春嵐 (パズル飴)
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プロローグ

目を覚ましたとき、何もない空間にいた。

真っ白なだけで病院以上に無機質な空間。

 

極端に暗い場所もそうだが、こうも明るすぎる場所というのもなんだか不気味なものである。

 

 

なぜ自分がこんなところに居るのか考えてみると、そういえばどこかから落ちたような気がする。

それが原因とすればここは死後の世界かあるいは神様とかがいるのではという結論に達するのにそうそう時間はかからなかった。

前者は至極当然の結論だが、後者はライトノベルの類を読みすぎた結果な気もする。夢見がちか?

 

 

 

 

うろうろと歩いていると椅子に座り白い衣を着た人物がどこからともなく現れて自分に語りかけてきた。神様的な存在だろうか。

 

「お前は自分がここにいる理由が分かるか?」

 

やらかして生徒指導室に呼び出された人ってこんな気持ちなのかなーとか思いながら

「死んだから……じゃないですかね?」

と一応答えた。

なんであんたはすぐ近くにいるのに顔が見えないんだとか色々聞きたいことはあったけれど飲み込んだ。

 

神(仮)は頷くと、長々となにやら話し始めたがざっくりまとめるとこんな感じの話だった。

・自分は雨の日に足を滑らせて歩道橋から落下しさらに車に轢かれて死んだ

・死者にはある程度次の生での希望を聞くことになっているが、勿論生前の行いが強めに反映されるため希望が全て通るわけではない

・神の姿は各人のイメージする姿になっており、顔が見えないのはおそらく自分が神という存在に対して漠然としたイメージしか持っていないからだろう

 

ふむ。なるほど。

さりげなく心を読まれていることはおいておき、なんとなくの流れは掴めた。

 

「でしたら、自分実は来世について希望があるので聞いていただけませんか?」

 

神は「聞くだけならタダだし構わん」と述べて足を組み替えた。

やけに俗っぽい神だなこいつ……こういうところも本人のイメージが反映されているのだとしたら人によってはイケメンとか美少女が出てくるのだろうか。

 

「ウマ娘プリティーダービーってご存知ですか?自分あれに出てくるウマ娘になりたいんですけど……」

 

「神だから俗世のことは全て頭に入っている。その作品に出たいというのならばまずは競走馬として成績を残さなければならない。

言うまでもなく競走馬の世界は厳しいが、微温湯に浸かって生きてきた貴様にそれを耐えぬく覚悟はあるか?」

 

当然だ。

そうでもなければウマ娘になりたいなんてこと願わない。

 

その問いに頷けば神は満足そうに微笑んだ、ような気がした。

だって顔見えないから分からないんだよ。雰囲気は確かに和らいだので怒ってはいないはず。

 

「ならばその願い叶えよう。ただし、一つ条件がある」

 

そう言うと神は自分を呼び寄せてその「条件」を告げた。

 

 

 

「……なるほど。分かりました、その条件を受け入れます」

 

「それなら良い……ああそうだ、神として一つ教えておこう。

私は貴様に反則的な才能を与えるつもりはないから、この馬生を全うし希望した未来へ進むためには己自身の努力が必要不可欠となる。

……その事をゆめゆめ忘れないように」

 

当然だ、努力無くして道は開けない。

自分は四半世紀も生きていないが、この人生で痛いほどその事実を突きつけられた。

神に一礼してゆっくりと歩き出す。

 

 

 

さて、冗長な前置きはここまでだ。

この先は誰も知らない。

神すらも知らないだろう。

無論自分も知らない。

 

「私」に出来るのは未来へ向かってただ走り抜くことだけだ。

望む未来へ向かって、希う世界へ向かって、ただひたすらに直向きに。

前だけを向いて走るのだ。




謎の緊張のせいでまともな文章が書けません。これは国語力Gだな(確信)
あと毎回打ち切り漫画みたいな文章で終わっちゃうの誰かどうにかしてほしい。


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誕生

2008年2月25日。

嵐のような猛吹雪の中、小さな牧場でその馬は誕生した。

 

立春を越えると暦の上では春となるものの、北海道や東北のような雪深い地域ではそんな区切りは意味をなさない。

 

凍てつくような空気の中、数人の牧場スタッフに見守られながら母馬が産み落としたのはクリーム色の仔馬だった。

 

 

 

「あ、あ!!生まれましたよオーナー!!

わぁぁ、お母さんと比べるとやっぱりちっちゃい……」

 

「栗毛にしては明るい気がするけど仔馬だからこんなものか?」

 

仔馬を見つめてやいのやいのと話す2人はここ芳松牧場のスタッフである天内 菫(あまうち すみれ)とその兄である天内 晴人(あまうち はると)

 

「頑張ったわね、プランタンガール。お疲れ様」

 

「ようやく生まれたか。」

 

母馬であるプランタンガールを労るのはオーナーの妻芳松 千春(よしまつ ちはる)

生まれたての仔馬を愛おしげに見つめるのはこの牧場のオーナーである芳松 真(よしまつ まこと)

 

「しかし、今まで見てきた馬たちに比べて小さい気がするな。

ちゃんと育つかなぁ……」

 

「それを育てるのが私たちの仕事でしょうが。

ガールだってどっちかといえば小さい馬だったし……いやまぁそれにしたって小さい気はするけど……父馬のミホノブルボンはムキムキで大きい馬だったと思うし、大器晩成型って事で!」

 

 

 

出生時の体重は平均より軽い35kg。

こんなに小さな馬が後に短距離戦の名役者になる事は、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

いやさっむ。

馬として生を受けての第一声がこれは自分でもちょっとどうかと思うけど寒すぎる。洒落にならんよこれ。

 

まぁそれもそのはず、今ここは猛吹雪の屋外。

母馬は髪の長い女の人に労られてどっか行きました。

仔馬を置いていかないでほしい。切実に。

凍死しちゃうじゃん……。

スタッフっぽい2人ともう1人のおじさんはなんか喋りながらこちらを見ていた。

生まれたばっかりなんだからもう肉にするとか言う話はしてないよね?大丈夫だよね?

そんな一抹の不安を抱えながらとりあえず足に力を込めて立ち上がった。

 

神らしき人物(といっていいのか分からないけど)に別れを告げた後から薄々勘付いてはいたものの、どうやら自分は牝馬として生まれたようだった。

だってなんか一人称が自動的に「私」に移行したし。

 

ぐだぐだ考え事してても何にもならないのでとりあえず体を温めるために走り回る事に……あれ?

走れない。

普通に走れない。

なんなら生まれたての子鹿レベルで足ガッタガタである。

生まれたての仔馬が普通どれくらいで立つものか知らないけどこんなに足が震えるものなのだろうか。

 

「あ!立ち上がりました……え?立ってるよね?」

 

立ってます!!!!

 

「やべえこいつ足……ふっ、やば、足……」

 

男の方笑いすぎでは?

 

 

 

……。

 

走り回って体あっためるのは無理そうなのでやめます。

ふて寝してやる。




冒頭の部分最初は「その馬は生まれた」だったんですけど、作者が謎の笑いを堪えられなくなったのでやめました。
あと主人公は馬になった事で若干ですが知能が下がってるので言葉遣いが砕けました。
ヒト時代の記憶まるまる受け継いで良いよとは言ってないからね。


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‪✧︎春眠暁を覚えず?

じわじわとUAが増えてきて喜んでいる作者です
更新頻度は大事だということが分かったのでペース落としすぎず文字数も増やせるように精進します…
お馬さんパートは当歳時のサラブレッドとかについてまだ調べてる途中なのでちょっと待ってね


温かな光、柔らかい空気、そしてふかふかのお布団。

なんて素晴らしい組み合わせ。

この微睡みはまさに至福のひととき……

 

 

 

「とっとと起きろ、時間ちょっとやばいぞ」

 

「ぐぇっ!?」

 

布団の上からお腹を叩かれて飛び起きた。

とんだモーニングコールだ。

 

凶悪で素敵な目覚めをプレゼントしてくれた彼女は私の同室であるロードカナロア。

サラブレッド時代に鎬を削りあった同期にして、ウマ娘として生を受けた今世でも同期である。

短距離戦で圧倒的な戦績を残しており、一部では『世界のロードカナロア』と呼ばれていたらしい。

同室になった時の自己紹介で

「国内の短距離戦を制した後に海外のレースに出たい。出来れば香港のレース」と意気込みを熱く語ってくれたが上記の通り現在は割とあたりが強め。

ちなみに私はロアって呼んでる。

 

「あぁごめん……私もしかして目覚ましのセット忘れてた?」

 

「いや、起きた後に止めて二度寝し始めた」

 

「うわマジか……そこで起こしてくれてもよかったのに……同期のよしみ的なあれでさぁ」

 

「こんな間抜けがこれから鎬を削る同期とは思いたくないが」

 

淡々と支度を進めながらさらっと毒を吐く彼女。

同室になって早々だけどカレンチャン先輩以外アウトオブ眼中疑惑が私の中で発生しております。

馬時代も首ったけって感じだったしね。

 

「私はカレン先輩と朝練の予定入れてるからもう出るけど、ちゃんと部屋の鍵閉めてこいよ」

 

「分かってるって!行ってらっしゃい」

 

そのまま彼女が部屋を出て、私がベッドから降りようとするとドアが再び開かれた。

 

「言っとくけど朝飯は抜かないように。また授業中に腹鳴らされたらたまったもんじゃないし」

 

バタン。

鹿毛の髪をなびかせて今度こそ部屋を後にした。

慕ってる先輩との朝練に一刻も早く行きたいだろうに私に朝食勧告(?)をしていくなんて、なんだかんだ言って優しいよね。

あんまりツンデレ感はないけど。ネオツンデレ?

 

さて、と。

部屋に1人になったところで朝の支度を進めましょう。

 

まずはちゃんとカーテンを開ける!

日光を浴びないと起きたって感じしないからね。

布団もちゃんとたたんで、鏡を見ながら制服のリボンもきっちり締める。

後ろ姿にも変なところがないかくるっと回って確認。

よし、大丈夫。

入学したての頃と比べたらそれなりに制服姿も様になってきた。

髪の毛もきちんと梳かして、お気に入りの耳カバーを被せれば身支度は完了。

あとはカバンを持って部屋を出るだけ。

 

 

……また部屋の施錠忘れていくところだった。危ない危ない。

 

 

 

 

食堂で朝ごはん用のプレートを選んでいると後ろから声をかけられた。

 

「おはよ。今日はちゃんと食べにきたんだ」

 

「おはよう、さすがに2日連続寝坊はしないよ……いやしたけど」

 

「したんかい」

 

ダウナーな雰囲気でゆっくりめに喋るこの子はこれまた同期のオルフェーヴル。

馬時代に2回くらい同じレースで走ったことがある気がするけど私は1回も勝ってない。

三冠馬だよ、三冠馬。皐月賞と菊花賞じゃ距離が1000mも違うのにすごいよね。

 

「それより、なんか今日オルの髪めっちゃ跳ねてるよ。もしかして寝坊?」

 

「君と違って私はちゃんと起きてる。普段より30分遅れただけ」

 

「それを寝坊っていうんじゃないかな?」

 

他愛もない話をしながらプレートを受け取って適当に近くの席に着く。

 

「あと今日は寝坊したんじゃなくて姉貴が鏡使わせてくれなかっただけ」

 

「ほーなんふぁ」

 

「ほーなのー」

 

「真似しないでよー」

 

「このパンあげるから許して。美味しいよ」

 

「どーも。これ好きなんだよねぇ」

 

オルの同室は彼女の実のお姉さんであるドリームジャーニー先輩。

ちなみにグランプリウマ娘。

私と同じくらい小柄なんだけど気迫がすごいから側にいると圧倒される。

だからまあ鏡を譲ってもらえなくてもなかなか抵抗しづらいよね。

 

「……あれ、そういえば時間大丈夫?」

 

「あっほんとだ……ちょっとまずいかも、急がなきゃ」

 

急いで朝食を食べ終えて、また昼休みに食堂で会う約束をしてからクラスの違う私たちはそれぞれの教室へ向かうのだった。

今日の授業はなんだったかな、居眠りしないようにしないと。

窓際の席は温かくて危険だからね、気をつけなきゃ……。




トレセン学園のクラス分けっていまいち基準が分からないんですよね。
とりあえず距離適性として主人公と龍王さんを同じクラスにしてみたのですが何か知ってる方いらっしゃいましたらご一報ください。
ウマ娘になってちゃんと女の子してる主人公を書きたかった。


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私と馬着とご飯と自主練

最近タイトルのつけ忘れが多くて恥ずかしい


さて、長い長い北国の冬を越えて馬として生まれて初めての春が来た。

とはいえまだ私が起きる時間は薄暗く、空気もひんやりとしている。

馬としてはそこそこ遅起きな方だと思うけど、それでも日の出よりは普通に早い。

 

「ラーンー、おはよう。馬着脱ごうねー」

 

えっやだ。これ意外と着心地良くて気に入ってるんだよ!?

雪の上転がってもちょっと顔が凍りかけるくらいで済んでたからお気に入りなんだよ!!

もうちょっと着てても良いよねお願いお願いの意を込めてきゅるんと上目遣いしてみるものの、菫の返答は変わらなかった。

 

「ダダこねてもダメ。日が上って暑くなったら大変でしょ」

 

そんなぁ!

ショックを受けながら冬の間に着せてもらっていた真っ白な馬着と渋々お別れを果たす。

最初はあんなに雪積もるのに真っ白なやつ着て大丈夫なのかと不安になったが、私はどうやら芦毛ではなさそうなので大丈夫だった。

良かった、雪に埋もれて馬版テケテケみたいに見えるとかならなくて本当に良かった。

縁起でもないな、やめようこの話。

成績残せなかったらよっぽどエンターテイメント性のある馬でもない限りウマ娘になんてなれないだろうし、ストレートお肉行きとかは本当に避けたい。

 

ちなみにランというのは私の幼名である。

ハルトが「生まれた日の吹雪やばかったしアラシで良いんじゃねえの」と言ったところスミレが「女の子なんだから可愛い名前が良いでしょ!」と猛反対し、「嵐」を音読みした「ラン」と名付けられた。

どうしても嵐が良かったのだろうかという疑問はさておき、前者を聞いて某アイドルグループが頭を過った私は彼女に感謝するべきかもしれない。ランにしてくれてありがとう。

 

「今日は兄さんが風邪ひいて休みだから私が飼葉もってくるねー。お腹空いてても柵とか噛んじゃだめだよ」

 

噛まないよ!

不満の意をたっぷり込めて鼻を鳴らすとスミレは明るく笑いながら一度姿を消した。

私が暮らしている芳松牧場だが、スタッフはハルトとスミレの2人だけっぽい。

もしかしたら他にもいるのかもしれないけれど、まだ見たことがないので2人と仮定する。

私の他にここにいる馬は母であるプランタンガールと2年ほど前に引退して帰ってきたというネオプランタンの2頭がいる。

プランタンガールは割とおっとりめな性格でのんびりしてる。

ただ生まれて何日か経っても私のこと認識しなかったり牧場内を散歩してる時に突然私の進路にある草を食み始めたり、と天然という言葉で片付けて良いものか不安な言動もちらほら。

ネオプランタンさんは静かな牡馬。

知恵が回る人(馬だけど)みたいで夜中に自室の鍵をどうにかして解除して草を食べに出てきてる事がある。

夜中に物音がするなと思いながら放置して、起きたあと辺りを確認したら気に入ってるエリアの草がミステリーサークルみたいに消えてた時は泣いた。あれは許さない。

 

まぁなんだかんだで馬生満喫しちゃってる感はあります。

スミレはブラッシングとか掃除が、ハルトは意外と寝藁の管理とか飼葉の調整が上手。

秋になればこの2人や2頭とも離れ離れになるのかと思うとノスタルジックな気持ちになるけどまだ遠いし別に良いか。

 

優秀なお馬さんになるために今日ももりもり飼葉を食べて運動しましょう。

 

「ランはちっちゃい割に大食いだよね。体重もそこまで増えてないし、何か異常があるわけでもないし……」

 

むむむ、と唸るスミレを横目に見ながら優雅に朝ごはんを頂く私。

最初は草を食べることに抵抗があったけど、味覚はちゃんと馬仕様になってたみたいだしどんな形であれご飯がたくさん食べられるのは幸せなことなので無問題です。

 

放牧してもらったら広いところまで走っていって、ちょっとだけ休憩してまた全力で走り回る。

これでスタミナをつけておけば、トリプルティアラ……じゃなかった、牝馬三冠でも十分戦えるはず!

ここの牧場は敷地こそ広いものの設備は見た感じだいぶ古いので、私がたくさん稼いで親孝行せねば。

もう一本ダッシュ!

地面を踏みしめて、風を切ってとにかく前へ前へと進む。

 

走るのがこんなに楽しいなんて、ヒト時代じゃ想像もできなかったな。




主人公(幼名:ラン)
2008/2/25生まれの牝馬
父 ミホノブルボン
母 プランタンガール
母のガールさんは短距離マイルでそこそこ走ったお馬さんという設定です。


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初秋

小説情報のところにも書きましたが、本作のタグ付け形式が誤っていたため修正致しました。
メッセージを下さった方、本当にありがとうございました。


天高く馬肥ゆる秋。

猛吹雪の中生まれた時はあんなに小さかった馬体もここまで大きく……オーナー夫妻は平均より小さいって言ってた気がするけど、確実に成長はしてるから気にしないでおこう。むやみにストレスを溜めるのは健康に良くないからね。毎日飼葉をむしゃむしゃと食べて敷地内を走り回ること数ヶ月。

時々ばてて氷で冷やされたりしながらもなんとか夏を越えていよいよ秋、私が調教師さんのところへ行く日が近付いてきた。

 

「ランは向こうに行っても私たちのこと忘れないでね……」

 

忘れるわけないでしょ、の意を込めつつ尻尾を振って一鳴き。

そもそも別れの日が近くなってきたとはいえ別に明日明後日でここを旅立つ訳でもないのだけれど、天内兄妹の挙動がここ1ヶ月ほどおかしいのだ。

 

まずスミレが明らかに私にべったりになった。

母上とかネオさんのお世話はもちろんちゃんとしてるんだけど、私についてる時間がやたら長くなった気がする。

昼寝してて気付いたら背後に立たれてたり、どこから持ってきたのかデジカメで写真を撮影してたりする。

前者は本当に怖かったし蹴りそうになったので切実にやめていただきたい。

貴方のために言ってるのよ!とかいうセリフは大っ嫌いな私だがこればかりは本当にスミレの命に関わってくる話だから勘弁してください。

あと私には中央で走りまくってお金を稼いで芳松牧場に親孝行するという目標があるので、どうか平穏無事に向こうへ辿り着かせてほしい。

今は落ち着いていて、ブラッシングしながら私の鬣を編み込んでいるようだった。

そんなに悲しそうな声で私の名前を呼びながら三つ編みにするのやめてよー、今生の別れじゃないんだし。

明日も会えるのになんでそんな悲しそうにしてるの?

……なんて言葉が通じない私では聞けるはずもないのだけれど、思わず口を開けてしまった。あくびのふりをしてやり過ごした。

三つ編みを終えて満足そうに帰った彼女は5分後くらいにまた様子を見に来た。

 

 

一方兄のハルトは飼葉と寝藁を変えるときくらいしか顔を出さなかったのが、ちょこちょこ様子を見にくるようになった。

スミレみたいに露骨に寂しがったりはしないけど、ふとした瞬間に寂しそうな表情をしてることはある。

たまには素直にならないと彼女に振られるぞー。彼女いるのかは知らないけど。

あと飼葉の量が日に日に増えてる気がする。

これは多分調教師さんのところに行くのに向けて少しでも体重を増やしておこうってことなんだろうけど、それにしたってちょっと増やしすぎな気もするのだ。

ちなみに今日は前日比5倍くらいの飼葉が朝目の前に積まれた。

無理だって食べきれないよ!!

抗議の視線を向ければハッとしたように「あぁ、ごめんなラン……他の2頭の分もまとめて持ってきてたわ……」と。

それは普通にまずいと思うのでしっかり休んでほしい。疲れてるんだよきっと。

 

そんなこんなで残りの日々を過ごしいよいよ調教師さんのところへ向かう日になったのだけど、朝の挨拶に来た時点でスミレの目が真っ赤だったのはさすがに予想外だった。

もしかしたらお別れの時に泣くのかな……とは思ってたし心配もしてたけどこの時点で泣いてるとは思わなかった。

元気出してよ、絶対ここにリターン持ってくるから。

そしたらきっとこの牧場の設備も良くなってここに来る馬も増えて、忙しくなるから私のことなんて考えてる時間なくなっちゃうよ。

いや、それはそれで寂しいから嫌かもしれない……私のことは覚えててほしい。

 

 

 

 

「それでは、この馬は私どもで大切に預からせていただきますね」

 

「はい、どうかよろしくお願いします。

……ストーム、元気でな」

 

はい!プランタンストーム行ってきます!

 

「はは、最後まで元気なやつ。ほら、菫もちゃんとストームとお別れしてこい」

 

「……うん、ストーム元気でね。寂しくなったらいつでも帰ってきて良いからね!?」

 

「現役終えてないなら帰ってきたらダメだろ」

 

というわけで私は『プランタンストーム』という名を賜り馬運車に乗り込んだ。

プランタンは御察しの方も多いだろうが芳松牧場の冠名。

ちなみにプランタンとはフランス語で「春」という意味らしく、奥様が若い頃フランスに留学したことがあって決めたんだとかなんとか。

プランタンの語感がかわいいみたいな話をしてるのが聞こえた。

あんまり会ったことなかったけど奥様すごい人だったのね。

そしてストームは言うまでもなく「嵐」の意味を持つ。

ここはもう幼名からの引き継ぎみたいなものだよね。

 

そして今後私がお世話になるのは高川 利行(たかがわ としゆき)という調教師さん。

なんでもオーナー夫妻の古い知り合いらしい。

写真を見る限り温厚そうなおじさまだったけれど、なんとなくこういう人はナチュラルに厳しいことを言いそうという偏見がある。

偏見というかヒト時代の経験則というか。

競走馬は経済動物らしいし、厳しい指導じゃないと生き残れないからその方が良いかもしれないけどね。

天内兄妹がなぜか私に数枚の写真を使いながら高川さんの紹介をしてくれたから顔は覚えた自信があるよ。

茶髪の人に連れられて私は意気揚々と馬運車に乗り込むのだった。

輝かしい未来へ向けて出発!

 

 

 

 

……情けないことだが、一つだけ言わせてほしい。

馬運車超酔う。

早く向こうに着いてください……。




更新後に前後するかもしれませんがお気に入り登録が30人を越えていました。
拙作を読んでくださりありがとうございます、これからもよろしくお願いします。


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車酔いを乗り越えて

プランタンストーム、絶賛車酔い中です。

ヒト時代は電車の揺れとか入眠装置として割と好きだったし、高速バスの中で寝過ごした事とかもあったけれど、馬となった今はそうもいかない。

 

なぜかというと、今私が乗っている馬運車の車内があまり広くないので寝転がって睡眠をとるということができないからだ。

どうやら私は寝そべらないとまとまった睡眠をとれないタイプの馬だったようで、立っている状態だとまともに眠れない。

目を瞑って仮に眠れたとしても5分くらいで目を覚ましてしまう。

馬運車はたぶんゆっくりめに動いてくれているはず……なんだけど、今通ってる道路が綺麗に舗装されてないのかはたまたタイヤに何かあったのか。

振動が半端じゃないせいでなおさら眠れない。

文字に起こすならがたごとどころかドゴバゴって感じのが定期的に来る。

馬の器官の都合で吐くということも出来なさそうなので、ただひたすらに揺れと眠れないストレスに耐えながら体感3週間ほど。

実際はたぶんそんなに長くない。

 

 

 

外だ……!!

シャバの空気は美味いぜとか言ってみたりしながらよろよろと馬運車から降りる。

なんかもうすっごく久しぶりに外の空気を吸ったような気がする。

青い空!白い雲!というか雲が多くて白い空!

そして前方に人影発見!第一村人ではない。

あの優しそうな風貌はたぶんきっと写真で何回も見た高川さんだ。たぶん。

逆光気味なのもあって意外と顔がわかりにくかった。

 

「お、比良山くんお疲れ様。その馬が今日からうちに入る子だよね?」

 

「はい、プランタンストーム号です。父親があのミホノブルボンだそうで、もうそれ聞いた時びっくりして泡吹きそうになりましたよ」

 

「ははは、比良山くんは大袈裟だなぁ」

 

「笑わないでくださいよー、自分ほんっとうにミホノブルボン好きなんですよ!?まさか自分がその産駒の世話を担当できるなんて思いませんでしたし、今でもなんだか夢みたいで……」

 

ミホノブルボン!?

生まれた時にランがミホノブルボンがどうのこうのって話をしてたような気はするけどミホノブルボンって今はっきり言ったよね!?

サイボーグと呼ばれるほど機械的な逃げを打ったあのミホノブルボンが私の父親か……これは私も華麗なる逃げ足を披露する必要がありそうで不安になってきた。

母上が現役時代に逃げでぶいぶい言わせてなければ良いんだけど。

 

そんでもって、やっぱりこの人は高川さんだった。

ヒラヤマ(平山?)って呼ばれてる茶髪の人は会話内容から察するに私の厩務員になる人っぽい。

 

「さて、とりあえず今日は馬房で休んでもらおうかな。結構長い時間馬運車乗ってたから疲れてるだろうし」

 

なんと。

疲れてるのに今日からいきなり走り込みとか言われてたら地面に転がって全力で駄々をこねつつ拒否するつもりだったので、非常にありがたいお言葉だった。

 

「了解しました」

 

厩舎に向かう途中、ヒラヤマさんは寝藁をふかふかに敷き詰めておいたからしっかり休んでほしいとか何かあったらすぐに教えてくれれば良いとか、そんな感じの話をしてくれた。

初めて見た時正直ちょっと軽薄そうというか、ストレートに言うとチャラそうだなって思ったけど、厩務員という仕事についてるくらいだし馬には真摯に向き合ってくれる人のようだった。

 

馬房に行くまでの道のりで他馬に威嚇されるとかいう事もなかったし、人馬共に優しそうなここなら上手くやっていけるかもしれない。馬だけに!……ごめんなさい馬として生まれたからには一回言ってみたかっただけなんです許して。

 

 

「……なんでこの馬ひとりで焦ったりしてるんだろう?」

 

心の中だけで言ってるつもりだったのに、そんなに不審な挙動をしていたのだろうか。

軽くショックを受けつつその日は久しぶりに快眠できたのであった。




アーッ文字数が思ってたより少なかった!!後悔。
久々に文章書いたら思いっきり書き方忘れてて少し焦ったんですよね。
笑ってる場合じゃないわよ!


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デビューに向けて①

競走馬の朝は早い。

というか我ら馬に限らず、厩務員とか調教師とかのヒト側の朝もめちゃくちゃ早い。

 

まだ真っ暗でお外何も見えないよーと思いながら馬房の中をぐるぐる回ってると、見覚えのある茶髪が視界に入ってきた。

よかった、バターになる前に見つけてもらえた。

 

「おはよう、プランタンストーム」

 

おはようございますわ、ヒラヤマさん。

目覚めの紅茶を下さいまし。

……とかはさすがに言わないけど(そもそも私はヒトだった頃から紅茶は好きじゃない)、こちらからも挨拶を返す感覚で軽く頭を振っておいた。

お辞儀が出来る偉い子なんですよ私。ヘドバンにしか見えてないだろうけど。

ちなみにこの間もずっと馬房の中を回っていたのでヒラヤマさんは「ここに来てまさかの旋回癖持ちかな……いやでも……」と何やら唸っていた。ごめんね。

 

栗東トレセンの高川厩舎に来てからはや数日。

最初の2日くらいは車酔いがなんとなく残ってる感じであまり調子が出なかったものの、しっかり飼葉を食べて眠ったら拍子抜けするくらいあっさりと回復した。

それからは騎手が乗るための訓練をしたり、そうあん?ってやつをやったりしてまぁ順調に競走馬としてデビューするためのステップを踏んでいるわけです。

その過程で一つ分かったことがある。

それは、思っていた以上にヒトは重くて、実際のレースでも自分の鞍上を落とさないようにしながら出来るだけ早くゴールする必要がある、ということだ。

レースの時はもっと細々とした装備があるだろうから自分から振り落としたりでもしない限りは大丈夫だと思うけど、それにしたってかなり不安だった。

 

そんな私を見かねてか、厩舎にいる親切な他馬たちは「坂路調教はきつい」とか「プールは楽しい」みたいな情報を教えてもらえた。話を聞いてる感じだと意外と馬生はエンジョイできそうだったので一安心。

ところでヒラヤマさんってなんかヒマラヤさんみたいだよね。ヒマラヤマン。山男かな。

 

 

 

本日の主な日程はゲート練習。

高川厩舎の先輩馬についていってゲートを通過するのが最初らしい。

先導してくれる先輩馬は坂路のキツさを語ってくれたあの馬か、はたまたプールからなかなか上がってこられないあの馬か……と思いながら進んでいくとそこに居たのは見たことのない芦毛の馬。

落ち着いた様子で穏やかに立っていた。

 

『……?……!?』

 

どこかで会ったことあったかなぁ、と首を傾げているとこちらに向けられている視線が一瞬鋭くなり、思わず半歩、後ずさる。

心なしか鬣も逆立った。

 

「あれ、どうしたんだプランタンストーム?何か踏んだ?」

 

違うよヒラヤマさん。

なんで気付かないの、一瞬だけだったとしても、あんなのおかしいよ。

その一瞬、刺すような視線で肌に感じる気配がまるで変わったっていうのに。

 

「もしかして怯んでるんじゃないのか?」

 

「うーん……見た感じ他馬とは上手くやってそうだったんですけど、今日まで会ったこと無かったんでしょうか。でもなぁ……人見知りって感じしなかったけど」

 

そろりそろりと距離を取ろうとしたところで捕まって元の位置に戻された。

これはもう覚悟を決めてついていくしかなさそうだった。

 

「今日はよろしくお願いしますね、カレンチャン」

 

……えっカレンチャン!?

 

驚きのあまり3秒くらい意識が宇宙に飛んでたけれど、そういえば芦毛だし、厩舎のボス馬だったって話も聞いたことがある。

まさかこの頃からボスとしてのオーラが……?

 

恐る恐るカレンチャンさんに視線を向けると先程の鋭さはすっかり影を潜めており、今は高川さんに頭を撫でられて目を細めていた。

なんて恐ろしい甘え上手。

 

「ストーム、行くよ。ここ通れないとデビューできないぞ」

 

 

それは困る。

私の目標は競走馬として活躍してウマ娘になる事。

そのための努力を惜しまないと文字通り神に誓いはしたものの、努力したって結果が出なければ十中八九その約束は果たされない。

つべこべ言わずにやるしかないのだ。

 

 

 

ちなみにその後の練習は割とすんなりと進み、ゲートの中で立ち止まることやドアの開け閉めをクリア。

問題は私のスタートダッシュが異常に下手なことだった。

ゲートは薄暗く狭いためあまり長くいたいと思えるような場所ではなく、そこに入っている時間が長ければ長いほど集中力は削がれ、ストレスが少しずつ蓄積されていく。

しかしその不快感はゲートを早く出ればさっさと取り去ることが出来ることに気づいたため、そこから一刻も早く抜け出す事を意識すれば自ずと出遅れる時間は少なくなっていった。

 

ド下手スタートから始まり、最終的には高川さんから「今日のところは及第点だな」とのお言葉をいただき厩舎に帰った。

 

 

自分の馬房に向かう途中、カレンチャンさんをじっと見つめている馬を発見した。

こちらを一瞥した後にすいっと意識を切り替えたのか、特に絡まれることは無かったもののどことなく不安を煽られた。

 

 

本日の教訓。

郷に入っては郷に従え。




ゲート試験の前段階とかデビュー前の子達の併走とかの情報があんまり出てこなくて困る。
ウイポとかやれば少しは理解が深まるだろうか…


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デビューに向けて②

───厩舎の先輩曰く。

「ゲートにコツなどない、開く前に走り出すくらいの気持ちでいろ」と。

「どうしてもゲート練習が嫌なら諦めてさっさと終わらせろ」と。

「下手に駄々をこねると余計にゲートの中から出られなくなるぞ」と。

彼らは皆一様に、遠い目をして語るのだった。

 

先人(先馬?)たちのアドバイスを元にフライングスタートのつもりで挑み、あっさりと素晴らしいスタートを決められるようになった私を見よ!

見違えるようなスタートダッシュ。グレートだね。

 

「……君、本当にこの前結構危ない出方してたプランタンストームか?」

とはヒラヤマさんの言葉である。失敬な。

私はゲート難のままデビューして120億円とかを散らすつもりはないよ。そこまで人気出るかちょっと怪しいけど。

いや、人気出るか怪しいじゃなくて人気出さなきゃいけないんだよね。

 

 

さて、何日かゲート練習をして出遅れを回避できるようになった私は、歳の近い他馬たちと併走をすることが多くなった。

ある日は同じ高川厩舎の同期たちと。

ある日は隣の厩舎の先輩方と。

もちろんその逆も然りであり、同厩舎の先輩方と併せることもあれば近所の同級生たちと併せることもあった。

多くの場合併走はとても平和に終わり、私もヒトを乗せて走る事に慣れてきたのでトラブルが起こることはほとんどなかった。

そう、ほとんどなかった。

 

『カ、カレンチャン先輩おはようございます。今日の併せよろしくお願いします……』

 

『うん、よろしく』

 

挨拶を交わしたのは芦毛の先輩馬であるカレンチャン。

初めてのゲート練習があったあの日以来、特に衝突があったわけではないものの私は彼女に微妙な苦手意識を持っていた。

一瞬向けられただけで身もすくむような、そんな鋭い視線の持ち主に誰が懐くと思う?

ある程度交流して互いのことを理解した後ならともかく、例の一件以来あまり関わってこなかった怖い先輩である。

懐けるわけがない。

かと言って、ヒト時代から他人と接するのがお世辞にも上手いと言えなかった私から親しくなろうと適当な話を振った日には私の命は無いと思った方が良いだろう。

下手なことはできない。

悲しきかな、馬の社会も割と厳しい縦社会であった。

 

そしてこの先輩と接する上でもう一頭、注意すべき馬が居る。

いや、先輩と接する上というか彼女と接しているところを目撃されると少し厄介な馬と言った方が良いかもしれない。

 

それは先日のゲート練習後にカレンチャン先輩を見つめていた鹿毛の牡馬。

ロードカナロアくんである。

どうやら彼はカレンチャン先輩に憧憬の念を抱いているらしく、少しでも私と彼女の距離が近くなろうものならどことなく不機嫌そうなオーラを漂わせる。

 

『……』

 

『えっと……』

 

同期なのに特に共通の話題も無いため、我々の会話は全く弾まない。

過去に一度カレンチャン先輩の話を振ってみたら「お前が先輩の話をするな」とでも言いたげな顔をされたので、唯一の頼みの綱はとっくに切れている。

併走はちゃんとしてくれるのがありがたいんだけれど、隣でむすっと黙ったまま走られるというのはなんとなく居心地が悪かった。

他馬たちは天気とか自分が乗せているヒトの話、最近あった面白いことなんかを聞かせてくれたし、カレンチャン先輩も天気とか馬場状態とか……あまり深くはないもののそういった話をしながらの併走だったので、一言も発さない彼との併走は正直違和感がある。

 

『今日は晴れてて良い感じに軽い馬場だから走りやすいよね。サクサクしてて楽しいというか……カナロアくんは軽いのと重いのどっちの方が得意?』

 

『……』

 

『……えーと、この前先輩から聞いたんだけど、美浦のトレセンには森林道みたいなところがあるらしいよ』

 

『……』

 

我々の会話は終始こんな調子。

ちなみにこの後も話を続けたら『いい加減走ることに集中したらどうなんだ』とちょっとキレ気味に言われた。めちゃくちゃ正論だった。

 

 

併走から帰るときも、彼はカレンチャン先輩をガン見している。

向こうが気付いてるかどうかは知らないけれど、そんなこと関係なしに見つめていたいのだろう。

たぶん恋ってそういうことなんだよ。知らんけど。

 

カレンチャン先輩の方はカナロアくんの事を大して気にしていなさそうなので、カナロアくんがいない時に一度、彼のことをどう思っているのかそれとなく聞いてみたことがある。

 

『カレンチャン先輩、同じ厩舎のロードカナロアくん居るじゃないですか。彼について何か思うことってありますか?』

 

『ロードカナロア……?いや、特にないけど』

 

おっふ。

カナロアくんマジで眼中に無いっぽかった。

道は険しそうだが頑張ってほしいところである。

 

 

 

「ストーム、なんか今日飼葉食い良いな。良いことでもあったのか?」

 

どっちかといえば同期の恋路が大変そうなことにヤキモキした結果のやけ食いだよヒラヤマさん。

 

「こら、あんまり桶叩かないでよ、壊れたら危ないだろ……まさか、まだ食べるつもりなのか?」

 

これくらいなら壊れないから大丈夫だよー。

恋バナには食べ物がつきものでしょ。

おかわり!!カンカンカン!!!




何書いてるのか分からなくなってきましたね(五体投地)
ストームはカレンチャン先輩の鋭い眼光に怯えていますが先輩自身はちょっと試すくらいの気持ちだったんじゃないかなーと思いながら書いてます。


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デビューに向けて③

体が重たい。

ちょっとやけ食いしすぎたかもしれない。

目が覚めて真っ先に考えたのはそれだった。

 

いやでも1日パクパクしただけでここまで体重増えるか普通……?

実は飼葉の中に肉か何かが仕込まれていたのではないかというレベルの体重の変化を感じる。

……なるほど、これだけ増えるならヒマラヤ山みゃ、間違えた、ヒラヤマさんが「勘弁してくれよストーム……もうこれ以上はあげられないよ……」って半泣きだったのも頷ける。

【悲報】プランタンストーム、どうやら太りやすい体質だったらしい。

 

というわけで走るぞ!!!!!

デビューの場所がなんだとか輸送期間がどうとかっていう話を最近ちょこちょこ聞くようになったので、あんまり増量した状態だとよろしくないと思われる。

まだデビューしてないから良いか、なんて理由でお肉にされたらたまったもんじゃない。

ヒラヤマさんか高川さん早く来てー!!

蹄でカンカン飼葉桶を叩く。

朝だよカンカンカン!!早くご飯食べて運動しなきゃ!

 

 

『……うるさいぞ』

『ご、ごめん……』

 

にゅっと隣から顔を見せたのはカナロアくん。

不機嫌そうに顔をしかめて一言苦情を言ったら、数秒しないうちにまたにゅっと自分の馬房に戻っていった。

それから数分後、眠たそうな顔をしたヒラヤマさんが登場。

 

「ストームきみね……なんかカンカン聞こえてきてたけど……」

 

カンカン聞こえるからといって私のせいにするのは早計でしてよヒラヤマさん。私の蹄が唸るよ。

 

「あーほらやっぱり!!結構音響くんだぞ……」

 

ぶつくさ文句を言うヒラヤマさんを横目に馬房の中をくるくる回る。

ご飯今日は少なめでよろしくね。ダイエットしなきゃいけないから。

 

「昨日あんなに食べてたからちょっと多めに持ってきたけど、今日はそんなに食べないのか……?」

 

お腹壊してるわけではなさそうだよなぁ、と言われながらささっと点検される。

 

「今日は君にとって大事な人が来るんだし、腕によりをかけて綺麗にしないとな」

 

私にとって大事な人?

一体誰のことだろうか。

いつもより丹念にブラッシングされた後、私はトレーニングへ進むのであった。

 

 

すっかり空も明るくなってきた頃。

プール愛好家の先輩についていきながらゲート練習をしていると、ヒラヤマさんが「あ」と声をこぼす。

視線の先には立ち止まっている人影が一つ。

 

「おはようございます、水橋さん」

 

「はい、おはようございます比良山さん。こちらがプランタンストーム号……でよろしいですよね?」

 

「そうですそうです!あのミホノブルボンの産駒なんですよ。ちょっとわがままだったりしますけど、先輩馬達とも仲良くやってるみたいで基本的には扱いやすい子です」

 

扱いやすい!?扱いやすいって言った!?

私そんな軽い女じゃないわ!

……冗談はさておき、この人はどなただろうか。

ミズハシさん?

たぶん漢字に直せば水橋さんだろうけど、綺麗な黒髪ボブの女の人だった。

すらっとした美人さんである。

誰?ヒラヤマさんの彼女?隅におけないね!

 

「ふふ、人懐っこい子ですね」

 

水橋さんはそう言うと、私と目線を合わせるように少しだけ姿勢を低くした。

 

水橋 空(みずはしそら)です。縁あってこれから君に乗せてもらうことになったんだ、よろしくね」

 

……乗せてもらうことになった、というともしかしてジョッキーさん?

女性騎手は少ないってイメージだったけど、まさかあたることになるとは。

こちらこそよろしくお願いします、の意をこめて鼻先を擦り寄せると、水橋さんは優しく笑ってくれた。

 

その日以来、水橋さんはたびたび厩舎に顔を出しては私とコミュニケーションを取ろうとしたり、ブラッシングをしてくれたりと積極的に関わりに来てくれるようになった。

 

 

それから季節は巡り、馬として生を受けてから2度目となる冬が訪れる。

芳松牧場で過ごした冬に比べれば全然温かいけれど、それでも寒いものは寒い。

スミレやハルトは元気にしてるだろうか。

母上やネオさんはマイペースに生きたり牧草を食べ尽くしてミステリーサークルを作ったりしてるのだろうか。

ホームシックじゃないよ。ちょっとセンチメンタルな気分なだけだよ。

 

「ストーム、荷物届いてるよ」

 

荷物?

よいしょ、と体を起こすとヒラヤマさんが何やら大きめの箱を持ってそこに立っていた。

隣には高川さんも一緒。

 

「芳松牧場からだぞ」

 

!!

なんてタイムリーなんだろう、芳松牧場からの届け物だなんて!

段ボール箱の中から出てきたのは、

 

「あ、こら、ストーム落ち着け、落ち着けってば!」

 

雪のような真っ白の馬着!

忘れもしない、お気に入りの一点ものである。

早く着せてーとヘドバンしながら要求。

 

「同封されてた手紙に『ランお気に入りの馬着を入れておきます』って書かれてたけどここまで気に入ってたとはなぁ。元気がいいね、大変だろう比良山くん」

 

「大変ですけどやっぱり自分で選んだ仕事ですからね、楽しいですよ……あああちょっと待てって、あんまり動くと着せられないだろう」

 

その後、馬着を着て満足した私は外へ飛び出して全く雪が積もっていない景色にテンションを下げるのだった。転がれないじゃん。

 

 

 

 

 

-----------------

 

初めて出会った時。

掛け値なしに綺麗な馬だと思った。

突き抜けるように青い空の下、光を照り返し月色に輝く馬体はこれ以上無いほど眩しかった。

微風なんて優しいものじゃない、名前の通り嵐のような鮮烈な印象を刻まれたその日を、私は一生忘れないだろう。




比良山 翔ープランタンストームの男性厩務員。髪色が明るめなので初対面のストームからは軽薄そうな印象を持たれていました。
漢字表記は【比良山】ですがストームからは(漢字で言ったら【平山】あたりかな…)と思われています。


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‪✧︎絆?

エフフォーリアくんと横山武史騎手おめでとうございます 
有馬記念全人馬無事に完走してくれて嬉しい限りです

ーーー
今回は本編に新キャラ?が登場します


 

「……さん、起きなさい。プランタンストームさん、起きなさい!」

 

カンッと耳元を掠める硬い音に驚いて顔を上げる。

 

「授業中ですよ。この授業が終わったら昼休みなんだから、もう少し我慢なさい」

「す、すみません……以後気をつけます」

 

くすくすと聞こえてくる潜められた笑い声に俯く。なんという恥。

授業中なのに眠ってしまっていたようで、黒板には見覚えのない説明が並んでいる。

ふと振り返ると、後ろの無人の机にあったのは無残にも粉々に割れた白いチョーク。

もし直撃していたらと思うと、喉からヒュッと変な音が出た。

そもそも私は耳カバーをつけてるのに、睡眠から強制的に叩き出すような音をチョークで出すなんて人間技じゃない。

もしかしてあの先生はウマ娘なのでは……と目を凝らして見るけれど、ヒト耳しか見えなかった。

 

「ストーム、何してるの」

「あ、おはようロア。いやちょっとさ、あの先生実はウマ娘なんじゃないかってちょっと思って……」

「おはようはあんただけだろうが。それに、先生がウマ娘とか……」

 

何言ってるんだこいつみたいな顔をして隣の席の彼女は黒板へ向き直った。

話しかけてきたのはそっちなのに……と恨めしく思いながら板書をしようとノートに目を落とすと、とてもじゃないが読めたものではない文字が踊っていた。

エジプトとかで使われてた文字ですか?

ここから消し直しか……と消しゴムをかけていたら、派手な音を立てて紙が裂けた。

 

「……ロア、あとでノート見せて」

 

今日は厄日かもしれない。

 

-----------------

「これで4時限目の授業を終わります。ノートの提出は放課後までですよ」

 

終業のチャイムが鳴ると同時に、勢いよくノートと教科書を閉じて教室を飛び出す。

二つ離れた教室の友人を迎えに行こうとしたところで、その中から聞こえてきた大声に足を止めた。

 

 

「いーいーから!私と併走してよって言ってるの!!」

 

 

「だからねぇ……あんた、この前また併走してくれるって言ってたでしょ!?私今日良い感じのコンディションだし、絶対勝てると思うんだよね」

 

口ぶりからして何か言い争っているようだったけれど、1人の声しか聞こえてこない。

恐る恐る教室を覗き込むと、声の主は机から身を乗り出すウマ娘だった。

その対面にいる口論の相手は一体誰かと興味本位で首を突っ込むと、そこに座っていたのはまさに今、私が迎えに行こうとしていたオルフェーヴルだった。

菫色の瞳を細めて、気だるそうに応答している。

 

「たしかにまた併走しても良いとは言ったけど、日程は決めてなかったでしょ。私は今日予定あるし、さすがに急すぎるから無理」

「予定って何?別の子と併走するなら私も連れてってよ」

「シオンは距離適性合わないから無理でしょ」

 

無いわーと言いたげに首を横に振るオル。

「私とその子で距離適性合わないならオルフェだって合わないでしょうが」

「こっちには絆があるんですー」

「絆ぁ〜?そういうの言わないタイプだと思ってたよ、あんたはね」

「こっちは入学初日に学園内で迷子になったもの同士という強固な絆があるんだよ」

「言うほど強固なものでもなくない?」

 

前言撤回、今日はとてつもなく良い日かもしれない。

オルが私のことを友人と認めてくれているようなのはとても嬉しいことだった。

絆がどうとか話してたけど、これ以上迷子エピソードが深掘りされると今後このクラスでの私のイメージが「入学初日に迷子になった子」になりかねないので、さも今来た風を装って扉から顔を出した。

 

「じゃ、私あの子とお昼食べてくるから」

「ちょっと待って、用事ってまさか昼ごはん食べに行く事なの!?併走じゃないの!?」

「併走行くなんて一言も言ってないでしょうが」

 

どこ吹く風といった様子で席を立ったオルに、快活な様子のその子はなおも食らいつく。

 

「……じゃあ、放課後!放課後なら良いでしょ?」

「別に良いけど……」

「決まりね、絶対逃げないでよ。今日こそは私が勝つんだから!」

 

ぴこんと耳を動かして、その子は教室を後にした。

 

「早く行こ、お腹空いたし」

「そうだね、今日のお昼は何食べる?」

「メニュー何あったっけ」

 

口論の時の少し鋭い印象からぽやっとした様子に戻ったオルに食堂の日替わりメニューを教える。

食堂の日替わりメニューは毎日朝に発表されるので、トレセン学園の多くの生徒は朝食を食堂で食べない子も見に来るのだ。

たしか今日はカレーライスがメインで、付け合わせに野菜サラダ。にんじんとオレンジのミックスシャーベットがおまけでついてくる……はず。

 

「じゃあそれにしようかな、残ってたらだけど」

「あはは、そうだね。私は今日にんじんグラタンにしようっと」

 

 

 

「ストームのクラスは午後何あるの?」

「たしかスタート練習。どの距離でもスタートは大事だけど、短距離マイルだと出遅れが致命的だって先生が言ってた気がする」

「気がする、って。あんまり覚えてないんだ」

「ロアの受け売りみたいなものだから」

 

ふーん、と相槌を打ちながらカレーライスを頬張るオル。

彼女のクラスは午前中にスタートやコーナリングのコツを教わったらしく、午後はそれの実践を行うそうだ。

「寝よっかな、どうせほとんど知ってる話なんだし」

「起きてた方が良いよ……競走ウマ娘の歴史担当の先生、投げたチョークの切れ味やばいから」

「なんでそんなの知ってるの……? なんかやらかした?」

「ま、まぁそんな感じ……かな」

 

経験者は語る。

ということで、食事を終えた私たちはこんな感じでお喋りしながらのんびりと残りの時間を過ごし、午後の練習に向けて力を温存するのであった。




オルフェーヴル (ウマ娘の姿)
ダウナー系の(普段は)穏やかなウマ娘。
入学初日に学園内で迷い、同じく迷子になっていたストームと意気投合した。

容姿はかっこいいあの原案の姿をイメージしながら書いてます。


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同期大爆発(語弊)

春、到来。

冬籠りを終えた私は今年もまた馬着とのお別れを果たし、まだ少しだけ冷える空を見上げていた。

馬の身に転生してから見える世界は、人間だった頃と比べると色がやや鈍くて霞んでいるように見える。

それでも退屈を感じないのは、きっと美味しい飼葉と厩舎の仲間達のおかげだと思う。

ずっと下ばかり向いて歩いて、食べ物を胃にもそもそ詰め込むだけだったあの日々には二度と戻るものか……と決意を密かに固める私なのであった。

決意新たに敷地を移動すると、そこには既に見覚えのある鹿毛の馬が一頭。

 

 

『あ、おはようカナロアくん。今日の併走相手は君なのかな』

 

『あぁそうだ、俺だ。何か文句でもあるのか』

 

『別に何も無いけど……』

 

本日のメニューは

・飼葉食いタイムアタック

・スタート練習

・なんだかご機嫌斜めなロードカナロアくんと併走

の3本立てとなっています。最初のは私が勝手にやってるだけだけど。スタート練習はもう終わってるから残るは併走のみ。

 

 

『おい』

 

『……』

 

『聞いているのか、お前だ』

 

『アッ私!?私に話しかけてたの!?』

 

呆れた目を向けて当然だ、と言いたげに鼻を鳴らすカナロアくん。

 

『先輩に俺はこんな口の聞き方しないし他の奴らも居ないんだからお前に決まっているだろう』

 

『それもそっか……で、本題は何?』

 

カナロアくん、見ての通り馬相手にはかなり無愛想な口調なので、用事がないときに話しかけるってことは基本的にしない(ヒト相手には結構優しいんだけどね)。

しかも今は併走中だ。

そうなると、きっと何かすごい気づきとかがあったのかもしれない。

さぁ、聞かせてくれたまえカナロアくん!!

一体どんなすごい話が……

 

『カレン先輩が冬の間にデビューを終えたのはお前も知っているよな。いや知っていなきゃおかしい』

 

『え、あ、うん。この前ご本人から聞いたよ』

『なッ、先輩から直接聞いただと!?』

 

怖いなこの子!?彼がこんな風に取り乱しているところは初めて見た。

鬼気迫る勢いで投げられた問いかけに必死で首を縦に振る。

普段あんなにつっけんどんでこちらの話にあまり答えないカナロアくんをここまでするなんて……カレンチャン先輩、やはり魔性の馬である。

 

『……まあ良い。それでだな、先輩は一番最初のレースで惜しくも2着に敗れたそうなんだ。だがしかし、次のレースでは人気に応えて1着で勝っているのが流石だと、お前もそう思うだろう?』

『それはそう』

『俺としては正直あの方を下したやつが居るという事に納得がいかないのだが、世界は広い……と、そういう事なんだろう。今からでも走り出してそいつを負かしたいくらいなのだが、』

『待って待って、カナロアくんストップ』

『なんだ』

『ちょっと今日どうしちゃったの?普段はここまで喋らないし……』

『カレン先輩の事を語るならこの程度の言葉は塵みたいなものだ。続きを話すが、』

『本当にちょっと待って』

 

カナロアくん大爆発じゃん……何ヶ月か一緒に練習してきたけど、こんなに楽しそうに喋るのは初めて見たよ。

 

「あれ、今日はロードカナロア号がなんか……あれですね、すごく元気な感じですね」

「そうですね。ふふ、仲良くなれたみたいで何よりです」

「二頭とも元気そうですし少しペース上げてみましょうか」

 

違う!違うんだよ!!

カナロアくんはカレンチャン先輩の事を語るのがめちゃくちゃ楽しいだけであって、語れるなら誰でも良さそうだし多分まだそこまで仲良くなってな

『聞いているのか、プランタンストーム』

『うんうん聞いてる!聞いてるよ!なんだっけ!?』

『先輩の走りがデビューを終えてからまた一段と素晴らしいものになったがなぜお前はそれに気付いていないんだという話をしていた』

『あぁ、そんな話してたね君……教えてくれてありがとう。でもあの、ちょっと待って、まだカナロア君の新イメージが私の中で定着してないから少し落ち着いて』

『俺は最初からずっと落ち着いている。お前の方が焦り過ぎだ』

 

カナロアくん、カレンチャン先輩の強火オタクが過ぎる。

同期のトーク力が大爆発してる。

 

 

「そういえば、プランタンストーム号はいつ頃新馬戦への出走を予定しているんですか?」

 

「夏になったら函館で走らせると高川さんが仰ってました。去年の話を伺ったところ、6月後半から7月前半くらいまでが一番しんどそうだったので……ストームは輸送が苦手ですし、避暑も兼ねて7月の中旬頃に向こうに移動するつもりです」

 

ほう、夏の函館か。

私がカナロアくんのカレンチャン先輩讃歌に翻弄されている間、ヒト2人──片方は水橋さん、もう片方は知らないヒト──は私のデビューについて話していた。

なんだかタイムリーな話題である。

 

『カナロアくん聞こえた? 私たちの上に乗ってるヒトの話』

 

『一応聞こえてはいる。俺はまだデビューの話を聞いていないが、どうやらお前の方が先に外で走れるようになるらしいな』

 

ちょうど一息ついたところでカナロアくんに話を振ると、少し不満げな返答が返ってきた。

 

『そのようだよ。一足お先に中央の景色を見てくるね。まだ結構先の話だけど……』

『良いか、プランタンストーム。俺たちはカレン先輩の在籍する厩舎の一員として、下手な走りをするわけにはいかない。それは当然お前にも分かっているな?』

『分かってる分かってる、怖いから凄まないで』

 

結局その日のカナロアくんは、ご機嫌なのか不機嫌なのか分からないまま併走を終えた。

 

「ストーム今日は飼葉食いが悪いな……。少しペース上げたって水橋さんから聞いたし、疲れてるのか?」

 

疲れてるといえば疲れてるかな……。

あと何ヶ月かすれば走りに行ける、という事実は私の関心を強く惹くものだったけれど、今日はそれ以上にカナロアくんのマシンガントークに振り回された感じが強かった。

ペースが上がったのはさして堪えてないんだ、芳松牧場にいた頃から毎日駆け回ってたからね。

 

ヒラヤマさんが去っていって数分。

さてそろそろ寝るかと横たわろうとした時、隣から出てきたのは今日1日でずいぶんと印象が変わった友人(友馬?)の顔。

 

『今日のカレン先輩を見たか。相変わらず美しかったな』

『そうだね、良い芦毛だよねカレンチャン先輩。ところでカナロアくん、もしかしてまだ話のネタが控えてる感じでいらっしゃりますか?』

『当然だ』

 

もう勘弁してくれ!!!




あけましておめでとうございます(時差)
手直しとかはやってたんですけど新しい話の投稿をするのは一ヶ月以上振りとなっていて大変申し訳ないです。
そろそろストームを走らせたいですね。次回くらいから走ります。多分、きっと、メイビー。


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新馬戦 in 北の大地

がたごとがたごと。

ヒラヤマさんや高川さんが口すっぱく言ってくれたおかげか、たぶん通常よりゆっくりめに進む馬運車の中で私、プランタンストームは考え事をしていた。

 

まずは新馬戦を勝ち抜くことが名馬への、ひいてはウマ娘になるための第一歩だろう。

そしてそのまま流れに乗って次のレース──ヒト族たちの話を聞いている感じだと、函館2歳ステークス──に出るらしいので、そこも勝ってひとまず落ち着く感じっぽい。

 

 

『いいか、プランタンストーム。前にも言ったが、俺たちはカレン先輩の後輩として恥のない走りをしなくてはならない。それはもうお前にも分かっているだろう』

『十分過ぎるほど分かってるよ』

 

『それに……これを自分で言うのは本当に悔しいし、非常に腹立たしいが、今のところ俺よりもお前の方が先輩に気に入られている』

『えっそうなんだ……初耳だよそれ。私てっきりカレンチャン先輩には睨まれてるものだとばかり』

『どうしてこんなやつの方が俺より目をかけていただいているんだ……』

耳を少し後ろに倒したカナロアくんは不機嫌そうな表情をしつつ、そのまま言葉を紡ぐ。

 

『いいか。絶対に、ぜっっったいに勝て』

 

『……了解、頑張ってくるよ』

 

それは初めて見た表情だったし、初めて聞いた声色だった。

真っ直ぐに投げかけられた激励の言葉を、絶対に裏切るわけにはいかない。

 

 

声をかけられて顔を上げると馬運車の扉が開いており、時間もあってか涼しい空気が流れ込んできている。

自身の存在を確かめるようにして一歩一歩踏みしめた地面は、軽やかな音を立てた。

 

2010年、7月下旬某日。

後に短距離レースで名を馳せる事となる名馬の記念すべきデビュー戦は、快晴のもと行われた。

 

「ストーム、今日は1着目指して一緒に頑張ろうね」

ゲート前、水橋さんはそう言うと私の頭をさらりと撫でた。

パドックや返し馬は想像してたよりあっけなく終わり、今は他の馬がゲート入りするのを待っている段階である。

本当に良いの?やること残ってないよね?ってくらいさっさと終わっちゃった。

アナウンス内容から、私は出走馬中一番体重が軽いこと(367kg)、14頭立てのうちの7番人気であることが分かった。

新馬戦ということもあってか客席はお世辞にも賑わっているとは言いがたいけれど、人見知りな私にとっては好都合だった。馬になってからあんまり関係なくなってきてるけど。

 

そういえば、パドックを回っているときにこんな会話を聞いた。

 

「あれだよあれ、あの金色っぽい馬。ミホノブルボン産駒だってよ。母馬は知らないけど、ブルボンって強い馬だったし気になって賭けてるんだよな」

「珍しい色してるな。栗毛か?」

「馬券絡むと良いな」

「んだよお前ら他人事みたいに言ってさー……一応栗毛らしいぞ」

「だって実際他人事だし」

「別に良いよ、今日は当たってもお前らに焼肉奢らねーわ」

 

どうやら馬券を買ってくれたらしき若者たちがこちらを見て話していた。

金色っぽいミホノブルボン産駒といえばたぶん私しかいないはず。

勝ちに行かなきゃいけない理由がまた一つ増えてしまったな……と思いながらささっとゲート入り。

他馬たちにピリピリした空気もなく、どちらかといえばのんびりした雰囲気。

少し暑いぐらいの晴れ空の下、音を立てたゲートから飛び出した。

 

「さて始まりました函館第4レース2歳新馬戦。先頭は11番のエーシンジャッカル、少し離れて2番プランタンストームが走っています、1番人気デラモーレは中団に控えている」

「エーシンジャッカルは短距離を得意とする馬の多いフジキセキ産駒ですから好走が期待できますね。プランタンストームはミホノブルボン産駒ですので、前めにいるのはおそらく脚質にあった走りなのでしょう」

 

 

若者たち見てるー!??

ゲートを飛び出たあと良い感じの位置につけたのでそのまま悠々と走っているプランタンストームです。

晴れているおかげで足元はさっくり軽やかな良馬場、近くの馬とぶつかることもなく順調な運び出し。

 

「あ、ランタンみたいな名前の馬結構走るじゃん」

「このままいけば馬券絡むんじゃねーの?なぁ焼肉じゃなくても良いからさ、ジュースとか奢ってくんね?」

「一円たりとも貴様らには奢らん。あとプランタンストームな」

 

若者たち見てた。良かった。

一度も鞭が入ることなく最終コーナーにかかったところで、少し離れていたはずの背後に気配を感じたので加速する。

スタミナの残りはまだ保つ、気力もあるからあとはスパートをかけるだけ。

 

「おっとここで7番コウミョウガツジが上がってきました、3番手にまで来ていますがプランタンストームが少し早めに抜け出して先頭です」

「コウミョウガツジが2番手に上がりましたがプランタンストームも加速して差が開いていきますね」

「1番人気のデラモーレは未だ上がってこない、ここでエーシンジャッカルがコウミョウガツジをもう一度差し返すがしかし先頭には届かない! 7番人気のプランタンストームがそのまま逃げ切ってゴール! 2位入線はエーシンジャッカル、3位入線がおそらくコウミョウガツジでしょうか」

 

 

「ストーム、1着おめでとう。よく頑張ったね」

 

 

ゴール後に勢いのまま少しだけ前へ進んで息を整えると、上から水橋さんの労いの声が聞こえてきた。

勝った。勝ったんだ、私。

これはもう速攻で帰ってカナロアくんやカレンチャン先輩に報告せねば。

自分だけだと連絡手段が使えないから芳松牧場の面々に勝利を伝えられないのが残念なところである。

 

「ほら見ろやっぱり勝っただろ!? って、なんかこっち見てる?」

「見てるわけねえって、気のせい……いや、マジで見てたわ」

 

応援してくれてありがとう、名も知らぬ若者たちよ。気が向いたらで良いから今後も応援してね。

スタンドにいる彼らへ一礼したのち、私は水橋さんの指示に従って移動する。

 

「……え、今、お辞儀した?」

「した」

「あれは確実に礼してた」

「……俺、プランタンストームに今後も賭ける。絶対にいつかG I勝つよ、あの馬」

 

ウイナーズサークルで口取り写真を撮って撤収。

次の目標は同じくこのレース場で行われる函館2歳ステークス。

 

『次も絶対に勝たなきゃ』

 

決意新たに見上げた空は、ずっとずっと遠い色をしていた。




めちゃくちゃ有名な馬とかじゃないと新馬戦の情報も映像も出てこないので難産でした。途中のタイムとかも見つからないので諦めて序盤と後半のみの実況解説となっています。


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‪✧︎観戦、葵ステークス(と京都への旅路)

ロードカナロアさんお誕生日おめでとうございましたということで大遅刻衝動書きのウマ娘パートです。ほぼ旅路がメイン。
月一更新になってるの本当に良くないね。次こそ函館2歳S。


温かな光、ふかふかの布団、最高の朝。

しかし今日はなんだかバタバタしているような気が、

「とっとと起きろねぼすけストーム!!!!」

「うわああああああ!?」

 

痛い。ベッドから転げ落ちた。

若干デジャブだけど、ロアの起こし方が前より暴力的になっている気がする。

 

「急がないと遅刻するから、あと10分で支度終わらせて」

「待って待ってロア、今日なんかあったっけ? 集会とか? 私たちまだデビューしてないし」

「カレン先輩のレース見に行くって約束したでしょうが、この前」

 

「あぁ、今日だっけ……えっ今日何日!?」

 

「全くお前は……カレンダー見ておけ、私は切符の確認しておくから」

 

壁にかかってる日めくりカレンダーを確認したところ、まごうことなく約束した先輩のレースの日でしたありがとうございました。

自分が出走するわけでもないのにやたら緊張しちゃって、昨日は全然寝付けなかったんだよね。その結果の寝坊とは……。

 

「そうだ、途中のコンビニで朝食と飲み物買うから財布忘れるんじゃないぞ」

「了解」

 

というわけで、ロアが切符やら乗り換えの確認をしてるうちに私は顔を洗って髪と尻尾を梳かして制服を着て……と準備完了。

お財布の中身にも余裕を持たせておこう。

ロアはカレンチャン先輩への差し入れにこだわりが強いから、たまに高いのを買っていこうとする。

基本的に支払いは割り勘なのであんまり高いものを買われ続けるとちょっとこっちが辛い……というのは事前に話してあるので、最近は価格を抑えめにしつつ、メッセージカードをつけるなどして工夫しているようだった。

 

「寮長には昨日のうちに外出届けを出してあるから、部屋の施錠はしっかりしろよ」

「分かってるよ、もう閉め忘れなんてしてないってば」

 

昨日外出届けを出しに行って改めてフジキセキ先輩のイケメンさに目が眩んだし、その時に鍵のかけ忘れについても注意されたから覚えてるよ。

なんで私の施錠忘れがそんなに知られてるのかはさておき、本当にかっこよかったな……。

ウマ娘はもともと美形な種族だけど、たまに桁外れの美貌を持つ人が居て、例えば我らが栗東寮長のフジキセキ先輩。

同じく栗東寮のハーツクライ先輩とか、美浦寮のトウショウファルコ先輩なんかもイケメンウマ娘として名前を聞くことが多い気がする。

 

「施錠OK、行ってきます!」

 

学園出発から程なくしてウマ娘専用道路を突っ走る。

しかし、ウマ娘の専用道路が用意されてるって本当に良い社会だと思う。

ヒトにぶつかって怪我をさせるリスクもぐんと減るし、ちょっとしたトレーニング代わりにならないこともないし。

ところで、この友人ちょっと移動速度が速すぎる気がする。

 

「ロア、ちょ、ちょっと待って……寝起きにこのスピードは辛い」

「寝坊したお前が悪い」

「それはそうだね、反論のしようが無いよ」

 

トレセン学園から駅までの距離はそんなに長いというわけではない。ないけれど、正直準備運動なしにこのスピード、この距離はしんどいところである。

 

「ロアストップ」

「なんだ、ウマ娘は急には止まれないが」

「コンビニ近い入り口目指すならこっちの方が良いと思うよ」

「なるほど」

 

方向転換した後に駅へ向けて再び加速。

そういえばロアが冗談言うなんて珍しいな、なんて考えながらコンビニに入店。

前走ではカレンチャン先輩、思わしくない結果だったから今日のレースに向けてすごく頑張ってたの知ってるし、よっぽど気分上がってるんだろうな。

朝食代わりにサンドイッチ、差し入れには昨日発刊されたばかりの雑誌とカレンチャン先輩が好きなドリンク。

 

「差し入れ、これだけだと少ない気がする」

「だったらまだ時間あるし売店見に行くか」

 

コンビニを出て売店へ直行。

最近話題になっているカロリー控えめのスイーツとそれに合わせてブレンドされた紅茶を発見したので購入。

包装がとってもカワイイ。

 

「あと20分くらいで新幹線来るけど、意外と時間余ったね。もう少しゆっくり移動しても良かったかな」

「時間には常に余裕持って行動するべきだし、ギリギリで乗り込むよりマシだと思うが」

「む、それはまぁ……」

 

駄弁りながら待合室に移動。

数分前に来ていたウマスタの通知を確認すると、カレンチャン先輩の新しい投稿だった。

 

 

『今日は京都レース場で走ります!みんなカレンの応援よろしくね☆

#レースがんばるぞ #葵ステークス #カワイく走るよ #カワイイカレンチャン』

 

 

テキストに添えられてるのは蹄鉄をメインに据えて、画面の端にピースした手が写り込んだ写真。

顔が写ってるわけじゃないのにひしひしと画面越しに伝わってくるブレないカワイさ、さすがだと思います。

だってロアが隣で死んでる。

 

「私らも何か投稿してみる?ウマスタ、ほとんど更新してないし」

「何かって何……」

「先輩の応援行くよーみたいなのとか? いやでも、そういうの投稿するのは違うよね……やっぱいいや、忘れて。ドリンク注いで移動しよ」

 

 

放心状態のロアを揺すって、待合室のサーバーでココアを注いだらホームに移動。

タイミングよく来た新幹線に乗り込んで席に座った頃、ようやくロアが現世に帰ってきた。

「えっと、京都にはたしか2時間くらいで着くから、早めにサンドイッチ食べようかな。ロアは朝ごはん何買ったの?」

「これ」

エッグベネディクトとパンケーキだった。サーバーで注いだだろう飲み物はブラックコーヒー。

 

「パンケーキか、なんか意外。甘いのと苦いのの組み合わせ?」

「パンケーキはこの前カレン先輩がおすすめしてくれたから。コーヒーは単純に好み」

「ほほう、そういうことか」

 

ブラックコーヒー飲めるとは大人だな。

 

「あ、そういえばさ、この前カレンチャン先輩ウマスタでタイアップ投稿してたじゃん。あれってカフェオレだっけ、カフェラテだっけ」

「先輩の投稿にあったのはカフェオレ。買おうと思ったけどもう売り切れてた」

「はへ、人気凄まじいね」

「カレン先輩が投稿してるんだから当然だろう……でも正直、この時間ならまだあると思っていたのは否めないな」

ロアはちょっと悔しげな顔でそう呟いた。

 

そのまま朝ごはんを食べて、ポケット席の旅雑誌を読んだり景色を眺めたりしながら過ごし無事京都に到着。

差し入れはレースの後に持って行くことにして、最初に向かうはとある神社。

レース前のウマ娘がお祈りしに来るとして有名な場所で、私たち以外のウマ娘の姿も散見される。

神社のマナーを一通り終えて、鈴を鳴らした後に手を合わせて祈る。

 

『カレン(チャン)先輩が勝てますように』

 

お祈りを終えた後は神社の周囲をぶらぶらと散策して、私はお土産屋さん、ロアはショッピングモールへと向かった。彼女も何かしらお土産を買うらしい。

お昼時に駅前に集合して昼食、そのあとレース場へ向かって観戦というスケジュールで動くことになる。

 

「オルとドリジャ先輩と、ブルボン先輩と……うーん、ホエちゃんとかにも買っていこうかな」

 

小一時間ほど悩み、無難にご当地のお菓子を買うことにした。

味の好みが分からないので、売れ筋のものをチョイス。

次に何か買うことになる時までに、もう少しみんなの事を知っておこうと心に誓ったのであった。

 

「嘘だろ……」

「【悲報】お昼を食べる予定の店、臨時休業」

 

脳内で再生される悲しげなBGM。だめぽ。

朝ごはんは軽めでお腹を空かせた私たちは、完全にこのお店で昼食を摂れると信じて疑わなかったのだ。

「どうする? ファミレスってのもなんか風情が無いよね」

「最悪そうなるが、まだ候補はある」

「マジか。神様仏様カナロア様だ」

 

ロアが言うには、少し時間はかかるものの徒歩圏内に定食屋があるとのこと。

隠れ家的雰囲気の小さなお店だった。

 

「良かったね、応援にも間に合いそうだしメニューも京都!って感じのがたくさんある」

「あぁ、想像以上に良い店だな……東京にあったら通いたいくらいには気に入った」

「超高評価だね」

 

「牛カツお願いします」

「私はおばんざいで! ……ロア、もしかしてゲン担ぎでカツ頼んだ?」

「そういう側面が無いとは言わないけど、京都の牛カツは美味しいと聞いていたからな。メニューに載っている写真も美味しそうだったし」

 

珍しく饒舌なロア。もしかしたら旅行が単純に好きなのかもしれない。

そして運ばれてきた料理のなんと素晴らしいことか。

 

「美味しかったです、ありがとうございました!」

「ふふ、こちらこそご来店頂きありがとうございました。お嬢さん方はもうレースで走っていらっしゃるんですか?」

「いえ、我々はまだデビュー前なのですが、今日は尊敬する先輩のレースを観に来たんです」

「あらあら、律儀な後輩さんたちね。また京都に来たら、その時はどうぞご贔屓に」

 

少し茶目っ気のある店員さんにお会計をしてもらって、いよいよ京都レース場へ向かう。

 

 

 

「いやーやっぱり重賞だと人が多いね。デビューとかオープン戦とは大違いだ」

「カレン先輩がSNSで告知していたし、他にも有力なウマ娘達が揃っているからな……1200mだが、ストームはクラシック級で出たいとか考えているのか?」

「いいや、全く。でもやっぱりさ、スプリンターを志すものとして高松宮記念とスプリンターズステークスは欠かせないよね!」

「当然だ。ところで、お前はマイルを走る気は無さそうだな」

「え、うん。まぁトレーナーについてくれた人が出て欲しいっていうなら考えるけど……意外だった?」

「あぁ……併走のタイムとか見てると、マイルも走れそうだと思っていたから」

 

意外とロアが私の能力を買ってくれていたことが分かったところで(嬉しい)パドック入場が始まる。

「カレン先輩が2番人気か」

「1番人気の人、前走8着だって。戦績見た感じ、マイルから短距離に狙いを定めた感じなのかな。……お」

カレンチャン先輩が登場すると同時にざわめきが起こる。耳を澄ますと、「写真より可愛い」とか「気合も乗ってて調子良さそうだな」とか、概ね好意的な意見が多く聞こえてきた。

 

「いよいよだな」

「なんか私が走るわけでもないのに緊張してきたよ……」

「お前が緊張する必要は無い。だって、

『カレン先輩だからな』

……なんで台詞の先読みなんかするんだ」

「なんとなく? 毎日同じ部屋で過ごしてるんだし言いたいことは分かってくるよ。ほら、始まるよレース」

 

大外のウマ娘がゲートに収まって、スタート。

「お、良い感じだねカレンチャン先輩。スムーズにスタート切って、好位につけてる感じだ」

「あの位置どりなら入着は既に堅いな」

 

気が早いよ友人。大いに分かるけど。

その後もレースはハイペースではないにしろよどみなく進み、内枠のカレンチャン先輩はコーナーで不利を受けることもなく直線へ入っていく。

「さーていよいよスパートがって、おや」

「あのゼッケンはたしか3番人気のウマ娘だったはずだ、ここで来たか」

 

ゼッケン4番のウマ娘がカレンチャン先輩に並んで、ほぼ真横にいる状態でゴール。

 

「これ……これ、どっちかな」

意見を伺おうと隣を見ると、ロアは険しい顔で掲示板に目をやっていた。

 

「クビ差の2着、か」

「先輩2着かぁ〜! でもレース運びはやっぱり上手かったし、ロアが言ってた通り入着もしたね。……ロア?」

「あぁ」

 

それでもなお彼女の顔が顰められているのは、きっとカレンチャン先輩の他人に見せない努力を知っていたからなのだろう。

 

 

「カレン先輩、お疲れ様でした」

「レースすごかったです、もうずっとドキドキしっぱなしで!」

「カナロアちゃんとストームちゃん! 現地まで観に来てくれてたんだね」

「勿論です、先輩の出るレースなら海の中でも土星でも観に行きます」

「あは、カレン嬉しい! 2人ともありがとね」

 

愛が重いなこの子。感想を伝えながら差し入れのドリンクを渡して、雑誌とスイーツ、紅茶は側に居た先輩のトレーナーさんに預かってもらった。

しばらく会話を弾ませて、自然とみんなの言葉が消えた時にカレンチャン先輩は話し出した。

 

「カレンね、今日は人気通りの着順だったでしょ。期待を裏切らないってことかもしれないけれど……やっぱり、1番人気で1着をとるのが1番カワイイと思ってるの。だから」

 

絶対に見逃さないでね。

 

ピンクトルマリンの瞳が煌めいて、私たちは思わず息を呑んだ。

この人はもう既に、今日のレースを糧にして前だけを見据えている。

(あの時から、ちっとも変わってない)

恐ろしいくらいの胆力の持ち主だった。

時が止まったような中で、空間を無粋にも壊したのは私がスマホで設定したアラームだった。

 

「うぇ、あ、アラーム!? すみませんすぐ止めます! ……ってロアやばい、そろそろ駅に戻らないと時間がまずい!!」

外出届けには帰寮予定時間も書いてあるので、それをオーバーするとかなりまずいことになるというのは結構有名な噂である。

いくら都会は電車がぽんぽん来るとはいえ、深刻な事態が差し迫っていることには変わりない。

 

「カレン先輩、今日は本当にお疲れ様でした。学園に帰ってきたらまたお話聞かせてください、失礼しました。……ストーム、急ぐぞ」

 

小声で耳打ちした声がカレンチャン先輩を相手にしている時より数度下がってるの、私は気付いているぞ。

冗談はほどほどに、控室を後にして私たちは駅めがけてダッシュを決めるのだった。

 

「やっぱりさ、フジ寮長に遅れますって連絡入れようかな。……私もう時間までに戻れない気がしてきた。すごく眠い」

「弱音を吐くなと言いたいところだが正直私も疲れているからなんとも言えん。任せる」

「連絡しました……ひぇっ、文面がおこだ」

「……最悪、次からは外泊届けにした方が良いかもな」

「モバイルバッテリーも持ってこなきゃだぁ……」

 

ハイスピードで外を流れる夜景と車内の静かな空気が、なんだかんだで今日は悪くない日であったことを物語っている気がする。

所々でやむを得ず発動したダッシュも、スパートの練習になっていると思えばそんなに悪くないし。

 

「カレン先輩は、やっぱり強い人だったな」

「うん、心の強さみたいなのが見えたよね。……私らも、もっと成長しなきゃ」

 

いつかターフで互角に渡り合える日が来ることを願って、私は少しの間目を閉じることにした。



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初重賞 函館2歳ステークス

新馬戦で勝利をおさめてから数日、私は再び函館競馬場を訪れていた。

というのも、元々デビュー戦を勝ったら函館2歳ステークスに出走する予定だったからである。幸先やよし、このまま名馬への道を突っ走っていきたいところ。

快晴、良馬場、1200、今のところ最高に私向きの条件で大満足ですよ。今から3秒後にゲリラ豪雨とか来なければ意外と好走できると思う。たぶん、きっと、maybe。

 

ここで勝って帰ったら、2戦目にして重賞勝ち馬という甘美な響きの二つ名を得られるわけだけど……いや、あんまり考えないでおこう。フラグが立ってしまう。

 

「3枠4番プランタンストーム、5番人気です。2週間前の新馬戦では今回のレースと同じ函館1200mを快勝しております、馬体重は前走から変動無しの367kg」

 

おや、5番人気か。

ざっと見た感じ今回走る馬は私含めて13、4頭くらいだったからかなり上の方だ。

期待には応えたいなぁとか考えながらパドックをゆっくり回って歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「プランタンストーム大人しいな、落ち着いてる馬は買ったほうが良いんだっけ? 俺も買ってこようかな」

「早めに行ってこいよー、で、お前は今日どれくらいあの馬に賭けてるの?」

「単勝3000円。今月金欠だから無理しない程度でって思うとこれくらいが限度」

「へー。今日のも当たったら次回以降は俺も買ってみるか」

 

その声は新馬戦のときに馬券を買ってくれた若者たちではないか?

生前競馬はテレビの前で見るだけだったからお金賭けたこと無かったけど、金欠なのに3000円も賭けても良いのかな。ブーイングとか受け付けないよ私。しかも単勝だから2着3着だとお金入らないだろうし。

 

「ストーム、もうファンがついたみたいだね」

 

今日も頑張っていこうか、と頭上から聞こえてきた水橋さんの優しい声に頭を振って答えた。金欠兄さんの懐を潤してあげよう。

 

 

「函館競馬場9レース、第42回G III函館2歳ステークス芝1200m戦、いよいよ始まります。今年は14頭の2歳馬が出走、世代最強スプリンターを目指して静かにゲート入りを行なっています。

上空にはからりと晴れた青空が広がりまして函館競馬場、アポロジェニーがゲートイン。

各馬続いてイーグルカザン、内2番のトラストワン、プランタンストーム、外でラッシュウインド。

良馬場の芝コース1200m戦、函館2歳ステークス。最後は13番のルリニガナがおさまりました」

 

「ルリニガナとプランタンストーム非常に良いスタートを切りました、ラッシュウインドもそれに続きます。先行争いはずらりと広がって真ん中からタイセイファントム、さらにコットンフィールドやアポロジェニーも来ましたが、4番のプランタンストーム、内からするりと先頭に躍り出ます。少しヨレましたが問題無さそうです」

 

うわ近っ!? え、ちょ、この隣の子誰?

スタートした時思ってたより近かったからびっくりしてちょっとスピード出したんだけど、ヨレてたか。斜行扱いになると1着で入線しても、そのあと降着になることもあるらしいから気をつけよう。

他馬の進路妨害は重罪だからね、どうしても斜行したくなったらすごい前を走るかその逆で後ろを走るかしかないと思う。

……っと、それは今関係ない。

先頭に出てこられたなら好都合、今日も良馬場で走りやすいからこのまま出来るだけ差を開けておこう。

 

「ルリニガナは4番手あたりにつけています、7番マジカルポケット追走で外はラッシュウインド、マイネショコラーデが抜け出しました。さあ中団から先団めがけて上がる、エーシンジャッカルもつれて上がっていきます」

 

あ、実況を聞いた感じ二、三頭くらい誰か上がってきたっぽいな。

だったら私もこのままじゃなくさらにギアを上げていこう、今ならできる、もっともっと前へ!

 

「4番プランタンストーム独走、第3コーナーに差しかかりましたが他はもう少しといったところでしょうか、このまま逃げきるのでしょうか」

 

まだ他が第3コーナーに入ってないとなると、少しペースが早すぎたかもしれない。

でも、それで良い。

他馬のペースなんて考えて負けたら何にもならないんだから、自分のことだけ考えて走ろう。1200mなんてあっという間なんだから、ハイペースでなんぼだよね。いやそれはちょっと違うか。

 

「ここでマイネショコラーデが3コーナーを回って、中団後ろにはトラストワン、ドリームバロン、最後方に3番のディアマンボウが下がります。第4コーナーカーブへ入って、プランタンストーム依然逃げていますが、内からタイセイファントムとマイネショコラーデも追い上げてきます、さらに外からエーシンジャッカル来た、3頭横に広がって追いかける形となります」

 

1対多の鬼ごっこみたいな展開になってきてさすがにちょっと怖いけど、ここでめげたら方々に申し訳ない。私としても1200mでバテる馬なんて烙印押されたら堪らないし、まだまだ頑張れる。直線が見えたらスパートをかけてもっと離そう。もうそろそろ、前へ踏み込んで。

 

「プランタンストームまだ伸びるのか、直線に入りました、マジカルポケット来ましてテイエムシャトウとルリニガナも飛び出してきましたが、プランタンストームは残り100mもありません、そのままゴール! 2着争いはマイネショコラーデかマジカルポケットか、どちらでしょうか。ルリニガナは4着、5着エーシンジャッカルとなりました」

 

「っしゃおらぁ!! やっぱり強いなプランタンストーム!」

「思わぬ臨時収入だわこれ。もっと買っとけば良かった、次回は1万入れる」

「お前は極端なんだよ。しっかし走るなぁあの馬は……父親誰だっけ?」

「ミホノブルボン。今日の走りはブルボン譲りの逃げ戦法って感じだったな、機械的な正確さってわけではないけど」

 

1着達成!! 前方に誰もいなくて、周りの風景がぐんぐん後ろに流れていくのがただ楽しくて楽しくて、ひた走ったレースだった。

思いっきり走って火照った体にそよ風が涼しい。3000円のお兄さんとそのご友人の懐も潤すことができたようで何より。

 

「お疲れさま、ストーム。やっぱり早いね、君は」

 

水橋さんがむやみやたらに鞭打ったりしないから走ってる身としても快適だった、ありがとうございます。

スプリンターの逸材だ、と私の頭を撫でながら水橋さんはどこか懐かしげにそう呟いた。

 

帰ったら今日の話を他の仲間たちにもしよう。特に、私に絶対勝つよう念押ししてきたカナロアくん。たてがみ洗って待っててほしい。




プランタンストーム
2歳牝馬。鬼ごっこみたいな展開〜しかり、レース中考えてることが時々脱線しがちだが他人にはあんまりバレてない。時間の問題かもしれない。


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競走馬は何で出来ている?

さて戻ってまいりました栗東は高川厩舎。

ほんの二、三週間留守にしてたかしてないか、それくらいの時間しか空いていないのだけどすごく久しぶりな気がする。

馬運車はもちろん酔いました。

でも最初の頃は回復に数日かかっていたのを考えると、今回の半日でそこそこ動けるようになった復活はかなりの成長だと思う。

たっぷりの休養と飼葉を摂っていれば回復速度はぐんと上がるのですよ。休養と飼葉で私は出来ているのです。

カレンチャン先輩あたりは究極の根性と飼葉と素敵な何かで出来てるんじゃないですかね。知らない方が良いことも世の中にはあると思うんだ。私は何も知らない。同僚なら知ってるかもしれないけれど。

 

『やあ久しぶりだねカナロアくん! 元気に推し活してたかい? 私は元気!』

『おし……かつ? なんだそれは』

『ごめん忘れて』

『撤回が早いな。で、なんなんだいきなりやかましく』

『やかましくてごめんね! 新馬戦とその後の重賞レース勝ってきたよ、という話をするために帰厩早々ここに来たんだけど……あっ、回復期間あったから早々って程ではないかも』

 

しかしこの様子だとカナロアくん、出発前あれだけ私に「負けたら許さん」みたいなこと言ってたのにもしかして自分で忘れてたりする? まさかそんなことないよね?

信じられないものを見る目で見つめていると鹿毛の耳がぴんと立った。

 

『……二戦とも勝ったのか? お前が?』

『そうだよ、今や私は二戦二勝! 期待のホースなんだよ』

 

期待のホースってなんだ。期待のホープじゃないのか、と言ってから気付く。

馬なんだからホースなのは当然だよね。期待のルーキーみたいなニュアンスだったということにしておこう。

というか、こんな謎の釈明を脳内で繰り広げなくても彼なら何事も無かったかのように流してくれるはず。

 

『さてカナロアくんに問題です。カレンチャン先輩が所属する厩舎の一員として、二連続勝利を挙げた私に何かコメントをどうぞ!』

 

なんだそれ……とでも言いたげな視線を向けられた。さすがに自分でも今のはテンションがおかしかったと思う。

久しぶりに友達に会う感覚と似たような感じだと思えば少しは納得出来るかな。

ああでもヒト時代に友達少なかったから分からない。同級生たちも地元から出る歳でもなかった気がするし。

 

『……』

『あー、あの……なんか琴線に触れたならごめん』

 

案の定いつもみたいな顰め面で考え込んでしまった。耳も心なしか少し後ろに倒れている気がする。

やらかしパターンかもしれない。

カナロアくんは基本的にカレンチャン先輩以外眼中に無いけれど、だからといってむやみやたらに騒ぎ立てても良いというわけでは決してないのだ。あれはいつだったか、併走している時に、他の厩舎の同い年らしき馬が騒いでいるのを睨みつけていたのを私は見た。

その時の眼光の鋭さと言ったら、一流の研ぎ師に研がれた包丁の如し。

内心冷や汗を流しながら双方押し黙った気まずい時間が数分。

視線に射抜かれるのを恐れて俯けていた頭をすっと上げてかちあった眼差しは、驚くほど真っ直ぐだった。

 

『カレン先輩の後輩として恥じない走りをしてきたなら、それで良いんじゃないか』

『お、おぉ……ありがとう?』

 

カナロアくんが珍しく素直なことと思いの外穏やかな声の調子に面食らいつつ、無茶振りをしたという気はしたので感謝の気持ちを述べる。

 

『ただし調子には乗るなよ。今後もこの厩舎の一員として相応しい走りをしなければならないんだからな』

『当然分かってるよ、こんなところで終わった気になんかならないって。ところで、カナロアくんの新馬戦はいつ頃なのかはもう聞いてる?』

『……仕上がり次第だが、おそらく冬になるだろうな』

『冬!? 冬かぁ……意外とまだ時間はあるんだね。カナロアくんがしっかり走れるように私も頑張ってアシストするよ』

 

とっくに夏至を過ぎているはずなので、これから日が落ちるのは少しずつ早くなるだろうけれども今は盛夏、彼のデビューまで四ヶ月近くある。

 

『俺の手伝いをするのは構わないが、お前自身も練習で気を抜くなよ。同期が腑抜けた奴だとつまらないからな』

 

競争相手が強いほど滾るものだ、と言い残しカナロアくんは自分の馬房に戻っていった。

そりゃそうだよね、強い相手に勝ってこそ自分の力が証明できるんだし。

私はまだ少し怖いけれど、きっとレースに慣れれば競り合いだって楽しくなるのだろう。

レースへの情熱が原動力になっている馬だって多いし、カナロアくんは今の時点で見るからに強そうだから、そのうち他馬のことなんて構っていられなくなる。

なりふり構わない努力がいつか実を結べば、絶対に私の目標だって叶うはずなんだ。

たくさんのレースで勝って、多くの人の記憶と記録に残る馬になることが今生の最大目標なのだ、と今一度掲げてみる。

たとえそれがどんな形で終わっても、最後に一番大切な希望が叶えば、きっと私は満足出来るだろう。

己の意志は変わっていない。

 

帰ってきてからのノルマだった報告を終えたからか、一気に体から力が抜ける。

いつもより随分早い時間に訪れた眠気には逆らわずに、今日は大人しく眠ることにする。輸送の疲れもやはり数時間では回復しきらないだろうし。

ヒラヤマさんが整えておいてくれた寝藁は出発前と変わらず加減が上手くてふかふかだった。

一休みして明日からまた頑張ろう。

うら寂しげな虫の鳴き声が聞こえた。




現在の本編には関係ないストームの初期設定がいくつか出てきたので今後時々放流して行こうと思います


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幕間

タイトルは幕間ですが後半普通に本編になりかけてます


プランタンストームが函館で2戦を制してから数日後。

しんとした空気が漂う、辺りの町もまだ目覚めていないような朝にその声だけが通った。

 

「にいさ、兄さん!! 手紙届いてる!」

「はいはい、朝からやかましいな……落ち着けよ。どこから届いたんだ?」

「厩舎だよ厩舎! ランの厩舎から手紙が届いてたの。差出人の名前は高川さんじゃないけど、ランの厩務員になった人だよ。比良山さんからの定期連絡第一弾がとうとう届い」

「早く開けて読め」

「兄さんこそ落ち着いたらどうなの」

 

見るからに浮き足立っているこの二人組は芳松牧場のスタッフ、天内兄妹である。

上がりすぎたテンションのためか、茶封筒の開封に少し手間取っている様子だった。

 

「あーもう、ランのデビュー戦見に行きたかったな〜!! もうちょっとうちの牧場にも人がいれば休めたかもしれないのに……ぐぬぬ」

「オーナーも不在で仕方なかったし、お前は新馬戦終わった当日に電話もらえたんだから良いだろ。俺が少し席外してる間に全部話終わらせやがって」

「兄さんが早く戻ってこないのが悪くない?」

「お前……」

 

プランタンストームもといランの世話を文字通り生まれた時から行ってきた二人の愛情は傍目から見てもややオーバーである。

天内兄妹にとってストームは初めて幼駒から様子を見た馬であり、その分思い入れも深い。もはや思い入れというレベルを越えているまである。

実はこの二人、ストームを高川師のもとへ送り出す際迎えに来ていた比良山厩務員に、定期的な手紙や電話での連絡を懇願するほどの親バカっぷりを発揮していた。ストーム自身はそんなことを知る由もないが。

 

「お、写真も入ってんのか」

「ラン、こんなに大きくなって……でもやっぱり他の馬と比べるとちっちゃい気がするね。いじめられたりしてないかな」

「ランなら仮に体格でいじめられても走りでねじ伏せるんじゃないのか? あいつは才能ある馬だぞ」

「たしかに」

 

ようやく開封に成功した封筒の中身を眺めながら逐一会話を弾ませる兄妹。

 

シンプルなデザインの白い便箋には、比良山厩務員の外見からは想像しがたい几帳面そうな文字がボールペンで綴られている。

 

前半では新馬戦を迎える前のストームの様子や調教風景、周りの馬との交流がメインに語られており、彼女が苦戦したというスタート練習の話も多かった。

前半パートと共に同封されていた写真は、白い馬着を着て飛び回っていたり、飼葉を咥えてカメラを覗き込んでいたりとストームの人懐っこさが前面に押し出されているものが多い。

 

「馬着のサイズもうあんまりぶかぶかじゃないね。我が子の成長アルバム見るってこんな感じなのかなぁ……」

「なんかガラじゃないけど涙腺に来るなあ」

 

後半パートは新馬戦に向けた調整やレース運びについてが中心に書かれていた。

誰が撮ったのかは不明だが、パドックを周回している様子やレースシーンも手ブレなく綺麗に画面に収められている。

新馬戦、函館2歳ステークスと快勝した旨の文章の後ろに「次走は10月ごろを予定しているので、詳細が決まり次第またご連絡しますね」と続けられている。

比良山厩務員からの手紙は〈P.S. プランタンストーム号は時々飼い食いが非常に良くなるのですが、そちらにいた時はどのように量を抑えていましたか?〉と、どこか締まらない文章で終わっていた。

 

「ラン、こっちに居た時もたまにすごい飼葉食べる日あったもんね。良かったというかなんというか……」

「食わないよりずっとマシだろ、元気そうで何よりだ。抑える必要はないって返信に書くか」

「まぁあまりにも体重が増えすぎるとか体調崩すとかなら気をつけた方が良いとは思うけど、お腹の調子悪くするわけでもないし大丈夫なんだろうね」

 

菫はそう言いながら小さな木製の箪笥へ近寄り、返信用の便箋と封筒を取り出した。

かちりとボールペンをノックし、手慣れた様子で文字を便箋にすらすら並べていく。

 

「ある程度書いたらガールとネオの様子見に行っとけよ、俺ちょっと草刈り行ってくるから」

「はいはい、分かってるよー。もうすぐで終わるから」

 

青いインクで紙面の端に小さく仔馬と花の絵を描いて、菫はペンを置く。

クラシックシーズンはどのレースを走るのか、これからどんな走りを見せてくれるのか、そんな事を考えながら彼女は仕事に取りかかるのだった。

 

 

 

「今日もたくさん食べてるし、体が小さい割に君はタフだなぁ……ほんと、輸送難さえ無ければもっと長くこっちで調教できそうだし良い馬なんだけど」

 

ヒラヤマさんなんか言った?

飼葉桶に突っ込んでいた顔を上げて見つめると、「なんでもないよ」と頭を撫でられた。くるしゅうない。

どこか遠くを見るような目が気になったけど、本人がなんでもないって言ってるんだし、そもそも何かあったとしても馬の私が打開策を提案する事はできない。

腹が減っては戦はできぬ。競走馬として活躍するのが関係者一同への一番の恩返しになるだろうし、気を取り直してまた飼葉桶に頭を突っ込んだ。

 

今日も大丈夫。脚に異常は無いし体調不良も無し。食欲も走る意志もしっかりあるから何も不安ごとは無い。

次走はいつかなーなんてのんきに考えながら食べ進める。輸送疲れさえ解消すれば楽しく走れるから秋にまたどこかで走ったりするのかもしれない。

このまま着実に勝ち星を重ねていければ理想的。いつかはG I勝利も目指して頑張るぞ、と考えたところではたと気付く。

私、馬に転生したての頃は牝馬クラシック路線で走るつもりだったんだけど今のところ走ったのは両方とも1200m。短距離オブ短距離。

母馬のプランタンガールさんが短距離マイルで好走した馬だったらしいし、父のミホノブルボンだって血統的には中距離向きでは無かったと生前聞いたことがある。

今所属している高川厩舎は短めの距離の競走馬を多く預かっているみたいだし、私はスプリンター向きの馬だったということだろうか。

デビュー戦でマイルを走ったあと中長距離で活躍した馬も居るけれど、今のヒト族たちを見ていると私は長く走らせてもらってもマイルが限度のようだった。

牝馬クラシックへの仄かな憧れを抱いていたのは確かだけれど、かぶりを振って考え事を打ち消す。

好成績を残せばウマ娘として転生できるって神様は言ってたし、G Iレースに貴賎はない。

こんがらがってきた思考の糸を断ち切って見上げた空はすかっとしない薄曇りだった。




ストーム、初期設定ではミホノブルボン産駒ではなくシンボリクリスエス産駒でした。他にいくつかこの世代だったらって考えたりもしてたんですけど、デュランダルさんと同世代でバチバチのマイラーだった世界線もあります。


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灰空、閑散と

評価バーみたいなのに色ついてました、ありがとうございます


『もうすぐ俺も新馬戦を迎える。お前などすぐに追い越してやるから首を洗って待っていろ』

『うんうん待ってる待ってる、ちなみにどこで走るの?』

『小倉だ。欲を言えばカレン先輩と同じ阪神でデビューしたかったが……走れるなら問題無いさ。勝つのは俺だからな』

『すっごい自信たっぷりだねえ……あとカレンチャン先輩はデビュー戦ダートって言ってた気がするから、カナロアくんもダート走らないと厳密には同じ地に立ったことにならないんじゃない?』

『む、それはそうだが……まあ良い。とにかくあの方といつか肩を並べて走れるなら、俺はそれで良いんだ』

『なるほどね……やっぱりなんというか、一途だね』

『当然だろう』

『成就すると良いね。新馬戦絶対に勝つんだよ』

『ああ』

 

回想終了。

あくびをひとつかましてから空っぽの飼葉桶に意味も無く頭を突っ込んだ私、プランタンストームは現在非常に暇を持て余している。

暇があるのと無いのとを比べたらあった方が良いと長らく思って生きてきていたけれど、その認識を改めるべきかもしれない。

あまりにも長い退屈は気が狂いそうだった。

 

さて、その理由というのは普段仲良く(あくまで私の主観だが)お喋りしている同厩の馬たちがごっそり居なくなっているからである。

併走やゲート練習を共にしてきた同期たちや先輩が、軒並みレースに出ていってしまったので話し相手がいないのだ。

ちなみにお隣の馬房のカナロアくんも本日不在。

で、今日は記念すべき彼の新馬戦であるため冒頭の回想が出てくるというわけだ。

『これでようやく俺もカレン先輩と同じラインに立てる』と、どこか浮き足立った様子で出発していったので、健闘を祈ってその後ろ姿を見送った。きっと君は歴史に蹄跡を残す名馬になるよ。

 

しかし小倉……小倉か。

実はどこにあるのか詳しく知らなかったりする。餡子の名前の由来になった場所ではないんだよね。

なんとなく京都っぽいイメージを持っていたけれど、ヒト族たちの話を聞くにどうも違うらしい。九州の方のようだ。

 

早く走りたいなあ。

無意識のうちに出た小さい嘶きが、静かな厩舎の天井にぶつかってはね返る。

鈍色の空にちらつく雪が視界の端に入った。

 

 

 

「次走まで少し時間があるから、しっかり休んでトレーニングもしていこうか」

 

水橋さんがそう言ったのは、きれいな秋晴れの日だった。

夏に函館で走ったあと、ききょうステークスを勝利し、少し距離を伸ばして挑んだデイリー杯2歳ステークスもなんとか勝って一息ついた頃の話。

この二レースの間は二週間ほどしか開かなかったため疲れが残り、デイリー杯の方はあまり余裕のある勝ち方は出来なかった。たしかハナ差数センチとか、そのくらい。

マイル適正が全く無いということはなさそうなので、休養をとればもう少し走れるのではないか……というのが陣営の判断らしかった。

これまで走ってきたスパン的に、次走まで時間があるといってもせいぜい二ヶ月前後かと思い「まあのんびり過ごせば良いか〜」くらいにしか考えていなかった過去の自分に言っておきたい。

五ヶ月レースに出られないから覚悟を決めておけと。

五ヶ月。ごかげつ。ファイブマンス。一ヶ月30日として単純計算すると150日。

果たしてそんなに長い間出走しなくて大丈夫なのか? 大丈夫じゃない。大問題も大問題、死活問題であった。

早くレースをさせてくれと願い、ふとした時になぜ自分はレースジャンキーと化しているのかと我に帰る。そしてその後また走りたくて走りたくて仕方なくなる。

前走以降、三日に一度はこんな様子だった。

これが競走馬の本能にして宿命かと思うと、いやはや恐ろしいものである。

なんかもう中央で他馬とデッドヒートできるなら長距離だろうとダートだろうと走りきるくらいの気持ちだけど、それは出来ないのでレースへの気持ちは高まるだけだった。

右前脚に近い壁を軽く蹴る。もう一度、またもう一度と数分間壁を蹴り続けて嘆息。

 

ヒト族たちの会話から察するに次走はおそらくスプリングステークス。

残り三ヶ月、その間に貯えたこの熱をどれだけぶつけて勝負に挑めるかが鍵となるかもしれない。

……しかし、長いなぁ。

 

 

 

昼寝から目を覚ましたら誰かの気配があったので隣の馬房を覗くと、カナロアくんが居た。いつ帰ってきてたんだ彼は。それとも単に私が爆睡しすぎて気づかなかっただけ?

辺りを見回すと他にも何頭か、顔見知りの馬が帰厩していた。

 

『あ、おかえりカナロアくん。いつの間に帰ってたんだね、お疲れさま〜』

『貴様が間抜け面で寝てる間にとっくに帰厩している』

『間抜け面って……嘘でしょ……あ、それはどうでも良くて、新馬戦どうだった!?』

 

『当然1着だ。余裕も余裕、ぶっちぎりの勝利だった』

『ぶっちぎりの勝利!? やっぱりあんなに息巻いてただけあるなあ……カレンチャン先輩にももう報告してきたんだよね?』

『ああ。甘美なるお褒めの言葉を賜った』

 

なるほど、道理でご機嫌なんだな?

尻尾がゆらゆら揺れて、心なしかまとう雰囲気も普段より和らいでいる。

 

『それはめでたいねえ……良いな、私も早くレースで走りたい』

『なんだ、ずっと厩舎にいるなとは思っていたが走るのを禁止されたのか?』

『いやそんなことは無いよ!? 禁止された訳ではないんだけど、ないはずだけど、私たぶん次走三月頃なんだよね』

『ふむ、ずいぶん空くんだな。やはり何かやらかしたとしか思えないんだが、なんだ?』

『放馬?』『逆走?』『斜行?』『ゲート脱出?』『逸走?』

『全部違います!!! 私は普通に走ってただけなんですよ、信じてください!!』

 

カナロアくんの問いかけに、近くの馬房から顔を出してきた他の馬たちがたたみかけてくる。カナロアくんの隣、私の二つ隣の馬房にいるはずのカレンチャン先輩はこういう話にはあまり関わってこない。

この馬たちみんな過去にやらかした罪状だったりしないだろうな。もしそうだったらクセ強すぎるしたぶん違うと思うけど。

 

『だとするとなおさら走らされない理由が分からなくなってきたが』

『私が一番知りたいよ。確かに前走と前々走はスパン短くて全力のパフォーマンスを発揮できなかったと思うけどさ〜……三週間とか空ければ私いける気がするんだよね』

『マジ!? 三週間!?』『すげー、おれ正直一ヶ月くらい無いとやる気出ない』『あたしも大体それくらいでいける!』

 

 

「……なにやら今日は賑やかなご様子で。飯の時間だぞー、君ら」

 

声の方向にはヒラヤマさんが少し呆れた顔で飼葉を抱えて立っていた。




完全な余談 初期の頃は馬名『スプリングストーム』だったんですけど調べたら普通に実在したので現在の『プランタンストーム』に落ち着きました。


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