パワフルC (Arica)
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プロローグ

 

私は橘みずき。一応野球が好きな中学生で、今は卒業間近。

 

中学に初めて入る時は、すごくドキドキしてて。これから楽しい学校生活が待ってるのね!

....なーんて、その時は甘い夢を見てたんだけど。

 

 

「おい...また寝てるのか?」

 

 

先生に肩を叩かれて私は目を覚ました。

私は急いで手を挙げて、起きてることをアピールする。

 

 

「あっ。は、はーいっ!」

 

 

「全く、だらしないヤツだな。いつもテストの成績だけは良いのに」

 

 

「だってー...学校なんて大して楽しくないですしっ。」

 

 

今の私は、子供の頃から続けていた野球も1年ほど前にやめてしまっていて。

すっかりやりたいこともなくなり、自堕落な毎日を過ごしていた。

 

 

「卒業が近いのにそんな態度じゃなぁ」

 

 

そっか...もうすぐ卒業なんだ。でも別にあまり何も思わないな。

思い出なんて大してないから、別に心残りも感じないや。

 

 

「で...橘、進路の方は決まってるのか?」

 

 

「あ...いえ」

 

 

確か、ここに来たのは進路相談のためだったっけ。

 

本当は重大な事のはずなんだけど、私は今まで無関心だった。

どれだけ学校生活を無為に過ごしてきたかが分かり、少し自分が情けなくなる。

 

 

そんな私を見て、先生は呆れているようだった。

そのまま少しの沈黙が流れると、先生はぽつりと言った。

 

 

「お前は野球が好きなんだったな...」

 

 

「強豪校だと帝王実業があるが」

 

 

帝王実業....名前は聞く。よくは知らない学校だけれど、

帝王というぐらいだしきっとスパルタなのかも...とは漠然と思っていた。

 

 

「うーん、あんまり厳しい所はちょっと」

 

 

...別にそこまで熱心にやってるわけじゃないし。

もしもっと前に言われていたなら、ちゃんとした学校を選ぼうとしていただろうけど...

 

 

「じゃあ...ここはないか」

 

 

先生の出したパンフレットの1つに、ふと目が止まる。

やけに分厚くて、ちょっとした本のようだった。

 

 

「聖...パワフル学園高校?...なんですか、ここ?」

 

 

私は一瞬読み間違いでもしたのかと思って、パンフレットを二度見した。

だけど、何度見返してもその名前は間違っていない感じだった。

すごく変な名前の学校。聖とパワフル...全然名前の雰囲気が合ってないじゃん。

 

もう少し何とか出来なかったのかな。なんでこんな学校名なんだろ?

 

 

「さっきほどじゃないが、野球の強い学校だ。ただまあ、ちょっとな」

 

 

その変な名前が少し気になって、パンフレットを開いた。

 

へぇ...こんな所があるんだ。別に行くつもりはないけど...

なんとなく興味を惹かれ、私はパラパラとページをめくっていく。

 

 

「...!?」

 

 

...ページの片隅にある1枚の写真。

そこには、見覚えのある人が写っていた。

 

 

「こ、これって...」

 

 

「どうした?」

 

 

写真自体は小さく写っていて、はっきりとは分からない。

でも、私は確信していた。この髪型、そしてこの顔は...

 

 

「あの、先生...ここに入る事ってできますか?」

 

 

「ん?まあ、お前のレベルなら...」

 

 

「よし、決めたっ。私、この学校に入ります!」

 

 

「おいおい...本当にここを志望するのか?」

 

 

「お願いしますっ。どうしてもここに行きたいんです!」

 

 

「まあ...分かった。そこまで言うなら」

 

 

私は下校して家に帰るやいなや、真っ先に自分の部屋に入って行く。

しばらく時間が経った後、ドアからドンドンと物音がした。

 

 

「おお...勉強をやっとったのか」

 

 

...私のおじいちゃんだった。昔からこの家に一緒に住んでいる。

何か仕事をやってるらしくて、家に帰ってくるのは遅いことが多い。

ずいぶん年をとってるけどいまだに元気そうだった。

 

 

「うん、ちゃんとやってるよ」

 

 

疲れを見せない朗らかな表情で、おじいちゃんはにっこりと笑う。

 

 

「ハッハッハ、そうか...珍しいな。」

 

「最近だらしなかったが、みずきがようやく真面目になってくれて嬉しいよ」

 

 

「まあ...入りたい高校も見つけたし、頑張らなきゃって思ってね。」

 

 

私がそう呟くと、不意におじいちゃんは遠くを眺めるような目つきになる。

 

 

「そうか。...今思い返せば親がいないままで、お前たちにはずっと苦労をかけてきたな。」

 

 

「...別に大丈夫。気にしてないよ。」

 

 

実際、それは本心からの言葉だった。

ちょっと寂しくも感じるけれど、当たり前のことだし。

 

 

「せめて、たくましい子に育って欲しい。そう思って野球をやらせてきたつもりだ」

 

 

「...結構あの特訓、厳しかったけどね。」

 

 

あの考えるだけで嫌になってくるような光景。

それを思い出し、ため息をつく。

 

 

「はっはっ。まあ...それもお前のためを思ってだよ。」

 

 

...まったく、調子が良いんだから。私は苦笑いした。

 

 

「...そういえば、聖名子(みなこ)も野球を気に入っておったな」

 

 

「うん。一緒に試合を見に行った時もあったなぁ」

 

 

「家を出て行ってから、ろくに姿も見せんが」

 

「今頃...どうしているのか。元気でやってると良いのだがな」

 

 

「...」

 

 

聖名子(みなこ)お姉ちゃん。大好きでいつも一緒にいたのに。

いなくなったあの時から何年が経ったんだろう。

 

 

「...ところで、おじいちゃん」

 

 

「ん?」

 

 

「ちょっと、勉強の邪魔なんだけど...」

 

 

「おお、そうかそうか。すまなかった」

 

 

納得のいった顔をして、おじいちゃんは足早に部屋を出て行く。

聞こえない距離まで来たと思ったところで、私はぽつりと一言呟いた。

 

 

「...もしかしたら、もうすぐ会えるかもだよ。おじいちゃん。」

 

 



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1年目
入部のために


 

 

「...もう、この学校に入学して2週間も経ったのか。早いなぁー。」

 

 

数ヶ月後。勉強のかいもあって、私は苦もなく高校に入学できた。

とはいえ、落ちることなんてまずないって分かりきってはいるんだけどね。なんだか少し嬉しく感じた。

 

 

「友達もできたしねっ。」

 

「...ん?なんだ?」

 

 

その友達が私の言葉に反応して語りかけてくる。

名前は六道聖(ろくどうひじり)...だったっけ。紫髪でクールな印象のある女の子。

 

最初はちょっととっつきづらい雰囲気もあったんだけど。

勇気を出して話しかけてみると意気投合して、すぐに仲良くなったのよね。

 

 

「いや、大した話じゃないよ。ところでさ、聖。一緒に野球部入らない?」

 

 

「野球か...嫌いじゃないが、申し訳な」

 

 

「おっ!ぜひ野球やりたい、か。威勢がいいわね!」

 

 

「そんなことは一言も言ってないぞ...?」

 

 

....?聖はボソボソと何かを喋っている。

ハッキリとは聞こえない。なんだろう...まあいっか。

 

 

「じゃあ、早速入部届けを出しにいきましょ!」

 

 

「待てみずき。....どこに行くつもりだ?」

 

 

「ああ。いきなり部室に行ってもアレだし。....とりあえず職員室に行ってみようかなって」

 

「それにしても変よね、この学校。仮入部の募集すらしてないなんて」

 

 

もう1つ気になる事と言えば。結局、さっきの聖は何を言いかけたのかしら?

....まぁいいか。気にしない気にしないっ。

気を取り直し、私は一目散に職員室の方へと駆け出していった。

 

 

 

 

そんなみずきの様子を見て、私は少し呆気に取られる。

人の話を聞かないというか、強引というか...

 

でも結局、なんだかんだいって断ることは出来ないのだが。

悪意がないからか、不思議と嫌には感じられない雰囲気にさせるのだった。

 

 

「全く...仕方ないな、行くか」

 

 

やや重い足取りで、彼女に続いていく。

 

 

 

 

「あの、野球部に入りたいんですけどっ!」

 

 

「ふーむ、なるほど...俺はOKだ。なんだが...」

 

 

顧問の先生はなぜか苦い表情をしていた。なんだろう?疑問に思って私は聞いてみる。

 

 

「...何か事情があるんですか?」

 

 

すると、隣にいた聖が先生に問いかけた。

 

 

「まさか...例の生徒会長の件で?」

 

 

思いつく事があったらしい。顧問の人は重い口を開いて言った。

 

 

「ああ、その通りだ。この学校は彼が権限を握ってる。先に許可を取ってもらわない事には」

 

 

聖はその言葉を聞くと、額に手を当てて何かを考え込む。

 

 

「やはりか...困ったな」

 

 

顧問の人も同じ様子みたいだった。

私は2人が何を話しているか分からずに、ふと疑問を口にする。

 

 

「えっ。聖、なんの話をしてるの?」

 

 

「...みずき。何も知らないで入ったのか?」

 

 

その瞬間、聖は信じられないといった表情を私に見せた。

もしかして...何かまずいこと言っちゃったかな?

 

 

「いや...も、もちろん知ってるに決まってるでしょっ!」

 

 

慌てて口を開いてはみたけど、上手く言葉が思いつかない。

 

 

「えーっと、その。誰かしらが権限を握ってる......みたいな?」

 

 

...なんとかごまかそうとしたけれど、結局しどろもどろになる。

もちろんその適当な言い訳は、聖の様子を見るに大失敗したみたいだった。

はぁ、とため息をつきながら聖は説明を始めた。

 

 

「...この学校で生徒会長になる方法は2つしかない」

 

「1つは、学校を経営しているパワフル財閥の社長に気に入られること。もう1つは、その子孫である事だ」

 

 

パワフル財閥...?また変な名前が出てきた。

 

 

「なにそれ...?つまりは、出来レースみたいな感じで決まってるってこと?」

 

「そんな感じだな。息のかかった人が会長ならまだ良いのだが...」

 

 

......なんかめんどっちい話になってきたなぁ。

話がどんどん長くなりそうだったから、私は聖の言葉をさえぎった。

 

 

「まあ、とにかくさ。その生徒会長に許可を取ればいいのよね?」

 

「ざっくりと言えばそうなのだが...」

 

 

聖はまだ何かを言いたげな様子だった。でも、これ以上そんな長話には付き合ってられないわ。私はさっさと野球をしたいんだから。

...自分でも不思議な事に。中学の頃は正直どうでもいい気分だったのに。

高校に入学した途端、私は野球をもう1度やる気が出てきていた。

 

 

「....で。そいつは、どんな見た目をしてるの?」

 

 

「常に帽子を被っているから...すぐに分かるとは思う。今日は会議室に来ているはずだが」

 

 

「じゃあ、一緒に探しましょ。聖、私の後についてきて」

 

 

「待て。まだ重要な話が残って」

 

 

私は話を強引に打ち切って、駆け出していく。

 

 

 

 

「あっ...!全く、足が速いな...」

 

私は改めて、彼女の凄まじいスピードに驚く。

野球よりサッカーをやった方がいいんじゃないだろうか?

 

少し疑問に思いながら、顧問に一瞥してみずきを追いかけた。

 

 

 

 

「....」

 

 

勢いよく走り出したはいいものの...大事な友達を置いて話をしにいくのもあれだから。

ひとまず先に三階に上がって、会議室の前で聖を待つことにした。.....けれど。遅い。とにかく遅い。

私が待つのに痺れを切らした頃、ようやく聖がやって来る姿が見えてくる。

 

 

「ふぅ、はぁ...!」

 

 

「ちょっとー、遅くない?もっと急いでよ」

 

 

大した距離じゃないのに、聖はもう息を切らしている。

 

 

「先に行ってどうする...はぁ」

 

 

「だって、話が長過ぎるんだもん」

 

 

「いや、長いとかじゃなくてだなっ....む?」

 

 

肩で息をしていた聖は、急に廊下の奥の方を見始めた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

「後ろにいる...例の生徒会長がな」

 

 

聖に促されるまま、私は後ろを振り返る。

 

 

「...あれが?」

 

 

「ごめん。そこの2人、ちょっとどいてくれないか?」

 

 

奥から少し子供っぽい雰囲気の男の子がやってきていた。

この人が生徒会長...?確かに特徴的な見た目ね。

 

髪型が見えないぐらい深く帽子を被ってる。

...それと、なんで学校の中なのにもうユニフォームなんか...?

 

 

「...って、そんなこと考えてる場合じゃなかった。ねえっ!」

 

 

すぐに用事を思い出し、男の子に問いかける。

 

 

「ん?どうしたの?」

 

 

「私、橘みずきって言うんだけど」

 

 

彼は私の言葉に反応し、返事を返した。

 

 

「ああ。オレはパワプロだよ、よろしく」

 

 

「パワプロくん。キミ、生徒会長...なんだよね」

 

「実は私、野球部に入りたくてさ...許可してくれない?」

 

 

「うーん...野球部、か」

 

 

どうするか迷っている、といった感じの様子だった。

よし、ここはちょっと媚びた感じの雰囲気を出してみるかな。

見た目からしてたぶん押しに弱そうだし、きっと上手くいくよね。

 

 

「...ねえ、お願い。いいでしょ?」

 

 

私は自分にできる精一杯の甘えた声をして言った。ふふん、たぶんこれでバッチリね。

......しかしそんな私の予想に反して、彼の反応は凄まじく悪かった。

 

 

「な、なんだよそのヘンな顔。....なんか気持ち悪いぞ」

 

 

き。気持ち悪い...?私の存在を否定するような、

信じられない言葉が聞こえた。空耳...じゃないはずだけど。

 

 

「そ...そう?...で、私の入部はどうなの?」

 

 

「...うーん。ちょっとすぐには許可できないかな」

 

 

「えーっ...ど、どうしてよっ。」

 

 

ダメだったみたいだ。ワケがわからない。

 

 

「橘...だっけ。キミ、本気で野球部に入りたいの?」

 

 

「もちろん、そうだけど...」

 

 

「うーん。....なんかさ。あんまり気合が感じられないんだよ」

 

 

「....気合?そんなの、あるに決まってるでしょ!」

 

 

....少しイライラした気分になってくる。やる気もなしに野球部に入るわけないじゃん。

私は彼に向かってそう言い放つと、パワプロくんは諭すように言った。

 

 

「他の部活ならそれぐらいでいいけど。うちの野球部は...特別でさ」

 

「名誉がかかってるから、中途半端な気持ちの人は入れたくないんだ」

 

 

名誉?何の話かさっぱりなんだけど....

 

 

「つまりはさ。それこそ、四六時中野球の事を考えてる人じゃないと...」

 

 

「四六時、中...」

 

 

「そこまでの気持ちはないだろ?」

 

 

そう言われて私は少しハッとする。それはほんの少し図星だった。

確かに私は、ここにいる彼ほど野球のために生きたわけじゃないかもしれない。

 

...重苦しい空気がその場に少しずつ流れてきた。

もちろんここで引き下がってはいられないと、私はすぐに思い直す。

 

 

「で、でもさっ。私、野球が好きだし。中学でも...」

 

 

女の子だから軽く見られるのはしょうがないとはいえ...

私は私なりに、野球のために頑張ってきたつもりなんだから。

 

するとパワプロくんはやれやれといった仕草をして、とんでもない事を言い始めた。

 

 

「それだけじゃ足りないよ。もっと...そう、常にユニフォームを着てるぐらいじゃないとね」

 

 

....?一瞬言葉の意味が分からず、私は呆気に取られた。えっ、何言ってんの?

つまり毎日...学校も、寝る時もユニフォームで生活しろってこと?

いくらなんでも野球のためだからって、そんなふざけたことできるわけないでしょ。

大体どこを見たって、そんな事してるのキミぐらいしか...

 

 

「いや。さすがにそれは...」

 

 

思わず、少し苦笑いになる。もしかして冗談を言ってるのかな?

しかしパワプロくんは私の言葉を聞くやいなや、心底がっかりといった表情をした。

 

 

「じゃあ認められないよ。それじゃ」

 

 

彼はそのまま私たちを素通りし、会議室の中へと入っていく。

 

 

「あ....」

 

 

え...あれ、まさか本気で言ってたの?

はっとして、慌てて会議室のドアを開けようとする。けれど....

 

 

「....」

 

 

気合いが足りない。常にユニフォームを着ろ。顔が気持ち悪い。

...そんな、あまりにも衝撃的な言葉を次々とぶつけられてしまったせいか。

私はすぐに追いかける気力を失って、すっかり意気消沈していた。そんな私の姿を見かねたのか、聖が声をかける。

 

 

「みずき...あまり気を落とすな」

 

 

「な...なんなのよー、あいつっ。ムチャクチャな事ばっかり....」

 

 

冷静になって言葉を思い返すと、どんどん苛立ってくる。

特に最後の部分は悲しさもあった。いくらなんでも、女の子の私に気持ち悪いなんて....

聖は彼をフォローするように言葉を返した。

 

 

「言い忘れてた事だが...この学校を経営しているパワフル財閥は」

 

 

「野球用品を製造している大手メーカーでもあるのだ。彼はその御曹司らしい。」

 

 

「え...あいつが?」

 

 

「うむ。小波有秀(こなみありひで)という社長がいて、彼はその息子なのだ。ちなみに、その方はこの聖パワフル学園の理事長でもある。」

 

 

「この学校の野球部はその恩恵を受けている。だからこそ、中途半端な活躍はできないという事だな。」

 

 

「だからって...あんなに言うことなんかないじゃない。」

 

 

「それだけ彼にはプレッシャーがあるんだろう。仕方ないことだ」

 

 

全く理由になってない。特に私の顔をバカにしていい理由には。

正直、自分の容姿には結構自信を持っていたのに...

 

....まぁ、ああいう変わり者もいるって事よね。

私は心の中で、なんとかそう自分に言い聞かせる。

 

 

「...はぁ。もしかして、とんでもないとこに入学してきちゃったかな?」

 

 

あまり大した考えもなしにこの学校に来てしまった事に、

今更ながら少し後悔の感情が芽生えた。

 

 

「ところで、さっきから気になっていたのだが...」

 

 

聖が軽く疑問を私にぶつけてくる。

 

 

「そもそもみずきはなぜこの学校に入ったのだ?野球の強い所ならもっと他にあったはずだが。」

 

 

聖の言葉を聞いた途端。思わず私の体の動きが止まる。

 

 

「それは...えっと。お姉ちゃん...が....」

 

 

「....今なんて言ったのだ、みずき?もう1度ハッキリ言ってくれないか?」

 

 

「い....いや、別に。そんなこと、今はどうでもいいでしょっ。」

 

 

今はあまりその話をしたいとは思わなかった。

絶対に、というわけじゃないんだけど....とりあえず、本題に話を戻そうとする。

 

 

「まず、どうやって入部するのか考えないと...」

 

 

「...まだ諦めていなかったのか?」

 

 

聖が呆れた顔をしながら口を挟んできた。

 

 

「あったりまえでしょ!こんなことで簡単に諦めるわけ」

 

 

...ここで諦めたら私じゃない。私はそんな気持ちで、自分を奮い立たせるように聖に啖呵を切る。

すると聖は腕組みをして何かを考え込んだ様子で、ぼそりと言った。

 

 

「...そうか。そうなると、次に許可を取ってもらうとするなら」

 

「ご要望会議というのがあるらしいから、その時だろうな...」

 

 

少し気になって私は言葉を返す。

 

 

「そんなのやらなくたって、普通に話しかければいいんじゃないの?」

 

 

すると聖は何を言っている、と釘を刺してきた。

 

 

「忘れたのか?彼がこの学校の権限を握っている事を」

 

「さっきは何とか許してもらえたが...」

 

「あまり邪魔をしてると、最悪...退学になるかもしれないぞ?」

 

 

...そうだった。その事をすっかり忘れてた。パワプロくんが全くそうは見えない見た目だったせいで。

彼が生徒会長であり、学校の権限を握っている...そんな事実は私の頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。

 

 

「ああ、そっか...うーん、結局その会議のタイミングしかないってこと?」

 

 

「その時ならなんでも提案できるはずだ」

 

 

とりあえずまだ取り返しはつくかな。とはいえ...

あの様子だと、簡単には許可してくれないのは明白だった。

 

 

「じゃあ...準備が必要ね。」

 

 

私は考えた秘策を話した。これは正直、少し勇気がいるんだけど...

...ま、パワプロくんの性格はさっきの会話で充分に分かったし。

後はそれに合わせていくだけでいいから、簡単なはず。

 

 

「む、そんな方法で良いのか?しかし...」

 

 

「うん、これで大丈夫。きっと上手くいく」

 

 

....さぁ、見てなさいパワプロくん。私は絶対に、野球部に入部してみせるんだから!

心の中で私はそう決意をするのだった。

 

 

 

 

そして...ついに会議の日がやって来た。私たちは会議室に向かい、

ドアの前に立つ。すると...中から小さく声が聞こえる。

 

 

「ふう...要望をいちいち聞くのは疲れてくるな」

 

 

パワプロくんが溜息を漏らしてそうこぼしていた。

当たり前だけど、生徒会長って大変そうだなぁ...ならなくて良かった。私は心の中でそう思った。

 

そうは言ってももちろん、ここで引き返してるわけにはいかないし。

彼には少し悪いけどちゃんと要望を伝えなくっちゃね。

ドンドン、ガチャッ。ノックをしてドアを開ける。

 

 

「さて、次は...ん?」

 

 

「やっほー、パワプロくん。野球部に入れさせてくれない?」

 

 

「え。あぁ...橘だっけ。ちゃんとユニフォームを着てきたんだな。」

 

「....って。な、なんでボールを肩に付けてるんだ?」

 

 

「あれ...変だった?」

 

 

「変っていうか...異常だね。完全に」

 

 

パワプロくんはかなり引いている様子だった。

 

 

「そ...そうかな?あはは...」

 

 

...まずいな。これじゃ前と同じじゃない。私は少し冷や汗をかく。

 

 

「...だからやめておけと言ったのだが」

 

 

聖の冷たい言葉が少し胸に刺さる。やっぱり、ちょっとやり過ぎたかな...?

いくらなんでもこれは大げさだったかもしれない。

 

 

「あれ、おかしいな。これでいけるはずだったんだけどなぁ...」

 

 

パワプロくんは呆れた顔で言う。

 

 

「あのさ。冷やかしなら、帰ってもらえると...」

 

 

な...なんとかしなくちゃ。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。今からこの...」

 

 

ブチッ。肩に付けていたボールを外す。

 

 

「...ボールをそっちに投げるから」

 

 

....隣は見ていないけど、聖がすごく冷めた顔で

私の方を見ているのはなんとなく分かる。

 

 

「き、気が乗らないんだけどなぁ...まあいいか。グローブもここにあるし」

 

 

「...なんで用意してあるんだ?」

 

 

すると、聖が軽く突っ込んだ。ぱっと見違和感がなかったけど確かに。

まさか会議室でキャッチボールをする訳じゃあるまいし...

 

やっぱりパワプロくんって、なんか変わってる人ね。

....そんな彼は聖の問いには答えず、私の方を見て言った。

 

 

「よし。いつでも来い」

 

 

まぁ、いいや。どっちにせよ好都合ってところだし。

私はそう考えつつ....ボールを勢いよく投げる。

 

 

「...えいっ!」

 

 

ブン、と風を切る音がした。...バシッ!パワプロくんがボールを取る。

彼は取ったボールをまじまじと見ながら、驚いた顔で言う。

 

 

「...コントロールは...なかなか良いみたいだね。それにスピードも悪くない」

 

 

そりゃまぁ、もっちろん。一度野球をやめたとはいえ、毎日の特訓は欠かしてなかったし。

ようやく私の真の実力をちゃんと分かってくれたみたいね。

 

 

「でしょー?だから、私を野球部に...」

 

 

...ガチャッ。突然、ドアが開く音がした。

えっ...誰が入ってきたの?そう思ってドアの方を見ると...

 

 

「ちょっと、待った」

 

 

そこに立っていたのは茶髪の男の子だった。

長く伸びた髪をかき上げ、私を見つめている。...なんかイヤな雰囲気。

 

 

「猪狩...どうしたんだ」

 

 

パワプロくんが彼のことをそう呼ぶ。

猪狩と呼ばれた人は、私に向かって挨拶してきた。

 

 

「自己紹介するよ。ボクの名前は猪狩守さ。」

 

 

「...え?あ、うん。私は橘みずきって言って...」

 

 

すると、猪狩守は急に私を睨みつけてくる。

 

 

「そうか。さて、早速だが...キミを部活に入れるわけにはいかないな。」

 

 

 



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ご要望会議

 

 

やっぱり私の予感は当たってたみたいだった。

...いきなり、なに?せっかく上手くいってる所なのに。

 

 

「ちょっとー、なによあんた。」

 

 

「今パワプロくんと話してるとこなんだから、邪魔しないでよっ。」

 

 

すると彼は鼻でフン、と笑って私を見下した顔をする。

 

 

「見ろ。この女はお前をくん付けで呼んでるじゃないか。それにこの態度」

 

「明らかにバカにしているとしか思えない。こんな女を入れても面倒な事になるだけだよ」

 

 

「まあ確かに。一理あるかもな...」

 

 

....パワプロくんがうんうん、と猪狩守に向かってうなづいている。

ま、待ってよ。せっかく良い流れだったのに。私は慌てて言葉を発した。

 

 

「いや...別に。それは仲良くするつもりで、バカにしてるわけじゃ...」

 

 

すると、隣から声が聞こえる。

 

 

「ああ。たかだか2週間程度でこんな馴れ馴れしい奴もみずきが初めてだと思う」

 

 

その声の方を見る。.....聖だった。えっ、急に何を言い始めてるのよ...?

後ろからナイフで刺されたかのような感覚に陥る。

 

 

「ちょっと!聖、あんたまで」

 

 

「しかしな...同じく、これだけ打ち解けた友達もみずきが初めてだ」

 

「彼女はただ言葉の伝え方が不器用なだけだ。本当はとても優しいのだと思っている」

 

 

「だから...どうか、みずきを野球部に入れさせてくれないか?」

 

 

それは私がそう思い込んでいただけだった。

途端に緊張感が解けて、少し穏やかな雰囲気になったのを感じる。

 

 

「聖...」

 

 

ごめんね、聖。変に疑っちゃって。私は心の中で謝った。

 

 

「フ、フン!たった2週間じゃね。ボクらみたいに何年も一緒にいるわけじゃあるまいし」

 

 

「む...それは、そうなのだが...」

 

 

2人が揉めていると...またもやガチャ、とドアが開く。

次に入ってきたのは、メガネをかけた男の子と。緑髪の女の...えっ?

 

 

「猪狩君。あんまりその子たちをいじめちゃダメだよ」

 

 

「そうでやんす。ちょっとかわいそうでやんす」

 

 

「矢部くん、あおいちゃん。今日は別に、オレ一人でいいって...」

 

 

それは私の知っている女の人によく似ていた。というよりも....

まさか、そんな。信じられない。どうして?

どうしてここに....?私は頭がどんどん真っ白になっていく。

 

 

「パワプロくん1人に任せちゃ心配だし。ボクも手伝うよ」

 

 

「任せるでやんす!....にしても、可愛い女の子たちでやんすねえ。オイラとデートする気はないでやんすか?」

 

 

「矢部くん、いつもそれ言ってるよね...」

 

 

「...な、なんだか癖のある人達だな。なあ、みずき」

 

「みずき?どうしたんだ?」

 

 

横から声が聞こえる。私は少しぼーっとしていたようだった。

 

 

「えっ!あ、いや。大した事ないわ。ちょっと考え事をしてただけ...」

 

 

聖が不思議そうな顔で私を見つめている。

 

 

「ボクは、女の子がいても別に良いと思うけどなぁ」

 

 

「...真面目で実績もあるキミならまだしも、この女がうちの野球部に入ってついていけるようには思えないけどね」

 

 

「野球が好きなら、性別なんて関係ないじゃない。大事に扱ってあげるべきだよ」

 

 

「....」

 

 

「キミたちも、野球が大好きなんでしょ?」

 

 

「...元々野球をやっていたので、興味はあります」

 

 

聖が淡々とした口調で話す。

 

 

「なるほどね。そっちの子は?」

 

 

緑髪の女の人は、今度は私に向かって語りかけてきた。

けど...この人の明るい口調とは裏腹に、私の感情は全く違って。

ずっとモヤモヤとした気分に囚われていた。

 

だってこの人は、私のことを...知らないはずなんてないのに。

 

 

「あ....はい....好きですけど。」

 

 

「そうなんだ。...どうしたの?緊張してる?」

 

 

緊張もあるけれど、それだけじゃない。

 

 

「そんなバカな。さっきまで饒舌に喋っていたじゃないか」

 

 

「多分、みんなに問い詰められたから怯えちゃってるんだよ。そうでしょ?」

 

 

その人は、変わらず私に優しく語りかけてくれている。

けど、...もう気持ちを抑えることなんてできなかった。

 

私は意を決して、その緑髪の人に質問をする。

 

 

「あ...あの...聞きたいんですけど」

 

 

「うん。なになに?」

 

 

ゴクリ、と唾を飲む。

 

 

「もしかして...お姉、ちゃん?」

 

 

「えっ?」

 

 

「お姉ちゃんなの?だったら、今までどうして...」

 

 

「みずき。この人が...姉という事か?」

 

 

さっきから私に話しかけてくる緑髪の女の人。

その姿は...どこからどう見ても、私のお姉ちゃんだった。....でも。

 

 

「あおいちゃん、妹がいたの?」

 

 

「いや、いないけど。さぁ...」

 

 

...お姉ちゃんは、私の事をまるで知らないような態度を取り続けていた。

 

 

「フン、どうせ下らない芝居だろう?もうその辺でやめにしておいた方がいい。」

 

 

みんなが私の事を、怪訝そうに見つめ続ける。なんで...?

 

 

「芝居じゃない...芝居なんかじゃないっ!ねえ、お姉ちゃん。どうしてウソなんか...?」

 

 

やっぱりお姉ちゃんは私の事が嫌いだったのかな...?

だからこんなに冷たい態度なんて...

 

本当は、私なんかがここに来ちゃいけないのかもしれなかった。

あのパンフレットさえ見てなければ...こんな思いなんか...

涙がぼろぼろと、勝手にこぼれてくる。....泣きたいわけなんかじゃないのに。

 

 

「なんだか...ワケが分からないでやんす。」

 

 

「だ...大丈夫か、橘?」

 

 

「よく分かんないけど、もしかして...誰かの勘違いじゃないかな?」

 

 

えっ。勘違い...?私は涙を拭きながら、顔を上げる。

 

 

「ボクの名前は早川あおい」

 

「悪いけど、妹なんて今までいたことないし。ホントだよ」

 

 

信じられない。そんな...ウソをついてるんじゃ?

でも、言われてみれば確かに...

 

 

「あ...よく見たら、ちょっと顔が違うかも...」

 

 

「そのお姉ちゃんの事はよく知らないけど、勘違いさせちゃってごめんね」

 

 

...勘違い。まだ納得できてないけど、少しずつそんな気がしてくる。

よく考えたら、お姉ちゃんがボクなんて変な喋り方するわけないし...

なんだ....そっか。早とちりだったのね...私は一安心した。

 

分かったところで、その人の顔をまじまじと見てみる。

....それにしても、ずいぶんとそっくりな見た目だった。

あれ。でもじゃあ。本当のお姉ちゃんはここにはいないってこと......?

 

 

「なんだよそれ...ただの勘違いかよ。全く人騒がせだな...」

 

 

パワプロくんはそれを聞くと、一気に肩の力が抜けたようだった。

 

 

「だ、だって。あまりにも似てたから...」

 

 

「急に泣くもんだから、何があったかとビックリしたよ...」

 

 

冷静になってみると、凄く恥ずかしい。

ただ入部するために来ただけなのに、涙まで流しちゃって...

こんなんで入部なんてできるのかなぁ...

 

すると彼は、ニコッと私に微笑みながら言った。

 

 

「まあでも...ちょっと迷惑だけどさ。」

 

「今のでなんとなく、橘が悪いヤツじゃないってのは伝わったよ」

 

 

えっ?今ので信用されちゃったってこと?....なんか、ラッキー。

すると猪狩守はそれを聞いて、不服そうな顔をし始めた。

 

 

「...まさか、認めるって言うのか?入部を」

 

 

「ああ。それに熱意もある程度あるし、実力も分かったしね...とりあえず入れても良いかもしれないな」

 

 

「うん、そうだね。ボクも、パワプロくんに賛成かな!」

 

 

「オイラもでやんす。だって、2人とも可愛いでやんすから!」

 

 

彼はやれやれと言って、踵を返す。

 

 

「バカバカしい...ボクは認めないよ。全く、付き合ってられないね。」

 

 

そして、納得いかない顔をして扉を閉めて出ていった。

パワプロくんはまだ少し迷った顔をしている。....けど、さっきまでとは全然違う流れだし。

もしかしてだけど。これって...チャンス?少し探りを入れるような気分で、聞いてみる。

 

 

「.....えっと。それじゃ、入部...認めてくれるの?」

 

 

するとパワプロくんはうーんと頭を悩ませながらも、

 

 

「まあ...一応はね」

 

 

と返事をしてくれた。

 

 

「...や、やった!聖、オッケーだって!」

 

 

....なんだか、思った通りの展開じゃなかったけど。

やっと野球部に入部する事ができたみたいだった。

 

 

「一時はどうなるかと思ったが...良かったな、みずき!」

 

 

聖が興奮気味に話しかける。私も喜びが止まらなくて、握った聖の手を振り回す。

....するとパワプロくんは、喜ぶのはまだ早いよと私たちを制してこう話してきた。

 

 

「...でも、猪狩は一応キャプテンだからなあ。あいつにも認められないと」

 

「しばらくは雑用をやらされるかもしれないぞ。」

 

 

「え。雑用...?」

 

 

思わず目が点になって、私たちは固まる。

 

 

「オレはしばらく部活に行けないから。猪狩が代わりにやる事になってるんだ」

 

 

な、なにそれ?どういうこと?すると、お姉ちゃん...あぁ、違った。

あおいさん(と呼ぶ事にした)は、こう私に話してきた。

 

 

「猪狩くんは、2番目に権限があるんだよね...」

 

 

メガネくんも言った。

 

 

「つまり、パワプロくんがいない間は実質1番指揮を握ってるのでやんす」

 

「猪狩くんは1年生なんでやんすけどね。たぶん、そういう学校のルールみたいなもんでやんすよ。」

 

 

「...まあ。そうだね。」

 

 

じゃあ...しばらくあいつに従わなきゃいけないってこと?

....え?いやいや。っていうか、あの猪狩って1年生?

 

 

「ええっ?そんなー...だって、同学年なのに!」

 

 

「...監督よりも上の立場だろうな。みずき、そういう場所なのだ。ここは」

 

 

聖が私をなぐさめるように言う。...とは言っても。

その言葉は空っぽの私を通り抜けていき、全然なぐさめにはならなかった。

 

 

「部活に入れるだけ良いじゃないでやんすか。まあ、しばらくは球磨きでやんすけど」

 

 

...むっ。なに、こいつ。

 

 

「...あんたは黙ってなさいよっ。このクソメガネ!」

 

 

「ぼ、暴言を吐かれたでやんす!やっぱりこの子、退部でやんすよ!」

 

 

「まあまあ。そもそも、まだ入ってないし....ね?」

 

 

あおいさんがメガネくんをなだめる。

今思い出したけど...名前は確か、矢部くんだっけ。ま、いいや。

 

 

「ははは...とりあえず、2人とは仲良くできそうで良かったよ」

 

 

「ど、どこがでやんすか!」

 

 

....それには、私も同意見だった。

 

 

「しばらく部活には来れないけど、猪狩のことは任せたよ」

 

 

「無理でやんす。オイラにはお先真っ暗にしか見えないでやんすー!」

 

 

 

「.....で、まぁ、とりあえず仮入部って事になるから。2人ともこの紙に名前を書いてくれ」

 

 

パワプロくんが入部届を私たちに渡してきた。

 

 

「うん、分かったわ。....あいつに指図されるのはムカつくけどね。しょうがないかぁ....」

 

 

「とにかく頑張るしかないぞ、みずき。」

 

 

私は不満を言いながらも、サラサラと紙に名前を書いた。

 

 

「ありがとう。...今日はもう時間も遅いし。このまま帰っていいよ」

 

「橘...なんていうか、ごめんな。」

 

 

「ん?...何が?」

 

 

「キミのこと。色々勘違いしてたっていうか...意外に真面目な子なのかもなって。」

 

「お姉ちゃんの方は見つからなかったみたいだけど。何かあったら、いつでも相談してくれよ」

 

 

パワプロくんはそんな頼もしい事を私に言ってくれた。

なんだ、嫌なイメージだったけど結構良いとこあるじゃん。

 

 

「....うん、ありがとっ。パワプロくん、じゃあねー!」

 

 

こんな調子で私は会議の結果、なんとか仮入部をすることになった。

そんなこんなでドタバタが終わって、学校の帰り道。聖が語りかけてくる。

 

 

「しかし、まあ...今日は大変だったな」

 

 

「そうね...結局、まだちゃんと入部できたわけじゃないし。」

 

 

「...そういえば。やはりこの学校に入学した理由は...あの事なのか?」

 

 

「それって、お姉ちゃんのこと?」

 

 

「ああ。...で、どうなのだ。あの話は本当か?それとも...ウソだったのか?」

 

 

聖が訝しげに聞いてくる。

 

 

「いや、ウソじゃないよ。」

 

 

もう...ここまで来たら、隠すこともないかな。

私は洗いざらい聖に打ち明ける事にした。

 

 

「私の親は生まれてからすぐ事故で亡くなったらしくてね...おじいちゃんが私たちの面倒を見てくれたの」

 

 

「そうだったのか...知らなかった。」

 

 

「だから私にとって、お姉ちゃんはもう1人の親みたいな存在だった」

 

「けど、ある日結婚するって言ってね...突然家を飛び出して行っちゃったんだ」

 

 

いつだったかは分からない。お姉ちゃんは、心に決めた人がいる。

その人と結婚式を挙げるんだと、そんな事を私とおじいちゃんに話し始めた。

 

私も...おじいちゃんも、それがあまりに突然の話だったから。

その話を素直に受け入れられず...反対してしまった。

すると...次の日、お姉ちゃんは家からいなくなっていたのだった。

 

 

「で、それからは結局連絡も取れなくなってさ。全然会ってないまま」

 

「だから、お姉ちゃんと勘違いしたのも本当。ま、その後はちょっとオーバーだったけどね。」

 

 

....もちろん泣いたのも演技じゃないんだけど。

恥ずかしいからそういう事にしときたくて、少し強がってみる。

 

 

「そうか。しかし、それとどう関係が...」

 

 

「学校のパンフレットでね、見つけたのよ。お姉ちゃんが写ってるのを」

 

 

「なるほど、それでか...」

 

 

聖はようやく合点がいったようだった。

 

 

「でも、結局入学したらこんなんだしさ。....もしかしたら、写ってる人もあおいさんの勘違いだったかも。」

 

「あーあ。何やっても上手くいかないなぁ」

 

 

ちょっと冗談めかして笑う。けど、少しは本心だった。

あまり落ち込みたいわけじゃないけど、なんか私ってダメだな。

そんな事を頭の中で考えてしまう。......すると、聖は。

 

 

「みずきは...私から見れば、充分頑張ってると思うぞ。それだけ辛い中でな」

 

「姉もいつかきっと見つかる。だから今は、野球の事だけ考えていろ。そうすれば、いつか...会う日が来るかもしれん」

 

 

...真剣に考えて、励ましてくれていた。

本当に良い友達を持ったな。感謝をしてもしきれないぐらいだった。

 

 

「...ありがと」

 

 

夕日が間もなく、落ちようとしていた。

きっと夜になったら...月明かりが綺麗なんだろうな。

 

そう思いながら、私は学校を後にするのだった。

 



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プライドの代償

 

「ハハハ。その必死に球を磨いている姿、君たちにはよく似合っているよ。」

 

 

ゴシ、ゴシ...と、ひたすら球を磨き続ける。

 

 

「はぁ、終わったっ!」

 

ふう、とひと息をつく。

 

 

「よし。それを磨き終わったら...」

 

 

 

「さすがに...練習ぐらいはするわよね?」

 

私は淡い期待を込めて聞いた。

 

 

 

すると猪狩守は、

 

「部室の掃除だ。色々散らかってるからな、しっかり綺麗にしてくれよ。」

 

...そう言って、向こうの方へと行ってしまった。

 

 

 

 

 

「もーっ!いつまでこんなことやらされるのよ!」

 

 

私たちは部活に入ってから、ずっと雑用しかしていなかった。

...今の所、まともに練習と言えるのはたぶん走り込みぐらいしかない。

 

 

「パワプロ会長はしばらく忙しいらしいからな...」

 

 

「大体なんなの?顧問の人に言っても、俺は権限に従うしかないからとか、なんとか言っちゃって。」

 

 

「思いっきり丸投げだったな...私も驚いた。」

 

 

学校の制度として...というのはまあ分かるけど、そもそも

ろくに部活に来てないのよね。あれじゃ監督の意味が全くないし。

 

自由に練習できるのはメリットだけど、こんな状況じゃなぁ...

 

 

「冗談じゃない。さっさとあの猪狩ってヤツに、私たちの事を認めさせてやらないと。」

 

「何か策があるのか?」

 

 

「えっと、そうね...」

 

私は少し考えてみる。

 

「聖。この部室にあいつの弱みになる物なんてない?」

 

 

「ふむ。弱み...か。」

 

聖がパチッと目を閉じる。そして...

 

 

 

 

「...!」

 

カッ、と目を見開いた。その目つきはなんだか

さっきと雰囲気が変わったようで、別人にも思えた。

 

 

 

「聖...どうしたの?」

 

...なんだか、ちょっと怖く感じる。

 

 

 

聖は私の様子に気づくと、

 

「ああ。いや、なんでもない。集中して神経を研ぎ澄ませただけだ」

 

そう軽く言った。

 

 

 

いや、それだけじゃ全然納得できないし。

さらっと言ってるけど、なんなのそれ...?

 

 

 

更に追求したい所だけど、今はそれどころじゃないしな。

状況をようやく思い出して、話を戻す事にする。

 

「...で、どう。何か分かった?」

 

 

 

聖は部室に置かれているバッグを指差す。

 

「あのバッグ...猪狩守の物だ」

 

「...分かるの?」

 

 

 

 

「私の記憶に刻まれているぞ。確かにそのバッグを持っていた」

 

聞きたい事は色々あるけど...まあいっか。

 

「へー。よく分かんないけど、やるじゃん聖。...じゃあ、このバッグを漁れば何か見つかるってわけ?」

 

「その間は外を見張っておこう」

 

 

「よし。じゃあさっそく....」

 

...でも、勝手にバッグの中を見ちゃっていいのかな。

私は急に後ろめたい気分になってきた。

 

「いや...あいつに勝つためなんだから、ちょっとぐらい。」

 

そう納得して、バッグを漁る。

 

 

 

「...ん?これって、写真?」

 

 

誰か隣に写ってる...弟かな。

 

 

「...みずき。そろそろ誰か来そうだぞ」

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ、と扉が開く。

 

 

 

「....真面目に掃除しているか?」

 

「もちろん。ちゃーんと、隅々までしっかりとね」

 

「確かに、綺麗になってるみたいだな。....何も触ってないか?」

 

う...もしかして、バレちゃってる?

私は少し不安に襲われる。

 

「ああ。触っていない。」

 

そんな私と違って、聖は至って冷静だった。

 

「...まあいい。じゃあ次は、球ひろいをしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

「よく慌てなかったね、聖。私、結構ドキドキしたんだけど」

 

「実際...何も触っていないからな。私は。」

 

「なるほどねぇ。」

 

「とりあえず分かったのは、あいつには弟がいる...って事ぐらい?」

 

 

 

「そうだな。しかし、この情報を知ってどうやって勝つつもりだ?」

 

「凄く効果があるとは思わないけど...これでちょっと揺さぶるぐらいならできるんじゃない?」

 

ダメ元だけど、ないよりマシには感じた。

 

 

 

 

「玉拾いも終わったな。よし、次は...」

 

相変わらず猪狩守は偉そうな態度を取っていた。

私は思い切って提案をする。

 

「待って。お願いがあるんだけどさ。」

 

「なんだ?」

 

 

 

「私と...1打席で勝負しない?」

 

「アウトを取るか、ヒットを打つかで。」

 

「もし勝ったら、ちゃんとした練習をさせて欲しいの。」

 

 

 

猪狩守は話を聞いた途端、ハハハ...と笑った。

 

「フン、何かと思えば。そういうムダな事はしたくないね...」

 

「どうせキミの負けは決まっているだろうし」

 

 

「...ふーん、そうなんだ。勝てないから逃げるってわけ?」

 

 

「なんだと?...挑発のつもりなら、やめておくんだな。痛い目を見るのはキミの方だ」

 

もちろんただの挑発だった。

けど...思ったより効いてるみたいだ。

 

 

私は勢いに乗って、更に大口を叩いてみる。

 

「さて、どうだろうね。やってみないと分からないんじゃない?」

 

 

 

「...そこまで言うなら、良いだろう。1度だけだ。2度目はない」

 

「キミらが負けたら...そうだな。この野球部から出て行くのはどうだい?」

 

野球部から出ていくって...退部?

 

....まあでも、たぶん大丈夫よね。

私はこいつの秘密を握ってるんだし。

 

負けても、いざとなったらパワプロくんに頼れば...

 

 

「...決まりね。じゃあピッチャーは私、バッターはあんたって事で良い?」

 

 

 

「これでも動じないか...」

 

「まあいい。自分の得意分野で勝負すれば良いさ。」

 

 

 

「...キャッチャーは私がやろう。」

 

聖が名乗りをあげる。

 

「じゃあ...審判は、そこのお前がやってくれ」

 

「あ、はい」

 

彼が声をかけると、すぐにメンバーが揃う。

こうして私は軽く試合をする事になった。

 

 

 

 

「...みずき、大変な約束をしたみたいだね。今からでもやめといた方が...」

 

「この勝負...分が悪いでやんすよ。」

 

あおいさんと矢部くんが、私を心配して話しかけてきた。

 

 

「大丈夫ですって。さっき、勝てる方法を見つけましたから。」

 

「勝てる方法...?」

 

「...ま。2人とも安心して、私のプレーを見といて下さい。」

 

「ホントに大丈夫なんでやんすかね...」

 

 

 

 

 

...そして、対戦が始まった。

 

「よし、いつでも来い。」

 

まずは、様子見でいこう。

私はストライクゾーンを外すように...投げる!

 

 

球が外側に向かっていく。上手くいったみたいね。

 

 

さすがに振らないだろうけど、ひとまずは...

 

 

 

 

...その瞬間。

 

「そう来たか。しかし...」

 

「甘いねっ!」

 

 

 

カキーン...!鋭い音が聞こえた。

 

「なっ!?」

 

ウソ...だって、さっきのは...

 

 

 

「ファ、ファールッ!」

 

「残念...ファールか。命拾いしたな。」

 

 

 

...よ、良かったぁ。でもまさか、1球目から...

しかもあんな、ゾーンから外れた位置で打ってくるなんて。

 

 

 

 

「どうした?怖気付いたか?次の球はまだ投げてこないのかい?」

 

「...そんなわけないでしょ。あんな見え見えのボール球を振るのを見て、つい呆れちゃっただけ」

 

 

大口を叩いてみても、足はガタガタと震えている。

既にこうやって虚勢を張るのが精一杯になっていた。

 

 

「...フン。」

 

 

 

 

 

「やっぱり...不利でやんすよ。」

 

矢部くんが言う。

 

猪狩くんは、投手だけじゃなく野手としても優れてる。

ボクはその事を充分に分かっていた。

 

みずきたちが勝てるとは思えないのに...

なんであんなに自信があるんだろう?

 

実力差がなくても、絶対に勝てる方法といえば。

やっぱり『あれ』しかないと思うんだけど...

ボクは一瞬嫌な想像をして、それをすぐに頭から振り払った。

 

 

 

 

 

ホントに危なかった。今のでもファールなら、

ちょっとでもゾーンに入ってれば...

 

 

...やっぱり。例の奥の手、早々に使うしかないみたいね。

まだ後ろめたさもあるけど...やるしかない。

 

私は覚悟を決めた。

 

 

 

猪狩守は間を置いて、さっきの私の言葉に答える。

 

「...なら次は、どんなボール球を投げようがホームランにしてあげるよ」

 

 

「へぇ...出来るもんならやってみなさいよ。」

 

聖に作戦のサインを送った。

 

 

「なんだその仕草は?挑発のつもりかい?まったく、下手だな」

 

....とりあえず、気づかれてはないみたいね。

 

 

 

 

聖は本当にやるのか、という顔をしている。

 

 

私は遠慮なくうなづいた。

大丈夫...別に、そこまで悪い事じゃないはずだし。

 

 

聖は分かったという顔で、猪狩守にささやいた。

....いよいよね。後は反応がどうか。

 

 

 

「...なんだって?貴様、その話をどこで!」

 

予想以上に彼は動揺してるみたいだった。

これなら...!

 

 

 

 

その隙にと、外角に球を投げ込む。

バンッ!乾いた音が響いた。

 

「ス、ストライクッ!」

 

「くっ...!審判、ちょっと待ってくれ。タイムだ!」

 

 

 

 

猪狩守は試合を一旦止めると、私に近づいてきた。

 

 

「キミか...?こんな作戦を考えたのは」

 

「偶然...ウワサで聞いちゃってね。」

 

「...ここまで最悪なヤツだとは知らなかったよ。」

 

「しかも、勝負にまで持ち込むとはね」

 

 

当然ながら...少し怒っていたようだった。

けど、ここで中途半端に終わらせちゃダメだ。

 

私は更に挑発をした。

 

「...でも、事実よねー?」

 

 

 

 

「キミは...その発言の意味を!本気で分かって言ってるのか!?」

 

彼は今にも噛みつきそうな、物凄い剣幕で詰め寄ってきた。

そのあまりの迫力に...私は思わずたじろぐ。

 

 

あれ...何かおかしい。

 

私は少しずつ、妙な違和感を感じ始めていた。

いくらなんでも『あの発言』だけで、ここまで怒るなんて...?

 

 

 

「...な。なんか、ずいぶんと大げさじゃん。そ...そんなに怒る事?」

 

 

「ただ...弟さんに負けないよう...せいぜい頑張ってねって言っただけじゃない」

 

 

 

 

「...多分、キミらはよく知らないんだろうね。あの事をもし知ってるなら、そんな事言えるわけがない」

 

 

聖が伝えた言葉は、間違いじゃないようだった。

でも。なに、あの事って...?

 

 

 

次の瞬間に放たれた言葉は、私の予想だにしないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボクの弟は半年前...交通事故に遭ってるんだ。」

 

 

 

...そ、そんな...?

 

 

「頭を強く打ったらしくてね...いまだに病院で治療中さ。」

 

「だ、だって...私はただ、あんたが雑用ばっかさせてくるから...」

 

「だから軽く、仕返しにと思っただけでっ」

 

「...ああ。キミにこんな話をしても仕方がなかったな。さて、勝負の続きをやろうか。」

 

 

 

 

「つ、続きって...」

 

「キミが言い出した勝負だろ?...それとも、このまま投げ出す気かい。」

 

 

...確かに今は、退部がかかってる勝負の最中だった。

そんな中途半端に投げ出す事なんてできない。

 

私はすぐに思い直した。

 

 

 

「...分かった。ただ、私が勝っても文句は言わないでよね?」

 

 

「それはこっちのセリフだ。」

 

 

 

 

 

 

すぐに勝負は再開した。

 

アウトまで、あとストライク1つ取れば...!

私の中に緊張感が走る。

 

 

「...早く投げて来いっ!」

 

 

 

ゾーンを外れそうな、低めの位置に球を投げる。

またもやカキン、という音が響いた。

 

 

 

「ファール!」

 

 

「さぁ...早くっ!」

 

 

長々とやってる暇なんてない。

これが...最後の1球!

 

私は精一杯の力を込めて、球を投げた。

 

「...えいっ!」

 

 

 

「...フン、単純なストレート、しかもど真ん中か!これなら」

 

ククッ!球が大きく弧を描いて曲がる。

 

「何!?ここでスクリューだと?...いや....!」

 

彼が球の変化に気づいた時にはもう遅く...

バットは大きく空を切った。

 

 

 

バンッ!

 

「ストライク...バッターアウト!」

 

「ゲームセット!」

 

 

 

 

 

「...なかなかやるな。負けたよ。」

 

「...」

 

「どうした?勝ったんだ、喜べばいいじゃないか。」

 

「約束通り、明日からは練習に参加してもらうよ」

 

 

彼はそう言ってグラウンドを後にしていく。

 

 

もちろんその言葉が本心からじゃないのは...

私もしっかり理解していた。

 

 

 

「猪狩くん...みずき...」

 

「...知らなかったんです。そんなことがあったなんて...」

 

 

....別に、こんな勝ち方をしたいわけじゃなかったのに。

後悔と罪悪感が少しずつ襲ってくる。

 

 

あおいさんの顔色が変わり始めた。

 

「...どこで聞いたの?あの話」

 

 

その問いには、聖が答えた。

 

「...部室にあったバッグからです。」

 

「あのバッグは猪狩守の物だと私が言ったら、みずきが中を漁って」

 

 

 

「どうしても勝ちたくて...何か方法を見つけなきゃって、それで」

 

私は...洗いざらいを話した。

 

 

その瞬間。バシッ!音とともに、

顔の部分に痛みが走る。

 

「っ...!」

 

 

あおいさんが私の頬を殴っていた。

 

 

「人にはさ...知られたくない事だって、色々あるんだよ!」

 

「勝ちたいからって...勝手にバッグを探るなんて...!」

 

「で、でもっ...それは、あいつが雑用ばっかりさせてきたから...」

 

「じゃあ、そんな事をしていいの!?そもそも、困ってるならさ...ボクたちに相談するとか、他にもやり方があったじゃない!」」

 

 

...何も言い訳なんてできなかった。私はどうかしていた。

 

 

「それに、聖も...なんでそんな助言なんかしたの!」

 

聖も、頬を殴られる。

 

「っ...申し訳ありません。」

 

 

 

「あ、あおいちゃん...やめるでやんす」

 

矢部くんが止めに入った。

 

 

 

「...とにかく、もう二度とこんなことはしないでよ。分かった?」

 

「はい...」

 

 

「うん。ならもういいよ...猪狩くんには、後でちゃんと謝っておいて。」

 

 

 

 

「みんな...どうしたんだ?」

 

パワプロくんが来た。

 

 

「...パワプロ会長?どうしてここに?」

 

「ちょっと様子を見に、ね。」

 

 

 

 

 

パワプロくんはあおいさんから大体の話を聞いた。

 

「....そんな事があったのか。2人のやった事は悪いけど...あいつもひねくれてるからな。」

 

 

 

「今回は....みずきじゃなくて私が原因のようなものでもある。」

 

「バッグがあそこにあるなんて言ってしまったから....」

 

「私も、あの男の態度にイライラしている部分があった。どうしてまともな練習をさせてくれないのかとずっと思っていたのだ。だから」

 

かなり後悔している様子だった。

聖も聖なりに、色々思うことがあったんだ。

 

「いや....無理に謝らなくてもいいよ。全部私のせいだしさ」

 

「...すまない。」

 

 

 

 

 

「パワプロくん...ごめん。迷惑かけちゃって」

 

「と、とにかく。どっちも悪かったみたいだし、あんまり気にするなよ。」

 

「...」

 

「...そうだよ。失敗しても、次から何とかすればいいんだよ。あと、今度からはちゃんとボクたちにも相談してくれれば」

 

あおいさんもフォローしてくれる。

 

 

でも、もしまた失敗してしまったら....?

私は段々、怖くなってきていた。

 

「....やっぱり。私なんてこの部活にいない方が....」

 

 

「な、何言ってんだよ。あれだけやりたいって言ってただろ」

 

「失敗なんて皆するもんだよ。そこから反省して、学んでいけばいいじゃないか」

 

「....でも」

 

 

 

 

「そ、そうでやんす。オイラなんか失敗ばっかりでやんすから、それに比べれば」

 

 

「....いや。矢部くんは失敗し過ぎだよ」

 

「そ。それを言わないで欲しいでやんす...」

 

「矢部くんなんかは、何から何まで失敗してるからなぁ。あ、そうだ。中学の頃も可愛い子に告白して」

 

「ちょ、ちょっと!それは言わない約束でやんす!」

 

 

 

 

「....ふふっ。そうだね。矢部くんに比べたら、大した事じゃないよ」

 

「ほら。あおいちゃんに言われたぞ」

 

「なんかバカにされてる感じがするでやんす」

 

「...いや、バカにされてるんだよ。」

 

 

 

「....ふふ、あはははっ。」

 

それを見ていると、自然と笑みがこぼれる。

 

「...ふっ!」

 

聖も続けて笑った。

 

 

「あーあ。2人にも笑われてるじゃないか」

 

 

 

「なんで笑うでやんすか!せっかくフォローしてあげたのに」

 

「....いやでも矢部くん、助かったよ。おかげで2人が元気を取り戻してくれたし」

 

「それはまあ....良かったでやんす?」

 

...なんだか、少し元気が出てきた。

不思議だな。この2人がいると雰囲気が変わる気がする。

 

 

 

「さて。元気になった事だし...明日から、気を取り直して練習するよ。今日は疲れたし帰ろっか」

 

「矢部くん、ありがとう。明日も面白い事やってくれよっ!」

 

 

「....いや。やっぱり、おかしいでやんすっ!」

 

 



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謎のストーカー

 

「ねえ、聖。この先何があっても、友達でいてくれる?」

 

「なんだ?急にそんな話をして」

 

「だってさ。私、迷惑かけてばっかりだし....」

 

 

「ずっと、というのは....進路もあるから難しいかもしれないが」

 

「少なくとも今は。みずきと一緒にいたいつもりだ。」

 

「...そっか。」

 

 

「ここ最近のみずきはなんだかみずきらしくないな、落ち込んでばっかりで。入学当初の元気だった頃はどうしたのだ」

 

 

....元気、か。大変な事が立て続けにあって、

気がつけばどんどん暗い気分になっていたかもしれない。

 

そろそろ気持ちを切り替えなくちゃ。

 

 

 

「...仕方ないな。じゃあ何か、軽く食べにでも行くか?奢ってやるぞ」

 

え、本当?それなら....

 

「あ。私、パワ堂のプリンが食べたい」

 

すると聖は不満をにじませた。

 

「むっ、別にいいのだが...パワ堂と言ったら、普通きんつばだろう?」

 

 

 

 

「えぇ、何言ってんの?パワ堂ならプリンが定番でしょーが」

 

私にとって、ここは絶対に譲れない部分だった。

 

「確かにあれも人気だがな...やはりあそこの1番のオススメ商品はきんつばだな」

 

「いやいや、プリンが一番だって。」

 

「違うな、きんつばだ」

 

「プリンよ、プリン!」

 

 

 

 

 

 

 

...言い争いが続いて、何十分が経ったのか。

気づけば私も聖も疲れ始めていた。

 

「はぁ、はぁ...」

 

「もう...両方奢ってくれない?ちゃんと食べるから」

 

「はぁ、仕方ないな、そうするか...はぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、食べた食べた...もうお腹いっぱいね」

 

「ほとんど買ったのはプリンだがな...」

 

「だって、プリンおいしいじゃない」

 

「まあ...食べてみたが、確かに人気なのも分からなくないかもしれない」

 

そういう聖も実際に店に行くと、割と目移りしたようで

3個ほどのプリンをおいしいと言ってすぐにたいらげていた。

 

 

 

「でっしょー?ようやく魅力が分かってきたみたいね」

 

「いや。でもやはり一番はきんつばだ」

 

 

「...まだ言うかっ。」

 

 

 

店の近くでしばらく話していると....

急に雨が降ってきた。

 

「あ、雨だ。そういえば、もう外もさすがに暗くなってきたね。」

 

「ああ、そうだな...夜中だし、帰りには気をつけろ。」

 

「それじゃ、また明日」

 

 

「うん。じゃあねー」

 

私は聖と別れた。

 

 

 

 

 

「ふう、私も家に帰らなきゃ。おじいちゃんが心配するし...」

 

結構長居し過ぎたみたいで、外はもうかなり暗かった。

気がつけば歩いている人は全くいなくなっている。

 

車も全く通っていない。

まるで私以外の人が消えたような気分...

 

 

 

....なんだか、さっきから自転車の動きが遅い気がする。

 

 

「あ。いつの間にタイヤの空気が抜けちゃってる....歩くしかないかなー、これ」

 

寄り道するなら、行く前に入れておけばよかったな。

 

 

仕方なく、役に立たなくなった自転車を押して歩き続ける。

 

 

そのまま、しばらく時間が経つ。

どれだけ時間が経っても、距離は全く進まなかった。

 

「どうしよう....」

 

 

これじゃ、家に帰るのがどんどん遅くなっちゃう。

いや。そもそも家に帰れるのかな....それすらも怪しく感じてきた。

 

 

....すると。急に前の方から声がする。

 

 

「ちょっと、キミ。学校の帰り?良かったら、乗っていかない?」

 

 

顔を上げると、黒い車が少し離れた場所に止まっていた。

その隣に運転手らしき人も立っている。

 

とても良いタイミングだったし、願ってもない提案だと思う。

 

 

けど...なんだか少し怪しい。

 

「え...でも、知らない人にはついていかない方が良いって言われてるんで」

 

 

 

 

その人は歩道の真ん中で私に向かって手を振っている。

顔は暗くてよく見えないけど....声からして女の人なのかな?

 

 

「そんな冷たい事言わないでよー。さあさあ、早くっ」

 

 

なんだか怖い。逃げた方が良いかも....

私はそのままスルーして、急いで通り抜けようとする。

 

 

 

すると、その手が強引に私の服を掴んできた。

 

 

「ちょ。ちょっと、何するんですか!」

 

 

危険を感じてとっさに離そうとする。

だけど....あまりにも力が強いのか、なかなか離れてくれない。

 

 

 

「抵抗するとお姉さん、ちょっと手荒な事をしちゃうかもよ」

 

話し方はフレンドリーだけど、言ってる事は物騒で。

そのギャップもあって私は更に怖く感じる。

 

「な、なんですか。や...やめてくださいっ!」

 

 

すると女の人は、落ち着いてよと私をなだめてきた。

 

「いや。だからつまりは、私の車に乗ってくれれば良いんだって。」

 

「別に何もしたりしないからさ、安心してよ」

 

 

...本当かな。

 

 

「でも、自転車が」

 

「じゃあそれも乗っけるから。気にしない、気にしない」

 

 

女の人はまだ余裕がありそうな口調だった。

どうせ抵抗した所で、すぐに捕まるかもしれない。

 

それならせめて...私は覚悟を決めて、車に乗る事にした。

 

 

 

 

 

バタンとドアが閉まると、すぐに車が動いた。

どこへ連れてかれるんだろう。

 

「...」

 

「大丈夫。誘拐犯とかじゃないから」

 

 

....凄く怪しい。

 

「一体何の目的なんですか...なんで私を?お金なら持ってないですけど...」

 

「えっ、ホントに?お金は持ってるハズでしょ。たくさん」

 

 

 

 

 

「...やっぱり、誘拐犯!?」

 

「わ、私をさらった所で。なんにもっ....」

 

いくら話を聞いても、やっている事は誘拐以外に考えられなかった。

しかし、女の人はそれを聞いて困った様子を見せる。

 

 

「いやいや...違うって。んー、なんて説明しよっかな」

 

何が違うのか全く分からない。

誘拐じゃないとしたら....なんの目的で?

 

 

 

 

 

 

「うーんと...あ、そうだ」

 

「実は私、君の親と知り合いで。色々親交があって...」

 

 

「...親はもう亡くなってますけど。私が小さい頃に」

 

「あ...そうだったか。勘違いだったかも...ごめんね」

 

咄嗟に考えた嘘なのが明らかだった。

 

 

「...さっきから、なんなんですか?」

 

何がしたいのかホントに分からなかった。

もしかしたらこの人、頭がおかしいんじゃ...?

 

 

 

 

 

....しばらく沈黙が続いた後。

 

女の人は、もう言っちゃおうかなと言って

こんな事を私に打ち明けてきた。

 

「んー。信じてもらえないかもしれないけど、私は君の事知ってるのよ」

 

「知ってる...?」

 

 

意外と私って、有名人なのかな?

 

 

「あ...まあ。知っててもおかしくないですよねっ。」

 

「私って頭も良いし、スポーツ万能だし、顔も可愛い(と思う)方だし?」

 

考えてみれば自然かも....?

 

 

 

 

「あははは!まあ、そう。それでいいよ。昔からそう思ってたもんね」

 

「それでいいって...えっ、昔から?」

 

 

「あ。もしかして私のファン...?」

 

そうか、この人は私の追っかけみたいな人だったんだ。

そう考えると全部の辻褄が合う。

なんとか近づきたくてこんな事をしたのかな。

 

「....私と話がしたくて、ストーカーをしてたんですか?」

 

「ま。そういう感じかな....」

 

そうだったんだ...分かってしまえば特に怖い事もなかった。

少なくとも悪い人ではなさそう....ちょっと危ない人だけど。

 

 

 

 

 

 

「で。その、美少女の君にさ。聞きたい事があるのよね」

 

「今...好きな人とかいる?」

 

 

「好きな...?別にいませんけど....」

 

どういう意味の質問だろう?

 

「あっ。まだ、そこまで行ってないとか」

 

 

「うーん。始まってるわけでも...」

 

好みのタイプとかが知りたいのかな。

まあ、そういう人もいなくはないように思える。

 

 

 

 

 

すると、女の人はまた不思議な事を言い出した。

 

「...そう。まあ、伝えたい事は1つだけ。」

 

「とにかく、後悔しないような選択をしてってこと」

 

急に声色を低くして、真剣な口調でそう話す。

私はその雰囲気の変わりように、思わず身震いした。

 

「後悔しない選択...?」

 

「いずれ、その日が来るかもだけど...あんたには後悔してほしくないの」

 

 

 

私がすっかり萎縮しているのに気づいたのか、

女の人はまたさっきまでの明るい口調に戻り始める。

 

「ごめん。突然こんな話されても驚くよね」

 

いや...もう散々驚かされてるんだけど。

 

 

「...まあ昔、色々あってね。私、高校の時に好きな人がいたんだけど」

 

「好きな人?」

 

「うん。初めての恋でね...今考えると、青春だったなぁって思うのよね。2人きりでデートなんかもしてたし」

 

ふーん...なんか、ちょっとロマンチックだなぁ。

私は少しずつその話に興味を持ち始めた。

 

 

 

 

 

「....で。どうなったんですか?その人とは」

 

 

「勇気が出なくてね。結局ちゃんと告白できなかったんだ」

 

「それで。その後はまあ....自然と疎遠になって、おしまい」

 

 

「えーっ。なんかそれ、もったいなくないですか?」

 

私ならちゃんと思いを伝えるのに....

言えずに終わりだなんて、凄く悲しい話だった。

 

 

「...うん、そだね。私、バカだったから。」

 

真っ暗だからはっきり見えないけど、

女の人はなんとなく寂しげな顔をしている...そんなように感じる。

 

「だからさ、君には私みたいにならないで欲しいな」

 

「なるわけ、ないじゃないですか」

 

私はきっぱりと言った。といっても、自信があったわけじゃなく。

ただ単に、そうなりたくないという思いからだった。

 

 

 

 

「ふうん。さあ、どうだかねぇ?同じことして泣きついてきても知らないよっ」

 

女の人はけらけらと笑って、茶化すように言う。

 

 

「私はおばさんみたいなストーカーじゃないんで。一緒にしないでください」

 

「お、おばさんって...まあ、そうか。そう見える年齢に入ってきたしね...」

 

女の人は凄くショックを受けているみたいだった。

ちょっと言い過ぎたかな。

 

「...でも。羨ましいなって、思いました」

 

 

「え?」

 

「だって私には、それだけ夢中になれる人がいないし。学校生活もろくな事ないし...」

 

 

 

 

 

 

 

「それに比べておばさんは、後悔するほど好きな人を見つけて...学校を楽しんでたみたいだから」

 

「...そっかー。じゃあさ、キミも私みたいに好きな人を見つけたらいいんじゃない。」

 

 

好きな人、かぁ....少し考えてみるかな?

 

 

「あっ。でも、告白できずに終わっちゃうなんて事はならないようにね?」

 

「...な、ならないですっ!」

 

 

 

 

 

「あはは。...さて、着いたよ。家はここでしょ?」

 

 

「え。いや、全然違うんですけど...」

 

着いた場所は、私の家とは似ても似つかないような

とてつもない豪邸だった。

 

「あれっ、ウソ?」

 

 

 

仕方ないから、私は分かりやすく家の場所を教えた。

 

「...この辺で合ってる?」

 

 

 

「はい。あ。あの、送ってくれてありがとうございます!」

 

「いや、いいよ全然。あっそうだ、明日学校だよね?なんなら朝もここで...」

 

「だ、大丈夫ですっ。自分で登校できるんで」

 

 

 

「そう?それじゃあねー」

 

女の人は車に乗り、そのままどこかへ走り去っていった。

 

 

 

「...ちょっと変だったけど、結構良い人だったな。」

 

「でも、結局何が目的だったんだろ?」

 

ファンの割に、私の家も全然知らなかったみたいだし...

特に何もされなかったのも、逆に不気味に感じる。

 

 

 

 

次の日。私は聖に相談をする事にした。

 

「おっはよー、聖。」

 

「おはようって...もう真っ昼間だぞ?」

 

 

「まだ朝みたいなもんでしょ。...それよりさ、昨日変な女の人に会ったんだよね。」

 

「変な...?なんだ、それは。」

 

 

「分かんない。私のことなぜか知ってたみたいだけど...」

 

「好きな人がいるかとかまで聞かれたのよ。まあ、いないって答えたけどね」

 

「...そうか。親戚じゃないのか?」

 

 

「それがさ、話を聞いたらそうでもないみたい。一応家まで送ってもらったんだけど」

 

聖は一瞬驚くと、心配そうな顔で語りかける。

 

「家まで...?大丈夫か、みずき?」

 

「うん。まあ、大丈夫だと思うけど...」

 

 

 

 

「心配だな...今日は私が帰りまでついていくか?」

 

「いやいや...そこまでしなくても。その気持ちは嬉しいけどさ。」

 

 

「しかし...やはり心配だな。」

 

「念のため、今後は登校も下校も一緒にしておいた方が」

 

 

 

...もしかして、こっちも結構なストーカーかも?

 

 

 

 

私は車を走らせながら、考えを巡らせていた。

バックミラーを見てさっきまで見えた彼女の姿をふと思い出す。

 

「結構良い目つきしてたな、あの子。」

 

あの高校生の子は、まるで昔の私にそっくりだった。

まあ、もちろん私とは全然違うんだけど...凄く奇妙な気分。

 

「...にしても。ホント、不思議なこともあるもんねぇ。」

 

こうなったのも、あの日のことがあったおかげか。

 

あの時はまさかこういう展開になるだなんて思わなかったし。

なんだかんだ、人生もまだまだ捨てたもんじゃないな。

 

「...なんか、ちょっと面白くなってきたじゃない」

 

彼女の行く末を期待して、私は久しぶりに心を躍らせていた。



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消えたサインボール

これパワプロ?って言われたら微妙な話かもしれません
飛ばしてもあまり問題ないです


 

 

ある日の朝。私の携帯にピリリリッ、と着信音が鳴った。

 

 

「ん...なに?電話?」

 

 

誰からだろう。まだ眠い目をこすりながら、電話に出る。

 

 

「...ふあ〜あ。もしもし」

 

 

 

「みずきか。困った事になっている。」

 

 

携帯から聖の声が聞こえてきた。

 

 

「急いで部室に来てくれ。幸い今日は晴れだぞ」

 

「ああ....うん。分かった、すぐ行くね。」

 

 

ピッ、と電話を切る。

 

何の用事だろう...と思いながらふと時計を見た。

 

 

「って、5時半?なんでこんな時間に...」

 

 

今日は休みなのに、どうしたんだろ?

 

「とりあえず、行ってみるしかないかな」

 

 

急いで支度をして、家を出た。

 

 

 

学校に着く。...グラウンドにはほとんど人がいない。

みんな中にいるのかなと思い、部室のドアを開けてみる。

 

 

思ったとおり、部室には皆が集まっていた。

 

 

「みずき、来たか。」

 

 

向こう側を見ていた聖は、私に気づくと声をかけてくる。

 

 

 

「なんなの、聖?こんな朝早くから呼び出したりして」

 

 

 

よく見ると、皆はある一点の場所を見続けていた。

 

 

「やっぱり、ない...」

 

 

あれ。もうあおいさんたちまで集まってる。

ないって、何の話だろう?

 

 

「あのー。何かあったんですか?」

 

 

私はあおいさんに事情を聞いてみた。

 

 

 

「野球ボールが...ない?」

 

 

「うん、そうなんだよ。うちの学校には特別なボールがあったよね」

 

 

 

「部室のあそこに飾ってあったはずだが、無くなってる」

 

 

猪狩守は、棚の部分を指差して言った。

 

 

「...もしかして、あの汚れてたサインボールですか?」

 

 

「そうそう。昨日まではあったはずだけど...」

 

 

「さっき見たら、もうなかったんだよ。」

 

 

 

 

 

「あれは一応サインがあるから、高い物だと思うし...」

 

 

あおいさんは首をかしげると...

はっ、と思いついたように言った。

 

 

「そうだ!貧乏な人の仕業だよっ!」

 

 

せっかく言ってもらったところで悪いけど...

誰でも思いつきそうな考えに見えた。

 

 

 

 

「それじゃあまずボクは容疑者から外れるね。元々金持ちだから、盗む理由はないだろう」

 

 

「そもそも、天才のボクがそんな事をするなんてあり得ないが」

 

 

猪狩守は、相変わらず鼻につく言い方をする。

 

 

 

 

「じゃあ、そうだな。橘みずき...キミがやったんじゃないのかい?」

 

 

 

「...いや、違うから。なんでそんな事する必要があるの」

 

 

 

 

 

「さあ、どうだか。特にキミなら、イタズラでやってそうじゃないか」

 

 

「...」

 

 

 

「なんだ、反論はないのかい?」

 

 

「た、確かにそうかもしれないけど...今回は関係ないし。」

 

 

「....やりそうなのは認めるのか?」

 

 

 

 

 

聖がそれはありえない、と反論した。

 

 

「...あのボールがなくなれば、すぐに分かる。今日盗むことは難しい。となると昨日の可能性が高いわけだが」

 

 

「昨日は雨でみんな早く帰っていた。つまり私たちが犯人の可能性は低い。」

 

 

 

「フッ、冗談に決まってるじゃないか。」

 

 

...全く面白くない冗談だと思った。

 

 

 

 

不毛な争いになってきたから、一旦流れを変える事にする。

 

 

「...とにかくっ。ここで犯人探ししてもしょうがないし。証拠を集めるのが先じゃない?」

 

 

「そうだね。じゃあボク、皆から証言を聞いてくるよ!」

 

 

あおいさんはそう言ってグラウンドの方に飛び出していった。

...皆といっても、そんなに数は多くないはずだけど。

 

 

 

 

 

 

「昨日の雨の後に残ってたのはこの2人みたい。そうだ、この子たちがみずきと聖だよ。ほら、自己紹介して。」

 

 

「そういや挨拶してなかったね。私はエミリだヨ。よろしくー!」

 

 

そう言って外国人の女の子が気さくに話しかけてきた。

エミーと呼んでネ!なんて言って、私の手をガッシリ掴んで握手する。

 

あおいさんに聞くとアメリカからやってきた留学生らしい。

2年生で私より先輩とのことだけど、年上にはあまり見えない。

 

 

「僕は田中山だよ。橘みずきさんと六道聖さんだったなー、よろしく!」

 

 

...そして、見知らぬ男の子が私たちの事を知っているかのような口ぶりで話しかけてきた。

 

 

 

「エミリって人は前に見たことある気がするけど...こっちは誰?こんなのいたっけ?」

 

 

「さぁ....」

 

 

聖も首をかしげている。

 

 

 

「いや。顔ぐらいは、たぶん覚えてるはず...だよな?」

 

 

「ほら。猪狩くんと君との対決の時、球審をやってた...」

 

 

あー....言われればいたかもしれない。

けど、顔に特徴がなさすぎて思い出すこともできなかった。

 

 

 

 

「えーっと...いたような、いなかったような」

 

 

しばらく、気まずい沈黙が流れる。

 

 

 

「ガ、ガーン...やっぱり僕、この程度の扱いなのかー...」

 

 

「どうせ誰にも名前を覚えてもらえやしないんだよなー...分かってたけどさー...」

 

 

彼は、まるでこの世が終わるかのような落ち込み方をしていた。

 

 

 

 

「き、気を取り直してよ。田中川くん。」

 

あおいさんがすかさず励まそうとする。

 

 

「違うって、田中山だよー!」

 

...しかし、そのフォローは逆効果に終わったみたいだった。

 

 

「あれっ!?ゴ、ゴメン!」

 

 

 

 

 

 

「...まぁ、そんな話より。2人ともさ。昨日、最後にボールを見たのはいつなの?」

 

 

「僕は、夜の9時ぐらいに見たよー。結構長く残ってたけど、もう帰り際で支度してる時かなー。」

 

 

「おかしな事聞くね?エミーは確か...夜の8時頃だったかなぁ。練習が終わって、休憩してたんだヨ。数十分ぐらいはあったけどすぐ消えちゃったかな」

 

 

 

...えっ?

 

 

「どういう事なんだ?矛盾してるじゃないか。」

 

 

猪狩守が不思議そうに首をかしげる。

 

 

 

「これはどちらかが...ウソをついているという事だろうか?」

 

 

同じく聖も、頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 

けど、私はかえって分かりやすくなった気がした。

 

「じゃあ...ははーん、なるほどね。この2人のどっちかが犯人ってことになるじゃない。」

 

 

 

「私は違うヨー!たぶんこの田中なんとかってのがウソつきだと思うっ!」

 

 

「キミの言ってる事はおかしいよ。僕は無実だ!」

 

 

 

「...埒があかないね。早川、昨日の夜で他に残っていた人はいないか?」

 

 

「さ、探してくるっ。」

 

 

 

 

あおいさんは、ちょうどいた2年生の佐々木さんを連れてきた。

やたらとテンションの高い先輩だ。

 

 

「あー!確かに昨日の8時頃、エミリが部室に入ってきたのを見たわ!」

 

 

「佐々木...それは本当か?」

 

 

佐々木さんは一応2年生のはずだけど、なぜか呼び捨てにされている。

 

 

「記憶にハッキリ残ってるぜ!オレもそのとき飯食ってたし、みんなもう帰ってたからな。」

 

 

「田中山くんはいたか覚えてる?」

 

 

「うーん、田中山か。そんな奴はいたようないなかったような...」

 

 

 

私は情報を整理した。

 

 

 

「じゃあ、佐々木さんはその時もう部室にいたってことね。で、ボールの方は?」

 

 

 

 

 

「確かボールはあったな。すげー汚かったからめっちゃ覚えてる」

 

 

猪狩守はそれを聞くと、合点のいった顔をした。

 

 

「...なるほど。それなら簡単じゃないか。犯人はエミリだよ。」

 

 

 

 

「え...どうして?」

 

 

あおいさんが疑問に思う。

 

 

 

 

「よく考えてみろ。エミリはなかったと主張してるが、佐々木はあったと言ってる。」

 

「それで...あの男もあったと。1人だけ違う事を言ってるなら、これはエミリが怪しいに決まってるじゃないか。」

 

 

「うーん、そうかなぁ」

 

 

 

「...佐々木の発言を信じるならば、な。」

 

 

聖が一言つぶやく。

 

 

「なんだ?オレがボールを取ったとでも言いたいのかよ?」

 

 

 

「そもそも、その推理も田中くんの発言を信じた場合だよ。」

 

 

「僕は本当の話をしてるけどなー。エミリさんが犯人かは分からないけど...」

 

 

 

「...とにかく、誰かがウソをついてるのは間違いないんだけどねぇ。」

 

 

「うーむ。とりあえずエミリがウソを言ってるようには思えないのだが...」

 

 

 

「そうね。それなら、そもそもなんであんなウソをつく必要が...」

 

 

「...って、え?」

 

 

 

「キャッ!びっくりするじゃない、聖。」

 

 

私は聖がいつの間に後ろに立っている事に気づき、驚いた。

 

 

「結構前からここに移動していたぞ。ちゃんと見てなかっただけじゃないのか?」

 

 

「まったく、もう。見えるような位置に...」

 

 

あれ、聖は今なんて言ったっけ。

私がちゃんと見てなかったから気づけなかった...?

 

妙にその言葉が頭の中で引っかかる。

そして、考え始めた瞬間に全ての謎が解けた。

 

 

 

「どうした?」

 

 

「...なるほど、そういう事ね。犯人が分かったわよ、聖」

 

 

 

「どういうことだ?ちゃんと私にも分かるように教えてほしいぞ。」

 

 

 

「今回の話は...ちょっと複雑だったかもね。重要なのは物の見方。それに気づけば謎は解ける」

 

 

「ヒントは...影。さあ、もう分かるわよね?」

 

 

聖はまだピンと来ていない様子だった。

 

 

 

「本当に...謎が解けたって言うの?」

 

 

あおいさんが心配そうに言う。

 

 

後ろでも、3人が口々に騒ぎ立てていた。

けど...たぶんこれで大丈夫。もう真相は見えてるはず。

 

 

 

「まあまあ。みんな、一旦落ち着いて。今回の件でまず重要なのは、物の見え方だったの。」

 

 

「...何を言ってるんだ、キミは?」

 

 

 

「エミリさん。部室にはボールがなかったと言ってたよね。それって...これのこと?」

 

適当な野球ボールを持ってきて、エミリさんに見せる。

 

「ただのボールを見せて...どういうつもりなのだ?」

 

 

 

エミリさんは首をかしげて言った。

 

「いや...違うヨ?」

 

 

「え...」

 

「なんだと?」

 

 

皆が驚いて私の方を見る。

 

 

「な...?説明してくれ、みずき。」

 

 

 

 

「エミリさんは外国人。だから、ボールを違う意味で捉えてたのよ」

 

「ねえ。エミリさんは、このボールじゃなくて...ボウルの話をしてるって思ったのよね?」

 

 

「そうだよ...?食器は佐々木くんに片付けられたんだし、ストレンジと思ったけど」

 

 

....英語が混じってて少し言ってる事が分かりにくい。

とはいえ、とにかく変だと思っていたことはなんとなく伝わる。

 

 

「...つまりこうか、みずき。あの発言は野球ボールじゃなく...食器と勘違いしてだったと?」

 

「そのとおり。」

 

 

猪狩守は信じられないといった顔をしている。

 

 

 

 

「じゃあ、この野球ボールで...汚くて、サインが書いてた物は?」

 

 

 

エミリさんははっと何かを思い出したように言った。

 

「あぁ...確かにあった!覚えてるヨ!あの場所に置いてあった。」

 

 

 

「えっ、つまり...どういうこと?」

 

「いいですか、あおいさん。エミリさんがボールを見ていたとなると、佐々木さんの証言も正しい可能性が高いってことなんですよ。」

 

「なるほど。みずき、それじゃあ一番怪しい人物は...?」

 

 

 

 

「ぼ...僕じゃないよ。」

 

 

「...本当にそうかしらね?佐藤くん」

 

「田中山!全然違うじゃないか!」

 

 

「あれ、違った?」

 

どうも名前が覚えられない。

 

 

 

彼は無茶苦茶だよ、と呆れたように言った。

 

「...大体、それだけじゃ犯行時刻が夜8時から9時までの間になっただけさー。他が犯人の可能性もあると思うけど」

 

「まぁ、普通ならね。」

 

 

「...でも、その時間帯に人はいたんですか?あおいさん。」

 

「顧問の人に聞き込みしたら、みんな8時前にはほとんどが帰ってたみたいだね。」

 

「8時ごろには、もうほぼ佐々木くんとエミーだけだったナー。私たちもご飯を食べてしばらくしたらすぐにゴー、ホーム!した記憶があるし」

 

 

 

「つまり、そういうこと。あいにく雨もあってね、当日の8時以降にいたのはキミを含めた3人だけだったのよ。」

 

「それでボールを最後に見たのがキミなら...一番怪しくなってくるわけ」

 

 

「...いや。先生たちが犯人の可能性だってあるだろー?」

 

 

「あの雨の後....わざわざこの部室に先生が入ってくると思う?」

 

 

 

「....多分僕の予想だと、ここに犯人はいないと思うよー。たぶん学校に侵入してきた泥棒か誰かじゃないかなー」

 

「ボールは飾ってあったんだから、持ち出したらすぐにバレるよ」

 

「誰も気づかないなんて、ありえないよー」

 

 

 

「いいや。ところが...意外とそうでもないと思うんだよね。」

 

「えっ?どうしてそんな事が」

 

 

「...ちょっと言いにくい話だけど、いい?」

 

「えっと...キミってさ、影薄いじゃん。だから、ボールを持ち出しても気づかれなかったんじゃないかな?」

 

 

 

彼はそれを聞くと、はは...と力なく笑った。

少しずつ、さっきまでの余裕がなくなり始めている。

 

「なんだよそれ...」

 

「現に、皆に全く名前を覚えてもらってないでしょ?」

 

 

 

「...だからって、そんな訳ないだろ!」

 

「うん。私もありえないと思う。でもさ、もしそうだったとしたらどう?」

 

部員の中で、あおいさんにすら名前を覚えられてない。

それぐらい影の薄い人にしか、あのボールは持ち出せないと私は思っていた。

 

 

「ば。バカバカしいよ...」

 

「適当な理由で疑うのはやめてくれ。ちゃんとした証拠を出してからにしろよ!」

 

 

普通にやっても、アリバイは崩せそうにないか。

こうなったら...賭けに出るしかないかな。

 

 

「...あ。いや。でも違ったかな」

 

 

 

「...はあ?」

 

「だって、朝の時にはあったみたいだし...」

 

 

聖は一瞬驚いた顔をしていたが、

私の目を見てすぐに意図を察したようだった。

 

「...そうだったな。」

 

 

 

「なんだ、混乱してるのかー?朝にはもうボールはなかったはずだよー」

 

「ふふん...なるほど、ね。」

 

 

 

「なんで...知ってるの?」

 

あおいさんが突っ込んだ。

 

「...え?」

 

「ボールは確かになかったよ。でも、キミがどうしてそれを知ってるの?」

 

 

 

「ボクは今日の5時からグラウンドに来てた。けど、その時に田中山くんはいなかったよね」

 

「...あ!いやそれは...先生とかー、みんなからさっき聞いたんだよ」

 

 

 

「そう。じゃあ確認してみる?」

 

「この時間帯なら聞いた人は限られてくるけどね」

 

「....」

 

 

 

「いつ確認したのか。その答え、私が言ってあげる。」

 

「自分が盗んだ時よね。だからないと分かってた。でしょ?」

 

 

 

田中山くんはしばらく何かを言おうとしていたが...

とうとう観念したようだった。

 

「...はは、やられた。口が滑ったなー。」

 

 

「やっぱり。田中山くんが...?」

 

 

「で、なんでそんなことをしちゃったの?」

 

「...目立ちたかったんだよ。僕は影が薄いし...誰にも注目されない。」

 

「だから、あのサインボールを盗めば有名な人になれるかなって思ったんだよ。ほんの出来心だったんだ」

 

 

 

 

「な、なにそれ。それだけの理由?」

 

「そうだよ。キミには理解できないかもしれないけどさー。」

 

 

なんとなく予想がついたとはいえ....呆れた。

 

 

「...ま、なんとなく気持ちは分からなくもないけど。」

 

「みずきもやたらと目立ちたがりだからな。」

 

聖が余計な一言を言ってくる。

 

 

 

「それで...どうなるんだ?僕、やっぱり逮捕されたりするのかなー...?」

 

「....まぁ、一応悪気があってやった事じゃないんでしょ?」

 

「なら、ちゃんとボールを返せばいいのよ。それぐらいみんな黙っててくれるはずだし」

 

 

 

 

「うん。すぐに返すならパワプロくんも許してくれると思うよ」

 

「...そうだね。これで部員が1人消えても困るし、騒がれても面倒だ。許しておいてやるよ」

 

「私も同意だな。この程度ならお咎めなしにしておこう。」

 

 

「そ...そうか...良かった。ありがとう、みんなー!」

 

 

 

 

「あと、プリンね」

 

「え?」

 

「ここにいる人の分と...そうそう、ついでに私のは2個分用意しといて。」

 

「みんなはいいとしても....なんで君のだけ2個?」

 

 

 

 

「いいから、いいから。ほら、早く買ってきてよ」

 

「....」

 

「あー、そう。なら、どうしよっかな。この話、他の人に言っちゃおうかなぁ」

 

「...わ、分かったよー!すぐに買ってくるから!」

 

「うん。助かるわ、ありがとっ。」

 

 

 

「...私は金つばで頼む。」

 

「おっ、それならオレは唐揚げとかで頼むわ」

 

「そ、それも買ってくるよー!」

 

田中山くんは慌てて外に走って行った。

 

 

 

 

「...これでグッドってことになるのかなー?」

 

「うーん、どうなんだろ...でもまぁ、これで済むなら良いんじゃないかな!」

 

「うんうん。みんな、これで一件落着ってことで」

 

猪狩守が私を白い目で見てくる。

 

「さっきは少し感心したが...まさか、このために推理をしたのか?キミは...」

 

「...さ、さぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクは練習を終え、進の病室に向かっていた。

 

すると...誰かがこっちに歩いてくる。

 

 

 

ん?あの髪型....

 

 

 

「キミはまさか...橘みずきか?」

 

 

「あっ!...」

 

 

橘みずきはボクを見ると、逃げ出すように走っていく。

 

 

 

「...なんだ、あいつは。」

 

 

どうしてこんな所にいるんだ?

さっき入っていたのは...進の病室か?

 

 

 

 

病室のドアを開ける。

 

「進...元気か?」

 

 

進はボクに気づくと、笑顔で応えた。

 

「あ、兄さん。まあ...なんとか。まだ時間かかりそうだけど」

 

 

「そうか...良かったな」

 

 

最初に対面した時は、ほとんど意識不明の状態だった。

それがここまで回復するとは...全く、奇跡としか言いようがない。

 

 

 

進はそういえば、と思いついたように言った。

 

「さっき誰かが、ボクにプリンを差し入れしてくれたんです」

 

 

....プリン?まさか。

 

 

「女の子みたいでしたけど...兄さん、知ってます?」

 

「...あいつか。知ってるよ」

 

 

フン、なるほどね。あの時の話は...

全く....粋な事をしてくれたものじゃないか。

 

 

「ひねくれててムカつくけど...」

 

「なんだかんだ、結構悪くはないヤツさ。」

 

 

進はそれを聞いて、ボクに小さく微笑んだ。

 



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ライバル登場?

 

 

私がいつものように自転車を走らせていると...

学校の前に、見覚えのある誰かが立っていた。

 

 

「待ちなさい、橘みずき!」

 

 

「あーちょっと、どいてどいて。」

 

 

「...って危ない、ぶつかる!」

 

 

その子がそんなことを言いつつ、しきりに声を上げている。

 

それにしても...邪魔な所に立ってるなぁ。

私はその子を避けて、自転車を置き場に止めた。

 

 

「よいしょっと」

 

「...橘みずき。私を覚えてらっしゃる?」

 

 

「...あっ!」

 

「...えーと。誰だっけ?」

 

 

その子はがくっ、と分かりやすく落胆をする。

 

 

「冗談だって。麗奈でしょ?あんた、学校同じだったっけ?」

 

「入学式の時に隣にいたでしょ!」

 

 

「...そうだっけ?全然覚えてないや」

 

「ま...まあいい。今日は、あなたに戦線布告するために待っていたのですわ!」

 

「へぇ、そうなんだ。じゃあね。」

 

 

面倒な事になりそうだし、さっさと逃げよっと。

 

 

「うん、じゃあね...って、コラァ!」

 

「なんか用事あったらさ、学校終わった後で言って。部活あるから夜まで待つだろうけど」

 

 

適当な事を言ってその場を立ち去る。

まだ何か騒いでたみたいだけど....ま、無視でいいや。

 

 

「でさー。あそこにできた喫茶店、今度行ってみない?」

 

「それはいいな。...ちょっといいか、みずき?」

 

「ん、何?」

 

 

「ドアの向こうでみずきを呼ぶ声が聞こえるのだが...アレはなんだ?」

 

 

ちらりと教室のドアの方を見ると、あの子がいた。

....まだ私についてきてるのかぁ。

 

 

「ああ、アレは...前に言ってたストーカーみたいなもんだよ。ほら、私って人気者だし。顔も美少女だしね」

 

 

適当にごまかそうとすると、聖は腑に落ちない顔をした。

 

 

「...そうなのか?...私にはあまり人気があるようには見えないが...」

 

「顔も正直...そうでもないというか...申し訳ない」

 

 

あくまで私の目線でだぞ、と聖はある程度フォローをしてくれる。

だけど、その微妙な反応に私は少しショックを受けた。

 

人気者ってのはさすがにウソとはいえ...そこまで言わなくても。

 

 

「....だって、お姉ちゃんも私のこと可愛いって言ってくれたし。」

 

「それはあんまりあてにならないものだと思うのだが...」

 

 

これ以上話してるとなんか辛くなってくる気がする...もうやめよっと。

そう思った私は、適当なタイミングで話を切り上げた。

 

 

「...まあ、聖には分からない隠れた魅力があるのよ。私にはね」

 

「そういうものか。で、あのストーカーはどうするのだ?」

 

「ほっとけばいいんじゃない?そのうち飽きて帰ると思うし」

 

 

「コラァ、みずきー!私と勝負しろー!」

 

 

「...勝負とか聞こえたぞ?」

 

「そーゆー...勝負にこだわる系のストーカーなんだよ。」

 

「そんなのいるのか...?」

 

 

その日の授業が終わった私は、いつも通り部室へと入る。

 

 

「...えっ?な、なんであんたがここに?」

 

「あら。みずきさん。こんばんは」

 

 

さっきのあいつが部屋で待ち構えていた。

近くにいた猪狩キャプテンになんで彼女がいるのかと聞くと、

 

 

「マネージャーだよ。やりたいと言ってたからな。」

 

 

あっさりした口調でそう答えた。

そして、知り合いか?と私に問いかけてくる。

 

 

「いや、そんなわけじゃ...」

 

「ええ。昔からの知り合いですわ」

 

 

「そうか。....嫌そうな顔だが、まあ。なんとか仲良くやってくれ。」

 

 

こりゃ、面倒な事になったなぁ。

私がため息をついていると、聖がささやいてきた。

 

 

「さっき言ってたストーカー...知り合いだったのか。」

 

「うん。まあ、中学からの同級生で...何かと私をライバル視してくるんだよね」

 

「なんだか、大変だな...」

 

 

聖が私に同情した様子を見せてくる。

その瞬間、矢部くんが急に私たちの話に入りこんできた。

 

 

「何か色々ありそうでやんすね...これは、波乱の予感でやんす!」

 

「...矢部くん、ちょっと黙っててくんない?」

 

 

大変な事が起きなきゃいいんだけどなぁ。

私は少しイヤな予感がした。この予感、当たらなきゃいいんだけど....

 

 

 

 

「はー、今日の練習も疲れた!」

 

「そう言いつつ、まだ元気がありそうじゃないか。私はもうヘトヘトだぞ...」

 

 

練習が終わった後、私たちは部室で話をしていた。

 

 

「そうなの?聖、運動不足じゃない?」

 

「これが普通だ。そもそも、みずきのスタミナがおかしいというか...どこからそんな力が出てくるのだ?」

 

「そりゃ...うちのおじいちゃんにはさんざん鍛えられたのもあるしね。」

 

 

 

「それだけ厳しい特訓を受けていたのか...体力が有り余ってるわけだな。」

 

「もう、あんまり褒めないでったらー。」

 

「...ま、だからさ。私にはもう、できない事なんてないと言っても良いかもね?」

 

「ほう?」

 

 

「天才過ぎてさ。むしろ、敵らしい敵がいなくて退屈しちゃってるぐらい?あははっ」

 

 

 

「...そうか、みずき。今、出来ないことはないと言ったな」

 

「もちろん。決まってるでしょ?」

 

「ならば...バッターもできると言うのだな?」

 

 

....え。

 

 

「ば....バッター?」

 

「ん?...どうしたみずき。なんでもできるんじゃなかったのか?」

 

 

しまった、と思った。

こういう時の聖は、特に意地悪だ。

 

 

「そ、そりゃまあ...多少はバッターもできるけどさぁ」

 

 

 

「なるほどな。じゃあ、私と勝負しないか?バッティングセンターで」

 

「えっ!」

 

案の定、聖は突拍子もない事を言い出し始めた。

 

「10球の中で何回打てるか勝負だ。あれだけ出来ると言い張ったのだからな、嫌とは言わせないぞ」

 

「もしみずきが負けたら、しっかり金つばを奢ってもらう」

 

 

聖は、普通に何事もなく話を進めようとする。

いやいや、ちょっと待って。

 

「....ねぇ、疲れてるって言ってなかった?」

 

「それぐらいの体力は余っている」

 

 

「い、言ったからにはしょうがないけどさ。えーっと...金つばって、なんのやつ?」

 

「以前から欲しいのがあってな...さて、今から楽しみだ。どちらが勝つのか」

 

ニコニコと....いや、ニヤニヤと聖は笑っている。

 

 

調子に乗るんじゃなかったなー....

 

 

 

 

「よし、やって来たぞ」

 

「....さっきのは聞かなかった事にしてくんない?ねぇ、聖ってば」

 

 

「もう遅い。大体、みずきは何も考えず行動する事が多すぎる。もっと自分の行動には責任を持て」

 

 

 

急に厳しい話をされる。

 

「うっ...いや、だってさぁ。そんなのいちいち考えてたらめんどくさいじゃん。」

 

「それがダメな所なのだ。さぁ、さっさと勝負を始めるぞ。」

 

「ちぇー...まあいいや。」

 

 

こうなったら....聖に勝ってギャフンと言わせてやるんだから!

 

 

 

「...はぁっ!」

 

カキーンッ、と鋭く音が鳴る。

 

「よし、10球中6球か。次はみずきの番だぞ」

 

 

やっぱりすごい...勝つなんて無理ねこれ。

 

 

聖の姿を見て、私はすっかり自信を喪失してしまっていた。

 

こうなったら....

 

 

「...あー、そうだね。ところで聖、その前に何か食べに行かない?奢るから」

 

「そうだな。じゃあ、特別なきんつばを1つ頼む。」

 

「あ、いや。それじゃないのでさ...なんか、違うやつとか。疲れてるでしょ?」

 

 

 

 

 

「...いいかげん観念しろ、みずき。」

 

 

ごまかそうとしたけど、ダメだった。

 

 

「う...分かったわよ。やればいいんでしょー。もう...」

 

「大丈夫だ。みずきは力もあるし、当たればホームランもワケないハズだぞ」

 

 

 

 

「少しも当たらない...だと?」

 

聖はあり得ない、という顔をしている。

 

 

「だから言ってたのに。私はバッターなんて向いてないって!」

 

「し、しかし...いくらなんでも下手過ぎじゃないか?カスリもしないとは...フォームも滅茶苦茶だぞ。」

 

「ちょっと、もうその話をするのはやめてよー!私の負けでいいからっ。」

 

「いやでも...なんだかもったいないぞ。せっかく走れる力があるのに、試合に全く活かせないなんて」

 

 

 

「...それは自分でも分かってる。けどさ...どうしようもないじゃない!」

 

「...ならば、特訓をすればいい。明日からしっかりとな」

 

「えー、特訓...?でも、あんまりキツいのは嫌なんだけど」

 

「大丈夫だ。ああそれと、忘れかけていたが今からきんつばも奢ってもらう。」

 

 

「...そのまま忘れてくれりゃ良かったのに。」

 

 

「文句なら過去の自分に言っておけ」

 

「あーあ、誰かタイムマシンとか作ってくれないかなぁ。ちょっとだけ戻れるやつでいいから」

 

 

「...あったとしても、そんな下らない目的では使わせてくれないと思うぞ?」

 

 



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ある雨の日

 

 

大粒の雨が降りそそいでいる。

 

 

「なんだよ...はぁ...」

 

 

みんなは練習が出来ないことに不満なようで、口々に騒ぎ出していた。

隣にいた聖も、雨粒がひたすら流れていく窓を見つめながらぽつりと言葉をこぼす。

 

 

「雨が酷いな...」

 

 

その言葉に応えるように、私も言った。

 

 

「まさか急に降ってくるなんて。全く、ついてないなぁ。」

 

 

「しばらくは止みそうにないね...」

 

 

そう言ったのはあおいさんだ。

 

 

「前にも雨が降っていたし、最近は連日雨が続いているな」

 

 

「そうねー。」

 

 

ここのところはずっと天気が悪かった。

 

 

「梅雨でやんすかね?ちょっと早いでやんすけど」

 

 

ふと、部室に飾られたボールを見つめる。泥だらけでやけに薄汚れていた。

何かサインが書いてあるけど、はっきりとは見えない。

 

 

「...このボール、なんか凄い汚れてるんだけど。誰が置いたの、こんなの?」

 

 

「...それはパワプロの置いた物だ。」

 

 

猪狩守が、フンと鼻を鳴らしてそう言ってきた。

...えっ、パワプロくんが?なんのために?

 

私の顔を見てその思いを見透かしたのか、更に言葉を返してきた。

 

 

「さあな。だが、きっと何か意味があるはずだ。」

 

 

「意味って何でやんすか?」

 

 

「わからない。ただ、あいつは無意味なことをする奴じゃない。必ず理由があるはずなんだ。」

 

 

「...まぁ、橘みずき。キミのようなヤツには分からないと思うけどね」

 

 

...相変わらず、こいつの言葉は嫌味ったらしいったらありゃしない。

 

 

「ふ、ふーん。でも、こんな変なボールに意味があるなんて...」

 

 

「人の気持ちを理解することなんて出来ないだろうからな、キミには。」

 

「でなきゃ、あんな事をしたりはしないだろう。」

 

 

...少し言葉が刺さる。確かにそうかもしれないけど、でも。

 

 

「...それはっ」

 

 

関係ないでしょ。そう言おうとしたけど。罪悪感がこみ上げてきて...

結局、言い返すことは出来なかった。

 

 

「まあまあ...あの事はみずきも反省してるし、許してあげてよ。ボールの事はボクだって分からないし」

 

 

「...フン。」

 

 

 

 

「なかなか収まらないでやんすね。」

 

 

しびれを切らしたのか、矢部くんが外へ出ていこうとしていた。

 

 

その時。

 

 

ピカッ!ゴロゴロ...轟音が鳴り響き、閃光が部室にも走る。

 

 

「きゃっ、雷!?」

 

 

それに驚いて、私は反射的に大声をあげてしまった。

 

 

「び、ビックリしたでやんす。急に大声出さないで欲しいでやんすっ!」

 

 

「ちょっと。帰った方が良いかもね...これ。」

 

 

恥ずかしい気持ちをごまかすように、状況を言葉で整理する。

 

 

「...無視でやんすか?」

 

 

「全く...騒がしいぞ。ただでさえ狭いんだから、静かにしてくれないか」

 

 

「まぁまぁ、猪狩君。...確かに雷は怖いよねー。みずきの気持ち、ボクもちょっと分かるかも」

 

 

あおいさんが苦笑いしながら私に語りかけてくれる。

 

 

「ホントですよ。もう、雷なんてなければいいのにっ。」

 

 

そんな私とは対照的に、冷静な聖は窓の奥をずっと見つめ続けていた。

そうしてある程度経った後、聖がふいに言葉を発する。

 

 

「ん?こっちに誰か走ってくるぞ。」

 

 

ガチャッ。その音とともに、誰かが息を切らせながら

勢いよく部室に転がりこんでくる。

 

 

「はぁ!ふぅ...」

 

 

パワプロくんだった。

 

 

「パワプロくん?どうしたんでやんす?」

 

 

「いや、今日やる事がようやく片付いてさ。練習に参加しようと思ったらこのありさまだよ...」

 

 

何かと思ったら...真面目だなぁ。

なにも、こんな日にわざわざ来ることないのに。

 

 

「無茶するでやんすね...この雨の中で走ってくるなんて。風邪を引くでやんすよ?」

 

 

「あ、ああ...」

 

 

「パワプロ。来てもらって悪いが、ボクらはそろそろ帰ろうかと思ってる」

 

 

「はぁ...やっぱりそうか。」

 

 

パワプロくんはがっくりと肩を落とす。

やってることはメチャクチャだけど...ちょっと可哀想に見えた。

 

少し気分転換にでもなればいいかな...

私はそんな思いもありつつ、気になっていた疑問をぶつける。

 

 

「...そういえばパワプロくん、いきなりだけど。あそこに置いてるボールってなんなの?」

 

 

「ん。なんなのって...あれか?あれは...昔、父さんと野球観戦に行った時。貰ってきたボールだよ。」

 

 

「へぇ。書いてあるのは、誰のサイン?」

 

 

パワプロくんは恥ずかしそうに頭をかいて言った。

 

 

「それがさ...分かんないんだよな。あんまり有名な選手じゃなかったみたいでさ。」

 

 

「...分かんないって、どういうこと?」

 

 

「その時は子供だったからさ。父さんもあんまりプロ野球には興味なかったみたいだし」

 

 

「そんなの、よく飾ってるね。」

 

 

「まあ。なんとなく飾ってるだけっていうか...お守りみたいで、良いかなって」

 

 

なんだ。あいつは、何かしら理由があるなんて分かってる風な事を言ってたくせに。

ちらりと言い出しっぺ、猪狩守の方を見ると...彼は大きく狼狽えていた。

 

 

「な、なんだそれは?もっと、ちゃんとした理由があるんじゃなかったのか...」

 

 

やっとそれだけ言う。

 

 

「あれ?思ったより適当だったんだ...」

 

 

あおいさんも、同じ意見だったらしい。

 

 

「うん...そこまで大した物じゃないよ。」

 

 

あっさり自分の考えを覆されてしまい、猪狩守はもはや返す言葉もなくなったようだった。

 

 

「....」

 

 

...まぁ、良い気味だよね。私は心の中で少しそう思う。

大体、あの時のだって。こいつが雑用ばっかりやらせたのが原因だったんだし...

 

私も悪かったけど、この男に何もお咎めがないのには少し腹が立っていた所もあった。

 

 

「でもさ。なんかカッコいいだろ?泥だらけになってるけど、それが逆に」

 

 

パワプロくんが嬉しそうに言う。

 

 

「いや...汚いわよ。洗ったりとかしないの?」

 

 

「だって、サインが消えるかもしれないだろ」

 

 

いや、そんな簡単に消えたりしないでしょ。

泥だらけがカッコいいってのもよく分からないし。

 

 

「パワプロくんは、野球道具が汚くなってもあまり変えないでやんすからねぇ。」

 

 

「真面目ってことなのかなぁ...?」

 

 

「おいおい。2人とも、オレを変人扱いするなよ。」

 

 

「いや...どう考えても変人以外にないっしょ。」

 

 

「そうか...?なあ猪狩、どうなんだ?」

 

 

「...悪いがパワプロ、ボクも同意見だ。キミは普通じゃない。」

 

 

「ええっ?あおいちゃんは?」

 

 

「...ゴメン、パワプロくん。さすがにあのボールはちょっと」

 

 

あおいさんが苦笑いをする。

 

 

「...う、ウソだろ?」

 

 

まあ、そりゃそうよね...ちょっとセンスがズレてるなぁ。

 

でも、どこか抜けたゆるい感じがあって...

正直、パワプロくんのその雰囲気自体はあまり嫌いにはならなかった。

 

 

数十分後...

 

 

「...それにしても寒いな。」

 

 

パワプロくんはさっきより更に体調が悪そうだった。

体をぶるぶる震えさせたその様子は、まるで怯えた子猫のようにも見える。

 

...そんな姿を見ると、少し悪戯心が湧いてきた。

ちょっとからかっちゃおうかな。

 

 

「大丈夫?...なんならさっ。私が抱きついててあげよっかー?」

 

 

「いや、いいよ...なんか、余計体調が悪くなりそうだし。」

 

 

あっさりと流されてしまった。

しかも...結構真面目に受け取られてるし。

 

 

「じょ、冗談だって。パワプロくん、本当に大丈夫?」

 

 

急に恥ずかしくなって、ごまかすために肩を叩こうとする。

 

すると...不意にパワプロくんの体がふらふらっと揺れて。

床にばたっ、と倒れてしまった。

 

 

「わっ...パワプロくん!?」

 

 

「うっ...はぁ....」

 

 

急いでおでこに手を当ててみる。...熱はないみたいだった。

 

 

「だ....大丈夫だよ。さっき転んじゃって、足の痛みがちょっとな....」

 

 

「....転んだの!?なんでそれを早く言わないのよ!」

 

 

まさかパワプロ君が怪我をしていたなんて.....

私は急いであおいさんにその事を話した。

 

 

「これぐらい平気だって。あんまり迷惑かけちゃ悪いからさ....」

 

 

あおいさんは猪狩守と相談している。

 

 

「...仕方ない。万が一だが、こうなったら車で病院に送ってもらうかい?」

 

「できたら、お願いしたいな。」

 

 

彼は少し離れて、電話をかけ始めた。

 

 

「ああもしもし、父さん。...うん、友達が怪我をしたらしくてね。ここまで車を頼むよ。」

 

 

「分かった、ありがとう。」

 

 

「...しばらくすれば迎えが来るはずだ。」

 

 

「わ。悪いな、猪狩...助かるよ。」

 

 

「キミのためじゃないさ。怪我した人間をここに置いておくと困るからね」

 

 

パワプロくんが眠り始めてしばらくたった頃。

窓の方から、高そうな黒い車がやって来るのが見える。

 

...そういえば、あの女の人の車も黒だったっけ。

実は結構お金持ちだったのかもしれないな...と今になって思った。

 

 

「あれがボクの家の車だよ。どうだ、凄いだろう?」

 

 

猪狩守は聞いてもないのに、その車がいかに凄いか自慢し始める。

それを見た聖は、やれやれと肩を竦めた。

 

 

「全く、下らないな。」

 

 

「...ホントねぇ。」

 

 

ところで、と私に話を振る。

 

 

「みずきは祖父に連絡をしないのか?心配しているかもしれないぞ。」

 

 

「ああ。この時間だと、たぶんおじいちゃんはまだ帰ってないよ。仕事が忙しいらしいから」

 

 

「...そうか。じゃあみずき、私の家の車に乗っていくか?」

 

 

「ありがと。....でも、ごめんね聖。私、ちょっと考えてることがあってさ。」

 

 

「...考え?」

 

 

私は猪狩守の所に向かっていく。

 

 

「...なんだい?」

 

 

「乗せてくれない?あんたの車に」

 

 

猪狩守は当然ながら驚いた顔をして、私を睨んできた。

 

 

「どういう風の吹き回しだ?ボクの車にただで乗るつもりなら、ちゃんとした理由がないとね」

 

 

「...なんか、ほっとけなくてさ。パワプロくんの事が」

 

 

「...ほっとけないから、わざわざついていくなんて言うつもりかい?」

 

 

「うん。...ダメ?」

 

 

「まあ、そういう事であれば...別に構わないさ。本当にそうならね。」

 

 

疑いの目を向けてくる。

 

 

「ウソだと思う?そもそも、私は別にあんたの家の車になんか興味ないんだけど。」

 

 

「フン....分かったよ。乗ればいい。」

 

「じゃあ、その前にパワプロを起こさなきゃいけないな。」

 

 

「いや、いい。私が担いでくから」

 

 

「...担ぐだと?」

 

 

あおいさんの近くで寝ているパワプロくんを、

なんとか起こして背中に乗せる。

 

 

「よいしょっと。....これでいいでしょ?」

 

 

「...驚いた。そこまでの力があるなんてね。よし、急ぐとするか」

 

 

皆はまだ何か騒いでたけど、私と猪狩守は気にせず車へ向かった。

さっきより雨は小降りだった。猪狩守が後ろのドアを開けてくれる。

 

 

「ここに乗せてくれ」

 

 

パワプロくんをゆっくりと降ろすと、席に座らせてドアを閉めた。

私も反対側のドアを開けて、その隣に座る。

 

全てのドアが閉まると、車が発進した。

 

 

「...そちらのお嬢さんは誰だね?守」

 

 

運転手のおじさんが言った。

喋り方からして、猪狩守のお父さんだろうか。

 

 

「ボクの知り合いだよ。確か、橘みずきって名前だったかな」

 

 

「よろしく...お願いします」

 

 

「なるほど、キミがね。そうか、橘...か。」

 

 

「どうしてもパワプロのそばにいてやりたいって聞かないんでね。全く、わがままな女だよ。」

 

 

....それはあんたもでしょ。そう言いたい気分だったけど、

途中で降ろされかねないからぐっと堪えた。

 

 

「しかし、まさか担ぐまでするとは思わなかったよ。案外キミもそういう感情を持つ事があるんだね」

 

 

「...なんか、嫌な言い方ね。別に私は、ただちょっと心配になっただけで」

 

 

「とはいえ、無理して来る必要はなかったんじゃないのかい?」

 

「見たところ、パワプロはそんなに危険な状態ってわけじゃない。」

 

 

キミがついて来なくたって変わりはしないのに、なぜそこまで?

猪狩守はそんな疑問を私に持ってるのかもしれない。

 

 

「うーん。まあそれは...なんとなくっていうか...」

 

 

正直、私はその質問に上手く答えられない。

なぜなら....自分でもよく分かっていないからだった。

 

確かにその通り。別に私がいた所で、何も変わらないのに。

なのに...なんでこんなに、パワプロくんのことを心配してるんだろう?

 

 

その時、隣でパワプロくんがうーんと腕を伸ばした。

 

 

「...ん?ここは?」

 

 

「あっ、起きたのね。大丈夫?」

 

 

「うん...しばらく眠ってたら、痛みは少し落ち着いてきたよ。」

 

 

...良かった。とりあえずは一安心。

 

 

「ここはボクの車の中だよ。キミが倒れたからね。今は病院に向かってる途中さ。」

 

 

「....でも。橘はなんでここにいるんだ?」

 

 

「彼女は、キミが心配だと言ってね。わざわざここまで運んでくれたんだよ。」

 

 

「そうだったのか...」

 

 

「パワプロ。ここ最近はずっと忙しかったんだろう?...きっと疲れが溜まってたんだ。」

 

 

「そうかもな...オレ、色々焦りすぎてたのかもしれない。」

 

 

「全くもう...しっかり休みなさいよね。皆に迷惑がかかっちゃうんだから」

 

 

「...ごめん、橘。」

 

 

生徒会長だし、忙しいのは分かるんだけど...

あんまり無理しないでほしいと思った。....そこで、私はある事にふと気がつく。

 

私がパワプロくんを心配する理由は...彼がキャプテンだからだ。

猪狩守がキャプテンのままでは色々と困る。

だから、早く戻って欲しい気持ちがあったんだ。

 

 

「それにしても、橘....そこまでオレの事を気にかけてくれてたなんて、なんか嬉しいよ」

 

 

「....まあ。ちょっと弱っちいからね、キミ。」

 

 

「よ、弱いだって?」

 

 

「うん。今日だって急にばたっと倒れちゃったしさ。私がなんとかしてあげなかったら、今ごろ大変だったかもね」

 

 

「た....橘だって、前に泣いてたじゃないか。人に弱いなんて言えるほどじゃないだろ?」

 

 

「う。そ....それは、お姉ちゃんのことがあったからで!普段は全然泣いたりなんかしないしっ!」

 

 

「....キミたち、車の中で騒がしくしないでくれないか。」

 

 

「....あ、はーい。ごめんなさい。」

 

 

「ご。ごめん猪狩、つい....悪かったよ。」

 

 

「全く....ほら、病院が見えてきたぞ。」

 

 

しばらく車で待っているとすぐにパワプロくんが戻ってくる。

結果的にはすぐ治りそうな軽い怪我だったみたいでホッとした。

 

猪狩守はパワプロくんを家に送り届けた後、どうせだからと言って私の家にも送ってくれた。

 

 

「...ここまで送ってくれてありがとう。意外とあんたにも良いとこあるんだね、猪狩くん。」

 

 

「フン。」

 

 

「...しかし。あれは言い過ぎだな、橘みずき。キミがいなくたって、ボクがちゃんと助けていたさ」

 

 

「あれ。あんたさっき、別にキミのためなんかじゃない...とかなんとか、パワプロくんに言ってなかったっけー?」

 

 

「...それを言うなら、キミだってそうだろう。」

 

 

「...私が?」

 

 

「あははっ。私はあくまで、パワプロくんを自分のために利用してるだけだから。本当はこれっぽっちも興味なんかないよ。」

 

 

「あんたがキャプテンだと安心できないから、早くパワプロくんに戻ってほしかった。ただそれだけの話だって、さっき気づいたの」

 

 

しばらく沈黙が流れる。やっぱり怒っただろうか。

....すると、猪狩守はなぜか微笑んだ。

 

 

「...実はね。キミには少し、嫉妬していたんだよ。」

 

 

「え?急に...何の話?」

 

 

「キミがパワプロと仲良く話をする度に、イライラしたんだ。どうしてキミなんかがねって」

 

 

「そ....そう。そりゃ、悪かったわね」

 

 

「だけどね。今、そんな感情は消えたよ。もしかしたら....」

 

 

「....えっ?」

 

 

「いいや、余計な話をしたね。それじゃ」

 

 

猪狩守は意味深な事を言うと、車に乗って去っていった。

 

 

「もしかしたらって....どういうこと」

 

 

またもやもやとした感情が浮かんできた。

皮肉にもそんな私の感情とは裏腹に、空はすごく晴れ渡っている。

 

 

「....あっ」

 

 

虹が架かっていることにふと気づいた。

 

その虹はどこまでも伸びていて.... しばらく、消える事はなかった。

 

 



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因縁のライバル

 

 

いつものように部室に向かう前。

私は数ヶ月ぶりに...またあの会議室に立っていた。

 

もちろん今日は入部しに来たわけじゃなくて、別の用事のためだった。

 

 

「ん、誰だろ?」

 

ドアをガチャ、と開けた。

前と同じようにパワプロくんの声が聞こえる。

それに答えるように私は挨拶を返す。

 

「やっほー。」

 

「橘か。なんでここに」

 

きょとんとした顔で、私の方を見ていた。

 

 

「なんでも何もさ。パワプロくん、忙しくてあんまり部活に来てないじゃん。」

 

「あぁ...オレももっと練習したいとは思ってるんだけどさ、なかなか行けなくて」

 

少し元気のない顔をして、パワプロくんがそうぼやく。

 

「...そんなに大変な仕事なの、それ?」

 

 

「うん。色んな人の要望を聞いたりとかしなきゃいけないしね」

 

「ふーん。...私はそこまで、真面目にやることじゃないと思うんだけどなぁ。」

 

するとパワプロくんは、いやいや...と言葉を返す。

 

「何言ってんだよ。オレは生徒会長なんだし、こういう事もしっかりやらないと」

 

 

「...で、前にどうなってたわけ?」

 

「う...」

 

 

私の発言が図星だったのか、押し黙って一言も発さなくなる。

 

パワプロくんはあの日から、しばらく休んでいた。

生徒会長の仕事がそれだけ負担になっている事は私も知っている。

 

やっぱりその時の事を考えると、安心して見ている事はなんとなくできなかった。

 

 

「...別にいいんだけどさ。もっと簡単にやる方法もあるんじゃない?」

 

「簡単にって、どんな風に?」

 

 

どんな風にって...あまりパッと思いつく感じじゃないけど。

私はそう思いつつ、頭の中で思考を巡らせた。

 

 

「うーん、例えば...紙に意見とか要望を書いてもらって箱に入れてもらうとか。どう?」

 

しばらく沈黙が訪れる。やっぱりダメそうかな。

まあ。それはそうよね...こんな何も考えてない意見なんか、さすがに。

 

そう考えていると、パワプロくんは一転してキラキラとした表情を私に見せて言った。

 

「...なるほど、それ良いかもな。かなり名案かもしれないよ!」

 

「あ、そう?そんなに良かった?...まあ、私って結構頭良いからねっ。」

 

 

えっ?結構テキトーに考えた案だったんだけどなぁ...

思ったより簡単に意見が通った事に、私は内心驚きを隠せなかった。

 

 

「へぇ、見かけによらず意外だな。ありがとう、これでオレも野球に遠慮なく集中できるよ!」

 

「んっ。...見かけによらずってどういうこと?」

 

「あ、ゴメン!つい口が...じゃなくて、そんな事は全然思ってないんだよ!」

 

 

思ってないって...嘘をつくのが下手だなぁ。

心の声が漏れちゃってるじゃん。

 

 

「...全くもー。いいよ、別に。プリン1つで許してあげるからさ。」

 

「えっ、奢らなきゃいけないの?」

 

「当たり前でしょ?さっきの言葉でどれだけ傷ついたと思ってんの。」

 

 

「いや、あんまりそうには見えないけど...」

 

「...!」

 

「...ひどいよ、パワプロくん。私のことそんな風に思ってたなんて...うっ....」

 

「わっ、ゴメン...ちゃんとプリン買うよ!だからここで泣くな、橘!」

 

 

....案外、ちょろいな。

 

 

「ホント?あ、じゃあついでにさ。もう1つ奢ってくれない?」

 

「あれ、立ち直りが早いな。...もしかして、ウソ泣きだったのか?」

 

「そんなのどっちでもいいじゃん。どうせお金あるんだから、ケチケチしないっ」

 

「全く...しょうがないな。まあ、色々と橘には世話になってるし。ちょっとぐらいはいいよ」

 

 

ダメかと思ったけど、意外にもパワプロくんは

あっさりと私の要求を受け入れてきた。

 

 

「じゃ、部活終わった帰りに校門でねー」

 

....最初の頃がまるでウソみたい。

ようやく私の魅力が理解されてきたって事かしら?

 

弾む気持ちを抑えながら会議室を後にする。

 

 

 

「...そろそろ高校に入ってから初の大会ね。聖、どう?」

 

 

練習を終えた私は、聖と今後についての話し合いをしていた。

 

 

「うーむ、そうだな...パワプロ会長も戻ってきたが、少し戦力不足に感じるからな。」

 

「もう...聖は心配しすぎだって。まあ、なんとかなるでしょ。」

 

 

 

 

「フン。相変わらず甘えた事を言ってるようだな、橘みずき。」

 

どこかで聞いたことのある声が聞こえる。まさか....

辺りを見渡すと、校門の前に...見覚えのある男が立っていた。

 

 

「あんたは...友沢?」

 

「ちゃんと覚えてたのか。あんたの事だから、てっきり忘れてるかと思ったが」

 

友沢はニヤリ、と薄く笑みを浮かべた。

顔は笑っているけど、その目には強烈な敵意を感じる。

 

「...誰なのだ、この男は?」

 

聖が私に話しかけてきたけど、既に答える余裕もなかった。

 

 

 

 

「...忘れたくても、忘れらんないわよ。いちいち突っかかってきて、ほんとムカつくヤツ」

 

「...フン。いつも突っかかってくるのはそっちの間違いだろう?」

 

友沢は飄々とした顔で、独り言のようにボソッと言う。

...私は正直言ってこの男に怒りを覚えるというよりも、半分冷めたような気分でいた。

 

あんな事をやっておいて、まだ私の前に平気で顔を出せるなんて...

 

 

「...で。こんな所まで、あんた一体何しに来たの?」

 

「いや、ちょっと敵高校の偵察にな。...だがな、俺は少しガッカリだよ。」

 

友沢は肩を竦める。

 

「橘みずき。あんたの実力はそこそこ認めていたが...まさか、こんな弱小校に入学するとはな」

 

「...なんですって?」

 

 

我慢できなくなったのか、聖が口を挟んだ。

 

 

「その発言は...心外だな。確かに少し戦力は不安だが、私は十分優勝を目指せるチームだと思っているぞ」

 

「フン、そんな事あるワケないだろ...ここは甲子園優勝どころか、出場すらも長年ろくに出来てない学校らしいしな。」

 

「なんだって、その話...本当なのか?」

 

聖は信じられないと言葉を返す。

友沢はそんな事も知らないのか、と素っ気なく言う。

 

「ちゃんと調べたことだよ。」

 

 

そしてまた私の方を見ると、じっくりと睨みつけて言った。

 

 

「...橘、俺はあんたの投手としての才能だけは認めてる。」

 

「だがな。こんな金持ちが自分の利益のために作った学校じゃ、そりゃ出場すら無理なのは決まってる話だ。」

 

「このままこんな所で腐ってくよりは、今からでもオレのいる帝王実業高校に転校するのをオススメしておくよ」

 

....酷い偏見だった。金持ちの作った学校だからって、それの何が問題?

私には、友沢の考えは全く理解できないものに見えた。

 

 

「誰があんたの学校なんかに...」

 

 

こんな歪んだ考えの奴と一緒になるなら....

退学した方がまだマシだと思った。

 

 

 

友沢はしばらく沈黙すると....またニヤリと笑う。

 

「ああ...でもムリか。どうせお前みたいな根性なしは、すぐ退部に追い込まれるのがオチだろうしな」

 

「余計な一言だったな、橘みずき。あんたにはやはりこういう弱小校の方がお似合いだろうよ。」

 

「....」

 

 

 

「...いや。みずきは根性なしなんかじゃない。」

 

「なに?」

 

「彼女は親を亡くしている。それでも、必死で頑張っているのだ。だから...」

 

「だから、弱くなんかないって言いたいのか?」

 

友沢は吐き捨てるように言った。

 

「....下らないな。親が死んだからどうした?この女はそれを言い訳にして自分に甘えてるだけだろ。」

 

 

 

「....違う。何も分かっていない!」

 

聖は、いつもと違って珍しく取り乱していた。

それだけ私のことを考えてくれていたのだろうか。

 

「何も分かっちゃいないのはあんたらの方さ。」

 

「...なぜそんな事を言える。失礼だとは思わないのか。親を亡くしたみずきの気持ちが、お前には少しも分からないのか!」

 

「....分からないのか、だと?」

 

それを聞くと、今まで飄々とした態度を取っていた友沢は

急に態度を変えて私たちを睨みつけてきた。

 

「分かるわけがない。なぜなら俺は....そんな甘えた事ばかり考えていられるほど、弱い人間じゃないからだ!」

 

 

 

 

「....いいよ聖。こんな奴の言う事なんか、無視しましょ」

 

「だが、みずき....良いのか?私は黙っていられないぞ。」

 

もちろん、黙っていられないのは私も同じだった。

けど....挑発に乗った所で、ろくな結果にならないのは目に見えている。

 

怒りの感情を必死で抑えながら、私は言葉を返す。

 

 

「...さっさと帰ってくれない?」

 

 

友沢はしばらく私たちを睨みつけてると、小さく息を吐く。

そして、またさっきまでの見下したような態度に戻った。

 

「....言われなくともそうするさ。じゃあまたな、橘。まぁ、もう会う事なんてないだろうが」

 

 

友沢はそう言って、笑いながら学校を出ていく。

しばらく私たちはその場に立ち尽くした。

 

 

「....はぁ、最悪。」

 

「なんなのだ、あの男は....」

 

 

「中学の時からああやって因縁をつけてくる奴でね。何がしたいんだか私にもよく分かんない」

 

「何にせよ...要注意人物である事は間違いないな。」

 

 

「...あいつはピッチャーの才能は大した事ないけど、バッターとしては別格。悔しいけどそこは認めるしかないと思う」

 

「彼は酷い事ばかり言っていたが...1つだけ正しいかもしれない。」

 

「今以上に練習を厳しくしなければ...彼のチームには勝てないだろう。」

 

 

「そうかもしれないわね。...でもね、聖。私は、あいつの言うことが正しいなんて1つも思いたくないわ。」

 

 

「...みずき。何故、そこまで嫌っているのだ?態度は悪いが、私には少し心配している様子にも見えた。」

 

「だからこそ、あんな言い方をしているのが信じられなかったのだが。どこまでひねくれた男なのだ、奴は...」

 

 

何気ないその一言に、私は胸が締め付けられるような思いになる。

聖は寄り添ってるようでいて、実際は私を全く分かっていないことに気づいたからだった。

 

 

「心配してる...?冗談じゃないわ。あいつのせいで、私は一度投手を辞めかける事になったっていうのに...!」

 

 

そして気がつけば、聖に向かって大きく声を荒げていた。

聖は私のその様子に驚いたのか、酷く動揺しながら言葉を発する。

 

 

「み。みずきが。彼のせいで...投手を?」

 

 

その慌てた姿を見て、私は少しずつ落ち着きを取り戻した。

 

 

「...もう昔の話よ。あまり語りたくないから、その話はしないで。」

 

「わ...分かったぞ。しかし、あの男。この学校は甲子園出場を全くした事がないと言っていたが...あの話は本当なのだろうか?」

 

「さあねぇ...それがホントなら、どうしてなのか知りたいけど。」

 

 

「...あっ。そうだ、そういうのはパワプロくんに聞けばいいじゃん。」

 

「あまり話してくれるとも思わないが...」

 

「ああ、弱味握ってるからそこら辺は大丈夫。」

 

「弱味?みずき...また何か変な企みを考えてたりはしないだろうな?」

 

 

聖が心配そうな目を向けてくる。

 

 

「ま、問題はないよ。たぶん。」

 

まだ聖は何か聞きたそうな顔をしていたが、

しばらくすると諦めたのか何も言ってこなくなった。

 

 

「おーい、橘ー。プリン買いに行くんじゃなかったのか?」

 

 

向こうから声が聞こえる。

 

 

「あっ、パワプロくん。ごめーん、ちょっと聖と話してて。今行くから!」

 

「じゃあ聖、そういう事だから。悪いけど、今日は一人で帰ってもらっていい?」

 

「あ、ああ。別に構わないが...」

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、おいしいっ!ここのプリンはやっぱり最高っ!」

 

 

「へぇ...橘、そんなにプリンが好きなんだな。」

 

 

パワプロくんは私を見て少し苦笑いをした。

 

 

「うん。まあ、甘くて食べやすいし」

 

 

「でもさ。プリンより甘い物なんて他にいくらでもあるんじゃないのか?」

 

「あ、確かに。言われたらそうなんだけど...なんだろ?ただ甘いだけじゃないからかな?」

 

 

「甘いだけじゃない?」

 

 

「あ、ほら。プリンにはカラメルがあるじゃない。これってさ、ただ甘いだけじゃなくて苦みもあるでしょ?」

 

 

「苦い?まあ、一応そうかな。」

 

 

「ただ甘ったるいだけ、苦いだけじゃつまんないし。少し苦みもあってバランスが良いからおいしい...」

 

「そこが好きな理由なのかな?まあ、あまり深くは考えてないんだけどね。」

 

 

「いや...そこまでプリンの味に対して考察してる時点で、充分深く考えてるとは思うよ。」

 

「しかし、甘みかぁ...オレの人生も苦みだけじゃなくもっと甘さがあればな。」

 

 

パワプロくんがため息をついてそうこぼす。

どういう意味だろう。ちょっと聞いてみようかな。

 

 

「...それって、うちの学校が甲子園に出場できてない...みたいな話と関係ある?」

 

 

「...聞いたのか。まあ、それも関係はあるよ。」

 

 

「なんで出場出来てないの?」

 

 

「うーん...やっぱり言った方がいいかな。うちの野球部って、女子も結構多いじゃないか」

 

 

「あ、まあそうだね。ちょっと珍しいとは思ったけど...」

 

 

「うちの野球部はさ。女の子でも、実力があれば積極的に入れる事にはしてるんだよ」

 

「まあ大会で道具を使ってれば、客寄せパンダ...って言い方はアレだけど、宣伝にもなるしね」

 

 

「へぇ...」

 

 

あれ?それってなんか、おかしいような...

 

 

「え。じゃあ、すぐに私を入れても良かったんじゃないの?」

 

 

私がその事を突っ込むと、彼は痛い所を突かれたような顔をする。

そしてしどろもどろに話し始めた。

 

 

「いや...まあ、気合いっていうのは断るための話で。」

 

「オレから見ると、あんまり真面目そうには見えなかったからっていうのが本音っていうか...」

 

 

「...なにそれ。なんとなくの印象で決めてたわけ?」

 

 

「ご、ゴメンゴメン。今はそうじゃないって分かってるよ」

 

 

パワプロくんはわざとらしく咳をして話を戻す。

 

 

「それで、女の子の比率がそれなりに高いんだけど。甲子園に女子は出場できない...みたいなんだよ」

 

 

「...まさか、それで?」

 

 

「うん。まあそもそも、甲子園に行けるほどの強豪校じゃないのも理由なんだけど」

 

 

「あれ。先生からは強いって聞いてたんだけど」

 

 

「...まぁ設備はしっかりしてるけどなぁ。そこまで強いかっていうと...悪くないとは思うけど」

 

 

聞かされていた話と全然違うことに気づき、私はため息をついた。

 

 

「大会には出れるけど、甲子園には行けない...かぁ。なんかショックね。」

 

 

「....そういうのを何とかするために、猪狩を入学させたり。あと、親に相談とかしてるんだけどさ。」

 

「そんな話より、まずうちの商品を目立たせるように努力しろってね」

 

 

うなだれた様子をするパワプロくんに、私は少し哀れみを感じた。

 

 

「....橘。ちょっと聞くけど、この学校についてどう思う?」

 

 

「この学校?...変な所だなぁとはちょっと思うけど。野球部が宣伝のために利用されてるなんて....」

 

 

まず監督が全然練習に来ないのも変だし。野球部が雑に扱われてるっていうか。

私がそんな疑問を少し口にすると、パワプロくんは学校の体質についての不満を熱く語り始めた。

 

 

「その通りだよ。オレ、ここに入学して気づいたんだ。この学校はおかしいって」

 

「....父さんからはこう聞かされたよ。うちの売上は充分だから、野球部には期待してない。お前は適当にやればいい....って。これって変だと思わないか?」

 

「オレたちはちゃんとした人間だよ。役目が終わったら、ただ使い捨てられるような道具なんかじゃない....そうだろ?」

 

 

「そ....そうね。人を都合の良いように利用するなんて、サイテーよね!まったく、信じられないっていうか!」

 

 

...もちろん、他人を利用してる私が言えたことなんかじゃないけど。

そんなパワプロくんの話を聞くと、ちょっと耳が痛かった。

 

 

「はぁ、はぁ。とりあえず分かってくれて嬉しいよ。....ふぅ。」

 

 

「なんていうか、パワプロくんも色々大変なんだね。...じゃあ、プリン1口食べる?」

 

 

「あ...いいのか?そういえば、さっきの話を聞いたらちょっと食べたくなってきたな。」

 

 

「いいよ。あ...目つぶって。」

 

 

「え、なんで?」

 

 

「...あーんしてあげるから。」

 

 

 

「えっ!わ、分かった。目をつぶるんだよな。よ、よし...」

 

「...はい。あーんっ」

 

 

私はパワプロくんの口にプリンを運んだ。

 

 

「んっ、もぐもぐ...あれ、これなんだ?あんまり甘くないぞ?」

 

 

「カラメルの部分だよ。どう?」

 

 

「苦い...大したことない苦味のはずなのに、なんだか苦く思えてくるよ...」

 

 

「...あらら。パワプロくんには少し苦みが大き過ぎたかもね。」

 

 

「でも、ちょっとだけ甘いな。...あのさ、ところで...みずきちゃん。聞いてほしいんだけど」

 

 

「なに、急に改まって。どうしたの?」

 

 

「こんなオレだけどさ...なんていうか、これから3年間よろしく頼むよ。」

 

 

「ああ...うん。よろしくねっ。」

 

 

ほんの少し浮かれた気分で店を出る。

だからか....その時の私は、全く気づいてもいなかった。

 

...すぐ近くで、誰かが私たちを観察していた事にも。

 

 



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危険なスキャンダル

 

 

ガラガラッ。私はいつものようにドアを開け、教室に入る。

そして、聖の後ろの席に座った。

 

 

「ねぇ聖、昨日パワプロくんに聞いたんだけどさ。甲子園出場が出来ない理由は...」

 

 

....あれ。なぜか反応がない。

 

 

とんとんと肩を叩いてみると、

聖はくるっと振り返り、私を見つめた。

 

「...」

 

 

だけど、一言も喋らないのは変わらない。

 

 

「ど、どうしたの?なんかあった?」

 

私が何度も話しかけると、聖はようやく口を開いた。

 

 

「...みずき。周りを見てみろ」

 

 

「周り?...周りがどうしたのよ?」

 

「いいから、見てみろ」

 

 

 

首をかしげながら、周りを見渡してみる。

 

 

ん?...なに、この空気?

 

妙に場が静まり返ってる事に、そこで始めて気がついた。

 

 

 

「な...なんか、変に静かだね。」

 

 

「みずき。...まだ分からないのか?」

 

 

「え。わ、分からないって...何が」

 

「昨日、何をしたんだ?」

 

 

聖が私を厳しく問い詰めてくる。

 

....なんなの、これ。

まるで私が犯罪者になったみたいな....

 

 

「...何をしたって。パワプロくんと会って、それで甲子園のことの話を聞いて...」

 

「本当にそれだけなのか?」

 

「うん。...聖、なんでそんな顔するの?なんかさ、怖いんだけど...」

 

 

聖はしばらく私を見つめると...

どうやら本当に何も知らないようだなと、うなづいて言った。

 

 

「実は...教室に、写真がばら撒かれていたのだ。」

 

「...写真?なんの?」

 

「それが...まあ、見てみれば分かる。」

 

 

 

聖が、私の机に一枚の写真を置く。

 

その中にはっきりと写り込んでいたのは...

 

「えっ。なにこれ!」

 

 

店の外で、私とパワプロくんが手を繋いでいる2ショット写真だった。

 

 

「こんなの、いつの間に...っていうか、誰が?」

 

「...そんな事より、だ。なぜパワプロ会長と手を繋いでいる?」

 

「えっ。いや、なんか反応が面白かったから。つい....」

 

パワプロくんがすぐ顔を真っ赤にするのが面白くて、

手を繋いでしまっただけで...特に深い意味はなかった。

 

 

「からかうにしたって...手を繋いだりする必要はないのではないか?」

 

「か。...カップルなんかじゃ、あるまいし」

 

 

「...で、でもっ!別にこれぐらいはいいでしょ。何が悪いの」

 

分かっていないな、と聖が言う。

 

「みずき。この学校に入る時に、パワプロ会長がどんな存在かをしっかり説明したはずだ。」

 

 

「なんか、凄い権力を持ってる...とかだっけ。」

 

 

 

 

「そうだ。その彼が、こんな事をしてると知られたらどうなる?」

 

「信用はガタ落ちだ。立場もかなり危うくなるかもしれない」

 

「えっ...まさか。それだけで?」

 

「普通なら、そうならないがな。だが、今のみずきの立場は...正直言ってこの学校では、かなり悪い方だ。」

 

「わ、悪い?」

 

 

「ああ。....すまないが、あまり良い印象を持たれていないと思う。」

 

 

「さっき...周りから、こんな話まで聞こえてきた。」

 

「みずきがパワプロ会長を騙して学校を乗っ取ろうとしている、とかなんとか...」

 

 

の、乗っ取る?

 

 

「...だ、誰よっ!誰がそんなことを言ってたわけっ。」

 

 

そりゃ、少しは利用しようとしたこともあるけど。

いくらなんでも学校を乗っ取るなんて...

 

 

「みずき、落ち着け。しかし...これはまずい状況だぞ。」

 

「もし仮にパワプロ会長の立場が危うくなれば、真っ先に消されるのはみずきだ。」

 

「私が....消される?」

 

「ああ。会長が自分の安全のために、みずきを退学...いや、それ以上に追い込む可能性がある。....もちろん、これはもしかしたらの話だが。」

 

「....そうじゃなくても、印象が悪いのは同じなのだ。何か対策をしなければ、どんどん学校に居づらくなっていくだろう」

 

「そ...そっか。」

 

 

まさかそこまで、私が周りから嫌われてたなんて...

思ったより深刻な状況になっていることに気づいた。

 

 

聖はひとしきり話し終わると、また背中を向けた。

 

 

 

その後すぐに授業が始まったけど...

当然そんな話をされて落ち着いていられるわけもなく。

 

もはや何も手がつかなかった。

 

 

 

休み時間に、聖と私はまた話し合い。

とりあえずみんなに相談しようということで話が落ち着いた。

 

 

授業が終わり、部室に入る。

急いで来たからか、まだ全員は集まっていない。

 

パワプロくんと猪狩くんが何かを話し合っていた。

たぶん、写真のことについてだろう。

 

 

「...これは、どういうことなんだい?」

 

 

ぱさっ。

 

私を見るなり、猪狩くんが顔に写真を突きつけてくる。

 

 

「えっと、それは...パワプロくんと。」

 

 

「そうじゃなくてだね。この写真を撮ったのは誰か、とボクは聞いてるんだよ」

 

「し、知らないわよ。そんな遠くの方なんか、あんまり見てなかったし...」

 

 

「...じゃあ、キミも犯人については何も知らないということか。」

 

 

 

猪狩守は後ろの方を振り向く。

 

「パワプロ。キミはまだ何か言うことがあるか?」

 

「...信じてもらえないかもしれないけど、これは誤解だっていうか。ただ橘と話し合いをしてただけなんだよ」

 

 

「...じゃあ、この写真はなんだ?とても話し合ってただけには思えないが」

 

 

もう1枚写真を見せてくる。

 

...私が、パワプロくんの口にプリンを運ぶ写真だった。

 

 

「あ!それは...オ...オレが、橘のプリンを食べたくて。それでちょっと...」

 

「だ、だから。全然違うんだよ。色々と借りがあったからってだけでさ。オレと橘は、そういう関係とかじゃないんだよ」

 

 

「もういい、分かった。」

 

 

 

猪狩守は、また私の方に向かってくる。

今度は何かの紙を渡してきた。

 

「キミはこれでも読んでおくといい。」

 

「な、なにこれ?」

 

「意見箱に入ってたものだよ。参考になる意見が書かれているからね...よく読むことだ。」

 

 

 

「...なになに。」

 

 

 

1年3組の男です。写真、見ました。

生徒会長がこんな事、やってていいのですか?

僕はこの学校の腐敗を嘆かざるをえません。

 

 

2年の女です。驚きました...横の女の子は誰ですか?

なんだか派手そうな見た目ですが、

あんなのと生徒会長が付き合ってるんですか?

別に可愛いとは思えないし、理解できないです。

 

 

1年2組、男です。あの女の子、うちのクラスにいます。

声もうるさいし、噂だと男遊びもしてるとかって話です。

実際ぶりっ子みたいだなと思います。

なんか、色々と大丈夫なんでしょうか?

あと、あの子のせいで聖ちゃんと話せないから単純に俺は嫌いです。

 

 

 

ズラズラと、不満の声が紙に書かれている。

パワプロくんもだけど、後は特に私に対する文句....

 

「な、なんなのよこれ...っていうか、最後のは別に私のせいじゃないし。」

 

「そもそも、男遊びって。そんなことしてないから。誰が書いたの、こんなの!」

 

 

 

「....とにかく。どちらにせよキミたちの写真は今、学校中で騒ぎになっているわけだ。」

 

 

 

「それじゃあ。私はもう、消される....ってこと?」

 

「消す?どういうことだ?」

 

猪狩守が何の話だ、と聞いてくる。

 

「だって、この状況を作ったのは私だから。退学とか、何かされるとかって聖が....」

 

 

 

「...バカな話をしないでくれ。そんなわけないだろう。」

 

「うん。退学させるなんて....オレはそんなことしないよ。橘は大切な存在だし。」

 

「た。...大切な存在?」

 

「ああ。この部活にとってね。それに、仲間だろ。」

 

 

なんだ...そういう意味か。何の話をしてるかと思ったら...

全くもう、変な勘違いさせないでよ。

 

 

「ボクが話したいのは、今後キミたちの関係性をどうしていくかだよ」

 

「このままだと色々疑われそうだし、ちゃんとしておきたいけど...困ったな。」

 

 

 

「...ねぇ、どうしよう?」

 

ちょっと不安になって、聖に助けを求める。

 

「...そうだな。ここはハッキリと、そういう関係じゃないことを強調しておいた方がいいのではないか?」

 

「え?でも...」

 

「何を迷う必要があるのだ。みずきだって、こんな状況が続けば困るだろう?」

 

 

いや...でも。パワプロくんにはまだ利用価値があるし。

仲良くしないのも、それはそれで...

 

 

「べ...別にいいわよ、文句言われたって。勝手に騒がせておけばいいじゃない」

 

「...みずきは、自分がここに居づらくなってもいいと言うのか?」

 

 

「そういう話じゃなくて。...ああもう、分かった。私がその、遊んでるみたいな印象だから問題なんでしょ?」

 

 

うーん、ちょっと不本意な流れだけど...

こうなった以上は仕方がないか。

 

 

「じゃあ...もう、パワプロくん。私たち、ちゃんと付き合ってるってことにしちゃわない?」

 

 

「な...何言ってるんだよ、みずきちゃん?」

 

「いや...だって、もうそれしかないじゃん。どうせ違うって言っても、こんな写真があるんだからさ」

 

「あ、でも。あくまでフリであって、本気で付き合うってわけじゃないからね。そこは間違えないでよ。」

 

写真がある以上、何を言い訳したって説得力はない。

それならいっそ...という考えだった。

 

あと...これはある意味、この関係性を

上手く維持させられるチャンスかもしれないし。

 

 

「えっと、つまり?騒ぎが大きくならないように、カップルっぽく振る舞う...ってことか?」

 

「そういうこと。今みたいに色々言われるよりかはマシでしょ。」

 

「確かに、変に違うってごまかすよりかは良い気もするけど。...みずきちゃんはそれでいいの?」

 

「...いいよ。パワプロくんのことは、別に嫌いなわけじゃないから。」

 

 

パワプロくんが、難しい顔をして考えこむ。

まぁ...あんまり良い気分にならないのも当たり前か。

 

そもそも、言い出しっぺの私も少し不安だし。

 

 

「ああ...ボクも考えてみたが、その方法が一番良いかもしれないな。」

 

「おい、猪狩...本気で言ってるのかよ?」

 

「なに、別に大したことじゃない。聞かれたらただ付き合ってるとだけ言えばいいんだ。」

 

「ボクはバレンタインデーの時、チョコを結構もらっているだろう。だが、特にそれで何を思ったりする事もない。それが当然だからね。」

 

 

猪狩守は得意げに、私の意見に賛成した理由を話し始める。

でも、それとこれとは違う気も...私が突っ込むことじゃないけど。

 

 

「だから、そんなに重く考えるなってことか?」

 

「ああ。後は、キミたちの勝手にすればいいさ。まぁボクはどうでもいいけどね。」

 

「...まあ、みずきちゃんも良いって言ってるし、仕方ないか。なんか納得はできないけど」

 

 

「....私は反対だ。そんな事をしたら、余計に反感を買うに決まっている。」

 

後ろで話を聞いていた聖が、不満を示した。

 

「それはこの2人の態度次第だろう。おかしな事をしなければ、印象も良くなっていくよ。」

 

 

「それなら良いのだが。....みずき、あまり変なことをするんじゃないぞ。」

 

「うん。分かった、大丈夫。」

 

 

「...っていうことは、つまり。私たちがラブラブな関係だってことを、どれだけ周りに見せられるかにかかってるわけね」

 

「なんか...ちょっと面白くなってきたかも。ねっ、パワプロくん。」

 

「...みずきちゃん、これは遊びとかじゃないんだよ。オレの立場が危うくなったら、キミだって」

 

「分かってる、分かってるって。」

 

 

「その態度が、余計な誤解を招いているんじゃないかとボクは思うが...」

 

「...やはり。私はこの案にあまり賛成できないな。」

 

 

2人が私のことを睨んでくる。

 

 

「オレも思うよ。みずきちゃんのそういう悪い所は、直しておいたほうが...」

 

 

パワプロくんも少し冷たい目で私を見つめてきた。

 

 

「ま、まあまあ。皆、そんなに怒んないでってば」

 

 

「....その問題は、まだ置いておくとして。次に重要なのは、犯人が一体誰なのかということだね。」

 

「そうなんだよな。オレも、ちゃんとハッキリ見てればな....」

 

 

写真をばら撒いた犯人...かぁ。こんなことをするってことは。

たぶんパワプロくんと私に、なんらかの恨みがあるんだろうけど...

 

話し合いの最中にそんな事を私が考えていると...

部室の外から誰かの声がした。

 

 

「あ、皆さん。何を話しているんですか?」

 

 

ん?誰、この声?

 

 

私たちが振り返るとそこには...メガネをかけた緑髪の男の子が立っていた。

ぱっと見は優しそうな雰囲気がある。もちろん、あおいさんでも矢部くんでもない。

 

 

この人は...いったい?



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怪しいアクセサリー

 

 

「だ…誰?」

 

 パワプロくんと猪狩くんを少しちらっと見る。

 2人とも、特に驚いた様子はなかった。

 

 

「ああ、橘さんと六道さんには自己紹介をしてませんでしたね。僕は東條小次郎です。同じ1年生ですよ」

 

 

「へぇー…私たちの名前、ちゃんと知ってるんだ。いつからいたの?」

 

「何を言ってるんですか、前からいましたよ。それに、部活に入っているならメンバーの名前は全員覚えておくのが普通でしょう」

 

「前から…?」

 

「……顔を見ても、分かりませんか? あなた方は僕を見たことがあるはずですが」

 

 

 別に、田中山くんほど印象に残らない見た目はしてないし。

 部活にいるなら、会ってるはずだけど……イマイチ記憶にない。

 

 

「見たことがある、か。まさか?」

 

 その時、聖が何かを思い出したように呟いた。

 

「聖。この人のことが分かったの?」

 

 

「みずき。彼は、いつも一人で素振りをしていたあの男じゃないか?」

 

「普段は眼鏡をかけていないから、私も気づかなかったが」

 

 

 彼の顔を、もう一度じっくりとよく見てみる。

 

 

「あっ! もしかして。練習が終わったらいつのまにかいなくなってた、あいつ?」

 

「ああ、恐らくそうだ。いや、間違いない」

 

 

 

「良かった。しっかり覚えてくれていたみたいですね」

 

 東條くんはにっこりと微笑んだ。

 

「なんだ…気づいてたなら、最初から話しかけてくれれば良かったのに」

 

「ああ。すみません、何も聞かれなかったもので」

 

 

 いや、何も聞かれなかったってねぇ……

 なんかちょっと冷たい人だなぁ。

 

 

「……しかし、ずいぶん印象が変わったな。別人に見えるぞ」

 

 聖が東條くんを見つめて言う。

 

「そうね。正直私も、聖に言われなきゃ全然分からなかったかも」

 

 

 私たちが見た時の彼は、クールで人を寄せ付けない感じがあって。

 今の優しそうな雰囲気は少しもなかった。

 

 確かに、よく見たら同じ顔と髪型だけど……

 目の前にいる人がそうだとは全然気づきにくい。

 

 

「僕の話はもういいです。それよりパワプロさん、何を話していたのですか?」

 

「ああ…写真のこと、もう話題になってるだろ? オレと橘が2人で写ってて」

 

 それを聞くと、東條くんは苦笑いをする。

 

「何かと思えば…そんな話ですか。そろそろ大会が近いはずでしょう? 練習はしなくても良いんですか?」

 

「あ。そうなんだけどな…だけど」

 

 

 

「猪狩さんも、そんな話をしているヒマはないと思うのですが」

 

「…そうだね。少し怠け過ぎていたかもしれない、すぐに練習に戻るよ」

 

 

 

「パワプロさん。失礼ですが、あなたはキャプテンですよね?」

 

「なら、まずは大会に向けて頑張るべきです。盗撮の件は先生に任せればいいでしょう」

 

「…確かに、東條の言う通りだよな。ちゃんと練習しないと」

 

 パワプロくんが東條くんに説教を受ける。

 ……ずっと笑顔で口調も優しいんだけど、それが逆に怖い。

 

 

 

「それと…橘さん、あなたもです」

 

「えっ、私も?」

 

 突然話を振られて、少し驚く。

 

「はい。盗撮の件とは別に、その態度について少し」

 

 

 

「みずき、私は先に行っているぞ」

 

「あ。うん」

 

 聖はその様子を見て痺れを切らしたのか、

 そう言い残して部室を出ていく。猪狩くんもそれに続いた。

 

 

 

「……お2人とも、もっと今後の事を考えた方が良いですよ。それでは」

 

 長々とした説教が終わると、東條くんも部室を出て行った。

 後には、シーンとした空気だけが部室の中を包む。

 

 部屋に残ってるのは、パワプロくんと私だけ。

 さっきまで怒られていたこともあり……なんとなく気まずい。

 

 

「…じゃ。じゃあ、私たちも行きましょうか」

 

「あ、あぁ……あんまり悩んでたって、仕方ないしな。」

 

 

「それじゃあ、早く」

 

 

 

 パワプロくんは、何故かそこを動こうとしない。

 

「どうしたの? あんなこと言われたんだし、早く練習しないと…」

 

 

 私がその様子を不思議に思っていると.

 彼は緊張したような顔で言った。

 

「ところで。今日はさ」

 

「……よ。良かったら、オレと一緒に練習しないか?」

 

 

「え? まあ、いいけど…な、なんで?」

 

 

 驚いて質問をしてみたけど、パワプロくんは何も答えない。

 ……なんだか怪しい雰囲気を感じる。

 

 

 もしかして…私に何かしようとしてるんじゃ? 

 

 

「な。何か企んでるんなら、やめてよ。ああ言ってたからって、私になんでもしていいわけじゃないんだから」

 

「……何の話をしてるんだよ? いや、オレも一応キャプテンだしさ」

 

「もう一度、橘の能力を確かめておきたかったんだ。ダメだったかな」

 

「あ、なんだ。そういうことなら、別に」

 

 

「良かった。でも、そういうことって……なんだと思ったんだよ?」

 

 

 

「えー…言わなきゃいけない、それ?」

 

「うん、言って欲しいよ。もしオレのせいで嫌な気分になったんなら、原因を知りたいし」

 

「まあ…どうしても嫌なら、無理して言わなくてもいいけど」

 

 

 パワプロくんが申し訳なさそうな顔で言う。

 もう…ずるいよ。そんな言い方されたら、断りにくいじゃん。

 

 

「嫌っていうか…そこまでってわけじゃないんだけど」

 

「うん」

 

 

「だから。練習って言いつつ変なことをしようとしてるのかなって」

 

 

「…変なことって、どういうことだよ?」

 

 

 パワプロくんがじっと私を見つめてくる。

 ……私の顔が少しずつ熱くなってきた。

 

 

「な…なんでもないっ! ほら、時間がないからさっさと行くわよ!」

 

 我慢ができず、私は強引にグラウンドに飛び出した。

 

「あ、待ってくれよっ!」

 

 

 

 

 ……しばらく、追いかけっこが続いた後。

 ようやくまともな練習を始めてから、数時間が経った。

 

「橘、これを最後の1球にしよう。焦らずに投げて来い!」

 

「分かった。えいっ!」

 

 

 球をど真ん中に向かって投げようとする。

 

 しかし…その球は大きく下に外れ、地面にバウンドした。

 

 

 

「改めて思うけど、橘を部活に入れたのは間違いじゃなかったな」

 

「女の子なのに球が早くて、全然上手く捉えきれないし」

 

「何より、そのスクリュー。普通の曲がり方じゃないよ。一体どうやってるんだ?」

 

 

 目をキラキラさせて、パワプロくんが言う。

 

 

「ふふん。凄いでしょ? 私が考えた変化球で、クレッセントムーンって名前なんだ」

 

「パワプロくんは見てなかったけど。…実は前に猪狩くんを倒した時も、この変化球を使ったのよ」

 

「えっ? オレは前に猪狩から、卑怯な手を使われて負けたって聞いたんだけど……」

 

「さすがに、ちょっと小細工しただけじゃかなわないわ。」

 

 

「そうだったのか。猪狩を打ち取った変化球か……凄いな!」

 

「……まあ、まだ未完成なんだけどね」

 

 

 それでも凄いよ、と褒めてくれる。

 

 でも……1つ気になることがあるんだよな。

 そう言って、パワプロくんは話し始めた。

 

 

「…なんか、球があの時より荒れてる気がするんだよ。やっぱり、あの写真が気になってるのか?」

 

「あ。まあ……正直、ちょっと気にしてるかも」

 

「……今もまたどこかで撮られてるかもって思うと、気が気じゃないっていうか。なんか、怖いし」

 

 

 前に車で連れ去られた事があったから、特にそう思う。

 もちろん、あの時は悪い人じゃなかったけど。

 

 

「まあ、だよな…オレもあんまり良い気分はしないよ」

 

 

 パワプロくんは少し考え込むと、写真を差し出してきた。

 

 

「え。ちょっと、急に見せられると恥ずかしいんだけど」

 

「い。いや、そっちじゃないよ。このテーブルを見て欲しいんだ」

 

 

 よく見ると、何かアクセサリーのような物が小さく写っていた。

 

「あっ、ホントだ…よく気づいたね」

 

「ちょっと写真がブレてるし、間違って写ったのかな」

 

 

 

「みずきちゃん。これが何か、分かったりするか?」

 

 どこかで見たことがあるような…妙な既視感がある。

 

 

 そうだ。あれは確か…

 

「ラーメン屋のなんか…とかじゃなかったっけ?」

 

 

「……ふざけてる場合じゃないんだけどな。もう少し、真面目に」

 

「違うわよ、本当だってばっ」

 

 

 

「へぇ。じゃあ、場所はどこなの?」

 

「えっと」

 

 あれ、全然出てこない。どこだったっけ。

 

「…忘れちゃった。行った事はあると思うんだけど」

 

「まあ、あんまり興味ない店ならそんなもんか。」

 

 

「でも、ラーメン店か…どこか分からないんじゃ、探しようがないよな」

 

「そうねー。その、ラーメン屋に詳しい人ってのが知り合いにいればいいんだけどなぁ」

 

「ああ。例えば、普段から何度もラーメンを食べに行ってる人とか」

 

 

 そう言った瞬間、パワプロくんがハッとした顔をする。

 

 

「……あ。よく考えたら、いるじゃないか!」

 

 

「えっ、誰? そんな人いたっけ?」

 

「あおいちゃんだよ。練習が終わった後、よくラーメンを食べに行ってた事がある」

 

「そうなの? じゃあ、もしかしたら知ってるかも?」

 

 

 早速、私たちはあおいさんの所へと向かう。

 

 

 

 あおいさんは、矢部くんとキャッチボールをしていた。

 パシッ! 乾いた音が聞こえる。

 

 

「あおいちゃん。この写真に写ってる物を覚えてないかな?」

 

 パワプロくんが問いかける。

 

「ん。どうしたの、2人とも? 写真…?」

 

「私、これをラーメン屋で見た気がして。あおいさんなら何か知ってるのかなって」

 

「そういう事なんだ。早川さん、思い出せないかな?」

 

 

「そんないっぺんに話をされても困るよ……ちょっと、待って欲しいな」

 

 あおいさんは困り顔をしながら、写真をじっと見つめる。

 すると、見たことがあると一言呟いた。

 

「たぶん…あそこじゃないかな?」

 

 

 詳しい店の名前を私たちに教えてくれる。

 

 

「そこって…私の家の近くにある所じゃない。もしかして?」

 

 

 少しずつ思い出してきた気がする。

 あそこは昔、お姉ちゃんたちと一緒に行った店だ。

 

「橘、思い出してきたのか?」

 

「うん。たぶんあそこは、小学生の頃に行った店で」

 

 

 ……いや、違う。それだけじゃない。

 私はその後にも、あの店に行ったことがある気がする。

 

 あれは確か。中学の頃……

 

 

 

「あーっ。分かった!」

 

 

 どうして今まで忘れてたんだろう? 

 あの時のことは、絶対に忘れられない思い出だったのに。

 

 

「うわっ。どうしたんだよ、急に大声上げて!」

 

 

 

「あ…ごめん。全部思い出したから、つい」

 

「なんだよ……ん? っていうことは、みずきちゃん?」

 

 

「うん。あの写真を撮った人が、分かったってこと」

 

 

 それにしても……よくも私たちをこんな目に合わせてくれたわね。

 

 

「もう。今度という今度は絶対許さないんだから、あいつ!」

 

 

「あいつって誰だよ?」

 



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明かされる過去

 

 

「あいつって…誰だよ?」

 

 

少し困った顔をして、パワプロくんが私にそう問いかけてくる。

 

 

「すぐに分かることだし、気にしなくていいよ。…それに、犯人はまだ近くにいるはずだしね。」

 

 

パワプロくんは目を丸くした。

 

 

「…えっ?近くって。この学校にいるってことか?」

 

「うん。…さぁ、そんなことより。さっさと犯人の所に向かうわよ!」

 

「って。お、おい!どこ行くんだよ、橘!」

 

 

 

…私たちは、犯人の所へとやってきた。

 

「やっぱり。あんたが犯人だったのね。」

 

 

パワプロくんが驚いた顔をする。

 

「え。この子って…」

 

 

「……何のことでございましょうか?」

 

「しらばっくれた顔しても、もう遅いよ。…麗奈」

 

「マネージャーの…この子が犯人だったのか?」

 

 

「写真に写ってたのよ。あの時の対決で、あんたがもらったアクセサリーがね」

 

「これは。くっ……うかつでしたわね。慌てていたから気づきませんでしたわ。」

 

 

「対決…ってなんだよ、橘?」

 

「ラーメン早食い対決のこと。……あの時のことを思い出すと、今でも悔しくなるわ。」

 

 

私が唇を噛むと、麗奈は不敵に笑った。

 

 

「そう……橘みずき。あなたが、私に負けた唯一の出来事。」

 

 

 

「……早食い対決?」

 

「まさかあの時、辛口のラーメンで勝負されるとはね。さすがの私も油断してた」

 

「ククク、甘党のあなたには不利な戦いでしたわね。」

 

 

中学の頃の私たちは、ある日のこと。

先に食べるのがどちらが早いかで争っていた。

それで、家の近くのラーメン屋で勝負することになったのだった。

 

当時の私は、麗奈に負けることなんてあり得ない。

そう自信満々だったから、意地でもメニューを変えることはしなかった。

 

……そして、食べようと麺を口に入れた瞬間。

あまりの辛さに咳き込み、大きくタイムロスしてしまったのだった。

麗奈は、普段から辛い物を食べて耐性を付けていたようで。

なんなく食べ進めていき、決着はあっさりとついた。

 

 

「……おかげで、あの日以来。辛い物は食べられなくなったわ。」

 

「へぇ。そんなことがあったんだな。……正直、どうでもいい気がするけど。」

 

「どうでもよくないわよっ。」

 

 

 

「まあいいや……で、あんた。なんで私たちのことを盗撮なんかしたの?」

 

 

麗奈は少し沈黙すると、ぽつりと言葉をこぼした。

 

 

「…その前に。聞きたいことがあるのは私の方ですわ、橘みずき。」

 

 

麗奈が私に?……聞きたいことって?

 

 

「橘みずき。なぜあなたは、一度やめた野球をまたやり始めるようになったのですか?」

 

「……ああ。中学の頃に、私が部活に行かなくなった時のことを言ってるのね。」

 

「ええ。あの時のあなたは……天才とまで囁かれていましたのに。」

 

 

「え。急に、何の話だよ?」

 

ちょっと待ってくれよ。パワプロくんが驚いた顔で

そう言って、私たちの話を止める。

 

 

「橘…ホントか?過去にそんなことが?」

 

「……うん。ホントのことだよ。」

 

「中1の頃の彼女は、よく部活で活躍していましたの。……私が嫉妬するほど。」

 

「けれど、2年目の夏を過ぎた頃。彼女は突然、部活をサボり始め...ついには来なくなったのですわ。」

 

 

「どうしてそんなことに?」

 

「……なんかね。色々、めんどくさくなっちゃったんだ。」

 

 

中学の時の私は、滅多にいない女の子という事もあって

周りからは天才とチヤホヤされていた。

そう言われる事自体は、別に悪い気はしていなかった。

 

だけど……それが自分の中では、少しプレッシャーになっていたのかもしれない。

 

 

「みんなの期待に答えなきゃ。もっと頑張らなきゃ。」

 

「そう思ってるうちに、気がついたら野球を楽しめなくなってて。」

 

「だったら……やる意味ないじゃんって思っちゃってさ。」

 

 

「……けど。やっぱり、後悔するもんなんだよね。」

 

「結局数ヶ月後ぐらいには、また野球をやりたくなってた。」

 

「まあ、その頃になったら……もう部活に戻ることなんてできなかったわけだけど。」

 

 

パワプロくんが重い表情をする。

 

 

「もう。そんな暗い顔しないでよ。」

 

 

「いや……オレも。そういう気持ちになる時があるからさ。」

 

 

「パワプロくんにも……何かあったの?辛いことが……」

 

 

彼は一瞬俯いた顔をする。けどすぐにいつもの明るい笑顔で言った。

 

 

「……どっちにせよ、過去は振り返らない方がいいぜ。今だけ見てればいいんだよ。嫌なことばっか思い出すのは辛いだろ?」

 

 

「うん。……できるだけそうするわ」

 

 

私はその言葉を聞きながら、きっと彼にも何か辛い過去があったんだろうなと思った。

けど、ここであまり詳しく聞くのはやめておく事にする。

 

 

「……麗奈。もしかして、そのことで私が困ってると思ってこんなことしたの?」

 

「私が辛い思いをする前に。わざと部活を辞めさせようと……」

 

 

「いえ?私は別に…ただ、あなたが辛い目に合うのを見るのが楽しいだけですわ。」

 

 

 

「…ふーん。一応言っとくけど。今の私は別に、野球をやることを嫌だなんて思ってないよ。」

 

 

私の言葉を聞いて、パワプロくんが安堵する。

 

 

「それは良かったよ。もしかしたら、また辞めようとするのかと……」

 

 

 

麗奈の本音をもう少し聞いておきたいし。

ちょっと仕掛けておこうかな。

 

 

「へえ……パワプロくん。そんなに、私に部活をやめて欲しくないんだ?」

 

「そりゃそうだろ。みずきちゃんがいなくなったら、オレはどうすればいいか……」

 

 

思った通り、パワプロくんはまた誤解されるような言い方をした。

それを聞いて麗奈が呆気に取られた顔をする。

 

 

「この後に及んで、まだイチャイチャするつもり?」

 

「えっ、何の話?」

 

 

 

…相変わらずパワプロくんは鈍感だなぁ。

私は麗奈に向き直って、苦笑いしながら言う。

 

 

「……麗奈。分かった?これが、私が今の部活を続けてる理由だよ。」

 

 

麗奈はしばらく私を見つめると、ふっと小さく息を吐いた。

 

 

「…なるほど。私のやった事は、かえって逆効果だったというわけですか。」

 

 

「そういうこと。分かったら、もう私の邪魔はしないでおくことね。」

 

「……分かりましたわ。今回の所は、見逃しておくとしましょう。」

 

 

 

「その代わりですが、橘みずき。1つ約束してもらえますか?」

 

「何?」

 

「もう2度と、何も言わずに勝手に部活は辞めないで下さい。」

 

「またあなたに辞められたら、潰しがいがなくて面白くありませんからね。」

 

 

 

「…分かった。約束する。」

 

 

 

「とりあえず、良かったよ。橘、これでもう練習に変な邪魔は入らないんだよな?」

 

 

「うん。パワプロくんのおかげだね。」

 

「……え?オレは何もしてないぞ」

 

 

 

もう...本当に、鈍感なんだから。

 

 

 

「…最近変な邪魔が入りっぱなしだったからなぁ。確か、オレのサインボールが盗まれた事もあったんだっけ?」

 

「あぁ…あったあった。まさか、あんなボールを盗む人がいるのは驚いたけど」

 

 

パワプロくんがむすっとした顔をする。

 

「あんなボールって……。アレでもオレにとっては、結構大切な物だったんだけどな」

 

 

 

「ごめんごめん。...でも、なんかちょっといいよね。そういうの」

 

「ああ...だろ?なんていうか、やっぱり泥だらけの方が頑張ってるって感じがして……」

 

 

パワプロくんがまた夢中になってボールの事を語り始めたので、

私は違う違う、と言って話を止める。

 

 

「あのボール、誰かは分からないけどサインが残ってるでしょ。」

 

「それってさ。記憶には残ってないかもしれないけど、活躍した証があるって事じゃん。」

 

「だから、私もいつか。無名でもいいから、そういうサインを残せるような選手になれたらなって」

 

 

 

「そうだな...なりたいな、オレも。プロに行っていっぱい活躍してさ、凄い選手になって…」

 

「……そのためには、まず甲子園に行かなきゃだけどね。」

 

「……そうなんだよなぁ。」

 

 

「じゃあ、パワプロくん。また一緒に練習しない?」

 

「ああ、いいよ。よし、燃えてきたぞー!目指すは甲子園出場だっ!」

 

 

……という感じで、この騒ぎはあっさりと幕を閉じたのだった。

 

私たちはまたいつも通りの日常を過ごし始めた。

地方大会の日が少しずつ近づく中で、練習に明け暮れる。

そんな毎日がしばらく続いた、ある日のこと。

 

 

「……A、B、C。この選択肢の中で合っているのはどれだ?」

 

「うーんと。たぶんBかしら?」

 

「…正解だ。なかなかやるな、みずき」

 

 

私たちは数日後に控えている期末試験に向けて勉強をしていた。

 

 

「よしよし、これでテストも満点間違いなしっ。」

 

「自信を持つのはいいが、油断は禁物だぞ。」

 

「下手をすると、それで留年……なんて事もあるかもしれないのだからな。」

 

「あはは、まっさかー。……準備をちゃんとしておけってことでしょ?大丈夫、心配ないって。」

 

 

 

「うむ。しっかり準備を……ちょっといいか?」

 

 

聖は何かに気づくと、急に小さい声になる。

その様子が気になってどうしたのと聞いてみると、

 

 

「……と、トイレに行きたいのだが。」

 

 

恥ずかしげに私にそう呟いた。

 

 

「……そろそろ授業始まるわよ。急いで行かないと」

 

「う、うむ…行ってくる。」

 

 

さっき準備をしておけって言ってたのに……なんだかなぁ。私は苦笑いした。

 

 

それにしても……トイレか。授業始まっちゃったら、行きにくいし。

行きたいなら今行った方がいいのかな?

 

ふと考え始めると、少し気になってきた。

 

 

「……私も、ちょっと行ってこよっかな」

 

 

 

結局。私も数分後に、聖の後を追ってトイレへと向かった。

この辺りは教室から少し離れている事もあり、静けさを感じる。

 

……すると。突然、誰かの叫び声が聞こえて来た。トイレのドアからだ。

周りが静かだから、その声ははっきりと私の耳に届く。

 

 

「この声は……聖?」

 

 

何かあったんだろうか。まさか、幽霊?いや、そんなわけないか。

 

 

急いでドアを開け、中へと入っていく。

 

……するとそこには、清掃員の人の近くでその場に立ちつくしている聖の姿があった。

 

「あ。みずき……」

 

聖は私の気配に気づきこっちを振り返る。その顔は少しこわばっているように見えた。

 

 

「聖。どうしたの?そんなに大声出しちゃって……」

 

「…さっき用を足して扉を開けたら、ちょうどこの清掃員がいたのだ。」

 

 

聖はとにかく急いでいたから、気配に全く気づかなかったのだと話す。

 

 

「ああ。それでビックリしちゃったってこと?」

 

 

「……いや。実はそれだけではないのだ。」

 

ぽつりぽつりと言う。少し歯切れが悪い。

 

「じゃあ、なんなのよ?」

 

 

「その清掃員が……」

 

 

近くで掃除をしている清掃員を見る。全く顔を合わせてくれない。

まるでわざと私たちのことを避けてるみたいだった。

 

 

「……一瞬、夢じゃないかと思った。本当に驚いたのだ。」

 

「聖にしてはやけにもったいぶるじゃない。いいから話してよ」

 

「いいのか?みずき。もしかしたら……」

 

しきりに私に確認を取ろうとする。……そこまで重要なことなんだろうか。

 

 

「…大体、もう授業が始まっちゃうじゃない。その話は後にしなさいよ」

 

 

聞いてくれるのか分からないけど、私は聖の代わりに清掃員の人に向かって謝る事にした。

 

「すみません。なんかよく分からないけど、私の友達が驚いて声を上げちゃったみたいで」

 

 

清掃員の人は黙々と掃除を続けている。ほぼ無反応だった。

 

「あの……聞こえてます?」

 

トントンと肩を叩いてみる。するとその人は少しの沈黙の後、私に振り向いた。

 

「……えっ?」

 

 

その瞬間、私はすぐに聖の言っている意味が分かった。

そんな反応をするのも無理はなかったんだ。

 

緑色でおさげの髪型。だけど髪色は少し青みがかっている。

ぱっと見だったら、あおいさんと一瞬間違えてしまいそうなその容姿。

 

「みずき……」

 

私にはもうハッキリと分かる。この人は……間違いなく、私のお姉ちゃんだった。

 

 

「お姉ちゃん…どうしてこんな所に」

 

「それを聞きたいのはこっち。……私を追いかけてきたの?」

 

 

お姉ちゃんの質問に、私はこくりと頷く。

それを見るなり、お姉ちゃんは小さく苦笑いした。

 

「……みずきは変わらないね。いつも私の後を追っかけて」

 

「だって、私の大事な家族だもん。当たり前だよ」

 

 

しばらく黙っていた聖が、私に一言発した。

 

「やっぱり……みずきの姉だったか。」

 

「うん、間違いないわ。なんで清掃員なのか、知らないけど」

 

 

私の記憶では確か教師を目指していたはずだった。

……それなのに、どうして?

 

 

「みずき。……悪い事は言わないから、よく聞いて。」

 

「ここで私と話したことは、全部忘れておくの。」

 

 

「忘れる?どうして……?せっかく会えたのに、なんで忘れなきゃいけないの」

 

 

「おじいちゃんは……ああ、そうだね。そんな話、多分してないよね。」

 

そんな話……?お姉ちゃんとおじいちゃんだけが知ってて。

何も言わずに隠していたことがあったの?

 

 

私がそう言うと、お姉ちゃんは謝った。

 

「……ごめんね。今までみずきには、何も話してなかった」

 

「いいよ。それより、何を隠してたの?」

 

 

「みずきは、お父さんとお母さんのこと。よく知らないよね」

 

「……うん。私が小さい時に、亡くなったんでしょ」

 

「そう。私たちの家はね、金持ちだったの。その時まではね……」

 

 

「…そうだったんだ。金持ちって、どれぐらい?」

 

 

全然知らない事だったから、何気なく聞いてみた。

するとお姉ちゃんは、一瞬耳を疑うような発言をし始める。

 

 

「……ボディーガードが付けられるぐらい、かな?」

 

「えっ。お姉ちゃん。冗談言ってる場合じゃ……」

 

「数十年前まではね、橘財団って言って。かなり権力があってね、凄く有名な所だったんだって」

 

 

聖も驚いた顔をして、お姉ちゃんに質問する。

 

「正直、全く想像がつかないぞ。」

 

「……それなら例えば、この学校も立てられるほど?」

 

 

「それぐらい。……実際、聖タチバナ学園高校って所もあったよ」

 

「そんなに凄かったんだ……」

 

私はあまりの話にもはや頭が追いつかず、

そう声を漏らす事しか出来ない。聖も同じ反応だった。

 

 

「…あったって事は、今は違うんだ。」

 

「……うん。別の名前に変わって、残ってるけどね。」

 

 

「お姉ちゃん。今その学校、どんな名前になってるの?」

 

 

「それが……私の事を忘れなきゃいけない理由。」

 

「えっ?意味が分かんないんだけど……」

 

 

お姉ちゃんはゆっくりと私に話す。

 

 

「その学校の今の名前はね……聖パワフル学園高校」

 

「今ここにみずきがいる学校で……私たちがいちゃいけない所。」

 

 



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聖パワフル学園の真実

 

 

「この学校……元々は、私たちの家族が経営してた所だったの?」

 

 

「……そう。今は、パワフル財閥って所に権利が渡されてるけどね。」

 

 

「しかも……昔は物凄いお金持ちだったなんて。」

 

 

あまりにも現実味のない話だった。

それを言うなら、パワプロくんたちだって同じかもしれないけど。

 

ちょうどその時、授業が始まるチャイムが鳴った。

そのチャイムの音が、今語られていることが夢ではないことを知らせてくれる。

 

 

「……みずきの家族は、どうして金持ちではなくなってしまったのだ?」

 

 

「その時は私もまだ小学生だったから、よくは分からないの。」

 

「ただ、パワバブル崩壊が原因だったって話は聞いてる」

 

 

「パワバブル崩壊……確か昔、経済が大変な事になったとかってやつだっけ。」

 

 

確かにその時は色々な騒ぎがあったみたいだけど……

いくらなんでも、そんな事で簡単に貧乏になっちゃうもんなの?

 

 

「みずき。何か気になることがあるの?」

 

「お姉ちゃん。なんかそれだけじゃ……ちょっとしっくりこなくて。」

 

「私もそう思う。それに、会った事を話してはいけない理由もよく分からないぞ」

 

 

確かにそうよね。まだ他にハッキリしていない事もたくさんあるし。

私たちがそう言うと、お姉ちゃんはもちろん落ちぶれた理由は他にもあったと話してくれた。

 

橘財団は、社員に休みを与えなかったり、他の会社に圧力をかけたり。

あまり良いやり方でのしあがった所じゃなかったってこと。

 

お金の計算も適当で、黒字だと思っていたのが実際には赤字だったり。

とにかく管理も色々とずさんだったということ。

 

 

「……逆に、それまで潰れていなかったのが驚きだな。」

 

 

お姉ちゃんたちが今まで何も言わなかった理由が分かる気がした。

こんなことを話されたら、きっと私はショックを受けていたと思う。

 

 

「…なんでお姉ちゃんは、ここで働いてるの?」

 

「そんな事を知ってるなら、わざわざこんな所で働く理由なんか……」

 

 

「みずき……実はね、財団の経営の全てが失敗だったわけじゃないの。例えばこの学校。」

 

「ここは設備もしっかりしてるし、教育のレベルも高くて。入りたいって言う人も多かったと聞いてる。」

 

 

悪い所だけじゃなくて、良い所もちゃんとあったんだ……

もちろん、それだけで全部が許されるって訳じゃないと思うけど。

私はそれを聞いて少し安心したような気がした。

 

 

「……別に昔の栄光を取り戻したいとかじゃないんだけどね。単純に憧れの意味もあって。」

 

「全部が悪かったわけじゃないって、知ってほしい気持ちがあるんだよ。」

 

 

お姉ちゃんは掃除をしながらにこやかに言う。

そう言われるとなおさら、この姿にはすごく違和感を感じた。

 

 

「でも。それでやらされてる事がトイレ掃除…?」

 

 

「……先生たちは、橘財団の娘には教育をさせたくないんだって。」

 

「本当はいつ辞めさせられてもおかしくない状況だけど……なんとかここにいられてるって感じかな。」

 

 

お姉ちゃんは悲しげに俯いてそう呟く。

私はその姿を見て何とも言えない気分になった。

 

 

「でも心配ないわよ、みずき。きっといつか、分かってくれるはずだから。」

 

 

お姉ちゃんはそんな私の目に気づくと、すぐに明るい表情に戻る。

けど、私はまだ気持ちが晴れないままだった。

 

こんなにお姉ちゃんは健気に頑張ってるのに。財閥の娘だからって……ただそれだけ?

たったそれだけで、そんな酷い扱いをされてるの?……おかしいよ、お姉ちゃん。

 

 

「……私、先生たちに抗議しに行ってくる。そんなメチャクチャな事、すぐにやめさせなきゃ!」

 

 

「落ち着け、みずき!そんな事をしたら、みずきも財閥の娘だったとバレてしまうぞ。」

 

 

 

「……だって。お姉ちゃんは何も悪くないのよ?…なのに、どうして!」

 

 

 

私は悔しい気持ちでいっぱいだった。

お姉ちゃんがこれだけ辛い思いをしてる時に……

何もしてあげることができないなんて。

 

 

「……みずき、私のことは気にしないで。」

 

「お姉ちゃんの事は忘れて、自分のために生きるの。」

 

 

私はお姉ちゃんの言葉に答えられず、その場で立ち尽くしていた。

 

 

「みずき……これ以上ここにいるのはまずいぞ。」

 

 

聖のその一言を聞いて、私たちはとりあえず教室に戻る事にする。

教室に戻って、もちろん先生には叱られたけど……そんなことは頭に入りもしない。

 

 

「……みずき。食べないのか?」

 

 

「…なんかあんまり、食べる気が起きなくて。」

 

 

私はお姉ちゃんの事で頭がいっぱいで。

他に何かを考える気力すらも既に失いかけていた。

 

 

「聖。どうする?部活のみんなに相談するって手も、あるかなと思ったんだけど……」

 

 

相談して皆がどういう反応をするかは分からないけど……

私のお姉ちゃんが大変な目に遭ってると知ったら、もしかしたら力を貸してくれるかも。

 

だけどその希望は、聖が次に放った言葉で打ち砕かれた。

 

 

「……みずき。このことは、私たちだけの秘密にしておいた方がいい。」

 

 

「…どうしてよ?」

 

 

「みずきのためだ。もし理由を話して、バレたらどうする?」

 

 

 

「私のため、私のためって……聖はそんなこと言ってばっかりね。」

 

 

自然とため息が漏れる。

 

 

「どう思われるか分からないのだぞ。下手に話すのは危険だ。」

 

 

私は聖の言い分に少しも納得できなかった。

前だったらまだ反対するのも分かる気がしたけど。

 

……ここまで皆に対して用心するだなんて、明らかにおかしい。

違う考えが裏にあるとしか思えなかった。

 

 

「本当にそれだけ……?もしかして、何か他に理由があるんじゃないの?」

 

 

 

私が睨みながらそう追及すると、聖は少し目を伏せて言った。

 

 

「……別に何もない。みずきが悪く思われても良いなら、そう話せばいいと言っているだけだ。」

 

 

 

なによ。その投げやりな言い方……それに、この変に思わせぶりな態度。

私のためと言いつつ、やっぱり何か言いたい事があるんじゃない。

 

少しずつモヤモヤした気分になり始めていく。

その気持ちを何とか振り払うように、私は言った。

 

 

「…皆がどう思ったって構わないわよ。私はただ。」

 

「お姉ちゃんを……助けたいだけなの!」

 

 

言った瞬間、つい大きな声を出してしまった事に気づいた。

騒がしかった周囲が急にシーンと静かになりだしていく。

 

 

「なんて言ってた、今……?」

 

「……助けたいとか聞こえたような。何の話だろう?」

 

 

ザワザワと周りが、私のことについて話し始めた。

まずい。もしお姉ちゃんの事がバレちゃったら、大変なことに....

 

 

「…み、みずき!そんなに私のことを心配しなくていいのだぞ。勉強は出来る方だ。」

 

 

聖がとっさにフォローをしてくれる。

 

 

「そ……そうなのね。それなら、良いんだけど!」

 

 

私もその話に合わせると、何とか場の雰囲気が収まっていく。

それから少しして。聖はぽつりと言った。

 

 

「全く……もういい、分かったぞ。そんなに言いたいなら好きにすればいい。」

 

「もし何かあったとしても、私は精一杯みずきのフォローをすると約束するぞ。」

 

 

聖はもう反対することを諦めたようだった。

良かった。私の言い分をちゃんと分かってくれたのね。

 

 

「……ホントに?そうこなくっちゃ!」

 

 

私たちは相談をしに行くために、廊下の方へと出て行った。

 

 

「しかし、部活の誰に話すつもりなのだ?まさか全員ではないだろうな。もしそうなら...」

 

「さすがに、それはもうやめたわ。私が話すのは...パワプロくんだけでいいかな。」

 

「彼なら私との仲も良いし、ちゃんと話を聞いてくれるはずよ。それに、一応付き合ってるわけだしね」

 

 

「なるほど。会長なら学校を動かす権力もあるだろうし、一番最適か。」

 

「どう、聖。これなら心配はないでしょ?」

 

「確かにそうだな。...仮にもし会長が、この事に関わっていなければだが。」

 

 

「パワプロくんが...怪しいって言いたいの?」

 

 

私がそう問いかけると、聖はコクリと頷いた。

考えてみれば偉い立場の彼が、この事を何も知らないなんて少し不自然かもしれない。

 

...とはいえ、パワプロくんがそんな悪い人には思えないし。

私は聖の考えをあまり信じたくなかった。

 

 

「...まさか、そんなわけないじゃない。彼は何も知らないのよ...たぶんね。」

 

 

...もしそうだったら、私がそんな簡単に騙されるなんて。

私のプライドにかけても許されるべきことじゃないわ。

 

その時には、しっかりとお返しをしてあげなくちゃ...

 

 

「...1つ聞きたいことがある。みずきは会長のことをどう思っているのだ?」

 

 

「え?」

 

 

考え事をしている途中、聖が急に話を振ってくる。

上手くそれに反応できずに、私は少し言葉を返すのが遅れた。

 

 

「...まあ、良いんじゃない?色々奢ってくれるし、優しいし。...ちょっと頼りないけど。」

 

「...そうではなくて、好きかどうかの話だ。」

 

 

「ん〜。私が支えてあげなきゃいけないのかな、くらいには思ってるけどね。」

 

 

最初の頃は印象も悪かったし、大して好きじゃなかったけど。

正直なところ、最近は少しずつパワプロくんのことが気になり始めていた。

 

 

「後は何かしら...顔とかは結構カッコいいわよね。あ、お金持ちな所も好きかも!」

 

「本当に好きと言えるのか、微妙な所だな...」

 

 

そうこう話しているうちに、パワプロくんの教室へとたどり着く。

私たちは1年7組で彼は1組の方にいるから、それなりに長い距離があった。

ガラガラと扉を開けると、周りからザワザワと声が聞こえた。

 

 

「あれが。問題のあの子...?」

 

 

その声が聞こえるやいなや、聖は少し焦った様子を見せて

早く奥の方へと行くようにと私を促してくる。

 

 

「みずき、急いでパワプロ会長の所へ。私はここで待っているぞ。」

 

「...分かったわ。変な噂も流れてるみたいだしね。」

 

 

私が教室の中へ入ると、更にヒソヒソと話し声が聞こえてくる。

内容はよく分からないけど、どうせ私の悪口だろうし。あんまり気にしないように....

 

 

「あの子が、あの伝説の...?」

 

「ああ。指先だけで、百人を一瞬で片付けたらしいな。」

 

「車を片手で持ち上げたって話も聞いたぜ。」

 

 

...え?よくよく話を聞いてみたら。なんなの、その噂?

どうも私の想像とはまた違った、変な噂が流れてるみたいだった。

 

ま、まあ。そんなのは別にどうでもいいことだし。

とりあえず、パワプロくんを探さなきゃ...

 

注意深く周りを探すと...あ、いた。1つだけ机に人だかりができている。

誰が噂を流したのか知らないけど。早くパワプロくんに相談を...

 

 

「いや、ホント橘は凄くてさ。前もさ、いとも簡単にねじ伏せられちゃったんだよ」

 

 

...その人だかりの中で、お調子者が得意げに話をしていた。

 

ああ、なんだ。別に深く考える必要なんてなかったんだ。

この妙な噂が流れていたのは、全部パワプロくんの仕業だったってことか。

 

 

「まあそんな感じで大変なんだけど。なんだかんだ、毎日超ラブラブで。」

 

「...へえ、毎日超ラブラブなのね。で、パワプロくん。その人とは、どれぐらい仲が良いの?」

 

「そりゃもう。手を繋ぐのは当たり前だし、抱き合ってキスしたりとか...」

 

 

「...って。み、みずきちゃん!?」

 

 

「何を驚いてるのよ、全く。さっきからここに来てたでしょ?」

 

「ご、ごめん。全然気付いてなかったよ...」

 

 

...呆れた。しょうもない自慢話ばっかりして。

私がすぐ目の前にいる事にも、全く気づいてなかったわけ?

しかもその話、ほとんどウソだらけだし。

 

 

「で、なんなのよ。変な噂ばっかり流してたみたいだけど。...手を繋ぐのは当たり前だっけ?」

 

「...そういう風に思ってたなんてね。ずいぶん私のことを軽く見てるみたいじゃない」

 

 

「いや...みずきちゃん。これにはなんていうか、その。色々事情があると言いますか....」

 

 

「...へぇ、事情ねぇ。まあ私は寛大だから、怒らずにちゃんと話を聞いてあげるけど?」

 

 

もちろんその言葉とは裏腹に、私は強烈な怒りを感じていた。

手を繋ぐはまあ、まだいいにしても。抱き合っただの、キスしただの。

よくもまあ、恥ずかしげもなくウソをペラペラと...

 

 

「...あ、みずきちゃん!窓の外に何か見えるぞ」

 

「ふん。...そうやってごまかそうったって。そうはいかないんだから!」

 

「いやいや、ホントだよ。見れば分かるって。」

 

 

...まさか、本当に窓の外に何か見えるの?

パワプロくんが窓の方を指差して、そっちの方を見るように促す。

そこまで言われると、ちょっと気になっちゃうな。

 

 

「え、ホントに?どこどこ?」

 

 

じーっと目を凝らしてみる。なんだ、何も見えないじゃない。

 

 

「よし、今だっ。逃げろーっ!!!!!」

 

 

あれ?今のパワプロくんの声...まさか?

私がその声に気づいて後ろを振り返った時にはもう遅かった。

 

パワプロくんが遠くの方にどんどん逃げ去っていくのが見える。

 

 

「あーっ、やっぱりやられたか!」

 

 

早く追いかけないと...って、あれ?

私は大事なことを忘れているのにふと気がついた。

 

 

「...よく考えたら、私の足ならすぐパワプロくんに追いつけるじゃない。」

 

 

そこまで焦る必要なんて別になかったか。

にしても、この私をここまで焦らせるなんて。なかなかやるわね...

生徒会長も案外、肩書きだけじゃないってことかしら。

 

...さて。早くパワプロくんを追いかけなきゃね。

私は少し彼に対抗意識を燃やしつつ、廊下へと足早に出て行った。



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新たな協力関係

 

 

「みずき。さっき会長が、向こうの階段に走って行ったが...どうしたのだ?」

 

「ごめん、聖。その話は後でっ!」

 

 

パワプロくんは三階の方に降りて行ったらしい。

私はそれを聞いて大急ぎで階段を降りると、廊下の向こうを見た。

 

...いない。それにしても、三階かぁ....まさかとは思うけど。

私は少し思い立って会議室のドアを開けた。電気がついてないから、中は薄暗い。

すると、ガタンと物音がした。私はとっさに音がした方向を見ると.....

 

やっぱり。いた!パワプロ君が奥の方で私を見つめているのが少し見える。

もう逃げる気はないみたいだけど、念のため私はゆっくりとパワプロ君に迫っていった。

 

 

「さて。ちゃんと説明してもらおうかしら...?パワプロくん。」

 

 

パワプロ君は少し後ずさりをして、言葉をこぼした。

 

 

「...み、みずきちゃん。これは、キミを守るためにやった事なんだよ。」

 

「...私を守るため?これがねぇ?ホントかなぁ。」

 

 

イマイチその言葉を信じられないでいると、

パワプロくんはあたふたしながら理由を詳しく説明してきた。

 

 

「い、いや...みずきちゃんのイメージってあんまり良くなくてさ。実際オレのクラスでも悪い噂が伝わってたんだよ。」

 

「それで話を聞かれて、色々と困ってたからさ。無理やりにでも話を盛っておくしかなかったんだ。」

 

 

私の印象が悪かったから、何とかしようとしたのね。

だからといってあんなやり方はちょっとない気がするけど。それに....

 

 

「...じゃあ、なんで私から逃げたわけ?」

 

 

「それは、みずきちゃんが怖い顔で迫ってきてたから...つい。」

 

「...別に怒らせるつもりはなかったんだけど...やり過ぎたなら謝るよ。ごめん!」

 

 

なるほどね。全部悪気があってやったんじゃないなら別にいっか。

まあやり方はちょっと強引だけど、ある程度印象は良くなってる気もするし。

 

そこまで責める必要があることじゃないのかも...

私はパワプロくんの発言を少し許す気分になっていた。

 

 

「ま、まぁ。そういう事なら...仕方ないわね。」

 

「ホントか!?...ありがとう。みずきちゃん、許してくれて!」

 

 

「私を守るためにやったことだもんね。ちょっと嫌だけど。まあ少しぐらいなら...」

 

 

「じゃ、じゃあさ!せっかくだから、廊下に出てキスとか....ダメか?」

 

「...えっ?ダメに決まってるでしょ。...なんでよ。」

 

 

「いや、だってさ。オレたち一応、カップルってことになってるわけだろ。キスしないなんて変じゃないか?」

 

 

「そりゃまぁ、そうだけど....別にわざわざしなくても、裏でしてるって思われてるんじゃないの」

 

 

「いや。こんな中途半端な感じじゃ、すぐに怪しまれると思うんだよ。もっと皆にアピールをしておかないと!」

 

 

パワプロくんはそう言うと、カップルのあり方とやらを熱心に説明し始める。

大体それなら、もっと良い場所で...とかじゃなくて。

 

 

「...一応言っとくけどさ。私とパワプロくんは本当に付き合ってるんじゃないこと、分かってる?」

 

「騒ぎを収めるためにとりあえずそうしてるだけ。あんまり誤解されちゃ、困るんだけど」

 

 

変な勘違いをされないように釘を刺しておくことにする。

 

 

「そ、そんなことは...分かってるよ。みずきちゃんがオレに興味ないってことも」

 

 

「...別にそこまでは言ってないけど。ただ、変なことされるのは嫌だっていうか」

 

「やるにしたって、なんで廊下なのよ。目立つじゃない」

 

 

実際の所としては、私は正直どっちでも良い気分だった。

パワプロくんが好きってわけじゃ別にないけど、嫌いなわけでもないし。

 

キスも仕方ない事だとある程度割り切っていたつもりだった。

けど、実際にしようという流れになったら全く別で。

なんとなく恥ずかしい感覚になってきてしまう。

 

 

「それは分かるよ。...でも、逆に目立つからこそ良いと思うんだ。オレたちがラブラブのように周りから見えるわけだし」

 

 

まぁ確かに。それを言われたら、筋は通ってるんだけど...

でも...私はその意見にちょっと納得しづらかった。

 

 

「...大体パワプロくん、最初はあまり納得できないとか言ってたくせに。結構ノリノリじゃない」

 

 

やっぱり彼の気が突然変わったのはどうしても気になるし。

私がそれを問いただすと、彼は頭をかきながら言った。

 

 

「いや。...あの後、よく考えてみたんだけどさ。それも結構アリかなって、ちょっと思ってきたんだよな」

 

「どうせ本気じゃないんだしさ。それならもっと割り切った方が、色々と楽なのかもな....って」

 

「...そ。そんな事言ったら、橘だって前と全然態度が違うじゃないか。」

 

 

「えー。だって....最初は乗り気だったけど、よく考えたらなんか面倒くさくなってきたんだもん。別にアピールなんかいいでしょ」

 

 

パワプロ君はしらーっとした顔で私を見つめる。

 

 

「た。確かに私も、ちょっと浮かれちゃってたけどさ。......で、でもっ。あの時だってキスして良いなんてことは一言も言ってないんだけど?」

 

 

それはちょっと言い出した側としてないんじゃないのか、と彼が抗議をする。

私はハッキリとその言葉を遮るようにして言った。

 

 

「...結局、パワプロくんはただ。適当な理由をつけて、私とキスがしたいだけなんでしょ?」

 

 

「いや....まぁ。でも、ちゃんとした理由はあるんだけどな....」

 

 

また適当なこと言ってごまかしちゃって。

結局パワプロくんも、私には大して興味ないんだな。

ただ自分のために利用しようとしてるだけなんだ。

 

まぁそもそも、私だって同じような事してるんだし。

人のことなんてあんまり言えないんだけどね...

そう考えると、私は少し寂しい気持ちになった。

 

 

「...はぁ。パワプロくんに話さなきゃいけない事があったんだけどな。」

 

「こんなんじゃ、話してもあんまり意味ないかしら」

 

 

「話したいこと?なんだよ、橘?何か悩みがあるなら聞くけど」

 

 

あの事を話そうか少し迷っている時、チャイムの音が聞こえる。

次の授業の始まりを知らせる音だった。

 

 

「あ...鳴っちゃった。じゃあパワプロくん、授業が終わったら屋上で待ってて。」

 

 

「屋上?....そんなに話しにくいことなのか?」

 

「あ。もしかして、デートの約束とか!?....いや、そんな感じじゃないな。」

 

 

真面目なのか、それともただふざけてるだけなのか。

こんな呑気な姿を見ていると彼が生徒会長だという事を段々忘れてきそうになる。

といっても、これが演技の可能性もあるから油断できないけど...

 

 

「...ほんとバカね。そんなわけないでしょ?とにかく、後でちゃんと待っときなさいよ」

 

「冗談だよ、橘。あんまり本気にするなよ」

 

 

そんな気の抜けた返事が返ってくる。...話をしたとしても、本当に頼りになるのかな?

私は少し不安を感じつつ、ドアを開けてその場を後にした。

 

 

授業が終わった私は、人目を避けてすぐに屋上へと向かう。

もう既にパワプロくんは上の方で待っていた。

 

 

「で...話したいことってなんだったんだ?」

 

「...実はさっき、お姉ちゃんを見つけたの。けど、あんまり良い感じじゃなくてね」

 

 

私がそう話した瞬間、パワプロくんは嬉しそうな顔をした。

 

 

「やっと見つかったのか。橘、良かったな!」

 

「...ん?でも、良い感じじゃないってどういうことなんだ?」

 

 

私はお姉ちゃんがこの学校の教員として働いていること。

そして、その中であまり良い扱いを受けていないことを話した。

 

 

「そんなことが学校で起きてたんだな...全然知らなかったよ。」

 

 

私は彼の言葉を聞いてふとある話を思い出した。

...そういえば、ずっと気になっていたことがあったんだった。

 

 

「パワプロくんって、学校の権限を握ってるんでしょ?ホントに...何も知らないの?」

 

 

軽く緊張しながらそう尋ねた。...もしこれで反応が怪しかったら。

パワプロくんはあえて知らないフリをしてるってことに...

聖のあの考えが頭に浮かび、私は少し身震いする。

 

だけど次の瞬間に彼が放った言葉は、すごく単純だった。

 

 

「オレが興味あるのは、野球のことだけだし。先生の事はよく分からないっていうか...」

 

 

なるほど...パワプロ君は、常にユニフォーム着てるくらいの野球バカだしね。

私はその言葉を聞いてなんとなく合点がいく。

 

表情も真面目で、そこにウソは感じられなかった。

裏がありそうに見えたのはただの思い込みだったかな。

そんな私の疑惑が晴れた所で、パワプロくんが話題を変えた。

 

 

「ところでみずきちゃん。...その話が本当なら、ちょっと気になる所があるんだけど」

 

「なんでそのお姉ちゃんは、雑用をやらされてるんだ?どこも悪い部分はないんだろ?」

 

 

その言葉に不意を突かれて、思わずドキッとする。

いずれ聞かれる事は分かってたけど...とうとうその質問が来たか。

 

...私はあの話を打ち明けるべきか、まだ迷っている最中だった。

ここまで来たら...もうハッキリと言った方が良いのかな。私の家族がどんな人たちだったのか...

 

 

「橘?...なんで急に黙ってるんだ?何か言えないことがあったりするのか?」

 

 

ここで何も言わなかったら、お姉ちゃんはまた雑用をやらされる。

それじゃ結局、同じことの繰り返し。何も変わらない。

...そんなの、私は嫌だ。お姉ちゃんをこのまま苦しめてるわけにはいかない。

 

これを言ってどうなるかなんて、今の私には分からないけど...

ここで逃げて良い事なんか一つもないはず。

私は息を吐くと、意を決して彼に言葉を発した。

 

 

「...パワプロくん。言う前に、ちょっと約束してもらいたい事があるの。」

 

 

「ど、どうしたんだよ?...急に声のトーンを変えたりして」

 

 

「もし今から私の話すことが、キミにとって良い話じゃなかったとしても。」

 

「私のことを...そしてお姉ちゃんのことを。見捨てないでくれる?」

 

 

緊張感から、無意識に声が震えてくる。

すると彼はそんな私を落ち着かせるように体を支えて言った。

 

 

「....何言ってんだよ、友達だろ?...約束するよ。オレは絶対にキミを見捨てないよ。」

 

 

さっきまでとは違った真剣な顔をして少し微笑みながら私を見つめてくる。

その頼もしそうな姿を見て、私は全てを打ち明ける決心をした。

 

 

「...ありがと。じゃあ今から話すから、よく聞いてね。」

 

「実は...私の家族はね。今は全然だけど。昔は橘財閥っていって、凄くお金持ちの家だったらしいの。」

 

 

「橘財閥...?どこかで聞いたことがあるな。キミがそこの娘だったのか?」

 

 

「...うん。私も、最近までは知らなかった事だけどね。」

 

「それで...ええっと、つまり。あんまり、私の家族の評判が良くなかったみたいで...」

 

 

物心がついた時には既に今の家にいたから。

正直言ってお金持ちだった頃の事はあまりピンとこなくて、説明しづらい。

 

それでもパワプロくんはなんとか理解してくれたようで。

なるほどなぁ、と相槌を打ちながら話を聞いてくれていた。

一通り私の話を聞いた所で、パワプロくんは少し目を伏せながら口を開いた。

 

 

「そうか...なんとなく事情は分かったよ。キミのお姉ちゃんが、そんな扱いを受けてる理由...」

 

 

「...立場的にも、難しい事は分かってる。けど...お願い。お姉ちゃんを助けて!」

 

「お姉ちゃんは大切な家族なの。このまま助けられずに、もし学校をやめちゃったら...私...」

 

 

少し沈黙が流れると、パワプロくんはうーんと唸って言った。

 

 

「...困ったな、お姉ちゃんか。オレは出来れば助けたいんだけど、親父がどう思うかなんだよな...」

 

「実はその...橘財閥に、親父は結構な恨みを抱いてるみたいでさ。下手に助けたら、もしバレた時が...」

 

 

「...お姉ちゃんのこと、助けてくれないの?じゃあ、さっきの約束はなんだったのよ?」

 

 

さっき、絶対に見捨てないって言ってたのに...

パワプロくんがあっさり手のひらを返したことに私はがっかりした。

 

 

「...橘ならいいけどさ。キミのお姉ちゃんを助ける理由ってあんまりないしなぁ...会ったこともないし。」

 

 

「...はぁ、ガッカリだわ。もうちょっと頼りになるかと思ったけど...全然じゃない。」

 

 

まさか彼がこんなにも臆病な感じだったなんて。

生徒会長なんだから、もっと自信があると思ったのに。

 

 

「う、うるさいな。みずきちゃんがそんなこと、言える立場かよっ。」

 

「....オレだって、ホントはなんとかしたいよ。けどさ...親父に捨てられたらと思うと、怖いんだよ。」

 

 

その情けない姿を見て、私は思わずため息をつく。

 

 

「全くもう...見てらんないわね。男なら、もっと男らしい所を見せなさいよっ。」

 

「...私だって、この話をするのにも結構勇気が必要だったのよ。」

 

「パワプロくんみたいな人にわざわざプライドを捨てて頼まなきゃいけないのも、ホントは嫌だったし」

 

 

もちろん挑発のつもりで言った言葉だった。

けど今の彼を見ていると、あながち間違いでもないように私は思えてきていた。

 

パワプロくんがこんなに頼りないなんてね。しかも結構なスケベだし...

なんとなく良い印象を持っていたから、なおさらガッカリだった。

 

 

「みたいな人って...おいっ。橘は普段、オレのことをどう思ってるんだよ?」

 

 

さすがにその言われ方には納得いかなかったらしく、パワプロくんが少し不満を見せる。

 

 

「...さあね。でもここで良い所を見せてくれたら、少しは見直しちゃうかもだけど」

 

 

私は目をつぶって、変わらず挑発を続ける。

さすがにここまで言えば、パワプロくんもやる気を出してくれるはず...

そんな思いで、多少無茶な事を言ってでも彼を引き止め続ける。

 

 

「さて。このまま逃げて終わるのか...それとも、逃げずに立ち向かうカッコいい姿を見せてくれるのか。どっちなの?...生徒会長さん。」

 

 

私は目を開けて微笑みながら、パワプロくんの耳元でそう囁いた。

しばらく沈黙が続くと、彼は大きく息を吸って分かったよと声を上げた。

 

 

「よし。そこまでバカにされてちゃ、オレも黙ってられないな。」

 

「...みずきちゃん。キミはお姉ちゃんのことでそれだけ困ってるんだよな?」

 

 

「...もちろん。もう私には、パワプロくんしか他に頼れる人が思いつかないの。」

 

 

「ああ、分かったよ。...だったらオレは、全力でそのお姉ちゃんのことを助けてやる!」

 

 

パワプロくんがそう言って、覚悟を決めた目で私を見る。

その姿に、私はさっきよりかは頼りになりそうな雰囲気を感じた。

 

良かった...やっぱりダメそうでも粘ってみるもんね。私は心の中で安堵して、彼に頷いた。

 

 

「...信じてたよ、ちゃんと協力してくれるって。それで...どうやって助けるつもり?」

 

 

「まずは...今の監督、正直言ってやる気があるようには見えないだろ。練習もろくに見に来ないし」

 

 

「うん...そうだね。いる意味があんまりないっていうか...」

 

 

「...だから。監督にはやめてもらって、代わりに橘のお姉ちゃんに監督をやってもらうのはどうかな?」

 

 

えっと...それ、何の意味があるの?私はただ、お姉ちゃんの事を助けられれば...

私が不思議な目で見ている事に気づいたのか、パワプロくんは続けて言葉を発した。

 

 

「....あぁ、つまり。橘はまだバレてないみたいだけどさ。そのお姉ちゃんは、財閥の人だってことがとっくにバレてるじゃないか。」

 

「オレが少し手助けをした所で、悪評を何とかしなきゃ何も変わらないと思うんだよな」

 

 

「あ...確かにそうね。元々の悪い印象があるんだったら、結局同じことの繰り返しか...」

 

 

彼は私の言葉を聞いてそうなんだよな、と少し顔を曇らせる。

けど、打つ手がないわけじゃないよと言った。

 

 

「そこでだよ。キミのお姉ちゃんに監督をやらせてみて、もしそれで野球部が勝ち続ければ...」

 

 

「そっか。先生たちも、お姉ちゃんのことをちゃんと評価してくれる...ってこと?」

 

 

「うん。やってみる価値はあるんじゃないかな?...どうだろう、みずきちゃん。」

 

「別にまぁ、そんな悪い話じゃないだろ?橘の話だと、そのお姉ちゃんはある程度野球のことも分かってるみたいだしな。」

 

 

....でも、仮にもし試合で勝てなかったら?と私が聞くと、

彼はそれでも今受けてる扱いよりは良いはずだよと言った。

そもそも部活の顧問は結構忙しいから、皆がやりたい仕事じゃない。

だから交代することに不満を言う人も少ないだろうと。

 

更にそのことを学校の権力を握っているパワプロくんが言うとなれば...

なおさらそれに従わない人はいないとの事だった。

 

 

「...さすが。野球のこと以外は頭にない、パワプロくんだけにしか考えつかない作戦ね。」

 

 

そういう所は意外にも頭が回るんだな、と私は改めて感心した。

 

 

「...それ、褒めてる?けなしてる?」

 

 

「さあね?....でも、結構良い作戦だと思うよ。」

 

 

今の監督にはちょっと悪いかもしれないけど。

 

全然部活に来てない以上、自業自得だしね。

結果的にお姉ちゃんを助けられるなら、私としては文句ないし。

 

 

「...色々不安だったけど、話して良かった。なんだかんだパワプロくんも頼りになるね」

 

 

「なんだかんだってのは気になるけど...そう言われるのは、オレとしても悪い気分じゃないな。」

 

「...でも、あんまりオレばっかり頼るのも良くないよ。時には自分で頑張らないと」

 

 

確かに...ここ最近、皆にはずっと助けてもらってばっかりで。

私としても、今の所はちょっとカッコつかない気分だった。

...パワプロくんにここまでしてもらったんだし、もっと頑張らなきゃ。

 

 

「もちろん分かってるわ。助けてもらった分、試合で何とか活躍しないとね。」

 

 

こうして...私は、お姉ちゃんを助けるという目標のために。

パワプロくんと新しく協力を結ぶ事になったのだった。

 

大会のための練習とか。甲子園出場のためにやるべき事とか。

まだまだ課題は山積みで、大変なことばかりだけど...

私は心の中に、昔とは違った希望や情熱が芽生え始めるのを不思議と感じてきていた。

 



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野球部改革

 

 

先生が来るのを会議室で待っている間。

私はちょっとした疑問があったから、それをパワプロくんに聞いてみた。

 

 

「....パワプロくん。生徒会長をやっている理由って、何かあったりするの?」

 

 

「うーん。親父にやれって言われたのもあるけど...実は、オレにはやりたいことがあるんだよ。」

 

 

「だからそのために生徒会長をやっているのもあるって感じだなぁ。」

 

 

 

なるほどね。ただ単に偉い立場だからやった訳じゃないんだ。

 

 

「へー。やりたいこと?....結構面白そうじゃない。生徒会長になって何をしたいのよ?」

 

 

 

パワプロくんがしたいこと...一体どんなのなんだろう。

やっぱり野球に関する何かかしら?

 

私がワクワクしながら質問すると、彼は答えた。

 

 

「まず図書室に野球漫画とか、野球に関する本を増やそうかな。皆にもっと野球に興味を持ってもらいたいしさ。」

 

 

「ああ。そうね....それは大事かも!そういうのだったら、難しいルールだって分かりやすく解説してるだろうし。」

 

 

「だろ!?結構いい考えだと思ったんだよなー!」

 

 

彼はニコニコと嬉しそうな顔をして答える。

 

 

「うん!パワプロくんって結構頭良いのね。私、見直しちゃったかも!」

 

 

とりあえず適当に褒めてみると、彼はさらに上機嫌になる。

 

 

「....あと、ヒーロー物の本とか置こうと思ってさ!どうかな橘?」

 

 

「ヒーロー物?....どんなやつ?」

 

 

「特撮ヒーローとか....ああいうヤツ。レンジャーマスクとか、ポケレンジャーとか好きだからさ。」

 

 

「あ、そういうのね!....私も、前は家でよくビデオとかDVDを見てたのよねー。懐かしいなぁ〜!」

 

 

「そうなのか!....ただの趣味だけど、そういうのがあると良いかな〜ってさ!」

 

 

私は彼の話を聞いていると、少しずつ楽しくなってくる。

そしてパワプロくんの話にどんどん興味津々になっていた。

 

 

「うんうん。なるほど、それは良い案ね!....他にはある?」

 

 

「....更に。この学校に一番大事な、なくてはならない本があると思うんだ。」

 

 

「な....何それ!?そんなに大事な本を置きたいっていうの!?」

 

 

「うん!学校にその本を置くこと...それはまさしく、男の夢。いや、希望みたいなものなんだよ。」

 

 

「ほうほう....ずいぶんと話が壮大になってきたけど。いいんじゃない?....で、その本はどんなやつなの?」

 

 

 

「....エロ漫画だよ。」

 

 

「え?....はぁ?」

 

 

「だから。エロ漫画....って、みずきちゃん!?蹴らないでくれよ!」

 

 

一気に冷めたし、ガッカリした気分になった。

 

 

「はぁ、聞いて損した。そんなしょーもない事ばっか考えてるなんて。....いっそ、私がなった方がマシなんじゃない?」

 

 

野球漫画とか、ヒーロー物の本とかはまだ全然いいけどさ。

エロ漫画って。何よそれ....くだらなさすぎるし。

 

 

「...うちの男子生徒だって全員、心の中ではこの漫画を置くことを望んでるんだよ。...これは絶対に、オレがやらなきゃいけないことなんだ!」

 

 

「そうなんだ。じゃあ勝手に望んでれば?...パワプロくんに頼んだ私がバカだったわ、じゃあね。」

 

 

会議室を立ち去ろうとする私の腕を慌てて掴みながら、

パワプロくんが待ってくれよと声をかける。

 

 

「....まあ、そういうのも理由の1つだけどさ。基本的には野球のためにやってるよ。部費の件を先生にかけあったりとか。」

 

 

 

「皆も早く甲子園に行きたい気持ちがあると思うしな。オレもできる事なら、少しでも部活に貢献しておきたいんだ」

 

 

 

まぁ....さっきのよりかはちゃんとした理由じゃない。

最初からそれを言ってれば良かったのに。

 

 

「...でもそうは言っても、パワプロくんってあんまり頼りないしなぁー。監督のこともどうなんだか...」

 

 

「そんなに心配するなよ。今回の件だって、オレがなんとかしてやるからさ。」

 

 

パワプロくんは胸を張りながらそう言った。

いつもこれぐらい真面目なら、別に心配しなくていいんだけど。

 

....それからしばらくして、先生が会議室にやってくる。

パワプロくんが監督の交代について話すと、

 

 

「監督を...降りろだって!?そんな、何を言ってるんだ?急に...」

 

 

先生は突然の話に一瞬唖然として、少し慌てた様子で言った。

額にはわずかに冷や汗が流れ始めている。

 

一方パワプロ君は、そんな先生の動揺もまるで気にしない様子で。

さっきまでと打って変わって、真面目な顔をしてハッキリと答えた。

 

 

「オレが決めたんです。だって監督、サボってばかりで全然部活に来てないですよね?」

 

 

 

「ハハハ...そりゃ〜、俺にもちゃんとした考えがあってこうしてるんであってだな...」

 

 

先生が助けを求めてこっちをチラチラと見てくる。

私はそれに冷たい目を返しながら言った。

 

 

「...私も、先生が来てるの見たことないです。もう監督はやめた方がよくないですか?」

 

 

 

彼が愛想笑いをしながら答える。

 

 

「先生。本当は監督なんてやりたくないんですよね?...だったら、別にいいじゃないですか。」

 

 

 

すると先生はうなだれながら、意味深なことを語りだした。

 

 

「...俺だって、最初は真面目にやってたよ。だけどあいつが全部仕切ってるんじゃ...」

 

 

あいつ?...誰の事だろう?少し考えてみたけど、ピンとこない。

最初は猪狩くんかと思ったけど、彼は1年生だから違うだろうし。

 

 

「あっ...そうだ!そういえばオレ、良い物を持ってきたんだった!先生、見てください」

 

 

 

それを知ってか知らずか、パワプロくんが急に話題を変える。

そして先生に持っていた野球ボールを渡し始めた。

 

 

「これは...なんだ?綺麗なボールだが...」

 

 

「オレからのお礼です、受け取って下さい。それをどう使うかは...先生次第ですけど。」

 

 

 

「...ま、まぁ。そういうことなら俺としても悪い話じゃないが...次の監督はどうするつもりなんだ?」

 

 

「聖名子さんにお願いするつもりです。」

 

 

 

「え...聖名子先生って、そりゃ......あの話のこと、知らない訳じゃないんだろう?」

 

 

「...そんなの承知の上ですよ。オレだって、そんな昔の話で争いたくなんかないですし。」

 

 

 

「...どういう風の吹き回しなのか知らんが......よし、分かった。だったらもう俺が言える事はないな。大会近いけど、頑張れよ」

 

 

先生はまだしっくりこない顔をしながらも、

とりあえず話に納得いった様子で会議室を出ていった。

 

 

「よし、これでひとまず目的は達成だな。ちょっと心配だったけど、なんとか上手くいって良かったよ。」

 

 

 

「それは良かったけど...ねぇ、パワプロくん。さっき先生が言ってた、あいつが仕切ってるとかなんとかって...結局誰の話?」

 

 

 

私がそう話すと、パワプロくんは急に挙動不審になる。

そしてまた適当な事を言ってごまかし始めた。

 

 

「...えっ?そ、そんなこと言ってたっけ?オレ、結構忘れっぽいからなぁ...」

 

 

 

これは明らかに...何か隠してそうな感じがするけど。

あんまり焦った感じじゃないって事は、そんなに重要なことでもないのかな?

 

 

「よく分からないけど...そ、それはアレだよ。たぶん先生の勘違いじゃないか?まぁ、そういう感じだと思うよ。」

 

 

「......ふーん。まあ、いっか。」

 

 

 

「あっ...そうだ、先生と言えば。パワプロくん、結構見かけによらずワルだね。」

 

 

 

パワプロくんがなんだそれと言って、不思議な顔をする。

 

 

「ほら、アレ。先生にボール渡してたじゃん」

 

 

 

「あぁ、アレのことか。...まぁ、オレだってただ会長やってるワケじゃないからな。」

 

「ちょっとやる気を出せば、これぐらいはお安い御用ってところだよ。」

 

 

 

そう言うとパワプロくんは得意げな顔をしてカッコつける。

そんな子供っぽい所を見て、私は少し苦笑いをした。

 

 

「全くもう....ちょっとおだてたら、すぐに調子に乗るんだから。そういう所は単純だなー。」

 

 

 

パワプロくんは少しムッとした顔をする。

なんだかんだ、そんな分かりやすい所も嫌いじゃないけどね。

 

 

「なんだよー、せっかく助けてやったのに。単純なヤツで悪かったな」

 

 

 

「ごめんごめん。助けてくれてありがと。......パワプロくん、これからも頼りにしてるからね?」

 

 

 

彼はふてくされそうにしながらも、何とか頑張るよと頷く。

 

 

「おっ、頼もしいね〜。その意気よその意気!...ところでさ、あのボールってどれぐらいの値段だったの?教えてよ」

 

 

 

「ボール?あれは...そんなに高い物じゃないけどなぁ。たぶんお金に替えたら...10万くらいしかしないんじゃないかな?」

 

 

 

「さ...今、なんて言ったの?よく聞こえなかったんだけど...」

 

 

「え?だから、10万くらいじゃないかって...」

 

 

「それ...ちょっと高すぎたんじゃない?」

 

 

「...そうかな?普通じゃないかなぁ...」

 

 

 

10万円のものを渡すのが普通のことだなんて...

やっぱり金持ちは違うなぁ、と私は改めて衝撃を受けた。

 

 

「...あーあ。私もそれぐらいお金持ちだったら。きっと人生楽なんだろうけどな〜。」

 

 

もし財閥がまだなくなってなかったらなぁ...

まぁしょうがない事なんだけど、少し悲しい気分だった。

 

そんな落ち込んでいる私を見てか、パワプロくんが肩を叩いて励ましてくる。

 

 

「...金持ちは金持ちなりに、色々苦労だってあるよ。それよりも本当に大切なのは、その人の心なんじゃないか?」

 

 

 

「...心?急になんの話をしてるの?」

 

 

 

「えっと、要は...貧乏でも金持ちでも、その人の考え方次第で変わるって事だよ。お金だけで全部何とかなるわけじゃないしさ」

 

 

 

「なるほどね。お金じゃ買えないモノもある....か。確かにそうかも。」

 

「でも私は、金持ちの方が絶対良い生活だと思うけどね。貧乏なんてロクな事なさそうだし。」

 

 

 

「まぁ、その辺は人それぞれだしな。そういう考え方もあるんじゃないかな」

 

 

「うーん。もし私がお金持ちだったら...そうね、まずプリン沢山買おっかな。あとは、色んなお菓子とか...」

 

 

 

「...他にお金の使い道はないのかよ?」

 

 

 

しばらくして、パワプロくんが会議室を立ち去っていく。

今日はまだ用事があるらしいので、私は先に部活に向かっている事にした。

 

着替えてからグラウンドに向かうと、聖が謎のメモを渡してくる。

 

 

 

「ん?電話番号が書いてる。...聖、これ何?」

 

 

 

「私もよく分からないのだが...さっき女の人が、そのメモをみずきに渡しておくようにと」

 

 

女の人...それってまさか?思い当たることがあったから、少し聞いてみた。

 

 

「その人が言ったことって、それだけ?...他に何か言ってなかった?」

 

「確か...ファンの1人だとかなんとか。」

 

 

...やっぱり、あの変なストーカーの女の人か。

全然目的が分かんないなぁ。何のために私に近づいてるんだろう?

 

 

「うーん。本当にただのファンだったなら、別に良いんでしょうけどね」

 

 

「ボクもさっき見たよ。その女の人、タチカワさんだとか言ってなかった?」

 

 

振り向くと、いったん練習を終えたあおいさんが立っていた。

近くにいた矢部くんも綺麗な人だった、と余計な情報をひと言付け加えてくる。

 

 

「早川さん。...確かにそうでした、言われてみればそう言っていた。」

 

「...みずき、申し訳ない。すぐに立ち去っていったから、すっかり忘れてしまっていて...」

 

 

 

「いいよ、気にしないで。...それにしても、タチカワさんか。聖はそんな名前の人、聞いたことある?」

 

 

 

「タチカワ...すまない、分かりそうもない。」

 

 

 

その質問には、あおいさんが代わりに答えてくれた。

 

 

「...聖ジャスミン学園って所に、太刀川って女の子の野球選手がいたはずだけど。その子の親って可能性はあったりしないかな?」

 

 

「それはちょっと、あり得そうですけど。...でも、そんな人がなんで私に?」

 

 

 

「女の子の選手を、応援してあげたかったんじゃないかな?ボクと同じ感じで。」

 

 

うーん。それだったらあおいさんとか、聖とか。もっと他に応援できる人がいる気がするんだけどなぁ。

私がいくら中学の時は天才って言われてたとはいえ。前の野球部は途中で辞めちゃったし。

わざわざそんな私に会いに来る人がいるなんて、やっぱりちょっと疑問に思う。

 

 

 

......そんなよく分からない事も色々ありつつ、更に月日は流れて。

ついに地方大会の組み合わせが発表される時期になった。

 

部室ではメンバー全員が集まって、前でパワプロ君と猪狩君が話をしている。

 

 

「1回戦で戦うのは、バス停前高校に決まったよ。....みんな、負けないように精一杯頑張ろう!」

 

「...まぁうちの学校がこんな弱小校に負けるとは思わないが、油断は禁物だからね。しっかり気を引き締めてくれ。」

 

 

2人の合図でかけ声を出して、メンバーが解散していく。

 

 

「それにしても....新しい監督。本当に、あおいちゃんに顔がそっくりでやんすよね」

 

「....えっ?それいつも言ってるけど。そんなに似てるかなぁ、矢部くん?」

 

 

「そっくりでやんすよ。いやでもまさか、みずきちゃんの....」

 

「....あ、ちょっと!矢部くん、その話はあんまりしちゃダメだって言ってたでしょ。だよね、パワプロくん?」

 

「うん。...矢部くん、気をつけてくれよ。」

 

 

 

「そ、そうだったでやんす。つい...」

 

 

矢部くんがパワプロくんに説教される。

 

 

「...ごめん、橘。矢部くんが変な迷惑かけちゃって」

 

 

 

「ああ。それぐらい別に、大したことないわよ。全然気にしないからって言っといて。」

 

 

「でも....まさかお姉ちゃんを助けようとしただけで、こんな大変な話になるなんてね。」

 

 

パワプロ君はまず新監督が私のお姉ちゃんだということは、生徒会にしか伝えないようにするつもりだと言った。

もしそれを部活メンバーの全員に知らせたら、どんどん話が広がる可能性がある。

そうなると一番まずいのは、パワプロ君のお父さんにその話が耳に入ること。

 

お父さんはこの事をまだ何も知らないらしいけど、もし知ったら確実に激怒する。

自分の息子が、嫌っていた橘財閥の娘に肩入れしている状況をすぐに許すわけがない。

となると私もお姉ちゃんも、パワプロくんも無事じゃ済まないかもしれない。

だから出来るだけ隠し通していきたい....というのがパワプロ君の考えたことだった。

 

 

「...まぁ、橘が気にする必要はないよ。これはオレが全部考えて決めたことだし、もし何かあったら責任は負うから。」

 

 

「う、うん。でも...もしかしたら、そこまで嫌われてるわけじゃないかもしれないしね。」

 

 

「どうなんだろう。その辺はよく分からないんだよな......」

 

 

「あ....ちょっと聞きたいんだけど。お姉ちゃんが監督になったのをお父さんが知らないらしいってのは、どこで分かった話なの?」

 

 

普通に考えれば、先生たちとパワプロ君のお父さんは協力してる可能性が高いわけで。

もしそうだったらお姉ちゃんを監督にする事自体がアウトだったかもしれないはずだった。

 

 

「いや。小戸虎校長に聞いてみたら、この件は自分が勝手に独断でやった事だったって白状したんだよ。」

 

 

「校長先生が命令を....つまり、パワプロくんのお父さんはお姉ちゃんの話には全然関係なかったってわけね?」

 

「うん。....それで校長は、もしうちの野球部が甲子園に出場できたら聖名子さんにちゃんとした待遇を与えるって。」

 

「....まあとりあえず今のところは、試合に勝ち続けるのが最優先としか言えないかな。」

 

 

 

「....分かったわ。じゃあ、勝って勝って勝ちまくって。私たちの野球部の強さを、先生たちにも認めさせてやりましょ!」

 

 

 

地方大会で勝てば、どんどん野球部の評判は上がっていく。

そうすればいつか。お姉ちゃんだってこの学校でちゃんと働ける...

私たちはそう信じて、近い日の試合に向かって意気込んだ。



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地方大会編
VSバス停前高校


 

 

「バス停前高校です!対戦よろしくお願いします!」

 

 

「ねぇ、聖。バス停前?だかって相手チーム....」

 

 

「...なんだ?」

 

 

「なんか...地味じゃない?全員、印象薄いっていうか....」

 

 

 

こうして並んでる人たちを見てみると。

なんというか全く特徴がないし、存在感が薄い。

 

 

「...そう言うな。確かに目立つとは言えないが。あれでも皆頑張っているのだ。」

 

 

「頑張ってるったってねぇ。....数が多すぎて、誰が誰なんだかさっぱりだわ。」

 

 

 

「....やっぱり、そう言われるよなぁー。」

 

 

「わっ。ビックリした!えーと....名前なんだったっけ。」

 

 

 

「田中山だよっ!いい加減覚えてくれよー!」

 

 

そう言われても、全く覚えられないなぁ。

まるでここのチームの人たちみたいっていうか...

 

 

「橘さん。...今キミ、このチームの人みたいだなって思っただろー?」

 

「....いやいや、全然?ただまぁその。やっぱり改めて見ても地味だなーって....」

 

 

「みずき、全くフォローになってないぞ。」

 

 

「....はぁ。実はボク、それが理由でこの学校に来たんだよ。」

 

「それが理由で?どういうこと?」

 

 

 

私がそう聞くと田中山くんは、実はこのバス停前高校に最初は入学する予定だったと言った。

だけど、何故入学しなかったのかと言うと....

 

 

「友達が誘ってきてたんだけどさ。なんていうか、あんな学校にいるとボクまで地味になってきそうで....」

 

 

「...あぁ。それで、この....色々と、変な名前の学校に来たってわけね。」

 

 

 

....とは言われても、大して変わってない気もするけど。

まぁ逆にうちの学校で地味な見た目だったら、ある意味インパクトは強いのかも。

 

 

「....あれ、おい!田...あいつじゃないか!」

 

「ホントだ。あいつ、なんでそんな学校に行ったんだ?おーい!」

 

 

相手チームの誰かが、田中山君に向かって呼びかける。

だけど、向こうの方ですら全く名前を覚えられていない。

 

 

「...み、見てろよー!ボクはもう二度と、地味なんて呼ばせないからな!」

 

 

田中山くんは相手に向かってそう啖呵を切ると、こっちに向き直って言った。

 

 

「みんな!ボクの活躍、しっかり見ててくれよ!」

 

 

 

「....ははは。結構目立ってるじゃない。これは今日の試合、なんだかんだ見所あるかもね。」

 

 

「そうだなみずき。....私たちも、影が薄くならないように頑張ろう!」

 

 

 

 

 

 

「よし!2回戦に進んだぞ!」

 

 

そう皆が騒ぐ。次の対戦チームは恋恋高校に決まった。

 

 

「次の打線はこんな感じに決めたわ。みずき、どう思う?」

 

 

聖奈子お姉ちゃんがそう言ってきたから、

私はチラッとその打線を見てみることにする。

 

 

1 一 パワプロ

2 三 東條小次郎


3 二 原啓太


4 左 エミリ・池田・クリスティン

5 遊 田中山太郎

6 右 三条院麗奈


7 捕 六道聖


8 中 矢部明雄


9 投 猪狩守

 

 

「とりあえずこれでいいんじゃないかなぁ。....相変わらず、ちょっと無理が出てる所もあるけど」

 

 

うちの野球部は遊び半分でやってる部員が多くて、あまり試合に出たがる人がいない。

そのせいでマネージャーまでもチームの数に含まれてしまっている。

 

そういえば今回の試合前、麗奈は意気込んだ様子を見せてたけど....まぁ、結果は言わなくてもいっか。

 

 

向こうを見ると、田中山くんはまだあの時の活躍を褒められている。

 

 

「しかし田中山くん、凄いな!見直したよ!」

 

「いやいや、そこまででもないよ!やっぱり頑張った皆のおかげだよ!」

 

 

バス停前との試合の結果は8対2で、私たちのチームの勝ち。

試合の中では先発の猪狩守の好投から始まり、更に田中山君の驚くべき守備。

そのおかげで、相手に点をほとんど取らせていなかった。

 

 

「皆、ホントに凄いわね。....逆に私の方が、あんまり目立ってなかったかも。」

 

 

 

私が1人でそう呟くと、隣にいたパワプロくんが話しかけてくる。

 

 

「そんなことないよ。橘だって結構凄かっただろ?1失点で何とか抑えてたし」

 

「猪狩の次の登板で、ちょっと大丈夫かと心配したけど....不安になる必要はなかったな。」

 

 

 

「な....何言ってんのよ。野球部にいるんだし、これぐらいできて当然じゃない。」

 

 

 

これで褒められたからって、別に感謝なんてしないからね。

どうせいつものお世辞で深い意味なんてないんだろうし....

でもなんか恥ずかしいし。...こっちからも何か言ってやろうかな。

 

 

「ところで。....パワプロくんの方はどうだったのかしら?まぁ生徒会長なんだから、野球の方も当然出来てたわよね」

 

 

「....ヒット1回。でも、あれで2点入ったからいいだろ?」

 

 

「ふふん。まだまだ全然じゃない。もっと練習しなくちゃ、私には追いつけないわよ」

 

 

 

私が少し挑発するとパワプロ君はすぐにムキになる。

その反応が面白くてしょうがなくて、自然に笑みがこぼれた。

 

 

「なんだよ、ちょっと褒めたら調子に乗ってさ。...よし。だったら次の試合、オレは橘の何十倍も活躍してやるからな!」

 

 

「うん。頑張って活躍しなさいよね。きっとパワプロ君ならもっとできるわ。....私、期待してるから。」

 

 

「え?あ、うん。頑張るよ....って。急に態度を変えるなよ、調子狂うなぁ。」

 

 

「あはは。....そういえば、次の対戦校は......また変な名前だけど。恋恋高校って、どんな学校なのかしら?」

 

 

「恋恋?....昔は女子校だったらしいって聞いたけどな。うちと同じく、女の子の選手も多いとか」

 

 

 

だったら....次も簡単に勝てそうな感じかしらね。

そう私が言うと、パワプロ君は難しそうな顔をした。

 

 

「....どうしたの?そんな顔しちゃって。」

 

 

 

「次はバス停前みたいに、...そう一筋縄でも行かないかもしれないよ。最近、凄い選手が入ったって情報があったからな」

 

 

 

凄い選手...?帝王にいるあいつ以外にも?

私がそう思うとパワプロくんは続けて、その選手の名前を口にする。

 

 

「名前は...軽井沢大輝。サッカー部の選手を、野球部のキャプテンが引き込んだらしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ...これが、次の対戦相手のメンバーか。」

 

 

「軽井沢...いつの間に?」

 

「先輩...どうしましたか?さっきからここにいたんですけどね。」

 

「...相変わらず、お前の足の速さはピカイチだな。さすがはサッカー部のキャプテンだよ。」

 

 

オレがそう感嘆すると、軽井沢は不敵に笑う。

 

 

「...先輩もそれを分かってて、ボクをこの部活に引き込んだんでしょう?」

 

「...最初に勧誘された時は驚きましたよ。まさか野球部と二足のわらじをやれ、だなんて」

 

「悪いな。この高校で野球部を続けていくには、軽井沢の力がどうしても必要なんだ。」

 

 

彼は軽井沢大輝。まだ入学したての新入生だが、訳あって野球部の助っ人を頼んでいる。

まず説明しておくと、オレのいる恋恋高校は元女子校。数年前に共学になったため女子がとても多い。

当然その理由もあって、オレが1年の頃はこの野球部の立ち上げもそう上手くいってはいなかった。

 

一応オレが2年生となった今は、高木幸子や倉橋彩乃など実力ある選手も揃ってきている。

とはいえまだまだ戦力不足。この状況を立て直すにはもっと強い選手が必要とオレは考えていたんだ。

 

....そこでオレは入学していきなりサッカー部のキャプテンとなった軽井沢のウワサを聞き、すぐに勧誘したというわけだった。

しかし、まさか彼がここまでの速さだとは....驚きしかないよなぁ。

 

 

「...鬼だなぁ、先輩は。両方やってたらいつかボク、ぶっ倒れるかもしれませんよ。」

 

「そんなこと言っても、サッカー部の練習にはあんまり行ってないらしいじゃないか。」

 

「ハハハ。ボクには才能がありますからね。サッカーの試合なんて朝飯前だ。練習なんか必要ありませんよ」

 

 

「ずいぶんと適当なヤツだな...」

 

 

よくそれでキャプテンがつとまってるよな、とオレは呆れながら言う。

すると、隣のメガネをかけた仲間がオレを諭した。

 

 

「まぁ...別に良いじゃないでやんすか。その才能があるからこそ、軽井沢くんは野球部にいられるんでやんすよね?」

 

 

軽井沢はその爽やかな表情を崩さずに話す。

悔しいが、彼のルックスはオレから見ても結構整っている方だ。

 

 

「えぇ、もちろん。あとこっちの方は女の子たちが多くてね。また違うやりがいも出てくるってもんですから。」

 

 

....やりがいと言っても、こいつがやってる事は女子のナンパが多分に含まれる。

練習にしっかり参加はしているが、そんな時にも女子へのアピールはまず欠かさない。

 

その様子を見かねて高木や倉橋がたまに説教をするが、彼は全く反省する気はないようだった。....やれやれ。

 

 

「....軽井沢。この聖パワフルっていう高校、どう思う?ヘンな学校名だけどさ」

 

「ああ...可愛い子が揃ってるなぁとは思いますが」

 

「お前、そこしか見てないのか?...まぁ、オレも人のことは言えないけどさ」

 

「先輩。今回は相手チームにも女子がいる。それだけでボクのやる気も上がるってもんですよ」

 

 

軽井沢はそう興奮すると、写真をまじまじと覗き込む。

 

 

 

 

「それで、えーと。緑髪の人が、早川あおいさん...でしたっけ。」

 

 

あぁその通りだよ、とオレは迷いなく答えた。

早川あおいは...うちのマネージャー、七瀬はるかの親友だ。

プライベートでは、はるかちゃんと遊ぶ時にたまに彼女の話を聞いたりはする。

でもオレが彼女を知っている理由はそれだけじゃない。

 

....何しろ彼女は、魔球マリンボールを操る凄腕ピッチャー。

ここの学校でもその名を知らぬ生徒はまずいないぐらいの存在だからだ。

その何が凄いのか...まぁ、ここで話す必要はないかな。

 

もしこの学校に来てくれればかなり助かったんだけどな...

はるかちゃんの話では向こうの方に仲の良い後輩がいるから、らしい。

そんなムシの良い話なんてないってことか。

 

 

「...紫髪の子も可愛いな。...この水色の髪の子は、なんて名前です?」

 

 

 

 

 

「うーんと...確か、橘みずきだったかな。前に野球をやってたけど一旦やめて。最近、また野球を始めたとか」

 

 

実は中学の時、オレは彼女に会ったことがある。

....あると言っても何回か敵チームとして対戦した程度だけど。

年上のオレから見ても、彼女はピッチャーとして優れた能力を持ってた印象があった。

 

一度野球をやめた理由はよく分からないけど、同級生との揉め事が原因だって噂には聞いたな。

オレがそんな話をすると、軽井沢は写真を見ながら呟いた。

 

 

「へー、そうなんですか...あんまり可愛くないけど、気が強そうで良いね。...ボク、こういう子が結構好みなんで」

 

 

 

「お前の好みはどうでもいいけどさ。...どうなんだ軽井沢。今回の試合は、助っ人として参戦してくれるのか?」

 

「...もちろんですよ。こんな可愛い子たちに会えるとはね...感謝してますよ、先輩。」

 

「やっぱ、この野球部に入ったのは間違いじゃなかった。今ならハッキリとそう言える。」

 

「...フフッ、女の子たち。ボクの実力、キミたちにしっかりと見せてあげるからね...今から楽しみにしておいてくれよ。」

 

 

 

「...また一人で妄想にふけってるみたいでやんすねぇ。」

 

 

仲間が呆れながらそう言う。全く。あいつで本当に大丈夫なのか?

ちょっと心配になってきたな。...思わずため息が出てきそうになりながら、オレは言った。

 

 

「...まぁアレでも。数合わせのためには、必要なヤツだよ。」

 

「それにオレは、とにかく何をしようが勝つって決めたんだからな。...この野球部のためにも。...よし。待ってろよ、甲子園!」

 

 

それにしても。早川あおいか...懐かしい。まさかここで会えるなんてな。

オレは久々にワクワクして胸をたぎらせ、戦う決意を秘めた。



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みずきの策略

 

 

ついに恋恋高校との試合の日がやってくる。

私は球場の近くでぼんやりと待ちながら、おじいちゃんと話をした時の事を思い返した。

 

 

 

 

 

 

「...おじいちゃん、おかえり。」

 

 

「みずきか。どうしたんだ、真剣な顔をして?」

 

 

「私ね....また野球始めたんだ。前まではもうやりたくないって思ってたけど。また始めちゃった。」

 

 

「おお、そうか...まぁ、それは良かった。無理はせんようにな。」

 

 

「...それでね。私、学校でお姉ちゃんにも会ったのよ。」

 

 

「聖名子に?....会えたというのか?」

 

 

私はコクリと頷く。どうしてだとおじいちゃんが聞いてきたから、私は今までの経緯を話した。

 

 

「...そうか。色々大変じゃったな、みずき。」

 

「しかし。ワシの築き上げた橘財閥が、今や腫れ物扱いか....皮肉なものだな。」

 

 

「....でも大丈夫、心配ないわおじいちゃん。私は生徒会長を味方につけてるから。」

 

 

「パワプロという男か....まぁその話を聞く限り、悪いヤツではなさそうに見えるが。」

 

 

「全然よ。最初は厳しそうだったけどね。今じゃ私の彼氏で、何でも奢ってくれるし。むしろちょろいもんっていうか?」

 

 

おじいちゃんは私の言葉を聞いて、感心した顔を見せた。

 

 

「....ほう。さすがワシの孫娘じゃ!そこまで登り詰めているとは....誇りに思うぞ。」

 

 

「登り詰めてるなんて、そんな....なんか気がついたら、流れでこうなっちゃっただけだよ。」

 

 

「みずき。....その才能を見込んで、お前に頼みがある。聖タチバナの学校の威厳をもう1度復活させてくれんか。」

 

 

「きゅ。急にどうしたの、おじいちゃん?」

 

 

「ワシはお前に、学校のトップに立って欲しいと言っているのだ。」

 

 

「わ。私が学校の....?校長とかになれってこと?」

 

 

「ハハハ....さすがにそれは無理だろうな。だが、今のみずきなら生徒会長にはなれると思っとる。」

 

「そのパワプロとかいうヤツを上手く利用すれば....成り代わる事もできるかもしれん。」

 

 

その話し方からはもういつもの温厚さが消えている。

まるで私にはおじいちゃんが獲物を狙う目つきをしているかのようにも見えた。

 

 

「お、おじいちゃん。....冗談言わないでよ。それじゃまるで、乗っ取りみたいじゃない」

 

 

「もちろんそうだ。だが今のみずきなら、それを批判もなくやり遂げられる。ワシはそう信じとる。」

 

「よく考えるのだ、みずき。お前は聖名子を救いたいんじゃろう。その男に依存しているだけでいいのか?」

 

「....難しく考えなくともよい。今のみずきには心強い味方がいる。まずはその男の信用を上手く上げること。話はそれからじゃ」

 

 

「....確かに私は、お姉ちゃんを早く助けたいわ。そのためには上の立場になる必要があるのかもしれないけど。」

 

「でも無理よ。もしトップに立てたとして、パワプロ君には信用されても、他の人からは絶対に批判を受けるだろうし....」

 

 

「ハハハッ、そんなものは揉み消しておけば良いだろう。権力を持てば簡単なことよ。」

 

 

おじいちゃんはそうあっさりと冷たく言い放つ。

その言葉に人を思いやる気持ちは欠片もない事に私は少しショックを受けた。

 

....けど冷静になってみたら、今の私たちが置かれてる状況はあまり良いとは言えないしね。

そう考えたら、もはや優しさなんて持ってる場合じゃないのかもしれなかった。

 

 

「....もし前だったら。中学の時だったら出来たかもしれない。けど今の私には、そんな自信はないよ」

 

 

「何を言っておる。そこまで登り詰めたのだろう?お前にはまだ才能があるはずじゃ。自信を持て!」

 

「聖名子のために....そして、聖タチバナのかつての栄光を取り戻すために。どんな事をしてでも、必ずトップに立ってくれ」

 

「....頼む、分かってくれみずき。今のワシにはもはやこれぐらいしか出来んのだ。」

 

 

おじいちゃんはそう祈るような顔をして、声を絞り出して言った。

....私にはよく分からないけど。たぶん財閥がなくなった事で、きっと今まで相当辛い思いをしてきたんだろうなと想像ができた。

そんな姿を見ていると、私は何としてでもその頼みを受けてあげたい気持ちになった。

 

 

「....分かったわ、おじいちゃん。私は絶対にトップに立つ。....たとえどんなやり方をしてでも」

 

 

 

 

 

 

「そのためにもまずこの試合で活躍して、私の評価を上げておかないとね....」

 

 

そう考えていると、急に誰かが声をかけてきた。

 

 

「やあ。どうだい調子の方は。....試合が終わったら、ボクとデートにでも行かないかい?」

 

 

金髪の男はそう言って、やけに馴れ馴れしく私に向かって話しかけてくる。

....デート?突然声をかけられたから何の反応も出来ないまま、私は立ち尽くす。

 

 

「ははは。挨拶もなしなんて、寂しいねぇ。まぁボクに見とれて話が出来ないのは分かるけどね....みずきちゃん?」

 

 

私は一瞬驚いたけど、すぐに平静を保ってそいつに向かって疑問を投げかける。

 

 

「...あんた誰?よく知らないけど....会ったことあったっけ?」

 

 

その男は軽く微笑みながら自己紹介をしてきた。

 

 

「これから覚えてくれたらいいさ。ボクは軽井沢大輝。なんせキミの....将来の彼氏だからね」

 

 

「....彼氏?何言っちゃってんの?」

 

 

私は思わず眉をひそめた。ああ、こいつがパワプロ君の言ってた軽井沢か。

なんだか怪しいヤツね。関わらない方が良いかも...

どう上手くかわそうか頭の中で考えていると、パワプロくんが間に割って入ってくる。

 

 

「....やめろよ。怖がってるだろ!」

 

 

 

「ん?キミは誰だ?ユニフォームを着ているから....そっちのチームの選手かな?」

 

 

「オレはパワプロだよ。聖パワフル学園で、生徒会長をやってる。」

 

 

 

「ああキミか。女の子以外には興味がなかったからよく知らなかった、ごめんよ。」

 

「自己紹介するよ。ボクは恋々高校の軽井沢大輝さ。サッカー部をやりつつ、まぁ趣味で野球部もやってる。」

 

 

「....お前が軽井沢か。何をしようとしてるか知らないけど、橘はオレの彼女だ。変な事するなよ。」

 

 

 

「彼女?そうか....キミと付き合ってるのか。まぁ別にいいさ。奪い取ってやるのも、それはそれで燃えるからね」

 

 

「....なんだと?お前の好き勝手にはさせないぞ!」

 

 

「キミみたいなヤツが彼女を守れるかな。彼女にはボクがふさわしい。そう思うけど?」

 

 

「必ず守ってやるさ。だって橘は、オレの大切な仲間なんだからな!」

 

 

 

「フン。話はここまでにしとくか....少し寂しいけど、それじゃあみずきちゃん。また試合で会おう。じゃあね!」

 

 

軽井沢はそう言って去っていった。

 

 

「橘、大丈夫か?....あいつ、なんかちょっとヘンなヤツだな。」

 

 

....あぁ良かった。パワプロくんが来てくれた。

私は安心した気分になって、彼に思いっきり抱きついた。

 

 

「た。橘!?どうしたんだよ、急に。う、嬉しいけどさ....」

 

 

顔を真っ赤にしてパワプロ君が慌て始める。

その様子を見た私は、少し恥ずかしくなって距離を取った。

 

 

「は、はは。ごめんごめん。つい....ちょっと怖くて。」

 

 

「いや。ビックリしたよ。みずきちゃんがそんな積極的になってくれるなんて....」

 

「橘が彼女ってのはウソだけど。こういう良い事が起きるなら....なんだかんだこの関係も、悪くないよなぁ。」

 

 

パワプロ君は照れながら頭をかいた。すると、妙に私にニコニコと笑顔を見せ始める。

 

 

「あ...みずきちゃん。どうせなら、もっとオレに甘えてもいいんだぜ?」

 

 

またかぁ....ちょっと頼る素振りを見せたらこうだもんなぁ。

私はパワプロくんが調子に乗りだした事に呆れて、ため息をつく。

 

 

「もうやらないっ。今のはただ、ちょっと守ってもらいたかっただけなんだから。」

 

「....それにしても。パワプロくんのそういうとこは、さっきのあいつとあんまり変わんないかもね。」

 

 

「....ええっ。あんなヤツとオレが一緒に見えるのかよ?それはさすがに、言い過ぎだろ!」

 

 

「....だってキミ、ちょっとチャラい所あるじゃん。なんかそこが似てる気がして」

 

 

私は軽い男が嫌いだった。だって、そんなのに自分のことを本気で想ってくれる人なんてまずいるわけないし。

 

パワプロ君も基本的にアレよね....まぁ真面目な所はあるけど。

すると彼は、私に何とか聞こえるぐらいの大きさでボソッと言った。

 

 

「....それを言うなら橘だってギャルっぽいだろ。見た目とか性格とか、そんな感じじゃないか」

 

 

「なっ....何よ、失礼ねー。私のどこがギャルだって言うのよ。どう見たって真面目でしょ?」

 

 

パワプロくんから予想外の反撃を食らって、私は少したじろぐ。

確かに周りからそう思われてる自覚はあったけど....

いざ彼にハッキリと言われると動揺が隠せない。

 

 

「いや。あんまり真面目って感じはしないけど....ああ、でも。たまに橘はなんかいつもと違う顔を見せるよな。」

 

 

「何言ってんの?私の顔はそんなコロコロ変わらないわよ?」

 

 

「ああ、いや。必死になってるっていうか....最近、心に何かを抱えてる感じがするんだよ。」

 

 

「何かねぇ。まあ....お姉ちゃんを助けなきゃいけないからね。そりゃもちろん、必死になるわよ。」

 

 

いや、それだけじゃない気がするんだよな....そう言ってパワプロくんがしばらく考え込む。

 

 

「....なぁ橘。中学の時、責任に耐えきれなくて部活を辞めたって言ってたよな。本当にそれだけが原因なのか?」

 

 

パワプロ君は心を見透かしたような目で見てくる。

私はそれに耐えきれずに、思わず目を逸らした。

 

 

「それ以外に何もないわよ。....もう中学の話はやめてくれる?」

 

 

実は、前の部活を辞めた原因はそれだけじゃない。

....でも、それを打ち明けるのはなんとなく嫌な気分がした。

 

それに、これ以上詮索されたら私が学校のトップに立とうとしてる事までバレちゃうかもしんないな。

そう思った私は、別の方向に話題を変えて話を逸らすことにした。

 

 

「....ねぇパワプロくん。うちの野球部さ、何かが欠けてると思わない?」

 

 

「えっ?....なんだよ急に。野球部に何が欠けてるって言うんだ?」

 

 

「....まず、野球部を強くするためにあおいさんと猪狩守を呼んだわよね。」

 

「そしてついでに、私と聖が呼ばれた。まぁ、ここまでは良いと思うわ。」

 

「例を上げるとして、猪狩守には良くも悪くも凄く個性がある。そして強さもあるから、戦力的にも重要な人よね。」

 

 

「ああ。この部活を立て直すにはあいつの力が必要だと思ったんだ。他の学校での知名度もあるしな。」

 

 

「あとまぁ、美少女で才能のあるこの私でしょ?これで間違いなく野球部の人気は上がるはず」

 

 

「....橘はあんまり関係なくないか?っていうか自分のこと褒めすぎだろ。」

 

 

「うるさいわね。....でも、問題はここからよ。人気は上がると思うけど、これは野球好きの中でだけ。」

 

「普通の人からしてみれば、あんまり目立ってない気がするのよ。」

 

「ハッキリ言って宣伝が全然足りてないわけ。野球部の募集もまともにしてないしね」

 

 

「ああ。確かに....まぁでも、別に良いんじゃないのか?もっと野球部が強くなれば目立ってくるだろうし」

 

 

「問題はそれだけじゃないわ。この野球部には私みたいに女が多いわけじゃない。だから出場が出来てないわけでしょ?」

 

「ただでさえ学校内で、野球部の知名度がイマイチな状態で勝ち続けたとして。出場が認められるかって言うと厳しいと思うのよ」

 

 

「あっ、そうか....よく分かんない野球部に女子の活躍を認めて下さいとかって言われても、正直微妙だよな。」

 

 

「そう。だからまずは、もっと知名度を上げるべきなのよ。なんでもいいから部活に対する注目を持ってもらうこと」

 

「そこが、今の野球部になんか足りないなーって私が思うところね。」

 

 

「そういう意味で見たら、軽井沢は話題性ではバツグンだな。恋恋には戦う前からボロ負けみたいなもんか....」

 

 

「....でもまぁ、これは人気をもっと上げるチャンスよ。そんなあいつに勝ったらきっと大騒ぎでしょうしね♪」

 

 

「ありがとう橘。よし、こうなったらもっと試合には負けられないな!」

 

 

こうやって適当に助言をしていけば、自然と彼は私を信用する。

そうなればどんどん私の立場は上がっていく....後はこっちのモノよね。

野球部。いや....この学校が変わるのはここからよ。そう私は心の中でほくそ笑む。

ふと時計を見ると、試合の時間はもうそこまで迫っていた。

 

 




前回は都合によりざっくりと語って終わりでしたが、次回から本当にちゃんとした試合内容に移っていきます。本当です(ようやく)。

全体的に普通の作品でやったら叩かれるなとか思いながら書いてる自分です。色々と雑ですみません。


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VS恋恋高校① 守るべきプライド


9月、11月に投稿した2話分を1話にまとめています。



 

 

1回表。猪狩守は投球に入る前にゆっくり深呼吸して、調子を整えた。

 

 

「ふぅ....」

 

 

(投手はメンタルが肝心だからな....地味な所だが、こういう所はしっかりとやっておかなくては)

 

 

猪狩はそう心の中で考える。金持ちでありエリートでもある猪狩は、その習慣をいつも大事にしていた。

 

 

(....まずはストレートからいってみるか)

 

 

猪狩は聖にサインを出すと、投球の準備をする。

そして、右手を振りかぶって渾身のストレートを投げた。

 

 

「....ふんっ!」

 

 

打者はあっさりと空振りし、手も足も出せない。

しかし猪狩守は特に表情を変えることもなく、至って冷静に球種を変えつつ球を投げ続ける。

 

 

(今日も投球の調子は良いな....何も問題ない。万全だ)

 

 

冷や汗一つすらかいていない。....何故なら彼はエリートだからである。

財閥の息子であり、幼少期から常に気高さや強さを求められた猪狩守にとってそれは出来て当然のことだった。

 

はっきり言って彼の野球など金持ちの道楽に過ぎないものである。

聖パワフル学園へ来たのはパワプロから強く入学を求められたからであった。

イマイチなこの野球部を強豪校にするのが彼の使命だったが、やはり彼にはお遊びの範疇でしかない。

 

 

(....もっともお遊びとはいえ、練習内容に容赦をするつもりはないけどね)

 

 

そんな意味で恋々高校は多少強いチームとはいえ、彼にとっては格下だった。猪狩はむしろ都合の良い練習相手だとさえも思う。

 

猪狩はそのままあっさりと打者を打ち取る。

1回裏になり、試合を観戦する座席に座った。

 

 

(恋恋は強そうだと聞いていたが....今のところは大したこともないチームだね。少し焦って損をしたか)

 

 

そう自信に満ちた笑みを浮かべながら猪狩は奥の座席を見る。

そこではパワプロとみずきが仲良さげに談笑していた。猪狩はその2人の様子を観察する。

 

(よし。....ボクの考えた”計画”は着々と進んでいるようだ。何の問題もなく。)

 

猪狩はそう思いながら、みずきの能力について考えを巡らせた。

 

 

(今はまだ大したことはないが....彼女は磨けばなかなかの才能がありそうだ。)

 

(変化球...あのクレッセントムーンのキレ。ボクが対戦した時はあまりの凄まじさに驚いたものだった)

 

 

....正直あれでボクのプライドは少し打ち砕かれかけたが、その才能は褒めてやる。

猪狩はそう考え、みずきには期待していた。

しかし同時に彼女には弱点もあるから安心はできないとも思う。

 

 

(....まず。明確な弱点としては、球種の少なさか。)

 

 

みずきの球種はストレート、スクリュー、クレッセントムーンだけである。

彼女に練習を指導する時、猪狩守は始めにそれを聞かされて驚いた。

 

 

(まぁ。確かに橘の変化球が凄まじいのは認めてやるが....あれではあっさりと球種が見抜かれてしまう。)

 

 

実際みずきはバス停前高校との対戦でもそれをすぐに見抜かれ、1失点を取られていた。

彼女がこの野球部において、まだまだ育成不足であることは間違いない事実であったと猪狩は考える。

 

 

(....やはりこの試合、ボクがしっかりと活躍しておかなければ。場合によっては早川に任せてもらう事もあるか)

 

 

やれやれとため息をつきながら、猪狩は心の中で気を引き締める。

エリートの辛いところはこういう所にあるな、と猪狩は苦笑するのだった。

 

 

しばらくして聖パワフル学園、1回裏の攻撃。

 

「....ふんっ!」

 

カキーンッ!サードの東條小次郎がいきなりホームランを打つ。

相手の投手がど真ん中にストレートを投げた瞬間の一撃だった。

 

 

そして2回表になる。いきなり1点を先制した事もあり、

猪狩守は少し慢心する様子を見せていた。

 

 

(調子が良いな....その後の打線は全く繋がらない凡打ばかりだったが、先制したのは大きい。)

 

(これで相手の士気も大きく下がった事だろう。....まぁ当然のことだが、この試合も楽勝といった所だろうな)

 

 

....しかしこの時の猪狩守は全く気づいていなかった。

この恋々高校の野球部は逆境であればあるほど本気を出すタイプだったこと。

 

今の攻撃でチームの闘志に火をつけてしまったのだと言うことを。

 

 

 

2回表、1ー0。恋恋高校のチームの座席。

 

 

 

「はは....ありゃ凄い球の速さですね。さすが猪狩コンツェルンの御曹司だ。」

 

 

「どうだ?あいつの投球のクセは掴めたか?....期待してるぜ、軽井沢」

 

 

恋恋のキャプテンは軽井沢大輝と会話をしていた。

何か策を求めようとキャプテンは軽井沢に視線を向ける。

しかし、彼は目を伏せて自信なさげな表情で言った。

 

 

「掴めたかと言われても....アレじゃなぁ。ちょっと厳しいかな」

 

 

「....おいおいっ!もっと自信を持てよ!」

 

「....確かに向こうのチームは凄い。猪狩守、それに早川あおい。とんでもないメンバーが揃ってる」

 

「さすがの人脈だ....あれだけのメンバーを集めるなんて、一体どんなキャプテンなんだか」

 

「でもな....オレたちだってきっと負けちゃいない!この弱小野球部を変えてやる!そういう気持ちを持って試合をするんだ!」

 

 

恋恋のキャプテンはとても熱い....いや、むしろ熱苦しすぎて

火傷してしまうくらいの志を持っている。軽井沢は改めて彼の目を見て感じた。

 

そんな彼の強すぎる熱意に対して軽井沢は苦笑いをする。

同時に少し感嘆の気持ちを覚えつつ、ひとまず冷静に言葉を発した。

 

 

「....ああ、向こうのキャプテンには会いましたよ。あまり大したヤツには思えませんでした。」

 

「お、お前....そこまで言うなら、何か秘策があるっていうのか?」

 

 

ええ、と軽井沢は頷いて答えた。

 

 

「確かに猪狩守は凄そうなヤツだと思ってます。....ただ、彼には致命的な弱点がある気がするんですよ。」

 

 

「弱点....?軽井沢、それはなんなんだ?」

 

 

 

 

(....ふぅ。まあ、この回もなんなく抑えられそうだ)

 

 

次に出てきた打者は軽井沢大輝だった。

猪狩守は恋恋高校のチームを調べていたので、彼の存在も把握している。

 

 

(確か、野球とサッカー両方をやっている男だったか....)

 

(....フン。バカバカしい。そんな掛け持ちのヤツに試合をやらせるなんて、ずいぶん舐められたもんだね)

 

 

猪狩は呆れた顔をしながら軽井沢を見守る。

....すると、彼は驚くべき行動をした。

 

 

(....なんだと?)

 

 

なんと野球のバットをサッカーボールのように蹴り上げたのだ。

普段は至って冷静沈着な猪狩守も、これには苛立ちを隠せなかった。

 

 

(バットを雑に扱うなんて....!あんなヤツを野球部に入れているのか?)

 

 

まあいい。さっさと打ち取ってやればいい。そう猪狩守は思い直す。

...しかし、またもや軽井沢はとんでもない仕草を見せた。

 

 

「何!?....予告ホームランだって?」

 

 

思わず猪狩守はそう呟いてしまった。

軽井沢はバットを前に向け、ホームランを打つとジェスチャーしたのだ。

 

 

(なるほど。おそらく....ボクは金持ちだからプライドが高い)

 

(だから少し挑発してやれば、簡単に隙を見せる....ヤツはそう思っていると言うのか?)

 

 

いいや、と猪狩守は心の中で反論する。

 

 

(確かに。確かにだ....ボクは橘の時に不覚を取ってしまった。....だが、それは打者の時のことに過ぎない!)

 

(ボクは努力を重ねているんだ!それこそあんな素人には出来ない努力を、毎日も毎日も....!)

 

 

(フン!だったらそんな思い上がりをさせないよう...渾身の一撃でしとめてやるさ。ボクの魔球....ライジングショットでね!)

 

 

ぱっと見は普通のストレートに見えるが、これは少し軌道が違って上にホップする変化球だ。

それに速度もかなり速い。このボクの自慢の変化球ならば、さすがに彼も全く打つことはできないだろうね....

 

そう思いながら猪狩守は大きく腕を振りかぶって、真っ直ぐにライジングショットを投げ込んだ。

 

 

(....これでどうだ!)

 

 

....すると軽井沢は、バットを振りかぶるのではなく瞬時にバントの構えをした。

 

 

(....なんだと!?しまった!)

 

 

いくら速い球でもバントをされてしまえば全く意味がない。

 

コン、とバットが当たる。ゴロゴロと球がゆっくり地面に転がっていく。

猪狩守は流れについていけず少し判断が遅れるが、素早く球を捕った。

 

 

(フッ...驚いたが、この程度のバントじゃ一塁に届くまでもなくアウトさ!)

 

 

すぐにそう思い直して、猪狩は一塁の方に球を投げる。

だが。その瞬間....彼は愕然としてしまう。彼の目には衝撃の光景が見えていた。

 

一塁の方では、もう既に軽井沢がベースを踏む姿が映っていたのである。

 

 

(何!?....そんな、バカな。ベースを踏むのが速すぎる....!)

 

(ありえない。....そんなハズは!あんな見るからに素人の、ろくに野球をやっていなさそうな選手が....何故なんだ!?)

 

 

そこで彼はある事をふと思い出す。

 

 

(そうか....!ヤツはサッカー選手。だったら、走塁はかなり上手いはずだ!)

 

 

更に続いて、現在起こっている物事はそう単純な話ではない。

その事を猪狩守は速い頭の回転ですぐに察する事ができた。

 

 

(...あのバント。恐らく誰かがしっかりやり方を教えたんだろう。まだ付け焼き刃ながらも、素人とは思えないレベルにまで達していた....!)

 

 

これは恋恋高校に素人の彼を戦力レベルまで仕立て上げた指導者がいる事を意味していた。

 

少し前までは女子校で、まともな練習をしているとも感じなかった恋恋の野球部。

余裕で勝てそうに思えたチームのはず。しかし、実際は本格的な指導がされている....

猪狩守にはそんな展開になること自体が衝撃的だった。

 

 

(この恋恋高校....強い。ボクは彼らを少し舐め過ぎていたようだね....!)

 

 

 

 

軽井沢は猪狩の明らかに動揺した動きを遠くから見てほくそ笑む。

同時に、彼はキャプテンの助言に心の中で感謝した。

あのバント作戦がなければ、軽井沢はあっさり打ち取られていただろうと。

 

 

(さてと....まぁこれじゃ終われませんけどね。サッカーで鍛えた足の速さをもっと見せてやりますよ!)

 

 

そうニヤリと笑いながら少しずつ二塁へとにじり寄り、盗塁を狙う軽井沢。

...その瞬間、彼のいた一塁に向かって鋭い球が飛んできた。

 

 

(なっ....!?)

 

 

咄嗟に軽井沢は一塁へ飛びつく。しかし、無情にもアウトという審判の掛け声が聞こえた。

あっさりアウトになり、軽井沢は冷や汗が隠せない。

 

 

(なんなんだあの球の速さ....あれがエリートの実力か!?サッカーをやっている自分さえ、反応できなかった....)

 

 

 

 

「フン....!」

 

 

猪狩守は座席に帰っていく軽井沢に爽やかな笑顔を見せる。

二塁に忍び寄り、盗塁を狙おうとする軽井沢に猪狩は鋭い牽制を仕掛けたのだ。

 

 

(....こんな付け焼き刃の作戦なんてボクには通じないよ。本当の試合はこれからさ!)

 

 

火がついたのは恋恋だけではない。今ここにいる猪狩守も同じだった。

 

猪狩、早川に始まる優秀な部員を集めた精鋭揃いのチーム。

しかしその実態としてはまだまだ未熟な部分も多い聖パワフル学園。

その隙を突いて、攻撃を仕掛ける恋恋高校。

 

勝負を決するのはどちらなのか....両チームの熱い戦いが、今ここで始まろうとしていた。

 





見直したらストーリーに矛盾があったので多少修正しました。
適当に書いてるからこうなるんですよね....ほんと雑ですみません。


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VS恋恋高校② 新世代への賭け

 

 

「クソッ.....!」

 

 

猪狩守は悔しさで下唇を噛む。彼は2回表、牽制で軽井沢をアウトにして進塁を防いだ。

しかしその後、思わぬ攻撃に遭って2失点をしてしまったのである。

 

現在の3回裏は1ー2となり、恋恋高校が一気に優勢となった。

 

 

「真の敵は軽井沢じゃない....恋恋のキャプテンか....」

 

 

(こうなったら....ボクはもうマウンドを降りて、交代するしかないのか?)

 

 

猪狩守にとってそれは1番選びたくない選択肢だった。

プライド云々もあるが、何より自分自身以外にこの役割が務まるとも思えなかったのである。

 

 

(....とはいえ、考えがないわけじゃない。もしそうなった場合に頼れるのは....)

 

 

 

猪狩は座席を見ると、試合の様子を見守る早川あおいに声をかけた。

 

 

「....早川。ボクがさっき点を取られていたところ、見ていたかい?」

 

 

 

猪狩守はそう自嘲気味に笑いながら話す。....どうせこんなエリートにふさわしくない、

みじめなプレーをしたボクのことなど笑うに決まっているだろう。

彼はそう思ったが、あおいの反応は違った。

 

 

「うん...まさか猪狩くんが2失点もするなんてね。....ボク、ビックリしちゃったよ。」

 

 

早川あおいは笑いもせずに極めて真面目な顔でそう答えた。

彼女も彼の実力を知っているからこその発言だった。

 

 

「....まぁ。キミとはそれなりに同期でやってきたわけだから、今更何を言う事もないとは思う。」

 

 

「....し、仕方ないよ。ボクだって、高木や倉橋って子があんなに活躍するなんて思わなかったもん。」

 

 

早川は猪狩に精一杯のフォローをする。

 

しかし、猪狩はいっそ笑われた方がまだいくらか気分がマシだったかもしれないと思った。

こうフォローされてしまっては、どう心を落ち着けていいのか分からなかった。

 

 

「ああ。とはいえ....これはボクのミスだよ。悔やんでも悔やみきれない。」

 

「....だから、頼みがあるんだ。」

 

 

 

「な....何が?」

 

 

「....頼む。キミが、代わりに投げてくれないか。」

 

 

 

その瞬間。猪狩守は静寂が訪れて一瞬だけ時が止まったような感覚に陥る。

早川あおいの目つきが鋭くなり、彼女の雰囲気が大きく変わったように猪狩は感じた。

 

 

「い。いや。....いつも活躍ばかりしているし、今回ばかりはキミに花を持たせてやってもいいかなと思ってね....」

 

 

 

「....ごめん。その期待には答えたいけど。残念ながら、無理かな」

 

 

「ど。どういうことだい....?」

 

 

 

「....悪いけど。ボク、この試合には出ないことにするよ。」

 

 

そう言い放った早川あおいの表情はとても冗談と呼べるものではない。

....何かしら決意のこもったものだった。

 

 

「な。何か、あったのかい!?急にキミが出ないだなんて....!」

 

 

 

猪狩守は納得のいかない顔で早川あおいに詰め寄る。

しかし彼女はそれに冷たい目をして返した。

 

 

「....猪狩くんには関係ないよ。これはボクの問題だから」

 

 

(ボクの問題...か....早川があれだけ言っているなら、もう仕方ないだろうな.....)

 

 

 

「あとは....橘ぐらいか。まともに使えそうなヤツは。」

 

 

 

猪狩守はほんの少し熟考する。しかし、橘みずきが戦力として

あまり期待ができない事は猪狩にはやはり明白だった。

 

 

「くっ。このボクがプライドを捨てて頼んでやってるというのに....どうしてこうなる?」

 

 

 

やはりこの学校に入学してから全ておかしくなったのだろうか。

猪狩はふとそう思った。....今頃の自分はあかつき大附属で、誰もが羨ましがる輝かしい成績のある一流の野球部に所属していたはずだったはず。

 

本来ならその部活では、今の弛んだ練習とは比べ物にならない厳しくも成果が実感できるトレーニングをしていて。

そこからプロ野球選手になり、栄光のある一生を送る....そんな人生があったはずだった。

それがなぜこんなパッとしない学校に来て。更にエリートにはふさわしくない"あんな事"までして....

 

 

(....パワプロには悪いが。いっそこうなるぐらいなら。ボクは....あかつき大附属に....)

 

 

(い....いや。何を考えているんだ。これはボクが自分で選んだ道じゃないか....!)

 

 

まさかこんなことでボク自身がナイーブになるとは思っていなかった。

少し疲れているのだろうか、と猪狩は苦笑する。

 

 

「いいや....まだまだやれるさ!最悪ボクだけでこの試合を乗り切って見せてやる!」

 

 

そう猪狩は意気込む。しかしその様子は誰から見ても、

もはや満身創痍であることは座席の空気感から容易に察せられていただろう。

 

 

....そんな聖パワフルのチームに徐々に暗い雰囲気が漂っていた時。

イマイチ成績はパッとしないが、元気だけはあり余っている2人が座席で密かに話し合いをしていた。

 

 

 

 

 

 

「....なんなんだい?これはいったい。」

 

 

4回表。猪狩守は試合中に突然タイムをかけられる。

そして、呆然とした様子をしながらマウンドに立っていた。

 

 

「大丈夫なのか?お前ほどのヤツが....まず一塁に進まれる事なんてなかったはずなのに」

 

 

パワプロが猪狩の様子を見かねて声をかけてきたのである。

猪狩守は微笑みながら、心配ないさと答えた。

 

 

「....まだボクはやれるよ。試合は始まったばかり。たったの4回じゃないか?」

 

「....それとも、アレかい?これだけの事で橘に早くも交代をさせるつもりなのかい?」

 

 

試合自体は先ほどの3回裏であの後すぐに聖パワフルがヒットを放ち、

ひとまずは2ー2に拮抗させる事ができていた。

 

 

「いや....違うさ猪狩。ただオレは、少し心配になってさ....」

 

 

 

「ま。....だいじょーぶなんじゃないの、パワプロくん。」

 

 

そう言ってパワプロの後ろから近づいてきたのは橘みずきだった。

 

 

「やれやれ。ウワサをすれば、当の本人がさっそくおでましじゃないか....」

 

 

彼女の口調は明るいものの、普段の間の抜けた雰囲気の声ではない。

それを聞いて猪狩守はすぐに理解した。2人は自分のプレーについて相談をしていたのだと。

 

 

「フォローしてやるのもなんかシャクだけどさ。猪狩君はこの程度でやられるようなヤツじゃないと思うわ。」

 

「....まー、その実力はこの私が身を持って体験したわけだしね。」

 

 

「よく分かってるじゃないか。」

 

 

「でも、パワプロくんの言いたいことも分かるよ。無理しないで、危なくなったらすぐ私に交代してよね?」

 

「なーに、任せなさい。....ピンチの時は私がすぐに駆けつけて、チームを救ってやるんだから!」

 

 

そう自慢げに話す橘みずきに対して、パワプロはボソっと呟いた。

 

 

「....橘はそんなこと言って、ただ自分が出たいだけじゃないのか?」

 

 

図星を突かれた彼女は焦った顔をしながらも反論する。

 

 

「むっ!....う、うるさいわね。パワプロくんは分かったって素直に言えばいいのよ!」

 

「ハッキリ言って、素直さぐらいしかあんたの取り柄なんてないんだから!」

 

 

「なんだよそれ!?....そんな事言うなら、橘は試合に出してやらねーぞ!」

 

 

「はぁーっ!なによそれ!それじゃ、私が活躍できないじゃない!」

 

 

「....いや。活躍とかじゃなくて、普通はチームとかの心配をするもんじゃないのか?」

 

 

冷静に突っ込むパワプロ。みずきは腕を組んでうーんと唸る。

その間に、ほんの一瞬だけ沈黙が流れる。

 

 

「ま、それも心配ね。....だけど、私の活躍も大事なのっ!」

 

 

「全く。みずきちゃんはワガママだなぁ....」

 

 

猪狩守は2人の言い争いを静かに見守る。真剣な話を始めたかと思えば、まだ試合中にも関わらず口ゲンカをしているとはね....

そう猪狩守は呆れつつも、ある意味その図太い神経に少し感心した。

 

 

「....仲が良さそうで何よりだよ」

 

 

「いや。これ、仲が良いって呼べるのかよ?....まぁ、嫌いってわけじゃないけどさ」

 

 

「あはは、照れてやんのー♪」

 

 

「....う、うるさいなぁ!照れてねーよ!」

 

 

 

(フッ....まったく、バカな連中だよ。....しかし。この空気に、ボク自身も救われているのかもな....)

 

 

猪狩守はとうとう決心をした。

 

 

「橘みずき。....キミに頼みがある。聞いてくれるかい?」

 

 

「....ええっ?何?...まさか、私に早くも交代なんかさせちゃったりー?」

 

 

「フン。常識的に考えてみてくれ....普通はないよ。」

 

 

「あはは。....まぁ、そうよね。私の出番はもっと後に取っておかなくちゃ!」

 

 

 

得意げになっているみずきに、話をよく聞いてくれと猪狩は諭す。

 

 

 

「....普通はないと言ってるんだよ。感謝してほしい」

 

 

「....ん?」

 

 

「投手交代さ....橘みずき、よろしく頼むよ。まぁ、せいぜいチームの足を引っ張らないでくれたまえ。」

 

 

 

「ええええっ!?」

 

 

「....猪狩、やっぱお前.....!」

 

 

 

「おっと、パワプロ。....キミの思っているような考えじゃないよ。」

 

 

「じゃあどういうことなんだ?」

 

 

「....ただ。ボクは、賭けてみたいと思っただけだよ。新世代のメンバーにね」

 

 

橘みずきは一呼吸をおいて答えた。

 

 

「分かったわ。...よく分かんないけど、ようやく私の活躍を見せる時が来たってことね!」

 

 

「なるほどな...。猪狩の言いたいことは分かったよ。よし、そうなったら橘。とにかく期待に応えられるよう頼んだぜ!」

 

 

「ふふっ。言われなくたって!」

 

 

橘はパワプロに向かって、自信満々な表情でそう答える。

 

 

 

 

マウンドに立つ私の目は、打席に立っている打者をゆっくりと見据える。

この人物は猪狩から恐らくこの恋恋で一番強いと聞かされた選手だった。

 

 

(....たぶん、ここがこの試合の一番の見せ場になるかもね。だって、私がこの打者をしっかり打ち取ってやるんだから!)

 

 

私はそう意気込んで、聖にサインを送るのだった。

 

 



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帝王と少女のハンカチ


友沢亮のエピソードです。予定ではもっと後に投稿するつもりの内容でした。
ですが、本編の更新が追いつかないためひとまず先に出来上がっていたこちらの話を手直しして投稿する事になりました。
そのため不自然な点が多少あると思いますがそこは申し訳ないです....

みずきたちメインの話が進むまでの暇つぶしとして楽しんでいただけたら幸いです。



 

 

「……だ、誰か!誰か助けてくださいまし!」

 

 

「……なんだ?騒がしいな」

 

 

帝王実業高校に通う1年生の友沢亮。

彼は学校の花壇の近くで、何かを必死に探している少女を見つけた。

 

 

「あぁ、よかったですわ……!そこのお方、わたくしのハンカチを探していただきたいのですけれど……」

 

 

まだ時間は朝の6時頃で、周りには誰もいない。

 

友沢は彼女の言葉を聞いて花壇の近くを探してみる。

すると、可愛らしい柄のハンカチが花に挟まっているのを見つけた。

 

 

「ん……?このハンカチか?」

 

 

「そ、それですわ!ありがとうございます!」

 

 

ハンカチを差し出すと彼女はにっこりと笑う。

そして、友沢に頭を下げながら感謝の気持ちを伝えた。

 

 

「……たまたま落ちていたから拾っただけだよ。礼には及ばない」

 

 

「うふっ、優しいんですのね。お名前を聞いてもよろしいかしら?」

 

 

「……友沢亮。キミの名前は?」

 

 

「わたくしは木村美香と申しますわ。以後お見知りおきを」

 

 

「キミは何故こんな所にいるんだ?」

 

 

「えっ?」

 

 

「時間だよ。今はまだ朝の6時だ、学校は空いてない。……オレは練習のために朝早くから来てるけどな」

 

 

「6時!?そんなに早い時間だったのですか……!あの、わたくし、急いで家を飛び出してきましたので……」

 

 

「……時間を全く見てなかったのか?」

 

 

友沢は確認のためにとりあえず問いかけてみる。

すると木村美香と名乗るその少女はええ、とゆっくり頷いた。

 

 

(なんてそそっかしいヤツなんだ……)

 

 

友沢亮は思わず呆れる。……しかし、少しだけ彼女の心情は理解できると思った。

何故なら、彼自身も実は入学式の時に道に迷った事があるからだった。

 

友沢は微笑みながら、今度は気をつけろよと言ってその場を後にする。

 

 

 

 

 

 

「……ということがあったんだ」

 

 

友沢は教室の席で今日の朝にあったことを友人に話した。

 

 

「ほえー、そりゃまたラブコメな展開だなぁ」

 

 

隣の席の男子生徒は彼の言葉に感心して、うんうんと相槌を打ちながら話を聞く。

 

 

「でもまぁ、お前は顔だけはいいもんな。モテる理由もわかるよ」

 

 

彼の名字は夏川。友沢が所属する野球部の仲間で、入学式の頃にも友沢亮に話しかけていた。

基本的には人の会話を苦手とする友沢だが、夏川に対しては少し違った。

いつしか休み時間には一緒に他愛もない事を話す程度の間柄になっていたのである。

 

 

「……そうか?オレとしては野球に集中できないから迷惑なんだがな」

 

 

「お前、そういう所がなぁ。だから最初だけ女の子が寄ってきてもすぐ冷めるんだよ」

 

 

「……」

 

 

「もっとこう、愛想よくしないと。」

 

 

「フン。知るか……オレは女には興味ない」

 

 

「…………」

 

 

夏川は彼の顔を訝しげにじーっと見つめる。

 

 

「……なんだその目は」

 

 

「お前。もしかして男が好きなのか?」

 

 

「なっ!?ち、違う!!」

 

 

「じゃあなんでそんなに否定するんだよ?」

 

 

「うるさい!!お前が急におかしな事を言い出すからだ!……とにかくオレは、男なんか好きじゃない!!」

 

 

「はいはい。わかったわかったよ」

 

「……でもまぁ友沢、よく聞けよ。お前はせっかくイケメンに生まれたんだぜ。少しくらい女の子と遊んでもいいんじゃねぇの?」

 

 

「……興味がないと言ってるだろ。それにオレは……女より野球の方が好きだ」

 

 

「……へぇ、そうかい。まぁ、女にかまけてた所で野球の成績は上がらねぇからなぁー」

 

 

 

 

「転校生を紹介する。さぁ、入ってくれ」

 

 

しばらくして教室の扉が開かれ、金髪の少女が入ってくる。

 

 

(……あの子は、まさか?)

 

 

「ごきげんよう皆さま。わたくしは木村美香と申しますわ」

 

 

彼女の声が聞こえた瞬間、教室中がザワザワと騒がしくなっていく。

その美しい見た目や、おしとやかで気品のある声が生徒たちの注目を一気に集める。

 

 

「うおっ!やべー……おい友沢、あの子すげぇ美人じゃん!」

 

 

「……あいつは」

 

 

「もしかして、知ってんのか?」

 

 

木村は友沢たちとは少し離れた座席にゆっくりと座る。

礼儀正しく落ち着いた立ち振る舞いで、それだけでも彼女の育ちの良さを感じさせた。

 

 

「ああ。彼女がさっき話した子だよ……」

 

 

「……あ。それがあの子だったのかよ!……くぅ〜!お前、羨ましいぜ。あんな可愛いらしい子猫ちゃんをよぉ〜……!」

 

 

「…………」

 

 

友沢は夏川の野球のやり方に対し時折文句は言うものの、

あまり彼に嫌な感情を覚えることは全くなかった。

 

しかし今この瞬間、彼の言動を最も不愉快だと感じる。

それ自体が友沢にとっては不思議な感覚だった。

 

 

「ん?……おい友沢っ、どうしたよ。生きてるかー?」

 

 

「……いや、なんでもない。それより今は授業が始まる時間だ。静かにしろ」

 

 

「はいはい。すいませんでしたっと!」

 

 

 

 

放課後、友沢亮は夏川と部活に向かおうとする。

すると後ろから誰かに声をかけられた。

 

 

「友沢様!一緒に帰りましょう!」

 

 

木村美香だった。彼女は先ほどまでの静かな雰囲気とは

打って変わったように、元気で明るく快活な声を友沢にかける。

 

 

「あ。……ほら、やっぱ来たぜ?友沢〜」

 

 

「……断る」

 

 

「ちょ……お前、即答かよっ!」

 

 

「....ど、どうしてですかっ?」

 

 

木村の困惑した表情や、慌てた声に少しだけ友沢は罪悪感を覚える。

彼はそのモヤモヤした感情を振り払うように言った。

 

 

「あんたとはほぼ初対面だし、オレは野球部の練習があるからな」

 

 

「あぁ!なるほど、そうでございましたか....!では、練習が終わったあとで構いませんわ!待っていますね!」

 

 

「……フン、勝手にしろよ。待つ気はないけどな」

 

 

「友沢、お前っ!?木村さん、めっちゃニコニコした顔してるのに……」

 

 

「知らないね。さぁ、行くぞ」

 

 

「ちょっ、お前!?置いていくなよぉー!!」

 

 

 

 

 

 

「さて……練習も終わったし帰るか」

 

 

友沢は、校門の前に誰かが立っているのを見つけた。

 

 

「……」

 

 

木村美香だった。彼女は浮かない顔をして俯いている。

 

 

(あいつ……まだ待っていたのか?仕方のない奴だ……)

 

 

「……あっ、友沢様!」

 

 

木村は近づいてきた友沢の姿を見つけると、目を輝かせた。

そして手を振りながら近づいてくる。

 

 

「や、やぁ……木村さん」

 

 

友沢はぎこちない顔をして彼女に話しかける。

 

 

「友沢様が遅いせいで、待ちくたびれてしまっていましたわ♪」

 

 

「そ、それはすまなかったな。じゃあ……帰ろうか」

 

 

「ええ。参りましょう♪」

 

 

友沢は最初から木村の誘いを断るつもりでいた。しかし、

彼女の嬉しそうな笑顔を見ているとなかなか断るにも断りきれずにいた。

 

 

何も話さないまま道を歩き続ける2人。友沢亮は内心かなり困惑していた。

 

 

(どうしてオレに木村が話しかけてくるんだ……?)

 

 

確かにハンカチを拾った恩というのはあるものの、実際の所はそれ以外に接点なんてない。

なのに、彼女は2人で一緒に帰ろうとまでしてくる。それが彼には不思議だった。

 

 

(一体、この女は何が目的なんだ。ハンカチの件はあれで終わった。これ以上オレに構う理由なんてないはずだ……)

 

 

「……友沢様はどうして野球をやっていられるんですの?」

 

 

そう彼が考え込んでいると、ふと木村が質問をしてくる。

 

 

「……ん、どういう意味だ?」

 

 

「だって、とても野球がお強い方と聞きましたもの。何か野球を続けておられる理由があったのかと思いまして」

 

 

「……そうだな。オレが野球をやってる理由は……とても単純だよ」

 

 

「教えてくださいまし」

 

 

「……うちの家が貧乏だからだよ。だからせめてオレの得意な野球を頑張らないと、家族を養ってやることができないと思ったんだ」

 

 

「まぁ……それでしたら、友沢様はプロ野球選手を目指していらっしゃると?」

 

 

「……そういうことになるな」

 

 

「まぁまぁ!……その夢、とても素敵ですわ!わたくしも応援いたします!」

 

 

「そうか。……どうも」

 

 

「……あのっ、それでしたら。良かったらわたくし、友沢様に資金の援助をしたいと思っているのですけれど」

 

 

「えっ……?そ、それって……」

 

 

「ええ。お金のことなら心配はいりませんわ。お父様に頼んでみますから」

 

 

友沢は一瞬その申し出を受けそうになった。

しかし、すぐに考えを改めて思い直す。

 

 

「いや……あ、ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 

「……そう、ですか。どうしてなのです?」

 

 

「べ。別にいいだろ……とにかく、嫌だってことだよ。」

 

 

「……」

 

 

「分かった……ハッキリ言ってやろうか?オレはアンタらみたいな金持ちが嫌いなんだ。金の力でなんか助けられたくない。」

 

 

(目ざわりなのさ……アンタもどうせ、同情してるフリなんだろ?)

 

 

 

しばらく時間をおいて、木村は言った。

 

 

 

「……残念ですわ。けど、友沢様がそこまで言うのでしたら諦めることにいたします。」

 

 

「その代わり。もし……もし、友沢様が本当に困った時は。必ず言ってくださいね?わたくし、必ず力になりますから」

 

 

「……あ、ああ」

 

 

 

 

翌日、教室にて。クラスは木村の話題で持ちきりになっていた。

 

 

「ねぇ、聞いた?あの子って友沢君の彼女らしいよ」

 

 

「まじか!?あんな美人が……ありえねえ、あんなヤツにかよ」

 

 

 

「ウワサになってんなー」

 

 

騒ぐクラスを横目で見ながら、夏川が語りかける。

 

 

「フン……勝手にさせとけ。それより次の授業の準備をするぞ」

 

 

「はいよーっと」

 

 

 

キーンコーンカーンコーン……

 

 

 

「あー!やっと昼休みか!腹減ったぜー」

 

 

「ああ。弁当でも食べるか」

 

 

夏川は彼の言葉に応じて、鞄から弁当を取り出そうとする。

 

 

「おう!……あれ?」

 

 

しかし、こちらの席に近づいてきた人物を見かけて

思わず彼はその手を止めてしまった。

 

 

「……あの、友沢様?よろしかったら一緒に食べませんこと?」

 

 

「うおっ!?木村さんじゃん!」

 

 

友沢は思わずため息をつく。

 

 

「……悪いが木村さん。今日は夏川と二人で食べたい気分なんだ」

 

 

「ちょっ、お前、いくらなんでもそりゃないだろ!」

 

 

「あら、そうなのですか?……でも、わたくしも混ぜてくださらないかしら?」

 

 

「……いや、それは」

 

 

「いいだろ友沢〜。たまには二人っきりじゃなくて三人で食えば」

 

 

「……仕方ないな、お前がそう言うなら。」

 

 

そう言って友沢は仕方なく木村と一緒に食べる事を了承した。

……すると、その瞬間にもう木村美香の席を夏川が持ってきている事に気づく。

 

 

(全く……こういう時の速さは見習えるんだけどな)

 

 

友沢は呆れながらも苦笑いした。

 

 

「……それにしても。木村さんは友沢のことが好きだったんだなぁ〜」

 

 

「え、いえ、その……ちっ、違います。助けてもらった恩がありますから……」

 

 

夏川の発言に思わず頬を赤く染め、言葉を言い淀む木村美香。

友沢亮はその様子を横目で見ながら黙々と弁当を食べ進めていく。

 

 

「……」

 

 

「あの……友沢様の弁当」

 

 

木村はそんな涼しげな顔をしている彼に向かって語りかけた。

友沢は食べる手を一旦止めて、少し嫌がる様子を見せながらも話をする。

 

 

「……ああ、これか?母さんに作ってもらったんだ」

 

 

「素朴ですけど……とっても美味しそうなお弁当ですね」

 

 

「うん。オレも食べたことあるけど、本当にうまいぜ!」

 

「なぁ友沢。お前の母ちゃん料理上手だよなー」

 

 

「……当たり前だ」

 

 

「……あの、友沢様のお母様はどんな方なんですの?」

 

 

「優しい人だよ。オレが野球部に入ることにも反対しなかったしな」

 

 

「まぁ……それは素敵ですわね」

 

 

「……あ!よ。よかったら、わたくしのお弁当を少し分けてさしあげましょうか?」

 

「このお弁当はですね、とても豪華な食材を使っているのです。特にこの、ハンバーグだとか……」

 

 

(フン、お得意の自慢か……これだから金持ちは嫌いなんだ……)

 

 

「……いや、いいよ。自分の分だけで十分だ」

 

 

友沢はそう冷たく言い放った。彼女は浮かない顔をする。

 

 

「そう……ですか」

 

 

「……おいおい、そんな言い方はないんじゃねーの?友沢」

 

 

「う……夏川。いや、そんなつもりは……」

 

 

「友沢様……わたくしの事がキライなのですか?」

 

 

木村美香は今にも泣きそうな顔をした。

その表情を見て、友沢はまた罪悪感が込み上げてくる。

 

 

「ち、違う!そういうわけじゃないんだが……!とにかく、いいんだ....」

 

 

 

 

 

 

放課後、すでに授業が終わった席で夏川が語りかける。

 

 

 

「……友沢。あんまりわがまま言ってやるなよ」

 

 

「……わかっているさ」

 

 

友沢は俯いた顔をしてそう呟いた。

 

 

「なぁ。いっそ告白しちゃえよ、木村さんに」

 

 

「……悪いが、それは断る」

 

 

「お前!もう少し悩めよー!」

 

 

夏川の手を払いのけて、友沢は冷静に語りかける。

 

 

「……まず。そもそもの話、木村はオレが好きだといつ言った?」

 

 

「そりゃ別に、言ってねーけどさぁ。でもよぉ……!」

 

 

駄々をこねる彼の様子を見て、思わず友沢は頭をかいた。

 

 

「……仮にもしそうだとしても、木村の気持ちには応えられない。オレは金持ちが嫌いだからな」

 

 

「なんでだよ?金持ちだからって、悪いヤツばかりって訳でもないんだぜ?」

 

 

「……金持ちだからだ!ああいう連中は、最悪な性格に決まっているからな。」

 

 

「……おい。それは偏見じゃないのか?」

 

 

「いや。……偏見なんかじゃないっ!金を持っているヤツは必ず調子に乗る!」

 

「今は表面上オレに優しくしてくる。だがな、それは最初だけだ!……いつか本性を現してくるに決まってる。全く信用できないな!」

 

 

「……良い人だって、いると思うけどなぁ。」

 

 

「それに。オレは……何かと言えば、騒ぎ立てる女も嫌いでね。」

 

 

「騒いでる女の子が…嫌い?」

 

 

ピンとこない顔をしている夏川をよそに、友沢は続きを語り始める。

 

 

「ああ。具体的には誰々の顔がカッコいいだの、イケメンだのという話をするヤツらのことさ。……全くもって、下らないよ。」

 

 

「でも。それって、女の子ならよくあることなんじゃないのか...」

 

 

「……大体な、そういう女はロクな連中じゃないんだ。結局そんなバカはな、顔だけでオレの中身を見ようとすらしていない!」

 

 

「と……友沢。ちょっと声が大きいぜ……」

 

 

「悪い。……まぁ、とにかく。オレとしては、そういう女は断じて気に入らないってことだ。」

 

 

「ずいぶんとひねくれたヤツだなぁ……」

 

 

「いや、違うな。オレ以外がひねくれ過ぎなんだよ……」

 

 

「……」

 

 

「ああ。……その点アイドルは、オレを裏切らないのが良い。人を見かけだけで判断しようとしないからな。」

 

 

「あ、アイドル?....お前そんなのが好きなのかょ?」

 

 

「……夏川、そんなのとはなんだ。お前はアイドルの魅力について何も知らないのか?」

 

 

「知らねーよ。……そういうのだって舞台裏じゃあ、誰がイケメンだったとかキモいとか、言ってるんじゃねーの?」

 

 

「フン、浅いな夏川。……仮にそんな事を言っていようが、もはやオレにはどうでもいい。」

 

 

「アイドルは舞台上に立ち、真面目に頑張っている姿を見せてくる。それだけでオレにとっては十分なのさ。」

 

 

「……なんか、言ってることが矛盾してないか?」

 

 

「……どこがだ?全く矛盾していないと思うけどな。何か文句があるなら、ハッキリ言ってみればいい。」

 

 

友沢が思いもよらず話に食いかかってきて、夏川は思わずたじろいだ。

 

 

「もういいって、その話は……」

 

 

 

 

「いらっしゃいませー……」

 

 

友沢はいつものようにコンビニでバイトをする。

 

 

「あ、友沢様。こんにちは」

 

 

「……木村か」

 

 

「偶然ですわね!ここでバイトをしてらっしゃるなんて」

 

 

「別に……たまたまさ」

 

 

そう平静を装いつつ、驚いたのは友沢もだった。

 

 

(まさか、オレのバイトしているコンビニまで押しかけてくるとは……)

 

 

「あの……お疲れではありませんこと?」

 

 

「平気だ。慣れているからな」

 

 

「……友沢様はいつも野球をやりつつ、こうやってバイトもして。本当にすごいと思いますわ」

 

 

「べ、別に……普通さ」

 

 

木村美香は少しずつ彼に向かって近づいてくる。

彼女を特に意識しているわけではなかったが、妙な緊張感を彼は感じた。

 

 

「……ねぇ、友沢様。わたくし……貴方のことをもっと知りたいですわ」

 

 

「……え?」

 

 

彼女が呟いた言葉の意味が一瞬分からず、友沢は思わず聞き返した。

 

 

「友沢様のことなら、何でも知っておきたいのです。好きな食べ物とか、趣味だとか……いろいろ」

 

 

「……」

 

 

「ねぇ……教えてくださいな」

 

 

(オレは……木村のことをずっと避けている。けど、それは間違いなのか……?)

 

 

(彼女は特に何も悪いことはしていない。……むしろオレが勝手に、木村に酷いことを言っただけだ……)

 

 

ほんの少しぐらいなら、自分自身の事を話しても……

オレをわざわざ気にかけてくる彼女に冷たくする必要なんてない。

 

そう彼は思い直した。そして、とうとう友沢は彼女の問いに答えようとする。

 

 

「あ、ああ……えっと」

 

 

その時。コンビニのドアが開き、2人の男女が騒がしく中に入ってくる。

 

 

「だから、ついてくるなよ橘。オレは別にプリン買う予定なんかないんだから……」

 

 

「いいじゃない〜、別にぃ!たまには私に奢りなさいよぉ!」

 

 

「……ったく、しょうがないなー。」

 

 

赤と白のユニフォームを着た黒髪の少年。

そしてそんなうんざりした様子の彼の肩にもたれかかる少女。

 

その二人の姿に、友沢は見覚えがあった。

 

 

「……!」

 

 

「友沢様。どうしたんですの?」

 

 

「あ……いや」

 

 

(聖パワフル学園の小波雄介。それに橘みずきか……全く嫌な連中だな)

 

 

後ろの二人に気付いて、木村は友沢のいるレジを離れる。

 

 

「あ、すいませーん。肉まんと……あと、これもお願いしますっ。」

 

 

黒髪の少年がレジにプリンを持ってくる。

友沢はまた少し動揺を見せながらも冷静に対応した。

 

 

「は、はい。こちらの商品ですね」

 

 

「……!」

 

「……ねぇ、パワプロ君。早く買い物済ませちゃいましょ!」

 

 

後ろにいる少女が、ソワソワとした様子で少年に話しかける。

 

 

「え?……あ、ああ。そうだな。後ろの待ってる人にも迷惑だしな」

 

 

「……付き合ってるんですか?彼女と」

 

 

友沢はパワプロと呼ばれる少年にそう問いかけた。

 

 

「あ……いや。まあ、色々あってな。友達みたいな感じだよ」

 

 

黒髪の少年は苦笑いしながら質問に答える。

……すると突然、少女が彼の腕を引っ張った。

 

 

「パワプロ!……そんなヤツほっといて、さっさと帰りましょ!」

 

 

「ちょっ、待てよ橘。引っ張るなってば!」

 

 

「……」

 

 

 

 

 

 

「……お知り合いの方ですか?」

 

 

騒がしい客がいなくなり、また元の静けさを取り戻したコンビニ。

その静寂の中で木村美香は疑問をぶつけた。

 

 

「……何が」

 

 

「あの……橘という方です。何か動揺してる様子でしたが」

 

 

「……」

 

 

「え、えっと。彼女……ですか?」

 

 

ぎこちない様子で、木村美香は友沢に問いかける。

……すると彼は物凄い形相で木村を睨んだ。

 

 

「今……なんて言った?」

 

 

「ひゃっ!?」

 

 

そんな彼の豹変を見て、思わず木村は後ずさりをする。

友沢は彼女の様子にも一切動じずに、我を忘れた様子で距離を詰め寄った。

 

 

「……オレが、いつ、誰と付き合ったって言うんだ?」

 

 

「い、いえ。なんでもありませんわ。ごめんなさい」

 

 

「……そうかい。じゃあ、もう帰ってもらってもいいか?」

 

 

「何かあのお方と……あったのですか?」

 

 

「フン。何もないさ。……ただオレはな、ああいう何も考えてなさそうな甘っちょろいヤツがこの世で一番嫌いなんだ!!!!」

 

 

「……友沢様は。あの方が好きだったのですか?」

 

 

「……そういうわけじゃない!」

 

 

「では……どうして!」

 

 

「中学の頃……野球部で知り合った。ただそれだけだよ」

 

 

「……その説明では納得いただけませんわ。ハッキリとした説明をお願いします」

 

 

そう言い放って、木村美香は沈んだ表情をした彼を静かに睨む。

……友沢亮はその問いに何も答えずに、無言で彼女の顔を見続けていた。

 

 



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VS恋恋高校③ 輝け!クレッセントムーン

 

 

(あれが高木幸子ね……あの恋恋高校で最も優れたパワーを持ってるバッター……)

 

 

(あいつが、猪狩守からホームランを打ったヤツ……って事よね)

 

 

この試合を同点にまで持ち込んだ女性選手。

その恐るべき実力……そして、彼女の殺気立った雰囲気に私は震えた。

 

 

(いや……でも、この震えはもう怯えからじゃないわ。)

 

 

(それほどの力を持つバッターを打ち取れるチャンスの、嬉しさでの武者震いよ!)

 

 

私は1度冷静になって、今までの試合の流れを思い返してみる。

 

 

(この恋恋高校のチームのパターンは大体同じ。まず軽井沢ってのがバントをして、自慢の走力で一塁に進む。)

 

 

(そうしたら、倉橋って子がまた送りバントか軽井沢に盗塁をさせる。それで軽井沢がニ塁に進むきっかけを作る。)

 

 

(後は高木幸子がヒットを打って、軽井沢の走力で帰塁して得点を稼ぐ。……全部そういう流れなのよね)

 

 

少し流れは違うけど2回表で猪狩守がやられたのはこの戦法だったわ。

倉橋彩乃がバントで一塁に滑り込んで、高木幸子にホームランを打たれた。

……でもね、これには穴があるのよ。

 

 

(軽井沢ってヤツが一塁に進むのを阻止するか。もしくは……)

 

 

(私が高木幸子を打ち取れば。……恋恋高校は点を取れない!)

 

 

ここで相手の流れを止めれば、勝機は十分にあるわ。

そう思った私は、左手に持ったボールをしっかりと握りしめる。

 

そして気迫を込めて……思いっきり球を投げ込んだ!

 

 

高木幸子は大きく空振りし、私は瞬く間に2ストライクを取る。

 

 

(....よしっ!)

 

 

思わずガッツポーズを取りたくなってしまいそうになる。

……いやいや、でもまだ油断しちゃいけないわ。

 

 

(そして、これが私の……クレッセントムーンよ!)

 

 

私は魔球クレッセントムーンを、渾身の力を込めて投げ込んだ。

 

 

(さぁ、どうかしら?……打てるもんなら、打ってみなさいよ!)

 

 

球は綺麗な放物線を描きながら向かっていった。

高木幸子は、またあっさりとバットを空振りする。

 

聖のミットはしっかりと私の球をバシッと受け止める。

あっという間に私はアウトを取ることに成功した。

 

 

(……やったわ!)

 

 

……でも。その相手の動きの妙な不自然さに、私は少し腑に落ちない気分にもなった。

 

 

(……あれ、おっかしいなぁ。猪狩守の時は、あれだけ本気でバットを振っていた感じだったのに)

 

 

(……ふんっ、まあいいか。どっちにしろ私には好都合よ。あいつさえ抑えりゃ、後は敵なしな感じだしね)

 

 

恋恋が強いのは、ほんの一部の選手の力によって。

それ以外の選手は全くもって大したことないわ。

だからこの数人を抑えておけば、充分に勝ち目はある試合のはず。

 

 

(後は、パワプロくんたちが何とかしてくれりゃってとこだけど……一体何やってんだか)

 

 

予想通りその回は呆気なく私が残りの選手を打ち取って終了。

そして試合は4回裏になる。私は余裕の笑みを見せて座席に座った。

 

 

「ふふっ、どうよどうよ!私の活躍、見たでしょ!?」

 

 

「ああ。……確かにキミの実力は認めざるを得ないな」

 

 

「ふふーん♪もっと素直になったらいいのに」

 

 

「……ただ、あれが本当にキミの実力だったかは怪しい所だけどね」

 

 

猪狩守は私に対して意味深な言葉を口にした。

 

 

(……どういうこと?あれはどう考えても、私の実力に決まってるでしょ?)

 

 

 

 

「そういえばパワプロくん。どうだった!?私の投球は!」

 

 

座席のパワプロ君を見て私は問いかける。

 

 

「……あ、おう!意外と頑張ってくれてるよな!助かるぜ!」

 

 

パワプロ君は一瞬戸惑った顔をしていたけど、

すぐに笑顔を見せて私を褒めた。

 

 

(……意外とって部分が気になるけど。まあいいや)

 

 

私は彼の言葉が少し腑に落ちなかったけど、心の内にしまっておく。

 

 

「……てゆーかさ。まだうちのチーム2点しか取れてないなんて、全然ダメじゃない?だって相手は弱小でしょ?」

 

「大体、さっきから残塁が多過ぎよ。せっかく点取れそうなのに、抑えられてばっかりじゃん」

 

 

私はパワプロ君につい文句を言ってしまった。

彼は私の言葉を聞いた途端、暗く沈んだ顔をする。

 

 

「無茶言うなよ。オレだって頑張ってこれなんだから……」

 

 

「……ごめん。パワプロ君が今まで努力をしてきてたのは、私も分かってるわ。」

 

 

「その成果で、さっきはキミのヒットが点に繋がってたんだしさ。……でも、だからこそもっと頑張って欲しいのよ。」

 

 

「そこまで期待してくれてたのか……ごめんな、橘。……ガッカリしたよな、オレが弱くてさ……」

 

 

「……だいじょーぶ。さっきの調子で緊張せずにやれば、次は絶対いけるってば!バッターは私が何とかするから!」

 

 

笑顔でパワプロ君を激励する。けどまだ彼の表情は浮かない感じだった。

……私がなんとかしてあげるって言ってるのに。

どうしてパワプロくんはまだそんなに暗い顔をしてるのかしら……?

 

 

「違う。そういう問題じゃないさ……オレはもっと、強くならなきゃいけないんだよ。」

 

 

パワプロ君はいつもと違う暗い声で、私にそう言ってきた。

 

 

「え……?」

 

 

私はついその声に驚いてしまう。

 

 

「……これじゃまた前と同じなんだ。誰1人守れやしない、弱かったあの頃のオレとな……」

 

 

「ははは。……また昔と同じ事を繰り返してる。オレは何にも変わっちゃいないよ……!!」

 

 

パワプロ君は急に乾いた声で笑い始めた。その姿は少し不気味で……

私が知らない、彼の裏の一面を見たような気がした。

 

 

「……た、確かに強くなるのは大事よ。でも、そんなに思い詰めなくったってさ……」

 

 

「思い詰めなくったって?……橘に一体何が分かるって言うんだよ、オレの気持ちが……」

 

 

パワプロ君は怒鳴りまではしていなかったけど、

私に向かって不機嫌そうな顔でそう吐き捨てるように言葉を口にした。

 

その彼の変わりようを目にして、私は何も言えなくなる。

 

 

「パワプロ。……今は過去の話をしてる場合じゃないだろう。試合に集中しないか!」

 

 

猪狩守がそう言ってパワプロ君を諭す。

少し奥の座席にいた彼は、いつの間にかパワプロ君の近くに立っていた。

 

 

「……ごめん、そうだな。橘には関係ない話をしちゃったな。」

 

 

「……まぁ、何があったのか私は知らないけど。元気出しなさいよ。」

 

 

そう私が軽く肩を叩いて励ますと、パワプロ君はまたごめんと言って小さく頷いた。

 

彼の過去が凄く気になる。だけど……無理に聞いてもダメか。

どうせ聞いたって、私に何とかできそうな感じでもないし。

そんな事を頭の中で考えて……結局、私は何も聞けないままでいた。

 

 

「……恋恋は弱小校なんだけどな。ただ、ピッチャーがかなり厄介な相手なんだ」

 

 

少し時間を置いて、彼はぽつりと私にそうこぼした。

 

 

「ピッチャーって……ああ。今は恋恋のキャプテンが登板してるんだっけ」

 

 

「そう。……あのピッチャー、相当な強さだよ。どうも話じゃ、強豪校に行く道を蹴ってわざわざ恋恋に来たみたいだしな」

 

 

「えぇ……!そんなに凄いピッチャーだったの!?」

 

 

私はようやく納得した。どうりでさっきから点が入らないわけだわ……

 

 

「ん?……でもさ、パワプロ君。今さっき、恋恋キャプテンのことをすごく強い投手だって言ってたわよね?」

 

 

「ああ。」

 

 

だけど……ちょっと不自然なんじゃと私は思った事があった。

私はそれを彼に問いただしてみることにする。

 

 

「……でも。それおかしくない?恋恋って弱小校なんでしょう?目的もないのに、そんな所にいて何の意味があるわけ?」

 

 

「……それに関しては、このオイラが説明するでやんす」

 

 

私の口にした疑問に対して、あのメガネくんが答えた。

……えっと。名前ってなんだったっけ?

 

 

「あっ、矢部くんか!……影薄かったけど、一応いたのね」

 

 

「ひ、酷いでやんすね!?オイラも頑張ってるのに……!」

 

 

「それは別にどうでもいいけどさ、教えてよ。一体、恋恋のキャプテンにはどんな目的があるわけ?」

 

 

「……恋恋のキャプテンは、自分で野球部を立ち上げたらしいでやんす。」

 

 

「じ、自分で野球部を立ち上げたぁ....!?」

 

 

「底辺から勝ち上がってこそ野球は面白い。それが彼の一番のポリシーなのでやんすよ」

 

「本来なら彼は、あかつき大付属や帝王実業に入る実力を持っているはずでやんす」

 

 

 

「あかつき大付属……か。さすがに名前ぐらいは聞いたことがあるわ。」

 

 

 

「ああ、知ってる?猪狩がもともと入る予定だった高校もそこなんだよ」

 

 

 

「……えっ、そうだったの?」

 

 

じゃあなんで、わざわざ猪狩守はここの高校に来てるのかしら?

……まあいっか。重要な所はそこじゃないし。

 

とにかく、私が点を取られないように頑張ってやらないと!

お姉ちゃんを助けるのもそうだけど、私のもう1つの目的のためにもね……!

 

 

 

 

 

 

5回表。恋恋高校のチームの座席では、

軽井沢が高木幸子にある疑問をぶつけていた。

 

 

 

「……あの、高木さん。ちょっと聞きたかったことがあるんですが……」

 

 

「軽井沢か。……なんだいアンタ。」

 

 

「さっきの回の彼女の投球、空振りしてたのって何か理由あります?高木さんならあんな適当に外すワケが……」

 

 

「……野球もろくにやってない素人のくせに、ずいぶんと口の聞き方が生意気だねアンタは」

 

 

「……わっ!でも、た、高木さんだって前まではソフトボール部だったらしいじゃないですかぁ〜!」

 

 

「フン……アタシにはね、ちゃんと橘みずきを倒す作戦があるのよ。」

 

 

「作戦ですか……ボクは結局、あんまり上手くいかなかったですけどね。」

 

 

「……黙りなさいよ。アンタはとりあえず、打線を繋げばいいんだって」

 

 

「は、はあ……」

 

 

「それよりも……アタシが気になるのは、早川あおいよ。」

 

 

「あっ!……それ、オレも!じゃなくてっ、ボクもものすご〜く気になってましたよ!」

 

 

「どうせアンタのは違う意味でしょ!?……それと、ボクなのかオレなのかハッキリしなさいよ!」

 

 

 

高木は軽井沢を突き飛ばして、また試合を観察する。

 

 

 

「……さてと、橘みずき。アンタなんかあっさりと次の回でぶっ潰してあげるわ。」

 

 

「フフ。早川あおい……もうベンチでくすぶってる場合じゃないわよ?」

 

 

 

そう呟くと、高木幸子は不気味に微笑んだ。

 

 



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VS恋恋高校④ 高木幸子の罠

 

 

6回表。私は投球の練習をしながら考える。

 

 

(ふふっ。さっきは下位打線だったとはいえ、なかなか私の球は好調ね。誰1人としてヒットすら打たせなかったわ)

 

 

 

(でも、相変わらず打線は不調なのよね。このままじゃよくないんだけどな……)

 

 

 

もう試合は終盤なのに、まだ2ー2で勝負は拮抗している。

押されていないのは良い事かもしれないけど……

点が入らない限り、あんまり状況は良くない気がした。

 

 

試合開始になり、1人目の選手をあっさりとアウトにする。

そして……次に出てきたのは軽井沢大輝だった。

 

 

 

 

(うわぁ……ある意味、厄介なヤツに当たっちゃったなぁ……)

 

 

 

猪狩守に対してバントで上手く対抗して、一塁に滑り込んでいた選手。

……でもそれ以上に、私はこの軽井沢ってヤツに苦手意識があった。

 

 

(とにかくチャラいし、バットも雑に扱ってて全然野球愛を感じないし……)

 

(まったく、なんであんなヤツを試合に出してるのかしら?)

 

 

 

(あーあ、やだなぁ。もう既にマウンドを降りたい気分なんだけど……)

 

 

 

……という考えが、ちょっと頭の中でよぎりながら。

もちろんあんなヤツでも油断しちゃいけない実力はあるわけで。

頑張っていかないとね、と私は気を引き締める。

 

私は気合いを入れて、渾身のクレッセントムーンを投げ込む。

バシュッ!光の速さで球が放たれて、一瞬でストライクを取る。

ふふっ、これは予想外だったでしょうね。

 

 

(まぁ、さすがに……何回もクレッセントムーンを投げ続けるのはこっちもキツいんだけどね、ちょっと。)

 

 

 

前に野球をやってたとはいえ、少し期間が空きすぎて……

体力的にはちょっと厳しいものがあると感じていた。

もっと練習をやってれば……と今更ながらほんの少しだけ後悔がある。

 

 

(でも……私は、こんな所で負けるわけにはいかないわ。お姉ちゃんのためにも……!)

 

 

 

お姉ちゃんはいつ学校をクビになってもおかしくない状況。

もし私たちのチームが負けたら……

監督ですら続けられないかもしれない。

 

そうなったら……考えるだけでも不安だわ。

 

 

(それに……皆には言ってないけど、私は他にも試合に勝つ目的があるんだから。)

 

(帝王実業高校にいる、友沢亮。……あいつを、倒すって目的がね……!)

 

 

 

軽井沢の見た目を見ると、どうしてもあいつを思い出す。

あの中学の時のトラウマを思い出すと、絶対に負けられない気持ちが湧いてきた。

 

 

「……はぁっ!!!」

 

 

 

私は掛け声を上げてもう1度クレッセントムーンを投げ込んだ。

聖が止めようとしてるけど、私は絶対気にしないわ。

試合中に、遠慮なんかしてたまるもんか……!

 

2ストライクを取って、もうあと少しという所まで来た。

 

 

(よしっ!なんだかんだ余裕ね……このまま終わらせてあげ……!)

 

 

 

私は勢いよく、またクレッセントムーンを投げ込んだ!

 

……だけど、球は急に勢いがなくなり始める。

そして大きく外にコースを外れてボールになってしまった。

 

 

(えっ!?……まさか……!)

 

 

 

ここに来て。もしかして私……もうスタミナが限界?

……とにかく落ち着いて、もう1度だけ球を投げてみることにする。

 

だけど……球は思い描いたコースを外れて、結局すぐに3ボールになってしまった。

 

 

(ど……どうしてよ!?さっきまで上手く行ってたのに……!)

 

 

 

こんな所で急に、スタミナが削られるなんて……

もう身体はとっくに限界だったってこと……?

 

3ボール、2ストライク。あと少しなのに打ち取れない。

そんなモヤモヤ感が更に私を焦らせていく。

 

 

(くっ……こうなったら!クレッセントムーンとは行かないまでも、シンカーで!)

 

 

 

「……ええいっ!」

 

 

 

カキン!快音が鳴り響き、すぐさま走り抜ける軽井沢。

振り向くと、彼の放った一撃でボールは外野の方まで飛んでいった。

 

 

(えっ!?……ま、まさか!?)

 

 

 

レフトに飛んだ球をエミリさんが何とか拾い、ショートの田中山君に返球する。

そして、彼は急いでボールをセカンドまで投げ返した。

 

……けど、軽井沢大輝には2塁まで進まれてしまった。

 

 

(うう……とりあえず1点は入らなくて良かった。けど、まずい事になってきたわ……)

 

 

 

 

 

(予想通り……!やはり彼女はクレッセントムーンばかり投げてきたようね。)

 

 

 

高木幸子はベンチを立ちながら、自分の作戦の成功にほくそ笑んでいた。

 

 

(あの子はまだまだ素人。この私に勝つなんて、無理があったのさ……!)

 

 

 

 

 

次に出てきたバッター、倉橋綾乃。

私は彼女をあっさりゴロで打ち取ることができた。

 

 

 

 

 

(そして……また出てきたわね。高木幸子)

 

 

 

さっきの打席と違って、覇気がない……

というよりは、余裕そうな様子を見せている。

 

 

「.....はぁっ!!!」

 

 

 

低めのストレートを外側に向かって投げる。

すると、高木幸子は不気味に笑った。

 

 

「....ふふっ。そこか!!」

 

 

 

カキン!球が高く上に上がっていく。

私の投げたストレートを、あっさりと捉えてきた。

球は大きく横に逸れていったけど、冷や汗は止まらない。

 

 

(かなりギリギリのラインじゃない....!?低めの球をこんなパワーで打ち返されたら、ほとんど返す手がないわ!)

 

 

 

「はぁ....残念、ファールだったわね。」

 

 

「....でも、そろそろ万策尽きたってとこかしら?お得意のクレッセントムーンはどうしたの?」

 

 

 

「くっ....!」

 

 

 

「どうも噂じゃ、中学では大活躍だったらしいけど....アタシに言わせりゃ、まだまだガキね。....早川あおいの足元にも及ばないわ」

 

「さぁ。こんなつまらない球よりも、ご自慢のクレッセントムーンを投げてみれば?」

 

「....もっとも、アタシに通用するかはまた別だけどね」

 

 

 

これは明らかに挑発なのは分かってる。

でもイライラで頭がどうにかなりそうだった。

 

 

(....ダメよ私!ここでクレッセントムーンを投げたら、相手の思うツボだわ!)

 

 

(でも。他の球種をなげたらほぼ確実に打たれるのも確かよね....)

 

(だったらもう、クレッセントムーンを投げるしかないって事なの....!?)

 

 

 

一旦タイムをして、聖と作戦を練ることにする。

 

 

「みずき。どうするのだ....!?何か作戦はあるのか!?」

 

 

 

「あったらこんな焦ってないわよ....ああもう!一体どうすればいいの!?」

 

 

 

「う、うむ....と、とと、とにかく。おち、落ち着くのが大事なのだ!」

 

 

 

珍しく慌てた様子で吃り出す聖を見て、

余計に事の重大さを感じて焦ってしまう。

 

 

「聖が一番落ち着いてないじゃない!....うう....!」

 

 

 

「こういう時。いつものみずきなら、悪どい手段というか....!敵を利用した考え方を思いつくはずなのだ....!何かないのか!?」

 

 

 

「....敵を....利用する?」

 

 

 

そうだ。....私には、まだやってない事がある....

出来るのにも関わらず一度も実践しなかったこと。

それはかなりの博打だけど。でも....ここまで来たらやってみるしか!

 

 

「聖....!思いついたわ!この状況をなんとかする作戦を....!」

 

 

 

私は聖に自分の考えを話した。

 

 

「....みずき、大丈夫なのか?」

 

 

 

「大丈夫。....たった一球だけで終わらせるわ」

 

 

 

聖との話し合いを終えると、

高木幸子はあくびをかきながら打席に立った。

 

 

「フン。長々と何か話してたようだけど....所詮は一瞬チヤホヤされただけの素人が、ここまでずっと野球をやってきた私にかなうハズがないのよ」

 

 

 

「....それはどうかしら?確かに私はまだ経験は浅いわ。けど、情熱だけは誰にも負けないつもりよ」

 

 

 

「情熱?何に対しての....?少なくとも私はね、野球に対しての情熱は一番あるつもりだわ。」

 

「....だから。だからこそ私は、あんな半端な実力で知名度を上げて、のし上がった早川あおいの事が許せなかった....!!」

 

「まだうちのチームにずっといるなら許せたわ。だけど....!あいつは必死で頑張ってきた私たちを捨てて、アンタたちの高校に転校した!」

 

 

 

「....一度ぶちのめしてやらなきゃ収まらないのよ、あいつは!!アタシより野球が上手いくせに....!!!」

 

「仕方なくソフトボール部をやってたアタシを引っ張り出してきたのもあの女なのに....自分勝手過ぎるのよ!!」

 

 

 

「だからって....!私にはそんなこと関係ないわよ!!」

 

 

 

「....関係あるわ。そんな憎たらしい早川あおいの入ったチームも。」

 

「そして、そんなチームに入ったアンタたちも....全部全部、気に入らないのよ!!!」

 

 

 

「そう。だったら....これでも食らいなさい!」

 

 

 

私はど真ん中に向かって球を投げた。

高木幸子が勝ち誇ったように叫ぶ。

 

 

「フン!また甘い球か....終わりよっ!!!」

 

 

 

カキーン!球が遠くに向かって打ち上がっていく。

 

 

「ふふっ、ホームラン....!もうこれでアンタたちは終わりね!!ここで点を取ってしまえば、これ以上逆転する手段なんて....!!」

 

 

 

「....決めるのはまだ早いんじゃないかしら?」

 

 

 

「....何!?」

 

 

 

遠くへ打ち上がった球は力なく落下していって、

そのままセンターフライになった。

 

 

「完璧に....捉えたはずなのに....!バカな!!」

 

「....冷静に考えれば、さっきの球は妙に鋭かった....!どうしてなの!?まるでアンタの球じゃないような....!!」

 

 

 

「そう....私の球じゃないわ。....あのスライダーはね」

 

 

 

「....スライダーだって!!....あの球が!?」

 

 

 

「そう。あれは....友沢亮から習得した、半端なスライダーよ。本当は、あんなの投げたくなかったけどね....」

 

 

 

「....まあ、アンタには勝ちを譲ってやるわ。....アタシの倒したい相手はあの女だからさ」

 

 

 

高木幸子はそう冷たく吐き捨てると、ベンチに戻っていった。

 

 

 

「....なんでそこまで、あおいさんが嫌いなのよ?部活をやめたって言っても、何か事情があったかもしれないじゃない....」

 

 

「そうよ。あのスライダーのせいで....部活を辞めた、私みたいにさ」

 

 

 

 

 

 

「友沢ってヤツからもらったスライダーだって....?どうしてそれを今まで封印してたんだ?橘」

 

 

6回裏、打席から戻ってきたパワプロ君がそう私に話しかけてきた。

 

 

「ごめん。....聖、説明してくれる?....あんまり私から話したいと思わないから」

 

 

「....分かった、説明するぞ。その件については....」

 

 

 

 

「聖。もし、どうしようもない状況になったら....スライダーを使うわ。」

 

「昔、友沢から習得した変化球....出来れば使いたくなかったんだけど。あれは、身体に負担がかかるから」

 

 

 

「負担がかかる!?....みずき、大丈夫なのか?それに、その教えてもらった人物は....」

 

 

「大丈夫。....たった一球だけで終わらせるわ。一球だけなら、安全なはずだし...」

 

「とにかく。....今は何をしてでも、試合に勝ち続けたいのよ!!」

 

 

 

 

「....ということらしい。」

 

 

 

「説明ありがと、聖。....危なかったけど、結果的には上手くいったわね」

 

 

 

「負担がかかる、か....その、友沢ってヤツとは一体何があったんだ?聖ちゃんから因縁がある相手だって聞いたけどさ」

 

 

 

「ごめん....今は言えないわ。ちょっと話しづらくて。でも、時が来たら必ず説明するから」

 

 

 

「そうか....ところで、試合の話だけど。今の橘の様子じゃ、これ以上の登板は厳しくないか?」

 

 

 

「うん....ちょっと早すぎて悪いんだけど、これ以上登板することは難しいかも。体力的に厳しくて....ごめん。」

 

 

 

「....いやいや、いいよ。あのピンチな状況で、橘はよく頑張ったさ」

 

 

 

パワプロ君が私の頭を撫でてくる。

 

 

 

「....むー。子供扱いしないでよね」

 

 

 

「別にしてねえって。ただ、橘は色々と心配な所があるからな」

 

 

 

....心配な所があるのはそっちの方じゃないの?

と私が不満を言おうとすると、聖が先に話を始めた。

 

 

「ところで、ずっと私は気になっていた事があるのだが。....やはり、パワプロ....さんは、あの男とは違うのだな?」

 

 

 

「....オレの話?まぁ、普通にタメ口でいいよ。で、あの男って....?その、友沢ってヤツのことか?」

 

 

「....いや、こっちの話なのだ。ならば、パワプロには全く関係ない。」

 

 

「?」

 

 

 

聖はなんとなく納得した様子をしているけど、

何が言いたいのかイマイチよく分からない。

 

 

「....なぁ、橘。聖ちゃんは何を考えてんだ?」

 

 

パワプロ君がそう質問してくるけど、

私は適当に分かんないと返すしかなかった。

 

 

(そういや聖って、前にやたらとパワプロ君の事を嫌ってたのよね....)

 

(あの時は単にちょっとパワプロ君がチャラいからなのかなって思ってたけど、もしかしたら他に理由が....?)

 

 

 

 

 

 

「猪狩。やっぱり橘の登板は難しいらしい」

 

 

 

「そうか....ボクとしても、大体予想はついた。....しかし、問題は早川あおいだ。....彼女は登板しないと言っている」

 

 

 

猪狩守は深刻な表情をしてそう言った。

 

 

「えっ....!?あおいさん、どうしちゃったんですか!?」

 

 

 

「早川さん、さっきから説得はしてるんだけど完全にふさぎ込んじまってさ....全然話を聞いてくれないんだよ。」

 

 

 

「そうなのね....やっぱり、前の高校で何かが?とりあえず、しばらくはそっとしておきましょうか。」

 

 

あおいさんがちゃんと登板してくれるのか若干不安が残る中、

試合は6回裏。私たちのチームの攻撃はまだ続いているところだった。

 

 






またもや私生活が忙しく、遅い更新になりました。
次の話の投稿日は相変わらず未定ですが、
書き溜めはあるので少しは早いと思います。たぶん。


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VS恋恋高校⑤ バッターみずき

 

 

終盤の8回裏。聖パワフル学園の味方チームが攻撃中、私たちは雑談をしていた。

 

結果的に、7回表でちゃんと早川あおいさんは登板してくれた。

投球の調子も良い感じで、マリンボールで次々と選手を抑えている。

 

そのおかげもあって、得点は3-2とこっちがリードしていた。

 

 

(ピッチャーの恋恋キャプテンも少し調子を落としてきたし....ようやくこっちに流れが向いてきたわね)

 

(と言っても、今のところ点が入ったのは6回裏が最後だけど....まぁ、気にしない気にしないっ。)

 

 

「....ふふ。もうここまで差がついたら勝ちみたいなもんね。あとは9回表であおいさんが抑えるだけだわ!」

 

 

そう喜んで話す私。だけど、隣の席にいた

パワプロ君はずっと浮かない表情で考え込んでいた。

 

 

「うーん....どうなんだろうなぁ。」

 

 

「ちょ、ちょっと。もうすぐで勝てるって言うのに....何をそんなに不安がってるのよ。縁起悪いじゃない」

 

 

私が苦笑いしながら肩を叩いても、彼の様子は変わらない。

 

 

「早川さん....なんかさっきから、投球の調子が良くない感じだったんだよ。」

 

 

「調子が良くない?...どういうことよ?」

 

 

カキーン!球場の方で金属音が鳴った。

 

 

「おっ!ヒットかしら!?....なーんだ、ファールかぁ。」

 

 

気を取り直して、パワプロ君がまた話を始める。

 

 

「....なんだろうな。バス停前の時と違うんだ。中学の時から一緒だったから、オレにはすぐ分かるよ」

 

 

「へえ。原因が何か分かってるような口ぶりね。....それで、なんだと思ってるわけ?」

 

 

「恋....かなぁ?」

 

 

「....はぁ?今なんて言ったのよ。私の聞き間違いとかじゃないわよね?」

 

 

「だから...たぶん恋だと思うんだよな。早川さんはきっと、向こうのチームの誰かに恋をしてるんだ。」

 

 

「ええっ....!?」

 

 

真剣な顔をしてそう話すパワプロ君。

思わず私は息を呑んでその言葉の続きを待つ。

 

その私の表情に応えるようにして、彼は言った。

 

 

「そう....恋恋だけにね!」

 

 

(....ずこっ!)

 

 

あまりに下らなさ過ぎて、思わず私はずっこけそうになった。

 

 

(な、なーんだ。ただのダジャレかぁ....)

 

「あー、はいはい。....で、それホントの話ぃ?そんなことをあおいさんが言ってたわけー?」

 

 

「いや。でも、そんな気がするんだよな....具体的には言ってないけどさ....」

 

 

真剣な顔をしているけど、私はそんな彼の様子を疑いの目で見ていた。

 

 

(....パワプロ君は試合でもどっか緊張感に欠けてるのよね。まったく....)

 

 

はぁー、と深くため息をつきながらそう思う。

 

 

(見た目だけなら、それなりにイケてなくもないんだけど....)

 

 

パワプロ君は普段帽子を被っていて、その時の姿はちょっと地味。

けど外した姿は黒髪がよく似合っていて、結構カッコいい。

 

見た目だけなら爽やかな雰囲気があるし、女子の人気は陰ながらも高いらしいと聖から聞いた。

....イマイチそんな感じがしないのは、その変な性格からかなと思うけど。

 

 

「....あのさ。そもそも、なんでパワプロって皆に呼ばせてるの?全然違う名前なのに。」

 

 

「....はは。別にいいだろ?なんとなく、本名じゃ呼ばれたくないんだよ。」

 

 

ここが更に、私が彼を変わってるなと感じていた所だった。

彼は小波雄介という本名があって、別に“パワプロ”なんていう不思議な名前じゃない。

だけど何故か学校中の皆にそんなニックネームを呼ばせていた。

 

 

(うーん。やっぱり、過去に何かあってそんな呼ばせ方をしてるのかしら....)

 

 

 

 

「あー。もう攻撃終わっちゃったじゃん。点入りそうな感じだったのになぁ。」

 

 

 

この回は聖が1塁打のヒットを出したり活躍したけど、

結局あっさりと残塁してしまって何も試合は動かなかった。

 

 

(試合は9回表に入って、3-2のまま。一応リードしてるとはいえ、ちょっと不安が残る感じだけど....)

 

 

 

「守備か....行ってくるよ。大変な事にならなきゃいいけどな。」

 

 

 

(....ま、このまま何事もなく終わるはずよね。たぶん)

 

 

 

 

私はしばらくの間、試合の様子を見守り続けていた。

 

すると....確かに言っていた通り、あおいさんの調子が徐々に崩れ始めた。

パワプロ君が少し元気のない様子で席の方に帰ってくる。

 

 

「....2点入っちゃったわね。まだそんなに大変な状況じゃないけど」

 

 

「な、何言ってんだ。3ー4だろ....?9回裏でこっちが逆転しなかったら、このまま負けなんだぜ?」

 

 

「い....いや....まだ分かんないしさ」

 

 

(まさか。あおいさんが調子を崩すなんて....あり得ないと思ってたのに)

 

 

「なんか....信じられないけどホントっぽいし、さっきのあおいさんの話、聞いてあげるわ。どんな感じの事を言ってたの?」

 

 

「まぁ....それらしい事を聞いてはいたよ。実は中学の頃から憧れの人がいて。でもはるかとかって人と付き合ってたから諦めただの」

 

 

「ちゃんとした根拠があるんなら、早く言いなさいよ!冗談かと思ったじゃない!」

 

 

「だ、だってなぁ....別に関係ないかもしれないから」

 

 

「全くもう。うちの学校に来たのも....それが理由?パワプロ君たちと仲良いからって聞いてたけど」

 

 

「....多分そんな理由じゃないよ。まあ、それも理由の1つに入ってるだろうけど」

 

 

「そこまでして避けたかった人なんだ....ねえ。それ、やばいんじゃない?だってその好きな人が向こうのチームにいるわけでしょ。」

 

 

「うん。とても冷静じゃいられないだろうな。特に早川さんは落ち着ける人じゃないし」

 

 

「ど....どうすんのよ!?まさか、このまま負けるってことはないわよね?」

 

 

 

私はつい焦ってパワプロ君の腕を掴んでしまう。

けど、別に離されることはなかった。

 

 

「ああ。だからまずいんだよな。くそっ、どうすりゃいいんだ....」

 

 

 

「....よく分かんないけど、さっきあおいさんと話し合いしてたわけじゃんっ。その時はなんて言ってたの?」

 

 

 

「大丈夫だよとは言ってたんだけどなぁ....さすがにその話は聞けなかったよ。デリケートだしな」

 

 

 

(全然大丈夫な感じじゃないでしょ....!ああもう、あと少しで勝てそうだって言うのにっ。なんでこんな所で....!)

 

「全くもう!ちゃんと聞きなさいよ、キャプテンのくせに!このバカ!」

 

 

 

「バ....バカってなんだよ!?オレだって結構考えてるんだぜ!じゃあ橘が聞けよ!」

 

 

 

「今この状況なんだから。もうそれで決まりだろうし、聞く意味ないでしょ!?....その足りない頭でもさ、もう少し考えてみたら!」

 

 

 

「足りない頭!?....なんだよその言い方!酷すぎるだろ、謝れよ!」

 

 

 

「やだよー。謝らないもん!....フンッ、全く。キャプテンのくせにスケベでバカで、全然頼りないしさ。肝心な時に役立たないわねっ!!」

 

 

 

「役立たない....!?うるさいな。だったら橘が代わりにキャプテンをやってみりゃいいじゃないか!」

 

 

 

「ええ!やってやろうじゃないの!次から代わりにキャプテンやって、パワプロをギャフンと言わせて....!」

 

 

 

「うぐぐぐ.....!!!!」

 

 

「む〜.....!!!!」

 

 

 

パワプロ君の両腕を掴みながら、怒った顔を思いっきり睨みつけてやる。

....すると、突然頭の中で良い案が浮かんできた。

 

 

「....ちょっと待って。代わりに?」

 

 

「ああ、そう自分で言ったんだろ!まぁ、橘にはできないと思うけどさ。騒ぐだけ騒いで、どうせ.....!」

 

 

「いや....うーん。でも、やらないよりはマシよね....」

 

 

「どうしたんだ?....まさか、何か考えついたのか?」

 

 

 

「うん。....ねえパワプロくん。次の打席、あおいさんが出るんでしょう?」

 

 

 

「そうだけど....一体なんなんだ?勿体ぶらないで早く言ってくれ」

 

 

 

「私が代わりに、あおいさんの代打をやってみるってのはどう?」

 

 

「....ピンチヒッターだって?....あっ!そうか、あの時の練習!」

 

 

私が以前、聖と一緒にこっそり打撃の練習をしていた時。

パワプロ君にも鉢合わせした事があった。

 

 

「そうそう。あの時のこと、ちゃーんと覚えててくれたのね」

 

 

 

「ピッチャーの橘が何故そんな熱心に、と最初は疑問に思ってたけど。あれはこういう時のためでもあったんだな」

 

 

「だったら、意外と悪くない作戦かもな....」

 

 

 

「....分かった。よし、こうなったら善は急げよね。早速話し合ってくるわ!」

 

 

 

「あ、おい!....試合で打った経験はないだろ。いきなりバッターなんてやって大丈夫かよ!?」

 

 

 

「ないわ。....でも、きっと大丈夫よ!この日のためにこっそり特訓してきたんだから」

 

 

「だ、だからってなぁ....調子の良いヤツ」

 

 

「....それよりパワプロ君はもっとバッティングの方を頑張っといてよねっ。全然ヒットないじゃん!」

 

 

「うっ....!そうだけどさ。」

 

 

「でなきゃ到底、私のライバルにはなれないんだから!!」

 

 

 

「あぁ....ん?ライバル?」

 

 

 

「橘、オレをライバルだと思ってるのか?....まあいいか。そういう事にしておいてもさ」

 

 

 

パワプロ君の妙に自信満々な態度に、少しイラっとした。

 

 

「うるさいなぁー、まったく。じゃ、行ってくるからね。....それじゃっ!」

 

 

 

 

「全く....橘のヤツ。あんな姿を見てたら、つい期待しちゃうじゃないかよ」

 

 

やり方はどうあれ、橘があんなに必死で試合に勝つために

一生懸命に頑張ってくれているのを見て、オレは密かに感動していた。

 

中学の頃に起きたある事件のせいで、オレはずっと死んだようなものだった。

もう、あの時のトラウマから何年も経っているのに。

 

 

(猪狩からあれだけ励まされたにも関わらず、まだあいつの好意すら素直に受け取れないままだ。)

 

(無理に明るく振る舞おうとしても、結局どっかで引きずってボロが出てるんだよな....)

 

 

「はは、そうだよ。オレだって、いつまで経っても中学の頃みたいにクヨクヨしてる場合じゃないんだよな....」

 

 

皆に“パワプロ”なんていう偽名を呼ばせてまで本心をごまかす。

そんな今までのオレには、もういい加減ウンザリしていたのかもしれない。

今のオレは、いつもと違ってとても晴れやかな気分だった。

 

 

「....橘、お前の熱い想いは充分受け取ったよ。後はオレが、この借りを返す番だぜ!」

 

 

オレの身体中には、数年ぶりに熱い闘志がみなぎっていた。

 

 






ごめんなさい。早くなるかもと言ってましたが、普通に投稿が遅れました。
6月初めに負った怪我が原因....というのも多少ありますが、まぁ言い訳ですね.....

一応、次回で恋恋の話は終わって新しい話に入る予定です。
これまで謎が多かった本作の橘みずきの過去に焦点を当てていきます。
気合いを入れてる部分なので、楽しみに待っていて下さい。


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VS恋恋高校⑥ 逆転!サヨナラホームラン

 

 

みずきとパワプロが話していた同時刻。

恋恋高校の座席で、恋恋のキャプテンがぼそりと呟いていた。

 

 

「....結構、あっけなかったな。あおいちゃんとの対戦」

 

 

 

そのキャプテンに、高木がにこやかに笑いながら話しかける。

 

 

「あはは、何言ってんのキャプテン。これまで全然ダメだったこの恋恋高校が、あの猪狩守のいるチームを倒そうとしているのよ?」

 

「しかも、うちのチームを抜け出した裏切り者の早川あおいがあれだけ失態を見せてくれたなんて....むしろ喜ぶべきことじゃないかしら?」

 

 

 

「....そこなんだ。あおいちゃんは、前にチームにいた時はあんなに動揺してなかった。それがどうしてだ?....オレは全然納得できない!」

 

 

 

その恋恋のキャプテンの様子を見て、高木は呆れた顔をした。

 

 

「やれやれ。もうすぐ試合に勝てるっていうのに、あの女の話ばっかり....」

 

「色恋沙汰の話はキライじゃないけど、ここまできたら呆れた話ね」

 

 

 

「....色恋沙汰?」

 

 

 

高木の言葉に対してふと疑問を口にしたのは、軽井沢だった。

 

 

「どうした?軽井沢」

 

 

恋恋キャプテンが彼の方に振り向く。

 

 

「いや....さっきまで、別に恋愛の話なんてしてなかったじゃないですか?なのに高木さんが色恋沙汰なんて言うから....」

 

 

 

軽井沢の言葉に対し、高木が少し焦った表情をした。

 

 

「え?い、いや、それは....!」

 

 

「まさか....何か知ってるのか?高木さん」

 

 

 

「あ、キャプテン!それ、なんだけど....」

 

 

殺伐とした流れの中で恐る恐るといった感じで声をかけてきたのは、

あおいの親友である七瀬はるかだった。

 

 

「....はるかちゃん?」

 

 

「.....」

 

 

しかし、はるかはそのまま押し黙ったまま一言も発さない。

 

 

「はるかちゃん、どうしたんだ?....あおいちゃんの事。それに高木さんが隠してるウソについて....何か知っているのか?」

 

 

 

七瀬はるかはさすがに全部知っているわけじゃないけど、

という前置きを置いてから静かに語り始めた。

 

 

「私....実は、だいぶ前にあおいちゃんと約束してたんです。どこかのタイミングで、一緒に....キミに告白しようって」

 

 

「....オレにか?はるかちゃんがオレのことを好きなのは知ってたけど、あおいちゃんがまさか....」

 

 

 

「あおいは言わなかったけど、そうだったの。お互い好きだったから、公平じゃないといけないって。」

 

 

「....でも、あおいはある時にもう別にいいよ、キャプテンのこと好きじゃなくなったからって言って、そのまま聖パワフルに転校して行っちゃって....」

 

 

「あの時はあまり気にしてなかったけど....今考えたら....」

 

「もしかしたら、あおいは私のことを想ってわざと身を引いたのかなって....今思っちゃって....」

 

 

「....まさか。その時のことが今日の試合のプレーに影響してるっていうのか?」

 

 

 

今までの話を聞いていた軽井沢が口を開いた。

 

 

「....それで。はるかさん、その話って高木さんにしてました?」

 

 

 

はるかは首を横に振る。

 

 

「いや、別に....ずっと私たち2人だけの秘密だったから....」

 

 

「....じゃあ、やっぱりおかしいね。なんで高木さんは今のあおいさんの話を、恋愛だと決めつけたんです?」

 

 

 

「し....新入部員のくせに。生意気よ!」

 

 

 

恋恋キャプテンが高木に詰め寄った。

 

 

「高木さん。....どうやって今のはるかちゃんの話を知ったんだ?」

 

 

 

「う....うるさいわね。....そんな話、どうだっていいでしょう!?今は試合に勝つことが重要よ!」

 

 

 

「確かに。もう時間も押してる....」

 

 

 

「....だったら!!!!」

 

 

 

「....でも!オレはここでこの話を終わらすわけにはいかないんだよ。....あおいちゃんは、かつてのチームメイトだ。仲間だったんだ!!」

 

 

「その仲間がもし苦しんでいるとしたら、オレはこの試合で冷静にはいられない。」

 

 

 

「くっ.....!!」

 

 

 

軽井沢がそこに口を挟む。

 

 

「ボクもそう思います。....可愛い女の子が苦しんでいるとなれば、ボクだって冷静ではいられませんよ。」

 

 

 

「お前の考えは、似てるようでちょっとオレとは根本的に何かが違う気がするな....」

 

 

 

「全部.......から、悪いんだよ。」

 

 

 

高木がボソッと小さな声で呟く。

 

 

「昔っから野球が好きで、だけど女子野球部は全然人気がなくって....」

 

「最初は絶対入るなら野球部だって思ったけど、段々とその熱意も薄れてった....そのうち、ソフトボールの方がありだって思ったりして....」

 

 

 

「本当は.....あの女のこと羨ましかったけど、ずっとずっと夢だったわ....」

 

 

 

「高木さん.....」

 

 

 

「だからさ。ひそかに憧れてた、あの女と一緒に野球部をやれた時は....実はすごく嬉しかった。」

 

「野球の才能は、噂通りに私よりも上で....全然追いつけなくって。でもそれはそれで越えるべき目標と思ったわ....あの時はね」

 

 

 

「あの時は....か」

 

 

 

高木の話を聞きながら、そう恋恋キャプテンは呟いた。

 

 

「私たち、同じ野球好きだから、一緒に分かり合えると思った....でもそうじゃなかった。それがあの試合の時、ようやく分かったの」

 

 

「あの時も、早川あおいは今みたいな調子で....それでアタシは心配になって、あいつのことを追っかけたわ」

 

 

「あおいちゃんの調子が悪かったときか.....いつなんだ?....はるかちゃん、分かるかな?」

 

 

恋恋キャプテンははるかに聞いてみたが、互いに見当も付かなかった。

 

 

「ふん....私しか気づかなかったみたいね」

 

 

「で....なんでも話してみなさいよって、私あの時に言ったわ。....そしたら、なんて言ったと思う?」

 

「キャプテン....アンタの事が気になって、試合に集中できないって言ったのよ、あいつ」

 

 

 

「アタシ、あの時、....一体何言ってるかよく分からなかったわ。頭がどうにかなりそうだった」

 

「いつも女だからってバカにするなとか、男を寄せ付けない雰囲気とか出してたから、信頼してたのに....あんな急に、いきなり....!!」

 

 

 

「....確かにそれはよく言ってたな。....だからオレもてっきり、あおいちゃんは恋愛に興味がないと今までずっと思ってた」

 

 

 

「....だからね、言ってやったのよ!そんなアンタの中途半端な実力じゃ、どうせ誰にもモテやしないわ。」

 

「大体野球ってのは恋愛のためにやるものじゃない。.....そんなこと考えてるなら、アンタは選手失格だから早くこの野球部を辞めるべきだって!!」

 

 

 

「.....私はそれで、早川あおいが目を覚まして、いつもの調子に戻ってくれるとバカみたいに信じてた。」

 

「.....けどね、それからすぐあいつは聖パワフルに転校した。....その時初めて、私は最悪の選択肢を選んだことを自覚したの」

 

「....はぁ。今こうして思い返してみたら、ちょっと言い過ぎたって思ったわ。....あいつがこの学校を去った理由も、分かったかもしれない」

 

「でも。....でもあの時は、早川あおいの言葉がどうしても許せなかったのよっ....」

 

 

 

高木幸子は語り終えた途端に少し涙をこぼしたが、

それを必死でユニフォームの袖で押さえた。

 

 

「......」

 

 

高木幸子の話を聞いた恋恋キャプテン....

そして他の生徒たちは、その場から消えたように静まり返った。

 

 

 

 

 

 

(ふぅ....緊張してきた!いよいよ大舞台、最後の見せ場!この橘みずきが大活躍する時がって来たってわけね....!)

 

 

 

「....思い切って相談してみて良かったぁ♪一度やってみたかったし、こういうシチュエーション!!」

 

 

気を取り直して、私は奥にいるピッチャー、恋恋のキャプテンを見据える。

 

 

(どういう球が飛び出してこようが。とにかく、目の前に来た球を打つ!.....これしかないわ!)

 

 

....そう私が思った瞬間。恋恋キャプテンはいきなり速い球を放ってくる。

バシーン!一瞬のうちにストライクとなった。

 

 

(は....はやっ!?これが恋恋のキャプテンの実力なの!?)

 

 

(....ま、まぁ!ちょっとは驚いちゃったけど、こんな球、しっかり意識したら打てるんだから!)

 

 

そんな事を考えてるうちに、すぐ球が向かってきた。

....たぶん、これはまたストレートだとなんとなく直感する。

 

 

「....えいっ!!」

 

 

ズシリとした球の感覚がバットから伝わってきた。

しっかりバットを振り切ると、カキーン!強烈な打球の音が周りに響いた。

 

....けど、結果はファール。しかもあまり飛んでいない。

 

 

(....ウソ、もう2ストライク!?結構早いじゃん!!)

 

 

予想外にカウントダウンは速かった。....そろそろ次で決めとかないとちょっと厳しそうかも。

私はしっかりとバットを握りしめて構える。とにかく全力で打つことだけに神経を集中させた。

 

 

そして、次に飛んできた球は....!

 

 

「....えっ?」

 

 

その瞬間私は思いっきりバットを振った。

カキンッ!快音が鳴る。球はライトの方に一直線に飛んでいく!

 

 

(....とにかくっ、走らなきゃ!!)

 

 

私は全速力で走った。球はそこまで遠くに飛ばなかったけど、

なんたって走りには自信があるんだから!

 

....そんな考えの通りに、私は余裕で1塁まで進む事ができた。

 

 

(それにしても。さっきの球、偶然かしら....あおいさんのマリンボールに似てた気が)

 

 

恋恋キャプテンが放った球は、明らかにマリンボールそっくりだった。

 

 

(アレがここぞというところで使う変化球だったのかしら....?)

 

 

....確かにマリンボールは怖い変化球だし、普通なら打ちづらいかもしれない。

けど、毎日あおいさんの投球を見慣れている私は大したモノじゃない気がした。

 

 

(ともかく。ここで次にパワプロ君が、ホームランとはいかないまでもヒットに繋いでくれたら....)

 

 

奥でまた快音が鳴り響く。どうやらパワプロ君が打ったらしい。

.....って、あれ?あの球、グングン伸びてるような.....

 

 

(いや、まさか....そんなわけ.....)

 

 

....私の予感は的中した。....パワプロくんは私の打席の次にホームランを打った。

試合はパワプロ君の逆転サヨナラホームランで勝ち越し。

 

得点は5ー4、聖パワフルの勝利で試合を終えたのだった。

 

 





色々な反省点はありますが、ひとまず終われたことは良かったです。
試合が終わった後の後日談を入れるつもりでしたが、
台詞だけでもかなり長かったため後ほど分割して投稿を行います。


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新しい旅立ち

 

 

「えっと....確か、軽井沢くんだったっけ?」

 

 

 

「あ。あぁ....」

 

 

 

私は試合が終わった後、うなだれた様子の軽井沢大輝にそう語りかけた。

 

 

 

「....確かに走るセンスはあったけど。結局それだけだったみたいね」

 

 

「野球とサッカー、両方やってるんだっけ?....今度からはどっちかに絞った方がいいんじゃない?」

 

「そんな中途半端な実力じゃ....野球を本気でやってる私たちには勝てないと思うよ。」

 

 

 

私は諭すような言い方をして、にっこりと微笑んであげた。

 

 

「くっ、確かにその通りだ。ボクはキミたちをあなどっていたよ....あまりにも甘かった。....いや、甘過ぎた。」

 

 

「ええ。甘かったわね。ま、これからは野球部をやめて。あんたの得意なサッカーを中心に....」

 

 

 

「....みずきちゃん、分かったよ。ならボクは」

 

「もっともっと。野球も、サッカーも両方極めてやろうじゃないか。キミたちより更に上手くなれるようにね!」

 

 

そう意気込む軽井沢大輝は、最初の頃のチャラチャラした雰囲気とは違っていて。

この試合で確かな成長をしている。私はそんな気がした。

 

 

「....ふーん?なるほど、面白いじゃない。出来るかは分かんないけど。もう1度戦えると良いわね」

 

 

 

次会った時に、彼は一体どれだけ強くなっているのか....

私はちょっとワクワクした気分になる。

 

 

 

「フフフ、期待していてくれ。....ああ、みずきちゃん。約束してくれないか?」

 

「もし次にボクが勝ったら。ボクはキミにデートを申し込む。いいね!」

 

 

「....いや、負けてもあんたとデートする気なんかないし。諦めの悪い人だなぁー。」

 

 

 

「よし。決まりだね!みずきちゃん、待っててくれよ!じゃあさようなら!」

 

 

(うーん。やっぱり、私の気のせいだったかしら....?)

 

 

 

「....しかも勝手に決めちゃってるぞ。橘の考えは関係なしかよ?」

 

 

 

パワプロ君....雄介は、軽井沢が去っていく様子を

呆れた顔で見守りながらそう私にこぼしていた。

 

 

「はぁ....ま、それはどうでもいいのよ。どうせああいうタイプは、すぐに飽きて別の人に行くだろうしね。」

 

 

「....でもさ。橘、実はああいうヤツが好きだったりするんじゃないのか?」

 

 

 

「はぁ?....なによ、それ?別にそんな事ないけど....」

 

 

 

(また変なこと言い出して。急に何言ってんだろ、雄介....)

 

 

 

「いいや。まぁ、それならいいんだけどな。橘の本当に好きなヤツは誰なのかなって思ってさ」

 

 

 

「....わかんない。別に誰が好きかってのは、特に決めてないかなぁ。」

 

 

 

「そっか。ところでさ、別に無理してオレに好きだってアピールをしなくても良いからな?」

 

 

 

「....そんなアピール、1回もしてないけどー?」

 

 

 

「いやいや....ウソつくなよ。」

 

 

 

「....あれっ?もしかしてパワプロくん。あの軽井沢ってヤツに嫉妬してんの〜?」

 

 

 

「....えっ?ば....バカ言うなよな!ははっ!」

 

 

 

「もし私がさぁ。あの軽井沢くんと付き合ったりしてさ、目の前でキスとかしたら....どう思う?♪」

 

 

 

私がゆっくり近寄って彼にそう囁いてやると、

雄介は動揺した様子を見せて私からサッと離れた。

 

 

「き、気にならねーよ!」

 

 

 

「....ふふふっ、安心してよね。私はあんな中途半端なヤツより、野球一筋でいつも頑張ってるパワプロくんの方が好きだから♪」

 

 

 

(それに、パワプロ君の方があいつよりもイケメンだしね〜♪)

 

 

 

「ホントか?....あ、ありがとな!」

 

「....橘、今まで悪かったよ。キスしたいとか、変な事ばかり言ったりしてさ....」

 

 

「ああ。....まぁ、悪気があって言ってたことじゃないんでしょ?私のためだってことはなんとなく分かってたし。別に考えなくたっていいよ」

 

 

「....いや、違うんだ。オレはそんなに良い奴じゃないんだよ。」

 

 

「....?」

 

 

「キミに隠してることがある。....橘のためにやったことじゃないんだ。だから、オレは....謝らなきゃいけないんだよ。」

 

 

「え?そんなに気にしてないけどなぁ?....全くもう。パワプロくんは、一応私と付き合ってる関係なわけでしょ?」

 

 

「まぁ。そうだけど....仮の関係だからさ。」

 

 

 

「別にそれでもいいじゃん。.....確かに少しスケベだなぁーとは思ってた所はあるけどさ。」

 

「まぁ一応カップルになったんだから、浮かれちゃうのも全然分かるし。あんまり落ち込まないでよね」

 

 

 

ちょっと何かを隠してようが、別にそこは謝らなくてもいいと私は思った。

 

 

(だって雄介はいつも本音を言ってるし、悪い人じゃないってことは私にはちゃんと伝わってるんだから....)

 

(....というか、何考えてるか結構分かりやすい人だからある意味安心ってのもあるけどね)

 

 

 

「....結構優しいんだな、みずきちゃんって。なんかちょっと感動したよ。」

 

 

「....それ、どういう意味よっ?」

 

 

「ああ。悪い悪い!そんなつもりで言ったわけじゃ....!」

 

 

 

「....あっ、そーだ。そういえば今日の試合、最後はパワプロくんが点取って勝ったわよね?」

 

 

「ああ!だいぶ調子が出てきたみたいでさ。オレのバッティング、結構良かったろ?」

 

 

「ええ、ちゃんと見てたわよ。....さすがキャプテンってところかなー。」

 

 

「おうっ。褒めてくれてありがとな!」

 

 

「....別に誉めてなんかないよ。あんなのたまたまなんだし、あれで勝ったと思わないでよねっ!」

 

 

「え?急になんだよ。」

 

 

「....いい?今日の試合はね、私が活躍して勝ったの!とにかく、雄介のおかげじゃないってこと。」

 

 

「雄介って....何言ってんだよ。オレのおかげに決まってんだろ!?オレがいなかったら、きっと今頃ボロ負けしてたぜ!」

 

 

「はぁ!?....何よ!?ちょっと打てたからって、調子乗っちゃってさ!!」

 

 

「ぐっ....。そんなこと言ったら橘だってすぐマウンド降りたし、大して活躍はできてないじゃないか!」

 

 

「....む〜!言ったわね!?気にしてたとこなのに!」

 

 

「言って悪いかよ!?大体橘はムチャし過ぎなんだよ!もっと慎重に....!!」

 

 

 

その時、突然誰かが大声を上げた。

 

 

「....おい。やめろ!キミたちには恥ってものがないのか?ガキみたいなケンカをするな!」

 

 

 

声の方を向いてみると、猪狩守だった。

 

 

「....」

 

 

 

 

私たちはその剣幕に圧倒されて、思わず立ちすくんでしまう。

と同時に、その怒り方をみて私たちがどれだけ大声を出していたかを気づかされた。

 

 

「ご、ごめん、雄介。つい....言い過ぎちゃったわ。」

 

 

「い、いや。....オレも失礼だったよ、ごめんな」

 

 

 

お互いになんとなく気まずい気分になりながらも謝る。

そんな私たちの様子を見て、猪狩守はため息をついていた。

 

 

「まったく....子供かキミたちは」

 

 

 

「....でも、そういう猪狩も投球の調子は悪かったよな?早川さんみたいに特に理由はないのに。」

 

 

 

雄介....パワプロ君がふと、猪狩守にツッコミを入れた。

それを聞いて、私はハッとさせられる。

 

 

「あ、確かにそうね。」

 

 

(言われてみて気づいたけど、あんまり活躍してない気がするっていうか....)

 

 

 

「....凄い選手らしいけど、意外に大したことないんじゃないのー?」

 

 

 

私は猪狩守を疑いの目で見つめる。

 

 

「....な、なんだと!?言わせておけばっ!ボクはキミたちとは比べ物にならないエリートなんだぞ!」

 

 

 

猪狩守はそう語っているけど、イマイチ信用ならなかった。

 

 

「でもさー、試合中だとそうは見えなかったけど。」

 

 

「まあ....私は別に、一瞬ピンチになりはしたけど、なんとか持ちこたえたわけだし。」

 

 

 

「私が部活に入った時も、こんな女入れるなとかあれだけえらそーな口聞いといてさ。それはないんじゃないの?」

 

 

 

「フン....このボクにだってね。色々ストレスが溜まる事があるんだよ。それで調子を崩してしまったんだ。」

 

 

 

「へえー?悩みなんてなさそうなタイプだと思ってたわ。」

 

 

 

「まあ....キミたち新世代のメンバーもボクに負けずに頑張っていたね。それに関しては素直に褒めておくとしよう」

 

 

 

「あははっ、偉そうなこと言っちゃってー。そっちの方がよっぽど子供っぽいじゃない。ねっ、パワプロくん!」

 

 

 

私が笑いながらそう言ってやると、パワプロ君もそれに同調した。

 

 

「だな。相変わらずひねくれてるよなー、お前。昔から変わんないよ....」

 

 

 

「うっ....うるさい!黙れ!」

 

 

 

「まっ、今回はこんぐらいにしておこーか。....猪狩君も、充分反省したみたいだし」

 

 

 

「橘、それ誰目線だよ....?」

 

 

そうパワプロ君が呆れながらツッコミを入れてきたけど、スルーした。

 

 

 

 

 

 

「あ。そういえばさ。....その、新世代ってのがよく分かんないのよね。」

 

「そもそも猪狩守って、私たちと同じ1年生のハズじゃ....ねぇ、パワプロくん?」

 

 

 

帰りのバスの中で、私は疑問を投げかけた。

けど、すぐ隣の席にいるパワプロ君は全く返事を返して来ない。

 

 

「....あれ?なーに黙っちゃってんの?」

 

 

 

私がもう一度問いかけると、パワプロ君はようやく口を開いた。

 

 

「そっか。.....もういいんだよな、猪狩?その事を話しちゃっても」

 

 

「....もちろん。その覚悟はあるよ」

 

 

 

向こう側の席に座る猪狩守も、なんだか変に落ち着いた様子だった。

 

 

「ん?なーんか怪しいと思ったら。....何か隠しごとがあったわけぇ?」

 

 

「橘....落ち着いて聞いてくれるか?」

 

 

「何よ雄介。もったいぶらずに早く言いなさいよ!....なんなの、隠してることってさ?」

 

 

 

「だから、雄介って呼ぶなって....まぁ、いいか」

 

「....実は猪狩、本当は2年生なんだよ。....オレと橘の年上でさ、早川さんの同期なんだ。今まで言ってなかったけどさ」

 

 

 

「へ?....いやだってさ、でもこないだ猪狩守が1年のクラスにいるのを一緒に確認したじゃない。」

 

 

 

「....留年だよ。猪狩は成績が足りなくて留年したんだ。だから同じ1年生ってこと。」

 

 

 

「りゅ、留年!?....冗談でしょ!だって、成績優秀者に名前が張り出されてるじゃない!なのに留年って....!」

 

 

 

「....それがメンタルの問題でね。弟の事故で、何も手につかなくなってしまったのさ。」

 

 

 

猪狩はそう言って、少し落ち込んだ様子を見せた。

 

 

「あ....そういう事情ね。さすがに、家族が大変ってなると仕方ないのかなぁー....」

 

 

 

「まぁ....というわけでさ。橘、これからは猪狩さんか、猪狩先輩って呼ぶようにしてくれよな」

 

 

 

「....まぁ別にいいけど。なんだか慣れないなー。これなら最初から先輩だったって言ってくれりゃ良かったのにぃ。」

 

 

 

「猪狩がそれを隠したがってたから、なかなか言い出せなくてさ....たぶんプライドが許さないんだろ」

 

 

 

「なるほどねー。それで色々ストレスが溜まってたと。」

 

 

 

(あれ。それなら、今まで猪狩くんなんてタメ口で呼んでたのがなんだかバカみたいじゃん....)

 

 

 

よく考えるとちょっと恥ずかしくなって、

これなら最後まで隠し通してくれた方がいいかな....

と少しだけ思った私だった。

 

 

 

 

 

 

学校に戻ってからしばらく経って、皆が次の試合までの練習をしていた時。

 

 

「あ。....そうだ橘!競争でもしないか?」

 

 

 

雄介が私にいきなり声をかけてきた。

 

 

「ん、競争?まあいいけど....パワプロくん側から勝負を仕掛けるなんて、珍しいわね」

 

 

(競争するときは、いつも私から声をかけて嫌々参加してた時ばっかりで、向こうから声をかけるなんてこと1度もなかったのに....)

 

 

(....これはもしかして、私たちが仲良くなってきたっていう証かしら?)

 

 

 

そんな事を考えて、ちょっとだけワクワクした気分になる。

 

 

「どうしても橘に勝ちたくてさ。....それにちょうど、軽く走りたいと思ってた所だし」

 

 

「うんうん、なるほどね。パワプロくんも、前の試合での決着を改めてつけたいってわけか。」

 

 

 

「よーし、分かったわ。それじゃパワプロくん....競争するわよっ!」

 

 

「おうっ!いつでも始めていいぜ!」

 

 

「あ。ちなみに、私が勝ったらプリン奢るの決定ね!じゃ、スタート!」

 

 

「なんだって!?おいっ、勝手に決めんなよ!....くっ、負けられない勝負になってきたぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ....ケンカしたと思ったらすぐ仲直りしたり。騒がしいヤツらだな、あの2人は。」

 

 

二人の様子を側から見ていた猪狩守は、

そうボソっと独り言を口にした。

 

 

「はっきり言って両方ともとんでもないバカだ....色んな意味でお似合いだが、最悪のコンビでもあるな....」

 

 

「....あの2人を組ませてしまったのは間違いだったか?」

 

 

 

「....間違いじゃないと思うよ、猪狩くん」

 

 

猪狩がその声に気づいて振り向くと、

そこには早川あおいが立っていた。

 

 

「ああ、キミかい....」

 

 

「....フッ、お互いに今回の試合では災難だったね」

 

 

 

猪狩は自嘲気味にそんな言葉を吐く。

 

 

「そうだね。ボクも、みずきたちは頑張ってたのに....全然試合で活躍出来なかった」

 

「....頑張って、あのキャプテンの事を考えるのはもうやめようって思ったのに、やっぱり....」

 

 

早川あおいは暗い顔をしてうつむく。

 

 

「やはり恋愛絡みか。....普通なら何をやっているんだ、と責める所だと思うが。ボクも活躍を出来たとは言い難いからね、構わないよ」

 

 

 

「猪狩くん。恋恋高校にさ....高木幸子って子がいたでしょ」

 

 

「ボク....いや。....私はね、あの子にこう言われたんだ。そんな下らない恋愛のことを考えるぐらいなら、野球に目を向けろって」

 

 

「これってその通りだと思うか....ずっと私はまだ迷ってるの。猪狩くん....どう思うかしら....?」

 

 

猪狩守はしばらく考えたあと、口を開いた。

 

 

「....ボクは、ちゃんとした恋愛をした事がないからその辺りに関してはよく分からない。ただ....」

 

 

 

「....どんなことを言われようが、キミはあの試合から逃げなかった。....そしてあのキャプテンからも。」

 

「それは、野球からも恋愛からも逃げたくない....そんなキミ自身の考えを表しているんじゃないのかい」

 

 

 

「....ありがとう、猪狩くん」

 

 

早川あおいはにっこりと微笑んだ。

 

 

「早川。....ボクたちの世代は、もう終わったのかもしれない。ただ、今はあまり気にしてはいないよ。」

 

 

「悩みや苦しみ。それをしっかりと乗り越えていける....そんな、新しい世代が出てきてくれたわけだからね」

 

 

 

猪狩守と早川あおいはみずきたち部活のメンバーを見守りながら、

新たな世代に向かって期待をかけていた。

 

 

 







すぐ投稿する予定だったのに、思ったより時間が....(毎回やってること)
ひとまずこれで恋恋高校編は終わりですね。いや、長かった....

去年の夏から構想を練っていたので、丸1年ぐらいかかりましたね....
その割にはそんなに出来良くない....というのは非常に申し訳ございませんでした。
色々と見切り発車で進めてる作品なので....

次回は、まぁ、恋恋編の途中から語っていた話ですが、みずきの過去編からです。
友沢編あんまり人気ないのですが、一応これも重要だと思う(?)ので、出来ればこの機会にでも見ておいて下さい。

次の投稿予定は相変わらず未定ですし、事情でしばらく間が開く可能性もないとは言い切れませんが....
ともかく投稿された時にはなんか始まってるなーぐらいの感覚で見てもらえるとありがたいです。


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過去の記憶編
麗奈との出会い


「....えーと。それで、私はいったい何を語ればいいのよ」

 

 

 

私は部室のソファーに座りながら、反対側で同じく座っている小波雄介に問いかけた。

 

 

(....そういえばこの学校の野球部、けっこう設備が整ってるのよね。最初見た時はビックリしちゃったな)

 

 

 

テーブルやソファーは当然のように備え付けられていて、

クーラーや扇風機で暑さ対策も万全だった。

冷蔵庫にはキンキンに冷えた飲み物が入っている。

彼はそこから取り出してきたらしいペットボトルのジュースを飲みながら言った。

 

 

「いや、その。なんていうかさ....オレ、よく考えたら、あんまり橘のことについてよく知らないなと思ったんだ」

 

 

 

「....なによ、急に?」

 

 

 

「この前の試合でさ、言ってただろ?....時が来たら必ず説明するって」

 

 

 

「ん〜....言ってたっけ?そんなこと」

 

 

 

「ほら、友沢ってヤツのことだよ。何か因縁があって、スライダーを封印してたんだろ?」

 

 

 

「あ....そのことね。....分かったわ。さすがに、そろそろ話すべき頃合いかしら」

 

 

 

「ただ....それを話すには、もうちょっと前の話からする必要があるのよね。....細かく言えば、中学に入学した頃から」

 

 

 

 

私はそう言いながら、中学に入学したばかりのあの頃のことを思い浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「ふんふふんふーん♪」

 

 

 

私は上機嫌でステップを踏みながら廊下を歩いていた。

 

 

(ふふふ。ついに、私もようやく....中学生になったのね!)

 

 

 

 

中学校に入った私はワクワクしてばかりだった。

なんでこんなに気持ちが弾むのか分からないけど、とにかく何でも楽しい。

 

もしかしたら、制服を着ると前より大人びている感じがするからかもしれない。

 

 

(いつも子供だねってお姉ちゃんに言われてたけど....やっと大人になった所を見せられるわ!)

 

 

 

上機嫌になった私は、更にステップを弾ませる。

するとその時。どん、と誰かにぶつかった。

 

 

「ちょっと!どこ見てますの!」

 

 

 

「あっ、ごめん。ちゃんと前見てなくて....」

 

 

 

「まぁ、いいですわ。....わたくしの名前は三条院麗奈。本来ならば許してはおけませんが、多少のことは水に流してさし上げましょう」

 

 

 

「....って、もういない!?....許せませんわ!話も聞かずに立ち去っていくなんてっ!」

 

 

 

何か向こうで騒ぐ声が聞こえたけど、

とりあえずは大丈夫そうだったので気にしないことにした。

 

 

(それにしても。これからの学校生活、楽しみだなぁ〜!)

 

 

 

 

 

「全く、なんてひどい....謝りもしないなんて。きちんとした教育をしてないのでは?」

 

 

「....あの子、確か同じクラスでしたわね。ならば....良いこと思いつきましたわ....くっくっく」

 

 

 

 

 

「ふー、スッキリしたわ。さてと、席にでも座るかなぁ....」

 

 

「あれ?」

 

 

「どうしたのです?」

 

 

「いや....どうしたのって、そこ私の席じゃん」

 

 

 

私の席に、さっきの麗奈とかいう人が座っていた。

 

 

「あら?そうでしたか?....でも、少しぐらい使ったって別に構わないでしょう?」

 

 

「えぇっ?ダメよ!」

 

 

 

私が抗議すると、麗奈はしばらく考える仕草をしてこう言った。

 

 

「....まぁ、そうですわね。どうしてもこの席に座りたいなら、この私に向かって頼みをすることでしょうか」

 

 

「頼み?...とにかく、そこ私の席だから返しなさいよ!」

 

 

「違いますわねぇー。....もっとふさわしい頼み方があるはずでしょ?橘みずきさん」

 

 

 

必死でどかそうとするけど、向こうも力を込めているのかなかなか動かない。

 

 

「あ、あんた....一体何を企んでるわけ!?」

 

 

「何って、決まってるでしょう?私はあなたの無様な姿が見たいのです。他に何もありませんわ」

 

 

「な、なんですって.....!」

 

 

「ほら、早く頼みなさいませ。『麗奈様、席を私にお譲り下さい』とね」

 

 

「うぅ....!」

 

 

「ほら、ほらぁ。私はお嬢様ですのよ?どっちが偉いかはバカなあなたにも分かりますわよね?」

 

 

「や....やだよ!従うわけないじゃん!」

 

 

「そうですか。....わたくしの命令が聞けないと?分かりました。なら、力ずくで土下座させてみせますわ!」

 

 

(このままじゃ。私、また前と同じ失敗を....)

 

 

 

私は以前、小学生の時....まだ低学年の頃にも、

似たようなことでいじめられたことがあった。

 

その時の私は弱くて、帰ったらすぐおじいちゃんに泣きついたんだけど....

心を強く持てとかなんとか、色々説教されたりして散々だった記憶がある。

 

 

(....いいや。今度こそ同じ失敗はしないわ。私は、小学校の時とは違うのよ!)

 

 

「ま、待って!....わ、分かったわ!」

 

 

「くっくっく....そうですか。ようやく土下座する気に....」

 

 

「いや?....そんなつもり全然ないけど?」

 

 

「なんですって?....なら、別にいいのですよ。一生この椅子に座れなくてもね」

 

 

「そう。....じゃ、逆にあんたの席に座ってやるわ!」

 

 

「なっ!?」

 

 

「あれ?どーしたの?この返し方は予想できなかったかしら?」

 

 

 

どすんっ!と勢いよく音を立てながら、私は麗奈の席に座った。

 

 

「よいしょっと!....結構良いじゃない、あんたの席!黒板も見やすいし♪」

 

 

「か、勝手に座らないでくれます!?....というか、なんで私の席を!」

 

 

「あれー?....勝手に私の椅子に座ってんのは誰だったっけ?」

 

 

「くっ....か、返しますから!私の椅子も返して....!」

 

 

「なるほどねー。....じゃあさ、なんか言うことあるんじゃない?ふさわしい頼み方はなんだっけ?」

 

 

「う、うぅ.....ぐ〜っ!!!!!」

 

「み....みずき様....!どうかわたくしの椅子を....返してくださいませ....」

 

 

「いいよー。その代わり、私の椅子も返してよね。」

 

 

「は、はい....仰せの通りにぃ....!」

 

 

 

「ま、ぶつかった事は悪かったわよ。私も謝るからさ。これで水に流すって事にしない?」

 

 

「ふざっけんな!!!これで終わりなわけがないでしょう!!!」

 

 

「えぇー!?まだ根に持ってんの!?思ったよりもしつこいなぁー。」

 

 

「き、緊張感の欠片もないですわね....わたくしとあなたは敵同士なのですわよ?」

 

 

「....敵ー?なんで?私は少なくとも、あんたのこと敵だなんて思ってないけど....」

 

 

「な、ななっ!?」

 

 

「...でも、あんまりしつこくするのはやめてよね。そしたら私、あんたのこと嫌いになっちゃうから!」

 

 

「....ふー。分かりましたわ。とりあえずわたくしの負けにしておきましょう。」

 

 

「....ところで。どうして私の席を知っていたのです?」

 

 

「ああ、それはね。....フツーに、あんたの席の場所を覚えといただけよ。何かの役に立つかなと思ってね」

 

 

 

....というのは建前で、実際は麗奈が何かしてきた時に

向こうの席にイタズラを仕掛けるためだったりする。

 

まさか、先にイタズラをされるとは予想外だったけど。

 

 

「....なるほど。やられましたわね。」

 

 

 

「....ま、これからもよろしくねー。」

 

 

 

「....嫌ですわ。」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「確かにわたくしはあなたに負けました。....しかし、必ずいつか勝ってみせますわ!」

 

「そして、そう!そのために、あなたにつきまとわせていただきますわ!」

 

 

 

「....な、なによそれー!?ついてこないでよっ!」

 

 

 

「うるさーい!いつか必ずあなたの弱点を暴いて、コテンパンに打ち負かしてみせますわ!橘みずき!」

 

 

 

 

 

「....と。ここまでが、私と麗奈の初めての出会いって感じだったかな?」

 

 

「へぇー。そんな事があったのか....どうりで、麗奈さんはいつも橘に付きまとうわけだ。」

 

 

「私を勝手にライバルだと思うなんて、全く。困っちゃうわよねぇ....」

 

 

「そういや、橘もオレを勝手にライバル視してるよな。同じようなもんか。」

 

 

「むっ。....同じにしないでよねー!私とあんたはあんなのと違って、対等なライバル関係なんだから!」

 

 

「....どこが対等だよ?橘が勝手にオレに突っかかってるだけじゃないか。」

 

 

「はぁっ!?バカでスケベなくせに、また調子乗ってっ!そういうところ嫌いだわっ!」

 

 

「橘の方がバカだろっ!...っていうか、オレはそこまでスケベじゃないしバカじゃないよ!真面目だ!」

 

 

「あー、そう。....だったら、最初に私にキスしたいとか言ったのはなんだったんだっけ?」

 

 

「ぐっ!?そ、それは....!橘を部活から引き離さないためで....!」

 

 

「ほんとかしら?....ちょっと言い訳が苦しいなぁ〜。」

 

 

「....み、みずきちゃん、次の話行こうぜ次!そっからどうなったんだよ!」

 

 

「もう、また話逸らして!....分かったわよ、じゃ次の話に行くからね!」

 

 

そんな言い合いをしながら、私はまた過去の記憶を思い返していた。

 

 



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