転生先がBETAで頭脳級な私 (一般監視員)
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現在公開可能な情報
本作における世界の年表


大まかなものです。2周目の世界と違っている点がいくつか見受けられますが、それはやはり記憶が影響しているからです。


  ー 本世界におけるBETA襲来以降の大戦の年表 ー

 

ー1973年 

 

 BETA地球侵攻開始。中国新疆ウイグル自治区喀什(カシュガル)にBETAの着陸ユニットが落下。H01:甲1号目標(オリジナルハイヴ)の建設を開始。

    

 BETA群西進を開始。中国、航空戦力による掃討作戦を開始するも、光線級により航空戦力、制空権を喪失。自国の劣勢状況により国連軍の派遣を承認。中ソ国連の共同戦線が構築。しかし、戦局は好転せず、撤退を重ね戦術核をも用いた焦土戦術を展開。

    

 国連軍、月からの完全撤退を決定。第一次月面戦争終結。以降、月面はBETAの勢力下へ。

 

 オルタネイティヴ3発動

 

 

ー1974年 

 

 カナダ、サスカンチュアン州アサバスカにBETAユニット落着。米軍による戦略核の集中運用によりBETAは殲滅される。

 

 国連統計局がBETA大戦の影響により世界人口が約30%減少したことを報告。

 

 BETA、旧イラン領マシュハドにH02:甲2号目標(マシュハドハイヴ)建設開始。

 

ー1975年 

 

 BETA、ソ連領カザフスタン州にH03:甲3号目標(ウラリスクハイヴ)建設開始。

 

 ソ連、首都機能をハバロフスクへ移設。

 

 米国、HI-MAERF計画を開始。

    

ー1976年 

 

 BETA、ユーラシア大陸北進を開始。

 

 ソ連領ヴェリスクにH04:甲4号目標(ヴェリスクハイヴ)、ミンスクにH05:甲5号目標(ミンスクハイヴ)の建設開始。

 

 日本、曙計画始動。

 

 BETA、西進とまらず、ウラル以西へ侵入開始。ソ連北西部までを勢力下とし、ソ連領バルバシ湖にH06:甲6号目標(エキバストゥズハイヴ)を建設開始。

 

ー1977年 

 

 世界各国でオルタネイティヴ計画誘致の動きが活発化。

 

 オルタネイティブ3の実証実験開始。

 

 日本、中国大陸における劣勢を鑑み、衛士訓練の充実を目的とした教育基本法改正を行う。

 

ー1978年 

  

 東ドイツ、絶望的な戦況から内部不満が暴発し、NVA(東ドイツ国家人民軍)が主導するクーデター未遂事件、月光の夜(モントリヒトナハト)事件が発生。

 

 欧州、ミンスクハイヴの攻略を目的としたバレオロゴス作戦を開始。2か月に渡り激戦を繰り広げ、ソ連軍は投入した戦力のほとんどを喪失するも、ハイヴ内の観測情報、ヴォールクデータを人類へもたらす。

 

 BETA、ユーラシア北西部、及び中東において2正面大規模侵攻開始。疲弊しきっていたソ連軍は対抗するすべもなく壊滅。中東諸国も一斉反攻作戦を開始するも、BETAの戦略的活動により失敗。戦線の押し上げに失敗し、大損害を出す結果となる。

 

 日本、曙計画終了。第一世代戦術機の運用にかかわる基礎技術の習得を完了する。

 

 

ー1979年 

 

 米国、サンタフェ計画開始。

 

 国連、バンクーバー協定発効。

  

 欧州、悪化する戦況を打開するべく、英・独・仏の第3世代戦術機共同開発計画、ECTSF(European Combat Tactical Surface Fighter)計画開始。

 

 ソ連、米国にアラスカ売却を打診。米国は検討を開始。

 

ー1980年 

 

 米国、LWTSE計画始動。

 

 日本、中国大陸における人的損耗率を鑑み、帝国議会が陸軍戦力の再編と増強を決定。徴兵制度復活。

 

ー1981年 

 

 BETA、北極圏へ侵攻開始。

 

 78年の大規模侵攻からの回復が間に合っていない中ソ・欧州連合軍は北欧の一部地域に放棄を決定。防衛ラインの再構築を行う。

 

 BETA、スカンジナビア半島に侵入開始。フィンランド領ロヴァニエエミにH08:甲8号目標(ロヴァニエミハイヴ)建設開始。

 

 欧州、文明・民間人をアフリカ、東南アジア、南米へ脱出させるダンケルク作戦を発動。1984年まで続く。

 

 米国、ATDP計画開始。

 

 日本、82式瑞鶴(F-4J)の配備を開始。また、同時に次世代の完全国産戦術機の開発を目的とした国産次世代機開発研究機構が設立。

 

ー1982年 

 

 米国、極東地域におけるソ連軍の戦況を考慮し、ソ連のアラスカ租借を議会が承認。

 

 ユーコン基地、国連の支配下へ。

 

ー1983年 

 

 欧州、ポーランドに展開するBETAの撃退とそれによる戦局の好転を目的とした国連軍、米国軍、欧州連合軍、ワルシャワ条約機構軍による4軍合同の一大反攻作戦、海王星(ネプトゥーン)作戦開始。しかし、戦局は好転せず。

 

 欧州連合軍、河川地形を活かした地帯戦術へ切り替えるも、奮闘むなしくベルリン陥落。

 

 米国、ATSF計画開始。

 

 日本、耀光計画開始。

 

 欧州、EU本部をロンドンへ移転。

 

 BETA、小規模な南進を開始。

 

ー1984年 

 

 BETA、小規模侵攻停止。数日後、カシュガル由来のBETAによる大規模な南進を開始。

 

 インド亜大陸軍、ヒマラヤ山脈を盾とし、東南アジア諸国と連携。10年間続く地獄の防衛線が開始される。

 

 BETA、イラク領アンバールにH09:甲9号目標(アンバールハイヴ)の建設開始。石油資源の不足が問題化。

 

 BETA、ソ連領エヴェンキ自治管区ノギンスクにH10:甲10号目標(ノギンスクハイヴ)建設開始。

 

 日本、非炭素系疑似生命の基礎研究開始。

 

 ソ連、MFPTI計画始動。

 

ー1985年 

 

 BETA、ハンガリー領ブダペストにH11:甲11号目標(ブダペストハイヴ)建設開始。これ以降、BETAの欧州侵攻が激化。

 

 ソ連、国家機関機能のアラスカ転移が完了。

 

 欧州、BETA侵攻の激化に伴い、西独、仏が相次いで陥落。パリ攻防、ダンケルク撤退戦に続き、英国本土防衛線が開始。

    

 BETA、極東方面への侵攻再開。

   

 極東方面におけるBETA侵攻の激化に伴い、アジア、中国、台湾が対BETA共闘条約に締結。統一中華戦線が誕生。

 

 日本、極東戦域における戦況を考慮し、本土防衛計画の立案開始。また、帝国本土防衛軍を創設。

 

ー1986年 

 

 BETA、フランス領ローヌ県リヨンにH12:甲12号目標(リヨンハイヴ)建設開始。これ以降イベリア半島方面への侵攻が激化。

 

 日本、琵琶湖運河の浚渫工事開始。また、インド亜大陸の戦局悪化に伴い、国連の打診を受けていた本格的な大陸派兵の検討開始。

 

ー1987年 

 

 欧州、BETAの西進に対抗しきれず、欧州各国政府が英国、及びアイルランドへ避難。

 

 米国、五次元効果爆弾、通称G弾の起爆実験に成功。それに伴い、HI-MAERF計画は中止。

 

 国連、日本帝国、及びオーストラリアが常任理事国へ。

 

 日本、日本本土防衛計画に基づき、衛士の育成を主眼においた教育基本法の全面改訂を実施。義務教育課程の切り捨て、大学の学部統廃合が行われる。

 

ー1988年 

 

 米国、国連にG弾の限定的運用によるBETA一掃を狙う次期オルタネイティヴ計画案を提示。

 

 香月夕呼、因果律量子論の検証を始める。

 

ー1989年 

 

 国連、米国の次期オルタネイティヴ計画の不採用を決定。

 

 BETA、中東、アラビア半島への大規模侵攻開始。

 

 香月夕呼、神宮寺まりも帝国陸軍大学付属白陵高等学校入学。

 

ー1990年 

 

 BETA、インド領ボパールにH13:甲13号目標(ボパールハイヴ)建設開始。これ以降、カシュガルのBETA群も東進を開始。極東戦域がより激化。また、兵士級BETAが初めて確認される。

   

 日本、悪化する戦局を鑑み、ついに大陸への本格的な派兵を決定。大陸派遣軍を創設。

 

 香月夕呼、天才的な頭脳を評価され、帝国大学・応用量子物理学研究室へ編入が認められる。

 

ー1991年 

 

 米国、G弾の実用化に成功。

  

 米国、DRTSF計画開始。

 

 日本、飛鳥計画始動。

 

ー1992年 

 

 BETAの急激な東進により中国領敦煌にH14:甲14号目標(敦煌ハイヴ)、ソ連領クラスノヤルスクにH15:甲15号目標(クラスノヤルスクハイヴ)が建設開始される。

 

 神宮寺まりも帝国陸軍衛士訓練予備学校入校。

 

 印度、ボパールハイヴの攻略を目的としたインド亜大陸反攻作戦・スワラージ作戦発動。

 

 中国、敦煌ハイヴから漏れ出た大規模BETA群が南シナ海方面へ侵攻したことから統一中華戦線、帝国大陸派遣軍及び、韓国、ベトナム義勇軍が重慶防衛線を構築。必死の遅滞戦闘を行うも、数年にわたり続いている遅滞作戦の疲弊がたまっていた部隊が多く、年明をまたずに戦線は崩壊。

 

 BETA、年末には中国領重慶を勢力下へ、H16:甲16号目標(重慶ハイヴ)の建設開始。

 

ー1993年 

 統一中華戦線、九一六作戦で戦局の好転を図るも、被害を拡大させるに終わり、核を用いた撤退戦へ。本作戦に神宮寺まりもも中隊長として参加。中隊は全滅し、神宮寺まりも、死の8分を超える。

 

 BETAの南進激化。年末、インド亜大陸を完全占領。

 

ー1994年 

 

 南進を進めていたBETA群が東進を開始。極東戦域における戦闘が更に激化。

 

 日本、戦局の激化に伴い、更なる戦力の増強を決定。帝国議会で徴兵年齢の引き下げを柱とした法案可決。学徒志願兵の動員も開始。

 

 神宮寺まりも、教導隊へ転属。

 

 日本、94式戦術歩行機「不知火」配備開始。

 

 国連、オルタネイティヴ4予備計画招集。

 

 香月夕呼、国連に招聘され因果律量子論の検証を進める。  

 

ー1995年 

 

 国連、オルタネイティヴ4に日本案の採用を決定。オルタネイティヴ3を接収へ。オルタネイティブ第四計画は帝国大学に所属する香月夕呼博士の案が採用される。

 

 日本、オルタネイティヴ4の招致決定に伴い、さらに多くの帝国軍施設を国連へ開放。

 

 香月夕呼、オルタネイティヴ4の総責任者へ就任。

 

 神宮寺まりも、オルタネイティヴ4の予備計画に編入。

 

 国連統計局、世界人口がBETA大戦前と比較し、約45%まで減少したと報告。

 

 日本、18歳以上の未婚女性を徴兵対象とする修正法案可決。

 

欧州、EF-2000の試験運用開始。

 

ー1996年 

 

 伊隅みちる、旧訓練校入校。

 

 東南アジア、大東亜連合を設立。

 

 国連、プロミネンス計画始動。

 

 日本、日本本土防衛計画に基づき、北九州に対し第2種避難勧告を発令。

 

 日本、男性の徴兵年齢の更なる引き下げを盛り込んだ修正法案を帝国議会で可決。事実上の学徒動員が行われる。

 

 中東、アラビア戦域においてついに戦線が崩壊。およそ10年に渡り防衛線を繰り広げたアラビア半島がBETAの占領下へ。それに伴い防衛線をスエズへ移行。

 

ー1997年 

 

 欧米、ダイダロス計画成功。蛇遣い座バーナード星系に適合度AAの地球型系外惑星を発見。これに伴い、米国はユーラシア各国の主張に配慮し、系外惑星への避難を加えた次期オルタネイティヴ計画修正案を提出。

 

 国連、オルタネイティヴ5予備計画が米国案に確定

 

 AL5、ラグランジュ点での巨大宇宙船計画がスタートする。

    

 篁唯依、山百合女子訓練学校へ入校。

 

 AL4、オルタネイティヴ第四計画直属の特殊任務部隊としてA-01連隊発足。

 

 日本、97式 吹雪を配備

 

ー1998年 

 

 日本、朝鮮半島撤退支援作戦・光州作戦発動。国連軍と大東亜連合軍の朝鮮半島撤退支援を目的とした作戦。後に光州作戦の悲劇と呼ばれる彩峰中将事件が発生する。

     

 速瀬水月、涼宮遥、鳴海孝之。旧訓練校に入校。

 

 日本、晩春に重慶ハイヴから東進したBETAが日本上陸。北九州を始めとする日本海沿岸に上陸し、日本本土防衛計画も失敗。わずか一週間で九州・中国・四国地方に侵攻。犠牲者3600万人、日本人口の30%が犠牲となる。

 

 日本、近畿・東海地方に避難命令。2500万人が大移動を開始する。

 

 日本、京都防衛戦開始。およそ1か月に及ぶ防衛戦もむなしく、7月25日、京都陥落。首都は東京へ。なおもBETAの東進は続き、大陸から大規模BETA群が佐渡島へ侵攻。9月11日、佐渡島陥落。

 

 BETA、佐渡島にH21:甲21号目標(佐渡島ハイヴ)を建設開始。それに伴い、長野県付近でBETAの侵攻が停滞。

 

 米国、佐渡島陥落に伴い、日米安全保障条約を一方的に破棄。在日米軍撤退へ。

 

 日本、首都機能をさらに仙台へ移設開始。

 

 国連、オルタネイティヴ4本拠地を共に仙台への移設を開始。白陵基地の衛士訓練学校も同様の措置が採られる。

 

 BETA、東進再開。首都圏まで侵攻し、西関東が制圧下に 帝国軍白陵基地壊滅。

 

 BETA群は帝都直前で謎の転進。伊豆半島を南下した後に進撃が停滞、以降は多摩川を挟んでの膠着状態となり、24時間体制の間引き作戦が続く。

 

 BETA、横浜にH22:甲22号目標(横浜ハイヴ)を建設開始。

 

 香月夕呼博士、国連に横浜ハイヴ攻略作戦を提案。国連司令部は即時承認。大東亜連合に参戦を打診。

 

 日本、帝国議会が女性の徴兵対象年齢を16歳まで引き下げる修正法案を可決。

 

ー1999年 

 

 鳴海孝之、A-01配属。

    

 宗像美冴、入校。

 

 伊隅みちる、A-01中隊長就任。

 

 国連、本州奪還作戦・明星作戦を開始。

 

 作戦開始日当日、08:05、米軍が日本帝国、大東亜連合への事前通告なしに二発のG弾を使用。多くの戦死者が発生する事態となる。

 

 人類史上初ハイヴの奪還に成功。

 

 香月夕呼博士、国連に横浜基地の建設を要請。オルタネイティヴ4の本拠地として、横浜ハイヴ跡地上に国連軍基地の建設を要請。国連は即時承認。横浜基地建設着工と同時に国連軍司令部は米軍に即時撤退命令を下す。

 

ー2000年 

 

 日米共同戦術機開発計画、XFJ計画が帝国議会で承認。

 

 日本、帝国斯衛軍に純国産00式第三世代戦術機「武御雷」配備開始。

 

 欧州、EF-2000の配備開始。

 

 宗像美冴、A-01配属。

 

 風間祷子、入校。

 

ー2001年 

 

 国連横浜基地、実稼働開始。

 

 BETA、新潟上陸。

 

 風間祷子、A-01配属。

 

 御剣冥夜、榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫、鎧衣美琴、涼宮茜、柏木晴子入校。

 

 香月夕呼、00ユニット理論を完成させる。

 

 「私」が頭脳級へと転生する。

 

 香月夕呼、完全人型のBETAを初めて確認する。同時にBETAと初の対話を行う。

    



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本作に関連する設定【ネタバレ可能性含】

※本作における登場人物、文章中の用語の設定等を公開していきます。
 BETAの種類や説明に関しては新種(独自設定によりつくられたもの)のみ最新話に対応して随時更新予定です。
 設定公開にあたって、多少のネタバレのようなものを含みますが、ご理解したうえでお読みください。


 ー 主要な登場人物に関する情報 ー

 

【私(横浜ハイヴ頭脳級)】

 本作における主人公、女性。転生者。

 神から与えられた能力は「想像したものを生成できる」というもの。使い勝手はそこまでわるくない。

 両親と共に住んでいたが、大学合格により上京。そして、大学に通っていたが、事故により死亡。Muv-Luvの世界へ。

 大学ではプログラマーになりたかったこと、そして、前々から興味がある分野であったことからシステム情報学を専攻予定だった。

 BETA、頭脳級として転生した後は、上司であるあ号標的から「炭素系知的生命体に関する情報収集と、白銀武との接触」という特別指令を受け、活動を開始。

 元々、ノベルゲーが好きで、Muv-LuvはExtraからTDAに至るまで、全てをプレイ済。推しのキャラクターはThe Euro Frontで登場したイルフリーデ・フォン・フォイルナー少尉。

 自分の目的達成のためには努力を惜しまず、行動力はあるが、思惑はよく外れる。大学受験の失敗には彼女の性格も影響。

 人間としての心とBETAとしての義務が混同し、混乱することも多々あるようだが、それでも人として生きた自分を忘れたくないと考えている。

 

 

【宗谷晴海】

 人間として活動するために「私」が作り出した体。

 髪は白っぽいロング、目は紅い。身長が低く、すこし細いことから容姿はさながら少女となっている。「私」はこのキャラを作るために1日中、キャラメイクを行った。見た目とは裏腹に、その体は訓練された兵士と一対一で戦わせても余裕で勝てるほどの身体能力を保持している。現在、言語プラグインと感情プラグインの導入が検討されているが、感情プラグインの導入、もとい、開発は難航しており実装予定はない。

 

 

【神様】

 本作が始まる原因をつくった張本人。

 自分で自分のことを高く評価する癖がある。

 転生した後の主人公に一度接触したあとは、全ての関係を断った。

 

 

【上司(重頭脳級、あ号標的)】

 主人公が「上司」と呼ぶ。

 以前の記憶を保持し、その記憶をもとに災害(人類の反攻作戦)の予防策を事前に練り、多くの災害を早期に対処することに成功した。また、佐渡島、横浜ハイヴを持つ日本に対し、警戒感を持つととともに、「炭素系知的生命体」が存在する可能性を視野に入れ始めている。

 自身が満足に動けない立場であるため、現在活動量が低下している横浜ハイヴ(私)に命令を下し、自身に必要な情報の調査を命じ、そのための支援は惜しまない。

 主人公のことは高く評価するに至ってはいるが、それを伝えることはせず、権限の強化や拡大を信頼の証として表現している。

 創造主の命令を受け採掘作業を行っているものの、その創造主から返信がいまだ来ない。そのため、連絡を取ろうと試み続けているのだが、未だにうまくいっていない。

 

 

【香月夕呼】

 Muv-Luvの主要キャラクター。

 以前の記憶を保持し、オルタネイティヴ第四計画にも早期に関与。00ユニットの理論に関しても、全てをまとめ終えている。性格は原作通り。

 記憶を持っていると知った時から行動を開始し、武が現れたときに万全の態勢を整え驚かせようとしている。

 主人公との初邂逅において、話を重ねるうちに主人公の性格をいち早く察し、話の主導権を握ることに成功している。

 神宮寺まりもとの出会いは、前の世界で起きた事故のこともあり、後ろめたさを隠せなかった。また、多少なりとも前の世界での自身の行為に後ろめたさを感じているため、まりもの曖昧になっている記憶について語ることを避けている。

 

【神宮寺まりも】

 Muv-Luvの主要キャラクター

 以前の記憶を保持していたが、最初は現実味がある夢としか思っていなかった。九一六作戦において、自身の夢が前の記憶であると理解するに至る。

 香月夕呼との関係は前の世界と同じように良好であり、直属の部下に近い形でまりもを管理している。

 前の記憶が途中から曖昧になっていることに違和感を持ち、夕呼や教え子である伊隅などに話を聞こうとするが、はぐらかされている。

 

 

【伊隅みちる】

 Muv-Luvの主要キャラクター

 以前の記憶を保持してはいたものの、それがこの世界で起きうるのか確信を持てず、本当のことを周りにも言い出せずにいた。しかし、訓練兵の時の事故は彼女の中の悔いの一つであったことから、事前に事故を防ごうと尽力し、実際に防ぐことには成功した。しかし、衛士になった後に起きる不幸を防ぎきることはできず、結果、記憶と同じ道をたどることも多かった。

 前の記憶を思い出すにつれて彼女の信念はより固くなっていった。とりわけ、まりもに対する敬愛の念は前の世界よりも強くなった。自身が守り切れなかったこと、そして、自分の成長を見てほしかった彼女にとって、まりもの死は大きかった。

 「これ以上誰も死なせない、私も最後まで生き残る」という確たる信念をもとにこの世界で生きることを決めた。

 

 

 ー 本作における独自開発用語 ー

 

【偽装坑道】

 偽装横坑や偽装縦坑のように出入口が偽装され、地上まで掘り進められたもの。ハイヴ地下からの隠し出入口である。BETAになった「私」が初めてその存在を確認し、そう名付けた。




この用語は?この設定は?などあれば随時質問をお寄せください。
公開可能な状況であれば公開していきます。


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本編
第0話 プロローグ


 気軽に趣味で書いていきます。本編改変は当然起きますのでご了承ください。
 
 なお主はBETA視点のSSが欲しかったから書いているだけです。BETAがイメージと違ったり、無理やり設定ねじ込んでも怒らないでください!

 では前置きはこの辺にして、これからよろしくお願いします。


 ー 2021年 東京都渋谷区 スクランブル交差点 ー

 

 陰鬱な小雨が降っている。ぽつと雨が顔に触った。

 

 アスファルトの地面にできる水たまりは赤く染まっている。

 

 体に力が入らない。

 

 直前の記憶といえば、交差点を渡ろうとしたら乗用車が赤信号なのに突っ込んできて……。

 

 考えるのもつかれてきた……。

 

 目を開けているのも疲れて……。

 

 

 その日のテレビでは渋谷の交差点で老人がのる乗用車が女子大生を撥ねたことがニュースで流れた。

 

 

 ー あの世? ー

 

 ほのかに暖かい空間で私は目を覚ました。

 

「ここ……どこ…?」

 

 体を起こして周囲を見渡しても何もない。ただ白い空間ともいえる場所だった。

 

「お目覚めになったかな?」

 

 突然、背後から声がして私はびくっとしながら後ろに振り向いた。

 立っていたのは長くて白い髭を生やした老人だった。そして何となく察した。

 

「もしかして、ここって…。天国?」

 

 老人は申し訳なさそうな顔をしてこくりとうなずいた。

 

「実は運転中の老人の寿命を誤って短くしてしまってな。そのせいで多くの人を撥ねさせてしまったのじゃ」

 

 ぼうっとしていた頭が徐々にはっきりとしてくる。

 

(本屋によって、趣味の小説を買って…。確か家に帰る途中で…。)

 

 そして自分はあの交差点で事故にあった。突然のことであったためいまだに理解が及んでいない。

 

「せっかく頑張って勉強して…。キャンパスライフを楽しもうと…していたのに…。」

 

 肩をガクリと落とす。あまりの悲しさに涙も出ない。

 

「本当に申し訳ないのじゃ…。そこでじゃ。お主には何かしてやろうと思ってな。ここに呼び出したのじゃ。」

 

 老人は最初は申し訳なさそうにしていたのに話し始めたら急に調子が良くなった。私はその態度も気に食わなかったし、なにより1浪してでも入った第一希望の大学でキャンパスライフを送れなかったこと。両親に何も恩返しができなかったことなども重なり、不貞腐れてしまった。

 

 老人は次々と何かを話しているが、私はただうなずいて聞いているふりをしていた。もう声すら聴きたくなかった。

 

 

 それからしばらくして…

 

「というわけでじゃ。お主の希望をかなえてやったぞ。後はその世界で転生してのんびりしてもらうというわけじゃ」

 

 「転生」という単語に私は思わず「はぁ!?」という声を出してしまった。

 

「な、何をそんなに驚いておるんじゃ。お主もうなずいていただろうに。ともあれじゃ。もう準備は整った故、その世界に送るぞ」

 

 そういうと神様は手に持った杖を振り上げた。

 

「ちょっとまって!さっきの話何も聞いてなくt…」

 

 私はそう言い切る前に目の前が暗転してしまった。

 

(転生なんて聞いてないし、そんなの…。)

 

 そこで私は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




できるだけ投稿頻度は落とさずに書いていきたいですが、時折シナリオに困ってしまい遅れる可能性もあります。

何とか完結はさせたいと考えていますのでよろしくお願いします!


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第1話 転生先は...。

書き溜めておいた分は載せていきます。

ではどうぞ。


 ー ???年 謎の場所 ー

 

『聞こえるか……。応答せよ……』

 頭なの中に声が響く。機械的で温かみのない声。

 

『聞こえるか……。応答せよ……』

 

 意識が徐々にはっきりとしてくる。しかし、周囲はよく見えない。

 

『聞こえるか……。応答せよ……』

 

 頭の中に響き続ける声にうんざりしながらも、何とか返答をしようと試みる。

 

『返答……。認識……』

 

 思ったように言葉がでなかったものの、返答はできたはずだ。

 

『応答確認……。上位存在より……。命令……。情報収集……。実行せよ……』

 

(上位存在?どこかで聞いたことがあるような……?)

 

 聞きなれたような単語を聞き首をかしげる(首をかしげているかすらわからないが)

 

『命令……。了解……。実行……』

 

 そしてやはり言葉がうまく出ない。というよりも決められた言葉以外話せないような感じである。ともあれ、情報収集といわれても周囲の確認すら行えていないのでなにもできない。というか、何の情報を集めるのか、自分の状況すらわかっていないのだが。

 

(なんとかして、状況を確かめないと……)

 

 まったくわからない自分の体?を何とか動かそうと試行錯誤を繰り返す。

 

(体が動かないっ!というか目を開けることさえできないんだけど!?)

 

 悪戦苦闘しながら、しばらくして……。徐々に視界がはっきりとするようになってきた。

 

(見えてきた、見えてきた。周囲の様子は……。金属質な建物の中?なのかな?エレベータみたいなものや……。ここって……?)

 

 周囲の様子が見えてもいまいち自分のいる状況がよくわからない。そしてもう一つ不信に思うことがあった。

 

(なんか、私視点の位置高くない?)

 

 人にしては明らかに見ている視点の位置が高いのだ。自分の体は一体どうなっているのか。そう思い自身の体を見るように視点を動かすのだが……。

 

(これって……。これって……)

 

 体が震える。

 

 

 

(BETAじゃぁぁあん!?しかも、頭脳級ッ!?)

 

 

 

 前世でめちゃくちゃプレイしたMuv-Luv。その世界にでてくる頭脳級BETAと同じ姿をしている自分に驚くを通り越してむしろ興奮している。

 

(つまり、この世界ってMuv-Luvの世界ってこと!?でもなんでBETAに生まれ変わんないといけないのよぉ!)

 

 あまりのショックに頭を抱えてしまう(頭があるかすらわからない)。そのため、怒りがあらわになるにつれて、自身の体が徐々に光を帯びていることに気が付かなかった。

 

 

 ビーーッ!ビーーーッ!

 

 突如建物内に警報音が鳴り響いた。

 

(え!?何!?何が起こったの!?)

 

 突然の警報音にびくっとなる。下を見ると銃を持った兵士たちが慌ただしく動いているのが見えた。そして……。

 

(あ……。あれって……)

 

 人類がBETAと戦うために生み出した二足歩行の兵器。

 

(戦術機だ!F-15Eの国連仕様!!本物を見れるなんて!!)

 

 自分が駆逐対象であるBETAであることも忘れてゲーム内でしか見たことのない戦術機にさらに興奮が高まっていく。そしてふと我に返る。

 

(でも待って……。戦術機がここにいるってことは……。私を殺しに来てる!?)

 

 自分の状況を改めて考えると、頭脳級であるはずの自分がこの建物の中にいるという事実はつまり実験されているということに他ならなかった。

 

(まずいまずいまずい!何とかしてこの光を消さないと!!)

 

 自身の体が帯びている光を抑えるために悪戦苦闘する。が私は何を思ったのか猛獣から隠れるように息をとめた。

 

(ガクガクブルブル……。ガクガクブルブル……)

 

 興奮状態が恐怖に変わっていく。それに応じて体の光も徐々に収まっていく。

 

(ガクガクブルブル……。ガクガクブルブル……)

 

 しかし、殺される可能性は否定できない。私はただ震えて時間がたつことと殺されないことを祈るしかできなかった。

 

 

 

 どのくらいたったのかはわからないが、しばらくして警報音は収まり、兵士たちも撤収していった。

 

(た、助かった……)

 

 私は腰が抜けてしまった(腰があるかはわからない)。

 

 すると上の監視スペースらしきところに白衣を着た女性とウサギの耳をつけた少女が歩いてくる。

 

(ん?あの姿ってもしかして……。やっぱりそうだ!香月先生と霞ちゃんだ!)

 

 Muv-Luvの中における主要キャラクター香月夕呼と社霞を目の前にして再び興奮しそうになるも、先の教訓を活かし平常心を保つ。こちらを見て何かを話しているようだが、聞き取ることはできなかった。

 

(待てよ……。あの二人がいるってことは……。ここは横浜基地!?)

 

 再認識した。自分は横浜基地の地下にいるのだ。そう横浜ハイヴの頭脳級。反応炉として捕獲されているということを。

 

(確か霞ちゃんって人の心を読み取れるんだっけ……。ってまずい!今心の中を読まれたら私!!)

 

 慌てて無の極致へと至る。受験中勉強中にゲームをしたい欲求を抑えるために鍛えた特技が役に立った。間に合ったかどうかはわからないが、少なくとも向こうで驚いているような様子はない。

 

(間に合った……。のかな……?)

 

 しばらくして、香月先生と霞ちゃんはどこかへ行ってしまった。私は一安心する。しかし、こんな体で毎日この生活を送り続けるのはあまりにも寂しいしなにより……。

 

(退屈すぎるっ!せっかくMuv-Luvの世界にきたのにこんなのって……)

 

 落胆する私。すると……

 

『ほっほっほっ。どうじゃ、転生先の世界は』

 

 聞いたことのある老人の声が脳内に響く。

 

『っ!その声はあの爺!』

 

 忘れもしない。私をこの世界に送り込んだ張本人であるあの老人だ。

 

『今お主と脳内世界で話しておる。そちらの体とは別の空間じゃ』

 

(器用なことするなぁ……)

 

『どうじゃ?お主が望んだ世界じゃ。うれしかろう』

 

 老人がうんうんと頷きながら調子よさそうに話している様子が浮かんだ。

 

『Muv-Luvの世界に転生することすら聞いてない!何よりBETAで転生させるなんて!』

 

 私は怒りをぶつける。Muv-Luvの世界というだけでも転生先といえば難易度高なのによりにもよってBETAに転生させたことに。

 

『そして喜べ!お主が望んだとおり主人公たちは3周目!記憶もしっかり整えておいたぞ!』

 

『は?』

 

 老人の言ったことに耳を疑った。

 

『3周目?』

 

『3周目じゃ』

 

 唖然とした。

 

(原作でも最強クラスな白銀たちが3周目……。しかも記憶持ち……)

 

『あっ、そうじゃ。もちろんお主がBETAである以上。お前の上司も記憶を引き継いでおいたぞ』

 

 私が思考放棄するには十分だった。

 

(あ号標的が上司?しかも記憶引き継いで……?)

 

『どうじゃ、わしにしては中々のサービスだったじゃろ』

 

 調子よく話す老人。いや、じじいに私の怒りは吹っ切れた。

 

『いい加減にしてよ!わけもわからず殺されて!話を聞いてなかったのはこっちかもしんないけどさ!転生先の説明もよくされずに転生させられて!しかもBETA!前世が人なら人にさせてよ!それに……』

 

 

 

 めちゃくちゃ不満を爆発させた。この後しばらく老人に説教に近い形でお話は続いた。

 

『そ、そんなに怒らんでも……『怒らずにいられるかぁ!』』

 

 ひとしきり不満をぶつけた後私は息を荒げながらも少しずつ落ち着いていく。

 

『こんなんじゃまともな生活すらできないよ……』

 

 私は崩れ落ち、頭を垂らす。

 

『そ、そんなにか……。それは申し訳ない……』

 

 

 何とも言えない空気がその場を取り巻いた。

 

 

 

『わしの非でもあるが、お主が話を聞いておかないことにも非はある。そうじゃろ?』

 

 老人の言葉はごもっともだった。私は小さくうなずいた。

 

『そこでじゃ、お主には想像したものをある程度生成できるような能力を与えておく。それさえあれば多少はましじゃろうて。わしといえども世界に大きな変更を追加するのは難しいのじゃ』

 

 もらえるものは何でももらっておきたかった。この世界から逃れられないことは確実であると思ったから。

 

『ありがとう……。ございます……』

 

 感謝はした。しかし恨みを晴らすまではいかない。

 

『さて、転生後の様子を見に来ただけじゃったが、今後この世界にわしは関与できんくなる。何か聞いておくことはあるか』

 

 もう会えなくなる。どこか寂しいような感じがしたが心残りといえばある。

 

『両親に……。育ててくれてありがとうって……。伝えてほしいです……』

 

 大学に通わせるまで頑張って支えてくれた母と父。何も親孝行できずに死んでしまったことは唯一の大きな心残りだった。

 

『よかろう。何とかして伝えておこう。ではさらばじゃ。お主に幸あれ』

 

 そう言い残すと老人は消えていった。それと同時に私の意識も世界へと戻った。

 

(この世界でいきるしかないなら……。とことん生きてやる!私流で!)

 

 Muv-Luvの世界。滅びゆく人類。記憶持ちの主人公たち。そして、上司!なんでもこい!なんとしてでも私は生き延びる。あらゆる手を使ってでも。




とりあえず第一話です。

プロローグの延長みたいな形になりましたが、今後は本編に絡んでいくと思われます。

ではまた次回。


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第2話 BETAとして

 ー ???年 横浜ハイヴ ー

 

 神から与えられた能力を試すべく私は奮闘していた。

 

(ていうかそもそも体というか、手というか、足というか頭脳級だからもともとないんだけどっ!)

 

 しかしどうにも想像したものを生成するという感じが分からない。生成とはどのように行えばいいのか。素材は?費用は?生成場所は?

 BETAは確かにハイヴにおいて製造を行い、それを出していたはずではあるのだが、その方法さえ分からないでいた。

 

(はぁ…。早速ピンチだ……。)

 

 頭を抱えていると不意に頭の中に機械的な声が響く。

 

『上位存在が問う。調査状況を報告せよ』

 

 上位存在こと上司、人類からはあ号標的と呼ばれている。確かに原作でも機械的な声だったけどあれは霞ちゃんの声だったのだが。あ号が知りたがっていることは自然と頭が理解する。これがBETAの情報共有能力というかそれに近いものなのだろう。すなわち、それは炭素系生命体が実際にそんざいしうるのかどうか、そして、識別名「オレ」または「白銀武」などと呼ばれるものに関する情報である。あ号は創造主の命令を絶対としながらも、独自の診断プログラムにより報告を行うための情報を集めているようだ。

 

(やっぱり、前の記憶引きずってるんだろうなぁ…。)

 

『報告…。特になし…。現在、生成過程に不備…。指示求む…。』

 

 ダメもとで聞いてみることにした。そもそもハイヴの管理者である頭脳級ならばもともとBETAを製造しているはずだ。そういった能力も備わっているはず。そこに近い形で私の能力も活かせるのではないかそう考えたからである。

 

『不備に関する報告。詳細を…。』

 

(よかった!乗ってくれた!)

 

『報告。原因不明。製造過程の確認希望...。』

 

 原因は分からないということにした(本当にわからないからね)。そもそも、私がこの頭脳級に転移するまでは前の頭脳級の中身?がいたはずであるし、本来ならば上司に頼るのではなく、命令のまま動けばいいだけのはずなのだが…。

 

『診断中……。原因判明。記憶媒体に異常。修理中…。』

 

(ん?記憶媒体に異常?いったいどういう…。というか修理って何!?確かにBETAは生命体ではなくて採掘機械みたいなものだけどっ!)

 

『修理完了…。状態報告せよ。』

 

 「修理完了」この声と同時に私の中に今までこのハイヴが蓄えてきた莫大な情報が記憶という形で流れ込んできた。日本における坑道の掘り進め具合、他ハイヴにおける災害対処情報、各資源の詳細、活動BETA数などである。その中にはもちろん私が求めていたハイヴにおけるBETAの製造方法(マニュアル)も含まれていたのだが.....

 

(まさか、この記憶って…ッ!)

 

 そう、横浜の人々を捕縛し、実験に使う。兵士級が次々と人々を食らっている様子。そして、Muv-Luvの原作をプレイした私にとっても嫌なシーンの一つである。白銀武の幼馴染、鏡純夏の人体研究の情報もである。炭素配列に関する情報とはなっているが、私からすれば体の作られ方、筋肉の位置、臓器の位置など具合が悪くなるようなものばかりだった。しかし、なぜか罪悪感や嫌悪感といったものはわいてこなかった。おそらくBETAである以上こうした感情すらもたないのだ。

 

『修理完了…。状態報告せよ。』

 

 情報の量や衝撃の大きさのあまり呆けてしまった私は上司への返答を忘れてしまっていた。

 

(やばいやばい!)

 

『報告…。異常なし…。』

 

『了解。次…。指令…。現時点より命令系統準1位に昇格。構築開始せよ…。』

 

(命令系統準1位?なにそれ……)

 

 そう思った次にはすでに情報が流れてきた。現在のBETAの命令系統は創造主(最上位)からの命令を上司ことあ号(第1位)が受信し、各ハイヴの頭脳級(第2位)の命令が下り、各採掘に回るBETA(第3位)が頭脳級の命令を直接受ける形になっている。命令系統準1位とはあ号の次に位置するということであり、ここには各ハイヴのように命令には従いながらもある程度の命令権を持つというものであるようだ。

 昇格理由としては、ハイヴの命令系統の再構築、および強化を目的とするほか、情報収集任務の特異性を評価したとなっている。

 

(上司も前の記憶をもとに少しずつ変わってきてるってことかな…。て、そうなったらもっと人類が死んじゃうじゃん!)

 

 BETAである以上人類の心配をすることはもってのほかであるのだが、元々人である以上中々に難しい。

 

『指令受諾。任務開始…。』

 

『以上…。終了…。』

 

 上司との定期連絡が終わった後、私は記憶の中にあるBETAの製造方法を確認した。BETAは基本的にG元素をもとに製造をする形をとっており、地下で製造されるようだ兵士級の製造方法は……見なかったことにしよう。他にも変わったものとして、要塞級はBETAを液状に溶かしたものを括り付け、それを現地で3Dプリンターのように製造することもできるようだがこれには制限が多いようだ。なにはともあれ、これで製造方法が分かった。

 

(問題は手持ちのG元素の量なんだよねぇ…。)

 

 手持ちのG元素の量は多くない。反応炉でわずかな資源をもとに少量を生産しているものの捕獲された際に大半のG元素は持っていかれてしまったためだ。そのため、重光線級などは作ることすらままならないほどの量しかなかった。

 

(マニュアル方式で製造できるのは見やすいし親切だけど、この量じゃ作れる個体はほぼないし…。資源を確保しようにも…。そもそも既存のBETAじゃ調査前に殺されてしまうのがオチだし…。こうなったら新しいタイプのBETAを作ろう!)

 

 低価格で高品質、人間から見られても怪しまれないようなBETAを作れば問題ないと考え、作業を開始する。

 

(……。といっても考えて想像していくだけなんだけどね…。)

 

 人間から見ても怪しまれないのは小動物もありかと思ったが、そもそも調査するとなると無理そうだったので却下。やはり人型を作ることにした。といっても兵士級のような見た目ではなく、本当に人間そっくりにすることにした。

 

(身長は…。前世の私が高身長でのっぽってバカにされたし、少し抑え目で…。体重はまぁ普通よりかはほんの少しやせ気味にして…。髪色は…。え、黒とかないじゃん!白に近いものだけかぁ…。)

 

 いざ考え始めると前世でプレイしていたMMORPGのキャラメイクのようで少し楽しかった。あーだこーだと考えながら微調整を繰り返し、おかしなところがないかをチェックしながら作業を続けた。

 

 

 

 そうこうしてしばらく時間がたったころ……。

 

 

 

(できたーーーっ!完璧っーー!)

 

 私は想像の中でまとまった完全人型BETAを早速、生成することにした。いざ生成をしようとするとどうやら型番を入れなくてはいけないようなのだ。

 

(型番って…。やっぱり機械的にまとめられて制御されてるんだなぁ…。)

 

 人の名前にすると上司から怪しく思われそうなので、あえて型番らしくした。

 

(個体名は…。【人型少女Type1】っと。それでは生成してみようかな)

 

 生成を開始してみると実際に見ているわけではないのだが、徐々に組みあがっていくのが分かる。これが能力を使用している時の感覚なのかはわからないが、なんとなくわかるのだ。【人型少女Type1】、以降【1式】と呼ぶことにした。見た目の特徴としては髪は灰色に近い白で身長は大体150くらいにした。性別ベースはもちろん女性で胸は…。小さいのに大きかったら違和感があるし年齢相応ということにした。

 

(これがBETAなんですって言われても…。わかるわけないよね…。)

 

 見た目は完全に人間の少女であり、皮膚や内臓に関しても記憶をもとに忠実に作られている。ただ一つの問題は排泄器官が再現不可能であったことだった。なぜならば胃液を再現することが難しかったため失敗し、要塞級の溶解液を利用しているためすべて溶かし切ってしまうためだ。

 

(まあ、排泄なんて…。淑女のたしなみではないですわ!)

 

 顔を赤らめて自分が考えていたことを恥じる(顔があるかはわからない)。

 

 あとはこの娘を使って調査をするだけだと思ったのだが一つ重要なことを忘れていた。よくよく考えれば今までのBETAに調査させるのでは根本的に詳しい調査などできるわけがない。という理由でこの娘を作ったのだが、既存BETAのAI(行動パターン)を搭載しては元も子もない。

 

(新しいAI作っちゃおうかな…。でもAIは決められた行動しかとれなくなっちゃうし…。不測の事態に対応するためにも調査はやっぱり私が行くべきだよね…。それになにより……。私だってMuv-Luvの世界をたのしみたいもん!)

 

 正直不安も多かった。もしばれれば拘束されて実験……。ほぼ殺されるのは確実であったからだ。それに主人公である武とどう接触すればいいのかすらもわからなかった。しかし、そんな不安よりも自身の欲望が勝ち、彼女はこの娘に移りたいと考えた。

 

(さて、問題は…。この娘に私が移るにはどうすればいいのかなんだけど…。んー…。何かいい案はないものか…。)

 

 その時、私に稲妻走る!

 

(私もBETAである以上、頭脳級にだってCPUとかAIとかそれに近いのが私ってことだよね…。ということはそれをこの娘に移植すれば…。いや、遠隔操作に近い形を維持できるようにAIを改造して複製、移植すればいいんじゃない!?そうすれば安全にかつほぼ自分自身で旅をできるはず!)

 

 自分の不安と欲望を同時に解決できる素晴らしい発想であると、自らに感心した。この後、早速作業に取り掛かったのだが……。

 

(見事に爆散っ!こんなの難しすぎる!)

 

 自身のAIを複製するまでにあまりにも時間がかかりすぎた。複製には成功したもののここに遠隔操作可能なシステムを搭載する改造、そして移植までのことを作業をした後改めて考えると、気が遠くなるようだった。

 

(やっぱり、何かほかにないかなぁ…。せめて複製したこのAIでなんとか私の願望をぉ…。前の世界だったら大事なデータどうしてたかなぁ…。)

 

 自分のことを前世における大事な推しの画像データに置き換え何かないかと考える。そうでもしないと、もうさきがないように思えたからだ。

 

(USBにコピー…。それって今やった複製と同じだし…。何か…。)

 

 その時、私に再び稲妻走る!

 

(バックアップを取ればいいんじゃない!そうすればもし片方が失われてもなんとかなるんじゃ!)

 

 私はこう考えた。複製したデータをこの娘に埋め込みこちらに私を移して行動を行う。メインのデータはそのまま頭脳級に残し、複製データにエラーまたは不具合が起きた場合に私が自動的にメインに戻るといった具合のシステムである。お出かけ先で得た情報は随時頭脳級に更新するようにすれば、記憶の補填もうまくいくはずであると思ったのだ。

 

(こうしちゃいられない!今すぐ作業に取り掛かるぞ!)

 

 この時の私は前世でキャンパスライフを始めた初日に劣らないくらい生き生きとしていた。すくなくとも第三者から見ればそれ以上に見えたかもしれないが…。

 

 しばらくして、私はこの娘に複製し、少しだけ改造したAIを搭載した。改造したのは主に言語関係だ。今のままだと片言過ぎて完全に怪しい娘になってしまうと思ったからである。そして、この娘で活動するにあたって必要になるであろう設定を考えることにした。

 

(名前は…。日本名でつけるとして…。)

 

 私は前世でよく読んでいた小説から名前を引っ張ることにした。

 

【名前は、宗谷晴海(そうやはるみ)。横浜生まれ。年齢17歳。国連軍にて活動中。両親は既に他界。】

 

 ということにした。国連軍にて活動ということにしたため、制服も事前にサイズを合わせて生成した。肩章にはYokohama Baseという文字を刻んでおいた。いざ着せてみると中々の似合いようだ。

 

(うんうん、いい感じ!こうじゃなきゃねぇ。)

 

 そして、横浜基地のデータベースにアクセスした。頭脳級である私にとってすればこの基地のアクセスはパスワードがパソコンの画面に貼られているようなものである。この能力にはさすがの私も驚いたのだが....。アクセスした後に、私のデータを登録した。こうしておけば基地内においても怪しまれることはないはずだ。

 

(よし、後はこの子をどうやって生成して基地に侵入させるかなんだけど...。)

 

 この娘を出現させられるのはあくまでハイヴ内なのだが、ほとんどの個所は既に監視の目が置かれており厳しい。そのため私は計画を練ることにした。その概要はこうだ。

 

 1,巡回中の兵士の近くで死角になりうるところに私と兵士級x1を召喚

 

 2,兵士級に私を追いかけさせ、私は襲われているように見させる。

 

 3,兵士たちに救出され、後は基地内に侵入完了!

 

 といった、即興で考えた計画である。データベースに登録されている以上怪しまれるようなことはないだろうからこれで行けると思っていた。そう、思っていたのである。

 

 まさか、あんな事になるなんて....。

 

 

 

 

 ー 横浜基地 副指令室 ー

 

「社、反応炉から何か読み取ることはできた?」

 

 夕呼が霞に問いかける。

 

「いえ、何も。わかりませんでした…。」

 

 霞が夕呼を見ながらそう答える。

 夕呼は「そう..」とだけ言うと、机の資料に目をやる。資料には極秘の文字とともに、横浜ハイヴの反応炉における急激な覚醒反応についてその状況が事細かに書かれていた。

 

(前はこんなこと起きなかったのに…。これがループしてきたことによる影響の一つなのかしら?)

 

 夕呼は天井を見上げる。

 

(白銀が来る前だというのに…。私は前の記憶を保持している…。今のうちに前と変わっていることはないか細かく調べないと…。)

 

 夕呼はほぼ出来上がりに近い形でまとまっている00ユニットの理論を空いた手でまとめ、机の中にしまうと「社、来なさい」と言って霞を連れて部屋をでた。

 

 

 



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第3話 侵入成功ですか!?

今回少し長いかもしれません。



P.S 基本的な戦闘描写は今回の書式で書いていきますが、何かおかしい点や意見ありましたらコメントお寄せください。


 ー ???年 横浜ハイヴ ー

 

 ハイヴ内を巡回する兵士をとらえた。作戦通りに私と兵士級x1を召喚する。後は襲われたふりをして兵士たちのもとに走ればいいのだ…。ハイヴは私の体の一部といっても過言ではない。この作戦は成功する!はずだったのだが…。

 

(いや、ハイヴの広さ舐めてたわ…。)

 

 私、いや宗谷晴海はハイヴの中で座り込んでいた。晴海の脳内にはハイヴ内で動く兵士などあらゆるものを確認できるマップが広げられていた。

 

(確かに巡回中の兵士見つけたよ!?そして近くに沸いたはずだったんだよ!?そしたら兵士さんたち急に反転していっちゃうからあわてて追いかけたらなんか二つに分かれてるし慌ててたからマップ読み違えちゃうし!)

 

 隣にいる兵士級が私を食べてきそうで怖いという気持ちはない。むしろなぜか愛情すらわいてきてしまう。自分で生み出した存在は晴海もしかり、兵士級もしかりなぜか子供のように思えてしまった。

 

(何とかして基地に侵入しなきゃいけないのに…。こんなんじゃダメダメだよぉ…。)

 

 この体を再度しまうこともできるのか試そうとしたがどうやら無理らしい。だがこの広さを徒歩で侵入口まで行くのは厳しすぎる。

 

「兵士級さん。背中に乗せてとりあえずハイヴの反応炉付近まで行ってもらえますか」

 

 私はわざわざ口に出す必要はないのだが、兵士級にお願い(命令)をする。兵士級は私を掴みあげるとそのままのそのそと動き出した。

 

(いや、この状態怖すぎでしょ!食べられはしないけども!両手でつかんでただ移動なんて恥ずかしすぎます!)

 

 兵士級に乗るといっても肩車する形になってしまうし、戦車級と違って4足歩行ではないから背中に乗るといったこともできない以上こうなるのは仕方なかったのだが、私にとってはこの状態は何とも言い難いものだった。

 

(ま、まあとりあえずこのまま送って行ってもらえば…。)

 

 そう思った矢先、進んでいた坑道の先からジェット機のような音が聞こえだした。

 

(ま、まさかこのジェットエンジンの音は…。)

 

 嫌な予感は的中してしまった。まさかまさかである。戦術機が2機こちらに向かって飛んできているのを私は確認した。

 

(油断したっ!マップ確認するの忘れてたぁぁぁぁぁあ!)

 

 私が見ているマップにいくら戦術機が映っても警報音が鳴るわけでもないし、気にすることすら忘れていたがマップにははっきりと映っていた。

 

「兵士級さん!とりあえず、逃げて!逃げてくださいいぃぃぃ!」

 

 私は悲鳴にも近い声でお願いをした。しかし、兵士級が戦術機から逃れられるわけもない。見る見るうちに距離を詰められていく。

 

(まずいまずいまずいまずい!計画は完璧だったはずなのに!?どうして戦術機が!?もしかして、霞ちゃんにすでに思考がリーディングされてすべてばれてた!?巡回中の兵士さんもおとり!?そんなことがっ!)

 

 脳内で考えが巡り巡るがそんなことはお構いなしに戦術機は近づいてくる。そして更なる最悪がおきた。そう、この坑道完全な行き止まりなのである。完全に逃げ場を失ってしまった。自分の体の一部で迷子になってしまったのである。

 

「お、終わった…。」ガクリ

 

 私はあまりの絶望にそのまま気を失ってしまった…。

 

 

 

 ー 横浜基地 ー

 

 早朝、コーヒーを片手に反応炉の監視を続けていた隊員がレーダーに映ったBETA反応を確認した。

 

「ハイヴ内にBETA反応!かなり大きいです!種別不明!」

 

 指令室に緊張が走る。オペレーターは自分たちの持ち場に走り、基地内に警報が鳴り響く。

 

《ハイヴ内に巨大なBETA反応確認!現時刻をもって基地の警戒レベルをデフコン4からデフコン2へ移行!繰り替えす!ハイヴ内に巨大なBETA反応確認!現時刻をもって基地の警戒レベルをデフコン4からデフコン2へ移行!≫

 

 早朝の基地に警報音とアナウンスが絶え間なく鳴り響く。そうこうしているうちに、指令室に夕呼と霞が入室してくる。

 

「香月副指令!「涼宮!敬礼はいいわ。状況を!」は、はい!」

 

 CP将校である涼宮が入室した夕呼に説明を開始するためモニターを映す。

 

「先ほど、反応炉の監視担当の隊員からハイヴ内にて巨大なBETA反応があると報告がありました。指令室でも反応を確認済みです。なお、種別は不明ですが一時的に要塞級以上の反応の大きさを見せたとの報告が…。」

 

 夕呼は涼宮の報告に一つの疑問をもった。

 

「涼宮、一時的とはどういうこと?」

 

「はい、反応が巨大になったり微小になったりを繰り返しており、故障の可能性も視野にいれるべきなのではと…。」

 

 夕呼は余計に不安になった。反応炉の急な覚醒状態に続き今回のような場合がおきたからである。ループによる影響が表れているとすれば油断は大敵だった。

 

「伊隅たちはどう?今すぐでれるの?」

 

 焦りを隠せない声で涼宮に問いただす。

 

「それが...。昨日から順次、戦術機の大規模メンテナンスが行われており出撃可能な隊員は伊隅大尉と速瀬中尉の2機のみです。」

 

 夕呼は迷った。2機のみで不安要素に送り込むのは危険すぎると思った。しかし、現在の国連基地で不測の事態かつ、規模が分からない敵と戦えるのは伊隅ヴァルキリーズしかいないと理解していたからだ。

 

「涼宮。すぐに伊隅たちに向かわせなさい。「し、しかし2機だけで」命令よ!出撃させなさい!」

 

 涼宮が言いたいことは既に理解していた夕呼は八つ当たり気味に涼宮へ命令を下す。涼宮は「り、了解!」とだけ言うとすぐに連絡を取り始めた。

 

(明らかに前とは違う…!白銀の時もここまで顕著には表れなかったはずなのに…!)

 

 かすかに震える夕呼の白衣を霞がそっとつかむ。まるで落ち次いてと言わんばかりに霞は夕呼を見上げている。

 

「社…。私としたことが焦りすぎているわね…。」

 

 夕呼はすこし落ち着きを取り戻した。

 

 

 

 ー 横浜ハイヴ ー

 

《CP、こちらヴァルキリー1。ヴァルキリー2と共にハイヴ内に到着。これより状況を開始する。》

 

《CP了解。BETAの現在地点はリアルタイムで送信中。現場まで油断せずに向かってください》

 

《ヴァルキリー1了解。》

 

《ヴァルキリー2了解。》

 

 連絡を終え、伊隅と速瀬は行動を開始する。目的地は戦術マップに表示されているBETA反応だ。

 

《速瀬、さっき連絡のあった通りだ。目標は不明。激しい戦闘になるかもな》

 

 そういう伊隅の声は少し震えていた。顔を見るに少し不安といったところだ。

 

《大尉、油断しないことは大切ですけど、し過ぎも禁物ですよ》

 

 そういう速瀬の声は伊隅を元気づけるかのように少し調子づいた様子だ。しかし、そういう速瀬の顔にも緊張している様子が見て取れた。

 未知の敵にたった2機で向かう。BETA相手であればなおさら、分からないことほど怖いことはなかった。出撃する際にも宗像や風間など、他の隊員たちからも心配はされたが、その時は問題ないとしか言わなかった。不安にさせないためにも。

 

《香月よ。二人とも聞こえている?》

 

 ()()()()()!?

 

 突然の夕呼の声に二人は驚いた。

 

《ハイヴ全域に避難指示は出して、すでにハイヴ内には人ひとりいないわ。いるものは全て敵だと思いなさい。》

 

()()()

 

《それと…。》

 

 夕呼の声が詰まる。二人はどうしたものかと思ったが。

 

《もしあなたたちが敵わないと分かったのならすぐに逃げなさい。その際の責任は私がとるから》

 

《副指令っ!》

 

《それはっ!》

 

 二人は夕呼の命令に驚いた。敵前逃亡は軍規においても厳罰とされているのに、それを許すと夕呼が許可し、その責任すらとるといったからだ。

 

《貴方たちはここで死んでいいような人材じゃない。それは貴方たち自身がよくわかっているはずよ》

 

 二人は唾をのんだ。ループする前の記憶を思い出し、これから起きる作戦を十分に理解していた。

 

《連絡したかったのはそれだけ。もちろん、貴方たちが討ち取ってきてもいいのよ?》

 

 夕呼のいたずら心が含まれた声に伊隅はふっと笑みを浮かべ、速瀬はにぃっと笑った。

 

《もちろんBETAは《討ち取ってきてやりますよ!》》

 

 二人の返答に夕呼は《期待しているわ》とだけ返し、無線機を涼宮に返す。

 

(司令が会議で出張しているというときにどうして……。本当に何事もなければいいのだけど…。)

 

 

 

 

 その後も目的地に向けて戦術機を飛ばし続ける二人だったが、道中にはBETA一匹も現れなかった。逆に不安ではあったが、目的地には徐々に近づきつつある。何も起きなければあと5分もすれば接触するほどだった。

 

《速瀬、もう一度36㎜を確認しておけ。何かあってからでは遅いからな》

 

 伊隅は自身の36㎜を再度確認しながら、早瀬にも促す。

 

《大丈夫です。私にはこの長刀がありますからね!》

 

 伊隅はそういうと、納刀してある長刀を抜刀する。

 

《CPよりヴァルキリーへ。まもなく標的と接敵します。警戒してください。》

 

 涼宮の声に力が入る。何が現れるかはわからない。そんな緊張した雰囲気が指令室や伊隅、早瀬の間にも流れる。そして、まもなく、戦術機のセンサーがBETAの反応をとらえた。

 

《こちらヴァルキリー1!標的を補足!兵士級1のみのようだが?》

 

 伊隅の報告に指令室には安堵するような空気が流れた。兵士級であれば戦術機が倒されるわけはないからである。しかし、続く速瀬の報告にその雰囲気は再び緊張した雰囲気に戻される。

 

《大尉!よく見てください!あいつ隊員を捕まえていませんか!?》

 

《何っ!?》

 

 伊隅が兵士級をもう一度確認すると両手で国連の女性隊員を捕まえていた。

 

《ヴァルキリー1よりCP!目標は隊員1名を拘束している!至急、防疫班と医療班の用意を!》

 

 伊隅に前の記憶がふと呼び起こされる。尊敬していた自分の師が目の前で食われていく情景と重なった。

 

(ッ……!)

 

 速瀬は伊隅のバイタルが僅かに変動していたのを見逃さなかった。

 

《大尉!落ち着いて!》

 

 伊隅はハッとした。見たところ彼女はまだ怪我をしている様子はない。BETAが何を考えているかは分からないが、今ならまだ間に合う!伊隅は余計な考えを振り払った。

 

《速瀬!36㎜では彼女も危険だ!長刀で奴の頭を切り落とし動きを止めるしかない!》

 

《任せてください!!》

 

 伊隅の指示に速瀬は待ってましたと言わんばかりに長刀を構える。そして、さらに戦術機を加速させ、兵士級が反応する暇すら与えずに頭を切り落とした。兵士級の動きが僅かに止まったもののまだ動く様子があったため、伊隅が長刀で兵士級の体を串刺しにする。兵士級は動かなくなり、捕まえていた隊員を放した。

 

《速瀬!周囲にBETA反応は!?》

 

《確認できません!CP!そちらでもBETAの反応は!?》

 

《こちらでも確認できません。BETA反応消失。状況終了です!》

 

 指令室にいた人々の間で緊張の糸が切れッ各自が椅子に座り込む。夕呼も例外ではなかった。

 

(よかったわ、何事もなくて...。やっぱりレーダーの故障かしら...?一度整備班の連中にはお灸をすえる必要がありそうね....。)

 

 霞も表情にはあらわさないが、ほっとしているようだ。

 

 

 

 周囲にBETAがいないことを確認した伊隅は戦術機の姿勢を落とし、管制ユニットを開けて降りる。動かなくなった兵士級のそばには国連軍の制服をきた銀髪の少女が仰向けの状態で倒れていた。伊隅は走ってその少女のもとへ走りよった。

 

 

 倒れている少女は兵士級を倒した際の飛び血をかぶっていたため、本来であれば一度、除染作業を行う必要があるのだが、伊隅はそんなことよりも彼女の生死が、状態が気になっていた。そばに近づいて傷がないか確かめていく。

 

(呼吸は...。しているな。心臓も動いている。死んでいるわけではなさそうだな。倒れた際に擦りむいた傷が数か所...。外傷は....。とくになしか...?兵士級に掴まれていたにしては骨が折れているような様子もないが....。)

 

 伊隅は彼女が生きていることに安堵しつつも、血に染まっている彼女を手でゆっくりと確認しながら、今とれるであろう最善の応急処置を行っていた。すると、戦術機を降りてきた速瀬も伊隅のもとへやってきた。

 

「その子の具合は?生きているのですか?」

 

 速瀬は倒れている少女を不思議そうな目で見ている。

 

「あぁ。命に別状はないようだ。目立った外傷も特になし。少し擦りむいているぐらいだろう。」

 

 伊隅は処置を施しながら、端的に答える。

 

「奇跡ですね。歩兵級の力でさえ拘束されれば肋骨が全部折れててもおかしくないのに。」

 

 速瀬は倒れている少女をさらに不思議そうな目で観察するように見る。

 伊隅は倒れている少女を少し怪しく感じていた。あまりにも幸運すぎるし、それに、なぜ軍曹の階級を付けたものがこの区域にいるのかと疑問に思っていたからだ。

 

(速瀬の言う通りだ。普通ならばそうなっていてもおかしくない。生きていただけでも奇跡だというのに…。そもそも彼女はなぜここにいる?平時であれば反応炉からハイヴに入れるのは限られた人員のみであるはずなのだが…。基地内で彼女を見かけたこともない…。)

 

 一通りの処置を終えた伊隅は彼女の容態を連絡することにした。

 

《CP、こちらヴァルキリー1。拘束されていた隊員の状態は軽傷。命に別状なし。要請していた防疫班と医療班の状況を。》

 

《こちらCP、現在両班ともに至急でそちらへ向かっています。あと3分程度と見込まれます。》

 

《ヴァルキリー1了解。両班到着まで現場を維持する。》

 

 伊隅は連絡を終えると、速瀬に自分の戦術機に戻り再度周囲警戒をするように命令し、自分も機体へと戻る。本来であればだれか一人をつけておくべきなのだろうが、不測の事態に2機で対応している以上、そちらに割ける人員はなかった。

 

(今は彼女の無事を喜ぶのが先決だな…。)

 

 心のどこかにひっかかりのようなものを覚えながらも、伊隅は戦術機へと乗り込んだ。

 

 

 

 数分後、要請していた防疫班と医療班が到着し、彼女を保護していった。伊隅たちも両班を護衛する形で帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 看護室 ー

 

 晴海はゆっくりと目を覚ました。ぼやけた目の前に広がるのは無機質な白い天井。指先には心拍数や血圧を測定するための医療器械が取り付けられていた。まだぼうっとする頭で断片的な記憶をたどっていく。

 

(ここは…。確か私。作戦を実行して…。そして戦術機に…。)

 

 思い出すにつれて徐々に意識がはっきりとしてくる。作戦は失敗した。その事実がはっきりするにつれて、焦りを感じ始める。

 

(ていうことは…。ここはまさか…。隔離室!?私を拘束するための!?やだぁぁぁぁぁぁあ!まだ生まれて1か月も1週間も生きてないのにぃぃぃい!)

 

 私の焦りは心拍数と血圧がリアルタイムで示してくれる。ありがた迷惑な話だ。

 

(ど、どうにかしてここから脱出を…!)

 

 そんなことを考えていた私であったが....。部屋の扉が開くウィーンという音が聞こえてきて、思わず思考が停止してしまう。

 

(だ、だれかきた!?)

 

 警戒心を高めて入口を見る私…だったのだが、その心配は杞憂であった。兵士や研究者が入ってきたのではなく、看護師と思われる女性が両手で医療品がのった医療用運搬台車を押しながら部屋へと入ってきたからだ。

 看護師さんは起き上がっている私のほうを二度見すると驚いた様子だった。

 

「晴海さん!意識が戻ったんですね!」

 

 声をかけられて動揺した。BETAとなってから人と話したことはないし、なにより改造した言語機能が正常に機能するか不安だったから。私は怖気づいて看護師にただこくりと頷いた。

 

「あんな事があったばかりだもの…。怖かったよね…。」

 

 看護師さんはそう言いながら私の頭を優しくなでてくれた。この優しい手つきは前世の母親が私の頭をなでてくれているようで、心が温かくなったのだが、なぜか泣くことはできなかった。

 

(私…。感情を持つこと忘れてるんだ…。BETAだから…。)

 

 BETAは機械。感情は不要。新しい体である晴海を作った時も感情を設定することはできなかった。唯一できるのは作り笑いである。しかし、これはある意味好都合のようにも感じた。BETA側である自分に不測の事態が起きた際、もしかしたらこの彼女を殺さなければいけない事態が起きるかもしれない。そういったときに感情があっては一生引きずることになる気がしていたからだ。

 

(ともあれ、作戦とは大幅に違うけど無事基地に侵入できたってことで…いいのかな?)

 

 私はほっと安心した。

 

「早いうちに伊隅大尉と速瀬中尉にお礼を言わなきゃね。」

 

「伊隅大尉と速瀬中尉が来てくれたのですか?」

 

 看護師の言葉に思わず私は口が開いてしまった。二人のことはよく知っているし、私があこがれるお姉さんキャラの仲で特に推していたことも原因の一つだ。二人が死んでしまうシーンでは涙を流したものだと前世を振り返る。というかMuv-Luvのキャラ死亡シーンで泣かなかったことはないのだが...。

 

 突然話した私に看護師さんは少し驚きつつもにこっとした笑顔で

 

「そうよ、お二人があなたを助けてくれたの。見舞いにもきたのよ?貴方が気を失っている時に」

 

(あぁ……。一目お会いしとうございました…。)

 

 私は会えなかったことにガックリした。表情には出なかったものの看護師さんも何となく察してくれたようで肩をポンポンとたたかれた。

 

 看護師さんは私の身の回り(傷口の消毒やシーツの取り換え、具合が悪いところがないかなど)をし終えると、「何かあったら呼んでくださいね」とだけ言って台車と共に部屋を出ていった。

 

(基地に侵入できたし、まずは現状の確認から開始するとしよう!)

 

 私は改めて部屋を見回す。時計は午後4時を示している。時間は理解した。次は今が何年で何月なのかだ。私は再度部屋を見回すとすぐ隣の木の台の上に、小さなカレンダーがあるのが目に入った。

 

(えーと、今は....。2001年なの!?しかも8月の21日!?嘘っ!Mr.白銀がくるまであと2か月ぽっちしかないじゃん!)

 

 想定と大幅に違った。当初の予定では1999年とか1998年悪くて2000年あたりに転生させられたと想定していたからだ。白銀がくるまでに基地の中で安定した身分を作り上げ、怪しまれずに諜報活動を行う…。そういう予定であったはずなのだが…。

 

(これじゃ当初の計画はご破算!新しく練り上げないと!?)

 

 私はカレンダーの日付に目を取られていて入口から入ってきている二人組に気が付かなかった。

 

「あら、もう起きたの。」

 

 突然聞こえてきた女性の声に私はびくっとした。恐る恐る声のする方を見ると立っていたのは香月先生と霞ちゃんであった。

 

(あ、まさかこの二人組にあっちゃうなんて…。Oh,My God…。)

 

 ととっさに霞ちゃんがこちらをじーっと見ていることに気が付き、目を合わせてしまう。

 

(リーディングしようとしてるんだろうな……。でもすでに対策済みなんだよねぇ……。)

 

 霞ちゃんの能力であるリーディングの脅威は十分知っていた私は頭脳級であったときにすでに対抗策を作らなければならないと考えていた。そうして作り上げたのは心を二つ持たせる方法だった。といっても片方は空っぽで何もない。そちらを表面心理とし、今私が思うことは全てメインのAIである深層心理に置いたのだ。自分の能力でリーディング実験もしたし、問題がないことは確認済である。

 

 霞ちゃんは光のない私の目と合うととっさに香月先生の白衣の袖をつかむ。霞ちゃんの様子に香月先生も私を少し不信に思っているのは間違いない。目つきが少し鋭くなった。

 

「ちょっと、社をあまり驚かせないで頂戴。」

 

 香月先生が怖くなってきた私であったが、なんとかしてボロを出さないようにこの場を乗り切ろうと試みる。

 

「申し訳……。ありません…。」

 

 でもあまりの緊張に言葉がたどたどしくなってしまう。さらに焦った私は霞ちゃんと何とか和解しようとするあまりついボロがでてしまった。

 

「霞ちゃん…。ごめんね…。」

 

 私が発した言葉に香月先生はとたんに表情を変え、白衣の下に隠し持っていた拳銃を取り出した。霞ちゃんは香月先生の背後にさっと隠れてこちらを覗いている。

 

「私はまだ『社』としかこの子のことを話してないのになんで『霞』の名前を知ってるのかしら」

 

 私はとたんに自分が犯した過ちを理解した。完全に理解した!

 Alternative3に関係する霞ちゃん。その存在は軍の中でも機密に近い部類のはずである。すなわちそれを知りうる人物ですら限られているのに、そこらへんの軍曹が霞ちゃんの存在を知っていいわけがなかった。いつも思っていることをそのまま口に出してしまったことが災いしたのだ。

 

 肝心の霞ちゃんはさらに香月先生の背後に隠れてしまうし、香月先生が構える拳銃はトリガーに指がかかりかけている。

 

(あぁぁぁぁ……!私どうなっちゃうんですかぁぁぁぁぁぁ!

 

 私は絶望の再来に気絶したくなってしまった。




焦りは人を惑わします。皆さんも事前の用意は入念に、焦りは禁物です。

追記
速瀬中尉の話し方を再度考証しなおし訂正しました。


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第4話 これじゃただの襲撃者です!

本日分はこれで最後になります。
それではどうぞ。


 ー 2001年 横浜基地 尋問室(?) ー

 

 『前略、お父さん、お母さん。どこかの糞じじいのせいで死んでしまった私ですが、いまでは大学に入る前よりも生き生きとしているかもしれません。そんな私は今、ここMuv-Luvの世界で敵ながら頑張って生きています。目の前には鋭い目つきでこちらをにらみつけてくる香月先生に、護衛としてでしょうか?神宮寺まりもことまりもちゃん、それに伊隅大尉までいます。私はもう感激です。でも死ぬかもしれません。私のことは気にせず、長生きしてください。

 

 

 

P.S  でもやっぱり死にたくないです。』

 

 

 私は脳内で遺書を書き終える。どうしてこんな状況になってしまったのか。それは私のミスである。前世の記憶を持ってきたが故の災いとでもいえるのだろうか。主要キャラクターの情報を知っていたのに、いざその世界に入るとこうもうまく立ち回れないものかと実感した。その結果として、この金属質な壁に四方が囲われ、机1つ椅子2つの全く温かみのない尋問室のようなところに連れてこられたわけなのだが…。

 

「ちょっと、話を聞いてるの?貴方はどうしてあそこにいたかって聞いてるのよ!」

 

 香月先生が強い口調で怒鳴りつけるように質問する。後ろに立っているまりもちゃんもただ立っているようには見えるが腰のホルスターには拳銃が入っている、すぐに抜ける形で!伊隅大尉に至っては、兵士が使うようなアサルトライフルをいつでも撃てる形でもっている。

 

「えぇと……。その……。」

 

 私は完全に答えに詰まってしまった。まさにハイヴ内で起きた迷子の後の行き止まり、それと同じ心理状態というか、それとほぼ同じ状態である。相手を納得させられる答えが全く見つからなかった。

 

(ど、どうすればいい!?実は私BETAなんです~(笑)なんて言ったら殺されるのは目に見えてる!かといって、迷子で入ってしまったんです。なんて論外!なんで迷子で立ち入り禁止区域にはいれるんだっていう話!あぁ……。どうしたものか……。)

 

「宗谷晴海。年齢17歳、国連軍横浜基地所属、担当部署は未定というのはどういうことかしら?」

 

 香月先生が手に持って資料を見ながら話しを進める。こちらに考える隙を全く与えさせてくれない。

 

「ほ、本日付で……。厚木から…。こちらに転属を……。」

 

「本日付で?こっちに来たのに?あんなところにいたっていうのかしら?」

 

(あぁぁぁぁ……。話せば話すほど無理ゲーです!回れ回れ回れ私の脳みそーーー!)

 

 香月先生たちはさらに不審に思うようにこちらを見ている。これでは逮捕されるのも……。いや、正体がばれるのも時間の問題だ。

 

 その時、晴海の脳内には過去の私の設定が走馬灯のように流れてきた。

 

(名前は宗谷晴海…。年齢17…。横浜出身…。両親は他界…。ッ!)

 

 これだ!私の中で一気にシナリオが出来上がっていく。私はこのシナリオで話を進めるしかないと考えた。

 

「私は……。横浜出身で…。こちらに帰ってきた際に…。両親と共に過ごした家を……。見に行って…。その…。お花と…線香を…。上げに行ったんです……。」

 

 やはりいまだにすらすらとしゃべるのは難しい。まだ改造仕立てのAIだからなのか、それとも私の陰キャとしての才能なのか、はたまた緊張からなのかはわからないが、何とか話をすることはできた。

 

「それで?」

 

 香月先生は顔を少し上にあげてこちらを見る。何とか自然な形に持っていけそうだ。

 

「家について……。お花や…線香をあげようとしたら……。崩れている私の家の中から……。兵士級が出てきて…。その……。」

 

(頼むあとは察して!もう話すのもつらい!つらいよぉ!)

 

 もう頭がどうにかしてしまいそうだった。

 

「それで捕まって、あそこまで運ばれてきてたと言いたいわけね」

 

 香月先生は私が言いたいことをそのまま理解してくれた。手に持っている資料を机の上に置き、私への疑いが晴れたような気がして私はほっとしたのだが…。

 

「あそこにいた理由はそれで納得とまではいかないけど、それを信じたとしても、社の件はどう説明してくれるのかしら?」

 

 私は再びどん底に叩き落された。

 

(無理だ!これ以上は!もう無理っ!シナリオで自分の設定は出し切っちゃったし切れる手札がもう…!)

 

 手札がない今、霞ちゃんのことをどう説明すればいいのか。まったく良い言い訳が見つからなかった。

 

(基地に流れてた噂で~…。今日きたばっかりだし!それに噂流れてたらそれはそれで大問題!)

 

 混乱する脳内で私は自問自答をただ繰り返すばかりだった。香月先生やまりもちゃん、伊隅大尉のこちらを見る目は時間がたつにつれて厳しくなってくる。このままでは最悪の事態を覚悟しなければならなかった。

 

(私はまだここで死にたくない!まだ序盤すら始まってないよ!ここから強硬的に脱出したとしても、もう二度とこの体は使えないし!何より基地の警備Lvが上がっちゃうから同じ手は使えないし!)

 

 上司からの命令を実行できなかったとあれば、私は処理されることも考えていた。私たちBETAは機械である以上、エラー(命令失敗)を起こすようなことがあれば、処理されるのではないかと。

 

(前も後ろも敵だらけ!中間職って大変なんだなぁ.....。)

 

 こうなっては、真実を話すしかない。ここでいう真実とは私もリーディングが使えるということだ。BETAであるという最終的な真実はまだここで切るわけにはいかない。

 

(やるしかないか……。)

 

 私は心に決めた。

 

「実は……。私……。相手の心が……。見えるんです…。」

 

 黙り込んでいた私が突然話した内容に3人とも驚いている様子だった。

 

「どういうことかしら?」

 

 香月先生が姿勢を前のめりにしながら私に質問してくる。鋭い目つきが近くなり私は恐怖すら感じた。といっても、晴海はまったくの無表情であるのだが。

 

「小さいころから…。そういうのが…。見えてたんです……。周りに言うと…。変な奴だと思われるから…。黙っていたんです…。」

 

 香月先生がふーんといいながら、椅子の背もたれに身を預け、まりもちゃんに何かを話すとこちらを向きなおした。

 

「いいわ、そういうことにしておいてあげる。今日のところはこの辺にするとして、まだあなたに対する嫌疑は晴れたわけじゃないから。わかってるわね?」

 

 私はただこくりと頷いた。香月先生が立ち上がり、尋問室の入口を開け、外にいた兵士に「こいつを営倉に連れて行って」というと、二人の男性兵士が来た。「立て」といわれたので、私は指示通り椅子から立ち上がり、背中に銃を向けられたまま、営倉と思われる部屋まで向かった。

 

 

 

 

 ー 2001年 横浜基地 営倉 ー

 

 

「ここだ、緊急事態が起きたときのみ、このボタンを押せ、兵士がくる。わかったな」 

 

 私は無言でただうなずいた。兵士が部屋の外に出ると扉が閉まり、ガチャという音が鳴る。試しに扉を開けようとしたがやはりあかなかった。さっきの音はロックされた音であると理解する。

 営倉は私が持っていたイメージよりも清潔感があった。窓はないものの、白い床や壁に汚れは見られず、おいてあるベッドのシーツもきれいなものだ。入口付近にある一台の監視カメラでこの部屋全てを見ているのだろう。

 私はベッドの上に横になる。

 

(このままだとこの基地にいるだけで常に監視されるようになってしまう……。そうなっては情報収集なんてやれるわけがない…。)

 

 白い天井を見上げて、何か手はないかと考える。

 

(今回の情報収集の目標は炭素系生命体に関するもの、そして白銀武に関するものを集めることだけど……。上司はそんな情報を集めていったいどうするんだろう…。まさか、人類を全滅させるための方策を練るんじゃ!?いや、逆に考えれば生命体が存在したという事実を知れば、BETAとして行動することはやめる可能性も……。)

 

 どうにかして、うまく話ができないか。人類とBETA双方を裏切らずにまとめ上げる方法はないものかと考える。とにかく考える。

 

 現状において既に監視対象となるのは確定しているといってもいいだろう。こんな人物を香月先生が基地に放っておくわけがないと…。

 

(やっぱり、最後の手札を切るしかないのかな……。この情報収集を行うのに私一人ではあまりにもきつすぎる……。とはいえ、昨日と同じ状態では話すことなんて不可能だ……。殺されてしまう……。)

 

 真実を話すにもまずは話ができる環境を整えなければならない。そう考えた私は香月先生と1対1で話ができる環境を整備する必要性に行き着いた。

 

(香月先生が一人になる場所はやはり副指令室……。そこに向かわないといけない…。それも明日の朝までに…。今は9時17分…。)

 

 部屋のロックはかかっており、入口から出ていくのは不可能である。出たとしても、兵士か職員に見つかればその時点でゲームオーバーであり、隠れるところがない以上見つかるのは当然だ。部屋を見渡して何かないかと考える。

 

(本当に何もない…。いや何もないのが当然なんだけどね。しいて壁にあるものといえば空気を取り入れるための通気口くらいで……。あ!)

 

 通気口があるなら脱出できる!私はそう考えた。今の私の体をスライムのように溶かした状態で通気口をたどり、副指令室まで向かう。営倉に連れてこられる前に副指令室は一度目にしているし、尋問室に来る際にも一度見かけてはいる。それに、香月先生の記憶から大体の位置をマッピングはできていた。

 

(この能力ばかりはあの神様にも感謝しないとねー)

 

 私は心から神様に感謝した。いくら移動しようとしても監視カメラがあるので、まず私は監視カメラを頭脳級の能力を使い、ハッキングした。移される映像は私がベットで寝ている画像だけである。

 

 その後、私は頭の中でスライムを想像し、体を溶かしていく。人間の体で行う想像と生成は頭脳級でやる時よりもはるかに楽だった。もしかしたら、人間として使う能力なのかもしれない。着ていた制服もろとも一つのスライムとなった私は壁をつたり、通気口へと入った。

 

(ここまで流動的になれるG元素もなかなかすごいんだな……。)

 

 そんなことを思いながら私は副指令室を目指して通気口という名の大迷宮を移動することにした。

 

 

 

 

 

 ー 2001年 横浜基地 副指令室 ー

 

 副指令室にはさっきの尋問室にいた伊隅、まりも、夕呼が集まっていた。話している内容はあの隊員、宗谷晴海に関することだ。

 

「やはりあの娘、リーディング以外にも何か隠しているわね」

 

 香月が飲みかけのコーヒーカップを机に置きながら話す。

 

「いくら無表情でもあの話し方に、あの様子。それは確かね」

 

 まりもも夕呼に同意した様子である。

 

「ハイヴ内で保護した際にも重症どころか傷なんてほぼ負っていなかった。通常であればあり得ない話です。」

 

 伊隅は早朝の出来事を振り返りながら、晴海のことを思い返していた。

 夕呼は重ねてある資料の一番上の一枚を拾い上げる。

 

「でも経歴ははっきりしているし、話している内容に間違いもなかったわ。宗谷晴海、年齢17歳、横浜出身。両親は横浜でBETAにより死亡。現在は横浜基地所属。それ以前には厚木基地にいたというのもデータベースと一致してる。」

 

 資料をあらかた読み上げると、再び資料の山に戻し、コーヒーカップを手に取る。

 

「本日付けで異動してきたのであれば、基地のだれもが知らなくて当然ではあるけれど……。やっぱり、怪しいことに変わりないわね。」

 

 まりもは何かを考えこんでいる様子の夕呼を見ながら話しかける。

 

「一度、厚木に確認を入れてみましょう。彼女の身辺に関する情報を再度洗いなおすしかないわ」

 

 夕呼はそういうと伊隅に「厚木のほうは任せるわね」といって指示をだした。伊隅は「了解しました」といい、敬礼すると足早に部屋を出ていった。

 副指令室には夕呼とまりもだけが残り、まりもも「私も明日の訓練メニューを考えなきゃ」といいソファーから立ち上がる。

 

「まりも、貴方、前の記憶ってちゃんともってるの?」

 

 立ち上がったまりもに夕呼が問いただす。その声はどこか哀しみに満ちていた。

 

「前の?えぇ…。あなたが話していた通りよ。御剣や榊、彩峰、珠瀬、鎧衣、そして白銀。それ以前の訓練生としてきたこと、実戦の時だって覚えてる。そのおかげで前と同じ過ちをせずに済んだもの…。」

 

 そう話すまりもの声は震えていた。前の世界で助けられなかった戦友たちのことが思い返されたからだ。

 

「だけど…。ある時からの記憶はないの。そこからは全く覚えていないのよ」

 

 覚えていない記憶それはまりもが前の世界で死んだ時それ以降のことを指しているのだと夕呼は薄々感じていた。

 

「夕呼、何があったのか貴方わか「まりも、今日はもう遅いからその話はまた今度」」

 

 まりもの質問を遮るように夕呼が話を止めた。まりもは少し不機嫌そうだったが、何も言わずただ敬礼をして部屋を出ていった。

 

(あんたに前の記憶を話したら…。何かが…。壊れそうで怖いもの……。)

 

 夕呼は飲みかけの僅かなコーヒーをぐいっと飲み干した。

 

 

 

 ー 2001年 横浜基地 通気口大迷宮 ー

 

 通気口はあまりにも広かった。施設内に必要な空気を送り込んでいるのだから広いといえば広いが、ハイヴとはまた違った印象をもつ。地図通りには進めているし、距離もそう遠くはない。しかし、スライムになったのがよくなかった。

 移動速度があまりにも遅かったのだ。

 

(あと少しだっていうのに!この体扱いにくい!!)

 

 スライムになったばかりのころは(我ながら天才的思考だ)と満悦感に浸っていたせいで移動速度など気にしていなかった。

 

(今何時かは分からないけど、もう副指令室は目の前なんだから!踏ん張れ!私!)

 

 自身に喝をいれ動かない体をズルズルと動かす。副指令室の通気口はもう目の前だった。

 

(あと少し…!あと少し…!あと少し…!)

 

 

 

 

 通気口の前に到着した私はとりあえず一息ついた。(呼吸しているかはわからない)

 

 通気口の隙間からそーっと中を覗き込むと香月先生とまりもちゃんが何かを話しているようだ。が、すぐにまりもちゃんは敬礼をして部屋を出ていった。香月先生はコーヒーを飲んだ後、自分のデスクに座ったようだ。通気口は香月先生のデスクの背後に位置する形であったため、そこから音を立てずに慎重に降りる。

 

(抜き足差し足忍び足(あしがあるかはわk))

 

 下のカーペットに到着した私は再び宗谷晴海のイメージを行う。そこから生成するまではさっきの手順通りすぐにできるので慌てずに行った。

 

(生成中に音が出ないといっても、雰囲気でばれてしまうだろうし、ここは一気に!)

 

 私は手の中に小さなナイフを生成した。もちろん殺すためではない。話を聞いてもらうのに何か手はないかとこれでも通気口を移動しながら頑張って考えていたのだ。多少脅してでも話を聞いてもらわないといけない!そう考えた。

 

 

「香月先生、お話があります……。」

 

 

 背後から聞こえる無機質な声に香月先生は振り返ってデスクの裏側にある拳銃をとりだそうとするが、その前に私のナイフを先生の首にあてた。

 

「動かないでください…。でも、拳銃は机の上に…。おいてください…。手も机の上に…。」

 

 私がそういうと香月先生はゆっくりと拳銃を持ち上げ机の上においてくれた。私はこれでようやく話しができると安心したが、自分の行動を振り返って感じた。

 

 

(これじゃ私、ただの襲撃者じゃん!)

 

 

 

 

 ー 2001年 横浜基地 副指令室 ー

 

(宗谷晴海.....。彼女が今回の世界におけるイレギュラーな存在なのかしら。)

 

 まりもが部屋を出て行ったあと、夕呼は自分のデスクに座り、溜まっている資料に目を通…しながら晴海のことを考えていた。

 

(彼女が何者なのか…。よく注視しておくべきね…。)

 

 そんなことを考えていたその時だった。

 

 

「香月先生、お話があります……。」

 

 

(ツッ……!)

 

 背後から聞こえる無機質な声、とっさにデスクの下の拳銃に手を伸ばしたが、その前に首筋に冷たいものを感じた。

 

「動かないでください…。でも、拳銃は机の上に…。おいてください…。手も机の上に…。」

 

(ッ……!これじゃ動けないわね……。)

 

 おとなしくしたがった方がよさそうだと感じた夕呼は拳銃をデスクの上にゆっくりと置いた。

 後ろにいるであろう存在には覚えがある。尋問室で尋問していた対象の宗谷晴海。この無機質な声、話し方は完全に一致していた。

 

(やはり、彼女ただものじゃなかった!いつの間にこの部屋に入り込んでいたというの!?)

 

 夕呼は考えたもののそもそも入り込むところはない。入口は一か所、隠れるところなどこの部屋にはなかった。それも衛士二人がいて彼女の存在に気付かないわけがなかったからだ。

 夕呼は首筋にあてられたナイフがより一層冷たく感じた。その額には冷や汗がにじみ出ていた。




宗谷晴海のイメージ図を描きなおすかもしれませんが、その時は再度投稿予定です。


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第5話 話をしよう

 ー 2001年 横浜基地 副指令室 ー

 

 副指令室まで無事に侵入できた私は、いまこうして香月先生と話しあうためにナイフを首にあてている。脅迫をしに来たというわけではないが、怪しまれている自分が正面から面と向かっていくのはあまりにも無謀だと感じたからだ。

 

(よくよく考えたら原作の白銀だって銃向けられながら話してたし…。私も拳銃向けられながら話した方がよかったのかな…?そしたら、今の状況のほうが悪手!?でも、私に切れる手札の内容的にも同じよう話し合うとはいかないよね…。)

 

手札、すなわち自分の本当の正体を明かすこと、【BETA】であると。

 

(正直、いちかばちかだけどやる以外今後の道はない…!)

 

「それで、いつまでこの状態でいるつもりなの。」

 

 ナイフを首にあてられた状態のままでいることに香月先生は抗議するかのように強い口調で問いただした。しかし、今の状態で自身の武装を解除するつもりはなかったので、先生がデスクに置いた拳銃をさっと取る。

 そして、そのまま銃口を香月先生に向け、ナイフをしまう(体に戻す)。

 

「このままでは…。話もできないので…。とりあえず…。ソファーへ行ってください…。」

 

 私がそう促すと、香月先生は椅子から立ち上がりソファーへと歩いていく。その間も私は銃口を向け続けた。何かされては計画もすべてご破算だから。

 しかし、その心配は杞憂だった。香月先生は特に何かをすることもなく、おとなしくソファーへと座り、私も向かい合う形で反対のソファーへと座った。

 もちろん、拳銃は放さずに。

 

「それで、話っていうのはなんなのかしら?」

 

 こちらが拳銃を向けているのにもかかわらず、香月先生は怖気ずいた様子は見えなかった。

 

(この感じ……。まさに香月先生っていう感じがする!先生のこういうところかっこよかったなぁ....。)

 

 少しの余韻に浸った私だったが、本来の目的を思い出して気を取り直す。

 

「私がここに来たのは…。先生に…。お話があるから…。です…。」

 

「話があるということは分かっているわ。その内容よ。」

 

 (こっちの覚悟ぐらい整わせてよ!)とか思いつつ、私は本題に入ろうとした。しかし、その前に香月先生の口が動いた。

 

「ところで、さっきから私を『先生』と呼んでいるようだけれど。」

 

 意外と鋭いところを突いてくる。というか完全に私の中の先生(副指令)の呼び方のまま呼んでしまっていたことに言われて気が付いた。霞ちゃんの件で反省したつもりだったのだが....。

 

「私は…。研究者の貴方と…。話をしたかったから…。そう、呼んでいる……。」

 

 と、そういうことにした。研究者相手なら「先生」と呼んでもさほど違和感はないだろうから。

 香月先生も「ふーん、それで」と理解を示してくれたなうなので一安心。

 

「はい…。私がここに来た理由は主に…。二つのことを先生に…。協力してもらうからです…。」

 

「『協力してもらう』なんていいながら、ほぼ強制させる気なんでしょ。」

 

 ごもっともである。拳銃を突き付けながら言う言葉ではないだろうに。

 香月先生の言葉に反応を返すことなく私は自分の話を続けることにした。

 

「一つ、貴方たち人類の……。いや…。『炭素系生命体』に関する情報が欲しい…。」

 

 私の言葉に香月先生は顔をしかめた。それもそうだ、人間のことを炭素系生命体なんていうのも普通に見ればおかしいし、こんなお願いする時点で頭がおかしいのではないかと思われたのかもしれない。

 

「二つ、貴方もよく知っているはずの人物……。『白銀武』への接触…。そして、それに関する情報…。その収集だ……。」

 

 私の二つ目のお願いで香月先生の目つきが変わった。完全に私を敵対視している。それもそうだ、ループ前の記憶をもった人でなければ白銀のことを知っているはずがないから。彼の存在を知っている私は完全に不審者だ。

 

「知らない人物ね。そんな人基地にいたかしら?」

 

 香月先生は、こちらをにらみつけたまま知らぬふりを通すようだが、私は知っている。全て知っているのだ。

 

「隠す必要はありません…。私は全て知っています…。」

 

 私がそう話しても香月先生は我関せずといったところだが、私が何者なのかということがさらに気になっているようだった。心を見れるから。

 

「私が…。どうしてこんなことを…。聞くのか…。何者なのか…。気になっていますね…。」

 

 香月先生は私の言葉にハッとしたようだ。

 

「貴方は本当に心の中がよめるのかしら…?」

 

「えぇ…。見えますよ…。尋問の際にも……。話した通り…。」

 

 香月先生はムッとしながらも私から視線を外すことはない。

 

「読まれてしまったなら仕方ないわね…。それなら聞くけど、貴方、いったい何者なの?」

 

 私の心臓がドキッとした。作り物であるこの体にそんな反応がおきるはずはないのだが、そんな感じがした。ここからだ。私の正体をあかして香月先生に協力してもらう。その目的を達成するために私は一つの間をおいて、私自身を落ち着かせる。

 

 

 そして、ゆっくりと

 

 

 口を開く。

 

 

 

「私は、貴方たちが憎む者……。」

 

 

「私は貴方たちが……。」

 

 

 

「『BETA』と呼ぶ者です…。」

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 神宮寺まりも 教官室 ー

 

 私、神宮寺まりもは教官室にて、本日の日誌を記入していた。日誌の内容は主に私が現在訓練を担当している207B分隊に関する事柄だ。行った訓練、各自の様子、今後の課題…。日誌として保存しておくことで、次の訓練のスケジュールを組み立てる一つの材料としている。

 

(今日は忙しくて少し疲れたな…。)

 

 早朝は警報音が鳴り、警報音が鳴りやんだ後は通常通り訓練を行い、訓練を監督している最中に夕呼に呼び出され、尋問のお手伝いというなの護衛をまかされるといった具合に盛りだくさんな一日だった。

 

 そんなことを考えながら、私はもくもくと日誌に記入を済ませていく。

 

(夕呼…。どうして、私の『記憶』のこと避けたがるのかしら…。)

 

 ずっと気になっていることだった。

 

 私と夕呼が初めてあったのは日本帝国軍の横浜衛士訓練学校だった。夕呼は帝国陸軍大学の付属である白陵高等学校にて私と同期であったが、私は衛士になるため高等学校を辞めてしまい、実際に顔を合わせたことはなかった。初見の私に「貴方はループする前の記憶…。覚えてる?」と聞いてきたときは正直、変な人としか思っていなかったのだが。もちろん、言われていることの意味も分からなかった。しかし、夕呼と話していた時、初見であったはずなのに前にも話したような気が心のどこかにあった。。

 夕呼の話に心覚えがなかったわけではない。確かに、不思議な夢をよく覚えていた。自分が教官で訓練兵たちを訓練している様子とか…。

 しかしあくまで、夢で見たことを覚えているだけと感じていたこの『記憶』を私が経験した事実であったと気づくのは、初陣の時だった。

 

 夢の中で見た光景…。それと完全に一致していた…。私は何もできなかった……。

 

 目の前で戦友が死んでいく。光線級のレーザーに焼かれて…。突撃級に潰されて…。戦車級に食われて……。

 

 私が覚えていたものそのままだった。

 

 

 

 

 気が付くと医療テントの中にいた。腕を包帯でガチガチに固められながら。この光景も全く同じだった。そして初めて理解した。夕呼が言っていた意味を。「ループの前の『記憶』」とはなんだったのかを。

 怪我が治り軍に復帰した後、私は改めて夕呼に会いに行った。事のいきさつを話すと夕呼は「やっぱり…。」とだけつぶやいた。何か知っていることがあったのだろう。

 夕呼は真剣な顔つきになると私の方を向いてこういった。

 

「このことはあまり公言しない方がいいわ。怪しまれるかもしれないから。もし何か聞きたいことがあるなら答えるわよ」

 

 だから私はあの時にも聞いた。

 

 

「私が覚えている『記憶』って途中までしか覚えていないのだけど……。貴方なら何か知ってるんじゃないの?」

 

 

 しかし、夕呼は表情を少し曇らせただけで何も言わなかった。「大変!用事があったのを忘れていたわ!」という嘘の演技をして答えずにどこかへ行ってしまったのだ。途中から無い私の「記憶」がどうにも気になってしまった。

 

 その後は私が持っていた「記憶」の通りに物事は進んだ。一つ違ったことといえば、「記憶」の私は贖罪を求めひたすらにBETA殺し続けたが、今の私は戦友を見捨てるような戦いはしなかったことだ。それが私にできることだった。帝国軍の教導部隊へと編入され、その後には夕呼に呼び出されて、国連で教官として勤務することになった。見知った顔の教え子たちを前にして少し混乱したものの、それも次第に慣れていった。

 そんなある日、その日の日誌の記入を終え、背伸びをしていたところ夕呼に呼び出され、副指令室へと赴いた。中には伊隅と夕呼がそれぞれ座っており、私は空いているソファーへと座った。そして、夕呼が開口一番に驚きの言葉を放ったのだ。

 

「私たち以外にも、ループする前の『記憶』を持っている人が存在しているわ」

 

 「どういうことなの!?」と慌てて夕呼に迫る私を伊隅が「教官!落ち着いてください!」となだめる。私が落ち着いてソファーに座りなおすと夕呼は話し始めた。

 事の始まりは、伊隅が変な夢を見るという話だった。夢で覚えている内容がほぼ完全に一致し、翌日の訓練の内容まで同じ。それ以外にも、私と顔を合わせたとき、初見のような感じがしなかったそうなのだが、訓練兵としての緊張感からそんなことは言い出せなかったらしい。それらを不思議に感じた伊隅が悩んだ顔で基地の廊下を歩いていたところ偶然夕呼が出会い、伊隅に訳を聞いたということだった。

 

「思った以上に『記憶』を持っている人は多いみたいね…。」

 

 夕呼は何か考え込んでいるようだった。ともあれ、前の記憶があるということが分かった3人はそのあとしばらく雑談のような話をした後、各々時間になると自分の部屋へと帰っていった。私は自分の部屋へ戻ったものの、どこか落ち着かなかった。

 

 

 

 

 

 私はハッと目を覚まし、机から起き上がった。夢を見ていたらしい。時計を見ると私がうとうとしてしまったであろう時間から18分程度が過ぎており、疲れからか少し寝てしまったことを理解した。

 途中からふにゃふにゃした文字になっている日誌を一度消して再度書き直した。

 

(今日はもう寝ないと明日に響きそうね…。)

 

 日誌を閉じ、来ていた制服を脱ごうとしたとき、制服の内側のポケットから紙が一枚飛び出し、床に落ちた。不思議に思い、拾い上げると明日の訓練で使う射撃訓練のための実銃使用許可の申請書だった。

 

(しまった…!今日のうちに夕呼にサインをもらう予定だったのに…!)

 

 あまりの忙しさについ忘れてしまっていた。このままでは明日の訓練に影響してしまうと思った私は申請書を手に自室を出ると、速足で副指令室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 副指令室 ー

 

「『BETA』と呼ぶ者です…。」

 

 私が発した言葉に香月先生は一時思考を停止させたようだった。しかしすぐに「悪い冗談かしら?」と半信半疑な顔でこちらを向きなおした。

 

「本当ですよ…。それでは何か…。お見せしましょうか…?」

 

 私がそういうと香月先生は警戒したように姿勢を正す。そりゃそうだ。「何かお見せしましょうか?」なんてBETAが一体何を見せてくるのか分かったものではないはずだ。

 私はとりあえず、BETAであることを最も簡単に表すために既存のBETAを生成することも考えたが、今部屋に出したら大変なことになりそうな気がしたので自身の一部を置き換える形で再現しようとした。

 

(趣味悪いと思われるかもしれないけど、BETAだしねぇ…。)

 

 私は拳銃を構える右手とは反対側の左腕の肘から下を戦車級の口に置き換えることを想像した。すると、私の左腕は見る見るうちに白っぽい肌色から赤くどす黒い色へと変わり、少し肥大した。そして、その中央部分にあの不気味な口が生成されていく。

 

「ッ……!」

 

 香月先生は私のあまりの変わりように恐怖していた。声が出せないほどに。私は生成された口で机の上にある陶器製のマグカップの一つをバリボリと喰らった。

 

「どうですか…?これで信じていただけましたか…?」

 

 私はそういうと腕をもとの人間の形に生成しなおす。香月先生は強げな態度を見せようとしているが、心の中に見える恐怖の色はより濃くなっていた。

 

「化け物がわざわざ捕食対象を調べに来るなんて…。どういった風の吹き回しかしら…?」

 

 私を軽蔑するような目に変わった香月先生に私は少し哀しみを覚えた。

 

(BETAだし軽蔑されても仕方ないかぁ…。)

 

「『炭素系生命体』の情報を集める…。それが私に下された命令…。それを実行するだけです…。」

 

「貴方に命令を下しているのはだれなの?」

 

 上司です。とは言えない。あ号さんのことを話そうとするとBETAの機密保持システムに引っかかるのかそこから先は言葉が出なかった。流石に相手の質問に答えすぎている気がした私は香月先生の質問には答えず本題に戻ることにした。

 

「香月先生…。まだ返事を聞いていません……。協力してくれますね…?」

 

 私は拳銃を構えなおしながら問いただす。というか正直拳銃で脅すようなことをしなくてもよい気はしているのだが……。

 

(拳銃よりも恐ろしいもの見せつけちゃってるしねぇ…。)

 

 香月先生が置かれた状況できにもここで拒否はできないはずだと私は思い込んでいた。しかし返事は予想外のものだった。

 

「嫌よ」

 

 私は香月先生を見くびっていた。拳銃を向けられても、そこに恐怖があったとしても信念を曲げるような人物ではないということは知っていたが、ここまでとは....。

 

「自分の置かれた…状況……。理解していますか…?」

 

 私は再度拳銃を向ける。しかし、香月先生は態度を変えるどころか、むしろさっきよりも恐怖が薄れつつあるようだった。その目はこちらを軽蔑する目から前までのにらみつけるような目つきに変わっていた。

 

「よく理解してるわよ。だから返事はNO。当たり前でしょ?人類にとって不利益になるかもしれない情報をBETAに流して人類を裏切るくらいなら、ここで死ぬわ。」

 

「貴方が死ねば……。オルタネイティブ4は……。終わり……。」

 

「BETAのくせに随分、人間側にお詳しいのね。でも問題はないわ。私がここで死んだとしてもすべてうまくいく。私がやるべきことは終わっているもの」

 

 私は混乱した。香月先生の思わぬ返事も私の混乱を招いた一つではあるのだが、オルタネイティブ4に関する事柄を香月先生が既に終わらしているという驚愕の事実に私は驚いた。

 

(は、早すぎる!ループ前の記憶があったとしてもこんなに早く進むなんて……!)

 

 予想以上に進行度が早い。白銀が現れる前からこの状態なら、原作よりも早くことが進んでいく可能性があるのだ。私は発覚した事実に混乱した。

 

(ぐぬぬぬ。このままだと桜花作戦までもが通常よりも早く…。いや、それだけじゃない!下手したら私の処分まで行われるかもしれないし…!)

 

 横浜で起きることは全て香月先生の頭の中に入っているはずだ。とすれば、事件が起きる前に私を処分してしまう可能性すらも大きくありうる。しかし、私は重大な事実を思い出した。

 

(でもあ号さんも、ループ前の記憶をもっているってことは…。すでに何らかの対策を練っている可能性が高い!つまり、原作での死亡シーンは変わらずに起きる可能性が……!)

 

 物事は最悪な方向へ向かっている。そんな感じがした。この状況を何とか打開するためにも私は考えに考えている。香月先生の方を見ると、私を言い負かしてやったかのように勝ち誇った顔をしていた。たしかに私に言い返せる手札はほぼない。そんなとき、突然、部屋の入口が開いた。

 

 

「失礼します。香月副指令、明日の訓練に関する申請書の確認を……。」

 

 

 目が合った。まりもちゃんだ。よりにもよって最悪な状況で来られてしまった。香月先生も予想外の人物の登場に驚いているようだが、私が今一番驚いているのは間違いない。

 

「ッ……!貴方いったい何をしているの!」

 

 まりもちゃんはそういいながら手に持っていた申請書を空中に放り出し、腰のホルスターから拳銃を取り出そうとする。私は慌てて「動くな。」といい、まりもちゃんから拳銃がよく見える位置で香月先生に構えなおす。まりもちゃんは手を拳銃にかけたところで悔しそうな顔をしながらピタッと止まってくれた。

 しかし状況は最悪だ。完全に場は硬直してしまった。硬直というよりも私は完全に劣勢といえるのかもしれない。こうなってしまっては話し合いなどもうできる状態ではない。

 

(ど、ど、ど、ど、どうすればいいんですかぁ~!?)

 




※変更点
 神宮寺まりもと香月夕呼の初の出会いの場所を白陵基地から横浜衛士学校に変更しました。それに伴い過去編に若干の修正が入りました。


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第6話 想定外が多すぎる!もっとお話を!

皆さんの誤字報告非常に助かっています!
勢いで書き続けているので、助かるんです....。
尚、現在、マブラヴ本編やSSを再度履修しており、物語に違和感が生まれた際には随時訂正していきたいと考えています。
完結するときには良い作品になっていれば幸いです。


 ー 2001年 横浜基地 副指令室 ー

 

 部屋の中にいるのは私と香月先生、そしてまりもちゃん。場の雰囲気は最悪。一触即発の状況だ。

 

(な、な、な、な、なんでもまりもちゃんが!?何かの御用ですか!?確かにここ副指令室だけど!?それにセキュリティーは!?どうなってるの!?と、とりあえず!)

 

「拳銃から…。手を放して…。扉を閉めてください……。」

 

 私は香月先生に向ける拳銃を見せながら、まりもちゃんにそう促す。

 まりもちゃんは悔しそうな顔をしながら、拳銃にかけていた手をそっと放し、入口近くのコンソールのボタンを押して扉を閉める。

 

「両手を挙げて……。香月先生の後ろに……。立っていてください……。拳銃は…。ホルスターにいれたまま……。こちらへ……。」

 

 訓練を受けた兵士を武装を与えたまま、ソファーに座らせる勇気も余裕も私にはなかった。まりもちゃんといえどもその点に関しては同じなのだ。

 まりもちゃんは言われた通り、腰に付けたホルスターを外し、机の上にそっと置く。そして、両手を挙げて香月先生が座るソファーの後ろへと周った。

 まりもちゃんが指示に従い、移動したのを確認した私は再び香月先生に視点を移す。

 

「この状況では……。話…。続けられないですね…。」

 

「そう?あんたがもつその拳銃をこちらに渡しておとなしく捕まってくれるなら、話。続けられるわよ?」

 

 話を始めた最初と違って香月先生と私の立場は武装を持っている私が有利な立場から、論戦を経て、私が不利な状況へと変わっていることがまじまじと理解できた。その証拠に、香月先生の表情は強張った様子から余裕を持った、こちらを小馬鹿にしているような様子に変わっていた。

 

(先ほどまで「貴方」呼びだったのに、「あんた」呼びになってるし!)

 

「そんなの無理……。先生もわかる……。はず……。」

 

 香月先生はふふんという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべた。

 

(ぬぐぐぐぐぐ。原作でこういうキャラだっていうことは学習済みだけど!いざ自分に向けられると、なんというか……。正直、くるっ……!)

 

私は心の中で悔しがった。立場で言えば私の方が有利なのに、完全に主導権を握られていた。当初の目的であった香月先生に協力を取り付けるということも達成できず、ただ自分の正体を教えただけだ。

 

(まさか…!これも香月先生の策!?)

 

 そんな風に考えたが、よくよく考えれば協力を約束してもらってもいない相手に自分の組織を紹介したようなものである。完全に私のミスである。あまりの自分のあほさに呆れそうだった。

 とはいえ、このままでは何の成果も得られないまま、私はこの世界で終了を迎えてしまう。

 何とかして香月先生の興味を向けられるような……。そんな情報、手札がないものかと考えたが、否。そんなものはなかった。

 

(そもそも手札も山札も0!なにもなし!)

 

 今、話を続けてもただ時間を浪費し、さらなる乱入者が現れる可能性を感じた私は一度ここを脱出しようと決めた。

 

「今日は……。この辺にしておきます……。次、話すときは……。きっと…。気に入ってもらえますよ……。」

 

「次なんてあると思ってるの?」

 

 香月先生の口調が急に鋭くなった。そのまま入り口をでて、「はい、さようなら~」なんていくわけがない。仮にもBETAである私をそのまま返す人なんているわけがなかった。

 

(ぐぬぬぬ。これは奥の手だったけど!使うのは今しかない!)

 

「帰らせてもらいますよ……。多少手荒になりますが……。」

 

 私はそういいながら左手にあるものを生成する。

 

(いでよ!催涙ガス爆弾!殺傷能力は持たせないように想像してるし多分中身は大丈夫!)

 

 私が発した言葉と左手に突然あらわれた缶状の手りゅう弾のようなものに二人の表情は厳しいものへと変わった。

 

「それでは…。失礼します…。」

 

 私はそういいながら催涙ガス爆弾の安全ピンを抜き、机の上に放り出す。

 

「夕呼!」

 

 まりもちゃんが叫ぶように香月先生の名前を呼びながら座っている香月先生の体をソファーの後ろに引っ張り、覆いかぶさる。それとほぼ同時に催涙ガスが放出され、部屋の中へ充満する。

 私はその隙を見逃さずに通気口の近くに走り、自身をスライム化。ここにきたときとは違い、目にもとまらぬ速さでダクトへとよじ登り、逃走を開始した。

 

 

 ー その後 横浜基地 副指令室 ー

 

 突然、机の上に放り出された缶状のもの。「多少手荒になりますが…」、それを放り出す前に晴海が言った言葉から爆発物である可能性は十分にありうる。

 

「夕呼!」

 

 まりもが夕呼をぐいっと引っ張りそのままソファーの後ろへと押し倒す。そして、そのままかばう様に覆いかぶさった。ソファーが破片と爆風を防ぎ、多少なりとも生き延びられる確率は高まると考えたのだ。しかし、その考えは杞憂であった。

 プシューっという音が聞こえると、かすかに変なにおいがしたのだ。

 

 まりもは夕呼にかぶさりながらその匂いに反応し、そっと起き上がり、ソファーの影からこっそりと様子を確認する。すでに晴海は姿をくらましていた。あの一瞬でどこかに移動したのだろうが、扉が開いていないことからどこにいったのか皆目見当がつかない。机の上の缶状の物体からは何かもやもやとした透明に近いガスが噴出していた。それを確認したのとほぼ同じタイミングで部屋の中にあるガス検知器が警報音を鳴らす。

 

(まさか毒ガス!?)

 

 まりもは慌てて制服の袖で自分の鼻や口を覆い、夕呼を片腕でつかみながら立ち上がらせる。夕呼もその匂いに気付いていたようで、自分の白衣で口と鼻を覆っている。コンソールのボタンを押そうとするも、ガスの影響なのか目が潤んでしまい、ボタンをすぐには押すことができなかった。少し手惑いはしたものの何とか扉を開き、二人はそのまま転ぶように部屋を飛び出した。

 

 警報を聞きつけた兵士が慌ててこちらに走ってきているのが見えた。

 

「副指令!大丈夫ですか!!」

 

 倒れこんだ夕呼に兵士が声をかける。

 

「部屋に近づかないで!いそいで防疫班を!」

 

 涙目の夕呼は兵士に怒鳴るように命令する。BETAである彼女が置いていったものから発生したガスが何なのかわからない以上不用意に近づけることは危険であると判断したからだ。

 命令を受けた兵士が「了解!」といい、無線に向かって真剣な表情で要請を行っている。

 

「まりも…ッ!ゲホッ。大丈夫!?」

 

 一緒に倒れこんだまりもに夕呼が心配そうに話しかける。

 

「ゲホッゲホッ…。大丈夫よ…!少し…。吸い込んだだけ。」

 

 まりもは咳き込みながらなんとか返答した。

 

(警報が鳴っているっていうのに!どうしてこんなに対応が遅いのよ!)

 

 夕呼は基地の対応の遅さに怒り心頭といった様子だが、晴海がいとも簡単に自分の部屋に入っていたこと、その基地の警戒の弱さに対しても呆れている様子だった。

 

「副指令!教官!大丈夫ですか!」

 

 そう言いながら書類を持った伊隅が慌てた様子でこちらに走ってきた。

 

「いったい何があったのですか!」

 

 そばまで走ってきた伊隅が手に持っていた書類を床に置き、二人の様子を確認するように兵士が行える基本的な処置を行う。

 

「伊隅!貴方はまりもを医務室へ連れて行きなさい!成分不明のガスを吸い込んでしまった事を医師に伝えなさい!」

 

「夕呼…ゲホッ!私は大丈夫…。だから!」

 

 夕呼のあまりの深刻な顔に伊隅は「り、了解!」といいながら、遠慮しているまりもに「教官、大丈夫ですか!?」と声をかけ、まりもは「だ、大丈夫よ。」といい伊隅の手を借りながらゆっくりと立ち上がる。そしてそのまま、伊隅の肩を借りながら自分の体を支えるように医務室へと連れていった。

 

 

 

 

(まさか、こんなことになるなんて……。)

 

 廊下に座り込んでいる夕呼の前を騒ぎを聞きつけた兵士や防疫班の隊員が走っている。副指令室前は警戒線が引かれ、限られた人員しか入れないようになっていた。夕呼は伊隅が床に置いていった書類に目がいく。

 

(やはり……。あの身分証明書類はすべて偽装だったのね……。)

 

 伊隅が持ってきたのは頼んでいた厚木基地への確認の結果、そして、それに付随する形で帝国内務省の情報との確認もまとめられていた。

 

(基地のデータベースにどうして偽装されたデータが……。まさか…!)

 

 夕呼の中に最悪な予想が生まれた。突如目の前に現れた、人間と見間違えようのない容姿をしたBETAである晴海。晴海と同じようなBETAが既に基地の中に存在し、偽装のデータを作成。晴海の侵入を援護していたのではないか…。晴海が私の部屋に来れていたことも協力者がいたおかげなのではないか…。と。

 

(晴海がどうやって部屋に潜んでいたかは分からないけれど……。こんなこと鎧衣の奴の時くらいよ…。協力者がいる可能性は考える必要があるわね……。世界最高の防諜システムを持つ横浜基地といえどこうなっては……。)

 

「副指令!お怪我は!」

 

 夕呼は考え込むあまり自分の世界に入っていた。そのため、近くに立っていた副官のピアティフ中尉に気が付かなかった。夕呼は「えぇ。大丈夫よ。」と簡単に返事を返し、周囲を警戒するように見回すと、ピアティフにむかって「姿勢を低くしなさい」というようなジェスチャーをする。ピアティフが姿勢を低くすると、夕呼はピアティフの制服をグイっと引っ張り、彼女の耳元にささやくように指示を下した。

 ピアティフはなぜこの姿勢で話したのか訳が分からない様子だったが、立ち上がって敬礼すると、言われた指示をこなすべく、行動を開始した。

 

(イレギュラーな存在……。宗谷晴海……。一体、この世界に何が起きてるっていうの……。)

 

 夕呼は先が見えない状況に不安がより一層強くなっていった……。

 

 

 

 

 ー 横浜基地 通気口内 ー

 

 私です。何とかダクトに侵入し、逃走することができた私なのですが……。問題発生です。香月先生が興味を持つような情報が何かないか、BETA間の情報共有を行って情報を集めようと思ったのですが……。

 

(ど、ど、どうして情報共有システムが応答しないのよーっ!)

 

 頭脳級でいたときに便利であったBETA間の情報共有システム。外出先でも使いたいと考えた私は確かにシステムを移植しておいたはずなのだが……。なぜか動かないのである。原因は不明。余計な言語プラグインの導入がエラーを引き起こしたのかもしれないが、こうなってしまっては、一度自分の体である頭脳級に戻るしかない。

 

(地下に行くしかないけど……。基地は警戒態勢だし……。近づけるわけが……。)

 

 通気口の中でスライムが困っているのを全身で表しているようにとローっととろける。

 

(でもよく考えると、私はハイヴに入れさえすれば意識は頭脳級のほうに移せるわけで……。わざわざ基地の入口から入る必要はそこまで…ない?)

 

 横浜基地の地下にはハイヴの坑道が広がっている。その全容を把握されているかは分からないが、中には偽装坑道も存在しており、そのすべてを認識、把握しているのは私だけである。

 

(で、あるならば!私の作戦は決まったも同然!)

 

 スライムがぴょんっと突き立った。

 

(基地の外。どこでもいい。廃墟となった地区に存在する偽装坑道へ侵入!そして晴海の体を隠し、頭脳級へ戻る!)

 

 やることは決まった。私はさっさと動き出す。時間は限られている。どうやって香月先生と再度のコンタクトを試みるか、それも決まっていないのだ。やることは多い。私は通気口から外に行くべく行動を開始した。

 

(いざゆかん!私のマイホームへ!)

 

 

 

 

 数時間後……。

 

 

 

 

 ー 横浜基地 屋外換気口前 ー

 

 基地の裏側……。通気口を経て出た換気口前……。その下には精魂尽き果て燃え尽きた真っ白なスライムがとろけていた……。

 

(や……や…や……。)

 

(やっぱり……。今回も遠すぎたよ……。通気口の……。出口には……。)

 

 通気口大迷宮。脱出難易度高。スライムの体を二度としたくない。私の中でスライムは嫌悪する対象となってしまった。

 

(もっと……。いいフォルムを……。というか……。通気口内移動はもう……。)

 

 止めたい。それが本音である。と、そんなことを考えているうちに疲れが取れてきた私は(疲労など感じないであろう)姿を晴海に変え、基地の柵を越え、外に出ようとした。

 

(赤外線センサー……。BETAだけでなく、対人に関しても警戒は怠らず……。か。)

 

 私は一時的に赤外線センサーの電源に干渉し、電源を落とす。その隙に柵の上を飛び越えていく。

 この体は普通の人間の数倍の力や能力を出せるようだ。今までそんな感じはしなかったが、柵を越えようとジャンプしたことで初めて晴海の身体の能力を認識した。

 柵を越えた後、私は赤外線センサーをもとの状態に戻す。そして、脳内にハイヴの坑道マップを広げた。幸いにして距離はそこまで遠くはない。

 

(せっかくだし……。この超人間的な体でどのくらいでつけるのか、実験!実験!)

 

 走って跳んで…。目的地まではおよそ直線でおよそ10km、旧市街地。人間であれば1km7分ペースで走ったとしても1時間以上はかかるだろう。

 

 私は息を整え、そして、駆け出す。

 

 

 私は夜を駆けた。

 

 

 忍者のように。

 

 

 

 ー 横浜 旧市街地 ー

 

 目の前にあるのは崩れ落ちそうな民家。周りには荒野と残骸、ところどころに廃墟があるのみだ。

 結果としては、10kmの距離を18分でおおよそ時速にして40km/sほどだろうか。平均的時速であるものの、最初の時はもっと速く走れてはいた。やはり持久力に似た何かがあるのか、後半になるにつれて徐々に効率が落ちてきた。

 

(無限の持久力と圧倒的俊敏性を兼ね備えたスーパーボディーかと思ったけど……。まぁ、普通の人よりかは全然すごいけどね…。)

 

 道中の障害を飛び越え、ここまで走ってきたのだ。障害がなかったらもっと速く走れたのではないかとも考えたが、良い実験ができたと満足した。

 

 崩れ落ちそうな民家にゆっくりと入る。この家の地下に偽装坑道が掘られている。おそらく、ここからBETAを送り込もうとしていたのだろうが、今となっては…。

 寝室だろうか、和室の部屋についた私はその畳を一枚ずつ、一か所に重ねていく。

 

(ここに住んでいた人には申し訳ないけど……。)

 

 バキッ!と音を立てて木の床が割れた。私の正拳突きは容易に木の床をたたき割った。割れた位置からバリバリと木の床をはがしていく。力をそこまで入れなくてもはがせていけるので苦労はしなかった。

 壊した木の床の先土の地面が広がっている。私は生成したシャベルで掘り出す。掘り出し始めてすぐにハイヴの壁と同じような素材が現れた。私はそれに手を添え、自身の体を同化し、その内側に自身の体を移していく。

 

(これが偽装坑道……。ばれないようによくここまで掘り進めたな……。BETAの作業効率はやっぱりすごい……。)

 

 ハイヴの詳細は原作でも大まかにしか説明されておらず、ここまで広いものかと改めて関心した。迷子になってもしょうがないと過去の自分を改めて慰める。

 ハイヴの中へ無事帰還した私は周囲を見渡し、陰になるようなくぼみを見つけそこへ隠れるように座る。そして、そのまま自分の意識を頭脳級へと送った。

 

 この感覚はやっぱり不思議だ。晴海の体を作った際に実験で意識を移すことを何回か行ったのだが、どこかに飛んでいくような……。翼が生えたような……。爽快感に近いような感覚を得る。意識を移した後はいつもぼうっとするのもお決まりだ。

 

(さて……。始めますか…!)

 

 休んでいる暇はない。私は早速、情報共有を開始する。私がここを留守にした1日の間に起きた各地における災害情報(戦闘詳細)、採掘状況などが流れ込んでくる。そのほかに私が確認していない、保存されている情報がないか、パソコンでいうフォルダーを開いていく感覚で私は一個、一個確認する。しかし、これといって際立った情報は見つからない。

 

(災害の対処情報の中に解体シーンがあるのはなぁ……。ちょっと人の心のほうがしんどい……。)

 

 人間の人体実験……。BETAとしては何の感情も持たないのだが……。改めて自分自身に問いかけると、人としての心は傷ついている気がした。

 黙々と作業を続けると、気になるものを見つけた。新型の採掘機械に関する報告?これは……。

 佐渡島ハイヴが更新している情報。閲覧制限がされていたが、あまりにも気になった私は権限を使いアクセスした。そこには……。

 

(これが……。新型の……。採掘機械!?そんなっ!早すぎる!)

 

 映し出されていたもの、それは紛れもなく私が原作でも見たことがあるもの。

 

г(ゲー)標的…!)

 

 要塞級の足に重光線級が3つくっついたような……。いやその比ではない……。はるかに大きいものだった。

 

(どういうこと!?これが生まれるまではまだ時間があるはずなのに!?しかも佐渡島に!?)

 

 私は混乱した。この情報が閲覧制限がかかっているおかげでまだほかのハイヴに情報が送られていないであろうことに安堵はするものの、異常事態に混乱は隠せなかった。

 

(おそらく、あ号さんが指示を出したんだ。でもなければこんなものを作り始めるわけがない。間違いない、これから起きるであろう災害にいち早く対策に乗り出している……。)

 

 ループする前の記憶を持っているため、原作と違い人類側の開発状況はかなり早く進んでいる。しかし、それはBETA側も同じだった。一歩先の災害対処を行おうとしているのだ。

 

(このままでは白銀が来る前に採掘区域拡大(日本侵攻)が成功しかねない……。)

 

 原作開始前に日本が終了してしまうなど、悪夢だ。おそらく207B分隊のメンバーもまだ訓練生……。戦術機に乗る前に死んでいくなどさらなる悪夢だし、これ以上の被害をだし、キャラクターが死んでいくことこそ私がこの世界に来て味わう最悪になる。

 

(こうなったら……。直談判するしかない…!)

 

 私は上司、あ号標的に連絡を取ることにした。最悪の事態を避けるために。

 

 これは人類の物語の中で……、BETAの私がこの世界で生きていくために決めた私の信念を貫くための第一歩になると信じて。




P.S.

Muv-Luv再履修しはじめたら心が痛いです。でもこの作品で幸せになってほしいです.....。頑張って勉強続けます。


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第7話 愛するべきは理解者

※事前に言っておきます。本作品はMuv-Luv chronicleの資料等も参考にし、執筆を行っていますが、本編のネタバレを防ぐため一部描写を変更、省略してお送りしています。
 気になる方は本編をご確認くださるようお願いいたします。


 ー 2001年 横浜ハイヴ 反応炉 ー

 

 私です。毎度のごとく私から始まるわけなのですが、今、私は大学の面接試験以来、久しぶり感じるこの緊張感に不安を隠せずにいます。

上司ことあ号さんと話をするために私は自分が使える権限の中にある「呼び出しシステム」(私が名付けた)を使ってコンタクトを取ろうとすることにしたのです。

 

(電話で呼び出すみたいな感覚は慣れないなぁ.....。BETAだからもっとこう....。脳波を使ってテレパシー!みたいな.....。でも人から見ればこれってテレパシーのようなものにしか見えないのかもなぁ。)

 

 そんなことを考えている暇はない。私は余計な考えを頭の中から放り出して捨てるように顔を横にぶんぶんとふった。状況は最悪。原作よりもはるかに速いスピードで進む人類とBETAの技術進歩。香月先生との和解不成立。正体をばらしてしまったこと.....。

 

(ほ、報告しても.....。怒らr.....。処分されそう......。)

 

 先が思いやられた。BETAの中で罰則のようなものがあるのかは私には分かるわけがない。まず、今の私の立場ですら特異なもので、前例がなく、情報共有システムの中にもお仕置きのようなものは見当たらなかった。

 

(機械だもの......。そりゃそうか.....。)

 

 長い溜息が私の苦労をありのまま表現していた。(呼吸をしているかはわかr)

 

 

 その後、しばらく上司に呼び出しをし続けたのだが、応答する気配はなかった。

 

(あれ....。どうして出ないの....?もしかして、全部ばれてて私クビに!?)

 

 不安が私をよりネガティブな思考へ変化させていく。もともとそんなにポジティブ思考ではないだけに、まさに自分が悪循環発生器であるように感じるほどだ。

 その時、突然私の頭の中に私が求めていた声が響いた。

 

『システム確認.....。接続完了......。ID確認....。識別コード認証.....。以降、22番と呼称.....。状況、報告せよ。』

 

 私はクビにされていなかったのかと少し安堵した。このまま返答がなかったら、もうこのまま死を迎えてもいいかもしれないとか考えていたが、そんな考えはもういらない。

 

(というか22番って......。私が22番目にハイヴとして作られたから!?そんな安直に!?)

 

『報告....。炭素系生命体に関する情報収集活動を実行。識別名「人間」。直接的接触に成功。対話失敗.....。今後の情報収集活動への影響....。大。」

 

 私は自分が行ったことのありのままを続けて話した。上司がどんなことを考えながら私の報告を聞いているのかは分からなかったが、私は話を止められなかったので話を続けることにした。

 

 

 

『以上.....。報告。』

 

『報告内容確認。情報を共有中.....。』

 

 私が話した内容と見たものが上司と共有されているようで、しばらくの間、無言の時間が流れる。送る情報の中に、私が上司と話す前に考えていた対処方法も混ぜておいた。この件について、何か意見があるはずだ。

 

(意見もらわないと.....。っていうか許可もらわないとその対処条項は実行不可です!)

 

 私が何とかして考え付いたものは結局、相手が私と協力せざるを得ない状況を、こちらが....。BETAがもつ手札(情報)を使い、作っていくことだった。

 同等の立ち位置では、当然敵であるのだから話を聞いてもらえるはずはない。こちらから人間に挑んでいっているのだ。

 かといって『こちらが下手に出て話しましょう」なんて提案すれば私たちの創造主を相手の下に立たせているものとほぼ同等の行為であり、BETAがそのようなことをできるはずがなかった。実際問題、BETAの方が優勢であることはBETAが支配する地域のほうが人類が生存している地域よりも多いことがそれを裏付けている。

 当然、半ば強制的に協力させることも可能ではあるのだろうが......。それは、BETAと人間との和解という問題の解決と矛盾するものであると、今回のことで私は理解した。

 

 結局はこちらが上手に立ちつつも、完全に上位にいるのではなく、手の届くところぎりぎり......。相手も納得するくらいの....。丁度よい関係で対処を行う。それを実行する方策として考えられるものをいくつか採り上げた。そして、それにはある秘策も......。

 そして今回の報告書でこの問題への対処を行う際、「人間を炭素系知的生命体であると仮定して行うものとする」ことを盛り込んだ。

 

 

『.......。情報共有完了....。対処条項......。確認。』

 

(どうだ.....?やったか....?)

 

『対処条項の妥当性の審査中.....。問題なし.....。』

 

(やったか!)

 

『音波プラグイン導入中......。システムに適応中......。外部通信に適応中......。』

 

(あっ.......。)

 

 思い出した。晴海をよりペラペラ話せるようにするために、私が上司を待つ間の暇つぶしとして少し改造を施した言語プラグイン.....。まだ人間を知的生命体と認識されていない以上「言語プラグイン」とするのは違和感があったため、「音波プラグイン」としてファイルに保存していた。それもまとめて情報共有してしまったのだ。

 

『識別名『人間』が使用する音波プラグインが私たちの通信システムの効率を上昇させることを確認したため、これを導入します。以降の通信はこの改良システムを使用します。』

 

(え.......。e.......。ゑ?)

 

 BETAに音波プラグインを導入したら、前までのたどたどしい単語だけ並ばせていたような会話が.....。あ号さんが.....。まるでオペレーターのようにスラスラと話し始めた。

 

(ええええええええええええええええええええええええええええええええええ)

 

 今世紀.....。いや、前世を含めた私の経験の中で最も....。いや、世界的ともいえる発明だった。

 

『対処条項の確認作業を終了。22番の一部管理権拡大の必要性を認めました。現在の採掘地における同地位の命令権、アクセス権を認めます。』

 

 私の権限が広がったという話が、放心状態である私の耳に入り脳を通って耳から抜けていく(脳はあっても耳はない)。

 

『22番、権限を確認せよ。』

 

 私はハッとして、驚きを隠せないながらも言われた通り、自身に新たに割り振られた権限を確認する。私の目的通りであれば、予想通りの権限が付与されるはずなのだが......。

 

(私の権限情報はー......。ぃぃぃぃぃぃよぉおし!)

 

 思わず心の中でガッツポーズ。権限欄の中には、現在の私のいる横浜ハイヴを中心とし、佐渡島ハイヴ、鉄原ハイヴにおけるあ号さんと同地位の命令権、情報閲覧権が付与されていた。また、それらハイヴが管轄する地域で活動するBETAはどのハイヴであろうとも、私の権限によって制御可能になるよう設定されていたのだ。

 

(最初のだけでも十分だったけど、これなら大収穫!)

 

 私がこの権限を拡大するために、対処条項に記載したことは簡単なものだ。

 

「調査地域における調査対象の減少は、命令の確実性を阻害する可能性が大きい。また、対象の詳細を再考証している現時点において、その採取を行うことは予測される最悪の事態を招く恐れあり。これらを踏まえ、調査対象の確保は本命令を遂行するにあたり、必須事項であると予測される。当該地域における資源採取活動の一時停止が妥当と推測される。また、調査地域における情報共有の向上は、入手した調査対象の情報を比較、考証し、その信頼性を高めるうえで非常に役立つと推測される。」

 

 要するに調査するものがいなくなっちゃっても困るし、今その正体を確認してるのに採取続けて、本当の正体分かった時に実は知的生命体でしたー。なんてなれば自分たちは創造主の命令に従っていないバグとされてしまう。そういう事態は避けたいよね?でも対象の情報入手したときにその情報の信ぴょう性確かめるためにも何か比較するもの欲しいなぁ......。今までの集められたデータだけでも欲しいなぁ.....。だから、権限頂戴?チラッ。ということである。

 

(原作の知識が正しければ、あ号さんはいま創造主とコンタクトを試みている状況......。正直言えば、おそらくコンタクトに成功しているとはいいがたい.....。そんな中、問題を起こしていたとなれば、取り返しがつかないだろうし.....。)

 

 半分は私の予測であったが、その思惑の幾分かはあ号さんの的を射ていたようで、今こうして私は極東地域、とりわけ日本近辺にあたってはオリジナルハイヴと同等の管理権を持つことができた。前の記憶をもっていないあ号さんであれば、指揮系統の改革も行わなかったから、今となっては逆にありがたみさえ感じる。

 

『22番、権限の受理完了。』

 

『今回の報告を考慮し、各採掘地域においても採掘活動の一時的な停止、また、活動規模の縮小などを行います。ただし、現在の採掘地域において発生した災害対処において、その限りではありません。』

 

 あ号さんは私にそう話しかけているのかと思ったが、その情報は全ハイヴに送られているようだった。

 

『22番、以上で通信を終わります。以後の報告があるまで待機します。』

 

 そういうとあ号さんとの連絡がきれた。私は一気に体の力がぬけた。

 

(物分かりがいい上司って......。ありがたいんだなぁ.....。)

 

 本来であれば敵であるはずのBETA。作中ではあきらかに物分かりが悪い....。というか、わかろうとしていないのだが、この世界においてはその限りではないどころか、その物分かりのよさや人類への関心の持ち方にどことなく違和感を感じるほどである。

 

 私は早速、今の状況と原作の知識、そして佐渡島、鉄源各ハイヴの情報を総動員し、情報と状況の整理を開始した。

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 医務室 ー

 

 医務室の外の廊下からは絶え間なく足音が聞こえる。兵士や職員が慌ただしく走り回っている様子が伝わってくる。夕呼に促されるまま、医務室までまりもを連れてきた伊隅は、医官の言う通りにまりもをベッドへ横にならせ、状況を報告した。

 医官はそばにいる看護師にあれこれと指示をすると、診察器具を持ち、簡単な診察を開始する。伊隅は心配そうにそれを見ることしかできない自分に悔しさを感じた。まりもは医師の問診に少し咳き込みながらも返答した。

 その間に、先ほど部屋を出た看護師が医薬品を乗せた台車を運びながら診察室へ入ってくる。

 

「ふーむ.....。これは.....。」

 

「先生!教か.....。軍曹の容態はどうなのですか!」

 

 伊隅が気になる衝動を抑えきれずに思わず教官!と口走りそうになる。

 

「まだ精密検査もしていないので、断言はできませんが、症状を見るに、おそらく催涙スプレー.....。またはそれに近いものを受けたのではないかと思われます。診察具合からも命に別状がある様子は見て取れません」

 

 伊隅は医官の報告に「よかった....。」といいながら、まりもが寝るベッドの隣にあるベッドに力なく腰を下ろす。

 

「精密検査の準備がありますので、少しの間ここを離れます。その間、よろしくお願いできますか?」

 

 医官が伊隅にそうお願いしたので、伊隅が「了解した」と返すと、医官は足早に診察室を出ていった。

 

「大尉殿、さすがにゲホッ。心配しすぎですよ。」

 

 まりもが横になりながらそういうと笑みを浮かべた。

 

「ぐんそ.....。いえ、神宮寺教官、大尉ではなく伊隅で結構です。」

 

 軍曹と呼びかけた伊隅はここが二人きりの空間であることを認識すると、限られた人の前でしか使わないようにしている「神宮寺教官」と呼びなおした。

 まりももそのことを理解しているのか、軍人である以上階級を.....。と思いながらも、「わかった」と力なく言う。

 

「伊隅、お前は覚えているのか。前の.....。私がお前を教官室で.....。殴りつけて......。」

 

 前の記憶で、ループする前の時、伊隅が訓練兵であったときのことだ。訓練中の事故が起き、同期の一人が死に、一人が重症を負った。その件で発せられたまりもの心無い言葉に伊隅は抗議をするため、まりもの教官室へと赴いた。教官室から聞こえる壁を殴る音。伊隅が部屋に入るとそこにはこぶしを真っ赤にそめ出血しながら壁を殴っていたまりもの姿があった。目にはいっぱいの涙をためて。

 

「えぇ....。覚えていますよ。あの痛みは.....。あの時の言葉は....。しっかり覚えています。」

 

 この世界においては、伊隅がいち早く異変を察知し、事故が起きることはなかった。しかし、それも前の記憶がなければできてはいないことだった。

 

「私を.....。恨んでいないか....?」

 

 まりもはベッドに横になりながら顔を伊隅からそむけるようにして言う。その表情を隠すように。伊隅は首を横に振る。

 

「教官....。私は戦場に出ていろんなことを経験して......。そして、教官のことも...そして、おっしゃった言葉の意味もよく知ることができました。」

 

「そうか.....。」

 

 まりもはそれだけいうと伊隅から見えないようにその目に溜まっているであろう涙をぬぐった。伊隅にとってまりもは恩師でもあり、そして尊敬の対象であった。

 

(........私は.......。あなたのように......なれましたか......?)

 

 伊隅の脳内にループする前の記憶が、自分が死の直前に発した言葉が聞こえた。

 敬愛する恩師を目の前で失った。本当は成長した自分を見ていてほしかった。そんな伊隅の無念がその言葉にはこめられていたのかもしれない。

 

 二人が過去のことを話し、思い出していた時、扉からノックする音が聞こえた。

 

「お待たせしました。精密検査の準備ができましたのでお連れ致します。」

 

 そう言いながら医官が扉を開け、車いすを運ぶ看護師と共に部屋へ入ってくる。

 医官は「念のため」といいながらまりもを車いすに座らせる。

 

「大尉、私のことはもう大丈夫ですので、香月副指令にご報告ください。」

 

 まりもは伊隅に敬礼をすると伊隅もそれに敬礼で返した。

 

 車いすにのって医官と看護師と共にまりもが部屋を出ていくのを見送った伊隅は今回のことで改めて自分が成し遂げたいことを思った。

 

(.........もう一度.......基地に咲く桜が見たかったな........。)

 

 伊隅は脳内に死の間際に思ったことを思い出す。

 

(私は死ぬわけにはいかない.....。誰も死なせない......。今度こそ....!)

 

 自分の覚悟を自分に戒めるように、伊隅は手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 会議室 ー

 

「これは......。彼女は本当にBETAなのかね?」

 

 国連軍横浜基地の司令官であるラダビノッド准将が、会議室のホワイトボードにプロジェクションされる映像を見て疑いを隠せない様子で夕呼に質問する。映されているのは尋問を受ける晴海だ。

 

「はい、まぎれもなくBETAです。何しろ私の前で.....。私の部屋で堂々とその姿を披露していきましたから。」

 

 夕呼がピアティフに合図を送ると、ピアティフはプロジェクターを操作し、次の映像を見せる。映されているのは副指令室の隠しカメラの映像だ。

 

「メインの監視カメラはハッキングされてしまっていたので使い物になりませんでしたが.....。こちらは大丈夫でしたわ。」

 

 夕呼の目の前で腕を変化させる晴海。ラダビノッドは「なんてことだ....。」と言いながら座る椅子の背もたれに背中をつける。

 夕呼はピアティフに合図を送ると、ピアティフは再びプロジェクターを操作して、映像を止め、部屋の照明をつけた。

 

「彼女が、我々人類が初めて遭遇した完全に人の容姿をしたBETAであり、初めて会話を行ったBETAでしょう。基地の警備兵などには襲撃者として顔写真の配布を行っています。」

 

 ラダビノッドは自身の基地にBETAの侵入を許したことに怒りを通り越して呆れてしまっているようだった。しかし、その顔には不安の色が濃く出ている。

 

「彼女はどうやって、この横浜基地に侵入した?それに君の部屋に。」

 

「調査中ではありますが.....。正直言って、不明という事実しか分かりません。何しろ、私たちの部屋からも煙になったかのように消えてしまったのですから」

 

 ラダビノッドが「ふーむ」と唸りながら黙り込んだ。

 何もなすすべがないという事実が突き付けられただけに、今後どのように対策すればいいのか。それに、新種のBETAが人の容姿そっくりで見分けがつかないなど、まさに悪夢である。

 しかし、夕呼はどこか余裕をもっているような、そんな表情をしていた。

 

「司令、私の考えが合っていれば、彼女はまたこの基地に現れると思います」

 

 夕呼の思わぬ発言にラダビノッドは考え込んでまるまっていた背筋がピンと立った。

 

「どういうことかね?」

 

「はい。あくまで私の考えと予測の範囲....。それも人間的な思考の上でお話しします。彼女は我々、人類の情報を得たいと、そのように話していました。そのために私に協力してほしいとまでね。」

 

「それで?」

 

 ラダビノッドは興味ありげといった様子で夕呼の発言を待っている。

 

「彼女は消える前の会話で、「次会うときは....。」と言っていました。BETAが人の言葉を理解して使っているのか、どのような意図で発言しているかは不明ですが、この言葉から考えるに、再び話をしにくるのか、それとも侵攻してくるのか。どちらにせよもう一度この基地に現れる可能性は高いとみるべきでしょう。」

 

 ラダビノッドは夕呼の話を聞くと、「前者の形でご来館なさるとうれしいんだがな」などと皮肉を込める。

 

「それで?君のことだ。何か考えがあるのでは?」

 

 ラダビノッドが夕呼の方を見ながらふっと笑みを浮かべる。

 

「えぇ、もちろん。と言いたいところですが......。成功率はかなり低いかもしれません。」

 

 すると夕呼は自分の考えを説明するべく、ピアティフに合図を飛ばし再び部屋の照明を落とし、プロジェクターをつかって映像を見せ始めた.....。

 

 

 

 

 ー 横浜ハイヴ 反応炉 ー

 

 私がかれこれ情報を精査すること.....。時間は分からないがとにかく考えていたことに違いはない。この体でいると時間間隔がどうもおかしく感じてしまうのだ。

 

(とりあえず、状況を整理して、使えそうな手札は全て整った。後は.....)

 

 どうやって香月博士に接触するのか。

 以前のようにこそこそ侵入することはもうできない。というか、顔も身分証もおそらく役に立たないだろう。すでに基地に私の顔は指名手配犯のように広がってしまっているはずだ。それに、前のようにこそこそ会いに行ったのではこちらが強者であるという感じがいまいち出ない。

 

(やはり、正面ゲートから...?どかーーん!と突破?いやいやいやいや、あまりにも乱暴すぎる!地下からBETA使ってグラウンドに?いや、それこそ間違いなく基地の戦術機に殺される!)

 

 あまりにも派手なイメージしかできない自分に情けなく感じた。

 

(ここはやっぱり、晴海のおとなしいようなイメージをそのまま活用して......。淑女のたしなみのように......?)

 

 色々迷った私は、晴海の体に意識を戻して、溢れ出る強者オーラを出す練習を始めるのだが......。

 

 その様子があまりにも恥ずかしすぎたので、私の記憶にしまうことにした。

 



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第8話 変わるんだ!今!ここで!

試験的に挿絵によるイメージ図を取り入れましたが、今回のみとなりそうです。
ご了承を。
 本作推薦OP「ヒカリノハナ」


 ー 2001年 横浜ハイヴ ー

 

 香月先生との再会に向けて準備を進めていた私です。準備万端、後顧の憂いなし!いざゆかん!としていたのですが......。

 

(なんか騒がしい.....。)

 

 基地の地下....。ここハイヴで何かを立てているようでした。それはともかくと、私は香月先生に会いに基地へ向かいました。

 いざ基地付近につくと強化外骨格を着た兵士がうじゃうじゃいて.....。

 

(え!?何事!?もしかして私のことを歓迎(迎撃)しようと!?)

 

 慌てて自分の住処へ戻り、一度情報を集めることにしました。監視カメラや、コンピューターの情報を盗み見たりした結果.....。

 

 

 

(そういえば、こんな物語もあったなぁ.....。)

 

 武が来る前のこのオルタネイティヴの世界において、香月先生が各国や組織のお偉いを集め、プレゼンを行うということがあった。表向きはオルタネイティヴ4の進捗を報告することを目的としていたが、本当の目的は、基地に潜む「停滞工作員」をあぶりだし、オルタネイティヴ5を推進する勢力の目を誤魔化すことなのだが。

 

(ということは、ハイヴ内に作っているのは.....。ダミーの施設か....。)

 

 もう9月間近であったということもあり、物語が大きく動き始めることを改めて実感した。今行くのは危険も多いが、まだ多くの人に私という存在をしられたくなかったため、作戦の延期を決定した......。

 

 

 

(とはいえ......。)

 

(暇すぎるんだッ!)

 

 娯楽といえるものはなにもない。かといって娯楽を作ろうとするのも今の状況では気が引ける。生成したものを使うことも問題なくできたのだが、別のものへ変換したり、回収する際にわずかにG元素が失われていることに気付いたのだ。減少量は生成したものの大きさに比例はするのだが、G元素の精製プラントを接収された今となっては、自身の体において精製を続けて得られる少量のG元素に頼るしかなかった。

 

 かといって、暇すぎたのは事実だった。おそらく1週間前から進められていたのであろう会場設営の間、私は自分の作戦の見直しをただひたすらに行っていた。それしかやることがなかったから.....。

 それで自身の暇な感覚を耐えに耐えていたのだが.....。プレゼン当日、ついに私の見直しも改良もすべて終わってしまった。結果.......。

 

(晴海のこといじって遊ぼう.....。)

 

 無駄にできないはずのG元素を使い、晴海のキャラメイクを始めてしまった。とはいっても容姿の部分は髪型を変更したくらいである。大きな変更点は、衣服の面である。

 

(国連軍の制服を着る意味ももうなくなっちゃったし.....。新しいの作ろう!)

 

 前世のMMORPGでも衣装を自分で考えるのは得意だった。歴史上の人物の衣装を自分でアレンジしたり、色々想像を働かせたが......。

 

(この世界で派手な服は似合わない。やはり軍服に近いものにしよう!)

 

 私は早速、作業を開始した。

 

  色合いはできるだけ、Muv-Luvの世界に近づけつつ......。

 

  軍帽も用意して.....。

 

  サーベルなんかもつけちゃおう!

 

 

 

 作業を始めて、いくら経ったかは分からないが、私はいつの間にか暇な感覚を忘れていた。途中、何度か基地が騒々しい時はあったが、そんなことを気にも留めず作業を続けるほどには。

 

 

 そして.......。ついに......。

 

 

(できたぁ!)

 

 晴海の衣装を変えただけでここまで印象が変わるものかと、私は満足げにうんうんと頷いた。そして、その衣装を着せた晴海で動きたいとウズウズする心を抑えきれず、私は晴海へと意識を移す......。

 

 

「これは.......。すごく........。」

 

「すごくいいですっ!」

 

 私の語彙力は崩壊した。改善した言語プラグインにより、言葉遣いの違和感もなくなったことも原因ではあるが、今私がもっとも関心しているのは完全に衣装についてである。あまりの似合いように思わず顔がニヤリとしてしまう。それが感情といえるのかは分からなかったが、少なくとも人間の私は悶絶していたにちがいない。写真撮影会でも開きたい気分だった。

 

(ここにマスケット銃を用意して.....。こう......。)

 

 G元素の無駄遣いであることは理解しているものの、欲求の封じ込めに失敗してしまった。後悔はしていない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 こうして新たな晴海を作り終えた私はしばらくその優越感に浸ってしまっていたのだが、時間がかなりすぎていることに気付き、慌てて基地の様子を確認する。

 

(監視カメラから見ると.....。あれっ!?会場も片づけ終わってる!?そんなに時間が.....。)

 

 監視カメラから見えるカレンダーを確認する。

 

(9月3日......。9月!?)

 

 基地のほうがいそがしそうだからと私が呆けていた間にもう9月になってしまっていた。

 私は慌てて基地に向かう用意をした。幸いにして今は午後1時を回ったころであり、今から向かうにしても問題はない時間だった。

 

 マスケット銃を回収し、偽装坑道から急いで地上へ向かう。

 

(私の手札は整った。見直しも完璧。香月先生もこれなら私と協力体制を築いてくれるはず......。)

 

 地上に到着した私は新しい制服を汚さないように細心の注意を払いながら、横浜基地へと足早に向かった。

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 会議室 ー

 

「.......。というわけで無事、基地の停滞工作員の排除。オルタネイティヴ5推進派への圧力という本目的を達成することができたわけです。」

 

 夕呼がホワイトボードの資料を指しながら、ラダビノッドに今回のプレゼンの最中におきた出来事をまとめながら報告する。今朝から始まったプレゼンの報告会とその最中に起きた事件の報告は正午になってようやく終了した。

 

「ご苦労だった。香月博士。」

 

「はい、ありがとうございます。」

 

 ラダビノッドは夕呼の話を聞き終えると「ふぅー」と息を吐いた。その顔には長時間座っていたためか疲れが見えるが、ラダビノッドは再び夕呼のほうへと顔を向ける。

 

「ところで、君がこの前提案した件......。そちらは問題ないのかね?」

 

 ホワイトボードの資料を片付けていた夕呼がその手を止めラダビノッドの方を向いてにやりと笑いながら「問題なく進んでいますわ」と答える。

 

「この作戦....。全ての責任は私がとるが、失敗は許されない。くれぐれも頼んだぞ。」

 

 席を立ち、服かけにかけていた制服を着ながらラダビノッドはそういうと、部屋を出ていく。

 

「ピアティフ中尉、資料の片づけまかせてもいいかしら。」

 

 ピアティフは「了解です」というと手早く片付けを始めた。夕呼は後の始末を任せると、自分の部屋へと足早に向かった。

 

(大丈夫、私の作戦は完璧.....。大丈夫.....。)

 

 夕呼は自分に言い聞かせるように心に思う。この作戦が失敗すれば、自分の命はなくなる可能性すらあるからだ。その顔には緊張感を隠しきれない笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 正門 ー

 

 私は帰ってきた。ここ、横浜基地に。

 

(といっても私の本体はこの地下にあるんだけどね.....。)

 

 そんな突込みをしながら、覚悟を決めて基地の正門へと向かう。おそらくだが、私の存在は既に基地全員に情報が回っているはずだ。何をされるかは分からない。制服の下には突撃級が採掘に使用する硬い部分の素材を防弾チョッキ代わりに来ている。薄くなったとはいえ、銃弾であれば貫通することはないだろう。

 

(頭や足なんか限界はあるけどね.....。というか、撃たれたらどうなるかなんて試してないし.....。)

 

 そんなことを思っていると見慣れたゲートが見えてくる。見張りの兵士はいつもの二人だ。

 

(ここは変わらず....か。)

 

 見張りの兵士の最期を知っている私は少し哀しくなった。モブ兵士とはいえ、実際に生きている二人がこのままだとどうなるのか、容易に想像できたから。

 

「そこのお前!止まれ!」

 

 黒人の兵士がそう言いながら銃を向けてくる。もう一人の兵士の方は、無線機で連絡をしているようだ。

 

「宗谷晴海だな!手を頭の後ろ回して地面に跪け!」

 

 やはり私のことは情報が回っているようだ。いつ撃たれてもおかしくない。トリガーには指がかかっていた。かといって、今回私がここに来たのは話し合いでもなければ、お願いをしに来たわけでもない。交渉をしに来たのだ。ここでおとなしく指示に従うつもりはなかった。

 

「香月先生に話がある。お前たちに用はない。」

 

 私がそう言いながらゲートへ近づく。

 

「う、動くな!」

 

 二人の兵士が私に銃口を向ける。殺したくはないし、殺されたくもない。無力化しようにも、ここで騒ぎを起こしても動きにくくなるだけだ。

 

(どうしたものかなぁ.....。)

 

 そう思っていた矢先、私の願いはかなうことになった。

 

「あんたたち、その子は私のお客さんよ」

 

 そういいながら香月先生がこちらへ歩いてくる。二人の兵士は「副指令!?しかしこいつは!」と何か言いたげそうだったが、「いいから通しなさい」といわれると私に銃を向けたまま「こちらへこい、妙な真似はするな」といった。

 私は遠慮なくゲートを通過させてもらった。その時、再び兵士が前に立ちはだかる。

 

「そのサーベルはこちらで預からせてもらう」

 

 私がつけているサーベルはあくまで装飾品に近いものであり、人を殺すこともできないことはない、しかし、その用途には不向きなものであるのだが.....。彼らからすれば武装であることには違いなかった。

 

(でもこれがないと、私の雰囲気でないし、ここで指示に従うつもりはないから...。)

 

「断らせていただきます。」

 

 再び緊張が走ったが、「あぁ、もうそいつにかまわなくていいから。私がすべてやるわ」と香月先生が口入れをしてくれたおかげて二人の兵士は悔しそうな顔をしながらも、元のゲートの警備へと戻った。

 香月先生は私の方へ顔を向けると「ついてきなさい」といった。私はとりあえず後をついていくことにした。何か考えがあると思ったから。

 

「あんた、よく正門からきたわね。またどこからともなく現れるのかと思って、今か今かと待ってたわよ。」

 

 香月先生が歩きながらこちらを見ずにひとりごとのように話す。

 

「前回、約束を取りつけましたから.....。正門からいくのが筋でしょう....。」

 

 香月先生は私がスラスラと話したのに驚いたのか、足を止め、こちらを向いて顔を近づける。

 

「随分喋り方が滑らかになったじゃない。それにその制服も。」

 

 私は自分が褒められていることに満足する。

 

「ありがとうございます。」

 

 精一杯の感謝表現だった。

 その後は香月先生が愚痴のようなものをこぼしながら歩いていく。こんな愚痴を部外者.....。もとい敵対者に話してもいいのかと思ったが、こういう人かと自分の中で納得する。

 

「それはそうと.....。」

 

 香月先生が突然、足を止めた。

 

(何!?)

 

「あんたお腹すいてない?もっともあんたに栄養が必要かすらわかないけど」

 

 さっきの愚痴の話とこの質問から察するに、どうやら香月先生はお腹が減っているようだ。朝から正午まで報告会をしていたなら朝食....。いや昼食をとってもいないのかもしれないと思った。私の体は空腹感を得ることはないのだが、香月先生の気持ちを優先した。

 

「私は大丈夫ですが.....。先生がそうであるのならば、私は付き合いますよ....。お話できる環境であれば尚更。」

 

 私がそう返すと、香月先生はラッキーというような顔をした。

 

「今の時間なら食堂にはほぼ人はいないわ。それなら話をしても怪しまれないでしょ」

 

 私はそうであればと納得し、頷く。

 

「一応、護衛をつけさせてもらうわね。あんたの事情もあるし」

 

 廊下であることから私の素性を明かそうとはせずに話をしてくれることに香月先生の配慮が感じられた。護衛もつけてくることは想定していたので、私は「問題ない」とだけ返す。

 

 

 

 

 ー 横浜基地 PX兼食堂 ー

 

 そんな話をしていると、食堂にはすぐについた。原作でもよく見た光景。横浜基地の食堂はPXと合体していることが特徴だ。香月先生の話通り、午後2時頃の食堂に人はほぼおらず、香月先生の護衛として呼ばれたであろう兵士が3人立っている。

 

(ん.....?あそこにいるのって.....。)

 

 3人の兵士には見覚えがあった。一人はA-01の隊長である伊隅大尉。その左右にアサルトライフルを持って並んでいるのは同じくA-01の.....。築地少尉と高原少尉.....。のはずである。

 

(原作でもほとんどかかれなかったし.....。多分合ってるはずなんだけど....。)

 

 二人はあまり描写されるキャラクターではなかったが、原作であれば戦死していた隊員である。同期は茜や柏木だと記憶していた。

 

「副指令お待ちしていました。」

 

 伊隅大尉がそういうと3人とも敬礼して香月先生を迎える。香月先生は「いいのよそういう固っ苦しいのは。私とあんたたちの仲なんだから。」と手を振りながらそれに返すと、食堂中央らへんにある席にすわり、「あんたもそこ座りなさい」という。私は指し示す席に歩いていきそのまま席についた。被っていた軍帽と装着していたサーベルは隣の席にかけた。

 

「伊隅、『いつもの』持ってきて、こいつには『おすすめ』を」

 

「分かりました」

 

 香月先生は自分が欲しいものと私用に何かを持ってくるよう伊隅大尉に指示したようだった。

 

(いつもの...?おすすめ....?)

 

 私は何を言っているのか分からなかったが、この世界の食品は全体的においしくないと評判であることからあまり期待せずにいることにした。

 

「香月先生、早速お話をしたいので「待ちなさい。まだ私のごはんにあんたの飲み物もきてないじゃない、そんな状況じゃ、聞くものも聞けないわ」

 

 私は一刻も早く話を始めたかった。今は人がいないとはいえ、いつ人が、とりわけ物語に関係する人が来るか分からなかったからだ。そんなことを思っていたら、伊隅大尉がトレイに注文されたものを載せて運んできた。

 

(え!?こんなに早いもんなの!?)

 

 前世のフードコートくらいの時間がかかると思っていた私は、思っていた以上に速い到着に驚いた。

 香月先生が注文したのは....。どうやら、合成サバ味噌定食のようだ。私に出されたのは.....。

 

(ナニコレ.....?水.....?だよね....?)

 

 香月先生は「これこれ」といいながら食べ始める。この状態になっては逆に話聞いてもらえない.....。と思った私はとりあえず、のどが渇いてもいなかったが、その水で口を潤すことにした。

 冷たく冷やされた水は私の喉を通った。久しぶりに味わう爽快感に思っていたよりも飲んでしまい、コップ半分といったところだ。

 

「どう?その水。おいしいの?」

 

「ただの水です....。情報通りです....。」

 

 私はBETAらしい反応を返す。BETAならおいしさなんか知らないだろうし、ボロを出すような羽目にならないように香月先生の言葉一つ一つを慎重に吟味する。

 

 

「そう、その水。特別なのに。あんた専用に用意したのよ」

 

 

(私専用?いったいどういう......。?)

 

 急に私の体が動きにくくなった気がした。いや、気のせいではない。確実に動きが鈍くなってきている。心なしか、思考もぼうっとしてきているようだ。

 

「な...なにを......し....」

 

 た。と言い切る前に口すら動かすのが厳しくなった。私の様子をみた護衛の3人がとっさに私の席を囲み、私の背後に回った伊隅大尉は私の両手を後ろに回すと手錠をかける。抵抗しようとしたが、体が思うように動かず、頭もテーブルに押さえつけられてしまっては動くに動けない。

 私は香月先生をギロッとにらみつけた。

 

「こわいわねぇ。そんな目で見ないで頂戴。」

 

 私はしゃべろうとしたが、もう口すら動かない。体もだ。

 

「どうせもう何の活動もできないんでしょ。ついでで教えてあげるわ。あんたが飲んだのはただの水じゃない。あんたたちBETAを低代謝状態にする酵素よ。BETAを捕獲する際に使うやつよ」

 

(ッ!あった!そんな酵素あった!たしかBETAを解剖するために捕まえる必要があって.....。忘れてたっ.....!)

 

「あんた、妙に人っぽい動きするから、私が食事を始めれば落ち着いていられず出されたものを飲んだり食べたりするって考えたわけよ。でも酵素の効果をダイレクトに与えるためにはやっぱり水の方がいいって考えたわけ。その量を用意するだけでも大変だったのよぉ。すっごく高いんだから」

 

 私は満足げにかたる香月先生をただにらみつけることしかできなかった。話す言葉にばかり警戒して、自分が口にするものへの警戒心をすっかり忘れていた私のミスである。

 

(このままじゃ.....。私、実験に回されて......。殺されるならまだしも、この先生なら私のことを殺さずずっと実験しつづけるはず.......。これじゃぁ......。)

 

 私のバックアップの機能的にも、私、つまり宗谷晴海が死なない限り頭脳級へと戻ることはない。つまり死ねないことは、私がこの世界でBETAとして生きることの死を意味していた。

 

(私が伝えないと.....。この世界じゃ.....。もっと多くの人が......。)

 

 死ぬ。間違いなく死ぬ。おそらく人類は滅亡するだろう。オルタネイティヴ4は確かに完成しているが、今のBETAをもってすれば小さな災害に過ぎない。オルタネイティヴ5が実行されたとしても人類はすぐに滅びを迎えるだろう。最悪のシナリオへと真っ逆さまだ。

 ましてや、この世界のあ号標的が何らかの手段で倒され、次の世界へループしたとなれば、こんどこそ容赦なく地球の採掘を進めるだろう。炭素系知的生命体など存在していないと認識して。

 

(ここで私が死ぬわけには......。いかないんだ......。)

 

 この世界は幸せにしたい。誰も死なない。そんな幸せな物語があったっていいじゃないか。そう思っていた。でも犠牲は出る。私が来るまでにBETAは前よりも多くの人々を殺した。物語をすべて変えることはできない。

 

 でも、物語の転換点は今ここにきている。この転換点を逃せば、この世界は、物語は終わりだ。

 

 ならば、この転換点を逃さない。逃さないために犠牲が必要ならば、それを受け入れなければならない。

 

 そう思った私の中で人としての心が弾けた。何かが私の中で吹っ切れた。

 

 私は、本当は何者なのか。

 

 それを突き付けた。

 

 

 

 

 

 今だけは......

 

 

 私も......

 

 

 (BETA)になろう

 




リアルの締め切りが近いので僕も鬼になります。


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第9話 交渉の席につけ

今回長編、何日かに分け書いたので誤字等多いと思われます。
後次回更新予定日が遅くなることも事前に連絡しておきます。(リアル事情)


 ー 2001年 横浜基地 PX兼食堂 ー

 

「活動を停止したみたいね.....。思ったよりも時間がかかっちゃったわ」

 

 ピクリとも動いていない晴海をみて夕呼は少し安堵したようだ。思ったよりも作戦がうまくいったことも安心した一つの要因である。

 先ほどまで夕呼をにらみつけていた目も今は閉じられており、わずかに体を動かし抵抗をしていたがその動きもなくなっていた。

 

「伊隅、こいつを隔離棟へ。捕獲したBETAと同じ部屋に連れて行って」

 

 夕呼の命令を受け、伊隅は「了解!」というと晴海を押さえている築地と高原に銘じて晴海を食堂から運び出そうとする。

 運び出そうとしたとき、わずかに晴海の指先が動いたことに気づかずに.....。

 

 

 

 

 ー 「私」の世界 ー

 

 体が動かなくなって、次第に目も開けていられなくなった私だったが、どういうことか意識は残っていた。体の私は眠ってしまっているといった具合だ。

 私は香月先生に騙されたことを悔しくも思っていたが、何よりも、自分の愚かしさに嘆きたかった。何もできずに、自分も死んでいき、この世界も死んでいく。何も成し遂げられずに終わってしまうことに。

 

(変わるんだ。今、この世界で私は変わらなきゃいけないんだ。前の世界とは違う。死はいつもとなりにあるこの世界で。私は、この世界を。明るい未来を切り開きたいんだ。)

 

 自分の想いが脳内にあふれ出す。それは私を狂気に誘う呪文のようだった。私の使命を全うするために手段をも問わない。そんな呪いをかけられたように。

 

(この世界で生きること。理解しろ。死はいつも隣に.....。最善を尽くすしかない.....。最善を尽くしたとしても変えられないことはあるんだ.....。)

 

 言葉では理解していた。前世でも特別な何かを持っていたわけではない私がこの世界全てを救えるとは限らないことを。でも思考がそれを否定していたのだ。今日までは。「しょうがない」で死を認めたくなかった。しかし、ここは平和な日本ではない。戦争、それも滅びの一歩手前まで追い込まれた日本である。

 

 

 そんな考えは甘えだ。

 

 物語を変えるには代償が必要だ。

 

 お前は何を代償とする。

 

 

 誰かに問われた気がした。私が支払う代償。対価に見合うもの。世界を変えるのに私は何を失える?

 

(人として......。生きること......。未練は.....。もう持たない.....。)

 

 この世界にきて大事にしていたこと。

 たとえBETAになっても人として生きた前世のことは忘れずに。人としての心、人として生きたこと。それを忘れずに生きようと決めていた。

 

(私も変わろう。私が今、何者であるのか自分自身を認めよう。)

 

 私は人間ではない。

 

 私はBETAだ。

 

 

 

 

 ー 横浜基地 PX兼食堂 ー

 

「多恵、貴方は脚の方をもって。私は上半身を持つから。」

 

 高原が構えていたアサルトライフルを背中に回しながらどうしようか分からずおどおどしていた築地に指示する。築地は「分かった。」というと、晴海の脚を掴み、床に寝かせる。

 

「高原、築地。急ぐぞ。いくら低代謝状態といっても、こいつはBETAだ。いつ起きるか分からないからな。しっかり縛っておくんだ。」

 

 伊隅が真剣な表情で二人を急がせる。二人は「了解!」というと、すぐに用意していた強化ロープで作業を始めた。

 夕呼は一仕事を終えたようにいつの間にか用意していた合成コーヒーを飲みながら「やっぱり本物が飲みたいわ~」と一服している。その様子をみた伊隅は、「変わらない人だ」と心の中で呟いた。

 

「築地、高原もう運びだせるか!」

 

 伊隅が作業を続ける二人の方へ顔を向けると、二人は「完了しました!」と元気に返した。

 

「よし、では副指令。目標の搬送を開始します。」といい、伊隅が夕呼へ敬礼すると、「あとはよろしくねー」と手を振りそれを返事として返す。

 

「行くぞ。」

 

 伊隅の指示に従い、二人は縛り終えた晴海を専用のストレッチャーに乗せようと、先ほど各自が持った位置を持ち上げる。

 

「いくよ、多恵。せーの」

 

 その合図で二人が晴海を持ち上げた。しかし、晴海の体がストレッチャーへ載ることはなかった。

 

 築地の顔に鮮血がかかる。それが誰の血なのか。一瞬で理解できる。

 

 意識を失っているはずの晴海が、高原の首筋をかみちぎっていたのだ。

 

 突然の状況に築地は一瞬理解ができなかったが、力なく倒れていく高原を見てとたんに感情が湧きだした。

 

「高原ああああああああああああああああああああ」

 

 倒れる高原にむかって両手両足を拘束されている晴海は容赦なく飛びつき、むさぼりだした。

 

「高原から離れろおおおおおおおおおおお」

 

 築地がアサルトライフルを撃ちまくった。ほぼゼロ距離である。狙う必要はなかった。

 

 

 

 突然の悲鳴に、食堂に緊張が走る。

 伊隅が二人の方を見ると、高原にむかって晴海が飛びついていた。高原は抵抗することもなく、ビクビクと痙攣しているだけだ。

 夕呼も目の前の惨状に先ほどまでの余裕な表情は消え去っていた。

 

「うわぁあああああああああああ」

 

 カチカチカチと弾が切れたアサルトライフルの引き金を何度も引く音がする。築地は半狂乱状態だ。晴海に撃った弾はそのほとんどが特製の防弾チョッキに防がれてしまっており、ひしゃげた弾頭が床に散らばっている。

 

 

 

 晴海は何も言わずに高原を食べた。自身の体を再構築するために。防衛本能とでもいうのだろうか。人を食べ、それをもとに体でG元素を生成し、体の細胞の再構築を行えばいいと、自然にわかったのだ。

 

 伊隅が「下がれ!築地ぃ!」といいながら拳銃を晴海に向かって撃つ。夕呼も拳銃を構えて撃ったが、まともに当たってはいないようだ。伊隅の声が聞こえた築地であるが、目の前で同期が食われている様子をみてただ叫ぶことしかできなかった。

 その時、晴海を拘束していた強化ロープがほどけた。一部が嚙み切られたのだろう。晴海はアサルトライフルを向けて座り込んでしまっている築地を見る。

 

「あっ.....。あっ.......。」

 

 おびえていた。その姿は化け物を前にして怯えるただの少女であった。

 

(私は貴方たちを糧にして、変わる。貴方たちの命は無駄にはしない。許せとは言わないから。)

 

 晴海は口を開けた。目の前にあるのは資源。私の体を構築するために必要なもの。食わなければならない。

 

 私はそのまま。築地少尉の首に向かって。飛びついた。

 

 

 

 

 築地に向かって晴海が、いやBETAが口を開けている。高原はもう動いてはいない。血まみれになり、その目に光はもう映っていなかった。

 

「逃げろおおおおお!築地いぃぃぃ!」

 

 伊隅の必死の声だった。もう部下を失いたくない。その一心だった。しかし、残酷にもその願いは断たれた。

 目の前で築地の首から鮮血が噴き出す。そのまま、BETAに食われていく。グチャグチャと嫌な音を立てながら。あっという間だった。たった数分の間の出来事だった。

 

「やめろおおおおおおお!」

 

 弾が切れた拳銃をすて、近くにある消火器を持ち伊隅が晴海にむかって殴りかかった。

 消火器をまともにくらった晴海は他のテーブルや椅子を弾き飛ばしながら吹っ飛んだ。

 

 ハァハァと息を荒げる伊隅の足元には力なく倒れる二人の姿があった。悔しさのあまり伊隅はギィっと音が鳴るほど歯をくいしばる。

 その時、食堂の外から国連軍の兵士が完全武装した状態で突入してきた。強化外骨格を装備した兵士もいる。

 

「この手は最後の手段だったのだけれど」

 

 夕呼は悔しそうに無線機を掴んでいた。本作戦が失敗した際には武力により対象の排除を行う。これを最後の手段としていたのだ。

 倒れている晴海に向かい、兵士たちが一斉に武器を構える。射撃をしようとトリガーに指をかける。

 しかし、伊隅は晴海の僅かな変化に気付いていた。晴海の体が僅かに浮いていたのだ。腰のあたりからは何かが伸び、地面に突き刺さっているように見えた。

 

(なんだあれは.....?まるで要塞級の触手のような........。まさかっ!)

 

「地面だ!下からくるぞ!」

 

 伊隅の発した言葉の意味に大半の兵士、それに夕呼も理解ができなかった。しかし、その言葉の意味をすぐに理解することになった。

 ゴンッと金属に何かがぶつかる音がする。外骨格を着た兵士の胸には触手が伸び、その装甲を貫通していた。その触手は地面から伸びていた。

 

「うわああああああああああああ」

 

 兵士の一人が叫びながら銃を乱射する。触手は外骨格を着た兵士を乱射する兵士に向かって投げ飛ばした。倒れた兵士はトリガーから指を離しておらず倒れながら銃を放ったため、あらゆるところへ弾丸が飛んでいく。

 

「副指令!」

 

 伊隅がたち呆けていた夕呼にむかって飛びつき、そのまま押し倒して自分が盾になるよう覆いかぶさる。

 

「馬鹿者ぉ!撃つな!撃つな!」

 

 部隊の隊長が混乱する兵士たちに命令を通そうとするが、次の指示を出すことはなかった。彼の頭は触手の先の鋭利になった衝角部分によって切り落とされていたからだ。

 隊長を失った部隊はさらに混乱し、触手に向かって斉射を始めるが、次々と触手の餌食となったり、友軍の誤射によって倒れた。

 

 銃声が止んだ時には作戦に従事していた2個小隊ほどの兵士はそのほとんどが死んでいるか、重体・重傷といった有様だ。

 

 触手はその矛先を夕呼に向けた。

 伊隅が夕呼のもっていた拳銃を無理やり取り上げ、触手に向かって撃とうとしたが、既に弾はきれていたため、カチカチッという引き金の音だけが鳴った。

 触手はそのままつたの部分で伊隅を吹き飛ばす。伊隅は壁にぶつかり「ガハッ!」といいながら血を吐き、そのまま気を失ってしまった。

 夕呼は自分の死を覚悟していた。作戦は完全に失敗した。あまりにも晴海のことをなめ切っていたのかもしれないと心の中で思った。自分の手のひらの上で操っていた気分であったが、それは慢心を含んでいたことを今となって自覚した。

 

「これでようやく、落ち着いて話せますね。」

 

 絶望し、床を見下ろしていた夕呼の前に顔や制服、髪を血まみれにした晴海がたっている。

 

「化け物め.....ッ!」

 

「化け物ですよ。何を今さら。」

 

 香月先生の捨て台詞を気にしている暇ではないと分かっている私は床に座り込む先生の体を無理やりたたせ、先ほどまで座っていた椅子に座らせる。

 そして、血まみれになった制服の上着を脱ぎ、サーベルや軍帽と一緒にとなりの椅子へ掛ける。

 

 最初に座った時の食堂とは全く雰囲気が違った。入ってきたときは清潔な床、磨かれた窓のおかげで明るい印象であったが、今となっては血肉が床に広がり、窓には飛び散った血が広がっている。

 

「先生、貴方は自分の方が一枚上手であると勘違いなされているようですが、貴方が進めているオルタネイティヴ4。私は今すぐ壊してしまうことができるんですよ。」

 

「あんたの実力なら楽勝でしょうね。」

 

 緊張がほどけていない香月先生は悔しそうな顔をする。

 

「いえ、そういうことではありません。貴方が人類の切り札とする鑑純夏の脳と脊髄。あれを管理するODLの生成を停止させるといっているんですよ。ODLの生成停止が何を意味するか分かりますね?」

 

 香月先生は驚いた顔をしていたが、何よりも切り札を握られているという事実により悔しさを覚え、手を強く握るあまり血が出ていた。

 

「あんたの要求に従えば......。彼女は.....。00ユニットは.....。」

 

「えぇ、助かりますよ。前の世界においてもODLの入手が困難になったために鑑純夏は、00ユニットは活動限界に至ったのです。もっともあの作戦がすべての原因だと思いますがね」

 

「.....!あんたどこまで知ってるの....!」

 

 前の記憶をもっていた香月先生にとって、私が「桜花作戦」を意図した発言をしたことに驚きを隠せないようだ。やはりBETAが前の記憶をもっているはずないと考えているに違いない。

 

「先生、それは今話せることではありません。私が求めている情報の提供、及び収集への協力に対する答えを先に聞かせていただけますか。」

 

 香月先生はしばらく無言になり、葛藤していた。そして、私に目を合わせると重く閉ざしていた口を開いた。

 

「答えはNO。人類を裏切り、BETAに情報をやるくらいなら、AL5派の連中に未来を託すわ。」

 

 やはり香月先生は期待を裏切らない。私は心から喜んだ。

 

「先生ならそうおっしゃると思ってました。G弾さえあれば、BETAを滅ぼせる。そう考えている人類も私たちにとっては問題ではありません。」

 

「明星作戦.....。ここでBETAがG弾相手にどうなったか忘れたとは言わせないわよ。」

 

 それを言われると耳が痛いといったところだが.....。

 

「上位存在が望んだからですよ。大きな物語の変更は我々の目的に影響を及ぼすと考えたのです。人類の存亡や白銀武の存在否定につながりかねないと。」

 

 私の話し方から私が前の記憶を持っていると断定した香月先生も覚悟を決めたようだ。

 

「それでも、あんた一体の力で人類をどうこうできるとは思えないわ。確かにあんたが上位存在とやらに事の顛末をはなせば人類を滅ぼしにかかるでしょうけど、その前に私たちがあんたたちを滅ぼすわ。」

 

 香月先生の言葉には無理が見え始めているように私は感じた。全部ブラフだ。

 

「確かに必要な物はそろっているでしょうね。でも白銀武以外に人類を。世界を救わせることは本当にできるんですか?物語が変わってしまいますよ。今日みたいにね。」

 

 私は周囲の惨状を見せびらかすように手を横に広げた。大きな物語の変更に何が付いて回るか、それを表そうとしたのだ。

 

「私はもう、これでもかってぐらい大勢の人の命を実質的に奪ってきたわ。今さら.....。」

 

 そういう香月先生の手は震えていた。この世界では前の世界よりも......。そう思っていたのかもしれない。

 

「ではもう一つ話をしましょう。今日本が置かれている状況についてです。」

 

 香月先生はこちらを向いた。少しは関心を持ってもらえているようだ。

 

「日本は今、私の手の中にあります。詳しいことを除いて話せば、甲20号及び21号目標のBETAが一斉に日本侵攻を開始する......。そういうことが可能なんですよ。」

 

「そんなことなら今までもあったわ。それに前にも。」

 

「えぇ、そうでしょう。ただし、規模が違います。前の倍.....。いや、3倍の量のBETAが一斉に東進、佐渡方面からも2倍の量が一斉に攻め込んできたとしたら?日本は耐えきれますか?」

 

 香月先生は「そんなのありえないわ。」といい強気な姿勢を崩そうとはしなかったが、その反面、不安を隠しきれていないようだ。

 

(2,3倍の量のBETAが一斉に侵攻してきたら....。日本は間違いなく滅びる....。)

 

 夕呼の額から一筋の汗がたれる。

 

「もしそうなったら、利益を最優先するどこぞの大国から、大きなプレゼントが届くことになるでしょうね。AL4もあたしも終わりだけど、あんたたちもただじゃすまないわ。」

 

 日本の陥落は米国がもっとも危惧する事態だ。そうなればG弾を容赦なく使用してくる可能性は否定できない。

 

「それを言われると否定のしようがないですね.....。しかし、そうなれば、ここ日本は以降人類が住めなくなるでしょう。日本だけでなく地球がでしょうがね?貴方がそれでもいいというのであるならば、それでもかまいません。」

 

 「しかし、AL5を嫌っている白銀さんがそのような事態を許しますか?貴方の判断で救える可能性があった鑑さんを見殺しにした世界を本気で救いたいと思いますか?」

 

「白銀はそんなにヤワな奴じゃないわ。なんならBETAであるあんたを殺すでしょうね。話なんかする前に」

 

 私は言われてしまいましたなと自分で自分の頭をポンポンと軽くたたく。

 

「今話したのは私と協力しない道を歩んだ世界です。大体は想像できたでしょう?」

 

「えぇ、聞いても協力する気は微塵もないわよ。」

 

「では、ここから交渉に移りませんか。最初から私に情報を渡せとは言いません。まずはそちらが得をすることを決めましょう。」

 

「話だけは聞いてあげるわ。拒否するでしょうけど。」

 

 やはり関心をもっている。ここからが肝心だ。

 

「我々が現在保持している土地......。そうですね...。中部地方からの全面撤退はいかがですか?」

 

 先生は目を丸くした。BETAが自ら占領地を手放すなど、全く聞いたこともないだろうし。

 

「増え続ける難民.....。土地の確保もですが、本国奪還を帝国としても願っているはずでは?」

 

 香月先生は「その交渉は日本政府とやるべきね」と一蹴された。が、その話に対しては興味はあるようだった。

 

「悪くないと思ったのですが.....。しかし、今の話を日本政府とやるべきとされてしまうと、先生と話しあう内容がなくなってしまいますねえ。」

 

 私は遠回しに何か要求はないんですか?と聞いてみたのだ。香月先生であれば意図を理解してくれるだろうと。

 

「まずODLの確保。これだけは譲れないわ。今まで通り生成を続けてほしいわね。それにあんたが知っている情報の公開。これはとくに。」

 

 中々のお題。しかも同時に2つの要求である。ODLに関しては問題は大きくないが、情報の公開という要求はあまりにも幅が広すぎる。

 

「情報の公開は認められませんね。そちらの情報も公開したうえでの取引なら大いに喜んでお受けしますよ。」

 

 香月先生は悔しそうな顔をしている。今までいいように扱っていた私に討論で押され気味なことも影響しているに違いない。

 

「私の方から提案させていただきますが、香月先生には仲介を頼みたいのですよ。日本政府とのね。その代価として、情報の一部公開はさせていただきましょう。」

 

 私の思わぬ提案に香月先生は驚いた様子だ。

 

「あんた、この惨状を目の前にしてその口がよく言うわ。」

 

「ごもっとも、しかし、私が先生の利益となるようなことを提供するには制限が多すぎるのです。情報は同等の情報と交換の形であれば提供は可能であるとしますが、それ以外に関しては要相談といったところです。」

 

 香月先生は少し考えた様子だったがすぐに私の方を向いた。

 

「それで、仲介をした私には何の利益があるの?」

 

「私が横浜基地に常駐するという利益を提供しましょう。どうでしょうか?」

 

「それが利益になるって思ってるのかしら?」

 

「えぇ、利益になると思いますよ。私がこの基地にいる限り、この基地は絶対に攻撃されないことを保証します。それに、多少なりは口利きをしてあげますよ。AL4がもつ目的の部分的達成としても私の存在はあったほうがよいのでは?」

 

 とはいえ私自身がこの基地にいるのは間違いない。本体は地下にある。とはいえ、この要件なら悪くはないだろう。

 

「もちろん、この場を見て私のことをすぐには信じられないでしょう。しかしこの事態を招いたのはあなた自身ですよ。香月先生。」

 

 香月先生は苦い顔をした。自分の作戦で結果として部下や兵士たちを死なせてしまった。その事実に変わりはない。

 

「分かったわ。悔しいけど、あんたがこの架け橋になるかどうかは今後の対応で判断させてもらう。ただし、日本政府の仲介は成功するか分からないわよ。」

 

「かまいません。しかし、期日は決めさせてもらいます。そうですね.....。11日に結果を伝えてください。また会いに来ますから。」

 

 11日、約1週間。人類にとってこの判断を下す時間としては短いかもしれないが、私の方も時間はないのだ。

 

「より難題になったわね.....。いいわ。それで。」

 

 香月先生はいやいやそういうと、手を振ってさっさと帰れと言ってるような気がした。私は「ありがとうございます。次はおもてなししてもらわなくてかまいませんからね。」とだけ皮肉を込めて言い、椅子に掛けていた制服やサーベル、軍帽を着なおすと、入口に殺到する兵士をよけるように食堂の窓を割って帰宅の途に就いた。

 

 

 

 

 晴海が食堂から姿を消すと、入口で警戒していた兵士たちが入ってくる。

 あまりの惨状に嘔吐してしまう兵士もいた。衛生兵が倒れている兵士の容態を確認し、確認する必要のない兵士には赤いカードを置いていく。即死を示すカードだ。夕呼の座る席のちかくに転がっている築地と高原の胸元には赤いカードが置かれ、無残になった姿を隠すように白い布がかけられた。

 

(築地......。高原......。)

 

 夕呼も顔は知っているA-01の隊員で、今回の作戦を行うにあたり極秘任務として徴兵した。任務の性質上、穏便に済ませる予定だったのだ。しかし、この惨状であれば、一応情報統制はひくつもりであるが、どこから情報が漏れるか分かったものではない。

 

(伊隅に......。恨まれちゃうかもね......。伊隅だけじゃないか.......。)

 

 彼らは夕呼に信頼を置いて任務にあたったはずだ。その期待を裏切った。まりもの教え子であることも考えると彼女からも恨まれるかもしれない。

 

(結局、私は悪魔に魂を売った女.....か。)

 

 夕呼はやるせない気持ちになった。

 

 

 結果的にこの事件は各国の情報機関が知ることになるのだが、各国はその信ぴょう性を怪しむことになる。BETAとの交渉を始めることなど、人類の悲願ではあったが、過去の研究が否定していたからだ。

 もちろん、帝国情報局もこれを知ることになるのだが.......。




怒らせると怖いです。


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第10話 いざゆかん

大臣たちに名前を付け、出そうとしましたが詳細不明であったため役職のみに変更しました。


 ー 2001年 横浜基地 会議室 ー

 

 襲撃から2日後、基地の食堂の封鎖は開放され、今では血と肉にまみれた惨劇が起きていたということすら忘れるほど、前のような清潔さを取り戻していた。

 築地と高原はオルタネイティヴ4に関係する極秘任務中に死亡し、伊隅が軽傷を負ったということだけが夕呼からA-01の面々に伝えられた。茜は二人の死に動揺を隠せなかったようだが、なぜ死んだのかということまで聞き返すことはなかった。彼らもA-01の隊員である以上、機密の保持、そして任務によって死亡することは理解している。茜にとっても二人の最期を知れなかったのは苦痛であったことはまちがいない。

 夕呼が、伊隅が退院するまでの間は速瀬が臨時で隊長を務めるように指示すると、速瀬は「了解です」と返す。ミーティングルームには重い空気が残っており、その場から逃げるように夕呼は部屋を後にした。

 

 作戦の結果をラダビノッド司令に報告するために報告室へと向かう。

 

「作戦は散々な結果に終わってしまったな。香月博士。」

 

「はい。申し訳ありません。今回の責任につきまし「責任は私が取るといっただろう。君はオルタネイティヴ4完遂には絶対に必要な人材なのだ。」」

 

 司令の信頼を裏切る結果となってしまった以上、ラダビノッドに顔を合わせる資格がないと感じている夕呼はただ、頭を下げていることしかできなかった。

 

「死者42名、重軽症者は諸々まとめて23名か.....。強化外骨格の再補充にも中々時間がかかりそうだな。」

 

 ラダビノッドは提出された報告書に目を通しながら、頭を抱える。

 

「本当に.....。申し訳ございませんでした....。」

 

「なにはともあれとはいかないが、君が無事で何よりだ。」

 

 夕呼は、司令の言葉を聞くと体をすくめた。前の世界でも計画のために多くの人を犠牲にしてきた。しかし、何も思わなかったという訳ではない。彼らを犠牲にしたという罪悪感はどこまで行っても消えることはなかったからだ。

 

「頭を下げていても何も変わらん。我々は前に進まなければいけない。君もよくわかっているだろう。」

 

 ラダビノッドの言葉はごもっともであるのだが、夕呼にその言葉は決まり文句のようにしか聞こえなかった。何度も何度も同じ言葉を思って、犠牲を容認してきたからだ。

 そう思いつつも、「はい」とだけ返し、顔を上げる。ラダビノッドも夕呼が顔を上げて話ができる体勢になったのを見ると、改めて報告書に顔を向ける。

 

「しかし、BETAから取引を持ち込まれるなど.....。前代未聞だな.....。この日本政府の件、進捗はどうなっている?」

 

 ラダビノッドは報告書を見ながら驚きが半分、悩み、不安が半分といった具合だ。

 

「はい、日本政府の関係者には話を通していますが、あまりにも唐突、状況が理解できないとのことで返答は今すぐにはできかねる。と......。11日までには結論を出すとのことですが.....。」

 

「当然の反応だ。BETAと日本政府が交渉の席につくなど、内部だけではない、諸外国も知ることになろう。問題は山積みだ。」

 

 ラダビノッドは報告書を机の上に置き、「ふぅー」と長く息を吐いた。

 

「だが、君のことだ。既に何か考えはまとまっているのではないか?」

 

 夕呼は緊張のあまり少し強張った顔つきになった。もちろん何も考えずにいたわけではない。すぐに対応策の考案に乗り出していた。

 

「BETAとのコミュニケーションはオルタネイティヴ計画の中でも数多く試みられてきました。結果はどれも満足いくものではありませんでしたが.....。しかし、今回のケースは過去のどのケースにも当てはまりません。オルタネイティヴ4を進める立場として、計画の修正を提案いたします。」

 

 ラダビノッドは夕呼の思わぬ提案に「ほぅ」と言葉を漏らした。

 

「計画の修正というのは?どういうものなのかね。全く別物にするわけにはいかないだろう。AL5推進派も黙ってはいないぞ。」

 

 夕呼が「ピアティフ中尉」と呼ぶと、後ろで待機していたピアティフがラダビノッドの前に『オルタネイティヴ第四計画修正案』と書かれた資料を置く。

 

「はい、そのことも承知済みです。現在のオルタネイティヴ4はBETAに対する諜報、そして情報収集を柱としています。しかし、宗谷晴海の出現により、BETAとのコミニケーションが可能となった今、諜報だけでなく、対話による情報収集も可能となりました。つまり、諜報と対話.....。裏では監視としたこれらの項目による情報収集を新たな計画の柱とするというものです。」

 

 出された資料と夕呼による説明を聞きながらラダビノッドは話を黙って聞いている。

 

「宗谷晴海が求めているものは我々人類が、炭素系知的生命体たる理由。おそらく、炭素から知的な生命体が生まれうるのか、なぜ生まれたのか。もっと深く踏み込むことにはなるでしょうが、おそらくはこれらを知りたいということでしょう。」

 

 ラダビノッドが手を挙げた。夕呼は「どうぞ」という。

 

「なぜ奴らは今になってそのことを知りたがる。今さらというのもなんだが、奴らの神経が分からん。君はどう考えている。」

 

 夕呼が一息の間をいれて口を開く。

 

「大雑把な考えになりますが.....。一つは人類をより効率よく排除するため。一つは人類と何らかの形での接触を求めているため。かと。」

 

「何らかの形で接触して、講和でもするというのか。」

 

「そういったことも考えられるでしょうが、その全容は我々が知ることはおそらくできないでしょう。」

 

 ラダビノッドは「ううむ」と唸り、頭に手をやる。

 

「司令、そのために我々は彼女をよく監視し、ある程度の管理下に置く必要があるのです。不用意に動き回られればそれこそ、機密に近い情報を奪われかねません。」

 

「しかし、監視といってもどうするんだね。我々は宗谷晴海がどこから来ているのか。それすら分かっていないのだぞ。」

 

「資料の4ページ目を見ていただけますか。」

 

 ラダビノッドは言われた通り資料をペラペラとめくる。出てきたページには「当該対象の監視方法(案)」と題目が書かれていた。

 

「なるほど。あれが望む情報を得る作業、そして外との繋がりを持ちたいと望んだ際に、我々が仲介にはいることを絶対とすることで、不用意な情報への接触と外部による介入を防ぐという訳か。」

 

「はい。そうすれば宗谷晴海に恩を売る形をとりつつ、監視を合法的に行うことができます。宗谷は我々と取引という形で物事を進めたがる傾向にありますから、情報収集もしやすくなるかと。それに、日本政府も国連が仲介するならば話を受けやすいかもしれません。」

 

 ラダビノッドは「ふむ、そうだな」といい、資料を閉じる。

 

「君の修正案を私から本部の方へ連絡しておこう。君は修正案に向けて君がなすべきことをしたまえ。」

 

 そういうと、ラダビノッドは修正案を鞄にしまい、席を立った。

 部屋を出ていく司令に対し夕呼は頭を下げた。司令は修正案を必ず通してくると遠まわしに宣言した。そのことに対するものと、今回の作戦に対する責任を取ってくれた感謝。そして謝罪その両方が含まれていた。

 

(今度こそ.....。うまくやってみせるわ.....。見てなさい宗谷!)

 

 夕呼の目は晴海の姿をしっかりととらえていた。

 

 

 

 

 

 ー 仙台 首相官邸 ー

 

 円卓には日本政府の閣僚の全員が出席した緊急閣議が開かれていた。

 円卓中央の内閣総理大臣の席には榊是親首相が座り、そのほかの面々も含め、どの人物も顔色が悪い。それはこれから話し合われる議題があまりにも奇妙であり、驚きをもって受け止められていたからだ。

 

「集まったところで本日の閣議を進めたいと思う。議題は前もって各自に伝えられているはずだ。その件に関して何もなければいつも通り、採決をとるのだが.....。」

 

 榊首相がそう言い大臣たちの顔を見ると、ほぼ全員が意見ありという顔をしていた。しかし、だれも口を開かずにいる。その時、外務大臣が手を挙げた。この男は強気な姿勢を崩さずに自分の考えを伝えられる人材であったため、榊首相が外務大臣に指名した男である。

 

「どうぞ。」

 

 発言を許可された外務大臣が「はい」といい席を立つ。

 

「総理、正直に申し上げます。あの化け物どもとまともなコミニケーションが取れるとは思いませんが、もし取れたとしても会談は避けるべきでしょう。もし奴らとの会談なんぞを認めれば、ここに座る全員が次の日には辞職していることになるでしょう。」

 

 外務大臣の発言に何人かの大臣が「その通りだ」と同意したり、頷いたりしている。

 

「考えられる場合は二つ。一つ目の考えです。奴らは現在わが日本を攻め落とせずにいます。そのことに嫌気がさし、内側から混乱を招くことで日本の崩壊を狙っているという場合です。この場合、我々は一人残らず肉片になるか、奴らの腹の中にはいることになるでしょう。」

 

 外務大臣の率直な発言に大臣の数人は前よりも顔色が悪くなっている。

 

「二つ目の考えです。奴らが日本をあきらめ、我々と講和を結ぶ準備に入ろうとしている場合です。我々にとっては喜んで迎えるべき場合ですが、諸外国から見れば単独講和とみられてしまいます。以前から裏取引をしていたのではないかなどと疑われるだけならまだよい方です。最悪なのは、世界から孤立してしまう場合です。内政干渉、人類同士での戦争、貿易停止.....。どの手を取られても、今の内閣は責任を取らざるを得えないでしょう。」

 

 外務大臣が一通り話し終えると席に着く。

 外務大臣の説明に各大臣は下を向いてしまう。外務大臣ほど深く考えていたものはいなかったかもしれないが、会談を開いた場合どうなるか。各々の結果も大体似たようなものであったに違いない。

 

「だが、会談に応じなかった場合。我が国がどうなるか。諸君も考えなかったわけではあるまい。応じなければ我が国は間違いなく、滅ぼされるだろう。戦費も工業も、国力が限界が近いのは財務、内務大臣だけでなく諸君も知っているだろう。」

 

 榊首相の的を射た発言にまたも口を開けなくなってしまう。しかし、それでも化け物との会談は避けたいというのが各大臣の思うところであった。

 各大臣の様子を見た榊は最後の手段ではあったものの重い口を開いた。

 

「各大臣の賛同が得られなかったとしても、私自身は会談に臨む気でいる。その際に各大臣に出席を求めることは一切しない。私一人で会談に挑むつもりだ。」

 

 榊首相の思わぬ発言に閣議室がざわめいた。以前から強硬的に物事を進めてきた榊首相のことをよく知っていた閣僚であってもこの発言には驚きを隠せなかった。

 

「総理!いくらなんでもそれは!」

 

「今。我が国がたたされている状況を見たまえ。今や国土の半分を失い、大勢の難民を抱えている。国民の負担も不満もたまる一方だ。そんな中、わずかな可能性が見えているのだ。方や破滅への道、方やかすかに希望が見えている道。もう進むべき道を選ぶ権利など我々にはないのだ。」

 

 総理の発言はざわめいていた閣議室に静けさを取り戻した。

 

「それに、万が一の場合でも私が死ぬだけだ。諸君がいればすぐに内部不安に陥ることもないだろう。諸外国に対しての対応も外務大臣と協力し、対応してくれ。迷惑をかけてしまうだろうが。」

 

 各大臣は「総理.....。」と言いながら、姿勢を崩さずどんと胸を張って座っている総理に顔を向ける。

 

「諸君の言い分は十分理解している。その上で、尚早になるが採決を取りたい。国連の連中にも、我々にも十分に準備する時間を用意させるのだ。」

 

 総理がそういうと、副総理が席を立ち、「では採決をとります。賛同の方はご起立願います。」という。その言葉と同時に総理を含め、全大臣が起立した。誰も不満はなかった。あったとしても、この場で言い出す気にはもうなれなかっただろう。榊首相は自身の話で閣議の場を完全に自分の有利な方へと進めたのだ。

 

「諸君の賛同に感謝する。」

 

 総理がそういうと各大臣は頭を下げ、閣議室をぞろぞろと出ていく。

 榊首相は自室に秘書を呼び、国連に向けて「こちら迎える用意あり」と連絡しろと指示した。

 

(これが良い結果に向けばよいのだが.....。)

 

 榊首相は来客を迎えるためのソファーに深々と座ると、息を吐きながら天井を見上げた。

 

 

 

 ー 横浜ハイヴ 偽装坑道 ー

 

 基地であれだけのことをやらかした後、そのまま帰宅の途に就いた晴海は偽装坑道に戻った後、汚れてしまった衣服や体を綺麗にするため、自身を再生成した。その際に前髪を少し伸ばした。これといった理由はないが、前の自分と今の自分が変わっていることを自分自身に知らしめたいという気持ちがあったのかもしれない。

 

(やっちゃったなぁ。あんなにたくさん。たくさん食べたおかげで元気になれたけど。)

 

 健康体という意味よりも体を生成するG元素が余剰分生産できたことを元気と表現している。

 

(彼らは無駄にならない。私の一つとして、最後まで無駄なく使わせてもらうね。)

 

 再生成しながらそんなことを考えていた晴海であったが、改めて新しい自分を感じていた。今までとは違う意識を持ち始めたというか、今までの価値観が変わったというか、少し不思議な感覚である。

 

(うまくいくといいんだけどなぁ。早く答えを聞きたいけど11日までまだ時間あるもんなぁ。)

 

 暇をつぶすように、自身の腰のあたりから出した触手を自由に動かす訓練をしながらそんなことを思っていた。

 

(とはいえ、今回のことで私もある意味BETA側の要人として出向くわけだから、やはり護衛とかあったほうがいいよねぇ.....。)

 

 今となっては新しく人型に作った護衛を用意するのも気が引けてしまった。人の顔をしたBETAを護衛として立たせていると心のどこかでうっとおしく感じてしまったからだ。

 

(とはいえ、普通のBETAじゃ、戦争に来たのかと勘違いされちゃうだろうし.....。しかたないかぁ....。)

 

 暇つぶしにはなるだろう。そんな考えのもとで自分の護衛役にするためのBETAの作成準備にとりかかった。着せる服に関しては自身の制服よりも派手さを抑えつつ、色合いは同じにした。その方が組織感が出ると感じたから。身長や体重は一般兵士が訓練した体を想定したものにする。そうでなくとも、身体面で劣ることは決してないのだが、見た目的にという訳だ。

 

(問題は.....。顔よねぇ.....。)

 

 顔を作成するとなったところで手が止まってしまった。

 基地で最初に食べた築地と高原の顔が思い出される。

 

(流石に趣味が悪すぎる.....か。)

 

 それでいいじゃんと思った自分を止めるように別のものを考える。以前の私なら少なくとも死人を自分の道具にするような行為はしなかっただろう。

 

(一般のBETAだし、顔は闘士級で.....。真っ黒な包帯でもかけておけばいいか......。手の部分は省略しちゃおう。包帯も探知機能を妨害しないようなやつで.....。)

 

 兵士級の顔は頭の部分が違和感しかなかったため、却下され、再形成がしやすかった闘士級の顔が採用された。黒い包帯で覆っているため、容姿はほとんど分からなくなっているが、逆に不気味さを出している。

 

(そうそう、これでいいんだよ。これが私たちなんだから。)

 

 作成完了した護衛たちを早速、制作リストにいれ生成を開始する。

 基地で確保した分のG元素で2体を作るのには十分だった。

 彼らは喋ることはもちろんできないが、頷くことなどはできるようにAIを改造した。そして、採掘プログラムは人間に危害を加えてしまうため削除し、命令プログラムは私のみが直接触れられるようにした。

 

 出来上がった2体を見上げる。この世界にきて初めての部下だ。

 

「よろしくねお前たち。」

 

 私がそういうと、二体の部下は敬礼をした。改造したAIは正常に動作しているようだ。

 

(さて、護衛役も作り終えたことだし......。日本政府との会談に向けて策を練りますかぁ。)

 

 私は生成した布団の上で横になった。護衛の二人は立ったままであったので、「座っていいよ」と指示した。

 

(さぁて、まずはぁ。)

 

 横になった私は早速目を閉じて、新たな手札の制作へと思案を巡らした。

 

 

 この間、横浜基地においてもオルタネイティヴ4の修正された案に対応するべく、組織が新たに改変され、人員の異動なども行われた。更に、日本政府から会談を行うことに同意するとの回答があったため、更に基地の忙しさは増した。夕呼は前の世界では見せなかったように精力的に動いた。その様子を見ていたA-01の隊員たちはあまりの変わりように驚愕を隠せなかったという。

 

 

 

 

 

 ー 回答期日当日 横浜基地 ー

 

「時間確認、午前10時よし。会談への準備よし。服装チェックよし。髪型チェックよし。表情プログラム.....。改善の余地あり。」

 

 晴海は鏡を見ながら自身が暇をつぶすために新たに作成した表情プログラムを使い動作テストをしていた。あくまで喋る口調の強さに応じて表情を変えたり、基本の表情を維持する程度のものだ。無表情であるとこれからの交流に向けておかしく思われると感じたため、新たに作ったものだった。

 

(表情はこれからゆっくりと作っていこう.....。)

 

 気を入れ替え、回れ右をする。部下二人の服装を確認しながら、「よし」と声をかける。

 立てかけていたサーベルは今回は外していくことにした。晴海の考えによれば、日本政府は会談を受けるはずであり、そうなれば武器などを持って行っては印象が悪いだろうと考えたからである。

 

(私自身が武器みたいなもんだけどねぇ.....。)

 

 そんなことを思いながら偽装坑道を後にし、いつもの廃墟へと出る。部下たちも問題なく移動を完了した。

 

(しかし、本当に焼け野原だなぁ....。復興なんてできるのかなぁ。)

 

 基地へ向かう道中の風景を見ながらそう思う。原作のExtraでは多くの建物がたっている様子が描写されていたこともあり、それを見た後にこの風景は衝撃的ともいえる。

 

(草が生える様子もない.....。G弾の影響って大きいんだな.....。)

 

 そんなことを考えながら道中を観察しているうちに横浜基地の正門が見える位置までついた。

 一度立ち止まり、先ほどまでの意識を切り替えるように少しずれていた帽子をかぶりなおす。

 

「さぁ、諸君。行きますか。」

 

【挿絵表示】

 

 晴海の目は横浜基地をしっかりととらえていた。

 正門には既に国連軍の兵士と香月先生が立っているのが見えた。時間を指定したわけではないのに、つい先ほど正門に出てきた様子に見える。

 正門に近づくにつれて、徐々に顔の様子もはっきりとしている。その顔は前の話し合いの時の緊張した顔つきとは違いいつもの香月先生であった。いつもと違うところといえば今日は白衣ではなく、国連軍の制服を着こなしていたことだった。

 

「香月先生。こんにちは。待たせてしまいましたか。」

 

「こんにちは。いいえ、全然待っていないわよ。屋上から貴方たちが見えたから降りてきたところ。今回は随分と立派なお連れがいるようだけど。」

 

「私の立場的にもいた方がいいかと思いまして。以前のようなことが起きても困りますから。そうでしょう先生?」

 

「貴方一人でも十分でしょ。護衛なんて本当にいるのかしら。」

 

 互いのやり取りに少し毒があることは理解している。話がずれてしまってはと思い、晴海から本題を切り出す。

 

「日本政府とのお話の件、どうなりましたか。」

 

「貴方がお望みの通りよ。政治家の先生も貴方とお話がしたいって。」

 

「それはよかっ「ただし条件があるわ。」」

 

 晴海は夕呼の放った言葉に口を開く。

 

「無理な条件は飲みませんよ。」

 

「あたりまえよ。貴方が何らかの目的をもって人類と交流を図る際にあたしがあんたとその相手の間に。つまり仲介役として入るっていうことが条件となったわ。」

 

「(想定内だが....。)それは日本政府の?それとも国連からの要求ですか。」

 

「貴方が考えている方とだけ言っておくわね。」

 

 晴海は夕呼の濁した答え方に異議を唱えようとしたが、本来の主目的を達成したこと、そして想定内の条件であったことも重なり了承することにした。

 

「条件は了解しました。しかし、どうして香月先生なのですか。お忙しいでしょうに。」

 

 晴海がそういうと、夕呼は少し不機嫌そうになった。

 

「既にやることは終わって暇だし。それにあんたの面倒見れるのなんて私しかいないって。そういうことよ。」

 

 晴海は「なるほど」とだけ返す。おそらくは別の目的があると理解しつつも、他人の目があるここで話すことでもないと考え、話を進めることにした。

 

「それでは、日本政府との会談はどのように行うのか。教えてもらえますか。」

 

「今からよ。それも厚木基地の一室を借りて。よかったわねぇ。榊首相、政府の代表自らお越しくださったわよ。」

 

 晴海は率直に驚いた。日本政府の行動力であれば1週間後、はやくても2、3日後であろうと想定していたからだ。

 

(この世界の政府の行動力はすごいな.....。)

 

 「ふむ」とだけ頷いた晴海であったが、その様子を見てニヤッと笑った夕呼の顔が目に入り、日本政府の行動力だけではないと理解した。

 

(この人も一枚かんだな......。)

 

 そうは思いつつも、望んでいた機会であったし拒否するわけにもいかないため、「では行きましょう。」とだけ返す。私の思ったよりもあっさりした返答に夕呼は少し物足りなさそうな顔をした。

 夕呼が無線機に話すとすぐに政治家の先生が乗るような黒塗りの車がやってくる。運転席にはピアティフ中尉が乗っていた。

 

「あんただけだと思っていたから、この車で十分だと思っていたのだけど.....。」

 

 夕呼がチラチラと晴海を見た。遠まわしに護衛は外してくれとでも言ってるように感じた晴海は「かまいませんよ」というと、二人の部下に命じ、「すまないが、先に帰っておいてもらって構わない。」と指示する。

 

「本当にごめんなさいね~。私も今回は護衛なしだから。それで許して頂戴。」

 

 副指令が護衛なしというのは嘘だろうと思った晴海であったが、あの事件の後に無謀なかけはしないと判断し、ピアティフが開けてくれた後部座席のドアから乗車する。事前に不審な動きがないか十分に確認したうえでの判断だ。晴海が乗った後に夕呼も乗車した。

 

「それではいきましょうか。」

 

 夕呼がそういうとピアティフが「出します」と声をかけ車を走らせる。基地正門の警備兵が敬礼をして見送るのが見えた。

 

 

 

 

(今回の会談が転換点の一つとなるかは私にかかっている。いや、転換点としなければいけない.....か。)

 

 晴海は自身の責務を今一度思い出し手を強く握りしめた。

 



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第11話 変わりゆく物語

今回少し長めになってます。
否定的な意見が多かったため、それの解釈を含みました。
そのほか、次話で第一章としようか現在考えています。
※題名が別回のものになっていたので、本来のものに戻しました。


 ー 2001年 場所不明 ー

 

「BETAが是親殿との会談を?」

 

「はい、殿下。本日、厚木基地にて行われるという情報を入手致しました。」

 

 帝国情報局の鎧衣左近課長が煌武院悠陽殿下にそう告げる。

 

「BETAが会談を.....。是親殿もよくご決断なされたものです。かくいう私もその者に興味があります。」

 

 周囲は静まり返っている。人ひとりいないように。

 

「鎧衣。そなたは引き続き、情報の収集をお願いします。此度の大事、日本国の存亡にかかわる場に帝国の現である政威大将軍が不在など、あってはならぬこと....。」

 

「殿下、榊首相も殿下のお命を第一に考え、このことをお伝えなさらなかったのでしょう。それならば尚更、殿下が今回の会談に出向くなどあってはなりませぬ。」

 

 傍に控えていた侍従長が口を開く。彼女のいうことも正しい。

 悠陽はしばらく考えるため目を閉じていた。そしておもむろに口を開く。

 

「鎧衣。そなたには引き続き、此度の件に関し、情報を集めるように命じます。」

 

 そう言われた鎧衣課長は「仰せのままに」と返すと、静かにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 ー 厚木基地へ移動中 車内 ー

 

 日本政府との会談に臨むべく、仲介役である夕呼と共に厚木基地へ向かうことになった。基地を出てしばらくは、いつもの荒野が広がっているだけであったが、次第に緑あふれる大地へとその姿を変えていった。未だ残る自然にBETAがここまで本格的な侵攻を行っていないことが分かる。それでも厚木は前線に近い基地の一つである。

 

「あんた、何か聞きたいことがあるんじゃないの?今なら話せるわよ。運転席との間は完全防音だから音が漏れることもないわ。」

 

 外を暇そうに覗いていた晴海に夕呼が話しかけた。相手もどうやら私の考えをある程度予想してきているらしい。

 

(香月先生だし、当然か..。)

 

 私は視線を車内へと戻す。

 

「もちろん、盗聴器の類は事前にチェック済みよ。」

 

 晴海自身も自分ですでに不審な点はないかチェック済みである。基地での一件いらい、探知能力全般の強化を行い、相手の発言に嘘がないか見抜けるようにしておいたのだ。車に護衛を同乗させないことを許可したのも、この能力で事前に危険がないか確認を行ったからである。

 

(まぁ、それ以前に基地の中は丸見えなんだけどねぇ.....。)

 

 そして、今まで以上に強化した点というのは基地内における諜報活動である。基地に不穏な動きがないか、主要キャラクターたちの様子は?などあらゆる面において情報の確認を行った。これも頭脳級の能力を総動員し、基地内の監視カメラなどをハッキングすることができる故である。そのため、自分がどのような扱いをされうるのかなど、ほとんどの情報は得ることに成功していたのだ。

 

(香月先生の部屋だけは監視カメラとかなくなってたなぁ.....。気づかれてるのかもなぁ.....。)

 

 おそらくは別件で外したのだろうが、警戒をしておくにこしたことはなかった。

 

「ちょっと、話聞いてるの?」

 

「あぁ、すみません。少し考え事をしてしまいまして。」

 

 夕呼は何とも思っていなそうな晴海を見て「あっ、そ」とだけ返して黙ってしまった。せっかく再び二人きりで話ができる環境を整えてくれたのだから、何か話そうかと適当に話題をつくることにする。

 

「香月先生はよく私の仲介役....。もとい、お世話役を務める気になりましたね。それに車内のこんな距離に私と二人きりで。」

 

「嫌々よ.....。と言いたいけど、あんたが私と協力体制を結びたいと散々言ってきてここで殺すことはないだろうという仮定と、あたしが殺されても大丈夫という保険のおかげね。それにあんたのことを他の連中に任せたら変なことしそうだし....。それに最初にあたしに接触してきたでしょ。基地の中でも私のことは知っていたから役職相当で適任者だと決まったのよ。私も任命拒否はしなかったわ。興味があるし。」

 

「興味を持ってもらえてうれしいです。」

 

 夕呼の話に晴海は少しうれしく思った。

 

「ところで、あんた。忘れてはいないわよね。取引のこと。」

 

「取引.....。あぁ、情報の一部公開の件ですか?もちろん忘れていませんよ。」

 

 晴海がそう返すと、夕呼は顔をぐいと近づける。

 

(ち、近いです!先生!)

 

「情報の一部公開ってあんたが言ったんだから、しっかり話してもらうわよ。そのために私も頑張ったんだから。」

 

「ですから、ちゃんと話しますよ。それと顔が近いです。」

 

 晴海にそう言われると、夕呼はさっと顔をはなし咳払いをした。

 

「じゃあ一つ目。あ号標的の指示であんたは動いてるらしいけど、じゃああなたはBETAとしてどの立場にいるのか。役職や階級とかそういうものが存在しているのかしら?」

 

「命令系統が存在している時点で階級に近いものは存在しているといえますね。役職は....。正直、微妙といえば微妙なのですが、役割分担はされていますから.....。」

 

 晴海が話し始めると、夕呼は「それで」と次の話を気にしているようだ。

 

「私の立場という件なのですが.....。まぁ、AL4の修正案の件は耳にしていましたし、今私が消されると先生もまとめて処分されてしまうだろうから、その心配はないでしょうし話してしまいますね。」

 

 晴海の発言に夕呼は少し驚きながらも、晴海なら当たり前かと思い「どこから情報を.....。耳が早いのね。」と小言を放つ。

 

「実を言ってしまえば、先生はBETAである私の命を既に握っている立場でもいらっしゃるんですよ。」

 

 晴海の言っていることが一瞬よく分からなかったが、すぐに答えを導き出した。

 

「まさか....。」

 

「おそらく先生が考えていることは合っています。私はずっと貴方たちの足元にいたのです。あの横浜ハイヴの中央.....。反応炉にね。」

 

「頭脳級であるというの。あんたは」

 

 夕呼は晴海の話を一瞬信じられなかった。頭脳級が人になりすまし、基地にやってきたという事実に動揺を隠せない。新種のBETAではなく、既存のBETAが人類との対話を望んでいたのだ。

 

「先生が私を強制停止させるプログラムを打てばその時点で私は死ぬでしょうね。しかし、それはAL4自体の終了を意味していますから。」

 

 晴海は夕呼の顔を覗き込んだ。晴海の様子に「な、なによ」と動揺を隠せずにいる夕呼を見て、晴海は満足した気分になった。

 

「こんなことを以前に話せば、すぐに殺されたでしょうね。あぁ、ちなみにこの話をした時点で分かるでしょうが、私はもう対策済みですから万が一殺されそうになっても大丈夫ですよ。」

 

 晴海の準備の良さに憎らしささえ感じた夕呼は「そんなこと言われても、今さら殺せないわよ」と不満そうに言う。晴海は少し意地悪であったと感じ、他に何かあれば聞きますよと話題を変えようとする。

 夕呼は一息吐くと、改めて晴海の方へ顔を向ける。

 

「じゃあ二つ目。その体は人間と同じ作りなの?モデルとかそういうものはあったわけ?」

 

 そういうと夕呼は晴海の体を観察するようにじろじろと見る。

 

「それは先生の趣味で聞きたいことですか。」

 

「私にそんな趣味はないわよ。学者的に質問したのよ。」

 

 少しむきになって否定した様子を見て晴海は察しながらも話すことにした。

 

「まぁ、大体は人間と同じ作りといえるでしょうね。所々は違うのでしょうが....。モデルは....。存在していたといえばそういうことになります。どうやって精巧な体を作ったのか聞きますか?先生はある程度知っていると思いますけど。」

 

「それ以上話さなくて大丈夫よ。分かったわ。」

 

 人体実験で得たデータであることを理解した夕呼は少し気分が悪そうな様子だった。

 

「良ければ触りますか。体。」

 

「結構よ。」

 

 謝罪ついでに体を触ってもいいですよといったのだが、断られてしまい晴海は少し残念そうだ。

 

(やっぱり年下は眼中にないかぁ.....。しかも同性.....。かな?)

 

 私は自分の体を触りながらそんなことを考えていた。その様子を見た夕呼は(やっぱりおかしいわこいつ)と思いながらも、咳払いをして晴海の意識をこちらに戻そうとする。

 

「これは失礼しました....。つい私の世界に.....。」

 

「えぇ、そうみたいね。随分体が気に入っているようで。」

 

 晴海は我に返ると、少し恥ずかしいように感じた。が、そこまで恥ずかしくないような.....。心が変わったおかげであろう。

 

「それじゃあ、三つ目。あな「香月先生、情報の公開はここまでにさせていただきます。」」

 

 夕呼が質問を続けようとしたところで晴海が割って入る。「どうしてよ~」と不満そうな夕呼であったが、ここで更なる情報を渡し続けては、今後の動きに影響が出かねないと判断した晴海は「終わりです」と言い切った。

 

「先生とは末永くお付き合いしたいですからね。」

 

「そんなに長く居られても困るけれど。」

 

 晴海は「それもそうですね」と返し、話すことがなくなったので再び外を見ることにした。既に市街地のようなところを走っているのを見ると、基地までもう間もなくといったところだろうか。市街地も戦闘跡が残っており軍用車両が行きかう様子を見ると、ここが前線に近いことを改めて思い知らされる。

 

(戦争はこの世界の人々にとっては身近なものなんだなぁ....。)

 

 平和ボケしていた前世の日本の人がこの世界にきたらどう思うだろうか。などということを適当に考えながら暇をつぶす。

 

 その後しばらくして......。

  晴海たち一向は厚木基地へと到着した。

 

 

 

 

 ー 日本帝国軍 厚木基地 ー

 

 正門の前の警備兵が手を挙げ車を止めるように求める。

 車が止まると、兵士の一人が運転席に駆け寄り「身分証と許可証の提示を」とピアティフ中尉に話しかける。事前に用意していたファイルをそのまま兵士に渡すと、兵士は無線機に手を当て「国連のお客様がおいでになられました」と話す。

 少しすると、無線機に反応があり、その内容を聞いた兵士がファイルをピアティフに返して基地の東にある会館を目指すように指示した。

 ピアティフ中尉が「了解した」と返すと、対応した兵士も敬礼を返しゲートを開けるように指示する。

 ゲートが開くと車を再び走らせ、指示通り基地の東にある会館を目指す。通りすがる兵士が物珍しそうに車を見る。前線に政治家が乗るような車は目立つのだろう。会館の前にもう一台黒塗りの車が止まっているのが見えた。

 

(総理はもう到着済ってことか.....。こういう時代には行動力がある総理が求められるんだろうなぁ....。)

 

 晴海がそんなことを思っていると車が止まった。ピアティフ中尉が車を降り、夕呼の方のドアを開け、その後、晴海の方のドアを開ける。そんなに長時間のドライブではなかったのだが、車に乗ることを久しぶりにした私は癖で外に出ると背伸びをする。

 

(空気は.....。あまりよくないけどね。)

 

「あんまりお待たせすると失礼になるわ。さっさといくわよ。」

 

 晴海は夕呼に続いて会館の入口へと向かう。ピアティフ中尉も同行するらしい。

 入口には二人の警備兵がたっており、ここでも再度身分証の確認が行われた。しかし、それも先ほどのファイルを渡すと、そのまま三人とも通行が許可された。ただし、武器などがあればここで事前に提出するように求められた。晴海は何も持っていないといい、夕呼とピアティフは拳銃を渡す。

 中にいた士官服をきた兵士が「それではこちらへ」と案内する。それに続いて三人も廊下を歩いていく。軍の施設らしいといえばそうだが、横浜基地と違い、この基地は全体的に暗い印象だ。電光灯も所々は節電のためか消されていることもそう見える要因の一つなのだろう。

 士官が案内されるであろう部屋の前に止まると、「香月博士とお連れの方は入室が許可されていますが、副官の方につきましては別室での待機となります。」と説明をし、ピアティフ中尉はここでお別れとなった。

 士官がノックをし、「お客様がお見えになられました。」とだけ言うと、部屋の中から「お通ししなさい。」と男の声が聞こえた。士官が扉を開け、二人の入室を促し、夕呼に続き晴海も部屋へ入る。一つのテーブルを境にソファーが二つずつ置かれ、壁には名もわからぬ風景画が飾られていた。私たちが座らせられるであろうソファーの反対側に胸を大きく張り堂々とした様子で座っている政治家がいる。

 

(この人が.....。千鶴さんのお父さんの.....。)

 

 榊首相を目の前にした晴海はその堂々としたたたずまいに一瞬ひるみそうになった。

 

「香月博士、それに宗谷さん。ようこそお越しくださいました。私が日本帝国政府首相の榊是親です。」

 

 立って二人を迎える榊首相に夕呼も「今回は急なお願いにも関わらず、対応してくださって本当に感謝しております。」といつもとは違う目上の人に話す口調になっていた。晴海は、夕呼に続いて「本日はよろしくお願いします。」とだけ言う。榊首相は「まずはお座りください」とソファーへ手を向け、秘書や士官の男に「ここからは政治の時間だ。機密につき、退出願う。」と強い口調で命令した。士官と秘書は渋々部屋を出ていく。

 

「それでは、首相本日の会談に関して...。」

 

 そう言い始めようとした夕呼の手を晴海がつかみ、シーッというジェスチャーをする。

 私は部屋に入った時からすでに複数の電子機器が作動しているのを感じ取っていた。

 

「榊首相。この部屋に入る際、随分蚊が紛れ込んでしまったようです。」

 

 晴海がそういうと榊首相が「何?」と首をかしげた。晴海は手をパンとたたく。それと同時に全ての電子機器の位置を特定し、強い電波を送り付けた。監視カメラや盗聴器は瞬く間にジャミングされ、使い物にならなくなってしまっただろう。

 

「お話を止めてしまい申し訳ありません。続けてもらって結構です。」

 

 夕呼も榊首相も、晴海が何をしたのか大まかに理解した。二人とも恐ろしい奴だと感じたのは確かだろう。

 

「それでは本日の会談に関して、早速話を進めていきたいと思います。今回の会談では宗谷晴海から提案がありました、日本本土の領土返還に関してです。内容は事前にご連絡した通りです。」

 

 夕呼はそういいながら鞄の中から資料を取り出し、榊首相の前に置く。しかし、榊首相は資料を開くこともしなかった。今回の会談で話し合われる内容は全てを頭の中にいれ、それに関する事項もすべて押さえてきていたからだ。

 

「あぁ、領土返還の件は聞いている。不当に侵略したという意識があるのであれば全土返還を望みたいところではあるがね。」

 

 そういうと榊首相は晴海の方に視線を向ける。晴海は「いやはや....。」と困ってしまったアピールをする。

 

「我々BETAはあなた方と戦争をしているという事実は認めていません。それに不当に侵略したという事実もです。我々は自分たちがなすべきことをしているだけなのですから。」

 

「戦争をしている事実がない?この状況を見てもそう言えるのかね。これを戦争といわずしてなんというのか。」

 

 晴海の発言に榊首相は火が付いてしまったようであった。夕呼も内心は(この馬鹿っ!)と思っていただろう。

 

「ですから何も起きていないのです。より詳細的に言えば、我々はあなた方を生命体.....。それも知的生命体と認識するまでに至っていません。故に何も起きていない。我々からすればあなたは災害のようなものなのですよ。」

 

「災害などと.....。どの口がいうか。我々からすればお前たちこそが.......。いや、我々の視点とお前たちの視点は同じということか。」

 

(さすがは首相、理解が早くて助かります!)

 

「私は今回、上位存在よりあなた方、人類を調査することを命じられています。しかし、調査するにあたって対象の協力を得られるならばその方が効率が良いと考えた私の提案が承認されたため、いまこうして会談にあたっているわけです。」

 

「つまり、領土返還の代わりに日本帝国に対し、人類の情報を集めるための協力をしろと言いたいのか君は。」

 

 夕呼は口をはさむ間を完全に見失い、完全に黙り込んでいる。というか、もう勝手にしろと思っているのかもしれない。

 

「その言い方だと誤解が生まれます首相。人類の情報というのは炭素系生命体。つまりあなた方が存在しうる理由、定義、概念.......。我々から見て納得に値する情報の提供を行ってもらうということです。」

 

「そのことは分かっている。何を知りたいのか具体的なものもおおよそはな。問題はその情報を一体何に使うというのか。そこなんだよ私が知りたいのは。」

 

 首相は目をそらさず、じっと私を見ながら話している。国の命運を託された首相の重責は覚悟という形に変わっていた。

 

「貴方がたが知的生命体であると上位存在が認めれば、我々の規則に従い、当然この星における採掘行為はすべて停止されるでしょう。それまでのすべては戻らなくとも、我々は止まることになります。」

 

 私は言い切った。首相の覚悟に負けたといえばそうだが、個人的には誤魔化し続けておこうと思っていたことだった。その方が今後の日本との取引においても有利に事を進められるかもしれないと考えていたからだ。しかし、事ここに至っては話してしまった方が進めやすいと考えを改めるに至った。

 

「それはつまり....。」

 

「はい、事実上の講和となるでしょう。賠償などの定義は不明ですが、現在の形のまま我々は行動を停止します。」

 

 榊首相の顔に少し優しさが戻ったように感じた。これ以上の侵略は起きないであろうという可能性が近づいたからだったのかもしれない。しかし、榊首相はすぐに元の厳しい顔つきに戻る。

 

「しかし、私も君の言葉を鵜呑みすることはできない。そのためには、君との信頼関係を築く必要があるのだ。」

 

「えぇ、私も重々承知しています。信頼関係なくしては、協力をしていただくことは難しいということも。私もこの任務に失敗すればどうなるか分からない身でありますので。」

 

 そう、晴海も今回の任務の成否しだいでは処理される対象になりうるのだ。

 

「承知しているのであれば、君が提案した領土返還の件こちらから要求を足したい。」

 

 榊首相が放っていたオーラの雰囲気がまた変わった。

 

「要求の付け足し.....ですか?」

 

 晴海は榊首相の真意を読み取ろうと、相手の考えを必死に考察する。

 

「あぁ、現在の提案では中部地方全域を返還するとなっているが、我が国の今後の国情を考えれば問題となる。旧帝都がある関西地方も含む地域の返還を要請したい。」

 

 榊首相の要請に晴海も夕呼も固まった。旧帝都がある京都までの領土返還となればかなりの国土が戻る形となる。思い切った提案に驚愕してしまったのだ。

 

「榊首相。流石に関西地方も含めるのは.....。」

 

「香月博士。何か意見が?」

 

 夕呼があまりにも破天荒すぎる榊首相を止めようとしたが、榊首相は意見を曲げる気はないようだった。晴海は榊首相がここまで強気にでた理由を考えつづけていた。

 

「榊首相、確かに信頼関係を築くことは重要ですがこの返還で信頼を得ることはあまりにも......。」

 

 話を続けようとした晴海だったが、榊首相の考えがうっすらと見え、言い始めた口を閉じる。

 

「なるほど.....。日本の国情.....。京都までの地域を奪還したということを国民に、そして世界にアピールすることで日本の立場を向上させたい.....。そう考えていらっしゃいますか?」

 

 晴海の発言に榊首相はふっと笑みをこぼした。夕呼は政治の話はつかれるといわんばかりにソファーに深々と沈み込んだ。

 

「それもあります。我が国はBETAに押され続けて以来、領土を喪失し続けてきた。国民の不満も当然溜まっています。その中で、京都までの地域の返還、奪還が行われたとなれば国民の不満も晴れるでしょう。諸外国もBETA相手にここまで領土を奪還した我が国に対し一目置かざるを得ません。その手段が交渉によるものであったとしても。」

 

 榊首相の考えに晴海は一種の尊敬の念を抱く。政治家として日本を引っ張ってきた男は銃後の戦いがある。その中で生き残ってきたこの榊首相に敬意を表せずにはいられなかった。

 

「当然、香月博士が進めるAL4の立場も向上するでしょう。武力による奪還は疲弊を伴います。交渉で領土を奪還.....。それが成功した事実として大々的に発表することができれば国連内部のAL5推進派の勢いも落ちる。そして、宗谷さん。貴方に対しても徐々に信頼とそして情報が集まるようになるのでは?」

 

 晴海は国連や自分の立場までも考慮し、この提案を行っている首相にもう参ってしまった。政治の世界は新参者であったが、古参兵には勝てないものだと実感する。だが、晴海もここでBETAとしての意地を見せたかったのか、一つ加えて提案をする。

 

「返還した地域は汚染が進んでいるでしょう.....。もとより我々が取りつくしてしまいましたが....。その汚染の後処理を我々が負担していきましょう。ただし、これは日本政府への今回の提案に対するお礼です。今回の会談では互いに貸し借りなし。それでもかまいませんか。」

 

 榊首相は「えぇ、よろしいでしょう。」といい席を立った。私も席を立つ。

 

「私は正直言ってまだあなたを信用しきってはいないが、今後、あなたと良い関係を築けると感じている。日本の政治の世界がBETAと同じならだがね。」

 

「榊首相。私も貴方と良い関係を築きたいです。」

 

 二人は握手した。この世界においてはじめて人類とBETAとの直接的な交渉が行われた瞬間だった。

 その後、夕呼が用意していた書類にサインをし、今回の内容が確実に履行されることを約束した。また、現在の協力体制が続く限り、日本帝国からの攻撃がない限り、反撃を行わない。また、侵攻行為や採掘行為を行わないことも確認され、領土返還期日は晴海が汚染除去の日にちも考慮し9月28日と定められた。

 

 

 1週間後、AL4の修正案が可決され、正式に発表となる日に合わせ、この歴史的な会談が行われた事実が日本国内のみならず、世界に向けて発表された。国内においての反応も様々であったが、軍部の中には面白く思わない派閥が増えたのも確かであった。世界各国もこの状況に驚きを隠せず、しばらくの間、外務省は諸外国との対応に忙しくことになる。

 

 晴海も鉄原ハイヴのBETAを総動員し、重金属汚染の土地の浄化作業を開始した。とはいえ、BETAの採掘機能を改善し、除染プログラムを追加しただけなのだが、中部関西両地域は中々に広大であった。現場監督として苦労をした。そして、上位存在への報告。これまでの過程や内容。そして今後のことなど、具体的に話し、改めて極東地域での管理を任されることになった。あくまで実験場として使ってよいとの判断であろう。

 

 

 

 そして、時は過ぎ。

 

 

 

 9月28日、旧帝都には状況を確認しにきた斯衛兵が乗る戦術機の姿があった。その大地にはBETAは一匹も残っておらず、汚染も想定内まで抑えられている。旧帝都に残っていた一本の桜の木が折れずにその姿を残し続けていた。

 当日、日本政府の閣僚、軍関係者、そして煌武院悠陽の姿があった。奇跡の桜の下に集まり、返還式典が行われようとしている。そこに国連のマークが入った黒塗りの車両が止まる。会場の面々は降りてくる人物に興味深々と言った様子だ。降りてきたのは国連呼称「BETA使節団」の代表、宗谷晴海の姿であった。

 向けられている目は様々、だがその大半は恨みや憎しみが込められていた。

 

(だから来たくなかったのに......。香月先生の意地悪.....。)

 

 後ろに立っている夕呼はどこか嬉しそうだ。

 用意された席へと案内され、その席へと座る。晴海が座るとすぐに式典が開始され、悠陽のお言葉が述べられる。

 

「私たち人類は,これまで幾度も恐ろしい疫病や大きな自然災害に見舞われてきました。しかし,その度に,団結力と忍耐をもって,それらの試練を乗り越えてきたものと思います。今,この難局にあって,一筋の光が差しました。人々が将来への確固たる希望を胸に,安心して暮らせる日が必ずや遠くない将来に来ることを信じ,皆が互いに思いやりを持って助け合い,支え合いながら,進んで行くことを心から願っています。」

 

 会場の面々からは拍手が起こる。泣いている人も多く見受けられた。

 

「続きまして、榊首相より.........。」

 

 晴海は式の進行を静かに見ていた。

 

 

 皆が私を恨んでも構わない。皆が私に石を投げ、唾を吐いても甘んじて受け入れよう。この世界の平和と秩序、そして、大勢の命を今ここに救えたのなら、幸せを得ることに、希望を得るそのきっかけになれたのなら。私は嬉しい。

 

 

 晴海は桜の木を見上げる。なぜかこの一本だけは残っていた。その理由は分からなかったが、これが復興のモニュメントになるのは間違いないだろう。

 

 

(今日だけは......。許されてもいいよね........。)

 

 

 私はこの世界にきて、初めて一筋の涙を流した。




桜の木の下で

※まだ続きます。


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第12話 これからです

一部シーンカットにより今回短めです。


 ー 2001年 旧帝都 式典会場 ー

 

 一通りの要人による挨拶が終わり、戦死した兵士への弔いが行わる。出席していた晴海も例にならったが、出席していた軍人の中から「どんな顔をしてそこにいるんだよ.....。」「お前に弔われたくはないだろうな.....。」などと小声で話しているのが聞こえてくる。

 

(まぁ、当然の反応だよね....。)

 

 晴海は特に聞こえてないようなふりをした。その後、式典はそのまま何事もなく事が進んだ。

 式典が終わるとアナウンスで出席者向けに食事が用意されていることが説明され、ほとんどの人は用意された仮設会場へと向かう。夕呼が「あんたはあんまり気乗りしないわよね。」と少しばかり晴海に同情したようであったが、晴海は「先生のご都合に合わせますよ。」と返した。夕呼は政府関係者と話しがあるため、どうしても食事の席に出る必要があったのだ。その間、晴海を担当する責任者として、晴海から離れているわけにもいかず、どうしたものかと思っていたのだが、晴海の返事に夕呼は「ごめんなさいね~。」と機嫌がよさそうだった。

 

(とはいったものの......。ここまであからさまに敵意向けられるのもね~。)

 

 会場に入った晴海は常に夕呼の傍にいたのだが、ほとんど話しかけられることはなかった。榊首相が唯一声をかけてくれたくらいで、大半は晴海と距離を開け、不気味そうな視線を向けている。

 

(はやく終わんないかなー。)

 

 特に食事に手を付けることもなく、話し相手もいない晴海は暇でしょうがなかった。その時、背後からゆっくり近づく気配を感じ取った。

 

「貴方が宗谷晴海さんですね。」

 

 晴海は後ろから声を掛けられ、「はい、そうですが。」といいながら顔を向ける。(何かめんどくさいこと言われるのかな)と思っていた晴海であったが、後ろの人物に顔を合わせると、そこに立っていたのは晴海も知る人物であった。

 

(鎧衣課長!?)

 

 唐突な登場に驚いた。裏で暗躍しているイメージがほとんどの鎧衣課長が目の前にいることに晴海は何かしてくるのではと警戒するが、周囲に攻撃的な意思をもった存在を確認できない。

 

「そう、警戒なさらずとも大丈夫ですよ。実は貴方に会いたいというお方がおりましてね?来ていただけませんか。」

 

「私と会話をしたいのであれば香月先生の同伴、許可が必要なので、先に先生にお話をお通しください。」

 

 不用意についていきたくない人物であることも理由ではあるのだが、晴海は表向きな理由で同行することを拒んだ。

 

「ふむ。それは困りましたね。香月先生は先ほどから政府のお偉いさんと話している様子。その間に割って入るのもね?」

 

 私の方を見て「分かるでしょう?」とでも言いたそうな鎧衣課長だったが、晴海はそれでも「許可は必須です。無理であるというならば、お断りします。」と強く言い切った。

 

「いやはや、私、貴方に嫌われていますかな。」

 

「十分怪しむくらいには。」

 

 そんなことを課長と暇つぶし程度に話していた晴海であったが、その課長の後ろから近づいてくる人物が見えた。複数の斯衛兵に囲われて......。

 

(ま、ま、まさか!?)

 

 晴海の様子を見た鎧衣課長が「では、ここでお話ししていただきましょう。」と言うと、歩いてくる人物に向けて帽子を脱ぎ頭を下げた。周囲の軍人や官僚も頭を下げる。

 向かってきた人物は日本帝国の現・政威大将軍。煌武院 悠陽その人であった。その両脇に控えている斯衛兵は月詠姉妹である。

 

(な、なぜ殿下が!?)

 

 晴海はあまりにも予想外であった出来事に思考が停止した。予定ではいつかは直接話し合いをする必要があると思っていた人物とのあまりにも早く唐突な出会いであったからだ。政府関係者と話していた夕呼もただならぬ状況に「すみません。ちょっと...。」と言い話を途中でやめ、晴海の傍へ来た。

 

「殿下。このものが何か不手際をなさいましたでしょうか....。」

 

 夕呼は頭を下げながらそう言う。晴海が何かしてしまったのではないかと不安な様子であった。

 

「いえ、何でもありませんよ、香月博士。私はこの者に興味があった故、顔を合わせたいと思っていたのです。」

 

「問題といえば殿下の前であっても頭を下げようとしないことであろう。」

 

 後ろに控えていた真那が晴海を見下すようにしながらそう言い放つ。

 

「私はBETAの代表.....。と言える立場でここに来ている。それにお前たちと終戦を迎えたわけでもない。人としての礼儀を我々に通すなら、その前に自分たちの証明を終わらせることだな。」

 

 真那の態度にムカッとした晴海はBETAが舐められているように感じ、そう言い返した。夕呼が「この馬鹿ッ!」と言いたそうな表情で晴海の方を見つめていたが、晴海はプイっとそっぽを向いた。

 

「殿下に対しお前など!BETA風情が調子にのりおって!お前たちのせいでどれほどの「真那!お止めなさい!」」

 

 悠陽が真那の発言を止めに入り、「真耶もなぜ止めに入らないのです!」としかる。月詠姉妹は「申し訳ございません!」と悠陽に頭を下げる。

 

「宗谷さん。申し訳ありません。臣下が失礼を......。」

 

 そう言い悠陽が晴海に頭を下げようとする雰囲気を感じた晴海はとっさにテレパシーで悠陽の頭に話しかけた。

 

『頭を下げるのはやめてください。ここで頭を下げられると今後の関係に影響します。謝罪は十分です。私も言いすぎましたから。』

 

 急に響いた声に驚いた様子の悠陽であったが、晴海が頷いて「大丈夫です」という気持ちを伝えると、先ほどの言葉が晴海の能力であると理解したのか、頭を下げることはしなかった。

 

(こんな人目の多いとこで殿下に頭を下げさせたなんてなったら、何が起こるかわかったもんじゃないよ.....。)

 

「失礼。挨拶が遅れました。私がBETA使節団の代表を務めます。宗谷晴海です。殿下にお会いでき光栄です。」

 

 晴海はそういうと帽子を脱ぎ、一応の形として頭を下げる。この方が対外的にイメージはまだいいだろうと考えた結果であった。BETAらしからぬ様子に周囲の声は少しざわめいたようであったが、悠陽が「存じております。今後とも宜しくお願い致します。」と返してくれたおかげで、特に何かが起きるわけもなく平和に顔を合わせることができた。

 後ろの真耶が「殿下、お時間が....。」と言う声が聞こえた。悠陽はうなずき、「皆様、お騒がせてしまい、申し訳ありません。私は失礼させていただきます。」というと、斯衛をつれて会場を後にした。

 

(本当に顔を合わせにきただけだったんだ.....。何か話すのかと思ったけど....。って鎧衣課長は!?いつの間に消えた!?)

 

 消えた鎧衣課長に驚いたものの、なにはともあれ何事もなくてよかったと晴海は安心した。夕呼も「あんたも少しは抑えなさいよ。私の責任になるでしょ。」と晴海にささやいたが、晴海は「はい、努力します。」と受け流した。

 

 

 

「殿下、どうでしたか、あのものは。」

 

 会場の外を出て、移動するために車両へ向かう道中、真耶が悠陽に話しかける。

 

「宗谷さんですか。人間らしくて、本当にBETAか疑ってしまいました。あまりにも人間らしくて。」

 

「そうでしたか。」

 

 悠陽は晴海の様子を見て何か思うことがあったようだが、真耶もそれ以上深く聞くようなことはしなかった。真那は先ほどのこともあり少ししょぼんとしているようだ。

 

「今後とも情報の収集は怠らないように。」

 

 悠陽の言葉に真耶は「ハッ!」と返した。

 

 

 

 その後、必要な人物との話し合いがようやく終わった夕呼は「用事は終わったけど、どうする?」と晴海に聞いた。晴海は「早く帰りたいです....。」ともうこの会場にいるのはこりごりとしている様子だ。

 

(BETAにも精神的なダメージはあるのかしら....。)

 

 晴海の様子を見た夕呼はそんなことも考えたが、今はいいかと考えをやめ、「それじゃ、帰りましょ。」と言い、晴海を連れて会場を出ることにした。

 

 

 帰りの車内にて.....。

 

 

「ところであんた、今後どうするつもり?」

 

「今まで話した通りですよ。与えられた任務を遂行します。」

 

 夕呼は頭に手をやって「あぁ違う違う。そういうのじゃないわ。」という。晴海は何だろうと首をかしげる。

 

「任務を遂行するのに私とあんたは協力関係にあるでしょ。あんたがいつもどこから来てるか分からないけど.....。って言ってもハイヴから来てるんでしょうけど。何か用がある時にあんたを呼ぶ手段がないのよ。だから、今後はどうするのっていうこと。」

 

 いわれてみれば、晴海から用がない限り、横浜基地に行くこともなく、その間は連絡すら取っていなかった。

 

「もしかして.....。何かありました....?」

 

 晴海が恐る恐る聞くと、夕呼はグイと顔を近づけ「大ありよ!」と怒鳴るようにいった。

 

「あんたから連絡がない間私一人であんたに関する物全部処理したのよ!?苦情から問い合わせ、そして会わせろっていってくる各国の対応も!それに......!」

 

 止まることがなさそうな夕呼の文句に晴海は夕呼の口に手を当てて、「そ、それは申し訳ありません。」という。

 

「確かに香月先生がいないと私も公的な身分で活動できないですし、先生もオルタネイティヴ4の遂行に影響があるのは分かりました。しかし、私が帰る場所を伝えるのはさすがに.....。」

 

「何言ってんのよ。帰る場所なんて元々聞く気ないわよ。」

 

(え?何言ってるの?)

 

 晴海はまた首を傾げた。

 

「横浜基地のセキュリティレベルが高い場所にあんた用の専用個室が設けられたのよ。だからそこに基本的に通うっていうか、いて頂戴って話。」

 

(え?何言ってるの?正気かこの人。)

 

 晴海は夕呼の話に混乱した。惨劇を引き起こした当人を基地の中に入れることを許可しているこの状況に全く理解できなかった。人類の危機管理が低いのか、それとも晴海を救世主かなにかと勘違いしているのか。そのどちらでもない何か。晴海はそう考えた。

 

「横浜基地に他計画や国連で進められているプロジェクトの詳細は今後入ることがなくなったのよ。オルタネイティヴ4の専用基地として特別扱いになったの。だから、あんたがもし諜報活動をしたとしても軍事的や技術的な情報はオルタネイティヴ4関係のもののみになるわ。だから、あんた専用の個室を設けることができたってわけ。」

 

 晴海はリーディングでもされたかと疑うほど完璧な夕呼の回答に大体を理解した。

 

(そうであれば、失うものもオルタネイティヴ4だけだし、オルタネイティヴ5に影響がでないから容認したってわけか....。)

 

 晴海は「なるほど」と小声を漏らす。夕呼の頑張りが目に見えるようで心から感謝したかった。今日の政府関係者との話もそれに関係したものであったのかもしれない。

 

「専用の個室の件、了解しました。しかし、私も上位存在に連絡をする必要があります。その時はハイヴに戻らなければなりませんが.....。」

 

「反応炉までの国連施設への出入り....。と言ってもあんたに関係する場所しか入れない特別仕様だけど、あんた専用の身分証兼セキュリティパスももうできてるわ。」

 

 あまりの用意の良さに晴海は一種の不気味さすら得た。

 

「先生.....。また何か企んでいませんか?」

 

 晴海が怪しむように夕呼の顔を見る。夕呼は溜息をもらす。

 

「さすがにもう勝手に動けないわよ。あんたは日本政府と関与している以上、国連が無断で作戦なんて行ったら、更に反国連、反米感情が悪化して人類同士で殺しあいになってしまうもの。」

 

 そういう背景があったのかと晴海は理解したが、基地にいる際に油断はしないでおこう.....。と決めた。

 

「そういう事情であれば、私も先生に協力させてもらいます。あまりにも多くの借しができてしまいましたね......。」

 

 夕呼はとたんに先ほどまでの疲れた表情から目をキラキラと輝かせた。

 

「そう!これは借しよ!あんたへの借しなのよ!あんたに言われるまで、忙しさですっかり忘れていたわ!」

 

 晴海は地雷を踏みぬいた気がした。

 

「あんた借しを残すのは嫌いよね!今日はこのまま横浜基地へあんたも行くわよ!私の部屋でとことん借しを返して頂戴!」

 

(今晩......。休めれそうにないなぁ......。)

 

 「さぁ!帰るぞー!」と元気そうな夕呼と「は、はい....。」とうなだれた晴海であった。

 

 

 この後、晴海は夕呼の部屋でとことん質問攻めにあうことになり、挙句の果てに体の構造を調べると言い出した夕呼の手によって、あんなことやそんなことをされてしまうことになるのだが......。その内容は尊厳を守るためにここではカットすることにした。

 



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第13話 英雄きたる

 ー 2001年 横浜基地 晴海専用個室(以降:特別室) ー

 

 上司からの任務を遂行するべく、人類との協力体制の構築を目指していた晴海であったが、色々(色々ではすまされない)な出来事を通し、何とか人類側での立場を得ることに成功した。

 しかし、基地内にまだ反抗的な人物がいる可能性は消しきれない。夕呼もその中の一人だ。二回目の会談でだまし討ちされたことは晴海のこの世界での生き方を変えたような出来事であったため、記憶には深く刻み込まれている。

 

(なんやかんやあったけど......。こうして、人らしい生活を送れるのはなんやかんやいいのよなぁ.....。)

 

 個室に置いてあるポットと合成コーヒーを飲みながら晴海はそう思った。専用の個室というからには飾りっ気のない何もない部屋と思っていたのだが、実際には来客用に設置されていたであろう部屋を改造して作られていたこともあり、意外ときれいな部屋だ。「ポットのお湯に毒が!コーヒーに毒が!」などと思い、確認をしたが普通のものだった。今では念のため、部下に一度味見をさせてから飲んでいるのだが....。

 

(味なんてよくわからないけどね。)

 

 返還式典の夜は結局、夕呼が寝るまで攻め続けられたため満足に休める時がなかったのだ。次の日も、夕呼が挨拶がしたいという基地司令を連れてきたので客室で面会したり、政府からの連絡係としてきた秘書の人と今後について話したり忙しかった。外国の政府関係者も来ていたようだが、私の管理権が及ぶのは日本が関係する地域までであったことから、夕呼に諸外国の対応は見送っていることにしてもらう。反発はあったのだが、晴海からの要請であることを話すと、やむを得ないとしておとなしく引き下がった。

 

 そして、現在。日本政府と国連の協力体制のもと、BETAに対し人類が地球に知的生命体として存在することを示すための研究プロジェクトが行われている。大まかにその内容を言えば、著名な生物学者や考古学者などを招集し、炭素系生命体として人類が存在していることの証明をBETAに伝わる形で送ることを目的としたプロジェクトだ。

 そのプロジェクトが進行している間、当然晴海は暇となってしまった。勝手に基地をぶらつくわけにもいかず、かといって部屋を出てハイヴに戻ろうとしても何かの用があったとき、夕呼が困るだろうと考え、動けずにいたのだ。上司への報告も『進展があるときのみ連絡せよ。任務の遂行を報告よりも最上位の地位とする。』と言われてしまい、進展がない以上それを理由に部屋を出ていくこともできない。

 

(嘘ついて出て行ってもいいんだろうけどなぁ......。)

 

 なんとなく気が引けてしまった。そのため、最後の報告はおよそ2週間前、結果それ以降はずっとこの部屋に引きこもっている形だ。

 

「暇ー。暇ー。」

 

 私は駄々をこねた子供の用に机に突っ伏した。両脇で立ち続けている部下はうんともすんとも言わない。部屋に置いてあったよくわからない本もおよそ1週間で大体を読み終えた。最初は来客も多く飽き飽きしていたが、今となっては新たな来客を心待ちにしているほどだ。なんでもいいから話相手が欲しいといった様子である。

 晴海はふとカレンダーを見る。今日の日付は10月13日。

 

(Mr.白銀がくるまであと9日かぁ......。)

 

 白銀が来て物語が動き始めれば、晴海も出番が何かしら回ってくるに違いないと考えていた。それまでの辛抱なのだが.....。

 

(でもさすがに限界だぁ.....。)

 

 その時、部屋の扉が開いた。

 

「なにうなだれてんのよ。そんなだらしない恰好して。」

 

 「久々の来客だ!」と一瞬は歓喜したのだが、夕呼であるのを見ると「なんだ....。」という気持ちになり再び机に突っ伏す。

 

「香月先生ですか.....。何用でしょうか.....。」

 

「なによ。あたしじゃ不満だったってわけ?」

 

「いえ、別に.....。」

 

 暇つぶしの相手になってくれるなら誰でもよいかと思い顔を上げる。

 

「それで、何用でしょうか。」

 

「前に話してもらったBETAの役割に関してなんだけど......。」

 

 そこまで言うと、夕呼が急に話すのをやめたため、晴海が「どうかしましたか」と尋ねる。

 

「あんた、何もやることなくて暇すぎて死にそうなんでしょ。」

 

「それは、私の様子を見ればわかるでしょうし、私の待遇やそこの監視カメラを見れば何をしていたのかわかるでしょう.....。」

 

 その話を聞いた夕呼の目が光ったように見えた。

 

「そんなに暇なら何か私に頼めばよかったじゃない。ていうか、書置きとかして外出すればよかったのに。」

 

「香月先生はそうやって私から更なる情報を抜き取ろうとするんですね。意地悪な人です。というか、私そんなに勝手に外出していい身分なんですか.....。」

 

 確かに無断で外出しなければよいとは言われていたが、私の面倒を見る係は夕呼であったが故に何か迷惑をしては申し訳ないと思い外出をためらってもいた。

 

「何?BETAが人間である私の心配でもしてるっていうの?誰もあんたを止めようともしないし、何より止められないわよ。協定の範囲内ならお好きなように。ただし、無線機はちゃんともっていって。」

 

 そういうと夕呼がポケットから無線機を取り出した。おそらくは位置情報の把握と呼び出ししたいときに使用したいということだろう。

 

(先生のポケットって都合の良いものばっかり入ってるなぁ......。)

 

 どこぞのロボットのようだと晴海は少し面白いと思った。

 

「そういうなら分かりました。今後はそうさせてもらいます。ところで、先生の要件の続きを......。」

 

 晴海がそういうと、夕呼は「あー、やっぱりいいわよ」と言い、持っていた書類を取り下げた。

 晴海は夕呼が何を聞きたかったのか気になったが、「そうですか」と言い、残っていたコーヒーをちびちびと飲もうとした。その時、再び扉が開く。

 入ってきたのは霞であった。夕呼が「どうしたの社」というと、晴海の方を警戒しながら夕呼の影までそそそっと近づき、顔を下げた夕呼の耳元で何かをささやいた。夕呼はその内容に一瞬驚いた様子であったが、その続きを話そうとした社の口に手を当てた。晴海の前であるためか表情をあまり崩さず、「そう....」とだけ呟く。

 

「こんにちは、霞さん。」

 

 話が終わったころ合いを見て、晴海が挨拶をする。霞は隠れながらも、「こんにちは」と返した。

 

(やっぱり、霞ちゃんはいつ見ても癒されるよぉ。)

 

 晴海は小動物を可愛がるような目で霞を見た。その視線に霞はぞぞっと寒気を感じたのか、更に夕呼の後ろに隠れてしまう。

 

「あんた.....。社には嫌われてるみたいね.....。」

 

「えぇ、残念です。」

 

(本当に!)

 

 心からそう思う晴海であった。霞から何かの要件を聞いた夕呼は「ちょっと用事ができたから、帰るわね」とだけ言い、足早に霞と共に部屋を出て行ってしまった。晴海は「さようならー」と手を振って見送る。

 

(ふふ、甘いですよ。香月先生。さっきの動揺、私の前で見せてしまうとは.....。話す場所はよく考えた方がよろしかったようですね。)

 

 霞の話の内容が気になった晴海はこっそりリーディングをしようと試みた。とはいえ、霞も夕呼も私の能力を警戒し、バッフワイト素子が織り込まれたものを着ているため、通常はリーディングをブロックされてしまうのだが、晴海であれば少しでも強く思ったものはかすかにリーディングができるのだ。しかしこのことは、まだ誰にも伝えていない奥の手である。

 

 その一瞬にわずかに読み取れたものは、前の白銀に関しての記憶、それも初めての出会いの場面だった。

 

(Mr.白銀に関する動きが何かあったみたいだね.....。初めての出会いとなれば......。)

 

 晴海はそう考えると、自身に与えられたもう一つの任務「白銀武との接触」を遂行するべく行動を開始する。リーディングから予想すると白銀が現れたという可能性があったからだ。

 

(でもまだ10月13日なんだよねぇ.....。流石に違うかな。)

 

 そんなことを思いながらも、基地の監視カメラから基地の中に白銀がいないか確認をする。しかし見つからなかった。

 

(基地内では動きはとくになし......。となると....。外かな?)

 

 先ほど夕呼に言われた通り、「上司への報告のため、一度帰宅。」とだけ書置きを用意して、椅子に掛けていた制服を着る。帽子とサーベルも装着して。

 

(まずは、白銀がこの世界にきて必ず関係するであろう場所。このあたりを回っていきますか。)

 

 何か動きがあったというなら、その場所や物に何か変化が起きているはずだと晴海は考えたのだ。

 

(協定を破ることになるかもしれないけど、その接触した瞬間の現場さえ見られていなければ何も問題にはならないよね。)

 

 白銀との接触が上位存在が望んでいるのは何か理由があるはずである。その理由をいち早く知りたいとおもっていた晴海にとって、この機会は逃してはいけないものだった。わずかな可能性であっても、必ず動くと決めていたのだ。

 部下二人に留守番を頼もうと思ったが、書置きをしているならばいらないであろうというのと、外で何かあった時に面倒だと思ったため連れていくことにする。

 

「久しぶりの外も楽しみますか。」

 

 独り言をつぶやいて晴海は堂々と部屋を出て、正面ゲートへと向かった。

 

 

 

 

 

 ー 横浜基地 副指令室 ー

 

「社、さっき話してくれたこと。もう一度教えて。」

 

 夕呼が真剣な表情で霞に話す。

 

「はい。純夏さんの白銀さんを思う気持ち。すごく強くなりました。前の時も、同じ日に同じことが起きました。」

 

 夕呼は霞の話を聞くと、少し焦っている様子で黙り込んだ。

 

(白銀がこちらの世界に来た日付は10月22日.....。その日にいつもの白銀はループしていたはず.....。10月22日が意味を持つ日であったから...。それなのに今日にずれるなんていうことが.....。)

 

 夕呼はこの世界がおかしな形に壊れていっているように感じた。晴海の存在ですら既にイレギュラーであったのに、これ以上の変化が何をもたらすのか、予想が全くできなかった。

 

「あの、香月先生。」

 

 考えている途中で話しかけられたため、「何、社」と少し強い口調で話してしまう。霞はびくっとなる。

 

「さっき、宗谷さんの部屋で、このこと話している時。宗谷さん、もしかしたらリーディングをしていたかもしれません。」

 

「大丈夫よ。話は途中でやめたし、何より私たちが身に着けているものにはバッフワイト素子が織り込まれているわ。貴方だってリーディングはできないでしょ。」

 

「はい。でも、宗谷さんは何か違います。うまく表せないんですけど、私よりも強い力を感じました。」

 

 霞が不安そうな表情で話しているため、さすがの夕呼も警戒しておくべきかと気持ちを入れ替えた。

 

「そうね。白銀のことで少し混乱していたわ。あいつはBETAである以上、警戒しておくにこしたことはないわね。」

 

 夕呼はそういうと、基地の内線を使い一時的に晴海の身柄を部屋から出さないようにするよう指示を出した。晴海からの質問は直接回答するということも含めて伝えるようにと。

 しかし、通信手がすぐに無線を返してくる。

 

「副指令。宗谷晴海は先ほど、正面ゲートから護衛二名を連れて外出しています。」

 

「どういうこと!どういう理由で基地の外に!」

 

「は、はい。上司との連絡を行うため、基地の外部にある拠点に帰宅するとゲートの兵士に伝え、書置きを手渡していきました.....。」

 

 夕呼はあまりにも早い晴海の動きにある確信を得た。晴海は何かしらの方法、リーディング上位互換の能力を持ち、私の気持ちを一瞬覗き込んだに違いないと。

 

(あ号標的に連絡を入れるのはハイヴ内であれば問題ないと言っていた。それなのに外に出て連絡をするなんて言うことをするわけがない.....。となると、目的はおそらく.....!)

 

 白銀武との接触。晴海のもう一つの目的の遂行であるという結論にまとまった夕呼は通信手に再度指示をする。

 

「私も晴海を追って外に出るわ。国連特殊作戦部隊の隊員、分隊規模と神宮寺軍曹を呼び出しておいて頂戴。いまから数分後には基地正面ゲートに。それから、伊隅たちにいつでも出撃できるようにスタンバイさせておいて。」

 

 夕呼は、「今の状況で晴海も手荒な真似をするはずはない」と信じているものの、晴海は任務のためであれば手段を選ばないことは基地の一件で十分理解している。そのため、不測の事態を考えておかなければならなかった。

 しかし、被害は最小限に食い止めておかなければいけないことも事実であったため、大規模に兵士を動かすこともできない。まりもを連れていくことも少数精鋭をそろえるという故の苦渋の決断であった。まりもは国連軍の精鋭相手でも射撃、格闘などどの面においても男顔負けの実力を持っていた。

 

「社、あんたは指令室で私の指示を伊隅たちに伝えなさい。」

 

「分かりました。」

 

 霞はうなずくと、足早に部屋を出ていく。

 

(全く、晴海、あんたは本当に面倒なことしてくれるわね。)

 

 霞も悪気があったわけではないだろう。白銀が来るかもしれないという事実がうれしくて、一刻も早く夕呼に伝えたかったのかもしれない。今回はその親切心がくしくもあだとなったのだ。夕呼は白衣の下に気持ち程度の防御として防弾チョッキを着ると部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 ー 2001年 横浜 旧市街地 ー

 

 基地を出た後、晴海は白銀に関係する場所をそれぞれ訪れた。基地の坂にある桜の木や白銀が純夏と街の風景を見た丘から確認をしにいったが、桜の花が咲いたなどという目に見える変化は何もなない。

 

(まぁ、秋だし桜に花が咲いてたらおかしいけど。)

 

 その後、特にここといった場所が思い浮かばなかったため、晴海はメインとして取っていた場所へ向かうことにした。白銀がこの世界にきて最初に目覚める場所、白銀の自宅だ。しかし、街のどこにあるのかまでは知らない晴海は戦術機の残骸を目印とし、その近くにある家を探した。

 

(確か、白銀家のすぐそばに転がってたはずだけど.....。)

 

 歩いて探すのは時間がかかると感じた晴海は上から見た方が早いと思い、脚に力を入れ思いっきりジャンプした。空に飛んでいる瞬間に町の風景を一気に見渡す。

 

(どこかなー.......。お、あれかな?)

 

 それらしい場所をうまく見つけることができた晴海はそのまま落下し、重力がないかのようにふわっと着地した。戦術機の残骸はやはり遠くから見ても目立つものだ。晴海は先ほど見つけたそれらしい家に向けて進路をとった。

 

 

「んー、ここで間違いないですね。」

 

 晴海はその家を見ながらそう言う。原作で描かれていた風景と完全に一致していたからだ。

 

(家にお邪魔したいところですが.....。やはり誰かいるようですね.....。)

 

 家の二階、何者かが横になっていることが感じ取れた。部下たちも同じ反応をとらえているようだ。

 

(とすると、あれがMr.白銀に間違いなさそうですね.....。でも、まだ睡眠中ってことは来るのが早すぎたのかな?)

 

 晴海が早く来すぎたのか、白銀が早く来すぎたのか。どちらの理由かは不明だが、白銀はいまだ二階のベッドで横になっているままのようだ。

 

(とりあえず、お邪魔しましょうか。)

 

 白銀の自宅は思った以上に被害は少なく、扉を開けても崩れそうな様子はなかった。この場所でここまで原型を保っていられたのは奇跡であるといえる。足音を殺しながら、二階へと向かう階段をのぼる。次第に距離が近くなり、晴海は興奮に近いものを覚えていた。部屋の前につき、一呼吸してからゆっくりと扉を開ける。

 

(やはり.....。こちらの世界に来ているという予想は合っていたようですね.....。)

 

 横になっている人物を見ながら晴海はそう思った。白銀武本人が死んでいるかのように横になっていたのだ。

 

(生きてはいるようですが......。冬眠状態みたいなものなのでしょうか....。うーん、困りました....。)

 

 欲を言えば会話も含めた接触を行いたいと考えていた晴海であったが、この様子ではそれもできそうにない。不用意に起こせば何か異変が起きてしまうことも考えられたからだ。

 

(まぁ、上司への報告を行うには十分な内容でしょう。)

 

 白銀武との接触という目的はある意味で達成していた。こちらの世界にやってきたという事実を上司に伝えることだけでも大きな成果であるといえる。

 そんなことを考えていた晴海であったが、こちらに近づいてくる新しい人の反応をとらえた。窓から外をのぞくと荒野を勢いよく走ってくる二両の軍用車両が目に入る。

 

(この状況、この短時間でここに来る人なんて.....。香月先生の命令を受けた人に違いないね.....。)

 

 この状況を見られては晴海が白銀に何かしたのではないかと疑われてもおかしくない。晴海は部屋を出て、車両が来る方向とは逆にある窓を見つけると、そこから外にでて脱兎のごとく走り出した。

 

 

 白銀の家の前に一両の軍用車両が止まった。完全武装した兵士が家の周囲を確認し、「異常なし!」と報告する。報告を受け、車両から装備を着たまりもと夕呼が降りた。

 

「ここが白銀の.....。」

 

「そう、彼の家よ。」

 

 白銀に一度自宅の位置を聞いていた夕呼はすぐにここに来ることができた。

 

「副指令!目標の周囲に異常は見当たりません!」

 

 連れてきた部隊の隊長が敬礼をしながら夕呼に報告する。

 

「家の中も確認して頂戴。警戒は怠らないように。」

 

 隊長は「了解!」というと部下たちに指示をして、家の中へ突入していった。

 

「副指令、本当に....。白銀がここにいるんですか?」

 

 まりもが周囲を見ながらそう言う。こんな荒野、そして人が住んでいるような気配は周囲に一切ない。そしてここは一般人の立ち入りは禁止されていたからだ。

 

「間違いなくいるわ。本人がそう言っていたんだから、来るとしたらここからのはず。何も変わっていなければね。」

 

 家に突入した部隊から「二階にて民間人を確認!気絶している模様」という報告が入り、夕呼は「社の予測は正しかったみたいね....。」と小言を漏らす。夕呼は部隊に「私が向かうまで対象に近づかないように」と指示をする。

 

「まりも、行くわよ。」

 

 夕呼はまりもを連れて家の二階へと向かった。

 二階には先行し、報告した隊員二名が部屋の入口の前に立っていた。

 

「対象は室内にて、横になっています。」

 

 夕呼は報告する隊員に「ご苦労様」と声をかけ、まりもと共に部屋へ入る。

 白銀の姿を見た夕呼はすぐに状態を確認し始めた。

 

「息はしているみたいね....。心臓も動いているし、一見異常はなさそうだけど....。」

 

 まりもは平静を装っていたが、その内心は驚きを隠せなかった。

 

「夕呼....。白銀は一体どういう状態なの.....。」

 

 まりもは思わず副指令と呼ぶことを忘れてしまう。

 

「詳しいことは分からないけれど.....。ここに白銀を置いたままにしておくのは危険すぎるわね....。」

 

 ここにいるよりも基地にいた方が確実に安全を保障できると考え、夕呼は隊員に命じ、対象の搬送の用意をさせる。隊員はすぐに車両からストレッチャーを用意した。

 

「できるだけ、揺らさないように。私が乗ってきた車両に乗せて。」

 

 隊員はすぐに作業に取り掛かかる。その手際の良さに流石は特殊作戦部隊と夕呼は関心した。

 

「副指令、ちょっと来てもらえますか。」

 

 隊長が夕呼に話しかける。後をついていくと、二階の廊下にある窓へとつく。

 

「これを見てください。砂ぼこりがここだけ積もっていません。逆にこちら側に積もっています。おそらく何者かが窓を開けて閉めたのでしょう。それも最近です。」

 

 夕呼は隊長の報告に「まさか....。」と小声を漏らしたものの、「報告ありがとう。」とだけ返す。

 白銀を無事家から運び出し、車両へと乗せ終えると、夕呼は「基地に帰るわよ。道中も油断しないように。」と部隊に指示する。隊員はすぐに家から撤収し、車両に乗ると基地への帰還を開始した。

 

「随分と早いご到着ね。英雄様。」

 

 夕呼のその声には期待と不安の両方が入り混じっていた。

 

 

 

 

 ー 横浜基地 ー

 

 道中、特に何も起きずに無事基地へと帰った夕呼達は、白銀をそのまま医務室へ連れて行く。精密検査を行った結果、今の白銀は植物状態に近いという診断が下された。なぜそうなってしまったのか原因は不明であったが、重要人物として晴海の目にも届かないような場所の部屋を白銀の部屋として用意し、そこで様子を見ることになった。

 

「本日の出来事は全てオルタネイティヴ4に関係する機密情報にあたるわ。その点理解しておいて頂戴。」

 

 夕呼は同行させたまりもや部隊の隊員にそう話すと、「状況は終了、お疲れ様。」とだけ言って解散させた。まりもは何か言いたいことがあるようだったが、苦い顔をして夕呼に背を向けて行った。

 

(さて.....。問題は.....。あいつね。)

 

 夕呼は特別室へと向かった。

 

 夕呼が部屋に入ると「どうも香月先生。何か御用ですか。」と声がする。晴海は先ほどからいたかのように椅子に座っていた。

 

「いつ帰ってきたのかしら。」

 

「30分くらい前ですよ。上司への報告だけですから。」

 

「本当に報告にいっただけかしら?」

 

 夕呼の目つきが鋭くなる。晴海も「何かいいたげですね」と手を組んで夕呼の顔を見る。

 

「あんた、白銀の家に向かったんでしょう。そして、白銀に何かしたんじゃないの?」

 

「証拠もなしに私を疑いになるのは香月先生らしくないですよ。白銀との接触は私が望むものですが、もちろん先生を間に立てさせていただきます。」

 

 晴海は嘘をつきとおす。夕呼は確かに反論を続けることができるだけの証拠をもってはいなかったが、白銀の家の場所を知っているような人物に他に心当たりはなかった。

 

「ちゃんと約束は守りなさいよ。いいわね。」

 

 夕呼に対し晴海は「ちゃんと守っていますよ」と返す。夕呼は悔しそうな顔をしながら部屋を出て行った。

 

(おぉ、怖い怖い。危うくばれてしまうところでしたが.....。)

 

 晴海が言った上司への報告は間違いなく行われた。それは真実である。

 そして、上司から与えられた任務が更新されたのだ。

 

『22番に命じます。私は「白銀武」との対話を望みます。手段は問いません。』

 

 白銀とあ号標的を接触させなければならなくなったのだ。報告を受ければ、上司も何かしらの対応を取るはずだと考えていた晴海であったが、結果として上司が何を考えているのかその命令からは未だ読み取れずにいた。

 

(あの上司も無理難題を押し付けてくれるよ。接触して一体何がしたいんだ.....。次の命令は「生け捕りにしろ」とか「暗殺しろ」とかそういう具体的なものかと思ってたのに....。こっちが築いた立場を壊させる気か!)

 

 とはいえ、支援を惜しみなく行ってくれている上司には結果としてお礼をしたいと思っている晴海にとって拒否する理由はなかった。もとより拒否という行為はできないのだが。

 

(ともあれ、作戦を練らなければいけませんね.....。接触に際し、手段は問わず.....か。)

 

 晴海は部下が用意したコーヒーを飲みながら、今後の計画を練り始めた......。



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第14話 技術力は世界一

 ー 2001年 横浜基地 副指令室 ー

 

 夕呼は昨日基地へ搬送した白銀の状況について、社の協力を得ながら調査を行っていた。

 

(外傷、内傷ともになし…。完全な植物状態……。社が言うには「中からは何も感じ取れない」と言っていたから…。それに鑑純夏の持つ感情の変化……。)

 

 なんとなくではあるのだが、夕呼の中ではある程度の仮説が出来上がろうとしていた。今ここにある白銀の体は器に相当し、器の中にまだ白銀の魂が入っていないことからこのような状態になっているということだ。

 詳細が不明な以上、そう考えることしかできないといったところなのだが。

 

(それに、今回ループしてくる白銀が前の白銀とも限らない……。)

 

 夕呼は息を吐きながら天井を見上げる。昨晩から起きているため、目の下にはくまができていた。社は既にソファーの上ですやすやと寝ている。

 

 

「香月副指令、伊隅です。神宮寺軍曹をお連れしました。」

 

 扉が開き、伊隅とまりもが入ってくる。夕呼が状況の確認と今後について話すため呼び出したのだ。

 

「悪いわねぇ、伊隅。病み上がりに無理させちゃって」

 

「いえ、ご心配なく。既に訓練にも参加していますから。」

 

 伊隅は基地の事件の際、軽傷を負ってしばらく検査入院の形をとっていた。A-01に復帰したのは2週間前のことだ。訓練へ合流し、開始したのも1週間前である。隊に復帰した際、事の顛末を夕呼から聞かされ苦い顔をしたものの、「任務であればその結果も受け入れます……」と了解したのだ。

 

「とりあえず二人ともそこに座っ……。といっても社が寝てるから…。呼び出したところで申し訳ないんだけど、少し場所を変えましょうか。」

 

 夕呼はそういうと、隣の空いている会議室へ二人を連れていく。

 部屋の扉を権限を使い、一時的にロック、室内のカメラなども切断した。晴海を警戒してのことである。念のため、伊隅とまりもに何か怪しいものがないか、室内を確認させたが特に見つからなかった、

 

「それじゃ、早速要件を伝えるわね。貴方たちはもう知っていることでしょうけど、白銀に関してよ。」

 

 二人は体に少し力が入ったようだ。

 

「白銀は今、植物状態なの。なぜそうなってしまったのか、調査を進めているけど、まぁ、何もわからないでしょうね。晴海が関与した可能性も否定はできないけれど、その確証はないわ。そもそも、白銀がくる日付にしても早すぎて何が原因なのかすら分かっていないのだけれど。」

 

「夕呼、白銀の状態はよくわかったわ。それで、私たちは何をすればいいの。」

 

 夕呼が「これから話そうとしたとこよ」と急がせるまりもを落ち着かせる。

 

「白銀がこの世界で動けるようになる…。つまり白銀の魂がこの世界にくるまで、といっても来るのかすら分からないけれど、それまで白銀の身柄の安全を、特に周辺の確保すること。特に晴海に警戒してこの任務にあたること。それが今後の貴方たちへの任務よ。」

 

 二人は夕呼に「了解」と言いながら敬礼をする。

 

「それから、この世界に白銀が来たことをまだ他の隊員に伝えないこと、この情報は私たち三人の間でのみ共有するようにしなさい。身柄の安全確保が最優先よ。不用意に会わせないようにすること。白銀の部屋の前には特殊作戦部隊の兵士が警備を行っているから、晴海を警戒して近づけさせないようにして。」

 

 外部が白銀の存在や重要性を知っている可能性は低いと見込んでおり、現状もっとも警戒すべきは白銀の存在を初めから知っており、接触する機会を狙っていた晴海である。夕呼は遠まわしに晴海の警戒任務を行えと言っているのだ。とはいえ、目立つ形で兵士を置いていては信頼を得ようとする人類全体の動きを否定することになってしまう可能性があったため、あくまで秘密裏にということだ。

 

「伊隅、あんたには思うことがあるでしょうけど……。」

 

「副指令、任務に私情は挟みません。基本ですから。」

 

 伊隅は部下を晴海に殺されたことは忘れていない。区切りをつけたつもりだが、未だ心の中に恨みや後悔は少なからず残っている。

 

「晴海に何か動きがあればすぐに私に連絡しなさい。まりもは207B分隊の訓練を行いながら任務にあたって頂戴。晴海が白銀に接触するためその周囲から崩していく可能性もあるわ。彼女たちの記憶に関しても引き続き様子を見ておきなさい。」

 

 二人は改めて敬礼をした。夕呼は「以上が今後の方針よ」と言い、部屋のロックを解除する。「それじゃ、解散ー」と夕呼が部屋を出ていくのに続いて、二人も部屋を出た。

 

 

 

 

 ー 横浜基地 特別室 ー

 

「あちゃー、完全に警戒されちゃってますね…。」

 

 晴海は夕呼の動きを監視し、何かないかと監視カメラから見ていたのだが、まりもや伊隅を連れて3人で何かを話そうとしたところで監視カメラを切られてしまった。ロックを無理やり解除することもできるのだが、システム全体に影響が及び、すぐばれてしまうことから使わずにいるのだ。

 

(Mr.白銀がいる部屋の前には警備の兵士……。通気口から会いにいくのもありでしょうが、そもそも、意識が戻っていない状態じゃ話もできないですよね…。)

 

 なぜ、白銀の意識がないのか晴海も原因は分からずにいた。体だけ先に来るなどということがあり得るのか、何か打つ手はないかと考えたが、あまりにも常識はずれな分野であるため、良い考えは何も思い浮かばなかった。

 

(白銀が起きるまで動くことはできないですね……。)

 

 打つ手はなしかと思った晴海であったが、一つだけ試してみるかと思いついた。

 

(純夏さんの脳と脊髄……。彼女が白銀の異常転移と何か関係しているのか…。調べてみましょう…。)

 

 純夏の脳と脊髄を実質的に管理しているのは晴海である。人類の力ではどうやってもその状態で生きさせることはできない、それは原作でも分かりっている通りだ。夕呼も理解している。

 晴海は制服を着ると、部下も連れて反応炉へと向かうことにした。

 

 

「さて、この体の面倒見ておいてくださいね。」

 

 晴海は部下に命じて晴海の体を保護しておくように命令し、意識を頭脳級へと移す。

 

(純夏さんが何を今思っているのか……。調べ始めますか……。)

 

 早速、調査を開始する。ODLを通して何を思っているのか、状態などすべて伝わってくる。以前にも一度調べたことはあるのだが、その際には原作通りBETAを殺

すという憎しみしか感じ取ることはできなかった。

 

(トラウマになりそうなほど、怖いんだよね…。流石にあれは…。)

 

 嫌々ではあるのだが、ODLを通して純夏のリーディングを開始する。しかし、そこに見えたのは、以前のような憎しみだけでなく、新しい反応を確認できた。

 

(これは……。白銀との再会を…。望んでいる……?)

 

 BETAを殺したいという憎しみは純夏の基本原理のようなものなのだろうが、白銀に会いたいという感情からは以前読み取れた記憶以外にも多くの記憶が存在していることが確認できた。

 

(記憶の流入がおきた…?それとも思い出した…のか?)

 

 この状態の彼女であっても前の記憶を持っていることが確認できただけ、晴海にとっては新たな発見であった。この現象が白銀の異常転移に関与しているかは不明だが、必要な情報であることに違いない。

 

(これは…。おそらく香月先生はとっくに知っていたはず…。私も知っていると思われてたんだろうなぁ。)

 

 もしこの情報を得るのが遅れて、純夏に関する話題が出ていたら一歩遅れていたところだっただろう。晴海は頭脳級にきて情報の更新を行おう頻度を増やすことに決めた。

 

(純夏さんが00ユニットとなるためには体が必要…。香月先生も調達には動いているでしょうけど、ここはひとつ……。)

 

 晴海は何か思うことがあったのか、そのまま、別の作業を始めた。新たな手札となるかもしれない、そんなものを作り出せるかもしれないという野望を抱いて。

 

 

 それから数日…。

 

 

「晴海の様子がおかしい?」

 

 夕呼が報告をしに来た伊隅を見ながらそう言う。

 

「はい、白銀に近づく様子などは一切ありません。ここ数日、反応炉にいるのみで……。」

 

「何か言い残していかなかったの?」

 

「上司へ連絡をする、とだけ部屋に書置きがありました。」

 

 伊隅はそういうと、特別室に置いてあった晴海の書置きを夕呼に手渡す。

 

(今までの報告だって1日以内それも数時間程度だったはず……。確認しておく必要があるわね……。)

 

「伊隅、報告ありがとう。戻っていいわよ。」

 

 伊隅は「了解しました」というと部屋を出ていく。

 

「さてと…。」

 

 夕呼はかけていた白衣を着なおし晴海の目的を確かめるべく、反応炉へと向かった。

 

 

 反応炉へ向かう途中、副官のピアティフ中尉と出会う。

 

「副司令、お疲れ様です。お客様(晴海)へのご対応ですか?」

 

「えぇ、それでいまから反応炉へ向かうところよ。」

 

 そういい、その場を離れようとした夕呼をピアティフが呼び止める。

 

「宗谷なら先ほど自室に戻りましたよ。知らない女性が供にいて兵士に呼び止められていたので、私が仲介に入りました。」

 

「知らない女性?」

 

「はい、宗谷の説明によると数日間の成果だとか…。よく分からなかったのですが、その件を副司令にお伝えしようとしていたところです。」

 

 ピアティフの話を聞いた夕呼は首をかしげる。

 

(数日間の成果…。一体どういうことかしら。)

 

 ピアティフに連絡の礼を言うと、夕呼は方向を変え特別室へと向かった。

 特別室の前についた夕呼は扉を開ける。ピアティフの話では晴海がいるはずであったのだが、夕呼の目は晴海ではなく部屋にいるもう一人の女性に向けられた。

 

「え……。?」

 

 夕呼は唖然とした。目の前のソファーに座る女性は夕呼がオルタネイティヴ4の結果として生み出すはずの存在、00ユニットの鑑純夏だったからである。

 

「こんにちは、香月先生。何か御用ですか。」

 

 後ろから不意に晴海の声が聞こえ、夕呼は振り返る。

 

「御用も何も、どうして彼女がいるのよ!?」

 

 声を荒げる夕呼に晴海は「まぁまぁ」といいながら、ソファーに座る彼女の傍に座ると「とりあえず、お座りください」と言う。夕呼は晴海たちと反対のソファーへ座る。

 

「香月先生が驚くのも無理はないでしょう。なんで00ユニットがここにいるのか、気になってしょうがないはずです。」

 

 夕呼はただ無言で晴海の方を見ている。

 

「しかし、彼女は鑑純夏でも00ユニットでもありません。ただの人形なんです。いわゆる、試作品というものです。」

 

「試作品……?」

 

「はい、私が今知りうる人類の体の設計。それを限界まで再現し、人類に近づけたものです。」

 

 夕呼は晴海の説明を受けて疑問に思った。

 

「あんたも既に人型じゃない。あんたは完成品じゃないっていうの。」

 

「私は完成品じゃありませんよ。私は常に更新を続ける旧式みたいなものです。」

 

 夕呼は興味深々と言った様子だ。

 

「彼女……。私はType2と呼んでいますが、彼女の大きな変更点は人間に完全に対応できるという点です。」

 

「人間に完全に対応?」

 

「はい、例えば食事という行為から派生して行われる消化、排泄。髪が伸びる。訓練すれば体も強くなります。言葉も学習すれば話せるようになるんです。つまりこの体の目標としたものは『生命として自身の体を維持し続けることができること』なんです。」

 

 夕呼はがたっとソファーから立ち上がる。

 

「それって……。つまり……。」

 

「彼女は私が生産を続けるODLによる浄化を必要としません。人間の心臓と同様に食事などを通し、自身で生産、循環、そして処理までを行えるのです。ODL浄化のコストを必要とせず、人として生きていくことができます。まぁ、それでも00ユニットの本来の持つ意味である『生物根拠0生体反応0』からは外れてしまうかもしれませんが、完璧な非炭素擬似生命体であるという訳です。」

 

 夕呼は実質的に人を作り上げてしまったBETAの技術力に絶望したのか、あまりの驚きに腰が抜けてしまったのか、ソファーにストンと力なく座った。

 

「我々が作り出したものを生物と認めるかは貴方たちの判断によりますけどね。」

 

 皮肉を込めて晴海はそういった。

 

「あんたがこんなものを作って、その説明まで丁寧にしたからには何か思惑があるんでしょ。」

 

 夕呼はType2を見ながら話す。

 

「話が早くて助かります。このType2を素体として香月先生に提供しましょう。オルタネイティヴ4は00ユニットの作成を辞めたわけではないことは知っています。より上位の素体があれば便利なのでは?」

 

「確かにこの素体があれば便利なことに違いないわね。でも、前の世界でもあんたたちの技術を使った結果、まんまと騙されたわ。そう簡単に受け入れるとでも?」

 

 晴海は「まぁ、それもそうなんですが」と渋々認める。

 

「この体の大きな変更点の中にODLによる維持機能が自己完結型になってることは説明したと思います。私が作ったODLにより管理しなければ、正確に読み取ることは不可能なんですよ。こればかりは信じてもらうしかないですが……。」

 

「そんな未来の結果を信じるために人類の切り札を使うなんて、できないわよ。」

 

 晴海は「ですよね」と、いうと少しうーんと唸りながら考え出した。

 

「オルタネイティヴ4の失敗はオルタネイティヴ5への移行を意味します。我々としても採掘地域がなくなるのは困るんですよ。大きな損害を出すことも。オルタネイティヴ4を続けてもらった方がBETAとしては嬉しいというのが実情です。それなのに、オルタネイティヴ4を自らつぶすような真似はしませんよ。」

 

 夕呼はそれを聞いても、まだ疑いを晴らせずにいた。00ユニットは人類の最後の切り札であることには違いない。

 

「であれば、この体の信頼性が保証されるまで、私の条件は叶えてもらわなくてもいいです。それでどうですか。体に問題があった際も、私がメンテナンスをしましょう。その方法の提供を考えてもいいです。」

 

 夕呼はふーんと言いながら、体が少し前のめりになる。

 

「そこまであんたが私に求めるものは何かしら。」

 

「はい、上司……。上位存在は白銀武との対話を望んでいます。接触を許可していただきたい。」

 

 晴海から飛び出した思わぬ要求に夕呼は「なっ!」と思わず声を出してしまう。

 

「できるわけないでしょ!白銀も人類の希望であることに違いないのは貴方も知っているでしょう!」

 

「えぇ、十分理解しています。もちろん、オリジナルハイヴまで来いと言っているわけではありません。念話の形でもいいんですよ。」

 

「それでもできないわ!どんな目に遭うか分からないもの。」

 

 晴海は口調を少し強めることにする。上司からの命令を遂行するためには致し方ない。

 

「香月先生。私は今や日本政府ともラインを持っています。いざとなれば日本政府が欲しくてしょうがないものを餌に国連へ圧力をかけさせることも可能なんですよ。日本政府は今復興作業で大変なようですからね。私が提供する利益と比べれば、相手が求める一個人を相手に会わせる程度問題にはならないとしか考えないでしょう。」

 

 晴海の話を受け、夕呼は一度落ち着くように息を吐く。

 

「私もそんなことはしたくありませんよ?国連にいられるのは香月先生のおかげですから。」

 

「はぁ……。あんたの話部分的に了承はするわ。ただし、白銀の安全性が最大限確保され、本人の了承も得られた場合にして頂戴。白銀を説得するのは私でも骨の折れる作業だから。」

 

 晴海は「もちろん、それでいいですよ」と言うと、服の内側から紙を取り出す。

 

「一応契約書のようなものを作ったのでサインとか押印とかしてきてもらえますか?」

 

「あんた、元々受けさせる気しかなかったわね……。」

 

 契約書には既に晴海のサインが入っていた。

 

「契約書を受け取ってから、素体の提供を行います。詳細は契約書に記入してある通りです。脳と脊髄の移植に関しても、技術的な面で協力は行います。」

 

 夕呼は疑わしい部分がないか、入念に契約書を読み込んでいる。

 

「とりあえず、一度部屋に戻って読ませてもらうことにするわ。後日、また来ることにするわ。」

 

 夕呼はそういうと、契約書を白衣のポケットへしまい、立ち上がる。

 

「サインもしてきてくれることを祈ってますよ。」

 

 部屋を出ようとする夕呼に向かい、晴海は手を振りながらそう言った。夕呼は特に何の反応も返さずに部屋を出ていく。

 

「さて、Type2のメンテナンスを始めますか。」

 

 自身の体を作る時よりも詳細に、そして精密な作業となったType2の制作には多大なG元素と多くの知識の読み込みが必要だった。各ハイヴから集めた人体解剖の情報も大いに役にたったのは言うまでもない。

 G元素は以前の事件で手に入ったものが余っていたこともあり、ふんだんに使うことができたが、このType2は量産には向かない、ある意味で高級品となった。

 

(今度は量産型も作ってみたいなー。)

 

 晴海はそんなことを思いながら、メンテナンスを続ける。

 数日間かけて作り上げた手札が思った通りの形で交渉を有利に進めさせてくれたことに満足していた。

 

 

 

「副司令、お疲れ様です。」

 

 夕呼は自室に帰る途中でまりもに出会う。

 

「まりも、ちょうどよかったわ。ちょっと来なさい。」

 

 夕呼はそういうとまりもの肩をがっちりつかんだ。

 

「え、ちょっと、どうしたの夕呼。」

 

「今晩は私の文句に付き合ってもらうわよ。」

 

 まりもは夕呼の顔を見てぞっとした。誰かが怒らせたのか……。と思ったが、大体の予想はできていた。

 

(宗谷晴海!またあいつ夕呼に何かを!)

 

「ほら来なさい!」

 

「あっ!ちょっと!」

 

 まりもはそんなことを考えている間にそのまま夕呼に連れていかれる。結局、まりもは夕呼の愚痴に付き合い続けた結果、一睡もできずに夜を越すことになった。

 

(どうして……。私が……。宗谷晴海!覚えていろッ!)

 

 

 

「くしゅん」

 

 晴海はソファーの上で横になりながらくしゃみをした。

 

「流石に長時間労働はやっぱり体に悪いんですかね……。」

 

 誰かに恨まれているとも知らずに、のんきな晴海であった。

 



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第15話 会議は踊るされど進まず?

 ー 2001年 横浜基地 副指令室 ー

 

 夕呼は晴海から渡された契約書とそれに付属していたType2の仕様書を読んでいる。

 

(体の細胞……。再生能力……。臓器の配置……。どれをとってもほとんど人間なのね……。)

 

 あまりにも詳細に書き記されたType2の情報には驚きを隠せない。BETAがここまで人を研究しているという証拠でもあり、逆に言えば、ここまで研究しておいてなぜ生命体として認識してくれないのか、イラつきさえ覚えるレベルだ。

 

(解剖は……。駄目ね……。)

 

 夕呼はその精巧な作られようを実際に調査しようとも思ったが、契約書によると解剖や人体実験を含め、その他Type2に関する身体的調査が行われた瞬間に彼女の機能は全て停止し、元の素材へと戻るという旨が記されていた。

 

(元の素材にも興味はあるけれど……。相手の不興をかうのは間違いないわね。)

 

 契約書のほかの部分にも目を通したが、ほとんどは話した時と同じで交換時の条件を確認するものだった。別枠として、彼女の扱いをどうするかは夕呼に譲渡するとともに一任し、人間として扱おうともBETAとして扱おうともそれ以外としても自由であるということだ。

 

(特に何か仕組まれた文面は見当たらない……。大丈夫ね。)

 

 夕呼は自身のサインと共に、机の引き出しから判子を取り出し、丁寧に押した。

 壁に掛けられた時計を見ると、時間は13時を過ぎたころだ。

 

(今の時間なら晴海も部屋にいるでしょ。今日の用事は時間がかかりそうだし……。早めに迎えにいっておこうかしら。)

 

 夕呼はサインをした契約書を持つと、その足を特別室へと向けた。

 

 

 ー 横浜基地 特別室 ー

 

(やることがなくなるとやっぱりひまですね……。)

 

 Type2を作り終え、細かいメンテナンスを終えた晴海は再びやることがなくなってしまった。開発にかけた労力を考えると、また新しい何かを作る気にもなれず、休憩したい気分ではあったのだが何もないというのは改めて暇であると感じざる負えない。

 

(このところ、特に会話らしい会話する相手もいないし……。会話するためだけに専用の部下を作るのは哀れに思われそうだし……。)

 

 そんなことを考え始めていた晴海の部屋に夕呼がやってくる。

 

「お邪魔するわよ。……。暇って顔してるわね。」

 

「分かりますか。」

 

「分かるわよ。無表情でも雰囲気で。」

 

 晴海は姿勢を正して「ご用件は?」と夕呼に尋ねる。

 

「あんたが渡した契約書、全て目を通してサインもしてきたから渡しに来たわよ。」

 

「あの分量と説明書なら後3日はかかると思っていたのですが……。」

 

 晴海は改めて夕呼が天才であるということを思い知った。

 

「あの程度なら論文を読んでいるから慣れているわよ。はい、これ契約書。」

 

 夕呼はポケットから契約書を取り出し、晴海の前に置く。

 晴海はざっくりと確認し、「問題ないです。ありがとうございます」と言いながら、契約書を机の中へとしまう。

 

「ところで、あんた。午後からの準備できてるんでしょうね?といっても、何も用意するものなんてないんでしょうけど。」

 

「午後からの準備?」

 

 晴海は首を傾げる。

 

「午後からの帝都本土復興会議に参考人として出席することになってたでしょ。何、忘れてたの?」

 

 晴海は「あっ」と声が漏れてしまう。Type2を開発するにあたり、復興会議のことはすっかり忘れてしまっていた。会議時の対策プランは既に立案済みであったのが幸いといったところであろう。

 

「Type2の開発を行っていたせいで時間の感覚がずれてしまっていまして……。出席に関しては問題なく。」

 

「そう、それならいいわ。今日の会議には榊首相も出席して報告を受けることになっているから。あんたも暇つぶしはできるんじゃない?」

 

 榊首相が出席すると聞いて晴海はそれまでの不満気な顔から満足気な顔へと変わった。第一回目の会議ではただ騒ぎあう閣僚の様子を傍聴しているだけだったからだ。

 

「それは素晴らしいですね。楽しみにしています。いつ出発ですか。」

 

 晴海の様子はさながら遠足前の小学生といったところだ。

 

「名古屋の仮設復興本部で行われる予定だとしても、ヘリでいくからあと30分後には出るわね。」

 

「ヘリですか……。」

 

「何?高いところ苦手なの?」

 

 名古屋までヘリで行くなど、今まででは考えられないことであっただろう。それほど前線が遠ざかっているということだ。

 

「別に問題はないですよ。私はいつでも行けますから。」

 

「じゃあ、15分前には正門の前まで来ていて頂戴。」

 

 夕呼はそういうと手を振りながら部屋を出て行った。晴海はすぐに身なりを整え始める。部下たちには見た目的に鞄に必要な書類を詰めさせ(使うことはほぼないと思ってはいるが)、各々の服装を整えるように命じる。

 

(久しぶりに暇つぶしにはなりそうですね……。)

 

 前回の会議からだいぶ日にちが経っており、会議で取り上げられる話題も新しいものになっているはずだと、晴海は少し楽しみだった。

 

 

 15分後………。

 

 

「あら、随分早いじゃない。」

 

 先に部下と共に到着していた晴海を見て夕呼がそういう。そばには副官であるピアティフ中尉の姿もあった。

 

「香月先生もお早いですよ。実際20分前には来ていらっしゃる。」

 

(私は5分で支度を終えて出てきたんだけどね。)

 

 夕呼は「こっちよ」と言いながらグラウンドの方へ歩いていく。そこには国連が所有するヘリが停まっていた。

 

「随分と大きなヘリですね……。何か積んでいくんですか?」

 

「前線で復興を頑張っている連中に何も持たずに行くなんて、それこそ国連の名が廃るでしょ。だから必要物資も持っていくのよ。ちゃんと貨物区画と分かれた場所に乗るから安心しなさい。」

 

(それって、私たちがついでで運ばれてる気も……。)

 

 晴海はそんなことを考えたが、余計なことを言わないでおこうと心の中でとどめた。ヘリに向かって歩いている途中、訓練服を着た一行がはじの建物の傍で立っているのが見える。

 

(あれは……。)

 

 晴海は目を凝らしてみる。その面々には見覚えしかなかった。まりもと207B分隊のメンバーだ。グラウンドへ乗り込もうとする晴海や夕呼を見ているのが分かる。

 

(そういえば、ここで訓練しているんだよね。)

 

 207B分隊の隊員を見ながら、晴海は思い返す。夕呼が「何してるのよ、早くいくわよ。」とせかした。晴海は「すみません」と言いながら、ヘリへと乗り込んだ。

 

 

「あれが噂の……。」

 

 珠瀬が少し震えながらそう言う。

 

「えぇ、BETAからの特使らしいわ。」

 

 榊が晴海たちが乗るヘリをにらみつけながらそう言う。他の誰もその次に口を開こうとはしなかった。各々思うことがあるに違いない。そんな一行を気にもせず、ヘリは悠々と飛び立っていった。

 

「よし、訓練を再開する!行動開始!」

 

 まりもの指示に207Bの面々は「了解!」と返し、ダッシュでグラウンドへと戻った。

 

 

 

 ヘリでの移動中も夕呼は機密が漏れない範囲でType2の今後に関する打ち合わせを晴海と行った。ヘリの中までは完全な防諜体制を維持できないことを踏まえたうえである。晴海もその意図を理解し、うまく言葉を選びながら伝えた。しかし、話が大体まとめ終わってもヘリが到着する様子がまだないことから、別の話題へと移すことにした。

 

「ところで香月先生。解放された地域は何に使われるとお考えですか?」

 

「そうね……。まずは食糧問題の解決から取り組み始めるでしょうね。世界的に見ても農耕が再び行えるようになる土地は少ないし、それに国内の不満の大半も解決できるでしょ。その次に居住区の整備とか、まぁそんなとこでしょうね。」

 

 晴海は食糧の重要性を理解している人ならそう考えるであろうと思っていた。自身の考えを確実なものにするためにも夕呼から意見を聞いたのだがほぼ同意見で安心した様子だ。しかし、そうはならないであろうことも理解していた。

 

「そのように使われるのであれば、私としても除染したかいがありましたね。」

 

 私の率直な意見に夕呼は「そうね」とだけ返す。やはり、夕呼もそんな平和利用だけが行われるとは考えていないようだった。

 

 

 

 ー 名古屋 復興本部 ー

 

 そんな話をしていると、パイロットから「まもなく到着します」という連絡が入る。窓から外を見ても未だ荒野であることに変わりはなかったのだが。

 しばらくして、ヘリは目的地である復興本部のヘリポート(仮設)に到着した。ヘリから先に降りた夕呼が兵士に身分証などを提示している。晴海もそれに続いてヘリから降りる。

 

(返還からまだ数週間程度なのに……。よくもまぁここまで……。)

 

 復興本部と言われる建物は前回訪れたときのプレハブとは違い、コンクリートで作られた建物へと姿を変えていた。施設内の地面もアスファルトで舗装されており、人類の、日本人の底力を見せられた気分である。

 

「晴海行くわよ。」

 

 周囲を見てあっけにとられていた晴海を夕呼が呼び戻す。護衛の帝国軍兵士に連れられ、復興本部へと向かった。入る時の対応は同じで、武装の確認や身分証の提示など、定番と言えば定番のようなものだった。そして、担当官と称する士官が来て部屋まで案内されるのがテンプレだ。国連の人員と言えども勝手に施設内を歩き回らせたくないという帝国の心遣いが感じ取れる。

 

(ほんと、ご親切にどうも!)

 

 晴海は正直に言えばこの対応に少しイラついていたのも事実である。

 部屋ではすでに会議に参加する面々の半数程度が集まり、談笑している。しかし、真ん中の大きな机を境に政府関係者と軍関係者に分かれているところを見ると、会議がやはり大荒れになりそうな雰囲気である。

 

「あからさまですね。」

 

「BETAからそんなことを言われるなんて。ほんと、あきれちゃうわ。」

 

 国家の大事にも一丸となりきれない状況は何度も見ており、今更ではないのだがそれでもこの光景には呆れてしまう。しばらくして、会場に総理と軍の一番のお偉いさんが入室してくる。先ほどまでののんびりした空気がとたんに張り詰めた。

 

「それでは、第2回帝国本土復興会議を始めさせていただきます。」

 

 軍の制服を着た進行役が会議の開催を宣言した。

 

「それではまず……。」

 

 榊首相から復興に携わる者への感謝を含めた挨拶が行われる。偉い人からのあいさつで会議が始まるのも定番と言えるだろう。晴海は早く本題に入らないかとウズウズしていた。そばにいる夕呼は国連の代表としてこの場に来ていることもあり、姿勢は常に正していた。

 

(こういう香月先生もかっこいいよねぇ……。)

 

 会は挨拶を終え、現在の復興の進捗状況の説明などへ入る。

 

「我々は復興地域への物流を強化するべく、東海道及び北陸のインフラ整備に重点を置いてきました。これにより、新たな雇用の創出を確保することにも成功し、また、大幅な工期短縮も見込めます。現在、インフラ整備の状況は63%程度であり、基本的な物資の運搬は問題なく行えております。また、新名古屋港の整備、及び拡張工事も問題なく進められており、予定通りいけば年内に建設が完了するものと見込まれています。土地が平らになってくれているおかげで整地作業の短縮ということもあるでしょうが。」

 

 そういう説明役の人物と晴海は目が合ったような気がしたが、すぐに目をそらした。説明役は「以上です。」と進捗状況の説明を終える。

 

「続きまして、復興及び今後の開発に関して会議を行いたいと思います。」

 

(ようやくきました!)

 

 晴海はこの話題が来るまで待ちに待ったといった様子だ。榊首相は怖い顔をしているが、おそらく大荒れするであろうことは予見している。その様子を見るのも晴海は楽しみにしていた。

 

「それではまず、政府としては東海及び近畿地方において、食料自給率の向上及び雇用の創出を目的とした大規模な農作地帯の建設、これを最優先に行っていくべきであると考えております。現在、海上の食糧精製プラントにより、ギリギリを維持しているところです。また、復興作業の加速により多くの食料が必要になることからこの問題を解決していくことは最重要であると考え……。」

 

 政府の官僚が説明をしている時、軍部の連中は落ち着くに落ち着かない様子であった。早く発言させろと言わんばかりに進行役に視線を集めている。

 

(あれじゃ、進行役も大変だよなぁ……。)

 

 政府側の説明が終わり、軍部側の意見が始まる。

 

「軍部としてはアメリカに依存している弾薬の補充、また、国内における軍需製品や戦術機の生産性の向上を目指すべく、東海地方に大規模な工場地帯を建設し、名古屋にも同様の一大工場地帯を建設することを最大の目標としております。この工場建設による雇用の創出は政府が掲げる農作地帯の建設よりはるかに多く確保できると見込んでおります。それに農作地帯を建設したとして、BETAの再侵攻が始まればまた更地になってしまうでしょう。奴らに対する防備を固める方が最優先なのでは?」

 

 政府側はにわかにざわめいていた。自分たちの意見を真っ向から否定されるのは慣れているが、今和平交渉を進める過程にあるBETAの再侵攻まで口にして軍備の拡張を進めること、それを晴海の前で堂々と宣言したことにだ。

 

(閣僚の皆さんは私が怒ってないかとか思ってるんだろうけど、そんな国防のことを私がいる前で話さないでもらって……。私抜きにしてもらってもいいだろうにね。)

 

 晴海は知らんふりをしているようにあくびをした。軍の発言なんて耳に入っていないように見せるためのアピールのようなものだったが、軍部の連中の目に入ったのは違いない。明らかに殺気が溢れ出ているからだ。

 

「働くものが増加するのはよいことですが、彼らを賄うだけの食料事情は我が国の状態を見ればまだ整っていません!食料の慢性的な不足は国内不安を長期化させ、最悪、国内で食料をめぐり争いすら起きる可能性が……。」

 

「今はBETA共と戦争状態にあるのだぞ!国民は国家を守るために命を懸ける。多少の無理強いは覚悟の上であろう!」

 

「国民は覚悟を決めている!それでも、もう限界だ!不満は大いに溜まっている!BETA侵攻を止められずに押され続けた政府にも軍部にも国民は大いに不満を持っているだろう!」

 

「軍部は与えられた条件で最高のパフォーマンスを行っている!散々、軍需工場の拡大を行う様に要請していたのに蹴り続けていたのは政府としての問題だろう!それを政府だけでなく軍部の問題とするのは責任転嫁にも近いものだ!」

 

 晴海はこの様子を見て呆れはしたもののいつもの光景だと思っていた。もはや会議ではなく互いの責任を押し付けあうだけの言い合いだ。

 

「諸君、静かにしたまえ!」

 

 進行役のマイクを取り、会場の様子に呆れた榊首相が場を整えようと大声で怒鳴る。

 

「過去の責任転嫁など今さら行って何になる。この会議は今後の、我が国の未来を作っていくために必要な会議としたい。余計な言い合いをしている暇はないのだぞ。」

 

 榊首相の言葉に先ほどまで机をまたいで言い合いをしていた両者は静かになる。

 

「とはいえ、首相。いまは戦時下であれば、軍需工場の建設は必須でしょう。戦争中に民間向けの製品を作る工場を集中して建てるような国は存在しません。」

 

 榊首相の隣に座る軍のお偉いさんは「それでも軍部の意見を」と通したいようだ。榊首相も「それはそうだが」と言いながらうなずく。

 

「我が国は、世界で唯一BETAと交渉をできる立場にある。交渉内容の全容をここで明らかにすることはできないが、互いに損がなく、また約束を反故にできるような立場でもない。報道でもあった通り、現在は交渉の結果、一時的な休戦協定を結んでおり、少なくとも交渉が続く限りはBETAによる本土進攻は行わないと明言している。そうだね、晴海殿。」

 

 榊首相が晴海の方を見ながらそう言う。なんとなく会話の流れから話が回るであろうと予想していた晴海はスッと席から立ち上がる。会場の視線が晴海へと集まる。

 

「はい、榊首相のおっしゃる通りです。極東区域の管理を担当している私が保証いたします。少なくとも、この交渉が続く限り、我々は日本への侵攻を行うことは致しません。それに首相とは悪くない関係を築けていると思います。」

 

 晴海が改めて関係者の面前で侵攻しないことを明言し席に座る。会場はにわかにざわめいた。

 

「ということだ。それであれば、食糧生産に6割を工場の建設に4割のリソースを割いて作業を行う方がバランスとしてはいいのではないのかね?今は北海道においても大規模な耕作地帯の建設を行っている。政府と軍部の要求双方にかなうものであると考えるが?」

 

 榊首相の言葉に政府側の閣僚たちは満足気だが、軍部の関係者はやはり納得してはいないようだった。実際、戦場における消耗量を満たすのには足りないのであろう。

 

「榊首相にご質問したい。何故、そこまでBETAを信頼できるのか。奴らはここに至るまで一切のコミュニケーションをとることもしなければ、我が国の国民を、領土を、文化を食らいつくしてきた化け物どもですよ。何をもってそこまで奴らが休戦を確約してくれると考えているのか。それこそいまわれわれの資源を浪費させ、一気に攻め滅ぼす可能性すらあのですよ。」

 

「そうだ!奴らを信用するなど、人類として恥ずべき行為だろう!」

 

「そこの化け物も人の皮をはいで張り付けているようなものだ!今ここで捕らえてしまうべきではないのか!」

 

 晴海は軍部の意見もごもっともであると感じていたが、自分の前でここまで発言する軍部の連中には外交感覚も危機管理も0という認識を持たざる負えない。

 

「諸君!特使の前で!」

 

「特使など!人間であることが前提に決まっている!こいつは敵、BETAなんだぞ!」

 

「首相!貴方はBETAに日本を受け渡すつもりで休戦を結んだのではないか!全容を話せないのはそういう理由なのだからではないか!」

 

「我々がここまで戦ってきて払った犠牲に英霊に!どうやって顔向けすればいい!首相、貴方はここまで何度も強硬的に物事を進めてきたが、これ以上はもう限界だぞ!」

 

 徐々に政府側に旗色が悪くなる。実際問題、この世界において軍がこれだけの発言力を持ってしまうのは致し方ないことではあるのだが、晴海はBETA側としても言わせておくままにすることができなかった。

 

 白熱する連中を静かにさせるため、晴海はテレパシーを使い会場にいる全員の脳内に直接声を響かせた。

 

『静かにしていただけますか。』

 

 突然響く声に先ほどまで罵声を飛ばしていた軍部も黙り込んでいた官僚も晴海の方へと驚きの視線を向ける。

 

「先ほどからの会話を耳にしていますと、貴方たちは私たちをすべて倒しきれると勘違いなさっているように思えるのですが。」

 

 夕呼は晴海を止めようとしたものの、ここまでやらかしておいては止めることはできないと思いなおし覚悟を決めた。

 

「実際お前たちはわが帝国本土を落とせずにいるであろう!物量しか脳がない連中に人類が負けることなどあるわけがない!」

 

 声を上げた一人の士官に晴海は目を合わせる。

 

「それは地域において採掘作業を行っていたからです。全体の進捗が進み次第、順次確保していく予定でしたので、何も問題はありません。それに物量しか脳がない連中に戦術を行使できる人類がなぜここまで押し込まれ続けているのか、それも理解できないわけではないでしょう。」

 

 BETAの物量は人類の戦術というものを無効化し続けてきた。時には防ぐこともできただろうが、それはBETAとしてもほんの少しの量を送った時のみだ。大規模侵攻の際、人類はなすすべもなく敗退を続けてきたのは歴史がそれを示している。

 

「それでは、特使殿にお尋ねしたい。」

 

 そう言いながら手を挙げる人物に晴海は心当たりがするような気がしていた。

 

(あの人どこかで……。)

 

「どうぞ。」

 

「ありがとうございます。私は技術廠の巌谷です。いくつかご質問させていただきます。」

 

 先ほどまでとは違う冷静な態度と自己紹介をしてくれたおかげで晴海はその人物を思い出した。

 

(あの人は確か巌谷中佐……。だよね?)

 

 新たな人物の出会いに少し困惑する晴海であったが、この機会に軍部にも関係を築けるのではないかと少し期待を持っていた。

 

(問題はどんな質問が飛んでくるかだけど……。)

 

 晴海は久しぶりの緊張に顔をこわばらせた。

 

 




晴海と巌谷中佐、この関係がどうなるのか、会談はどうなるのか。次回持ち越します。


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第16話 会議は踊ったされど進んだ

前回の続きです。


 ー 2001年 名古屋 復興本部 ー

 

 晴海は巌谷中佐と向かい合う。数々の武勲を挙げてきた歴戦の衛士である巌谷を前に晴海は若干緊張していた。

 

「貴方と政府との会談で領土返還が認められ、我々は再びこの土地に足を踏む入れることができた。この点においては感謝申し上げる。しかし、軍部にはどうして領土返還がなされたのか詳細な情報が入ってきていない。したがって、噂のみが飛び回り我々は政府も貴方も信じることができずにいるのだ。もし、可能であればどのような経緯で今回に至ったのか、そこから振り返りたいと思っているのだが。」

 

「なるほど……。」

 

 晴海は榊首相の顔を見る。晴海と目が合った榊首相はやむなしといった表情でこくりと頷く。

 

「では、私からご説明いたします。領土返還の際に政府と結んだ協定は休戦のみではなく、私に人類がどういった存在であるのか、その証明を提供してほしいという旨を伝えたのです。より簡単に言えば、貴方たち人間が何でできているのか、どうして存在しているのか、そういったことです。」

 

「我々を調査していると……?」

 

「そのようなものです。」

 

 政府官僚は既に知っている情報であったことからそこまで驚いてはいない様子だが、軍部の面々はざわついている。

 

「一体何が目的で……。」 「我々を殺すために……。」

 

 小言で言っているのは丸聞こえなのだが、晴海はいちいち反応しているのもめんどくさいと感じていた。

 

「では特使殿。その情報をどのような目的で使われるのか。それをお教えしていただけませんか。」

 

「それに関しては我々の上司が知るのみです。私に与えられた使命はあくまで情報の収集であるため、私でもその後の使い道までは詳しく知りません。」

 

 晴海の回答に更に軍部の面々は更にざわつき始める。それも当然の反応と言えるだろう。人間の情報を用途不明で敵側に渡すということは、それこそ人類への反逆に近い行為ともいえるからだ。

 

「政府はそれで納得したというのか!」

 

「そんな交渉で我々が納得すると思ったのか!」

 

 再び険悪な空気が会場に漂い始める。しかし、巌谷中佐が「静かにしたまえ!まだ質問の途中だ!」と騒ぎ出した士官を黙らせる。

 

「これは失礼しました。質問の続きをさせていただきます。」

 

 晴海は慣れているものだったこともあり「いつものことですから」とだけ返す。

 

「政府がそれで納得したというのであれば私がどうこういうつもりはありません。しかし、我々はその条件では納得できないのです。我々の使命は日本を守ること。もし政府が誤った道を進み、日本を滅びへと向かわせているのであれば、それを正さねばならなくなるでしょう。」

 

 巌谷中佐はそういうと、榊首相の方へ顔を向ける。

 

「巌谷中佐!その発言は……!」

 

「そう考える者も出てくるでしょう。少なくとも、今の状況であれば、そう考える者も多いに決まっています。」

 

 政府を打倒するクーデターが起きる可能性は大いにあるといえる。BETAと交渉を始めた政府に喜ぶ者もいれば、憎悪を抱き政府を腰抜け呼ばわりするものもおり、一般市民にも軍にも、そして政府内にもそのように思う人々は少なくなかったのだ。

 

「現政府が倒れれば、これまでの協定は全て無効とされてしまうでしょう。そうなってもおそらく日本は滅びの道へとたどることになる。現状、我々の戦術の多くは既に無効化されてしまっているのも事実だからです。」

 

 巌谷中佐の発言に軍部の誰かが止めに入ると思ったが、だれも口をはさむことはしなかった。実際、多くの軍人が同じことを考えていたのだろう。

 

「そちらの事情をこちらに持ち込まれても困りますね。私としても情報収集が行えなくなれば、これまでの責任を取らされてしまうことになりますから……。」

 

「特使殿。少なくとも、人類はそのような道をたどってきています。そこはご理解いただきたい。」

 

 榊首相も何とも言えずに黙り込んでしまっている。軍部を納得させられるだけの材料はおそらくそろいきっていないのだろう。下手に口を開いても、余計な言質を取られる可能性もある。

 

(仕方ないか……。榊首相に一つ貸しを作るとしよう……。)

 

「巌谷中佐。では、貴方たちが納得するものとして私は何を提供すればいいですか?物によっては考えようがありますが。」

 

 あくまで日本政府との会談で1対1の交渉を想定していたのだが、日本が半分に割れているような状況を考慮し、軍部とも交渉をすることを決定した。正直に言えば望ましくないことだが、これが晴海にとって最大限の譲歩である。

 巌谷中佐も晴海の発言に「それは……。」と驚きつつ、次に出す答えに詰まった。軍部の面々もいざ言われると何を望むべきかすぐには思いつかなかったのだ。

 

「日本が政府と軍部で二つに割れた国家であるということを今回の会議で理解しました。したがって、私は両者と交渉することを最大限の譲歩とします。これ以上の譲歩は今後ないものと心得てください。」

 

 次はない。この事実をこの場で突き付けておかなければまた次に次にと譲歩を重ねる恐れがあったため、晴海はこの場を借りて明言したのだ。

 

(こちらのストレス発散もかねて皮肉マシマシで。)

 

 晴海の発言に両陣営とも少しムッとしたようだったが、事実でしょうと言わんばかりの晴海のとぼけ顔に黙り込んだ。

 

「特使殿。今その答えを用意するのは非常に難しいです。我々の独断で決めてよいものでは……。」

 

「ダメです。今、この場で決断を求めます。榊首相は私との会談に1対1で臨み、交渉なされました。貴方たちにできないわけがない。」

 

 榊首相の苦労も知らずに言いたい放題であった連中に少し言ってやりたかった晴海はすっきりした様子だ。一人の士官が「しかし…!」と言いかけたが、すぐに巌谷中佐が止めに入った。晴海が先ほどこれ以上の譲歩はないと明言している以上、発言するしかないと考えたのだ。

 

「分かりました。この場にいる軍の代表者として、BETAが持つ技術の提供を要求したい。技術の提供に関しては協議のうえで随時、定めるとし、今回はその証拠として一つの技術提供を求めたい。」

 

 巌谷中佐が技術廠所属であることからその考えに行き着いたと晴海は理解した。しかし、その発言はその場にいる全員が驚きながら無理だろうと思っている。BETAが技術提供など認めるはずがないと。

 

「貴方たちがそれを望むのであれば良いでしょう。今後の交流についても期待するものとします。ただし、こちらからも条件があります。もし、私が貴方たち軍部に協力を求めることがあれば、協力していただきたい。もちろん、貴方たちが掲げる使命を破らない範囲で。」

 

 晴海は既にこの事態は想定していた。我々の技術は人類が知りたがるであろうことは予測しており、既に提供可能な技術などはまとめてあった。この場で使うことになるとは思っていなかったのだが、用意をしておいて損はなかったと。ただし、晴海もただで帰るつもりはなく、相手との交流の機会を増やすために随時条件を追加していくことも考えていたのだ。

 晴海の発言にまたも士官が「貴様らに協力など…!」「ふざけるのも…!」と騒ごうとした。が、巌谷中佐が再び黙らせる。

 

「今回の交渉の全責任は私が背負う!それでよかろう!文句があるのなら私に言えばいい!」

 

 巌谷中佐はそういうと総理の隣に座る将校に「よろしいでしょうか」と問う。

 旧知の仲であったのか、「お前がそういうならいい」とあっさり認め、巌谷中佐も「ありがとうございます」と返す。

 

「それでは交渉成立でよろしいでしょうか。」

 

「はい。この条件で我々も理解を示すこととします。」

 

 晴海は歩きながら巌谷中佐の前へと赴く。そして手を出す。

 

「握手しましょう。人間ではこのようにするのが一般的と理解しています。」

 

 巌谷中佐も晴海と向かい合い「よろしくお願いいたします。」と言いながら手を差し出した。

 後ろの士官はどうにも納得がいかない様子であったが、大半の士官は巌谷中佐であればと納得したのか、何も言わなかった。

 

「技術提供に関しては、会議終了後に別室で話しましょう。用意はもうできていますから。」

 

 晴海は巌谷中佐に聞こえるか聞こえないか程度でそういう。巌谷中佐はその言葉に驚いた様子であったが、すでに掌の上で転がされていたのだという事実に気付いたのか、ふっと笑みをこぼす。

 晴海は用が終わり、自分の席へ戻った。

 

「よくもまぁ、技術提供認めてくれるなら私だってお願いしたのに……。」

 

 夕呼が悔しそうな顔をしながら、晴海にささやく。

 

「香月先生は特別ですから、巌谷中佐と交渉するとき同じ席にいてもいいですよ。」

 

 晴海がそうささやくと、夕呼は「あら、そう」とあっさり返事を返したが、内心は喜んでいるのが読み取れた。

 

(技術提供する内容は再度見直ししておくか……。)

 

 再開した会議を気にせず、晴海は記憶の整理を始めることにした。

 

 

 

「それでは、本日の議題のすべてが終了致しましたので、会議はこれで終了となります。皆様、お疲れさまでした。」

 

 進行役の士官がそういうと大半の官僚や軍人たちは部屋から出て行った。残った人々は何か話しているようだが、おそらくは近況報告やたわいのない話だろう。部屋の様子を見ていた晴海の目に手招きをする榊首相が入った。そばにはあの偉い将校の人と巌谷中佐もいる。

 

「あら、よかったじゃない。男前が3人よ。」

 

「私に恋愛は必要ありません。香月先生こそ良い機会でしょう。」

 

 晴海の言葉に「余計なお世話よ」と夕呼が返す。思った反応が返ってこず少し不機嫌そうだ。

 

 

「宗谷さん。君のおかげで私も首を取られずにすんだよ。感謝する。」

 

 榊首相が頭を下げる。晴海は「これは貸しにしますから、いずれまた」とだけ返す。

 

「これで少しは軍内部の過激派も静かになればいいのですが……。」

 

「マシにはなるだろう。すぐに噂は広まるさ。巌谷がやったとなれば文句を言うやつもそうおるまい。」

 

 巌谷中佐とお偉いさんの会話を聞いた晴海は大体を察した。

 

「まさか、私との交渉を鎮静剤ついでに使うつもりでいましたか。」

 

「いや、それは本題とするところではありません。実際問題、我々はBETAの持つ技術を知りたいのだ。未知の技術を知りたがるのは人間の本質なのです。お気に障ったのであればどうかお許しください特使殿。」

 

 言っていることは本当なのだろうが、鎮静剤として使われたことに間違いはなかった。晴海は少し不機嫌になったが、巌谷中佐という新たな交流先を見つけれたことを利益とし、許すことにした。

 

「特使殿ではなく、宗谷。または晴海のどちらかをお使いください。今後の交流相手として巌谷中佐を指名させていただきます。」

 

 晴海の発言に巌谷中佐は「わ、私がですか」と驚いている様子であったが、お偉いさんが「分かりました」と認めたために渋々了承した様子だ。晴海としても、あまり知らない人物と交流を深めていきたいという気持ちにもならなかった。

 

(これでまた新たな暇つぶし先が……。)

 

「榊首相、我々に提供するデータの確保は順調ですか。」

 

 晴海が顔を榊首相に向ける。

 

「あぁ、今専門家たちが必死になってまとめているが、なんせ我々を知らない生物が我々を知るために集める情報だ。基本的なことから専門家レベルまでその情報量が多いらしくあと1、2か月はかかると報告を受けた。」

 

 晴海は「そうですか。分かりました」とだけ返す。榊首相の飾らない話し方が晴海は好きなのだ。巌谷中佐にも同じことを求めようと思ったが、それはこれから信頼を築く過程でお願いすればよいと考えていた。

 

「この後、先ほど話した交渉の件を別室にて巌谷中佐と話し合いたいと考えているのですが。」

 

「あぁ、そうだったな。巌谷君、後は任せたよ。」

 

 そういうと榊首相はお偉いさんを連れて部屋を出て行った。巌谷中佐が「それではこちらへ」と言いながら部屋へと案内してくれる。晴海は「香月先生も担当者なので同伴させます。後別室で待機している部下に荷物を持たせているので彼らも」と説明し、巌谷中佐もそれを了承した。

 

 巌谷中佐と共に案内された部屋へと向かう。廊下には未だ運び込まれ続けているであろう物資や資料が段ボールにいれられたまま山積みにされている。

 

「未だに必要な荷物が運び込まれてくるおかげで中々整理が終わっていないものでして。ご理解ください。」

 

 私が周囲を見ていたのを気付いたのか、巌谷中佐がそう説明する。晴海は「復興作業が大変忙しいことは承知しています」と現場の人々の苦労に理解を示す。廊下にある一室の前で巌谷中佐が「こちらです」といい、部屋の扉を開ける。中はただテーブルと机が置いてあるのみで余計な装飾などは一切ない、急造された部屋のようにも思えた。

 

「そちらへおかけください。」

 

 巌谷中佐はソファーをさしながらそう言う。晴海と夕呼はソファーへと腰を落ち着け、部下二人はその後ろへ立つ形となった。

 

「この部屋は外部からの電波を妨害するため盗聴の危険はありません。事前に録音や盗撮を警戒して部屋をチェックさせました。」

 

 巌谷中佐はそういいながら対面のソファーへと座る。晴海も念のため確認したが、その言葉に嘘はないようだ。

 

「それでは宗谷殿。早速、本題に入るとしましょう。」

 

「はい、中佐には満足していただけると思いますよ。」

 

 晴海はそういうと、部下の前に手を差し出す。部下は鞄の中から少しの厚みを持った平たい長方形の金属の板を取り出し、その手に置いた。晴海はそれを受け取り「これです」と言いながら机の上に置く。

 巌谷中佐と夕呼はおかれたものを首をかしげる。

 

「これは……。」

 

「金属の板…よね……?」

 

 思った以上に普通に思えてしまう外見をしていた。特別な色をしているわけでもなければ、本当にただの鉄の板のようにしか思えないからだ。

 

「一見するとただの金属板のように見えますが、それは私が独自に開発した特殊合金を用いた装甲の一種です。」

 

 晴海はそういいながら金属板を立てる。

 

「これが装甲になるというのですか?それにしてはあまりにも……。薄いのでは?」

 

 防弾チョッキの中に入れるとしてもあまりにも薄いように思え、装甲として使うのには不安が残る厚さなのだ。夕呼も同意見といった様子だ。

 

「これについてある程度詳しく説明するとG元素と人類が一般的に使う金属をある一定の量で融合させた合金を用いています。これを用いた装甲は外部からのエネルギーを別のエネルギー、まあ熱量に変換して一定量まで蓄えることが可能です。もちろん無限に蓄えることはできず、一定量を超えるとただの鉄の装甲と変わらないものになりますが。」

 

「人類が使う戦術機にも似た技術として光線級に対する防御策が取られていますが……。」

 

 巌谷中佐が指摘するのはおそらく対レーザー蒸散塗膜のことであろうと晴海は理解した。

 

「光線級のレーザーを一定時間防御する技術があるのはもちろん知っています。しかしこの装甲はそれを完全に超える上位互換の存在です。レーザーだけではなく砲弾などに対しても有効性を持ちますし、より長時間防御を継続できます。そして、蓄えられたエネルギーは時間をかけて放出、または吸収され元の強度を取り戻すのです。厚みに対する軽さも特徴と言えるでしょう。」

 

 晴海はそういいながら扇子のように金属板を振る。

 

「最大でどのくらいの時間耐えることが可能になるのでしょうか……。」

 

 巌谷中佐がそういう。隣の夕呼も気になっている様子だ。

 

「装甲の厚みにも関係してきますが……。現在貴方たちが使っているであろう戦術機に追加装甲的に使った場合、最低でも45秒間、継続して照射されても耐えうるでしょう。重光線級であれば15秒程度になりますが。」

 

 晴海の発言に二人は驚愕したのか、目を丸くしていた。戦術機の対レーザー蒸散被膜と言えども照射を受け続ければすぐに溶かされてしまう。それゆえ、光線級の存在は衛士にとって天敵ともいえる存在であった。もし、この装甲が本格的に配備されればそれ以上の耐久性を持つであろうことも察しがついた。

 

「しかし、この装甲の本質はそれだけではありません……。と続きを言いたいところですが、これ以上は更なる技術提供につながってしまいますので……。」

 

 晴海はそういいながら部下に対し手を差し出す。部下は鞄から紙の資料を取り出して手渡す。

 

「よろしければ、こちらにサインを……。」

 

 晴海は資料を巌谷中佐の前に差し出す。

 

「これは……。先ほど説明された合金に関する資料ですか……?」

 

「はい、詳細な仕様書といいますか。今の人類の技術であればこの合金の成分は解読可能でしょう。ですから、あらかじめ公開します。ただし、作れるのはおそらく私しかいないでしょうね。そこで取引として一番下の契約書です。」

 

 巌谷中佐はそういわれると、資料の一番下のページにに挟まれている契約書を取り出す。

 

「合金の第1次提供として、戦術機5機分に相当する量を提供する代わりに、戦術機2機の提供を要請……。これは一体どういうことですか。」

 

 巌谷中佐が晴海の方へと顔を向ける。夕呼も「ちょっと。これは流石に無理があるわよ」と耳元でささやく。晴海は「まぁまぁ」と夕呼をなだめる。

 

「私から話した内容が本当かどうかは試してみなければ分からないでしょう?しかし、BETA相手にこちらが提供した技術だからと信じて、衛士に光線級の照射を受けてこいと命令できますか?」

 

「つまり、それは貴方の方で実戦証明を行うということですか?」

 

 晴海はこくりと頷く。

 

「衛士となる物はこちらで準備しますが、戦術機を一から作るとなるといくら今まで回収した設計に関する技術があっても私が持つ設備では限界がありますから。そちらを提供していただきたいのです。もちろん、契約書にもある通り、その際にこの装甲が持つ真の能力をお見せすることも可能になるかと。」

 

 巌谷中佐は契約書をめくりながら、しばらくの間考え込んでしまう。BETA相手に貴重な戦術機を渡すわけにも行かないが、この新型装甲の性能が事実であれば人類のBETAに対する新たな戦術が生まれる可能性も期待できるからだ。

 

「一時貸与という形では駄目でしょうか。」

 

「今後開発する技術を提供する前に試験したいという目論見もあるので、購入でなければ契約はなしということに。私たちも戦術機については多くの情報は得ています。いざとなれば、自分たちで作り始めることも可能ですよ。」

 

 晴海がそういったとしても、敵に戦術機を渡すという行為は危険が大きすぎると考え巌谷中佐は首を縦に振れずにいる。

 

「巌谷中佐。いったん休憩にしましょう。会議から続いて話続きですからいったん息抜きでも。」

 

 夕呼が場の空気を変えようと、休憩を提案する。巌谷中佐も「そうですね」と言い、資料を置いてソファーの背もたれへ寄りかかる。晴海もなんとか戦術機を得られないかと考え始める。その時、夕呼が助け舟を出す。

 

「巌谷中佐の立場も考えれば、敵方に売るより国連に売ったという説明の方がまだ売る気になるんじゃないかしら。私も協力することはできるわよ。」

 

 晴海の耳元でそうささやく。夕呼の言葉に言われればそうかもしれないと晴海は思った。

 

「巌谷中佐、よろしければ国連への戦術機提供という形にしていただけませんか?そちらの方が中佐の苦労も和らぐでしょう。後の責任は国連で持ちますから。」

 

 夕呼が巌谷中佐にそう提案する。日本が国連や米国への風当たりが強いことは事実だが、BETAよりかはマシであるといえる。巌谷中佐も「それならば……。」と渋々承諾の意を示す。

 

「巌谷中佐を追い込むような結果を招くことはないと保証いたします。」

 

 晴海はそういいながら、契約書の自分が記入する欄にサインし、巌谷中佐へと渡す。巌谷中佐も「こちらでも何とかしてみます。最新鋭機の提供は難しいでしょうから、あくまで在庫との相談になるでしょう」と言いながらサインをした。晴海も「かまいません」と言い、サインされた契約書を下の写しを切り取ると巌谷中佐に預け、本物は部下に渡し鞄にしまわせる。

 

「今後の手続きに関しては私が担当しますので、何かあればご連絡ください。」

 

 夕呼がそういいながら立ち上がる。巌谷中佐も「よろしくお願いします」と言いながら頭を下げる。

 

「それでは中佐、またお会いしましょう。」

 

 晴海もソファーから立ち上がり、扉の前に立つ。

 

「仕様書の扱いはまだ重要機密として口外はお控えください。」

 

 晴海はそういうと部下に扉を開けさせ、夕呼と共に部屋を出る。

 一人残った巌谷中佐はソファーに深々と沈み込む。

 

「中将に頼み込むしかないよなぁ……。」

 

 今後の苦労を予見した巌谷中佐は長い溜息を吐いた。

 

 

 



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第17話 財布は痛いが満足です

長いので今回も2話構成で行きます。


 

 巌谷中佐との取引も問題なく終わり、基地へと戻った晴海は特別室へ帰るのではなく、そのまま夕呼の部屋へと共に行く。晴海は「少し話し合いたいことがあるので」とだけ説明する。

 

 

 ー 2001年 横浜基地 副指令室 ー

 

「それで?話ってなにかしら?」

 

 夕呼が自分で飲むコーヒーを入れながら晴海に問いかける。

 

「香月先生に私に対する名誉挽回の機会を与えてあげます。私を殺そうとしたことを無かったこととし、今後の取引に持ち込まないことを約束いたします。」

 

 晴海の言葉に夕呼は表情を曇らせた。確かに晴海を試験体として捕縛しようとたくらんだのは事実で、今の互い関係はかなり晴海に有利と言えたからだ。晴海もそれを承知で今回の提案を行った。

 

「私に何をしろっていうの?話の内容次第だけど。」

 

「国連も特殊合金を欲しいのでは?特に先生は。」

 

「貴方、名古屋で私にも渡すって……。」

 

「技術はあの場で渡しましたよ。現物を提供するとは一言も言っていません。」

 

 夕呼は「なによそれ」と若干怒っているように見える。晴海は「話はこれからです」という。

 

「国連にも帝国軍に行ったように現物提供を行ってもよいですが、それをするにあたり、国連にもそれなりのものを用意していただかなければなりません。」

 

 巌谷中佐にも戦術機との交換ということで交渉した以上、国連相手でも同じように取引を行わなければ後で問題となりかねないと晴海は考えていた。

 

「国連からも戦術機を提供しろとでもいうのかしら?」

 

「それもお願いしたいですが、先生には更にお願いをしたいと考えています。それが今回の本題です。」

 

 夕呼は「どんなお願いかしら」と少し警戒する。

 

「まず国連に現物を提供する条件として、戦術機を帝国軍と同様2機用意していただきます。それと別に先生の名誉挽回を行う代わりに、まず特殊合金を作成するために私が必要とする資源の提供、及び私が実地試験する際に必要な衛士確保に協力していただきたいのです。」

 

「資源を提供しろというものは何とかなったとしても、衛士を用意しろというのは無理よ。貴方に協力したがる衛士なんているわけないじゃない。」

 

 晴海は夕呼の発言に「その通りです」と肯定する。夕呼は「ならどうしろっていうのよ」と無理難題を押し付けてきた晴海に問いかける。

 

「私が衛士となる物は用意します。先生にはそれらに教育を施すための環境づくりをお願いしたいのです。」

 

 夕呼は晴海の言っている意味を大まかに理解したが、それを理解する気になれなかった。

 

「あんたまさか、Type2のようなものを4体も作る気なのかしら?」

 

「詳細についてはまだ先生に教えることはできません。協力することを確約してくれるのであればお教えしましょう。」

 

 夕呼はムッとした顔になりしばらく考え込んだ。晴海はもう一押ししてみるかと更に話題を用意する。

 

「先生が私を殺そうとしたことをまだ上司には伝えていませんが……。伝えたらどんな反応をするでしょうか……。」

 

 本当のことを言えば既に上司への報告は終わっているのだが、この嘘は夕呼に効いたようで溜息をついた後、「喜んで協力いたしますわ」と皮肉を込めた返事を返した。晴海は「それはよかった」といい、話を続ける。

 

「まず必要な資源からですが、これは廃棄予定の兵器など、そういったもので十分です。量でいえば戦術機2機に使用する程度あれば足ります。次に、用意する衛士についてです。これはType2を特別仕様とすると、準特別仕様のType3といったところでしょうか。より人間に近づけた結果、体の脆弱性が露見してしまいました。未だ量産はできる状態ではなく、初の衛士専用仕様となるので苦労しました。」

 

 晴海の話を聞いていた夕呼が「ちょっといいかしら」という。晴海は「どうぞ」と返す。

 

「必要な資源に関しては、横浜に転がっている戦術機の残骸がまだ少し残っているからそれをかき集めれば何とかなるわ。私があなたの話を聞いていて思ったのは、Type3は人間の脳にあたる部分は何を入れる予定なのかしら?」

 

 夕呼が気になっていたのはその体を動かす基幹となる部分についてだった。00ユニットも純夏の脳と脊髄があった故に実現できたものだが、その代用となるものをBETAが既に持っているのであれば脅威になると考えていた。

 

「横浜に存在していた脳と脊髄は一つではなかったことを覚えていますか?他のものは活動を停止してしまいましたが、その中身は保存することができています。今回は基幹となる部分を器としてと作りその中に保存していたものを移植し、改造することで補います。不要な部分は全て削除するので、衛士として活動するには十分なはずですが。」

 

 晴海の発言に夕呼は顔をしかめた。死んでもなお、BETAに使われる被害者を哀れと思ったのか、晴海の倫理観の欠如に憎らしさを覚えたのか、その両方であったのかは分からないが、少なくともいい思いはしてはいない。

 

「ついにあんたたちは死人を事実上甦らさせて、自分たちのために使うようになったということね……。」

 

 夕呼は頭を抱える。人類にとっては最悪の事例となりうるだろう。もし、今後再びBETAと戦うことになれば、死人と戦うことすら覚悟しなければいけないと考えていた。晴海は夕呼の発言は聞き流し、話を先に進める。

 

「香月先生には4人の素体を衛士として必要な知識を植え付ける作業を行ってほしいのです。身体面に関しては既に必要な条件は満たしているはずです。ただそれらに知識を見させたり、教えたりすれば一回で記憶し、実戦で動けるはずです。」

 

「……。分かったわ。教育係となる人物は用意しておく。」

 

 晴海は「助かります」とうなだれる夕呼に感謝の意を表すと、署名済みの契約書を夕呼の前に出し、「いつものです」と言いながらサインを促す。夕呼はおとなしくサインを済ませ、「頭が痛いわ……」と独り言を漏らす。晴海は契約書を部下に預け、ソファーから立ち上がる。

 

「それでは、先生。明日、4体と顔を合わせていただきますので、よろしくお願いします。」

 

「明日って!?」

 

 驚く夕呼から更なる質問攻めにあうのを避けるように、部下二人を連れて晴海は部屋を後にする。素体となる4人の最終メンテナンスを行うため、反応炉へと向かった。

 

 

 ー 横浜基地 反応炉 ー

 

 私は反応炉につくといつものように晴海の体を部下に任せ、意識を頭脳級へと移す。

 今回選別された4人は特に何かが優れていたりするわけでもなく、いずれもここ横浜でBETAに捕らえられ、人体実験をされた人間たちの一人である。以前、Type2を作る際に自身の護衛を強化する目的でより人間に近いものを作ろうと試作した際に容姿の基準として選ばれたのだ。

 

(生前のデータは……。今は気にしなくてもいいでしょう。)

 

 私は生前の彼女たちのデータをもとに精巧な体を作り上げた。髪色や目の色などは違うが、必要な記憶の追加や不要な記憶の削除を行っても、器に宿る性格は変わらないだろうと晴海は考えていた。実際には宿してみなければどうなるかは分からないのだ。

 

(Type3の制作目標は人間により近い個体を作ることだったけど……。身体の虚弱性まで再現しなくてもよかったかもしれないなぁ……。)

 

 私は最終確認を行いながらそう思った。Type3のほかにも特徴があり、個体には初となる感情・表情プラグインを搭載している。これが正常に稼働するようであればType2にも改良型を搭載する予定なのだ。そして特筆すべきは、器となる脳の性能である。00ユニットに影響を受け、劣化版となってしまうのだが量子電子脳の制作、搭載に成功し、戦術機を操作するうえでもこれは大いに役立つと考えられた。

 

(脳の制作はコストが思いのほかかかってしまったけど……。致し方ない。衛士専用個体と考えれば量産をする予定もまだないし……。)

 

 4人の最終メンテナンスを終えた私は衣服の制作に取り掛かる。あくまで国連軍所属という建前を得ようと考え、国連軍の制服をそのまま採用し、衛士専用個体であることから強化装備も特注品とした。合計コストを考えれば、彼女たちは一人当たり今の護衛級5体分の価値があるのだ。そのコストは要塞級よりも高くついてしまっていた。おかげで、長期間にわたり温存していたG元素も底をついている。

 

(これで準備はよし……。早速、生成を開始しましょう……。)

 

 私は制作が開始されたのを確認したのち、再び晴海へと意識を移した。

 

 晴海へと意識が戻り、周囲を確認する。今の時間は警備の兵士が巡回する際のクールタイムにあたり、だれもいないことは確認済みだが、念のためである。

 

「それでは、お前たちは周囲に人が来るようなことがあれば、直ちに連絡しなさい。私は彼女たちを召喚します。」

 

 部下は敬礼し、反応炉から少し離れた場所に立つ。晴海は反応炉の裏側に回り、反応炉へ手を当てる。

 反応炉の一部がいびつな音を立てて開き、中から制服を着用した状態の4人が出てくる。その様子を見て晴海は少し不思議に思った。

 

(無表情……。ですね……。しっかり作動しているはずなのですが……。)

 

「お前たち、自分の名前を言いなさい。」

 

 晴海は記憶の定着を確認するため、自分の名前を言わせることにする。4人は左から順に「ナツノです。」「シノです。」「アマネです。」「ホムラです。」と自身に与えられた名前を言った。

 

「記憶の定着に問題はなしですか……。やはり感情プラグインは安定していませんね……。」

 

 BETA、及びそれによって作られたものに感情を与えることはやはり無理なのだろうかと晴海は考えていた。幾度も改良を加えてきたはずなのだが、安定して機能しないということは、本質的に受け入れられないものなのだろうと。

 

「今から私の部屋に向かいます。お前たちも同行し、今晩はそこで様子を見ます。」

 

 晴海の指示を聞いた4人は「了解」と声をそろえて敬礼する。晴海は部下を呼び戻し、反応炉を出て特別室へ向かうことにした。道中、警備の兵士に怪しまれたりはしたものの、何も声をかけてはこなかった。夕呼が事前に警備する兵士たちには関与しないように指示していたおかげである。

 

 特別室につき、晴海は部下に制服と荷物を預け、4人をソファーに座らせる。7人が一つの部屋にいると狭いかもしれないと考えたが、元が来客用の部屋だったこともあり、広さはさほど問題ではなかった。

 

(今日だけだから……。今日だけ……。)

 

 4人は隣の護衛級と違い、召喚されたばかりで慣れない体に疲れを感じているのか、ソファーに座ると楽なようだ。

 

「体の調子はどうですか。何かおかしなところはないか。」

 

 晴海は4人に話しかけると、ナツノが「正直に申し上げますと、体が重く感じます。ソファーに座っている方が楽です。」と率直な意見を述べる。

 

(受け答えに特に問題はなし……。言葉の呂律の問題もなし……と。)

 

 晴海はチェックシートにチェックを入れ、「ほかはどうだ?」と残る3人にも尋ねようとしたが、アマネの様子を見て晴海は思わず立ち上がった。アマネがソファーに座りながら目を閉じて寝息を立てていたからだ。

 

(睡眠をとることにも成功している!これは素晴らしい成果だ!)

 

 アマネの隣に座るシノが「アマネ、起きないと怒られるよ。」とアマネの体を揺らす。晴海は「疲れているだろうから、そのままでいい」と指示し、シノが他人を気にするという人間らしい行動をすることにも手ごたえを感じていた。

 

(確かに人間らしさを求めてここまで制作したとはいえ、実際に成功したところを見るのは感激だ!)

 

 晴海は心の中でガッツポーズを決める。残る反応を確認しようとホムラの方へ顔を向ける。ホムラは晴海と目が合うと「自分は問題ないです。まだまだ動けます。」と意外な反応を返す。

 

(生前の体質まで再現されている可能性もあるな……。これは要研究と……。)

 

 大方正常に動いていることを確認した晴海は4人に明日の予定を話すことにした。

 

「明日はこの基地でお世話になる香月先生に挨拶を兼ねた顔合わせをする。その際に、君たちの担当となる教官が紹介されるかもしれないのでそのつもりで。直近の課題は戦術機へいち早くなれること、そして、実戦で思う存分力を発揮できるように万全の準備を行うこと。実戦試験で結果を残せばなんでもいいけどね。」

 

 寝ているアマネ以外は「分かりました」と返事を返す。晴海は4人もいればリーダーを決めておいた方が今後のやり取りもしやすいと考え、中でもしっかりしているナツノを分隊長とし、連絡役にすることにした。ナツノは「光栄です」と立って敬礼する。

 

「明日の香月先生のもとへ挨拶をしに伺う時間は午前10時、休養を十分に取り体に異常がある場合はすぐに教えなさい。以上。」

 

 晴海はそういうと、部下に部屋に置いてあるブランケットを4人に手渡すように命じる。部下はそれぞれにブランケットを手渡し、シノがアマネにブランケットをかける。

 

(シノとアマネはそういう関係なのか……。それともシノが生前に姉のような立場にいたのか……。やはり一度生前の資料に目を……。いや、あまり生前に関しては知りたくないな。)

 

 生前のことを知れば感情的になる自分がいるかもしれない。そのことを恐れている晴海は4人の生前に関しての記憶はほとんどを削除し、衛士として育てられてきたという記憶に改ざんした。4人は幼馴染ということにしてあるのだ。

 

(明日の香月先生の驚く顔が楽しみだ。)

 

 晴海は4人が問題なく就寝したのを確認し、明日の打ち合わせ用の資料をまとめ始めた。

 

 

 ー 横浜基地 副指令室 ー

 

 そのころ、夕呼も自らの部屋に伊隅を呼び出していた。

 

「悪いわね。こんな夜遅くに。」

 

「いえ、問題ありません。」

 

 夕呼が「コーヒー飲む?」と伊隅に尋ね、伊隅は「結構です」と返す。

 

「副司令。私を呼び出したということは新しい任務でしょうか?」

 

「流石伊隅、察しがよくて助かるわ。」

 

 夕呼はコーヒーを一口飲むと、ふぅと息を吐き伊隅へ顔を向ける。

 

「明日、新人…かどうかは分からないけれど、新たに衛士4人が本基地に配属される予定なの。その子たちがちょっと訳ありでね?」

 

 夕呼の「訳あり」という言葉に伊隅は「どのような?」と質問する。

 

「『お客様』の紹介なのよ。そして、すぐにでも歴戦の衛士レベルに訓練してくれっていう。」

 

 夕呼の発した『お客様』という言葉に伊隅は「そういうことですか」と理解する。つまりは、晴海の紹介で派遣されてくるということは人間といえるのかどうかすら怪しいということだ。

 

「副司令。BETAが戦術機に乗るなど無理だと思いますが……。」

 

「伊隅、残念なことに明日来る4人は人間なのよ……。中身はね……。」

 

 伊隅が「どういうことですか?」と真剣な表情になる。夕呼は事情を知っておいてもらわなければ任務遂行に影響が出ることを考慮し、事前に教えておくことにした。

 

「体は晴海によって作られたもの。極端に人間に近づけた体と言っていたから、本当に私たちと何も変わらないのかもしれない。そして、問題はその中身が、横浜で犠牲になった人々。その中に含まれていた4人ということよ。」

 

 夕呼の言葉に伊隅は驚愕してしまったのか、言葉を失う。副指令室に重い空気が漂う。

 

「副司令……。それはつまり……。奴らは死者さえも…実験に使っていると……。そういうことですか……?」

 

 伊隅が震える声で夕呼に尋ねる。夕呼は「えぇ、そうなるわね」と言いながら持っていたコーヒーを机に置く。伊隅は「なんてことを……。」という。その震える声には怒りと悲しみが満ちていた。

 

「伊隅、貴方にとってすごく苦しい任務になるかもしれない。でも、人類の平和がかかっているの。彼女たちも結果を残せなければ、晴海は容赦なく処分するかもしれない。4人のためにもお願い。」

 

 夕呼が伊隅に頭を下げる。夕呼が本気になって人に頭を下げるなど見たことがなかった伊隅は慌てて「副司令‼頭をあげてください!」という。頭をあげた夕呼にはもう後がないという表情をしていた。伊隅は一息ついて「分かりました」という。

 

「4人の教官として、最善の努力をします。」

 

 夕呼は伊隅の手を掴み「伊隅~!助かるわ~!」と感謝する。見たことのない夕呼の姿に伊隅は驚かされてばかりだ。

 その後、明日の予定を夕呼と確認し、夕呼は4人の教育に関しては伊隅に一任する旨を伝え、自分は他の仕事で忙しくなることも伝える。それらを了解した伊隅は自身の準備を済ませるために部屋へと戻った。

 

 

 そして、翌日。

 

 

 晴海は4人が問題なく起床し、体の異常がないのかを確認し終え、身だしなみを整えるように指示する。部屋にある洗面所を使い4人は顔を洗ったりするなど、問題なく行動している。

 

(日常生活に関する行動に問題もなし……。)

 

 アマネはいつもどこか空気が抜けているような印象を持ってしまうが、シノがいれば大丈夫だろうと思いながら、晴海は4人に関する資料をまとめる。主に身長や体重、生年月日など身分証を作るのに必要になるであろう物だ。

 時間を確認すると時計の針は午前9時30分を指しており、晴海は4人にそろそろ準備を終えるようにと指示を出す。とはいえ、晴海が寝顔が可愛いという理由で9時まで寝かせていたことが原因と言えるのだが。

 10分ぐらいたつと準備ができた面子から机の前に並び始める。最初に並んだのはナツノでその次にホムラ、最後にシノとアマネが一緒に来たといった具合だ。

 

「宗谷司令、準備整いました。」

 

 宗谷司令と呼ばれた晴海は、初めての呼ばれ方で思わず反応に遅れてしまったが「よし、では行きましょう。」と椅子から立ち上がる。ホムラのネクタイがずれていたのが目に入り、ついでで直した。

 

「ナツノ、他の目がある時には宗谷司令というのは避け、さん付けにするように心がけろ。他もだぞ。」

 

 晴海の命令に4人は「了解」と返す。結局、夜に感情プラグインの改造を再び行ったのだがやはり感情は戻らなかったのだ。そこだけが彼女たちを送り出すうえで悔いとなっだ。

 晴海は4人を自分の後ろに、最後尾に部下二人をつけ、副指令室へと向かう。見慣れない4人に警備兵が何度か目を向けてきたが、4人は特に気にしていない様子だ。

 

「香月先生、晴海です。失礼します。」

 

 晴海がそういいながら副指令室の扉を開けると、中は真っ暗で夕呼がいる様子はなかった。晴海は「あれ。」と自分が時間を間違えたのかと不思議に思ったが、すぐに後ろからピアティフ中尉が来ていることに気付いた。

 

「晴海さん、副司令より伝言をお伝えしようと部屋に伺ったのですが、行き違いになってしまいましたね。」

 

 そういうとピアティフ中尉は慌てて走ってきて崩れた姿勢を正す。

 

「本日のミーティングは別室にて行われるそうなので、そちらまで案内します。」

 

 晴海は「そういうことでしたか。」と言い、ピアティフ中尉の後に続いた。ついた場所は教室を連想させる一室だった。

 

「ようやく来たわね。」

 

 夕呼が部屋から顔を出す。

 

「香月先生、もっと早くに連絡をしてもらわないと。ピアティフ中尉が走り回る羽目になってしまいましたよ。」

 

 夕呼がピアティフ中尉に「悪いわね~。もう大丈夫よ。」と言う。ピアティフ中尉は敬礼すると、自分の仕事があるのか足早に去っていった。

 

「それじゃ早速入って頂戴。」

 

 夕呼に言われた通り、晴海は4人を中に入れ適当な椅子に座らせ、部下二人を後ろへ立たせる。

 

「どうして部屋を変えたんですか?」

 

「どうしてって…。書類まみれの狭いあたしの部屋で自己紹介したいなら別よ。」

 

 晴海は「そういうことですか。」と言いながら夕呼の傍に立つ。

 夕呼も晴海との話を終え、改めて4人の姿を見て内心はやはり驚いている様子だ。目の前にいるのが新兵であるといわれても普通の人なら疑わないだろう。それほどクオリティが上がっており、肌の色も死人のような晴海たちの色とは違い、肌色で血が通っている印象を持つ。

 

(これほどのクオリティで……。末恐ろしいわね……。)

 

 夕呼は晴海という存在の恐ろしさを再確認し、冷や汗をかいた。

 

 

 




一応、各メンバーの設定画像を公開します。
自分で想像するんだ!という人は閲覧しないようにお願いします。いつもの通り低クオリティです。

国連軍制服仕様

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強化装備仕様

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第18話 忙しいにもほどがある。

17話に引き続き


 ー 2001年 横浜基地 専用教室 ー

 

「香月先生、教官を担当する人がまだきていないようですが……。」

 

 晴海が誰もたっていない教壇を見ながら夕呼に問いかける。

 

「もしかしたら、貴方と同じで連絡聞く前に私の部屋に向かってるのかもねぇ」

 

 晴海は先ほどのピアティフ中尉の急ぐ様から大体を察した。ピアティフ中尉も苦労しているなと同情してしまう。

 

「では、教官が来る前に先に自己紹介でも……。」

 

 晴海がそう言いかけたとき、部屋の扉が開く。そこに立っていたのは伊隅だった。息を若干切らしているようだ。

 

「副司令。遅くなって申し訳ありません。しかし、急な予定変更は……。」

 

「あぁ、ごめんなさい伊隅。連絡するのが遅くなっちゃってね。」

 

 いつもの夕呼の態度に伊隅は息を整える意味も込めて、はぁと息を漏らす。そして、その後ろに隠れ気味になっていた晴海と目が合った。

 

「宗谷さん。4人を担当することになります。伊隅みちる大尉です。よろしくお願いします。」

 

「教官となってくれるのは伊隅大尉ですか。これは心強いですね。」

 

 晴海の言葉に伊隅は「どの口が言うか」と事情を知っているだけにそう思いながらも、平常心を保ったまま教壇へと向かう。

 

「お前たち、今日からお世話になる伊隅大尉、そして、香月副司令だ。各自、自己紹介を。」

 

 晴海が一歩前に出てそういうと、分隊長であるナツノが席を立ちあがり「ナツノです。分隊長を務めます。よろしくお願いします」と言い、敬礼をする。伊隅も敬礼を返す。続いて、ホムラが自己紹介をし、シノ、アマネが同じように挨拶をした。

 

「以上4名が伊隅大尉が担当することになる衛士たちです。今後の指導は予定通り伊隅大尉に一任します。」

 

 晴海はそういいながら、夕呼の傍へと戻る。

 

「先ほども話したが、本日よりお前たちの教官を務めることになった伊隅みちるだ。短い期間となるが、よろしく頼む。」

 

 伊隅がそういうと、4人は「よろしくお願いします」と声をそろえて言った。

 

「本日のミーティングは顔合わせと今後の予定について打ち合わせを行い終了とする。それでは今後の予定についてだが……。」

 

 伊隅大尉が用意してきた資料を各自に渡しながら、話を進めている時、夕呼と晴海は別件の進行状況を確認していた。

 

「香月先生、頼んでいた格納庫確保の件、どうなっていますか?」

 

「滑走路沿いの1番、2番、3番格納庫をあんた専用にとっておいたわ。1番には予備部品が、2番にはメインとなる機体がしまわれる予定。3番は廃棄予定の戦術機の残骸とか、あんたが必要としていた資源の集積場所になってるから。周囲には近づかないように連絡も回しておいたわ。」

 

 夕呼が「本当に大変だったのよ?」と改めて強調し、晴海が「ご苦労様です」とそれに返す。

 

「あぁ、それから2番格納庫には既に国連からの供与機体としてF-15E2機が運搬済みよ。ちゃんと確認してこれに受け取り確認のサインしておいて。」

 

 夕呼はそういいながら、ポケットから受け取り確認書と書かれたものを取り出し、晴海渡す。晴海は「分かりました」といいながら、紙をポケットにしまう。

 

「それにしても……。」

 

 夕呼が4人を見ながらつぶやく。

 

「本当に人間そっくりね。あんたや後ろの奴らと違って、本当に生きているみたい。」

 

「失礼ですね。私も生きていますよ。もちろん、彼女たちのようにとことん人間らしさを追求したわけではないので、質の面で見れば劣るでしょうが……。」

 

 晴海が自分の体を見ながらそう言う。とはいえ、この体は初めて作ったものであり、性能面でいえば最新であることに変わりはなかった。十分に満足している。

 

「感情も設定はしてみたのですが……。どうにも機能しないようで……。」

 

「人間らしい生活を送ってるうちに勝手に機能しだすんじゃないの?どういうものかは私も知らないけど、霞が鑑に寄生して疑似人格を得ているように何かをきっかけに人格、感情を得ることができるかもしれないわよ。」

 

 晴海は前世で読んだ原作資料を思い出しながら「それもあるかもですね」と夕呼の発言に同意する。

 

「そうであれば、もっと色んな人間と交流させるのもありかもしれませんね。興味深い実験ができそうです。」

 

 夕呼は「実験」という単語に顔をひきつらせたが、「そうね」とだけ返した。余計なことを言いすぎたかしらと少し後悔をしながら。

 

「最後に巌谷中佐からの連絡。こちらに供与する機体がF-15J「陽炎」に決まったそうよ。明後日には搬入されてくる予定。」

 

 晴海は巌谷中佐が苦労しながらも、急ぎで手配してくれたのだろうと思った。

 

「F-15揃いで、予備部品の確保にも困らなそうですね。思ったよりも早く機体改造に取り組めそうです。」

 

 晴海は早く戦術機が見たいという気持ちで体がウズウズしていた。その様子は夕呼からみてもわかるほどだった。

 

「お前たちが戦術機に乗るまではあまり時間がない。したがって、教習はより濃密なものになる。覚悟して訓練に臨んでほしい。」

 

 伊隅が大体の予定を話し終える。4人は「了解」と返事をする。伊隅が横に立つ夕呼を見て「副司令からは何か?」と尋ねる。夕呼は「頑張ってね~」といつものように気楽な態度で4人に話しかけた。

 

「……。以上だ。本日のミーティングは終了とする。次に施設内の案内を行う各自廊下に出てくれ。」

 

 伊隅がそういうと4人は席を立ち、廊下へと出る。伊隅も出ようとすると「伊隅大尉」と晴海から話しかけられる。

 

「何でしょうか。」

 

「彼女たちに変わった点があったら逐次報告をお願いします。私の方から監視を向かわせてもいいのですが、あまり目立つのもよくないでしょうし。よろしくお願いしますね。」

 

 晴海が後ろに立つ護衛を指指しながらそう言い、伊隅は「了解しました」とだけ返すと廊下へ出た。

 

「ところで香月先生。先ほどから教室の近くに複数人の反応があるのですが……。」

 

 晴海が4人を見送りながら夕呼に尋ねる。

 

「あぁ、伊隅の知り合いよ。大方、伊隅が教官をやると聞いて見に来たんでしょ。ほら。」

 

 夕呼が伊隅たちが歩いて行った廊下の先を指さすと、A-01の速瀬と茜、晴子の3人が伊隅を追いかけるようについていった。その様子をみた晴海は「あぁ、なるほど……」と返す。

 

「あんたもこんなことしてる時間はないんじゃないの?」

 

 夕呼に言われた晴海は遠くに行っていた意識を呼び戻す。戦術機の改造には時間がかかるうえ、合金の作成にも時間が必要であることを考えると、ここで呆けている時間はもったいなかった。

 

「そうですね。早速、格納庫へ向かいます。受け取りのサインは今日中に渡しに伺います。」

 

 晴海はそういうと「では」と言いながら部屋を後にする。夕呼は「約束まもんなさいよ」と帰り際に晴海に言い、晴海も「もちろんです」とだけ返したが、内心ではあんたが言うかと言う気持ちもあった。

 

 

 ー 横浜基地 格納庫群 ー

 

 言われた通り、格納庫の中には戦術機のメンテナンスに必要な設備や機器など、そのほとんどがそろっていた。とはいえ、この作業は晴海一人でやるわけでなく、護衛級をより簡素化したものを数十人程度用意し、各自に運搬等の作業を行わせる予定だ。

 

「それでは早速始めましょう。」

 

 晴海はそういうと、3番格納庫へ向かい必要な資源の確保を始める。ボロボロになった戦術機を分解させ、どんどん2番格納庫へ運ばせる。運ばせている間、晴海はそれを資源ごとに分解、整理し、必要な分のG元素を確保しながら合金の生成を同時に行う。これをとにかく繰り返すのだ。しかし、G元素の生成が間に合わなくなってきたこともあり、余剰資源を使って反応炉内にこっそりG元素生成プラントを増設する。

 

(わかってはいたけど……。重労働!でも可愛い娘たちのためだから……。)

 

 晴海は必死に作業を続ける。この体が疲れを感じなくて助かるとここまで実感できることはそうそうないだろう。運搬を続けるBETAたちも疲れることはなく、ペースを落とすことなく作業を続けられるのも、予定通り物事を進められていると確認でき安心する要素となった。

 

 運搬……。分解……。整理……。生成……。

 

 これを幾度ととなく繰り返し続ける。明後日にはここに更に2機が追加で搬入されてくることを想定すると、それまでには必要な合金を確保して準備を整えておく必要があると晴海は考えており、このペースで作業を行ってもおそらく寝ることは許されないだろう。

 

(2日は徹夜か……。この生成過程ものちに自動化しなきゃなぁ……。)

 

 晴海は自らの根気を奮い立たせて作業に邁進した。

 

 

 

 ー 横浜基地内 ー

 

 晴海が生成作業を始めたころ、伊隅に率いられた4人は順に施設内を案内されていた。

 

「ここが食堂だ。詳細は先ほどの資料にも書いてあるが、お前たちは特例で定められた利用時間外でも利用は可能だ。ただし、食堂が閉じている時は無理だからな。」

 

 4人は「了解しました」と返事を返す。ここまで順調に案内を終え、伊隅はあまりに従順すぎる4人を少し不憫に思ったが、兵士であるからこの態度に何の問題はないと無理やり思い込むことにした。

 そして、もう一つの事実に気付いていた。教室を出た後からバレバレの尾行を行っている速瀬や茜、晴子たちの存在だ。A-01の面子には、明日から教官として一時的に隊長職を速瀬に譲ることを説明していたが、その詳細までは伝えていなかった。そのため、興味をもった3人がのぞき見に来ていたのだ。

 

「よし、お前たち。時間はまだ11時だが、すいているうちに何か注文して食べておくんだ。この後も施設内を案内しなければいけないからな。」

 

 4人は「了解しました」と返事すると、食堂へと向かっていく。伊隅はその様子を確認したのち、尾行してくる3人に目を合わせる。3人はとっさに隠れたつもりであったのだろうが、お粗末なものであった。

 

「お前たち、何をしに来た。」

 

 伊隅がそばまで行き、事情を尋ねる。

 

「い、いや~大尉。私たちも食堂で何か食べようかと~。ね、茜!」

 

「そ、そうです!中尉に誘われたので私もついでに!」

 

「速瀬中尉と茜が面白そうだったのでついてきました。」

 

「「ちょっと晴子!!」」

 

 速瀬がとっさに思いついた言い訳も晴子が最後に言った言葉ですべて台無しとなる。伊隅は溜息をつく。

 

「そもそも、お前たち。まだ食堂利用可能時間じゃないだろうが。言い訳も考えてから言え。」

 

 速瀬が「しまった」と言わんばかりの顔をしているが、伊隅は3人の目的に気付いているため、言い訳はもとより通用するわけがない。

 

「大尉が教官をするなんて言う話を聞いて、見に来ないわけがないじゃないですかぁ。」

 

 茜が正直に暴露する。伊隅は「そうだと思った」とだけ返す。

 

「それであの子たちが大尉が教えている訓練兵ですか?」

 

 速瀬が食事をしている4人を見ながら訪ねる。

 

「あぁ、その通りだ。しかし、深く関与はするな。副司令からも、お前たちとの接触に関しては許可を受けていないからな。」

 

 伊隅の注意を受け、3人は「分かりました」と反省しながら返事をする。

 

「お前たちは彼女らの従順さを少しは見習ってほしいものだ。」

 

 3人に更なる追い打ちがかけられ、言う言葉なしといったところである。伊隅が「お前たちはもう帰れ」と言おうとしたが、そういう前に声をかけられる。

 

「伊隅大尉。分隊、食事を完了しました。」

 

 伊隅はビクッとなりながら振り返る。そこにはナツノが立っており、残る3人が少し離れた所へ立っていた。

 

「そ、そうか。もっとゆっくり食べてもよかったんだぞ。」

 

「食事は迅速に摂るよう、指示を受けていましたので……。申し訳ありません。」

 

 ナツノがしょぼんとしたように伊隅に軽く頭を下げる。

 

「大尉、あんまり訓練兵を泣かせちゃだめですよ。」

 

 茜が伊隅にそう助言するも、伊隅は「分かってる!」と少し怒り気味で返し、ナツノに姿勢を戻すよう指示する。

 

「伊隅大尉、この方たちは?」

 

 ホムラが3人を見ながら伊隅に尋ねる。本来であれば接触は禁止なのだが、ここに至っては自然にこの場を乗り切るしかないと伊隅は考えた。

 

「私が所属する部隊の部下たちだ。左から速瀬、茜、晴子だ。階級については省略させてもらうが、先輩衛士と言ったところだ。」

 

 紹介された3人が「よろしくねー」と挨拶をし、伊隅に「まじめにやらんか」と怒られる。4人も「よろしくお願いします」と挨拶をする。その時、伊隅にはシノがもじもじしているのが目に入った。

 

「どうしたシノ。具合でも悪いのか。」

 

 シノが少し顔を赤らめながら「ト、トイレに行きたいです……。」と言う。それまで無表情であった4人の無表情な様子からは想像できない変わりように一瞬伊隅は呆けてしまう。が、すぐに意識を戻し食堂傍のトイレへシノを連れて行こうとするが、他の3人もこの際に行くよう指示をした。

 そしてA-01の3人にはもう帰るように促し、伊隅はなんとかこの場を乗り切った。ふぅと息を漏らす。

 

「大変ね。」

 

 伊隅は耳元で聞こえた声に驚く。そこに立っていたのは夕呼であった。

 

「副司令!驚かさないでください……。というか見ていらっしゃったんですか!」

 

「いやねぇ。私だってあなたが教官している姿を目に焼き付けておきたかったのよぉ。」

 

 伊隅は「副司令っ!」と顔を赤らめる。夕呼は「ごめん、ごめん」と言いながら手を振り「じゃ、引き続き頑張って~」といいながら伊隅に背を向けて行った。

 

(さっきのシノの様子……。やはり、状況によって感情が戻る時があるようね……。)

 

 夕呼はType3がどのようなものなのか興味がわき、速瀬たちと同様に尾行をしていたのだ。4人が食事をしている時の一部始終を見ていたが、時々表情が柔らかくなっている時があったのを確認していた。

 

(これは一応、晴海にも報告しておいてあげようかしら。)

 

 夕呼は多少なりとも晴海に恩を売れるはずであると嫌な笑みを浮かべた。

 

 

 4人がトイレから戻ったのを確認した伊隅は再び施設の案内を再開する。図書館やスポーツジム、中庭、入浴施設など大方を回り終えたのは午後4時といったところだ。伊隅も基地を案内していて、改めてこの横浜基地の広さと設備の充実さを実感していた。4人も時々、驚いているとまではいかないものの、関心を持っていたようだ。

 

「施設の紹介は大体終わった。最後に宿舎へ向かい、そこで解散とする。行くぞ。」

 

 伊隅と4人は専用に用意された部屋へと向かう。替えの衣服や日用生活品などは夕呼の手配で既に部屋へと用意されており、一般の訓練兵の部屋と比べれば部屋も広く豪華であった。

 

「ここがお前たちの宿舎となる。行動制限は特にかかってはいないが、基本的に4人で行動するようにと指示が出ている。訓練の時間以外は自由にしてもらっていいが、疲労が残ることは避けるように。では、本日のミーティングのすべてを終了したので解散とする。」

 

 ナツノが「敬礼」と言うと4人は伊隅にそろって敬礼する。伊隅も敬礼を返し、部屋を後にした。向かう先は副指令室だ。2日に1回提出する活動報告とは別に毎日提出するよう言い渡された行動記録を提出するためだ。

 

 

「副司令、伊隅です。失礼します。」

 

「あら、ご苦労様。どうだったかしら?初めての教官は。」

 

「どうも何も、異例尽くしの教官ですから、とても大変です。」

 

 伊隅はそういいながら、行動記録を提出する。夕呼は「確認するわ」と言い、伊隅によって丁寧にまとめられた記録を確認していく。

 

「初日は特に問題はなかったようね。」

 

「はい、真面目過ぎるといっても過言ではないほどです。」

 

 夕呼は行動記録に大方目を通すと、再び伊隅に手渡し、「引き続きよろしくね」と言う。伊隅は「了解しました」と言い、敬礼をすると部屋を出ようとする。その時、扉が開き晴海が部屋へと入ってきた。

 

「伊隅大尉、お勤めご苦労様です。どうでしたか、彼女たちは。」

 

「はい、とても真面目で教えがいがありそうです。」

 

「そうですか。それは結構です。」

 

 簡単な会話を終えると、伊隅は部屋を後にする。晴海自身も伊隅があまり話したがっていないことはその態度からうすうす気づいてはいた。

 

(目の前で部下を殺されれば、あの態度は当然か……。)

 

 晴海は夕呼の机にサインを終えた受け取り確認書を置く。

 

「確認書です。それから、しばらくの間特別室ではなく、格納庫にいるので何かあればそちらにご連絡を。」

 

 夕呼は「分かったわ」と言い、受取書を机の中にしまう。

 

「ところで、あんた。面白い話があるんだけど。」

 

 作業に戻ろうとした晴海が再び夕呼に顔を向ける。

 

「面白い話ですか?」

 

「えぇ、面白い話。あの子たちの感情に関する私の私見よ。」

 

 晴海は夕呼の話題に関心を持ち、「聞かせてください」と言いながらソファーへと座る。

 

「今日、彼女たちの様子を見ていたのだけれど、時々、表情が柔らかくなったり、顔を赤らめたりしているのを確認できたわ。まぁ、その時以外は基本的に無表情なのだけれど。」

 

 晴海は思いもよらぬ報告に「そうですか。それで先生の私見というのは」と更に関心を持つ。

 

「おそらく、条件が整った場合にのみあんたがプログラムした感情が出ていると考えられるのよ。それも極端に条件が整ったときのみね。例えば、食事中に何かを食べたときとか、トイレへ行きたいというときとか、そういう条件。」

 

 夕呼の私見を聞いた晴海は自身のプログラムの大きな問題点に気付いた。

 

「条件付けが不足していたということですか……。」

 

 結局のところ、どれだけ優秀な機械であったとしても大雑把な命令では正常に動くことはできなかったのだ。より詳細な条件設定をしなければ、感情をプログラムしたとしても機能しない。つまるところ、この場面はこの感情などとすべて設定しなければならないということを意味していた。

 

(そんなことできるわけがない……。この手はリスクが高いからあまり使いたくなかったのに……。)

 

「貴重な私見ありがとうございます。早速、彼女たちのプログラムの書き換えを行います。」

 

 晴海はそういうと立ち上がる。

 

「書きかえって何するのよ。」

 

 夕呼が晴海の発言に対し問いかける。

 

「感情のプラグインの書き換えですよ。別に体を切り開くとかそんなことはしません。」

 

 晴海はそういうと、急ぎ足で部屋を後にし宿舎へと向かった。

 宿舎につくとノックをして部屋の扉を開ける。4人はそれぞれ、本を読んだりベッドで横になったりしており、急な晴海の来室に驚いて立ち上がる。

 

「宗谷司令!」

 

 ナツノが敬礼をする。晴海は「楽にしていい。」と言いながらベッドに座らせる。

 

「今から全員ベッドで横になり目を閉じなさい。」

 

 4人は言われた通りに行動する。全員が目を閉じたのを確認した晴海はプログラムの追加を行った。追加したプログラムは、機械学習機能である。現在のプログラムに不足する部分があれば、随時学習し更新する。そうして、更新された最新のプラグインを月に一度の身体検査で確認し、全員に共有させ情報を増やしてプラグインの完成を目指すのだ。

 

(余計になることを学習してしまう可能性もあるから避けていたけど……。いちいち条件付けを行っていてはきりがない。今後の糧になるかもしれないし、ここは妥協……。)

 

「もう目を開けていい。各自、体に異常はないか。」

 

 4人はそれぞれ「問題ありません」と返す。晴海は新たな指示を出す。

 

「お前たちはもっと表情を豊かにしてほしい。今後はよりそういった感情をコントロールするすべも得ていってほしい。」

 

 4人は「了解しました」と返事をする。晴海は「よろしい。引き続き訓練に励みたまえ」と言うと、部屋を後にする。

 

 帝国軍より提示された実戦試験日は10月21日。今日が10月17日としてもあと4日しかない。戦術機の改造は半日で終わらせ、改造による不備を確認するために戦術機にはすぐに乗ってもらうことも考えると3日で戦術機搭乗となる。原作から考えても、異常すぎる事態だ。

 

(4日で衛士教育とか、普通なら不可能だしそんなのもうただの民間人乗せてるようなものだけど!)

 

 しかし、ここで結果を裏切るような真似をされては全てが無駄になってしまう。晴海は4人の頑張りに期待するしかなかった。事前に記憶による衛士としての素質操作は行ったものの、最終的には4人次第だ。

 

(衛士の記憶(データ)が思いのほか多く残っていたのは不幸中の幸いか……。)

 

 晴海はそんなことを考えながら、作業を再開するため急ぎ足で格納庫へと向かった。

 




 年末の仕事の忙しさは異常。


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第19話 期待に応えてもらいます

 ー 2001年 横浜基地 特別教室 ー

 

 伊隅は座学の時間に合わせ、教室へと入る。中では既に4人が席についており、伊隅が入ると「起立!敬礼!」と言うナツノの声に合わせて敬礼で伊隅を出迎える。

 

「おはよう。楽にしてもらって構わない。」

 

 4人は席に着く。

 

「副司令からすでに諸君は衛士として必要な一般教養を修めていることは連絡を受けている。本日の講義は確認及び、応用を含めたものとなるのでそのつもりでいてほしい。それから、本日をもってお前たちは第49独立実験部隊として国連内の部隊には存在していることも連絡しておく。これは宗谷氏、及び副司令との間で決まったことだ。」

 

 伊隅の言葉に4人は「了解しました」と声をそろえる。伊隅からすればこの実験部隊番号は好きなものではなかった。日本においては4と9はそれぞれ死と苦を表す忌み数として、軍隊でも好き好んで使われるものではなかったからだ。

 

「事前連絡は以上だ。それでは講義に入る。まず、部隊編成の確認からだ。最小戦闘単位とされるのは2機1組で編成される分隊(エレメント)。次に2個分隊約4機からなる小隊(フライト)。突撃前衛、迎撃後衛などはこの小隊単位で編成されることが多い。この部隊の人数でいえばこのあたりが実戦で使われるだろう。」

 

 伊隅の講義を4人は真剣に聞き入っている。シノはノートを用意しており、伊隅の話を書き留める様子も見られるが、事前の連絡によるとノートなどは取らなくても自動的に記憶されるはずなのだが。おそらくは生前の行動が反映されているのだろうと伊隅は思った。

 

「次に陣形についてだ。それぞれ攻撃隊形、防御隊形、移動隊形。この3つに大きく分類される。攻撃隊形について、よしナツノ。3つ挙げてみろ。」

 

 指名されたナツノが「はい」と言いながら起立する。

 

「ウェッジ、ハンマーヘッド、アローヘッドなどが一般的と思われます。」

 

「よろしい。席についてくれ。」

 

 陣形に関しては全員共通の知識として埋め込まれているのを確認できた。続いてホムラに防御隊形を、アマネに移動隊形をそれぞれ質問するも、回答として間違いはなく、基礎知識に問題はないようである。

 

「では次に人類がBETAと戦うにあたり使ってきた戦術を確認していく。奴らは基本的に突撃級を先頭に……。」

 

 その後も座学で基礎知識の確認を行い続け、その後は自身の経験も踏まえた戦場での気構えなど座学の分野で教えられることはとにかく教え続けた。なぜならば座学は今日1日の午前中しか行わないからだ。

 夕呼から試験日時を伝えられた時、伊隅はあと3日で戦術機に乗るなど無理だと感じていたが、座学を行った手応えとして既に戦術機に乗る準備は整っているようであった。

 

 午前中の座学の時間は精一杯、教えられることを教え続けた。普通の人間であれば大半のことは忘れ、あまりの情報量の多さに挫折してしまうだろうが、彼女たちに時間がないことを理解している伊隅はそうするしかなかった。

 

「そろそろ時間か……。よし、座学はここまでとする。質問などがあれば時間を見つけていつでも質問してもらって構わない。別の訓練中であっても、余裕があればいつでも聞きに来ていい。」

 

 再びナツノの「起立、敬礼」と言う声に合わせて、4人が敬礼し、伊隅も敬礼で返す。アマネ、シノ、ホムラが先に部屋を出て行くが、ナツノが一人伊隅に質問をしに来た。

 

「伊隅教官。分隊長として、分隊をまとめるために何か心がけることはありますか。なんでもいいんです。」

 

「分隊をまとめるために……か?」

 

「はい、私は宗谷さんから分隊長に任命されました。今回の座学を通して、宗谷さんの期待を裏切らないためにも分隊として意識統一を図ることが重要であると感じました。」

 

 伊隅はナツノの置かれた立場がほかの4人とはまた異なることを理解し、難しい質問に対する助言を考える。

 

「そうだな。部隊のモットーを考えるというのも一つの手段ではないだろうか。」

 

「部隊のモットーですか?」

 

「あぁ、私が率いる部隊のモットーは『死力を尽くして任務にあたれ!生ある限り最善を尽くせ!決して犬死にするな!』この3つだ。別に3つじゃなくてもいい。お前たちが掲げる目標を部隊全員で共通の認識とすることで意識統一できるんじゃないか?」

 

 伊隅はうまい助言ではなかったかと言った後で思ったが、ナツノは「なるほど。教官ありがとうございます。」と言い参考にはなったようで安心する。ナツノは敬礼すると、先に部屋を出たホムラ達を追いかけていった。

 

(こうして接すると、本当に普通の人間と変わらない……。いや、彼女たちも人間だったな……。)

 

 伊隅がそんなことを考えながら部屋を出る。

 

「次はシミュレーター演習か……。用意をしなければな。」

 

 

 ナツノたちは自分の部屋へと戻り、部屋の中で簡単な軽食を済ませる。次はシミュレーター演習であるが、その時間までは1時間程度の余裕があった。

 

「みんなに話がある。」

 

 ナツノが話題を切り出す。ホムラが「新しい任務か?」とナツノに問いかけるが、ナツノは首を横に振る。

 

「宗谷さんに与えられた任務を達成し、期待に応えたい。それはみんなも理解していると思う。」

 

 ナツノの言葉にホムラやシノ、アマネもうなずく。

 

「任務を遂行するにあたり分隊として一つになるため、分隊の意識を統一していきたいと考えている。したがって分隊の合言葉を決めようと思う。モットーに近いものでもいいんだけど。」

 

「合言葉ですか。いいと思います。」

 

 シノもナツノの考えに同意する。他の2人も反対はしていないようだ。

 

「みんなで考えよう。どうするか。」

 

 4人は休み時間の間に自分たちが持つ知識から何かふさわしい合言葉がないか、互いに意見を出し合い続ける。どこでこの言葉を学んだのか、よく覚えていないような言葉も頭に浮かぶことがあった。そうやって意見を出し合っているうちに次第に一つの合言葉がまとまってくる。

 

ー 常なる忠誠を示せ 困難はすべて克服せよ 遂行できない任務はない ー

 

 結果として3つのようになってしまったが、4人の間で出し合った意見でまとまったものだ。誰も文句をつける人はいなかった。

 ナツノが皆で復唱しようと提案し、全員が呼吸を合わせる。

 

『常なる忠誠を示せ。困難はすべて克服せよ。遂行できない任務はない。』

 

 時計を見るとシミュレーター演習まであと15分と言ったところだ。

 

「よし、みんなそろそろ行こう。」

 

 ナツノの言葉に3人はそれぞれ返事を返し、晴海から与えられた強化装備を持つと4人はシミュレーター演習を行う予定の場所へと向かった。

 

 

 指定された更衣室で強化装備へと着替えた4人はシミュレーターが並ぶ部屋へと入る。そこには先に準備を終えていた伊隅が待っていた。

 

「すみません、遅くなりました。」

 

 ナツノが伊隅に話しかけて謝る。伊隅は「遅刻していないんだから問題はないぞ」と謝るナツノに気にしないように言う。

 

「全員揃ったな、それではシミュレーター演習を開始する。お前たちが搭乗する機体はF-15EとF-15Jだが、今回は全てのシミュレーターにF-15Eの設定がしてある。そのつもりでいてくれ。まずは戦術機への適応とそれぞれの適正の確認から行う。それでは各自、与えられたシミュレーターに搭乗してくれ。」

 

 4人は「了解!」と返事をし、自分が乗るシミュレーターの場所へと向かった。

 

 

 

 ー 横浜基地 格納庫 ー

 

 晴海は必要分の合金の生成を未だ続けていた。その傍ら、国連軍と帝国軍のF-15E、F-15Jのスペックなどがまとめられた資料を見ている。

 

(F-15Eは砲撃戦仕様……。F-15Jは近接戦闘仕様と考えると……。あの子たちの適正が機体に合ってくれているといいんですが……。)

 

 横浜基地には幸いそれぞれの部品は予備として余っていたこともあり、整備においてもそこまで問題とはならないだろう。ただし、到着してから装甲をはがし、新たに付け替えているような時間は確保できない。

 

(やはり合金装甲は追加する形にするしかないですね……。出力と管制ユニットを改造するだけに抑えれば、時間も確保できるでしょう……。)

 

 晴海は資材を運び終えた整備級(そう名付けた)を集め、機体のサイズの計測などを行わせ始める。

 晴海は装甲を戦術機に着せるというイメージのもとそれらの作業を行わせていた。この合金の特徴である軽量さを活かそうと考えるとともに日本人であれば印象深い甲冑のように装甲を装着させることで重点防御と見た目的なインパクトを与えることができると思ったからだ。

 

(甲冑は意外と動きやすさには気を配られている設計だし、戦術機に合わせて多少なりとも改良を加えればそこそこのものにはなるでしょう……。それでもやはり、重さは増えますね……。)

 

 この特殊合金の性能を完全に活かしきるためにも、当日はあえて攻撃を受けてもらう場面を作ろうとしていた。それを保証できるだけの厚みを計算しながら最良のバランスを目指したが、やはりサイズがサイズだけに重量化は起きてしまったのだ。

 

(機体の大幅な改善を行ってはこの合金の性能ではなく機体の性能に注目が集まってしまう……。それは本題とするところではないから、やっぱり出力を改造することにしましょう。)

 

 晴海は3機目の装甲を作成し終えたタイミングで、一度作業を止め、甲冑の制作作業に入る。着用のしやすさ、そして頑丈性を担保するためにも様々な工夫が凝らされることになるが、正直に言えば装甲をはがして替えた方がよいのは確かだ。

 

(上半身の防御は完璧ですが、やはり下半身の防御は薄くなってしまいますね……。しかし、それはそこまで問題にはならないでしょう。)

 

 晴海は甲冑の制作場所とは別の方で作成している追加装甲や専用の長刀を見る。その性能に晴海は大いに可能性を感じていた。そのほとんどを合金で作成されているそれらの専用装備は誰もの目を見張るはずだと確信しているのだ。

 

(作業のペースを早めましょう……。)

 

 作業級に今のペースよりも早めるように指示を出す。出力の改造に関しても、ユニット改造に関しても同様だ。現場はさながら出撃前の格納庫のようであった。

 

 

 ー 横浜基地内 ー

 

 伊隅は4人の技量を見て驚きを隠せなかった。BETAに対する連携や的確な対応は歴戦の衛士にも劣らぬ、今日初めて操縦する者とは思えない動きだ。

 

(ナツノの指揮にも問題はない……。むしろ場慣れしている風格さえあるな……。)

 

 質問に来たナツノは分隊長である自分に不安を感じていたようだったが、戦術機に乗るとその時の様子とは全く違い、分隊長として分隊を引っ張ることができている。周りもしっかり指示に従えていた。

 

(ホムラは前衛……。切り込みに向いているな。ナツノが後方からの支援向きと考えると相性はよし……。アマネの射撃術は超がついてもいいほどの腕前だ……。シノがその環境を整えているのもあるのだろうが、シノの機動打撃も相手の動きをよく見ている……。)

 

 伊隅は個人としてもチームとしても非常にバランスの取れた良いチームと言う感想しかなかった。これで本当に教えることがあるのだろうかと疑ってしまう。

 初日のシミュレーター演習は1機の脱落も、そして被害も受けることなく完璧な結果で終わった。

 伊隅は4人に各自シャワー等を浴び、その後解散してよいという指示を出し、一足早く副指令室へと向かう。

 

「副司令、伊隅です。失礼します。」

 

 伊隅が部屋に入ると夕呼が霞と何かを話している最中だった。

 

「あぁ、伊隅。悪いわね少し待って頂戴。」

 

 伊隅は「了解しました」と言い、扉の傍で立って待つことにした。

 しばらくして、夕呼が「いいわよ」と言い、伊隅は報告書をもって机により、提出する。そばには霞がいるままだ。

 

「副司令、本日のシミュレーター演習に関して、報告書の通りです。私が教えるまでもなく、完璧な戦闘に見えましたが……。本当に教えることなどあるのでしょうか……。」

 

 伊隅の質問に夕呼が「伊隅、彼女たちにはまだ欠点があるのは間違いないのよ」と言うが、伊隅は納得できない様子だ。

 

「明日、A-01から数人……。そうね。この前の3人を罰則として、シミュレーター演習に付き合わせなさい。貴方も参加して4対4のマッチよ。晴海にも私から許可を受けておくわ。」

 

「明日ですか!?」

 

「そう明日。」

 

 伊隅が「しかし…」と言う前に夕呼が口をはさむ。

 

「伊隅、彼女たちには時間がないの。考えられる可能性はどんどん消していかないと問題を背負ったまま実戦試験に挑む羽目になるわよ。やれるときにやっておきなさい。」

 

 伊隅は夕呼の言葉に「了解しました」と返事を返し、活動記録を受け取ると部屋を後にした。4人には時間がないことを理解し、それ相応に訓練を行っていたつもりだったが、完璧さに目を奪われていたのかもしれない、と伊隅は自省した。

 

 夕呼は内線を使い、格納庫にいると思われる晴海に電話をかける。

 

「もしもし、宗谷ですが。」

 

「晴海、悪いわね作業中に。」

 

「いえ、問題ないですよ。何か御用ですか。」

 

 晴海の奥からは金属をたたいているような音が絶え間なく鳴り響いている。

 

「明日、あんたの部隊と私のA-01から選抜したメンバーで模擬戦を行いたいと思うんだけど。」

 

「模擬戦ですか、随分早いですね……。あ、ちょっと待ってください……。そこー、それはそっちにもっていってー。」

 

 晴海は大きな声で指示を出しているのが電話越しにでも確認できた。

 

「とっても忙しいみたいね。」

 

「それはもう。間に合わせなければ私の首も飛びますから。物理的に。」

 

 笑えないジョークに夕呼は苦笑いしてしまう。

 

「模擬戦の件了解しました。私も観戦しに伺いますので、時間は何時になるでしょうか?」

 

「午前10時開始予定。終わる時間は未定とだけ言っておくわね。」

 

「明日は陽炎の搬入もあると聞いていますが……。搬入される時間は伝えられていますか?」

 

「午前9時には搬入作業が行われるから、それが終わってからちょうど位だと思うわよ。」

 

「了解です。では明日。よろしくお願いします。」

 

 晴海はそういうと夕呼が「こちらこそ」と返事を返す前に電話を切ってしまう。考えている以上に忙しいのだろうと夕呼は思った。晴海も明日の観戦に時間を確保しようと、作業のペースを上げ、明日行う予定だった分をさらに繰り上げてどんどん行うことにした。明日の観戦が楽しみで仕方なかったのだ。

 

 

 

 そして、翌日……。

 

 

 格納庫では陽炎の搬入作業が行われている。甲冑や他の専用装備は空いている3番格納庫へ移送済みだ。

 

「戦術機の供与に感謝します。受け取り確認しました。」

 

 晴海がそういいながら、搬入作業の代表者にサインした受取書を渡す。

 

(こうやって実際に並べてみると、若干デザインも違うんだなぁ……。)

 

 青色のF-15Eと黒に近い色のF-15Jは機体のカラーも相まってそれぞれが別の雰囲気を醸し出している。

 搬入作業を終えた帝国軍関係者が全員撤収したのを確認すると、晴海は再び3番格納庫から作業級を呼び寄せ、ついでに専用装備も再度移送させる。

 

「私は部隊の観戦に向かうので、警備を厳重にしながらも作業は継続してください。陽炎の機体計測も開始してください。」

 

 晴海は護衛の1体を代表者としてその場に残し、もう1体をつれてシミュレーター演習を観戦するために部屋へと向かった。

 

 シミュレーターはまだ始まる前のようで、強化装備を着た4人が晴海の姿を見かけると駆け寄ってくる。

 

「宗谷司令に敬礼!」

 

 4人がナツノの声と共に敬礼する。晴海も形だけ敬礼を返す。

 

「今日は私も観戦させてもらいます。君たちの活躍……。とまではいきませんが、奮戦を期待します。」

 

 4人は「了解!」と返事を返す。晴海は4人の雰囲気が以前よりもまとまったように感じた。

 

「それから、君たちの部隊。第49独立実験部隊の部隊呼称を『アンタレス』とする。今まで部隊呼称がないのもおかしかったので、そのように。」

 

 ナツノたち4人は新たな部隊呼称が気に入ったようだ。晴海が「それじゃ、頑張ってください」と言いその場を後にする。

 

「搬入作業は無事終わったのかしら?」

 

 観戦室には夕呼が座っており、その隣には霞の姿もあった。

 

「霞ちゃん。お久しぶりです。」

 

「……。お久しぶりです。」

 

 霞が挨拶を返してくれたことに晴海は感激といったところだ。

 

「搬入作業は何事もなく終わりました。明日の初搭乗には間に合いそうです。」

 

「そう、それはなによりね。さぁ、そろそろ始まるわよ。」

 

 観戦室からは両チームの展開している場所や各戦術機の動き方を知ることができる。今回のフィールドは対人戦と言うこともあり、壊れた都市のようだ。

 晴海はカメラに映る4人の強化装備の姿を見て、中々の似合いようだと思う。

 

『それでは、対人戦想定シミュレーター演習を開始します。勝利条件は敵部隊の全滅及び、制限時間内に生き残りが多いチームとなります。それでは開始します。』

 

 開始の合図をしたCPの声はおそらく涼宮遥中尉であろう。

 

「さぁ、始まったわよ。あんたの部隊は……。様子見と言うところね。」

 

 49部隊の面子はアマネが街の開けている場所を狙撃できるポジションにシノと共に展開する。ナツノとホムラはそこから一歩先の建物に身をひそめる。対してA-01の面子は積極的に前に動いてきているようだ。

 

「発見次第、アマネが射撃……。シノはアマネの護衛。アマネの射撃に応じてナツノとホムラで遊撃っていうとこですかね。」

 

 使用機体が49部隊はF-15E、A-01は不知火と言うこともあり、ナツノは性能差も考慮し遊撃に切り替えたのだろう。A-01の部隊が次第にアマネの射程に迫り、アマネは先頭の不知火をとらえる。かなりの長距離ではあるのだが、アマネは引き金を引く。機関砲弾は間違いなく先頭の不知火をとらえたが、相手は追加装甲を斜めに構えて傾斜をかけその弾丸をはじく。そして、そのスピードを緩めることなく突貫してくる。後ろの3機は乱れなく先頭の不知火に続く。

 

「正面からそのまま、来るんですか。しかも、今の射程からの弾丸を防ぐなんて。」

 

「あんなに狙いやすい道路ならA-01の面子でもあそこに陣取るでしょうね。前もって予測していたのね。」

 

 先頭の不知火が弾丸をはじきながら開けた場所へ迫る。アマネも絶え間なく射撃を続け全て当て続けているが、傾斜をとられてはその効果も満足ではない。その時、2機目の不知火がアマネのいる場所に向けて砲弾を発射する。その弾丸をシノが追加装甲で防ぐが、砲弾は追加装甲で爆発すると煙幕が発生する。

 アマネとシノは煙幕によって視界を完全にふさがれてしまう。接近させまいとナツノとホムラが隠れていた場所から身を出し、射撃を開始する。広間のギリギリで止まった不知火に射撃を集中するが、ナツノとホムラの位置からは先頭の不知火のみしか視認できておらず、射撃はその1か所に集中する。

 戦術マップを見ている晴海は49部隊がいいように振り回されている様子が分かる。

 

「先頭の不知火に続いていた3機は既に側面に展開し回りこもうとしているのに、49部隊の面子はそれに気づいてすらいない……。アマネとシノに至っては、煙幕から逃れて後方に下がってしまっているから、ナツノとホムラは完全に孤立状態。実質2対4、しかも敵の場所は不明と……。」

 

 晴海は対人戦のドクトリンが衛士の記憶からでは十分でなかったことを実感する。A-01の面子は対人戦、対BETA戦においても記憶を持っている分、原作以上に洗練されていることが予想される。

 しかし、それ以上に不測の事態が発生した際のリカバリーが遅いことも問題点のように晴海は感じていた。49部隊は事前に予測される事態に対し機械的に対処を行っているように感じられ、予測不能の事態に直面した時混乱してしまっているのだ。

 

 結果としてその後の試合はあっという間にかたがついてしまった。隠れていた二人のあぶり出しに成功したA-01の面子は目標に対し的確に迂回攻撃を仕掛けることができ、ナツノとホムラが同じ道の建物に陣取っていたこともあり、側面からの射撃で同時に二人は撃墜判定を受けてしまう。二人が撃墜判定を受けたこと、そして指揮をとっていたナツノを失ったこともあり、シノとアマネはどうしていいかわからず動けずにいたところに急襲を受け、応戦はしたものの人数差を活かされ撃墜判定を受けてしまった。49部隊の完全な敗北である。

 

「実戦試験の前に欠点に気付けて良かったです。このまま実戦試験に出して、不測の事態に見舞われていたらどうなっていたことか。」

 

「3日で即席の衛士を作るなんて言うのは無理な話よ。対BETA戦においては優秀な結果を残しているから、実戦試験で問題はないでしょう。とはいえ、BETAのあんたが対人戦を軽視しているとは思わなかったわ。」

 

 夕呼が勝ち誇った表情をしているのを見て晴海は特に言い返す言葉もなかった。実戦試験にのみ重点を置いていたことで対人戦に関してはその能力を軽んじていたのは事実であったが、対人戦に関する能力はBETA戦においても通じるものがあることが今回の演習で実感するに至ったのだ。

 

 演習を終えた4人がA-01の面子とあれこれ話している様子が見えた。おそらくはどうやって倒されたのか、どういう作戦だったのか、と質問攻めにしているのだろう。

 晴海が観戦室から出て、話し込んでいる4人の近くに行く。晴海の雰囲気を感じたナツノが「分隊集合!」と声をかけ、晴海の前に並ぶ。

 

「演習お疲れさまでした。完全な敗北でしたね。」

 

 晴海の力が入った声が4人をビクッとさせる。

 

「実戦試験まであと今日を含め実質的にあと2日。それまでに自分たちで反省点を洗い出し、本番に同じような結果を招かないように。今日の結果を決して軽んじてはならない。」

 

 4人は「了解」と若干震える声でいう。おそらく、晴海に叱られるとか絶望されると思っていたのかもしれない。晴海はそれだけ言うと、後は何も言わずに再び格納庫への帰路へ就く。

 

 晴海は正直に言えば49部隊にはもっとポテンシャルがあるはずだと思っていたのだが、今回の結果を見て過剰に評価しすぎていたのかと考えたが、彼女たちに本当の性能を出すためには機体がやはり悪いという結果になった。既存の機体は常人用であり、4人のような超人用ではない。

 

(彼女たちの性能は……。こんなものではない……。こんなものでは……。)

 

 晴海は4人への期待が暴走していた。それこそマッドサイエンティストのように4人を実験動物のようにしか見れなくなってきていた。実戦試験まであと2日。晴海はこうなったらとことんやるまでだと、機体の管制ユニットへの改造を強化することにした。多少の無理をさせても、機体の性能をフルに発揮させることができればよいと。

 

 

 

 




書き溜め分の開放が終わったので仕事が終わり次第続き書いていきます。


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第20話 初披露です

 ー 2001年 横浜基地内 ー

 

 A-01との対人戦演習を終えた49部隊の面子は、晴海が去った後も部隊内の空気は重いままだった。晴海の期待にこたえなければならないという使命感を持っている4人にとって、今回の演習は晴海の期待を裏切ってしまったように感じているのだ。

 

「そんなに落ち込むな。まだ訓練を始めて2日なんだ。戦術機を操作できるだけでもすごいことだ。」

 

 伊隅が落ち込む4人を見て励まそうと声をかける。ナツノは「教官……。しかし……。」と、励まされていることを理解しつつも落ち込んでいるようだ。

 

「大尉の言う通り。それに機体の性能差だってあったわ。私たちも少し大人気なかったわ。」

 

 速瀬が伊隅に便乗して4人を励ましに入る。伊隅は「落ち込んでいる時間はないぞ。早速、反省会をしよう」と言い、その場の空気を入れ替えようとする。伊隅の指示に4人は「了解」と返事を返す。

 

 強化装備を脱ぎ、シャワー室でシャワーを浴びて制服へと着替えた後、伊隅の指示のもとミーティングルームへと向かう。

 

 ミーティングルームでは先ほどの戦闘の様子を記録した戦術マップでどのような動きをしていたのか、どのような手の打ちようがあったのか。知識が足りていない49部隊の面子に速瀬や伊隅、晴子、茜が様々な手段を教えていく。

 

「しかし、対人戦であろうと対BETA戦であろうと、不測の事態はいつでも起きる。その時に、その状況を迅速にかつ、正確に分析し、その場で最善の行動が行えるように心がけておかなければならない。」

 

 伊隅がホワイトボードの前に立ち、4人に対しそう話す。

 

「先ほどの戦闘では、予想していなかった事態が発生したために、ナツノも指示を出すのが遅れ、待ちきれなかったホムラが射撃を開始。シノとアマネは持ち場を離れ後退してしまった。各自で判断するなとは言わないが、統率が完全に取れなくなってしまっているのは分かるな?」

 

 分隊長であるナツノを含め、4人は伊隅が指す戦術マップを見ながら「はい」と言う。

 

「まだ部隊として活動を始めて2日目だ。互いに技量を理解しあえていないことで、作戦をどう立てるのか、部隊内で作戦を話し合ったりしたこともほとんどないだろう。」

 

 4人は伊隅の話を受け、確かにそうだと思った。記憶では様々な戦術を覚えてはいるが、その戦術を部隊でどのように運用するのか、そういった事は話しておらず、互いに理解しているつもりになっていたのかもしれないと。

 

「お前たちの戦術機の操作技術は一流と言ってもいい。後は部隊の連携の強化だ。残りの1日は互いに話す時間として使っても問題はないだろう。シミュレーターに関しても、明日は午前中のみになるが、一応貸し切っておいた。必要であれば好きに使うといい。」

 

 ナツノは「教官、ありがとうございます」と伊隅に感謝する。4人も自分たちが抱えている課題を理解できた。伊隅が「本日の訓練は以上で終了とする。解散」と言うとA-01の面子は4人に「頑張れよ~」と言いながら部屋を後にした。伊隅も「何かあればいつでも質問は受け付けるぞ」と言いながら部屋を出る。

 

「私たちも宿舎に戻ろう。教官や先輩から教えてもらったことを皆で確認して、互いのことを理解することから始めなきゃいけないし、時間はないよ。」

 

 ナツノがそういいながら席を立ち、未だ落ち込んでいる様子の3人に行動を促す。ナツノの様子に3人も意識を変えようと、席を立ちあがり宿舎へと向かった。

 

 

 ー 横浜基地 格納庫 ー

 

 4人が行動を開始したころ、晴海は運び込まれた陽炎の採寸を終えた整備級からデータを預かり、甲冑の制作に取り掛かっているところだった。

 

(近接戦闘となると、甲冑の防御性能は若干高める必要がありますね……。)

 

 甲冑の制作に取り掛かっている整備級に装甲の厚みを増やすように指示すると、すぐに増加する重量がデータとして送られる。晴海はそれをもとに出力の強化を行う。

 

(ブラックボックスが多いですね……。作り変えた方が早いのでしょうが……。致し方ないですね。)

 

 可能な限り出力を強化しようと試みるものの、近接戦闘型の甲冑を着せる陽炎の出力は従来よりも落ちてしまう。晴海は出力が落ちてしまうのであれば、別の部位の改造を行い攻撃と防御能力を高めようと考え、主脚の部分に脛あてのような装備を追加することにした。もちろん、特殊合金製である。

 

「手の空いているものはこの装備の制作に取り掛かってください。私は管制ユニットの改造に取り掛かります。」

 

 晴海の指示に従い、整備級が慌ただしく動き出す。合金の予備の量を考えると、帝国、国連双方への提供分を除いても余裕が出る計算だ。晴海は作業に取り掛かったのを確認すると、管制ユニットへ向かう。一機の改造を行ってしまえば、残りは整備級に任せても問題はない。

 

(まずは……。彼女たちの思考を戦術機と同期させなければいけないから……。)

 

 普通の戦術機にもOSは搭載されているが、晴海が想定するのはType3自体がOSとして機能することが可能な戦術機であった。この装甲の性能を発揮するためには4人の脳が持つ演算機能を駆使する必要があったからだ。そのためには管制ユニットの根本的な改良が必要となる。

 

(Type3の動きについていけるように機体強度も見直さなければ……。必要な部分には強化素材使わざるを得ませんね。)

 

 晴海は管制ユニットを改造しながら同時に機体の改造後のデータを表示し、無理をして動いても多少のことでは壊れない強度を計算する。関節部分や配線系統に至るまで、一から確認していった。その問題となる箇所の多さは予想以上だった。

 

(白銀があそこまで激しく動いて壊れない戦術機って……。いや、故障自体は多かったのか……?)

 

 晴海はそんなことを思いながらも素早く手を動かしていく。明日の初搭乗まであと1日を切っていた。装備の制作は徐々に終わりつつあるものの、手が空いた整備級を順次作業に割り当てていったとしてもギリギリと言ったところだ。

 

 

 そして、翌日……。

 

 

 早朝、副指令室の電話が鳴る。夕呼は明日の実戦試験にむけて帝国側との最終確認を行っていた。電話を取ると、金属の音が響いてくる。

 

「おはようございます。香月先生。」

 

「朝からその金属音は気持ちのいいものではないわね。」

 

「これは失礼しました。機体の改修作業は予定通り午後には終了するので、その際に4人をこちらに連れてきてもらえませんか。」

 

「伊隅に連絡しておくわ。それから、帝国側からの要望で実戦試験にお客様を呼びたいとのことよ。」

 

 晴海は「お客様ですか。」と言い首をかしげる。

 

「どこからか情報が漏れたみたいよ。斯衛の関係者にね。」

 

 晴海は「あぁ、なるほど」とだけ返す。大方、鎧衣課長が情報を伝えたのだろうと考えた。技術廠が斯衛と関係が深いことも予想できたのだが、帝国軍と斯衛軍の関係を考えれば、そこまで深い仲ではないだろうと思ったからだ。

 

「かまいませんよ。交流先が増えるのは嬉しいですから。それでは、まだ作業が残っていますので、この辺で。」

 

 晴海はそういいながら電話を切る。夕呼はすぐに伊隅へと連絡を入れることにした。

 

 

 

「という訳で、本日の予定は当初と変わらず、午前はフリー、午後はお前たちの初搭乗を兼ねた試験運転となる。各自、準備を怠らないように。」

 

 伊隅が朝のミーティングで連絡を行う。4人には昨日の落ち込んだ雰囲気はもう残っておらず、今日の搭乗訓練を楽しみにしているように見えた。

 4人は伊隅の連絡に「了解しました」と返事をする。

 

「連絡は以上だ。ではミーティングを終了する。解散。」

 

 4人はいつものように起立して敬礼をする。そして、部屋を後にしようとしたが、伊隅が「ナツミ」と呼び止める。

 

「どうだ?部隊の様子は。私が見る限りでは…何とか問題解決には向かえているようだが?」

 

「はい、教官や先輩の助言を参考にしながら、部隊内でも十分に話をすることができました。雰囲気も良くなっています。本当にありがとうございます。」

 

 ナツミはそういいながら伊隅に頭を下げる。

 

「お前たちが考えて行動した結果だ。だが、今日の訓練でも気は抜くな。」

 

 ナツミは「了解」と言い敬礼する。伊隅は「呼び止めてすまなかった」と言い、部屋を後にする。伊隅にとっても異例とは言え、初の教え子である4人のことは心配していたのだ。

 

(教官というのも、中々大変だな……。いや、あまりにも優しすぎたか……?)

 

 自分が訓練兵時代にしごかれたことを思い出し、そんなことを思った伊隅だったがわずか数日にしてはよくできたと自分をほめることにした。

 

 

「ナツノ、早速シミュレーター室に行くの?」

 

 ホムラがナツノの後を歩きながらそう尋ねる。

 

「午前の早いうちに昨日話しあった戦術とか、互いの特徴とか、そういうのは確認しておきたいの。休む時間を確保しておかないといけないから。」

 

「確かに、戦術機に乗る前には休んでおきたい。」

 

 アマネがそういいナツノの考えに同意する。ホムラも「了解」といいながら、4人はシミュレーター室へと向かった。

 

 一方そのころ、晴海は改造し終えた機体のメンテナンス作業へと取り掛かっていた。先に搬入されていたF-15Eの改修は全て終わっており、終わった順に1番機、2番機としていくことにした。1番機は全ての作業を終え、搭乗訓練を待つのみだ。

 

(問題は、陽炎ですが……。何とか間に合ってくれてよかった。)

 

 3番機は配線の確認を行うのみで、4番機も跳躍ユニットの最終調整を行っているところであった。搭乗訓練まであと2時間ほどあり、メンテナンス作業も含め丁度終わるというところだろう。

 

(兵装の確認もよし……。後は香月先生と運搬物の確認と運搬方法などの打ち合わせを残すのみですか。)

 

 3日間眠らずに作業を続け、出来上がった戦術機を改めて見上げる。見た目は変わらずとも、専用の装備を付ければ現在のあらゆる戦術機を含め最高水準か、それ以上の防御性能を発揮するだろう。晴海は実戦試験で驚く巌谷中佐や夕呼の顔を早く拝みたいと興奮気味であった。その時、格納庫内の電話が鳴る。晴海は電話の鳴る音で想像の世界から強制的に現実世界へと戻された。

 

「作業の進捗はどうかしら?」

 

夕呼の声が聞こえてくる。しかし、いる場所は副指令室ではないようで、少し声がこもっていた。

 

「予定通りですよ。今どこにいるんですか。」

 

「シミュレーター室。あんたの部隊の様子を見てるわけ。昨日の演習から1日しかたってないのに、すごい変わりようよ。部隊として一つになってきたっていう感じかしら。」

 

 夕呼が観戦室から4人の様子を見てそう話す。以前も戦績はよかったのだが、全員が個人技で戦果を挙げていたという印象であった。今となってはナツノを中心に、互いの弱点を補う様に展開し、BETAを掃討し、より大きな戦績を挙げている。処理速度も上がっているようだ。

 

「それはよかったです。明日の実戦試験が楽しみですね。いい結果を出してくればいいのですが。」

 

「えぇ。そうね。」

 

 夕呼は言葉ではそういっても訓練4日の衛士を実戦試験に、それも元々は民間人であったはずの彼女たちを実験道具としてしか見ていないような晴海の価値観には同意できていない。

 

「ところで、本題はなんですか?ただ、4人の報告をしたかったのではないのでしょう。」

 

「えぇ、あんたにとっては喜ぶべきことなのか、悲しむべきことなのか分からないけれど、明日の試験を斯衛が観戦しにくる話はしたわよね。」

 

 晴海は昨日の話を思い出し、「そういってましたね」とだけ返す。

 

「試験の結果次第では帝国軍がより多くの合金を入手したいそうよ。おそらくその大半は……。」

 

「斯衛が持っていくのでしょう?わざわざその話を出したのはそういう意味でしたか。」

 

 晴海は予備の合金の量を確認するが、帝国と国連にそれぞれ提供する分でほぼ使い切ってしまうほどしか残っていない。

 

「残念ですが、急な要請はお受けできません。必要であれば、また別の機会に交渉するようお伝えください。」

 

 夕呼は「それが普通よね」と晴海の答えを大体は予想していたようだ。

 

「あいつら、国連に戦術機を提供したんだから国連が入手する合金の半分をよこせなんて言ってくるのよ?たまったもんじゃないわ。」

 

 あいつらとはおそらくは斯衛、または斯衛の息がかかった帝国軍士官を指しているのだろう。晴海は「人間同士の問題は人間同士で解決してください」とだけ夕呼に念を押す。夕呼は「分かってるわよ。一応あんたの返事を聞いておきたかっただけ」と言うと、電話を切った。

 

(国連を仲介しなきゃ取引できないんだから、手数料として合金持っていかれても帝国軍側は文句なんて言えないよね……。)

 

 晴海はそんなことを思いながら、苦労しているであろう夕呼に「頑張ってください」と心の中で静かなエールを送った。

 

 

 そうして、各々が搭乗訓練に、明日の実戦試験に向けて準備を進めた。

 

 

 午後1時、伊隅は夕呼から連絡を受け、49部隊の面子を連れて滑走路沿いの2番格納庫へ向かう。格納庫の前には既に晴海とその護衛が立っていた。

 

「49部隊を連れてきました。」

 

 伊隅が晴海に敬礼をする。晴海は「ありがとうございます。」と敬礼で返す。

 

「あとはこちらでやりますので、伊隅大尉はもう結構です。訓練をしていただきありがとうございます。」

 

 伊隅は「了解しました」と晴海に返し、4人に向けて「頑張るんだぞ」と一言いうと、その場を後にした。4人は改めて晴海に向かい整列して、敬礼をする。

 

「早速、君たちが乗る戦術機を見よう。さぁ、格納庫の中へ。」

 

 4人は晴海に続いて格納庫の中へと入る。中には装甲が増加した影響でシミュレーターで見たF-15Eよりも大きく見える陽炎とF-15Eが並んでいる。塗装も変更され、肩の部分には部隊章も描かれていた。

 

「あの部隊章は私からの期待を込めたものです。始まりの部隊ですから、特別です。」

 

 部隊の呼称であるアンタレスを表すようにサソリが描かれ、そばには彼岸花があしらわれている。普通の兵士からしたら彼岸花を飾るのは気が引けるだろう。しかし、4人にとっては晴海がデザインしてくれたものは全てが素晴らしいものに見えた。

 

「君たちがシミュレーターで乗った戦術機とは機動性の面では同じですが、攻撃と防御面、そして管制ユニットが大きく変わっています。まずは、そこから説明をしていきましょう。」

 

 晴海は護衛に指示をし、ホワイトボードと椅子を持ってこさせる。そこに用意した説明用の資料を張り、用意した椅子に4人を座らせる。

 

「それでは早速説明していこう、まずはこの機体の呼称から。今回の説明の中ではF-15ⅡAとする。次に機体説明だ。この機体は重要区画に及び、上半身を中心として特殊合金を使った装甲を用いた増加装甲装備が装着されている。増加装甲に関しては……。」

 

 晴海が資料を指しながら4人に詳細な情報を伝えていく。その説明には増加装甲による対光線級防御可能時間や、限界値なども含まれている。4人は晴海が話すことを、一言一句忘れずにしっかりと聞き取っていく。

 

「今回は試験的にシノが操作するF-15ⅡAに特殊合金を用いた92式多目的追加装甲を装備してもらう。ホムラには同様に74式長刀だ。その強度、切れ味はともにお墨付きだ。安心して使ってほしい。他の2人の装備はナツノが87式突撃砲、アマネが87式支援突撃砲をメインとして装備させておく。もちろん、各自の判断で必要な装備がある時は、私に伝えてくれればすぐに準備させよう。」

 

 4人は「了解しました」と返事をする。

 

「さて、ここからが本題となる。しっかりと覚えておいてほしい……。」

 

 晴海はより一層真剣な顔になる。この特殊合金が持つ性能と4人の関係について話すためだ。これが明日の実戦試験においてはメインとなるからだ。4人も晴海の雰囲気の変化に気付き、更に注意深く聞く姿勢になった。

 

 

 

夕呼と伊隅は格納庫の外にて、49部隊の初搭乗訓練を一目見ようと思い待機している。

 

「副司令、奴に無断で訓練の視察なんて……。」

 

「格納庫の中には絶対に入るなって言われたけど、外に関しては何も言われてないもの。それに搭乗訓練をするなら嫌でも人の目に入るでしょ。変わらないわよ。あんただって、教え子たちの様子を見たいでしょ?」

 

 伊隅は「それはそうですが」と言うものの、夕呼の「大丈夫よ」という一言で渋々納得することにした。しばらくすると、晴海が護衛を引き連れて外へと出てきて、夕呼たちと目が合うと近づいてくる。

 

「香月先生に伊隅大尉。丁度よかった。49部隊の搭乗訓練にぜひお呼びしたいと思っていたんです。」

 

「あらそう?それはよかったわ。私たちも視察したいと思っていたのよ。ねぇ、伊隅?」

 

 伊隅は「え、あ、はい」と急に話を振られたため若干動揺する。

 

「全員搭乗して出撃の準備を完了したところです。まもなく出てくると思いますよ。」

 

 晴海がそういってすぐに格納庫の扉が開き始める。中からは49部隊が乗っているF-15EとF-15Jが続々と出てきた。機体のカラーは緑みがかった深い青色といったところで、従来の機体よりも大型化しているようにも見て取れる。

 

「あれがあんたが言ってた増加装甲装備かしら?」

 

 夕呼は戦術機の若干肥大化した部分を見ながらそう言う。伊隅もその存在について夕呼から教えられてはいたが、夕呼と同じくその実物を見るのは初めてであったため、目を丸くする。

 

「はい、明日の実戦試験でその性能を披露してみせます。今日は機体に不調がないか。歩行、跳躍、戦闘機動など一通りを行う予定です。とはいえ、私も現地に行って見ることができないので、ここで見送るだけですが。」

 

 4人には既に訓練場所の詳細は伝えてあり、帰還次第報告を受ける形にした。基地でできる歩行動作の確認以降はそちらへ向かい、様子を見てもらうためだ。

 

「機体のエンブレムに彼岸花はちょっと不謹慎なんじゃない?」

 

 夕呼がそういうと、晴海は「49部隊ですから」とだけ返す。その意味を知っているからつけたということであろう。伊隅も晴海の趣味に思わず顔をしかめる。そうこうしている間に4人は滑走路の一部を使い歩行動作の確認を始めていた。

 

「増加装甲装備を装着しても影響はないようね。」

 

「それはもう、計算しつくしていますから。」

 

 夕呼の予想では、第一世代とまではいかないものの、機動力が目に見える形で落ちるものだと考えていた。しかし、実際には晴海の改造と素材の軽さによってそこまで影響もなく、第2、2.5世代機として必要な機動力を有していた。

 

「でもいいのかしら?基地の外に試作機を出しても。」

 

「かまいませんよ。機体自体は普通のそれと変わりません。F-15を見て新型機だと錯覚を覚える人ならいくらでも見てもらって構いませんよ。本題はあの装備ですから。」

 

 そうこう話していると、予定の歩行動作確認を終えたのか、4人は飛行態勢へと移り目的地へと飛び立つ。一糸乱れぬ陣形は歴戦の衛士が乗っているのではないかと錯覚させるほどだ。晴海たちは戦術機が問題なく飛び立っていったのを確認する。

 

「香月先生、明日の実戦試験に関する最終打ち合わせを……。」

 

「あぁ、そうね。そちらの準備もできているなら始めましょう。」

 

 2人は伊隅が49部隊を連れてくる際に使用した車両へ乗り込み、伊隅の運転のもと基地の近くまで戻り副指令室へと向かった。

 

 




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第21話 始まります

 ー 2001年 横浜基地 ー

 

 この日、横浜基地はまだ日が昇る前であるというのに普段よりも騒々しく作業員から基地内の人員に至るまで動き回っていた。実戦試験日当日である今日は戦術機の運搬から警備の兵士の用意、CPの用意などそのほとんどを国連が担当するためである。事前に連絡も行き届いているものの、本番となれば慌ただしくなるのも当然であった。

 晴海と夕呼は本日の予定の最終確認を部隊と行うため、ブリーフィングルームへと赴いた。中ではA-01と共に49部隊の面子もそろっている。

 

「それじゃ、今日の試験に関する最終確認を行うわ。事前に連絡はしてるから要点に絞っていくわよ。これが終わったらすぐに移動するから。」

 

 部屋に集まっている隊員は全員で「了解」と返事をする。

 

「本日の主役である49部隊に関しては警備の問題は気にしなくていいわ。貴方たちは晴海から与えられた任務を果たすために精一杯頑張りなさい。」

 

 ナツノを含めた4人は元気に「はい」と返事をした。いつもよりも顔色が心なしかよく見える。

 

「A-01は会場の警備、それも試験実地区域の司令部が置かれる側の最前線に配備されるわ。晴海の話ではBETAが漏れだしてこちらに攻撃してくることはないそうだけれど、念のためね。後方は帝国軍から派遣されてくる戦術機部隊が警備に入るわ。それ以外の区域は国連の戦術機部隊が対応する予定。」

 

 夕呼の話を受け、晴海が口を開く。

 

「今回の想定は49部隊の面子には事前に連絡していましたが、改めてこの場でお教えします。BETAによる地下侵攻、規模は連隊、おおよそ3000体と言ったところです。すべての種類のBETAが現れます。試験においてはこれらの目標の全殲滅、これを49部隊のみで行わせる予定です。」

 

 ブリーフィングルームが騒めく。実戦経験はなく、シミュレーターでは完璧な戦績を残しているとはいえ、連隊規模のBETAを4機、小隊で対応しこれを全殲滅するなど無理があった。光線級も要塞級も存在しているとなればなおさらである。

 

「今回試験に使うBETAは私の管理下に置かれているため、勝手に実験区域外に出たり、別目標を襲うなどと言うことはないですが、100%は保証できません。まれにエラーをはくような個体もあります。警戒は怠らないようにお願いいたします。」

 

 晴海は話が終わり、一歩後ろへ下がる。夕呼は「連絡は以上、何か質問は?」と部屋を見渡す。伊隅がすっと手を挙げる。

 

「配布された資料には書かれていなかったのですが、万が一49部隊の機体に異常が発生したり、または誰かが脱落した場合、警備としてはどのような対応をとればいいのでしょうか。」

 

 伊隅の質問に答えようと夕呼が口を開こうとしたが、晴海が「香月先生」と声をかけ、自分が答えますという意思を示す。

 

「万が一が発生した場合でも、警備は警備の仕事をしてもらって結構です。たとえ1機脱落したとしても3機残っています。最後の1機が脱落するまで試験は継続し、その間に死傷者が出たとしてもそれは事故です。」

 

「つまり、目の前で喰われていくのを黙ってみていろと?」

 

 伊隅が声を震わせながら晴海に問いかける。

 

「伊隅、49部隊は晴海の管轄なの。試験においては彼女が全権を握っているわ。」

 

 晴海は「国連に責任はいきませんよ」と口添えをしたが、伊隅も夕呼も、その場のA-01の面子も責任などと言うことは気にしていない。これだけ万全の状態で試験を行うのに、目の前で喰われていくのを見ていろと言うのか、助けられる命であることに間違いはない。

 

「それは貴方の思うような試験結果が出せなかったゆえに死んで償えということですか。」

 

 伊隅が晴海をにらみつける。教官として教えてきた部隊であるだけにA-01の隊員と同じくらい大切に思っている。

 

「いいえ、伊隅大尉。4機で連隊規模のBETAにどれだけの被害を与えられるのか。全滅せずに生存者がいたとなれば更に良い。帝国軍もこの装備を絶対に欲しがるでしょう。」

 

 帝国軍へ魅力を示すために立った4機で連隊規模を相手にさせ、これまでにない戦果を出せばよいと晴海は考えていた。そのためにどれだけの被害が出ようと、今後につながると考えた際にその損害は妥協するに至ったのだ。だが、晴海自身は49部隊が全滅するということは考えていなかった。

 

(まぁ、死ぬことはないでしょうけどね……。)

 

 晴海はそう思うほど49部隊に与えた装備の性能を評価していた。

 

「伊隅大尉。ご心配して下さることには感謝いたしますが、我々は任務をこなすために訓練を受けてきました。無様な姿をさらすことは致しません。」

 

 ナツノが立ち上がって伊隅の方を見ながらそう言う。他の3人も同じ意見を持ち、ナツノの言葉にうなずく。伊隅も彼女たちの実力は知っているが、それでも心配なのだ。ナツノ自身も49部隊も晴海の指示を受け入れているのであればこれ以上意見するのは野暮であろうと思った伊隅は「それならいい」とだけ言いその場を収める。速瀬や茜を含むほかのA-01の隊員も言いたいことはあったが、伊隅が黙って認めたのを見ると、それぞれも言いたいことをこらえた。

 

「納得していただけたようで幸いです。現地に着くまで時間もかかりますし、移動は早い方がいいですから。」

 

 晴海はそういうと夕呼へ出番を回す。夕呼は「45分後には派遣する部隊等の準備が終わるから、それまでに用意をするように」と言い、晴海と共に部屋を後にする。晴海が「49部隊はついてきなさい」と言い、ともに連れていく。

 

「あぁ、そういえば、帝国軍の一部は名古屋の復興本部から現地の様子を見るそうよ。前線で視察など正気ではないとか言って、後方で見させろって。」

 

「巌谷中佐や斯衛の観戦武官は観客席で見るというのに。安全性は確保しているとはいえ、怖いんですね。」

 

 晴海は軍の一番偉い人達が長生きする理由を目の当たりにして何とも言えない呆れた気持ちになる。

 

「ところで香月先生。現地での補給物資の確保は……。」

 

「補給コンテナは巌谷中佐が手配してくれているわ。弾薬と推進剤は帝国技術廠からの差し入れだそうよ。」

 

 国連にだけすべてを押し付けるのも気が引けたのか、それとも国連に貸しを作ることを嫌った帝国軍の行動なのか、真相は定かではないが用意してほしかったものが整ったことで晴海も安心した。連隊規模との戦闘になれば、流石に弾薬や推進剤の消費は決して少なくないからだ。

 

「そうですか、それはありがたいです。では取り決め通り、国連に提供分の合金は3番格納庫に納めておきますので、後はご自由にお願いします。残りは既にコンテナへ詰めてありますので。」

 

 夕呼は「ご丁寧に」とだけ返し、副指令室の前へとついたためそのまま晴海と別れる。晴海は49部隊を連れてそのまま特別室へと向かう。

 久々に入る特別室は晴海にとって我が家に帰ったかのような安心感を与えた。49部隊の面子にソファーへ座るように指示し、自分はデスクの椅子へと座る。

 

「さて、緊張は……。していないみたいだね。」

 

 晴海が4人を見渡しながらそう言う。4人とも今日の試験が楽しみなようであった。

 

「ようやく、司令のお役に立てるんです。楽しみという言葉が適切かは分かりませんが、興奮しています。」

 

 シノが両手を握りながらそう答える。ホムラも「私だって同じです!」とシノに負けないぐらいやる気があることをアピールする。まだ4日しかたっていないが、言葉の強弱や簡単な感情の変化ができるようになっているのを見た晴海は、各自のやる気だけでなく成長に対しても感激した。

 

「素晴らしい結果を残してくれると私は信じているよ。ところで、話は変わるが戦術機の管制ユニットに乗って違和感や体に不調が出たとかはないかな?」

 

 管制ユニットを改良し、専用の装備を追加した。と言っても簡易的なもので頭にカチューシャを付けたような見た目になのだが、この装備によって4人の脳と機体を同期させることができている。

 

「言われた通り、機体と同期することも試験してみましたが、特に異常はありませんでした。」

 

 ナツノの報告に4人とも頷いているところを見ると、これと言って大きな問題は発生していないようだと晴海は安心する。

 

「本番では常に機体と同期していることになるだろう。昨日の試験と違い戦闘状態で試験よりも何時間かは長い間その状態が続くことになる。各自、不足の事態に関して対応できるよう注意しておくこと。」

 

 4人は「了解!」と元気に返事を返す。晴海自身も今日の試験で使いつぶすには惜しいと考えるほどに4人の完成度は高いものになっていると感じていた。

 

(生きて帰ってきてほしいんだけど……。何があるかは分からないか……。)

 

「さて、君たちにご褒美と言うか、応援と言うか。頑張ってほしいという気持ちを込めて、私からこれをあげよう。」

 

 晴海はそういうと護衛に指示し、用意していた甘味を4人が座る机の上に置かせた。材料は全て合成ではなく、晴海が自ら創造して用意したものだった。

 

「私たちだけこんなものを…!」

 

 ナツノがそう言いかけたが晴海が「ほかの人には内緒」と言い勧める。アマネは甘味は好きだったのかそういわれるとすぐに手を出し、そのおいしさに顔に思わず笑みを浮かべる。他の3人もアマネの様子を見ると、各々が手に取って食べだした。

 

(といっても、食べるついでにデータを共有してもらうけどね……。)

 

 甘味には4日で集まった感情表現に関するデータを共有させる物質が含まれているのだが、味には影響しないことは確認済みである。そんなことも知らずに4人は残された時間の間、貴重な甘味を楽しんだ。

 

 

 

 ー 名古屋 実験区域仮設キャンプ ー

 

「お久しぶりです。宗谷さん。と言っても一週間もたっていないですが。」

 

 試験の最終調整を行っていた晴海のもとへ巌谷中佐がやってきた。その顔は以前会ったときよりも若干やせているように見える。

 

「こんにちは、巌谷中佐。戦術機の提供と補給コンテナの件、迅速な対応に心から感謝します。」

 

 晴海は礼を言いながら軽く頭を下げる。

 

「本日の試験、技術廠の上官だけでなく、帝国軍や斯衛軍の高官に至るまで注目しております。私自身もです。」

 

「中佐の面子かつぶれることはないと約束いたします。」

 

 巌谷中佐は「それは助かります」と笑みを浮かべる。晴海はその背後で控えている斯衛の服を着た人物が気になっていた。

 

(赤色の……。斯衛の中でも上位の階級だよね……。)

 

「巌谷中佐、よろしければ後ろに控えていらっしゃる方の紹介を。」

 

 巌谷中佐は「これは失礼」と言いながら、一歩下がり前をあける。

 

「こちらは斯衛軍の観戦武官としていらっしゃった真壁介六助中佐です。」

 

 真壁中佐が「どうぞ、よろしく」と言いながら前に出てくる。後ろに控えている護衛の斯衛は拳銃を抜きながら立っており、真壁中佐と違って完全に警戒している。とはいえ、真壁中佐も警戒をしていないという訳ではないらしく、こちらから目を放すことは一切ない。

 

「本日の試験、斯衛の方も驚かれると思いますよ。」

 

「そこまでおっしゃられるなら、私も楽しみにさせていただきますよ。期待を裏切らるようなことがなきように。」

 

 真壁中佐はそういうと、巌谷中佐に「私は席に向かいます。一目会いたいと思っていただけなので」と言いながら護衛を連れて観客席へと向かった。巌谷中佐も「私も高官の対応にあたらなければ」と言い、晴海に敬礼をするとその場を後にする。

 

(真壁中佐がいるっていうことは……。斯衛からも今後は接触がありそうですね……。)

 

 晴海はそんなことを思いながら、確認作業の続きを再開した。

 

 

 49部隊の面子は強化装備へと着替え、待機室として設けられた仮設施設で息を整えていた。いざ本番となると楽しみが緊張へと変わっているのが分かる。そこへ晴海がやってくる。

 

「お待たせ、機体の調整も終わったから早速向かおう。」

 

 4人は「了解!」と言いながら晴海の後へ続く。外には伊隅大尉が待っており、晴海に挨拶をした後、「頑張れ」と一言いうとその後ろで待機しているA-01のメンバーの方へ歩いて行った。伊隅なりに最後まで気がかりになっていたのだ。

 

「各自、機体に搭乗後は機体との同期をチェック、それさえすれば機体の不調もすぐにわかるようにシステムを変えておいた。何かあればすぐに連絡しろ。」

 

 4人は戦術機に乗り込みながら、返事をする。周囲の衛士たちからの視線も多く、注目されているのが伝わってくる。4人は言われた通り装備を装着して機体との同期を開始する。

 

(機体との同期開始……。システムチェック…オールグリーン……。装甲制御問題なし……。出力安定……。)

 

「異常ありません。」

 

 4人はほぼ同タイミングで報告する。

 

「よし、ブリーフィングで連絡した通り行動を開始せよ。よい戦果を期待する。」

 

 4人は晴海の言葉に「了解!」と返事をし、戦術機を動かし始めた。晴海は機体にも問題がないことを確認すると、早速試験開始のあいさつをするため、用意された場所へ向かう。

 用意された観客席の半分程度しか埋まっていないのを見ると大半の観客は復興本部から中継を見ていることがわかった。席に座っているのも、一度顔を合わせたことがある人達や斯衛関係者、そして国連の関係者と言ったところだ。

 

「それでは、ただいまより特殊合金装備を用いた戦術機による実戦試験を開始いたします。挨拶は特に致しません。皆様には結果のみを知っていただければ十分ですので。」

 

 すでに観客の視線は専用装備を装着して立っている49部隊の戦術機に目が行っているようで、晴海も挨拶などは考えてきていないこともあり、早速試験へと移ることにする。

 

「まず、この特殊合金を用いた装甲材の性能試験を行います。」

 

 晴海がそういうと、ナツノが乗った機体が動き、用意されていたコンテナから特殊合金でできた装甲板を取り出し、少し離れた所へ用意された固定具にセットする。

 

「厚さは戦術機の胸部装甲の一番薄いところに合わせてあります。こちらの装甲板に人間が持つ兵器、及び光線級による照射を行いその耐久性を確認していただきます。」

 

 観客席がにわかにざわめく。光線級をここに持ってくるような意図の発言を晴海がしたからだ。晴海もその騒めきから説明をさらに付け加える。

 

「正確には光線級と同出力のレーザーを照射する機械ですので、ご安心ください。」

 

 晴海の説明によって多少はざわめきが減ったものの、そのような機械があるという事実に一行は驚いているようだ。

 

「それでは早速開始します。始めてください。」

 

 晴海がそういうと、国連軍が用意した戦車の120㎜滑空砲が火を噴く。即座に装甲板に着弾するも、砲弾の貫徹体は装甲に刺さることもなく砕けた残骸が地面に落ちているのみだ。装甲板は全くの無傷であった。

 

「あの薄さの装甲で戦車の砲弾を……。普通なら貫通しているはずだぞ……?」

 

 戦術機の装甲は機動性を確保する観点からそこまで厚くはされていない。そのため、通常兵器であっても致命的なダメージを受けることは容易にあるのだが、新型装甲はその常識を完全にひっくり返していた。

 続いて対戦車ミサイルや、戦術機が持つ36㎜、120㎜。対空機関砲に重機関銃など用意されたすべての人間が持つ兵器が撃ち込まれたが、装甲には全く傷がついていなかった。

 

「御覧のように、人間が持つ対戦車兵器や機関砲弾はこの装甲には全くの無傷です。この装甲のすばらしさが分かっていただけると思います。」

 

 晴海はそういうと、ポケットにしまったスイッチを取り出す。

 

「最後に光線級による照射をどれだけ耐えられるのか、確認していただければと思います。」

 

 そういうと、スイッチのボタンを押す。用意された機材から光線級と同じレーザーが装甲板に向けて照射される。装甲板は最初の10秒程度は何ともなっていなかったが、20秒ほどたつと徐々に熱を帯びたのか赤くなりはじめ、40秒になったころに前面から溶け出し、50秒がたつと完全に貫通した。

 

「戦術機の最も薄い装甲であっても光線級のレーザーを50秒耐えることができます。装甲強度は厚さによって増加しますので、他の場所はこれ以上の耐久性を誇ります。また、照射され続けなければ装甲の自動修繕機能などが働き、元の耐久性へと戻ります。」

 

 晴海が説明をしている間に、穴が開いた装甲材が徐々にふさがっていた。その様子を見ている観客は既に驚きを隠せないのか、口が開いてしまっている高官もいた。真壁中佐の方を見ると、そばにいる部下と何かひそひそと話しているようだ。

 

「今回の実戦試験で皆様にはこの装甲の強度だけでなく、真の性能をご覧いただきます。その技術については現在は公表する予定はございませんので、そのつもりで。」

 

 晴海はそういうと、無線を使い49部隊に機体との同期を戦闘状態へ移すように連絡する。

 

「部隊へ通達。まもなく実戦試験に移るため、機体の同期を戦闘状態へ移行。装甲

自動防御機能をアクティブへ。」

 

 4人が「了解!」と言いながら言われた操作を開始する。

 

「システム、アクティブに変更…。装甲防御機能とリンク完了…。装甲出力異常なし……。各機、報告せよ!」

 

 ナツノの声にホムラは「問題なし!」、シノは「いけます!」、アマネは「おーけー」と返す。戦術機の稼働音が徐々に大きくなり、機体が若干淡い水色の光のようなものを帯び始める。

 

「それでは、今回の試験の想定する状況を説明いたします。BETAによる地下侵攻、規模は連隊規模でおよそ3000体を用意いたしました。これを49部隊4機のみで対応、殲滅するという状況です。出現場所はここからおよそ15km前方の荒野。戦況は無人偵察機と私が用意させたカメラマンを用いて御覧いただきます。」

 

 晴海が説明すると同時に地面がかすかに揺れだす。仮設で設置された観測拠点の国連CPの声が響く。

 

「前線の観測基地にて震源を探知!震源より連隊規模と推定!出現場所は予定される地域です!」

 

 夕呼はCPの報告を受け「ついに始まるわね」と身震いする。

 

「さぁ、初の実戦だ。各自の奮戦に期待する。」

 

 晴海がそう言い終わるのと同時に実験地域の地下からBETAたちがあふれ出す。

 

「49部隊、全機出撃せよ。」

 

 晴海の言葉に「了解!」と4人は返し、戦術機のエンジンを最大出力にして飛び出す。

 

「アンタレス1!いまの心境を簡潔に!」

 

 ホムラが緊張しているナツノの顔を見て、声をかける。

 

「アンタレス2、私のことを気にしている暇があるならその長刀で切り刻む想像でもしてなさい。」

 

 ナツノが強きな声でホムラに返事をする。ホムラは「そこまで言えるなら大丈夫だね」と返し、無線を切る。

 前方に第一波と思われる突撃級の姿が見え始める。その後方には要塞級の姿も見てとれた。

 

「さぁ、みんな。行くよ!」

 

 ナツノの声に3人は「了解!」と言い、更に出力を上げる。

 49部隊の初となる実戦が始まろうとしていた。



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第22話 実戦試験開始

「各機に通達、試験薬の使用許可。直ちに投薬せよ。」

 

 ナツノたちは晴海から渡された試験薬を自身に注射する。これは、戦闘時の判断能力と反応速度を向上させるType3専用の薬物であり、この日のために晴海が一本ずつ作っておいたものだ。

 前方の群れの一部が開き、光線級が姿を現す。目標は49部隊だ。

 

「初期照射反応確認!03!防御特化の性能を見せてやりなさい!各機、03の後方へ!」

 

 ナツノの指示にシノの機体が追加装甲を構えながら縦隊となった部隊の前へと出る。その瞬間、BETAの群れの中にいる光線級からレーザーが放たれる。しかし、そのレーザーはシノが持つ盾の手前で発生する淡い青色に光るシールドによってすべてが弾かれる。

 

「シールド負荷率23%、許容範囲内。」

 

「アマネ!光線級の位置に120㎜榴弾!一気にやるよ!」

 

 ナツノとアマネが縦隊から各自で左右にそれ、突撃砲を構えると光線級を狙い120㎜を斉射する。何発かは要撃級に防がれてしまったものの、光線級の数を減らすことに成功した。

 

「01!突撃級の掃討もやらないと!」

 

「シノが囮になってくれてる間は光線級の攻撃は大丈夫!思いっきりやりなさい!援護はする!」

 

 ホムラは「了解!」と言いながら片手に突撃砲を、そしてもう片方に長刀を抜くと、一気に降下する。目標はBETA群の戦闘を走る小規模な突撃級の群れだ。降下するホムラを援護するようにホムラとアマネが突撃級へ向けて36mmを撃ちまくる。上空からの攻撃は突撃級の装甲外の部分を容易にとらえることができる。ホムラも目に入る突撃級を撃ちながら着地する。

 

「02!来るよ!」

 

 着地したホムラの機体めがけて突撃級が迫る。ホムラは「問題ないよ!」と言いながら長刀を構える。長刀にはシノが張っているシールドと同じように刀状に淡い青色の光を放つ。

 

「はぁぁぁぁあああああ!」

 

 ホムラは突撃級に向かって正面から長刀をまっすぐ上から振り下ろす。長刀は突撃級の装甲部分を容易に切り裂きそのまま真っ二つにする。勢いに乗っていた突撃級の死体は二枚おろしになりながら、ホムラの機体を避けるように飛んでいきバタンと倒れる。

 

「02!更に二体追加!」

 

 ホムラの機体に向けて更に二体が正面から突撃してくる。その後方から迫る群れはナツノとアマネが対応する。シノはその間も、アマネやナツノ、そして自分自身に向かって放たれるレーザーを追加装甲から発生させる巨大なシールドで防御し続ける。

 

「せいやああぁぁぁああ!」

 

 突撃級を横なぎにするように長刀を構えなおし、突撃級の横を通り過ぎるように前進しながら2体をまとめて切り裂く。大量の血しぶきがホムラの機体を赤に染め上げる。

 

「シールド負荷率47%、そろそろ限界。」

 

「よし、突撃級は大方の処理は終えた!全機、地上へ展開!」

 

 ホムラが確保した着地地点に3機ともが降下する。シノは防御しながら降り、地面につく前には光線級も同士討ちを恐れ攻撃を止める。

 

「陣形をコンバットボックスへ。前方はホムラとシノ、後方は私とアマネ!」

 

 ナツノの指示に3人は「了解!」と返し、陣形を整える。前からは戦車級と要撃級、そして突撃級の残党が迫る。

 

「突撃級の数はおよそ30、戦車級と要撃級の数は数えるのがめんどくさいくらい。」

 

「先に突撃級を殲滅するよ!ホムラとシノで突撃級に対応!私とアマネは戦車級を攻撃して二人を援護!要撃級が迫るまでに片付けるよ!」

 

 アマネの報告を受け、ナツノはすぐに指示を飛ばす。シノとホムラは「任された」と言いながら、一気に飛び出す。

 ホムラは長刀を用いて正面から次々に突撃級を真っ二つにしていく。シノは突撃級の突撃を正面から受ける形で追加装甲を構える。

 

「こい!」

 

 突撃級が勢いよく追加装甲にぶつかる…、かと思われたが装甲の前に張られたシールドによって、接触した箇所からグシャグシャになる。そして、止まったところで短刀を使いとどめを刺す。

 シノが対応している後ろから別の突撃級が迫る。

 

「04!03のカバー!」

 

 アマネはナツノに言われる前に既に突撃級に狙いを定めており、すぐに射撃する。弱点に的確に撃ち込まれた突撃級はシノに攻撃をすることなく活動を停止した。

 

「カバーありがとう。」

 

「問題ないよ。」

 

 ホムラが「こっちは片づけ終わった!そっちは!」と言いながら最後の突撃級を切り裂く。「こっちはこれで!ラスト!」シノがそういいながら最後の突撃級を追加装甲を使ってミンチにする。

 

「陣形をもう一度再構築!ここからは各機兵装使用自由!突撃砲は補給コンテナから装填済みのものを取り出してつかって!それまでのものはその場に放棄!02!03!兵装の状態は!」

 

 ホムラとシノは兵装の状態をチェックする。特殊合金を用いた兵装は直接その装備に疲労が来ていないため、未だ新品と同じ状態であった。

 

「02、問題なし。」

 

「03、同じく問題なし。」

 

 ナツノは「よし、やるぞ!」と言いながら戦車級に向かって36㎜を撃ちまくる。正面のうち漏らしはホムラとシノが対応するため、ナツノとアマネはひたすらに打ち続ける。2人の狙いは正確で外すことはほとんどなく、全ての弾丸を戦車級へとヒットさせていく。

 

「02!03!要撃級に対するハント開始!こっちはあとは自分たちでやる!」

 

 戦車級はまだ数多く残っていたが、要撃級の先頭が既に予定していた防御線まで迫ってきていた。ナツノは事前に打ち合わせしていた通りに、近接戦闘によって要撃級を先に刈り取るように指示を出す。36㎜で倒すことも可能だが、両方を相手にするほどの機体数はないため、後方組で戦車級を、前方組で要撃級を倒すことにしたのだ。

 

 ホムラとシノは「了解!」と言いながら主機出力を上げ各自で要撃級を狙う。

 

「まずは一体!」

 

 先に要撃級に手を出したのはホムラだ。戦車級など眼中にないように要撃級に向かい吶喊する。要撃級が腕を振り下ろそうとするが、それよりも早くホムラの長刀が要撃級をとらえた。真っ二つになり血が噴き出す。ホムラはその勢いのまま、周辺に群がる戦車級を長刀と突撃砲を使って蹂躙する。

 シノの方でも要撃級をとらえ振り下ろされた腕を追加装甲を使ってミンチにする。「よいしょ!」と言いながら追加装甲を使って要撃級を上からシールドを使って押しつぶす。勢いよく飛び出した要撃級の残骸が周辺の戦車級を巻き込んだ。それでも残っていた戦車級はシノが追加装甲を振り回すたびにミンチと化していく。

 

「04!後ろ!」

 

 ナツノがアマネの後ろに迫っていた戦車級の群れに撃ちまくる。と同時にアマネもナツノの後ろに迫っていた戦車級の群れに撃ちまくった。

 

「そっちもね。」

 

 ナツノは「ありがとね!」と言いながら負けじと迫る戦車級に36㎜を撃ち続ける。

 

(思ったよりも要撃級の数が多い……。向こうで戦車級の対処もしてくれてるけど、それでも突撃砲だけじゃ少し厳しいか……。)

 

 そう考えているうちに手持ちの突撃砲の弾が尽き、残っていた120㎜の榴弾を戦車級の群れの中心に撃つ。

 

「04!補給に入る!短時間でいい!!踏ん張って!」

 

「04了解、こっちも弾が少ない。すぐに交代して。」

 

 アマネの無線から余裕がないのが伝わってくる。ナツノは少し後方に置いてある補給コンテナから突撃砲を取りだし、予備で持ってきていた突撃砲も替えるとすぐに元の位置へと戻る。推進剤を補給する余裕はなかった。

 

「04!こっちの補給は終わった!コンテナは開けといたからすぐに取り出せる!」

 

「04了解、補給のため後退する。」

 

 アマネはそういいながら最後の120㎜榴弾を戦車級にプレゼントしながら後方に飛び立つ。ナツノは残る戦車級を両手に持つ突撃砲でどんどんなぎ倒していく。漏れた数体は脚に装備している増加装甲装備によって発生するシールドによってキックするだけでミンチとなっていく。

 

「02!03!そっちの状況は!」

 

「02!こっちも余裕はそこまでない!思ったよりも数が多い!」

 

「03!こっも同じ!でも、要撃級の数はだいぶ減ってきてる!」

 

 レーダーを見ると確かに要撃級の数は予定通り減らすことに成功していた。厄介な戦車級もこれ以上後から詰めてくる様子もないように見える。

 

「相手ももうこれ以上は出てこない!ここが踏ん張りどころだ!」

 

 ナツノの声に3人は「了解!」と返し、機体を赤く染め上げながらBETAを倒し続ける。その時、全員の機体のアラートが鳴る。

 

「初期照射反応確認!光線級だ!」

 

 戦車級や要撃級の数が減ってきたことで、光線級からの射線が徐々に通りつつあった。

 

(光線級の対処人員を割く余裕は……。ここは……。」

 

「各機、光線級による攻撃は各機のシールドにより対処しろ!負荷率は70%まで上げるな!貫通される恐れがある!」

 

 ナツノは苦肉の策を使った。戦闘状態にあると演算能力は戦闘にも多くリソースを割くことになり、そこでさらにシールドを発生させることは限界まで演算処理を行うこと、つまり肉体的にかなりの無理をさせることにつながるからだ。

 ナツノの指示に3人は「了解!」と返す。ナツノの機体にも光線級の初期照射を知らせるアラームが鳴り、すぐにレーザーが放たれる。

 

(くっ……!シールド負荷率13%!一体の照射でこれだけもっていかれるなんて……。)

 

 すぐに照射してきた光線級に射撃をしながら、要撃級が射線の間に入るように機体を動かす。他の3人も同様の行動をしているため、殲滅率が若干落ちつつあったがそれでも大方の群れの処理は終えつつあった。

 

「各機!今の群れを最後の相手にしろ!先に光線級の対処をする!陣形を再構築!」

 

 3人はすぐに集まりナツノを中心として陣形を立て直す。

 

(よし、光線級を……。ッ……!)

 

 レーダーに新たな反応が映る。地下から少数のBETAの群れと共に要塞級が姿を現したのだ。

 

(要塞級!まさか地下で潜伏していたのか!)

 

「01!要塞級だ!少なくとも4体はいるぞ!それにほかのBETAのおかわりもだ!」

 

 ホムラの報告を受けるもナツノは急なBETAの出現に思わず動揺してしまう。しかし、すぐに我へと返る。

 

「03!シールドに全リソースを振ったとして、どのくらい攻撃に耐える自身がある?」

 

「長くて10分、短くて7分。それ以上は無理だね。」

 

 ナツノは決断を迫られていたが、この状況に至っては挑戦するほかなかった。

 

「要塞級の攻撃をシノに囮となって受けてもらう。その間に残る3機で要塞級を各個撃破、最後の1体は一番早く倒した者が攻撃する。」

 

 ホムラが何か言おうとしたようだったが、「了解した」とだけ返す。残る2人も「了解」と返す。ナツノ自身もかなり無理を言っていることは承知していた。戦車級や要撃級が群がり、残された残弾も推進剤も少ない中、各自で要塞級を討伐。シノが耐えることができるとされる最低7分以内にだ。しかし、4人でこの場を乗り切るにはほかに手もなかった。

 

「シノが囮となってくれるから、攻撃は多少なりともマシにはなる。シールドはBETAの注目を集めることに違いはない。全員で任務を達成するためにも、やるしかない。」

 

 ナツノの言葉に3人は静かにうなずく。ナツノは一度深呼吸をはさむ。

 

「アンタレス隊!いくぞ!」

 

 4機はシノを先頭として、新たに出現したBETAの群れへと吶喊した。

 

 

 

 会場や中継で49部隊の戦闘の様子を見ていた観客たちはその戦闘の様子に驚きながらも、光線級のレーザーをはじいたり、突撃級を容易に切り裂く長刀を見てざわめいていた。A-01の面子はそれ以上に、49部隊が置かれている状態を危惧している。

 

「あんた、要塞級をわざと潜伏させておいたわね。それに想定していた量よりもBETAが多いじゃない。」

 

 夕呼が晴海をにらみつけながら強い口調で訴える。

 

「BETAとの戦闘は常に想定外がつきものなのはご存じのはずです。それにこのような状況を乗り越えられないはずはありません。できる子たちですから。先生もご覧になったでしょう。あの装備があればまだ戦えるはずです。」

 

 夕呼はあのレーザーをはじいたシールドと似たものを知っていた。凄乃皇弐型が持つML(ムアコック・レヒテ)機関から発生するラザフォード・フィールドだ。しかし、戦闘の様子を見ていると、周囲に味方がいても問題なく使用できていることからその上位にあたるものであると理解していた。

 

「あんなものを何のリスクもなしで扱えるわけがない。あれが何なのか、何の力で動いてるかは私も分からないけれど、あれは彼女たちに相当な負荷を与えるんじゃないの。」

 

 晴海は夕呼の鋭い考察に少しビクッとなったものの平常心を保つ。

 

「あの技術は秘匿事項につき、今はお答えできません。」

 

 そういい夕呼の考察には一切の返答を示さなかった。そして、そのまま中継へと再び視線を戻す。

 

「おや、何か行うようですよ。あの群れの中に吶喊するようです。」

 

 夕呼も晴海の言葉を聞き、中継へと視線を移す。

 

 

 

「03、いきます!」

 

 シノが追加装甲を構えながら要塞級の群れの中央に吶喊し、地面にいるBETAを押しつぶしながら着地する。

 

「シールド出力最大!広域展開!」

 

 追加装甲を地面に突き刺し、自身を中心とした球状にシールドを展開する。その内側にいたBETAはもれなくミンチになり、外にいるBETAも近づこうとするが戦車級ではまともに接触することすらできない。要撃級の腕や要塞級の触手、そして光線級のレーザーが容赦なくシノに向かってくる。

 

「このぉぉぉぉぉぉ!」

 

 ホムラが要塞級の下へ潜り込むと触手を長刀で切り落としながらそのまま上昇し、頭のような部分を切り落とす。そして、そのまま勢いよく降下すると同時に要塞級を真っ二つにする。要塞級から漏れ出た血液や溶解液でカメラはその機能を失っており、レーダーに映る目標を頼りに周囲を攻撃しているような状態だ。

 

「こちら02!視界を失った!もう一体へのカバーは難しい!」

 

「01了解!こちらで対処する!02は自身に群がる敵の対処にあたれ!」

 

 ナツノがもう一体の要塞級を相手にしながら指示を出す。120㎜を既に撃ち切ってしまっていたナツノは36㎜で要塞級を相手にするが、思うようなダメージを与えられずにいた。

 

(弾薬の管理は補給があるとはいえもっと慎重に行うべきだった……!)

 

「こちら04、目標の討伐完了。もう一体も仕留める。」

 

 アマネが相手をしていた要塞級に120㎜のAPFSDSを撃ち込みとどめを刺す。ナツノよりも射撃が得意なアマネは適切な射撃と残弾管理によりまだ120㎜の榴弾とAPFSDSのは残っていた。

 

「こちら01、そちらは頼む!」

 

 アマネはナツノの方を見るが、ナツノに余裕がないのを見てもう一体を倒し終えた後すぐにカバーへ向かおうと思う。シノも先ほどから無線が入らないが、演算処理で意識がほかのことに向かないのであろうと理解していた。

 アマネはすぐにもう一体の要塞級に向かって飛び立つと狙いをつけ、飛行しながら120㎜のAPFSDSを各所の柔らかい部分へ正確に撃ち込む。要塞級は体勢を崩し、大きな音を立てながら地面に倒れこんだ。アマネがその瞬間を逃さず120㎜の榴弾と36㎜を要塞級に向かって斉射すると、要塞級は肉片となり活動を停止する。

 

「こちら04、掃討完了。01のカバーに入る。」

 

 アマネがそう連絡した瞬間、シノに向かって今までとは違う巨大なレーザーが放たれる。

 

「あああああああああああああぁぁああ」

 

 絶叫にも近いシノの悲鳴が無線に響く。アマネがレーザーが放たれた方向を見る。

 

「こちら04!重光線級を確認!数は2!」

 

「なんだと!」

 

 地面から要塞級の反応に隠れていた重光線級がBETAの掘った穴から姿を現した。もう一体は射撃の用意をはじめている。

 

「03!シールドはもういい!すぐに回避を!」

 

 ナツノがシノに指示を出すも、シノから返事が返ることはない。それどころかシールドの出力が徐々に低下しているようにも見えた。

 

「03!応答しろ!シノ!」

 

「くそっ!」

 

 このままではシノに向かって2発目が放たれてしまう。そうなれば今のシールドでは防ぎきれず、追加装甲で受ける形になってしまう。シノの意識があるかないか定かではないこの状態ではまともにレーザーを受けることができるかすら怪しい。ホムラはとっさにレーダーに映った重光線級に向かい吶喊した。

 

「02!なにを!」

 

「こっちに標的を引き付ける!その間に04がとどめをさせ!外しても私がやる!」

 

 ホムラが長刀に流すエネルギーの出力を高める。重光線級はシノよりもホムラの方が脅威と判断したのか、体の向きを変えて狙いを定める。アマネから見れば2体が重なるような状態だ。ナツノも急いで合流しようと要塞級に向かって射撃を続けるが、焦るあまりにダメージが通りやすい部分へ射撃をすることが思うようにできない。

 アマネは周囲に群がった戦車級を脚で薙ぎ払い、そのまま射撃姿勢をとる。「まずは一体」そう言いながらトリガーを引く。120㎜のAPFSDSが重光線級の側面から中に入り1体目を貫通し、2体目へと突き刺さる。両方ともまだ活動可能なようで姿勢を若干崩したもののレーザー照射の姿勢をとる。

 

(あと一発で……。)

 

 アマネが120㎜のAPFSDSを撃とうとトリガーを引く、しかし発射されない。兵装の状態を確認すると、故障と出ておりおそらくは弾詰まりを起こしたのだろう。とっさに壊れた突撃砲は捨て、もう片方に持っていた120㎜の榴弾を撃ち込むが、榴弾で倒すことができたのは手前の一体のみだった。

 

「ダメだ!もう射撃はできない!」

 

「一体やってくれれば十分!」

 

 ホムラは長刀を構え、更に出力を上げる。推進剤の残量がなくなりかけていることを示す警告が出るが、気にしている余裕はない。重光線級の初期照射反応を知らせるアラートが鳴ると同時に、機体を一気に傾け、先ほどアマネが倒した重光線級の残骸が射線に被るように動く。

 

(行くしかない!)

 

 重光線級がレーザーを照射し、ホムラのシールドがレーザーを受ける。重光線級によるシールド負荷率は通常のレーザー級の倍以上で一体の照射でもあるのにかかわらず、39%の数値をたたき出しそのまま負荷率は増加する。

 

(45……。50……。60……!)

 

 ホムラが70%に迫ろうとしていた数値を見て、冷や汗と共に鼻から血を流す。既にホムラの演算処理は限界に迫っていたのだ。

 

(間に合えッ……!)

 

 負荷率が68%になろうとしたところでホムラの機体は重光線級の残骸へと隠れ、レーザーが途切れる。ホムラは機体を一気に方向転換させ、残骸の奥に隠れる重光線級へと向ける。

 

「これで終わりだッ……!」

 

 ホムラは機体のスピードをそのまま長刀に伝えながら残骸ごと重光線級を真っ二つに切り裂いた。切り裂かれた重光線級の上半分が宙を舞う。

 ナツノも同時に相手にしていた要塞級に短刀を突き刺し、その場へシールドを展開することで内側から破裂させとどめを刺す。

 ホムラの機体は推進剤の残量が空になり、そのまま長刀を地面に突き刺してブレーキをかけながら停止する。

 

(なんとかなったか……。)

 

「こっちのカバーをして!一人じゃ限界!」

 

 主要な目標を倒し終えたと思った矢先にアマネから無線が入る。ナツノがレーダーを見ると、シノの機体に向かって残りの残党が集まりだしていた。シールドを展開しているのがシノだけにあな、BETAの優先目標が切り替わったのだ。群がる戦車級と要撃級をアマネが一人で相手している。

 

「私がカバーに入る!02はその場で待機!」

 

 ナツノが残り少ない36㎜を戦車級に浴びせながらシノの近くまで飛び、群がる戦車級を脚で薙ぎ払う。36㎜の残弾が0となった突撃砲を戦車級に向かって投げ捨て、最後の武装となった短刀と脚を使って必死に攻撃する。アマネの方も残弾が0となり、ナツノと同じように短刀を使わざるを得なくなる。とびかかってくる戦車級をシールドを使ってミンチにし、要撃級には腕をよけながら短刀を突き刺す。

 

 

 

(ここらが潮時ですかね……。成果は十分でしょう……。)

 

 

 

「きりがないね。短刀ももう限界。」

 

「なら殴り殺すまで!ここまでやってきたんだ!」

 

 アマネの短刀は既に耐久限界を示していた。ナツノの短刀も同じであり、機体の各所にもダメージが蓄積してくる。このまま続けば、残りの戦車級を相手にしているうちに体の限界が来ると思っていた。その時、突然集まっていたBETAの群れが反転し、堀った穴に向かって後退し始める。

 

「これは一体……。」

 

『全員、任務ご苦労。試験の結果は十分だ。補給コンテナで推進剤を補給後、帰投せよ。』

 

 晴海から試験終了の無線が入り、3人は一息つくも先ほどから応答がなくシールドを展開し続けているシノの様子が心配になる。

 

「シノ!大丈夫なの?シノ!」

 

 カメラで具合を伺おうとするが、通信がエラーとなり表示されない。機体のシステムと同期している本体に問題があるとしか考えられなかった。ナツノがシノの機体へ近づき、胸部の増加装甲装備を外して、胸部に位置する管制ユニットを外部から操作する。操作に従い、管制ユニットが開く。

 

「……ッ!シノ!」

 

 シノは席で目を開いたままぐったりとし、鼻や目、口から血を流し呼吸は止まっていた。ナツノはすぐに晴海へ連絡を入れる。

 

『宗谷司令!シノが、鼻や口から血を流して、息をしていません。』

 

『限界量を超えてしまいましたか……。シノはこちらで回収します。管制ユニットは開けたまま、お前たちは先に帰投しなさい。近くに護衛級が待機しているから大丈夫です。』

 

 ナツノは心配そうに『了解……』と返すと、残る2人に指示をして補給コンテナで推進剤を補給するように指示を出す。ナツノは機体に備え付けてあるブランケットをシノにかぶせ、その場を後にする。

 

 

 

「香月先生。医療テントを一か所すべてお借りできますか?」

 

「なにかあったの……?」

 

 夕呼がにぎわっている観客席とは裏腹に深刻そうな表情になる。晴海は言うか迷ったものの、連れてくればバレてしまうと思い、素直に話す。

 

「シノが限界値を超えた活動をしたため現在、緊急停止状態です。直ちに対応する必要があります。」

 

 夕呼が「なんですって」と言いながら、晴海の方を見る。

 

「大丈夫です。適切な処置をすれば問題はありません。回収作業は既に進められていますし、今は試験の終了をお知らせする方が先でしょう。」

 

 晴海はそういうと、自分たちのいるテントを後にしようとする。夕呼は「こんな時に……」と言いかけながら、自身も同じようなことを部下に行ってきたように思え口を閉ざしてしまう。

 晴海はテントを出ると、マイクの電源を入れる。

 

「今回の実戦試験は以上で終了となります。皆様はこの新型装甲がどれだけ素晴らしいものか、十分に理解されたことと思います。この試験を機会に、よりよい関係を築ければ幸いです。」

 

 晴海の挨拶が行われる中、49部隊の戦術機が戻ってくる。機体は血に染まり、近くには既に除染作業に当たる部隊が待機している。

 

「今回、試験において衛士を務めました49部隊にぜひ拍手を!」

 

 晴海に言われるがまま大半の軍高官は盛大に拍手を送った。しかし、一部の高官や斯衛関係者は拍手をせずに苦い顔をしている者もいた。BETAの技術力を、圧倒的な差を見せつけられたのに、BETAに言われるがまま拍手をするとは……。と思い込んでいた。だが拍手をしている高官たちはこの兵器さえあればと思っていたのだろう。全てBETAの技術の上で成り立っているという前提さえ忘れ、その結果に心酔しているのだ。

 しかし、これは晴海の思うつぼであった。これを機により帝国軍へも深い関係を持つことができるに違いない。そうすれば、帝国軍の動きをより敏感に監視することができ、異常が発生した際に対処しやすいと考えたのだ。

 

(実験は成功。私の計画は大成功です!なんと素晴らしいことだろう!)

 

 晴海は49部隊へ拍手が送られる中、心の中で大いに笑い興奮を隠せなかった。

 

 

 

 



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第23話 始動

書き溜めた分を少しずつ処理していますが、最近体調を崩しているのでペースが少し落ちます。



ー 某国 議事堂内 ー

 

「それで、日本がBETAと契約を結び奴らから未知の技術を得たというのは本当なのか。」

 

 多くの勲章が付いている軍服を着た男が報告をしていると思われる黒服の女性を問いただす。

 

「BETA大戦以前から送り込んでいる者からの情報です。確度は高いかと。その技術を用いた戦術機によるパフォーマンスが行われたという情報が帝国軍、及び国連軍の関係者から報告が上がっています。詳細は資料に書かれている通りです。」

 

 回答を受けた軍の高官は「ふむ」と顔をしかめる。資料にはBETAの技術により作成された装備に関する所見や見聞きした情報などがまとめられている。

 

「もし日本がその技術の独占権を握ることになれば、我が国のBETA大戦における技術的優位は薄れてきます。」

 

「BETA大戦後に関してもだ。我々が持つG爆弾は戦後社会においても我が国の優位性を確かにするだろう。あの威力はヨコハマで実証済みだ。」

 

 比較的若い男が発した言葉に訂正を加えるように中年の士官が話す。

 

「なんとかして日本が得たその技術を我が国に伝える方法はないのか。国連を通してでもいい。なんとかなるだろう。」

 

「宗谷晴海に関する一切の事柄は全て香月夕呼博士に一任されています。技術の詳細はほとんどが宗谷晴海に握られており、事実上それらの技術を我々が得るのは困難かと。」

 

 軍の高官は「あの女狐め」と悪態をつき机をたたく。彼らと夕呼の関係であれば、まず情報が流れることはないと理解できる。

 

「強硬的な手段を用いても構わんだろう。我が国が奴らの技術を得ることに成功すれば後は工業力で日本から技術的優位は消え去る。」

 

 タバコをふかせながら黒の上着を脱いだ男が話す。

 

「亡国の住民を家族の永住権と引き換えに送り込み、何としてでも情報を手に入れさせればいい。襲撃は難民解放戦線によって引き起こされたことにすれば我が国が受ける影響はない。」

 

 男は吸い殻にタバコを押し付ける。

 

「それは無理があります。BETAとの講和に向けた動きがあることは日本政府によって表明されており、これには世界各国の政府が関心を持っています。当然我が国の政府もです。それに難民解放戦線もこのニュースに対し一定の評価をしていますから、奴らに責任を押し付けても不信の目を向けられるのは我が国でしょう。」

 

「傀儡政権としておとなしくしていればよかったものを……。サカキめ。」

 

 その場にいる者たちは一同唸りながら下を向き、部屋は静かになる。

 

「技術を得る方法はもう一つあります。帝国技術廠に運び込まれたサンプル。それの回収だけでも技術の一端を知ることは可能でしょう。」

 

「帝国技術廠のセキュリティの高さは知っているだろう。一体何人の毒がこれまで排除されてきたと思ってる。」

 

「問題は情報の入手方法だろう。宗谷晴海は恐ろしい戦闘能力を持っている。特殊部隊を送りこんでも全滅するに違いない。国際社会の目もある以上そのような手段もとれん。」

 

 様々な意見が部屋内に飛び交うが同じことを繰り返すばかりであった。

 

「やはり公的に奴らから情報を得るしかありません。」

 

「それができるならとっくにやっている。サカキが我々にそうやすやすと情報を渡すと?」

 

「日本政府内には既に多くの毒が入り込んでいます。なら、いっそのこと毒を主体とした新政府を立てた方がはやいのでは?」

 

 若い男が説明役の女性に指示を出し、書類を配らせる。

 

「私が以前から取り掛かっていた日本政府の改革案です。もとは別目的のために練られていた作戦ですが、今回のことを踏まえればメリットの方が多いでしょう。」

 

 資料の表紙には『Japan Re-Occupation Plan(日本再占領計画)』と言う題名が書かれている。

 

「随分と心躍る題名だな。詳細は……。」

 

「ご説明いたします。これは日本帝国軍内のグループを利用し、クーデターを発生させ、政府の中枢を暗殺。それを機に政府内の毒が政権を奪取し、傀儡政権を樹立。我が国の駒として扱えるように『事実上の再占領』を行うというものです。」

 

「クーデターか。奴らは今BETAと休戦状態にある以上、防衛線が崩壊する恐れもない。規模はどのくらいになる。」

 

「既に帝国軍内部に潜んでいる者が工作活動を行っています。帝国軍にも現在の状況を喜ばないものが多いようです。在日国連軍司令部にも送り込んでいましたが、AL4の改正案の影響ですべてが排除されました。また、これを機に帝国軍部にも影響力を残す予定です。」

 

 場にいる者たちは「なるほど…」「これであれば…」と資料を見て納得しているようだ。

 

「傀儡政権から公的に技術を提供させれば何の問題もないか。それにBETAに対し攻撃を行っているわけでもない。講和の動きはそのまま引き継がせれば、その後の影響もほとんどないだろう。」

 

 中心に座る白髪の軍高官がそういいながら、資料を机の上に置く。

 

「この計画を利用することにしたいがどうか?」

 

 その場にいる者たちは拍手をして計画に賛同の意を示す。

 

「場の意見はまとまった。中佐、君のプランを採択する。君の責任のもと実行したまえ、必要な物は全て整うよう手配しよう。」

 

 若い中佐は椅子から立ち上がり敬礼をしながら「了解しました」と返答する。

 

「戦後社会を制覇するのは日本でも欧州でもソ連でもない……。我が国だ……。」

 

 軍高官はそういいながら壁に掛けられている星条旗を見上げた。

 

 

 

 ー 日本帝国 某所 ー

 

「真壁、例の試験。向こうは大層派手に披露したようだな。」

 

 椅子に座っている斑鳩がそういいながら真壁中佐の顔を見る。

 

「はい、当初の想定する数のおよそ2倍はいたでしょう。実験部隊の実力もかなりのものです。」

 

 斑鳩は「ふむ」と言いながら真壁中佐がまとめた報告書を見る。

 

「光線級の攻撃はそのほとんどを謎のシールドによって無力化。また、装甲も1分程度は耐えることが可能であり、光線級の脅威度は低下すると予測される、か。」

 

「はい、現在帝国技術廠に運び込まれた特殊合金がおよそ戦術機5機分の装甲を製造できる量、そして装甲になった状態で運び込まれたものを含めると戦術機15機分に当たります。現在は巌谷中佐と配分する量に関しては検討中です。」

 

 真壁の報告を聞いている斑鳩は「装甲にのみ利用するのは惜しいな」と報告書をめくりながら話す。真壁は「といいますと」と返す。

 

「特殊合金、実戦試験では装甲として使われていることにばかり目が言っているが、おそらくは長刀や盾にも使われているだろう。でなければ、あの切れ味をどう説明する。」

 

 突撃級を正面の装甲部分から真っ二つにしてしまうほどの切れ味と上から押しつぶせるほどの力を持つ盾など、従来の装備ではありえないことだった。まず、装備自体が持たないだろう。

 

「であれば、特殊合金を用いるのは装甲だけではない。うまくいけば、戦力の更なる強化につながるかもしれぬ。」

 

 斑鳩はそのことも含め改めて真壁に巌谷中佐との配分交渉を行う様に命令する。真壁は「かしこまりました」と言うと部屋を後にする。真壁と入れ違いに女性の斯衛が部屋へと入る。

 

「斑鳩閣下。以前より探っておりました帝国軍における蜘蛛の動きが活発化しています。」

 

「ついに動き始めたか。例の試験の結果を受け焦り始めたな。」

 

 斑鳩は女性の斯衛から報告書を受け取ると「ご苦労、引き続き情報収集に励んでくれ」と斯衛を下がらせる。

 

(さて、どうなるか。)

 

 斑鳩は椅子から立ち上がり窓の外を見る。空は雲で覆われ、これから雨が降りそうな嫌な天気をしていた。

 

 

 

 ー 横浜基地内 ー

 

 試験から一夜明け、晴海は特別室にてそわそわと体を動かしている。カレンダーの日付は10月22日。

 

(大きな異変がなければ今日なんだけど……。)

 

 白銀武がこの世界に来る日……。とはいえ、体は既にこの世界に来ており、正確には意識がこちらに来る日と言えるだろう。まだ早朝にもかかわらず、興奮して睡眠状態になることもなかった。

 

(昨日は大変でした……。彼女たちは相当無理をしてしまったみたいですし。)

 

 

 昨日の実戦試験の後、晴海はシノのメンテナンスのため、ナツノやホムラ、アマネのことを気にする余裕がなかった。

 実際、シノは自身の演算処理能力を超える一歩手前まで体を酷使しており、後一撃でも喰らっていれば、廃人になるか、または死亡していたに違いない。幸い脳や心臓などの主要器官に損傷は見られず、薬剤の投薬と十分な休養を取ればゆっくりと回復へ向かうだろう。

 シノのメンテナンスが終わり一安心し、医療テントの外へ出た晴海であったが、そこに慌てた様子の夕呼が駆け寄ってきた。

 

「ちょっと、大変よ。すぐに来なさい。」

 

 夕呼の慌てように晴海は質問することもなく急いでついていく。先では伊隅がナツノの介抱にあたっているように見えた。近づいていくにつれて状況がはっきりとする。ナツノだけでなく、ホムラも地面に横になっているようだ。アマネが唯一座った状態で休んでいる。

 

「これは一体、どうしたんですか。」

 

「急に鼻血を出して意識を失ったのよ。下手に動かすと危ないと思って横にさせてるわけ。アマネも鼻血は出したけど、意識を失うほどではないみたい。」

 

 夕呼の説明を受け、晴海は話が聞けそうなアマネの方へ行く。アマネは速瀬が対応していた。

 

「現在の体調を詳細に。」

 

「はい…。急に鼻血が出てきて…、頭がぐわんぐわんして…、なにかわからなくて…。え……と…。」

 

 アマネは話せる状態ではあったようだが、正常な思考ができていないようであった。晴海は当初の予測が当たったことを理解した。激しい戦闘状態と長時間の戦術機との同期はやはり大きな負担となっていたのだ。とりわけ、制御させた増加装甲装備は、通常の張り替えた装甲を制御するときと違い演算処理能力に大きな負担となると予測していた。シノほどではないが、3人ともかなりの無理をしながら戦っていたのだ。事前に打たせた薬に感覚麻痺の作用を含ませておかなければ、戦闘中にこの状態になっていただろうと晴海は考える。

 

「問題ありません。現在彼女たちは自身の体に極端な負荷がかかったため、一時的な休眠状態に入っているようなものです。回復次第、各々目を覚ますでしょう。」

 

「極端な負荷って。あんたやっぱりあの装備は彼女たちに……。」

 

 夕呼は晴海を問い詰めようとしたが、盗み聞きされている恐れがある外で話すのは危険であると思い口を紡ぐ。そして、伊隅に3人を搬送するように伝える。

 

「普通の人間と同じ対症療法でかまいません。後の措置は任せます。何かあれば連絡を。」

 

 晴海はそういうとその場を後にする。巌谷中佐と話すため、観客席へと向かう。巌谷中佐は他の高官と何か話しているようだったが、晴海の姿が見えるとその場を切り上げてきた。

 

「巌谷中佐。どうでしたか、実戦試験をご覧になられて。」

 

「確かに、特殊合金装甲は素晴らしい性能だと改めて実感しました。他の高官も驚かれたようで。」

 

 晴海は「それはよかった」と言いながら一回頷く。

 

「当初の予定通り、帝国側へ供与する分はあちらのコンテナに運び込んでありますので、こちらにサインをいただければあとはご自由にお使いください。」

 

 晴海は部下から受け渡し確認書を受け取り、巌谷中佐へと渡す。巌谷中佐は「分かりました」と言い、サインをした。

 

「あのシールドは特殊合金装甲によって発生しているように見えましたが、その技術は……。」

 

「それはまた別の時に話し合いましょう。近いうちにこちらからコンタクトを取ると思います。」

 

 晴海は受取書を部下に渡しながらそう言うと、「それでは」と言いながらその場を後にする。今日の結果に満足している晴海にとって、帝国軍から注がれる軽蔑的な視線は受けたくない気分であったからだ。

 会場の撤去作業が進む中、晴海は夕呼がお偉いさんと話し終わるまで暇になってしまったため、49部隊の戦術機の状態をチェックしていた。機体はシールドの影響もあり、大きな傷はほとんどなかった。ホムラの機体は相当過激な動きをしていたためか、かなり機体にガタついている部分はあったが、そのほかの機体には特に異常はない。

 

(やはり第2世代戦術機ではこれ以上の改良は難しそうですね……。彼女たちの力は十分。後は機体の問題ですか……。)

 

 特殊合金の使用を前提とした機体開発をする技術は晴海と言えど難しいものがあった。戦術機のデータはあったとしても、実際に自分で開発するにはノウハウや製造設備が全く足りていないのだ。そのため、巌谷中佐と後々コンタクトを取ろうと思い、あの場でそう言ったのだ。

 

「晴海、用が終わったなら帰るわよ。」

 

 夕呼が迎えに来たことを確認した晴海は戦術機のチェックを切り上げ、「分かりました」と言いながら夕呼と共に帰路に就いた。

 

 

 

(ともあれ、戦術機の開発を相談するにしても。今は巌谷中佐も忙しそうですし、私も忙しくなるに違いないですからね……。後々と言うことにしておきましょう。)

 

 晴海は部屋で時間をつぶすのもと思い、部屋を出ようとする。部屋の外にはいつもはいない警備の兵士2名が立っており、晴海に敬礼をする。

 

「本日、香月副司令の命令により、貴方に同行するよう指示を受けております。」

 

(監視ですか……。やはり警戒してますね。)

 

「分かりました。かまいません。これから49部隊の様子を確認しに行きます。」

 

 晴海はそういうと、兵士の様子は気にすることなく4人が休んでいる病棟へ向かう。

 病室の前に来た晴海はノックをして部屋へと入る。アマネが唯一体を起こし、本を読んでいるようだ。他の3人は死んだ人間のように静かに眠っている。晴海の姿を見たアマネが敬礼をしようとするが、晴海が「楽にしていいよ」と止める。

 

「体調はどう。何かおかしなところは。」

 

「はい、私は大丈夫です。昨日は寝るまでずっと頭がぼうっとして吐き気と頭痛に襲われていましたが、今はもう治りました。」

 

 晴海は「そうか」と言い部下に用意させたお菓子を手渡させる。

 

「試験の成功と部隊の帰還祝いだ。本でも読みながら食べてくれ。全員の体調がよくなるまで自由行動を許可する。」

 

 アマネは「ありがとうございます!」と与えられたお菓子に目を輝かせている。

 

(知らず知らずのうちに感情をインプットしているのか……。この子たちはこんなにも純粋な……。)

 

 きっとBETAに捕獲されるまでは楽しい生活を送っていたに違いない。アマネの表情から晴海はそんなことを考えてしまう。

 

(いけません。そろそろこの場を後にしましょう。)

 

 晴海は「それでは、お大事に」と言いながら病室を後にする。晴海は4人を見てモヤモヤする心を入れ替えようと気分転換がてら中庭に行くことにした。あいにく空は曇り空で晴海の心を表しているようだ。

 

(もし私が彼女たちの記憶をすべて元に戻したら、どうなってしまうのでしょう。憎しみ?恐怖?怒り?哀しみ?どちらにせよ、私に対して良く思う訳はないか……。)

 

 曇り空からぽつんぽつんと雨が降り始めた。空の色はさっきよりも黒くなってきたように見える。

 

「そんなとこで何してるの。体濡れるわよ。」

 

 夕呼の声が聞こえ晴海は振り返る。警備の兵士から連絡を受けて様子を見に来たというところだろう。

 

「そうですね。中に入ります。」

 

 振り返った晴海の顔を見た夕呼は一瞬驚いたが、気のせいだろうとすぐに元に戻る。

 

(雨が顔にかかっただけよね…、あんたが涙を流すなんて信じられないもの。)

 

「あんたが部隊の見舞いに行くなんて言うから、珍しく思ってきたのよ。」

 

「私の部隊ですからね。経過を見るのは当然のことです。」

 

 晴海は部下から受け取ったハンカチでぬれた個所を簡単に拭きながら答える。

 

「今日ですね。予定通りならば。」

 

 警備の兵士がいるため、それとなく晴海は夕呼に話しかける。夕呼も断定はしないように「そうね」とだけ返す。

 

「私は部屋に戻ります。」

 

 晴海はそういうとその場を後にしようとする

 

「香月先生。もし暇になれば、お茶をしましょう。お菓子も用意いたします。」

 

「毒を入れられないように気をつけなくちゃね。」

 

 過去に自分がしたことを引き合いに出しながら夕呼がそういうと、晴海は「私は入れませんよ」と返し部屋へと向かう。

 

(さて、白銀の様子を確認しに行こうかしら。)

 

 夕呼は晴海に特に変わった様子がないことを確認すると、白銀がいる専用の部屋へと足を向けた。

 

 

 

 ー ??? ー

 

(白銀さん……。白銀……。白銀少尉……。)

 

 脳内に自分を呼ぶ声が聞こえる。どこかで聞いたことがある懐かしい声が。呼ばれるたびに胸に哀しみがあふれる。

 

(俺を呼ぶのは……。)

 

 激しい頭痛が襲い、頭がぼうっとする。これに似た感覚を以前にも体験したことがある。

 

(白銀……。白銀……。白銀さん……。)

 

 再び声が響く。その声を聴くたびに体を動かさなければいけないという使命感にかられる。

 

(この声は……。この……。)

 

 次第に意識がはっきりとする。はっきりするにつれて頭痛も徐々に収まってゆく。真っ白な天井。腕につながれた配線のように伸びる点滴。天井の蛍光灯がまぶしく感じる。

 

「ここは……。確か……。」

 

 体を動かそうとするも鉛のように重い。しかし、起きなければいけない気がした。

 

「俺は……。ここは……。」

 

 何かが頭に浮かんでこようとした瞬間、脳に様々な情景がインストールされるように思い起こされる。あまりの情報量の多さに頭痛とは違う痛みが走り、猛烈な吐き気に襲われる。

 

「うぐぅぅぅ……ッ!」

 

 声にならない声が漏れる。体を動かすことができないため、ただ唸ることしかできなかったが記憶を思い出すにつれ次第に痛みや吐き気は和らいでいく。

 

「はぁ……、はぁ……、はぁ……。そうか、俺はまた……。」

 

 自分の部屋でないこと、そして、この部屋の様子から白銀は大方の予想がついていた。またBETAがいる世界に来たということを。

 

「なんで…、こんな病室に……?てか、体が痛い……。」

 

 寝たきりでい続けたため、腰を中心に体のいたるところが痛んだ。誰かを呼ぼうとするも大声を出す気力はない。

 

「まずは…、現状の把握だ……。今は……。」

 

 白銀は見える範囲を探索する。時計の針は10時を指しているが、外の様子が分からないため午前か午後かは分からない。カレンダーもあるが2001年の10月であるということしか分からない。

 

(今日が俺の来た日とすれば10月22日のはずだ。起きた時間も日が昇っているはずだから午前10時と考えるのが妥当か?)

 

 体につながれた点滴を見ると、点滴の袋に国連軍の印が入っている。そのため、ここは国連の施設であろうと白銀は考え、怪しい組織につかまっているわけではなさそうだと安心する。

 

(とにかく、夕呼先生に何とかして接触しないと……。くっそ、こんな時になんでこの体は……。)

 

 そんなことを考えているうちに、部屋の扉が開く音がした。白銀は部屋の扉の方へ顔を向ける。

 

「お目覚めのようね。おはよう、それともお帰りといったほうがいいのかしら?」

 

「夕呼先生……?」

 

 部屋に入ってきた人物に白銀は涙を浮かべてしまう。が、それ以上に夕呼のいった言葉が気になる。

 

「お帰りっていうのはどういう……。」

 

「それにこたえる前に確認。あんたが持つ以前の記憶は何かしら。」

 

 白銀は自分が持つ記憶をゆっくりと話す。

 

「AL4の遂行のために夕呼先生と協力して……。XM3を開発して……。クーデター…、甲21号…、横浜基地防衛…。桜花作戦であ号標的を倒して……。元の世界に帰って……?」

 

 所々が以前と違いぼやけている記憶を頼りに白銀は何とか説明する。しかし、元の世界へと帰った後の記憶が全く思い出せない。

 

「霞どう?」

 

 夕呼の視線の先を見るため白銀は更に首を傾ける。先ほどまでは見えなかった夕呼の背後に霞の姿が見えた。

 

「大丈夫です。問題はありません。」

 

 そういう目にはうっすらと涙がたまっている。

 

「霞……。」

 

「そう、良かったわ。あんたが別の白銀だったらまた一からやり直さなきゃいけなかったもの。手間が省けたわ。」

 

「夕呼先生?もしかして」

 

 夕呼は一息いれて口を開く。

 

「そのもしかしてよ。白銀、あんたが持ってる記憶同様、私も以前の記憶は持っているわ。霞もね。」

 

 夕呼の言葉に白銀は「えっ?」と驚いた表情を浮かべる。

 

「とはいえ、今の状態では色々と話す前にまずは貴方の体をどうにかしないといけないわね。」

 

 夕呼はそういうと、霞に指示を出して誰かを呼びに行かせる。霞が走って部屋の外へと出ると、夕呼はゆっくりと歩いて白銀が寝るベッドの傍の椅子へ座る。

 

「白銀、この世界はあんたが知る世界とは少し……。いや、大きく変わっている世界になったわ。」

 

「変わっている世界……?」

 

「BETAがいなくなったとかそういう訳じゃない。でも大きな変化であることに違いはないのよ。」

 

 夕呼がうなだれながらそう話しているかと思いきや、急に顔をあげ白銀の肩を掴む。

 

「あんたが来てくれなかったら。私もう死んじゃうとこだったのよぉ!起きてくれて本当によかったわぁ!」

 

「夕呼先生!痛い!痛いです!」

 

 夕呼に肩を掴まれ揺らされた白銀は体中が痛んだが、夕呼の笑っている顔を見た白銀はどこかうれしく思った。しかし、逆にそれほど夕呼が追い詰められているのだと思う。ひとしきり感情を爆発させた夕呼は再びいつもの冷静さを取り戻す。

 

「そ、それで夕呼先生。一体この世界は……。」

 

「とてつもなく簡略化して説明するなら、BETAが話し合いに来た世界……。と言えばいいかしら。」

 

「は?」

 

 夕呼の口から出た言葉に白銀は思考が停止してしまった。前の世界で話が通じなかったBETAが話し合いに来たという世界に理解ができなかった。ぽけーっとした白銀の様子に夕呼は次の話をするわけにもいかないと思ったところへ霞がまりもを連れてやってくる。

 

「副司令、お呼びでしょう……か……。」

 

 まりもは夕呼に敬礼しながらその先で起きている白銀を見て言葉が詰まった。

 

「白銀……?」

 

「まりもちゃ……。神宮寺軍曹……。」

 

「はいはい、いい感じのところ悪いんだけど、用件を話すわね。まりも、あんたが白銀のリハビリにあたって頂戴。」

 

「「え?」」

 

 夕呼の指示に白銀とまりもはそろって声が出る。

 

「しょうがないじゃない。適任者がほかにいないんだもの。この秘密を知ってるのはあんたと伊隅のほか少数なのよ?リハビリの経験もある教官なんてあんただけじゃない。」

 

「それはそうだけど!」

 

「あんたの空く間は伊隅が教官を担当するから大丈夫よ。最近、一つの部隊を訓練した実績もあるわ。」

 

 夕呼は親指を立てる。まりもは「そういうことじゃ」と言うが夕呼は「よろしくー」と言いながら椅子を立ちあがり部屋の入口に立つまりもの肩をポンポンとたたいて部屋を後にする。

 

「白銀さん……。今度、ゆっくり……。話しましょう……。」

 

 霞はペコリと頭を下げると部屋を出ていった夕呼の後へ付いていった。

 残された白銀とまりもの間に微妙な空気が流れる。以前の記憶を持つ白銀にとってまりもは重要な人物であった。自身の恩師でもあり、トラウマでもあり、そして力となってくれた。そして対面して改めて思う。

 

(この世界では……。絶対に……。)

 

 死なせたくない。いや、死なせてたまるか。白銀の決心は固かった。同時に白銀はこの世界に来たことはチャンスだと思った。

 

(世界が大きく変わっているなら、前の世界で助けられなかった皆も助けられるんじゃないのか?そうだとしたら、これは俺の後悔をなくすチャンスなんじゃないのか。)

 

 白銀は力が入らない手のこぶしを覚悟を決めたようにぐっと力強く握った。




横浜に行ったので例の公園に行ってきました。ここであのシーンがと思うと少しうるっとしてしまいました。皆さんもぜひ、横浜行くことがあれば聖地に足を運んでみてください!


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第24話 情報は正義だよ!

年末年始の仕事が忙しすぎてまともな執筆作業が行えておらず、ここまで遅れてしまいました。内容も今回は薄いかもしれません。年内の更新はこれで最後にする予定ですので、来年またお会いしましょう。

では皆さん、良いお年を。


 ー 横浜基地 ー

 

 横浜基地の存在するトレーニングで白銀とまりもはリハビリを行っていた。

 

「白銀!ペースが落ちてきてるぞ!もっと上げろ!」

 

「は、はい!」

 

 意識不明の状態であった白銀が目覚めた翌日。検査などを一通り終えるころには体の調子は元に戻っており、まりもの判断でリハビリと言う名の訓練が始められてしまったのだ。昨日のいい感じの雰囲気に少し期待していた白銀は自分の浅はかな考えに後悔した。

 

「よし、時間だ!終了!」

 

 白銀はまりもの声と共にランニングマシーンの速度を徐々に落とし、ゆっくりとなってから降りる。流石に前の記憶とある程度の体づくりができていても、寝たままであった状態が続いていたこともあり、訓練はかなりハードに感じていた。

 

「神宮時教官……。流石に……。きついです……。」

 

 白銀は息を切らしながら床に座り込む。まりもは「なんだ白銀?だらしないぞ」と笑みを浮かべていた。白銀はその笑みが恐ろしく感じてしまい寒気を感じてしまう。

 

「副司令から『多少手荒でもすぐに動けるように再教育してあげなさい』って言われてるの。私だってこんなことしたくないのよ?」

 

 白銀はまりもが嬉しそうにそう話す様子を見てまりもの発言は嘘であると確信した。同時に指示を出した夕呼は心の底から恨む。

 

(夕呼先生……。この恨みは必ず……。)

 

 ともあれ、白銀自身もそこまで悪い気はしていなかった。訓練が好きだとかそういう感情ではなく、この世界へ戻ってきて再びこうして訓練を受け、話したりできることがどこか嬉しく思っていたのだ。

 

「さて、休憩時間はこのくらいでいいだろう。呆けている余裕もあるみたいだしな。」

 

 まりもの声を聴いて白銀の意識は現実世界へと戻される。

 

「いや、まだ体が…「問題ないな?」」

 

 白銀が意見具申しようとするもののそれは上官の一声ですべてかき消された。白銀は「はい……」と言うとおとなしく次の指示を受け、トレーニング機材のある場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「いい感じですね。白銀さんの様子に異常も見受けられないようですし。」

 

 晴海は特別室でハッキングしたカメラを使い白銀の様子を観察していた。夕呼は白銀が現れたことを晴海に伝えてはいたものの接触はさせまいと、部屋の前から警備の兵士をどける様子はなかった。

 

「さて、組みなおしたプラグインの実験もかねて報告に向かいましょうか。」

 

 以前から作製を続けていた遠距離から自身の本体へ接続するプラグインであったが、ようやく完成間近となっていた。試作第一号となるものを試験的に運用するついでに、任務の進捗報告をするために上位存在への接触も行おうと考えたのだ。

 

(本体への接続試行中…………。本体座標確認……。情報送信中……。接続中……。)

 

 接続完了。そうメッセージが流れると同時に、私は頭脳級へ意識を移す際におこるいつもの感覚に襲われる。

 

(実験は成功ですね。いつもより気分がわるいように感じますが……。及第点です。)

 

 諸々の操作をする際に若干のラグがあるように感じたがしばらくすると、接続が安定してきたのか徐々にラグは消えていった。

 

(さてと、それでは報告をするとしまs……。メールですかこれは……。)

 

 見慣れないアイコンが表示されており、晴海がそれを開くと中には上位存在からの連絡が添付されていた。

 

(新たな連絡手段確保の実験中。返信不要……。あの人も暇ではなかろうに……。)

 

 この機能が上位存在によって新たに試作されたものであると理解した晴海はそんなこと思いつつも、報告を行うために呼び出しをかける。5回ほどコールがかかった時、接続が開始された。

 

『接続完了。22番報告を。』

 

『最重要目標《白銀武》の出現を確認。及び、情報収集の進捗状況を更新。詳細はファイルにて送付済。』

 

『ファイル受信中……。受信完了。報告確認。』

 

『22番より報告は以上。』

 

『了解。22番へ最新情報を送ります。』

 

 上司がそういうと、各ハイヴで共有される予定の最新情報が送られてくる。あげられた報告から察するに各戦線で間引き作戦が行われていることは理解できたがそれ以外に特に目立った報告は見受けられない。しかし、晴海は一つの項目に目が行く。

 

(準第1級以上閲覧可能……。これは……。)

 

 晴海はファイルを開く。そして思わず(これは……)と声を漏らしてしまう。地球から送った資源輸送船第一号が物資を載せたまま地球へ戻ってきてしまったことが書かれていた。最初の輸送船が送られたのは今からおよそ30年前のことだ。

 

(私が本国へ送った輸送船は残存の燃料と本国への帰還のめどが立たなかったとAIが判断し、帰還しました。我々がこの星域に磁気嵐によって迷い込んで113年が立ちましたが、未だ各惑星からも本国と接触した報告は上がっていません。)

 

 私がファイルを見ている事が分かったのか、上司は補足説明をする。上司の発言から察するに、我々は現在宇宙で迷子になっているも同然であり、帰還するために各惑星に存在する上位存在が様々な手段を講じているようだ。

 

(本国からの補給船も来ていない以上、これ以上の輸送船派遣は限界と考えられます。現在私が持つ残りの資源量から予測するにこの数の採掘機械を維持するのは困難となるでしょう。数を縮小し得た資源をもって本国帰還まで維持を行おうと考えていましたが、私の資源の消耗量は各惑星に比べ多すぎます。各惑星からの資源提供も拒否されています。)

 

 各惑星に存在している上位存在も惑星の採掘を行うためにBETAを作成して採掘活動を行っているのだ。BETAを作成、維持するにも自分たちで作成する必要資源だけではこの数を維持するのは困難であり、遭難した際に持っていた資源を節約しながら使っているというのが今の状態である。そうであれば、資源提供を断るのも理解ができる。

 

(現在の我々に対する指揮系統は存在せず、各上位存在が独自の判断のもと本国への帰還を達成しようとしています。我々も新たな手段を用いて、本国への帰還を目指す必要があると考えます。)

 

 晴海は上司の考えている事を徐々に理解し始めた。

 

『この惑星に知的生命体の存在を確認できたのであれば、本国帰還のために利用することも視野に入れると22番は理解しました。間違いはないでしょうか。』

 

『22番の考えに訂正。利用ではなく協力が正しい。補給もなく、資源を浪費し続ける我々が生存するためには維持できる量まで数を減らすことが必要。攻撃をされないように交渉し、協力体制を築く必要がある。知的生命体への攻撃を行ってしまった際、我々には問題解決を行うよう指示が出されている。』

 

 戦争において最も大事なのは補給だ。どれだけの物量を誇る国であっても、それを前線に届けることができなければ、戦争に勝つことはできない。晴海も多くの本から得た知識でそのことは十分に理解していた。BETAがこれまで勝ち続けられたのはこれだけの物量を維持する資源が備蓄として残っていたからだ。

 

(地球は人類のホーム。補給の面から見れば人類が有利なのは確実。新たなBETAを生産し、前線へ送ろうとしても前線が広すぎてまともに配備もできず、資源の浪費につながり首を絞めることになる……か。)

 

 晴海は上位存在は知的生命体への攻撃はプログラムにより行えないと原作知識では理解していたが、不測の対処方法に関してもプログラムが用意されていたことは意外と思った。製作者は思ったよりも優秀なプログラマーらしい。

 

(そのプログラムを実装する前に知的生命体を定義するファイルを更新した方がよかった気もするが……。流石に未知の知的生命体を定義するのは困難か……。)

 

 上位存在がなぜ人類の情報を集めるよう指示を出していたのか、ようやくその真相に近い情報を得ることができた晴海は人類への敵対心がないことに安堵しつつも、自分たちBETAがいかに危機的な状況に置かれているかを理解した。ファイルの中にはBETA大戦がはじまってからの資源消費量がまとめられており、年々その消費量は増加している。採掘区域が広がったことと戦術機の進化が原因と考えたが、どうやら各ハイヴを維持するのにも多くの資源が使われているようだ。

 

(各ハイヴでも生産は行っているが、維持は到底できていない……。確かにこれで22個もハイヴが置かれているなら資源消費が多いのは当然か。)

 

 晴海は上司に『情報更新完了。報告は以上』と言うと、上司は『確認。通信を終了する』と返す。晴海は受け取った最新情報がかなり重要になると理解し、連絡を終えた後もしばらくの間そのままの状態でファイルを確認することにした。

 

(Type2やType3に搭載している自給自足可能なシステムは一体当たりのコストが高すぎて量産には向かない……。戦車級の代用として大量配備しようにもこれだけの採掘地域をカバーするためにはかなりの量になるし、破壊されたら回収不可なことを考えると既にじり貧に近い状況に変わりはないか……。)

 

 

 そうして一晩の間ファイルを読み漁った私は他の情報にも簡単に目を通し終えたこともあり、晴海の体へ戻ることにした。

 

(……。気分が悪い……。)

 

 長い間遠距離から接続していたからなのか、ファイルを読み漁っていたことで処理機能がオーバーヒートしたのか、晴海は気分が悪く机に突っ伏した。護衛にコーヒーを入れるよう指示を出して、とりあえず何か飲もうとする。その時、扉が開く音が聞こえた。晴海が顔をあげると、そこに夕呼が立っていた。

 

「あんたに報告があるから来たんだけど……。どうしたの?」

 

「仕事に疲れたんです……。それで…、報告と言うのは……。」

 

 夕呼は若干引き気味に「え、えと」と言葉に詰まる。

 

「49部隊の健康状態に関する報告よ。アマネ以外の3人ようやく目を覚ましたわ。これと言った異常は見受けられないそうよ。これに詳細が書かれているわ。」

 

 夕呼はそういうと突っ伏している晴海の隣に書類を置く。晴海は「ありがとうございます……」と誰から見ても死にかけな様子で返事を返す。夕呼は心配と言うよりもあまりの気味の悪さにいつもより一歩下がって話をしていた。

 

(そんなに態度で表さなくても……。)

 

 晴海はそんなことを思ったものの、自分が夕呼の立場であったならば同様の態度をとるかもしれないと考え、それ以上考えることを止め、無理やり体を起こし、椅子に寄り掛かる。

 

「ほかに何か連絡はありますか。」

 

「これと言って特にないわね。強いていうと、私がしばらくの間忙しくなることくらいかしら。」

 

「白銀さんに関する件で、ということですか。」

 

 晴海がそういうと夕呼は「まぁ、そうね」と曖昧な返事を返す。晴海も大体は予想していたことであり深く聞くことは避けた。

 

「できれば一度は顔を合わせたいのですが……。」

 

「白銀の準備が整ってからにして頂戴。私だって限界はあるのよ。」

 

 晴海は「まぁ、そういうことなら」と言い、渋々あきらめる。夕呼の負担を大きくすることを避けたいと考えると同時に、ここで急いで会わせろとせかしても相手に不審がられる可能性があると考えたからだ。夕呼は「それじゃ」と言って手を振りながら部屋を後にした。話を終えたのを確認した護衛級が横からコーヒーを差し入れ、晴海は「ありがとう」と言うとコーヒーを飲んだ。

 

(暇になってしまいましたし……。ナツノたちの様子でも見に行きますか……。)

 

 

 

 ナツノたちの病室に向かった晴海であったが、中には既に誰もおらず、近くを通りかかった看護師に話を聞くと4人は部屋に戻ったとのことだった。晴海は看護師に礼を言うと、4人の宿舎へと向かう。

 

 部屋の前についた晴海は軽くノックをして部屋へと入る。

 

「宗谷司令!」

 

 机で何かを書いていたナツノが部屋へ入ってきた晴海を見て驚く。ナツノの声にベッドでダラダラしていた他の3人も驚いて体を起こす。

 

「今は勤務外だから楽にしていいよ。病み上がりなんだから。」

 

 晴海はそういいながら部屋へと入り、近くにあった椅子を寄せて座る。

 

「改めて任務の完遂と全員の生還を祝いたいと思ってね。」

 

「恐縮です!」

 

 そういいナツノが敬礼をしようとするのを晴海は「だから楽にしていいよ」と言い手を縦に振る。

 

(私何か怖いオーラでも発してるのかな……。)

 

「という訳で4人から何か要望があればプレゼントをしようと思ったんだけど……。」

 

「司令。私たちは与えられた任務をこなす兵士ですので、褒賞などは……。」

 

「いいから、そういうことは気にしないの。」

 

 晴海にそうは言われたものの4人は特に不自由なこともなく逆に言えばかなり自由な行動を許可されていたこともあって、欲しいものはないかと急に言われて困惑してしまった。

 

(流石に急すぎたかな……。)

 

 晴海は「まぁ、考えておいてくれ」と言い、席を立ちあがる。それとほぼ同時にホムラの腹の音が鳴る。晴海が時計を見ると午後3時と言ったころ合いだ。

 

「時間も丁度いいし、祝勝会でもしましょうか。まだ昼食は食べていないようだしね。」

 

 ナツノたち49部隊の面子は「分かりました」と言いながら、国連軍の制服へと着替える。ホムラは顔を赤く染めていた。

 

 制服へと着替えた4人はナツノを先頭に食堂へと向かった。食堂はほとんどの基地要員が昼食を終えている頃であったため席はほとんど空いていた。4人と晴海はそれぞれ食堂で自身が食べたいと思うものを注文すると、適当な席へと座る。

 

(京塚曹長いなかったな…、時間が違うのかな?私はとりあえず合成サバ味噌定食にしましたが……。ナツノは野菜炒めで、ホムラが中華丼…、シノが秋刀魚で、アマネがラーメンと……。好みは前の記憶に影響を受けているのか気になるところですね……。)

 

「それでは、49部隊の初任務の成功を祝して、乾杯。」

 

 晴海の音頭と共に4人は「乾杯!」と言いグラスを鳴らした。その後は作戦中のことや最近のことなど他愛もないことも含めて様々なことを話しながら食事をした。食事の味については語るまでもなく、前の世界の食事と比べれば不味いと言わざるを得ないが、4人は満足しているようだ。それに何より、話をしている時の4人は以前のような無表情な機械ではなく、もう人間として完璧と言えるまでの感情表現を行えていた。

 

(……。誰かとここまで話あったの久しぶりかもな……。)

 

 常に相手の腹のうちを考えて話すことがほとんどであった晴海は、こうした何のとりえもない話をすることに少しの感動を覚える。そうして、祝勝会は晴海も4人も十分に楽しむことができた。

 祝勝会を終え、食べ終えた食器を返却口へと持っていく。晴海はその時、食堂で話していた調理師の声が耳に入ってきた。

 

 

「今年は東北でも北海道でも農作物は全体的に不作らしいな……。」

 

「不作なんでもんじゃない……。飢饉に近い状態だよ……。合成食品があったとしても、きついだろうな……。」

 

 

(ほう……。興味深い話を聞けましたね……。)

 

 今年は寒波続きで作物の実りに不安が残るというニュースは新聞などを通して得ていた晴海であったが、民間人レベルが知りうる詳細な情報を聞くことができ、今後の取引に使うにはもってこいだろうと早速、新たな取引に向けて行動を開始することを決めた。

 

(政府も情報統制を敷いているみたいですが……。さてさて……。)

 

 晴海は4人に「それじゃ、お疲れ」と声をかけて別れると足早に自室へと戻る。部屋へ戻ると早速、電話を取り目的の人物へ連絡を試みる。盗聴されていることは当然分かっているため、妨害工作を行い内容は漏れないように細心の注意を払う。

 

「もしもし、晴海です。首相に連絡を。」

 

 晴海は榊首相から以前手渡された直接回線につながる番号へ掛けたのだ。最初に受話器を取ったのは秘書であったため、晴海は榊首相取り次ぐように頼む。秘書は「少々お待ちください」と言う。

 

 しばらくすると、受話器が動く音がする。

 

「お待たせして申し訳ない。会議が立て込んでいてね。」

 

「こちらも急に呼び出してしまったようで申し訳ありません。榊首相。」

 

「それで、ご用件は何かな。」

 

「単刀直入に申し上げたいのですが、この電話は盗聴されている可能性がありますので、近いうちに直接話す機会を用意していただきたいと思っているのです。」

 

 受話器の奥で榊首相が秘書に今後の日程について尋ねる。満足のいく返答が返ってこなかったのか榊首相は「ふむ…」と声を曇らせる。

 

「宗谷さん、申し訳ないがこちらも忙しくてね。中々時間をとれないのだが……。」

 

「【食糧問題に関する会議】ですか。」

 

 榊首相は「まぁ、色々です」と一瞬声を詰まらせながらもあいまいな答えを返す。晴海はもう一つかまをかけることにした。

 

「今年の作物の収穫具合はよろしくないようですね。果たして合成食品だけで配給は間に合うのでしょうか。」

 

「……。要件はそれに関することか。」

 

 国内事情を晴海に知られていることに榊首相はいつもの穏やかな声から政治家の厳しい声へと変わる。

 

「お時間取っていただけますね。」

 

 榊首相は「はぁ」とため息を漏らすと、話し合いが可能な日時は後日連絡するといい受話器を秘書に手渡したようで秘書が「それでは失礼いたします」と言い電話を切る。

 

(打てる手は早めに打っておきましょう……。)

 

 日本の国内不安定な状態を少しでも改善することが可能なのであれば、協力していく。現政権を維持してもらった方が晴海にとっても利益が多いと判断したうえでのことだ。

 

(さて、早速準備に取り掛かるとしましょうか。白銀さんに出会うまでに暇つぶしになりそうで良かった。)

 

 晴海はそんなことを思いながら、日本政府が望むであろう物を用意するために必要な資源量の計算や資料の作成へ取り掛かった。



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