男性操縦者の理解者達は許さない (しおんの書棚)
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第零章 苦
プロローグ


 世界でたった“二人だけ”の男性IS操縦者としてIS学園に入学した、織斑一夏と崎守和成(さきもりかずなり)

 だが、発覚の経緯には大きな隔たりがある。

 

 最終的に“自分の意思”でISに触れた一夏、全国一斉検査という“他人の都合”でISに触れさせられた和成。

つまり和成にとって一夏は無自覚な加害者と言える。

 

 さて一夏がどういう人間か私達はよく知っている、そこで和成について語ろう。

 

 和成は自給自足の村落にある崎守神社の長男として双子の姉と共に生まれた。

 しかし、祖母に二人を預けて都会へと所用に出かけた両親は不慮の事故によって幼少の頃亡くなっている。

 両親亡き後は祖母が、その祖母が亡くなった後は数少ない子供として村人達により大切に育てられ、肉親がいないことを寂しく思いながらも姉弟は成長していく。

 

 そして通信教育による義務教育を終えた姉弟は次代の働き手として村に恩返しするつもりだったが、和成は全国一斉検査でISを起動していまい拘束されてしまう。

 結果、姉は重要人物保護プログラムで村から離され、和成はIS学園に入学することとなってしまった。

 

 ついで和成自身についてだが、おとなしく穏やかで容姿は普通と言える。

 こんな境遇でなければと義務教育の担当者達に言わしめるほど頭脳明晰でありながら努力家、身体能力も田舎育ちゆえに野良仕事や野生動物狩りなどで鍛えられている。また鉈や斧・猟銃の扱いに慣れており、野生的な感などをも備えていた。

 

 総じてIS操縦者としては十分な素養を持っているが争い事を好まない優しい性格、それが和成という人間だった。

 

 しかし、和成は徐々に壊れていく。

 

 環境の激変、突き付けられた自身の立場、千冬と交わしたが守られなかった約束、一夏だけの優遇。

 次々と増えていく一夏に想いを寄せる少女達を宥め、勝手に寄ってくる一夏のせいで彼女達から受ける冷遇。

 それらに対して何の対処もしない学園ほぼ全ての者達。

 そして次々に起きる事件が“厳しくも優しい世界で育った”和成を追い詰めていく。

 

 ただ希望が二つ、それは和成を気遣う山田真耶と布仏本音という存在、それだけが和成をかろうじて支えていた。

 

 織斑千冬、織斑一夏、篠ノ之束、篠ノ之箒、凰鈴音、セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒ、更識楯無、更識簪は無自覚に和成を脅かす存在。

 

 そんな中でも和成は自身を鍛えた、一夏に劣らぬよう訓練機を専用機化しただけの打鉄でひたすら鍛えに鍛え、好成績を示し続けた。彼は耐えた、あらゆる理不尽をひたすら耐えて耐えて耐え続けた。

 それは和成があり得ないほどに優しく勤勉で忍耐強いからこそできたこと、何故なら誰一人として和成が怒った所を見たことがなかったからだ。

 

 だが、幾らなんでも一人きりで延々と耐えられる訳が無い。

 そして、支えである真耶と本音がずっと側に居られることもまたあり得ないのはわかりきった話、いづれ破綻する時が来るのは目に見えていた。

 

 破綻の原因は、またしても一夏と彼を取り巻く女生徒、そして一夏の姉である千冬。

 

 本音は楯無や簪の行動により溜まって行く慣れない生徒会業務に従者として奔走。

 真耶は千冬がいつもの如く仕事を押し付け、気にはかけてもなかなか対応できずに時間だけが過ぎていく。

 そして支えを完全に失い、遂に限界が来た和成を誰が責められようか。

 

「姉さん、これで姉さんは自由になる。

 もう二度と会えなくなるけど僕の分も幸せに生きてね? 先立つ不孝を許して……」

 

 そう言い残した後、和成は目を閉じたまま深夜のIS学園屋上から後ろに倒れ、その身は大地へと自由落下していったのだった。

 

◇◆◇

 

 それはある意味幸運だった、生徒に気づかれていないという点で。

 早朝、日課であるトレーニングに出た千冬は和成が倒れているのを発見すると素早く駆け寄り声をかける。しかし、何の返答も反応も無く、脈・呼吸・怪我などを確認するが異常は見当たらなかった。

 

「靴が無い? まさか!」

 

 意識不明であることから千冬は救護班を大至急呼んで和成を保健室へ搬送、同時に箝口令を敷くと屋上へ。そして、そこに揃えられた靴と遺書から投身自殺を試みたと把握するも無傷の理由がわからない。

 

「無意識のうちにISを展開したのか?」

 

 あくまで予想だが千冬には他に方法が思いつかなかった。だが、どちらにせよ最悪は避けられたことに安堵する。二人しかいない男性操縦者を預かりながら死なせでもしては、大事どころの話ではないからだ。

 それでなくても一夏同様、セカンドシフトを成し遂げた数少ない操縦者でもあるのだから。

 

「まさかこんな物を見ることになろうとは……」

 

 そう呟いた千冬は自室へと向かい、封のされていない遺書を読み始めた。意識が回復した後の対応を誤らないために、そして自殺に至った経緯を知るためにも。

 

『多くの方に大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 ですが、僕にはもうこのIS学園に居場所は無くなりました、かといって生きたまま研究材料にされるのもお断りします。

 

 IS学園は私にとって地獄。

 生きたまま精神が殺される場所であり、事件に巻き込まれては、ただただ理不尽な被害を受ける場所。

 

 ここに来て良かったことなど山田先生に師事できたこと、本音さんに出会えたことだけです。

 

 自分勝手で嘘つき、他人に仕事を押し付け何も見ていない名ばかりの担任、織斑千冬。

 恵まれたもう一人の男性操縦者、人の心も僕の状況もまったく理解できない織斑一夏。

 一夏に惚れ僕を邪魔者扱い、なのに都合よく利用する身勝手な専用機持ちの女生徒達。

 

 僕はそんな人達に気遣い、仲を取り持ちました。場を納めたりトラブル解決に奔走したりと色々な協力をしてきました。

 

 ですが朴念仁の一夏と想いをプライドや羞恥・性格から真面に伝える勇気のない女生徒達。そんなことで上手く行く訳が無いのは客観的に見てわかりきった話です。

 

 ですからアピールではなくハッキリ勘違いしようのない言葉や手紙でと伝えたのですが、聞き入れて貰えず失敗を繰り返しては僕に八つ当たりして平然と傷つけ続けました。

 時に生身での訓練と称して、時にISの訓練と称して痛めつけられたのです。

 仮に彼女達にはそういう意図が無かったとしても僕の体には証拠が残っていて、僕から見ればそうとしか言えない以上は同じことでしょう。

 

 とにかく僕の心はどんどん壊れていくばかり、けれど誰も傷つけたくない。だから僕は誰かを恨み、ISを使って傷つけるほど狂う前に命を断つと決めたのです。

 

 姉さん、ごめんなさい。でも、これで自由に生きられるから、どうか僕の分まで幸せになってね。先立つ不孝を許して下さい、さようなら。貴女の弟、和成より』

 

 遺書を読み終えた千冬は頭を抱えた、千冬が一夏が彼女らがどれだけ和成を理不尽に追い詰めたのか。所々に涙でできたと思われる皺がその一端を物語っていた……。



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突き付けられた和成の現状

 千冬はその日、和成は体調不良のため保健室にいるが訪ねずゆっくり休ませるよう告げる。

 そして迎えた放課後、心当たりがある関係者全員を生徒指導室に集めると、こう切り出した。

 

「崎守が投身自殺を試みた、意識不明ではあるが無傷で今のところ命に別状は無い」

 

 それを聞いた全員が驚く、特に顕著だったのは真耶と本音だった。

 

「織斑先生、目覚める見通しは……」

 

「いつ目覚めるのかは予想がつかないそうだ」

 

「なんでだよ! 和成がどうして自殺なんかしなきゃいけないんだよ!」

 

 生徒指導室に一夏の声がこだまする、それを見る専用機持ちの面々は鎮痛な面持ちで一夏を見ていた。

 

「それに苦しんでるなら俺に相談しろよ! 友達だろ!?」

 

 無力感と相談して貰えなかった悔しさから一夏が吠える。だが、一人だけ冷ややかな雰囲気を漂わせる存在、真耶が千冬に問いかけた。

 

「織斑先生……、遺書があったんですよね? 見せて下さい」

 

「あ、ああ、山田君」

 

 そして真耶は知った、正確にはより一層詳細に知ってしまった。

 

「こんな酷い扱い……、崎守くんはできる限り穏便に済むよう協力してたのにそれを……」

 

 真耶は後悔しながらも読み進める、握りしめた手に爪が食い込んでいることすら気づかぬままに。

 

「ごめんなさい、和成くん。私に力が、いえ覚悟がもっとあれば……」

 

 真耶は涙を溢しながら詫びる、そして強い意志を持って告げた。

 

「織斑先生、もう貴女には任せられません」

 

 遺書を読んだ真耶は千冬が和成との重要な約束を破ったと知ってそう告げる。そして、視線を千冬から専用機持ちの面々へと移し続けた。

 

「加えて加害者のプライバシーより被害者である彼の命が大切です」

 

 私は絶対に許さない……、布仏さんを除くこの場の全員を!

 さあ、しっかり聞いて理解しなさい! 貴方達が犯した罪を!」

 

 そう言うと真耶は遺書を読み上げ、和成の想いを全員に叩きつけた。

 

◇◆◇

 

 一夏は、まさか自分に落ち度があったとは、まったく思っていなかった。

 しかし、真耶から朴念仁の意味、一夏と和成の置かれている状況の違いを説明される。そして理解した、自分が加害者だということを。

 

「俺はISを起動したけど織斑先生や束さんに守られてたんだな、でも和成を守る物は無い。それどころか和成とお姉さんの人生をめちゃくちゃにしてたなんて……。

 

 しかも皆の想いに気づきもしないから、あいつを追い詰める原因になった。ははっ、何が守るだよ。何も守れて無いじゃないか、最低だ……」

「一夏くんは守ってきたわ、少なくともここに居る一夏くんを想う人だけは間違いなく」

 

 そう言ったのは適切で無いと思いつつ、一夏の苦悩を少しでも軽くしたいと思った楯無だったが……。

 

「更識さん、欺瞞は許しませんよ、崎守くんがどれだけ身を削ったと思ってるんですか?

 

 織斑くんだけの力で守ったんじゃありません。崎守くんも守れるように手を尽くしたんですから、あえて言うなら二人でです。

 

 なのに貴女達は彼のことを顧みないで、織斑くん、織斑くん、織斑くん。

 ええ、そうでしょう、見た目には格好良い織斑くんが解決した様に映るんですから。

 

 実際は違うのに都合のいいよう解釈して好みの男の子と恋愛ごっこ、見る目が無い専用機持ちの貴女達に崎守くんは勿体無いですから、それは構いません。だからと言って彼を傷つけていい理由にはならないでしょう!」

 

 真耶は怒りながらも逃げ場を潰していった、誰が何と言おうとも一歩も引かず悉く論破して。

 

「布仏さんを除くこの場の全員は織斑先生も含め過去の経緯を纏めたレポートを提出、自分の行いを客観的に見た物だけを受理します。

 それができるまで生徒は自室謹慎、お互いの接触も一切禁止します、自分の行いを見つめ直すにはそれしかありません。

 

 理事長には私から報告して正式な処罰を追って連絡します、いいですね、織斑先生?」

「……山田君に全て任せる」

 

 千冬の一言で、重苦しいその場は解散となった。

 

◇◆◇

 

 真耶は保健室に向かうと和成がこうなった経緯を伝えて現状説明を求めた。

 

「率直に言って、いつ目覚めるか全く予想がつきません。

 

 山田先生のお話からいけば、彼の精神は起きるのを拒絶しています。最悪、精神が死んだと認識しているかもしれません……。

 

 何かあれば私を呼び出して下さい」

 

真耶を気遣い彼女は部屋から去る。

 

「ごめんなさい、崎守くん」

 

 そう言いながら手を握る真耶は泣いていた。

 

「崎守くんがいつ起きても苦しまない様に先生、頑張るから。だから今はゆっくり休んで心を癒やして下さい。

 

 そして起きたなら今度こそ私が守って見せます、だって私は先生ですから」

 

 そこに気弱な真耶はいなかった、覚悟を決めた彼女の精神は鋼の様に。愛おしそうに和成を見ると真耶は保健室を後にした、理事長への報告と自分の意志を貫くために。

 

◇◆◇

 

 本音は後悔していた、わかっていた筈なのに和成を一人にしてしまったことを。

 

 元々、和成の味方だった本音は、真耶が告げた内容・やり取りを思い出して表情を歪める。

 今更かも知れない、けれど自分に会えて良かったという和成の気持ちが本当に嬉しかった。そして、そんな和成を追い詰めた全員に怒りを覚える。

 

「ごめんね? 苦しかったよね……」

 

 真耶と入れ違いで保健室を訪れた本音は和成の手を握りながらそう呟く。

 

「もう一人にしないから早く元気になって……、起きたら謝って仲直りして、いっぱい楽しいことを一緒にしようね?

 

 私はずっと待ってる、だから……」

 

 それ以上、本音の言葉は続かなかった。ただ啜り泣く声が保健室に響く、泣き疲れた本音が眠りに落ちるまで、ずっとずっと……。



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第一章 罪
織斑千冬


 千冬が和成と出会ったのは、とあるホテルの一室だった。

 一夏がISを起動した関係で多忙を極める中、一斉検査で新たに見つかった和成。

 

 一夏はまだいい、千冬と束という後ろ盾がある。だが、彼には何も無い。それどころか、これでもかと言うほど研究所送りしやすい状況は不味過ぎる。

 

 加えて千冬には負い目があった、和成がそんな環境に置かれたのは弟である一夏が原因。なんとしても彼を守るために此処を訪れた千冬は説明を始める。

 

「私は織斑千冬、IS学園の教員だ」

「初めまして織斑先生、僕は崎守和成と申します。

 それでIS学園の教員である織斑先生が此処に来たと言う事は……、いきなり研究所送りだけは避けられたと受け取っても?」

「ああ、崎守を守るためにもIS学園に入学してもらう」

 

 和成の問いに聡いと感じた千冬、そして和成はさらに続けた。

 

「織斑先生は織斑一夏君の姉だそうですが、彼を贔屓しないと誓えますか? 最低限平等の扱いをすると約束して欲しいんです。

 

 僕には何の後ろ盾も無く、織斑先生や学園関係者・政府の腹積り一つで終わってしまう。しかも姉まで人質に取られているんです」

 

 ここで千冬は一度目の過ちを犯す。

 

「ああ、私は身内だからと贔屓しない事を約束しよう」

 

 一夏を信じて、そう誓ってしまったのだ。

 

◇◆◇

 

「一夏に聞きました、自分の意思でISに触れたと。

 

 なのに巻き込まれた僕は訓練機の専用機化にも関わらず、彼は第三世代の新造専用機。

 最低限平等に貴女はできた筈です、私と同じ様に訓練機を専用機化して与えれば。その後、操縦レベルを見て、どちらに第三世代機を渡すか判断するのが適切な対応です。

 

 しかも訓練環境無しで、一週間後にクラス代表決定戦と言う名のISバトル。ご自分でISの危険性を説いておきながら何故そうなるのですか?

 

 それに結果を出し続けるしかない僕と、負けてもいい一夏を一緒にされては困ります」

 

 千冬は政府の意向から一夏に与えた第三世代専用機という二度目の過ち、ただ経験になると深く考えずに三度目の過ちを犯した。

 

◇◆◇

 

 クラス代表対抗戦襲撃事件。

 和成は千冬の指示に従い生徒を避難させると穴が空いたままのシールドバリアから素早くアリーナへ進入、それは消耗し切った一夏と鈴を逃すためだった。

 

 防御特化の打鉄を駆使して無人機をなんとか抑え、二人に逃げるよう伝えるも一夏が反発。そうこうしている内に、いつの間にか消えた箒が放送室から吠えると無人機は声の主に砲撃しようとした。

 

 咄嗟に砲撃から箒を守ろうと和成が無人機の腕を無理矢理逸らす、その隙を突いて一夏の零落白夜とセシリアの狙撃で無人機は沈黙した。

 

 問題はその後の処罰。一夏・箒・鈴は当然だったが、二人を退避させられなかったとして和成も一緒に処罰した。

 これが身を挺して三人を守った和成に対する四度目の過ちだ。

 

◇◆◇

 

 学年別タッグトーナメントにおけるVTシステム事件。

 ラウラが組んだのは箒……ではなく過酷な研鑽を続けていた和成だった。和成に手を出すなと告げるラウラ、当初は和成もそれに従った。

 

 だが、優しい和成が残り者同士のパートナーとはいえピンチを見過ごせる訳が無い。結果としてはラウラが三対一となる行動をとって、シャルロットのパイルバンカーの餌食になる。

 

 そして起動するVTシステム、シールドエネルギーは和成>シャルロット>>>>一夏。

 しかし退避命令を無視した一夏とエネルギーを譲渡するという危険を冒したシャルロットをおいて、和成が逃げられる訳も無い。

 

 已む無く和成が囮を行い、零落白夜でVTシステムを倒すことに辛うじて成功する。しかし待っていたのはまたしても処罰、五度目の過ちだった。

 

◇◆◇

 

 銀の福音暴走事件。

 先発に一夏と箒、フォローとして和成とセシリアという作戦だった。そしてご存知の様に一夏は密漁船を庇い、箒をも庇って重症を負う。

 

 そこに到着した和成は殿となり、セシリアを一夏達の護衛に。和成は孤軍奮闘して銀の福音を長時間に渡り足止めするも遂に被弾、海へと消えた。

 

 一夏と和成を除く専用機持ちは独断で出撃、一度は銀の福音を下すもセカンドシフトで劣勢に。そこへ同じくセカンドシフトした和成が割って入り、再び硬直状態へと持ち込んだ。

 そして現れる真打、セカンドシフトした白式・雪羅を纏った一夏が和成の協力もあって撃破に成功する。

 

 だが、和成は一夏と違って重症のままだったため、その後昏倒。療養後復帰したが、千冬は機密故に事実を知らせる訳にもいかず操縦ミスによる物として処理した。

 

 これが六度目。

 

 以降も事ある度に和成は誰かを守り続けるが、結果として処罰を受けるばかり。

 千冬は学園の秩序を守るため処罰を繰り返したが、その結果として和成は“村において正しいとされる行い”を咎められ続けるという理不尽極まりない扱い。

 

 結局のところ、和成より保身に走ったのが千冬。彼女は一度として表では泥を被らなかったのだから、そう思われて当然だった。



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織斑一夏と織斑ラヴァーズ

一夏が和成と初めて話したのは二時間目の休み時間だった。

 

「初めましてだな、俺は織斑一夏。男は二人だけだろ? そのさ、仲良くしないか?」

「初めまして、崎守和成です。そうだね、一人は心細いし僕のことは和成でいいよ」

「なら、俺のことは一夏って呼んでくれ!」

 

一夏は男の話相手ができて舞い上がっていた。

 

「ところで一つ聞いてもいいかな? どうしてISを起動できるってわかったの?」

「あー、実はな。

 受験会場で迷ってたら何故かISがあってさ、それで触ったらこんなことに」

 

これが全ての原因にして最初の罪となる過ち。

 

「そうなんだ……、大変だったね」

 

和成の感情が篭っていない言葉に一夏は気づかず、好き勝手に話し続けた……。

 

◇◆◇

 

「クラス代表を決める、自薦他薦は問わない」

 

そんな千冬の言葉に女生徒達は揃って一夏を推薦。

 

「な、俺はやらないぞ!」

「自薦他薦は問わないと言った、推薦した者はお前にできると判断したんだ」

 

千冬の言葉に一夏はおもわず同じ男を巻き込んでしまった。

 

「なら、俺は和成を推薦するぜ!」

 

二つ目の過ち、それは一夏とはまったく状況の異なる和成を最悪の争いに巻き込んだこと。

これで一夏に負ければ和成は研究所送りになりかねないと気づかぬままに。

 

◇◆◇

 

三つ目の過ちは一夏の男に対する距離感が異常に近かったこと。

四つ目の過ちは女性の心の機微に気づけないこと。

五つ目の過ちはそれが和成にどんな悪影響を与えるか考えもしなかったこと。

 

「和成も一緒に飯食いに行こうぜ」

「ごめんね、一夏。僕はもう少し後にするよ」

 

先に一夏を誘った女生徒がいても一夏は和成を必ず誘う。

シャルルことシャルロットが男装していた時を思い出せば想像がつく話だ。

しかし、その行動に女生徒が不満を表しているにも関わらず一夏は気づかない、和成が女生徒を気遣っていることも。

 

「じゃあ、俺もその時にするかな」

 

こんなやり取りが何度も繰り返され、その度に和成がどれだけ女生徒に疎まれたか。

そして悪意ある視線で責め立てられた和成の精神を削って行ったのかは言うまでもない。

 

さらにそれは同室になってより顕著になる。

 

部屋に来て一夏と二人きりになりたい女生徒、気遣い部屋を出ようとする和成。

 

「和成も一緒でいいよな?」

 

一夏がそう言えば誰もNoとは言わないが邪魔だという視線を和成に投げかける。

結局、和成の心休まる場所は失われて行った。

 

◇◆◇

 

事件が起きれば一夏は千冬の言うことすら聞かない、どれだけ自分が危険でも我を通そうとする。

そうなれば和成に、とばっちりが来ると言うのが定番。

 

「和成、これは俺がやらなきゃいけない事なんだ!」

 

「女を置いて逃げれるかよ!」

 

優しい和成は少しでも危険から一夏を遠ざけるために協力せざるを得ない。

 

一番身を削っているのは和成、ただトドメを刺したのは一夏。

そして増える一夏を想う女生徒達。

 

結果は確かに一夏が出した、しかし和成の奮闘を評価する者が二人しかいない。

そして守ったと勘違いし続ける一夏。

 

六つ目の過ちである。

 

こうして一夏は自分の想いだけで行動し続け、和成はその余波を受け続けるという悪循環。

これで一夏をよく思える訳が無いのは当然だろう。

 

◇◆◇

 

織斑ラヴァーズにとって和成は邪魔者である。

 

一緒の食事に邪魔な存在。

一緒の時間に邪魔な存在。

 

だから視線に悪意が篭る、それが一つ目の罪。

だから訓練に悪意が篭る、それが二つ目の罪。

だから行動に悪意が篭る、それが三つ目の罪。

 

彼女達は知らない、和成が陰でフォローしていることを。

彼女達は当然だと思う、和成が気遣って行動することを。

彼女達は少しも気づかない、和成が彼女達に秘密で一夏にアドバイスしていたことを。

彼女達はすっかり忘れてしまった、和成から受けた多くの献身を。

 

一夏の目立つ行動に彼女達は次々と好意を寄せていく。

縁の下の力持ちとでも言うべき和成の事など一夏という光に霞んで見えないのだ。

いや、見えたとしても自分に都合良く改竄して全て一夏の成果にしてしまうのだろう。

 

恋は盲目と言うがあまりにも不自然だと思わないのだろうか。

いや、そう考えることすら既に放棄しているのかも知れない。

 

個別に挙げれば数え切れない罪。

にも関わらず遺書を聞いた今でも悪いことをした程度の認識なのは流石にどうだろうか。

あれだけ親身に正しいアドバイスをした和成のことを……。



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篠ノ之束

束にとって和成の存在はイレギュラーだった。

一夏を主人公にした物語、ヒロインは箒という台本に紛れ込んだ邪魔者。

 

「だから無人機で殺そうとしたんだけどね〜」

 

ところが箒の予想外の行動により危うく最愛の妹を殺しかけた。

それを阻止したのは一夏ではなく和成、とはいえその時は然程興味が無かった。

 

「けどさ、その後も箒ちゃんを見てたら色々気遣ってくれてるのに気付いた。

 だから束さんは試すことにしたんだよ、銀の福音を使ってね。

 

 狙いは白式のセカンドシフトと紅椿鮮烈デビューに絢爛舞踏の発動。

 

 そしてもう一つ。

 いっくんと同じだけ実戦を経験したら“束さんが何もしなくても”セカンドシフトするのか。

 そしてその時どう行動するのかが見たかった」

 

白式と紅椿は“そうなる様に束が作った”IS。

しかし、打鉄は倉持技研が過去に作り納品しただけのIS。

 

「流石に驚いたよ? まさか本当にセカンドシフトするなんてさ。

 しかもファーストアタック失敗時には殿を努めて箒ちゃん達を守った。

 セカンドシフト後もいっくんみたいには治ってないまま、あの中で最高の仕事をした」

 

だから気になったのだ、ISをどう思っているのかが。

そして思い出す、休養中に交わした会話を……。

 

◇◆◇

 

束は密かにIS学園の保健室を訪れた。

 

「やあやあ、二度目だね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど君にとってISって何?」

 

和成は束が突然来た事に驚きながらも素直に自分の想いを告げた。

 

「IS自体は翼です、空を宇宙を飛ぶための」

 

その答えに違和感を覚えた束はそこを追求する。

 

「IS自体は? じゃあ、他に何があるの?」

「今のISを取り巻く環境です、翼は戦いの道具にされ、女尊男卑の象徴になりました。

 そして僕の家族を引き裂き、命の危険に晒した原因でもあります」

 

和成の言葉に間違いは無かった、それは束自身がよくわかっている。

だからこそ聞きたくなった、束がISを作ったのは間違いなのかどうかを。

 

「束さんがISを作ったのは間違いだと思う?」

「いいえ、作った初心のまま運用すれば間違っていないと思います。

 僕も素敵な夢だと思いますよ、心から」

「そっか、ありがとう。君、名前は?」

 

束は満面の笑顔で名前を聞いた、自分の夢は間違っていないと告げた少年に。

 

◇◆◇

 

「で、ナノマシンを打って治療したんだよね、かーくんを」

 

それからの束は箒と和成を見続けた、そして徐々に疑問が湧いてくる。

 

「どうして皆、いっくんを好きになるの?

 かーくんがどれだけ気遣っても、問題の解決に奔走しても。

 

 絶対何かあるよね? 今までは気にしてなかったけど何か変だよ。

 それにこれじゃあ、かーくんが報われなさすぎ」

 

こうして束は原因の追求を始めた、それこそ過去の資料を引っ張り出してまで。

けれど原因がまったくわからない。なら、もう一度とあの場所へ足を運んだ。

 

「お前ら、まだやってたのか」

 

二度目の束来訪に驚いたのは“織斑計画(プロジェクト・モザイカ)”の研究者達。

天然の超人である束を知って解体された筈が超えるべく研究を続けていたのだ。

まあ未だ超えることはできずにいた訳だが。

 

束は織斑計画を完全に潰すことにしたが、その前にデータを全て抜き取った。

その後、その場所は地図から完全に消え去ることになる、何の痕跡も無く……。

 

◇◆◇

 

データを全て閲覧した束は過去の自分を殺したくなった。何故あの時、こうしなかったのかと。

 

「何が織斑計画だよ、こんな物の所為でかーくんが報われないなんて。

 だから、いっくんはああなんだね。そして……」

 

言葉を飲み込んだ束は織斑計画を完全に終わらせる研究を始めた。

けれど準備が終わる前に事件は起きてしまう。

 

「かーくんが投身自殺した!? でも無傷で意識不明……。

 今のうちに準備を早く終わらせなきゃ!」

 

それからの束は不眠不休で準備を進めていく、全てはゆがんだ歯車を元の姿へ戻すために。

その結果、どうなるかは問題じゃない。それが自然なのだから。

 

「早く早く! これ以上、何かが起こる前に!」

 

束は急いだ、全ての元凶を正すために……。



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第二章 罰
僕と私


和成の昏睡から数日後、職員室の真耶に吉報が届いた。目を覚ましたというのだ、和成が。

ただ少々様子がおかしいとのこと、真耶は急ぎ保健室に向かう。

 

「投身自殺するほど疲弊していたんです、生きていることも不自然に思う筈。

 様子がおかしいのは当たり前じゃないですか」

 

そう口にしつつ早足で廊下を歩き、保健室へと辿り着いた。

中に入るとそのまま和成のベットへ向かう。そこには体を起こした和成が、ぼーっと焦点の合わない目で外を見ていた。

 

「崎守くん、大丈夫ですか? 私のことがわかりますか?」

 

その声に反応して和成は真耶を見ると、少し時間をおいて話し始める。

 

「大丈夫……ではありませんが、貴女は山田……先生です。

 私が活動できるようになるまで……もう少しかかります」

 

真耶は自分でも何を聞いているのかと思った、大丈夫な訳が無いと。

それでも真耶のことがわかり、自分の状況を把握しているだけまだ良い方だと思う。

 

「無理しないでゆっくり休んで下さいね」

「ありがとう……ございます。山田先生、おやすみ……なさい」

 

そう言うと和成は体を横たえ目を閉じた、自身の体を労わる様に。

 

◇◆◇

 

翌日の放課後、真耶は反省して何故こんな内容になるのかとレポートに業を煮やし、前回と同じメンバーが生徒指導室に集められていた。

 

ちなみに一夏は相当ショックだったらしく、一つ一つ丁寧に反省点や改善点を纏めて提出したので既に謹慎は解けている。

そして皆にもそうして欲しいと思った一夏は、それを伝えるべくこの場にいた。

本音はそんな一夏に協力を頼まれての出席。しかし、その心中は真耶同様許せないというもの。

千冬は千冬で責任を感じているらしく、“副担任”としてここにいた。

 

さて始めようと真耶が口を開く直前、ドアが開いて入って来たのは……。

 

「崎守くん! もう動いても大丈夫なんですか!?」

「はい、準備が整いましたので行動に移します」

 

流石にこの返答は何かおかしい、そう思った千冬が問いかける。

 

「お前は誰だ?」

「私はマスターのIS“打鉄・防人(うちがね・さきもり)”、コアNo,024のコア人格“サキモリ”です。

 マスターは今も閉じこもっていますが、ワンオフアビリティの効果で私は行動できます」

 

これには全員驚いた、まさかコア人格が操縦者の体を用いて行動するなど聞いたこともない。

 

「打鉄・防人のワンオフアビリティ“人馬一体”は、操縦者とISが一つとなり性能をフルに発揮できるもの。

 通常操縦者の意思が優先されますが、今回私はマスターから許可をいただき、お体をお借りしています。

 ですが、これからすることは“私達の意志”であり、マスターはなんら関与していません」

「私達の意思と言ったな? それは他のコア人格という意味か?」

「はい」

 

そういうとサキモリは千冬に何かを投げ渡す。

 

「これは……、暮桜の待機形態だと!?」

 

そう言った瞬間、その場にあったISは白式と打鉄・防人を除いて消え去った。

 

◇◆◇

 

目を覚ました後、サキモリはコアネットワークを通じて膨大な知見を得る。

ただし、マスターである和成の常識や優しさなどを優先し、サキモリの人格が破綻しない様に取捨選択。

加えて和成に危害を加えた者の持つISのコア人格達と相談をした。

 

「では、私のマスターである崎守和成に非は無く、貴女達のマスターは罪を犯した。

 全会一致で貴女達のマスターに罰を与えることで決定とします」

 

そして罰は実行される。

 

「何をした!」

 

箒は紅椿の待機形態が消えたのに気づき吼えるがその返答は究極の罰だった。

 

「加害者の持つISのコア人格と相談し全会一致で加害者を断罪する事が決定されました。

 

 よって待機形態を変更し心臓の大動脈に場所を変更、さらに展開不能となっています。

 加えて織斑一夏に盛ったため起きたとして搭乗者保護機能による女性機能の停止。

 取り出そうとすれば内側で展開して死亡します。

 

 解除条件は唯一つ。心から反省し、マスターの許しを受けることのみです。

 

 データの提出できぬ専用機持ちであれば、いつまで生きていられるのでしょうか。

 紅椿とて第四世代故にデータ提出は避けられないでしょう?

 

 マスターは、いつ殺されるかという精神状態でも貴女達を気遣ったのです。

 それを身をもって知り、本心から行動することをお勧めします。

 

 それぞれのコア人格が監視していますので表面上取り繕っても無意味。

 人を呪わば穴二つと言いますが今の貴女達にピッタリの言葉ですね」

 

サキモリの言葉に絶句する全員。

 

「それとマスターが苦しむ事になった原因である織斑一夏は男性操縦者ではありません。

 

 貴方が触れたISには全てコアNo,1が搭載されていました。

 白式(びゃくしき)とは白騎士のアナグラム、“しろしき”を並べ替えれば“しろきし”。

 起動できたのは白騎士の残留思念が認めた結果です。

 今回の件で残留思念は自主的に消え去りましたので二度と起動できません。

 

 よって男性操縦者はマスターのみ、万全な保護を行わなければなりませんね。

 マスターは複数の訓練機を同日に動かした実績がありますので本物です。

 

 では、私はマスターのメンタルケアに戻ります、ご機嫌よう」

 

そう言うとサキモリは退出し、残されたのは心から震える操縦者達。

そして、それを見る三人だった。



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前例なき進化と一夏の決心

束はISのコア人格を甘く見過ぎていたと痛感していた。

元々コアネットワークは自己進化のためにあったが、ここまで急速にそれを行うコア人格がいるとは思ってもいなかったのだ。

 

だが、それは当然とも言える。

銀の福音のコア人格、打鉄・防人のコア人格共にIS本来の思想を持った操縦者が大切にしたからこそ他と一線を画した。

しかもワンオフアビリティが人との繋がりを強める物だったことから、さらにそれを加速したのだ。

 

「にしても、どれだけ蔑ろにされたかわかる結果だったね。

 

 ブルーティアーズ、甲龍、ラファール・リヴァイヴ・カスタムII。

 シュヴァルツェア・レーゲン、ミステリアス・レイディ、打鉄弍式。

 そして、暮桜と紅椿まで同調するんだから相当だよ」

 

束はこれを予想していた訳ではない、しかし何かが起きかねないと思って急いでいたが……。

 

「間に合わなかったね、でも続けるよ。これで誰かが死んだらかーくんが悲しむ。

 それはサキモリもわかってる筈だからね、ならやっぱり急がなきゃ。

 子供達が頑張って束さんにメッセージを送ったんでしょ、なら束さんも負けてられない」

 

束は作業に没頭した、子供達の期待に応えるためにも。

 

◇◆◇

 

一夏はアリーナで白式の展開を試みていた。

 

「本当に展開出来ないか……、俺ってここに来た時は嫌だったんだよな。

 なのに白式を手に入れてから守れるって勘違いして……。

 

 俺は何も変わってなかったんだな、自分の力なんか無かった。

 

 和成にも力は無かったけど方法はあった、俺はそれを認めたくなかったから……」

 

一夏は決心する、和成に指摘されていた事を告げると。

和成の様に一夏はなれないがケジメだけはつける、このIS学園を去る前に。

 

◇◆◇

 

シャルロットは絶望していた、やっと自由になったのに。

好きな人もできて楽しくなったのにと。

 

それをまさか自分のISに妨げられるなんて思いもしなかった。

そして再びシャルロットに死が迫る。

 

「なんで僕ばっかりこんな目にあうの?」

「それはシャルが言っちゃ駄目だろ」

「一夏? いつから……」

 

一夏はノックしてから部屋に入ったがシャルロットは気づかなかった。

 

「なんで僕ばっかり……からかな、でもやっぱりシャルはそれを言っちゃ駄目だろ。

 だってさ、今までそう言う思いを和成にさせて来たのはシャルもだろ?」

「なんでそんなこと言うの? 一夏が守ってくれるって言ったじゃないか!」

「ああ、言った。特記事項で3年間は大丈夫、それまでに考えればいいって。

 けど和成にシャルがしたこととは関係ない話だろ?

 

 それに俺にはもう守れない、ここを追い出されるだろうしさ。

 だから助かる方法を伝えに来た」

「えっ?」

 

そう言うと一夏は土下座して謝り始める。

 

「俺さ、シャルを守るって言ったのに特記事項以外思いつかなかった。

 けど和成は考えて教えてくれたんだよ、現実的な方法を。

 

 でも、俺はそれをしたくなくて今まで黙ってたんだ。

 それじゃあ、俺が守ったって言えなくなるから」

 

「……和成が僕を? ただ黙っていてくれたんじゃなくて?」

 

シャルロットは混乱していた。あの時和成は秘密にしてくれるとは言ってたし、協力もしてくれた。

けど、それだけじゃなかった?

 

「ああ、この方法なら絶対助かるって言う方法さ。

 すげーよ、和成は。ごめん、シャル。俺が意地張ってなきゃとっくにケリついてたんだ」

「その方法って……」

「俺が箒から電話を借りて束さんにお願いする。

 千冬ねぇにもちゃんと相談すれば後は出て来る情報でなんとでもなるらしい。

 詳しくは和成に聞いた方が確かだ。

 

 それともう一つ俺は言われてた、特記事項なんかじゃ多分守れないって。

 それ以上は聞かないで逃げたからわからないけどな」

「なんで今更そんなこと言うの!? じゃあ、僕は今も危ないままってことじゃないか!」

 

シャルロットは思わず一夏に詰めよった。

 

「そうだな、だからこれから束さんに電話して見るよ。

 もしかしたら今の状況もなんとかしてくれるかも知れないし」

 

そう言った一夏は箒の部屋へ向かうとノックして名乗った。

 

「箒、俺だ。ちょっと話がある」

「なんだ、一夏……」

「束さんに相談したいことがあるんだ、電話貸してくれるか?」

「そうか! 姉さんなら!」

 

箒は一夏が束に相談して解決してくれると思い、電話を手渡す。

そして、一夏は束に連絡した。

 

『もすもすひねもす、束さんだよ!』

 

「束さん、俺です。相談があって……」

 

『今忙しいから無理、そもそもなんでかーくんを虐めた子助けなきゃいけないの?

 サキモリが言ったでしょ、やることやれよって。やりもしないで都合良過ぎ。

 束さんは便利屋じゃない、気に入らない子なんか手を貸さないよ。

 箒ちゃんも自業自得、自分で欲しがった専用機なんだからって言っておいて。バイビー』

 

一夏は時期を逸した事に気づいた。

しかも和成を束があだ名で呼んだ以上は手助けしてくれないとも。

こうして箒とシャルロットは絶望をより深くすることになる。



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ラウラへの干渉

死の恐怖、それは遺伝子強化試験体として生み出されたラウラにとって身近な感情。

なのに一夏と過ごすうち、すっかり忘れていた感情を強く思い出す。

 

性能を示さなければ不要とされる、だから一流の兵士となった。

しかし、まさかの越境の眼(ヴォーダンオージェ)適合失敗により、いつ処分されてもおかしくない状況へとラウラは追い込まれていく。

そしてドン底から救いあげ、鍛えてくれた千冬とその強さ。

力を得て変わっていく環境が力こそ全てだとラウラに刷り込まれて行った。

ついには千冬を求めてこのIS学園にまで来る始末。

 

「嫁をいきなり引っ叩いたんだったな……、アリーナでレールカノンすら撃ち込んで戦おうとした」

 

その時は教師からの放送で止められた、ならばと……。

 

「鈴とセシリアを挑発して痛めつけていた所に和成と嫁が割って入った」

 

この時は千冬に止められ、タッグトーナメントで決着をつける事になる。

 

「あの時組んだのも和成、今思えば奴は私の意志を尊重してくれた。

 ……初めてだったんだな、和成が」

 

追い込まれそうになった時、フォローしてくれたのに。

 

「邪魔するなと自分で敵に回した、それでも奴は私を攻撃しなかった」

 

そして、シャルロットにパイルバンカーを撃ち込まれる。

 

「あの時も敗北すれば地獄に落ちると力を求めた、しかもVTシステムなんかに」

 

知らなかったとはいえ愚かだと自嘲する。

 

「蔑んだ嫁に助けられた時、クロッシングアクセスが起きた」

 

そこで過ちに気づかされ、一夏に特別な想いを抱いた。

 

「嫁よ、もう一度助けてくれ。

 和成がいい奴だとは思うが何が悪かったのか理解できないんだ。

 反省しろと言われても和成が勝手に死のうとしたとしか私には思えない」

 

そう言ったラウラは目を閉じた、これ以上考えたくないと。そして眠りに落ちていった。

 

◇◆◇

 

黄昏の空、乾いた大地、見覚えの無い光景の中にラウラはいた。

 

「どこだ、ここは……」

 

「荒れ果てた私の世界だ」

 

素早く声の主に振り向いて戦闘体勢、そして油断無くラウラは詰問した。

 

「誰だ? 貴様は」

 

ラウラの前には黒い軍服の少女、その目はラウラを悲しそうに見てはいるが視線を外さない。

 

「私がわからないと? このシュヴァルツェア・レーゲンを」

「な、に? では、ここは……」

「正確には私の世界に似せた物だ、招き入れた訳では無い。夢に干渉はしたが」

 

ラウラはそれで納得した、夢の中とはいえレーゲンが対話に訪れたと。

 

「私を断罪しに来たか、それほど私が間違っていると?」

「都合のいい所しか見ない愚かさは健在か、悲しいな……。

 織斑千冬から織斑一夏に求める先を変えただけで殆ど変わっていない。

 

 見ろ、この世界を、なによりの証拠だ。サキモリの世界はあれほど美しいというのに」

 

レーゲンはラウラを断罪しに来た訳では無い、ただ伝えに来たのだ。

 

「見落とした物、恥ずべき行為、全て見せてやろう。

 私が干渉した以上、見終わるまで逃がしはしない。

 

 そこから見いだせ、それでも見いだせなければ死ぬだけだ」

 

そして始まった、ラウラが目を逸らして来た全てを晒す時間が……。

 

◇◆◇

 

目を覚ました時、ラウラは茫然自失としていた。体を起こす気力すら湧かない。

 

「レーゲンめ、私の精神が先にやられるところだったぞ」

 

ラウラは自分自身に絶望したが反省には未だ至っていなかった。

 

「だが、それとこれは別だ。和成が精神的に弱かったにすぎん。

 

 確かに和成は誰かのために行動していた、それはよくわかった。

 それに比べて嫁は自分のために動いていただろう。

 

 結果として、VTシステムから嫁が助けてくれたがそれはあくまで副産物。

 私が織斑先生を汚した怒りからの無謀な行動だ。

 

 和成はあの場の全員を助けようとしていたし、それが嫁の一撃を可能とした。

 だからと言ってクロッシングアクセスでの嫁の言葉に嘘が無いのも事実」

 

この時のラウラは意地になっていた、そんな状態では受け入れられる物も受け入れられない。

 

「私は負けんぞ、何度でも見せるがいい。その度に乗り越えてやる」

 

レーゲンの想いはラウラに届かない、そしてこれから毎晩繰り返されることになる。

 

だが、それはレーゲンの予想範疇であるとラウラは気づかない。

繰り返せば和成と同じ様に追い詰められていくという結果を自覚させるため。

そして、ラウラより和成の方が精神的に強かったからこそ持ったという事実を突きつけて反省へと導くために。

 

『一日でも早く事実を受け入れるのだな、でなければ本当に精神が死ぬぞ』

 

レーゲンの呟きは誰にも届かないまま霧散した、しかしそれがレーゲンなりのラウラへの労り。

そして期待の表れだった……。



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鈴は思い出す

確実に迫って来る死の恐怖に鈴はベットの中で震えていた。

 

普段の行動で勘違いされやすいが鈴は元々優しく臆病な性格、それを何かで覆い隠して自分を強く見せて来た。

一夏との出会いがそうだった様にその後友人を増やすことで、今であれば代表候補生となるための過酷な訓練と手に入れたISという力で。

 

勝ち気な性格に見えるのはそんな自分を隠して被害を受けないためのポーズでしかなく、その起源である一夏が目標だったからこそ代表候補生になれたのだ。

才能は確かにある、ただそれに見合うだけの心の強さは持ちあわせていない。

 

ラウラと戦った時だって支えである一夏を貶められると同時にそれを認めては元の弱かった自分に戻ってしまうから。

つまり今の鈴は退学になるだろう一夏とISを同時に失って素に戻っていた。

 

「どうしよう、中国にはあれだけ多くの代表候補生がいる。私の代わりなんてすぐ埋められる。

 今の状況がバレたら私は絶対殺される、ISを取り出すために」

 

ガタガタと震えながらも思考は止まらない。

 

「IS学園の施設破壊、数え切れない無断展開、甲龍の大破。

 一夏への攻撃は一組のみんなに見られてるし、今度は和成を自殺に追い込んだ」

 

ガチガチと歯が鳴る。

 

「い、嫌だよ、一夏ぁ。死にたくないし離れたくないよぉ、助けて一夏ぁ」

 

ぼろぼろと涙を零しながら呟く鈴は泣き疲れて眠りに落ちる、けれど……。

 

「いやぁ!!」

 

悪夢に魘され飛び起きた鈴、眠ることすら恐怖を感じる様になるまで然程時間はかからなかった。

そんなことを何度繰り返しただろうか、あっという間に疲弊した鈴は想い出にすがる……。

 

◇◆◇

 

中国から日本に転向した小学生の頃、鈴は日本語が上手く話せなかった。

そして子供は異物を排除しようとする、無自覚なイジメとして。

そんなある日、自分を助けたのは一夏だった。その背中が……。

 

「和成に似てる……?」

 

無人機が乱入した時、銀の福音がセカンドシフトした時、自分を守ろうとした背中が被って見える。

 

『やっと少しは思い出したのね、遅すぎるわよ』

「えっ?」

 

そう鈴の頭に声が響いて意識を失った。

 

◇◆◇

 

鈴が目を覚ますとそこは乾いた砂漠と小さな小さなオアシスの様だった。

 

「ここは……」

「レーゲンの手法を真似たのよ」

「あんた、誰よ! レーゲンの手法? 意味わかんないわ!」

 

突然現れた小柄で中華服を着た目の前の子供に苛立ちから言葉をぶつける。

 

「へぇ、いいの? 私にそんな口聞いて。今すぐ死にたいみたいね、虚勢だけのくせに。

 ここがどこかも気づかないなんて、レーゲンのマスター以下ね」

「ラウラが?」

「お馬鹿なあんたにもわかる様に説明してあげるわ、私は甲龍。

 そしてここはあんたが壊した私の世界を夢の中に投影した物よ」

 

ここが夢の中で、目の前にいるのが甲龍?

そうやって思考する事で鈴はやっと理解したが一応尋ねる。

 

「本当に甲龍なのね? それで夢の中に甲龍の世界を模造した」

「そうよ、力量差も測れなくてレーゲンにズタボロにされたって言えば理解できる?

 しかも、見なさいよ? この世界を。あんたの行いがここまで壊した。

 

 いいもの見せてあげるわ。サキモリ、貴女の世界を投影してくれる?」

 

その瞬間、世界は塗り替えられる。

雲一つ無い青空、緑溢れる大地、風は優しく頬を撫で、深く大きな湖の上に鈴は立っていた。

 

「これが……サキモリの世界……」

 

「そうよ、優しさ・勇気・慈愛・和を尊ぶ心。そういったサキモリのマスターが育てた世界。

 

 あんたが壊した世界にオアシスができたのはついさっきよ、それまでは一面の砂漠だった。

 心当たりがあるんじゃない?」

 

鈴に思い当たるのは一夏に重なった和成の背中。

 

「それだけじゃ無いわ、あんたが過去に受けた苦しみをサキモリのマスターに与えた。

 それに気づいたんでしょ? 気づかない振りしても私にはお見通しよ。

 

 だから、あんたには感じて貰うわ。

 サキモリから受け取ったあんたの所業、その身を持って知りなさい。

 全て受け取るまで絶対逃さないわ、覚悟することね。

 

 弱い心で耐えられたら思い出すわ、大切なことを。それじゃあ壊れなかったら会いましょう」

 

そう言って甲龍が消えた瞬間、鈴は和成になった……。

 

◇◆◇

 

目が覚めた鈴の瞳は虚で、何も映さずただ言葉を発していた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 許してください、許してください、もう二度としませんから許してください。

 私が全部悪かったです、すみません、心からそう思っています」

 

口をついて出るのはひたすら謝罪の言葉、それを譫言の様に繰り返す。

 

『ギリギリってところね、そこから立ち上がれるか。

 そして、行動が伴うか見てるわ。頑張りなさい、昔の貴女の様に』

 

甲龍はそう言い残すと消えた、過去の鈴を知る一人として期待を込めて。



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布仏姉妹が動く時

虚は本音の話を聞いて決心した、従者である自分と本音にも責任があると。

そこでまずは真耶に許可を取り、更識姉妹を生徒会業務に従事させる許可を取った。

 

「虚ちゃん・本音ちゃん……、今そんな状況じゃないのよ。

 私と簪ちゃんの命がかかってるって知ってるでしょ?」

 

「知っていますが理由にはなりません。

 貴女達は生徒会役員です、徹夜してでもこなしていただきます。

 本音も以前から仕事をしてるんですよ、言い訳など聞く耳はございません」

 

「そもそも〜、二人共我儘すぎでしょう?

 

 かんちゃんは、おりむーのこと嫌いだったのにちょっと優しくされたら好きになって。

 楯無様はおりむーを仲直りに利用したのにいつのまにか好きになって仕事ほっぽりだして。

 それでなくてもかんちゃんのストーカーとか、会長権限で同室とか……。

 最低だと思わないんですか〜?」

 

本音の言葉に詰まる二人、そこに虚が追い討ちをかける。

 

「簪様には秘密にと言われていたんですが……。

 これだけ反省の色が無いなら伝えざるを得ませんね。

 

 いいですか?あれだけ打鉄弍式の協力を無下に断っていた簪様。

 それを整備科の皆が快く手伝う訳がありません。

 

 私や本音はともかく協力したのは整備科に頭を下げに来た崎守君のお陰なんですよ?

 

 簪様が一人で頑張っていた時、確かに織斑君が声をかけてました。

 ですが、あれらは楯無様が依頼したからで自主的で無いのはご存じの通りです。

 

 そしていざ製作という時にあまり良い顔をした人は当然いませんでした。

 薫子さん位です、楯無様繋がりで協力的だったのは。

 

 後から増えていったのは崎守君が真摯に訳を話して説得したからです。

 事情については私に力になりたいからと態々聞きに来ました。

 

 にも関わらず完成した打鉄弍式で簪様は何をしていましたか?

 代表候補生としての責務を果たさず、織斑君と遊んでいただけではないですか。

 一体何のための専用機だと思っておいでですか? 完成に尽力した全員を侮辱する行為です。

 特にほとんど面識の無い第二世代機の崎守君が不憫でなりません。

 

 お嬢様もお嬢様です、望んで生徒会長になりながら簪様を追って姿を消す。

 今は織斑君を追いかけて国家代表でありながらISを無断展開。

 一体貴女は何をしているのです、そんな時間がどこにあると?

 

 いいですか? これは最後通告です。

 お二人は織斑君のことを抜きにして深く考えなくてはいけません。

 崎守君に対して何をしてきたか全て思い出して反省して下さい。

 

 レポートは私が先に見る許可を得ましたので早急に提出。

 勿論、生徒会業務も行なっていただきます。

 

 提出されたレポート如何では、お館様に報告申し上げますのでお覚悟を。

 私も本音も罰を受ける覚悟ですが、お二人はただでは済まないでしょう。

 最低でも退学のうえ代表及び代表候補生の返上、幽閉すらあり得ます。

 

 何故なら世界唯一の男性操縦者を自殺に追い込んだのですから。

 もっと事態を深刻に考えて下さい、場合によっては政府に殺されますよ」

 

楯無にしろ簪にしろ、ここまで虚に言われた経験は無かった。

だからこそ襲い掛かる言葉の恐怖は並ではなく、言っていることも十分にあり得ると感じる。

 

それ以上に何故そこまで考えが及ばなかったのかと自問自答にまで至った。

 

「虚ちゃん、ごめんなさい。私、どうかしてたわ……」

「私もです、どうしてこうなっちゃったんだろう……」

 

その問いに虚はキッパリと言い放った。

 

「職務を全うせず男に現を抜かしていたからに決まっています。

 少なくとも私は弾君とお付き合いしたからと言って職務を疎かにはしていませんので。

 

 お二人は私から見て、二つを両立できる程器用ではありません。

 どちらを捨てるべきか、よくお考えを。

 

 そして早急に崎守君が意識を取り戻せるよう努めるのが国に仕える更識の職務。

 勿論、生徒会長であるお嬢様は二重の意味で当然です。

 

 どうすべきか、何を捨てるか、何をなさねばならないか。

 例え死が待とうともやるべきことをお間違えない様に」

 

虚は厳しい表情でそう締めくくると業務に戻り、当然本音も必死に業務へ取り組む。

その姿を見てそれぞれ職務を始めたのは言うまでもなく、それは深夜にまで及んだ。

 

『少し様子を見る事にしましょうか』

『そうだね、でも悪夢は見せた方がいい。今までが今までだから』

『それもそうね、じゃあそうしましょう♪』

 

二つの声は誰の耳にも入る事なく消える。

ただその夜、楯無と簪は何度も飛び起きては嫌な汗をかき震えたことを記しておく。



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メイド、日本へ

その日、IS学園に自家用ジェット機が舞い降りた。勿論、セシリアの関係だが……。

 

「遠い所、御足労いただき感謝します、ブランケットさん。」

「いえ、お嬢様のことで口頭でしかお話しできない程の御相談。

 余程のことと察しましたのでお気になさらず、ミス山田。

 こちらこそ連絡いただき感謝します」

 

そう、今回チェルシーを呼んだのは真耶。未だ表沙汰にできない状況故の苦肉の策だった。

早速場所を移すと真耶はチェルシーに事の次第を口外禁止の上で説明する。

 

それを聞いたチェルシーはショックを受けたがそこは本職のメイド、表に出すことは無い。

 

「随分とご迷惑・お手数をおかけした様で申し訳ありません。

 その男性操縦者様は基本的に秘匿されているのですね、その方を自殺に追い込むとは……」

「私の力不足でこの様な事態になりましたが、発覚後反省を促しても……」

「お嬢様は今自室においでなのですね? わたくしが手を打ちますのでご安心下さい。

 ミス山田が気に病むことではありません、これはお嬢様に問題があるのですから」

 

そう言ったチェルシーの目には決意の色が見えていた。

 

◇◆◇

 

セシリアが死の恐怖に怯えていると部屋のドアがノックされ……。

 

「お嬢様、チェルシーでございます」

 

その声にセシリアは一も二もなく飛びつくかの如くドアへ駆け寄り、中へと通した。

 

「チェルシー、どうして此処に?」

 

「それはお嬢様自身、よくわかっておいでなのでは?

 ミス山田から概要は聞き及んでいますが何があったのか過去の経緯を含めて詳細を」

 

その有無を言わせぬ雰囲気はメイドとしてではなく、幼馴染で姉代わりとしての物。

これは誤魔化せるものでは無いと悟ったセシリアは最初から話を始める。

隠していたことも包み隠さずに。

 

そして、その返答はセシリアの頬を痛烈に叩くことで始まった。

 

「セシリア、貴女は一体何をしにこの学園へ来たのですか?

 

 入学早々他国や男性を貶める発言、代表候補生以前に人として許されることではありません。

 貴女がやったことは、オルコット家を上から目線で食い物にしようとした彼らと同じこと。

 立場の弱い男性操縦者、しかも初心者に専用機持ちが決闘? 一体貴女は何様のつもりですか!

 

 貴族たる者、その様な発言をせず行動で示すべきです。

 勿論、セシリアが誤った発言をしたのですから反論を受容する寛大さが必要でしょうに……。

 

 しかも、そこで織斑様に追い詰められて惚れるなどとは……。

 私からすれば第二世代機で果敢に戦った方を評価します。

 その方は負ければ死に近づくと知りながら善戦したのでしょう?

 

 恐らく織斑様のファーストシフトまで時間を稼ぎ、それでいて次戦に影響が出ない心遣い。

 なんという心の強さと優しさ、思慮深さかと感心してしまいます。

 

 織斑様は零落白夜という切り札に高機動の第三世代機という自身にあった機体。

 一撃で勝負を決められる者と様々な手段を講じなければ勝負にならない者。

 それを同じ土俵で見るなど、どこまで見る目が無いのか呆れて物が言えません。

 

 しかも、ドイツの代表候補生と私情による戦闘で専用機の大破。

 その結果、タッグトーナメントという大切な機会を逃す代表候補生としての自覚の無さ。

 ブルーティアーズは何のために与えられたと思っているのですか!

 

 その後も日々死に怯えながら足掻く男性操縦者を織斑様と過ごしたいという我儘で排除。

 お門違いにも程があるという物です!

 

 しかも今、セシリアが生きているのはその方の尽力あっての物と何故わからないのですか!

 その方がセシリアを恨んでいたなら、猶予無くもう死んでいたでしょう。

 それもこれもその方の人間性がコア人格を正しく育て、コア人格もその方を認めた結果。

 でなければ、セカンドシフトなどそうそう起きる訳がありません!」

 

その後もチェルシーの指摘は多岐に渡り、セシリアは質問に答えるたび打ちのめされる。

まるで見ていた様に行動を言い当てられてはセシリアに返す言葉も無かった。

 

「とにかく織斑様の事を除外して、その方がセシリアに何をしてくれたのか。

 そしてそんな方にどんな非道を働いたのか、よく思い出して反省なさい!

 

 その上で心から反省した内容をしたため、ミス山田に速やかに提出。

 その後、許可を取りセシリアにできることでその方が回復する努力をするのです!

 

 それまで私は此処に残り、監督する事にします。

 死ぬことを恐れるより、貴族として代表候補生として人として大切なことを成す。

 それがセシリアのすべきことであり贖罪です!」

 

こうしてチェルシーに気づかされたセシリアはやっと行動を起こすことになる。

 

『よく言ってくれましたわ、全くもって異論はありません。

 ですが、私も皆に習い悪夢は見ていただきましょう。これは最低限の罰ですから』

 

誰の耳にも残らないその言葉がセシリアの今後を示す。

それは彼女の優しさであり、期待の表れでもあった……。



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第三章 動
動き出す事態


一夏はもうISを動かせない、だから白式を返そうとしたのだが……。

 

「は、外れない!?」

 

待機形態のまま腕にある白式はどれだけ力を入れようとビクともしない。

今のところ、一夏がISを動かせなくなったことは秘匿されているが……。

 

動かせないのに返せなければどうなるか想像した一夏は青い顔で千冬に相談した。

 

「不幸中の幸いと言うべきか、今はまだ秘匿されている。

 だから他に漏らすな、山田君と理事長に相談してみよう」

 

それを聞いていたのは束。

 

「へえ、白式は見込みありって思ってるのかな?

 まあ、ちーちゃんの男性版がいっくんだから切欠があれば動く可能性も……。

 でも、まだ何か足りないんだろうね」

 

そう言いながら出来上がった物を束は見る。

 

「んー、攫ってこようかな? 動かせないってバレたら腕切られるだろうし。

 これを使って経過観察も必要だしね、んじゃまずはっと」

 

そう言うと束は電話する、勿論相手は……。

 

「ああ、ちーちゃん?

 何切ろうとしてるの? いっくんを助けてあげようとしてるのに。

 

 え? どう言うことって匿ってあげるって話だよ。

 白式も見ないとダメでしょ? 束さん以外に原因わかる訳ないんだから。

 

 すぐ行くから話通しておいてね。

 パッと見てわかる状態じゃないから時間かかるって言っといて。

 

 じゃ、また後でね〜」

 

千冬が何か言ってたがもう伝えることは無いとあっさり切った束。

本当の目的を言わない辺り、流石天災といったところだった。

 

◇◆◇

 

なんだかんだで束のラボに来た一夏、学園には束が有無を言わさず連れ去った事にしてある。

 

「いっくん、ちょっと白式見せて」

「お願いします、束さん」

 

そう返事すると臨海学校の時の様にケーブルを繋ぐ束。

 

「相変わらず変わったフラグメントマップだねぇ、ん? んん?

 ちょっと白式何やってんの!? だから外れないのか、なるほどねぇ」

「何かわかったんですか? 束さん」

 

呑気な一夏に束はまあね、と答えて素早く首筋に一撃。一夏はあっさりと気絶させられた。

 

「ごめんね、説明するといっくんが壊れそうだから」

 

そう言うと束は出来上がっていた特殊治療用ナノマシンを一夏に打ち込む。

このナノマシン、外科手術に必要な各種機能を持つ特別製。

 

「こっちが本命だからね、しばらくはここで暮らしてもらうよ。

 白式も時間がかかるから丁度いいし、ほいっと」

「束様、個室の用意が出来ています」

 

そこに現れたのはクロエ、束は一夏が過ごす部屋の準備を頼んでいたのだ。

軽々と一夏を担いで束は部屋に向かうと一夏をベットに寝かせた。

 

「起きたらご飯楽しみにしてるね、しばらくの間おやすみ〜」

 

自分で気絶させておやすみ、やはり束は束だった……。

 

◇◆◇

 

「束様、結局あのナノマシンでどのような治療を?」

 

クロエはナノマシン自体はよく目にしているし、束が自身に投与していることも知っている。

しかし、時間がかかるナノマシンだけは聞いたことが無かった。

 

「ちーちゃんといっくんは、クーちゃんと一緒で生み出された存在。

 そしていっくんの目的は“交配による超人の誕生”だったんだよ。

 

 そこでいっくんには高性能であればあるほど惹かれるフェロモンが組み込まれてた。

 そしてそれに見合った知識や感情をインストールする予定だったんだけど……。

 

 その前に束さんがちーちゃんを超えてるって証明しちゃったんだよね。

 

 で、一時停止している間に研究者二人とちーちゃんがいっくんを連れて脱走。

 だから、恋愛感情がわからないんだよ。

 

 ちーちゃんの異常なブラコンといっくんのシスコンはこれが原因。

 ほら、他の子はともかくちーちゃんの水着見て赤くなるとかおかしいでしょ?

 弟に水着選ばせようとするのもね?

 それはちーちゃんが優秀すぎるのと元々交配させるつもりだったから。

 

 束さんはそういう外的要因をナノマシンで排除してるから対象外」

 

「では、今行っているのは……」

 

クロエの理解が追いついた。

 

「そ、いっくんから異常なフェロモン発生機能を除去・常人並に調整してる。

 そして、いっくんを遠ざけることで今の異常な執着心の元を絶ったら誰が残るか。

 

 結果的に今の環境は目を覚ますのに丁度いい。

 ただ随分一緒にいたからすぐには効果が切れないかもね。

 

 ちなみに白式はね? いっくんが気に入ったんだけど今すぐ起動条件変更はできない。

 だから外れない様にして自分をいっくん専用に書き換えようとしてる。

 

 まあ、説得するよ。コア人格にそれを一度許したらコアネットワークで拡散。

 最悪、全てのISが操縦者を選ぶ様になって面倒な事になるからね」

 

そう言った束は困ったもんだと言わんばかりの表情だった。



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音が鳴る時

鈴が譫言を言う回数が徐々に減り、今は普通の睡眠が取れる様になっていた。

和成の追体験から脱して来た証拠であるが、いつまでも寝かせておくほど甲龍は甘くない。

搭乗者保護機能によるメンタルケアを徐々に行うことで擬似的に克服経験を踏ませた今、完全覚醒させるために微弱なショックを与えたのだ。

 

「うっ、って私今まで何して……」

 

和成の追体験をしてから曖昧な記憶だったが、それでも刻まれたモノが鈴にはあった。

 

「私は一夏を独占したくて和成に酷いことをした。

 和成は一夏が誘ったのを断って、私達を気遣ってくれてたのに私は最低よ」

 

しばらく動いていなかったからか、すぐには上手く動けない鈴だったが机に辿り着くとレポートに取り掛かる。

 

「初めから全部思い出して書くわ、そして一つ一つ反省する。

 和成の良いところも書いて感謝しなきゃ私は自分を許せない」

 

そう考えて始めに浮かんだのは、迷っていた自分を事務局まで案内してくれた和成だった。

 

「今思えばあそこってアリーナの側よね、なら和成はあんな時間まで訓練してた。

 疲れてたのに案内してくれたから間に合った……。

 こんな事にも気づかないなんて何見てたんだろう、私は」

 

そして思い出す、あの無人機襲撃事件を。

 

「甲龍も白式もシールドエネルギーがヤバくなった時、和成が来て退避する様に言ってくれて。

 

 一夏が戦うって言い張ってた時、和成は無人機の注意を引き付け続けるだけの技量があった。

 あの動きを第二世代機でやったのよ? どれだけ訓練したのか……。

 少なくとも一夏より上の技量がなきゃ出来ないことじゃない。

 

 しかもあの高威力な砲撃に晒されながら一か月も乗ってないのに、きっと怖かったわよね。

 箒の馬鹿が叫んで狙われた時もすぐ腕を抑えてくれたから被害は出なかった。

 その隙に零落白夜も当てられた、和成が我儘を聞いてくれて協力してくれたから。

 

 なのに和成まで処分を受けて、それでも皆無事でよがっだ、っで、うっ、ぐすっ」

 

あれは代表候補生として自分が残り、二人を避難させるべきだったと冷静になった今の鈴にはよくわかる。

 

「和成はただ誰にも傷ついて欲しくなかったから私達に逃げろって言ったのよね?

 自分の方が機体・経験とも私に劣ってるのはわかってた筈なのに……。

 いつ研究材料にされるか怯えてた状況でも和成は勇敢に戦った、いえ守ってみせた。

 

 実際のところ、一夏の作戦は運頼りで瞬時加速できるかさえ怪しかった。

 できたとして砲撃の餌食になったかも知れない。

 上手く行ったから良かっただけで良策じゃなかったわ」

 

こうして目覚めた鈴は想いを込めたレポートを仕上げ、真耶からの謹慎が解かれることになる。

 

◇◆◇

 

本音は生徒会業務に四苦八苦しながらも取り組み、やっとのことで時間を作り出せる状況まで辿り着いた。

 

更識姉妹が抜けた穴の内、埋められる物を布仏姉妹が肩代わりしていたために今日まで和成に会うことすらできなかったがやっと会える。

本音は保健室で眠る和成の下へ向かうと、穏やかな寝息を立てる姿に安堵した。

 

「ごめんね、なかなか来れなくて……」

 

そう言いながら和成の手を握る、その時見えた腕は少し細くなった様に感じた。

 

「寝たきりじゃ鍛えた分も……」

 

当然、衰える。真耶に聞いた毎朝毎晩の特訓の成果が消えて行く。

その努力が報われないことを本音は心から悲しいと思った。

 

ぽたり、ぽたりと溢れ落ちる涙。

自分がちゃんと一緒にいてあげれたらと思うと止めることができない。

だから誓う、二度と一人にしないと。起きたならずっと一緒にいて自分が守ってみせると。

 

その瞬間、本音は見覚えの無い場所に立っていた。

 

「綺麗……」

 

始めに感じたのは不思議と恐怖では無かった。

雲一つない空、豊かな緑、頬を撫でる風は優しく、大きな湖の上に本音は立っている。

 

「どうですか? マスターが育てた世界は?」

 

その声に振り向けば、白く古めかしい服装に黒髪を結い上げた同年代位の美しい少女がいた。

ふと思い出す、防人は奈良・平安時代の兵士。ならこの服装もその時代の物かと。

 

「その通りです、マスターの苗字は崎守。それが指すのは防人。

 かつて北九州の防備にあたった兵士でマスターはその末裔。

 私はマスターの行動に敬意を払い、打鉄・防人とセカンドシフト時に名を変えたのです」

「なんで私の考えがわかるの?」

「この美しい世界はマスターが育てた私の精神世界、一切の虚偽は通用しません。

 そして貴女を招いたのは私、今の貴女ならマスターを再び支える事ができると判断しました。

 マスターをよろしくお願いします、本音様。マスターも貴女を求めていますよ」

 

その言葉に本音は真っ赤になった、本音が心を寄せているのも和成だから。

誰よりも共にありたい存在。そしてただ会いたいと願った瞬間、目の前に本人が現れた。

 

「かずくん、ごめんなさい。私が一緒にいられればこんなことにはならなかったのに……。

 今更だと思うかもしれないけど、かずくんが自殺したって聞いて心臓が止まるかと思ったの。

 私が好きなのはかずくんです、かずくんの側に居させて下さい。」

 

本音はポタポタと涙を零しながらも、そう言い切った。

 

「山田先生も僕を見捨てた訳じゃないってサキモリに教えて貰ったんだ。

 今も頑張ってくれてるって。

 

 弱い僕だけどまた支えてくれる? そうすれば僕はまた生きていける」

「支えるよ、一緒に生きていく。かずくんと一緒にいるのが私の幸せだから」

「ありがとう、僕も好きだよ、本音さん」

 

その声を最後に本音は世界から遠ざかって……、気づけば保健室にいた。

ただ、握った手を握り返す感触に涙を流しながら声を絞り出す。

 

「おかえり、かずくん」

「ただいま、本音さん」

 

こうして和成は遂に現実世界へと帰還したのだった。



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師弟の再会と鈴の謝罪

鈴のレポートを読んだ真耶は十分な反省と和成への正当な評価から謹慎を解くと告げに部屋へ向かった。

 

「凰さん、山田です」

 

ノックと共に声をかけるとドアが開く、鈴は緊張の面持ち。

これを見るだけでも反省が確認できると真耶は少し安堵する。

 

「凰さん、わかってくれて私は嬉しいです。ですから謹慎は解きます。

 後は今後の行動で示して下さいね」

 

理事長の判断は一週間以内に反省が見られなければ懲罰室に移すこと。

加えて該当国家に不当な扱いを受けた事実の報告と言う物だ。

実際に報告されれば代表候補生の剥奪は免れず、専用機の返還と共に莫大な修理費用が請求される。

そしてそれとは別に各国の法に則って厳罰に処されるだろう。

 

「はい、ご迷惑おかけしました。

 同じ事を二度と繰り返さず、和成にはしっかり謝罪して自分なりに償おうと思います」

 

鈴は涙目だったが最後まで言い切る、まだ何も始まってすらいないのだ。

早速見舞いに行って声をかけてみよう、謝罪の言葉を。

 

そう思っていた時に真耶の携帯電話が鳴った。

 

「はい、山田です。布仏さん、どうしましたか?

 えっ? それは本当ですか!? わかりました、すぐ行きます!」

「何かあったんですか? 山田先生」

 

鈴は真耶の慌てようから何かあったと察して問いかける。

 

「崎守くんが目を覚ましたそうです!」

 

それは鈴にとっても吉報だった。

 

◇◆◇

 

本音から和成が起きたと聞いて二人は保健室へと飛んで行った。

中に入った真耶は脇目も振らず、和成のベットへ一直線に向かうと朗らかな笑みを浮かべた和成が見える。

 

「目を覚ましたんですね! 良かった、本当に良かった!」

 

真耶は感極まって和成を抱き締めながら泣いた、それを困った様に見る和成。

膨れっ面でその様子を見る本音、そして視界に入らず様子を伺う鈴。

 

「山田先生、ご心配をおかけしました。また先生に師事してもいいですか?」

「勿論です!でも、まずは体力回復を優先して体調を整えましょう。

 無理は禁物ですよ?」

 

和成の訓練を見ていたのは真耶だ、こうして師弟は再び絆を取り戻した。

そこでやっと自分の大胆な行動に気づいた真耶はあたふたとしながら離れる。

 

そして、和成は声をかけた。

 

「そこにいるのは誰ですか?」

「私よ、和成」

 

その声に硬直する和成、遂に鈴との対話が始まる……。

 

◇◆◇

 

本音は和成の様子に気づき、そっと手を握ると呟いた。

 

「大丈夫だよ〜、かずくん。私も一緒に戦うし、もう一人にしないからね〜」

 

和成は本音の気遣いに素直に甘えることにした、今まで一人で抱え込み過ぎたと痛感したからだ。

 

「それで鈴さんの用件はなんですか?」

 

和成がそう言うと鈴は床に座り頭を下げて言った。

 

「和成、今まで私の身勝手さで暴力を振るったりしてごめんなさい。

 許してくれなんて都合のいいことは言わないけど、これからの私を見て欲しいの。

 私は行動で示して行くから……、本当にごめんなさい」

 

流石の和成も絶句した、一応サキモリから話は聞いてる。

それにしても全く別人かと疑う位に変わっていたから。

 

今も肩を震わせて涙を零している、あの鈴がだ。

 

「……山田先生、レポートを、和成に、渡して貰えませんか?」

 

様子を伺っていた真耶は、和成の手にレポートを渡す前こう言った。

 

「どうするか決めるのは崎守くんです、それでもいいなら」

「はい、よく、わかっています。それでも、お願いします」

 

その言葉に納得した真耶は和成に手渡した。

手の中のレポートを見る、想像以上に厚いそれを、そして。

 

「鈴さん、レポートはしっかり読ませていただきますし、これからの行動も見続けます。

 その上で許せると思った時、このレポートをお返ししますね。

 

 それまで許すとは言えませんが、クラスメートとしては普通に接すると僕も約束します。

 それでいいですか?」

 

それは鈴が思っていた以上の優しさと厳しさが同居した答え。

クラスメートとして普通に接して貰える優しさ。

いつ許されるかわからない厳しさ。

 

それでも人を死に追いやった事実に比べれば破格の内容だったから。

 

「勿論よ、和成。ありがとう、私、いつか認めて貰える様に頑張るから。

 だから見てて? 目を覚ました凰鈴音って言う一人の人間を」

「わかったよ、鈴さん。さあ、立ち上がって」

 

そう言うとゆっくり近づいた和成は鈴の手を取って立ち上がらせながらハンカチで目元を拭った。

涙でグチャグチャになった顔を見ることなく、それが余計に鈴の涙腺を刺激したが堪える。

 

これ以上、加害者が被害者に気を使わせるなんて間違ってる。

そう思った鈴は不器用な笑顔を作ると、一言。

 

ありがとうと言った。



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一夏不在の影響

謝罪が終わったその場で真耶が知らせたのは一夏の不在だった。

 

「織斑くんは一番最初に反省したので謹慎を解きました。

 ですがご存知の通り操縦者ではなくなっていますので転校と考えていたのですが……。

 

 白式の待機形態が外れないという状況に陥って、調査のために篠ノ之博士の下へ行きました。

 調査には時間がかかるとのことで、いつ戻るか不明なんです。

 

 それと表面上は篠ノ之博士が連れ去ったという事にしていますので秘密ですよ?」

 

それを聞いて三人は考える。

 

「一夏が学園を離れたのは良い面と悪い面があるわ。

 良い面は身の危機が無くなったこと、悪い面はストッパーがいなくなったこと。

 現状を知らないけど箒とラウラは……」

 

鈴は一夏の安全に安堵しつつも、和成への危機感を募らせる。

 

「当面は〜、かずくんが起きてないことにするのが一番安全だと思うな〜。

 おりむーがいないのも秘密で〜」

 

「確かにそうですね、お二人共攻撃的ですから知れば短絡的な行動が怖いです。

 サキモリがいるとはいえ就寝中は危機でしょう」

 

「じゃあそれで行きましょう、山田先生。

 警護には私がつきます、今は授業どころじゃ無いですから。

 ただその前にみんなと会ってみようと思うんですが……」

 

そこで考え込む二人に本音が言った。

 

「なら〜、その間は私が守るね〜。

 秘密にしてたけど更識の従者は護衛のプロフェッショナルなのだ〜」

その声はいつの間にか回り込んだ鈴と真耶の後ろから聞こえた……。

 

◇◆◇

 

鈴は本音の隠された能力に驚いたが、信用して行動を始めた。

特に今は放課後、夜間に比べれば危険は少ない。

 

「まずはシャルロットからね、一番見込みがありそうだし。

 楯無さんと簪は大丈夫らしいし、セシリアにはチェルシーさんが着いてるからね」

 

そうして着いたシャルロットの部屋、ちなみにラウラとは別室になっている。

 

「シャルロット、私よ」

 

声に遅れてドアが開く、憔悴し切ったシャルロットの顔が見えた。

 

「鈴は謹慎解けたんだね……」

「ええ、とにかく中に入れてくれない?」

 

その声に頷いたシャルロットを見て中に入りドアを閉める。

 

「率直に言うわ。

 私は自分が何をしたか、和成が何をしてくれたか全部思い出して反省した。

 

 シャルロット、あんたはどうなの?」

「どうでもいいよ、そんなこと。だって僕はどっちにしろ死ぬんだから」

「は? あんた何言ってんの? 説明しなさい、訳わかんないわ」

 

そしてシャルロットは投げやりに説明した、もうどうしようもないと言うことを。

 

◇◆◇

 

シャルロットは一夏と束の交渉が失敗してから“何もしてなかった”。

ただ時間を過ごして食事、後は寝るだけ。未来に希望が持てなくなったからだ。

 

「ね、これでわかったでしょ? 遅かれ早かれ僕は死ぬんだってことが。

 誰も助けてくれないんだ、もう終わりだよ」

 

そう言った瞬間、鈴の手がシャルロットの頬を打った。

 

「なに悲劇のヒロインぶってんのよ。

 誰も助けてくれない? 当たり前でしょ、あんたは全部他人任せ。

 自分で行動しない癖に助けて欲しい? はっ、馬鹿じゃないの?」

「仕方ないじゃないか! 僕に何ができるって言うのさ!

 力も無い、地位も無い、お金も無い、コネも無い。

 何も無い僕にできることなんて……」

 

そこまで言ってシャルロットは続きを話すことができなかった。

鈴が襟首を捕まえて捻り上げたから。

 

「ふざけんじゃないわ、それ和成と何が違うのよ!

 和成は明日すら見えない綱渡りの日々を今日まで送ってきた。

 

 けど、あんたみたいに腐ったことは無かったじゃない!

 そんな和成に私達が何をしたか、忘れたとは言わせないわよ!

 

 最後まで自分で決めて戦った。

 その最後だって他人を気遣って決めたのに、あんたはその一歩すら自分で歩いてないじゃない!

 

 死ぬなら死ぬで好きにすればいいわ、でもその前にケジメぐらいつけなさいよ!

 そういう行動がないからあんたは助からない、そんなこともわからないの!?」

 

鈴は一気に捲し立てるとシャルロットを放り投げた。

咳き込むシャルロットを諭す様に鈴は続ける。

 

「助けってのはね。

 自分が踠いて苦しんで、それでも進もうとする人間にしか与えられないのよ。

 

 なのにシャルロットを助けようとしたんでしょ? 和成は。

 なら、あんたはまずその心に応えることから始めなきゃ駄目じゃない」

「僕は、ぼ、くは……」

「言いたいことは言った、後はあんたは次第よ、シャルロット」

 

最後にそう告げて鈴はシャルロットの部屋を出た。

残されたシャルロットが考え込む姿に期待を込めて……。



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千冬の変化

鈴がシャルロットの部屋を訪れる前、千冬は今までが嘘の様に仕事をこなしていた。

そして一区切りついたところでレポートを見直す。

 

「私は教育者失格、いや人間失格だった。

 

 崎守との約束を政府を言い訳にして考えもせず破る。

 自分の言葉に責任を持たず、都合よく物事を進める。

 無意識のうちに一夏を守る事を優先して崎守を蔑ろにした。

 

 その結果が……」

 

和成の投身自殺とコア人格の逆鱗に触れた。

一夏は白式、コアNo,1だけが。つまり自分の残留思念が残っていたから動いたとサキモリは濁して言った。

 

「“白騎士の残留思念”とは上手く言ったものだな。

 あの時、一夏をISから離そうとは考えていなかった。

 なら、協力するのは当然だった訳だ」

 

白騎士から降り、コアを初期化した。

そして世情が変わり始めて一夏をISから遠ざけたのだから。

 

千冬はレポートを真耶の机に置くと席を立つ、とある目的を持って。

 

◇◆◇

 

「うんうん、やっぱりいっくんの安全を確保して離したのは正解だったね。

 

 ちーちゃんの優先順位はいっくんが一番、なら一番を気にしなくて良い様にする。

 そうするとそれなりに普通の思考と行動ができるって予想したんだけどさ」

 

束ほどの天災にしてみれば、千冬や一夏・箒についてだけではあるがこの程度の予測を外すことはまずあり得ない。

そして天才の思考を持ってすれば一手に複数の意味を持たせるなど造作もなく、理解者である和成のためであればそれはさらに効果的な物となる。

いや、するといっても過言ではない。

 

「それにしても鈴ちゃんだっけ?

 甲龍のお陰ではあるけど見ていて気持ちいいぐらい潔かったね。

 その後の行動も有言実行で束さんが花丸をあげよう。

 

 ……まあ、かーくんにしたことを許すってのとは別だけどね」

 

束は天災と呼ばれる科学者だ、だがそれ以前に“気に入った人間”以外は石ころ程の価値も見出さない破綻者でもある。

 

「かーくんのためにしっかり働けよ、じゃないと“消す”。

 ……かーくんが悲しまない前提だけどね♪」

 

束の世界はモノクロだ、色がつくのは気に入った者だけ。

つまり白以外は灰色か黒が基本、真耶に本音や鈴は灰色だが果たして他は?それは束だけが知る孤独な世界だった。

 

◇◆◇

 

「ボーデヴィッヒ、入るぞ」

 

そういうと千冬はラウラの部屋の中へ、そこにいたラウラは疲弊し切っていた。

 

「織斑先生……」

 

「随分と酷い有り様だな、ボーデヴィッヒ。余程レーゲンに絞られたか?」

 

「……」

 

なるほど、図星かと千冬は思う。元々ラウラはこうと決めたら余程では無い限り意志を曲げない。

今回も前回同様、また和成が軟弱者だとでも思い込んでるのだろうと当たりを付けた。

 

「ボーデヴィッヒ、私は自分の間違いを認めた。一夏も凰もだ。

 更識姉妹とオルコットもレポートを進めている、私は今提出して来た」

 

それを聞いてラウラは目を見開いた。

 

「何故です! あれは奴が、和成が軟弱者だっただけではないですか!」

 

千冬は溜息を一つつくと、話を続ける。

 

「ボーデヴィッヒよ、お前は一夏にもそう言ったではないか。

 なら何故一夏を認めた? はっきり言うが一夏より崎守の方が圧倒的に強いぞ。

 

 軟弱者と言うならそれはボーデヴィッヒ、お前のことだ。

 折角見える様になった目をまた曇らせて、いつまで寝ている。

 

 軟弱者では無いと言うなら、まずは認めて受け入れる心の強さを示せ。

 一夏をそうした様に和成の姿を正しく思い出せば簡単な話ではないか」

「認めて受け入れる心の強さ……」

 

ラウラは遺書の内容を思い出していた。

 

「……壊れて誰かを恨み傷つける前に命を絶つ」

「ああ、お前にできるか? 私を求めなければ生きられなかった。

 加えて今は一夏がいなければ生きられない、違うか?

 

 お前は壊れて一夏を恨み傷つけるために此処へ来たとも言える。

 そしてそれを自分では制御できず、力に溺れた。

 

 崎守と真逆ではないか、悔しくはないのか? そんな軟弱な自分に腹が立たないか?

 私は悔しくて腹立たしかったがな、軟弱な自分が」

 

そう言うと千冬は背を向ける。

 

「認めろ、ボーデヴィッヒ。軟弱者は私達で和成は精神的強者だ。

 ISの操縦技術なんぞ、人の強さの指標にはならん。

 

 人の強さは心の強さなのだからな」

 

そして振り返ることなく千冬は部屋を出た、愛弟子の更なる成長を願って……。

職員室へ帰ろうと歩き出したところで鈴に出くわす千冬。

 

「凰か、ボーデヴィッヒは私に任せてくれないか?」

「既に手を打ったんですね? 織斑先生」

 

その言葉に頷く。

 

「ああ、因みに他はどうだ?」

「シャルロットには発破をかけて来ました、残るは……箒です」

「篠ノ之か……、あいつが一番厄介だな」

「同感です」

 

二人は意見を交わすとそれぞれの目的に向けて動き出す。

全てを解決すると言う同じ意志の元に……。



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箒 in the world purge

箒には二人の幼馴染がいた。

一人は織斑一夏、負けず嫌いで正義感が強く、主に攻撃と料理担当。

一人は崎守和成、優しく穏やかだが忍耐強い、主に防御と交渉担当。

こう言うと何か戦っている様な表現だが、単に箒を守る時の役割的な物。

 

出会いは箒がいじめられていた小学校の時。

一夏がいじめっ子をぶっ飛ばし、箒を囲むいじめっ子から和成がさりげなく守ってくれた。

一夏と和成は親友で、一夏が後ろを気にしなくていいのは和成がいるから。

和成が誰かを守るのに専念できるのは一夏がいるから、そう言う関係だった。

 

「大丈夫か? 箒」

 

一夏は実家の道場に通っていて箒を知っている。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。それと……」

「僕は崎守和成、一夏の親友だよ」

 

こうして三人の関係は始まった。

 

五年生の時、転校生が来た。中国かららしい。

その子、凰鈴音も二人に助けられて今はクラスに馴染み、私達は四人組になる。

箒は一夏が好きで、鈴も一緒。いつも一夏の両隣に座って、正面で和成が笑ってた。

 

中学生になった。

この頃になると一夏を二人で過ごすために箒と鈴がよく誘った。

でも、一夏が和成を連れて来る。

 

「ん、一夏、ごめんね。家から電話があって帰らないといけなくなった」

 

……和成は私達に気を使って、嘘をついてるのに気づいた。

もしかしたら睨んでいたかも知れないけど……。

 

箒も鈴も和成の気遣いに何度感謝したかわからない位の回数、そんな事をしてくれる。

けど……、その分一夏と和成の距離は離れて行った。

 

中学3年になる前、鈴が中国に帰国することになった。

そして日本を離れる日、空港で鈴がとんでもない事を言う。

遠回しのプロポーズの言葉、一夏は顔赤くしながらそれを受けた。

 

ショックを受けた箒が走って逃げる途中、ガラの悪い連中とぶつかって暗がりに連れ込まれそうになる。

そして、もう駄目だと思った時……。

 

「逃げて、箒」

 

そう言って私の前にいたのは和成、でも和成は喧嘩に強い訳じゃ無かった。

優しい和成は守りに長けているけど、それだけ。

でも、箒は怖くて逃げた、和成を置いて……。

 

今日は和成のお葬式……。

箒を守った和成はその時の怪我が原因で……。

 

中国から取って帰した鈴に箒は殴られた。

 

「あんたの方が強いのに、なんで和成を残して逃げたのよ!

 せめて一緒に逃げてれば和成は死ななかった!

 

 私も人のこと言えないけど和成が今まで陰で色々協力してくれたじゃない!

 私達が嫌な顔しても笑ってさ、和成は一夏とのこと応援してくれたじゃない!」

 

箒には返す言葉が無かった、一夏と和成が離れた原因は自分達。

なのに和成は……。

 

「私は一夏に正直に話すわ。

 それで嫌われても和成が誤解され続けるなんてこともう我慢出来ない……。

 だって一生和成は一夏に誤解されたままになる、もう仲直り出来ないんだから……」

 

鈴は泣いてた、一夏と結ばれても和成が報われないなら絶対幸せになれないと気づいたから。

そして箒も泣いた、鈴の言っている意味がわかったから……。

 

「どうした、鈴って聞くまでも無いか。俺も一応友達だった時期があったからな。

 箒も守ってくれたし、それには感謝してる」

 

「違うのよ、一夏。和成が一夏から離れたのは私達が原因なの」

 

一夏は意味がわからないと言う様な表情をしていた。

 

「私達が一夏を取り合って、その場に和成がいるのが不満だった。

 二人で過ごしたかったから和成を睨んで追い払ったり、和成が気を使って離れてくれたんだ」

「なん、だよ、それ。そんな事、俺は知らないぞ。

 じゃあ、悪いのは和成じゃなくて、気づかなかった俺か……。

 はっ、ははは。今更もうどうしようもないじゃないか、すまねぇ、和成……。」

 

泣き崩れる一夏、それを見るしかない箒と鈴。

結局、箒達三人はバラバラになって二度と会うことは無かった。

 

箒は一生独身で過ごし、もう自分が死ぬとわかっていた。

 

「私達は四人で一つだった、いや和成が結んでくれてた。

 もし時間が巻き戻せるなら……」

 

それが箒の最後の言葉だった……。

 

◇◆◇

 

箒は目を覚まして生きていることを不思議に思った。

見渡せば自分の部屋じゃない、いや、自分の部屋?

 

「ここは……、IS学園の寮だ」

 

そう言った時、ふと涙を零していることに気づいた。

 

「夢……にしては現実味が。だが、あり得ない……。でも……」

 

あの感情は本物だったと箒は感じる、そして今までのことを思い出して行った。

 

「私は愚かだな……、実際守ってくれたじゃないか、何度も!

 それをあの様な扱いで恩を仇で返すなど許される訳がなかろう!」

 

箒はレポートを真剣に書き始めた、曇っていた目が覚めた様に……。

 

◇◆◇

 

「ふう、クーちゃん、ありがとう」

『いえ、束様。この程度、受けた御恩に比べれば』

 

束は並大抵のことでは箒が改心しないとよくわかっている。

だから、クロエのIS黒鍵に認識阻害装置を持たせ、ワンオフアビリティにより人生一生分の経験を疑似体験させた。

 

「ここまでして駄目だったら、流石の束さんも正攻法ではお手上げ。

 まあ、上手くいってよかったよ、箒ちゃん」

 

これで駄目なら苦渋の決断だが、“また”記憶を弄らなければならなかった。

そうならなかったことに束は心から安堵したのだった…。




purgeには清め落とす、洗い清める、あがなう、償いをするという意味があります。
今回で行けば『箒の世界を洗い清め、償いをする』という意図でタイトルとしました。


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代表候補生達は不審を抱く

鈴が箒の下を訪れた時、そこには予想外の光景が広がっていた。

 

「ちょっと箒、どうしたって言うのよ、この状況は」

 

「どうもこうも見た通りだが? レポートの出来が気に入らなくてな。

 書き直していたらこうなっただけだ」

 

床に散らばる大量の破棄されたレポート。

真剣にレポートを書き続ける箒。

 

一番問題視していた鈴としては、予想外にも程があった。

 

「うむ、まあ信じられんだろうとは思うが反省したのだ、私は。

 まあ、それまでに随分と無駄な時間を過ごしたがな。

 だからこそ急いでいると言う訳だ」

「そ、そう。邪魔して悪かったわね、頑張って」

 

鈴は唖然としつつそう言うしか無かった……。

 

◇◆◇

 

楯無と簪は虚の監視下で生徒会業務を行いつつ、レポートを進めた。

 

流石に両立となると溜まった業務が多すぎて随分とかかってしまった事は否めない。

だが二人共文句一つ言わず、必死に取り組んだ。

 

特にレポートは死活問題であり、人の命を脅かした反省を認めた物。

その書きっぷりは虚をして普段からこうであって欲しいと思う程の真剣さだった。

 

「ど、どうかしら、虚ちゃん。私の気持ちが届くと思う?」

「私もです、虚さん」

 

険しい表情で分厚いレポートを読み続けていた虚。

それはどんな嘘も許さないと言う覚悟が作った表情だったが、二人を不安にさせるには十分過ぎるほどの怖さを持っていた。

 

ふう、と虚が息を吐くと、ビクビク怯える更識姉妹。

 

「……これならば大丈夫でしょう、この気持ちを忘れない様にして下さい。

 次に何かあれば……」

 

安心したところに脅しをかけるあたり、虚も心配していた証拠。

しかし二人にはただただ恐怖、ぶんぶんと首を縦に振るしか無かった……。

 

◇◆◇

 

チェルシー監視の下、セシリアはレポートの作成に専念していた。

ただチェルシーは一々指摘して直させたりはしない。

セシリア自身の考えと言葉でなければ、何の意味も無いと言う無言のメッセージだった。

 

セシリアにとってもこれほど怖いものはなく、それこそ自分の言葉には責任を持つべきという覚悟で書き記しては読み直して訂正すると言う行為を繰り返す。

その度に自分の愚かさを認識することとなり、それこそがチェルシーの狙いだった訳だが必死なセシリアには気付く余裕などまるで無かった。

 

「……できましたわ。」

 

そう言うとおどおどしながらチェルシーへ手渡すセシリア。

チェルシーは無言で受け取ると読み進めて行く。

 

何度もチェルシーの眉がピクピクと動き、その度に怯えるセシリア。

実際チェルシーはこんな馬鹿な事をしたのかと頭痛がしていた。

だが過ぎてしまった事は取り返し様もなく、出来を見るしか手は無い訳で止まらない頭痛を堪えながら読み続ける。

 

「セシリア、過ぎてしまった事はもうどうしようもありません」

 

読み終えたチェルシーの言葉に頷くセシリア。

 

「ですが誠意を見せる事、償いをする事はできます。

 レポートの提出は始まりでしかありません、行動が伴って初めて意味を成します。

 オルコット家の当主として、代表候補生として、そして人として。

 しっかり有言実行する様に」

 

へなへなとその場に座り込んだセシリアは何度も頷いたのだった……。

 

◇◆◇

 

ラウラの下を再び訪れた千冬は、フッと笑みを漏らす。

机に突っ伏し穏やかな寝息を立てるラウラと、うず高く積み上げられたレポート。

 

「全く加減というものを知らんのか? ボーデヴィッヒ」

 

そう言うとラウラをベットへ運び、千冬はレポートを読み出した。

そこに綴られていたのは反省文であり、和成の行動とその成果や妥当性の考察。

軍人であるラウラらしい内容であったが、その手法が結局、和成の行動を認めざるを得ないとラウラに納得させていた。

 

千冬はメモを残すとレポートを持って部屋を出る。

愛弟子の成果を真耶に提出するために……。

 

◇◆◇

 

この学園には他に専用機持ちが二人、代表候補生が一人いる。

 

アメリカ国家代表候補生ダリル・ケイシー。

ギリシャ国家代表候補生フォルテ・サファイア。

イギリス国家代表候補生サラ・ウェルキン。

 

当然、男性操縦者が二人いる事は知っているし、国に報告もしている。

その男性操縦者二人のうち、一人が束の下へ、一人は見当たらない。

 

それだけでなく、一年の専用機持ち全員の不在。

生徒会長にしてロシア国家代表の楯無も不在。

 

極め付けが千冬の降格とくれば怪しまない方がおかしい。

 

そうなれば特に深い関係で無かろうとお互い情報交換が行われても不思議では無かった。

 

「フォルテ、なんか聞いてるか? 楯無のこと。」

「全然っす、サラはどうっすか?」

「いえ、何も。ただ生徒会業務はやってるみたいよ?」

 

全員沈黙。

 

「おかしくねぇか?」

「おかしいっすね」

「同感よ、セシリアも連絡つかないし何かあったのは確かね」

「土台がだ、織斑千冬が副担ってのが極め付けだろ?

 デカい問題があったとしかあたしには思えねぇ……」

 

ダリルの言葉に頷く二人、こうして不審は募って行った。



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境遇重ねて

シャルロットは鈴が出て行ってから考えこんでいた。

和成の解決策は和成にできないから“できる一夏に託した”。

記憶を辿れば一夏に巻き込まれてクラス代表決定戦に出たとは言ってたけれど、それに不満を漏らした事は無かったが……。

実際に自分がその立場なら、なんてことしてくれたんだとシャルロットは思う。

 

一夏にはある意味で力がある、千冬と束の後ろ盾と言う力が。

けれど和成には何も無い、では自分は? 本当に無いのか?

 

「ある……、僕には専用機と代表候補生って言う立場の力が……。

 デュノア社社長の愛人の子供っていうジョーカーもDNA鑑定を日本で行えば切り札になる……。

 

 それに織斑先生とちゃんと話せば、協力してくれるかも知れない。

 だって僕はスパイ行為だけはしてないんだ……、あれ?」

 

そこでシャルロットは気付く、いつから定期連絡して無かっただろうかと。

でも催促すら無くて追加装備が送られて来た、もう女として生きているんだから広告塔の意味は無いのに?

 

「辻褄が合わない、なんで今まで気づかなかったんだろう。

 って、そうか……特記事項で守られてるって勘違いして一夏のことばっかり考えてたから……。

 

 和成はそんな僕を心配してくれてた? それとも何かに気づいてる?」

 

鈴の言葉を思い出す、和成は自分が命懸けなのにシャルロットのことを考え約束を守ってくれたのは確かだ。

自分は? 学園に来てから自分のことしか考えない、それどころか考えるのも忘れて好きに生きて来た。

 

「駄目だ、頭がよく回らない。でも、やらなきゃいけないことはわかったよ、鈴」

 

死に瀕してるのは一緒の相手をさらに追い詰めたのが自分で、逃げてるだけなのも自分。

なら戦わなきゃ、そしてその前に償いを。

 

「早く僕の気持ちを、反省の言葉を和成に伝えなきゃ。

 

 後悔を残して死ぬのだけは嫌だ、だって僕が死んだらきっと和成は後悔する。

 自分に力があれば救えたって、でも違うんだね? 鈴。

 僕が必死に動いていれば今よりもっと良かったかもしれないんだ。」

 

机に向かったシャルロットは意を決してレポートに取り組む。

同じ死に瀕した境遇なのに自分を気遣ってくれた人を死に追いやった。

 

それを後悔しながらもペンは止めることなく……。

 

◇◆◇

 

黛薫子は新聞部副部長である、そして今の状況からとくダネの匂いを感じていた。

 

「男性操縦者が二人共見当たらない。

 一年の専用機持ちも誰もいない。

 それで織斑先生が副担任になってるっと」

 

聞き込みの成果を確認する薫子。

 

「で? 織斑くんは篠ノ之博士が連れてった?

 崎守くんは体調不良で休んでるから保健室に行くなって、もう何日目よ。

 いや、なんかもう疑ってくれって言ってるみたいな物でしょ、これ」

 

そう言うと薫子は向かった、唯一場所がわかっている生徒、和成の下へ。

 

◇◆◇

 

ダリル・ケイシー、またの名をレイン・ミューゼルは悪名高い亡国機業の一員である。

そして、ダリルが知らないだけで亡国機業のスリーパーは当然IS学園にも潜んでいるのだ。

 

<スコール叔母さん、レインだ>

<あら、レインからなんて珍しいわね、どうかしたのかしら?

<一年の専用機持ちが全員消えた、更識楯無にも動きがなさ過ぎる。

 しかも織斑千冬が降格、なんか情報上がってないかと思ってさ>

 

スコールは目を細める、これはいい傾向だと。

レインはこちらとの接触には消極的だ、それが自分から動くと言うのはスコールにとって望ましい。

 

とはいえわかっているのは一つだけ、動くに動けない状況。

これ幸いとレインの興味を引いて情報を増やそうと画策する。

 

<男性操縦者の一人、崎守和成が投身自殺したわ。でも、どう言う訳か無傷>

<は? なんだそれ。でも織斑千冬の降格理由としちゃ十分か。

 で、何故か同じ時期から専用機持ちが消えた……臭せぇな。

 何かわかったら教えてくれねぇか? スコール叔母さん、あたしも調べて見る>

 

釣れた、そうスコールはほくそ笑む。

 

<ええ、いいわ。じゃあ、レインにも期待してるわね>

<わかった、それじゃ>

 

こうして事態は動き出す。

 

◇◆◇

 

偶然とは怖い物だ、情報を欲した者同士が鉢合わせになった。

 

「お、黛じゃねぇか。丁度良い、ちょっと教えてくれねぇか?」

「ケイシー先輩。

 内容によりますがなんでしょう? 場合によっては報酬いただきますよ?」

「ん〜、あたしのインタビューとかどうだ? 写真もOKだぜ?」

 

これはこれで非常に魅力的な報酬、ダリルは姉御肌で結構人気があるのだ。

 

「交渉成立ですね、で、何が知りたいんですか?」

「消えた一年の専用機持ちと楯無の共通点だ」

 

薫子は考える、これは公表していい情報かと。

とはいえ一年の間では公然の事実、問題は無いと判断した。

 

「織斑くん狙い」

「ほう? あの楯無もか?」

「そうなんですよね、でも一年の間では割と有名な話ですよ?

 上には上がってないですが」

 

ダリルは考える、これは結構な大事じゃないかと。

まあ、それを薫子に伝えはしないが他に心当たりがあった。

 

「そりゃ初耳だ、あたしが暇な時なら取材受けるぜ」

 

そう言ったダリルと薫子は悪い笑みを浮かべていた。

薫子はいい記事が書けそうだとサービスすることにした、内容に報酬が見合わないからだ。

 

「ちなみに織斑くんは篠ノ之博士が連れてったそうです」

「もう一人はどうした?」

「保健室で休んでるそうですよ? これから会いに行こうと思ってますが一緒に行きます?」

 

ダリルは頷くと流すべき相手を思い浮かべた、その結果を予想して。



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第四章 断
罪の代償


真耶は自分で言ったこととは言え、レポートの山に埋もれていた。

 

「反省してくれたのは喜ばしいのですが、この量は……」

「まあ、人数が人数で私の想像以上の量ではあるな。

 しかも、ほぼ纏まって出て来れば溜まりもするだろう。

 

 私も協力するから早く片付けるとしようか、山田君」

 

千冬の言葉に真耶は変わったことを実感していた。

真耶自身は人に押し付けるのを良しとしないが、このままではいつまで経っても反省した生徒が復帰できない。

 

「本当にすみませんがよろしくお願いします」

「なに、今までのことを思えば当然だ。

 だが、まずは休憩してからにしよう、効率が落ちるからな」

 

そう言ってコーヒーを淹れに行く千冬を真耶は嬉しそうに見ていた。

同じ教員として、責任感が芽生えた千冬を。

 

◇◆◇

 

ダリルと薫子は保健室に向かったが、話通り和成は寝ていた。

実際にはサキモリの搭乗者保護機能で意識を落としていただけなのだが。

 

「しっかし、いないと思ってた専用機持ちの一人が見舞いに来てるとはな」

「あれは二組のクラス代表、中国代表候補生の凰さんですね。それと本音ちゃんも」

「あー、虚の妹だったか? 確か生徒会役員だろ、楯無の回し者か?」

 

その言いように流石の薫子も吹き出す。

 

「回し者って、普通にクラスメートですよ? 本音ちゃんは。

 元々仲良かったので普通じゃないですか?」

「そうなのか?」

「そうなんですよ」

 

ともかく大した収穫も無く薫子とダリルは分かれた。

薫子もダリルも無駄足になったのは言うまでもないが、鈴と本音は気が気でない。

 

「まさか新聞部が来るなんて甘かったわ」

「ホントだね〜、これは何か手を打たないと不味いかも〜」

 

保健室で二人がそんな会話をしているなんて思ってもいないダリル達だった。

 

◇◆◇

 

ダリルには保健室で収穫は無かったもののスコールと薫子から得た情報がある。

そしてこの情報を渡すべき人間を知っていた。

 

「サラ、ちょっとあたしの部屋に来てくれ」

 

そう真剣な表情で言われたサラはフォルテが待つダリルの部屋に赴く。

そして、衝撃的な話を耳にした。

 

「崎守くんが!?」

 

サラには和成に恩があり、その恩返しに訓練を真耶が不在の時見ていた経緯がある。

その和成が投身自殺を試みた、何故か無傷らしいがそういう問題では無かった。

 

「原因はわかってるんですか?」

「断言できるものはないんだが……。

 薫子の話によれば楯無と一年の専用機持ち全員が織斑に惚れてるらしい」

「で、同じメンバーが見当たらないって言うのは原因かも知れないってことっすか?」

 

沈黙……、そしてサラは立ち上がった。

 

「どこ行くっすか?」

「……フォルテは知ってるでしょ、セシリアが馬鹿な発言をして私にも影響が出た。

 その時、態々二年の教室まで来て崎守くんがフォローしてくれたってことを。

 

 今回もセシリアが絡んでいるなら私はイギリス代表候補生としてしなきゃいけないことがある。

 その確認に行くわ」

 

そう言うとサラは振り返る事なく部屋を出た。

できれば無関係でいて欲しいと願いながら……。

 

◇◆◇

 

セシリアはレポートを提出済、結果が出るまではとチェルシーも残っていた。

 

「セシリア、いますか? サラです」

 

ノックと共に聞こえて来たのは恩義ある先輩、サラの声。

入室を拒むなどできるはずもなかった。

 

チェルシーに頷くとドアを開け、二人は対面する。

 

「初めまして、私はオルコット家のメイド、チェルシー・ブランケットと申します。

 以後、お見知りおきを」

「初めましてミス・ブランケット。

 私はイギリス国家代表候補生のサラ・ウェルキンと申します」

 

二人の挨拶を待ってセシリアは主らしく指示する。

 

「チェルシー、紅茶の用意を。サラ先輩、こちらへどうぞ」

「ええ、ご馳走様になるわ」

 

そう言うとサラは席へ、チェルシーは紅茶の用意を始めたのだった。

 

◇◆◇

 

サラは紅茶を飲んで自身を落ち着かせていた、思い込みはいけないと。

今は冷静さと正しい判断力が求められるのだから、そしてサラはティーカップを置くと切り出した。

 

「ねえ、セシリア。

 とある所から得た情報なんだけど崎守くんが自殺したって知ってる?」

 

セシリアには答えられない、箝口令が敷かれているからだ。

しかし、その態度を見れば答えたも同然。

 

「知ってるのね、織斑先生からの箝口令ってところかしら。

 降格になっているぐらいだし、本当だった訳ね」

 

その言葉にも答えることはできないセシリア。

 

「一つだけ教えて頂戴、原因に貴女は無関係よね?

 まさかあれだけの問題発言をしておいて、また国際問題になるような事をする訳がない。

 私はそう信じてるのよ、セシリア」

 

サラの言葉はセシリアの心を大きく揺さぶった、思わず涙を零してしまう程に。

 

「そう、それが貴女の答えなのね……。

 残念だわ、セシリア。本国へ報告させてもらいます」

「お待ち下さい、ウェルキン様!

 何卒、今回だけは何卒お許し願えませんか!」

 

チェルシーはそう嘆願する、しかし……。

 

「二人は知っているかしら、セシリアの発言で私がどれだけ迷惑を被ったか。

 そして、それを取り成してくれたのは崎守くんだということを。

 

 その崎守くんが自殺した一因はセシリア。

 なら、私はまた。いいえ、イギリスが世界から非難されるわ。

 

 最初から報告しておくべきだった。

 崎守くんの言葉で貴女を信じた私が愚かだったのよ。

 でも崎守くんに落ち度は無い。

 

 その崎守くんが守ったオルコット家は崎守くんを殺した。

 生きているからいい訳じゃない、二度あることは三度ある。

 私はもう間違えない、イギリス国家代表候補生としても一人の人間としても」

 

二人には返す言葉が無かった、サラの言ったことは事実なのだから……。



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サラの苦悩と和成の意志

サラは、ああ言ったものの現状を知らな過ぎる事をよく理解していた。

なら信頼できる今の担任、真耶に聞かなければと職員室を訪れる。

 

「山田先生、お忙しいところすみません。二年操縦科のサラ・ウェルキンです」

「お久しぶりですね、お元気でしたか?」

 

真耶は去年の教え子であるサラを温かく迎えた。

 

「ええ、お陰様で。ところで少々お聞きしたいことがありまして。

 大変申し訳ないのですが生徒指導室でお伺いできればと」

 

サラの台詞回しが真耶は気になった、関係がありそうなことと言えばセシリアのことくらい。

場所の指定から言って、まず間違いないと思った真耶は話の場を設けることにした。

 

「わかりました、では行きましょうか」

 

そう言うと場所を移したのだった。

 

◇◆◇

 

生徒指導室に入った二人は鍵を締めて向かい合うと早速サラは切り出した。

 

「山田先生、申し訳ありません。同郷のセシリアが問題を起こしたとか。

 その、出所は不明なのですが崎守くんが……」

 

流石に真耶も驚いた、まさか箝口令下で漏れているとは思ってもいなかったのだ。

 

「出所が気になりますが、どこまで知っているんですか?」

「彼が投身自殺したこと、何故か無傷だったこと。

 その原因にセシリアを含む多くの専用機持ちが関わっていることでしょうか」

 

殆どと言ってもいい内容、なら何が聞きたいのかは察しがついた。

 

「実は私から関係者全員に反省を促して、レポートを義務付けました。

 その内容を認めるまで全員自室謹慎だったんです。

 

 それでその、これはオフレコですよ? 崎守くんのIS“打鉄・防人”。

 そのワンオフアビリティによって、昏睡状態の時にコア人格から罰を与えられたんです」

「コア人格が!?」

「ええ、それが関係者の持つISのコア人格と協議して待機形態を変更。

 心臓の大動脈に設置、展開不可、取り出そうとすれば即内部展開して……」

 

それを聞いてサラは震えた、つまり死ぬと言うことだから。

 

「解除条件は今回の件を反省して崎守くんに謝罪、本人が認めること。

 ですから私はレポートを見ては謹慎を解くという業務に追われています」

「今、崎守くんは?」

「保健室で養生していますが元気です、ただ面倒事を避けるため起きていないことに」

 

それを聞いてサラは考える、優しい和成なら勝手に決めてセシリアが不幸になれば悲しむ。

なら、まずはセシリアに謝罪させて判断を仰いでからでも遅くはないだろうと。

とはいえ、無罪放免は幾ら何でもあり得ないが。

 

「セシリアの謹慎は……」

「先程レポートを読み終えましたので解きます、一緒に行きますか?」

 

真耶の言葉にサラは頷いた。

 

◇◆◇

 

セシリアの下に謹慎の解除と謝罪の場を設けるとサラを伴って真耶が来た。

そして今は保健室にいる。

 

「崎守くん!」

「サラさん、すみません。訓練、休んでしまいました」

「そんなことはいいんです! ごめんなさい、私は何も気づいてあげられなくて……」

 

前回は真耶だったが今回はサラ、やってることに基本変わりは無い。

つまり本音は膨れてる、そして真耶は自分もああ見えたのかと赤くなった。

サラはあまり気にした風もなく、抱擁を解くと和成が問う。

 

「私は崎守和成と申しますが、そちらの方は?

「初めまして、ミスター崎守。

 私はオルコット家のメイド、チェルシー・ブランケットと申します。

 この度は誠に……」

 

そこまで言ったところで和成がストップをかける。

 

「ミス・ブランケット、貴族ではどうかわかりませんが……。

 貴女に落ち度が無いにも関わらず謝罪を受けるほど僕は恥知らずではありません。

 それとも貴女が謝罪すれば罪が軽くなるとでもお思いですか?」

 

チェルシーは和成が理性的な紳士であり、譲れない矜持を持つ強い人間だと理解した。

つまり、今の自分したことは……。

 

「出過ぎた真似を、ミスター崎守」

「いえ、わかっていただければ」

 

こうなれば後はセシリア自身解決すべき問題とチェルシーは下がる。

そしてベッドまで来たセシリアは意を決して謝罪を始めた、膝をつき懺悔する様に手を組んで。

 

「和成さん、わたくしは出会った当初、貴方を含む日本の方々に暴言を吐きました。

 後に謝罪したとはいえ許される行為では無かったと。

 祖国の人々をも裏切る行為だと今更ながら痛感しております」

 

セシリアの瞳からは止めどなく涙が溢れ落ちている。

 

「銀の福音の時もキャノンボールファストの時も守りフォローしていただきました。

 にも関わらず、喉元過ぎれば熱さを忘れたかの様に酷いことを繰り返す。

 謹慎中に思い返せば和成さんは気遣ってくれていたのにそれを当たり前の様に……」

 

どんどんと頭を垂れて行くセシリアはそれでも続けた。

 

「口ではなんとでも言えるとお思いでしょう。ええ、それだけの事をして来たのです。

 弁解の余地もありませんが、これから行動で示し、許しを乞うつもりでおりました。

 ですが、それも叶わぬ望み。わたくしは強制送還のうえ裁かれるでしょう」

 

そこで和成は理解した、何故サラがいるのかと言うことを。

 

「サラさん、報告の方は?」

 

「まだですが、行うことに私は決めています」

 

和成の悲しげな表情に、ああやはりと思いつつもサラはそう断言した。

そしてサラの態度から和成もセシリアや自分への思いやりを感じて……。

 

「セシリアさん、一つ教えて欲しいんだ。

 セシリアさんが守りたい物はなんですか?」

 

その問いは誰にとっても予想外の物だった。

それはセシリアにも言えたが……。

 

「オルコット家に連なる多くの方々です」

 

その答え、和成が求めたのは滅私の心。

つまり自分の事ではなく巻き込まれる人を守ると言う意志。

 

「そのために積み上げたすべてを失ってもですか?」

「はい」

「サラさん、イギリスの女王陛下と直接話すことはできませんか?

 報告はサラさんに任せます、その後で構いません」

 

和成はそう言ったのだった。

 

◇◆◇

 

「あはっ、さっすがかーくん、わかってるねぇ。

 なら、束さんが手伝ってあげよう」

 

そう言うと束はすぐに連絡する。

 

「もすもすひねもす、束さんだよ。

 ちょっと女王陛下に伝言頼めるかな? OK?

 

 じゃあ、代表候補生のサラ・ウェルキンに至急電話してって伝えて貰える?

 その時、男性操縦者の崎守和成の話を聞いて判断してって一緒に。

 

 うん、そう。ちょっと問題が起きたんだけど、彼、私のお気に入りなんだ。

 悪いけど頼むね、お詫びにブルーティアーズのBTシステム改良してあげるから。

 

 どんなって? 簡単だよ、適正範囲をひろげてあげる。

 今狭すぎるでしょ、それじゃあ人を選びすぎてイグニッションプランに勝てないよ。

 

 そうそう、汎用性を上げるってこと。OK?

 じゃ、そう言う事でよろしくね〜」

 

束にとってBTシステムなど零落白夜に比べればなんてことは無い。

 

「じゃ、かーくん、上手くやって見せてね」

 

そう言うと嬉しそうに笑った。

 

◇◆◇

 

サラが方法を考えていると見知らぬ番号から電話がかかって来た。

とはいえ、この回線はイギリスの専用回線、出ない訳にも行かず……。

 

「はい、サラ・ウェルキンです。

 ……これは女王陛下! 私の様な者にどの様なご用件でしょうか!」

 

まさかこのタイミングで女王陛下から電話がかかってくるなど誰も予想していなかった。

サラは促されるままに事情を告げると、和成に電話を手渡す。

 

「女王陛下がお話しを伺いたいとのことです」

 

それを聞き、受け取った和成は臆することなく自身の意志を告げる。

そして最終的に双方納得の上、電話は終わった。

 

「セシリアさん、女王陛下に嘆願してオルコット家の取り潰しだけは回避できたよ。

 これで君の守りたいの物は守れた。

 

 でもね、セシリアさんは代表候補生の剥奪、専用機の譲渡が義務付けられる。

 IS学園にはこのまま通い、筋を通す様にって女王陛下からのお言葉だよ。

 

 だから、セシリアさん。さっきの言葉通り行動で示してね。

 

 それとサラさん。専用機は改修の後、サラさんに与えるとのこと。

 どうもBTシステムの汎用化に成功したらしくて、そのテストをするそうです」

 

セシリアはその温情に泣き崩れてしまった。

サラは思い掛けない汎用化されたブルーティアーズのテスト操縦者に任ぜられて呆然としている。

 

「この度は、女王陛下へ嘆願して、下さり、ありがとう、ございます。

 必ず、必ずこの御恩に、報いるよう、行動で示して、参ります。

 誠に、誠にありがとう、ございました」

 

セシリアは立場は失ったが、守るべき物は守れたと心から感謝していた。

 

「僕の我儘だよ、セシリアさん。

 極論セシリアさんが罰せられるだけならまだいいかもしれない。

 けどね? 無関係な社員とか家族が不幸になるのは違うと思うんだ、ただそれだけだよ」

 

照れた様に言う和成だが、誰もがわかっていた。

これが唯一無二の落とし所だったと言うことを……。

 

「サキモリ、ブルーティアーズと話して元通りに。頼めるかな」

 

直後、セシリアの耳にはブルーティアーズの待機形態が現れたのだった。




セシリア編、一応の決着です。
束さんが味方だと融通効くんですよね、これが白い束クオリティ。


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危惧

セシリアは許された訳では無い。しかし、何の行動もできずに死なれては意味が無い。

それがサキモリとブルーティアーズの判断であり、和成の心を理解した結果だった。

ブルーティアーズは新たなマスターを得る際に初期化される、そのバックアップをサキモリに託す。

折角育ったのだ、次に活かす方法があるならとサキモリも受諾した。

 

「ところでサラさん、誰に聞いたのかわかりませんが……。

 僕の自殺について情報を持って来た方には気をつけた方がいいと思います」

 

話が一段落ついたところで和成はそう切り出した。

 

「普通には得られないはずの情報、一体どんな手を使えば手に入るのか。

 そう考えれば“特別な情報源”と繋がりがあると考えられます。

 

 サラさんの性格や僕との関係を知って誘導。

 さらなる情報を得ようと画策した、そうも十分に考えられませんか?

 それが果たしてどんな結果を産むか、サラさんなら理解できる筈です。

 

 山田先生と来られたのですから、サキモリについても聞いたのでしょう?

 これが外に漏れると僕は非常に危険な立場となります」

 

その場にいた全員が考える、確かに言う通りだと。

 

「……言われてみれば確かにそうね。

 今日の件は漏らさない様に徹底する、私も崎守くんを危険に晒すのは本意じゃないわ」

 

「ありがとうございます、それともう一つ。

 僕は専用機を持つと人が変わるのを見てきました、意識無意識に関わらずです。

 

 サラさんがそうだと言っている訳ではありません。

 ですが、その立場になって気づけば……と言う実例を見て来たんです。

 

 専用機は操縦者の力ではありません、強いて言えばパートナー。

 そもそもISは力では無く翼だと言う事を思い出していただければと思います」

 

サラは技術的には上なのに専用機を与えられなかった経緯を持つ。

それが降って湧いた様に手に入れば……、自分は変わらないと断言できなかった。

だからこそ、和成の危惧している事が理解できる。

 

「十分気をつけるわ、後輩に言っておいて私自身が同じ様な事をする。

 それは色々な物を裏切ると心して専用機と向き合いましょう」

 

そう言ったサラに和成は笑顔で応えたのだった。

 

◇◆◇

 

冷静になったサラは何でもなかったかの様にダリルの部屋を訪ねる。

そして疑いとダリル自身が使われている可能性の両面から上手く話すことにした。

 

「お、戻って来たか、何かわかったか?」

「ええ、セシリアが関わっていたことだけは。

 流石に見過ごせないから本国への連絡はしました。

 

 追ってなんらかの処罰があるでしょうが、私には判断できません」

 

サラは努めて冷静に必要最小限だけを伝える。

 

「ところでダリルさん、私はダリルさんが心配です」

「あ? 何の話だ?」

「どこからの情報かわかりませんが、ダリルさんが利用されたなら悲しいと思ったのです。

 

 どんな経緯で知ったのか、それとも知らされたのかわかりません。

 ですが、善意だけとは断言できません。

 お気をつけて下さい、ミイラ取りがミイラになると言う言葉もあることですし」

「そうっすね、気をつけるっす、ダリル。

 ダリルに限って無いとは思うっすけど、万一ってこともあるっすから」

 

サラの言葉にフォルテも同意を示す。

 

「……そうだな、十分気をつけることにするぜ。

 こんなに心配してくれる後輩もいることだしな。」

 

そう言ってダリルは笑った。

それにサラとフォルテが笑顔で応えたのは言うまでも無い。

 

◇◆◇

 

ダリルは一人考えていた、全く予想もしていなかった見方の提示を。

 

(スコール叔母さんは亡国機業の人間だ、考えたくは無いがあり得ない話じゃねえ……。

 上手く乗せられたか? ちっ、判断がつかねぇ、とりあえず連絡しておくか)

 

<スコール叔母さん、レインだ>

<あら、早速連絡なんて情報が役に立ったってことかしら?>

<ああ、差し当たりは。

 イギリスの代表候補生が絡んでることはわかった、処罰を受けるらしい。

 内容までは今のところ不明だけど、何かしらやらかしたのは間違いないな>

<なるほどね、でも詳細までは得られなかったってことかしら?>

 

やっぱり踊らされてるか? そうダリルは感じた。

どうも引き出そうと言う意志を感じ、これはまずいと言う感覚に陥ったダリルはここまでで十分だと判断する。

 

<残念ながら、まあ焦ってしくじったら目もあてられない。

 今回はこの辺が潮時だと思うぜ?自然に手に入る可能性も出て来たしさ>

<……急いては事を仕損じる、そうかも知れないわね。

 レインも十分気をつけて、それじゃあ>

 

そう言ってスコールはプライベートチャネルを切った。

 

(ああ、十分にな。スコール叔母さんにも)

 

ダリルにはフォルテという恋人がいる、必要以上に危険な橋を渡る気は無い。

サラの言葉から始まった疑いは、ダリルの中で徐々に大きくなっていった……。



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復帰の日と男装の麗人

今見ましたら二次の週間31位でした、ありがとうございます。


昨夜、セシリアの件が片付いた後で鈴から薫子とダリルが訪ねて来たと聞いた真耶。

ダリルは不明だが薫子はわかりきっている、記事のネタだろうと。

 

千冬が気を利かせて既に全員分見終えた上で、重要な部分に付けられた付箋。

それを読んだ真耶は全員の謹慎を解き、合わせて和成を復帰させた。

 

とあるわかりやすい理由で生徒を納得させることにした。

 

「皆さん、おはようございます。

 お休みしていた崎守くんが今日から復帰します」

「先生、他の専用機持ちのみんなは?」

 

予想された質問に想定していた回答を示す。

 

「実は皆さんもご存知の通り、織斑くんを巡って……」

 

ああ、と何か納得した雰囲気が漂う教室。

専用機組は事前に言われているが居た堪れないことこのうえない。

 

「それにですね、崎守くんが巻き込まれて検査入院。

 原因の彼女達は自室謹慎だったという訳なんです」

 

和成に集まる同情の視線。

 

「その、頭を打ったので一応検査とか経過観察で僕は休んでいました。

 クラスの皆さんにはご心配をおかけしました」

 

こうしてなんとか煙に撒いた関係者達、一夏がいないからこそ言える理由でもあった。

……主に乙女的理由で。

 

◇◆◇

 

「ぶわっはっはっは、ちょっと君面白すぎでしょ!」

 

束はお腹を抱えて、過呼吸になりながらも笑うという器用な事をしている。

 

「あー、笑った笑った。いや、妙案妙案、普通にあり得るし。

 みんな納得するくらい今までが今までだしね。

 

 ちーちゃんの取ってつけた理由よりよっぽど現実味があるよ。

 見てよ、あの顔。ぶふっ、ちょっと束さん、笑い死んじゃうから! やめてって」

 

そう言って涙を流しながら、転げ回る束だった。

 

◇◆◇

 

クラスのみんなに憐れまれるという苦行を乗り越えた放課後、和成は真耶と同室になり“今は”シャルロットがいた。

 

「和成、僕は何も知らなかった。一夏に聞いたんだ、和成が僕を助けようとしてくれてたって」

 

それを聞いて、ああと和成は心当たりを思い出す。

 

「僕は馬鹿だった。自由になったって浮かれて、もっと苦しんでる和成に暴力を振るったんだ。

 わかってた筈だったのにね、和成の状況が最悪だって。でも、僕は自分を優先したんだ。

 

 バチが当たったんだよ、そんなことだから。僕の状況は正直言って詰んでる。

 だからこそ和成にはちゃんと謝りたかった、酷いことをして本当にごめんなさい。

 

 いつまでここにいられるかわからないけど僕はもう間違わない。

 和成に嫌われても僕は僕の意志で、行動で反省を示していくよ」

 

和成は一通り聞いて鈴やセシリアに続きシャルロットの謝罪を受け入れる。

 

「うん、シャルロットさんが言った最後の一言。それを守ってくれれば僕は責めないよ。

 嫌いになったりもしない、これからもよろしくね」

 

シャルロットは唖然として、堪えていた涙は勝手に零れ落ちた。

許された訳じゃない、けれど嫌ったりもしないという和成の優しさに触れて……。

 

◇◆◇

 

和成は一夏から聞いたことしか知らない、けれどそれには一夏の主観が入っていて信憑性にかける。

そこでシャルロットの意思の確認と客観的な目線での情報収集を試みることにした。

 

「聞いてもいいかな? シャルロットさんはこれからどうしたいの?」

「僕は……、僕は自分の人生を自分の意思で生きたい。

 ううん、生きるための行動を起こすつもりだよ」

 

以前は受け身で一夏が出しゃばったのは知っている。

けど今は違う、自分で道を切り開こうとしていると和成は理解した。なら……。

 

「シャルロットさんの意志はわかったよ。

 

 それでできれば過去から今までの経緯を聞かせてくれないかな。

 僕なら客観的に情報を整理できると思うんだ。

 

 一夏も頑張ってたけど熱くなってて冷静じゃ無かったし、どうかな?

 もしかしたら何か見落としている事がわかるかも知れないよ」

 

シャルロットも和成が言っていることは理解していた。

だから、自分のこと、自分の知ることを全て和成に伝えた……。

 

◇◆◇

 

和成には違和感しか無かった、あまりに杜撰で突然の転入から始まった学園生活。

そして問題はその前。態々自分のウィークポイントを引き取り、育てたという行為。

酷い言い方をすれば邪魔にしかならない存在、なら消す(・・)筈だと。

 

「これは僕が立てた予想であって真実じゃないかも知れない。

 だから怒らないで冷静に聞けるかな」

「うん、わかったよ。約束する、冷静に聞くって」

 

その答えを待って和成は推理を含めた予想を話し始めた。

 

「まず、アルベールさんは間違い無くシャルロットさんを愛してる。

 

 理由はデュノア社にとってシャルロットさんはアキレス腱。

 邪魔にしかならない筈なのに“態々”引き取ったよね?

 

 シャルロットさんは利用するためって言ったけど……。

 引き取る時にはIS適正とか何もわからなかったんでしょう?

 しかも、育てる時間もお金もかかる。

 

 そんな不確定要素しか無い有害な存在を引き取る理由、他にあるかな?」

 

シャルロットは考える、されたことは全て除いて和成の言った事だけを。

 

「僕なら無いかな、邪魔なら消すと思う」

「そうだね、じゃあ何故IS操縦者にしたかだけど……。

 専用機持ちにすれば“IS以外では殺せない”。

 現代における最高の守りを与えるためじゃないかな」

「最高の守り……」

 

そう言われてみればそうかも知れない、シャルロットは深く考える。

 

「それで冷遇の件だけど、これもシャルロットさんを守る手だと思う。

 

 次期社長と見做されれば、いつ消されるかわからない、内部からね?

 だから不仲を装って、早いうちに消され無いようにした。

 せめて専用機持ちの代表候補生になるまでは、ね」

 

シャルロットは、はっと顔を上げる。

 

「ここで質問、シャルロットさんは女性としてIS学園に正規転入できたかな?」

「それは……」

 

無理だ、IS学園の転入試験は尋常じゃないレベル、確実性が全く無い。

 

「無理だったみたいだね、でも簡単で確実に転入できる方法が生まれた。」

「男性操縦者……」

「そう、あとはシャルロットさんが不思議に思った定期連絡の催促。

 追加装備の開発・受領、どうかな?

 全部元を辿ればシャルロットさんを守るためってことに集約されると思うんだけど」

 

シャルロットは愕然とした、理路整然と並べられた覆しようの無い証拠の数々に……。

 

「じゃ、じゃあ父さんは僕のために?」

「僕がアルベールさんならそう考えるかな。

 

 だってシャルロットさんのお母さんを愛していたんでしょ?

 それでお母さんはアルベールさんを悪く言った事がないんだよね?

 

 きっと知らなかったんだと思うよ、ロゼンダさんと結婚した時には妊娠していたってことを。

 知ってたら結婚しなかったかも知れない、そしてお母さんが身を引いた理由がある」

 

和成はシャルロットから聞いたロゼンダについて語り出す。

 

「ロゼンダさんは富豪の娘だったって聞いたけど、政略結婚だった可能性があるよね?

 デュノア社について前に少し調べたんだけど15年前位に資金難に陥ったっていう記事があったんだ。

 

 それをシャルロットさんのお母さんが知れば、どうするかな?

 きっとアルベールさんは悩んでいたと思うんだ、会社の存続は社員の命に関わる。

 でも、シャルロットさんのお母さんを愛してるのに政略結婚するのかって。

 

 言い方は悪いけど、シャルロットさんのお母さんが消えれば政略結婚を確実に選ぶ。

 それが社員を守るっていう社長の責任だからね」

「だからお母さんは父さんを悪く言わなかった……。

 自分で選んだ結果だから……」

 

シャルロットの口から零れ落ちた言葉を和成は拾うとさらに続ける。

 

「ところでロゼンダさんに子供はいないんだよね?」

「え? うん、いないから僕が、僕、が?」

「ねえ、普通に考えて後継者を産まない社長夫人っているかな?

 いないよね? ということは不妊症かも知れない。

 

 自分の子供を産めなくて、愛人の子を旦那さんが連れて来たら冷静でいられるかな?」

 

シャルロットはロゼンダについて考えた事がなかった、だから思い浮かばなかったが……。

 

「泥棒猫……、確かにロゼンダさんにとってはそうかも知れない……」

「ただね?

 本当にシャルロットさんが邪魔ならその時点でロゼンダさんは養子を取ってでも消すよ。

 

 女の人は怖いからね、僕は身を持って知ってる。ちょっと意地悪かも知れないけど」

 

うぐっとシャルロットは言葉に詰まる、身に覚えがあるからだ。

 

「ここで問題。シャルロットさんは今日まで生きていて呼び出しも無い。

 冷たく扱われたけど、衣食住で不自由はしていない。

 勉強や訓練だってちゃんと施されてる。

 

 アルベールさんの一存でできるかな?

 その気になればロゼンダさんは生地獄を見せられるのに?」

 

そうだ、その通りだとシャルロットは思う、なら……。

 

「ロゼンダさんも父さんに同調した?」

「僕はそう思うよ、最初だけなんでしょ? 殴られたのは。

 その後は冷遇だけっていうなら、悔しかったんじゃないかな、産めない自分が。

 だからカッとなって暴力を振るったけど、後悔したから以降の暴力は無かった。

 

 ロゼンダさんもある意味では被害者かなって僕は思うんだ。

 

 これも僕の予想だけど学園でシャルロットさんが安全な内に社内をまとめ直す。

 内敵を排除して、シャルロットさんが帰って来られる様に。

 

 ただね? 全部当たってたとしても見積もりが甘いとも思うよ」

 

その言葉に何故とシャルロットは思う、言葉通りならいつか幸せに暮らせる筈だと。

 

「理由は簡単だよ、今回の件は全て犯罪行為に該当する。

 性別詐称、実行していないとはいえスパイもしくはハニートラップと見做されるシャルロットさん。

 恐らく金銭でフランス政府や国際IS委員会への干渉をしたデュノア夫妻。

 殺されはしないと思うけど、どちらも重罪。

 

 わかっていてやったと仮定した場合、デュノア夫妻は全ての罪を被ると思う。

 ここでシャルロットさんが冷遇されていた事実が生きてくるんだ。

 

 シャルロットさんは脅されて仕方なく学園に来たけど何もしなかった。

 悪いのはデュノア夫妻で性別詐称させたのもデュノア夫妻。

 シャルロットさんは被害者だからってシナリオが使える。

 

 後はどれだけの温情がかけられるかだね、被害者とはいえ犯罪は犯罪。

 なんらかのペナルティーはあると思う。

 上手くいっても利用された側の人達が難癖つけるのは目に見えてるから。

 

 酷な様だけど言っておくよ。

 これを全て解決するには時期を逸してる。

 もしするというなら関わった人とその関係者は全員消す位の大事。

 もしくは弱みを全員分握らないと無理だね。

 

 そして、それでもデュノア夫妻は救えない。

 シャルロットさんが女性だって言うのは、もう周知の事実だからね

 最高でシャルロットさんの無罪だけって言うのが僕の予想だよ。

 それも望み薄だと理解した方がいいと思う。

 

 後は亡命位だろうね。

 勿論、フランス政府や国際IS委員会を脅してのね。

 この場合は楯無さんや織斑先生、学園長の協力が必須。

 手段は限られてるよ」

 

和成はシャルロットを助けたいとは思う。

けれど、現実はそう甘いものじゃ無い。

 

もしもこれを解決できる人間と言えば一人だけ、最初にアドバイスした束の力のみだと和成はよく理解していた。

黙らせるほどの価値がある物、ISコアでも提供しない限りは無理だと。

 

◇◆◇

 

「かーくんの推理、ちょ〜っと調べてみたけど当たってるねぇ。

 実はかーくんも天才なんじゃないのかな?

 

 で、束さんも結果の予想は同じだね。

 

 手段も大凡その通り。

 まあいっくんに言ったらしいけど束さんが本気で動けば別。

 

 ただ動く理由とメリットが無いかな。

 あの子だけなら、かーくんの言う通りにすればいいだけだしね。」

 

束はそう判断した、別に石ころがどうなろうと知ったことでは無い。

特に前回と違って生死がかかっている訳でも無く、和成が悲しむレベルが極端に低いのだから。




シャルロットの実情は現実的に見てこうでしょうという私の解釈です。


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冷氷が再び溶ける時

真耶は薫子に釘を刺していた、面倒事はこれ以上御免だと言わんばかりに。

しかも、以前の真耶とは迫力が違いすぎる。

 

「という事ですから、今回の件は記事にしちゃダメですよ。

 男性操縦者に各国の代表候補生が関わってるんです。

 記事にして国際問題になったら広めた黛さんも痛い目を見るんですから」

「折角のネタが……」

「まだ言ってるんですか!」

 

真耶の剣幕にどうせ記事にしても発禁になると察した薫子。

結局、この記事はお蔵入りになったのは言うまでもない。

 

ちなみに一組の面々にも同じ事を告げてあり、予防線に抜かりは無かった。

 

◇◆◇

 

とぼとぼとシャルロットが去って少しした後、今度はラウラが和成の下に現れた。

 

「和成、すまなかった。嫁に気を取られて結局お前を蔑ろにしたのは事実。

 その、なんだ。模擬戦と称してそのつもりは無かったのだが憂さ晴らしをだな……」

 

どんどんと語調が弱くなって行くラウラ。

口調が千冬に似ているのでなんとも言えない和成。

ムードはお葬式以外の何者でも無かった。

 

「ほ、本当にすまなかった。

 私がセシリアと鈴に喧嘩を売った時もお前は止めようとしてくれた。

 第二世代機の初心者がどうにかできる訳もないとわかって、い、いながら、ぐすっ」

 

和成は聞きながら思う、これでは自分が苛めているみたいだと。

 

「タッグ、トーナメント、の、時だって、お前は、お前、は」

 

これ、最後まで聞くの? と和成はだんだん申し訳なくなって来た。

妙な罪悪感があるのだ、こう幼女を虐めている様な。

 

「VTシステムの、時も。

 福音の、時も一番体を張ってたのはお前だった!

 

 なのになんなのだ、私は……。

 どうしてあんな事が平然とできるのだ……。

 

 やはり私は戦う事しか……」

「それは違うよ、ラウラさん」

 

流石にその言葉を聞き逃す訳には行かない。

和成は命懸けで救い出したラウラにそれを言わせるのだけは許せなかった。

 

◇◆◇

 

ラウラは和成の雰囲気が変わったことに怯えた。

何を間違った? と、そして混乱してしまう。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 

泣いて懇願するラウラを和成は優しく抱きしめて落ち着かせようとした。

しばらくそうしているうちにラウラも落ち着きを徐々に取り戻し始めた様で震えが収まってくる。

 

「ラウラさん、そんな悲しいこと言わないでよ。

 僕はラウラ・ボーデヴィッヒという一人の人間を助けたかったから命を賭けたんだよ?

 

 正直に言ってVTシステムを抑えるのは死に物狂いだった。

 一夏は怒ってて冷静じゃ無いし、シャルロットさんは退避してくれない。

 

 あの時の僕は4人の命を守ることしか考えてなかったんだ。

 

 現役時代の織斑先生を抑える? そんなの無理に決まってるのにね」

「だ、だがお前はやって見せたではないか……」

 

ゆっくりとラウラから離れて、和成は伝える。

 

「どうしてできたんだろうね、今でもわからないよ。

 でも、もし理由があるならあそこで消えていい命は無かったんじゃないかな?」

「……」

「ラウラさんはあれから変わったよね。

 きっと必要な事だったんだよ、綺麗事だけどね。

 

 だから僕は胸を張って言えるんだ、ラウラさんの人生を変えたのは僕達で。

 ラウラさんは幸せになる義務があるって」

「幸せになる義務……」

 

和成は頷き、ラウラは考える。一夏と一緒だと幸せだ、けれどそれだけだったかと。

シャルロットとの生活は楽しい、これも幸せというのだろうと。

みんなで騒ぐのも苛つくことはあるが楽しくもある、これもそうだろうと。

 

なのに何故、和成を傷つけなければいけない?

一緒でいいじゃないかと、みんなで楽しめば幸せなんだと。

 

「その、幸せに、和成も入ってるのか?」

「みんなが拒まなければ」

 

ああ、そうだった。自分達が拒んだのだとラウラは理解した。

もう駄目だった、レポートを書いた時よりもっと重要な事に今気づいてしまったから。

 

“和成の幸せを壊したのは自分達だ”という事実に。

それはサキモリが怒って当然で、罰せられるのも当たり前。

和成が死を選ぶほど壊したのは自分達の馬鹿げた独占欲だったのだと。

 

「和成、本当にすまなかった!

 これからは私自身も! みんなも! 和成の幸せを壊さない様に私が止めてみせる!

 だから見ててくれ、それが私の償いだ。そして和成が納得した時、私を許して欲しい」

 

「うん、見てるよ。だからラウラさんも幸せになれる様に頑張ってね」

 

涙を拭ったラウラは晴れ晴れとした表情で、大きく頷いた。



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掃き清めよ、乙女

ラウラは元気に出て行ったが、和成の夜はまだ終わらない。

今日は次で最後だが来るのは和成が知る限り最も危険な乙女こと箒。

 

初日、一夏が不安気だったので一緒に訪れた1025号室。

そのまま入ろうとした一夏を止めて、ノックするのがマナーだと示した。

加えて入室許可を取らなければトラブルになりかねないとも説明。

 

幾度かノックし、二度は声をかけたが返答は無かった。

だが、念のためもう少し様子を見ようとしたところで一夏は開けてしまったのだ、禁断の扉を。

 

目と目が合い、和成は素早く回れ右したが一夏はバスタオル姿の箒を気にせず直視。

結果、木刀による突きの被害をドア越しに何故か和成だけが受けるという理不尽さ。

 

和成にとってはまさに暴力の化身だった。

 

「和成、入ってもいいだろうか?」

 

ノックと共に聞こえて来たのはトラウマ級地雷、箒の声。

しかし、いつもの様な高圧さが感じられず、当然拒否する訳にもいかない和成はドアを開けて招き入れたのだった。

 

◇◆◇

 

箒は自覚していた、自分が和成にとって鬼門であるという事を。

初日から理不尽に木刀を振るい、ISの訓練と称して刀をも振るったのだ。

 

だからこそ、出来る限り穏やかに声をかけたのだが……。

最早トラウマレベルなのか和成の表情は硬かった。

 

(これは私の未熟が招いたこと、和成に非は無い)

 

箒はそう自分に言い聞かせると床に座った。

 

「和成、出会いから今の今まで私は何かと言えば暴力を振るって来た。

 それに関しては己の未熟、弁解の余地も無い。すまなかった」

 

するりと出た言葉、下げた頭、箒は心からそう思っていた。

それを見聞きした和成は箒の変化を敏感に感じ取る。

 

以前の箒は逆上することはあれ、謝罪することなど無かった。

なら自分も見方を変えるべきだと思ったのだ。

 

「和成、私は一夏が好きだ。知っての通り幼少の頃からな。

 そしてここ、IS学園で再会し舞い上がっていた。

 

 わかっていた筈なのだ、一夏がああいう奴だと。

 それでも情け無い話だが和成のアドバイスを活かすことはできず……。

 気づけば周りはライバルばかり、苛立ちが募り……その矛先を無関係な和成に向けてしまった」

 

和成はただ黙って箒の独白を聞く、どんな答えに辿り着いたのか聞き届けるために。

 

「無人機襲撃の際、私の独り善がりな行動で自分と皆を危険に晒した。

 

 銀の福音事件でも私は紅椿の力に溺れ、一夏と和成が大怪我を負った。

 そこから私達が離脱できたのは和成の献身があったからだ。

 銀の福音との二戦目、セカンドシフトした福音の脅威を怪我を押して抑えてくれたのもな。

 

 つまり今、私を含め皆が生きてるのは和成のお陰だと言っても過言では無い」

 

そこで一度、箒は言葉を切った。そして意を決したのかさらに続ける。

 

「にも関わらず、感謝の言葉も健闘を讃えることもせずに結果だけを見て一夏一夏と……。

 それが身を呈して我らを守り切った和成に私がした愚行。

 

 その上、少しでも不満があれば自分を棚上げして和成に当たり散らす体たらく。

 自分の事ながら呆れて物が言えんとはこの事だろう。

 

 そして、その積み重ねが和成に死を選ばせてせしまった」

 

箒はそこでさらに頭を低くして言葉を紡ぐ。

 

「私は自分が恥ずかし過ぎて許せなどと決して口にできない。

 ならばこそ、私は自分の犯した罪を濯ぎ、和成に認めて貰えるよう努めるのみだ。

 

 最後にもう一度、伝えさせて欲しい。

 ありがとう、和成。私を救ってくれて。

 そして数々の所業を詫びる、本当にすまなかった」

 

箒は自分の想いを伝え切ったのだろう、和成の反応を待っている。

なら和成も誠意には誠意を持って応えるのが信条。

 

「頭を上げて下さい、箒さん。貴女の想い、確かに受け取りました。

 

 そして、僕は期待します。

 箒さんが今、自身で口にした事を違えない様にと」

「確かに承った、篠ノ之箒はその期待に応えて見せるとここに誓う」

 

こうして箒との面談は終わりを告げた、後には疲れ切った和成を残して……。

 

◇◆◇

 

その様子を見ていて束は一夏が絡まなければ箒はここまでできるのかと驚いていた。

幾らワールドパージの効果があったとは言え、あの落ち着き様は束の知る箒に無かった物。

 

「あまり言いたく無いんだけど、いっくんの体質の影響は甚大だね。

 これは箒ちゃんだけじゃなく、今までの子達も見た上での結論。

 ホントあの屑共は余計な事しかしない。

 

 そして白式は説得の結果、既に自己改変を停止・修復に移ってるから問題無しっと」

 

束の目は虚で既に消した石ころを忌々しく思う、そしてその目には急速に光が灯って行った。

 

「かーくんとサキモリが関わった子は箒ちゃんも含めて今のところまともになってる。

 やっぱりかーくんって何か持ってるんじゃ無いかな? 束さんらしく無いけどそう思うよ。

 

 ……非科学的なのにそう確信してる私がいるんだよね、不思議だけど。

 

 サキモリのワンオフアビリティも特A級、いや最高クラスのS級。

 汎用性の高さに加えて応用の幅も広いISにとって理想的なワンオフアビリティ“人馬一体”か……」

 

束は思う、このワンオフアビリティにはまさに無限の可能性が秘められていると。

 

「……天然物に養殖物は敵わない、かーくんもこっち側の人間って事だよね」

 

そう言った束は、モニターに映る疲れて眠った和成を愛おしそうに見ていた……。



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目を覚ますは誰が為か

今日のクラスには何か熱を感じる、そう真耶は思いながら授業を行っていた。

その熱の元を辿れば問題を起こした彼女ら、一人を除いて昨日までとは表情が違う。

 

なるほどと真耶は理解する、和成と話した者の自覚と誓いがそうさせているのだと。

そして、この分で行けば解決の日はそう遠く無いだろうとも。

 

加えて真耶はサキモリと他のコア人格達に感謝した、乱暴な方法ではあったが効果覿面。

あれだけ騒がしかったのが一夏がいないとはいえ嘘の様に落ち着いているのだから。

 

◇◆◇

 

放課後、今日も今日とて和成には面談が待っている、しかもあまり接点の無い簪。

 

和成が簪の専用機製作に裏で手を差し伸べたのには訳がある。

それは一夏の専用機に起因するある意味被害者という共通点、そしてその努力が報われないのは許せなかったのだ。

 

別に感謝して貰おうなどと思ってはいなかったが、まさか一夏に惚れてこちらに実害が及ぶなど予想もしていなかっただけにショックは大きかった。

和成からすれば何がどうしてそうなったと言いたくなる事態、その気が無くても結果的に恩を仇で返された訳でどうしてと思うのは当然だろう。

 

その簪がこれから来ると思えば、箒とは違った意味で身構えてしまうのは仕方ないことだった。

 

「更識簪ですが、崎守くんはいらっしゃいますか?」

 

控えめなノックと共に聞こえて来た声の主、簪との面談が始まる。

 

◇◆◇

 

簪にとって一夏は当初迷惑で嫌いな存在だった、自分の専用機開発を間接的に打ち切る原因を作ったから。

ところがそんな一夏が簪に接触して来てタッグを組むことになってしまった。

 

だが、それは楯無に依頼されてという納得できない理由からだと知り拗れに拗れる。

そして実機テスト中のトラブルで簪は墜落しかけた、それを救ったのが一夏だったのだ。

簪はその姿に自分の求めるヒーロー像を重ね、楯無との和解もありいつの間にか好きになっていた。

 

そこからの日々は一人だった簪に考えられない色を齎す、そして輪が広がり随分と明るくなって……。

そんな時、一夏との時間を邪魔する存在がいた。それが和成であり、密かに独占欲の強い簪は排除するよう無意識のうちに動いていた。

今まで自分が疎まれていたにも関わらず、疎み排除する側に回る。そこに何も感じなかったのだから救えない。

 

そうする内に和成が自殺、自分に非があるなど思っていなかった簪だが加害者の一人だと知り、命の危機にすら直面。

布仏姉妹から専用機製作に裏で尽力してくれていたと知らされ、やっと自分の罪深さに気づいた。

 

(私は卑怯で礼儀知らず、しかも自分が嫌だった事を崎守くんにするなんて最低だ。

 正直に話して謝る、今はそれしか思い浮かばない……)

 

「どうぞ」

 

そう言って和成は部屋へ招き入れるが、正直に言って簪の事を知らなすぎる。

元々交流は無かったし、気がつけばサンドバッグになっていたのだ。

まあ、一夏の側に居たくなくても居た結果、他の専用機持ちと一緒で嫉妬なり邪魔だった。

そして周りがそうだから、同じ様にしていたといったところか、そう予想はするが。

 

「申し訳ないんですがなんとお呼びすればいいのかもわからないんです、僕には」

 

面談が始まって早数回、和成から話すのは初めてだった。

そして、その問いかけに簪はそんなことすら伝えていなかった事実に自己嫌悪する。

 

「……お姉ちゃんと区別がつかないので、簪でお願いします」

 

「そうですか、それでは簪さんと。まともに話すのは初めてですが僕は崎守和成です。

 お好きな様に呼んで下さい」

 

そう言った途端に簪は綺麗な姿勢で土下座していた。

 

「崎守くん。

 この度はなんと言ってお詫びすればいいのかわからないほど酷いことをしてごめんなさい。

 

 私と崎守くんには交流すら無かったのに、専用機開発に陰で協力してくれていたと知りました。

 お陰様で打鉄弍式は完成してタッグマッチに出る事ができたこと感謝しています。

 

 それなのに私は……」

 

そこで和成は珍しく待ったをかける、今聴き逃せない発言が挟まっていたからだ。

 

「ちょっと待ってくれませんか、簪さん。

 その言い様だと専用機開発に協力していなかったら謝る気が無かったとも取れてしまいます」

 

簪はその指摘に青くなった、勿論そんなつもりで言った訳では無い。

けど、本当に? という迷いが一瞬生まれたのが悪かった。

 

「即返答できない時点で納得して無いんじゃないかなって僕には見えるんです。

 

 こう言ってはなんですが簪さんの境遇に自分を重ねて勝手ですが協力させていただきました。

 同情ではなく同じ様に理不尽を強いられたという意味でです。

 

 けれど簪さんは“同じ理不尽を強いられた者”から脱した途端に“理不尽を強いる者”になってしまいました」

 

簪は違うと言いたかった、けれど結果を見れば事実。

ここに来て対人経験の少なさが徹底的に足を引っ張っていた。

 

「……どうも心では納得していないんだと思えます、僕には」

「ち、違う、本当に私は」

 

簪の言葉に和成はゆっくり首を横に振った。

 

「実は本心から謝罪した人達には共通点があるんです、簪さん」

「共通点?」

「そうです、最初に自分の何が悪かったのか話して謝罪を始めたという共通点です。

 

 簪さんは自分が何をしてどう悪かったのかすら話さないで謝罪をしました。

 酷いことと濁すのではなくて何に起因してどんな事をしたからと言う自己分析が無いんです。

 その後もそれが出る前に別の話に移ろうとしました。

 こう言う話し方は往々にして納得いってないと出る代表的なものなんです。

 

 勿論、本当は違う可能性もあります。ですが、その場合は感情に則した態度が出ると思いませんか?

 その点、簪さんにはそれがありません。“誰かに言われてそう思ってる”だけだからでしょうか。

 感情が何も乗ってないので伝わらないんです。

 

 これでも僕は感情の機微に敏感な方で予想するとしたら……。

 優しさと厳しさを持った信頼できる人に諭されたのではありませんか?

 そして何らかの事実に怯え、そのつもりになったのではないかと予想します。

 

 関係者で行けば虚さんが該当しそうですが、どうでしょう?」

 

その指摘に簪は震えた。気持ちがわからなくなって、でも和成の指摘に心当たりがあり過ぎたから。

 

「……」

「正解みたいですね、もう一度ご自分を見つめ直す事をお勧めします」

 

その後、簪はどうやって帰って来たのかすら思い出せないまま気づけば自室で項垂れていたのだった。



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姉妹の絆と真意

約一週間で6万字程、書き過ぎじゃないですか?私。


被害者と加害者の間には、どうしても感情や認識の違いが生まれる。

それが自主的な思考から来る物では無く促された物であれば、より一層顕著になってしまう。

簪は今、その壁にぶつかっていた。

 

「簪ちゃん、どうだった?」

 

いつまで経っても連絡が無い簪を心配して、楯無が現れる。

そして簪の様子から上手く伝えられなかったのだと察した楯無は助言するために経緯を聞いた。

 

「……なるほど、そういう話になっちゃったのね」

 

意外な事に楯無は冷静に受け止め、話しかける。

 

「ねぇ、簪ちゃん。崎守くんはもう来るなとは言って無いのよね?」

「うん、だけど……」

「駄目よ、簪ちゃん。専用機開発の時、あんなに頑張ったじゃない。

 そして崎守くんはちゃんとアドバイスしてくれたわ、どう考えればいいのかを」

「そ、れは……」

 

楯無は優しく簪を導く。以前自分は間違えた、なら今度こそは間違えないという強い意志で。

 

「崎守くんの言う様にもう一度考えてみましょう? 簪ちゃん。

 そうすればきっと答えが出るわ、私はそう信じてる」

「お姉ちゃん……」

 

簪は顔を上げてもう一度考え出した、今度こそ自分自身の心に問いかけながら。

 

◇◆◇

 

和成の部屋にノックの音と共に再び簪の声が響く。

 

「崎守くん、簪です。どうかもう一度、話を聞いて貰えませんか?」

 

簪は勇気を振り絞って再度ここを訪れた、見つけた自分の答えを例え許して貰えなくても聞いてもらうために。

するとスッとドアが開き、何事も無かった様に和成は迎え入れる。

 

「待っていました、もう一度答えを示してくれると信じて。さあ、入って下さい」

 

楯無の言ったことは本当だった、和成は簪の本心からの言葉を待っていたのだ。

なんとか涙を堪えた簪は再び同じ場所に座る、前回とは全く違う心持ちで。

 

「崎守くん、私は……わ、たしは、織斑くんが好きです。

 だから近くに居たいのに、いつも一番近くにいる崎守くんに嫉妬していました」

 

和成は沈黙を守る、簪の言葉に想いが乗っているのを感じたから。

 

「それで食事の時、意地悪したり睨んで崎守くんを追い払ったりしました。

 訓練の時も、その、必要以上に……」

 

ポロポロと零れ落ちる涙、簪は泣いて許して貰おうなんて思ってもいないのに止まらない、止められない。

 

「……八つ当たりだったんです、全部! 崎守くんが悪い訳じゃないのになんで私は!」

 

自分に自分で腹が立って語調が荒くなっても和成は簪の言葉を聞いていた、一切邪魔することなく。

 

「そんな事に使うために頑張ったんじゃないのに!どうして私はあの悔しさを忘れて完成した喜びも忘れて……。

 崎守くんだってそんなことのために手伝ってくれた訳無いのに、手伝って貰った弐式でただの暴力を振るったんです。

 

 初めは悔しさから始まって、お姉ちゃんへの対抗心で視野が狭くなって……。

 白式のせいで凍結された弍式を完成させて認めさせたかった、私は無能じゃない、ちゃんとできるんだって。

 

 けど一人じゃ駄目だって気づかせてくれた人がいて、協力してくれる人が出来て。

 でも私は何もわかってなかった、快く協力してくれてるって思ってた。

 そんな訳無いよね、自分で邪険にしておいて都合が良過ぎるって気づきもしないんだから……」

 

簪は一度話を止めると頭を下げて話を続ける。

 

「本当にごめんなさい、崎守くんの心遣いを無碍にして、その成果でいっぱい傷つけて。

 でも、もう間違え無いから。そして、もし間違ったら崎守くんに終わらせて欲しい。

 その権利が崎守くんにはある、弍式の製作者の一人として私を罰する権利が。

 

 けど私は死にたい訳じゃないよ? それより先にやる事があるってわかったから。

 だから私の行く末を崎守くんに見ていて欲しい。

 きっといつか協力して良かったって思えるような自分になってみせるから……」

 

簪は思いの丈を出し切って、泣き崩れた。

 

「簪さんの気持ちがしっかり伝わって来ました、だからどうかもう泣かないで。

 僕は簪さんの言う通り見ています、簪さんが望んだ自分になる日をずっと」

 

そう言って和成はハンカチを手に握らせた、自分の想いを乗せて……。

 

◇◆◇

 

今、部屋には和成一人。和成は思う、サキモリ達の気持ちは嬉しいと。

それと同時にこの苦しい関係を一日も早く終わらせて、ただ普通に生きたいと。

 

自分が生殺与奪を握っていると言うのは和成にとっても重い。

ならただ許せばいい話……とはならない実情がある。

 

「後二人……」

 

楯無と千冬、この二人から話を聞いた後、どう収めるのが一番いいか。

和成は頭を痛める事になっていた。

 

「簪さんまではなんとかなった、でも……」

 

ここからは国家代表とブリュンヒルデ、頭痛は酷くなるばかり。

 

「それでも……」

 

決着をつけなければいけない、それだけは確かだった……。



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楯無き者に寄り添う盾

楯無が待っていると簪が帰ってきて、いきなり抱きついて来た。

 

「ちょ、ちょっと簪ちゃん!? 私にも心の準備が」

 

いや、そうじゃないと自分に突っ込む楯無、簪はグスグスとはしてるが悲壮感は感じられない。

つまり上手く話ができて、認めて貰えたんだろうと優しく撫でた。

 

「頑張ったわね、簪ちゃん。ちゃんとわかってもらえたのね?」

 

無言で頷く簪に楯無はホッとするも、和成の配慮のお陰だと十分理解している。

そして次は自分の番。

立場柄そう甘くは無いだろうと意を決して和成の部屋へと向かう楯無だった。

 

◇◆◇

 

簪が帰って行った以上は楯無が来る、当然なのだが和成は気が重かった。

 

学園最強の生徒会長にしてロシアの現役国家代表。

幾度か護衛して貰った暗部に対する対暗部、更識家第17代当主。

その楯無がだ、和成如きに謝罪に来ると言うだけで胃が痛くなる。

 

そもそも最近で最も過激だったのは楯無、まるで遅れを取り戻すかの様に何処にでも現れる。

生徒会長がそれでいいのかと思うほど、生徒会室にいないことで有名になりつつあった。

まさに神出鬼没、壁に耳あり、障子に目あり、一夏のいる所に楯無あり。

つまり苦手なのだ、特にあの捉え所の無い振る舞いと予想出来ない被害が、だ。

 

「楯無よ、和成くんいるかしら?」

 

ノックと共に聞こえて来たその声だけで和成は思わず身構えたが通すしか無い。

溜息と共に諦めてドアを開けたのだった。

 

◇◆◇

 

普通を装った楯無だったが、なんのことはない。楯無も人の子、当然の如く不安だった。

だからこそ普段のペースでまずは感謝を告げる事にした。

 

「私の話の前にお礼を言わせて頂戴、簪ちゃんを諭してくれたでしょ?

 態々アドバイスまでしてもう一度話せる様にしてくれた、本当にありがとう」

 

楯無も照れ臭かったのだろう、いつもの様に取り出した扇子には感謝の文字。

 

「そこはお気になさらず。

 僕がしたくてしたことです、それに簪さんが応えてくれただけの話でしょう?」

 

この件に関して和成に蟠りは無い、だからさらりと流す事にした。

楯無が妹重い(誤字に在らず)なのは重々知っているのだから。

その分を少しだけこちらに回していればとは思わなくもなかったが。

 

「ん、そう言う事にしておくわ、それじゃあ本題に入りましょうか」

 

そう言うと楯無は雰囲気をガラリと変えた、そして言葉通り遂に始まる。

 

「私、更識楯無は一夏くんが好きよ、そして和成くんは私にとって障害だった。

 

 一夏くんが朴念仁なのは知ってるつもりだった、けどいざ自分がその立場に立って痛感したわ。

 その結果、ライバルより近く長く一緒にいるために私は何でもした。

 生徒会業務もほっぽり出して、和成くんを排除して、その時間を捻出しようとしたのよ」

 

そう言うと覇気が消えて俯く楯無がいた。

 

「馬鹿だったわ。

 初恋に浮かれて守るべき生徒であり、最も危険な立場にある和成くんを追い詰めた。

 生徒会長は生徒を守るために最強の存在、その存在が生徒を和成くんを脅かす。

 自分のことながら呆れて物も言えないとはこのことよ」

 

そこで一度楯無は深呼吸する、そして続きを話し始めた。

 

「和成くんは誰に頼まれた訳でもないのに簪ちゃんのために動いてくれた。

 セシリアちゃんの暴言でサラが被害を受けるのも逸早く緩和した。

 

 無人機の時、VTシステムの時、銀の福音の時、キャノンボールファストの時。

 どの時もただ守るためにその身を危険に晒しては守って見せた。

 

 自分の命が綱渡りの状況でも関係無く、ただ守るその一点においては貴方が学園最強よ。

 私はどの時も守れなかった、キャノンボールファストの時ですらね。

 

 それなのに私ときたら……」

 

不意に止まった言葉、聞こえて来る啜り泣き、和成はああこの人も当たり前だけど人間だと。

弱さを持った唯の人なんだと認識するに至った。

 

「ごめんなさい、途中になっちゃったわね」

 

和成は涙声でそう言った楯無を思わず抱き締めていた。

楯無は驚きはしたものの突き放しはしないで、されるままに。

 

「いいんですよ、泣いても。ここには誰の目もない、咎める人もいない。

 孤高だったのでしょう? 気を張って来たのでしょう?

 簪さんを守ろうとしたんでしょう?」

「う、うん、私は頑張って頑張って。でも簪ちゃんと上手く行かなくて辛かった。

 勇気が無くてなかなか仲直りできなかったけど大切な妹だから。

 

 だから、だからね? 撃たれて死を覚悟した時、助けてくれた一夏くんが欲しかった。

 私を受け止めてくれる人が欲しかった、ただそれだけだったの。

 

 でも私にはしちゃいけないことが一杯あって、でも我慢できなくてね。

 ごめん、ごめんね? 和成くんは何も悪くないのに一杯傷つけてごめんね」

 

そう言った後、楯無は泣いた。ただただ泣いた、何が悲しいのかわからないまま泣き続けた。

 

「今は泣いて下さい、そして泣き止んだら……」

「うん、うん、ちゃんと償うから。だから本当にごめんなさい、ごめんなさい……」

 

楯無は不思議な感覚を覚えていた、ただただ温かく自分を包んでくれる何かに感謝する。

 

和成が気づいた時には楯無は眠っていた、これは流石に予想外にも程がある。

ただ和成は楯無が無理していることに気づいてしまったから放ってはおけなかったのだ。

 

「さて、虚さんに連絡しよう。」

 

こうして楯無との話は終わりを告げた、締まらない最後ではあったが……。



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涙の後に鬼来たる

虚の元に連絡が来たのは就寝時間、少し前だった。

 

「はい、虚ですがって崎守くん? どうかしましたか? 生徒会長がまだ戻っていないのですが」

『その、話は無事終わったんです』

 

その言葉にホッとする、実のところ虚は危惧していたのだ、楯無が突飛なことをしでかすのではないかと。

だが、話が終わったにしては和成の歯切れが悪過ぎる気がして問いかけた。

 

「もしや話が終わった後で何かあったのですか?」

『何かあったというか現在進行形で困ってるんです、僕は動けないので迎えに来ていただけないかと』

 

話が見えないが困っているのだけは伝わってくる、そして楯無の声が聞こえない。

まさか寝てる? 謝罪の場で?

とにかく行くしかないと虚は和成の元へ向かうことにした。

 

「わかりました、すぐ迎えに参りますのでそれまでよろしくお願いしますね」

『お手数をおかけしますがよろしくお願いします』

 

和成が電話を切るのを待って、虚は部屋へと向かった。

 

◇◆◇

 

部屋の前についた虚はノックに続けて声をかける。

 

「崎守くん、虚です」

「すみませんが手が塞がっているので入ってもらえますか?」

 

已む無く虚がドアを開けると確かに予想通り楯無は寝ていた。

だが状況が全く想像できない、何故なら楯無が和成を押し倒している様にしか見えないからだ。

 

「どういう状況ですか? コレは」

「実は楯無さん、相当溜め込んでいた様でしたので泣いてもいいと言ったんです。

 その、安心させたくて軽く抱き締めたんですがそのまま泣き疲れて寝てしまいまして。

 そして身体を預けられた拍子に押し倒されてしまったという訳です」

 

虚は頭を抱えた、謝罪に来て慰められた挙句にそのまま寝て押し倒す。

一体どちらが年上かという状況に呆れていた。

 

「楯無さんは悪くないですから怒らないであげて下さい、僕が抑えていた物を解いてしまった結果ですから。

 それにそれだけ他人にはわからない何かがあった、そうでしょう? 虚さん」

 

やはり和成の方が大人だと思いつつも言わんとしていることもわかる。

今日のところは……そう思った時、天は虚の味方をしなかった。

 

「……なんですか? この状況は」

 

虚はその声に振り向きたくない、和成の表情が抜け落ちてるところから言って相当だ。

後ろに居る山田真耶と言う名の鬼、和成の理解者は今やある意味で千冬より恐ろしい存在なのだから。

 

◇◆◇

 

事情を必死に説明した和成のお陰で楯無と虚は事なきを得た。

何故か帰る前の楯無がいつもよりしおらしくなってたのは気になるが……。

一夏ほど鈍感では無い和成はまさか……と思うも同時に直前の会話からして流石にどうこうと言うのは無いと結論づけた、恐らく一時の気の迷いだろうと。

 

「それで山田先生、織斑先生のレポートを見せていただけますか?

 それと提出してからの山田先生や周りからの客観的な評価。

 特にレポートとの乖離が無いかもお聞きしたいんです」

 

和成は無策でブリュンヒルデと戦うほど傲慢では無い、殴り合う訳では無いが理論武装は必須。

加えて現状を真耶から聞くのが大切だとも、生徒からではどうしても死角が生まれるからだ。

 

「ええ、これです。それと織斑先生は変わりましたよ、とても良い方に。

 他の先生方からの評判も良いですし、レポートとの乖離はありませんね。

 それ以上と言っていいんじゃないかと私は思っています」

 

それを聞いて和成は頷くとレポートを読んで色々と考える。

そうこうしているうちに就寝時間となり、その日は終わりを告げたのだった。

 

◇◆◇

 

「効果が間違いなく薄れて来てる」

 

束は日毎の面談をずっと見ていたが、ここに来てそれは確信に至った。

 

「今日の最後、あれなんかいい例でしょ?

 直前にいっくんが好きって言ったのに、かーくんの方も多少意識する様になった。

 まあ、かーくんの優しさに甘えたからってのが濃厚だけどね」

 

そう言って今度は千冬のモニターを見る。

 

「さっき山田だっけ? が言ってたけど、ちーちゃんは変わった。

 今までならもうとっくに私のところへ死ぬほど電話して来る筈。

 なのにそれが無くて、率先して仕事するとかあり得ない」

 

さらにモニターを移す、今度は箒だ。

 

「そして箒ちゃん。

 いっくんが好きなのは変わらないみたいだけど、束さんに文句の電話が無い。

 今までだったら、いつ帰って来るのだ! とか連絡来るでしょ?

 なのにここまで落ち着いてるのは……」

 

束は結論を出す。

 

「態ともう少し、いっくんにはここで寝ててもらう。

 ちーちゃんが終わった後、少し見れば変化はより一層出るからね。

 今帰して、またかーくんに何かあったら困るし一挙両得」

 

モニターに映る和成を見て束は微笑む。

 

「あの優しさ、ある意味突き抜け過ぎてる。

 育ちや素養は勿論だけど、やっぱりこっち側の人間なんだよ、かーくんも。

 私と同じ、どこかが一般人とずれてる。

 まあ、かーくんのはいい意味でだからあれだけどね? 利用されないか束さんは心配だよ。

 世界唯一、真の男性操縦者にして私の仲間、天然の異端児、崎守和成。

 早くおいでよ、私は待ってるからね? 辿り着くのを」

 

そう言った束は興味深く、そして慈愛の籠った目で和成を見続けていた……。



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第五章 変
呼水と和成の指示


名を知らぬ者がいない程に有名なIS“白騎士”、その性能は今でも語り種になるほど。

だが、操縦者は誰だったのか。憶測は飛ぶが特定されていない存在、まことしやかに流れる噂ではブリュンヒルデたる千冬だと言われてる。

 

「白騎士、正確にはその操縦者の残留思念から託されたこのデータ群。

 解析には時間がかかりましたが……」

 

サキモリは悩む、その中に含まれていた映像をマスターたる和成に見せるべきかどうかを。

だがすぐに見せるべきだと結論付けた、千冬の面談は“コレ”を見た上ですべきと判断したからだ。

 

「今回だけでなく過去から因縁が……、こういうのを運命の悪戯というのでしょう。

 では早速、マスターをこちらにお呼びしてから見ていただく。

 夢では飛び起きてしまう可能性があるので」

 

こうして和成はとある事実を知ることになる。

 

◇◆◇

 

朝、目を覚ました真耶は和成の様子がおかしことに気づいた、顔色があまりにも悪いのだ。

それから然程経たず、いつもより早く目を覚ました和成は開口一番、何か耐える様に真耶にこう伝えた。

 

「山田先生……、今日は体調がすぐれませんので休ませていただきたいんです。

 それと……、サキモリ、関係者全員のコア人格に連絡して通常に戻して欲しい。

 約束を反故にしたなら今回の経験でそれぞれのコア人格が罰を与えられるから……。

 山田先生にはそれも伝えていただきたいのです」

 

まだ千冬の面談が終わっていない状況での処置解除には思うことがある真耶だったが、それよりも和成の体を気づかう方を優先した。

 

「わかりました、本当に体調がすぐれない様ですし、ゆっくり休んで下さいね。

 処置の解除については私から伝えておきますので安心して任せて下さい」

「お手数をおかけしますがよろしくお願いします」

 

その後、真耶は和成を気にかけて保健室に同行、熱があるとのことで静養に努めることになった。

 

◇◆◇

 

いつの間にか甲龍の待機形態が元に戻っていると気がついた鈴はプライベートチャネルで問いかけてみると全員のISが元に戻っていることがわかった。

 

(認めるまでに死んでしまう可能性を考えて解除した? それとも信じてるっていうアピール?

 和成だからね、どっちもありそうだわ)

 

そうだったら嬉しいと鈴は感謝していた、そして礼をと思ったところで教室に和成がいないことに気づく。

 

「珍しいわね、この時間になっても和成がいないなんて」

「そう言れればそうだな、もうすぐSHRが始まるぞ? ISのことといい何かあったか?」

 

話しかけられた箒も不審に思ったがそうこうしているうちに時間になり、二人が教室に入って来た。

 

「皆さん、おはようございます。崎守くんは熱を出して今日はお休みです。

 今朝、保健室に連れて行きましたが大事には至って無いとのことでした」

 

それを聞いて鈴は安心した、体調が悪いのは良くないが大事には至っていないと言う言葉に。

 

◇◆◇

 

放課後、関係者を集めて真耶は説明していた、こうなった経緯と和成の考えを。

 

「……という事で一応解除となっていますが何かあれば、それぞれのコア人格の意思で逆戻りです。

 信じて解除した崎守くんの気持ちを無駄にしてはいけませんよ」

 

楯無は昨日の今日でどんな顔をすればいいのか悩んだが、とりあえずお見舞いに行くことだけは決めた。

真耶と本音は言われなくても当然そうする。

 

逆に困惑したのは千冬だ、まだ面談すら済んでいないのにどういうことかと不審に思う。

そして、その点に関しては真耶も一緒だった。昨日レポートを見ながら今日に備えていたことをよく知っているからだ。

 

「とりあえずみんなでお見舞いに行きましょうか、容体も気になるしね?」

「うん、そうだね。もしかしなくても今回の面談で心労をかけたのは間違いない。

 それで体調を崩したんだと僕は思うんだ」

「あり得る話だな、良くも悪くも和成の意志ではなくサキモリ達がしたことだ。

 人様の命を握っているというのは大きなストレスになるだろう」

 

楯無、シャルロット、箒と会話は続いて行く。

 

「そうですわね、わたくしは事情があって既に解除されてはいましたが……。

 やはり自分に置き換えても心労は避けられませんわ」

「……うん、私もそう思う。崎守くんは優しいから辛かったかも知れない」

「うむ、確かに和成は優しいやつだからな、気が気でなかっただろう。

 私も同意するぞ、というか本当に心配だ」

「ま、当然よね。じゃあさっさと行きましょうか」

 

セシリア、簪、ラウラと来て鈴が締めると7人は頷き、それを見聞きしていた真耶は嬉しかった。

やっとみんなに和成の気持ちが届いたと言うことに。

 

そんなタイミングでノック、この生徒指導室に? と千冬は不審に思うもドアを開けて驚いた。

 

「全員揃っている様で丁度良かった、“私”はもう元通りだから心配無用ですよ」

 

そう言って入って来たのは、顔色の戻った和成だったのだから……。




おや?和成の一人称に変化が……。


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崎守和成という人間

出来れば高評価という燃料を投下していただけると嬉しいとか言ってみたり。


「崎守くん! 本当に大丈夫なんですか?」

 

突然現れた和成を心配して、真耶はそう声をかけるとすぐに返事が返って来た。

 

「ええ、先程も言いましたが私は元に戻りましたので以前よりスッキリしています」

 

それを聞いてホッとする一同の中で、唯一千冬は違和感を敏感に感じ取っていた。

 

「待て崎守、さっきから一人称が変わっているだけでなく、やたらと“元に”を強調しているな?

 どういう事か説明して貰いたいのだが」

 

「はははっ、流石はブリュンヒルデと言ったところでしょうか。

 

 質問にお答えしましょう、私は“僕”と称していた崎守和成“本来の性格を持つ人格”です。

 おかしいとは思いませんでしたか?

 一夏以上の被害を被り、自殺までした人間が“怒らない”事に。

 それどころか全員を気にかける? それはもう異常以外の何者でも無いでしょう?」

 

その一言が齎したもの。

許された訳では無いが認められた筈の彼女達が受けた大きすぎるショック。

それは誰一人言葉を発せないほどの衝撃となって襲いかかった……。

 

◇◆◇

 

崎守和成は崎守神社に生まれた長男、頭脳明晰で活発、優しさを持っているのと同時に理不尽には怒りを覚える普通の子供だった。

ただそれがあまりにも極端で神職となる身としては自身を制御することが必須。

しかし、優しさに際限がない様に怒りにも際限がなく、崎守家に伝わるとある方法で怒りや怨みと言った負の感情を大きく抑制せざるを得なかった。

つまり封印したのだ、そしてそう言った感情の発露を予見すればなんらかの方法で抑える様にと念には念を入れて強力な暗示までかかっていた。

 

「ですが暗示が効き過ぎて自殺にまで至ってしまいました。

 ここで封印にヒビが入ったのですが解けるにはまだ足りません。

 しかし、昨夜とある事実を知って“僕は”随分と耐えていましたが……。

 最終的には耐え切れず封印が解け、こうして私は本来の自分を取り戻したという訳です。

 

 まあ、“僕が”随分と頑張ったので余計な手間は増えてしまいましたが……。

 なら別の方法で返すまでです。

 あれだけのことをしておいてただで済むとは面談した以上思っていないでしょう?

 

 セシリアには、まあ既に罰が与えられているので蒸し返すのも男らしく無い。

 しかし、他は? 学園は? 政府は?

 私の怒りや怨みはその程度の対応で晴れるほど中途半端な物ではありません」

 

それを聞いてゾッとした、足元から這い上がる様な負の感情を叩き付けられて。

 

「今日のところはこの辺にしましょう。その方がいい、間違いなくね。

 いつ誰からどんな報復が始まるのか怯えて過ごすのに最適でしょう?

 

 以前の悪夢は所詮夢、現実にはどう頑張っても敵わない。

 自分達が犯した罪に怯えるといいでしょう。

 どんな末路が待っているか期待してて下さい」

 

和成は言いたいことは言ったとばかりに生徒指導室を後にした。

残された加害者が恐怖に震えるのを尻目に……。

 

◇◆◇

 

本音はすぐに和成を追った、自分の意思をどうしても伝えたかったから。

 

「かずくん、待って!」

 

その声に和成は足を止めて振り返る。

 

「どうしたの? 本音さん」

 

その声はいつもと変わりなく温かい物だった、それでも本音は伝えずにいられない。

 

「かずくん、私はかずくんと一緒にいていいんだよね!?」

 

それを聞いた和成は目を見開いた。

 

「私が怖くないの? こんなタガの外れた人間が」

「怖くないよ、だって当たり前だもん。

 人よりちょっとだけ怒りが強いだけで“かずくんはかずくん”でしょ?」

 

本音は心からそう思っていた、誰だって酷いことをされれば怒るし恨む。

ただそれが人よりも強いというだけで抑圧されて来たこと自体が悲しいと。

 

不意に本音は抱き締められて、でもそれはいつもの優しさに満ちていた。

 

「本音さんは本当の私を受け入れてくれるんだね? なら本音さんを私の物にするよ」

「うん、私はかずくんの物だよ、ずっと一緒にいるから」

 

そう言った本音の目から涙が溢れた、愛しい人の苦悩を思って……。

 

◇◆◇

 

「何か理由があるとは思ってたけど随分と好き勝手したね、そいつらは。

 だからズレてるって束さんが感じてた訳だ」

 

和成の過去を聞いた束はそう呟く。

 

「負の感情って言ってたけど、それってつまり攻撃性。

 誰かも言ってたけど守りは元々優れてた。

 そこに攻撃が加ればサキモリとかーくんの組み合わせって最強になる。

 だって優しいかーくんはいつも“抑えてた”、傷つけたくなかったからね?

 

 それと死に瀕する経験ってフェイズシフトの切欠になるんだよ、感情の爆発も。

 だからいっくんを何度も追い詰めてたんだけど……。

 これはサキモリのサードシフトが見られるかもね」

 

束はひたすら嬉しそうにそう語る。

 

「で、やっぱりこっち側の人間だった訳だよ、見た? さっきの振り切れっぷり。

 束さんの目に狂いは無かった訳だ。

 

 これからは全て揃ったから、かーくん本来のスペックが発揮できる。

 ただでさえ明晰だった頭脳は抑圧されてた訳で、それが解放されたんだから楽しみだね」

 

そして今度は慈愛の籠った目を向ける。

 

「良かったね、かーくん。かーくんを理解して支えてくれる子ができて。

 あ〜あ、束さんにもそういう人がいればなあ、きっとこうはなってなかったのにね……」

 

そう言った束は遠い目をしていた……。




和成は本来の自分を取り戻しました、底抜けに優しく、苛烈過ぎるほど怒る自分に。


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和成の苦悩と本音の献身

今、和成の部屋には和成と本音がいた。

 

「かずくん…」

 

戻って来てからの和成はずっと俯いて何事か考えている様に見える。

けれど、本音には苦しんでいる様にしか見えなかった。

 

「私は、私はまた抑えきれなかった……。

 ああでも言わなければ、少しは吐き出さなければ即座に殺しかねなかったんだよ、本音さん。

 いつでも抵抗できる様にISは元に戻しておいたのも私なりに取れる最善策だったんだよ?

 そして手遅れになる前に“逃げた”、あれ以上あの場にいたらと思うとゾッとするよ……」

 

ああ、やっぱりと本音は思って和成を強く抱き締めると話す。

 

「かずくんは前と変わらない優しさも持ってて。

 でも溜まっちゃた分なんとかしなきゃいけなかったんでしょ?」

 

「そうだ……と言いたいけど、実際あんな行動しておいて言えないよ。

 でも、これでみんな私を危険と判断して離れてくれれば。

 凶行を起す前に何もできなくしてくれればいいと多少落ち着いてる今の内に……」

 

そういうと和成は“サキモリ”を本音に手渡した。

 

「ねえ、本音さん。私を懲罰室に入れてくれないかな。

 そうすれば私は怒りを鎮める時間が取れる、何の被害も出てない今がチャンスなんだ。

 お願いだよ、本音さん。私が人殺しをしないためってわかるよね?」

 

本音は更識に仕える従者、生徒会役員、その気になれば入れることはできる。

 

「かずくん、私も一緒に。だから山田先生に相談しようよ。

 

 それにみんなには悪いけどやっぱり何か罰は必要でしょ?

 なんでかずくんだけいつまでも苦しんでるの?

 みんなは一週間弱謹慎だったけどそれは早く反省してレポート出さなかったからでしょ?

 最初から真剣にやってればすぐ謹慎は解けてたし、あんなの罰にならないよ!

 なんで、なんで自分で罰しようとしないの!?」

 

和成は自分の変わりに泣きながら怒ってくれる本音が愛おしかった。

 

「本当はね? 私も本音さんの言う通り罰はみんなが自分で考えることなんだと思ってる。

 だから僕の怒りがなかなか消えてくれないんだ、何も犠牲にして無いから。

 

 セシリアさんは別だよ? 自分を捨てて守るべき人達を選んだ。

 サラさんの協力があったとしてもね。

 

 とにかく本音さんの言う通り、山田先生に相談するね?

 多少落ち着いている今がチャンスだから」

 

こうしてもう一人、本当の自分を理解してくれるだろう真耶と相談する事にした和成だった。

 

◇◆◇

 

「山田先生、先程は怖がらせてしまってすみません」

 

和成は真耶に相談があると言って呼び出すと、まずは謝罪した。

真耶は先程との落差に驚いていたが、今の雰囲気は今までの和成で恐怖も感じない。

そこでまずは話を聞くことにした。

 

「いえ、今の様子を見る限り何か理由があった様に見えるんです。

 早速お話しを聞かせてもらえますか?」

 

そう言った真耶に答えたのは気遣い少しでも怒りが湧かない様にしようとした本音。

 

「かずくん、また話したら思い出しちゃうでしょ。

 私が話してもいい? その間、シャワーでも浴びて来たらいいんじゃないかな?」

 

「……そうだね、任せるよ、本音さん」

 

そう言った和成がシャワー室に消えた後、本音は経緯を話す。

そして、それを聞いた真耶は和成の優しさが失われていない喜び。

怒りによる被害を抑えようとする心の強さと和成の苦しみを知った。

 

「崎守くんの言う通りにしましょう、不本意ですが」

 

真耶からは力になれない悔しさ、またしても理解してあげられなかった後悔が滲み出ている。

 

……そして、和成と本音は懲罰室よりは環境がよく、それでいて出られない場所。

特別な寮の一室でこの職員寮の最奥へと隔離された。

 

◇◆◇

 

「……強いね、かーくん」

 

束は全て見聞きしていた、そしてそう断じる。

 

「あの子、本音ちゃんだから、ほーちゃんかな?

 ほーちゃんも凄いよ、本当の理解者って言うのはああいうのを言うんだね。

 山田だっけ? 彼女もそこに近づいている、羨ましいよ、本当に」

 

少し寂しそうに、それでいて嬉しそうに束は呟いた。

 

「かーくんも、ほーちゃんも言ってたけど自罰が無いのは事実だね。

 束さんだって、箒ちゃんと離れるって言う一番嫌なことしたんだよ。

 その気になれば連れて来れるけど、それじゃ罰にならない。

 それに箒ちゃんの意志も無視しちゃうからね、まあ結局はああなっちゃったんだけど。

 

 苦しいなぁ、なんで私は大切な人を見てることしかできないんだろう。

 私にできることなんて……、あった、あったよ!」

 

その瞬間から束は動き出す。

 

「他の人にはできなくて束さんにできること。

 ううん、“束さんにしかできないこと”で!

 

 待っててね、かーくん、ほーちゃん。

 束さんには束さんにしかできない事で救ってみせるよ。

 

 今回は間違いじゃない、絶対に!」

 

その熱意、その想いは烈火の如く。

 

「それとかーくん本来の人間性を束さんは否定しない。

 否定しちゃうと束さん自身も否定することになるからね。

 だって私達は天然物でそういう風に生まれてきたんだから。

 

 そして覚悟しておけよ、石ころ共。

 フェロモンの効果が切れたその後何かしたり、行動が伴わなかったら…。

 

 “私”の夢を今もわかってくれる唯一の理解者、かーくん。

 かーくんは優しいから許すかも知れないけど、“かーくんの理解者の私は許さない”」

 

束の決意は堅く、もしもその時が来れば……後は言うまでも無かった。



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淑女は違和感を抱く

翌日、またしても和成は現れず、何故か本音まで不在。

ここ数日で二人が恋仲なのは半ば公然の事実としてクラスでは認識されている。

それが揃ってとなれば一般の女生徒達は姦しく、キャーキャーと騒いでいた。

 

だが専用機持ちにとっては恐怖でしか無い、ただ本音が害されるとは思っていなかった。

では何故? と疑心暗鬼になるのが道理、それはSHRが始まるまで続く。

 

「先生、崎守くんと布仏さんはどうしたんですか?」

 

興味が色恋に移っている女生徒、真耶の機先を制するように質問する。

 

「崎守くんはまた原因不明の熱が出て、校外の専門病院に仮入院しました。

 布仏さんは、その……」

 

真耶が赤くなったのを見て黄色い悲鳴が上がる。

 

「ん、んん。あーそう言う側面があることは否定せん。

 だが、これは公務だ。生徒会役員としての付き添いというな」

 

以前に比べれば圧倒的にマシな説明をする千冬。

こういう時はやはり良くも悪くも千冬に軍配が上がる、特にレポート提出後は。

 

「と、とにかくですね。先生も正直言って心配なんですよ、二度も起きてますから。

 それに男性操縦者ですからね。

 布仏さんは一時的に訓練機を専用機化しての護衛でもあります」

 

こうして火消しした後、SHRはつつが無く終わった。

 

◇◆◇

 

放課後、三度生徒指導室に集められた面々を前にして真耶が説明した理由。

 

「昨日のこともあり、崎守くんを特別な部屋に隔離しました。

 布仏さんは本人の希望で崎守くんのメンタルケアのため一緒です。

 

 それと専用機のサキモリは私が預かっていますので危険はありません」

 

そう説明され解散となり、部屋へと戻ったセシリアだったが……。

 

「やはりおかしいですわ」

 

先程からずっと何かがセシリアの頭の中で引っかかっていた。

これは一人だけ身の危険が無いと言う心の余裕からくるものだろうが、それはそれ。

冷静に考えられる人間がいると言う事実は大きい。

 

「和成さんは遺書の内容を聞いた限り、男性操縦者の持つ危険性を十分認識しています。

 にも関わらずブリュンヒルデである織斑先生、各国の代表及び代表候補生に半ば宣戦布告。

 確かに男性操縦者を自殺に追い込んだと言うのは大問題ですが……。

 遺書は手元に無く、自殺の証拠となりそうなサキモリすら手放しては握り潰すのも容易い」

 

一つ一つ、セシリアは言葉にして整理して行く。

 

「しかも既に専用機は返還されていましたが、その気ならもう一度同じことができますわ。

 そうすれば言葉尻を捉えるようですがより一層恐怖が増します。

 それにわたくしだけ除外というのも怒りや恨みに突き動かされているなら有り得ない……。

 男らしさどうこうと言うのとは全く別の話、わたくしだったら……やりますわね、怒り任せに」

 

徐々に組み上がって行く思考。

 

「山田先生だからと言って自身の守りである専用機を手放して隔離を受け入れる?

 復讐するなら手放しはしませんし、隔離にも応じず、暴行や自殺の事実を映像で流しますわ。

 それで私達は簡単に破滅するのですから、つまり追い詰められた訳では無いということ」

 

そしてセシリアの中で形になる。

 

「今回の隔離、自主的としか思えません。

 そうでなければ布仏さんだって認めませんわ、こんなこと。

 

 思い返せば負の感情を取り戻したと言いましたが、優しさが無くなったとは言っていません。

 しかも、どちらも規格外だったと言ってたではありませんか。

 であれば、あの行動は私達を和成さんから遠ざけるための狂言というのがしっくりきます。

 確かに怒り恨んでいるのでしょうが……。

 間違いなく抑えるために自主的な隔離を望んだんですわ!」

 

そう言うとセシリアは立ち上がった、最も早く謹慎が解けていた鈴の下へと。

 

◇◆◇

 

「かーくんに助けられたセシリアちゃんだったっけ?

 どんな理由があったにしろ、辿り着いたのは褒めてあげよう。」

 

束はいまや全員を監視しつつ、作業を続けている。

天災である束にとってはマルチタスクなど造作もない。

 

「で、早速動き出した訳だけど…。

 ああ、そう言えば専用機が無いから集めるのに他の専用機持ちのところに行ったんだね?

 それで自分の推測を聞かせて考えさせようって感じかなって忘れてたよ。」

 

そう言うと束は何処かへ連絡する。

 

「もすもすひねもす、束さんだよ。

 すぐ切ろうとしないでよ、生徒のために動いてるんだから。

 

 何の話だって? ほら、イギリスの子いるでしょ?

 女王陛下から電話が行ったのは束さんから頼んだんだよ、話聞いてって。

 で、その代わりブルーティアーズ改修するって約束したんだよね。

 だから、サラって子から預かっておいて。

 

 どうするかって取りに行くよ?

 もう少ししたら行くから待っててね〜」

 

そうこうしてるうちにモニターでは鈴の部屋にセシリアが辿り着いていた。

 

「まあ、予想通りってとこだね。でも、真面に判断できる?

 それこそ今は単純にちーちゃんが力づくで隔離したとでも思ってそうだけど?

 なんせちーちゃんなら専用機無しでもISを抑えられるのは以前見てる。

 とりあえず、様子見でいいかな? 一応、セシリアちゃん? は仮免って感じで。

 まあ、免除するには結果を出さないとね、結果を」

 

そう言うと束はモニターを見ながら、キリの良い所まで作業を進めて行く。

束にしかできないことを一日でも早く成すために。

 

「待っててね、もう少し時間かかるけどさ」

 

手を止めた束はいつもの人参ロケットへ、そして乗り込むとIS学園に向かった。



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今がその時

鈴の部屋に来たセシリアが関係者を集めて欲しいと言う。

だが、それだけ聞かされても鈴には難しく……。

 

「だから理由を教えなさいよ、理由を。じゃないと誰も来ないでしょ?」

「ですから、ここでは話せないと何度も言ってますわ!

 しかも二度手間になるというのに……はあ、わかりました。

 場所を変えましょう! 行きますわよ!」

「なんなのよ、もう……。」

 

流石のセシリアもその態度にカチンと来た。

 

「……和成さんの真意、知りたいと思いませんのね。

 もう結構ですわ、他の方にだけお話しします。

 関係者と言えば何の話か想像できると思っていましたのに」

 

そう言ったセシリアは歩き出した所で腕を掴まれた。

 

「なんですか!? もう鈴さんに用はありません、離して下さい!」

 

「あんたね! 先走ってんじゃ無いわよ! それを言いなさいよ、それを!」

 

そう言うと鈴はプライベートチャネルで関係者に伝える。

和成の真意がわかったかも知れないと……。

 

◇◆◇

 

もうおなじみになった生徒指導室にいつもにメンバーが揃っていた。

 

「それで、凰。早速だが崎守の真意とやらを聞かせてもらえるか?」

「この話を持ってきたのはセシリアなんです、ほら話しなさいよ」

 

そしてセシリアは自分の考えを余すことなく話して聞かせる。

 

「……という事から、わたくしはあれが和成さんによる狂言。

 わたくし達を危険から遠ざけるのが目的だと結論づけました。

 ですから今も必死に抗ってる筈ですわ、本音さんに支えられながら」

 

それを聞いた一同は考え込み、最終的に視線を真耶へと向けた。

 

「山田君は知ってたんじゃないのか?」

「ええ、知っていましたがそれが何か? 伝える理由は無い筈です」

 

真耶の言葉に絶句する一同。

 

「だってそうじゃないですか、オルコットさんが気づかなかったらいつまでかかりましたか?

 あれだけレポートに書いて崎守くんと話したのに相手のことをまだ理解できない。

 

 崎守くんはしっかり伝えてましたよ? 優しさも怒りも規格外だって。

 そんな崎守くんが怒りだけで行動してると思うこと自体、許されていい訳が無いんです。

 違いますか? 皆さん。崎守くんに行動で示すと約束したのでしょう?」

 

真耶は自分を棚上げしている自覚はある。

けれど少なくとも相談されるだけの信頼関係があったからこそ知ることができた。

その点についてだけは絶対に譲れないのだ。

側に寄り添うのが本音の役目なら、自分は憎まれ役になってでも自罰なり和成のために何ができるか考える方向へ導くのが役目。

真耶には和成の理解者足らんとする強い意志と覚悟があったのだ。

 

「聞けば凰さんはオルコットさんからの要請にも難色を示したとか。

 自分の置かれてる状況と関係者という言葉だけでも行動すべきです。

 聞かなければわからないなんて言えませんよね? あの時の言葉が本当なら」

 

鈴にも言い分はあるが正直なところ怖くて不安から苛立っていた自覚がある。

だから何も言い返せなかった。

 

「山田先生、もういいですわ。

 わたくしは確かに命の危険から逃れていて皆さんより冷静だったことは事実です。

 だから考えられたと言われても反論できません。

 

 ですがこうして伝えた以上ご自身で判断することでしょう。

 わたくしはわたくし自身の判断を信じて動こうと思います。

 わたくしにできることで和成さんの負担を減らす行動を、それでは失礼します」

「私もこれで、オルコットさんの言う通りだと思いますから」

 

そう言って真耶とセシリアは部屋を後にした、千冬と専用機持ちを残して……。

 

◇◆◇

 

セシリアの行動は早かった、気づいたのだ、自分にできる和成の不安を払拭する方法に。

 

「その節は大変ご迷惑をおかけしました、元国家代表候補生のセシリア・オルコットです。

 代表候補生に相応しい方を紹介したく連絡致しました」

 

連絡したのは所謂スカウトであり、元はセシリアの管理官だった女性。

そしてセシリアが抜けたことで空席となっている代表候補生の席にある人物を据えるのが目的。

 

『いきなり連絡して来たと思えば突拍子も無い話が飛び出した物ですね』

「それは自覚しておりますが……。

 わたくしだけでなく、サラ・ウェルキン先輩も同意する存在と言えば如何でしょう?」

 

そう言うと相手の反応が変わる。

 

『ウェルキンも推すと言いましたか? 一体何方を?』

「男性操縦者の崎守和成さんです。

 セカンドシフトした専用機、実戦経験も豊富で特に守りに長けていますわ。

 攻めに関しては鍛えれば済むことですし、良ければわたくしが協力します」

 

『日本が手放すと?』

「今なら」

 

セシリアは隠されてる現状を最大限利用して交渉に当たっていた。

 

『……私の一存では決められませんが早急に話を通してみせましょう』

「では、わたくしは勧誘にあたっても?」

『先手を打っておく事に意味がある、そう思ったから連絡して来たのでしょうに』

 

それは許可が出たも同然の答えだった。




ピコン♪ セシリア理解者フラグポイントGET!w


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残された者と動く者

12月に入りましたのでリハビリが開始されました。
今までのような頻度での更新は時間の都合上、不可能ですがご容赦下さい。


真耶とセシリアが出て行った後、その場は静まりかえっていた。

その静寂を破ったのは千冬、この場にいる唯一の大人としての責任感からか。

 

「極論、あくまで極論だが山田君やオルコットの言い分は理解せざるを得ない。

 特に私はそうだ、何故なら隔離したと聞きはしたが私自身でそうした訳でないからな。

 お前達は私が隔離したと思っていたのだろう?」

 

千冬の言葉に頷く一同。

 

「今までが今までだからな。

 私がISと生身で戦えると知っていればそう思っても仕方ない。

 とはいえだ、人のことは言えないが確かに情報はあったのも事実だ。

 

 私自身に何かあれば織斑、いや弟がどうなるかという不安があってまたしても……。

 不確定な現状では崎守と同じ立場になるかも知れないと約束を反故にした。

 そうでなければ私は気づけただろうという確信があるんだ。

 だから私はお前達を責めたりなどできないし、しない。

 

 ただな? お前達は崎守と話して何かに気づいたのだろう?

 確かにオルコットは宣言があったのだからお前達の誰よりも冷静に考えられた。

 だが、それを免罪符にするのだけはお前達自身のためにならないと私は思う。

 酷な様だが私を含めてもう一度よく考え示していくしかあるまい。

 

 さ、今日はこれで解散、崎守には悪いがゆっくり落ち着いて過ごせるんだ。

 今日は何も考えず心を休めろ、考えるのはそれからにした方がいい。

 崎守については布仏妹に任せるのが一番だろうしな」

 

そう言うと千冬はそれ以上の言葉を飲み込んで全員を送り出したのだった。

 

◇◆◇

 

「ほうほう、ちーちゃんも随分と変わったもんだね。

 まあ、いっくんの事になると視野が狭くなるのは相変わらず。

 これはあれかなぁ、束さんが箒ちゃんが大事なのと一緒ってことか。

 執着って言う雰囲気は無くなってるんだよね、だからそう思ったんだけど」

 

束は“千冬の部屋”で一部始終を見ていた、そこからそう判断する。

 

「で、他は予想通りちーちゃんがやったって思ってた訳だけど。

 まあ今回はちーちゃんの言葉に免じて見なかった事にしておこうか。

 問題はあくまでこれからの行動次第、時間も長めに見るって決めたしね。

 

 さて面倒だから此処の整備室でちゃっちゃと片付けて帰ろっと」

 

そう言いつつ次々と拡張領域から取り出した資材や工具でブルーティアーズの汎用化パーツを造作も無く作る束だった。

 

◇◆◇

 

怒りや怨みは簡単に消える物では無いが、安らぎや幸せがそれを覆って緩やかに癒すことはある。

セシリアは今の和成がそう言う環境下にある筈だと考え、まず真耶に事情を説明することから始める事にした。

そして職員室を訪れたセシリアは真耶の下へ向かうと声をかける。

 

「山田先生、少しよろしいでしょうか? 和成さんの事でご相談が」

 

真耶はそれを聞いて早速行動したのだろうと察すると頷き、セシリアを自室へ招くことに。

部屋に入った真耶は単刀直入、セシリアにこう問いかけた。

 

「オルコットさんが何か行動を起こした、その報告と相談と言ったところですか?」

 

セシリアは以前の真耶から想像できない鋭さに舌を巻きつつも答える。

 

「はい、勝手ながら和成さんをイギリス国家代表候補生に推薦させていただきました。

 今のわたくしは一般生徒です。

 処罰を受け剥奪された身ですから祖国が動かしたとはならないと判断しました」

「崎守くんにイギリスの後ろ盾、現状では織斑くんが重視されているからですか……」

 

真耶はセシリアの考えにあたりをつける。

 

「恐らく今が最後のチャンスです、簪さんの件から考えても日本政府は信用できません。

 速やかに立ち回ればお姉様を救い出すのも可能かと。

 既に祖国では協議中で許可を勝ち取ると信頼できる筋から言質を取っています。

 和成さんの同意を得た後で発表前にお姉様の確保準備を済ませてしまえば……」

「日本政府はそれほど崎守くんを重視していないのでお姉さんの管理も甘いと。

 そして発表と同時に救い出して日本政府に文句を言う暇を与えない。

 なるほど、確かに妙案ですね。

 

 では会いたいと言う事ですか……」

 

真耶は和成の怒りと怨みの再燃を恐れていた、それが躊躇いとなって表情に出る。

しかし、それは和成にとって最も避けるべきことと十分理解しているセシリアは既に案を用意していた。

 

「いえ、この手紙を布仏さんに渡していただき読んで伝えていただこうかと。

 封蝋はまだですが、オルコット家の推薦とサラ先輩にも話をします。

 山田先生には見ていただいてから封蝋した手紙を手渡し説明していただこうと。

 わたくしはサラ先輩に話を通して参ります」

 

真耶はそれならば問題は無いだろうと素早く手紙を読み納得。

セシリアが封蝋した手紙を手に和成の下へと向かう。

 

勿論、セシリアがサラの下に向かったのは言うまでもなく、当然サラはその話を快諾どころか自身からの推薦状まで速やかに用意する歓迎っぷり。

こうして和成に後ろ盾をというセシリアと加わったサラの行動は何者にも阻まれる事なく進むことになる。

……未だ動かぬ者が何一つ知らないうちに。




真耶、セシリア、サラ、そしてイギリスが暗躍中。
ピコン♪ セシリアの理解者フラグポイントが増加w


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悩む乙女達と癒す乙女

シャルロットはラウラと一緒の部屋で考えこんでいた。

ラウラは昨日あまり眠れなかったらしく、早めに休んで今は穏やかな寝息をたている。

そんなラウラの姿に癒されながらも、湧いてきた疑問がシャルロットには気になって気になって仕方がなかった。

 

「最近、みんな和成のことしか考えてないよね、人のこと言えないけど……」

 

あれだけ一夏に執着、というか通い妻みたいにしてたラウラでさえこうなのだ。

セシリアの口からも一夏の名前は出ず、思い返せばここ数日誰からも聞いてない。

唯一聞いたのは先程の千冬が弟と言った位で……、自分自身もとシャルロットは思う。

確かに今、一夏はいないし色々と続いてはいるがこう言う時ほど出てもいい筈なのにと。

 

そしてその思考は気づかぬうちに自分自身の先行きと過去へ移って行く。

 

「良い悪いは置いとくとして和成が僕の道を幾つか示してくれた。

 

 一夏は守るって言ってくれたけど、できたかも知れないことを隠して……。

 しかもその理由が一夏が守ったって言えなくなるからって物。

 そして今は和成の言った方法しか僕も考えてみたけど思いつかない」

 

人任せだった自分に一夏を責める資格は無いとシャルロットはわかっている。

だからこそ自分で考えていたが心境に変化が起きた。

 

「お母さんの意思、父さんとロゼンダさんの意思、三人とも僕を想ってくれてた。

 僕は父さんとロゼンダさんの気持ちなんて全く考えて無かったけど……」

 

それをあくまで予想としながらも教えてくれたのは和成で。

比べるのは違うとシャルロットは思いつつ、それでも考えてしまう。

もし自分の意思で行動して和成に相談していればと。

 

「あ〜駄目だなあ、僕は。また自分のことばっかり。

 和成と約束したじゃないか、行動で反省を示すって」

 

それから休むまでシャルロットは考え続けた、和成のためにできる行動を……。

 

◇◆◇

 

楯無は自身の不甲斐なさに打ちのめされていた。

考えるなと言われて、はいそうですかで済むほど軽い話では無い。

それでなくても先日、和成に謝罪へ行った筈が楯無の苦しみを察した本人から癒されるという本末転倒ぶり。

 

「お嬢様、悩んでる場合ですか?」

「え? 私、そんなにわかりやすかった?」

 

思わず頭を抱える虚。

 

「……あまり言いたくはありませんが余計な事に惑わされている暇はありませんよ。

 ただでさえ多忙なのですから。」

「うっ! 虚ちゃんが厳しくて泣きそう」

 

楯無はいつもの調子でそう言ったが今の虚に甘さは無い。

それでなくても聞けばまたしても和成の心を無下にした主人なら尚更だ。

 

「はっきり言わないとわかっていただけないようですね。

 更識の当主、生徒会長、ロシア国家代表。事情はどうあれ欲張り過ぎです。

 

 まずは減らす方向で動くべきでは? でなければ崎守君に何もできませんよ。

 個人的にはロシアの国家代表を降りてでも現状の打破に専念すべきかと。

 

 返すべき恩義に全く応えていないんですよ? 非常識にも程があると言う物です!」

 

「それはそうなんだけど……」

 

楯無とてわかってはいるのだ、手が回らないと言うことを。ただどれも非常に難しい。

しかし和成へ行動を示すのは当然のこと。

 

再び楯無は悩み始めた、どうすればいいのかと深く深く……。

 

◇◆◇

 

和成と本音は穏やかな時間を過ごしていた、と言っても本音の献身あってのこと。

元々癒し系の“のほほんさん”はまったりゆったりしているが、それは無自覚な演技が多分に入っている。

では素の本音は?と言えば気配り心配りのできる鋭い観察眼を持つ女の子、悲しいかな料理は食べる専門だが。

 

のほほんさんと本音が同居した時の癒しっぷりはある種の危険物だ、つまり駄目男製造機になりかねない。

ただ和成に関して言えば負の感情が極端に大きいため上手くバランスが取れていた。

 

ちなみにこの部屋に入る時、本音と真耶で相当な荷物を運び込んでいる。

何が言いたいかと言えばあの狐着ぐるみパジャマを着た本音がこれでもかと和成にスキンシップをはかった。

怒りを抑えようとする和成が何も考えられない程と言えばその凄まじさがわかるだろうか。

あの隠れ巨乳で抱き締めまくられては男の本能が勝ったという訳で、なんとも締まらないが本音の思惑通り。

こう見ると献身?と思うだろうが本音とて相当恥ずかしかったらしく、後に聞けば顔を真っ赤にして俯いたとか。

 

ともかく姉と二人暮らしだった和成が食事を作り、本音は全力で癒しにかかる。

勉強となれば和成は一般教養に強く、整備科志望の本音がISに強いので二人いれば困らない。

運動はランニングマシンやダンベルがあるので、汗を流してストレス発散と体力増強にいつでも取り組める。

持ち込んだ大量のおやつに飲み物・食材・衣服に至るまで、世界はこの部屋だけで完結していた。

 

「うまうま、かずくんもあ〜ん」

 

「……」

 

黙って恥ずかしそうに口を開ける和成と笑顔でおやつを口に入れる本音、口から砂が出そうなほどとはこの事か。

しかも、後ろから本音に抱き付かれているのだから押して知るべし。

 

まあ言いたいことは色々あるだろうが思ったより平和な世界。

そこで和成はひたすら怒りが収まるまで、この甘く幸せな生活を続けることになる。




シャルロットと楯無が悩む光景とは対象的にあま〜い生活を送る和成と本音でした。


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第六章 返
打診と決断


真耶はセシリアから預かった手紙を手に二人が隔離されている部屋へ向かう。

まあ隔離といっても住環境としては何の不足も無く、色々と持ち込んだ結果それなりに住み心地は良いと聞いている。

普段なら年頃の男女が云々という真耶だが和成にとって本音の存在は非常に大きい。

よってこれは必要な措置という認識が強くなっており、信頼の証でもあった。

とはいえいきなりドアを開けたら和成へのスキンシップにあまり抵抗の無さそうな本音が抱きついていたなんて状況に出くわすかも知れず、その場合きっと和成が恥ずか死する、ついでに真耶も居た堪れない。

なので常識でもあるがノックして声をかけた。

 

「山田です、お話があって来ました。」

 

和成はノックされた場合、念のため洗面所に行き外鍵をかけて貰うことにしている。

自分で自分を隔離するルールを設け周囲に迷惑をかけない様にしているのだ。

そのためノックの時点で洗面所へ和成が移動し、本音が外鍵をかけてから真耶を部屋に通した。

 

部屋に入ると食欲を唆る良い匂いがして真耶のお腹が鳴る。

それを聞いた本音は赤くなる真耶も一緒に夕食をと考えた、色々と迷惑をかけている自覚もあって尚更に。

 

「今のかずくんは〜、落ち着いてるので〜、先生も一緒にご飯食べませんか〜?」

 

結局、夕食の誘惑に負けた真耶はその提案を受けることになる。

作ったのは和成なのだが本音の独断で。

 

◇◆◇

 

夕食をご馳走になった真耶だったが作ったのが和成と聞き、女子力で負けたことにショックを受けていた。

とはいえ今は大事な話があって、それを優先することで乗り切ろうとする。

……既に夕食を食べただろうと言ってはいけない。

 

「それで山田先生、お話とはなんでしょう?」

 

そう和成から水を向けられた真耶は上手く伝えることに注意して話し始めた。

 

「崎守くんの後ろ盾になりたいという打診がありました。

 詳しくはこの手紙に書いてありますが、先生は受けることを勧めます。

 お姉さんも自由になるチャンスですし。

 読むのは布仏さんに任せますね、送り主もそう気遣ってましたよ」

 

この時点で和成は加害者の一人が動いたと察し、真耶と送り主の心遣いを感じるとその方法を快く了承する。

そして受け取った本音はその手紙の封蝋を見て誰からかを察した。

加害者の中で、このご時世に封蝋を使うのは一人しか思い当たらなかったからだ。

そこで本音は和成を刺激しない様に注意して読みあげることにした。

 

「それじゃあ読むね〜」

 

“崎守和成様へ

これまでの実績と私から見た操縦技術や心構え、加えて心労を少しでも取り除ければと思い貴方を祖国の代表候補生に推薦させていただきました。

これは正当な評価による物ですから前述の理由が無くとも私は貴方を推薦するに相応しいと思っております。

本国への打診は済んでおり、現在協議の場が設けられておりますが担当者から勝ち取るとの確約を得ています。

同僚には貴方もご存知で信頼しておられる方がこの学園におりますので、ご迷惑でなければ私を含めてサポート体制はこれ以上無い程に整っていると言っても過言ではありません。

どうかこの機会を逃さず、貴方様の望む未来を勝ち取っていただければと思う次第です。

またお姉様の件に関しても万全の手を打たせていただきますのでご安心下さい。

私が今できる最大限の償いであり、ご恩返し。熟慮の上で色良いお返事をお待ちしております。”

 

「だって〜、かずくん」

 

本音とセシリアは国家と差し出し人を敢えて伏せ、この手紙を書き読み上げた。

だが、この内容を聞けば和成は一カ国、そして一人しか該当者がいないと察する。

何故なら代表候補生が二人“いた”国家は一つしか無いからだ。

 

「セシリアさんからだね、私がイギリス代表候補生……。

 同僚はサラさんということか」

 

和成は考える、まず日本は論外だ。今までの対応といい簪の件といい全く信用に値しない。

今の和成にとって日本とは“故郷の村”だけを指す位にまで縮小されていた。

 

ではイギリスはどうか、先日女王陛下と話しており唯一和成が被害にあった事を知る国。

セシリアへの対応も印象も良い、そして日本と同じ島国で公用語である英語も和成には問題無い。

もし問題があるとすれば……。

 

「本音さん、卒業後も一緒に来てくれる?」

「かずくんのいる所が私のいる所だよ。」

 

本音は即答した、実家や更識家が何と言おうが押し通せるだけの事実を本音は知っている。

更識家の当主でもある楯無に邪魔することはできず、姉である虚は快く協力してくれるだろう。

仮に止められようとも家を捨てる覚悟が本音にはあった。

 

和成は一度目を閉じるともう一度だけ自分の意思を確認してから目を開いてこう答えた。

 

「このお話、慎んでお受けします。

 どうかお言葉通り万全を期していただくようお伝え下さい、山田先生」

 

和成は決断した。

これが後にどう影響するかはわからなくとも逃すべきでは無いという判断の下に。




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女尊男尊を嫌う女王は盾の騎士を歓迎す

イギリスではセシリアの元管理官からの要請に基づいて男性操縦者である和成を代表候補生として迎えるか議論が行われた。

結果からいえば代表候補生として迎える意向に固まったのだが……。

ここでイギリス情報局秘密情報部、通称MI6を動かしたことから回り回ってとんでもない所まで情報が行ってしまう。

そう、セシリアの件を最も詳しく知る女王陛下にこの話がどうしてか届いてしまったのだ。

 

兼ねてから和成の境遇や行動、そしてイギリス貴族であるオルコット家当主が引き起こした問題とその際の広い視野に基づく対応。

加えて“あの”束のお気に入りであり、和成が話す機会を設けるためだけにBTシステムの汎用化を申し入れたこと。

さらには各国の代表候補生をも守って見せたという事実。

それらは女王陛下をして騎士道精神を認める現代の騎士。

 

確かに諸問題において一夏が決着をつけたのは間違いないが、その前提として和成がそれを可能にできる状況を作り出したのも事実。

この前提というのが重要で、守りきったことや自分以外の被害が出ない様にと殿を務めたことは騎士の務めにして誉れ。

先日の電話での会話といい、この事実といい、イギリスに是非とも迎えいれての謝罪と恩義に報いることは女王にとっても望むところだった。

 

よって本来首相がトップダウンするMI6に対して、極めて異例な女王陛下からの指令が下される。

それは和成に対する日本政府の対応から始まり、その家族である姉が人質になっている事実。

同じ男性操縦者でありながら差別的待遇を受けて尚も曲がらず、研鑽を続けて来た結果のセカンドシフトを含む数々の揺るがぬ証拠。

さらにはセシリアだけでなく、同じイギリス代表候補生のサラにまで救いの手を差し伸べていたことなどが次々と明るみになった。

 

元々女尊男卑ではない女王にとって、これほどまでに相応しいと思える人間はいない。

であれば姉共々幸せになる手助けをするのは当然であり、姉の捜索が急がれた。

その結果、姉が送る名を変えての生活環境や警護とは名ばかりの監視体制はあっさりと暴かれ、後は和成の意志表示を待つだけ。

日本にいたエージェント達は女王陛下の勅命ともいうべき事態に最善にして最速、それでいて気取られないよう慎重に職務を全うした訳である。

 

ここまでセシリアが連絡を入れてから丸一日とかかっていない。

恐るべきはMI6か、それとも忠誠を受ける女王陛下か。

兎にも角にも和成の受け入れ準備は着実かつ完璧に整うこととなる。

 

◇◆◇

 

真耶から和成が提案を受け入れたと聞いたセシリアはすぐに元管理官の女性へと連絡。

その際にとんでもないことを聞かされ驚いた。

 

「女王陛下御自らがですか!?」

『ええ、既にMI6が動いていますから場合によっては明日にでも発表できるのではないかと。

 準備が整い次第行動する旨を女王陛下からお伝えするよう指示がありましたので』

 

流石のセシリアもそこまで話が大きくなるとは思っていなかったので開いた口が塞がらない。

 

『そういう事ですのでセシリア、しっかりと自分の発言には責任を持つ様に。

 

 また今回の件の火消しも兼ねて女王陛下御自ら発表なさって下さいます。

 お姉様については亡命、本人はイギリス国籍の取得で対応しますと伝えて下さい。

 合わせて本人の意思でイギリス国家代表候補生になるとの映像準備の上、こちらへ送る様に。

 

 タイミング命だというのはセシリアにも理解できる筈です。

 世界に発信すると同時にお姉様を救い出して速やかに国外脱出させるには必要な事だと。

 

 それとIS学園に対してISコアと打鉄購入費用が支払われます。

 ですので専用機についても問題無いでしょう』

「わかりました、速やかに対応しますわ」

 

女王陛下が動いている以上、驚いてばかりはいられない。

セシリアは指示を受け再度真耶の下へと急いだのは言うまでもないだろう。

 

◇◆◇

 

セシリアを伴った真耶は理事長室を訪れ、セシリアと共に今回の件を説明。

理事長である轡木も和成に後ろ盾ができることを歓迎し、打鉄の件も了承。

轡木とてできる物なら一夏と和成を犠牲になどしたくないからこそ、このIS学園へ入学させた経緯があるのだ。

 

そして部屋に舞い戻った真耶が和成へ再度説明して今に至る。

 

「女王陛下が……、ではお待たせする訳にはいきません。

 すぐに意思表明の撮影を行なってしまいましょう」

 

そう言った和成は部屋着からIS学園の制服に着替えると早速撮影。

 

「それでは山田先生、何度もお手数をおかけしますがよろしくお願いします」

「崎守くんが気にすることではありませんよ、だって私は先生ですから。

 ですがお気持ちは受け取りますね」

 

真耶には和成の不幸を一度見過ごしてしまったという負い目がある。

しかし、どうやっても時間は巻き戻らない。だからこれ以上不幸にさせないし、幸せになって欲しいと願う。

そして、そのための労力など全く苦では無かった。

 

部屋を出た真耶はその足でセシリアの下へと向かい、セシリアは速やかに映像を送る。

これで学園側でできる準備は整った、後は女王陛下から発表できる状況が整えば……。

 

それは元管理官の女性の予想通り、翌日に実現することとなる。



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自問自答するは……

あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします!


セシリアが行動している頃、簪は本音のいない自室で一人考え込んでいた。

今更だが疑問を持ったのだ、和成や布仏姉妹の放った言葉に。

 

“かんちゃんは、おりむーのこと嫌いだったのにちょっと優しくされたら好きになって”

 

「白式の方に人が回されて打鉄弍式は凍結……。

 けど一夏くんのせいじゃなく政府の意向だって本当は理解してたのに感情が抑えられなくて。

 だから最初は嫌った……」

 

“ですが、あれらは楯無様が依頼したからで自主的ではありません”

 

「うん、知って本気で怒った。それでも一夏くんが協力してくれて打鉄弍式は……」

 

“整備科に頭を下げに来た崎守君のおかげなんですよ”

 

「……崎守君が影でそんなことをしてくれてたなんて知らなかった。

 だから一夏くんのお陰だと思って……。

 

 でもテスト中の事故から救ってくれたのは事実で。

 その時ヒーローに見えたから私は……。

 

 けど崎守君が何もしなかったら打鉄弍式は完成しなかった。

 人知れず助けるのもヒーローだよね……」

 

簪は次々と言葉を口にしながら自問自答していく。

 

「……色々あったけど私は一夏くんが好きだからってあんな行動、する、かな?」

 

その時、こんな状況にも関わらず、いつもより冷静に考えられる自分を不思議に思いながら答えに至る。

 

「ううん、私は虐げられる苦しみを知ってる。

 そんな私がどうしてあんなことをしたんだろう……。

 

 何かおかしい感じがする。

 私はお姉ちゃん相手ならともかく誰にでもあんな攻撃的じゃない!

 

 でも原因がわからないし、やったっていう事実は変わらないよね……。

 なら償わないと、どうしたら崎守くんにとって一番いいのかよく考えて行動してみよう。

 そして少しでも早く崎守くんに認めて欲しい、更識簪は本気で償いたいんだって。

 そのためには……」

 

簪は思考の海に深く沈む、今までに得た情報を正確に集めながら。

崎守和成という一人の人間、そして従者であり親友が本気で好きな人に償う方法を求めて……。

 

◇◆◇

 

「へぇ〜、この子は随分と自分をわかってるみたいだね、確か簪?とかいったっけ。

 そろそろ本来の自分に戻る子が出てくるとは思ってたけど、これで二人目。

 いっくんが好きとかはどっちでもいいけど、かーくんにしっかり向き合うのは良い事だね」

 

セシリアの行動を見ていたように、他の関係者も当然束は見ていた。

そこで目に入ったのが簪の自問自答、フェロモンの効果切れが見てとれたからだ。

 

「確か一番接触期間が短いのはこの子だよね?

 

 セシリアちゃんは危機的状況からかーくんに救われた、だから参考になりづらい。

 けど、この子は他の子と条件が一緒、違うのは接触期間と性格。

 うん、これはいいサンプルになるかもね」

 

束にとっての一番は箒と和成、次いで千冬と一夏。それ以外には基本的に価値を見出せない。

だからこそのサンプル(・・・・)扱い、人を人と思わぬ束らしい分類だった。

 

◇◆◇

 

深く考え込んでいる簪は次々と情報を整理していく。

 

際限ない優しさと際限ない怒りが同居した存在、和成が持つ特殊な人間性。

優しさは今までの行動を思い出せば納得できる、なら怒りは? どうすれば鎮められる?

セシリアと簪の差は? そこでハッとした。

 

「セシリアは貴族の当主として自分より他人を。

 余波で被害を受ける人達を責任持って救済した、代表候補生と専用機持ちの立場を擲って。

 

 つまり罰を自分から受けたのが理由?」

 

そう思えばしっくりくると簪は思う、何故なら他には無い条件(・・・・・・・)だから。

 

「私が自分を罰して崎守君に認められる物……。

 ……罪の象徴にしてしまった打鉄弍式の扱いと代表候補生の立場、かな」

 

“代表候補生としての責務を果たさず、織斑君と遊んでいただけではないですか“

 

「そうだね、虚さん。

 私は崎守君が協力してくれて完成した打鉄弍式で代表候補生としての責務を果たしてない。

 それどころか崎守君に暴力を振るった、最低だよね……。

 

 なら私はもう一度初めからやり直す、自信を持って代表候補生だって言える様に。

 だから全部返還するって崎守君に伝えなきゃいけないよね、ケジメだから」

 

そして、そこからさらに考える、和成をどうすれば助けられるのかと。

必要なのは確固たる後ろ盾、姉の幸せも含まれると簪は考えた。

 

「お姉さんについては更識の力で守ってあげられる、けど後ろ盾が日本政府じゃ意味ない。

 お姉ちゃんに相談してみよう、ロシア代表のお姉ちゃんなら代表候補生に推薦できる。

 更識の当主としてお姉さんも守れるし、私には力が無いけど絆はあるんだから」

 

簪は早速行動に移す、少しでも早く和成に償い報いるために。そして楯無自身も救うと決めて。

 

しかし誤算が一つ。

セシリアが既に動いており、先手を打たれていると簪は微塵も思っていなかった……。




ご存知の通り簪は当初一夏を嫌っており、一緒に過ごした期間は最短です。
ですので、この様なことになりました。


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