「この世界」の日常 (黒ピ)
しおりを挟む

#1 はじめまして!わたし、ポッパラムと言います!

お手伝いが大好きなポッパラムちゃんの話。


「ふぅ、今日の試合もなかなか楽しかったな!」

「ピカピーカ♪」

「ねえねえ、もし良かったらこの後お買い物に行かない?」

「…ふむ、悪くはないな」

 

眩いほどの光と活力とエネルギーに満ちた多くの歓声の溢れる場所から

和気あいあいとした会話と共に出てくる3人と1匹の影。

 

「お父様、お帰りなさいませ!今日もお疲れさまでした!」

「メタナイトー、きょうもすごかったねー♪」

 

つい先ほどまで光の向こう側で競い合っていたそのひと達の周りは

今ではお互いの健闘を称えるように和やかな雰囲気に包まれていました。

 

「この世界」で一番人気といっても過言ではない競技――「大乱闘」。

 

その試合に参加する「ファイター」と呼ばれるひと達が

ステージから戻ってきたことに気づいた『わたし』は、いつものように自分のお仕事を始めるのです。

 

「皆さーん、今回もお疲れ様ですー♪」

 

 

あ、自己紹介がまだでしたね。はじめまして、こんにちは。『わたし』の名前は「ポップ」と言います。

 

元々は「ポッパラム」という、「この世界」の敵である「亜空軍」の一員でしたが、

ひょんなことからマスターハンド様から人間の姿を頂いて、

現在は「大乱闘」に参加する「ファイター」の皆さんの身の回りのお世話や試合の準備などのお手伝いをしています。

 

 

「はい、飲み物をお持ちしましたよ♪」

 

「ぷはー!いつもありがとー、ポップ♪」

「…いつも恩に着る」

「ピカピカ♪」

「いえいえ♪あ、あと、お菓子も作ってきたので、良かったら召し上がってください♪」

「いえーい!お菓子きたー!」

「お、今日のもなかなか美味しそうだな」

「ピカピカー♪」

「…では、遠慮なく頂こう」

「どうぞどうぞ♪」

 

着用しているエプロンのポケットから予めお家で作っておいた袋入りクッキーを取り出して、

わたしはいつも通りにファイターの4人に一袋ずつ手渡していきます。

 

大乱闘というのは、各々の持つ技で戦い合う競技なので、体力の消耗が激しいそうで…、

だから、試合での疲れを甘くて美味しいもので癒してもらえたらいいなって思い、毎日の習慣として続けていたりします。

 

「んー♪今日のもすごく甘々でおいしー♪」

「…良い味だな。」

「はうう、それなら良かったです~♪」

 

…皆さんの美味しそうで幸せそうな顔を見ていると、わたしまた嬉しくなりますしね。

 

「ピッカー!」

「ぼくもぼくもー!」

「はいはい、おかわりですね。でも、あんまり食べ過ぎると晩ごはん食べれなくなっちゃいますから、これで最後ですよ?」

「わーい!」

「ピカ!」

 

「今日の試合はこれで終わりだから…、あ、そうだ!マスターハンド様にスタジアム弁当の売上報告と…、

あ、あと、ハトの巣さんとこへお手伝いしに行かなきゃ!」

「…いつも忙しそうだな」

「そうですねえ。だけど、皆さんのお役に立てることがわたしにとっての幸せですから♪」

「…そうか。」

「それじゃあ、行ってきますねー♪」

「「行ってらっしゃーい!」」

「ピッカー!」

 

 

 

 

 

 

――そんなわけで、次にわたしが向かったのは、「すま村」にある純喫茶「ハトの巣」でした。

 

「お待たせしましたー」

「いえ…、では、よろしくお願いします…」

「はいっ!」

 

いつも通りこのお店のご主人にご挨拶をして、こちらの制服に着替えたわたしは、お客様のいるカウンターの方へ向かいます。

 

 

「あ、ポップ♪ボクはお砂糖とミルクたっぷりで!」

「オレはブラック」

「えー、今日も?あんまり無理しない方が良いんじゃ…」

「うるさい、今日こそは飲めるはずだ」

「ハイハイ…」

「あはは…。じゃあ、ブラックとお砂糖ミルクたっぷりのやつ用意しますね」

 

 

『もっとファイターの皆さんのお役に立てるには、どうしたらいいのだろう』

そんな悩みを抱えていた頃にマスターハンド様から紹介されたのが、こちらでのお仕事でした。

というのも『ハトの巣』には、試合が終わった後のファイター達がよく集まっているからです。

わたしもそれはとても良い考えだと思い、すぐに承諾しました。

 

 

「ンゴォ…、やっぱ苦い…」

「ほらー、言わんこっちゃない」

「はいはい、今お砂糖とミルク持ってきますねー」

 

カランコロン

 

おっと、こうしてる間にも新たなお客様が。

 

「いらっしゃいませ…。おっと、これはこれは」

「こんにちは、いつものを一杯お願いします」

「私は、機械オイルに砂糖を少し」

「おっと、マスターハンドにマスターロボット。」

「おや、貴方がたも来ていたのですか、ピットにブラピ。」

 

白く長い髪と眼鏡、柔らかな笑顔が特徴的な男性と、その隣で一見無機質にわたしを見つめる、双眼鏡に似た頭部と水平に突き出たメカニカルな腕を持つ機械の人形さん。

 

ほどなくして注文された飲み物を差し出したわたしに、

『かつて』とある島に住まうロボット達のリーダーだった方はこのようにたずねてきました。

 

「…『あの子』は、息災にやってるか?」

 

いつもと同じ温かさを感じるその質問に、わたしも口元の綻ぶままに返しました。

 

「『彼』のことなら大丈夫ですよ。

わたしのお仕事や家事とかも時々手伝ってくれてて、

最近じゃ、お料理も作ってくれるようになりましたし」

「…そうか、それなら良かった」

 

…だけど、安堵したように両目を瞑るマスターロボット様は、わたしには何処か寂しそうにも見えました。

 

「…会わなくて良いんですか?」

「あの子自身が『会いたくない』というなら、私とて無理強いは出来ないさ。

そもそもあの子がああなってしまったのは、私が不甲斐無かったせいなのだから…」

「そんなこと…」

 

 

「…さて、そろそろお暇しましょう。

私はショッピング中の弟を連れ戻さなければなりませんし、

マスターロボットも『お子さん達』が家で待っているでしょう?」

「…そうだな。では、失礼する」

「…ポップも、あまり働き過ぎないようにしてくださいね?」

「あ、はい!またどうぞー♪」

 

 

…と、マスターハンド様には忠告されていたのにもかかわらず、わたしったらまた周りが見えなくなってしまったようで、

その後も張り切ってお手伝いを続けていたら、いつの間にやら夜も遅い時間になっていました…。

 

「…そろそろ、お帰りになられた方がよろしいのでは?」

「ふぇっ!?もうこんな時間ですか!?」

 

時計を見てようやく働き過ぎに気づいたわたしは、慌てて自宅に戻る準備を始めました…。

 

……というか、こないだ働き過ぎは良くないって『彼』に怒られたばかりなのに、私ったらもう…

 

「…ああ、そうそう。実は裏の方で『彼』が待っていますよ」

「あうう、やっぱり…」

 

 

 

 

 

 

「…遅え」

「ほ、ホントにごめんなさい、ガレオムさん…」

 

店主さんに言われて店の裏側へ回ってみれば、

案の定そこには仏頂面で仁王立ちしている『彼』ーーガレオムさんの姿がありました…。

 

「夢中になんのはしょうがねえけど、もうちょい区切りつけることを覚えた方が良いと思うぞ、マジで」

「うう、おっしゃる通りです…」

 

ガレオムさんは昔エインシャント島で造られたロボットで、わたしと同じく亜空軍のメンバーだったんですけど、今はマスターハンド様から賜った人の姿で生活しているんです。

元々がかなり大っきかったからか、人の姿でもかなり背が高くて(確か190cm以上だったと思います)、

鋭い目つきや頭部のツノも相まって、なんというか、こう…、ものすごい迫力があります…。

 

ですがガレオムさんは、それ以上は怒ったりせずに、代わりに一回大きく溜め息を吐いた後、

 

ひょいっ、と

 

唐突にわたしの身体を持ち上げて、…まぁその、所謂お姫様抱っこの形にした後、

 

「…とりあえず、さっさと帰るぞ」

 

ぎゅおおおん…、ひゅんっ!

 

…次の瞬間には、高速で夜の世界を駆け抜けていました…。

 

「ひゃあああああっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元々は戦地に素早く辿り着くように設計されたガレオムさんが

わたしを連れてお家まで到着するのにそう時間は掛からなくて、正直とても助かりました。

 

ただ、ちょっとだけくらくらしますけど…。

 

「はぁ、ただいまです…」

 

マスターハンド様から頂いた小さな一軒家の扉を開け、部屋の明かりを点けたら、なんだかホッとした気分になります…。

 

「今日はメシ、オレが作るから。お前はソファで休んでろ」

 

扉の上縁に頭をぶつけないように少し屈みながら入ってきたガレオムさんは、

冷蔵庫のすぐそばに掛けてあったエプロンをあっという間に着けたかと思うと、卵を2個ほど取り出してボウルに割り入れていました。

 

「え、でも…」

「いいから休んでろ。こないだみてえにぶっ倒れられるとこっちだって困る」

「あ、はい…。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

…そんな訳で、フライパンの上で食材の焼ける音と菜箸の動く音を聞きながら、しばしゆっくりすることにしました。

しかし、何もしてないとやっぱりちょっと落ち着かないですね…。

 

…とりあえず、通信端末の方でも見てみましょうか。

 

ポケットの中から薄い板状の通信端末を取り出して画面を点けると、通知が沢山溜まっているのが見てとれました。

 

そういえば、ずっとマナーモードにしてましたもんね…。ガレオムさんからも着信何回か来てますし…。

あ、カービィちゃんやコトノハちゃん達からもメッセージ来てたんですね。早速読んでみなくちゃ。

 

ふむふむ…、カービィちゃんはメタナイトさんに沢山お菓子を買ってもらったんですね。

添付された写真には両手に持ちきれないぐらいのお菓子が映ってますが、どれもすごく美味しそうです…♪

 

次にコトノハちゃんのメッセージ欄を、と…、

あうう、私ってコトノハちゃん達にも心配掛けてたのですね…。

曰く、『ポップ、また張り切って働きすぎたんだって?

僕もパパ様も、ポップがまた倒れちゃうんじゃないかってすっごく心配したんだからね?

ガレオムだって落ち着かなくなっちゃうし…』とのことで、本当にもう、ものすごく申し訳ない気持ちになります…。

 

ガレオムさんやマスターハンド様からも同じようなメッセージ届いてるし(ガレオムさんからに至っては何度も)、

明日からは時間とかちゃんと考えてお仕事しなくちゃ…。

 

 

 

…それにしても、

 

ガレオムさん、出会った時に比べると本当に随分と変わりましたね…。

 

 

ーー彼と出会ったのは、光の化身であるキーラ様と混沌と闇の化身であるダーズ様が「この世界」を巻き込んで争っていた時のこと。

 

かつて亜空軍の兵器としてファイターの皆さんと戦った末に亜空間に飲まれて消えたガレオムさんでしたが、キーラ様の手によってファイターを迎え撃つための傀儡として復活させられたんです。

 

…激戦の末再びファイター達に倒された後、突然現れた眩い光がその残骸に当たって、次の瞬間に彼は人の姿になっていました…。

 

『……オレ、なんで…?』

 

マスターハンド様が、キーラ様に囚われる前に放った最後の力の結晶。

 

それに選ばれて再度蘇ったガレオムさんでしたが、彼にとってこの『再生』は、あまり喜ばしいことではなかったんです…。

 

 

あの頃の彼は、事あるごとに癇癪を起こしていました。

その度にわたしはどうにかして止めようとしましたし、ファイターの皆さんも手伝って下さいました。

 

『殺せ、さっさと殺せよ!てめえらなら容易くできんだろうがっ!!』

…そんな言葉を口にすることも日常茶飯事でした。

 

ガレオムさんの心の中は恐らく、辛さや悲しさ、それから苦しさでいっぱいいっぱいだったんだと思います。

そしてきっと…、楽になってしまいたかったんでしょう。

 

…それでもわたしは、彼に生きていて欲しかった。

 

だって、嬉しい事や楽しい事ととか、あと何よりも生きてることで感じられる色んな幸せとか、

そういうのを知らないまま「この世界」から消えてしまうのは、あまりにも悲しすぎるって、そう思ったから…。

 

 

「ーーおい、出来たぞ」

「あ、はい!今行きますねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、いただきます♪」

「いただきます」

 

今夜のメニューは大きなオムライス。

 

見た目だけでも美味しそうなそれを、わたしはすぐにお口に入れました。

 

「…美味しい。すごく、美味しいです…!

ガレオムさん、また少し上手になりましたね…!」

「だろ?今日もカワサキんとこでいっぱい練習してきたからな」

 

お料理を作ったご本人の表情も、心なしか誇らしげな感じに見えます。

 

「…けど、」

「ん?」

「…やっぱ、お前の作ったのの方が一番美味い…」

「えへへ、そう言われるとなんだか照れちゃいますね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

ご飯を食べ終わって、順番にお風呂に入った後は、ようやくベッドへと入ります。

 

「はぁ、お布団ふかふか…」

「そりゃそうだろ。今朝洗濯して干しといたんだから」

「そ、そこまでしてくれてたんですね…」

 

ガレオムさん、今日は一日お休み貰ってたのに…。

 

「…まぁ、暇だったからな」

 

ベッドの下の床で敷いたお布団の上で、何故か壁の方を向きながら横になっているガレオムさん。

 

まぁ彼の場合、わたし用のシングルベッドだと一緒に寝づらいでしょうし…。

…お金が貯まったら、カイゾーさんに大きめのベッド頼んでみようかな…。

 

「…なぁ」

「ん、どうしました?」

「…明日は、早く帰ってこいよ?」

「あ、はい…!」

 

 

ーー出会った頃と比べると、だいぶ大人しくなったように見えるガレオムさん。

けれど、心まで平穏になったかというと、恐らくそうじゃないと思う…。

 

彼が心に負った傷は、きっとそう簡単に消えるものじゃない…。

 

それでも…、

 

 

「明日は、帰ったら一緒にお買い物行きましょうか。食材も足りなくなってるの色々ありますし」

「…ああ、約束な」

 

 

…わたしは、ガレオムさんが「この世界」で生きていけるお手伝いがしたいです。

いつの日か、彼が心の底から笑顔になれるように…

 

 

「それでは、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ…」

 

明日へと向かうための挨拶を交わし、部屋の明かりを消したわたしは、

その後すぐに意識を夢の世界へと溶け込ませていくのでした…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#2 自分のことは好きじゃない、それでもオレは…

自己評価の低いガレオム君の独白と日常のお話。
この小説内のガレオム君はエインシャント島生まれという設定。


「うわぁ…」

 

天辺でサンサンと輝いて地上まで熱を放ってくるお天道サマの下で

本日の仕事内容を聞いた『オレ』は、思わず深いため息を吐き出していた。

 

「まあまあ、そんな面倒そうな顔しないで。お駄賃はちゃんと弾みますから。」

「そりゃまぁ、言われたからにはやってやんだけどよ…」

 

そうは言ってみるものの、目の前にいる眼鏡を掛け、古めかしい感じの服を着た長い銀髪の男から

渡された紙に書かれている内容をもう一度確認すると、自分の中でみるみるうちにモチベーションが下がっていくのを感じてしまう。

 

まず、今からセフィロスの『勝ち上がり乱闘』の為に『元の姿』に戻ってスタンバイだろ?

んでそれが終わったら、ブラピの勝ち上がり乱闘でラスボスとして立ちはだかる、と…

 

…セフィロスかぁ。オレ、正直アイツ苦手なんだよなぁ…。

アイツってなんつーか、ものすごく訳わかんねーし…

 

「…あぁ。そういえば、今日は『彼女』が応援しに来るとかなんとか」

「うう、それならちょっとは頑張れるかも…」

 

 

 

 

 

 

 

――――『オレ』の名前は、「ガレオム」。

「エインシャント島」という、今ではもう存在してない浮遊島で造られた戦闘兵器さ。

 

亜空軍と「この世界」のファイター共との戦いの中で一度は消えたもんだと思っていたが、

『キーラ』とかいうやたら眩しいのにオレの意志と関係なく復活させられて、

それからまたファイター共に倒されて…、…んで、気がつくと人の姿にされちまってた。

 

後から聞いた話じゃ、銀髪眼鏡な右手利きの創造の化身ーーマスターハンドが残した力に選ばれたんだと。

 

…最も、オレ自身は最初、『「この世界」で生きること』なんて微塵も望んでなかったわけだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…、やっぱアイツすげえ苦手…。突然クックックって笑い出すし、なんかクラウドクラウドってめっちゃ言い出すし…」

「あはは…。だけど、ガレオムさんもいい感じに圧してましたよ♪」

「そ、そうか…?」

 

セフィロスにボコボコにされて負けた後、再び『人の姿』になったオレは戦場でもある基地の中で休息をとっていた。

 

「そうですよ。最後まで頑張ってて、とってもえらいです♪」

 

ちなみに、褒め言葉をこっちに投げかけながらオレの頭を撫でているのは、『ポッパラム』というかつて亜空軍の一員だった奴だ。

 

頭に猫耳みてえなでけえ白リボンをつけて、黒い上着と赤いスカートの上にフリル付きのエプロンを着ている、見た目16歳ぐらいの女の子。

周りからは『ポップ』と呼ばれるそいつは今日、勝ち上がり乱闘で戦うオレのサポートに来ていたりする。

 

「つーか、お前今日ホントは休みだったろ?オレなんかのためにこっち来るより家で休んでたりした方が良かったんじゃねえの?」

「じっとしてるのって、わたし的になんだか落ち着かないというか…。

それに、ガレオムさんが頑張ってる姿も出来るだけ近くで見ていたいし…」

「そ、そういうもんか…?」

「そういうものですよ」

「お、おう…」

 

…ポッパラムってのは、本来気が小さくてすぐ逃げるような奴だって聞いたことあんだけど、

目の前にいるこいつは、なんつーか、まぁ…、結構積極的な感じなんだよな…。

 

出会った頃はすげえオドオドしてて、見るからに弱そうな奴って印象だったのに…

 

「はい、これ。喉乾いてるでしょう?」

「おう、サンキュ」

 

ポップから受け取ったスポーツドリンクを、俺は一気に半分くらい飲んだ。そのおかげか、さっきの疲れも少しは和らいだような気がする。

 

「あ、そうそう。実はハチミツ飴も持ってきてるんですよ」

「あー、こないだ森丘で見つけたやつで作ったのな」

「まぁ直接採取してくれたのはメイ君ですけどね」

「…あいつ、相変わらず怖いもん知らずだよな」

「本人曰く『「元の姿」でやれば造作もないですよ』とのことだそうで…」

「だろーな…」

 

後から来るであろう天使二人を待っている間、オレはポップと話でもすることにした。

 

「…そういや、今日は一緒に買い物行くんだよな?」

「もちろん、約束ですから♪」

 

…約束、ちゃんと覚えててくれてたのか。

 

「買うものも既に決めてありますよ。まずお米にキャベツ、それからじゃがいもにグリーンピース…」

「ぐ、グリーンピースは、別に買わなくても良いんじゃ…」

「ガレオムさん、好き嫌いは健康な身体の敵ですよ?

強くなりたいって言うならそういうのもちゃんと食べなきゃダメです」

「うう、わーったよ…」

「ちゃんとガレオムさんの好きなハンバーグのお肉やプロテインのやつも買いますから、ね♪」

「ん、まぁ、それなら…」

 

…ポップは、忙しくない時はいつもオレのそばに居ようとする。

 

こいつが言うには「ほっとけない」とのことだけど、オレ的には『オレなんかに』構うのなんて、

ポップ自身の時間を無駄にしちまってるんじゃねえかって気持ちの方が強いんだよな…。

 

…けど、それでも、オレにとってポップと一緒に居る時間は…、

 

 

 

…トントン

 

トントン

 

 

「ん?」

誰だ、オレの肩を指で叩いてくんのは。

 

そう思って後ろに振り返ってみると…、

 

「あのー…、ブラピにピット、もう来ちゃってますよ?」

「げっ!?」

 

至近距離で銀髪眼鏡もとい右手が作り物みてえな笑顔をこっちに向けてて、

その更に後ろの方じゃ黒い天使が溜息を吐き、白い天使が苦笑いを浮かべながらこっちを見ていた。

 

「あわわ…」

ポップの方もそれに気づいてガタガタと震えだしていた。

 

そういうこともあってなんともいたたまれない気持ちになってしまったオレは、彼女と一緒にこう叫ばざるを得なかった。

 

「「ご、ごめんなさーいっ!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…、本当に本当にすみませんでしたぁ…」

「そ、そんなに謝らなくたって大丈夫だって!ボク達だって早く来すぎちゃったし」

 

…ブラピやピットとの激戦を終えた後、オレはポップや件の二人と一緒にパラソル付きのテーブルに座っていた。

本来は『ブラックピット』という名の黒い天使は、何も言わずに何故かこっちをジト目で見てたりする。

 

「ブラピだって、そんなに怒ってないよね?ね?」

「…まぁな。というか怒る気すら起きない」

「ほ、ほら、ブラピもそう言ってるわけだし、この話はここでおしまいっ!とりあえず一緒にお昼ごはん食べよっか!」

「あ、はい…」「お、おう…」

 

『ピット』という白い天使の一声で、ランチタイムが始まった。

…なんつーか、コイツも結構グイグイいくタイプだよな。

 

「それじゃ、いっただっきまーす!」

「「「いただきます」」」

 

オレの今日の昼飯は、その辺の店で買ったからあげ弁当とプロテインドリンク。

いつもならポップの作る弁当を持っていくんだけど、昨日はアイツが遅くまで働いちまってたから、

これ以上疲れ溜めさせねえようにって、オレが止めさせたんだよな…。

 

「お店のお弁当も、なかなか美味しいですね」

「ん、そうだな」

「お、ブラピのは…、うわぁ、見事に野菜しかない…」

「…ナチュレに無理やり持たされたんだよ」

「しょうがない。ボクのとり天あげるよ」

「あ、わたしのハンバーグも良かったら」

「あー…。んじゃ、オレのからあげも」

 

…普段はポップと二人きりの時が多い昼飯時だけど、こうして他の奴と食ったりすんのも、まぁ…、そんなに悪くねえのかもしんねえ。

 

「あー!ブラピそんなにとるなよー!」

「くれるって言ったのお前だろ」

「だからって3個もとっていいとか言ってないー!」

「まぁまぁ…」

 

他の奴がギャーギャーと騒がしくしてんのも『見てる分には』面白れーって思えるし。

 

「ブラピがその気ならこっちだって、えい!」

「ああ、オレのプチトマト!オレだって、えい!」

「うわあ、またボクのとり天とったあ!」

「あわわわ…」

「はいはい、二人ともそこまでにしなさい。私のお弁当のエビフライ分けてあげますから。」

「「「あ、パルテナ様」」」

 

 

……『親父』のいたエインシャント島も、賑やかなところだったのかな…?

オレは、あの亜空間の主の起こした事件の時に生まれ・・・、

いや、造られてすぐに戦場に送られたから、そういうのあんまりよく知らないんだ…。

 

けど、もしも…、もしもあの時、あの島が亜空間に飲み込まれる前に

オレが今でも憎たらしく感じるあの『禁忌』の存在に気づいていれば…、

そしてあわよくば奴を殴りに行けていれば…

 

 

「あ、水筒のお茶が切れちゃいましたね。わたし、ちょっと自販機でお茶買ってきますね。」

「おー、いてら」

「ボクは、パルテナ様と一緒に次の試合行ってくるね♪」

「…ああ」

 

…テーブルには、オレとブラピの二人が残された。

 

ブラピはまたオレの方をじっと見ているが、オレ的にはコイツとは特に話すこともないし、

ポップが来るまでの間プロテインドリンクでも飲みながら待っとくか…

 

「なぁ」

「…ん?」

 

おっと、なんか話でもあんのか?ブラピがオレに話って、一体何なんだ…?

あんま一緒に喋る仲でもねえから、なんつーか全然想像もつか

 

「お前とポップって、付き合ってるのか?」

「ぶほっ!?」

 

ブラピにそう言われた瞬間、オレは口に入ってたもんを盛大に噴き出してしまった。

 

「げほっ、ごほ…、いきなり何なんだよ…?」

「いや、お前らいつも一緒にいるし、ちょっと気になってな。まぁ、その反応は予想外だったが…」

 

オレとしては、お前からそういう話題が出てくること自体がビックリだわ…。

てっきりこういう話にゃ興味ないもんだと思ってたし…

 

「…で、実際どうなんだ?」

「そ、それは…」

 

…確かに、ポップとオレは一緒にいることが結構多い。

 

けど、それはお互いがお互いのことをほっとけないからというだけで、別に『そういう』意味で一緒にいる訳じゃない、…と思ってる。

 

「…そんなんじゃねえよ」

 

…それに、『今のオレなんか』じゃ、あいつの恋人にゃきっとふさわしくないだろうから…

 

「別に、そんなんじゃねえから…、オレとあいつは…」

「…ふぅん」

 

オレのその答えを聞いて、なんでか納得できないと言いたげな顔をするブラピ。なんなんだ一体…

 

そこへ、ポップがペットボトルのお茶を持って戻ってきた。

 

「ただいま戻りましたー!」

「…おう、おかえり」

 

ポップはさっきと同じようにオレの隣に座ると、一気にお茶を飲んだようだった。

 

「ぷはー!生き返ったような気分ですー!」

「…そっか、そりゃよかったな。」

「? なんで、あっちの方向いてるんですか?」

 

…………やべえ。

ついさっきブラピからあんなこと言われたせいで、ポップの事全然直視できねえんだけど…。

 

「あのー、ガレオムさーん?」

 

…だって、しょうがねえじゃん。そんな話されたすぐ後にそいつの方をちゃんと見ろってのが無理な話だろうが…。

こいつとひとつ屋根の下で暮らし始めてかれこれ半年ぐらいは経つわけだが、そういう風に意識してしまうと、どうにも…

 

などと考えていると、

 

「ちょっと、聞いてるんですか?ガレオムさんっ!」

「うおっ!?」

 

不意にオレのすぐ目の前にポップのふくれっ面が現れたと思ったら、次の瞬間には目の前が真っ暗になっていた。

 

「いてて…」

 

そのすぐあとに左半身に痛みを感じたので、椅子ごとぶっ倒れたんだと理解した。

 

「え、ちょっ!?ガレオムさん、大丈夫ですかっ!?

……うわぁん、ガレオムさんごめんなさい、ごめんなさい~っ!!」

「や、オレ全然平気だし。つーか、お前は悪くねえ全然悪くねえから!

だから泣くな、じゃない、泣かなくて大丈夫だからっ!!」

 

それを見て慌てて泣き出したポップを、オレはどうにか落ち着かせようとする。

…オレ一応丈夫に出来てんだし、そんな反応しなくたっていいのになぁ…。

 

ポップの涙を止めようと奮闘するオレの背後から、呆れたようなため息が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……だいぶ落ち着いたか?」

「…はい。すみません、わたし…」

「だから謝んなくていいって」

「あ、はい…」

 

あれからしばらく経って、ポップとオレは人の少ない小道を歩いていた。

『泣いてるとこあまり見られたくない』って言うから、とりあえず近くの人のいねえ場所見つけて今は適当に散歩してたとこ。

 

「わたしはもう大丈夫なので…、とりあえず、お買い物行きましょうか」

「おう」

「あ。いつものお店、ここからでも結構近いですね」

「お、ホントだ」

 

ポップの通信端末で開いてるアプリの地図を見てみると、なるほど、確かにオレらのいるマークのすぐ斜め上にいつも行ってる食い物売ってるお店があるな。

 

「このまままっすぐ行ってみましょう」

「おう」

 

そんなわけでオレらはいつものスーパーに向かって歩き出した。

 

「にしてもここ、ほんと静かですねえ」

「そだな」

 

今、聞こえてる足音は二人分だけ。

 

…昨日は遅くまでずっとひとりで留守番してたから、こうやってポップと二人でいられるのは本音としてはすごく嬉しい。

最も、本人にそれを知られるのは恥ずかしいから言ったりはしねえんだけど…。

 

「ねえ、ガレオムさん」

「ん?」

「ガレオムさんって、初めて人になった頃と比べるとずいぶん変わりましたよね」

「変わった?オレが?」

「はい。物腰もちょっと柔らかくなりましたし、他の人とあんまり喧嘩しなくなりましたし、

マスターハンド様からのお仕事もちゃんと最後までやるようになりましたし。」

「それは…」

 

……違う、オレは変わってなんかいない。オレがそうしてるのは、あくまでもポップに迷惑をかけないためだ。

 

オレが誰かと喧嘩したり仕事サボったりすると、お人好しなポップはすぐ頭を下げに来てしまうし、

こいつのそういう姿を見るとオレもなんだか申し訳なく思ってしまう。

 

正直な話、特に「この世界」で今でものうのうと生きてる『禁忌』の奴はぶっ潰してえし、

右手の野郎から押し付けられる面倒な仕事だって本当はサボってしまいてえ。

 

けど、オレに『生きて欲しい』と望んでくれたこいつに、なるべくなら迷惑なんてかけたくない。

だから仕事も頑張るし、ケンカだってしないようにしてるんだ。

 

…オレは今でも全然ダメなオレのままだよ。

『エインシャント島のみんなを護るために造られた』のにその役目を全然果たすことのできなかった、何もかもがダメな…

 

 

「えっと…、あ、食料品店見えてきました!」

「おっと、ホントに結構近いんだな」

「チラシの安いやつ、売れ残ってるといいですが」

「んじゃ、急いで行こうぜ」

 

 

 

 

 

「よっしゃ、米ゲットだぜ」

「お野菜も安くて良かったです~♪」

 

食料品店の中に入ったオレ達は、早速必要な食料を取ってきてショッピングカートのカゴに次々と入れていた。

 

「あ、グリーンピースも見つけました♪」

 

うげ、やっぱグリーンピースも入れるのか。…頑張って食おう。

 

「ハンバーグの材料も買ったし、後はガレオムさんのプロテインを…、あ、こっちですね」

 

いつもそうするようにポップとオレは、プロテインの売っている場所に向かった。

いつも行ってる場所だから時間なんてほとんどかけずにそこに辿り着くと、そこには…

 

「あ、コトノハちゃん」

「おっと。こんなところで会うなんて奇遇だね、二人とも」

 

目の前に立っていたのは、一人の女性だった。

 

1本の三つ編みに結んだ桃色の髪、白色と桃色がメインの巫女装束、

それから、そんな格好にはミスマッチな感じもする、頭に着けられた双眼鏡のようにも見える四角い機械のゴーグル。

 

歳は、確か17歳ぐらいだったと思う。

 

全身からはふんわりと花の匂いもするそいつのことをよく知っていたオレは、特に遠慮も無く話しかけた。

 

「よお、姉貴」

「やあ、ガレオム。元気にしてた?」

 

すると、そいつはとても嬉しそうに、オレに笑顔を返してくれる。

 

『姉貴』

 

オレにとって、この『コトノハ』ってひとは姉に当たる存在なのだという。それには、オレもすごく納得している。

 

…何故なら彼女の正体は、エインシャント島で、オレよりもずっと以前に生まれたロボットなわけだから。

 

「オレはまぁ、元気だけど。…そういや、『親父』の方はどうなんだ?」

 

人の姿をしているのは、ポップやオレと同じようにあの右手の力によるモノなんだが、

現代で力を受けたオレらと違って、姉貴の場合は、過去の時代から呼び出された上で人の姿になったんだと。

 

「『パパ様』なら大丈夫。今日も元気に組み手で大暴れしてたし。あ、最近はよく鼻歌歌うようになったんだよ。」

「鼻歌ってマジか。けど、元気そうなら良かったよ」

 

…『親父』の子供である彼女がそういうなら、本当に元気なんだと思う。

 

「…会わなくていいの?」

「今は、会いたくねえ」

「…そっか」

 

…ダメなままの『今のオレなんか』に、『親父』に会う資格なんて無えから。

 

「……じゃあ、僕はこれで。今日はこれからパパ様やメイデイとお出かけの予定だから」

「そっか、そんなら『3人で』楽しんでこいよ」

「……うん。」

 

それに、『親父』の元には、不出来なオレと違って優秀な子供が2人もいる。あいつらさえいりゃあ、『親父』だってきっと大丈夫だと思う。

……あの完璧な家族の中に入り込んでいい権利なんて、オレなんかにあるわけが無えんだ…。

 

「ポップもガレオムのこと、よろしく頼むよ。あとあんまり張り切りすぎないように」

「あはは、肝に命じておきます…」

「ふふ。それじゃあ、またね。」

 

姉貴は商品の棚からプロテインの粉の入った袋を掴むと、笑顔で小さく手を振って、花の匂いとともにその場から去っていった・・・。

 

…その背中が少しだけ寂しそうな感じに見えたのは、気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

 

『……おはよ、父さん』

『ああ、起きたか我が息子よ』

『うん。…ねえ父さん、オレはいつになったら戦いに行けるの?』

『…お前は、怖くないのか?』

『ん、何が?』

『…お前の頭には、亜空間爆弾が搭載されている。

それを使うことになれば、お前だってきっとただじゃ済まない』

『…………』

『…今ならまだ「奴」に見つからずにそれを取り外せるだろう。だから…』

 

『ありがとう。でもその必要はないよ、父さん』

『え…』

『だって、オレは「エインシャント島のみんなを守るために」造られたんだろ?』

『それは…』

 

『だったら、オレは頑張るよ。…例え、自分が消えることになっても。

オレが頑張って、ファイター達やっつけて、「あくーかん」?ってのを広げていったら、みんなのことだって、きっと守ることが出来るはず。

……つっても、オレはまだ造られたばっかだから、みんなにはまだ会えてないんだけど』

『……。』

 

『けど、父さんが守りたいって言うんなら、きっと良い兄貴や姉貴ばかりなんだろうなぁ。

……もし、この爆弾を起動させずに帰ってこれたら、ぜひみんなに会ってみたいなぁ』

『…………帰ってこれるさ。お前なら、絶対……』

『へへっ、ありがと♪父さんがそう言うなら、きっと大丈夫だよね!だって、オレは父さんに造られたロボットなんだし!』

『……そう、だな。頼りに、しているよ…』

『ああ、ドーンと任せといてよ!』

 

『エインシャント島も、ここにいるみんなも、全部オレが守ってみせるから――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はい、どうぞ」

「おう、サンキュ」

 

…食料品店での買い物を一通り終えた後オレは、そこからすぐ近くの小さな公園にあるベンチに座ってポップから棒付きのアイスを受け取った。

 

「今日買ったのもなかなかうまそうだな。まぁ、オレはどの味のも好きだけど」

「ふふ。ガレオムさんって、本当にアイス好きですよね」

 

ポップもオレのすぐ隣に座って、アイスの袋を開けている。

 

『そろそろおやつ時ですし、ついでに買っていきましょうか』ってポップに言われて、

その言葉に甘えて選んだアイスは、イチゴと牛乳の味が程よく甘々だし、

中に入ってる凍ったイチゴの果実もしゃりしゃりしてて、結構美味しく出来てると思った。

 

「ん~♪このアイス、すっごく美味しいです~♪」

「だよなぁ」

 

口に入れたアイスをもぐもぐしているポップの顔も、すげえほんわかした感じになってたり。

……正直、すげえ可愛いと思う。

 

「? どうしたんですか、そんなじっとこちらを見てきて…?」

「あ、いや、えっと・・・、な、なんつーかお前、すげえ美味そうに食うよなーって…」

「まあ、実際美味しいですからねえ♪そうだ。このアイスのこと、スマッターにも呟いてみようと思います♪」

「…まぁ、いいんじゃねえの」

 

ポップは、エプロンについているポケットから平たい板状の通信端末を取り出すと、すぐにスマッターを開いて、文字を打ち始めた。

 

…あ、『スマッター』ってのは、一言レベルの短い文とか写真とかを乗せて、遠くに要るやつとも簡単に繋がったりすることの出来るアプリのこと。

……右手の奴は確か、『コミュニケーションツールでもあり情報を送り出すツールでもある』とか言ってたっけ…。

 

オレは…、登録はしてるけど、使うこと全然無えんだよな…。

 

「よし、投稿完了です!」

 

ポップはこういうの結構使いこなしてるみてえだけど、コイツの場合は、機械越しでも直接会う時でもコミュ力高え方だもんな。

 

……オレ?戦闘兵器だった奴に何期待してんだよ。あるわけねえだろ、そんなの。

 

「…さて、アイスも食べ終わりましたし、そろそろ帰りましょうか。」

「そだな、洗濯物も取り込まなきゃなんねーし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ポップっていう、今となっちゃすげえ積極性の塊になっちまってる一体のポッパラムと出会ったのは、光の化身と混沌と闇の化身の起こした事件の中でのことだった。

 

望んでもいないのにあの光の化身に無理矢理従わされてファイター共と戦い、そして再び敗れたオレは、気がつくと人の姿になっていた。

その後しばらくはボーッとしてた(今思えば何にも考えたくなかったのかもしれない)んだが、

そんな時不意に、オレよりもずっと小さな『そいつ』が、目の前に現れて話しかけてきた。

 

『えっと、あの、その…、大丈夫、ですか…?』

『あ…、えっと、わたし、ポップ…、ポッパラムのポップって、言います…』

 

『ポッパラム』――それは、影虫から創られた亜空軍兵士の一種。

 

モノをばら撒きながら逃げることしか能が無えとは聞いてたが、人の姿とはいえこうやって直接見てみると、その訳がよぉく分かった気がした。

 

理由は簡単、目の前にいたこいつの態度が、めちゃくちゃオドオドとした感じだったからってハナシさ。

 

んで、そのポッパラムは、数人のファイター共と一緒にオレのことを見張ってたわけだが、

……呆れたことに、そいつはオレの目の前で、ガタガタと情けなく震えてやがった。

 

まぁ、オレって人の姿でも結構デカいし、目つき悪いし、頭にツノ生えてるしで、自分で言うのも何だけど、かなり恐ろしい感じに見えるとは思うんだ。

実際、この時はファイター共もかなり警戒してたと思う。

 

…………けど、このポッパラムは、頑なにオレから離れようとはしなかった。

 

流石にちょっと気になってそいつに訊いてみたら、震えた声ながらも答えが帰ってきた。

 

『とても怖い…、ですけど、でも、あなたのこと…、放っておけないんです…。

あなたは…、なんだかとても、悲しそうに見えるから…』

その言葉を聞いた瞬間、オレの頭に血が昇った。

 

『……てめえに何が分かる?』

そして気がつけば、オレはそいつの胸倉を掴み上げていた。

 

その時は、すぐにファイター共に止められて渋々手を離したけど、

この初めての対面からしばらくは、このポッパラムに対する苛立ちが止まらなかった。

 

その理由は、今振り返ってみれば、ファイター達と仲良さそうにしてて

恵まれてるように見えたそいつへの、ガキ染みた嫉妬だったんだと思う…。

 

だけど、当のそいつはというと、不思議なことにオレに構うのをやめなかった。

 

ブルブルと全身を震わせてるくせに、オレの顔を見上げながら今にも泣きそうな顔をするくせに、オレが怒鳴りつけたらすぐに大泣きしだすくせに、

それでもこのポッパラムは、オレと話そうとするのを諦めようとはしなかった。

 

そして、そんな姿が視界に入ってしまうことが、この時のオレを余計にムシャクシャさせた。

 

『…………なんで、オレなんかに構うんだよ?』

 

……他の奴のことを考える余裕なんて持ち合わせていなかった頃のオレは、その理由だって全く解ろうとしていなかったんだ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                              

                                       

                                       

                                       

                                        

「~♪~♪」

「…………。」

「ふふっ、そんなにそわそわしなくたって、ハンバーグは逃げたりしませんよ♪」

「わ、分かってらぁ…」

 

食料品店近くの公園から何十分か歩いて家に帰り着いたオレ達は、

洗濯物を取り込んで畳んだ後、今日のディナーであるハンバーグを作っていた。

 

オレ的に一番きつかったのは、やっぱり玉ねぎみじん切りだな。

……これいっつも思ってる事なんだが、アレって切ってる時なんであんな目に染みんのかな…?

けどまぁ、こうしてちゃんと完成したから、こういう苦労もした甲斐はあるんだが。

 

「…よし。箸も通りますし、これで完成ですね♪」

「よっしゃ。んじゃ、後は盛り付けだな。」

 

ハンバーグが焼けたのをちゃんと確認したオレらは、付け合わせのために予め焼いておいたニンジンやコーンとかを二人分に分けて入れた。

…あ、グリーンピースも解凍して入れるんだな。…覚悟決めるか。

 

 

 

「――それじゃあ、いただきます♪」

「いただきます。」

 

料理を始めた時には既に腹がすげえ減ってたオレは、ポップと一緒に食事の挨拶を済ませると、早速、見るからに美味そうな大好物から食い始めた。

 

「んー、うめえ!」

「ほんとですねえ。ガレオムさん、頑張って作りましたもんね♪」

「…んなこたねえよ。オレがやったの、玉ねぎのみじん切りと成型だけだし」

「いやいや、そういうのも大事な工程ですから♪」

 

オレの目の前で、ニコリと笑顔を浮かべるポップ。

 

「それにガレオムさん、着実に料理上手くなってると思いますし」

「そ、そう、かな…?」

「そうですよ〜♪昨日のオムライスだってそうですし、あ、あと、こないだのカレーもすごく美味しかったです♪」

「そ、そっか…」

「だんだんと色んなことが出来るようになってるガレオムさん見てると、わたしも嬉しくなりますし♪」

「…まぁ、オレがそれぐらい出来るようになんねえと、お前すぐ張り切って色んなことやりすぎてぶっ倒れちまうし。」

「うう…、それに関しては重々反省していますから…」

 

痛いところを突かれてしゅん、とした表情になるポップだったが、

正直な話、オレとしてもこいつの働き過ぎる癖は何とかしたいと思ってたりする。

 

……そういや、ファイターとしても活躍してる、ポップといい勝負なレベルに働き者な「すま村」村長の秘書は、

あんまりにも働き過ぎる時は、村長の手で強制的に仕事を打ち切りにされるらしい。

 

…………明日にでも、右手の野郎にちょっと話してみるか。

 

「ささ、せっかくの温かいご飯ですし、冷めちゃう前に食べちゃいましょう♪あ、グリーンピースも残さず食べるんですよ」

「わ、わかってらぁ…」

 

 

 

 

 

 

――――ちゃぷ。

 

「ふぅ…」

 

よく温まったお湯ん中に自分の身体入れると、今日一日で溜まった疲れが全身から逃げて一気に溶けていくような、そんな感じがする。

 

飯食い終わった(グリーンピースもきっちり食った)後、ポップが先に入って上がってから、オレも風呂に入った。

 

…風呂場の中は、真っ白な湯気と高めの温度、それからほわほわしてて清潔感のある香りでいっぱいになってた。

 

その香りは言うまでもなく、ポップのいつも使ってるシャンプーのだろう。

この良い匂いも、だいぶ嗅ぎ慣れてきたような気がする。

 

…思えば、ポップの家に来てから、もう半年経つんだよな…。

 

 

――光と闇の化身共が起こした事件がどうにか無事に終わってからまだ間もなかった頃、

オレは、あの右手が勧めてきたにもかかわらず屋根の下で暮らすのを拒んで、ひたすら野宿をしていた。

『親父』達のとこには当然帰りたくなかったし、誰かに頼るなんてのもかっこ悪いって思ってた。

 

…だから、一人で生きていこうと頑張った。

 

けど、すぐにその考えが浅はかだったと思い知らされることになる。

 

野宿を始めてから数日経ったある日、突然やってきた暴風雨が、オレの数少ない食い物や衣服とかの荷物を丸ごとどこかへ持って行ってしまったからだ。

 

…それを見た瞬間にオレが途方に暮れてしまったのは、もはや言うまでもないかもしれない。

 

『もはやどうしようもねえし、ここらで野垂れ死にでもしちまおうかな…?』

そう本気で思い始めた時、オレに助け舟を出してきたのがあいつだった。

 

『あのぉ…』

このクソ強い風と雨の中でもすま村のコーヒー飲む店までバイトしに行ってたというポップに、呆然と立ち尽くしていたオレは心配そうに声をかけられた。

 

『…とりあえず、うち、来ませんか?』

 

それから、腕をグイグイ引っ張られたオレは、あっという間にポップの家まで連れて来られた。

この時オレが抵抗しなかったのは、そういう気力が既に無くなってたからかもしれない。

 

家に着いた後は、シャワーを浴びさせてもらったり、

替えの服(後から聞いた話だと右手に急ぎで作ってもらったらしい)をもらったり、あと晩飯まで作ってもらったりと、

…とにかく至れり尽くせりのもてなしを、ポップからしてもらったんだ。

 

それでも、そういう『温かさ』は、オレなんかにとっちゃ『甘え』でしかないって思ってたから、一晩休んだらこの家から出ていこうって考えてた。

 

……けど、ポップは意外に鋭かった。

 

『朝になったら居なくなっちゃってる、・・・なんてことは、ないですよね?』

夜寝る前、ポップはいきなりそんなことを言い出した。

 

オレは思わずぎくりとしたが、それを知ってか知らずか言葉は続いていく。

 

『……ガレオムさんって、すごく思い詰めてしまう感じに、わたしには見えるんです。

だから、とっても不安になって、すごく怖くなってしまう』

 

……その時のポップの声は、今にも泣き出しそうな感じだった。

 

『…………あなたが、どこまでも遠い場所に行ってしまう、そんな気がして……』

 

涙の混じり出した声を聞いて段々と胸が苦しくなってきたオレにとって、

ポップが次に吐き出した言葉は、何よりも深く心に突き刺さるものだった。

 

『……わたし、もっと頑張りますから…!ガレオムさんのこと支えられるように頑張りますから…!』

 

 

『だから……、わたしのこと、もっと頼ってください…!

ガレオムさんが、わたしの知らないところで、ひとりで苦しんでたりしてるって思うと、わたしも、辛いですから……』

 

 

 

 

 

 

「上がったぞ」

「あ、ガレオムさん。お布団の準備ならバッチリですよ!」

「相変わらず仕事早えーな」

「えへへ、それほどでも〜♪」

 

風呂から上がった後は、いよいよ寝る時間になる。

 

ポップは元からあったベッドで寝るんだけど、オレはそれだと身長的にもサイズが合わねえってことで、オーダーメイドで拵えた布団を床に敷いてもらってる。

……まぁ、ポップとふたりで一緒につっても、オレ的には、ちょっと困るし…

 

「その前に髪乾かさねえと」

「あっ、わたしやります♪」

「おう、んじゃ頼むわ」

「はぁい♪」

 

ブォォォォォ…、ズッ…ズッ…

 

「……相変わらず硬えだろ、オレの髪」

「あ、はい…」

 

オレの髪質ってかなり硬くってさ、そのせいでブラシの歯がダメになっちまったことも割りかしあるんだよな…。

 

この辺りは、オレ自身の元の姿が機械だからってのが理由だと考えてる。

あ。でも、姉貴のは結構サラサラな感じなんだよな…。この辺の違いって何なんだろ…?

 

「はい、乾きましたよー」

「ん、サンキュ」

 

髪を乾かし終えた後は、すぐに布団へ直行。明日も試合用のアイテム運びとかあるし、早めに寝ちまわねえとな。

 

「明日も大乱闘のお手伝い、頑張りますよう♪」

「そりゃいいけど、お前ホント、あんま張り切り過ぎんなよ。こないだみてえにぶっ倒れられたら…」

「わ、分かってます、分かってますから!明日はちゃんと定時で終わるようにしますから…!」

 

ホントかよ…?昨日、朝に定時で帰るって言っといて、結局遅くまでハトの巣でバイトしてたのは、どこの誰だったんだか…。

 

……けど、ポップの必死そうに訴えてくる姿を見てたら、その言葉も吐き出すのをためらってしまう。

あんまきつい言葉浴びせると、ポップを泣かせちまうかもしんねえし、そういうのはオレだって見たくはないんだ…。

 

かといって、こいつの働き過ぎを放っときたくもないし、ホント、明日右手に相談してみた方がいいかもしれない。

 

「それじゃ、そろそろ寝ましょうか」

「…そだな」

「おやすみなさい、ガレオムさん」

「おやすみ」

 

……ポップが寝息を立て始めたのは、それからすぐのことだった。

まぁ、こいつの眠りに落ちるのが早いのは今に始まったことじゃないが。

 

 

「…………。」

一方、オレはというと、目が冴えてて全然眠れそうになかった。

どうして眠れないのかってのは、恐らく自分が一番よく分かってるんだと思う…。

 

 

…………真っ暗になった部屋の中でまず最初に思い浮かんでくるのは、オレが故郷を守れなかったってこと。

 

ガキ二人を捕まえて頭に付いてた亜空間爆弾を起動させたあの時、地上に降りてヘマばかりしてたオレも、これで島のみんなを守るための役に立てるんだって、…そう信じてた。

 

……だけど、光の化身に突然蘇らされた直後、奴と奴に囚われていた右手の記憶によってオレは、

エインシャント島が沢山の亜空間爆弾に飲み込まれてしまい、そして二度と「この世界」に戻ってこなかったことを目に焼き付けさせられた。

自分のやってきたことが全て無駄だったと、自分が造られた意味なんて何ひとつ無かったんだと、そう思い知るにはその事実は余りにも充分過ぎた。

 

エインシャント島のみんなを守るために造られたのに、その役目を全くと言っていい程に果たせなかったダメなオレなんて、生きていても意味なんて無い、

だから化身だろうがファイターだろうが誰でもいいからオレのことなんてとっとと跡形もなく消して欲しいって、そう思ってた。

だが光の化身は、そうしてくれないどころか、まるで自分の所有物かのようにオレの身体の自由を奪って好き勝手に弄びやがった。

だから、ファイター共に立ちはだかる駒として置かれた時に、奴らが完膚なきまでにぶちのめしてくれることを願った。

 

……結果的に一度はそれが叶うことになるんだけど、今度はあの右手が残した力とやらに選ばれたことで、また生き返るハメになっちまった。

この時は『どいつもこいつも、なんでオレのこと楽にさせてくれねえんだ』って、自分の周りの全てを恨んでた。

 

人の姿になった頃からオレのそばに近づき出したポッパラムに対してだって、そうだった。

あの頃のオレは、オレよりもずっと小さなそいつのことを弱っちいくせに仲間がいるのをいいことに

ヘラヘラと笑ってるふざけた奴だって思い込んでたから、とにかく拒み続けた。それこそ自慢の腕力も駆使して、何度も何度も…。

 

『殺せ、さっさと殺せよ!てめえらなら容易くできんだろうがっ!!』

 

無論、実力行使しときゃファイター共も今度こそ消してくれるかもしれないって、そういう魂胆も込みだった。

まぁ、そのポッパラムが説得してたからか、あるいはファイター共がお人好しだったからか、結局は止められるだけに留まったわけだが…。

 

ともかく、そうしたらポッパラムはすぐベソかいて逃げてくんだが、しばらくするとまたオレに近づいてくる。

オレはそいつがこっちに来る度に退けたが、それでもそいつはオレの傍にいることを諦めようとしなかった、泣きベソはかくくせに。

 

その繰り返しが何度も何度も何度も続いたある時、オレはとうとう我慢できずに心の中に抱え込んでた思いの全てをそいつにぶちまけ出した。

 

故郷や兄弟達を守ることが出来なかったこと、そんな世界で生きていくのがこの上なく辛いこと、オレが全然ダメなロボットなこと、

さっさと消えて楽になってしまいたいこと、なのに誰もオレのこと消してくれなくてもどかしいこと、あととにかく目の前のポッパラムがうっとおしいこと。

 

それらを怒りのままに、立て続けにぶつけてやったけど、それでもそいつは、オレの目の前で嬉しそうに笑ってた。

 

どうしてそうなるんだって不思議に思ってると、すぐにその答えが届いてきた。

 

『……ようやく、ちゃんと話してくれた』

 

オレが予想だにしていなかった言葉のすぐ後に、ポッパラムはオレに抱き着いてきた。

訳も分からず混乱しているオレに、そいつは更に言葉を続けてくる。

 

『あなたが話してくれて、わたし、とても嬉しいんです…!あなたのこと、ずっと知りたかったから…!』

 

知りたかった…?なんで、オレなんかのことを…?

頭の中に更に疑問符を浮かべたオレ。そんな時、女の子の泣きじゃくる声が耳に入ってきた。

 

『…………わたしはずっと、あなたを救いたかった…。

消えたがりのあなたの心を、どうやったら救えるかって、ずっと考えてたんです…』

 

……そいつの口から吐き出された言葉は、消える事ばかりを望んでいたオレが、これまで頑なに解ろうとしなかったこと。

 

『……けど、わたしのやろうとしてたことって、結局はわたしのワガママでしかなかった…。

あなたがどれだけ苦しんでるか、そんなことも知らずに、ただただ無理矢理生かそうとしてたんですから…。

本当に、ごめんなさい…、ごめんなさい、ガレオムさん……』

 

胸元ですすり泣く小さくてか弱い存在の想いを知った時、オレは、心の底から後悔の気持ちを覚えた。

 

オレのことをずっと思ってくれてた奴を、何度も泣かせた上に、こんなことまで言わせちまうなんて、

オレは、なんて酷い奴なんだって…、本当、どうしようもねえ奴だよなって…。

 

……けど、そんなオレにだってポッパラム…、いや、ポップは、顔を上げてこう言ってくれた。

 

『…………だけど……、それでも、わたしはあなたに生きていてほしいんです…。

恐らくそれは、あなたを余計に苦しめてしまうのかもしれない…。

でも、嬉しい事や楽しい事ととか、生きてることで感じられる色んな幸せとか…、

そういうのを知らないままいなくなってしまうのは、あまりにも悲しいって、そう思うから…』

 

まるで引き留めるかのようにオレの身体を包み込む細い両腕は、なんだかとても暖かく感じられた。

 

『……っ、わたし、頑張りますから…!ガレオムさんの苦しみを少しでも取り除けるのように、

あなたが安心して生きていけるように…、いっぱいいっぱい、頑張りますから…!……だから、お願いです…、』

 

 

『……どうか、わたしのために、生きていてください…!』

 

 

 

 

 

 

 

…………まだ自分のことは好きになれないけど、それでも、明日へ向かおうと少しだけでも思えるようになったのは、

今ベッドの上ですやすやと呑気に眠っている、たった一人の女の子のおかげだろう。

 

規則的に聞こえてくる可愛らしく小さな寝息は、自然とオレをホッとした気持ちにさせてくれる。

 

……それは、『今日』が平和なまま終わった証。

だけど、言い換えてしまえば、『今日は』大事なモノを何一つ失わずに済んだということ。

 

大切だと思ってる人達が『明日も』当たり前のように存在している保証なんて

どこにだってないってことは、嫌と言うほどに理解してる。

 

……だから、オレはもっと強くなんなきゃいけない。

 

ポップも親父も姉貴も兄貴も、みんなのことまとめて守れるぐらい強くなれれば、

……オレもきっと、あの時みたいな辛い思いはしないで済むだろうから。

 

…………オレさえいっぱい頑張れば、今度こそ、ちゃんと全部守れるよね…?

 

明日が来るのはやっぱり不安だけど…、それでも、オレに『生きてほしい』と望んでる女の子の為にもどうにか生きていきたい。

そいつのことを悲しませることは、絶対にしたくないし、……できたら、ずっと一緒に…、

 

……いや、これはまだ、『今のオレなんか』が望んじゃいけないことだよな…。

 

 

…………あぁ、ようやくまぶたも重くなってきたな。

 

……明日も、今日みたいに、大切な人達が何事も無く穏やかに過ごせますように。

 

そう願いながら、オレも夢の中へと潜り込んでいった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#3 生きていく理由がある

かつてエインシャント卿と名乗っていたロボットの平穏な一日の話。


AM6:00

 

私の一日は、体に内蔵してあるアラームのけたたましい鳴動音から始まる。

 

ジリリリリリリリ…

 

「…うむ、もうこんな時間か」

 

体の下部に挿してあった充電コードを抜き、代わりに可動する胴体部に繋がっているコードを下部に挿入した私は、すぐさま自室を出る。

 

「ふぁ…、おはよ、パパ様」

「おはようございます、父様」

 

オートマチックな自室の扉が開いた先には、私とよく似た姿――双眼鏡の様な長方形の頭部とメカニカルな腕、

非常に細い胴体と平らに近い形の下半身を持つ機械が、色は桃色・深緑色と違えど、目の前に二体…、いや二人存在していた。

 

何よりも愛おしい彼らの姿を視認できた私は、何時もそうするように、朝会った時の一般的な挨拶を脳内で処理する間もなく紡ぎ出す。

 

「…ああ。おはよう、私の可愛い『子供たち』。」

 

 

私の名は、『ロボット』。

 

「この世界」で最も人気のスポーツ『大乱闘』のファイターとして働いており、

『マスターロボット』や『ROB』、『HVC-012』あるいは『エインシャント卿』なんて呼ばれたりもするが、

10年以上前のあの日に大切なものの多くを喪ってしまった私はもはや只の動く機械でしかない。

 

「パパ様、今日のご機嫌はどんな感じ?」

「…ああ、とても良い感じだよ」

「それは何よりです。父様の調子が宜しい事は、我々にとっても喜ばしい事ですから」

「そうかそうか。…お前達は本当に優しい子達だな」

 

…あの日、何も守ることの出来なかった私のことを、それでも『父』と呼んでくれる子供たち。

 

桃色の方は、名を『コトノハ』と言って、アクセサリー作りが大好きで温厚な性格の17歳の女の子。

深緑色の方は、『メイデイ』という名前で、どんなことでも要領よくこなしてしまう15歳の男の子。

 

二人とも、本来であればあの日私の故郷と共に消えてしまう運命にあった。

 

だが、光の化身と混沌と闇の化身が「この世界」で起こした事件の際、

創造欲の化身が放った光と破壊欲の化身が放った闇によって、彼らは現代に呼び出され、救い上げられた。

 

……本当は、この下にもう一人、この二人とは随分歳の離れた男の子がいるのだが、その子とは故あって離れて暮らしている。

 

どの子も何よりも大切な我が子であり、今、私が生きている理由の一つも、現在「この世界」で生きている彼らのためだ。

 

「姉様、そろそろ自宅を出る時間です。」

「あ、ほんとだ。じゃあ、そろそろ行くねパパ様」

「ああ、行ってらっしゃい二人とも。今日もマスターハンドやクレイジーハンドのお手伝い、しっかりと頑張るんだよ」

「はぁい」「了解です」

 

コトノハとメイデイは、私の言葉に対してやはり快く返事をしてくれた。

その直後に、二人の体がそれぞれ光と闇に包まれた。

 

一秒も経たないうちに、二人の姿は、人間のものと同等の形に変わっていた。

 

コトノハは、三つ編みで束ねた長い桃髪と巫女装束を着用したスレンダーな少女に、

メイデイは、濃い緑の短髪に深緑の燕尾服姿の少年に、それぞれ変化している。

 

「それじゃあ、」「それでは、」

「行ってきます。」「行って参ります。」

 

化身達の元で働くための姿になった子供たちは、晴れやかな笑顔をこちらに向けた後、玄関扉の向こう側へと出かけていった。

 

 

AM7:30

 

ウィーン、ズズズー

 

子供達を見送った後、私は自宅の清掃をしていた。

マスターハンドから頂いた特製の掃除機と共に部屋という部屋を移動しながら、家じゅうの塵や埃を跡形も残さず駆逐していく。

 

この自宅もあの創造欲の化身からの贈り物だから、大切に扱わないといけないな…。

 

ウィーン、ズゾゾゾゾー

 

私や私の子供達を何かと気にかけてくれるマスターハンドへの感謝の言葉を電子頭脳の中にだけ書き込みながら、私は家の隅々まで綺麗にしていった。

 

AM8:00

 

ピロリン♪ピロリン♪

 

掃除を終えた頃、私の電子頭脳内に着信音が響く。私はすぐさま反応し、通信を開始した。

リアルタイムでの肉声の通信を送ってきたその相手が誰であるかは、既に分かっている。

 

『おはようございます、マスターロボット。調子はいかがですか?』

「ああ、おはようマスターハンド。私なら全く持って正常だ。…もしや、大乱闘の呼び出しだろうか?」

『ご名答。今から1時間半後にバトルロイヤルが始まりますので、貴方に参加していただきたいと思って』

「ああ、良いとも。私も丁度思い切り身体を動かしたかったところだからな。」

『ありがとうございます。では、1時間後にスタジアムまで召喚いたしますので、それまでに準備の方をお願いします。』

「ああ、了解した。」

 

業務命令を承諾し、通信を切ろうとしたところで、『あ、最後に一つだけ』という、つい先程よりも柔和な声が聴こえてきた。

 

『……今日の夕方、少しお茶でもしませんか?』

「…ああ、ぜひとも」

『では、また後ほどお会いしましょう』

「ああ、また後で」

 

ガチャッ

 

短く約束を交した後、私は通信を切った。

 

 

AM9:00

 

予告通りの時間に私は、先程までいた自宅から白を基調とした綺麗な部屋へと一瞬で移動『させられた』。

 

充分な広さのある部屋の中には、一人分のロッカーと鏡、テーブルとイスのセット、それから観葉植物が置かれており、

既に数多の試合に出場していた私は、現在自分のいる場所がファイター用の控室であることを、1秒もかからずに認識出来た。

 

ガチャリ

 

扉の開く音に反応して体全体をそちらへ向けてみると、眼前には二人の少女の姿が確認できた。

 

「おはようございます、マスターロボット様♪」

「ああ、おはようポップ。今日も元気そうだな」

「僕もいるよ、パパ様」

「ああ、分かっているよ可愛い娘や。お仕事はちゃんと頑張っているかな?」

「もちろんだよ、パパ様。今はポップと一緒にファイター達の控室を回ってるところ」

 

扉の前に立っていたのは、かつて亜空軍の兵士だったエプロンドレスの少女と私の愛娘。

この二人はとても仲が良く、仕事が無い時には一緒に出掛けたりすることもある。

 

「…そういえば、ポップ」

「はい、なんでしょう?」

「『あの子』は…、最近どんな様子だろうか?」

「それについてはぜひとも聞いてもらいたいです!というのも『彼』、ここ最近ずっと良い感じなんですよ♪

クッキーとホットケーキの作り方もマスターして、九九も6の段まで言えるようになったんです!それから、こないだ初めてお友達もできたんですよ!」

「…ほう、あの子に友達が」

「はい♪昨日も一緒にお店巡りしてましたし。…まぁ、彼自身はそのお友達に殆どグイグイ引っ張られてた感じではありますが」

「…その様子だと、息災なようだな。」

「……ただ、時々やっぱり一人で塞ぎ込んでしまってることはあって、その時は部屋の隅とかで丸まってたりします…。

わたしも、なるべく彼の相談を聞こうとはしてるんですが…」

「……あの子、なかなか自分のこと話したがらないものだから…。僕にだってそんな感じだし…」

「……そうか。…しかしポップ、君が気に病むことなど無い。君はとてもよくやってくれていると、私も思っている。

あの子の為に色々と手を尽くしてくれて本当に感謝しているよ」

「いえ、そんな…。わたしなんて、見守ったりとか生きるために最低限必要なことを教えるぐらいのことしか出来てなくて…」

 

私と離れて暮らしている『もう一人の息子』の話。

 

現在その子の面倒を見てくれているポッパラムから、その子の様子を聞く度に喜びの感情で電子頭脳が満たされていく。

…と、同時にあの子が成長していく様を見守ることが出来ないという寂しさも一抹ながら覚えてしまう。

 

だが、あの子の目の前に現れていい資格なんて、私には…

 

「おっと、そろそろ他のファイターさんの控室にも様子見に行かないと」

「はっ!そうでしたね、マスターハンド様からもそのようにお願いされましたし。では、私たちはこれで」

「パパ様、試合頑張ってね」

「ああ、二人もお仕事しっかり頑張るんだよ」

 

 

AM9:25

 

ガチャリ

 

「お待たせいたしました、いよいよ試合の時間となります」

「ああ、存じている」

 

二度目の扉の音の主は当然、大乱闘の主催者にして「この世界」の創造主である男のものだ。

 

腰まで届くほどの長い髪と銀縁眼鏡、それから「現実世界」でいうところの大正時代くらいの書生服が特徴的な彼は、

一時間前に通話した時と同じような『業務用』の口調で、眼前にいる私に話しかけてくる。

 

「では、このまま入場口の方まで」

「了解だ、マスターハンド」

 

私の返答を確認した後、マスターハンドは扉を開けたまま控室を出て行き、その後に続いて私も試合会場の入場口まで向かっていった。

 

彼の姿がすぐに見えなくなったのは、テレポートで移動したからだろう。

 

 

AM9:30

 

『――そして最後のファイターは…、「灼熱のロボビーム」、ロボット!!』

「ワアァァァーーーーーーッ!!」

 

決して少なくはない光量の先には、私を紹介するマスターハンドのアナウンスとそれに続く大勢の観客達の歓声、そして…、

 

「――――!―――――!」

「ワンワンッ!」

「よお、ROBの旦那。今回の試合も互いに頑張ろうな」

 

「ああ、全力でいかせてもらう」

 

私の対戦相手である3体のファイター達が、存在していた。

 

『さぁ、これで役者は揃った!ファイターの皆さんは、その場でスタンバイをお願いします!』

 

その言葉を聞いて、私も周囲のファイター達もその場で動かずに待機をし、

それを確認したであろうマスターハンドは、いよいよ試合を開始するための口上を告げる。

 

『…準備はできましたね?それでは、試合を開始しましょう!3、2、1…、GO!!』

 

勢いのある声とともに、我々は一斉に相手への攻撃を開始した。

 

 

AM12:00

 

「いやぁ、今日の試合も楽しかったなぁ」

「――――!――――――――♪」

「ワオン♪シッシッシ♪」

 

2時間半の間に合計5回の試合に参加し終えた私は、

本日の対戦相手のうちの4体であるむらびとやMr.ゲーム&ウォッチ、ダックハンドとともに昼休憩をとることにした。

 

「この世界」の存在する者達は、実に多種多様だ。

故に、大乱闘に参加するファイター達も、皆それぞれ独自の個というものを持っており、

私の目の前で食物を摂取している4体も、各々異なる姿をしている。

 

色とりどりのフルーツを夢中で食べているむらびとは「1」と書かれた赤いシャツを着た二頭身のヒトで、

黒い平面のソーセージを頬張っているMr.ゲーム&ウォッチは黒色の平面人間。

 

そしてドッグフードを一心不乱に食す犬と鳥用のエサを啄んでいるカモ

――ファイターとしては2体纏めて『ダックハント』と呼ばれるコンビは、狩る側と狩られる側がタッグを組んでいるという奇妙な存在だ。

 

…とまぁ、「この世界」の住人――とりわけファイターは、このように個性的な者が数多く揃っている。

 

「ところでよぉ、ROBの旦那」

「ああ。どうしたんだ、むらびと?」

 

不意に、むらびとからの声が私の集音装置に届いた。私はすぐに彼の方に頭を向ける。

 

「実はなぁ、アンタにちょっとばかり頼みたい事があってな」

「…ふむ、それは一体どのような?」

 

私が訊ねると、むらびとはすぐに懐から、大乱闘に使用されるものに似た大きな木箱を取り出してきた。

 

「これは…?」

「こいつはまぁ…、俺がやらかしたヘマの産物なんだけどな」

 

苦笑いとともに箱が開かれると、中から出てきたのは、異なる木材が組み合わさってできた、引き出し付きの素朴なテーブルだった。

 

「こないだ自分ん家の模様替えのために、家具を何個かカタログ注文したんだよな。

だけど俺としたことが、間違って同じ家具を二つ頼んじまったんだよな。それが、」

「…このテーブル、ということか」

「そんなわけで、アンタさえ良けりゃこいつを貰ってほしいんだ」

「なるほど、それが頼みというわけか」

「金ならそんな困ってねえから、なんならタダで引き取ってくれても全然構わねえよ」

「そ、そうか…」

 

……実を言うと、丁度私は机を欲していた所だ。

というのも、コトノハが工具用に新しい机を所望しているからだ。

 

ビーズや布を用いたアクセサリー制作をすることの方が頻度の高い彼女だが、

ここ最近、木材や鉄材を使用した作品制作にも取り組んでみたいと意気込んでいるので、可愛い娘の願いを叶えるべく私は、

マスターハンドからの給金と自分で手作りした日用品やアクセサリーの売上金の一部をそのための貯蓄に回していた。

 

故に、無料で机を頂けるというその申し出には非常に感謝の念を覚えていた。

 

しかし……、

 

「…しかし、こちらが何も対価を払わずに受け取るというのは、どうしても……」

「うーん、アンタってつくづく真面目だよな…。そんじゃ、こういうのはどうよ?

実はこのレイアウトに合う壁掛けの家具が欲しくてさ、

アンタがタダで受け取れねえって言うなら、対価としてアンタに作ってもらいてえなと」

「ふむ。まあ、そういうことなら」

「んじゃ、取引成立だな。机はアンタん家に宅配させとくぜ」

「ああ、よろしく頼む」

 

 

PM1:00

 

昼食を食べ終えたむらびと達と別れた後、私はしばし街の中を散歩することにした。

本日はもう試合に参加することは無いし、マスターハンドとの約束までにもまだ随分と時間が残っている。

 

……それにしても、街の中は相も変わらず賑やかなものだ。

私の周囲でも、大勢の者達の波が既に出来上がっていた。

 

何しろこの地は大乱闘のメイン会場である「空中スタジアム」のお膝元。

「この世界」で最も人気のあるスポーツを観るために毎日各地から多くの観戦者が集まってくる。

 

私としても、こうして大勢の人々とすれ違うこの状況は嫌いではない。

行き交う彼らから沢山の笑顔が検出出来ることは、この街が、ひいては「この世界」が平和であるという、何よりの証左だから――――

 

「――から、オレなんか連れてたらお前まで怖がられちまうだろって」

「でも、ポップはいつも一緒にいるじゃない」

「い、いや、あれはアイツがどうやっても全然離れねえだけで…」

 

……おや、この声は。

 

「なら、僕も何言われてもガレオムから離れない、これならいいでしょ?」

「……はぁ…?」

 

私が現在居る場所から少し離れた場所にある小さな公園。

そこに視認できたのは、前側に紫色のメッシュのある銀の短い髪、頭部に生えた鋭い角、そして195㎝もの背丈。

 

『ガレオム』――そう名付けられた青年は、かつての亜空軍の兵器であり、私の息子だ。

亜空軍の主により設計され、エインシャント島のロボット達の技術で造られた彼の本来の姿は、

人一人や二人ぐらいは簡単に押し潰せそうな程の大きな剛腕を持つ巨大なロボットなのだが、

今はマスターハンドから貰ったという人としての姿に変化している。街中ではその方が動きやすい故だろう。

 

そして、そのすぐ隣に居るのは、私と同じファイターであるリュカだな。

二頭身故の小さな身体と金色の髪、赤と黄のボーダーシャツが特徴的なその子は、

自分よりもずっと大きな青年を見上げながら、はきはきとした声で話している。

 

「そんなわけで、今日も街中探検いってみよっか!」

「……まぁ、お前がそれでいいってんならいいんだけどさ…。で、今日はどっから行くんだ?」

「今日はね、向こうの小さな道の方に行ってみようと思うんだ」

「あーあそこね。オレもあそこら辺はまだ通ったことねえんだよな」

 

……ああ。この少年が、先程ポッパラムの言っていた「ガレオムのお友達」というわけか。

こうして眺めていると、なるほど、確かにリュカの方に引っ張られているように思える。

 

「それじゃ早速、街中探検隊しゅっぱーつ♪」

「お、おー…?」

 

どこかへと駆けていくガレオムとリュカの背中を見送りながら、

冷たい無機物であるはずの私は、胸部に温度のあるものがじわりと広がっていくのを感じていた。

 

 

PM2:00

 

それからまた私は、街中の散歩を続けていた。

 

多種多様な足音や声が集音装置に入ってくる中、私は一番下の息子であるガレオムのことをずっと考えていた。

 

人の姿では外見上は18歳程度となっているが、彼が「この世界」で生きてきた時間は実際には極めて短い。

だから本来であれば、親である私が傍についていろいろなことを教えてあげなければならない。

 

……だが、ガレオムはそれを拒んだ。

 

理由までは教えてくれなかったが、私には彼がなぜそうするのかを理解していた。

 

それは偏に、私が、あの子のことを『騙して』いたからだ。

 

 

『だって、オレは「エインシャント島のみんなを守るために」造られたんだろ?』

 

『だったら、オレは頑張るよ。…例え、自分が消えることになっても。

オレが頑張って、ファイター達やっつけて、「あくーかん」?ってのを広げていったら、みんなのことだって、きっと守ることが出来るはず。

……つっても、オレはまだ造られたばっかだから、みんなにはまだ会えてないんだけど』

 

『けど、父さんが守りたいって言うんなら、きっと良い兄貴や姉貴ばかりなんだろうなぁ。

……もし、この爆弾を起動させずに帰ってこれたら、ぜひみんなに会ってみたいなぁ』

 

『エインシャント島も、ここにいるみんなも、全部オレが守ってみせるから』

 

 

……私の電子頭脳の中には、あの子の希望に満ちた言葉が、何も知らずに純然と輝く笑顔が、

(機械の記憶故当然とも言えるが)明瞭に残り続けている、さながら私自身を許すことが不可能であるかのように…。

 

あの時、エインシャント島にいた子供たち全員を人質に取られていた私は、

ガレオムが『エインシャント島を守るための存在』ではなく、

最初から自爆を想定した使い捨ての武器として設計されていたという残酷な事実を告げる事も出来ず、

その上結局は故郷と子供たちの殆どが亜空間へと引きずり込まれ、消滅することとなってしまった。

 

……私の当時置かれていた状況など、あの子にとっては恐らく何の言い訳にもならないだろう。

あの子が心に負った傷は、きっと私が測り切れない程に深く、痛々しいものだと思うから。

 

故に、あの子の前に現れて、父親面していい資格なんて、私には無いのだ。

 

 

PM3:00

 

――カツン

 

「……おや?」

 

突然の小さな物音にふと外界へ認識を戻してみると、足元に深緑色の長方形をした小さくて平たい物体が落ちているのが視認できた。

 

拾い上げてみると、それは無地に『Pocket Book』と持ち主の名前が書かれた簡素なデザインの手帳だと確認できた。

 

「…ん?この名前は…」

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙!!無い、無いっ!どこにも無いっ!!

あ゙あ゙あ゙あ゙!どこ行っちまったですか、あちきの大事な宝物ぉ…!!」

 

不意に、私の現在居る場所より約2m先から非常に大きな音量の声が響き、集音装置も尋常では無い程に振動する。

さながらクレーターが生成されるかのように、その声の周囲からは、人の波が少なくとも半径1m以上の距離をとっていた。

 

「わ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん゙っ゙!!一体どこなんですかぁ、あちきのマイプレシャストレジャー!!」

 

中心にいる人物の嘆きがあまりにもいたたまれなくなり、私はすぐに近づいて手帳を差し出した。

 

「……探し物は、これかな?」

「ふぁっ!?」

 

…するとその子は、飛び上がりそうな程に驚愕の声を上げながらも、

私のアームの先端にある手帳を視界に収めた途端、一気にその表情を歓喜と安堵を帯びたものに変化させていく。

 

「はうう!よかった、無事だったですね!あちきの大事な宝物ー!

中のタブー様隠し撮りコレクションも……、うん、全部無事ですねっ!」

 

深緑の兵隊帽と軍服を着用した、14歳程の中性的な少女の姿をした、

『プリム』という名を持つ、影虫から創り出されし亜空軍兵士は、

自らの手元に戻ってきた手帳を見上げたりパラパラとページをめくりながら小躍りをし出した。

 

約60秒ほどその行動を続けた後、不意にプリムがこちらへと駆け寄ってきた。

 

「ありがとうごぜえます、エインシャント卿ー!!これを拾ってくれたあんたは、あちきの命の恩人ですーっ!!」

「そ、そんな大げさな……」

 

両アームを両手で掴んできてぶんぶんと振りながら礼を言ってくる幼顔の兵士。

メイデイと同じくクレイジーハンドの闇により人の姿を得た彼女は、とても無邪気で動きのせわしない元気な子だ。

 

「大げさなことねえですって!この中に入ってる写真…、いやお方は、あちきにとって生きる糧でもあるですからっ!」

「……そうか」

 

プリムにとっての『生きる糧』。

 

『それ』は、私の故郷と子供たちの多くを喪う出来事の元凶となった存在。

 

…………しかし、私はもう、彼に憎悪や遺恨を向けるつもりなどない。

 

「そんなわけですんでー、あちきからなんか礼をさせてくれです♪」

「いや、別にそういうのは…」

「遠慮なんていらねえですって!さあさあ、何でも望みを言うですよ?」

「……そこまで言うなら分かったよ。それなら…」

 

……そんなことをしたところで、喪った存在達が戻ってくる訳でもないからだ。

 

「分かったですー!そんじゃ、ご自宅に送っとくですー」

「ああ、よろしく頼む」

「そんじゃ、本当にありがとうございましたっ!」

 

――――喜んで手を振りながら人込みの中へ消えていくプリムを見送った私は、再び当てもない散歩を開始したのだった…。

 

 

PM4:00

 

「パパ様、パパ様ー♪」

 

人の波が少し収まり始めた頃、集音装置が愛する娘の声を捉えた。

 

「…おや、コトノハ。お仕事はもう終わったのかな?」

「うん。マスターハンド様がね、今日は早めに切り上げて良いって言ってたから」

「そうか、今日も一日よく頑張ったね」

「ありがとう。ところでパパ様。パパ様は今日、マスターハンド様とお茶のお約束があるんだよね?」

「ああ、そうだよ」

 

それでもまだまだ多い人々の間を掻き分けてこちらまで来てくれた巫女姿の娘は、天真爛漫な、それはもう可愛らしい笑顔を振り撒きながら、私に話しかけてきてくれる。

 

「…てことは、今日はクレイジーハンド様がお家に来てくれるんだね」

「…ああ。今夜は彼が色々としてくれるからね。

……まぁ、パパもなるべく早く帰るつもりはいるんだが」

「大丈夫大丈夫。パパ様達にとってもせっかくの大人の時間でしょ?だったら、たまには時間を忘れてめいっぱい楽しんできてほしいって、僕も思ってるし」

「はは、ありがとう」

 

そんな風に和やかに会話をしていると、こちら側へと近づいてくる間隔の非常に短い足音が聴こえてきた。

 

「姉様、姉様っ」

「あ、メイデイ」

「姉様ったら困りますよ、メイデイを置いてどんどん先に行ってしまうなんて…」

「ごめんね、うっかりしてたよ」

「ははは、メイデイもお疲れ様」

 

駆け寄ってきたのは、深緑の燕尾服を着た私の息子。

我々の種族の中でも比較的マイペースな気質のコトノハが、メイデイを置いてけぼりにしてしまうのは、もはやごく日常的な事と言える。

 

「ところで父様、あと少しでマスターハンド様とのお約束の時間なのでは?」

「ああ、そうだな。」

「なら、僕はメイデイと先にお家帰っとくね」

「今度はちゃんと一緒に歩いてくださいよ?」

「分かってるって」

「二人とも、気をつけて帰るんだよ」

「はーい」「承知いたしました」

 

 

PM5:00

 

自宅へ帰る子供たちと別れてきた私は、街の外へと移動していった。

 

その瞬間眼前に映っていた景色が変化し――もとい私の身体が一瞬のうちに移動させられ、それから1秒にも満たないうちに随分昔に打ち捨てられたと見えるトタンに覆われた小作りな建築物が視認できるようになった。

ガラス製の窓には、過去に誰かが侵入でもしたのか、ところどころにヒビや破壊痕が存在し、

破壊され空気のよく通るようになった箇所には、蜘蛛の巣とそれを編み出した主が我が物顔で鎮座している。

 

「…さて」

 

トントンとノックを行い、ギイ、と軋んだ音を鳴らす古びた入口を私は開く。

 

すると、すぐに約束の人物の姿を私は視認することができた。

 

「よう来てくれたな。ささ、こっちに」

「ああ」

 

錆びた鉄製の椅子に悠々と座っていたその人物は、待ってましたと言わんばかりに

自分の向かい側の席(といっても、私の体型ではヒトのように座ったりすることは苦手なので椅子は取り払われてるのだが)に着くよう手招きしてくる。

私はいつものようにそれに従って、テーブルの機械オイルの入ったコーヒーカップの置かれた所へと移動する。

 

書生服と眼鏡を着用した銀色の長髪の青年は、私が自分の眼前に来たのを確認すると、

頬を赤く染め、口の両端を緩く釣り上げながら、話を切り出した。

サファイアのように煌く二つの深い青は、心なしか輝きを増しているようにも思えた。

 

「…ほな、二人きりの内緒話、始めよか」

 

 

PM6:00

 

「――――そしたら、クレイジーのやつ、ぎょーさんいるどせいさん達に埋もれてもうてな」

「はは。相変わらず愉快な方だな、貴方の弟は」

 

「そうやろそうやろ?」と歯を見せながら笑みを浮かべるマスターハンド。

普段周囲に見せている物腰の低い大人のような態度は、彼の仮の姿に過ぎない。

 

敬語や他者に向けるためだけの愛想の良い笑顔という『拘束』を外した創造欲の化身のありのままの姿は、

少し風変わりした言葉で話し、身振り手振りのせわしない、幼い子供のような気質を持った一人の青年だ。

 

「――で、結局腕を無理矢理引っ張って引きずりだしたんや」

「それは、さぞかし大変だったろう…」

 

かつては、大勢の人達の前でも平然と素を出すような明るい性格の持ち主だったが、

『ある時』を境にその賑やかさは鳴りを潜めるようになってしまい、

今となっては、弟君のクレイジーハンドや私などごく限られた者相手にしか、自らの本来の姿を見せなくなってしまった。

 

……マスターハンドは、私の古くからの親しい友だ。

 

だからこそ、『拘束』にひた隠しにされた彼の心が疲労を覚えた時は、

例えばこうして話を聴いたりするなど、私に出来る限りの方法で手を差し伸べてやりたい。

 

それが、私が生きるもう一つの理由。

 

元々は心無い機械である私に、一体どこまでやれるかは不明瞭だが……

 

 

PM9:00

 

「…おわっ、気ぃついたらもうこないな時間かっ!!」

 

結局我々は、実に約4時間もの間、会話を行っていたのだった。

 

「悪いな、ここまで時間とらしてもうて」

「気にすることなどないさ、私と貴方の仲なのだから」

「いつもおおきにやで、ほんま…」

 

マスターハンドは、柔らかな笑みを浮かべながら私に頭を下げてくる。

その姿は、彼が再び『拘束』をつけ始めているという印象を否応なく私に与えてくる。

 

「……また、いつでも私を頼ってくれ」

「ああ」

 

どこか寂しそうに笑う彼は、親指の先端に中指をのせ、薬指を親指の付け根に添える――所謂指を鳴らすための準備をしていた。

 

それは、本来のマスターハンドと、再びしばしの別れを告げる合図。

空気を弾く音がこの場に響けば、明日から会うのはまた、敬語と愛想の良い笑みを着込んだ仮初の姿だ。

 

それでもこの創造欲の化身は、なんとか躊躇う素振りを見せまいと笑みを浮かべて、別れの挨拶を告げる。

 

「今日はほんまおおきに。ほな、また会おうな」

「ああ、またな」

 

返答を返したその瞬間、パチンという音ともに私は現在居る廃墟から飛ばされた。

 

 

PM9:15

 

「パパ様、おかえりー♪」

「おかえりなさいませ、父様」

「ただいま、コトノハ、メイデイ」

 

ファイターとして大乱闘に参戦して以来幾度も幾度もテレポートでの移動を経験してきた私には、

送られた先が自宅であることはすぐさま認識できた。

 

「どうでしたか、父様?」

「ああ、とても良い時間を過ごせたよ」

「それなら何よりです。ああ、そうだ。玄関先に荷物が二つ程届いてましたので、中に入れておきました」

「ああ、ありがとう」

「見て見て、パパ様!新しいビーズのアクセサリーが完成したよっ!」

「おお。これはまた、とても可愛いのが出来たね」

「でしょー?」

 

私が戻ってきたことに気づくと、すぐに出迎えてくれる子供たち。

愛しい我が子と笑い合う時間は、やはり何よりも幸福なものだ。

 

「ふぁ…。パパ様が帰ってきたら、なんだか眠くなってきちゃった…」

「そうかそうか。なら、今日はもうゆっくり休みなさい」

「うん。それじゃ、おやすみなさい…」

「ああ、おやすみ」

 

スリープモードに入る前の挨拶をして、人の姿から元のロボットの姿に戻ったコトノハは、そのままゆっくりと自室へと入っていった。

 

「父様。父様も、そろそろスリープモードに入った方がよろしいと思います。明日も試合に出場する可能性は十二分に存在しますし…」

「ありがとう、メイデイ。なら、私もお前の言葉に甘えるとしよう。メイデイはどうする?」

「メイデイは調べ物があるので、まだまだ起動している予定です」

「分かった。ただし、最低でも1〜2時間はスリープモードにするように」

「了解しました」

 

メイデイは、我々の種族の中でも急速に充電することが可能な型の子であり、

それに伴ってスリープモードに入っていなければならない時間も非常に短い。

ヒトの場合に置き換えて表現するならば、『ショートスリーパー』といったところだろうか。

 

「それじゃあ、おやすみ」

「はい。おやすみなさいませ、父様」

 

 

PM9:30

 

「……さて」

 

自室に入った私は、スリープモードに入るその前に視覚装置を一度遮断し、自らの電子頭脳に保存されているある記憶を再生し始めた。

 

――視え出したのは、かつて「この世界」に存在した私の子供たちの姿。

あの日、故郷の島ごと亜空間に飲まれて消えたあの子たちと、未だ笑い合って暮らしていた頃の幸せな映像記録。

 

遺跡で走り回ってるこの子はレッテラ、島内にある山へ登るこの黄色い子と白い子はパヌとフミヒコ。

そして、三人仲良く同じポーズをとっているのがフォーンとメーラとテレグラム…

 

……色や形の違う子たちもいたけれど、どの子も確かに私の大切な子供たちだ。

 

…………喪った故郷や子供たちのことを思い出すのは、今でも私にとっては相当に辛いことだ。

 

だけど、それでも彼らやあの時起きた悲劇を繰り返し視続けるのは、

大勢の子供たちがちゃんと存在していたという事実を自分の電子頭脳から消えないようにするため、

楽しかった思い出も、悲しい過去も、全て余さず明日へと連れて行くためだ。

 

それが、いなくなってしまった子供たちを『今に生かす』ことの出来る方法だと、そう信じて…

 

 

「…ふぅ」

 

保存していた思い出の再生が終わり、視覚を開放させると、眼前には空に敷き詰められた黒い天板と小さく煌く無数の光が存在していた。

此処より遥かに遠い場所にある星々は、今日もすごく綺麗だ。

 

……後悔や呵責の念は、恐らくずっと私の中に存在し続ける。

 

それでも「この世界」で生き続けたいと思うのは、いなくなった子供たちとの様々な記憶と

今生きている子供たちの存在、そして友である創造欲の化身の存在が、私の中に大きく在るからだ。

何よりも大切なそれらが存在し続ける限り、きっと私は、明日を迎えに行き続ける。

 

「……そろそろ、スリープモードに入らなければな」

 

私は、胴体部のコードを身体の下部から抜き、既に壁側のコンセントに

プラグを挿し込んだ充電コードを手に取り、もう片方のプラグを自分の身体の下部に挿し込む。

それから、下側後方部にあるスイッチを動かすと、私の意識は、稼働電源とともにみるみるうちに落ちていく。

 

視覚装置も閉じられ、完全なスリープ状態になる直前に、私はきっと、独り言のようにこんなことを呟いていたと思う。

 

「おやすみ、また明日」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#4 陽の光は嫌いだ

外に出ることを厭う禁忌さんの日常話。


僕は、陽の光が嫌いだ。

 

眩い光を浴びると、あの煩わしい温かさを否が応でも思い出してしまうから。

そんな甘ったるいものは、この僕には必要ない。

 

…ただ、『あの時』の僕は、その温かい存在の豊かな心を、そいつの創ったものを、全て滅茶苦茶にしてしまいたかった。

 

 

 

「……さま?タブー様ー?」

「……ん…?」

「ああ、やっと起きてくれたです…。おはようです、タブー様。つってももう正午過ぎなんですけど」

 

目が覚めて最初に視界に入ってきたのは、黒がかった紫の髪と少し暗めの赤い瞳を持つ、輪郭の丸い少女の顔だった。

僕の部屋に遠慮もなしにずかずか入ってきたそいつは、影虫と呼ばれる物質から僕が作り出した亜空軍の兵士『プリム』の一個体であり、現在は僕の身の回りの世話をする使用人でもある。

 

「……もうそんな時間か」

「とりあえず朝飯…、というか昼飯を冷蔵庫ん中に入れてるんで、レンチンしてちゃんと食っといてくださいです。あちきは今から食料とかの買い出し行ってくるんで」

「……ああ」

 

深緑色の兵隊帽と兵隊服を着た中性的な容姿のそいつは、寝起きの僕に対していつも通り言うだけ言うと、さっさと部屋の外へと出ていった。

 

「……相変わらず喧しい奴だ…」

 

ガチャッ

 

出て行った直後に愚痴を吐き出すと、それに反応したかの如く再びドアが開く。

 

「あ、あと、自分の部屋の掃除はしといてくださいです。また見るからに足の踏み場が無くなってるんで」

「……はいはい。分かったから、さっさと行け」

「なーんかすげーやる気なさげな返事ですけど、くれぐれもちゃんとやれですよー?」

 

弾丸のように飛んでくる言葉は、耳朶を否応なしに叩き、それを僕の鼓膜に置き去りにしていった主は、すぐにそそっかしく走り去っていく。

 

バタンッ!ドタドタドタ…、ガチャッ、バタンッ!

 

「……やっと行ったか」

 

自室の掃除。これをちゃんと実行しなければ、帰って来た時にまた煩くなるんだろうな…。

 

 

 

 

 

僕の名は、『タブー』。「この世界」とは異なる世界である「亜空間」の主だ。

 

かつて創造欲の化身を利用して、「この世界」を亜空間に取り込み、支配しようとしたが、「この世界」に住まう人形共によってその野望を打ち砕かれてしまった…、まぁ、言うなれば敗北者さ。

それから、…まぁ紆余曲折ありながら破壊欲の化身の力で、「この世界」で生きるための身体を与えられて、実際にこうして生きているわけだが……、

 

「この世界」で生きていくのは、僕にとって酷く面倒なことでしかなかった。

 

 

 

 

ピンポーン♪

 

「…………。」

 

冷蔵庫から取り出したパスタをレンジで温め、早々に食してしまった後に、プリムとは別の騒音の源が訪れたことを察した僕は、面倒な時間をさっさと終わらせるためにもインターフォンの受話器を手に取った。

 

「……はいはい」

『ぶーたーん!おっはよー!!』

 

…………………………………早速来たか。

 

部屋の扉のすぐ傍にあるインターフォンのボタンを押せば、案の定画面上は縦に長い丸目と口の付いたピンク色に覆われており、それと同時に汚れを知らない無垢な子供のような朗らかな声がスピーカー越しに僕を突き刺してくる。

 

『今日もますたんからのお届け物、持ってきたよー♪』

 

こんな特徴を持つような奴は十中八九、大乱闘のファイターの一人である『カービィ』で間違いない。

 

「ああ、奴からの荷物ならそこの箱の中に置いておけ」

『わかったー♪あ、そういえばますたんがねー、』

「用が済んだらさっさと消えろ。貴様から聴きたい話などひとつもない」

『あはは…、相変わらずつれないねぇぶーたんは。けど、また明日も来るからね。それじゃ♪』

 

バタバタバタ…

 

「………………………………はあ」

 

…………毎度毎度勝手にやって来て勝手に去っていくそいつに、僕は深く息を吐き出す。

 

率直に言って、ああいうタイプの生物は僕が最も関わりたくない存在だ。

理由としては、他者の都合など何一つ考えないような能天気で馬鹿みたいに明るい声など、僕にとっては煩わしいノイズ以外の何物でもないからに他ならない。

 

ポチッ

 

受話器を本体に掛け直した僕は、すぐにその横にある『ポスト転送』と油性ペンで書かれたボタンを押す。

すると、瞬時に扉の前に置かれていた布の前に片手で持てる程に小さいダンボールの箱が出現する。

 

『配達物転送装置』

 

玄関先のポストに入れられたものを、ボタンさえ押せば、部屋の扉のすぐ側に置いてある箱に1秒足らずで出現させることのできるそれは、一歩たりとも外に出ずに済むように自らの手で造り出した発明品だ。

 

「……さて、今日は何の送りつけてきたのやら」

 

下側に『SmashBros.』という文字と、少しずれた感じに2本の線の入った円形のマークが入っている

そのダンボールのガムテープを剥がし、フタを開いてみると、中には分厚く重ねられた写真達と、折り畳まれた一枚の紙が入っていた。

 

……………………………………………相変わらずだな、あいつも。

 

沢山の写真にはタンポポの花や青空、遺跡など様々な風景が収められており、そういった外の様子を僕にも見せたいんだなということが嫌でも伝わってくる。

……まぁ僕にとってそういうのは、煩わしい以外の何物でも無いんだが。

 

全ては閲覧せずに僕は、写真達と添付の紙をいつも通り片手間にゴミ箱へと放る。

 

「…………あ」

 

…そうしようとしたつもりが、その後ろにあったクローゼット内の青みがかった白い布で織られた箱に、気がついたら入れてしまっていた。

その中に入っている大量の写真と未読の手紙が視界に入った瞬間、僕は大きく溜め息を吐いた。

 

僕は、これを送りつけてきた差出人のことなんて、もう一片足りとも考えたくもない。あいつからの言葉なんて要らないし、同封されていた写真にだって興味はない。

……なのに、どうしてゴミ箱に放り投げて廃棄を待つという至極容易なことができないのか、僕には分からなかった。思考をいくら巡らしてみても、納得できるような結論は出なかった。

 

解るのはただ、あいつが関わってくると、僕自身が『おかしく』なってしまうことぐらいだ。

そうだ、きっとあいつが全部悪いんだ。あいつさえ関わらなければ僕は…………、

 

……………………頼むから、もう放っておいてくれ。

 

 

 

 

 

カタカタカタ…

 

それから僕は、自室にあるパーソナルコンピュータの画面に目を向け、只管キーボードを叩いていた。

現在打ち込んでいるのは、この機器を通じて潜り込むことのできる仮想空間上で出来た知り合いに送るための他愛無い文章だ。

 

カタカタカタカタ…

 

文字で誰かと会話するというのは、意外にも心地が良い。顔を合わす必要無く、気を遣わず好きな時に他者と会話ができるのは、僕にとってストレス無く楽しめることのひとつだ。

 

>ブルーハワイ丸

梅しそさん、こんにちは♪

昨日は遅くまでチャットに付き合ってくれて、感謝感謝です♪

>梅しそ

ああ、こちらこそ。良い息抜きとなった。

>ブルーハワイ丸

それは良かった!ところで今度発売されるあのゲーム、梅しそ目玉さんは購入する予定ですか?

>梅しそ

うむ。まぁ、暇潰しにやってみようと思っている。

>ブルーハワイ丸

それはよかった!あれ、オンラインの対戦モードもあるみたいなんで、

今度梅しそさんも一緒に対戦しません?

>梅しそ

良いだろう。だが、負けても文句は言うなよ。

>ブルーハワイ丸

はい!僕だって負けませんよ♪

 

ピンポーン♪

 

……おっと、また誰かが来たな。

 

ポチッ

「タブー様、こんにちはー!お菓子持ってきましたよー!」

 

今度はポッパラムか…。

 

先端に赤い線が2本入った白いリボンを両側頭部に着けた黒髪の少女。

『ポッパラム』という名の、プリムと同じく影虫から僕が創り出した存在であるそいつは、カップケーキを両手でカメラ側に持ち上げながら、ニコニコと笑みを浮かべている。

 

それを見て僕は、仮想空間上の友にキーボードでこう伝えた。

 

>ブルーハワイ丸

すみません、ちょっと来客が来たんで。

また後で話しましょう。

>梅しそ

ああ、また後でな。

 

「…ああ、今開ける。」

 

それから僕は、玄関の解錠ボタンを押し、ポッパラムに声をかける。

 

「……入れ」

「はい、おじゃましまーす♪」

 

そのすぐ後に、玄関扉の開かれる音が聞こえた。

 

 

 

 

「ーーはい、タブー様♪今日も手作りのおやつをお持ちしました♪」

「……ああ。いつもありがとう、ポッパラム」

「えへへ、どういたしまして♪」

 

カップケーキを頬張りながら僕は、それを作ってくれた目の前の少女に礼を言う。すると、彼女は花が咲くみたいに嬉しそうに笑った。

 

「ふふ。そう言ってもらえると、作ってきた甲斐があります♪」

 

……僕は、こいつの作ってくれる菓子が好きだ。こいつの作った菓子を口にすると、何故だかはよく分からないが、すごく…、満たされたような気分になるから。

 

「……にしても、前に来た時よりもちょっと散らかってますね、この部屋」

「……ああ」

 

……そういえば、そうだった。僕の部屋は現在、本やら菓子のゴミやらがそこらじゅうに散乱しているという、要するに足の踏み場が無い状況なわけで、これを片付けないとプリムの奴がまた煩くなるのは間違いない。

僕としては正直片付けなくても全く困らないというのに…

 

「良かったら、手伝いましょうか?」

「……え」

「これ綺麗にしないと、プリムちゃんカンカンになっちゃうでしょうし…。タブー様一人じゃ大変そうだと思うので…」

「…………それなら、言葉に甘えるとしようか」

 

僕は、ポッパラムの提案を飲んでみることにした。あの口煩い説教を楽に聞かずに済むならと思ったし、…なによりポッパラムにはまだ帰ってほしくなかったからだ。

 

 

 

「――えっと、とりあえずお菓子の空袋とかはこっちのゴミ袋に入れていきましょうか」

「……ああ」

 

そんな訳で、部屋の片付けが始まった。

 

「そういえば、しばらく見ないうちにまた髪伸びましたね」

「そうか?」

「はい、結構…」

 

ポッパラムにそう言われたことで、立ち上がって自分の髪を見てみると、水色の妙に整った毛先が足元などとっくに越えて、さらに数十センチほど先に投げ出されているのが確認できた。

 

「わたしとしては、もうそろそろプリムちゃんに切ってもらった方が良いかなとは思いますけど…」

「……別に必要ない。不便だとは感じていないからな」

「そ、そうですか…」

 

そういえば、プリムのやつが僕の髪を洗う際、毎回ぼやきを口にしていたような気もするが、

どうせこれから先一歩も外に出るつもりは無いし、切ってもらうために部屋を出るのも面倒なのだから、僕としてはこのままで良いと思っている。

 

「そういえば、ここ最近は僕の元へ来ることが少なくなったな?何かあったのか?」

「んー、何かってほどでもないんですけど…。最近は、ガレオムさんに色んなことを教えてるものですから…」

「…………」

「彼、すごいんですよ♪お料理やお掃除やお洗濯、楽しい遊びや文字の読み方、計算の仕方とか、とにかく色々学びたがってて、教えてあげるとどんどん覚えていくんですよ♪最近じゃ九九も8の段まで言えるようになりましたし――」

 

…………ガレオム、か。

 

かつてこの僕が設計図を作り、エインシャント島のロボット共に造らせた巨大兵器。

 

それが現在では、家事や勉強といった自爆を前提に設計したはずの兵器になど一切必要ないことを行いながら、ぬるま湯のような暮らしをしているのだというのだから、実に滑稽なものだと思う。

 

……まあ正直、あれのことなど、僕にとっては至極どうでもいいことだ。

 

ただ…、

 

「……ポッパラム」

「はい、何でしょう?」

「お前は、何故そこまであれのために尽くす?」

「……へ?」

 

以前から心の内に抱いていた疑問を、僕は本棚に本を戻していたポッパラムに投げかける。

すると、そんなことを訊かれるとは思っていなかったのか、彼女の身体が一瞬だけ硬直する。

 

「……あんな役目を終えた粗大ゴミに、構うほどの価値はあるのかと、そう聞いている」

 

質問の意味が彼女に理解できるように、僕はよりはっきりとした口舌を投げかける。

 

「……そういう言い方、好きじゃないです」

 

その直後、ポッパラムは控えめながらも目を釣り上げつつ、答えを返してきた。

プリムのものよりも明るい、炎の如く煌めく赤い瞳は、水色の長すぎる髪を持つ冷めた表情の男を明瞭に反映している。

 

「そりゃあ、たまに包丁で指切っちゃったり、ドア上に頭ぶつけちゃったり、力加減間違えて大乱闘の備品をうっかり壊しちゃったりと、不器用なとこはちょっとありますけど、」

 

逃げ足の速い小心者として創り出したはずの、僕よりも小さな体躯の少女。けれども、彼女は自分よりも大きな存在に対して、臆せず言葉を返してくる。

 

「けど、それでもガレオムさんは一生懸命なんです。大事な家族を守るために、そして「この世界」で生きていくために、筋トレも家事も毎日頑張ってるんです。わたしは、そんな彼のことを側で支えてあげたい、ただそれだけです」

「……どうしても、それを止めるつもりは無いということか?」

「当たり前です」

 

随分と馬鹿馬鹿しい望みを愚直に信じ続けている目の前の影虫の塊。本来ならば「この世界」に産み落とされる筈のなかった空虚な生命に憐れみを込めた重い息を深く吐いた後、心の底で拵えた言葉を投げかけた。

 

「…そうか。だが、忠告はしておく。あの屑鉄に肩入れするのも程々にしておけ、お前自身が後々苦しい思いをしたくなければな」

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、ポッパラムは機嫌を損ねたまま帰路についてしまった。

 

「……はあ」

 

8割方片付いた自室の中心で、溜息を吐きながら仮想空間の入り口たる淡く光る液晶へと視線を戻す僕だったが、文字で話し合っていた相手が既に不在だったことを知り、更にささやかな嘆きを溢した。

 

>梅しそ

すまない。これより食料の調達へ向かわねばならない。明日また、共に語り合おう。

 

話し相手のいなくなった仮想上の部屋を右上の×印をクリックして消去した後、画面上に新たなウィンドウを開くと、脳内に適当に思いついた語句をカタカタという無味乾燥な音とともに検索バーの中に入れ、直後に現れた検索結果の中から「この世界」最大の百科事典サイトを開き、視界に入った文字の大群を、スクロールバーを用いながらただただ眺め、

飽きたら、また別の適当な語句を検索する、それを繰り返すだけの暇つぶしをいつものように行う。

 

別に、こんなことを楽しいと思ってるわけでもないが、気がつけば日課の一つとなってしまっていた。

……その方が、余計な事を何一つ考えずに済むから。

 

ガチャッ

「ただいま戻りましたよーっと。おっと、部屋の方もだいぶ片付いてるですね。ポップに手伝ってもらったとはいえ、やればできるじゃねえですか」

 

故に、レジ袋の擦れやそれよりも大きく響く靴の音とともにプリムが帰ってきたことに気付いても、ただ只管画面の方を注視していた。

 

「やはりお前が呼んだのか」

「あったり前でしょう。アンタ一人きりだったら言ってもサボっちまうのなんて火を見るより明らかですし」

「まあ出来ればやりたくなどなかったがな」

「アンタねぇ…」

 

呆れと共に大げさに吐息をもらす使用人の少女。

そういう言葉に耳朶を叩かれることにもだいぶ慣れてきたような気がする。

 

「それと、帰り道でポップにあったんですけど、あの子ものすごく不機嫌だったですよ?まさかと思いますけど、またなんかデリカシーのねえこと言っちまったんじゃねえですか?」

「別に。ただ、あいつがあんな屑鉄などに身を尽くす理由が理解できなくて訊いてみただけだ」

「はあ、やっぱり…。あの坊ちゃんを大切に想っているあの子にそういうこと言うの、よくねえですって…」

「何故だ?既に役目を終えた道具など、何の価値もないと僕は思うが」

「アンタにとっちゃそうでも、あの子にとっちゃそうじゃねえんですわ。…ま、アンタに他の奴の気持ちを理解しろなんつってもどうせムダなんでしょうけど。それでも、せめてポップの前であの坊ちゃんを悪く言ったりすんのはやめときましょうや。ポップの手作り菓子を二度と食えなくなるのはアンタだって嫌でしょう?」

「…………はぁ、仕方ないな…」

「ま、ポップには後であちきから謝っとくんで、次からはちゃんと気をつけろですよ」

「はいはい…」

 

……プリムにとってポッパラムは『姉妹同然の大切な存在』とのことらしい。まぁ確かに、形は違えどこいつらは、双方ともに影虫から僕が創り出した亜空軍兵士だ、理屈は分からなくもない。

 

「そんじゃ、あちきは晩飯作ってくるんで、そんまま待っといてくれです」

「ああ」

 

パタン

 

……にしても、生まれた当初は右も左も何も分かっていなかったあいつらも、僕の知らないうちに、随分『面倒なもの』を手にしてしまったようだ。

 

プリムに関してはまぁ、このまま放っておいても問題はないと思う。何せあいつは基本的に自分本位で、僕を含めて自分以外の奴には一切期待なんてしないようなやつだからな。

 

だが、ポッパラムはどうだろうか。僕にはどうにも、今のあいつが善性というものにのめり込み過ぎているような気がしてならない。ファイターどものために働くのも、あの屑鉄の世話を焼いてるのも、僕の元に菓子を持ってやって来るのも、全ては自分がそうしたいからだと、あいつは言う。

 

『皆さんが笑顔になれるお手伝いをしたい』――そんなくだらない綺麗事を実現するために、時に過度に働き、自分の体力の限界に気づかないまま倒れることも少なくないとも聞いている。

……なんと馬鹿らしいことだろうか。自分以外の奴らのためにそうまでして尽力することに一体何の意味があるというんだ。どれだけ身を尽くしたところで、それに見合った報いが還ってくるとは限らないのに…。

 

あるいは、まさかとは思うが、それでも構わないと思える程の理由が、あいつの中に存在するとでもいうのだろうか?

 

……だとしたら、本当に救いようがないな…。

 

あのままだと、あいつはいずれ…

 

 

 

 

 

 

カタカタカタカタ…

シュッシュッシュッ

 

「よっし、髪梳き終わったですよー♪」

「ん……」

 

プリムの作った野菜炒めを食べ終え、風呂に入った後の僕は、再び仮想空間の情報達を自らの10本の指を用いながら、思考を停止することを除けば特に何の意味もなく自らの眼に次々と流し込んでいた。

 

背後では、同じく風呂上がりで深緑色のシンプルなパジャマ姿のプリムが、僕の余りにも長すぎる髪をドライヤーで乾かしつつブラシで梳いていた。

自堕落な生活を送っているのにもかかわらず、自分の髪質がさらさらに保たれているのは、こいつの日々絶えることのない世話焼きぶりの賜物と言える。

 

「ふぃー。相変わらずアンタの髪はお手入れが大変ですねえ。いい加減切ったりとか考えねえんですか?」

「……別に、切らなくても特段困ることなど無い。切ってる間の待ち時間も面倒くさいからな」

「さいですか」

 

こいつが度々文句や説教を垂れながらも僕の世話を焼いてくる理由、それは本人曰く「アンタに夢中だから」。

誰よりも長く僕の傍にいて、僕のありとあらゆる部分を余さず見ていたい…、それがこの自分の願望なのだと、少なからず苛立ちを感じる程の満面の笑みで宣っていたのを思い出す。

 

当然ながら、最初はどうにかして追い返そうとしたのだが、あらゆる手を尽しても懲りずに不法侵入を繰り返してきたため、幾許かの戦いの後にとうとう根負けした僕は、仕方なくあいつをこの家に置くようになった。それ以来、マシンガンのように断続的に吐き出される喧しい説教を受け、自室のどこかに仕掛けられたであろう隠しカメラで盗撮され続ける日々を送る羽目になってしまった。

 

「んじゃ、あちきはそろそろ寝るですわぁ」

「ああ、さっさと寝るといい。できれば永遠にな」

「はいはい、それはそれはお手厳しいことで。アンタもできるだけ早めに寝ろですよ。そんじゃ、おやすみです。」

 

ガチャッ、バタン。

 

漸く安寧の時が訪れたことを鼓膜のささやかな振動だけで確認した僕は、数多の文字列に覆われた白い画面の方を尚も注視する。

 

……このまま眠りについてしまうと、あの忌々しい温かみのある存在を明瞭に思い浮かべてしまうから。それが嫌だから、視覚と思考を意味の無いもので塗り潰していく。

 

カタカタカタカタカタカタカタカタ…

 

耳朶を叩くものだって、指で操作する無機質な音、それさえあればいい。その方が余計なことを考えてしまうことだって無くなるのだから。

 

……なのに、何故なのだろう、すっかり埋め尽くしたはずの頭の内側に、温度を持つあの真っ白な存在の姿が僅かにでも視えてしまうのは…?

 

「……いちいち僕を苛立たせないと気が済まないんだな、『お前』は…」

 

……僕は、陽の光が嫌いだ。

明日も明後日もそれから先も、それが変わることなど、ある筈がないんだ…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#5 友達になろう

※時系列は2話目と3話目の間となっています。


「友達になってください」

 

そんな言葉を、赤と黄色のボーダーシャツを着た金髪のガキにかけられたのは、

二足歩行のオオカミとの勝ち上がり乱闘を終えたすぐ後のことだった。

 

「……お前さ、誰に対してそれ言ってんのか分かってんのか?」

「そりゃあ、そうだけど…」

 

そいつは、オレにとってあまり良くない因縁のある相手。

 

だからなのか、オレをじっと見上げてた小さなガキの方も、

やっぱりほんの少しだけビビってたようだった。

 

…けど、そいつは、考え自体は全然曲げなかったみてえで、

オレの目を真っ直ぐに見ながら、はっきりとした声で自分の想いを届けてくる。

 

「……それでもぼくは、君と友達になりたいんだ」

「……マジかよ」

 

 

 

 

「あら、それは良いじゃないですか♪」

「お前、ヒトの話聞いてた?」

 

それからしばらく経って、オレはアイスのお店に行って、そこで待ってたポップにさっきのことを話していた。

結局のところ答えなんてオレ一人じゃなかなか出せそうになかったから、

あのガキには『ちょっと考えさせろ』っつって、あの場じゃ返事をしないでおいたワケだけど…

 

「……だってアイツ、あの時オレが亜空間爆弾で道連れにしようとしたヤツなんだぞ?」

 

――亜空軍が『この世界』を亜空間に飲み込むためにファイター共と争っていた頃、オレも亜空軍の兵器として奴らと戦った。

 

その際に相手した赤い帽子かぶったポケモン使いのガキとそいつよりも小さな金髪のガキ。

そいつら二人に負けた後、オレは頭に装備してあった亜空間爆弾を起動させ、その道連れにしちまうためにそいつらを捕まえた。

 

……後になってそれに失敗したことを知ったけど、それでもあのガキどもはてっきりトラウマになってるかオレを恨んでるもんだと思ったから…

 

「……まさか、あいつからあんな風に言われるなんて思わなかった」

「それで、どうします?話聞いた限りだとリュカちゃんはそんなに気にしてないみたいですが…」

「そりゃあ…、そうなんだけど…」

「だったら、ガレオムちゃんもお友達になっちゃえばいいじゃないの。」

「いや、そうは言っても…」

 

「って、左手!?お前いつの間に…」

「あらぁ、アタシなら『だってアイツ、あの時オレが』ぐらいからいたわよぉ♪ねぇ、ポッパラムちゃん?」

「ですねぇ」

「えぇ…?」

 

会話の途中でいきなり現れた左手ーー『クレイジーハンド』と名乗る『破壊欲の化身』は、さも当然のようにポップとオレの間にあった椅子に座ると、

チョコミントのアイスを頬張りながら遠慮なんて一切せずにオレに話しかけてくる。

 

「せっかくリュカちゃんの方から積極的にお友達申請されてるんだし、ガレオムちゃんもここは思い切ってお友達になってみれば良いんじゃないの?」

 

右手の弟であり、破壊の力を持つというこの男は、見た目『だけ』ならすごい爽やかな感じのイケメンなんだけど、

着ている立派な服はだらしなく着崩してるし(オレもあんま他の奴のことは言えねえが)、なんでか口調が女みてえな感じなんだよな…。

 

「いや、けどよう…、オレ、アイツにひでえことしちまったわけだし…、……そもそも、オレなんかでいいのかよってハナシだし」

 

『だからダチになるなんてぜってー無理だろ』って言おうとしたところで、

左手は『お前バカなの?』とでも言わんばかりの呆れたようなため息を吐いてから、ゆっくりと言葉を投げつけてきた。

 

「はぁ…、そんなのもちろん『いい』に決まってるじゃない。

リュカちゃんがわざわざガレオムちゃんのとこに来てそう言ってきたってんなら、つまりはそういうこと。あの子はちゃんとアナタを選んだのよ。

そもそもイヤだったら、自分から友達になりになんてこないわよ」

「そ、そう、か…?」

「そうですよ!リュカちゃん、強くて優しくて良い子ですし、頑張り屋さんのガレオムさんとならきっと良いお友達になれるはずですっ!」

「そうそう♪だからさ、ガレオムちゃんも、少し勇気を出してみたら?」

「お、おう…」

 

 

 

……そんなわけで翌日、どうにかオレもリュカに返事を返すことができた。

 

初めて出来た『友達』の最初に見せてくれた顔は、お天道サマみてえに明るくて、なんだか眩しかった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#6 罪を滅ぼしていく

※今回は、マスターハンド視点のお話になっています※


眼前に広がっていたんは、正に『地獄』やった。

 

「なんで…、なんでや……」

 

俺の周りにあったんは、轟轟と燃え盛る炎と、

その近くで微動だにせず倒れ伏している無数のフィギュア達。

惨憺たる光景を目の当たりにした俺は、ただただ絶望に打ちひしがれとった。

 

「なんで、お前はこないなことをするんや…?」

 

自分のすぐ目の前におるのんは、黒いもやのようなもんを纏うた『何か』。

惨状を引き起こした張本人たる『そいつ』に、俺は、声を震わせながら問い質した。

 

『どないな答えが返ってくるかなんて、とっくに解っとったはずやのに』。

 

「……すべては、お前の望んだことだ」

「…っ、違う、違う違うっ!俺は、俺はそんな…」

 

ノイズ交じりの無機質な声の発した言葉を、俺は必死に否定した。

もしも肯定してもうたら、自分の心が完全にどす黒く塗り潰されてまう、そう思たんや。

 

…それでも、目の前の『そいつ』は、無慈悲に俺の心を支配しようとする。

 

「…違わない。何故なら…、何故ならお前は…、」

「っ、やめ――――」

 

 

 

 

 

「――――ニキ、アニキ!」

「う、うぅん…、はっ」

「ああ、アニキ!やっと起きてくれたのねっ!おはよ、アニキ!」

 

……そして気が付くと、俺の両眼には愛する弟の『真っ白な手』が真正面に映っとった。

 

「……おはよう、クレイジー」

「なんかさぁ…、アニキ、今日もすごいうなされてたよ…?」

「…………そうなん」

 

周囲には、俺と弟のクレイジーがいつもいる異空間――『終点』の景色が広がっとって、

それでようやく、さっきまで見とったのが『ただの夢』やって気づいたんや。

 

「……心配せんでも、俺なら大丈夫や。何の問題あらへんよ」

「……そう?」

「…ああ。全然平気やさかい、心配なんてせんでええんよ」

「……まぁ、アニキがそう言うんなら。…けど、もし本当にヤバかったら、アタシのことちゃんと頼るのよ?」

「ああ、分かってる」

 

不安げな声音を向けてくる弟をなんとか安心させようと、俺はなんとか笑顔を作って話しかける。

すると、弟はどこか納得できなさそな声色を見せながらも、それ以上は追及しいひんくなった。

 

「とりあえず、『端末』をスタジアムに向かわせましょ」

「そうやな。けど、その前にちょい…、行ってきてもええか?」

「もちろんよぉ。んじゃ、アタシは先に行かせとくからね」

 

 

 

 

――――クレイジーと一旦別れた後、俺はステージから離れた場所に存在する、

あるひとつの空間を開いて、『あるもん』を取り出しとった。

 

「……おはよう」

 

俺の両の眼に映し出されとったんは、透明なガラス瓶に入った輝く球体。

とりどりの色に輝く水晶玉のように一見綺麗にも見えるそれの中には、

混沌とした渦が閉じ込められとって、俺には酷う汚れているように思えた。

 

「…………いっつもこないなとこに閉じ込めて、かんにんやで、『俺』」

 

……それもそのはず、この球体は、俺の『心』そのもので、『心臓』といえるもの。

そやさかい、こいつは俺のことを鏡なんかよりもずっとよう映してる、…自分でも嫌になってまうほどに。

 

「そやけど、今はここで待っとってほしい。今はまだ、自分の罪を滅ぼすこと出来てへんさかい…」

 

……そう。俺は、罪を償わなあかんのや。「この世界」のありとあらゆるものに対して、散々迷惑をかけてきた分のな…。

 

どれだけの時間がかかるかは俺にも分からへん…。ともしたら、気も遠なる程になるかもしれへん。

そやけど、ほんでも俺は、贖罪を終えるまでは、自らを甘やかすことは決して許されへん。

 

何故なら俺は、それだけ大変な過ちを犯して犯してしもうたさかい…。

 

「……ほな、また後でな」

 

自分の『心臓』の入った瓶を、俺は再び別の空間内にしまう。

こいつとまた対話するのは、今日の試合が終わってからや。

 

「さて」

 

ステージの方へ戻りながら、俺は自らの精神をこことは別の場所におる『端末』へと繋げていく。

隣では、クレイジーが既に「この世界」の誰かとの会話を始めとった。

 

楽しそうに喋ってるこいつの姿を見てると、俺も思わず笑いとうなってまうな…。

んなこと思うとったら、すぐに俺の思考の中に終点とは別の景色が明瞭に映り出した。

 

『俺』が居るのは、白を基調とした小さな部屋。

そこの一番奥にあるソファの上で横たわっとった『身体』をゆっくり起こした後、トントンと控え目に叩かれた扉に向かって歩き出す。

 

『端末』の白い右手がレバーを倒して扉を開くと、そこには俺の補佐役である桃色の髪の女の子がおった。

 

「おはよう、マスターハンド様」

 

彼女の頭に装備されとるROBの頭部を模したゴーグルのレンズには、銀縁眼鏡と書生服を装備した、腰まである長い髪が特徴的な男が映っとる。

無論、これが俺の『端末』としての姿や。

 

ニコニコと屈託の無い笑みを浮かべるマスターロボットの娘に対して、

俺は、いつものように自らに誰かに向けるためだけの笑顔という『拘束』を付与して、挨拶を投げかけた。

 

「おはようございます、コトノハ。本日も私の補佐の方、よろしくお願いします」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#7 何も知らなかったあの頃

※今回は、現在は「ポップ」と呼ばれるポッパラムの過去話となっています。


「~~。~。」

 

創られてからすぐに、亜空軍の主要施設での任務に投入されていた『わたし』。

 

『ポッパラム』という名の兵士として『影虫』という素材から創り出されたわたしは、『敵』であるファイター達が来てないか見張る為、『亜空間爆弾工場』という、「この世界」を亜空間に引き込むために必要だという兵器を造る場所を歩き回っていました。

 

「~~?~~?」

 

……わたし達亜空軍の『敵』だというファイター達に出会った時のことを考えると、正直な話とても怖かったんですけど、この場所から逃げることで、わたし達を創ってくださったタブー様に怒られるのはもっと怖かったので、『どうにか頑張ってみよう』と、この時のわたしは自分に繰り返し言い聞かせていました…。

 

工場に配備されてから随分経ったある時、わたしは自分の持ち場である『動く床が並んだ場所』(その頃のわたしは「コンベア」という言葉を知りませんでした)の外へ出て、少しお散歩をしていました。

 

この時のわたしは、同じところをぐるぐると巡回し続けたり、なんだかよく分からない重いものを動く床に載せ続けることに少しだけ退屈さを感じてきてて、少し前から自分の中でちょっとだけ芽生えた「他の場所も見てみたい」という好奇心にあえなく押し負けてしまったんだと思います…。

 

けどまあ、ちゃっちゃと行ってちゃっちゃと戻れば、多分怒られずには済むはず。

 

「~♪~♪」

 

そんな気持ちで、ルンルンと鼻歌を歌いながら歩を進めていくわたし。生まれて初めての冒険は、それほどまでに楽しいものでした。

 

これまで見た事のなかった様々な機械に、施設内にいる沢山の動く機械の兵士さん達。そこから外に出てみれば、緑の豊かな景色と大きな山、それから石のようなものでできた崩れてたり古びてたりする感じの白い立体物の数々。

 

足を動かす度に自分の両眼に飛び込んでくるものはどれも新鮮で、そのせいかとてもキラキラして見えました。

 

しかし…

 

 

 

「~!?~~!?」

 

この辺りの地理など微塵も把握していなかったわたしは、まぁ…当然といえば当然なんですが、自分の持ち場への帰り道が分からなくなってしまいました…。はうぅ、このままでは他の亜空軍の方々に怒られてしまうのです…。一体どうしたら…

 

…とまぁ、考えうる限りの最悪の未来を頭の中で思い浮かべながら、どことも知れない場所を歩いていたわたしでしたが、

 

「……。…………、……よ…。」

 

ふと自分の近くで、誰かの喋り声がすることに気が付きました。微かに聞こえてきたそれは、タブー様とはまた違った感じの低い声。なんとなくだけどどこか温かく感じるようなその声に導かれるかのように、わたしは再び歩を進め始めました。

 

 

――それからしばらく歩いていると、お部屋の入口が見えてきました。

 

…ですが、そのすぐ傍には機械でできた深緑色の兵士さん2体が通せんぼするかのように立ちはだかっていました。

 

「…………」

「「…………」」

 

当然そのお二方は、突然現れたわたしの方に頭を向けていました。丸みを帯びた長方形の形をしたそのお顔には他の機械の方にあるような眼と呼べるものが無く、代わりに一つの穴のようなものがありました。

 

「~~…~~~、~~~…~~~~~~?」

 

自分よりも大きな方々にじーっと見つめ(?)られてたこともあり、胸の辺りがバクバクいってて身体もガタガタと震えてましたが、それでもどうにか「現在迷子になっている」ということを懇切丁寧に伝えようとしました。

 

その時、

 

「おや、この子は…?」

 

不意に、兵士さん達の背後にあった扉が開きました。その瞬間に深緑色の二人の身体が、扉から出てきたあるお方に向きました。

 

「父様」「あ、とーさま」

「メイデイ、スコーク。このポッパラムはどうしてここにいるのかな?この子は確か、工場のコンベアに配備されていたはずなのだが…」

「それがねー、なにか言いたげにはしてたみたいなんだけど、ぼくらにはぜんっぜん分かんなくてさ。ねぇ、メイデイ?」

「ええ。なので、『弟』を造っているところ非常に申し訳ないのですが、この兵士の言葉を解読してもらえませんか?」

 

緑色の布に包まれたような恰好をしたそのお方は、『エインシャント卿』と名乗る機械の兵士さん達のリーダーだったと、わたしも朧げながら記憶していました。

 

「ああ、分かったよ。さて、そこの君」

「!?」

「はは、怖がらなくても大丈夫だよ。私はただ、君から話を聞きたいだけさ。理由を聞いたからって決して怒ったりしないから、遠慮なく話してみなさい」

「…………。」

 

急に話を振られビクリと肩を震わせたわたしに近づいてきたエインシャント卿は、先程機械の兵士さん達と話していた時と同じような柔らかな声音で言葉を送って下さいました。それを聞いて、あの温かな感じの声の持ち主はこの方だったのだと確信しました。なので、わたしはエインシャント卿のことをすんなり信じて、自分の状況について話すことにしました。

 

「~~、~~~…、~~~~~~~~~~~~、~~~~~~~~~~~~~……」

 

すると、エインシャント卿はふむ、と頷いた後、背後の兵士さん達に向き直り、こう言いました。

 

「話を聞いてみたところ、このポッパラムは迷子になってしまったとのことだ。私は、この子を元の持ち場へと送ってくるから、お前達は『弟』の居るこの部屋をしばらくよろしく頼むよ」

「了解です、父様」「分かったよ、とーさま♪」

「さて、ポッパラム。私と一緒に持ち場へと戻ろうか」

「~、~~!」

 

 

――そんな訳でわたしは、自分の元居た場所に戻る為にエインシャント卿と共に歩いていました。

 

「ところでポッパラム、君は何故島の様々な場所を歩いていたのかな?」

「~、~~~…、~~~~~~、~~~~~~~~~、~~~~~~~~~…」

「……なるほど、工場の外が気になってついつい外に出てしまったわけか」

「~~…、~~~~~…」

「…今回は私が君を見つけたから良かったものの、もしそれが他の者であれば君が恐ろしい目に遭っていたかもしれない。次からは持ち場から離れないよう気をつけるんだよ」

「~、~~!」

「よしよし、良い子だね」

 

固い道の上で繰り返し歩を進めている間、エインシャント卿はわたしに対してとても柔らかな感じで話しかけて下さいました。

 

「……~~、~~~~~~~~~~」

「ん、どうしたのかな?」

 

だからでしょうか、人見知りしやすかったわたしも、気がつけば自分から彼に話しかけていました。

 

「~~~~、~~~~~~~~~~~~~、~~~~~~。」

「……ああ、そうだね。確かに此処には沢山のロボット達が住んでいる。君が見てきた子以外にも大勢のロボット達がこの場所で生きているんだ」

「~~~~~~~…」

「……あの子達は皆、私の大切な子供達なんだ」

「~~!?~~~~~~~?!…~、~~、~~~~~~~~~~~~…」

「はは、驚いたようだね。私の古くからの親友にも前に同じような表情を向けられたことがあるよ…。だけど私にとっては、あの子達の誰もがかけがえのない大切な宝物なんだ」

 

緑の衣を着た機械の兵士さん達のリーダー改めお父様の子想いなその言葉を聞いて、彼の持つ温かさの正体が少し分かったような気がします。

エインシャント卿は、自分の創り出した存在に対してとても深く愛情を注げるお方なのだなと、思わずジーンとなったのです。

 

……ただ、それと同時に、わたしが生まれて初めて掛けられた言葉を思い出し、頭の中に引っかかりのようなものを感じ始めました。

 

『お前は物を運ぶことと逃げる事しかできない無益な存在。故に僕は、お前には大した期待などしていない。』

 

……分かってる、タブー様の言うことはすごく正しい。そんな無価値な自分が「この世界」で僅かでも生きられること、タブー様の役に立つために働けることに、それだけでもありがたいことだと思ってる。

 

……なのに何故なんだろう、胸の中がこんなにも激しくざわざわと主張しだしてしまうのは…

 

「…だが、私は今、そんな大切な子達に犠牲になることを強いてしまっている」

「…………?」

 

少しの間内側に飛んでしまっていたわたしの意識が外界へと引き戻されたのは、エインシャント卿のお話ししている声が少し暗くなったことに気づいた時でした。

 

「……今度完成する…つまり生まれてくるあの子も、戦うことのできる爆弾として使い捨てられるだけの哀れな存在だ。マスターハンドはそれが他の子供達を護る為に必要なことだと、そう言っている。私だって友人である彼の言葉を信じている…、信じている、のだが…」

「……~~…?」

 

どうやら内面に向いていたのはわたしだけではなかったようです。緑色の布の中に吸い込まれていくかのように段々と小さくなっていくその声色に、意味を理解できないながらもどこか底知れない不安を覚えたわたしは、慌てて彼の名前を呼びました。

 

「~~~~~~~~~~…!」

「……っ!?ああ、すまない。私としたことが、おかしなことを言ってしまったね」

「……~、~~…」

「良いんだ、忘れてくれ。……今のは本当に、私に起きたエラーのようなもの、だからね…」

「…………。」

 

…………その時の、布の間からわたしを見下ろしていた両眼は、わたしにはなんでか、泣いたり怒ったりするを我慢してるような感じに見えました。

それでも、エインシャント卿はそういった感情をすぐに隠してしまうと、元の柔らかで温かな態度に戻っていきました。

 

「それよりも、君の居るべき場所が見えてきたよ」

「……!」

 

彼に言われるままに視線を前に向けてみると、そこには確かに、随分と見慣れた動く床の沢山ある光景が存在していました。戻ってこれて良かった…!

 

「さあ、早く戻りなさい。そして、今後は自分の持ち場から離れないように」

「~、~~!~~~~~、~~~~~~~~~~…!」

 

それから、ここまで送ってくださったエインシャント卿に、わたしは深々と頭を下げ、元の居場所へと駆けて行こうとしました。

 

「~、~~~~~~!」

 

…ただ、その前に彼に伝えたいことがふと思い浮かんできて、それを言わないままではいられなかったわたしは、少しだけ立ち止まって全身を緑の布に包んだお方の方へ振り向くと、胸の奥底から紡ぎ出した言葉を彼に贈りました。

 

「~~~、~~、~~~~、~~~~~~~~~…!」

「……ああ。時間ができたら、ゆっくりと話そう」

 

彼の返してきた最後まで温かなその声と言葉に、また会えることへの期待で胸がいっぱいになったわたしは、軽やかに歩を進めて自分の持ち場へと戻っていきました…。

 

 

……ただ、残念なことにその後あの方とお会いできる機会は全くと行っていいほどありませんでした…。

 

エインシャント卿、もとい彼の本当の姿である『マスターロボット様』と再びお話が出来るようになるのは、この時よりもずっとずっと先のこととなるのです…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#8 いいこになりたい

キーラ様(人の姿)登場回。


「ふぃー…」

「お疲れさんです、坊っちゃん」

 

右手から頼まれてた運び仕事を午前中に終えてしまったオレは、今は休憩がてらプリムと一緒に昼飯を食ってたりする。

 

「…やっぱ、ポップの作ってくれた弁当はうめえなぁ」

「いいですねぇ。あの子なら真心込めて作るでしょうし」

 

この影虫から生まれた亜空軍の兵士がなんでオレと一緒なのかというと、オレの世話を焼いてくれてるポップの方がいつも以上に忙しいから代わりに…ってところ。

アイツにとってプリムは姉貴か妹みたいなもんだから、何を頼むにしても一番信頼しやすいって、前にポップが言ってた気がする。

 

「今日は、姉貴と兄貴が付いててくれるみてえだから大丈夫とは思うが」

「確かに。坊っちゃんのお姉ちゃんお兄ちゃんならその辺の信用は出来るですね」

「けど、オレ今日は午後からは休みだし、もしアレならアイツの方の手伝い行こうかな…。そしたらアイツも早く家に帰ってこれるし」

「…ま、楽に仕事終えれるならそれに越したこたねえですよね」

 

…実際、こうしてオレと会話してくれたり、大乱闘で出てきたゴミの運び仕事に付き合ってくれたり、ポップの代わりをきっちりやってくれていて、アイツがああ言うのもちょっと分かる気はする。

けど、プリムは別にオレのために動いてくれてるわけじゃないんだよな。

「あちきは、あの子に頼まれたことならなんだってやる、ただそれだけですわ」って、こないだハッキリそう言ってたし。

 

「そういや、家からアイス持ってきたですけど、坊っちゃんも食います?」

「お、食う食う」

「本当はあげたい人がいたですけど、そいつが『今は別に要らない』とほざくんで…。はい、どうぞ」

「ん、サンキュ。…お、これってオレが気になってたやつじゃん」

 

「…ったく、せっかくあちきが買ってきてやったってのに」などといった小さな声のぼやきとともに渡されたアイスは、昨日新しく発売されたばかりのまん丸なラムネの入ったソーダ味のカップアイスだった。

 

「ん~っ!めっちゃ美味えっ!爽やかな甘さにアイスのシャリシャリさとラムネのカリカリ具合が、良い感じに合わさっててめちゃくちゃ美味え!!」

「そいつは良かった。このアイスも美味しく食ってくれる子に巡り合えてさぞかし幸せでしょうねぇ」

 

…とまぁ、それなりに休憩時間を満喫していたオレだったが…、

 

「わあ。がれおむ、いいものたべてるねぇ♪」

「げっ!?」

 

……突然目の前に現れた『そいつ』に、オレは思わず声を上げてしまった。

 

ツヤツヤした白くて長い髪に作り物みたいに綺麗な白い肌を持ち、オレの姉貴の着てる巫女服に似た白い服を着たそいつは、両腕に引っ掛けたとりどりの色に染まった長めの布をヒラヒラと揺らしながら、オレの食ってるアイスの方に顔を向けている。

 

「ねぇねぇ、それちょうだい?」

「はぁ!?ぜっっってえやだっ!!」

 

見た目だけならすっげえ美人な女性っぽく思えるその『光の化身』は、しかしながらそんな外見とは裏腹にめちゃくちゃ自分勝手な奴だった。

 

「いいじゃないケチー!ちょっとぐらいくれたっていいじゃないー!」

「んなこと言いながらこないだオレのコーンアイスのアイスのとこだけ丸ごと食い尽くしたのはどこのどいつだっ!!」

「うぅ…、そんなのいいから、ぼくがちょうだいっていったらちょうだいってばー!」

「だあもう、しつけえっって!」

 

…正直、こいつに絡まれるのマジでめんどくせえ。だって、オレの都合や気持ちも全部無視して、自分勝手にオレのことを振り回そうとしてくるわけだし…。

実際オレを『光の勢力』に加えた時だって、都合のいいおもちゃみたいに扱ってきたわけだしな。

 

だから、この光の化身とは出来るだけ関わりたくはなかった。なかったんだけど…

 

 

「はいはい。その辺にしとけですよ、キーラサマ」

「むぅ?」

 

俺とキーラがアイスを巡って争っている間に入って止めに来てくれたプリム。自分よりもめっちゃデカい奴二人を前にしても全然怖がらずに落ち着いてられんのって、かなり度胸なきゃできねえことだろうよ…。

 

「そういうのはやめとけって、右手サマとかからもいつも言われてるでしょ?」

「うっ、そ、そうだった…」

「キーラサマ、アンタは何のために『この世界』で生かされてんのか分かってるですか?」

「……『やさしさやこころのぬくもりをいろんなひとからおそわって、いいこになるため』…」

「で、なんで良い子になろうとしてんですか?」

「…………『おとうさん』と、ちゃんとなかなおりしたいから」

「ですよねぇ。だけど、さっきみたいな他人の都合を考えねえようなことをしていたら?」

「…………『また、むかしのぼくにもどっちゃう』」

「キーラサマは、そうなりたいって思ってるですか?」

「…っ、やだ…、いやだよ…!おとうさんとケンカしてた、あんなひどいぼくになんて…!」

「だったら、しつこくクレクレ言うのは良くねえですね」

「うん…」

 

プリムに言い聞かされた後、さっきまでの勢いが嘘のようにすっかり大人しくなったキーラは、

顔を地面に向けながらとぼとぼとオレの方へ歩いてきて、開いているかどうかも分からないほど細い両眼をこっちに向けながらこう言った。

 

「えっと…、むりやりほしがっちゃってごめんね、がれおむ…」

「…おう」

 

……目の前の光の化身には、オレと同じように『父親』がいる。

キーラが言うには、その父親が自分の生みの親で、昔(つってもオレからすりゃものすごい気の遠くなるぐれえのもんだが)はそいつとも仲が良かったんだと。

オレも父さ…親父に造られた存在だから、その辺りは自分と似てんよなぁなんて思ったり。

 

「……ほら」

 

ややあってオレは、一口分だけすくったスプーンをキーラの前に差し出した。

 

「え…?」

「…やるっつってんだよ」

「…いいの?」

「…おう、一口だけな」

 

意外そうにオレの顔を見上げてくるキーラに、『こいつホント面倒くせえな』とため息を吐きながらもオレはスプーンをそいつの目の前に突きつける。

 

「いいからさっさと食えって。アイス溶けちまうだろ」

「う、うん…。じゃあ、いただきます…」

 

ぱくっ

 

「おいしい…!」

 

スプーンの上に乗っていた爽やかなソーダ色を口に入れた瞬間、ただでさえキラキラとしてる白い髪の輝きがさらに強くなった。いや、気のせいとかじゃなくてマジで髪全体がピカーってなってる。

 

「おいしい!このアイス、すっごくあまくて、すっごくおいしいよっ!」

「…そりゃよかったな」

「良かったですねえ。で、他人からモノ貰った時の言葉は?」

「あ、そうだった!…がれおむ、その、えっと…、あ…、あり…、がとう……?」

「……ん」

 

…………こいつのことは、正直言ってオレとしては好きじゃねえ。

 

けど、自分の父親のために頑張ってるってところは、少しだけ応援したいって思っちまう。

あいつの父親がかなりカタブツそうな感じだし、あいつ自身も心のひん曲がったところがだいぶ残ってるわけだし、仲良くできるまでにはまだまだ相当時間は掛かりそうだけど、まぁ、どうにか願い叶えられたらいいかなって。

 

オレだって、いつかは造られたばかりのあの頃みたいに親父と楽しく話をしたいって、そういう未来を求めてるから…

 

「だけど、ここまでおいしいと、もっとたべたくなっちゃうなぁ…」

「え」

「そんなわけだから…、やっぱりそのアイスぜんぶちょうだい?」

「はあっ!?何言ってんだてめえっ!!一口だけっつったろうがっ!!!」

「やだあ!ほしいったらほしいのうっ!!」

「ぜってえ嫌だっ!!お前ほんっとわがままだなっ!!」

「だーもう!あちきが同じの買ってきてやるですから、大人しくしやがれです!!」

 

…………やっぱり、関わり合いにはなりたくねえけど。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#9 故に、父であることを放棄した。

ダーズ様(人の姿)登場回。
自分とこのダーズ様は、キーラ様の父親という設定です。


「――では、また来るよ、私の可愛い子供達」

 

崖際に花束を置いた後、今はもう「この世界」には居ない子供達へと、音声出力した言葉を贈る私。

無論、それが誰にも届かぬことなど既に承知の上ではあるが、その事実を理解していても、この行為を止めることなど到底出来なかった。

 

私が現在居る場所は、大海原に面した断崖絶壁。

 

周囲では少なくとも弱いなどとは決して言えない威力の風が吹き荒び、私の強固な身体を殴りつけ、

自分の立っている数m先の、険しい岩壁を経た崖下からの白き波が絶壁に打ち寄せる音が、集音装置へと絶え間なく入り込む。

 

視覚装置には、橙色に染まる天球とそれに合わせるように同様の系統の色に変化した雲と海、そして地平線の向こう側へと光を届けるべく今まさにほんの少しの別れを告げようとしている太陽が、明瞭に映り込んでいる。

 

そう時間のかからないうちに再び居なくなってしまうであろう陽の光の下で宝石のように輝く海面のずっと上の方には、かつて私と私の子供達が幸せに暮らしていた浮遊島が存在していた。

 

……現在となってはもう二度と戻ってこない故郷と大勢の子供達。私は週に一度、あの場所がよく視認できるこの絶壁に足を運んでいる。

だが、己が捧げられるものは、クレイジーハンドから頂いた綺麗な花束と彼らへの言葉という、かつてあの子達を守ることの出来なかった機械の主としてはあまりにもささやかすぎるもの。

それでも、それぐらいのことしかあの子達にしてあげられない現在の私は、もはや影も形も無くなった自分の故郷に背を向け、『街』の方へと戻ろうとした。

 

「またぞろ墓参りなぞしているのか、機械の主よ」

 

その時、不意に厳かさを含んだ低い声が集音装置へと届く。

 

「ダーズ」

 

声の発せられた方に振り向いてみると、私の視覚装置には頭部に10はゆうに超える数の触手を生やし、浅黒い肌と筋肉質な身体を持つ男が映っていた。

 

数多の蔦のような黒紫の髪に包まれ、赤紫に染まった刺々しい触手達を常に乱雑に動かし続け、服装はといえば、そのうちの数本で上半身の一部と『大事な部分』を包んでいるのみ…という見るからに奇妙な出で立ちのその存在は、

結膜がやや明るい青色で角膜が黄金色をした眼に、夕焼けの紅に染まるベージュ色をした私の体躯をじっと映し出している。

 

混沌と闇の化身、ダーズ。

私の親友であるマスターハンド達と同様に、「この世界」の成り立ちに最も重要な役割を担う神の一柱。

 

その本来の姿は、無数の黒々とした蔦に包まれた触手とその本体たる一つの眼で構成されているという非常に奇怪かつ禍々しいものであるが、

先の光の化身キーラとの戦争において我々「この世界」の住人達を身勝手に巻き込んだことにより、

現在はキーラと共にマスターハンドの創り出した『人形』の中にその魂を封じられている。

 

「そういう貴方は、今日も魚釣りにいらっしゃったのか」

「左様。本日の夕餉に必須であるからな」

「そういえば、昨日も此処で魚を焼いて食していらしたな」

 

ダーズは、右肩にロッドケースを掛けて背負い、左小脇には焚火に使うであろう複数の薪が抱えていた。腰に装着しているポーチには餌や金具が入っているのだろう。

 

彼は、焼いた魚が好物の一つとのことで、毎日この絶壁で魚を釣っては起こした火で炙って食している。

 

「……くれぐれも邪魔をするなよ」

 

釣り竿をケースから取り出し、そのガイドのリールの糸を通し、糸の先に金具を結ぶと言った釣りの準備を行いながら、ダーズは「さっさと帰れ」と言わんばかりに私のことをねめつける。

 

「そのつもりはない。私も家へと帰るところだからな」

「…………そうか」

「では、また。」

 

私としても今日のところは此処に長居するつもりはないため、絶壁の淵に腰掛け釣り糸を海面に向けて垂らし始めたダーズに背を向け、子供達を迎えに行くためにも早急に帰路に着こうとした。

 

「いや、待て」

 

しかし重厚な低音の声は、少々の沈黙の後、唐突に私が進むのを阻んだ。

 

「一つだけ良いだろうか」

「何か?」

「お主は何ゆえ、自らの子らにそこまで愛心を掛けることができる?」

「……何故そのようなことを訊く?」

「『子供』なぞ、所詮は面倒な荷物よ。そんなものをいつまでも抱え続けたところで、待ち受けるは自らが滅する未来やも知れぬ」

 

黒紫を少しだけ纏った浅黒い背の向こう側から集音装置に届いた音吐は、淡々としていながらもわずかながらに私に対する憐憫を含んでいるようにも思えた。

 

「そのように仰るのは、かつて貴方の子が反旗を翻してきたからか」

「左様」

 

……この混沌と闇の化身には、子供が存在する。

 

「この世界」の原初の化身であるダーズは、始めは混沌と闇しか存在していなかった空間の中に、ある日『光』を創り出したのだという。

 

その『光』に授けられた名は、「キーラ」。

 

かつて新たなる創世を企み、我々フィギュア達の身体を奪い去る凶行に及んだ光の化身こそ、ダーズの息子と言える存在だった。

 

「……儂も『あれ』が生まれたばかりの頃は目に入れても痛くない程可愛らしいと、そう思っていたものだ」

 

陽の光も水平線の向こうへと沈みかけ、黒い蒼に染まろうとしていた空の下で、赤紫色に淡く光る鋭い先端たちは強風に促されて揺れる。その様は、周囲で吹いている風をただただ一身に受ける小さな花のようにも思えた。

 

「…だが、あの光は儂が想像していた以上に欲深き存在であった。次第にあれは、儂の手には負えなくなった。そしてついにはあれに消滅させられかけた。

……その時に儂はようやく気付いた、手塩にかけて育てたはずの子は、儂にとって凶悪なる敵に成り果てていたことに」

 

低音はより暗い色に沈み込み、声の主を突き刺すような鋭さを増していく。

 

「こうなるくらいなら、最初から子など創らなければ良かった」

 

私に背を向け、絶壁の向こう側へ釣り糸を垂らしていた彼から発せられた言葉は、後悔の念を明瞭に表していた。

 

「故に儂は、父であることを放棄したのだ…」

 

崖下に向けて大きく息を吐き出した後、自ら抱いている諦念に引きずり込まれる原初の化身。

未だ食糧が掛かっていない釣り糸を垂らしつつ頭部の触手を再び乱雑に揺らし出した様子を、既に暗視モードに切り替わった視覚装置に収めた私は、数秒の電子頭脳内での処理の後に彼への言葉を出力した。

 

「子供が自分の思い通りにならないのは、至極当たり前のことだ。」

 

何もかもを諦めかけている眼前の父親に私が伝えたいこと。それは、自らの子供のことをどうか見捨てないで欲しいという、同じ『父』としての思い。

 

「私にだって、そういった子と接した経験は幾度もある。だけど、それでも大切なのは、その子自身の個性や思いを尊重しながら、在るべき道へと導くことだろう。マスターハンドや『この世界』の住人達も、彼に優しさや思い遣りを学ばせるために奮闘している。だというのに、実の親である貴方は彼のことも…自分の幸福すらも諦めてしまうのか」

「…………その様なことで、今更あやつの心が変容するとは思わんからだ」

 

混沌と闇の化身並びに光の化身は我々よりも遥かに永い時を生きる存在なのだと聞いている。

何もない世界にたった二人だけで過ごしていた悠久の年月は、彼らを一体どれだけ歪ませてしまっただろうか。

 

「行動を起こしてみなければ結果の分からぬことは、貴方が思うよりもずっと数多に存在する――特に、現在この時代においては」

 

だが、現在の「この世界」には、マスターハンドに吹き込まれた多種多様なイメージが息づいている。

 

「『イメージに歯止めはない』、私の古くからの親友は『この世界』にイメージという生命を吹き込んだ人形を住まわせ始めた際、そのように言っていた。やがてその生命達は戦いの中で交わり繋がっていき、いつしか大きな環になっていった。

……かつて、大きな戦いで多くの大切なものを失った私も、加わった環の中で新たに縁を結んだ者達が傍で温かく見守ってくれたおかげで、少しずつ今を生きていこうと思えるようになったんだ。」

 

サムスにピカチュウ、キャプテン・ファルコンとキャプテン・オリマー、ドンキーコングとディディーコング、Mr.ゲーム&ウォッチやダックハントにむらびと、そしてポップ。

化身達の力で救われた子供達と再会するまでに彼らが共に居てくれなければ、私はきっと、あの夕日の先へと躊躇なく飛び込んでいたかもしれない。そう思えば感謝してもしきれない。

無論、とりどりの色の炎を持つ魂達の住まう「この世界」を創り出してくれた古くからの親友に対しても、それは変わらなかった。彼がそうしてくれたことが、私を孤独にしなかったのだから。

 

だから私は、マスターハンドの創りし「この世界」を信じて、自分の想いを諦念を抱く化身に届ける。

 

「キーラだって、様々な者達に色々なことを教えてもらえば良い方向へと変化していく、その可能性だってマスターハンドや他の皆が諦めない限り0ではないんだ。

現に、彼はガレオムやカービィ達との交流を通して少しずつだが思い遣りを学び実践しているという報告も受け取っている」

「…………。」

 

ダーズは相変わらず崖下の方を眺めている。他者嫌いな彼はこちらに顔を向ける気もこの話をまともに受け止める気も恐らくは微塵もないのだろう。だが、それでも私は伝える。

 

「だから、自分の子のことをどうか諦めないでほしい。子を見捨て、自ら手を下してしまうのは、きっと貴方にとっても良いことだとは思えない」

「……何故、そのように思う?」

 

陽の光のすっかり消えた空間に埋もれるように崖際に佇んでいたままだった黒紫の触手を持つ化身。

不気味な姿の現身を持つ始まりの神の望む混沌と闇に埋もれた世界に少しだけ似たその景色の中で、暗視が機能している視覚装置を駆使してダーズを只管注視していた私に、ふと闇の中の彼が問うてきた。

直後に、明るい青と黄金で構成された両眼が、淡く光を放ちながら、私の視覚装置へと映り込んでくる。

 

彼のその振る舞いに、自分以外の誰かとの繋がりを未だ完全に断絶しているわけではないと、僅かながらに希望を見出すことの出来た私は、訊かれた問いについて一片の迷いも無いままに自らの信じるままにこう答えた。

 

「私が、貴方と同じ『父親』だからさ」

「…………。」

「子のことを全く思わぬ親なんていないと、そう信じているからとも言うだろうか。…それに、貴方に『この世界』から光を消されるのはとても困ることだ。

私はもう二度と、大切な者達を喪いたくはない。それに何より、今はもう居ない子達の記憶を明日へと連れていく為にも、私は生き続けなければならないからな」

「……もし、儂が力を取り戻し、再び『この世界』を混沌と闇に飲み込もうとせんとしたときは如何するつもりだ?」

「無論、その時は貴方の敵として立ちはだかってみせるさ。今の私には、決して諦めたくないものが数多に存在するわけだからな」

「…………そうか」

 

私の現在持ち合わせている確固たる答えを聞いたダーズは、再び崖下の方へと視線を向け、釣り竿を浅黒い両手で握りしめながら、呆れたように溜め息を吐いた。

 

「…………そこまで宣うのであれば、精々足掻いてみるが良いさ。どうせ無駄やもしれんだろうが」

「ああ、精一杯戦ってみせよう」

 

悠久の時を生きてきたことで培われた諦念は、恐らくそう容易く消滅していくものでは無いのかもしれない。後々に再び「この世界」の滅びを実行しようと可能性だって決して0とは言えないだろう。

 

だとしても、私にだって譲れないものはある。

 

混沌と闇の化身がどちらの道を選んだとしても、私は私のやれることをやるだけだ。

もう二度と何も失ってしまわないように。

 

「…では、私はそろそろ自宅へと戻ろう。子供達も既に帰り着いて、私のことを待っているだろうから」

「……そうか」

「また、お会いしよう」

「…………。」

 

本日の食糧を待ち続けている浅黒い背から、それ以上言葉が返ってくることは無かった。

 

何もかもを諦め、他者と関わることを嫌う世界のはじまりの権化。

 

そんな彼が少しでも、あの光の化身のことを愛せるようになれたらと、どこへともなく願いをかけた後、すっかり暗くなった道を辿り、今日も最愛の子供達の元へと帰っていくのだった…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

#10 こんにちは、ぶーちゃん♪

左手さんが禁忌さんの自宅に遊びに来ただけの他愛もない話。


タッタッタッタッ…

 

ドゴォッ!!!!

 

「こんにちは、ぶーちゃん♪」

「…………はぁ」

 

階段を駆けた後に自室の扉を蹴破って、ドッヂボールの如き一方的な挨拶を投げつけて来たニコニコ笑顔のタキシード野郎。

 

そいつのその突飛な行動と姿が両眼に飛び込んできた途端に、僕は苛立ちを覚えるとともにとても深く深く息を吐いていた。

 

 

 

――――僕の名は、タブー。かつて「この世界」を亜空間に引き込もうとした『亜空軍』の首領であり、

現在においては、「この世界」にある屋敷に引き籠って生活している敗北者さ。

 

で、現在器物損壊の現行犯であるにも関わらず清々しいほどにムカつく笑顔を浮かべながら僕の眼の前に立っている短い銀髪の男は、

「この世界」の『創造欲の化身』たるマスターハンドの弟にして、その対の力を司る『破壊欲の化身』――名をクレイジーハンドという。

 

「……で、今日は一体何の用だ?」

「そりゃもちろん、遊びに来たにきまってるじゃないの」

「そうかそうか、ふざけるなよ貴様」

「あらぁ、相変わらずつれないわねぇ♪いいじゃないのよ、ぶーちゃんどうせヒマなんだしぃ♪」

「黙れ、その減らず口削ぎ落とすぞ」

「またまたぶーちゃんったら、照れ隠ししちゃってかーわいい♪」

「さっさとくたばれこの疫病神」

 

本来は白手袋をした巨大な左手の姿をしているのだが、「この世界」では人の姿をした遠隔操作式の人形を操って行動することの方が多い破壊の権化。

一見ソーダ味のアイスのような爽やかな雰囲気を醸し出しているそいつは、僕の吐き出した嫌悪の言葉すら軽く受け流しながら、僕の唯一の居場所にいけしゃあしゃあと居座り続ける。

 

僕が「この世界」に住み着くようになってからというものの、週に一、二度ほどのペースで居宅へと無理矢理入り込んでくるこの男には当然ながら非常に辟易しているし、

実際最初のうちはトラップを仕掛けたりセキュリティを強化したりして追い返してきたのだが、

この左手のみに白手袋を嵌めた黄金の眼の破壊魔はそんな障壁も物理的に軽々と突破してきたため、

疲弊しきった僕は、憎らしいあの創造欲の化身によく似た顔立ちのこの男の毎度の侵入を不本意ながら許してしまうこととなった。

……此処に住み込んでいる使用人といい、僕の周囲には厄介な変質者が集まりやすいのだろうか…?

 

「ねぇ、ぶーちゃん。何して遊ぼっか?アタシ、このスゴロクゲームが良いなぁ」

「……相変わらず他人の話を聞くということをしないよな、貴様は」

 

そんな僕の目下の悩みになど一瞥もくれずに、パーソナルコンピュータの設置してある低めの机の右側の棚からボードゲームの箱を取り出す左利きの神。

かつて様々な種族の混じり合った大軍を率いて「この世界」に襲撃してきた侵略者相手にここまで平然とした態度で接してくることが出来るのは、現在の僕が戦闘の為の力を悉く失っているためというのもあるのだろう。

 

厳密には『亜空間で振るうことのできていた力が「この世界」では一切発揮できない』のだが、

左手の力で「この世界」に縛りつけられたことで亜空間へと戻ることの叶わなくなった僕にとっては失ったも同然といえる。

……まぁ、そもそも今の僕には「この世界」の奴らと戦う意欲など、もはや微塵もないのだが。

 

「それから、僕はお前と遊ぶ気など毛頭ないんだが」

「ふぅん。じゃ、ひとりで遊ぶわよぉ、ここで。」

「……おい」

 

何勝手に人の家でひとり遊び始めてるんだ。ここは遊技場じゃないんだぞ。

 

そう言葉を紡ごうとするが、その時には既にそいつはサイコロを振り終え、両手に持った赤や青などの原色に染まった簡素な人型のコマを進めようとしていた。

 

「さあ、一番手のぶーちゃんが止まったマスは、っと。あらぁ、『3マスすすむ』ねぇ♪最初から好調じゃない♪」

 

……しかも勝手に青いコマを『僕』ということにしてるし。

 

「んじゃ、次はアタシねぇ♪…あら!1しか進めないのねぇ、しょんぼり」

 

…………はぁ。

これはまた、しばらく帰りそうにないだろうな…。

 

この男が僕の話を聞かない奴であることを既にうんざりする程に理解していた僕は、

もはやそいつを追い出すことを諦めて、早朝からずっと電源をつけていたコンピュータの画面の方に眼を向けた。

キャッキャキャッキャと喧しい声に関しては、ヘッドフォンで適当な音楽流しながら遮断しておけばいいだろう…。

 

 

 

 

……それにしても、

 

僕の記憶の中にある破壊欲の化身というのは、このような性格の持ち主では無かったはず。

 

昔、あの創造欲の化身と初めて邂逅した際、奴に付き添っていた左手の姿は、

自我も意思も無い右手の傀儡、少なくとも当時の僕の眼にはそのように映っていた。

 

だが、僕が右手を捕らえ、「この世界」に侵攻し始めた際にいつの間にか行方知れずとなってしまい、

次に会った時には打って変わって感情豊かで溌剌とした性格へと変貌していた。

 

右手にただただついて回り、右手の命令通りに破壊の力を行使するだけの動きしか見せてこなかったこの化身が、

如何にして感情や自意識を手にしたのかは僕にも分からない。

 

ただ、一つだけ言えるのは、左手の現在における立ち振る舞いが、

女のような口調を除けば、『あの右手のかつての気質』を丸ごと模倣しているように見える、ということぐらいだろうか…。

 

そして、僕はそんなそいつの姿にただただ背を背け、高めの声に耳を塞いでいる。

理由は至極単純、胸の内側からどうしようもない程の苛立ちの炎が噴き溢れてきそうになるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ぶーちゃん♪」

「っ!」

 

無意味に仮想空間内の情報を漁り始めて一時間くらい経った頃、不意に外界の音を遮断していた音楽入りの耳当てが取り払われた。

即座に背後に振り向いてみれば、案の定そこには僕のヘッドフォンを両手に持ちながら、虫唾の走るようなにっこりとした笑みを浮かべる破壊欲の化身の姿があった。

 

「……何なんだ、今度は」

 

感じた煩わしさを音吐に載せながらそいつを睨みつける僕だったが、当然ながら左手はへらへらと笑ったままだった。

 

「見て♪すごろく、ぶーちゃんが一番にあがったのよぉ!どうどう?」

「…………はぁ……」

 

何故に遮断物を奪い取ってまで声を掛けてきたのかと思えば、そんな下らないことか…。

頼むから、もういい加減帰って欲しい…。

 

「あっ、アタシそろそろ帰らないと!アニキに美味しいご飯を作らなきゃだしねぇ」

 

その願いが通じたか否かは不明だが、銀髪タキシードのその男はようやくここから出ていく気になったらしい。

よかった、これで…

 

「…………ねぇ、ぶーちゃん」

 

ようやく部屋が煩くなくなると思いホッとしたその矢先、

それまではクラッカーが弾けるかのように軽々としていたのに、不意に鉛のように重くなった声音が耳朶を叩く。

 

「……まだ何かあるのか」

 

不毛かつ面倒だとは思いつつも、この話に付き合ってやればこいつもさっさといなくなるだろうと

投げやりながら返事を返して声の方に向いてやると、左手は先程とは打って変わって静かに言葉を紡ぎ出す。

 

「……あのね」

 

 

 

「『僕』にはね、とてもとても大切にしたいひとがいるんだ」

 

水色の長い髪を持つ男を映し出す黄金色の瞳は、僅かながらに揺れ動いている。

角の下がった唇から吐き出される音は襤褸布のように擦り切れていて、銀の髪は枯れた花のように床の方へと垂れ下がろうとしていた。

 

「…だけど、そのひとは今、とってもとっても苦しそうにしているんだ。

時にはすごく悪い夢まで見ちゃうみたいで、すっごくしんどそうな感じ。

そのひとがそんな状況なのに、そのひとの一番近くにいつもいるっていうのに……、

……僕は、そのひとの苦しみを…、和らげてあげることが出来ない…」

 

両肩を震わせながら、もはや表情が見えない程に俯いてしまった破壊欲の化身。

 

……ああ、そうだった。こいつは「アタシ」なんて一人称を使うような奴では無かったな。

 

「ねぇ、どうしたらいいんだろう」

 

すっかり縮こまってしまった、本来は180㎝近い背丈の持ち主であるその男は、

弱気な少年の如く声を震わせながら、しかしそれでいて誰にも助けを求めるつもりはないと言わんばかりに唇を床に向けて小さくこう呟いた。

 

「アニキの心を救ってやるために、僕に出来ることって、何なんだろう…?」

 

 

 

 

 

 

 

…………結局、左手が帰ったのは、数十分ほどさめざめと泣き続けた後だった。

 

「…………はぁ」

 

その場に残ったものは、自室の扉の破壊痕と出されて散らかったままのスゴロクゲームと、

それから恐らくは扉の弁償代の入っているであろう縦長の封筒だった。

金置いて行くぐらいなら最初から破壊するなって話なんだが…。

 

……ともあれ、明日辺りにでもまた、扉を修繕するための材料をプリムに買いに行かせるか…。

 

 

「……『心を救ってやるために出来ること』、か」

 

破壊欲の化身の『大切にしたいひと』、それはそいつにとって最も近しく繋がった存在。

だが、いくら近しい存在であったとしても、所詮は『自分以外の他者』でしかない。

そんな奴に対して、助けたいだの救いたいだのと真面目な顔で宣っているのは、

長い間ずっと孤独に生きてきた僕にとっては滑稽以外の何物でもない。

 

……あいつら二人が心の内にどのような苦痛を抱えていようと、僕には何の関係も無いんだ。

 

「……とりあえず、これを片付けるか」

 

この散らかった部屋を見たら、此処に住み込んでいる使用人がギャンギャンと煩いからな。

そう思考を切り替えて、左手が出しっぱなしにしたスゴロクゲームの片付けに着手し始めた。

 

 

……心臓の辺りに切傷のような小さな痛みを覚えたのは、気のせいだろうか…。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。