が呆れたような顔でこちらを見ている。

 

「相変わらず、タカトシ君は真面目だよね」

 

「どうしたんだ?」

 

「ほら。私たちの注意があまり良い感じじゃなかったみたいだから、こっちを見て呆れてる」

 

「アイツは耳も良いからな……」

 

「というか、タカトシ君に見惚れて飛び出しそうな女子生徒たちが大勢いるから、タカトシ君には校門前で立っててもらった方が良いんじゃないかな?」

 

「そうだな」

 

 

 私たちは比較的簡単にタカトシ君とお話しできるけども、一般女子はタカトシ君と話す機会などなかなかない。だからこの機会に話しかけようとして、左右も確認せずに飛び出しそうになっている女子生徒が多く見受けられる。それをタカトシ君が注意しているのだけども、飛び出す原因になっているのが自分だと分かっているから、注意をスズちゃんに任せているのだろう。

 

「タカトシ、ここは私たちが変わるから、お前は校門前で挨拶を頼む」

 

「分かりました」

 

「そういえばタカトシ君、コトミちゃんの姿がまだ見えないんだけど」

 

「家を出る前に叩き起こしてきたんですが、恐らく二度寝したんでしょう」

 

「コトミも相変わらずだな……」

 

 

 タカトシ君が学校に来たのが七時少し前。家を出た時間を考えればコトミちゃんが二度寝してしまってもおかしくはないけども、高校生にもなってというタカトシ君の呟きに、私とシノちゃん、そしてスズちゃんは「お母さんみたい…」と思ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄に叩き起こされた時はどうしてこんな時間に……って思ったけども、今思えばあのまま起きていればこんなことにはならなかっただろう。

 

「ほらトッキー! 急いで」

 

「遅刻しそうなのはお前の所為だろうが」

 

「文句は後で聞くから!」

 

 

 私はトッキーが迎えに来るまで爆睡してしまっていた。なので今、トッキーと二人で通学路を全力ダッシュ中なのだ。

 

「というか、どうしてタカ兄はあんな時間に私を起こしたんだろう?」

 

「あっ? 今日は交通マナーチェックと挨拶運動が同時に行われてるからだろ? 昨日先生が言ってただろうが」

 

「そうだっけ?」

 

 

 そんな話を聞いた気もしなくはないが……それよりも今は遅刻回避が最優先。無駄な思考に集中力を割く余裕など無いのだ。

 

「あっ、シノ会長とアリア先輩だ」

 

「ここまで来れば、遅刻しなくて済みそうだな」

 

 

 シノ会長とアリア先輩が、カップルの二人乗りを冷やかしている様子が見え、私とトッキーは安堵した。

 

「おっ、風紀委員長が二人乗りを注意してる」

 

「まぁ、あの人の立場なら当然だろうな」

 

 

 注意してる三人の横を通り過ぎて、私たちは校門に到着した。時間は遅刻ギリギリの二分前だ。

 

「何だか人だかりができていない?」

 

「TVの取材とお前の兄貴の両方じゃねぇの?」

 

「確かに、カメラは見えるけどタカ兄は見えないよ?」

 

「集まってるのが女子生徒ばかりだからな」

 

 

 トッキーに言われて改めて見ると、確かに女子生徒たちが遠巻きに誰かを見ている感じがする。少し近づいてタカ兄の姿を確認できたので、私は一応挨拶しておこうと思い声を掛けた。

 

「タカ兄、おはよう」

 

「………」

 

「な、なに?」

 

 

 タカ兄に呆れられているのは分かるけども、私はまだ遅刻していない。そりゃギリギリだったけどもセーフのはずだ。

 

「髪はぼさぼさ、リボンは曲がってる、シャツは出てる。ついでに口の周りに歯磨き粉の跡」

 

「あっ……」

 

「ったく」

 

 

 タカ兄がブラシを取り出して私の髪を整え、リボンの曲がりを直した。そしてハンカチで口周りを拭いてくれた。さすがにシャツくらいは自分で直せと言われたので自分で直したが、今の光景を周りの女子生徒たちが羨ましそうに見ている。

 

「『副会長はお母さん!? 妹の乱れを修正』という題名で如何でしょう?」

 

「はい、消去」

 

「せっかく撮ったのにー!?」

 

「というかコトミ! 高校生にもなって兄に寝癖やリボンを直してもらおうとは何事かー!」

 

「風紀が乱れます!」

 

「嫉妬ですか?」

 

「「なっ!?」」

 

 

 会長とカエデ先輩に絡まれそうになったので、私はその一言で撃退して教室に逃げることに。だって、あの二人だけなら兎も角、背後に大勢の一般生徒たちもいたから……




コトミの反撃がクリティカルヒットしてる


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聞き間違いからの勘違い

そこだけ聞けば仕方が無いが


 所用で職員室の前を通った時、中から男の人二人の声が聞こえてきた。一人は職員室にいても不思議ではない大門先生の声だが、もう一人は職員室には縁がない人の声だ。

 

「何故タカトシが職員室に?」

 

 

 タカトシ自身が呼び出されたとは考え難いから、コトミのことで相談されているのか、クラスの提出物を集めてタカトシが持ってきたか、もしくは横島先生を説教する為にやってきたかだろう。

 

「だが横島先生は生徒会室にいたしな……」

 

 

 特に用事もないのに生徒会室に入り浸っていたようだが、偶々遊びに来ていた古谷先輩の相手を任せておいたので、さすがに職員室には戻ってきていないだろう。というか、私が生徒会室を出たのはさっきだし、横島先生がタカトシ並の達人でもない限り、私に気付かれること無く私を抜き去り、職員室に戻るということは無いだろう。

 

『津田は――持てるか?』

 

『持てると思いますが――』

 

「(何という会話をしているんだ)」

 

 

 大門先生も何故そんなことを聞くのかと思ったが、タカトシも自分がモテている自覚はあるんだな。まぁ、あれだけの女子から好意を寄せられていれば、嫌でも自覚するか。

 

「シノちゃ~ん」

 

「あ、アリアか……」

 

「どうしたの~? 何だか顔色が悪い気がするけど」

 

「ちょっとな……タカトシの意外な一面を見てしまったよな気がして」

 

「タカトシ君の?」

 

 

 アリアにさっき聞こえてきた会話を伝えると、私程ではないが驚いた様子を見せてきた。

 

「タカトシ君も男の子だもんね~。でも、その先の会話は分からないんだよね?」

 

「あぁ、偶々聞こえてしまっただけだし、職員室の扉に耳を押し付けて聞くわけにもいかないだろ? ましてや相手はタカトシ。気配を察知されて会話を打ち切られるのがオチだろうし」

 

「かもね」

 

「お二人とも、どうしたんですか?」

 

「萩村にも聞いてみるか」

 

 

 合流した萩村にもさっきの話をしてみる。私たちよりIQの高い萩村なら、会話の真実が分かるかもしれないし。

 

「アイツがモテ自慢をしてるなんて知りませんでした。ですが、本当にそういう内容だったんでしょうか?」

 

「だが、大門先生が『モテるか?』と聞いて、タカトシが『モテると思います』って言ってたのは事実なんだぞ?」

 

「何か事情があるってこと?」

 

「かもしれません。そもそも大門先生とタカトシがそんな会話をするとは思えないですし……」

 

「それはそう思いたくないだけじゃないの~?」

 

「ヒエェ!? は、畑さん……」

 

 

 萩村の背後から現れた畑に、萩村だけでなく私とアリアも驚く。こいつは本当にどこからでも現れるな……

 

「スクープの匂いを嗅ぎつけてきてみれば、なかなか面白そうな話ですね」

 

「畑ならどう思う?」

 

「津田副会長がモテているのは紛れもない事実ですから、本人が自覚していても不思議ではないでしょう。それに、男同士ということで油断してその様な話になってもおかしくは無いかと」

 

「ならやっぱり、タカトシはモテていることを自覚し、悦に浸っているということか?」

 

「副会長の裏側を見た感じですね」

 

 

 畑はすぐにでも記事にしようとする勢いだったので、とりあえず私とアリアで畑を確保。後程生徒会室で真実を確かめるから、それまで記事にするなとくぎを刺し、隣の部屋で待機させることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 提出物を纏めて職員室まで持っていくはずだった柳本が補習になり、何故か俺が代理で職員室に行くことになってしまった。そこで大門先生と軽く話してから生徒会室に向かったのだが、何故か室内の空気はおかしな感じになっているし、隣の部屋では聞き耳を立てている畑さんと横島先生の気配……そしてニヤニヤしている古谷さんが会長の席に座っている。

 

「これはどういう状況ですか?」

 

「これより津田君に事情聴取を行う」

 

「は? 事情聴取?」

 

 

 何がどうなってそうなるのかさっぱり分からないが、三人の顔を見る限り、おかしな勘違いをしているようだ。

 

「君はさっきまで職員室にいたな?」

 

「えぇ。代理で提出物を持っていきました」

 

「そこで大門先生とお喋りをしていたそうじゃないか」

 

「えぇ。軽く話しましたが」

 

「そこで、モテる発言をしたそうだが、事実か?」

 

「持てる、ですか? あぁ、ダンベルの話ですか」

 

「何っ!?」

 

 

 俺がダンベルと発すると、シノ会長が驚いたように掴みかかってきた。

 

「どういうことだ!」

 

「どういうも何も、大門先生のダンベルが目に入ったのでそれの話をしただけです。大門先生が『津田はそのダンベル持てるか?』と聞いてきたので『持てると思いますが、道具を使ったトレーニングはしないので分からないです』って答えただけですが」

 

「と、トレーニングの話だったのか……」

 

「いったい何を勘違いしたんですか……」

 

「いや、てっきりモテ自慢をしてるのかと思って」

 

「はぁ? 何でそんなことを自慢しなきゃいけないんですか?」

 

 

 そんなこと自慢しても意味はないだろう。そもそも誰か一人に決められない優柔不断男だって思われるだけだろうし。

 

「やっぱり会長の勘違いでしたか」

 

「せっかく津田が目覚めて、あわよくばって思ってたのによ」

 

「くだらんことをしてる暇があるなら、畑さんは部室の片付け、横島先生はデスクの上を片付けたらどうです? 問答無用ですべて捨てられたいのならそれでも構いませんが」

 

「「ではっ!」」

 

 

 寸分違わぬ動きで生徒会室を後にした二人を見送り、盛大にため息を吐いてから呆れた視線を三人に向ける。こちらも揃ってバツが悪そうな顔をしながら視線を逸らすのだった。




ここのタカトシがそんな話するわけ無いだろ


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義姉弟の会話

どっちが年上だかわからん構図ですが


 今日はタカ君もバイトじゃないので津田家に来る必要は無かったのだけども、シノっちからタカ君が職員室で自慢をしていたと聞かされて真相を確かめなければと思いやってきた。だが津田家へ向かう途中でシノっちから「勘違いだった。思いっきり怒られた……」というメールが着たので、本来ならこのまま自宅へ向かった方が良いのだろうが、せっかくだし遊びに行こうと思った。タカ君に見せたいものもあるし。

 

「ただいま。タカ君、いる?」

 

「義姉さん……一応ここは義姉さんの家ではないのですが?」

 

「義姉から嫁にジョブチェンジしても良いよ?」

 

 

 鞄から私の欄が記入済みの婚姻届けを取り出すと、タカ君は盛大にため息を吐いて頭を振る。この仕草は本気で呆れてる時のものだ。

 

「バカなこと言ってないで、何か用事ですか?」

 

「来ちゃった」

 

「はぁ……お茶で良いですか?」

 

「自分で淹れるから、タカ君は洗濯物の続きをしてていいよ」

 

 

 勝手知ったる何とやらで、私は自分の分のお茶を用意する。その間タカ君は干してあった洗濯物を取り込み、畳んで、自分の分とコトちゃんの分を素早くタンスにしまう。

 

「相変わらずの手際ですね」

 

「義姉さんの分も、コトミの部屋で良いんですよね」

 

「タカ君の部屋でも良いよ?」

 

「………」

 

 

 あっ、また呆れられてしまいました。

 

「それで、今日は何の用で? バイトは休みですし、コトミも一応赤点は採ってないはずですし」

 

「本当はシノっちから流れてきた噂の真相を確かめに来たんだけど、途中で誤解だったって分かったからそのまま遊びに来たんだよ」

 

「噂? もしかしてダンベルの話が義姉さんにまで?」

 

「あっ、ダンベルの話だったんだ。私にはタカ君が職員室でモテ自慢をしてるってことしか流れてこなかったし、結局勘違いだったってことしか教えてもらってないから」

 

 

 そもそもタカ君が不特定多数の女子にモテたからと言って、それを鼻にかけるとは思えない。しかも職員室でそんな話をするなんて、絶対にあり得ないと言い切れる。

 

「まぁ、タカ君がそんな男の子だったら、私はとっくに〇女じゃ無くなってるでしょうし」

 

「わざわざ怒られに来たのならそう言ってくださいよ。今日は時間に余裕があるので、思う存分怒って差し上げますよ?」

 

「じょ、冗談ですよ。今日はタカ君に見せたいものがあったので」

 

「見せたいもの?」

 

 

 一瞬前まで怒っていたタカ君の顔が、すぐに不思議そうな顔に変わる。あのままの流れだったら本当に怒られることになっていただろう。慌てて話題を変えて良かった。

 

「これ、お揃いのエコバッグ」

 

「わざわざ買ったんですか?」

 

「タカ君、何時もスーパーの袋を使いまわしてるので、こういうのがあった方が良いと思って」

 

「まぁ、今は袋も有料ですからね」

 

「さらにお揃いのスリッパ」

 

「これも買ったんですか? お金出しますよ」

 

「気にしなくていいよ。私が好きで買ってるだけだから」

 

 

 タカ君が私とのペアルックをすんなり受け入れてくれているのが嬉しい。前は断られたけど、今の好感度ならこれくらいは許してくれるのか。

 

「そして、お揃いの歯ブラシ」

 

「せめて色は変えてください。俺は兎も角、義姉さんは間違えそうですし」

 

「そう? じゃあコトちゃんとペアにしようかな」

 

 

 間接ディープキスを狙ってるのがバレたのかとも思ったけど、怒られること無くこの件は流れた。タカ君のことだから私の狙いに気付いていただろうけど、実行に移さなかったからセーフだったのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部活から帰ってくると、タカ兄とお義姉ちゃんが二人でキッチンに立っていた。何処の新婚カップルだよと思ったけど、タカ兄がお義姉ちゃんに味見をお願いしていただけだった。

 

「お帰り」

 

「ただいまー。あー、疲れた」

 

「疲れたって、マネージャーとして動いてただけだろ? 何でそんなにくたびれてるんだよ」

 

「普段だらしのない生活をしてる私からしてみれば、それだけでも重労働なんだよ」

 

「自覚してるならしっかりしろ。アリア先輩に頼んでみっちり仕込んでもらうぞ?」

 

「それだけは勘弁してください! 私は淑女になんてなれないもん」

 

 

 どう考えても私は痴女だ。淑女教室に通ったからと言って、それが治るとは思えない。むしろ先生方にご迷惑をかけるだけだろう。

 

「ところで、お義姉ちゃんは今日は何をしに?」

 

「遊びに来ただけだよ。今日はタカ君もお家にいるし」

 

「せっかくだから勉強を見てもらったらどうだ? どうせ今日の授業内容を覚えてないんだろうし、復習に付き合ってもらえ」

 

「ご飯食べてお風呂に入ってゲームしたら考える」

 

「ん?」

 

「今すぐお願いします!」

 

 

 冗談だったんだけども、タカ兄のあの目を見たらふざけてる場合じゃないと思い知らされた。あれは本気でゲームを捨てる時の目だったし……

 

「コトちゃん、何年タカ君の妹やってるの?」

 

「あれくらいの冗談なら許してくれると思ったんですけど……」

 

「コトちゃんの成績を考えたら、冗談を言ってる場合ではないって分からないの?」

 

「だって……勉強したくないんですもん」

 

「素直に言ってもダメ。とりあえず、教科書とノート出して」

 

「はい……」

 

 

 結局ご飯ができるまでお義姉ちゃんにみっちり勉強を見てもらった。しかし、これだけ勉強しても良くならない私の頭っていったい……




そして相変わらずのコトミ……


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とんでもない耳

タカトシ相手じゃ物語が終わっちゃうので……


 今日は寝坊して朝ごはんを食べ損ねたので早弁をしたため、お昼は学食で済ませることに。お小遣いに限りはあるけども、空腹で授業に身が入らなかったら次のテストでタカ兄に何と言われるか……そう考えたら少しの出費くらい我慢しなければ。

 

「おやコトミ。珍しいな」

 

「あっ会長。アリア先輩にスズ先輩も」

 

「アンタ、またお弁当忘れたの?」

 

「違いますよ~。ただちょっと早弁しただけです」

 

 

 生徒会と合流――当然タカ兄はいない――して私は席に腰を下ろす。マキもトッキーもお弁当だから誘っても付き合ってくれなかったので、一人で食べるつもりだった私にとってはこの三人と会えたのはラッキーだ。

 

「早弁とは……また寝坊したのか?」

 

「タカ兄に起こされた時間が早すぎまして……油断したら寝落ちしてしまいました」

 

「早いって……今日タカトシが学校に来た時間は七時過ぎよ? その時間なら起きてても不思議ではないと思うんだけど」

 

「昨日遅くまでダンジョン探索に勤しんでいまして……なかなかセーブポイントが無かったんですよね」

 

「ゲームしてただけじゃないの……よく怒られなかったわね」

 

「ちゃんと宿題は終わらせてからでしたので」

 

 

 その宿題もお義姉ちゃんに散々質問して漸く終わったのだが、やったことには変わりない。それにタカ兄だって全面禁止していないんだし文句を言われることもなかったのだ。ただセーブポイントがボス前にしかなかったのが予想外過ぎただけで……

 

「それにしても、学食のメニューって結構あるんですね」

 

「コトミちゃんはあまり利用してないもんね」

 

「タカ兄の愛兄弁当がありますから」

 

「何だその表現は……」

 

「だって妻じゃないですし」

 

 

 タカ兄なら嫁にしたい人が大勢いるだろうが、あの兄が主夫として家に留まっているのはもったいないと思う。恐らくどの職種でも成功できるだろうし。

 

「そういえばスズ先輩」

 

「なに?」

 

「さっき何か追加してませんでした?」

 

「あぁ、おしんこをね。お盆の上が寂しい気がして」

 

「そうだったんですか」

 

 

 私はあるだけでも十分なんだけど、料理とかする人は少し寂しく感じるのだろうか? タカ兄なら共感できたのかもしれないが、私には理解できないものだ。

 

「それで萩村。おしんこは美味しいのか?」

 

「はい。ナス漬プラスして正解でした」

 

「えっ!? タネ付けプレスで〇交した!? スズ先輩、何時の間に処女を――」

 

「食事中になんてことを言い出すんだ、お前はっ!」

 

 

 どうやら聞き間違えたようで、スズ先輩からカミナリを落とされた。タカ兄で慣れているとはいえ、スズ先輩のカミナリもなかなかだなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、何故か生徒会室にコトミの気配があり、俺はスズに視線で尋ねる。

 

「食堂での件、保護者であるタカトシにもしっかりと聞いてもらおうと思って」

 

「あぁ、何かスズが激怒したんだって? 柳本から聞いた」

 

 

 詳しい内容は分からないが、いきなりスズが大声でコトミを叱り出したらしいということだけは聞いている。だが放課後まで糸を引く内容だったとは知らなかった。

 

「それでコトミ、お前は何故食堂にいたんだ? 弁当は用意しておいたはずだが」

 

「タカ兄が出かけた後寝落ちしまして……朝ごはんを食べる時間が無く早弁しました……それで食堂でシノ会長たちと会ってそのまま一緒に食事をして、スズ先輩に怒られました」

 

「何故怒られたんだ?」

 

 

 肝心なところを濁したコトミに、俺は逃げられないよう圧を掛けながら質問する。スズに聞けばいいだけの話だが、ここは本人の口から言わせた方が良いだろうしな。

 

「スズ先輩が『ナス漬プラスして正解でした』と言ったのを『タネ付けプレスで〇交した』と聞き間違えまして……それを大声でスズ先輩に確認して、怒られました」

 

「耳掃除をした方が良いんじゃないのか? 普通そんな聞き間違えしないだろ」

 

「だって……」

 

「兎に角、お前は早弁の件で反省文を書いてもらうからそのつもりでな」

 

「まぁまぁタカトシ君、そこまで怒らなくても。コトミちゃんだって反省してるようですし」

 

「駄目ですよ七条先輩。ここは心を鬼にしてコトミの当たらないと。この子はまた同じ失敗を――」

 

「心をお兄に? タカ兄は最初からお兄ちゃんですけど」

 

「また聞き間違えてるぞ!」

 

「痛っ!?」

 

 

 スズの言葉を聞き間違えたコトミは、スズに脛を蹴り上げられ悶絶している。やっぱり耳掃除をした方が良いだろうな……だがこいつが自分で耳掃除をしたら鼓膜を破りかねない……

 

「と、兎に角コトミは早弁の件をしっかり反省するように。食堂での一件は私たちの間だけでのことだということで注意だけで済ませるが、早弁はさすがに見逃せないからな。どうせ授業中にこそこそ食べていたんだろうし」

 

「何故分かった!? って、タカ兄が最初からそう決めつけていましたしね……すみませんでした」

 

「授業に身が入らないから腹を満たそうとしたのは良いが、その所為で授業を疎かにするとはな……やはり家から出て一人で生活するか?」

 

「そんなことしたって成績は良くならないからねっ!? むしろ学校からいなくなるまである」

 

「それが嫌ならもっとしっかりしろ。ゲーム機捨てるぞ」

 

「それだけはご勘弁を!」

 

 

 とりあえずこれだけ脅しておけば、数日は大人しくなるだろう。数日しか続かないのは問題だが、一時でも大人しくなれば多少はマシになるだろう……




全く成長しないコトミ……


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コトミに対する評価

妥当と言えば妥当


 タカ君がバイトだからコトちゃんのお世話をしに津田家にやってきたのだが、タカ君から私宛に書置きがあった。

 

「何々……『コトミの耳掃除をお願いします』ね」

 

 

 コトちゃんが盛大な聞き間違いをしたことは聞いている。だがその内容は教えてくれなかったし、シノっちも呆れている様子だった。

 

「ただいま」

 

「お帰り、コトちゃん」

 

「あっ、お義姉ちゃん」

 

「早速だけどリビングに来て」

 

「な、何ですか?」

 

 

 身構えるコトちゃんに、私はタカ君からの書置きを見せる。それを見てコトちゃんは気まずそうに私に頭を下げた。

 

「お願いします」

 

「いったい何をしたの?」

 

 

 コトちゃんに事情を説明させると、何時も通りの思春期全開の聞き間違いをしただけだったのだ。

 

「コトちゃんにとっては何時も通りのことだけど、大勢の前でそんなこと言っちゃダメだよ?」

 

「だって、スズ先輩が何時の間に大人の階段上ったのか気になっちゃいまして」

 

「確かに……スズポンに先を越されたと思っちゃいますね」

 

 

 コトちゃんは年下だからそこまで焦らないかもしれないが、私だったら焦ってしまうかもしれない。だって、見た目幼女なスズポンが先に経験したなんて……

 

「驚いて聞いちゃうかもしれないね」

 

「でしょう? それなのにタカ兄とスズ先輩はカミナリを落とすし、シノ会長とアリア先輩はフォローしようとしてくれたけど力不足でしたしで、えらい目に遭いましたよ……」

 

「でも、コトちゃんが悪いんだからね?」

 

「分かってますよぅ……」

 

 

 コトちゃんの耳掃除を終わらせて、私は洗濯物を取り込んだり晩御飯の準備を始めたりと忙しなく動いていると、コトちゃんがノートを持ってこちらにやってきた。

 

「お義姉ちゃん、この問題の意味を教えてください」

 

「えっとそこはね――」

 

 

 自分から宿題をやっているのは進歩なんだけど、相変わらず質問してくる回数は多い。それでも、コトちゃんが成長しているのは確かなので、私はしっかりとコトちゃんに説明をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風紀委員会に昨日の津田さんの失言が伝わったのは、私が登校してすぐだった。

 

「またあの子なのね……」

 

「既に津田副会長が注意をしているとのことですので、風紀委員としてはこれ以上深入りすべきではないと思うのですが」

 

「そうね……タカトシ君がお説教を済ませているのなら、こちらから再度注意する必要はないでしょう」

 

 

 私たちが注意しても響かないだろうけども、タカトシ君に怒られればさすがに反省するだろう。言っていて悲しくなるが、コトミさんはそういう感じなのだ。

 

「しかし」

 

「何か?」

 

 

 この件は終わりだと思っていたけど、まだ何か言いたそうな後輩に先を促すと、彼女の興味は私に向けられていた。

 

「五十嵐先輩も津田先輩のことは名前で呼ぶんですよね」

 

「べ、別におかしくはないでしょう?」

 

「津田先輩と親しい人たちは名前で呼んでいるようですし、五十嵐先輩も津田先輩と普通に話せてるので良いんでしょうけども、五十嵐先輩は男性恐怖症じゃないですか。津田先輩だけは大丈夫なんですね」

 

「タカトシ君は私の体質を知っていてちゃんと距離を保ってくれるから」

 

「でも、普通の距離でも逃げませんよね? 畑先輩が写真を見せてくれましたし」

 

「あの人は……」

 

 

 恐らく隠し撮り写真だろう。タカトシ君は気付いてたけどスルーしたのだろうけども、そんな写真を見せ回っているなんて……

 

「ライバルは多そうですけど、頑張ってくださいね」

 

「な、何のライバルよ?」

 

「決まってるじゃないですか。津田先輩の恋人争いのライバルですよ」

 

「わ、我が校は校内恋愛禁止よ!」

 

「外で付き合う分には問題ないんですし、委員長だってそれは理解してますよね?」

 

「それは……」

 

 

 後輩に負けた私は、もし自分がタカトシ君と付き合ったらという妄想をしそうになり、慌てて頭を振って委員会本部から教室に逃げ出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本日も遅刻ギリギリで教室に到着すると、マキとトッキーが呆れた視線を私に向けてくる。

 

「きょ、今日は早弁しなくても大丈夫だから」

 

「もしかして、朝ごはん食べてて遅刻しかけたの?」

 

「今日はタカ兄が起こしてくれなかったんだよぅ……」

 

「高校生にもなって誰かに起こしてもらわなきゃ起きられないのは問題じゃね?」

 

「タカ兄みたいなこと言わないで……」

 

 

 トッキーに言われたことはタカ兄にさんざん言われていることだ。私だって自力で起きようと努力しているのだが、目が覚めると何故かアラームが止まっていたりするのだ。

 

「朝練がある日は普通に起きてるのに、どうしてない日は遅刻ギリギリなんだよ」

 

「あれだってタカ兄に起こしてもらってるから遅れてないだけで、自力なら遅刻確定です……」

 

「相変わらず津田先輩に苦労掛けてるのね……昨日の食堂の件も、随分話題になってるし」

 

「あれは……」

 

「まぁ、コトミにとっては通常運転なのかもしれないけど、周りの耳は気にしなさいよね」

 

「マキは付き合い長いから兎も角、普通はドン引きするだろ」

 

「タカ兄とスズ先輩に散々怒られたから、もう言わないで……」

 

 

 ついでに言うのなら、家でお義姉ちゃんにも注意されたので私だって今後は気を付けようと思っている。でも周りの評価を考えるのなら、私ならまたしてもおかしくないと思われちゃうのだろう。

 

「今後はもっとまじめになりたい……」

 

「ならまずは、自力で起きなさいよね」

 

「分かってるって……」

 

 

 マキの言葉にガックリと肩を落とし、私はとぼとぼと席に着いたのだった。




からかわれるカエデ……


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備品の買い出し

実にデートっぽい光景だ


 生徒会の備品を買いに行く予定だったのだが、直前で俺以外の三人の予定が合わなくなってしまった。だがそれ程多く買うわけではないので問題は無い。

 

「そもそも最初から俺一人で行くと言っていたのに、どうしてついてきたがってたんだ?」

 

 

 そんなことを考えながら店の前に到着する。すると正面から同じような状況の知り合いがやって来る気配を感じ取った。

 

「タカトシ君?」

 

「サクラも買い物?」

 

「うん」

 

 

 こういう場所で鉢合わせるのは義姉さんの可能性の方が高いのだが、義姉さんは今日バイトだ。家にコトミ一人にするのは不安だったのだが、八月一日さんと時さんが一緒に宿題をすると言っていたので安心して置いてきたのだ。

 

「生徒会の備品を買いに来たんだけど、私以外予定が合わなくて」

 

「そっちも?」

 

「えっ、タカトシ君も?」

 

「俺は元々一人で来る予定だったんだ。何かどうしても同行したいとか言っていたけどな」

 

 

 何の用事かは聞いていないが、それぞれ家の用事だということでそちらを優先してもらうことにしたのだ。三人が三人とも、別の理由で忙しいということで納得し、深入りしないように逃げてきたとも言えるだろう。

 

「タカトシ君とお買い物に行きたかったんじゃない?」

 

「生徒会の備品だぞ? そんな物一緒に買いに来ても意味ないだろ」

 

「タカトシ君と一緒ってところに意味があるんだよ」

 

「そんなものか……」

 

 

 そう言った感情はイマイチ理解できないが、サクラが言っているのだからそうなのだろう。だが俺と一緒と言っても、二人きりではないんだがな……まぁ、その辺りは考えるところがあるのだろう。

 

「それにしても」

 

「ん?」

 

「タカトシ君が私服姿だと高校生には見えないなって」

 

「そんなに老けてるか?」

 

「違う違う。大人っぽいから。大学生とか、私服で作業できる職場の人なのかなって思われてるかもよ」

 

「そうか?」

 

 

 別に他人にどう思われようが構わないが、そんなに高校生に見えないような恰好をしているつもりは無いんだがな……萩村とは別ベクトルで、高校生だと思われていないのか、俺は。

 

「サクラだって、そうやってファイル持ってるとできるOLみたいだな」

 

「褒めても何も出ないよ?」

 

「事実を言ってるだけだ。特別褒めたつもりは無い」

 

「そうやってサラリと言っちゃうから、いろいろな人に好意を向けられるんだよ?」

 

「はぁ……」

 

 

 俺としては意識しているわけではないのでそう言われても困るんだが……というか、それくらいで意識してもらえるなんて思えない。そんな簡単に行くのなら、柳本たちに教えてやれば幾分か嫉妬の視線が和らぐのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意図せずタカトシ君と二人きりでのお買い物になってしまったが、場所が場所だけにそう言った感じにはならない。もちろん、他の場所でもデートと言うよりお出かけという感じにしかならないんだろうけども、文具売り場では勘違いされようもないだろう。

 

「あっ、これ気になるかも」

 

 

 新しい筆ペンを見付け、私は試し書きをしてみることに。すぐ隣でタカトシ君が見てるけども、何時も通りの気持ちで字を書く。

 

「相変わらずサクラの字は綺麗だな」

 

「そんなこと無いと思うけど。タカトシ君の字の方が綺麗だと私は思うけど」

 

「そうか?」

 

「書いてみる?」

 

 

 タカトシ君に筆ペンを渡して試し書きしてもらうと、国語の先生のように整った字を書いた。

 

「ほらやっぱり」

 

「同じくらいか、サクラの方が上手いと俺は思うんだがな」

 

「上手い下手じゃなくて、綺麗かどうかだからね。もちろん、タカトシ君の字は上手だけど」

 

 

 私はある程度意識してこの字を書いているのだが、恐らくタカトシ君は素なのだろう。だって、字を書く時特に意識してる様子も無かったし、筆の進みがスムーズだったから。

 

「別にある程度汚くても、相手が読み取れれば問題ないだろうしな。実際、コトミの字はかなり酷い」

 

「コトミさんは急いでるからじゃない? テストとか時間に追われるから」

 

「普段のノートも酷いから、時間が関係してるとは思えないけどな」

 

 

 苦笑いを浮かべるタカトシ君を見て、どんな風でもこれだけ思われているコトミさんが少し羨ましく思えた。一人っ子だから仕方ないのかもしれないけど、こんなお兄ちゃんが欲しいとも。

 

「(何を考えてるんだ、私は……ん?)」

 

 

 頭を振って考えをリセットしようとしたら、いい香りが鼻に届く。これは確か――

 

「アロマ消しゴムか」

 

「そんなのがあるのか?」

 

「タカトシ君でも知らないことがあるんだね」

 

「サクラまでそう言うことを言うのか……」

 

「タカトシ君が知らないことがあるってのは分かってるけど、これを知らないとは思ってなかったから、つい……ゴメンね?」

 

「別に怒ってない」

 

 

 結構本気で謝った私に対して、タカトシ君は逆に恐縮したような表情で怒ってないという。何とかして誤魔化せないかと思い、私はアロマ消しゴムを手に取ってタカトシ君に近づける。

 

「ほら、良い匂いだよ」

 

「そんなに近づけなくても匂ってるが、確かに良い匂いだな」

 

「でしょ? こうやって気持ちを落ち着かせる為に使ってる人もいるらしいよ」

 

「別に荒ぶってないからな?」

 

 

 タカトシ君に笑顔で否定されたけども、私の気持ちは落ち着いてきた。実は私の気持ちを落ち着かせる為にしていたんだよね……




実際コトミの字は汚そうだ……


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乱れる心中

一発で撃退


 バイト中に聞き覚えのある声が聞こえてきたと思い振り返ると、生徒会の後輩の津田君の姿があった。隣には見覚えのない女子がいるが、恋人か何かか?

 

『サクラ――綺麗だな』

 

「っ!?」

 

 

 あの津田君がそんなことを言うとは思わなかった……天草や七条に冷たい目をしていたあの津田君が、彼女を褒める時は歯の浮くようなセリフを使うんだな……

 

「これは天草たちに報告しなければ――」

 

「何を報告するんです?」

 

「そりゃ津田君が――?」

 

 

 私は誰に声を掛けられたんだ? ゆっくりと声の主を確認する為に振り返ると、そこには素敵な笑顔を浮かべている津田君の顔が……

 

「タカトシ君、この人は?」

 

「桜才OGで天草会長の前任の生徒会長、古谷さんだ」

 

「初めまして、英稜高校生徒会副会長の森サクラです」

 

「英稜?」

 

 

 英稜って確か、津田君の義姉が通っている高校だったよな……まさかその繋がりで二人は恋人に?

 

「何を勘違いしているかは知りませんけど、俺とサクラは特別な関係ではありませんよ?」

 

「そうなのか? 天草たちより明らかに距離が近い様に感じるんだが」

 

「そりゃシノさんたちは先輩ですから、精神的に距離ができてしまうのは自然な流れではないでしょうか? 加えて、あの人たちは以前酷い発言を連発していたという前科があります。ある程度距離を保とうとするのも当たり前かと」

 

「相変わらず先輩に対して酷い評価をする子だ。だが、それが普通なのかもしれないな」

 

 

 天草や七条の発言の酷さは私も知っている。というか、一緒になってふざけていた側の人間だからな、私は。

 

「それじゃあさっきの『綺麗』ってどういう意味だったんだ?」

 

「綺麗? あぁ、字が綺麗だって話をしてたのを盗み聞きしてたんですか」

 

「畑じゃないんだ。偶々聞こえただけだって」

 

「ところで、古谷さんはこんなところでバイトですか?」

 

「一人暮らしの女子大生は労働しないとやっていけないんだよ」

 

「ならこんなところで油を売ってる場合ではありませんね。どうぞ労働に勤しんでください」

 

「厄介払いしようとしてないか?」

 

「気のせいです」

 

 

 イマイチ納得いかないが、津田君の言うように油を売ってる場合ではない。私は若干納得いかないまま仕事に戻ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宿題を終わらせ、気分転換にテレビを観ていると、見知った場所が映った。

 

「ここってあそこじゃない?」

 

「ホントだ。生放送って事は、知ってる人がいたら電話掛けれるね」

 

「くだらねぇことを……そもそも恋人同士の意識調査なんだろ? 知り合いに付き合ってるヤツなんかいねぇじゃねぇかよ」

 

「そうだね」

 

 

 桜才学園は校内恋愛禁止。校外なら問題ないと言われているが、内外でちゃんと切り替えられないと言われているので、全面禁止にするか解禁するかで意見が割れているという噂まであるくらいだ。

 

『インタビューよろしいですか? 今恋人同士の意識調査をしてまして――』

 

『では他を当たってください。自分たちは恋人同士ではないので』

 

「あっ、タカ兄」

 

 

 インタビュアーに声を掛けられて自然と返事をするタカ兄。その隣にはサクラ先輩の姿。まぁこの二人が一緒にいたら恋人だって勘違いされても不思議ではないよね。

 

「何で二人が一緒に……」

 

「タカ兄は生徒会の備品を買いに行ってたし、サクラ先輩の手にも同じ袋が見えるから、英稜の生徒会も備品の買い出しがあったんじゃない?」

 

「あっ、兄貴がその荷物を持ってやってる」

 

 

 カメラが未練たらしく二人を映していると、タカ兄がサクラ先輩の荷物を持ってあげるシーンが映った。相変わらずのジェントルマン……

 

「電話してみようか」

 

「両手塞がってるんだろ? 無理じゃね?」

 

「確かに」

 

 

 冷やかしてやろうとも思ったけど、タカ兄に怒られる未来しか見えないので、私はからかうのを止めてゲームをする為にテレビを操作したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の生放送を見ていた私たちは、タカトシと森が恋人同士に見られたという事実に少なからず焦りを覚えた。

 

「まぁ、シノちゃんが隣にいてもインタビューされていたと思うけど」

 

「アリアがいてもそうだろ?」

 

「というか、何故タカトシと森さんが一緒にいたんでしょうか?」

 

「備品の買い出しと言ってデートをしていたのか……けしからんな」

 

 

 そんなことを言いながら生徒会室に近づくと、中からタカトシの声が聞こえてきた。

 

『やっぱり……なら後で会うしかないな』

 

「「「っ!?」」」

 

 

 その前の会話は聞こえなかったが、恐らく相手は女子だ。そして敬語を使っていないことからカナではないことは分かる。

 

「外で何をしてるんです?」

 

「た、タカトシ……誰と会うんだ?」

 

「サクラですよ。店員が袋を間違えて渡していたようで、買ったものが英稜に行っていたので」

 

「な、なる程……それで、何故昨日は森と一緒にいたんだ?」

 

「偶々ですよ。店の前で会って、目的が同じなら別々に行動する必要もないだろうってことで」

 

「街頭インタビューされたのは偶々?」

 

「えぇ。勘違いも甚だしいのでまともに相手をせずに帰りましたけど」

 

 

 確かに取り付く島もないくらいの態度だったな。タカトシがあんな態度をとるなんて珍しかったが、元々そう言うのが好きじゃないって言ってたし、勘違いで近づいてこられてたんだから機嫌も悪くなるか。

 

「そういうわけでスズ」

 

「な、何?」

 

「昨日の精算は明日以降で」

 

「わ、わかったわ」

 

 

 買ったものが手元に無いんじゃ精算もできないということで、タカトシは領収書を仕舞い、別の仕事に取り組む。こちらの気持ちは穏やかではないが、タカトシは相変わらずということだな。




周りはモヤモヤが残るでしょうね


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ブログ開設の条件

信頼度が半端ない


 見回りをしながら、私は何か新しいことをしたいと考えていた。新学期ということもあるし、今までの自分ではしなかったような何か――そんなことを求めている。

 

「会長、こちらは異常ありません」

 

「ご苦労。今ふと見上げたんだが、学園の桜は綺麗だな」

 

「そうですね」

 

 

 縁側でお茶を飲みながら会話をする老夫婦みたいな空気が私たちの間に流れる。これはこれで悪くない雰囲気だが、何故私とタカトシの間には恋人のような空気ではなくこういうのになってしまうのだろうか。

 

「この桜をもっと大勢の人に見てもらいたいな」

 

「そうですか。では新聞部に桜特集でも組んでもらいますか? あの人のことですし、外部販売で大勢に見てもらえると思いますよ」

 

 

 確かにそれも一つの手だろう。だが桜才新聞を購入している人の目的は記事の内容ではなく、タカトシのエッセイだからな……桜特集を組んだとしても、殆ど目を通されずに終わってしまうだろう。

 

「畑に貸しを作ることにならないか?」

 

「この程度では返しきれないくらいの貸しがこちらにあるんで、問題ないと思いますが」

 

 

 確かに畑のやらかしたことをこちらで――というか主にタカトシが処理をしているお陰で、畑は退学処分にならずに済んでいる。これほど大きな貸しがあるのだから、頼めば本気で記事を作ってくれるだろう。だが私がやりたいのは、桜才の桜の宣伝ではなく、今までしてこなかったことへの挑戦だ。

 

「なんかこう……他に方法はないだろうか」

 

「他、ですか? だったらブログ開設してみたら如何でしょう? もちろん、学校行事などの宣伝にもなるので生半可な気持ちでしたら許可は下りないでしょうけども」

 

「ブログか……」

 

 

 確かに以前の私なら機械音痴でブログをやろうなんて思わなかっただろう。だが今の私はある程度PCが使えるので問題は無いはずだ。もちろん、公式ブログとなるならふざけるわけにはいかないので、タカトシに検閲してもらうことになるだろうが、今の私ならそれ程酷いことにはならないはずだ。

 

「早速許可をもらいに行くぞ!」

 

「どうぞ。俺は残りの見回りをしてきますので」

 

「タカトシも行くの!」

 

「は? 何故俺も……」

 

「お前がいてくれた方がプレゼンに説得力が出るからな」

 

「はぁ……」

 

 

 なんとも情けない理由だが、私一人よりタカトシが一緒にいてくれた方が先生方のうけがいい。ましては学園公式ともなれば、タカトシの信頼度が無ければ許可が下りるかどうか……それくらい私はやらかしてきたからな。

 

「――というわけでして、桜才ブログをはじめたいのですが」

 

「いいんじゃね? 学園長には私から言っておく。もちろん、ふざけた内容だった場合は即閉鎖するからな」

 

「その点はご安心を。タカトシが検閲してから公開しますので」

 

「なら大丈夫だな」

 

 

 やっぱりタカトシの名前は偉大で、横島先生をはじめとする教師陣も『津田がいるなら』といった感じでブログ開設を許可してくれた。生徒会長として情けない気持ちではあるが、これで新しいことが始められるな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長に桜の写真を撮ってきてくれと言われた時は何を言い出すのかと思ったけど、生徒会室に戻ってその理由が分かった。

 

「ブログなんて始めるんですか」

 

「あぁ。せっかくの新学期だし、何か新しいことを始めたいなと思ってな」

 

「でもシノちゃん、機械苦手なのによくブログなんてやろうと思ったね」

 

「今の私ならこれくらいはできる。それにタカトシや萩村に分からない箇所は聞けるしな。というわけで萩村、写真をPCに取り込むにはどうすればいいんだ?」

 

 

 私は会長からPCの前を譲ってもらい、たった今デジカメで撮ってきた写真を取り込む。これくらいはできてもらいたかったんだけども、そう言えば会長がカメラを弄ってる所ってあんまり見なかったな……これも苦手なのだろうか。

 

「おぉ! これは綺麗に撮れているな」

 

「スズちゃんが拘ってたからね~。ちなみに、傍で写真を撮っていた畑さんは、スズちゃんのパンチラ写真を狙っていたのをタカトシ君に怒られてたけど」

 

「あ、アイツは……」

 

 

 私も七条先輩も全く気付かなかったけど、タカトシは木の根元でカメラを構えていた畑さんに気付き、別室に連行して現在も説教中。その為会長の相手は私がしなければならないのだが、私では畑さんを反省させるだけの怖さは出せないし、仕方が無いか……

 

「というか、勝手にブログなんて開設して大丈夫なんですか?」

 

「ちゃんと許可は貰っている。最終チェックをタカトシがしっかりするということで、職員室も納得してくれたしな」

 

「タカトシ君がチェックするなら、問題ないよね~」

 

「そこで会長がやるからではなくタカトシがいるからで納得されるのは、タカトシとしては不本意なのでは?」

 

 

 アイツはあくまでも副会長で、会長が責任を負うのが普通だ。だが私たちの関係はその普通が当てはまらない。副会長でありながら会長よりも信頼度があり、仕事ができるのだから職員室での評価も『会長<タカトシ』になってしまうのも仕方が無い。

 

「とりあえず記念すべき第一回目の更新は、桜才学園の簡単な説明と、桜の写真をメインにするつもりだったんだ」

 

「タカトシ君の許可が下りると良いね~」

 

 

 普通ならおかしいと思う。だが私たちはタカトシが最終判断を下すのが当然のように思えているので、私も会長も七条先輩の言葉に疑問を抱かなかった。




シノが会長だったはずなんだがな……信頼度はタカトシが上


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ブログの評判

普通に優秀な人たちが担当してますから


 シノちゃんに言われてブログのネタになりそうなモノを探しているのだが、そのお陰で意外な発見があったりするから、これも楽しみの一つなのかもしれない。

 

「二階の踊り場にパンチラスポットがあるみたいだよ」

 

「そんなものを掲載しようとしたら、タカトシに怒られてしまうじゃないか」

 

「でも、校内の風通しを良くしようとするって目的なら、校内の風通しが良い場所を紹介するのも手だと思うんだけど」

 

「一理あるかもしれないが、そんな場所を掲載してしまったら、今後その場所でパンチラを拝めなくなるだろ? だから却下だ」

 

「そっか……」

 

 

 せっかくのパンチラスポットなのに、女子が警戒してパンチラしなくなってしまったら、それはもう風が強いだけの場所になってしまう。私はシノちゃんの意見でこの記事の掲載は止めようと思えた。

 

「私が用意した記事はこれだ」

 

「あれ、パリィ……うちって書道部なんてありましたっけ?」

 

 

 横から覗き込んできたスズちゃんが、シノちゃんが取り込んだ写真を見て首を傾げる。確かにパリィちゃんは筆を持っていて何かを書いている様子。だけどうちに書道部は無かったはずだ。

 

「これは漫研のベタ作業の場面だ」

 

「だったらもう少し分かり易く写真を引いたり――」

 

「エロ漫画のベタ塗りだったからアップにしたんだ」

 

「即刻その作業を止めろや!」

 

 

 タカトシ君不在の為スズちゃんのカミナリがシノちゃんに落ちたけども、やっぱりタカトシ君と比べると威力が下がっているような気がする。彼のカミナリは周りにいる人にも衝撃を与えるけども、スズちゃんのカミナリは私への影響はない。

 

「では萩村はどんなネタを持ってきたんだ?」

 

「柔道部の試合があって、その取材をしていた新聞部の人から写真データを貰ってきました。ムツミと時さんが優勝したらしいので、それを記事にするのはどうでしょう?」

 

「それは良いな! 部活動紹介も公式ブログの仕事っぽいし、何より結果が出ている部活を紹介すれば、新入生獲得につながるかもしれないしな」

 

 

 早速スズちゃんが持ってきた写真を取り込んで記事を作るシノちゃん。そのタイミングでムツミちゃんとトッキーさんが生徒会室にやってきた。

 

「会長! その写真使うのちょっと待ってください」

 

「三葉、ノックくらいしたらどうなんだ……」

 

「ゴメンなさい。でもその写真、試合の後で髪の毛ぼさぼさで……加工してどうにかできませんか?」

 

「その辺りは後で萩村にやってもらおう。できるよな?」

 

「まぁ、それくらいなら畑さんじゃなくてもできますけど……こっちの方が臨場感があって良い気がするけど」

 

 

 確かに綺麗に整えられている髪より、こっちのぼさぼさの方が試合後って感じがあっていい気はする。だけど女の子として、こんな写真は使われたくないってムツミちゃんの気持ちも理解できる。

 

「それで、トッキーは何でここに?」

 

「私も加工してもらいたくて」

 

「だが、トッキーの髪は乱れてないだろ?」

 

「いえ、賞状……上下逆さまに持っちゃって……」

 

「あっ」

 

 

 トッキーさんに言われて賞状に注目すると、確かに上下逆さまになっている。ムツミちゃんの加工よりこっちの方が優先度は高そうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシに検閲をしてもらい、とりあえずパリィの記事と柔道部の記事は掲載された。ちなみに、タカトシが記事を担当すると学生レベルを超えてしまうということで、タカトシは検閲のみの参加だ。

 

「アリアは結局生徒会の紹介記事を担当したのか」

 

「持ち込みネタが却下されちゃったからね」

 

「却下されて当然です」

 

 

 萩村が呆れているのを隠そうともしない表情を浮かべている。記事毎に閲覧数を確認できるらしいが、私にはそのやり方が分からないのでとりあえず総閲覧数だけは把握しておこう。

 

「意外と好評を博しているんだな」

 

「今まで簡単な説明くらいしかなかったから、これを機に桜才学園のことを知れるって人気みたい」

 

「よーす、生徒会役員共」

 

 

 私たちがブログをチェックしていると、横島先生が生徒会室にやってきた。正直、この人が来ても意味が無いから特別な用事でもない限り来ないで欲しいのだが……

 

「職員室でも桜才ブログは好評でな。今日はその労いに来たんだ」

 

「そうでしたか」

 

「だが中には『津田は記事を書かないのか』って声もあってな」

 

「タカトシが担当したら、私たちの素人記事なんて読んでもらえなくなってしまいます」

 

 

 セミプロである畑でさえ、タカトシのエッセイに勝てないんだ。素人の私たちがタカトシに対抗できるはずが無い。

 

「まぁ、アイツの文才は学生レベルを超えているからな……国語教師が自信喪失するくらいに」

 

「それを言いに来たんですか? だったらタカトシに直接――」

 

 

 タカトシは今、新学期早々のテストで赤点だったコトミとトッキーの為の特別補習を空き教室で行っている。だからそっちへと言おうとしたのだが、どうやら別件もあったようだ。

 

「それから七条が担当した記事のコメントに『桜才って小・中・高一貫なんですか?』って質問が来てたんだが、これはどういうことだ?」

 

「そのコメントしたやつ張った押す!」

 

 

 恐らく萩村を見て小学生だと思ったのだろう。……だが待て。それなら『中』は何処から――

 

「誰が中学生並みの胸だー!!」

 

「おい、どうした天草」

 

「あっいえ……幻聴が聞こえて」

 

 

 恐らくはそう言うことなのだろうと思うが、断じて中学生並みの胸ではない。というか、大きいだけが胸じゃないんだぞ!




シノ、魂の叫び……


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更新者の気持ち

ハマりやすく飽きやすいのだろうか


 ブログを始めて暫く経ったが、私は更新頻度を落とすことなくブログを更新し続ける。反響が大きいのもあるが、純粋にブログの楽しさに目覚めたのだ。

 

「今までしてこなかったが、こういうのって良いな」

 

「そうですね。芸能人なんかでもやってる人もいますし、結構な数いるんですよ、ブロガーって」

 

「ブロガーというのか」

 

 

 萩村から耳馴染みのない言葉を聞き、私は今の自分がそれに当てはまっているような気がした。別に仕事ではないので、これ程更新する必要は無いのだが、やはり楽しさから更新してしまうのだ。

 

「ブロガーって楽しいものだな」

 

「ちょっとシノちゃん!?」

 

「アリア? どうしたんだ、いきなり」

 

 

 生徒会室に駆け込んできたアリアは、何か驚いたような顔をしている。私も萩村もその理由が分からずに首をかしげていると、アリアはきょろきょろと周りを見渡してホッとしたような顔を見せる。

 

「ブローが楽しいって聞こえたんだけど、誰にしてるの?」

 

「ブローじゃなくてブロガーな? ブログの更新をしていたんだ」

 

「なーんだ、聞き間違いか~。てっきりスズちゃんがドMに目覚めたのかと思っちゃったよ~」

 

「誰が目覚めるかっ!」

 

 

 アリアと萩村の遣り取りを眺めていると、私が更新したブログにコメントが。

 

「えっと何々……『津田副会長のブログ記事も見てみたいです』か」

 

「確かに、タカトシはブログに携わってないですもんね」

 

「アイツが更新すると、私やアリアの記事が注目されなくなってしまうからな」

 

 

 決して私たちの記事がつまらないわけではないが、タカトシが担当するとそっちばかりに注目が行ってしまうことは明白。なにせ新聞部の記事ですら、タカトシには敵わないのだから……

 

「だがタカトシのファンはタカトシのブログも見てみたいと思うものなのか……」

 

「タカトシ君のファンは桜才学園だけじゃないしね~」

 

「英稜や近隣校にもその数は多いと聞きますし、畑さんが他校に売っている桜才新聞も結構な数出ていると報告されていますしね」

 

「そういえば、そのタカトシは何処に行ったんだ? アリア、一緒に見回りしてたんじゃ」

 

「タカトシ君なら、女子更衣室を盗撮しようとしてた畑さんを連れて空き教室に。カエデちゃんも呼ばれてたから、多分長時間コースになると思うよ」

 

「なる程……それじゃあ、生徒会作業は我々で終わらせるか」

 

 

 タカトシがいればあっという間に終わるであろう作業だが、私たちだけだと少し時間が掛かりそうだ。決して私たちが無能というわけではなく、タカトシが有能すぎるのだ。だから私たちは悪くない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桜才学園のブログを見て、私たち英稜高校でもこういうのを始めた方が良いのではないかと提案したのだが、真似する必要は無いと却下された。

 

「――て感じなんだけど、タカ君はどう思う?」

 

「俺もサクラに同意しますね。ウチが始めたから英稜も始める必要は無いですし、そもそもあれはシノさんの無趣味解消から始まったようなものですから」

 

「シノっち、それらしい趣味がないってぼやいてたからね」

 

 

 器用である程度までなら苦労せずにできてしまうシノっちは、趣味らしい趣味が持てないのが悩みだと聞いたことがある。ついこの前まではバッティングセンター通いにハマっていたらしいですが、タカ君の実力を前に挫折したとか……

 

「(そもそも、タカ君と勝負しようとするのが無謀なんですよ、シノっちは……)」

 

「というか、そのことを相談しに今日は来たんですか?」

 

「ウチの両親が今日不在でね。せっかくだからタカ君とコトちゃんと晩御飯をと思って。タカ君もたまにはゆっくりしたいでしょ?」

 

「一緒に作ったのであまり意味は無かったとは思いますが、確かに楽はできましたね」

 

 

 既に食べ終えて片付けているので今更の質問でしたが、タカ君にゆっくりしてもらいたいという気持ちは本物でした。コトちゃんにも手伝わせようとしたのですが、タカ君が苦い顔をしていたのでそれは諦めましたが。

 

「というか、コトミのヤツ風呂場で大声で歌ってるな」

 

「ついつい気持ちよくなっちゃうんだよね」

 

「気持ちは分からなくないですが、近所迷惑を考えてもらいたい」

 

「タカ君は大変だね」

 

 

 これだけ声が響いていたらご近所さんにも聞こえているだろう。コトちゃんの歌声がもう少し下手だったら、もしかしたらクレームが来ていたかもしれない。

 

「あっ……」

 

「どうかしました?」

 

 

 私が漏らした言葉にタカ君が反応する。その表情は既に怒ってるようにも見えるので、私は言うか言うまいかで悩んだが、どうせバレてるだろうと思い告白することに。

 

「ひょっとして私がお風呂場でお小水してる音も駄々洩れだったり――」

 

「風呂場出禁にするぞ。風呂入る前にしっかりと済ませておけ」

 

「ゴメンなさい……でも、お風呂場でするのって何となく解放感があって好きなんだよね……」

 

「その気持ちはわからん」

 

 

 タカ君にバッサリと切り捨てられ、私は後でコトちゃんに聞いてみようと思った。恐らくコトちゃんなら私のこの気持ちを理解してくれるだろうし、もしかしたら仲間かもしれないから。

 

「そんな仲間を求めるなよ……」

 

「あら? 声に出てました?」

 

「思いっきり顔に書いてあります」

 

 

 タカ君に呆れられてしまいましたが、私だけなんて恥ずかしいですし、恐らくシノっちかアリアっちは仲間だと思います。だって、あの解放感は癖になりますし。




出禁になりそうなウオミー……


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立場の置き換え

横島先生の精神が……


 以前生徒会の紹介記事に書かれていたコメントのことで、私は頭を悩ませていた。別に小学生に見られたことに関して怒っているわけではないのだが、あれ以降横島先生が私に同情的な目を向けてくるのが気になるのだ。

 

「どうすればいいのかしら……」

 

「スズちゃん、どうかしたの?」

 

「悩みがあるなら聞くよー?」

 

「ムツミに相談してもね……」

 

「?」

 

 

 脳筋気味なムツミに相談しても解決策が出てくるとは思わない。失礼な気もするけど、ムツミからヒントが貰える気がしないのだ。

 

「私たちじゃ役に立てないなら、タカトシ君に相談してみれば?」

 

「タカトシに相談するのもね……」

 

 

 タカトシが横島先生に注意すれば収まるかもしれないけども、何となく子供っぽいと思ってしまう。だって自分で解決できないからタカトシを頼ったと思われてしまいそうだし……

 

「(って、こんなこと考えている方が子供っぽいのかもしれないわね)」

 

「そういえばスズちゃん、桜才学園のブログでウチの部活も紹介されることになったんだよ~」

 

「大丈夫なの?」

 

 

 ネネの部活と言うのはロボット研究会だ。表向きは健全な気がするが、ネネ個人がやっていることはとても健全とは言えない。この前のパリィの記事だってギリギリだったというのに、ネネのことが記事になれば炎上するかもしれない。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと見せられる部分だけ取材してもらうから」

 

「部活動で見せられない部分があるってどういうことだ!」

 

「そりゃ、研究中のものだったり、大会に向けて開発してるロボットの部品だったりは見せられないよ」

 

「………」

 

 

 てっきり不健全なものが散乱してるのかと思ったが、意外とちゃんとした理由だったので私は言葉を失った。これじゃあ私の方が不健全な考えを持っているようじゃないか。

 

「それに、改造中のバ〇ブとか新感覚オ〇ホとか、企業案件もあるんだし」

 

「やっぱり不健全じゃないか! というか、部活動に案件を持ち込むな」

 

「言葉の綾だよ。訴訟沙汰にならないように、そこは写さないようお願いするのに、案件って言葉を使った方が良いでしょ?」

 

「だったら部室で改造するの止めろや……」

 

 

 やっぱりネネはネネだったと安心した反面、もうあの部室に行きたくないという気持ちが芽生えてきた。だって、同類だって思われたくないし……

 

「そうそう、この間の柔道部の記事、ちゃんと修正してくれたんだね」

 

「その辺は畑さんにお願いしたわ。私たちじゃそんな技術無いし」

 

「まさかトッキーが賞状を逆さまに持ってるなんてね~」

 

 

 ムツミの願いはボサボサ髪を修正してもらいたいという、ちょっと女の子っぽいお願いだったのに対して、時さんのは何時ものドジっ子が原因の修正だ。

 

「そういえば、津田君はブログには参加してないんだよね?」

 

「タカトシは別のことで忙しいから」

 

 

 会長や七条先輩がタカトシの文才を恐れて担当させていないとは言えないので、私はそれらしい理由で誤魔化した。しかし、だいたいの人には分かってるんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズが気にしていた件は、轟さんたちが気にする前から知っていた。なので横島先生にはそれとなく注意をしていたのだが、どうやら解消はしていないようだった。

 

「横島先生、以前話した件ですが、まだ止めてなかったんですか?」

 

 

 なので俺は授業合間の休み時間に横島先生を捕まえて確認することにした。

 

「な、何だよ……男子生徒を資料室に連れ込むのは止めただろ?」

 

「そっちは止めて当たり前のことです。それではなくスズに対する憐みの視線です」

 

「だって、高校生にもなって――しかも制服を着てるのに小学生に間違われるなんて……憐憫の気持ちを懐いてしまっても仕方ないだろ?」

 

「なら逆の立場になって考えてみては如何でしょう?」

 

「逆の立場?」

 

 

 本来ならこんなこと言いたくないし、世の中には大勢いるだろうが、横島先生を反省させるにはこれくらい言わなければ駄目なようだ。

 

「いい歳して特定の相手がいないことを憐れんで見られたら、どうでしょう?」

 

「………」

 

 

 スズの立場に自分を当てはめているのだろう。横島先生の顔からみるみる生気が抜けていく。

 

「わ、私は何て失礼なことを萩村にしていたんだ……」

 

「ご理解いただけましたか?」

 

「あぁ……今後萩村に憐憫の視線を向けるのは止める。私だったら立ち直れないくらいのダメージを負ってしまいそうだ」

 

「そうですか。ではそうしてあげてください」

 

 

 既に小さくないダメージを負っているようにもみえるが、これくらいで済んで良かったかもしれない。もしこれ以上のダメージを負っていたら、今度は横島先生のことで頭を悩ませる結果になっていただろうし……

 

「それで、廊下で盗み聞きしている人は、何時になったら反省してくれるんですかね?」

 

『っ!?』

 

「以前も言いましたが、事実無根の記事を書くつもりなら、今後新聞部のお手伝いはしません。エッセイもご自身で用意してくださいね」

 

『これからはクリーンな新聞部を目指す所存であります! 失礼しました!!』

 

「畑も相変わらずだな……」

 

「あの人も横島先生には言われたくないと思いますけどね」

 

 

 相変わらず度で言うのならこの人も相当だ。何度注意しても改善されないのは二人ともだし、むしろ横島先生の方が注意されている。だからそう言ったのだが、横島先生は何故か恍惚の表情を浮かべている。

 

「はぁ……」

 

 

 これは学園長に相談するしかないのかとも思ったが、それはそれで面倒なので放っておくことにした。だって、俺が抱え込むべき悩みじゃないし……




自分は言われても気にしませんね


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一人だけの特権

特権というよりただの付き添い


 タカトシとの見回りの権利を掛けて三人で裏でじゃんけんをしているのだが、最近は天草会長が一人勝ちすることが多い。偶に七条先輩が勝つこともあるけど、私は中々勝てない。

 

「萩村はじゃんけんが弱いのか?」

 

「どうなんでしょう……普段はここまで負けることは無いと思うんですけど、このじゃんけんだけは勝てないんですよ」

 

「それじゃあ今日はスズちゃんがタカトシ君と一緒に見回りする?」

 

「それは駄目ですよ。平等にするためにじゃんけんで決めてるんですから」

 

 

 ここで私が権利を受け取ってしまったら、平等性を欠いてしまう。天草会長は普段タカトシと一緒に行動することが少ない分ここで挽回していると思えば許せるが、同じクラスでそれなりに一緒に行動している私が特例を認められたら、外部からクレームが来そうだ。

 

「今日こそは自力で権利を勝ち取ります」

 

「それでこそ萩村だな」

 

 

 どうやら会長も私が特例を断ると思っていたようで、やる気満々で拳を突き出してきた。私は会長の拳に自分の拳をぶつけ、集中して勝負に挑む。

 

「おっ、会長とスズ先輩が殴り合いでもするんですか?」

 

「コトミ、今我々は真剣勝負前なんだ。邪魔をするんじゃない」

 

「おぉ! 何だかカッコいいですね。それじゃあ私はその勝負を見届けますね。ところで、タカ兄は何処にいるんですか?」

 

「タカトシ君なら、先に生徒会室にいると思うけど」

 

「なる程。タカ兄争奪戦というわけですか……まぁ、この程度でタカ兄が手に入ると思っているなら、随分とおめでたい奴らだな」

 

「何故敵側みたいなセリフを?」

 

 

 会長のツッコミに満足したのか、コトミは黙って私たちから距離を取る。大人しく見ているだけなら良いが、タカトシに告げ口しそうなので後で釘を刺しておかないと。

 

「行くぞ!」

 

 

 会長の音頭でじゃんけんをし、珍しく私が一人勝ちした。

 

「今日は萩村か……」

 

「こればっかりは時の運だしね」

 

「スズ先輩とタカ兄が一緒にいても、兄妹か親子にしか見えないですけどね~」

 

「はったおーす!」

 

 

 親子まではさすがに言われたこと無いわ!

 

「まぁまぁ、タカ兄がロリに目覚めて襲われるより良いんじゃないですか?」

 

「アンタ、タカトシに報告するわよ?」

 

「それだけは勘弁してください! これ以上問題を起こしたらどうなるか……」

 

 

 がたがたと震えだしたコトミを見て、私たちは「あぁ、また何かやらかしたんだな」と察知する。やらかすことに関してだけは事欠かないからな、コトミは……

 

「それじゃあ、我々も生徒会室に行くぞ!」

 

「あんまり遅いとタカトシ君に不審がられちゃうもんね~」

 

「タカ兄なら既に気付いていそうですけどね……というか、タカ兄に謝りに行くのでついてきてください」

 

「今回は何をやらかしたんだ?」

 

 

 会長がコトミに問いかけると、鞄から一枚の紙を取り出した。

 

「英語の小テストか……これは酷い」

 

「抜き打ちだとこれが限界なんですよ……」

 

「素直に怒られた方が良いな」

 

「だから、付き合ってください」

 

 

 泣きつかれても怒られるのに付き合うなんて御免だ。ただでさえタカトシに睨まれるとすくみ上るというのに、コトミの説教に付き合ったら私たちまで怒られてる気になってしまう。

 

「怒られるなら家でするのね。私たちはこれから見回りなんだから」

 

「そ、そんなー……」

 

 

 絶望するコトミを置いて、私たちは生徒会室へ向かう。毎回こんな風に時間を掛けてタカトシと見回る人を決めるので、他の仕事の殆どはタカトシが片付けてしまうのだ。今度お礼でもしなきゃ怒られそうよね、これ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシと萩村が見回りしているのが気になってしまい、私は見回りに身が入っていない。隣にいるアリアも同じようで、さっきからタカトシたちがいるであろう方向を見詰めている。

 

「天草会長、七条さん、見回りならもう少ししっかりしてもらいたいんですけど」

 

「五十嵐か……」

 

「何かあったんですか?」

 

「タカトシ君とペア組めなくて残念だなーって思ってるだけだよ」

 

「普段天草会長がペアなことが多いですけど、どうやって決めてるんですか?」

 

「公平で文句のつけようのないじゃんけんだ」

 

「それで今日は萩村さんが勝ったんですか」

 

 

 五十嵐はそれ程気にしている様子はないが、ただでさえ同じクラスということでタカトシと行動を共にすることが多い萩村だ。見回りの時くらいは私かアリアに譲ってもらいたいと思ってしまうのは悪いことだろうか?

 

「タカトシ君が気になるのは分かりましたが、見回りはちゃんとしてください。生徒会の方でもしっかり見回りをしてくれていれば、校内の風紀が乱れることは無いでしょうから」

 

「私たちが多少気の抜けた見回りをしていたとしても、タカトシの目が光ってるから大丈夫だろ」

 

「そもそもタカトシ君なら見回る必要無さそうだけどね」

 

 

 タカトシの気配察知の範囲はかなりのものだ。校内ならその範囲内だろうから、不審な動きをしていればすぐに見つけることができる。

 

「実際、この前なんか横島先生が男子生徒を空き教室に連れ込もうとしたところを未然に防いだりしてたしな」

 

「その後こっ酷く怒られてたよね、横島先生」

 

「どっちが教師か分からない構図ですよね、それって……」

 

「あの二人に関して言えば、あれが普通だと思うぞ」

 

 

 そもそも横島先生に教師の威厳なんてないだろうし、タカトシはタカトシで説教に慣れているだろうから。




怒られるのも権利といえば権利……


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慌てる理由

せっかく早く集まったのに……


 生徒会業務をタカトシ君にまかせっきりになってしまっていることへのお詫びとして、今日は四人で外出し、タカトシ君にお礼をすることになった。

 

「でもシノちゃん、お礼って言っても何をするの?」

 

「今日の遊びの費用、タカトシの分は私たち三人で払う」

 

「つまり、タカトシの分は奢るってことですか?」

 

「あぁ。一人で負担するのは結構きついだろうから、私たち三人で――」

 

「ん~?」

 

 

 シノちゃんとスズちゃんの視線が私に向けられて、いったい何事かと首を傾げたが、すぐにその理由に思い当たった。

 

「タカトシ君一人分くらい私が払うよ~?」

 

「だがそれだとアリアからのお礼ということになってしまうだろう? 私も萩村もタカトシには感謝しているんだから、それくらいは払わせてくれ」

 

「そうですよ。七条先輩にだけ払わせるわけにはいきません」

 

「気にしなくても良いんだけどな~」

 

 

 私としてはそれくらいで返しきれる恩じゃないと思っているのだけども、シノちゃんもスズちゃんもこればっかりは譲れないというスタンスだったので、私が折れることに。

 

「ところで、今日は何処に行くの?」

 

「高校生らしく街で遊ぼうと思ってな」

 

「高校生らしい……ですか?」

 

「あぁ。よくよく考えてみたら、私たちは一般的な高校生らしさを体験していないんじゃないかと思ってな」

 

「はぁ……」

 

 

 私も良く分からないけど、シノちゃんには何か考えがあるようなので、今日のプランはシノちゃんに全部任せることにしよう。

 

「ところで、そのタカトシは何時になったら来るんですか?」

 

「あぁそれだが、タカトシには一時間遅い時間を言ってあるからな」

 

「どうして?」

 

「私たちは作戦会議をしなければいけないだろ? だからタカトシがいない時間を作ったんだ」

 

「それがここだと?」

 

「そうだ。タカトシにも同じ時間を伝えると、どうしてもアイツが一番最初に待ち合わせ場所に到着するからな」

 

 

 確かに私たちが待ち合わせをすると、タカトシ君が一番、スズちゃんかシノちゃんが二番ということが多い。私も時間前には到着するようにしているんだけども、どうしても一番最後ってことが多いのだ。

 

「それにここなら、萩村の好きなケーキもあるしな」

 

「そんなこと言って、会長も食べたかったんじゃないんですか?」

 

「とりあえず、ケーキでも食べながら作戦会議だ」

 

 

 私たち三人はケーキと紅茶を注文して、どうやってタカトシ君をもてなすかを話し合った。その所為でタカトシ君に伝えた待ち合わせ時間のギリギリになってしまったのは、いかにもシノちゃんらしい結果だと思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だか三人が申し訳なさそうな雰囲気でさっきから行動しているのだが、別に遅刻したわけではないので気にしなくても良いんだがな……それとも、三人が先に集まって何かしていたことが後ろめたいのだろうか。

 

「それで、今日は何処に行くんですか?」

 

「とりあえずどこかでお昼にしよう。遊ぶにしても空腹じゃ長く遊べないだろしな」

 

「ですが、三人はケーキを食べてきたのでは?」

 

「何故分かったっ!?」

 

「シノちゃん、それじゃあ自爆だよ……」

 

「あっ……」

 

 

 隠したかったのか知らないが、シノさんは結構ショックを受けたような反応を見せた。

 

「いや、隠したかったのならちゃんと口元を拭いてきた方が良いですよ。慌ててたのか知りませんけど、三人ともクリームが付いてます」

 

 

 ポケットからハンカチを取り出して三人の口元を拭いていく。萩村だけ何だか抵抗したが二人は素直に拭かれてくれた。

 

「それで何をそんなに慌ててたんです?」

 

「……会長、これは隠せそうに無さそうですね」

 

「そうだな……」

 

 

 何やら観念したようにシノさんとスズが肩を落とし、アリアさんも仕方ないみたいな感じで笑っている。

 

「実は最近君に生徒会業務をまかせっきりになっていることに対してお礼をしようと思ってな。三人でどうすればいいか話し合っていたんだ」

 

「はぁ」

 

「それで、今日の遊びに掛かった費用、タカトシの分を私たち三人で奢ろうって話になったんだ」

 

「それとケーキ、どう繋がりが?」

 

「そこのカフェで話し合っていてな。ケーキがあまりにも美味しくて途中からそっちがメインになってしまったような感じもするが、気が付いたら待ち合わせ時間ギリギリになってしまって慌てていた、というわけだ」

 

「そういうわけですか。ですが、皆さんにはコトミの面倒とか見てもらってますし、お礼とか気にしなくても良いんですが」

 

「だがそれでは我々の気が収まらん! だから今日の費用は我々に任せてくれ」

 

「……では、お言葉に甘えさせていただきます」

 

 

 恐らくシノさんたちは折れないと思ったので、こちらが早めに折れることに。あまりここで言い争っていると目立ってしまうだろうし――ただでさえシノさんとアリアさんは注目されることが多いし――最悪後で払えば良いと思ったからだ。

 

「それじゃあまずはカラオケだ! 今日こそは萩村に点数で勝つ!」

 

「シノちゃんだって十分高い点数じゃない」

 

「だが、テストで勝てないからここでくらいは勝ちたいし……」

 

「いや、学年違うじゃないですか」

 

 

 三人が楽しそうならそれでいいか……

 

「ほらタカトシ、さっさと行くぞ」

 

「分かりました」

 

 

 四人で行動するとどうしても引率ポジションっぽくなるんだが、誰かがしっかりとしておかないとだめだから仕方ないよな……誕生日的にも俺が一番下のはずなのに……




結局タカトシが一番大人


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行列のできる有名店

行列に並ぶ感覚が分からない


 放課後、生徒会の仕事として校内を見回っていると、パリィが何やら雑誌を見てブツブツと言っているのを見つけた。生徒会本来の仕事としては、不要なものを持ってきているパリィを注意し、雑誌を回収するのが正解なのだが、私だけではなくアリアや萩村もパリィが何を見てブツブツ言っているのかが気になってしまった。

 

「パリィ、何をしているんだ?」

 

「あっ、シノ……実は、行ってみたいお店があるんだけど」

 

「何処だ? 私たちが案内してやるぞ」

 

 

 パリィは交換留学生だ。生徒会の面々が面倒を見るのは問題ないはずだ。だが背後からタカトシが凄い威圧感を放っているのは、生徒会の職務を放棄しているからではなく、付き合いたくないという気持ちだと思っておこう。

 

「行列ができるお店ー!」

 

「それならこの近所に行列ができるカレーパン専門店がありますよ」

 

「畑さん……それで、今日は何を誤魔化す為にその情報を?」

 

「な、ナンノコトデスカ? 私はただ善意で――」

 

「畑さん! 柔道部の更衣室を覗いてた件、まだ取り調べが――」

 

「そう言うことですか。カエデ先輩、畑さんは確保しておきましたので、後はお願いします」

 

 

 畑の首根っこを掴んで逃げられなくし、五十嵐に突き出すタカトシ。相変わらずの仕事の早さでほれぼれするな。

 

「それじゃあ今度の休日はそのカレーパンの専門店に行くぞ!」

 

「わー楽しみ」

 

 

 パリィは喜んでくれているが、タカトシが不満そうな顔をしている。だがこいつも数で押せばある程度は許してくれるし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長の提案でパリィを行列のできるお店へ案内することになったのだが、何故かタカトシではなくコトミがやってきた。

 

「コトミ、何故お前が?」

 

「タカ兄は家事全般が忙しいので私が名代? として派遣されました」

 

「何時もならカナに頼んでタカトシが来るはずでは」

 

「お義姉ちゃんは今日は朝からバイトです。それに私もここのカレーパン食べてみたかったですし」

 

 

 タカトシではなくコトミが来た所為で、ツッコミは私一人になってしまった。これだけの人数を捌く自信なんて無いので、ボケはある程度スルーすることにしよう。

 

「まぁコトミでも良いか。とりあえず並ぶぞ!」

 

 

 会長の音頭で私たちは既に行列ができているお店に向かい、最後尾に移動する。

 

「こう言うのって待ってる時間が楽しいんだよね?」

 

「そういう楽しみ方もありますけど、私はさっさと買えてさっさと食べれる方が好きですね~」

 

「コトミは即物的だからな」

 

「でも、こうやってお友達と待ち合わせしてお店に並ぶって、何だか青春っぽいよね~」

 

「………」

 

 

 ツッコまない、ツッコまないぞ……一度相手をしたら際限なくしなければいけなくなってしまうし、ここは我慢だ。

 

「あれ? パリィ先輩、何だか震えて無いですか?」

 

「ちょっとね……」

 

「あぁ、今日ちょっと寒いもんね。はい、温かいお茶」

 

 

 私が善意でお茶を差し出しているということはパリィも分かっていたのだろう。だが彼女の顔は青白く変わっていく。

 

「どうしたの?」

 

「震えてるのは寒いからじゃなくって……この辺にお手洗いってないかな?」

 

「あっ……場所取っといてあげるから行ってきなさい」

 

 

 すぐ傍のコンビニを指差してパリィにトイレの場所を示す。パリィはダッシュしたいが既にギリギリなのかおかしな歩き方をしながらコンビニに向かっていった。

 

「パリィ先輩も特殊性癖の持ち主なんですね」

 

「どういうこと?」

 

「だって、ああやって我慢してるアピールをしてお腹を押してもらいたいって言ってるんじゃないんですか?」

 

「コトミは相変わらずだな」

 

 

 何故か笑い話で済んでいるが、タカトシがいたら怒られていただろうな……

 

「でも会長。このお店って数量限定なんですよね? ちゃんと買えますかね?」

 

「自分の目の前で売り切れたらショックだろうな」

 

「そうですね~。ついでに、自分で売り切れたらと思うと罪悪感がありそうですよね」

 

 

 コトミが自分の後ろに意識を向けたので、私たちもそちらに視線を向ける。そこには早く買えるのを楽しみにしている女の子が……

 

「そんなことにならないように祈ろう……」

 

 

 パリィも戻ってきて無事に数量限定カレーパンを購入することができた。ちなみに、コトミの後ろに並んでいた女の子も、無事に買うことができていたのは、本当に良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い時間並んで、途中でお漏らししそうになったけども無事に購入できたカレーパンは、本当に美味しかった。日本人が並んでまで買いたいって思う気持ちが少し理解出来た。

 

「それでパリィ、どうだった?」

 

「すっごく美味しかった!」

 

「それは良かったな」

 

「でも、さすがに一個じゃお腹は溜まらなかった……別のお店に行きたい」

 

「それで、今度は何処に行ってみたいんだ?」

 

「すぐに食べられるお店」

 

「ほらやっぱり。結局はそういう考えになるんですよ!」

 

 

 さっきコトミが言っていたようなことを自分が言っているので、コトミは勝ち誇ったように胸を張る。その反動でコトミの胸が上下に揺れた。

 

「「ケンカウッテンノカー!」」

 

「シノちゃんもスズちゃんも過敏すぎるんじゃないかなー?」

 

「別にそんな意図は無かったんですが……あっ、タカ兄から電話だ」

 

 

 コトミはタカトシからの電話を受け、お昼用の食材の買い出しを頼まれているようだ。

 

「あっ、そうだ! タカ兄、これから先輩たちを連れて行って良いかな? うん、そう。食材はちゃんと買っていくから」

 

 

 

 コトミが何を思いついたのかは分からなかったが、シノたちの顔を見たら良いことであることは分かったので、私は鳴るお腹を睨みつけながら買い出しに付き合ったのだった。




やっぱりすぐ食べられる方が良い


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長年の勘

哀しい信頼のされ方……


 タカ兄からの電話で、パリィ先輩を満足させることができる場所を思いついた私は、先輩たちを引き連れて近所のスーパーで食材の買い出しをする事にした。

 

「私一人じゃ目利きなんてできなかったからテキトーに買っていたでしょうが、シノ先輩やスズ先輩がいれば安心ですね」

 

「そもそもタカトシはコトミに簡単な買い物しか頼んでなかったんだろ? 私たちがお邪魔することになったから、それなりの量を買うことになっただけで」

 

「ところでコトミちゃん。どうして私の名前が出てこなかったの~?」

 

「だってアリア先輩はお嬢様ですから。自分で食材の買い出しをしてる光景が想像できなかったんです」

 

「そっか~」

 

 

 機嫌を損ねたのかとも思ったが、アリア先輩は純粋に自分の名前が呼ばれなかったことが疑問だっただけのようだ。

 

「以前タカトシの料理は食べたことがあるし、また食べてみたいと思ってたけど、まさかこんな感じでその願いが叶うとはなー」

 

「タカトシ君の料理は、それこそ行列に並んででも食べたいくらいのおいしさがあるからね~」

 

「それをほぼ毎日当たり前のように食べられてる私は、実は勝ち組なのかも」

 

 

 ふとそんなことを思い口にしたのだが、シノ会長やスズ先輩が怖い顔をして睨んできたので、恐らくは私のことを羨んでいるのだろう。

 

「そして、タカ兄の料理の腕がいいのは、私が全くできなかったから。つまり、タカ兄を育てたのは私ということに!?」

 

「くだらないことを言ってないでさっさと会計してきなさい!」

 

「あいたっ!?」

 

 

 スズ先輩に脛を蹴り上げられ、私は痛みと共に快感を覚える。これがタカ兄に蹴られたとなれば快感なんて言ってられないくらいの痛みが襲ってきただろうが、スズ先輩は容姿相当な威力しかないので安心だ。

 

「それじゃあシノ会長、また並びましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 今度は会計の為にレジの列に並ぶことに。まぁさっき程並ぶこともないでしょうし、私一人じゃないから安心できるだろうしね――タカ兄が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急遽津田家で昼食を済ませるとお嬢様から連絡をいただいたので、私は急ぎ津田家へ向かった。

 

「――というわけですので、こちらもお使いくださいませ」

 

「いきなりやってきてなんですかいったい……」

 

 

 タカトシ様に屋敷から持ってきた食材を差し出すと、引き攣った顔をしながらも私を追い返すことなく招き入れてくれた。

 

「買い出しならコトミがしてるので食材の心配は無いんですが」

 

「ですが、せっかくお嬢様がご友人たちと外で食事をするというので、不詳出島サヤカ、こうして食材を持って参上仕った次第なのです」

 

「時代劇でも見てたんですか?」

 

 

 タカトシ様は呆れながら私に紅茶を用意してくださいました。以前美味しい紅茶の淹れ方をレクチャーしたからなのかは分かりませんが、タカトシ様が用意してくださった紅茶は大変美味しいものでした。

 

「ただいまーって、タカ兄がメイドさんを家に連れ込んでる!?」

 

「何だってっ!? ――って、出島さんじゃないですか」

 

「お嬢様、お待ちしておりました。そして皆様もお帰りなさいませ」

 

「貴女はこの家の住人じゃないでしょうが……」

 

 

 タカトシ様にツッコまれてしまいましたが、お嬢様をお出迎えするのは私の仕事ですので。

 

「それで、出島さんはここで何をしてたのかな~?」

 

「タカトシ様に食材の差し入れと、お嬢様をお出迎えする為に待機していました。決してタカトシ様に躾けられていたとかではありませんのでご安心を」

 

「そんなので安心するわけ――」

 

「なら安心だね」

 

「するんかいっ!?」

 

 

 萩村様の軽快なツッコミに満足しながら、私はタカトシ様を手伝う為にキッチンへ向かおうとしたのですが――

 

「出島さんもお客さんですので、今日は任せてください」

 

 

――と手伝いを拒否されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 急遽大人数の食事を用意しなければいけなくなってしまったが、やることは大して変わらない。さすがに二人分を用意するのと同じ時間――というわけにはいかないが、それ程変わらない時間で用意することができた。

 

「はい、お待たせしました」

 

「さっすがタカ兄! もうちょっと時間が掛かると思ってたのに」

 

「せっかくだからこの後コトミは皆さんに勉強を教えてもらったらどうだ? 後から義姉さんも来るし」

 

 

 相変わらずの成績なので、ここにいる皆さんに勉強を見てもらったら少しは身になると思い提案したのだが、何故かシノさんたちがノリノリで勉強を見てくれることになった。

 

「タカトシは午後はどうするんだ?」

 

「俺は三時からバイトです」

 

「なら家事は私たちに任せておくんだな! カナも来るなら安心だろ?」

 

「まぁ、その点に関してだけは安心ですね。くれぐれも脱線しないようにお願いします」

 

「私が見張ってるから大丈夫よ。まぁ、本格的に暴走したら私一人じゃ対処できないけど……」

 

「コトミがふざけ出したら容赦なく小遣いを減らすから、スズはコトミがふざけ出したら動画に収めておいてくれればいいよ。そうすれば証拠になるし」

 

「そ、そんなことしなくても自分の成績の酷さは自覚してるって……」

 

 

 どうやら俺がいなければどうとでもなると思っていたのか、コトミは明らかに動揺している。こんなこと自慢にもならないが、長年こいつの兄をしていたから分かったことだな。

 

「もう食べて良い?」

 

「えっ? あぁ、どうぞ」

 

 

 どうやらパリィの空腹が限界だったようで、俺はとりあえずコトミに釘をさすことを止め食事にすることにした。美味しそうに食べてくれるのは、作った側としてもありがたいことだが、さっき何か食べてきたんじゃなかったのか? すごい勢いで食べてるが大丈夫なのだろうか……




この後スズの胃に多大なるダメージが蓄積されたのは言うまでもない……


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部屋の臭い

この時期は気になるかも


 何時も通り生徒会室で作業していると、サクラっちが掃除道具を持って現れた。

 

「皆さん、少しは生徒会室を掃除しようとか思わないんですか?」

 

「サクラっち、どうかしたの?」

 

 

 生徒会室はそれ程散らかっているわけでもないし、女しかいない空間なので多少化粧品臭くても気にしない。それにユウちゃんが加わってからはトレーニンググッズなども置かれているので、その臭いも混ざっているかもしれないが、私たちはもう慣れているので気にしない。それなのにどうしていきなり掃除なんて言い出したんだろう。

 

「忘れてるんですか? 今日は桜才学園の生徒会メンバーがここに来る日ですよ」

 

「タカ君にこの現状を見られたら……」

 

「お説教っすかね……」

 

「津田先輩厳しい人だからね……」

 

 

 私だけではなく、ユウちゃんや青葉っちもタカ君の厳しさは知っているので、生徒会室を見回してようやく焦りを覚える。

 

「タカトシ君以外にも、天草さんや萩村さんも綺麗好きだと聞きますし、七条さんだってそれなりにできる人です。英稜の生徒会は桜才より下だと思われても良いんですか?」

 

「それはなんだか面白くないですね」

 

 

 別に整理整頓で上下が決まるわけではないが、そんなところで下に見られるのは面白くない。タカ君になら見下されたいけども……

 

「そういうわけですので、早速掃除をしましょう!」

 

「というか、もう何度か来たことあるんすよね? だったら今更じゃないっすか?」

 

「今更かもしれないけど、まだ挽回できるかもしれないでしょう? それに、ここら辺はユウちゃんのものが置いてあるんだから、ユウちゃんが片付けるんだからね」

 

「これ会長のじゃなかったすか?」

 

 

 互いにどっちの持ち物かを確認しながら片付けていくと、確かに生徒会室が散らかっていたんだということを思い知った。

 

「物は片付いたけど臭いはどうしようか? 換気するにも時間が……」

 

「そういう時は濡れタオルを振り回すと良いらしいですよ」

 

「これ最初に思いついた人天才っすね」

 

 

 濡れたタオルを振り回すのは少し力仕事なのでユウちゃんに任せた。それにしても、タオルを振り回すだけで消臭効果があるなんて……

 

「もしかして、タオルスパンキングしてる時に発見された!?」

 

「生徒会の品位を落とすのでそう言った発言は控えてと何度も言っているでしょぅが!」

 

「まぁまぁ森先輩。会長のこれは何時ものことですし」

 

「そうっすよ。桜才の皆さんも知ってることでしょうし」

 

「これくらいは女子トークの範疇だと思うけどな」

 

 

 サクラっちはまだ何か言いたげでしたが、とりあえずお説教はしないでくれた。まさか後輩二人が私の味方をしてくれるとは。

 

「臭いと言えば、洗濯しても臭いって取れないんすよね」

 

「鞄も洗ったら? いくら洗濯しても、鞄の臭いが服に移っちゃうから」

 

「確かに、鞄を洗ったりは――」

 

 

 ユウちゃんは自分の鞄を手に取り臭いを確認する。すると――

 

「うわぁ! 鞄の底から変色したバナナが」

 

「早く捨てなさい!」

 

 

 どうやら臭いの原因は腐ったバナナらしく、ユウちゃんは大慌てでそのバナナをゴミ箱に捨て、鞄に消臭剤を撒いて窓際に干す。これだけでもだいぶ良くなるだろうな。

 

「そうそう臭いと言えば、口臭は舌も綺麗にしないと消えないんだよ」

 

「だからって、何で生徒会室で歯磨きを?」

 

「ほうなんれふね」

 

 

 青葉っちが私の言葉に感化されて舌磨きを始める。口臭が気になる距離まで近づくことは無さそうだけども、一応エチケットとしてしておいた方が良いだろう。

 

「おぇぇぇ!」

 

「うわぁ!?」

 

 

 どうやら奥まで歯ブラシを突っ込んでしまったらしく、青葉っちが吐き出しそうになる。

 

「というか、どうして口臭を気にしてたの?」

 

「お昼にオニオンライスと餃子を食べましたので」

 

「それは気にした方がよさそうだね……タカトシ君、鼻も良いし」

 

 

 タカ君はコトちゃんのノンストップ全裸オ〇ニーの後の臭いが一週間は取れなくて困っていたという過去がありますし、臭いには敏感のはず。幾ら意識していないからと言って女子が男子に口臭を指摘されるのは恥ずかしいだろう。

 

「ま、まぁ後は窓を開けて換気すれば大丈夫なくらいにはなってるから」

 

 

 私は話を逸らす為に窓を開け、最後の換気をすることに。確かに掃除をする前と今とでは、生徒会室の中の空気が違うような気がする。

 

「これで安心して桜才学園の皆さんをお迎えできますね」

 

「サクラっちが気にし過ぎだったような気もしないけどね」

 

 

 そこで生徒会室に強風が舞い込み、サクラっちのスカートを捲った。

 

「………」

 

 

 スカートの中には羽根が見えた。臭いを気にしていたのはそう言うことだったのか。

 

「大丈夫だよ、サクラっち。体臭気にならないから」

 

「そう言うことは言わなくて良いんです! というか、皆さんを隠れ蓑にしてたわけじゃないですし」

 

「というか、そろそろ到着時刻ですし、会長はお出迎えしなくて良いんですか?」

 

「おっと。それでは皆さん、英稜の代表として恥ずかしくない振る舞いをお願いしますね」

 

「分かりました」

 

「了解っす」

 

「はい……」

 

 

 サクラっちの返事に気力が無かったが、とりあえずは大丈夫でしょう。私はそろそろ到着するであろう四人を出迎える為に校門へ向かう。それにしても、普段から掃除しておけばギリギリになって慌てることは無かったでしょうし、今後は定期的に生徒会室の掃除をした方がよさそうですね。




結局誤解だったのだろうか


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遅れた理由

あり得そうだから困る


 カナに出迎えられて、我々桜才学園生徒会役員は英稜高校生徒会室へ向かうことに。何度か行ったことがあるので出迎えなど不要なのだが、一応形式的に出迎えはした方が良いだろうと、両校の副会長の意見でそう言うことになっているのだ。

 

「(ウチもだが、英稜も副会長が実権を握っているようだな)」

 

 

 ここ最近は私もカナも大人しくなってきていると思うのだが、我々と副会長コンビ、どちらが信頼されているかは考えるまでもないだろう。

 

「すみません、ちょっとトイレに寄ってから行きますね」

 

「分かった。それじゃあタカ君、先に行ってるね」

 

 

 タカトシがトイレに立ち寄るとのことで、私たちは先に生徒会室へと向かった。

 

「あれ? 津田先輩はどうしたんすか?」

 

「タカ君はトイレだよ。先に始めてていいって言ってたから」

 

「そうっすか。せっかく掃除したのに」

 

「掃除?」

 

 

 いったい何のことかと我々が首を傾げると、カナが恥ずかし気に説明してくれた。

 

「実は、シノっちたちを出迎える前に、大慌てで生徒会室の掃除を行ったんですよ」

 

「確かに、何時もよりは綺麗な生徒会室になってるな」

 

「今度ウチでもやる?」

 

「ですが先輩、ウチの生徒会室はタカトシが定期的に掃除をしているので、我々が下手に掃除すると余計に散らかす可能性が……」

 

 

 タカトシの掃除スキルは私たちでは太刀打ちできないレベルなので、下手に掃除すれば逆に散らかしてしまう可能性が高い。

 

「津田先輩って相変わらずレベル高いんですね」

 

「そりゃタカ君は主夫ですし、普通の女子高生が太刀打ちできるわけないよね」

 

 

 カナの言葉に私たちは力なく頷く。私たちもそれなりにできる部類だとは思うが、タカトシと比べると霞んでしまう程度だしな……

 

「ところでそのタカトシ君、ちょっと遅くないかな?」

 

「大の方じゃないっすか?」

 

「広瀬さん、この前タカトシ君に怒られてなかった? もうちょっとデリカシーをって」

 

「言われましたけど、これくらい同性の間なら普通ですし、まして運動部なら尚更っす」

 

「そういう問題では無くて……」

 

「まさか、タカ君の身に何か……いや、あり得ないですね」

 

「その話詳しく!」

 

 

 何故かアリアがカナの冗談に喰いついたが、何か気になることでもあったのか?

 

「『タカ君のミニナニ』って」

 

「タカ君のはミニじゃないですよ? まぁ、直接見たことは無いですが、コトちゃん曰く」

 

「そういえばそんなこと言ってたな」

 

「あの……タカトシ君来たんですが」

 

「「「なっ!?」」」

 

 

 森の言葉に慌てて私たちは振り返る。すると青筋を浮かべているタカトシがそこに立っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三人を説教してから、何故遅れたのかを尋ねると、トイレから出て生徒会室へ向かう途中、プリントをぶちまけていた女子生徒がいたらしい。その手伝いとして職員室までそのプリントを運び、そこから生徒会室へ向かおうとして、怪我をした女子部員がいて、保健室まで連れていき手当をし、最終的に英稜の先生の手伝いをしていたとのこと。

 

「アンタ、相変わらずお人好しね」

 

「まぁ、見てみぬふりはできないからね」

 

「さすがは津田先輩っすね」

 

「英稜内でも人気が高いのは納得ですよね」

 

 

 畑さんが桜才新聞にタカトシの写真を載せて販売してからというもの、タカトシの人気は爆発的に広まったらしい。元々文才だけで人を魅了していたのに、その作者がこの様な見た目だと知り、余計に魅了されたということらしい。

 

「ところで、慌てて掃除でもしたんですか?」

 

「何故そう思ったんすか?」

 

「いや、ところどころ掃除しきれてない箇所が目立つから」

 

 

 タカトシが指摘するまで私たちも気付かなかったが、確かに微妙に掃除しきれていない箇所がちらほらとある。それを一瞬で見つけるなんて、相変わらずタカトシの家事スキルは凄いわよね……

 

「森先輩が慌てて掃除しようって言いだしたんでしたんすけど、やっぱり津田先輩レベルには仕上げられませんから」

 

「そもそも広瀬さんたちが私物を持ち込んでなければあそこまで散らかったりしなかったんですけどね」

 

「青葉さんだって生徒会室で歯磨きしてたじゃないっすか。ニンニク臭いからって」

 

 

 一年同士の曝露合戦に、森さんが頭を抱える。そりゃ会長が説教され後輩たちが言い争いを始めたら頭を抱えたくなる気持ちもわかるが……

 

「ところで、三人は反省したんですか?」

 

「「「もちろんです!」」」

 

「なら、さっさと続きをしましょう。別に今日は説教する為に英稜に来たわけじゃないですから」

 

「説教したアンタが言う、それ?」

 

「俺以外にできないんだから仕方ないだろ」

 

 

 確かにタカトシ以外が説教したところで三人には響かないだろう。個々で説教する分には反省させることができるかもしれないが、三人纏めてとなるとなかなか難しい……その点でもタカトシに頼りっきりになってしまっているのだ。

 

「森さん……」

 

「何でしょう、萩村さん……」

 

「私たちでもう少しタカトシの手助けができるようにならないとダメみたいですね」

 

「そうですね……」

 

 

 森さんもタカトシに頼りっきりだということは自覚しているようで、私と同じようにため息を吐いた。

 

「(まぁ、森さんはタカトシと精神的に近しいし、私にはできない方法でタカトシの助けになってるのかもしれないけどね)」

 

 

 ここにいる面子で、誰が一番タカトシと近しいかと問われれば、親戚であり義姉である魚見会長か森さんかのどちらかだろう。つまり我々は、同じ学校、同じ生徒会役員だというのに二人より近しくないのだ。

 

「(もうちょっと頑張らないと)」

 

 

 具体的に何を頑張ればいいのか分からないけども、私はそう決意したのだった。




先輩組はところどころダメだからな……


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成長しない理由

してるんでしょうが目立たない……


 柔道部のマネージャーとして日々努力しているのだが、一向に家事スキルが成長しない……

 

「――というわけなんだけど、マキはどう思う?」

 

 

 これは何者かの陰謀かもしれないので、私は友人の中で最も頭の良いマキに相談する事にした。だってマキに聞けば何かしらの答えは得られるだろうから。

 

「それは単純にコトミの努力量が足りないんじゃないの? トッキーから聞いてるけど、遠征の際のお弁当とか、津田先輩にお願いしてるんでしょう?」

 

「だって私が作ったお弁当じゃ、皆さん腹痛で棄権するしかなくなっちゃうし」

 

「ほつれた道着を直したのだって津田先輩で、道場を綺麗に掃除したのも津田先輩。これじゃあコトミの家事スキルは成長するわけないって」

 

「私だってやってるけど、タカ兄がその数段も上を行ってるから私がサボってるように見えるだけだから」

 

 

 実際私だって道着を繕ってみたり、道場の掃除を頑張ったりしているのだが、どうしてもタカ兄のように上手く行かない。長年の経験がたった数ヶ月で稼げるとは私だって思っていなかったが、あそこまでレベルの違いを見せつけられるとどうしてもタカ兄頼りになってしまうのだ。

 

「以前から津田先輩が言ってるように、一人暮らしでもしてみれば?」

 

「そんなことしたら一週間でゴミ屋敷と化すよ……」

 

 

 それ以前に人間らしい生活が送れるかどうかすら怪しい……仕送りだってすぐに使い果たしそうだし……それ以前に家計のやりくりなんて私にはできないだろう。なにせお小遣いのやりくりすら出来ていないのだから。

 

「さっきから何の話してるんだ?」

 

「コトミがマネージャーとして成長してないって話」

 

「あぁ……この前も部室の掃除を兄貴に頼んでたしな」

 

「ちょっと手伝ってもらっただけだって!」

 

 

 実際はちょっとどころではなかったのだが、それでも私だって掃除をしていたのだ。タカ兄だけにさせたわけではない。

 

「お前がそんなんだから、兄貴が彼女作れないんだろ? 少しは自分が兄貴の枷になってるって自覚したらどうだ?」

 

「そんなことトッキーに言われなくても分かってるって……でも、タカ兄に彼女ができたらマキが困るんじゃない? ただでさえ二歩も三歩も遅れてるのに」

 

「な、何の話よ……」

 

「タカ兄のことを想ってる歴で言えば、間違いなくマキが一番なのに」

 

 

 なにせ中学時代からタカ兄のことが好きなのだから、一年ちょっとの付き合いしかない他の人よりも明らかに長い。なのにここ最近はタカ兄と絡めていないので圧倒的不利な状況に陥ってしまっているのだ。

 

「わ、私のことは関係ないでしょうが!」

 

「あーあ……また逃げちゃった」

 

「逃げるって分かってて話振っただろ、お前」

 

「私は純粋にマキの恋路を応援してるだけなんだけどな」

 

「その恋路を最前線で邪魔してるんだろ、お前は」

 

 

 トッキーに軽くチョップされて、私はチロリと舌を出す。確かに私がいる所為で誰の恋路も順調に進んでいない。それでもタカ兄との仲を進展させている人は十分いるのだ。マキとタカ兄との関係が何の進展も無いのは、必ずしも私が原因というわけではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部活中に部長との組手で擦りむいてしまったので、コトミに手当てを頼んだのだが出来ず、結局保健室に向かわなければならなくなった。

 

「応急セットくらい用意しとけよな」

 

「おっかしいな……この前掃除した時にはあったんだけど」

 

 

 どうやら何処にしまったのか分からなくなってしまったようだが、恐らく兄貴が片付けたからコイツは分からないんだろうな……

 

「ん? コトミに時さん……今は部活の時間じゃないのか?」

 

「あっタカ兄」

 

「ども」

 

 

 ちょうど見回り中だったのか、保健室に向かう途中で兄貴に遭遇した。

 

「ちょっとトッキーが擦りむいちゃって。その治療で保健室に行くんだよ」

 

「治療なら道場でもできるだろ? 何でわざわざ保健室に」

 

「応急セットがどっか行っちゃってさ……だから保健室に」

 

「部室の一番端のロッカーに入ってなかったか?」

 

「そんなとこ見てないけど……というか、そこにしまってあったの?」

 

「最初からそこだろうが……」

 

 

 どうやらコトミは初めから応急セットの場所を把握していなかったようで、兄貴は呆れてるのを隠そうともしない顔でため息を吐いた。

 

「道場に戻ったら確認しておけ」

 

「はーい……」

 

 

 兄貴に呆れられさすがに堪えるのか、コトミもバツが悪そうな顔で兄貴から視線を逸らした。

 

「それで手当だったな。保健室は今無人だが、余計なことするなよ?」

 

「余計なことって何さ!? 私だってちゃんと手当くらい――」

 

「包帯ぐるぐる巻きとか、やってただろお前」

 

「……備品では遊ばないようにする所存であります」

 

 

 相変わらずの厨二のようで、保健室にはそういったものがたくさんあるからコトミのテンションは上がるようだ。だがその後始末をしなければいけない兄貴が可哀想だ……

 

「というかタカ兄」

 

「何だ?」

 

「私が手当てするよりタカ兄が手当した方が確実だと思うんだけど」

 

「柔道部のマネージャーはお前だろうが」

 

「そうでした……」

 

 

 またしても兄貴に仕事を押し付けようとしたコトミだったが、あっさりと撃退される。まぁ、兄貴とコトミのどっちに手当てしてもらいたいかと聞かれれば、間違いなく兄貴と答えるだろうけども、この人はこの人で忙しいんだから、頼むわけにはいかない。私は兄貴に軽く頭を下げてから保健室にむかい、コトミに手当てをしてもらったのだが、自分でやった方が良かったと後悔することに……




まず自覚が足りないのか


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最終的な解決方法

まぁ、この解決策が一番だし


 普段横島先生の相手は津田君に任せている。だが職員室に用事の無い津田君に職員室でも横島先生の相手を任せるわけにはいかない。なので基本的に職員室では私が横島先生の相手をしているのだが、これが精神的にかなり疲れるのだ。

 

「はぁ……」

 

「お疲れですか?」

 

「つ、津田君……恥ずかしいところを見られちゃったわね」

 

 

 職員室を出てため息を吐いていたところを津田君に見られてしまい、私は誤魔化すように笑ったけども効果は無さそう……だってこの子は読心術を使うらしいから。

 

「横島先生の相手は疲れますか」

 

「そうね……あの人加減を知らないから」

 

「散々こっちでも注意してるんですけどね……改善されないようでは処置無しです。後は学園の判断を仰ぐくらいしか」

 

「そこまでしなくても良いけど、もう少し加減してくれればって思うことは多いかな……」

 

 

 あの人の尻拭い的な感じでヨガ同好会の顧問にもなったし、私に横島先生関係の仕事が流れてくるのがデフォルトみたいになってるのもどうにかしたい。でもこれは津田君に相談してどうにかなる話ではない。

 

「そういえばヨガ同好会ですが、割と順調なようですね」

 

「まだあれこれ調べながらやってる段階だけど、それなりに成長してるわ。私も同好会のお陰で足のむくみとかが取れてるし」

 

 

 職権乱用のような気もしないではないけども、同好会に参加することによって日頃の疲れなどが解消されているのも確か。これは同好会の顧問の話を振ってくれた津田君に感謝しなければいけないわね。

 

「肩こりくらいなら俺でもマッサージできますけど、足となると俺がやると問題になりそうですからね」

 

「津田君にならマッサージされたい子、たくさんいるんじゃない?」

 

「どうなんでしょうね。まぁ、素人にマッサージされるよりちゃんとしたお店に行った方が確実だと思いますが」

 

「その時間が無いのよね……まぁ、忙しいのは横島先生の所為だけじゃないんだけど」

 

「あの人にはこちらからもう少しきつく言っておきますので、それでも改善されない時は言ってください。俺から上に報告しておきますので」

 

「その時はお願いね」

 

 

 私が報告するよりも津田君が報告した方が効果はあるだろうし、横島先生も私から報告されるより津田君に報告される方が嫌だろう。

 

「(でも、生徒に頼りっきりってのもね……)」

 

 

 この子が凄いということは私も知っている。でも津田君はあくまでも生徒なのだ。あんまり頼りにし過ぎるのも問題だと考え、私は気合いを入れ直すことにして、職員室に戻り早速挫折しそうになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリィが漢字の読みを勉強していると、何故かムツミまでそれに付き合っている。さすがにムツミでもパリィが勉強しているレベルの漢字なら読めるのね。

 

「日本語は難しいなぁ……」

 

「当たり前のように使ってるから分からなかったけど、確かに難しいんだね。そんな読み方があるなんて私も知らなかったし」

 

「何の話?」

 

 

 聞こえてきた内容に興味があったので、私はパリィとムツミの会話に加わることに。

 

「朝公園で子供が砂場で遊んでたんだけど、『穴掘り』って開発って意味だよね?」

 

「? ……ネネっ! パリィに余計な知識を植え付けたわね!!」

 

 

 私は犯人であろうクラスメイトを問い詰めるが、ネネは終始ニヤニヤしている。

 

「何よ、その顔は……」

 

「だってスズちゃん、開発の意味が分かったんでしょう? つまり、スズちゃんもこっち側ってことだよね? ムツミちゃんはさっぱり分かって無さそうだけども」

 

「わ、私だって分からないわよ!? でも、そういう余計なことを教えるのはネネくらいなものでしょうが!」

 

「でもどうしてそういう意味の開発だと思ったの? 普通に発展させる開発という意味だってありそうだと思うけど?」

 

「そ、それは……」

 

 

 普段からネネや会長たちと行動を共にしていた所為で、そっちの開発だと思えなかったなんて言えないわね……私の思考が毒されてるなんて思いたくないし。

 

「それとも、スズちゃんも『開発』してるのかなー?」

 

「し、してないわよ! というか、こんな所で変なこと言わせないでよね」

 

 

 教室を見回せば、男子生徒がニタニタと笑ってるように見えるし、女子生徒は視線を逸らしている。つまり私はネネの同類だと思われているのか……

 

「何、この空気?」

 

「た、タカトシ!」

 

 

 次の授業の資料を運んでほしいと頼まれていたタカトシが教室に戻ってくると、教室の空気が一瞬にして変わった。

 

「スズちゃんが開発してる疑惑が出てきたんだよ」

 

「開発? 何か作ってるのか?」

 

「そっちの開発じゃなくて、後ろの開発だよ」

 

「後ろ? ……後で説教されたいみたいですね、轟さんは」

 

「わ、私は別に何もしてないよ?」

 

「パリィに嘘を教えたんだろ? それでスズをからかって遊んでたんだから、十分に怒られる対象だと思うが」

 

「今後は十分に気を付ける所存ですので、どうか平にお許しを……」

 

「判断はスズに任せる。一番の被害者はスズだろうからな」

 

 

 そこでタカトシが教室内に視線を向けると、男子生徒はすぐに視線を逸らし、女子生徒は私に謝罪するような視線を向けてくる。やっぱりタカトシが一睨みすれば万事解決ね。

 

「ねぇねぇタカトシ君、後ろの開発って何?」

 

「三葉は知らなくて良いことだ。出来れば俺も分かりたくなかったが、コトミや義姉さんがそんな事言ってたから分かっただけだから」

 

「?」

 

 

 最後の最後までムツミは意味が分からなかったようだが、できれば私だって分かりたくなかったわよ。




まぁ分かりたくないよな……


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夢占い

またネタに困っている新聞部……


 桜才新聞の読者層は殆ど津田先生のエッセイ目当てだ。いや、この言い方は正しくないかもしれない。殆どではなくほぼ全員と言っても過言ではないだろう。実際アンケートを取ってみた結果、先生のエッセイ以外のイメージなど皆無だったのだから……

 

「――というわけでして、今回は夢占い特集をすることになりました。生徒会の皆様にも是非ご協力をお願いしたいのですが」

 

「夢占い? 何故そんなものを特集しようと思ったんだ?」

 

「占いは女子受けが良いですから、そこから桜才新聞自体に興味を持ってもらおうという作戦です」

 

「でも、桜才学園の女子の殆どが読者なのに、今更占い程度で興味を持ってもらえるのかしら?」

 

 

 七条さんの質問に、天草会長や萩村さんも同じような疑問を抱いているようだ。

 

「先ほども言ったように、読者のほぼ全員が津田先生の――おや? ところで津田先生はどちらに?」

 

「タカトシなら横島先生とコトミの件で職員室だ」

 

「そうでしたか」

 

 

 あの二人を同時に相手にできる猛者は津田先生のみ。先生の夢にも興味があったのですが、ここは三人の夢で我慢しておきましょう。

 

「本当は男子受けを狙ってS〇X占いをしようと思ったのですが、部員たちに『これ以上生徒会(副会長)から睨まれる企画は止めてくれ!』と止められまして」

 

「新聞部にも真面目な部員はいるんだな」

 

 

 しみじみと呟く天草会長。それでは私が不真面目みたいに言っているように聞こえるのですが……と文句を言いたかったが、確かに私は真面目とは程遠いことをしてましたね。

 

「というわけで会長、昨日どのような夢を見ましたか?」

 

「なかなかタイムリーな話題だな。実は昨日、金縛りにあう夢を見てな」

 

「それってストレスが原因らしいですね」

 

「ストレスか……また何かして発散しないとな」

 

「なる程、会長は金縛りの夢を見たんですね」

 

 

 私がメモをしていると七条さんが覗き込んできた。

 

「畑さん、それじゃあ意味が変わってきちゃうんじゃない?」

 

「誰がたま金縛りの夢を見たなんて言った!?」

 

「改行をミスっただけですよ」

 

 

 私はたまたま金縛りの夢を見たと書いたのだが、改行でそう見えてしまうだけだと弁明。天草会長と七条さんは納得してくれたけども、萩村さんだけは冷めた視線を向けてきている。

 

「それでは気を取り直しまして……七条さんはどのような夢を見ましたか?」

 

「私はちょっと怖い夢だったんだ~」

 

「こ、怖い夢ですか?」

 

 

 七条さんの前置きに萩村さんが身構える。そう言えば彼女は怖いものが苦手でしたね。今度萩村さんをターゲットにしたドッキリ企画でも考えてみましょうか。

 

「蛇が出てきたんだ~。あれは怖かったよ」

 

「蛇の夢は縁起が良いんですよ」

 

「そうなの? 良かった~」

 

 

 私のコメントで七条さんがホッと胸を撫で下ろす。ついでに上下に揺れる胸に、天草会長と萩村さんがまるで親の仇を見るような視線を向けている。

 

「でもお尻から蛇が出てくる夢だったから、ちょっと不安だったんだ~」

 

「その話詳しく!」

 

「喰いつくな!」

 

 

 七条さんの夢の話を掘り下げようとしたら萩村さんに怒られてしまった。だって普通に蛇の夢を見たと書くより、お尻から蛇を生んだ夢を見たと書いた方が男子の興味を惹きつけられると思ったのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 珍しくまともに取材していると思っていたのに、七条先輩の夢の話の所為で畑さんの興味は脱線していく。タカトシがいない以上、私がストッパーとして何とかしなければ。

 

「ちょっと残念ですが仕方ありませんね。では萩村さんはどのような夢を?」

 

「昨日の夢ですか?」

 

 

 私は畑さんに言われて夢の内容を思い出そうと記憶を探る。

 

「(確か昨日は、タカトシとボアの散歩をする夢を見たんだっけ)」

 

 

 散歩デートとか冷やかされそうな気がして、私は犬の散歩をする夢はどのような意味があるのか調べることに。

 

「(なになに……犬の散歩をする夢は、気になる異性と仲良くなりたいという願望!?)」

 

 

 こ、こんなことを馬鹿正直に話したら絶対にからかわれる。ついでに会長や七条先輩からも何か言われるだろう。

 

「見てません」

 

「はい?」

 

「ですから、夢なんて見てません」

 

「では今何を検索してたんですか?」

 

「他愛のないことですので」

 

 

 何とかして誤魔化そうとしていると、報告書を持ってきた五十嵐先輩が現れた。

 

「ついでに風紀委員長にも取材して良いですか?」

 

「何ですかいきなり……」

 

 

 畑さんから事情を聞き、五十嵐先輩は恥ずかしそうに話しだす。

 

「見た夢って覚えてないんですよね」

 

「それでも占いは可能」

 

「そうなんですか?」

 

 

 自信満々に言い放った畑さんに、私たちも興味を惹かれた。

 

「寝起きは身体の感度が良くなっているらしく、つまり覚えていない人はエッチな気分に思考を支配されており――」

 

「ちょっと待って! 今思い出すから!」

 

 

 会長と七条先輩のニヤついた視線を受け、五十嵐先輩が必死に見た夢を思い出そうとしている。

 

「あっ! 確かトイレの夢を見ました」

 

「トイレの夢は出すものによって意味が違います。大だと金運、小だと健康運アップ」

 

「そうなんですね」

 

「白いものだと欲求不満」

 

「その情報は要らないです」

 

 

 女子である私たちがそんなものを出す夢を見ると思っているのだろうか……というか、タカトシはどんな夢を見たのか興味あるわね。




原作ではタカトシがトイレの夢でしたけどね


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タカトシの夢

叶って欲しい夢だな……


 散々畑さんにからかわれたので、私もちょっと仕返しをしたくなった。

 

「人にばかり聞いていますけど、畑さんは昨日どのような夢を見たんですか?」

 

「そうだな。我々だけ夢の話をするのはフェアじゃない。畑の夢を教えろ」

 

「夢なら毎日見ていますよ。一流のジャーナリストになる夢をね!」

 

「カッコつけようとしても無駄だからな? しっかりと話すまで解放しない」

 

 

 私と天草さんで左右をがっちりと固め、畑さんを逃がさないように抑え込む。正面に七条さんが回ってくれたので、これで畑さんが逃げ出すことはできなくなった。

 

「夢と言われましても、私は昨日寝ていませんので」

 

「そんな夜更かしをしていたのか?」

 

「津田先生のエッセイを纏めたものを作成中でして、その編集で忙しいのです」

 

「以前学内オークションで売り出していたものとは別のをですか?」

 

「今回は以前のものとは別のエッセイを収録しており、数量限定で販売する予定です」

 

 

 畑さんの話に私だけではなく、天草さんや七条さん、萩村さんの興味も惹かれたようだ。タカトシ君のエッセイが掲載されている桜才新聞は全て保管してあるとはいえ、徐々に保管する場所が無くなってきているのが現状だ。バックナンバーが図書室に保管されているが、それだって何時までも保管されているわけでもないし、現物を手にできなかった人たちが大量に読んでいるのでところどころ擦れ始めている。

 

「具体的な数量はどの程度を考えているんだ?」

 

「そうですね……部費と相談しながら作るので、今のところ三十が限界といったところでしょうか」

 

「お前、タカトシのエッセイのお陰でだいぶ懐が温かいんだろう? もうちょっと頑張れないのか?」

 

「そんなこと言われても困りますよ。私の個人資産から出すと言っても限度がありますし、カメラの新調や新人部員の育成などでだいぶ使っていますので」

 

「もしあれだったら、七条グループの印刷所を紹介するから格安にできるよ~?」

 

「それはありがたい申し出ですね。ですが、渡せる対価がありませんので……」

 

「私に一冊くれるだけで十分だよ~」

 

「では、もしもの時はお願いします」

 

 

 七条さんの家の力に対抗できる人なんてこの学園にはいない。七条さんが無条件で一冊手に入れられるのは狡いと思うけど、そのお陰で大勢のファンの手に行き渡るようになるのならと考えると、文句を言うに言えなくなってしまう。そう思っているのは私だけではなく、天草さんも同じのようだ。

 

「ところで、いったいいくらでの販売予定なんだ?」

 

「そうですね……まだ確定ではないですが、このくらいですね」

 

 

 畑さんが提示した金額に、私と天草さんは自分の財布に視線を落とし、少しバイトした方が良いかもしれないと思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島先生とコトミを同時に説教していた所為でだいぶ遅くなってしまったが、何故か生徒会室には三人の他に畑さんとカエデさんの気配が……

 

「何をしてるんだ?」

 

 

 また畑さんが怒られているのかとも思ったが、生徒会室から流れてくる雰囲気はそのような怒気を孕んでいない。

 

「遅れました」

 

「あっ津田先生! 津田先生は昨日、どのような夢を見ましたか?」

 

「夢? なんですかいきなり」

 

 

 畑さんが慌てて後ろに隠したメモ帳には、何かエッセイを纏めた本の出版計画が書かれていたが、とりあえずそのことは後回しにしよう。

 

「今度桜才新聞で夢占い特集を組もうと思いまして。皆さんにインタビューしているんです」

 

「夢占い特集ですか……意外とまともな特集を用意しましたね」

 

「そりゃ、新聞部の存続に関わるので、ふざけた企画を提案しようものなら部員からクレームが入りますから」

 

 

 散々厳重注意を受けているからか、畑さんが暴走しそうになったら部員が止めてくれるようになったのだ。これはこれで成果なのだろうかと首をかしげたくなるが、とりあえず暴走の頻度が減ったのは成果だと思おう。

 

「お手伝いしたいところですが、生憎夢など見なかったものでして」

 

「津田先生も?」

 

「見てないというか、まともに寝てないので」

 

「何かあったのか?」

 

「コトミやクラスメイト、後は広瀬さん用のテスト対策テキストを作っていたらいつの間にか朝になっていましたので」

 

「それでは一昨日の夢でも構いません」

 

 

 そんな事言われても覚えてないんだよな……

 

「あっ。じゃあコトミと横島先生と畑さんが真面目になって、俺が怒らなくてもよくなった夢で」

 

「お主、皮肉を交えてくるとはなかなかやるな……」

 

 

 夢というより願望に近い内容だが、もしこれが叶えばもう少し時間に余裕ができるだろう。そうなればもう少し高校生らしい生活が送れるかもしれない。

 

「それはぜひとも現実になって欲しい夢ですね。私も問題児が減れば風紀委員長として嬉しいですし」

 

「と、とりあえず津田先生は夢を見なかったということで掲載しておきますので! では、私はこれにて失礼します!」

 

「あぁ、エッセイを纏めた本の出版は、作者権限で却下しますので」

 

「そ、そんな!」

 

「……何故畑さん以外もショックを受けたような顔をしてるんですか?」

 

 

 どうやら内々に売買契約でも結んでいたのか、会長やアリア先輩、カエデ先輩とスズもがっかりしている。ほんと、先手を打って潰せて良かったな。




あり得ないでしょうけども、叶うと良いですね


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ラストスパート

ただの体育で気にし過ぎかと


 今日の体育は陸上ということで、私はネネと二人で走っている。ここでムツミと勝負しようなんて思うやつはいないだろうし、たとえ勝負を挑んだとしてもあっという間に置いていかれるのがおちだから。

 

「ほらネネ、もう少しなんだから頑張りなさいよ」

 

「もう少しって言われても……」

 

 

 既にムツミに二周差を付けられているいるので、もう少しと言われてもやる気は出ないだろう。だが何時までもグダグダ走っていても仕方が無いので、言葉でネネのお尻を叩いたのだが、やはり効果は無さそうだ。

 

「あっ、タカトシがゴールしたみたいね」

 

「相変わらず津田君以外の男子は駄目駄目みたいだね」

 

「というか、タカトシ以外は私たちと大差ないじゃないのよ」

 

 

 男子の方が先にスタートしているにも拘わらず、タカトシ以外の男子はムツミよりも遅いタイムで走っている。これはムツミが早いのか男子たちが遅いのか分からない感じだけども、一位とだいぶ離れているという点では私たちと一緒だ。

 

「ほら、ラストスパート」

 

「まだ一周残ってるよ……」

 

 

 何だか介護してるみたいな感じだけども、私もこのペースで漸くといった感じなのでネネのことをとやかくは言えない。それでも相手をはげませる元気が残ってる分、私よりネネの方が体力があるということなのだろう。

 

「ゴール……」

 

「お疲れ様ー」

 

「ムツミは元気そうね……」

 

「そりゃ、ゴールしてから時間が経ってるしね」

 

 

 私たちより大分先にゴールしているからなのか、それとも元々の体力の差かは分からないが、ムツミはピンピンしている様子だ。

 

「それにしても、ラストスパートって上手くできないものなんだね……スズちゃんより先にゴールしようと思ったんだけど……」

 

「残り半周でスパート掛けたから焦ったけど、すぐにバテたもんね」

 

「ムツミちゃんは何時ラストスパートを掛けたの?」

 

「特に意識してなかったから分からないかな。スタートしてからずっと同じペースだったような気もするし」

 

「それはそれで凄いわね……」

 

 

 初めからあのペースで走ってタイムが落ちないのは本当に凄い。私がムツミのペースで走ろうものなら、恐らく二周目が終わった辺りで体力の限界が訪れていただろう。

 

「そんなことより、タカトシ君に負けたのが悔しい」

 

「そもそも男子と女子とでは周回数が違うじゃないのよ……」

 

「それでも先にゴールしたかったのに!」

 

 

 男子の方が女子より三周程多いので、スタートも男子の方が先。同じタイミングでスタートしたら、男子が女子の後ろで何かするかもという考慮もあっての時差スタートだが、それでもムツミはタカトシに負けたのが悔しい様である。

 

「タカトシ君はラストスパートって掛けた?」

 

「いや? 下手にペースを変えると脚にダメージが掛かるし。まだやることが残ってるのにそんなことしない」

 

「やること?」

 

「家に帰ってからも色々あるもんね、アンタは」

 

「まぁね……というか、ちょっと棘を感じるのは気のせい?」

 

「気のせいでしょ」

 

 

 私やネネはラストスパートを掛けてこのタイムだったというのにこの二人は――という気持ちが無かったわけではない。なので多少の棘を感じても仕方が無いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 体育で体力を使ったからご飯で回復しておかないと。そう思って私はチリと二人で食堂に来ている。

 

「今日の体育は疲れたよね~」

 

「そう言いながらがっつりご飯が食べられるアンタが凄い」

 

「?」

 

 

 身体を動かせばお腹が空く。お腹が空けばがっつり食べるのは普通だと思うのだけど、チリは何故か箸が進んでいない。

 

「相変わらず食い意地よね……アンタが食べてるの見てるとこっちの食欲が失せるわ」

 

「そうなの?」

 

「まぁ、食べ方が汚くないから良いんだけどね」

 

「ふーん?」

 

 

 チリが何を考えているのかよく分からないけど、とりあえず一緒にいて不快な思いをさせていないということで安心した。

 

「それにしても相変わらずタカトシ君は凄いな」

 

「何? 何でいきなり津田君の話?」

 

「だって、運動部に所属してるわけでもないのにあのタイムでしょ? こっちは毎日身体を動かしてるのに……」

 

「いや、男子と女子とで争ってる時点で、アンタの方が凄いでしょ」

 

「でもさー……」

 

 

 勉強では全く歯が立たないのだから、得意分野でくらいは勝ちたいと思うのは普通だと思う。それでも勝てないんだから悔しがるのは当然ではないか。

 

「タカトシ君ってあんまり食べてるイメージがないのに、何であんなに体力があるんだろう」

 

「コトミとか生徒会の相手をしてるからじゃね?」

 

「どういうこと?」

 

「アンタには分からないか」

 

「?」

 

 

 チリが何を言っているのか分からなかったので聞こうと思ったのだが、私はそれ以上に重大なミスに気付いてしまった。

 

「おかずがまだ残ってるのにご飯がもう無い!? ラストスパートミスった!?」

 

「おかわりしたいんだろ? 言い訳じみたこと言ってないで貰ってくれば良いだろ」

 

「そんなつもりは無かったんだけど、おかずだけじゃ寂しいもんね」

 

「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」

 

 

 チリは何かを疑っているようだが、私は最初からおかわりするつもりではなかった。これは本当だ。

 

「(あんまりたくさん食べたら午後の授業が眠くなっちゃうし……)」

 

 

 ただでさえ成績が危ないのだ。授業態度で減点されたら部活補正も意味が無くなってしまう。なので私はお腹いっぱいまで食べないようにしているのだけども、どうしても眠くなっちゃうんだよね……今度タカトシ君に相談してみよう。




ムツミのはただ食べたいだけ


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コトミの出来

相変わらずの愚妹っぷり


 放課後、トッキーと二人で廊下を歩いていると桜才新聞が視界に入ってきた。

 

「何々、夢占い特集?」

 

「今回は兄貴にエッセイがメインじゃないんだな」

 

「タカ兄のエッセイばっかり注目されてるからってこの間畑先輩が悩んでたからじゃない?」

 

 

 我が兄ながら多彩で羨ましい限りだが、タカ兄のエッセイは我が校のみならず他校にもファンがいるくらい人気なのだ。どうしてもエッセイがメインになってしまうのは仕方が無いだろう。

 

「夢か……」

 

「コトミは昨日、どんな夢を見たんだ?」

 

「私?」

 

 

 トッキーに聞かれて、私は昨日見た夢を思い出そうと首を捻る。

 

「確かタカ兄とお義姉ちゃんに勉強を叩き込まれていたタイミングで力が解放され、何故か異世界に飛ばされて、そこでは私は伝説の勇者扱いで――」

 

「妄想の話じゃねぇよ」

 

「少しくらい付き合ってくれてもいいじゃんか!」

 

 

 現実逃避していなければやっていけないくらい厳しい勉強タイムだったのだ。トッキーだってあの二人に付きっ切りで勉強を教え込まれればこれくらいの現実逃避はするだろう。

 

「(コトミ氏、トッキー氏に交際を申し込むも断られるっと)」

 

「あっ、畑先輩」

 

「何故バレた……」

 

 

 廊下の陰で何かをメモしている畑先輩に声を掛けると、驚いたように私を見てくる。

 

「そりゃタカ兄の妹ですから!」

 

「気配察知はお手の物ということですか……」

 

「というか、あれだけ目立ってれば誰だって気付くと思いますけど?」

 

 

 トッキーがあっさりネタ晴らしをしてしまったので、私が実はタカ兄に次ぐ実力者だという嘘は広まることなく終了した。

 

「畑さん! また女子更衣室にカメラを仕掛けましたね!」

 

「おっと。風紀委員長が来たので私はこれで」

 

「あっ、私は百合属性じゃないですからね」

 

 

 畑先輩のメモを覗いたので、それだけは否定しておこう。私は実兄で興奮する変態ではあるが、百合ではない。お義姉ちゃんとそう言うのも悪くないかなーって思ったりしたこともあるが、決して百合ではないのだ。

 

「津田さんも!」

 

「私も?」

 

「スカートが短いです! ちゃんと元の丈に戻しなさい!」

 

 

 通りすがりにカエデ先輩に怒られてしまったので、私は形だけの謝罪をしてその場を流す。

 

「また怒られて……兄貴に伝わったらマズいんじゃなかったのか?」

 

「この程度今時の女子高生なら普通だって」

 

「そんなもんかね……」

 

「ところで、トッキーはどんな夢見たの?」

 

「あっ? 覚えてねぇよ、そんなの」

 

「じゃあトッキーはエッチな夢を見たんだね?」

 

「あ?」

 

 

 私は人間の生体について説明すると、トッキーは慌てて昨日の夢を思い出そうとし始める。そんなにイヤラシイって思われたくないのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はタカ君もお休みで津田家に行く必要は無かったのだけども、習慣で足が津田家へと向いてしまった。

 

「――というわけで、来ちゃった」

 

「はぁ……」

 

「何かお手伝いすることはある?」

 

「義姉さんに頼むことは今のところ……あっ、コトミが部屋の掃除してるはずですから、その監視をお願いします」

 

「分かった」

 

 

 タカ君に言われて私はコトちゃんの部屋へ向かう。以前コトちゃんが掃除をしてたら以前より散らかったという前科があるので、タカ君は全くコトちゃんのことを信じていないようだ。

 

「コトちゃん、入っても大丈夫?」

 

『お義姉ちゃんっ!? ちょ、ちょっと待ってください!』

 

「待った無し。入るね」

 

 

 コトちゃんの制止を振り切って中に入ると、昨日見た部屋よりも散らかってる部屋がそこにあった。

 

「コトちゃん、掃除してたんじゃなかったの?」

 

「いやー……掃除してたはずなんですけどね……」

 

「タカ君に見られる前にさっさと片付けちゃおう」

 

「て、手伝ってください……私一人じゃこの部屋を綺麗にできる気がしないです」

 

「仕方ないな」

 

 

 手のかかる義妹のコトちゃんだが、これはこれで姉妹っぽくて私は楽しい。タカ君が何でも自分でしてしまうので、あまり姉弟っぽいことができないしね。

 

「それにしても、何処にこれだけのゴミを隠してたの?」

 

「ベッドの下とか、机の下とか……?」

 

「お菓子を食べたらちゃんとゴミは捨てるんだよ?」

 

「まとめて捨てた方が良いかなって思ってたらつい……」

 

「またGが出てきてもタカ君が助けてくれるとは限らないんだよ?」

 

「うっ……」

 

 

 コトちゃんも普通の女の子なので、あの虫は苦手なのだ。タカ君だって頻繁に見たいとは思わないって言ってたいけど、問題なく退治できるからお願いするのだが、あまり良い顔はされない。

 

「兎に角コトちゃんはさっさと自分の部屋を一人で綺麗にできるようにならないと、何時タカ君がいなくなるか分からないんだよ?」

 

「どういうことですか?」

 

「例えばタカ君に彼女ができたら、コトちゃんの相手をする時間を彼女の為に使うでしょ? そうなったらコトちゃんは全て自分でしなきゃいけなくなるんだよ?」

 

「タカ兄は私が手のかかる妹の内は彼女なんて作らないので大丈夫です」

 

「自覚してるならもうちょっと成長して。お義姉ちゃんだって、タカ君には幸せになってもらいたいんだから」

 

「反省します……」

 

 

 コトちゃんに軽くお説教してから部屋の掃除を再開する。それにしても同じ血が流れているはずなのに、タカ君とコトちゃんでここまで出来が違うのはどうしてなんだろう……




何度目の反省なのだか……


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ドッキリの代償

代償で良いのかは微妙


 ここ最近ストレスが溜まっていけないな……何かスッキリする方法は無いだろうか……

 

「ん?」

 

 

 そんなことを考えていたところでさくらたんが目に入った。

 

「そういえば最近、畑がロッカーに隠れてる回数が増えてるんだよな……」

 

 

 畑が入れるということは私も入ろうとすれば入れるだろう。

 

「さくらたんとロッカー……」

 

 

 私の中に一つの悪戯が思い浮かぶ。だがこれは一人では成功することはできない悪戯だ。

 

「そうと決まればすぐにタカトシを呼び出して――」

 

「なんです?」

 

「うひゃぁ!?」

 

 

 考え事に集中していたからか、タカトシが生徒会室に入ってきていたことに気付けなかった。というか、音も無く隣に立つのは止めてもらいたいんだが……

 

「ちょっとタカトシに協力してもらいたいことがあってな」

 

「はぁ……今日は急ぎの案件もありませんので、悪戯に付き合うくらいなら構いませんが」

 

「そうかそうか……ん? 私、悪戯を手伝ってくれなんて言ってないよな?」

 

「顔に書いてありますよ」

 

 

 相変わらず人の考えを読み取る能力に長けているな……普通相手の顔から考えを読み取るなんて難しいと思うんだが。

 

「実はさくらたんを使ったドッキリを思いついてな」

 

「この間の首を取ったら誰もいないってやつじゃないですよね?」

 

「あれは失敗だったからな」

 

 

 そもそもタカトシ相手にドッキリを仕掛けたのが失敗だった。こいつは人の気配とかを感じ取れるので、私がさくらたんの中にいることは最初から分かっていたのだ。だから首を取って顔が出てこなくても驚くことすらしなかったのだ。

 

「今度はタカトシが中に入り、私が声を担当するんだ」

 

「声?」

 

「ロッカーから声を出すから、タカトシはロッカーの前に立っていてくれ。それでアリアたちが勘違いしたところで私が顔を出すから」

 

「畑さんがロッカーに隠れる回数が増えてるからって、シノ会長がロッカーの中に入る必要は無いと思うんですけど」

 

「いいからやるのー!」

 

 

 全く以て乗り気ではないタカトシだが、これはタカトシの協力が無ければ成功しないドッキリなのだ。私のストレス解消のためにも協力してもらわなければ。

 

「手伝うと言ったからには手伝いますが……」

 

「何だ?」

 

 

 意味ありげな視線をこちらに向けてくるタカトシに、私は一抹の不安を抱きながら尋ねる。

 

「どんな結果になったとしても自己責任ですからね」

 

「そ、そう言われると怖くなってきたな……だが、必ず成功するはずだ」

 

 

 タカトシは何か失敗要素が見えているようだが、私のビジョンには失敗要素などない。これならアリアも萩村も驚いてくれるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズちゃんと二人で見回りをして生徒会室に戻る途中、カエデちゃんとすれ違った。

 

「カエデちゃんも見回り?」

 

「ええ。ここ最近不要なものを持ち込んでいる人が増えているので、取り締まり強化中なんです」

 

「ですが、二年のフロアで五十嵐先輩を見かけたことありませんが」

 

「二年には……タカトシ君がいるから」

 

「一年のフロアでも見たことないですねー」

 

「コトミちゃん、こんにちはー」

 

 

 いきなり現れたコトミちゃんにスズちゃんは驚いたようだが、私は普通に挨拶を交わす。

 

「だ、男子がいるフロアはちょっと……」

 

「相変わらずですね~。そんなんじゃタカ兄と結ばれた時大変ですよ~?」

 

「た…タカトシ君と、む…結ばれる……!?」

 

「カエデ先輩も私のお義姉ちゃん候補ですからね~」

 

「バカなこと言ってないで、さっさと帰って勉強でもしたら? タカトシに報告するわよ」

 

「そ、それだけはご勘弁を!」

 

 

 スズちゃんに脅され、コトミちゃんは逃げてしまう。もう少しお話したかったけど、コトミちゃんの成績を考えたら仕方ないわよね。

 

「それじゃあ五十嵐先輩、私たちもこれで」

 

「………」

 

「夢想の世界に行っちゃってるね」

 

 

 タカトシ君との新婚生活でも想像しているのか、カエデちゃんは私たちのことなど視界に入っていないようだった。

 

「まったく、コトミのヤツには困ったものですね」

 

「でも、タカトシ君とカエデちゃんが一緒にいても絵になると思うし、コトミちゃんがそんなこと考えるのも仕方ないと思うよ~。もちろん、負けるつもりは無いけど」

 

 

 今のところタカトシ君の彼女候補筆頭はサクラちゃんで、二番手がカエデちゃん辺り。私だって三番手争いをしているし、そろそろ本気でタカトシ君とお付き合いをしたいところなのだが……

 

「同盟があるからね」

 

「なんです?」

 

 

 乙女同盟によりタカトシ君が自分から誘ってくれない限り行動に出られないのだ。

 

「戻りました……あれ? さくらたんだ」

 

「やぁ(シノボイス)」

 

「シノちゃんが入ってるんだ」

 

 

 普段はタカトシ君が入っているので抱き着くことはできないが、シノちゃんが入ってるなら別だ。

 

「さくらたんかわいー」

 

「私も抱き着いてみたかったんですよね」

 

 

 普段我慢していたので、私とスズちゃんは思いっきりさくらたんに抱き着く。着ぐるみだからもう少し硬いのかと思っていたが、意外と柔らかい。これは抱き心地が良くて癖になりそう……

 

「こらー!」

 

「「っ!?」」

 

 

 さくらたんに抱き着いていた私たちに、ロッカーから出てきたシノちゃんが大声で詰め寄って来る。

 

「し、シノちゃんっ!? でもさくらたんからはシノちゃんの声が――」

 

「ロッカーに隠れて私が声を出してたの! それで頭を外したらタカトシだったってドッキリをしたかったのに」

 

「だから言ったんですよ。どうなっても知らないって」

 

 

 タカトシ君が顔を出して呆れた視線をシノちゃんに向けている。どうやらタカトシ君はこう言うことも想定していたようだが、シノちゃんはしていなかったようだ。

 

「それにしても、良くタカトシも手伝ったわね」

 

「まぁ、今日は時間に余裕があったからな」

 

 

 スズちゃんとタカトシ君が話している横で、シノちゃんは抱き着けなかったことを後悔しているような視線でタカトシ君を見詰めていた。




シノは悪戯しない方が良いと思う


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最後のチャンス

チャンスを与えてくれるだけマシ


 タカ兄に頼ってばかりではいけないと思い、一念発起して部屋の掃除をしたのだが――

 

「おかしい……私は掃除をしていたはずなのに……」

 

 

――開始前よりも散らかっている部屋を見て私は首を傾げる。

 

「何故掃除をしていたのに汚れるんだ? それとも、タカ兄やお義姉ちゃんも私と同じように一度散らかしてから片付けているとでも言うのだろうか」

 

 

 普段二人が掃除しているところなんて見たことないから分からないが、恐らくそんなことは無いのだろう。だって、あの二人は私が散らかしていた時間よりも短い時間で片づけを終わらせてしまうから。

 

「そうなると、何故私が掃除をしようとして散らかしてしまうのか、納得がいく説明ができないじゃないか」

 

 

 私に掃除のセンスがないという事実から目を逸らし、何故こうなってしまったのか理由を探すが、そんなものは無い。

 

「とりあえずタカ兄が帰ってくる前に元に戻さないと」

 

 

 多少散らかっていたとしても、この惨状に比べれば元の部屋は綺麗だった。だから元に戻そうとするのだが、戻そうとすればするほど部屋が散らかっていく。

 

「これは……何者かに仕組まれた陰謀!?」

 

 

 私が掃除できないのは世界に仕組まれた陰謀ではないのだろうか……私は世界から家事ができない呪いが掛けられているのだろう。

 

「とりあえずこれをどうにかしないとタカ兄に怒られることは確定……急いでどうにかしなければ」

 

 

 今日はお義姉ちゃんも来ない日だから、私一人でどうにかしなければいけない。だからどうにかしなければいけないのだが私一人ではどうにもできない。

 

「何で片付けなんてしようと思っちゃったんだろう……そんなこと考えなければこんなことにはならなかったというのに……」

 

 

 一時間前くらいの自分に恨み節を言いながら、私は散らかっている部屋を片付ける為に手を動かす。だが動かせば動かす程部屋は散らかっていく。

 

「と、とりあえずゴミだけは片付けておかないと」

 

 

 部屋で食べたお菓子のゴミだけはどうにかしておかないとカミナリの威力が強まってしまう。とりあえずゴミを袋に纏めて捨てておかないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君が忙しそうにしているのは分かっているので、今日は本当は家に行かない日なのだがお手伝いの為にタカ君の家に向かう。

 

「ただいま」

 

「あっ、お義姉ちゃん! 助けてください!」

 

 

 家に入るとコトちゃんが泣きついてきた。何事かと思いコトちゃんの後に続くと、ものすごく散らかっている部屋が視界に入ってきた。

 

「コトちゃん、これはどういうこと?」

 

「部屋の片づけをしようと思い頑張ったんですけど……」

 

「またいつものパターン?」

 

「はい……」

 

 

 コトちゃんは掃除をしようとすればするほど散らかしてしまう性質らしく、コトちゃんが掃除を始めるとこういう光景になってしまうのだ。

 

「とりあえずコトちゃん」

 

「はい……」

 

「タカ君が戻ってくる前に綺麗にしておきましょう」

 

「お、お願いします」

 

 

 コトちゃん一人ではできないので、私も手伝ってコトちゃんの部屋の片づけを始める。何をどうやったらここまで散らかるのか分からないけど、これが全部コトちゃんの部屋にあったものだということは間違いない。

 

「これは何処に片付けるの?」

 

「それはこっちにお願いします」

 

「これは?」

 

「それは……なんでしたっけ?」

 

 

 コトちゃんの部屋にあるものだというのに、コトちゃんが分からないなんて……これはタカ君に怒られた方がよさそうですね……

 

「それじゃあこれはゴミで良いですね?」

 

「ちょっと待ってください! 今なんだったか思い出しますから」

 

 

 必死に思い出そうとしていたコトちゃんだったが、結局なんだったか分からなかったようですね。

 

『ただいま』

 

「ひっ!?」

 

 

 そのタイミングでタカ君が帰ってきた。コトちゃんの肩がすくみ上ったのを見れば、タカ君のカミナリが落ちるのは確定ですね。

 

「コトミ……お前何やってるんだ?」

 

「か、片づけをしようとしていたんですけど……」

 

「それで、このゴミの山は何だ?」

 

「へ、部屋にあったものです……」

 

 

 タカ君の肩が小刻みに震えだしたのを見て、私はそっとこの場から離れることに……だって、タカ君のカミナリが落ちる数秒前だということに気付いてしまったから。

 

「今後この状況にした場合、容赦なく家から追い出すからな」

 

「そ、それだけはご勘弁を! 私が家を出たらどうなるか、タカ兄が一番分かってるでしょ!?」

 

「まず部屋を借りられるか分からないな」

 

 

 コトちゃん一人の信用では部屋は借りられないだろう。ご両親が許可してくれるとも思えないし、保証人無しで部屋が借りられる程の収入があるわけないのだから。

 

「それが分かってるなら私を家から追い出すなんてしないでよ!?」

 

「されたくないのなら自分のことは自分でやれ。義姉さん、コトミのことは放っておいていいので」

 

「でも、コトちゃん一人じゃ片付けられないと思うんだけど?」

 

「それで何時までも甘やかしてたらコトミの為になりません。多少は自分でできるようにならないと、今後本当に追い出された時に困るでしょうから」

 

「ほ、本気で追い出したりしないよね? ねっ!?」

 

 

 泣きそうになったコトちゃんを無視して、タカ君は自分の部屋に入ってしまう。私もコトちゃんに同情しながらリビングに下り、お茶の用意をすることにしよう。だって、下手に手伝ったら私までタカ君に怒られてしまうから。




片づけられない女、コトミ


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マネージャー奮闘記

これでも頑張ってる方です


 今日は朝練があるのでマネージャーである私は部員たちよりも早く登校する必要がある。だが私一人では早起きなんて出来ないので、タカ兄に最悪の場合は起こしてと頼んでいるのだ。

 

「コトミ、起きろ」

 

「起きてます……」

 

 

 我ながら信用の無さに呆れてしまうが、タカ兄に起こされるまで部屋から出なかった自分の責任だと割り切ってリビングへと下りていく。

 

「ほら。これが昨日の夜言っていたスポーツドリンク。こっちはお前の弁当だ」

 

「わざわざ申し訳ございません……」

 

 

 本来なら自分で作らなければいけないのだが、見ての通り寝坊ギリギリだったのでスポーツドリンクの用意をしている暇は無かったのだ。だから昨日のうちにタカ兄に頼んでいたのだ。

 

「次からは自分で作るんだな」

 

「お、お弁当は無理です……」

 

「それは分かってる」

 

 

 私の料理スキルは、柔道部マネージャーになったからといって成長していない。むしろ他が少しずつできるようになってきたから余計にひどく感じられるくらいだ。

 

「それじゃあタカ兄、行ってきます!」

 

「寝癖」

 

「あっ……」

 

 

 タカ兄に指摘され、無言で寝癖を直されている間、私はこんな兄他にはいないだろうなと思っていた。

 

「(ほんと、お母さんみたいなお兄ちゃんだよなぁ……まぁ、私がこれだけできないからタカ兄のオカン属性が成長してしまったんだろうけども……)」

 

 

 玄関でタカ兄に寝癖を直してもらい、私はダッシュで学校へ向かう。道場の鍵は私が持っているので、私が行かなければ朝練ができなくなってしまうからだ――まぁ、主将も持ってるから問題ないと言えば問題ないのだが。

 

「せ、セーフ……」

 

 

 まだ誰も来ていないのを確認して、私は道場の鍵を開けて軽く掃除を始める。すると五分後にムツミ主将、その後トッキーや他の部員たちが続々とやってきた。

 

「おっ、今日は寝坊しなかったんだな」

 

「私だって何時も寝坊してるわけじゃないんですよ」

 

 

 中里先輩にからかわれたが、一応自力で起きたので胸を張って答えておく。裏事情は知られないだろうし、タカ兄のように心が読める人がそうそういるとも思えない。

 

「それじゃあ練習始めるよー」

 

 

 ムツミ主将の宣言で本格的に朝練がスタート。その間に私は部室の掃除や予備の道着の洗濯、その他諸々の雑務をこなさなければいけない。

 

「まずは掃除か……」

 

 

 こまめに掃除しているとはいえやはり汚れてしまうもの。私は箒と雑巾を持って部室の掃除に励むことに。

 

「ん? どしたの、トッキー」

 

「いや、ちょっとあざができてな」

 

「見せて?」

 

 

 部員の怪我の手当てもマネージャーの仕事なので、私はトッキーにあざを見せてもらう為に手を差し向ける。

 

「……なんだそれ?」

 

「あっ、これはちょっと炎の紋章を書こうと思って……失敗しちゃったから見ないで」

 

「恥じらいのポイントおかしくね?」

 

 

 もっとうまく描けていればこんな思いをしなくても済んだのだろうが、あの模様は上手く再現できない。よってこんな風になってしまったので隠したかったのに……

 

「まぁいいや。それで、あざって何処?」

 

「あぁ、ここなんだが」

 

「うわぁ、痛そうだね……一応消毒しておく?」

 

「あざだから消毒しても意味ねぇだろ。まぁ、何かあったらまた相談するわ」

 

「分かった」

 

 

 練習に戻っていくトッキーを見送り、私は洗濯籠に溜まっている道着を見てため息を吐いてしまう。

 

「毎日練習してるから仕方ないけど、どうやったらこれだけ汚れるんだろう……」

 

 

 道着だけでなくアンダーなどもあるので結構な量がある。いくら洗濯機があるからといって、この量は憂鬱になってしまうだろう。

 

「でも、先輩たちが泊まりに来た翌朝って、タカ兄これくらいの量を洗濯してるんだよね……」

 

 

 初めの頃は下着を洗濯されるのが恥ずかしいからと他の人が洗濯していたのだが、最近ではタカ兄が当たり前のように洗濯しているのだ。まぁ、その先輩たちが泊まりに来る原因は私なのだが……

 

「家事力だけでなく学力も足りてないからな……」

 

 

 最近でこそタカ兄とお義姉ちゃんのお陰でテスト前に詰め込まなくてもある程度理解できるようになってきているが、それでもテスト前に勉強会を開いてもらわないとどうにもならない成績であることには変わりはない。なのでシノ会長たちが泊まり込みで勉強を見てくれているのだ。

 

「とりあえず洗濯して干しておこう」

 

 

 今日は降水確率ゼロパーセントだし、いい具合に乾くだろう。そういえばタカ兄も、家で洗濯物を干していたっけ。

 

「ついでに私の服も洗濯しておこう」

 

 

 以前汚してしまってずっと隠していたのだが、この機会に洗濯して家に戻しておこう。

 

「それじゃあ後はこれを干して――」

 

「精が出るな、コトミ」

 

「か、会長……それにタカ兄まで」

 

 

 朝の見回りの時間だったのか、生徒会メンバーが道場周りにいた。まさか遭遇するとは思っていなかったので、私は洗ったばかりの道着たちを落としそうになってしまい――

 

「服の件は後でじっくりと聞くからな」

 

「い、イエッサー」

 

 

――タカ兄に洗濯籠を助けてもらった際に私服を洗っていたのもバレてしまった……

 

「た、タカトシ……」

 

「なんです?」

 

「殺気を出す時は先に言っておいてくれ……私たちまで背筋が凍る思いをするんだぞ」

 

「はぁ……別に出してるつもりは無かったのですが」

 

 

 タカ兄に私が怒られている横で、シノ会長たちも怯えていた。相変わらずタカ兄の殺気は恐ろしいんだよな……




宣言してから出しても効果ないしな……


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さらに上にマネージャー

敵うわけがない


 授業が終わり放課後、私たちは朝に続き道場で練習をしている。最近強豪校の仲間入り間近と畑先輩に言われて張りきっているのだが、他の部員たちは結構ヘロヘロのようだ。

 

「マネージャー、スポーツマッサージできる?」

 

「一応タカ兄に習っているので出来なくはないですけど……」

 

 

 自信なさげなコトミちゃんだけども、タカトシ君に教わっているならある程度はできるんだろうな。だってタカトシ君なら問題なくできるだろうし、教え方も上手だろうし。

 

「そろそろ部活を切り上げて――って何やってるんだ?」

 

「あっタカ兄! お願い、皆にマッサージしてあげて」

 

「マッサージ?」

 

 

 見回りに来たタカトシ君にコトミちゃんが事情を説明している。

 

「本来はコトミに仕事だろうが……まぁ、自信がないということなら仕方が無い。隣で実践してやるから真似してみるんだな」

 

「お、お願いします……」

 

 

 どうやらタカトシ君が実践指導してくれるらしいので、コトミちゃんもマッサージをすることに。

 

「えっと、タカ兄にマッサージされたい人はいますか?」

 

 

 いくらタカトシ君がマッサージ上手だと言っても男の子。女子部員たちが進んでマッサージされたいとは思わないんだけどな……だったら主将である私が実験台になるしかない。

 

「私が受けるよ!」

 

「おいムツミ、そんなに津田君に身体を触ってもらいたかったのか?」

 

「ち、違っ! 男の子にマッサージされたい人がいないと思って……だったら主将の私がその役を引き受けるしかないかなって思っただけだから」

 

「いや、私以前お兄さんにマッサージしてもらったことあるんですけど」

 

「というか津田君に頼んだ方が効きそうだし」

 

「あ、あれ?」

 

 

 どうやらタカトシ君にマッサージしてもらいたい人の方が多いようで、私がしていた心配は無用なものだったようだ。

 

「まぁ、ムツミ主将がタカ兄にマッサージしてもらいたいのは分かりました。それじゃあ私は中里先輩にマッサージしますので」

 

「変な所触るなよー? なんてな」

 

「分かってますよ。変なところを触ると変な気持ちになっちゃうから――ってタカ兄? その拳は何?」

 

「バカなこと言ってないでさっさと用意しろ。それくらいはマネージャーのお前の役目だろ」

 

「た、ただいま!」

 

 

 タカトシ君に怒られてコトミちゃんは寝技用の布団を用意して私とチリをそこに案内する。

 

「というか、こういうのはちゃんとした場所でした方が良いと思うんだが」

 

「そんな予算は無いし、お小遣いで行くには厳しいからね」

 

「そんなものか」

 

 

 タカトシ君にマッサージしてもらっていると、何だか気持ちよくて眠くなってくる……一方のチリは、コトミちゃんのマッサージに怯えている様子。

 

「そんなに怯えなくても大丈夫ですって。タカ兄に教わってるんですから」

 

「コトミが施術するとなると勝手に身体が強張るんだよ。だがまぁ、なかなか気持ちが良いな。力加減も絶妙だ」

 

 

 どうやらコトミちゃんのマッサージも気持ちがいいらしい。

 

「マッサージ師って指立て伏せができるらしいね」

 

「それだけ強い親指が必要ってことですかね」

 

 

 タカトシ君ならそれくらい鍛えていそうだけども、コトミちゃんはどうしてそれだけの力を持っているんだろう。

 

「私は指弾の特訓による副産物です」

 

「厨二が役に立ったな……」

 

「中二? コトミちゃんは高一だよね?」

 

「お前は知らなくて良いんだよ」

 

「?」

 

 

 横でマッサージを受けているチリにそう言われたけども、トッキーは何を言っていたのか気になる……後でタカトシ君に教えてもらおうかな。

 

『おい、ムツミ?』

 

 

 あれ? 何だかチリの声が遠くなってきたような……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三葉にマッサージをしていたら寝てしまった。余程疲れていたのかは分からないが、ここで寝られても困るんだがな……

 

「さっすがタカ兄。マッサージと称して女の子を寝かせて襲うんだね!」

 

「お前はここで永眠したいらしいな?」

 

「じょ、冗談だから! 冗談に決まってるじゃない! タカ兄が女の子を襲うなんて誰も思ってないから」

 

 

 こちらも冗談だったのだが、コトミが想像以上に怯えたので放っておこう。これで大人しくなるなら楽だしな。

 

「やり方は分かったな? 残りはコトミがやってやれ」

 

「これだけの人数は無理だって! それに、タカ兄にやってもらいたい人もいるだろうし」

 

「そんな人がいるわけ――」

 

 

 ないだろと言おうとしたが、部員たちの目がこちらを向いているのに気付き言葉を呑み込む。どうやらコトミに任せるのが怖いというより、三葉が寝てしまう程気持ちがいいと思っているようだ。

 

「とりあえず今日は手伝うが、今後はお前が一人でやるんだからな」

 

「分かってるよ。というか、このままだとマネージャーの座がタカ兄に取られちゃいそうだし……」

 

「いや、殆ど津田君がマネージャーみたいなものだろ? 遠征の際のお弁当の用意だって、津田君がしてくれてるんだし」

 

「そういえば、道場の掃除もお兄さんがやり直してるお陰で綺麗に保たれてるんすよね?」

 

「わ、私だって頑張ってるもん! というか、タカ兄レベルを期待されても無理だからね!?」

 

 

 俺としてはコトミの尻拭いをしていただけなのだが、どうやらマネージャーの仕事を俺がしていると思われてしまっているようだ。

 

「今後は手伝わない方がよさそうだな」

 

「いやいや、津田君に手を引かれたらウチの部は駄目になるから……勉強面でも」

 

「あ、あぁ……そういえばそうだったな」

 

 

 そっちもマネージメントしていたのを思い出し、俺は思わずため息を零したのだった。




勉強面はマネージャーというより先生だな


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シノの思い付き

よく思い付くよな


 ここ最近暑くなってきた。だが制服を着崩すわけにはいかない。生徒会役員として他の案を考えていると頃に、みまわりから戻ってきたアリアが雑誌を差し出してきた。

 

「これは?」

 

「横島先生が男子生徒から没収して、生徒会室で読んでいたところをタカトシ君が没収して私が預かった雑誌だよ」

 

「ほんとにあの人は……」

 

 

 何故あの人が教師としてやっていられるのかが不思議だが、その光景が容易に想像できる辺り、私もあの人のことをちゃんと理解できているのだろうな。

 

「水着か……随分と涼しそうな格好だな」

 

 

 ついつい検閲の為と言い訳しながら雑誌を読み進めてしまう。

 

「こんな格好で過ごせたらいいんだがな……」

 

「でもシノちゃん、水着で生活するなんて出来ないと思うけど」

 

「そうなんだよな……ん?」

 

 

 先を読み進めていくと、涼しそうな恰好の女性が写っている。

 

「これは……浴衣?」

 

「わざと着崩してエロスを演出してるんだね」

 

「なる程、今はそういう風にしていくのか……」

 

 

 最近そっちの知識を吸収していなかったので、私は思わずそのページをじっくりと観察していく。

 

「しかし浴衣か……」

 

 

 そこでふと、私にある考えが降ってきた。

 

「浴衣なら涼しいし、風紀を乱すこともないだろう」

 

「シノちゃん?」

 

「これだ! アリア、来週は浴衣デーを開催するぞ!」

 

「浴衣デー?」

 

「校内全員浴衣で過ごす日だ! そうすればこの暑さも少しは和らぐかもしれないだろ」

 

「でもタカトシ君やカエデちゃんが許可してくれるかな~? あの二人は特に熱そうにしていなかったし」

 

 

 確かにあの二人は真夏だろうと平然と過ごしているようだが、私は知っている。五十嵐は人がいない所では暑がっているのを。

 

「プレゼンする前から諦めるのは良くないぞ! 早速資料を作って五十嵐にプレゼンだ!」

 

「タカトシ君にじゃなくって?」

 

「タカトシを説得するのには大人数の方が良いだろ? だから先に五十嵐を懐柔してからタカトシを説得するんだ」

 

「どうしたんですか?」

 

 

 そこで萩村が生徒会室に戻ってきたので、私はまず萩村に浴衣デーについてプレゼンすることに。資料は無かったがそこそこ納得のいくプレゼンができたので、萩村に魅力が伝わったようだ。

 

「確かに最近暑いですからね……浴衣なら視覚的にも涼しさを演出できるかもしれません」

 

「だろ?」

 

「それじゃあ早速プレゼン資料を作って風紀委員会に提出するぞ」

 

「こういうのはタカトシに作ってもらった方が早いのでは?」

 

「タカトシにはまだ説明してないから……」

 

 

 私一人ではタカトシを納得させられないと思っているのがバレたのか、萩村が同情的な視線を私に向けてくる。だがそれも一瞬のことで、すぐにプレゼン資料作成に取り掛かってくれた。本当に優秀な後輩だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回りを終えて風紀委員会本部に戻ってくると、風紀委員のみんなが暑さで参っている様子が目に入って来る。確かにここ最近暑くなってきたけども、これはだらけすぎじゃないかしら。

 

「みんな、もう少ししっかりしないと」

 

「ですが委員長。この暑さは仕方ないですって……」

 

「他の子たちはバレない程度に着崩してたりしてますし、我慢する方が難しいかと」

 

「それはそうかもしれないけど、私たちは風紀委員なのよ? 率先して制服を着崩すわけにはいかないでしょ」

 

「そうなんですけど……」

 

 

 後輩の子が泣きそうな顔で訴えてくる。私も暑いのは得意じゃないけども、風紀委員長として制服の着崩しを見逃すわけにはいかない。

 

「五十嵐はいるか」

 

「天草会長? それに七条さんに萩村さんまで」

 

 

 生徒会の三人が風紀委員会本部にやって来るのはそれ程珍しいことではない。だがタカトシ君がいないので、私はそこはかとなく不安を感じている。

 

「実は生徒会として新たな試みをしたくてな。風紀委員の許可をもらいたくて来た」

 

「試み、ですか?」

 

「あぁ。浴衣デーを開催したいと思ってな」

 

「浴衣、ですか?」

 

 

 萩村さんから手渡された資料に目を通していると、他のメンバーたちも興味を惹かれたように天草さんのプレゼンに耳を傾けている。

 

「――というわけで、視覚的な涼しさも狙えると思うんだ」

 

「確かに、浴衣って涼しげですもんね」

 

 

 全校生徒が浴衣を着ていれば悪目立ちもしないだろう。だが全員参加してくれるだろうか……

 

「実施の予定日は?」

 

「来週を予定している。畑にも協力してもらって全生徒に告知すれば、お祭り好きなここの生徒なら参加してくれるだろう」

 

「タカトシ君は何て?」

 

 

 一番気になっていることを確認すると、三人は揃って視線を逸らした。

 

「タカトシにはこれから説明をするつもりなんだ……」

 

「何故最初にタカトシ君に説明しなかったのですか?」

 

「タカトシ君は今、横島先生にお説教してるところなの」

 

「あぁ……」

 

 

 あの先生のことだからまたよからぬことをしたのだろうと容易に想像できる。本当に、どっちが教師なのか分からない構図だけども、タカトシ君と横島先生ならしっくり来てしまう。

 

「風紀委員としては問題ないと思いますよ」

 

「そうか! なら一緒にタカトシに説明してくれ」

 

「わ、私もっ!?」

 

「人数は多い方が良いだろ!」

 

 

 そう言って天草さんに手を引かれて、私たちはタカトシ君がいるであろう職員室にやってきた。

 

「何ですか、皆さんお揃いで……」

 

 

 途中で合流した畑さんも加わり、私たちはタカトシ君に浴衣デーのプレゼンを行うことに。

 

「――というわけだ」

 

「全員が浴衣を持っているとは思えないのですが」

 

「そこはウチが用意するから大丈夫だよ」

 

「そうですか。なら問題ないのではないかと。監視の目はしっかりと光らせておきますので」

 

 

 何か懸念材料があるのかもしれないが、タカトシ君がしっかりと見てくれているなら安全だろう。こうして桜才学園浴衣デーが開催されることになったのだった。




タカトシは何処ポジションなんだろうか……


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浴衣デーの実施

とても魅力的な出し物が……


 会長の思い付きで全校生徒が浴衣で過ごす浴衣デーなるものが開催されることになったのだが、意外とノリノリで参加している生徒も多い。やっぱりこの学園はこれくらい盛り上がってないとらしくないのだろう。

 

「みんな楽しそうだよね」

 

「ムツミも楽しそうじゃない」

 

「だってお祭りみたいじゃん。みんなが浴衣着てるってさ」

 

「スズ、屋台は無いの?」

 

「いや、ほんとにお祭りじゃないんだから……」

 

 

 浴衣を着てテンションが上がっているパリィちゃんが、スズちゃんに屋台の場所を尋ねる。確かにこの格好なら屋台があればもっと楽しめただろうに……

 

「皆さん知らないのですか?」

 

「は、畑さん……相変わらずいきなり現れるんですね」

 

「それで畑先輩。何を知らないのでしょうか?」

 

 

 いきなり現れた畑先輩にスズちゃんが驚いていたので、私が尋ねることに。

 

「津田副会長と出島さんが協力して、中庭でかき氷を配っているんですよ」

 

「か、かき氷ですって!」

 

 

 この暑い時期にピッタリのものを、タカトシ君と出島さんが作ってくれているなんて……これはすぐにでも手に入れなければ。

 

「あっ! こらムツミ! 廊下は走らない!」

 

「そうだった……」

 

 

 思わず気持ちが先走ってしまい、本当に廊下を走ってしまった私をスズちゃんが注意する。

 

「気持ちは分かるけど落ち着きなさいよ。ちゃんと全員分用意してるだろうし」

 

「でも、早く食べたいじゃん」

 

「かき氷のシロップの味って全部一緒なんだから、それ程急ぐ必要は無いと思うけど」

 

「そうなのっ!?」

 

 

 スズちゃんから衝撃の一言を聞き、私は思わず絶句してしまう。

 

「まぁ、タカトシと出島さんのことだから、シロップを使わずに味付けしてるのかもしれないけど」

 

「スズ? 涎が出てるよ」

 

「スズちゃん、甘いもの好きだもんね」

 

 

 既に意識がかき氷に向いているのか、スズちゃんは無言で中庭までの道のりを進んでいく。

 

「凄い人気みたいだね……」

 

「でも、先生たちも手伝っているからそれ程待たなくても良さそうだね」

 

 

 中庭には大量の生徒が押し寄せていたけども、手際がいいのかすぐに用意されている。

 

「おっ、スズ先輩たちじゃないですか」

 

「あっ、コトミちゃん」

 

 

 かき氷を食べながら近づいてきたコトミちゃんに話を聞くと、結構な味が用意されているようだ。

 

「ちゃんと果物から味を抽出しているので、同じ味ってことは無いと思いますよ」

 

「そうなんだ」

 

「そこはほら、七条グループの技術力とタカ兄の家事力の賜物です」

 

「ある意味最強のタッグよね……」

 

 

 スズちゃんが感心していると、すぐに私たちの番がやってきた。

 

「私抹茶で」

 

「私イチゴー」

 

「三葉は?」

 

「そうだな……」

 

 

 タカトシ君に聞かれて、私はどの味にしようか少し考えてから注文する。

 

「白玉小豆抹茶練乳イチゴ添えで」

 

「……お腹大丈夫なの?」

 

「平気だよ!」

 

「お待たせしました。白くてドロドロしたものを掛けたかき氷です」

 

「? ありがとうございます」

 

 

 何故かタカトシ君が出島さんを睨んでたけど、私は普通に受け取ってかき氷を食べることに。

 

「美味しいー」

 

「相変わらずのピュアさ……」

 

 

 スズちゃんも呆れた様子だったけども、私は気にせずかき氷を食べ進めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回りも兼ねて校内を散策してると、床に縮れ毛が目立つ気がしてきた。

 

「やはり浴衣だから落ちやすいのか?」

 

「どうなんだろうね~。私は全部剃ってきたから分からないけど」

 

「私もだ」

 

 

 とりあえず目についてしまったので掃除をすることに。すると反対側から五十嵐がやってきた。

 

「掃除ですか?」

 

「あぁ。かくかくしかじかで縮れ毛が目立ってな」

 

「そんなわけないでしょ!」

 

「カエデちゃんも剃ってきたの?」

 

 

 アリアの質問に、五十嵐が顔を真っ赤にして反論する。

 

「ショーツ穿いてるに決まってるでしょうが!」

 

「本当ですかー?」

 

「覗こうとするな」

 

 

 いきなり現れた畑の腕を掴み、五十嵐の浴衣の中を覗こうとするのを阻止する。タカトシがいればもっと簡単に阻止できたのだろうが、私たちではこれが精一杯だ。

 

「先程裾を上げたままの横島先生が男子生徒を襲おうとしていましたが、津田副会長に身柄を差し出されていました」

 

「いっそのこと馘にした方がタカトシの精神的安寧を保てるんじゃないのか?」

 

「人事権は私たちにはありませんので」

 

 

 畑に真っ当なことを言われてしまったが、確かに私たちでは横島先生をどうにかすることはできない。

 

「とりあえず浴衣デーは成功ということで記事にしておきますね」

 

「あぁ。今度ブログでも紹介するさ」

 

「最後に集合写真でも撮っておかなきゃね」

 

「だがアリア、浴衣姿のタカトシを不特定多数の目があるブログに載せるのはどうなんだ? ただでさえファンが多いというのに」

 

「ですが成功の半分くらいは津田副会長が目を光らせていたからですよ? 本日、何人かの男子生徒が女子生徒を性的な目で見ていたと注意されていますから」

 

「やはり浴衣には普段着には無い魅力があるのか……」

 

「でも、どうしてタカトシ君が男子生徒が性的な目で見てたって分かったんですかね?」

 

「女子生徒から津田副会長に相談されたそうです。決して津田副会長が女子生徒を性的な目で見てたから気付いた、とかではありませんのでご安心を」

 

 

 畑の説明に私たちは納得する。初めからタカトシが性的な目で見ていたなどと思っていなかったが、ならどうしてという疑問があったからだ。

 

「とりあえず、来年も計画してみようか」

 

「シノちゃん、気が早すぎるよ」

 

「そうかもな」

 

 

 アリアに指摘され、私は笑いながら来年の計画はまた今度にしようと決めたのだった。




出島さんとムツミの相性は最悪だな……


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割れ目談義

勘違いさせようとする人が数人


 今日の体育はプールということで、普段だらけている男子もはしゃいでいる。だがその内容は低俗で、プールサイドでタカトシに怒られているという、ある意味いつも通りの光景が見て取れる。

 

「タカトシは相変わらずね……」

 

「スズちゃん、泳がないの?」

 

「ムツミは元気ね……」

 

 

 既に十分泳いだので休憩していたのだが、未だに泳ぎ続けているムツミに手を振られ、私はプールの中に戻る。とはいっても足が付く範囲でだ。

 

「ムツミは体育の時間だけは元気よね」

 

「唯一の得意分野だからね~。こればっかりはスズちゃんにも負けないし」

 

「ムツミちゃんは津田君と争ってたんじゃなかった?」

 

「そうだったんだけど、タカトシ君があっちに行っちゃったから、今は自由に泳いでるんだ」

 

 

 ネネも合流し、私たちは水の中でお喋りすることに。プールサイド側で話しているのは、決して私が小さいからではない。

 

「津田君は男子を怒ってるけど、女子も大概だとは思うけどね」

 

「どういうこと?」

 

「スズちゃんは見慣れてるかもしれないけど、津田君の身体ってかなり引き締まってるじゃない? だから魅力的に見えるんだよ。もちろん、津田君は顔も良いから余計に、なんだろうけども」

 

「確かにタカトシ君の身体は羨ましいよね」

 

 

 ついにムツミも色気づいたのかと思ったが、この子は純粋に引き締まった身体を見て羨ましがっているようだ。

 

「私も大会に向けて減量しなきゃいけないし、タカトシ君くらい身体ができていれば楽ができるのに」

 

「ムツミの場合は食べる量を減らせば痩せるんじゃないの? 普段からあれだけ食べててその体型なんだから」

 

 

 一部女子から殺意の篭った視線を向けられ始めたので、私は話題を変える為に知恵を絞る。

 

「そういえばネネ、さっき何か探してるようだったけど見つかったの?」

 

「探してた? あぁ、形の良いお尻がないかなーって思って」

 

「何してるんだよ!?」

 

 

 ネネもだんだんと出島さんみたいな感じになってきてしまい、そろそろ私では処理でき無さそうになってきたわね……

 

「あっ、タカトシ君! こっちこっち!」

 

「津田君、お疲れ様」

 

 

 男子たちへの説教を終えたタカトシがこちらに来る。普段は服の上からしか見ていないから分からないけど、かなり筋肉質なのよね、タカトシの身体って……

 

「何の話をしてたんだ?」

 

「ムツミちゃんが津田君の身体が欲しいって」

 

「身体が? 別に三葉だって十分鍛えられてると思うんだが」

 

「でもタカトシ君みたいにしっかりしていれば、減量で苦しまなくて済むのに」

 

「(ネネのヤツ、絶対勘違いさせようとして言ったわね、今の……)」

 

 

 ネネの意図が分かってしまう自分が恥ずかしいが、タカトシもムツミも特に気にした様子も無く会話を続けている。

 

「食べる量を減らすと途中で疲れちゃうんだよね……何か良い減量方法ないかな?」

 

「減量と言われてもな……今度調べてみる」

 

「ありがとう、タカトシ君」

 

「津田君が柔道部のマネージャーみたいな会話だね」

 

 

 本来柔道部のマネージャーはコトミなのだが、タカトシがだいたいの管理をしているのは周知の事実。だがタカトシがムツミの食事管理をするのではないかということが、女子たちの気持ちをざわつかせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、部活をしてから生徒会室にやってきた広瀬さんは、何時も通りだらしない恰好をしている。

 

「広瀬さん、せめてお腹は隠して」

 

「部活中はこれくらい普通ですって」

 

「その恰好でも怒られないの?」

 

「そうっす」

 

 

 私は広瀬さんに注意しているのに、会長と青葉さんは広瀬さんの格好を受け容れている。これって私が間違っているのかしら……

 

「それにしてもユウちゃんの腹筋、たくましく割れてるね」

 

「鍛えてるっすからね」

 

「女子でもここまでなるんですね」

 

 

 青葉さんが広瀬さんの腹筋を撫でていると、何故か広瀬さんが嬉しそうにしている。恐らく鍛え抜いた身体を褒められて悦に浸っているのだろうけども、会長が違うことを考えている顔をしている。

 

「ユウちゃんはお腹が性感帯なんだね」

 

「違うと思いますよ……普通に褒められて嬉しいんだと思います」

 

 

 やっぱり違うことを考えていたようで、私は会長に事務的なツッコミを入れる。

 

「それにしても、ユウちゃんの腹筋ならタカ君といい勝負ができるんじゃないかな?」

 

「会長、津田先輩の腹筋を見たことあるんですか?」

 

「そりゃプールとか海で見たことあるよ? サクラっちだってあるし、青葉っちも見たことあるよね?」

 

「はい。確かに津田先輩もかなり鍛えてる感じでしたよね」

 

 

 まじまじとは見たことないけど、確かにタカトシ君もかなり鍛えている感じだったけども、タカトシ君の場合は運動部じゃないし、広瀬さんと競わせる必要は無いと思うんだけどな……

 

「それじゃあ津田先輩の割れ目も見せてもらわないと」

 

 

 そう言って広瀬さんはスマホを取り出し、タカトシ君にメッセージを送る。

 

「『今度私の割れ目を見てください』っと」

 

「何だか卑猥に聞こえるね、そのメッセージ」

 

「それは会長の心が汚れてるからですよ」

 

 

 すぐにタカトシ君からの返信があり、やはり彼は腹筋の話だと理解していた。

 

「それにしても、津田先輩って何で部活やってないんすかね? もったいない」

 

「タカ君はいろいろと忙しいからね」

 

「半分以上はタカトシ君が背負わなくても良い苦労なんだけどね」

 

 

 会長と私の説明である程度納得したのか、広瀬さんはそれ以上聞いてくることは無かった。それにしても、本当にタカトシ君はしなくても良い苦労してるんだな……




最低限鍛えてればいいと思う


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勘違い多数

思春期思想が多い世界だ……


 偶々タカトシの携帯が目に入り、送られてきたメッセージに慌てる。

 

「タカトシ、何時の間に英稜の一年とそんな関係に!?」

 

「はい?」

 

 

 面倒見のいいタカトシが広瀬の連絡先を知っていることには驚かなかったが、まさかあんな積極的なメッセージが送られてくるなんて……しかも、タカトシも驚いた様子も無いなんて……

 

「タカトシは年下がいいのか? それとも割れ目を見せてくれるなら誰でもいいのか!? 私だって見せるぞ!」

 

「何の話をしてるですか、貴女は……」

 

「だって広瀬が割れ目を見てくれって……」

 

「鍛えた腹筋を見て欲しいってことですが、それが何か?」

 

「腹筋……?」

 

 

 てっきり別の割れ目かと思ったのだが、広瀬と筋肉談義をしていただけの様で、私は自分の勘違いを恥じる。まぁ、タカトシがそんなことで喰いつくわけないと分かっていたのだが、やはり割れ目と言われたらそっちを想像してしまうだろう……

 

「シノちゃんは何と勘違いしたのかなー?」

 

「具体的にお願いします」

 

「な、何でもないからな!」

 

 

 アリアと、桜才ブログの件で取材に来ていた畑に追及されそうになり、私は咄嗟に別の話題を探す。

 

「そういえば萩村は何処に行った?」

 

「スズちゃんなら、風紀委員会に報告書を提出しに行ってるよ~」

 

「そうか」

 

 

 体調不良で休みとかではないなら安心だな。って、普通にプールに入ってたんだし、あの日というわけでもないか。

 

「それで、会長は何を勘違いしたんですかねー?」

 

「しつこいぞ!? そもそも畑」

 

「何ですか?」

 

「取材が終わったのならさっさと出ていったらどうだ? 生徒会室は関係者以外立ち入り禁止が原則なんだからな」

 

「そういえばそんなルールもありましたね。来客が多い場所ランキング上位ですから、すっかり忘れてました」

 

 

 確かに生徒会に関係ない人間もちょくちょく訪れているので、この原則は忘れられがちだ。だが無くなったわけではないので、私は畑を生徒会室から追い出した。

 

「まぁ、あの文面なら私も焦っちゃうかもね~」

 

「だろ?」

 

「でもタカトシ君があんな誘いに乗るわけないんだし、焦らなくても良いんじゃない?」

 

「そうなんだが、新顔が意外と人気になるのはよくあるだろ?」

 

 

 私は森の顔を思い浮かべてそう言ったのだが、アリアは誰のことを指しているのか分かっていない様子。

 

「(森なんて、私たちより大分後にタカトシと出会っているのに、一番仲が良い感じに発展しているだろ? だから、運動キャラだが油断できないと思っただけだ)」

 

「(確かにサクラちゃんとタカトシ君は仲が良いよね。羨ましいって思うことも多いし)」

 

「だろっ!」

 

「会長、うるさいです」

 

「す、すまない」

 

 

 思わず大声を出してしまいタカトシに怒られてしまった……本当に、どっちがこの部屋の主か分からなくなってきたな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部活を終えて帰り支度をしていると、主将とトッキーが何か真剣に話しているのが聞こえてきた。

 

『だから……君にお願いした……もどう?』

 

『私は……してないですね』

 

「(ク〇ニっ!? 主将も遂に性に目覚めたの!?)」

 

 

 真相を確かめたい衝動を抑えられず、私は主将に話しかける。

 

「何の話をしてるんですか?」

 

「そろそろ大会で減量しなきゃだから、タカトシ君にお願いしたって話だよ。ついでに、トッキーもタカトシ君にお願いしたらって」

 

「私はそこまで減量に苦労してないから別に良いって答えただけだよ」

 

「なーんだ」

 

 

 てっきり主将と思春期トークできるようになったのかと期待したのに……

 

「それで、どうしてタカ兄なんですか?」

 

「だってタカトシ君ってしっかりとした体形してるでしょ? 体重もそれ程増えてる様子も無いし」

 

「まぁ、タカ兄はいろいろとやってますからね。むしろエネルギー足りてるのだろうかって思うくらいですけど」

 

「そのいろいろの原因筆頭が言うことじゃなくね?」

 

「それは言わないお約束だよ」

 

 

 タカ兄の苦労の大半は私だ。トッキーに言われなくても自覚してるし、少しは減らそうと努力もしている。だが、結果が伴わないのでタカ兄の苦労も減らないのだが……

 

「というか、体重管理とかはマネージャーの仕事じゃないのか? 兄貴じゃなくてお前がやれよ」

 

「トッキーは私とタカ兄、どっちが立派に――」

 

「兄貴」

 

「せめて最後まで聞いて……」

 

 

 質問を最後まで言わずに答えられたので、私は一応のツッコミを入れる。

 

「まぁ、私もタカ兄の方が立派に体調管理すると思ってたけど」

 

「お前が無事に生活出来てる時点で、兄貴の体調管理がしっかりしているって分かるしな」

 

「だよね。私一人だったらとっくに栄養失調になってただろうし」

 

 

 私は基本的に食べたいものを食べる主義の人間なので、タカ兄が用意してくれていなかったらサラダとかは食べずに肉だけを食べていただろう。サプリなんて使わないだろうし、確実に成長できていなかっただろう。

 

「そういうわけで、タカトシ君によろしくって言っておいてね」

 

「分かりました」

 

 

 ムツミ主将に言われて、私は敬礼を返す。タカ兄には私が改めて言わなくてもしっかりと用意してくれるだろうけども、主将に言われたのでしっかりと伝えておかないと。

 

「――というわけで、ムツミ主将からの伝言でした」

 

「開き直ってるが、お前もできるようになれよな」

 

「分かってます……」

 

 

 最後にタカ兄に怒られ、私は反省して努力しようと心に決めた。




影のマネージャーと言われるだけはある


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五分前行動

それは違うんじゃないかな……


 お嬢様の起床時間は朝七時と決まっている。決まっているとはいえ自力で毎回起きられるわけではないので、私が起こしに行く場合が多い。

 

「(この瞬間だけは合法的にお嬢様のお部屋に入ることができるのです)」

 

 

 別にこの屋敷で働いている身としては、お嬢様の部屋に入ることが違法になることではないのですが、橋高さんから要注意人物扱いされている身としては、お嬢様の部屋に入ると何かしたのではないかと疑われてしまうのです。

 

「(七時五分前、何時も通りの時間に到着です)」

 

 

 本来であれば七時少し前に部屋に入りお嬢様を起こせばいいのですが、せっかくお嬢様のお部屋に入ることができるのですから、少しくらいはご褒美が欲しい。そう考えた私は、起床時間五分前に部屋にやってきて、お嬢様の寝顔をゆっくりと鑑賞することにしたのです。

 

「(本当であればお嬢様の寝顔写真などを撮りたいのですが、部屋に向かう前に厳しいチェックがあるので、カメラ等の撮影機器は持ち込めないのですよね……)」

 

 

 もちろん、この部屋から出れば携帯などは返してもらえるので、不当な取り上げなどと文句を言うこともできません。ですからこうして毎日心のカメラでお嬢様の寝顔を激写しているのです。

 

「おっと」

 

 

 時計を確認すると七時ちょうど。やはり本日もお嬢様はご自身で起きることができなかったようで、私はゆっくりとお嬢様の身体をゆすり、小声で話しかける。

 

「お嬢様、お時間ですので起きてください」

 

「うーん……」

 

 

 私の手を払うように身体を揺らすお嬢様。その際にお嬢様の豊満な胸が揺れ、私は思わず鼻を押さえる。

 

「この破壊力……もしかしたら津田様もこれを見たらお嬢様の魅力に逆らえなくなるかもしれませんね」

 

 

 私が知る中で、最も強い意思を持つ男である津田様ですが、これ程の破壊力があればその意思を砕くこともできるかも――そんなことを考えてしまいました。

 

「そうじゃなかった。お嬢様、本日は生徒会で早朝会議があると仰られていたではありませんか。さすがにこれ以上は許容できませんよ」

 

「むぅ……」

 

 

 眠そうに目をこすりながら起き上がるお嬢様を見て、私は慌てて顔を背ける。だってあのまま見続けていたら間違いなく鼻血を噴き出してお嬢様を私の血で穢してしまうところだったから。

 

「出島さん、おはよー」

 

「おふぁよふごじゃいましゅ……」

 

「どうしたの?」

 

 

 鼻を押さえながら応える私に、お嬢様が小首を傾げます。またそのポーズが可愛らしいこと。もし許されるのであればすぐにでも押し倒して私のものにしたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出島さんのお陰で遅刻することなく会議に出席でき、一日を快適に過ごすことができた。だから私は帰りの車の中で出島さんにお礼を言うことにした。

 

「今日もありがとうね、出島さん」

 

「いえ、これも私の仕事ですから」

 

「そうなんだろうけども、お礼を言わなくて良いわけじゃないでしょ」

 

 

 本当は何かお礼の品を上げられたらいいのだけども、私個人の力では出島さんにしてあげられることなどほとんどない。お金だって結局はお父さんとお母さんが稼いだものだし、そもそもお金は十分に貰っているから欲しくないだろうし……

 

「出島さん」

 

「はい、何でしょう」

 

「出島さんが今欲しいものって?」

 

「お嬢様です! (何故そのようなことを聞くのですか?)」

 

「心の声が漏れてるよ~?」

 

 

 タカトシ君なら出島さんが建前で何を言おうとしたのかもわかるのかもしれないけど、私には出島さんが思わず本音を言ってしまったということしか分からない。出島さんはしまったという顔をしながら謝罪してくれたけども、そこまで気にすることではないと思うのだけども。

 

「さすがに私はあげられないよ~。私は出島さんと違って、ノーマルだから」

 

「それは残念です」

 

 

 屋敷について橋高さんたちにも出迎えられ、私は部屋で着替えてから出島さんを探す。さっき言い忘れちゃったことを伝えたかったからだ。

 

「はぁはぁ……お嬢様のパンツ」

 

「出島さーん」

 

「はっ! 決してお嬢様のパンツを盗もうとか、そんなことを考えていたわけではありませんので」

 

「見て興奮してる分には文句言わないから~。あっ、でもさすがに穿いてるところを見せては駄目だからね」

 

 

 言われそうだったので先手を打つと、出島さんは少し残念そうな顔をした。本当に言うつもりだったのかと、庭の手入れをしていた橋高さんが呆れたようにため息を吐いたけども、私は笑顔のまま。

 

「それで、お嬢様。私に何か用でしょうか?」

 

「この後シノちゃんたちが来るから、おもてなしの準備をお願いね~」

 

「かしこまりました。お見えになられるのは、何時も通り天草様、津田様、萩村様の御三人様でしょうか?」

 

「うん。ちょっと学校内では誰かに聞かれる恐れがあるからってシノちゃんが言い出してね~」

 

「秘密の話し合いですか」

 

「タカトシ君はそこまで気にしなくても良いって感じの顔をしてたけど、シノちゃんも頑固だから~」

 

 

 タカトシ君の気配察知能力があれば盗み聞きなんてできないのだけども、シノちゃんが念には念を入れてということで私の家で話し合いをすることになったのだ。

 

「すぐにお菓子のご用意を致します」

 

「お願いね~」

 

 

 本当なら私が用意するべきなのだろうけども、バレンタインでもない限り滅多にキッチンには入れてくれないのだ。だから私は出島さんに準備を任せ、皆が来るまで宿題でもしておこうと部屋に戻ったのだった。




やっぱりダメな部分が目立つ出島さん……


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出島さんの経歴

凄いと言えば凄いんだが


 重要な話し合いをする為に、私たちは七条家を訪れた。本来であれば生徒会室で話し合うものなのだが、我が校には盗み聞きをしたがる輩がいるので、念には念を入れて七条家を会場としたのだが、一緒にやってきたタカトシと萩村は呆れ顔である。

 

「畑さんはカエデさんに見ていてもらえば良かっただけでは?」

 

「そもそもそこまで重要な話し合いでもないですし、どうせ近日中には発表することなんですから」

 

「別にいいだろ! それに、話し合いが終わればそのまま七条家の敷地内で遊べるしな!」

 

「それが目的だっただろうが……」

 

 

 タカトシには最初からバレているって分かっていたけども、責められる視線は堪えるな……以前はこれが快感だったのだが、最近では怒られているからショックを受けるんだよな。

 

「お待ちしておりました。お嬢様がお待ちです」

 

「お邪魔します、出島さん」

 

 

 七条家専属メイドの出島さんに出迎えられ、私たちは敷地内へと入る。友達の家に来ただけなのに、この緊張感は慣れないな。

 

「……迷いました」

 

「またか!」

 

「……タカトシ、アリアの気配はどっちだ?」

 

 

 相変わらずのドジっ子メイドの出島さんが迷子になったので、私はタカトシに気配を探ってもらいアリアがいる部屋へ向かう。これじゃあどっちがこの家に仕えているのか分からないな……

 

「いらっしゃーい」

 

「アリア、今日は場所を提供してくれてありがとうな」

 

「気にしないで~。それじゃあさっそく話し合いをしましょうか」

 

 

 アリアの言う通り、私たちがここに来たのは大事な話し合いをする為。すぐに話し合いを始め、出島さんがお茶を持ってきてくれるまでの間に結構なことは決められた。

 

「――といった感じだな」

 

「そうですね。それでしたら無理もないですし、生徒からも文句は出ないでしょう」

 

「予算の面でも問題は無いですね」

 

 

 私が提案しタカトシと萩村が精査する。これではどっちが会長だか分からない構図だが、我が生徒会はこれで成り立っているのだ。

 

「皆さま、お茶をお持ちしました」

 

「ありがとー」

 

 

 出島さんが紅茶を淹れてくれているのを見て、やっぱりお金持ちの家なんだなと実感する。これが我が家ならティーパックだが、しっかりと茶葉から用意してくれている。

 

「紅茶は空気を含ませることによって旨みが増すんだよな」

 

「そういえばタカトシ君も以前出島さんに教わってたよね」

 

「そういえばそんなこともありましたね」

 

 

 タカトシは普段紅茶を飲まないから知らなかったらしいが、こいつでも知らないことがあるんだなと驚いた記憶がある。

 

「そしてこうして高い所から淹れることによって、チョイMな私にとってはご褒美です」

 

「未熟者っ!」

 

「俺が淹れますので、出島さんは下がっててください」

 

 

 出島さんからティーポットを取り上げ人数分のお茶を用意するタカトシ……私服のはずなのに何処の執事だと思ってしまったのは、私が疲れているからだろうか。

 

「まぁ、こういう些細なことは置いておくにしても、出島さんは芸達者ですよね」

 

「将来の為にいろいろと経験を積んできましたので。メイドの他に家庭教師やOL、劇団員に各インストラクターの資格も取得しています」

 

「素晴らしい心構えですね。私も見習わなければ」

 

「そうですね。そういう考え方は立派だと思います」

 

「私も、出島さんのように経験を積みたいと思います」

 

 

 経歴を聞かされ、私たちは改めて出島さんの凄さを知った。その考え方にはタカトシや萩村も感銘を受けたようで、出島さんは恥ずかしそうに頭を掻いている。

 

「それに、元〇〇系〇Vって受けがいいので」

 

「ろくでもないな……」

 

「あぁっ! タカトシ様に呆れられると興奮で濡れてしまいます」

 

「………」

 

 

 急にクネクネしだした出島さんに呆れた視線を向けていたタカトシは、盛大にため息を吐いて自分で淹れた紅茶を飲み始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も一日働いた私は、自分に宛がわれている部屋のベッドに入り込む。

 

「今日はお嬢様の寝顔鑑賞からお嬢様にお礼を言われ、タカトシ様に憐憫の視線を向けていただけた。これだけで今日は大満足の成果ですね」

 

 

 普通なら憐憫の視線を向けられたら嫌な思いをするのでしょうが、タカトシ様の視線はそんな思いを凌駕する威力がありますからね。

 

「とりあえず明日も早いですし、今日のところは発散せずに寝ましょう」

 

 

 使用人の朝は早いのであまり遅くまで起きているわけにはいきません。私は急いで寝間着を身に着けてベッドに潜り込む。

 

「これがお嬢様のベッドだったら、興奮して寝られなかったでしょうけどもね」

 

 

 早く寝なければと思いつつ、私の隣にお嬢様が寝ている妄想をして、私は思わず鼻を押さえる。ここ最近抑えが効かなくなってきたのか、本気でお嬢様を押し倒そうと考えてしまう場面が多くなっていたような気も……

 

「まぁ、そんなことすればそのタイミングで私の居場所は無くなるわけですが」

 

 

 いくら同性とはいえ、お嬢様に手を出した使用人を旦那様や奥様が放っておくわけがない。私はその恐怖があるから踏みとどまれているのだと、もう少し自制心を鍛えようと心に決め目を閉じ――

 

「化粧落とすの忘れてた。昔よく寝起きモノの作品に出てたから癖が抜けてないんだよな……まいったまいった」

 

 

 誰に聞かせるわけでもないですが、私はそう言い訳をしながら化粧を落とす。これも過去の経験からなのですが、こればっかりは何としても直さなければいけませんね。




どうしても拭えない残念臭……


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雑誌からの連想

ここのタカトシも健全です


 私が生徒会室に入ると、タカトシが何かの雑誌を読んでいた。

 

「(いったい何の雑誌を……)」

 

 

 恐らくは没収したものなのだろうが、タカトシが雑誌を読んでいるところなんてあまり見たこと無かったから興味がそそられた。

 

「(タカトシが水着グラビアを見ているだとっ!?)」

 

 

 偶々そのページで手を止めていただけかもしれないが、タカトシにも異性の水着に興味をそそられるのかと、多少なりともショックを受ける。だって、私たちの水着で興奮していることなんて無かったから。

 

「何をじろじろ見てるんですか?」

 

「いや……タカトシもそういう水着に興味があるのかと思ってな」

 

「水着? これはさっき横島先生がここで熟読していて、このページを眺めながら『スイカ食べたくなってきた』とか言っていたので、どういう意味か考えていただけです」

 

「スイカ?」

 

 

 タカトシに言われ私もじっくり眺めると、縞柄ビキニとドット柄ビキニでスイカを連想した。確かにちょっとスイカが食べたくなってきたな。

 

「ところで、どうして横島先生がこの雑誌を?」

 

「男子生徒から没収したと言っていました。そこまでなら立派に教師として働いていると言えなくもなかったんですけどね」

 

 

 その後が残念だと言いたげなタカトシの表情に、私はどう反応すればいいのか困る。だって、横島先生の評価は私の仕事ではなくタカトシの仕事だから。

 

「いや、俺の仕事でもないですけど」

 

「だが、生徒であの人を止められるのはお前だけだろ? 私やアリア、萩村ではあの人は止まらない」

 

「そもそも生徒に怒られている時点で、あの人は教師として問題ありだと思うのですがね」

 

「確かにな」

 

 

 あの人が教師として問題があるという評価には私も賛同する。だって男子生徒を空き教室に連れ込もうとしたり、補習免除する代わりに自分の相手をしろと脅したりと、噂は絶えない人だから。もちろん、それが全て事実ではないのかもしれないが、少なくとも私たちは横島先生がそう言うことをしようとしてタカトシに怒られているところを見たことがあるので、全て嘘というわけでもないと断言できるのだ。

 

「ところで、アリア先輩とスズは? 一緒に見回りをしていたのでは?」

 

「途中で畑に捕まって私だけ別行動だったからな。そろそろ戻って来るとは思うが」

 

「今日は何をしたんですか、あの人は」

 

「桜才ブログに対しての取材の申し込みだったが、何か裏がありそうだったので私が代表して畑の裏を探っただけだ。今日のところは何もしてないと思うぞ」

 

「そうですか」

 

 

 私では畑の心の裡を覗き見ることはできないので断言はできない。だが今日のところは疚しい感じはしなかったので見逃したのだ。

 

「ただいまー。園芸部からスイカ貰ったから、皆で食べよう~」

 

「スイカ、スイカ!」

 

「何でコトミまで一緒に?」

 

「偶々会ったんだよ~」

 

 

 アリアと萩村と一緒に生徒会室にやってきてノリノリのコトミに、タカトシが頭を押さえたのを私は見逃さなかった。相変わらずいろいろと頭痛の種を持っているんだなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室でスイカを食べていると、タカトシ君が持っていた雑誌が目に入り彼に尋ねてみた。

 

「この雑誌は?」

 

「没収品です」

 

「ちょうどスイカが食べたいと思っていたので、アリアが戻ってきたのはナイスタイミングだったぞ」

 

「何で~?」

 

 

 シノちゃんがスイカを食べたがった理由を聞くと、この雑誌だと教えてくれた。その返事に私だけではなくスズちゃんやコトミちゃんも興味を惹かれたのか、そのページを確認することに。

 

「このページを見てスイカを食べたくなったんだ~。確かに柄的にもスイカを連想しちゃうかもね~」

 

「私はてっきりスイカップを見てスイカを食べたくなったのかと思っちゃいましたよ~」

 

「私は女だ! 出島さんのように両方OKではないぞ」

 

 

 シノちゃんが若干ズレた言い訳を始めたので、コトミちゃんは面白がってからかい続けようとしていたけど、タカトシ君に一睨みされて大人しくなる。相変わらずコトミちゃんはタカトシ君に逆らえないんだなぁって思ったけど、彼に逆らえる人なんてこの場にはいなかったわね。

 

「タカトシ君はこのページの水着グラビアを見てどう思った?」

 

「こう言うことを任される人だけあって、綺麗な人だとは思いましたが、そこからスイカを連想することは無かったですね。横島先生はよっぽどお腹が空いていたのでしょう」

 

「相変わらず真面目だね。興奮したかどうかじゃなくて、純粋に評価するなんて」

 

 

 そこが他の男子と違うところなのだろうな。普通ならこの女性の胸を見て興奮し、剥いた姿を想像して興奮するんだろうけども、タカトシ君はそんなことに興味はないみたい。

 

「もし私がこういうのをやったらどう思う?」

 

「アリアさんが雑誌のモデルを、ですか? お似合いだとは思いますよ。この女性たちに負けないくらい、アリアさんは魅力的ですから」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 まさか素面でそんなことを言ってくれるとは思っていなかったので、私の方が赤面してしまう。タカトシ君は水着云々ではなく私をモデルとして評価してくれたようだ。

 

「タカトシとアリアで空気作るの禁止!」

 

「空気? なんなんですかいったい……」

 

「相変わらずタカ兄は女殺しなんだから」

 

「は?」

 

「からかわないでよ~」

 

 

 シノちゃんにからかわれて冗談ぽくしたけども、私の心臓は落ち着くことは無く早鐘を打っている。だって、タカトシ君に魅力的って言われたんだもん、落ちつけるはずなど無いではないか。

 

「兎に角! アリアは後でお説教だからな!」

 

 

 シノちゃんにそんなこと言われても、今の私には何にも問題は無い。だって、さっきの言葉を思い出すだけで幸せになれるから。




コトミは余計なことしか言わないな……


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晩御飯の希望

コトミは自分でやらないからな……


 スイカを食べてたら、コトミがふと昔のことを思い出したようだ。

 

「そういえば昔、庭の土にスイカの種を蒔いたっけ」

 

「あれは蒔いたというより種飛ばしをしてただけだろ?」

 

「いや~、あれでスイカが成れば食べ放題だな~って思ってたけど」

 

「植えたわけじゃないんだから成るわけないだろ」

 

 

 そもそも水やりとかもしていないのだ。成長するわけがない。そしてたとえ成長したとしても、母さんが面倒だと言って根こそぎ引っこ抜きそうだし。

 

「って、何故アリア先輩はスズの耳を塞いでるんですか?」

 

「だって膣に種まきって」

 

「そんな話はしていませんが?」

 

「というか離せ! 子供っぽいだろうが!」

 

 

 耳を塞がれていたスズがアリア先輩の手を払うと、何処からか何かが切れる音がした。

 

「もうスズちゃん! スズちゃんの所為でスイカップの紐が切れちゃったじゃない!」

 

「ということは今アリア先輩の制服を剥けば生乳が――あがっ!?」

 

 

 くだらないことを言いだした愚妹をゲンコツで黙らせ、俺は残っている書類に目を通す。この調子ではシノ会長たちは今日の生徒会業務のことは忘れているだろうし、下手に水を差して盛り下がられるのも面倒だから。

 

「そうそう。スイカを食べた後脂っこいものはNGなんだってな」

 

「どうしてですか?」

 

「消化不良を起こすからよ」

 

「脂っこいものか~。天ぷらとか揚げ物系ですかね」

 

「後はウナギとかもね」

 

「オーラルプレイもダメだな!」

 

「人の脂はOKなのでは? というか、タカ兄が睨んでるのでこの話題は止めましょう」

 

 

 いち早くコトミが気付いたので、シノさんが話題に上げかけたものは流されたようだ。

 

「よーす生徒会役員共――ってスイカじゃん! 私にも食わせろ!」

 

「まだ残ってるのでどうぞ~」

 

「それで、横島先生は何の御用で?」

 

「相変わらず棘があるな……まぁいいや。今度の総会に外部のお偉いさんが来るみたいでな。桜才ブログについてやマスコットについて聞きたいと言われていてな。時間を作っておいてくれ」

 

「発案者の会長が対応すればいいので?」

 

「実際にマスコットを見たいとも言っていたので、津田も付き合ってくれ」

 

 

 ちょっと面倒な話だが、それだけ話題になっているということだということで納得しておこう。

 

「塩は無いのか?」

 

「生徒会室に何を求めてるんですか、ありませんよそんなの」

 

「あるよ~」

 

「あるのかよ!?」

 

「スズ先輩、ノリノリですね~」

 

 

 盛り上がる女性陣をよそに、俺は生徒会作業を終わらせて先に生徒会室を辞す。あのままいてもすることは無いし、たまにはのんびりしたいしな……スズ、後は任せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか生徒会室からタカ兄の姿が消えていて、私たちは相変わらずの凄さに驚きを隠せずにいる。

 

「気配遮断もさることながら、処理能力も相変わらずだな……」

 

「仕事のこと、すっかり忘れてましたね……」

 

「またタカトシ君に借りができちゃったね……」

 

 

 この程度でタカ兄が貸しだなんて思わないだろうけども、三人はタカ兄に申し訳ない気持ちがあるようだ。

 

「三人は意外と抜けてるんですね~」

 

「常に抜けてるお前に言われたくはない!」

 

「あ痛っ! でも気持ちいい」

 

 

 スズ先輩に脛を蹴られたけど、この痛気持ちいのがやめられない……私はMじゃないのに、この気持ちは何なんだろう。

 

「それじゃあ先輩たち、私もそろそろ帰りますね~」

 

「あっそうだ。津田妹」

 

「何ですかー?」

 

 

 帰ろうとしたら横島先生に呼び止められたので、私は顔だけ振り返って先生に続きを促す。

 

「テストの点は兎も角授業態度に問題ありってことで、このままだと生活指導に呼び出される可能性があるそうだぞ」

 

「さ、最近は大人しくしてるのに……」

 

 

 そりゃ偶に寝ちゃったり宿題を忘れたり、提出課題でふざけたりはするけど、それ以外はまともになってきていると思ってたのに……

 

「これ以上兄に迷惑かけないよう気を付けるんだな。ただでさえこの学園には問題児が多いから」

 

「その内の一人が、偉そうなこと言わないでください」

 

 

 スズ先輩にツッコまれ、横島先生は視線を逸らす。自分がタカ兄から問題ありと思われていると自覚しているようだ。

 

「はぁ……せっかく勉強とか頑張ってるのに、どうして問題児扱いされちゃうんだろう……」

 

 

 一人で帰路につきながら、私は自分の生活態度を思い返す。確かに寝不足とか宿題面倒くさいとかでテキトーにやったりすることもあるけど、最近はタカ兄とお義姉ちゃんのお陰で真面目になってきているはずなのに……

 

「この間のCGアートがいけなかったのか? でも先生は褒めてくれたし」

 

 

 ちょっとタカ兄をゴリゴリにしてカーニバル衣装を着せたけど、あれは芸術だと今でも思っている。まぁ、本人に見られたら怒られるだけで済むかどうか分からないけど……

 

「ん? お義姉ちゃんからメッセージだ」

 

 

 とぼとぼと歩るいていたら携帯が震えたので確認すると、お義姉ちゃんから夕飯の質問だった。

 

『親戚からウナギとお素麺もらったけど、晩御飯どっちがいい?』

 

 

 そう言えばスイカを食べた後ウナギって消化不良を起こすとかスズ先輩が言っていたような……でもこんな気分の時はガツンとしたものを食べたいし。

 

『ウナギで』

 

 

 私はそう返信してから思考をリセットする。確かに今までのままでは問題あり判定のままだろうから、明日からはもう少し真面目に生活しよう。

 

「でも、私一人じゃ無理そうだから、やっぱりタカ兄頼りなんだけどね」

 

 

 何故一歳違いの兄妹なのにここまで違うのだろうか……私は残りの帰路を歩みながら考えたが、結局答えにはたどり着けなかった。




コトミが独り立ちする日は来るのだろうか……


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合宿先

何処も行きたくない……


 そろそろ夏合宿の場所が発表される頃ということで、柔道部は練習という気分ではなくなっている。

 

「今年は何処だろうな」

 

「あんまり遠くだとお金かかるし、近場が良いかも」

 

「でも、近すぎると合宿って気分じゃなくないか?」

 

 

 先輩たちの会話を聞いて、私はトッキーに話しかける。

 

「トッキーは何処が良い?」

 

「何処でも良いだろ、そんなの。遊びに行くわけじゃないんだし」

 

「トッキーって変なところ真面目だよね」

 

 

 見た目ヤンキーなのに主将の次に練習熱心だし、こういった話題に乗ってこない。もう少しふざけて生きても良いと思うんだけどな……

 

「というか、お前は話し合いに参加しなくてもいいのか? マネージャーなら宿の手配とかいろいろあるだろう?」

 

「私にそんな大事なことを任せてくれると思う?」

 

「思わない」

 

「それが答えだよ」

 

 

 私が話し合いに参加していない理由は、まさにそれである。宿の手配とかは大門先生がしてくれるので、私が参加しても徒に話をややこしくするだけだと判断されてのこと。これがタカ兄だったら全部一人で決められるのだろうが、私にそれを期待するだけ無駄なのだ。

 

「てか、掃除もまともにできてないお前がマネージャーだって言われてもな」

 

「これでも成長してるんだよ! ただ、側にタカ兄というレベチがいる所為で目立たないけど……」

 

「まぁ、私も兄貴が基準になりつつあるからな……」

 

 

 タカ兄が基準になってしまったら、もういろいろと難しくなってしまうのではないだろうか。男としての基準もそうだが、家事能力がタカ兄基準になってしまったら、世のお母さま方の大半はできていないと思ってしまいそうだし。

 

「みんなー、合宿先が決まったよ」

 

 

 トッキーに同情的な視線を向けようとしたタイミングで、主将が元気よく道場に現れた。この人はタカ兄が基準になっても気にし無さそうだな。

 

「それでムツミ、今年は何処なんだ?」

 

「今年はね、山だよ!」

 

「山か……」

 

 

 先輩たちのテンションが下がったのが分かる。海だったら遊べるけど、山だとあんまり遊ぶ場所とか無いし、暑いし、虫とか出てきそうだし。

 

「何でわざわざ暑そうなところを選んだんだよ」

 

「涼しいよ? 滝行ができるから」

 

「精神修行かよ!」

 

 

 中里先輩のツッコミは、タカ兄程ではないけどなかなかのキレがあるよな……などと現実逃避をしていたのだが、ふと素朴な疑問が生まれたのでムツミ主将に尋ねる。

 

「それって私も参加なんですか?」

 

「もちろん! マネージャーも一緒に鍛えた方が良いって先生が言ってたから」

 

「うへぇ……」

 

 

 恐らく大門先生の背後にタカ兄がいるんだろうなと思い、私は抵抗を諦めた。だって、タカ兄に逆らったところで意味は無いし、下手をすれば家を追い出されるかもしれないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部の合宿で山にやってきて早速、メインの滝行を体験することに。ここまで来る間は暑いとか思ったけど、滝の側って意外と涼しいんだな。

 

「それじゃあ最初はチリから行ってみよう!」

 

「ムツミじゃないのかよ」

 

「私は最後にしておくよ」

 

「主将が一番じゃその後が大変だと思いますよ?」

 

 

 コトミの言葉に先輩は納得したように滝へ進んでいく。確かに主将が一番だとその後はそれ以下の時間じゃ何を言われるか分からないって感じになりそうだしな。

 

「それにしても、凄い勢いだね」

 

「ドMにはご褒美なのかな?」

 

「ちょっと何言ってるのか分からないんだが」

 

 

 相変わらずコトミの相手をするのは疲れる。これを毎日相手取っている兄貴がどれだけ凄いのかよく分かるよ、ホント……

 

「あっ、中里先輩はここでギブアップみたいだね」

 

「結構頑張った方だと思うよ」

 

「ムツミ主将の基準は、他の人とは違うと思いますよ」

 

 

 確かに私たちから見たら、中里先輩はかなり頑張っていた方だと思う。だが主将の中ではまだ行けたのではないかという評価になっているらしい。

 

「うぅ、透けそう……」

 

「大袈裟だな~。水着付けてるんだし大丈夫だよ」

 

「流された……気を付けろ」

 

 

 先輩の忠告に、私たちはぞっとした。幾ら男がいないからって堂々と曝せる勇気など無いので、私たちは水着の紐をきつく結び直す。

 

「つまり、強制露出プレイも楽しめるというわけですか」

 

「お前は少し黙ってろ」

 

「それじゃあ、次はトッキー! 行ってみよう!」

 

「はい」

 

 

 主将に指名され、私は滝へと進む。どうせやらなきゃいけないんだから、さっさと済ませてしまおう。

 

「(確かに凄い威力だな)」

 

 

 滝に打たれながらそんなことを考えているのだが、これではあまり意味は無さそうだ。私は無心を心掛け、中里先輩と同じくらいの時間滝に打たれコトミの隣に戻った。

 

「そういえばトッキー、その数珠は自前?」

 

「あぁ、一応持ってきた」

 

「私はこの杖!」

 

「杖? 何に使うんだよ」

 

 

 いくら山道と行っても、ここまでそれ程険しい道ではなかった。杖なんて必要ないと思うんだがな……

 

「仕込み刀になってるんだよ」

 

「お前は何と戦ってるんだ?」

 

 

 自前ということは、また小遣いを無駄遣いしたのだろうと思いつつ、私はそちらへのツッコミは入れずにスルーすることに。どうせ兄貴に怒られた後だろうし、私が言っても聞かないだろうしな。

 

「不測の事態に備えた結果だよ」

 

「主将がいるんだし、大抵のことなら力業でどうにかなるだろ」

 

「まぁまぁ、せっかくの旅行なんだし、楽しみたいじゃん」

 

「合宿だっての……」

 

 

 コトミは旅行気分のようだが、私たちは合宿の為にここにきているのだ。遊び気分でいられるコトミが羨ましくもあり、こいつがマネージャーで本当に大丈夫なのだろうかという疑問が生まれたのだった。




トッキーは真面目だから


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目立つ理由

影が目立ち過ぎてる……


 ムツミ主将が滝に打たれている姿は、実に絵になる。これを私たちだけが見るのはもったいないと思い、私は携帯で動画を撮ることにした。

 

「せっかくだしタカ兄たちに送ってあげよう」

 

「何で津田君に?」

 

「主将が頑張ってるってところを報告するんですよ」

 

 

 ついでに私もしっかりマネージャー業しているとアピールできればなんて考えてのことだ。

 

「(タカトシ君に見られる?)」

 

「あっ、ちょっと可愛いアピールしてるぞアイツ」

 

「手を組み替えましたね」

 

 

 いくら強いと言っても主将も恋する女の子。気になる異性に送る動画は少しでも可愛いと思ってもらいたいのだろう。

 

「それじゃあ撮りますよ~」

 

 

 主将が滝に打たれてる姿を動画に撮り、タカ兄に送信する。まぁタカ兄ならこの動画を見ても興奮することは無いだろうし。

 

「あっ」

 

 

 動画を撮り終えてトッキーの側に戻ろうとしたら、トッキーの首筋に蚊が近づいているのに気付き、私はトッキーに教えることにした。

 

「トッキー、首筋に蚊が!」

 

「?」

 

 

 滝の音が大きいので、上手く伝わっていない様子だ。私はもう一度大きな声で忠告したが、やっぱり聞こえていない。側まで移動して忠告したら、私も刺されそうだしな……

 

「あっそうだ」

 

 

 私はスケッチブックを手に取りトッキーに報告する方法を選んだ。

 

『トッキーの首筋に蚊がいるよ』

 

 

 私がその文字を見せると、トッキーが慌てて首筋に手をやった。だが手遅れだったらしく、トッキーは首筋を掻きむしっている。

 

「かゆみ止め、いる?」

 

「貸して!」

 

 

 私がかゆみ止めを見せると、凄い勢いでトッキーにひったくられた。そんなことをしている間に、主将が滝行を終了させていた。

 

「やっぱりムツミが一番長い時間打たれてたな」

 

「もう少しやってたかったけど、そろそろ日が暮れそうだったしね」

 

「意外と長い時間ここにいたな」

 

「ところで、トッキーはどうしたの?」

 

「虫に刺されちゃったんですよ」

 

 

 痒そうに首筋を気にしているトッキーに質問する主将に、私が代わりに答える。トッキーの意識はまだ首筋に向いていたから、これはフォローになっただろうな。

 

「てかコトミ、良くかゆみ止めなんて持ってたな」

 

「タカ兄が持たせてくれたんです。必要になるかもしれないからって」

 

「そっか。さすが津田君だな」

 

「影のマネージャーって言われてるだけあるよね」

 

「マネージャーは私ですってば!」

 

 

 ただでさえタカ兄にマネージャーとしての立場を奪われているって感じているのに、まさかこの場にいないのにタカ兄にその座を脅かされるとは……

 

「(我が兄ながら、その信頼度は半端ないからな……)」

 

 

 私がダメすぎるから、タカ兄の凄さが際立つのか、タカ兄が凄すぎるから私がダメに見えるのか……恐らく両方なんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトちゃんが柔道部の合宿に同行しているということで、家にはタカ君と私の二人きり。コトちゃんがいないから私が来る必要はあんまりないのだが、少しでもタカ君のお手伝いがしたいという気持ちでやってきたのだ。

 

「タカ君、こっちは終わったよ」

 

「ありがとうございます、義姉さん。こっちも終わりましたので休憩にしましょう」

 

 

 コトちゃんがいないということで、余計な仕事が増えることは無い。そんな理由から今日は普段掃除できない場所を掃除することになったのだ。せっかくゆっくりできるのに、タカ君は真面目なんだから。

 

「コトミからメッセージ?」

 

「コトちゃんから?」

 

 

 今の時間はまだ練習時間じゃないのかと思い、私も気になってそのメッセージを覗き見る。

 

「動画ですね」

 

「三葉さんが滝に打たれてるシーンだね。あっ、手を組み替えた」

 

 

 三葉さんがタカ君に恋慕の情を懐いていることは、本人以外が知っていること。だから少しでも可愛く見せたいって感情が働いたんだなと、私は微笑ましい気持ちになった。

 

「コトミも打たれてくれば良いのに」

 

「コトちゃんじゃすぐにギブアップしちゃうと思うけど」

 

「そうですね」

 

 

 それに、コトちゃんの煩悩はこの程度ではどうにもならないと思うし……

 

「さて、そろそろ夕飯の買い出しに行きますか。義姉さんは何が食べたいですか?」

 

「タカ君が作ってくれるものは何でもおいしいから迷っちゃうな」

 

 

 タカ君の料理は私では太刀打ちできないレベルの美味しさなので、本当に何でもいいって言える。だがその答えは作り手には迷惑極まりないので、私は一生懸命何が食べたいかを考える。

 

「スーパーに行って考えましょう」

 

「そうですね」

 

 

 今ここで考えるより、スーパーで何が安いかを考えてから食べたい物を考えた方がお財布に優しい。タカ君は家計のやりくりもしているので、そこに協力するのは義姉の役目。

 

「今日は野菜が安いですね」

 

「そうだね。あっ、だったら野菜カレーにしましょうか」

 

「カレーですか? 確かに今日は少し暑いですし、カレーなら食が進むでしょうね」

 

「タカ君の作ってくれたご飯なら、幾らでも食べられそうだけどね」

 

 

 さすがに食べ過ぎると太ってしまいますが、タカ君のご飯はそんな考えを凌駕するくらいの美味しさがある。それにタカ君はしっかりと体調管理してくれるので、食べ過ぎても太ってしまうことはあまりないのです。

 

「それじゃあ必要な物を買って帰りましょうか」

 

「そうだね」

 

 

 何だか新婚夫婦みたいな会話ですが、私とタカ君の間にそんな甘い空気は流れていない。あくまでも義姉弟の関係なのである。

 

「(今はこの空気は私だけのものですが、いずれ誰かに取られちゃうんでしょうね)」

 

 

 タカ君はモテるので、作ろうと思えばすぐに彼女ができるでしょう。そうすればお義姉ちゃんと一緒にいる時間は減ってしまうんでしょうね……ちょっと悲しですが、タカ君には幸せになってもらいたいですしね。




原作終わっちゃうの残念です


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枕投げ、開戦

結局遊んでるんだよな……


 滝行を終え、宿舎に帰ってきてご飯やらお風呂やらを終え、私たちは部屋で布団の準備をしている。

 

「しかし全員で雑魚寝か。いよいよ合宿っぽくなってきたよな」

 

「というか、今日普通の練習してませんよね?」

 

「今日はあくまでも精神鍛錬だったんじゃね?」

 

 

 中里先輩とトッキーがそんなことを話してる横で、私は皆の枕を見て一つ娯楽を思いついた。

 

「布団の準備もできましたし、早速始めましょう。戦争を」

 

「枕投げのことか?」

 

「枕投げか。何だか合宿というか旅行っぽいな」

 

 

 トッキーはあまり乗り気じゃないみたいだったが、中里先輩をはじめとするメンバーは意外と乗り気。

 

「あんまり騒ぐと大門先生に怒られないかな?」

 

「修学旅行じゃないんだ。少しくらい騒いでも怒られないだろ」

 

「そっか。じゃあやろう」

 

 

 意外なことに主将も乗り気だった為、第一回柔道部枕投げ最強決め選手権が開催されることに。

 

「その前に、自前の枕の人は分かるようにしておいてくださいね」

 

「自前の枕のヤツなんているのか?」

 

「私はこの羽毛枕。フィットして寝心地が良いんだよね」

 

 

 私は自慢するように羽毛枕を持ち上げる。だがトッキーはしきりに首を傾げながら私と枕を交互に見ている。

 

「お前、そんなのを買うお金あったっけ?」

 

「ギクッ……タカ兄にお願いして買ってもらいました」

 

 

 睡眠の質を理由に勉強がはかどらないと言って、この羽毛枕を買ってもらったことを白状。だんだんトッキーの観察眼がタカ兄並に鋭くなってきてるよ……

 

「睡眠の質かー……それじゃあ私の勉強がはかどらないのも――」

 

「ムツミの場合は、勉強したくない気持ちが強すぎるだけだろ。私もだけど」

 

「てか兄貴やあのちっこい先輩を見てれば、睡眠の質云々より勉強の効率だと思うんだが」

 

「御尤も」

 

 

 タカ兄もスズ先輩も、寝具に拘っている様子はない。スズ先輩はお昼寝などをしてるが、枕が無くてもとりあえずは寝れているし、タカ兄に関してはベッドじゃなくてもとりあえず寝れれば大丈夫という猛者なのだ。睡眠の質で勉強が疎かになっている様子など無い。

 

「でもまぁ、私たちのように集中して勉強ができない人間にとって、別のところで何とかしようと思うのは普通だと思うよ」

 

「てか、津田君とコトミを比べちゃダメだろ」

 

「ですよねー」

 

「コトミ、褒められてないからな?」

 

「それくらい分かってるよ」

 

 

 中里先輩の言葉に照れていた私に、トッキーからのツッコミが入る。さすがに褒められていないということくらい分かっていたので、私はトッキーのツッコミに噛み付くふりをして、枕を投げる。

 

「戦いは既に始まっているのだよ!」

 

「きったねぇ!」

 

 

 私とトッキーの開戦を合図に、他のメンバーたちも枕投げを開始する。これはこれでいい思い出になるだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミの提案で枕投げをしているのだが、これが意外と楽しい。やはり定番と言うのは馬鹿にできないんだろうな。

 

「意外と楽しいものだな」

 

「先輩もそう思います?」

 

「あぁ。だがあの膝枕みたいな枕を持ってきたのは誰なんだ?」

 

「さぁ……アレ当たったら痛そうっすよね……」

 

「というか、どうやってバッグの中にいれたんだ?」

 

 

 確かに、あんなにかさばりそうなものをバッグの中にいれてきた人間がいると考えると、どうやって入れたのかが気になって来る。だがそんなことを聞いたところで、何の参考にもならないことは分かり切っている。

 

「とりあえず、続けましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 中里先輩と距離を取り、私は大きく振りかぶって枕を投げつける。

 

「何処投げて――」

 

 

 私が投げた枕は大きくカーブして、部屋に置かれている花瓶に向けて飛んでいき――

 

「危なっ!」

 

「「おぉ!」」

 

 

――中里先輩が飛びついて枕に当たってくれたお陰で、花瓶を割らずに済んだ。

 

「相変わらずトッキーはドジっ子だなぁ」

 

「しみじみ言ってんじゃねぇよ!」

 

「うぼぁ!?」

 

 

 コトミの顔面に枕を投げつけ、良く分からない悲鳴を上げた。こいつは相変わらず何かに影響されているんだろう。

 

「主将、勝負です」

 

「いいよ~」

 

 

 枕投げでも無類の強さを発揮している主将に、一人の部員が勝負を挑んでいる。だがよく見れば主将の周りには枕がない。

 

「しまった、弾がない」

 

「今日こそは主将に勝てる!」

 

「状況の把握も必要な能力なんだね」

 

「いつの間に復活してたんだ?」

 

 

 さっきまで布団の上に沈んでいたコトミが起き上がり解説を始めていたので、私はそれにツッコむ。兄貴やちっこい先輩がいない以上、私がこいつにツッコミを入れないといけないからな。

 

「主将、覚悟」

 

「こうなったら」

 

 

 投げられた枕を躱し、主将が相手の腕を掴んで投げ落とす。綺麗な一本だが、これは枕投げではなく柔道では……

 

「普通の枕がないから腕枕を投げたんだね」

 

「いや、そう言うの良いから」

 

「てかムツミ、今のは反則だろ」

 

「だって、大人しくやられるのは嫌だったから」

 

「だったら飛んできた枕で反撃すれば良かっただろうが」

 

「そっか。そうすれば良かったんだ」

 

 

 投げられた相手もちゃんと受け身を取っていたので大事にはなっていないが、枕投げの趣旨に反しているのは確か。結局主将は反則負けになったのだった。

 

「枕投げでは勝ったけど、見事に投げられちゃったよ」

 

「間合いの詰め方が凄かったよね」

 

 

 投げられた人も、他のメンバーと主将の間合いの詰め方に興味を示しているので、とりあえずこれが原因で柔道部に亀裂が入ることは無さそうだ。




ムツミの一本勝ちですね


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緊急回避方法

その回避方法は……


 思わず相手を投げちゃったけども、とりあえず怒られることは無かった。私が柔道好きだということはここにいるメンバーは全員知っているし、柔道部の合宿だから思わず技が出ちゃったのだろうということで納得してくれたみたい。

 

「だが主将、覚悟!」

 

「布団に沈んでいる今がチャンス!」

 

「えっ、ちょっと」

 

 

 枕を持った後輩たちが私の上にのしかかってきて、私は寝技で抑え込まれているような気持になる。

 

「なる程。ここから抜け出す練習だね」

 

「少しは柔道に絡めないで考えられないのか、お前は」

 

 

 チリは呆れてるようだけど、他のメンバーは楽しそうに私を抑え込んでいる。ここから抜け出すのは難しいけども、抜け出せた時は爽快感を味わえるんだろうな。

 

「な、何とか抜けられたよ」

 

「三人がかりでも主将を止められないなんて」

 

「さすが主将」

 

 

 やっとの思いで抜け出すと、抑え込んでいた三人がちょっと残念そうに称えてくれた。でもまさか、三人で抑え込んでたなんて思わなかったな。

 

「って! 主将、解けてますよ」

 

「へ?」

 

 

 コトミちゃんに言われて、私は何が解けているのかと確認する。すると確かに解けていた。

 

「あっ、髪が」

 

「帯だよ!」

 

 

 髪が解けちゃってると思って直そうとしたら、チリにツッコまれてしまう。視線を下に降ろすと、確かに帯も解けちゃっているのが分かる。

 

「そんなに慌てなくても、ここには女子しかいないんだから――」

 

「お前ら、何時まで騒いで――」

 

「主将、危ない!」

 

 

 大門先生が注意しに来たので、コトミちゃんが枕を投げて先生の視線を遮る。その隙に私は帯を直したのだが、その後に残ったのは枕をぶつけられた大門先生への説明……

 

「――というわけで、先生の視線を塞がせてもらいました」

 

「なる程な。だがそれにしても思い切りが良すぎなかったか? 日頃の恨みとでも思ったんじゃないのか?」

 

「そんなことありませんよ!?」

 

 

 あらぬ疑いを掛けられてコトミちゃんが慌てて否定する。とりあえず誤解は解けたようだが、これ以上騒ぐのは良くないということで枕投げは終了になった。

 

「幕切れはあれだったが、意外と楽しかったな」

 

「こういうのがあるなら、また合宿もやりたいな」

 

「次はどこがいい?」

 

「海っ!」

 

 

 コトミちゃんが元気よく答えると、他のメンバーもそれに同意している。

 

「確かに海でも鍛えられるしね」

 

「お前、ホントそういうことばっかり――」

 

「寒中水泳とか」

 

「冬かよ!」

 

「だって合宿だし」

 

「夏で良いだろ! 夏だって十分海で鍛えられるんだから」

 

 

 何とか私を説得しようとしているチリだけども、寒中水泳だって気持ちいいと思うんだけどな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトちゃんがいない津田家というのは、こうも平和なのだろうか。などと考えてしまうくらい、今日は平穏な気持ちで過ごせた。

 

「義姉さん、お茶でも飲みますか?」

 

「私が淹れるよ」

 

「気にしないでください。俺の方が近いですから」

 

 

 タカ君がお茶を淹れてくれたので、私はそれで一服することに。普段は疲れた雰囲気が隠しきれていないタカ君だが、今日はそんな感じはしない。やっぱり、タカ君でもコトちゃんの相手は疲れるのだろう。

 

「このままコトミがいない間は平和に過ごしたいですね」

 

「どうだろうね。 私がタカ君の家にお泊りしてるのがバレて、シノっちたちが遊びに来るかもしれないよ」

 

「どうなんでしょうね。普通に遊びに来る感じならいいんですが、義姉さんとシノさんたちが合わさると面倒なことになりそうですし」

 

「また抜け駆けとか言われたらどうしましょう」

 

 

 実際私は何度もタカ君の家に泊まっているので、抜け駆けと言われても仕方が無いのですが、それはあくまでも義姉として。決してタカ君の部屋に泊まっているわけではないので、抜け駆けと言われる程ではないと思うのです。

 ですがシノっちたちからしてみれば、私の立場は非常に羨ましいものであり、お泊りしただけで抜け駆け扱いみたいなのです。

 

「そんなこと言いだすなら、私から見ればシノっちたちも十分抜け駆けしてると思うんですよね」

 

「何ですか、急に」

 

 

 お茶を飲みながら尋ねてくるタカ君に、私は如何にシノっちたちが抜け駆けしてるかを熱弁する。

 

「だって私はタカ君と通ってる学校が違います。だからタカ君と学生生活を共に過ごすことができていないのです。それなのにシノっちたちは同じ学校に通い、生徒会活動で同じ時間を過ごしているんですよ? ちょっとのお泊りくらい大目に見てくれてもいいとは思わないですか?」

 

「はぁ……学校が違うのは最初からですし、そこを抜け駆けと言われるのはシノさんたちも不本意なのではないでしょうか」

 

「それでも、羨ましいって思っちゃうのは仕方ないと思うんですよね」

 

「そんなものですかね?」

 

 

 タカ君はイマイチ理解していないようですが、私からしてみればシノっちたちは羨ましい限りなのです。タカ君と学校で同じ時間を過ごしているのですから。

 

「同じ時間って言っても、シノさんたちは先輩なんですが」

 

「つまり、一番の抜け駆けはスズポンっ!?」

 

「何なんですか、いったい……義姉さん、お風呂に入って落ち着いてきては?」

 

「そうだね。タカ君、一緒に入る?」

 

「入りません」

 

 

 呆れてるのを隠そうともしないタカ君の表情にちょっとだけ罪悪感を覚えながら、私は脱衣所に移動した。

 

「タカ君だから誘いに乗ってこないだけで、私の身体は魅力的だと思うんだけどな」

 

 

 鏡に映る自分の裸体を見ながら、タカ君の鋼の心を揺り動かすにはどうすればいいのか。そんなことを考えていたらちょっと逆上せてしまったのだった。




平穏な時間は終わりを迎える


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お出かけのお誘い

目的がおかしい……


 現在コトちゃんが柔道部の合宿で不在なため、この家にはタカ君と私の二人だけ――のはずだった。

 

「何故シノっちたちが遊びに来たんでしょう?」

 

「俺に聞かれても分かりませんよ」

 

 

 何処からか私たちが二人きりで過ごしていると聞きつけたシノっちたちが津田家に突撃してきて、あっという間に二人きりの時間は終了を迎えてしまった。

 

「いきなり来てすまなかったな」

 

「そう思うなら事前に連絡くらいしてください」

 

 

 形だけの謝罪をタカ君は常識的な回答で切り返し、三人の前にお茶を置く。文句を言いながらもしっかりとおもてなしするのだから、タカ君は本当にいい子なのだろう。

 

「それでシノっちたちは何の用だったんです? まさか暇だから遊びに来たなんて言いませんよね?」

 

 

 私がそう問いかけると、シノっちに腕を掴まれてリビングから廊下へと移動させられる。後ろからはアリアっちとスズポンも付いてきているので、ここに来た理由は同じなのだろう。

 

「ただでさえ抜け駆けしてるカナが、タカトシと二人きりだと畑から報告があってな」

 

「新婚ごっこはさすがに見過ごせないよ~」

 

「ですが、私は既にコトちゃんという娘を育てるという疑似体験をしてるんですけど?」

 

 

 さすがにあんなに大きな子供がいるわけないのだが、コトちゃんは私とタカ君の子供みたいな感じになってきています。父母が逆なような気もしますが、私がある程度甘やかしタカ君がしっかりと締める。そうやってコトちゃんを成長させているのですから、子育て体験と言っても過言ではないでしょう。

 

「だからこそ、カナだけを津田家で生活させるのは避けようと思っただけだ」

 

「ですが私はタカ君とは違う学校。普段学校生活で一緒に過ごしている皆さんに抜け駆け云々言われる筋合いはないと思うのですが」

 

 

 昨日タカ君にも同じことを言ったが、あっさりと切り返されてしまった言い訳を使う。すると三人は言葉を失ったように視線で会話を始めていた。

 

「(やっぱり、タカ君とこの三人とじゃ言い包めやすさが違いますね)」

 

 

 私としてはギリギリの言い訳のつもりだったのですが、三人を黙らせる威力があった。とりあえずこれで追及は終わりなのでしょうか。

 

「と、兎に角! タカトシが誰かを選ぶまでは、私たちにだってチャンスがあってもいいだろ」

 

「それはもちろんですね。ですが、タカ君の機嫌を損ねることだけは避けてくださいね? せっかくコトちゃんがいなくて、タカ君の精神的安寧な時間だったんですから」

 

「カナちゃんが言うの、それ?」

 

「私はそこまでタカ君の精神を乱してませんので」

 

 

 お風呂には誘いましたが、あれは冗談だって分かってくれてますし。とりあえずタカ君の機嫌が損なわれることだけは避けようと、私は逆に三人に釘を刺してリビングへ戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナに言い負かされた気がしてならないが、とりあえずカナの抜け駆けを妨害することができたので目的は果たした。だがこの後私たちが帰ったらまた二人きりとかなりそうだな……

 

「そういえば皆は、夏休みの予定とかある?」

 

「今のところは何もないな。だからカナの為なら火の中水の中、何処へでも行くぞ」

 

 

 本当に暇だと言いたかっただけなのだが、カナは何故か嬉しそうにこちらを見ている。そんなに感動したのだろうか?

 

「良かった。行くのは水の中だから」

 

「へっ?」

 

 

 随分と間の抜けた声を出してしまったが、それくらい意外だったのだ。水の中って、いったい何をすると言うのだろうか。

 

「実はおばあちゃんからもらったウエットスーツがあるので、せっかくだからダイビングを体験したいなと思っていたのです。でも、さすがに一人じゃ寂しいから皆を誘おうと思って」

 

「カナちゃん、ダイビングに興味があったんだ~」

 

「それでウエットスーツを買ってくれるなんて、優しいおばあさんなんですね」

 

「そ、そうだね」

 

 

 アリアと萩村に深堀されそうになって、カナの視線は泳ぎ始めた。私たちではカナが何を考えているのか分からないので、タカトシに小声で確認してみる。

 

「(カナは何で視線を泳がせてるんだ?)」

 

「(本来の目的はウエットスーツを着てぴちぴち感を楽しみたかっただけみたいです)」

 

「(なる程)」

 

 

 確かにあのぴちぴち感は興味があるな。だが私にはあれほど高価な物を買ってくれる相手などいないので、自分の物を手に入れるのは難しいと諦めていた。だがカナはそれができるとは……これが格差社会とでも言うのか。

 

「それ、違うと思いますけど」

 

「そうか? ……私、何も言ってないぞ?」

 

「顔が雄弁に語ってましたので」

 

「そうなのか?」

 

 

 慌てて自分の顔を触りまくるが、そもそも表情から思考を読み取るなんて普通の人間には難しいだろう。相手がタカトシだったからバレたんだということで、私はとりあえず納得することに。

 

「それじゃあ皆でダイビングに行こう」

 

「この面子なら、宿題の心配もいらないしね」

 

「しかもコトミが合宿で不在な今、家の心配をする必要もないからタカトシも安心だろ?」

 

「そうかもしれませんが、会長がそれを言わんでください」

 

「す、すまん」

 

 

 確かに家主のタカトシか、義姉のカナが言うならまだ良かったかもしれないが、私が言うのは違ったなと思い反省する。とりあえずこれで、タカトシとお出かけすることができるので、カナには感謝しておこう。




人に言われるのは違うんでしょうね


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相性のいい相手

原作終了発表に伴い、週三投稿に変更します


 魚見さんにダイビングに誘われたのは良いが、私たちは素人だ。何でもできるタカトシや、経験者の七条先輩は兎も角、私は修学旅行で少し潜ったことがある程度。とてもじゃないが自信満々に参加表明なんてできない。

 

「私は遠慮しておきます」

 

「スズポンは海の暗さが怖いんですか?」

 

「やってやろうじゃないの!」

 

 

 相変わらず簡単に乗せられてしまうと分かっていながらも、子供扱いされたようで我慢ならない。しかも自分でやってやると言ってしまった手前、今更無理なんて言い出せないし。

 

「しかし、そうなると参加者は奇数だな。バディを組むにもどうすればいいんだ?」

 

「相性がいい相手と組むのが一番だと思いますが」

 

 

 私が自分自身に嫌悪感を懐いている横で、天草会長と魚見さんがそんな会話をしている。普段ならすぐにツッコミを入れられるのだが、今の精神状態では反応できない。

 

「だったら私はタカトシとだな! 何と言っても生徒会長と副会長だ。息はピッタリ合ってるぞ」

 

「それを言うなら私とタカ君は義姉弟です。コトちゃんの扱いなど息もピッタリです」

 

「見てみて~。アイス食べてたら唇がくっついちゃった」

 

「「ぷっ、ひょっとこ〇ェラみたい」」

 

「二人とも息ピッタリだね~」

 

「「それじゃあ私のバディは……」」

 

 

 何だかガックリしているが、私は今までの会話をちゃんと聞けていない。だから何にガックリしているのか分からないが、とりあえず勘違いを訂正しておこう。

 

「私たちは素人ですので、インストラクターが必ず付いて回ります。つまり私たちがバディを組むことはありませんよ」

 

「「………」」

 

 

 何やら別の理由でガックリしてるようだけども、そもそも素人だけでできることではないのだ。命の危険だってあるし、遊び半分で参加しては本当に冗談ではすまなくなってしまうことだってある。

 

「スズちゃんは最初から分かってたんだし、もうちょっと早く教えてあげたら良かったんじゃない?」

 

「ちょっと精神状態が不安定でして……」

 

「ん~?」

 

 

 七条先輩に心配されてしまったが、私はその理由を詳しく説明するつもりは無い。だって子供みたいだって思われたくないし。

 

「ところで、会長と魚見さんは何をそんなにショックを受けてるんですか?」

 

「スズちゃん、わかってたんじゃないの?」

 

「いえ、バディがどうのこうのって話だったということは分かっているのですが、途中をちゃんと聞いていなかったので」

 

 

 七条先輩に二人がショックを受けている原因を聞くと、何とも浅はかな計画だったと言わざるを得ない。そもそもこの面子だったらタカトシが個人で動き回ることを選ぶだろうし、素人でバディを組むとしても、タカトシと組めるわけがないのに。

 

「ところで、そのタカトシは?」

 

「皆のおやつを作ってくれてるよ~」

 

 

 さっき七条先輩はアイスを食べてたような気もするけど、タカトシのおやつは別格だから食べるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 義姉さんの提案でダイビングに行くことになってしまい、アリアさんの伝手ですぐにでも参加できるということで、明日は朝早くから出かけることに……

 

「ほんと、コトミがいなくて良かった」

 

 

 アイツがいたら自分も参加するとか、一人っきりで自由だとか言い出しそうだったので、言い包めるのに苦労しただろうし。

 

「お待たせしました――って、何ですかこの空気?」

 

「あぁタカトシ……人の夢と書いて儚いって読むんだなって実感してただけだ」

 

「はぁ?」

 

 

 この人はいきなり何を言い出すのだろうか。その隣では義姉さんも似たような表情をしているので、何かあったんだろう。もちろん、深く聞いて面倒なことになるのは嫌なので、それ以上は聞かなかったが。

 

「タカトシ君、何を作ってたの?」

 

「パンケーキですよ。アイスもあったのでそれをのっけて夏使用で」

 

「パンケーキ! アイス!」

 

「スズ、落ちつけ……」

 

 

 甘いものに眼が無いスズが凄い勢いで喰いついてきたので、俺はとりあえずスズを落ち着かせる。ちゃんと人数分作ってあるので慌てる必要は無いと伝えると、とりあえず落ち着いてくれた。

 

「ゴメンなさい」

 

「分かってくれて嬉しいよ」

 

 

 別にスズに飛びつかれても問題ないのだが、それ以外が面倒くさいことになりかねない。なので今にでも飛びついてきそうなスズが落ち着いてくれて、俺は嬉しかったのだ。

 

「義姉さんたちも、何時までも落ち込んでないでどうぞ」

 

「ありがとう、タカ君」

 

「カナは『義姉さん』で私は『たち』なのか……」

 

「シノっち、ヤンデレキャラに方向転換?」

 

「昨日見たアニメがそっち方向だったんだよね~」

 

「アリア、それは内緒だって言っただろ!?」

 

 

 どうやら昨日は七条家にお泊りだったようだなと、俺はシノさんとアリアさんの会話からそんなことを考えていた。

 

「スズが限界みたいなので、とりあえずどうぞ」

 

「スズポンは甘いモノを目の前にすると理性が働かないんですね」

 

「まぁタカトシが用意してくれたお菓子は美味しいからな。我慢出来なくなる気持ちは分かるぞ」

 

「すぐにでもお店出せそうだもんね~」

 

「そこまでじゃ無いと思うんですが」

 

 

 べた褒めされて居心地が悪いので、俺は片づけを理由にキッチンへ逃げ込む。褒めてくれること自体は嬉しいのだが、あそこまで褒めちぎられると嘘くさいと感じてしまうのは、俺の心がすさんでいるからなのだろうか。




自分が投稿を忘れない限り、日・火・金の予定です


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ダイビング前のハプニング

さらっと流して良いことなのだろうか


 私がおばあちゃんからもらったウエットスーツを活用する為、桜才学園の皆を誘って今日はダイビング体験にやってきている。本当なら結構お金がかかるのだけども、そこはアリアっちのコネで高校生でも十分払える金額なのでバイトをしていないシノっちやスズポンも安心して参加している。

 

「アリアっち、今日はありがとうございます」

 

「気にしないで~。お友達の為だから」

 

 

 こう言うことを当たり前に言える辺り、アリアっちは友達想いのいい子なのでしょう。しかも美人で胸も大きいとなれば、普通の高校生男子ならムラムラっときて襲いかねないかもしれない。

 

「タカトシ君も、何時までもお金のことを気にしないで良いんだよ?」

 

「アリアさんがそう言ってくれるのはありがたいのですが、そうやって甘え続けるといつかダメになりそうな気がしまして……」

 

「タカ君、今日のところは素直にアリアっちの好意に甘えておきなよ。タカ君は普段、アリアっちたちに美味しいごはんを提供してるんだから、今日のはそのお返しって思っておけばいいじゃない」

 

「そんなことをしてもらえるレベルの物を提供してるつもりは無いのですが」

 

 

 今日唯一の男子、タカ君はアリアっちのボディラインではなく格安にしてもらった料金のことを気にしている様子。お義姉ちゃんとしては他の女子に現を抜かしているわけではないので嬉しいのですが、ここまで異性に興味を示さないのも心配物です。

 

「まぁまぁ津田様。津田様の料理は七条グループが経営するレストランで提供しても遜色ないものですから」

 

「そんなわけないでしょ……プロの方に失礼ではありませんか?」

 

「タカトシ君の料理はそれくらい美味しいってことだよ」

 

「はぁ……」

 

 

 イマイチ納得していない様子ですが、これ以上そのことで頭を悩ませるのは止めようという表情をしてくれたので、とりあえずは善しとしましょう。

 

「出島さーん。そろそろみんなに説明をお願いね~」

 

「かしこまりました」

 

「出島さんがインストラクターの資格を持っているから、今回の料金設定ができたんだよ」

 

「資格は本物なんでしょうが、イマイチ信頼できないんですよね、あの人……」

 

 

 アリアっちがいるので出島さんが一緒に来るのはデフォであり、その出島さんが資格を持っているのでインストラクター代が必要無くなる。そしてアリアっちの会社が企画しているツアーの体験ということで、さらに割り引いてもらったのだ。

 

「――というわけです。海の中では常に冷静を心がけましょう。慌ててしまうと思いがけない事故に発展する恐れがありますので」

 

「なる程。常に冷静ですか」

 

 

 この中で何事にも動じない心を持っているのは、間違いなくタカ君だろう。だってさっきからピッタリとくっついているというのに、心音に変化がないのだから。

 

「てかカナ!」

 

「はい?」

 

「さっきからタカトシにくっつき過ぎだ! いい加減離れろ!」

 

「そうですよ! ただでさえ魚見さんは津田と一緒に生活してる感じがしてるんですから!」

 

「ボンベが重くてタカ君に支えてもらっていただけですよ? それに、この程度でタカ君の心が乱せないことくらい、お二人なら分かってますよね?」

 

「「それは……」」

 

 

 シノっちやスズポンが嫉妬するのは分かりますけども、私だって冗談ではなく本気でタカ君のことが好きなのです。これくらい積極的に行かないと埋もれてしまう可能性があるので行ける時にはぐいぐい行くようにしようと決めたのです。

 

「まぁ、二人の心が潜る前から乱れてしまうのもアレですから、今日のところはこれくらいで勘弁してあげますよ」

 

「お前、コトミに影響され過ぎじゃないか?」

 

 

 確かにコトちゃんも似たようなことを言いそうだなとは思いましたが、そこまで影響されているでしょうか?

 

「そうと決まれば早速潜りましょう。まずはレギュレーターを咥えて――」

 

「義姉さん、それは俺のです」

 

 

 ちゃんと自分のを咥えたつもりだったのですが、どうやらタカ君のレギュレーターを咥えてしまったようで、私は頭を掻いてタカ君にレギュレーターを返す。

 

「ゴメン、間違えちゃった」

 

「気を付けてくださいね」

 

「ちょっと待て! さすがにそのままタカトシが咥えるのはどうかと思うぞ!?」

 

「そんなに気にすることですか? 確かに義姉さんが間違えて咥えましたが、一瞬のことでしたし」

 

「というか、間接キスなんて日常茶飯事になりつつありますし」

 

「どういうことだっ!?」

 

 

 シノっちが凄い勢いで喰いついてきたのは想定内だったのですが、スズポンとアリアっちからも鋭い視線を向けられるとは思っていなかったので、思わず私はタカ君の背中に隠れてしまった。

 

「アイスとか食べてるときに一口貰ったりしますし。タカ君からだけではなくコトちゃんからも」

 

「義姉さん、全員違う味を買ってきますからね」

 

「だって、みんな同じ味だと楽しみがないでしょ? それに、いろいろな味を楽しみたいし。でも自分一人で食べると体重が気になってきちゃうし」

 

「カナ、ダイビングが終わったら少し話し合いをしようか」

 

「良いですよ?」

 

 

 桜才の三人に詰め寄られて、私はタカ君の身体にしがみつきながらそう答えるのが精一杯だった。だって、普段のおふざけとは比べ物にならないくらい、三人からは殺気があふれ出ていたから……まぁ、タカ君のそれと比べれば大したことは無かったのですが、気にしないで平気なほど、私の心は鋼鉄ではないのです。




八月が終わっちゃうな……


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ダイビング中のハプニング

仕返しが地味……


 ダイビング前にカナの所為で心が乱れまくったが、潜ってしまえばその様なことで頭を悩ませることは無かった。怒りを忘れるくらい綺麗な海だったということもあるのだが、何かを察したタカトシが私たちから少し距離を取っていることで、海の中でカナが抜け駆けをするという心配がなくなったからである。

 

「(それにしても、タカトシはカナとの間接キスは気にしないんだな……)」

 

 

 既に慣れてしまっていると言うのもあるのだろうが、タカトシはカナが間違って咥えてしまったレギュレーターをそのまま使っている。しかもカナを叱るでもなく、ドジの一言で片づけて……

 

「(タカトシはカナのことを義姉としてしか見ていないが、カナは明らかにタカトシのことを男として見ている。義姉弟ということで私たちにはできない方法でアプローチしているようだが、今のところその成果は出ていないと思っていたのにな……)」

 

 

 間接キスが日常茶飯事で片づけられてしまったのには驚いた。カナは以前大福で間接キスをしていたが、あの時はカナの顔は真っ赤になっていた。だが今日、タカトシがレギュレーターをそのまま咥えたのを見てもカナは動揺していない。実際にキスしたことがあるアリアですら驚いていたというのにだ。

 

「(いったいどうやって今の関係を打破すればいいのだろうか……)」

 

 

 いろいろ考えてしまい、私はため息を吐いてしまう。すると私の身体は沈んでいく。

 

「(あっ、息を吐くと沈むんだった)」

 

 

 普段通りの場所ではなかったので、私はとりあえず思考をリセットして浮上する。カナからは不審な目で見られてしまったが、誰の所為でこんなに心が乱れていると思っているのだろうか。

 

「(しかし、せっかく潜っているというのにあまり楽しめていなかったな……とりあえず今はこの景色を楽しもう)」

 

 

 無理矢理切り替えて景色を楽しむことに。すると私の前にウミガメが現れて少しカナのことを忘れることができた。

 

「(大丈夫?)」

 

 

 カナが親指と人差し指で丸を作って私に尋ねてくる。ハンドサインで大丈夫かと尋ねてきたのだろうが、私はちょっとした仕返しを思いついた。

 

「(突っ込んで?)」

 

 

 両手を重ねて親指と人差し指を突き出したポーズを見せると、カナは慌てて首を左右に振る。海外ではカナのハンドサインはこういう意味があるらしいと知っていたようだ。

 

 

「(少しは仕返しできた気分だな)」

 

 

 本当にちょっとだけだが、カナを慌てさせることができて満足だ。これで気分よく水上に戻ることができ――

 

「(アリアが魚に襲われてる!?)」

 

 

 餌やりをミスったアリアが魚に襲われているのを見て、不覚にも興奮してしまい、出島さんに握手を求められたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お嬢様が魚に襲われている光景、何とか映像に残したかったのですが、生憎録画機器を持っていなかったので心のメモリーに保存しておきました。これが現像できる技術が早く開発されないかと思っていたら、津田様から鋭い視線を向けられてしまったため、まともな表情を作って誤魔化しておきましょう。

 

「かなり楽しかったな!」

 

「ですね。ちょっとしたハプニングはありましたが、楽しめました」

 

「スズポンはタカ君に顎クイされてたもんね。羨ましいです」

 

「潜る前にタカトシと間接キスしてた魚見さんには言われたくないですね」

 

 

 確かに魚見様は津田様と間接キスをしていますが、あれは魚見様がではなく津田様が、と表現した方が良いのではないでしょうか? なにせ魚見様が咥えたレギュレーターをそのまま咥えたのは津田様なのですから。

 

「(まぁ、言いませんが)」

 

 

 ここで余計なことを言って天草様や萩村様の機嫌を損なえば、津田様に多大なるご迷惑をおかけすることになってしまいます。それは延いてはお嬢様の恋路の邪魔になりかねないのです。一従者として、それは避けなければ。

 

「それにしても、海の中は気持ちよかったね~」

 

「アリアは何度も体験してるんじゃないのか?」

 

「多少はしてるけども、みんなで潜ったのは初めてだから」

 

「確かに。一人でするのと大勢でするのでは、気持ちよさが違いますから」

 

「……何か別の意味が込められてる気がするのは気のせいですか?」

 

 

 さすが津田様。私が別の意味を込めていると気づくとは……だがそれが何かを口にしないのはいただけませんね。

 

「ちなみに、海中での行為は気持ちよくありません。滑りが悪いから」

 

「タカトシが濁したんだから、アンタも素直に白状するな!」

 

「ロリに蹴られるこの快感! ありがとうございます!」

 

「ロリって言うな!」

 

 

 もう一発萩村様から蹴りをいただいて、私は満足です。

 

「それでは、七条家が管理している旅館へ行きましょう。さすがに個室ではありませんが、お部屋をご用意しておりますので」

 

「何から何まで申し訳ございません」

 

「これくらいお嬢様のご学友+αの為なら造作もありません」

 

「そうそう。タカトシ君は気にし過ぎなんだよ~」

 

「俺が普通だと思うんですけどね」

 

 

 確かに津田様の感性の方が普通なのかもしれませんが、今この場においてのみでは少数派。天草様も萩村様も、そして魚見様もあまり気にしておられない様子。津田様は周りを見て一つため息を吐くだけで、それ以上何も言いませんでした。さすがは高校生男子らしからぬ考え方ができるお方です。




タカトシが普通だと思う


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反省と悪戯

お茶目で良いのだろうか?


 今回はホテルではなく旅館なので、私たちは温泉に浸かりながら今日の出来事を話し合っている。何故かカナは早々に部屋に戻ってしまったので、浸かっているのは桜才女子三人なのだが。

 

「出島さんは何処に行ったんでしょうか?」

 

「あの人ならアリアのお風呂を盗撮しようと準備していたところをタカトシに見付かり、浜辺で正座をしながらお説教されているところだ」

 

「相変わらずですね……」

 

 

 萩村が出島さんのことを指して言ったのか、それともタカトシを指して言ったのかは分からないが、確かに相変わらずではある。

 

「そんなことより萩村!」

 

「はい、何でしょう?」

 

「お前、海中でタカトシに顎クイされていたな! なんとも羨ましい!」

 

「マスクの中に水が入っちゃったから出そうとしてただけです。ただちょっと角度が足りなくてタカトシが調整してくれただけで……」

 

 

 その時のことを思い出しているのか、萩村の顔は真っ赤になった。

 

「やっぱりスズちゃんもムッツリだよね~」

 

「ち、違います! というか、会長だって亀に驚いてタカトシに抱きつこうとしてましたよね?」

 

「私は実際に抱き着いていないし、カナとふざけてたからタカトシから睨まれそうになったんだぞ?」

 

「マスク越しでもタカトシ君の眼光は鋭いからね~」

 

 

 その時のことを思い出して、私は湯に浸かっているというのに寒気を覚え身体を震わせる。

 

「とりあえずタカトシを怒らせるのはマズいって、なんど思ったか分からないくらい反省したはずなんだがな……どうしてもふざけたくなってしまうんだ」

 

「もうちょっと会長としての自覚をもって行動してみては如何でしょう? ただでさえ影でどっちが生徒会長なんだか分からないって言われてるらしいので」

 

「待て、そんなことを言われてるのか?」

 

「というか、会長を通り越して横島先生とタカトシ、どっちが教師だか分からないとすら言われてるらしいので」

 

「それは何となく分かるが……」

 

 

 教師を説教する生徒の図は、今では桜才学園名物とさえ言われているらしい。それくらい横島先生が怒られることに事欠かないのと同時に、タカトシの威厳の高さが表されているのだろう。

 

「とりあえず、我々はもう少しタカトシに迷惑を掛けない方向で努力しよう」

 

「私はそこまで迷惑かけていません」

 

「学園内ではな。だが外出の際は萩村が一番問題行動が多いぞ? すれ違った相手に噛み付こうとしたり」

 

「……気を付けます」

 

 

 私服だからそれ程言われないだろうと思っていたのだが、やはりタカトシと萩村が一緒にいると兄妹もしくは親子に見られるようで、その都度萩村はひそひそしていた相手に飛び掛かろうとしてタカトシに止められている。こればっかりは萩村にしか分からないんだろうが、やはり実際と違う評価をされると頭にくるのだろうな。

 

「そろそろ部屋に戻ろうか~」

 

「そうだな。ところでアリア」

 

「ん~?」

 

「今回はさすがにタカトシは別の部屋なんだな」

 

「さすがにね~。横島先生はいないけど、出島さんはいるから」

 

 

 そもそも男子一、女子多数の部屋では普通男子の方が興奮するはずなのだが、我々に当てはめる限りその構図は成立しない。むしろ我々がタカトシを襲わないよう意識していないと理性の箍が外れそうになるのだ。

 

「その面でも、私たちはタカトシに迷惑を掛けているということか……」

 

「アイツの心の平穏を保たせる為にも、もう少し努力しましょう」

 

「私は何時でもタカトシ君のことを想ってるんだけどな~」

 

「それでアレなら、もう少し頑張りましょうよ……」

 

 

 萩村の力の無いツッコミに、私も頷いておく。人のことを言える立場ではないが、アリアも十分にタカトシに迷惑を掛けていると思うから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に誰もいないのでのんびりとしていたら、外からシノっちたちの声が聞こえてきた。ついでにタカ君も合流したようで、この部屋に来るとのこと。そこで私はちょっとした悪戯を思いつき、準備をしておく。

 

「カナ、何故先に出てしまったんだ?」

 

「桜才の皆さんと一緒だと、どことなく疎外感を覚えたので」

 

「お前がそんなことを気にするとは思えないんだが……」

 

「それで、カナちゃんは一人で何をしてたの?」

 

「これを見ていました」

 

 

 そう言って私は携帯を皆さんに見せる。三人は写真だと思ってくれたが、タカ君だけは微妙に疑っている様子……というか、既に分かっている感じがしますね。

 

「この写真の人がカナにウエットスーツをプレゼントしてくれたおばあさんか」

 

「優しそうな人ですね」

 

「お茶目でもあるよ」

 

『引っ掛かったー』

 

「テレビ電話だったんだ~」

 

 

 桜才の女子三人は驚いてくれましたが、タカ君は呆れ顔。やはりこのおばあちゃんが写真ではなく電話だと気付いていた様子ですね。

 

「タカ君は分かってたみたいだね」

 

「微妙に身体が動いていましたから。最初は義姉さんの手のブレかとも思いましたが、それとは明らかに違う動きでしたし。人間、微動だにしないようにしても、呼吸などで微かに身体は動いてしまいます。それが見て取れたので」

 

「そんなこと普通、タカ君にしかできないよ」

 

 

 なかなか常人ではできないことを平然とやってのけるタカ君。この子のスペックは相変わらずなのだと感心するのと同時に、どうしてコトちゃんにはこのスペックの高さが備わっていないのだろうと、この場にいないコトちゃんのことが気になってしまったのだった。




そしてやはり人外のタカトシ


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浜辺での一幕

夏場の外は仕方ないよな


 カナちゃんの悪戯に驚いたけども、その後は普通にカナちゃんのおばあさんと会話を楽しむことに。

 

『貴女たちがカナが良く言っている違う学校の生徒会メンバーかい?』

 

「カナさんにはお世話になっています。桜才学園生徒会長の天草シノと申します」

 

「同じく生徒会書記、七条アリアです」

 

「会計、萩村スズです」

 

『こちらこそ、孫と仲良くしてくれてありがとうね。離れて暮らしてるから心配していたんだよ』

 

「ちょっとおばあちゃん!」

 

 

 どうやらカナちゃんは過保護に扱われるのに慣れていないようで、恥ずかしそうに私たちの会話に割り込んできた。

 

『ところで、タカ君はどうしたんだい? 一緒にいると思ったのだが』

 

「何でしょうか」

 

『何時もカナがお世話になってるからね。何だったらそのまま嫁に貰ってくれても構わないんだよ?』

 

「以前も言いましたが、カナさんの意思を丸々無視した話はしない方がよろしいのではないでしょうか?」

 

『電話越しでもすごい威圧感だね……さすが、お見合いを潰しただけはある』

 

 

 そう言えば以前、カナちゃんにお見合い話が持ち上がったって言ってたっけ。それを潰すのにタカトシ君が一役買ったとも聞いていたけど、この威圧感で潰したんだ……

 

「あの話はそもそも、向こうが求めるものと、カナさんの将来との方向性が全く違ったじゃないですか。俺じゃなくても潰すのは容易かったと思いますが」

 

『だが実際、君が来てくれるまでは話が潰れなかったんだから、君がいなければカナは今頃あの男の肉奴隷として――』

 

「くだらないことを話すのなら、通話を切るだけですので」

 

「タカ君、急に殺気を出すのは止めて……思わずお漏らししそうになっちゃった」

 

「義姉さんも、くだらない冗談はやめてください」

 

 

 興味を失ったのか、タカトシ君はカメラの範囲から外れて窓の外に視線を移した。冗談って受け取ったようだけども、あの殺気は催しても仕方が無いくらいの威力があると思うんだよね。

 

「おばあちゃんも、以前私が使った冗談を使わないで」

 

『なんだい。カナも使ってたのか。やっぱり血縁ってことだね。ところで今日はコトちゃんは一緒じゃないのかい? カナが疑似子育てをしてると言っていた子は?』

 

「会ったことあるでしょ? タカ君の妹のコトちゃん」

 

『あぁ、あの子かい。確かに手がかかりそうな感じだったが、そこまでだったとは』

 

 

 親戚の集まりに参加したことがあるから仕方ないのかもしれないが、おばあさんはタカトシ君だけではなくコトミちゃんとも面識がある様子。それにしてもあまり面識のない相手にもそう思われているとは、さすがコトミちゃんと言った感じなのだろうか?

 

『新婚気分を楽しんでるのは良いが、早いところひ孫の顔を見せておくれよ』

 

「おばあちゃん、私はまだ高校生だって」

 

『そうだったね』

 

 

 その後は当たり障りのない会話が続き、タカトシ君も特に気にする様子はなかった。それにしても、外を見てるだけでも十分絵になるんだよね、タカトシ君って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を済ませ、軽く雑談をしてからタカトシは部屋に戻っていった。本当なら一緒の部屋が良かったのだが、それを言えばタカトシに怒られただろうから言わなかった。

 

「シノっち、今日は付き合ってくれてありがとうございました」

 

「私の方も楽しかったからな。誘ってくれてありがとう」

 

「まぁ、私としてはタカ君が一緒に来てくれただけで十分だったんですが」

 

「おいっ!」

 

「冗談です。シノっちはからかい甲斐がありますよね」

 

 

 またしてもカナにからかわれてしまった……

 

「それよりもシノっち、興奮して眠れないんですか?」

 

「まぁ楽しかったし、タカトシの殺気を受けてピリピリした感覚がまだ残っているのかもしれないな」

 

「それだったら外に出ませんか?」

 

「外?」

 

「それともタカ君の部屋が良いですか?」

 

「……何故その二択なのかは聞かないが、タカトシに怒られたくないので外に行こう」

 

 

 本音を言えばタカトシの部屋に行きたいのだが、行っても怒られるだけなのでやめておこう。カナも私と同じ考えなのか、素直に外に行くことに賛成してくれた。

 

「この時間でもまだ少し暑いですね」

 

「だが海の側だから風は涼しいな」

 

「そうですね。シノっちはタカ君のこと、本気なんですよね?」

 

「いきなりだな……」

 

 

 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったので、私は思いっきり言い淀んでしまう。

 

「シノっちの態度はどうにも本気かどうか疑わしい感じなんですよね。アリアっちもですが」

 

「私は何時だって本気だぞ! ってカナの首筋に蚊が」

 

 

 私は手を伸ばして蚊を潰そうとしたのだが、残念ながら逃げられてしまう。

 

「シノっちの頬にも」

 

 

 今度は私の方に来たようで、カナが手を伸ばしたがこれも逃げられてしまう。

 

「カナに!」

 

「シノっちに!」

 

 

 何とか蚊を追い払おうと必死になっていたら、旅館の方から声が聞こえてきた。

 

『二人とも何してるの~? 浜辺で決闘でもしてるの~?』

 

「……傍から見るとそう見えるのだろうか?」

 

「まぁ、同じ男の子を取り合うライバルでもありますからね」

 

「カナだって、イマイチ本気かどうか疑わしいと思うぞ?」

 

「そうですか? 私はこんなにもタカ君のことを想ってるのに」

 

 

 カナの言葉は本気なのだろうが、どうしてもうさん臭さがぬぐえない。これはカナが私たちに対して感じているのと同じ感じなのだろうと思い、もう少しふざけるのは止めようと誓ったのだった。




あまり蚊に刺されないんですがね


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崖っぷちのコトミ

既に谷底かもしれないですが……


 柔道部の合宿から帰ってくると、丁度お義姉ちゃんたちも旅行から帰ってきたところだったらしい。

 

「コトちゃん、お帰りなさい」

 

「ただいまー。お義姉ちゃんたちもお出かけしてたんですね」

 

「ちょっとダイビングをしに」

 

「海に行ってたんですか~。私も行きたかったな」

 

「コトちゃんは山に行ってたんでしょ? 少しは精神修行できたの?」

 

「私は滝行してませんから」

 

 

 あれはあくまでも柔道部の合宿っであって、マネージャーである私は参加していない。大門先生はやった方が良いと言っていたけども、主将が頑張ってくれたお陰で私がやる時間が無くなったのだ。その点は主将に感謝しなければ。

 

「まぁコトちゃんの場合は、わざわざ滝行しなくても精神を鍛えられるもんね」

 

「どういうことですか?」

 

 

 お義姉ちゃんが何を言っているのか分からなかったので、私は素直に尋ねる。まさか家で精神を鍛えられるとでも言うのだろうか?

 

「だって、タカ君に睨まれれば精神的に堪えるでしょう? そうなれば精神を鍛えられる」

 

「わざわざタカ兄に睨まれてまで精神を鍛えたくないですよ……というか、鍛える前に参っちゃうでしょうし……」

 

 

 確かにタカ兄に睨まれれば精神的に強くなれるかもしれない。だがそれと同時に廃人になる可能性だってある。むしろそっちの方が可能性が高いだろう。

 

「まぁコトちゃんの精神鍛錬は兎も角として、早い所残りの宿題を片付けちゃった方が良いんじゃない?」

 

「な、ナンノコトデスカ?」

 

「恍けてもダメ。コトちゃんが終わったって言い張ってても少しくらいは残ってるのはお見通しだよ」

 

 

 合宿前に一応終わらせたのだが、こまごまとした箇所は残してあるということはバレているようだ。まぁ私が自力で終わらせたわけではないし、分からない箇所は調べろとタカ兄に言われていたので、そこをやっていないとお義姉ちゃんも分かっていたのだろう。

 

「タカ君からは放っておけと言われているけども、コトちゃんのことだから放っておくとやらないだろうから」

 

「仰る通りです……お義姉ちゃん、分からない箇所を教えてください」

 

「それじゃあタカ君が帰ってくる前に終わらせちゃおうか」

 

「そういえばタカ兄は何処に?」

 

 

 さっきからタカ兄がいないことに気が付いていたが、聞くタイミングが無かったので聞けなかった。だがこのタイミングで聞いておかないと、帰ってきたタカ兄に直接聞くしかなくなっちゃうので聞いておこう。

 

「タカ君なら晩御飯の買い出しに行ってるよ。私たちも泊りがけだったから、冷蔵庫の中が心もとないって言って」

 

「そうだったんですね」

 

 

 さすが主夫と言われるだけはあるなと感心しつつ、私はタカ兄がいない今こそお義姉ちゃんに質問しながら宿題を片付けられると意気込む。だってタカ兄がいると教えてもらえないし……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトちゃんが残していた宿題は、思っていたほど多くなかったのでタカ君が戻ってくる前に終わらせることができた。

 

「終わったー!」

 

「コトちゃんだってやればできるんだから、もうちょっと頑張ったら?」

 

「これでも十分頑張ってるんですけどね……そりゃタカ兄やお義姉ちゃんから見たら当たり前なレベルなのかもしれませんが」

 

「でもコトちゃんにだってタカ君と同じ血が流れてるんだから――」

 

「じゃあお義姉ちゃんはタカ兄が私と同じくらい思春期全開になると思いますか?」

 

 

 コトちゃんに切り返されて、私はお説教を中断するしかなくなった。だってタカ君がコトちゃんと同レベルになるとはどうしても思えなかったから。

 

「前会長か誰かにも言われましたが、タカ兄と私は確かに兄妹です。でもだからといって同じくらいできるようになるとは限らないと思うんですよね」

 

「そうかもしれないけど、だからといって勉強を頑張らなくてもいいってことにはならないよ?」

 

「そ、それはそうですけど……頑張ったところでたかが知れてるわけですし、最低限でも赤点じゃなきゃいいかなーって思っちゃうのは仕方ないことですって」

 

「いろいろと危ないんだから、もうちょっとは頑張ろうね?」

 

「はい……」

 

 

 コトちゃんが危ないのは成績だけではない。赤点を採って補習、そのまま退学若しくは留年になればこの家から追い出されることになっている。そうなればコトちゃんは一人暮らしをしなければならなくなり、家事が苦手なコトちゃんはいろいろとアウトな状況に陥ることになる。

 以前から家を追い出されたら生きていけないと言っているのだから、もうちょっと危機感を持って勉強に取り組んでもらいたいと、以前タカ君がボヤいていたのだ。

 

「コトちゃんに料理を教えるのはもう諦めてるから、勉強くらいは頑張ってね」

 

「タカ兄はやると言ったら絶対にやるでしょうから、赤点なんて採った日には……」

 

「提出物や遅刻、授業態度でもいろいろと問題ありだからね、コトちゃんの場合は」

 

 

 普通なら赤点を採ったくらいで退学にはならないはずなのだが、コトちゃんの場合は別のところでも問題がある。なのでそこに赤点まで加われば最悪の場合だってあり得るだろう。それを自覚していないのかは分からないが、コトちゃんにはイマイチ緊張感が無いのだ。

 

「最悪の場合はこの身体を売るしか――」

 

「そんなこと言ってるからタカ君に怒られるんだよ?」

 

「分かってます……」

 

 

 ガックリと肩を落として、コトちゃんは休み明けにあるテストに向けて勉強を自発的に始める。これで少しはタカ君の苦労も報われるのかな?




怒られても反省しないからなぁ……


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逆算趣味

自分も無趣味の部類ですかね


 新学期も始まり、休み明けのテストの結果も生徒会メンバーは何も問題なし。相変わらず優秀な役員たちで私も鼻が高い。

 

「そういえばタカトシ、コトミのヤツも平均点以上だったらしいな」

 

「あれだけ勉強して漸く平均点くらいしか採れないのは問題ですが、とりあえずは安堵しましたよ」

 

「兄というか親のようなコメントだよな……」

 

 

 タカトシが苦労しているのは私たち全員知っている。両親不在が原因だけではないのだろうが、タカトシがコトミを見る目は兄としてというよりも保護者としての場合が多いのだ。

 

「コトミの成績を考えると、勉強を始めたのは合宿終わりってところか?」

 

「そうですね。俺たちがダイビングから帰ってきた日の午後かららしいです」

 

「やはりな。最近逆算するのにハマっていて、いろいろと逆算する癖がついてしまっている」

 

「そうですか。会長は次々と興味があるものが出てきて羨ましいです」

 

「微妙に褒められていない気がするのは気のせいか?」

 

「気のせいでしょう」

 

 

 タカトシは興味を失ったのか、生徒会の書類に目を通し始める。そのタイミングで見回りから戻ってきた萩村が視界に入る。

 

「萩村の誕生日は四月だったよな?」

 

「えぇ。それが何か?」

 

「四月生まれということは、両親が萩村を仕込んだのは――」

 

「おいやめろ!」

 

 

 私が萩村の誕生日から逆算しようとしたら、萩村が私のことを押し倒そうとしてタックルしてきた。だが萩村の体重では私を押し倒すまでには至らず、抱き着いてきたようにしか見えない。

 

「スズちゃんがシノちゃんに抱き着いてる!? もしかしてスズちゃんも出島さんと同類?」

 

「そんなわけあるか! というか、この人を止めるの手伝ってくださいよ!」

 

「何かあったの~?」

 

 

 萩村が慌ててる理由をアリアに話すと、アリアは納得したように私を見てきた。

 

「シノちゃんクラスメイト達の誕生日を聞いていたけど、それって今と同じことをしてたんだね~」

 

「つい気になってしまってな。だがこの癖は治さないといけないようだ。まさかここまで過剰反応されるとは思っていなかったからな」

 

 

 萩村が大袈裟な気もするが、確かに両親の営みがいつ行われたかなんて知られたくないかもしれない。

 

「せっかく新しい趣味ができたのにな……」

 

「シノちゃんって、読書とか趣味じゃないの?」

 

「人並みの娯楽を趣味と言い張るには、かなり突き詰めないといけないからな。私のは常識の範囲で好きなだけだから、趣味というには弱すぎるんだよ」

 

「シノちゃんは気にし過ぎだと思うんだけどな~。私だって趣味って言える程のものは無いんだけど」

 

「だがアリアはお華とか書道とか、趣味と言えるレベルのものがあるだろう?」

 

 

 お嬢様なだけあって、アリアの趣味はレベルが高い。趣味としてのレベルで収まっていないかもしれないが、アリアはあくまでも趣味だと言っている。

 

「スズちゃんは? 何か趣味ある?」

 

「新しい知識を求めるのが趣味になっていますかね。最近はボアの生態を観察してみたりしてます」

 

「タカトシ君は?」

 

「趣味に割ける時間が少ないので、これといったものは。だから会長も気にしなくても良いと思いますけどね」

 

「タカトシと無趣味の理由が違い過ぎるからな、私は」

 

 

 主夫だから時間が作れなくて無趣味なのと、単純に興味が持てなくて無趣味なのでは意味合いが違い過ぎる。だが気にし過ぎなのもアレなので、もう少しじっくりと趣味となるものを探そうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室を片付けていたら、耳温計が出てきた。誰が持ち込んだのかは分からないけども、まだ使えるみたいだから測ってみよう。

 

 

「シノちゃん、ちょっと体温高め?」

 

「さっきまで日に当たっていたからかな」

 

「あの場所はあったかいもんね~」

 

 

 生徒会室はそれなりに日が当たるので、ずっと作業していると身体が温かくなる。もちろん冷房なので室内温度を管理しているので、熱中症になったりはしないので問題は無いんだけども。

 

「アリアだって、少し体温高くないか?」

 

「タカトシ君と一緒に作業してたからかな?」

 

「そうだったな! 今日はアリアがタカトシと一緒に見回りだったもんな!」

 

 

 毎日じゃんけんでタカトシ君と誰がペアを組むかを決めるって言いだしたのはシノちゃんなのに、何故か自分が組めないと膨れちゃうんだよね。まぁ確かに、他の人がタカトシ君と見回りをしてるのを見るのは面白くないけども。

 

「何してるんですかー?」

 

「コトミか。いや、生徒会室を掃除していたら耳温計が出てきたからな」

 

「私も計っていいですか?」

 

「いいよ~」

 

 

 コトミちゃんの耳に体温計を当て、体温を計る。

 

「35.6℃、ちょっと低めだね」

 

「最近の子は体温低めらしいからな」

 

 

 シノちゃんの言葉は、何だか私たちが凄い年上っぽく聞こえるけど、恐らくそんな意図はないんだろうな。

 

「まぁ、私ちょっと冷めてる部分がありますので」

 

「あ、うん……」

 

「乗ってくださいよ! 会長の方が冷めてるじゃないですかー!」

 

「いやだって……コトミに付き合ってふざけてると、タカトシに怒られそうだし……」

 

「そういえば、そのタカ兄は何処に?」

 

「スズちゃんと一緒に職員室に行ってるよ~」

 

 

 横島先生に報告しに行ったのだけども、予算の件もあるのでスズちゃんが一緒に行っているのだ。本当ならここもじゃんけんで決めたかったんだけど、会計であるスズちゃんが一緒の方が話が早く終わるとのことで、今回はスズちゃんが同行する形になったんだけども、やっぱり羨ましいって思っちゃうよね。




別に趣味が無くても生きてはいけますから……


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突然の報告

本人そっちのけ……


 新聞部の畑から真面目なインタビューの申し込みがあったのでそれに答えたのだが、やはりタカトシがこの部屋にいないと何かやられるのではないかという不安が半端ない。

 

「以上で質問は終了となります。それでは最後に会長の写真を一枚」

 

「私だけ? アリアも一緒の方が生徒会の雰囲気が出るんじゃないのか?」

 

 

 タカトシと萩村に見回りを任せ、私とアリアで畑が余計なことをしないよう見張るという感じになっているので、この部屋には私とアリアしかいない。だが私単体よりアリアとのツーショットの方が生徒会の雰囲気は増すと思うんだがな。

 

「あれ? 言ってませんでしたっけ? これ、生徒会選挙の写真と意気込みの取材だったんですけど」

 

「選挙だと? だが次期会長はタカトシで内定しているし、今更私が生徒会選挙に出るのも――」

 

「確かに津田副会長が後任で確定でしょう。ですが今回の生徒会長選挙は、現会長である天草会長のままで本当にいいのかを問う選挙となっております。ここで天草さんが敗北した場合、現生徒会は解散し新しい会長の下で津田君に継ぐまでの期間を運営してもらうこととなります」

 

「そんなこと聞いてないぞ!?」

 

 

 確かに生徒会長としてしっかり働いてきたかと問われれば首をかしげてしまうかもしれないが、それでもリコールされる程酷いことをしてきたつもりもない。若干タカトシ頼りのところはあるけども、私だって会長としての存在感は放っていたはずだ。今更生徒会長選挙なんてする必要はあるのだろうか。

 

「既に天草さんの他の立候補者のインタビューもしてありますので、今更選挙自体を無しにするなんてできませんからね」

 

「生徒会が関わっていなかったというのに、何で他の候補者がいるんだ!?」

 

 

 もしかしたら横島先生が勝手に許可したのか? それとも私以外の役員は知っていたのか? そんな疑問を抱きながらアリアを見ると、アリアも知らなかったのだろうと確信できる表情をしていた。

 

「ちなみに既に学園からの許可は得ていますので、幾ら津田副会長の御力でも無効にはできませんので。この選挙に参加しないということは、天草さんは会長職を辞すということになります」

 

「何時も以上に根回しが早いな……それで、目的は何なんだ?」

 

「な、ナンノコトデスカ?」

 

 

 よりよい学校運営の為などという高尚な考えを持っているわけないので鎌を掛けたのだが、やはり裏があるようだ。私は無言で畑に迫ると観念した彼のように口を開く。

 

「皆さんの関係もマンネリしてきているので、ここらで新しい刺激でも与えれば面白いことになるんじゃないかと思いまして。天草さんが会長としてイマイチ機能していないことを思い出して、このままでいいのか全校生徒に是非を問う形にすれば盛り上がるんじゃないかと思いまして……桜才ブログも結局津田副会長が最終チェックをしてるわけですし」

 

「アイツ以上に信頼されろと言うのは無理があるんじゃないか?」

 

 

 教師以上に信頼されているタカトシ相手に戦おうなんて無謀じゃないか。幾ら役職は私の方が上でもできることとできないことはある。

 

「まぁ、順当に行けば再選するんですから、そんなに緊張しなくても」

 

「ちなみに、私以外の候補は誰なんだ?」

 

 

 既に候補は集まっていると言っていたし、私が出馬しなかったら会長職を盗られると言っていたから一応聞いておこう。決して勝てないなんて思ってないが、念の為敵の情報は持っていた方が良いだろうし。

 

「まずは風紀委員長でもある五十嵐カエデさん」

 

「カエデちゃんか~。シノちゃん、強敵かもね」

 

「うむ……」

 

 

 よりよい学園を作るという観点から見れば、私より五十嵐の方が相応しい気もする。だがアイツが風紀委員長として目を光らせているから共学化しても男子生徒が女子を襲うなどという事件が起こっていないわけで……

 

「続いてはパリィ・コッペリン」

 

「何故留学生のパリィが?」

 

「津田副会長を従えてみたいのではないでしょうか?」

 

「ありそうだな……」

 

 

 私だって従えているわけではないのだが、日本文化を微妙に勘違いしているパリィのことだからありえそうだと思ってしまった。

 

「そして学園最大の問題児、津田コトミ」

 

「何故コトミが?」

 

 

 アイツが出馬しても票が集まるとは思えないんだが……

 

「問題児だからこそ分かることがあるとでも考えてるのではないでしょうか? 会長になったとしても仕事は兄である津田副会長に丸投げして、自分は高みの見物なんて」

 

「ありえるだろうな……アイツが仕事をちゃんとするわけないだろうし」

 

 

 とりあえず候補者は私を含めて四人か。強敵は五十嵐だが、パリィも意外と票を集めそうだし、面白半分でコトミに投票する人間もいるかもしれない。

 

「……ん? ちょっと待て畑」

 

「はい、何でしょう?」

 

「さっきお前、私が負けた場合現生徒会は解散って言ったよな?」

 

「はい」

 

「じゃあ何でタカトシは副会長のままで話してたんだ? アイツは私の右腕だぞ」

 

「じゃあ天草さんは、津田先生以上に副会長に相応しい方をご存じで?」

 

「そう言われると答えに困るな……」

 

 

 アイツがいてくれるから私も会長職を立派にじゃないかもしれないがやってこられているのだ。誰が会長になってもタカトシは副会長に再任だろうな。

 

「そういうわけでして、この後候補者たちが集まっての話し合いがありますので、天草さんにもお付き合いしてもらいます」

 

「そう言うのは先に言えって言っただろうが!」

 

 

 勝手に予定を組まれて気分が悪いし、何を話せばいいのか何も考えていない。私は不安を抱えながらも畑の後に続くことに。

 

「アリア、留守は任せる」

 

「は~い。シノちゃん、頑張ってね」

 

 

 アリアに応援され、私は何が何でも会長の座は譲らないと硬く決意したのだった。




そのままタカトシが会長でいいじゃん……


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立候補者の動機

しっかりしてるのかしてないのか……


 上手いこと天草さんを説得し、生徒会長選挙を開催する方向で話が進められた。本当は今の段階なら津田副会長の権力で握りつぶすことも可能だったのだが、現職の会長が出馬表明をしたのだから、ここからなかったことにするのは相当難しい。

 

「(これを機に誰かが津田君とゴールインでもしてくれれば、桜才新聞で大々的に取り上げられるし、真面目な記事しかできなくても注目はされるだろう)」

 

 

 私の秘めたる目的など気付きもせず、天草さん以外の候補者は既に教室に集まっていた。

 

「五十嵐、パリィ、コトミ……本当に選挙が開催されるんだな」

 

「当然です。今の天草さんは津田君に頼り過ぎです。本来生徒会長は生徒の見本とならなければいけないというのに、しょっちゅう津田君に怒られてる姿が目撃されています。これでは生徒会長として相応しいとは言えないですからね」

 

「そんなこと言って、少しでも津田君と仲良くなりたいって気持ちがあるんじゃないですか?」

 

「そ、そんな不純な動機で立候補したわけではありません! 私は少しでもよりよい学園作りができたらと思って――」

 

「でも、津田君は副会長に再任させるわけですよね?」

 

 

 さっき天草さんに言った通り、彼以上に副会長に相応しい人はいないでしょう。本来なら彼がこの選挙に出馬してさっさと会長職に就けばいいのですが、それじゃあ面白くありません。だからこうやって候補者たちを煽ってるわけです。

 

「風紀委員として働いていたとはいえ、生徒会の業務にはそこまで詳しくないわけですから、副会長として今の生徒会を支えてきた津田君を再任させるのは当然の流れです」

 

「でもそれだったら天草さんを副会長に任命すればいいだけでは? 津田君以上に生徒会役員歴があるわけですし」

 

「天草さんより津田君の方が信頼がおけます。彼がいない時の天草さんは、とても信頼に値しませんので」

 

「酷い言われようだが、確かにタカトシがいてこそ真面目に働けてるという自覚はあるからな」

 

 

 天草さんが認めてしまったので、これ以上五十嵐さんを弄って遊ぶことはできそうにないですね。

 

「ではパリィさんが立候補した理由をお聞かせください」

 

「思い出作りだよ~。何時までもこの学園にいられるわけでもないし、生徒会長って何をするのか分からないけど出てみようって思った」

 

「分からないで立候補したのか? 調べてからするべきだと思うんだが」

 

「それもそうだね」

 

 

 天草さんにそう言われ、パリィさんは携帯を取り出して調べ出す。確かこの子が調べるととんでもない結果になるんだとの噂があるので、どんな結果になるのか楽しみですね。

 

「生徒会長、ご奉仕、肉奴隷……あわわ」

 

「何のサイトを見てるんですかっ!?」

 

「シノはタカトシの肉人形だったの!?」

 

「わ、私はまだ処〇だ!」

 

「アンタも混乱するなっ!」

 

 

 五十嵐さんが怒涛のツッコミを入れている横で、私は今の内容をメモに取る。これは記事にできる。

 

「畑っ! そんな見出しの記事は認めないからな!」

 

「何々……『驚愕! 生徒会長は副会長のペット』って、何ですかこの記事はっ!?」

 

「ちょっとのゴシップ記事くらい良いじゃないですか。それに憶測記事を書いたとしても津田副会長に握りつぶされるでしょうし、ちょっと妄想して遊ぶだけです」

 

 

 そもそもこんな記事を書こうものなら、津田副会長のカミナリで済むかどうか……最悪本当に新聞部が潰されるかもしれないのだから。

 

「私が会長になったら畑さんは真っ先に取り締まる必要がありそうですね」

 

「私だって注意してるんだぞ」

 

「まぁまぁ。それでは最後の候補者、コトミさんの意気込みを聞きましょう」

 

「私はノリで出馬しただけです」

 

「「ノリでっ!?」」

 

 

 天草さんと五十嵐さんがハモりましたが、私は何となくの動機は聞いていたので驚きません。

 

「タカ兄があれだけのポテンシャルがあるのだから、私にも秘められた力があるのではないかと思いまして」

 

「だがコトミよ。お前は柔道部のマネージャー業ですらろくにできてないんだろ? それなのに生徒会長なんてできると思ってるのか?」

 

「あのお義姉ちゃんでもできてるから、私でもなんとかなるかなーって」

 

「確かにカナは普段ふざけてるが、生徒会長としては優秀な部類だぞ?」

 

「まぁ、タカ兄にこってり絞られれば私でもできるようになると思いますよ、多分……」

 

 

 視線が明後日の方へ向いているので、恐らくコトミさん自身もできるようになるとは思っていないのでしょう。

 

「なお私が独自取材した結果、現状では天草さんが一位、僅差で五十嵐さんが続くという形ですね。意外なことにパリィさんやコトミさんを支持する方もいらっしゃいますので、選挙期間のアピール次第では本当に会長交代もありえるかと」

 

「コトミの支持層ってどこなんだ? 五十嵐やパリィは何となく分かるが」

 

「実兄と結ばれたいというアブノーマルな思考を支持する方々です」

 

「おぉ! 私ってそんなに期待されてるんですね」

 

「そんな不純な理由で生徒会長を選ばれたら、この学園は終わるぞ……」

 

「何があっても津田君がきっちり締めてくれるから平気でしょう。実際天草さんがふざけた企画を立案しても、津田君がちゃんとしてくれたから成功してるんですよ?」

 

「それを言われると困るな……だが、私だってちゃんと考えて意見してるんだぞ?」

 

「でも、後始末は津田君任せですよね?」

 

 

 私の切り返しに天草さんは言葉を失う。とりあえずこれで候補者は出そろったので、後はどう盛り上げて記事にするかですね。




支持層がどうしようもないな……


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候補者だけの水泳大会

何がしたくてこんなことしたのか……


 突如生徒会長の座を懸けて戦わなければいけなくなってしまい、私はとりあえず畑が用意した水着に着替えた。

 

「ところで、何故水着なんだ?」

 

『第一回、生徒会長候補だらけの水泳大会』

 

「なにっ!?」

 

 

 畑が大々的に放送した内容に驚きはしたが、横でタカトシが事情説明をするように注意しているので私たちは詰め寄る必要はなかった。

 

「生徒会長に求めるものは? というアンケートをした結果です」

 

「なる程な。確かに生徒会長には体力も必要――」

 

「一位リーダーシップ。二位知力。三位やる気。四位特になし。五位体力」

 

「特になしに負けてるじゃないか!?」

 

 

 それなのに体力勝負をさせられるのか……タカトシが畑を脅して中止にしてくれないかとも思ったが、既に有権者たちが集まってきてしまっているので、今更中止にはできないだろう。

 

「会長の身体、引き締まってますよね。私夏太りしちゃったから羨ましいです」

 

「薄着の季節だからこそ身体を絞るのだ」

 

 

 タカトシくらい引き締まっていれば自慢できるのかもしれないが、私はあくまでも見られても恥ずかしくない程度だからな。しかも私から言わせてもらえば、コトミや五十嵐のように大きい方が羨ましいのだが……

 

「なる程。引き締まった肉体を見せつけ、男子から絞りとるんですね」

 

「くだらないことを言ってると、タカトシに怒られるぞ?」

 

 

 こちらの会話は聞こえていないだろうが、タカトシからは物凄いプレッシャーが放たれている。アイツは読心術も読唇術も使えるから、コトミが何を話しているかなどお見通しなのだろう。

 

「それでは、スターターは津田副会長にお願いいたします」

 

「何故俺が?」

 

「誰が生徒会長に就任しても、貴方の副会長再任は決定事項ですから。会長不在の今、貴方が生徒のトップなのですから」

 

「それっぽい理由を引っ張ってきましたが、事前連絡なくこのようなことを開催した件、後でたっぷり説明してもらいますから」

 

「はい……」

 

 

 畑がタカトシに怒られている様子を見ながら、私たちは飛び込み台の上に立つ。ここ、意外と高く見えるから嫌なんだよな……

 

「あっ……」

 

 

 頭に血が上ったのか、それともタカトシに見られて恥ずかしかったのかは分からないが、五十嵐がスタートの合図前にプールに落ち、すぐにタカトシが飛び込んで五十嵐を救い出す。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ご、ゴメンなさい……大丈夫です」

 

「棄権します?」

 

「いえ! 大丈夫です!」

 

 

 ここで五十嵐が棄権すればだいぶ私に有利だったのだが、まぁライバル不在の勝負程白けるものは無いし、何よりタカトシにお姫様抱っこされた五十嵐に負けたくないという気持ちが私に大きな力をくれる。こうなったら完膚なきまでに叩きのめしてやろう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何故か燃え始めたシノちゃんを見ながら、私は隣にいるスズちゃんに話しかける。

 

「相変わらずタカトシ君の反応は早いよね~」

 

「他の人が動き出す前に五十嵐先輩を救出しましたからね。ですが、溺れてるわけじゃないのに救出に動く必要はあったのでしょうか?」

 

「今回はただ落ちただけだったけど、カエデちゃんは以前に溺れた経験があるからね~」

 

 

 あの時もタカトシ君が救出したから問題なかったけど、カエデちゃんのような美少女が溺れたとなれば、人工呼吸と言ってその唇を蹂躙する輩が現れていたかもしれない。それくらい危険なことだったんだよね。

 

「おっ、やっぱりシノちゃんがトップだね~」

 

「五十嵐先輩も負けてませんね」

 

「パリィちゃんは何故か平泳ぎだね~」

 

「コトミは……」

 

 

 水上走りをしようとしたらしく、コトミちゃんは完全に出遅れている。というか、絵的に溺れてるように見えなくもないが、タカトシ君は救出には動かない。

 

「バカなことをやったコトミのことはスルーのようですね」

 

「そもそも普通に泳ぎ出してるからね~」

 

 

 長年コトミちゃんのお兄ちゃんをやっているからか、あの程度でコトミちゃんが溺れるわけがないって分かっていたみたい。

 

「そうこうしている間に、シノちゃんがゴールだね」

 

「タッチの差で五十嵐先輩もゴールしましたね」

 

 

 どうやら体力勝負は僅差でシノちゃんが勝ったようで、健闘をたたえ合って握手している二人を見て観客から拍手が起こる。

 

「わー助けてー」

 

 

 そんな感動シーンの横で、イマイチ緊張感がない声が聞こえてきた。どうやらパリィちゃんが足をつってしまったようだ。

 

「大丈夫ですか?」

 

「ありがとー」

 

 

 偶々そばを泳いでいたコトミちゃんがパリィちゃんに肩を貸してプールサイドに向かう。この光景は別の意味で感動を呼び、こちらにも拍手が送られた。

 

「コトミとパリィは失格ですね」

 

「まぁ、緊急事態だったし仕方ないよ~。タカトシ君が動く前にコトミちゃんが救出に動いたのはビックリしたけど」

 

「勝負に負けたので、少しでも心証を良くしようとしたんじゃないですかね?」

 

「純粋に善意じゃないの?」

 

「まぁ、そう思っておいた方が気持ちが良いのはたしかですけど」

 

 

 どうしてもコトミちゃんのことを信じられないスズちゃんは、納得していない様子。よく見ればタカトシ君も呆れた様子に見えるし、やっぱり何かあるのかな?

 

「タカトシ君、コトミちゃんがパリィちゃんを助けたのに何でそんな顔をしてるの?」

 

「いえ、コトミの考えてることが分かってしまったので……」

 

「なになに~?」

 

 

 私たちでは分からないことなので、素直にタカトシ君に尋ねる。

 

「『トイレ行きたくなったからちょうど良かった』って……」

 

「あらあら~」

 

 

 点数稼ぎではなく緊急避難だったようで、私は思わずスズちゃんの方を見る。スズちゃんだったらお漏らししても誤魔化せたかもしれなかったのにね~。




もし火曜日に更新されなかったら、ワクチンの副反応が出たんだなと思ってください


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候補者演説

真面目なのか不真面目なのか


 生徒会長選挙は意外と熾烈を極めている。中間発表では天草会長が次点の五十嵐さんと僅差という感じになっており、パリィさんやコトミさんにも特定層の票が集まっている。

 

「(まぁ、無効票の津田君が一番多いのは候補者の皆さんには黙っておきましょう)」

 

 

 誰がどう考えても津田君が一番会長に相応しいって分かっているのでしょう。もちろん私も津田君が一番だとは思いますが、彼が生徒会長になったら私の自由が無くなってしまうので今回は候補者に入れなかったのだ。

 

「それでは本日は、候補者演説を開催します。順番は五十嵐さん、コトミさん、パリィさん、天草さんの順です」

 

 

 ちなみにこの順番は、候補者たちにじゃんけんをしてもらって決めたものだ。決して私の独断と偏見で決めたわけではない。なので津田副会長からも責められることはないのだ。

 

「それではまずは、現風紀委員長でもある五十嵐さんの演説です」

 

 

 司会進行は私だが、その隣には津田君も控えている。私が余計なことを言いそうになったタイミングでマイクの電源を切り、萩村さんに司会進行を変更。私を連行して説教という流れになるのだろう。

 

『私が生徒会長になった暁には、風紀を徹底し、健全な学園作りに努めます!』

 

「真面目な人ですねぇ……面白みに欠けるというか」

 

「真面目な選挙なんですから、これくらいが普通だと思いますよ」

 

 

 終始真面目な演説だった五十嵐さんに不満を零していると、横から津田君に注意された。どっちが先輩だか分からない感じだが、津田君に関してはこれが普通なので気にしないでおきましょう。

 

『私は柔道部のマネージャーを経験して、スポーツのすばらしさを知りました。そこで私が生徒会長になったら、スポーツが強い学園を目指しそして――』

 

 

 コトミさんの演説を聞いている生徒の中には意外感を懐いている人も多いだろう。私もその内の一人だが、隣の津田君は何故か微妙な顔をしている。

 

『――世界にむけてアスリートをはいせつさせたいです!』

 

「……帰ったら国語の勉強だな」

 

「一番大事なところでやっちゃいましたね」

 

 

 コトミさんの成績は知っての通りなので、この言い間違いは仕方が無いだろう。だが兄でもあり保護者代理である津田君は見逃せないミスだったようだ。

 

『私がカイチョーになったらアメリカンスタイルな学校にしマス。アメリカのハイスクールにはカフェテリアがあって、そこで朝食を摂れます』

 

「そんなのがあるんですね」

 

「現実問題として、そんな予算を何処から持ってくるかですけどね」

 

「津田君はリアリストですよね」

 

 

 少しくらい夢を見てもいいとは思うのですが、現実味がないと左右に首を振っている。

 

『これがあれば食パンを咥えて登校する必要が無くなりマス』

 

「また誤解してる」

 

 

 あれは現実ではあり得ないことだと日本人なら分かっているのに、パリィさんは日本を誤解してるからなぁ……

 

「最後は現生徒会長、天草さんの演説です」

 

 

 三人の演説を聞く限り、天草さんの再任で決まりそうな雰囲気はありますが、一応天草さんの演説も聞いておかなければ。

 

『私が目指すものはただ一つ! 学ぶ時は学び、遊ぶ時は遊ぶ! 皆が笑顔になる学園を皆と築き上げたいです!』

 

「皆で作る学園か……ちゃんと考えてるんですよね、あの人」

 

「津田君が凄すぎて目立ちませんが、天草さんは普通に優秀な会長ですから。現にマイクを肉の延べ棒に見立てて手コキの練習をする余裕もある」

 

「緊張して昔の癖が出てるのか……」

 

 

 冷静そうに見えて緊張していると分かり、私は天草さんが小刻みに震えていることに気付けた。津田君は最初から気付いていたようだが、この人には普通の人とは違う目があるのだろうか?

 

「候補者の演説は以上です。投票日まで残り数日ですが、今の演説も加味して誰に投票するか、しっかりと考えておいてください」

 

 

 一応真面目に締めておかないと津田君に怒られるので、私はしっかりと締めの挨拶をして解散させる。演説を聞く限り天草さんの勝ちでしょうが、もう一波乱起こらないかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 投票日前日、候補者たちは校門前で最後の挨拶をしている。現生徒会メンバーである我々は行き過ぎたアピールが無いかを見張る為にいるだけで、決して天草先輩の手伝いをしているわけではない。

 

「皆ラストスパートですね」

 

「萩村さんとしては、誰に会長になってもらいたいですか?」

 

「今更変わられても困るので、天草先輩に再任してもらいたいですね。間違ってコトミが会長になってしまったら、タカトシのカミナリが毎日生徒会室に落ちるでしょうし」

 

「あり得そうですね」

 

 

 ただでさえ今でも天草先輩や七条先輩にカミナリを落とす時があり、私はその都度ビックリしてしまうのだ。それがコトミ相手となれば――

 

「っ!?」

 

「どうかしました?」

 

 

――その時のことを想像して背筋が伸びてしまった。

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 

 四人が同時に声を出したので、私はそちらに視線を向ける。すると四人がタカトシに手を伸ばしている光景が目に入ってきた。

 

「何か昔の告白番組みたいになってる」

 

「………」

 

 

 一人は実妹だし、パリィはタカトシに特別な感情は無いから良いけど、二人はタカトシに好意を寄せている人だ。畑さんの冗談だとは分かっているのだけども、私もあそこに混ざって手を伸ばしたい衝動に駆られてしまうではないか……

 

「まぁ、四人にはそんなつもりは無いでしょうけどね~」

 

「………」

 

 

 ニヤニヤと私を見てくる畑さん。この人は私が慌ててるのを見て楽しんでいたのか……




煽りまくる畑さん……


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選挙結果

順当な結果


 本日は生徒会長選挙の投開票日。既に候補者たちは別室で待機しているが、私はその部屋にインタビューをする為に足を運んだ。

 

「天草さん。現職の会長として参加した選挙ですが、率直な今の感想をお聞かせください」

 

「前任の古谷先輩から会長職を引き継いで約二年、まさかもう一度会長選挙を戦うことになるとは思ってなかったな」

 

「ズバリ、最大のライバルは誰になるでしょうか?」

 

「ライバルは私自身だ。私が私に勝てなければ、より良い学園は作れないからな」

 

「なるほど……」

 

 

 私は天草さんの答えを聞いて、一つの結論を導き出し他の候補者に告げる。

 

「つまり皆さんは敵ではないそうです」

 

「そういう意味で言ったんじゃなーい!」

 

 

 これで天草さんの緊張を解すことができただろう。さっきトイレの個室で盗み聞きした限りでは、パンツを裏表に穿いていたようですし。

 

「コーヒー淹れましたよ。これで少し落ち着きましょう」

 

「カエデ、ありがと~」

 

 

 五十嵐さんが四人分のコーヒーを用意し、四人でそれを飲んでいる。結果待ちとはいえ一緒に戦った仲なので、この辺りはさすがと言ったところか。

 

「妙な味がする」

 

「尿の味がする!? カエデ先輩、まさかこのコーヒーの中におしっこを……」

 

「そんなことするわけないでしょ!?」

 

「あっ、砂糖と塩間違えちゃった」

 

「ドジ~」

 

「緊張感が保てない空間になってきてますね」

 

 

 この空間に津田君がいればまた違った緊張感が漂うのでしょうが、津田君は今不正がないよう目を光らせている所なのでこの場には来れない。コトミさんのおふざけが絶好調になってしまうのも仕方が無いかもしれない。

 

「ところで畑」

 

「はい?」

 

「出口調査をするとか言っていた気もするんだが、ここでのんびりしてていいのか?」

 

「それは他の部員に任せていますので大丈夫です。私は開票前の候補者たちの緊張感を取材しに来たのです」

 

「そうだったんですね~。てっきりタカ兄に睨まれることをして、ここに逃げ込んできたのかと思いましたよ」

 

「そんな事しませんよ。私だってまだ、命は惜しいですから……」

 

 

 あの人に逆らえば本気で消されかねないので、会長選挙の投票箱に仕掛けを作り、コトミさんを会長に仕立て上げようなんて悪戯は考えただけで踏みとどまった。もし実行していたら、私は明日の朝日を拝めたかどうか……

 

「ところでコトミさん」

 

「何ですか?」

 

「もし本当に会長に当選したらどうするおつもりで? ノリで出馬したとはいえ、貴女には特定層の支持者がいますし」

 

「さすがにあり得ませんよ~。私はただのにぎやかし要員ですから」

 

「自覚してるなら、もうちょっと真面目になったらどうなんだ? タカトシに怒られるぞ?」

 

「頑張ったところで、私がタカ兄みたいになれるわけないですからね~。それに、こんなダメっ子を会長に選ぶような人ばかりじゃないでしょうし」

 

 

 一部ふざけてる生徒が目立っているだけで、基本的に桜才学園の生徒は真面目でまともだと言われている。なのでコトミさんが言うようにふざけて会長を選ぶようなことは無いだろう。まぁ、何かあっても津田君が無効選挙にするだろうから問題ないが。

 

「そろそろ開票結果が出る時間ですね」

 

「会場に移動しよう」

 

「まぁどうせシノ会長の再選でしょうけどね~」

 

「そもそもカエデ以外本気でカイチョーを狙ってないからね~」

 

「パリィさんは思い出作り、コトミさんはノリで参加ですもんね~」

 

 

 実質天草さんと五十嵐さんの一騎打ち選挙だったのだが、それでは盛り上がらなかっただろう。こうして一定の盛り上がりを見せたのは、お二人の力があったからでしょうが、そのことを二人は自覚していないようですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選挙結果が発表され、私は無事に生徒会長に再任した。

 

「天草さん、おめでとうございます」

 

「かいちょーおめでとうございまーす」

 

「シノ、オメデト~」

 

 

 一緒に選挙を戦ったライバルから称えられ、私は足の力が抜けていくのを感じた。

 

「よ、良かった……」

 

「かなり緊張していたんですね」

 

「当たり前だろ! ただでさえ『お飾り会長』とか『津田副会長の操り人形』とか陰で言われてるんだ。ここで会長選挙に負けたらそれが事実みたいになってしまうじゃないか!」

 

「操り人形って、何だかエロいですね」

 

 

 コトミのエロボケに、今の私では反応できない。それくらい緊張からの解放で自分の身体をコントロールできていないのだ。

 

「……ところで畑?」

 

「はい?」

 

「何故人の股にマイクを向けているんだ?」

 

「緊張から解放されたことで、尿道の緊張も解放されるんじゃないかと思って」

 

「するわけないだろ! そもそもさっきトイレで出したばかりだからな!」

 

「何バカなことを大声で言ってるんですか、貴女は……」

 

「おぉ、タカトシ」

 

 

 緊張してへたり込んでいた私に手を差し伸べてくるタカトシ。その手を取って立ち上がろうとしたのだが――

 

「会長選挙の所為で生徒会業務が停滞しているんです。再任したのでしたら早い所仕事を片付けてくださいね」

 

「辞任したくなってきたー!」

 

 

――甘い空気に浸らせてくれること無く現実を叩きつけてきたタカトシに不満を零しながら、私は振り返った。するとコトミとパリィが笑顔で手を振り、畑は面白そうにシャッターを切り、五十嵐は同情的な目を私に向けている。

 

「というか、タカトシたちが片付けてくれたって良かっただろ!?」

 

「会長不在では、生徒会は機能しませんので」

 

「お前がいれば問題ないだろ?」

 

「そういう問題じゃねぇよ……」

 

 

 最後の最後でため口ツッコミを入れられてしまったが、この後数時間は生徒会室に缶詰めになるのだった……本当に辞任しようかな。




再任早々仕事が大量に……


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英稜生徒会奮闘記

奮闘してるのが一人しかいない気も……


 最近一年生二人に甘く見られている気がする。生徒会メンバーの仲が良くなってきたと思えば良いことなのかもしれないけども、最上級生として、もう少し威厳を持ちたいと思ってしまう。

 

「――というわけなんだけど、サクラっちはどう思う?」

 

「生徒会の議題に、会長個人の感情を出さないでくれませんか?」

 

「じゃあこの相談は後程で。今月の目標は、笑顔が絶えない学園作りで」

 

「良いですね。ところで、広瀬さんは?」

 

「部活じゃないですか?」

 

 

 サクラっちと青葉っちが話していたタイミングで、ユウちゃんが生徒会室にやってきた。

 

「すんません、遅れました」

 

「もう、仕方ないな」

 

 

 早速実践をする為に、私は笑顔でユウちゃんを迎え入れる。

 

「ひぇー、もう二度と部活以外で遅れないようにするっす」

 

「怒るより効果覿面ですね」

 

「タカ君の笑顔を参考にしてみたんだ」

 

 

 さすがにタカ君の威圧感までは真似できないけども、ユウちゃんを反省させることには成功した。私でこれだけの効果があるのだから、タカ君がやればかなりの効果が見込めると思うのだが――何故コトちゃんは反省しないのだろうか。

 

「そういえば会長。今日はソフト部の助っ人を頼まれてませんでしたっけ?」

 

「うん。これが終わったらすぐに参加するよ」

 

「助っ人ですかー。それで、会長のポジションは?」

 

「四番ライトだよ」

 

 

 キリッと決め顔で告げると、ユウちゃんは尊敬のまなざしを向けてくれたが――

 

「四番手ですか」

 

「四番は凄いんだよっ!?」

 

 

――こういうことに疎い青葉っちはそんな感想だった。

 

「とりあえず見ててね」

 

 

 三人に応援されながら、私はソフト部の助っ人として存分に活躍する。

 

「(打ったら手がしびれてる……確かこの状態で弄ると気持ちいいって、コトちゃんが仕入れてきた情報にあったっけ……)」

 

 

 そんなことを考えていると、サクラっちから呆れた視線を向けられる。タカ君じゃないけども、サクラっちも十分心を読めるのではないかと思えるくらい鋭かったんだっけ……

 

「(とりあえず試合中は真剣にやらなければ)」

 

 

 結果的に私は大活躍でソフト部のメンバーから感謝される結果に終わる。これで少しは先輩として尊敬される結果になればいいのだけども――

 

「(サクラっちには難しそうですね)」

 

 

――試合中余計なことを考えていたことがサクラっちにはバレているので、彼女に尊敬されるのはもう少し先になりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長から相談されたのが数日前。あれから注意深く生徒会メンバーを観察していたが、それ程会長が甘く見られている様子は見られない。むしろ一緒になってふざけている場面の方が多い気がする。

 

「今日会長遅いっすね」

 

「三年生だし、いろいろあるのかもね」

 

 

 珍しく広瀬さんが会長より先に顔を出しているので、私は広瀬さんを観察することに。

 

「そういえば広瀬さんって指長いねー」

 

「そうっすか?」

 

 

 良く見えるようにしてくれたのか、広瀬さんが手を広げこちらに向ける。私は指の長さを確認する為に自分の手を広瀬さんの手に重ねたのだが――

 

「負けないっすよ?」

 

「突然力比べが始まったっ!?」

 

 

――体育会系のノリなのか、突然重ねていた手に力を込めてきた。

 

「ストップ、ストップ! そんなつもりじゃないから」

 

「……失礼しました」

 

 

 私が広瀬さんを押し返そうとしたタイミングで生徒会室に入ってきた会長が、何やら盛大に勘違いして出ていってしまう。私は慌てて会長を追い掛け、事情を説明した。

 

「そう言うことだったんだ。てっきり二人が百合百合な関係になったのかと」

 

「そんなわけないじゃないですか!」

 

「そうだよね。サクラっちはタカ君のお嫁さん候補筆頭だもんね」

 

「何ですかその候補はっ!?」

 

 

 タカトシ君をそっちのけで決めたんだろうけども、そんな候補がいることに驚きを隠せない。そして何故私が筆頭なのかにも。

 

「ところで会長、今日はどうして遅れたんですか?」

 

「実はここに来る前に外を見回りしていたんだけど、水たまりに足を突っ込んじゃって……」

 

 

 そう言って会長は濡れた靴下を私たちに見せてくる。

 

「ドジっすね」

 

「ユウちゃん、何て言ったの?」

 

「す、すみませんっす」

 

 

 てっきり馬鹿にされたのを怒ったのかと思ったが、会長の表情からは怒りの感情は感じ取れない。

 

「もう一回言って」

 

「ドジっすね」

 

「はいはい、罵倒されて興奮してないで、会議始めますよ」

 

 

 尊敬されたいという気持ちは何処に行ったのか……会長は広瀬さんに罵倒されてドキドキしているではないか。私は事務的にツッコミを入れて会議を開始するよう誘導する。

 

「森副会長も大変そうですね」

 

「そう思うなら、青葉さんも手伝ってよ」

 

「私じゃ会長を導けないですから」

 

「私だって結構無理矢理なんだけど?」

 

 

 会議中も会長と広瀬さんはおふざけをするし、青葉さんは天然なのか二人の発言を真に受けるしで、私は会議中もツッコミを余儀なくされる。

 

「はぁ……」

 

「サクラっちお疲れ。これあげる」

 

 

 会長が取り出したのは飴玉。何故会長が飴を持っているのか気になったが、とりあえず貰っておこう。

 

「ありがとうございます。ちょうど疲れていたので」

 

「疲れた時には甘いものが――」

 

「喉が」

 

「ツッコミ疲れ?」

 

 

 あれだけツッコミを入れれば喉にダメージを負うってことくらい、会長でも分かりそうなんだけどな。

 

「タカ君ならあれくらいで疲れたりしないだろうけどね」

 

「タカトシ君と同じレベルを期待されても無理ですよ」

 

 

 彼は私以上に捌かなければいけない相手が多いのだから……

 

「(最近会えてないけど、やっぱり大変なのかな?)」

 

 

 今度連絡してみようかなと思いつつ、迷惑になるんじゃないかという気持ちが働き結局連絡できていないのだ。やっぱりタカトシ君は大変なんだろうと思って諦めているけども、私もたまには会いたいな……




喉は疲れないけど精神的に疲れることはあるんですよね……


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透明の話題

透けすぎだって……


 生徒会室に一人でいるのは久しぶりな気がする。タカトシと萩村は新聞部の取材対応、アリアは見回りに出ている為、私一人で作業できるはずだったのに――

 

「よーす」

 

 

――生徒会顧問である横島先生がやってきてしまった。タカトシがいない時に来られると困るんだよな……

 

「何だ、天草一人か」

 

「えぇ」

 

 

 事情を説明して作業に戻ろうとしたのだが、横島先生の肌が何時により透明に見えた気がした。

 

「横島先生、スキンケアの方法を変えたんですか?」

 

「分かるか? 化粧品を変えたのだ」

 

「そうだったんですか」

 

 

 バイトもしていない私には新しい化粧品に手を伸ばすことは難しいが、社会人である横島先生なら新しいものに挑戦することもできるのか……

 

「(何だか初めてこの人のことを羨ましいと思ったかもしれない)」

 

 

 普段はこの様な大人になりたくないと、ある意味最強の反面教師としてしか見ていなかったのだが、まさか羨ましいと思う日が来るとは……

 

「この透き通るような肌を見てくれ」

 

「まさか、自慢したくて生徒会室に?」

 

「だって、こんなに透き通ってるんだぞ? 誰かに自慢したくなるだろ」

 

「それは、まぁ……分からなくはないですが」

 

 

 私だって女子だ。肌に透明感が出たら自慢したくなるかもしれないけども、わざわざ仕事の邪魔をしてまで自慢したいと思うだろうか? そこだけは共感できない。

 

「ちょっと二人とも」

 

「おぉ、アリア。お帰り」

 

 

 私たちの会話が聞こえていたのか、アリアが生徒会室に飛び込んできた。やはりアリアもスキンケアの話は興味があるのだろうか?

 

「生徒会室でマニアックな話は駄目だよ? 勘違いされちゃったらどうするの」

 

「何の話だ?」

 

「だって、骨格フェチの話をしてたでしょう?」

 

「それは透けすぎだな」

 

「ねーねー、私を見てよー」

 

「随分と、楽しそうですね」

 

「「「あっ……」」」

 

 

 アリアの冗談で笑っていたら、背後から底冷えする声が聞こえてきて、私たちは同時に固まる。

 

「天草会長、溜まっていた作業は終わったのでしょうか?」

 

「もうちょっとだから!」

 

「横島先生はご自分のデスクの片付けをすると仰っていたのではありませんでしたっけ?」

 

「直ちに終わらせます!」

 

「七条先輩は風紀委員会へ報告があるのではなかったのですか?」

 

「そうだった! すぐに向かいます!」

 

 

 あえて丁寧な口調で責められ、私たちは弾かれたように自分の仕事に戻る。これだからどっちが会長だか分からないとか言われるんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会作業も無く、バイトも無いので本屋巡りをしていたのだけども――

 

「いきなり降るんだもんな……」

 

 

――急に振り出した雨の所為で雨宿りを余儀なくされた。折り畳み傘は持っているのだけども、それでは凌ぎようがない雨なので身動きが取れない。

 

「無理してこっちまで来なければ良かったかも……」

 

 

 近所の本屋三件を回って見つけられなかったので、少し遠出するか諦めるか悩んだのだが、諦めきれずに少し足を延ばしたおかげで本は見付けられたのだが、その結果がこれだ。大人しく諦めていたら雨に見舞われることもなかっただろうに。

 

「駅まで行ければ何とかなるんだけどな……」

 

 

 そうすれば電車に乗って帰るだけだ。駅につけばどうとでも出来るのだが、この雨の中駅まで走るのは無理がある。

 

「どうしよう……」

 

「何してるんだ?」

 

「え?」

 

 

 聞き覚えのある声で話しかけられ、私は驚いてしまう。

 

「あっ、タカトシ君」

 

「雨宿りか?」

 

「こんなに降るとは思って無くて、折り畳みしか持ってないんだよね」

 

「なる程……駅まで入ってくか?」

 

「いいの?」

 

「別に構わない」

 

 

 タカトシ君がさしている傘は大きいので、私が入ってもそこまで濡れることは無いだろう。そう思ってタカトシ君の好意に甘えることに。

 

「サクラはこんなところで何してたんだ?」

 

「目当ての本が近所に無くて」

 

「それでこっちまできて雨に見舞われたと」

 

「その通りです」

 

 

 いくら大きい傘とはいえ二人で入ればそれなりに濡れるんじゃないかと思ったけど、私の方は濡れずに済んだ。

 

「ゴメンね、タカトシ君」

 

「気にするな。これくらい大したことじゃない」

 

「そうは言っても……とりあえずこれで拭いて」

 

 

 私を濡らさない為にタカトシ君の半身は結構濡れてしまっている。ハンカチ程度じゃあまり意味はないけども、とりあえずタカトシ君を拭いてから、私は電車に乗って自宅最寄り駅まで戻ることができたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ君にお買い物を頼んで、私は部屋の掃除をしていた。普段ならコトちゃんの部屋まで掃除することは無いのだけども、今日は気分が良いのでサービスだ。

 

「あら?」

 

 

 ベッドの下を掃除していたら、掃除機が何か紙を吸い込んだ。私は掃除機を止めてその紙を確認することに。

 

「あっ、五十点の英語のテスト」

 

「ただいまー、ってあぁ!?」

 

 

 ちょうどコトちゃんが帰ってきたようで、私が手に持っているテストを見て慌てている。

 

「それはその……」

 

「うん」

 

「……あっ! 『いい報せと悪い報せがある』って言うのをやりたくて。いい報せができるまで寝かせておこうと……」

 

「タカ君に報告するね」

 

「そんな……」

 

 

 そもそもタカ君ならコトちゃんがテストを隠してることすらお見通しなんだろうけども、ちゃんと報告しておかないと私まで怒られちゃうし。

 

「ただいま」

 

「タカ君、お帰り――あら?」

 

 

 何故か半分だけ濡れているタカ君を見て、私は首を傾げる。傘はちゃんと持っていったはずだし、タカ君の手には濡れた傘がちゃんとある。なのに何故濡れているのか……

 

「どうしたの?」

 

「知り合いを駅まで入れただけです」

 

「ふーん」

 

 

 ここで深掘りするとこっちにまでダメージが来そうだったので、私はそこで話題を終わらせた。だって私以外と相合傘をしたなんて聞かされたくないし。




コトミの良いニュースは何時できるんだか……


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合う枕

睡眠は大事です


 今日は全員で生徒会室で作業していたのだけども、七条先輩の様子がさっきからおかしい。何時ものようにふざけておかしいのなら気にもしなかったのだが、さっきから左右に揺れたり、先輩にしては珍しい誤字があったりと、体調面に問題があるのではないかと思わせるおかしさなのだ。

 

「七条先輩、どうかしたんですか?」

 

「ちょっと寝不足で……」

 

「確かに、今日一日アリアは眠そうだったしな。よく見れば隈ができてるし」

 

「酷い顔になってる?」

 

「うんまぁ」

 

 

 化粧で上手く隠しているけども、じっくり見れば確かに七条先輩の目の下には隈ができている。

 

「だがまぁ、ヤンデレキャラっぽくなってるから良いんじゃないか?」

 

「キャラ変更は目指してなかったんだけど、意外と良い感じになったのかな?」

 

「あの、タカトシが怒るのでその辺で……」

 

 

 実際隣からすごい圧が掛かってきているので、私は脱線しかかっている話題を強引に戻す。

 

「それで七条先輩、寝不足の原因は何なんですか?」

 

「新しい枕を買ったんだけど、合わないみたいなんだよね」

 

「前までの枕の感触が身体に染み付いているんだな」

 

「でしたら前の枕に戻しては?」

 

「前のは出島さんにあげちゃった」

 

「返してもらっては?」

 

「でももうその枕に出島さんのシミが付いちゃってるし」

 

「何に使ってるんだ、あの人は!?」

 

 

 七条先輩大好きのあの人のことだから、そういうことに使ったんだろう。だがまぁ、ここでそれを口にすれば私まで同類だと思われてしまうので黙っておこう。

 

「今日の作業はそこまで多くないから、保健室で寝て来たらどうだ?」

 

「でも、生徒会役員が保健室をそういう風に使うのは……」

 

「だったら私のクッションをお貸ししますよ。ここで仮眠してみては?」

 

 

 何時も昼寝用に使っているクッションを差し出し、仮眠を進めるが、やはりしっくりこないようだ。

 

「身体を温めると良く寝られるらしい」

 

「そうなの? 初めてだから優しくしてね」

 

「何の話だ?」

 

「だって『身体をアタタする』って」

 

「寝不足で耳までおかしくなってるのか?」

 

 

 愉快な聞き違いをした七条先輩に、会長が珍しくツッコミを入れる。

 

「頭頂部にあるツボを刺激するとリラックスできて眠れるらしいです」

 

「ここ?」

 

 

 私のアドバイスで頭頂部のツボの一つ「百会」を刺激する先輩。眠いからか、無意識に口を開けている。

 

「無意識に股を開くのは?」

 

「屈辱的なポーズを取ろうとするな!」

 

 

 この人は根本的な所は変わっていないんだなと思い知らされたのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんやスズちゃんにいろいろとアドバイスしてもらったけども、結局効果は見られない。見回りは二人がしてくれて、残ってる事務作業はタカトシ君がしてくれることになった。

 

「ゴメンね」

 

「気にしないでください」

 

 

 スズちゃんがいないからタカトシ君の隣に腰を下ろし謝罪する。タカトシ君はこのくらいの作業で文句を言う人じゃないけども、私の所為でこうなっているのだからちゃんと謝っておかないと。

 

「前に寝られなかった時は、タカトシ君にツボを押してもらって寝かせてもらったんだよね」

 

「そういえば、そんなこともありましたね」

 

「あの時は熟睡できたし、また押してもらえば――」

 

「ここで熟睡されても困るんですが」

 

「そうだね」

 

 

 確かにあの時は自分の部屋だったからタカトシ君もツボ押しを選択したのだろうが、ここは生徒会室。ここで熟睡して朝まで目覚めなかったらいろいろと問題だ。

 

「はぁ……何かいい案ないかな」

 

「あの、先輩?」

 

「ん~……」

 

 

 タカトシ君の肩にもたれ掛かり解決案を考えようとしたのだが、私の意識はだんだんと遠退いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の肩に頭を乗せたかと思ったら、規則正しい寝息が聞こえてきた。どかすのは簡単だが、せっかく寝られたのに起こすのも可哀想だったので、俺は先輩の頭を肩に乗せたまま作業することに。

 

「多少動かしづらいが、できなくもないだろ」

 

 

 そう自分に言い聞かせて俺は残っている資料をパソコンに打ち込んでいく。左手が若干動かしづらいができなくもないのでそのまま作業していると、二人の気配が生徒会室に近づいてきた。

 

「見回り終わったぞー」

 

「お疲れさまです」

 

「何故アリアはタカトシの肩枕で寝てるんだ? まさかタカトシが誘ったのか?」

 

「違いますよ」

 

 

 何故この状況になったのかを説明し、とりあえずシノさんとスズは落ち着きを取り戻した。というか、何で慌ててたんだか。

 

「うーん……」

 

 

 二人の声が原因かは分からないが、アリアさんが目を覚ます。

 

「あれ? 私寝てた?」

 

「あぁ。気持ちよさそうにな」

 

「シノちゃん? 何だか機嫌悪くない?」

 

「アリアが抜け駆けしたんじゃないかと思ってたからな」

 

「抜け駆け? ……もしかして私、タカトシ君を枕にしてた?」

 

「そうですね。でも、寝られて良かったですね」

 

 

 仮眠程度ではあるが、これでとりあえずは眠気覚ましはできただろう。とはいえ作業も殆ど終わっているので、後は帰るだけなのだが。

 

「タカトシ君が私の枕になってくれれば、毎日ぐっすり寝られるのにな」

 

「それは完全にアウトだ! アリア、今度アリアに合う枕を探しに行くぞ!」

 

「というか、七条グループなら先輩に合う枕をすぐ用意できるのでは?」

 

「かもね~。帰ってお父さんに相談してみるよ。タカトシ君、肩、ありがとね」

 

「いえ」

 

 

 別に涎を垂らされたわけでもないので気にする必要もない。俺は残っていた作業を終わらせ立ち上がり、それを合図に全員で生徒会室を出ていく。これがコトミだったら涎を垂らしてただろうなと思い、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまったのだった。




タカトシを枕だけで使うのはもったいない


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間違った情報

曲解ばっかり……


 教室でネネとおしゃべりしていたら、パリィがふらふらした足取りでやってきた。

 

「おはよう、パリィ」

 

「おはよ~ふわぁ」

 

「寝不足?」

 

 

 今にも壁にぶつかりそうな足取りなので、とりあえず壁際から移動させながら尋ねる。

 

「朝はヨワイんだよ~……」

 

「低血圧なの?」

 

 

 コトミも朝は弱いとか言っていたが、あの子の場合は単純に夜更かしし過ぎて朝起きられないだけなのだが、パリィがそこまで夜更かししているとは思えない。だから低血圧なのかと思って尋ねたのだが、その単語を聞いてネネがとんでもない提案をする。

 

「だったら逆立ちすれば頭に血が上って元気になるんじゃない?」

 

「いやいや、そんなわけないでしょ」

 

 

 私はネネの提案をボケだと受け取ったのだが――

 

「よーし!」

 

「ジョーダン、ジョーダンだから!」

 

「スカートでしょっ!」

 

 

――パリィは真面目な提案だと受け取ってしまったようだ。

 

「ネネも相手を選んで冗談を言わないと」

 

「パリィちゃんが信じるとは思わなかったんだよ」

 

「というか、パリィはそんなので朝の授業大丈夫なの?」

 

「ダイジョーブ。最悪タカトシに聞くから」

 

「パリィにも頼られてるのね……」

 

 

 教室の中で補習候補者たちに解説しているタカトシに視線を向け、私は若干同情的な気分になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普段ふざけているからそんなこと無いだろうと言われるかもしれないが、今週はかなり仕事量が多く大変だった。どのくらい大変だったかというと、男子生徒にちょっかいを出す暇もなければ、外部で出会いを求める余裕すらなかった。それくらい大変だったのだ。

 

「横島先生、生徒会室で寝ないでください」

 

「少しくらいは大目に見てくれ……今週はキツかったんだ」

 

「それはお疲れ様です。ですが普段サボりがちなのですから、少しは仕事をした方が査定に影響があるのでは?」

 

「そうなんだが……」

 

 

 私の給料査定やボーナス査定もだが、津田が学園長に報告した内容が影響されているらしい。だから津田の前ではしっかりとしなければいけないのだが、どうも私がちょっかいを出そうとしたタイミングで津田と遭遇するから、私の評価は下がる一方なのだ。

 

「ねぇねぇタカトシ君、今横島先生はなんて?」

 

「今週はキツかったと」

 

「なる程……ちゃんとブレスケアしなければだめですよ?」

 

「おい七条。なんでそんな話になってるんだ?」

 

「だって、口臭がキツかったって」

 

「臭くないからな!? というか、どんな聞き間違いだ!」

 

 

 七条の所為で居心地が悪くなったので、とりあえず職員室に戻ることに。途中で小山先生と合流したので、予定を尋ねることに。

 

「小山先生、今夜暇ですか?」

 

「えぇ、特に予定はありませんよ」

 

「なら飲みに行きましょう。今週はキツかったですから、そのお疲れ様会的なノリで」

 

「良いですね」

 

「決まり! でも小山先生、かなり顔に疲れが出てますが大丈夫ですか?」

 

 

 じろじろと小山先生の顔を覗き込むと、先生が恥ずかしそうに顔を逸らした。

 

「疲れもそうなんですけど、私眉毛を描くのが苦手でして」

 

「あー、わかるわかる。左右対称って難しいよね」

 

 

 こればっかりは津田には分からないだろう会話だと思いながら、私は左右対称の難しさを熱弁することに。

 

「ひとりHの時も胸の大きさに差が出ないよう、交互に揉むんですよね」

 

「なんて破廉恥な! 眉毛の話どこ行きました!?」

 

「左右対称の難しさを分かり易くしようと思って」

 

「難しいのは分かってますって!」

 

 

 何故だか怒られてしまったが、とりあえず今夜の楽しみができたので、残ってる仕事を片付けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアと萩村が見回りに出ている間に、私とタカトシで書類の処理を終わらせてしまった。二人でと言えば聞こえはいいが、比率的には私が三、タカトシが七だろう。

 

「時間が余りましたね」

 

「二人が帰って来るまで何かするか……」

 

 

 何かと言っても、この部屋に娯楽に使えるものは多くない。部屋を見回して視線を落としたら、自分の指が視界に入る。

 

「指相撲でもするか」

 

「いいですよ。本当にすること無いですし」

 

 

 溜まっていた仕事はタカトシが殆ど片付けたし、生徒会室の掃除はタカトシが定期的にしてくれているので汚れていない。本当にすることが無いというのも、大げさではないだろう。

 

「では、三回勝負だ」

 

「構いませんが、負けても不貞腐れないでくださいよ?」

 

「そこまで子供じゃないぞっ!?」

 

 

 そもそもタカトシに勝てるとは思っていない。男女差もあるが、こいつの反射神経を上回れるはずもないので、タカトシの指を押さえつけられるビジョンが見えないのだ。

 結局ストレート負けを喫したのだが、ここまで圧倒的な力の差を見せられるとすがすがしい気分になるものだな。

 

「実に気持ちがいい思いをした」

 

「失礼します。風紀委員会の報告書をお持ちしました」

 

「ご苦労」

 

「それで、何かしてたんですか?」

 

「タカトシの指で気持ちがいい思いをしていたんだ」

 

「っ!?」

 

「……あれ? なんか間違えたか?」

 

 

 五十嵐が固まってしまったので、私はタカトシに助けを求める。タカトシが五十嵐に事情を丁寧に説明してくれたお陰で、とりあえず誤解は――

 

「(天草会長、津田副会長の指で絶頂っと)あら?」

 

「お前も懲りないな……」

 

 

 五十嵐に説明を終えたタイミングで聞き耳を立てていた畑を捕まえたタカトシに感心しながら、私は二人が帰って来るまでの間畑と話し合うことになったのだった。




普通に考えて、シノがタカトシに指相撲で勝てるわけないよな……


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芸術の秋

芸術には興味はないな……


 ボアの散歩をしているのだが、特に気を付けることもないので私は周りの景色を眺めている。

 

「(すっかり秋めいてきたな。食欲の秋なんていうけど、食べ過ぎには気を付けないと)」

 

 

 食べた分が身長に行けばいいのだが、私の経験上そんな展開にはならないだろう。タカトシのように普段から運動をしている人間が多少食べ過ぎたくらいなら良いが、私はろくに運動はしていない。だから食べた分だけ体重に比例してくるだろうから、そう決意したのだが――

 

「わんっ!」

 

 

――雌犬を見つけてそっちに駆け出そうとするボアを制御できずに、少しくらいウエイトを増やそうと思わざるを得ない状況になってしまった。

 

「や、やっと大人しくなった……」

 

 

 暫く引きずられていたが、雌犬が視界から遠ざかったからなのか、全く相手にされていないと分かったからかは分からないが、漸く大人しくなってくれた。

 

「あっ……」

 

 

 周りを見る余裕が出てきて漸く気付いたけど、この辺りで幼稚園の写生大会が行われているようだ。その中に知り合いの子もいる。

 

「邪魔しちゃ悪いから移動しようか」

 

 

 ボアにそう話しかけて移動しようとしたのだが――

 

「あっ、お姉ちゃん動いちゃダメ」

 

「被写体にされている!?」

 

 

――いつの間にか知り合いの女の子であるあすかちゃんの絵の被写体になってしまっていたようだ。

 

「えっと、何時まで動かなければいいの?」

 

「絵が完成するまで待っててね」

 

 

 私はそれが何時くらいになるのか尋ねたのだけども、やっぱり幼稚園児相手にはちゃんと省略せずに会話しなきゃダメね……

 

「スズ、何してるの?」

 

「タカトシっ!? こっちに来ちゃダメ!」

 

「えっ?」

 

 

 私の忠告も虚しく、あすかちゃんのテリトリーへ入ってしまったタカトシ。彼も被写体にされてしまったようだと、あすかちゃんの視線から理解した。

 

「絵のモデルをしてたのか」

 

「ちょっと成り行きで……」

 

 

 大人相手ならタカトシも警戒してたかもしれないが、幼稚園児相手にまで警戒心を懐いてるわけではない。なのでそのままタカトシも被写体として参加することになってしまったのだ。

 

「私も移動しようとしたんだけど、いつの間にかね」

 

「まぁ、今日は時間的余裕もあるし、これくらいなら付き合うよ」

 

「そうなの? そろそろコトミが定期試験の件で泣きつきだす頃だと思うんだけど?」

 

「今日は朝から義姉さんが来てるからね。今頃義姉さんにこってり絞られてる頃だろうよ」

 

「魚見さん、またいるんだ」

 

 

 遠縁とはいえ頻繁に津田家を訪れすぎじゃないだろうかとも思うが、あの人は一人っ子で「きょうだい」というものに憧れていたという話を聞いたことがある。まぁ私も一人っ子だし、天草会長や七条先輩もそうだ。だから魚見さんの気持ちも分からなくはないのだが――

 

「(コトミみたいな妹は勘弁願いたいわね)」

 

 

――あの子が自分の妹だと思うと、果たして胃が痛い思いだけで済むのかどうか疑わしい。

 

「なに?」

 

「いえ、ちょっとね……」

 

 

 私が同情しているのに気付いているのか、とても苦々しい表情を浮かべているタカトシ。でもそれ以上の反応を見せないということは、言われ慣れているのだろう。

 

「(こんなのと慣れたくなかったでしょうけども)」

 

 

 そんなことを考えていたその時。強風が私たちを襲い、スカートがめくれてしまう。

 

「……見た?」

 

「何を?」

 

「いや、見てないならそれでいい」

 

 

 真横にいるのだから見えるわけ無いし、タカトシが無遠慮に覗き込むなんて思えないので心配はしていなかったのだが、年頃の女子として確認せずにはいられなかった。

 

「ちょっとあすかちゃん!? 私の今日の服にピンクは無いぞぉ!?」

 

「でもお姉ちゃんのp――」

 

「そう言うことは言わないの!?」

 

 

 あすかちゃんが暴露しそうになったのを必死に止める。その所為で私が何で焦っているのかタカトシ以外にもバレた気がするけども、そんなことを気にしてる余裕も無い。

 

「もうすぐ完成するから、お姉ちゃんもお兄ちゃんももう少し待ってね」

 

「早くして……」

 

 

 肉体的疲労度はそれ程ではないけども、精神的疲労度は限界に達している。さっきの強風がトドメとなったのだろうか。

 

「そういえば、タカトシはこんなの所に何しに来たの?」

 

「時間に余裕ができたから、エッセイのネタを探しに来ただけだったんだけどな」

 

「真面目ね……時間に余裕ができたなら休めばいいのに」

 

 

 普段から働き過ぎなタカトシなのだから、コトミの相手を魚見さんが請け負ってくれた時くらい休めばいいのにと思い、率直な感想が口から出た。

 

「畑さんの収入源になってるのはあれだけど、楽しみにしている人が大勢いるからね。手を抜くわけにもいかないだろ」

 

「ほんと真面目ね。どうして妹のコトミのその真面目さが無いのかしら」

 

「何でだろうね」

 

「できた!」

 

 

 漸く完成したようで、私たちは動いていい許可を得た。そしてあすかちゃんの絵を見て――

 

「この周りのハートはいったい!?」

 

 

――私たちの周辺に描かれている模様が気になってしまった。

 

「落ち葉だよ」

 

「あぁ……」

 

「それ後であげるね」

 

 

 まず先生に見せる必要があるのでそちらへ持っていき、被写体の報酬としてその絵を貰った。

 

「良かったね」

 

「いる?」

 

「俺は良いよ。スズがもらったんでしょ?」

 

「そうだね。ありがとう、あすかちゃん」

 

「お兄ちゃんも、モデルしてくれてありがとー」

 

「どういたしまして」

 

 

 膝を折って目線を合わせてそう答えるタカトシ。やっぱりこいつは、年下の扱いになれているんだろうなと思う瞬間だった。




立派なお兄ちゃん


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冷え対策

まだまだ冷える陽気じゃないですけど


 登校中に風紀委員の五十嵐が話しかけてきた。これがタカトシだったらいいのになど、思っていないが少し残念だ。

 

「天草さん、おはようございます」

 

「おはよう、五十嵐」

 

「? 今少し残念そうな顔をしませんでした?」

 

「気のせいだろ」

 

 

 タカトシ程ではないが、五十嵐も鋭い部類の人間だったな……それ程露骨に顔に出した覚えは無いのだが。

 

「それにしても、今日は寒いですね」

 

「だな。急に寒くなってきた」

 

 

 ついこの間まで暑かったと思っていたのにこれだ。ここ最近は秋が短くなってしまったと感じるのも仕方が無いよな。

 

「コートが欲しかったんですけど、見つからなかったので下に一枚多く着てきました」

 

「分かる。私も手袋が欲しかったんだが見つからなくてな……母の指サックがあったからそれで代用してきた」

 

「知りたくなかったです」

 

 

 母の指サック(Rー18)を見て、呆れ顔をする五十嵐。一応これがどういう用途で使われるのかは分かるようだな。

 

「とりあえず没収はしませんが、今後同じようなことはしないでください」

 

「分かってる。ちゃんと手袋は探しておくさ」

 

 

 私だって何時までもイボサックで代用するつもりもない。五十嵐に言われるまでも無くこんな対処は今日だけのつもりだった。

 

「信じますからね」

 

「あぁ、その辺は大丈夫だ」

 

 

 私の信頼度はそんなものかと思いながら、私は早朝会議の為に生徒会室へ向かう。

 

「揃っているな」

 

「シノちゃん、おはよ~」

 

「「おはようございます」」

 

「おはよう、みんな」

 

 

 既に生徒会室には他のメンバーが揃っており、私が席に着けば会議が始められる状況だった。

 

「それでは、早朝会議を始めよう」

 

 

 真面目な会議なのでその間は皆、真面目な表情で話し合う。まぁ、タカトシは何時も通りの表情なのだが。

 

「――こんなところか」

 

「ですね」

 

「お茶淹れるね~」

 

 

 話し合いが終わり緊張感が解けたからか、急に寒さを思い出した。

 

「しかし冬は足が冷えて参るなー」

 

「そだねー」

 

「下半身の冷えには漢方が効きますよ」

 

「漢方か……」

 

 

 あまり良い思い出がない漢方に手を出す程の冷えではないと言い聞かせてしまう。だって苦いって思い出くらいしかないし……

 

「うん、下半身の冷えにはカンチョウだね」

 

「カンチョーじゃないですよ!?」

 

「『環腸』ってツボの話だよ?」

 

「だったらその指は何だっ!?」

 

 

 アリアの指は完全に『カンチョー』を連想させる形だったので、私もてっきりそっちだと思っていたのだが、どうやらツボの話だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みに生徒会室でお弁当を食べて、午後からの授業も頑張ろうと思った矢先に――

 

「体操服忘れた」

 

 

――ユウちゃんがそんなことを言いだした。

 

「せっかくの活躍の場が……」

 

「私ので良ければ貸そうか?」

 

「いいんすか?」

 

「うん」

 

 

 生徒会長として、困っている後輩に手を差し伸べるのは当然のことだ。だが気持ちはどうあれ私とユウちゃんとでは身体のサイズが違い過ぎる。

 

「うぅ、キツイっす」

 

「ぴちぴちだね」

 

 

 ユウちゃんの姿を見たサクラっちがそんな感想を漏らす。

 

「その締め付けられ感を快感に変えるんだよ」

 

「ハイ!」

 

「いや、そんな努力しなくていいから……というか広瀬さん。部室に予備の体操服があるって言ってなかったっけ?」

 

「そうでした! 会長、これ洗って返しますね」

 

「別に気にしなくていいよ。汗掻いたわけじゃないし」

 

 

 急いで着替えたユウちゃんから体操服を返してもらい、私も授業の為に教室へ戻る。これがタカ君が着た体操服なら変なことに使いそうだけども、ユウちゃんだから気にする必要もないもんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草に用事があって桜才学園を訪れたのだが、生徒会室に懐かしいものがあり、すっかりそっちに集中してしまった。

 

「古谷先輩。何を見てるんですか?」

 

「皆の写真だよ。懐かしいだろ?」

 

「ホントだ。懐かしいですね」

 

 

 当時の生徒会メンバーで撮った写真を見せると、天草と七条は懐かしさを共有してくれた。

 

「あの頃は青かったな」

 

「また年寄り臭いことを」

 

「でも、確かに青いですね」

 

 

 自分で言うのは良いが、七条に言われるとちょっと来るものがあるな――なんて考えていたら。

 

「ほら、微かに見える色が青ですし」

 

「ブラチラの話じゃねぇよ!」

 

「おぉ! 萩村もツッコミだったのか」

 

 

 てっきり津田君以外ボケかと思っていたが、萩村もツッコミできたんだな。

 

「というか、昔の写真を見ていたら会いたくなってきたな。OG会をやりたい!」

 

「なら、私がセッティングしましょうか?」

 

「いいのか? さすが天草、私の右腕なだけはあるな」

 

「いつの話ですか」

 

 

 今ではこの部屋の主は私ではなく天草で、その右腕は津田君だったな。

 

「天草」

 

「はい?」

 

「アリを十匹送るよ」

 

「そのギャグ、まだ使ってたんですね」

 

 

 一気に冷めた目を向けられてしまったが、これも何時ものことなので気にする必要もないだろう。

 

「しかし、会うの久しぶりだな。天草たちも来るか? OGたちと現生徒会メンバーの交流会にしても良いし」

 

「良いですね! それじゃあ次の休みはOGたちとの交流会だ!」

 

「先輩たちに会うの久しぶりだね~」

 

 

 面識のある二人はノリノリだが、後輩二人はイマイチ乗り気ではなさそうだ。だがこうなってしまった天草と七条を止めるのは不可能だと理解しているのか、口を挿むことはしなかった。




ギャグセンスが古すぎる


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OG会 カラオケ編

ボケが増えた……


 今日は古谷先輩の発案で桜才学園生徒会OG会が開催される。場所はこのカラオケ店だ。タカトシと萩村は参加したく無さそうだったのだが、古谷先輩から「どうしても」と懇願されて仕方なく参加している。

 

「せっかくの再会だからおめかししてきた」

 

「先輩、きまってますね」

 

「センキュー」

 

 

 普段古臭い言動が目立つ古谷先輩だが、少しおしゃれすれば十分美人と言えるだけのポテンシャルはあるからな。

 

「皆まだかなー」

 

「先輩!? 背中開きトップスで普通のブラはNGです!」

 

 

 この場にいる異性がタカトシでは無かったら大変なことになっていたかもしれない。この人はファッションセンスも古風らしいから、こういうおしゃれ着は友達に選んでもらっているとか聞いたことがあったな。恐らくこういう場面に適したブラは持っていないのだろう。

 

「ひょっとして、サチ?」

 

「その声はカヤ?」

 

 

 古谷先輩にどう説明しようか悩んでいたら、もと庶務の北山カヤ先輩がやってきた。随分と雰囲気が変わっているから、声を掛けられなかったら気付けなかったかもしれないな。

 

「気付かなかったよー」

 

「私は分かったよ」

 

 

 どうやら古谷先輩も北山先輩には気付けなかったようだが、北山先輩は古谷先輩に気付いていたようだ。

 

「線香の匂いがしたから」

 

 

 私とアリアには驚くべきことではないのだが、萩村が少し驚いた顔をしていた。

 

「(萩村は何に驚いてるんだ?)」

 

「(昔からあの香水を使っていたのかと)」

 

「(なる程)」

 

 

 萩村に確認するのも躊躇われたので、私はタカトシに尋ねた。ほんと、相手の考えてることが分かる能力って羨ましい。

 

「やほー」

 

 

 しみじみとタカトシの特殊能力を羨んでいたら、元会計の南野ナツキ先輩もやってきた。

 

「おひさー」

 

 

 OG三人が揃ったからか、古谷先輩だけでなく北山先輩も楽しそうな雰囲気が感じられる。

 

「しばらく見ない内に大きくなってー」

 

「親戚の子供じゃないんですから」

 

 

 萩村がツッコミを入れたが、南野先輩はそこで終わらないのだ。

 

「でしょー私の赤ちゃん。今日は旦那に見てもらってる」

 

「えっ!?」

 

「あの人は子持ちだからな」

 

「先輩、お久しぶりです」

 

「天草と七条もいるんだ~、久しぶり」

 

 

 とりあえず全員揃ったので店に入ることに。だが入った時店員がタカトシに話しかけていたのは、この面子でもタカトシが一番上に見られているということなのか、それともあの店員が女性だったからなのかは謎だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それぞれの近況を報告していたが、普通に学生をしているのは私だけだった。

 

「へー、カヤは読モやってるんだ」

 

「うん。忙しくて連絡できなくてゴメンね」

 

「ナツキも子育て頑張ってるんでしょ?」

 

「まぁね」

 

「二人とも頑張っているなー。私は何もしていないや」

 

「それが普通だって」

 

 

 カヤに慰めてもらいながら、私はカラオケのリモコンを操作しようとしたのだが――

 

『シーン』

 

「……あれ? 何もしてないのに壊れた!?」

 

「相変わらずの機械音痴だね」

 

「電源入れなさいよ」

 

 

 ナツキとカヤに呆れられながらも操作方法を教わる。こればっかりはどうにかしなければと思いつつどうにもならないのよね……

 

「ところで、ずっと気になっていたんだけど」

 

「何でしょう?」

 

 

 カヤの視線が私から天草に移った。

 

「そっちの二人は紹介してくれないの?」

 

「あぁ、先輩たちは初めてでしたね。現生徒会副会長の津田タカトシと、会計の萩村スズです。二人とも二年生です」

 

「萩村です」

 

「津田です」

 

 

 天草の紹介で津田君と萩村が会釈をし、カヤとナツキも軽く会釈を返す。私は何回か会ったことあったから気にしなかったが、二人は初対面だったんだった。

 

「生徒会初の男子かー」

 

「結構好み。彼女に立候補しちゃおかな」

 

「先輩。ウチの後輩をからかわないでくださいよ、もー」

 

「私は本気だよ」

 

「えぇ~!?」

 

「シノちゃんがからかわれてるよ」

 

 

 津田君を使って天草をからかっていたカヤだが、津田君が呆れた表情をしているのに気付いたようだ。

 

「どうかした?」

 

「いえ。昔の生徒会がどういった感じだったのかが分かった気がしたので」

 

 

 基本的にツッコミ不在だったなと思い出し、不慣れながらも天草がツッコミを担当していたんだっけか。そう考えると、今の生徒会はバランスが良いのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古谷さんが歌っている内に、二人のOGから古谷さんのことを聞いてみよう。

 

「高校時代の古谷さんって、どんな人だったんですか?」

 

「そーだねぇ……あの子に関わるとヤケドするよ」

 

「えっ?」

 

 

 どういう意味なのか尋ねようとしたが、それよりも先に南野さんが説明してくれた。

 

「毎回熱湯のお茶を出してくるから」

 

「それ、私もあった!!」

 

 

 以前引っ越しの手伝いで古谷さんの部屋に行った時アツアツのお茶を出されたっけ……

 

「いやー歌った歌った」

 

「おっ、サチも満足したみたいだし、外に出よう」

 

 

 とりあえずOG会はお開きになるのだろうなと思っていたが、どうやら古谷さんはまだ終わらないようで――

 

「二次会行く人この指とーまれ」

 

 

――ノリノリで二次会宣言をしていた。

 

「子供以外でアレ言う人も珍しいですね」

 

「そうかな? 私もよく言うよ」

 

 

 読モをしてる北山先輩の隣にいても、タカトシって見劣りしないのよね……

 

「ムラムラしてる時に」

 

「素面で何言ってるんですか、アンタ」

 

「おっ、津田君のため口ツッコミが出たね」

 

 

 私からすれば慣れた光景だが、タカトシのツッコミはOG方には新鮮なようで、二次会会場に移動するまで三人はボケ倒したのだった。




タカトシの負担増……


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OG会 ボウリング編

現役組も絶好調


 ノリノリの古谷先輩に先導され、私たちはボウリング場へやってきた。タカトシ君は帰りたそうにしていたけど、北山先輩と南野先輩に挟まれて逃げ出せずにいるみたい。基本的に先輩を尊重してくれる人だから仕方ないかな。

 

「というわけで、二次会はボーリング大会!」

 

「ボーリングではなくボウリングです。意味が違います」

 

「そっかー」

 

 

 古谷先輩の間違いにスズちゃんがツッコミを入れる。タカトシ君も気付いていたみたいだけど、今回はスズちゃんに任せたのだろう。

 

「まぁ、良いじゃないか」

 

「会長?」

 

 

 シノちゃんがスズちゃんを宥めるように間に入る。何を言いたいのか分からないという表情をしているけど、今回は私はシノちゃんが何を言いたいのか理解できている。

 

「エロい意味としては共通してるだろ? ボーリングは穴掘りで、ボウリングは玉転がしだし」

 

「いいわけないだろうが! というか、タカトシがいるのに昔の癖が発動してますよ」

 

「先輩たちに囲まれてるとつい、な……」

 

「どんなついだよ……」

 

 

 スズちゃんが呆れちゃってるけど、シノちゃんの発言を気にしてるのはスズちゃんとタカトシ君だけ。つまりこの空間だけに限れば、気にする方がおかしいのだ。

 

「細かいことはとりあえず置いておくにして、早速始めよう!」

 

「それじゃあ、第一投はサチが行きなよ」

 

「よっしゃ!」

 

 

 気合十分に古谷先輩がかまえる。ちなみにOGチーム対現役に分かれて勝負することになっており、私はタカトシ君の正面に腰を下ろしている。

 

「よしっ!」

 

「ナイスストライク」

 

 

 敵チームではあるが、タカトシ君が古谷先輩の投球を褒める。

 

「うん。ナイスストライプだったね」

 

「何処を見てるんですかね?」

 

「シノちゃんと一緒で、昔の癖が」

 

 

 タカトシ君に怒られるのは嫌だけども、先輩三人に囲まれてるとどうしても昔の癖が出てしまう。

 

「次はスズちゃんだね」

 

「頑張れ」

 

「滑らないように使いなよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 北山先輩の気遣いに素直に頭を下げるスズちゃん。子供扱いではなく純粋に心配されていると分かったからだろう。

 

「こっちは滑りを良くしておいたよ」

 

「ノーサンキュー」

 

 

 子供用レーンを磨いていた南野先輩の気遣いをスルーして、スズちゃんは普通に投球した。結果は威力不足でガターだったけども。

 

「そういえばボウリングの球って人の頭と同じくらいの重さなんですよね」

 

「へー、膝枕ってこんな感じなのか」

 

 

 シノちゃんの雑学に古谷先輩が疑似膝枕をしている。私もやってみようかな。

 

「乳枕は結構大変だね」

 

「知ったことか!」

 

「天草、ナツキが投げるんだから静かにしとけ」

 

「す、すみません……」

 

 

 自分が怒られたことに納得してない様子のシノちゃんだったが、確かに大声を出してしまっていたのでとりあえずは頭を下げる。

 

「会長、スペアで逆転です」

 

「任せろ」

 

 

 意外と接戦になってきていて、さっきの南野先輩の一投で逆転されている。ここでシノちゃんがスペアを取れれば、残りも有利に進められそうだ。

 

「シノちゃん、集中してるね」

 

「そうですね……」

 

「んー?」

 

 

 タカトシ君が何か気にしてる様子だけども、それが何か私には分からない。

 

「ガターだ」

 

「(タカトシ君、シノちゃんは何を考えてたの?)」

 

「(ろくでもないことですよ)」

 

 

 タカトシ君は教えてくれなかったので、私はシノちゃんに直接尋ねることに。

 

「シノちゃん、何か余計なことを考えてたでしょ?」

 

「あぁ……ピンの形ってオ〇ホに似てるかもって思ってしまった」

 

「それでかー」

 

 

 タカトシ君が呆れた理由も分かったので、とりあえずは試合に集中できそう。ちなみに、最終レーンでタカトシ君が三連続ストライクを決めたため、現役チームの勝利で終わったんだけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草が企画してくれたお陰で、OG会は大いに盛り上がった。

 

「今日は楽しかったー」

 

「高校時代に戻った気分」

 

「そう言うと思って――」

 

 

 カヤとナツキが盛り上がっているところに、天草と七条が何かを取り出した。

 

「――持ってきました」

 

「いやいや……私もう母親だし」

 

「さすがに制服はキツイよね」

 

 

 私たちに制服を着させようとしていたのか……相変わらず恐ろしいことを考える後輩だ。

 

「津田君もありがとな」

 

「はい? 俺は今日、あまり何かをした覚えはないんですけど」

 

「必要以上に脱線しなかったのは、君が睨みを利かせていただろ?」

 

「さて、何のことですかね」

 

 

 恍けてる感じだが、萩村だけだったらあそこまでスムーズに流れなかっただろうと思っている。まして私たちは脱線してもあまり気にしないタイプだからな。

 

「最後にOGメンバーで写真撮りましょうか」

 

「いーねー」

 

「サチ、真ん中入りなよ」

 

「え、いいよー」

 

「何照れてんのさー」

 

「いやいやいや」

 

 

 別に照れているわけではない。それなのにカヤもナツキも私を真ん中に押し出そうとしてくる。

 

「写真で真ん中は縁起が悪いから!」

 

「相変わらず迷信深いな」

 

「というか先輩。そんなことやってる間にもう撮っちゃってますけどね」

 

「うそっ!?」

 

 

 私たちがそんなことをしている間に、津田君は写真を撮っていた。その写真を見せてもらったが、実に楽しそうな雰囲気が伝わってくる一枚になっている。

 

「きちんとした写真も良いですが、楽しい思い出ならこっちの方が良いでしょうし」

 

「父親みたいな感想だね」

 

「そうですか……」

 

 

 ナツキの一言に津田君が傷ついた気がしたけど、何か原因があるのだろうか……




最後の一言はキツそうだな……


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年越し登山

さすがお嬢様だな……


 いよいよ今年も残すところあとわずかということで、生徒会メンバーで年越し企画を考えているのだが、予算など出るわけもないので頭を悩ませている。

 

「アリア、いい案とか無いか?」

 

「これは? 豪華客船で初日の出を見に行くツアー。今なら一人当たり十万くらいで――」

 

「我々庶民に十万はキツイぞ!?」

 

 

 お嬢様のアリアなら十万くらい楽に出せるのだろうが、私たちにとって十万は大金だ。年越しにそこまで出せるわけがない。

 

「そっか……じゃあまたプライベートビーチで年越しする?」

 

「うーん……同じだと盛り上がりに欠けないか?」

 

 

 それにあの時は年越しの瞬間騒ぎすぎてあのタカトシが疲れ果てて寝てしまうという結果になったしな。まぁ我々に加えてコトミ、カナ、出島さん、畑の相手をしていたのだから仕方ないかもしれないが。

 

「初日の出はリーズナブルな値段で見たいんだよな」

 

「じゃあ登山は?」

 

「登山か」

 

 

 アリアの意見に私は興味を惹かれたが、あの二人が納得してくれるかどうか……

 

「――というわけで、年越し登山だ!」

 

「値段は安いですが、山が高いですね」

 

 

 私とアリアのごり押しの結果、登山が決行されることになり、当日の萩村の機嫌は最悪だった。

 

「こ、今回我々が登るのは初心者コースだが、油断は禁物だぞ。特にコトミ」

 

「はーい」

 

 

 タカトシがこちらに参加するということで、コトミも参加することになっている。まぁ、さすがのコイツでも、山でふざけたりはしないだろうし。

 

「山ガール隊、行くぞー!」

 

「「おぉ!」」

 

 

 コトミと萩村も私のテンションに合わせてくれているが、萩村はまだどこか怒ってる風だ。

 

「お嬢様、ここからウチが所有している山が見えます」

 

「本当だー」

 

「山がある!?」

 

 

 相変わらず七条家のスケールはデカすぎて反応に困ってしまうな……もう三年近くの付き合いがあるというのに、未だにその全容が見えてこないから……

 

「山は歩幅を小さく、ゆっくり歩くのが基本です」

 

 

 出島さんの注意を受けて、私たちはゆっくりとした歩幅を心掛けるのだが――

 

「気持ちが先走ってつい大股になってしまう」

 

「ですね~」

 

 

 早く山頂につきたい一心で歩幅が大きくなってしまうのだ。

 

「ちなみに、歩幅が大きい人はイキやすい体質らしいですよ」

 

 

 出島さんの雑学を聞いて、私は大幅に歩幅を狭くする。間違ってもイキやすいと思われたくないからではなく、山歩きの基本を思い出したからだ。

 

「そういえば、アリアは登山用のストックを持ってきたのか」

 

「スキーやってる気分だよ~」

 

 

 アリアなら登山も慣れていそうだが、そう言う気分になるものなんだな……ん?

 

「コトミ、脚の形までスキーになってるぞ?」

 

 

 さっきまで私の隣を歩いていたコトミだが、今は私の後ろに……しかも歩き方がスキーみたいになっている。

 

「漏れそう」

 

「JKのお小水なら私が頂きます!!」

 

「その辺でしてこい」

 

 

 出島さんが物凄いスピードでコトミに詰め寄ったが、タカトシがそれを腕一本で押さえてコトミを茂みに向かわせた。相変わらず出島さんの変態性にも困ったものだな……私が言えた義理ではないかもしれないが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ノリで参加したけど、登山ってキツイんだよね……普段から運動してるわけでもないし、既にヘロヘロになってきている。

 

「写真撮りますよー」

 

 

 休憩中、景色がいいので出島さんが写真を撮ってくれることになったのだが――

 

「ヘロヘロなので、私は座ったままで」

 

 

――少しでも体力を回復しておきたいので、私は座ったまま写真に写ることに。

 

「私も……」

 

「スズ先輩も?」

 

 

 スズ先輩なら私のようにペースをミスることをしないと思っていたのに……何で座ったままなんだろう。

 私は休憩終わりにタカ兄の側まで行き、さっきの疑問をぶつけることに。ちなみに、何故スズ先輩に聞かなかったのかというと、答えてくれ無さそうだったからだ。

 

「(タカ兄、スズ先輩はどうして座ったまま写真に写ったの?)」

 

「(身長差を誤魔化せるから)」

 

「なる程」

 

 

 タカ兄のお陰で疑問は解消できた。だが残りの山道を考えると、私の体力でどうにかなるのか不安になって来る……

 

「き…きつー……」

 

 

 既に息も絶え絶えといった感じになってきている。まだ目的の山小屋までは少しあるし、さすがにタカ兄に背負ってもらうわけにもいかない。

 

「皆頑張れ! こういう時は気持ちを奮い立たせるのだっ!」

 

「気持ち良くなってフル勃ちさせる!? 会長、こんな時に下ネタはどうかと」

 

「お前の耳はどうなってるんだ!?」

 

 

 どうやら盛大に聞き間違えてしまったようで、シノ会長からはツッコまれ、タカ兄からは責めるような視線を向けられる。

 

「ほ、ほら! あと少しだから頑張りましょう!」

 

 

 居心地が悪いので、私は早足で先頭に躍り出て皆を鼓舞する。出島さんが案内してくれているので道を間違えることもないだろう。

 

「ついたー!」

 

 

 漸く到着したが、疲れているのは私だけみたい。

 

「自然の中にある山小屋って、RPGの世界みたいだね」

 

 

 同意を求めたけど、この中でゲームをするのは私だけ。誰も共感してくれなかった。

 

「ちなみにお風呂はありません」

 

「へー」

 

「本当にRPGの世界だぁ……」

 

 

 とりあえず山小屋に入って休憩しよう。これ以上タカ兄から向けられる冷たすぎる視線に曝されるのは精神的にも体力的にもキツイし……




スズの誤魔化し方が……


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スッキリしない年越し

何処でも苦労するのはタカトシとスズ


 年越し登山に参加して、山小屋で一泊することになったのだが――

 

『トイレ一回百円』

 

 

――の張り紙を見て、私は自分の膀胱と懐を交互に見る。

 

「我慢してお漏らしなんてしたら、スズ先輩にバカにされそう」

 

 

 見た目的にはスズ先輩なら問題ないとは思うけど、私だとちょっと恥ずかしい。私は懐を犠牲にしてトイレに入ることに。

 

「はぁ……」

 

「コトミ、どうかしたのか?」

 

 

 ため息を吐きながらみんながいる部屋に戻ると、シノ会長が尋ねてきた。

 

「トイレ、有料なんですねー」

 

「まぁ、水は貴重品だからな」

 

「普段の生活からは考えられないですよ」

 

 

 水道代は払っているとはいえ、トイレ一回に百円も払っているとは思えない。というか、払っているのは両親から生活費を預かっているタカ兄だし……

 

「確かに、おしっこはタダではできませんね」

 

「一人だけ違う会話をしてる気がするんだが」

 

「お金を払えばしてくれるんですか?」

 

 

 もちろん私の懐事情では無理だろうが、変態紳士な小父様が大金を積めばあるいは――なんてことを考えていたらタカ兄から凄く睨まれた。

 

「というかコトミ」

 

「はい?」

 

 

 スズ先輩に声を掛けられ、私の意識は出島さんからスズ先輩へ移る。

 

「バッグからタオルがはみ出てる。だらしないわよ」

 

「ごめんなさーい」

 

 

 スズ先輩に怒られ、私はバッグの中にタオルをしまおうとして――

 

「(ちょっとしたドッキリになるか?)」

 

 

――悪戯を思いついてごそごそと荷物を整理する。

 

「片付けました!」

 

「よろし――ヒッ!?」

 

 

 タオルをしまった代わりに手袋の片方をちょっとだけ出してみたら、案の定スズ先輩は驚いてくれた。

 

「手袋もちゃんとしまいなさい!」

 

「まぁまぁ、ちょっとした悪戯ですって」

 

 

 スズ先輩を宥めて手袋を片付ける。そんなやり取りをしていたら、あっという間に年を越していた。

 

「最近は大勢で新年を迎えることが多いですよね」

 

「カウントダウンイベント、盛り上がるよねー」

 

 

 タカ兄がしみじみと呟いたセリフに私が続く。実際は行ったことないけど、テレビなどでは凄く盛り上がっている感じだし。

 

「年越しエッチは少数でも盛り上がるけどな」

 

「ん?」

 

「あっ、いや……何でもない」

 

 

 楽し過ぎて昔の癖が発動したシノ会長に、タカ兄が鋭い視線を向け黙らせる。相変わらずどっちが上だか分からない関係性だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初日の出まで仮眠をとることになり、私たちは二段ベッドのどっちを使うか話し合っている。

 

「私、上ー!」

 

「俺は下で良いですよ」

 

「寝息フェチだから?」

 

「初日の出を拝めなくしてあげましょうか?」

 

「っ!?」

 

 

 まだ癖が出続けている会長に向けられた殺気なのだが、私も思わず背筋が伸びてしまう。

 

「タカトシ、殺気を出すなら言ってからにしてよ」

 

「言ったら意味ないだろ」

 

「スズ先輩、お漏らしでもしましたか?」

 

「するわけないだろ!」

 

 

 コトミの脛を蹴り、とりあえず誤魔化すことに成功したけども、危うく出そうだったのは事実だ。

 

「(さっさと寝てしまおう)」

 

 

 恐怖と尿意を誤魔化す為にベッドに潜り込み夢の世界へ逃げる。何とも子供っぽいが、何時までもタカトシの殺気に怯えていると本当に出てしまいそうだったから。

 何となく熟睡できそうだなと思い始めたのだが、人が動く気配を感じ取り目を開ける。

 

「……何してるんですか?」

 

「お嬢様の寝顔を激写しようと」

 

「出島さんも仮眠をとった方が良いのは分かるでしょう?」

 

 

 こう言うのはタカトシの役目ではないのかと思いつつ、私は出島さんをベッドに押し戻す。

 

「(まったく……)」

 

 

 今度こそゆっくりとできると思っていたのだが、すぐに他の人の気配が私の隣に来た。

 

「そろそろ起きろ。初日の出の時間だぞ」

 

「えっ、もう!?」

 

 

 ついさっき出島さんを追いやったと思っていたのだが、意外と時間が経っていた。

 

「まだ眠いですよ……」

 

「コトミは相変わらずだな」

 

 

 コトミ以外は既に着替えていて、私も慌てて着替えを済ます。

 

「起きないとイタズラしちゃうよー」

 

 

 七条先輩の宣言に、コトミではなく別の人が反応を示す。

 

「この人、さっきまで普通に起きてましたよね?」

 

「まぁ、この人はアリアのことが大好きだからな」

 

「タカトシ君、コトミちゃんが起きないんだけど」

 

「はぁ……」

 

 

 結局タカトシが殺気を放ったお陰でコトミと出島さん、両方が飛び起きた。相変わらず怒らせたらヤバいと分かるレベルの殺気を放つので、会長や七条先輩もあらかじめ距離を取っていたのだ。

 

「危なかったな……」

 

「ですね……」

 

 

 殺気を放つと感じ取った私たちの行動は、自分で自分を褒めるに値する英断だった。だって、あの殺気に巻き込まれていたらきっと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新年早々二人に説教をした所為でイマイチスッキリしない気分で初日の出を拝んでいる。そもそもいつ見たって日の出は日の出だろうが……

 

「(こういう所が面白味が無いと言われるんだろうな……)」

 

 

 自分一人では絶対に初日の出を拝もうなんて思わない。そんなことを考えていると、隣から邪な気配を感じ取った。

 

「シノさん、何をしようとしてるんですか?」

 

「あっ、いや……みんなが日の出に夢中になってる横でスカートをめくって露出プレイができるんじゃないかと思っただけだ。思っただけで踏みとどまったからな!?」

 

「思った時点で大差ないですから」

 

 

 さすがに他の人もいるのでこんな場所で説教するわけにもいかない。とりあえず厳重注意ということに留め、俺は遠近法で遊んでいる妹を見てため息を吐くのだった。




コトミと出島さんはもう少し反省しなきゃな……


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コトミの寝正月

全く動かないのもな……


 タカ兄と二人でのんびり冬休みを過ごしていたのだが、あっという間に桜才生徒会メンバーが集まってきた。

 

「今ウチ、親戚の人が来てるんだ」

 

「ウチも~」

 

「お酒臭くて参っちゃいますよね」

 

「それで集まるのウチなんですね~」

 

 

 昨日まではお義姉ちゃんがウチにいたのに、今日は会長たちが遊びに来るなんて……タカ兄はなかなかノンビリできない人なんだろうな。

 

「まったく、寝正月はサイコーですよ」

 

「お前も少しは手伝ったらどうなんだ?」

 

「会長、私が手伝ったとして、タカ兄の負担が減ると思いますか?」

 

「思わないな」

 

「でしょう? だからこうやってダラダラしてることが一番のお手伝いなんですよ」

 

 

 とんでもない屁理屈だと自分でも思う。だが私が手伝ったところでタカ兄の助けになるかどうかは微妙なところなのだ。なにせあのお義姉ちゃんですら、タカ兄の作業スピードについていくのがやっとなのだから。

 

「てか、食べて寝てばかりしていたら太るぞ?」

 

「大丈夫ですよ~」

 

「こたつはサウナじゃないぞ?」

 

「ラップを全身に巻いてますから」

 

「服を着なさい」

 

 

 昨日お義姉ちゃんにも言われたけど、私はこれを止めるつもりは無い。だってタカ兄の美味しい料理を食べまくった所為で太っちゃったからな……運動したくないし、これで痩せられるなら多少の視線なんて我慢してみせる!

 

「服といえばスズちゃん」

 

「はい?」

 

「その服新しいヤツだね~」

 

「お年玉で買いました」

 

「コトミはお年玉、どうするんだ?」

 

「私は新作の購入資金として」

 

「ゲームか」

 

 

 先日までウチに来ていた親戚から結構な額貰ったので、今月は新作を買うのに困らないだろう。お義姉ちゃんと折半してるのもあるし。

 

「そういえばタカトシは、何に使うんだろうな?」

 

「タカ兄のナニは、お金を掛けなくても立派ですよ」

 

「違う、そっちじゃない。用途を尋ねたんだ」

 

「そっちでしたか~。タカ兄は全額返金してたので、使い道も何もないですね~」

 

「コトミも返金したらどうなの?」

 

「既に使ったスズ先輩に言われたくないですね~」

 

 

 スズ先輩にカウンターを喰らわせ、私は今月の新作リストを頭の中で確認し、お義姉ちゃんとどれを買うか相談しようと携帯を取り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が忙しなく動いていたのでお手伝いしようとキッチンに向かったのだけど、丁度食事の準備ができたところだったので運ぶのを手伝う。

 

「タカトシ君、手伝うよ」

 

「ありがとうございます、アリアさん」

 

 

 普段は先輩呼びだけど、こういう場面ではちゃんとさん付けで呼んでくれる。本当なら呼び捨てが良いんだけど、タカトシ君に呼び捨てにされちゃったら立ってられるか分からないからね……

 

「おっ、七草粥か」

 

「どっかの誰かが正月、食べ過ぎでしたからね」

 

「美味しそ~」

 

 

 タカトシ君に嫌味を言われていると気付いていないのか、コトミちゃんはお粥に興味津々だ。

 

「お腹に優しい味だね」

 

「鼻にも優しいと思いますよ。野菜たっぷりだから便も臭わないと思いますし」

 

「食事中だぞ!?」

 

 

 コトミちゃんのボケにシノちゃんがツッコミを入れた。タカトシ君は初めから相手にするつもりがないのか、さっさと食べ終えてキッチンへ移動してしまった。

 

「ほら、コトミが変なこと言うからタカトシが行ってしまったじゃないか」

 

「私が変なことを言うのは日常茶飯事ですって。ところで、七草粥の『七草』ってなんですか?」

 

「あんた、そんなことも知らないのね」

 

 

 スズちゃんが呆れて教える気にもならなかったのか、シノちゃんがコトミちゃんに七草を教えることに。

 

「セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ……えっと」

 

 

 ど忘れしたのか、シノちゃんが視線を彷徨わせる。ちょうど高さ的にスズちゃんのブラが見えたのか、シノちゃんは小さく頷いた。

 

「スズシロだ! 助かったぞ、萩村」

 

「何処を見た!?」

 

「スズ先輩、今日は白なんですね」

 

「何の話だー!」

 

 

 スズちゃんの絶叫にタカトシ君が顔だけこちらを向いていたけど、助けてくれるつもりは無いらしい。

 

「まぁまぁスズ先輩、テレビでも見て落ち着きましょう」

 

「荒ぶらせたのはお前だろうが」

 

「シノ会長がスタートですって」

 

 

 誤魔化すようにコトミちゃんがテレビをつけると、丁度グラビアアイドルがセクシーポーズをしている場面だった。

 

「家族団らんの最中にお色気シーンで気まずくなる感じですかね?」

 

「これくらいなら問題ないだろ? ウチの両親なんか、子供の前でイチャイチャしだすからな」

 

「ウチの母は、子供の前で父を叩きだすけどな~」

 

「ウチはそもそも両親が滅多にいませんからね~」

 

「まともな家が何処もないっ!?」

 

「ウチはまだまともだろうが!」

 

 

 シノちゃんがスズちゃんにツッコむなんて貴重なシーンが見られて、今年は良いことがありそう。

 

「さっきから何を騒いでるんですか、まったく……」

 

「タカトシ君、それは?」

 

「甘酒の残りです。残しておいても邪魔ですので、皆さんでどうぞ」

 

「いいにお~い」

 

「コトミはさっさと服を着るんだな」

 

「タカ兄のエッチ」

 

 

 コトミちゃんが身体を捩って色っぽさを演出したが、タカトシ君は興味なさげに一瞥しただけでそれ以上の反応は示さなかった。

 

「私ではダメですね……アリア先輩、お手本を見せてください」

 

「いや、お前の場合は身内だからじゃないのか?」

 

「そんなこと言って、会長は自分の身体に自信がないだけじゃないんですかー?」

 

「そ、そんなこと無いぞ?」

 

 

 視線が明後日の方へ向いてしまっているシノちゃんを見ながら、私はさっきのグラビアアイドルがしていたポーズを真似てみる。

 

「凄い威力だ……」

 

「やはり胸なのか……」

 

 

 コトミちゃんだけでなくシノちゃんまでも鋭い視線を向けてきたので、私は思わず身体を捩って、スズちゃんにまで睨まれたのだった。




アリアがやってもタカトシは動じないだろうけど


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偶然のダジャレ

意図せずこうなる時もある


 新学期も始まり、早速柔道部の練習にマネージャーとして参加していたのだが、相変わらずタカ兄の手際の良さには敵わない。比べるだけ無駄だと分かっているのだが、柔道部の基準がタカ兄になりつつあるので、私レベルでは満足してもらえないことが多いのだ。

 

「マネージャー、この間頼んでおいたヤツは?」

 

「えっと……あっ! 部室に置いてあります」

 

「ありがとー」

 

 

 一応仕事はしているので怒られることは無いのだけども、すぐに反応できなかったりするのだ。そもそも具体的なことを言われなくても理解できる程、私は頭が良くないのだ。

 

「あれ?」

 

 

 道場の掃除を済ませて窓の外に視線を向けると、既に外は真っ暗だった。

 

「もう外真っ暗だね」

 

「あっという間だったな」

 

「結構な時間練習していたと実感するな」

 

 

 トッキーの言葉に柔道部一同がほっこりした笑みを浮かべる。私もだが。

 

「ちがっ、今のはダジャレじゃなくて」

 

「はいはい、そろそろ生徒会の人が来ちゃうから、今日のところはこの辺でお開きにしようか」

 

「マネージャー、道着の洗濯よろしく」

 

「わっかりましたー!」

 

 

 初期の頃はパンツも一緒に洗濯してしまったりしたけど、今はさすがにその様なミスは犯さない。あの時は皆にノーパンを強要してしまったからな……

 

「とりあえず明日も頑張らなければ」

 

 

 そう決心した次の日、私はトッキーと二人で中庭を歩いている。

 

「二人は本当に仲が良いんだな」

 

「何時も一緒にいるイメージですよね」

 

 

 会長とアリア先輩にしみじみと言われてしまったが、そう思われても仕方ないくらい一緒にいる自覚はある。

 

「私たちはつーかーな中ですから」

 

「つうか、お前が引っ付いて――」

 

 

 またしてもトッキーがダジャレを言ったので、会長たちからもほっこりとした視線を向けられてしまう。

 

「ちがっ、本当に偶然だから」

 

「何を騒いでるんですか?」

 

「あっ……」

 

 

 そこへタカ兄が合流して、ほっこりした空気が一変、ピリッとした空気が流れる。

 

「コトミ、先生が探してたぞ」

 

「別に呼び出される覚えは――あっ、手伝いを頼まれてたんだった!」

 

 

 大慌てで職員室へ向かい、頼まれていた手伝いを済ませる。せっかく点数稼ぎをしようと思っていたのに、これじゃあ大幅減点だろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職員室で作業していると、どうしても何かで発散したくなってしまう。そういうわけで私は、作業の合間にトイレへ行っているのだ。

 

「横島先生、トイレ近いですね。この一時間で三回目ですよ?」

 

 

 隣の席の小山先生に心配されてしまったが、別に頻繁に用を足しているわけではない。

 

「大丈夫ですよ。三回中二回はウォシュレットトイレオ〇ニーしてただけだから」

 

「安心できません……」

 

「だって、仕事中ってムラムラするだろ?」

 

「しません」

 

 

 小山先生に呆れられてしまったが、天草たちなら理解してくれただろう。そう思いとりあえず職員室での仕事を終えた私は、生徒会室へ向かう。

 

「――というわけなんだが、天草たちなら分かるだろ?」

 

「そうですね。確かにちょっとくる気持ちは理解できます」

 

「最近はタカトシ君が怖いから思わないけどね~」

 

「津田がいてくれれば緊張感が保てるわけか……さすがに職員室に常駐してもらうわけにもいかないしな」

 

「そうだ。せっかく来たわけですし、先生もブログ、書いてくださいよ」

 

「私が?」

 

 

 生徒会の方で桜才学園のブログをやっているのは知っている。一応顧問だから話は聞いていたが、何故ブログの監修が私ではなく津田なのかは、信頼度の違いなのだろう。

 

「しかしPC作業は目が乾くだろ? せっかく書類作業から解放されたばかりだというのに」

 

「ドライアイなら欠伸などをして涙を出すといいですよ」

 

「だが、意識して涙を出すなんて出来ないぞ? 私は女優ではないからな」

 

「出島さんなら出来そうですよね~」

 

 

 確かあの人は元女優とか言っていたからな……七条に言われて作品を探した記憶がある。

 

「目に染みる体臭の人って、生徒会にいるか?」

 

「いるわけ無いでしょうが! というか、そんなことばかり言っていると、タカトシに報告しますからね?」

 

「それだけはやめてくれ!? 私の給料が懸かってるんだぞ」

 

 

 生徒に査定されるのも情けない話ではあるが、津田が一番冷静な判断を下せると学園長に頼まれたらしいのだ。それだけ私の信頼度が低く、アイツが高いということなのだろうが、給料を人質に取られてしまったら私は何も出来なくなってしまう……

 

「とりあえず、真面目にブログ記事を書くか……」

 

 

 頼まれたことをちゃんとやっておけば、それ程心証も悪くはならないだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田副会長のスクープを狙っているのだが、どうしてもいい情報が集まらない。

 

「どうすれば……」

 

「こんにちはー」

 

 

 考え込んでいる私に、コトミさんが挨拶してきた。

 

「コトミさん、お兄さんのことでちょっと」

 

「おっと。私は身内を売ったりしませんよ?」

 

 

 私が津田副会長のスクープを狙っていると気付いたのか、コトミさんが先手を打ってきた。

 

「そうですか、残念です……コトミさんならいい情報屋になれると思ったのですが」

 

「グッ、そそられる肩書き」

 

 

 コトミさんの厨二心を刺激してこちらの味方にしようと思ったのですが、トッキーさんがコトミさんにツッコミを入れてしまう。

 

「兄貴の情報をこの先輩に売ったら、お前も兄貴に怒られるんじゃね?」

 

「はっ! 危うく悪の道に足を踏み外すところだった」

 

「悪は酷いですね」

 

 

 コトミさんを味方に引き入れることに失敗し、結局津田副会長のスクープはゲットできなかった。




畑さんは悪だな……


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生徒会室で断捨離

捨てるものがいっぱい……


 生徒会室は普段、タカトシが定期的に掃除してくれているので綺麗だ。だがここ最近荷物が増えてきているので若干狭さを感じる。

 

「――というわけで、タカトシがいない今、断捨離を決行しようと思う」

 

「そういえばタカトシは何処に?」

 

「タカトシ君は、風紀委員会と連携して見回り強化月間の打ち合わせだよ」

 

「そう言うのって会長が行くべきでは?」

 

「萩村は私とタカトシ、どちらに怒られた方が反省すると思う?」

 

 

 自分で言っていて何とも情けない話ではあるが、萩村はその質問で納得してくれたようだ。要するに、私が怒るよりタカトシに怒られた方が反省すると思っているのだ。

 

「まぁ、生徒会室に物を置いているのは私たちだし、タカトシの物は無いからな」

 

「タカトシ君は私物、持ち込まないもんね」

 

「たまにPCを持ち込んで作業してますけど、しっかりと持ち帰ってますしね」

 

 

 畑から頼まれたエッセイの手直しなどをここでやってる時もあるが、基本的にはタカトシはこの部屋に私物を持ち込まない。むしろ持ち込んでくれた方が私たちが手に入れやすい――っと、思考が畑に毒されてるかもしれないな。

 

「では、各々いらないと思う物を纏めよう。私も、Sサイズ以外のパッドを手放すから……」

 

「そんな物生徒会室に持ち込まんでください」

 

 

 萩村に怒られるのも久しぶりなような気もするが、とりあえず生徒会室にある私物を纏めていく。

 

「ん? こんなところにあったのか」

 

「紐に括り付けた五円玉?」

 

 

 棚のウラを掃除しようと動かしたら、以前失くしたと思っていた五円玉が出てきた。

 

「それは何目的で?」

 

「エロ催眠をしようと思ったんだが、すっぽ抜けちゃってな」

 

「むにゃ……」

 

「効いてる!?」

 

 

 無意識に揺らしていたら、それを見ていたアリアが寝ている。これはエロい事を吹き込むチャンスなのでは?

 

「……いや! ここでそんなことしていたら、タイミングよくタカトシがやってきて怒られる未来しか見えない! 起きろ、アリア」

 

「ん……」

 

 

 断腸の思いでアリアに催眠をかけるのを諦め身体をゆすって起こす。ただでさえ威厳の無い会長と陰で揶揄されているという噂が出回っているくらいなのだから、ここでタカトシに怒られているところを誰かに見られたらと思うと……な。せっかく再選したというのに。

 

「あっ、これどうしようかな」

 

「使うかもしれないというのは、結局使わないことが多いぞ」

 

 

 萩村が箱を持って考え込んでいたので、私は思考を断捨離へ戻しアドバイスを行う。これ以上タカトシに怒られる想像をしていては、精神的に疲弊してしまう。

 

「使うかもと思って大きいサイズを買ったんですけど、この上履きは寄付に……」

 

「取っておこう!」

 

「いつか使えるかもしれないし!」

 

 

 萩村の背中から哀愁が漂っていたので、私とアリアは必至になって萩村を宥める。

 

「と、とりあえずはこんなものか?」

 

「よーす、生徒会役員共。おっ、何だ。掃除してるのか」

 

「横島先生も何か投げるものがあればどうぞ」

 

 

 この人なら職員室に余計な物を持ち込んでいそうだし、この機会にデスクの整理をしてもらおうと思っていたのだが――

 

「私はこれかな」

 

 

――何を思ったのか、投げキッスをしてきた。

 

「埃で目が……」

 

「私を見ろ!」

 

「というか、掃除してたら熱くなってきちゃった。ブレザーを脱ごう」

 

 

 アリアがブレザーを脱ぐと、その豊満な胸がより強調される。私は捨てると決意したLサイズのパッドに手を伸ばして――

 

「それは捨てるんじゃなかったんですか?」

 

「ぐぬぬ……」

 

 

――萩村に同情的な目で見られてしまった。さっき私が萩村のことを同情的に見ていたことへの仕返しだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 打ち合わせを終えて生徒会室へ戻ると、何故か皆さんで掃除をしていた。

 

「掃除なら一昨日したばかりですが?」

 

「あぁ。だから今日は断捨離をしていたんだ」

 

「そうでしたか」

 

 

 確かに私物が増えてきたなとは感じていたが、注意する程でもなかったので放っておいたのだが、自発的に片付けてくれたのはありがたい。

 

「でも掃除してみて分かったけど、タカトシ君の物は殆どなかったね~」

 

「必要ないものは持ってきませんから」

 

「耳が痛いな」

 

 

 別に皆さんを皮肉ったわけではないのだが、シノ会長は気まずげに視線を逸らした。

 

「ところで、何故ここに横島先生が?」

 

「いたら悪いのか?」

 

「いえ、そろそろ職員会議の時間ですが、参加しなくていいのかと思いまして」

 

「……げっ!? それじゃあ天草、私はこれで!」

 

「分かってるとは思いますが、教師が廊下を走らないでくださいね」

 

「はい……」

 

 

 しっかりと横島先生に釘を刺したので、走らないが出来る範囲で急いで職員室へ向かっていった。

 

「やれやれ……教師としての自覚が足りてないようですね」

 

「タカトシが言うと説得力が違うな……本当に年下か?」

 

「現役で合格してるんですから、学年が下の俺の方が年下ですよ」

 

「ねぇねぇ、タカトシ君は家で断捨離するの?」

 

 

 露骨にアリア先輩が話題を変えてきたが、別に追及する程でもないのでそのままにしておこう。

 

「捨てて良いなら、コトミを家から断捨離したいですけどね。そうすれば、散らかることもなくなるでしょうし」

 

「「「あぁ……」」」

 

 

 三人が同情的な目を向けてきたので、俺は肩をすくめてその話題を切り上げた。




タカトシ、心からの願い


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風紀強化月間

タカトシがやればあっという間に取り締まれそうだ


 今日から風紀委員の体験をさせてもらえることになった。私が頼んでもカエデは首を縦に振ってくれなかったが、タカトシにお願いしたらあっさりと許可してもらえた。

 

「パリィさん、風紀強化月間ですのでお願いします」

 

「カエデ先輩、最初は痛いらしいですけど頑張ってくださいね」

 

「コトミさん? どういうこと?」

 

 

 偶々通りかかったコトミがカエデの心配をする。

 

「だって、今日からケツ姦って」

 

「取り締まってやる! というか、こんな時間にコトミさんがいるのは珍しいですね」

 

「タカ兄に叩き起こされて、手伝えと言われました……」

 

「そうですか。今日は持ち物検査を行いますので、学校と関係ない物は没収対象です」

 

「ラジャー」

 

 

 私とコトミの二人で持ち物検査を行う。背後にカエデが控えているので、滅多なことでもない限り不要な物は持ち込めないだろう。

 

「あれ? パリィちゃんが風紀委員をやってるの?」

 

「体験だよ~」

 

 

 ネネが登校してきたので、早速鞄の中身を改めることに。

 

「教科書、ノート、筆記用具、ブルマ……学校と関係ある物だからOKだね」

 

「やったー!」

 

「問題ありです。本校ではブルマは採用されていませんので、これは没収です」

 

「それを履いてカエデ先輩が男子生徒のおかずになるんですね?」

 

「コトミ、あっちでタカトシが睨んでるよ」

 

「ひぇっ!?」

 

 

 コトミのボケが聞こえる距離ではないと思うのだけど、コトミの発言のすぐ後からタカトシが睨んできたのを考えれば、ものすごく耳が良いんだろうな。

 

「パリィさん、ここは良いので校内の見回りをお願いします。我が校は校内恋愛禁止ですから、しっかりと取り締まってくださいね」

 

 

 カエデから戦力外通告されてしまったので、私は持ち物検査から見回りへ。こんな朝早くから見回りが必要なんて、学校って大変なんだな。

 

「(そもそもタカトシが目を光らせているから、問題なんて無いと思うんだけど)」

 

 

 影の生徒会長や実質的風紀委員長なんて言われてるタカトシがいるから、この学校の風紀はある程度保たれているらしい。もし本気で取り締まったら、一瞬で品行方正な学校になるとかなんとか。

 

「ん?」

 

 

 そんなことを考えていたら、校舎裏でカップルがキスしようとしている場面に遭遇。これは注意しなくては。

 

「学校でフジュンなコウイはだめデス!」

 

 

 私が角から現れたからか、カップルたちは驚いた表情を浮かべている。

 

「それをネタにHなとりひきをさせられるストーリーをネネからきいた」

 

「確かに、気を付けます」

 

 

 私が説得に成功したのを報告で聞いたカエデが驚いた表情を浮かべていたが、何か問題でもあったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝はいろいろな人が手伝ってくれたけども、放課後の見回りは私が担当することに。噂ではパリィさんが独特な説得でカップルを説き伏せたとかなんとか聞いたけども、それじゃあちゃんとした風紀は守られていない気がする。

 

「(ん?)」

 

 

 向こうから足音が近づいてきて、私は早速注意する対象が現れたと感じた。

 

「中里さん、廊下は走らない」

 

「すんません、トイレ行きたくて」

 

「そうでしたから」

 

 

 天草さんが変更した校則で、トイレがヤバい時のみ廊下は走っていいことになっているので、私は中里さんを見送る。さすがにお漏らしされたら大変ですし。

 

「横島先生、随分とノンビリ歩いてるように見えますけど」

 

「トイレ行きたいけど…もう……」

 

「何かできることはありますか?」

 

「じゃあその三つ編みを穴に突っ込んで――」

 

「タカトシ君に怒られたいんですか?」

 

 

 とりあえず横島先生をトイレまで誘導し、何とか粗相させること無く済んだ。自力で歩くにはもう限界だったようだし、間に合って良かったわ。

 

「ってコトミさん! スカートのポケットに手を突っ込まない!」

 

「カエデ先輩のエッチ!?」

 

「っ!?」

 

 

 何でそんなことを言われなきゃいけないのかと思ったが、事情を聞けば言われても仕方ないと納得してしまった。

 

「つまり、スカートのホックが壊れてずり落ちそうだったので、応急処置として手で押さえててたと」

 

「保健室で予備に着替えるまでは見逃してください」

 

「仕方ないですね」

 

 

 さすがにパンツ姿で歩かせるわけにもいかないので、私はコトミさんと一緒に保健室まで移動した。

 

「というか、コトミさんはマネージャー業をしてるのですから、自分で直したりできないんですか?」

 

『ほとんどそう言うのはタカ兄にお願いしちゃってるので……』

 

「なる程」

 

 

 扉越しに気になったことを尋ねたが、ある意味予想通りの答えが返ってきた。確かにタカトシ君ならそれくらい簡単にできそうだし。

 

「何だか疲れたな……」

 

「お疲れさまです」

 

「た、タカトシ君」

 

 

 思わずため息を吐いたタイミングでタカトシ君が現れ、私は背筋を伸ばす。

 

「朝はコトミが迷惑をかけたみたいで申し訳ありません」

 

「い、いえ……一応ちゃんと仕事はしてくれましたので」

 

 

 あれを「ちゃんと」と表現して良いのかは分からないけども、あれ以降ふざけることはしなかったので善しとしたのだ。

 

「さっきも注意されていたと聞きまして」

 

「それは事情が会ったことなので許しました」

 

「事情?」

 

 

 タカトシ君にコトミさんとの経緯を話すと、彼は呆れたのを隠そうともしない顔でため息を漏らした。

 

「どうしたの?」

 

「太ったとか言ってたのにそのままスカートを履き続けた結果ですよ……リサイズしろって何度も言ったのにアイツは……」

 

「あ、あはは……」

 

 

 愚痴の内容がお兄ちゃんというよりお母さんだったので、私は乾いた笑いしか出なかった。本当に苦労してるんだな……




最後の最後でオカン感が凄い……


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取材の申し込み方

相変わらずチョロイ……


 最近津田先生のエッセイ以外の記事に興味がないのか、エッセイが掲載されていない号は見向きもされなくなってしまった。このままでは新聞部はただの編集者になってしまう恐れがある。そうならない為にも、何かスクープを探さなければな……

 

「――というわけで会長、インタビューさせてもらえませんか?」

 

「いきなりだな。そう言うのはちゃんとアポを取ってやりなさい」

 

 

 天草会長の秘密でも暴こうと思ったのだが、案の定断られてしまった。

 

「(どうすれば……)」

 

 

 私が考えを纏めている横を津田副会長が会釈をして通り過ぎる。

 

「ねーねー津田君。密着取材させてー」

 

「ちょっとまて。私取材受けてもいいぞ」

 

「というか、物理的に密着する必要は無いでしょうが」

 

 

 津田君に密着することで天草さんに嫉妬をさせインタビューを受けさせる作戦、大成功。ついでに津田君にもインタビューしておきましょう。

 

「津田君の好きな物は何ですか?」

 

「いきなりですね……好きな物?」

 

 

 あまり物事に執着しないらしいので、好きな物と言われてもピンとこない様子。こんな津田副会長は珍しいですね。

 

「そんなに真剣に考え込まなくても、パッと浮かんだもので良いですよ?」

 

「じゃあカレーライスで」

 

「タカトシは人妻好きだったのかっ!?」

 

「はい?」

 

 

 天草さんが何やら聞き間違えたようだが、ここは面白そうだから黙っていよう。

 

「だって『加齢ワイフが好き』だって」

 

「どんな耳してるんですかね? そんな事言ってるわけないだろ」

 

 

 聞き間違いを掲載してやろうかと思いましたが、津田君から物凄い殺気を飛ばされメモすることができなかった。

 

「てか、何故カレーライス? 津田副会長がカレー好きなんて情報、私は知りませんが」

 

「別にこれといって好きなわけではないです。ただ今晩はカレーにしようかと考えていたので」

 

「なる程、津田家は今晩カレーですか」

 

 

 津田副会長の料理の腕は、私も十分知っている。何度かご馳走になっているし、七条家が本気で料理人として雇えないかと動いているという情報もある。まぁ彼の実力を考えれば、料理人というより本社重役の方が似合っているでしょうけども。

 

「ちなみに会長の好きな物は?」

 

「甘い物全般だ」

 

「そんなに食べてたら太りますよ?」

 

「き、気を付けてるから大丈夫だ!」

 

 

 この反応……どうやら天草さんは少し太ったようですね。この情報はスクープになり得るので大事に持ってかえって――

 

「会長、事実無根の記事を書こうとしてますよ」

 

「ちょっと、話し合おうか?」

 

「あっ……」

 

 

――私のメモ帳を津田副会長に取り上げられそのまま会長に突き出された。

 

「誰が太ったなんて言った! 私は体重管理はちゃんとしてるんだからな!」

 

「では会長は何キロなのでしょうか?」

 

「乙女に身体の数字を聞くんじゃない!」

 

 

 久しぶりに天草さんにカミナリを落とされましたが、津田君のカミナリを体験している私からすれば、この程度驚くに値しませんね……自慢することではないかもしれませんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英稜の生徒会は女子四人。そう言うこともあってか、生徒会室内では結構気持ちが緩みがちになってしまう。

 

「広瀬さん、何度も言ってるけどその恰好はどうなの?」

 

「気にすること無いと思いますけど? 運動部なんてこんなもんですし、ここには女子しかいないんすから」

 

「そう言うことを言ってるんじゃないの。わきの甘さを指摘してるの」

 

 

 そう注意すると、広瀬さんは自分の脇を確認しだす。

 

「処理の話じゃなくて……」

 

「サクラっちも大変だね」

 

「そう思うなら、会長も過度のスキンシップを控えてください」

 

 

 室内に入って来るなりハグしてきた会長に注意するが、これも気にしてるのは私だけのようだ。

 

「会長のこれは挨拶ですし、気にしなくてもいいのでは?」

 

「そうっすよ。誰彼構わずやってれば問題ですけど、一応相手は選んでるみたいですし」

 

「それはそうかもしれないけど……」

 

 

 魚見会長がハグする相手は、私たち役員を除けば津田兄妹くらい。偶に桜才生徒会メンバーにもしてるみたいですが、それ以外にしてるところは見たことが無い。

 

「まぁ、タカ君にしようとしたらシノっちたちに全力で止められたけどね」

 

「抜け駆けだと思われたんじゃないっすか? あの人たちも津田先輩のこと意識してるみたいですし」

 

「ユウちゃんでも分かるんだね」

 

 

 普段そう言うことに疎い広瀬さんだが、さすがに天草さんの好意が誰に向いているのかは分かってる様子。

 

「だってあからさまじゃないですか。会長や森先輩もですけど、七条さんや萩村先輩もですよね?」

 

「むしろタカ君に好意を懐いていない相手を探す方が大変かもね」

 

「まぁ、私も津田先輩、好きっすよ。人として好感が持てますし」

 

「ねー」

 

 

 後輩二人の告白に会長が一瞬焦ったように見えたが、私も内心驚いていた。この二人はタカトシ君に恋愛感情なんて懐いていなかったのにと、早合点してしまったからだ。

 

「何より、あの人がいなかったら赤点だったすから……」

 

「ユウちゃんはもう少し勉強、頑張ってね」

 

「勉強は嫌いなんすよ……」

 

「好きな人はあんまりいないだろうね。でも学生なんだから勉強しなきゃダメ」

 

「はーい……」

 

 

 会長に怒られ、広瀬さんは仕方なく頷いた。彼女の勉強嫌いはコトミさんに匹敵すると、以前タカトシ君が言ってたっけ……




勉強は好きじゃなかったけどな……


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安全な管理場所

タカトシが管理すれば問題ないんですけど


 見回りに行くために生徒会室の鍵を掛けようとしたが、上手く鍵が回らない。何度か試したがどうしてもだめだ。

 

「む……」

 

「シノちゃん、どうしたの?」

 

「鍵が壊れたようだ」

 

「それは困りましたね……」

 

 

 それ程見られて困るものはないが、生徒会の書類などを見られたらそれなりに困ってしまう。

 

「誰か一人中に残ればいいのでは?」

 

「そうかもしれないが、一回部屋の外に出たのに居残りは、何だか残念な気分にならないか?」

 

「別にいいのでは? 何なら俺が残ります」

 

「それは駄目だ!」

 

 

 今回タカトシと見回ることになっているのは私、ここでタカトシを生徒会室に残すという選択はあり得ない。

 

「じゃあ誰か都合が良い奴が――」

 

「タカ兄、ちょっとお願いが」

 

「こいつは駄目だな」

 

「?」

 

 

 タイミングよくコトミが現れたが、タカトシは留守番に適していないと判断した。まぁ、妥当な判断だろう。

 

「そういえば学園長室に使ってない金庫がありましたね。相談して借りてきましょうか」

 

「何故タカトシが学園長室の事情を――あぁ、横島先生関連か」

 

 

 タカトシは横島先生を捕まえ、説教してから学園長室に連れていくということが多い。その時に室内の様子を観察していたのだろう。

 

「それでは、私とタカトシが学園長に事情を話して金庫を貸してもらうから、アリアと萩村は見回りを頼む」

 

「了解だよ」

 

「分かりました」

 

「あの、私のお願い事は?」

 

「小遣いの前借は却下だ」

 

「まだ何も言ってないって!? まぁ、タカ兄なら何でもありか……」

 

 

 コトミのお願い事は前借だったのか……また何かやらかして酌量をお願いしに来たのかと思ったんだがな……

 

「では、コトミは生徒会室の前に立っててくれ。誰か来たら不在だと言っておいてくれ。そうすれば私から少し出してやろう」

 

「本当ですか!?」

 

「会長、甘やかさないでください」

 

「なに、本当に手間賃程度だから気にするな」

 

 

 ジュース一杯くらいなら安い物だろう。中に人を入れるわけにはいかないので、コトミに立ち番を任せるくらい良いだろうと思い、私たちはそれぞれの目的の為に生徒会室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君とシノちゃんが学園長から金庫を借りに行ったのだけど、使っていないからということで譲ってもらったようだ。

 

「それでシノちゃん、コトミちゃんにいくら渡したの?」

 

「五百円だ」

 

「結構渡しましたね」

 

 

 スズちゃん的には多いみたいだけど、私からすれば少し可哀想かなって思う金額。だがタカトシ君は頭を押さえている。

 

「どうしたの?」

 

「会長、渡し過ぎです」

 

 

 そう言ってタカトシ君は財布から五百円を取り出してシノちゃんに手渡す。

 

「いや、私からの気持ちだから気にするな」

 

「こう言うのが癖になられると困るんです。家に帰ってしっかりと言っておきますので」

 

「むぅ……じゃあタカトシから五百円は受け取るが、せめて百円くらい取っておいてくれ」

 

 

 タカトシ君から五百円を受け取り、シノちゃんは代わりに百円を取り出す。タカトシ君は一瞬考えたが、シノちゃんの気持ちを無碍にするのは申し訳ないと思ったのか素直に受け取った。

 

「それで会長、この金庫はちゃんと機能するんですか?」

 

「それは問題ない! 無理に動かそうとすれば――」

 

 

 そう言うとシノちゃんが金庫を動かそうとした。

 

『ビー』

 

「この様にブザーが鳴って教えてくれる」

 

「なる程、セキュリティ面も万全ですね」

 

「後は暗証番号を決めればすぐにでも使える」

 

「どうやって決める?」

 

「分かり難い番号が良いですが、あまり複雑だと忘れてしまいそうですよね」

 

 

 スズちゃんの言葉に、私とシノちゃんは考え込む。タカトシ君なら忘れることなんてないだろうけども、私たちはそういうわけにはいかない。

 

「シノちゃん、何か良い数字ないかな?」

 

「うーむ……こういう時、昔の癖でおかしな数字ばかり思いついてしまうな」

 

「何となく分かる~」

 

 

 そうして話し合った結果、タカトシ君が数字を管理するということで複雑な番号に決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんが金庫の中身を探ろうとして金庫の指紋を採取しようとしていたが、そんなことはお見通しだ。使用した後は常に指紋を拭きとっているので、畑さんの野望は簡単に退けられた。

 

「タカトシが金庫の掃除を徹底するべきだと言っていたのは、こう言うことを想定していたわけか」

 

「あの人の行動はある程度読めますから」

 

「普通の人には難しいと思うがな」

 

 

 そう言いながらシノ会長は腕章を金庫にしまおうとする。

 

「それもしまうんですか?」

 

「大事な物だろ?」

 

「ですが、それ破れてますよ」

 

「もう古いからな……」

 

 

 新しいのを作るのにも予算が掛かる。シノさんがどうするか悩んでいるようなので、俺はポケットから腕章を取り出し差し出す。

 

「俺の予備で良ければ使ってください」

 

「いいのか?」

 

「えぇ。完全に新品、というわけには行きませんが、使ってないので問題ないと思いますよ」

 

 

 所謂新古品というやつになるのだろうか。シノさんに予備の腕章を渡す。

 

「それじゃあそれをしまって帰りましょうか」

 

「いや、これは大事に持っている!」

 

「はぁ」

 

 

 さっき大事な物はしまうとか言っていたような気もするが、とりあえずシノさんの気持ちが変わったということで納得しておこう。

 

「というか、アリア先輩とスズはどうして膨れてるんですか?」

 

「別に、アンタなら聞かなくても分かるんじゃないの?」

 

 

 別に俺の完全なる私物というわけでもないのだから、そこまで嫉妬しなくてもいいと思うだけどな……




コトミの信頼度は……


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独特な解決方法

解決できてないような気が……


 生徒会室で作業をしていたのだが、横島先生がやってきて急にぼやきだした。こういうのはタカトシが処理してくれるだろうと思っていたのだが、タカトシは一切横島先生に視線を向けることなく書類を処理している。そしてだんだんと横島先生のぼやきが大きくなってきたので、アリアと萩村が私に視線を向けてきた。

 

「……横島先生。何もしないのでしたら出て行ってくれませんか? 私たちだって暇じゃないんですから」

 

「そんなこと言わなくてもいいだろ! 私の相談に乗ってくれよ!」

 

「相談? さっきからよく分からないことをぼそぼそと言ってただけじゃないですか」

 

 

 実際何を言っているのか聞き取れなかったし――聞き取ろうともしていなかったが――横島先生が相談しに来たなど分かるはずもない。

 

「それで、横島先生は何を相談しに来たんですか? 男を紹介してくれとか言うのは無理ですからね」

 

「私だってそこまで落ちぶれてないわ! そうじゃなくて、最近肩こりが酷くてな……」

 

「肩こりですか?」

 

 

 こう言うのは私ではなくアリアに相談しろと思いつつも、私は横島先生の肩こりの原因を追究することに。

 

「どのように凝ってるんですか?」

 

「何だか錘が乗ってるようにダルいんだ……」

 

「錘って、鉄球くらいですか?」

 

「いや、この重さはボウリング玉だな」

 

「それでしたら、肩ずんされてると思うのはどうでしょう?」

 

 

 ボウリング玉の重さは人の頭の重さとイコールだと言われている。常に誰かに肩ずんされていると思えば、ダルさも少しは緩和されるのではと思って提案したのだが――

 

「やったー!」

 

 

――まさかここまで効果があるとは思っていなかった。

 

「解決したのでしたらもう良いですよね? まだ処理しなきゃいけない書類が多いので」

 

「厄介払いされてる感は否めないが、少しは気分が楽になったからな」

 

 

 そう言って横島先生は生徒会室を後にする。

 

「さて、それでは残りの仕事を――」

 

「これで最後ですね」

 

 

 私たちが横島先生で気を散らしてるうちに、タカトシがほぼほぼすべての書類を処理していた。

 

「またタカトシに仕事を押し付けてしまったな……」

 

「いえ。横島先生のことを押し付けたので、これでお相子かと」

 

 

 あの人を押し付けてる自覚があったのか……まぁ、普段私たちが横島先生を押し付けてるので、文句は言えないがな……

 

「ん?」

 

「どうしました、会長?」

 

「いや、改めて観察すると、この机随分と黒ずんでるなと」

 

「人が使うと、いろいろと擦れて汚れちゃいますからね」

 

「うむ……」

 

 

 どうにかして綺麗にならないかと考えていたら、ふと昔聞いた雑学が私の中に降りてきた。

 

「黒ずむと言えば、肛門も紙で拭いているとくすむらしいな」

 

「その雑学必要でした? タカトシが物凄い目で睨んできてるんですけど……」

 

「アリア、見回りに行くぞ!」

 

「そうだね! スズちゃんも一緒に!」

 

「えっ、私も?」

 

 

 アリアと萩村の腕を掴んで逃げるように生徒会室から出ていく。あの部屋の主は一応私なのだが、タカトシの不機嫌オーラを浴び続けるのは滅入るからな……

 

「シノちゃん、どうしてあんな雑学を?」

 

「ふと思い出しただけだ……」

 

「自分の中に留めておいてくださいよ……」

 

「悪かった」

 

 

 とりあえず見回りを済ませ、生徒会室に戻ってる頃にはほとぼりも冷めているだろう。そう考えて見回りを済ませると――

 

「机が綺麗になってる」

 

「何故か皆さんが見回りをしてくれましたので、机の掃除をしておきました」

 

「新品同然だね! さすがタカトシ君」

 

「普通に拭いただけですけどね」

 

 

 謙遜してるように聞こえるが、タカトシは普通に拭いただけなのだろう。だがまぁ、これで気分新たに仕事に取り組めるな!

 

「あっ会長。さっきの発言、しっかりと反省してくださいね」

 

「う、うむ……」

 

 

 最近タカトシが私を怒る時、あえて「会長」と呼んでくるんだよな……少しは自覚しろというわけなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 津田家でのんびりとテレビを観ているのだが、タカ君は相変わらず忙しそうにしている。

 

「タカ君、私も手伝おうか?」

 

「義姉さんは少しゆっくりしててください。さっきまでコトミの宿題を見てたんですから」

 

「もうそれ程大変じゃないよ」

 

 

 コトちゃんも多少は成長してきているので、一から十まで教えなくても理解してくれる。もちろん、これを続けていかないと定期試験は壊滅的な結果なので、私たちも気を抜けないのだが。

 

「つかれたー……」

 

「コトちゃん、勉強は学生の仕事なんだから、ちゃんとやらないと」

 

「私は勉強にむいてないんですよ……」

 

「じゃあタカ君の代わりに家事する? もっとむいてないでしょ?」

 

「それを言われると困っちゃうんですけどね~……って、腕がしびれた!? 感覚がない」

 

 

 寝っ転がってテレビを観ていたコトちゃんだが、どうやら腕がしびれてしまったようだ。

 

「そんな風に腕に頭を乗せてるから……って、私もしびれた!?」

 

 

 正座をしていたので足がしびれてしまった。私はしびれを解消する為に足を延ばす。

 

「的確に私のデリケートゾーンを踏んできている!? 本当に感覚無いんですよね?」

 

「何かに当たってるとは思ったけど、コトちゃんのデリケートゾーンでしたか」

 

「微妙にこすれて気持ちいぃ……」

 

「ここか? ここがいいのか――って、タカ君? その拳は何?」

 

「さて、何でしょうね?」

 

 

 タカ君が怒ったのでおふざけはここまで。私とコトちゃんはしびれてる箇所など忘れて背筋を伸ばして座り直したのだった。




おふざけもほどほどにしないと……


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相席

珍しい人のターンですね


 今日コトミは八月一日さんの家で時さんと一緒に朝から勉強会。いい加減俺に頼るのも止めた方が良いと言われ、八月一日さんに勉強を教わると言っていた。

 

「後輩に気を遣わせてしまっているな……」

 

 

 以前から八月一日さんには心配されていたが、まさかそこまで深刻に考えていたとは思っていなかった。確かにコトミの成績は深刻な問題ではあるのだが、八月一日さんがそこまで親身になって考える問題ではない。

 

「義姉さんも今日は昼からバイトだと言っていたしな……」

 

 

 自分一人だとすることが無くて暇になってしまうのだ。今月分のエッセイも既に書き終えて畑さんにデータを渡しているし、クラスメイトたちのテスト対策用テキストもほぼ完成している。

 

「昼飯、どうするかな……」

 

 

 食材はあるし、時間的余裕もあるので作るのには問題ないのだが、自分一人の為に作るのも何だか面倒な気がしてきた。

 

「大人数の分を作るのに慣れてきてしまっているのだろうか」

 

 

 何となくやる気が出なかったので、今日の昼食は外食で済ませることに。だからといって無駄遣いは避けるべきなので、俺は手ごろな定食屋に足を運んだ。

 

「いらっしゃいませ。相席になってしまいますが構わないでしょうか?」

 

「問題ないですよ」

 

 

 さすが昼時、定食屋も混んでいるようで相席になってしまうらしい。見知らぬ人と同じ席で食べるのはちょっと気が引けるが、別に気にしなければいいだけだと自分の中で消化して席へ向かう。

 

「こちらでお待ちください」

 

「……三葉?」

 

「タカトシ君」

 

 

 案内された席にいたのは三葉だった。どうやら彼女もここで昼食を済ませるらしい。

 

「こんなところで奇遇だな」

 

「タカトシ君もここでお昼?」

 

「珍しく一人でな。ちょっとやる気が出なかったから」

 

「タカトシ君でもそんな気分になるんだね」

 

「最近大人数の分を作るのに慣れてしまってたからな……いざ自分の分だけとなると」

 

 

 そんなたわいのない話をしていたら、三葉の注文が運ばれてきた。

 

「餃子レバニラW大盛りでーす」

 

「あわわ」

 

 

 さすが運動部という量を食べるんだなと思っていたのだが、三葉は顔を赤らめている。

 

「(こういう所は普通の女子なのだろう)」

 

 

 異性の前で大喰らいだと思われたくないという気持ちが働いたんだなと思い、俺は微笑ましい気分になった。だって、俺の周りにこういう普通の感性を持ち合わせてる異性って、三葉とサクラくらいだしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひょんなことからタカトシ君と一緒にお昼を食べることになったのだけど、よりによって私が注文したのは餃子とレバニラ大盛り……もうちょっと女の子らしい食べ物だったら良かったのに。

 

「(でも、ついてるかも)」

 

 

 タカトシ君と休日も一緒にお昼が食べられるなんて思ってなかったので、今日はラッキーだ。普段ならお弁当のおかず交換とかするのだけど、さすがに定食屋ではそれはできない。

 

「三葉、ついてる」

 

「えっ、わかる?」

 

 

 私の考えが見透かされたと驚きはしたけども、タカトシ君ならそれくらいできるだろうと思っていたのだけど――

 

「ほっぺにご飯粒が付いてる」

 

「ぐはっ!?」

 

 

――慌てて食べていたからご飯粒が付いていたらしい。恥ずかしい……

 

「(何か話題を変えなきゃ……)」

 

 

 何とかしてタカトシ君の視線を逸らせなければと思い視線を彷徨わせると、箸休めの酢の物が目に入った。

 

「うっ……」

 

「三葉、酢の物は嫌いなのか」

 

「ちょっとね……」

 

「覚えておく」

 

 

 遠征の際のお弁当の準備をしてくれているタカトシ君が私の好き嫌いを覚えておくのは、ある意味仕事なのだろうけども、私はタカトシ君に自分のことを知られて嬉しいと思ってしまう。

 

「(タカトシ君は真面目だなぁ……)」

 

 

 そんなことを考えていると、視界に「お代わり無料」の文字が飛び込んできた。

 

「(いっぱい食べたらはしたないかな……でもここで我慢したら、ご飯を食べられないくらい太ったと思われちゃうかも!?)」

 

 

 タカトシ君がそんなことを考えるわけがないと分かっているのだけども、どうしても気になってしまう。なんでか分からないけども、タカトシ君にだけは太ったって思われたくない。

 

「すみません、お代わりください!」

 

「我慢は良くないよ」

 

「?」

 

 

 何でそんなことを今言うのか、私には分からなかった。だがタカトシ君の目は優しい感じがしている。

 

「ご馳走様でした」

 

「美味しかったね」

 

 

 会計を済ませ、私たちはバス停まで一緒に歩く。その間とりとめもない会話をしていたのだが、これはこれで楽しいと思える。

 

「(普段タカトシ君と二人きりでお喋りする機会って多くないしね)」

 

 

 何時も誰かが側に居るタカトシ君と二人きりになれる時間など、そんなに多くない。学校では相談の際に少し会話するくらいしかできなかったから、こういう時間は嬉しい。

 

「(あっ、餃子とレバニラを食べた後狭い空間で男の子と密着するのは……)」

 

 

 酔い止めを持っているとはいえ、私は乗り物に強くない……

 

「私、走って帰るね!」

 

「食べてすぐ運動すると戻す可能性が高いからやめておいた方が良いだろ。ほら、ブレスケア」

 

「うっ……ありがとう」

 

 

 私が口臭を気にしてるって知られていたことが恥ずかしかったけど、タカトシ君がちゃんとこういうものを持ち歩いているんだと分かって何だか嬉しい。素直に受け取り、酔い止めも飲んだお陰なのかは分からないけども、何時もならすぐ酔うバスの中でも、タカトシ君と仲良くお喋りができた。




青春してるなぁ


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マーキング

普通は思わないって


 三年生は女子しかいないので、体育の授業でも変に身構える必要は無い。畑さんという問題児はいますが、タカトシ君が散々お説教したからなのか最近は盗撮も控えているようですし。

 

「(天草さんや七条さんも、タカトシ君がいないところでも大人しくなってくれましたし)」

 

 

 以前はタカトシ君がいないところでは酷かったのですが、最近はだいぶ大人しくなってきている。これもタカトシ君のお説教と、風紀委員会で問題視したお陰なのかな。

 

「五十嵐、行ったぞ!」

 

「はい!」

 

 

 運よく天草さんと同じグループになれたので、私たちはバレーの試合で負けなしで授業を終えた。

 

「運動すると気持ちがいいですね」

 

 

 普段コーラス部と風紀委員会の掛け持ちで運動する時間が少ないので、体育などで運動すると気分が良い。タカトシ君のように移動時間とかの隙間隙間で運動できればいいのでしょうが、私はそこまで時間の使い方が上手ではないのだ。

 

「私、まだその経験ないんだ」

 

「へ?」

 

 

 天草さんも一緒に運動していたはずなのに、気持ちがいいと思わなかったのかしら……

 

「運動中にオーガズムに達するコアガズムの話じゃないのか?」

 

「議論の余地がありますね」

 

 

 最近大人しくなってきたと思っていたのにこれだ……やはりこの間の生徒会長選挙、私が勝っておかなければいけなかったかもしれませんね。

 

「シノちゃ~ん、一緒に食堂いかない?」

 

「おっ、良いな。五十嵐も一緒にどうだ?」

 

「スズちゃんとパリィちゃんも一緒なんだ~」

 

「タカトシ君は?」

 

 

 その面子でタカトシ君がいないのは致命的だ。天草さんと七条さんの箍が外れてしまうし、パリィさんもなかなかの問題児、そして萩村さんは一人しか相手にできない。そうなると私が二人を抑え込まなければいけなくなってしまうではないか……

 

「五十嵐はタカトシがいないと不満なのか?」

 

「タカトシ君はお弁当だからね」

 

「そうですか」

 

 

 私が何に不満を懐いているのか勘違いされていそうですが、とりあえず昼食は天草さんたちと一緒に摂ることに。

 

「今日は全員麺類なんだな」

 

「もしかして、皆さん昨日のテレビに影響されました?」

 

「あれは美味しそうだったよね~」

 

 

 昨夜のテレビ番組を私以外も見ていたらしく、パリィさんも含め全員が麺類を注文している。

 

「麺がシコシコしてて美味しいですね」

 

「うむ」

 

 

 天草さんと麺の感想を言い合っていると、七条さんが急に辺りをきょろきょろと見渡しだす。

 

「察するに『MENがシコシコしている』と思っているな」

 

「解説は不要です。というか、食事中に下品なこと言わないでください」

 

「これくらい四方山話だろ?」

 

「そんな風に思ってる人はいないと思いますが」

 

 

 この人の感覚に合わせていたらこっちまで変人に思われてしまう。私は急いで食事を済ませ、教室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近タカ兄との距離が開いてる気がする。ただでさえタカ兄は忙しいのに、私がふざけて怒られることが多いので、その所為でもあるのかもしれない。

 

「本格的にタカ兄に見捨てられたら……うん、私は生きてないだろうな」

 

 

 家事ができないのも致命的だが、タカ兄に見捨てられたら私は高校に通うことすらできない。いや、通い続けることができないと言った方が正しいかもしれない。

 

「ん?」

 

 

 そんなことを考えていたら、シラヌイが私にすり寄ってきた。

 

「これは?」

 

 

 携帯で猫の生態を調べると、これはマーキングと言って、自分のものとアピールする為に匂いを付けているらしい。

 

「なるほど」

 

 

 タカ兄は私のものだとアピールする為に、タカ兄に私の匂いを付ける必要があるかもしれない。これでタカ兄に余計な女が寄り付かなくなるし、私とタカ兄の距離が縮まり一石二鳥だ。

 

「それじゃあ早速」

 

 

 私はリビングからタカ兄がいるキッチンに移動し、私の匂いを付ける為にタカ兄に腕を擦り付ける。

 

「コトちゃん、何してるの?」

 

「タカ兄に私の匂いを付けてアピールしようと」

 

「マーキング? コトちゃんがそんなことしなくても、タカ君はコトちゃんのことちゃんと意識してると思うけど」

 

「悪い意味で意識されても仕方ないので、もう少し親愛の情を懐いていただこうかと……」

 

「だからってマーキングしなくても……てっきりコトちゃんがタカ君の背中で手を拭いてるのかと思っちゃったじゃない」

 

「お義姉ちゃん、もう少し猫の純真さを見習おうよ」

 

「……人を挟んで会話しないでくれないか?」

 

 

 お義姉ちゃんと話していたのだが、タカ兄が苦言を呈してきた。まぁ、タカ兄を挟んで会話していた私たちが悪いのだけど、もう少し私に興味を懐いてほしい。

 

「ところでタカ兄、今日の晩御飯は何?」

 

「義姉さんのリクエストで、今日はラーメンだ」

 

「ラーメンって、お義姉ちゃん昨日あの番組見てた?」

 

「コトちゃんも?」

 

「はい! だから今日食堂で麺類がやたら出てたって聞きました」

 

「コトちゃんは食べなかったの?」

 

「私にはタカ兄のお弁当がありましたから」

 

 

 マキとトッキーは食堂でラーメンを食べていたけど、私はタカ兄のお弁当を食べていたので、私もラーメンを食べたい気分だったのだ。

 

「ん? タカ兄の手作りってこと?」

 

「私も一緒に作ったけどね」

 

「おぉ! かなり贅沢なラーメンですね」

 

 

 市販の麺ではなくタカ兄とお義姉ちゃんが打った麺なら美味しいに違いない。私はワクワク気分でリビングに戻り、ラーメンができるまで宿題に取り組もうとして――

 

「分からない……」

 

 

――自分の頭の悪さを再認識して絶望したのだった。




いろいろと勘違いが多発していたな……


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将棋の腕前

タカトシは強そう


 今日の生徒会業務は少なかったので、遊びに来たパリィとタカトシが将棋を指している。日本に来て始めたらしいけど、パリィの将棋の腕は私から見てもなかなかのものだが――

 

「王手」

 

 

――タカトシ相手に通用するものではない。というか、タカトシに勝てる相手がこの学園にいるのかどうかすら微妙だ。

 

「パリィ? 何で手を出してるのよ」

 

 

 次の一手を考えているのかと思っていたのに、パリィはタカトシに右手を伸ばしている。

 

「だって今『お手』って」

 

「またいらん知識増やしちゃって、もう! 盤面を見なさいよね!」

 

「あっ、王手か」

 

 

 私がツッコミを入れているからか、タカトシは一切反応を見せない。集中しているわけではないのだろうが、パリィの担当は私だと思っているのかしら。

 

「おっ、将棋か」

 

「シノもやる?」

 

「そうだな。この後やるか」

 

「大丈夫ですよ。後五手で終わりますから」

 

「そんなに早く!?」

 

 

 パリィはどうにかして勝負を伸ばそうとしていたが、宣言通り五手で詰み。パリィはタカトシの思惑通りに駒を動かしていたということだろう。

 

「相変わらずタカトシは強いね」

 

「こういう勝負でタカトシに勝ったこと無いからな」

 

 

 タカトシが席を会長に譲り、本人は見回りの為に生徒会室を出ていく。

 

「それにしてもパリィ、何故萩村ではなくタカトシと将棋を指していたんだ?」

 

「せっかくなら強い相手とやった方が良いってスズが」

 

 

 別に私が相手をしても良かったのだが、既に何回か指しているので違う相手の方が良いだろうと思っての助言だ。決して私がパリィに勝てないからとかではない。

 

「そういえばショーギは取った駒も使えるんだね」

 

「『持ち駒』だね」

 

「チェスとは違う面白さがある」

 

「そうだな」

 

 

 あれ? 会長ってチェスできたっけ……

 

「日本では敵堕ちヒロインが流行っているからな」

 

「将棋の歴史はもっと深いんだよ!」

 

 

 またくだらないことを言いだした会長に私がツッコむ。まさかタカトシ、この状況を察知して生徒会室から逃げたんじゃないでしょうね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作業の休憩中、広瀬さんはパンを食べて、私は牛乳を飲んでいる。

 

「それにしても今日の作業は中々多いっすね」

 

「ユウちゃんがもう少しちゃんとできてれば、こんなに残ってるはずではなかったんだけど」

 

「申し訳ないっす」

 

 

 広瀬さんのミスが多かったため、予定より作業が進んでいないのだ。まぁ会長も、広瀬さんのことは高い所担当や荷物持ちの目的で勧誘した為、作業が遅くても本気で怒ったりはしない。

 

「てか、飲み物含んでる人を見ると、笑わせたくなるんすよね」

 

「あはは」

 

 

 後輩二人が不穏なことを話し始めたので、私は目を瞑り牛乳に集中する。

 

「分かるよ」

 

「っ!?」

 

 

 まさか会長までその会話に加わり、しかもノリノリな感じになるとは思っていなかった。何かされたら耐えられる気が――

 

「ごほうびだもんね」

 

 

――あっ、そんなことも無さそう。この人はむしろかけられたいと思っているようで、私はさっさと牛乳を飲み干そうと集中する。

 

「さて、そろそろ休憩も終わり。急いでこの作業を終わらせましょう」

 

「何か予定が?」

 

「タカ君とお買い物」

 

「相変わらず入り浸ってるんですね、津田家に……」

 

 

 少し羨ましい気もしますが、会長は遠縁ですし入り浸っても文句は言えませんからね……タカトシ君以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はなんだか腹の調子が悪い……別に変な物喰った覚えはないんだがな……

 

「横島先生、どうかなさったんですか?」

 

「小山先生……腹の調子が悪くてさ」

 

 

 さすがに唸ってたので注目されていたようで、小山先生が私に事情を尋ねてきた。

 

「そんな時はジャガイモが良いですよ」

 

「おならと一緒に『実』も誘発させるプレイか……アブノーマルだなー」

 

「消化を助けるんですよ!」

 

「そうなのか。それじゃあ生徒から没収したポテトチップスを――」

 

「横島先生」

 

 

 背後から掛けられた声に、私は思わず背筋を伸ばす。

 

「つ、津田」

 

 

 まさかこのタイミングで津田兄が職員室にやって来るとは……津田妹なら常連なので驚きもしないが、兄貴の方が職員室に何の用なのだろうか。

 

「何か用か?」

 

「頼まれていた資料、持ってきました」

 

「資料? あ、あぁ……それは山田先生に渡しといてくれるか?」

 

「山田先生ってどなたでしたっけ?」

 

「ほら、あの白めのベスト着てる人」

 

「あぁ」

 

 

 こいつが教師の名前を覚えていないとは思っていなかったが、そもそも山田先生は津田兄を担当していなかったっけ。さすがに担当以外の教師の名前など知らないか。

 

「いませんよ?」

 

「えっ?」

 

 

 津田の付き添いなのか、ずっと隣にいた七条が首をかしげている。しかしいないと言われても、山田先生は津田の視線の先にいるのだがな……

 

「だって今『白い目がベストの人』って」

 

「………」

 

「あぁ、そう言う目だよっ!」

 

「私が言うのも何だが、職員室でそういう発言は止めておけ?」

 

「本当に、貴女が言うことじゃないですね」

 

「辛辣だな……」

 

 

 津田に思いっきり馬鹿にされたからか、急に便意が襲ってきた。

 

「うおっ、急に来たっ!?」

 

「横島先生?」

 

「悪い七条。トイレに行ってくるから津田にはそう言っておいてくれ」

 

 

 さすがにこんなところで粗相するわけにもいかないので、私は急いで職員用トイレに駆け込む。途中五十嵐に怒られそうになったが、腹を押さえていたから見逃してもらった。

 

「ふぅ、すっきりした……」

 

 

 これから便秘になったら津田に睨んでもらえばいいのか? そうすれば解消されるのだろうか。




独特な解決方法を思いついてるな……


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疑似心霊現象

何故それが通ると思った


 生徒会室には私一人。会長と七条先輩は校内の見回り、タカトシは小山先生に相談されてヨガ同好会の活動教室に行っている。

 

「一人って久しぶりな気がする」

 

 

 ゆっくりと生徒会室を眺めていると、ふと壁が気になった。

 

「このスペースに何か物を引っかけるものがあればいいのに。何でも良いんだけどな……」

 

 

 何が気になったのかはすぐに分かったので、私はそれを解消できそうな物を生徒会室で探したが、残念ながら見つけることはできなかった。

 

「私に任せて!」

 

「ネネ、一応ノックしてから入ってきなさいよね……てか、聞いてたの?」

 

 

 これが室内にいたのがタカトシだったらネネの盗み聞きにも気づけたのだろうが、私に気配察知の能力は無い。だがネネ相手なら驚くこともせずに対応できる。

 

「それで、何を任せればいいの?」

 

「スズちゃんの悩み、この私がパパっと解決しちゃうから」

 

「えーネネが……」

 

 

 付き合いが長いので、ネネがすることをどうしても疑ってしまう。なにせ学力低下する程機会弄りに没頭するネネだ。またろくでもない物を取り出すに違いない。

 

「この吸盤バイブを壁に貼り付けて――」

 

「何でも良いと言ったが、そんな物認められるかー!」

 

 

 やはり最低な物を取り出したので、私はネネに説教する。

 

「こんな物が生徒会室にあったら品位を損なうだろうが! 来客だってあるんだから」

 

「そうだね……」

 

「早いところ撤去しなさい」

 

「分かったよ」

 

 

 せっかく私の悩みを解決してくれようとしたのだが、これでは別の悩みが発生する。私はネネに撤去を命じ、ネネも素直に従ってくれた。

 

「あ、あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「取れなくなっちゃった……」

 

「えぇ!?」

 

 

 ネネが必死に引っ張っているけども、吸盤が外れなくなってしまった。こんなところ他の人に見られたら――

 

『タカトシも同じタイミングだったか』

 

『えぇ。ヨガ同好会の様子を見て欲しいと小山先生に頼まれてまして』

 

『何でタカトシ君に?』

 

『さぁ?』

 

「まずい、会長たちが帰ってきた」

 

「どうしよう」

 

 

 私とネネがどうにかして誤魔化そうとし、何か策は無いかと室内を見回す。すると会長が家庭科で作ったと思われるさくらたん人形が目に入った。

 

「これをぶら下げておこう」

 

「(何処に刺さってるんだろう)」

 

 

 さくらたん人形がぶら下がったのは良いが、どうやってぶら下がってるんだろうか……だがそれを追求したら負けな気がする。

 

「何だ、轟も来てたのか」

 

「お邪魔してます。それにしても会長、この人形、良くできてますね」

 

「ああ! 私が作った人形の中でも五本の指に入る出来だ!」

 

「今入ってるのは一本ですけどね」

 

「おい!」

 

 

 ネネが余計なことを言ったので、私は思わずツッコミを入れる。すると七条先輩が机の上に置きっぱなしのスイッチに気付いた。

 

「これ、何のスイッチ?」

 

 

 七条先輩がスイッチを入れると――

 

『ブルブルブルブル』

 

「ポルターガイストだ!?」

 

 

――ぶら下がっていたさくらたん人形が震えだし、会長も震えだした。

 

「これはどういうことだ?」

 

「実は――」

 

 

 さすがに誤魔化せないということで、ネネがさくらたん人形を外し事情を説明する。

 

「――というわけです」

 

「早いところ撤去しなさい。私は職員室にレポートを提出してくるから、その間にな」

 

「分かりました」

 

 

 余程怖かったのかは分からないが、会長はそそくさと生徒会室を出ていく。

 

「ビックリしたよ~。急にさくらたん人形が震えだして」

 

「吸盤バイブなんですよ~」

 

「それがさくらたん人形を震えさせた原因だったんだね。シノちゃんじゃないけど、本当にポルターガイストかと思っちゃった」

 

「津田君は気付いてたみたいだけどね」

 

 

 そう言えばタカトシは驚くこともしなかったし、ネネの説明を聞く前から知ってたような感じだったわね。

 

「轟さんがいる時点で、何か余計なことをやらかしたんだろうなとは思ってた」

 

「言い返せない自分が恥ずかしい」

 

「それに震えだした時、スズは驚いてなかったから事情を知ってるんだろうなって」

 

「わ、私のこと知ったようなこと言うな!」

 

 

 何だか恥ずかしい気分になったので、私は頬を膨らませてタカトシから視線を逸らす。

 

「みてみて~。肩たたきができる」

 

「さっさと片付けろ!」

 

 

 ネネがふざけ出したので、私はネネを怒るフリをして気持ちの整理をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室に戻ってきたら、轟の姿は無くなっていた。ちゃんと片付けたようで、壁には吸盤跡があるが実物は無くなっている。

 

「それにしても、何故あんなものが?」

 

「ここに何か物を引っかけられる何かがあれば良いなと思ったところにネネが来まして」

 

「それであの吸盤バイブか……だが、確かに何かあれば便利だな」

 

「今度何か用意しますよ」

 

「そうだな。また吸盤バイブを持って来られたら面倒だしな」

 

「というかシノちゃん。さくらたんに挿入れる穴作ってたんだね」

 

「で、出来心だ! 別にそういう目的ではないからな!?」

 

 

 自分が不利な状況になりそうな気がして、私は慌てて弁明をする。それが余計に怪しいと思われると分かっているのだが、どうしても否定してしまうのだ。

 

「とりあえずこれはちゃんと持ち帰ってくださいね? 生徒会長が率先して学業に不要な物を持ち込んでるなんて言われたくないでしょうし」

 

「そうだな」

 

 

 この間轟のフィギュアを注意したばかりだし、何時までも置いておいたら何を言われるか分からないからな。

 

「今日持ち帰るとしよう」

 

「そうしてください」

 

 

 やはりどっちが生徒会長か分からない感じだが、これはこれで悪くないのかもしれないな。




普通なら何かあると思うだろうから仕方が無い


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新手のお誘い

デートにはならないだろうが


 コトちゃんはお友達と勉強会ということで今日はタカ君と二人きりのはずだったのだが、何故かシノっちが私とタカ君の間に座っている。

 

「シノっちは何の用でここに?」

 

「私のことは気にするな」

 

 

 気にするなと言われても気になるのですが……まぁ、それじゃあいない者として話をしましょう。

 

「この前写生大会で動物園に行ったの」

 

「そうなんですか」

 

「でも、その動物園に忘れ物しちゃって」

 

「大変ですね」

 

「一人で行くのもアレだし、付き合って?」

 

「新手の誘い方だとっ!?」

 

 

 タカ君ではなくシノっちが驚いた表情を浮かべているが、別にシノっちは誘ってないんだけどな……

 

「――というわけで動物園にやってきた」

 

「何故全員で?」

 

 

 タカ君が呆れ顔をしているが、私とシノっちは結構ノリノリ。スズポンも楽しみにしてる様子だし、ユウちゃんや青葉っちも既に盛り上がってる様子。

 

「タカトシ君、諦めよう」

 

「そうだな……」

 

「私、動物園初めてかも」

 

 

 サクラっちに慰められ肩を落とすタカ君の隣で、アリアっちが衝撃の告白。

 

「それって、やっぱ家で飼ってるからっすか!?」

 

「いや、本当に初めてなんだけど」

 

「アリアはお嬢様だからな。幼少期にこのような場所に来れば誘拐の可能性もあっただろうし」

 

「今日は大丈夫なんすか?」

 

「最強の防犯対策、タカ君がいるから大丈夫じゃない?」

 

 

 動物園の敷地内ならタカ君が何とかできるだろうし、外には七条家のSPが控えているので大丈夫でしょうね。

 

「というか、忘れ物を取りに来ただけで何故これだけの人数を……」

 

「そこはほら、天草さんと魚見会長だから」

 

「はぁ……」

 

 

 既にノリノリで動物を見ている私たちの後ろで、タカ君とサクラっちがイチャイチャしている……

 

「チーターは最高速度100㎞なんですよ」

 

「はやーい」

 

 

 スズポンの雑学にアリアっちが感心する。せっかく動物園に来ているのだから少しは楽しもうと思って欲しいのですが、タカ君やサクラっちにとっては、私たちの引率のような立ち位置になってしまうのかもしれませんね。

 

「雑学なら負けないぞ! ここにいるのはチンパンジー。チンパンジーの交尾時間は10秒らしいぞ」

 

「「「はやーい!!」」」

 

「喰いつき度!」

 

「はぁ……」

 

「まぁまぁ、楽しんでるって思おうよ」

 

「だな……」

 

 

 シノっちの雑学に私、アリアっち、青葉っちの三人が喰いつき、スズポンが納得いかない様子で呟いている後ろで、またしてもタカ君とサクラっちが呆れている様子……

 

「(シノっち)」

 

「(何だ?)」

 

「(タカ君とサクラっちがくっつき過ぎだと思いませんか?)」

 

 

 ここで私はシノっちを炊き付けてタカ君の両側へ移動する。

 

「動物を擬人化すると、キャラ決まって来るよね」

 

「うむ」

 

 

 私たちがタカ君の両脇に移動したからか、サクラっちはそそくさと私たちから離れた。

 

「トラはわんぱくでパンダはおっとり」

 

「そしてヘビはおしゃぶり上手だ!」

 

「くだらないことを人を挟んで話すな」

 

「「ヒェ!? ご、ゴメンなさい……」」

 

 

 タカ君からカミナリを落とされ、私たちはすぐさまタカ君の側から離れる。周りに人もいるので何時もより抑えめではあったが、それでも威力に変わりはない。だから余計に怖く感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっちで津田先輩が会長たちを怒ってる様子だが、こっちはこっちで楽しもう。

 

「今日は風が強いっすね。ズボン履いてきてよかったっすよ」

 

「七条先輩と森さんがスカート押さえてるわね」

 

「スズ先輩もズボンっすね」

 

 

 何だかスズ先輩とコンビを組まされる回数が多い気がしますが、一緒にいて楽な先輩ではあるので私的には問題は無い。

 

「それにしても、レッサーパンダは凄い人気ね……まったく見えないわ」

 

「だったら――」

 

 

 私はスズ先輩を肩に載せて立ち上がる。

 

「ズボンで良かったっすね」

 

「複雑……」

 

 

 肩車されて複雑な表情を浮かべているスズ先輩。恐らく子供っぽいという感情と、レッサーパンダを見れて嬉しい感情が同時に襲ってきているのだろう。

 

「青葉さんはウサギと触れ合ってるみたいっすし、私たちも行きます?」

 

「そうね。ウサギも可愛いし」

 

 

 会長に言われて来ただけなのだが、意外と動物園を楽しめていることに気付き、私は今更ながら会長にお礼を言わなければと思った。

 

「会長、今日は誘ってくれてありがとうございました」

 

「良いの良いの。そのお陰ですね毛フェチ歓喜の光景ができるんだって気付けたし」

 

「?」

 

「まだ怒られ足りないと?」

 

 

 またしても会長は津田先輩に怒られるようなことをしたらしい。小動物に恐怖を与えることなく会長にのみ怒気を向けるなんて、普通の人間にはできない荒業っすね。

 

「スズ先輩がウサギと触れ合ってると、幼女っぽさが増しますね」

 

「はったおーす!」

 

「褒めたんすよ?」

 

「語彙力がコトミレベルね、広瀬さんは」

 

「まぁ、勉強嫌いっすから」

 

 

 コトミの成績程酷くはないと言えない自分の成績を思い出しとりあえず誤魔化す。ここで余計なことを言えば帰ったら勉強だとか言われるだろうし……

 

「あっ。ところで会長の忘れ物っていったい何だったんすか?」

 

「あぁ、モデルのライゾウ君の額の傷を描き忘れてね。さっき描き足してきた」

 

「物じゃなかったの!?」

 

「だって、一人で動物園に来て、ただただ額の傷を描くなんて恥ずかしいじゃないですか」

 

「その所為でタカトシの機嫌が悪くなってるんだが……」

 

「シノっちだってノリノリだったんですから、同罪ですからね」

 

 

 会長コンビはまたしても津田先輩を怒らせたらしい。ふれあい広場からそれ程時間が経ったわけじゃないのにな……




広瀬さんの語彙力が……


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それぞれ迷子

ペアはそのままで


 魚見会長に誘われて動物園に来たのだが、周りに人が多くなってきてしまい周りに知り合いがいない状況になってしまった。

 

「どうしよう……」

 

「サクラ」

 

「あっ、タカトシ君」

 

 

 背後から声を掛けられ、私はホッとしてタカトシ君に駆け寄る。それと同時に周りを確認したが、タカトシ君以外の姿は無かった。

 

「どうやらはぐれてしまったようだな」

 

「タカトシ君なら気配察知でどうにかなるんじゃないの?」

 

「さすがに人が多すぎる。文明の利器で集合場所を決めた方が良いだろうな」

 

 

 そう言ってタカトシ君は携帯を弄り出し桜才生徒会メンバーに連絡を入れる。

 

「中央広場で合流することになった」

 

「じゃあ私の方も連絡を――」

 

「上手いことペアではぐれてるらしく、そっちの連絡はしなくても大丈夫みたいだ」

 

 

 そう言ってタカトシ君はトーク履歴を見せてくれた。魚見会長は天草さんと、青葉さんは七条さん、広瀬さんは萩村さんと一緒だとそこから読み取れる。

 

「大丈夫なのかな……」

 

「不安ではあるが、小さな子供じゃないから平気――だと思いたい」

 

 

 タカトシ君が希望的観測を言うなんて……これはよっぽどなことなのだろうな。

 

「とりあえず中央広場へ移動するか」

 

「そうだね」

 

 

 タカトシ君の隣を歩いていたのだけど、人が多いのでどうしても距離ができてしまう。私がタカトシ君のように人の間を縫うように歩ければいいのだけども、そんなことはできないので離されてしまうのだ。

 

「サクラ、はぐれないように繋いでおいた方が良いな」

 

「えっ?」

 

 

 タカトシ君が手を差し伸べる。この行為を勘違いする程、私は鈍感ではないつもりだ。

 

「良いの?」

 

「ここでサクラが人波に呑まれたら探すのが大変だからな。確かサクラって、地図を見るのが苦手じゃなかったか?」

 

「うっ……」

 

 

 確かに地図を見るのは苦手だが、何だか子供扱いされた気分……だがここで強がってタカトシ君の手を突っぱねるわけにもいかないし……

 

「失礼します……」

 

 

 タカトシ君の手を取り、私は視線を下に固定しながら歩く。

 

「何で下を見てるんだ?」

 

「な、何でもないよ!?」

 

 

 まさか見られてたとは……

 

「(い、言えない……タカトシ君と手を繋げたことが嬉しくて顔がにやけちゃうからなんて)」

 

 

 必死ににやけないようにしているのだが、手から伝わるタカトシ君の体温でどうしても顔の筋肉が緩んでしまう。だからなるべく見られないように俯いているのだ。

 

「理由は兎も角、人とぶつかるから前を向いていた方が良いぞ」

 

「そ、そうだね」

 

 

 照れている場合ではなかった……人混みではぐれないように手を繋いでいるのに、下を向いていたらぶつかってしまうじゃないか……

 そんな簡単なことに気付けない程、今の私は舞い上がってしまっているようだ。だって、こんな当たり前のように手を差し伸べてもらえるなんて思っていなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集合場所に到着したは良いが、スズ・広瀬さん以外のメンバーの姿が見えない。

 

「それで、何でスズは広瀬さんに肩車されてたの?」

 

「高い所から探した方が見つかるかと思ってしました。逆に津田先輩は何故森副会長と手を繋いでるんですか?」

 

「人が多くてはぐれる恐れがあったからね」

 

 

 広瀬さんに言われて俺は手をつないだままだったと思い出し離そうとしたのだが――

 

「………」

 

「サクラ?」

 

「……えっ? ゴメンタカトシ君、なにかな?」

 

「いや、そろそろ手を離しても大丈夫だろうから」

 

「そ、そうだね!」

 

 

 何やら慌てて手を離したサクラだったが、その理由は追及するのは止めておこう。

 

「タカトシ、気配でどうにかならないの?」

 

「さっきサクラにも言ったが、こう人が多くては――ん?」

 

 

 人垣の向こうに覚えのある気配を見つけ、俺は携帯を取り出す。

 

「シノさん、義姉さん、こっちです」

 

「やっと合流できたぞ……」

 

「シノっちがあれもこれもって好奇心で動くから」

 

「カナだって同罪だろっ!?」

 

 

 どうやら会長コンビは好奇心に忠実過ぎてはぐれてしまったようだった。

 

「後はアリアさんと青葉さんか……」

 

 

 意識を集中し、二人の気配だけを探る。一人一人の気配を探っていくのは疲れるので、できれば近くにいて欲しいのだが……

 

「……見つけた」

 

「何処に?」

 

「クレープの屋台にいますね」

 

「えぇ……」

 

 

 何故そんなところにいるのかというニュアンスでサクラが呆れ声を出す。俺も似たような感想だが、他のメンバーは別の意味で二人に呆れている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残りの二人と合流すべく、私たちはタカトシの案内でクレープの屋台がある場所へ移動する。

 

「アリア!」

 

「青葉っち!」

 

 

 カナと二人で駆け寄ると、二人は美味しそうにクレープを咀嚼していた。

 

「何でまったりしてるんだ!」

 

「森先輩クレープ好きだから、ここにいれば合流できるかなーって」

 

「シノちゃん咀嚼音フェチだから、もぐもぐしてれば気付いてくれるかなーって」

 

「純粋に二人が食べたかっただけですよね?」

 

 

 二人のボケにどうツッコミを入れたものかと悩んでいたが、タカトシがさっさと事務的に流してくれた。

 

「そもそも私は咀嚼音フェチじゃないぞっ!?」

 

「シノっち、そのツッコミは違うんじゃないですかね?」

 

「てか皆さん、視線がクレープ屋台に向いてません?」

 

「そ、ソンナコトナイゾー?」

 

「き、キノセイデスヨー?」

 

「食べたいなら食べればいいじゃないですか」

 

 

 タカトシに許可をもらったので、森を除く全員でクレープを購入することに。森は何故か肩を落としているタカトシを慰めている。

 

「あの二人、距離近くないか?」

 

「前からあんな感じじゃなかったですかね?」

 

「コトちゃんとは違う義妹誕生?」

 

 

 カナの発言に、私と萩村は硬直してしまったが、クレープを一口食べたらそんな悩みは吹き飛んでいってしまったのだった。




甘いものは正義なのだろうか……


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原作最終回特別記念

氏家先生、お疲れさまでした


 数年に一度の大雪で授業が無くなってしまったが、お祭り好きな会長の一言で雪まつりが開催されることになった。ちなみに参加は桜才学園の関係者が一人でもチームに入っていれば外部の人間でも参加できる、地域密着型のイベントとなっている。

 

「昨日告知したっていうのに、結構参加者が集まってますね」

 

 

 昨日の時点でこの状況は想像で来ていたので、昨日のうちにブログで告知していたのだ。その結果参加者がかなりいる大きなイベントとなっている。

 

「さて、私たち生徒会は何を作るんですか?」

 

 

 タカトシが審査員として五十嵐先輩に連れていかれてしまったので、私たち生徒会チームは三人だ。女子三人では作れるものに限りが出てきてしまうが、桜才学園は元女子校なのでそこは気にする必要はあまりなさそうだ。

 

「これで右側も完成。後は真ん中に棒を立てて――」

 

「いろいろとアウトー!」

 

 

 左右対称の球体を作っていた会長にツッコミを入れる。本当に何を作ろうとしているんだ、この人は……

 

「おい萩村。私がその右の玉を作るのにどれだけ苦労したと思ってるんだ」

 

「アンタこそ、こんなことしたらどれだけの人が苦労すると思って――」

 

「シノちゃん、棒できたよ~」

 

「七条先輩!? そんな物持ち歩てたら――」

 

「萩村、何を勘違いしているのか分からないが、これあれだぞ? ピー・アームストロング・サイクロンジェット・アームストロング砲だぞ」

 

「何か伏字入った!? てか、アームストロング二回言ってるから! そんな武器ないですから!」

 

 

 こんなものを他のチームに見られたら大変なことになりそうだ。

 

「おや~?」

 

「げっ!?」

 

 

 今一番見られたくない人がやってきたな……

 

「畑さん、これはその……」

 

「生徒会チームはネオ・ピーーーーーーー・サイクロンジェット・アームストロング砲ですか。完成度たっけーな、おい」

 

「えっ!? あるの!? 私だけ知らないの!?」

 

「江戸後期、黒船に搭載されておりこの武器があったから開国を余儀なくされたと言われている兵器」

 

「こんなダサい武器に屈したの、この国はっ!?」

 

 

 てか、伏字の場所が変わったような気が……

 

「畑か。新聞部は何を作ったんだ?」

 

「みますか? タイトルは『スクープを求めて』。モデルは恥ずかしながら私です」

 

「凄いですね!」

 

 

 雪像に躍動感があり、背中に生えている翼もその感覚を助長している。これは優勝候補かもしれないわね。

 

「畑よ。スカートが短すぎるからちゃんと既定の長さに直さないとな! 私がやってやろう」

 

「ちょ、会長! それバランスが――」

 

 

 生徒会長としては正しい行動なのだが、雪像にまで校則を適用する必要があるのかと思っていたのだが、どうやらライバルチームを潰したかっただけのようだった。

 新聞部の雪像を破壊して、自分たちのブースに戻った私たち。何だか悪いことをした気がしてならないのよね。

 

「アリア、良いこと思い付いた。翼付けよう、翼」

 

「シノちゃん天才! 何でそんな事思いつくの?」

 

「いや~、何かフッと降りてきたんだよな」

 

 

 完全にさっきの新聞部のパクリよね……

 

「スズちゃん」

 

「ネネ」

 

「あら? これ、ネオ・アームストロング・ピーーーーーーーー・アームストロング砲じゃない。完成度たっけーな、おい」

 

「また伏字が……」

 

「当時無敵艦隊と恐れられていたスペイン軍をたった一撃で壊滅させたと言われている恐ろしい兵器が何故ここに」

 

「さっきと違うしっ!? てか恐ろしさが上がってるし」

 

 

 こんな見た目なのに凄い武器なのね……

 

「ロボ研も参加してたのね」

 

「そうだよ。コンセプトは、老若男女問わず楽しめるもの」

 

 

 そう言ってネネに案内された場所には、某機動戦士を彷彿させるロボに、滑り台が付けられていた。

 

「確かに男性や子供は楽しめそうだけど、女性は?」

 

「実はこの滑り台の下には大きな一物が――」

 

「ハイ撤去!」

 

 

 会長が一物を破壊したら、その衝撃で滑り台まで壊れてしまった。これじゃあまたライバル潰しだと思われてしまうんじゃないだろうか……

 なんとも言えない気持ちで自分たちのブースに戻ってきたのだが――

 

「天才じゃない? 普通滑り台付けようだなんて思いつかないぞ」

 

「何かフッと降りてきたんだよね~。イ〇ポテーションかな」

 

「インスピレーションだ!」

 

 

 タカトシがいないから絶好調なんだよな、この人たち……

 

「よーす、生徒会役員共」

 

「横島先生……」

 

 

 厄介な人が現れたわね……いろいろな意味で。

 

「おっ、これネオ・アームストロング・サイクロンジェット・ピーーーーーーー砲じゃねぇか。完成度たっけーな、おい」

 

「最早原型留めてないけどね」

 

 

 違うアニメでもこの人の声で聞いたことがあるようなないような……って、私は何を言ってるのかしら。

 

「某北の将軍がIC〇Mとどちらを開発するか悩みに悩んで、結局日の目を見ることが無かった悲しき兵器」

 

「情報がさっきから違い過ぎるんだよな……」

 

 

 最早どれが本当なのか分からないし……

 

「てか、先生も参加してたんですか?」

 

「出島さんとタッグを組んでな!」

 

「お嬢様と別のチームなのは悲しいですが、横島様のアイディアは私も興味があったので」

 

 

 その二人が作った雪像は――

 

「タカトシ? でも何で腕を振り上げてるの?」

 

 

――不自然な形に腕を振り上げているタカトシの像だった。

 

「実はこれにはギミックがあってな」

 

 

 横島先生がアイコンタクトを送ると、出島さんが何かを操作しだした。

 

「あっ、威力が最大のままに――」

 

「横島ナルコに向けてスパンキーング!?」

 

 

 雪像に吹き飛ばされて横島先生が何かおかしなことを言ってフェードアウトしていった。

 

「おや、桜才の生徒会の皆さん」

 

「魚見さん」

 

 

 何でこの人がここに……

 

「あら? これネオ・アームストロン・サイクロンジェット・アームストロングピーじゃないですか。完成度たっけーな、おい」

 

「違うから。最早別物だから、これ」

 

「視線だけで女性を逝かせるなんて、相変わらずドSなアームストロングですね」

 

「何ッ、結局何なのアームストロング砲」

 

 

 本当に分からないわね……てか、魚見さんは何故ここに?

 

「カナが何でここにいるんだ?」

 

「コトちゃんに手伝いを頼まれましてね」

 

 

 そう言って案内された場所には――

 

「どうですか会長! 私の力作は!」

 

 

 物凄いお城が二つ建てられていた。

 

「タイトルはアレフ〇ルドにあるラ〇ドーム城と魔王城です!」

 

「この情熱を勉強にも向けられたら、タカ君の苦労も報われたんだろうけどね」

 

 

 物凄い城を目の前にして、会長と七条先輩が慌てた様子……何があったのかしら?

 

「ところで、シノっちたちは何を?」

 

「私たちはそのー、あれだよ」

 

「会長?」

 

 

 私が声を掛けると、会長と七条先輩に引っ張られてこの場から離される。

 

「どうしたんですか?」

 

「恥ずかしい! 私たちいったい何を作っていたんだ。ネオ・アームストロング・サイクロンジェット・アームストロング砲って何? あんなのただのわいせつ物じゃないか!?」

 

「遂に伏字が無くなった!? てか、やっぱり存在しなかったのかよ!」

 

 

 やっぱり存在しなかったものだったのね。てっきり私が知らない知識を皆が知ってるかと思って焦ったわよ。

 

「そこまで! これより審査に入りますので、作った雪像には手を触れないでください」

 

 

 無慈悲にも五十嵐さんの宣告により、会長たちは作ったものを壊すこともできず、タカトシにこっ酷く怒られたのだった。




いつかやりたかったこのコラボ、分からない人は調べちゃダメですよ


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勘違いの要因

気になってしまうのでしょう


 今日は珍しく宿題も早く終わり、小テストでも上々の結果だったので、タカ兄から許可をもらいゲームをしている。

 

「普段からこれくらい結果を出してくれていれば、ゲーム禁止なんて言わないんだがな」

 

「それは難しい相談だよ、タカ兄」

 

 

 今回の小テストは偶々覚えていた箇所が出題されたから点数が採れただけで、普段から勉強していない私にとって奇跡でしかないのだ。これを毎回期待されても無理な話なのだ。

 

「お義姉ちゃんもだけど、タカ兄はもっと厳しいからなぁ」

 

「お前は身内だからな。多少厳しくしても問題ない」

 

「問題大ありだよ! あんなに厳しくされたら興奮して集中できなくなっちゃうし」

 

「お前はまず、その煩悩をどうにかした方がよさそうだな」

 

「こればっかりはどうにもならないと思うけどね」

 

 

 お義姉ちゃんにも言われたことがあるけど、私のこれは死んでも治らないだろうと言い切れる自信がある。そんな自信いらないとも思うけど、これが私なのだから仕方が無いだろう。

 

「そういえばタカ兄、この間動物園に行ったんでしょ?」

 

「あぁ、義姉さんの忘れ物を取りに行くついでにって話だったんだがな」

 

「それで、お義姉ちゃんの忘れ物ってなんだったの?」

 

「ライオンの額の傷を描き忘れたから見に行きたかったらしい」

 

「ふーん」

 

 

 お義姉ちゃんなら一人で出かけられそうな気もするけど、確かに動物園に女子高生一人なんて、変な男たちに狙ってくださいと言ってるようなものだ。まぁ、動物園に男だけで来てる確率なんてかなり低いだろうけども。

 

「てか、タカ兄がこの時間にノンビリしてるのも珍しいね」

 

「お前が真面目に勉強してくれれば、何時もこの時間はゆっくりできるんだがな」

 

「そ、ソウナンダー」

 

 

 タカ兄から流れてくるプレッシャーから逃れる為、私は視線を逸らす。こればっかりは何回されても慣れないものだ……

 

「そういえばタカ兄、お義姉ちゃんが言ってたんだけど」

 

「何だ?」

 

「サクラ先輩とゴールイン間近って本当?」

 

「なんだそれ?」

 

「動物園デートで距離が縮まったって聞いたけど」

 

「デート? 何の話をしてるんだ?」

 

「あれー?」

 

 

 お義姉ちゃんから聞いた話では、タカ兄とサクラ先輩が二人っきりの時間があったとかなんとか。それで二人の距離が近づいたって聞いたんだけど、タカ兄は恍けてる様子も無いし、お義姉ちゃんの勘違いだったのかな?

 

「ぎゃー停電!?」

 

 

 そんなことを考えていたら視界が真っ暗になって、私は大声を出してしまう。

 

「停電くらいで大袈裟な」

 

「セーブしてない……」

 

「これからはこまめにセーブするんだな」

 

「うぅ……私の一時間が」

 

 

 せっかくタカ兄から許しが出ていたのに、この一時間を無駄にしてしまった……次に私が小テストで良い点数を採れる日が何時なのか、私にも分からないって言うのに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この間動物園に出かけて以降、私はタカトシが気になって仕方が無い。いや、以前から気にしてはいたのだが、森との距離が近づいたような気がしていたたまれないのだ。

 

「あの、さっきから何ですか? 人のことをじろじろと眺めて」

 

「いや、何でもないんだ」

 

 

 作業中もタカトシの顔を見ていたのがバレていたようで、タカトシから疑いの目を向けられてしまう。

 

「シノちゃん、さっきから誤字が多いよ?」

 

「むぅ……集中できていないようだ」

 

 

 一息入れる為に缶コーヒーを手に取り飲もうとしたのだが――

 

「それは俺のです」

 

「ブーっ!?」

 

 

――タカトシの缶コーヒーだったようで、私は慌てて吹き出す。だって、ブラックコーヒーは飲めないから。

 

「シノちゃん、汚いよ~」

 

「す、すまん……」

 

「書類は無事です」

 

「は、萩村? 視線が鋭すぎないか?」

 

 

 タカトシと間接キスをしたということなのか、萩村が私を見る目が鋭すぎる気がする……

 

「兎に角会長はタカトシの缶コーヒー代を弁償した方が良いのでは?」

 

「そ、そうだな……幾らだ?」

 

「いえ、もうほとんど空だったので気にしなくて良いですよ」

 

 

 タカトシは空になった缶をゴミ箱に持っていき、ついでに外で聞き耳を立てていた畑を持ってきた。

 

「『会長と副会長が熱い関節キス!?』って見出しはどうでしょう?」

 

「関節ではなく間接だ! 私はタカトシにホールドされてないからな!?」

 

「シノちゃん、そのツッコミは違うと思うよ~?」

 

「そうか?」

 

「それで真相は?」

 

 

 畑がぐいぐい来たので、私は今の一連の流れを説明した。

 

「つまり、心ここに在らずの会長が間違って副会長の缶コーヒーを口にして噴き出したと」

 

「要約するとそんな感じだ」

 

「ですが、何故心ここに在らずだったのですか? せっかく再任したのにまた陰でいろいろ言われてしまいますよ?」

 

「噂を流してるのはお前だろうがー!」

 

 

 畑が率先して『お飾り会長』とか『副会長の操り人形』とかいい加減な噂を流してるせいで、一部の生徒からは本当に私がお飾りなんじゃないかと疑われている。これでも頑張って仕事してるんだがな……

 

「兎に角、会長が津田副会長のことを意識し過ぎて思わず缶コーヒーを盗んでしまったってことにしておきます」

 

「事実無根だ! 新聞部は当面の間活動休止だ!!」

 

「それだけはご勘弁を!?」

 

 

 畑を撃退してホッと一息吐こうとして――

 

「それは私のコーヒーだよ?」

 

「またやってしまった……」

 

 

――今度はアリアのコーヒーを飲んでしまったのだった。




相変わらずの畑クオリティー


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挑戦心

心意気は良いんだけど……


 生徒会作業の息抜きでネットサーフィンをしていたら、以前三葉と戦った天才少女の津田ハナヨさんの記事を見つけた。

 

「何々、『天才柔道少女津田ハナヨ、世界大会に挑む』か」

 

 

 三葉が見れば対抗心を燃やして練習量を増やしそうな記事だが、私は純粋にその記事に感動した。

 

「高校生で凄いな」

 

「本当だねー」

 

 

 休憩中ということでタカトシも呆れた視線を送ってくることもないし、私は素直な感想をもらしたらアリアが相槌を打ってきた。

 

「私もいつか世界に挑みたいな」

 

「どんなことで?」

 

 

 ちょうどお昼寝から目覚めた萩村が会話に加わって来る。睡眠聴取ができると知っているとはいえ、寝起きでバッチリ会話に混ざって来るのは驚きだ。

 

「ギネス」

 

「予想意外に夢がデカい……」

 

 

 私が夢を語ったら、萩村が呆れた目を向けてくる。

 

「な、何だよ! 夢はでっかい方が良いだろ!!」

 

「そうですね。でも夢よりも現実に戻って仕事してください」

 

「おっと、休憩時間終わってた」

 

 

 タカトシから冷や水の如きツッコミを入れられ、私はとりあえず残っている仕事を片付ける為にPC作業に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんの夢を聞いた翌日、生徒会室に入るとシノちゃんが逆立ちしていた。

 

「シノちゃん、何してるの?」

 

「その位置に立つと、アリアがマンぐり返ししているように見えるな」

 

「ちょっと恥ずかしいな~」

 

 

 ボケてもツッコミが発生しないと気付き、シノちゃんが逆立ちの理由を説明してくれた。

 

「逆立ちギネスに挑戦中なのだ! 逆立ちは得意だからな! (便秘対策でやってるから)」

 

「そうなんだ~。あっ、じゃあ私が時間計ってあげるよ~」

 

 

 携帯のタイマーを起動しようとしたタイミングで、メッセージが送られてきた。

 

「出島さんから? 『今晩のご飯は何が良いですか?』か」

 

「こらー! 早く計らんかー!」

 

 

 出島さんからの質問に考えを巡らせようとしたけど、シノちゃんに怒られたのでとりあえず計測をスタートする。

 

「………」

 

「………」

 

 

 ただただ逆立ちをしているシノちゃんを眺めているだけなので、お互いに暇を持て余している。遂にシノちゃんが退屈だと思ったのか、逆立ちしながら開脚を始めた。

 

「今の逆立ち開脚、凄いね~」

 

「そうか? だったらもっと見せてやるぞー」

 

「シノちゃん、凄い綺麗なY字だね~」

 

「そんな褒めるなよ。恥ずかしいだろ~」

 

 

 そう言いながらもシノちゃんは満更でもない顔で開脚を続けている。

 

「そろそろ十五分経過。シノちゃん凄いね~」

 

「よーし、このまま一気に世界記録に――」

 

 

 シノちゃんがさらに意気込んだタイミングで、Tシャツがずり落ち始めた。

 

「わ~!?」

 

 

 女の子同士なのでそこまで恥ずかしがる必要無いと思うんだけど、シノちゃんはTシャツを直そうとして逆立ちを中止してしまった。

 

「シノちゃん、何で止めちゃったの?」

 

「だって恥ずかしいだろ?」

 

「シノちゃんの下着姿なんて見慣れてるって」

 

「だが、生徒会室で下着丸出しでいるなんて畑に知られたら――」

 

「やっ!」

 

「もう良いですか?」

 

 

 恐らく外で聞き耳を立てていた畑さんを捕まえて入ってきたタカトシ君。その後ろではスズちゃんとカエデちゃんと横島先生が何か言いたげな表情で立っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見回りから戻ると、生徒会室の前で畑さんがスズ、カエデ先輩、横島先生に何か話しているのが見えた。

 

「どうかしました?」

 

「津田副会長。天草会長と七条さんが生徒会室内でハッスル中でして」

 

「ハッスル?」

 

「要するにチョメチョメ中でして」

 

「風紀が乱れてます!」

 

 

 また曲解してカエデさんに伝えてるんだろうなと思い、俺は生徒会室内の気配を探る。

 

「(逆立ち?)」

 

 

 シノ会長が生徒会室内で逆立ちしていて、アリア先輩がそのタイムを計っているようだが、何故生徒会室内で逆立ちなんか――

 

「(あっ、昨日の話か)」

 

 

 確かギネス記録を狙うとか言っていたが、まさか昨日の今日で挑戦してるとは思わなかった。てか、何故生徒会室内で?

 

「まさか天草と七条がなー。てっきり津田狙いと思っていたんだが」

 

「この間再任したばかりだというのに、これじゃあリコール対象ですね」

 

 

 スズまで畑さんの曲解を鵜呑みにしてるようなので、俺は畑さんの首根っこを押さえ付けて生徒会室に入る。ちょうど会長がギブアップして立ち上がった気配を感じ取ったから。

 

「もう良いですか?」

 

「タカトシ!? な、何もしてないからな?」

 

「逆立ちでギネス記録に挑戦してたんですよね? その心意気は尊敬しますが、生徒会室内ですることではないと思いますよ? 実際、畑さんが聞き耳を立てて曲解して広めようとしてますし」

 

「何だとっ!?」

 

 

 下手人である畑さんを会長に突き出し、俺は恐らく放置されているであろう生徒会作業に意識を向ける。

 

「タカトシは分かってたみたいね」

 

「あぁ。気配で逆立ちしてることは分かったし、昨日の話を思い出したから」

 

「普通気配で逆立ちしてるかどうかなんて分からないわよ……ていうか、気配なんて分からないわよ」

 

「そうか?」

 

 

 何だかスズに呆れられているようだが、とりあえず誤解は解けたようなので善しとしよう。

 

「だいたい畑はだな――」

 

 

 会長の説教をBGMにし、俺はさっさと作業を済ませて帰ることにしよう。

 

「それじゃあ、お先に」

 

「お疲れ様。会長には私から先に帰ったって言っておくわ」

 

「お願い」

 

 

 スズに挨拶をして俺は説教の邪魔にならないよう音を立てずに生徒会室を後にした。




勘違い誘発していくスタイル……


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限界の戦い

あまり縁がないな


 家で一人でいても退屈なので、私は同僚の横島先生に電話することに。あの人も似た境遇だから、恐らくは電話しても邪魔になることは無いだろうと思って。

 

「もしもし横島先生? 今お暇ですか?」

 

『ヒマだよー』

 

 

 良かった。このままお喋りでもして時間を潰せれば――

 

『もう一時間トイレに篭っててさ』

 

「かけ直しますね」

 

 

――タイミングは最悪だったようだ。

 結局その後横島先生からかけ直してもらうまで、私は電話するタイミングがつかめなかった。

 

「結局出なかったよ……」

 

「あら」

 

 

 翌日横島先生を助手席に乗せながら学園に向かっていると、横島先生がつらそうに呟いた。

 

「便秘は辛いですよねー」

 

「あぁ……」

 

 

 本当に辛そうな顔をしているので、私はどうにかしてその辛さを紛らわせないかと考えを巡らせる。

 

「でも案外ふとした時にくるものですよ」

 

「そうだと良いんだがな……」

 

 

 私の慰めもあまり効果が無かったようで、横島先生の顔色は優れない。

 

「……きた!!」

 

「え!?」

 

 

 こんなところでこられても……さすがに車の中で出されるのは避けたい。

 

「もう少しで学園ですからがんばって!!」

 

「うん……」

 

 

 既に限界に近いのか、横島先生は口数が少なくなってきている。

 

「あんまり揺らさないでね」

 

「安全運転心掛けます!!」

 

 

 横島先生も我慢しているが、私だって横島先生に車を汚されるかもしれないという恐怖がある。ここは何時も以上に安全運転を――

 

「ほ、舗装工事中……」

 

「ぐわーーっ!!」

 

 

 道路ががたがたになっており、その上を走らなければいけなかったので、横島先生は顔面蒼白になりながらも、必死に便意と戦っていた。

 

「と、到着しました」

 

「何とかもった……」

 

 

 後はトイレに向かうだけなので、横島先生の顔色はさっきより良くなっている。

 

「あら、生徒会役員のみんながいますね」

 

「津田はいないようだな」

 

 

 恐らく津田君は別の仕事を頼まれているのだろうが、あの面子だと何処か不安になるのは何故だろう。

 

「あっ、肥料忘れちゃった」

 

「うっかりしてたな」

 

 

 ほらやっぱり……会長は天草さんだけども、津田君がいないとうっかりが多いらしいのよね。

 

「私のでよければ使う?」

 

「嫌な予感しかしないのでお断りします」

 

「というか横島先生、そんなこと言ってる余裕があるなら早くトイレに」

 

「冗談でも言ってなきゃ危ないんだよ……」

 

「えぇ……」

 

 

 既に限界に近いところまで来ているらしいと、今の発言で理解した。しかしこれ以上私にできることは無いので、とりあえず間に合うことを祈っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎内に入り、後はどうにか漏らさないようにゆっくり歩くだけ。

 

「もう少しだ。踏ん張れ私。あっいや、踏ん張ったらマズい……」

 

 

 少しでも力んだら出てしまう。教師が学校で粗相なんてしたら、畑の餌食になってしまうだろう。

 

「ふー重い……」

 

「………」

 

 

 これは日ごろの行いが悪いからだろうか。目の前で重そうな荷物を運んでいる先生が、これ見よがしに腰を押さえているではないか……

 

「(現状を考えたら無視せざるを得ないのだが、近くに生徒もいないしな……)」

 

 

 さすがにこの現場をスルーするのは良くないと私でも分かる。だが誰かに頼もうにも周りに人はいない。つまり――

 

「ぬぉおおおお」

 

「すまんねぇ」

 

 

――私がこの荷物を運ぶしかない。

 

「(あっ、もう限界かも……)」

 

 

 荷物を運び終わってホッとしたタイミングで、私は自分の便意が限界に達したことに気付いてしまった。何とかしてトイレに駆け込まなければいけないが、走れば出てしまう。そんな瀬戸際のせめぎ合いを行いながら、私はギリギリでトイレに到着したのだった。

 

「(今は凄く幸せな気分だ)」

 

 

 この幸せを誰かと分かち合いたいと思い、私はトイレを済ませて生徒会室へと向かった。

 

「はーーー、スッキリ」

 

「分かります、その気持ち」

 

 

 運よく女子しかいなかったので、便秘の辛さを理解してくれた。

 

「天草も便秘気味か?」

 

「今は平気です」

 

「そうか。でも本当に危なかった」

 

「良かったですね~」

 

「でも何か忘れている気が――」

 

 

 何を忘れているのかと考えたタイミングで、下半身から物が落ちる音が。

 

「あ」

 

 

 ズボンがずり落ちてしまっているではないか。

 

「ぽっこりお腹解消したのにベルトの穴の位置を戻すのを忘れてたのか」

 

「あはははは、良くありますよね」

 

「私だけじゃなかったんだな」

 

「あの、とりあえず穿いては?」

 

 

 萩村にツッコまれ、私はゆっくりとずり落ちたズボンを穿き直す。

 

「津田がいたら責任取ってもらわなきゃいけなかったかもな」

 

「タカトシがこれくらいで動じるとは思いませんけど。むしろ汚いものを見るような目を向けられそうです」

 

「それはそれで興奮しそうだ。なら津田が来るまでこの格好でいるか?」

 

「我々がそんな事許すとでも?」

 

 

 天草から殺気を向けられたが、津田と比べれば可愛いものだ。この程度で動じる私ではないのだが、さすがに何時までもパンツ丸出しの格好でいるわけにもいかないのでとりあえずズボンを上げ、ベルトの穴の位置を普段通りに戻す。

 

「これで忘れてたことも解消して――」

 

「横島先生、早朝会議を欠席した理由を知りたいと学年主任が――」

 

「しまったっ!?」

 

 

 書類に目を通しながら生徒会室に入ってきた津田の言葉に、私はさっきとは別の意味で顔面蒼白になってしまう。わざわざ小山先生に車で送ってもらったのは、早朝会議があったからだったのに……




結局顔面蒼白な横島先生


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記憶力の調査

相手にならないだろ……


 朝からしゃっくりが止まらない……別に生活に支障を来すレベルではないので困らないのだが、こうもずっとしゃっくりが止まらないと気になって仕方が無い。

 

「萩村、大丈夫か?」

 

「えぇ、業務に支障は――」

 

 

 ない、と言おうとしてまたしゃっくり。これはどうにかして止めないと……

 

『プーン』

 

「虫か」

 

 

 どうにかしてしゃっくりを止めないとと考えていたら、生徒会室に虫が入ってきた。会長がその虫を視線で追い――

 

「そこだ!」

 

『ビクン』

 

 

 私の胸に停まった虫を潰そうと軽く叩く。そのタイミングでしゃっくりを発動してしまったため、虫は逃げてしまった。

 

「萩村は感じやすいんだな」

 

「しゃっくりですよ」

 

 

 あらぬ誤解を受けてしまったが、それでもまだしゃっくりは止まらない。これはどうにかして止めないと周りに勘違いされてしまうのでは……

 

「お疲れさまです」

 

「おぉタカトシ。頼んでおいたものはできたか?」

 

「えぇ。これが予算委員会からの報告書で、こっちが風紀委員からの嘆願書。そして新聞部から押収した盗撮写真一覧です」

 

「相変わらず仕事が早くて助かる」

 

 

 今、最後に不穏な言葉が無かったか?

 

「タカトシ、その盗撮写真一覧って――」

 

『ガタン』

 

「っ!?」

 

 

 何、って聞こうとしたら金庫から茶筒が落ちて大きな音が鳴った。

 

「今のはしゃっくりだよ! ビビりじゃないよ!!」

 

「しゃっくり止まってるじゃん」

 

「え?」

 

 

 タカトシにツッコまれて漸く、私は今の衝撃でしゃっくりが止まったことに気付く。

 

「良かったな萩村。そう言えばパリィに呼ばれてたんじゃなかったのか?」

 

「そうでした。そろそろ時間なので私はこれで」

 

 

 元々タカトシが戻ってきたら行くと答えていたので、これはこれでいいタイミングだったのかもしれない。

 私はパリィと合流する為に教室に向かい、パリィが学園の裏庭を案内して欲しいというので案内することに。

 

「そういえば日本の春ってどんなイベントがあるの?」

 

「パリィ、時には自分で調べることも大切だよ」

 

「ナルホドー」

 

 

 別に説明するのが面倒だとか思ったわけではない。本当に自分で調べる癖を付けなければ、いずれはコトミのように自分では何もできなくなってしまうと思ったからだ。

 

「えっと『春のイベント』……と」

 

 

 パリィはスマートフォンを取り出して春のイベントを検索する。今の時代はすぐに調べられるから便利よね。

 

「スマフォのゲームイッパイ出てきた」

 

「(これも文化だろうか……)」

 

 

 文明の利器の発展を考えていたら、それに付随する文化が出てくるとは……

 

「つまり日本の春のイベントは、限定ガチャなんだね」

 

「断じて違う」

 

 

 そもそもそれはサブカルチャーだ。日本古来の春のイベントでは断じてないのだが、力強く否定するのもそれはそれで違う気がしてしまうのは、私も現代っ子だということなのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会業務の合間で、アリアがちょっとした雑談のネタとして話を振ってきた。

 

「記憶トレーニングの中に、過去の夕食メニューを思い出すっていうのがあるよね~」

 

「私自信あるぞ」

 

 

 私はそう宣言して、自分の家の夕食メニューを発表していく。

 

「昨日は肉団子とエリンギの丸焼き。一昨日はいなりとひじきの煮物。一昨昨日はアワビとひじき――」

 

 

 すらすらと言えたが、私は別のことが気になってしまう。

 

「ウチって欲求不満なのかな?」

 

「今の空気で判断してください」

 

 

 三人が冷ややかな目をしているので恐らくそう言うことなのだろう。

 

「ち、違うぞっ!? 夕食の用意をしてるのは母だ! 断じて私が欲求不満なわけではない!」

 

「それはそれで問題発言なのでは?」

 

「はっ!?」

 

 

 母が欲求不満なんて生徒会室で声高らかに宣言することではなかった……

 

「と、とりあえず記憶力の方は問題ないからな」

 

「ですね。それだけすらすら言えれば問題ないでしょう」

 

「ちなみにタカトシ君は?」

 

 

 アリアが話題を逸らす為にタカトシに話を振ってくれたお陰でこれ以上追及されることは無かったのだが、タカトシは二週間前まですらすらと答えたのを受けて、こいつは何も敵わないんだなと思い知らされたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろゴールデンウイークということで、私は何か計画したいなーと考えている。柔道部の練習があるのであまり遠出はできないけど、何処にも出かけないと言うのももったいない気がするのだ。

 

「ゴールデンウイーク、どこか行こーよ」

 

「行くって何処に?」

 

 

 ノルマの勉強を終わらせているので、タカ兄からもプレッシャーをかけられることない。ノンビリアニメを見ながら話しかけたので、私は特に何処かを意識していたわけではない。

 

「そーだなー」

 

 

 何かいいアイデアが無いかとテレビに視線を向けると、ヒロインが敵に追い詰められて崖にぶら下がってるシーンがやっていた。

 

「私、前からボルダリングやってみたかったんだよね」

 

「アニメみたいなことは無理だぞ」

 

「分かってるって。でもやってみたかったのは事実だから」

 

「またアリアさんに相談してできる場所が無いか聞いてみるか」

 

「お願いタカ兄」

 

 

 こういう時お嬢様のアリア先輩とコネがあるのは便利だなって思いながら、シノ会長たちが来たらボルダリングに集中できないような気もする。

 

「(でも、大勢いた方が楽しそうだしね)」

 

 

 せっかくのゴールデンウイークだし、勉強以外もしたいと思ってたからワイワイ盛り上がれるのは嬉しい。とりあえず来る日まで握力を鍛えておこうっと。




コトミのやる気はろくでもないところから


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ボルダリング挑戦

まぁ、順当な結果でしょう


 タカトシから話を持って来られた時は何事かと思ったが、コトミが運動をやる気になっているということなので、私たちも参加することに。

 

「――というわけで、七条家が経営しているボルダリングができる場所にやってきたぞ!」

 

「会長、何だか説明クサいです」

 

 

 私のツッコミに、会長は視線を逸らす。恐らく自分でも説明っぽくなっていると思ったのだろう。

 

「フフフ、腕が鳴るね」

 

「自信満々なのは良いけど、ちゃんと準備運動しなきゃダメよ」

 

「ですよねー」

 

 

 タカトシなら準備運動無しでも問題なく登れるかもしれないが、私たちは初心者だ。しっかりと準備運動しておかないと何があるか分からない。

 

『パキ』

 

「(コトミの膝が鳴ってる……)」

 

 

 横から音がして、私はイマイチ集中できずにいる。

 

「まずは会長、行っちゃってくださーい」

 

「うむ。しかし、じっくり見るといろいろな形の石があるんだな」

 

「ホールドっていうんだよ」

 

 

 七条先輩の説明に、私たちは「へー」と声を揃える。

 

「ちなみに、この穴が大きいものは『ガバ』といって、両手で持てるから初心者は活用すると良いよ」

 

「これか?」

 

 

 早速会長がガバに手を伸ばしてみると、すんなり掴むことができた。

 

「本当だ。穴がガバガバで指が全部入ってしまった」

 

「何だかイヤラシイですね~」

 

「ふざけ半分だと怪我しますよ」

 

 

 タカトシから無言の圧力がかかってきたので、私は会長にツッコミを入れる。タカトシがやればいいのにとも思ったけど、そうすると会長が委縮して登れなくなっちゃうからかしら。

 

「次、萩村行ってみよー」

 

「私ですか?」

 

 

 さすがに頂上まで登りきることはできなかったが、それなりに登った会長が私に挑戦するよう促してくる。確かコトミがやりたがってたんじゃなかったかしら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズ先輩が登っていくのを眺めていたら、横にタカ兄がやってきた。

 

「お前がやりたいって言ったんだろ? 何でやらないんだ」

 

「怖くって……」

 

「怖気づいたのか?」

 

 

 私が何に怯えているのか分かっているのか、タカ兄はどこかに行ってしまったが代わりにシノ会長が尋ねてきた。

 

「私の握力でホールドが壊れないかなって」

 

「お前、自分を過大評価し過ぎでは?」

 

「そんな心配しなくっても男の人がぶら下がっても壊れないから大丈夫だよ~」

 

 

 アリア先輩の言葉に安心して、私はいよいよ念願のボルダリング初体験をすることに。

 

「こうですか?」

 

「うまいうまい。コトミちゃんセンスあるね~」

 

「そうですか?」

 

 

 アリア先輩におだてられて、私はすいすいと壁を登っていく。

 

「初心者とは思えなかったよ?」

 

「私は褒められて伸びるタイプなんですよ~」

 

「そうなんだ~。でも勉強は伸びてないよね?」

 

「褒められてませんから」

 

 

 褒められるような点数を採っていないと言われればそれまでだが、恐らく勉強に限って言えば褒められても伸びないだろう。

 

「でもこれだけの運動だっていうのに、結構疲れますね。もう息が上がっちゃってますよ」

 

「運動には正しい呼吸法があるのよ。ストロー呼吸って言って、ストローを使って呼吸を操って、パフォーマンスを上げる方法があるのよ」

 

「そうなんですね~。でも肝心のストローがありませんよ?」

 

「フフフ、そう言う話題が出るって言われて出島さんから貫通型のオ〇ホを預かってきてるんだ~」

 

「ストローじゃないのかい!?」

 

 

 さっきからタカ兄がツッコミ放棄してるように感じる。恐らく相手にするだけ馬鹿らしいと思っているのだろうな。

 

「もう一回挑戦してきます!」

 

 

 とりあえず呼吸を意識しながら登っていくが、汗で手が滑って壁から落ちてしまう。

 

「いたた……」

 

「大丈夫か?」

 

 

 タカ兄が手を伸ばしてくれたが、私の手は今汗でベトベト。何だか恥ずかしくなって私は手を伸ばせずにいた。

 

「ところで、アリアとタカトシはやらないのか?」

 

「私は今日インストラクター的な立ち位置だから。でもタカトシ君はやった方が良いと思うよ?」

 

「俺はあくまでもコトミの引率的な立ち位置のつもりだったのですが」

 

「私だって高校生だよ、タカ兄。引率なんていなくても大丈夫だって」

 

 

 私の信頼度が低いのは自覚してるけども、さすがにこれくらい引率がいなくても大丈夫だと言える。だからタカ兄には普通に参加者でいて欲しかったんだけどな。

 

「私もタカトシが登るところを見てみたいぞ」

 

「私も~」

 

「はぁ……」

 

 

 会長とアリア先輩に懇願され、タカ兄はとりあえず初心者用のルートを登っていき、危なげなく登りきる。

 

「凄い凄い。それじゃあ次は中級に――」

 

 

 その後タカ兄は上級用のルートも楽々と登りきり、特に呼吸を乱すことなく下りてきた。

 

「さすがタカトシ君だね~。私でも上級はちょっと怖いのに」

 

「そうなんですか? だったら何故人に登らせたのでしょうか?」

 

「タカトシ君なら問題なく登れそうだったし、失敗しても何も問題なかったし」

 

「まぁ、そう言う理由でしたら」

 

 

 タカ兄はイマイチ納得していないような感じだったけど、とりあえずボルダリング体験はとても楽しい時間だった。

 

「――というわけで、今の私はパワーアップしてるのだよ、トッキー」

 

「そう言うの良いから、さっさとこの荷物運べよ」

 

 

 翌日柔道部の荷物を道場に運ぶ仕事があったので自信満々にトッキーに宣言したが、あまり相手にされなかった。

 

「う、腕に力が入らない……」

 

「筋肉痛かよ……」

 

 

 結局偶然通りかかったタカ兄に荷物を運んでもらうことになった……何でタカ兄の方が登ってたのに筋肉痛になってないんだろう……日頃の運動量の違いなのかな?




コトミはまず腕を鍛えましょう


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鼻水の原因

花粉症ではないけど、辛そうだってことは分かる


 最近何だか鼻がムズムズする。出島さんに相談すると、風邪か花粉症だと言われ、特に熱っぽさは無いから花粉症だろうと結論付けた。

 

「お嬢様も本格的に花粉症デビューですか」

 

「前から疑わしいかなーって思ってたけど、ここまで辛くなかったからね」

 

 

 以前からこの時期になると鼻がムズムズしたり、目がかゆくなったりとあったけども、ここまでではなかった。だが最近は鼻水も止まらないしくしゃみも出るし、目がかゆくて仕方ない時も出てくる。これは完全に花粉症だろう。

 

「鼻水は辛いな」

 

「そういうときはワキにペットボトルを挟むと楽になるらしいですよ」

 

 

 そう言ってペットボトルを差し出してくる出島さん。私はそれを受け取ってワキに挟む。

 

「あっ、心なしか楽になったよー。ありがとう、出島さん」

 

「お嬢様、そろそろ出発のお時間です」

 

 

 橋高さんに言われ時計を見て、私は急いで支度する為に部屋に戻る。その背後で――

 

『そしてお嬢様のワキに挟んだペットボトルの水は美味しい気がする』

 

『何をしていらっしゃる?』

 

 

――出島さんに渡したペットボトルの水を美味しそうに飲んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリィと将棋を指していたが、意外と白熱した勝負になっている。初めは接待でもしようかと思っていたのだが、少しでも気を抜けば一気にやられるような雰囲気があったので、私も全力で指しているのだが、互いに決め手に欠けている状態だ。

 

「そろそろケリをつけてくださいね。もう下校時間ですよ」

 

 

 萩村に言われ時計を見ると、意外と時間が経っていたことに気付かされる。まさかここまで集中して将棋と向き合う日が来るとは……

 

「で、アリアは何をしているんだ?」

 

「だってスズちゃんが『蹴りつけて』って言ったから」

 

「誰が蹴れと言ったっ! ケリをつけろって言ったんですよ!!」

 

 

 最近愉快な聞き間違えが減ってきていたと思っていたのだが、アリアは盛大に聞き間違えをしているようだった。

 

「ところで、タカトシは何処に行ったんだ?」

 

「タカトシでしたら、会長とパリィが将棋を指し始めた後に五十嵐先輩に呼ばれて新聞部に。どうやら畑さんが職員室を張り込みしているらしいということで真意の確認に向かいました」

 

「職員室に? 何か面白いネタでも入ったのか?」

 

「いえ、そう言うのはまだ分かりません。ですが、不正があるようなら問題にするでしょうね」

 

 

 ただでさえ最近怪しい動きが目立つ畑だ。ここにテスト問題の窃盗などという疑惑が加わればあっという間に停学、最悪の場合は退学処分になるだろう。

 

「三年間一緒に学園生活を過ごした仲間がいなくなるのは寂しいが、アイツがいなくなれば平和になるのも事実だしな……」

 

「そうですね」

 

 

 実際ここにいる面子は――パリィは兎も角――畑に恥ずかしい写真を撮られまくっている。例えば私は生徒会室でバストアップ体操をしていた場面だったり、萩村は毛糸のパンツを履いているところだったり、アリアは昔のノーパン時代のギリギリのアングルだったりと。

 最近はタカトシの監視の目が厳しくてそこまで過激な写真は撮っていないようだが、それでも更衣室に隠しカメラだったり、トイレ越しに盗聴だったりと、かなり危ないことはしているので、ここにもう一つでも疑惑が乗っかれば、さすがに庇いきれないだろう。

 

「ところでパリィ。さっきからくしゃみを我慢しているようだが、花粉症か?」

 

「そうなのかなー? でも、昨日まで何でもなかったんだけど」

 

「花粉症っていきなりなるから」

 

「そうなんだー」

 

「私たちも気を付けておかないとな」

 

 

 既にアリアは花粉症だし、コトミもこの時期になると鼻水が止まらないとか言ってティッシュを鼻に突っ込んでたりする。あそこまでのことはしたくないが、花粉症は辛いと聞いているからな。

 

「ん? 私も何だか鼻がムズムズするような気が……」

 

「会長もですか? 実は私もさっきからずっと……」

 

「シノとスズも花粉症?」

 

「いや、そんなわけは……」

 

 

 アリアがいるのでこの部屋の窓は締め切っている。だからこの部屋に花粉が入って来ることはそうそうないと思うのだが、私と萩村は鼻水が出たりくしゃみが出そうになったりと、花粉症の症状が見られる。

 

「とりあえずタカトシに連絡を入れて帰るか」

 

「そうですね」

 

 

 タカトシの方はもう少しかかりそうだということで、私たちは先に帰ることに。

 

「花粉症に効く料理とか調べるか」

 

「さんせー! でも誰が作るの?」

 

「ウチで用意しようか~?」

 

「七条先輩の家か、タカトシに頼むのが確実ですかね」

 

 

 ここで私や萩村が立候補しないのは、決して料理が苦手だからではなく、七条家やタカトシに勝負を売るだけ無謀だと理解しているからである。

 

「では明日な!」

 

 

 解散を宣言して家路についたが、どうもくしゃみや鼻水が止まらない。これは本格的に花粉症になってしまったのだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんの張り込みはとりあえずテスト関係ではなかったので厳重注意で済ませたのだが、その翌日には別の問題が発生していた。

 

「シノ会長とアリア先輩、スズが風邪でダウン。おまけにパリィも……」

 

 

 昨日生徒会室にいたメンバーが風邪をひいたとのことで、俺は数日間生徒会作業を一人でやらなければいけないことになってしまったのだった。今は立て込んでるから終わるかどうか……




タカトシからパリィに感染源を変更しました


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ピンチヒッター

一人でも十分な気もするが


 シノっちから連絡をもらって、私は英稜学園生徒会メンバーに緊急招集をかけた。

 

「シノっちからの連絡で、シノっち、アリアっち、スズポンが風邪でダウンしてしまったようです」

 

「あらら……」

 

 

 このメンバーの中にタカ君がいなかったのが不幸中の幸いだとシノっちは言っていましたが、生徒会の仕事が多いのに申し訳ないという気持ちだとも言っていました。

 

「タカ君以外の生徒会メンバーがダウン中。そして我々は明日創立記念日で休み」

 

「まさか」

 

 

 サクラっちは気付いたようだけども、青葉っちとユウちゃんは気付いていない様子。なので私は立ち上がって宣言することに。

 

「明日一日、私たちがタカ君のサポートを行う為に桜才学園へ向かいます!」

 

「やっぱり」

 

 

 サクラっちは想像通りの宣言にガックリした様子ですが、一年生コンビは私の宣言に合わせて立ち上がってくれた。

 

「困った時はお互い様っすよね。私は津田先輩にテスト対策をしてもらったおかげで平均スレスレの点数を採れましたし」

 

「あれだけ勉強を見てもらって平均スレスレなのは問題だけど、確かにユウちゃんはタカ君にお世話になってるもんね」

 

 

 青葉っちもいろいろと聞いているようですし、私もタカ君にお世話になっている身だ。ここは少しでも恩返しをした方が良いだろう。

 

「早速シノっちに提案したところ『頼む』と返信が来たので、明日はここではなく桜才学園の生徒会室に集合です」

 

「分かりました」

 

 

 既に諦めているのか、サクラっちは素直に私の言葉にしたがってくれた。しかしタカ君一人で終わらせられない程の仕事量って、いったいどれくらいなのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長の提案で桜才学園生徒会の手伝いをすることになった私たちは、津田先輩が授業中の間に仕事を片付けておくことに。

 

「いやー、わざわざ申し訳ないな」

 

「困った時はお互い様です」

 

 

 桜才学園の生徒会顧問である横島先生が様子を見に来た。ウチの生徒会には顧問がいないから、ちょっと羨ましいっす。

 

「しかし生徒会は責任ある仕事だからなれ合いは無しだ! ビシビシ行くぞ!」

 

「こんな綺麗な人が顧問なんていーなぁ」

 

「えっ、綺麗?」

 

 

 青葉さんが素直な感想を漏らすと、横島先生が何だかクネクネとしだした。何があったと言うのだろうか……津田先輩なら分かるんだろうけども、私には分からない。

 

「先生、ここ間違えちゃいましたー」

 

「しょうがないにゃあ」

 

「………」

 

「森先輩?」

 

 

 横島先生を見て呆れた様子の森先輩に理由を尋ねると――

 

「多分褒められなれていないんだと思うよ」

 

 

――とのこと。まぁ、あの先生は良く津田先輩に怒られていると会長から聞いたことがあったし、恐らくはそうなんでしょうね。

 

「そうだ。せっかくだから桜才の制服を貸してやろう」

 

「良いんですか?」

 

「予備だから問題ないだろ」

 

 

 そう言って横島先生は三人分の桜才の制服を用意した。

 

「いーなー。私、サイズ合うのない」

 

「確かにデカいから女子用のは――あっ!」

 

 

 何かひらめいたようで、横島先生は隣の備品室へ入っていった。

 

「これだったら着られるんじゃね?」

 

 

 そう言って持ってきたのは桜才学園のマスコットであるさくらたんの着ぐるみだ。

 

「やったー!」

 

「広瀬さん、それで良いんだ……」

 

 

 何だか森先輩に呆れられたようだけども、これで私もみんなとお揃いっすね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、委員会会議があり、タカトシ君と我々三人が会議に参加。青葉さんは生徒会室で書類の整理を担当することに。

 

「――で、報告は以上です」

 

 

 五十嵐さんの報告が終わり、タカトシ君が会議の終了を宣言する。同じ副会長だけども、私にこれだけの司会進行はできないだろうな。

 

「素晴らしい内容でした。シノっちが言っていた通りの人ですね」

 

「え、何を?」

 

「五十嵐さんは最高のオカズだって」

 

「………」

 

「生徒会がご飯なら風紀委員はオカズという、良くある食べ物に例えるネタなんですけど、聞こえてますか?」

 

 

 思いっきり勘違いしている五十嵐さんにどう説明したものかと悩んでいたら、タカトシ君が五十嵐さんにメッセージを送りその問題も解決した。

 

「義姉さん、完全に勘違いさせるつもりでしたね?」

 

「だって、カエデっちはからかうと面白いから」

 

「アンタねぇ……」

 

 

 盛大にため息を吐いたタカトシ君は、やれやれと首を振ってから生徒会室へ向かう。私たちもその後に続くんだけど――

 

「ところで、どうして広瀬さんはさくらたんの着ぐるみを?」

 

 

――ずっと気にしていたことを質問してきた。

 

「これしか着られるサイズがなかったんすよ」

 

「無理に着なくても……というか、頭外したら?」

 

「いや、これでいいっす」

 

「そう? じゃあ俺は見回りに行ってくるので、留守番はお願いします」

 

 

 タカトシ君が青葉さんを連れて見回りに行き、私たちが今度はお留守番。

 

「せっかくだから役職の椅子に座ろうか」

 

 

 そう言うことでタカトシ君の椅子に座ることになったのだが――

 

「あっ、零しちゃった……臭わないよね?」

 

「『森副会長、津田副会長の椅子の匂いに興奮』っと」

 

「何してるんですかっ!?」

 

 

――畑さんに盛大に勘違いされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カナたち英稜生徒会が手伝ってくれたお陰で何とか生徒会業務に支障が出なかったようだ。私はカナにお礼と、タカトシの謝罪のメッセージを送ろうとして――

 

「何故英稜三人とさくらたんのショットが?」

 

 

――カナと森の肩に手を置き一緒に写っているさくらたんに意識を奪われた。

 

「ん?」

 

 

 その写真の後のメッセージで、さくらたんの中身は広瀬で、写真を撮ったのがタカトシだと判明して、とりあえず興奮して熱が上がることはなかったのだった。




誤解は一瞬で解消


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芸術鑑賞

酷い名前だ……


 タカトシ以外の生徒会メンバーが風邪で休んでいたが、全員同じタイミングで復帰した。

 

「いやー、タカトシには迷惑をかけてしまったな」

 

「風邪ばっかりは仕方が無いですよ。しかも自身の不注意ではなく、パリィからもらったわけですから」

 

「でも休んでる間に校外学習があったじゃないですか」

 

「二年生は美術館で芸術鑑賞だったな」

 

「プリケ・ツ・ダーナやパイオ・ツ・モンデーの作品、見たかったな」

 

 

 結構楽しみにしていたのだが、こればかりは仕方が無い。今度時間を作って美術館に見に行くしかないだろう。

 

「じゃあウチ来る?」

 

「え?」

 

 

 何故この会話の流れで七条家へ招待されたのか分からなかったが――

 

「あるよ、ウチに」

 

「わー」

 

 

――そういえば七条先輩は物凄いお嬢様だったんだっけ。それくらいの絵画があったとしても不思議ではない。

 

「それでは今度の休みに全員で行こう!」

 

「俺もですか? 俺は普通に芸術鑑賞に参加したのですが」

 

「来て! 私一人で会長と七条先輩、そしておそらくいるであろう出島さんの相手はできないから!」

 

「あ、あぁ……」

 

 

 タカトシに懇願して、何とか参加してもらえることに。決してタカトシと美術鑑賞デート気分になるかもなんて思っていない。これっぽちもだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風邪で芸術鑑賞に参加できなかった萩村の為に、七条家のコレクションルームへ招待してくれたアリアにお礼を言い、私たちはじっくりと絵画や芸術を鑑賞することに。

 

「こんな素敵な絵を間近で見られるなんて……ありがたいです」

 

「そうだな。しかも普通の美術館みたいに他のお客を気にしなくていいのもありがたいものだ」

 

 

 普通の美術館なら、何時までも絵の前で立ち止まっていたら迷惑になってしまうかもしれない。だがここは個人宅でその中のコレクションルームのため、どれだけじっくり鑑賞しても迷惑にはならない。

 

「ちなみに、こちらの絵画は五百万円になります」

 

「っ!?」

 

 

 出島さんの説明に、私と萩村は一気に絵画から距離を取る。万が一があって買い取りなんて言われたら困るからだ。

 

「近くで見ないの?」

 

「あんな値段を聞かされて、近くで見られるわけないだろ」

 

「気にしなくてもいいのに~。お父さんが趣味で買ってるだけだから、そこまで厳重に管理してるわけでもないから」

 

「お金持ちの感覚は、我々庶民には分からないな……」

 

「ですね……」

 

 

 気にしなくてもいいと言われても、はいそうですかというわけにはいかない。私たちは自分のツバが飛ばないように注意しながら芸術鑑賞を再開する。

 

「こう言うのを現代アートと言うんだな」

 

「コトミなら『私にもできそう』とか言い出しそうですね」

 

 

 私の独り言にタカトシが相槌を打つ。確かにコトミならそんな感想を言いそうな絵だが、これはこれで趣があって良いものだ。

 

「次は石膏像――ん?」

 

 

 何故か縄で縛られている石膏像が飾られており、私は思わず首を傾げる。

 

「あっ、これは亀甲縛りの練習で……」

 

「ヘンタイアートだったか」

 

「せっかくの芸術品で遊ぶんじゃねぇ」

 

 

 タカトシがアリアへ説教を始めたので、私と萩村は次の絵へと移動する。決して怒っているタカトシの側に居ると、自分も怒られている気分になるからではない。

 

「大きな絵だな」

 

「何故私を一瞬見た?」

 

「と、特に意味はないぞ!?」

 

 

 萩村から疑惑の視線を向けられながらも、私はその絵をじっくり鑑賞しようとして――

 

「大きすぎて視界に入りきらないな」

 

 

――どう対処すればいいのか分からなかった。

 

「後ろに下がれば全体が見えるよ~」

 

「おぉ、アリア」

 

 

 タカトシからの説教から解放されたアリアが解決策を授けてくれたが――

 

『ドン』

 

「「わーっ!?」」

 

 

――後ろにあるツボを飾っている台にアリアが衝突し、私と萩村は大声を出す。

 

「何騒いでるんですか……」

 

「ナイスキャッチ、タカトシ……」

 

 

 一瞬でアリアの背後に回ってツボをキャッチしたタカトシに、私と萩村は拍手を送る。

 

「そちらのツボは旦那様が骨董市で五百円で買ったものですので」

 

「そうだったのか……また何百万とか言い出すかと思って心配しましたよ……」

 

 

 別に私たちが壊したわけではないのでそこまで過敏になる必要はないのだが、どうしてもここにある物は高いという感覚が、さっきのような状況でも作用してしまうのだ。

 

「ちなみに、安物だから私が痰ツボに使っているって言ったらどうします?」

 

「ホラーオチにしないでください!?」

 

 

 今度は出島さんがタカトシに説教され始めたので、私たちはアリアの説明の下、芸術鑑賞を再開したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はお友達を招待しての芸術鑑賞だったけども、かなり楽しんでもらえたようでうれしい。何時かタカトシ君と二人きりで鑑賞会でも出来たら良いな。

 

「今日は招待してくれてありがとうございました」

 

「いえいえ」

 

 

 タカトシ君はトイレに行っているので、お開きの挨拶は私たち三人と、背後に控えている出島さんの四人で行われている。

 

「美術鑑賞にハマっちゃいました」

 

「まぁ、春はムラムラするからね」

 

「えっ?」

 

 

 スズちゃんは何か驚いた表情をしているけど、いきなりの告白にビックリしてるのは私の方なんだけどな。

 

「秘術カンチョーにハマったって言ったでしょ?」

 

「聞こえた」

 

「聞こえました」

 

「1対3は分が悪い」

 

「どうしたの?」

 

「あっ、タカトシ」

 

 

 タイミングよく戻ってきたタカトシ君にスズちゃんが事情を説明し、私たちは最後の最後でタカトシ君にお説教されることになってしまったのだった。




しょーもないオチ……


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雨の日の問題

 朝から雨で気が滅入っていたが、通学途中でタカトシと会えたので気分は晴れやかだ。

 

「しかし、こう毎日雨だと困ってしまうな」

 

「そうですね。洗濯物が乾かないと困りますし」

 

「発言が主夫すぎるぞ……」

 

「そうですかね? コトミだけでも大変なのに、この間義姉さんがびしょ濡れで帰ってきたのでそう思っただけなのですが」

 

「待て。何故カナの洗濯物事情をお前が知ってるんだ? というか、何故そもそもカナが津田家へ帰っているんだ」

 

 

 洗濯物云々よりも、カナが津田家へ帰宅しているという事実が気になって仕方が無い。まさか、遂に義姉弟から同棲相手へ昇格したとでも言うのだろうか。

 

「コトミの宿題を見てもらう約束だったのですが、急に降られただけですよ。最低限の着替えは置いてあったので、それに着替えてもらって濡れた物は洗濯しただけです」

 

「だが何故タカトシが洗濯を? カナなら自分でできるだろうが」

 

 

 私が引っ掛かったのはそこだ。カナはコトミのように家事ができないわけではない。まぁコトミも柔道部で経験を積んでいるので、洗濯くらいはできるようになっているようだが、それでもタカトシの手際の良さには敵わないので、津田家ではタカトシが洗濯を担当している。

 

「ちょうどコトミの服も洗濯しなきゃいけなかったので、そのついでに」

 

「また何かやらかしたのか、アイツは」

 

 

 血のつながりはないが、コトミは我々生徒会メンバーの妹的な立場になりつつあるので、思わずその様な感想が漏れ出てしまった。隣ではタカトシが苦すぎる笑みを浮かべているので、他にも何かやらかしているらしい。

 

「会長、タカトシ、おはようございます」

 

「おはよう萩村。轟もおはよう」

 

「おはようございます。何の話で盛り上がってたんですか?」

 

「雨ばかりで洗濯物が乾かないという話だな」

 

「こっちと似てますね。こっちは革は蒸れて困るという話をしてました。あっ、革ですからね? 決して皮被りの話では――」

 

「勘違いしてないから安心しろ」

 

 

 轟は相変わらず絶好調の様で、背後でタカトシの機嫌が悪くなるのを感じ取り咄嗟に私が会話を打ち切る。

 

「それで洗濯物ですけど、スズちゃんが一週間同じパンツを履けって」

 

「言って無いわ!」

 

「あれ? スズちゃんが履き続けてるんだっけ?」

 

「そんな話はしていない! アンタが勝手にそんなことを言いだしただけだろうが!」

 

 

 忘れがちだが、萩村もツッコミだったな……普段タカトシが対応してることが多いからすっかり油断していた。

 

「スズちゃんはノリが悪いな~」

 

「こんな話題に付き合ってられないわよ」

 

 

 萩村がバッサリ切り捨ててこの話題は終了。私たちはそれぞれ昇降口に向かったのだが、私だけ学年が違うのでちょっと寂しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 道場が雨漏りしているので、今日の練習は中止だと思ったのだが――

 

「こうやって水滴を打つ練習を――」

 

「そんなことができるのはお前だけだって……」

 

 

――主将がやる気満々なので結局練習が行われることになった。

 

「コトミ、雨漏り直せないか?」

 

「マネージャーの仕事じゃない気がしますけど……まぁ、たとえマネージャーの仕事でもできませんけどね」

 

 

 タカ兄ではないのだ。何でもかんでもできるなんて言えないし、そもそも雨漏りなんて直したことが無い。

 

「こう言うのは業者に頼むものですよ。学校がお金出してくれるわけですから」

 

「そうかもしれないが、来年の予算編成でそのことでマイナスされないか心配だろ?」

 

「こればっかりは私たちの所為ではないので――ってトッキー! 早くギブアップして!」

 

 

 主将とトッキーが組手をしていて、トッキーが主将に締められているのだが、私は急いでギブアップするよう勧める。

 

「この程度てギブアップなんて――」

 

「トッキーの股に雨漏りが侵食してお漏らししたみたいに――」

 

「参った!」

 

 

 さすがにトッキーもギブアップしてその場から逃げ出す。だがどうしても濡れてしまったところが目立ってしまう為、一度着替えにロッカーへと消えていった。

 

「コトミちゃん、やっぱりタカトシ君に相談しておいて」

 

「分かりました」

 

 

 タカ兄に相談した翌日、無事に雨漏りは修理されることとなり、そのことで柔道部の予算が減ることは無いということが分かり、中里先輩はホッとしていたのだったが、普通そんなことがあるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前中は雨だったけども、午後からは久しぶりにお日様が出ている。私たちは早めに生徒会業務を終えて帰ろうとしたのだが――

 

「きゃっ!?」

 

 

――見事に足を滑らせて泥まみれになってしまった。

 

「やっちゃった……」

 

「タカトシがいれば受け止めてもらえたんだがな」

 

 

 タカトシ君は道場の雨漏りの現状の確認と、できそうなら修理を担当するということで不在。なので私が足を滑らせても助けてもらえなかったのだ。

 

「出島さんを呼ぼう。私が代わりに連絡する」

 

「ゴメンね」

 

 

 シノちゃんに出島さんへ連絡してもらい、これでとりあえずは安心して帰れると思ったのだが――

 

「汚物プレイしたんですか!? どうして私を呼んで下さらなかったのですか」

 

 

――ちょっと勘違いされてしまった。

 

「泥濘の上で転んだんですよ」

 

「なんだ、そうでしたか……てっきりお嬢様がそう言うプレイに目覚めてくれたのかと思ったのに」

 

「興味は少しあるけど、学校ではしないよ~」

 

 

 出島さんに事情を説明し、ついでにシノちゃんとスズちゃんも家まで送ってもらうことに。本当はタカトシ君もいれば良かったんだけど、学校からの信頼度から仕事を任されることも多いし、こればっかりは仕方ないよね。



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知らない事情

すぐに気付こうぜ……


 図書室に用があり一人でやってきたのだが、意外なことにコトミが図書室で読書をしていた。

 

「コトミ」

 

「あっ、かいちょー」

 

 

 私が小声で声を掛けると、コトミも何時もよりかは抑えた声で返事をくれる。聞こえるか聞こえないかの声だったのだが、ちゃんと聞こえたらしい。つまり、それ程集中して読んでいたわけではないのか。

 

「姿勢が悪いぞ。ちゃんと背筋を伸ばして座りなさい」

 

「ありゃ?」

 

 

 どうやら無意識だったようで、コトミは自分の姿勢を確認して頭を掻く。

 

「胸が重くって、だんだん前のめりになっちゃうんですよー」

 

「(な、何だってっ!?)」

 

 

 私は自分の胸に視線を落とし、そして肩を落とす。私は前のめりになることなんてないので、その気持ちが理解できないからだ。

 

「じょ、冗談です。姿勢が悪いのは私がただ怠けてるだけですから」

 

「本当か?」

 

「ほ、ほら! アリア先輩とかお義姉ちゃんとか、胸大きいですけど姿勢悪くないですよね? あとサクラ先輩とかカエデ先輩とかも」

 

「そう言われれば……」

 

 

 つまり私は、コトミのその場しのぎの嘘に気付けないくらい胸がないということになるのか……

 

「はぁ……」

 

「あ、あれ?」

 

 

 フォローを入れたはずなのにガックリしている私を不思議そうに眺めるコトミ。とりあえず姿勢だけは気を付けるように注意してから生徒会室に戻ることに。

 

「ただいま……」

 

「どうしたんですか?」

 

 

 あからさまな態度だったのか、部屋に入るなりタカトシが心配そうに声を掛けてくれた。

 

「実は図書室でコトミに会ったんだが――」

 

 

 私が事情を説明すると、タカトシはコトミのその場しのぎの嘘に、アリアはそれに気づけなかった私に、そして萩村は私と同じように自分の胸へ視線を落とし、それぞれ別の感情を露わにした。

 

「バカ妹が申し訳ございませんでした」

 

「タカトシが悪いわけじゃないだろ? まぁ、すぐに気付けなかった私も悪かったから」

 

「シノちゃんは気にし過ぎだと思うけどな~。慎ましやかな胸が良いって人もいっぱいいるんだから」

 

「知ったことかっ!」

 

 

 私がアリアへ喰ってかかると、そのタイミングでメッセージが送られてきた。

 

「誰だ? って横島先生か」

 

「横島先生? あの人確か出張中だったような」

 

 

 今日は横島先生がいないので代理の生徒会顧問として小山先生がやってきて事情を説明してくれた。まぁあの人がいないと言うのは生徒会にとって何のダメージも無いので聞き流していたのだが、まさか連絡が来るとはな。

 

「何だ、ホテルからか」

 

「えっ? シノちゃん、何で興奮してるの?」

 

「何だいきなり」

 

「だって今『火照る身体』って」

 

「愉快な聞き間違いするなー!」

 

「ヤッホー!」

 

 

 私がアリアへ再び喰ってかかろうとしたタイミングで、今度はパリィが遊びに来た。

 

「パリィ。遊びに来るなとは言わないが、せめてノックはしろ?」

 

「ごめーん」

 

「ヒッ!?」

 

 

 私がパリィに説教を開始しようとしたタイミングで、萩村の悲鳴が上がり、視線の先には――

 

『カサカサ』

 

「ご、ご……」

 

 

 口にしたくない例の虫が金庫の陰から現れていた。

 

「あーいうの、何て言うんだっけ? がん……がんめん――」

 

「顔面ザー〇ンパック?」

 

「あー」

 

『パン』

 

 

 アリアがパリィに嘘を教えている横で、タカトシが例の虫を叩き潰して処理してくれた。

 

「七条先輩、少しよろしいでしょうか?」

 

「ご、ゴメンなさい……シノちゃんとスズちゃんの顔面が真っ白になってたからつい」

 

「人が戦いてる横で遊ぶなよな!」

 

 

 タカトシに代わり私がアリアに説教をして、とりあえずこの問題は終了になった。全く、何であの虫が現れるんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャーナリストを志す者として、普段からボイスレコーダーを持ち歩いている。

 

「校則的にはグレーですけど、取材に必要ということなら許可しましょう」

 

「ありがとうございます」

 

 

 津田副会長からのチェックを潜り抜けて、私は合法的にボイスレコーダーを持ち歩くことができる。

 

「そのプロ意識は尊敬します」

 

「津田君……」

 

『トクン』

 

「ろくでもない効果音の為に持ち歩いているなら没収しますよ?」

 

「ちょ、ちょっとした冗談ですのでお許しを!」

 

 

 ちょっとした悪ふざけでも、この人には怒られるんだった事を思い出し、私は慌ててボイスレコーダーをしまい込む。ここで回収されたらこの後の取材に使えなくなってしまうから。

 

「五十嵐さん、少しインタビューよろしいでしょうか?」

 

「こ、ここで? 済ませてからじゃダメですか?」

 

 

 トイレの前で五十嵐さんを見つけて声を掛けたのだが、どうやら切羽詰まってるようだ。

 

「わかりました。私もちょっと催してきたので、一緒に入りましょう」

 

 

 さすがに個室は別だが、私は五十嵐さんの隣の個室へ入る。

 

「(ちょっとした悪戯くらいなら許してくれるよね)」

 

 

 そう思って私は懐からボイスレコーダーを取り出し、録音してある効果音を流す。

 

『ゴクゴク』

 

「誰が飲尿してるのっ!?」

 

「畑さんも七条さんもいい加減にしてください! タカトシ君に報告しますよ」

 

「「それだけは勘弁してください!!」」

 

 

 五十嵐さんに怒られるのもそれなりに堪えるけど、津田君に怒られたら活動休止に追い込まれる可能性がある。七条さんは別の理由で恐れてるようなのだが、私たちはとりあえず五十嵐さんに謝り許してもらうことに尽力するのだった。




お説教コースまっしぐら


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私物の整理

持ち込み過ぎですね


 生徒会室の掃除は定期的にタカトシが行っている。私たちもやろうとは思うのだが、タカトシレベルの掃除の腕など無いし、タカトシ並の速度で掃除を終わらせるスキルも持ち合わせていない。なので基本的にはタカトシにまかせっきりなのだ。

 

「タカトシ、この段ボールは何だ?」

 

 

 だからではないが、生徒会室に置いてある備品や書類の場所などはタカトシに聞けば一発で分かる。それでも分からない物が生徒会室にあるのだ。

 

「持ち主不明の物がかなりありましたので一纏めにしてあるだけです。心当たりがある人は持ってかえってください」

 

「そうか」

 

 

 私たちもそれなりに私物を持ち込んでいたりするから、知らず知らずのうちに溜まってしまっているのかもしれないな。

 

「これは私のだ」

 

「これ私だ~」

 

「先輩たちも結構持ち込んでるんですね」

 

 

 私、アリア、萩村の三人が段ボールの中身を確認していくたびに、持ち主が「そういえば」という顔をしている。つまり、持ち込んでいたことを忘れていたのだろう。

 

「このジャージは誰のだ?」

 

「私じゃないよ~」

 

「私でもありません」

 

「私でもないんだよな……」

 

 

 タカトシのではないだろうから、いよいよ持ち主不明ということに――

 

「ん?」

 

 

 ジャージを注意深く観察していると、タグの部分に『古谷』と書かれていた。つまりは先代生徒会時代の私物もあるということか……

 

「先輩、生徒会室に置きっぱなしの私物を持ち帰ってください」

 

『えー』

 

 

 電話で先輩を呼び出している間に、段ボールの中身の確認を再開する。すると、結構な数のOGの私物が出てきた。

 

「今まで活動していて気付かなかったな……」

 

「こうしてみると、先輩たちも結構持ち込んでたんだね~」

 

 

 しみじみとアリアと昔を懐かしんでいると、古谷さんがやってきた。

 

「わー、こんなにあったかー」

 

「タカトシが掃除して纏めてくれていました」

 

「受験でばたばたしてたからー。大目に見て」

 

 

 タカトシに軽い感じで謝罪して段ボールを漁る古谷先輩。取り出したものはサングラス……

 

「って、そのサングラスは卒業後に持ち込んだものですよね」

 

「ゴメンって」

 

 

 古谷先輩をぐりぐりして攻撃していると、唐突に話題を変えてきた。

 

「サングラスと言えば、胸元に描けるのがナウいんだよー」

 

「何言ってるんですか! 胸元には指を掛けた方がエロいですよ」

 

「アンタが何言ってるんだ」

 

「おっ、ため口ツッコミ」

 

 

 エロボケをかましたアリアにタカトシがため口でツッコミを入れ、古谷先輩がそれを聞いて感動している。

 

「私たちの時代には無かった光景だな」

 

「感想を言うのは良いですが、ちゃんと持ち帰ってくださいね?」

 

 

 タカトシから圧を掛けられ、古谷先輩は引き攣った笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が津田君から圧をかけられていると、ナツキがやってきた。

 

「やっほー」

 

「南野先輩も私物、持ち帰ってください。ここに名前が入ってます」

 

「おっ、なつかしー。これ一年の頃のカーディガンだ」

 

「着てみたら?」

 

「さすがにもう着られ……」

 

 

 ない、と続けようとしたのだろうが、ナツキの身体にぴったりとフィットーーどころか、あっさり着ることができている。

 

「(胸回りがスッキリしてる!!)」

 

「そういえばウチの母も、出産後胸が小さくなったって言ってました」

 

「つまり、今なら私でも対抗できる!?」

 

「いやいや、天草は無理だろ」

 

 

 いくら小さくなったとはいえ、ナツキもそれなりに胸がある。天草では対抗するだけ無駄だろう。

 

「しかし、こうしてみてみると結構持ち込んでるもんだな。これ誰のだっけ?」

 

「さぁ?」

 

「何分昔のことだからなー」

 

 

 段ボールを漁りながら昔を懐かしんでいると、ももひきが出てきた。

 

「もーこれは誰のー?」

 

「先輩のでしょ」

 

「古谷さんだと思います」

 

「サチコのでしょ」

 

 

 天草、萩村、ナツキに断定されてしまい、私のものだということになった。

 

「ゴメン、遅くなったー」

 

「カヤ」

 

「相変わらずこの部屋は日が入るねー」

 

「カーテンを閉めましょうか?」

 

「いやいや、そこまでせんでも――」

 

 

 そう言ってカヤが持ってきた何かを窓に貼り付けた。

 

「これを窓に貼ればよろし」

 

「私物持ち込まれたっ!?」

 

「すごーい! カヤのポスターじゃん」

 

「いや~」

 

 

 私が称賛すると、カヤは恥ずかしそうに頭を掻く。

 

「イタズラしちゃだめだぞっ? 画鋲刺したり」

 

「先輩、見てください」

 

 

 カヤが注意していると、七条がポスターに何かをしたようだった。

 

「ポスターの裏側につけ乳首をつけると、透けてる感じにっ!」

 

「エロ―い!」

 

「はは、相変わらずだな」

 

 

 この面子が揃ってしまったら昔に戻ってしまうのも仕方が無いだろう。だが昔と圧倒的に違うには、この面子にも臆せずに説教してくる後輩がいるということだろう。

 

「問答無用に持ち主共々捨てられるのと、黙って片付けて持って帰るの、どっちが良いですか?」

 

「「「「「直ちに片づけますっ!」」」」」

 

 

 私、ナツキ、カヤ、天草、七条の五人は弾かれたように私物の片づけを再開する。その背後では、盛大にため息を吐いている津田君を、萩村が慰めているようだ。

 

「もう一回聞くが、津田君は本当にお前たちの後輩なんだよな?」

 

「先輩が卒業してから共学化したんですから、間違いなく後輩です」

 

「だよな……」

 

 

 もはや教師でも対抗できない貫禄を携えている津田君を見て、私は苦労してるんだろうなと思ったのだった。




揃うと大変だな……タカトシが


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辛いものへの興味

自分は苦手です


 今日は昼休みに生徒会室に集まって話し合いをしたので、その流れで弁当は生徒会室で食べることに。普段は一人で食べることが多い――偶に柳本と一緒に食べるが――ので、この光景はなんだか新鮮だ。

 

「辛っ!」

 

「どうしました?」

 

 

 黙々と食べていたかと思ったらいきなり声を上げたシノ会長に、形式的に問いかける。隣でスズが肩をビクつかせたから、事情を聞いておこうと思ったのだ。

 

「最近辛いものにハマってしまった」

 

「へー。シノちゃん、すぐに新しく興味を持てるものがあって凄いな~」

 

「微妙に褒められてない気がするのは、気のせいか?」

 

 

 アリア先輩の言葉に棘を感じたようだが、アリア先輩からはそんな感じはしていない。つまりはシノ会長の気にし過ぎなのだが、それを教えてあげる必要は無いだろう。それくらいでこの二人が仲違いするとも思えないし。

 

「まぁ良い。それよりタカトシも辛い世界を体験してみないか?」

 

「興味はありますが、食材全部を辛く味付けするのはね」

 

「大丈夫だ。早速これを陰部に……」

 

「何言ってるんですかね?」

 

 

 笑顔で問い詰めると、シノ会長は取り出したチューブからしを慌ててしまう。そこまで脅したつもりは無かったのだが、その後ふざけることなく放課後になった。

 

「――てことがありまして」

 

「シノっちは相変わらずだね」

 

 

 夕飯も済ませて片づけをしているのだが、今日は義姉さんが皿洗いをしてくれている。

 

「拭くのは俺がしますよ」

 

「ありがと。本当ならコトちゃんにさせたいんだけどね」

 

「洗った枚数と棚に戻る枚数が同じなら任せますが」

 

 

 アイツのことだから何枚かは割りそうだから、手伝いでもさせたくない。

 

「それじゃあ拭いてもらうついでに、これも吹いてくれる?」

 

「それは自分で冷ましてください」

 

 

 淹れたてのお茶を冷ませという意味での吹くだったので、俺はあっさりと流してシンクの掃除に取り掛かる。

 

「相変わらず真面目だね~。どうしてその真面目さがコトちゃんには無いんだろう」

 

「何でですかね……」

 

 

 アイツが急に真面目になったら、それはそれで心配になるだろうけども、少しくらいは真面目になって欲しいと思ってしまう。

 

「タカ君も少しは不真面目になってみたら分かるのかな?」

 

「俺がふざけだしたらこの家も生徒会も終わってしまう気がします」

 

「かもね」

 

 

 小さく笑う義姉さんに、俺は肩をすくめてみせる。この人も不真面目な部分は見受けられるが、やろうとすればきちんとできる人だから分かってくれたのだろう。

 

「お義姉ちゃん、お風呂空いたよ~」

 

「タカ君、一緒に入る?」

 

「お一人でどうぞ。というか、泊まってくんですか?」

 

「明日は休みだからね」

 

 

 どうやら義姉さんは最初から泊っていくつもりだったようだ。まぁ、わかっていたけど……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんの辛いもの好きは意外と長く続いていて、今日も辛い物を食べている。

 

「辛っ! 口から火が出そうだ」

 

「ホントハマってるね~」

 

「感想は良いから水をくれ!」

 

 

 どうやら本気で辛いようで、シノちゃんは水分を求め出す。私が何か用意しようとしている間に、タカトシ君が買ってきたペットボトルの水を差し出していた。

 

「会長、きぐーですね。私もです」

 

「な、何がだ?」

 

 

 漸く落ち着いたのか、シノちゃんがコトミちゃんに反応を示した。

 

「竜族の力に目覚めまして」

 

「えっ、何の話?」

 

「口から火を吐く話です」

 

「ふざけてないで教室に戻って勉強しろ。次の時間、小テストなんだろ? 六十点以下だったら小遣い取り上げるからな」

 

「殺生なっ!?」

 

 

 タカトシ君がコトミちゃんを追い払い、私たちもそれぞれの教室に戻る。午後の授業って眠くなるって聞くけど、本当かな~?

 

「シノちゃん、生徒会室に行こう」

 

「だな」

 

 

 結局滞りなく授業も終わったので、私はシノちゃんと二人で生徒会室へ向かう。クラスメイトの何人かは睡魔と戦っていたようだけど、受験生だけあってだいたいの人は真面目に授業に取り組んでいたのが印象的だった。

 

「ふー」

 

「どうしたの?」

 

「辛いものにハマっているのは良いが、他の趣味が無くてな……それを探していて疲れ気味なんだ」

 

「シノちゃんは気にし過ぎだと思うけどな~」

 

 

 前にタカトシ君が言っていたけど、シノちゃんは十分に趣味がある方だと私も思う。本当に無趣味だったら、そもそも何かに興味を持とうとも思わないだろうし。

 

「そういえばスズちゃんも疲れ気味って言ってたっけ」

 

「何の話です?」

 

 

 タイミングよくスズちゃんが現れ、シノちゃんと疲れ具合を確認し合っている。

 

「疲れている時には――これ!」

 

 

 私が蝋燭を取り出すと、シノちゃんとスズちゃんが緊張した面持ちをしだす。

 

「アロマキャンドルだよ~」

 

「何だ、てっきり垂らすのかと思ったぞ」

 

「そんなことしないよ~。でも、タカトシ君にされたいかも」

 

 

 タカトシ君は教室で横島先生と男子数名を纏めてお説教中らしいので、こんなボケも言える。

 

「ちなみにこのジャスミンの香りには、リラックス効果に美肌効果、そして催淫効果があるんだよ~」

 

「それ余計に疲れちゃうだろ!」

 

「あれれー?」

 

「二人とも、タカトシが来ました」

 

「「っ!」」

 

 

 スズちゃんの言葉に私たちは肩を震わせて背後を振り返る。そこには呆れているのを隠そうともしていないタカトシ君が、盛大にため息を吐いている姿があった。

 

「お二人も怒って差し上げましょうか?」

 

「「け、結構です……」」

 

 

 結局アロマキャンドルは使用することなく、そのまま持ち帰ることになってしまったな……




やっぱりタカトシが怖い……


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七夕の願い

こういうイベントに縁は無いですね


 桜才学園はイベントが多いことで有名だ。その理由は、生徒会長である天草先輩がお祭り好きというのもあるが、在校生の大半がノリがいいこともある。そして何より、教師陣がそれを寛容に受け入れてくれているというのもあるだろう。

 

「随分と立派な笹ですね」

 

「七夕が近いということで先生たちに相談したら、こんなに立派な笹を用意してくれたんだ」

 

「凄いですね」

 

 

 この年になって七夕をやろうとする会長も凄いけど、その為にこれだけの笹を用意する学園側も凄い。やっぱりこの学園全体がお祭り好きな人間で構成されているのかしら。

 

「じゃあ早速書きましょうか」

 

「この絶妙なソフトタッチを見よ」

 

「そっちの『掻く』じゃ――あ~っ!?」

 

 

 タカトシがいないから絶好調な会長と七条先輩にくすぐられて、私は思わず声を上げる。

 

「おっ、スズ先輩をくすぐって感じさせているんですか? 私も混ざります!」

 

「混ざるな! というか、アンタはこっちの手伝いで来てるんだからちゃんとしろ!」

 

「うへぃ……」

 

 

 タカトシが全体のまとめ役としていなくなってしまっているので、その代理としてコトミが派遣されている。だがこの子が戦力になるのかしら……

 

「そういえば、私は何で呼ばれたんでしょうか?」

 

「タカトシの代わりに七夕飾りを作るのを手伝ってもらう為よ」

 

「それは分かってますけど、どうして私? そこまで手先が器用なわけじゃないんですけど」

 

「授業中に居眠りしてた罰だって聞いてるけど」

 

「ついついダンジョン探索に熱を上げてしまいまして……」

 

 

 どうやらゲームに熱中し過ぎて睡眠時間を削ってしまったようだ。そんなことして、家から追い出される可能性を忘れているのかしら。

 

「とりあえず私が一個手本で作ったから、これと同じように作ってね」

 

「わっかりました!」

 

 

 元気よく返事をしたコトミだったが、宣言通り手先は器用ではなさそうだ。

 

「んむむむ……飾り作るのって難しいですね」

 

「そうだけど、タカトシから飾り担当に指名されてるんだから頑張ろう」

 

 

 私はあくまでも監視だが、それでも担当には変わりない。だからコトミに檄を飛ばしたのだが――

 

「まぁ、私は所詮お飾りな存在ですから」

 

「うまいうまい。じゃあ続きやろうか」

 

 

――相変わらずの厨二で誤魔化そうとしてきたので流してやった。

 

「スズ先輩も最近、ノリが悪いですよね」

 

「アンタ相手にまともに付き合ってたら終わらないって学習してるのよ、こっちは」

 

 

 実際はタカトシからアドバイスを受けて身に着けた技だが、コトミにそんな裏事情を知る術もないから黙っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全体のまとめ役として派遣されていたタカトシ君も戻ってきて、いよいよ短冊を飾る段階になってきた。

 

「皆願い事を書いてくれてよかったね」

 

「基本的にノリがいい生徒が多いですからね」

 

 

 シノちゃんが短冊を飾っている下で横島先生がパンツを覗こうとしていたのを小山先生が止めているのを横目に、タカトシ君が頭を振っている。

 

「あの人とはじっくり話し合う必要がありそうですね」

 

「まぁまぁタカトシ君。畑さんのようにカメラで撮ろうとしてるわけじゃないんだから」

 

「それはそれで問題だと思いますけどね」

 

 

 まさに監督役と表現した方が良いような貫禄で全体を見ているタカトシ君に、パリィちゃんが近づいてくる。

 

「タカトシは書かないの?」

 

「そう言うパリィは、ちゃんと書いたのか?」

 

「まぁね。でも私、字が汚いからハズカシイ」

 

「字よりも内容が汚い人がいたから気にする必要は無いだろ」

 

 

 そう言いながらタカトシ君は横目で私を見てくる。実はさっき書いた短冊に――

 

『空耳が治りますように(パーティーとパンティーを聞き間違えた)』

 

 

――と書いたのを見られてしまってこっ酷く怒られたのだ。

 

「前半はまともだったでしょ?」

 

「全体がダメなら、前も後も関係なくダメです」

 

「厳しい……」

 

 

 先生に怒られている感覚に陥りそうだけども、タカトシ君は間違いなく後輩。それでも怒られることに違和感を覚えないのは、私たちがいかにタカトシ君に怒られ過ぎているかが関係しているんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会長と副会長ということで、私たちは最後に短冊を飾ったのだが――

 

「被りましたね」

 

「被ったなー」

 

 

――タカトシと願い事の内容が被ってしまった。

 

「シノちゃんもタカトシ君も、学園のことちゃんと考えてて偉いね~」

 

「ですが、二人が同じ願いだと、どっちかが真似したと思われませんかね?」

 

「じゃあ俺が書き直しますよ」

 

「いやいや、二人で願えば効果二倍になるかもしれないだろ? より良い学園作りは私一人の力では敵わないかもしれない。だから右腕である君の力も必要だと思うんだ」

 

 

 本当はタカトシと同じ願いなのが嬉しいので、ここで変えられたらこの悦に浸れなくなってしまうという気持ちがあるのだが、今言ったことも本音なのでタカトシは伸ばしていた手を引っ込めてくれた。

 

「それにしても、天の川で隔たれた織姫と彦星は、年に一度しか会えなくなったという話、あれは凄いよな」

 

「遠距離恋愛ってヤツですね」

 

「愛する者同士が年に一度しか会えないなんて、切ないですね」

 

「そうだな」

 

 

 しみじみと呟いていると、丁度通りかかったコトミが一言。

 

「ですけど、最近は相互オ〇ニーってのも流行ってるらしいですし」

 

「今は情緒が欲しいんだよなぁ!」

 

「くだらないこと言ってると、小遣い減らすか家から追い出すぞ」

 

「失礼しましたっ!!」

 

 

 タカトシの脅しに、コトミはかかとを鳴らして敬礼し、折り目正しく頭を下げて去っていった。




相変わらずのコトミ


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興味のあること

外国人にはそうなんでしょうね


 生徒会作業も一段落し、タカトシが風紀委員に報告書を提出しに行っている時に畑がやってきた。

 

「最近感動したことや強く印象に残っている話を聞かせてください」

 

「何だいきなり」

 

「実は、目玉記事が没になってしまいまして、このままでは天草会長が生徒会室でバストアップ――」

 

「何を言うつもりだ!」

 

 

 以前からこのネタで脅してくるのだが、私はそんな事した覚えは――

 

「(あっ、あのときか)」

 

 

――あった。だがあの時は細心の注意を払っていたはずだというのに、何処から見ていたのだろう。

 

「私は最近ストレッチをしています。そのお陰かどうか分かりませんが、考え方にも柔軟性が出てきました」

 

「具体的には?」

 

「高い場所の物が取れなくてもしょうがないかなって思えるようになりました」

 

「それは確かに柔軟な考えができていますね。以前の萩村さんなら、少し不機嫌になっていたでしょうし」

 

「私はウチのトイレで感動したかな~」

 

「ほほう、トイレでですか」

 

 

 畑がアリアの話に喰いつく。まぁ、私も気になる話っぽい感じはしているが。

 

「ウチのトイレはトイレットペーパーが三角に折りたたまれていることが多いんだけど、その時はリボン結びされてたんだよね~」

 

「所謂折り紙アートというやつか。出島さんは手先が器用だからな」

 

「そうなんだよ~。だからもったいなくて使えなかったんだ~」

 

「えっ?」

 

 

 萩村がアリアの発言に驚く。トイレットペーパーが使えなかったということは――

 

「だから予備のペーパーで拭いたんだ~」

 

「何だ、ちゃんと拭いてたのか」

 

 

――さすがにそんなことは無かったようだ。

 

「では、最後は会長ですね。何か面白い話、ありませんか?」

 

「取材の内容が変わってないか?」

 

 

 確か感動した話や印象に残ってる話だったような気が……

 

「最近リンゴがCカップと同じらしいと知った。Cはあの程度なのかと思ったな。私の方が柔らかい」

 

「重さですよ」

 

「知ってるわ!!」

 

 

 精一杯の強がりだったのだが、畑に真顔で撃退されてしまう。私だってCカップの柔らかさがあの程度だなんて思っていない。

 

「何を騒いでるんですか? 廊下まで会長の声が聞こえてきましたが」

 

「津田副会長は何か感動した話や強く印象に残ってる話はありませんか?」

 

「そうですね……」

 

 

 畑がタカトシに取材を始める。だがタカトシは考えるふりをしながら何かタイミングを計っているような気もするんだよな……

 

「畑さん! また更衣室にカメラを仕掛けましたね!」

 

「さっきカエデさんから相談されたことでしょうか」

 

「ゲッ!?」

 

 

 どうやらまた悪さをしてたらしく、この後タカトシと五十嵐にこってりと絞られた畑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室は基本的に用がない人は入れない場所。だけど畑さん曰く「来客が多い場所ナンバーワン」らしい。

 

「忍者、かっこいいー」

 

「わざわざそれを言いに来たの?」

 

 

 現に今、パリィが生徒会室に遊びに来ている。なんでわざわざこんなところで忍者の本を読んでいるのかしら……

 

「忍者って空飛んだり火を出せるんだねー」

 

「それはフィクションだから……」

 

 

 相変わらず疑うことを知らないのか、以前ネネから聞かされた忍者情報を信じているようだ。

 

「アニメやゲームでは忍者はだいたい強いらしいけどね」

 

「ツヨーイ」

 

 

 私はアニメを観たりゲームしたりしないから分からないけど、以前タカトシが柳本から聞かされているのを偶々聞いたことがある。

 

「成人ものだと弱いけどな」

 

「ヨワーイ」

 

「何の話だっ!?」

 

「えっ? 忍者の話だろ? かっこよく忍び込んで敵を追い詰めるが、捕まってそのまま――」

 

「まだ昼だぞ!?」

 

 

 これ以上は危ない話になりかねないので、私はそこで会長の話をぶった切る。本来ならこう言うのはタカトシの役目なんだけど、コトミの小テストの結果が芳しくなく、保護者代理で職員室に呼び出されているのだ。

 

「パリィちゃん、そんなに忍者に憧れているなら、忍者生活を体験できるトコがあるんだけど、行く?」

 

「いくー!」

 

 

 相変わらず七条グループは何でもあるのね……むしろ無いものを探す方が大変なんじゃないかしら……

 

「あ」

 

「どうしたの?」

 

 

 興味津々で七条先輩の提案に喰いついていたパリィだったが、何か思い出したように一歩距離を取った。何かあるのだろうか?

 

「おねがいイカセてー!」

 

「使い方間違ってるよ、パリィさん!?」

 

「じゃあ参加者は私たち四人で良いのかな?」

 

「タカトシも連れて行きましょう! たまにはリフレッシュさせてあげないと!」

 

「そうだね~。じゃあタカトシ君も入れて五人だね」

 

 

 この面子でタカトシがいないなんて考えたら、今から胃が痛くなってくる……だってこの三人に加えて出島さんもいるだろうし……

 

「しかしタカトシに忍術なんて必要無いんじゃないか? アイツなら人に気付かれることなく背後に立つことや、知らない間に相手を斃すことだってできるだろうし」

 

「タカトシならあり得そうだね~」

 

「あの、タカトシ後ろにいるんですけど……」

 

「何っ!?」

 

 

 本当に音も無く現れたタカトシに、会長だけでなくパリィも驚いている。もちろん私や七条先輩もビックリしている。

 

「と、というわけだからタカトシ。今度の休みはお出かけだ!」

 

「はぁ……義姉さんに連絡して、コトミのことはお願いしておきます」

 

「高校生にもなって、一人で留守番させられないってのはどうなんだ?」

 

「いえ、食事とか勉強のことで」

 

「なるほど」

 

 

 とりあえずタカトシも参加してくれるので、私はほっと一安心する。だって、これでツッコミはタカトシに任せられるから。




たしかに必要ないだろう


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忍者体験会

勘違いを誘発させる要因が多すぎる


 パリィの好奇心から、七条家が経営している忍者体験ができる施設にやってきた。本当ならコトミにみっちり勉強を教え込む予定だったのだが、スズの負担を減らすという事情から俺も参加しなければいけなくなってしまったのだ……

 

「(義姉さんには今度、何かお礼をしなければな)」

 

 

 本来なら俺の役目なのだが、こっちに義姉さんを派遣してもスズの負担が増えるだけ。だからコトミのことをお願いしてきたのだが、やはり何かお礼をした方が良いだろう。

 

「本日、忍者体験会!!」

 

「わー」

 

 

 何やら既にノリノリのシノさんとパリィがやってきた。背後からスズが走ってきているが、どうやらパリィの格好に問題があるようだ。

 

「パリィ、ズボン履き忘れてるっ!」

 

「くのいちはみんな生足だよ?」

 

「ソースが偏り過ぎてるのよ、パリィは! そもそもタカトシに見られたら恥ずかしいでしょう?」

 

「萩村、タカトシがそんなエロハプに引っ掛かると思ってるのか?」

 

「そういえばタカトシ、さっきから一回もこっちを見てない」

 

「タカトシ君はアンラッキースケベ体質だからね~」

 

 

 見てないのに酷い言われようだが、とりあえずパリィの準備ができたようなので先に進む。あんまり進みたくないんだが、ノリノリのこの人たちを抑え込むのは面倒だから仕方が無い。

 

「本日は忍者体験会にご参加いただき、ありがとうございます。本日皆様の師範役を務めます、七条家専属メイドの出島サヤカです。忍者の修業は厳しいので覚悟するように」

 

「忍術を覚えたいです」

 

「いいでしょう」

 

 

 この人もこの人でノリノリだな……まぁふざけ出したらまとめて怒ればいいか。

 

「ではまず、縄抜けの術から」

 

「縛りたいだけだろ!」

 

 

 スズがツッコミを入れるが、出島さんにはあまり効果が無さそう。まぁ、この人は怒られても快感を覚える人だからな。

 

「まぁまぁ、冗談はさておき」

 

「冗談だったんですか?」

 

 

 とりあえず視線で批難すると、出島さんはゆっくりと視線を逸らす。恐らくは本気だったのだろう。

 

「手裏剣修行と参りましょう」

 

「わー!」

 

 

 ノリノリでパリィが手裏剣を受け取り、的に向けて投げる。図星に連発してるということは、筋が良いのだろう。

 

「パリィ、上手だな!」

 

「ダメだー」

 

「えっ?」

 

「ギリギリに当てたいのに、真ん中いっちゃう」

 

「それはマジで困るね」

 

「ちなみに、タカトシ君はどうなの?」

 

 

 アリアさんから手裏剣を受け取り、俺は面倒なので纏めて投げることに。

 

「五投中五投図星、しかもそれぞれ違う的とは……相変わらず恐ろしい方ですね」

 

「タカトシスゴーイ!」

 

 

 何だかパリィに興味を持たれたようだが、ただ単に面倒だったからなんだけどな……

 

「次は隠密修行です。この廊下を音を立てずに通り過ぎてください」

 

『曲者!』

 

 

 どうやら床を鳴らすと判定アナウンスが流れるだな。

 

「お嬢様、萩村様、パリィ様は失敗ですね」

 

「なかなか難しいですね」

 

「ですが、天草様は進めてるようですよ」

 

「シノちゃん凄ーい」

 

 

 顔が真剣なだけにアリアさんやスズに尊敬のまなざしを向けてもらえているが、考えがな……

 

「(床が鳴っただけで重いなんて思わないっての……)」

 

 

 そもそも鳴りやすい床なのだから、気にしなくてもいいのに……そこは思春期の女子なのだろう。

 

「では、最後に津田様」

 

「はぁ」

 

 

 あまり乗り気ではないが、ここでやらないなんて言えないしな……

 

「タカトシ、スゴーイ!!」

 

「シノちゃんも凄かったけど、タカトシ君は速かったね~」

 

「タカトシは忍者っ!?」

 

「いや、違うから……」

 

 

 パリィが目をキラキラさせながら詰め寄ってきたけど、テキトーにはぐらかしておく。説明するのが面倒だと言うのもあったが、シノさんが恨めしそうな視線を向けてきているのに気付いたので、さっさと次に行きたかったというのもあるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水ぐも修行ではお嬢様が足パッカーンをしてついつい興奮して、お嬢様の股の部分に切り込みを入れてもっと楽しもうとしてしまいましたが、今日の私は忍術の師範役なのです。若干津田様にその役を取られ気味ではありますが、あくまでも私がホスト側で、津田様はゲストなのです。

 

「最後はこのロープの壁を登りながら横移動していただきます。ちなみにこちらは、途中で撮影させていただきます」

 

「撮影ですか?」

 

「この写真は最後に参加者の方にお配りしているのです」

 

「思い出ということですか」

 

 

 既に終わらせている津田様が私の横で皆さんの動きを観察しています。今日いた参加者の方々だけではなく、歴代の参加者の中でもぶっちぎりの凄さでしたね。

 

「わー、絡まった~!?」

 

「シャッターチャンス!」

 

「撮りすぎでは? てか助けろよ。アンタホスト側だって今言ってただろ?」

 

「はっ!? そうでした」

 

 

 言ってはいませんが、そんなことはどうでもいいですね。私は絡まったパリィさんを救出し、参加賞として巻物をプレゼントする。

 

「にんにん」

 

「すっかり一人前の忍者だな」

 

「パッと見ると猿轡されているように見えますね」

 

「それが最後で良いですかね?」

 

「あっ……」

 

 

 今日一日見逃してもらえていると思っていましたが、どうやら最後に纏めて怒るつもりだったらしいと思い知らされ、私は今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られる。だが津田様から逃げ遂せるはずも無く、私は正座させられながら滾々と津田様に怒られるのだった。




怒られる原因に事欠かないな、この人は……


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まさかの混浴

今回はほんとに混浴


 忍者体験を終え、私たちは七条先輩が用意してくれた旅館にやってきている。相変わらずタカトシは恐縮しているようだが、私の方はもう慣れた。この人と一緒に行動する以上、これくらいで恐縮していたら身が持たないからだ。

 

「パリィ、忍者体験はどうだった?」

 

「オドロキの連続だったよー」

 

「それはよかった」

 

 

 私が手配したわけではないけども、パリィが楽しめたようで何より。これでつまらなかったとか言われたら、何の為に付き合ったのか分からないから。

 

「よしそれじゃあ、全員でお風呂に入ろう!」

 

 

 天草会長がそう宣言すると、パリィが何か驚いた顔をしている。

 

「パリィ、どうしたの?」

 

「全員ってことはタカトシも一緒に……つまり混浴ってことでしょ?」

 

「そうだね。でも、気にする必要ないよ」

 

「えぇぇぇぇ」

 

 

 私の言葉にパリィがさらに驚いた表情を見せる。いったい何がそんなに気になると言うのだろうか。

 

「ここは湯着を着て入る共同浴場なのだ」

 

「ビックリしたー。てっきりスズはタカトシと混浴慣れしてるのかと思っちゃった」

 

「言葉足らずだぞ、萩村」

 

「すみません」

 

 

 パリィが驚いていたのはそう言うことだったのか……パンフレットにここの浴場のことは書いてあったからパリィも知ってるものとして話してたから、あれだけ驚かれてしまったのか。

 

「それにしても気持ちいですね。ずっと入っていたい」

 

「津田様が入った湯にずっと入っていたいってことですね」

 

「スズちゃん、また言葉足らず?」

 

「今のは100%だよ!?」

 

 

 出島さんと七条先輩に拡大解釈されてしまい、私は大慌てで否定する。だって否定しないと私まで出島さんと同類だと思われてしまうから。

 

「それにしてもスズ」

 

「何?」

 

「ここの温泉真っ白だね。どれだけの男の人が白いのを出してるの?」

 

「違う! これはにごり湯って言うのよ! これで綺麗なお湯なの!」

 

 

 パリィがとんでもないことを言いだしたので、私はお湯を掬って見せる。決して汚れていないということを見せたかったのだが――

 

「あっ縮れ毛」

 

「白いと異物も目立つな」

 

 

――とんでもないものを救い上げてしまったので、すぐさまリリースする。

 

「今のは誰の毛だ? 私ではないからな」

 

「シノちゃん、誰も聞いてないよ?」

 

「シノは毛深いってランコが言ってたから、シノじゃないの?」

 

「またかアイツは!」

 

「あの、タカトシが怒るのでそれくらいで」

 

 

 私たちの湯着姿に一切の興味を示すことなく、黙って湯に浸かっているタカトシだが、さっきから不機嫌オーラが溢れ出している。私の忠告が功を奏したのかは分からないが、とりあえず誰の毛問題は有耶無耶で終わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スズにお風呂に誘われた時は驚いたけども、こうしてみんなと一緒にお風呂って楽しいんだね。

 

「せっかくだからストロー持ってくれば良かったな」

 

「ストロー? 何に使うの?」

 

「水の中で息するヤツ、あれをやりたかった」

 

「忍者ネタか」

 

 

 せっかく忍者体験に来たんだから、やりたいこと全部試したかったんだけど、忘れちゃったのがもったいない。こんな機会滅多にないのに……

 

「あの、偶然にも便器マスクならあるよ~」

 

「わーい!」

 

「必然だろうが!!」

 

 

 アリアが代用品を提示してくれて、私は大喜びだったんだけど、何故かスズは怒っている。

 

「スズは何で怒ってるの?」

 

「怒りたくもなるわよ! てか、こんなの使わせないからね」

 

「残念」

 

 

 スズに取り上げられてしまったので、私は水の中で息をすることを断念することに。

 

「そういえば温泉で思い出した」

 

「何?」

 

「頭にタオルを乗せるのがつうなんだよね?」

 

「実際にやる人、あまりいないけどね」

 

「そうなんだ」

 

 

 スズの頭からタオルを回収すると、シノが何かやり出す。

 

「こうして三角折りにするとパンツみたいに見えるな」

 

「水玉がリアルだね」

 

「何で私の頭に乗せるんですかね?」

 

 

 さっきからスズを実験体にしているが、タカトシにやらないのはスズだって分かりそうなものだ。付き合いの短い私でも、こんなことをタカトシにしたらどうなるかくらいわかる。

 

「皆さま、上をご覧ください」

 

「上?」

 

 

 何かを誤魔化すようにサヤカが上を指差す。私たちはサヤカに言われるまま上を見て――

 

「絶景だな」

 

「そうだね~」

 

 

――満天の星空に気付けた。

 

「みんな、さそってくれてアリガトね」

 

「これくらい当然だ!」

 

「ウチで用意できるものなら何でも言ってね~」

 

「むしろ用意できない物があるんですか?」

 

 

 私がお礼を言うと、皆は気にしなくていいという感じで微笑んでくれた。

 

「タカトシも、付き合ってくれてアリガト」

 

「やり過ぎない限りは、俺は何も言わないから」

 

「やっぱりタカトシが会長みたいね」

 

「会長は私だぞ!?」

 

「知ってるよ~。一緒に戦った仲だし~」

 

「パリィ?」

 

「ん~? 何だかふわふわしてきた~。天にも昇る気分だよ~」

 

 

 何だか世界がぐるぐる回ってきたような気もするけど、いったい何が……

 

「ん……はっ!? ここは?」

 

「部屋よ。パリィ貴女、逆上せて大変だったんだから」

 

「誰が運んでくれたの?」

 

「タカトシしかいないでしょ。出島さんじゃパリィのあれこれを写真に収めてただろうし」

 

「着替えも?」

 

「そこは私たちがやったから安心して。まぁ、タカトシがやるなんて言い出すわけ無いって分かってるでしょうけども」

 

「一番信頼できる人だもんね~」

 

 

 桜才学園で一番と言っても過言ではないと思っている。私はタカトシにお礼を言ってから、もう一度横になるのだった。




パリィからも信頼が高いタカトシ


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レジャープール

ありえそうだからな……


 今日はOGの一人である北山先輩に誘われて生徒会メンバーでお出かけ。

 

「本日はレジャープールへやってきました!!」

 

「誘ってくれてありがとうございます」

 

 

 最近ではこういう場面でお礼を言うのはタカトシの役目になりつつあるが、先輩とあまり関係がないのもあって今日は私がお礼を言う。本来ならこの形が正しいのだろうが、違和感が拭えないのは何故なのだろうか。

 

「いーの、いーの。サチコは大学のレポートだし、ナツキは家族で帰省中。一人じゃインスタ映えしないからね」

 

「映え要員かい」

 

 

 先輩の包み隠さない本音に、タカトシがため口でツッコミを入れる。

 

「というか、さっきから私たち見られてないか? いよいよ私の知名度も――」

 

「タカトシとアリアのお陰じゃないですか?」

 

「――まぁ、そうだろうね」

 

 

 確かに先輩は読モとして、知ってる人は知っている程度の知名度はある。だがタカトシの鍛え抜かれた肉体や、アリアのダイナマイトボディと比べれば霞んでしまうだろう。

 

「ここの目玉はウォータースライダー! ペアで滑れるよ」

 

「私、高い所はちょっと……」

 

「そういえば天草は高所恐怖症だったな」

 

 

 治そうと努力してみたりもしているのだが、どうしても高い所は苦手なのだ。こればっかりは努力でどうにかなるものではないだろう。

 

「仕方が無い。じゃあ津田君、一緒にやろう。天草は撮影ヨロシク」

 

「行きましょう先輩」

 

 

 先輩に乗せられた感じがしてならないけど、さすがにタカトシと二人きりなんて看過できない。

 

「ホント分かり易いな」

 

「そうかもしれませんが、これは先輩の為でもあるんですからね?」

 

「どういう意味?」

 

 

 決して嫉妬心から先輩とペアを組んだわけではない。そのことをちゃんと説明しておかないと。

 

「だって先輩、撮った写真をSNSに載せますよね?」

 

「あぁ、いい写真が撮れたら」

 

「もしタカトシとのツーショットなんて載せて炎上でもしたら――」

 

「津田君が私の彼氏だと思われて、津田君が襲われるって?」

 

「いえ、先輩がタカトシの彼女だと勘違いされ、不特定多数のファンからの攻撃が――」

 

「何それ怖い……」

 

 

 駆け出しの読モである先輩が、SNS上で大炎上を起こせば今後の活動にも支障が出る。だから私は先輩とペアを組んだのだと強調しておく。少なくとも気にし過ぎ、というわけでもないだろうしな。

 

「しかし、天草や萩村なら兎も角、七条の水着姿を見ても反応しないんだな、彼は」

 

「先輩、喧嘩なら買いますよ?」

 

「いや、一般論だ。決して天草たちをディスってるわけじゃない」

 

「……イマイチ納得できませんが、とりあえずそのことは置いておきましょう」

 

 

 本当に納得できないが、ここでそのことを問い詰めても仕方が無い。

 

「タカトシはそう言うことにあまり興味がないですから。元女子校に通う男子なんて大半がハーレム目当てだと思っていた当時の自分が恥ずかしいくらいに」

 

「しかもハーレムでも許容されるのに誰とも付き合ってないんだろ? 凄い精神力だな」

 

「ですよね」

 

「私だったら逆ハーレム最高! とか思ってそうだ」

 

「それはそれでどうなんですか? 横島先生と大差ないと思いますが」

 

「それはそれで嫌だな」

 

 

 先輩の中でも横島先生がどんな扱いなのか理解出来た気がした。

 

「おっ、次は私たちだな」

 

「今更ながら怖くなってきた……」

 

「何だ? 天草はこんなのもできない軟弱ものなのか?」

 

「やってやろうじゃないか!」

 

 

 またしても先輩に乗せられてしまったが、私は何とかウォータースライダーを滑り終え、タカトシが撮ってくれた写真を見て情けない気分に陥った……先輩にがっしりしがみついてるんだもんな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後輩を誘ってプールに来たんだが、これが意外に楽しい。元々付き合いのある天草や七条は何となく分かるが、萩村もからかってみると意外と楽しいのだ。もちろん、やり過ぎると津田君から物凄い睨まれるので、そこの加減を間違えなければだが。

 

「写真と言えば、最近はご飯の写真を撮ってアップしている人、いますよね」

 

「あるある」

 

「あの機械音痴の天草がSNSをチェックしているなんて驚きだな」

 

 

 サチ程ではないが、天草も機械音痴だ。そんな天草がSNSをチェックしているとは、人間の成長と言うのは驚きだ。

 

「しまった。撮る前に全部食べちゃった」

 

「先輩、どうするんですか?」

 

「口の中に残ってるモノで手を打つか」

 

「仕方ないですね。撮りますよ」

 

「ふざけてるんですか?」

 

「「っ!?」」

 

 

 半分くらい本気だったのだが、津田君から向けられる視線で冗談ということにしておくことに。

 

「そ、それじゃあ集合写真にしておこう。津田君、撮ってくれ」

 

 

 さすがに私もまだ死にたくない。なので津田君には写真から出てもらい女子だけで写真を撮る。

 

「読モも大変ですね」

 

「日々の積み重ねが実を結ぶのさ。そしてゆくゆくは女優デビュー」

 

「イクイク女優でビュルル? 先輩、そっち方面を目指してるんですか?」

 

「家族連れが多い場所で何を言い出すんですか?」

 

「ヒッ!? ご、ゴメンなさい」

 

 

 愉快な聞き間違いをした七条に、津田君が割と本気で怒った様子で詰め寄る。この子は本当に桜才学園の良心なのだろう。

 

「天草、本当にお前が会長なのか?」

 

「この間再任しました! まぁ、実は無効票のタカトシが一番支持されていたらしいですけど」

 

「てか、この時期に会長選挙が行われるって、どれだけ信頼無いんだ、お前?」

 

「ほっといてください……」

 

 

 まぁ、津田君の信頼度が高過ぎる所為で天草が信頼されていないんだろうな。そう言うことにしておこう。




ここでも疑われるシノ……


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意外な参加者

普段なら参加しないだろう


 ちょっとお手洗いに行っていたタカトシ君が戻ってきたけど、その手には何か握られている。

 

「タカトシ、そのチラシは?」

 

「今さっき貰ったんです」

 

 

 タカトシ君が持っていたチラシには『水着コンテスト、参加者募集』と書かれている。

 

「これはカヤ先輩の出番では? 読モパワーで」

 

 

 私たちが出ても大した結果は残せないだろうけども、読モとして活動している先輩ならひょっとしてと思ったのだけども――

 

「いやまぁ……ここは若人に任せるよ」

 

「先輩と大してかわらないじゃないですか」

 

 

 恐らくは食べ過ぎてお腹が出てしまったのだろう。カヤ先輩はパーカーを羽織って誤魔化した。

 

「しかし先輩が出ないんじゃ、我々はタダの観客として楽しもうか」

 

「だったらシノちゃんは? シノちゃんなら結構いい所まで行くと思うんだけど」

 

「絶対無理! そういうアリアこそ参加してみたらどうなんだ?」

 

「でもMCがトリプルブッキングだから、スポンサーの力が働いたとか言われたくないよ」

 

「そっちの心配をしなきゃいけないのか、アリアの場合……」

 

 

 私じゃシノちゃんにも勝てないだろうし、そう言う事情もあるからシノちゃんを勧めたんだけど、シノちゃんもダメじゃいよいよ観客としか楽しめない……

 

「あれコレ……男性部門もあるようですね」

 

 

 スズちゃんの一言で、私のシノちゃん、そしてカヤ先輩の三人が目で会話して頷く。

 

「ここは津田君の出番だな!」

 

「今日あまり活躍してないから、ここはタカトシに任せる」

 

「タカトシ君、頑張ってね」

 

「参加しないって方向じゃダメだったんですか?」

 

「せっかくなら楽しみたいだろ?」

 

 

 シノちゃんの言葉に本気で嫌そうな顔をしたタカトシ君だったけど、私たち三人でお願いしたら何とか参加してくれることに。なんだかんだで優しいからね、タカトシ君は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私たちで散々懇願した結果、津田君が水着コンテスト男性部門にエントリーしてくれた。

 

「津田君以外はマッチョの小父様だらけだな」

 

「自分から参加するだけあって、それだけ自分の肉体に自信があるんでしょうね」

 

 

 鍛え抜かれた筋肉をアピールする男性を観ながら、私たちは津田君に視線を向ける。

 

「一切動じていないな」

 

「タカトシは緊張とは無縁ですからね」

 

「つまらないな。あの津田君が緊張でがちがちになってるところを観たかったのに」

 

 

 私の本音を暴露すると、萩村がジト目で私のことを見てくる。だが津田君と比べると大したことないので放っておこう。

 

「え? 普通緊張の時はカタくならないんじゃないんですか?」

 

「というか、彼のはカタくなる時があるのか?」

 

「あるんじゃないですか? さすがにあの若さで不能ってことは無いでしょうし」

 

「三人ともお静かに」

 

 

 ヒートアップして声が大きくなってきた私たちに萩村がツッコミを入れる。そう言えばこの子もツッコミだったな。

 

『投票の結果、優勝はエントリーナンバー5、津田タカトシさんに決定しました!』

 

「おっ、さすが津田君だな」

 

 

 他の面子も結構良かったとは思うが、さすがに津田君の見た目と均整の取れた肉体には敵わなかったようだ。

 

『おめでとーございまーす』

 

『ありがとうございます』

 

「売れっ子アイドルに囲まれても平常心なんだな、彼は」

 

 

 本当にどういう神経をしているのか気になる。世間の男子高校生はトリプルブッキングのエロコラで抜いているとか聞いたことがあるのに……

 

『自信はありましたか?』

 

『先輩に勧められて参加しただけだったんですけどね』

 

『彼女ですか?』

 

 

 何気ない質問だが、津田君は特に動じることなくインタビューに答えていっている。だがあの三人組、誰かに似てる気がするんだよな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優勝トロフィーを持ってきたタカトシと合流し、私たちは一休みしている。

 

「いい思い出ができたな」

 

「若干不本意ではありますが」

 

「でもタカトシ君、あのインタビューの後なかなか戻ってこなかったね」

 

「えぇ。トリプルブッキングの三人と少し話していたものでして」

 

「何の話だ?」

 

 

 トップアイドルたちと会話など、心中穏やかでいられるわけがない。さすがのこいつも、アイドル相手ならひょっとしたらとか思ってしまう。

 

「文化祭の時のお礼とか、向こうは遅れてしまったことへの謝罪とか、そんなとりとめもない話です」

 

「そっか……良かった」

 

 

 まぁ、こいつがアイドルとかに興味がないことは知っていたから、焦るだけ無駄だったな。

 

「あっ、もうこんな時間。そろそろ帰らなきゃ」

 

「そうだな。先輩――」

 

 

 そろそろ帰りましょうと声を掛けようとしたが、先輩と萩村が寝てしまっている。

 

「先輩の寝顔、撮っちゃお。これもインスタ映えだろ」

 

 

 私がカメラを向けたタイミングで、先輩の頭が前のめりになり、そのタイミングで先輩が涎を垂らす。

 

「だえキッスもインスタ映えしそうだね」

 

「だが絵的に幼女にだえキッスするように見えないか? これじゃあ炎上不可避だぞ」

 

「そうかな? いい思い出になると思うんだけど」

 

「北山先輩、スズ、そろそろ帰りますよ。起きてください」

 

 

 私たちがだえキッスの話題で盛り上がっていると、タカトシが淡々と二人を起こして事を収める。相変わらずこういうことに長けているな。

 

「それからお二人は、ふざけたこと言うなら滾々とお説教して差し上げますよ?」

 

「「謹んで遠慮いたします」」

 

 

 最後の最後で盛大に怒られそうになり、私たちは驚きすくみ上ってしまった。この鳥肌は、プールで冷えたからじゃないだろうな……




誰が先輩なんだか……


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萩村家訪問

今年も終わりかぁ……


 夏休みということで家でのんびりしていたらタカトシが尋ねてきた。

 

「どうしたの?」

 

「図書館に行くついでに借りてた本を返しに来た」

 

「別に急がなくてもいいのに」

 

 

 タカトシが探していた本を偶々私が持っていたので貸していたのだが、もう読み終えたみたいね。

 

「ん? タカトシが図書館って、何か探し物?」

 

「どうやったらコトミの集中力を高められるか、何か良い本が無いかどうか探そうと思って」

 

「切実ね……」

 

 

 コトミの集中力の低さは私も知っている。タカトシが本に頼るということは相変わらずなのだろう。

 

「それだったらウチに『集中力を高める』って本があるけど、読んでみる?」

 

「何でスズの家にそんな本が?」

 

「母が持ってるのよ。理由は分からないけど」

 

 

 本当に何で持っているのか謎だけど、あの母のことだからろくでもないことに使うのではないかと思って追及はしていない。

 

「そうだね。お言葉に甘えようかな」

 

 

 タカトシをリビングに通して、私はちょっと席を外す。タカトシなら何をする為に席を外したか分かってるんだろうけども、それを堂々と言う勇気は私には無い。

 

「ん? 何処から水の音が?」

 

「あぁ、雨が降ってきたみたいだから」

 

「図書館に行ってたら危なかったわね」

 

 

 てっきりトイレが壊れたのかと思ったけど、どうやら外で雨が降っているようだ。

 

「一応折り畳みは持ってたけど、それでしのげる量じゃなかったな」

 

「ついでだし、部屋にある本も読んでく? 持ってないのがあれば、だけど」

 

「何だか雨宿りさせてもらってるみたいで悪いね」

 

「構わないわよ、これくらい」

 

 

 意図せずタカトシと二人きりになれるのだ。これくらい安いモノである。

 

「そういえばスズの部屋に来るのも久しぶりだな。コトミの勉強を見てもらって以来か?」

 

「かもね。大抵はアンタの家だし、最近は会長たちもまともになってきて、業務が滞ることも減ってきたし」

 

 

 それでも偶に業務が滞るのは、タカトシが別件で生徒会室を空けることがあるからだ。こいつがいればふざけられる空気じゃなくなるのに。

 

「お茶淹れてくる。好きにしてていいよ」

 

 

 他の男子だったらこんなこと言えないだろうけども、タカトシだったら安心して自室に残すことができる。むしろタカトシの部屋に一人残された方が緊張してしまうだろう。

 

「男の子を部屋に連れ込んで『好きにして良いよ……』なんて。スズちゃん、大人の階段を昇るのね! 今晩は御赤飯炊かなきゃ!」

 

「最悪のタイミングで入ってきた!」

 

「お邪魔してます」

 

 

 お茶を持ってきた母が愉快な勘違いをしているのに対して、タカトシは冷静に一礼してお盆を受け取る。私が再起動するまでここに母が残っていては邪魔になると考えて、さっさと用事を終わらせてくれたのだろう。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして、でいいのか?」

 

 

 タカトシはあまり気にしてない様子で腰を下ろし直し、私が持っていた翻訳前の小説を読み始める。

 

「(まぁ、タカトシなら問題なく読めるでしょうし)」

 

 

 実は翻訳後の小説も持っているのだが、タカトシなら何の心配もない。私も何かして時間をつぶそうかしら。

 

「ん?」

 

 

 先程母と一緒に部屋にやってきたボアが、何も無い壁をじっと見つめている。

 

「(確か動物には人には見えないモノが見えるという話を聞いたことが……)」

 

「隣にお母さんがいるみたいだね。ボアにはそれが分かってるんだろう」

 

「あっ、そう言うこと――私、何も言ってないよね?」

 

「心霊的な勘違いをしてるってことは表情から分かったから」

 

 

 タカトシが私の勘違いを訂正してくれたお陰で、私は自分の部屋に何かいるのではないかという恐怖から解放された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本に集中していたら、正面から小さな寝息が聞こえてきた。顔を上げるとスズがテーブルに突っ伏して寝ている。

 

「もうそんな時間か」

 

 

 生徒会業務中でも仮眠をとるスズだから驚きはしなかったが、結構長い時間居座ってしまっていたんだなと実感し申し訳ない気持ちになる。

 

「夏とはいえ寝冷えしたらマズいな。何かかけるものを――」

 

「わん!」

 

 

 タオルケットか何かをかけようと探したら、ボアが萩村にのしかかる。

 

「確かに温かそうではあるが、重いんじゃないか?」

 

 

 実際規則正しかった寝息が乱れ始めているので、スズもボアの重さを感じているのだろう。だがボアが退くつもりが無いのは理解できるので、無理に退かそうとはしない。

 

「さて、どうしたものか」

 

 

 雨は上がっているので、家に帰るには問題ない。だがスズに黙って帰るのも礼儀に欠ける。

 

「ん?」

 

 

 そんなことを考えていると、シノさんからメッセージが送られてきた。

 

『来週の始業式の件で打ち合わせしたいんだが』

 

 

 確かに最終確認はしておいた方が良いだろう。

 

『OKです』

 

『萩村にも送ったんだが反応無くて』

 

『スズなら寝てますよ』

 

 

 そう返信したら何故かシノさんから電話がかかってきた。

 

『何でタカトシと萩村が一緒にいて、寝てるんだ! まさかベッドイン!?』

 

「何時もの昼寝ですよ。偶々スズの家に本を返しに来て、雨宿りさせてもらっていたんです」

 

『そう言うことか。それじゃあ打ち合わせの件、タカトシから萩村に伝えておいてくれ』

 

「分かりました」

 

 

 スズがいなければ盛大に怒っていたところだが、今日のところは見逃しておこう。だが俺の怒気はシノさんにも伝わっていたようで、電話を切る際に謝られた。




皆さん、良いお年を


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防犯意識

あけましておめでとうございます


 見回りから戻ってくると生徒会室の扉に鍵が掛けられている。

 

「日ごろから防犯意識を高める為に鍵を掛けるって会長が言ってたけど、中に人がいるんだから気にしなくてもいいのに……」

 

 

 私は自分に割り振られた鍵をポケットから取り出し鍵を開ける。タカトシは風紀委員との打ち合わせに行っているので不在だが、室内には会長と七条先輩が残っているはずだ。

 

「戻りました」

 

「開かない……」

 

「はい?」

 

 

 扉の鍵なら今私が開けたので、いったい何が開かないと言うのだろうか。

 

「PCのロックが」

 

「厄介なことが起きてますね……」

 

 

 そっちの防犯対策もしていたようで、会長が困った事態に陥ったようだ。

 

「てか、何故PCのロックを?」

 

「いや、パソコン本体のロックではなく、書類が入ってるフォルダにパスワード設定したんだが」

 

「そのパスワードをど忘れしてしまったと」

 

「メモも取ってなくてな……」

 

 

 余程自分の記憶力に自信があったのだろう。会長はかなり落ち込んだ様子。

 

「さっき頭を打ってしまったせいか、ど忘れしてしまった」

 

「大丈夫ですか?」

 

 

 頭を打つなんて、いったい何をしていたのだろうか……タカトシなら鴨居をくぐり損ねたとかあるかもしれないが、会長の身長ではそれはないだろう。

 

「机の下に隠れてアリアを驚かそうとしたら、スカートの中見て逆に驚いてしまって」

 

「追求しにくい話題だ……」

 

 

 何時ものドッキリだったのだろうけど、いったい中を見て何に驚いたのだろう……

 

「そういえば、同じ衝撃を受ければ記憶が戻るかもね~」

 

「それは迷信です」

 

「迷信云々は兎も角、意味なく頭を打つのは抵抗があるな」

 

「でもえきべんって結構頭ぶつけるらしいし」

 

「それは意味がある話なのですか?」

 

 

 タカトシがいないところでは絶好調な二人を相手にしなければいけないので、私はだんだんと嫌気がさしてきた。

 

「どうしてちゃんとメモを取っておかなかったんですか」

 

「やはりメモは必要か。でもそれじゃあパスワードの意味が」

 

「じゃあいい案があるよ~」

 

 

 七条先輩のいい案というのが不安だが、これだけ自信満々なので一応聞くことに。

 

「まず下の毛を剃ります」

 

「は?」

 

 

 やっぱり聞かなければ良かった……

 

「そこにメモしてまた生やすの」

 

「隠れるまで時間が掛かるのが難点だな」

 

「指摘すべきなのはそこじゃない」

 

 

 やっぱりタカトシがいないとどうしようもないな、この二人は……

 

「どうやったら思い出せるだろうか」

 

 

 会長が腕を組んで考え出したタイミングで、扉の鍵が開かれる。どうやらタカトシが戻ってきたようだ。

 

「あっ――」

 

 

 会長が落とした書類をタカトシが拾い上げる。だがその書類を追いかけていた会長がタカトシの腕に思いっきり頭をぶつけてしまう。

 

「大丈夫ですか?」

 

「思い出した!」

 

「はい?」

 

 

 一連の流れを知らないタカトシが何事だという顔をしているが、とりあえず会長がパスワードを思い出したようで一安心だ。これでこれ以上余計なことを言わないだろうし。

 

「よかったよかった。これで書類を保存しているフォルダが開ける」

 

「シノちゃん、気を付けなきゃね」

 

「大丈夫だ。同じ轍は踏まない」

 

「つまり一度きりの関係ってことだね」

 

「どういうことです?」

 

 

 ここで聞いてしまうのが私とタカトシとの違いだろう。アイツは興味なさげに自分の作業に入っているし。

 

「『同じケツは踏まない』って」

 

「て・つ!!」

 

 

 タカトシが戻ってきても癖が抜けきらないようで、この後しばらくは私が二人にツッコミを入れる展開になってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先日のパスワード忘却を反省し、私は今後大事な物は安全な場所に記録しておこうと決心した。

 

「というわけで、パスワードはちゃんとメモしたから安心しろ」

 

「それなら大丈夫でそうですね。あっ、でも今度はメモの管理に苦労しそうですね。ただでさえこの部屋は畑さんが忍び込んだりしますし」

 

「その心配は無い」

 

 

 普通なら萩村の心配は当然のものだろう。畑は常日頃から我々の秘密を狙って生徒会室に忍び込んだりしている。

 

「絶対に見付からない場所にメモしたから大丈夫だ! ちょっとヒリヒリするけど」

 

「あれを採用したんですか!?」

 

 

 アリアが提案してくれたお陰で、私以外にこのメモを見れる人は今のところ誰もいない。

 

「そもそもPCにロックしてあるんですからフォルダのロックはいらないのでは? 生徒会室のPCのロックを解除できるのは、役員の四人だけなんですから」

 

「だがちょっと席を外したタイミングで覗かれる可能性もあるだろ? だから二重ロックは必要だと思うんだ」

 

「その結果がこの間のあれでは笑えません。そもそも部屋に鍵を掛けているのですから、畑さんがそう簡単に忍び込めるとは思えません」

 

「そうだと良いんだがな……」

 

 

 普段から鍵を持ち歩いているタカトシや萩村なら兎も角、家の鍵を持ち歩くことに縁がなかった私やアリアはうっかり鍵を掛け忘れるかもしれない。そのタイミングで畑が忍び込む可能性も低くないのだ。

 

「いっそのこと毎回タカトシに書類を作ってもらうか?」

 

「それでは会長の役職をタカトシに譲るんですか? せっかく再任したのに」

 

「むぅ……」

 

 

 ほとんど傀儡会長ではあるのだが、あくまでも会長は私。ここでタカトシに書類の管理まで任せたらいよいよお飾りになってしまう。

 

「とりあえず、防犯対策という名の畑対策はしっかりとしておこう」

 

「ですね」

 

 

 過去に萩村も痛い目を見ているので、私たちは力強く頷いたのだった。




一番注意しなきゃいけない相手は畑さん


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しめられない理由

敗北感凄いんだろうな


 生徒会の作業中、アリアが何度も首を傾げては何かをやり直している。

 

「アリア、どうかしたのか?」

 

「私、フリーハンドで円を書くのが苦手なんだよね」

 

「私、得意だぞ」

 

 

 アリアから紙を受け取り、私は綺麗な円を書いてみせる。

 

「シノちゃん上手!」

 

「ふっふっふ、日ごろから乳輪をなぞっているからな」

 

「そうなんだ~。私もトレーニングしようかな」

 

 

 タカトシが生徒会室にいたら大目玉を喰らいそうな会話だが、タカトシは風紀委員と服装チェックの打ち合わせに出かけている。ついでに萩村もロボ研に呼ばれて不在なので、私たちは昔のような会話を楽しめているというわけだ。

 

「戻りました」

 

「失礼します」

 

「おぉ、タカトシと五十嵐か」

 

 

 打ち合わせが終わったのか、タカトシが生徒会室に戻ってきたのは分かるのだが、何故五十嵐まで一緒に来たのだろうか?

 

「ここ最近服装の乱れが目立つので、生徒会の方でも注意をお願いしたいと思っていたのですが――」

 

「何だ?」

 

 

 それだけならタカトシに伝言を頼めば終わったはずなのだが、五十嵐の視線は私に固定されている。

 

「天草さん、シャツのボタンをちゃんとしめてください」

 

「最近暑くてつい……」

 

 

 生徒会室の中だから良いだろうと油断していた。五十嵐に指摘されて私は慌ててシャツのボタンをしめる。

 

「七条さんもですよ!」

 

 

 どうやらアリアも油断していたようで、五十嵐に注意されてしまっている。

 

「胸がきつくてしまらなくて……ゴメンなさい」

 

「えっと……」

 

「何だこの敗北感……」

 

 

 私はすんなりとボタンをしめられたというのにアリアときたら……

 

「と、兎に角! 生徒の見本となる皆さんがだらしないと注意に説得力が出ないので、今後は気を付けてくださいね。七条さんは何とか解決策を見つけておいてください」

 

「はーい」

 

「分かった」

 

 

 とりあえず五十嵐は戦略的退散を決め込んだが、私はこの敗北感に打ちひしがれながら作業しなければならないのか……

 

「タカトシ、悪いんだがちょっと席を外す……外の風に吹かれて来ようと思う」

 

「はぁ……行ってらっしゃい」

 

 

 私の精神状態が不安定になっているとは分かってくれているようで、タカトシは素直にサボり宣言を見逃してくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近暑くてたまらないので、気分転換に髪型を変えてみた。何時もは後ろで束ねているのだが、今日は束ねずストレートで。

 

「(あっ)」

 

 

 一人で帰路についていたら、前方に見知った男の子を発見。気配で私がいることは分かっているだろうから、驚かせようとはせずに普通に話しかける。

 

「タカトシ君、こんにちは。こんなところで奇遇だね」

 

「あ、あぁ……」

 

「ん? どうかしたの?」

 

 

 私が話しかけて少し驚いた表情を見せるタカトシ君。彼のこんな表情は見たことなかったので、私は首をかしげてしまう。

 

「サクラがいることは気配で分かっていたし、声もサクラだって分かったんだが髪型がな……普段のイメージが強すぎて一瞬気配と見た目が一致しなかっただけだ」

 

「タカトシ君でもそんなことがあるんだね」

 

「前に三葉にも言われたことがある」

 

「そうなんだ」

 

 

 三葉さんと言うのは確か、桜才柔道部の主将だったはず。タカトシ君のことを意識しているのに、本人がそれを自覚していない子って魚見会長から聞いたことがあるような。

 

「でも、そんなに違うかな?」

 

「こっちの勝手な先入観の所為だからサクラが気にする必要はない。普段の髪型もだが、今の髪型も似合ってるから」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 そんなはっきりと褒められるとは思っていなかったので、私は思わず顔を赤らめてしまう。だがタカトシ君の方は何故私が頬を赤らめたのか分からないようで、不思議そうに私を眺めている。

 

「どうしたんだ?」

 

「容姿を褒められるのに慣れてないの」

 

「そうなのか? サクラは結構人気が高いって義姉さんから聞いてるんだが」

 

「下心満載の男の子に褒められても嬉しくないけど、タカトシ君に褒められるのは違うんだよ」

 

「そんなものか?」

 

 

 タカトシ君も意外と天然たらしなところがあるので気を付けなければとは思っていたのだが、これは不意打ち過ぎた。その後は少し気恥ずかしさを引きずりながらも、タカトシ君と楽しくお喋りできたので良かったのかもしれないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君と二人で生徒会作業をしていると、タカトシ君が話しかけてきた。

 

「シノさんのご両親ってどんな人なんですかね? 挨拶くらいしかしたことないんですが」

 

「付き合い長いけど、両親ってあまり会わないもんね~」

 

 

 ウチの両親とも会ったことが無いのではないかと思ったが、今はシノちゃんのご両親の話だ。

 

「お父さんは気さくな人だし、お母さんも着飾らない良い人だよ~。家では裸だし」

 

「はぁ」

 

 

 どうやらタカトシ君は興味がないらしい。普通親が家で裸なら娘のシノちゃんも――なんて妄想をするんじゃないのかしら。

 

「今私の話をしていたか?」

 

「タカトシ君にシノちゃんの両親について聞かれてたんだ~」

 

「え?」

 

「もう済んだ話です」

 

 

 そう言ってタカトシ君は黙々と作業を再開したが、シノちゃんは衝撃を受けている。

 

「どうしたの?」

 

「今、『もし住んだ話』って言った? 私と同棲したいのか!?」

 

「もう済んだ話、だよ~。また愉快な聞き間違いをしたね」

 

「だ、だよな……知らない間にゴールしてしまったのかと思った」

 

 

 シノちゃんには悪いけど、そう簡単にゴールさせるわけにはいかない。だって私以外にもたくさん、タカトシ君に想いを寄せている女子はいるのだから。




聞き間違いが凄すぎる


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温泉効果

風呂は苦手です


 最近の柔道部の練習はかなりハードだ。その理由は前回の練習試合で主将以外のメンバーがあっさりと負けてしまったせいなのだが、連帯責任で主将の練習量も増えている。

 

「イタタ……体のあちこちが痛い」

 

「最近ハードだもんね」

 

 

 あれだけの練習量をこなしているというのに、主将にはまだ余裕が感じられるが、他のメンバーは結構満身創痍っぽい。

 

「そういえば今、商店街で福引やってるよね。一等は温泉旅行」

 

「入りたーい」

 

「現実問題として、当たったところで出かける余裕がないよな」

 

 

 一年生たちは温泉旅行の話題で盛り上がっている。

 

「実は私、福引券を持ってます」

 

 

 私はポケットからタカ兄に貰った福引券を取り出して見せる。タカ兄の強運なら当たるかもしれないのに、タカ兄はこういった福引とかに興味を示さないので貰ったのだ。

 

「では、ちょっと行ってきます」

 

「何であんなに自信満々なんだ?」

 

 

 柔道場から出発する時、後ろでトッキーが不思議そうに私を眺めながらそんなことを呟いていた。

 

「お願いします」

 

「はい、一回ね」

 

 

 福引所に到着し、私は温泉と心の中で唱えながらガラポンを回す。

 

「おめでとうございます。温泉――」

 

「おぉ!」

 

 

 私は景品を受け取り、意気揚々と学校に戻る。

 

「ただいま」

 

「あの表情!!」

 

「まさか――」

 

 

 そこで私は当たったものを取り出して見せる。

 

「五等の温泉の素です」

 

「何で最初っから『これ狙ってました』的な雰囲気出してるんだ?」

 

「まぁまぁ。さすがに温泉旅行は無理でしたが、これでも十分だと思いますよ。使ってみましょうよ」

 

 

 そう言って私はシャワー室にある簡易湯船に温泉の素を入れる。

 

「キレイな緑だね」

 

「いい香り~」

 

「どれどれ」

 

 

 そこで主将が一歩前に出て匂いを嗅ぐ。

 

「抹茶の香りじゃないのかー」

 

「さては腹減ってるな」

 

 

 どうやら主将は体の痛みよりお腹の減りの方が深刻な問題だったようだ。

 

「せっかくだから熱めのお湯にしたんだけど、熱すぎて入れない」

 

「お前がやったんだろ? てか、これくらい大したことないだろ」

 

 

 そう言ってトッキーが右足を湯船に沈める。

 

「っ!?」

 

「右足に擦り傷あるの、忘れてたんだね」

 

 

 何時ものドジっ子発動ということで、私はとりあえずツッコミを入れておく。私がツッコむなんて相当なことだけども、トッキーと二人きりの時は結構こういう光景が見られるのだ。

 

「トッキーは兎も角、入るか」

 

「だねー」

 

 

 少しずつ熱さに慣れてきたのか、次々と湯船に入っていく。私も少しは慣れたので入ろう。

 

「そーだ! みんなで洗いっこしよーよ」

 

「スポンジが足りなくない?」

 

 

 主将の提案を中里先輩が現実的な問題で却下するが、私はその解決策を知っている。

 

「大丈夫ですよ。プロの世界ではおっぱいを使って洗うらしいです」

 

「どこの世界だよ!?」

 

「どこってそりゃ――」

 

「言わなくていい!!」

 

 

 どこって聞かれたから答えようとしたのに、中里先輩に口を塞がれてしまう。念の為言っておくが、手で押さえられたのだ。決して唇でふさがれたわけではない。

 

「それにしてもキモチーね。実際の温泉だったらもっと気持ちよかったのかな?」

 

「そうかもなー。全身の力が抜けてく感じがするよー」

 

「尿道口もゆるむ――」

 

 

 私が冗談で言ったら全員が私から距離を取る。

 

「ジョーダンですよ。さすがにお風呂でお漏らしはしませんって」

 

「まるで他の場所ならするって言い方だな」

 

 

 私の思わせぶりなセリフに、トッキーが鋭い視線を向けてくるが、さすがにこんな大勢の前でお漏らしする程変態ではないつもりだ。まぁ、見せて欲しいって大金を積まれたら考えるかもしれないけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミが当ててきた温泉の素のお陰で、主将たちは元気になっている。

 

「痛みふっとんだー」

 

「うんうん。やっぱり温泉は効くねー」

 

「ん?」

 

 

 主将たちが話してる横で、私はコトミが当ててきた温泉の素の箱を拾い上げる。

 

「(温泉の素の、まだ残って――ん?)」

 

 

 効能欄が目に入り、私は一瞬固まってしまう。

 

『効能 美肌効果』

 

「………」

 

 

 箱に掛かれている効能に、痛みを取る効果など無い。だが目の前では体の痛みが無くなったと先輩たちが盛り上がっている。

 

「(プラシーボ効果を目の当たりにしてしまった)」

 

「そういえばコトミは何処に行ったんだ?」

 

「皆さん、お風呂上がりのマッサージは如何でしょう?」

 

「マッサージ?」

 

 

 そう言いながらコトミは兄貴を引きつれている。あぁ、またあの人を巻き込んだのか。

 

「頑張ってる皆さんの為に、今ならタカ兄にマッサージしてもらえます!」

 

「半分はお前がやるんだからな? 柔道部のマネージャーはお前なんだから」

 

「分かってます……」

 

「ゴメンね、タカトシ君」

 

「まぁ、柔道部が頑張ってるのはこっちでも把握してるから、俺が手伝えることなら手伝うが――」

 

 

 主将にそう言いながら、兄貴はコトミに視線を向けた。

 

「――こいつの仕事を奪ったら成長しないからな」

 

「これでも成長してるんだってば!」

 

「はいはい。だったら今後は自分一人で起きて、自分の弁当を用意して、自分の服は自分で洗濯するんだな」

 

「できるわけないでしょっ!?」

 

「いや、できろよ」

 

 

 兄貴の言葉に、コトミ以外の数人も視線を逸らす。一高校生でしかない私たちが、そこまで自立できているかどうかなど、考えるまでもないから仕方が無い。

 

「(改めて考えると、それを当たり前のようにやってる兄貴ってスゲェんだな)」

 

 

 何だか兄貴の凄さを再確認できたような気になり、私は心の中で兄貴に頭を下げたのだった。




やっぱり目立つタカトシの凄さ


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無欲の勝利

勝利でいいのかは微妙ですが


 ヨガ同好会の件で津田君と相談していたところに横島先生が通りかかった。そのまま素通りすると思っていたのだが、何かを思い出したようにポケットをまさぐっている。

 

「小山先生、借りてたペンを返すよ。ありがと」

 

「あっ」

 

 

 横島先生から差し出されたペンを見て、私は咄嗟に目を瞑る。私の行動を見て横島先生は不審がっているようだが、津田君はそう言うことなのだろうと横島先生が差し出しているペンの前に掌を翳してくれていた。

 

「おい津田、何だいきなり」

 

「小山先生は先端恐怖症なんでしょう。ですから尖ったものが視界に入らないよう遮っただけです」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ……直視できないんですよ」

 

 

 津田君の気遣いのお陰で、私は無事ペンを受け取ることができる。突き出すように渡すのではなく、普通に渡してくれればよかったのにな。

 

「でも先端恐怖症か……」

 

「どうかしました?」

 

 

 横島先生が何やら感慨深い雰囲気で呟いたので、ついつい聞いてしまった。

 

「見せヤリプレイの時に初々しさが出せて良いなと思ってな」

 

「そんな気休め……マジで言ってます?」

 

「往来の場所で何を言ってるんですかね、貴女は?」

 

「ヒッ!? ちょっとした冗談だろ!?」

 

 

 正直先端を見てしまった時より津田君の威圧感に触れた時の方が恐怖なのだが、自分に向けられたモノではないので大丈夫だ。

 

「と、とりあえず小山先生。ちゃんとペンは返したからな!」

 

 

 津田君のお説教から逃げ出すように、横島先生は早足でこの場を去ってしまう。残されたのは私と、まだ何か言いたげな津田君の二人。

 

「まったくあの人は……」

 

「お疲れ様」

 

「別に疲れてはいないんですけどね」

 

 

 何とも言えない表情で呟く津田君に、思わず同情的な視線を向けてしまったのは仕方が無いことだろう。だって、高校生とは思えない程の疲労感が漂っていたから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長と二人で見回りをしていたら、保健室の窓ガラスが割れてしまっていることを知った。

 

「何でもボールが飛び込んでしまったらしい」

 

「危ないですね」

 

「早速アリアに頼んでそれを知らせる為のものを用意してもらっているのだが――」

 

「お待たせ~」

 

 

 会長が説明してくれているタイミングで、七条先輩が注意書きを持ってきてくれた。

 

「こんな感じで良いんだよね?」

 

 

 先輩が持ってきた紙には――

 

『危ない保健室』

 

 

――と書かれている。

 

「おいアリア。何だかエロい感じになってしまっているぞ」

 

「やっぱり? 書いてから気が付いたんだけど、何だかそんな感じになっちゃってるよね~」

 

「私的にはこのままでも良いとは思うんだが、タカトシに怒られそうだ。書き直してくれ」

 

「分かった~。実はもう一枚書いて来てるんだ~」

 

 

 今度はちゃんとした注意書きになっており、とりあえずそっちの方を保健室の扉に貼り付ける。

 

「というか七条先輩、わかっていたなら最初からそちらを出してくださいよ」

 

「もしかしたら行けるかな~って思ったんだ」

 

「いや、ダメでしょ」

 

 

 タカトシがいなくてもダメだと分かりそうなものだ。だがまぁ、ここでそれをごり押ししてこなくなっただけ成長しているんだろうな……

 

「さて萩村、見回りを続けよう」

 

「ですね」

 

 

 七条先輩は生徒会室に戻り、再び私と会長の二人で見回りに。

 

「おや? 体育倉庫から声が」

 

 

 一応確認しに行くと、五十嵐先輩が体育倉庫で歌っているではないか。

 

「五十嵐、体育倉庫で何してるんだ?」

 

「あ。もうすぐ発表会なので、歌の練習を……ここ誰もいないので」

 

「秘密特訓ってヤツですね」

 

 

 私は練習熱心の五十嵐先輩を称えたのだが、会長はさっきの流れが残っていたようで――

 

「秘密の体育倉庫だな」

 

「五十嵐先輩、しっかりしてください!?」

 

 

――会長の言葉を聞いて何を連想したのか……五十嵐先輩はふらついてその場にへたり込んでしまった。

 

「会長っ!」

 

「すまんすまん。こんな所タカトシ以外の男子生徒に見られたら、五十嵐が〇女ではなくなってしまうな」

 

「そう言うこと言ってるんじゃねぇよ!」

 

 

 私では力不足ではあるが、一応会長に強めにツッコミを入れておく。そうでもしておかないと、この人は何処までもボケるからな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔の癖はとりあえず収まり、今は生徒会メンバーと一緒に帰路についている。

 

「ん、福引か」

 

「この前コトミが温泉の素を当ててました」

 

「そうらしいな」

 

 

 柔道部がお風呂の使用申請をしてきたことは何事だと思ったが、そう言う事情があったらしい。

 

「ちょうどティッシュを切らしていたんだ」

 

「残念賞狙いですか」

 

 

 ポケットティッシュが欲しくて福引をする人がいるのかどうかは分からないが、私はとりあえず福引をすることに。

 

「二等大当たりー」

 

「あれー?」

 

 

 ティッシュが欲しかったのに、私が当てたのは二等の最新型のスモールバイクだ。

 

「良かったですね」

 

「そうだな。せっかく当たったんだし活用したい。とゆーわけで、サイクリングに行こう!」

 

「シノちゃん、まだ昔の癖が抜けてないの?」

 

「何だいきなり」

 

 

 私は今、それ程おかしなことを言っていないんだがな……

 

「だって、細工淫具でイこうって」

 

「あはは、アリアの方が昔の癖が抜けきっていなんじゃないか」

 

「あの、笑ってる場合じゃないと思うんですけど……」

 

 

 萩村の言葉のお陰で、私たちはそれ以上ふざけ続けることなく済んだ。あのまま続けていたら、公衆の面前でタカトシから大目玉を喰らうところだったぞ……




どっちもふざけすぎ


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サイクリング

移動目的で乗らないな……


 シノちゃんが福引でスモールバイクを当てたので、今日はサイクリングにやってきた。

 

「さすが会長ですねー。私は温泉旅行を狙ったのに温泉の素だったのに」

 

「何故コトミが?」

 

「最近運動不足でして、タカ兄についでだと連れてこられました」

 

 

 確かに自転車は結構いい運動になる。でもコトミちゃんが来ても面倒事が増えるだけな気もしてるんだよね。

 

「俺もそう思いますが、アリアさんが気にする必要はありませんよ」

 

「あれ? 今私、声に出してた?」

 

「いえ、そういうわけではないですよ」

 

 

 どうやらまたタカトシ君に心の裡を覗かれてしまったようだ。相変わらずタカトシ君は凄いなぁ。

 

「それで会長、何を見てるんですか?」

 

「正しい自転車の乗り方を見ているんだ」

 

「自転車なんて普通に乗ればいいじゃないですか」

 

 

 シノちゃんとコトミちゃんが話している横で、出島さんも画面を覗き込んでいる。

 

「安易に見せるより、ギリギリ見えないくらいがいいらしい」

 

「確かに、その方が見えた時の歓びも一入ですからね」

 

「何の動画を見てるんですか!?」

 

 

 タカトシ君が無視を決め込んでいるので、スズちゃんがツッコミを入れた。私が言うのも何だけど、今日の面子はツッコミ側が大変そうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず全員で自転車を漕いでいる。始める前はふざけていたシノさんたちも、いざ漕ぎ始めたらまともな行動をしてくれている。

 

「ところで、何故出島さんとコトミは口を開けてるんですかね?」

 

 

 答えは聞かなくても何となく分かっているが、スズが『ツッコめ』という視線を送ってきていたので一応確認しておく。

 

「「汗が飛んで来ないかなって」」

 

「お前らは二人で先頭に行け」

 

「ではコトミさまがお先に。私はコトミさまの汗でも十分ご褒美ですので」

 

「黙れ。出島さんが先頭、その後ろがコトミで」

 

 

 問答無用で隊列を決めて、俺は一番後ろで走ることに。

 

「それにしても、自転車は飛ばすと気持ちいいですね」

 

「自転車は走らなくても、何時も気持ち良いですよ~」

 

「どういうこと?」

 

「サドルおなにだな!」

 

「会長も怒られたいんですかね?」

 

「こ、コトミの言葉不足を補っただけだぞ!?」

 

 

 どうもコトミや出島さんがいると、シノさんやアリアさんも昔の癖が出てくるようで、さっきからちょいちょい怒っている。

 

「少し休憩にしよう」

 

「そうですか」

 

 

 シノさんの言葉で、とりあえず休憩をとることに。俺としては別に休憩の必要は感じていなかったのだが、良く見れば皆さん、結構汗をかいている様子。

 

「なかなか汗ばむな」

 

「そだねー」

 

「これなら運動不足解消もできてダイエットにもなりそうですね~」

 

 

 三人が話している横で、スズが何かを探している。

 

「あっ、タオル忘れてきちゃった……」

 

「これ使うか?」

 

 

 あまり汗は搔いていないいないとはいえ、一応拭いておいた方が良いだろうと思い、俺は自分のタオルを差し出したのだが――

 

「そんなもの使ったら、スズ先輩が余計に汗ばんじゃうって」

 

「萩村様、こちらをどうぞ」

 

 

――コトミと出島さんがそれを遮って、何だかスズの機嫌が悪くなっていった。

 

「休憩ついでにここで食事も済ませてしまおう」

 

「お腹すいたー」

 

「それは大変ですね。エネルギーが十分ではない体で運動すると、低血糖状態になってしまいます。これを『ハンガーノック』といいます。だからしっかりと食べましょう」

 

「なるほど。覚えやすい名前ですね」

 

「貴女が想像しているものとは全くの別物ですからね」

 

 

 念の為釘を刺しておくと、シノさんがスッと視線を逸らした。そこまで威圧したつもりはなかったんだがな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休憩も終わりもう少し走ろうと思っていたのだが――

 

「いてて……」

 

「足がつったようですね」

 

 

――コトミが足をつってしまった。

 

「私はここまでのようだ。私のことは放っておいて、皆は先に行ってくれ」

 

「ゲームじゃないんだがな……」

 

 

 ここでコトミを置いていっても何だか気掛かりだし……

 

「タンデム自転車を借りてきた! みんなで乗ろう!」

 

「ナイスアイディアだねー」

 

 

 これならコトミもそれ程負荷が掛からないし、何よりコトミを置いていったことでタカトシが色々と心配しなくて済む。

 

「こうやって連なっていると、つながってる気分になるな」

 

 

 私がポロっと感想を漏らすと、他のみんなも同じ気分なのか無言で頷いている雰囲気が漂っている。

 

「念の為に言っておくが、身体じゃなくて心がだぞ?」

 

「分かってます。沈黙が流れたからって変な誤解するな」

 

「いや、コトミとか出島さんとか、別のことを考えていそうだったから念のために」

 

 

 私が苦し紛れにそう言うと、名指しされた二人が慌てて首を振っている。恐らくはタカトシの怒りの矛先を向けられないように否定しているのだろう。

 

「スズちゃん、脚届いて良かったね」

 

「これくらい届くわー!」

 

「まぁまぁスズ先輩。あんまり怒ると疲れちゃいますよ? もしかして、疲労困憊で動けないといって、タカ兄におんぶしてもらうのが目的ですかー?」

 

「そんなわけあるか! そんな事考えるわけないだろうが!」

 

 

 萩村は否定しているが、私はもしかしたらと疑っている。だって、タカトシにおんぶされるのならそれもありだと思っているから。

 

「せっかく運動してるんですから、少しくらい心を清らかにできないのか、お前は」

 

「これが私だからね~」

 

「胸を張って言うな」

 

 

 最後の最後でタカトシに叱られているコトミを見て、危うく私もああなるところだったのかと思い、少しは昔の癖が出ないように気を付けようと心に誓ったのだった。




清らかにならない心の持ち主たち……


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自撮りの楽しさ

楽しさはわからない


 昔は校内で携帯を使用するのは禁止だったが、今ではその校則は無い。なのであちこちで携帯を使っている生徒が見受けられる。

 

「(やっぱり校則を緩くするのは失敗だったのだろうか)」

 

 

 さすがに授業中に使ったりする生徒はいないが、それでもあちこちで歩きながら弄っているのを見ると、風紀委員長として不安になってきてしまう。

 

「ん?」

 

 

 見回りを続けていると、友人カップルが携帯で写真を撮っている場面に遭遇した。

 

「自撮りって楽しいの?」

 

 

 私はそう言うことをしないので、楽しさが分からない。だがこうして続けている人がいるってことは、楽しさがあるのだろうということだけは分かる。

 

「うん。例えばコレ。昨日撮った自撮り」

 

 

 そう言いながら写真を見せてくれる。ピースして実に楽しそうな雰囲気が感じられる。

 

「実はヨシ君を踏んでるところなんだ」

 

「死角の情報は知りたくなかった! 私が知りたかったのは、自撮りの楽しさなんだけど」

 

「そんなこと言われても、具体的に説明するのは難しいよ」

 

 

 結局楽しさは分からないと結論付けようとしたタイミングで、私は背後に悪寒を感じ取り振り返る。

 

「あら、バレちゃいましたか」

 

「畑さん」

 

 

 何回もこの人に脅かされているので、いい加減畑さんの気配だけは分かるようになってきている。タカトシ君のように、誰が近づいて来ても分かるわけではないので、あまり自慢にはならないけど。

 

「自撮りの楽しさが分からないのでしたら、実際にやってみれば分かるのではないでしょうか?」

 

「私が自撮りを?」

 

「あまり行き過ぎない限り見逃すと、先日天草会長も仰っておりましたので」

 

「そうなのね」

 

 

 天草さんが言っていたと言うのがちょっとだけ不安だけど、生徒会としての決定ならタカトシ君が何とかしてくれるだろう。そんな考えを抱きながら、私は自撮りをする為に携帯を取り出す。

 

「あっ」

 

 

 自分一人で写るつもりだったのだが、丁度通りかかったタカトシ君が見切れてしまった。

 

「ほほー。自撮りと見せかけてのツーショットとは、風紀委員長もなかなかですな」

 

「偶然だから!」

 

「畑さん、新聞部の人が探してましたが」

 

「おっと。大事な会議があるんでした」

 

 

 タカトシ君が畑さんを撃退してくれたお陰で、とりあえず濡れ衣は晴らすことができた。

 

「ところで、カエデさんはこんなところで何を?」

 

「自撮りの楽しさが分からないって話をしてたら、試してみたらって畑さんに言われまして」

 

「そうでしたか。ところで、あのカップルの行動は注意しなくても?」

 

「えっ?」

 

 

 タカトシ君に言われて視線をそちらに向けると、キスをしながら写真を撮ろうとしていた。

 

「それは完全にアウトです! 風紀が乱れています!」

 

「「ごめんなさーい!」」

 

 

 やっぱり自撮りは全面禁止にした方が、風紀が乱れなくて良いのかもしれない。今度天草さんに相談してみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は私と会長が見回りのペアを組むことになってしまった。七条先輩は職員室に横島先生を探しに、タカトシは五十嵐先輩に連れられて自撮りカップルへのお説教をすることになってしまったので、あまりものペアということだ。

 

「二人とも、道場でゴロゴロして。だらしないぞ!」

 

「今日は部活休みでしょ? 何してるの?」

 

 

 道場に誰か人がいると思って覗いてみると、コトミと時さんがぐでーとしていた。部活が無いのならさっさと帰って勉強でもしていればいいものを。

 

「普段だらしないのには理由があるんです」

 

「そうなのか?」

 

「はい。いざという時、人が変わったように無双するギャップヒーローを狙っているんです」

 

「へー」

 

「私はそんなつもりないんだけど!?」

 

 

 コトミの言い訳に、会長は納得しているが時さんは焦っている。恐らく純粋にダラダラしていただけなのだろう。

 

「というかコトミ」

 

「はい?」

 

「こんなことしてる暇があるなら宿題でも片づけておけば? この間もタカトシに散々怒られたんでしょうが」

 

「ですがスズ先輩。私一人で宿題を片付けられるとお思いですか?」

 

 

 胸を張って言うコトミに、思わず脛を蹴り上げたい衝動に駆られたが、何とか我慢する。

 

「少しは自分でできるようになりなさい。開き直っていたってタカトシに報告するわよ?」

 

「それだけはやめてください!」

 

 

 直接攻撃よりもタカトシを使った方がコトミには効果がある。何とも情けないが、私一人でコトミを動かそうとするよりも、こちらの方が確実だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島先生に生徒会日誌を提出する為に探しているのだが、何処を探しても見つからない。こういう時タカトシ君がいてくれれば一瞬なんだろうけども、生憎今はカエデちゃんがタカトシ君と行動しているのだ。

 

「失礼します。小山先生、横島先生を探しているのですが」

 

 

 最終手段として、小山先生に横島先生の所在を尋ねる。タカトシ君を除けば、この人が一番横島先生の行動に詳しいだろうし。

 

「あぁ、横島先生ならあそこの個室」

 

「えぇっ!?」

 

 

 職員室で凄い発言をされて、私は思わず大声を出してしまう。

 

「どうしたの?」

 

「だって『横島先生がアソコに固執』って」

 

「え? ……え?」

 

「あれ?」

 

 

 どうやらまた盛大に聞き間違いをしてしまったようで、私の発言を聞いて小山先生は困ったような顔をしている。もう一度冷静になって聞き直し、私は横島先生がいる個室に向かうことにしたのだった。




聞き間違いが酷い……


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リモート交流会

今のご時世っぽいですね


 作業の間にカナと連絡を取り合っていたのだが、話したいことがかなりあるのに休憩時間ではそれが賄えない。ならどうするかと話し合いを行い、一つの解決策が浮かび上がった。

 

「さっきカナと電話をしていたんだが、お互いに報告したいことがたくさんあることが分かった。なので急遽交流会を開くことになった」

 

「今から英稜に向かうんですか?」

 

「出島さん呼ぼうか~?」

 

 

 萩村とアリアはこれから英稜に赴くと思っているようだ。だが今のご時世、わざわざ出かけなくても会議はできる。

 

「心配ない。既に始まっているからな」

 

『やっほー』

 

 

 パソコンを取り出してカナと話し合ったドッキリを実行すると、萩村とアリアは一定の驚きを見せてくれたのだが、タカトシは特に興味を示してくれなかった。

 

「タカトシ、何か感想はないのか?」

 

「ただこれがやりたかっただけではないんですね?」

 

「あ、当たり前だ」

 

 

 鋭すぎる視線を向けられ、思わず冷や汗を搔いて視線を逸らしてしまったが、断じてドッキリメインではない。

 

『今日はモニターの中からよろしくー』

 

「なるほど、リモート会議だったんですね」

 

「それならタカトシ君がいるウチが有利だね」

 

「はい?」

 

 

 アリアが何を思ってそんなことを言ったのか私にも分からないので、萩村が聞いてくれて助かった。

 

「だって『妹会議』でしょ?」

 

「リモートです! 全く、七条先輩は耳鼻科を受診した方が良いんじゃないですか?」

 

 

 萩村がツッコミを入れているが、恐らくタカトシは興味がないのだろう。さっきから黙々と雑務を処理しているし。

 

『タカ君、黙々と作業するのは偉いけど、少しはこっちにも興味持って』

 

「すみません、義姉さん。今日中に処理しなければいけない書類が結構あるので、交流会はシノ会長たちとお願いします」

 

「終わった後でやればいいだろ?」

 

「こっちは他の用事もあるんですよ。生徒会作業だけに時間を使うわけにはいきませんので」

 

『タカ君は今日、シフト入ってるもんね』

 

 

 相変わらず忙しいようで、タカトシはあまり交流会には参加してくれないらしい。まぁ、今回はあくまでこの場で行う交流会なので、作業しながらでも問題はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら桜才側ではタカ君が忙しそうにしているようだが、とりあえずリモート交流会は順調に進んでいる。

 

『しかし、リモートだと寛げるな』

 

「同感だね」

 

 

 どちらも自分のホームで交流会を開けるので、必要以上に緊張しなくてもいい。画面越しなので、タカ君から向けられる殺気も、心なしか緩和されるし。

 

「だから今の私たち、下半身裸なの」

 

「ちゃんと穿いてますよ」

 

 

 私が冗談を言うと、サクラっちがカットインして訂正を入れる。まぁ、誰も信じてくれなかった嘘だし、サクラっちがわざわざ訂正しなくても良かったんだけども。

 

「そうそう、英稜もゆるキャラを考えました」

 

 

 青葉っちがゆるキャラの原案を見せると、シノっちとアリアっちが興味深げにその原案を見詰める。スズポンも感心しているようだ。

 

『電話と違って分かり易くていいですね』

 

「そうだね。あっ、タカ君」

 

 

 ここで私は交流会とは関係ないタカ君への用事を思い出してタカ君を呼ぶ。彼は視線だけで私に続きを促してきたので、私はそのまま用件を言うことに。

 

「明日休みだから、今日泊りに行くね」

 

『私情を挟むな!』

 

 

 シノっちに怒られたけど、タカ君は無言で頷いてくれたので問題ない。これでコトちゃんをみっちりしごくことができる。

 

『全くカナは』

 

「てへ」

 

 

 近くにいながらもタカ君との精神的距離があるシノっちが嫉妬していると、何故かアリアっちが力こぶを作ってみせている。

 

『シノちゃん、私に任せて~』

 

 

 いったい何をするのかと見ていると、アリアっちがタカ君に密着しだす。

 

『画面越しに見せつけられるとネトラレ感があるでしょ?』

 

「敗北感しゅごい~」

 

『邪魔すんじゃねぇよ』

 

『「っ!」』

 

 

 作業の邪魔をされて不機嫌になったタカ君の殺気に、私とアリアっちは肩を跳ねさせる。さっき緩和されるとか思ってたけど、相変わらずの威力だったな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リモート会議ではゆっくり話せなかったので、私はタカトシ君のバイトが終わる頃合いに店にやってきた。

 

「そろそろだと思うんだけど」

 

「何がだ?」

 

「っ! た、タカトシ君……驚かせないでよ」

 

 

 通用口前で待っていたのにいつの間にか背後にやってきたタカトシ君に、私は本気で抗議する。

 

「それで、何か用事があるんだろ?」

 

「個人的な相談だったし、リモート会議中に話す内容じゃなかったから遠慮してたんだけどね――」

 

 

 そう前置きして私はタカトシ君に相談を始める。思いのほか長話になってしまったのだが、タカトシ君は嫌な顔一つせず聞いてくれた。

 

「――というわけなんだけど、どうにかならないかな?」

 

「そっちも大変だな。まぁ、義姉さんの方は俺の方で言って聞かせておくから、後輩二人にはそれとなく注意して止めさせるしかないだろうな。サクラに俺と同じ解決方法を採らせるわけにもいかないだろうし」

 

「さすがに公開説教なんてできないよ」

 

 

 英稜の生徒会は別に『傀儡政権』とか言われていないので、私が会長をお説教しているところを見られたらいろいろとマズい。まぁ、桜才でも本当ならマズいことになるはずなんだけどね。

 

「相談できて良かった」

 

「あまり力になれなかったが、少しでも解決に近づいたなら」

 

「十分だよ」

 

 

 魚見会長の軌道修正は私では時間が掛かっちゃうから、タカトシ君が力を貸してくれて本当に良かった。これで少しは生徒会内の風紀も改善されるかな。




真面目な相談が最後だけ……


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急な雨

完全に狙ってた人が……


 生徒会の作業も終わり、後は帰るだけだったのだが――

 

「急に降ってきたなー」

 

「やむまで帰れないね~」

 

 

――外は土砂降りになっていた。

 

「出島さんに頼んで、皆を送ってもらおうか~」

 

「だったら私の車で送ってやろうか?」

 

「横島先生、良いんですか?」

 

 

 出島さんにお願いするのもアリだが、せっかく横島先生が送ってくれると言うならそっちにお願いしよう。そう思っていたのだが――

 

「あっ、でも私資料の整理しなきゃならなかった~」

 

「遠回しに手伝えと?」

 

 

――やっぱり出島さんにお願いしようかとも思ったけど、たまには横島先生の手伝いをするのも良いだろうと思い、我々も資料の整理をすることに。

 

「いや~、手伝ってもらって悪いな」

 

「最初からそのつもりだったのでしょう?」

 

「そんなことないぞ? 今日も残業かと思っていたところに、天草たちが外を見て困っていたから声を掛けただけだ。ところで、津田は?」

 

「タカトシなら、小テストで赤点だったコトミとトッキーの為に特別補習を開いているようです」

 

「アイツは本当に高校生にしておくには惜しい存在だな」

 

「そうかもしれませんが、先生がそれを言っちゃダメでしょ」

 

 

 ただでさえ教師より教師らしいと言われているのだ。その教師である横島先生がタカトシを羨んだら、最早冗談ではなくなってきてしまうではないか。

 

「しかし、黙々と作業するのもつまらないな。天草、何か話のネタは無いか?」

 

「ネタですか? そう言えば昨日テレビでやっていたんですけど、他人の握ったおにぎりを食べられるか否かというのをやっていたんですけど」

 

「苦手な人も多いらしいね~」

 

 

 ここで雑談にアリアも乗っていた。萩村も集中力が切れてきたようで、アリアに続くように参加してくる。

 

「衛生管理を徹底している前提なら食べられます」

 

「私はおにぎりより、おにんにんにぎりの方が好きだけどね」

 

「先生は何を言ってるんですか?」

 

 

 ろくでもないことは分かっている。だがここで話に乗ってしまうと、そのタイミングでタカトシが帰って来る流れになってしまうから流しておこう。

 

「あっ、おにぎりの話をしていたらおにぎり食べたくなってきたな」

 

「えっ、今のタイミングで?」

 

 

 萩村が驚いているが、私のおにぎり欲はもう止められない。横島先生に許可をもらい宿直室を貸してもらうことに。

 

「とゆーわけで、早速おにぎりを作ってきたぞ!」

 

「お帰り~」

 

 

 私たちがおにぎりを作ってる間、横島先生は一人で資料纏めをしていた。元々この人の仕事だから当然なのだが、何故かこの人が握ったおにぎりは食べたくないと思ったから。

 

「いただきまーす」

 

「やっぱりこのすっぱさが醍醐味ですよね」

 

 

 萩村がおにぎりの感想を漏らすと、横島先生が訳知り顔で頷いている。

 

「成熟してない女子が握ったからな」

 

「梅干しの話です」

 

 

 とりあえずおにぎり欲も満たされたので、作業を再開するとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミと時さんに特別補習をしていたので、今日は生徒会作業には顔を出すことはできないと思っていたのだが、何故か今も生徒会室で作業が行われている。

 

「だが、何故横島先生も?」

 

 

 気配を探る限り、四人で書類整理をしているようだが、今日の作業に横島先生は必要なかった気がする。そうなると、あの人の持ち込んだ仕事を三人が手伝っているのだろう。

 

「遅くなりました」

 

「ご苦労だったな、タカトシ」

 

「まぁ、コトミと時さん相手だからそれ程大変では無かったですけどね」

 

「でもコトミ相手だと、アンタも疲れるんじゃないの?」

 

「最悪脅せばどうとでもなる。身内だしな」

 

 

 余程悪い顔をしていたのか、スズの顔が引きつっている。よく見れば、スズだけではなくシノ会長やアリア先輩、横島先生までも顔を引きつらせているではないか。

 

「それで、皆さんは何を? 今日の作業はそれ程大変じゃないと聞いていたんですが」

 

「横島先生の資料の整理を手伝っているところだ」

 

「そうですか」

 

 

 何でそんな流れになったのかは知らないが、シノ会長がそう言うのだからそれで良いのだろう。

 

「ところで、何故おにぎりが?」

 

「ちょっとおにぎりの話題が出て、それで食べたくなってな。タカトシも食べて良いぞ」

 

「ではいただきます」

 

 

 それ程腹は減っていないが、せっかくの好意を無碍にするのも悪いので、俺はおにぎりをいただくことに。

 

「………」

 

 

 特に考えなく手に取ったおにぎりを食べていると、スズが無言でこちらを見ている。

 

「スズが作ったおにぎり、美味いよ」

 

「よ、よく私が作ったって分かったわね」

 

 

 感想を求めていたのかと思ったが、何故か驚かれてしまう。だがスズの場合はサイズ感で分かると思うんだがな……まぁ、言わないけど。

 

「それで、どうして横島先生の仕事を手伝う流れになったんですか?」

 

「横島先生が送ってくれる代わりに、私たちが横島先生を手伝っているんだ」

 

「何故送ってもらうことに?」

 

「何故って、雨が凄いだろ?」

 

「雨? とっくにあがってますが」

 

 

 確かに瞬間的には凄い雨が降っていたが、今はやんで夕日が出ている。

 

「私、雨上がりの匂いが好きなんだ」

 

「何か良い感じにまとめてるようですけど、生徒に自分の仕事を手伝ってもらった件は、しっかりと報告させてもらいます」

 

「そ、それだけは勘弁してください!」

 

 

 大人のジャンピング土下座を目の前で見せられ、シノ会長たちはあっけに取られているようだが、一度甘い顔をすると癖になるから、ここはしっかりと学園長に報告しておこう。




相変わらず生徒に勝てない教師の図……


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甘い罠

言葉通りです


 ここ最近、タカトシに生徒会の仕事を任せっきりな気もしている。そういうわけで今日はタカトシに休みを与え、私たち三人で生徒会業務を片付けることにした。

 

「――というわけで、タカトシはいないが頑張るぞ」

 

「おー!」

 

「確かに、タカトシに任せておけば大丈夫って空気はありましたね」

 

 

 私の説明にアリアも萩村も納得してくれた。私以外にもタカトシに頼りっきりだったと分かり少しホッとしたが、それ以上に情けない気持ちになってくる。

 

「生徒会長は私だったんだけどな……」

 

「まぁまぁシノちゃん。タカトシ君が優秀だから仕方ないって」

 

 

 アリアの慰めに、私は力なく頷いてから書類に目を通し始める。今日の作業はそれ程多くはないとはいえ、タカトシがいないことでかかる時間は何時も以上だろうし。

 

「失礼します。聡明な会長のインタビュー記事を作りたいのですが」

 

 

 タカトシがいないというのに畑がやってきて、あからさまなお世辞を述べている。何時もなら付き合ってやるところだが、今日はそんな余裕はない。

 

「そんな言葉では乗せられないからな。今取り込み中だ」

 

 

 おべっかでは効果がないと思わせておけば、今日のところは大人しく――

 

「焼き芋」

 

「っ!」

 

 

――まさかの二の矢に私の心は揺らいでしまう。

 

「差し入れです」

 

「仕方ないなー」

 

「文字通り甘い言葉ですね……」

 

 

 焼き芋につられた私を見て、萩村がそんなことを漏らす。

 

「ま、まぁ……ちょっと休憩するくらいなら良いだろ。それで畑、私にインタビューするんだろ? 手短に頼むぞ」

 

「分かりました。ではまず――」

 

 

 焼き芋を食べながら畑のインタビューに答える。タカトシがいたら「行儀が悪い」と怒られそうな光景だが、今日のところは良いだろう。

 

「――では最後に、会長が気になっている異性について」

 

「そ、そんな相手はいないぞ!? 我が校は校内恋愛禁止だからな!」

 

「別に恋愛対象として気にしてる、とは言っていませんが?」

 

「そう勘違いさせるように誘導しただろうが! あんまりしつこいとインタビュー記事自体を発行させないからな!」

 

「それは困りました……では、この質問は無かったことに」

 

 

 インタビューが終わったタイミングで、萩村が畑に声を掛ける。

 

「そういえば、畑さんって何時もマイクを持ち歩いてますよね」

 

「マスメディアに携わる者として、当然です」

 

「捏造が多すぎるがな」

 

 

 以前も盛大にやらかしてタカトシに怒られているというのに、畑は懲りずに捏造記事を飛ばそうとしていた。だがそれは新聞部の良識ある部員たちに止められたとかなんとか。

 

「あと恥ずかしい音を集音プレイできたり」

 

「何も出ないぞ! やっぱり記事は差し止めだ!」

 

「なーに騒いでるんだ?」

 

「ふ、古谷先輩……一応部外者は立ち入り禁止なのですが」

 

 

 私が畑を追い詰めようとしたら、OGの古谷先輩がやってきた。この人は最近、頻繁に遊びに来るな。

 

「おや、古谷元会長。今日は随分とお洒落な恰好をしていますね」

 

「だろー? 後ろを魅せるコーデに挑戦してみたんだ! アドバイザーはナツキ」

 

「大胆だ」

 

「大胆だねー」

 

 

 私とアリアは先輩の格好に素直な感想を漏らす。だって――

 

「カバンチラも大胆ですな」

 

「下は事故だと思います」

 

 

――畑の感想に先輩は自分がカバンチラしていることに気付き、慌ててスカート裾を元に戻す。ここにタカトシがいたら、どんな反応をしただろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりに早く帰ってこれたので、家のことをさっさと終わらせることに。意外なことにコトミが自発的に宿題をやっていたので、小言を言わずに済んでいるのも作業を速めている要因だろう。

 

「終わったー!」

 

「後で確認するが、終わったなら少しくらいは遊んでいいぞ」

 

「やったー! あっ、その前にトイレ」

 

 

 年頃の女子として、兄の前でその発言はどうなんだと思ったが、こいつは昔からこうだから仕方が無いのかもしれない。

 洗濯物を取り込み畳んでいると、コトミがムラサメと遊んでいるのが横目で見て取れる。意外と面倒見が良いのが驚きだ。

 

「あっ!」

 

 

 何かを思い出したのか、コトミは再びトイレにダッシュする。

 

「間に合わなかった……」

 

「トイレで携帯を弄る癖、いい加減に直せ」

 

「ゴメンなさい……」

 

 

 どうやら着信があったが、トイレに携帯を置きっぱなしなのを思い出して走っていたようだ。まったく、こいつの癖はどうにかならないものか……

 そんなことを考えた翌日、見回り中にスズが廊下を駆け足で進んでいるのに遭遇した。

 

「スズ、廊下は――」

 

「緊急事態なの! 見逃して」

 

「まぁ、そう言う事情なら」

 

 

 普通ならセクハラとか言われそうな感じだが、お互いにそう言う意図はないのでそのまま流すことに。

 

「スズはトイレ、間に合ったみたいだな」

 

 

 ちょうど反対側までやってきたところで、スズがすっきりした顔で歩いているのが見えたので、俺はそんなことを零した。

 

「萩村がトイレマニアだと!?」

 

「どっから出てきてるんですか、貴女は……そして、くだらない聞き間違いをするな」

 

 

 空き教室から出てきた横島先生が聞き間違いをしたので、とりあえずそのことにツッコミを入れる。

 

「それで、先生はこんなところで何をしていたのでしょうか?」

 

「あっ、いや……資料室もマンネリ化してきたから、別の場所が無いか散策していてな……決して疚しいことはしてないからな!」

 

「強調されると疑いたくなりますが、教室内に気配がないので今日のところは信じましょう。ですが、次何かやらかしたらどうなるか、お忘れない様に」

 

「は、はい!」

 

 

 最後に釘を刺しておいて、俺は見回りを再開したのだった。




聞き間違いが過ぎる人が多いな……


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二人の解決策

相変わらずひどい解決策


 今日は宿題も無く、小テストでも七十点以上を獲得できたのでタカ兄から許可をもらい、トッキーと家でゲームをしている。ちなみに、点数ではトッキーに負けてしまったのだが……

 

「私もだけど、トッキーも相当タカ兄から絞られてるもんね」

 

「いつの間にかクラス平均は採れるようになってきたからな」

 

「入学当時から考えたらかなりの進歩だよね」

 

 

 元々ギリギリのラインで入学したから仕方が無いのかもしれないが、私たちは赤点ギリギリ、下手をすれば補習というレベルだった。だがタカ兄に散々絞られたおかげで、クラス平均前後までレベルアップしたのだ。

 

「というか、トッキーは見てるだけで良いの? 別ゲームでも良いんだけど」

 

「私は良い。たまにしかできないんだから、お前がやりたいので」

 

「そう?」

 

 

 確かにこんな時間からゲームができるなんていつ以来だろう。お義姉ちゃんが援護射撃してくれたとしても、精々お風呂上りに少しくらいしかできなかったから、学校から帰ってすぐなんて、本当に入学してすぐくらいかもしれない。

 

「喰らえ、火炎斬!」

 

 

 キャラもレベルアップして新しい技を覚えたので、私は早速その技を使って敵を斃そうとしたのだが――

 

「ありゃ?」

 

「火属性の敵に火の攻撃は効かないだろ」

 

「そっか」

 

 

――敵の属性を忘れていた所為でノーダメージだった。

 

「妹がいる相手に妹属性が効かないのと同じだね」

 

「いや、その例えは分からないけど……」

 

「あれ? 結構分かり易く例えられたと思ったんだけど」

 

 

 結局トッキーは私のプレイを見てただけだが、思いのほか楽しんでくれたようで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ数日寒くなってきているからか、トイレの利用頻度が上がっているようだ。

 

「ここ最近廊下を走る生徒が増えているようだが、皆ギリギリまでトイレを我慢するのか?」

 

「漏れるか漏れないかのギリギリを楽しんでるのかもね~」

 

「漏らしても粗相プレイというわけか……だが、そんなことをすればタカトシに怒られるかもしれないんだが」

 

「廊下を汚したら怒られるかもね~」

 

 

 アイツは真面目だから、異性に排泄を我慢させて悦に浸ることもなさそうだし、むしろさっさと行けとでも言いそうだ。

 

「おっ、あれは五十嵐」

 

「何だか辛そうだね~」

 

 

 廊下の向こう側から五十嵐がやって来るのだが、お腹辺りを押さえている。

 

「五十嵐、どうかしたのか?」

 

「天草さん、それに七条さん」

 

 

 声を掛けると、少し嫌そうな顔をされたが無視はされなかった。

 

「いえ、今日はちょっとお腹の調子が良くないみたいで……」

 

「そうなのか」

 

 

 どうやら五十嵐も体調管理が万全ではない様で安心した。こいつとタカトシはそう言うことをしっかりしてそうだと思ったんだがな。

 

「「ならこれ(を)」」

 

 

 解決策を思いついたのは私だけではなくアリアも同時だった。私が取り出したのは胃薬で、アリアはア〇ルプラグ。

 

「そっちだな」

 

「正解を出した方が譲らないでください! というか七条さんはなんてもの持ち歩いてるんですか!!」

 

「今朝出島さんからもらったんだ~」

 

「没収したいけど触りたくない」

 

 

 結局五十嵐には胃薬を渡して、アリアは出島さんからもらったものをしっかりとしまうように注意されてしまった。

 

「あれなら漏れずに済むと思ったんだけどな」

 

「さすがに風紀的にアウトだったようだな」

 

 

 私的にもアリアの解決策はいい案だと思ったのだが、アイツは風紀委員長だったな。さすがに栓をしたとしても漏れ出る恐れがある解決策は採らなかったか。

 

「あれ? スズちゃん」

 

「七条先輩。会長も」

 

「萩村もトイレか?」

 

 

 別に学年が違うからと言ってこの階のトイレを使ってはいけないわけではないので問題は無いのだが、ここで会うのは珍しい気もする。

 

「いえ、今は大丈夫ですけど……最近寒い所為かトイレが近くて……授業中に催したらどうしようかと思いまして」

 

「なるほどな……」

 

 

 私たちの教室には女子しかいないので堂々とトイレ宣言しても問題はないが、萩村の教室には男子がいるんだったな。異性の耳を気にしてトイレを我慢しなければいけないシチュエーションになってしまうのか。

 

「「だったらこれを」」

 

 

 またしてもアリアと同じタイミングで解決策を思いついてしまった。アリアが取り出したのはオレンジジュースの空のペットボトルで、私が取り出したのはレモンティーの空のペットボトルだ。

 

「さすがに色までは考慮してなかったよ」

 

「ふっ、アリアも甘いな」

 

「勝ち誇ってるところ悪いですけど、使うなんて一言も言っていませんが」

 

「じゃあおむつでも穿く?」

 

「穿くわけないだろうが! 子供っぽいというか赤ん坊扱いするな!」

 

 

 何処からともなく取り出したおむつを見て、萩村がアリアの脛を蹴り上げる。彼女は容姿相応の力しかないので蹴り上げられてもさほど痛くはないが、本気で怒っているということだけは伝わってきた。

 

「なら素直にトイレ宣言してスッキリするんだな。何かあってもタカトシが対処してくれるだろうし」

 

「でもスズちゃん的には、タカトシ君にトイレって知られるのが嫌なんじゃない?」

 

「タカトシ相手に隠し事ができるとも思えんから、素直に宣言するんだな」

 

「あの、タカトシ後ろにいるんですけど」

 

「「えっ!?」

 

 

 私たちがふざけているのを感じ取ったのか、背後に青筋を立てているタカトシが仁王立ちしていた。思わずお漏らししそうになったが、とりあえず未遂だということと、今後しないと約束したので厳重注意で済んだけど、本当に怖かったな……




そりゃ怒られるだろう……


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秘蔵写真

変な写真ではないです


 風紀委員との打ち合わせを終え、我々三人は今風紀委員会本部から生徒会室へ戻るところだ。ちなみに何故三人なのかというと、タカトシはいろいろとやらかした横島先生の監視の為に職員室にいるからだ。

 

「カエデちゃん、明らかに落ち込んでたね」

 

「タカトシと会えると思ってたのかもしれないな」

 

「風紀委員長が不純な動機で打ち合わせを画策していたとなると、いろいろと問題になりそうですね」

 

 

 萩村がここまであからさまな態度を見せるのも珍しい。やはり恋のライバルということで少しでもタカトシとの距離を離したいのかもしれないな……まぁ、私もだが。

 

「あっ」

 

 

 角を曲がると畑がいて、何か怪しい雑誌をこれ見よがしに隠す。

 

「畑、今何を隠した」

 

「何でもありませんよ」

 

「怪しいですね」

 

 

 三人で取り囲み隠したものを提出させようと追い込む。これがタカトシだったらあっという間に没収するのだろうな……この点だけ見ても、タカトシの方が生徒会長っぽい威厳があるのだろう。

 

「分かりました」

 

 

 三人分の圧に負けたのか、畑はあっさりと隠した雑誌を提出する。

 

「あーあ、私が投稿した写真が載った雑誌、見つかっちゃった」

 

「まさか、誘導された?」

 

 

 あからさまな付箋があるし、畑の顔も嬉しそうにほころんでいる。これはつまり、自分が投稿した写真が掲載された雑誌を自慢したかったということなのだろう。

 

「まぁ、見てください」

 

 

 萩村にも見やすいよう、少し屈んで雑誌を開く。するとそこには夜空に一筋の光が写った写真が掲載されていた。

 

「UFOか」

 

「凄いね~」

 

「えぇ、凄いですね」

 

 

 まさか萩村まで手放しで褒めるとは思わなかったな。

 

「ここまで嘘塗れのコメントも」

 

「ん?」

 

 

 萩村に言われるまで写真しか見ていなかったが、撮影者のコメントに問題があるのか? そう思いコメントを読むと――

 

『お星さまにお願いをしようと夜空を眺めていたら突然UFOが現れてビックリしました☆』

 

 

――などと、畑を知る人が見たら嘘八百だと分かるコメントが掲載されていた。

 

「しかしUFOか……一度見てみたいという気持ちもあるな」

 

「ですが、UFOの正体はドローンの見間違いって言われていますよ」

 

「そんな、ロマンの無い」

 

「ドローン? 何のために~?」

 

「インフラ調査で空撮しているとかだろ」

 

 

 私の説明に、アリアがショックを受けたような顔をする。まさか、アリアもUFOに憧れていたのだろうか?

 

「じゃあ、自宅庭で露出プレイしている場面を撮影される可能性が!?」

 

「ロマンありますな」

 

「てか、そんなことしないでくださいよ」

 

 

 萩村がアリアにツッコミを入れたところで、コトミとトッキーが現れた。

 

「皆さん、何の話題で盛り上がってるんですかー?」

 

「畑の秘蔵写真が素人投稿雑誌に載ったのだ」

 

「えぇ!? 畑先輩、そんな過激な写真を?」

 

「兄貴がいたら怒られるだろうな」

 

「「っ!」」

 

 

 トッキーの言葉に私とコトミは同時に肩を跳ねさせて辺りを見回す。幸いなことにタカトシはいなかったが、ふざけるのは自重しよう。

 

「それで、本当は?」

 

「UFOの写真だ」

 

「そうだったんですね」

 

 

 とりあえずコトミたちはあまり興味が無さそうなので簡単に説明するだけに留める。だって、またふざけ出したら、タイミングよくタカトシが現れそうで怖いから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 畑さんの写真は確かに一部の人間には面白いのかもしれないが、私は信じられない。

 

「私は非科学的な物は信じません」

 

「そういえば身長差カップルって相性良いらしいよ」

 

「えっ!」

 

 

 突然何を言い出すのかしら、この人は……

 

「ま、科学的根拠のない話だから興味ないか」

 

「そっ、そうですよっ!」

 

 

 一瞬誰かさんの顔が頭に浮かんだが、別に私とタカトシが身長差あるからと言ってカップルになるわけではないのだから。

 

「しかし、このままドローンと疑われるのも癪なので、今度UFOがよく目撃されるキャンプ場で撮影に臨みます」

 

「まてまて、夜間外出は駄目だろう」

 

「大丈夫ですよ。化学の小山先生に引率してもらいますし、津田君も呼べば問題ないでしょう」

 

「いや、タカトシは兎も角引率は無理だろ」

 

 

 確かにUFOの写真を撮りたいからと言っても教師が引率してくれるわけない。だが畑さんは自信満々に偶然通りかかった小山先生に――

 

「秋の夜空を観察したいので同行してくれませんか?」

 

 

――などと、またしても嘘塗れなセリフを吐いた。

 

「星の観察? いいよ」

 

「物は言いよう!?」

 

 

 あっさりと小山先生の許可も出てしまった。こうなると好奇心旺盛な会長が同行しないわけがないわけで――

 

「では、今度の休みは畑と一緒に星空観察だ! 小山先生、よろしくお願いします」

 

「天草さんたちも? 参加者はここにいる四人なの?」

 

「後津田君にも同行してもらう予定です。さすがに女性だけでは不安なので」

 

「そうかもね。津田君が一緒なら安心かもね」

 

「(教師からも絶大な信頼を勝ち取っているタカトシっていったい……)」

 

 

 ここで生徒会長である天草先輩ではなくタカトシの名前で安心されるということに、私は疑問を懐いたのだが、会長や七条先輩、畑さんは特に何とも思っていない様子。

 

「(タカトシだからってことで納得しているのでしょうね……)」

 

 

 それで納得するのもどうかと思うけども、それで納得しておいた方が余計に悩まなくていいのも確か。私も深く考えないことにしておこう。




出てこなくても大活躍なタカトシ


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キャンプ情報

まともな時は凄いんですけどね


 新聞部の畑さん、そして生徒会の四人と一緒に秋の星空の観察をする為にキャンプ場へ来たのだが――

 

「UFO撮るぞー!」

 

「UFO!?」

 

 

――などと畑さんが声高に宣言しだす。

 

「畑さん、星空の観察って言ってなかったっけ?」

 

「あっ、そっちももちろんします。ですがこのキャンプ場はUFOの目撃情報が相次いでいる場所でもあるので、ロマンも追い求めようと」

 

「そ、そうなのね……」

 

 

 てっきり騙されたのかと思ったが、星空観察もちゃんとしてくれるのなら良いかな。

 

「先生、騙されてます。この人たちは最初からUFO探ししか考えていませんから」

 

「えぇ……」

 

 

 安心したところに津田君からの曝露。この子は人の心が読めるとか言われているから、恐らく本当のことを言っているのだろう。

 

「それにしても、結構人いるなー」

 

「最近キャンプデート流行っていますからね」

 

「へー。星を見ながらデートって、ロマンティックだね」

 

「そうだな。そしてその後は『ちきゅう』の観察だな」

 

「ひゃー」

 

 

 一応教師の前なんだけどな……天草さんは昔からこんな感じの子だったけど、七条さんって確か大グループのご令嬢じゃなかったかしら? こんなことしてていいのかしら?

 

「目的は兎も角として、ふざけたことぬかすならUFOどころか星空も拝めなくしてあげますが?」

 

「「正直ふざけすぎました!」」

 

 

 津田君の一睨みであっさりと天草さんと七条さんは大人しくなる。これは確かにどっちが会長か分からない光景かもしれないわね。

 

「ちなみに私も以前キャンプ記事を書いたらハマってしまいました」

 

「そ、そうなのか」

 

 

 若干顔を引きつらせながらも、天草さんが畑さんと会話している。切り替えが早いのは良いことなのかもしれないけど、怖い思いしたくないなら真面目になればいいのに。

 

「これは『ダコタファイアーホール』といって、効率よく熱を通せるんです」

 

「ほー……? 畑、こっちの穴は何だ?」

 

「それはトイレです」

 

「何故我々の中心に!?」

 

「てか、普通にトイレあるんですけど」

 

 

 さすがに山奥でのキャンプではないのでトイレは整備されている。ということで畑さんが用意した穴は埋められることとなる。

 

「仕方ありませんね。せっかく貴重なトイレシーンを撮影しようと――あっ」

 

 

 背後に津田君がいることを思い出し、畑さんは青ざめる。

 

「(私、引率として機能してないんじゃ?)」

 

 

 こう言うことを注意するのも私の役目のはずなのに、津田君が一人で片づけてしまっている。何だか教師として自信が無くなって来るわね……

 

「しょ、食事の準備をしましょう。夜は長いですから」

 

 

 こってり絞られた畑さんが強引な話題転換を図っている。まぁ、食事の準備は必要だし、津田君も既に興味を失っているのか畑さんの話題転換にツッコミを入れることは無いようだ。

 

「食事の準備と言っても、温めるくらいしかできないだろ?」

 

「そこは言っちゃダメなところですぞ」

 

「お皿にラップがしいてあるのは何で~?」

 

 

 七条さんの疑問に、私が答える。

 

「お皿にラップをしけば、洗う必要無いしゴミも少なくできるでしょ」

 

「そうなんですねー。全身ラッププレイも、その後のシャワーが不要なエコプレイだったんだね」

 

「トークの難易度が高過ぎる……」

 

「野外ということで気が抜けてるんですか? 何でしたら三人とも、朝までみっちりとお説教して差し上げますが?」

 

 

 結局津田君がこの場を締めてくれたお陰で、天草さん、七条さん、畑さんの三人は大人しく星空の観察を行ってくれることに。

 

「萩村さん、眠いなら先に寝てもいいのよ?」

 

「大丈夫です!」

 

 

 何故か肩を跳ねさせた萩村さんが天草さんたちのところへ走っていく。

 

「何をそんなに?」

 

 

 わきに置いてあった雑誌を手に取り中を確認し、宇宙人の写真が掲載されているページを見つける。

 

「そういうことね」

 

「スズも子供っぽいところがありますからね」

 

「つ、津田君……」

 

 

 いつの間にか隣に立たれていて、私は思わず驚いてしまう。普段あまり交流の無い子だということもあるけど、いきなり現れたら誰だって驚いてしまうだろう。

 

「しかしまぁ、UFOですか」

 

「津田君は興味ないの?」

 

「いるかいないのか分からないものに興味を馳せれる程時間的余裕がないので」

 

「本当に高校生?」

 

 

 なんとも達観した考え方をしている子だと思い、思わず聞いてしまう。これはかなり失礼なことだと言ってから気が付いたが、津田君は嫌な顔せずに答えてくれた。

 

「高校生ですよ。それも、シノ先輩たちの後輩です」

 

「そうよね」

 

 

 桜才学園が共学化されたのが津田君たちの代からなのだから、女子生徒しかいない三学年より上ということはあり得ない。そして彼が未成年であることは少し調べればわかること。なので現役ということは確定している。それでも――

 

「(私より大人っぽい雰囲気なのよね……)」

 

 

――引率役は津田君でも良かったのではないだろうか。

 

「(って、ダメダメ! 津田君だって未成年。子供だけで夜の外出を教師である私が認めるわけにはいかないじゃない)」

 

 

 ただでさえ津田君にはいろいろと面倒事を任せているのだ。そこに私までおんぶにだっこでは津田君への負担が凄いことになってしまう。

 

「もう少し頑張らなきゃ」

 

「小山先生は十分頑張ってるとは思いますけどね。頑張らなければいけないのは、目の前ではしゃいでる先輩三人でしょう」

 

 

 結局UFOは現れなかったようで、次こそはと意気込んでる三人を見て、津田君は盛大にため息を吐いたのだった。




頑張れ、小山先生……


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役に立てること

役に立とうとはしている


 生徒会役員として活動してはいるが、力仕事以外で私が役に立てることは無いだろうか。幾ら高い所や力仕事担当としてスカウトされたとはいえ、それ以外で全く役に立っていないのはマズいと私だって分かる。

 だが勉強ダメ、字も汚い、ふざけた空気を締める力もない。そんな私がこの場で力になれることとはいったい……

 

「しまった。この書類、四時までに職員室に提出しなきゃいけなかったんだった」

 

 

 会長がそう呟いたのを聞いて、私は時計を確認する。現在の時刻は三時五十八分。ここから職員室まで会長の脚なら二分以上かかるだろう。

 

「任せてください! 脚には自信があります」

 

 

 私の脚力なら生徒会室から職員室まで一分くらいで行くことができる。これなら私でも役に立てると思ったのだが――

 

「気持ちは嬉しいけど、廊下は走っちゃダメ」

 

「そうでした」

 

 

 生徒会役員である私が堂々と廊下を走っているところを見られたら、会長の信頼にも拘わって来るかもしれない。まぁ、私が何かをしたところで生徒会の信頼が揺らぐとは思えないけど、会長の言う通り廊下は走っては駄目なのだ。

 

「事情を話して謝って来るよ。とりあえずお留守番お願い」

 

「分かりました」

 

 

 留守番くらいなら私でもできる。ただ生徒会室でボーっとしているのもあれなので書類整理でもしようかと思ったのだが――

 

「これは何を言ってるんすかね?」

 

 

――書類に書かれている内容が分からず断念することに。

 

「あれ? 広瀬さん一人? 会長は?」

 

「会長なら職員室に書類を提出しに行きました」

 

「そうなんだ」

 

 

 見回りから戻ってきた森先輩に会長の行方を伝えると、納得したように一度頷いてから自分の席に着く。この人位仕事ができたら、自信をもって生徒会役員だって言えるんでしょうけどね……

 

「あっ」

 

「どうかしたんすか?」

 

 

 ふと何かを思い出したように声を出した森先輩に、私は声を掛ける。この人が急に声を出すことは珍しいので、余程のことが起こったのだろうと思ったから。

 

「この仕事にはあの段ボールの中身が必要なんだけど……私じゃ届かないから脚立を用意しなきゃって思っただけだよ」

 

「それだったら任せてください!」

 

「広瀬さん、お願いしてもいい?」

 

 

 こういう時こそ私の出番だ! 最早これ要員と言っても過言ではないくらいこれでしか役に立っていないし。

 

「私、力には自信があるので!」

 

「何で肩車!? 広瀬さんが取ってくれるんじゃないの!?」

 

「あっ、それでいいのか……」

 

 

 てっきり森先輩が段ボールを取れるようにすればいいのかと思ったのだが、私が手を伸ばして取れば良かったのだ。どうしてこんな単純なことに気付けなかったんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室で携帯を弄っていると、ふと興味があるようなページを見つけ私はそのサイトへアクセスする。

 

「これ、欲しいかも……」

 

 

 周りに誰もいないと思ってそう呟いたのだが、どうやらトッキーがいたらしい。

 

「えっ、お前そう言うのに興味あるの?」

 

 

 ちなみに、私が見ていたのはSMの拘束具。普通に使うとすればドン引きされるだろう。

 

「これなら溢れ出す魔力を抑えられるんじゃないかってね」

 

「平常運転で安心した……もしそっちの趣味なら付き合い方変えた方が良いのかと思った」

 

「どうしたの?」

 

 

 そこにマキも合流して、トッキーが一連の流れを説明する。

 

「コトミ、貴女またそんなこと言ってるの? 確か中学の時も似たようなことを言って、それを聞かれて津田先輩にこっ酷く怒られたんでしょ?」

 

「その前に先生にも怒られました……」

 

 

 ふと思いついて呟いただけだったのだが、先生にそのことを聞かれ指導室に呼び出され、部活中だったタカ兄も加わり二人からこっ酷く怒られた過去がある。だがあの時は単純に思い付いただけだったんだけどな……

 

「てか、そろそろ部活じゃないの? 今日は百本ダッシュだって言ってたような気がしたけど」

 

「そうだった。トッキー、そろそろ行こう」

 

「あぁ」

 

 

 私はタイムと本数を数えるだけの仕事だが、トッキーたちはこれから地獄だろうな……

 

「てかさっきの話だけどよ」

 

「何?」

 

「本当に厨二関係で欲しかったんだよな?」

 

「うん。別にそういった意味で拘束したりされたりには興味ないよ」

 

「なら良い」

 

 

 よっぽど疑われているようで、トッキーは念を押すように確認してきた。そこまで心配しなくても、私は実兄で興奮する変態だがドMでもドSでもない。本来の用途で拘束具を使う予定はない。

 

「コトミちゃんだ~」

 

「アリア先輩! 見回りですか?」

 

「園芸部に用事があって、その帰りなんだ~」

 

「そうでしたか」

 

 

 アリア先輩がやってきたので、私は少し話しながら柔道部の練習を見ている。既に半分くらいは終わっているのだが、主将も結構疲れてる様子。

 

「どうした、もうバテたか?」

 

「っ! まだまだ!」

 

 

 大門先生に発破をかけられ、主将のやる気が最熱する。

 

「おぉ! 主将が闘志でメラメラしてる」

 

「透視でムラムラ!? コトミちゃん、何時の間にそんな術を」

 

「聞き違いっすよ」

 

 

 トッキーがアリア先輩にツッコミを入れるが――

 

「あながち間違ってないかも。主将、汗でブラ透けしてるし」

 

「主将、シャツ交換してください!」

 

 

 私の言葉にトッキーが主将に提案する。確かにスポーツ少女のブラ透けが見れると知って、男子生徒が集まってきたら大変だしね。




役に立ってるのだろうか……


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古いアルバム

そこまで古くないかも


 タカトシが生徒会室を掃除していると、古いアルバムが出てきた。

 

「それ、何時の?」

 

「少なくとも俺が生徒会に入ってからではないだろ」

 

「ということは、以前の生徒会の?」

 

「かもな」

 

 

 そう言いながらタカトシはアルバムを開く。別に怖いものが写っているわけではないので不思議ではないのだが、何のためらいも無く開くとは……

 

「これ、古谷さんが生徒会長の時の記録っぽいな」

 

「古谷さんの?」

 

 

 タカトシが確認して安全だったので、私もアルバムを覗き込む。決して怖かったわけではないのだが、堂々と覗き込むのにはちょっと抵抗があったのだ。決して怖かったわけではない。

 

「あっ、天草会長と七条先輩が一年の時の写真だ」

 

 

 古谷さんが生徒会長だったのだから当たり前なのだが、会長と七条先輩は生徒会に入ったばかり。というか、高校に入学したばかりというわけだ。

 

「何を見てるんだ?」

 

 

 そこに会長たちが見回りから戻ってきた。

 

「会長の写真を見てたんですよ」

 

「また畑が余計なものを撮って没収したのか?」

 

「いえ、昔のアルバムが出てきましたので、その確認をしていました」

 

 

 そう言ってタカトシはアルバムを会長に手渡す。確認が済んで興味を失ったのだろう。タカトシは残っている掃除と書類整理へと意識を向けてしまう。

 

「おっ、私たちが入学直後の写真か」

 

「制服がぶかぶかだね~」

 

 

 会長と七条先輩が懐かしみながらページをめくっていくと、会長の手が止まる。

 

「会長?」

 

 

 いったいどうしたのかと小声で確認すると、会長の視線が七条先輩の胸の辺りに向けられている。

 

「(どうしたんですか?)」

 

「(入学直後はそうでもなかったのに、半年で胸回りがキツキツになっている……当時は気にしなかったが、こうしてみると凄い成長速度だなって……)」

 

「(えっ、あっ……)」

 

 

 確かに入学直後には目立っていなかった七条先輩の胸が、文化祭の時の写真でははっきりと目立つようになっている。つまりその半年足らずの間にこれだけ成長したというわけ……隣に写っている会長の胸は変化が見られない。

 

「シノちゃん? スズちゃんもどうしたの?」

 

「何でもない……ただちょっと、どうしてそのスピードが私には無いのか気になっただけだ」

 

「?」

 

「会長、そもそものポテンシャルが違うのかもしれません……私も、入学して全然伸びてませんし……」

 

「ポテンシャルか……残酷な言葉だな」

 

 

 何でも持っている七条先輩にはあって、我々には無い。それを叩きつけられたような気がして、私たちはもう一度写真を睨みつけてから同時にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずこのアルバムの持ち主はOGである三人の誰かなので、私は全員に電話をして確認してもらう事にした。決して手許に残しておくと精神的によろしくないとか、そう言った理由ではない。

 

「昔のアルバムが出てきたって?」

 

 

 まず最初に到着したのは古谷先輩。この人は機械に弱いから、写真を残している感じはしなかったのだが一応呼んだのだ。

 

「いや~若いなー」

 

 

 写真を見ながらしみじみと呟く古谷先輩。だが写真の中には漬物と昆布茶が写っている。古谷先輩単体で見れば若いのかもしれないが、結構年季が入ってる雰囲気が写真からは感じ取れる。

 

「懐かしいものが出てきたって?」

 

「北山先輩」

 

 

 次にやってきたのは北山先輩。この人は今読モとかで活躍しているから、当時から写真を撮っていた可能性がある。一番このアルバムの持ち主っぽい。

 

「そういえばこんな時期もあったな」

 

「北山先輩、当時とかなり雰囲気変わりましたよね」

 

 

 写真の中の北山先輩は、黒髪にメガネと、お堅い風紀委員長みたいな雰囲気をしている。今と比べてかなり変わっているのはこの人かもしれないな。

 

「当時はお堅い生徒会役員がベットの上で乱れるギャップを狙ってたんだけど、機会が無くてさ」

 

「そうだったんですね」

 

 

 そう言えば当時からこの人の発言は中々酷いものだった気がする。見た目とのギャップは凄かったのだが、生徒会室以外では真面目だったようで、そんな裏話はしらなかった。

 

「サチコもカヤも初々しいね」

 

「南野先輩」

 

「ナツキも初々しいんじゃない?」

 

 

 古谷先輩がそう言いながら南野先輩の写真を指差すと、不自然なガニ股姿の写真があった。

 

「この時は諸事情でお股が痛くてね」

 

「初々しさを卒業したわけですか」

 

 

 赤ん坊を抱っこしながらそんなことを言われてはツッコミ難い。いや、私はツッコミ側の人間ではないが、OGにツッコミを入れるのに萩村は抵抗があるようだし、タカトシは我関せずを貫き通している。だから私がツッコミを入れるしかないのだ。

 

「せっかくだから現生徒会の写真を撮っておくか?」

 

「以前ブログ用に撮ってもらったやつが畑のPCにあるはずですから、それを貰ってきましょうか?」

 

「いやいや、カメラならここにあるんだし、今撮ろうぜ」

 

「ほら、並んで」

 

 

 先輩たちに流されるように写真撮影をすることになったのだが、タカトシは何処か不満顔。

 

「堅いな……カヤ、ちょっとリラックスさせてよ」

 

「じゃあ私が無様エロの神髄を――」

 

「ふざけるのなら付き合ってられませんね。俺はこれで失礼します」

 

「えっ? 仕事は?」

 

「後は会長が認印を押せばいいだけだから」

 

「何ッ!? またタカトシ一人に仕事を押し付けてしまったのか……」

 

 

 物凄い罪悪感に苛まれながらも、私の次の代も安泰だなと思ってしまう。いや、会長としての自覚が足りないのは分かっているのだがな……




相変わらずのスペックの高さ


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飲み会

自分は全く飲めません


 最近は寒くて厚着する傾向が強い。だが何故か横島先生の格好はかなり薄着よりなコーデだ。

 

「先生、風邪をひいて休もうとでもしてるんですか?」

 

「そんなわけないだろ!」

 

「では何故そんな恰好をしてるんですか? もしかして寒さが分からないくらい頭が残念に――」

 

「えっ、私ってそんな風に思われてるの?」

 

 

 この人の頭はかなり残念だと思っている。あれだけタカトシに怒られても同じことを繰り返すのだから、それこそコトミと同レベルくらいには残念な頭の作りなのだろうと。

 だがこの人は教師になるだけの実力はあるのだから、コトミと比べればだいぶマシなのだろう。しかしこの格好をしている理由が他には思いつかなかったので、思わず声に出してしまったのだ。

 

「そう思われたくないのでしたら、もう少しまともな行動を心掛けてください。先生の所為でタカトシの機嫌が悪いこともしばしばあるんですから」

 

「それを言われると辛いな……だが、決して寒さが分からなくなったわけではないからな」

 

「何の話ですか~?」

 

 

 そこでアリアと萩村が見回りから戻ってきた。

 

「タカトシはどうした?」

 

「タカトシ君は、屋上でエロ本を読んでた男子生徒たちを纏めてお説教中だよ~」

 

「本当なら風紀委員に突き出せば終わりなんですけどね」

 

「まぁ、五十嵐じゃ無理だろうな」

 

 

 アイツは男性恐怖症だから、大勢の男子生徒相手に説教などできるはずが無い。

 

「そんなことをしようとしても、男子生徒に捕まって調教され、雌豚風紀委員長になるのがオチだろうな」

 

「シノちゃん、タカトシ君がいないからってその発想はないよ~。精々慰み者にされるくらい?」

 

「似たようなものだろ?」

 

「私の話は何処に行ったんだよ」

 

「あぁ、そうでしたね。なんで薄着なんですか?」

 

「この後教師陣の飲み会があってな」

 

「あぁ、お酒飲むと熱くなるとか言いますもんね」

 

 

 だが、何故今から薄着をしているのかの答えにはなっていない。

 

「いや、私飲むと脱ぎたくなるんだよ」

 

「脱ぎやすさより脱ぎにくさを重要視したコーデをするべきでは?」

 

「でもよ、脱ぎにくいと服が台無しになってしまう可能性があるし」

 

「脱ぐなと言っているんですよ」

 

「でも正常な思考が保てない状態だからな……脱がないようにしていても結局脱いだりしてるし」

 

「なら、小山先生に頼んでおきましょう。あの人なら泥酔するまで飲むこともないでしょうし」

 

「何だか私の介護担当になってる気がするな」

 

 

 どうやら自覚があるようだが、横島先生は結構な回数小山先生に助けられている。ほんと、小山先生が桜才に赴任してくれてよかったと、職員室で言われているくらいに。

 

「仕方ないな。小山先生には事情を話しておこう」

 

「そうしてください」

 

 

 私たちも箍が外れると人のことを言えないくらい酷いかもしれないが、それでも普段から外れっぱなしの横島先生よりはマシだろう。まぁ、タカトシに言わせればどっちもどっちなのかもしれないが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草さんと横島先生の両方から、横島先生が酔っぱらって脱ぎ出さないように注意しておいてほしいと言われ、私は飲み会の間も横島先生に気を配っている。

 

「小山先生、飲んでますか?」

 

「あっはい、学園長も飲んでください」

 

 

 私も結構な量をいただいているのだが、それ程飲んでいないように思われている。別に酒豪というわけではないのだが、かなり強い方ではあるのだろう。

 

「それにしても、気付けばもうこんな時間ですか」

 

「えっ? 言われればそうですね」

 

 

 いろいろな人に話を合わせていたからそれ程時間が経った気はしなかったのだが、結構深い時間になっていた。これなら横島先生も脱ぎ出すこともなく終わるだろうな。

 

「「時間すぎるの早いですね」」

 

 

 学園長と横島先生が同じセリフを呟く。やっぱり皆さんもそれ程長い時間飲んだつもりがないのだろう。

 

「歳を取ると」

 

「楽しい時間は」

 

 

 しかし続いたセリフは二人で違う。学園長のセリフを聞いた横島先生がガックリしたように俯き、それを学園長が慰める。

 

「いや、横島先生の感性の方が正しいかと」

 

「そうですよ。私もこんなに経ったとは思ってませんでしたし」

 

 

 学園長と二人で横島先生を慰め、どうにか機嫌を直してくれたようだ。だがこれ以上楽しむ雰囲気ではないので、飲み会はお開きに。飲み足りない人たちで二次会を企画しているようだが、横島先生はこれ以上飲ませないほうが良いだろう。

 

「あたしゃまだ飲めるよ!」

 

「そう言うのは千鳥足で言っても説得力無いですよ」

 

 

 ふらふらと歩く横島先生にツッコミを入れたのだが、何故か先生は携帯を取り出して足を撮る。

 

「自撮り足じゃないです!」

 

「お疲れさまです」

 

「えっ? あっ、津田君」

 

 

 何故彼がこんな時間にこんな場所にいるのだろうか? 真面目な彼がこんな時間まで遊んでいたとは思えないし……

 

「バイト先の後輩がストーカーに悩まされているようでして、家まで送り届けてたんですよ。ついでにそのストーカー男を捕まえて警察に突き出したので」

 

「そうだったんだ……私、何も言ってないよね?」

 

「顔が雄弁に語ってましたから。ほら横島先生、水です」

 

「気持ち悪い……」

 

 

 限界が近かったのか、横島先生は津田君から受け取った水を一気に飲み、少しはマシな顔つきに戻ったのだった。




ダメさが目立つ横島先生……


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意外な組み合わせ

美味しければOK


 コトちゃんに勉強を教えていたのだが、どうやら桜才学園の生徒会役員が遊びに来たようです。タカ君からは何も聞いていなかったのを考えると、おそらくはアポなしで遊びに来たのでしょう。

 

「ほらコトちゃん、あと少しなんだから頑張って」

 

「でもお義姉ちゃん……この問題がよく解らなくて」

 

「どれ?」

 

 

 コトちゃんも成長しているので、全く解らないということはなくなってきていますが、ところどころ理解が追い付いていない部分はあるのです。そういうところを私とタカ君が補っているのですが、どういうわけか突発的な小テストでは散々な結果しか残せないんですよね。

 

「これで解るでしょ?」

 

「たぶん……」

 

 

 私が解説をしてコトちゃんに問題を解かせる。少し時間はかかりましたがしっかりとコトちゃん一人で問題を解くことができたので、今日のところはここまでです。

 

「シノっちたちが遊びに来てるみたいだから、下に行きましょう」

 

「シノ会長たちが? お義姉ちゃん、いつの間に気づいたの?」

 

「普通に声がしたから。タカ君みたいに気配で分かるわけないよ」

 

 

 そんなことができる人間がそうそういるわけがない。私はコトちゃんと一緒にリビングに降りると、シノっちたちが炬燵でくつろいでいた。

 

「カナもいたのか」

 

「私はコトちゃんに勉強を教えていたんです。それで、シノっちたちはなぜ?」

 

「アリアの家においしい海鮮が届いたんで、みんなで鍋をしようって話になってな。料理関係ならタカトシに任せたほうがいいだろうってことで遊びに来たんだ」

 

「そうだったんですね。確かに今日は寒いから鍋がいいかもしれません」

 

 

 この後買い出しに行く予定だったのですが、アリアっちのおかげで夕飯の買い出しは最小限で済みそうです。

 

「ところで、そのタカ君とアリアっちは?」

 

「足りない具材を買いに出かけた。私と萩村は留守番を頼まれたんだ」

 

「会長が闇鍋とか言い出したから、私が監視を任されたんですよ」

 

「ちょっとした冗談だったんだがな……」

 

「料理関係でタカ君を刺激したら駄目ですよ」

 

 

 タカ君は真面目なので、食材に失礼になる可能性があることは見逃してくれません。コトちゃんのように料理ができない人に教えるときは申し訳ないと思いながらもの部分があるのでしょうが、シノっちのように料理がちゃんとできるのにふざけるのは許せないのでしょう。

 

「それじゃあ私は鍋の用意をしますので、シノっちとスズぽんはコトちゃんの相手をお願いします」

 

 

 相手といっても、単純に話し相手なのだが、コトちゃんを一人にしたら何をするかわからないのです。高校生にもなってこんなことを思われてしまうのもどうかと思いますが、コトちゃんだしね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄が仕切っているので、それほどひどいことにはならないということで、私は食べられる範囲で一つ、みんなに内緒で何か具材を入れないかと提案。タカ兄は渋ったがシノ会長とお義姉ちゃんが乗り気で、アリア先輩とスズ先輩も同調したのでタカ兄が折れた。

 

「間違ってもふざけたものを入れないように」

 

 

 そう釘を刺されているので、全員鍋としておいしく食べられるものを入れる。本当はハズレを入れたかったんだけどな……

 

「これってたこ焼き?」

 

「それ入れたの私だよ~」

 

「美味しいんですか?」

 

 

 アリア先輩が入れたたこ焼きを訝しげに眺めるスズ先輩。だがアリア先輩はお勧めだと言っている。

 

「……本当だ。美味しいですね」

 

「意外な組み合わせが美味しいんだよね」

 

「オークと姫騎士とかですね!」

 

「コトちゃん、それは別の食事になっちゃうよ」

 

 

 お義姉ちゃんにツッコまれ、私は笑い話で済ませようとしたのだけど――

 

「ふざけたことを言うなら、この間の赤点を理由に家を追い出すぞ」

 

「それだけは勘弁してください!!」

 

 

――小テストの赤点を持ち出されたら謝るしかできない。だって、家を追い出されたら生活できないし……

 

「それにしても、熱くなってきちゃった。上着を脱ごう」

 

「アリアっちも? 実は私も少しだけ」

 

 

 ここでアリア先輩とお義姉ちゃんが上着を脱ぐ。するとものすごいボディラインが目に飛び込んでくる。

 

「「………」」

 

「シノ会長とスズ先輩ではこうはいきませんね」

 

 

 言葉を失っている二人にそうやって声をかけたのだけど、反応がない。どうやら完全に意識を取られてしまっているようだ。

 

「タカ兄も眼福でしょ? だから冬の鍋は人気なんだね」

 

「お前は何を言ってるんだ?」

 

「ありゃ?」

 

 

 さすがのタカ兄でも興奮するかと思ってたのだけども、まったくの平常心。わが兄ながらこの鋼の精神力はどこから来ているのだろうか。

 

「とりあえず、〆にしますね」

 

 

 放心状態の二人をスルーして、タカ兄が鍋にうどんを投入。量を間違えることなく全員でちゃんと完食することができたのだった。

 

「今年ももう終わりだが、やり残したことはないか?」

 

「問題ないですね」

 

「コトミはもう少し成長してほしかったですけどね」

 

「これ以上は無理だって!?」

 

 

 緩やかな成長では満足してくれないようで、私はタカ兄から冷ややかな視線を向けられている。撞いて

 

「実は私、除夜の鐘を撞いてみたいんだ! 付き合ってくれないか?」

 

「それでしたら、私が整理券を人数分入手しておきました!」

 

 

 どこからか現れた出島さんに、タカ兄以外がびっくりしてしまった。この人、どこで会話を聞いていて、どこから現れたんだろう……




成長しているのかは微妙ですが……


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除夜の鐘

シノは好奇心の塊だからな


 シノちゃんの願いを叶えるために、私たちは夜遅くの外出に。タカトシ君がいるから問題はないのかもしれないけど、出島さんが私たちの引率役を引き受けてくれている。

 

「お嬢様の身の安全のためなら」

 

 

 そう意気込んでいるのだけど、タカトシ君がいる時に声を掛けられることはほとんどないから、出島さんも少しは楽しんでもらいたいな。

 

「ところで、会長はどうして鐘撞なんてしたかったんですか?」

 

「やったことがなくてな。一度してみたかったんだが、一人で出かけるのも寂しくて機会を逸していたんだ」

 

「それで私たちを巻き込んでそれをしてみようと」

 

 

 シノちゃんはいろいろなことに興味を惹かれるから、してみたいことがたくさんあるんだろうな。私はそこまでないから、そういうところに憧れちゃうんだよね。

 

「それでは整理券を配ります」

 

 

 出島さんがこういうことを予期して入手してくれていた整理券を受け取る。そこに書かれている数字は「081」だ。

 

「つまりここにしまえってことだね」

 

「あぁ! 整理券になりたい」

 

「大声で何を言っているんですか、貴女は……」

 

 

 出島さんが私の胸を見ながら願望を漏らすと、タカトシ君がすかさずツッコミを入れる。

 

「それにしても、意外と人がいるもんですね」

 

「カップルとかもいますね」

 

「彼女と鐘撞デートをした後、彼女を突くわけですか」

 

「彼女が、かもしれないぞ?」

 

「どっちもドキドキしますね!」

 

「煩悩まみれな人たちがやってもいいんだろうか……」

 

 

 スズちゃんが零した疑問に、誰も答えなかった。タカトシ君も呆れているのかスルーしてるし、そもそも私ではツッコミができないしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いざ順番が近づいてくると、なんだか怖くなってくる。私がやってもいいのだろうかという不安とともに、もう一つの不安が恐怖を加速しているのだ。

 

「しまった。手袋を忘れてきた……」

 

「私のでよかったら貸しますよ」

 

 

 カナが手袋を貸してくれた。この流れなら自然にあれが借りられるんじゃないか?

 

「萩村の耳当ても少し貸してくれないか?」

 

「いいですよ」

 

「ありがとう」

 

 

 萩村から耳当てを借りて、私はようやく決心がついた。整理券を住職さんに渡し、念願だった鐘撞を体験する。

 

『ゴーン』

 

 

 ものすごい音が耳のそばで鳴り、私は少し肩を跳ねせてしまう。耳当てがあれば大丈夫かと思ったのだが、意外と響くものだな……

 

「シノちゃん、怖かったの?」

 

「そ、そんなことないぞ!? ただちょっと寒かったらかカナから手袋、萩村から耳当てを借りただけで、決して耳当てを耳栓代わりにできないかなんて思ってなかったからな?」

 

「シノっち、語るに落ちてますよ」

 

「あっ……」

 

「そもそもタカ兄に聞いて、どうしてシノ会長が耳当てを借りたのかなんてわかってますけどね」

 

「なっ!?」

 

 

 タカトシの読心術で私がビビっていたのを知られていたとは……というか、タカトシがそんなことを言いふらすわけないし……

 

「誰が聞いたんだ!?」

 

「私です」

 

「カナかっ!」

 

「だってシノっち、家を出る前に手袋してたはずなのに、気づいたら持ってきていなかったので何か意図があるんじゃないかって」

 

「見られてたのか……」

 

 

 実は家を出る前から萩村の耳当てを狙っていたのだ。だがそれだけ借りるのは不自然だと思い、少し寒いが手袋を家に置いてきた。まさかそこを見られていたとはな……

 

「すっごく恥ずかしい気分だ」

 

「まぁまぁ、シノ会長がビビりだってことは、ここにいる皆さんが知ってることですから」

 

「誰がビビりだ!」

 

 

 少し強めに反論したが、タカトシとアリアが生暖かい視線を私に向けている。強がったところで私がビビりであることは知られているんだ。だが否定しておかないと今後の威厳にかかわってきそうだったから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住職さんが最後に鐘を撞き、ちょうど年が明けた。シノさんがさっきから強がって見せているが、別にそんなこと気にしなくてもいいと思うんだけどな……

 

「と、とりあえずあけましておめでとう。今年もよろしくな」

 

「よろしくお願いします」

 

「あけ おめこ とよろ」

 

 

 出島さんが悪意ある間を作り挨拶をする。相手にするとつけあがるのでここは無視しておこう。

 

「何言ってるんですか出島さん」

 

「駄目だよ~」

 

「あれ?」

 

 

 どうやら除夜の鐘のおかげで、シノさんとアリアさんの煩悩が払われたようだ。つまり出島さんほど煩悩まみれではなかったということなのだろう。

 

「タカ兄、お母さんからメッセージきた?」

 

「一応な。やっぱり帰ってくるのは難しいようだ」

 

「私にも一応あったけど、タカ兄に迷惑をかけるなって言われた」

 

「それを実行してくれるのなら、お母さんから預かってるお年玉をあげられるかもな」

 

「守る! 守るからお年玉をください!」

 

 

 こいつは本当に金をちらつかせると従順になるな……こんなんじゃ将来が心配で仕方がない。

 

「それじゃあ一回家に戻って、それから福袋を買いに行くぞ!」

 

「念のため言っておきますが、ウチは皆さんの家ではありませんからね?」

 

「そうです。タカ君とコトちゃん、そして私の家です」

 

「カナは違うだろうが!」

 

「だって、私にもお義母さんからメッセージありましたから。今年も娘をお願いって」

 

「な、なんだこの敗北感は……」

 

 

 てか、義姉さんにも送ってたのか……ほんと、コトミが独り立ちしてくれる日は来るんだろうか……




煩悩まみれな出島さん


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戦利品の交換

買ったことないな……


 最近では福袋を買った直後からその場で交換を申し込むこともあるらしい。実際店の外で戦利品の交換をしている人もちらほらと見受けられたし。

 

「――というわけで、我々も戦果の確認と戦利品の交換を行うぞ!」

 

「シノっちたちは元気ですね」

 

「義姉さんはいかなかったんですね」

 

「タカ君だけにご飯の準備を任せるわけにはいかないからね」

 

 

 タカ兄とお義姉ちゃんの会話が私たちの親のように聞こえなくもないけど、シノ会長たちは気にした様子はない。普段大人っぽいけど、こういうところは年相応なんだろうな。

 

「この福袋は最後の一個だったからな。余り物には福があるというし、きっといいものが入っているに違いない」

 

「会長ってそういうことを信じてる節がありますよね」

 

 

 私からすれば、最後の一つというのはいい印象はない。だって、ガチャで底を引いたってことだし……

 

「てかシノちゃん。その福袋って下着メーカーのじゃない?」

 

「えっ?」

 

 

 アリア先輩の指摘で気づいたのか、会長が慌てて福袋の外のロゴを確認している。まさか、なんの福袋か確認しないで買ったのだろうか?

 

「服入ってなかった……」

 

「かなりセクシーですね」

 

 

 会長が取り出したのは紐パン。これを穿く勇気は私にはないな。

 

「ところでスズ先輩。スズ先輩が買った福袋、どうして透明なんですか?」

 

「これは中身が見える福袋よ。こうすれば欲しいものが入った袋を選べるでしょ?」

 

「でも福袋って、何が入ってないかわからないのが醍醐味じゃないんですか?」

 

「そうかもしれないけど、これはこれでいいと思うわよ」

 

「中身が見える話ー? 私も買ったよ~」

 

「そういうことじゃないです!?」

 

 

 会話の途中から加わってきたアリア先輩が持っているのはスケスケのネグリジェ。

 

「というか、どこで着るんですか?」

 

「タカトシ君と一緒に寝るときとか?」

 

「そんなこと私たちが認めん! ただでさえアリアの就寝時の恰好は色っぽいんだ。そこにそんなものを着たら私たちがショックを受けるだろうが」

 

「てか、タカ兄に着てるところ見せても怒られるだけだと思いますけどね」

 

 

 タカ兄は性欲より先に呆れや怒りが現れることが多い。というか、タカ兄に性欲があるのかが疑問だ。

 

「兎に角! 風呂上がりにそれを着ようとしていたら私たちが全力で止めるからな」

 

「ちょっと残念だけど、シノちゃんがそこまで言うならあきらめるよ。これは家で着ることにするよ」

 

「家だと出島さんが興奮しちゃうんじゃないですかね?」

 

「ありえそうだな」

 

 

 出島さんはアリア先輩大好きだから、スケスケのネグリジェなんて着てたら大変なことになりそうだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある程度の確認も済んだので、これからは交換会だな。私としては別に不満があるわけではないので必要はないのだが、もしかしたら誰かがいらないもので私が欲しいものがあるかもしれないし。

 

「毛糸のマフラーか……チクチクして苦手なんだよね」

 

「だったらこっちのシルクのマフラーと交換するか?」

 

「良いの?」

 

 

 早速アリアと交換することができた。私としては毛糸でもシルクでも問題ないので、この交換はアリアのため。

 

「アリアは敏感肌なのか」

 

「うん。特に裸マフラーの時は」

 

「著しいな」

 

 

 さすがに最近ではしていないのだろうが、昔のアリアを知っている身からすればありえそうだと思える状況。しかしアリアが裸マフラーしている姿を想像しても絵になると思ってしまうのはなぜだろう……

 

「帽子か……最近新しいの買ったばかりなのよね……」

 

 

 どうやら萩村の方でも微妙なものがあるようだ。だが私は交換に出せそうなものがない。

 

「だったら私のレッグウォーマーと交換しませんか?」

 

「いいわよ」

 

 

 どうやらコトミの方で引き取れるようで、萩村はコトミからレッグウォーマーを受け取る。

 

「ふと思ったのだが、萩村のサイズとあってるのか、そのレッグウォーマー」

 

「………」

 

 

 普通なら気にしなくてもいいサイズなのだろうが、萩村の伸長を考えると少し危ない気がする。私の言葉で一瞬硬直した萩村だったが、いそいそとレッグウォーマーを装着し――

 

「ニーソックス?」

 

「コトミ、帽子だけあげるわ」

 

「なんだかすみませんでした……」

 

 

 萩村は交換で手に入れたレッグウォーマーをコトミに返す。コトミの方も悪いことをした気分になったようで、頭を下げながらそれを受け取っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず交換は済んだので、全員で手に入れたアイテムを使ってファッションショーをすることに。審査員というか、観客はタカトシ君とカナちゃんだ。

 

「待たせたな!」

 

 

 シノちゃんが勢いよくリビングの扉を開け、そのあとに私たちが続く形で登場する。

 

「皆さん似合ってますね」

 

「義姉さんも行けば良かったじゃないですか」

 

「そうかもね」

 

 

 私たちの恰好を見て少し羨ましそうにしているカナちゃんに、タカトシ君が呆れ気味に言う。なんだろう、この二人の関係は義姉弟なのにもやもやしてくるような……

 

「少しスースーするな」

 

「暖房の温度上げる?」

 

「いや、そのうち慣れるだろう」

 

 

 いったい何を指して慣れるといっているのか気になったが、スズちゃんがさっきの下着メーカーの福袋を見て固まっているのを見て納得がいった。

 

「(シノちゃん、紐パン穿いてるんだね)」

 

「(せ、せっかくだからな)」

 

「(私もインナーにスケスケのネグリジェを着てるよ~)」

 

「(間違ってもアウターを脱ぐなよ?)」

 

 

 一瞬フリかとも思ったけど、シノちゃんの目が本気だったので勘違いせずに済んだ。もし気づけなかったら、私は脱いでただろうしね。




買ったものを無駄にしないのは偉いけど……


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静電気防止策

バチバチするんですよね……


 今日の見回りは私一人の担当だったのだが、特に問題なく見回りを終えることができそう。タカトシと一緒だと周りから嫉妬の視線を向けられたり、タカトシが問題を見つけるのが上手すぎるので大変なこともあるけど、私一人だとこうして平穏な見回りになるみたいね。

 

「あれ、スズ先輩一人ですか?」

 

「コトミ、何かやらかしたの?」

 

「なんで私が何かやらかした前提で話すんですか? 私だって毎日問題を起こしてるわけじゃないんですけど」

 

 

 コトミの言葉に、私は思わず首をかしげてしまう。この子が問題を起こさずに過ごせるって、全然想像できないのよね。

 

「まぁ、それは置いておいて。何か用があるから話しかけてきたんじゃないの?」

 

「いえ、見かけたので声をかけただけです。普段はタカ兄と一緒にいるから見つけやすいんですけど、スズ先輩一人だと気づかないこともありそうなので」

 

「どういう意味だ!」

 

 

 どうせ私が小さいから視界に入らないとか、そんなことなんだろうけども。

 

「タカ兄が一緒だと変に緊張して、逆に周りが気になるのでよく気付けるんですけど、タカ兄がいないときは集中力が全くありませんので」

 

「自覚してるなら、集中できるように努力しなさい」

 

 

 タカトシがいくら注意しても成長しないのだから、私が言ったところで意味はないだろう。だが言っておかないといけない気になったので言っておくことに。

 

「ところで話は変わりますけど」

 

「何よ?」

 

「頭脳明晰なスズ先輩なら解決策を授けてくれるんじゃないかって思いまして」

 

「タカトシに怒られない方法ならわからないわよ」

 

「だから、私がタカ兄に怒られるのを前提にしないでくださいよ」

 

「はいはい。それで?」

 

 

 いつまでも先に進めなくなりそうだったので、私はコトミからの抗議をサラッと流す。

 

「静電気をどうにかする方法ってありませんかね? ドアノブ触るのが怖くて」

 

「それだったら、地面に手を当てて静電気を防ぐ方法があるわよ」

 

「マジですか」

 

 

 私のアドバイスを聞いて早速、コトミが地面に手を当てる。

 

「大地の声が聞こえる……」

 

「セリフはつけなくていいよ」

 

「こっちの方がふいんきあっていいじゃないですか」

 

「雰囲気ね」

 

 

 とりあえず問題が解決したのか、コトミは去っていった。

 

「――ということがあったんですよね」

 

 

 生徒会室に戻って報告をする際に、会長と七条先輩にコトミとのやり取りを話した。

 

「静電気といえば」

 

 

 そこで七條先輩も何かあったようで、私と会長は七条先輩の話を聞く体制になる。

 

「家でセーターを脱ごうとしてバチバチって来てね」

 

「あぁ、よくあるな」

 

「それで出島さんに相談したんだけど」

 

 

 そこまで聞いて、私は嫌な予感がしてきた。だって、七条先輩絡みであの人が出てくるってことは、ろくでもない話にしかならないから。

 

「そしたら『それを活かしたエキセントリックキスが楽しめますよ』って言われて」

 

「あの人は思考がエキセントリックだな」

 

「実践しようとしたところに橋高さんが静電気を逃がすグッズを持ってきてくれたんだー」

 

「確かに、そういうグッズが売ってるのを見たことあるな」

 

「最初から橋高さんに相談すればよかったのでは?」

 

 

 七条家の良心とさえ思える人だし、最初から安全な解決策を持ってきてくれると思うんだけどな……

 

「さすがに着替えの場に橋高さんは入れられないよ~」

 

「あっ、そうですね」

 

 

 男性である橋高さんが七条先輩が着替えてる場にいたらどうなるかを考えて、私は自分のうっかりを反省するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝からしゃっくりが止まらなくてどうにかしたい。というわけで私は相談するために生徒会室を訪れた。

 

「私のしゃっくりと止めてください」

 

「コトミよ……ここは一応関係者以外立ち入り禁止なんだ。気軽に来られても困るんだがな」

 

「ここの実質的な主であるタカ兄の妹である私は、ある意味関係者です」

 

「主は私だぞ!?」

 

 

 生徒会長であるシノ会長が主って言われてもあまりピンとこない。むしろ副会長で実質的生徒会を運営しているタカ兄の方が主としてしっくりくるんだけどな。

 

「まぁ、細かいことはさておいて」

 

「全然細かくない」

 

「そういえば、タカ兄はどこに?」

 

「タカトシなら職員室に行ってるぞ。なんでも横島先生がまたやらかしたとかで」

 

「大変ですねー」

 

 

 とりあえずタカ兄がいないので、残りの三人にしゃっくりを止めてもらうことに。

 

「以前もした記憶があるんだが、しゃっくりぐらい自分でどうにかしろ」

 

「そういわずに」

 

 

 シノ会長、アリア先輩、スズ先輩に驚かせてもらったが、残念なことにしゃっくりは止まらない。

 

「皆さん程度では私を驚かすことはできないようですね」

 

「それが人にものを頼んでいたお前がいうことか?」

 

「せっかくだから、抜き打ちでテストをしてあげるわよ。さっさと準備しなさい」

 

「なんでそんな流れになるんですかっ!? って、しゃっくり止まった」

 

 

 スズ先輩の脅しのおかげかはわからないが、私はしゃっくりから解放された。

 

「あー、ようやく止まりました。それじゃあ私はこれで――」

 

「待ちなさい。小テストは本気よ」

 

「勘弁してくださいよー!」

 

 

 結局逃げ切ることができずに小テストを受け、散々な結果だったせいでみっちり勉強をさせられることに……

 

「こんなんだったらマキやトッキーに相談すればよかった」

 

「この勉強はお前のためなんだから、文句言わずに頑張れ」

 

「誰か助けてー!」

 

 

 しゃっくりから解放されたけど、勉強から解放されることはなく、タカ兄が戻ってくるまで私はみっちりとスズ先輩に英語、シノ会長に数学、アリア先輩に国語を教え込まれたのだった。




誰も助けてはくれない


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シノのピンチ

凄いピンチだ


 ここ最近学園内でエチケットを配慮していない人間が目立ってきている。

 

「コトミ! ハンカチはどうした」

 

「上着のポケットに入れっぱなしでして……」

 

「なんで上着を脱いでるんだ?」

 

「露出が減ってがっかりしてる男子生徒へサービスを――」

 

「お前、上着汚したな?」

 

「うへっ!? な、なんでそんなことを?」

 

 

 タカトシに図星を突かれ、コトミはわかりやすく動揺している。とりあえずコトミの説教はタカトシに任せ、私たちは見回りを再開することに。

 

「よーす、生徒会役員共――って、津田はどうした?」

 

「コトミに説教中です。そんなことより横島先生……」

 

 

 萩村が鼻を抑えながら横島先生を睨む。すると横島先生も察したようで口を抑えてくれた。

 

「昼にニンニクたっぷりのラーメン食ってさ」

 

「食べるなとは言いませんが、しっかりと口臭ケアはしてください。この後授業もあるんですから」

 

「で、でも! 世の中には口臭フェチがいるんだし――」

 

「タカトシに報告して、コトミと一緒にお説教されたいんですか?」

 

「今すぐ口臭ケアします! だから津田に報告するのだけは勘弁してくれ!」

 

 

 横島先生もいろいろとリーチが掛かっているので、口臭程度でタカトシに報告されるのは勘弁願いたいらしい。

 

「そういえば、私たちも一応歯磨きしておいた方がいいんじゃないか? 別に臭うものを食べたわけではないが、エチケットとして」

 

「そうだねー」

 

 

 一度教室に戻り、歯磨きセットを持ってきて三人で歯を磨く。五十嵐に見られたら不用品だと咎められる可能性もあるが、これはエチケットとして持ち歩いているので生徒会的には問題ではない。

 

「歯磨きは横磨きがいいらしいですよ。テレビで言ってました」

 

「そうなのか」

 

「私は縦磨きがいいって本で読んだよー」

 

「人によって考え方が違うんだな」

 

 

 萩村とアリアの話を聞いて、いったいどっちがいいのか考えていたら、ふと答えが下りてきた。

 

「歯磨き〇ェラは横だから、横磨きがいいのかもしれないな」

 

「それを一票として考えるのはどうなんですか?」

 

「シノちゃん、タカトシ君がいないからって絶好調過ぎない?」

 

「これくらい普通だろ? まぁ、タカトシがいたら大目玉必死だろうけども」

 

 

 あいつは冗談が通じないのが玉に瑕だからな……これくらいなら高校生のうちは冗談で済ませられる話題だと思うんだが。

 

「とりあえず、気を抜きすぎてタカトシの前でも言ってしまわないようにしなければな」

 

「というか、普通に言わないようにできないんですか?」

 

「元々を考えれば、これでも言ってないだろ?」

 

「それはまぁ……」

 

 

 自分でも酷かった自覚はあるので、萩村が言いたいこともわかる。だがたまに言ってしまうくらいは大目に見てほしいと思ってしまうのも仕方がないではないか。だってどんなに頑張っても、私の頭の中は思春期全開なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミちゃんへのお説教が終わったタカトシ君が戻ってきたのだけど、今度はシノちゃんがお手洗いに出て行ってしまった。

 

「タカトシ君、お茶淹れるね」

 

「いえ、自分でやりますよ」

 

「気にしないでー。スズちゃんも、お代わりいる?」

 

「いただきます」

 

 

 自分の分を含め、三人分のお茶を用意して席に座ると、シノちゃんからメッセージが届いた。

 

「(シノちゃんから?)」

 

 

 メッセージを開くと――

 

『紙がない。どうしよう』

 

 

――とのこと。なので私は――

 

『シミ付きも需要あると思うよ?』

 

 

――と返信した。するとすぐに――

 

『冗談を言ってないで、紙を持ってきてください』

 

 

――と敬語で催促された。これはさすがに冗談を言ってる場合ではないようで、私は急いでトイレに向かうことに。

 

「七条先輩、どちらへ?」

 

「えーっと」

 

 

 素直に事情を話していいものか考え、さすがに伏せるべきだという考えに至った。だがどうやってごまかせばいいのかわからないので、とりあえず嘘と事実を混ぜて事情を説明しよう。

 

「シノちゃんがちょっとピンチらしくて、ちょっとトイレに助けに行ってくるね」

 

「会長がピンチ!? 大変じゃないですか! 私もいっしょに行きます」

 

「あ、あれ?」

 

 

 何か間違えちゃったようで、スズちゃんも一緒にトイレに行くことに。

 

「おや、萩村さんに七条さん。そんなに急いでどちらへ?」

 

「会長がピンチらしいので助けに」

 

「天草さんが!? 私も行きます」

 

「えっと……」

 

 

 途中で畑さんとカエデちゃんも加わり――

 

「会長がピンチ!? 普段助けてもらってるの私たちも行きます」

 

 

――ネネちゃんとパリィちゃんも加わってさらに――

 

「会長がピンチなんですって!? 今こそ封印された力を解き放つとき」

 

 

――コトミちゃんたちも合流して大所帯になってしまった。

 

「会長、大丈夫ですか!?」

 

『な、何事だ!? 私はただ、アリアに紙を持ってきてもらおうとしただけだぞ』

 

「えっ? ピンチだったんじゃないんですか?」

 

『いや、拭けなくてピンチだが……』

 

 

 扉の向こうで困惑してるシノちゃんと、事情が上手く呑み込めない他の子たち……これって、私がちゃんと説明しなきゃいけないよね?

 

「シノちゃんが紙がなくてピンチって説明するのはあれかなって思って、かいつまんで説明したらこんなになっちゃって……」

 

『そういうことか。ところで、早く紙をくれないか?』

 

「あっ……」

 

 

 肝心な紙を忘れたと思い出したタイミングで、タカトシ君からメッセージが。

 

『トイレの外に紙を置いておきます。早く戻ってきてください』

 

「結局タカトシ君に助けられちゃったね、シノちゃん」

 

『すごく恥ずかしい……』

 

 

 生徒会室の時点で私の用事を察し、さらにこうなることを見越して行動していたようだ。相変わらずタカトシ君はすごいなぁ……




結局ピンチを救うのはタカトシさん……


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生徒会の顧問

駄目じゃない方の顧問です


 私、サクラっち、トオりん、ユウちゃんの四人で見回りをしていたのだが、何かが足りない気がしてならない。だが英稜の生徒会メンバーはこの四人で全員のはずなのに……

 

「会長、どうかしましたか?」

 

「ふと思ったんだけど、何かが足りない」

 

「足りない? 何か忘れたんですか?」

 

 

 サクラっちに問われて、私は忘れ物ではないと断言する。だって、家を出る前にタカ君に確認してもらったから。

 

「何が足りないんだろう……」

 

 

 私が考え込むと、ユウちゃんがなんともない感じでトオりんと話していた内容が聞こえてきた。

 

「そういえば英稜の生徒会には顧問いないんすよねー。この間桜才の手伝いに行ったとき改めて思ったんすけど」

 

「横島先生、優しかったもんねー」

 

「それだ!」

 

「っ!? か、会長、なんすか……」

 

 

 私が大声を出したから、ユウちゃんとトオりんの二人が驚いた顔でこちらを見てくる。

 

「ごめんごめん。でも何が足りないのかやっとわかってすっきりしたから」

 

「それで会長は、英稜生徒会にも顧問が必要だというんですね?」

 

「うん。桜才学園に対抗するわけじゃないけど、英稜にも必要なんじゃないかって思って」

 

 

 桜才学園生徒会顧問である横島先生。生徒会メンバーだけで出かけるときの運転手兼引率役というポジションらしいけども、運転手は出島さんで代行できるし、引率役という面でいえばタカ君の方がふさわしい。だがタカ君は未成年ということで、しばしば横島先生を引率として参加させているとシノっちから聞いたことがある。

 

「別に私たちはしょっちゅう課外活動してるわけではないですし、ましてや夜間外出もしませんから顧問は必要ないのでは?」

 

「むしろ桜才生徒会の顧問は津田先輩っぽい雰囲気がありますけどね」

 

「それはわかる。でもタカ君はあくまでも副会長だからね?」

 

 

 畑さん曰く、生徒会長兼副会長兼書記兼会計兼顧問とかなんとか……タカ君は幾つ役職を兼務すればいいのでしょうか。

 

「別に引率役が必要って思ったわけじゃなくて、相談できる相手がいると安心かなって」

 

「それは確かに……会長が暴走した場合の対処とかお願いしたいですし」

 

「最近は大人しくしてるでしょ?」

 

 

 以前は酷かったと自覚しているので、最近は結構大人しいと自信を持って言える。だがサクラっちからしてみればまだまだなようだ。

 

「相談役がいればいいってのは納得っすけど、誰にやってもらうんすか?」

 

「そうだね……それじゃあ、そこの角を最初に曲がってきた人にやってもらおう」

 

「え?」

 

 

 なんともギャンブラー的決め方に、サクラっちが文句を言いたそうにこちらを見ている。だがサクラっちが何か言葉を発する前に、一人の教師が曲がり角から現れた。

 

「生徒指導の音羽先生!」

 

「めっちゃ厳しい先生っすね」

 

 

 サクラっちとユウちゃんが驚いているのをしり目に、私は音羽先生に話しかける。

 

「生徒会の顧問になってくれませんか?」

 

「え?」

 

「全く臆さない」

 

 

 私が音羽先生に打診する後ろで、サクラっちが私の行動力に呆れている様子。

 

「良いですよ」

 

「本当ですか?」

 

 

 あっさり快諾されたので、サクラっちが思わず聞き返してしまう。実は私も快諾されるとは思っていなかったので、ちょっとビックリ。

 

「生徒を助けるのが教師の務め。私の力が必要な時はいつでも言ってください」

 

「「よろしくお願いしまーす」」

 

 

 音羽先生の返事を聞き、後輩コンビが先生に挨拶をする。

 

「広瀬さん」

 

「なんすか?」

 

「ネクタイはちゃんと締めなさい。シャツを入れなさい。スカート短すぎます」

 

「おー。さっそく力を発揮された」

 

「なんだかタカ君とコトちゃんの関係みたいだね」

 

 

 あっちは兄妹だけど、そんな感じに見える。まぁ、教師と生徒のこっちの方が自然なんだけども。

 

「タカ君とコトちゃんとは?」

 

「桜才学園生徒会副会長の津田タカトシ君と、その妹のコトミさんのことです」

 

「あの二人も今の先生とユウちゃんのような会話をしてるので」

 

 

 どうやら音羽先生もタカ君のことは知っていたようで、サクラっちの説明で納得してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 音羽先生を生徒会室に招き、せっかくだからと記念撮影をすることに。

 

「会長ってホント写真好きっすよね」

 

「だって、思い出になるでしょ?」

 

「それじゃあ撮りますよ」

 

 

 私がカメラのタイマーをセットして合図を出すと、みんながピースサインをする。音羽先生も意外とノリがいいらしい。

 

「あっ」

 

 

 撮った写真を確認していた会長が、問題があった時に発するようなトーンで声を漏らした。

 

「どうかしたんですか?」

 

「私のピースが音羽先生の顔に被って――」

 

「ありゃ」

 

 

 ちょっとしたハプニングがあったようだが、記念としては問題ないだろう。

 

「――先生に鼻フ〇ックしてるみたいになってる」

 

「撮り直しましょう」

 

 

 さすがにそんなハプニングはいらない。私はもう一度タイマーをセットして、今度はしっかりと会長と音羽先生の距離を確認する。

 

「今度は大丈夫っすね」

 

「写真も結構たまりましたね」

 

 

 広瀬さんと青葉さんがコルクボードの写真を見てしみじみと呟く。それにつられるように音羽先生もボードの写真を確認して――

 

「随分と密着していますね」

 

「健全な関係です」

 

「というか、タカ君はいくら誘っても靡かないですから」

 

「てか、誘わないでくださいよ……」

 

 

 タカトシ君だから問題になっていないけど、他の男子だったらどうなっていることか……生徒指導の立場として音羽先生は疑わしい目を向けてきましたが、本当に何にもないことは私たちの雰囲気から察してくれたようだ。




他校でも絶大な信頼を誇るタカトシ


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見回り強化

強化しても追い付かないからな……


 ここ最近学園内の風紀が乱れている気がする。毎日見回りとかしているのだが、どうしても気が緩んでしまう生徒が出てきているのだろう。

 

「――というわけで、風紀委員の見回りを強化します。皆さん、協力お願いします」

 

 

 風紀委員会本部でそう宣言し、委員の子たちも協力してくれることに。

 

「(私自身、タカトシ君に頼り切って見回りが疎かになってたかもしれないから、気合を入れ直すいいタイミングだったかも)」

 

 

 この学園内において、タカトシ君に任せておけば最終的になんとかなるという空気が充満している。私もそこまでではないが、タカトシ君に甘えていた部分があることは確か。風紀委員長として、学園の風紀を守らなければ。

 

「コトミさん、短いですよ!」

 

 

 見回りを初めてすぐ、タカトシ君の妹であるコトミさんに遭遇。問題ある恰好を指導したのだが――

 

「まぁ、確かに女の子の尿道は短いですけど」

 

「スカートが! 主語つけなくてごめんね!」

 

 

――盛大に勘違いされてしまい、慌てて注意し直す。だってこのままにしておいたら、私までコトミさんと同類だと思われそうだったから。

 

「と、兎に角! スカートを既定の長さに直してください。このままだとまた先生たちに目を付けられちゃいますよ」

 

「そ、そんなことになったら……タカ兄に見捨てられ、家を追い出され、知らないおじさまのペットとして生きていくしか――」

 

「そういう発言も問題です! 本当にタカトシ君に報告してもいいんですからね!」

 

「それだけは勘弁してください! ちょっとした冗談ですから!」

 

 

 結局タカトシ君の名前に助けられた形になってしまったが、とりあえずコトミさんの服装を正すことに成功した。

 

「昔は私一人で学園の風紀を守るって意気込んでたんだけどな……」

 

 

 共学化したばかりの時は、男子生徒がよからぬことをしないよう注意しなければと思っていたのだけど、今ではその抑止力は私ではなくタカトシ君。そもそも男性恐怖症である私が、男子生徒に何かできるはずなかったのだと思い知らされた。

 

「あれは」

 

 

 見回りをしていると、今度は時さんがだらしなく座っているのが目に入ってきた。

 

「時さん、足開いて行儀悪いですよ」

 

 

 この子はコトミさんと違って注意すれば直そうとしてくれるので、そこまで力強く注意しなくてもいい。だが今日はそれでは終わらなかった。

 

「確かに、時と場所は選ばないとな」

 

「へ?」

 

 

 たまたまあちらも見回りで通りかかったのだろう。天草さんが私の注意に補足してきた。

 

「だって、お小水の時は足を開かないと綺麗に飛ばないだろ?」

 

「言及しにくい!」

 

 

 同意するにできない話題にどうしようか悩んでいると、時さんが頭を下げて座り方を改めてくれた。そのおかげでこの話題はここで終了し、天草さんも見回りを再開していく。

 

「はぁ……風紀を正すのも簡単じゃないわね」

 

 

 とりあえず見回りは強化して、問題ある生徒にはしっかりと注意、指導していこうと心に決め、私も見回りを再開するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カエデ先輩に注意されたことは、どうやらタカ兄には報告が行っていないようで、私はホッとしながらムラサメと遊ぶ。

 

「冬毛ってもこもこしててかわいいよねー」

 

「動物の寒さ対策は合理的だからな」

 

 

 怒られないよう宿題も自発的に終わらせ――合っているかはさておき――小テストでもしっかりと結果を残したので、タカ兄も家で穏やかな時間を過ごしている。

 

「そうか!」

 

「ん?」

 

 

 私がひらめいた感を出して声を上げると、タカ兄が視線だけで先を促している。

 

「私の下半身が冷えるのは、毛が無いからかー」

 

「お前がないのはデリカシーだろ。てか、今日も服装でカエデさんに怒られたんだろ」

 

「ほ、報告行ってたの!?」

 

「今後同じようなことをするなら、こちらでも考えなきゃいけないからな」

 

「ちゃんとするから! だから家を追い出すのだけは……」

 

 

 誠心誠意謝罪して、なんとかこの問題は不問となった。両親がいないから仕方ないのかもしれないが、今家の中での決定権はタカ兄が握っている。タカ兄が私をこの家から追い出す権利を持っているのだ。怒らせないよう気を付けなければ……

 そう決心した翌日、私は下半身が冷えるからスカートの下に短パンを穿いて登校した。

 

「会長、ちょっとご相談したいことが――」

 

 

 会長に相談しに生徒会室を訪れると、ちょうど会長も短パンを穿こうとしていた。

 

「会長も寒いから短パンですか?」

 

「コトミか……一応ノックしたのは認めるが、返事してから部屋に入ってこい」

 

「はーい」

 

 

 とりあえずの注意を受けていると、アリア先輩もこちらにやってきた。

 

「シノちゃんもコトミちゃんもスカートの下に短パン穿いたんだー」

 

「あぁ」

 

「アリア先輩もですか?」

 

 

 お嬢様であるアリア先輩なら、寒さ対策なんていくらでもできそうなものなのに。だが短パンが一番簡単な解決策だもんね。

 

「スカートが捲れても『実は穿いてましたー』ってできるしね」

 

「そんな考えは微塵もなかったが」

 

「てか、そんなこと気にしなくても、タカ兄が目を光らせていればスカートの中を覗かれる心配はないのでは?」

 

「それもそうだな。それで、コトミの相談とは?」

 

「実はですね――」

 

 

 私は持ってきた相談事を会長に話し、具体的な解決策を授けてもらった。

 

「ありがとうございました。とりあえずはそれで凌げそうです」

 

「まぁ、コトミも頑張ってるんだろうがな」

 

「タカ兄と比べられたら、誰だって何もできないですよ……」

 

 

 相談事とは、マネージャー業をさぼってる疑惑をどうにかする方法を知りたかったということなのだが、比較対象がタカ兄という時点で、シノ会長も顔をしかめていたのだった。




サボってなくてもサボってるように見える不思議……


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知識のひけらかし

コトミはろくでもない


 久しぶりに帰ってきたお母さんから、ストッキングの活用法を教えてもらった。これはタカ兄も知らないだろうと思い、早速自慢しに行く。

 

「お母さんからいらないストッキングをもらったんだけど、タカ兄も使う?」

 

「そんなもん使わなくても、普通に掃除道具で間に合ってる」

 

 

 どうやらタカ兄はストッキングをどう使うのかを知っていたようだ。それはそれで残念だが、なぜ私がストッキングをタカ兄に勧めたのかを言っておかなければ。

 

「そうかもしれないけど、知識ひけらかしたいじゃん」

 

「雑学を覚えるのもいいが、しっかりと英単語や公式を覚えてくれると助かるんだがな」

 

「それは大変だね……」

 

 

 私のことを言われているのだが、どうも他人事のように流してしまった。だって、この流れだと勉強しろになっちゃうから……

 

「それで、どうしてストッキングを使った掃除なんて?」

 

「明日部室の掃除で使おうかなーって」

 

「少しはマネージャーとして働いてるようだな」

 

「柔道部の基準がタカ兄になりつつあるから、私に向けられる期待が高くて大変なんだよ」

 

 

 先日会長に相談したばかりなのだが、やはり柔道部の基準はタカ兄になってしまっている。私が何もできなかったから仕方ないのかもしれないけど、タカ兄レベルの家事マスターがそこら中にいるわけないと声を大にして言いたい。

 

「それでですね、いろいろと必要になりそうなのでお小遣いの前借を……」

 

「知識をひけらかす目的での無駄遣いは認められないな」

 

「普通に掃除で使うだけだよ!」

 

「だったらそのもらったいらないストッキングだけで充分だろ」

 

「せ、せめて少しくらい」

 

 

 粘りに粘った結果、ストッキング三個分くらいの資金をいただくことに成功した。まぁ、私一人の力ではなく、お母さんもそれくらいだったらと援護射撃してくれたおかげなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネネと廊下を歩いていたのだが、私は自分の足元から何かが破れる音を聞いた。

 

「あっ、ストッキング伝線しちゃってる、やだなー」

 

 

 別になくてもなんとかなるのだが、私は冷え性なのでなるべくなら足を冷やしたくない。だが代わりのストッキングなんて持ってないし……

 

「私も今、パンストフェチが伝染したよ」

 

「私は別にフェチじゃないよ」

 

「でも伝線したストッキングって、スリットが入ってるみたいでエロいし……」

 

「どんな感性をしてるのかな?」

 

 

 何度友達をやめようと思ったことか……でも結局付き合い続けてるあたり、私も交友関係が狭いのかもしれないわね。

 そんなことを考えながら生徒会室に向かうと、タカトシが私を見て首を傾げた。

 

「どうかした?」

 

「いや、ストッキング穿いてなかったっけ?」

 

「あぁ、実はね――」

 

 

 私はつい先ほどストッキングが伝線してしまったことを説明する。タカトシはそれで納得したように一つ頷いた。

 

「それにしても、よく人のことを見てるのね」

 

「まぁ、それなりに付き合い長い相手ならね。それより、スズって冷え性だって言ってなかったっけ? 大丈夫なの」

 

「きょ、今日はそこまで冷えないから」

 

 

 小さなことでもタカトシが私のことを覚えてくれていてうれしい。まぁ、わかりやすく浮かれるほど私も子供ではないが。

 

「よかったらこれ使う?」

 

 

 そう言ってタカトシがカバンから取り出したのは、新品のストッキング。普通ならなぜ男子のタカトシがそんなものを持っているのか追及する場面なのだが、何か事情があるのだろうとすぐ思ってしまうあたり、私はタカトシを信頼しきっているのだろう。

 

「それ、どうしたの?」

 

「あぁ、コトミが使うからって買ったらしいんだが、掃除以外で使おうとしてたから没収した」

 

「そういうこと。あの子の知識をひけらかす機会を奪っちゃったみたいね」

 

「だったらスズのストッキングをコトミに渡しておくよ。新品より破れちゃったやつの方が、有効活用になるだろ」

 

「そ、そうだけど……」

 

 

 つい今しがたまで穿いていたストッキングをタカトシに渡すのは勇気がいる。だが彼に下心がないことくらいわかっているので、ここで躊躇ったら私がそういうことを考えている風に思われてしまう。

 

「い、いいわよ」

 

 

 私は自分が穿いていたストッキングをタカトシに渡そうと手を伸ばして――

 

「「あわわわわ!?」」

 

「説明させてください!」

 

 

――タイミング悪く現れた会長と七条先輩に事情を説明するのだった。

 

「そういうことか」

 

「そういうことです」

 

「確かにストッキングは多様性がある、ありがたい存在だな」

 

「だねー」

 

「特に変顔フェチには」

 

「え?」

 

 

 なんだか話題がおかしくなりそうな気配が……

 

「パンスト相撲のことだぞ?」

 

「一番駄目な活用法だよ!」

 

 

 とりあえず会長たちの誤解は解けたので、私は生徒会業務を終え帰路に就く。

 

「今日は疲れたわね……」

 

「お帰りスズちゃん。あら? 今朝とストッキング変わってない?」

 

「今朝のはタカトシにあげた」

 

 

 ありのままに話したら、何か勘違いされちゃったようだ。

 

「あっ、そういう意味じゃないからね。伝線しちゃって、タカトシがコトミから没収した新品を貰って、破れたヤツは掃除用具として再利用させるって言ってたから」

 

「てっきり津田君がロリに目覚めて、スズちゃんのストッキングではぁはぁするのかと思っちゃったわ」

 

「ロリって言うな! てか、タカトシを変態に仕立て上げるな!」

 

 

 母もタカトシの為人は知っているので冗談だとわかるのだが、何故か否定しておかなければいけない気持ちに駆られたのだった。




スズ母ももっとろくでもなかった……


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酔い対策

対策必至ですから


 柔道部を取材に来ていた畑先輩が、かなり意外そうな顔で私の言葉を聞き返してきた。

 

「三葉さんが練習試合で負けたとな?」

 

「はい。それで主将、現在落ち込み中なんです」

 

 

 道場のすみっこで膝を抱えて座っている主将を見て、畑先輩は負けた理由を考察しだす。

 

「調子が悪かったんですか?」

 

「いえ、対戦校までの移動手段がバスでして――」

 

「あぁ、乗り物酔いですか」

 

「いえ、それを避けるために主将だけダッシュで現地に赴き、体力切れで負けました」

 

「阿呆の子かな?」

 

 

 畑先輩の容赦のない一言に、主将はさらに落ち込むが、柔道部一同力強く頷いている。おそらくは畑先輩が言ったことが柔道部全員の思いなのだろう。

 

「というわけで、いつまでも乗り物に弱いムツミをどうにかするために、乗り物酔いを克服するための特訓をしようと思う」

 

「別に無理して克服しなくても困らないよー」

 

「今後恋人ができた時、デートとかで困るぞ」

 

「で、デート!?」

 

 

 中里先輩の言葉に過敏に反応する主将。相変わらずのピュアっぷりに道場内にほっこりとした空気が流れる。

 

「でもまぁ、世の中にはゲロフェチの人間もいますし」

 

「くそフォローで水を差すな!」

 

 

 私の渾身のフォローだったんだけど、中里先輩に怒られてしまった。

 

「乗り物酔い克服するには、三半規管を鍛えるといいそうですよ。目を瞑ってまっすぐ歩くとか」

 

「よしムツミ、やってみろ」

 

「たぶんできないよ」

 

 

 そう前置きしながら、主将は目を瞑って歩き出す。宣言通り蛇行しているのを見るに、よっぽど三半規管を鍛えなければいけないのだろう。

 

「ダメっぽいですね」

 

「あぁ。だが嗅覚は確かなようだ」

 

 

 主将が向かった先には、タカ兄が用意してくれたお弁当が置いてある。見えなくても匂いでお弁当に向かえるあたり、確かに嗅覚は優れているようだ。

 

「『築賓』ってツボが乗り物酔いに効くらしい」

 

「へー、ちくひん」

 

「そう、ちくひん」

 

 

 トッキーが調べた知識を利用し、私は早速そのツボを刺激することに。

 

『キュー』

 

「ちくびじゃねぇ!」

 

 

 つねって刺激していたのだが、どうやら聞き間違えていたようだ。

 

「津田君に報告するからな」

 

「それだけは勘弁してください!」

 

 

 中里先輩とタカ兄はクラスメイトだから、私の愚行を報告するのは簡単だろう。そして今の聞き間違いは、相当まずかったようだ。

 

「だ、だったらバランスボールとかどうですか? 立てれば一番ですけど、まずは座ったまま上下運動するだけでも結構バランス感覚を鍛えられるそうですし。三半規管を鍛えるのにいいって聞きました」

 

「なんでバランスボールなんかがここにあるのか疑問だが、とりあえずやってみたら?」

 

「そうするよー」

 

 

 なんとか話題を逸らすことに成功したようで、私は誰にも見えない角度でホッと一息吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミちゃんの勧めでバランスボールの上に座って上下運動をしているのだけど、これが結構難しい。段々と気分が悪くなってくるし、油断するとボールから落ちちゃうし。

 

「白昼堂々誰の上でピ〇トン運動してるんだー!」

 

「へ?」

 

 

 何故か天草会長が怒鳴り込んでくるしで、乗り物酔い克服は一時中断となってしまうし。

 

「――で、言い訳はそれで終わりですか?」

 

「これからは真面目な生徒会長として、確認してから注意する所存であります」

 

 

 別行動だったタカトシ君が会長の怒鳴り声を聞いて柔道場にやってきて、天草会長が正座して謝っている。他校の生徒が見たら驚くのだろうけども、この学園では結構見られる光景なので柔道部の誰一人として驚いていない。

 

「それで、三葉はどうしてバランスボールなんかに?」

 

「実はね――」

 

 

 コトミちゃんが事情説明をしてくれたおかげで、天草会長の勘違いは解消され、もう一度頭を下げられた。

 

「確かに三葉は乗り物に弱いイメージがあるからな。それを克服しようとするのは偉いぞ」

 

「そういえば会長も高いところが苦手でしたね」

 

「なんとかしようとしたことはあるが、どれもこれも効果はなかったがな」

 

 

 コトミちゃんと話していた会長だったが、ふとこっちを見て考え込み始める。

 

「確かに三葉が乗り物に弱いままだと、桜才学園柔道部としては問題か。何か手伝えることがあればいいんだが」

 

「だったらちょっと津田君を貸してくれませんか?」

 

「チリ?」

 

 

 どうしてそこでタカトシ君を借りる流れになるのかわからなかったのだが、すぐに答えを教えてくれた。

 

「ムツミと津田君が手をつないでぐるぐる回れば、三半規管を鍛えるのにちょうどいいかと思ってな」

 

「た、タカトシ君とっ!?」

 

 

 男の子と手をつなぐだけでも緊張するのに、まさかその相手がタカトシ君だなんて……

 

「お、お願いします」

 

「あぁ、わかった」

 

 

 タカトシ君が手を伸ばしてくれたので、私はその手を握る。さっきまで運動してたから汗ばんでるかもしれないけど、タカトシ君はそんなこと気にせずに握り返してくれた。

 

「それじゃあスタート」

 

 

 チリの合図で回り始める。普段ならすぐに気持ち悪くなってしまうのだけども、何回回っても気持ち悪くなって来ない。

 

「おぉ! 三半規管が動じてない」

 

「すごい効果ですね」

 

 

 そういえば以前、タカトシ君と一緒にバスに乗った時も乗り物酔いしなかったっけ……つまりタカトシ君が一緒なら私は乗り物酔いを起こさずに済む。

 

「タカトシ君、私とずっと一緒にいてください」

 

「ムツミ先輩が公開プロポーズだ!」

 

「それは聞き捨てならないぞ!」

 

「あれ?」

 

 

 何か言葉を間違えたようで、会長からは怒られ、柔道部のみんなからはからかわれてしまったのだった。




ムツミにそんな意図はない


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手洗いの重要性

重要だけどもさ……


 生徒会室で作業しているのだが、今日はアリアの作業の進みが遅い。遅いといっても、大幅に遅れているわけではないのだが、いつもと比べるとそう感じてしまうのだ。

 

「アリア、体調でも優れないのか?」

 

「どうして?」

 

「いつもより作業の進みが遅く感じるから」

 

 

 率直にそういうと、アリアは少し困ったような顔をしながら理由を教えてくれる。

 

「雨の日って頭痛がするんだよね」

 

「なるほど。それは天気痛だな」

 

 

 そういう人がいると聞いたことはあったが、まさかこんなに身近にいたとは……

 

「私の性癖にそんな関係があったなんて」

 

「性癖?」

 

 

 何故そんな話題になったのかわからず、私は首をかしげる。

 

「だってシノちゃん今『便器通』って」

 

「そんなこと言ってないからな! というか、どうして頭痛の話だったのにそっちに流れたと思ったんだ」

 

 

 タカトシがいるというのに、そんな話題を振るわけがない。いやまぁ、普段ふざけてそっちに流れてしまうことも多々あるのだが、今はそんなこと言っていない。

 

「まぁ、この作業が終われば休憩だし、そこで薬を飲めば収まるんじゃないか?」

 

「でも薬なんて持ってきてないし」

 

「大丈夫だ。なぁタカトシ?」

 

 

 この流れなら普通私が薬を取り出すのだろうが、ここには万能なタカトシがいる。私はタカトシが薬を持っている前提で話を振る。

 

「なんで俺なんですか……まぁ持ってますけど」

 

 

 そういいながらタカトシはカバンの中から薬を取り出しアリアに手渡す。

 

「いや、話を振った私が言うのもなんだが、お前は本当に準備がいいな」

 

「市販薬ですから、もし効かなかったら病院に行くのをお勧めします」

 

「たぶん大丈夫だよ~」

 

 

 とりあえず残ってる作業を終わらせるために、私たちは再び集中することに。

 

「終わった~」

 

「それじゃあお昼にしましょうか」

 

 

 黙々と作業していた萩村がそう宣言するが、私はそれに待ったをかける。

 

「その前にまずは手洗いだぞ!」

 

「シノちゃんはしっかり者だね~」

 

「小さいころから母親に厳しく言われていたからな」

 

 

 当時は毎回言わなくても分かってるって思っていたが、しつこく言われたおかげでこうして身についているのだろう。

 

「食前、帰宅後、指フ〇ラ前には手を洗えと」

 

「一つ余計なものが入ってるっ!? てか、子供になんてこと教えてるんですか」

 

 

 萩村は驚いているが、アリアは感心してくれたようだ。

 

「というわけで、手を洗いに行こう」

 

 

 四人で手を洗い、生徒会室に戻る途中で、横島先生と小山先生が会話しているのが見えた。何を話しているのか気になり近づこうとしたのだが、タカトシと萩村が微妙な顔をしているのが少し気になった。

 

「卵って美容や老化防止の効果があるんですよね」

 

「そう言われてるな」

 

「だから最近毎日食べてるんですよ」

 

 

 なるほど、美容系の話題だったのか。これならタカトシがあまり興味を示さないのは理解できる。だがどうして萩村は微妙な顔を?

 

「卵は私たちにたくさんの恩恵をもたらしてくれるよな。おならを臭くしてくれるし」

 

「それがメリットになるのは初耳ですね」

 

「それがメリットに感じるのは横島先生だけでは?」

 

「おぉ天草。そうなのかな?」

 

 

 思わずツッコミを入れてしまったが、とりあえず私はそれを恩恵とは思えない。隣で聞いていたアリアもうなずいてくれているので、ここでは横島先生が少数派なんだろうな。もちろん、マイナーな性癖を否定するつもりはないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長と二人で校内の見回りをしているのだが、どうしても意識はもう一つのペアのことで占領されてしまう。

 

「最近アリアがじゃんけん強くて困るな」

 

「元々強運の持ち主ですからね、七条先輩は……」

 

 

 生まれからして勝者だというのに、あの見た目に強運の持ち主。いったいどこで太刀打ちできるというのだろうか……

 

「あっかいちょー! スズ先輩もお疲れ様でーす」

 

「コトミか」

 

 

 正面からやってきたコトミに意識を向けるが、ぱっと見タカトシに雰囲気が似ているのでどうしてもまたそっちに意識を引っ張られてしまう。

 

「コトミ、お前携帯を胸ポケットにしまってるのか」

 

「そうですよー」

 

「それはやめた方がいいぞ」

 

「どうしてです?」

 

 

 とりあえず意識を強引に引き戻し、私はコトミに説明することに。

 

「破損の原因になるからよ」

 

「「へー」」

 

「あれ? どうして会長も感心してるんですか?」

 

 

 てっきり同じ理由で注意してると思ったのに……

 

「私が言いたかったのは、利き手の逆が利き乳首だから、快楽に溺れやす――あ~」

 

「溺れてますね」

 

 

 タイミングよく振動し始めた携帯で快楽に溺れた会長。まともに付き合うのばからしいので流しておこう。

 

「最後は新聞部の部室ですね」

 

「ここは要注意人物がいるからな」

 

 

 タカトシがいけばあっさり問題を見つけられるのだろうが、畑さんも警戒しているだろうから今日は私と会長で見回りに訪れたのだ。

 

「おや、天草会長と萩村さんではないですか。今はちょっと修羅場ってるのでお構いできませんよ」

 

「どうしたんだ?」

 

「締め切り間近なのです」

 

 

 そういいながら畑さんは右手でメモ、左手でパソコンを操作している。

 

「畑さんって両利きなんですね」

 

「そうですよ」

 

「凄いなー。つまり乳首の感度も二倍――」

 

「すみません、黙らせます」

 

 

 いつもなら乗ってくる畑さんだが、今は本当に忙しそうなので私が会長の脛を蹴って黙らせる。タカトシなら口を手で塞げたのだろうが、私の身長じゃ届かないしね……




シノもタカトシがいないところでは成長していない……


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スズの周り

変な人が多い……


 今日はネネと一緒に移動する機会が多そうな日だ。

 

「ムツミちゃんが津田君にくっついてるから、今日は私とスズちゃんの二人だね」

 

「テスト前はしょうがないわよね」

 

 

 普段なら嫉妬するシチュエーションだけども、ムツミにそんな思惑はない。むしろ焦らないネネの方が問題だと思う。

 

「スズちゃん、ちょっと飲み物買いに行かない?」

 

「良いわよ」

 

 

 まぁネネもなんだかんだ補習にはならない程度には点数を採ってるからいいのかもしれないけど、一年の時はもう少し点数採れてたと思うんだけどな……

 

「あっ……」

 

「大丈夫?」

 

 

 ネネが落とした小銭を拾い渡す。決して私の方が地面に近いから拾ったのではなく、単純に私の方に転がってきたから拾ったのだ。

 

「ごめんね、ありがと」

 

「別にいいわよ、これくらい」

 

 

 ネネと二人で飲み物を買い、飲み終えて移動する。この次は図書室で授業なので一旦教室に戻らなければ。

 

「必要な物持ってってから買いに行けば良かったね」

 

「まぁ、逆方向だから良いんじゃない?」

 

 

 教室にはまだ数人残っていたのでそこまで慌てなくてもいい。私とネネは必要な物を持ち図書室へ向かう。

 

「それにしても、赤点必至の柳本君が寝てたけど大丈夫なのかな?」

 

「ダメなんでしょうけども、自分で変わろうとしなきゃ意味ないだろうから、放っておいていいんじゃない?」

 

 

 散々タカトシに尻を叩かれても変わらないんだから、私が言っても意味はないだろう。だから私は柳本を起こすことなく図書室に向かう。

 

「必要な資料を探すのって大変だよね」

 

「ネネは図書委員でしょ? どの棚にどの本があるかわかるんじゃないの?」

 

「そんな完璧に覚えてないって」

 

 

 そういいながらネネは本を抜き取りページを捲る。

 

「あぁ」

 

「また? ネネ、今日はやたら物を落とすね」

 

「今快楽に堕ちてるから、体に力が入らなくて……」

 

「気にしないようにしてたけど、やっぱりその音か!」

 

 

 どこからか振動音が聞こえていたのでもしかしてとは思っていたが、やっぱりネネだったのか……ほんと、なんでこんな子と友達やってるのか、時々疑問になるのよね……

 とりあえず放課後になり、私は七条先輩と二人で見回りに出る。今日は会長がじゃんけんに勝ったので、タカトシとのペアは会長だ。

 

「ふぁ~、眠い……」

 

「同じく……」

 

 

 放課後はどうしても眠くなってしまう。見回りが終われば昼寝できるのだが、この時間が一番きつい。

 

「ガム噛んでごまかそう」

 

 

 私はスカートのポッケからガムを取り出して口に放り込む。

 

「ん~、スースーする」

 

「私も、スースーする」

 

 

 七条先輩にもガムをあげたのでそっちだと思ったのだけど――

 

「なぜスカートを抑えてるんですか! まさか……」

 

「穿いてくるの忘れちゃって」

 

 

 この人は昔、パンツを穿かずに登校してたからな……それにしても、どうして今日はこういう人とばっか行動しなきゃいけないんだろう……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会の顧問に音羽先生がなってくれたおかげで、私の負担は少し軽減された。今までは私が支えなければいけないと思っていたのだけど、やっぱり教師である音羽先生が支えとなってくれた方が安心感がある。

 

「こんにちは」

 

「あっ先生。丁度いいところに」

 

「どうかしましたか?」

 

 

 生徒会室でトオりんと二人で話していたところに、音羽先生とサクラっちがやってきた。

 

「今体位の勉強中でして、支える役になってもらえます?」

 

「音羽先生、しっかりしてください」

 

 

 私が話題を振ったせいで絶句し固まってしまった音羽先生を、サクラっちが再起動させる。

 

「そんなに驚くことかなぁ?」

 

「当たり前です! てか、それが普通だと思ってる会長の方がおかしいんですからね?」

 

「でもシノっちに聞いたら、それくらい普通だろって言ってたよ? むしろ横島先生も喜んで混ざってくれたって」

 

「てか、桜才の生徒会室でもそんな話題が……」

 

「でも、その後タカ君にこっ酷く怒られたって」

 

「でしょうね」

 

 

 英稜でもそうだが、桜才学園の生徒会も副会長がしっかりしているから機能しているといわれているくらいだ。

 

「そういえばまだ、桜才学園の皆さんに音羽先生を紹介してなかったですね」

 

「最近忙しくて交流会も開いてなかったしね」

 

 

 私は頻繁にタカ君に会ってるからそんなこと思わないけど、サクラっちは最近会えてないから寂しいのかな。

 

「それじゃあサクラっち、桜才の人にアポを取って日程調整よろしく」

 

「わかりました」

 

 

 とりあえずサクラっちに任せておけば大丈夫だろう。そう思って任せたのだが――

 

『紹介したい人がいるので予定を教えて』

 

 

――とタカ君にメッセージを送っている。

 

「なんだか、彼氏を見せつけたいように見える文面だね」

 

「そんな意図は一ミリも存在しない」

 

 

 私が深読みしすぎなのだろうか? 普通に見れば私の感覚の方が正しいと思うんだけどな……

 

「あっ、返信きた」

 

「どれどれ?」

 

 

 タカ君からの返信には――

 

『義姉さんが言ってた新しい生徒会顧問の先生か?』

 

 

――と書かれている。

 

「うーん、私がおかしいのかな?」

 

「森先輩と津田先輩が同じ感覚なら、会長がおかしいんじゃないっすか?」

 

「てか広瀬さん、シャツが出てますよ!」

 

「すんませーん!」

 

 

 ユウちゃんに言われてしまったが、サクラっちとタカ君がおかしいわけないし、やっぱり私の方がズレてるんだろうな……

 

「トオりんはどう思った?」

 

「私も会長と同じように思いました」

 

「だよね」

 

 

 やっぱりそういった感じに見えちゃうよね。これはつまり、サクラっちとタカ君が鋭すぎるだけで、私はおかしくないってことだよね。




英稜もなかなか変人度が高い


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それぞれの長所と短所

相手のことをよく考えてます


 英稜の生徒会顧問を紹介してもらう為に交流会を開くというのもなんとなく面白くない。そう考えた私は、昨夜たまたま見たテレビの内容を思い出した。

 

「せっかくこれだけの人数がいるんだ。匿名でそれぞれの長所・短所を書いて発表しようじゃないか」

 

「シノちゃん、急にどうしたの?」

 

「いや、そうすることで互いのことをより深く知ることができるって、昨夜見たテレビで言っていたんだ」

 

「匿名は兎も角、筆跡で分かっちゃうんじゃない? タカ君とスズぽんなら、それくらい出来そうだし」

 

 

 確かにタカトシと萩村はいろいろとスキルを持っているからな。筆跡どころか手の動きで何を書いているのかわかってしまうかもしれない。

 

「別にそんなこと探ろうとしませんので、気にしなくても大丈夫ですよ」

 

「私もです。あえて匿名で書いているというのに、誰が何を書いたのかなんて探りませんよ」

 

「なら大丈夫か」

 

「それに、みんな同じ鉛筆を使えば、ある程度誤魔化せますし、筆跡なんて変えようと思えばいくらでも変えられますから」

 

「そんなことができるのは萩村だからだと思うが……」

 

 

 とりあえず誰が何を書いたのかを探られることはなくなったので、とりあえずは安心して開催できる。

 

「(タカトシの長所はいっぱいあって書くのに困るかもしれないが)」

 

「何かついてますか?」

 

「いや、何でもないぞ」

 

 

 おそらくは私が何を考えているかわかっているのだろうが、あえて気づかないふりをしてくれた。こういうところもこいつの長所だろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天草さんの発案で、七人の長所と短所を匿名で書き記すことになってしまった。別にそれ自体は問題ではないのだが、匿名ということで若干名暴走する可能性があるのだ。

 

「(でも、せっかくの匿名だしちょっと大胆に――でも、私以外もアレな内容だったら、結局私も同類って思われちゃう!?)」

 

 

 別にそれほど大胆なことを書くつもりもないのだが、後々私も会長たちと同類だと思われてしまう可能性があると思うと、それほど大胆なことを書けなくなってしまう。だけど、せっかくの匿名だし……

 

「考えすぎだと思うぞ」

 

「え?」

 

 

 私が正面で唸っていたからか、タカトシ君がそう助言してくれた。

 

「(誰が書いたかわからないようにしてくれてるんだから、多少大胆になってもいいってことなのかな)」

 

 

 普段面と向かって言い辛いことでも、匿名なら言うことができる。そう考えなおした私は、それぞれの長所・短所を考え書き始め――

 

「(これって何個書けばいいんだろう?)」

 

 

――また別の問題に直面した。桜才の皆さんは優秀だし、長所を上げればキリがない。さらに魚見会長も褒める部分が多い人だ。そこから何個書けばいいのかわからず、私は天草さんに声をかける。

 

「これってそれぞれ何個くらい書けばいいんですか?」

 

「とりあえずは一個づつ書けばいいだろ。あまり褒めちぎられたり貶されたりするのも居心地が悪くなるだろうし」

 

「わかりました」

 

 

 いざ一個に絞るとなると大変だけど、それほど深く考えなくてもこのメンツなら長所を探すのに苦労しない。そう考えて私はそれぞれの長所と短所を紙に書き記すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の隣で森さんが唸ったり悩んだりしているが、私もそれなりに悩んでいる。

 

「(タカトシのいいところか……優しいところかな)」

 

 

 他にも料理上手だったり整理整頓ができるところだったり、場を締めることができるとか、上げたらきりがない。そして何より、他の人と被る可能性を考えるといったい何を書けばいいのかわからなくなってしまうのだ。

 

「津田先輩、この漢字ってどう書くんですか?」

 

「あっ、私も漢字わからないんで教えてくださいっす」

 

「二人とも、辞書持ってないの?」

 

 

 英稜の一年コンビ、青葉さんと広瀬さんに漢字を教えてほしいと頼まれ、タカトシは少し困ったようにそう問いかける。

 

「辞書なんて持ち歩いてないっすよ」

 

「生徒会室に置いてあるから、自分で持たなくてもいいかなーって」

 

「はぁ……それで、なんの漢字?」

 

 

 タカトシが教えてくれるとわかり、青葉さんと広瀬さんはタカトシにさらに近づく。

 

「(この二人はタカトシに恋愛感情を抱いてるわけじゃないのに……)」

 

 

 タカトシのパーソナルスペースに侵入してる二人を見てヤキモキしてしまう。タカトシの方も二人に邪な感情がないのをわかっているから素直に侵入を許しているんだとわかっているんだけど……

 

「青葉さんと広瀬さんの短所は、漢字に弱いところだね」

 

「スズぽん、なんで口頭でダメ出しを?」

 

「てか私は、漢字どころか勉強がダメですけどね」

 

「ユウちゃん、わかってるならもうちょっと頑張ろうね? このままだとまたタカ君にお世話になることになっちゃうんだから」

 

「勉強会は楽しかったからいいんすけど、津田先輩はちょっと厳しすぎるからな……」

 

「それぐらいしなきゃダメだからだよ」

 

 

 私のダメ出しを皮切りに、広瀬さんの勉強面をどうにかしなければの話し合いが始まってしまった。

 

「と、とりあえず全員分書けたな」

 

「ところで、これ誰が発表するんですか?」

 

「あっ、考えてなかった」

 

 

 肝心なところを考えていなかったようで、会長は困ったように視線を彷徨わせる。

 

「すみません、こちらの先生たちと話し込んでしまって――」

 

 

 そのタイミングで英稜の生徒会顧問である音羽フウカ先生が生徒会室にやってきた。

 

「それじゃあ、お願いします」

 

「えっ?」

 

 

 何の説明もなく先生に発表役を押し付けた会長のフォローをするために、タカトシが事情説明を先生にしている。やっぱりこいつの長所は一個に絞るのは難しいわね。




スズが嫉妬しすぎてる


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結果発表

べた褒めです


 匿名で互いの長所と短所を書いて発表することにしたのだが、その前にタカトシが音もなく扉に近づき――

 

「あら?」

 

「またお前か!」

 

 

――聞き耳を立てていた畑を捕獲し、今度盗み聞きを企てようとした時点で新聞部の予算縮小、決行した場合は無期限の活動休止処分を下すと脅して退散願った。

 

「でも、計画しただけって、どうやって判断するんですか?」

 

 

 この中で唯一、タカトシが相手の心の裡を見透かすことができると知らない英稜の生徒会顧問、音羽先生が尤もな質問をしてくるが、この場ではその疑問を抱くのは少数だった。

 

「タカ君が相手の表情を読んで判断してくれるので大丈夫ですよ」

 

「そ、そんなことができるの?」

 

「まぁ、津田先輩っすから」

 

「タカトシ君ですから」

 

「そ、そうなのね」

 

 

 英稜の生徒からも絶大な信頼を勝ち得ているタカトシを、音羽先生は複雑そうな表情で眺めている。まぁ、この人がライバルになることはないから、好きなだけ眺めているといい。

 

「ところで、この場に横島先生は呼ばなくてよかったのでしょうか?」

 

「音羽先生は、あの人にいいところがあるとお思いで?」

 

「この学園で一、二を争うダメ人間ですから」

 

「し、辛辣ですね」

 

 

 私と萩村がバッサリと切り捨て、アリアとタカトシも苦笑いを浮かべながらも否定しなかったのを見て、音羽先生は横島先生への評価を改めたようだ。

 

「では早速発表していきましょうか。まずは天草さんから」

 

「わ、私から!?」

 

 

 なぜ私からなのか疑問だったが、カナが当然のように言い放つ。

 

「役職順、さらに今回は桜才学園がホスト側ですから」

 

「そ、そういうことか……」

 

 

 いまいち納得できないが、理由としては筋が通っている。私は異議申し立てすることなく、音羽先生に先を促す。

 

「かっこいい、美人、責任感がある、気遣いができる」

 

「ほ、褒めすぎじゃないか!?」

 

 

 あまりこのメンツで褒められることはないので、何とも恥ずかしい気持ちになる。ちなみに短所は私も自覚していることだったので気を付けて行こうと思いなおせた。

 

「次は魚見さん。リーダーシップがある、聞き上手――」

 

「褒められるとムズムズしますね」

 

 

 カナも褒められ慣れていないのか、微妙にもじもじしている。

 

「短所。スキンシップが激しすぎる」

 

「タカ君、ゴメンね」

 

「私が書いたんです!」

 

「義姉さんはスキンシップよりも、人の洗濯物を盗もうとするところを反省してください」

 

「あら、そう書かれてるわね」

 

 

 タカトシしか知りえないカナの短所なので、誰が書いたのかはすぐに分かる。あえて分かるように書いたのだろうと、私たちはそう判断したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会長コンビが発表され、次はタカトシ君の番。その次が私だから、なんだか緊張する……というか、タカトシ君の次ってプレッシャーが凄い……

 

「次は津田君ですね。長所としては容姿端麗、頭脳明晰、運動神経抜群、類稀なる文才、高いカリスマ性、料理上手、優しい……べた褒めですね」

 

「よく被らなかったな」

 

 

 褒めるところが多い人とは言え、誰か一人くらい同じことを書きそうな気もしたのだけど、見事に全員違うことを書いていた。

 

「短所としては、冗談が通じない、厳しい、自己評価が低い、誘いに乗ってくれない――」

 

「誰だ、そんなこと書いたの!?」

 

 

 天草さんが音羽先生の発表を遮って犯人捜しを始めるが、タカトシ君はすぐにその犯人を突き止める。

 

「義姉さん、匿名とはいえなんてことを書いてるんですか?」

 

「じょ、冗談ですよ! てか、タカ君がお誘いに乗ってくれないのは事実だし」

 

「カナ! また抜け駆けしようとしてたのか、お前は!」

 

「音羽先生、気にせず続きをどうぞ」

 

 

 タカトシ君が会長コンビを廊下に放り出し、視線で反省させたので音羽先生に続きを促している。でも、次は私の番なんだよな……

 

「次は森さんですね。真面目、かわいらしい、優しい、おっ〇いが――って、なんでこんなことが書かれてるんですか」

 

「またカナかっ!」

 

「ち、違うからね!?」

 

「それ私だ~」

 

 

 魚見会長もあまりいいことは書いてなさそうだったけども、どうやら今回の犯人は七条さんだったようだ。まぁ、タカトシ君は最初から分かっていたようで、先に視線で七条さんを牽制していたし。

 

「き、気を取り直して短所。考えすぎ、表情に出やすい、地図が読めないなどなど」

 

「自覚してます……」

 

 

 短所として指摘されたことは、私自身が常日頃から思っていることばかりだったので、私は改めてこの評価を戒めとして行こうと決めた。

 

「しかしこうしてみると、会長コンビより副会長コンビの方が評価が高いようですね」

 

「まぁ、この二人がいるから交流会が成立してるって感じっすからね」

 

「むしろいなかったら生徒会が機能していないかもしれないですからね」

 

「それは私たちも自覚しているが、改めて言われるとキツイな……」

 

「最近は頑張ってる方なんですけどね……」

 

 

 広瀬さんと青葉さんのストレートな評価に、天草さんと魚見会長が肩を落とす。

 

「まだ顧問として日が浅いですが、魚見さんより森さんの方がしっかりしているのは気づいていました。まさか桜才学園も副会長がしっかりしているから大丈夫だったとは……」

 

「むしろタカトシよりしっかりしてる人間がこの学園にいるかどうかわからないレベルですから」

 

「そんなことないとは思いますけど」

 

「ほら、自己評価が低い」

 

 

 魚見会長に指摘され、タカトシ君は肩を竦めて見せる。たぶんタカトシ君よりしっかりしてる大人は多くないんだろうけども、それを全面的に受け入れるのは恥ずかしいんだろうな。




褒められ慣れてないからなぁ……


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無言のアピール

アピールではないと思うんだけどな……


 今日はトッキーと二人でお出かけ。タカ兄のお陰で小テストで良い点数が採れたので、今日の勉強時間は夜だけで勘弁してくれることになった。もちろん、今後この点数を続けて採れるのなら、ゲーム時間も増やしてくれるらしい。

 

「トッキーに勝てないのが悔しい」

 

「私だって頑張ってるんだから当然だろ」

 

「私だって頑張ってるんだけどなー」

 

 

 元々の点数がトッキーの方が高かったから、成長率としては私の方が上なのかもしれないけど、その点数分私が上乗せできていないから勝てないのだろう。

 

「これだけ頑張ってもマキに勝てないのはなんでなんだろう」

 

「そりゃマキも頑張ってるからだろ。地頭があってそこに努力が上乗せされてるんだ。兄貴に散々尻叩かれて漸く勉強してる私たちじゃ勝てるわけないだろ」

 

「タカ兄に尻を叩かれるって、なんだか興奮してくるね」

 

「そんなこと言ってると兄貴に報告するぞ」

 

「それだけは勘弁して!」

 

 

 タカ兄がいないから言える冗談だったのに、まさかタカ兄に報告されるなんてことになったら――

 

「なんだか寒気が……」

 

 

――タカ兄に知られたらと思ったら急に寒気が襲ってきた。

 

「お前、どんだけ兄貴が怖いんだよ……そこまで怖い人じゃないだろ」

 

「そりゃトッキーは怒られることがないからそうかもしれないけど、私やお義姉ちゃんのように怒られることに事欠かない人からしたら――」

 

「怒られるようなことしてるお前らが悪いんだろ」

 

「御尤も……」

 

 

 トッキーに完膚なきまでに論破されてしまい、私はがっくりと肩を落とす。

 

「てか、とっとと行こうぜ」

 

「そうだね」

 

 

 トッキーが先を歩き始めたので、私もその後に続こうとして――

 

「あれ?」

 

 

――トッキーの服に値札が付いていることに気づいた。

 

「(これってもしかして、トッキーはおニューの服を着ているって気づいてほしいってこと? でも性格上自分から言えないからこうやってアピールしているってこと?)」

 

 

 トッキーならそんなアピールできないだろうから、私はそう考えを巡らせた。

 

「トッキー、その新しい服、似合ってるね」

 

 

 トッキーの遠回しの催促を汲み取り、私はおニューの服を褒める。

 

「えっ? これ着るの三回目だけど」

 

「え……」

 

 

 どうやらいつものドジっ子だったようで、私はトッキーの告白を聞いて開いた口が塞がらない。

 

「てか、どうして新しい服だって思ったんだ?」

 

「だって値札が」

 

「値札?」

 

 

 私が指摘すると、トッキーは慌てて値札を確認するために動く。

 

「うわ、マジだ……てか、気づいてたなら教えろよ」

 

「今さっき気づいたんだよ……てかトッキー。三回も着てたなら自分で気づいてよ」

 

「御尤も……」

 

 

 今度は私が完膚なきまでに論破すると、トッキーが肩を落とした。

 

「とりあえず何か切るもの持ってないか?」

 

「OK私の手刀で――」

 

「結果が見えてるからそれはいい。というか、本当に何かない?」

 

「そんなこと言っても、タカ兄のようにソーイングセットを持ち歩いてないし」

 

「えっ、兄貴ってそんなものまで持ってるの?」

 

「前主将の胴着が解れた時、自分のソーイングセットで直してたし」

 

 

 糸は私が持ってたけど、針はなかった。その時タカ兄がどこからか取り出した針を使って繕ってくれたのだ。本当に、我が兄ながら女子力が高いことで……

 

「まぁいいや。家の鍵でタグを切るか」

 

「それが一番だね。私が切ってあげるよ」

 

 

 トッキーから鍵を受け取り、私はタグを切る。ゴミはトッキーがポケットにしまったので問題ない。

 

「これでゆっくり遊べるね」

 

「てか、時間大丈夫なのか?」

 

「えっ……」

 

 

 トッキーに指摘され私は時計を見る。今のやり取りで結構な時間を使ってたようで、遊ぶ時間はそれほどなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で萩村が頬を摘まんでいる。なんでそんなことをしていたのか分からなかったので本人に聞いたら――

 

「リンパマッサージです。身体を摘まむだけでダイエット効果があるようですよ」

 

 

――とのこと。

 

「そうだったんだー。そういえば私も最近痩せたんだけど、摘まんでた結果なのかな~」

 

「その摘まむは違うんじゃないですかね……」

 

 

 萩村の話を聞いてアリアが自分の乳首を摘まんで痩せたことをアピール。私も毎日――ではないが弄っているのだが痩せないんだが……

 

「てか、スズちゃんは痩せる必要ないんじゃない?」

 

「そうでしょうか? 最近美味しいものが多すぎていっぱい食べてる気がするので」

 

「だが必要成長分までダイエットで消費してしまったら背が伸びないのでは?」

 

「………はっ!?」

 

 

 自分の背が伸びない原因がそこにあったのかと気づいたようで、萩村は慌ててリンパマッサージを止める。私同様自分の身体が成長しないのを気にしてるようだな。

 

「というか、アリアはまた痩せたのか……」

 

「七条先輩はいろいろな活動してますからね」

 

「シノちゃんもスズちゃんも十分痩せてると思うんだけどな~」

 

「嫌味か! 嫌味なんだな!!」

 

 

 確かに私や萩村もスレンダーな体型をしているが、アリアのようなスタイル抜群ではない。そこを羨むのは当然だろう。

 

「あの、生徒会室で何の話をしてるんですか?」

 

「た、タカトシ!? な、何でもないからな」

 

 

 生徒会室に入ってきたタカトシに冷めた目で見られて慌てて否定する。別に疚しいことを話してたわけではないのだが、そうしておかないと駄目な気がしたのだ。




痩せすぎは心配になりますし


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タコパ

たこ焼きは好きです


 パリィと二人で近所を歩いていると、何やらいい匂いが漂ってきた。

 

「いいニオイがする」

 

「たこ焼き屋だね」

 

「あれがタコヤキ……」

 

 

 興味津々にたこ焼き屋を見つめるパリィ。海外の人はタコが苦手な人もいるって聞くけど、どうやらパリィはタコに抵抗はないようだ。

 

「パリィは食べたことなかったっけ。買う?」

 

 

 たこ焼きくらいなら私のお小遣いでも十分買うことができる。だからそう提案したのだが――

 

「タコパしたーい!」

 

「作るところから!?」

 

 

――パリィの好奇心を甘く見ていた私は、思わず大声で聞き返してしまった。そのせいで周りからじろじろと見られてしまったが。

 

「と、とりあえずみんなに声をかけてみるわね」

 

 

 機材とか揃わなかったらさすがに諦めると思っていたのだが、会長の家にたこ焼きプレートが、そして七条家にタコがあるということで、明日津田家でたこ焼きパーティーが開催されることになった。

 

「毎回毎回、どうしてウチなんだ?」

 

 

 タコパ当日。タカトシが若干不満そうな顔をしながら私たちを出迎えてくれる。確かに何かあるときは大抵津田家を借りている気が……

 

「ここが一番落ち着いて調理とかできるからかな」

 

「ウチでやると出島さんが全部やっちゃう可能性があるからね~」

 

「ウチも、母が乱入してくる可能性が高いし」

 

 

 現在津田家は両親不在。普通に考えたら両親不在の男子の家なんて危険なのかもしれないが、タカトシだから安心して訪問できると私たちは思っている。

 

「まぁ、何でもいいですけど……くれぐれもふざけないようにしてくださいね」

 

「心得ているさ」

 

 

 どうやらタカトシはあまりタコパに興味がないようで、残っている家事を片付けるために部屋から出て行ってしまう。

 

「それにしても七条先輩、都合よくタコを持っているなんて、何かあったんですか?」

 

「吸盤プレイに使ったんだ~。気持ちよかったよ」

 

「あんた家では相変わらずだな!?」

 

 

 今気づいたけど、タカトシがこの場からいなくなってしまったら、ツッコミは私だけになってしまうじゃないか。そしてタカトシがいないから、この人たちの箍が外れてしまう可能性も……

 

「スズ、これどうやるの?」

 

「えっ? あぁそれはね――」

 

 

 すでにたこ焼きを作ることに意識を傾けすぎているパリィは、私たちのことなどお構いなしに生地を作り始めていた。

 

「早速焼いてみよう!」

 

「だが初心者でもうまく焼けるのか? 私は経験者だから大丈夫だとは思うが」

 

「シノちゃん、経験済みだったんだね」

 

「そういう意味じゃないからな!?」

 

 

 とりあえずパリィが挑戦したのだが、やはりうまく形を作ることができなかった。

 

「難しい……」

 

「まぁ、初めてならこんなものだろ」

 

「次はできるよ~」

 

 

 会長と七条先輩に慰められているパリィを横目に、私もたこ焼き作りに挑戦する。

 

「萩村のは綺麗に丸まっているな。経験者か?」

 

「あっ、はい」

 

 

 私も初心者なのだが、ここは空気を読んでおこう。タカトシがいたら嘘だってバレただろうけども、このメンツなら私が嘘を吐いているってバレることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 徐々にみんな上達したおかげで、そこまでひどい形のたこ焼きは食卓に並ぶことはなかった。

 

「いただきまーす!」

 

 

 タコパの提案者であるパリィが早速たこ焼きを頬張る。

 

「~~~」

 

「ふっ、美味しくて言葉も出ないか」

 

「熱いのでは?」

 

 

 萩村が冷静にツッコミを入れてきたが、とりあえずスルー。私たちもたこ焼きを食べることにしよう。

 

「シノちゃんが作ってくれたたこ焼きだけど、これなんだか触感が違う?」

 

「普通のたこ焼きじゃないですよね?」

 

「ヒントはこれだ!」

 

 

 私はたこ焼きを三つお皿にとり、串を刺して見せる。

 

「それってお尻に刺さってるもの? ア〇ルビーズ?」

 

「お餅だぞ!? モチモチだぞ!?」

 

「タカトシがいないから絶好調だなっ!?」

 

 

 とりあえず私が後ろを開発している疑惑は解消されたようだが、パリィが何か言いたそうな顔をしている。

 

「どうした?」

 

「タコパといえば、ロシアンルーレットだよね。チーズにチョコ、ウインナーにからし」

 

「やるつもりなのか? だがタカトシに知られたら怒られるぞ?」

 

 

 あいつは食材を無駄にしてしまう可能性がある食べ方を許さない。私が提案した闇鍋にだってあれだけ反感を抱くんだ。ロシアンルーレットたこ焼きなんて作ったと知られたら――

 

「なんだろう、急に寒気が……」

 

「シノちゃんも? 実は私も」

 

「ま、まぁ……美味しく食べられる範疇ならタカトシも許してくれるでしょうから、ハズレを作るときは食材を入れすぎないようにしましょう」

 

 

 どうやら萩村もロシアンルーレットたこ焼きを止めたいようだが、パリィの好奇心を止めるのも難しいと判断して、最低限のルールを設けることを提案。私たちもそれに同意してロシアンルーレットたこ焼きを作ることに。

 

「それじゃあ、いただきまーす!」

 

 

 出来上がったたこ焼きを一個づつお皿にとり、一斉に口に入れる。私が当たったのはチョコ入りたこ焼きだったようで、少し甘ったるい。

 

「………」

 

「パリィ?」

 

「口の中が辛い……」

 

「パリィはからし入りだったのか」

 

「無理せず吐き出せば?」

 

「スズちゃん、それはマニアックすぎるよ」

 

「純粋なる善意だよ!?」

 

 

 結局言い出しっぺが一番痛い目に遭ったようだ……だからロシアンルーレットたこ焼きはやりたくなかったんだよ……




悪戯はほどほどに


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昆虫食

あまり食べたくはない


 今日は気分を変えて全員で見回りを行うことに。決してじゃんけんがなかなか決まらなく、タカトシが私たちの様子を見に来たからではない。

 

「いよいよ春本番だな」

 

「陽気が気持ちいいねー」

 

「良い季節だな」

 

 

 春といえば恋の季節。タカトシもそのうち誰かと恋をするのだろうか……

 

「(その相手が私なら、何も言うことないんだがな)」

 

 

 今のところ、タカトシと一番関係を深めているのは英稜の森だろう。違う学校というハンディをものともせずにタカトシと親交を深め、自然な形で名前呼びへ移行、しかも数回キスをしているという、これで付き合ってないと言われて信じる人間がどれほどいるかというレベルだ。

 

「春といえば、虫たちの活動も活発化してきますね」

 

「虫か……」

 

 

 私は虫が得意ではない。なのでできるだけ出会いたくなかったのだが――

 

『にゅるん』

 

 

――足元にミミズが現れ、私は無言でその場から走り去る。

 

「良いことばかりではないんだよな……」

 

 

 春は虫の季節でもあるし、花粉の季節でもある。私はまだ花粉症ではないが、アリアが花粉症だし、コトミも確かそんなことを言っていたな。

 

「会長が見回りを投げ出してどうするんですか……」

 

「いや、だって……」

 

 

 しっかりと見回りを済ませ生徒会室に戻ってきたタカトシにチクリと嫌味を言われ、私は反論できずにいる。実際見回りを投げ出したのは事実だしな。

 

「おっす。差し入れ持ってきたよ」

 

「横島先生」

 

 

 この人が差し入れなんて珍しいこともあるものだと思っていたら――

 

「蜂の子」

 

 

――またしても昆虫で、私だけでなく萩村も逃げ出す。しかし出入口には横島先生が立っているので、部屋から逃げ出すことはできなかった。

 

「それで、横島先生はどうして蜂の子なんて持ってきたんですか?」

 

「徳川先生の旅行土産でね」

 

「そうですか。昆虫食って確か、栄養があるんですよね」

 

 

 物おじすることなく横島先生から瓶を受け取り眺めるタカトシを、私と萩村は遠くから眺める。

 

「いくら栄養が高くても、虫を食べるくらいなら虫に食べられた方がマシだ!」

 

「シノちゃん、そっちの趣味に目覚めたの?」

 

「持ってきた私が言うのもなんだが、本当にそっちで良いのか? 虫の子を産まされるんだぞ?」

 

「お前らな……」

 

「「「あっ……」」」

 

 

 タカトシが完全にキレかけているので、私たちはこの話題を打ち切ることに。だって、ここでタカトシに怒られたら、蜂の子が入ってる瓶を投げつけられそうだし……

 

「大丈夫そうなら、タカトシから食べてみたら?」

 

「別にいいけど」

 

 

 タカトシは特に気にした様子もなく萩村から箸を受け取り、そのまま口に運んだ。

 

「どう?」

 

「普通に美味しいですよ。市販されているものですし」

 

「味とか食感はどう?」

 

「そういうのは自分の気持ちで伝えないと意味ないですよ。てか、徳川先生に横島先生は食べてないって伝えてあげましょうか?」

 

「うっ……」

 

 

 どうやら感想を知りたいだけのようで、横島先生に私たちを労うとか、そういう意図はなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が平然と食べて見せたとはいえ、私たちがそれに続くのはなかなか勇気がいる。シノちゃんがうじうじしているのを隠れ蓑に、私やスズちゃんも箸を伸ばそうとはしていないもの。

 

「食べる以前に、摘まむのに勇気がいるな」

 

「目を瞑ったら?」

 

「それじゃ何も見えないだろー」

 

 

 見えなければいけるかと思ったけど、確かにシノちゃんの言う通りだ。何も見えなかったらそもそも摘まむことすらできないじゃない。

 

「なら俺が食べさせてあげましょうか?」

 

「っ!?」

 

 

 タカトシ君としたら特に深い意味はないんだろうけども、意識している相手からそんなことを言われたら顔を赤くしてしまうのも仕方がないだろう。

 

「た、頼む」

 

 

 様々な感情と葛藤していたシノちゃんだったが、最終的にはタカトシ君に食べさせてもらうことにしたようだ。

 

「……いける!」

 

「ほんと? タカトシ君、私にも」

 

「私も」

 

 

 シノちゃんが食べたことで恐怖心が薄まったけど、自分で摘まむ勇気がないのでタカトシ君にお願いする。決してシノちゃんだけズルいとか、そういった感情があったわけではない。

 

「いけるね」

 

「箸が進みますね」

 

 

 一度食べてしまえば恐怖心もなくなり、私たちは自分で蜂の子を摘まみ口に運ぶ。

 

「あっ、昆虫食ってカロリー高いんだ」

 

「「「………」」」

 

「さて、これで後食べてないのは横島先生だけですね」

 

「そ、それは関係ないだろ?」

 

「徳川先生に感想、頼まれてるんですよね?」

 

 

 私たちがフリーズしている横で、タカトシ君が人の悪い笑みを浮かべながら蜂の子を横島先生の口へ運ぶ。あの顔は完全にサドの血が騒いでいるのだろう。

 

「む、無理やりならせめて人のいないところ――あぁー!? ……意外といけるな」

 

「では、残りは横島先生がどうぞ」

 

 

 蜂の子の瓶を横島先生へ返し、そのまま横島先生を生徒会室から追いやるタカトシ君。一連の流れがもはやプロの域だ。

 

「し、食を通じて虫との距離が縮まった気がする」

 

「それはよかったですね」

 

「あっクモ」

 

 

 机の上を小さなクモが這っているのを見つけ、思わず声に出してしまう。このくらいのサイズなら私は大丈夫だけど――

 

「………」

 

「距離は縮まっても壁はあるようですね」

 

「壁というか、辞書だけどね」

 

 

――シノちゃんは持っていた国語辞典でクモとの間に壁を作ったのだった。




ズルはいけません


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豆知識

義姉妹の会話が酷い


 今日はお義姉ちゃんが家事をしてくれる日なので、私は少し気が緩んでいる。だってお義姉ちゃんが家事をするということは、タカ兄がバイトで家にいないということだから。

 

「でもさすがに、ゲームし放題というわけではないからな……」

 

 

 帰ってきたら宿題をちゃんとやっているかチェックされるわけだから、私はとりあえず宿題を片付けるために机に向かっている。

 

「ていっても、自力で片付けられたら苦労しないんだよね……」

 

 

 分からない箇所は飛ばしていいと言われているが、そんなこと言ったら殆ど空欄で提出することになってしまう。私はとりあえず最後まで問題に目を通し、分かりそうな箇所だけを自力で解くことに。

 

「コトちゃん、進捗はどう?」

 

「お義姉ちゃん、まぁ……ぼちぼちってところですね」

 

 

 様子を見に来たお義姉ちゃんに、私は力なく手を振って見せる。今のところ、空欄は五割以上残っているので、胸を張って大丈夫と言えるレベルではないので。

 

「ところで」

 

「はい?」

 

 

 急に真面目なトーンになったお義姉ちゃんにつられるように、私は居住まいを正してお義姉ちゃんに視線を向ける。

 

「生ごみを捨てる時、いらないチラシとかに包むと臭いを抑えられるんだよ」

 

「なるほど。でも、なんで今そんな話を?」

 

「コトちゃんの部屋、メス臭いからせめてティッシュを包んでおけば抑えられるかなって」

 

「あっ……ちょっと今発散したばかりでして……」

 

 

 換気扇を回すのを忘れていたのと、ちょっと派手にイってしまったのでその臭いだろう。

 

「とりあえずタカ君が帰ってくるまでに臭いをどうにかしておかないとね」

 

「換気扇を回して、部屋にファ〇リーズ撒いておきます」

 

「宿題もちゃんとやっておくんだよ」

 

「分かってます」

 

 

 お義姉ちゃんに注意され、私は部屋の換気をしながら宿題を片付ける。何個かは分からなかったが、一応終わらせることができたのでリビングに降りていくと、お義姉ちゃんがキッチンの掃除をしている。

 

「何してるの?」

 

「シンクの蛇口って雑菌がわきやすいんだよ。洗い物の時にはねてついた泡が原因でね」

 

「だから掃除が必要なのかー。おしっこの後の便座の裏と同じだね」

 

「そ」

 

 

 タカ兄がいたら怒られそうな会話だが、とりあえずお義姉ちゃんは怒ることなく同意してくれた。

 

「ところで、ここに来たってことは宿題は終わったの?」

 

「何個かわからないので、お義姉ちゃんに聞こうと思って」

 

「自力で解こうとしてるだけ進歩だね」

 

「散々タカ兄とお義姉ちゃんに尻を叩かれてますから」

 

 

 リアルに叩かれたら絶頂しちゃうかもしれないけど、さすがにそんなことはされていない。私はタカ兄が帰ってくるまでお義姉ちゃんに分からなかった個所を聞きまくってなんとか片付けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リビングでボアと遊んでいると、背後から母の鈍い声が聞こえてきた。

 

「どうしたの?」

 

「昔のスカートが穿けなくなってショック……」

 

「それ何時の?」

 

「五年位前かな」

 

 

 つまり、五年で太ってしまったというわけか……他人事のように言っているけど、私も気を抜いたらそういうことになってしまうのかと、戒めのように母を眺めておこう。

 

「仕方ない……お風呂入ってくる」

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 スカートのことは諦めたようで、母はお風呂へ向かう。

 

「そういえばシノ会長もこの間体型を気にしていたような」

 

 

 そのうちまた何か企画するのかと考えていたら、今度は脱衣所から鈍い声が聞こえてきた。

 

「どうしたの?」

 

『ブラのホックに手が届かない。身体が硬くなった』

 

「(老化現象……)」

 

 

 さすがに声に出すことはしなかったが、私は母の衰えを目の当たりにした気分だった。

 

「――ていう感じだったんですよ」

 

「ウチの母も似たようなことを言ってたな」

 

 

 後日会長にその話をすると、やはり会長のお母さんも似たようなことを言っていたようだ。

 

「あっ、ちょっと横島先生に用事があるので、職員室に行ってきます」

 

「あぁ、行ってらっしゃい」

 

 

 生徒会室に来てくれれば一番いいのだが、あの人は基本的にこの部屋に近寄らない。というか、来るとタカトシの機嫌が悪くなるので来ないでほしい。

 

「横島先生」

 

「んあ? 萩村か。ちょっと待ってくれ」

 

 

 私が声をかけると、横島先生はちょうど爪のお手入れの真っ最中だったようで、少し待つことに。

 

「爪のお手入れに余念がありませんね」

 

「女子のたしなみだからね」

 

 

 私も一応しているが、ここまで念入りにしたことはないかもしれない。というか、横島先生もこういうことはしっかりとしているんだな。

 

「鼻フックの際、相手の鼻をケガさせないようにネっ」

 

「女子要素が見当たらない」

 

 

 行動自体は女子っぽいのに、その後のセリフですべて台無しになっている……この辺りがこの先生が尊敬されない理由なんだろうな。

 

「それで、萩村は何の用だ?」

 

「先日頼まれていた資料が完成しましたので持ってきました」

 

「サンキュー」

 

 

 USBを横島先生に渡し、職員室を辞そうとしたら――

 

「コトミ?」

 

 

 職員室の奥からコトミがトボトボと出てきたのが目に入った。

 

「あぁ。津田妹、せっかくやってきた宿題を持ってくるの忘れたらしい。それで本当にやってきたのかチェックされてたところだ」

 

「それで精魂疲れ果てた感じなんですね」

 

「まぁ、普通に答えられていたから、宿題はやったんだろうな」

 

「タカトシが見張ってるでしょうからね」

 

 

 サボろうものならタカトシから大目玉を喰らうことになるだろうし、コトミが宿題を忘れるのはそれ自体をというより持ってくるのを忘れる可能性の方が高くなっているのだろう。




やっぱり抜けてるコトミ


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意外な気分転換

 委員会活動に加えて部活もしていると、それなりに疲れてしまう。特に委員会の方では、問題児に対する具体的な解決策がなかったり、後輩に男子がいるからそちらでも疲労を感じてしまうのだ。

 

「おや、五十嵐先輩。随分とお疲れのようですね」

 

「轟さんと萩村さん」

 

 

 この二人は友人関係なので一緒にいるところに遭遇しても不思議ではないのだが、萩村さんはどうしてもタカトシ君とセットの印象が強いので少し珍しい気持ちになる。

 

「委員会や部活でいろいろとね……轟さんも、学校に不要なものを持ち込んでるらしいですし」

 

「最近は大人しくしてますからね」

 

 

 どうやら生徒会役員である萩村さんに散々怒られているようで、轟さんは慌てて疚しいところはないとアピールしている。だが、その慌てっぷりが逆に怪しいんですけど……

 

「そうだ! お疲れならこの後気分転換にでも出かけませんか?」

 

「お誘いはうれしいけど寄り道はダメ。一度家に帰ってからね」

 

「あっはい」

 

 

 私の注意に横にいる萩村さんも何度も頷いている。ちょっと厳しすぎるかなとも思ったけど、風紀委員として正しい注意だし、生徒会の萩村さんもいるのだから、校則違反をするわけにもいかない。

 一度家に帰ってから、轟さんに指定された場所へ向かうと、すでに二人が到着していた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

「まだ時間前ですから大丈夫ですよ」

 

「それで、何処に行くんですか?」

 

 

 集合場所は聞かされていたが、何処に行くのかは聞いていない。私は轟さんに行き先を尋ねると――

 

「ここですよ?」

 

「ここって……コスプレショップ!?」

 

「あれ? 言ってませんでしたっけ? 普段と違う自分になりきることで、現実のストレスを忘れようって」

 

「聞いてません……」

 

 

 まさかコスプレショップに来ることになるなんて……

 

「あっ、ネネちゃん。この間試着室に下着忘れてったでしょ」

 

「普段穿かないからつい」

 

「(えっ、下着を脱ぐ衣装?)」

 

 

 どうやら轟さんは常連で、話の内容から察するにそういう衣装もあるようだ。

 

「こういう過激な衣装もあるんですね」

 

「っ!?」

 

 

 萩村さんが見つけたのは、辛うじて胸と下半身が隠れる程度の衣装。RPGなどで登場する踊り子の服というやつらしい。

 

「五十嵐先輩、着てみたらどうですか?」

 

「こんな過激な衣装、着られるわけないでしょっ!?」

 

 

 萩村さんに勧められたが、私にはこの衣装を着る勇気などない。というか、着る人いるのかしら……

 

「確かに、この時期はちょっと寒いですしね」

 

「着てるっ!?」

 

「ネネちゃん、また下着忘れてかないでね」

 

「「(えっ、穿いてないの?)」」

 

 

 この衣装で下着を穿いていないなんて……もし腰布が捲れちゃったら丸見えになるんじゃないかしら……

 

「あっ、この衣装可愛いかも」

 

 

 せっかく来たのだから一着くらいは着てみようと思い店内を見回り、とある衣装に興味を惹かれた。

 

「ど、どうかしら?」

 

「五十嵐先輩は巫女装束ですか。可愛らしいですね」

 

「そ、そう?」

 

 

 萩村さんに褒められて、私はまんざらでもない気持ちになる。

 

「その衣装は『ヒメミコ・カナデ』のキャラで、見どころは触手責めの連続絶対――」

 

「補足はもういいかな!?」

 

 

 轟さんの説明を聞いて、今すぐ脱ぎたい衝動に駆られる。しかし私が更衣室に逃げ込む前に、轟さんが誰かを外に認め声をかけに行く。

 

「おーい、通りすがりの津田君」

 

「(えっ、タカトシ君!?)」

 

 

 まさかここで彼に出会うなんて思っていなかった。こんな格好をしている私を見られたくないという気持ちが溢れ、私はなんとか顔を隠そうと手近にあった甲冑の兜を被る。

 

「おや? 騎士のコスプレに興味が?」

 

「何してるんですか、カエデさん」

 

「(しまった!? タカトシ君は気配で誰か分かるんだった)」

 

 

 私は観念して兜を脱ぎ、タカトシ君から微妙に視線を逸らして挨拶をする。

 

「こ、こんなところで奇遇ですね」

 

「偶々通りかかっただけですけどね。カエデさんは、気分転換ですか?」

 

「う、うん……轟さんに誘われてね」

 

 

 タカトシ君がこの格好の元ネタを知っているわけないのだから、そこまで恥ずかしがる必要なないのかもしれない。でもさっき轟さんから聞かされた補足のせいで、どうも恥ずかしい恰好な気がしてならないのだ。

 

「巫女装束、お似合いですよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「なるほど。つまり津田君は巫女さんを汚したい派なんだね」

 

「何の話?」

 

 

 轟さんをやんわりと撃退したタカトシ君は、店内を見まわして少し顔を顰めた――ように見えた。

 

「五十嵐先輩、今日はどうでしたか?」

 

「楽しかったわよ。少しハマっちゃいそうな気もしてる」

 

 

 衣装の元ネタとかは兎も角として、こういった普段と違う衣装を着るのは楽しい。一人で通う勇気はないけども、また一緒に来るくらいならいいかなって思えている。

 

「よかった。これで予定が組める」

 

「何の予定?」

 

「コスプレパーティーを開こうと思っていたんですけど、参加者を探すのが大変でして」

 

「もしかして私も参加しろと?」

 

「もちろんです! あっ、ちなみに会場は七条家。参加者はここにいる四人の他に、天草会長と七条先輩だから」

 

「えっ、俺も?」

 

 

 自分は関係ないと思っていたのか、タカトシ君には珍しく本気で驚いた様子。しかし轟さんの隣で萩村さんも力強く頷いているではないか。

 

「(どうしたんですか?)」

 

「(七条家ということは、あの人もいますから……)」

 

「(あぁ、あの人ですね……)」

 

 

 あの人の対応はタカトシ君に任せたいという気持ちが理解でき、私は萩村さんに同情するのだった。



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コスプレパーティー

はしゃぎすぎはダメですよ


 轟さんに誘われてコスプレパーティーを開催することになったのだが、場所はなぜか七条家……こういうのって普通、何処かの貸衣装屋さんか何かで開催するんじゃないのかしら……

 

「衣装提供が七条家なんだと思いますよ」

 

「そうなんだ……私、何も言ってないよね?」

 

「今の五十嵐さんなら、タカトシじゃなくても何を考えているのか分かりますから」

 

 

 隣にいる萩村さんに考えを当てられて驚いていたが、どうやら考えが顔に出ていたらしい。

 

「ところで、そのタカトシ君は?」

 

「橋高さんに連れられて、七条家の掃除を手伝っているようです」

 

「なんでタカトシ君が?」

 

「出島さんがこっちに付きっ切りになるみたいなので、人手が足りなくなるかもしれないということでして、それだったらってタカトシが率先してそっちに逃げました」

 

「逃げた?」

 

 

 萩村さんの言葉に引っかかりを覚えてが、参加メンバーを見まわして納得した。天草さんに七条さん、轟さんにコトミさん、そして出島さんという、ツッコミが大変そうなメンバーが揃っている……

 

「えっと……ツッコミは私と萩村さんが担当するってことなの?」

 

「私は知りません」

 

「えぇ……」

 

 

 てっきり萩村さんも手伝ってくれるのかと思ったが、どうやら彼女は相手にしないことにしているようだ。

 

「出島さん、今日は衣装を提供してくださり、ありがとうございます」

 

「気にしないでください」

 

「出島さんもコスプレが趣味なんですか?」

 

 

 コトミさんの質問は、私も思っていたことだ。これだけの衣装を個人で所有しているのは、結構なものだと思ったから。

 

「いえ、昔の撮影衣装です」

 

「撮影?」

 

「女優(意味深)時代に使っていたものです」

 

「えっ……」

 

 

 出島さんの前職はなんとなく聞いたことがあるけど、もしかしてその時に使っていたものなんじゃ……

 

「ところでアリア先輩、いつもより胸が慎ましやかになっていませんか?」

 

「この衣装のキャラは貧乳キャラだからさらしを巻いてるんだよ~」

 

「本格的ですね~」

 

「なんだこの敗北感……」

 

 

 七条さんとコトミさんの隣で天草さんががっくりと肩を落としている。

 

「そういえば、今日の主催者であるネネの姿が見えないんだけど」

 

「言われてみればそうですね」

 

 

 さっき参加者を考えた時、いるものだと思っていたから気にしなかったけど、そう言われてみれば轟さんの姿が見えない。

 

「ここにいます」

 

「っ!? び、ビックリした……」

 

 

 背後からいきなり声をかけられ思わず飛び退いてしまった。萩村さんもビックリしたような顔をしているので、どうやら私が大げさって訳ではなさそう。

 

「そ、それでどうして着ぐるみなんて?」

 

「ネネが一番楽しみにしてたじゃない」

 

「実は……昨日体重計に乗ったら増えてて……」

 

「それでサウナスーツかい……」

 

 

 この場には女性しかいないので轟さんも素直に説明してくれたんだろうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄がいないから酷い感じになるのかなーって思っていたけど、思いのほか皆さん大人しくて驚いている。

 

「それにしても、出島さんが出演した作品ってどれだけあるんですか?」

 

「興味ありますか?」

 

「知り合いが出演してる作品って、観てみたいじゃないですか」

 

「それじゃあ鑑賞会でもしますか? 以前お嬢様も興味があるとおっしゃってくれていましたし」

 

「そういえばそうだったね~」

 

「反対っ! 絶対にダメです!」

 

 

 カエデ先輩が真っ先に反対を表明し、スズ先輩もそれに続く。だが私とアリア先輩、シノ会長とネネ先輩の四人は興味津々。

 

「賛成多数により、これより出島さんの出演作の鑑賞会を開催――」

 

「遊んでるなら自分の仕事をしてもらってもいいですかね?」

 

「あっ……」

 

 

 ノリノリで鑑賞会を始めようとしていたところにタカ兄の登場。仕事中にもかかわらず遊び始めてしまった出島さんは、連行されていくかの如く部屋からいなくなってしまい、部屋には青筋を立てているタカ兄が残った。

 

「た、タカ兄……あの……」

 

「出島さんの過去に興味を抱く暇があるなら、ここで勉強会でも開いてやろうか? 幸いにして轟さん以外は成績上位者だ。分からない問題が出てきたらすぐ解説してもらえるぞ」

 

「そ、それだけは……」

 

「会長や七条先輩も、仮にも受験生なのですから、人の過去を気にしてる暇があるなら一問でも多く過去問を解いてみたら如何でしょうか?」

 

「う、うむ……」

 

「そ、そうだね……」

 

 

 あっという間に鑑賞会という流れはなくなり、むしろコスプレパーティーって雰囲気でもなくなってしまった。

 

「さ、さすがタカトシ君……」

 

「私たちでは止められなかった流れを、あっという間に変えちゃいましたからね」

 

 

 反対派だったカエデ先輩とスズ先輩は、タカ兄の登場で自分たちに都合のいい流れになりホッとしている様子。

 

「ところでタカ兄、勉強会って本気じゃないよね?」

 

「さっき出島さんから伊達メガネを渡された時は使うつもりはなかったが、厳しい教師のコスプレでもしてやろうか?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 

 ただでさえ厳しいのに、伊達メガネなんてかけられたら妄想が加速――じゃなかった。より厳しさが増しそうな気がする……

 

「あと轟さんも。体重が増えたなら無精しないで運動するか食事制限した方が痩せるよ」

 

「ご指摘ありがとうございます……でも、根性なしの私じゃ続けられないから」

 

「自覚してるなら、もう少し頑張った方がいいかもね」

 

 

 結局タカ兄登場の所為で、コスプレパーティーはお開きに……この人がいると一気に流れが変わるから恐ろしいんだよね……




タカトシのはコスプレなのだろうか


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小指の意味

前半はオリジナル


 以前英稜の生徒会顧問として挨拶に来ていた音羽先生と教師の交流会と評して食事をすることになった。

 

「英稜の生徒会顧問の音羽です」

 

「桜才の生徒会顧問の横島です」

 

「桜才学園教師、小山です」

 

 

 何故小山先生まで参加しているのかというと、私と音羽先生だけでは色々と不安だからと、天草たちに言われたから。なんでも、私が桜才の品位を落としかねないとかなんとか……

 

「――って、なんで津田までいるんだ?」

 

「小山先生に誘われました」

 

「小山先生、まさか……」

 

 

 まさか小山先生まで津田狙いなのか!?

 

「『私一人じゃ横島先生の暴走を止められる気がしない』と言われまして」

 

「だって、ただでさえ横島先生の相手は大変なのに、桜才の品位が関わってるなんて言われたら不安になりますよ」

 

「そ、そこまで酷くないだろ!?」

 

 

 ちなみに、津田の妹の相手は英稜の生徒会長がしてくれているようだ。

 

「津田君でしたね。今日はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、教師の交流会に生徒の自分が参加してしまい申し訳ございません。どうか自分のことは気にせず大人たちで楽しんでください」

 

「それじゃあ早速、飲むか!」

 

 

 一応アルコールメニューもある店なので、私はそこから飲み物をチョイスする。小山先生も音羽先生も今日は電車なので、私に付き合ってくれるようだ。

 

「以前桜才学園を訪れた際にも気になりましたが、桜才学園では校内恋愛禁止なんですよね」

 

「裏で付き合ってるのはいるみたいですけど、基本的にはそうですね」

 

「英稜ではプラトニックならOKなんですよね」

 

「魚見さんたちがその辺りの校則を変更しましてね。私も行きすぎなければ注意するつもりはありません」

 

「だったらウチのあのカップルは注意対象になってただろうな」

 

「ですね」

 

 

 校内恋愛禁止だと言っているにも関わらず、堂々といちゃいちゃしているカップルがいる。五十嵐が口を酸っぱくして注意しているのに、一向に改善されないカップルだ。

 

「横島先生や小山先生は注意なされないのですか?」

 

「しても聞かないからな。それに、年寄りの僻みって思われそうで……」

 

「私も横島先生も、そういう相手がいませんから……」

 

「な、なんだかすみませんでした」

 

 

 こういう時津田がなんとかしてくれるんだが、今日の津田はあくまでも私の監視。行きすぎない限り口を挿むつもりはないらしい。

 

「津田君は、恋愛についてどう思いますか?」

 

「英稜の校則のように、行きすぎない限りは自由にしていいのではないかとは思います。だからと言って、大っぴらに付き合いたいとも思いませんが」

 

「なるほど」

 

 

 この中で一番年下なのに、一番しっかりした考えを持っている津田……

 

「(なぁ小山先生)」

 

「(なんですか?)」

 

「(津田は生徒のはずだよな?)」

 

「(普段教えてる津田君と同一人物なら、間違いなく生徒なはずです)」

 

 

 音羽先生と教育論を語り始めた津田を見て、私と小山先生は二人で寂しくアルコールを呷るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教師として交流会を開いたはずだったのに、気づいたら津田君と語っていた自分を思い返し、私は生徒会室で頭を抱えていた。

 

「音羽先生、どうかしたんですか?」

 

「いえ……昨日少し……」

 

 

 森さんに心配されてしまいましたが、生徒に相談することでもないのでテキトーに濁しておく。

 

「トオりん、あれできてる?」

 

「あっ……すみません、忘れてました」

 

「それじゃあ明日までね。約束」

 

 

 魚見さんが小指を出し、青葉さんも小指を出して絡める。こういった風景は見ていて気持ちがいいものです。

 

「そういえば音羽先生」

 

「はい、何でしょう?」

 

「昨日桜才の先生たちと交流会を開いたそうですね。どうでした?」

 

「とても勉強になりましたね。他校の話を聞けるというのは、やっぱり考えを凝り固めないために必要だと再認識しました」

 

「そうなんですねー。横島先生も小山先生も、いい先生だって聞いてますから」

 

 

 人を疑っていない青葉さんと、その隣で同意している広瀬さんに対して、私は罪悪感を抱く。だって私がそう思えたのは、その二人と話したからではなく津田君と話したからであって……

 

「そういえばタカ君も参加してたんですよね。どうでした?」

 

「ど、どうもこうも、津田君はあくまでも横島先生の監視として参加していただけですから」

 

「タカ君に聞いても教えてくれなかったから、音羽先生に聞こうって思ってたのに……残念」

 

 

 津田君は人との会話を他人に話すような人ではないので、私が津田君相手に教育論を語っていたことを魚見さんに話してはいないようだ。

 

「ところで会長」

 

「なんでしょう?」

 

「例の書類、もう完成してますか?」

 

「……あっ!」

 

「今日までに仕上げるって言ってたじゃないですか」

 

「昨日コトちゃんの相手が入ったから、つい……明日までには必ず」

 

「じゃあ、これですね」

 

 

 森さんが小指を突き出すと、何故か魚見さんが照れ始める。

 

「私の女になれってこと?」

 

「約束ですよ!? ふざけるなら、今日中に完成させてもらいますからね」

 

「じょ、冗談だから! ちゃんと明日までに完成させておくから」

 

「お願いしますね」

 

「(前も思ったけど、副会長の方がしっかりしてるのよね……)」

 

 

 津田君もだけど、森さんもなかなか苦労が絶えないんでしょうね……今度二人を労ってあげた方がいいのか横島先生と相談してみましょう。




やっぱりタカトシが一番しっかりしている


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柔道部のマラソン

長距離走は苦手です


 今日の柔道部はマラソン大会を開くとムツミが宣言する。その理由は尤もらしいのだが、部員たちのウケはあまりよくない。

 

「マラソンかー……」

 

「どうせ主将の優勝に決まってるんだから、少しくらいハンディ欲しいよねー」

 

 

 確かに体力バカであるムツミが優勝するに決まっているだろう。だからと言ってそんなことを堂々と言うのはどうなのだろう。

 

「ハンディなどいらん。正々堂々勝負するべきだろ」

 

「さっすが副主将」

 

「(ハンディを貰って負けたなんて、情けない結果になった時立ち直れるかわからないからな)」

 

 

 多少のハンディくらい、ムツミの体力なら跳ね返してしまうだろう。その時、ハンディを貰っていたことがよりこちらの精神にダメージを与えてくること間違いなし。そんな精神的ダメージを負うくらいなら、最初から負けを認めておいた方が気持ちが楽だ。

 

「乳首当て必要な人は言ってくださいね」

 

「いるわけないだろ」

 

 

 マネージャーのコトミが余計なことを言い出したタイミングで、生徒会の見回りが道場にやってきた。

 

「こらこら。あまり破廉恥なことを言うなよ」

 

「どういうことですか?」

 

 

 津田君は別行動なのか、会長が七条先輩に近づき胸を摘まむ。

 

「乳首当てのゲームをしていたんじゃないのか?」

 

「違いますよー。マラソンするから、道着に擦れて痛いんじゃないかって思って用意したこれがいるかどうか聞いてたんです」

 

「なんだ、紛らわしい」

 

「そもそも勘違いしないと思いますけどね」

 

 

 私ではツッコミとして弱いかもしれないけど、一応ツッコミを入れておく。そうしないと、柔道部全体が同類だと思われそうだったから。

 

「せっかく来たんですから、スターターお願いします」

 

「任せろ!」

 

 

 会長の合図でスタートすることになり、ムツミとトッキーはすでに臨戦態勢に入っている。

 

「スタートダッシュを決めるつもりか」

 

「えっ、私のスター型のニップレスを奪取する!?」

 

「言ってねぇ!? てか、付けてるのかよ!?」

 

 

 やっぱり津田君がいないとこの先輩たちはダメだな……

 

「てかチリ先輩。もうスタートしてますよ?」

 

「いつの間にっ!?」

 

 

 慣れないツッコミをしていたせいか、私はスタートの合図を聞き逃していたらしい。コトミに言われてほかのメンバーがスタートしているのに気づき、私も慌てて後を追いかける。

 

『私たちはここでゴールテープ持って待ってるからなー!』

 

 

 背後から会長の声が聞こえたが、見回りは良いのだろうか……

 

「津田君がいるから平気なのか」

 

 

 彼ならわざわざ見回らなくても校内の安全を守ることができる。そう言われている。

 

「てか、意外と早く追いついたな」

 

「副主将、考え事しながらでもなかなかですね。私なんて完走できるかどうか不安ですよ」

 

 

 後輩の一人が早々に弱音を吐く。私は副主将として、脱落者を無くすために鼓舞しよう。

 

「弱音を吐くな。後ろを見てみろ」

 

「後ろ?」

 

 

 私に言われて後ろを振り返る後輩。後ろには追走のコトミしかいないので不思議だったのだろう。

 

「自転車のコトミが一番辛そうなんだぞ」

 

「なんだか自信出てきました」

 

 

 自転車のコトミのへばり具合を見て、まだ自分の方が余裕があると思えたのだろう。後輩のペースが上がる。

 

「ここの坂、かなりキツイんだよな」

 

「心臓破りの坂ですからね」

 

「そういえばこの間、萩村がここで転んでたな」

 

 

 容姿相応というかなんというか……転んでストッキングが破れたって言ってたな。

 

「パンスト破りの坂ですね」

 

「ボケる余裕はあるんだな」

 

 

 死にそうなはずだったコトミが私たちの会話に加わってきたのでそう尋ねたのだが、コトミの顔は相変わらず苦しそうだ。

 

「てか、それってアシスト付きじゃないのか?」

 

「ち、違いますよ……だから坂道は降りて上ります」

 

「まぁ、仕方ないな」

 

 

 この坂を普通の自転車で何の問題もなく上り切れる高校生は多くないだろう……まぁ、身近に二人くらいいるんだが。

 

「(ムツミは兎も角として、津田君も結構高校生離れしてるんだよな……)」

 

 

 妹のコトミはこんななのに、どうして津田君はあんなに凄いんだろうか……そんなことを考えながら走っていたら、いつの間にか坂を上り終えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもなら私の独走なのに、今日はずっと隣にトッキーが追走している。これはつまり、トッキーも成長しているってことなのかな。

 

「(ゴールが見えてきた)」

 

 

 私は走っているときのこの匂いが好きだ。風の中に緑の匂いが――

 

『グー』

 

 

――調理室から美味しそうな匂いがしてきて、私は意思とは関係なくそちらにふらふらと向かってしまう。

 

「こらムツミ! おなか減ってるのはわかったがちゃんとゴールしないか!」

 

「はっ!」

 

 

 どうやらゴール地点にスズちゃんがいるようで、私はその声で現実に復帰できた。

 

「あーあ、トッキーに負けちゃったよ」

 

「最後のアレが無かったら分からなかったすよ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 

 私が匂いに釣られていなかったら同着くらいだったのかな……でも負けは悔しいな。

 

「道着洗濯するのでください」

 

 

 コトミちゃんに言われ、私は道着を籠に入れる。

 

『ドスン』

 

「おいムツミ……その道着って」

 

「訓練用の道着だよ。10Kgの錘が入ってる」

 

「私たちはこれに負けたのか……」

 

 

 なんだかチリががっくりしてるけど、何かあったのかな?




ムツミは相変わらず人間離れしている……


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色々なシェア

そこはしないだろ


 耳の中に違和感を覚えたので、私は自分で耳かきをすることに。うまく取れるかどうかわからないけど、人にやってもらうのはなんだか子供っぽいので、高校に進学してからは自分でするようにしているのだ。

 

「あらスズちゃん、耳かき?」

 

「えぇ。定期的にやっておかないと気持ち悪いしね」

 

 

 リビングにはちょうど母がいて、私が耳かきを持っているのを目ざとく見つけられた。別に疚しいことをするわけではないので正直に答えたのだけども、母は何か考えるような眼をしている。

 

「よかったらお母さんがしてあげましょうか?」

 

「いや、いい」

 

 

 別に子供っぽいから断ったわけではない。そもそも今家には私と母しかいないのだから、子供っぽいと思うような人はいない。

 

「どうしてー?」

 

「だってお母さん、意図的に気持ち悪い箇所を避けるでしょ?」

 

「バレてたか」

 

 

 違和感がある場所だけを避けるので、結局は最後まで気持ちが悪い気分を味わい続けなければいけない。それなら自分でやった方が、早く気持ち悪さから解放されるのだ。

 

「でも、早く解放されちゃったらつまらなくない?」

 

「別に耳かきに楽しさは求めてないわよ」

 

 

 この母は私にどんな感情を持ってほしいと思っているのだろうか……

 

「でもお父さんは喜ぶわよ?」

 

「これが母娘の会話で良いわけ?」

 

 

 前々から思っていることだが、夫婦間のことを娘に包み隠さず話しすぎなのではないだろうか。まぁ、タカトシのところのように、殆ど家にいないのも問題かもしれないが、こっちはこっちで問題だと思う。

 

「まぁまぁ、隠し事のある親子よりかはこっちの方がいいでしょ?」

 

「まぁね……」

 

 

 肯定するのも恥ずかしいのだが、親子間の仲がいいのはいいことだと私も思う。だけどもう少し羞恥心を持ってもらいたいのだけども……

 

「うっ!」

 

「どうしたの?」

 

「足が痺れた」

 

「ずっと正座してたもんね」

 

 

 別にかしこまる場面じゃないのだから、崩して座ればいいのに……そんなことを思いながら母を見ていたら、なんだか不満そうな表情でこちらを見つめてくる。

 

「何?」

 

「こういう時は、足をつんつんして責めるんだよ」

 

「娘に何を求めてるんだあんたは」

 

「せっかくのチャンスなんだからさ」

 

「そんなチャンスは必要ない」

 

 

 そもそも私にそんな趣味はない。会長や七条先輩、ネネ辺りは喜んでやりそうだけども、私には断じてそのような趣味はないのだ。

 

「とりあえずすっきりしたから、私は部屋に戻るわね」

 

「今度はちゃんと突いてね~」

 

「突くかっ!」

 

 

 本当に、これが母娘の会話で良いのだろうか……

 

「(こういう相談は、誰にすればいいのかしらね……)」

 

 

 私の周りには普通の両親を持つ知り合いが少ないような気がするので、こういった相談は誰にすればいいのか悩んでしまったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室でPCを使って情報収集をする。少し前の私だったら考えられないことだが、最近の暇つぶしはこれが多い。

 

「なるほど。今は自転車をシェアする時代なのか」

 

「自分で自転車を持たなくていいから、置き場所に困らないもんね~」

 

「経済的にもいいことですよね」

 

「シェアハウスとかもあるし、色々なものをシェアする時代が来ているのかもしれないな」

 

 

 私も何かシェアしてみたいと思うのだが、気心の知れた相手ならまだしも見ず知らずの人とシェアするのは抵抗がある。そのうち慣れるというのも聞くが、その一歩目を踏み出せずにいるのだ。

 

「そのうちお箸とか歯ブラシとかもシェアするのかな?」

 

「それは一部マニアックな世界の住人の話では?」

 

「今朝出島さんに相談されたんだけどねー?」

 

「身近にいたよ!?」

 

 

 タカトシが我関せずモードなので、アリアに対するツッコミは萩村が行っている。

 

「そういえば料理のレシピなんかもシェアするサイトがあるよな。タカトシは興味ないのか?」

 

「それほど凝った料理を作る機会なんてありませんので」

 

「だが、上手にできた料理をSNSにアップする人もいるくらいだし」

 

「俺にはその楽しさがわかりませんので」

 

 

 タカトシとは違う理由だが、私もタカトシがSNSをやってなくて良かったと思う。だってこいつの私生活を垣間見えるとなると、かなりの数の敵が増えることになるだろうし……

 

「シノちゃんは何を気にしてるのー?」

 

「いや、今の時代SNSを使った犯罪もあるから、私たちも気を付けなければなと思っただけだ」

 

「確かにそうですね。アップした写真から住所を特定して突撃されたなんて事件もあった気がしますし」

 

「まぁ、アリアの場合は苦労しなくても特定できるだろうから気を付けるように」

 

「でも会長。七条先輩の場合突撃されても最高のセキュリティがありますし」

 

「そうだったな」

 

 

 アリアが一人で外出する機会など多くないので、慎重になりすぎる必要もないか。

 

「それよりもシノちゃんの方が心配だなー。ご両親が在宅ワーカーなのは知ってるけど、絶対にいるわけじゃないんだし」

 

「それを言うなら萩村だって、一部のマニアが突撃してくるかもしれないから気を付けるんだぞ」

 

「なんか引っかかる言い方なんだよな……」

 

 

 私の心配を素直に受け取れないのか、萩村は複雑な顔をしている。

 

「そろそろ休憩も終わりですので、皆さんしっかり仕事してくださいね」

 

「結局タカトシが一番気をつけなきゃいけないだろうがな」

 

「かもね~」

 

「同感です」

 

「はい?」

 

 

 自分の人気の高さを正確に把握していないのは、こいつの数少ない欠点だよな……やきもきするこっちの気持ちも考えてもらいたいものだ。




特定班が優秀だからな


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遅刻の理由

予約忘れてました


 今日は朝練もなくタカ兄も生徒会の用事がないので、比較的朝はゆっくりしていた。

 

「そろそろ出かけるか」

 

「そうだねー」

 

「てかコトミ」

 

「何?」

 

「今日から衣替えだぞ。冬服じゃなくて夏服の用意しておいただろ」

 

「ドジっ子キャラを確立しようと――着替えてきます」

 

 

 タカ兄から凄い目で睨まれたので、私はそそくさと部屋に戻り夏服に着替える。昨日の夜タカ兄に用意してもらっていたので、衣替え自体を忘れていたわけではなく、そっち方面を目指そうかと思っての冬服だったのだが、タカ兄がそんなことを許してくれるわけもなかった。

 

「お待たせ」

 

「時間に余裕があったから良いが、今後こんなことするようなら家から出て行ってもらうからな」

 

「そんな殺生なっ! 私が一人で暮らせるわけないでしょ!」

 

「自信満々に言うな……そうなりたくないなら気を付けるんだな」

 

 

 タカ兄に見限られたら、私は一ヶ月で人としての生活を送れなくなる自信がある。部屋はゴミ溜めになるだろうし、食事だって栄養のバランスが悪くなる。それを改善しようとしても学校の勉強やらマネージャーとしての仕事とかで忙しいと理由を付けてやらないだろうし。

 そういうわけで今後はもう少し真面目に生きようと心に決め、タカ兄と一緒に登校した。

 

「――って訳なんだけど、可愛い妹を見限るなんて酷くない?」

 

「コトミが悪いんでしょ、それ。津田先輩は今まで十分以上にコトミの面倒を見てくれてるんだから」

 

 

 教室にいたマキに愚痴ったのだが、逆に諫められてしまう。まぁマキはタカ兄が好きで、タカ兄の味方をするのは分かっていたんだけど……

 

「それでも私を見限ったらそのまま自堕落まっしぐらなんだから」

 

「威張って言うことじゃないと思うけどね」

 

「トッキーだってそう思う――って、トッキーは?」

 

 

 教室を見渡しても、トッキーの姿がない。この時間だともう校門は閉められて遅刻扱いになるんだけどな。

 

「あっ、来た」

 

「トッキー、遅かったね」

 

「一回家に帰ったからな」

 

「忘れ物?」

 

 

 今日は提出物の類はなかったと思うんだけどな……まぁトッキーのことだから、時間割を間違えたとかそんなところだろうけど。

 

「今日から衣替えだって忘れててな……着替えに帰った」

 

「リアルドジっ子だと……」

 

 

 私はあくまでキャラ付けとしてやろうとしていたことを素でやるとは……さすがはトッキーだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は特にすることがなかったので津田家にやってきて、タカ君の代わりに洗濯物を片付けている。

 

「お義姉ちゃん、見て見て~」

 

「どうしたの、コトちゃん」

 

 

 洗濯物を取り込んでいたら、リビングからコトちゃんに呼ばれた。ちなみにタカ君は自分の部屋でコトちゃんたちのテスト対策用の問題作りに勤しんでいる。相変わらず自分のこと以外で忙しいようです。

 

「この完璧なバランス感覚!」

 

「急にどうしたの?」

 

「片足立ちダイエットですよ。この前体重計に乗ったら増えてて……」

 

「普通に運動した方が痩せると思うけど?」

 

「楽して痩せたいじゃないですか!」

 

 

 その気持ちは分かるけど、それを堂々と言っちゃうのはダメな気もする。

 

「(ちょっとした悪戯をしましょう)」

 

 

 自堕落なコトちゃんに罰を与えるべく、私はついさっきまで洗濯物が干されていた竿をコトちゃんの袖から通す。

 

「な、なにをするんですか!?」

 

「この状態ならコトちゃんに悪戯し放題」

 

「そ、そんなことに屈する私ではない!」

 

 

 コトちゃんと十分遊んだので、私は竿を回収しようとして――

 

「何遊んでるんですかね?」

 

 

――タカ君に見つかって二人そろってこっ酷く怒られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 化学室と資料室の掃除を頼まれ、公平なじゃんけんの結果化学室の掃除は私とタカトシ君の二人が担当することになった。

 

「アリアさん、こっちは終わりました」

 

「こっちももう少しで終わるよ~」

 

 

 二人きりということで、タカトシ君は私のことを『アリアさん』と呼んでくれている。タカトシ君としては特別意識してのことではないのだろうが、私からしてみればこの呼ばれ方の方が嬉しい。より親密な感じがして。

 

「お待たせ。こっちも終わったよ~」

 

「では最終チェックをして戻りましょうか」

 

「そだね~」

 

 

 タカトシ君と化学室を見回っていると、一体の人体模型が視界に入った。

 

「人体模型って何時も裸で可哀そうだよね」

 

「アリアさんは優しいんですね」

 

「出島さんから換えのパンツ貰ったから、これを穿かせてあげようかな」

 

「なんてものを持ち歩いてるんですか、貴女は……」

 

 

 ポケットからパンツを取り出して見せると、タカトシ君は呆れてしまったようだ。

 

「資料室の掃除、終わったぞ!」

 

「え?」

 

 

 私がパンツを見せつけている状態で固まっていると、シノちゃんとスズちゃんが化学室に乗り込んできた。

 

「………」

 

「………」

 

「せめて何か言ってくれないかなっ!?」

 

「あ、アリア……なぜ脱ぎたてパンツをタカトシに見せつけてるんだ?」

 

「これは換えだから! ちゃんと穿いてるからね!」

 

 

 シノちゃんの腕を取りタカトシ君の死角に移動してスカートの中を確認してもらう。

 

「う、うむ……ちゃんと穿いているな。だが、ならさっきの状況はなんだ?」

 

「実は――」

 

 

 私は人体模型のくだりからパンツを取り出した経緯を説明。するとシノちゃんは納得したように頷いてくれた。

 

「そういうことなら信じよう。だが、抜け駆けは禁止だからな」

 

「この程度でタカトシ君が靡いてくれるなら、カナちゃんがとっくにゴールインしてると思うけどね」

 

「まぁ確かに」

 

 

 カナちゃんはタカトシ君の家に泊まることも多く、洗濯はタカトシ君がしている。パンツで篭絡できるのならそれで決まっているだろうということで、これ以上シノちゃんから責められることはなかった。




それでゴールインはしないだろ


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困った解決策

なんてもの持ってるんだ……


 今日の体育は水泳ということで、私は制服の下に水着を着て登校してきた。

 

「シノちゃん、準備万端だね」

 

「せっかくのプールだからな!」

 

 

 まるで子供のようにプールの授業を楽しみにしていたようにも聞こえるが、実際楽しみにしていたのだから言い訳は必要ないだろう。

 

「でも下着を着けずに来たんでしょ? 違和感なかった?」

 

「違和感を覚えるほど胸なんてないわ!」

 

「そういうことを言ってるんじゃないよ~。でも、ちゃんと着替えは持ってきてるの?」

 

「当たり前だ! そんなへまはしないぞ!」

 

 

 自信満々に私は着替えようのパンツを取り出す。

 

「あっ、これシュシュだ……」

 

「一見似てるもんね~」

 

「どうしたものか……」

 

 

 昔のアリアならノーパンでも問題なく過ごせただろうから、アリアのパンツを借りようかとも思ったが、そんなことしたら二人ともタカトシに怒られるではないか……

 

「予備のパンツで良ければ私持ってるよ~」

 

「本当か! なら後で貸してくれ!」

 

 

 この際パンツなら何でもいい。私はアリアが言う『予備』がどういうものか深く考えずに頼み込んだ。

 

「分かった~。後で生徒会室に持っていくから、シノちゃんはとりあえずそこで待ってて~」

 

「すまないな」

 

 

 いくら女子だけ教室とはいえ、ノーパンでいるところを不特定多数に見られたくない。アリアの気遣いに感謝しつつ、私はとりあえずプールの授業を楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シノちゃんがパンツを忘れたので、私は出島さんから貰ったパンツをシノちゃんの為に生徒会室へ運ぶ。

 

「お待たせ~」

 

「ありがとう。ノーパンってスースーして落ち着かないんだよな」

 

「以前はそれが気持ちよかったけどね~」

 

 

 最近ではちゃんと穿いていることが多いので、ノーパンで過ごすと落ち着かなくなってしまった。これが普通なんだろうけども、なんだかちょっと寂しい気分になってしまうんだよね。

 

「はいこれ」

 

「な、なんでこのパンツには尻尾が生えてるんだ?」

 

「ケモ尻尾パンツだよ~」

 

「パンツなら何でもいいとは思っていたが、さすがにこれは……」

 

 

 不満を言いつつシノちゃんはケモ尻尾パンツを穿く。スカートを穿いているとイマイチケモ尻尾が目立たないけど、これはこれでありなのかもしれない。

 

「会長、それはいったい……」

 

「萩村……」

 

 

 昼休みに話し合う為に生徒会室集合だということを思い出したシノちゃんは、スズちゃんに事情を話す。

 

「――というわけだ」

 

「なるほど。尻尾をしまってみては如何でしょう?」

 

「なるほど」

 

 

 スズちゃんのアドバイスを受けて、シノちゃんは外に出ている尻尾を中にしまい込む。

 

「なんだか漏らしたみたいに見えないか?」

 

「それ以前に座りにくそうですね」

 

「そういえばタカトシはどうした?」

 

 

 集合時間にはまだ余裕があるとはいえ、タカトシ君が来ていないことは確かに気になる。スズちゃんとタカトシ君は同じクラスだから、一緒に来るものだと思っていたんだけどな。

 

「タカトシなら女子更衣室に監視カメラを仕掛けていた畑さんへの取り調べを、五十嵐先輩と二人で行うから遅れるって言ってました」

 

「またあいつか!」

 

「事前の見回りで先生が発見したおかげで映像はありませんでしたが、それなりに厳しい罰が下るのは間違いないでしょうね」

 

「この時期に停学処分を喰らったら、受験に影響するだろうな」

 

 

 忘れがちだけども私たちは受験生なのだ。停学処分なんて出されたら、畑さんの進路は厳しいものになるんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君も交えてこってり絞ったおかげで、畑さんはしっかりと反省してくれたようだ。学校からの処分は三日間の停学、そして反省文の提出だけだった。

 

「随分と軽い処分だと思わない?」

 

「まぁ、この時期の停学は致命的になりかねませんから、学校側もそういった配慮をしたのではないですかね」

 

「なるほど」

 

 

 確かに三年生にもなって停学処分が下される生徒なんて、大学側もできるなら受け入れたくないだろう。それが長期間なら尚更だ。

 

「とりあえず会長には報告した方がいいでしょうね」

 

「この後生徒会室に行くので、俺から報告しておきますよ」

 

「いえ、これは風紀委員の管轄ですから、私から報告します」

 

 

 風紀委員長として、報告くらいはしっかりしておきたいので、私はタカトシ君と一緒に生徒会室へ向かう。タカトシ君個人ならもう少し早く到着できたのだろうけど、彼は私の歩幅に合わせてくれていたので少し時間がかかってしまった。

 

「遅れました」

 

「天草会長、畑さんの件でご報告が――」

 

 

 生徒会室に入ると、お尻の辺りが膨らんだ天草会長が目に入り、私は言葉を失ってしまう。

 

「何をしてるんですか!?」

 

「じ、実はな――」

 

 

 天草さんを問い詰めて事情を聞くと、プールの授業の為に水着を下に着てきて、下着を忘れたということだった。そこで七条さんにパンツを借りたのはよかったが、特殊なパンツだった為にこのような状況になっているとのこと。

 

「困りましたね」

 

「あぁ、困ってるんだ……」

 

「シノ会長、体操着は持ってないんですか?」

 

「……あぁ!」

 

「もう少し早く気付けば良かったのにね~」

 

 

 タカトシ君があっさりと解決策を授けてくれたので、天草さんは七条さんに頼んで教室に体操着を取りに行ってもらうことに。その間に私は畑さんの件を天草さんに報告し、生徒会室を辞すのだった。




やっぱり最後はタカトシ


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下からの攻撃

果たして攻撃なのだろうか


 昨日はタカ君の家に泊まったので、朝は自宅ほどのんびりしている時間がない。それでも遅刻するようなことはなく、学校の最寄り駅でサクラっちと合流するくらいの余裕がある。

 

「会長、おはようございます」

 

「おはよう、サクラっち。サクラっちもこの電車だったんだね」

 

「でも会長がこの時間の電車って珍しくないですか?」

 

「今日はタカ君の家からの通学だから」

 

 

 ここだけ切り取って聞けば、私がタカ君と同棲しているように聞こえるが、サクラっちはそんな勘違いをしない。させようとしてもしてくれない。

 

「昨日はタカトシ君がシフトに入っていましたしね」

 

「コトちゃんを家に一人にすると大変なことになりかねないからね」

 

 

 いい加減信頼してあげてもいい気もしなくはないけど、タカ君からしたらコトちゃんのことは信用できないのだろう。

 

「それにしても、今日は凄い雨だね」

 

「今日体育があるクラスは全部体育館でしょうね」

 

「サクラっちは?」

 

「私はありません」

 

 

 この間シノっちがプールの授業があって、家から水着を着てきたら替えのパンツを忘れたという事件があったらしい。まぁ、今日はプールがあったとしても中止だろうから、替えのパンツなんて必要ないだろうけども。

 

「サクラっちはレインコートで完全防備だね」

 

「これのお陰でスカートも濡れませんから」

 

 

 傘だけでは防ぎきれないくらい量の雨なので、レインコートは確かにありかもしれない。だが傘だけでも十分濡れずに済むともとれる量なので、私はレインコートを着てこなかった。

 

「(あっ、マンホール)」

 

 

 以前シノっちがマンホールを男の穴だと思ったらしいとアリアっちから聞いてことがあるのを思い出して、私は思わずにやけてしまう。

 

「どうしたんで――」

 

 

 サクラっちがマンホールの上に足を下したタイミングで――

 

『ビュー』

 

「ひゃぁ!?」

 

「下からの攻撃には弱かったみたいだね」

 

 

――マンホールの隙間から水が溢れだし、サクラっちのパンツに直撃したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 びしょびしょになってしまって気持ちが悪かったので、私は学校に到着してすぐにパンツを脱いだ。

 

「うぅ……ノーパンって落ち着かない」

 

「事情を知らない人がそこだけ聞いたら、私がサクラっちに命令して一日ノーパンで過ごさせてるって勘違いされそう」

 

「そんな想像力豊かな人はいないと思いますけど」

 

 

 会長と似た思考の持ち主なんて、天草さんと七条さんとコトミさんと畑さんと横島先生と出島さんくらい――

 

「結構いますね」

 

「何が?」

 

 

 すぐに思いつくだけでもこれだけいるのだから、もしかしたらもっといるのかもしれない。

 

「私予備のパンツ持ってるよ」

 

「ほんとですか?」

 

 

 何故パンツを持ち歩いているのかと、普段の私なら問い詰めただろう。だが今はそんなことよりもこの気持ち悪さから解放されたい気持ちの方が強かったのだ。

 

「勝負パンツでTバックだけど」

 

「えぇ……」

 

 

 何故そんなものを持ち歩いているんだろうか……だが、贅沢を言ってる場合ではない。

 

「ん~~~穿き辛い」

 

 

 いくらこの落ち着かなさから解放されたいからと言って、人のパンツ――それ以前にTバックを穿くのに抵抗が出てくる。

 

「サクラっち」

 

「すみません、贅沢を言ってる場合じゃないんですけど――」

 

「大丈夫、未使用品だよ」

 

「それ以外にも悩みが」

 

 

 そもそもなぜ未使用品を持っているのだろうか、この人は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 青葉さんと二人で喋りながら生徒会室へ向かう。

 

「それじゃあ青葉さんも津田先輩に勉強を?」

 

「私は広瀬さんやコトミさんほど厳しく教えられてないけどね」

 

「やっぱ頭の出来が違うんすかね」

 

「私だって平均点くらいだよ」

 

 

 自力でそれだけ採れるのなら、津田先輩に教えてもらえば成績上位者も目指せるということなのだろう。やっぱり私やコトミとは頭の出来が違うんだな。

 

「遅れまし――」

 

「大丈夫だから嗅いでみて」

 

 

 生徒会室の扉を開けると、魚見会長が森副会長の鼻にパンツを押し付けていた。

 

「勘違いしないで。サクラっちに私のパンツの匂いを嗅いでもらってるの」

 

「そこを勘違いされてるんですよ!!」

 

 

 こんな状況でも森先輩は正確にツッコミを入れている。津田先輩には劣るが、この人も立派なツッコミ役なのだろうな。

 

「――というわけなの」

 

「そうだったんすね。私、予備のパンツ持ってるっすよ?」

 

「ほんとっ!?」

 

 

 森先輩の目が輝きだした。よっぽど会長のパンツに抵抗があるんだろうな。

 

「はい。ただ間違えて兄貴のブリーフ持ってきてたんですけどね」

 

「………」

 

 

 私が取り出したパンツを見て、森先輩が固まる。森先輩は今、Tバックかブリーフかの二択を突き付けられているのだ。

 

「サクラっち、どうする?」

 

「………会長のパンツで」

 

 

 さすがに兄貴のパンツを穿くのは無理だと判断したらしく、会長のパンツを選んだ森先輩。まぁ、誰かに見せるわけじゃないんだし、あの形でも問題ないか。

 朝にそんなことを考えていたのなんてすっかり忘れて放課後。生徒会室には顧問の音羽先生がやってきた。

 

「この部屋蒸しますね。少し換気しましょうか」

 

 

 そういって窓を開けると――

 

『ふわり』

 

 

――タイミングよく吹いた風が、森先輩のスカートを捲った。

 

「………」

 

「穿いてないように見えますけど、ちゃんと穿いてます! 証拠見せますから!」

 

「穿かせた私が言うのもアレだけど、落ち着いて」

 

 

 ノーパン疑惑を持たれ慌てた森先輩がスカートを脱ごうとしているのを、会長が必死に止めている。うーん、やっぱり森先輩じゃ津田先輩のような絶対的な安心感はないっすね。




広瀬に言われちゃおしまいなきが……


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集中力を高めるために

高すぎてもアレですけどね


 小テストで赤点を採ってしまい、放課後は生徒会室で勉強会に参加しなければいけなくなってしまった。せっかく最近は安定した成績を残せていたのに……

 

「急にどうしたんだ? 最近は勉強の方ではコトミの悪い噂は聞かなかったのに」

 

「それ以外ではあるんですか!?」

 

「まぁ、いろいろとな」

 

 

 ちなみにタカ兄は私の代わりに柔道部のマネージャーをしてくれているので不在だ。勉強会の教師役はシノ会長とスズ先輩、そしてアリア先輩は生徒会業務の片手間で勉強を教えてくれるらしい。

 

「それで、急に成績が元に戻った原因はなんだ?」

 

「最近集中力が低下してる気がするんですよね」

 

 

 元々高い方ではないのだが、それがさらに低下して、その結果勉強に身が入らず小テストで悲惨な結果になったのだ。

 

「だったら深く息をするといいわよ」

 

「異議あり。深イキはかえってぼーっとしちゃうよ」

 

「異議を却下する」

 

 

 アリア先輩の申し出をスズ先輩が却下する。うーん、このメンツ、勉強面では最強なんだけど、タカ兄がいないと暴走するからな……

 

「だったらマインドフルネスをやってみたら?」

 

「なんですか、それ?」

 

「いわゆる瞑想だな」

 

 

 わざわざ横文字にしなくて『瞑想』って言えば短くて済むんだろうけども、私の厨二心にはアリア先輩の表現の方が響いた。

 

「私家でよくやるの。目を閉じて意識を集中させてね。五感を研ぎ澄ませるの」

 

「なるほど」

 

「すると出島さんが近くにいるように息遣いが聞こえてくるんだ~」

 

「実際近くにいますね、それ」

 

 

 スズ先輩のツッコミにアリア先輩が小首をかしげる。ちょっとした仕草なのに、この先輩がすると威力が高いんだよな……

 

「じゃあここでやってみますね。実践した後にもう一度小テストを受けてみます」

 

「そうか」

 

 

 集中力の問題なので、再度勉強しなくても集中できれば合格点は取れるだろう。私はそう考えて、生徒会室で瞑想をすることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コトミがマインドフルネスを実践しているので、私たちは生徒会室からそっと廊下へ出た。

 

「私たちはコトミが本当に集中できているかどうか確認するために試練を与えればいいんだな」

 

「黙って見守ってあげましょうよ」

 

 

 会長の悪戯心に火が点いたのか、コトミに対して妨害工作を行うらしい。

 

「まずはあいつが好きそうなものを机に置いてこよう」

 

 

 そういって会長が何かの本を持って、わざと音が鳴るように机の上に置いてきた。

 

「何を置いたんですか?」

 

「以前横島先生から没収したエロ本だ」

 

「なんてもん置いてるんだー!」

 

 

 会長の脛を蹴り上げ、その本を回収しようとしたのだが――

 

「コトミ、意識が本に行ってるわよ」

 

「な、なんのことですか?」

 

 

――薄目を開け、完全に本を見ているコトミにツッコミを入れておく。

 

「それじゃあ次は私~」

 

 

 そういって七条先輩はどこからかフィギュアを取り出してコトミの前に置いた。

 

「あれは?」

 

「シノちゃんが没収してきたフィギュアだよ~」

 

「会長、もう私物持ち込まないのでフィギュア返してくださいよ~」

 

 

 どうやらあのフィギュアはネネのものらしく、泣きながらフィギュア返却を訴えてきた。

 

「おや? コトミちゃん、賢者モード?」

 

「見ただけで絶頂したのか?」

 

 

 何をバカなことを言っているんだと思ったが、このやり取りを聞いているはずのコトミは微動だにしない。よっぽど集中できているのだろう――

 

「ぐぅ……」

 

「寝てるのかよ!」

 

 

――ちょっとでも感心した私に謝れ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柔道部も休憩時間に入ったので、俺はコトミの様子を見に生徒会室へ向かう。

 

「まぁ、あいつのことだからあの手この手で勉強しないようにしてるかもしれないが」

 

 

 以前のように問題自体を理解できないわけではないので、やる気さえ出せば平均点なんて楽々採れるはずなんだがな……

 

「やはり、ゲームを解禁したのが失敗だったかもしれないな」

 

 

 コトミの意識がゲームに割かれ始めた所為で勉強に対する集中力が落ちているのだろう。もう一度ゲームを禁止すれば勉強への集中力が戻るかもしれないが、ゲーム禁止に反発してますます自堕落な生活になったら困るしな。

 

「お疲れ様です。コトミの様子は――」

 

 

 生徒会室に入ってすぐ目に入ったのは、よだれを垂らして寝ているコトミの姿だった。

 

「………」

 

「っ!? これは、タカ兄の殺気!?」

 

「やっぱり問答無用でゲームは捨てるか」

 

「ごめんなさい! ちゃんと勉強するのでそれだけは勘弁してください!」

 

「会長たちも、黙って寝かせてないでたたき起こしてでも勉強を教えてくださいよ」

 

「す、すまない……」

 

 

 とりあえずこの人たちを全面的に信用した自分に呆れ、意識の何割かは生徒会室に向けておこうと思い直して道場へ戻る。

 

「お帰り、タカトシ君」

 

「あぁ、ただいま」

 

「何かあったんすか?」

 

 

 時さんに聞かれ、俺は生徒会室の惨状を簡単に説明する。

 

「――というわけ」

 

「たいへんっすね、お兄さんも」

 

「見限ってもいいんだけどさ、親から頼まれてるから」

 

「タカトシ君は真面目だよね」

 

「マネージャー業もコトミより立派にこなしてくれてるし、このままマネージャーになってくれない?」

 

「さすがに時間が取れないって」

 

 

 そもそも柔道部のマネージャーを始めた理由も、家事スキルを磨くためとか言ってたな。その割に、全然進歩してないような気もするが……




集中しすぎると時間を忘れるんですよ……


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行動の理由

努力するのは良いことです


 今日は気分を変えて一人で見回りをしていたら、前方から五十嵐が頭を抑えながら歩いてくる。

 

「五十嵐、どうかしたのか?」

 

「あっ、天草会長……さっき頭をぶつけてしまいまして……理由は恥ずかしいので聞かないでくれると助かるのですが」

 

「恥ずかしい理由か……」

 

 

 以前の私だったら「のけぞり絶頂の時にぶつけたのか?」と聞いただろう。だが五十嵐は男性恐怖症で、そんなことができる相手はタカトシくらい。そのタカトシは、校内でそんなことをするようなやつではないので、その考えはすぐに否定できると知っているのだ。

 

「さすがに鴨居をくぐり損ねたってことじゃないだろ?」

 

「そこまで背は高くないですから」

 

「だったらどこにぶつけたんだ? 曲がり角で走ってきた男子生徒とごっつんこして中身が入れ替わったというわけでもないんだろ?」

 

「どこのSF展開ですか……」

 

 

 前にアリアから借りた書籍の内容がそんな感じで、互いに弱い部分を知り尽くされてしまい、責めと受けが入れ替わるという内容だったのだ。

 

「分からない、降参だ」

 

「別に勝負してたわけじゃないんですけど……荷物を取ろうとして棚に頭をぶつけちゃったんですよ」

 

「あぁ、確かにちょっと恥ずかしいな、その理由だと」

 

 

 私も以前やったことがあるが、誰かに見られていたらと思うと恥ずかしくて仕方がなかった。

 

「今後は気をつけろよ」

 

「気を付けてたつもりだったんですけどね」

 

 

 五十嵐と別れ見回りを再開するとOGの古谷先輩からメッセージが着ていた。内容は今から生徒会室に行くとのこと。

 

「何か用事だろうか?」

 

 

 あの人のことだから、ただ遊びに来たという可能性もあるのだが、一応出迎えに向かわなければ。私は残りの役員にも古谷先輩が来ることを通達し、四人で出迎えることに決めた。

 

「やほー」

 

「こんにちは。どーぞどーぞ」

 

 

 古谷先輩を出迎え、上座に案内したのだが、古谷先輩はそれを固辞する。

 

「私は下座で良いよ」

 

「古谷さんは謙虚なんですね」

 

 

 その態度に萩村が関心を示している。元とはいえ会長だった人を下座に座らせるのは抵抗があるが、頑なな態度をほぐす話術は持っていないしな……

 

「年取るとトイレ近くて」

 

「あなたJDですよ」

 

「感心したのがバカみたいでした……」

 

 

 古谷先輩の答えに、タカトシはツッコミを入れ――おそらく理由は分かっていたので軽めのツッコミだった――萩村はあからさまに呆れた態度を見せる。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

「約束してた友達がドタキャンしてきたから、こっちに遊びに来たんだ」

 

「そんな気軽に来られても困るんですけどね……」

 

 

 今日はそれほど忙しくはないので相手をする時間があるが、これが忙しい時期だったら追い返していただろう。まぁ、仮にも元会長なのだから、それくらい分かって遊びに来たんだろうが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 母が買ってきた雑誌『人体アレコレ』というものが私のカバンに紛れ込んでいた。さすがに教室で確認するのもアレだったので生徒会室で内容をチェックしていたのだが――

 

『ジャンプ運動には身長を伸ばす効果があります』

 

 

――とのこと。

 

「これは早速実践しなくては」

 

 

 別に身長に対してコンプレックスを抱えているからとかではなく、本当に効果があるのか確認したいからだ。決して私の背が低いから、このような甘言に乗せられたとかではない。

 

「スズちゃん、どの本が欲しいの?」

 

「そーゆー理由で跳ねてたんじゃないですよ」

 

 

 私がジャンプしていたのを、欲しい本があると勘違いした七条先輩が親切で声をかけてくれたが、やっぱり私がジャンプしているとそういう光景に見えてしまうのだろう。

 

「じゃあどういう理由で?」

 

「ちょっとした実験なのですが――」

 

 

 私はさっき読んでいた雑誌のページを七条先輩に見せる。すると納得したように頷いて、カバンから牛乳を取り出した。

 

「だったらさっき買った牛乳あげるよ」

 

「べ、別に背が低いことを気にしてやってたわけじゃありません。ただ根拠の示されていない記事の内容が事実かどうか確かめたかっただけで――」

 

「スズちゃんが背が低いことを気にしてるのは、桜才学園の人なら全員知ってると思うから恥ずかしがらなくてもいいんじゃない?」

 

「ぐっ……」

 

 

 確かに背が低いと不便で、いろいろな人に助けてもらっているからそれなりに知られているだろうとは思っていたが、まさか全員知っているとは……

 

「ちなみに、シノちゃんが貧乳に悩んでいることも、全校生徒が知ってることだと思うけどね」

 

「あぁ、あの人が原因ですか……」

 

 

 私たちのコンプレックスを広めた人に心当たりがあり、私は頭の中でその人を酷い目に遭わせておいた。

 

「スズちゃんは小っちゃくてかわいいんだから、気にしなくてもいいと思うけどね~」

 

「小っちゃいって言わないでください!」

 

 

 七条先輩と別れ、会長と見回りをしている最中にも、私はさっきの記事がどうしても気になってジャンプしてしまった。

 

「……あの、会長? 無言で背後に立たれると怖いんですけど」

 

 

 いきなりジャンプしだした私も大概だろうが、無言で人の背後に立つ会長も十分怖い。

 

「いやだって……ジャンプしてスカートが捲れてたから壁になろうと」

 

「マジですか!?」

 

「あぁ。ちなみに、カメラを構えていた畑は、タカトシに捕まったようだぞ」

 

 

 会長が指さす方から、畑さんを捕まえたタカトシがやってきた。畑さんからカメラを取り上げ、私と会長でデータは完全消去したのだった。




大きくなれるといいですね……


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暑さ対策

しっかりと対策しましょう


 ここ最近暑い日が続いている。だがエアコンに頼るのは環境問題的にもよろしくないので、何か他の方法があればいいのだが……

 

「こういう時はIQ180の萩村の出番だな」

 

「スズちゃん、何かいい方法ないかな?」

 

 

 ちなみに、なぜタカトシを頼らなかったのかというと、あいつは今クラスメイトたちを集めて補習回避のための特別授業中なのだ。

 

「少しでも涼しい風を起こすために、打ち水などをすると体感的に涼しくなります」

 

「打ち水か」

 

「楽しそうだね~。早速出島さんに水鉄砲を持ってきてもらおう」

 

「その『撃つ』じゃないですからね」

 

「だがそっちも楽しそうだな。夏休みにプールかどこかでやってみるか」

 

「水に濡れる水着で緊張感も上がるようにしようか」

 

 

 普通の人が言えば冗談で済むだろうが、アリアが言うと冗談に聞こえないな……何せ七条グループの技術力を使えばそれくらい簡単に用意できるだろうから。

 

「それじゃあ早速打ち水を行おう」

 

 

 アリアと萩村を引き連れ、私は生徒会室から外へ向かう。

 

「結構地味だな」

 

「まぁ、派手さはないですよね」

 

 

 ただ柄杓で水を撒くだけなので、絵面的に非常に地味。それなのに腕に蓄積するダメージはそれなりという、結構な重労働だ。

 

「あれ? 会長たちは何をしてるんですか?」

 

「コトミか。何をしているように見える?」

 

「そうですね……」

 

 

 コトミの思考の中に打ち水という概念があるのかどうか微妙だが、これくらい見ればわかるだろう。そう思っていたのだが――

 

「水たまりを作って、スカートの中を覗こうとしている?」

 

 

――斜め上な回答が飛び出した。

 

「そんなことしなくても、私たちは同性だ。覗こうと思えばいくらでも覗けるだろ」

 

「そうでしたね」

 

「その答えもどうかと思いますけど」

 

 

 萩村から冷たい視線を向けられ、私は慌てて話題を変えようと思考を巡らせる。

 

「打ち水の効果で涼しくなるのは分かったが、この広い学園内すべてに水を撒くのはかなり大変だな」

 

「確かにそれはありますね」

 

「シノちゃ~ん! これを使えばいいんじゃない?」

 

 

 そう言ってアリアが持ってきたのはホース。確かにこれなら一気に水を撒くことができるな。

 

「それじゃあ早速」

 

 

 ホースを使って水を撒くと、これほど楽な作業だったのかと思い知らされる。重いバケツを持つ必要もないし、柄杓を振る必要もない。ただ身体を少し動かせば撒く位置も変えられるとは。

 

「そうだ! ちょっと会長――」

 

「ふむふむ」

 

 

 コトミから提案されたことをさっそく実行する。

 

「これはかなり気持ちいいな」

 

「身体に巻き付けたホースから伝わる水の温度が気持ちいいんですよね?」

 

「あ、当たり前だ!」

 

 

 決してホースから伝わる適度な締め付けが気持ちいわけではない。そもそも私はMではないので、締め付けられて快感を覚えるわけではないからな。

 

「ですが、この写真を見た人はどう思うでしょうね」

 

「畑……どこから現れたんだ、お前」

 

 

 畑が撮った写真を見ると、私がホースに縛られて恍惚の笑みを浮かべているようにしか見えない。こいつ、絶妙なアングルで撮ったな。

 

「はい、削除」

 

「せっかく次の記事は『会長、セルフSMプレイで絶頂!?』にしようと思ったのに~」

 

「この間の停学で懲りてなかったのか、お前は……」

 

「あっ、シノちゃんの水撒きのお陰で虹ができたよ~」

 

 

 畑を注意している横で、アリアが無邪気にはしゃいでいる。同い年だが、こういうところは子供っぽくて微笑ましく感じるな。

 

「こんな綺麗な虹見るの、おしっこ飛ばした時以来だな~」

 

「微笑ましいな~」

 

「微笑ましいかっ!?」

 

 

 私たちがほのぼのしている横で萩村がツッコミを入れる。どうやら私たちの感性と萩村の感性は違うようだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別授業を終えて生徒会室へ向かおうとしたが、何故かメンバーの気配は外にある。

 

「何してるんだ?」

 

 

 今日のスケジュールの中に、外でやらなければいけない作業はなかったはず。俺は首をかしげなら昇降口へ向かい、外にいるメンバーと合流する。

 

「お疲れ様です。何をしてるんですか?」

 

「タカトシか。暑かったから打ち水をしていたんだ」

 

「打ち水のお陰でちょっと涼しくなったでしょ~?」

 

「ですが、この後雨の予報なんですが」

 

 

 俺の言葉が引き金になったのかは分からないが、ちょうどそのタイミングで雨が降り出した。

 

「そういえば今朝、タカ兄に傘を持ってけって言われてたっけ」

 

「コトミ! そういうことは早く言いなさいよね!」

 

「すっかり忘れてたんですよ~。でも、先輩たちなら天気予報を見てきててもおかしくないと思うんですけど」

 

 

 コトミの反論に、三人は言葉を失っているようだ。どうやら誰一人として天気予報を確認していなかったのか。

 

「まぁ、水を撒くことは良いことだと思いますし、部屋に篭って書類仕事ばかりだと鈍ってしまいますからね。丁度いい運動だったと思いましょう」

 

「それは良いんだが……私、傘持ってきてないんだが」

 

「私も」

 

「私もです」

 

「私は持ってますよ。つまり、先輩たちより私の方が用意がいいということに――」

 

「お前はタカトシに言われたから持ってきただけだろうがー!」

 

 

 これだけ騒いでいたらせっかく涼しくなったのに意味がないと思うんだがな……まぁ、それを言う必要はないが。

 

「とりあえず生徒会室に戻りましょう」

 

「そうだな……」

 

 

 がっくりと肩を落とすシノ会長。今回は無駄になったが、打ち水自体は効果あるからな。次の機会につなげてほしい。




ほんと、タカトシが会長みたいになってるな……


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夏休みの予定

あまり出かけたいとは思わない


 生徒会室で作業していたら、シノちゃんが急に悲鳴を上げた。

 

「シノちゃん、どうしたの?」

 

「袖の隙間から蚊が入り込んできた!?」

 

「急いで追い出さないと。シノちゃん、服脱いで」

 

 

 私としては善意での提案だったのだが、スズちゃんから鋭い視線を向けられてしまった。

 

「な、何とか追い出せたけど刺されたところが痒い」

 

「掻いちゃダメだよ」

 

「そういう時は刺されたところをつねるといいですよ」

 

 

 スズちゃんの提案に、シノちゃんは小さく頷いてから刺されたところをつねった。

 

「キモチイイ」

 

「そこなのっ!?」

 

 

 シノちゃんが刺されたところを知り、スズちゃんが慌てている。確かに、生徒会室でいきなり摘まんでたら怒られちゃうかもしれないしね。

 

「そういえば、タカトシ君は?」

 

「タカトシなら結局赤点だったクラスメイトたちに泣きつかれて、補習に向けての特別講義中です」

 

「ほんと、高校生をやらせているのが惜しい人材だな」

 

「タカトシ君ならすぐにでも人気教師になれるだろうしね~」

 

 

 まぁ、高卒では教師になれないので無理な話なのだが、タカトシ君が先生だったら女子たちは喜ぶだろうし、男子たちは緊張感からしっかりと授業に取り組むんだろうな。

 

「でも、タカトシ自身は教師になるつもりはないようですけどね」

 

「もったいないよな。教師じゃなくても塾の講師とかでも絶対人気が出ると思うんだが」

 

「タカトシ君なら、ウチのグループのどこの部門に入っても一流になれると思うけどね~」

 

 

 いきなり経営陣の一人に入ったとしても、タカトシ君なら結果を残すだろう。そう思っているのだけども、それにはまず私との仲を進展させなければいけないだろう。

 

「七条先輩が言うと冗談に聞こえませんよね」

 

「実際アリアと付き合い結婚という流れになれば、タカトシが七条グループに関わるのは確定だろうし」

 

「シノちゃんやスズちゃんも欲しい人材ではあるけどね~」

 

 

 タカトシ君の陰に隠れがちだけども、シノちゃんもスズちゃんも優秀な人だ。いろいろな事業をしている会社からすれば、この二人も欲しい人材なんだろうな。

 

「大学卒業時に困ってたら相談させてもらおう」

 

「シノちゃんなら立派に就職できると思うけどね~。そもそも、私のコネを使わなくても、グループ関連の会社に合格できるくらい」

 

「そう言ってもらえるのは嬉しいが、私はまだ所詮女子高生だ。世間に出て通用するかどうかなんてわからない」

 

「そもそもタカトシが異常なだけで、普通の高校生はいきなり世間に放り出されたらどうにもならないと思いますけどね」

 

「そうかもね~」

 

 

 タカトシ君のスペックが高すぎることは理解しているけど、ずっと傍にいるとそれが異常だということを忘れてしまう。スズちゃんの言葉で私たちはそれを再認識し、自分たちももっと頑張ろうと心に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカ兄とお義姉ちゃんのお陰で、トッキーには負けたけども平均より高い点数を採ることができ、私は無事に夏休みを迎えることができた。

 

「夏休みだー」

 

「はしゃぎすぎだろ」

 

「これがはしゃがずにいられますか! 今までの私だったら補習の恐怖に怯えていたんですよ」

 

「胸を張って言うことじゃないだろ」

 

 

 タカ兄は呆れているが、シノ会長やアリア先輩、スズ先輩は祝福ムードだ。今回は先輩たちの手は借りていないので、これは成長のあかしだと思ってもらえているのかもしれない。

 

「せっかくですし、みんなでどこかに行きましょうよ」

 

「出かけるのは良いが、人が多いところはやめておこう」

 

「騒がしいと疲れちゃいますからね」

 

 

 なんとも若さが感じられない発言だが、その理屈は分からないでもない。確かに周りが騒がしいと疲れを感じることはある。

 

「だったら廃墟見学に決まりですね」

 

「どこから聞いていた?」

 

「コトミさんの『夏休みだー』からですね」

 

 

 最初から聞かれていたようだが、タカ兄が特に注意しなかったのは話の流れがおかしな方向へ進んでいなかったからなんだろうな。

 

「それで、どうして廃墟見学なんですか?」

 

「廃墟見学の魅力とは! 日常から隔離され、建造物からノスタルジーを味わえることなのです! 廃墟ツアーってのもあります」

 

「へー、面白そうだな」

 

 

 いまいちピンときていない私とは違い、会長が興味を示しだす。

 

「例えるなら、新品ブラウスよりくたびれたブラウスの方が魅力的ということか」

 

「その例えのお陰でピンときました! 廃墟見学、いいかもしれないですね」

 

「その例えでピンとくるのもおかしな話だと思うんだけど」

 

 

 スズ先輩は呆れているけども、私からすればシノ会長の例えは分かりやすかったのだ。

 

「それでは予定を合わせて皆さんで廃墟見学に行きましょう」

 

「一応確認しますけど、それって俺も行かなければいけないんですか?」

 

「当然だ! タカトシは私たちの引率だからな!」

 

「天草会長、それを声高に宣言するのはどうかと思いますが」

 

「分かっているが、私が引率というよりタカトシが引率と言った方が安心感があるだろ?」

 

「まぁ、確かに」

 

 

 シノ会長と畑先輩がひそひそと話しているが、タカ兄が来なかったらスズ先輩の負担が凄いことになるだろう。何せシノ会長にアリア先輩、畑先輩と私の相手を一人でしなければいけないのだから。

 

「それでは、詳しい予定は後程」

 

「くれぐれも犯罪行為はしないようにお願いしますね」

 

「わ、分かってますよ」

 

 

 最後にタカ兄にクギを刺され、畑先輩は計画していた何かを諦めたような顔をして生徒会室を去っていったのだった。




引率はもちろんタカトシ……


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廃墟見学

行ったことないですね


 コトミの「どこかに行こう」という提案に畑さんが加わったせいで、私たちは今廃墟見学にやってきている。

 

「この学校は三十年前に廃校になったとか」

 

「ところで畑」

 

「はい?」

 

「ちゃんと管理者の許可は取ったのか?」

 

「そういえば、ちゃんとした許可は取ってませんでしたね」

 

「それってまずいのでは?」

 

 

 管理者の許可もなく立ち入ったとなれば相当な問題だというのに、畑さんは慌てた様子はない。

 

「見学してもいいですか?」

 

「いいよー」

 

「目の前にいたのか……」

 

 

 七条先輩が許可したことで、この廃墟見学に違法性は無くなった。忘れがちだが物凄い家のお嬢様だったのよね、七条先輩って……

 

「それでは早速中に入りましょう」

 

「建物は老朽化しておりますので、入ることは許可できません」

 

「そうですか……では、せめて外から写真を撮らせていただきます」

 

 

 引率役兼運転手として参加している出島さんに止められ、畑さんは校舎内へ入ることは諦めたようだ。

 

「誰もいない学校って哀愁を感じるわね」

 

「だな」

 

 

 窓から教室内を覗き込みしみじみと呟いたら会長が同意してくれた。独り言のつもりだったのだが、意外と聞かれているものなのね。

 

「いますよ」

 

「へ?」

 

 

 いったい何がいるというのか……聞きたくなかったのだけども出島さんがご丁寧に説明してくれた。

 

「夜になるとあのブランコが勝手に動くとか」

 

「帰りましょう!」

 

 

 別に怖いとかではないのだけども、長居するとよくないことが起こるかもしれないので提案したのだ。決して怖いわけではない。

 

「お子様のスズ先輩はビビっちゃったんですか?」

 

「萩村女史はお子様ですね」

 

「夜まで居てやろうじゃないの」

 

「二人でスズを煽ってるんじゃねぇよ」

 

 

 思わずコトミと畑さんの思惑に乗せられてしまったが、タカトシが二人を粛正してくれたおかげで冷静になれた。

 

「ごめん、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 タカトシがいてくれたお陰で夜までコースじゃなくなったからお礼を言ったのだが、タカトシは特に気にした様子もなく私のお礼を受け入れてくれる。

 

「(やっぱり、タカトシがいてくれると安心できるわね)」

 

 

 私一人だったら二人の暴走を止めることができずに、さらに煽られたせいで冷静さを失って夜までこの場に留まるところだった。

 

「出島さん、トイレってありますか?」

 

「先ほど申し上げた通り、建物は老朽化しておりますので中に入ることはできません。ですので外でお願いいたします」

 

「外か……誰かに見られたらどうしよう」

 

 

 すぐに思いつくだけでも畑さんと出島さんが覗きに来そうだが、我慢しておもらしなんてしたらまた子供っぽいってバカにされるし……

 

「俺が見張っててやるから。それと、ちゃんと距離を保っておく」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 タカトシのことだから見張りと称して覗くなんてしないだろう。私は安心して木陰に移動し、覗きを気にすることなく用を足せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 せっかくのスクープチャンスだったのに、津田君の鉄壁の見張りの所為で盗撮できずに終わってしまった。

 

「(こうなったら何が何でもスクープを狙うしかないですね)」

 

 

 こんなシチュエーションなのだから、男女の仲が進展する可能性もあるだろう。そこを激写して新聞に掲載すれば新聞部が脚光を浴びるだろう。

 

「(桜才新聞の読者のほぼ全員が津田先生のエッセイ目当てですからね……)」

 

 

 自分でそうなるように仕向けたとはいえ、他の記事が注目されないのは記事を書いている身としては空しい気持ちになる。そこに津田先生の恋愛発覚の記事が載れば、一躍注目されることとなるだろう。

 

「(まぁ、津田君がこの程度で異性を意識するようになるとは思えないのですけど)」

 

 

 これが暗い夜だったらまだ雰囲気があったのに、今はまだ日の高い時間。恐怖で誰かが抱き着くような展開にはならないだろう。

 

「うわ」

 

「足下に気を付けてね」

 

「そうは言われましても……あっ、タカ兄手を握ってもいい?」

 

「ほら」

 

 

 コトミさんがこけそうになったことで、津田君の手を握る展開に。兄妹なのだから嫉妬しなくてもいいのに、天草さんと萩村さんは分かりやすく、七条さんも少し羨ましげにコトミさんを見ている。

 

「(これは使えるかもしれない)」

 

 

 私は乙女の恋心を煽るための思考を巡らせ、その案を実行する。

 

「津田君。怖いから私も手を握ってもいいかな?」

 

「白々しいのでお断りします。それにコトミは注意力散漫で危なっかしいですが、皆さんは別に平気でしょうしね」

 

 

 津田君に私の思惑を見抜かれてしまったせいで、恋愛スクープを激写することはできなかったが、廃墟の写真はかなり撮ることができた。

 

「これで廃墟特集を組むことができそうです」

 

「そんなことを考えていたのか」

 

「まぁ、夏休み特別号をどうしようか考えていたところに、コトミさんの発言があったのでこの機会にと思いまして」

 

 

 私一人だったら七条家の許可は下りなかっただろうが、七条さんを巻き込めば簡単に許可がもらえると思ったのだ。

 

「こうして写真も沢山ありますし――あっ」

 

「どうかしたのか?」

 

 

 写真の確認をしていたが、手が止まったので天草さんが不思議そうに私を見つめてくる。

 

「出島さん。ちょっと寄ってほしいところが」

 

「何方でしょう?」

 

「お寺に」

 

「「えっ!?」」

 

 

 写ってはいけないものが写っていたので、私はすぐさま出島さんに提案したのだ。車の中の気温が少し下がったような気がするのは、きっと気のせいだろう。




何が写ったのやら


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だらけるコトミ

だらけたい……


 本格的に暑くなってきて、私は毎日家でダラダラ過ごしている。柔道部の活動があるときは一応外出はするが、それ以外で出かけたくない。

 

「お邪魔します」

 

「あっ、かいちょー。いらっしゃい」

 

「随分とだらけているな」

 

 

 リビングでダラダラしているところを会長たちに見られたが、別に気にする必要はないだろう。だって、今更私がしっかりしてると思ってるわけもないし。

 

「たまには日光を浴びた方がいいぞ」

 

「浴びてますよー。でも、休みの日にそんなことしたくありません」

 

「そういえば、世間には日光をお尻にだけ当てる肛門浴ってのがあるらしいよ」

 

「よし――」

 

「何しに来たんですか、貴女たちは」

 

 

 シノ会長が何かを決心したタイミングで、タカ兄があきれ顔でリビングに入ってくる。

 

「少しはコトミにやる気を出させようと思って」

 

「くだらないことでやる気を出させないでくださいよ」

 

 

 それだけ言うと再びタカ兄はどこかへ行ってしまう。せっかくの夏休みだというのに、タカ兄は相変わらず忙しそうだ。

 

「それで、かいちょーたちは何しに来たんですか?」

 

「ちょっとやりたいことがあって、タカトシに場所を提供してもらったんだ」

 

「やりたいこと?」

 

 

 タカ兄は恐らく巻き込まれたくなかったのだろうが、この三人にお願いされると結局付き合ってあげている。誰が一番偉いのか分からない感じだけども、このメンバーはそれでいいんだろうな。

 

「これだ」

 

 

 会長が何かを取り出したのは分かったので、私は視線だけそちらへ向ける。

 

「それ、ジュースですか?」

 

「いや」

 

「なんだ」

 

 

 ジュースなら欲しかったけど、違うなら興味ないかな。

 

「シロップだ」

 

「かき氷だ!」

 

「ものすごい反応速度ね」

 

 

 つい一瞬前までくたばっていた私が超反応を見せたので、スズ先輩が呆れている。

 

「だってスズ先輩、かき氷ですよかき氷! この暑い中食べるのサイコーじゃないですか」

 

「まぁ、その意見には同意するけど、飛びつかなくてもいいんじゃない?」

 

「そういうスズ先輩も、意識がかき氷に行ってるんじゃないですか?」

 

 

 さっきから会長が出しているシロップをしっかりとみているのを私は知っている。

 

「でも、かき氷ならわざわざウチでやらなくても――」

 

「意外と重労働だから、タカトシに削ってもらおうと思って」

 

「まぁ、力仕事はタカ兄が担当ですしね」

 

 

 それ以外もいろいろと担当があるだろうけども、生徒会のメンバーはタカ兄以外女子だ。力仕事はタカ兄の担当になってしまうだろう。

 

「それじゃあタカトシ、頼むな」

 

「分かりました」

 

 

 洗濯を終わらせたのか、タカ兄がかき氷機を持ってきて早速削ってくれる。

 

「かき氷は嬉しいけど、削った先から溶けちゃってるわね」

 

「すみません、私の闘気で――」

 

「ただ単に暑いからよ」

 

「少しはノッてくださいよー」

 

 

 スズ先輩にあっさりと流されてしまったが、とりあえずかき氷が完成するまでは大人しくしてよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に人数分作り終えたタカトシは、コトミの隣に腰を下ろして自分の分を食べている。

 

「タカ兄の抹茶味、一口ちょうだい」

 

「ほら」

 

 

 兄妹だから普通なのかもしれないけど、コトミはタカトシのスプーンでかき氷を食べる。しかも「あーん」までしてもらって。

 

「そういえば私、昔からタカ兄のものいろいろと欲しがってるな」

 

「そうなのか?」

 

「えぇ。小さいころ男になりたくて『タカ兄の肉の延べ棒ちょうだい』って言ってました」

 

「お前は昔から変わってないんだな」

 

 

 コトミと会長が笑っているが、タカトシが鋭い視線を二人に向けている。それに気づいた二人は慌てて別の話題を探している。

 

「と、ところでコトミよ」

 

「な、なんですか?」

 

「夏休みももう後半だが、ちゃんと宿題はやってるのか?」

 

 

 とっさの話題変換だったが、確かにコトミにとっては大事な話題だっただろう。何時も最終日になっても終わってなくて泣き付かれているのだから。

 

「問題ありません。今年は前半にさっさと終わらせましたので」

 

「自分一人で終わらせたみたいに言うな」

 

「タカ兄とお義姉ちゃんに散々質問して終わらせました」

 

 

 誰もコトミ一人で終わらせたとは思っていなかったが、やはりその二人だった。魚見さん、やっぱりしょっちゅうこの家に泊まってるのね。

 

「コトミのことだから何か忘れてるんじゃないのか? 例えば美術とか」

 

「……美術の宿題忘れてました」

 

 

 会長がからかうつもりで言ったセリフで絶望しているコトミ。まさか本当に忘れていたとは……

 

「どうしよう……」

 

「写生にしたら? 私はそうしたわよ」

 

「写生ですか……」

 

 

 何を書こうか考えているのか、コトミが腕を組んで唸っている。この子が考えたところでろくな答えが出てこないと思ってしまうのは失礼だろうか?

 

「そうだ、海を描きたい」

 

「その理由は?」

 

 

 なぜ急に海を描こうと思ったのか気になったので尋ねる。

 

「青だけで簡単そうだから」

 

「あんたらしい理由ね」

 

「だがどこもかしこも人だらけで写生なんてできないんじゃないか?」

 

「あっ……」

 

 

 夏休み真っ只中なのだからどこの海も人混みで写生ができるスペースなんて――

 

「だったらウチのプライベートビーチに来る?」

 

「お願いします!」

 

 

――あったわね……相変わらず七条先輩のスケールは私たち庶民には想像できない。

 

「それじゃあ今度の日曜日に」

 

「一応引率として横島先生に声をかけておこう」

 

「タカトシ、監視任せるから」

 

「はぁ……」

 

 

 私一人ではこのメンツは捌けないので、絶対にタカトシに参加してもらいたい。決してタカトシの鍛え抜かれた肉体美が見たいわけではない。




邪な人間が多数


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海を描く

絵は苦手です


 コトミちゃんが美術の宿題を忘れていたということで、今日はウチが保有しているプライベートビーチにやってきている。メンバーはシノちゃん、私、スズちゃん、コトミちゃん、タカトシ君と引率で横島先生。そして運転手兼給仕として出島さんがいる。

 

「海だ!」

 

「泳ぐぞー!」

 

「お前は何をしに来たんだ?」

 

「一生懸命描く所存であります!」

 

 

 浮かれて海に走り出したコトミちゃんの肩をつかみ満面の笑みを浮かべるタカトシ君。あの笑顔は見たくないんだよね……

 

「というか、今更ながらなぜ横島先生も?」

 

「高校生とはいえ引率がいた方が安全だろ?」

 

「出島さんがいますし、そもそも七条家のプライベートビーチですから危険もないと思いますが」

 

「まぁまぁタカ兄。これだけ綺麗どころがいるんだし、ストッパーとして――」

 

「むしろ率先して風紀を乱しそうよね」

 

 

 コトミちゃんが横島先生のフォローを試みようとしたが、スズちゃんが一刀両断する。まぁ、このメンバーで考えれば、唯一の男の子であるタカトシ君が一番ストッパーとして機能するだろう。そしてここはウチのプライベートビーチ。横島先生が風紀を乱す行為に及ぶ可能性はないだろう。

 

「というか、いきなり呼んでおいて酷い言い草だな」

 

「文句があるなら来てくれなくてもよかったのですけど」

 

「呼ばれないとそれはそれで寂しいだろ」

 

 

 タカトシ君が不機嫌なのを隠そうともしない態度で横島先生を切り捨てる。ぞんざいに扱われているのにも関わらず、横島先生は少し嬉しそう。

 

「あの、気が散るので静かにしてくれませんか?」

 

「おぉ、すまんな」

 

「しかし、いざ海を描こうとすると、青と白だけじゃ寂しい感じがしますね」

 

「だったら我々がモデルをするぞ」

 

 

 コトミちゃんの絵を盛り上げるために私たちがポーズをとって見せる。

 

「モデルは嬉しいんですけど、描く手間を省くために水着を脱いでくれませんか?」

 

「ヌードモデルはしないからなっ!?」

 

「コトミ、お前自分の立場分かってるのか?」

 

「ご、ごめんなさい! ほんの冗談だから!」

 

 

 タカトシ君に責められ、コトミちゃんは慌てて作業に戻る。とりあえずシノちゃんとスズちゃんにモデルを任せて私はタカトシ君の隣に移動する。

 

「いつもゴメンね?」

 

「どうしたんですか、いきなり」

 

「タカトシ君がいてくれるから、私たちはちゃんとやってこれてるんだなって改めて思ったから」

 

「はぁ……」

 

 

 伝えたいことが上手く言葉に出来ないけど、タカトシ君はとりあえず分かってくれたようだ。もしタカトシ君がいなかったら、私たちはもっと酷いことになってただろうしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリアさんが何を言いたいのかはおいておくにしても、いきなりお礼を言われたのには驚いた。

 

「(この人も一応反省してるんだな)」

 

 

 てっきり打っても響かないのかと思っていたが、少しは心に響いてるようだ。

 

「それにしても、いきなり海って言われた時は驚いたぞ。慌てて水着を引っ張り出してきた」

 

「そうでしたか」

 

「だが、水着の下が見つからなくてな。パレオの下は何も――」

 

 

 それ以上聞きたくなかったので、俺は横島先生を砂に埋める。顔以外を埋めておけばとりあえず大人しくしてるだろうし。

 

「コトミ様は下書きは終わって色塗りに入ったようですね」

 

「そのようですね」

 

「急に話しかけたのに驚いてくれないんですね」

 

「気配で分かりますから」

 

 

 少し残念そうな出島さんを無視して、俺はコトミがふざけないように見張る。ここでふざけようものなら砂に埋めてそのまま放置しよう。

 

「コトミ様が色塗り中なら、私はオイル塗りを――」

 

 

 ここで邪魔をされたらコトミの集中力が戻ることはない。俺はそう判断して出島さんも横島先生同様砂に埋める。

 

「あぁっ!?」

 

「ほんと落ち着きがないな、お前」

 

 

 集中していたかと思っていたが、コトミは絵の具を自分の身体に垂らしている。もう少し筆遣いに気を付ければそんなことにはならないのに。

 

「でも水着にかかってないからセーフだよね」

 

「絵的にはアウトっぽいぞ」

 

「コトミちゃんがぶっかけられた感じになってる」

 

「さっき反省したんじゃないんですか?」

 

 

 シノさんとアリアさんがろくでもないことを言い出しそうだったので視線と言葉で牽制する。というか、スズも少しは手伝ってほしいんだがな……

 

「(浮き輪を使って海に浮かぶのに夢中、か……)」

 

 

 そもそもコトミ以外来る必要がないメンバーなので、実際所有者のアリアさんとその従者である出島さんとコトミだけで充分だったのだ。そこにシノさんとスズがついてきたのは、遊びたかったからだろう。

 

「できたっ!」

 

「お疲れ様~」

 

「まぁ、まともな絵に完成したようだな」

 

 

 コトミが描いた絵を見てこれなら再提出を喰らうことはないだろうと感心していたのだが――

 

「皆様、すでに遊んでおります」

 

「憂いが無くなったとたんこれか……というか、アリアさんに出してもらったんですね」

 

「あのままでもよかったのですが、あの状態だと給仕ができませんので」

 

「自分の役目を自覚しているのでしたら、あのような発言は控えてください」

 

「あれくらいはお茶目の範疇ですよ。それを許すことで、男の度量を示せるではないですか」

 

「そんなもの示したくもありませんので」

 

「おい! 私も出してくれ!」

 

 

 なんか足下から声がしたが、それは無視しておこう。この人は下を穿いていないから、帰るまでここに封印しておくのが一番だしな。




暫く埋まっていなさい


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外でお風呂

露天風呂とはちょっと違う


 海で遊び倒した私たちは、七条家の別荘へ向かう。至れり尽くせりで申し訳ないが、これが無料で楽しめるのは嬉しいことだ。

 

「疲れた~」

 

「お前ははしゃぎすぎだ」

 

 

 本来の目的である宿題を片付けてからというもの、コトミはここにいる誰よりも海を楽しんでいた。先日暑くて動きたくないとか言っていたヤツはどこに行ったのか……

 

「お風呂入りたいな」

 

「お風呂ならこっちだよ~」

 

「外にあるのか?」

 

 

 さすがは七条家の別荘だ。まさかこんなところに露天風呂が――

 

「一度ドラム缶風呂に入ってみたくて」

 

「今日一のアウトドアだな」

 

 

――まさかのドラム缶風呂だった。だがまぁ、確かに機会がなければ入れないものではあるが……

 

「このドラム缶は大きいから、二人一緒に入れるよ~」

 

「だ、誰がタカ兄と一緒にっ!?」

 

「いや、女性陣で先に入って、俺は後で入ればいいだけだろ」

 

「誰の残り湯に入るんですか?」

 

「隅々まで洗って新しくお湯を張ってやる」

 

 

 出島さんからの質問に、タカトシは全く動揺することなく淡々と答える。こいつはこういうヤツだと分かってはいるのだが、全く興味を示されないのも面白くないんだよな……

 

「それじゃあ会長、一緒に入りましょう」

 

「じゃあスズちゃんは私とだね~」

 

「私は皆さまの食事を用意いたしますので後程」

 

「じゃあ私は一人風呂か」

 

 

 人数的にそうなってしまうのだが、横島先生は少し寂しそうな表情を浮かべる。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、結局一人かと思ってな」

 

「あぁ……」

 

 

 この人は最近「一人」という言葉に敏感になっているようだ。

 

「ドラム缶風呂って初めて入りましたけど、結構気持ちいいんですね」

 

「ちょうどいい湯加減ってこともあるだろうな」

 

 

 タカトシと出島さんが用意してくれたお湯だから、そこまで極端に熱かったり温かったりすることはなく、とても心地が良い。

 

「それにしてもコトミ」

 

「はい?」

 

「お前の兄は、本当に異性に興味があるのか?」

 

「あるとは思いますけどね。サクラ先輩とかと一緒にいる時は、結構普通な感じですし」

 

「やはり森なのか」

 

 

 タカトシと感性が似ているというのも大きいのだろうが、あいつは基本的に暴走することはない。だからタカトシも身構えることなく自然体で付き合えるのだろう。

 

「(中身を森に近づけることは難しいな……)あっ」

 

「どうしました?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 つい考え事に集中してしまい、普段お風呂でしているバストアップマッサージをしてしまった。

 

「まぁ、以前より会長たちのこともちゃんと異性として見ているようですけど、どうしても監視対象になってしまうんでしょうね」

 

「そこまで暴走してないからな!?」

 

 

 たまにブレーキが壊れてしまう時はあるが、それでも以前よりもだいぶ大人しくなったと思っている。もう少し大人しくするか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七条先輩と一緒にドラム缶風呂に入っていたのだが、まさか水着を付けずに入ってくるとは思わなかった。

 

「だって、裸の付き合いっていうくらいだから」

 

「そういうのは室内のお風呂でやってください! というか、すでに一緒に入ったことあるでしょうが!」

 

 

 ここにいるメンバーとはすでに裸の付き合いをしたことがある。もちろんタカトシとはないけど、生徒会メンバーだったり、横島先生や出島さんとはすでに何回も一緒にお風呂に入ってるというのに……

 

「まさか風呂でビールを飲めるとはな」

 

「あんまり飲み過ぎると怒られますからね」

 

 

 隣のドラム缶でビールをぐびぐび飲んでいる横島先生にツッコミを入れるが、怒るのは私ではなくタカトシだ。

 

「出島さんも飲んでもいいよ?」

 

「ではお言葉に甘えて」

 

 

 そういって出島さんはコップを私たちが入っているドラム缶に近づけ、自然な流れでお湯を掬い取った。

 

「乾杯!」

 

「あ、あまりに自然な動きでツッコめなかった」

 

 

 普通なら止めるのだけど、出島さんの動きが自然過ぎたのだ。私のスキルではあの動作を止めることはできない。

 

「夏休みも終わったら、そろそろ生徒会長選挙だね」

 

「どうせタカトシの信任投票で終わりですよ」

 

「対抗馬がいない選挙というのも、盛り上がりに欠けるだろうがな」

 

「別に盛り上げる必要はないでしょ」

 

 

 前の選挙のように遊びで立候補する人も出てこないだろうし、次期生徒会長はタカトシで、私はそれを支えるつもりだ。

 

「そうそう、ここって綺麗に星が見えるんだよ」

 

「そうなんですか」

 

 

 急に話題が変わったが、別に気にする必要はないだろう。

 

「それじゃあ今夜は全員で星の観察をしましょう」

 

「コトミにしては珍しく勤勉じゃないか」

 

「実は、地学の宿題も忘れていたことを思い出しまして……」

 

「お前、タカトシに管理してもらった方がいいんじゃないか? 勉強だけじゃなく、生活とかいろいろと」

 

「これ以上タカ兄に負担をかけるのもちょっと……ただでさえ私の相手をしているせいで誰とも付き合えないというのに」

 

「自覚してるのなら、もうちょっとしっかりしなさいよね」

 

 

 タカトシが誰かと付き合うのは想像できない――いや、したくない。だって、私と付き合ってくれる可能性なんて殆どないだろうし、ライバルが強力過ぎるから。

 

「兎に角、これからはしっかりとするつもりなので、今日のところは宿題を手伝ってください……」

 

「一人でできないのか?」

 

「私じゃ、どれがどの星座かなんてわかりませんから」

 

「勉強しなさい」

 

 

 コトミに注意しつつも、この子がしっかりしない限りタカトシは誰とも付き合わないという考えが頭をよぎる。そんなこと思っちゃいけないんだろうけども、今はこのままの方がいいのかもしれないわね。




成長してるようでしてないコトミ……


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夏のお見舞い

暑中見舞いではありません


 夏も終わりに近づいてきたが、生徒会作業があるために登校している。

 

「どうして学校は休みなのに問題が出てくるんだろうな」

 

「どうしてでしょうね」

 

 

 タカトシと愚痴りながら見回りを再開する。部活とかで学校に来ている生徒は少なくないが、ここまで問題がある学校は多くないだろう。

 

「コトミが洗濯物を飛ばしてそれを追いかける時にパンチラを狙った畑さんを追いかける五十嵐さん」

 

「もう何が目的か分からない隊列だったわよ……」

 

 

 結局タカトシが洗濯物を捕まえ、コトミに注意してから畑さんにお説教、五十嵐先輩もそこに加わり畑さんは必死に頭を下げていた。

 

「とりあえず今日はもう帰ってゆっくりしたい」

 

「あんたがそこまで言うってことは、結構限界なのね」

 

 

 タカトシがゆっくりしたいなんてあまり聞いたことがない。普段心の中で言っているのかもしれないけど、こうして言葉にするのはめったにない。

 

「戻りました」

 

「ちょうどよかった。これから一度家に帰って古谷先輩のところに行くぞ」

 

「古谷さんの?」

 

 

 何故私たちも行かなければいけないのかと思ったが、会長の中で私たちも一緒に行くことは決定しているらしい。

 

「古谷先輩、足を骨折したらしくてな。家事の手伝いをしに行くんだ」

 

「なぜ私たちも?」

 

「古谷先輩たっての望みだ。本当はアリアも連れて行きたかったんだが、家の事情ですでに帰宅してるからな」

 

「そうだったんですね」

 

 

 タカトシの顔色を確認したが、特に変化は見られない。怒ってはいないようだが、また面倒なことにならなければいいがとは思っているのかもしれない。

 

「それじゃあ一時間後に駅に集合だ」

 

 

 一度帰宅しなければいけないので、会長はそう号令をかけて解散を宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 古谷先輩を見舞う為に先輩のマンションへ向かう。制服姿は見慣れているので今更だが、私服姿のタカトシは相変わらずカッコいいな……

 

「何か?」

 

「周りからの視線に牽制してるんだ」

 

「はぁ?」

 

 

 すれ違う女性がタカトシの姿に見惚れているので、私と萩村で視線で牽制しているのだが、タカトシ本人は見られ慣れているのか特に気にしていない。

 

「(なぁ萩村)」

 

「(なんですか?)」

 

「(タカトシやアリアレベルになると、他人の視線を気にしてたら外出できないのかもな)」

 

「(ですね。タカトシもですけど、七条先輩も気にしてる様子はなかったですし)」

 

 

 今日はアリアがいない分男性の視線がないが、生徒会で出かけるとかなりの視線を向けられるのだ。

 

「到着だ」

 

 

 部屋番号を入力し古谷先輩にオートロックを解除してもらった。

 

「古谷先輩、お見舞いに――」

 

「いらっしゃい。今身体を拭いてるところだから」

 

「――タカトシ、見るな!」

 

 

 私が慌てて止めようとしたが、タカトシは既に視線を逸らしていた。

 

「わざわざお見舞いに来てくれてありがとうな。天草だけじゃなく津田君や萩村も」

 

「それで、わざわざ生徒会メンバーを呼んだ理由は?」

 

「家事の手伝いをしてもらいたくてな。天草だけでも十分なんだが、一人に押し付けるのもアレだろ? だから生徒会の後輩に頼もうと思って」

 

「そうだったんですね。それじゃあタカトシは昼食の用意を頼む。私は洗濯物を取り込むから、萩村は掃除を頼む」

 

「分かりました」

 

 

 私がタカトシの料理を食べたかったわけではないが、このメンバーだったらこの割り振りになるのは必然だろう。萩村では洗濯物に届かないかもしれないし。

 

「なんだか失礼な視線を向けられた気がするんですが?」

 

「気の所為だろ」

 

 

 萩村から鋭い視線を向けられたが、私は心の裡を知られないように必死にごまかす。

 

「というか、女子が料理じゃないんだな」

 

「先輩だってタカトシの家事力は知ってるでしょう? アレに敵うと言えるほど、私も萩村も料理上手ではありませんので」

 

 

 最低限のものは作れる。だがタカトシと勝負するなんて無謀なことはしない。

 

「食材はあるものを使っていいんですね?」

 

「あぁ、頼む」

 

「何かリクエストは?」

 

「そうだな……夏だし辛い物を」

 

「分かりました」

 

 

 古谷先輩に希望を聞いてからタカトシはキッチンへ消えていく。その間に私は洗濯物を取り込み、萩村は部屋の掃除を済ませる。

 

「七条は来られなかったんだな」

 

「家の事情とのことです」

 

「なら仕方ないか。あいつが来るといろいろと面白いから来てほしかったんだが」

 

「私たちが揃うと昔の癖が出て、タカトシの機嫌が悪くなるんですよね」

 

 

 自重しようとは思うのだが、どうしても古谷先輩がいると昔の癖が出てきてしまう。まぁ今日は北山先輩や南野先輩がいない分大人しくはできただろうけども。

 

「ところで、そろそろ天草も生徒会引退だろ? 引継ぎとかはちゃんとしてあるのか?」

 

「普段からタカトシが回してたくらいですから、引き継ぎもスムーズに済むと思いますよ」

 

「それなら安心だな。後は受験生としてしっかりと勉強するくらいか」

 

「ですね」

 

 

 普段から予習復習はしてあるので、そこまで必死に受験勉強する未来は見えない。だが油断はしないようにしなければな。

 

「お待たせしました。山葵漬けがあったので山葵チャーハンにしました」

 

「美味そうだ」

 

 

 タカトシが作ってくれた料理に三人で舌鼓を打ちながら、やはりタカトシの家事力は高いなと心の中で肩を落とすのだった。




タカトシに勝てる家事能力を持ってるのは出島さんくらいか?


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洗濯する側への配慮

意外と忘れがちになることも


 そろそろ夏休みも終わりで練習の時間も減ってしまう。なので残りの期間はいつもより少しきついメニューで練習をこなすことにした。

 

「ほらほら、バテるの早いよ」

 

「体力お化けと一緒に扱うなよな……私たちは普段のメニューでもギリギリなんだから」

 

「でも、せっかく時間があるんだから、少しでも多く練習したいじゃん」

 

「そこまでガチなのはお前だけだっての……私たちはそこまで必死になって練習して強くなりたいとか思ってないし」

 

「そうなの?」

 

 

 てっきりみんなも全国優勝を目指してるのかと思ったけど、どうやらそこまでの熱意はないみたい。

 

「そもそもウチの部で全国が狙えるのはムツミとトッキーくらいだろ? 私たちは県大会まで出られれば十分って感じだから」

 

「だから、そこ以上を目指そうよ」

 

「柔道馬鹿だから仕方ないのかもしれないが、それを私たちにも求めないでくれ……一年たちなんてすでにヘロヘロなんだぞ」

 

「え?」

 

 

 チリに言われて道場を見渡すと、そこらじゅうで部員たちが倒れている。どうやら体力の限界を迎えていたようだ。

 

「仕方ないな。それじゃあ今日はここまで」

 

「お疲れ様でした」

 

 

 挨拶をしてみんながのろのろと立ち上がる。そこまで厳しいメニューにした覚えはなかったんだけど、どうやらこれでもキツイらしい。

 

「みんなまだまだだなぁ」

 

「そんなこと言ってるムツミだって、だいぶ汗掻いてるだろ?」

 

 

 チリに言われて自分の身体を見ると、かなり汗を搔いていた。

 

「やっぱり夏は汗を掻くよね。汗でシャツが脱ぎにくくなってる」

 

「濡れると脱ぎにくいですよね」

 

 

 私の言葉にコトミちゃんが同意してくれる。彼女はマネージャーだからそこまで汗を掻くこともないんじゃないかとも思ったけど、結構汗を掻いているようだ。

 

「お漏らしした後のパンツとか」

 

「それって昔の話で良いんだよな?」

 

「てか、コトミは相変わらずだな」

 

 

 トッキーとチリと一緒にシャワー室へ向かいながら、コトミちゃんとおしゃべりする。何気ないところからタカトシ君の情報が聞けるので、コトミちゃんとのおしゃべりは楽しい。

 

「あー疲れた。とっととシャワー浴びて帰ろうぜ」

 

「こら。シャツはちゃんと脱ぎなさい。裏返しにしてたらコトミちゃんが大変でしょ。トッキーみたいにちゃんとしないと」

 

「へーい」

 

 

 他の部員たちに注意していると、トッキーが不思議そうに自分のシャツを眺めている。

 

「どうかしたの?」

 

「いえ、何でもないです」

 

「?」

 

 

 タカトシ君ならトッキーが何を考えているのか分かったのかもしれないけど、私には分からない。

 

「というかムツミ」

 

「なに?」

 

「ちゃんと宿題はやってるんだろうな?」

 

「宿題?」

 

 

 何を言われているのか一瞬理解できなかった。だがチリが言っている意味が理解でき、私は一瞬で青ざめる。

 

「すっかり忘れてた!? どうしよう、もう一人で終わらせられる気がしないよ」

 

「そういうことなら、今日タカ兄が生徒会室にいますから、質問しながら進めればいいんじゃないですか? 主将のことですから、夏休みの宿題を教室に忘れてるとかありそうですし」

 

「さすがにそんなことは――」

 

「あっ」

 

「あるのかよ!?」

 

 

 チリが派手にリアクションしてくれたおかげで笑い話になっているが、私は笑えない。宿題をすることを忘れていただけでなく、持って帰るの自体を忘れていたのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会室で作業していたら三葉が部屋に飛び込んできて頭を下げてくる。

 

「タカトシ君、宿題を教えてください!」

 

「コトミは終わらせているが、三葉が忘れてたとはな」

 

 

 今日は俺以外いないので三葉を隣に座らせ、とりあえず宿題をやらせる。分からない箇所があれば聞いてくれとは言ったが、最初から最後まで分からないとはな……

 

「普段授業中は何してるんだ?」

 

「ちゃんと聞いてるけど、たまに睡魔と戦ったりしてる」

 

「聞いてるだけじゃなくてちゃんとノートに取ったりしなきゃ駄目だからな」

 

「分かってるんだけどね……」

 

 

 三葉に解説用のノートを渡して、それでもわからなかったらまた聞いてくれと言って作業を再開。三十分ほどは三葉もノートを見ながら宿題を進めていたのだが、それ以上は進めなくなり再び声を掛けられる。

 

「タカトシ君、この問題なんだけど」

 

「どこ?」

 

 

 三葉から問題の個所を聞き、俺はノートに詳しい解説を書き加える。どうやらここまで嚙み砕いて教えないと三葉には難しかったらしい。

 

「これで解ると思う」

 

「うん、やってみる」

 

 

 三葉はコトミと違って説明してあげれば理解しようとしてくれる。できるかどうかは別だが、その気概は教える側としてもありがたい。

 

「これであってる?」

 

「途中で間違ってるが、考え方はあってる。後はケアレスミスを減らしていけば、次のテストで平均点くらいは採れるんじゃないか?」

 

「本当っ! ならもっと頑張らないと」

 

 

 三葉の成績は部活補正が無かったら補習になってもおかしくないレベル。それが平均点を狙えると言われればやる気になるだろう。三葉は解説用ノートを見ながら必死に宿題を進めていく。

 

「まぁ後は、このやる気が持続すればだがな」

 

「勉強に対する集中力は低いんだよね、私……」

 

「自覚して努力しようとしてるだけマシだよ、三葉は」

 

 

 コトミは自覚していて開き直っているからな……ほんと、三葉はだいぶマシだと思うよ。




ムツミもしっかり勉強しましょう


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マキの決意

優秀な子ですから


 コトミとトッキーは柔道部の練習があるので、私は希望者が参加できる夏期講習に参加している。本来は成績不振者を対象にしてたのだが、今年から希望者も参加できるようになったとか。

 

「八月一日さんは珍しいよね」

 

「何が?」

 

「だって、成績上位者に名前があるのに、補習に参加するなんて」

 

「補習じゃないでしょ? 今年からは夏期講習なんだし、参加自由なんだし」

 

 

 一応参加自由とは銘打ってあるけど、参加しているのは殆ど成績不振者だ。クラスメイトが不思議がるのも無理はないだろう。

 

「これ以上頭良くなってどうしたいの?」

 

「秋の生徒会選挙に出ようと思って」

 

「生徒会? でも会長はコトミのお兄さんで決まりだろうし」

 

「だから、津田先輩を手伝いたいと思ってね」

 

「そうなんだ。そういえばマキは津田先輩と同中だったんだよね」

 

 

 別のクラスメイトに話しかけられ、私は頷いて答える。別に隠してはないし、コトミと入学当時から仲が良かったことで同中だということは知られていた。そこから津田先輩につなげるのはそう難しいことではないだろう。

 

「でもあの先輩を手伝えることなんてあるのかな?」

 

「どういうこと?」

 

「だって、津田先輩ってなんでもできるでしょう? マキも私たちと比べれば優秀だけども、あの人の側に行って役に立てるのかなって」

 

「そこなんだよね……」

 

 

 昔から津田先輩はなんでもこなしてきた。最初からできたわけじゃないと先輩は言うけど、私たちと比べればはるかに短い時間の努力でできるようになっているのだ。その人を手伝うなんて、私には大それたことだと私自身思う。でも、少しでも側にいられるなら――

 

「できることは少ないかもしれない。でも、少しでもできることがあるなら、私は手伝いたい」

 

「真面目だよね、八月一日さんは」

 

「コトミの面倒を見られるだけはあるよね」

 

「別に私の担当ってわけじゃないんだけどな」

 

 

 何故かコトミの相手は私の担当って感じなっているけど、別に私がコトミの手綱を握っているわけではない。むしろ私の弱点を握っているのがコトミだ。

 

「お前たち、何時までも喋ってないで席に着け。夏期講習を再開するぞ」

 

「あっ、先生戻ってきた」

 

 

 夏期講習が再開され、私は必死に講習の内容をノートに取る。これくらいでは津田先輩に追いつけるないのだが、少しでも知識を増やしておきたい。そうすれば津田先輩の頭痛の種であるコトミに勉強を教えることができるだろう。小さいことだかこれが津田先輩の手助けになるだろう。

 

「じゃあこの問題を、八月一日に」

 

「はい」

 

 

 先生に指名され、私は難なく解いて見せる。クラスメイトたちは驚いているけど、これくらいは予習復習していればできるだろうと思う。

 

「よく勉強しているな」

 

「ありがとうございます」

 

 

 これからもしっかりと勉強して、少しでも津田先輩に近づけるようにしなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トッキーと二人で道場から校門へ向かっておしゃべりしながら歩いていたら、目の前に見知った後ろ姿を見つけた。

 

「あれってマキじゃない?」

 

「マキ? でもなんであいつが学校に?」

 

「部活やってないのにね」

 

 

 マキは度々陸上部から誘われているけど、なんの部活にも所属していない。そんなマキが夏休みのこんな時間に学校に何の用だというのだろうか。

 

「おーい、マキ」

 

「コトミ? それにトッキーも。柔道部はもう終わり?」

 

「あぁ。主将が宿題忘れてたことに気づいてな。午後の練習は急遽中止になった」

 

「今頃生徒会室にいるタカ兄に泣きついて宿題を見てもらってるんじゃない?」

 

「津田先輩、今日学校に来てたんだ」

 

 

 どうやらマキは今日タカ兄が生徒会室にいることを知らなかったらしい。

 

「というか、マキは何の用事で学校に?」

 

「私は夏期講習に」

 

「なんで勉強しなくてもいい夏休みにわざわざ自分から勉強をしに?」

 

「来季の生徒会選挙に立候補するために、もう少し成績を上げておきたいから」

 

「生徒会? マキならタカ兄から指名されるんじゃない? タカ兄もマキの優秀さは知ってるし」

 

 

 というか、今の一年の中で、マキ以上に生徒会役員に向いている生徒はいないだろう。間違っても私やトッキーが指名されるなんてことはない。

 

「津田先輩に認めてもらえるのは嬉しいけど、私は自分の力で生徒会役員になりたくて」

 

「でもうちの学校の生徒会って、変人ばっかりだろ? マキはそこでやっていけるのか?」

 

「代替わりすれば大丈夫だと思うよ。津田先輩はもちろんだけど、萩村先輩も優秀だし」

 

「変人なのはシノ会長とアリア先輩だけだよ。あっ、あと横島先生も」

 

 

 あの人は私と同レベルの変態だからな……マキなら大丈夫だろうけど、最悪タカ兄がなんとかしてくれるだろうし。

 

「てか、生徒会選挙か……いよいよシノ会長たちも引退してタカ兄が会長になるんだね」

 

「お前の兄貴とは思えないくらい優秀な人だからな」

 

「元々の出来が違うんだよ、私とタカ兄は。私はこれでも十分成長しているのに、身内にタカ兄がいるせいで不出来だと思われちゃうんだから」

 

「いや、実際不出来じゃん」

 

「マキ……それは言わない約束だよ」

 

 

 マキにばっさり斬り捨てられ、私はがっくりと肩を落とす。伊達に中学時代からの付き合いじゃないということだろう。

 

「それでも、今年はちゃんと宿題終わらせたんだから」

 

「それが普通だって」

 

「マキにとってはそうかもしれないけど、私からしてみれば大進歩なんだよ」

 

 

 なんとも悲しいことだが、私が自分で宿題を終わらせるなんて快挙なのだ。まぁ、分からない箇所はタカ兄はお義姉ちゃんに聞いたけども……




コトミはほんとに不出来……


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風情を求めて

風情には興味ないですね


 最近は先輩たちも大人しくしてくれているので、タカトシも心穏やかな表情をしていることが多い。そのせいで、沢山の女子生徒がより魅了されているのだが本人はそんなこと気にしている様子もない。というか、気づいているが気にしていないという感じだ。

 

「スズ、どうしたの?」

 

「何でもないわよ。それでパリィ、何か用事?」

 

 

 考え事をしていたせいか、パリィの接近に気づけなかった。さすがにタカトシではないので、遠くから近づいてきていたら分からなかったが、まさかここまで接近していたのに気づけなかったとは……

 

「この間スズがお勧めしてくれたお蕎麦屋さんに行ってきたんだよ」

 

「そうなのね。迷わなかった?」

 

「迷った」

 

「あっ、やっぱり」

 

 

 あのお店は少しわかりにくい場所にあるので、初めての人はだいたい迷うらしい。パリィも多分に漏れず迷ったらしい。

 

「私も一緒に行ければよかったんだけど、その日は先約があったからね」

 

「でも、通りかかったケーサツの人が教えてくれた」

 

「それはよかったわね」

 

 

 最近では通りすがりの人に道を尋ねるのも憚られるし、聞いても分からないと答えられたら困ってしまうから、警察が通りかかったのはラッキーだったと言えるだろう。

 

「何の話?」

 

「私がケーサツの厄介になった話」

 

「誤解が生まれるぞ!?」

 

 

 途中参加のネネにかいつまんで説明したせいで、とんでもない誤解が生まれそうだったので、私はネネに詳細を説明した。

 

「凄く美味しかった。さすがスズのお勧め」

 

「実は私も会長から教えてもらったんだけどね」

 

「そうなの? シノってああいうお店もっと知ってるのかな?」

 

「どうかしら? その辺は今度聞いてみたら?」

 

 

 パリィは私と違って毎日会長と会うわけではない。こっちで聞いても良いのだけど、パリィがどんな店を望んでいるのか分からない。

 

「気に入ったから写真も撮ったんだ」

 

「写真? ちゃんと許可取ったわよね?」

 

「もちろん」

 

 

 店によっては写真お断りの場所もある。ちゃんと店主の許可を取ったのならこれ以上気にすることもないだろう。

 

「ほら」

 

「のれん?」

 

「風情があって好き」

 

「さすがパリィね」

 

 

 今時の高校生でのれんに風情を感じる人なんてどれくらいいるのかしら? パリィは日本人ではないから感じられるのかもしれないけど、そういうところは見習いたいなと思う。

 

「それだったら私の行きつけのお店に行く? のれんがあるんだけど」

 

「ほんと? どういうお店?」

 

「掘り出し物があってね」

 

「高校生が入っちゃいかん!」

 

 

 ネネがどういう店を想像しているのか分かってしまう自分が嫌だけども、ある意味純粋なパリィをネネ色に染めたら大変なことになってしまう。

 

「のれんをくぐりたいのなら、またそういうお店を探しておくから」

 

「分かった」

 

「スズちゃんも一緒に行く?」

 

「行かん! ……行かん!」

 

 

 大事なことなので二回言っておく。間違ってもネネと同族なんて思われたくないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は宿題もちゃんと終わらせ――お義姉ちゃんに散々説明してもらったけど――ので、まったりとした時間を過ごせている。

 

「タカ兄とお義姉ちゃんのお陰で、最近は突発的な小テストでも平均点は採れるようになったよ」

 

「あれだけ説明して平均点しか採れないのは問題だが、赤点じゃなくなっただけマシか」

 

「そもそもギリギリで滑り込んだ私に、桜才のレベルは高いんだって」

 

 

 面接官が横島先生だったから合格したようなものだし、そもそもあの時点では私の学力はかなり低かった。タカ兄とスズ先輩に詰め込んでもらったお陰で、何とか点数を確保していたくらいだし。

 

「タカ君は相変わらず厳しいよね。コトちゃんだって緩やかに成長してるのに」

 

「あのレベルから緩やかにしか成長できないのが問題だと言ってるだけで、成長してる面は認めてます」

 

「それが厳しいんだって。コトちゃんの元々のレベルを考えれば、飛躍的に成長できるわけもないって」

 

「お義姉ちゃん、フォローするのかとどめを刺すのかどっちかにしてもらえませんかね?」

 

 

 思いっきりとどめを刺された気がして、私はその場に倒れこむ。すると私の横をムラサメが通り抜け、籠の中にすっぽりと納まった。

 

「猫って狭いところ好きだよね」

 

「苦しくないんだろうか」

 

 

 珍しくタカ兄が私の独り言に付き合ってくれた。最近ではスルーされることが多いのに、これはタカ兄に心の余裕が出てきた証拠だろう。

 

「試してみる?」

 

「はい?」

 

 

 お義姉ちゃんにアイコンタクトされ、私は無言でうなずいて立ち上がる。

 

「圧迫プレイの良さが分かるかもしれないよ?」

 

「二人してくっついてきて何言ってるんですかね?」

 

「うわぁっ!?」

 

 

 私とお義姉ちゃんはタカ兄に体重を預けていたのだが、そのタカ兄があっという間にその場から抜け出してしまったので、私とお義姉ちゃんは倒れそうになる。まぁ、タカ兄が倒れる前に支えてくれたのでケガはしなかったが。

 

「さすがタカ君です。あの状況から抜け出すのも、私たちを軽々と支えるのも」

 

「というかタカ兄、また身体能力上がってない?」

 

「さぁな。さて、夕飯の支度でもするか」

 

「手伝おうか?」

 

「義姉さんはゆっくりしててください。というか、何故今日もいるんですかね?」

 

「良いじゃない。もう殆ど家族なんだから。それに明日はお休みだし」

 

「まぁ、義姉さんがそれでいいなら」

 

 

 タカ兄もお義姉ちゃんが家にいることを自然だと思い始めているようで、無理に帰そうとはしない。これはこれで特別なんだろうけども、まだ彼女を作る余裕はないんだろうな。




身体能力が高いタカトシ


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タカトシの過去

凄いのは昔から


 今日の体育は男子がサッカー、女子は陸上だった。女子の体育はそこまできつくないので、男子のサッカーを見学している生徒もちらほらと見受けられる。

 

「スズちゃん」

 

「ネネはまだノルマ達成してないんじゃないの?」

 

「さすがにちょっと休憩。連続でやっても結果は出ないし」

 

「そんなもん?」

 

 

 私は三回でノルマ達成したし、ムツミに関しては最初からノルマ以上の結果を残してるのですることがない。なので男子のサッカーを見学しているのだ。

 

「スズちゃん、さっきから津田君しか見て無くない?」

 

「ほとんどの時間タカトシがボールを持ってるんだから仕方ないじゃない」

 

 

 他の男子は最低限参加してるだけで、ボールはタカトシに回している。タカトシも無理にチームプレイをしようとはせず、攻められるときは自分一人で攻め込んでいる。

 

「それにしても、もったいないよね」

 

「何が?」

 

 

 ネネが何を以てもったいないと言ったのか分からなかったので、私は問い返す。

 

「だって、あれだけの身体能力があるのに、津田君は何も部活やってないわけでしょ? もし部活やってたら全国制覇だって夢じゃなかったかもしれないのに」

 

「タカトシ一人じゃ難しいと思うわよ?」

 

「別に団体競技じゃなくても、個人競技でもいいわけだし」

 

「まぁ、何をやらせても超高校生級なのは認めるけどね」

 

 

 弱点らしい弱点がないのが憎たらしいけども、そこが魅力でもある。私は暫くネネとおしゃべりしていたのだが、その間もタカトシが絶え間なくゴールに襲い掛かっていた。

 

「お疲れ様」

 

「スズも」

 

 

 授業が終わり、私はタカトシに話しかける。他の女子から鋭い視線を向けられているが、この場所を譲るつもりはない。

 

「他がやる気がなかった分もあるかもしれないけど、凄い活躍だったわね」

 

「そうかな? まぁ、一応試合だったから」

 

「相変わらず真面目ね」

 

 

 タカトシと話しながら更衣室へ向かう。こういうことができるのは、クラスが一緒だからだろう。

 

「津田君の括約筋が凄かったと萩村女史が告白、っと」

 

「相変わらず神出鬼没ですね、貴女は」

 

 

 途中で畑さんを捕まえてお説教をしたので、生徒会作業には少し遅れてしまった。

 

「遅かったな」

 

「畑さんにお説教してたので」

 

「なるほどな。ところで、さっきの時間グラウンドに黄色い声が上がっていたのだが、何かあったのか?」

 

「かくかくしかじか」

 

 

 会長にさっきの授業中のことを説明している横で、タカトシは今日の資料に目を通している。ここで会話に加わらないのも、真面目よね……

 

「なるほどな。タカトシの活躍に対する歓声だったのか、あれは」

 

「正式な試合じゃなくて授業の一環なのに、凄い歓声でしたからね」

 

「そりゃ、タカ兄は幼少期『黄金の右』って呼ばれてたくらいですからね!」

 

「急に入ってくるな」

 

 

 ノックもなしに生徒会室に入ってきたコトミに一応の注意をする会長だが、彼女の意識はタカトシの過去に向いている。

 

「それで、幼少期のタカトシは凄かったのか?」

 

「ジュニアユースから声がかかるくらいでしたから」

 

「それは凄いな! だが、入らなかったんだろ?」

 

 

 もしそのまま入団し、プロにでもなっていたら私たちと会うことはなかっただろう。あまり高くない確率ではあるけど、幼少期に入団するという決断をしてくれなくて良かったと思う。

 

「その時から私が問題児でしたから、タカ兄の時間を私が奪ってたんですよ」

 

「自覚してるなら改善しろ?」

 

「努力はしてるんですけどね」

 

 

 どうやらコトミが原因でタカトシはジュニアユースへ所属しなかったらしい。普段ならコトミのだらしなさに呆れるところだけども、今だけはそのだらしなさへ感謝しておこう。

 

「そういえば、コトミは何の用でここに来たんだ? 一応関係者以外立ち入り禁止なんだ。気軽に遊びに来られても困る」

 

「そうでした! これ、柔道部の活動報告書です。提出が遅れて申し訳ありませんでした」

 

「ちゃんとマネージャーをしてるんだな、コトミも」

 

 

 裏ではタカトシの方がマネージャー業をしていると言われているけども、コトミも意外と頑張っているようだ。まぁ、こうやって提出期限に遅れたりするのは相変わらずなんだろうけども。

 

「それと、今度の生徒会役員選挙ですけど、立候補するにはどうすればいいんですか?」

 

「コトミ、あんた立候補するの?」

 

「いえ、私ではなくマキが」

 

 

 さすがにコトミが立候補してもにぎやかしにしかならないだろう。それは以前の会長選挙で証明されているし。

 

「八月一日か。あいつなら立派に生徒会役員を務められるだろうな」

 

「別に特別な条件はないわよ。選管に立候補の旨を伝え、問題なしと判断されれば正式に候補者になれるから」

 

「まぁ、どうせタカ兄の一人勝ちで、スズ先輩も再任でしょうけどね。波乱なんてないでしょうけども、一応選挙するから聞いておこうと思いまして」

 

「コトミだったら全力で止めたところだが、八月一日なら問題ないだろ。これで次の代の生徒会も安泰だな」

 

「というか会長、さっきからタカ兄一人で作業してますけど、二人は良いんですか? というか、アリア先輩はどちらに?」

 

「「あっ」」

 

 

 アリアは所用で今日は欠席だが、私と萩村には仕事があった。だがタカトシが黙々とその分も終わらせてしまったので、私と萩村はなんとも気まずい気分でコトミを生徒会室から追い出したのだった。




コトミが問題児なのも昔から


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裁縫中に

自分は不器用で刺すな……


 いよいよ生徒会長選挙が始まるというシーズンに突入し、私とシノちゃんが生徒会室を訪れるのもあと数えるくらいになってきた。

 

「いよいよ私たちも引退かー」

 

「感慨深そうに言っていますが、もう少し仕事をしてくれると助かるんですけど」

 

「もう殆どタカトシ君たちに引き継いじゃってるから、私とシノちゃんがしなきゃいけない仕事ってないんだよね」

 

 

 本当ならもうここに来なくても良いんじゃないかって思うくらいタカトシ君とスズちゃんが仕事をしてくれているのだけども、一応まだ会長はシノちゃんで私も生徒会役員なので顔を出しておかなければならないのだ。

 

「生徒会長選挙って言っても、タカトシ君しか出馬してないから信任投票だし、スズちゃんも再任確定。マキちゃんも真面目さが評価されて当選確実って言われてるから、次の生徒会も安泰じゃない?」

 

「まだスタートもしてないのに安泰とか言われても」

 

 

 私とのおしゃべりをしながらも、タカトシ君は書類を確実に片付けている。別のことをしながらでもミスをしないなんて、私にはできないかもしれない。

 

「あれ? タカトシ君、ブレザーのボタン、取れかかってるよ」

 

「ボタン?」

 

 

 私の指摘を気にしたのか、タカトシ君は書類を持つ手を止めて視線をボタンに向ける。さすがに目を離しながら書類を片付けることはできないみたい。

 

「そういえばさっき、廊下を走ってたコトミが人の制服をつかんで止まったんでしたっけ。その時にボタンにダメージが行っていたのでしょう」

 

「私が直そうか?」

 

「いえ、これくらいなら自分で直せますので」

 

「遠慮しなくていいよ。ソーイングセットなら持ってるし、タカトシ君は別のことをしなきゃいけないんだし」

 

「本来ならシノ会長の仕事なんですけどね」

 

 

 そのシノちゃんは、スズちゃんと見回りに行っている。そもそもずっとタカトシ君だけで生徒会は運営できたのではないかと言われているくらいだから、シノちゃんが不在でも十分やっていけるのだ。だからシノちゃんが見回りに出て行ってもこうして生徒会作業に滞りは発生しない。

 

「それに、少しくらいタカトシ君の役に立ちたいし」

 

「別にそこまで気にする必要はないんですが……まぁ、お願いしましょうか」

 

 

 そういってタカトシ君はブレザーを脱いで私に渡してくれた。昔の私ならここでタカトシ君のブレザーの匂いを嗅いだり、袖を舐めたりしたかもしれないけど、今は真面目にボタンと向き合う。

 

「それにしても、アリアさんが裁縫得意って意外ですね」

 

「そう? よく胸のボタンがはじけ飛ぶから」

 

「そういう理由でしたか」

 

 

 タカトシ君はそれだけ聞いて興味を失ったのか、すぐに書類へ視線を戻してしまう。

 

「(もうちょっと興味を抱いてくれればいいのに……)」

 

 

 普通の男子生徒なら私の胸に視線が行くのかもしれないけど、タカトシ君はそんな不誠実なことはしてこない。それが分かっているから遠慮なく言えるんだけど。

 

「(なんだか新婚気分だな)」

 

 

 旦那様が働いていて、私が家事をする。家の事情があるからそんな未来が訪れるかどうかは分からないけど、専業主婦もやってみたいな。

 

「痛っ!?」

 

 

 考え事をしながら縫物をしていたせいで、私は針で指を刺してしまった。まぁ、この程度なら舐めてからばんそうこうを貼っておけば問題はない。

 

「とりあえず止血してっと」

 

「見せてください」

 

「えっ?」

 

 

 指を舐めようとしたらタカトシ君に手を取られてしまい、私の思考は停止する。

 

「他のことを考えながら作業するから痛い思いをするんですよ。これから縫物をする時はそれに集中してくださいね」

 

「ごめんなさい」

 

 

 タカトシ君が軽く止血してからばんそうこうを貼ってくれたので、私はタカトシ君のブレザーに血を付けるというミスを犯すことなく作業を終わらせられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校内の見回りも、あと何回できるか分からない。そも思って私は今日見回りを買って出たのだが、じゃんけんの結果見回りの相手が萩村になってしまった。

 

「(どうせならタカトシが良かったな……)」

 

「今、失礼なことを考えてなかったか?」

 

「そ、そんなことないぞー?」

 

 

 タカトシだけでなく、萩村も十分鋭いから私が何を考えていたのか分かっていそうだな……

 

「会長は、何処の大学を受けるんですか?」

 

「そこまでレベルの高いところは受けないつもりだが、自分の成績に見合ったところにしろと親が五月蠅くてな。もう少し考えて決めるさ」

 

「余裕ですね」

 

「嫌味に聞こえるかもしれないが、ある程度なら選び放題な成績だからな」

 

 

 さすがにT大とかK大は無理だが、今から勉強を始めても間に合うくらいの成績と知識があるので、そこまで焦ってはいない。

 

「一人暮らしもしてみたいとは思っているんだが、Gが出たらと思うとな」

 

「あれは私には無理ですね」

 

 

 以前古谷先輩の部屋を訪れた時に現れ、結局タカトシが処理したくらいだからな。古谷先輩も苦手なんだろう。

 

「戻った――」

 

 

 生徒会室に入ると、何故かタカトシがアリアの左指をじっくり見ている。まさか、エンゲージリングを買う為に指のサイズを見ているのか!?

 

「何をしている!?」

 

「私が針で指を刺しちゃって……タカトシ君が止血してばんそうこうを貼ってくれてたの」

 

「な、なんだ……」

 

 

 てっきり私たちがいない間にアリアがゴールインしてしまったのかと思ったぞ……

 

「まぁ、ありえないか」

 

「「?」」

 

 

 アリアと萩村は不思議そうに私を見てきたが、タカトシは呆れた表情をしている。きっと私の考えに呆れてるんだろうな。




勘違いがぶっ飛んでる……


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曜日間違い

自分もたまに間違える


 生徒会選挙中だというのに、校内の雰囲気はそこまで盛り上がってる様子はない。もともとお祭り騒ぎするよなことではないのだが、今年はタカトシ一強なのでこの間の生徒会長選挙のような盛り上がりはないのだろう。

 

「それにしても、ここ最近タカトシと一緒に行動する回数が減ってる気がするのよね」

 

「そりゃそうでしょ。スズちゃんも生徒会選挙に立候補してるんだし、候補者同士が一緒にいるのは避けた方がいいでしょ」

 

「私はあくまでも会計よ? 会長候補ならともかく」

 

「畑先輩が津田君だけが候補で良いのかって煽ってるらしいから」

 

「私は会長なんてやらないって言ってるのに」

 

 

 私が壇上に立っても見えないからというそれらしい理由をつけて会長職を辞しているのだが、本音はタカトシ以上に会長職を全うできる気がしないからだ。

 

「おはよう」

 

「おはようタカトシ。今日はもう木曜日なのに、今週初めて話した気がするわね」

 

「今日水曜だけど?」

 

「えっ?」

 

 

 タカトシに言われて携帯で日付を確認すると、確かに水曜日だ。

 

「時間割り間違えた!?」

 

「スズちゃんにしては珍しいミスだね」

 

「教科書見せようか?」

 

「お願い……」

 

 

 私の席の隣はタカトシなので、必然的にタカトシに教科書を見せてもらうことになる。高校生にもなって机をくっつけて授業を受けることになるとは……

 

「恥ずかしくて顔が熱い」

 

「見てるこっちも顔が熱いよ」

 

「冷やかさないでよ」

 

 

 ネネや他のクラスメイトから冷やかされ、私は本気で困って見せる。ムツミだけは微妙な気持ちで私のことを見ていることに気づいたから。

 

「それにしても、タカトシは教科書に落書きとかしてないのね」

 

「する必要がないだろ?」

 

「前にコトミに勉強を教えてた時、あの子は落書きしてたから」

 

「そんなことしてる暇があるなら少しでも真面目に授業を聞けって言ってるんだけどな」

 

 

 タカトシに教科書を見せてもらいながら授業を受けていると、なんだかいつも以上に頭がスッキリしてる気がする。

 

「それでは萩村さん、この問題をお願いします」

 

「はい」

 

 

 教師に指名され、私は黒板に方程式を書いていく。

 

「ありがとうございます。ここは以前教えた公式の応用になりますので、皆さんもちゃんと勉強しておいてください」

 

 

 浮かれすぎてミスを犯すなどということはなく、私はしっかりと問題を解いてみせた。

 

「では、今日はこの辺で」

 

 

 先生が公式の説明をしたところで時間になり、授業が終わる。大抵のクラスメイトは解放されて喜んでいるが、私はもう少しこの時間を楽しみたかった。

 

「もう終わりか。やっぱり時間が流れるのが早く感じてるよ」

 

「だから時間割りも間違えたんだね」

 

「もうそれは言わないでって!」

 

 

 ネネにからかわれ、私はネネを追いかける。

 

「廊下は走るなよ」

 

「分かってるわよ」

 

 

 タカトシに注意され、私とネネは早足で廊下を進む。

 

「スズちゃんも随分と積極的になってるよね」

 

「どういう意味よ?」

 

「だって、スズちゃんが時間割りを間違えるなんてありえないでしょ? ああやって教室で津田君といちゃいちゃすることで、他の女子に対する牽制してるんじゃないの?」

 

「そんなわけあるか! 素で間違えたんだよ」

 

 

 なんとも恥ずかしい宣言だが、本気で今日が木曜日だと思っていたのだ。そこまで疲れてるつもりはなかったのだが、どうやら知らず知らずに疲れが溜まっているようね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日の最後は体育ということで、私は漸く自分の本領発揮できると張り切っている。

 

「スズちゃん、私のサイズで大丈夫?」

 

「少し大きいけど、問題ないわ」

 

 

 体操着も忘れたスズちゃんに、私のジャージを貸したのだが、少しぶかぶかのようだ。

 

「今日はそこまで激しい運動じゃなさそうだし、気を付けておけばずり落ちるってことはなさそうだね」

 

「せっかく私のサイズを貸して、スズちゃんに強制露出をさせようと思ってたのに」

 

「ネネのサイズって、私とそこまで変わらないんじゃないの?」

 

「縦は兎も角横はね……」

 

 

 ネネの言葉の意味が分からず首をかしげたが、スズちゃんはネネに同情的な視線を向けている。

 

「どういうこと?」

 

「ムツミは普段から運動してるからスリムだけど、ネネはそこまで痩せてないってことよ」

 

「スズちゃん!? それってさっきまでからかってた私に対する仕返しなの!?」

 

「さぁ、どうかしらね」

 

 

 ジャージが落ちないように気を付けながら運動をしているスズちゃんを、私は少し羨ましく思う。

 

「(私が教科書を忘れたらタカトシ君、見せてくれるのかな?)」

 

 

 残念ながら席が隣じゃないのでありえないのだけど、もし私が隣の席で、教科書を忘れたらタカトシ君はスズちゃんと同じように私に見せてくれるのだろうか?

 

「ところで、どうして男子はマラソンなんだろうね?」

 

「タカトシ以外の男子がやらかして、連帯責任らしい」

 

「巻き込まれたタカトシ君はもう終わってるみたいだけどね」

 

「相変わらず他の男子は体力がないわね」

 

「仕方ないんじゃない? 津田君以外の男子は自家発電で体力を消耗してるだろうし」

 

「タカトシに失礼だろうが! そもそもマラソンになったのもタカトシは関係ないんだから」

 

 

 自家発電が何か分からなかったが、どうやらタカトシ君には関係がないものだということは分かる。とりあえずタカトシ君に確認して変な目で見られないようにしないと。




巻き込まれ系男子のタカトシ


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トランプの罰ゲーム

酷い罰ゲームだ


 生徒会選挙中なので、私たちはそこまで仕事があるわけではない。普通受験生なのだから勉強とかした方がいいのだろうが、今日は息抜きをすると決めていたので勉強をするつもりはない。

 

「まさかカナも息抜きする予定だったとはな」

 

「シノっちやアリアっちのように私はそこまで余裕があるわけじゃないんですけど、息抜きは大事ですから」

 

「それでどうしてウチに集まるんですかね?」

 

 

 たまたまアリアと津田家へ遊びに行こうと言っていたのだが、そのことをタカトシに伝え忘れていたのだ。まぁ、こいつは私たちの思考を読んでいたから分かっていただろうけど。

 

「先輩たちが来てくれたので、せっかくだから遊びましょうよ」

 

「お前は宿題終わらせろ」

 

「今日は本当に宿題ないんだよ!」

 

 

 どれだけ信用されていないのか、タカトシは携帯を取り出して誰かに確認している。

 

「タカ兄、何してるの?」

 

「八月一日さんに確認している」

 

「タカ兄、何時の間にマキの連絡先を……」

 

「生徒会のことでいろいろと聞きたいと言われて、この間」

 

 

 八月一日がタカトシに恋慕しているのは知っていたが、まさか連絡先を入手するまで進展していたとは……

 

「(気にしていなかったが、意外とライバルになるかもしれないな)」

 

「シノちゃん、どうしたの?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 中学時代のタカトシを知っているというアドバンテージがある分、八月一日は要注意人物だと分かっていたのだが、いつも一歩以上下がって話していたから気にしていなかった。だが、どうやらあいつも本格的に参戦するようだな。

 

「確認が取れた。確かに宿題はないようだな」

 

「だから言ったじゃん!」

 

「だが、小テストで平均点以下だったらしいな」

 

「うっ……」

 

「次そんな点数だったら、容赦なくゲームを捨てるからな」

 

「が、頑張ります」

 

 

 タカトシに釘を刺され、さっきまでの勢いがなくなったコトミを、私たち三人は同情的な目で眺めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずコトちゃんに対する補習は終わり、本当に遊べることになった。

 

「さぁ、嫌なことは忘れて遊びましょう!」

 

「そうやってすぐに忘れちゃうから、テストで大変な目に遭うんだよ?」

 

「分かってるんですけどね……」

 

 

 毎回反省だけはしっかりとしてるのだが、コトちゃんの悪い癖でそのことをすぐに忘れてしまうのだ。だから毎回タカ君に怒られても同じミスを犯すのだろう。

 

「それで、何して遊ぶんだ?」

 

「たまにはアナログゲームをしましょう」

 

 

 そういってコトちゃんがトランプを取り出す。今まで何度か遊んだことはあるけど、この四人でトランプをするということはなかったかもしれない。

 

「ところで、タカトシはどこに行ったんだ?」

 

「タカ兄なら晩御飯の準備を始めてますよ」

 

 

 もうそんな時間だったのか、タカ君はキッチンで作業している。普通こういうのは私たちの誰かがやるのでしょうが、タカ君相手ならこれが普通なのです。

 

「それじゃあババ抜きでもしますか」

 

「普通にやっても面白くないので、一位の人がビリの人に命令できる罰ゲーム付きでやりましょう」

 

「タカ君がいないから、罰ゲームといっても面白みがなさそうですけどね」

 

 

 そんなことを言っていたが――

 

「私が一位ですね」

 

「私がビリか……」

 

 

――意外と盛り上がりもう十回もババ抜きをしていた。

 

「それじゃあシノっち、名前で呼んでください」

 

「それくらいなら――」

 

「一人称を」

 

「羞恥プレイだとっ!?」

 

 

 そもそもシノっちは普段から私のことを名前で呼んでいるので、今更そんなことを命令しても罰にはならない。なので私は一人称を変える罰を与えたのだ。

 

「し、シノ次は負けないからな!」

 

「シノちゃん、顔真っ赤だよ~」

 

 

 私が課した罰でシノっちは顔を真っ赤にさせながらババ抜きを再開させる。今回はシノっちがさっさと上がってしまったので、追加の羞恥プレイを課すことはできない。

 

「やったー、シノが一位だー!」

 

「私がビリだね~。それでシノちゃん、私に対する罰は?」

 

「この罰を肩代わりしてくれ」

 

「シノちゃんの罰を、アリアがすればいいんだね」

 

 

 アリアっちは意外とノリノリで私がシノっちに課した罰を肩代わりする。しかし、シノっちがやってるのを見てるのは楽しかったのに、アリアっちがやってるのを見ても微笑ましいと思ってしまうのはどうしてなのでしょう。

 

「そろそろ切り上げたらどうですか?」

 

「もうこんな時間か……」

 

「せっかくですから先輩たちも晩御飯食べて行ってくださいよ」

 

「お前が作ったみたいに言うな」

 

「でも、タカ兄のことだから先輩たちの分も作ってるんでしょ?」

 

 

 コトちゃんの言葉に、タカ君は何も答えず部屋から出て行ってしまう。

 

「せっかくだし、みんなで晩御飯にしましょうか」

 

「帰りはアリアが出島さんに電話して迎えに来てもらうから、シノちゃんも安心だよ」

 

「てか、この罰ゲームは何時までやるんだ?」

 

「とりあえず、ご飯を食べ終わるまではやってくださいね」

 

「よくよく考えたら、コトミがビリになることはなかったな」

 

「ゲームだけはコトミちゃんに勝てなさそうだね~」

 

 

 最初は乗り気ではなかったけど、結局はみんなで楽しめたので、提案してくれたコトちゃんには感謝しておかないと。だけど、言葉にすると調子に乗るので、心の中でしておこう。




シノは兎も角アリアは違和感がなかったな……


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生徒会役員選挙

終わりが近い


 生徒会選挙前日、他に候補者がないので信任投票だというのに、マキの顔は青褪めている。

 

「マキ、何をそんなに緊張してるの?」

 

「だって、明日の演説失敗したらどうしようって……」

 

「畑先輩の調査の結果、選挙をするまでもなく三人は当確だって言われてるんだし、別に失敗しても問題ないと思うけどな」

 

 

 そもそもマキを落選させたとしても、タカ兄から指名が入るだろうからどちらにしてもマキは生徒会役員になれるのだが、どうやらそのことを知らないらしい。

 

「津田先輩と萩村先輩だけで生徒会は運営できるだろうし、私がいたとしても何もできないだろうから、ひょっとしたらそういう考えの人が不支持に回るかもしれないし……」

 

「いや、タカ兄とスズ先輩だけじゃ生徒会は回らないと思うけど」

 

 

 実際タカ兄一人で回してるような感じがしているけど、今の生徒会役員は四人だ。それが半分になったらさすがのタカ兄だって厳しいと思うだろう。

 

「トッキーもなんとか言ってあげてよ」

 

「てか、わざわざマキを落選させてまで生徒会役員になりたいヤツがいるとは思えねぇんだけど」

 

「そんな人がいるのなら、最初から出馬してるよ」

 

「そうかな……」

 

 

 そもそも不純な動機で立候補したとしても、タカ兄に見抜かれて選管から指導されるのがオチだろう。例えば、私が立候補しようとしたら、全力で怒られただろう。

 

「今回の選挙はこの間のお祭りのような感じじゃないんだし」

 

「よく立候補しようとしたよね、あの時は」

 

「畑先輩から頼まれたんだよ。盛り上げるのに手を貸してほしいって」

 

 

 実際一定以上の盛り上がりを見せたので、畑先輩の目論見は成功したと言えるだろう。まぁ、あの後タカ兄にこってり絞られたようだけど。

 

「もしあの選挙でコトミが勝ってたとしても、すぐに不信任案が提出されてリコールされてただろうけどね」

 

「リコール? トッキー、どういう意味か分かる?」

 

「分かるわけないだろ」

 

「もっと勉強しなきゃダメだよ」

 

 

 マキが使った難しい単語に、私とトッキーは首を傾げたのだが、マキには呆れられてしまった。

 

「てか、推薦責任者がタカ兄なんだから、何も問題ないと思うんだけど」

 

「よく兄貴が引き受けてくれたよな。自身も立候補者なのに」

 

「津田先輩なら推薦責任者が居なくても問題ないだろうし、時間的余裕があるかなってお願いしたら引き受けてくれたんだよ」

 

 

 ちなみに、タカ兄の推薦責任者はシノ会長で、スズ先輩の推薦責任者はアリア先輩だ。現役の生徒会役員が推薦するので、この二人はどう間違っても当選すると言われている。

 一方のマキも、一年の中では成績上位者であり『あの』タカ兄が推薦する候補者だ。マキのことは兎も角タカ兄のことを下に見れる生徒など、この学校にはいないだろう。

 

「とりあえず明日に備えてそろそろ帰ろうか。何時までも学食でおしゃべりしてるわけにもいかないし」

 

「そうだね……はぁ、緊張する」

 

「今からしてたら身が持たないって」

 

 

 三人で駅まで向かう間も、マキを励まし続けたのだけども、あまり効果は見られない。これは明日の本番、何かミスを犯すんじゃないだろうか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄貴、ちっこい先輩と淡々と演説をしていき、その推薦責任者も問題なく演説を済ませた。

 

「(次はマキの番だね)」

 

「(教室でもあれだけ緊張していたから、何か失敗しないか心配だ)」

 

「(トッキーじゃないんだから、大丈夫だとは思うけど)」

 

「(どういう意味だ!)」

 

 

 確かに私はドジを踏むことが多いが、こういう時くらいしっかりできる。だが責任感が強すぎるが故にマキは何かやらかさないか心配なのだ。

 

「(まぁ、マキが失敗してもタカ兄がフォローするだろうから問題ないでしょ)」

 

「(兄貴だもんな)」

 

 

 マキのことも信頼しているが、兄貴に対する信頼は揺るがないものだ。コトミの兄貴を長年やってきているというだけでも尊敬できるのに、あの成績に指導力、文才に運動能力まであり、家事も万能という非の打ちどころのない能力。それでいてそれを鼻にかけない性格。あの人を悪く言う方が難しいだろう。

 

「(ところどころ噛んでたけど、マキの演説は成功みたいだね)」

 

「(噛んだところが逆に好印象になってる雰囲気だな。前の四人はあまりにもすらすら喋っていたから)」

 

 

 こういう場面に慣れているというのもあるだろうが、前の四人は噛むどころか原稿すら見ずに演説していたのだ。私たちとは違う人間なのだと思われてしまっても文句は言えない。だがマキは原稿を確認しながら演説し、ところどころ噛んでしまった。それが逆に私たちと同じ人間なのかと思われているみたいだ。

 

「(タカ兄の推薦理由も伝えられたし、これはやっぱりマキも当選だね)」

 

「(そもそも信任投票だっての)」

 

 

 演説会が終わり投票作業に入り、私たちは三人ともに〇をつけて投票用紙を提出。その日のうちに集計が行われるらしく、その間私たちは教室で待機だ。

 

「マキ、お疲れ様」

 

「緊張したよ……」

 

「その緊張が逆に好印象だったよ」

 

「そうかな?」

 

 

 コトミに励まされてもあまり効果はないだろうが、こういうことがサラッとできるあたり人付き合いが上手いんだろうな。

 

「あっ、発表された」

 

 

 新聞部と選管の共同サイトで選挙結果が発表され、無事マキも当選していた。

 

「おめでとう」

 

「あ、ありがとう」

 

「これでマキも生徒会役員だね」

 

 

 最初から分かっていた結果だが、友達が当選したのは素直に嬉しい。クラスメイトたちもマキを称え始め、マキもようやく当選したと自覚できたようだった。




まぁ順当ですけど


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世代交代後の心境

そこまで変わってない


 発足式も済み、私もいよいよ生徒会役員になったんだという実感がわいてくる。役職は津田先輩が会長に昇格したことで空いた副会長。これはつまり、次の生徒会長候補ということだ。注目されるのも仕方がない。

 

「マキ、おはよー」

 

「おはよう」

 

「顔が良くないよ?」

 

「この顔は生まれつき。コトミが言いたいのは顔色が良くない、でしょ?」

 

「そうそう、それ」

 

 

 相変わらずの友人のお陰で、少しは気持ちに余裕が出てくる。コトミがそれを見越して声をかけてきたとは思えないけど、こういうところは立派だと思える。

 

「そういえばタカ兄も生徒会に入った時は緊張してたな」

 

「そうなの? 津田先輩なら淡々と仕事をこなせそうだけど」

 

「タカ兄の場合は共学化して初めての男子役員ってこともあっただろうから。まぁ、今回は男子初の生徒会長って肩書まであるんだけど」

 

「津田先輩が目立ってるから忘れてたけど、ここって共学化したばっかりだったね」

 

 

 津田先輩があまりにも自然に中核にいるので忘れがちだが、桜才学園は元女子高で、共学化したのは二年前。つまり三年生に男子はおらず、津田先輩が生徒会に入った時にはその上の代も残っていたのだ。今以上に男子の数は少なかったはずだ。緊張しないはずがないではないか。

 

「そんなタカ兄と比べれば、マキにかかってるプレッシャーなんて微々たるものだと思うよ」

 

「まぁ、コトミにかかってる『津田先輩の妹』ってプレッシャーくらいだとは思うけどね」

 

「そ、それは相当だね……」

 

 

 あまりにも大したことないみたいなことを言い出したので、私はコトミが感じているプレッシャーを引き合いに出した。

 

「はよー」

 

「あっ、トッキー」

 

「朝から何の話だ?」

 

「マキにかかってるプレッシャーの話だよ」

 

 

 トッキーも加わり、私はいつも通りに振舞おうと心がける。コトミだけでなくトッキーにまで心配されたら、自分が相当やばい状態なのではないかと思ってしまうから。

 

「始めの内は失敗しても兄貴やちっこい先輩がフォローしてくれるだろうから、そこまで気負わなくても良いんじゃないか? てか、あの二人がマキに完璧を押し付けてくるとも思えないし」

 

「確かに津田先輩や萩村先輩はそんなことしてこないだろうけど、周りの人がどう思ってるかって考えると、ね」

 

「最初からできる人間なんてそうそういないんだから、気にし過ぎだと思うけどな」

 

 

 トッキーに言われ、私は自分自身が一番自分を追い込んでいたことに気づく。

 

「ありがとう、トッキー」

 

「? どういたしまして」

 

 

 なんでお礼を言われたのか分からないという顔のトッキーを見て、私は小さく笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会を引退し、いよいよ受験シーズンへ突入――

 

「と、意気込んだのは良かったんだけどな」

 

「シノちゃん、推薦であっさり決まっちゃったもんね」

 

「そこまで評価が高かったとは思わなかったんだが」

 

 

――課外活動などが評価され、私はあっさり大学生になれることが決定した。

 

「私もほぼ合格間違いなしって家庭教師に言われてるし、そこまで気合入れなくてもよさそうかな」

 

「いつの間に家庭教師なんてつけたんだ?」

 

「出島さんだけどね~」

 

「あの人、そこまでできるのか」

 

「このためだけに猛勉強したらしいよ~」

 

 

 あの人のことだから、家庭教師とアリアを二人きりにして過ちが起きるんじゃないかと思ったんだろうな。そもそも七条家が雇う家庭教師にそんな不届き者が選ばれるわけないのに。

 

「兎に角そこまで受験生しなくていいのは良いことだね~」

 

「生徒会OGとして、後輩の仕事っぷりを見に行けるしな」

 

「引退した人がしょっちゅう顔を出すのは後輩を委縮させてしまいますよ」

 

「おぉ、五十嵐か」

 

 

 こいつも私と同じく推薦で合格が決まっているので、受験生らしい雰囲気はない。むしろ問題行動が多すぎた畑が焦ってる感じだ。

 

「普段からタカトシ君ばかり目立っていましたが、天草さんや七条さんも立派な生徒会役員だったということですね」

 

「言われても仕方ないと自覚してはいるが、もう少しくらい評価された余韻に浸らせてくれてもいいだろ?」

 

「仕事っぷりは評価してますけど、それ以外は評価できませんでしたから」

 

「カエデちゃんにもかなり怒られてたもんね~」

 

 

 風紀委員長として仕方がなかったとはいえ、五十嵐は少し頭が固すぎたような気がする。もう少しくらい柔軟な考えができないと、何時まで経っても恋人ができないだろうし。

 

「そういえば五十嵐」

 

「何でしょう?」

 

「どうして女子大ではなく共学にしたんだ?」

 

「体質的に難しいのは分かっていましたけど、何時までも逃げていたら克服できないので」

 

「つまり大学ではヤリ〇ンデビューか!」

 

「そういうところを評価できないと言っているんです!」

 

「おっと。浮かれすぎて昔の癖が」

 

 

 タカトシが私たちの枷として機能していたから後半は大人しかったのだが、最近はタカトシと行動することが減っているから枷が緩んでいるのだろうな。

 

「大学に通うようになったら気を付けないとな」

 

「冗談で済むのは高校時代までだね」

 

「そもそも、高校でも冗談で済まないはずなんですけどね……」

 

「その辺りは、前任が古谷先輩で、卒業してからはタカトシが居てくれたから」

 

「ほんと、タカトシ君には感謝しかないよね~」

 

 

 しみじみとそんなことを考えていると、窓越しにタカトシの姿を見つける。新生徒会長としてしっかりと仕事しているんだと思い、なんだか嬉しくなる半面、隣にいる八月一日に嫉妬する自分に気づき、複雑な思いを抱いたのだった。




感謝するだけじゃ足りない気がするが……


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卒業式

明日最終回にしたいので今日も投稿


 生徒会選挙からあっという間に時が過ぎたような気がする。その間に文化祭やら体育祭やらがあったのだが、タカ兄が生徒会長である限り大きな問題が起こるはずもなく、平和な時間が流れていた。

 

「マキもだいぶ生徒会役員っぽくなってきたよね」

 

「いい加減慣れたってば」

 

「タカ兄とスズ先輩を目標にするのはやめたんだよね?」

 

「あの二人は別格過ぎるから」

 

 

 天才少女であるスズ先輩と、いろいろと高スペックなタカ兄を目標にしたところで、凡人には到達することはできない。そのことをマキも分かっていたんだろうけど、同じ生徒会役員としてそれなりに目指そうとは思ってしまうのだろうな。

 

「そういえば、この間のテストはコトミもまぁまぁだったみたいだね」

 

「今回平均以下があったらいろいろと危なかったからね」

 

 

 タカ兄とお義姉ちゃんに思いっきり押し込められたお陰で試験中はいつも以上にペンを走らせることができた。もちろん、試験後には何も残っていないレベルで燃え尽きていたのだが……

 

「これでようやく津田先輩も解放されるのかな?」

 

「まだ自力じゃ無理だけど、お母さんたちも帰ってこられるみたいだから、タカ兄に全部任せっきりって感じはもうなくなるかもね」

 

「小母さんたち、ようやく落ち着いたんだね」

 

 

 マキは私のお母さんたちと面識があるので、まるで自分の両親に久しぶりに会えるみたいなテンションで付き合ってくれている。

 

「これでようやく、タカ兄も彼女を作ろうって考えが持てるかもね」

 

「っ!」

 

 

 私が何気なくつぶやいた言葉に、マキが肩を跳ねらせる。

 

「(そういえば、マキも生徒会活動をするようになってからだいぶタカ兄との距離が縮まってるような気がする)」

 

 

 スズ先輩はそのままだが、シノ先輩やアリア先輩、カエデ先輩とかはタカ兄との時間が減ってる。そこだけ考えればマキが私のお義姉ちゃんになる可能性も十分あり得るということか。

 

「てか、兄貴の人気を考えたら、誰を選んでも未練が残りそうだけどな」

 

「トッキー、聞いてたんだ」

 

「最初からいただろ」

 

 

 

 トッキーはタカ兄に恋愛感情は抱いていないから他人事だが、確かにその通りかもしれない。もちろんタカ兄が選んだ人なら選ばれなかった人も納得はするだろう。だがタカ兄以上の男性に出会えるかどうかは分からないので、少なからず未練は残るだろうな。

 

「というか、兄貴が恋人を作れなかった原因はコトミだったもんな。その問題に一応の目途が立ったら、兄貴の心境にも変化があっても不思議じゃないよな」

 

「えへへ……」

 

 

 責められてるのが分かるので、私は愛想笑いで誤魔化す。タカ兄に恋人ができてほしいと思う反面、兄離れしなければいけないと思うと寂しいと思ってしまう自分を誤魔化したのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよ私たちもこの桜才学園を卒業する。入学時から考えるとかなり濃い時間を過ごしたはずなのだが、思い出すのはタカトシやアリアたちと活動した生徒会長としての時間しか出てこないな。

 

「シノちゃん、泣くの早くない? 卒業式はこれからだよ?」

 

「いや、いろいろと思い出してたら、な」

 

 

 入場の前に感極まって泣いているところを見られてしまい、私は慌ててハンカチで目を抑える。

 

「シノちゃんは卒業生代表としての挨拶があるんだから、今から泣いてたらモタないよ?」

 

「分かってる。だが、アリアだって泣きそうな顔してるじゃないか」

 

「だって、明日からみんなと会うのが大変になると思うと、ね」

 

「会おうとすればいつでも会えるだろ」

 

 

 確かに同じ高校であることはもうないだろう。だがそれでも外で会おうとすれば会えるだろう。まぁ、新生活が落ち着くまでは難しいかもしれないが。

 

『卒業生、入場』

 

「おっ、いよいよだな」

 

「だね」

 

 

 司会の小山先生の合図で私たち卒業生が体育館へ入場する。ついこの間古谷先輩を見送ったと思っていたのだが、あれからもう二年も経っているのか……

 

「なんだか、あっという間の高校生活だったな」

 

「だね」

 

「おっ、タカトシと萩村だ」

 

 

 生徒会役員として脇に控えているタカトシと萩村を見つけ、私は自然と笑みがこぼれる。つい最近まで私の居場所はあの二人の側だった。だが今はこの距離が私の普通なのだ。

 

「シノちゃん?」

 

「いろいろあったな……」

 

「思い出に浸るのは式が終わってからにしようよ」

 

「分かってるんだが、こういざ自分が卒業生だと自覚してしまったら止まらなくて」

 

 

 私とアリアがひそひそ話しているのに気付いているのは数人。その内の一人であるタカトシは、一瞥しただけで肩を竦め見逃してくれている。おそらく、最後だからと思っているんだろうな。

 

「卒業生答辞。代表・天草シノ」

 

「はい!」

 

 

 タカトシの送辞が終わり、今度は私の番。元生徒会長として恥ずかしくない答辞をしなければ――などという意気込みもなく、慣れた感じで答辞を終わらせる。あぁ、これで本当に高校生活は終わりなんだな……

 

「卒業生退場」

 

 

 小山先生の合図に、私以外の数人も泣き始める。おそらくは高校生活が終わりだと実感したのだろう。

 

「あとは、タカトシが誰と付き合うのかだな」

 

「負けるつもりはないからね」

 

「あぁ。もちろん、他の連中にもだがな」

 

 

 タカトシの両親も日本に帰ってきて、コトミの成績にも一応の目途がついた。タカトシの心境にも変化があってもおかしくないので、私たちはこの後タカトシに告白するつもりだ。誰を選んでも恨みっこなし。最後の最後で大勝負だな。




卒業式で泣くことはなかったな


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シノEND

最後は盛大に


 私が大学生になって二年目、昨日まで一人暮らしをしていたのだが、今日からは彼氏と同棲という夢見ていたことが現実になる。

 生徒会を引退し、受験生として必死に勉強して今の大学に入学。そして告白してOKを貰って舞い上がっていたのが懐かしく思えるが、あっという間に一年過ぎていたのか。

 

「しかし、お前が実家を出れるとは思ってなかったぞ」

 

「両親の仕事も一段落しましたので、コトミの世話は両親が引き受けてくれることになったので。そのおかげで俺も受験に専念できました」

 

「お前の成績ならそれほど必死に勉強をしなくても大丈夫だったんじゃないか?」

 

 

 成績トップで論文なども問題なくこなせるだろうから、この大学に入るのなんて難しくなかったと思うのだが。

 

「入学早々ミスキャンパスに選ばれた人の彼氏なんですから、それなりの成績じゃ恥ずかしいじゃないですか」

 

「そうか……私の彼氏だから頑張ってくれたのか」

 

 

 高校時代、こんなことを言われるとは思っていなかったが、付き合ってみるとタカトシは意外と人のことを褒めてくれることが多い。そりゃ、以前の私は褒める前に呆れられたり怒られたりすることの方が多かったが、それでもここまで褒めてくれるとは思っていなかった。

 

「だがタカトシだって入学早々大人気じゃないか」

 

「先輩の中にエッセイの読者がいたらしく、そこから文学サークルに誘われてるだけですよ」

 

「大学ではサークル活動はするのか?」

 

 

 高校時代はコトミの世話とかその他諸々で部活の時間が取れないということで無所属だったタカトシだが、どの部活に入っても即戦力だっただろう。そして今、コトミの世話という最大の枷が無くなったのだから、サークルも入り放題だろう。

 

「サークル活動もいいですけど、シノさんとの時間を大事にしたいので今のところは考えていません」

 

「そ、そうか……なんだか恥ずかしいな」

 

 

 私が卒業するタイミングで付き合いだしたのだが、私は大学生でタカトシは高校生。時間を合わせるのが難しくそれほどデートもできなかったからだろう。私はいまだにこういうことを言われると照れてしまう。

 

「とりあえず受験勉強もしなくてよくなりましたし、俺も大学生になったので時間的余裕が増えましたので、何処かデートにでも行きましょうか」

 

「そうだな」

 

 

 意気揚々とデートに出かけるのだが、それほど経験値がない私たちが行くところなんてたかが知れている。私たちは近所の公園に出かけ、満開の桜を眺めている。

 

「ここで良かったんですか?」

 

「あぁ。桜を見ると高校時代を思い出すな」

 

「そういえば、初めて会ったのも桜の木の下でしたね」

 

「覚えてたか」

 

「それくらいは覚えてますよ」

 

 

 あの時は生徒会のメンバーが足りずに困っていた。そこにタカトシが通りかかってスカウトしたのが私たちの始まり。ロマンティックの欠片もない始まり方だが、それでもこうやって恋人関係まで発展できた。

 

「なぁ」

 

「なんでしょうか?」

 

「前から聞きたかったんだが」

 

 

 これは以前から私の心の中にあった疑問。聞こうと思えばいつでも聞けたが、それでも聞けなかった疑問だ。

 

「本当に私で良かったのか? タカトシなら他の女子もいただろう」

 

 

 実際私が告白したから諦めた人を知っている。今でも交流はあるが、以前ほど気楽に付き合えてはいないが。

 

「シノさんがどう思っているのかは分かりませんが、俺はシノさんが好きで、シノさんと付き合いたいと思ったから告白を受け入れたんです。もしその気持ちが迷惑だというのでしたら、俺は今すぐにでも貴女の目の前から去りますが」

 

「そんな風に思っているわけないだろ! 私はお前のことが好きで、ずっと恋人関係になりたいと思っていたのだから!」

 

 

 その想いが強すぎて、妄想などしていた時もあったな……

 

「でもそうか……タカトシはちゃんと私のことを想ってくれていたのだな」

 

「あまりそういうことを言うタイプではないので不安にさせてしまいましたね。ゴメンなさい」

 

「いや、私の方こそ馬鹿なことを聞いて悪かったな。だがどうしても不安だったんだ」

 

 

 今でもタカトシは人気が高い。いや、私服になったからか以前よりも女性に声を掛けられる確率が上がっている気がする。それでもタカトシは私の隣にいてくれると言ってくれた。これで私の中にあった不安は解消されたのだ。

 

「それにしても、こうしていると出会った時を思い出してなんだか気恥ずかしいな」

 

「たまにはいいんじゃないですか? こういう時間も」

 

 

 年下だが、私よりも達観した考え方をするタカトシだ。こういう時間の良さも理解できるのだろう。

 

「しかし、大学生でここにいるのは私たちだけみたいだな」

 

「まぁ、普通の大学生が何処に出かけるのかは分かりませんが、俺たちは俺たちで良いんじゃないでしょうか? 変に肩肘張って疲れてては、せっかくのデートが台無しですから」

 

「そうだな。私たちは私たちらしく、身の丈に合ったデートを重ねていこう」

 

 

 高校時代はみんなで出かけていたから色々な場所に行けたが、いざ二人きりとなると恥ずかしい。だがいずれはもっとたくさんの場所へ出かけ、その先も視野に入れたいと思っている。

 

「タカトシ」

 

「はい、何でしょうかシノさん」

 

「これからも末永くよろしくな」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 お互いに気持ちを確かめ合い、周りに注意してから口づけをする。私たちの出会いも、決意を確認しあったのも桜の下。これから大事な決断はこの場所になりそうな予感がしている。



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アリアEND

 高校、大学とあっという間に卒業して、私は家の手伝いをしている。とはいっても、来年には跡取りが入社してくるので、私はすぐに裏方に回るだろう。

 

「お嬢様、若旦那様がお帰りです」

 

「ありがとう」

 

 

 高校を卒業するタイミングで告白され、学生時代に結婚。彼は卒業してからの方がいいと言っていたのだけども、私が我慢できずにお願いしたのだ。

 

「おかえりなさい」

 

「ただいま」

 

 

 高校時代からタカトシ君のことは見てきているが、いまだに見飽きることはない。むしろどんどん沼に嵌っているんじゃないかってくらい惹かれている。

 

「俺の顔に何かついてます?」

 

「ううん、私の旦那様は今日もかっこいいなって思ってただけだよ」

 

「アリアはいつもそう言ってるからな」

 

 

 付き合っている時は『アリアさん』だったのだが、結婚してからは呼び捨てにしてもらっている。タカトシ君も初めの方はぎこちなかったけど、一年以上経てば普通に呼んでくれるようになった。

 

「若旦那様、今日のスケジュールです」

 

「どうして学生の身分である俺にこれほど仕事が回ってくるんですかね……」

 

「それは若旦那様が優秀だからです。大旦那様は若旦那様が卒業したら自分の地位をすべて譲るつもりでしょうから」

 

「それはさすがに早すぎだと思いますがね」

 

 

 タカトシ君の今の地位はあくまでも七条グループの系列でアルバイトしている学生でしかない。だが裏でグループ総帥の仕事を肩代わりしているのは、重役クラスであれば誰でも知っている、いわば公然の秘密状態なのだ。

 

「若旦那様が総帥になられれば、向こう数十年は七条グループは安泰。そうおっしゃっている方々も沢山おられますので」

 

「タカトシ君じゃなかったら、こんなにもスムーズに世代交代できなかっただろうって、私も言われるよ」

 

「アリアが継いでも問題なかったとは思うがな」

 

 

 そう言いながらもタカトシ君は仕事を片付けていく。高校時代もそうだったけど、相変わらず一個の仕事にかける時間が短い。それでいてミスがないのだから、本当に優秀なのだろう。

 

「あとはお世継ぎが誕生されれば、大旦那様も大奥様も安心して引退なされるでしょう」

 

「一応まだ俺は学生なんですが?」

 

「今時学生で親になることなんて珍しくありません。まして若旦那様と若奥様は学生結婚。何時お世継ぎができても不思議ではないと思いますが」

 

「タカトシ君、あまり積極的に求めてくれないもんね」

 

「せめて卒業するまでは待ってくださいよ」

 

 

 それなりに行為はするけど、ちゃんと避妊しているし私も安全な日しか誘わない。一度出来やすい日に誘ってみたのだけども、私が嘘を吐いているとタカトシ君に見破られてしてくれなかったのだ。

 

「というか出島さん」

 

「なんでしょうか、若旦那様」

 

「その呼び方、どうにかならないんですか?」

 

「タカトシ様がアリアお嬢様とご成婚なされ、いずれ七条グループのトップに立つお方なのは変わらない事実です。そして私はアリア様の従者。アリア様が総帥の妻として活動なされるのでしたら、私もそのお傍でお二人を支えるのが使命。そしてタカトシ様をそうお呼びするのが自然の流れというものです」

 

 

 出島さんの意気込みを聞いて、私は感動した。いずれは出島さんも結婚して辞めて行ってしまうのかと思っていたのに、私のことをそこまで思ってくれていたとは。

 

「そしてお二人の愛の結晶のお世話をするのを楽しみにしているのです」

 

「出島さん、その時はお願いね」

 

「お任せください。不肖出島サヤカ、命尽きるまでお二人にお仕えいたします」

 

 

 出島さんの気持ちを聞いて、私は嬉しくなる。子供の頃から沢山の従者がいたけど、ここまで私に尽くしてくれた従者は出島さんだけだから。

 

「アリアのことが好きなのは知っていますけど、寝室に侵入しようとする癖はそろそろ治してくれませんかね? 俺としても、優秀な従者を失いたくないので」

 

「こ、これからはなるべく我慢する所存ですので、折檻だけは何卒」

 

 

 よっぽど怖い目に遭ったのか、出島さんはタカトシ君に土下座をして許しを請う。確かにタカトシ君は怒るとものすごく怖いけど、結婚してからは私が怒られることは無くなった。

 

「そういえば、この前お母さんが来たんだけど」

 

「お義母さんが?」

 

「早く孫の顔が見たいって」

 

「お義母さんまで……俺が学生だってこと忘れてるんじゃないんですか?」

 

「確かにタカトシ君はまだ学生だけども、私は卒業してるじゃない? それに、子育て環境はしっかりしてるから、新卒でも十分対応できると思うって言ってたよ」

 

「そんなこと言って、ご自分が孫と遊びたいだけじゃないんですかね」

 

「かもしれないね。孫は可愛いって聞くし」

 

 

 私も自分の子供なら可愛いって思うだろうけど、やっぱり孫の方が可愛いと思うのだろうか?

 

「どうなんでしょうね。出島さん、これをお義父さんにお願いします」

 

「おや? もう終わられたのですね。相変わらずの仕事の速さです」

 

「感想は結構。それほど急ぎではないとはいえ、早く持っていくに越したことはありませんので」

 

「承りました」

 

 

 出島さんに書類を任せ、タカトシ君は一息吐く為に手を伸ばし――

 

「えっ?」

 

 

――急に引き寄せられキスされた。

 

「アリアが望んでくれているのは嬉しいが、やっぱり卒業するまで待ってくれ」

 

「う、うん……」

 

 

 今はこれで我慢してくれということなのだろうが、こんな不意打ちはズルい。こんな風にされたらタカトシ君に逆らえないって思っちゃうじゃない。

 

「タカトシ君が卒業したら、我慢できなくなっちゃうかもね」

 

「お手柔らかに頼む」

 

 

 来年の事を言えば鬼が笑うと言うが、笑われようが構わない。タカトシ君が卒業したらすぐにでも励むとしようと決心したのだった。



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スズEND

 先輩たちが引退し、生徒会メンバーは一気に様変わり――することもなく、会長にタカトシ、私がそのまま会計になり、副会長に八月一日さんを迎え三人体制で運営していくことになった。

 

「来年、優秀な子がいたらスカウトしましょうか」

 

「そういえばスズは入学前から生徒会として活動していたんだっけ?」

 

「入試トップだったから、入学式の打ち合わせとかで顔を出していたのを知られていたのよ」

 

 

 その時に天草先輩に声をかけられ生徒会に入った。まさかその後すぐにタカトシもスカウトされ一緒に活動するとは思っていなかったけど。

 

「ところで、新副会長はどこに行ったのかしら?」

 

「新聞部にインタビューされてるよ。畑さんじゃないから、ちゃんとアポを取って場所も生徒会室じゃなくて食堂で」

 

「そうだったのね」

 

 

 あの人も引退したので、新聞部もだいぶ大人しくなるだろうとタカトシは言っている。それでもエッセイを書いてほしいという依頼が来るのは、新聞部の中にもタカトシのファンが大勢いるからだろう。

 

「会長になったとはいえ、やることはあんまり変わらないからな」

 

「殆どタカトシが回してたからね」

 

 

 天草先輩や七条先輩も優秀ではあったが、何処かふざける傾向があった。だがタカトシがいたことで生徒会業務に支障をきたすことなく運営できていたのだ。

 

「来年はいよいよ私たちも受験生ね」

 

「まだ先輩たちの受験も終わってないのに、気が早いな」

 

「そうかしら? でもせっかくなら一緒の大学に通いたいじゃない」

 

 

 先輩たちが引退し、タカトシが生徒会長に就任したタイミングで私は告白した。断られると思っていたが、タカトシも私のことを想ってくれていたようで、OKの返事を貰え付き合っているのだ。

 

「スズは留学に行くとか言ってなかったっけ?」

 

「留学も興味あるけど、今は彼氏とのキャンパスライフの方が興味あるわ」

 

「スズがそういうことを言い出すとは思わなかったな」

 

「せっかく彼氏ができたんだから、少しくらい浮かれたっていいじゃないの」

 

 

 私の容姿はこんなだから、彼氏なんて難しいと思っていた。よしんばできたとしても変態チックな男だろうと思っていただけに、これほど容姿の整った彼氏ができたことに浮かれているのだろう。

 

「(いや、容姿云々じゃなくて、タカトシと付き合えたことに浮かれているのか)」

 

 

 天草先輩や七条先輩、その他にもタカトシを狙っていた女子は大勢いる――いや、今も狙っているのかもしれない。それでもタカトシは私を選んでくれたのだ。浮かれるなという方が無理だろう。

 

「それにしても、天草先輩が運営していた時は結構大変だと思っていたんだけど、それほど大変じゃないよな。俺が入らなくても三人で運営できてたんじゃない?」

 

「絶対無理! あの二人相手に私一人じゃ過労死するって」

 

「そうかもね」

 

 

 タカトシにしては珍しく冗談を言ってきたが、私からしてみたらその冗談は笑えない。あの二人に加えて畑さんもいただろうし、横島先生までおまけとしてついてくるのだ。一ヶ月持たずに生徒会を辞めていただろう。

 

「そういえば横島先生は?」

 

「あの人が来るわけないだろ」

 

「それもそうね」

 

 

 タカトシが会長となり、生徒会顧問変更も視野に入れていたのだが、横島先生が懇願して今年度の変更は無くなった。その代わり、あまりにも酷かったら来年度は容赦なく変更すると言っているので、今は真面目に仕事をしているのだろう。

 

「こうやって学園内の問題を解決しておけば、俺たちが引退したとき八月一日さんが楽をできるだろうしな」

 

「もう後輩のことを考えてるの? まだ会長に就任したばっかりなのに」

 

「こういう問題は早く解決しておくに限るだろ。来年からは両親も落ち着くようだし、コトミの方も俺が付きっ切りで面倒を見る必要もなくなる」

 

「それじゃあゆっくり図書館で勉強デートができるわね」

 

「色気も全くないデートだがな」

 

「良いじゃないの。受験生なんだから」

 

 

 本音を言えばもうちょっと高校生らしいデートもしてみたいのだが、それは難しいだろう。私たちの成績ならなんて油断はせず、しっかりと勉強しようと二人で決めたのだから。

 

「それにしても、インタビュー長いわね」

 

「それだけ期待されてるんだろうさ。八月一日さんは優秀だし、すでに次期生徒会長とか言われてるくらいだから」

 

「随分と気が早いわよね」

 

 

 生徒会室には私とタカトシだけ。普段なら我慢できるのだが、急にそういった欲求が私の中に湧き出てくる。

 

「ねぇタカトシ」

 

「学校ではしないってスズが言い出したんだろ?」

 

「そうなんだけどさ……さっき高校生らしいとか思ったらね」

 

「校内恋愛は解禁したが、あくまでも行きすぎない限りという制限を設けた側がそれを破るのか?」

 

「誰も見てないし……ダメ?」

 

 

 私の体格ではどうしてもタカトシを見上げる形になる。それが懇願しているイメージを助長しているのだろう。タカトシは少し困ったように頭を搔いてから、軽く唇を重ねてくれた。

 

「相変わらず、スズのおねだりは強烈だな」

 

「私としては、もっと大人っぽく誘ってみたいんだけどね」

 

「無理する必要はないだろ。俺たちは俺たちらしく、身の丈に合った付き合い方をしていけばいいんだから」

 

「ほんと真面目よね……どうして他の男子たちにそういう考え方ができないのかしら」

 

 

 この間もタカトシがクラスメイト達の持ち込んだ雑誌を見て落胆したのだが、この場合タカトシが正しいのか、それとも他の男子たちが正しいのかという問題が残ってしまうのだ。

 

「普通はあっちなんだろうがな」

 

「でも、私はタカトシがいいの」

 

「ありがとう」

 

 

 出会った時はこんなことになるなんて思わなかったけど、これからもタカトシと過ごしていこう。



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カエデEND

 高校を卒業し、私はお姉ちゃんのように一人暮らしをすることにした。といっても、実家からそれほど離れていない場所に部屋を借りたので、困ったことがあればすぐに実家を頼れるのだ。そして、卒業と同時に変わったことと言えば――

 

「遅れてごめんなさい」

 

「まだ時間前ですよ」

 

 

――タカトシ君と付き合い始めたことだろうか。

 風紀委員長だった手前、在学中はタカトシ君と付き合うことはできなかったが、卒業を期に告白をし、こうしてお付き合いを始めたのだ。

 私服姿のタカトシ君のことは何回も見たことがあったけども、こうして付き合ってから見直すと、改めてカッコいい人なのだと思い知る。

 

「今日はカエデさんの新しい雑貨とかを買いに行くんですよね?」

 

「こんなことにつき合わせちゃってごめんなさい」

 

「仕方ありませんよ。カエデさんは男性恐怖症なんですから」

 

「少しはマシになってきてます」

 

 

 タカトシ君が入学してきた当時は話すのも嫌だったけども、今はある程度の距離を保てば男性とも話すことができるまで改善されている。それでも、すぐそばを歩かれると意識を失いそうになるのだけども。

 

「まぁ、これからゆっくり治していけばいいと思いますよ。俺も手伝いますから」

 

「タカトシ君に関してだけなら、私はすでに男性恐怖症を克服してるんだけどね」

 

 

 握った手を掲げて見せ、笑顔でタカトシ君に宣言する。このように、タカトシ君相手なら手を握ることもできるし、この間はキ、キスだってしたのだ。これならば他の男性が大丈夫になる時も近いだろう。

 

「しかし、急激に大丈夫になるものでもないでしょうから、無理だけはしないでくださいね」

 

「分かってるわよ。それに、大学には大勢の男性もいるんだし、何時までもダメだと大学生活にも支障が出るでしょうし」

 

 

 大学にはタカトシ君がいないので、いざという時に頼る相手がいない。だからではないが、私はもうちょっと男性が大丈夫になりたいと以前より強く願うようになったのだ。

 

「俺としては、カエデさんが他の男性が大丈夫になると不安なのですが」

 

「どうして?」

 

 

 いったい何が不安だというのか。私がタカトシ君以外の男性が大丈夫になれば、こういったつまらない外出に誘われることもなくなるというのに。

 

「もしカエデさんが他の男性が大丈夫になって、俺以外の人を好きになったらと思うと」

 

「そんなことはないわよ。交流相手として大丈夫になったとしても、交際相手として大丈夫になるなんてことはあり得ませんから」

 

 

 そもそもタカトシ君以外の男性を異性として意識したことなんてないし、これからもないだろう。これは断言できる。

 

「そう言っていただけるのはありがたいのですが、俺もそこまで自分に自信があるわけではないですから」

 

「相変わらず、自己評価が低すぎですよ」

 

 

 誰がどう見てもカッコいいのに、タカトシ君はそれを自覚していない。あまり鼻にかけるのも嫌だけども、少しくらいは自信を持ってくれればいいのに。

 

「そういえばこの前、大学の友達に一緒に歩いているところを見られたみたいなの」

 

「そうなんですか?」

 

「うん。それで『男性恐怖症ってのは嘘で、他の男を寄せ付けないためだったんだね』って言われた」

 

「どういう意味です?」

 

「私にはタカトシ君って彼氏がいるから、他の男性なんて興味がないって意味だって思われちゃったみたい」

 

 

 あながち間違いではないのだけども、私の男性恐怖症は嘘ではなく本当だ。未だに店員が男性だと身構えてしまうし、肩がぶつかっただけで身震いがする。

 

「牽制だと思われた、ということですか。自分に近づいてきても無駄だと」

 

「かもね。それに『あんなカッコいい年上の男性と何処で知り合ったの』とも聞かれたんだけど――」

 

「年上?」

 

「私服姿だと、タカトシ君が後輩だって言っても信じてもらえないのよ」

 

「そんなに老けて見えますかね?」

 

「タカトシ君の場合、かなり大人びてるから。雰囲気だけじゃなくて見た目も」

 

 

 制服を着ていても高校生なのかと疑いたくなるくらいなのだから、私服姿なら尚更だろう。

 

「見た目は兎も角、中身は普通の高校生だと思うんですけど」

 

「いやぁ、タカトシ君が普通の高校生だったら、他の男子は高校生以下になっちゃうわよ」

 

「そうですかね?」

 

 

 タカトシ君は高校生の中でもかなり真面目な方だろう。本当かどうかは分からないけど、友達の話では男子高校生なんて厭らしいことしか考えてないとか言うし。タカトシ君はそんなことなく、むしろ天草さんや七条さんの方が厭らしいことを考えてたような気もするし。

 

「まぁ、俺もカエデさんと付き合い始めてから友達に『お前も異性に興味があったんだな』って言われましたし」

 

「タカトシ君の場合、あれだけ好意を向けてきている相手にも無関心を貫いてたから、そう思われちゃってたんだろうね」

 

「別に無関心ってわけじゃなかったんですけど」

 

「でも、今でもお誘いはあるんじゃない?」

 

 

 タカトシ君が靡くとは思わないけど、大学生になった私より、同じ高校に通ってる女子の方がいいんじゃないかと思ったりもする。

 

「前に誰かに言いましたが、そんな不誠実なことをするつもりはないですし、カエデさんにもその相手にも失礼ですよ、そんなこと」

 

「ほんと、真面目ね。タカトシ君も大学生になったら一人暮らしするんでしょ?」

 

「いきなりですね……まぁ、そのつもりですが」

 

「だったら、その時は――」

 

 

 私の提案は声になる前にタカトシ君に封じられた。いきなりのことで頭が混乱したが、誰も見ていなかったのが幸いだったかもしれない。



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ムツミEND

 高校最後の大会。この舞台を目指してずっとやってきたから、たどり着けただけで嬉しいのだけど、まさか決勝まで勝ち進めるとは思っていなかった。

 

「相手は星恍女学院の津田ハナヨさんか」

 

 

 柔道の天才少女である津田さんと、こんな舞台で勝負できるとは思っていなかった。いくら桜才の中では最強と言われていても、外に出たら私はここまで来られる実力ではなかったと自覚している。

 ではなぜここまで勝ち進むことができたのか。それはタカトシ君の存在が大きいんだろうな。

 

「主将、ここで勝てば全国制覇です。頑張ってくださいね」

 

「団体戦は残念だったけど、個人ならムツミも負けてないって」

 

「みんな、頑張ってくるね」

 

 

 控室で柔道部のみんなにエールを貰い、私は会場へ向かう。観客はかなりの数入っているのだけども、私がいてほしいと思っている人はすぐに見つかった。

 

「(タカトシ君、私頑張るから)」

 

 

 三年生になっても一緒のクラスだったことがきっかけで、私は自分の中にあるタカトシ君への想いが恋だと自覚して告白した。そして付き合うことになり、勉強面や栄養面だけでなく精神面でもタカトシ君に支えてもらえることとなり、その結果がこの大会だろう。

 

「お久しぶりですね、三葉さん」

 

「練習試合以来ですね」

 

 

 相手はすでに世界に挑戦している猛者。ひいき目に見ても私の勝率は三割あればいい方だろう。そう、私一人だったら。

 

「(タカトシ君が応援してくれている。それだけで普段以上の力が出せそう)」

 

 

 タカトシ君がいるから何とかなる。そう思えるようになってから私の身体は以前以上に動くようになり、強敵相手でも善戦することができるようになった。

 

「始め!」

 

 

 審判の合図でお互いに組み合い、そしてお互いの力を認識しあう。やっぱり、津田さんの方が強い。

 

「(でも、負けたくない)」

 

 

 タカトシ君と同じ苗字ということで必要以上にライバル視しているのかもしれないけど、それ以外にも負けたくないと思う気持ちがあるんだろうな。だって、せっかくここまで来たんだから、最後は勝ちたいし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局判定で負けてしまったが、それでも悔いがない試合ができた。

 

「三葉さん、お疲れ様」

 

「津田さん、おめでとう」

 

 

 表彰式が終わり、お互いの健闘をたたえあった後、私はタカトシ君に抱き着いて思いっきり泣いた。

 

「ゴメンタカトシ君、勝てなかった」

 

「お疲れ様。ムツミは頑張ってた」

 

「うん……」

 

 

 タカトシ君に名前を呼ばれるのはなんだか気恥ずかしいけど、改めて付き合ってるんだって実感できる。

 

「やっぱり強かったか」

 

「仕方ないよ。相手はすでに世界相手に戦ってるんだから。高校レベルの私じゃ歯が立たないよ」

 

「ムツミ、何時までも彼氏に慰めてもらってるのは良いけど、主将として挨拶して」

 

「あっ、うん」

 

 

 チリに呼ばれて、私は次期主将を指名するために一度タカトシ君から離れる。

 

「トッキー、来年はお願いね」

 

「分かりました、頑張ります」

 

 

 トッキーなら、私たちができなかった全国制覇を成し遂げてくれるだろう。私は自分の夢を後輩に託し、そしてチリたちとその場を去る。

 

「これで残る問題はムツミの学力だけだね」

 

「問題って?」

 

「だって、津田君と同じ大学に通うんでしょ? 今の学力じゃ到底無理だって」

 

「うっ!?」

 

 

 自分の学力がタカトシ君に遠く及ばないことは自覚している。それでもタカトシ君と同じ大学に通いたいという気持ちがあるのだ。チリの言うようにこれは問題だろう。

 

「で、でも三年になってからはそれなりに点数採れてるし」

 

「それなりじゃダメなことくらい、ムツミだって分かってるでしょ? 津田君は全教科満点なんだから」

 

「スズちゃんもだけど、どういう勉強してるんだろうね……」

 

 

 全ての教科で全ての問題を理解できるなんて、私にはできない。たぶん柔道の問題でもそんなことはできないだろう。

 

「とりあえず残りの期間はタカトシ君に付きっ切りで勉強教えてもらう」

 

「勉強って名目で他のことするんじゃないよ」

 

「他のこと?」

 

「こいつマジか……」

 

 

 なんだか呆れられたけど、とりあえず私は外で待っているタカトシ君の許へ急ぐ。

 

「お疲れ様、ムツミ」

 

「うん。これからは受験生として頑張る」

 

「それじゃあ、明日からウチで勉強を教えるから」

 

「た、タカトシ君の家で!?」

 

「別に俺がムツミの家に行くのでもいいけど」

 

「た、タカトシ君の家でお願い」

 

 

 どっちかの家に行くなんて、本当に付き合ってるんだな……てっきりタカトシ君は他の人と付き合うと思ってたから、いまだに緊張してしまう。

 

「それじゃあ、最低限の着替えと勉強道具を持ってきてくれ」

 

「着替え?」

 

「ムツミの学力だと、それくらいしても届かないかもしれないからな。少しでも無駄な時間を減らすために、夏休みの残りはウチに泊まって勉強してもらう」

 

「お、お泊り!? そ、それはもうちょっと大人になってからの方が……」

 

「? 何か勘違いしてるようだが、勉強だからな?」

 

「わ、分かってるよ」

 

 

 でも、男の子と同じ部屋でお泊りなんて、もっと先のことだと思ってた……

 

「タカトシ君」

 

「なんだ?」

 

「子供ができたらどうしよう」

 

「はぁ? ムツミは何を言ってるんだ?」

 

「だって、同じ部屋にお泊りして、キ、キスしちゃったりしたら」

 

「……保健体育も教えなきゃダメそうだな。俺もそれほど得意じゃないけど」

 

「何を――」

 

 

 言っているのと言おうとしたのだけども、タカトシ君にキスされて言えなかった。

 

「ムツミ」

 

「な、なに……」

 

「キスで子供はできない」

 

「えぇっ!?」

 

 

 今日一番大きな声が出た気がする……本当に、タカトシ君にはいろいろと教えてもらわないといけないみたい。



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マキEND

 中学時代はあまり交流のなかった人だけども、高校に入学してからはそれなりに付き合いがあった。と言ってもコトミの友人Aとしての認識だっただろう。それでも、先輩たちが生徒会を引退し、それに代わるように入った生徒会で親交を深め、私は津田先輩とお付き合いすることができた。

 付き合いだした当初はいろいろと言われたり、陰で妬まれたりしたけど、コトミやトッキーが居てくれたお陰で滅入ることなく高校生活を送れている。

 

「それにしても、本当にマキがお義姉ちゃんになるなんてね」

 

「気が早すぎる。私も津田先輩もまだ高校生だよ」

 

「でも、いずれはそうなるでしょ? タカ兄が選んだ相手だから、多分そこまでいくだろうし」

 

「まぁ兄貴だしな」

 

 

 コトミは兎も角、トッキーまでもがそんなことを言い出し、私は顔を赤くする。

 

「まぁマキにそのつもりがないなら、私がタカ兄にそう言っておくよ」

 

「そ、そんなこと言ってないでしょ!」

 

 

 私が大声で否定すると、コトミはニヤニヤと笑い出す。

 

「やっぱりマキも相当むっつりだよね。タカ兄との新婚生活を妄想しているんだから」

 

「今のは誘導尋問でしょうが!」

 

「引っかかった方が悪いんだよ」

 

 

 コトミに一本取られた気がして、私は釈然としない気分になる。

 

「あっ、津田会長」

 

 

 廊下に津田先輩の姿を見つけ、私は駆け寄る。津田先輩がこの教室に来る理由は私に用事かコトミが何かをやらかしたかのどちらかだが、明らかに私の顔を見て手招きしていたので生徒会の用事なんだろうと理解した。だって、個人的な用事なら携帯にメッセージが送られてくるから。

 

「八月一日さん、今日の生徒会活動は休止になった」

 

「そうなんですか? 何か問題でも?」

 

「スズの家の都合でね。振り替えで土曜日に登校してもらうことになるけど、大丈夫?」

 

「問題ありません」

 

 

 津田先輩は学校では私のことを苗字で呼ぶし、私も津田先輩としか呼ばない。そのことを不思議そうに見る生徒は少なくないけど、事情を知っているコトミやトッキーは何も言わない。

 

「相変わらず公私混同しない人だね」

 

「家では名前で呼んでるのにね」

 

「べ、別にいいでしょ」

 

「二人のいちゃいちゃを見せられる私の気持ちにもなってよ」

 

「見たくないのなら、コトミは部屋で勉強してなさい。これ以上津田先輩に迷惑かけるなら、私が容赦しないから」

 

「うへぇ……厳しいお義姉ちゃんができちゃったよ」

 

 

 コトミに釘を刺し、私は自分の席に戻る。そう、私たちは学校では以前の通りの付き合い方を続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り替えで土曜日に登校し、生徒会作業を終えた帰り道。私はロッカーに預けていた荷物を持ってタカトシさんと合流する。

 

「荷物、持つよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 今日はこのまま津田家へお泊り。両親にはコトミの家に泊まると言ってあるので問題はないし、嘘も吐いていない。ただ、目的がコトミではなくタカトシさんだということを除いては。

 

「マキは優秀だから助かる」

 

「タカトシさんの教え方が良いんですよ」

 

「教えたことをすぐに吸収してくれるから、こちらとしても気持ちよく教えられるからね」

 

 

 タカトシさんが比較対象として誰を思い浮かべているのか理解して、私は苦笑いを浮かべる。

 

「コトミと比べられても嬉しくないですよ」

 

「そうだろうね」

 

 

 タカトシさんも苦笑いを浮かべている。手のかかる妹だと思っているんだろうな。

 

「それにしても、まさかタカトシさんとお付き合いできるとは思っていませんでしたよ」

 

「そう? マキは前々から俺に好意を向けてくれていたじゃないか」

 

「好意というか、憧れというか、そんな曖昧な気持ちでしたけどね」

 

 

 初めて見たのは中学時代。サッカー部で活躍するタカトシさんを見て憧れ、そして高校で再会して自分の気持ちに気づいたという感じだ。

 

「まぁ、タカトシさんに出会う前にコトミと友達になっていたのがよかったのかもしれませんね。もし逆だったら、タカトシさん目当てでコトミに近づいたとか思われそうですし」

 

「誰もそんなこと思わないだろ」

 

「タカトシさんは、ご自分の人気を理解していなかったですからね」

 

 

 タカトシさんは中学時代から人気が高く、付き合いたいと思っている女子生徒は沢山いた。そして少しでも近づこうとコトミと仲良くする女子も。

 

「まぁ、コトミはあんな性格だから、邪な気持ちで近づいてきた相手とも仲良くなれるからな」

 

「良い意味で鈍感ですからね」

 

「まったくだ」

 

 

 二人して声を出して笑う。共通の話題がコトミというのもなんだか寂しいけど、こうしてタカトシさんと仲良くなれるきっかけをくれたコトミに、少し感謝してしまう。

 

「ただいま」

 

「お邪魔します」

 

 

 津田家へやってきたが、どうやらコトミは出かけているようだ。

 

「ちゃんと宿題はやったんだろうな……」

 

「まぁまぁ、夜に確認すればいいですよ」

 

 

 頼んでおいた洗濯物はしまってくれていると、タカトシさんはリビングに放りこまれている衣服を見てやれやれと肩を竦めて拾い出す。

 

「タカトシさん」

 

「何だ?」

 

 

 普段なら届かないけど、タカトシさんがかがんでいる今がチャンスと思い、私は自分の唇を彼の唇に重ねる。

 

「いきなりだな」

 

「だって、誰もいないって思ったらしたくなってしまいまして」

 

「マキは相変わらず甘えん坊だな」

 

「ダメでしたか?」

 

 

 厭らしい子だと思われたらどうしようと焦ったが、タカトシさんは笑顔で首を左右に振る。

 

「本当に嫌なら、気配が近づいてきた時点で止めてる」

 

「そうでしたね」

 

 

 タカトシさんは人の気配とか考えが読める人だ。私程度が近づいてきたらすぐに分かる。そのうえで受け入れてくれているのだ。

 

「タカトシさん」

 

「ん?」

 

「大好きです!」

 

 

 勢いよく抱き着き、そしてもう一度キスをする。これからもこんな時間が続くことを願って。



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カナEND

 高校を卒業して、大学に入学する。当然だがこの期間はすることがあまりない。勉強する必要もなければ、通学する必要もない。したがって私は今、彼氏の家でのんびりと過ごしている。

 

「まぁ、付き合う前から入り浸ってたんですけどね」

 

 

 タカ君とコトちゃんはまだ学校なので、私は三人分の洗濯物をしまいながら独り言ちる。

 

「まさか本当にコトちゃんの義姉になるなんて」

 

 

 遠縁になって義姉妹ごっこみたいなことはずっとしていたけど、本当にタカ君と付き合えるとは思っていなかった。だって、タカ君の周りには魅力的な女性が沢山いたから。

 

「ただいまー」

 

「コトちゃん、おかえりなさい」

 

「お義姉ちゃん、随分と暇そうだね」

 

「大学が始まるまでは暇を持て余してます」

 

 

 卒業してすぐにこの家にやってきてタカ君に告白、そして付き合うことになったのだが、タカ君は新生徒会長としていろいろと忙しい時期なのでまだデートはできていない。それでも、幸せだと思えるのはタカ君の彼女というステータスを手に入れたからかもしれない。

 

「タカ君は? 一緒じゃなかったの?」

 

「タカ兄は入学式の最終確認と新生徒会役員のマキにいろいろと教えてるのでもうちょっとかかりそうです」

 

「相変わらず忙しそうですね、タカ君は」

 

 

 畑さんが卒業したのでエッセイも終わりかなと思われていたのだが、新しい新聞部部長にも引き続きお願いされたらしく、タカ君が卒業するまでエッセイも継続されることになったらしい。

 

「そのせいでお義姉ちゃんとの時間が作れない、なんてことはないので大丈夫ですよ」

 

「まさかコトちゃんに心を読まれるとは……」

 

「私もこれでも成長しているんですよ」

 

「確かに。また胸も大きくなってる気がしますね」

 

「分かります?」

 

 

 コトちゃんの女子トークをしていたら、玄関から足音が近づいてくる。私はコトちゃんとの会話を打ち切って彼を出迎える。

 

「おかえりなさい、タカ君」

 

「ただいま、カナさん」

 

 

 付き合う前までは『義姉さん』だった呼び方も、彼女になってからは名前で呼んでもらえている。以前はある意味特別だからと思っていたが、やっぱりタカ君に名前で呼んでもらえるのは嬉しいです。

 

「タカ兄、おかえりー」

 

「コトミ、柔道部でミーティングがあるとか言ってなかったか? 参加したのか?」

 

「あっ……」

 

 

 やっぱりコトちゃんはコトちゃんのようで、慌てて学校へ戻っていった。

 

「あいつは……」

 

「相変わらずだね」

 

「いい加減しっかりしてもらいたいんですがね」

 

 

 タカ君が疲れ果てた顔で肩を竦めるので、私は優しく背中をさする。

 

「カナさんも大学が始まったら忙しくなるでしょうし、あいつの世話をする時間も取れなくなるでしょうし、俺がしっかり躾ておかないと」

 

「ほどほどにしてあげてね」

 

 

 もう一度肩を竦めてから、タカ君は表情を改めて私を見つめてくる。

 

「どうしたの?」

 

「カナさんは四月からどうするんですか? 一人暮らしするって感じじゃないですし」

 

「この家で本格的にお世話になります」

 

「は?」

 

「すでにお義母さんの許可も貰ってるし、ウチの両親もタカ君なら安心だって認めてくれてるよ」

 

「相変わらず人をのけ者にして話を進めないでください……」

 

 

 タカ君ならなんとなく察していただろうけども、それが事実だと思いたくなかったのだろう。私が本気だと分かると、さっきとは別の意味で肩を竦めた。

 

「それじゃあ、カナさんのものを買いに行きますか」

 

「そうだね。新生活に必要なもの、買いに行こう」

 

 

 一緒に買い物なんて何度も経験しているけど、付き合いだしてからはこれが初めて。いわゆる買い物デートになる。

 

「せっかくだから下着を新調しようかな」

 

「その辺はコトミと行ってください」

 

「彼氏に選んでもらいたいんだけど。いずれ見せることになるんだし、タカ君の好みの下着を着けていたいし」

 

「一応言っておきますが、俺はまだ高校生ですからね」

 

 

 そういうことはしないと言外に言われてしまったが、別に不満はない。タカ君がそういうことに積極的じゃないことは知っていますし、急に求められたら私の方が困惑しそうですし。

 

「それじゃあこれくらいは許してくださいね」

 

「なにを――」

 

 

 精一杯背伸びをしてタカ君にキスをする。気配で私が近づいていたのは分かっていただろうが、タカ君はそれをよけることなく受け入れてくれる。

 

「しちゃったね」

 

「不意打ちですね」

 

「だって、タカ君はキスしたことあるかもしれないけど、私は初めてだからやり方が分からなくて」

 

「俺がすけこましみたいに言わないでください」

 

「でも、キスしたことあるのは事実でしょ」

 

 

 少しすねた風を装うと、タカ君は少し呆れた顔をしてから私に近づいてくる。

 

「な、なんで――」

 

 

 今度はタカ君からキスをしてきた。しかもさっきより長く、優しく。

 

「これからはカナさんにしかしませんし、カナさんからしか受け付けませんよ」

 

「わ、分かればいいんです……」

 

 

 まだ身体に力が入らない私に手を差し出して立たせてくれる。

 

「タカ君、不意打ちはズルいです」

 

「さっきカナさんも不意打ちしたじゃないですか」

 

「タカ君は気配で分かるけど、私はそんなことできないんだから本当に不意打ちだったの」

 

「それはすみませんでした。次からはしていいか聞いてからすることにしますね」

 

「つ、次があるの?」

 

「さぁ、どうでしょうね」

 

 

 すっかり主導権を握られてしまっている気もしますが、タカ君相手ならそれも心地よい。これからもこんな風に付き合っていくんでしょうね。



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サクラEND

 私には高校時代から付き合っている彼氏がいる。初めて見た印象は私と同じようにツッコミを任されている人だったのだが、お互いを知っていく内に互いに惹かれあい、そしてどちらからともなく付き合うようになったのだ。

 彼と同じ大学に通う為に必死になって勉強し、大学に入ってからも彼に置いて行かれないように必死に勉強した。息抜きという名目で彼とデートに出かけたりもしたし、それなりに楽しかった大学生活も今日で終わり。明日から彼は社会人として新しいスタートを切ることになる。

 

「本当にいいのか?」

 

 

 何故彼だけが社会人としてのスタートを切るのかというと、私は彼と籍を入れて主婦としての新生活をスタートさせたいとお願いしたからだ。

 

「私が望んだんだし、タカトシ君の仕事なら私が働かなくても大丈夫でしょ? もちろん、家計が苦しいってなったら私もパートするけど」

 

「いや、サクラに苦しい生活をさせるつもりはないんだが」

 

「でも、弁護士って言ってもピンキリだから、信用を築くまで大変なんじゃない?」

 

「まぁ、最初の方は大変かもしれないが、それでもサクラにひもじい生活を強いるつもりはないから」

 

 

 同じ大学に通っていたとはいえ、学部は別。私は最初から弁護士なんて無理だと思っていたので違う学部に進学したのだが、出来る限り同じ講義を受けていたのでそれなりには分かる。これからタカトシ君が進もうとしている道が、どれほど険しいのかも。

 

「それにしても、まさか現役合格するなんて思ってなかったな」

 

「そうなの? 私は、タカトシ君なら問題ないって思ってたけど。大学でもトップの成績だったんだから」

 

 

 萩村さんは別の大学に進学し、早々に留学したらしいし、そもそも彼女は弁護士を目指していなかった。だから同学年の中でもタカトシ君はトップクラスで彼が合格できないならこの年代は誰も合格できないんじゃないかとすら言われていたらしい。それくらい彼の成績はすさまじかった。

 

「でもまぁ、新人弁護士がいきなり妻帯者って知られたらいろいろと面倒かもな」

 

「タカトシ君の容姿なら、誰も文句言わないと思うけど」

 

「そうか?」

 

「相変わらず自己評価が低いよね。成績然り、容姿然り」

 

「そんなつもりはないんだが……」

 

 

 高校時代からカッコよかったが、大学生になりさらに大人っぽさが加わりタカトシ君は大学内外問わず人気が高かった。その彼女である私には、いろいろと複雑な視線が向けられたりしていたのだが。

 

「兎に角、明日から弁護士としての第一歩を踏み出すわけだから、今日はゆっくりするか」

 

「晩御飯は私が作るよ」

 

「今日くらいは俺がやる」

 

「ダーメ。キッチンは女の戦場なんだから」

 

「いつの時代だよ……そもそも付き合ってた時は交代制だっただろ」

 

「もう彼女じゃなくて妻だから。だからダメ」

 

「分かったよ」

 

 

 タカトシ君の方が圧倒的に料理上手なのだが、働いてもらって家事までタカトシ君にしてもらうなんて、それは恥ずかしいことだと思う。それでは主婦ではなくニートじゃないかとすら思えてしまうから……

 

「数年は忙しいから手伝えないだろうが、落ち着いたら俺も手伝うからな」

 

「その時は素直に甘えるよ」

 

 

 こうして新婚初夜はいつも通りの雰囲気で過ぎて行った。これからはタカトシ君が忙しくなるのでこんなまったりはできないんだろうけども、私はしっかりとタカトシ君を支えていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五年後。タカトシ君はその容姿と相手の嘘を見抜くという技術であっという間に人気弁護士になり、今ではテレビでも活躍するまでになっている。それでもちゃんと家に帰ってきてくれているので、夫婦仲は良好といえるだろう。

 

「ただいま」

 

「あっ、おかえりなさい」

 

 

 今日もそれほど遅くない時間に帰ってきてくれる。勝手なイメージだが、弁護士はもの凄く忙しいから、こんな時間に帰ってこれないんだと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。

 

「そういえばサクラ」

 

「なに?」

 

「調子悪いとか言ってたが大丈夫なのか?」

 

 

 実は今朝、私は少し調子が悪かった。タカトシ君に心配かけたくないので黙っていたのだが、彼は人の心が読めるので隠し事はできない。

 

「……二ヶ月目です」

 

「何が?」

 

「私の胎内に、新しい同居人が住み始めて」

 

「……そうか」

 

 

 てっきり嬉しくないのかと思ったが、タカトシ君はゆっくりと私に近づいてきて抱きしめてくれた。

 

「ありがとう」

 

「どうしてお礼なの?」

 

「これからは俺も家事をするし、サクラが落ち着くまで仕事も減らす」

 

「そこまでしなくても大丈夫だよ。タカトシ君のことを必要としている人は沢山いるんだから。私が独占しちゃだめだって」

 

「俺が一番必要なのはサクラだからな。他の何を差し置いてでも、サクラのことだけは無碍にしない」

 

「あ、ありがとう」

 

 

 高校時代から数えて、もう十年以上の付き合いになるけど未だにこういうことを言われると照れてしまう。お互いに初彼氏、初彼女だったからなのかもしれないが、そういう経験が他にないのも慣れない理由なのかもしれない。

 

「でもタカトシ君。今でも十分早く帰ってきてくれてるんだから、無理に仕事減らさなくても大丈夫だよ」

 

「そうか? じゃあ、仕事は減らさないが作業速度は上げるとしよう」

 

「まだ頑張れるんだ……」

 

「サクラのためならな。それに、生まれてくる子のためにも」

 

「そうなんだ。それじゃあ、これからもよろしくね、お父さん」

 

「まだ早くないか?」

 

 

 私もそんな気がしていたが、これからはそう呼び合う仲になるんだなって、改めて私の中に宿った命に感謝しながら、タカトシ君と抱き合ったのだった。




個人ENDを八人分用意しました。これで終わりです。マキは最後怒涛に追い上げたなぁって印象ですね


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