終わった少女の英雄譚 (メーメル)
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若者の集いの方が似合ってるよ、君達

「あーっと……その、なんて言うか君たち引いてくれない?」

 

 午前4時。この時期ジョギングするにも少々早い、日が昇らない早朝に私は不審者に囲まれていた。いや、不審者って言う表現はあんまり正しくないかもしれない。不審者は不審者でも訓練された不審者だ。面構えが違うぜ……。

 半円状に私を見据える黒ローブの奴らを油断なく見渡しながら、どうしようかなーなんて考える。

 

「てかそんなおんなじ服着てたら誰が誰だか分かんなくない? 最近世界では『個人の尊重を~~』なんて叫ばれてるところだしさ、ほら、せっかくだから脱いだ脱いだ!」

 

「……」

 

 完全に無言で戦闘態勢に入る黒ローブ達。ひいふうみ……七かぁ。

 武器は短剣が四に、剣が一、針が一、そしてびっくり銃が一だ。『魔術』なんて物が発達したお陰で人間が直接どうこうしたほうが確実に殺傷性の上がる近代に、珍しすぎる代物。

 一昔前ならそこそこ──そこまで考えてはっとした。

 

「あ、君たちもしかして私が昔ぶっ潰した《ニィーリア》の──」

 

 ──爆発した。

 

 そう形容してもおかしくない程の速度と、練度。弾けるように一瞬で散開し、黒ローブたちは私を包囲する。

 

 空に二、右に二、左に二、前に一。念の為、針の奴を横目で追いながら私は懐から果物ナイフを取り出す。

 ……いや、別にこれ舐めてるとかじゃなくてマジでいまこれしかなくて──。

 

「おっと」

 

 初動はやっぱり針の奴。右手が震えたかと思うと、空気が割れるような音と共に細い刃が放たれる。

 

 ──多分、毒かな。

 

 空気を振り切る豪速の加速。爆弾が爆発するような音が鳴り、私は空へ飛び上がる。鼻先十センチを通り抜けて行くそれを見据え、既に私は後ろに舞い踊っていた。勿論、突貫なんて無茶な真似はしない。昔ならいざ知らず今は『すっごくつよい』が接頭辞に付く、ただの魔術師。

 昔の調子で動いたせいで、付加のかかった右足部分が痺れてることからそれは明白だった。

 

「『拍』」

 

 前の奴から放たれたのは、手に持つ剣とはまるで関係の無い『音響魔術』。かなりの熟練度だ。一息でそれを成した慣れに、仲間に被害を与えない精密性。込められた魔力は他の追随を許さない程に綿密に練られており、圧倒的な才能と努力を感じさせた。

 指向性を持ったそれが、秒速三百四十いくらの速度で私に迫り──。

 

「『拍』」

 

 ──なら私はそれを叩き潰そう。真っ正面から。一歩も引かず。ただの暴力でそれを踏み潰す。

 そして一瞬の内に二つの魔術はぶつかり合い、そして結果は明白だった。

 

「強い方が勝つ……まあ当たり前だよね」

 

 地面へ降り立つ。爆発的な反響音が私以外を襲っていた。耳鳴り目眩、そして物理的な衝撃波。大きすぎるそれは音の範疇に収まらない。

 

 轟音と暴音が鳴り響き、世界がヒビ割れる。

 

 風に煽られた埃のように黒ローブたちは吹っ飛んだ。勿論、本来ならこれが障害になるような奴らじゃない。受け身を取るか魔術で反撃をするか──次の瞬間には私が死んでてもおかしくない。

 だけどここからが音響魔術の強いところ。単なる衝撃波じゃないんだな、これが。

 

 目眩耳鳴り、吐き気に頭痛。さっき並べたのに合わせれば、ザッとこれだけ症状が出てくる。

 

 その証拠に、吹き飛んだ奴らは受け身も取れずに地面へ落ちて、あるいは壁へ激突し。

 もう見届ける必要はないか、とそこで見るのを止めた。うーんと背伸びをし、欠伸を──、

 

「ふわぁぁ……──ッ?!」

 

 それは長年の勘からだった。咄嗟に風魔術を使って体を吹き飛ばす。右への無理矢理の移動は、だが必要経費だった。真横を放り投げられた短剣が豪速で突っ切る。軽く頬に擦りそうな程の近さ。

 

 そして、ゆっくりと目を向けた先には、黒ローブたち。既に誰一人倒れ伏してはいなかった。どうやらギリギリまで気絶したふりでもしていたらしい。

 

「マジかぁ……君たち全員音響魔術の対抗完備してたの?」

 

 いやまぁそりゃそうか。よく考えたら当たり前の事ではある。

 

「音響魔術師が仲間にいたら対応しとくのは当たり前だよねー……いやヤバイなぁ、マジで忘れてきてる」

 

 戦い方を。戦術を。敵の覚悟を。そして何より──殺し方を。

 

 ジリジリと黒ローブたちが近づいてくる。詰るように接近してくる奴らに、思わず面倒さが先立つ。

 

 こう言う『読み合い』があるから嫌なんだ。そんなのは婚活が合コンでやっていろと叫びたくなる。

 

「多分君たちそこら辺の若者の集いに行ってきた方がよっぽど輝けると思うんだけど……どうかな?」

 

 そして、適当な事を口から発した瞬間──滑るように奴らは動いた。先程とまるっきり違う動き方。本当に戦闘のプロと言うのは嫌になる。

 こちとら『魔術師』で、本来戦闘を主とする職なんかじゃ無いのに、ここ最近はまるで戦闘職のような扱いを受けるのだ。

 

 右に三人左に一人、前から三人。訳が分からない。一体どんな意図があるのか、もう考えるのもだるくなる。

 

 そして、流れ動作で至近距離まで近付いて来た黒ローブたちを前に、私は振り上げられる剣を瞳に写しながら──ため息を吐いた。

 

「──『一閃』」

 

 パキリ、と。私が果物ナイフを振るったのと同時に、亀裂が入った。

 それは空気に。そして世界に。何より──黒ローブたちの首筋に。

 

「ふふふ、魔術師相手には一発魔術を当てられたら負けだと思うことだ……上手い奴なら大体その時に『マーキング』しとくからさ」

 

 ま、言っても遅いんだけど。

 

 片目を左手で覆い、最近話題の映画の真似をしながら私は音もなく地面へ崩れ落ちる黒ローブたちを見届けた。




いろいろと物理法則が違うのは……その、目を瞑ってください……。


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まだいたの? なんというか……粘り気凄いね

 ──パチ、パチと響き渡る音。

 

 それに、おお、という驚きと面倒くさいという感情をブレンドした、これまた何とも言えない表情を形作る。そして、果物ナイフを構えながら反転──

 

「『絶光(ブライト・ライト)』」

 

 ──魔術式を構成。果物ナイフに付与、定着。そして強化された肉体能力そのままに、全力でナイフを振るった。

 

 ギィイイイイ──、と薄気味の悪い音が奏でられた。それに目をしかめる。

 相殺したのだ。だけど、まあまあ不味い。以前ならなんともないスピードでの魔術式構成……なんだけど、今の私には結構な負担だった。右手に魔力を流す霊晶体(れいしょうたい)にズキズキと痛みが走る。

 光が晴れ始めると、私は果物ナイフを片手に正面に向いた。

 

「まだいたの? なんというか……粘り気凄いね、君。才能あるよ。ところで相談なんだけど、私の家に『頑固な油汚れ』っていうポストがあるんだけど、興味ない? ちなみに年中無休給料は応相談」

 

 そして目に入ったのは、金髪の女だった。聖職者のような服装に身を包み、腰に下げるのはまるで『勇者』を思い浮かべるような神々しい剣。

 彼女はニコニコとして笑みを浮かべていた。

 

「おや。相変わらずその軽口を叩く癖は治ってないみたいですね」

 

「軽口も年中無休なので」

 

「それは素晴らしいですね」

 

 軽口の応酬の最中、流れるように再び絶光。迸るそれに、私は余裕を()()()()()()()()()()()()()対応した。

 

「とっ」

 

 突き出した左手にそれが触れた瞬間、左手の霊晶体から直接魔力を放出──ぐしゃりと光が崩れた。そのまま、光の束が消えるまでそれを続けると、私はあんまりな脱力感に座り込みそうになりそうなのを堪える。

 今やるとやっぱクるな、これ。特にこの娘ほどの使い手だと。

 

 向こう側に見えるのは、少し目を見開いた女の姿。少し前傾姿勢だ。次は剣で攻撃でもしようとしていたのだろうが、当てが外れたので止まったのだろう。

 そりゃそうだ。昔の私なら例えどんな速度で斬りつけられたって問題はない。なんなら攻撃自体を()()()()()()にすら出来た。

 

 だから、私はまるでそれがまだ可能であるかのように振る舞う。残念そうな顔を形作る。

 

「うーん、うちの油汚れに光っけは求めないかなぁ。ごめんね! 不採用!」

 

 そして、少し呆然としていた彼女はどこかこの結果を噛みしめるように俯いた。

 多分、あっちも私が雑魚雑魚の雑魚になっていると予想していたんだろう。正解ではあるのだが、まあこちらの底は彼女には分からない。そして女は悲しそうに呟いた。

 

「……そう、ですか」

 

 なんかまるで油汚れに就職出来なかったことを悲しんでいるみたいだな、これ。顔は見えないが本当に泣いているみたいに見える。ちょっと罪悪感が出て来たぞ。

 

「まあまあ! 悲しまずに! ほら、うちにはまだ魔力灯とか抱き枕とかいろんな就職先があるよ!」

 

「あぁ、もう……相変わらず貴女は……。それで良いです。あてが外れたので私は帰ります」

 

 ショックから立ち直ったように彼女はふるふると頭を振ると、そしてくるりと後ろを向いた。

 

「ふふふ……私が君みたいな美人さんを見逃すとでも?」

 

 それを聞き、今度こそ彼女はしっかりと直るとこちらを一瞥した。

 

「見逃しますよ、だって貴女は私に負い目があるでしょう?」

 

「……む」

 

 そして、私が停止したその一瞬で彼女は滲むように消えた。転移魔術だ。どうやら相当なレベルに至っていたらしい。

 ……本気で戦ってたら負けてたかも。ふぅ、一安心だぜ。

 

 そして私は辺りになにもないことを悟ると、果物ナイフをしまう。このままだと空中を睨みつけてナイフを構えてる頭イっちゃってる人だからね。

 元々頭がイっちゃってる人とか言われてはいたが、流石にそこのプライドはあるのだ。

 

「……あっ、どうしようこの人達」

 

 そこで周りに散らばってるローブ達に気が付いた。死体だし、気軽に騎士に報告なんてしたら問題だ。どうしよう。

 

 そして、数分うーんと唸りながら悩み、思い付いた。

 

 

 ──そうだ。あの娘に任せよう。



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