ぶらっくぶれっど『黒いパンとゼっちゃん』 (藤村先生)
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【神を目指した者たち】NO:1

ぶらっくぶれっど『黒いパンとゼっちゃん』

 

 

 

2021年。

人類は異形の生物に、ガストレア生物に敗北した。

【ガストレア生物】とは――――【ガストレアウィルス】と呼ばれるもの未知のウィルスによって遺伝子情報を書き換えられた化け物のことだ。

 

感染した生物は以下の特徴を有する。巨大化、凶暴化、そして異常なまでの再生力の強化である。そのような特性を有した生物に、人類が敗北するのには左程時間を必要とはしなかった。

 

結果、敗北した人類は荒廃した地球の一部エリアへと追いやられた。

それでも全滅しなかったのは、ガストレアが嫌う【バラニウム】と呼ばれる金属で出来た壁【モノリス】で四方を囲い逃げ出したからだろう。そしてこのモノリスで囲まれた人類の生存可能圏は一般的に【エリア】と呼称される。

 

そのエリアの一つである【東京エリア】にて、とある男女が言い争っていた。

 

 

「だから本当なんです! 私は一度死んで! KAMISAMAに! 素敵で愉快な二次元NOURYOKUをもらって! この世界にTENNSEIしたんですぅ!」

 

「いやだからね。なに素敵で愉快な妄想かましてくれちゃってんのか知らないけど現実みろよ現実! お前頭おかしいよ!」

 

「お、女の子に向かってそれは流石に酷すぎませんか!」

 

片方は、青ジャージにブルマを纏い――――そして目に紅い包帯を巻きつけた少女。

もう片方は、ブランド物のスーツで身を固めた――――死んだ魚のような無機質な瞳をした男。

 

「わかったわかった。 あれだろ? お前の話をまとめるとだな。 お前は、前世で非リア充の極致に至った花の2X歳で彼氏いない歴=年齢の鉄血乙女だって話? そんで、KAMISAMAとやらの手違いでTENNSEIトラックとやらにホームランされてKAMISAMA空間に超次元ワープして? KAMISAMAの手違いの詫びとやらで好きな漫画のNOURYOKUをもらって? 好きな漫画のキャラクターのビジュアルをもらって? で? この世界に強くなってニューゲームTENNSEIしたってわけ?」

 

「YES! その通り! 概ねあってますよ! 一部腹立つ誇張表現もあるけど!」

 

「家帰って糞して寝ろよ。それか病院に行け。ガストレアのウィルスホルダーでもお前程イカレた妄言吐く奴なんていねーよ」

 

「ふぁぁあああああああああああああっく!」 

 

ポニーテールを振り回して絶叫する少女。

容姿は可憐でも中身は残念極まりなかった。

 

「確かにさ、女にうんこなんて言って悪かったが……落ち着けよ【ゼっちゃん】」

 

「うそじゃないもん! NOURYOKUあるもん! KAMISAMAいるもん!」

 

残念だが、どこぞの『あるもん! STAP細胞あるもん!』並みに信用出来ない言葉だった。

 

「で? 本当だとしてなに? 肯定してほしいの? あーそうそういうことね。お前は素晴らしいTENNSEIオリ主だよ。TENNSEIおめでとう。じゃあ仕事あるから行くわ」

 

背を向けて去ろうとする男の肩を掴む少女――――ゼっちゃん。

某型月に登場する冬木市一の美少女であり、中の女(2x歳)が欲したキャラクターである。

 

「ここってブラックブレッドの世界じゃないですか!」

 

「黒いパン? なにそれ? 美味しいの?」

 

弾丸は『ブレット』だった。ゼっちゃんは間違った発音に恥じた。

言ってしまったことは仕方がない、と無視しながら、

 

「私、民警になりたいんです!」

 

「なれば? 勝手にさ、試験受けてライセンスでも取って就活してくればいい。今はどこもかしこも人手不足で求人募集中だよ」

 

強引な話題転換。だが、一応言っている事に嘘はなかった。

ブラックブレットの世界で民間警備会社――――【民警】に所属し、ガストレアを倒し無双する。俺TUEEEEE!がしたい。

それだけの為にTENNSEIさせてもらったのだ。熱意は本物だ。

 

ただ、ゼっちゃんの言葉を中二病の妄想と判断している男との温度差は開く一方だった。

 

「私は! 戸籍がありません! なぜならKAMISAMAのTENNSEIオリ主だから!」

 

「で?」

 

「見たところ、おじさんは民警の関係者ですよね? しかも上位役職者ですよね? だったら戸籍偽造とかも出来るんじゃないですか!?」

 

無茶苦茶だった。

ゼっちゃんの言っている事は社会を知らない子供の戯言だ。

漫画やら小説やらの知識の総集でしかなく、もはや勢いで適当に妄言を垂れ流している。

 

「え? 確かに俺は民警で社長してるし、そういうことも出来るけど。何でお前のためにそんなことしないといけないんだよ……」

 

「な、なんでですか! 私はTENNSEIオリ主ですよ! オリ主と出会ったモブキャラは、戸籍やらの問題を解決してくれる舞台装置じゃないんですか!」

 

「今の若い奴特有のゲーム脳ってやつ? 何言ってんのか意味わからん」

 

てかさ、と男はあきれ顔で問いかける。

 

「仮にね、俺がお前を援助してやって何かメリットあんの?」

 

「今の援助交際してるオヤジの言葉みたいですね……正直ドン引きなのです」

 

「ガストレアに脳天から食われて死ねよお前」

 

「なにID真っ赤にしてるんですか」

 

「意味はわからんが腹立つなそれ」

 

冗談は置いておくとして、とゼっちゃんは言う。

 

「こう見えて戦闘系には自信があります。 なんと! 私に殺せないものはありません! 生きているのであれば神さえも斃せます! だから社――――」

 

「その包帯といい、そういう設定はノートにでも書いていればいい」

 

ガストレア相手に無双したいのであれば、モノリスの外――――未踏領域に行けばいい。

大量のガストレアが闊歩している死の世界だ。

 

3歩も歩かない内にガストレアにぶつかることだろう。

海に行けば、ホホジロザメ型の巨大な海棲ガストレアにも出会えるだろう。それはさぞかしく素敵な事で、オリ主の無双願望を叶えてくれるはずだ。

 

だが、ゼっちゃんが求めているのは少し違った。

 

ゼっちゃんの根本にあるのは承認欲求である。

要はガストレア相手に無双して、俺TUEEEE!して、その結果を認めて褒めてほしいのだ。

そのためにも社会に属することは必要不可欠なことであり、足元を固めるのは何よりも優先されることだった。

TENNSEIやらNOURYOKU要求の代償に、記憶がほぼ全て吹き飛んだ――――ゼっちゃんになる前の地雷女が持っていた根本思想。

 

ブラックブレットの東京エリアに、TENNSEIしてからようやく出会えた民警。それも人事採用権のある社長。

叶うのであれな。主要キャラの会社に所属したかった。だが、それも最早大半の記憶が吹き飛んだゼっちゃんには些細な問題だ。

主要キャラの顔や名前なんて覚えていないし、もうどうでもよかった。

 

もうモブ民警会社でもいい。所属を確立化し、自分の社会的地位、序列を挙げ悦に浸る。そして無双する。それだけ。

それだけだから、どうしてもモノにしたい。ほしい。

 

頭がフットーしていた。

 

『ああ――――。あなたが私の雇用先だったのですね』

 

男が民警の社長をしていると名乗った直後のセリフだ。陶然とした様子でトリップし出した彼女に、男はドン引きだった。

 

 

そんな最中、甲高い電子音を鳴り響く。

音源は男の胸ポケット。携帯端末の着信音だ。

 

彼はすまないね、と断りつつ繋いだ。

 

『お疲れ様です。総務の――です。緊急の連絡なのですが構いませんか。構いませんよね。社長は一日暇ですからね。私達とは違って』

 

電話口から聞こえるのは高い、それでいて平坦な少女の声。

若干機嫌が悪いのだろう。皮肉にどうも棘があった。

 

「おいおい。これでも俺は忙しいんだけどね。どこぞのIQ200以上の天才様と違って効率的でないだけさ。で、なに?」

 

『……別に私は天才でも何でもありません。その言い方は不快です。…………ごほん。報告します。先ほど、モノリス内にガストレアが侵入しました。社長が現場に一番近いので殲滅にあたってほしいのですが?』

 

「ごめんごめん。怒るなよ――――ちゃん。 わかったよ。こちらで対応するから位置情報送って」

 

『かしこまりました。ただいま、端末にターゲットの位置情報を送信しました。ご武運――――あ、社長。すみませんが帰りに芳香剤買ってきてください。なぜか社長室から何とも言えない異臭がしますので。私も仕事になりません。というか、いつも聖天子様が来られる時に限ってですよね? この妙な菊の――――』

 

適当に電源を切り、男はゼっちゃんに告げる。

聞いたかね? と前置きし、

 

「何でもガス――――」

 

「社長さん、お部屋でナニされてるんですか!? 早く芳香剤買いに行ってくださいよ! 最悪ですね!」

 

「そーいうのを下衆の勘繰りって言うんだぜ? 神聖な職場でずっこんばっこんするわけないだろうに」

 

「言った! 今ずっこんばっこんって言った! あんた真っ黒だ!」

 

「彼女は真っ白だけどね。HAHAHA!」

 

聖天子だけに、と彼は唇を歪めた。

面白くも何ともない親父ギャグだった。

 

「真面目な話。あ、君らの年代だったら、マジって言うんだろう? ナウい俺にはわかるよ。で、マジな話さ仕事が入ったから今度こそ行くね」

 

去る背中。

ゼっちゃんは叫んだ。社長さん、と。

 

「今言ってたガストレア! 私が一撃で処理出来たら、社長の会社で雇って頂けませんか!」

 

「やだよ。君みたいな変な子」

 

「即答! というか私のどこが変だって言うんです!? 冬木市一番の美少女じゃないですか!」

 

「鏡見ろよ」

 

青ジャージ+ブルマ。極め付けに両目には紅い包帯。どこからどうでもエクストリーム中二病患者だった。

役に立つビジョンが一ミクロンもわかないやつも珍しいな、と彼は思った。

 

彼の後方できゃんきゃん喚く生物を背に向かうのは、事務の少女から送られてきたポイント。

すなわち――――ガストレアのいる戦場だ。

 

 

 

 

 

 

事務子から送られてきたポイントに到達した男は、見知った壮年の男を見つけた。

精悍な顔立ちをした警察の男である。

 

前に名刺を交わしたことがあったが、失礼極まりないがどうも名前は思い出せない。

男は彼を便宜上、役職の警部と呼ぶことにした。

 

「すまない警部。 少し遅れた」

 

「【Mr.バラニウム】が来ると思っていたがまさか、社長のあなた直々に来られるとは……お手を煩わせて申し訳ない」

 

「一番現場に近かったからね。 ところでガストレアは――――、他社に先を越されたか」

 

爆砕音。

 

視界の先には、アスファルトを粉砕する蜘蛛型のガストレア。

巨体ならではのパワーを活かし、民警を追い回している。

 

「フェイズ1蜘蛛型か」

 

「ええ。よくあるタイプですので、新米の彼等イニシエーターとプロモーターでも問題は無いと思うのですが……」

 

ガストレアは生物に進化を促す。

形態変化した初期の状態をフェイズ1と呼び、以降様々な生物の因子を取り込んだ、より進化した状態をフェイズ2、フェイズ3、フェイズ4と呼ぶ。

そして一般的にはフェイズ4が進化のハイエンドとされている。

 

今回の蜘蛛型は弱点のモノリスの中に侵入し弱ったフェイズ1、つまり雑魚もいいところだ。

ゆえに現状の光景が男には信じられなかった。

 

狩るものが狩られるものに追い回されている。それも雑魚中の雑魚に。ヒエラルキーで言うとこの最下位にだ。

とても許容できる内容ではない。

 

苛立ちながら告げる。

 

「イニシエーターの動きが随分悪い。初体験を済ませてはいないというわけでもないだろう?」

 

「ええ……そうらしいのですが」

 

イニシエーター。

母親の胎内にいた時にガストレアウィルス感染した子供のことだ。別名【呪われた子供達】とも呼ばれている。

成人男性を軽く凌駕する高い身体能力を持ち、

 

「うぉ……コンクリート粉砕しやがった。どこのコングだ」

 

現に今も人外の力を発揮しコンクリを粉砕している。その様を、初めてイニシエーターの戦闘を見たのだろう。

警察の若い男が渋面で戦闘を眺めていた。

 

ガストレアと同等以上の戦力があり、民警コンビは敵の弱点であるバラニウム武器を装備している。

一方、敵のガストレアはモノリスにより浸食ダメージを受けている。

 

なのに何なのだろうか。これは。男は思わず呟く。

 

「――――なんて、無様」

 

「原因はあのプロモーターですか」

 

横合いから聞こえてきた高い声に釣られ、男も原因を見やる。

 

若い民警の男。プロモーター。イニシエーター(ガストレア因子を宿す少女そしてプロモーターの最大の武器)の司令塔。精神的支柱。

動きに迷いがある。どう行動していいのかまるでわかっていない。

手にしたバラニウム製の黒い刀を振り回して相棒のイニシエーター指示を出しているようだが、イニシエーターに拒否されたのだろう。

戦闘中だというのにヒステリックに怒鳴り散らし始めた、その声がこちらにまで届いてきた。

 

『使えないやつだな! どうして僕の言った通りに動けないの! 馬鹿なの! 死ぬの! 死ぬよ僕ら! はいはいそうですか! どうせ僕が悪いって言うんでしょ! お前は僕の母ちゃんかよ! だいたい武器なら武器らしく動けよな! 本当使えないやつだよね君!』

 

「うわぁ……あんなワカメくんにそっくりな人いるんだ。情けないなぁ」

 

確かに情けないと、背後から聞こえてきた同意し、男は煙草を懐から取り出す。

そのまま着火しようとするも火がないことに気づき、

 

「警部。火ある? 自分のさぁ、会社に忘れてきちゃってさぁ」

 

「何を呑気に煙草なんて」

 

「大丈夫だって。ほら、俺がいるじゃない」

 

「それはまぁ……あんたがいるんなら問題は無いんでしょうけど。助けてやらないんですか?」

 

「何を?」

 

「いや……何って。あの新米の民警コンビですよ」

 

ライターを受け取った男は火を灯しながら、

 

「これ吸ったら助けるよ」

 

紫煙を吐き出す。そして、恥ずかしい話なんだけどね、と前置きし

 

「いやね意地悪とかじゃないよ。実はね、今の時代なかなか民警のレベルや数が足りてなくて」

 

「こうしてモノリス内に侵入した弱ったガストレア相手に実践経験を積ませている、と?」

 

警部は疲れたように頭をかいた。

やや呆れたように言う。

 

「それでパンデミックが起きたら目も当てられませんがね」

 

「確かにそうなんだが、モノリス外の未踏領域に連れていこうにも、最近の若いのはビビッて拒否りやがるんだよ。そんで弱ったフェイズ1ばかりを狩ってはどいつもこいつも私は一流ですって顔をする。結果的に年々民警自体の力は落ち目だよ」

 

「平和呆けしている、とでもいいたげですな。10年前と比べて」

 

「あの様を見れば嫌でもそう思います」

 

2人の男の視界の先。

若い民警コンビは、民家の壁に叩き付けられていた。

 

圧倒的な危機的状況。放置しておいたら流石に死傷者が出かねない。

 

「では、そろそろ――――」

 

「あ! 社長、先ほどのお話覚えていますか!」

 

流石に見ていられない、と男が動こうとした時、傍らを言葉と共に走り抜ける青い影があった。

 

「ちょ、まてよ」

 

男は、その姿に見覚えがあった。

先ほど、絡まれたジャージブルマの少女。ゼっちゃんだった。

 

制止の言葉を無視したゼっちゃんは、駆けながら紅い包帯を解き捨てる。露わにになるのは澄んだ青い瞳だ。

その瞳を爛々と輝かせながら、いつの間にか手にした刀――――新米のプロモーターが吹き飛ばされた時に落したそれを拾い上げ、

 

【直死――――点を穿つ】

 

無防備なガストレアの背に突き立てた。

 

するとどうだろうか。

一撃必殺とでも言えばいいのだろうか。

隙をついた背後からの奇襲に、ガストレアは断末魔さえも上げることなく、崩れ去る。

 

 

「言ったでしょう? 私のNOURYOKUは生きているのであれば神さえも屠る、と――――ゆえに言いましょう。 ガストレア如き私の敵ではない」

 

 

信じ難い状態に新米の民警や警察関係者が驚愕する中、社長と呼ばれた男に対しゼっちゃんはドヤ顔を浮かべた。

そして言う。

 

「社長! 雇ってください!」

 

「……お前どこのアサシンだよ」

 

「やだなぁそんなの決まってるじゃないですか……七夜のですよぉ!」

 

こうして、

社長と呼ばれる男の会社に、素敵な社畜が加わったのである。

 

その名はゼっちゃん。

 

善も悪も関係なく、社会的な規範や政治的な情勢に目もくれない。

自己の欲求を満たす為だけに動く中二ちゃん。

 

 

 

 

 

 

→NEW 民警(無免) 女オリ主【ゼっちゃん】

 

NOURYOKU【直死の魔眼】+αの保持者。

KAMISAMAの手違いでDEATHった。そのWABIにNOURYOKUを授けられTENNSEIする。

TENNSEI前は2X歳彼氏なし=年齢。NOURYOKUも容姿も全て借り物の鉄血処女。

コミュ障の引きこもりにして、頭でっかちのプライドだけが高いヒステリック持ちの地雷女。

今流行りのブラックブレットの世界で無双したいが為にTENNSEI先に指定した。特に正義の心とかは持ち合わせていない中二病である。

 

TENNSEI前の記憶は、NOURYOKUやらを求めた代償に、屈辱的なメモリー以外はほぼ吹き飛んでいる。

本当の名前やら家族やらの思い出? なにそれ? おいしいの? 私は無双したい。俺TUEEEEしたいんだよ!と自己完結しているので大した問題ではない模様。

最近某番組を観た際に、『死ぬこと以外は掠り傷!』という名言に心打たれる。

 

基本的に、直死しまくっているのでその内、らめぇ頭がフットーしちゃうよぉ、みたいな感じになる。

その前に脱処女だけは成し遂げたいと考えている。でも経験がないからどうしていいかわからない。

 

 

だって、ゼっちゃんだから!

 

 

【NOURYOKU】

直死の魔眼……開眼済

浄眼……開眼済

気配遮断……実装済

 



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【神を目指した者たち】NO:2

人類が寄生生物ガストレアに敗北しておよそ10年。人類はモノリスと呼ばれる結界を作り、その中に逃げ込むことによって一時の安寧を得ていた。徐々にかつての生活水準を取り戻す人類であったが、ガストレアの脅威は依然として去っていなかった。

 

ガストレアが嫌うバラニウム金属の結界内といえど、彼等の侵入を阻む無敵の盾ではなかった。

侵入を許した一匹のガストレアからウィルスの感染爆発が起こり、エリアの滅亡にも繋がりかねないことが頻繁に起こりうるのだ。

そこで人類は対ガストレア生物に対するスペシャリスト集団――――民間警備会社、通称【民警】を組織した。

 

民警の仕事は、前述のモノリス内に侵入したガストレアを殲滅する拠点防衛が主とされる。

が、少数であるが例外もある。

たとえば、モノリス外の未踏領域の調査。またはその調査に従事する人員の護衛等である。前者に比べ、後者の数は圧倒的に少ないの周知のことだろう。原因は言うまでもない。その難易度の高さ、及びそれに伴う危険度の高さだ。

 

モノリスの外は人類にとって地獄と言えよう。いたるところに巨大化したガストレア生物がうようよとしているのだ。

それもステージⅠ~Ⅳと品揃えも豊富ときたものだ。まともな人間は誰もやりたがらない。死にに行くようなものだからだ。政府からの直接の依頼かつ、成功報酬も半端ない案件に関してもそれは変わらない。

 

「まぁ、私には関係の無いことなのですが」

 

声の主――――ゼっちゃんは未踏領域をゆうゆうと歩いていた。某民警会社に入社して、何度目かになる任務の途中であった。

周囲には、『ホンマに日本かいな? 嘘やろ……ここアマゾンやで工藤』と言わざるを得ないような光景が広がっている。

ブラジルの奥地。うねうねと生い茂った木々。奇々怪々な生物。とても日本とは思えなかった。

 

「み、民警さん……あんた本当に大丈夫なのかよっ。イニシエーターも連れずにっ」

 

未踏領域調査員の男――――ゼっちゃんは名前は覚えていない、彼がそう告げる。

確かに世間的に考えたらイニシエーターのいないプロモーターなんぞ、武器を持たない狩人と同義だろう。

可笑しな話である。

 

ゼっちゃんはそのことに笑みを浮かべながら、

 

「大人数の方がまずいですよ。それに私は隠密が得意っすから安心して下さい」

 

それに、と奇妙な出で立ちをした少女は告げる。

 

「私の【直死の魔眼】+αの前では紙切れ同然です! 【ORT】みたいなアルティメットワンがいない限り問題ないのです!」

 

直死の魔眼。

ゼっちゃんがKAMISAMAに貰った二次元NOURYOKUだ。

某型月に登場するその魔眼は、生物の死を可視化する。死の線、死の点といった形でだ。残念ながら見ただけで相手を殺害できるような力はない。前述した線や点に触れる必要がある。

 

ともあれ死そのものを具現化する力だ。魔眼の前ではガストレアの再生能力なぞ無意味である。

 

「直死? 魔眼? あんたアニメの見過ぎじゃないの? 【天誅ガールズ】でもあるまいの――――って! が、ガストレアが!」

 

木々の奥から、奇妙な生物が現れた。

蛇の頭に蛙の胴体を持つ怪物。蛇と蛙の複合因子を持つステージⅡのガストレアだ。

 

「やばいぞ! おそってき、」

 

当然であるが一切の躊躇無く、甲高い声を発し襲いかかってきた。

蛇の口が牙を覗かせ、先頭を歩くゼっちゃんに向けられた。

 

「あは」

 

かつて夢見た対化け物戦。英雄になりたいわけではない。ただ無双がしたい。それだけだ。

それがリアルタイムに叶うこの瞬間。ゼっちゃんは堪らなく嬉しかった。世界の平和も。政治の情勢も。悪の組織の暗躍も。今晩の晩飯も。給与も。ボーナスも。今後の人生も。呪われた子供達のことも。原作で何か大変なことがあったような気がするが記憶が吹っ飛んだ頭のことも。何もかもが関係無い。

 

彼女はこの瞬間間違いなく幸せだった。

 

「ああ――――KAMISAMA」

 

赤い包帯を解き放つ。解放されたものは爛々と輝く殺人貴の瞳。直死の魔眼。

頬を染め、瞳を涙で潤わせ、震える唇で紡ぐ。

 

ああ、と快楽に溺れる生娘のように。

 

その娘に襲いかかるは蛇。彼女は、その蛇の口に支給されたバラニウム製の刀を走らせた。

刀は死線をなぞり、綺麗に蛇の頭を2枚に下す。

 

「頭がフットーしそうだよぉ」

 

舞い散る鮮血。どす黒い体液をまき散らす巨体は、頭を無くした影響で、巨体をコントロールできなくなったのだろう。

音を立てて崩れた。それだけだった。

 

「は?」

 

ただの人間がガストレアを一撃で必殺する。そして殺害したガストレアを見て、だらしない顔で悦に浸る少女。

男はその光景がグロテスクで悍ましい光景に見えてしかたがなかった。

 

「―――――あんた。本当に、人間、なのか?」

 

底冷えする殺意に肝を冷やし、常識離れした光景に腰を抜かしながら男は言葉を口にした。

それは問いではない。現状に対する自身への確認作業のようなもであった。

 

「あんたおかしいよ。ふつうじゃない」

 

男が抱く畏怖も恐怖も何もかもがゼっちゃんには興味がなかった。無関心といっていい。だから男が自分に向ける視線なんてものはどうでもいい。今の幸せな気持ち、ありのままの気持ちで相対した。

 

「TENNSEI系オリ主ですぅ。一応人間なのです」

 

抹殺の余韻に浸りながら告げる少女の様は、場違いながらもえも言わぬ扇情さを伴っていた。

 

ステージⅣ:1。 ステージⅢ:19。 ステージⅡ:8  ステージⅠ:33

上記の数字は、その後ゼっちゃんが当該任務中に抹殺したガストレアの数である。無論、全てが一撃必殺だ。

 

 

 

 

 

 

ゼっちゃんが某民警会社に入社してから3週間が経過していた。

月日が経つのは早いものである、とゼっちゃんはよく考えている。

常に頭の8割方が無双に傾倒している彼女にとってガストレアとの明るく楽しくバトれる環境が、そういう思いをより助長していた。

余談であるが残りの2割はロストヴァージン達成に向けてのプラン構成である。生憎ながら、対象が不在であったが。

 

ともあれガストレア戦争から10年。2031年の春。

 

某民警備会社。そのオフィス内でとある少女達が顔を会わせていた。

一人は小柄で、いかにも利発そうな顔をした10歳前後だろうと思われる少女。腕には総務部長の腕章が巻かれている。

そしてもう片方は、上半身に青いジャージ+下半身はブルマーを、そして何より目を惹くのは目を隠すように巻かれた赤い包帯、そんな特殊な出で立ちをした少女。

 

「私、怒っています。何故だかわかりますか?」

 

利発そうな顔をした少女――――総務部長の夏世が些か機嫌が悪そうに向いの少女に告げる。

 

その問に間髪入れずわからないのです、と答える少女――――残念系TENNSEI少女ゼっちゃん。

 

「あ! もしかして、一昨日の晩に夏世ちゃんのゴージャス☆セレブプリンを食べたのまだ引きずってるっすか?」

 

「違います。それはそれで怒っていますけど。怒っていますけども。これだから脳筋は……。いいですか。リアル中二病にもわかるように優しくいいますんでよーく聞いてくださいね?」

 

私怒っているんですよ、と腰に手をあてながら告げる。

 

「ゼっちゃんさん。いい加減にですね、脳筋バリバリな外回りばかりしていないで偶には書類整理等の事務仕事をして下さい」

 

「脳筋なんて失礼なのです! 私は力技なんて使ったことないですよー。ちょっと死の線をなぞってあげただけっす」

 

嘘は言っていない。直死の魔眼を以てガストレアの死を視た。ある時はその体に走る死の線をなぞり、ある時は死の点を突いてきた。

熱したナイフでバターを切り裂くようなもので、大した労力なぞ必要無かった。

 

圧倒的な蹂躙具合。素敵過ぎる中二具合。もはや無双としか言えないその様に、ゼっちゃんは興奮のあまり何度絶頂を迎えたのか覚えていない。

 

「ごめんなさい。何を言っているのか意味がわかりません。脳まで筋肉で出来ているんですか」

 

「まさか!」

 

ゼっちゃん以外には理解出来ないだろうが特別な事は何もしていない。あまりにも単純なルーチンワーク。ただ、視て斬る。ただそれだけ。

 

「それに……真面目にこんな戦果を信じろって言う方が無理な話です」

 

ゼっちゃんからすればそれだけの事なのだが、周囲から見れば異常にしか見えなかったようだ。

夏世も未だに、その戦果を素直に信じられないでいた。

無理もない。たった3週間前から民警に勤務することになったルーキーが、ガストレアをゴミ屑のように屠っているのだから。

ゼっちゃんが屠ったガストレアはステージⅣが3体。ステージⅢが22体。ステージⅡ、ステージⅠはもはや彼女自身何体解体したのか覚えていない程だった。

 

「…………」

 

夏世が何かを口にしようとして、躊躇したように閉じる。ゼっちゃんの戦果は圧倒的だ。鬼神の如き力である。

英雄的な戦果を叩きだし、そこには比類無き頼もしさも感じる。が、それ以上に畏れがある。

 

ただの人間、機械化歩兵でもガストレア因子を持たない、奇怪な格好をしただけの少女が、通常のガストレア種そのハイエンドであるステージⅣを一撃で必殺する。

 

有り得ない。

なぜならガストレア生物はそれ程弱くない。

人間を狭い箱庭に追いやった彼等は間違いなく現段階で地球最強の生物だ。彼等を最強足らしめているのはその再生力と言えるだろう。

 

通常のステージⅠであればバラニウム製の武器で傷付け殺傷することが問題無く可能だ。そんなことは誰もが知っている。しかし、ステージⅡ~Ⅲとより再生能力が強化されて滅ぼすのがより困難になる。

 

そしてハイエンドのステージⅣに至っては塵一つ残すことなく殲滅しなくてはならない。僅かな細胞からでも彼等は再生するからだ。ゆえに人類は敗北し、惨めに箱の中へと追いやられた。地球最強はガストレアだ。地球の支配者はガストレアだ。人間なんて束になってもガストレアには敵わない。仮に地球上全てのバラニウムを使ったとしても、彼等ガストレアを殲滅するのは不可能である。

 

だからこそ、理解出来ない。

そのような生物をゴミ屑のように屠る人間を。果たしてそれは人間なのだろうか。

 

色々と疑問や畏怖もあるが、

 

「善も悪も。普通も異常も。弱いも強いも。関係ありません。私の無双がしたいだけです! ドン!」

 

つまりところ物事を深く考えない頭からっぽ系の中二病か、と夏世は納得した。

 

「少年ジャンピングのワンポーズごっこは置いておいてですね。仕事の話です」

 

「ロリ部長はうるさいのです。それに社長に許可を取りましたよ。文句があるなら社長に言って下さいっす」

 

「脳筋ブルマの癖に……」

 

「戦闘系でも何でもいいですけど少しはそれ以外のこともして下さい」

 

「そこそこにした記憶もあるのですよ」

 

「未踏領域におけるモノリス建造計画、そのための事前調査依頼がありましたよね? それらの打ち合わせ等、必要な業者との会合は私が全て行ったのですが?」

 

「適材適所なのです。おかげで調査は無事完了で契約金も政府からたんまり支払われたのです。ゴージャス☆セレブプリンを沢山食べれて夏世ちゃんも喜んでましたよね?」

 

「プ、プリンに釣られる私ではありませんよ……すごく美味しかったですけど」

 

「WINWINの関係ですね! 私と夏世ちゃんはIP(イニシエーター・プロモーター)の相棒なんですから助け合わないと!」

 

「……ゼっちゃんさんは民警のIP序列を上げたいだけじゃないですか。それに、私は名義を貸しているだけです」

 

IP序列はあくまでイニシエーターとプロモーターのコンビが前提になっている。

イニシエーターは世間一般ではプロモーターの武器であり、プロモーターはイニシエーターの脳であり生命線であるからだ。

 

ある時ゼっちゃんは気がついた。プロモーター一人だけではどんなに無双しようが評価されようが、民警会社のIP序列というステータスの向上に繋がらない、と。IP序列――――X位。その甘美でオサレな響きに、ゼっちゃんは抗うことなど当然出来るはずがなかった。そこで、その頭脳の明晰さを買われ事務仕事のみに特化するように雇われていた先輩社員、偶々イニシエーターであった千寿夏世の名義だけを借りて、届出上はゼっちゃんと千寿夏世の民警コンビが誕生したのである。

 

「国際イニシエーター監督機構【IISO】から連絡がりました。我々のペアがこの短期間で獅子奮迅の戦果をあげていることに関して、その事についてのヒアリングです。正直私は一切戦闘行為をしておりませんので非常に返答に困りました」

 

「道理で社長の機嫌が良かったのですね。夏世ちゃんが【IISO】から評価されて嬉しいのでしょう!」

 

「社長の機嫌なんて別に……どうでもいいですけど。しかし、【IISO】が評価するような華々しい戦果をあげた覚えは私にはありませんが」

 

夏世は、表情が見えないように俯く。

ゼっちゃんは、そのモジモジとした仕草に勝機を見た。この説教空間に突入するであろう空気の突破口を、だ。

前世は2X年引きこもりのニートをしていた人間だ。舌先三寸口八丁で、働け働けとRPGのNPCのように同じ事を連呼する両親を丸めてきたのは伊達ではない。

 

「私は戦闘系の人間なのです。正直オサレな無双しか興味無いし出来ないのです。でもそんな人間だけじゃ、この前の殲滅戦の作戦も立てられなかったですし、未踏領域調査も無事に完遂出来なかったはずです! つまり、半分以上は確実に夏世ちゃんのおかげっす!」

 

「ですから別に」

 

「いいや! 夏世ちゃんは最高なのです! 社長もぞっこんですよ!」

 

「そんなものいりませんが」

 

「いやいや社長も鼻が高いですね! 仕事が出来て謙遜も出来るお気に入りの美少女秘書兼総務部長が、【IISO】から正式に評価されるのですから!」

 

ゼっちゃんの元の人格は、元々承認欲求に餓えていた人間だ。

だから他者の承認欲求には敏感であったし、その求めている内容に関しても見抜く力があった。千寿夏世の場合。それはイニシエーターだからと差別されることも区別されることもなく、人間として人間らしく対等に扱われ、そして正当な評価を受けること。そして、最も採点して欲しいと望んでいる人間を引き合いに出せばいい。

 

「………まぁ、別に、いいですけど」

 

すると自ずと欲求が満たされる。結果的に心の充足が、些細なゼっちゃんに対する説教を無視することに繋がるのだ。

 

――――勝った。

 

アフターフォローまですれば完璧だろう。即ち、事実はどうであれ直接褒めさせる。

 

「そうだ! 夏世ちゃん! 折角なので社長にも改めて報告するのはどうでしょう」

 

「別にいいです。社長になんて」

 

「まぁまぁ。社長は社長室ですね! 行きましょうよ!」

 

夏世の腕を引き、社長室に向かおうとするゼっちゃん。

しかし、夏世は「待って下さい」と逆に彼女の腕を引き、止める。

 

「社長はこの時間になったら、毎週恒例の【天誅ガールズ】を観ています。邪魔するとしばらく拗ねてしまいますので注意してください。ちなみに、社長の推メンは天誅レッドですよ」

 

「詳しいのですね。何かのアニメです? 夏世ちゃんも観てるのですか?」

 

「報復系スプラッタ魔法少女アニメです。私は毎週録画しておりますので。」

 

流行っているんだ天誅ガールズ、とゼっちゃんは何とも言えない顔で呟いた。

 

「ところで、いつも会社には社長と夏世ちゃん以外は見ないのですが他に社員はいるのですか?」

 

「はい。何名か在籍していますね。皆さん自由奔放な性格破綻し――――ごほん。失礼。皆さん仕事熱心な方々ですからね、滅多に事務所には帰ってきません。一応GPSを付けていますし連絡も取れるのですが……。あとは先日のように、事務所で受けた依頼を、私が端末に送信して報告を頂いている形です」

 

「前半無視しますけど、ここの会社大丈夫ですか?」

 

「チンピラや頭おかしい電波系ばかりの他社民警会社と比較したらまだ大丈夫、かと」

 

「全体的にプロモーターはそういう感じの人が多いと聞きますが、イニシエーターはどうなのですか?」

 

「ちなみに当社に在籍しているイニシエーターは私だけなので、他の皆さんはゼっちゃんさんと同じプロモーターです」

 

「え?」

 

そうなんだ、と若干驚いているゼッちゃんの後方。社長室の扉が開いた。そこから出てきたのは死んだ魚の目のような男。人生絶望しきってるような腐った目で周囲を俯瞰し、

 

「お。来てたんだゼっちゃん。おはよう。夏世ちゃんと何か話してたけど大丈夫? トラブルとか起きてないか?」

 

「おはようございます、社長。トラブルとかはないのです! むしろ――――」

 

「ごほん。あのことは別に言わなくてもいいです」

 

説教の流れもなくなったのだ。ここが引き際だろう。ゼっちゃんは素直に引くことにした。機微に敏い少女だった。

 

「そういえば社長。明日は13時から防衛相で会合予定でしたが、特に問題はありませんか?」

 

「え。明日は【天誅ガールズ】のラジオが――――」

 

夏世は無視した。

 

「聖天子様主催の――――内容はよくわかりませんが何か重要な会合らしいです。必ず出席してください」

 

「いやいや。【天誅ガールズ】の生ラジオだぜ? 常識的に考えてみろよ。いつ聞くの? 明日でしょ! 会合なんてさ、いつも大して中身の無いパフォーマンスじゃん。嫌だよ俺は。そんな無駄な――――ー」

 

ゼっちゃんは後半無視して疑問した。社長が何とも言えないキモイ表情をしていたがそれも無視した。

 

「それって他社の民警さんも沢山来るのですか?」

 

「大手から中小まで、力のある会社は来られると思いますが」

 

「へーそうなのですか」

 

聞いてみたが特に理由はなかった。もしかしたら、よく覚えていない原作の警備会社に会えるかもしれないぐらいのレベルの興味だ。

 

「お。ぜっちゃん興味深々だよ。いいね素晴らしい。だったらさ、ゼっちゃんが社長代理で出てきなよ」

 

そんな面倒なことはごめんだ。それに自分が否定しなくとも別に対応してくれる子がいる。ゼっちゃんがそちらを見やると眉間に皺を寄せた夏世がいた。

 

「社長」

 

「あんなの好き好んで出席する奴等なんて大抵変態オヤジばかりだからさ、ゼっちゃんが行ったらモテモテだぜ?」

 

「社長」

 

「ほら、オヤジってさブルマとか超好きだろ? 俺にはいまいちわからんが――――」

 

「社長。お願いしますね。あと昨晩、お知り合いの女性が来られてからまた変な匂いがします。芳香剤、新しいの買ってきて下さい」

 

若干10歳にして色の無い目を披露する様はなかなか威圧感があった。

 

―――――また、ずっこんばっこんしたんですか?

 

呆れたように視線をやる。社長は黙って親指を立てていた。

 

 

 

 

蛇足

 

 

 

 

 

 

疑問しよう。2X年間、引きこもりのパラサイトシングルであった彼氏いない歴=年齢の女子力ゼロニートに生活能力はあるでしょうか?

 

『魚って切り身のまま海を泳いでいるとばかり……』『ご飯ってどうやって炊けばいいのですか』『洗濯機が回らないのです』『私は悪くないのです。社会が悪いのです。洗濯機が勝手に壊れました』『女子力53万程あるつもりだったのですが……』

 

回答。あるわけねぇだろそんなもの。

 

某民間警備会社に入社し、各種保険手続き等が取られ、社宅の手配もされたゼっちゃんだったが、あまりにも生活能力が無さ過ぎた。社宅を手配した社長自身でさえ、僅か1週間ばかりで家具家電を駄目にし、現状回復に当たり、敷金相殺出来ない状態になったのには腰が抜けそうになっていた。社長という立場から、人間としての最低限の生活能力が皆無なのは一社員としてはどうなのか、と考えざるを得なかった。

 

放置出来る問題でもなく、ゼっちゃんのNOURYOKUだけはかっていた彼はある提案をしてみることにした、

 

「丁度、我が家で一部屋使っていない部屋があるから……来るか?」

 

その結果、

 

「家族が増えるよ! やったね夏世ちゃん!」

 

「……別にいいですけど」

 

東京某区にある大型RCマンションに、ゼっちゃんは在住することになった。

 

【間取り】3LDK+夏世ちん。 LDK20.8帖。洋室6.0帖。洋室6.0帖。洋室6.0帖。夏世ちん10歳。

【EQUIP】玄関AR。宅配BOX。浴室乾燥機。追い炊き機能付きバスユニット。洗髪洗面台。全居室FL。WIC×2。システムK(IH三口)。温水洗浄暖房便座。高速EV。LDK床下暖房。複層ガラス。全居室AC。

 

+夏世ちん。

 

「夏世ちゃん。プライベートもよろしくなのです! というか、社長と一緒に住んでたのですね!」

 

夏世は犠牲になったのだ。

 

 

 

 

 

 

千寿・夏世(イニシエーター)

プライベートもゼっちゃんの襲撃を受けることになったモデル:ドルフィンのイニシエーター。某民警会社の総務部長。



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【神を目指した者たち】NO:3

民間警備会社。

その名の通りの民間会社の運営により設立された対ガストレ生物のスペシャリト集団である。主にその任務はモノリス内に侵入したガストレアの排除を主目的とする。一見するとその名義上、政府機関とは独立された関係のように思えるが、実態はそうでもない。彼等は政府機関からの仕事の斡旋を受け、それに伴い業務報酬を得ているのだ。そのことから、政府の【紐付き】と揶揄されている。

 

そして某日。

東京エリアで生計を立てる民間警備会社に、紐付きらしく政府からの呼び出しが行われた。詳細一切不明で来たる日防衛省に来い、という内容でだ。ふざけた話であるが、独室組織ではない為、政府の意向には逆らえない。有力な民間警備会社の多くがその召集に応じることになった。

 

その一つである【天童民間警備会社】も同様に、召集に応じ該当機関に参上した次第であった。会合部屋、そこには濡れ場色の髪をした少女と、不幸顔の少年の姿があった。彼等はそろって学生服であり、周囲と比較してもより幼さが際立っている。

 

不幸顔の少年――――里見蓮太郎が、多くの民警が集まるこの会場が珍しいのかきょろきょろとしている。そんな彼に声をかけるものがいた。濡れ場色の髪をした巨乳の少女――――天童木更である。

 

「政府の建物だっていうのにどいつもこいつも個性的な格好で来てやがる――――みたいなことを考えてそうね? 里見くん?」

 

「……木更さん。前にも聞いたかもしれないど、俺の表情ってそんなにわかりやすいのか?」

 

「少なくともポーカーには向かないでしょうね」

 

「ひでぇなおい」

 

「里見くん。確か延珠ちゃんにも負けていたでしょ?」

 

「うぐっ」

 

確かにその通りであったが素直に認めるのも癪だったので、所在なく周囲を見渡し誤魔化すことにした。すると、蓮太郎の視界の先で一際目を惹く姿があった。

 

――――はは。なんつーかすげぇな。あの子も民警なのか?

 

特異な格好をしているのは一人の女だった。青ジャージにブルマといった奇妙な出で立ち。それに加え、目に巻かれた赤い包帯。彼女はこの空間の中で一番の異彩を放っている。

 

「包帯してても見えるのか」

 

蓮太郎の視線に気が付いたのか、赤い包帯の少女が笑みを浮かべて手を振ってきた。目に包帯を巻いているものだからてっきり見えないものだと思っていた。

 

「あらあら。里見くんはこんな所に来てもナンパしてるのかしら」

 

「そんなんじゃねぇよ。というかいつもそんな事してるみたいな言い方はやめてくれ」

 

まぁなんにせよ、と前置きし木更が告げる。

 

「彼女はやめておきなさい」

 

「あの子の事、何か知っているのか木更さん」

 

「里見くんは、【CCC】(ぼくのかんがえたさいきょうの略)っていう民警ペアを聞いたことない?」

 

残念ながら蓮太郎の記憶には無い。有名人なのだろうか。視線で問い返す。

 

「東京エリア在住。IPペア登録から僅か3週間足らずでIP序列――――X位を冠し、【IISO】から【2つ名】を送られた化け物よ」

 

やや呆れたように告げる。

 

「その片割れが、君の見惚れていた彼女なの。【2つ名】が送られるっていうのがどういうことかわかるでしょ里見くん?」

 

「70万人近く存在するIPペア、その中で100番位以内に入ること、だろ。でも、それだけで化け物呼ばわりは流石に酷くないか」

 

「いいえ、化け物よ。彼女は間違いなく」

 

木更はやや間を置き、考えるようにして告げる。

 

「――――ステージⅣが7体。ステージⅢが27体。ステージⅡとステージⅠの合計およそ100体。…………これが何の数字かわかるかしら?」

 

「まさか」

 

「ご明察。彼女達が殺害したガストレアの数」

 

「……はは。確かにそれは普通じゃないな」

 

「何を見惚れていたの知らないけど――――そういうわけだから気をつけなさい。変にちょっかいかけたら、火傷じゃ済まないわよ? わかったかしら里見くん」

 

そんなことするわけないだろ、と蓮太郎が告げるも、

 

「どうだか」

 

木更はいまいち信用していないようであった。心外である。

 

「ともかく彼女達はこのエリアでトップクラスの民警よ。いつか仕事でかち合うかもしれないから顔ぐらい覚えておいて損はないわ。いい里見くん」

 

「へいへい」

 

木更はそして、と前置きし、楕円卓の最前席に腰かけている男に視線をやる。

 

「【CCC】の雇い主であるのが彼よ。私達の業界では有名な人だから聞いたことあるでしょ?――――警備会社の社長。【首輪付き】と呼ばれているあの人よ」

 

「ん? その某民警会社の社長って言えば、噂では聖天子様とデキているって」

 

「お馬鹿。そんなのただの噂に決まっているじゃないの。彼は、10年前の戦争で英雄と呼ばれた人間よ。ガストレア戦争で親も兄弟も妻も子供も何もかもを失ったと聞くわ。なのに気丈ね。戦争で頭がおかしくなったって言われているけど、第一次関東会戦、続く第二次関東会戦を生き残り、今も立派に戦い続けている」

 

「へぇ」

 

木更は知る由もなかった。風の噂で適当に聞いた人物像を話していた、その当事者が、

 

『なんかさ。全員が全員ロリコンに見えね? あの偉そうな顔したオヤジもそうだと思うとキモくて仕方がないね。なぁ、ゼっちゃん!』

 

『し、社長! そんな大声で言ったら聞こえるっすよ!』

 

『ゼっちゃん。本当はゼっちゃんもそう思ってるんだろ! あんな小さな子供をお供に侍らせやがってキモイなこのオヤジって! どうせあいつらリアルの女性に相手にされないからって、子供に逃げている変態だよ』

 

『社長も【天誅ガールズ】のロリロリな天誅レッドに傾倒している駄目な大人っす! 自分の事を棚に上げるのはダメなのです!』

 

『二次元はいいんだよ! 俺が三次元でさ、『夏世たん。激マブだわ~。うひゃひゃひゃ! 今日パンツ何色?』ってなってたらキモイだろうが。でも、【天誅ガールズ】は違う。かの物語はなんていうか人生、かな』

 

『凄いっすね! なんというか、そう! 紙一重! ただし塀の中と外! みたいな感じなのです! …………正直、ドン引きなのです』

 

ゼっちゃんと上記のような会話が繰り広げていたのを。

 

やがて、蓮太郎達の視線の先。話題にあがっていた彼は、懐から携帯端末を取り出し、耳に当てる。

最初の内、表情の変化は特になかったが、次第に眉間に皺がより始める。何か問題でも起こったのだろう。

係りの者に2、3告げるとそそくさと退場の姿勢を示す。

 

そして、いつの間にだろうか。

 

「こんにちは。1つ教えてほしいのです。あなた方の名前は何ていうのですか?」

 

蓮太郎達の眼前には、先ほどの会話にあがった赤い包帯少女がいた。

一瞬目を離した隙に移動したのだろうか。やはり100番以内にいる人間は普通ではないのだろう、と気持ちを切り替え目の前の少女に相対する。

 

彼女は可愛らしく首を傾げている。目は見えないが恐らく整った顔立ちをしているのだろう。近くで見ると可愛らしさがより際立っていた。

が、

 

「…………」

 

隣の木更から何とも言えない無言の視線を送られてきたので、表情に出さないように努める。

 

「天童民間警備会社社長、天童木更です」

 

「同じく天童民間警備会社所属、里見蓮太郎だ」

 

「――――警備会社所属の社員零号のゼっちゃんです。零号でも、Tちゃんでも、ゼっちゃんでも好きなように呼んで下さいっす」

 

あの唐突なのですが、と前置きしゼっちゃんは口を開く。

 

「お二人と以前どこかでお会いしたことってあ――――――」

 

しかし、全てを言い切る前に言葉を遮るものがいた。

 

「ゼっちゃん。すまんが、急用が入った。出来れば一緒に来てほしい」

 

社長だ。彼は何時にも増して死んだ目をしており、表情も心なしか覇気がなかった。ゼっちゃんはおや、と内心疑問に思いながらも、特に無双に関係無いからいいやと思考の隅へと追いやった。

 

「別に構わないのですが、まさか【天誅ガールズ】のラジオを聞きに帰るとかじゃないですよね?」

 

「ゼっちゃん。いい大人がそんな子供向け番組のラジオなんて聞くわけないだろ」

 

「え。でも社長! 昨日、社長室で【天誅ガールズ】のアニメ観てテンション上げ上げだったのです!」

 

蓮太郎はマジかよ……といった表情で【社長】を見やる。隣の木更も信じられないとばかりにそちらに視線を送っている。

居心地が悪かったのだろう。【社長】はごほんと咳払いを一つし、努めて爽やかにいいかね、と語り始めた。

 

「ああ、勘違いしないでくれよ。我が社の夏世――――イニシエーターが大好きでね、彼女ともっと仲良くなるために俺も少し勉強しているんだ」

 

基本的に、千寿夏世は社外の人間には【天誅ガールズ】のファンである事をひた隠しにしてきたのだが、思いもよらないところで発覚した瞬間だった。夏世は犠牲になったのだ。

 

「素晴らしいですね。社長自らがイニシエーターのためにそんな事までするなんて、プロモーターの……いえ、民警のひいては東京エリアで生きる大人の鏡ですね」

 

「嘘なのです! 社長、ドはまりしてるじゃないですか! 今日もこの後【天誅ガールズ】のブレスレットみたいなの買いに行くって―――――」

 

【社長】は捲し立てるゼっちゃんの唇に指を押し付け黙らせ、のんのん、と前置きし、

 

「俺が夏世ちゃんとばかり仲良くしてるからって嫉妬するなよ」

 

「はぁ!? 日本語通じないのですか!? というか嫉妬とかありえないのです! 社長キモいのです!」

 

なんだそうなのか、と蓮太郎達が生暖かい目で見ると、流石のゼっちゃんも心外だった。

 

柳眉を上げるゼっちゃんを無視し、社長は告げる。

 

「挨拶もろくに出来ずで申し訳ないが、我々はこれで失礼するよ天童社長。会議は君たちだけで楽しんでくれ」

 

「あら。これから会合ですのに……何かトラブルでも?」

 

「ああ――――君たちの度肝を抜くようなことが起きていてね。少しばかり世界を救いに行くのだよ」

 

大仰な言葉だ。あまりそういうことを言わない男だ。実際に何か大きな問題が起こったのだろう。

 

「社長それって無双出来るのですか!?」

 

「聞いて喜べ! 食い放題だ!」

 

「満漢全席なのですね! 素晴らしい! なら早く行きましょう! 私の無双ケージはマックスなのです!」

 

ゼっちゃんは戦いの気配を感じて益荒男ケージが有頂天だった。

 

「不都合で無ければ内容をお聞きしても?」

 

彼は意地の悪い表情を浮かべ、

 

「腰を抜かすなよ御嬢さん。実は――――――」

 

濡れ場色の髪。それ包まれた小さな耳に口を寄せ、告げた。

 

「――――え?」

 

それを聞いた木更は間の抜けた声を発し、驚愕に目を剥いた。

 

 

 

 

 

 

2021年ガストレア戦争以降、多くの人類が抱く共通の思いがある。

 

――――全てのガストレア生物は、一切の例外無く死に絶えるべきである。

 

愛する家族を食われた者。我が子が内側から弾け異形の化け物のへと変化するのを見せられた者。

そういったものは例外無くガストレアを憎悪していた。

 

【東京エリア】では、ガストレアの血を引く【呪われた子供達】にも人権を、と人道的活動が日々行われているが、そう簡単に彼等の憎しみや恨みは消えるものではない。

果たして誰が許せようか。愛する者を奪う原因になった存在を。それの血を継ぐ存在を。

 

勝川守という男がいた。彼も例に漏れず、ガストレア生物に愛するものを奪われた犠牲者であった。

 

毎日毎日、街中を我がもの顔で歩くガストレアの血を引くもの。政府主導で行われるガストレアの血を引く者の人権保護。

彼にはそれが我慢ならなかった。自分達の大切なものを奪っておいてどうしてお前等はのうのうと生きているのだ。ガストレアの癖に。間違っている。世界も政府も何もかもが間違っている。だから正さなくてはならない。それが彼の思いであった。

 

だから彼は、彼のような気持ちを抱える者達と共に【呪われた子供達】を拉致し、処刑することにした。

 

計画は順調に進行し、薄汚れた廃倉庫に【呪われた子供達】の一人を連行した。

対象は、偶々商店街で窃盗を犯した少女だ。住民からの要請で彼女は警察に連行されることになった。そしてその警察官が、偶々協力者であったので即座に処刑の段取りに至ったのだ。

 

薄汚れた廃倉庫。少女を、その地面に押し付け拳銃の撃鉄を起こす。いつでもやれる。撃てる。

だが、ある一人の警察官が勝川の処刑に対し異を申し立てるとは思いもよらなかった。彼等は皆同じ思いで集まり、同じ目的のために行動していると信じていたからだ。

 

「なぁ……鈴木さん。お前さ。何で邪魔すんの?」

 

「馬鹿野郎! こんなことやり過ぎた! 狂ってる! ただの殺人じゃないか!」

 

「狂っているのは他の奴等だ。【呪われた子供達】の何が人類の切り札だ。馬鹿じゃねーの。ガストレア因子を持つ餓鬼を街中に野放しにしているなんて……何を考えているんだ!」

 

「事実だろ! イニシエーターが欠けた人類に勝機は無い! どうやってガストレアを殺す!?」

 

「正気じゃないのはお前等だ! あの餓鬼共が本性を現したらエリアは滅亡だ! 人類は滅亡だ! 意味わかんねーよ!」

 

「……止めろ。お前達のしていることは殺人だ」

 

「やめねーよ。俺達は止まらない。ガストレアを滅ぼす。そいつも同じだ」

 

「お前さ、それ――――――――聖天子様の前でも同じこと言えんの?」

 

「…………ああ、言えるさ。何度でも言ってやる!『ガストレアは死ね! ガストレアの血を引くものは死ね! 全部死ね!』ってな!」

 

聖天子に対する恩はあった。

彼女達の一族がいなかったら【東京エリア】の人類は、自分達は今でも惨めな暮らしをしていただろう。だが、ガストレアに関しては別問題だ。

 

「そうか。だが俺にも譲れないものがある。【呪われた子供達】は武器だ。俺達の最大の武器だ。だから殺させない」

 

少女を庇うようにその前に立ち告げる。

 

「俺もお前達の気持ちはわかる。大切なものをガストレアに殺されたからな。復讐したいとも思っている。だけど、それはこいつら【無垢の世代】じゃない。今も未踏領域で巣食っている奴等なんだ。そいつら殺すための武器なんだ。だから再度言おう。こいつは殺させない。お前等がどうしても殺すって言うなんなら、まずは俺を殺すんだな」

 

「そうか。なら敵だ。そんな虫けらを庇い立てるお前は敵だ。ガストレアだ。ガストレアなんだよ」

 

言葉と共に腕を持ち上げる。手には鉄の塊、拳銃が握られている。勝川は引き金に指をかけ、

 

「おい、ちょまて――――」

 

「何を偉そうに説教かましてくれちゃってんのか知らんが、ガストレアは死ね」

 

協力者の制止の言葉を無視し発砲した。すると呆気なく邪魔者は死んだ。頭から血を流し即死した。勝川は許せない。この世のガストレアが。そのガストレアの血を引くものが。さらにそれを守る社会が。憎くて仕方がない。

 

「放せぇ! 放せぇえ!」

 

コンクリートに叩き付けられている少女が、勝川を見やる。視線に宿るのは理不尽な現状に対する怒りと悲しみ、そして恐怖である。

 

「……ふざけんな」

 

許容出来る筈がない。

 

――――どうしてあいつが死んで、代わりにガストレアのお前が生きているんだ。

 

勝川は現状に対する激しい怒りに苛まれていた。何もかもが間違っている。間違っていると感じるがその原因がわからない。怒りと虚無感。何が正しくて何が間違っているのだろうか。意味がわからない。わけがわからない。もうどうでもいい。何もかもがどうでもよかった。

 

胸を焼く憎悪に従い。彼は振り上げた。革靴に包まれた鋭利な尖端を。そしてそのまま、

 

「虫けら如きが人間様の真似事なんてするなよ! ああ!? お前なんなんだよぉ! 気持ち悪ぃなああああ!!」

 

サッカーボールでも蹴るかのように思いっきり蹴り抜く。

 

「いぎぃやっ!」

 

尖端は少女の頬を殴打した。鈍い悲鳴と共に、その口からは白いものが数本放り出された。

そんなことで怒りは収まることなく、何度も何度も踏みつける。勝川にとって、眼前の気持ち悪い生物が生きている、そんなことは到底容認出来るものではなかった。生きていていいわけが無い。

 

『彼女達は人間です』

 

国家元首である聖天子の言葉。煩わしいノイズのようだった。聞きたくもない。聞き入れる気もしない。

 

「……やめ、て。やめっ」

 

肯定は到底不可能。何度も何度も脳裏に、赤い瞳とそれに貪られる愛する者。吐き気がする。

 

「黙れ! 死ね!」

 

怒りのまま何度も何度も何度も何度も蹴りつけ踏みつける。それは自分の部屋に沸いてしまった蟻を踏みにじる感覚、それに似ていた。

 

「…………わたし何もしてないのにっ! どうして! こんな! ひどい!」

 

「酷いのはお前等だろうが。お前等ガストレアが殺した! 殺したろ!? だからだよ! やられたらやり返すさ!」

 

「ちがう! ガストレアじゃない! わたしはにんげ――――」

 

「違うっつてんだろぉがぁああああああ!」

 

力強い瞳で自分を人間と宣う。世迷い言を口にする口を黙らせたかった。頭を思いっきり踏みつける。もう我慢ならない。

興奮のあまりずっと握りっぱなしにしていた拳銃を再度構える。

 

「はぁはぁ…………もう死ね」

 

「どうして? ……どうして!」

 

現状に対する嘆き。疑問。憤怒。様々な感情が向けられたが関係無い。

 

「うるせぇ――――――死ねよ。虫けら」

 

照準は【呪われた子供達】の一人。至近距離。外すなぞ有り得ない。必殺の距離だ。勝川は躊躇いなく引き金を引いた。ゴキブリに殺虫剤をかけるよりもずっと気が楽だった。乾いた音が響く。

 

「ぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!」

 

「ほら一緒だ。ガストレアと一緒だ。こいつ再生している。ガストレアなんだ! 気持ち悪いガストレアだ! 

 

「いやだぁっ! いたいっ! いたい! やめてやえてやえてぇえええええやたいな!うたないうたないで!」

 

バラニウム金属ではないただの弾丸だったせいか、少女の傷は徐々に癒えていく。だがそれにも限度はあった。

 

「俺は! 違う! 撃つさ! 何度も! どうして! うるさい! 黙れ! 死ねよ! こんな! しね!』

 

勝川は再度腹に弾丸を叩きこむ。血しぶきが舞う。

 

「死ね! なんだよ! こんな世界! こんな世界! こんな……くそがぁああああああああああ!」

 

今度は胸に弾丸を滅多撃ちにする。人の形をしたものが何度もコンクリートの上を跳ねた。

 

「死ねよ」

 

全弾をぶちこんだ。頭に、喉に、胸に、腹に、至るとこに撃ち尽くした。

 

「ははは。死んだ死んだ死んだ! 虫野郎を殺してやった! ………………ふひふひひひひひゃははははは!」

 

「…………し……………やる…」

 

もはや人の限界と言わざるを得ない傷を負った少女。全身が痙攣し、至るとこから血を流している。端から見れば死んでいるように見えただろう。普通なら即死だ。だが、少女は死んではいなかった。

 

ここで勝川は確実に少女を殺しておくべきだったのだ。

 

・――――――死の間際程、ガストレアの力は強くなる。それは再生というガストレアの力をより多く消費するからだ。結果ガストレアの力が強くなり、強くなればなる程、ウィルスの体内浸食率が上昇する。そして体内浸食率50%を超えた個体は形象崩壊というプロセスを経てガストレア化する。

 

痙攣していた少女の身体。その銃創。何とも形状し難いアメーバのような物が蠢き、広がり、再生し、それらの工程を繰り返し、

 

「…………こ……んな…………い…………こ…………し…………るっ」

 

弾けた。

 

少女の肉片が血液と共に舞う。

湯だった血液が沸騰し蒸気が漂う中、現れたのは巨大な狐だった。ただの狐ではない。ガストレアウィルスに犯された生物。赤い瞳を持つ化け物である。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

絶叫。

ただの狐と言うには悍ましく、ただのガストレアというには神々し過ぎた。現実を否定するかのような巨体。太陽の化身かと疑う金色の体毛。神話の世界に登場する九つの尾。

物語の中に、彼女を示す言葉がある。

 

「嘘、だろ……九尾の……狐」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

呼応するかのように発せられる音。金切声。倉庫内の硝子窓が全て砕け散る。キラキラと天から舞い落ちる硝子。皆が硬直し、一瞬だけ我を忘れ、現実を逃避したその瞬間。

 

動くものがいた。黄金の獣である。

 

力強く前足を踏み込み、咢を開く。大きく開かれたそれから覗くのは鋸のような鋭利な牙。それらが、

 

「――――――ひぎぃ」

 

最も近い所にいた男、勝川の頭部を噛み砕いた。それは柘榴を粉砕するのに似ていた。びちゃとコンクリートに赤いものがぶちまけられる。

その直後、頭部を失い出鱈目に痙攣する勝川の首から下が踏み潰された。血袋が破裂し、辺り一面に血潮が飛び散る。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

かつて勝川守だったものはもはや粉微塵。コンクリートにぶちまけられた血と肉。それだけだ。ただそうやって死んだ。

特別でも、珍しくも何とも無い死に方だ。10年前のガストレア戦争で、人類がかつて殺されてきた歴史の、その再現に過ぎない。ゴミ屑の様に殺される人類。身体を潰され、人間の尊厳を踏みにじられ、意味もなく殺される。その殺人には何の意味も目的も無い。ただ、そこにいたから殺され死ぬ。

 

そこに報復の感情も、防衛本能も、何も無い。機械のような昆虫のような何を考えているのか分からない殺戮マシーン。ただそこにいるから殺す。特に意味も理由もなく殺す。人類が蟻を踏み潰すかのような殺し方。納得できるわけがない。そんな、自分の人生に何の意味があったのだろうか、と思わざるを得ない殺され方なんぞ。

 

「俺は! 嫌だぞ! あんな殺され方! 俺は――――!」

 

赤い目が、勝川と共にいた男達に向けられた。その目が嗤った。ガストレアに感情は無い。ガストレア生物は虫のようなものだ。

なのに男達は皆、眼前の生物が嗤ったように思えて仕方なかった。

 

悍ましい光景。冷える肝。震える手足。それらを無視し、彼等は足に力を込めて両腕を突き出した。人類の武器たる象徴――――銃器を構える腕をだ。

 

「う、撃て!」

 

それぞれ撃ちだされる弾丸。バラニウム製ではないただの弾丸。だが人を殺傷するには十分な威力。それらが、かつて少女だったものに刺さり肉を穿つ。だがそれだけ。1秒に満たない間に弾丸は排出され傷が再生された。

 

・――――――ガストレアを殺す方法は2つある。1つ、再生阻害効果を持つバラニウム金属で生命維持器官を破壊する。1つ、爆発物を用いて細胞が再生する前に殺しきる。

 

男達はそのどちらも持ちえなかった。

結果は言うまでも無いだろう。丸めた新聞紙でゴキブリを叩き潰したらどうなるか、を想像するよりも簡単だ。小学生にも分かる。死ぬしかない。肉体的に殺されるか。人間という属性を犯され殺されるか。どちらにせよ。結果は変わらない。

 

ただの人間が、地球最強のガストレアに敵うはずがないのだ。

 

 

………………

…………

……

 

 

やがて出来上がったものは血と肉がぶちまけられた倉庫。

そして――――何匹かの狐だ。色や尻尾の本数はバラバラだが、どの個体にも共通点がある。全てが巨体で、目が赤いということだ。

 

「「「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」」」」

 

東京エリア、そのモノリス内。突如発生したガストレア生物。彼女等は招く。殺戮と感染を。

 

 

 

・――――――――――パンデミック【爆発感染】の始まりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

→NEW 某民間警備会社代表取締役社長、通称【社長】

 

ゼっちゃん曰く、自身の存在を証明するための【舞台装置】の一つ。

民間警備会社は例外無く政府の紐付きであるが、その中でも特に政府直属のため【首輪付き】と揶揄されている。天誅ガールズの熱烈なファン。推メンは天誅レッド。

 



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【神を目指した者たち】NO:4

【無双】

 

一般的な意味としては、『他に比肩することの無い唯一無二のもの』と捉えられている。

が、某ゲーム会社K●eiから発表された【無双系列】をプレイしたことのある人なら、こう捉えるだろう。一人、ないし数人の個性的なキャラクター武将が敵陣を駆け、大軍を粉砕し、数の暴力を圧倒的な力パワーで制するものだ、と。

 

力とそれに伴う功績を以て自己を確立し、存在を肯定して貰いたい――――そう願う少女がいた。ゼっちゃんだ。

 

ゼっちゃんは基本的に頭がおかしい。

常識や倫理といった社会通念が全て吹き飛んでいる。どう考えても頭がおかしいし、他人の感情なんてものはどうでもいいと自己完結している人間だ。他人の事なんて興味もない。ましてや二次元の中のキャラクターに感情移入するなんて事は一生理解出来ないだろう。彼女にとってみれば、他者というものは自身の存在を証明し、自身を褒め称える為だけの舞台装置だ。

 

人に興味が無い。ものに興味が無い。社会に興味が無い。歴史に興味が無い。これだけのワードを聞くと、いかに社会人として失格か。

 

2X年引き籠りニートをやってきた彼女だ。元々人間失格の素養はあっただろう。だが、決定的におかしくなったのは、彼女が言うKAMISAMAに遭遇してからだ。彼女が言うKAMISAMAというものがどういう存在かは定義しかねるが、ここでは超神秘的なものとして解釈しよう。それは人智を超えた存在で、人の生死を操作し、人の領分を超えた能力を授ける力があるそうだ。中学生が適当に考えたTENNSEIオリ主を創造する上で、物語に欠かせないテンプレート的な存在だと解釈して貰っても結構だ。

 

なんにせよKAMISAMAというものは対価と共にNOURYOKUを授ける存在なのだ。だから、ゼっちゃんは記憶やら人格、人間性を対価に捧げた。

結果出来上がったのが、

 

『逢いたかった……逢いたかったのですガストレア!』『私の無双ケージは有頂天なのです』『頭がフットーしそうだよぉ』『洗濯機の使い方がわからないのです。どう考えても社会が悪いのです……』『あるもん! じ、女子力53万あるもん!』『あは』『ガストレアを切り裂くのって…………超楽しいのです』『極刑に処すのです』『隠密行動? 敵を背後から奇襲するための手段なのです』『逃げる? 何を馬鹿な。見敵必殺です!』『夏世ちゃん。お腹が空いたのです。コンビニ行きましょう! 料理なんて面倒なのです』『あはは』『目が、目が痛い……抉れそうなのです。頭がわれるわれるわれれれれれるいたいいたいいたい痛い――――あぎぃいいいいいい』『何かを出来る人になれたらいいね。そう思っていた時期が私にもありました、です』『違うのです! 厨Ⅱ病じゃないのです!』

 

他者を鑑みず、自分さえよければそれでいいと自己完結した、常勝無敗の中二ちゃん。

ゼっちゃんが望む無双。人類の窮地を覆し、自己の存在を証明するための舞台。敗北が許されない戦場。彼女が防衛省いる最中、その戦場は生まれていた。

 

 

 

 

 

 

・――――――ミッションを説明します。依頼主はいつもの政府機関。目標は【区画X】で発生したパンデミックの解決、及び同区におけるガストレア【ステージⅠ タイプ:フォックス】の殲滅になります。既に自衛隊により某区画は閉鎖済みです。速やかにに現場に急行し、ミッションを開始して下さい。尚、感染者は発見次第、同様に排除して下さい。

 

 

 

某民警会社。

総務部長と書かれたコーンが置かれた机。そこに座る少女がいた。外見年齢はおよそ10歳程の幼い少女――――千寿・夏世だ。

固定端末から流れる極めて事務的な任務内容に僅かに眉を顰め、手にした端末を静かに置く。

 

「状況は極めて不味い。お偉方は揃って防衛省。なるほど……では仕方がないですね」

 

机から立ち上がり武器庫と書かれた部屋に入る。

室内には――――CODENAME【Mr.バラニウム】と呼ばれる男が持つブラックバラニウムの大剣やら、よくわからない刀剣類が放置されている。放置はされているがどれも最近磨かれたばかりなのか、その刃は鋭い光を放っていた。だが、それらは夏世が求めるものではない。彼女が求めるものは【02】とナンバリニグされた黒い棺桶だ。少女が持つにはあまりにも巨大。成人男性が二人は入るだろうそれを軽々と持ち上げる。それらが彼女の武器だ。

 

「ここからは……エースのお出ましと洒落込みましょう」

 

向かうは戦場。火急的な対応が求められる。これは仕方がないことだ、と自身に言い聞かせて武器庫を後にする。

 

夏世は戦闘向きのイニシエーターではない。【タイプ:マンティス】【タイプ:オルカ】【タイプ:スパイダー】といった戦闘系と比較した場合、そのポンテシャルは圧倒的に後者が勝るだろう。戦闘系イニシエーターの中でも特に秀でているものがいる。それは固有能力を有する個体だ。代表的なものだと【タイプ:スパイダー】がまさにそうだろう。彼女等は親となった蜘蛛の因子を内包する。引き継いだ因子から蜘蛛の糸を操る能力を有するもの、猛毒を有するもの、身体的な変態に至った複眼や複数本の手足を有するもの。実に様々であるが、どれもが強力な戦力になる。

 

だから、それらに比べると夏世は見劣りするのだ。個体特有の特殊能力を所持しない。殺傷性を求めた変態に至っていない。普通の、少々力が強くて、頭がいいだけのイニシエーター。一般的に考えれば、そんな彼女が単身戦場に向かうのは無謀だろう。しかし、何事も例外がある。千寿・夏世はたかだかステージⅠのガストレア如きに敗北する気なぞさらさらなかった。固有のガストレア因子に基づく能力を有さないが、彼女にはある事に特化した才能があった。その才能を以て、数だけの相手に敗北は無いと確認している。

 

「伊達に……このいかれた事務所でイニシエーターをしていませんから」

 

意味も無く呟きながら、オフイスに戻る。

 

「あ」

 

忘れ物をしていた。机の上。玩具のブレスレット。彼女の中でヒーローたる存在が身に纏うアイテムだ。願掛け、あるいはお守りだろうか。彼女はそれを大事そうに手にとると、利き腕に装着する。【天誅ガールズ】に登場する主役達が身に着けるブレスレット。特徴を一つあげるとすると、同じブレスレットを持つものと認識番号を交換することにより通信機能を有するといった、玩具にしては無駄に高性能な機能がある。

そして戦支度が終わり、いざ、という時に夏世の携帯端末に連絡が入る。着信名を見る。【社長】と書かれていた。通話状態にし、対応する。

 

「お疲れ様です、社長。先ほど、政府の方からパンデミック鎮圧の要請がありました。私は【リンクス】のイニシエーターらしく至急現場に向かいます」

 

『お疲れさん。っておいおい夏世ちゃん。何かヤる気ばりばりだけど、なに? 【天誅ガールズ】の戦闘シーンでも観てテンション上がってるわけ?』

 

「状況は依然として最悪です。一刻も早い処置が望まれますが? 【天誅ガールズ】は関係ありません。それに私は録画派です。今週のリアル戦闘シーンはまだ観ていません」

 

『事を急いても仕損じるだろうが。俺達も直ぐ現場に向かうから、【天誅ガールズ】でも観ながらもう少し待ってな』

 

気になるワードがあった。反射的に言葉に出た。それは間違っています、と前置きし、

 

「【天誅ガールズ】を観る時は……誰にも邪魔されず自由でなんというか救われなきゃダメなんです」

 

『お、おう。何か孤独のグ○メみたいな言い回しだな。さては夏世ちゃん、通だな?』

 

微妙に引かれたような感じがした。常識人を自称する夏世からすれば、少しイラっとくる。それに、間違っている人から正論を吐かれるのは、たとえ道理に適っていたとしても腹立たしいものである、と何かの小説に書かれていたのを思い出した。確かにその通りだ。

 

『色々と無視しますが、【Mr.バラニウム】さんや【OREO】さんがいるなら兎も角、今は私しかいません。なので1番槍で踏み込みます。社長達はバックアップに努めて下さい』

 

仕方がない。それに社長も自分の実力を知っているだろうと問いかけるも、言葉が終わると共に甲高い女の声が聞こえてきた。割り込んできた声に眉を顰めるも相手はお構いなしに、

 

『夏世ちゃん駄目なのです! ガストレアの殺害権は私のものなのです! 全部、私が切って捌いて解体しないと! 私が、私が全部殺――――』

 

戯言を口にしてきた。またいつもの中二病か、とゼっちゃんの言葉を切り捨てる。

 

「心配は無用です。装備も万全です。情報は不足しておりますが、ステージⅠ【タイプ:フォックス】の単一因子です。数は問題ですが、その程度に遅れは取りません」

 

ゼっちゃんが何か言おうとするのを封殺する。言葉を被せるように、

 

「社長――――大丈夫。私がやります。千寿・夏世はここのイニシエーターですよ? 私が、私が全部殺害します」

 

電話越し。僅かの思考。甲高い声をバックグラウンドに渋い声がした。分かった、と。

 

『……ただし無理はするなよ。俺とゼっちゃんもすぐに向かう』

 

『社長! ガストレアは私の獲物です! 夏世ちゃんばかり贔屓し過ぎなのです! この前、夏世ちゃんにはアイスの実をお土産に買って帰ってきたのです! でも! 私はガリガリ君でした! 待遇の違いを感じます! 怒ったのです! この前! 会社に来ていたあの女の人に! 社長が5股してるって暴露します!』

 

『ちょ、まてよ! ゼっちゃんが『ガリガリ君以外はアイスじゃないぜベイビー!』とか言ってたからだろうが! それに俺の女性関係なんて関係ないだ――――』

 

変人達はいつも通り平常運転だ。夏世は無言で端末を切った。

 

出陣の許可は取った。事務所を施錠し退出する。

背には02とナンバリングされた黒い棺桶。少女が背負うにはあまりにも巨大。あまりにも奇怪なその様子に周囲の視線が向けられる。それを気にしながら路地裏に入り、その瞬間、ガストレアの力を解放した。

 

・――――身体強化発動。

 

その動きは瞬間移動のようであった。足に力を込める同時に左右の壁を蹴る。何度かの跳躍後、夏世が立つのは建物の屋上だった。そのまま加速する。再度、足元を蹴り跳躍。隣のビルに乗り移る。道路は走らない。歩行者や交通車両があり混雑している。それに何より人目がある。ガストレアの力を彼等に、好き好んで披露するものでもない。

 

空中闊歩。加速、跳躍、着地を繰り返し疾走する。向かう先はパンデミックが起きた某区。

 

 

「お主―――――イニシエーターだな」

 

 

それは誰にも邪魔されない筈だった。普通の人間なら届かない距離、高さ、速度。その全てを満たしていた。文字通り、目にも止まらない。その筈だったのに夏世に声をかけるものがいた。

 

「そうですが。それが何か?」

 

視線をやる。夏世と同じ10歳前後の少女。裏地にチェックの柄が入ったコートにミニスカートを着込み、底の厚い編み上げ靴を穿いたお洒落な少女だ。特徴な赤いツインテールの髪、そして――――否が応でも目を惹く赤い瞳。夏世と同様に空中を闊歩するその身体能力。即座に答えは出た。赤い少女はイニシエーター。呪われた子供達の一人だ。

 

「どこの民警か知りませんが私は急いでおります。世間話をする暇はありませんので。小さなあなたには関係の無いことかもしれませんが」

 

「お、お主だって小さいだろっ」

 

面倒なので夏世は無視した。加速する。

だが、赤い少女は一歩も遅れることなく夏世に併走する。そして口を開いた。待ってくれ、と。

 

「あっちの方から何か嫌な予感がする。それに黒い煙も上がっている。お主、何か知っているのだろう? なら教えてくれっ。何が起こっているのだ」

 

黙秘したところで併走されたままでは厄介だ。足止めを食らう可能性もある。無駄な時間は極力削るべきだ。僅かな逡巡後、事情を説明することにした。

 

「某区画で突如ガストレアが出現しました。原因は調査中。状況は最悪。初期段階といえどもパンデミックが発生しました」

 

「え」

 

まさに絶句といった表情。無理もない。おそらく赤い少女は、某区に隣接するこの区に在住しているのだろう。自分の住まう生活空間に、害が降りかかるかもしれないのだ。心配もするだろう。夏世はそう結論付けた。

 

対話は終わり、と赤い少女を捨て去りろうと、足にさらに力を込める。再度声がした。

 

「お主はそれで――――そこに何を、何をしに行こうとしている?」

 

「私は、私の中にコンパスに従って動くのみですが――――大仰に言うとですね。そうですね……。この箱庭という名の世界を救いに、とでも言いましょうか」

 

「お主、【天誅ガールズ】の天誅ブラックみたいだな」

 

「私が、私が天誅ブラックだ」

 

「は?」

 

「あ、その……なんでもありません。最近、周囲に変人が複数いるので影響を受けているのでしょう。無視して下さい」

 

僅かに顔に熱を持つが足は止まらない。依然として駆け続けている。

 

「どこまで付いて来られるのか知りませんがこの先戦場です。早いところ、プロモーターの所に帰った方がいいのでは?」

 

「わ、妾も行くぞ!」

 

は? と真顔で問い返す。

 

「ここには皆が住んでいるんだ。蓮太郎。木更。菫。舞ちゃん、学校の皆。皆が住んでいる。そして、妾には力がある。だから、皆が住む町を守るために何かしたいのだ!」

 

見た目通りの熱血系。基本クールな夏世とは正反対のタイプだ。

 

「まぁ……別に何でもいいですけど。私には関係無いことなので好きにして下さい」

 

「うん! 妾は好きなようにするぞっ」

 

だが、赤い少女の腕。そこに巻かれたクロームシルバーめっきのブレスレット。某復讐系魔法少女アニメに登場するアイテム。正反対ではあるが、僅かに親近感が湧いた。

 

――――…………観てるのですね。【天誅ガールズ】

 

天誅を観ているということは悪い人間ではないはずだ。【天誅ガールズ】好きに悪い人間はいないと、TVでGA○K○が言っていたような気がするのを思い出した。気のせいかもしれないが。それに自分に同行して、その任務中に殉職してもそれは仕方がないことだろう。自分の尻ぐらい自分で拭う筈だ。余計な責任を負う義務は、自分に一切生じない。つまり自己責任でついてきたければついて来ればいい。それでどうなろうが知ったことではない。そう結論付ける。

 

「名前を教えてほしい。妾は延珠! 藍原・延珠だ!」

 

「えんじゅ……延珠ですね。私は夏世です。千寿・夏世。モデル:ドルフィンのイニシエーターです」

 

「夏世だな。よろしくたのむぞっ!」

 

「…………よろしく」

 

現場までの道中、

 

『ねぇ延珠さん。延珠さんの【天誅ガールズ】の推メンは誰ですか?』『天誅レッド。夏世は?』『レッドですね。延珠さんのイメージ通りです。私の推メンは天誅ブラックです』『延珠さん。あなたの戦種は? 私は【遠隔銃撃士:ストライクガンナー】です』『妾は【近接武術士:ストライクフォーサー】だ。最近、蓮太郎に戦闘術を教えてもらったんだぞ!』『イメージ通りです』『それはどういう意味なのだ……?』『夏世! 天誅CODEを交換しよう!』『別にいいですけど』『これでお主と妾は戦仲間だ!』『何でもいいですけど……素敵な響きですね。社長に自慢できそうです。ありがとう延珠さん』『うん! 妾もうれしいぞっ。ありがとう!』

 

夏世と延珠は色々な話をし、戦種等の情報を交換し、天誅ブレスレットの番号を交換した。また、【天誅ガールズ】というメディア媒体を通じて、若干の友情が生まれた。

 

 

………………

…………

……

 

 

やがて、区画を封鎖する現場に到着した。

2人の少女は最後に大きく跳躍し、現場を封鎖する自衛官の前に舞い降りた。周囲はバラニウム製のバリケードで囲まれ、至るところには武装した男達。全員がバラニウム製の弾丸を所持しているようだ。大量のバラニウムが近くにあることにより、2人のイニシエーターは若干の不快感を覚えた。

 

「最近のガキは空中から落っこちてくるのかよ。おいおい。お前等どこのΘちゃんだよ?」

 

不精髭の男が突如現れた2人に話しかけてきた。現場の責任者だろう。

 

「――――民間警備会社所属、千寿・夏世と申します。区画Xにおけるパンデミック鎮圧の為参上しました。通行許可を頂いても?」

 

「【某民警会社】ね……あの社長の所のイニシエーターか。ふん。珍しいな、いつもプロモーター単独の作戦行動なのに。まぁいいぜ。入りな。あの人の部下なら大丈夫だろう」

 

「ありがとうございます。…………あなたは社長のお知り合いなのですか?」

 

「古い、古い知り合いだ。まぁ、俺にもあの人にも歴史や因縁があるってことだ。【第一世代】【無垢の世代】にはわからないだろうがね。おっと、一応確認だ。ライセンスか社員証を出しな」

 

ムっとする言い方だ。だがそんなことを気にしていても仕方がない。夏世は感情を無視し、指定された身分を証明を差し出した。

 

「千寿・夏世だな。お前はあの人のイニシエーターだってわかったが、こっちのガキは何だ? 会社の連れか?」

 

「淑女に向かってガキとは失礼な! 妾は藍原・延珠だ! わかったこのゴリ――――」

 

自分の周囲には喧嘩を売る人間が多すぎる。夏世は延珠を黙らせ、

 

「同業他社から研修の為、一日派遣で出向しています」

 

「他社から出向ね……。まぁ、ガストレアを抹殺してくれるんなら何でもいい」

 

「ふん。妾が魅力的だからといってそう見つめるな。妾には蓮太郎というふぃあんせがいるのでな」

 

「ふぃあんせ、だと?」

 

「ああ! 里見蓮太郎だ! 16歳の高校生で!将来を約束した妾のプロモーターだ! 誓いのきすも済ませたぞ!」

 

延珠が爆弾を投げ込んだ。直後周囲で発生するざわめき。

 

『マジかよ……』『相手ガキだぞ』『性犯罪者じゃ……ないよな?』『壁の中に放り込むか?』『鬼畜』『これがロリコンの所業か』『お疲れさんってところね』

 

蓮太郎も犠牲になったのだ。蓮太郎の包囲網はこうして広がっていっているのだ。

 

「おいおい。何を盛り上がっているの知らんが、蓮太郎くんとやらのロリコン暴露話はそのぐらいにしておいてだな」

 

責任者の男が告げる。いいか、と。

 

「再度任務を通達するからよく聞けよ。お前等の任務は封鎖区画内の全ガストレア、及び感染者の排除だ。全て殺せ。一切の例外は無い。悪は罰し疑わしきも罰しとりあえず殺せ。お前等の得意分野だ。簡単だろう? 殺して殺して殺し尽くして。はいお終い。簡単な、簡単なお仕事だ。だから区画外にウィルスが漏れ出すようなことはするなよ。封鎖を無理に突破しようとする奴はこちらで掃射殲滅する。バックアップは任せてくれ。お前等は中の化け物を全て殺せ――――以上だ。まぁ頑張ってくれ」

 

2人は有難くも何とも無い激励を背に、感染区域に侵入する。

 

 

 

 

 

 

ガストレアは存外早く見つかった。2人の少女が立つビルの下。地上で3匹の狐が地上を徘徊していた。おそらく獲物を求めて徘徊しているのだろう。地上では、食い荒らされた死体がそこらに散見された。あってはならない光景だ。エリア内は平和でなくてはならない。自分達の平穏を荒らすその様に、内心激しい怒りを抱く少女、藍原・延珠は眼下の獣を睨み付けながら告げる。

 

『こちら延珠! ガストレア【ステージⅠ タイプ:フォックス】を確認した。これより交戦に入る!』

 

「わざわざ、天誅ブレスレットの通信機能を使わなくても……。隣にいるので聞こえますが」

 

正論だ。正論故に耳が痛い。延珠は無視した。

 

―――――夏世はわかっていないな。こういうものは雰囲気が大事なのだ!

 

延珠は内心そのような無駄なことを思考していたが、体は既に動いている。

タイプ:フォックス。3匹の個体。その中で最も隙を晒している個体に向けての上空からの全体重を乗せた滑空蹴り。別名【ライダーキック】や【流星脚】と言ってもいい。それを既に放っていたのだ。

 

パンデミックが発生してからの最初の殲滅戦、その火蓋が切られた。

 

・――――藍原延珠の流星脚

 

流星のような蹴り、とでも言おうか。延珠の繰り出した上空からの蹴撃は寸分の互いなく、タイプ:フォックスの脳天に突き刺さり頭蓋骨を破壊する。しかしそれでも流星の如きその威力は依然として死んでいなかった。頭部を破壊した蹴りは胴体部分までもを引き裂き、アスファルトにクレーター跡を残す。

 

「撃墜1ぃい!」

 

「「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」」

 

仲間が襲撃されたことに漸く気が付いた2匹が吠える。それは周囲に対する警鐘にも、自らを鼓舞する銅鑼のようでもあった。絶叫という名の爆音が鳴り響く。その音と共に襲いかかる巨体。延珠はそれに対して、

 

・―――――天童流戦闘術二の型十六番【陰禅・黒天風】

 

反対に殴り返すように踏み込む。地面を全力で踏み抜く。姿が掻き消える。ジェット噴射のような勢いで標的の間合いに入ったのだ。そのまま軸足に体重をかけ、遠心力を利用した回し蹴りを放つ。それはまるで黒い竜巻だ。ブラックバラニウム製のブーツが鈍い輝きを放ち、その軌跡は一瞬にして消滅する。あまりの速度に消えたように見えるその蹴撃は、ガストレアの腹部に吸い込まれていった。発動した奥義は、無理を言って彼女のプロモーターから伝授して貰った天童流戦闘術。元々が蹴り技に優れた少女が、より洗練された戦闘術を身に着けたのだ。それはまさに鬼に金棒。必殺の凶器だ。

 

「■■■■――――

 

「ぶち抜けぇえええええええええ!!」

 

絶叫が鳴りやむ前。

延珠が吠える。その宣言通り、彼女の蹴りは対象の腹部を貫き、まるで剃刀で切断したかのようにその身体を上下に割断した。

 

・―――――天童流戦闘術二の型十四番【陰禅・玄明窩】

 

蹴撃を放つと同時。戻ってきた足を踏み替える。放つ蹴りは返す刃。半身を絶たれた獣の顔面部分。黒い剃刀の蹴りが、再度それを粉砕する。直撃と同時、血と脳漿をぶちまけた。

 

「撃墜2ぃいい!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

3匹目の巨体。歪な狐が動く。延珠は食らいに掛かって来た咢を躱す。跳躍と同時に方向転換。そのまま突き出した廃屋の鉄骨を蹴りつける。向かう先は隙を晒す獣の首だ。

 

・―――――天童流戦闘術二の型四番【陰禅・上下花迷子】

 

落下速度を、その踵に全て乗せた踵落とし。速度、力両方が乗ったブラックバラニウムのブーツはもはや鋭利な刃物と何も変わらない。結果は言うまでもないだろう。無防備に隙を晒した獣の首は宙を舞った。遅れて噴き出す間欠泉。

 

「撃墜3だっ! どうだ夏世!」

 

残心を解いた延珠。その背後。ドス黒い体液が吹き出る間欠泉のカーテンの向こう側。黒い体毛をしたガストレアが現れた。新手だ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!」

 

僅かに目を見開く延珠。油断していた。一撃を貰う覚悟で急エンジンをかけようとしたところ

 

『背中がお留守です』

 

重い爆発音。それが3発轟いた。それらが寸分の互いなく黒い獣に突き刺さる。一撃一撃が馬鹿げた威力を誇るその弾丸は獣の頭部、心臓を中心とした内臓を破壊した。

 

「!!」

 

振り返る。遠方で、巨大なアンチマテリアルライフル【バラニウム徹甲弾】を発射した夏世がいた。黒い棺桶の中には、手にしているライフルのような銃器が保管されていたのだろう。そして、延珠がガストレアと交戦状態にあった時に、夏世も交戦していたのだろう。彼女の周囲にはガストレアの死体が転がっていた。また、死体の他にショットガン等も置かれている。黒い棺桶から兵装を状況を判断し選択しているのだろう。なるほど確かに銃撃士だ、と延珠は納得した。

 

天誅ブレスレットを起動し通話状態にする。

 

『ごめん。油断した』

 

『気にしないで下さい。私が何かしなくても延珠さんなら自力で切り抜けれたでしょう? 余計なことをしました』

 

『そんなことないっ。夏世のおかげで助かったぞ。ありがとう。流石【遠隔襲撃士】だな』

 

『……延珠さん程の【近接武術士】からそう言われると嬉しいですね。素直に受け取っておきます。どういたしまして、と』

 

『さて、と。流石に数が多いな。前方から新手がきたようだが……どうする夏世? 妾がやろうか?』

 

小休止を兼ねた情報の交換をしている矢先、再度、タイプ:フォックスのガストレアが現れる。

 

『そうで――――――え』

 

見敵必殺。

即座に対応しようとした瞬間――――ガストレアの首が落ちた。

意味がわからないといった感じで夏世が声を漏らす。延珠も同様だった。2人の視線の先、切断された頭部が落下する。それまでの間。それに対し閃光が走る。その瞬間納得がいった。ガストレアの背後。下手人の姿が見えたのだ。その人物が放つその剣撃は、先ほどの延珠の蹴りに匹敵した。まさに閃光。それが縦に1閃、横に1閃と走る。結果獣の頭部はケーキのように4等分されバラバラと落下する。溢れ出た血液は地面を濡らした。

 

「あなた達強いね」

 

「生存者……いや。後続のイニシエーターか」

 

ガストレアの死体の向こうから現れたのは黒い少女だった。ウェーブのかかった柔らかそうな髪。眠たげな瞳。黒いフリル付きワンピース。そして、

 

「いいなぁ。斬りたいなぁ斬りたい斬りたい! 嗚呼――――もう、斬るね! あなた達! ここで! 斬るから!」

 

「む。お主、何を言っているのだ?」

 

血に濡れたブラックバラニウムの小太刀を左右に構える。それは蟷螂の斧のようだ。

 

「斬り合おう。斬って斬られて殺して殺されて! さぁ――――殺し合おう。ね?」

 

「…………!」

 

『ああ……。ゼっちゃんさんの類友か』

 

夏世が呟いたその直後、黒い少女の剣撃と延珠の蹴撃が吸い込まれるように衝突した。

 

 

 

 

 

 

藍原・延珠(イニシエーター)

天童民間警備会社所属。里見蓮太郎の相棒。タイプ:ラビット。

本作の彼女は、元々ハイスペックな延珠が【天童流戦闘術二の型】を習得していたら、というIF設定。

ゼっちゃん無双が何故か……延珠無双に。ちかたない。ACだもの。騙して悪いが。

 

・―――――天童流戦闘術二の型十六番【陰禅・黒天風】

 

延珠さんマジかっけー!

 



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【神を目指した者たち】NO:5

ゼっちゃん……。


東京エリア。そこに所属する民間警備会社にある2つのミッションが言い渡されていた。

政府の仲介人からの依頼内容は以下のものだ。

 

 

・――――【パンデミック鎮圧】

ミッションを説明します。某区でパンデミックが確認されました。原因は現在調査中。東京エリア所属の民警に告ぎます。至急、現場に急行しガストレアを殲滅して下さい。ガストレアの種類はステージⅠ【タイプ:フォックス】の単一因子です。巨体と速度はある程度脅威でしょうが、然して強い個体でもないので殲滅は容易でしょう。しかしながら、現場の自衛官からの連絡によりますと、現在某エリアには―――――民間警備会社所属イニシエーター【千寿・夏世】及び天童警備会社所属イニシエーター【藍原・延珠】以外は突入していない模様。数十体の殺害は確認出来ているようですが、感染速度が思ったよりも速いようです。某区画以外にウィルスが漏れ出さないように、即座に殲滅に向かって下さい。以上。

 

 

・――――【七星の遺産奪還】

ミッションを説明するぜ。いきなりだが…………東京エリアに大絶滅を呼ぶ【七星の遺産】がテロリストにより略奪されたようだ。七星の遺産の効果等詳細は不明。ただ、わかっている範囲だと……モノリスの結界を破壊する効果があるらしい。おいおい、中々困ったことになったようだ。しかも、元々それを手にしていた奴がテロリストやガストレアの妨害に合い現在はガストレア化しているらしい。おったまげたもんだ。そこでだ。お前等民警の出番ってわけだ。依頼主は政府、それも聖天子様直々のご依頼だ。よく聞きな。依頼は簡単。テロリストが狙っている、現在所在不明の遺産を奪還せよ。情報によると、アタッシュケースに入っていたようだ。見つけ易い形なんだと思うが、困ったことに持ち主がガストレア化した際に体内に取り込まれた可能性が高い。ってなわけで、ガストレア化した個体【タイプ:スパイダー】だと思われるソイツの殲滅と、テロリストの手に渡る前に遺産を奪還してくれ。頼んだぞ。以上だ。

 

 

【区画X】で発生したパンデミックの排除。そしてモノリスの結界に穴を開け破壊する為の触媒【七星の遺産】の奪還。

 

どちらも、普段の拠点防衛を主とする内容からはかけ離れた高難易度のミッションだ。また両方とも放置すれば間違いなく東京エリアの滅亡に繋がりかねない危険性を伴っている。可及的速やかに対処せざるを得ない状況。

 

政府は忙しなく、直接的に、あるいは間接的に仲介屋等を通じて民間警備会社へと依頼をかけていた。

天童民間警備会社も同様に上記の強制ミッションを受諾していた。

 

彼は上記のパンデミック制圧のため某区画へと移動中だった。そしてその途中、携帯端末で、木更に何か知っているかと内容の確認を取っていた。

木更は即座に否、と答えた。

 

『そうか。でも延珠……。どうしてあいつが……』

 

『里見くん。焦りが表情に出ているわ。まずは落ち着きなさい』

 

『だけど木更さん!』

 

『いい里見くん?【七星の遺産】に関しては私や他の民警で調査を進めるわ。だから、里見くんは余計なことを考えずに感染エリアに向かって延珠ちゃんと合流しなさい』

 

『すまん木更さん!』

 

これからの行動方針を告げ通信終了と同時に、某区画に突入を果たした里美・蓮太郎。

 

パンデミックが発生したエリア。その中と外では様相が大きく異なっていた。

現在、某区画は複数の黒い壁により区切られている。小型の結界用モノリスだ。それにより、現在【区画X】は内外は遮断されている。また、モノリスの外部には、バラニウム製の装備で武装した自衛隊が固めていた。

 

戦争でもしているのか、という感想が一瞬漏れるが、

 

「戦争してんのと然して違いはねぇか」

 

ウィルスの感染拡大を防ぐための戦争だ。殺すか殺されるか。対象が人であるか、ガストレア生物であるかの違いでしかない。

 

「天童民間警備会社所属、里見・蓮太郎だ。政府の依頼で参上した。通行許可を貰いたい」

 

自衛隊にプロモーターのライセンスと、民警の社員証を提示する。すると自衛隊の男は不思議そうな顔で蓮太郎を見た。

 

「里見・蓮太郎だな。了解した。しかし、見たところ一人のようだが相棒はどうした?」

 

武器も持たずに戦場に行くのか、と暗に言われる。確かにその通りだ。

 

「あいつは先行して現場入りしている」

 

「もしかして連絡にあったあの赤い子か…………なるほど。ああ、納得いった。君が“ふぃあんせ”か」

 

「フィアンセ? 何を言っているんだアンタ」

 

蓮太郎に何とも言えない生暖かい瞳が向けられる。そこに込められる感情は嫉妬であり、憤怒であり、悲哀であり、実に様々な感情が合い混ぜになっていた。気のせいだろうか。周囲、他の自衛官も同様に、形容し難い目で蓮太郎を見つめていた。

 

「“ふぃあんせ”よ。断言しよう。これから先、君達の前に数多くの障害が立ちはだかるだろう。確実に」

 

何言ってんだこいつ、と蓮太郎が口を挟もうとするも、自衛隊の口は止まらない。

 

「2人の前に立つ大きな壁。それは種としての壁。倫理の壁。社会的通念の壁。だけど負けるな! がんばれ!」

 

何を頑張れと言うのだと疑問に思う彼に構わず、周囲から声が聞こえてきた。

それは己を鼓舞する声。意味のわからない言葉を叫ぶ声。そしてガストレアの殲滅を望む声。

 

『負けるな!』『俺は応援してるわけじゃないからな! 勘違いするなよ!』『爆発が相次いでいます。民警の皆さんはくれぐれも注意して下さい』『ゴムはしろよ!』『キサラ蝶はどうした!』『ミオリ虫はどうなんだ!』『お前が、お前がナボコフだ!』『やっぱり小学生は最高だな!』『頼む民警! ガストレアを倒してくれぇえええ!』

 

「何を言っているのかいまいちわかんねぇが、ガストレアは殲滅する」

 

 

感染区に入って暫くしてのことだ。

突如蓮太郎の胸ポケットから、振動音が聞こえてきた。携帯端末の着信だ。慌てて手に取り確認する。

 

『――――天童民間警備会社、里見さんですね?』

 

スピーカー越しに無機質な女性の声が聞こえてきた。

誰だあんたと訝しむ蓮太郎に対し、

 

『こちらは政府ガストレア対策室です。現在、里見さんの至近距離に蜘蛛型ガストレアの反応があります。発見次第殲滅して下さい』

 

そういえば民警のライセンス登録の際に、政府機関へ提出する書類に携帯端末の番号を登録する箇所があったなと思いだす。

 

「蜘蛛型? パンデミックの原因とは別ものなのか……? いや待てよ……蜘蛛型の感染源ガストレアといえば」

 

『はい。パンデミックの原因、タイプ:フォックスとは別物でしょう。おそらく【七星の遺産】関係のガストレアです』

 

『対象は里見さんの正面、そのビルにいるようです。ここで確実に仕留めて下さい。期待していますよ里見・蓮太郎さん――――以上』

 

「確かにあんたの言う通りだ。こちらでも視認した」

 

壁に張り付くガストレアを確認した。タイプ:スパイダー。先日取り逃がした感染源ガストレアだ。

 

 

「うわぁあああああやめてくれぇええええええ!」

 

 

絶叫が聞こえてきた。

方向は丁度蜘蛛型ガストレアがいる所だ。壁に張り付いているガストレアが室内にいる人間を見つけたのだ。

それを捕食しようと窓ガラスに前脚を振り被り、

 

「畜生!」

 

軽々と粉砕した。

瞬間。蓮太郎の脳裏に2つの選択肢が浮かぶ。

 

・――――①:目の前の被害者を優先する。周囲にも民警はいるのだ。後ろ髪を引かれるが、今は目の前のガストレアに集中しよう。延珠ならきっと大丈夫だ。

 

・――――②:延珠を優先する。被害者もガストレアも無視する。延珠さえ無事ならそれでいい。

 

逡巡。

簡単に決められる問題ではない。だが悠長に考えている暇も無い。瞬間的に答えを出さないといけない。

僅かな思考の末、

 

「すまない延珠……っ! こいつを始末したら直ぐに!」

 

①を選択した。

選択を下したのなら後は行動するのみだ。蓮太郎は弾かれたように駆け出す。

 

ビルの扉を蹴破り室内に侵入する。

そして3階にいたであろう被害者の所へ向かう。

 

「エレベーターはまずいな……階段でいくか」

 

即座に駆け上がる。武道の道をいくものだ。階段を全速力で上る程度では、息が上がることはなかった。

だが、3階に到着した際にえも言わぬ息苦しさを感じた。嫌な予感がする、懐から愛用のXD拳銃を抜く。

 

それを構えながら、扉が閉じられた部屋へと、再度扉を蹴破り突入した。

 

「なんだ……これ」

 

室内に入り目にした光景に、思わず声が漏れる。

蓮太郎が見たものは、人間を食らったまま壁へと叩きつけられ圧殺されたガストレアの姿だ。

 

どういうことだ、と警戒する蓮太郎。

その背後から不気味な声が聞こえてきた。

 

「悪いがそれはこちらの獲物でね。お引取り願おうか」

 

思わず振り返る。

そこには奇妙な格好をした男がいた。臙脂色のタキシードにシルクハット。オペラ座の怪人に登場するような仮面を纏った男だ。

 

「お前は――――」

 

・――――マキシマムペイン

 

「がっ」

 

青白いフィールドの様なものが見えたその瞬間。蓮太郎は壁へと叩きつけられていた。

不可視のフィールドが蓮太郎を吹き飛ばしたのだ。

それは持続的に蓮太郎を圧迫し続け、今にも圧殺しようと唸りを上げる。

 

「てめぇ! 一体」

 

一体誰だと声を発しようとした瞬間、

 

「こんにちは少年」

 

怪人が腕を振るう。

すると不可視のフィールドは出力を上げ、背後の壁ごと蓮太郎を粉砕する。

建物の壁が砕け、高所から叩き落とされる。少年の目には全てがスローモーションに見えた。

 

「そして、さようなら」

 

仮面の男は、まるで死神のように死の宣告を下した。

 

 

 

 

 

 

某区。崩壊した市街地。

高層ビルに設置されたパネル放送の下、剣撃と蹴撃を交し合っていた。

 

『次の天誅ガールズも必ず観てね? そぉ~れ天誅♪ 天誅♪』

 

その片割れの黒い少女。

ウェーブのかかった髪。血に濡れ哄笑を浮かべる表情。黒いフリル付きワンピースの少女――――蛭子・小比奈は現状の遊びが楽しくて仕方がなかった。

特別な遊戯ではない。遥か昔から行われてきた遊戯だ。それは原始的で非倫理的遊戯。それは互いの命をかけて行う闘争。それは究極の他者否定。即ち殺し合いである。

 

「楽しい! 楽しいよ! ねぇ赤いの!」

 

「妾は! 何も! 楽しくないぞ!」

 

今まで小比奈が殺してきたものは全てが弱者だった。虫も動物も人も全てがゴミ屑だ。同類のイニシエーターですら大した障害には成りえない。人類の脅威であるガストレアも、ステージⅢ以下はデカいだけの標的に過ぎない。

 

近接戦では無敵と自負する小比奈の前では皆が紙切れ同然だった。

 

彼女の力を測る上で指標になる数字がある。IP序列だ。

蛭子・小比奈は元々は民間警備会社所属のイニシエーターだった。そして、プロモーターである彼女の父と組んで叩き出した数字が、IP序列百三十四位。全世界で70万人近く存在する中での上位百三十四位。

現在、蛭子親子のライセンスは停止処分済だが、仮に処分が執行されていなければ、東京エリアにおける民警、その最強の一角を担う存在なのだ。

 

故に、絶対強者である小比奈の前にも横にも並び立つ者はいない。居るのは後ろで惨めに分解された死体だけだ。

その筈だった。

その筈だったのだが、ここに来て漸く歯応えのある獲物が、斬り甲斐のある標的が、自らに届き得る牙が、表舞台に飛び出してきた。

 

――――楽しい! なにこれェ! 頭が沸騰しそう!

 

楽しくて仕方がない。小比奈の顔が悦に歪む。

一太刀振るう毎に胸が満たされる。刃が衝突する瞬間毎に虚無感に苛まれていた胸が満たされる。刀身が標的の肌を掠る毎に生きている実感に胸が満たされる。

 

「ねぇ。赤いの名前、教えて」

 

「誰が赤いのだ。お主だって黒いのだろうっ。まぁいい。妾は延珠。タイプ:ラビットのイニシエーター、藍原・延珠だ!」

 

「……延珠、延珠、延珠――――覚えた。私は小比奈。蛭子・小比奈。タイプ:マンティスのイニシエーター。そして、」

 

告げて駆け、

 

「延珠の首を斬り落とす者の名前。覚えておいて」

 

絡み合うように斬撃を叩きこんだ。

 

「意味がわからない! お主は一体!」

 

小比奈は不思議そうな表情で問い返す。どうして、と。

 

「だから、どうして妾に刃を向けるのだっ?」

 

「どうして? 人を斬るのに、いちいち、理由がいるの? 理由がないと人を斬れないの?」

 

「そういうことを言っているのではない! どうして敵対するのかと聞いておる! 妾とお主、戦う理由なぞ無いだろうにっ」

 

「斬りたいから斬る。殺したいから殺す。踏み潰したいから踏み潰す。ねぇそうでしょ延珠? 例えばあなたの前に殺したいと思う敵がいるの。いつ殺すの? 今でしょ?」

 

「お主は何を言っているのだ……?」

 

何度か攻撃を交わした後、小比奈は鍔競り合う延珠を吹き飛ばす。そして柳眉を逆立てた顔で告げた。

 

「つまらない」

 

「何だと?」

 

「さっきのガストレアを相手にしていた時の様に本気、出してよ」

 

延珠は間髪入れずに告げた。断る、と。

 

「どうして同じイニシエーター同士が争わないといけないのだっ」

 

「イニシエーターだから。ねぇ延珠。あなたはこの力を十全に振るいたくないの? それを向ける対象がいるんだよ。私は振るいたい。理由なんてその程度のことでいいでしょ?」

 

「それはお主の理由だ。妾にはお主と相対するに足る理由がない」

 

小比奈はその言葉に考えるように瞳を瞑った。やがて何かいい考えが浮かんだのか、笑みを以て延珠に対して口を開いた。

 

「わかった。延珠が本気を出さないのなら……あなたのプロモーター。斬ってあげる。首斬ってあげる! さっき斬ったどこかの民警の社長みたいに! 首だけにして、プレゼントしてあげる延珠っ」

 

告げるその言葉に延珠は目を見開いた。その言葉を自身の中で反芻するように転がした後、相対する小比奈を強く睨み付けた。

赤い髪の奥。イニシエーターの赤い瞳よりも、更に赤い灼熱の瞳。それは殺意に濡れる瞳だった。

 

「……――――そっ首叩き落とすぞ! 蟷螂が!」

 

薄暗くなってきた闇夜に舞う赤い閃光。感情の高ぶりに呼応しているのだろうか。眼球が発する赤が世界を焼く。お互いの赤が絡み合い弾け合う。

 

『延珠さんっ。落ち着いて下さいっ』

 

延珠のブレスレットから夏世の声がした。だが、切り結ぶ両者にはそれを気に掛ける余裕は無かった。

 

「延珠ー! ふーふー! あはははは! 延珠!」

 

「ええい! 気色の悪いやつだな!」

 

延珠が踏み込む。タイプ:ラビットの特性を活かした超加速。最早人間には視認不可能の速度だ。

 

「残念だけど言ったはず! 私はタイプ:マンティス! 接近戦では無敵の近接剣術士【ストライクフォーサー】!」

 

だが、小比奈はそれに対応して魅せた。五感が異常に研ぎ澄まされているのだろう。延珠の蹴撃を受け流してみせたのだ。あまつさえそのまま刃を返す。

 

「斬!」

 

「このぉ!」

 

「斬!」「斬!」

 

「いい加減に堕ちろ!」

 

「斬!」「斬!」「斬!」

 

小比奈のブラックバラニウムの小太刀、延珠のブラックバラニウムのブーツ、互いのブラックバラニウムが衝突する毎に夕暮れの世界に火花が散る。最早人間の戦いではない。人外の域。

そこに介入出来るものなぞ存在し得ない。それは同じイニシエーターであっても、敵対するガストレアでも例外ではない。

 

丁度、2人が相対するその境界線上。

彼女等の進行方向に出現するものがいた。狐のガストレア。それも尾が7本もある巨体だ。先ほどまで延珠達が殺害してきた個体よりも、1.5倍程の大きさを誇る。

並みのイニシエーターなら多少は梃子摺るだろう。

だがここで相対する2人の少女。彼女等は、その程度のガストレアなぞ眼中に無い。アウト・オブ・ガンチューだった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

小比奈は延珠を。延珠は小比奈を。お互い、信愛と殺意を交し合う相手のことしか見えていない。

この場においてガストレアステージⅠなぞゴミ屑以下の存在価値。

 

「邪魔をぉおおおおおおおおおおお!」

 

 

・――――斬殺

 

 

「するなぁあああああああああああ!」

 

 

・――――天童流戦闘術二の型十一番【陰禅・哭汀】

 

 

剣撃の奥義が、蹴撃の奥義が左右から直撃し、ガストレアを粉砕した。ミンチとなって弾けた血液と贓物のシャワーが空から舞い落ちる。

お互いが血に汚れ肌を穢した。醜悪で悍ましい姿ではあったが、少女達はそれでも気高く美しかった。

 

常人が見たら発狂するであろう状況に目の色すら変えることなく、今まで通りに小比奈は告げる。

 

「さぁ、延珠……もっと! もっと斬り合おう! 殺し合おう! 死ぬまで! ずっと! ふぉーえばー!」

 

叫ぶ声にやかましい、と応対し延珠は再度超加速。そしてそのまま全速力を乗せた蹴りを放つ。

 

「ふき飛べぇええええええええええ!」

 

防ぐ両の小太刀ごと、小比奈を蹴り抜いた。遅れて建物を粉砕する轟音が届いた。小比奈という弾丸を、かつてデパートだった廃墟秒読み前の建造物に叩きこんだのだ。

だが、それでも延珠の怒りは収まらない。胸を焼く感情に従い、小比奈を追撃する。

 

『こちら延珠。現在敵対中。対象は異常行動を取るイニシエーター。放置したら何をするかわからん。ここで妾が排除する!』

 

『延珠さんまっ――――くっ。無駄に数の多い!』

 

『ごめん夏世。妾は……あいつを、あいつを止めないと! 蓮太郎を斬るって言ったんだ! だから妾が! 妾が何とかしないといけないんだっ』

 

夏世に天誅ブレスレットで連絡を残すと、延珠は小比奈を叩きこんだ建物へ一目散に駆け出した。ガストレアと戦闘中らしい夏世の援護は期待出来ない。だがそんな些細なことは延珠には関係無かった。

 

 

 

 

 

パンデミックが発生している某区画。

そこに大型ショッピングモールがあった。事件前は賑わいを見せていた建物も今では、ホラー映画に出てくる血みどろの特撮スタジオのようだった。

 

『どうした何があった!?』『パンデミックだ! ガストレアが侵入した!』『くそ民警は何をしてる! こんな時の為の組織じゃないのか!』『政府は! 政府は何をしている!』『嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!』『マミー! 助けておくれ』『嫌だ!』『くそが!』

 

それに雰囲気もそれに近いものがった。建物内は怒号で溢れている。

女も男も子供も男も関係無い。ガストレアという恐怖を前にして、皆が同列に怯えている。

 

「もう……いやだ。こんな所いたくないよぉ……」

 

誰かが漏らした言葉。その言葉に同意したくなる光景が広がっている。

周囲には散乱した人間の贓物。内臓がぶちまけられ、糞尿やら血肉の臭気に溢れていた。またその他には頭部を破壊されたガストレアの死体。そして、幼い、外周区に住まう呪われた子供達の一人の死体が、先のガストレアと相打ちになるように転がっていた。

 

まさに地獄絵図。

 

「お母さん……っ。大丈夫? 傷は……痛くない?」

 

「はぁ……はぁ……ええ。平気よ。舞。このくらいどうってこと……ないんだから」

 

「…………きっと誰か、だれか助けにきてくれる。それまで、頑張ろうお母さん」

 

「はぁ……はぁ……はぁはぁ。うん。そうだね。そうだよね」

 

その地獄の中にとある親子がいた。

隣のエリアに在住する小学生の佐藤・舞。彼女の母親である佐藤・A子だ。

Aの腹からは大量の血やら贓物が漏れ出している。つい先ほどガストレア【タイプ:フォックス】に負わされた傷だった。

 

娘の前では気丈に振る舞ってはいるが、その表情はよくない。顔面は蒼白でいまにも死にそうな、死んだ人間がゾンビとなって徘徊しているような、非常によくない顔色だ。

呼吸も荒く出血も収まらない。客観的に見ても長くはないだろう。

 

しかし、デパートの中から逃げようにも救助を呼ぼうにもどうすることも出来なかった。周囲には大量のガストレアが徘徊していたからだ。

だから逃げるようにデパートの中へ入り込んだのだが、状況は改善されることは何もなかった。A子自身の体力は時間と共に失われている。

 

また、同じようにデパート内へ逃げ込んだ人々がパニックを起こしており非常に危険な状態になっている。

 

だが、現状の膠着状態も長くは続かなかった。

入口を閉ざし籠城していたのだが、現状に耐えられなくなったある男が機械を操作し閉鎖された扉を開いたのだ。

 

「お、俺は逃げるぜ! こんな所にいてられるか! その女を見ろ! さっきガストレアに齧られた奴だ! もう直、そいつも化け物のお仲間さ! 逃げなきゃ死ぬんだ!」

 

確かにA子はガストレアに噛まれていたが、ガストレアウィルスに感染しているかと問われたら、感染しているとは100%言い切れない。

だが、追い詰められている人間からずればそのような事は関係無い。感染しているかもしれない人間、次の瞬間にでもガストレア化するかもしれないガストレア予備軍となぞ一秒でも同じ空間にいたくなかった。

 

「くっ……私は感染なんてしてない!」

 

「お母さん……」

 

「うっせー! 黙れ! 俺はガストレア予備軍となんて一緒にいたくねーぞ!」

 

男が扉に向け駆け出した。

直後、

 

「ひ」

 

扉から伸びた毛むくじゃらの腕に掴まれる。それはUFOキャッチャーの何千倍の握力だろう。

握った瞬間、手足を粉砕する乾いた音が聞こえてきた。

 

遅れて響くのは男のくぐもった絶叫。

 

「ああああああ…………あ……あ……………やめ、」

 

獣の腕が引っ込まれる。

静まり返った室内に音が生まれた。肉を咀嚼する音。人間が生きながら貪られる悲鳴。それを聞いて嘔吐する音。すぐさま爆発する悲鳴。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

1つ付け加えると扉から侵入してきたガストレアの咆哮もあるだろう。実に様々だ。

やがて、そのガストレアはある行動を取り始めた。端的に言おう。殺人だ。

踏み潰されて死んだ者。胴体をかき混ぜられ死んだ者。脳を握り潰された者。蹴飛ばされ死んだ者。獣の爪に引き裂かれて死んだ者。脳天から丸々咀嚼され死んだ者。実に種類が豊富な死にざまが溢れていた。

 

「あ……いや。いやだ」

 

「舞っ」

 

残る人間は逃げることもせず端っこで震えていた佐藤・舞と佐藤・A子の親子のみ。

だがそれももう終わりだ。ガストレアの赤い瞳が彼女等へと向けられた。そうなると結果は言うでもない。直ぐに死ぬ。

 

誰にも邪魔されずに死ぬ。誰にも助けられず死んでいく。

そのはずであった。だがそれに介入するものがいた。

 

「ぇぇええんんんじゅううううう!」

 

デパートの外壁をぶち破って現れた黒い少女だ。

ガストレア以上に赤い瞳を爛々と輝かせ、ぶち破ってきた穴に向かって絶叫している。

 

「こひぃなぁぁああああああああ!」

 

そして磁石に引き寄せらせるように現れるもう一人の赤い少女。

舞は後者の少女に見覚えがあった。先日、小学校のクラスに転校してきた転校生だ。その美しい外見は脳裏に刻みこまれていた。

 

なんで?どうして? 現状に対する疑問が胸の内から生じるが、彼女達の行動は舞の思考よりもずっと早かった。

 

 

・――――天童流戦闘術【陰禅・黒天風】

 

 

・――――斬

 

 

稲妻のような回し蹴りと、閃光のような剣撃。散々デパートにいた人類を惨殺し尽くしたガストレアは、一瞬で死に絶えた。

 

疑問や不安はあるが、今は純粋にそれを喜びたかった。

彼女はその感情を共有しようと、

 

「助かった……助かったんだよ……お母さ―――――ひっ!」

 

華々しい戦果を上げる少女達から視線を逸らし、振り返る。

 

少女の眼前。母親の顔があった。苦痛に歪んだであろう、顔が内側からせり上がってくるものに圧迫された風船のような顔だ。

目が白く濁り焦点はどこにも向けられていない。口は開いているが意味の無い呻き声を上げるだけで、獣のように舌はだらんと放り出されている。また弛緩したのだろうか。下半身からは糞尿の臭気が漂ってきた。

 

反射的に悲鳴を上げた。

その直後、舞の母親だった肉風船は弾け飛んだ。

 

 

「――――――――――――うわぁあああああああああああああああああああ!!」

 

 

内側から湯だった血と肉がぶちまけられる。

身体が破裂し、まるで寄生虫のように、その体内からガストレア生物が這い出てきた。

 

「うげぇええええええ!」

 

気持ちの悪い悍ましい光景。舞は胃の中の物を全てぶちまけた。

全てを失い吐き出した舞だったが、それを見下ろす存在がいる。かつて母だったガストレア生物だ。

 

「ははは……はは。何で、どうして、だろうね。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

 

所詮、この世界に神はいない。人間死ぬ時は死ぬ。都合の良い機械仕掛けの神様なぞ存在しないのだ。それを象徴するかのような光景だった。

 

 

 

 

 

 

せめてもの救いは、ガストレア化したA子が、舞の存在に気が付いた延珠によって即座に討滅されたことだろう。

それにより、かつて母親だったものに殺されるなどという最悪のシナリオは避けられた。

 

延珠は、母親だったモノの前で茫然自失になっている舞に慌てて駆けよる。

自分の正体が知られてしまったことに関する打算的な考えや、口封じ的な思考は一切介在しない100%の善意。

 

死んだ魚のような、虚ろな目をしている舞の肩を掴み揺らす。しっかりしろ、と意識を込めて。

 

「大丈夫か舞ちゃん!」

 

絶望した瞳はやがて、延珠に焦点を結ぶ。すると、その瞳に感情が浮かんだ。七つの大罪にも数えられるものの一つ。即ち憤怒。

 

「っ……やめてよね!」

 

舞は、肩に置かれた手を振り払う。乱暴な手つきだ。まるで、天井から飛び掛かってきたゴキブリを、丸めた新聞紙で地面に叩き付けるような乱雑さ。

その行動や、それに込められた怒りや嫌悪の感情、延珠はそれらが理解できなかったのか目を白黒した。

 

延珠は信じられない表情を浮かべ、

 

「舞ちゃん……?」

 

「近寄らないでよ!」

 

「え? ま、舞ちゃん……?」

 

何を言われたのか理解出来ない。縋るようにか細い声で、再度問うも、返ってくる感情は拒絶だった。

まるでガストレアに対するような反応。

 

延珠はその反応を知っていた。かつて、自分を引き取ってくれた義両親。【IISO】から至急される呪われた子供達の養育費目的で自分を引き取った里親。藍原の姓を貰うことになったあの出来事。延珠の中で彼等の顔がフラッシュバックする。

 

『化け物が』『死ねよガストレア』『何が人権よ。こいつらに人権なんているわけないじゃない!』『死ね』『死ねばいい』『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!』

 

吐き気が込み上げてくる。

延珠は膝を折りそうになるのを堪えようとするが、

 

「どうして……? どうして助けてくれなかったの?」

 

「延珠ちゃん。延珠ちゃんがガストレアだから……!? だから助けてくれなかったの!? お母さんが言ってた! 皆が言ってた! 呪われた子供達はガストレアだって!」

 

舞の言葉が容赦無く突き刺さる。

 

「ち、違う! 妾は人間だ!」

 

「じゃあ何で! どうして!?」

 

「違う……舞ちゃん…………違うんだ」

 

「違うくない! じゃあどうしてホントのコト言ってくれなかったの! ジジツだからでしょ!」

 

「あ、うぅ……妾は……妾は……!」

 

舞の言っている事はお門違いもいいところだった。

実際に延珠に非はない。医療に従事する人間でもない、ただの戦うものだ。故に戦種に則った最善をとっただけだ。

 

だが残念ながら、今の舞にはそんなことは関係無かった。

 

舞は現状何かに対して縋って、心の内にあるものを吐き出さないと、心が死んでしまいそうだった。まだ小学生。心も体も何かもが完成されていない器だ。

眼前でスプラッタシーンを何度も何度も何度も何度も見せられ、挙句の果てには愛する母親が肉風船のように弾け飛んだのだ。

 

頭がおかしくなってもなんら不思議ではない。

 

最早、舞自身は自分が何を言っているのかさえ自覚していない。心が壊れないように、爆発しそうなものを吐き出しているのだ。

無意識下での自己防衛本能の発露といってしまえばそれだけだが、それは一切の遠慮容赦無く延珠を傷つける。

今となっては舞の吐く言葉は鋭利な刃物と変わらない。傷つけるのが精神か肉体かの違いに過ぎない。

 

「今までウソついてたクセに……っ! 私達のことだましてたクセに!」

 

「っ!」

 

可愛らしい兎の腹にナイフを突き刺す。

 

「トモダチにウソ! ついてたくせに!」

 

「あ……そ、れは」

 

兎のぴんと突き立った耳を引き千切る。

 

「ガストレアだからお母さんを助けてくれなかったんだ!」

 

「ちがうんだ……ちがう」

 

兎の可愛らしい眼球を抉り取る。

 

「許さない……延珠ちゃんなんて……キラいだ! もうトモダチでも何でもな――――」

 

「つまらない」

 

可愛らしい兎の胸を、ブラックバラニウムの小太刀が突き刺した。貫通する。

 

「がはっ!」

 

刺された少女、延珠の口から真っ赤な血反吐が吐き出された。

 

「え?」

 

茫然。状況がわからない舞の顔面、それがぶちまけられる。

舞と正面から相対する延珠、その背後。小太刀を構える黒い少女、小比奈が刺したのだ。

 

小比奈は心底つまならそうな表情をしながら、

 

「延珠。つまらない。そんな奴の事気にしてるから、こんなにあっさり斬られる! つまらないつまらないつまらないつまらない! 全然つまらないよ延珠!」

 

「がっあああああああああああああああああ!」

 

刺した刃を何度も差引し内臓を傷つけた。

口からはドス黒い血を吐きだしつつ、貫通した刀傷からは止まることなく血を流して続けている。まさに死に至りかねない傷。

 

事実、小比奈が刃を引く抜くと、糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。

荒い息を上げ、意識が朦朧としている。小比奈を見上げる瞳が力なく揺れていた。

 

「馬鹿な延珠。お馬鹿な延珠。そんな奴のこと放っておけばよかったのに」

 

イライラしたように語尾を振るわせながら、小比奈は告げる。

 

「面白くない。面白くないよこんな幕引き…………全部お前のせいだ」

 

「ひっ」

 

黒の少女は、ぎろりと捕食者の瞳で睨み付ける。視線が向かう先は怯える少女。

 

「戦う力も無いくせに。自分は何もしなかったくせに、文句だけは一人前。自身の無能を周囲に喚き散らして満たされて癒されて―――――なんて、醜悪。もうここで斬るしかない」

 

「な、なにする気!」

 

「なに? 何って斬るしかないでしょ? こんな醜悪なもの放置できない」

 

「いや……いやだっ。死にたくない……っ」

 

小比奈は戯言を無視し、刃を振り上げる。

 

・――――斬首

 

そっ首叩き斬ると振り落された刃であったが、

 

「わからないよ延珠」

 

「あ…………。延珠、ちゃん」

 

小比奈は剣撃を止めた。そして問う。眼前相対する少女に。

 

「どうして、あんなこと言われて庇うの? 死にそうになってまで庇うの? なに? なんなの? そっちの小っちゃいの、あなたにとって何?」

 

「ふん……万年、ぼっちの、お主には、わかるまい」

 

今にも切り殺されそうになったいた舞の前に立つ少女。満身創痍の延珠。

今にも風が吹けば倒れそうな程の傷を負っているのだが、彼女はそんなこと関係無いとばかりに告げる。

 

「舞ちゃんは、舞ちゃんはな、妾の――――――トモダチだ」

 

「…………あっそ。やっぱり意味がわからない。じゃあね延珠」

 

止められていた斬撃が動き出す。

斬撃。それは延珠を肩口から切り裂いた。少女の体はゴム毬のように弾き飛ばされ地面に崩れ去る。後に残るのはつまらなそうな顔をした小比奈と、自分自身意味がわからず絶叫をあげる舞だ。

 

延珠の意識は闇へと沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

延珠が倒れ、舞が絶叫の末気絶した。その後、小比奈の前に現れるものがあった。

 

「…………」

 

「なに今度はあなたが相手してくれるの?」

 

奇妙な格好をしたものだ。

それを表現するのに最も妥当な言葉がある。近年、各都道府県が町興しの為に起用するデフォルメされたキャラクター。即ち【ゆるきゃら】というものだ。おか○ん、ふな○しー等が代表例として挙げられる。

 

小比奈と相対するそれは上記の同種的存在。

デフォルメされた秋田犬といった容貌。可愛らしいモコモコしたボディに、緩い笑みを浮かべた顔。

 

しかしながらそれは、返り血を浴びてドス黒くなった身体。何の感情も映さない無機質な瞳。そして、手にした肉斬包丁が無ければの話だ。

まさに出来の悪いピエロ。その気味悪さがそっくりだった。ある特定の知識ある人間なら、それをこう呼称するだろう。即ち、お前それ“いざ○もん”じゃねぇか、と。

 

「…………」

 

ここでは暫定名称として彼を“いざ○もん”と呼称しよう。いざ○もんは小比奈の問いに肯定とも否定とも答えない。

ただ、挑発するように片手を付きだし、くいくいと指を動かす。

 

「上等っ」

 

口元が歪む。眉を弓にして小比奈が駆ける。加速をつけたままクロスするように、“いざ○もん”へ両の刃を叩きつける。

 

「へぇ……!」

 

一撃で粉砕するつもりだった。だが予想外の事態が生じた。

ご当地キャラ如きにその刃は阻まれたのだ。鋭利な肉斬包丁に阻まれ、挙句の果てにその怪力を以て弾き飛ばされる。

 

ガストレア因子を受け継ぐ自分の斬撃に対応する正体不明のゆるキャラ。再度出現した強敵に、小比奈ははち切れんばかりの笑みを浮かべた。

 

「いいね!」

 

「…………」

 

今度は“いざ○もん”が動いた。

外見とは反して素早い動き。彼は肉斬包丁を大きく振り抜く。

鋭い一撃。

 

「くっ」

 

・――――パッシブアビリティ:二刀流  解除

 

どれ程の力が込められていたのだろうか。小比奈の握力をものともせず、左の小太刀を手元から弾き飛ばす。残り1本。

 

小比奈は両手が刀を握りしめると、

 

 

・――――パッシブアビリティ:両手持ち  発動

 

 

両手持ち。両の手で獲物を握ると攻撃力が格段に増す技能を披露する。

 

「前に読んだ漫画で言ってた。剣は片手で振るより両手で振った方が強いらしいよ。いくねェ!」

 

「…………」

 

「どぉ!? 重くなった!? 斬れた!?」

 

片手時に比べ攻撃回数自体は大幅に落ちた。

だが、単発攻撃力が強化された。一撃一撃はより重く鋭く切り替わる。

その威力は先ほど怪力を発揮した“いざ○もん”と対等に、力で斬り合える程だ。

 

丁度、72合程斬り合った時だろうか。小比奈が勝負に出た。

 

 

・――――斬

 

 

大上段。脳天から叩き潰すぶちまけろ脳漿、をと意思を込めて刀を振り上げる。

 

「なっ!?」

 

だが意思に反して腕が振り下ろせない。

 

予想外の事態に混乱するも原因は直ぐに判明した。“いざ○もん”が、両手で振りかぶる小比奈の片肘に手を添えているのだ。

振り下ろせるはずもない。

慌てて回避を試みるも腕が掴まれている。逃げられない。

 

――――あ。

 

目が合う。

無機質な瞳。昆虫のような機械のような何かを考えているのか判断できない目だ。だが命を奪うことに何ら躊躇いがないだろう。

その思考を肯定するように、相手が持つ刃が振るわれた。

 

「いぎぃいい!」

 

可愛い外観から相反する横殴りの一撃。

小比奈の小さな体から血が舞う。胴を肉斬包丁で一閃されたのだ。いかに頑丈なイニシエーターといえども無事では済まない。

 

周囲のコンクリートに、ペンキをぶちまけたかのような赤が彩られた。

 

「あ……はぁはぁ」

 

「…………」

 

「え?」

 

荒い呼吸を繰り返す小比奈の前に、“いざ○もん”がとある携帯端末を掲げる。

小比奈が目を見開いた。なんと彼が手にしているそれは、彼女の懐にあったものだったからだ。

 

数瞬後、それが甲高い音を立てる。着信の音。

彼は端末を操作し、

 

『――――私だ。小比奈、聞こえるかい? 先ほど、此方で標的の確保に成功したよ。そろそろ政府も本格的に動き出しそうだ。まだまだ開幕前だとい……? 小比奈? どうし』

 

内容を確認すると通話状態の途中だというのに、

 

「…………」

 

ばきり、と携帯端末を握り潰す。相も変わらず無表情。

肝が冷える。何を考えているのかわからない表情。一切の躊躇いの無い斬撃。イニシエーターと一体一でタイマンを張る戦闘力。普通ではない。

 

「パパァ……私ここで死ぬかも。はぁ……はぁ……ふーふー。あは。あはは」

 

「…………」

 

現状での小比奈の勝率は低いだろう。先ほどの延珠同様に満身創痍。得意の二刀流は封じられ、イニシエーターの怪力と速度が通じない相手だ。

言葉にしたように死ぬかもしれない。少女はそのことに笑みを浮かべながら、

 

「それはそれでいっか。でも」

 

「………………」

 

超加速。“いざ○もん”の背後に回り込む。そのまま加速の乗った刀を横殴りに斬りつける。

 

「私、無事に帰れたら――――パパと」

 

「パンを焼くんだ」

 

一閃。

甲高い金属のぶつかる音。肉斬包丁に再度阻まれた。挙句の張てにカウンターにより一撃を見舞われる。

ぎりぎりで刀で防ぐも、勢いを殺すことが出来ずに背後の壁へと叩き付けられた。

肺から空気が抜ける。頭に衝撃。朦朧とする意識。大きな隙を晒した。

 

「……………………」

 

“いざ○もん”に接近を許してしまう。彼は小比奈の刀を踏みつけると、その首に大きな掌を巻き付ける。

 

「がぁっ」

 

それはまるで蛇のように、小比奈を絞殺していく。逃れられない。視界が明滅する。

虚ろな目で何とか抗おうとする小比奈の脳裏に浮かぶものがあった。彼女の父と、出来損ないの黒いパンだ。

 

―――――ああ…………また、パパと一緒に焼きたかったなぁ……パン。

 

しかし抵抗も虚しく力尽きる。彼の手を掻き毟っていた腕が落ちる。全身が脱力した。

 

 

 

 

 

 

→ 蛭子・小比奈(タイプ:マンティスのイニシエーター)

 

基本的におかしい小悪魔系惨殺少女。マンティスだけあって刃物の扱いは異常。

たぶん、戦国BASARAでもやっていける子。大変優秀なお子さんです。パパ氏の洗脳……もといKYOUIKUの賜物だ。

とりあえず斬りたい、っていうのは原作読んでてわかった。夏世ちゃん曰くゼっちゃんの類友。

 

 

→ いざ○もん(ゆるきゃら)

 

某ハーレム天国かと思ったらヤンデレ地獄に登場する彼だ。

包丁を持たせたらトンベリさんの次ぐらいに映えると思ったから……。

 

 




今回の話を要約すると。

「いつからゼっちゃんが無双すると、錯覚していた?」

「なん……だと?」

でした。延珠が好きなんだ。延珠無双が書きたかったんだ。もうBB10話がフレシェットでボムでアレだったからアレなんだフジヤマボルケーノ。


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【神を目指した者たち】NO:6

車。

車とは男の浪漫である。

日々の鬱屈とした憂さを晴らせる最高の玩具であり、最高の癒しを提供する揺り篭だ。

 

男は車に魅せられ、恋人や嫁に以上に、金や時間をつぎ込むこともしばしば。

特に意味も無いのにホイールを無駄に高級なものに交換したり、特に汚くも無いのに洗車したり、特に拘りも無いのに車内電灯をLEDにしたり本革シートにしたり、と実に際限が無い。

 

昔から、船乗りにとって船は“女”だと言われているが、現代の男達にとっても車は、そういう感覚に近いのかもしれない。

 

某民間警備会社の“社長”

彼もまた車に魅せられた男だった。

彼は昔から黒塗りのセダンが好きな男だった。

 

あまりにも格好良く愛らしく非常に萌えるその外観。偶々カタログを眺めていた彼は、気に入ったなら買うしかないじゃん? とよくわからないテンションのまま衝動に任せ、現金一括で購入した。そこいらの子供と何ら変わらなかった。

 

変に精神年齢が高い今時の子供と比べると彼の方が余程ガキなのかもしれなかった。彼に、ストッパーとなる人間が周囲にいないのがまた拍車をかけていた。

思い立ったら即行動。後のことを何も考えない。自分の好きなように生きる。実にフリーダムな人間だ。

10年前のガストレア戦争で死亡した彼の妻子が生きていれば、話はまた違ったのかもしれない。

 

「わかるわー。この新車特有の走り方すげぇわかるわー」

 

新車を購入した彼は実に機嫌が良かった。

いつもの腐った目はなりを潜め、まるで少年のようなキラキラとした目をしている。

 

「ふんふんふーん」

 

「……………………」

 

おまけに鼻歌まで。

それがゼっちゃんの、堪忍袋を刺激する。

 

「ゼっちゃん。どうよ? この車カッコよくねー? この前買った新車なんだぜ!」

 

イライラしているゼっちゃんに、男のドヤ顔はクるものがあった。

運転席に座る男のそんな呑気な言葉に、

 

「車とかどうでもいいのです!」

 

ゼっちゃんは助手席のシートをぼんぼんと叩きながら、

 

「社長、もっとトばして下さい! 早くしないとガストレアが夏世ちゃんにが奪わ――――ガストレアに夏世ちゃんがヤられてしまいます!」

 

本音全開のゼっちゃんに、若干辟易としながら、

 

「急いでるさ。ただ、あんまり無茶も出来ないわけ。民警だからって道交法を無視して何百キロで走っていいわけじゃないの。警察に捕まりたくないの。まだ緊急事態警報も出てないんだ。無茶も出来ん。警報が出るだろうあと数分我慢しろよ。わかる?アンダスタン?」

 

「道交法……? そんなもの“直死の魔眼”の敵じゃないのです!」

 

ゼっちゃんは犬歯を剥き出しにして獰猛に笑う。

直後に行動に出る。運転席、アクセルを踏む社長の足を、自身の足で踏みつける。

瞬間、メーターは200キロを突破した。

 

「ちょまて! 足退けろ! マジで事故るから!」

 

「不運と踊ってしまうわけですね、わかるのです!」

 

黒い弾丸と化した乗用車がパンデミックが発生した、と報告されるであろう区画Xに侵入した。

 

 

 

 

 

 

ガストレアとの戦争は基本的に集団戦である。

 

実際に、場馴れした民警社員からすればステージⅠのガストレアは(因子による相性もあるが)左程大した障害には成りえない。

中には、イニシエーターの力を借りないプロモーター単独での撃破も可能な場合もある。

雑魚のガストレア程度では、再生阻害効果を持つバラニウム金属で武装した人間には叶わない。

故に単純なステージⅠ相手の戦闘なら、民間警備会社は組織戦を行わない場合が多い。

それは個性が強い傾向にあるプロモーター同士が争わない為、または会社間における報酬の奪い合いの問題もある。

 

しかし、それは相手が一体だった場合の話である。

複数体のガストレアを相手取る時は、いくら格下のステージⅠといえども、民警は徒党を組む。

 

今回、パンデミックが発生している区画X。

東京エリアを代表する“三ヶ島ロイヤルガーター”など複数の会社が、それぞれチームを組んで部隊を派遣していた。

そして今、彼等の眼前。

数百の規模を誇るガストレアの集団を発見し、両者が激突しようとしたその最中、

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

「てめぇえええええええええええええええええ!!」

 

 

黒塗りのセダンが戦場へ、否――――ガストレアへと突っ込んで行く。

鈍い打撃音。ガラスが割れる甲高い音。タイヤが地面を掻き毟る音。断末魔のような絶叫。

タイプフォックスは吹き飛ばされ、壁へと叩き付けられた。

誰もが想定外。何が起こったのか、正しく把握出来ていない。混乱の極致。

 

すると、

視線を独占してやまない乗用車の助手席から、奇妙な出で立ちをした少女が現れた。戦場にいるというのに、まるで一般人染みた格好――――青いジャージにブルマを纏った少女だ。

異彩を放つ民警な中でも更に異彩。特に目を覆う赤い包帯が特徴的だ。

 

誰もが思った。満場一致。何だアイツは、と。

 

周囲の視線を独占した彼女は、微妙に“やってしまった”という表情を浮かべ車の前面部分に回り込む。

そして屈みこみ、

 

「うわっ……」

 

状態を確認する。その口から思わずといった感じで、無意識に呟きが漏れた。

視線の先、おそらく購入しても間もないであろう“新車であった車”がある。

 

「社長の車、凹み過ぎ……」

 

口元を押さえ、さも悲劇だと言わんばかりに嘆いた。

それは、現在見るも無残な姿になっていた。

ピカピカであった車体はボコボコに凹み。凹み以外にも大小様々な傷が散見された。

タイヤもパンクしている。ボンネットは筆舌に尽くし難い状態になっていた、とだけ言っておこう。

 

「わ、私は悪くないのです。社長がこんな緊急事態に法定速度をまもってノロノロと運転しているのが悪いんです。す、少し社長の足を踏みつけアクセル全開にしただけですし……? 途中半泣きでやめてくれとか聞こえていないですし……? 仕方がないのですよ! 緊 急 事 態 な の で す !」

 

運転席でエアバッグに押しつぶされて気絶している社長。

あまり直視したくないそれから目を逸らしながら、ゼっちゃんはそんな言い訳染みたこと口にした。

 

 

周囲の民警は即座に察した。お前が原因か、と。

 

 

「と、兎も角、無事に戦場へとたどり着いたのです。結果オーライなのです」

 

珍しく頬が引き攣るゼっちゃん。彼女に話しかけるものがいた。

民間警備会社所属の若い女だ。

 

「あなた……何者?」

 

「某民間警備会社所属の、ただの民警なのです。Tちゃんでも、弟子零号でも、略してゼっちゃんとでも呼んで下さいっす」

 

「某民間警備会社? 弟子零号? ゼっちゃ……まさか“CCC”!?」

 

「嗚呼っ! “2つ名”……実にオサレです。OSR値上昇中の予感!」

 

自身の名を告げた直後、少女に相対した民警が気が付いたように叫んだ。

それはゼっちゃん達につけられた2つ名。OSRワード。

直後に、それを聞いた少女はまるで何かの発作のように突然クネクネと奇行に走る。

明らかにヤバイ系だ。

話しかけた民警はドン引きだった。

 

これが本当にあの“CCC”か、と。

 

【CCC】

某民間警備会社に所属しから僅か数か月で、冗談染みた“数百匹以上のガストレアを屠る”という結果を叩きだし、世界に対して絶対強者であることを証明してみせた化け物。

誰が信じられようか。視界の先。華奢な体をした少女がそのようなことを本当に為せたのか。

 

「■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

すると、

ゼっちゃんによる混乱を引き裂くように、獣の絶叫が轟いた。

 

「あは」

 

それを認識し、喜悦に歪む口元。畏れを知らぬ威風堂々とした立ち居振る舞い。

まるでこれからピクニックにでも行くかのような軽い足取り。向かう先はガストレア数百体。

 

「ガストレア発見なのです! 今行くのです!」

 

「君! 私達も援――――」

 

・――――直死解放

 

ゼっちゃんに話しかけていた女の言葉が止まる。否、止められた。

ゼっちゃんが目を覆う包帯を解いたのだ。辺りに死の気配が漂う。

顕現するのは“死を具現化する瞳:直死の魔眼”だ。

誰もがその青い目を直視し、息を飲んだ。

綺麗な澄んだ目だ。だが直視し続けていると深淵に吸い込まれてしまいそうな不安を与えてくる。底なし沼のような目。

まるで人間の目ではない。この世ならざるモノの目だと思った。

背に冷たい汗が走る。

 

「――――――――――――」

 

目に呑まれた、ある民間警備会社の社員が思った事を呟いた。

それに対し、ゼっちゃんは笑みを濃くした。

 

 

「その一言だけで……一晩でモノリスが建てられちゃうよぉ」

 

 

どこぞの少女漫画に出てくるような迷言を呟きつつ、腰に手をやる。

少女の腰には合計6本の武器が携帯されている。鞘に包まれたブラックバラニウム製の短刀だ。

新調したばかりの刀を抜き放ち、敵陣に突っ込む。

 

 

多くの民警はその日、目撃した。

生物に対して“絶対殺害権”を持つ少女のことを。

 

 

 

 

 

 

「何……だと……?」

 

 

眼前の光景を見て誰かが呟いた。

納得のいかない、不可思議なものを目の当たりにして呆けているかのような声だ。

 

呟く男は東京エリアの民間警備会社:“三ヶ島ロイヤルガーター”に所属する男だ。

名は秋山・十五。世界に70万人近く存在する民間警備会社、そのIP序列千番台のベテランだ。

 

秋山は経験があった。イニシエーターとのペアを組み単独でステージⅢのガストレアを屠った事がある実力者だ。

故に自信があった。大抵の事態に対処できる、そういう自信。

 

だが、そんな秋山でも眼前の光景を、少女がガストレアを蹂躙する様を正しく認識出来ないでいた。

 

華奢な少女が“武器”を携帯することもなく、文字通り“単独で”斬殺している。

 

「あはははは!はーはははは!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

「漸く! 漸く斬れるのです! あは!」

 

単純に、秋山の眼前で起きている事を言葉にしよう。

青い少女が腕を振るう。ガストレアが一刀両断にされて崩れ落ちる。

それだけだ。

 

意味がわからない。

どうしてなのだろうか。たった三尺程度の刀で巨体を両断出来るのだろうか。

 

どうしてだ。

 

「どうして全て一撃……必殺っ!」

 

意味がわからない。

技量もさることながら。それ以上にあの女の――――

 

「十五……。私、あの人……怖い……気持ち悪い」

 

茫然と呟くプロモーターの傍ら、彼のイニシエーターがポツリと呟いた。

その声音は恐怖で震えている。

 

深山・桃子。秋山とペアを組む歴戦のイニシエーターだ。

戦闘特化の能力を有しており、ステージⅠのガストレア程度なら一捻りに出来る実力を持っている。

 

だが、眼前で暴れまわる少女を見て、畏れ慄いている。

無理もない、と秋山は思う。

精神年齢が大人である自分ですら忌避感を抱いているのだ。

無垢な深山にはあまりにも酷な光景だろう。

 

「確かに、そう、なのかもな。あまりにも常軌を逸している」

 

一見すると彼女は英雄に見えるかもしれない。

そういう一面も無きにしも非ずだ。数メートルはあろうかという巨体を前に一歩も引かないその姿なんて、まさにそうだろう。

 

「どうしたのです!? ガストレア! これで!? この程度で終わりなのですか!?」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

しかし、ゼっちゃんという少女の表情を見れば、即座にそのような感想は唾棄する。

彼女の、直視するのも悍ましい悦楽に歪んだ表情を見れば。

 

少女が刀を振り回す毎に、縦に横に斜めに次々と切り裂かれ果てるガストレア。

一切の例外無く全てが一撃必殺。

 

刀が化け物の体を斬り飛ばす度に、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

吹き出る鮮血、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

弾ける臓物、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

四散する手足、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

砕ける骨。

 

それを認識し、首謀者の少女は笑みを濃くする。愉悦に染まった女の顔だ。悪魔のような顔をしている。正気の目ではない。理性の欠片なんてものは微塵も感じない。

鮮血が噴き出す度に笑み、臓物を弾き飛ばす毎に笑み、手足を切断する毎に笑み、骨を砕く度に笑む。その笑顔は快楽殺人者のソレだ。

 

気持ち悪い。

 

縦横無尽に斬り尽くされて、肉の残骸となったものよりも、首謀者の少女の方が、

 

「気持ち悪ぃし、首謀者の方が怖ぇよ」

 

「仕方ない……十五。ビビりだし小心者だから」

 

「うっせぇ。悪いかよ」

 

ううん、と告げながらも、深山はゼっちゃんから視線を逸らさない。

 

「IP上位X位“CCC” 恐ろしいね……。ちびった?」

 

「ちびるか。……噂は伊達ではない、ってことか。まさに現在の東京エリア最強の一角だけはある」

 

「戦闘、続行、する? 援護、入る?」

 

「馬鹿言うな。あれから獲物を横取りしてみろ……下手したらその矛先こっちに向くぞ。あのバーサーカー」

 

民警には、ガストレアに復讐するためだけに生きているものもいる。

彼等は常に私怨を晴らすために動いているし、それ自体は悪いことではない。会社の利益とも直結する。

 

復讐なのだろうか。自問して、即座に否定した。

青い少女の行動は彼等と一線を画す。あれは復讐などという高尚な理由で動いていないはずだ。もっと別の目的があって動いている気がした。

無論それは単純に人助けや善行というものではないのは明白だ。

上手く言葉に出来ないが、秋山の直観が告げていた。どのような目的か知らぬが、目の前の女からガストレアを奪うな、と。

 

「日本語通じない? 通じない?」

 

「お前行ってこいよ。『オデ トモダチ ナカマ テキ タオス イッショ』って感じで」

 

「『オレサマ オマエ マルカジリ』って言わるオチ」

 

深山はゼっちゃんを指さす。

首を傾けて無言で、秋山を見やる。

 

「全然! 全然食い足らないのです! もっともっと! もっともっともっともっともっと!!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

ガストレアの上半身と下半身を両断して絶叫するゼッちゃん。

 

「そうです! そう! 死を恐れずに! 私に解体される為! だけに! 向かってきてください!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

アクロバティック変態体術でガストレアを蹴り殺すゼっちゃん。

 

「ハリーハリーハリーハリー!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

ガストレアの屍の山を踏みつけ哄笑するゼっちゃん。

 

――――…………。

 

秋山は深山の視線に耐えられなくなった。

気分を入れ替えるように、なぁ、と告げる。

 

「そういえばあの女にもペアのイニシエーターいたよな。確か……千寿・夏世。そいつも相当な化け物なんだろうなぁ」

 

「あんなのが二人? なにそれこわい」

 

深山の言葉に、秋山も頷いた。俺も恐い、と。

 

 

 

 

 

 

和製RPGだとよくあることだが、MAPに存在するシンボルボスを全て撃破すると、大抵の場合エリアボスが出現する。

今回の場合もそうだった。

 

ゼっちゃんがエリアに存在するガストレアを斬殺することによって、引き寄せられるように大物が現れた。

他の個体に比べ、3倍はあろうかという巨体。九尾の獣。神話の化身。一見するだけ感じる特別な個体。

パンデミックを引き起こすことになった原因。

 

ブラックブレットという世界の歪みが生み出した化け物。そこには様々な問題が交差している。

 

が、そんなことはどうでもいい。

ゼっちゃんは構える刀を見せびらかすように、ニタリと気味の悪い笑みを浮かべ告げる。

対象は黄金の九尾。

 

 

「どうです? この刀――――命を刈り奪る形をしている、でしょう?」

 

 

結果なぞ言うまでもない。

同情も、憎しみも、特別な感傷も抱く間もなく、最後は、呆気なく、一瞬で奪われた。

 

 

それだけだ。それがこのパンデミックの結末だった。

 

 

 

 

 







仕事で二階級特進なりそうです。
色々無視して責任者になる可能性がありますので、正直10月以降の更新に自信がありません…。滞った場合はノーマルエンドに分岐して下さい。


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【Normal-End】俺達の戦いはこれからだ

先日、某区で起きたパンデミックだが、多大な犠牲を出しながらもどうにか解決を見るに至った。

だが、失ったものはあまりに多く民間警備会社に従事するイニシエーター、プロモーターだけでなく、戦う力を持たぬ一般市民からも多くの死者が出た。

 

挙句の果てには“七星の遺産”と呼ばれる、ガストレアステージⅤを召喚する触媒をテロリストに強奪される有様だ。

実に由々しき事態だろう。

 

ガストレアステージⅤ。

通常のガストレア種、そのハイエンドがステージⅣとされ、たった一体でも並みの民警では対処できない。

ステージⅣクラスになると、頭を潰されようが、心臓をぶち抜かれようとも、彼等は微かな細胞から再生するのだ。普通の人間では殲滅するのも容易ではないのは自明だ。

 

それを超えるステージⅤ。

誰もが認める世界最強。人類を箱庭の中へと追いやった原因。ある日、突然出現し世界を壊した存在。

ステージⅤ、別名ゾディアック【黄道十二宮】、その名の通り星座の名を冠する世界最強のガストレアの総称。

欠番の1体や撃破された2体を除き世界に9体存在する化け物。

 

ゾディアックのスペックはステージⅣとは比べものにならない程に高い。

通常兵器での殲滅は不可能であり、弱点であるはずのバラニウムすらも受け付けない。

 

そして、

今回テロリストに強奪された七星の遺産はその中の一体、天蠍宮【スコーピオン】を召喚する。

 

東京エリアは滅亡の危機に瀕していた。そんな危機的状況時にゼっちゃんの携帯端末に着信があった。ディスプレイを見る。そこには“社長”と映っている。

 

通話ボタンを押し、耳を傾ける。

お疲れ様です、と告げ相手の第一声を待つ。

 

 

「なぁ、世界最強のガストレア、その一角、黄道十二宮が一【天蠍宮】って斬りたいか?」

 

 

疑問。愚問だ。考えるまでも無い。即座に答えた。是非も無い――――、と。

 

 

 

 

 

 

ゼっちゃんという少女は、基本的にダメな人間だ。

ここで言うゼっちゃんとは、≠冬木市一番の美少女ではない。ゼっちゃんの皮を被った中のヒトのことである。

 

引きこもりで頭でっかちのプライドが高いだけのヒステリック持ちの地雷女をベースに、KAMISAMAにより魔改造された結果、爆誕したのが彼女である。

 

ベースがベースだけに、圧倒的にスキル不足が否めない。

 

ゼっちゃんは大多数の人間が出来ることが出来ない。まず、ベースの人間が社会的な常識が無いし、社会に出たことすらないし、そもそもが家の中からも何年も出ていないヒッキーだ。

そのくせ“自分は間違っていない。絶対的に正しい”という無駄に高いプライドの塊だった。ネットで口論になり論破されたら、『はぁ!? 何も知らないくせに何言ってるわけ!? 意味わからないし!』と感情を爆発させては暴れるものの、体力が小学生以下なので3分もしない間に力尽きる。

 

何も出来ないくせにプライドだけは頗る高かった。頭でっかちと言ってもいい。そのくせ、向上心も無く努力もしない。自分の世界に閉じこもり世界を非難する。

 

当然といえば当然だが、誰がそのような人間を評価するだろうか。認めるだろうか。承認するだろうか。

 

するわけがない。誰も彼女を認めなかった。ニート歴=年齢の地雷女だ。家族にすら疎ましく思われていた。

家の、たとえば廊下等で擦れ違う度に、彼女は見下された。非言語的表現とでも言おうか。常にゴミ屑を見るような目で見られ、鼻で笑われ、ため息をつかれ、ヒトとして劣悪種のレッテルを張られていた。

 

まさに屈辱だっただろう。

二次元のノベルゲームやら無双ゲームに逃げて心の隙間を埋めようとするも、日々胸の孔は大きくなるだけだった。ネットの世界に逃げても、そこでも馬鹿にされ、論破され、説教されて、彼女は常に涙目だった。何もかもが許せなかった。不甲斐ない自分も、自分を馬鹿にする家族も、こんな社会も、何もかも一切合財が許容できるものではなかった。

 

だから、

彼女は余計なものを全て捨てた。大部分の記憶を、人間性を、名前を、家族を何もかもをKAMIに捧げた。

全てを対価に捧げた。

元の“彼女”は消滅したといっていい。個人を形成するファクターである記憶、人間性、その他諸々が失われたのだ。それは死と何ら変わらない。

 

それだけの対価を支払って、その果てに美しい少女の肉体を得、生物殺しに特化した力を得た。何もかもが借り物。姿形も能力も技能も個性も無い。全てが二番煎じであり、模倣であり、オリジナリティの欠片も無い。

 

だが、“彼女”だったものにそんな事は関係無い。些事だ。全ては生前満たされなかった胸の孔を埋める為。

本能とも、怨念とも、存在意義とも何とでも言えるが、それが彼女の核。

 

マズローの欲求段階説でいう高次欲求を満たすこと。誰かの役に立ちたい。自己存在を確立したい。意味のあるものと認められたい。愛されたい。社会に必要だと求められたい。褒めてほしい。それが“彼女”の、ゼっちゃんの全てだ。

 

それ以外はどうでもいい。ゴミ屑以下だ。

目的を達成するにあたって、誰かの命が失われようが、自身の命が燃え尽きようが、世界が壊れてしまおうが関係無い。

 

KAMISAMAから得た力を使い、世界に自己を認識させる。

端的に言おう。非凡人の力を存分に振るいゼっちゃんは無双したくて堪らない。その先にある結果が欲しくて堪らない。

 

それがこの世界にはある。

今、この瞬間、ゼっちゃんの眼前にあるのだ。

彼女が粉砕すべき戦場が、自身を褒め称える群衆が、畏れ慄く同業他社が。そして、自分を褒めてくれる“舞台装置”の男もいる。十分だ。

 

 

「全部斬るのです。一匹残らず一切合財皆殺しなのです」

 

 

防御なんてどうでもいい。

必要なものは速さと、精密なコントロール、そして極端な一撃必殺の攻撃力。

 

何事もオールマイティに熟す必要はないし、前述の通りダメ人間である“彼女”の残滓を継ぐゼっちゃんには、そもそもが不可能である。

なら特化するしかない。防御を捨て、極端な攻撃力にステータス値を全振りするように特化するのだ。

 

生物を殺す為のだけの存在になればいい。自分は武器であればいい。斬る為だけの刀であればいいのだ。簡単なことだ。難しいことは考えなくていい。極端な、エクストリームな人間になれば楽なのだ。

 

それは何て幸せなことなのだろうか。

想いを言葉に乗せ告げる。眉を弓にしながら。

 

「社長」

 

「何だね?」

 

「私はこの瞬間から、刀になります。社長の刀になるのです」

 

「何か中二チックなセリフだね。さては、エンジンかかってきたな?」

 

「前から言ってるじゃないですか。私の無双ケージは有頂天なのです」

 

それは重畳、と告げる男にゼっちゃんは困ったような顔で、

 

「あの……、刃を、鞘から抜いて貰ってもいいですか?」

 

「チューでもすればいいのか」

 

「違うのです。ありえないのです。社長キモいのです」

 

「それは言い過ぎじゃね?」

 

「乙女の気持ちが微塵もわからない社長は本当にキモいですって、この前、夏世ちゃんも言ってたのです」

 

「え? 嘘それマジ? え、うそ? マジ? マジなの?」

 

ゼっちゃんは男の言葉を無視した。

 

「壁ドン!的な感じでカッコ良く門出を祝ってほしいのです。出陣イベントなのですよ!」

 

というわけで、と微笑みながら、

 

「これが最後なので、聖骸布、――――包帯、取って下さい」

 

残念ながら壁ドン!的な感じではなかったが、包帯が解かれる。

解放されるは直死の魔眼。

 

世界には死が溢れる。

歪な線が、深い闇色の穴が世界を彩っている。

 

自分の力が正しく作用していることにゼっちゃんは笑みを濃くした。

まさに絶好調だ。

NOURYOKUの使い過ぎでもはや“直死の魔眼”を制御することは叶わないのだ。

暴走間際のそれを最後に、世界最強に使えるのだ。

これほど有難いことはない、と。

 

頭が痛くて死にそうだ。目が抉れそうだ。魂が砕けそうだ。もう次の瞬間にでも死んでしまうかもしれない。

だがそれがどうしたと言うのだ。

 

愉快で仕方ない。心が満たされる。なんて優しい世界なのだろうか。

 

「それもこれもあなた達のおかげなのです」

 

視線を眼下にやる。

自分達が搭乗している軍用ヘリ、その下に蠢く生物。

 

「素敵……。あれを全部斬っていいのですね」

 

眼下、巨大なスライムのような化け物。

ガストレアステージⅤ“スコーピオン”

ステージⅣがまるで子供に見える馬鹿げた個体を見ながら、彼女は悦に浸っていた。

 

嗚呼これからアレを殺せるのか、と。

 

 

「なぁ――――ゼッちゃん」

 

 

悦に浸る彼女に社長が並んだ。

視線はぜっちゃん同様に眼下のスコーピオンに向けられている。

 

「俺がTENNSEIオリ主だって言ったら――――信じる?」

 

「信じるも信じないもどうでもいいし、どちらでもいいです。というよりも唐突に何なのです?」

 

表情は読めない。

何を考えているのだろうか、と言葉を待つ。やや遅れて言葉がやってきた。

 

いやねお互い最後になるかもしれないからさ、と前置きし、

 

「実は俺ね、この世界を勝手に救ってやるとか思っててさ、それで最初の内は○八先生みたく熱血してたんだけど段々この世界の難しさを知って、挫折して、絶望してさ――――世界を壊してやりたくなったことがあった。無能力者だから大したことは出来んがな」

 

「うわっ……」

 

ドン引きだった。いい歳した男が何を言っているのだろうか。

ゼっちゃんが男に視線をやると、若干顔を赤くしていた。

 

「まぁお前が言う通り、こういうのを中二病って言うんだよな。お前に言われると些か以上に癪に障るが」

 

「その……香ばしいですね?」

 

うるせぇ、と顔を逸らし、何でもないかのように男は言葉を続ける。

 

「なぁ、お前は何とも思わないのか? この世界に嫌気がささないのか? 考えれば考える程救いがない事に気が付いて絶望しないのか? もう詰んでるってわかって自棄にならないのか? TENNSEI特典如きでこの世界は変革できねぇ現実に心は折れないのか?」

 

「世界とかどうでもいいのです。私は、私の無双が出来ればそれでいいのです」

 

「なるほどね。一貫してお前はそれだけなのな。KAMISAMAもお前みたいな奴だけにスティグマを刻めば良かったのに本当」

 

「別に特別なことじゃないのです。フツーですよフツー」

 

「普通? 馬鹿を言うな。こんな無茶苦茶な世界を見せられて普通でいられるもんか。他のTENNSEIオリ主はほぼ全員絶望しておかしくなっちまったよ。そして俺もこんな世界の現実に耐えられくなった。気が付いたら“天誅ガールズ”ってアニメ観て、女遊びをして、現実からひたすら逃避するようになった」

 

「…………弱い人間のいいわけなのです。社長、サイテーなのです」

 

「そう怒るなよ。世界全てが間違えているんだ。頭もおかしくなる」

 

「……そっちじゃないのです」

 

「え? そっちじゃない? 何が?」

 

「うるさいのです!」

 

ゼっちゃんは男との会話を切り上げ、刀を手にした。

そろそろ時間だ。

 

 

 

 

 

 

たとえ、

足が潰されようとも些事に過ぎない。腕を捩じ切られようとも平気だ。腹を引き裂かれようともどうでもいい。ここで命が燃え尽きようが関係無い。

 

 

「KAMISAMA――――」

 

 

そんなことよりも自身の胸から溢れんばかりに生じる欲求に殺されそうだ。

 

心が逸っている。一秒でも早く敵を屠れ、と命令している。

足が敵を求めて駆け出しそうだ。腕が敵を仕留めようと暴れ出しそうだ。喉の奥から意味の無い叫びが漏れそうだ。

 

 

「無双ケージが有頂天な今なら何でも出来るのです」

 

 

眼下。生物の範疇から大きく逸脱した怪物。もはやその死を直死することは容易ではない。

自分の脳ではおそらく長い間、その死を視続けることも、その情報を処理することも叶わないだろう。

 

そして無事に生還することも出来ぬであろう。

 

脳が焼き切れるのが先か、身体を引き裂かれるのが先か、どちらにせよ、それでも構わない。

眼下の怪物を屠れるのであれば、死さえも厭うつもりはない。

 

黄道十二宮殺し。

 

「黄道十二宮がその一を屠る――――か。永遠に後世に名前を刻まれるだろうね」

 

「川上先生シリーズの“八大竜王”みたいのだったらカッコイイいいのです!」

 

直に燃え尽きる命だ。もともと“直死の魔眼”をNOURYOKUに選んだ時点で、早々死亡することはわかったいた。

それなのに最後にこのような大舞台を用意してくれる世界に、ゼっちゃんは感謝してもしきれなかった。

 

もはやだらしない悦に浸った笑みを隠すことなく、ゼっちゃんは社長に背を向ける。

 

「社長、そろそろ往くのです」

 

「ゼっちゃ――――」

 

「おそらくもう二度と会うことはないでしょうから、これだけ言っておきます」

 

言葉を遮り、もはや自分でも何を言っているのかわからない。適当に今の気持ちを吐露しようとする。

 

 

「私…………………………………………この戦いが終わったら夏世ちゃんにカレーを作ってもらうんです」

 

 

あれ? こんなことが言いたかったわけじゃないのに、と思ってももう遅い。

ゼっちゃんは闇夜へと踊り出ていた。背後から社長の声が聞こえる。

今生の別れにしてはふざけ過ぎたか、と若干の後悔。

 

――――でもまぁ、私はこういう人間なので。

 

まぁいいかと自己完結。

結局TENNSEIしてもしなくて、ヒトの本質は変わらない。

力があろうと無かろうと関係無い。

人は自分のしたいことをする為に生きて死ぬ。それだけだ。

 

 

 

視界に広がる気色悪いスライムを見つめながら、

 

 

 

「KAMISAMA――――私は今日も幸せです」

 

 

 

今日も変わらず刃を振るうのだった。

 

 

 

 

 




END:NO1【NORMAL-END】


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【Bad-End】alternative-Plan〝BigDaddy”

黄道一二宮が一、天蠍宮が地へと叩き落とされた。

その数か月後の話だ。

 

東京エリアに再度危険が迫っている、という話が男の耳に入った。

男――――社長と呼ばれた彼は、どういうことだと問うた。

すると、こう返答があった。

不死身のガストレア、アルデバラン率いる軍団が迫ってきているのだ、と。

実につまらないニュースだった。

その数日後に、対アルデバラン軍の連合部隊を指揮するのが自分だと聞くが、それもひどくつまらない内容だった。くだらない、と男は鼻で笑った。

 

 

モノリスのエリア外。関東平原に設営された前線基地。

そこに多くの姿があった。

アルデバランと呼ばれるガストレアに対して集められた自衛隊、また民間警備会社のコンビからなるレイド群だ。

 

そこに夏世と彼女の上司である社長はいたが、〝不死殺しの彼女”の姿はそこにはなかった。

 

「社長、こんな時に何をしているのですか?」

 

「天誅ガールズの同人誌を呼んでる。あ、夏世ちゃんは読んだらダメだよ、これ18禁だからね」

 

「死ねばいいのに」

 

夏世はゴミを見る目で呟いた。

続けてため息と共に問う。分かっているのですか、と。

 

「目の前にアルデバランの軍団があるんですよ? 同人誌なんて読んでる場合じゃないでしょう」

 

「あ。俺、ロリっ子に怒られるの全然OKだよ。大好物だ。結婚しようぜ」

 

「……」

 

不死殺――――、ゼっちゃんの死後、社長は完全にどこかおかしくなっていた。

付き合いのあった聖天使とも縁を切ったのか、最近、仕事上でもプライベートでも会っているところを見るのは、なくなった。

以前はこんなロリコンではなかったのだが、今は完全に頭のおかしい変態にしか見えない。

 

ゼっちゃんとはあまり仲良くない間柄だと思っていたが何か思うところでもあったのだろうか。夏世はドン引きとは違う理由で、僅かながら眉を顰めた。

 

「しかし、不死身のガストレアね。不死身殺しのあのアサシン女を思い出すよ。あーあ折角の“直死の魔眼”だったのに勿体ない。あー」

 

何とも言えない顔でぶつくさと呟く。

あの時止めなかったことを後悔しているのだろうか。

夏世の内心の疑問に対して、

 

「後悔しているの?」

 

ショートカットの子供が代わりに問うた。先日、男がどこからか拾ってきた子供だ。

名前は火垂といった。

 

「するわけないだろ。そもそもあいつの願いは俺TUEEEEだったんだ。阻めるはずがない。そういう人間だったからな」

 

「頭おかしい人っていうのは聞いてたけど、私、会ったことないから」

 

「あれ? そうだっけ、あの時、火垂ちゃんいなかったっけ? あれ? 最近さ、どうも記憶があやふやでさぁ」

 

はっははは、とおかしそうに社長は笑みを浮かべた。

数万を超える大群を前にしての態度としては、確かに問題しかない。

それを咎める声があった。

軽鎧を纏った少女だ。火垂同様に、この少女も同時期に事務所にやってきた新入りだ。

 

「大将。戦争前だというのに、何をヘラヘラと」

 

「朝霞ちゃん」

 

武士っぽい見た目だけあって、どうも言っていることは真っすぐでお堅いなぁ、と社長は笑みを濃くする。

すると、それを見た周囲の少女達が再度口を開く。

 

「御大将なのですから、確りとしてください」

 

「まぁ、確かにその通りよね」

 

「まことに遺憾ですが、社長が総大将として任命されたのですから、それ相応に振る舞うべきです」

 

「いいね! ロリっ子にツンツンされるテンション上がるよ! 結婚しようぜ!」

 

「最悪。通報するわよ」

 

「腹を斬ってください」

 

「は? あたまおかしいんじゃないですか」

 

 

「頭もおかしくなるよ。もう嫌なんだ。なんだよこの世界! 無茶苦茶だ! 気持ち悪い! 死ねよ!」

 

突然、社長は狂ったように叫んだ。否、言葉に御幣があったかもしれない。事実狂っているのかもしれない。

常軌を逸した瞳で、この世の不幸を恨むその姿は、普通と表現するには無理があった。

 

・――――苦しんでいる〝呪われた子供達”を救いたかった。

ガストレアの因子を持つ子供に人権はなかった。玩具として扱われ、何の為に生まれてきたのかわからないまま死んでいく。

 

・――――間違っているこの世界を変えたかった。

赤目だの、ガストレアだの差別を受け、謂れもない暴力を振るわれ挙句の果てに殺される。

 

・――――皆を幸せにしたかった。

世界の変態嗜好家に買われ、言葉にするのも悍ましい程の虐待を受け消えていく。

 

「お前何様だよって話だが、敢えて言うわ。アニメ版の10話観たか!? なんだよおかしいだろ! 何で彼女達が爆発天誅されてんだよ! もう堪忍袋の緒が切れた! 俺がこの世界をTENCYUUする!」

 

「そもそもさ、彼が言う〝この糞貯めみたいな世界”」

 

「守る価値なんてないんだ。俺は悟った。不平等だ。そんなのおかしいだろ。不幸が世界中に溢れて、呪われた子供達ばかりが割を食う。不平等だ。不公平だ。不均一だ。だから、是正する。俺が是正する」

 

こういう時はなんて言ったらいいのだろうか。

テンション高いですね、と夏世は口を開きそうになって慌てて閉じた。

 

こういう面倒な状態な時は無視するに限る。

夏世は火垂と朝霞にジェスチャーで、そのことを伝えた。面倒なので無視しろ、と。

彼女の意をくみ取ったのだろう。両名は無言で頷いた。

 

するとどうだろうか。

周囲の引いている視線を感じて、社長は自己嫌悪に浸りながら、口を閉じた。

彼が以前言っていたことを思い出す。自分も他のオリシュ同様に心がやられてきているのだろう、だったか。そんなことを頭の片隅で思った。

 

「そういえば、社長。一応、命令は出されてましたね」

 

夏世の言葉に、火垂は首を傾げた。

 

「命令? そんなもの出ていたの? 私、初めて聞いたんだけど……」

 

「現状待機。自衛隊も民警もそれ以外も持ち場を動くな、と確かに指令は出ていますね」

 

「……真面目にやって下さい。人が死ぬんですよ」

 

少女達の言葉に、男は呟いた。

確かに、と。

 

「野ブタ共が何匹死のうがどうでもいいが、子供達が死ぬのは大変だ。俺のロリっ子帝国のためにもな。行こうか、戦場へ」

 

自身に刻まれたスティグマを感じながら、社長は前方を見やる。

大量のガストレアが渦巻いていた。

どうしようもないな、と破顔しながら、最愛の〝子供達”に声をかける。

 

「火垂」

 

「気安く話しかけないで」

 

「朝霞」

 

「何方様ですか」

 

「夏世」

 

「社長、臭いです」

 

世界平和?ガストレアの廃絶?

そんなものはどうでもいい。

彼がこの世界にTENNSEIしたのはそんなくだらないこの為ではない。

 

「俺は、俺だけの、俺の為にロリっ子帝国を作る。だから此処にいる。俺はこういう人間だ、俺はこういう人間。これ以上のものもないし、これ以下でもない、俺はこういう人間だ」

 

妄言全開の男に周囲の少女達はドン引きだった。

 

「何か浸っているとこと申訳ありませんが、前方に敵影有り」

 

「アルデバラン率いるガストレアの集団でしょう」

 

「どうするの?」

 

3人の少女の声に、男は恍惚とした顔で応えた。

 

「どうするも、こうするも、踏みつぶすしかないだろう」

 

それも丁度いい、と笑みを伴ってだ。

 

 

「デモンストレーションだ。俺の帝国を作るための第一歩だ。存分に使おう――――〝オリ主の力を”」

 

 

彼自身は無能力者だ。何も嘘は言っていない。

まともな戦闘力は並以下だろう。

原作主人公はおろか、一般的な呪われた子供達にも及ばない戦闘力。

 

ガストレアに勝負を挑んだとしても、3秒でミンチになるだろう。

別に特別武道を齧っているわけでもない。TENNDOURYUUなるものも使えない。

銃の撃ち方も、剣の振り方、殴り方も知らない。

そういう人生を生きてきた男だった。

 

突然、自分の常識が通じない世界にやってきたからといって、その本質は早々変わるものではない。

彼は弱きものだ。

戦いなんてものは最悪だ。元来が平和主義者の男だ。

態々自分から藪を突きに行く必要はない。世界はなるようにしかならん、と考えていた。

何もかもを失っても、そのスタイルは変わらなかった。

しかし、頭のおかしいTENNSEI処女の死以来、それが変化した。

 

素直に自分の欲望のままに生きて死ぬ。そういう生き方も悪くない、と思えるようになった。

好き勝手生きて、ゴミ屑のように死ぬ。

それはなんて素敵なのだろうか。

くだらない柵や、他のTENNSEI者の目なぞ関係ない。

原作を壊したところで、それで悲しむ少女達が減るのなら、それはそれでいい。

間違ったとしても間違いなんかじゃない。

いい意味でも悪い意味でも男は吹っ切れた。

 

 

「【魔神創造――Monster of the greed――】展開」

 

 

自分に戦う力がないのであれば作ればいい。

何も自分が馬鹿正直に武力を振るう必要はない。

他所から持ってくればいい。

 

KAMISAMAと呼ばれる存在が刻んだスティグマはそういうものだ。

創造する〝魔神”の能力はいくらでも候補がある。

 

なにせ、彼の能力【魔神創造】は、

過去存在したありとあらゆるオリ主の能力を、生み出すというものだからだ。

 

そして再現した能力を他者に植え付けられるという点が、

彼の能力の特徴だ。

 

「さぁ、蹂躙の時間だ! 世界を壊そう!」

 

 

・――――朝霞には【BLEACH】の概念力を付与。

 

「万象一切灰燼と為せ 流刃若火」

 

【BLEACH】の概念を扱う魔神。

顕現するのは”原作最強の炎熱系斬魄刀”

 

 

・――――火垂には【東方Project】の概念力を付与。

 

「きゅっとしてドカーン」

 

【東方】の概念を扱う魔神。

顕現するのは悪魔の妹が操る”ありとあらゆるものを破壊する程度の能力”

 

 

 

・――――夏世には【型月】の概念力を付与。

 

「対軍宝具展開――――軍神の剣」

 

顕現するのは自身を殺戮の機械と称した大英雄が携えるAランク宝具、〝あらゆる存在を破壊し得るとされる神の鞭”

 

「こう、よく知りも知ない概念が当然のように馴染むというのはやはり慣れませんね」

 

「……神の如き力を振るう――――願ってもいないことですが、本当にこれでいいのでしょうか。疑問です」

 

「使わなかったら私達が滅ぶのよ。使うしかないんだから、そんな問答は無用だと思うけど」

 

原作破壊?だからどうした。

 

 

「そんなことよりヒャッハーしようぜ!」

 

 

「なにこのおっさんキモイ」「社長うざいです」「死ねばいいのに」

 

ありとあらゆるものを焼き尽くす炎が、ありとあらゆるものを破壊する能力が、ありとあらゆるものを破壊し得る神の鞭が、

ガストレアの集団を薙ぎ払う。

 

結果なぞ言うまでもないだろう。

蟻ン子を踏みつぶすしたらどうなりますか、とそんな分かりきった解を問うようなものだ。ただ、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

その後、彼は自身の異能とロリっ子達の力により国を建国した。

邪魔者は多数いたが、武力を行使すると脅せば、大抵のものは黙って退いた。

 

アルデバラン率いる数万の軍を一瞬で殲滅した武力があるのだ。

世界を敵に回したとしても勝てる。

 

今の彼には世界を敵に回す力と覚悟があった。

他国からの介入が酷い場合、その国を亡ぼすことも辞さない。

何の抵抗もない。

世界は力で制することが出来るのだ。これ以上簡単なことはない。

独裁者だろうがなんだろうが、もうなんでもいい。

自分の正義を貫くためなら、些細なことだ。

世界から、虐げられている子供達を救い、人の皮を被った悪魔には鉄槌を下す。

欲しいものを手に入れるには力がいるが、逆に言えば、力さえあれば何でも出来た。

オリ主の力は神の力、そのものだ。何でも出来る。

 

完全自給都市を作ることも、ガストレア化の治療も出来る。

彼女達がそれを望んでいるのかどうかなんて、正直、男にはわからなかったが。

 

だが、悲しむ子供の数は減っただろう。

それが為せただけでも、きっと意味はあった。

 

初めからこうすれば良かったのだ。

自分がしたいことして、生きて、死ぬ。

そんな当たり前のことをして生きて死んだ”あいつ”が男の脳裏に浮かぶ。

 

「あいつ、楽しかったかなぁ」

 

「お父さん、何ニヤニヤ笑っているんですか? キモイですよ?」

 

「キモイって言うのやめてくれない?」

 

「あ、そうだ。お父さん、これ、さっき焼いたんですけど食べますか?」

 

「夏世ちゃん。なにこの黒いの?」

 

「黒パン」

 

そんな彼を、世界はこう呼ぶ。

無限の少女の父――――ビッグダディ、と。

 

 

 

 

 

 

鬱屈していた。

我慢ならない。何故自分はこんなにも情けないのだろうか。駄目なのだろうか。

何かもが許せない。我慢ならない。

 

世界が悪い。そうだ。これは世界が悪いのだ。周囲が自分に理想を押し付けるからだ。

幼い頃から理想の自分像を植え付けられていたのだ。

それに満たない自分はゴミ以下の存在で、常に自分を傷つける。

 

だから、自分を捨てた。

夢へのキップを手に入れた。

その筈だったのに。

何だこの体たらくは。

吐き気がする。

 

「たかだが超再生巨大スライム如きと相打ちで死ぬとか……こんなのじゃ満たされないです」

 

直死の魔眼で死点を付いて必殺した。心は満たされたはずだった。

なのに、自分は未練がましく、霊魂としてこの世界をいまだに彷徨っていた。

 

そんな折だ。

彼女は常識外の光景を目にする。

 

 

『万象一切灰燼と為せ』 

 

 

軽鎧を纏った少女が刀を構え、告げる。それはこの世界にあってはならないもの。

ゼっちゃんがかつて地獄と称した世界にあった創作物。かの有名なブリに出てくる山爺が持つ炎熱系最強の斬魄刀の――――。

 

 

『〝流刃若火”!』

 

 

真名解放。

溢れる炎が、無数のガストレアの群れを文字通り消し飛ばす。漂白される世界。

 

 

「え」

 

 

「なにこれ意味がわからない」

 

 

 

 





fate go
この道が間違いだったしても俺はガチャを回し続ける。☆5が出なかったとしても、きっと、いつか……。

キャス子、槍兄貴、緑茶、バサタマモ、ハサンばかりが強化されていく。
なんでセイバーでねぇんだよ。アルトリアじゃなくてもいいから、セイバーがほしい。

うわ…マジで1年ぶりだ。


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