ありふれた物語の森羅万象 (RASっさん)
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1章 異世界転移は十八番がすぎる
第一話 異世界転移は十八番がすぎる


 月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

 無論、俺もその1人で、昨日夜遅くまで新しいゲームのテストプレイをしていたので今日、眠気に勝てる未来が全く見えない。

 

『だからあれ程寝ろと言ったのだ……』

「いやぁ、新作って言葉には魔法がかかってるわ……ついついやり込みたくなるんよ」

『はぁ……いつまでたっても変わらないな、久遠』

 

 スマホに繋がる、ワイヤレスイヤホンから聞こえてくる呆れた声。だけど俺はもうこの声を毎日聞いているので逆に安心するものだ。スマホを取り出し、電源をつける。

 画面の奥から現れたのは、一人の女性。

 

 虎のマークが印象的な騎兵帽。ヨーロッパの大礼服をモデルとしたロングコートの軍服。ツーサイドアップで結ばれている腰まである長い銀髪が今日も美しい。

 

 彼女の名はアルタイル。ひょんな事から三年前、俺、一ノ瀬久遠(いちのせくおん)のスマホに現れた絶背の美女であり、現在もこうしてスマホの中に居座っている者だ。

 スマホの中に美少女が、ってよくある展開だけど、彼女の存在は極めて異質だ。

 

 その理由をざっくり説明すると、彼女はこの世界をぶち壊そうとした、いわゆる破壊神みたいな者なのである。だけど紆余曲折の末、戦いに敗れてここに行き着いた。

 どうして俺のところに来たのか、そもそもなんで生きているのか、他にも色々と分かっていないが、とりあえずスマホの中では無力とは分かったので、こうして俺のスマホの中で平穏な世界を過ごしているってことだ。

 

 そんなこんなでアルタイルと一緒に過ごす事から約3年。それまでに1度も彼女は消滅したりしていない。

 これがまた不思議で、スマホの劣化や通信障害など、彼女がいるあいだ全く起こらなかったのだ。さすがに3年となると何かはあると思ったが全然現役にも劣らないスペックを見せている。

 

 そうそう、彼女から俺の呼び方は「久遠」である。初めは一ノ瀬殿、と武将みたいで堅苦しかったんだが……その呼び方は彼女の表面のキャラとしての振る舞い。素の状態では名前で呼ぶらしい。

 名前呼びは結構前からされ始めたが、それはアルタイルがこちらの生活に順応してきている証拠でもある。

 

 ワイアレスによる遠隔の会話も可能であり、右のポケットにスマホを入れることで彼女も学校へこっそり登校している。

 

 ……高校に。もう高校二年生になってしまった。中学の頃はだらだらとすきなことできてたんだが、高校になると進路とか友人関係とか気づかなきゃ行けないから一苦労だ。

 

 まぁ、今までの友達とは良好な関係を結べているが。

 教室の扉を開くとまだ数人しかおらず、他のみんなは居なかった。まぁ1時間目までは40分もあるしな。早く来すぎたか。

 

 教室を見渡すと端っこで本を読んでいる知り合いがいたので声をかけてやることにした。

 というか声掛けないとまずい気がした。

 

「おう、浩介。おはよう」

「……気づいてくれた。よかったぁ……」

「やっぱり今日も気づいてもらえてないんだな……」

 

 ブワッと歓喜の涙を流しているのは遠藤浩介。どうやら今日もまだ誰にも発見されていなかったらしい。自然体でこの影のうすさ……恐るべし存在感。

 

 ちなみに彼の影の薄さは日に日に強くなっているらしく、最近は親に認識されなかったと聞いている。そのまま晩御飯の時まで気付かれなかったとか……

 恐ろしいのは彼らが浩介の存在自体忘れかけていたこと。これはもう一種の呪いなんじゃないか……? 

 

 うーん、でも影が薄い能力はそれでなにか役に立ちそうだな……

 

 と、遠藤が俺のイヤホンに気づいたようだ。俺もこの時間ならとスマホを取り出すと、そこには既にアルタイルが映っていた。

 

「あっ、アルタイルもおはよう。もう学校は2年目となると慣れたかな?」

『無論だ遠藤殿。勉学は聞いている分には退屈しないのでな。毎日がとても充実している』

「えー? あれの何処がおもろいってんだ」

『久遠は先ず趣味以外の興味を持つことから始めるべきだ。何事も挑戦が必要だとこの前の漫画に書かれていたと思うが?』

「グッ……いつの間に……」

 

 ……成長といえば彼女が漫画やアニメを見るようになったことだ。俺みたいなヘビーゲーマーにはなっていないが、総作品に対する別に嫌悪は幾分マシになったようだ。

 

 まあ、彼女の言う神々の創作物に少し関わってくれて安心はした反面、日々またブチ切れないか不安でもある。

 

 だけどこの調子だと平気みたいだな。

 

 そのまま3人で他愛もない話をしていたら残り3分となり、見知った生徒たちも増えてきた。すると毎回このくらいに来る友達も現れる。

 

 今日はいつも以上に眠そうだ。俺と同じくゲームをしたのだろう……だけど俺以上に酷いってことは? 

 

「よっ、ハジメ。今日も徹夜だな?」

「……あぁ、おはよう一之瀬君……ふぁぁ。ちょっと昨日は張り切り過ぎた……」

 

 やっぱりか……うん、シャーないな。

 南雲ハジメとはあれからもよく一緒に集まってオタ話やゲーム作りをしている。

 

 自慢になるが、彼の父の力も少し借りて自作ゲームをコミケで売ったりもしたぜ? 売上は……初回にしては良かったと思う。手に取ってくれる人もちょくちょくいたし。

 

 南雲愁の会社のゲーム……ってのもあったかもしれないが、自分たちの力で達成できた時の喜びは別格だったぜ……

 

 今回もハジメは愁さんの手伝いで徹夜になったのだろう。相変わらずの頑張り屋さんだねぇ。

 

 そういえば、最近ハジメのやり込み癖は俺を超えてきている……RPGでの実力も俺に並んできた。

 俺のゲーマーとしての個性が危うい……今度徹夜しようかな……

 

『またくだらない事を考えついたか?』

「えっ……顔に出てたか?」

『はぁ……南雲殿、彼へ何が良い薬はないか?』

「あはは……」

 

 そきてこんな感じで話していると周りもだんだん賑やかになってくる……今度は悪い方向で。

 後方からやってくる無駄に五月蝿い足音。そして聞こえて来る下衆い声にまたか……と心の中で吐いた。

 

「よぉ、キモオタ共! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

「またお前らかよ……」

 

 何が面白いのか、げらげらと笑い出す4人集。左から名前を言ってくと、初めに声をかけた檜山大介、そしてバカ笑いしてる斎藤良樹、近藤礼一、中野信治。

 大体この四人が頻繁にハジメに絡む。俺はついでだ。

 

 ハジメは完全に慣れてしまい、毎回4人をスルーしているのだが、俺としてはガツンと1回お仕置きしたほうがいいんじゃないかと割と本気で思ってる。

 

 いじめ……とまでは行かないが後々エスカレートしていくと面倒くさくなって行くからな。

 

 取り敢えずこっちからガンつけておくか。学校のカースト的に俺はこの4人より高い……肉体的にも、学力的にもだ。だからそいつらは俺に睨まれたら何も出来ない。

 

『……彼らの行為は相変わらず愚かで憤ろしいな』

「全くだ……嫉妬するなら告ればいいのにな」

『即刻振られるだろうがな』

「違ぇねぇ」

 

 舌打ちをしながらその場を立ち去る4人を確認したアルタイルとの会話通り、彼らの行動にはれっきとした理由がある。

 

 それはご覧の通り。

 

「南雲くん、おはよう! 今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 ニコニコと微笑みながらハジメのもとに歩み寄ってきた女子生徒。このクラス、いや学校でもハジメにフレンドリーに接してくれる数少ない例外であり、この事態の原因でもある。

 

 言うまでもない。白崎香織である。アルタイルの出会いから3年もたった彼女の体型は一層女性らしさが増し、黒髪も腰まで伸びている。素晴らしい成長を遂げた彼女の登場で男子の視線が釘付けになっている。

 

 無論、慈愛の女神のような性格も健在で、こちらでも学校の二大女神として君臨している。あの天之川までも受け入れる懐の深さを見るとこうなるのも納得だ。

 

 そんな彼女がハジメに毎日のように接するのだ。二大女神が、オタクに。そう周りは認識するに違いない。

 

 相手がハジメってのも運が悪い。こいつは基本「趣味の合間に人生」の人で、自分のスタンスは自分で決めるのだ。なので生活態度はそこまで変わらない。

 

 だけど香織も香織で、ハジメの態度を気にかけるのは彼との接点が欲しいからだ。彼女の片想いはもう3年……このまま一生成就しないんじゃないか? ハジメの為にも早く告って貰いたい。

 

 仕方がないのでせめてもの防御で俺は殺気が多くする方と二人の間を身体でガードしておく。

 ついでに浩介もしてくれているが、影が薄いので効果は今一つのようだ。

 

「白崎さん……おはよう。できれば改めるよ」

「その台詞、前も聞いたよー? またゲームでしょー!」

「う、うん……ごめんなさい……」

「はっはっ! ハジメも香織の前じゃあ萎むわな」

「『一之瀬君(久遠)もだよ(ぞ)!!』」

 

 あっ、2人に返された。俺そんなに怠惰な生活してるかなぁ……? 

 ちゃんと学校では寝ない努力してるし……って寝ちゃあダメか。その考えがまずダメか……まぁいいか。

 

 と、そろそろ3人も来る頃だし、俺はそろそろ退散した方が──

 

「南雲君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 はい、間に合いませんでした……エンカウント率がいつも高いんだよなぁ……時計を見る。うん、あいつらがいつもより少し来るのが早い。

 

 3人とも各々が見違えるように成長した。

 

 まずは八重樫雫からだな。相変わらずのポニーテールにした長い黒髪。切れ長の目は鋭く、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象。中学校からはそのカッコ良さがより出てきた印象がある。

 

 身長も高い。170を超えたと聞いたんだけど……もうモデルとかやってもいいんじゃないか? 

 

 続いて正義の直上馬鹿こと天之川光輝。キラッキラな性格は相変わらず健在だが、顔面ステータス諸々はそれを裏切らずにすくすくと成長したようだ。ウザったい。

 

 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人で、誰にでも優しく、正義感も強い。これが主人公格という物か……! 

 

 何で性格難のこいつが高スペック持っちゃうんだよぉ……お陰で俺や雫は四六時中尻拭いをしている気がする。

 

 投げやり気味な言動の坂上龍太郎は、予想通りの姿へと成長した。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、190センチメートルの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプ……100点。

 

 そんな脳筋? ってみんな思っちゃう? それなら、例えばこんな感じで……

 

「おい龍太郎、そいつは言い過ぎだぜ? ハジメは一日一日頑張って生きてんだ……俺みたいに」

「確かに……それもそうだな、悪い南雲」

「「「脳筋……」」」

 

 香織も含めた幼なじみ3人が綺麗にハモる。うん、実際俺もこいつチョロいなって思ってる。

 

 だがここで邪魔が入る。言うまでもなくこいつがしゃしゃり出た。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから」

 

 光輝がハジメに忠告する。光輝の目はやはり、ハジメは香織の厚意を無下にする不真面目な生徒として映っているようだ。

 

 違うんだよなぁ……ハジメはただ己の道を進みたいって思ってるんだし。香織という女神が関わるだけでこんなにも面倒なことに巻き込まれるなんて、運の悪いこった。

 

 だけど自分の親友がこうも言われるのは些か来るものがあるので弁護する。

 

「まぁ、だけどハジメは成績も普通に良いし、寝てるのも既に将来をみ添えての事だからな。香織もこいつの睡眠を心配してるだけだろ?」

「なっ、一之瀬! お前はハジメの味方をするのか?」

「……」

 

 うん、やっぱりこいつ嫌い。1+1=100万とかのレベルのぶっ飛び方だ。すると香織も俺の発言に引っかかったのか訂正してくる。

 

 ここで気の利いた発言をお願いしたい! 

 

「? 2人とも、なに言ってるの? 私は、私が南雲くんと話したいから話してるだけだよ?」

 

(『違う、そうじゃない』)

 

 俺とアルタイルの虚しい気持ちが共有される。

 

 同時にざわっと教室が騒がしくなる。男子達はギリッと歯を鳴らし呪い殺さんばかりにハジメを睨み、檜山達四人組に至っては何やら相談を始めている。ハジメがリンチにされないようしばらく見張っとくか。

 

「え? ……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

 そしてこいつはぁ〜……なんで今の発言がハジメに対して気遣っているってなるの? 頭一体何でできてんだ! 

 

 畜生め……最近はいつもこうだ。馬鹿と天然と脳筋の3連コンボが何かしらの化学反応を起こし、ハジメが良くそれに巻き込まれている。

 

「……ごめんなさいね? 二人共悪気はないのだけど……」

「うん……仕方ないよ」

 

 最後に雫がこっそり謝罪するのもルーティンと成りつつある。いや、これルーティーンになっちゃあかんやろ。

 

 そうこうしている内に始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。俺らはその場で解散し、いつものようにハジメが夢の世界に旅立ち、当然のように授業が開始された。

 

 そんなハジメを見て香織が微笑み、雫はある意味大物ねと苦笑いし、男子達は舌打ちを、女子達は軽蔑の視線を向ける。みんなそれぞれ彼に思うところがある中、俺らが感じるのはたった1つ。

 

『……やはり南雲殿が1番の大物ではないか?』

「あぁ、最近俺もそう思ってきた」

 

 ハジメってやっぱりすげぇ奴だな。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「昼ご飯、ご一緒してもいいかしら?」

「おお、雫か? 珍しいな。あのクソが毎回ガード固いから今日も一緒かと思ったが?」

「本当に2人って仲悪いわね……」

 

 珍しくも雫が昼に一緒に飯を食うようだ。彼女も爆発的な人気を誇っており、俺と一緒ということで全方向から殺気を感じたが、別に気にはしない。

 

 寧ろ誇りに思うぜ……ドヤァ。

 

 勿論、こんな日は普通ない。

 その理由が天之川だ。いつもあいつは香織、雫をまるで正妻、側妻にしたかのようにくっ付いているからな……

 

 無駄にイケメンで、なのにあの難儀な性格だから幼なじみである2人も放っておけないのだ……変な気を起こさないか心配でもあるらしい。

 

 まぁ、最近は香織のハジメ愛が爆発しているので雫と俺がカバーしている気がするが……

 

「俺はお前が心配になってくるぞ……」

「平気よ、平気……ただ南雲君が私は心配だわ。変に他からヘイトを稼いでいるから」

「あー、それ前に浩介とも話したわ……」

『南雲殿は香織の心境に本当に気付いていないのか?』

 

 するとアルタイルが疑問に思ったことを口にした。まぁ……気づいてはいるのだろう。本当のニブチンはいないだろうしな。

 

 ギャルゲーとかにも精通しているあいつならこんなパターンだって予測しているはずだ。

 

 だけど彼の性格からして……

 

「ありゃあ自分なんかを好きになるはずがないって勝手に思ってるな」

「そうね……だから香織に対する反応も中途半端なものになってるわ」

『3年間もあの状態が膠着しているのか? 前までは家でも会話する仲でもなかったのか?』

「「あいつ(彼)はそれでも気づない奴だ(なの)」」

 

 そう……何時までも気づかない。これはもう香織がストレートで告白した方がいい気がする。

 

「そういえばお前剣道の腕さらに伸びたよな……この前オリンピックの強化選手の誰とかさんから一本取ってなかったか?」

「あんなの、たまたまよ……でも、どうしても剣を振る時に風の抵抗がかかるのよね……アルタイルさん、無理は承知なのだけれど、アドバイス頂けないかしら?」

 

 珍しくも雫がアルタイルに頼んできた。それを真摯に聞いていたアルタイルはしばらく考えていたが、すぐに答えを出した。

 

『そうだな……雫は剣を振る際、その剣に重さを感じているだろう……しかし君の実力ならそれに支配されることは無いはずだ』

「ええっと……つまり竹刀を振る時に竹刀の重さに振り回されている、竹刀の重さは意識せずに、だけど竹刀を振ればいいのね……ありがとう、参考になったわ」

「なんで分かった!? ってかサラリと意味不明なこと言ってるぞ!?」

 

 あれ? 俺のみみもしかしておかしい? 矛盾が普通に2人のセリフから出ていた気がするんですけど!? 雫は何かを掴んだような顔してるし! 

 

 あぁ、今更だが、アルタイルは香織と雫の呼び名も名前に変わった。少し女の子らしくなってて何より。

 

 その後も雫に剣の心得やら、型の数種類の違いやら教えて、本人も満足そうにしている。心無しか昼飯のペースも上がっている。

 するとアルタイルが俺だけに聞こえるようイヤホンのみ耳打ちしてきた。

 

『ここだけの話だが、今の説明は弥勒寺殿や白亜殿が戦闘の際に基本としている型の一つだ……一般の者には不可能の筈なのだが……』

「マジかよ。ついに人間やめ始めてるぞこいつ」

 

 速報、雫は異能とスタンドが溢れる世界……閉鎖区underground-dark night-の世界でやって行けるくらいの実力が着いたみたいだ。

 

 このまま俺の相手はもう卒業して欲しい。最近俺サンドバックにしかなってない気がするんだが……? 

 

 すると教室の角席……ハジメがいる席に美少女が寄っていっている! これは他からの視線……殺気も着いていくように彼の元へ。

 

「あっ……香織がまたハジメのとこを寄ってるな」

「本当ね、一緒にお昼を食べようとしているみたい」

 

 香織からしては大好きな彼と一緒にいたい一心……だがハジメからすればそれに応えたいものの眠いし、何よりヘイト誘導は勘弁……! 

 

 2人の思惑がここまで俺たちに伝わってくるとはな。てかもう手に取れるくらい簡単にわかっちまう。

 

「おっと、雫さんや。その表情完全に香織を見守るお母さんになってますぞ?」

「そういう一之瀬君も完全に2人の恋の行方を見守る爺やになってるわよ」

『……2人は彼らの保護者にでもなったのか……』

 

 アルタイルから精一杯のジト目を頂く。だって仕方がないじゃん。ここまであの二人が行ってるんだから見守りたくなってしまうじゃん。

 

 と、次に来るのはやっぱりイケメンさんです。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

「「ブブッ」」

 

 盛大な爽やかスマイル攻撃をいとも簡単に跳ね返す香織さん、マジパネェっす。雫までもが吹き出している。

 

 だけどそろそろ頃合かと、弁当箱を片付けながら彼女は席を立ち上がった。

 

「はぁ……私、そろそろ彼らのところに行ってくるわ。このままじゃあまた南雲君が面倒事に巻き込まれそうだし」

「お前いつもその役目だよなぁ……あいつに毎回尻拭いしているお前が本気で心配になってくるぞ」

「幼馴染だし、仕方がないわよ……というより、光輝も悪気はないんだし、一之瀬君も大目に見てあげて?」

 

 そう言い残し彼女はストッパー役として彼らの所へ行った。すげぇ奴だぜ。まるでみんなのオカン……は失礼すぎるか。

 

 さて、俺は俺で先ず、何だかんだで殆ど手をつけていない飯を食べようと──

 

 ──した瞬間に凍りついた。

 

 目の前の違和感に気づく。天之川の足からなにやら光っているように見える。

 これが小便を漏らした綺麗な光だったらそいつの今世最大の黒歴史にすることが出来たのだが、そんな単純なものでは無いらしい。

 

 何故なら光がどんどん広がっているからだ。彼を中心に香織を、ハジメを、先程到着した雫や龍太郎までも包み込んでいく。

 同時にその光に何やら幾何学的な紋章が彫り込まれているのにも気づいた。

 

 その光がどう考えてもまずい奴だと1目見れば分かった。だが理解は1瞬でも行動まで数秒はかかるものだ。

 今すぐ俺が近くの窓から飛び出そうとしても多分間に合わない。それくらい突発的に現れた光であった。

 

 まもなく教室の隅々まで光が行き届き、未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 

 あーやべぇ。ここはシャーない、1つ最後の言葉を述べようじゃないか! 

 

「問おう! 貴公が私のマ──」

『違う! 1人のマスターに対するサーヴァントがクラス一つ分の物語はおかしいだろう!』

「あっ、分かった? じゃあ多分召喚してる方は、こんな感じで……余は召喚し、君の顕現を促した──」

『それは余が1人ずつ顕現させたのだ! 大体どうして君が余の台詞を言え──』

 

 彼女の言葉は眩い光によって掻き消されてしまった。

 

 この事件は後に、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→本作の主人公。基本ボケ役。重度のゲーマーで中でもRPGをメインとしたネトゲが好き。ハジメとはオタク仲間として、雫や香織などは中学の頃に知り合った中として過ごしている。尚、天之川とは水銀とアルコールくらい嫌ってる。

アルタイル
→レクリエイターズのヒロイン的存在。基本ツッコミ役。彼女は被造物、つまり誰かに作られたキャラクターとして存在している。今回はその彼女が一之瀬の所へ来てしまった。(原作見てない方への説明がムズい…もうアニメ見て)

アルタイルの存在を知っている人物
→ 一ノ瀬久遠、南雲ハジメ、白崎香織、八重樫雫、遠藤浩介、坂上龍太郎

閉鎖区underground-dark night-
→レクリエイターズ内で存在する、異能力バトルによるテリトリー争いがメインの物語。そのキャラクターである白亜翔と弥勒寺優夜の戦闘は私もワクワクしながら見てました。

 はい、初めて見ました…といっても本当に初めての小説投稿なので文面は下手っぴです。しかもクロスオーバー…双方の作品をしっかり理解してないと後々失敗しちゃう…

 意外とすぐ、ポッキリと心が折れるかも知れません。

久遠「いや折れんな、てか投稿したんだったら責任もって書けや」

 おっしゃる通りです…って事で頑張ります。


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第二話 異世界、中々にぶっ壊れとる

 眩しい光が収まらない中、俺たちは浮遊感に襲われる。無論俺もその1人で、先程から何とか手に持っていたスマホをポケットに入れて転移に乗っかった。

 

 するとその時は急に訪れた。頭の中に何かが入ってきたのだ。

 

「うっ……」

 

 頭が……力が……疼く!系だったら良かったんだけど、割とシャレにならん痛みが脳を蝕んでいく。脳内に異様な声がやけに響く。

 

「『森羅万象(ホロプシコン)』は万有の力。万物流転、新界転生の力。塵は緑に、緑は灰に而して再び、世界はここして立ち戻る」

 

 この声……アルタイルか? だけど今までのような声と違う、もっと相手への侮辱も含まれたどす黒い声だ。

 きっとその声は相手へと向けた言葉であり、つまりこの声はアルタイルの記憶……彼女が世界を滅ぼそうとした時の会話なのか……? 

 

 そして同時に身体に巡る回路のような電流。目に映るのは様々なプログラミングのような、だけど訳の分からないコード。俺の知ってるプログラミングのコードでもねぇ……っ! 痛てぇ……

 でも理解はできる。言葉には表せないがその言葉は要するにこう言っているのだ。

 

森羅(ホロプ)……万象(シコン)……!

 

 耳には音楽という名の術式が反響して入ってくる。目のコードも消えることがなくその情報を無理やり訴えかけてくる。コードは何を言っているのか分からない……だが頭に入ってくる情報は分かる……

 分からないのに分かるという矛盾が頭を圧迫している。

 

 …ううっ、このまま一気に弾けて割れそうだ。

 

 ……アルタイルは……こんなにも多くの情報を仕入れていたのか?信じられない。

 常人なら間違いなく脳が焼けて死んでいるレベルだ。幾ら彼女が被造物であろうと、精神は人のままの筈なのに…

 

 だけど……この痛みの中1つの切実な感情が俺の中に生まれていた。

 

 

 俺もアルタイルの力を知りたい。

 

 

 アルタイルが過去に、俺らに対して抱いた感情、絶望の縁で何を得て何を思ったのか……それを知りたい。彼女の歩んだとてつもなく長いその軌跡を知りたい。

 

 そして、あわよくば彼女の孤独を俺が埋められるなら──

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

『っ!……ん!!……久遠!!』

「あぁああ…………がぁぁぁ!!!」

 

 アルタイルの言葉がトリガーになった。力を振り絞って情報の痛みから断ち切ることが出来た。同時に意識が現実へと引き寄せられる。

 改めて目を開くとそこにはもう文字はなかった。それに安心しつつ、俺はびっしょりかいてしまった汗を拭った。全身が熱くなっており、先程の情報の巨大さが伺える。

 

 前を見ると困惑した生徒たちがいる。何人かは心配そうに俺の事を見ていた。

 脳への痛みが来たのはどうやら俺だけだったようだ。代表して雫が声をかけてくる。

 

「一之瀬君、大丈夫?凄く苦しんでいるようだったけど……」

「あぁ……多分人生で二度と味わうことの無い痛みをこの短時間で実感したけど、平気だ……それよりもここは何処だ?」

「さぁ……私達も困ってるわ。全然知らない場所なのよ」

 

 雫がそう言いながら周りを見ている。その顔からは珍しく不安も読み取ることが出来、如何にこの状況がまずいか物語っている。

 

「まぁ、この状況からして間違いなくファンタジーが関わってそうだけどな……」

 

 言いつつ視線を移すと、そこは教会……のような場所だ。周りが白を基調とした大理石の壁でできており、更には目の前には見ろと言わんばかりの壁画が立っている。

 

 壁画の背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。

 傍から見りゃあルーブル美術館にでもある1枚だが、状況が状況だから素直に感心は出来ない。

 

 そして何でだろうな……すげぇ気味が悪いと思ってしまう。

 

 そして俺らがいる場所も、どうやら何かの台座の上で、クラス全員すっぽり入るほどの大きさだ。

 

 ってか、ん?待てよ。慌てて耳を触ると、そこには俺の耳があった……

 違う、イヤホンがない。だけど何で?さっきアルタイルの声が聞こえた気がするんだけど? 

 

「アルタイル?」

『どうした?』

「……何で脳内に話しかけているんだ? すっげぇ混乱してるんだけど」

『……今余は君の脳内に話しかけているのか?』

 

 お前もわかっていないんかい!まぁそっちも毎回充電切れになってるであろうイヤホンに普通に繋がってるのもおかしかったから今更ではあるけど! 

 

 と、俺の片方のポケットに入っている感触。手を突っ込んでみるとスマホがある……アルタイルのスマホだ。

 だがもう片方は?俺が俺用として買ったスマホが……無くなっていた。

 

「イヤホンや俺のスマホはあっちの世界にあるのか……だけどお前のスマホは何故かある」

『そうか……それは余が入っているからだろう。他の者が持っていないことを考えると合点がゆく』

「なるほどな……となると異世界だからお前と脳内会話出来る見たいのもあるのか」

『君は実際に喋っているからな……現状それは消去法に過ぎない。現実ではありえない空間の歪みと世界の垣根を越えた転移……現状では情報が足りない』

 

 すると奥から1人の老人が歩み寄ってきた。その人の後ろにも数人……いや待て、よく見たら台座の前にめっちゃ人いるじゃねーか。

 

 全員まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好でそこに居たのだ。

 

 法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

 だがそいつの顔に刻まれた皺や老熟した目がなければもっと若く見える……多分先程そいつから感じるエネルギーらしきものが原因だ。こいつに敵対するのは不味いかもしれないな……

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。はっきり言って、胡散臭さが世界一だ。

 

 はーい、そして現在。十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に俺たちは通されていた。

 

 全員の着席を終えるとカートを押してきながらメイドさんが入ってきた……メイドさん……

 

 ……えっ? メイドさんじゃん!

 

 コスプレのようなフリフリメイドでもなければ、某聖地にいるようなエセメイドでもない。メイドの元祖、シンプルかつ露出少なめのビクトリア式をそのまま引用させた、ガチメイドがそこにはいたのだ! 

 

 これには思春期男子の我らは全員釘付けになっている……俺は違うけどな。

 

 あーいや、そりゃあさっき興奮した感じで言ってたけど、どう考えてもハニートラップなのだ。

 

 先程からメイドが一人一人に紅茶を入れているのだが、その動きが妙だ。男らにはさりげなく自身のナイスバディを震わせ、その思考を悪い意味で落ち着かせようとしている。

 

 そして同時に女子からの冷ややかな視線。これも男子何やってんだ……というこれまた1種の冷静を掴んでおり、同時に異世界……メイドさんの存在を違和感なく認知させているのだ。こんな光景見せられたら逆に落ち着いてしまう。

 

 今のところ引っかかってないのは、オタク慣れしているハジメや、そんなハジメに集中している香織、そんな感情より焦燥の気持ちが大きすぎる愛ちゃんセンセーと平常心を保たせている雫くらいだ。

 

 あっ、ごめん。訂正する。正確に言えば何やらスタンドらしきものを浮かべた香織と、それを感じ取ってるハジメだ。やっぱりこいつはスタンド使いだったか……

 

『君はあの様な罠に騙されないのだな』

「まぁ……寧ろあのメイド達が少し可哀想って」

『ほぅ……?それは何故だ?』

「目が笑ってない」

 

 全力で御奉仕させていただきます! ……と笑顔で言っているようだけど、それはあくまでも仮面の1枚に過ぎない。

 彼女たちは無理やりやらされているのだ。その時点で大体は察せる。

 

 ここは……理由はともあれかなりのクソッタレな所だな。あんまり協力的な姿勢は出したくないところだ。

 

 だけどこの世界を何も知らないのも難点だ。俺らが果たして自分らの世界に戻れるのかも怪しい今、一先ずは相手の話を聞くしかないか……

 

 全員が落ち着いたのを見て、イシュタルは話を始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そこから数分、じーさんの話は続いたのだが、要約すればこうだ。

 

 ここはトータスって世界。人間、魔族、亜人と3種類の種族が共存する世界だ。

 この内北一帯を占領する人間と、南一帯を占領する魔神族が何百年もかけて戦争しているとの事。

 

 魔神族は魔物を使役してそれぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのこと。しかも数が圧倒的。

 

 対してこちらは使役の魔法を使える者が少なく、制度も安定していない。

 要するに数は負けててピンチ! 

 

 だから人間は考えたのだ!数で負けたのなら今度は質やろ!って。

 

 なるほど、理にかなってるけど道徳的にどうなのか問い掛けたい。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 神妙な様子、しかし興奮は隠せていないイシュタルの話を聞いて……はっきり言ってこっちはとばっとりもいいところだと思う。戦闘経験が全くない俺らに何をさせるつもりか。

 

 そんな考えを持つ保護者の目線である愛ちゃんセンセーも同じ考えで、イシュタルに声を上げて返した。小さい体から出るとは思えん程の大声でイシュタルに叫ぶ。

 

「ふざけないで下さい!結局、この子達に戦争させようってことでしょ!そんなの許しません!ええ、先生は絶対に許しませんよ!私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです!あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 うんうん、その言葉には同意しかない。だがその後に来た言葉で絶望が降り掛かってきた。

 

「お気持ちは察します。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 ……ちっ。やっぱり片道切符か。こんなことを平然と異世界側がしているのを見るに、相手を呼んだことに対する罪意識はないようだ。

 

 と、阿鼻叫喚というのだろうか、周囲の生徒も騒ぎ始める。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 騒ぎ出した生徒を見るランゴバルドの顔は明らかに俺らの事を静かに見ている。

 だがその表情には俺らに対する罪悪感ではなく、何故神に召喚されたのに喜ばないのだ……という疑問。その時点でもう終わってる。

 

 やっぱりこいつらとの協力はなしの方向で行く。アルタイルにも念の為相談しておくか。異世界系のプロだし。

 

 誰にも聞こえないくらいの声で虚空に語りかける。

 

「なぁアルタイル。俺はこんな話クソだと思うが、お前はどう思う」

『余も君の意見に賛成だ。神など傲慢で抽象的な存在を崇拝する輩の軍門に下るなど、滑稽以外に何と言おうか……しかしどうする?このまま出て野垂れ死にをするか?』

「まっさかぁ……暫くはここにいよう。事を見計らって出て行くとするか……1人で行動する方が早く帰れそうだし」

『ふふ……雫やハジメを置いて別行動をとるか。君も中々悪ではないか』

 

 そういうお前も充分悪そうだけどな……もう声からしてどんな表情をしているか容易に分かる。

 まぁ、ハジメ達を放っておくほど俺も冷酷じゃない。帰還方法が見つかったらみんなのところに合流して一緒に連れて帰るまでだからな。

 

 よし、となれば情報収集はこういう時の基本だよな。さりげなくイシュタルのじーさんに質問を……

 

 そう思った時だった。『バン!』とテーブルを叩く音が響く。その音の元に視線が集まる。叩いたのは天之河だった。彼は視線が集まるのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん?どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いも無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね?ここに来てから妙に力が張っている感じがするんです」

「ええ、そうです。この世界の者と比べ物にならないほどの力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように、俺は世界も皆も救って見せる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

 そしてそれは悪手だ。今ここでその発言をするのは間違いなく相手の思うつぼじゃねーか。

 

 てかあのじーさんの話だけを真に受けるなんて、お前絶対詐欺とか会うタイプだ。間違いない……と、そんなことを考えている場合じゃない。

 

 絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけた様子。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

 あの顔だけの馬鹿に惚れてる女子共、お前らも何れ詐欺に会う、絶対に。

 

 これ以上喋らせたらやべぇ。仕方がない……俺もおもむろに立ち上がり、光輝の方を見る。

 

「はーい、天之川それ以上発言は控えましょうね……ってか今すぐその口を閉じろこのバカ」

「なっ……一之瀬か。なんで邪魔をするんだ!」

「何でって……責任の籠ってない言葉に他人を巻き込もうとするじゃねーよ」

「何を言っているんだ!これは世界の危機なんだぞ!」

 

 止めろよ…そこまで堂々と言われるとまるで俺が間違ってるみたいな言い方じゃねーか。

 

 ってか世界の危機がなんで俺の発言と矛盾するって決めつけるのか……まじでご都合主義だな。

 だけどここはしっかりと線引きをしなければいけない時だ。人の命が関わっているからな。

 

 天之川から目を離さず俺は続ける。

 

「世界の危機……じゃあ具体的にはどんな感じか言ってみろよ」

「それは勿論、魔神族から人間たちを守ること、そして人間の滅亡を防ぐことに決まっているじゃないか!」

「ほう? ではイシュタルのじーさん、相手の魔人族は名前の通りで行くと『人』なんだな?」

「……作用でございますとも。相手は人型であることは変わりませぬぞ」

 

 じーさんって言っちゃったけど、敬語入れると余計変だし勘弁してもらいたい。他のみんなからの視線もなんか痛い気がするけど、もう俺のスタンスを帰るつもりはねぇ。

 

 だけど、ふーん……使役するってことは知能もそれなりにあるんだろうし。魔人、何だよな? 

 

「つまりは……俺たちに戦争に参加させ、あまつさえ人殺しをさせようとしているわけだな?」

「なっ! 一之瀬!!」

「いやだってそうじゃん。魔人族という人と戦争を強いられてるってことだ」

 

 魔族とか、人外地味だやつら……ドラ〇エのゾ〇マくらいならまだしも、しっかりと意思疎通の取れる相手なら話は変わるだろ。

 となると思い出すのは過去の俺らが行った戦争。あんな事をしても結局人が死ぬだけで残るものも勝利か敗北の結果のみ。

 

 こんなことをしても無意味だと70年以上経った今でもその信念は続いており、俺らも学んだ筈なんだが……

 

 周りの生徒らは事の重大さを改めて理解したのか、顔を青くさせている。だが目の前のバカは違った。

 

「僕達はこの世界の危機を手伝うべきだ! 君も参加する義務があると思わないのか!」

「思わん。逆に聞くが参加して、お前は自分と同じ人型の、コミュニケーションも取れる野郎を殺すことが出来るのか?」

「そ、それは……話し合えば分かり合える! 僕がその人達を説得して──」

「はいはい、そんなに都合よく事が行ったらとっくのとうにこの戦争は終わってる。てか召喚すらされてねぇよ……」

 

 はぁ……取り敢えずこいつを何とか言いくるめたけど、あの発言その物は消せないな。1度表明してしまった物は神が絶対と考えてる世界じゃ取り消すことが出来ない。

 神に反したとか言われて全員ここで抹消されかねない。だから最低限の条件を設ける作戦にしよう。

 

「イシュタルのじーさん。ここに居るやつらは戦闘経験もないただの一般人だ。この世界みたいな殺伐したところでの戦闘経験は皆無で、蝶よ花よと鳥籠の中で育った雑魚だ」

「ほう……」

「確かに力は感じている。経験などそちらのルールで積めば即戦力くらいにはなるのかもしれない。だけど精神はそう簡単に変えられるもんじゃないだろう?」

「……そうですな。確かに精神は肉体に比べ遅れる事はある」

 

 よし、流石に精神崩壊しても戦え的な、人に対する隷属システムはこの世界にない。それなら──

 

「心が脆いものは間違いなく自分のパフォーマンスをすることが出来ない。場合によっては死ぬ」

「一之瀬! 死ぬとか物騒なこと言うな!」

「いーや、今だからこそ言うぜ。俺らは簡単に死ぬんだよ……精神的にトラウマを植え付けらるのも、この世界に殺されたも同然だ」

 

 自らの手をちに染める……その重さが分かってないこいつらがこの世界で生きていくのには相当の覚悟が必要になってくる。

 だから安易に戦争に参加すると退場者が続出する未来は目に見えているのだ。それだけは避けなければならない。

 

「だからイシュタルのじーさん……せめてこの世界で戦って行くか……それとも参加せずに裏方としてやって行くか。その選択権くらいは貰いたい。戦争の貢献をするのは間違いないからな」

「……」

 

 暫く黙りこくっているじーさん。さて、どうなる? 出来ればイエスは貰いたいんだけど……周りも静寂で包まれる中、じーさんは顔を上げて答えを出した。

 

「良かろう、その約束を守りましょう」

「サンキュー……出来れば契約書みたいなものが欲しかったが……その言葉はこのクラス全員が聞いてた。みんなも言質とったな?」

 

 ギロリと周りを見渡すと、全員気圧されながらも頷いた。よし、これなら最低限の保証も手に入れられた……別に誘導はしてないよ?

 

 よーし、じゃあ俺はここで出番終了! 

 

「っし、じゃあ出しゃばって悪かったな。もう一度言うが、天之川は自分の言葉に気をつけろ」

「……」

「あっ、メイドさん。紅茶お代わり良いか?」

 

 もう話は終わった。天之川の主人公発言も今の状態なら最悪のルートへは行かなくて済む。

 継ぎ足された紅茶を啜りながらこれからのことを考えていると、脳に先程まで黙っていた彼女の声が響く。

 

『君はヘイトの誘導が得意なようだな』

「……うっせぇ」

『相手からの印象は良くも悪くも付けられた、君もここから出ることが難しくなったようだぞ? 先程の計画も幾らか調整が必要そうだ』

「……うっせぇわい……」

『だが君は周りが流されて行く未来だけは止めておきたかった。だから自分を犠牲にして選択の自由を取らせたわけだ……見かけによらず優しいではないか』

「止めてくれ……それ以上いじると俺のSAN値も限界きてる……恥ずかしいから止めてくれ……」

 

 何はともあれ、分かったことがある。

 

 この異世界……中々にぶっ壊れとる。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→敬語表現は苦手。本当に尊敬する人にしか敬語は使わないスタンス。尚、愛ちゃんせんせーは「背伸びしてるティチャー」なので一応敬語。

アルタイル
→「余が?敬語を?そもそも余の隣に並ぶのは余の創造主であり、盟友であるセツナだけだ」…と、誰かに対して畏敬を抱かない。しかし久遠に対しては本来の態度が軟化しており、口調も若干柔らかめ。
 決して私の言葉のセンスが壊滅的だからでは無い、うん。

創造主
→物語を作る我々を指す。

被造物
→我々によって作られたキャラクターを指す。

 簡単に言えば、私(筆者)=創造主、一之瀬=被造物と考えれば良い。

 第2話投稿しました…今回で一之瀬久遠の大まかなキャラは書けたかなぁって思ってます。それでは次回また頑張って書こーっと!


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第三話 ステータスは顔が全て

なんか変に長くなってしまった…でもステータスって言葉だけで筆が進んじゃうのよ…

そういうことで、今回も楽しんでってね。



 今、俺の目の前にあるのは天蓋つきのベットだ。これ、一人一人にあるのか!?

 部屋一つ一つも10畳くらいの広さを持っており、快適に過ごせるよう空気清浄……の魔法が施されているのだろう。

 

 取り敢えずフカフカ具合を確かめるくらいいよね。ゆっくりと腰をその上に落とし──

 

「はぁぁぁぁ……」

『何なんだ、その情けない声は』

「お前も座ったらわかるよ……これはヤバい。魔のベッドだ」

 

 一言で言えば羽の上にいるような感覚だった。一切体重を受けさせないような軽さ、ベット自体もなんの音を出さない。

 こんなベッドが家にもあったらなぁ……って帰れないんだった。

 

 なんか一気に現実に引き戻された気がする。

 

「よし、早速作戦会議と行こうか」

『作戦とはいうが、具体的に何か考えているのか?』

「まぁな。3つくらいは候補がある」

 

 いいね、この感じ。プリズンブレイクでもするようなテンションだ。

 

「先ずは最低限の事を学んで、ある程度の実力をつけた後にここを出る」

『初めに決めていた案だな……しかし君のあの発言によって目をつけられたのは間違いない』

「今更後悔し始めてる……まぁでも全員が共死にするよりゃあましか」

 

 あのまま全員参加したら、ハジメ辺りはすぐに殺されそうで怖い。

 力がそんなに顕著に俺らに反映されるとは思えないしな。俺の能力が花を咲かせる~ノホホーンとしたやつだったら発狂するぞ?

 

 そういえば、今日あの後の晩餐会で……確かハイリヒ?王国の王女さんと面識を交わせた。

 

「いつの間に俺らの話を盗み聞きしてたのやら……案外あいつが黒幕だったりな」

『彼女……確か名はリリアーナ・S・B・ハイリヒ殿か。感謝されていたでは無いか。あの中で異端とも取られていた君の考えを理解してくれていたぞ?』

 

 少しニヤニヤしながらアルタイルが茶化してくる。うっ……まぁ、感謝されてはいたな。

 

 王都から遠隔で俺らの話を聞いていたのかもしれないが、とにかくそのリリアーナ王女に感謝されていたのは確かだ。

 香織や雫と同じ美貌を持つ彼女がよりによって俺に来たことで若干男どもの空気が荒れていたが、話はそれくらいだったし、別に気にしていない。

 

 もし、その時にハニートラップなどを仕掛けてきていたら彼女とイシュタルのじーさんが繋がってるって思ったが、その線は薄いか、

 

 てか、さっき王座で の所でハイリヒ現国王が、イシュタルのじーさんの手の甲にキスをしていた。この時点でどっちが上なのかもはっきりとしている。

 神様第一の世界……って、もう危ない匂いしかしないよなぁ……宗教が自由の地球に戻りてぇぜ。

 

「あの王女を利用してここを出るのもありかもな……」

『その際人類そのものを敵にすると同じだろうがな』

「そうだなぁ……ってか第1案も指名手配にされるのは間違いなしなんだよ」

 

 因みにもう1つの案としては功績を挙げてから単独行動へと移る作戦だが、残念ながらそれは無理だ。この世界の上の奴らは絶対に力があるもの程利用しようと考える。

 功績を挙げる程動きずらくなってしまうのだ。だから結局はプラン1しかない。

 

「っし、次に行くか。俺の能力ー!」

『やけに興奮気味だな……もしや先程の頭痛か?』

「まぁ、半分正解」

 

 疑問に思うアルタイルを前に、俺は袖をまくりながら自身の能力を確認する。

 右手を前に出し、彼女が名乗ったように俺もその名を呼んだ。

 

森羅万象(ホロプシコン)

『……っ!!』

 

 直後手がブレた……比喩じゃない。手首より上が青い電子じみたデータのように半透明になり、今にも消えそうな形状と化した。

 

 より近く見てみるとそれは分解、形成の間のような状態であり、自分の意思によって変わることが出来る。

 

 試しに解除を念ずると、その状態も解除されて元の手に戻る。グーパーさせると、改めて自分の手に異常がないことが確認できる。

 

 アルタイルの方を見ると、彼女にしては珍しく目を見開いていた。

 あれ……別に能力を奪った訳では無いはずだけど。

 

「えーっと……アルタイル?」

『……なるほど、そういう事か』

「?」

『いや、君にも見てもらった方が早い。森羅万象(ホロプシコン)

 

 そう彼女も言った。自分の能力の名前を。

 

 すると不思議な現象が起こった。まず、スマホが光った。しかも画面が光ったのだ。

 

 眩しっ!光は部屋中を包み込み、思わず目をつぶる。

 

 収まったと思い、目を開くと、そこには──

 

「ふむ……視界は良好。体の自由も幾分ない。君の力が余にも影響が及んだようだ」

「……おぉ……おお!!」

 

 小さいスマホの上で……立体のアルタイルが立っていたのだ。

 

 サイズは20センチとかそこら辺だろうか。しかし今まで平対面の中にいた彼女が立体と化している。あれだけ平面の世界にいたのに……すげぇ。

 しかもフルカラー。黒く鮮やかな軍服が部屋の淡い光に反射して幻想的であり、彼女の赤と緑の瞳もしっかりと見れるようになっている。

 

 思わず言葉を失ってしまった。二次元が本格的に三次元へ侵攻してやがる。

 

「これは……どういうことなんだ?」

「……恐らくこの世界では承認力が魔力に置き変わっている。余が画面上ではいえ限界できるのも、君が余の森羅万象(ホロプシコン)を顕現させることが出来るのもそのためだろう」

「マジか……ってか待て。それでもなんで俺がお前の能力を使えるんだ?」

「そこまでは余も理解に及ばない。君が1番わかっているのではないか?」

 

 うーん……長い付き合い故の能力継承?そんな都合のいい展開ある訳……

 

 いや、案外あるかもな。都合のいい世界がいっぱい存在するこのご時世だ。俺が理由もなくアルタイルの能力を使えてもおかしくないかも……

 

「……ふん、だがこの姿は些か疲れる。先程から身体中の力が抜けていっているな」

「いやいや、なら戻れよ!それで力使い切ってさよなら〜とかシャレになんねぇぞ!」

「久遠が心配するほどではないが……まぁ、良いだろう。余も現状は確認できたからな」

 

 そう言いつつ彼女のホログラム……立体は消えていった。今回はそんなに光らなかった。

 ……さっきは演出を派手にしたとかじゃあないよな?

 

「それよりだ。お前の森羅万象(ホロプシコン)……だったよな」

『その様子だと根本は掴んでいるようだな……あの頭痛の時か。どうだ?これが余の唯一無二であり無限、万有の権能だ。素晴らしいだろう?』

「あぁ、この上ないすげぇもんだけどな……」

 

 ……だけど全然掴めていない。この力を使いこなす程の技量が俺に全く足りていないのは俺自身1番わかっている。

 

 だがこの力を物にしなければならない。目の前の彼女が過去に使っていたように。

 あの日彼女を画面で見た日を思い出す。もう3年も前になるが鮮明に蘇る。

 

 無限に溢れる彼女のメイン武器であるサーベル。そのサーベルを弦に、ドラムガンの銃を弓にして奏でる力は如何様にも影響する。

 

 それは他者の能力を消したり。

 

 自身の位置を自由に置換させたり。

 

 塗り替えられた存在を再度乗っ取ったり。

 

 こうなるであろう因果を捻じ曲げる事さえ可能にする。

 

 そのような力を扱うことが出来れば、俺がここから帰る目的に大いに近づくことが出来る。

 

 そして、もしかするとアルタイルを……

 

「改めて頼む。俺にこの力の使い方を教えてくれ」

『使い方、か。なるほど、あくまでも君が受け取ったものは情報量。作法までは理解していない』

「その通りだ。しかも訳の分からない力も幾つかあるし、そこら辺も全て教えてもらいたいんだよ」

 

 てか今の俺じゃあ何もできない。見知らぬ電化製品を取扱説明書無しで前にしているようなものだ。

 何事にもチュートリアルは必要だ。最低限のことは本人から学びたい。男として誰かにすぐに頼るのも確かに思うところはあるが……

 

「お前に聞くのも間違っているとは思う。俺の問題だしな……だけどこの通りだ!頼む!」

 

 彼女にお願いした。本人はそんな姿を見てどう思ったのか。

 

 小さなため息がスマホから聞こえる。

 

『はぁ……良いだろう……まぁこの力は無限だ。世界の修正力があちらと比べて薄いであろうこの世界では余でも把握しきれないものはある』

「っ、……サンキュー、助かるぜ」

『そう畏まるな……君との仲だからな

「ん?他にもなんかあるのか?」

『何でもない。さて、先ずはどこから話そうか……」

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 次の日、フカフカベットのせいで危うく朝の集合時間に遅れかけた。

 これも異世界の罠……なんてガチで思ってたらアルタイルに呆れられた。うん、俺のせいだよね……あんまり認めたくないけどね……

 

 気持ち切り替えて、今は座学と訓練の時間だ。

 

 まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

 なんで騎士団長がこんな俺らについてんだよ……って思ったが、メルド団長本人曰く、「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副長さんは大丈夫ではないかもしれない……南無……

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルドさん。彼は豪放磊落(ごうほうらいらく)な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 

 こんな人がいてくれて良かったぁ……ここに来てからヤバいじーさんや国王、メイドと変に固くなる奴らばっかだったから気さくな人がいてくれるのは精神的に助かる。

 

 そしてこの金属板がアーティファクト……神の産物らしくて、自分の状態を客観的に数値化することでステータスとして表すものらしい。RPGで慣れっこな展開だな。

 

 あー、恋しい……今まで連続ログインしてたゲームが途切れてしまった……サービス開始からずっと遊び続けていたゲームが追えなくなっているって考えると……

 

『……どうせ君のことだから元の世界のゲームを思い出しているか』

「お前テレパシー使えるよな?絶対心よんでるよな?」

『余の能力は未だに使えないのは分かっているだろう?それより先ずは君の個体を確認するべきではないのか』

「ま、そうだな」

 

 血をぽたりと落とすと板が淡い光を放ち、その上に文字が現れた。さてさて、俺のステータス開示〜。

 

 

 

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 一之瀬久遠 17歳 男 レベル:1

 天職:創造主(クリエイター)

 筋力:40

 体力:40

 耐性:30

 敏捷:60

 魔力:100

 魔耐:50

 技能:森羅万象(ホロプシコン)[+因子収納]・魔力操作[+魔力循環][+魔力変換]・言語理解

 ===============================

 

 

 

 ステータスは2桁か……でもレベル1とも書かれているし、まだまだ成長の余地がありそうだ。

 森羅万象(ホロプシコン)は……能力が少なくないか?

 

 ポケットからこっそり俺のステータスを見ていたアルタイルが解説してくれた。

 

森羅万象(ホロプシコン)は数多なる創造主により生み出されたのだ。その設定の1つで君に制限がかけられているのかもしれない』

「あぁ……今のところ使えるのは無限収納って奴だな……これ要するに四次元ポケットか?」

『基本は物質を因子に分解しデータ状の世界に保管しておく仕組みだ。だから断じてあの様な贋作の利便に尽きた道具と扱うな』

「さらりと褒めたよな……ってか要は丸々嫉妬じゃねーか」

 

 でも確かあのタヌキロボの四次元ポケットも4次元じゃなかった気が……空き容量とかあったよな。

 そう考えるとこっちの方が便利だから森羅万象(ホロプシコン)を卑下することはないと思う。

 

 魔力循環……って、魔力をぐるぐる体の中で循環させるとストレートにとらえていいと思う。その後の魔力変換は、魔力を何かに変えるんだよな?

 そして言語理解。これは全生徒共通と聞いているから特に問題は無い。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

 うへぇ……ステータスは耐久面に問題ありそう……多分装備を充実させて防御面を固めるのがいいのだろうけど、俊敏の値が気になる。

 

 ゲーマーとして、俊敏の上がりようが良ければ軽装で完全無防備アタッカーとして頭角を表せるのではないかと思う。

 そしてパーティを組む時に重戦士を戦闘において、後方で魔法使いを置いて、自分が基本前に出つつ、重戦士とのバックを繰り返して敵にダメージを稼いでいく……

 

 そして遠距離魔法使いが一撃必殺のを敵にお見舞して勝利!途中でポーションとか、ヒーラー枠の人も参加させながら敵を倒す……めっちゃRPGじゃん!!

 ……だけど──

 

「……ここが現実じゃなきゃあなぁ……」

『喜ばないのか、久遠?君の理想郷とも言えるこの場所での生活は』

「お前も分かってんだろ……どんなにシステムがゲームであれ、根元は戦争だ……誰かを殺すことで生きていかなきゃならないのは現代人にとってどれだけキツいか」

『……我ら被造物を作り、思うがままに波乱の渦中に巻き込ませ、否応させずに殺生をさせた君たちにその天罰が下ったかもな』

「はっ……そうだなぁ。俺も覚悟決めなきゃ行けない時が近いうちに来るな」

 

 ちょっと暗くなってしまった。切り替え切り替え、メルドさんはそのまま言葉を続けた。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 俺の天職は……そういえば見てなかったな……

 

 ん?創造主……は?

 

創造主(クリエイター)……君は創造主(そうぞうしゅ)だったのか』

「いやいや、俺はゲーマーだ。むしろお前が被造物だから、それを居候させてる俺が暫定的な創造主判定されたんじゃねぇのか?」

『むっ……君を余の創造主とは認めたくはない物だな。余の盟友はセツナだからな』

「そこは勘弁してくれ……こっちも不本意でなったわけだ……まぁこれはこれでアルタイルとの結び付きが出来たなぁって事にしようぜ?」

 

 創造主……って聞いた感じめちゃくちゃ強そうだけど、実際それは俺に森羅万象(ホロプシコン)の力を与えてくれるだけのもの。

 それに浸らず自分の能力をあげていかなきゃな。てか、その証拠に適正の属性が全くない。

 

「お前の能力って確かに適正属性存在しないもんな……」

「属性を持つことは弱点を持つことも意味する。余には不必要だ」

 

 わーお、すっげぇ自信。まあでも確かにこの能力はチートだ。それはあの日の戦いが何より物語っている。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 おぉ?それじゃあ俺の魔力は中々じゃねぇか。俊敏もその次に高いから、当初の予定通りにスピードタイプとして育成しようかね。

 

 そしてメルドさんは1人ずつのステータスを確認しに行った。先ずは天之川からだ。

 あいつ、多分能力高い。イケメンは大抵能力値高いもん。でも意外とこういうやつだからこそステータスが低いってないか?性格あんまり良くないし、な?

 結果がこう出た。

 

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 天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 天職:勇者

 筋力:100

 体力:100

 耐性:100

 敏捷:100

 魔力:100

 魔耐:100

 技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 ==============================

 

 あーやっぱりな!!思った通りじゃねぇか!全部3桁という化け物俺TUEEEEステータスじゃねーか!

 転職も勇者と、物語の主人公的ポジションに着いて磐石だ。

 

 はぁ〜つまんね!これだから顔は。性格はあんなに真っ直ぐで歪んでんのにどうしてそーいう奴に高いポテンシャルが入りますかねぇ!?

 

『おい、顔に出ているぞ。気持ちは分かるが受け入れるしかないだろう』

「んなもん分かってる……けどこれだけは言いたい。人は顔なのか、と」

『あながち間違ってはいないだろう?創造主が作り出す被造物でも能力値が高い者や独自の技能を持つ者は大抵顔が万人受けされていると聞く。彼もその一例に入るという事だ』

「お前だいぶこっち側に染まってきてるな……」

 

 いきなり化け物の当たりを引いたメルドさんから賛辞をもらい、満更でもない様子の天之川を見ながら俺はため息をついた。

 これで間違いなくこのクラスも彼主体で動くことになる。そうなると益々俺の脱走計画がハチャメチャだ。

 

 ……こりゃあもう暫くは滞在しなきゃなぁ。

 

 他の生徒たちもステータスを開示され、全員が個性溢れる内容となっていた。

 

 香織はもう見た目通りの天職……『治療師』を授かり、ステータスもバランスが良くまさにヒーラーの鏡である。メルドさんに褒められて、天然を発動させ、それに男共全員落ちるまでが香織クオリティ。

 雫は無難に『剣士』の天職を持ったが、剣術スキルが強力で、どう考えても八重樫の血が反映されているステータスになってる。というか俊敏が100越えと天之川より上なのはどういうことかしら?静かに俺とアルタイルは戦慄した。

 後は……龍太郎が『拳士』で、浩介が『暗殺者』と、2人の性格が100%滲み出ている天職になっていて、特に浩介はデフォルトで影の薄さがあるのでかなり強いんじゃないかと思う。

 

 あーあと、ユニークなのは愛ちゃんセンセー。魔力が特に高いセンセーの天職は世にも珍しい『作農師』。恐ろしいのが成長速度を倍増させるスキルなどを持っており、世界の食糧難が彼女1人で解決できるレベルということだ。

 

 案外、世界にはセンセーのような名前が残るのかもしれない。

 

 そして……

 

 ===============================

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 天職:錬成師

 筋力:10

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:10

 魔力:10

 魔耐:10

 技能:錬成・言語理解

 ===============================

 

 規格外ばかりのステータスを見てきて、顔をほくほくとさせていたメルドさんの表情が凍りつく。何人も強力無比な戦友が誕生していた分、その落差に思わず「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。

 そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 ……要するにハジメはハズレを引いたわけか。よりによってなんであいつが……

 いや、ある意味これもそうあるべきだったのかもしれない。中学から作ることにおいては舌を巻くほどの技術を持っていて、更にオタクだからこそ錬金術などに運命が傾いたのかもしれない。

 

 だけど、これはあんまりだ。その証拠に檜山達が彼に早速つっかかろうとしている。

 ハジメはその集団に特に怒りなどは見せず返しているが、内心ガッカリしているだろう。自分の能力がそこまで高くない事実に。

 

 愛ちゃんセンセーにより4人が去ったのを確認し、俺はハジメの所へと向かう。

 

「よう……錬成師だったようだな。お前作るの好きだし、合っていると思うぜ」

「う、うん……ありがとうね。でも自分でも分かってるよ。これは戦闘職じゃないって……」

 

 やっぱり落ち込んでいる。ってかメルドさんからまで非戦闘職と言われちゃったくらいだからな。

 ……本来俺が言っちゃあ行けないとは思うが、この際仕方がない。責任は俺が持つとして──

 

「でも、俺はそうは思わないな」

「えっ?」

「お前の物作りに対する技術はピカイチだぜ?一緒にいた俺が言うんだから確かだ。錬成師なら錬成師らしく、誰にも負けないような武器とか作れよ!お前なら行けるだろ?」

「っ!……ははは。一之瀬君は優しいなぁ……」

「んな事ねーよ。俺はストレートに物言わなきゃ嫌なタイプなだけだ。実際お前には前線に出て欲しくはないしな……だけど、この世界は能力が全てじゃないはずだ。どんなゲームにも攻略法はあんだ、一緒に頑張っていこうぜ」

「うん!そしたら僕もいい武器とか作って、一之瀬君専用のを作るよ」

「そう来なくっちゃなぁ……いちばん頑丈な武器を頼むぜ!」

 

 良かった……何とかバットモードには入らなかったようだ。だけど油断は出来ないな……しばらくは俺も近くで見ておこう。

 

 するとメルドさんが俺のところにやってきた。あの後他の人のステータスを見て大分メンタルは回復したようだ。

 

 ステータスプレートを見せると、これまた面白い……と言った興味深い顔をしている。

 

「天職は……創造主(クリエイター)?聞いたことないな……」

「あーそれ、情報入ってきて、森羅万象(ホロプシコン)って奴を使える職らしいっす」

「なるほどな……ステータスも軒並み高い。戦士として十分な力を付けられるようにビシバシ鍛えてやるからな!」

 

 うん、この人を見ているとやっぱりほっとするね……そのままメルドさんは俺を通り過ぎて次の人へ見に行こうとしていたが、過ぎる前にこっそり耳打ちしてきた。

 

「久遠、この"魔力操作"系統の技能は隠しておけ。いらぬやっかみを受けることになるぞ」

「?、それは──って、なるほど」

『魔力操作は魔物が持つ特有のスキルらしい……つまりは魔人族野の関わりを疑われる可能性があるという事だな』

「その為か……サンキュー、メルドさん」

 

 魔力操作が使えるから魔人族は高度な魔法や威力の高い攻撃、敵の操作などができるって訳か。でも俺もそれを持っているとなると森羅万象(ホロプシコン)は魔力が鍵なのかもしれない。

 

 口調はそのままだが精一杯の感謝を言葉で伝える。メルドさんはニィっと笑いながら次の所へ行った。

 

 こういう気遣いができる当たりさすが団長だと思う。てか団長の響ってめちゃくちゃかっこいいな!今更だけど!

 

 それにしても……この世界でステータスが可視化されるとは……神様はよっぽど俺らを鳥籠の中に入れたいらしい。

 数値というデータで擬似的に俺らを拘束している。実際目に見えるものは俺らに自分の位置を占めしてくれるが、同時に限界も決めつけられる。そしてここはゲームの世界じゃない。

 

 俺ら人間は限界突破なんて余裕で出来るはずなのにこうした数値を見てしようとしない。数字が絶対って決めつけるからだ。

 

 ……早くこの世界からとっとと帰りたいな。その為にもここで引っかかる訳には行かない。何より──

 

 俺達の冒険はまだまだ始まったばかりだからな!

 

『勝手に物語を終わらせるな』

「いやぁ、こういうセリフ一度は言ってみたいじゃん?」

 

 因みにハジメはあの後、愛ちゃんせんせーに慰められていた。が、彼女の豊富なスキルやレア職業からして彼を死体蹴りをしているようなものだ。

 

 そんなせんせーに慰められるハジメ……

 

 まぁ、なのでー、その〜……ドンマイです。




ちょいと補足

一之瀬久遠
森羅万象(ホロプシコン)の能力は少ししか知らない。過去にアルタイルから何回かは聞いていたが、それでも本質はわからないままでいた。現在はその本質を理解している。

アルタイル
→被造物としては間違いなく最強格の存在。彼女は複数の二次創作が存在し、それぞれが持つ設定、能力を全て引き継いでいる。しかし地球では世界の修復力が強かったがために全力を出せずにいた。

世界の修復力
→一種のストッパー。世界同士が繋がった際、能力のオーバーフローが起きないように摂理が働き、能力の強化、弱体化、制限なども設けられたりする。また、世界によって修復力の大小があったりもする。

承認力
→言葉の通り。人が認める力によって被造物の設定が確立することになる。例えばいきなり新たな必殺技を出そうとしても、承認力が足りなければ生まれることはない。しかしこの世界では全て魔力に置き換わるので、今後このワードの出番はないかな…

一之瀬のステータスについて
→基本はスピードタイプ。雫と同じように俊敏が伸びるが、耐久や魔耐の伸びが悩みどころ。基本戦術やメインの武器、森羅万象(ホロプシコン)の追加技能などは後々書いていくつもりです。

 後書きもすごく長くなってしまいました…でもレクリを知らない方には必要だと思ってしまい、つい…

アルタイル『ここで長くするより、アニメを勧める方が良いのではないか』

 …みんな!Re:CREATORSをみよう!今ならアマ○ラで無料で見れるよ!


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第四話 イジメは惨め、正義も難儀

 そういえば話数のストックとかありましたね…

久遠「…は?今までお前ノリでここまでやってたのか!」

 …いやぁ、だって初めてだったし…見切り発車ってやつ?一応タグにマイペース更新って書いてたし…

アルタイル『口を動かすな。早急に手を動かせ』

 はい、ということでどうぞー。 



森羅万象(ホロプシコン)、第23楽章……因子収納」

 

 3つに分かれる台詞を口にしながら、俺は目の前にある1本の鉄剣に集中する。

 するとその剣の先端から青く、ホログラムのように分解していき、それがどんどん広がっていく。やがて全てが因子に分解されると空気中に消えていった。机の上にあったはずの剣は忽然と消えてしまった。

 

「これで成功したのか?」

『あぁ……試しにその剣を想像しながら因子収納をもう一度声に出してみよ』

 

 言われた通りにもう一度言葉を放つ。

 

森羅万象(ホロプシコン)、第23楽章……因子収納」

 

 すると高速で手の平に因子らしき青い何かが集まっていき、やがて先程収納した剣に戻った。

 おぉ!こうやってものを出したり入れたりできるのは便利だ!

 

 今は俺の部屋で王国から供給された武器をこうして実験台にしている。早速因子収納の力を確認したかったからなんだけど、思いのほか成功して今は気分が高揚している。

 だけど完全には成功ではない……現にステータスを確認すると魔力の値が10減っている。

 

 因子収納1回で5も使うとなると、そう簡単に出し入れすることも出来ない。ほかの魔法だって覚えるのかもしれないし、収納はともかく何かを出す作業は極力減らすべきだな。

 

「てか、因子収納なのに因子で武器を出しているから正確に言えば因子解放とかじゃねぇのか?」

『苦言は余ではなく能力を付与した神の一人に聞いてもらいたい……実際余も不思議には思っている』

「そっか……まぁいいか。この能力はこれからも世話になりそうだ」

 

 ついでにステータスも開く。あれから数日メルドさんの訓練を受けてみるみるとレベルが上がって行った。

 まぁ、それで何か変わったかーと言われればそこまで何だけど、数値はしっかりと変動しているようだ。

 

 ===============================

 一之瀬久遠 17歳 男 レベル:8

 天職:創造主(クリエイター)

 筋力:80

 体力:70

 耐性:50

 敏捷:90

 魔力:130

 魔耐:70

 技能:森羅万象(ホロプシコン)[+因子収納]・魔力操作[+魔力循環][+魔力変換]・言語理解

 ===============================

 

 ふむふむ……こうして見ると魔力の伸びが予想以上だ。100レベ行く時には4桁に行ってたりしてな。だけど防御力になる耐性は50と心もとない。見切りの仕方などは八重樫流でどうにかなるかもしれないが、実践空気は1度も味わったことがないから油断ならないな。

 

 静かにステータス画面閉じながらこれからのことを考える。王都には喧嘩を売る前提でここを抜け出すのは確定事項として……

 

「問題は何処へ行くかだな」

『以前、図書館でこの世界に関する書籍を読んでいなかったか?』

「あぁ、まぁどんな国があってどんな場所があるかはあらかた分かったけどな」

 

 この世界は人間族、亜人族、魔人族と3種類に別れており、それに準じて生息地域も区分されている。

 

 先ずは亜人族。ケモミミ、フワフワしっぽなど認識は地球と同じだが、異世界では厄介なレッテルが着いている。

 それは被差別種族であること。主な理由としては魔力を全く持たないことにある。この世界に魔力がある理由としてはエヒトを初めとした神々が魔法を使って想像したためであり、俺の使う魔法は神代魔法の劣化だと言われている。

 

『余の力は神が創るような贋作ではないぞ』

「まぁ流石に神でも因果を司るのは難しいだろうよ……」

 

 で、亜人はその魔力を持たず、魔力のルーツ通りに考えるとエヒトに見放された悪しき種族と捉えられているのだ。胡散臭い魔力の起源らしき話に同調したこの世界かなり終わってるな。

 今は迫害から逃げるべく、ハルツィナ樹海の奥地にひっそりと暮らしているらしいので、そこへ行けば会うことは出来るだろう……まぁでも、相手が差別を受けるということは自然に俺ら人間に対する印象も悪くなるわけで、全く歓迎はされないだろうけどな。

 

 因みに魔物に関しては自然災害と同じ扱いを受けており、神の恩恵を受けることはないただの害獣扱い。これも見た目から亜人族と区別したようにしか思えん。

 また、現在戦争をしている魔人族も、エヒトとは違う神を信仰してはいるが、亜人族に対する認識はだいたい同じようだ。

 

 魔人族は数が少ない代わりに個々の実力が非常に高く、魔法適正が高いため人間族よりもはるかに短い詠唱と小さな魔方陣で魔法を行使できる。それは子供も同じであるので脅威だ。

 魔人族の国である“ガーランド”も、ある意味最も戦士的な国かもしれない。

 

「こうして考えて見ると逃げ場はどこにもなさそうだな……まだ樹海がマシか」

『だが樹海を行くにしても帝国を通らねば辿り着けないな』

「そこも難関だよなぁ……」

 

 帝国は完全なる実力主義。そして奴隷国家としても有名な所だ。ケモ耳の亜人達が奴隷に……聞くには問題なくとも、実際はキツイんだろうなぁ。

 

 って事でそこが唯一の面倒ポイントだな。だがこうしてやって行くと行けるところなんて数える程しかねぇや。

 

「とにかくあと数日は情報を集めなきゃなぁ……」

『だが情報媒体が飛び交う地球と比べ、ここでの収集も難儀だな。今は王都の図書館と君の人脈で繋がっているが……』

「人脈……って、ニアさんの事か」

 

 王城の個室を得られた俺たちだが、その時に1人に対してメイドが着いてくれた。身の回りの事や家事、食事の時間などを教えてくれたりもする。要するにみんなのオカンである。

 

 そして俺についたメイドが……って、今来た。ドアがコンコンとノックされて、いつものように明るい声が聞こえてきた。

 

「一之瀬様、失礼します」

「はい、どうぞー」

 

 そのまま促すとドアは開き、メイドが入ってくる。橙色のミディアムのにウェーブがかかっており、身長は165と少し高め。

 

 凛とした雰囲気を常に出しているので一見インテリ系のメイドかと思うが実は結構気さくで明るい。

 

 実は騎士の家系であるニアさんは男尊女卑が相変わらずのこの世界で剣の才能があるにもかかわらず、王国のメイドをさせられているという中々に悲しい過去を持っている。

 

 だが本人曰く、王国でも騎士の入団資格は例え女性でも取れるようで、メイド業を認められたらすぐさま狙いに行くとか。メイド業自体も苦には思っておらず、騎士の夢は叶わんとも王国に仕える事は忘れない……君の夢、応援してるよー。

 

 そんな彼女は今はしっかりメイドさん。滑らかな手つきで紅茶をカップに注ぎ、本を開いていたテーブルの傍に置く。

 

「一之瀬様、今日も勉強ですか?」

「まぁ、世界のことについて何も知らないのはなぁ……能力もずっと訓練していると魔力が無くなるし。最近はそれで不真面目だとか言われてるんだがな」

「ですが、一之瀬様は起床時間が早いので、結果指定の訓練はされていますよね?」

「まぁな。でも早すぎて誰も見てねぇんだわ」

『クックッ、この世界で多少の心身的負荷のかかる状態で君は4時に起きているのだ……その肝の座り具合は余を超えるぞ?』

「あっ、まじ?そりゃあ自慢できそうだ」

 

 因みにアルタイルの秘密を知っているのはここトータスではニアさんだけだったりする。まぁ、あれだ。地球ではアルタイルに自然に隠れてもらってたんだけど、異世界に来てからそこら辺、気の緩みができてしまったのだろう。

 

 即バレてしまったが、幸いニアさんは快く秘密を守ってくれることになった。代わりにこうして他愛のない話をすることが日課となりつつあるが。

 

 今は彼女の使う剣の作法についてだな。

 実際彼女は兄弟に並ぶ実力は持っていたらしい……本当に才能が勿体無い。

 

「へぇ、聞いた感じだとニアさんの剣術って相当高いんじゃないか?」

「滅相もございません!最近では剣を握ることも無くなりましたし……」

『だが、ニア殿の技量やステータスを見るに、久遠達、異世界人の力はあると思うが?』

「マジで?そりゃあ将来本当に化けるかもな」

「そ、そうですか?」

 

 ニアさんはあまり実感が湧いていないようだが、アルタイルがそう言っているのだ。間違いなく彼女には才能が秘められているのだろう。

 

 早くメイドから素晴らしい騎士になって貰いたい。

 

「それじゃあ、俺はちょっと訓練場に行ってくるわ。アルタイルも来るだろ?」

『ここに居ても暇なだけだ……漫画も通信が切れたことで事前にダウンロードした物しか見れなくなったからな』

「あー、それはキツイな……ニアさんとはこれで、今日も紅茶ごちそうさん」

「はい。行ってらっしゃいませ」

 

 アルタイル……確かにここは電波ないから、ダウンロードしている漫画しか読むことができない。地味にダメージが入るな。森羅万象(ホロプシコン)でどうにかして地球の電波に繋げることができたらなぁ……

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 訓練場の入り口付近には人が居なかった。みんなは飯かな?まあ一人ならそれはそれで訓練に集中できるからいいんだけど。

 

 っと、その時だった。何やらゲスの笑い声とうめき声が聞こえてくる。

 

「っ!あいつら……」

『これは……あの虫共か』

 

 視線の先には4人組のバカが1人の男子生徒をリンチにしている真っ最中であった。

 

 言わずもがな、檜山大輔を初めとするハジメ虐めパーティーだ。4人とも魔法を出しており、どう考えてもハジメが無事じゃいられないような感じである。

 現に身体中至る所に痣があり、腹を抱えて蹲っている。

 

「アルタイル、森羅万象(ホロプシコン)の使い方はこんな感じでいいか?」

『問題ない。自然に存在する炎や風の原理を理解出来ているのなら君にも資格がある』

「了解した!」

 

 確認はとったし、早くあいつらにお灸を据えなきゃなぁ?

 

 ちょうど今炎の弾がハジメを直撃するところであった。

 

森羅万象(ホロプシコン)、第23楽章──因子収納!」

「なっ!?」

 

 炎が一斉に青い媒体となってその場から消えた。成功のようだな。出した本人の、中野信二がその事実に驚きを露にした。

 

 その隙を逃すとでも?懐に入って1発腹パンをかましておく。

 

「ガバァっ!」

「一之瀬、テメェ!」

 

 中野は抵抗することなくその場に倒れた。よし、これで残り三人っと。

 

 青筋立てて風魔法を檜山が詠唱しているが、遅すぎる。この間に惚けて何もしていない斉藤良樹に近付いて足払い。あっさり引っかかって倒れる辺り、訓練まともに受けてねぇな、こいつら?

 

 そして倒れているところに追い討ちの腹パン。異世界によるステータス増加は確かに身についているようで、そのまま気絶してくれた。

 

 と、あっちも魔法が準備できたようだな。風の刃に象られた魔法が放たれる。

 あー、魔法いいなぁ……俺も適性の一つくらい欲しかった……っとと、危うく現実逃避するところだった。

 

「これで死にやがれ!!」

『ほう……列記とした殺意を感じるな』

 

 アルタイルの言葉通り、目が血走っている。これ魔法の威力も調節してねぇな……ハジメがこれを受けていたら死んでいたかもしれない。

 

 こんな時くらい、もうちょっとハジメにも抵抗を見せて欲しいんだけどなぁ……だけどこれがあいつなりの優しさでもあるから何とも言えん。

 

 さて、目の前の魔法の処理だが……因子収納でこっちに保存しておくのもありだけど、今回はこれで行こう。

 

 ……脚を開きながら意識を技に集中する。呼吸を整えながら、技のイメージを何度もシミュレーションする。

 

 地球では俺は八重樫道場に通っていた。雫の祖父がやっている剣道の道場なのだが、そこには裏がある。

 忍者……ゴホン、じゃなくて少々武芸を嗜んでいる所であり、俺が入門した際、直ぐにそちらへ入らされた。

 

 実際の訓練は中々に辛い……殺す気で門下生や八重樫家の師範が襲いかかってくるのだ。初めはその威圧だけで腰が抜けたもんだ。特に雫の祖父の、八重樫鷲三さんの身に纏う覇気は、つい最近感じたイシュタルのじーさんと似ている。

 

 八重樫家って、実は異世界行ったことある?……流石に飛躍しすぎか。

 

 とにかく、その経験で俺は一つの型を学んだ。それは柔軟な脚による攻撃技であり、ここら辺では俺しか使っていなかった技だ。

 

 ──ああ、行ける!

 

 片方の脚を畳みながら、もう片方の脚で地面に柱のように立てる。そしてバネの容量で畳まれた脚を素早く前に振り上げながら、迫り来る風の刃にぶちかます!

 

「……リニューアル!!」

 

 ……本来、脚技は蹴ることのみ。しかし分析するとける動作には砕く、しなるのような技術も含まれているのだ。

 世界にはこの真理を追究し、自分だけにしかあみ出せない技や戦法を生み出した者達がいる。我々一般人が到達できないほどの、血の滲む努力と死に直面しようと抗う精神で乗り越えたものがたどり着く境地。

 

 それらは俺らのようなしがない学生には無理だと断定して言えることであった。

 しかし、今の俺たちにはステータスによる莫大的な身体能力の補正がある。よって可能となるのは、模倣。

 

 完璧な再現はできずとも、肩を自己流に改善することで完璧に近い形での模倣が可能となるのだ。不可能を可能にする。異世界様様だな!

 

 よって俺は俺の求めていた戦い方の一つを模倣する。

 それは遥か昔、本来は叩くと同時に砕くことで相手の攻撃を相殺する技だ!

 

 クオン・リニューアル──前蹴り砕!!

 

「は?」

「う、うわぁぁぁぁ!!」

 

 風と脚が割れるような桁まじい音を放つ。檜山の惚けた声がかき消されるくらいに。そして風が全方向に吹き荒れて防御もしなかった近藤礼一が壁にぶつかる。

 

 そして俺もこのまま終わらない。先程の火球、別にいらないんだよねー。

 

 ってことで──

 

森羅万象(ホロプシコン)、第23楽章──因子収納」

「なっ──」

 

 手から先程中野が出したと思われる炎の弾が顕現し、檜山へ襲いかかる。彼は咄嗟に避けようとするが、完全に交わすことはできず腹に被弾してしまう。

 

「ガァ……」

 

 そのまま脇腹を押さえながら戦闘不能になった。

 

 勝負あったな……我ながら呆気ない初の対人戦だと思う。

 

「アルタイル、この戦い方どうだ?」

森羅万象(ホロプシコン)の使い方は間違っていない。汎用性の高いこの技を使いこなせている……だが相手が弱すぎる。君にこの力がなかろうとも勝てたのではないか?』

「まぁ、こいつらはハジメとは違い本当に授業をサボっていたからな」

 

 何回かこの四バカが訓練場の隅っこで魔法で興奮している姿を目撃している。きっと初回の基礎の部分だけ学んで残りは遊んだりしているのだろう。魔法の詠唱とか、魔力の調節とか見ればその勉強不足が伺える。

 

 と、ハジメの容態を確認しなきゃな。目の前の戦闘ですっかり忘れていた。蹲っている彼のところへ駆け寄る。

 呼吸がまだ不安定だな……肺を重点的にやられたのだろう。

 

「ハジメ、喋れるか?」

「う、うん……ごめんね……関わらせちゃって……」

「気にすんな。ってかお前も助けくらい呼べよ。あいつら魔法に対する調整能力が全くなかったし、下手すりゃあお前も……」

「何やってるの!?」

 

 おっ、丁度いい所いいところにヒーラーが来てくれた。医務室に運ぶ手間が省けたな。騒ぎに駆けつけたのは香織と雫、あとは天之川だ。

 

 香織は、ゲホッゲホッと咳き込み蹲るハジメに駆け寄る。俺はそっと離れながら香織にハジメの汚している箇所を伝え、雫たちの方へ状況を説明する。

 

「かくかくしかじかで……ってことでハジメがリンチにされていたんでこいつらと戦闘になった」

「なるほど、そうだったのね……南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得する」

 

 確かに、と俺も思わず苦笑い。現にハジメの方では香織が回復魔法をかけながらも、本当に大丈夫かと聞いている。ハジメはあんまり関わってほしくないらしいが……

 

 本当にすれ違いの激しい二人である。

 

 だがもう一人違った思考の奴がいる。

 

「檜山たちはそんなことする奴らじゃないだろう!彼らの傷があまりにも酷い、対して君は全くの無傷……寧ろ君が彼らに突っかかったんじゃないのか?」

「そ、そうだ!俺達はな、南雲に訓練をつけようとしただけだ!」

「いやいや、状況見ろ。俺がハジメをこんなにボロボロにしたと?あとお前らの撃った魔法俺全部わかってるからな?あいにく俺には魔力適性がないんでー」

「天之川君、一之瀬くんは僕を助けただけだから……」

 

 はぁ……どうしてこいつとの会話の一言二言でこんなに腹が立つのか。檜山の見えすいた嘘もこの発言で一蹴する。

 ハジメもこう言っているんだし、ここは潔く引いてくれよな?だけどこれで終わらないのが勇者クオリティー。今度はハジメの方を見て咎めるような口調で口を開く。

 

「そもそも、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

「「……」」

 

 天之川の言葉に二人して思わず黙りこくってしまう。投げ返す言葉が見つからない。

 

 言い忘れていたが、こいつの頭の中ではご都合解釈がメインで展開されている、例えば今回の場合、基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない!という過程を経るのである。

 

 しかも、光輝の言葉には本気で悪意がない。真剣にハジメを思って忠告しているのだ。ハジメは既に誤解を解く気力が萎なええている。ここまで自分の思考というか正義感に疑問を抱かない人間には何を言っても無駄だろうと。俺も最初は反論していたが、その言葉でさえご都合解釈され予想もしない結果へと行くので諦めている。

 

 雫は申し訳なさそうに手を合わせてこっちに謝っている。うん、いいよ、別に気にしてない。諦めてるんだよ。

 

「はぁ……ハジメ、肩を貸そう。とりあえずメルドさんに今回の訓練をなしにして貰おう」

「なっ、またそうやって訓練に参加しないつもりか!」

「怪我人に無理矢理訓練させたら大怪我に常がるかもしれねぇ。一般論だ、天之川」

 

 そう言ってなんとか黙らせる。ハジメとともにメルドさんのところへ行くのだった。

 

 はぁ……前途多難だな、このクラスは。

 

 その後、メルドさんの公平な判決により、檜山たち4人は数日の謹慎と座学の強制出席を喰らった。チッ、あのままずっと閉じ込めりゃあよかったのに。

 

『あの愚者が彼らの刑罰を緩めたようだな……やはりどの世界でも正義は難儀だ』

「あいつの正義はまっすぐに見えて歪んでるだけだ。それより、どうしようか……」

 

 アルタイルの言葉はもっともだが、現在はもっと重要な事態に直面していた。先程夕食へ向かおうとしたら、メルドさんから発表があった。野太い声で口にした内容はこれだ。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 ……ついに実践訓練の時が来たらしい。

 

 




ちょいと補足

一之瀬久遠
→八重樫の道場で3年ほど格闘術を習ってきた。その中でも脚技を主体にした「テコンドー」に似たものを武器として戦う。彼の俊敏がその脚技に加わり、本来のテコンドーであるスナップの効いた、高速の攻撃が可能となる。

ニア
→ありふれた勢の皆さんは覚えているかも?そう、雫のそば付きメイドであり、後に中村恵理に殺される者です!…って死ぬ運命のキャラをなぜ彼につけたかって?そりゃあその方が面白くなりそうだからや。騎士の家系とか、本編で設けられていた設定は引き継いで、それに少し付け足しました。

リニューアル
→本作のオリ要素。意味は模倣、完コピではなくその技や技能を自分用にアレンジしたことを指す。大抵のリニューアルがつくものは創作からの引用だったり、ファンタジーに近づこうとしてできた産物だったりして、全体的な能力は本来のものより低下している。

前蹴り砕
→テコンドーでの技名はアプチャ・プシギ(前蹴り)といい、蹴る、砕くの二つの意味が合わさっている。本来この技は前に脚を突き出すことで、相手の部位の骨を打ち砕く技だと解釈している。尚、現在使われているテコンドーでは砕くことは至難の業であり、競技大会などで使われているのも「リニューアル」されて威力がかなり弱まったものとされ得ている。

 なんか補足の量が尋常じゃないなぁ…でも今回から久遠の持つ力の一部を見せたかったので書かせていただきました。4バカども、短い出演ご苦労。

 さて、前書きで書きました通り、ストック数0のカツカツ状態です。今は創作のアドレナリンによりなんとか持ち堪えていますが、いつまで続くか…

 取り敢えず、ありふれたの原作1章までは頑張らせていただきます…それまで宜しくお願いします!


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第五話 2人っきりイベ、見逃す奴いるぅ!?

 遅くなりました〜、自分の納得いくように書こうとするとどうにも時間がかかってしまいますね…

 今回は我ら姫君のアルタイルが活躍します!(色んな意味で)

 それではどうぞー


 メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

 

【オルクス大迷宮】は所謂チュートリアル迷宮。改装が深くなるごとに魔物が強くなるシステムだ。この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

 魔石は魔法陣の材料になる魔物の体内に存在する石で、核でもある。強い魔物ほど魔石が大きく、実際魔物の魔石をぶち壊せば死ぬんだとか。

 

 だけど魔石は良質な物でもある。大きい魔石は高い金額に変えることができる。なので魔石を壊さずに魔物を狩る……と、中々面倒くさいことをしなければならない。

 

 俺らは魔物を倒すことだけ考えればいいので、魔石はぶっ壊してもいいらしいが……何だろう、冒険者っぽく行きたい俺としては魔石を綺麗な状態で倒したいと無駄なプライドが湧き上がっている。

 

『それで命を失うなど言語道断ではないか』

「まぁ、そうだな。命を第一に考えて進まなきゃ行けないから、多少は妥協しなきゃな」

 

 そうアルタイルと話しながら、宿泊宿の廊下を歩いている。もう時刻は夜。皆が就寝に入ろうとしている中、俺とアルタイルは外に出ようとしていた。

 

 外の空気を吸いたかったってのもあるが、勿論脱走計画について話し合うためである。

 

 2階の開いた場所に出て、夜風を浴びる。都会のような明かりがない夜空には満天の星空が映っており、思わずその場で見惚れてしまいそうだ。

 ここに来て数少ない良かった事かもな。

 

 だけどここで物思いに耽っている場合じゃない。スマホを取りだしアルタイルと対面する。

 

「この迷宮で俺の実力がだいたいどのくらいか分かる。だからここが俺のターニングポイントだな」

『具体的にはどの魔物を線引きとするつもりだ?』

「そこなんだよなぁ……」

 

 図書館で見つけた魔物などが乗っている図鑑ではドラゴンを殺れるくらいの強さで金ランク……つまり冒険者で最も高いランクになる訳だが、間違いなくドラゴンは倒せない。

 

 となると【オルクス】の層によって出てくる敵が基準になるか。

 

「先ずは……第1層だな」

 

 現時点で注目の敵になるのは序盤で必ず出会うラットマン……レベルが5もあれば倒せるはずだ。ここで少しでも俺が生き物を殺すことに躊躇したら、ここを離れないことにする。

 

 だってそうだろ?敵を殺すことに慣れなきゃこの世界では生きていけないんだから。

 

「そしてここが突破出来たら……ロックマウントとか、トレントとかが中層の敵らしいな」

『大方、それらを単独で倒せるならこの世界に順応していけると思うぞ』

 

 なるほど……じゃあアルタイルのお言葉に甘えてそうするか。ロックマウントらは20層後半で現れる敵のはずだ。

 

 ロックマウントは擬態能力を持っていて筋力が高かったな。俊敏は遅いから、俺と相性はいい。

 トレントは木がそのまま魔物化したような存在。生命力の源である根っこを切り取れば容易に倒せる。

 うん、【オルクス大迷宮】の4分の1突破出来たら離れるって決めよう。

 

 うーん、何だかあっさりしてるな。条件も至ってシンプルだけど、本当に大丈夫なのか?そう自問自答していたら、スマホから呆れた様子の彼女が映っていた。

 

『君は他の者と違い芯の通った人間だ。余の権能を使える者であり、何よりこの余が認めているのだ。オルクスなど雑作ない』

「そこまで言うか……一応この世界で最高峰の迷宮のはずなんだが?」

『そもそもこの世界の尺度で考えること自体が問題だ。無限にとってどのような数値や難易度もも比べるに値しない』

 

 うわぁ……その言葉食らうと何も言えねぇわ。だって森羅万象の利便さをこの前痛感しちゃったから。

 

 あんな強力な能力が無限にも存在するって聞いたら確かに世界の垣根くらい越えられそうだなあって思えちゃうよ!

 だけど、そうだな……少しは自信を持って明日挑むか。

 

 さて、積もるべき話はもうしたし……外の風も肌寒く感じてきたな。

 

「そろそろ戻って寝るか!いやぁ、あのベットで寝るの楽しみだなぁ」

『ほぅ?てっきり久遠は王国での寝具から離れずにいると思っていたが……』

「あー、まぁすごく気持ちいよ?だけどここのベットは庶民的なやつだから、地球での感触を思い出させてくれるんだよね」

 

 柔らかさや包容力は王国が段違いだが、ここのベッドは無性に落ち着く……実家にいるような安心感。

 そんなこんなで部屋に戻ろうとしていたら、外から声が聞こえてきた。

 

 何やら短く一定の速度で叫んでいる。同時に風を着る音も聞こえてきて、それは素振りだと分かった。

 

 同じくそれに気づいたアルタイルが眉を顰める。

 

『成程……どうやら君と同じような子が居るようだ』

「そうだな……ちょいとばかし寄っていくか」

 

 1階に降りるのが面倒なのでそのまま2階から飛び降りる。地球なら上手く宅地しないと骨が折れてしまうが、異世界によりそこはもう心配ない。声のする方へ向かう。

 

「ふっ!ふっ!ふっ!」

 

 素振りしている一人の剣士。一振り一振りに気持ちがこもっており、静かな夜に彼女の空間が形成されていた。

 相変わらずこいつの剣は綺麗なんだよなぁ……剣術だけなら俺を遥かに超える技術を持っており、最近は一度も勝ってなかった。

 

 頃合いを見計らい、彼女が剣を降ろしたところで声を掛ける。

 

「よっ、本番前日にも素振りか?身体を壊すんじゃねーぞ」

「覗きとは趣味が悪いわね……自分の体は自分が一番理解しているから、大丈夫よ」

 

 剣を振っていた雫はそのまま刃を鞘に仕舞い、木に体を傾ける。うーん、美女が木に寄りかかる構図、絵になるねぇ。

 

 だがどうやらいつものような素振りではなかったようだ。表情も心知らずか暗い。

 

 暫く夜の風があたりを包み込む。

 俺やアルタイルは何も言わないし、雫も何か考えているようで目を閉じている。

 

 やがて静かに口を開きながら、こんな質問を問いかけてきた。

 

「一之瀬君は……こんな日が来るって知っていたのよね?」

「……というと?」

 

 ……いや、やっぱりしっかり者の彼女は理解しているようだ。重い言葉を出すのに躊躇していたようだが、意を決してそれを放つ。

 

「私たちが……命を取る……つまり人を殺すってこと」

「……まあ、普通に考えたらそうだろ?あの時も言ったが、ここでは人殺しに加担させられるんだよ」

 

 魔人族と人間という敵対関係が存在する以上、互いに戦うのは避けられないし、現代科学が発達していない以上、抑止力が存在しない。

 よって戦争は避けられない事態なのだ。イシュタルのじーさんが俺たちを呼んだからには戦争に加担するのは必須事項。

 

 だから俺は最初に最低限の条件を設けたんだ。ここにいる奴らがトラウマを抱えないように。だが……

 

「戦争に参加するのは別にいいんだよ……俺は責任は取らないし、死ぬのも勝手にしろってんだ」

「かなりの言いようね……でもそのくらいの強さがないと多分無理なのよね」

「それは人それぞれだろ。俺はまぁ……明日の戦闘次第でその決断をするつもりだ」

 

 それが第一層突破の条件だ。これに少しでも抵抗を感じたなら、俺は潔く諦める。だが問題ない場合は、先程のプラン通りに行く。

 

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「お前は覚悟ができているのか?」

「……正直わからないわ。イシュタルさんの話を聞いていた時はここにいて何もしないよりは……って思ってたけど」

 

 ああ、まぁあのバカの扇動もあってみんな変な希望を抱いちゃったときね?全く現実を見ろっての。

 すると今度はアルタイルが彼女に話しかける。

 

『雫、君は素直になるべきではないか?』

「素直に?」

『余が言える身でもないが、強く体裁を作るものはその分中は脆い。君は常に周りを支える支柱であった……それ故に誰よりも傷を感じやすく、君が負う必要のない責任まで感じてしまう。地球ではそれでも君は強かった……だがここは異端の地だ。状況も変わってくるし、君にかかる負担も尋常ではない』

「……」

 

 今までにない声色で話すアルタイルからは、三年前の、あの時の彼女を彷彿とさせた。

 アルタイルは過去に誰もが感じないような絶望を設定として経験している。誰にも頼れず、誰にも助けてもらえず、そのまま最悪の終わり方を経験しているのだ。被造物の呪いというべきか……創造主の感じた思いまで伝承してしまう。

 

 だからアルタイルは誰よりも絶望を、憎しみを、恨みを持っている。今はそれを全て受け入れているが、当時はそれで地球が終わりかけたのだ。

 今の雫の、何もかも1人で背負っている姿が似ているのかもしれない。

 

『最後まで君の信念を貫くのも結構。しかし余は誰よりも人間の弱さを知っているつもりだ。そして君を気に入っている……だからこそ君に素直になってほしい。命をつなげてゆくには、捨てなければならないものもある。君がこの饗宴に参加する理由に過去の楔があるのなら、それを一度全て忘れて君の本来の気持ちで考えてほしい』

「……本来の気持ちね……私ってそんなに抱えているように見えるかしら?」

『最低でも人間の許容量を超えている』

「うわぁ……」

 

 雫が俺に目線を移し、本当?と聞いてくる。

 いやぁ……バカに脳筋に天然の3コンボを常に抱えている。おまけに面倒見のいい、気配りのできるお姉さんタイプ。道場の名前を背負っていて、八重樫家の一人娘。

 

 ──うん、背負いすぎというか、潰れてもおかしくない状態だな。何度も頷いたら、雫は思わず顔を顰める。

 自覚し始めたのだろう。予想以上の苦労人だぞ、お前は。

 

『……まぁ、明日は別に問題ないだろう。騎士団の方々もいるのだからな。しかし覚えておくがいい……選択の残り時間は刻々と迫っているのだからな』

「わかったわ……ありがとう、アルタイルさん」

『フッ、ただの気まぐれだ』

「滲み出てくるツンデレ」

『久遠、黙れ』

 

 雫は背伸びをしながら寄りかかっていた木から離れる。どうやら肩の荷が少し軽くなったらしい。明日の戦闘に影響が出ないなら何よりだ。

 もうここにいる必要はないな。彼女も素振りは集中するためにとっていたようで、もう今から寝室に戻るようだから、送って行くことにした。

 

 宿の廊下を2人で歩いていると、ある人の扉を通り過ぎる。だがそこで俺はふと思い出した。そういえば……

 

「あっ……!」

「?どうしたの?」

 

 ハジメの部屋の前で止まり、扉に耳をそばたてる。二人が不思議そうにしているが、俺は今この部屋の中での展開が気になって仕方がない。

 

 あいつと香織……二人の展開が。

 

「ちょっと、一之瀬君?」

「シッ……今ハジメの部屋に香織が居るはずだ」

「っ!?」

 

 雫の目が一気にマジになる。おそらくこの一言で一気にオカンのスイッチが入ったのだろう。かという俺も完全に親モードに入っている。

 

「そういえば香織、南雲君の部屋に行くって言っていたわね……」

「ああ、俺も夕食にこっそり聞いた……本人はハジメと大事な話がしたいって言っていた」

 

 言っていたが?いやいや、ご冗談を。このまま終わるわけねぇよな?

 絶対何かが起こるはずだ。そして彼女は夜遅いこの時間にハジメに会いに行ったのだ!

 

 静かな夜、2人っきりの部屋。大事な話。何も起こるはずがない。

 

 そしてそんな最高の条件下でお送りする2人っきりのイベント……これを見逃す奴いるぅ?

 

いねえよなぁ!!

 

『傍から見ると変質者だぞ久遠』

「いや、やるでしょ普通!やっと2人がくっつくかもしれねぇのに、見守らない奴がいるか!」

『君は彼らの保護者か』

 

 改めて突っ込まれるが、この際認めよう。かれこれ2年、香織の一方的な想いと、それをものともしないハジメ。

 2人の恋(というより香織の恋)が始まって早2年、全く進展のないこの状態に付人である俺たちはすっかり保護者と化していたのだ!

 

 その証拠にほら、もう1人の方を見てくださいよ、アルタイル。

 

「……」

『……雫。君も聞き耳を立てるのは女性としてどうかと』

「へ?……いえ、ただあちらで南雲君が香織に変な事をしていないか確かめているだけよ?そう、決して2人がいい感じになて精を出す2人の声が聞きたい訳じゃないわ……」

『くっ、迂闊だった……香織の事になると見境なしだったな』

 

 アルタイルが思わず天を仰ぐ。常にしっかりしており、周りへの気遣いもできている雫は、親友の恋事情には弱い。もとより香織を応援し続けていた、そしてこの時間はまさに大一番の時なのだ。

 

 ……というか、そもそも雫は他の女子よりよっぽど女の子らしい性格だ。こんな恋の爆弾ネタを放っておくはずが無い。

 

 2人でドアに張り付いて事のあらましを見守っている。側から見れば変質者に違いない。

 

「どうだ、聞こえるか?」

「今のところは話し声……くらいね。まだ本番には行ってない……?」

「流石にドア越しとなるとキツイな……よし……」

『……久遠、何故スマホを持ち出している?まさか余をドアの隙間から流すつもりか!?』

「……ふっ、異世界のドアの作りが甘いようだな。それともお前のスマホの薄さに感謝すべきか……」

『待て!余に1夜中2人の行為を見ていろと言う気か!余は何も出来ないのだぞ!そもそも余には──』

「アルタイルさんお願い、親友の千載一遇のチャンスなの。事の結末を見守って欲しいわ」

『くっ、愚者が何故こんな時に居ないのだ!』

 

 多分愚者(勇者)は部屋でゆっくりしている事だろう。あいつのことだ、よっぽどの事がない限りこっちに気づくことはない。

 その現状にアルタイルが歯噛みするが、どちらにせよ彼女に助けは来ない。

 

 ほーら、スマホだからこそできる仕事だぁ!

 

とっとと行ってこい!!

『待っ──』

 

 静止の声を無視してスマホを綺麗にドアの下をスライドさせる。今の俺ならスライド中の音さえ無音にできる!滑らかな床を滑るようにスマホは滑って言ったに違いない。

 カーリングの日本代表も惚れ惚れするような投げだった自信がある。

 

 よし、このまま彼女の状況報告を。ここでまさかイヤホン無しの会話が可能になるとは。

 

「アルタイル、どうだ?」

『……綺麗に滑って行った。君には無駄に才能があるのかもしれないな』

「うんそだねー」

『古い!そのネタは数年前だぞ!』

 

 いやぁ、流行語大賞になってたりしたじゃん?そういう言葉使ってみたいじゃん?

 だけど、無事にアルタイルを送り込むことができたようだ。二人も侵入者に気づいていないようで、話し声は続いている。

 

「それで、どうなってる?」

『余を無視するか……はぁ、視界は暗いから何も見えない。明かりもつけていない状態での会話のようだ』

「明かりなしでの会話だとよ、雫」

「いいわね、何時でも始める気満々じゃない」

 

 雫が静かにガッツポーズした。大変珍しい。

 だけどいい状態だ。このまま2人のどちらかがきっかけを作れば……

 

『……話し声は落ち着いているな。部分的にしか聞き取れないが……『守るよ』……『守る』……は聞こえたな』

「マジか!騎士様姫様関係的なやつか!このまま行け、行け!」

「香織、頑張って……南雲君も男を見せなさい!」

 

 俺らは2人で、廊下で盛り上がっている。今は夜だから人は居ないが、誰かに見られていたら間違いなく通報ものだと思う。

 

 南雲が襲うのか?それとも香織が誘うのか?どちらでもいい、とにかくイベント進め!

 このまま2人ができちゃうのではないか?長年の戦いに終止符が打たれるのではないか?そんな期待まで抱いてしまったその時だ。

 

 アルタイルから警告が脳に響く。

 

『むっ……足音が聞こえる。おそらく香織が向かっているぞ』

「は?雫、撤退だ!」

「え?え?」

 

 すかさず彼女の手を取り廊下の角へ。うぉう……雫の手ひんやりしてるわ〜……じゃない!

 

 廊下の角まで距離を取り、初めの部屋の扉の方を覗く。すると少しして扉が開いた。中から出て来たのは香織。

 そしてそのままドアからひょっこり顔を出したハジメと一言、二言交わした後部屋から離れていく。扉もハジメが見送った後パタリと閉じてしまった。

 

 ……え、終わり?

 

『どうやら香織は本当に南雲殿と会話をするためだけに来たようだな……』

「マジかよ……ハジメもここがチャンスだってのに……」

「香織ぃ……」

 

 四つん這いになりたい気持ちだ。こんなにも最高のシチュエーションで何も起こらないとか、ギャルゲーとかだったら間違いなくクレーム物だぞ?

 2人揃ってはぁ、とため息をついてしまう。たとえ場所が異世界でも彼らは平常運転のようだ。

 

 仕方がない……なんだかんだでここにも長居しすぎた。

 明日も早いし、ここで解散かな。

 

『……おい、それで余の事はどうするつもりだ』

「あ……あー、うん、明日迎えに行く」

『……久遠、後で覚えておくがいい』

 

 そういえばどう回収しようか全く考えていなかったな。アルタイルがそんなに見つからない場所だったらいいなだけど。ハジメに見つかったら後々面倒くさくなる。

 このままどうにかして隠れていてほしい。そしたら明日の朝一こっそり取りに行くから。

 

「一之瀬君、扉が開いたわ」

「ん?ハジメか?」

 

 思考を中断し、雫に言われるまま扉の方を見ると確かに開いていた。だが暫くすると勝手に閉じてしまい、何事もなかったかのように静かになる。

 なんだったんだ?一体。

 

「おーい、一之瀬」

「っ!?……って浩介じゃねぇか、驚かせんなよ」

「いや、普通にきただけなんだけど……まあいいや、部屋に送り込んだスマホを返しておこうかなと」

「おー、マジ?サンキュー……ん?」

 

 横から現れた浩介に俺たちがビクッとするものの、彼からスマホを受け取る。どうやら優しいことに彼が届けに来てくれたようだ。

 

 …………んん??

 

「遠藤君、貴方南雲君と相部屋なの?」

「ん?あぁ、そうだけど?」

「……確かに俺の部屋が一人部屋だもんな」

 

 現在のクラスは転移した人限定で奇数であり、宿は2人部屋で構成されている。そのため1人はハブられ物が出るわけで、アルタイルの存在を秘匿にしたかった俺はその役に自らなることにした。

 

 雫は香織と、天之川は龍太郎と一緒のように、ハジメは浩介と一緒だったとなる。シンプルかつ当然の事実だ。

 

 だが、そこで疑問が生まれる。あの部屋にはハジメと香織、浩介がいたということか?

 思わずそんな彼を凝視してしまう。

 

「「…………え?」」

『遠藤殿は先程までずっと部屋にいたようだぞ?現に余も彼に拾われたからな』

「えっ、じゃあお前ハジメと香織の一部始終をずっと部屋の中で見てたってことか?」

「まぁな。あいつら自分の世界に入りやがって、俺の存在なんか背景扱いだぜ?」

 

 はぁ、リア充め……とため息を浩介はついてそんな境遇のない自分に落ち込んでいるが、それより彼が発した事実に俺達は唖然としていた。

 

 確かにこの時間帯、ハジメの相方も部屋にいることは当然だろう。

 しかしここまで存在感無くしていることができる物なのか……いや、こいつなら出来るのか。現に俺らはずっとこいつ無しで話を進めていたからな。

 

 そして当たり前のようにアルタイルのスマホを取り、初めにもバレずに扉を開け、なおかつ俺らのそばまで来た。異世界で鍛えられた五感でも全く気付かないほどあっさりと。

 

 日に日に浩介の影の薄さが神がかっている……

 今までは普通に気付けていたのだが、本気を出した浩介を俺は見つけられるのか……多分無理だろう。

 

「それじゃあ俺は戻るぜ、おやすみ」

「お、おう、じゃあな」

「また明日ね……」

 

 1人でそのまま帰っていく浩介の背中を見ながら、俺たち3人は揃って同じことを思ったのだった。

 

(((今、あんたが一番恐ろしいよ……)))

 

 そうして、夜が更けていく……




ちょいと補足

一之瀬久遠
→香織のハジメに対する気持ちにはすぐに気づいた。なので何回も自然に2人だけのシチュエーションを作ってきたが、ことあるごとに失敗する。それでも2人のカップリングを成功させるために奔走する。

八重樫雫
→香織がハジメと仲良くなりたい際、一緒に付き合わされている。最近香織がハジメの趣味を理解しようと本屋に行き、真っ先に危ない暖簾をくぐりに行こうとして慌てて止めに行った。久遠と2人の時はよく香織の天然とハジメの鈍感を愚痴にしている。

アルタイルの過去
→アニメ「Re:CREATORS」の本編と同じ過去です。簡単にいえばアルタイルが人間に絶望し、創造主のいる世界、地球を破壊しようとしたって感じです。結果は失敗、人間に対して思うところはあるものの、暴走することは無くなった…そして何故か知らないけど久遠のところに行き着いた、となってますけどね。アルタイルの過去編はこの物語にも関わらせたいので、詳しく書く時があるかもしれません。

 前半シリアスに出来たかな?まぁ、タイトルからしてネタ回なのは薄々気付いていたことでしょう。毎回ありふれの原作でこのシーンを見ると「2人ともここまで行って何も起こんないのかよ…」って思っちゃいまして。思わずこの作品に入れちゃいました。

 次回は【オルクス大迷宮】ですね。アクション、そしてシリアス度が高めになるでしょう。私の身体持つかなぁ…


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第六話 迷宮こそ罠がテンプレ

 昨日はお休みしてました…

 なので今日は二話投稿するつもりです。


 オルクス大迷宮は名の通り100層からなる大迷宮らしい。ダンジョンってやっぱりこうじゃなくちゃなぁ。

 

 ……だがやけに賑やかだ。周りは冒険者や商人で群がっていて活気が出ている。本当にここが凶悪な魔物が出てくる迷宮なのか疑問に思うほどだ。

 

 まぁ、浅い、始まりの数層は簡単なのだろう。実際に腕試しで来るくらいなのだから。

 

 そんな中、視界に彼の姿があった。昨日あんなにフラグ立てで起きながらも全て回避して行った南雲ハジメだ。

 

 何やら元気が無さそうだから声でもかけておくか。

 

「よっ、遂に来ちまったな」

「一之瀬君、おはよう……うん、みんなの足を引張らないようにしなきゃ……」

「まぁ、お前はお前のできることをすればいいんだよ……そもそも戦闘職じゃないんだから」

 

 今日は全員参加だが、イシュタルのじーさんに付けた条件を通すと次回からは非戦闘職は裏作業として動けることになる。

 だから今日さえ無事に終われば戦争の被害がだいぶ減ってくるのだ。

 

 ここさえ乗り切れば……そのためにも油断はしては行けないな。そう心に決める。

 

 ……あっ、ハジメで思い出した。

 

「そういえばお前、昨日の夜楽しめたか?」

「えっ、なんで知ってるの!?」

「ん?……あ──……」

 

 どうしよ……流石に雫と2人で耳を引っ付けて聞こうとしていたって言ったらまずいよな。僅かな時間で俺は打開策を思いついた。

 

 そうだ、あいつが居るじゃん!

 

「浩介がお前の部屋にずっと居たぞ?」

「はっ、そういえば気づかなかった……遠藤君に後で言わないよう注意しとかなきゃ……」

 

 ハジメが浩介の方を向いて珍しくキッと睨む。昨日のイベントを誰かにバラされたくないのだろう。面倒事になりかねないしな。

 

 すまん、浩介。お前をダシにしてしちまったが、影の薄いお前が悪い、うん。

 

 スマホからジト──っと視線を感じるが気にせず続ける。

 

「それで、香織と何を話してたんだ?」

「へ?……いやぁ、今日頑張ろうとか、そんな感じ」

「へぇ……」

 

 誤魔化されたな。視線を逸らしているあたり絶対他の話をしていたのは間違いない。だが、下手に聞くのも気が引けるし、香織のハジメと二人で話したい気持ちも尊重しなければ。

 

「まぁ、いいか。それじゃあ今日は頑張ろうぜ」

「うん」

 

 ハジメとの会話はここで切り上げる。一行は遂に迷宮に足を踏み入れようとしている。俺も意識を切り替えてこれからの戦闘に向けて集中する。

 

 さて、どうなる事やら……何も起こらなければいいんだがな。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 

 縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。

 

 一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。

 その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。ほぅ、これが初戦闘か。ってか見た目キモイな。図鑑で分かってはいたがキモイ。

 

 天之川がバスターソードに手をかける。純白に輝くそれは凄まじい速度で数体のラットマンを葬り去る。ムカつくけど流石勇者だ。

 

 龍太郎が拳撃と脚撃を繰り出し、雫が抜刀術もどきで敵を同じく倒している。2人とも地球でのアドバンテージが出ているようだな。

 

 さて、俺も参加したいところだが……生憎今回は待機。順番順番で敵と戦うらしいからな。

 

 と、後衛も魔法の詠唱を始めていた。彩り溢れる魔法陣が現れる。

 

 神秘的に光るそれは地球では見られない……これこそ異世界の醍醐味ってやつじゃねぇか!

 

『初の戦闘で興奮が納まっていないようだな。現にあの量の魔法と敵のコストが釣り合っていない』

「いきなり雰囲気ぶち壊すな……確かにこの世界に中継所なんて無いからセーブとかも出来ないけどな」

 

 ゲームならMPの消費は気にしなくてもいいかもしれないが、ここはリアルタイム。何が起こるかわからない以上、魔力の消費は最低限にしなければならない。

 

 現に女性陣はメルドさんに少し注意されて頬を赤らめるのだった。

 

 その後も敵が現れると次のグループが退治し、その次でまた……とローテーションが続く。そのまま進んでいるとまたラットマンの団体が現れる。

 

「よーし、次の前衛でろよー!一之瀬、先陣を切ってくれるか?」

「了解」

 

 出番がついに来たかぁ……一応戦い方は確立しているし、シミュレーションも何度もした。だが不安は消えないものだ。

 

 死ぬ事が如何に簡単な世界に俺はこの戦闘でやって行けるかどうかがここで決まる。

 

『力み過ぎだ……落ち着いて行けば君は負けないのだから、君の戦い方をする事だ』

「……おう、サンキュー」

 

 だけどアルタイルが着いているんだ……正直負ける気がしない。だって彼女は最強の被造物なのだから。

 

 ふぅ……先ずは盤面把握。敵は前から三体。ラットマンが縦に並んで走っている。普通に切り捨てるのだとしたら3回攻撃だが。

 

 こいつら、さっきの奴らと違って揺さぶりを入れてきている。知能がちょっと上がってやがるな……それなら──

 

森羅万象(ホロプシコン)因子収納……まずは1匹」

 

 手に集まるホログラム。それが実体化した結果できたのは1本の鮮やかな剣だった。

 

 実はこれ、王城の地下に存在する宝物庫……そこにはアーティファクト級の武器やアイテム、オークションとかで億単位で出品されてそうなインテリアが存在していた。

 

 俺はその中で王国が不必要だと、もしくは使えないとお蔵入りにしていた武器に注目した。リリアーナさんに特別に入れて貰えた……ってか姫さん、良いのかそんな事して。

 

 本人曰く、「錬成師が調子に乗って作りになった武器を処ぶ……お使いになってくれるなら武器も本望でしょう」と。今、処分って言わなかったか?

 

 そんなことはともかく、この武器の特性として切れ味が凄まじい代わりに耐久がペラペラであること。1回でも何かを切れば刃こぼれが起きて瞬く間に散ってしまう。

 

 なんだそれは……って思ったが、使わないなら俺が遠慮なく貰うことにした。ラットマンの突進を注意深く観察し後に、避けながら一振。

 

 ズバッッッッ!!

 

 ケーキを着る感覚でラットマンの首が飛んだ。うぉっ……こんなに切りやすかったとは。

 

 何気に初めて生き物を殺したんだな……異世界への1歩目を踏み出したわけだ。取り敢えず南無阿弥陀仏の気持ちは忘れずに。

 

 そして残り2体か……案の定俺の武器は粉々になって虚空へと消えていったが、因子収納はまだまだ全然ある。

 

 だがそれ以外で試したいものがあるので──

 

「っ、はぁぁ!!」

 

 脚を思いっきり上に振り上げ、踵をちょうど突っ込んでくるラットマンの頭蓋に振り下ろす。

 

 クオン・リニューアル──踵落とし爆

 

 直後、ラットマンの身体が一瞬で血溜まりになる。威力を強くしすぎたか……返り血を思いっきり浴びた。思ったより相手の図体が柔らかかったな。

 

 そしてもう一体か……既に因子収納によりもう一本の短剣を取り出しているのでこれもサクッと殺しちゃおう。

 

「ギギッッ!!」

 

 うわっ、潰れて死んだ。グロいな。俺は刃が零れて持ち手のみになった剣を落とす。

 

 ……勝った。俺は初戦闘を無事に勝つことが出来たのだ。興奮か、それとも安心か……肩で息をしているので落ち着きながらアルタイルに声をかける。

 

「……どうだった?」

『武器の使い方は間違っていないだろう……だが森羅万象の因子収納で2本とも出すべきだった。君はどうせ手を使わないのだから』

「あー、確かに」

 

 俺殴る時は脚だからなぁ……魔力も無駄にしなくて済むし、今度からは2本にして両手で戦おうとするか。

 

 ってか、手厳しいなぁ……少しは労いの言葉が欲しかったんだけどな……でもアルタイルだし──

 

『……まぁ及第点だ。昨日君が立てた目標なら無事にやってのける筈だ』

「……もしかして褒めてる?」

『それは君が決めろ』

 

 それ以降黙りこくるが……ハハッ、どうやら褒めてくれたようだ。

 

 ……よし!この先も頑張りますかね。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「これが魔石か……ちっせぇな」

『浅い層の敵だから当然だろう。階層が下がるごとに魔石の質は上がるからこまめに採取した方が良い』

 

 ポケットに入れている魔石を取り出してまじまじと見つめる。これが魔法陣の原料になるのか……塵も積もれば山となる的なやつか?

 今のところは1つも欠けていない状態で取り出すことが出来た。周りは俺が心臓に手を突っ込んでいる光景に顔を青くしていたが、これこの先もやって行くんだぞ?

 

 そういえば、今回は宝物庫から先程の短剣と、もう1つ持ってきている。どちらとも使いように難があるが、使いこなしてみせるつもりだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルド団長の忠告が飛び、魔石を仕舞う。現在は20層で5分の1を進んだわけだ。そしてここにいる敵は恐らくあいつだ。

 

 直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 メルド団長の声が響く。なるほど、あれがロックマウントか……俺の第2目標だ。

 

 光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

 龍太郎を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 

 直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアア────!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。うるせぇな……鼓膜がキーンとなる。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 

 まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。これじゃあ後ろの奴らがフリーになってしまう。

 

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで! 咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 

 香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。しかし、発動しようとした瞬間、衝撃的光景に思わず硬直してしまう。

 

 なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらル○ンダイブだ。「か・お・り・ちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。

 

 しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 いや、このままダイブ成功してもいい感じにはならないだろ!直ぐ様俺は後ろから脚を回転させる。

 

「変態は変態らしく蹴られて帰りやがれ!」

 

 クオン・リニューアル──跳躍廻蹴り

 

 何とか間に合った脚がロックマウントを跳ね返した。そのままバウンドしながら距離を取っていく。ル〇ンもあんな感じで吹っ飛んでいたのか……

 

 香織達は、「ご、ごめん!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。そりゃああんな変態魔物が居るとは思わないだろうしな……

 

 そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河バカである。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。人の顔をもっと良く見ろっての。

 

 彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝に呼応して彼の聖剣が輝き出す。

 

 えっ、ここでそれ撃つのか?洞窟で範囲攻撃はまずいだろ!

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ──〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルドさんの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろす。

 

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 

 ちゃっかり敵を取られたのだが……いや、あれはル〇ンダイブで来たのが行けない。普通に来てくれればちゃんと倒せたはずなんだ。バカにストレス持ったらこの先にも影響しそうなので必死に心の中で誤魔化した。

 

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返ったバカ。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ!と言いたいのだろう。

 

 だけど天之川さんよ、ここ洞窟だぞ?天井が崩落すれば俺ら全員死ぬんだからな?

 

 結果、笑顔で迫っていたメルド団長の拳骨を食らっていた。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 メルドさんのお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する天之川。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。

 

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。その美しい姿に女子たちはうっとりした表情になる。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなもので、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。

 

 へぇ、俺からしてはただの綺麗な鉱石だが、女性達にとっては夢のような1品かもな。

 

「アルタイルはあーいうの気にならないのか?」

『ふむ……光への屈折が強そうだ……あまり戦闘では視界に入れたくないな』

「なるほど、つまりどうでもいいってことだな」

 

 まぁ、実際あれは洒落の一種で使うものだからな……武器などへの利用価値はないにも等しい。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドさんの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けている。

 

 あー、この顔完全にハジメと一緒に欲しいんだな?そうだな?

 思わず雫と顔を見合わせて苦笑をこぼしてしまう。もう早く結婚しちゃえ……成人したら。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルドさんだ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 ……今思えば崩れた壁の中にこんな綺麗な鉱石があるのはおかしい。だってここ、大迷宮なんだよな?

 

 この鉱石相当な値をはると思われる。そんな物が20層にあるとは思えない。大体それって俺らを釣ってるための──

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 ほらぁ、やっぱりそうじゃん!!

 

 だが時すでに遅し。メルドさんも、騎士団員の警告も一歩遅かった。

 

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだったのだ。

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルドさんの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが、間に合わなかった。

 

 部屋の中に光が満ち、ハジメ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。またこの感じかよ!

 

 どうやら転移したらしい。転移魔法は現代の魔法使いには不可能な事だから、ここの迷宮のオプションの1つだな。やっぱり神代の魔法は規格外だ。

 

 俺らが転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。

 

 真ん中という不穏な場所に、ピンポイント転移か。こりゃあまずいな。メルドさんも直ぐにそれを察して険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。だけどこれじゃあ遅い。

 

 撤退をしようとしたその時、階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したのだ。何体もの骨だけの魔物……トーテムソルジャーだ。

 

 更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 

『ふむ……残念だが久遠、ここからまともな生還は出来ないと思え』

「だよな……素人の俺でも分かる。あれは……ダメだ」

 

 体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物……その角は赤黒い光を放っており、俺達を睨んでいる。

 

 現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

 ──まさか……ベヒモス……なのか……

 

 




一之瀬久遠
→今回の戦闘で第一関門である生殺与奪に対する抵抗を突破。現在の戦闘は龍太郎と同じ格闘技がメインだが、彼のような専用武器は使わず訳あり武器を多用する。実は彼はあまりオンリーワンの武器に拘らない。それに固執し過ぎて失った際の動揺を最小限にするためである。

南雲ハジメ
→【オルクス】での戦闘は原作と同じ、錬成による敵の拘束で確実に仕留める方法。久遠の言葉で錬成技術はちょっとだけ上がっている。余談だが彼と久遠はしっかりと魔石を回収しており、騎士団の面々からの印象も微小ながらも良い。

踵落とし爆
→本来踵落としは相手の頭が弾け飛ぶほどの威力を持っていたという。リニューアルでは相手の頭は爆発しないものの、久遠の技で隙が大きいがダメージのデカい技となっている。なお、久遠の、例の強化イベントで本当に爆発するかも…?

 今回からオルクス…そしてハジメ釈変イベまで近づいてきましたね…話の内容は原作とあまり変わらなかったかもしれません。まあ後数話はこんな感じでしょうね…

 まぁ、その分ベヒモス戦での久遠の立ち回りを入れるのでそこを楽しんでいただけたらなと…ではではー


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第七話 VS ベヒモス

2話投稿とか言いながら、日にちが跨いだ筆者はここです…

煮るなり焼くなり何でもお願いします。そしてどうぞ…


 今起こった事をありのまま話すぜ!俺らは順調に【オルクス大迷宮】を進んでいたんだ、だが4バカの1人がトラップに引っ掛かり、気づけば前からベヒモス、後ろからトラウムソルジャーの挟み撃ちに会っていたのだ!

 

 閑話休題、正直今の状況はかなりまずい。

 

 トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態になっている。

 

 隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。ただでさえトラップに初めて引っかかってしまったのだ、そして挟み撃ちという絶体絶命のこのシチュエーションで冷静でいられるものは殆どいない。

 

 その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

 そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされる。バカ野郎、少しは抵抗しろよ。

 ここで誰かを死なせる訳には行かない。死というトラウマで他の奴らも更なる絶望を味わったら今度こそ全滅の可能性がある。

 

 本当はベヒモスのところに行きてぇんだが、一旦この場を納めるしかない。

 

 クオン・リニューアル──前蹴り砕

 

 まずはトラウムソルジャーの頭を破壊しておく。1人1人の耐性はそこまで高くないから難なく死んでくれた。女子生徒は未だに腰を抜かしている……ここでチンタラしてる暇はないってのに……

 

「おい!まだ生きてんだから戦え!ここで適当に振る舞ってもどうも何ねぇんだよ!」

「っ!……うん!」

 

 よし、瞳に光が戻っている。とりあえず大丈夫そうだな。俺はそのまま先頭の列に無理矢理進む。一旦状態を立て直すことが必要だからだ。

 因子収納を光らせて、とある物を出した──

 

「皆、下がれ!!」

 

 そう叫びながら俺は巨大な盾を召喚する。横幅10メートル、高さ3mの超長方形型の盾で前方を完全に塞いだ。

 

 対広範囲防御大盾「アイギス」

 

 広範囲ブレス、全体攻撃を防ぐために制作されたこの盾は耐久が高く、耐熱性もある便利な武器……軍事用品として使われる輝かしい未来を持っていた……

 ……だが重大な欠陥がある。それは勿論、大きすぎること。こんなに大きく、そして強く作ってしまったのだ。重さは決して人1人で持ち運べるものでなく、数十人で運ばなければならないのだ。

 

 運んでいる隙に殺されれば本末転倒。よってこの武器は実用性がないと判断され、試作品として作られた2枚の盾はお蔵入りとなった──ので持ってきた。

 

 姫さんコメント「こちらは宝物庫の容量を最も占めているものですので、処……ゴホン、使ってくださるとこの盾も本望でしょう」

 

 この世界の錬成師、相当姫さんや王国を悩ませているようだ。

 

 本当はもう少しタイミングを重宝させて使いたかったが、今はそんなこと渋っている場合じゃない。

 

 一時的にトラウムソウジャーの姿が盾により見えなくなる。だがその盾からはドン、ドン!と鈍い音が鳴っており、意地でもぶち壊そうとしているのが分かった。

 

 だけど一旦は防ぎきった。これで生徒たちも落ち着くことが出来るはずだ。

 

「浩介!永山!ほか数名の男子で盾を抑えろ!騎士団のメンバーを回復組は治せ!」

 

 いつもはこんな役あんまり買いたくないんだけどなぁ……だがパニクっていた生徒たちが少しずつ冷静さを取り戻す。

 浩介を始めとする男子らが盾を抑え、敵が押し倒さないように踏ん張る。これで盾自体が壊れない限り、安全地帯となった。

 

 ……だがここはそんな生ぬるい場所じゃない。トラウムソルジャーも38層の敵だ。それが何百も束で来れば盾も防ぎきれない。

 対して此方はパニックがまだ完璧に収まっていない状態だ。

 

「時間がねぇぞ、訓練通りに隊列を組め!あいつらは数で押し倒してくるが、それぞれ大したことが無いはずだ!俺らはいつも通りのことやれば良いんだよ!」

「む、無理だよ!だって後ろではあんな化け物が──」

「後ろはメルドさん達が何とかしてくれるはずだ!俺らは前だけ向いて道を作るのが仕事だろうが」

「そ、そんなの……」

「無理だ……無理無理無理無理!!」

「いやっ……いやぁぁああ!!」

 

 あー……グダグダうっせぇ奴らだなぁ!あの時にも忠告はしたはずなのに、なんでこんな時に騒いでんのかなぁ……

 

 後ろからはトラウムソルジャーの一匹が盾をよじ登ろうとまでしている。本当にこの盾が使えなくなってきた。

 勇者もいない、生徒たちは混乱中。戦線は狂乱となり騎士団たちの呼びかけにも気づかない。

 

 クソが、こうなったら強硬手段だ。

 長山たちが支える盾の縁に乗る。バランスをとりながら、ちょうどよじ登ろうとしているトラウムソルジャーの頭をもち、思いっきり引き裂いた。

 

 メキメキメキメキ……ゴキっ!!

 

 技と酷く、音を出しながら首を折ったことで何事かとみんなの注目が集まる。そして無惨にも引き裂かれた頭のトラウムソルジャーを見てひっ、と青ざめる。

 そのまま2つとも向こうに放り投げた。死体は無限に湧く敵の渦に沈んでいった。

 

それ以上無駄な行動すんなら彼処にブッ込む

 

 今まで以上に声に抑揚をつけず言った。その言葉でやっと生徒らが黙りこくった。よし、やっとか。

 

 もう時間がないから叱責の言葉を叩きつける。

 

死にたくないくせにギャアギャア騒いでいる奴らは後ろで黙ってろ!お前らの無駄な行動で寿命が縮んでると思え!ここで死にたくないなら剣を振って魔法を出せ!たかが挟み撃ちに絶望する暇あったら生きることだけ考えろやぁ!!

 

 怒鳴るように声を張り上げる、こんなの俺のキャラじゃないってのに。

 そもそも勇者がいないのがいけないのだ。実力的にも、カリスマ的にも適役のあいつがいないせいでここまで押されている。どうせあいつはもっとやばそうなベヒモスと戦ってんだろうな。

 

 まずはあのバカを早く照れてこなきゃな。

 

「俺は今からあの勇者を連れてくる。それまでの辛抱だろ?それともテメェらは勇者も待てないくらいの弱者なのか?チート能力持ってるんだからそのくらいはやってみろ!」

 

 挑発的に言葉を放つのは、それに乗って無理矢理にでも恐怖心を和らげるため。もうこの際何でも使わなきゃいけない。

 俺のここから逃亡作戦とかも二の次だ。

 

「一之瀬!盾がそろそろ限界だ!」

「チッ、耐久もお蔵入りで脆くなってたか、予想以上に早い……お前ら、死にたくないなら教えられた事を思い出して身体を動かせ!それが出来ねえんだったら大人しく前線から離れてブルブル震えてろ!」

 

 最後に言い残して盾から大きく跳躍する。みんなの背後に着地し、そのまま天之川がいるであろうベヒモスの所へ向かった。

 もうやれることはやった。あとは生徒たちが死のうが喚こうが関係ない……

 

 ……ないが、ここまで言ってやったんだから、まともにやれよ?

 

 橋の中心へダッシュしていると彼女からの連絡が入ってきた。

 

『久遠、ベヒモスの戦況も著しくない。君の熱演中にメルド殿の障壁が崩れた。愚者を始めとする前衛組が応戦しているが、あれは……』

「レベル差があり過ぎる……一定レベル以下はダメージ1なのはテンプレだろうが!」

 

 そもそもベヒモスは65層の魔物であり、このダンジョンで名を馳せていた最強の冒険者ですら殺されたと聞く強敵なのだ。勇者とはいえ、ほんの数週間しかここで鍛錬していないあいつが勝てるわけない。

 と、その時ちょうど眩い光が放たれ、爆発音のようなものおも聞こえてきた。まさか、あいつ撃ったのか?

 

 橋を駆け抜けて天之川の姿が見えてくる……が、状況は最悪のようだ。龍太郎と雫の姿も見えるが、2人ともボロボロになっている、天之川も肩から息をしており、どう考えても魔力を全部使ったあとだ。

 ってことは撃ちやがったな?〝神威〟を……あれは本人の全魔力を引き換えに強力な光の斬撃を放つ魔法だ。マダ○テと似た性能だが、あれも使い所による技なのだ。

 

 というのも。どちらも高レベルのモンスターには使うべからずなんだよ。

 

 現に……彼らが前にしているのは全くの無傷で突っ立っているベヒモスの姿が。そのツノは甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマのように燃えたぎった。このまま突っ込む気か!

 

森羅万象(ホロプシコン)!」

 

 咄嗟の判断だった。すでに空中に跳躍し、天之川達を潰そうとしているベヒモスの落下地点に因子収納を出す。そいつのツノが突き刺さる前に「アイギス」の盾があれ割れた。

 

 ギリギリセーフ!!だがまだだ。あの巨体をこの盾が防ぎ切るとは思えない。すかさず自分の体を盾に貼り付けて衝撃を緩和させる。

 金属が激しくぶつかったような衝撃とともに、盾からありえないような音がメキメキなる。多分ベヒモスが暴れるように盾を攻撃しているのだ。

 

 盾を押さえてここを通さないようにしていると視界にあいつの存在があった。何でお前が──

 

「グッ……重っ……ハジメ!?なんでお前がここにいるんだ」

「天之川君を連れていきたくて……でもその時にベヒモスが障壁を破って……!」

 

 ハハッ、こいつが一番状況判断できてるじゃねーかよ……だけどよく単独でここにきたな。みんなが取り乱している中、1人だけで天之川を呼びに来たのだ。

 

 やっぱりお前はやる時にやるやつなんだなぁ……

 と、盾がもうやばい。あっちでは5分くらい持ったはずなのに……!!

 

 我らの団長、メルドさんに警告する。

 

「メルドさん!あと4発……いや、3発で壊れる!」

「久遠か!……坊主! 香織を連れて下がれ!久遠も光輝と共に撤退だ」

「グッ……だがメルドさん、それは……」

 

 このベヒモスを止められるほどの力はメルドさんにはない。防御の結界も使った後のようだし、言わなくてもわかる。この人は自分の命を全うしてあの化け物お俺らから守るつもりなんだ。

 

 思わずメルドさんの言葉に……だが踏みとどまる。ここの指揮官であるメルドさんの決断なのだ。俺がとやかくいうつもりはない。何よりあっちには天之川達が必要なんだ。ここで全滅しない最適な手段だ。

 

 すると、ハジメが口を開いた。心知らずか目に覚悟の色が見える。

 

「メルド団長、僕に提案があります」

「……ハジメ?」

 

 ハジメは必死の形相で、とある提案をする。それは、この場の全員が助かるかもしれない唯一の方法。ただし、あまりに馬鹿げている上に成功の可能性も少なく、ハジメが一番危険を請け負う方法だ。

 

 その瞬間、俺の思考が固まった。何を言ってるんだ、こいつは。「無能」とばっかり言われて本当にバカになったのか?俺に流れる時間が変わったかのような感覚に囚われる。

 

「危険すぎるだろ!考え直せバカ!」

「……だけどこれだったら全員助かるかもしれない……それに僕は賭ける」

 

 焦って引き留めようとしたが、ハジメは一向に取り消そうとしない。こいつの作戦がうまくいくはずない!ステータスや魔力量からしても勝率は10%もいかないだろう。

 

 ……だがこれ以上言葉が出てこない。それはこいつの目から俺以上の覚悟が見えたからか。それとも死に対する抗うような情熱が感じたからか……どちらにせよ、普段の温厚な彼とは違った様子に何も言い返せなかった。

 

「……やれるんだな?」

「やります」

 

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメに、メルド団長は「くっ」と笑みを浮かべる。どうやら本気でハジメの作戦で行くらしい。

 

「まさか、お前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

「っ……盾が壊れる!」

 

 ハジメを引き止める暇もなく、盾がついに攻撃に耐えられず四散する。一番近かった俺も思わず吹っ飛ぶ。

 と、先ほどまで隠れていたベヒモスも現れた。急に現れた邪魔者に酷く御立腹のようだ。

 

 メルドさんはベヒモスの前に出た。そして、簡易の魔法を放ち挑発する。ベヒモスは、先ほど光輝を狙ったように自分に歯向かう者を標的にする習性があるようだ。しっかりとその視線がメルド団長に向いている。

 

 そして、赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。メルドさんは、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。そして、小さく詠唱をした。

 

「吹き散らせ──〝風壁〟」

 

 詠唱と共にバックステップで離脱する。

 

 その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前までメルド団長がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる。倒れたままの光輝達を守りながらでは全滅していただろうが。

 

「……はぁ……」

 

 俺は先程の盾の破壊で一時的に場から離脱していた。そのままハジメの行動を眺める。こいつは今からベヒモスの頭を錬成で拘束し、同時に4股も拘束して時間を稼ごうとしているのだ。

 その間にメルドさんと他の騎士達は戦闘不能になっている勇者らを引き連れて撤退している。

 

 ハジメを想っている香織でさえ、泣きそうな顔でいるもののグッと堪えて天之川の魔力を回復している。彼女も彼に託したのだ。

 

 地面から必死に顔を出そうとしているベヒモスをハジメは何度も錬成で拘束し直す。自分の唯一の特技であり、技能である錬成の技術で……

 

 いつも自分からは出ないあいつが買って出たのだ。

 

「アルタイル……俺の脚、どんくらい持つ」

『君の耐性は未だに低い……精々3発が関の山だ』

 

 ベヒモスが顔を出して一瞬抜け出す。ちょうどハジメが他の部位を拘束していてタイミングが合わなかった。

 

 このままベヒモスは咆哮を上げて力を入れ始め──

 

「俺もその作戦乗ってやる!リニューアル!!」

 

 クオン・リニューアル──踵落とし爆

 

 床から頭を抜こうとしていたベヒモスをダメ押しで更に地面に埋め込める。踵に尋常じゃ無い衝撃が入るが、そんなこと気にしている場合じゃない。

 

「ハジメ!!」

「……うん!──〝錬成〟!」

 

 再度彼は錬成魔法で頭を拘束する。俺は因子収納から何本もの探検を召喚する。

 

 一度っきりで、ダメージはそんなに入らないだろう。だが全力でベヒモスの胴体に振りかざし突き刺す。

 剣を突き刺し、亡くなった後はひたすら蹴り続けた。ベヒモスは何度もしつこく脱出しようとし、その度にハジメの錬成魔法で沈めてどうにか戦線を保っている。

 

 ……何度目かわからない錬成のセリフを聞く。もうハジメの魔力も少なくなってきた。

 だがここで奥から声が聞こえてくる。

 

 メルドさんと、後衛組が魔法を準備していた。これなら……

 

 クオン・リニューアル──踵落とし爆

 

 足に鈍い痛みが広がる。多分骨かなんかが砕け散ったのだ。だがベヒモスの頭は地面に埋まったし、もうあとは逃げるだけだ。

 

「ハジメ、いくぞ!!」

「うん!!」

 

 ハジメを荷物のように持ち上げて走る。肉体的にも高いステータスの俺ならハジメを背負った方が早く脱出できる。

 

 ベヒモスはハジメの拘束すぐに抜け出したが、直後あらゆる属性の攻撃魔法が殺到したことで僅かに怯む。

 

 みんなの姿もはっきりと見えてきた。いける。これなら──

 

 

 

 

 

 

────は?

 

 何でこんな状況で……魔法がこっちに飛んできてんだよ。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げた。狙いはもちろん、俺とハジメ。

 

 

 明らかに俺らに狙いを誘導されたものだ。

 

 クソが!!この状態じゃあ避けられねえ。翔んで回避をするっきゃ……

 

「──っ!!」

 

 だが踏み込もうとした瞬間、足の限界がきてしまった。元々骨のおれた足で飛ぼうとする方が無理なのだが、それでも何で今なんだよ!

 

 結局何もできずに魔法が爆散した。ハジメを抱える手も解け、一緒に吹っ飛んだ。

 

 俺はそのまま近くの壁に激突する……ってぇ。

 

 …………違う、これは壁じゃねえ。

 

 だってここは橋の上なんだぞ?

 元から俺を支える障害物なんてなかったはずなんだ。

 

 ふと、後ろの方を見る。そして目を見開いた。

 

「……”錬……成”……」

 

 俺よりさらに後ろの方でハジメが震える右手を出しながら、弱々しくも声を張って唱えていた。

 

 この石壁はあいつが出したものなのだ。

 自分を支えればいいのに、何やってんだよ……

 

 そしてとんとん拍子ことは進んでいく。橋全体に大きな衝撃が走る。メキメキと悲鳴をあげなげら、この橋はベヒモスの攻撃に限界を迎え──

 

 崩壊し始めた。

 

 ベヒモスのいる場所から奈落に落ちていく橋。当然、その崩壊はハジメのところまでに簡単に到達する。

 

 

ハジメぇぇぇぇ!!!!!!

 

 

 手をありったけのばす。関節が外れたっていい。この手をとってくれ!頼む!

 

 ハジメも必死になって俺の手を取ろうとし──

 

 

 

 そのまま奈落へ転落していった。

 

 

 

 俺も身を乗り出そうとしたが、メルドさんが後ろから羽交い締めを受けてそれは叶わなかった。

 

 皮肉にも橋の崩壊は俺の前で止まる。そして後に感触として残るのは何も掴めなかった右手と……1人の親友の死だった。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→今回の戦いで武器全損、右脚の踵と指がボロボロに砕けている。回復可能であるが、痛みは想像を絶するものである。なお、メンタルダメージも想像を絶するもの…

南雲ハジメ
→前回の記述通り、魔力が少し上がっていることや、久遠のサポートが入っているところから錬成を撃つ余力はあった。また、久遠を優先して助けたのは彼の人柄か、それとも親友のためか…奈落に落ちた今、理由は知るよしもない。

ベヒモス
→タグにもある通り、本作の敵キャラは全員強くしてます。彼の場合は純粋に知能ですね。手足と頭を一度に一つしか抜け出せない脳からちょっとアップグレードし、少なくともハジメ1人では押さえきれないくらいには強く書き直しました。どうせ彼の出番はもう無いんですけどね…あっ、天之川と再戦するか…勇者をボコボコにさせようかな。

 はい、ということでここでやっと本編開始みたいな感じですね。ハジメ強化ルートは割愛、最強の魔王になってもらうのは変わりないです。

 ??「……ん!私の登場は?」

 あー、貴方は原作と同じ登場なのでカット。この先も暫く出てきませんから、ハジメと仲良くいちゃついててください。

 ??「っ!?」

 ベヒモス戦、いかがでしたか?個人的にこのシーンはきつかったですね…特にハジメの転落。もう少しサラーっと描きたかったのに、久遠視点では中々酷い別れになってしまいました。

 親友を目の前で失った久遠、そしてその彼を間近に見ているアルタイル。2人はどう感じて、どう動くのか。次回もよろしくお願いします。


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第八話 自分の選択

論文、疲れる…もう嫌だぁ!!

はい、すみません、更新です。11月中に一章を書き切るつもりだったのに…


「ハジメ……」

 

 あいつが……手を取ってくれなかった。いや、正確には取れなかったというべきか。

 右手で虚空を思わず掴む。何も無い空間にハジメの手があればどれだけ救われたことか。

 

 傍では香織が必死にハジメの所へ行こうと足掻いている。雫と天之川の差し押さえもものともしない。今にでも身を乗りだきてあの崖から飛び降りそうだ。

 

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

「香織っ、ダメよ! 香織!」

 

 雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。

 

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは、光輝なりに精一杯、こいつの香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない言葉だった。それは香織には爆弾投下でしかならない。

 

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 そして遂には2人の静止も外れそうになる。

 ……正直、俺も今すぐここから飛び降りてもいいと思ってる。それほど俺はハジメを助けたい気持ちでいっぱいだった。だが香織みたいに人より慌てているやつを見ると自然とこちらが落ち着いてしまう。

 

 ……今はこいつを落ち着かせることからだな。暴れている彼女の前に立ち、崖への道を塞ぐ

 

「落ち着け、香織」

 

 今ここで何も俺に出来る事はねぇ……同時に彼女も奈落の底では無力だな。

 

「冷静になれ。階層が深くなるにつれて敵が強くなる……その論理通りに考えるとこの下にはベヒモスなんかよりやばい化け物がいる可能性がある。俺らが今から総出で飛び降りても全滅するだけだ」

「っ!!」

 

 頬に衝撃が走る。おそらくだが、彼女に思いっきり叩かれた。赤い紅葉がきっと俺の左にできている事だろう……が、落ち着かせるにはこうでもしなければいけなかった。

 

「気は済んだか?」

 

 その言葉で彼女もハッとする。そして大粒の涙をぼろぼろ流しながら、それでも俺を睨みつける。

 

 ああ、そうだ。そのままどれだけ俺を恨んでくれてもいい。だから決して死ににいくんじゃない。

 

「……だがハジメには生きる力がある。あいつの錬成の力があれば……身を潜めることができるのかもしれねぇ」

「……本当?」

「ああ。だから希望を捨てろとまでは言わない……ただここで癇癪を起こしても時間が過ぎるまでだ。今はあいつが残した俺らで無事に迷宮から出ることが先だ」

 

 ……正直、ハジメが生きている確証などない。この言葉だって、ただの方便にすぎない。

 だが俺はこれで彼女を安心させなければと思った。ハジメが残した命なんだ。昨日の話的に守る、守られるの関係が呆気なく破れて香織は動揺しているのだろう。

 

 だけどなんとか落ち着かせることはできたみたいだ。同時に彼女は雫の肩に体を倒す。限界まで張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 

「雫、こいつ頼むわ……俺は先に行く」

「ええ……ねぇ、一之瀬君。大丈夫?」

「……平気だ」

 

 雫から声をかけられたが、曖昧な返事になってしまう……

 俺はそのままメルドさんに合図を送る。このまま居続けてもまずいから、ここから脱出しなければならない。

 

 メルドさんの叱咤と共に生徒たちはノロノロと立ち上がる。トラップとハジメの死によりすっかり戦闘続行の気を無くしてしまったこいつらは放っておいて、俺は前線にいる騎士団達の方へ行く。

 

「あっ……回復するよ!」

「……あぁ」

 

 途中で女子生徒の1人が足に回復の魔法をかけてくれた……珍しくまともな行動をする奴だな。

 みんなが落胆してどこか上の空の中、こいつだけやれることをしている姿に少しだけ好感……

 

 ……だけどそれに比べて俺は──

 

「クソが……」

 

 回復した足の感覚を確認しながら、未だに生き残っているトラウムソルジャーの群れと対峙する。

 見た目はただの骸骨で、攻撃も単調なのに、どうして倒せなかったのか不思議に思う。

 

 本当に……なんでこんな雑魚にパニクってたんだよ。

 

 クオン・リニューアル──膝蹴り飛

 

 頭を吹き飛ばす。ほら、ただの横蹴りでこのざまだ。みんなだってこんなやつに遅れとらないはずだ。

 なのにみんなトラップだから、数が多いからってこの世の終わりみたいな顔しやがって……お陰でこっちも目立たなきゃいけなかったし、ベヒモスへの加担も遅くなった。

 

 クオン・リニューアル──前蹴り砕

 

 あの勇者だってそうだ。自分にはできる、メルドさんを見捨てるわけにはいかない……そんな子供の理由で騎士団を邪魔して、結果壊滅させかけた。

 その後もベヒモスに最大の攻撃を放ったようだが、ゼロダメージ。相手と乗り切ろユダを把握しておくのは戦闘の常識だっつーの……

 

 結局あいつのやった事といえばあの後もまたパニクって壊滅しかけた生徒のカバーだ。もっと早く来てくれればどれだけ良かったか……

 

 勇者失格だろあんな奴。

 

 クオン・リニューアル──回転蹴り鋏

 

 あー、うざってぇ。

 

 そもそもトラップも4バカの不注意で起きた事だし、何より全員の意識が低すぎた。みんな自分をヒーローだと思い込んでいざとなったらあたふたして心底邪魔になる。

 こんなんだったらあいつを……ハジメを見習えよ。

 

 あいつ、お前らよりどれだけ頑張ったと思ってるんだよ。状況判断が早くて、実質1人でベヒモスを抑えて……

 

 ……俺なんかを助けて……

 

 

 

 

 クオン・リニューアル──踵……

 

『久遠。脚が上がらなくなっている。このままでは治療を受けた脚が再度使い物にならなくなるぞ』

「……」

 

 アルタイルの言葉で振り上げていた足を下ろす。その代わりに拳で無理やり頭蓋を壊してやった。

 気づけば身体のあちこちが痣だらけ立った。途中から俊敏による補正もかからなくなり、ただただ相手を蹴り続けているだけだった。そんなことにも気づかなかった……抜けてるなぁ、俺。

 

 バラバラになって死んでいく敵を眺めながら、思わず言葉をこぼした。

 

「……俺は守ってやれなかった。正直自分では死を覚悟していた……だが誰かの死に対する覚悟は全くなかった……」

 

 そう、結局俺も同罪なんだ。自分ばっかり殺生に対する覚悟とか、この世界で生きていくにはとか……自分のことばっかり考えていて、身近な存在のことを守れなかった……ハジメを殺してしまった。

 

 あの時もっと上手く立ち回りをしていたら……

 

 あの時足に力が入っていたら……

 

 あの時ベヒモスを無力化させるほどの力があったら……

 

『余は被造物だ。そして人間の身勝手さには愛想が着く』

 

 アルタイルはいつになく真剣にそう告げてきた。彼女は被造物であり、同時に創造主が感じ取った人間の黒い感情をこの上なく理解しているのだ。

 

『君は彼に情を入れすぎた』

 

 いきなりきついことを言うな……確かにハジメは広くいえば赤の他人に過ぎないかもしれない。

 だけど俺の大切な親友でもあったのだ。一言くらい言い返してやりたかったが、言い返す気力も湧かないのでそのまま聴き続ける。

 

『この世界で生き抜くためには駒が必要になる。今回の場合は生徒全員と騎士団の面々だ。君は全滅を防ぐ為に武器を使い、自分を使った。そして勇者という駒を使ってトラウムソルジャーを打破した……そしてベヒモスを2人で無力化した』

 

 そうだ……そしてその後ベヒモスが暴れて橋が崩壊……まさかの崩壊にハジメを失った。

 

『その結果1人の駒を失った程度で済んだ。本来ならば全滅は避けられない事態を加味すると──』

「そんなんじゃねぇよ!」

 

 ハジメは駒じゃない!

 ……だが、その時に何かが引っかかる。あいつは駒じゃない、確かにその通りなのだが……突っかかる何かに気を取られながらも俺はアルタイルに言い返す。

 

「俺は……あいつを失った事に腹立ててんだよ。あいつの事を守れる力があったはずなのに」

『であるなら、彼があの役を買った時点で君が止めるべきだったのだ。その代わり騎士団長当たりを失う事になったが……』

 

 それはそうだ。そもそもハジメにベヒモスはあまりにも相性が悪いのだ。レベル差も、実力も、全てに劣っていた……ただ錬成で足止めはできた。だから許したんだ。

 

 それに──

 

「ハジメが覚悟を決めていたんだよ……それに俺が茶々入れることができねぇ。だから……」

『彼を死なせたのだな』

「……あぁ。殺しちまった」

 

 アルタイルはふぅ、と溜息をつき、俺にゆっくりと話し始める。

 先程とは一変し、何かを思い出すような……懐かしむような、そんな口調だ。

 

『少し昔の話をしよう。余はかの戦い……エリミネーション・チャンバーフェスの時に白亜翔、ブリッツ・トーガー、カロン・セイガ、アリステリア・フェブラリーの駒を所持していた。全員余の、狂った世界に対する復讐に大いに協力してくれた……だが彼らには一切の信用などしていない』

「……それはあいつらが他の誰かの被造物だからか?」

『違う。そもそも彼らを護る必要がないだからだ。所詮、彼らが余に与するのも利害の一致に過ぎない。余の目的の魂胆であるセツナを陥れた世界への復讐など誰も賛同しないはずだ』

 

 ……アルタイルの目的は世界の破壊。一方味方の面々は理由は様々だが自分たちの世界への帰還が目的だった。その時点で彼らに対する信頼は一切置いていないのだろう。

 双方の目的にズレがあるのだから。

 

 アルタイルはそのまま続ける。

 

『余にとってセツナ以外の者は駒だ。その身を全うし、余の勝利に近づくための布石に過ぎない……君はどうだ?君にとって取捨選択を取るべき人間は誰だ』

「……」

 

 あの時、俺の取るべき行動。彼らを助けて、死人をなるべくに出させることか?

 いや、違う。俺は本当にする取るべき行動は……

 

「……ハジメだった。あの時は親友は守っていたかった」

『そうだ。だが君はその他大勢の命も優先した。所詮人間である君に守れる限度がある。君は先に彼の身を案じ、彼だけが最も生きる可能性の高い選択を取るべきだった。所詮学業でしか接点のない他人のことなどどうでもいいだろう?』

 

 あの時、ハジメを先に安全を確保させて居れば、天之川達をもっと早く連れ戻せたのかもしれない。

 メルドさんを失う可能性はあった……だがハジメと比べると奈落での生存率はベテランの彼の方が高いはずだ。

 

 俺は……強欲にも全員を助けようとしたあまり、1番守るべきだちを死なせてしまったのだ……

 

 今更ながら自分の甘ったれた思想に気づき、思わずその場で俯く。脚が一気に重く感じ始め、無駄に全身の感覚が研ぎ澄まされる。

 今回の俺の甘さが招いたわけか……はぁ……

 

「……ここが異世界だっていうことをどうやら俺はまだ甘く見ていたみたいだな。思考が平和人そのものだった」

『致し方ない。人間はつくづく甘いからな……まぁその皮肉にも余はその人間に敗れたのだがな』

「はぁ……アルタイル、王都に戻ったら即準備に入るぞ」

『そうとなると、目的は──』

 

「ハジメの捜索、そして救出だ」

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 王城の部屋の一つを覗く。そこには香織がいまだに気を失っている状態でベットに寝ていた。

 原因はハジメを失った事によるショック。いつ起きるのかはわからない。

 

 香織はどこかで俺を憎んでいるのかもしれない。実際ハジメは俺を助けるために錬成を使った。自分に使っていれば助かった可能性がある。

 

 だから、もし、ハジメが死んでいた場合……俺は香織からどんな罰でも受けるつもりだ。

 

「……だけど安心しろ。必ずあいつを連れ戻しにいくからな」

 

 ドア越しでそう言い残し、俺は部屋から遠ざかる。

 次に行くところとすれば……一応あの人に連絡くらいはしておこう。

 

 コンコン、とノックして、彼の返事を待つ。

 

「おう、誰だ?」

「一之瀬久遠……入ってもいいですか」

「久遠か。ああ、入ってこい」

 

 そうして扉を開けた。前にいるのは少しの間だけお世話になった騎士団長がいた。

 書類整理をしているようだ。多分、今回の騒動の報告書をまとめているのだろう。

 

「メルドさん、話があります」

「……言ってみろ」

 

 俺がこうするのをわかっていたのか、そのまま続けるように促してくれた。

 

「今日をもって、俺は王都から出て行こうかと思っています」

「……そうか」

 

 どこか暗そうに俯くメルドさんの言いたいことは何となく理解できた。指導者としてハジメを守れなかった責任、そして俺が出ていこうとしているのもハジメを探しに行くためだ。

 

 止めたくても止められない、だから返す言葉が見つからない……そんなところか。

 

「元々ここを出ていくつもりではあったんですよ?ただ、それが早くなっただけです」

「そうか。目的は坊主の救出だな?」

「はい……後は元の世界に帰る手段を探すことですかね」

 

 当初のプランは遠慮なく進めるつもりだ。そして俺の発言にメルドさんは反論せず、代わりに重々しく惜別の言葉を垂らす。

 

「……俺が言っても何もならない。だが謝罪させてくれ。君たちを我々の戦争に巻き込んでしまってすまなかった」

「いいですよ……その話に乗った俺らも大概ですし」

 

 もう今更という感じだ。寧ろ参加表明したにも関わらず、死亡者を出してメルドさんに責任の声が上がっているとか……マジで申し訳ない。

 

「準備はもうできているのか?」

「はい、少しだけコネを使って、みんなにバレないで逃げられそうです」

 

 何処かの姫さんが快く手伝ってくれるとのこと。案外俺よりもやってることがヤバいかもしれない……国のお偉いさんをコネって言うのもだんだん引けてきた。

 

 それで、此処を尋ねたのはただの別れのためではない。

 メルドさんに交渉……基、お願いをしに来たんだ。

 

「そして、メルドさんにお願いが少々……」

「なんだ?俺からできることは少ないかもしれんが」

「いやいや、結構ありますよ?」

 

 例えば俺がここを出てからのみんなの反応について、とか。

 ハジメが死んだことにより国も生徒らも全員敏感になっている。誰かをまた失うのではないかと。俺は遠慮なく出ていくけどな……

 

 その為、またパニックにならないよう手回しはしておかなきゃと思った。

 

「一つ目は俺が出ていった理由を伏せてもらいたいことですね……どうせ王城の偉い方は俺のことを目の上のたんこぶとか思っていますし。本当の理由は隠しておいてください」

「それは問題ないが……いいのか?この国の世界に対する発信力は大きい。君の肩身が狭くなるかもしれん」

「大丈夫です。むしろ上等ですよ」

 

 世界を敵に回しても俺はこの足を止めない。スマホの彼女がそうしたように。

 

 続いては……これもまた甘ちゃんかもしれないが、頼んでおこう。

 一応、雫や龍太郎達も心配だからな。彼らはこの出来事で一層気を引き締めてたのだろう……が、まだ足りない。

 

「そして二つ目は……生徒に対する覚悟ですかね?」

「……どういうことだ」

「単刀直入に言います。南雲ハジメは誰かの魔法で殺された」

 

 その言葉でメルドさんの顔が驚愕に変わる。ここで何故カミングアウトしたか……それは単にメルドさんだけに伝えておきたかったから。

 

 元々あの誤射は誤射じゃない……観察していたアルタイルから誰かが撃ったのは目に見えていたし、俺もそう思っていた。

 そもそも魔法は自然に起動が変わったりしない。

 

「彼はいろんな人からやっかみを受けていますから……当時近くにいた俺は見ました。明らかに魔法が誘導されて俺らに当たったんです」

「それは本当か!!だとしたら大問題だぞ!」

「はい……犯人も相当なクズですからね」

 

 炎の魔法……適性があるのは斎藤だったかな。だが魔法は適性がない=使えない訳では無い。あれくらいの魔法なら誰だって使える。

 

 ……まぁ、犯人は檜山だろうけどね?適正の風でぶっ飛ばさなかったあたり卑怯者感がさらに引き立っている。

 残念ながら追求することは出来ない。例えしてもはぐらかされるだけだし、ほかの目撃者もいない以上、安易に問い詰めることが出来ないのだ。

 

 だからせめて、メルドさんに注意しておく。

 

「生徒みんな、この世界で生きていく覚悟がない。死のやり取りに対する認識が甘く、異世界転移という幻想がみんなを自分勝手に振る舞わせている。だから指導を厳しく言ってもらいたい」

「……わかった。今回の原因は俺にもあるからな」

「流石に今回は俺らがいけないんですけどね」

 

 ってか俺もここから出ようとしているからな。

 

「俺からは以上ですかね。それじゃあ、短い間でしたが、お世話になりました」

「待て、久遠よ……お前は覚悟ができているのか?」

 

 その質問は俺のみを案じての事だろう……俺も最近まではそこを心配していたからな。

 だけど安心して欲しい。俺はこの世界で生きて行く……そこで起こる事や身に持って感じる事も全て受け入れるつもりだ。そして自分の守りたい者の為に俺は戦う。

 

「早速ですね……腹はもうくくりましたよ?俺はこの世界のルールに準じて、自分の大切な存在を守っていくことに決めたんで」

「……本当にすまない」

「だから平気ですって」

 

 さて、もうメルドさんに頼むことはないな……いや、待て。一つだけあったわ。

 出ていく足を止めてドアからひょっこり顔を出す。

 

「あっ、そうだ。もう一つだけいいですか?」

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「ふぅ……」

『フッ、随分と疲れているな。やはり目上の人との会話は相変わらずか?』

「別につけてねぇよ……ただ事実を言ったまでだ」

 

 相変わらず目上の人に対しては畏まることが出来ない。自分の悪い癖だ……が、メルドさんは自分の見てきた大人の中で最も人格のある者だと思う。

 生徒達を全員纏めあげるのは大変だろうが、それは彼の腕を信じていよう。

 

 メルドさんの所を去り、後は彼処に行くか……と思っていた時だった。曲がり角でアルタイルの毒口を受けながら曲がろうとすると知り合いとバッタリ出会う。

 

「『あっ』」

「一之瀬君──……何をするつもりなの?」

 

 雫は俺を見て直ぐに顔を顰めた。そりゃあそうだな。俺、今寝巻きの姿でもなければ普段着でもない。完全に戦闘に行く服装、装備なのだから。

 このまま出ていこうとしたのが裏目だったか。いや、それでも雫がいるのは予想外すぎるんだけどな。

 

「お前は何でここにいるんだよ……」

「訓練帰りよ。ここで落胆している暇があったら少しでも強くなっていかなきゃ……って、話を逸らさないで」

 

 流石、彼女はみんなが生気を失っている中、未だに強い志でいた。多分香織のこともあって、自分がしっかりしなきゃと思っているんだろう。

 

 前に抱え込みすぎって言ったそばからこれだ……心配になってくる。

 雫は俺を見て、大方察したのか呆れた眼差しで告げてくる。

 

「ここから出ていくの?」

「……まあな。大体察しはついてんだろ?」

「ええ、南雲君のことね」

 

 まぁ、俺が出ていくとしたら十中八九それしかないだろうし。

 

「実際、一之瀬君は彼が生きていると思うの?」

「……正直厳しい」

『ベヒモスの段末からして、外的要因を除けば南雲殿は奈落で転落死しているのは間違いない』

「っ……そう」

 

 アルタイルからの厳しい観点に俺も顔が曇る。ハジメはあの奈落から落ちたのだ。香織に言い聞かせた時は生きている前提だったが、普通はあの高さからだったら死ぬのは間違いない。

 

 それでも、俺は探しに行かなければならない。あいつが生きている可能性が僅かにあるのならば……それに賭けるのが俺の務めとして十分な理由だ。

 

「止めないのか?」

「ここで止めても次の日とかに逃げるんでしょ?」

「ほー、よくお分かりで」

 

 うん、全然決めてなかったけど明け方とかにこっそり出ていたかもしれない。流石は八重樫家。道場にいる奴らが家族扱いなだけある。

 

「あいつがどうなったかだけでも知らなくちゃいけないから、何が何でも俺は向かうぜ……お前には迷惑をかけるかもしれないが」

「ええ、そうね。香織の事とか……光輝も絶対に貴方に反応するだろうし」

「あいつもう放っておけよ……」

 

 せっかく忘れてたのに、天之川はいつも突っかかってくるし、今回もどうせ過剰反応してくるのだろう。

 それにいちいち雫がカバーする必要も無い気がするんだけどな……

 

 止める気がないとわかったので、このまま彼女の横を通り過ぎる。暫くは会わないだろうし、ここで話せたのもラッキーだったかもな。

 

「香織には俺が探しに行っていることを伝えておいてくれ。それ以外には適当にはぐらかしで」

「はぁ……分かったわよ。でもこれだけは約束して」

 

 俺の目を見て、彼女ははっきりとこう答えた。

 

「ちゃんと生きて戻ってきなさい。これ以上死人が増えたら私も精神が持たないわ」

「はいよ、いつかは顔は出すから。あと、もう一つだけお願いが──」

「何?まだあるっていうの?最近私に抱え込み過ぎって言ったわよね!?」

「すまん、すまん……でもこれはお前にとって息抜きになるかもしれない話だぞ?」

「え?」

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「ここともお別れか……」

 

 最後に向かったのは王城にある洗濯場だった。この時間は彼女は明日へ向けて皆の洗濯物を整理しているらしい。

 メイドってやっぱり大変な仕事だと思う。毎日俺らのみの世話とか普段は考えられないな。そう思いつつ、扉を開く。

 

「ニアさん、いるか?」

「はい、一ノ瀬様。どうかしましたか」

 

 そこにはいつもの様な明るさでニアさんが洗濯物を籠に分別していた。

 

 ここで言うのも気が引けるな……だけど覚悟を決めて俺は彼女に告げた。

 

「ここを出る事にした」

「っ!」

 

 その言葉でニアさんは驚愕を隠せずにいた。持っていた洗濯物をその場に落とし、慌てて拾い直すあたり、相当予想外の言葉だったんだな。

 

 なんかすまん……だが決めたからにはそのまま言葉を伝える。

 

「それでニアさんには同じ生徒の雫に受け渡す事にした……ってところだ。連絡はしとかなきゃなと思ってだな」

「そう……ですか」

 

 どこか寂しそうに俯いたが、直ぐに表情を戻す。顔に出すのはなるべく隠すように言われているのだろう。

 だけど問題ない。ニアさんの処遇がなるべく酷いものにならないよう、メルドさんに通しておいた。

 

 これなら彼女は「逃亡者」のレッテルダメージをなるべく受けずに済む。騎士団長の発言力は大きいし、生徒達の中で1目置かれている雫の所ならそこまで下に見られることは無いだろう。

 

 元より接点の少なかった存在だし、これくらいはしてあげないとね。

 

「じゃあ……短い間でしたが、世話になりました。今度またどこかで……」

 

 そのまま踵を返す。元よりニアさんにはこれを知らせるしか無かったからな……雫とは上手くやって行けるはずだ。あいつと仲良くなって、双方が楽に慣れればなぁと思う。

 

 ここから暫くは単独行動か……アルタイルが居るものの、どこか寂しくも感じる。

 

 すると後ろから彼女が声をかけてきた。

 

「一之瀬様」

「ん?」

「ご武運を」

 

 背中にかけられた声が意外なもので、立ち止まる。振り返るとニアさんは確かな瞳で俺を見ていた。

 涙を流していた。だがそれには別れを惜しむようなものでも無ければ、俺を蔑むような視線でもない。人を信じ、身を心配する……そんな感情が現れていた。

 

 ……まだ会ってから数週間のはずなんだけどなぁ。俺を買いかぶりすぎてるのか、それとも人が良すぎるだけなのか。

 

 でも……

 

「……おう。ありがとう」

 

 こんな言葉、受け取ったら気が少し緩んじまう……不思議と心地の善いものだった。

 

 彼女に今までの感謝を……様々な気持ちを込めて礼をし、俺は立ち去った。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→彼にも取捨選択の覚悟、同時に何か話守り抜く覚悟をつけた。ハジメは奈落でユエと出会った時に自覚し始めているので、タイミングは久遠の方が少し早いかもしれない。アルタイルの言葉に動かされ、彼の道を歩み出す。

アルタイル
→フェスで経験した通り、彼女は元より孤独である。原作でもそれが故弱き者であり、弱き者の王様でもあると彼女の創造主から伝えられた。故に彼女は護るべき者に見切りをつけている。創造主が亡き今、彼女が守りたいものは、一体誰なのだろうか…

アルタイル陣営の面子(Re:CREATORS図鑑)

白亜翔
→『閉鎖区underground-dark night-』の主人公。ライバルの弥勒寺優夜に妹と親友を殺され、その復讐に心を燃やす熱血バカ。その優夜が現界していると聞き、アルタイル陣営にいたが、相手の数で圧倒され、さらに優夜本人から原作のネタバレを喰らったことで犯人は別のものだと知る。彼と敵対する理由も無くなったので人類側についた。

ブリッツ・トーガー
→『code・Babylon』の登場人物。主人公の相棒ポジであり、彼より人気であるがために現界された。元刑事で賞金稼ぎのイケおじ。殲滅機械へ化そうとした娘を自らの手で殺めた過去があり、その運命を作った創造主を恨んでアルタイルについた。だがフェスを開催する時に娘が蘇生され、創造主に思うところがめちゃくちゃあるものの、結果アルタイルを裏切る。個人的に人類側セコいな…と思ってしまったシーンでもある。

カロン・セイガ
→『精霊機想曲フォーゲルシュバリエ』の主人公。自身の物語で繰り広げられる世界に疲弊しており、世界を救うためにアルタイルに加担した。相棒のセレジアと敵対する関係になるものの、自らの意思を貫いて人類側を大いに苦しませた。これには原作ファンも歓喜で、リアルに描かれた(ことになってる)2人の心情のぶつかり合いは高評価であった。最期はセレジアの特攻で不意を突かれ、人類側が2人巻き込んで消し飛ばした。それでいいのか人類。

アリステリア・フェブラリー
→『緋色のアリステリア』の主人公。原作での脳筋ポジ。自らの騎士道を進み、色々と人類側に迷惑かけた脳筋。原作の人気投票で脳筋という理由でワースト2位に成り下がった脳筋。人類側の主人公のクソメガネの言葉で少しは考えるようになり、結果自分の意思で人類側につくものの、アルタイルにあっさりやられていった脳筋…本当に脳筋なんよ…《注》あくまでも個人的な意見です。因みに最終的な人気ランキングでは上位に上がりました。

 上の4体をもっと知りたい方は是非原作のアニメや漫画をチェックしてみてください。

 ってか上の4人の紹介だけで過去最高文字数の後書きになってしまった…ですがアンケートの結果、レクリを知らない方が多いとのことなので補足は必要だなぁ、と思いこの次第。 
 『Re:CREATORS』に関する本作の矛盾点などがあれば遠慮なく報告してください。こちらが大量の難癖と自己解釈でいい感じに直します。

 さてさて、今回は主人公久遠の覚悟の解ですね。アルタイルの一回り大人感も出せたかなぁと思ってたり。約3回にわたってシリアス回を書いて、私も糖分補給がしたくてたまらない状況…早くハジメと合わせたい。
 ですがもう少しだけ、それまでの過程が必要です。頑張れ!踏ん張れ、私!!

 それでは、また何処かで〜。


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第九話 ツンデレか、正統派か

 
 どーも、今回はかなりオリジナル展開がありますよー!



「ありがとうございます、姫さん」

「いいえ、一之瀬さんの気持ちを優先させたまでです。先日の事件も一ノ瀬さんの力あっての事ですから」

 

 王城の一角にて、内密に会っていたリリアーナ王女に感謝の言葉を贈る。今回は彼女の力を大いに借りることになった。

 

 まずは脱出経路。王城を最も把握している彼女の抜け道を使えば誰からもバレることなく脱出できるのだ。流石王城、絶対抜け道のひとつは存在する。

 そしてその先に何と馬車を用意してくれているという。行先はオルクスと指定されているので一気に時間が省けるわけだ。

 

「で、武器庫からはリストの品々をいただいたが、よかったのか?幾つかは実用性のあるものにも見えたんだが……」

「はい!どうせ王都の皆さんも使いませんから!あのまま誰も処分……利用しないのは悪手だと思いまして」

「本音ダダ漏れだな」

 

 そして武器だが、これまた新調することが出来た。前に行った時は全て使い切ってしまったからな……今回は長い度になるので少し多めに収納した。

 そして相変わらずのことだが、姫さんは圧迫されていた宝物庫のいらないものが消えて大喜びらしい……

 

 国の財産を俺は片っ端から使い、更にはぶっ壊しているので、罪悪感が半端じゃない……

 

「それじゃあ、俺はこれで。一応会ったことは秘密ってことに」

「ええ、わかっています。馬車は指定の紋章……こちらの紋章のある馬車にお乗りください。行き先をオルクスまでとされています」

「何から何までまじ感謝だ……」

 

 有能すぎるだろ、この人。こんな1人の高校生のためにやってくれるサポートが割に合わなすぎる……

 むしろなにか裏があるのでは、と思ってしまうほどだ。

 

「まぁ、王都が困った時暇だったら助けに行く」

「できれば確証持って来て欲しいですね」

「それは無理な相談だぜ?」

 

 まぁ、でも仮を返さなきゃなぁとは思う。うん、多分、いつか、きっと返すんで。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「ここに例の馬車があるんだよな?」

『王女は君を信頼しているようだからな。罠ではあるまい』

 

 王城の地下から抜けて、到着したのは馬車が駐在している場所……地球でいうバス停みたいなところだ。そこには様々な行き先の馬車があり、王城である故引いている馬や大型の馬車が一級品だとは素人目でも分かった。

 

 夜遅い時間帯で、辺りは閑散としているものの、俺の目には豪華絢爛な貴族たちがこの馬車で乗ってくる光景が容易に想像できた。

 

 やっぱり王城ってすげぇ所なんだな……マジで姫さんとコネ作っといてよかった。

 

 そのまま無事に姫さんの指定した紋章の着いた馬車を発見することができた。運転手の方も粗方の事情は分かっているようで、俺をみかけると直ぐに馬車の準備に入ってくれた。

 

 待っている間、ふと魔力反応が引っかかった。アルタイルも同じのようで、スマホからバイブがなる。

 

『久遠、人の反応がする。これは──』

「生徒の反応か?」

 

 魔力量が若干少ない。ただ魔力が少ない騎士かもしれないが、これは俺達生徒の者だと思われる。どうやらその人もこの駐在所にいるようだった。

 少しだけ奥の方に顔を出し、その者の方へ進んでみる。

 

「あ……」

「……」

 

 やっぱり生徒の1人だった。黒いローブを身につけており、髪もボサボサだがそれが彼の特徴なので見慣れたものだ。

 それにしても、こんな時間帯に何で……って、出口の方へ向かっていこうとする。こいつもここを出ていくつもりなのか?

 

「おい、そっち行ったら王都の外だぞ?」

「……指図すんな。俺はここを出るんだよ」

 

 結構高圧的な態度でそのままどこかへ向おうとする。だがいくら王都がこの世界の中心の王国であろうと、近くの村まではかなりの距離がある。俺もオルクスへ行くには馬車じゃないとダメだと思ったくらいだ。

 

 それに1人でここから逃げても、直ぐに気づかれるだろうし……

 

「徒歩じゃあ絶対に追い付かれるぜ?現に俺もここにいるんだし」

「うるせぇ!!お前もわかってんだろ!ここにいても輝けねぇことくらいは!!」

 

 んー?何を言っているのか全然わからん。だが本人はかなり切羽詰っているようで、興奮が抑えられていない。

 何かあったのは予想できるが、それでも詳細が分からない以上、どうすることも出来ない……

 

 ……だけどこっから出ようとするのは正しいと思うよ、うん。

 

「あー、その、なんだ。続きはこの中でしないか?」

「……はぁ?」

「いや、俺も実は脱走計画立てて、今日出るところだったんだよ。運転手、ここ二人乗りOKか?」

「ホッホッ、勿論平気ですとも。送り先は変えられませぬが……」

「いや、それでいい。で、お前も来るか?」

 

 よし、同行者OKらしいな。そいつに判断を促すと、暫くは俺を疑うように目を細めていたが、自分でもここから徒歩では脱出不可能とは理解していたのだろう。

 

 態度は相変わらずのものの、少しは信じてくれる気になってくれたようだ。

 

「……本当に連れていってくれるんだな?」

「ああ、俺もその方が暇つぶしになるし」

 

 本当に、このまま寝るのも嫌だと思ってたし、アルタイル以外にも話す仲間がいるとこの旅も楽しくなりそうだ。

 彼は一瞬何か考えるように目を瞑り、直ぐに答えを出した。

 

「……分かった。俺も乗せろ」

「了解、それじゃあ、とっととここから出てこうぜ。運転手!」

「分かりました。それでは、行きますぞ!」

 

 元気な運転手だなぁ……ムチが振るわれ、馬が出発しだす。俺とそいつは馬車に向かいで座る形となり、こうしてオルクスまでの短い旅が始まった。

 

 俺は目の前に座っている、未だに暗い彼に向かってよろしくの挨拶をした。

 

「じゃあ、短い間だがよろしくな、清水」

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 馬車は少し揺れながらも、王都から離れていっているのがわかる。後ろを見ると王城がみるみる小さくなっている。ここに転移されて長い間いた場所ともおさらばだ。

 

 これから俺のこの世界での冒険が本格的に始まる。ついに俺はこの世界で生きていく事になるのだ。

 改めて考えてみるとたかが高校生が行うものではない。俺らはまだ未成年であり、格差社会の激しいこの世界で埋もれてしまう可能性だってある。

 

 だが覚悟を決めないといけない。俺は自分の守るべき存在を見誤らない。そんな時間でさえ、この世界では命取りとわかったのだから。

 

 ……でもそんなことより、今俺は熱くなっていた。

 

 相手の目を睨みつけ、次にどのような言葉の刃を与えるか必死に思考を回す。相手も殺さんばかりの眼光を俺にぶつけている。生きるか死ぬか、勝つか負けるか。

 

 互いのプライドをかけた戦いが始まっていたのだ!

 

 その内容は歴然。登場してから早20年。今でも受け継がれるこの永遠の戦いをここでもやるのだ。

 

「だから人権はア○カ・ラングレーの一択だろうがぁ!!」

「違う!唯一にして原点のヒロイン綾○・レイが一番だ!!」

 

 二号機と零号機の拳が交差する!

 

 社会現象を巻き起こしたあのシリーズ……俺らの世代平成ではフューチャー・チャンバーフェスがアニメの全盛期と考えれば、2000年前ではあれがアニメに革命を巻き起こした作品と言えるだろう。

 

 あのストーリーやロボットアクションはどのシリーズでも鳥肌もんだったぜ……何度観ても、誰が見ても良作だと思うはずだ。

 

 そして俺はア○カ派、清水は綾○派で議論を白熱させていた。どうやらこいつは正統派を譲らないようだ。

 

 だが俺はコードトリプルセブン並みに抗って見せる!

 

「分かってねぇな……確かに綾○はいい。段々と人間らしく、ポカポカしていくシーンもあるし、シ○ジの為に力をはっきする所とか需要しかない。だがそんな彼女に勝る胸!気荒くも情があるツンデレ気質!ってかツンデレの元祖だろうが!それでもお前は零号機なのか!」

「逆に言わせてもらう!あの二号機は確かに理想のツンデレ像かもしれない。名言もあっちの方が多いし、あんたバカァ!?は俺もゲー垢の名前に使っている……だけどそれは綾○が初めは無口だししょうがねぇだろ!寧ろどんどんシ○ジに心を開いてくあの関係が正統派所以の格だろ!!」

 

 ちゃっかり清水のゲームアカウントがバレた気がしたが気にしない。このまま引き下がると自分が綾〇を認めた気がしてしまい、何か納得できねぇ!!

 

 それは相手も同じようで、自分の意見を曲げるつもりは全くないようだ。

 

「そもそも、ア○カは三種類くらいいるじゃねーか!!お前全員人格違うけどちゃんと推せるのか!?」

「ったりめぇだろ!全員それぞれのキャラがあって3度美味んだよ!逆にお前はいいのか?途中で黒くなって愛するシ○ジとの関係が悲しすぎるあの後半とか!俺だったら泣いて自殺もんだぞ!」

「グッ……いや!だからこそ俺は彼女に身を捧げるんだ!そしたら綾○はきっと思い出すんだよ!主人公補正とかで!!」

 

 静かな旅路、静かに揺れる馬車、そして中で繰り広げられる推しの弁論。静かな度になるはずだったが、結果は汗びっしょり、喉も枯れ始めている。

 

 流石はオタクライバルと言ったところか……こいつはかなりの知識を持っており、それによる考察方法も現実的に、そして幻想的にと2パターン持っている。2通りの考え方で柔軟な考えを持つことが出来るわけだ。

 

 ハジメとは別タイプの、高圧的な弁論はこっちも熱くなってくる。彼に勝ちたいと思ってしまうのだ。

 

 そしてそんな俺たちをホログラムで、何やら今まで以上に冷ややかな目で眺める者が口を開く。

 

『貴様ら、凄く気持ちが悪いぞ……罵り合う人間を見るのは彼らの内心の体現かでいい気分のはずだが、何故か今の君たちからは何も感じない……寧ろ嫌悪感か?』

「いや、アルタイル。これめっちゃ重要だから。社会に必要なスキルだから」

「そうだ、アルタイルさん。俺らは己のプライドをかけて推しの戦いをしている。割り込まないでくれ」

『元より割り込むつもりはない……はぁ……』

 

 呆れた様子で肩をすくめる彼女も被造物だからなぁ……彼女を推しだと今も応援しているファンは居るはずだ。それもあり、あまりこういうネタは好きではないのかもしれない。

 

 ……が、俺は知っている。彼女が占領したスマホ、元々は俺の漫画、アニメのデータがたっぷり詰まったものなのだ。この3年間でこいつはそのデータを全て漁り、エ〇ァも含めて全部見終わっていることを知っている。

 

 はい、なので貴方にもクエスチョン!

 

「そういうお前はどっちなんだよ。一応読破もしてるし、アニメも映画も視聴したんだろ?」

「そうなのか?じゃあここではっきりさせなきゃな。こいつはどっちなんだ」

 

 2人の期待が集まる中、彼女は溜息をつきながらも淡々と答えた。

 

『……いや、余はマ○の八号機だが』

「「……」」

『中々、彼女の境遇や能力から余と似たようなものを感じた。他の者もそうだが、彼女はその中で随一世界に対する明確かつ現実的な思想を所持していたのも高評価だ』

 

 あー、うん。マ〇ね、色んな機体に乗っていてかっこいいもんね……そうだよな、別に主役が王道とか関係ないよ。大事なのは推しを思う気持ちなんだ……

 

 ……だが出来ればこの戦いを終わらせて欲しかった。

 

「はぁ……まぁお前ならそうだと思ったよ」

『フッ、君達のように被造物に対して思いを馳せるのも良くない。それとも余がいつか彼女らを限界させて見せようか?』

「うっ……」

「そ、それは……やめておく……」

 

 被造物を召喚し、現界させることが可能だったなそういえば。だがアルタイル見たいに被造物、創造主の関係を理解している者はともかく、自分が誰かによる創作と知らず、必死に毎日を生きているキャラクター達をたかが俺らの私情で呼び出すのは胸糞悪い。

 

 やっぱりそこには差があるのだ。2と3の次元の差、創作物が現実かの差が俺らに拒絶を与える。そう考えると俺がアルタイルと一緒にいられるのは奇跡に近いんだよなぁ……

 

 なんとも言えない空気に陥った中、話をそらすために清水がアルタイルのホログラムを眺めて愚痴をこぼす。

 

「はぁぁぁ……それにしてもなんでお前ぇが彼女と一緒にいんだか。うざってぇ」

「そういうお前も紹介したら鼻息すごかったぞ?」

『余も戦慄した……電源切ってやろうかと思ったぞ』

 

 先程の紹介の時の清水の変貌ぶりは凄かった。光のなかった眼に正気が戻ったと思いきや、凄い形相で彼女に詰め寄ってきた。そして案の定大量の質問と賛辞が口から滝のように出てくる。

 正直ら引くレベルだ。早口で、しかし聞き取れてしまうという彼のガトリングトークでアルタイルは死んだ魚の目で画面を閉じようとしていたくらいだ。

 

 一旦落ち着かせてから事情を話したわけなのだが、やっぱりこの嘘と思ってしまうような出会いと生活を羨ましいと思うようだ。

 

「だってあの大々的イベントのヒロインが生でいるんだぞ?伝説にもなってんだからな?それをお前は3年も一緒に隠していやがって……」

「まぁ、普通にいたらやばい存在だからな?よく考えたらマジで俺らの世界を滅ぼそうとしてたんだからな?」

「ふん、俺なら喜んで死ぬけどな」

「あっ、それには賛成」

「「……ガシッ!!」」

『そろそろ黙れ』

 

 清水、よく言った。俺お前のこと今すげぇリスペクトしてる。

 

 と、彼が顔を眩ませる。先程会った時のような顔で、ぽつりと呟いた。

 

「……俺も主人公になりたかった」

「あん?」

「俺もお前と同じオタクでさぁ……いろんなジャンルの漁ってきたんだけどよ、全部それぞれの世界があって、その中に行きたいなぁって何度も想像したんだよ」

「……」

 

 まぁ、そりゃあ誰でもなりたいだろうな。俺だってよく想像を膨らませたりして、その世界に自分自身を投影させたりして……こんな行動するだろうなぁって勝手にストーリー作って。

 

 ……だが現実は厳しい。実際魔法なんて使えるわけないし、空から少女がたとえ降ってきても自分と衝突して双方死ぬだろう。よっぽど外部からの出来事がなければ俺らは次元など越えられないのだ。

 

 そう、それも2次元側がこちらから干渉するか、呼び出すくらいのことでもなければ、だ。

 

「だけど家族はそんなの認めてくれなかった。特に兄がクソウゼェんだよ。いつも俺にそんなのなんのためにならねぇって……居場所なんて最初からなかったんだよ」

「そうか……まぁ、そうだな……」

 

 ……だけど俺らは2次元を憧れる。どうしても越えられない壁を憧れて、それに近づこうとして結果現実から逃げようとしているのだ。

 

 それは別に悪くないと思う。ラノベ作家やら、ゲーム作者は義務というものに追われながらも自分の素直な気持ちを全うしているだろう。

 しかし家族や知り合いはそれを異端だと思う。必要のないものだと思う。早く現実を見てほしいと思う。

 

 俺はまぁ……別に何も言われないが、清水はかなり酷くやられているようだな。本人もこんな性格になるのも無理もない。

 

「だから俺、この世界に来て嬉しかったんだぜ?だってここなら誰からも邪魔は入んないんだし、クソ兄貴や親からもおさらばだ。自分だけにしかない能力で、世界を救って……」

「……まあみんなそうはっちゃけてるだろうな」

 

 じゃなきゃ戦争に簡単に参加しようとは思わないだろうし……

 

 すると急に清水がドンとにだいを叩きながら叫ぶ。ビックリするなぁ……

 

「だけど現実はどうだ!主人公である勇者の肩書はあのクソに行きやがった!」

「あー、それは俺も思った。やっぱ顔なのかって」

「それに他のみんなもいい能力ばっかで!俺ももっといい奴が欲しかったのに!貰えたのは闇術師だ!」

「いいなー俺魔法適性なんてない……って聞いてねぇわこいつ」

『久遠、その言葉は余が言うべきだ』

 

 あー、うん。確かにさっきエ〇ァの話をしている時の俺らはアルタイルの言葉なんて通り過ぎて行ったな……

 突き刺さる視線を華麗にスルーし、清水の話を聞き続ける。

 

「俺は……主人公になりたかったんだよ……誰かに頼られて、誰かを守って、そして感謝されて……小さなことでもよかったんだよ。そしてこの世界ならできるって、買われるかもって!本当にそう思えたんだ!」

「ああ……だが現実は厳しかった」

 

 まぁ、ぶっちゃけラノベにあるストーリーに俺らが入り込んでも、平和に生きている俺らが勝手にご都合解釈して話をいい感じに美化させている。メインキャラだって死なせないだろうし、だいたい自分と戦う敵は殺られる運命だ。

 

 だけどそんなのが毎回上手く行くわけが無い。ここは特に、宗教の統一化やら、神を信じるやら、魔物と常時戦闘やらでファンタジーの中でもリアルさを感じるのだ。

 清水もそこら辺痛感したようで、力なく答えた。

 

「そうだよ……南雲は死んだし、自分も死にかけた。この世界は漫画やラノベのような展開は起こらないって……ここではあの創作は幻想だったって!自分は結局……変わることができないって……クソ……」

 

 そこには自分の夢がバラバラに打ち下された……そんな感情があるのだろう。こんな世界で夢見んなとは思うものの、誰でも夢がみたくなる状況でもあるのは理解できるので、どう返せばいいかわからんな……

 

「アルタイル、いつものセラピー頼む」

『余は被造物だ。人間の汚れ切った心など治して何になる』

「はいはい、要するに専門外ってことね……」

 

 まぁ、知ってる。というか主人公になりたいとかは誰もが思うことでも、それが出来ないからこそアニメが面白いという論理へと至るのだ。

 

 ……だが、主人公なんて誰が決めているのか。観客がいない世界で、誰が主人公になるのか。

 

「なぁ、清水。一つ思ったんだが、天之川の迷宮での行動、どう思った?」

「……使えねぇと思ったぞ。だって洞窟破壊して、トラップの時の立ち回りも下手で、なんか無駄にカリスマしか働かせてなかったし」

「辛辣だなぁ……でも事実だな」

 

 勇者、案外みんなからの評価が悪いな……メッキが剥がれるのも時間の問題だな。

 

 あの野郎がもう少し立ち回りを上手くやれば……って、違う。今回はそういうことを説明したくない。

 俺は清水に今回の魂胆を話す。

 

「あいつの行動はどう考えても主人公じゃない。そう思わないか?」

「……確かに天之川はその才能がない。だけど俺みたいな陰キャと違って顔もいいし、能力値高いし、何よりレッテルがある。格が違うんだよ」

「ほぉ……でもお前の意見は何れみんなも持つとは思わないか?」

「どういうことだ?」

 

 不思議に思う清水に俺はこの世界の現状を伝える。同時に俺たちみたいな生徒らの結末も。

 

「ここは異世界、平和な学校と違って弱肉強食の世界だ。あいつは地球では高スペックだが、頭がお花畑だ。ここでやっていけるわけがない。死ぬ日も近いかもな」

「……でもあいつが死んでみろ。きっと俺らみたいなモブも皆殺しだ」

「……本当にそう思うか?」

 

 俺はあくまでもこのままあいつらと一緒にいれば死ぬと言っているだけだ。天之川なんかに着いていると、あいつとこのまま覚悟を決めずに過ごしていたら、だ。

 

「だって俺ら、今こうして逃亡中じゃん?この世界は俺らを正確探知し、迅速に捕まえる技術が低い。しかも俺らは一般の野郎よりスペック高いんだぜ?上手くいけば1人で十分にやってけるんだよ」

「……そうかも……しれないが……」

 

 うーん……じゃあ話を変えてみるか。

 

「主人公ってなんで主人公だと思う?」

「はぁ?なんだよ、急に」

「いや、ただお前の主人公像が聞きたくてな」

「そりゃあ、世界を救って、周りにチヤホヤされて──」

「それに必要な覚悟ってどのくらいいるんだろうな」

 

 その言葉にハッとする清水。俺らの想像では出来事、行動があくまでも想像されているが、精神や覚悟はあまり感じない。それは実際に俺らはそれを感じたくないからだ。

 誰だって死にたくないし、怪我もしなくない。すると不思議なことに俺らの戦闘は大体完全勝利になってしまうのである。

 

「全員ピンチに遭って、それでも誰かを守りたい一心で戦って……何人かは命まで落として助けたり捨てるわけだろ?俺らには到底考えられないような覚悟だろうな」

「……つまり俺らは、主人公に慣れねぇって言いたいのか?」

 

 肩を下ろして清水は力なく聞く。だが諦めるのはまだ全然早いぜ?

 

「はっ、違ぇよ、寧ろ逆だ。今の俺らなら成し遂げられるだろ?」

「……」

「誰にもない力はある。助けの必要な奴もいる……ならあとは俺らの心の問題だろ?お前がここに乗って来た理由もそれがあるんじゃないか?」

「……違う、俺は、ただ逃げたくて──」

「だったら王都にいた方が良かったあそこならお前の身柄も確保してくれるし、衣食住も完璧だ。オタクは無くても、最低限の生活はできる。お前はここを出ようとしたのは……自分の技能に可能性感じたからだろ?」

「っ!それは……」

 

 言葉に詰まっているのを見るに、諦めていないよな?まだ自分の可能性をしんでいているな?主人公になりたい気持ちはそんな簡単に消えないのだ。

 

 ……確かこいつの魔法適性は闇。彼の黒い感情が反映されたのならこんな皮肉をやってのける神に文句言ってやりたいところだが……この能力って中々に強いんだよな。

 

 闇系統の魔法は、相手の精神や意識に作用する系統の魔法で、実戦などでは基本的に対象にバッドステータスを与える魔法と認識されている。所謂デバッファーだが、これって実は化け物能力なんじゃないかと思う……

 

「闇魔術は確か極めれば洗脳に繋がったな。広く言えばテイマーと同じ使役能力とも取れる……魔物とか洗脳すればお前のコマになるかもな」

『なるほど……君がここを離れる理由も理解できた。さながら人間のやることだ。強大な魔物を使役して承認欲求を満たしたいところか』

「うるさい!だからなんだて言うんだよ!俺だって主人公になりたかったんだから……あ──」

「ほーら、諦めてねぇじゃん。寧ろ頑張っちゃってるし」

 

 これで魔物の使役を成功させたら、どれだけ王都に貢献出来るか。愛ちゃんせんせーは食料問題の解決をしてくれるなら、こいつは魔物の攻撃をほぼ無力化することが可能になるのだ。

 

 もしかすると敵の戦力を大体自分のところに引き受けられるかもしれない。そして軍隊を編成……あれ、完全チートじゃねぇか。

 要するにこいつには全然主人公の才能があるというわけだ。今回出て行こうとしたのもその為だ。

 

「俺が言えたことでもないんだがな……主人公には誰だってなれる。自分の目標は持っていいし、それを実現させようとしてる姿勢もあればいい。だけどその本質を見失ったら歪んでいくぜ?自分である主人公像ではなく、誰かにとっての主人公であらねばならねぇ……そこを気をつけろよ」

「……そんなの、言われなくても……」

 

 言い返せないはずだ。何故ならお前がいちばんそれを理解しているから。ハジメの死で自分の幻想が本当にそれに過ぎなかったと分かり、全てを悟ったお前なら。

 ……だけど俺達は諦めないのだ。主人公はかっこよくて、憧れで、ヒーローなのだ。それは誰もがなりたいものであって、だけどそう簡単になるものじゃない。

 

 何故ならそれを決めるのは周り……観客なのだから。俺らが誰かを主人公と思うように、俺らは誰かにとっての主人公でなければ、それは叶わない。

 

 承認力と似ている……そう考えると俺らは人間だが被造物みたいな存在にもなれるってことだ。夢があるねぇ~。

 

 いい感じに話が纏まったので、再度静寂が訪れる。馬車は王都からもう見えないくらい離れており、【オルクス大迷宮】への到着もあと数時間ほどだ。

 

「……暗い話もやだな。そろそろ第二部と行きますか」

「あぁ?何話すんだよ」

「そうだな……チャンフェスの中で推しは?」

「セレジア」「アルタイル」

「「……ああん?」」

 

 さて、続きをやろうじゃねぇか!アニメや漫画に限界などねぇからなぁ!!

 

『はぁ……余は寝るぞ』

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「一之瀬様、清水様、つきましたぞ?」

「お、まじか……」

「思ったより早かったな……」

 

 本当に思ったより早く到着してしまった。夜中での出発だったのでいつの間にか日は昇っており、俺らが徹夜で議論していたことに気づく。

 

 結局この夜はその後ずっと推しのぶつかり合いで時間が過ぎていった。様々なジャンルで盛り上がったが、俺らの推しは尽く外れるのだ。全く合わん!

 それもあって大弁論に発展したんだけどな……多分今の俺らが団結すれば軽くディベートの大会とかで優勝できる。

 

 馬車を降りて辺りを確認する。まだ朝早いからか、周囲には人気が少なく、俺らを神の使徒とは気づかない。馬車も姫さんが気を利かせて紋章以外はそこらにあるような平凡な物と相違ない。マジで優秀。

 

 俺はそのまま運転手の方へ向いた。今日1日俺らを運んでくれたことを感謝するためだ。

 普段の仕事があるのに俺らをこんな遅く運んでもらって、しかもオタトークを一晩中聞かされる羽目になったからな……

 

「恩に着るぜ?運転手」

「いえいえ、私は王女様の命に従ったまでです……が、個人的感情ですが、ご武運をねげっておりますぞ?」

「ああ……そちらもご苦労さま」

 

 ……馬車が遠ざかってゆくのを他所に、俺は清水の方を向く。相変わらず表情は暗くてずっと何か考えているようだった。

 あっ、この際あれ渡しておこう……新たな友達を知った記念だし。

 

「ほい、お前に俺やっとくよ」

 

 因子収納で取り出し投げたのは小さな小袋と、一本の小瓶。見るからに危ない色の液体が見えるが……清水もそれに気づき顔を思いっきり顰める。

 

「これは……この国の金か……あとこれはなんだ?」

「ああ、なんか宝物庫で見つけた」

 

 宝物庫の奥を探っていたら、危険薬品類のところに偶然出て、たまたま見つけたものだとは決して言えない。

 姫さん曰く、あの中には自重をやめてできてしまった、もはや呪いとも呼ばれる薬、武器が多々あるって聞くし……

 

 まぁ、だけど説明書を見る限り、そこまでひどい薬ではなさそうだったから持ってきたわけだが。とはいえ、俺が使っても現状あまり意味がなかったのでこうして清水に渡したわけだ。

 

「魔力増強剤……一時的にハイになるけど、反動もでかい。具体的に言うと魔力がゼロになる……1日は」

「そんな麻薬みたいな奴渡されてもな……まぁ、一応もらっておく」

 

 説明文を読むに、正確には身体が魔力を一時的に全く適応しない状態異常になるとの事だ。まぁ、清水なら強力な魔物を使役するときにこれを使えばいいんだし、彼も結果その薬を受け取った。

 

 朝日が登り始め、それは別れの時を示唆しているみたいだ。ここで俺らは別々の道へ、別々の目的を求めて旅立つ。

 

「それじゃあ、お前はこれからどうすんだ?」

「……このままもう少し遠くの地に旅をする。闇術師としての腕も上げて……強い魔物を使役できるよう頑張るつもりだ」

「そうか……ま、俺らチートなんだし?お前もこの世界でやっていけるだろ?」

「当然だっての……ったく。本当にうぜえ奴だな、お前は」

 

 お前も毎回一言多いよ……って言ったらそのまま言い合いになりそうだから止めておく。全く、難儀な奴だぜ。

 このままこいつは本当に腕を上げて……黒龍でも使役してたら間違いなく英雄もんだけどな……竜騎士として成果あげたり?

 

 ……やっぱり天職によってなりたい自分がある奴ら羨ましいな……俺の森羅万象(ホロプシコン)が超警戒能力だから、下手に成果をあげるのも難しいんだよなぁ。

 

 だが、決して成果をあげることが主人公って訳でもないんだし、俺は俺のできる事をやっていこう。

 

 別れようとした時、彼から止められた。振り返ると何か言いずらそうに視線を俺から遠ざけている。

 

「……その、久しぶりに色々気にしないで話せた……今までこんな事で誰かと盛り上がった事なかったし」

「そうだな、お前いつもsiriみたいになってたし」

「お前ストレートすぎんだろ……」

 

 いやぁ、俺も積極的に話しかけたりはしてなかったが、お前になんか言ったら必要最低限の言葉でしか返してくれないし……ハジメですら会話が成立するくらいは返してくれるのに。

 だが、それも彼の性格なのだから仕方がない。自分から現実との距離を作ってしまっていたのだ……今日話して少し彼の人間性がわかった気がする。

 

 彼みたいな人間はそのままにしておくと暴走する恐れはある。誰からも認められない状態など、耐えられるわけないのだから。そう言う意味では、今すぐに愛ちゃんせんせーとかに渡した方が良かったかもしれない。

 

 それでも──

 

「まぁ、だから……ありがとう、一之瀬」

「……おうよ、また会おうぜ、幸利」

 

 見た感じ、こいつは大丈夫そうだけどな。

 

「そんじゃ、また何処かで」

「おう……またな」

 

 そして清水……幸利は次の街へ歩き出した。その背中は何故か王都で発見した時より高く、少しだけ自信が湧いているのを感じられる。

 

 ……さて、俺らも行くとするか。あいつとは逆方向へ走り出し、迷宮の入口を通り抜ける。

 

「っし、行くか!ハジメ探しの旅へ!」

『先ずは例の階層まで降りてからだな』

 

 そうだな……生きてろよぉ、親友。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→意外と週刊雑誌は買ってから数ヶ月で捨ててしまう。それは単行本を選ぶタイプだからであり、全て電子版としてスマホに保存している。なので部屋は綺麗…その代わりにパソコンやグラボなどで溢れかえっている。因みに元々のデータは全てアルタイルのスマホに入っているため、何時でも閲覧は可能。その莫大な漫画はこの3年でアルタイルは全て読破している。

清水幸利
→原作ではもう少し後に愛ちゃんせんせーと共にブルックへ向かう予定だが、今回は先に久遠に連れていかれた。更に自分が主人公になるための責任を改めて考えるようになった模様。初めて出来たオタク仲間にどこか嬉しい気持ちがある中、それでも推しでは一生分かり合えないと思っている。

チャンフェス
→エリミネーション・チャンバーフェスの略称。「チャンフェス」「フェス」などと省力されていることが多い。

 はい、ついに原作から外れましたね。脅威の1万字オーバー…やばい、平均5000文字くらいで当初は考えてたんだけどなぁ…

 清水はオタクとしてはかなり高いレート帯にいると思うので、どんな形にしても生かしてあげたいのです…まぁ、酷い目には会うかもしれないですけどね。

幸利「おい、俺がヘッドショットされる未来は変わんねぇってのか?」

 うーん……まぁ、それはお楽しみに~


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第十話 毒物チャレンジ行ってみよう

この月は課題やら論文やら色々面倒なことがやってきますね…お陰で執筆時間が全然とれません…

マイペース更新とは書いてますのでユルシテ……とにかく、今回も楽しんでってね!


 オルクス大迷宮に到着!こんな朝早くに到着しているので本当に一人で行く事になる……そして俺は大迷宮の事について整理していた。

 

 今朝の攻略では20層辺りで檜山がトラップに引っかかり、40層でベヒモスとトーテムソルジャーの挟み撃ちに会った末ハジメが転落……トントン拍子で続いたイベントに生徒らが気力を失うのは無理もない。

 

 だが俺は信じている。あのハジメなら、どうにかして生きているのではないかと。根拠など全くないが、あいつなら──

 

「あいつなら平気だよな……っし、じゃあ先ずは一層目と行きますか」

『あぁ。長い旅路になりそうだ』

 

 アルタイルの言葉に苦笑しながらも、迷宮を俺は1人で入っていく……

 

 ……勿論全力疾走で。

 

 だって1人であんなに魔物相手出来るわけねぇだろ!あの時は生徒たちも居たからパーティー感覚で進めたけど!

 事実、この迷宮は集団用の魔物を出してくる。1人で対応していたら何時までも目的地に辿り着かない。

 

 途中ですれ違ったゴブリンやロックマウントなどの魔物も完全にスルー。俺は1人で行っちゃいます!俺はソロだ!だからソロらしく全部スキップするんだよぉ!

 

 20層の転移する光石に到着。全く戦闘せずにここまで来たから傷一つ着いていないが、スタミナは結構持っていかれた。やっぱりステータス補正があっても一般人の頃の感覚が抜けていない。

 

 俊敏に長けているのは助かったが、これは一休みしなきゃな。因子収納で水を取り出すとアルタイルからの報告が入る。

 

『ほう……ここまでの時間は約1時間。先日と比べて3倍も早い。戦闘は一切無かったがな』

「まぁ、1人ならこれくらい……でも普通に疲れたな」

 

 ……途中の魔物が全員近接かつノロマだったから平気だったが、遠距離の1つでもあれば危なかったかもしれない。

 例えば魔法の1つでもやってきたら俺の対応方法って、脚攻撃しかないのだ。避けるのも一つの手だが、それはこの洞窟内ではかなり限られる。知性のある魔物なら避けた先に目掛けて追撃するだろう。

 

 かといって、脚技は若干溜めるのに時間がかかる上、脚で打ち消すまでなのだ。初手なら防げるが、数発連続は厳しい。

 因みにだが、リニューアルの技は現状全て足技かつ自己流に改造されたものなので、

 

 対策をしっかり立てとかなきゃな……だが現状では無理だし、どうしようかなぁ。

 

 回復もしたことだし、取り敢えず光石にタッチ。フロアはたちまち光に包まれて、思わず目をつぶる。ここまでの一連の流れ、全て前回と同じだ。

 

 目を開いたらそこはみんなにトラウマを植え付けた、石橋の上に降り立っていた……ん?石橋が完全に回復している。

 あの時は中心は全壊していたはずの橋が……全部元通りに戻っている。まるで倒壊した事実が嘘のようだ。

 

 これは、あれか?1度ダンジョンを抜けたら復活している良識のあるシステムか?でもそんなことしたら──

 

 直後、スマホからアルタイルの警報が鳴り響く。

 

『久遠!3時方向からベヒモスが出現、同時に反対からは──』

「トラウムソルジャーの群れだな、畜生!」

 

 全員ちゃんと復活してやがる!ハジメの努力をまるで無駄にするような出現に悪態を吐きながらも、俺は迅速に行動開始した。

 というのも、こんなパターンも想定してたりする。この計画の中で最も重要視していたのは奈落への降り方だ。ここから始めなきゃ何も始まらない。

 

 石橋が崩落して分かったが、この奈落相当深い。多分普通に人が降りたらピチュンしてしまうレベル。減速手段を持たないと間違いなく死ぬ。

 

 ってなるとそれを持っていなかったハジメも死んでんじゃね?って思う人もいるが、ハジメなら平気だろ。うん、謎理論!

 

 っ事でぇー、石橋の端っこまで下がり助走距離を充分にとる。なるべく前へ飛ぶことを意識しながらぁ──

 俺は迷わず石橋からジャンプ!アイキャンフラーイ!!

 

 ベヒモスもまさかの行動に「なんでぇぇ!?」と驚いているに違いない!だけど俺はマジなんです。

 勿論、死ぬつもりは毛頭ないんだがな!!

 

 すかさずプラン1発動だ!跳んだ先にはこのエリアの限界点とも言える壁がある。そこに手をかざして──

 

森羅万象(ホロプシコン)!!」

 

 因子収納で取り出したのは、銀色に輝く鉤爪である。手の甲から出る3つのフック状に尖った刃は壁を削りながらも確実に減速を促していく。

 

 何で鉤爪なんてものが存在するかって?そんなの持ってきたに決まってるだろ。王国の宝物庫に寄った際お蔵入りになったと思われる奴だ。まぁ、これ使われる事そんな無いだろうからな。

 

「ガリガリと削りながら、その突起で引っかかることも……侵入にピッタリのこの装備ですが、余程の軽装でない限り体重に耐えられず……そして使われている材料もどれも高値で……」

「要するにコストと見合ってねぇってことかよ……」

 

 そんな説明もあったりしたのだが、今回は俺も完全に手ぶらだし、別に壊れたって問題ないんだから遠慮なく使用している。

 

 あぁ、そういえばこれ、浩介当たりなら忍者道具として使いそうかもしれないが……生憎あいつは暗殺者だからね。セーフよ、セーフ。

 忍者と暗殺者は別物、これは宇宙の心理だ。

 

 爪が壁をガリガリと削りながら、減速していくのを感じていた所で、奈落の全貌が見えてきた。

 

 光の一切ない暗闇というか……これは酷い。至る所から異臭がする。漂う魔力もどこか暗く、この世のとは一線を画すような……そんな感じだ。それは獣の血か、それとも……

 

 こりゃあハジメが喰われている可能性が大きくなってきたぞ。まずいな……まさか奈落にも魔物がこんなに活発化しているとは。

 

 って、さすがに爪の耐久値が限界だな。2個目を取り出しながら再度手に装着。ボロくなった方をポイッと捨てながら、次ので壁をガリガリ削り続ける。

 

 ……そんなことをして5分程。中々に深い底にやっと辿り着いた。丁度最後の爪が壊れたところだ。

 

「っと、到着。途中滝にぶつかった時は驚いたな」

『……南雲殿が上手く水流に乗れていれば、致命傷は避けているかもしれないな』

 

 アルタイルの言う通りだ。強い力で噴射していた水なら落下の威力を押し殺すことが出来る。これならばハジメが生きている可能性もある。

 

 奈落の底は光の一切ない場所だった。何とかアルタイルが居るため普通に会話しているが、これは1人だったら心細すぎる……おかしくなっちまうぞ。

 

 スマホのライトで当たりを照らしながら10分ほど経ったか。全く消えないこの危険な感覚、そしてかなり高く緊張感が上げられている状況に思わず冷や汗を垂らした。

 

「……なぁアルタイル。お前から見てここの奈落の生き物はどう思う」

『弱肉強食がはっきりとしているな……そしてその差も上の階層と比べて大きい。ベヒモスなど比べ物にならないくらいだ』

「だよなぁ……って事はあれも多分──」

 

 暗闇の中、スマホの光を消しながら、だいぶ慣れてきた目で前の奴を指す。

 

 そこに居たのは可愛らしい、兎さん……なんだが、中型犬ほどの体格と、ムキムキに発達した足腰が目立つヤバそうな兎さんだ。

 どう考えても普通の兎じゃねぇ。ってか見れば見るほど自分の死がすぐ近くにあるって自覚してしまう。

 

『脚から濃いエネルギーを感じる。恐らくラットマン等とは比べ物にならないくらい強い』

「……今は避けることが第一だな。ここから離れて何処か休める場所に行こう」

 

 そう呟きながら気づかれないように距離をとった……おっ、ちょうどいい洞穴があるじゃねえか。

 

「ふぅ、ここで作戦を……あ?これって──」

 

 禍々しい物体。ダークマターのように黒く、硬く、腐敗しているとも言えるそれはだが食用の固形物である。

 文献で呼んだな……確かこの肉って魔物の肉だったはずだよな?強烈な毒性で、食う者は永遠の痛みと共に命を落とすという。

 

 座学でも間違いなく食べるなと念を押されている代物だが、それが何故か生の状態で置かれていたのだ。

 

「毒性があるにも関わらず相当喰われたあとがあるってことは──」

『間違いなく彼ではないのか?』

 

 ……確かに食べ物として食えなくはないが、毒性なのだ。そのものが人に害を与えるのに、食べたとは……ハジメ見たいな一般人ステータスなら普通に死ぬはずだ。

 

 いや、だが死体はどこにも見当たらない。それどころか骨ひとつもないなこの洞窟……まさか──

 

「……アルタイル、今から馬鹿なことしていか?」

『余にとって君の芸など滑稽で不愉快以外の何でもないが?』

「…… 別に芸をしようとは思ってねぇよ……これ、食べれるよな」

『余の推測だが、魔物の食用物には魔石による高度な魔力循環がされていた状態なのだ。君のような人間には害を与えるのも頷ける……それでも君はそれを喰らうか』

「まぁ……多分この食べ物でレベルアップは出来る。あいつが生きていることを考えると魔物の肉はここを生き残るキーだ」

 

 目の前のダークマターモドキの前に座り、それを手に取った。こいつを食べれば何かしらの力は得られるはずだ。

 

 因子収納から物を取り出す。そういえば王城の厨房で──

 

「……そういえばくすねて来た物の中で調味料も入れてたな……塩コショウっと」

『君の転職は盗人かスリではないのか』

 

 いやぁ、脱走する時になるとタガが外れてしまうのだよ……なんて言うか、結構大きな罪を犯しているから窃盗とかが重罪からランク下がった感じで……

 とにかく、試しに調味料で何とか味を華やかに……詠唱で炎の魔法を唱えることは可能だが、この肉既に焼けてるから問題なし!

 

 ほんじゃ、頂きます……モキュっと。

 

「……」

『奈落で食す、固形品の味はどうだ?』

「あ──……ゴムを食ってる見てぇだ。硬ぇ上に生々しいし、普通に食いたくはないな。ってか多分100人中100人は不味いって明言するだろう」

 

 舌で味わおうとするほどゴムのねっとりでバサバサな感触が出てくる。うん、これは確かに魔物の肉を誰も食べたくないわけだ。

 

 たとえ毒抜きをしても絶対俺は食わん……なるほどだがバラエティ番組で無人島ロケする奴らは多分こんなの食ってるんだよな。その人達の芸人魂を改めて評価してやりたい。

 

 ここは仕方がない、一気に飲み込んで──

 

「……っ!!」

 

 ドクン、と心臓が高鳴り、発汗機能が働いたと直感した。もう物は胃の中だ……吐き出すことも出来ないのでこのまま受け入れるしかない。

 

 あっ、やべぇ……この感覚は……

 

あ゛……あ゛……があ゛ぁぁぁぁあ!!!!!

『久遠!?』

 

 身体中の至る筋肉がはち切れそうになる。関節が、健が、全ての部位が俺の中で暴れ始める。血流が一気に勢いを増し、脳内に流れるアドレナリンが何とか俺の意識を覚醒させる。

 

 痛い…………痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!

 

 っ……そういえばここの魔物は奈落にいることで魔力が変質してしまっている。それがさらに身体へ蝕んでいるのか?

 だけどこれはそれだけじゃない……ボヤける視界に写っている俺の右手が……それ自体が意志を持つかのように細胞が過剰反応を起こしている。

 

 間違いない……身体が……

 

あ゛あ゛あ゛……っぐ……がらだ……が……

『変異……いや、分解されている!』

 

 身体が無理にそれに順応しようとしているのだ。

 

 人間、全ての生命体が持つその本能的順応機能はこの魔力に慣れようとしているのだ……だがこの力に耐え着ることが出来るかは別問題。

 

 あぁ……やべぇ。視界だけじゃねぇ……脳内に常時反応する痛みが俺の痛覚神経と思考回路を止めにかかっている。瞼がとたんに重くなり、身体に入る力も抜けて行く。

 

 アルタイル……こりゃあ思った以上にキツい。

 

『魔物の肉により体内魔力が暴走している……久遠、意識を保て!』

あ…あ゛ぁ゛………あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!

 

 

 聞こえねぇ……そんな場合じゃねぇ。このままじゃ……意識が……もた……な──

 

 

『聞く耳持たないか……それなら──』

 

 

 

『久遠。余がセレジア・ユピテリアの永遠の門を受けた際に顕現した魔法を思い出せ……そして唱えろ」

 

 

 

森羅万象(ホロプシコン)、第6楽章──因子再生』

 

 

 

あ゛あ゛ぁ゛……い゛っ゛……じっ……

 

 

 

…ほ、森羅(ホロプ)……万象(シコン)……あ゛、第……6楽章!

 

 

 

 

因子……再生!!

 

 …………身体が、分解が、痛みが、全て止まった。治まったと言うべきか。目を開ける余裕が出来て、自分の体を改めて見る。

 すると気づいた、俺の身体が……まるでホログラムのように青くバラバラになっているのだ。試しに手を脇腹あたりに当ててみるとそのまま通り過ぎた。えっ、俺今幽霊か?

 

 状態は何であれ、取り敢えず一命は取り留めたようだ。まともに取れていなかった呼吸を再開し、冷静さもやっと戻ってきた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……死ぬかと、思った……」

『良く戻ってきた。やはり君には素質があるようだ』

 

 隣で満足そうに話すアルタイルに一瞬波ならぬ殺意を抱いた……くそぅ、高みの見物めー。

 だけど彼女の力がなかったら俺は死んでいたはずだ。また森羅万象に助けられちまった。

 

 身体の変化が収まり、青色の光も消えてゆく。と、腹や腕なども実物を持つようになり、身体がまるで食べる前の状態へ戻ったようだ。

 

「はぁ、はぁ……因子再生、か。これはつまり俺が死ぬことは無いって事じゃないか?」

『因果を歪める者が相手なら君に攻撃は因果の行くまま通る筈だ。だがここにいる魔物なら……まぁ死ぬことは無い』

 

 森羅万象(ホロプシコン)第6楽章、因子再生……自身の構築されている身体を極小に分解し、因子として再構築させることが出来る能力。

 これは周りに存在する因子にも適応されるので、傷や病などでさえ元の状態に戻すことが出来る。魔力が存在する限り、そして因子が存在する限り俺の体は瞬時に回復できるようになったってことか。

 

 アルタイルはこれで転移や透明化など、応用の効く技として扱っていたが俺はそこまで細かいことは出来ない。だけどこの能力はこの先で必要不可欠になるであろう力だ。

 

 遠慮なくこの化け物能力を使わせてもらおう。

 

『フッ……それにしてもその姿は中々滑稽だぞ?君も被造物に近付いて来たのではないか?』

「ん?何のことだ?」

 

 何故か鼻で笑われた……だが理由が分からずにいると彼女はそこにあった水たまりを指差しながら続けた。

 

『そこの水面に顔を写してみてはどうだ?』

「おう……って、は?」

 

 言われるがままに顔を映す。だがそこに映ったのは予想外の顔だった。

 

「赤メッシュじゃねーか!」

 

 自慢の黒髪に赤い線が見事に入っている。それも何本も、俺の髪の半分くらい占めているのだ。

 しかも身体付きも良く見たら筋肉が着いてガタイが良くなってやがる。身長も2、3センチ伸びたようだ。

 

 他にも、やけに視界がはっきりとしていたり、感覚が研ぎ澄まされたように色々な音が耳に入ってきたりでてんやわんやだ。

 

「……アルタイル、これどういう事だ」

『原理は分からないが、君の森羅万象(ホロプシコン)による副作用……と言うべきか。君自身が森羅万象(ホロプシコン)を使用し、世界の修復力に弾かれる時に赤の髪が全体を占めると思われる。現に赤の量が減少傾向だ』

「本当だ……マジか、リミッターゲージかよ」

 

 改めて顔を映すと、確かに赤メッシュの割合が減った。多分因子再生が粗方全ての部位を復元させられたからだと思う。

 ある意味分かりやすい表示ができて助かった……と思ったけど、俺自分の髪がどうなってるとか判別できねぇじゃん。

 

 まぁこの世界だったら揶揄われる事はないだろうし。これが地球で起こったら絶対になんか言われるからな。浩介辺りがゲラゲラ笑ってきたそうだ。

 

 あと、そうだ。変化といえば──

 

「あっ、ステータスオープン」

 

 ===============================

 一之瀬久遠 17歳 男 レベル:10

 天職:創造主(クリエイター)

 筋力:240

 体力:220

 耐性:150

 敏捷:400

 魔力:470

 魔耐:200

 技能:森羅万象(ホロプシコン)[+因子収納][+因子再生]・魔力操作[+魔力循環][+魔力変換]・胃酸強化・五感強化・言語理解

 ===============================

 

 

……WTF(ワザファ)

『汚いぞ、言葉を選べ』

 

 

 全てのステータスが3桁を超えて恐ろしいことになっている。何だよ魔力470って……因子収納し放題じゃねぇか。

 それにスキルもなんか追加されてるし。胃酸強化と五感強化……どっちとも魔物を食べたことで手に入ったのか?という事は──

 

「魔物の肉を食ったら……その分ステータスかわ大幅に伸びるってことか?」

『そのようだ……これは化け物と呼ばれる日も近いな』

 

 あぁ……この魔物を全部食べることが出来たら。もし俺がまだ成長できるのならば……この世界で化け物級にはなれるかもしれん。友を余裕で守れるくらいの力が手に入るのかもしれん。

 

 こうしちゃいられねぇな……ここには肉が残ってない以上、次の獲物を早速探さねば行けない。

 

 取り敢えず、実験がてらでさっきの兎さんと会いますか。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 先程の場所までやってきた。相変わらず兎はフンスフンスさせながらそこから離れていない。よし、ここなら普通に戦闘可能だな。

 

 ……小石をコン、と蹴る。静寂の洞窟に明瞭に響く音をそいつはしっかりと長い2本耳で聞き取った。

 そして俺の方を振り向く。今までいたことのなかった人間に驚いているのだろうか。このまま逃げてくれればそれはそれで──

 

『久遠、戦闘態勢だ』

「あー、やっぱり平和的には無理なんだな」

 

 愛嬌ある……たとえそれが中型犬ほどの大きさでも、兎ならと甘く見ていたんだけどなぁ、どうやら相手は喧嘩上等なタチらしい。

 脚に踏み込む力でそこの地面が陥没し、俺に目掛けて凄まじい速度で突っ込んできた。そのスピードベヒモスの攻撃なんて比にならない……1秒にも満たないほどの物だった。

 

 ……その筈なんだが。

 

 意外と視認できる。五感が確か強化されているようだが、それにしてもここまで見えるのか?今気持ち後10秒くらい待たないと相手の攻撃が届かない気がする。

 だが油断は禁物だ。相手は奈落のやつなんだし、威力はいくら俺の耐久があれど無意味のはずだ。

 

 ……開脚し、意識を技に集中させる。

 

 俺もリニューアルが強化されるイメージ……そう、肉体が更なるレベルを超えてくれたのだ。技の質も上がるものだ。

 

 流れるように右脚を持ち上げ、そのまま地に着いた軸足を回す。遠心力と、蹴る方のスナップで攻撃に速度を付ける。

 

 ……そうして相手を……斬る!!

 

 クオン・リニューアル──廻蹴り

 

 シンプルかつ、鞭のように振るわれた脚は向かってくる兎の顔面に当たり……そのまま消し飛ばした。

 

 そう、消し飛ばしてしまったのだ。叩きつけたりしていないのに、頭の失った兎はそこで一気に力が抜けながら俺の横を通り過ぎる。

 地に倒れた時はただの死体となって血を流し続けていた。

 

「……うそん」

『ほぅ……既に人を止めているな。天職も創造主から被造物と正式に変更するべきじゃないか?』

 

 それは俺も激しく同意したい。こんなのファンタジーにも程があるぞ……自分が放った蹴りだとは信じられない。

 

 ……この後兎の肉を食べたら、俊敏の値が異常に増加した。一気に4桁になったのだ。流石スピードファイターの兎さんだ。

 試しにそこら辺の岩に蹴りを入れたら大破した。それはもう、粉々に。呆気なく欠片と変わった姿に目を白黒させてしまう。マジかよ……

 

 ……感慨にふけってる場合じゃねぇな。今ならハジメを探せるくらいの力がついたんだ。早速向かわなければ行けない。

 

『当てはあるのか?』

「そりゃあ勿論、あいつなら一つにしか行かねぇよ」

 

 ゲーマーなら必ずしも行きたくなるだろう。ってかダンジョンではお決まりのシステムさ。

 

 最下層……そこにいるボス部屋を突破すればここはクリアだろうからな。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→魔物の肉による力はハジメと少し効果が違う。ハジメは魔物のスキルも手に入れているが、久遠はそのスキルが手に入らないものもある。しかしステータス上昇は若干高く、森羅万象の能力も追加されているため結果両者の強化はさほど変わらない。

アルタイル
→彼女のステータスは全盛期の時は魔力が無限に近くあり、森羅万象による能力バフも加えると余裕でトータスの世界で無双できる。しかし地球では世界の修復力が働いたことが幸いし、能力の大幅な弱体化が彼女をチートの存在から引き離した…だが差し引いてもほかの被造物を圧倒する力を保有している。

魔物の肉での久遠の変化点
→大幅なステータス上昇
→肉付きが良くなり、身長も数センチ伸びた(現在179センチ)
→赤メッシュが現れ、世界の修復力に弾かれるまでのリミッターとして働いてくれるようになった。目は何故か青くなった。

魔物の肉
→一応ハジメが作った洞窟内で食べた肉…2度目以降は食べてもステータスに変化がないためその場に置いていった事になっています。

 はい、案外あっさりとした強化回ですね。そして次回、再会の時!(ネタバレ全開)…流石に1章でここまで長く伸ばすのもなぁと思いこの次第です。

 そういえばですが、お陰様でこの物語も10話となりました…正直、たったこれだけでも続けている自分に驚いています(笑)。これからも下手ながら自分なりの物語を書いていくつもりです…よろしくお願いします!


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第十一話 早くも再開、秒で死闘

Re:CREATORS復習のためのアニメ視聴第1話感想

アルタイル登場シーン、マジで神だわ…ってかやっぱりあんたが主役だわ。まだこの時はメテオラやセレジアの背景とか全く分からない状態で、初見でのワクワクが今でも残ってますね〜

って事でぇ、始まるぞい!


「お花畑かよ、この地帯」

『露骨に弱点を晒している……ここの製作者は阿呆なのか?それとも迷宮自体がおかしくなってしまったのか……』

 

 辛辣な評価をするアルタイルと共に辿り着いたのは森だった。なんでこんな所に森があるのかって?そりゃあこっちが聞きたい。

 恐らくはここの製作者が作ったステージの1つだ。だが先程までが洞窟なだけあり、いきなりこんな明るい場所に行き着いたら外に出たのではないか錯覚しちまう。

 

 そして目の前に広がっているティラノサウルスのような恐竜……その頭に一輪の花が咲いているのだ。ピンク色という可愛らしい見た目で、ティラノサウルスも思わず愛らしく──は見えない。

 

 狙ってるのか?なぁ、狙ってやってるよなぁ?

 

 ……まぁ、今のところは害がないからスルーだな。次の場所へ行こう。少し森を進みながら、襲ってくるまともな魔物を蹴りで粉砕し、その場でちょいと試食する。

 

 全部食わなくても能力値が上がると分かり、今はスナック感覚で食べている感じだ。胃酸強化で味はともかく、食えなくは無くなったからな。腹も壊さず、レベルアップだなんて効率よすぎるだろ。

 

 そして次にでかい恐竜がまた現れた──

 

「ここもかぁ!!」

『誰も来なかったせいで狂ってしまったのだな……』

「はぁ、森羅万象(ホロプシコン)

 

 今度はしっかりと殺す。因子収納で取り出したのは前に使っていた「すぐ折れちゃう強力武器」シリーズ。今回は紅く輝く長ーい槍。

 何処かのランサーを彷彿とさせるフォルムだが、ここの錬成師ってオタク思考を持っているのだろうか……

 

 とにかく、1突きでその魔物は絶命した。やけにあっさりと死んだな。砕けた槍を放り捨てて俺はそのまま食事へ。

 

 おっ、筋力だいぶ上がったなぁ。そりゃああんな体型してるしパワー型じゃなきゃな。だけどなんで全然襲ってこなかったのか……

 

 と、複数の存在がこちらに向かってきているのを感知した。まだ思考している最中だと言うのに。

 

「げっ!今度は集団か!?」

 

 目を細めてみた先から数十もの恐竜たちが向かってくるのを捉えた。全員の頭には案の定花が着いており、完全に暴走状態が伺える。

 ここら辺の奴ら、何者かによって反応を示しているってことか?だが恐竜というジュラの最強肉食軍団が恐れる存在とか、一体──

 

『ここら一帯、何者かによる寄生が原因のようだな……本体を倒した方が早い』

「そういう事か……こいつらその主から逃げているなら、そっちに大玉が居るってことだな」

 

 じゃあ遠慮なく……って、わざわざ走っていくのも面倒だな。跳躍でどれくらい跳ぶか試してみるか。

 

 通り過ぎる魔物を他所に、俺は脚をグッと曲げて力を溜める。おお、魔力で強化している感覚がみるみる伝わってきた。

 そして限界までチャージできたので思いっきり跳んでみた。

 

 ……違うな、今飛んでいる。

 

 地上から約20メートルくらいか……普通にアパートを余裕で飛び越せる高さまで跳躍してしまっているのだ。恐竜のように大きかった魔物らもここからじゃあかなり小さく見える。

 

「うっひょー、身体がこうまで軽くなると物理法則なんて関係ねぇな」

『油断は禁物だ……ここの魔物は君と同じレベルなのだから君の攻撃が通用しない者も出てくるぞ』

 

 まぁな……油断は禁物ってのは分かってるよ。

 

 そしてそのまま地上に帰ってきた。おぉ、もうすぐ近くから魔力を感じられる。この親玉を叩けばアイツらも規制寄生されずに済むわけだ。

 

 ……ところがその考えは杞憂に終わる。

 

「ん?これは……」

『死体があるな……それも新しい』

「と、言うことは──」

 

 目的の敵は既に亡きものとなっていた。見た目はトレントのような、植物と人間があわさったような魔物だった。恐らくこいつが花を寄生させていたのだろう。

 問題はその死体がまだ出来たてほかほかであること。多分だが死亡してから数日しか経っていない。実際身は残っているし、魔力もこうして探知できたくらいだからな。

 

 と、言うことはだ。

 

「いる。やっぱりあいつ生きてるぜ」

『であるならば早急に出て行くべきだ。彼の反応も近いのだろう?』

「あぁ……良かったぁ」

 

 かなり高い確率でハジメは生きている。友の生存が高まったことで一気に安堵が俺を包み込んだのだが……それよりも気になることが1点。

 

 死体に注目してみよう。確かに命はもう刈り取られているのだが様態がおかしい。

 

「この死体、どう考えても跡が不自然だな」

『……額から流れ出る液体。銃弾の類と考えるのが普通であるが……』

「……あいつも力つけてるなら当然だろうが、それにしてもやべぇな。現代がファンタジーを侵略してるぜ?」

『……そうだな』

 

 ……2人でしばらく黙り込む。俺らの仮説が間違っていなければ、あいつ今とんでもない武器を所持していることになる。

 ここの魔物を一掃できる武器を使ってんのか?それって威力どう考えても地球のやつ以上だよね?

 

 勿論、あいつが錬成師であることを踏まえると全くおかしくない結果なのだが……段々あいつがどう変貌したのか見当つかなくなってきた。

 

 ……まぁ、人型であることを祈ろう。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「この扉、やけに豪華だな……そして僅かにだが反応も感じられる」

『恐らくだが、彼はこの中にいる……久遠の探索速度を踏まえると彼はここで激しい戦闘を行っていると推測できるな』

 

 会話のとおり、現在俺らの目の前には次の階層へ行く扉が立っているのだが、先程まで見ていたものとまるっきり違う作りになっていた。

 

 多分ここから先が……ボス戦だな。

 

 躊躇なく俺ひ扉を開く。正直、相手がどんな奴なのか全く予想できない……だが。

 

 すぐそこに親友がいるのなら……何が何でも助けに行かなきゃならねぇからな。

 

 暗い階段をおりていくと、その先から光が見え始めた。同時に洞窟内から重苦しい振動が伝わってくる。ボスの攻撃がここまで響いているってことは、空いて相当大型だな──

 

 って、予想以上にデケェなぁ!!

 

「うおっ!こいつはやべぇって分かるぞ!」

『ヒュドラ……首が7つある創造の怪物までが存在するとは。久遠、心して挑まなければ……森羅万象(ホロプシコン)があろうと死ぬぞ』

 

 いきなりアルタイルからの今までにない最大警告……それほどあの敵は強いということを指す。

 体長30メートルにも及ぶ巨体、そして印象深い、7つの首がいかにもボスって感じだ。そして口元から僅かに魔力反応が……ちゃんとビームやら発射させるようだな。

 

 完全にゴジ○のシリーズに居そうだが……実物は迫力も別格だな!こりゃあ人間も背中を見せて逃げたくなるわ。

 

 と、前に2人の人型反応!

 

 1人は金髪の少女……保有魔力が尋常じゃないほど大きいその子が、必死に倒れている男の名前を呼んでいるようだ。そのまま男に目を移す。

 

 ……髪が白く、肉付きががっちりとした身体。片腕と片目が損失されており、身体もボロボロに傷ついている。

 気絶している彼は遠目から見てもわかる……たとえ容姿が全くあの時と違っても間違いない……

 

 ハジメが、生きている。

 

 間違いなくそいつは、南雲ハジメだった……本当に、生きていたんだ……

 

「っ!やべぇな!」

 

 友の生存を喜んでいる時間なんて与えて貰えなかった。気づけばヒュドラの7つの首が魔力を溜め込んでいる。あいつに向かって放つつもりか!!

 

 あのままじゃあ7つの光線を一気に浴びることになる。それにブレス一つ一つには相当な魔力が含まれている。アイツらも巻き込まれたら丸焦げ、普通に死んでしまう。

 

 その場から跳んで大きく跳躍する。狙うのは1番真ん中の首……そこに溜め込まれている魔力が多いからだ。

 恐らくはボス龍の首が怯むと他の奴らも怯むはずだ。首が全部等しく脳を持っていたらそれぞれが喧嘩するからな。

 

 ヒュドラの攻略は全部の首を倒すことがテンプレだ。だけど何も全ての首を一気に倒さなきゃならない訳じゃねぇ。

 大抵には相手が怯む主……つまりボス首がある訳た。そこがマザーブレインであり、他の首にも大体の指示は送ってるはずだ。

 

 そこの首から流れる魔力が見れれば──容易に相手を怯ませることが出来る。

 

「うらぁ!!」

 

 クオン・リニューアル──飛び膝蹴り

 

 今にもブレスを吐こうとしているヒュドラの首のひとつに特大膝蹴りを噛ましてやった。うっひょー!確率50パーなんてどんなもんだい!

 

 流石のヒュドラもこれには反応出来なかったようで、その巨体を思いっきり地面に倒れるのだった。これで暫くは動けないだろう。

 誤算といえば、俺も追撃が無理そうなところか。

 

「ってぇな……膝がジンジンしてやがる」

『ヒュドラの耐性が極端に高い……それに森羅万象(ホロプシコン)が通りにくい。流石は迷宮の最奥の主と言ったところか』

 

 先程膝蹴りをかました右膝……恐らくだが骨にヒビが入っている。神経まで影響している。

 相手のヒュドラの防御力がべらぼうに高い。俺の耐久が足りないのもあるが、それでも蹴りを来た瞬間まるで世界最強の鉱石か何かに攻撃しているかと思った。

 

 今は必死に因子再生をして身体を治しているが……頼むから負傷箇所を回復する前に起きないでくれよ?

 

 ここ一帯の魔力があいつに支配されているな。そのせいで治りが遅い……すると背後にいた少女が声をかけてきた。そういえば彼女はハジメの……何だ?相棒か何かか?

 

「……貴方は……誰」

「どーも、一之瀬久遠っていう者だ。ハジメのだち……親友として助けに来た」

 

 正直、あの時奈落への落下を助けられなかった俺に親友を言う資格がないんじゃないかと考えが過ったが、だったらなんでここに来たんだって話だ。親友だからこそ俺はここまでやってきたんだった。

 

 少女は名前に心当たりがあったのか、無表情ながらも目を僅かに開かせた。

 

「イチノセ……ハジメが言ってた」

「へー、俺の話が出たのか。どんなことを言ってたのか、内容は気になるが……どうやらゆっくりはしてられないようだな」

 

 彼女がハッと前を向いた時、ヒュドラの首がこちらを向いているところだった。どうやら早速立ち上がったらしい。

 こっちも何とか足の回復が間に合った。ブンブン振り回して問題ないか確かめながら名前を聞く。

 

「あんた、名前は?」

「ん、ユエ……」

「なるほど、じゃあユエさん!今すぐそいつを起こすか、起きないなら俺の助太刀を頼む。正直俺はあーゆう敵は相性悪いんだよ!」

 

 クオン・リニューアル──半回転横蹴り

 

 ユエさんにハジメは任せよう……多分あいつが必要なのは彼女のようだからな。主人公ってヒロインには弱いのは鉄則だしな!

 だから俺は遠慮なく相手の胴体に攻撃を入れる。ステータスはあの後も伸び続け、武力も4桁台を行き始めたところなんだが……

 

 このヒュドラ、防御力5桁はあるんじゃないかって思う。当てた直後に反作用で響く痛みが尋常じゃない。

 思わず仰け反るが、ヒュドラはどこか風を吹くようにケロッとしてやがる。

 

「やっぱり硬ぇな!相手にダメージがまるで入ってねぇぞ!」

『久遠の技能ではこの巨体は倒せない、撹乱させることが関の山だ』

 

 そのようだな!っと!!直後迫り来る光線の数々。1回で7つもやってくるからたまったもんじゃねぇ!!

 ユエさんから離れてヘイトを稼ぐ。幸いヒュドラビームは一直線で曲がったりしない為油断しなければ避けきることは可能だ。

 

 熱風を我慢して暫くは避けていたが、やっぱりこのままジリ貧になるのも危ない、ここは俺から攻撃を加えなきゃな!

 

 クオン・リニューアル──踵爆落とし

 

 ベヒモスの頭を沈ませた一撃を跳躍して更に威力を上げてお見舞する。流石にこれは相手もダメージを受けざるを得なかったようだが……

 

 そもそもこの一撃、首一つに対してだ。例えマザーブレインである首に放っても他の首が完全停止する訳では無い。

 そして相手もこれで倒れるわけがなかった。

 

「にゃろう……これも無理か」

「ん、伏せて!」

 

 その時、後ろから発砲音が。見ると、ユエさんが銃を持っている。あれは……ハジメのか。

 

 相手の意識外のところから迎撃したのか……だが威力はこのヒュドラに対して微妙だ。1発の弾丸じゃ幾ら補正されていても微々たるものだ。

 

 俺もストックされている武器を全て出す覚悟で応戦する。ゲ○ボルグもどきを首にぶっ刺しながら他の首もほんろうする。

 

『久遠!』

「合点!ヘイト集めは任せろっての!」

 

 剣を創造しながらヒュドラの首にぶすぶす刺していく。相手は呻き声を度々だすが、その分他の首がさらに暴れて攻撃は激しさを増す一方だ。

 部屋の柱も倒壊し、地面もえぐれる。足場が不安定になり、逃げ場がどんどん狭まるばかりだ。

 

 だが諦める訳には行かない。ここで俺がやられても、せめてあいつが覚醒するまでの時間を稼がなきゃならない。

 だからもっと俺を狙っていけ!もっと俺を殺す気でいけ!!

 

「もっと、もっと早く行ってやるよ!!」

 

 脚に入れる力がいつもよりさらに跳ね上がる。溢れんばかりの魔力が俺の俊敏の限界を莫大に引き上げる。

 五感が強化され、視野がまるで三人称視点のように広がる。相手の攻撃を瞬時に予測し、電撃反射で身体に指示を出す。

 

 全ての運動機関が限界まで加速され、自分の出せる最大のスピードで攻撃を避ける。今俺はその限界にいる!!

 

 派生技能──【先読】→【五感超強化】

 

 限界まで強化された身体を、残った体力全てを使って動かす。相手も光線を俺にあてようと釘付けになっている。

 

 だが当たらない。俺は全ての攻撃を数センチの誤差で避けることで戦況を停滞させている。これがどれくらい持つか……

 

「チッ!」

 

 そして時は呆気なく訪れてしまう。

 

「あぐっ!?」

 

 光線のひとつがユエさんに被弾したのだ。なるべく俺に意識させていたのだが、こっちも集中力が低下し始めたのだ、光線の1つがハジメを避難させているユエさんに当たってしまった。

 

 痛みに呻き声を上げながら、吹き飛ぶ勢いそのままに立ち上がり再び駆ける。ヒュドラに位置がバレてしまった以上、俺に加勢することになったのだ。

 

 ヒュドラのそばに来た彼女はもう1発撃った。

 

「えっ」

 

 思わずユエさんが声を漏らす。確かに電磁加速させた不十分とは言えそれなりの威力を持った一撃だったはずなのに、銀頭は浅く傷ついただけで大したダメージを受けた様子がなかったのだ。

 

 こいつ……まさかさっきの再生で硬度が上がったのか!再生する事にダメージに耐性がついてきているのだ。となると俺らの有効手段が削られていくばかり。

 

 更に、俺に疲労が襲いかかる。手足から限界のサイレンが聞こえてくるかのようだ……身体が重い。極光のひとつが俺のすぐ近くで被弾し、足がもつれる。そのまま呆気なく膝を着いてしまった。

 

「クソっ……」

『因子再生もこのままでは間に合わない……相手が強すぎる』

 

 悔しさを隠しきれない様子で彼女は言葉を零す……それが何より辛い現実を物語っていた。

 まさに絶望。俺より威力の出せるその武器で傷つかなかったら、何が一体通るのか。現状、ここには存在しないのだ。

 

 クソ……ここまで来ても無理かよ……

 

 このまま終わってしまうのか……折角あいつに会えたのに、声も聞けずに死んでしまうのか……敗れてしまうのか……

 畜生が……せめてあいつだけでも生きて欲しいのに……

 

 悪態を吐きかけたその時だった。

 

「泣くんじゃねぇよ、ユエ。お前の勝ちだ」

「ハジメ!」

 

 ……良かった、これ以上弱音吐かなくて。吐いてたら間違いなくそれをダシにして揶揄われていたぜ。

 

 ユエさんの顔がパアッと明るくなり、自分のヒーローに希望を持ったようだ。かという俺も口角が思わず上がってしまう。

 口調からまったく彼らしさを感じないが、それでも親友の声だと直ぐに理解出来た。

 

 遂に帰ってきやがったな……はぁー、やっとかよ!

 

「遅せぇぞ主役!お前が居なくてロリっ子もやばかったぞ!」

「うっせぇ!ユエはこれでもさんびゃ──」

「ん!ハジメ、デリカシー」

「グッ……一之瀬!再開早々だが手伝ってくれるか!」

「おうよ、親友!」

 

 やべぇ、友の声を聞けるだけでここまで力が湧いてきた。あいつがそうして立っているだけで身体の至る所に活力が戻ってくる。

 良し、これなら行ける!

 

 戦闘はすぐに再会される。今度は3人だと認識したヒュドラは狡猾に首の役割分担で俺ら3人を満面なく攻めてくる。だがハジメも俺も限界状態による動きで全てを避けていく。

 

 ハジメになんか作戦があるようだな……俺じゃあ太刀打ちできねぇからな、助太刀と行こうか!!

 

「おらぁ!!拘束ならこれでどうだぁ!!」

 

 地面に手を突き刺し、魔法陣を展開させる。因子収納から直後溢れるように魔法が出現し、巨大な龍の周りを拘束しようとし始める。

 

 全自動武器発射装置

 

 っていう名前らしい。姫さん曰く、膨大な魔力を秘めており長年先人たちが貯め続けてきた数々の発車機能が発動される……とあるが、見た目がどう考えてもトラップだと分かる物であり、更には遠距離から装置の破壊が可能という駄作だ。

 

 ……ヤバい時に使ってしまったらハジメへの隙を作れなかったからな。我慢しておいてよかったぜ。

 そして魔法陣はしっかり作動してくれた。ヒュドラが巨体な上、魔法陣から放たれる尋常じゃない訳アリ武器により踏み潰されることは無い。

 

 しかしヒュドラもすぐに学習し、横の2本の首を使って双方から魔法陣破壊を試みた。マジでこいつ頭いいな!

 

 だが時間を掛けすぎだぞ?

 

「ユエ!」

「んっ! 〝蒼天〟!」

 

 青白い太陽が部屋の中に出現し、身動きの取れないヒュドラの銀頭を融解させていく。中に放り込まれた爆薬の類も連鎖して爆発し、防御力を突破して銀頭に少なくないダメージを与えていった。

 

「グゥルアアアア!!!」

 

 銀頭が断末魔の絶叫を上げる。何とか逃げ出そうと暴れ、光弾を乱れ撃ちにする。壁が撃ち崩されるが、ハジメが錬成で片っ端から修復していくので逃げ出せない。

 

 極光が放たれることも無い。そのままもがいていたヒュドラの魔力が止まった……やっと倒せたんだな。

 

 とんでもない敵だ……アルタイルが言っていたことがこうも早く現れるとは。意外とチート道では無いのかもしれない。

 

 取り敢えずハジメの所へ……行こうとしたら本人は地面にぶっ倒れていた。ユエさんがオロオロしている事から予想外の自体のようだ。

 そういやさっき光の速さで動きまくってた気がするし、色々限界突破したんだろうな。

 

 見たところ息はしているが……こりゃあ間違いなく安静が必要だな。

 

「うっす、お疲れさん」

「ハジメは……」

『安心したまえ。彼は生きている……だが状態は著しくないな。直ぐに安静な場所に移動させるべきだ』

「あー、一応生きてるが状態が良くないのですぐ休ませる方がいい……近くに休める場所があればいいんだけどな」

 

 親友を担ぎあげ、部屋の先に現れた扉の方へ向かう……ボスが倒されたことで進めるようになったのだ。

 

 新たな敵が出てこないか、疲れた体に鞭を打ち警戒を怠らないまま進むと、意外な光景が広がっていた。

 

「ここは……」

「ん……何、これ……」

 

 これは……休憩地点か?辺りに魔物の反応も一切ない。ボス部屋の後は安息の地だったようだ……製作者ナイス。

 

「……おっ、ユエさん。大丈夫そうだぞ」

 

 近くにあった部屋に入り、患者を下ろす。本人はボロボロを通り越して命の危険を感じるような状態だが、本人のステータスも功を奏したのか死ぬことは無いまま寝ているようだ。

 

 良かったぁ……と、俺もやっぱり限界だよなぁ。

 

 身体中から軋む音や折れる感触が……瞼が重くなり、耳鳴りや痙攣も始まった。正直、ここまでで1番力を使ったから、その副作用がもろに出てるんだよなぁ……

 

『久遠!』

「あっ、無理。ユエさんいきなり頼む」

「えっ!?」

 

 アルタイルの珍しく切羽詰った声と、ユエさんの驚いた表情が意外性感じられて良きかな……

 

 下らないことを考えながらもそのまま意識を落としていく。取り敢えず、アルタイルに変わって自分に労いの言葉をかけておこう。よくやったぞ、俺。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→今更だが、元々容姿はいい。身長も177と中々で黒髪だった。だがハジメのようなストレートとは違い久遠は変なくせ毛があり少しボサボサしている。前にも説明したが女子ウケはまぁまぁいい。天之川のようなカリスマ性が無いものの、親友を大切にする心構えが好評価だとか…

南雲ハジメ
→彼の久遠に対する印象は「理解者」である。爆弾を一々持ってくる香織とは違い、久遠は適度なタイミングで現れ、話もハジメが苦になる事無く進んでくれる。雫と共にフォローをしてくれる所も毎日助かっているし、ゲームに対しては毎回的確なアドバイス、コメントまでしてくれる。ここまで素晴らしい親友が他に居るだろうか…居ない!

 お久しぶりです…マジで年末って忙しいですね。言い訳になりますが論文やら臨時試験やら部屋の片付けやらプロ○カのイベらんやらモ○ストのガチャ貯めやらで夜しか眠れない状態〜はいすみませんでした。

 今回はハジメと遂に再開しましたが、意外とあっさりですね…やっぱり戦闘シーンに久遠を入れ込むのには一苦労。ありふれアフターを見れば分かりますが、ヒュドラ戦はあの二人が掴み取ったものですからねぇ、久遠はあまり入れたくなかった所存。
 次回、次次回辺りで終わりかな?そしてアナザーサイドを2個挟み込んで…2章へGO!ですかね。お楽しみに〜


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第十二話 御二人の邪魔はしないので…

Re:CREATORS復習のためのアニメ視聴第2話感想

第2話は説明会ですね、メテオラさんのキャラが早速確立された話でもあります…そりゃあ根強い人気取りますわな。
創造主が初めて出てくる回でもありますね。松原さん達は人間的な見た目をしていて被造物と列記とした差を感じるような容姿です。彼らが物語のキーになりますからね…ワクワクです。

それじゃあ、今回もレッツゴー!



「う……ぅぅ……」

『起きたか。遅い目覚めだな……堕落的な私生活が影響しているのではないか?』

「うっせ……」

 

 起きると耳に入ってくる彼女の声。相変わらず毒があるが、その声を聞いて一気に安心した。あぁ、俺は今生きている。

 

 たしか俺はあの後ハジメを背負って、ヒュドラを倒した後に出現した扉をユエさんと一緒に向かったんだったな。そしてその先には何とか住処があった。

 

 恐らく休憩地点……というよりはクリア部屋みたいなところなんだろう。やっと着いたぁ!無表情なユエさんも心知らずかほっとしているようにも見えた。

 

 そして取り敢えず直ぐにハジメを寝かせた後、俺にも変化が訪れた。森羅万象(ホロプシコン)の副作用……と言うべきか。俺の髪も全部が赤色になっていてかなり危険な状態だったらしい。

 

 アルタイルの説明によると世界の修復力に引っかかるレベルでの力の使用により身体に影響が……世界が自分を弾くつもりで来たらしい。

 

 とんでもない。世界から見放されかけたわけだ。三途の川も渡れないとかシャレにならんな……頭を振って意識を覚醒させていると続いて彼女が口を開いた。

 

『危険な状態だったぞ?急に倒れてあの吸血鬼の少女も心配していた。余も緊急事態故に彼女に正体を明かして君を寝かせたのだ』

「マジか……そりゃあ助かった。別にあの子ならお前の事を何れ話すつもりだっただろうしな」

 

 アルタイルのナイス判断に感謝して、まだ重い体を起こすとそこはログハウスみたいな寝室だった。シングルベッドを降りながらも、身体を確認する。

 

 完治には程遠いが、峠は超したようで今は酷い筋肉痛で落ち着いたようだ。髪の変色がメッシュ程度になっている辺り、行ける所まで自己再生はしたようだ。

 

 ステータスを開くと……うわぁー……

 

 一ノ瀬久遠 17歳 男 レベル:???

 天職:創造主

 筋力:8590(+2500)

 体力:10010(+2500)

 耐性:4860(+2500)

 敏捷:10500(+2500)

 魔力:15950(+2500)

 魔耐:5270(+2500)

 技能:森羅万象(ホロプシコン)[+因子収納][+因子再生][+表象展観][+因果再築][+魔力着衣]・痛覚操作・胃酸強化・天歩[+空力][+縮地]・五感強化[+五感超強化]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏][+半顕現]・全属性耐性・先読・金剛[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・威圧・念話・追跡・高速魔力回復[+魔素集束]・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+衝撃変換]・限界突破・言語理解

 

 何かとんでもない事になっているのは確かだな。魔力に至っては桁が5つもあるし。レベルも上限を超えてしまい表示されなくなってしまった……ゲームだったら間違いなくバクデータとして公式の大会には禁止されてしまうだろう。

 

 スキルも多すぎて何が何だか……魔物のスキルが沢山あるせいで森羅万象(ホロプシコン)の能力をさがすのが面倒だな……

 

「いやいや、待て待て待て……森羅万象(ホロプシコン)なんか派生技能追加されてねぇか?」

『第3楽章の表象天理、そして第23楽章の因果再築か。何方も余が愛用していた伴奏だ』

 

 表彰展観は純粋に物を別のものに摩り替える能力だ。条件として摩り替える質量が双方等しく、自分の因子収納内の物でしか使えないが、強力な技の部類に入る。

 

 一方、因果再築は1度起きた物事を繰り返して起こす技。プログラミングで言うループ構文……ってこれも例えが悪いな。

 まぁ、魔法なんかは魔力の持つ限り自分が詠唱しなくとも勝手に発動し続ける感じだ。俺は魔法が使えないが……アルタイルは自身の武器であるサーベルを量産させ、たとえ壊れても一定数は保つよう復活するようにしていた。

 

 何方もアルタイルはフェスで多用し、圧倒し、多くの観客を魅了させた。その技が使えるようになったらしい。使いこなせるかは俺次第だけどな……

 

 あ、あとこの魔力着衣って何だ?フェスでも見た事のない能力だな……

 

「なぁ、これ発動してもいいのか?」

『魔力が多少は減少するが、問題ない』

 

 じゃあ早速……森羅万象(ホロプシコン)、第4楽章……魔力着衣

 

 すると身体から光が湧き出し、直ぐに収まった……そして気づけば自分の衣服が変わっていた。黒のコートに同じく黒で素材の良いズボン。胸には獅子の紋章があり、コートのボタンとか見るに、軍服衣装と推測できる。

 

 そして見覚えがあるこの感じ……間違いない。

 

「お前の軍服の姫君スタイルか?」

『あの格好はセツナによって作れたものだからな……それに強化を施し着脱可能にして置いたのだ。自動再生も付与してある』

「マジでセツナさん好きだな……」

 

 って事は魔力を払えばあの対戦でも無類の防御力を放っていたこの軍服を付けられるわけか。欠点としては動きづらいくらいか……しっかりと軍服なので重く感じてしまう。

 本当に防御したい時などに使うとしよう。

 

 あっ、後俺の魔力着衣に帽子が追加されなかった。軍帽がないのは、もしかして俺に似合わないからか?

 少しは憧れていたんだが……この際仕方がないか。

 

 魔力着衣を解放し、元の姿になったと確認しながらそういえばとアルタイルに聞いた。

 

「さて、ハジメは……居たよな?」

『なぜ疑問形なんだ……』

「いや、あの時結構切羽詰まってたからな……幻惑の一つや二つは見ててもおかしくないと」

 

 しかも白髪で、片腕もなかった……ユエさんという知らない女の子も居たわけだし。

 

 だけどアルタイルの様子から察するに、ただ別の場所にいるだけのようだな。あいつも相当ダメージ喰らってたし、今もまだ看病中かもしれない。

 

 ユエさんに至っては俺の世話もちょくちょくしてくれたのだろう。ハジメに付きっきりでいたかったはずなのに……感謝しておかないとな。

 

 外を出ると広場があり、テーブルや椅子など家具が揃えられており、落ち着いた雰囲気だ。居住スペースとしてはしっかりしてるな。

 

 そして上を見上げると……マジか、人口太陽がある。しっかりと日光が降り注いでいる感覚はある。ここの製作者中々にすげぇ奴だ。

 

 魔力の反応は……っと。

 

 向こうからか。同じような部屋の扉が複数ある中、そのうちの一つを開けて──

 

ん!……んぅ……あぅ……

ふーっ……ふっ……ふー……

「『……』」

 

 見てしまった。俺、初めてかもしれん……誰も想像したことがないだろう。交わる唇と絶え間なく動き続ける身体。時説漏れてくる声がエロい……

 

 俺の同級生が早くも卒業しています。しかも異世界で。しかもその女性は超絶美人の子供じゃねーか……歳はともかく、傍から見ればロリコン確定だぞ。

 

 2人は幸せの絶頂の時のようで俺達が扉を開けたことにすら気づいていない。かといって閉めようとすると気づかれる可能性もあるので動くことが出来ん。

 

 本音、2人のあんな事やこんな事をずっと見ておきたい。何方とも凄いテクニックだ!

 

「アルタイル、ちゃんと撮れてるか?」

『あぁ……何故だろうか、久遠。言われる前に録画を押した余は今ダメな方へ行っているような気がするのだが……』

「気のせいだ。寧ろ人間の本能を理解していて何よりだ」

 

 アルタイルも人間らしく成長しているということだな……一応彼女が夜な夜なそういうアダルトなサイトを覗いていたのは端末を外部からハッキングした時に知ったがスルー。

 

 うーん、もっと具体的に彼らの闘いを教えたいが、そうするとRタグを追加しなきゃならないので割愛する。すまんな、同士達よ!

 

『当たり前のように第四の壁を超えるな……』

「いやぁ、これくらいは言っておきたくて……読者のみんな、俺今すげぇ楽しんでるわ」

『タグに主人公性格難ありと追加しておくべきか……』

 

 アルタイルから性格難ありの称号を得そうになっていると、ついにあいつらが気づいた。何がとは言わんが、達したハジメが顔を上げて俺と目が合う。

 

「っ!お前!」

「……」

「おー……」

 

 ハジメが何故ここにと言わんばかりの驚きを見せる。そして少女……ユエさんは俺の方を無表情で眺めている。

 何方も暫くは何も反応がなかった……状況の整理に時間がかかっているのか?

 

 ここで、何故か俺は一瞬彼女とと通じあった気がした。テレパシー……現実の域を超えた……みたいな。こいつも壁を超える能力を!?

 

 とにかく、その状態で俺はメッセージを送る。

 

 

 

~~~~~テレパシータァァイムッ~~~~~

 

 

【テレ=テレパシー ジェ=ジェスチャー】

 

 テレ:(取り敢えず後2時間はあっちに居る)

 

 ジェ:指2本立てて同時に外の広間を指す。

 

 

 テレ:(ん……感謝する。暫くはハジメ動けないよ?)

 

 ジェ:頷きながらハジメをチラリ。

 

 

 テレ:(気にすんな……遠慮なくぶちかましてやれ)

 

 ジェ:大きく頷き、親指をクネクネさせる。下もペロリ。

 

 

 テレ:(ん!)

 

 ジェ:2本の指で返されたRジェスチャーもバッチリ!

 

 

 

~~~~~テレパシー、終了!!~~~~~

 

 

 親指グッ!

 

 

 あちらもグッ!

 

 

「お前ら念話なしにどうして会話出来てんだ!」

 

 すっかり取り残されていたハジメが雄叫びを上げるが気にしない。今俺と目の前の女の子が見事にシンクロで来た瞬間である!

 

 戸をスススーっと閉めながら、早くも卒業した友人にエールを送っておこう。

 

「ハッスル、頑張れよー」

「おい、何がだ!……って、ユエ!?急に本調子になって……一之瀬!ナニをしやがっ……ユエ、ちょ、まて、あっ、アッ────ー!!!」

 

 その後俺はゆっくりアルタイルと花を咲かせながら茶を啜ってましたとさ。親友が大人の階段を先に昇ってしまったなぁ……だがそれにしても──

 

「ふぅ……暫くはあの光景で食って行けるな」

『卑猥な言葉をそれ以上口にするなら見捨てるぞ……主に読者が』

「お前も第四の壁超えてんじゃねぇかよ……」

 

 談笑中、近くの部屋から激しい呻き声と熱い吐息が聞こえてくるが、それは小鳥のさえずりのようなBGMなのだ。うん、そうなのだ。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「それで?楽しめたか?」

「ん、それはもうじっくりと」

「てめぇ……一之瀬、覚えてろよ……」

 

 本当に1時間丸々使って来た。2人とも……というよりユエさんは満足していて、テカテカホクホクで帰ってきた。楽しんできたようで何より。ハジメはこういうのに慣れてないからか、少しやつれて俺を睨んでいた。

 

 彼からの言葉を軽く受け流しつつ、2人をテーブルに促す。紅茶の入ったカップを渡しながら自己紹介を始めた。

 

 よく考えたらユエさんとはまともに話していない。さっきのテレパシーは除く。

 

「改めて俺は一之瀬久遠だ。ユエ……さんか?宜しく頼む」

「ん……ユエでいいけど?ハジメの親友だし……」

「あーいや、それならユエさんでいい。口調はこんなんだしな」

 

 聞くにユエさんは300歳を超える長寿……ロリバおっと誰か来たようだ。

 絶対彼女としても触れたくない領域なのでその言葉を喉奥にしまいながらも続ける。

 そしてハジメが今まで何があったか説明してくれた。想像を絶するような出来事の連続にツッコミが止まらないが、取り敢えず全部聞くことにした。

 

 そして話が終わり、俺も腹一杯だ。思わず紅茶を飲み干してしまう。

 

「ハハッ、良く生きてたもんだなぁ……お前を助けに行ってなんだが、最下層まで行った時は死んでると思ったぜ」

「まあ俺も実際ここまで来たことは奇跡だと思ってる。ユエや魔物の力がなければ生きちゃいねーよ」

 

 そう言いながら髪を触る。確かに、髪の変色具合が俺以上だ。他にも体が逞しく成長しており、片目がない。こいつも相当な事があって変わったんだな……って、やっぱりこいつもか。

 

「……やっぱり魔物の肉を食ったか……」

「ん?お前もじゃないのか?」

「ああ、勿論……だが良く耐えきったな。お前自己再生能力なんて無かっただろ?」

「あ?お前、神水飲んでねぇのか?」

「は?」

「あ?」

 

 神水……浸水?

 

 ハジメ、神水レクチャー中……

 

「マジかよ……そんなチートアイテムあったのなら先に出会っときたかった。どれだけ苦労したことか……」

「ってかお前どうやって耐えきったんだ?正直一般人の俺らにあの精神的苦痛を耐えられる気がしねぇが……」

「ああ、それは──」

 

 俺、因子再生レクチャー中……

 

「お前も反則級じゃねーかよ……」

「否定はしない。が、俺の方がお前の変化に心底驚いてる」

 

 こいつのステータスもなかなかの化け物だった……大体、魔物のスキル全部継承してるってなんだよ。おまけに謎の魔法も取得してるし……しかも錬成と相性良すぎるだろ。

 

 他にも、彼が見せてくれた現代武器も充分世界の法則を破りかねない品物であり、少なくともここら辺の魔物をものともしない火力を備えている。

 しかもおまけでユエさんがものすごいハイレベルな魔法使いと判明。ヒュドラにトドメを指した魔法も彼女特製のようだ。

 

 ……あれ?俺助けに行く必要あったか?こいつなら俺抜きでも普通にここを突破していた気がする。

 

 まぁ、でも中身だけではなくこいつは見た目もかなーり変わってしまったようで?上から下までツッコミどころ満載な姿にニヤニヤが先程から止まらない。

 

「プッ……白髪に眼帯の時点で目覚めてるよ……ブフッ……コートもどう考えても意識してるし……義手とかもっとスリムでいいのに、すっげぇ派手に作ってるし!アッハッハッハ!!」

「っ……てめぇ……」

 

 いや、だってそうじゃん!コートはまだしも、眼帯とか義手とかは完全にこいつの気合いが入ってしまっている。ってか義手とか絶対無駄な機能がもりもり詰まっているようにしか思えない。

 多分ロケットパンチやら、腕から小型ミサイルやらロマンに溢れるガジェットを盛り込んでいるだろう。今度見せてもらおうかな。

 

 あっ、俺たちの話に着いて行けてないユエさんにアドバイスしなきゃな。ハジメをこの先もっとよく理解できる為にな!

 

「ユエさん、一応地球の知識がない状態だろうし、教えておこう。ハジメの格好は完全に厨グボァァ!!」

 

 だが説明の途中で額にとんでもない衝撃が届き、成す術もなく後方に吹っ飛んだ。直前でドパンッと重苦しい音が鳴っていたので、おそらく俺は射殺されたのだろう。

 

 ぼやける視界だったが、直ぐに回復する。因子再生のお陰で実質不死身の俺は銃だってミサイルだってものともしないボディを手に入れたのだ!

 だが、痛覚までは消せることが出来ないので、これまでに無い頭痛に耐えながら立ち上がることになったのだが。

 

 勿論、犯人なんて1人しか居ない。堂々とドンナーを指でクルクルスピンさせている親友に吠えた。

 

「何すんだてめぇ!いきなり発砲とかシャレになんねぇぞ!」

「チッ……再生しやがったか」

「殺す気満々じゃあねーか!大体そんなものあっちの世界じゃあ銃刀法違反だぞ!」

「あぁ?異世界に法を求めたら負けだぞ?」

 

 うっ……確かに。しかも殺生の価値が下がっているこの世界では多分その武器も喜んで使われることだろう……

 ……いやそれでも普通に人に発泡しちゃだめだろ。今ここには吸血鬼と超人人間とホログラムの破壊神しか居ないから誰も突っ込まないけど。

 

 と、ユエさんが表情を綻ばせる。

 

「……ふふっ」

「?……ユエ?」

「ハジメ、嬉しそう……初めて見るかも」

「うっ……こいつといると調子が狂う」

「アッハッハ、一応付き合いは長い方だからな」

 

 ハジメとはもう5年ほど友達でいる。こいつの事を親友と思っている……だからこそ助けたかったんだよなぁ。

 ハジメを助けたのは……どうやら隣のユエさんのようだし。こんなになったハジメをあんな感じで照れさせられるかと聞かれたら無理だな。

 

 あいつをあいつのままで居させてくれたのはユエさんにしか出来なかったのだろう……

 

 はぁ……ま、一旦それは置いておくか。今はそれよりこいつに聞きたいことがあるしな。真面目モードを察してくれたのか、ハジメも視線を俺に戻す。

 

「さて、情報交換と行きたいぜ。俺はお前らの話を聞いてみたいしな……」

「あぁ。と言っても大体はここで分かったことだけどな」

 

 そう言いながらハジメはここで知った世界の真実について余すことなく説明してくれた。内容は割愛するとして……

 神様がマジでいて、しかも解放者が神の策略を止めようとしていたのか。

 

 どうやら世界はあんまり宜しくない方向へ向かっているらしい。

 

「マジかよ。解放者って……やっぱり神は黒か」

「まぁな。それも相当の屑のようだ。まぁ俺には関係ない話だけどな」

 

 おや?こりゃあ予想外の発言が出た。思わず飲み物へ伸ばした手が止まる。ハジメは冗談を言っているようではなく、心底興味が無いように見えた。

 

 ……正直、世界を救うなんてことは出来ないと思っている。

 1人で成し遂げられることは微々たるもので、それが何人にもふくれあがるこその世界を救う、だ。

 

 だからあの勇者のような夢物語を語る事はしない……が、こいつの性格的に助けになることはどんな形であれしそうだった。

 

「へぇ?俺はてっきり神を殺しに行くのかと」

「そんな面倒な事するか。俺の目的は地球に帰ること、それだけだ」

「2人で、でしょ?」

「……そうだな……」

「ハジメ……」

「ユエ……」

 

 あれ?気のせいかな……2人の周りにめちゃくちゃ甘そうな桃が現れているんだけど。

 

 というかダメージがでかい。何故か凄く胸が締め付けられていて、目眩もしてきた……今俺にデバフが掛けられているに違いない。

 

「なぁアルタイル、今すっごく砂糖を吐きたいんだが、コーヒー無いか?」

『魔物の肉ならあるぞ?身体を分解して甘さも忘れるだろう?』

 

 確かにそれもありかも……いやねーよ。

 1人ツッコミで勝手に復帰する。ここで勝手に死んでたまるかっての。

 

 2人のラブラブ空間は今に始まったことではないようだな……多分奈落で培ってきた結果……なのだろう。リア充野郎め。

 

 するとやっと帰ってきたハジメが今度は俺の方を見て質問してきた。

 

「そういえばアルタイルさんは居るのか?」

「あぁ、そういえばまだ正式に見せてなかったな。ほれ」

『これは南雲殿、久しいな。随分様相も変わったじゃないか』

「ぐっ……不可抗力ですよ……」

 

 流石の化け物スペックを手に入れたとしてもアルタイルには勝てないようだ。

 ユエさんと違い彼はアルタイルの力を理解しているからこその反応……敬語に戻ってるし。

 

 アルタイルというと揶揄いは挨拶がわりのようで、今度は真剣な目でハジメを見つめる。何かを見定めるようにしばらくは目を離さなかったが、ゆっくり口を開く。

 

『……君は既に道を決めているか』

「あぁ。敵対する者はどんな奴等であれ殺す。ここ奈落で得た物だ」

「……」

 

 変わってしまったのは姿だけではない……生きるための価値観までもが変わってしまった。だがそれはもう仕方がないことで俺がなにか言える訳では無い。

 

 正直、驚いている……あいつの口から簡単に『殺す』と言う言葉が出てきたことに対して。親友がそんな言葉を口にするとは思えなかったし、だがこいつの様子から見て本気さが伝わってくる。

 

 しかし……しかしだ。それがこいつがここで見つけたことなら俺は何も言えまい。だってそれはハジメの覚悟を否定することにもなるからだ。

 

 ……後はあいつの性格が変わっても根っこまではそうそう変わらないだろうしな。

 もしこいつが危ない道渡りかけたらそこから引きずり戻すことにしよう。それが友の出来る最大の返しではないかなぁと思う。

 

「まぁ、俺はお前と敵対しねぇし問題ないな」

『それは些か甘い目論見だ。君の事だ、どうせ女性の話で見解の相違が現れ殺し合いに……』

「なぁ、俺ってそんなイメージなのか?そうなのか?」

 

 今度アルタイルと俺の認識についてゆっくり話し合わなければならない。

 

「あぁ、とりあえず俺もその生成魔法?を取りたいから場所を教えてくれ」

「ん……3階の奥の部屋にある」

「魔法陣を踏めば解放者からのレクチャーと共に受け取れるぞ」

「サンキュ、そんじゃあちょいと失礼するぜ」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「こいつがオスカー・オルクスのようだな」

『ふむ……彼が生成魔法の使い手でもあり、解放者の一員となると目的は継承か……』

 

 ここも割愛しようかな……だって内容がほとんどハジメの言ったことと同じだし!このまま彼の話をタラタラ聞き続ける程みんなも暇じゃない。

 

 はい、ここはカットで。

 

「……話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

「やっぱ長ぇよ」

『……言いたいことは分かるがここは空気を読むべきでは無いのか』

 

 うん、確かにそうだとは思うが……とにかく、ホログラムに写ったオスカーが言い残した言葉と共に、頭の中に知識が入り込んでいく。

 物体の生成……物質から魔力を通して新たな物を生み出す力……これが噂の生成魔法。

 

『なるほど、これが生成魔法か……確かに南雲殿には絶大な適性があるな』

「あいつがここに辿り着いたのも1種の運命かもしれないな」

 

 ハジメがこれを手に入れたら、錬成師による生成とあいつの現代の知識が無双する羽目になる。

 多分これであいつは機械や兵器など、細かい構造の奴らまで魔力で全てカバーした状態で複製、作成ができる。更にはここに存在する魔法も複合させればア○アンマンのように空飛んだりリパルサー撃ったりもできそうだ……

 

 てかこれやばくねぇか?マジでファンタジーという概念が崩れる気しかしないんだが……まぁ、そこはおいおい見ていくとするか。最悪俺がフォローに回ればいいんだし。

 

 と、そういえばこの魔法俺にはどんな感じで反映されるんだ?

 ハジメやユエさんは何かを作り出すって事で適性があったが、俺は別に魔法とか使えねぇし、武器もこの体と森羅万象(ホロプシコン)くらいだ。

 

 下手すりゃあ適正ゼロだったりする?いきなりメンタルブレイクはキツイんだけどなぁ…

 

 だがそれは杞憂で済んでくれた。答えはステータス画面を開くとしっかりと反映されていた。画面に追加された技能を目にして思わず乾いた笑いが出てくる。

 無限の可能性を確かに生成魔法はくれたようだ。

 

「これは──」

 

 ……あー、一言で言い表してもこれはかなりチートだな。




ちょいと補足

南雲ハジメ
→ユエには久遠のことを話しており、「唯一で、一番のの親友」と呼んでいる。香織たちとの交流があるものの、やはり彼の人生に大きな影響を与えた彼の存在は忘れられないらしい。それは今も同じで、ちゃっかり奈落で再開した時笑顔を隠せずにいたらしい。

ユエ
→ロリっ子吸血鬼の属性は久遠にも刺さっている。だが本人は勿論彼女がハジメのだと承知しているので程よい距離関係で保っている。尚、ユエから見た久遠の印象は「若い頃の優しかったおじ様(ギャグ要素は抜く)」吸血もしたが、味は「栄養ドリンクの味」に似ているらしく、魔力は十分に貰えるもののハジメのが1番のようだ。

 はい、説明会というか、日常回というか…一応間接的にえっちぃ所は表示したけど、流石にR指定は喰らわないよね?…喰らいませんよね?
 自分としては、2人の再会を書くことが出来てとても満足しています。こっから物語が始まるんですからね。ユエさんとの関わりもどうにかしてねじ込んでみたいですね…楽しみが増えるばかり〜

 さて、いよいよ1章も大詰めとなりました。2章へ行くのは恐らく来年になりますが、ちょこっとだけネタバレしましょう…私からのクリスマスプレゼントということで!

??「2章では私が登場するです…原作にも居ましたけど、あちらでは覚醒してて…今の私と比べて見る影も無いですね」

誰でしょうね〜…それでは、また何処かで会いましょ!メリクリ!


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第十三話 ロマンは追いかけるものなんだ!

Re:CREATORS復習のためのアニメ視聴第3話感想

 被造物がだんだん明らかになってきたこの回。自分はその中でも弥勒寺優夜がやっぱり印象に残りましたねぇ。主人公のライバルであり、その物語ではラスボスでもあるという設定が確かに人気を集めやすいなぁと思ってしまう。
 そして彼の板額から溢れ出るペル○ナ4のキャラ感が何とも…笑

 さてさて、タイトルから滲み出てくるネタ回…どうぞ楽しんでってね!



 生成魔法を無事に習得し、ハジメ達の準備を待っている時の事だ。

 

 俺はハジメが居座っている工房へと向かう。ここはオスカー・オルクスが使っていた工房のようで、器具やらアイテムやら、錬成に必要なものがあらかた揃っているらしい。

 

 扉を開ければすぐそこであいつは錬成している。

 魔法陣を展開させて何か作っている所で声をかけた。

 

「よっ、ハジメ……それってもしや……」

「おう、そのまさかだ」

 

 彼が今作っているのはハンドルのパーツ……どう考えても車だった。周りを見れば他にもマフラーやタイヤ、細かい部品も散らばっており、それら一つ一つがハジメ作であるのは見ればすぐに分かる。

 

「お前の能力フル活用されてるなぁ……こりゃあ現代兵器が世界で火を吹く日も近いかもな」

「ふん、こいつらは俺が俺のために使う。誰かに提供とかしねぇよ」

 

 こいつに生成魔法を与えたら現代技術のオンパレードだな……いづれ飛行機とか戦車とか作りそうで怖くなってくる。

 

 何れ戦車とか、戦闘機とか……はたまた原子力を利用した爆撃……わ〜お、まるで悪役じゃねぇか。

 

 顔を引き攣らせまいと我慢する……目的であって来たのでそちらを優先させるとしよう。

 

「そうそう、お前に相談が」

「あん?どうした?」

 

 それはステータスを見せ合いしたあの時の事である。

 

「ステータスプレートを貰った時の約束したこと覚えているか?」

「あぁ、お前専用の武器作ってやる……って」

「そういう事だ。時間がある時でもいいから、俺の武器を作ってくれねぇか?」

 

 格闘術だけでは限界がある……ヒュドラみたいなデカい魔物は何とかなるかもしれないが、遠距離を持つ敵が出てくると話は別だ。

 相手に接近する工程を省けたい……なので遠距離武器が欲しくなってしまった次第だ。

 

 早速弱点を補うための人頼り……情けないがここで妥協しても意味が無いためここに来たのだ。

 

 まぁ、ハジメも今は忙しそうだし、タイミングを間違えたか……

 

「いいぞ、お前の専用武器、作ってやる」

「おぉ……マジか!」

 

 ところが思わぬ二つ返事を頂いた。予想外の答えに思わず興奮してしまう。こいつの武器なら性能を期待してもいいだろうしな。

 

 それならと、ポッケに入れていた軽い設計図を彼に渡す。内容はもちろん、俺専用の武器。

 

「それなら構造は決めてある。こんな感じのを……」

 

 受け取ったハジメは暫くその紙を眺めていたが、やがて苦虫を噛むような表情でこう伝えてくる。

 

「……いや、だがこれじゃあ1発しか撃てねぇぞ?威力に全振りで大丈夫なのかよ」

「あの能力を思い出してみろよ……あっただろ?」

「……成程、それなら納得だな」

 

 そして直ぐに取り掛かってくれた。車作ってる最中なのに、良いのかと聞けばお前の方を優先させるに決まってるだろ?と返される。

 

 あぁ……こいつも律儀だなぁ……そして本質もなんも変わってねぇわ。良い友達を持ったもんだ。

 

 ……そういえばこの際言っておかなければならないことがあるな。作業に取り掛かっているハジメに向かって声をかける。

 

「あぁ、そういえばよぉ」

「あ?」

「あの時、助けられなくて……すまん」

 

 ハジメが作業の手を止めて俺に目を向ける。俺も目を離さずに謝った。

 

「お前の転職やステータスからも見て、あの時俺がもう少し気配りしてりゃああんなことにならなかった筈だ……脚をダメにしたり、ハジメに錬成任せたりでな。だから謝んなきゃと思ってな……本当に、ごめん」

 

 色々と責任を感じていたのは今でも変わらない。特にあの事件直後は何万もの「もしも……」が頭を埋めつくしていた。

 どうしても想像してしまうのだ。あの時自分の選択のどこかを正しておけば……と。

 

 今となっては後の祭りだが、それでも目の前の親友に頭を下げずにはいられなかった。

 

 ハジメがどんな顔をしているのかは分からない。頭を下げて暫くすると、前からまた作業の音が聞こえてくる。

 同時にハジメの落ち着いた様子も分かった。

 

「俺はあの時お前を助けたかったから錬成した。どっちが生き残った方がいいかって聞かれたら間違いなくお前だからな」

「そんな理屈じゃダメだろ……それに俺がしっかりしてれば──」

「変わらなかったと思うぞ?」

 

 遮られて思わず目をぱちくり。変わらなかった……か?

 

「あの時のベヒモスやばかったじゃねーかよ。多分お前が少し強くなってたところで俺らのどっちかが落ちる未来は変わらなかったと思うぞ」

「うっ……確かに」

 

 ……あのベヒモスには結局勝てなかったんだったな。

 

 俺もあの時のコンディションは最高だったはずだ。

 毎日欠かさず鍛錬し、技を磨き、森羅万象(ホロプシコン)の練習をしていた俺があれ以上の力を出せたかと聞かれると……うん、無理だな。

 

 それに、とハジメは続けた。

 

「俺は落ちたが……結果オーライって事だ」

「ユエさんやその体を手にしたからか?」

「それもあるが……何より俺の本心が分かったからというか、決心が着いたというか……とにかくこの世界で生きる為の覚悟みたいのができたんだよ」

 

 その目は紅くギラりと光る……彼の確固たる意思が目に見える程に。

 今までのハジメの遠慮気味で、少し気配りをするような面影は見当たらない。だがそれはいい事だ。少なくともこの世界では。

 

 殺伐としたこの世界で生き抜くには相応の犠牲が必要となる……それを分かっている者は俺達の中でほとんど居ないだろう。その中でハジメはここで1番に決められたらしい。

 

 自分の守れる者は何がなんでも守り、敵対する奴らは容赦なく殺す。

 

 ……物騒なモットーだが、嫌いじゃない。ってかなんかカッコイイ。

 

「だから気にすんな。むしろ助けに来てくれて感謝しなきゃ行けないのは俺の方だ」

「はぁ……まぁ、お前が言うならそれでいいか」

 

 こっちはまだ納得できてねぇんだが……良しとしよう。あいつが許してくれたということで。

 

 その後も数時間、製作者と立案者で武器の制作に勤しんだ。俺の専用武器になるんだし、下手に妥協はしたくなかったからな。

 改造、失敗、創造、破壊……トライアンドエラーを繰り返して6時間が経過した。何回目の錬成か……双方びっしょりと汗を掻きまくりながらも続けた……

 

 結果、出来たのは1本の銃である。ショットガンのように銃口が長く、1発の威力が高い。が、装填時間も早くし、更にハジメの纏雷によってレールガン並みの速度を出すことが出来る。

 

 銃本体は耐熱性に優れているタウル鉱石を使っており、この世界で最も硬い金属であるアザンチウムによってコーティングされている。

 そして中にはこの武器の核ともなる燃焼石が内蔵されている。

 

 仕組みとしては燃焼石同士がぶつかり合うことで摩擦熱が発生し、さらにバレルの中で何重にもハジメ特製纏雷でエネルギーが電磁加速される。

 

 結果、ハジメのドンナー以上の威力をたたき出せる代物になった。

 

 その威力は軽く地面を抉るほど。魔物の身体に撃つとオーバーキルになりかねない代物になった。

 

 しかしこれには重大な欠陥がある。それはエネルギーが大きすぎてタウル鉱石が熱に耐えられずに溶けてしまうことだ。

 これでは銃口が溶けてしまい、弾はせいぜい1発しか撃つことが出来ない。

 

 ……だがそれが狙いなのだ。

 

 この欠点カバーするのが俺の森羅万象(ホロプシコン)

 

 森羅万象(ホロプシコン)、第22楽章、因子模倣……自分のイメージするものをそっくりそのままコピーすることが出来るチート技である。

 

 生成魔法で開放されたこの能力はアルタイルがサーベルを永遠に生成することが出来るカラクリの元である。

 オリジナルさえ何処かに閉まって置ければそれと全く同じコピーを想像し続けられるのだ。つくづくチートだと思う。

 

 そしてつまり、この能力と目の前の武器の相性が最強だというわけだ。

 

 まぁ、魔力がそれなりに消費されるので無限にという訳では無いが……実質数の暴力で戦う戦法が確立される結果になるのだ。

 

「というか一之瀬、これ完全にあれだろ……」

「まぁ、俺の能力がこれに合うんだし、別にいいじゃねぇかよ」

 

 ズラリと並ぶ無数の銃。標的に向かって無慈悲に放たれる弾幕からはロマンそのものを感じてしまう。

 

 それを行える人物といえば、あの人しかいないだろうな。

 2人で顔を見合せながら言葉をはもらせる。

 

「「マ○さんスタイル」」

 

 1発しか打てないマスケット銃の大量生産によるゴリ押し戦法。某先輩魔法少女が主に使っていた戦法である。

 

 本来あれは本人の能力によってリボンから出来ているが、そんな器用なことこの世界にはない。

 だったら実際の奴を作って因子模倣で量産するっきゃないでしょう。

 

 ファンタジーを現実に!今ここでみんなの夢を可能にしたのだった。

 

 手を俺の専用武器になるであろう銃の前にかざす。さぁ、俺のものになれ。

 

森羅万象(ホロプシコン)……第22楽章、因子模倣」

 

 するとその銃が浮かび上がる。俺の側まで来るよう調整した直後、構造をコピーできたと確かな実感が感じられた。

 

 掴めた。

 

 因子模倣により左後ろに塵が集合し、やがて全く同じマスケット銃が生成される。形や模様まで、何一つ狂いの無い再現が成される。

 

 同じくして右後ろ。上。そのまた上。左。右。奥にも──

 

「こりゃあ爽快だな……」

「ああ、俺もここまで上手くいくとは思ってなかった」

 

 気づけば工房は俺の模倣した中で溢れかえっていた。その以上な光景にハジメも思わず感嘆の言葉を漏らしてしまう。

 

 かという俺もまさかこんなに上手くいくとは思ってなかった。あれ、これは遠距離に有利になったとかの範疇超えてないか?

 

 寧ろこれをメインに戦った方がいい節までも感じられた。だとしたら魔力のキャパシティを増やさなきゃな……

 

「お前、ティ○・フィナーレ撃った後に死んだりすんじゃねぇぞ?」

「ふっ、安心しろ。寧ろその後にホーリーマ○になってさらに覚醒してやる」

「闇落ち確定じゃねぇか!!」

 

 えー、でも強さなら間違いなくホーリーマ○が有利だろ。

 

 まぁ冗談はさておき、だがそんな敵がでてきた場合は注意しなきゃな……俺らがつけた力も、大迷宮だからこそ手に入れられるもの。

 

 魔族が万が一これを手にしたら本当に手の付けようがない物になるかもしれない。

 その為にももっと俺らは強くならなきゃな。そいつらが手出ししようのないくらいに。

 

「それにしても……」

 

 因子模倣を解除し、原物であるマスケット銃を眺める。ハジメもその中に目を落とし、暫くその銃を見つめ──

 

「「やっぱりロマンだな」」

 

 2人でガシッと握手を交わす。俺らの創作意欲に対する熱量は、友情は、不滅だ!!

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 握手を交わす久遠とハジメ。2人の創作へのロマンに対する友情が今一度確かめられた瞬間である。

 

 そんな2人を扉の外から、ユエとスマホのアルタイルが覗いていた。アルタイルのスマホはユエの手にあり、2人揃って彼らを見ている状態だ。

 

 ユエは久遠と同じくハジメの所へ行こうとしていたが、2人が何やら作業をしているので扉の奥から見守ることに。

 

 ハジメが銃を作る姿は何度も見ているが、実際はどのような物を制作しているのかは本人の口から聞かないと分からない。なのでアルタイルを呼び出し、彼女の解説の元2人の行動をこっそり見ていたのだ。

 

 普通は気配遮断をしているユエであろうとハジメなら直ぐに気づくはずだが……生憎彼は自分の親友とのロマンの追究に熱くなっているため気づくことは無い。

 

 そして久遠も同様で全く気づかない。今も未だに久遠のマスケット銃の機能について熱く語り合っている。

 

「ロマン……ハジメの武器の事?」

 

 彼らの世界の造語に疎いユエが首を傾げながら呟くと、アルタイルが彼らに溜息をつきながらも答える。

 

『正確に言えば人の求める一種の快楽。久遠や南雲殿の場合は彼らの世界ですら創造の範疇でしか存在しない武器がそれだ』

「?……創造の範疇って」

『彼らの世界の技術でも宙に浮く銃や虚空から量産される銃などは存在しない……彼らが想像し、そうあって欲しいと願う虚構の世界の産物でしかないのだ。故にそれは浪漫、つまりロマンと呼ばれる』

 

 アルタイルの説明にユエが感心し、その知識を元に彼らに目を戻す。2人が盛り上がっている武器の他にはハジメの機能満載の義手、まだ出来ていないものの移動手段の車や、様々な物体が混在している。

 

 それらは彼らが普段手に入れられないもの。漫画や、アニメだからこそ感じる欲なのだ。それが魔法と錬成の技術でリアルに作れてしまう。

 

 ……それに錬成師である彼やこういう系大好きな久遠が興奮しないわけが無い。

 

 それに納得したようにユエは微笑んだ。

 

「ん……なるほど。じゃあ2人は今、ろまんの中」

『そうだな……しかし、はぁ……彼らが羽目を外さないかこちらも気が気でならないな』

 

 後で久遠にキツく叱っておくか……と、彼の心構えを叩き直そうと決意したアルタイルである。

 

 尚、その後実際に2人に告げようとするものの、久遠がロマンの素晴らしさについて2時間近くの公演(延長あり)を行ったため最終的にアルタイルが折れることになってしまった。

 

 ロマン、恐るべし。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 時刻は夜。太陽が月へと変わり、辺り一帯に綺麗な夜空が拡がっているこの時間にハジメは愛するユエさんを呼び出していた。

 目的は彼女に渡すものがある為。ハジメはあれからも武器以外にも護身用のアイテムやら、手榴弾のようなお手ごろ兵器やら開発しまくっていた。

 

 勿論ロマンはめちゃくちゃ含まれているが、全てはこの先の旅でユエさんを守る為に作っているのだろう。

 

 まぁ、そんな感じで、ユエさんにも何かしらのアイテムを渡して彼女後からの1部になってほしい…そう思って、〝魔晶石シリーズ〟と名付けたアクセサリーを始めとする一式を贈ったのだが、そのときのユエさんの反応は……

 

「……プロポーズ?」

「なんでやねん」

 

 少々ぶっ飛んだ第一声に思わず関西弁で突っ込むハジメ。いや、だがシチュエーションはもろプロポーズだからなんとも言えない……

 

 あっ、現在俺らが何で彼らの行動が分かるかって?それは俺とアルタイルで2人のラブラブに発展しそうなシチュエーションを遠くから双眼鏡で眺めているからだ。

 すげぇよ、異世界にギャルゲーは持ってこられなくても良かったんだ……だってあいつらがそのギャルゲーみたいなもんだからな。

 

 さて、ハジメのワードチョイスに期待が高まる!

 

「それで魔力枯渇を防げるだろ? 今度はきっとユエを守ってくれるだろうと思ってな」

「……やっぱりプロポーズ」

「いや、違ぇから。ただの新装備だから」

「……ハジメ、照れ屋」

「……最近、お前人の話聞かないよな?」

「……ベッドの上でも照れ屋」

「止めてくれます!? そういうのマジで!」

「ハジメ……」

「はぁ~、何だよ?」

「ありがとう……大好き」

「……おう」

 

 微笑むユエさんと、少し照れくさそうにしているハジメ。両者の初々しい反応が面白い、そして微笑ましさも感じてしまう。

 あー、これは2人の好感度がどっちも上昇したね。イベントとしては成功だ……ただ、問題がある。

 

 何故か彼らを中心とした半径10メートルくらい暖かい空間ができてしまってるんだが!?余波がここまで届いており、双眼鏡を外しても彼らの幸せなオーラが伝わってくる。

 

 どんな生物もあれには勝てまい。ヒュドラでさえあの空間を邪魔することは不可能!

 

「なんだ、あの空間……甘すぎて吐きそうだ……このまま死んでもいいか?」

『余もそろそろ電源を落とすか……あの光景、被造物同士の恋より熱くこちら側も絶えられん……』

 

 待て待て待て、電源は落とさせねぇからな?

 だがアルタイルも流石にキツそうで目を空に逸らしている事から2人の雰囲気に圧倒されているのが分かる。

 

 ユエさんと最近それなりの関係を築けているアルタイルだが、それでもラブラブ状態の吸血鬼はキツいに変わりないようだ。

 

「まぁ、あいつもユエさんと出会ってなきゃあ化け物として生きていたに違ぇねぇからな……」

『彼女を想うのも当然か……それに彼はどうやら奈落で既に在り方を決めているようだ。君はどうなのだ。敵対する者に対して君はどう動く?』

 

 敵対する奴らだと?少し過去を思い出して見て──

 

 王国や教会のクソッタレ共。世界の平和など大きな目標を立てておき、その裏で繰り広げられる己の利益の押収。

 更には生徒たちの余りにも舐めた態度。自らがまるっきり違う世界に飛ばされたにも関わらず持つことの無い危機感。

 

 そんな世界に対して聖人君子でいられるか?

 

 ……いや、無理だろ。

 

 俺もだからハッキリとこう答えた。

 

「迷わず殺すつもりで行く」

『そうであれば彼も助かる。神により狂った地で生きて行くためには犠牲は付き物だからな』

「まぁ、流石にあいつも無差別殺人を起こすたまじゃねぇし、普通の旅にはなるだろうけどな」

 

 ハジメもユエさんも一癖二癖着いてしまってるからなぁ……俺は2人を影から支えよう。2人を眺めながらそう心に決めた……

 

 ……いや、まだ桃色空間じゃねぇか!やっぱり誰もいなきゃあいつら永遠にイチャイチャしてやがる!!

 

 ……もういい。あいつらからは一旦離れよう。そうだ、俺も空を見て心を浄化させよう。人間、ストレス解消に自然を感じるってのがあると言うし。

 

 ……夜空には幾つ物干しが輝いており、とても幻想的だ。都会じゃあこんな景色は見れないからな。

 月も他の星に負けないくらいの光を放っており、思わず張り詰めていた緊張を解いてしまう。

 

「……一応ここでは人工の月が出てるけど、それでも綺麗だな」

『あぁ……本当に、美しい……』

 

 アルタイルからそんな声が聞こえてくる。するとスマホが光だし、スマホ台の大きさで彼女が飛び出す。軍服の彼女はそのまま月を見上げて頬を弛めていた。

 

 星、好きだもんな。アルタイルという名前も星から来ており、創造主であるセツナさんから付けてもらった影響もある……地球でも夜空を良く眺めていたからな。

 

「だけどそっからじゃあやっぱり見るのも一苦労だな」

『それ程でもないぞ?余もこうして立体となることで視野も格段に広がるからな』

 

 そうして彼女のスマホが光始め、画面から立体として現れる。軍服の彼女はそうしてまた月を見て微笑んでいた。

 

 ……そんな彼女を見て、前々から決めていたある事をここで話すことにした。

 端末を持ち上げ、月をもっと近くでみれるよう上に上げる。

 

「そうだ……お前に言い忘れていたが、俺も目標ひとつ建てたんだよ」

『ふむ……南雲殿のように一皮剥けることか?』

「いやいやいや……そんなもんじゃねぇよ」

 

 いや、まぁ俺も大人の階段に登りたい気持ちはそりゃああるけれども!今はそんなことよりアルタイルに伝えなければいけない事があるので真面目に。

 

「この世界なら可能じゃないかと思ってな……お前をそっから引き出すことが」

『っ……』

 

 言葉を失うなんてお前らしくないぞ?だが言いたいことは分かる。

 俺も自分の発言にもっと責任を持たせるべきかもしれない。だが、これは異世界に来てからやって見なきゃと思っていたのだ。

 

「魔法がある世界なら不可能を可能にすることが出来る……あんな銃だってできるし、空も飛べるくらいだ……1人をスマホから解放するくらい雑作ねぇだろ?」

 

 加えて、この世界にある神代魔法は普通の魔法と別格の強さを誇る。その場所を巡ればアルタイルを取り出すことなんて簡単なのでは?とまで思ってる。

 

 もうスマホなんて窮屈すぎるだろうし、正直バッテリー切れはまだしも、魔法が被弾したりして機種が壊れるのが一番怖い。

 出来ればなるべく早く彼女をこの空間から解放してやりたいのだ。

 

 ……だが当の本人は嬉しいどころか表情を曇らせて黙り込んでいる。

 理由は……俺も分かってるんだけどな?

 

『……君は本当にそれを望むのか?』

「というと?」

『言っておくが余は君達の世界を滅ぼそうとした……人間に対する感情も消えた訳では無い……セツナを殺した世界を余は許さない。それはこの世界でも変わらないと思うぞ?』

 

 やっぱりか……

 

 ご存知の通り、彼女は俺らの世界では真っ当な「悪」として存在していた。少なくとも地球の敵であり、その動機となる人間に対する憎悪の感情が消えたなんて言えるわけない。

 

 俺も彼女がスマホに閉じ込められていることに対して何処か安心感に漂っているのも事実だ。出来ればこのまま彼女をずっとスマホの中に入れたままが、俺も見張れるしいいんじゃないかと思う。

 

 ……だが違う。そんなんじゃないだろ。

 

「安心しろよ。これでも俺はお前と3年も一緒にいるんだぞ?お前が大丈夫だってことは何となくだが分かってるし、お前を止めるための術も用意してある」

『術?余に弱点など存在しないぞ?万物を超越した余に君が出来ることがあるとでも言うか』

「……アルタイルが過去にSNSでレスバしてた記録を今ここで開示──」

『貴様、何処からそれを得た!今直ぐに削除しろ!!』

 

 すげぇ形相だ……まぁ内容はセツナを未だに煽り散らかすカスに大したものだから突っかかるのも無理はない。

 彼女の端末に保存していたデータを消しながらも続けた。

 

「とにかくだ……それ相応の信頼はお前にしてんだよ。だからお前がこっから出たあとどうするかより、先ずはその状態を打破させたいんだよ」

『……』

 

 お前が俺らにたいす感情の本質なんて分からない。もしかしてその気の許しも皮の1枚に過ぎないのかもしれない。

 

 だがそれが例え外皮1枚であっても、それが1枚であることは変わりない。俺はそれに賭けたい。

 彼女の、アルタイルの今に俺は賭けるのだ。

 

 もし彼女が俺らをまだ恨んでいて、敵対してきたら?世界の終わりになっちゃったら?

 

 ……そしたら俺が命を張って止める。さっきのデータでも見せて少なくとも彼女が滅ばさないようにするまでだ。

 っていうか……人間そんなもんだろ?

 

 疑い、観察し……その上で信頼が作られていく。俺らのこの会話だって3年間が積み重なってできたものなのだ。

 

 俺は、アルタイルを信じている。

 

 誰よりも信じているからこそ、彼女を助けたいと思う。

 

『……好きにしろ。余は知らないからな』

「アッハッハッ、じゃあ遠慮なくそうさせてもらうぜ?」

 

 ……さて、もう少しだけ星を眺めていようかな。今のうちにこの光景を、ここまでの時間を脳に、心に焼き付けておきたい。

 

 俺らの新たな旅はもう直ぐ始まるのだから。




ちょいと補足

南雲ハジメ
→ユエによる大人の階段を登ってしまったことに対して、「地球での俺はやる側じゃなくて見る側だったのに…世の中どう転ぶかわからねぇな」と感想を残している。因みにそれで久遠とアルタイルの関係が恋人…それとも師弟?なのか分からなくなっている。

ユエ
→アルタイルのスマホに「囚われている」状態に過去の自分を照らし合わせ、シンパシーを感じている。そのためハジメが居ない時はよく彼女と一緒におしゃべりしている。アルタイルからハジメの地球での生活、様子を知ることが出来て非常に満足している。

マ○さん銃
→某魔法少女のマスケット銃。本来はマ○さんの出す魔法のリボンで形成された物だが、本編には絶対取り入れたかったのでこうして書いた次第。このまま久遠のメインウェポンとして火を吹くだろう…

 はい、今回は久遠の武器登場回…そしてこの世界への目標開示でもありますね。この先どうにかしてアルタイルをデレデレさせたり、久遠とユエさんの会話やらもねじ込みたいところ…あっ、私次第ですね…ハハッ。

 そして1章での久遠サイドは一旦これで完結となります!後は生徒サイドを1本、更にもう1人のサイドも…個人的にはこれが物語を形成する上で大事になりますからね。丹精込めて書かねば!!

 あっ、クリスマスももう終わっちゃった…今年もボッチやぁ〜


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外伝一話 生徒サイドその後

Re:CREATORS復習のためのアニメ視聴第4話感想

 端的に言えばメテオラさんに惚れる回ですね。彼女の被造物としての存在、そして創造主も受け入れたのはびっくりしました。アルタイルとの対比もここで出来ましたね…世界を愛するか、憎むか。
 あと、魔法戦士マミカの「名前を覚えるのが苦手」という少女らしい設定は個人的に好きです。アリステリアをアリステロスって言うのはまだ分かる…だがエキスマキナはもう誰だよって笑

 あっ、因みに上記はただの感想なのでお気にせず。こうして見るとレクリも設定が面白いなぁって感心しますね…

 それでは、今回も行ってみよう!



 時間は少し遡る。

 

 ハイリヒ王国王宮内では不穏な空気が漂っていた。それは神の使徒の1人が死んでしまったことによる他の使徒たちの指揮が下がったことである。

 

 その中でみんなと同じように八重樫雫は、暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。

 

 迷宮で死闘と喪失を味わった日から既に五日が過ぎている。その間にトラウマを植え付けられた者も少なくはない。だが王国側は必死に彼らのメンタルケアを行おうとした。

 

 だがここでさらに追い打ちがかかる。神の使徒の中の2名が逃走を測ったのだ。夜間に、王都の馬車が出発したこともふまえると逃走の線が大きいが、さらなる仲間の行方不明が生徒らの指揮をさらに下げることになった。

 

 雫は、王国に帰って来てからのことを思い出し、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。

 

 それは帰還を果たしハジメの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが〝無能〟のハジメと知ると安堵の吐息を漏らしたためである。

 

 国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

 

 だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。中には悪し様にハジメを罵る者までいたのだ。「無能が居なくなって良かった」と。

 

 物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるものの、死人に鞭打つ行為に雫は憤激に駆られて何度も手が出そうになった。

 

 それは正義感の強い光輝が激しく抗議したことで国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、ハジメを罵った人物達は処分を受けたようだが……

 

 逆に、光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、光輝の株が上がっただけで、ハジメは勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。

 

 一方の久遠も相当酷く叩かれまくっていた。理由不明で王都を出ていってしまったこと、更には王国の宝物庫から複数の武器が消え失せてしまったこと。ハジメが死んだ時かなり動揺していたこと。

 

 この情報だけ汲み取ると完全に逃げ腰になった久遠と幸利がしっぽ巻いて逃げたようにしか思えないのだった。生徒の間では幸利は根暗で、久遠も変に注目を浴びている存在であったため逃亡に色んな尾びれが着く羽目に。

 

 特に久遠は4バカによって相当なしっぽが付きまくった。やれ親友の死に耐えきれず死にに向かった、やれ友の死を実感して自分の命を優先して逃げたなどと豪語し、雫も自らの刀を抜きかけたくらいだ。

 

 しかしこれも久遠から内密にと伝えられているので切りかかるのは何とか踏みとどまれたが。しかし居なくなった者に対する仲間達の白けた対応には唖然としていた。

 

 あの時、自分達を救ったのは紛れもなく、勇者も歯が立たなかった化け物を食い止め続けたハジメ達だというのに。

 そんな彼を死に追いやったのはクラスメイトの誰かが放った()()()だというのに。

 

 クラスメイト達は図ったように、あの時の()()の話をしない。自分の魔法は把握していたはずだが、あの時は無数の魔法が嵐の如く吹き荒れており、〝万一自分の魔法だったら〟と思うと、どうしても話題に出せないのだ。

 

 それは、自分が人殺しであることを示してしまうから。

 

 結果、現実逃避をするように、あれはハジメが自分で何かしてドジったせいだと思うようにしているようだ。死人に口なし。

 

 無闇に犯人探しをするより、ハジメの自業自得にしておけば誰もが悩まなくて済む。クラスメイト達の意見は意思の疎通を図ることもなく一致していた。

 

 メルド団長は何か知っているようだが何も口にはしなかった。恐らく上層部から圧力をかけられているのも原因だろう。

 しかし生徒達の表情を察してか何時の時も何かを迷っているような顔をみかけるようになった。

 

「あなたが知ったら……怒るのでしょうね?」

 

 あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、そう呟く雫。

 

 医者の診断では、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。

 

 だが香織の親友にとってその状態ほど心に来るものはなかった。

 

 親友の昏睡状態に、仲間たちの塩対応。友達の転落に、更に友達の逃亡……度重なる重荷が雫を今まで以上に圧迫している。苦労人と名高い彼女とて、少しでも緊張の糸を切らすと香織のようになりそうであった。

 

 そんな彼女が今もこうして持ちこたえられているのは久遠に着いていた侍女のお陰だろう。

 部屋の外からノックがなり、新しいタオルを持ってきたメイドが雫に気づく。

 

「失礼します……雫様、こちらにおられましたか」

「っ、えぇ……ありがとう、ニア」

 

 久遠の専属侍女であり、彼が失踪後に雫の専用侍女となったニアは雫に優しく微笑みつつ、香織に掛けられていたタオルを手早く取り替える。

 

 久遠に短い間仕えていた彼女はその後、久遠による手引きによりメルドさんから雫のメイドへと付くように任命された。

 

 本来、逃亡者の侍女である彼女は王国の取り調べにより彼の事について根掘り葉掘り聞かれるはずだったが、侍女を巻き込まんとリリアーナ王女の一言により罰は下されなかった。

 

 更にメルド騎士団長による新たな任命先を与えられたことで他の侍女から浮つくこともなかったのである。

 よって彼女は今、元の主の思いやりを無駄にしまいと全力で雫と香織を支えていた。

 

 そしてその事を知っている雫が申し訳なさそうに彼女に頭を下げる。

 

「ありがとうね……久遠からの頼みで私に着いてくたのだから……」

「いえいえ!騎士長にも頼まれましたし……それに、一之瀬様が私の場内での立場を案じてくれたお陰でメイドとして仕えています」

「久遠はそういう所には抜け目ないのよね……」

 

 そもそも侍女は王国側から出された1種のサービスであり、久遠達生徒がそこまで気に止める必要は無いのだ。

 しかし久遠は彼女の後後のことを考えてくれていた……一見馬鹿な男だが、このような所はしっかりと頭に入れているのである。

 

(ほんと、中学の頃からあんな感じは変わらないわね……良く考えたら光輝が何かやらかした時も真っ先に収めようとしていたし……案外面倒見が良いというか……)

 

 そう考えている内にニアが紅茶を用意してくれていたようで、そのまま受け取り1口啜る。鼻に広がるダージリンの香りが雫の心を少しだけ余裕を持たせてくれる。

 

「だけど大変じゃない?私の世話はまだしも、香りの看病まで……今もタオルを取りに行ってくれたんでしょう?」

「これくらい当然のことですよ……ここだけの話、一之瀬様は毎朝早くに起きますので、必然的に私の起床時間も早くなって……睡眠時間が──」

「あの馬鹿……ニア、貴方はもっと休んでいいからね!」

 

 やっぱり撤回しよう、あの馬鹿はどこか抜けている。

 

 雫の評価が再度振り出しに戻るのだった。

 

 尚、久遠にとって昼夜逆転は日常茶飯事であったので少量の睡眠時間でも人生を余裕に謳歌できるタフネスは地球の頃から備えていたのだ。偶に廃人ゲーマーは伊達じゃない。

 

 すると今度はニアが雫に心配の言葉を返した。

 

「雫様も少しは休んでください……香織様のことが心配なのは十分承知ですが、このままでは雫様もお身体を壊してしまいます……」

「……ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫よ。神の使徒としての身体は高い免疫力もあるようだから」

 

 そう言いニアに元気に振舞おうとするが、彼女からはハッキリと雫から疲れが見えていた。

 確かに身体は壊していないが、目の下にうっすらと隈ができており、笑顔も無理して作られている。

 

 それでも雫はここで織れる訳には行かなかった。自分の親友がもっと酷い状態なのに、ここで折れたら彼女が起きた時誰も支えられないから。

 

 雫は香織の手を握りながら、「どうかこれ以上、私の優しい親友を傷つけないで下さい」と、誰ともなしに祈った。

 

 その時、不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。

 

「!? 香織! 聞こえる!? 香織!」

「っ、お目覚めのようです。香織様!」

 

 2人が必死に呼びかける。すると、閉じられた香織の目蓋がふるふると震え始めた。雫は更に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュッと雫の手を握り返す。

 

 そして、香織はゆっくりと目を覚ました。

 

「香織!」

「……雫ちゃん?」

 

 ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫。

 

 香織は、しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。

 

「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう? 違和感はない?」

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

 

 そうやって体を起こそうとする香織を補助し苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。

 

「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

「それで……あ…………………………南雲くんは?」

「ッ……それは」

 

 苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。そんな雫の様子で自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟る。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織はできていない。

 

「……嘘だよ、ね。そうでしょ? 雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くんも助かったんだよね? ね、ね? そうでしょ? ここ、お城の部屋だよね? 皆で帰ってきたんだよね? 南雲くんは……訓練かな? 訓練所にいるよね? うん……私、ちょっと行ってくるね。南雲くんにお礼言わなきゃ……だから、離して? 雫ちゃん」

 

 現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。

 

 雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる。

 

「……香織。わかっているでしょう? ……ここに彼はいないわ」

「やめて……」

「香織の覚えている通りよ」

「やめてよ……」

「彼は、南雲君は……」

「いや、やめてよ……やめてったら!」

「香織! 彼は死んだのよ!」

「ちがう! 死んでなんかない! 絶対、そんなことない! どうして、そんな酷いこと言うの! いくら雫ちゃんでも許さないよ!」

 

 イヤイヤと首を振りながら、どうにか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫は絶対離してなるものかとキツく抱き締める。ギュッと抱き締め、凍える香織の心を温めようとする。

 

「離して! 離してよぉ! 南雲くんを探しに行かなきゃ! お願いだからぁ……絶対、生きてるんだからぁ……離してよぉ」

 

 いつしか香織は「離して」と叫びながら雫の胸に顔を埋め泣きじゃくっていた。

 

 縋り付くようにしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣く。雫は、ただただひたすらに己の親友を抱き締め続けた。そうすることで、少しでも傷ついた心が痛みを和らげますようにと願って。

 

 どれくらいそうしていたのか、窓から見える明るかった空は夕日に照らされ赤く染まっていた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身じろぎした。雫が、心配そうに香織を伺う。

 

「香織……」

「……雫ちゃん……南雲くんは……落ちたんだね……ここにはいないんだね……」

 

 囁くような、今にも消え入りそうな声で香織が呟く。雫は誤魔化さない。誤魔化して甘い言葉を囁けば一時的な慰めにはなるだろう。しかし、結局それは、後で取り返しがつかないくらいの傷となって返ってくるのだ。これ以上、親友が傷つくのは見ていられない。

 

「そうよ」

「あの時、南雲くんは私達の魔法が当たりそうになってた……誰なの?」

「わからないわ。誰も、あの時のことには触れないようにしてる。怖いのね。もし、自分だったらって……」

「そっか」

「恨んでる?」

「……わからないよ。もし誰かわかったら……きっと恨むと思う。でも……分からないなら……その方がいいと思う。きっと、私、我慢できないと思うから……」

「そう……」

 

 俯いたままポツリポツリと会話する香織。やがて、真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔を上げ、雫を見つめる。そして、決然と宣言した。

 

「雫ちゃん、私、信じないよ。南雲くんは生きてる。死んだなんて信じない」

「えぇ……香織、実は3日前に一之瀬君が1人で南雲君を探しに行ったわ」

「えっ……」

 

 新たな名前に香織が反応する。だが同時に久遠に対して行った記憶も蘇り、また思わず顔を下にしてしまう。そんな香織を見て雫はフォローをしておいた。

 

「彼も思うところがあったようで……責任を負っているんじゃないかしら?だから一之瀬君は……ね?」

「うん……私、あの時気が動転してて叩いちゃった……一之瀬君は何も悪くないのに、はぁ……次会った時は謝らなきゃ……」

 

 確かに……と、狂乱した香織を目にした雫は納得した。確かに愛する人を無くしてしまったショックはあったものの、久遠に対して八つ当たりにもなる張り手はあんまりであった。

 

 久遠はそれを受け入れ、さらに責任まで感じていたのでどちらかと言えば彼が心配だが……まぁ、男だし何とか大丈夫でしょう……と結論づけた。

 

 香織は頭を振りながらも、きっちりと整理し終わったようだ。そして今度こそ雫と目を合わせる。

 

「香織……」

「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くんのこと。……雫ちゃん」

「なに?」

「力を貸してください」

「……」

 

 雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。

 こうなった香織はテコでも動かない。雫どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 

 普通に考えれば、香織の言っている可能性などゼロパーセントであると切って捨てていい話だ。

 あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。

 

 おそらく、幼馴染である光輝や龍太郎も含めてほとんどの人間が香織の考えを正そうとするだろう。

 

 だからこそ……

 

「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」

「雫ちゃん!」

 

 香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。「礼なんて不要よ、親友でしょ?」と、どこまでも男前な雫。現代のサムライガールの称号は伊達ではなかった。

 

 その証拠に二人の一連を目の当たりにしたニアは手で必死に興奮を抑えていた。顔を真っ赤にして彼女は雫のイケメンぶりに圧倒されていたのである。

 

 それに、と抱きつく親友を受け止めながら雫は心の中で続けた。今もこうして彼を案じて飛び出した者がいるのだ。

 なんにも根拠はない……が、彼らならハジメを探し出すことが出来るかもしれない。誰もが死んだと考えるその事実を虚実へと翻せるかもしれない。

 

 その時、不意に部屋の扉が開けられる。

 

「雫! 香織はめざ……め……」

「おう、香織はどう……だ……」

 

 光輝と龍太郎だ。香織の様子を見に来たのだろう。訓練着のまま来たようで、あちこち薄汚れている。

 

 あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。二人もハジメの死に思うところがあったのだろう。何せ、撤退を渋った挙句返り討ちにあい、あわや殺されるという危機を救ったのはハジメなのだ。もう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っているようである。

 

 そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねる。

 

「あんた達、どうし……」

「す、すまん!」

「じゃ、邪魔したな!」

 

 雫の疑問に対して喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていく。そんな二人を見て、香織もキョトンとしている。しかし、聡い雫はその原因に気がついた。

 

 現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見える。

 

 つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。ここが漫画の世界なら背景に百合の花が咲き乱れていることだろう。

 

 3人の間に沈黙が広がる。真っ先にニアが口を開いた。

 

「……私から誤解を解いておきましょうか?」

「いいえ、態々そんな事しなくていいわ……ただ、あいつらにこっちから言ってやるだけだから……!」

 

 雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。

 

「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者ども!」




ちょいと補足

八重樫雫
→久遠が旅立ったその後は今まで以上に鍛錬を重ねており、レベルの上がり幅は光輝以上だったりする。一方でニアが彼女の精神的ケアをしてくれており、それが今の状態を保てている理由でもある。ニアが剣の家系である事や、メイド=女子力高めな事もあり直ぐに打ち解けられた。

ニア
→久遠によって雫に仕えることになった侍女。久遠とは別ベクトルで雫に対して良好な関係を築けており、苦なく仕事に専念できている。雫の女子力高めながらもイケメンすぎる行為に若干憧れを持っている…だが症状は軽い。あっ、ソウルシスターズになるつもりは無いです(By筆者)

他の勇者メンバー
→天之河はハジメの事を庇ったものの、元々犬猿の仲である久遠には弁護は一切しなかった。事実久遠もそれは予想しており、その上で何のダメージにもならないだろうと結論づけていた。一方の龍太郎や浩介は何となく彼が消えた理由を察しており、特に龍太郎は久遠が友を思い真っ先に飛び出したその根性に自分も何処か動かされている。

 内容は原作ほとんど同じ…ですがニアさんをぶっ込んでいますね。忘れがちなメイドさんである彼女ですが、私個人は気に入ってるキャラなので絶対に恵理に殺させないつもりです笑

 前回辺りから集計しているヒロインアンケート、雫の加入が予想以上に多くてびっくりです…タグにもあった通り、ハジメのハーレムから引き抜かないつもりでしたからね…まぁ、まだまだ先でしょうから今考えなくていっか!(投げやり)

 次回が恐らく1章のラストエピソード…待っててくださーい!


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外伝二話 その道化師は笑い続ける

Re:CREATORS復習のためのアニメ視聴第5話感想

 鹿屋君登場しましたね…そしてギガスマキナがデカすぎる…笑
 セレジアが乗っていたフォーゲルシュバリエより大きい半面、細かな動きはしずらい印象ですね…でもパワーは1級品。
 そして政府に連れて行かれる颯太一行。被造物が甚大な被害を起こしているので対応せざるを得ない状態にメテオラさん達は協力する事に…

 やっぱりレクリは見ててワクワクするし、楽しいな…そして今回の話は完全オリジナル!どうぞー!



 とある街のカフェにて。

 

 普通の平日である今日、慌ただしく街行く人々を眺める一人の少女がいた。ボブカットで雪のように白い髪、落ち着いた深緑のカーディガンを羽織り、コーヒーを飲むその姿は嘸かし絵になるであろう。

 

 尤も、平日且つ通勤時間である為、通行人達が彼女に気づくことは無い。

 

 そんな彼女が先程から人々を眺めているのにも理由がある。彼女は今日緊急の用事でこちらへ呼ばれたのだ。

 内容はあらかた予想着いているようで、だから待ち人が遅れているのも仕方が無いと思っている。

 

 やがて2杯目のコーヒーと、6皿目のパッションフルーツパンケーキストロベリーダブル増し増しLサイズ……が届いたところで、その者はやってきた。

 黒のスーツにメガネと、インテリ系満載の女性は確かに仕事で腕のいい人として職場にいたりする。3年前のあの日、から接点を持った2人はその後も直直会っていたのだ。

 

「お久しぶり、キクチハラ」

「ええ、態々時間を取ってしまいすみません、メテオラさん」

「かつて共に世界を止めようとした者同時、これくらい当然」

 

 メガネのスーツ女性の名は菊地原亜希。元特別事態対策会議を率いる統括調整官であり、アルタイルが引き起こした世界の崩潰……それを食い止めた人間である。

 彼女自身はただの無力な人間に過ぎないものの、メテオラを初めとする被造物が彼女に敵対するための場を設けて、その他の彼女達の戸籍処理や事後処理までやってのけた凄腕の役人である。

 

 あの戦いの後、退官して出版業界に携わる者として、戦線から離れたのだが、被造物がそれぞれの世界へと戻る中、唯一地球に現界し続けたメテオラと良く会ってお茶をしたりする仲なのだ。

 

 一方、そんな菊地原さんにパンケーキを頬張りながらも応える女性はメテオラ・エスターライヒ。

 RPG『追憶のアヴァルケン』の登場人物であり、勇者を導く万里の探求者であった。

 

 彼女の持つ万里の書という魔導書で被造物と創造主が交わることになったこの世界のシステムをいち早く察知し、同時に守ると決めた者。

 エリミネーション・チャンバーフェスではメテオラがシナリオを繋いで行き、被造物たちに物語の垣根を超える力を与えたのだ。更には彼らを元の世界へ戻すことが出来た人でもある。

 

 しかしな自身で自分の世界へ戻ることは叶わなかった。そしてアルタイルを筆頭に様々な現象を引き起こした承認力も、世界の修復力で書き換えられたことでメテオラの持つ万里の書も消えてしまった。

 

 だが彼女はこちらの世界を愛している……その想いもあり、驚くほどすんなりと順応していくことになった。

 現在は1人の作家として文庫界隈のニュービーとして名を挙げている。彼女の独特な言い回し、そしてまるで本当に行ったのではないかと思うくらい繊細かつ美しい世界観がヒットを産んでいる。

 

 そんな2人がこうして今回も待ち合わせをしている。普段はそこで他愛もない話や、お互いの近況報告をしながら過ごすのだが、生憎今回は時間が惜しいようだ。

 菊地原がすかさずカバンからタブレットを取りだし、電源をつけた後にメテオラへ資料を見せる。それを受け取ったメテオラは文面を読み……思わず顔を顰める。

 

「……やはひほへははばほびへんべははひ……」

「メテオラさん、先ずはそれを呑み込んでからにしましょう」

 

 ムグムグ……ゴックン。

 

「……やはりこれはただの事件ではない。外部から襲われた形跡もなければ、誘拐の際に乱れるはずの椅子や机が、あたかも先程まで人がいたように自然。間違いなく外部からの一方的な犯行だと思われる」

「メテオラさんもそうお考えですか……ですが我々も操作に難航していまして……役職を抜けた私も一時的にこちらの案件に協力することになった次第です」

「なるほど……そして同じく私にも助力を申し出たということ」

「普通の生活を送っている貴方にこのようなお願いをするのは間違っているかもしれません……ですが──」

「問題ない。私はこの世界を見守る義務がある……何よりキクチハラにはこの世界で生きていけるように利便を測ってもらった恩がある」

 

 メテオラが菊地原と良くこうして会うのは自分たち被造物を巻き込んでしまったことによる謝罪の念が1つ。

 加えて地球での生活の保証をしてくれたことによる恩義が1つ。菊地原の力がなかったら今頃どこかでホームステイをしていたに違いない。

 

 後は……知り合いで数少ない女友達だからか。

 携わってきた被造物の同期は皆元の世界へ帰り、自分も独立して生活、そんな時に常識人であり友好的な菊地原が彼女の大事な友人となっていた。

 

 もう1人、イラストレーターのまりねさんが居るのだが……普段は問題ないが、彼女の会話が弾むと視線が途端に危ない物へと変わり、鼻息、心拍数が危険な状態になるのでメテオラも若干危機感を抱いている。

 

「それで、貴方に何か分かることがあるかしら?」

「現状では情報があまりにも不足している。神隠しが本当に発現した場合、彼等が一瞬でどこかへ連れ去られたことになる」

「ええ。だけどそのような方法が思いつかなくて──」

 

 メテオラはもう一度文面に目を通す。実は彼女の中ではある可能性が既に浮かび上がっていた。それは魑魅魍魎で笑い飛ばしてしまうような考察……だが彼女には確かな確信がもてていた。

 

 そしてそれをさらに確かなものにするべく、菊地原に1つのお願いをした。

 

「キクチハラ、頼みがある。私をその校舎に連れて行ってはくれないだろうか」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「ここが、学校……颯太殿と同じ雰囲気で、普遍的。何も特別ではない……特出した所も見当たらない、普通の学校」

「現場はこちらの1年2組……昼休み時の数分で消えたと思われます」

 

 1週間ほど前に突如して起こった、集団神隠し事件……とある高校で人クラスが丸々消えてしまった誘拐事件である。

 ……尤も現在は誘拐事件として処理、されている。というのも、犯行時刻や犯人像、生徒達の目撃情報などが一切ないのだ。

 

 犯行時の情報量があまりにも少ないことに、刑事課を初めとする政府が対応に困っているのだ。公では誘拐と纏められているものの、秘密はひょんな事から暴かれるものだ……いつまで続くかは分からない。

 

 そして菊地原もそれに悩まされている1人であった。部下から応援として呼ばれたものの、どうしようも無い現状に彼女ができることも多くはない。

 

 そして何とか頼みの綱でメテオラへ声をかけたのである。

 本来、人間としてあゆみ始めている彼女にこのようなお願いをするのは無粋と重々承知していたのだが、苦肉の判断で決めた次第。

 

 そして現在、

 

「こちらに実際に来てなにか分かった事はありますか?こちらも情報として捜査の力に──」

「あるにはある……しかし不可思議であり恐らく公にはできないものだ」

 

 菊地原が彼女の言い回しに首を傾げる中、メテオラは片手を差し出しながら、何かを呼び出すかのように力を込め始めた。直後、青色の魔法陣が手のひらサイズで浮かびだし、何かが現れる……

 

 それは彼女の相棒であり、万里の探求者の元でもある万里の書であった。同時に彼女の私服も一変する。カーディガンや長いスカートが、ケルト風の衣装へと変わる。

 緑のフードを脱ぎながら、片手に本を持っているメテオラはまさに被造物のメテオラ・エスターライヒその者であった。

 

 消滅したはずの力が再発していることに菊地原は驚きを隠せない。

 

「これは……!」

「キクチハラ、間違いない……彼らは別の世界から呼び出された。それはこちらの教室では世界の修復力の働きが非常に微々たるものだから」

 

 可能性が確信に……メテオラの中で全てが繋がる。

 

「ここからは私の個人的見解だが聞いて欲しい。向こう側のどこかの世界には私のと同じ召喚魔法が存在する。範囲や効力は現状特定は出来ないが、クラス1つ分をそのまま転移させた。その際、世界の修復力も外部による働きにより対応が間に合わず、結果この空間は被造物が本来の力を十分に発揮出来る空間となっている」

 

 ここまで100点満点の答えであったりする。

 

 エヒト神の遊戯という名の召喚魔法は自動的に魔力コストの少ない所……つまり世界と矛盾の繋がりが弱い所へ向かおうとする。

 数多の世界にはその世界での法則が存在し、世界はそれに則って動いている。よって法則に反する出来事が生じた場合、双方の世界が破壊されてしまう危険性があるのだ。

 

 よって本来、召喚魔法のような世界同士を繋げる術を行うには双方の世界が99パーセント以上の類似性……それこそ、平行世界と思えるほど同じでなければ成功しないのだ。

 しかし同じレート帯での存在を読んだところで彼の満足するゲームは行えるはずも無い。

 

 そこで召喚魔法は標的を変更した。それはそもそも世界の法則がゆるゆるの所に繋がれば良いのだ。

 世界の法則が弱い所だと繋がったところで矛盾が起きなければ問題なく召喚することが出来る。

 

 だが、法則が弱い世界はそもそも世界とで機能しない。良く考えてみると、重力が物によってバラバラだったり、時間が遅くなったり早くなったり……そんな世界が果たして世界として認められるだろうか。

 

 答は否。世界には最低限の法則が必要である。その法則に乗っ取ることで生命体が生きられる程度の世界が形成されるのだ。

 

 故に、召喚魔法は発動しない……無駄足になる筈…

 

 その筈だった。

 

 もし、法則に綻びがあり、何者かにより極限まで弱められた世界があるとどうなるか……勿論、世界はその法則を自身で直そうとする。

 だがすぐには治らない。そんな世界は状態としては極限に弱っているのだ。そしてそのように弱っている世界は付け入る隙があるにも等しい。

 

 この世界ではつい数年前まで法則が破綻寸前の状態だった……無理やり他の世界の住人が召喚され、数人の戦闘にも拘らず地球に大きな歪みをこじ開けていた。

 

 あまつさえ、大崩潰などと、世界が滅ぶ寸前でもあったのだ。表には出ておらずとも、世界は大ダメージを受けており、被造物が帰って行った今も健在だ。

 

 今も尚、その傷が癒えていなかったら……その穴がまだ空いていたら──

 

 世界など簡単に繋がってしまうだろう。

 

「私の万里の書も、限定的だがこの空間の中では自由に使用することが出来る……そして此方にある魔力……力の痕跡を辿ればあちらの世界へ送ることは可能」

「っ!……それでは、早速取り掛かりましょう。部下の服部さんに連絡し、至急捜索隊を──」

 

 この教室内では世界が繋がってしまった影響により世界の修復力が追いついていない状態だ。つまりメテオラの被造物としての能力も使える。

 そして彼女の持つ魔法の中に、味方を送り込む魔法が存在する。しかも、座標は相手がつなげたところが残っている。

 

 正に渡り手に船の状態だ。今直ぐにでも捜索隊を送ろうと、菊地原はスマホに手をかける。が、そこで静止が入る。

 

「待って、キクチハラ。それは最前の手ではない……確かに自衛隊など一定の戦力は必要。でも私が出せるのは恐らくこちらからあちらへ行くための片道切符に過ぎない。現地に対応できる者でなければ犠牲が生まれてしまう」

「そんな……では、どうすれば」

 

 メテオラは表情を変えずに淡々と述べた。自分の発言で恐らくどこかへ行ってしまった彼らの命運も変わるかもしれないリスクを抱えながら。

 

「キクチハラ、私は1つの賭けに出たいと思う」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「フンフンフーン♪♪やっぱりこの世界はひと味もふた味も違うねぇ~」

 

 鼻歌を歌うように口ずさみながら、とある教会の中で自由にクルクルと回っている少女がいた。ゆらゆらとステップを踏み、不規則かつゆっくりと回るその様からは不気味な何かを感じられる。

 

 女学生の制服を着ており、赤い線がうっすらと入った紺色のスカートをなびかせながら、不意に止まった少女は思わず独り言を漏らしてしまう。

 

「ここには何か悪魔がいるし?日本でも妖怪とかいるし?はたまたUSAは改造人間……()()()じゃあ絶対に出会えなかったもんねー」

 

 クスクスと笑っているその黄色の眼ははっきりと狂気を感じるのだった。

 

 彼女の名は築城院真鍳。ライトノベル『夜窓鬼録』第5巻のエピソード『蒼玄宮殺人事件』の犯人を務める、列記とした()()だ。

 

 彼女もメテオラやアルタイルと同じく、被造物である存在。悪役だが人気が高いというのはテンプレであろう……それが彼女が現界できた理由でもある。

 

 ただ他と違うところといえば真鍳どの勢力にも組みせず、己の欲求のままに物語を進むところであろうか。

 あろうことか彼女は自身の創造主……作者を自らの手で殺した。よって真鍳の作品の続きは描かれなくなった。逆に言えば彼女の生きる限り好き放題できるということにもなったのだ。

 

 双方の陣営を面白くするとの建前で翻弄し、実際彼女はそれを酷く楽しんでいた。裏切り、乗っ取り、はたまた召喚……舞台をどこへ連れていくか分からない危ない存在である彼女はまさに道化師である。

 

 その後はエリミネーション・チャンバーフェスの顛末を見ずに海外へと旅立ってしまったのだが……

 

 場所はバチカン。イタリアの中に存在する最も小さな国に彼女は足を伸ばしていた。理由はそこに何やら面白い存在がいると聞いたためだ。

 

「さて、と。それで愉快なナンパオニーサン達はもう何もしないのかな?真鍳ちゃんもお暇じゃないのだよ?」

 

 彼女がとある協会の教壇からその人達を見下ろす。現在深夜、当たり一体闇に包まれており、教会に丁度月の光が流れ込んできたところだ。

 

 そこに悠々と佇む1人の女学生。誰かがこの光景を見れば不気味さと同時に不思議な美しさを感じたかもしれない。

 

「……まっ、死体にどうこう言っても仕方が無いか!1回くらい乗ってあげても良かったかも、なぁーんて!」

 

 彼女が目を向けた先には頭の無い男が3名、血溜まりを作りながら無惨に倒れていた。おそらくなぜ自分たちが死んだのか分からずに逝ってしまっただろう。

 だが真鍳にとってそんな事はどうでもいい。彼らが()()()情報を持っていれば何か面白い事が出来たかもしれなかったのに……残念ながら本当のナンパ漢に過ぎなかった。

 

 ここも外れ……と、教会を去ろうとしたその時、彼女の腰に付けていたガラケーが鳴り始める。

 

「……ん?あれれー?こんな時に電話?もしかしてファンだったりする?わー、嬉しいなぁ!作者がいない真鍳ちゃんの人気は今でも健在なのだ!」

 

 誰もいないにも関わらず1人で喜ぶ真鍳はそのままコールボタンを押した。そして精一杯声を作って相手に呼びかけた。

 

「は~い、もしも~し、この番号は現在真鍳ちゃんに繋がっておりまーす!ピーって音が鳴ったら要件を言ってね☆」

「…………ピーはまだ?」

「えっ、本当に期待してたのー!やだなー、そんなの待つなんていつの時代の人かにゃー?」

 

 煽っているように思えるが、そうである。これが彼女の普段であり、普通であり、恐ろしい立ち振る舞いであるのだ。

 だが既に何度も目に、耳にしてきた少女……メテオラは動じずに彼女の次の言葉を待っていた。

 

 真鍳は久々、というより、初めて掛けてきた同期に対して何か面白い匂いを嗅ぎつけていた。

 

「それで?久しぶりだねぇ、賢者っ子ちゃん。君だけ自分の世界に帰れなくて寂しくなっちゃった?」

「この世界には私を驚かせてくれる物が絶えない。それに今は1人じゃない……沢山の人に世話になっている」

「ふーん、そうなんだね~……」

 

 ……どうやらメテオラには何も鎌をかけることが出来ないと判断した。元より聡明な賢者は彼女と相性が悪いのだ。

 だが直ぐにテーマを変えて真鍳はもう少し話に付き合うことにする。

 

「それでぇ?真鍳ちゃんに何か用かな?まさかこんな時に捕まえちゃうぞ!とかは無いよね~?」

「安心してほしい……真鍳殿が各国で起こしている殺人は全力でこちらが隠蔽している」

「おー、アンビリーバボー!平和な日本もこれで一躍悪の国だ」

 

 メテオラのスピーカーモードで聞こえてくる真鍳のコメントに菊地原に青筋が入る……が、長年このポジションで培ったスルースキルで目尻をピクピクさせるで我慢させた。

 

 ……因みにだが、築城院真鍳の殺人件数はこの3年間で見事3桁を超えた。

 彼女自身、トラブル万歳の事件万歳な人なので、大抵殺している奴らは裏があるヤベー奴らで、だからこそ周りからも咎められず何とか日本政府が誤魔化せている状態だ。

 

 その代わりに役員全員胃薬が必須になってきているようだが……それは別のお話。

 

 このままではいつ彼女の気まぐれで電話を切られるか分からないので、早急にメテオラが要件を伝える。

 

「……今回は君にお願いがあってきた」

「お願い?だとしたらギブアンドテイクだよ?何かをお願いするにはそれ相当の物が必要となるからね」

「魔法溢れる異世界転移に協力してもらいたいといえば──」

「乗ったぁ!!」

 

 秒殺である。先程まで舌を舐めずっていた彼女が一変、玩具を前にした子供のような声色へと変わる。

 

「何その美味しすぎる話!魔法!異世界!あの時程面白い展開は無いはずなのに、今度はこっちがほかの世界へ旅立てちゃうの!」

「正確に言い表すと、君を転移させることであちら側の世界に行く……その調査をしてもらいたい」

 

 メテオラの言葉が果たして彼女に届いているか……正直、現在最高に面白そうなスクープを前にしてしまった真鍳はどんな面白いことが出来るか想像を膨らませているのだった。

 

 これがメテオラの賭け……とどのつまり、同じ被造物である築城院真鍳に異世界へ派遣させる事だ。

 

 異世界がどのようなところか分からない以上、やはりただの人間を送るのは危険すぎるため出来れば裂けたい。

 かといって、彼女のような被造物は少なくとも存在しない。それは全員が死んだ、或いは元の世界へ送り返されたからだ。

 

 たった1人の例外を除いては。

 

「この事件には私たちのような外部の存在が濃く関わっている。よって送り出すのも私達が望ましいと判断した……しかし私は自分自身を召喚させることが不可能」

「ふーん、なるほどね~……そこで真鍳ちゃんの出番なわけね。同じく被造物で、君が真鍳ちゃんを送り出せばいいって訳だ、ワンダフルだね~」

 

 被造物なら必要最低限の能力を備えており、人間よりはるかに丈夫な身体も持っている。

 特に、真鍳の持ち合わせる能力はどのこの世界でも共通の初見殺し能力であるため、このような場合にはもってこいの人材なのだ……性格以外は。

 

 それをメテオラは賭けと考えているし、真鍳にもそれが何を意味するか理解している。

 

 即ち……その異世界が真鍳に匹敵するほど面白いか、否か。

 

 彼女が面白いと思えば、メテオラの出す条件に従い、形は何であれ消えた生徒達を持って帰ることは可能だろう。最悪彼女の能力を使用すれば不可能などどうにでもネジ曲がるのだから。

 

 しかし世界がつまらない場合……その時は彼女が面白くしてしまうのだ。そう、彼女が面白い世界へと書き換えられていく。

 

 それが一体どう及ぼすのか……生徒たちの命の保証はもはやゼロになるだろうし、世界が繋がっている地球にも影響は計り知れない。下手すればアルタイルが引き起こそうとしていた大崩潰が起こる可能性までもある。

 

 そう、築城院真鍳を異世界に送り込むのは、行き先の分からない所へ爆弾を投げるようなものだ。場所によって爆発は吉と出るし、大凶にもなる。

 

 そう、この会話は実は3年前の人類滅亡……それに匹敵する契約になるのだ。相手が余りにもはっちゃけているせいで真剣さが皆無だが。

 

 だがそれはそれ、これはこれとして……

 

「それで?対価をちょーだい!」

「……転移自体、君にとってこれ程上手い話は無いと思う」

「いやぁ、でもさ、行くところは魔法ばっかの所じゃん?一般的で弱小な真鍳ちゃんが行くのは流石にリスクが高いんじゃなーい?だからそんな真鍳ちゃんでも身を呈して向かうような対価が必要だにゃ~」

 

 何が最弱だ……と、キクチハラが心で突っ込む。彼女の実力は下手をすれば軍服の姫君に匹敵するかもしれないのに。

 

 だがこれにもメテオラは予想していたようで、冷静さを欠くことなく速やかに返答した。

 

「……今は緊急事態。真鍳殿が求める物は与えると約束する……常識の範囲内でとキクチハラからの伝言との事」

「オッケー、じゃあ明日には到着するから待っててチョー!」

 

 アッサリOK。どうやら案そのものが面白いので快諾らしい。

 

 真鍳はガラケーを一方的に切り、直ぐに日本行きの便を検索する。今から最速で帰ろうとすると朝にはホームタウンへ到着できそうだ。

 

 それを確認した真鍳は直ぐに教会の出口へと向かう……だがふと立ち止まった。

 

「異世界転移、ねぇ~……」

 

 ……創造主と被造物が合間見えたこの世界は収束を迎えた。あれから面白いことは多々あるものの、あの日以上の快感はまだ得られていない。

 

 だからついつい想像してしまうのだ……転移先の異世界に彼らが居たら……何色でもないつまらない世界を鮮やかに彩らせるイレギュラーが存在したら……

 

 その世界は間違いなく過去最高に面白いだろうと。

 

「ま、何方にせよ、ここは真鍳ちゃんがまた面白くさせてあげよっか!ただの異世界転移だなんて……そんなありふれた話、つまらなさすぎるもんね☆」

 

 そうして出口のドアを開ける。

 

 教会にはな先程の騒騒しさがまるで嘘のように、静寂に包まれるのであった……




ちょいと補足

メテオラ・エスターライヒ
→原作ではアルタイルに次ぐ頭脳を持ち、世界保守陣営の代表でもある。戦闘力は低いものの、万里の探求者として物事の理解が非常に早い。平和な現在では執筆と1人旅を繰り返して人生謳歌している。最近テレビの大食い番組に偶然出演。大食い系芸人に大きく差をつけた謎の女性として一時期ネットを騒がせた。

築城院真鍳
→彼女もまた人生をこよなく楽しんでいる者である。主に旅をするのは紛争地帯や暗部の本拠地。ひと暴れをしては立ち去り、またひと暴れ…それを繰り返すことで裏の奴らからは1目置かれた存在として最近の悩みの種となっている。お陰で表の者は最近ヤベェ奴らが大人しくしていて安心…

菊地原亜希
→出版業界では最近週刊誌の編集者にまで上り詰めた秀才。部下からの支持も厚く、僅か3年で飛んでもない飛躍をし続けている。彼女が今回政府の役職に戻れたのも快く送ってくれた部下のおかげだろう…尚、防衛省時代の彼女の部下にいる服部は、ありふれ原作にもチョロっと出てるあの人です…だから何だよって話だけどね。

 よし、1章完結!!下手なりに頑張って見ましたが、如何だったでしょうか?
 たった十数話なのにいざ文面に収めようとすると凄く時間がかかっちゃいましたね…でもこれも何かを創作する上での楽しみでもありますね。

 レクリを見た事のある人は分かると思いますが、真鍳はヤベェ奴です…笑。彼女が出てきた時点でトータスはありふれた物語からかけ離れること間違いなしでしょう。この先の展開はまだアバウトにしか考えられていませんが、そこは持ち前のノリで何とか続けてみようと思います。

 さて、次回からは2章…ウサミミたっぷりですね。久遠のハーレムもこっから始まって行くぞー…皆さんも誰になるか予想してみましょう〜。

 ではでは、また何処かで〜。


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1章バックグラウンド

 あけおめー!!…今日は早起きして、おせち食べて、二度寝して…

 久遠「早く続きを書けや」

 ……まだ終わってないんです…だから今日はこれでユルシテ…



正月スペシャル企画!《1章バックグラウンド》

 

 久遠「えー、この話は作者が第2章の制作が全く終わっていないため、その打開策としてぶっ込んだ物だな……」

 アルタイル『あの創造主は創作意欲には些かムラがあり過ぎる……それで久遠、今回はどのようにしてこの空虚な時間を埋める』

 久遠「基本はこんな会話がメインで進めていくぞ?作者さん曰く会話文での物語進行はやりやすいようだからな」

 アルタイル『今度会う機会があったら森羅万象を打ち込んでおこう』

 久遠&アルタイル「『それじゃあ、スタートだ』」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

《アンケートについて》

 

 久遠「先ずは……じゃあアンケートについて話してみるか」

 アルタイル『10話ごとに取っているアンケートだな。第1回は原作Re:CREATORSについてどれほど認知しているかだった』

 久遠「正月現在、何と81人もの人が投票してくれたんだ……正直初投稿の作品にしては嬉しい限りだぜ」

 

 久遠「それで、結果の方だが……綺麗に半々のようだな。名前しか知らない奴らもいれば、全く初耳だった人も」

 アルタイル『全く……セツナの苦悩を知らないとは、今直ぐその性根を根絶やしにしてやりたいものだな』

 久遠「無茶言うな、あれもう5年くらい前の作品になるんだぞ……そう考えると、もう半分がRe:CREATORSを見てくれていた事が驚きだな」

 

 アルタイル『一度完結された作品はその後時代に置いてかれ、新たに生み出される創作物に埋もれていくしか無い……それを踏まえると確かに未だに人々の心に残っていることには驚きだ』

 久遠「だろ?だから作者、早く続き書け」

 

 久遠「……そういえば半分がRe:CREATORSを見てねぇってことは半分はお前の実物像が分かんねぇって事だよな?」

 アルタイル『気にすることもないだろう……実際、余は君が所持していた端末の中に居るのだから、身動きも取れなければ、目立った行動を起こすことも出来ない』

 久遠「そりゃあそうだが……この際紹介しておくか」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

《アルタイルの紹介》

 

 久遠「それじゃあ紹介していこう。まず名前はアルタイル……原作ではなかなか真名が明らかにならなくて『軍服(ぐんぷく)姫君(ひめぎみ)』という名称が通っていた……ってかその名前お前が考えたのか?」

 アルタイル『余を数多なる創造主の1人が与えた仮名だ……別に姫でも王でも無いが、誠の名を知られなければ問題なかったからな』

 

 久遠「……因みにだが、お前が自分で仮名考えてたら何になってたんだ?」

 

 アルタイル『……彦星』

 久遠「男じゃねぇか、しかも星を言い換えただけ……安直すぎるだろ」

 

 アルタイル『そ、そうか?……鷲の遣いはどうか』

 久遠「もっと悪化してる……こりゃあ『軍服の姫君』って名前にしてくれたどっかの創造主に感謝だな……」

 アルタイル『そこまで余の名前はダメか……?』

 

 久遠「はぁ……続き行くぞ?仮名の通り、普段からダブルボタンのロングコート軍服を着ている。銀髪、ツーサイドアップの髪は足首くらいまで伸びていて、ロシアとかで見かける騎兵帽を被ってる……あとめっちゃ美人」

 アルタイル『……褒めても何も出ないぞ?』

 久遠「いやいや、お前ほど見た目のスペック高ぇ奴居ねぇから。ヲタクのハートをぶち抜く要素てんこ盛りだぞ?」

 アルタイル『そのような目で余を見る奴らは全員森羅万象で藻屑にしてやろうか』

 久遠「……この先もスマホに閉じ込めておくか……?」

 

 久遠「で、だ。彼女のメインウェポンは遠隔で操るサーベル。それを大量に召喚して攻撃防御どちらとも難なくこなす。もう1つの機関銃と合わせることで森羅万象を発動させると大抵の『設定』を弄れる……ってチートだよなぁ」

 アルタイル『フン、そのような設定にした創造主が原因だろう。自身らが興味ばかりで付与してきた能力が全て仇となり帰ってくる様は滑稽だな』

 久遠「うわぁ……安易な設定過多は止めなきゃな……」

 

 久遠「今回はそんな所か……まぁアルタイルの情報はネットで検索すりゃあ直ぐに出てくるだろ」

 アルタイル『まぁ、興味本位で調べてくれても構わない……だが決して忘れるな。余は数多なる作者により作られた存在だが、創造主は島崎セツナ、ただ1人だ』

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

《ハジメ達の奈落生活について》

 

 ハジメ「それで?何で俺らまでが呼ばれてんだよ」

 ユエ「……これ、何?」

 久遠「まぁ、流石に2人だけの進行は無理があったからな。ここからはお前らも参加してくれよ……特にハジメの奈落生活とか気になるしな」

 

 ハジメ「はぁぁ……ったく、分かったよ……で?何から話すんだ?」

 久遠「俺はお前らの出会いとか、銃とかについて知りたいがな」

 ハジメ「出会い?ユエとの出会いか?」

 

 ハジメ「まぁ……ユエはオルクスの最深部でずっと囚われた状態だったからな」

 ユエ「ん……暗闇で、ずっと寒くて……何も出来ないまま300年」

 久遠「なるほど……で、そこに救いの光がハジメって事か」

 

 ユエ「……違う、最初は態々扉を閉めて『間違えました』って……」

 久遠「うわぁ……」

 アルタイル「南雲殿、女性に対して最低限のマナーは守るべきでは──」

 ハジメ「し、仕方がねぇだろ……俺もそこまで度量が広くなかったんだよ……」

 

 ハジメ「逆に聞くが、お前が片腕失ってる時に、死と隣り合わせの状態で目の前にやべぇ封印された女を見た時お前どうすんだよ」

 久遠「あー、人によるな……ユエさんみたいなチッコイ女子なら間違いなく助けるな」

 ユエ「っ!?(ブルり)」

 アルタイル『行動は立派でもセクハラ決定だな……ユエ殿、南雲殿で良かったと思うぞ』

 

 ハジメ「んで、奈落では基本ユエが魔法でガツガツ進んでたな……止まる時は魔力回復か、俺の食事の時だな」

 久遠「あぁ、お前も能力を取り込むために必要だったんだな 」

 アルタイル『ところで南雲殿……君が食したであろう魔物の肉が奈落にあったのだが、君ので間違いないか?』

 ハジメ「まぁ、ぐちゃぐちゃになった肉だったら多分俺のだな。2度目以降は食っても効果ねぇからな」

 

 アルタイル『……(ジ──ー……)』

 久遠「いや、俺もそれ食ったけど別になんでもねぇだろ」

 ユエ「……食べたの?……ハジメの……肉」

 ハジメ「ユエ、俺の肉じゃねぇ、俺が食べた肉だ」

 ユエ&アルタイル「『……(ジ──ー……)』」

 久遠「いやだからそんな関係じゃないっつーの!!」

 

 ハジメ「はぁ……で、最後の部屋で戦ってたんだが……予想以上に手強くてな。最後限界突破も使ったし……目を焼かれて気絶した時にお前らが来たわけだ」

 久遠「ほぉー、そりゃあ危機一髪だった訳だ。まぁ俺何も出来なかったんだけどな……精々相手のヒュドラを拘束したくらいだ」

 

 ハジメ「あれ、武器を統合しまくるやつだろ?○nlimited ○lade ○orksに近しい何か……この世界にも転移者居たんじゃねぇのか?」

 久遠「さぁな……俺にも分からん。でもいいんじゃねぇか?姫さんも快くくれたし」

 

 ハジメ「お前、何時の間にあの国の王女を取り込んだんだよ……そんな簡単に会えないだろうが」

 アルタイル『初日の晩餐会の時から接点は持っていた……その後も暇さえある時に会いに来ていたようだ……彼女曰く、生徒ら全員と繋がりを持ちたくて会っていたようだが……』

 

 ハジメ「……俺初日の謁見以外であった事ねぇぞ?」

 久遠除く3人「「『…………』」」

 

 久遠「……俺は彼女から武器を貰ったまでだぞ?それだけだぞ?」

 

 3人「「『ギルティ?』」」

 久遠「いやだから──……まぁ、菓子くらいは貰ったが…」

 

 3人「「『ギルティ!!』」」

 久遠「うぐっ……あ、あくまでも協力関係だからな!」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 久遠「それじゃあ、これくらいで良いだろ……会話ばかりも退屈だろうしな」

 アルタイル『そうだな……この作品では欲を言えば余ももう少し出番が欲しいものだな』

 久遠「うーん……神代魔法でお前のスマホに何か施してみるか?スマホからハジメ特製の纏雷が出るようにするとか」

 

 アルタイル『……それは持ち主である久遠も感電するのではないか?』

 久遠「だから、俺が投げて、お前が飛んだ先で発動させれば良いんじゃないか?ハジメの手榴弾見たいな遠距離アイテムになるぞ?」

 アルタイル『下手すれば端末ごと壊れる気がするのだが……』

 

 アルタイル『まぁ、いい……久遠の突拍子な行動も物語へどのような軋みを与えるのか……流転し続ける世界へ何を及ぼすか……楽しみだ』

 久遠「俺もお前がここでどう暴れるのかが……世界終わったりしないだろうな……まぁそれでも俺が死ぬ気で止めるだけだが」

 アルタイル「君が余を止める……それもまた物語としては面白そうだ」

 

 久遠「んじゃ、今回は正月スペシャル見たいな感じで送ったぜ」

 アルタイル『この先の物語も是非、楽しんでくれたまえ』

 

 久遠&アルタイル「『それでは、また何処かで会おうか』」




ちょいと……補足も今回は無いですね。

 という事で、私からもあけましておめでとうございます!
 もう2022年…今年はありふれの2期がありますね。ノイントとの戦いが楽しみで仕方がないこの頃、この物語の2章がまだ制作中なんですよね…新年早々大変だぁー。

 まぁ、ですがちゃんと作りたいので、自分のモチベーションに鞭打って3章を目標に頑張って行きます!

 うーん、ですが次回予告とかはしておきますね!

○○「遂に私の登場ですぅ!ここまで長かったんですから、豪快に登場してやりますよ!」
??「○○姉さん、死にかけで次回出ますよね…私はもう少し先のようです。皆さんに認められるように頑張る…です」

 こんな感じでやって行こうかなぁと。それじゃ、今年もよろしくね〜!


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2章 ウサミミ少女は寄り道イベントの合図
第十四話 ウサミミ少女はイベントを持ってくる


Re:CREATORS復習のためのアニメ視聴第6話感想

みんな大好き真鍳ちゃんの登場ですね…単体での強さならアルタイルに次ぐ2位に立つであろう被造物ですからね…彼女の能力を把握していない場合、初見殺し可能ですね…この作品を知らない人たちにそのワクワクを取っておいてほしいのでここには明記しないでおきます…
被造物同士の戦闘も激化してきました。イケおじ枠のブリッツ・トーガーが初登場ですね。重力弾、物語に取り入れられそうだなぁ…

さて、今回はみんなの大好き、残念バグキャラですぅ兎の登場ですね!


 ハジメがユエさんにプロポーズに近い贈り物をしてから十日後、遂に俺らはここから出ることになった。

 

 出口へ続くであろう魔法陣を起動させながら、新調された義手に黒のコートを纏ったハジメはユエさんに静かな声で告げる。

 

「ユエ……俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

「ん……」

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

「ん……」

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」

「ん……」

「世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」

「今更……」

 

 ユエさんの言葉に思わず苦笑いするハジメ。真っ直ぐ自分を見つめてくる彼女のふわふわな髪を優しく撫でる。気持ちよさそうに目を細めるユエさんに、ハジメは一呼吸を置くと、キラキラと輝く紅眼を見つめ返し、望みと覚悟を言葉にして魂に刻み込む。

 

「俺がユエを、ユエが俺を守る。それで俺達は最強だ。全部なぎ倒して、世界を越えよう」

 

 ハジメの言葉を、まるで抱きしめるように、両手を胸の前でギュッと握り締めた。そして、無表情を崩し花が咲くような笑みを浮かべた。返事はいつもの通り、

 

「んっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ……開始早々こんな展開で大丈夫なのだろうか。いきなり2人のラブラブアオハル見せられても俺どうしてりゃあいいんだよ。

 

 いや、これ青春の領域超えてるからアオハルでもねぇな。2人の周辺だけ彼らを祝福しているかのように桃色の花びらが舞っている……錯覚だけど。

 第三者の目線からはこんな風に見えるのか……

 

 この調子だとこいつらだけで1話が終わりそうなので止めにかかるとするか。

 

「あー、お二人さん?そういうのは出来れば1章の終わりまでにして欲しかったんだけど?ただでさえ外伝2話挟んでて俺の存在感薄くなってきてんだよ」

「お前、何言ってんだ?」

 

 いやいや、お前らがイチャイチャしてたら益々俺が薄まるじゃねぇか!

 

 ……一応言っておくと現在はオスカー・オルクスの隠れ家から、おそらく地上へ繋がる魔法陣に触れて転移し終わったところだ。

 光が納まった先も洞窟……多分外でいきなり転移した時に発見されるリスクを防ぐためだろう。

 

 皆で洞窟を歩いていくと、段々地上が近づいてくるのを感じた。そして遂に光が差し込んできた。

 

 おぉ……数ヶ月ぶりの太陽だ。人口太陽には再現出来ない温かみがある、そんな光にほっと胸を撫で下ろす。

 するとスマホから反応が。

 

『フッ、久遠は相当地上が恋しいようじゃないか』

「そりゃあな……やっぱりあそこでも外にいる実感があんまりしなかったからな。やっと戻ってこれた感じだよ……」

 

 そしてさらに進みでると……待望の地上へ出る。

 

 場所は渓谷……それも谷底だ。この形状の崖はトータスの間では有名なスポットだな……危険な方での、だが。

 

 魔力分解速度が尋常じゃなく、基本魔法が使えない断崖絶壁の渓谷。西にはグリューエン火山で、東にはハルツィナ樹海と、二つのエリアを挟んだ超巨大渓谷。

 

 それがライセン大渓谷だ。

 

 ……久しぶりの太陽が眩しい。俺の体内時計ど少しだけ時間にズレがあったようだ。

 ……でも、そんなのどうだっていい。

 

 ついに、戻って──

 

「よっしゃぁああ──!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

「んっ──!!」

 

 

 

 

 

 

 

「…………ったく、台詞も先に言われちまった」

『無理もない……実際彼らの味わった絶望や孤独は君以上だろうからな』

「そうだな……俺にも想像できないような地獄だったんだろうな」

 

 目の前ではしゃいでいる2人を目にしてアルタイルと話す。

 あの転落はハジメにとっちゃあ死んだも同然の出来事だし、ユエさんはもう数百年は封印されていたんだから、俺なんかとは比べ物にならない感情を抱いているのだろう。

 

 何方も切実にここから出ることを願っていた訳だし、じゃなきゃこの迷宮をクリアは出来ない。

 正直、2人がここに辿り着いただけでこっちまでもが何だかしんみりしてしまうのであった。

 

 ……アルタイル、写真頼むわ。あいつらの記念すべき地上のツーショット。

 

 さて、2人の空気に飲まれかけていたが、俺もここに着いて感想くらいは言っておこう……うーん、この昂った感情を言葉にすると──

 

「久しぶりのシャバの空気は透き通ってて綺麗だな」

『王国では指名手配の君にはぴったりのセリフだ。旅路が全てシャバにならないよう祈るばかりだな』

 

 あー……そう言えば俺多分王国から逃亡しているんだった……完全に忘れていたけど、実際そこまで重要な問題じゃないしな。

 

 と言うのも、今の俺の姿は十分過去の俺とかけ離れているからだ。肉付きで体格も変わっているし、赤メッシュも本来の俺と比べるとかなりの違和感がある。

 

 そしてこのクリスタルブルーの目が完全に外国人顔負けの顔面にしており、トータスの住人と間違われるレベルである。

 こうして考えると日本人には青色の目って浮きまくるな。

 

 カラコンとかみんなつけたくなるのも頷ける。

 

 とにかく、今の俺だったらそこまで気づかれることはないんじゃ無いかと思っている。だからアルタイルに言われるまで意識していなかったし、それを思い出したところで気にしていない。

 

「つっても、まだスタートラインに立ったばっかだもんな……」

 

 ……そんなこんなで、前にいるハジメとユエさんも喜びを分かち合えたようだ。うんうん、良かったねー。

 

 さて、では周りの害虫の駆除だな。俺たちの騒ぎを駆け付けてか、いつの間にか魔物の群れに囲まれていた。

 全員、久しぶりの人間を発見したのか、敵意丸出しで牙を光らせている。これは戦闘を避けられないムードだな。

 

 よーし、それなら早速──

 

『使うのか』

「あぁ、勿論だ。森羅万象……第22楽章、因子模倣!」

 

 場所は前方に……場所の関係もあるし、実験も兼ねて一本だけにしておくか。右手に青い因子が収束し始め、やがてそれは一つの形になる。現れたのは一本のマスケット銃。

 

 早速使ってみようか……マ○さん銃。

 

 俺らの周りを囲んできた魔物は全員警戒しており、俺の出した武器にも反応が薄い。やっぱり現代兵器って魔物にとってもわからんよな。

 

 照準をそのうちの一匹に合わせる。片手で持っているがこのステータスだ、命中率に問題は無いと見よう。持ち心地も最高だな。

 

 思いっきり、そいつの脳天に向かって引き金を引いた。それにより上のタウル鉱石が下のタウル鉱石と接触して強大な摩擦熱が生まれる。

 

 直後──

 

 ドバン!!

 

 電磁加速された弾丸が目にも見えぬ速さで銃口から放たれる。それが魔物に向かってノータイムで直撃する。常人ならその速さに撃たれたことすら気づかないだろう。

 

 魔物は脳天どころか、頭丸々1つが吹っ飛んでいった。更に弾が後ろに控えていたもう一体にも被弾する。

 

 そいつも撃たれて倒れたのでダブルキル。わーお、初回なのに高戦績。

 

 ……てか、威力の保証は今の俺の腕の状態で確認できた。打った直後、弾丸が銃口から放たれたエネルギーがそのまま腕に帰ってきた。

 

 結果、右肩までに通っていた血管が全部破裂し、筋肉も衝撃に耐えられずにグチャグチャにつぶれている……これはグロいな。

 

 直ぐに因子模倣をかけるが、内心驚いていた。俺のステータス上、耐久能力はあまり高く無いのは承知だが、それでもここまでひどい傷になるとはな。

 

 痛覚も消えている訳では無い……たとえ一瞬で腕が吹っ飛んでも常人なら失神するくらいの痛みが実は来ていたりする……

 

 この銃……想像の何倍以上にヤバイ。

 

 まだ治療中のその時、他の敵の処理を終えたハジメがやってきた。両手にはドンナー・シュラークが黒い光沢を放っており、彼と共にひと仕事を終えたのだろう。

 

 当人のハジメの表情から俺に呆れているようだが。

 

「お前なぁ……そんな調子で武器として扱えるのか?敵どころか、お前自身が虫の息じゃねぇか」

『安心したまえ、南雲殿。彼の戦闘は如何様にも変えることができるからな……それより余が言いたいのは何故あの隠れ家で威力の把握をしなかったのかだ』

「いやぁ、ちゃんとした魔物に使ってみたくてだな……あと、深い理由はないが、地上で実践したかった」

『はぁ……渓谷での使用だ。君も魔力が空では無いのか?』

 

 鋭いねぇ……その通り、この回復が終われば俺の魔力がほとんど無くなるのだ。

 ユエさんが言うに、魔力の消費効率が10倍も緩和されてしまっているので、俺の森羅万象とは相性が悪い。

 

 ……まぁ、別に俺の攻撃手段これだけじゃないし?

 現にここでは無力であるはずの魔法特化型、ユエさんは前で雷を落としまくっていた。魔力のゴリ押しで自分の戦い方をしている。魔法チートすげぇな。

 

 その後も俺は体術に切り替えて敵を潰していく。奈落に比べりゃあ雑魚同然なので、直ぐに片付いた。

 すると向こうから何かが向かってきていることに気づいた。魔力反応……ありってことは、そいつも魔力持ってんのか。

 

 誰かが何かに逃げている、そんな感じだな。目を凝らして渓谷の遥か先に繰り広げられているのを探してみる。

 

 ハジメも気づいたようで、俺と同じ方に目を細める。奥から段々と見えてくる人物──

 

「……何だあれ?」

「……兎人族?」

「だけどここってライセンの底だろ?獣人の住処って樹海だなかったのか?」

『可能性として高いのは追放者……だがその前に厄介なものまで連れてきているな』

 

 呑気な会話をしている間にも、その獣人の輪郭がはっきりと見えてきた。

 

 ……その後ろを追うようにこっちへ向かっている恐竜もどきの魔物も。もの凄く分かりやすい弱肉強食の構造だ。

 プレデターはあの恐竜、獣人の子は食われる者に絶賛なりかけている。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっ──、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

 ウサミミを揺らしながら必死に助けを乞うて来る少女……完全にイベントのフラグが立っている。

 あれだろ?これで後ろの魔物倒したら〜的なやつだろ?ここで無視したら仲間にはならないけどスムーズにこの先のストーリーを進められる。

 

 RPGではよくあった展開だ。寄り道イベントは基本全部とっていくスタイルだったが……

 

 ……イベントやるかどうかはともかく、初めて会ったウサミミを見殺しにするのはなんか後味悪いので、助太刀を──

 

「うわ、モンスタートレインだよ。勘弁しろよな」

「……迷惑」

 

 あっ、2人はそそくさ彼女から距離を取ろうと歩き始めた。マジか。まぁ、確かに人助けは個人の自由であるが。

 まさに無慈悲。思いっきりこいつらはイベントのフラグを折ってやがる。

 

「おいおい……ハジメ、助けねぇのか?ギャグの存在みたいな状況の女とはいえ、このままじゃあ本当に死ぬぞ?」

「別に死んだところで関係ない……寧ろこんなところにいる獣人に警戒しないわけないだろ」

「まぁ、否定はしないが……」

 

 ハジメのスタンス通りに行けば、確かにそうなんだが……後ろをもう一度振り向くと今度はくっきりと兎を捕らえた双頭ティラノサウルスが殺気の方向を上げているところだった。

 

 そしてそれに敏感に反応するハジメ

 

「アァ?」

 

 えっ、今のには反応すんのかよ!?どうやら親友は食物連鎖における生死に思わず反応する体になったらしい。

 

 気づけば、

 

 ドパンッ!!

 

 双頭ティラノの片方の頭を弾丸が貫通しているところだった。

 そのままバランスを崩して地面にひっくり返る恐竜。衝撃で一名を取り留めたウサミミ少女が宙を舞い、ちょうど初めのところに落下するところだった。

 

 おっ、流石にこれはキャッチしなきゃいけないパターン……もしくは衝突して──

 

「きゃぁああああー! た、助けてくださ~い!」

「アホか、図々しい」

『先ほどから久遠の予想する展開をことごとく破っているな……』

 

 彼女の着地……落下地点を律儀に開けるハジメ。そのまま少女は地面にめり込むようにダイブした。純粋に痛そうで目を逸らしかける。

 

 そのまま両手両足を広げうつ伏せのままピクピクと痙攣している。

 

「……面白い」

『これはまた残念を体現したような生き物だな』

「お前らも無慈悲すぎるだろ……」

 

 死体撃ちのように興味なしですと、あまりの2人に思わずウサミミに同情してしまう。確かに怪しさ満点なんだが、対応がひどすぎる。

 ……仕方がないのでこいつの傍に、安否の確認を行うことにする。

 

「おーい、ウサミミ……平気か?」

「うぅぅ……こんなの未来になかったのに……」

「?、未来?」

 

 なんか意味深な言葉だな……こいつ未来人属性まで持ってんのか?

 ところが言葉をつづけようとしたら片方の頭で復活した双頭ティラノに遮られた。どうやらハジメの攻撃にひどくお怒りのようだ。

 

 そしてそれに同じく気づいたウサミミはすぐさまハジメの方に行き、そいつを盾にする様後手に回った。見事な身代わりプレイ。

 ハジメも思いっきり顔を顰めながら後ろの奴を引き剥がそうとした。2人の攻防が目の前の恐竜にも関わらず繰り広げられている。

 

「い、いやです! 今、離したら見捨てるつもりですよね!」

「当たり前だろう? なぜ、見ず知らずのウザウサギを助けなきゃならないんだ」

「そ、即答!? 何が当たり前ですか! あなたにも善意の心はありますでしょう! いたいけな美少女を見捨てて良心は痛まないんですか!」

「そんなもん奈落の底に置いてきたわ。つぅか自分で美少女言うなよ」

「な、なら助けてくれたら……そ、その貴方のお願いを、な、何でも一つ聞きますよ?」

 

 ……上目遣いでとは、あざとさ満載の見せ方だな。だがこいつ、よく見ると容姿とか髪色とか整っている。現在がひどいだけで、素材は多分ユエさんレベルに匹敵するんじゃないか?

 

 そんな彼女のアピールも……どうせ無理だと予め予想しておく。

 

「いらねぇよ。ていうか汚い顔近づけるな、汚れるだろが」

「き、汚い!? 言うにことかいて汚い! あんまりです!」

「だがウサミミ、今ここに4人いるし、何でも言う事聞くなら4つにしなきゃ行けないんじゃねぇか?」

「はっ!?……うぅ、私の身体が持つかどうか……いいえ!それでも私は全て叶えてみせましょう!さぁさぁ!」

「幾らでも変わらねぇよ!てか一之瀬も変なこと吹き込むんじゃねぇ!」

「それでも私は断固抗議しまッ「グゥガァアア!」ヒィー! お助けぇ~!」

 

 だがハジメも見事な鬼畜だな。コントじみた会話を何とか勇敢な双頭ティラノが中断させるが、それはハジメからして見たら威嚇に匹敵する。

 

 ……要するに彼の「敵」を意味してしまうのだ。

 

「というか、今回俺全然活躍してねぇな。ほとんどハジメの無双状態じゃねーか」

『無理もない。彼の武器は魔力を必要としない、対して君の武器は現在使い勝手が悪すぎる。魔力のことも踏まえると彼の出番が多いだろうな』

 

 アルタイルの解説は最もだ。俺の格闘技でもあのデカさとなると一苦労である。その為この場で最もコスパよく活躍出来るやつは目の前の錬成師だ。

 

「それはそうなんだけどよ……あっ、終わった」

 

 ここまで来ると俺の存在価値がどんどん薄くなってる気がしてたまらない。

 

 色々と迷惑な兎を持ち込んできた恐竜魔物は呆気なく初めが放った弾丸で絶命した。たった2発で退場とは、あいつも運がなかったな。

 

 こう言っちゃあ何だが、ここにいる魔物は奈落の奴らと天と地くらいの差がある。思考能力や五感など、敵の選別力がない。

 井の中の蛙状態ある彼らはもう俺らの敵じゃないんだよなぁ。

 

 と、2人が何か言い争っている。えーっと、アルタイル?

 

『少しは話を聞いておけ……はぁ、要約すると兎人の名ははシア・ハウリア……兎人族の族長の娘であり、今回の事態の原因でもあるようだ』

 

 そこから話を聞くと、どうやら彼女は獣人にもかかわらず『魔力操作』を扱い、さらに固有魔法まで持ち合わせている。そのことを兎人族が一体となって隠していたが最近になってバレてしまった。他の獣人族からシアの殺害を回避するため、彼女の一族総出で故郷から逃げ出した。

 

 ……逃げ出したところで帝国兵と遭遇。今度は帝国兵からも逃げる羽目になり、そこで何人もげ囚われてしまったらしい……そいつらは全員奴隷行き……どの様に使われるかはご想像にお任せする。

 そして逃げ込んだのがこのライセン大渓谷だったらしい……もうわかっていることだが、ここには大量の魔物が住み着いており、並の人間なら普通に死ぬところだ。

 

 幸い兎人族は聴力に長けており、何とか逃げ切れているみたいだが、人数もじわじわと減ってきている。このままじゃあ全滅の恐れまである。そうしてシアは単独で渓谷の底まで来て助けを求めてきたんだとな。

 

 ……何かどこの種族も複雑な事情を持っているんだなぁ。全員同じ生き物だから当然だけど。

 

 さて、この時俺はどうするか……こんなイベントは大歓迎、何だがあいにくここは現実の世界だ。行動は慎重にとらねきゃならない。

 この少女の話は多分だが本当なんだと思う。ここまできて俺らを陥れようとする理由も同期もないからな。

 

 問題は俺らにメリットがないことだな。人助けは別にいいんだが、この世界で聖人君子になるのは難しい……誰も救おうとすると自分の一番大事な物を救えなくなってしまうからな。

 いつの間にかハジメに視線が動いていたところで彼女からの返答が来た。

 

『何を迷っている……余はあくまでも君に全てを助けるのは無理があると言ったまでだぞ?』

「……承知しているんだが、こんなふうにホイホイ助けになろうとしてたらまた二の前になるんじゃないかって思ってな」

『はぁ……極端な人間だ。君の取捨選択は君と親友だけなのか?君の選定でいいじゃないか』

 

 それは……確かにそうだ。俺が思うようにすれば良い。だが今はハジメやユエさんが居るのだ。

 2人に無理言えばそりゃあ協力はしてくれるだろう。だがそれではなにかダメな気がするのだ。甘え……とでも言うべきか。

 

 こいつらは覚悟を決めて、自分の目的を果たすために必死なのだ。そんな時に俺の都合で寄り道などするのは申し訳ない。

 

 決めあぐねていたらまたスマホからため息が。そして呆れ声までもが続いた。

 

『人間は誰しも己の欲に忠実だ……だが欲を満たそうとすれば必ず何かを捨てなければならない。傲慢な人間は時が動くと欲を更に大きくさせ、何れは人として大切な価値観までもを捨てるのだ……だから余はそのような人間は嫌いだ』

「……」

『かと言って自分の欲望を全て捨て、世界の激流に流されるのも見当違いだ。人は欲を力に変換する生き物でもあるからな』

 

 妙に説得力があるな。それも彼女が俺らを恨み観察し続けた結果得た答えなのか。そのまま話は続く。

 

 

『欲に溺れるか、欲を捨てるか……そんな短絡的な問題ではない。重要なのはそのバランスであろう?』

「……そうだなぁ」

『君は違うじゃないか。少なくとも余が見てきた君はその裁量を心得ているはずだ……何かをゼロか100で考えるのは人間ではない、それは機械だ。そして機械には心が存在しない』

 

 ……極端に生きるやつも最早人間じゃねぇってことだな。分かりやすいが人間ボロクソ言われてるなぁ。

 それでも彼女の言葉がスっと心に響く。ここで彼女を捨てると、俺にとってその判断を下した「自分」は人間じゃないと思う。

 

 自分の欲には忠実に……だけど飲み込まれることなく、ね。

 

 アルタイルの教示……いや、叱責とも捉えられる言葉を頂いて少しスッキリした。俺たちを恨んでいただけあって、よく理解していることで。

 

「ハジメ、一回こいつの案に乗ったらどうだ?嘘はついてねぇようだし、上手くいけば樹海の案内として頼めるかもしれねぇ」

「……それは一理あるな」

 

 少し思案顔になるハジメ……興味は持ってくれたようだが、まだ足りないな。

 

 ふむふむ……あっ、じゃあ──

 

「あと、俺、知ってるぞ?お前の趣味、普通にウサミミは大好物じゃねぇか」

「っ!おい!一ちの──」

「今の彼女は確かにひでぇ姿だが、それを取り除けばスタイルもいいし、ウサミミもお前のラノベコレクションにあっただろ?ドンピシャじゃねぇか」

「ぐはっ!……」

 

 おお、クリティカルヒット。ハジメが自身の封印した過去を思い出してしまいその場に崩れてしまった。側でユエさんが驚く中、俺はこれでも終わらせんよ?

 こう言っちゃあ何だが、こんな状態のハジメはいじりがいがあってたまんねぇ。こいつの膨大な魔力タンクに秘められた黒歴史の数々……それを俺は持っているからな。

 

 泣ぐんでいたシアに向いて励ましの激励を行った!何処かの熱血テニスプレイヤーを彷彿とさせる口調で!

 

「シア、お前の魅力は全然こいつに通用してるぞ!何てったってハジメもさっきからお前のことは侮蔑の目で見てても、そのウサミミには動揺が隠せていない様だからな!粘り強く行けば必ず落とせる!君になら出来る!!」

「えぇぇ!?でも、それはそれで複雑ですぅ!」

「安心しろ、こいつにはお前の言う『いたいげな美少女』は確かにこいつの心に刺さっている!そう!ユエさんがいるにも関わらず!ユエさんが!いるにも!関わらず!!」

「……ハジメ?」

「待て待て待て!!ユエ!それは違うからな!?俺の気持ちは全く揺らいでねぇからな!」

 

 おーっと、ここで正妻さんから無言の圧力!ふっふっふ、そのままヤケになって俺の話に乗っちゃえよ!

 

 ユエさんにタジタジなハジメを他所に、アルタイルからジト目を盛大にくらっていた。

 

『……これは余、関係ないからな。君が始めたことだからな』

「アッハッハ!確かにそうだけどな!……やっぱり俺はこういう役でなくちゃな」

 

 よく考えたら俺こんな立ち位置だもん。自分らしく生きてきたんだ。今回もハジメを巻き込んでしまうことにしよう。

 

「はぁ……ったく、分かったよ……こいつを連れていけばいいんだろ?」

「ん……私も別にいいと思う」

「ありがとうございますですぅ!それでは早く出発しましょう!事態は一刻を争ってますから!」

 

 こうして俺らの旅に、早速1人のウサミミが追加されるのであった。




ちょいと補足

シア・ハウリア
→はい、序盤は残念うさぎ、後半がバグうさぎのハウリアですね。基本はありふれ原作と同じ立ち位置になると思いますが、序盤は久遠とつるむことが多いかも…ですが予めに行っておきます。彼女は…ハジメの物です。

アルタイル
→基本久遠の胸ポケットにいる。実は久遠がオーダーメイドで態々改造した代物であり、丁度彼女のカメラが外の視界を捉えられるように作られている。なので大抵久遠のそばにいる限り何が起きたのか把握することができる。

 正月から2週間以上経っちゃった…そして実は数日もしないうちに大事な試験期間に入っちゃうので投稿がまた出来なくなります…一応ストックしてある話を出すかもしれないですが、もう暫くお待ちください…

 さて、始りましたね、二章…ついにハウリアの暴走が始ります。色々考えなきゃいけないところはあるんですけどね。ハウリア間改造計画に久遠がどうか変わるのか、久遠とシアの絡みをどうするか…あとはニューヒロインをどうやって取り込ませてりくか…

 やることは山積みですが、なるべくしっくり来る様な展開を目指して、がんばります。


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第十五話 ハウリアは特殊体質?

ありふれた職業で世界最強2期第1話視聴感想

 シンプルに感動した…いや、ストーリーはまだそこまで進んでいないですが、とにかく感動した。香織とユエの掛け合いやティオのドM発言は健在で安心…

 だが何より最高だったのは勇者パーティ陣営…居ましたよね、メイドさんが。皆さんちゃんと見ました?

 そう!雫の傍付きメイド、ニアさんがちゃんと登場してたんだーー!!!!しかも雫に微笑んでる描写までバッチリ映ってます!

 しかもエンドクレジットに名前も乗ってる!歓喜!末期!氷河期!(?)

 ふぅ…髪型や髪色なんかも分かったので、そちらのデザインにこの物語も適応させようかなぁと思っている所存です。可愛かったし、よし!

 新たな楽しみができてモチベも回復…ってことで本編行ってみよう!



 魔力によるエンジン音がライセン渓谷を響き渡る。ブロロロロ……ではなく、モーター音のような鳴りなので近所迷惑にはならない親切設計だ。

 

 アクセルを強く踏むほど、前を吹く風が気持ちいい。ハンドルの握り具合やサドルの位置もしっかり調節したし、ピッタリフィットしている。

 

 こんなドライブ、久しぶりだなぁ……

 

 ……ってか俺免許も取ってないし、完全にノリで運転してるんだけどね。勿論ハジメも無免許のはずだ……だがこいつの製作したバイクはなんと自動倒立機能や運転補正も付いているので倒れないそうな。

 

 まじで錬成あれば何でもありだな……実は跳んだ天職である生産職。

 

 何はともあれ、現在俺とハジメ、それぞれバイクに乗ってライセンの谷底を疾走している。スピードが段違いに速いのでシアの故郷にもすぐに着くと思う。

 

 二人乗りのため、ハジメの後ろにはユエさん、俺のところにはシアが手を腰にくっ付けながら同席している。なので現在2機のバイクがこのライセン渓谷のど真ん中を走っているという事だ。

 後ろのシアもこの世界にはないバイクの速さに驚いているようだ。

 

「ほぇ〜、こんなに速い乗り物があるなんて……やっぱり貴方達はとっても凄いんですね!」

「ほとんどあいつが作ったんだけどな……それより俺はお前の『未来視』の方が十分反則だと思うが」

 

 彼女の能力……「未来視」は任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものらしい。これには莫大な魔力を消費し、一回で枯渇寸前になるほどだが、一つの未来を仮定するのは普通にやばいだろ。

 他にも自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

 

 馬鹿みたいに強いだろう。魔力なんてポーションとか飲みまくれば全然回復できるし、未来を予想できるその意識だけでも戦闘では十分なアドバンテージだ。

 同じ感想をアルタイルも持っているようで、バイクのスタンドに設置したスマホから感嘆の声も漏れている。

 

『未来の予測か……だが欠点はある様だな。上記二つはどちらとも魔力消費が激しい上に今の君ではその回避不可の攻撃は多いだろう……最も、鍛錬すれば話は別だが』

「えへへ……逃げ足は速いので何とか今まで生きていますけどね!それより貴方が一番不思議な存在ですね!初めて見ましたよー」

 

 そりゃあそうだろうな……意思を持った二次元の存在は最近まで俺の世界にもいなかったんだから。

 話に意識を集中させていたせいか、ハジメ達と距離ができてしまったのでアクセルを踏み直す。何も言わずに加速したのでシアが慌てて俺の頭に手を載せてきた。

 

 別に視界の邪魔になってねぇし、バイク自体倒れることは無いだろうから平気なんだが……

 

 それによりシアが現在バイクから落っこちないよう体を俺に押し付けるようにしている。その度彼女の胸が一定の間隔で当たり続けるので集中できねぇ……

 

 流石自分のスタイルを引き合いに出すだけある。弾力が今までにない柔らかさでこちとら脳が溶けてしまう……いや、ダメだダメだ!こんなところで折れちまっては俺の男が廃るぜぇ!

 

 悟りを開きながら進んでいこう……川の向こうに死んだ母さんが〜

 

 と、突如前方から悲鳴が響く。同時に獣の怒号も……別の意味で後ろのメロンから意識が逸れたので何より。

 

 だがまずいな。もう集落が襲われてるってか?先ほどと一変、シアの焦った声が後ろから掛かる。

 

「っ! クオンさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

「了解!ブーストかけるぜ!」

 

 善は急げと言うし、バイクのスピードをさらに上げてその集落に向かおうとしたその時だった。

 ビビッと反応がある。集落とは別のところからだ。ほんのわずかだが……生体反応じゃないか?

 

 しかもこの感じ、間違いない。

 

「これは……子供?なんで他より離れたところに──」

 

 集落とかなり距離がある。そんなところで何やってんのかわからんが、危険であること間違いない。

 一瞬ハジメに無視していくべきか迷った……だが直ぐに決断した。

 

 後ろにいるシアの意思は尊重してやりたい。彼女も家族を助けたくて仕方がないのだろう。焦りで胸がユッサユッサ当たってるし。

 

 うーん……よし、ハンドルを片足を置くことでバイクのバランスを保つ。かなり不安定だが、この数秒持つだけでいいからな。

 そのまま後ろのウサミミの襟首を掴む。

 

「すまん、お前は先に行っててくれ」

「え、先にってどうや──ふぁ!?何を──」

 

 問答無用で彼女を持ったままバイクから立ち上がる。視界が更に広くなり、ハジメバイクも余裕で捉えることが出来た。

 

 そのままそいつのバイクへ狙う。ちょうどユエさんと目が合い、彼女も意図を汲み取ってくれたらしい。

 ……そして若干俺への眼差しが引いている様にも見えるがこの際気にしない。

 

 思いっきりシアを──投げた。綺麗な奇跡を描いてウサミミは宙を舞う。

 

「ハジメ!キャッチ頼むぞー!!」

「ぎゃあぁぁぁ!!!!」

 

 すまん、シアよ。家族と早く会いたい気持ちは分かっている。だから少しだけアトラクションに乗ってもらったまでなんだ。

 まぁ、ハジメに無理言ってお願いしたんだし、それくらい対価として、ね?

 

 無事に頭からハジメのバイクに突っ込んだシアは無事の様だし、問題ない!

 ハジメが後ろを振り向きながら威圧を放ちまくってるけど、これもスルーだ!

 

 誰も怪我しなかった、うん、一件落着!

 

『何処がだ!後にシア殿からえらい目にあうぞ……』

「時効だ、時効。後、こんなところで時間食っちゃあな……」

『先程から反応がある者へ向かうのか』

「あぁ……時間が無いから手荒になったんだ」

 

 バイクの方向をすかさず転換させて魔力を感じたところへ向かう。エンジン全開で向かうのは集落から少し離れた岩場のところ。

 

 距離が思った以上に長いな……焦りが募っていくのにも理由がある。

 

 それはさっきから同時にもう一つの反応がその人に向かっているから……おそらくハイベリアという、空の魔物だ。集団のはぐれがその人を襲おうとしているのだ。

 やがて目的地までの距離が数十メートルまでなったところ──全貌が見えてきた。

 

 思った以上にやばいな。逃げている人はハイベリアから振り切れていない。本人も体力の限界のようでふらつきながら近くの岩に倒れこんでいた。そこをロックオンしたハイベリアが好機とさらに加速する。

 

 俺もこのままじゃあ間に合わねぇな。

 

『久遠!この距離では間に合わないぞ!』

「分かってる!!」

 

 先程と同じくバイクに一時的なバランスを取らせて、そのまま立ち上がる。酷く不安定だが、そのまま直接子供のところへ跳んだ。

 

 俺が先に辿り着けるか──

 

 間に合え──

 

「リニューアル!!」

 

 クオン・リニューアル──跳躍廻蹴り

 

 その刃が子供に届く寸前で脚が間に入る。その刃はそのまま脚に刺さったが、たかがハイベリアの攻撃、食い込むことはない。

 脚も彼女の数センチ前で減速し、顔面に触れることは無かった。完全に防ぐことが出来たのだ。

 

 危ねぇ……普通にギリギリだった。迅速にシアをあっちに投げといて正解だったぜ。

 

『』

 

 そのまま片足が着地した状態でに次の攻撃へ。刃から簡単に抜けた右足をそのまま回転させてそのまま踵を当てていく。

 

 クオン・リニューアル──踵廻蹴り

 

 鞭のようにスナップを効かせた脚はちょうど顔面にヒットした。回し蹴りは俺の中でも吹っ飛び率が極めて高い技だ。その衝撃でハイベリアは馬鹿みたいに吹っ飛ぶ。

 

 無論、そこを逃す俺じゃない。吹っ飛ばした理由はこの子から距離を取らせるために過ぎない。体制を立て直される前にトドメをさせに行く。

 

 ここで銃を──

 

 ──は、無理だな。魔力的にも、体力的にも。つい先程の戦いで身をもって感じた失敗が蘇る。ここもライセン渓谷の範囲内だからな。

 

 グッと使いたい衝動を抑えて俺は跳躍する。

 ハイベリアは空中で戦うのが得意のため、一度地上に付けば体制を立て直すのに時間がかかる。そのロスタイムはPVPにおいて致命的な隙だぜ?

 

「よし、止めだ」

『久遠、反対にも一体向かっている』

「マジか?……いや、何とかなる」

 

 取り敢えず踵落としでハイベリアの首をへし折った。リニューアルの必要も無い、ただの踵落としによりバキバキと骨が折れるのを耳で確認したので問題ないな。確かに彼女を襲おうとしていた魔物は死んだのだ。

 

 そのまま気持ち悪い頭を胴体から引きちぎった。

 

 羽とかでかなり大型に見えるこの魔物だが、頭はそこまででもないな。強いていうならボウリングの球くらい……投げ心地が良さそうだなっと!

 

 ちょうどその子供にもう一匹、ハイベリアが襲い掛かろうとしていた。実は2体彼女を狙っていたらしい。仲間の行動を不穏に思ったのか、バットタイミングで現れたもんだ。

 こっから距離はあるが、これを使って──

 

「おらよっと!」

 

 思いっきり頭を投合。相手の体に目掛けて飛んでいった死骸はそのまま羽を貫通した。

 ワオ、腕力も相当上がってるんだな、俺。

 

「グギャ!!」

「きゃっ!」

 

 子供の小さな叫び声と共に、ハイベリアは羽に穴が空いたことで大きくバランスを崩す。すぐ側の岩に激突した。よし、今のうちだトドメを刺さなきゃな。

 

 跳躍してそいつの頭を潰す!

 

「ふっ!!」

 

 クオン・リニューアル──跳躍廻蹴り

 

 ハイベリアの頭に直撃。案の定、頭だけがそのまま潰れて絶命した。残った胴体がそのまま地面へと崩れ落ちる。俺が脚を地に戻した時はただの生肉になっていた。

 

 危ねぇ……正直、ここの実力では負ける気はしなかったが、こんなふうに誰かを守りながらの戦いはきつかった。

 楽勝だった反面、無事にミッションを達成出来て安心が漂っている。

 

 実践では予想外は多いし、こんな経験は中々ないからいい勉強になったわ。あいつにも感謝しておかなくちゃな。

 

「何とか対処できたな……サンキュー、アルタイル」

『魔力のルーツを辿ればこれくらい……寧ろ久遠。1人の敵に集中しすぎだ。魔力の流れは常に感知しておくべきだ』

「すまん……他にも敵がいるのは考えてなかったし、次からは気をつけるわ」

 

 さて、と。この状況を見ていたらトラウマかもしれないが……案の定震えていた子供の方に向かう。

 特徴的なウサミミに、濃紺の肩まである髪の毛……だがさっきの戦闘もあって埃が立ち上がり、かなりボサボサになっている。

 

 怪我はすり傷とか、その程度だが服も汚れているし、ハイベリアに襲われていたのは確かの様だな。

 一応彼女の安否は確認しておくか。俺の見ていないところで怪我してた可能性もある。

 

「おい、大丈夫か?集落からかなり遠いところにいるし、影も薄かったから思わずスルーしかけたぞ」

「……」

 

 そうだ、あんまり触れていなかったが今回の問題……それは彼女が気配を殺していたことだ。

 

 確かに魔物から避けるために気配遮断を使うのは分かっている。ハウリアは気配を消すのが得意な種族のようだし。だがあの時はすでにハイベリアに発見されていたのだ。

 

 実は俺がここまでギリギリだった理由は魔力を探知できなかったからだ。敵の持つ魔力を発見している俺らだが、今回はその魔力と距離が見合っていなかった。魔力が予想より小さく反応来ていたからであり、彼女が気配遮断的な何かを使用していた他ならない。

 

 敵わない大物から逃げていたのなら、寧ろ気づいてもらうように助けを呼ぶべきだ。それも気配など隠さずに。

 

 だが子供は何も言わない……意外とコミュ障だったりすんのか?

 それともまだ俺を恐れたりしてんのか?警戒しているのか若干俺と距離を取ろうとしているようにも見えた。

 

 あれ?もしかして俺不審者とか誘拐犯に間違われてる?

 

「あー、安心しろ。俺こんな身なりで人間だが悪い奴じゃねぇから。みんなの大好き、フレンドリーな一之瀬久遠だから」

『今の発言ほど説得力に欠けるものはないだろうな』

 

 うっせぇ……これでもユーモラスにしてるんだよ。アルタイルの言葉をスルーしながらも、別の観点から少女の口の硬さを軟化させようか。

 

「……まぁ、とにかくここはまだ危険だ。お前の集落も襲われてた様だが、そっちには仲間が対応してくれたはずだ。だから一旦お前が住んでた集落に──」

 

 

 

っ!それはダメ!

 

 

 

「……っ…」

 

 急に大声で叫んだので驚いた……それに声も高く、この子供が少女であることも分かった。

 だけど、それよりも予想外なのはその答え。集落に戻りたくない……そう聞こえてしまったんだが、間違いないよな?

 

 自身が今までにない態度になったのに気づいたのか、俯きながら震える声で否定し続けた。

 

「それは……止めて……ください……」

「どうしてだ?お前の種族、今色んなところから狙われてるんだろ?だったら尚更戻るべきだろ」

 

 だがウサミミ少女は首をブンブン振るだけで頑なに帰ろうとしない。うーん、ここには魔物のみならず、帝国兵も居るからバリバリの危険地帯だ。

 

 それなのに自分の家族の元に戻らないとは、よっぽどの理由がない限り起こりえないことだ。尤も、彼女にはよっぽどな理由があるようだ。

 

「帰りたくない理由が他にあんのか?」

「……」

 

 そしてその理由もダンマリと。それじゃあこのまま彼女の意志を尊重して置いていく……ないない。

 このままじゃあ平行線で拉致があかねぇな。どうにかして彼女を説得しなきゃならない。

 

「はぁ……」

『久遠、どうするつもりだ。彼女の希望通りに野放しにすると間違いなく死ぬぞ。君がそのような罪悪感も感じぬ残虐性の塊を持っているのなら余はそれに従うが──』

「誰がそんなに残虐野郎だよ……まぁだが、無理矢理でも連れて帰るつもりだ。手荒にはしたくないんだけど、どう考えても合流させた方が良さそうだし」

 

 だってこのままにしておく方がまずいに決まってる。シアは別に省かれているハウリアが他にいるなんて言ってないし、何より「家族」を大事にするハウリアが誰かを追い出す様なことをするはずがない。

 

 となるとますますわからんな……泥棒でもしたのか?う──ん……

 

 ……だが彼女の目を見るに、何かに対する罪悪感、悪感情は伺えない。どちらかといえば、贖罪?のような……

 

 

 

 ……贖罪、か。

 

 

 

 言い表せない何かを彼女が持っているのはわかる。この場での詮索は止めておいた方が良さそうだ。

 

 だがこのまま放置は流石に危険だから、無理にでも連れて帰ろう。改めて彼女の背丈まで身をかがめながら、選ぶ言葉に気をつけて口にする。

 

「お前の状況はいまいち理解できないが……一旦戻っておくべきだ。ハイベリアによって遠くまで運ばれたとか、そんな理由を付ければ納得してくれるんじゃねぇか?」

「……」

 

 黙考すること数秒。その間に何を考えていたのかは分からないが、次に俺を見てきたその目からは警戒心が薄れていた。

 少なからずは俺の事を信用してくれる気になったようだ。先程まで濃紺だった瞳に若干のハイライトが宿っていて内心ほっとした。

 

「……分かり……まし、た」

「おう……そういやちゃんと紹介してなかったな。改めて俺は一之瀬久遠だ」

『先程の自己紹介が異常と理解しているのなら初めから……はぁ、彼の胸元から失礼。余はアルタイルという』

 

 いつもの様な自己紹介を終え、少女は俺らを交互に凝視する。そして小声で答えた。

 

「……()()、です。()()()()()()()

「……そうか。そんじゃ一旦あっちに戻るぞ。よろしく、ネア」

 

 そこらで横転していたバイクを立て直し、後部座席をポンと叩いて乗車を促す。未知の機械に一瞬固まった彼女だが、意図をくみ取ってくれた。

 

 バイクを走らせて向かうは先程向かおうとしていたハウリアの現在の集落だ。

 

 今日、早速2人目のハウリアに出会った……なんか今のところハウリアは事件や危険しか呼び寄せていないんだが、もしかしてそういう特殊体質なのか?某アニメの事件大好きの少年名探偵が頭をよぎる。

 

 それに、ネアという名のこのハウリアは他と比べて深刻な何かを抱えているようだし?

 それが一族に大きな傷を与えるようなものだった場合、連れてきたこっちも罪悪感を背負ってしまう羽目になるよな……

 

 はぁ……ハジメのところに戻って他のハウリアと合流するか。

 

 




ちょいと補足

ネア・ハウリア
→本作のメインヒロインに輝く…かもしれんハウリアの少女。原作ではありふれアフターから正式登場を果たし、帝国ではっちゃけたり戦闘メイドになったりとかなりヤベー奴として君臨していましたが、今作では暗めで心を閉ざしているような…今後の展開にご期待ください。

シア・ハウリア
→完全に久遠のヒロインフラグをへし折りました。もう久遠にバイクから投げられちゃいましたし笑。ですが前回でも述べた通り、彼女のフィジカルの戦闘は久遠と酷似している所も多々あるので、ハジメハーレムメンバーズの中では1番彼と関わるかもしれません。

ネア・ハウリアの主な変更点
→性格や過去、年齢も原作では当時10歳に対して今作では12歳と少し盛ってます。その他にも色々と変更する予定ですので、もしかすると“ネアアンチ”とかタグつけるかも…いや、ないな。

 さてさて、遂に始動しました…久遠ハーレム計画。何人に膨れ上がるかは完全に未定ですが、獣人枠は入れるつもりでしたのでネアを参戦させました。原作での戦闘力もハウリアの中では上位に入りますし、この世界でも十分に活躍できるかと…

 また、予想外にヒロイン枠でアルタイルを所望している人が多かった…いや、勿論メインにするつもりだったんよ?
 でも現状彼女を引き立てる力を久遠がまだ持ち合わせていないんですよ…なので、もぉぉーー少しだけ待っていただけると幸いです。

 次回も楽しんで行ってくれると幸いです!ではでは〜


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第十六話 十人十色も程々に

ありふれた職業で世界最強2期第2話視聴感想

グリューエン大火山って予想以上に暑そうだ…そして氷の休憩シーンもう少しだけエロスが欲しかった!洞窟を掘ってその中で休憩をとるスタイルは後にこっちの作品で使えそうだな…
そして徐々に他の初めパーティも戦闘に参加しますね。シアはこの試練の敵と相性が悪そうだ…まだこの段階では単体攻撃がメインだし。一方のティオやユエさんは広範囲攻撃を存分に疲労私営て良きかな。

最後のハジメを飲みこんだ極光…予想以上に大規模だった笑…そりゃあユエさんも慌てるな。次が楽しみですね!

ってことで、今回はちょいと戦闘シーンを変えてみました。それじゃあ行ってみよう!



「あ────っ!!!一之瀬さん!さっきのは何だったんですか!急に投げるなんて聞いてないですよ!!」

「ゲッ……そういえば忘れてた」

 

 戻ってきて早々、集落にいたシアが早速突っかかってきた。そういえばバイクから投げ飛ばしたんだったな。

 本人からしてはいきなり首元を捕まれ空を飛ぶ羽目になったんだ……怖かった、かな?

 

 いや……まぁ、シアだし?あの双頭ティラノサウルスに追いかけられてたし?意外と絶叫系強そうだからなぁーって……

 

 身体の震えが未だに止まらないのか、手で抑えながら俺を恐れるような目で見てくる。

 

「うぅぅ……死ぬかと思いましたぁ……ハジメさんがキャッチしなければ絶対首が折れてましたよ!」

「いや、すまん……だが、お前がなるべく家族と早く会えるためには必要な事だったんだよ……アルタイルもそう思うだろ?」

『余からはシア殿を南雲殿に押し付けたようにしか見えなかったが……』

「そうだぞ。テメェがいきなり投げてきたせいでハンドルの操作が取れなくなったじゃねぇか」

 

 アルタイル、まさかの裏切り。

 

 そして後からハジメも責めてきた。あれれー?これ俺がやっぱり悪い感じ?

 

 因みに、あの後ハジメはユエさんのおかげもあってか、無事にシアを受けてることに成功した。が、その衝撃でバイクの操作が効かなくなり、危うく転倒しかけたんだとか。バランスを崩しながらも、迫り来る敵を何とか銃で撃ち抜いて……

 

 最終的にはハウリアの集落に猛烈なドリフトをかましながら到着したんだとか。

 シアやユエさんは乗り物酔いでぐったり、ハジメも無事にバイク走行を完徹させるものの休む間もなく集落を襲うハイベリアの掃除……

 

 何というか、うん、スマン。

 

「ったく……今度からバイク貸さねぇぞ」

「いやぁ、マジで悪かった……今度からはちゃんと口にしてから投げる」

「「全然反省してねぇ(ですぅ)!!」」

 

 何はともあれ、ハウリアのみんなと合流したのだった。

 あっ、てか隣に目をやるといつの間にかさっきの子がいなくなっていた。ネアって言ってたな。

 

 流石にここで逃げたりはしないだろうし、気にしないでおくか。

 

 代表の男……名はカムといい、シアの父らしい。彼の指示のもと、ハウリアが先導して俺らを樹海へ連れていってくれることに。

 

 全員、追い出された樹海に思うところがあるだろうに、誰も何も言わないあたり性格が出てる……

 こんな律儀な奴らだ、シアの事情も隠してたくなるはずだ。そのせいで一家どころか、一族の危機まで発展してしまったわけか。

 

 ……となるとネアの行動がフラッシュバックする。一丸となって絶滅を避けるこの時に、何故わざわざ単独で逃げようとしたのか。

 もしかして家庭内に事情があったりすんのか?

 

「そういえば、ネアって子は大丈夫だったか?」

「えぇ、助けて下さり感謝します……聞けばハイベリアに連れ去られていたところを救出させて貰ったとか……」

「あぁ──まぁね」

 

 なるほど、そうやって辻褄を合わせたか。理由は分からないが、自分が集団を出るって事は隠していたいらしい。

 だが、カムの話し方からはネアに対する悪感情なるものが一切感じられない……寧ろ家族のように慕っているな。

 

 こっそりアルタイルに耳打ちしてみたが──

 

『現状ではネアに対する悪感情もない今、本人が彼らの知らない場で粗相を起こした可能性があるが、過信はいけないな』

「彼女については一旦保留かねぇ……」

 

 そんなこんなで、暫くはハウリア総勢42人を引き連れて俺らは樹海を目指した。途中で襲ってくる魔物はハジメと俺で瞬殺。

 ハジメの銃が時折危なっかしくなり、シアに何発か被弾したんだが、それも旅の一興として言いくるめられた。災難なことで……残念ウサギ。

 

 その他にも、俺を恐れるシアにお父さんのカムが変な勘違いしたり、そのシアがハジメにくっつくようになった光景でカムが頬えまぁ……発現したりと、終始賑やかにことは進んでいった。

 ハウリアの観点、ちょっとズレてる気もするが……

 そうして、ついに樹海が近くなってきた。ハジメの〝遠見〟によると、でっかい階段がライセン渓谷の終わりを示すかのように建っており、奥の樹海もうっすらと見えるんだとか。

 

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「ん? どうだろうな。もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん……どうするのですか?」

「? どうするって何が?」

 

 質問の意図がわからず首を傾げるハジメに、意を決したようにシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミを立てているようだ。

 

 ……ああ。なるほど。そりゃあハウリアとしては確認しておきたいよなぁ。

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさんたちと同じ。……敵対できますか?」

「残念ウサギ、お前、未来が見えていたんじゃないのか?」

「はい、見ました。帝国兵と相対するハジメさんを……」

「だったら……何が疑問なんだ?」

「疑問というより確認です。帝国兵から私達を守るということは、人間族と敵対することと言っても過言じゃありません。同族と敵対しても本当にいいのかと……」

 

 シアの言葉に周りの兎人族達も神妙な顔付きでハジメを見ている。小さな子供達はよく分からないとった顔をしながらも不穏な空気を察してか大人達とハジメを交互に忙しなく見ている。

 別に俺らを疑っているわけではないのだろうが、亜人であることを自覚しているが上の不安かな。彼女達が帝国兵に捕まれば地獄ような生活が来るのは間違いないだろうし。

 同じ人間族である俺らの真意を聞きたいのだろう。

 

 現に、俺の魔力反応では距離があるため極小ではあるものの、はっきりと人間が完治されている。多分接敵まではそう遠くない。

 

 だけどな、シリアスな雰囲気なところ悪いが、俺の答えはもう決まってるんだよ。

 

「あぁ、それなら俺らはどっちとも問題ないな」

「えっ?」

 

 疑問顔を浮かべるシアに俺はそのまま普通に返す。

 

「先ず、俺にとっちゃあお前らは人間と同じだと考えている」

「えぇぇ!?人間族と私たちが、ですか?」

「まぁな。人間も亜人も、持つもの抱えるものが違うだけで意思疎通できる生物の時点で同類ってな……線引きをするのはそいつらの性根だ」

『久遠のしていている「線引き」に、彼らが守っているか、反しているか……単純かつ明快な決断だが、それは久遠自身の倫理にかかっているとも言えよう……シア殿、君から見た彼は人としてどう映る?』

「少なくとも言動に問題は大ありですね」

「おい……「ですが──」」

「真っ直ぐで、いい人だとは分かります。なので、一之瀬さんは信じることができます!」

 

 お、おぉ……なんか微妙な返答だな。俺のシアに対する行動が危うく信頼に関わるところだった。

 

 ん、自動自得だって言ったか?否定はしないが、助けた実績が上回ってると思ってたんだよ。

 そしてスマホの軍服、ニヤニヤしてんよは分かってんぞ……義手で眼帯の野郎もな!

 

「ところで、ハジメさんは……」

「あいつは俺とはちょっと違うからな……お前らとの取引がまず持ちあげられる」

「あぁ。お前らとは樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない。道を阻むものは敵、敵は殺す。それだけのことだ」

「な、なるほど……」

 

 要するに、こいつのポリシーでもシア達を護ることには変わらない、つまり帝国兵とは敵対する気満々ってわけだ。俺と考えに若干の違いはあるものの、ハウリアの要望には応える形になるな。

 これにはシアや周りも驚いており、苦笑を浮かべている。だがカムを筆頭に、俺らについて行ってもいいと再認識してくれたらしい。

 

 そのまま一行は進んでいく、魔力反応も徐々に大きくなっていき、もうすぐそこまで来ているな。

 階段を登り切ったその先に待つものは──

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。俺たちに驚くものの、その後にいる兎人族の面々に喜色を浮かべ、品定めでもするように見渡した。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

 帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。

 

 ……クズか、こいつら。今までにない不快感を覚える。

 これが異世界の常識……と分かっていても、これは流石に形容しがたいものだな。人を人と見ない、明らかに見下した態度……

 

『……久しぶりに嫌悪を抱いたな……創造主に対する憎悪が戻ってきたかのようだ』

「それはヤバい、電源を切っておくことを勧める」

 

 ゴメン、イライラが吹っ飛んだ。この光景をスマホの彼女に見せ続けていたら、世界が滅ぶかもしれない。

 ぶっちゃけ、アルタイルならこのスマホからどうにかして抜け出すこと出来るだろうし、怒った時の被害なんて……計り知れん!

 

 下手をすれば目の前の奴らで森羅万象が爆発して──

 

 それはいけない、早くこいつらをどうにかしなければ!

 

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、ようやく俺たちの存在に気がついた。

 

「あぁ? お前ら誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 

 前に出たハジメは、帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、一応会話に応じる。

 

「ああ、人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

 勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そうハジメに命令した。

 

 当然、ハジメが従うはずもない。

 

「断る」

「……今、何て言った?」

「断ると言ったんだ。こいつらは今は俺のもの。あんたらには一人として渡すつもりはない。諦めてさっさと国に帰ることをオススメする」

 

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

 

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

 

 ハジメの言葉にスっと表情を消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でハジメを睨んでいる。

 

 と、ここで小隊長がハジメの後ろにいたユエさんに気づいてしまった。幼い容姿で妖美な雰囲気を放つ彼女に惚れるわけねぇんだよなあ……

 

 あーあ、こいつ死んだわ。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

 フラグがどんどん建てられていく……余命はあと何秒だろうか。ユエさんは無表情なものの、魔力を纏わせた右手を掲げているあたり相当頭にきているな。

 

 だが、それを制止するハジメ。訝しそうなユエさんを尻目にハジメが最後の言葉をかけた。

 

「つまり敵ってことでいいよな?」

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇは、震えながら許しをこッ!?」

 

 ドパンッ!!

 

 はーい、小隊長ここで退場しまーす。

 

 一発の破裂音と共に、その頭部が砕け散った。顔面に大きな穴を開けながら、脳髄まで全ての部位が吹っ飛ばされる。

 

 何が起きたのかも分からず、呆然と倒れた小隊長を見る兵士達。

 ってことでぇ、間髪入れずに俺は走り出す。相手の動揺が続いている今、懐に入るのは造作もない。

 

 相変わらずマスケット銃で殺すのはまだ出来ねぇが、体術の練習にもなるから問題無しっと!

 

 ……集中、集中……相手の武装から見て、顔面が空いているのは助かる。鎧とか来てたら少し脚が傷つくからな。

 全員目線が死んだ隊長の方に向いてる。彼に1番近くにいた数は6人。

 

 左から、右回転……そのまま次の人に踵の右回転、そしてちょいと跳んで膝蹴り──

 

 着地をすると時間がかかるから、その死体を踏み台に使って4人目に回転蹴り……あっ、5人目も近いから一緒に殺そう──

 

 最後の6人目は……あっ、5人目の頭を潰さずに蹴ればいいか。

 

 ……そんじゃ、本番行ってみようか。

 

「……リニューアル」

 

 

 クオン・リニューアル──右廻転蹴り

 クオン・リニューアル──爆踵蹴り

 クオン・リニューアル──飛び膝蹴り

 クオン・リニューアル──跳躍右廻転蹴り

 

 

 パン!ボン!ボボボン!!

 

 テンポよく聞こえてくる爆発音と共に5人の首が弾け飛ぶ。辺り一体血飛沫が舞い、俺の軌跡を追うように地面にこべりついた。

 シミュレーション通りにやれば上手くいくもんだな。

 

 あっ、最後の6人目は5人目の頭を直撃させることでタイムロスを減らした。1秒に満たない出来事である。

 あっ、スマホからビビッと連絡が。

 

『6コンボだな』

「律儀に数えるんかい、ってか何だよコンボって音ゲーかよ」

 

 ハッハッ……適わねぇな。スマホ越しからとはいえ、普通に俺の動きを目に捉えられるとか化け物すぎるだろこいつ。

 ……だけど機嫌は悪化しなかったな。良かったぁ……俺がこいつらを殺してスッキリしたところがあるだろう。

 

 これで世界が救われたよ、多分。

 

 あっ、そうだ他の奴らも掃除しなければな。

 アイツらからは小隊長が死んだと思えば、前衛の6人の首から上が消えたようにしか見えない。ホラー展開だな。

 ハジメは次のリロードを済ませており、もう照準を合わせている。このままじゃ直ぐに掃除されてしまう。

 俺ももう少し狩って体を鳴らしたいし……次の獲物をロックオン!

 

 さぁ、さぁ。帝国兵の皆さんよ、狩の時間だ。

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 結果発表!

 

 帝国兵、全30人中、撃退数

 

 一之瀬久遠……12人

 南雲ハジメ……18人(ラストキル)

 

『勝者は南雲殿だ。久遠も腕が鈍ったでは無いか』

「あいつは銃使ってんだぞ!銃スキルカンストしてるあいつにどう勝てと!?」

 

 はぁ……はぁ……こっちも良く頑張ったよ。ハジメの野郎、撃つのが速すぎてこっちもまだどう倒すか考えている間にほとんど殺しやがった。

 俺、よく残りの6人の首を取れたよ……

 

 結局、ハジメが最後の帝国兵を聴取した後、呆気なく射殺したのだった。

 帝国兵、予想以上に弱かったな。それに人に対する罪悪感とかこれっぽっちも感じなかったし。

 

 まぁ俺の線引きでも彼らはブラックリストに入るレベルの黒だったし、当然の事か。

 他のハウリアは若干俺らを引いていた気もするが、知ったことじゃないな。

 

 よーし、それじゃあ……いざ、ハルツィナ大樹海へ!

 




ちょいと補足

一之瀬久遠
→上記の通り彼の価値観はハジメと違う。全員一律に見ているところは同じなものの、自身の「線引き」によりその者が彼の信頼に値するかを決めている。因みに天之川は真っ黒の性根腐った
野郎と考えているが、雫、龍太郎の説得により恩情で接している。(それでも嫌悪感は隠せていない模様)

南雲ハジメ
→お馴染みの手kじたいするものは容赦しないキャラで、久遠にとっての善人が彼の邪魔をするのなら、それでも殺すスタンスをとる。故に、彼と久遠の敵対関係がいつかくるかもしれない…正直、その展開は作者さんの腕には無理なんですけどね。

 はい、帝国兵の皆さんは呆気なく死んじゃいました。まぁ、あいつらの性格は誰でも顔を顰めてしまうクズっぷりな考えでしたからねぇ…久遠も即刻悪人と決めちゃったみたいです。

 さて、次回、ハルツィナ樹海&フェアベルゲン!


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第十七話 努力の先に力がある

Re:CREATORS復習のためのアニメ視聴第7話感想

弥勒寺さん、かっけぇ…そもそも板額を持ち合わせているのが戦力2倍だから反則なんですよねぇ…二大勢力に完全に別れてしまった回となった今回。
また、ついにアルタイルの真名も露になりました…このシリーズ通してのことですが、彼女の出番がもう少し欲しかったなぁと思ってます。

お久しぶりです、もう2月後半ですね…ヤバいじゃん、1月3つしか投稿できてないじゃん…てことで早速行ってみよう!



 ハルツィナ大樹海……傍から見るとただの森林、だが一足中に入ればたちまち霧におおわれて方向感覚を見失う、迷宮と言ってもいい場所だ。

 

 その奥を進むと、自然が形成した住処であるフェアベルゲンが見える……獣人達が住みつくそこは豊かな自然が生み出した幻想的な空間が拡がっている。

 

 この世界では観光名所にもなるだろう……

 尤も、人間を嫌っている獣人達が気安く俺たちを入れるとは思っていないが。

 

 そんな森の中て俺は今……花を毟っている。

 

 無言で、無心で、ただ目の前に広がる花を根っこから抜き、花弁を1枚1枚丁寧に契り、右の空いたスペースに置いている……

 

 ……かれこれ1時間 ……1時間もだ。

 

 何も考えず、何も感じず……ただその仕事を淡々とこなす機械のように……

 

 

 …………

 

 

 ……

 

 

 …

 

 

 

『……余が言うのもなんだが、作業回は一定のニーズは持ち合わせて居るものの、文面では読者の興味を削がせる他ならないぞ』

「…………はっ!?俺は今まで何を!」

『本当に無心だったのか……』

 

 呆れ声で我に返った。そうだ、こんな所で話終わらせて溜まるかぁ!

 

 

 

 

 ……ふぅ。思考も纏まってきた。

 

 改めて現在の状況を説明しよう。今俺たちはハルツィナ樹海の一角をぶんどって訓練やら、休憩やらを繰り返している。

 

 今も静かで澄んだ森から時説聞こえてくる轟音、発砲音はハジメがハウリアを訓練している音だろう。紆余曲折あってあいつが自分から彼らのインストラクターになって温厚な彼らにも持てる防衛手段を教えているらしい。

 

 ……何やら悲鳴や嗚咽まで聞こえてくるが、多分大丈夫だろう。

 

 一方、同じようにして耳を澄ませば打撃音や風を切った音もしてくる。シアがユエさんから何か教わっているらしい。後で寄って見るか。

 

 そして自分は今……花を毟っている。

 

 いや、これにも意味があるんだよ。他が訓練しているのと同じく、俺も力を入れるための過程としてこの作業をしているのだ。

 だが、全然足りない。今とった花弁だけでは本来の10パーセントも行かない。

 

 だがこのまま続けるのも、俺の精神が持たねぇなぁ。

 

「アルタイルー、何か話そうぜ」

『無駄な会話は必要ないと思うが?』

「いいじゃねぇか……ほら、さっきのドンパチとか、ハシメの天然とも言えるイケメンムーブとか」

『あれは最早、それを演じているのではないか疑う場面だと思うが……まぁ、一興を楽しむのも吝かではない、か』

 

 よし、乗り気だな!

 

 何だかんだでノリがいいアルタイルである。それじゃあ、改めてあれから何があったか行ってみようか。

 

「俺たちは帝国兵の掃除をした後はフェアベルゲンに到着して、ちょっとした一悶着を経て長老会議に参加したわけだ」

『……久遠、何処かに電波放ってないか?』

 

 果て、なんのことでしょう……だが兎に角、そこで面倒な事に巻き込まれた。人間が獣人を道具としか思ってないのと同じく、獣人も人を信じられなくなっていたのだ。

 

 そりゃあなぁ、差別対象の人間が樹海に入ったとなると警戒はするだろう……熊人族が多少自身の力を過信しすぎていた節は感じたがな。

 出迎えも戦闘する気満々だったからなぁ……殺意たっぷりの視線で俺らを歓迎してくれた。

 

 勿論、そいつらはハジメが一蹴、熊人の頭領らしき野郎もボコボコにして再起不能にした……顔面やら腕やらもう治ることはないだろう。あの場にいた長老ともどもトラウマを植え付けられたに違いない。

 結果、ハウリアは俺たちを大試練の場へ連れていくガイドを引き続きになっていく事になり、彼らが咎められる事はなかった。

 

 これもそれもハジメが兎人族を庇いながら他の獣人の重鎮達を脅してたからなんだが……

 

 その時のセリフが何というか……

 

「あいつ、完全にシアに惚れられたよな……いつの間にか攻略ってのをあんなスピードで行う奴初めて見た」

『無自覚なのか、それとも策の内か……何はともあれ、彼女の同行の想いは一層強くなっただろう……でなければ率先してユエ殿に頼み込まないからな』

 

 そうそう、そしてシアは何とユエさんに戦闘のイロハを叩き込んでもらいいているのだ。今も現在進行形で鍛錬を積みながら実践経験を積んでいる。

 これもハジメについていきたいからの一心なんだろうけど、あの化け物についていくためには相当な訓練をしなきゃすぐに置いていかれる。

 

 ……だがまあ、ユエさんが快諾している感じから見るに、何かがあるんだろうなぁ、あの子には。

 

 そもそも、一族の事をビジネスとはいえここまで気にかけてくれるハジメに感動したってのもあるし、彼女の未来視に映っていた彼以上のものを感じたに違いない。まさに恋する乙女一直線である。

 

 1人の男として、彼女のハジメに対する想いが成就するのを楽しみにしている!

 

「他人に気を向けるのは君の勝手だが、先ずはその手を動かしたまえ。世の能力を生かしたいのだろう?」

「お、おう……いや、自分のパワーアップのためなら惜しまないんだが──」

 

 一旦動かす手を離し、大きく背伸びする。さっきから数時間もこの体勢を続けていたら流石に腰や背中に痛みがくる。

 

 手についた土を払いながら、右側にこれまでに積み上げた山を見下ろす。そこには何種類もの花々、葉っぱが連なっていた。おお、このまま童心に帰って落ち葉の山みたいに突っ込みダイブしてぇな……

 

 ここハルツィナ樹海は数万年もかけて形成された土地で、そこには種族の繁栄のほか、豊富な種類の草花が存在している。彩り豊かな観賞用もあれば、毒、麻痺の効果がある危険なものまで。

 

 それらを俺の今後の能力のために採取しているのだが……

 

「ここにある薬草とか、花とか必要なのか?」

|森羅万象(ホロプシコン)《ホロプシコン》……第3楽章、表象天理には必要不可欠の材料だ。規定量にはほど遠い、動かすのは手だけにしておく事だな』

 

 アルタイルの奴……自分が集める必要は無いだろうが俺の気持ちにもなってみろ……草むしりずっとやってるようなもんだぞ。

 

 それにしても、表象天理か……別の物にすり替える能力……質量は全く同じでなければならない代わりに、自分の因子収納から自由に取替が可能だったよな。

 

 なるほど、アルタイルはこの能力で相手の武器、機種を分解していたわけだ。武器を無力化させると同時に、それは彼女の因子収納に入る……チートだな。

 

 ……だが、よく考えてみれば取り替えようのものもこんな風にチマチマ作業していたって事か?

 

「なぁ、アルタイル……お前地球に限界してから数日、まさか今の俺みたいに草むしりしまくってたのか?」

『余が君のように頭を地に近づけるとでも思ったか?草刈りなど剣でやれば良いだろう』

 

 あぁ、そうだったな。こいつにはサーベルが何本もあるんだった。切れ味抜群、そりゃあ花や雑草も綺麗に刈り取れるな。

 

 ……だが、考えて見てほしい。最強の被造物、彼女の儚くも残酷で美しい技の裏には、地道な草刈りかあったってこと……

 

 セレジアの武器や、アリステリアの槍を花に変換させた……それも地道な努力が重なっての事。

 

 ……あの舞い散る花弁は、裏山に生息する花々から取られたものであった……

 

「……ダッさ……プっ、絶妙にダセぇ……」

『何事も成果を成すためには過程は必要不可欠だ。余という成果もセツナの万にも及ぶ努力が総じて生み出されたもの……余もそれに則っている……それだけだから貴様は手を動かせ!!』

「へいへーい、努力しますよ、努・力」

『グッ……その面に森羅万象(ホロプシコン)叩き込みたい衝動が……』

 

 まぁ、ここにある植物のうち幾つか毒花もある。入れ替えたと同時に、その花の鱗粉を飛ばして相手を麻痺させる──何てトリッキーな事も出来るわけだ。

 

 そう考えてみるとこの作業も戦いには必要に思えてくる。

 

「まぁ、良いじゃねぇかよ。努力の先に力はあるって言うしな」

『ふん……今更世辞の言葉で機嫌取りをしても無駄だぞ』

「いや、本心だから……ってか、そうやって土台を固めていたアルタイルは素直にカッコイイと思うぞ?セツナさんも鼻が高いだろうな……」

 

 セツナさんのあの感じ、絶対ひたむきに頑張るキャラだろうし、そんな彼女の性格がアルタイルにも表れているのかもしれん。

 

『…………そうか』

「……?」

 

 俺から顔を逸らしていた。えっ、そこまでNGだったか?

 いや、本当にご機嫌取りで言ったんじゃないぞ?本心だからな?

 

 心知らずか顔が赤いような気もするが……アルタイルに限ってそりゃあねぇ。大体ホログラムで今ここに映ってんのに、なんで赤らめてるって思ったのやら……

 あっ、セツナさんを褒められて照れてんのか?

 

 はぁ……このままじゃあ拉致があかん、一旦アルタイルとのおしゃべりも中断して集中するか……

 

 

 …………

 

 3時間後〜

 

 …………

 

 

「ふぅ……だいぶ集まったな。これなら相手を騙すくらいは出来るだろ」

『……空間把握の能力が加われば原子なども収集できる。気体と交換させて相手を倒す事も可能だ……現在の能力では敵わないがな』

「何かこの能力、派手なのに裏ではたゆまない努力が成されてんだな……肩、腰、背中までがバキバキだぞ……」

 

 右にはなんと俺より身長の高い小山が出来上がっていた。いやぁ、マジで頑張ったと思う。文字では絶対伝えられない達成感が今俺の中で溢れてやがるぜ。

 

 すかさず、因子収納で今まで集めた花弁の山を回収する。この因子収納は毎回使うと何処かで必ず「増えた」と感じる。今回も何か容量が埋まったイメージがしたのだ。

 

 アルタイル曰く、細かな因子として貯蔵されているので痒い程度には感じるようだ……つまりはアルタイルも毎回サーベルを出す事にこの感覚に陥ってたわけか。

 

 ……何か森羅万象(ホロプシコン)って地味な努力が必要だなぁ。裏作業とか、ちょい我慢とか。

 

 あいつも案外、抜けている所はあるんだよなぁ……普段のイメージが強すぎて全く感じないが。

 彼女と出会って3年は経っている今、自慢ではないが性格がだいぶ掴めてきたと思う。

 

 彼女へチラッと目をやると、何かぶつぶつ独り言をしながら1人で黙考している。時説俺の名前も聞こえてくるし、俺が扱う森羅万象(ホロプシコン)について計画立ててんのだろう。

 

 お前の能力だってのに、俺の事を考えるとか、お人好しはお前じゃないのか?って、違うな。セツナさんの生み出したお前はそんな子だったんだ。

 アルタイルのあの大仰な態度にも、回りくどい言葉にも、本心はしっかりと出ているのだ。今も俺が全部回収するのを電源切って待ってくれればいいのにわざわざその利用方法を考えてくれている。

 

 本当はすげぇ真面目で、優しくて……芯の通ったただの少女なんだよ……って本人に言ったら殺されかねねぇな。

 

 だけどな……俺に森羅万象(ホロプシコン)の情報が流れてきた際、僅かにもれ出ていた彼女の言葉。

 

 

 

■は、■■■人■■■■い……人■■■■■■から──

 

 

 

 いつか、彼女の本当の気持ちも──

 

『っ!……久遠、ユエ殿の方から反応がある。何か動きがあったようだ』

「ん、そうだな……っし、俺らもそっちに合流するか!」

 

 ──それは、俺が勝手に思っても意味ねぇな。

 

 まぁ、あいつ自信がそれに気づいてんのかは分かんねぇが、別に言わなくてもいいだろ……アルタイルなら、きっと自分でその本心に辿り着けるし。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「あっ、一之瀬さん!……うぅっ、一之瀬さん……」

「思い出したかのようにユエさんの後ろに隠れやがる……あの時はやり方が乱暴すぎたから、悪かったって」

『そのような謝罪程度で普通は許してなどくれないと余は思うのだが……』

 

 まぁ、今更となってあの行動はやりすぎだとは思ったが……それでもここまで避けられるものか?

 とにかく、ユエさんとシアは小さな滝が流れる辺りで休憩していた。なんか大きな魔力反応があったから来たんだが、イベント終了していたみたいだな。

 

 シアの状態は……何か鼻水と涙の後で酷いが、ユエさんの背中越しでもわかる上機嫌……なんかいい事あったんだな。

 

 そういや思い出した。確かシアのハジメへの同行条件って──

 

「どうだったんだ?ユエさんに1発当てたら同行できるって約束」

「ん……失敗した。私強いから」

「はっ!?ユエさん嘘つかないでください!かすり傷ですが、ちゃんと当てましたから!」

 

 マジか。確かにユエさんの頬に回復の魔法を使った魔力跡が残っている。本当にシアが1発与えられたらしい。

 俺もアルタイルも思わず彼女に賛辞の言葉を送る。

 

「おおー、おめおめ」

『ほう……ユエ殿の隙を突くとはなかなかではないか』

「えへへ〜、私頑張りましたから!これでハジメさんと一緒に旅ができます!」

 

 わぁ、今までで一番幸せな顔してらぁ……こりゃあハジメも覚悟しなきゃな。

 

 少なくともハーレム確定だ。これでユエさんとシア、あと香織が遠距離からの狙撃狙ってるだろうし。ふっふっふ……いじれるネタが増えるばかりだ!

 

「でもどうやって……ユエさんの魔力に勝てる魔法とかねぇよな?未來視も常時発動できないし──」

「それはこれですぅ!……はぁ!」

 

 そうしてなにか気を込めるかのような仕草をしたシア。その瞬間、周りの空気が僅かにピリつき、彼女に魔力のオーラが見える。

 おっ、ステータスの上昇が数十倍に膨れ上がっている。これはもしや!?

 

「身体強化か?」

「はいですぅ!ユエさんが、この先私が強くなるためにはこの魔法が良いと教えてくれました!」

「ん……シアの身体強化の才能は凄い。魔力持ちの中でも群を抜いてる」

「マジか……」

『俄然、接近戦で輝く才能だ……これは化けの皮が剥がれる時が楽しみだ』

 

 アルタイルがほくそ笑んでいやがる。新しい玩具を見つけた時のような顔してるし……

 でも確かに目の前の少女を見ているとワクワクはしてくる。

 

 身体強化ってそもそも魔力をそこまで必要としない代わりに、遠距離魔法という絶大なハンデを無くしたピンキリ魔法だ。どれくらい強化されるか、そしてその強化をどれだけ物にできるか……

 今回ユエさんに一本取るってことは、それだけ彼女の身体強化の親和性は高かったのだろう。

 

 だが身体強化は彼女の戦闘スタイルが如実に現れるようになるのだ。もし肉弾戦の才能がなければ、身体強化は宝の持ち腐れとなるだろう。

 

 ……何が言いたいかって?

 

「っし、シア!取り敢えず1試合殴り会おうか」

「いきなり!?一之瀬さんもバイオレンスですねぇ!」

『そう言うでない……君の身体強化の互換性を確かめたいのだからな』

 

 そうそう、お前の身体強化による格闘術……今まで相手がパターンばっかの魔物だから、まともな対人戦は今回で初となるのだ。

 俺もその感覚を味わっておきたいし、アルタイルも分析したいのだろう。俺ら2人揃って戦闘バカだなぁ。

 

 するとユエさんがシアの隣にたち珍しくドヤ顔で言ってきた。

 

「ん……油断していたとはいえ、私に傷付けた弟子、シアの実力を思い知るがいい」

「なんでそこでユエさんが誇るんだよ……ってかいつの間にかシア弟子になってんのか」

 

 それならますます負けられねぇな。シアに負けたらユエさんの弟子に負けた=ユエさんに負けたというシチュエーションになりかねないからな。

 

 2人が戦闘していた場所に俺らも向かい合って立つ。俺は脚を少し広げ、シアはボクシングのポージングで拳を手前に待機させた。

 ユエさんが審判の元、試合は行われる。

 

「それじゃあ、何時でも来いよ。お前の戦いを見せてみろ」

「はい……行きます!」

「ん……それでは──試合開始」

 

 ブォン!

 

 ユエさんの合図の直後、シアの拳が目の前まで来ていた。すげぇな、これが身体強化による俊敏性か。ハウリアも足の速さはそれなりにあるから少しの強化で十分翻弄することは出来る。

 

 ……まぁ、あくまでも普通の奴らで、勇者パーティ辺りなら多分視認できちゃうな。かという俺も余裕で見れちゃってるし。

 

 少し後ろに下がって脚をあげる。そのまま拳と相対させると、予想していたのかシアは直ぐに次のモーションに入っている。

 早い、時間の進み具合がいつもより早く感じられる。相手が強者であるほど、陥る感覚だ。

 

 そこからは接近による格闘のガチバトルとなった。交わる拳と脚。シアは前に進みながらパンチと蹴りを繰り出し、それを俺が基本脚技で対抗している形だ。

 

 右ストレートは膝でいなし、2発目をそのまま脚を伸ばして対応。

 相手の腕2本に対して俺は脚1本で対応出来る……やっぱり脚技は俺の性に合っているらしい。

 

 それにしても……こいつ本当にあのハウリアなのか?数日前に見たシアのお父さんやその他の奴らは花を愛でる戦闘民族とはかけ離れていたんだが……

 

 それでも今の彼女は多少は攻撃に粗があるものの、相手に対する攻撃の執着、そしてどこを狙うべきか分析もしてる。

 この数日で学んだ戦闘に対する想いは、ハジメに着いていきたい一心って言ったが、こいつの想いは本物のようだな!

 

 ……今も俺が繰り出した回し蹴りを腕で防御しながらもう片方の腕を俺にノーモーションで放っている。これは蹴った脚の膝と腕で挟む。

 

 すると硬直状態をついて彼女は片方の脚を上げながら俺の顎を狙っていた。もう片方で俺を殴るのは読まれる事を考慮しての膝蹴りだろう。

 

 えげつない事考えるなぁ。体の柔軟性に驚くぜ。

 確かに俺が今までシアの拳だけ見てたから、彼女の膝蹴りは少し予想外だった節はある。

 

 無論、あくまで予想外でしかなく、対応できないわけがないんだがな。確かにあいつは攻撃をしてきた……だがそれは予想外の体制、即ち彼女が無理な体勢をしている時に放ったからだ。

 

 硬直体制を無理に動かしているので追撃の際バランス感覚が酷く失われている。このまま俺に当てても、自分は後方に倒れてしまうという、一長一短の荒技だな。

 

 1度ケツを地面につけるとこういう試合では敗北とも言えるだろう。なのでシアはこの一撃で全てを決めようとしたのだ。

 

 ……フッ、だけど甘々だな!逆に考えて見ろ……俺はお前のその一撃を避けさえすりゃあ勝てるってこった。

 

 目の前に迫り来る1本の不安定な攻撃……そういう時は一本線にしか行かない彼女の到達場所から少しだけズレればいい。挟んでいる手足を一瞬で解放して──

 

 そして一気に彼女との組合から離れる。

 

「へっ?……あわわわ!!」

「そぉいっと」

 

 勢いをつけすぎて空中開脚のようになったウサミミの、軸足を掴んで、近くの池に放り投げた。綺麗な放物線を描いて着弾する兎……ビューティフォー。そのまま池に頭から突っ込んだ……同時に身体強化の魔力が消えた。

 

 これで取り敢えず俺の勝ちだな。初めての対人戦、なかなか勉強になったぜ。ユエさんからの「ん……一本」も頂く。

 

『久遠、シア殿の身体強化の魔力が途切れている……このままだと窒息死だぞ』

「おっとそりゃあまずい」

 

 急いで救助に向かう。幸い、沈んでいた時間は短く本人も命に別状はないようだったが、水浸しは避けられなかった。

 池にダイブしちまったからなぁ……

 

 ユエさんの魔法で乾かしているが、その顔は再度涙と鼻水でぐしょぐしょになっていた。

 

「さっきはユエさんに氷づけにされたのに、今度はびしょ濡れになりました……それ以前にまた投げられました……グズん」

「あー……すまん。つい条件反射で〜」

「もう!一之瀬さんは投げなきゃ済まない人なんですかぁ!」

 

 ……否定できなくなってきている自分がいるな。普段の戦いは脚技が多いせいで、拳での闘い方に慣れていないのだ。

 脚での戦いで重要なのは距離を詰められた時。リニューアル技は特に準備段階では一定の距離が必要となる。なので基本はその距離がなければ繰り出せないのだ。

 

 距離を取る方法は俺の中では二通りある。自分から取るのと、相手に取らせることだ。その際、相手にダメージも与えられるのは校舎も場合だ。だが脚が使えない今、次に利用するのは──そう、手だ。

 そのせいでなぜか手は「投げ」の体制になることが多い。相手に距離を取らせるためだ。

 

 ……なるほど、だから俺シンプルな投げがうまいのか。バイクの時もそうだったし、ネアを助けた時もハイベリアの頭を投げてたし。

 

 シアがびしょびしょになっている側で、疑問が晴れた俺だった。

 

「それにしてもシアの身体強化もよかったぞ?あの緊張感は今までにはなかった」

『全ステータスは6000前後か……森羅万象(ホロプシコン)なしとはいえ、ここまで久遠と戦える存在はそうそういない……褒章に値する』

「ズズズ……それは良かったですぅ……っぐしゅん!」

「ユエさん、すまん。もう少し彼女に温度高くしてあげて」

 

 ……そんなこんなで、シアとの初戦闘は俺の勝利で終わった。うん、ユエさんの弟子とか言ってたけど、彼女は俺のいいライバルになりそうだ……格闘者として。シアの素質……ハウリアでも随一の秀才だな!!

 

 

 

 

 だが、俺は知らなかった……ハウリア全員が、大分ヤバめの素質を持っていたことを──




ちょいと補足

一之瀬久遠
→努力は割と好きな方。彼のゲームからも分かるが、従来のRPGタイプであるコツコツとレベリングをすることは惜しまない。よって裏方作業とか、主役の影でコツコツやるキャラであったりする。

アルタイル
→努力は正直苦手な方…だがそれは純粋に嫌いとかではなく、彼女の努力が変な結果に及んだりするからである。かの戦いで資金を集めるための方法として短期バイトへ乗り出した彼女だが、何れも夜の営みに発展しかねない割とアウトな内容で最終的には森羅万象をぶちかました過去がある。(コミックス参照)

 ハジメの長老会議でのひと暴れはぶっちゃけ一之瀬が介入する所ないのでカットしました…まぁ、物語の根本はズレないスタンスで、基本はハジメが主人公プレーですからね。

 改めましてお久しぶりですっ!…1ヶ月ぶりとなってしまい仰天ビックリ。2章の構想に色々と迷っているうちにどんどん日が進んでしまいまして…
 ネアちゃんを入れることでどれを追加するべきか、どれをカットするべきか。色々試行錯誤するのも二次創作の醍醐味ですが、そのせいで遅らしてしまったことには反省しています…

 ストックは溜まったし、暫くは落ち着いたペースで投稿出来そうです。

 あっ、でも次回のエピソードはカット無しだよね…それもそのはず、次回はあいつら、やべー兎集団がやって来る!



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第十八話 ハウリア、ビフォーアフター!

ありふれた職業で世界最強2期第3話視聴感想

フリードさん…笑。白竜に乗ってる姿がなんかシュールでしたね…ドラゴンを手繰るならドラゴンライダー見たいなサイズが良かったなぁと…まぁカッコイイには変わりないんですけどね。
そして黒龍のティオも登場!正直黒龍の方が断然カッコイイ!…だから諦めなフリードさん

お待ちかね、やべぇ奴らの登場ですぅ!



 突然だが、人は人生で何回か電流が走るような感覚に襲われるらしい。勿論静電気の話ではない。

 

 それは人生の転機とも言えよう……全身に駆け巡る全く新しい感覚。これだ、と自分の心にストンと落ちていく何かとともに、新たな扉が開かれる瞬間が俺達にはあるのだ。

 それがいつ来るのかは分からない。テレビの映像で感じる時もあれば、現地のほんの数分出起こる可能性だってある。それもそうだ、偶然が巡り巡って起こる奇跡のような瞬間なのだから。

 

 俺はまだ高校生だし、ぶっちゃけ人生は自分なりに楽しんで生きているつもりだが、今ここでその瞬間は来たんじゃないかって思う。

 

 全身ビリッと来たし。目の前の光景に信じられない自分がいるし。

 ユエさんやシア、アルタイルでさえそうかもしれない。俺達は全員新たなステージへと足を進めるのかもしれない。

 

 ……今回の場合は進む気は全くないけどな!

 

 閑話休題!目の前の珍妙な光景に目を戻そう。普通にシアとの試合を終えて感想、反省点などを言い合ったあとハジメの所に行く話になった。

 ユエさんによるとシアを除く他のハウリア達の特訓をさせているとの事だからだ。

 

 ハジメの親切心?による彼らの特訓の成果を見たいし、シアも自分の結果を教えたかったのだろう。3人とも揃って彼の所へ行くことになったんだ。

 

 ……なぁ、俺の記憶では彼らは「温厚で柔和な、戦闘を好まない種族」だったよな?

 

『認識を改めた方がいいこともある……だが、これは如何ものか……』

「迂闊だった……シアという化け物が居るんだ、こいつらもその遺伝子持ってるんだから想定しておくべきだった……!」

「エッ!?私は普通の森のうさぎですよ!……って、言ってる場合じゃないですぅ!どうしたんですか皆さん!?」

 

 劇的、ビフォーアフター!!

 

 何と言うことでしょう!あれほどか弱そうで、だけど心優しかったハウリアが何と筋肉溢れるマッスルボディを手に入れてるのではありませんか!

 度重なる移動で出来た身体中の傷も、まるで歴戦をくぐり抜けた勲章のようにギラりと輝き、タレ目だった顔もキリッと獲物を逃がさないプレデターに大変身!

 足腰ヨボヨボだった姿とはおさらば!全員背筋をぴーんと伸ばして老若男女問わず現世を生きる兵士のように身体を上げている。

 

『え──っ!?これでたったの2週間!?』

「ん──!?しかも講習代無料!」

「そう、優秀なインストラクターと共に、貴方も理想の筋肉を手に入れてみないかい!?レッツ、魔改造!!」

「最後に魔改造って言っちゃってるじゃないですか!しかも最終的には何処かのトレーニング講習に変わっちゃってるですぅ!というかそれよりも父様達が知らないところでその餌食になっちゃってます!」

 

 シアの連続マシンガン突っ込み……この量を捌くとは中々じゃないか。

 

 ちょいと話を戻そう、他のハウリアについてだ。

 アルタイルとユエさんが若干キャラ崩壊までして行われたノリでコミカルに彼らの変貌を表していたが……実際の変わりようはもっと酷いものだ。

 

 例えばカム。ちょうどハジメに話しかけている彼はまるで1人の戦士のような風貌で佇んでいる。言葉遣いもそれ相応の男らしさが溢れており、傍から見れば何処かの893にでも所属してるんじゃないかと錯覚するレベルだ。

 

 その後ろに待機している奴も獲物である魔物を片手に持ちながら隠しきれない快感を顔に出してしまっている。まるで狩りそのものが彼らの本能であるかのように……

 

 これが1人2人ではない。端から端まで、全ハウリアに起こった変化だ。もう怪奇現象かと思われるくらい彼らは……変わった。

 

 ……どう考えても犯人は一人しかいないけどな。

 

「ボス。お題の魔物、きっちり狩って来やしたぜ?」

 

 カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。

 そしてボスと言われた本人──南雲ハジメは当然のようにそれを確認する。冷や汗を書いているようにも見えるが気のせいだろう。

 

「……俺は一体でいいと言ったと思うんだが……」

「ええ、そうなんですがね? 殺っている途中でお仲間がわらわら出てきやして……生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

「見せしめに晒しとけばよかったか……」

「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」

 

 うっわ〜、不穏な発言のオンパレードじゃん。人格変わってるまであるんじゃねぇか?かつての記憶が間違っていたりするのか?

 全員、元の温和で平和的な兎人族の面影が微塵もない。ギラついた目と不敵な笑みを浮かべたままハジメに物騒な戦闘報告をする。

 

 一足遅く我に返ったシアが目を見開いてハジメに問い始めた。

 

「ど、どういうことですか!?ハジメさん!父様達に一体何がっ!?」

「お、落ち着け!ど、どういうことも何も……訓練の賜物だ……」

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!?完全に別人じゃないですかっ!ちょっと、目を逸らさないで下さい!こっち見て!」

「……別に、大して変わってないだろ?」

「貴方の目は節穴ですかっ!見て下さい。彼なんて、さっきからナイフを見つめたままウットリしているじゃないですか!あっ、今、ナイフに〝ジュリア〟って呼びかけた!ナイフに名前つけて愛でてますよっ!普通に怖いですぅ~」

 

 樹海にシアの焦燥に満ちた怒声が響く。ありがとう、俺たちの感じていることまで全て代弁してくれた。

 

 先ほどのやり取りから更に他のハウリア族も戻って来たのだが、その全員が……何というか……ワイルドになっている。老若男女問わずして、身体の肉付きが逞しく育っている。

 

 シアは、そんな変わり果てた家族を指差しながらハジメに凄まじい勢いで事情説明を迫っていた。ハジメはというと、どことなく気まずそうに視線を逸らしながらも、のらりくらりとシアの尋問を躱わしている。

 

 その間にもハウリアはちょいと危なげなオーラを放ちながら、周囲への警戒を怠っていない。常に自分の身を隠している……気配遮断が得意な種族とはいえ、今の彼らはプロの暗殺者だ。

 

 ハジメ、絶対習わせたな……そしてこの感じ、間違いなく教育方針はハート○マン方式だな。

 

「……一之瀬、ハー○マンって何?」

「あぁ、簡単に言えば恐怖を主軸とした短期的かつ効果が高い教育方針だ。死ぬかもしれない恐怖、生への渇望、そんな感情を逆手にとって相手の精神、肉体を集中的に鍛える……この場合、大抵のパターンとして訓練生の精神が着いて来れなくなって壊れるのが多いが……」

『兎人族は仲間への絆意識が高い。故に南雲殿はその輪を材料にして訓練させたのだ。彼等は自らより家族を優先する種族。並の生物より高い精神力を備えているため、乗り越えられた訳か……フッ、それにしてもこれはまるで改造ではないか』

「……温厚な兎人族を利用した訓練……ハジメ、鬼?」

「『違いない』」

 

 3人で意見交換した後、再度ぶっ飛んだ光景に目を戻す。見るとシアが自分の父からサイコパス発言をされて愕然としているところだった。

 

 あっ、その場で四つん這いになって、シクシク泣いてる……自分の特訓の間に家族が豹変してたなんて夢にも思わないだろうからなぁ。

 

 そして事態はまだ動くようだ。茂みからハジメの方へ1人の少年が向かってきた。当然の、気配遮断を使いながらの登場だ。

 勿論、身長は少年でもその見た目は熟練の兵士を彷彿とさせる雰囲気だったが。

 

「ボス!手ぶらで失礼します!報告の上申したいことがあります!発言の許可を!」

「お、おう? 何だ?」

 

 若干どもるハジメ。軍人のように発言した少年はお構いなしに報告を続ける。

 

「はっ!課題の魔物を追跡中、完全武装した熊人族の集団を発見しました。場所は、大樹へのルート。おそらく我々に対する待ち伏せかと愚考します!」

「あ~、やっぱ来たか。即行で来るかと思ったが……なるほど、どうせなら目的を目の前にして叩き潰そうって腹か。なかなかどうして、いい性格してるじゃねぇの。……で?」

「はっ!宜しければ、奴らの相手は我らハウリアにお任せ願えませんでしょうか!」

「う~ん。カムはどうだ?こいつはこう言ってるけど?」

 

 話を振られたカムは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると願ってもないと言わんばかりに頷いた。

 

「お任せ頂けるのなら是非。我らの力、奴らに何処まで通じるか……試してみたく思います。な~に、そうそう無様は見せやしませんよ」

 

 族長の言葉に周囲のハウリア族が、全員同じように好戦的な表情を浮かべる。自分の武器の名前を呼んで愛でる奴が心なし増えたような気もする。シアの表情は絶望に染まっていく。

 

「……出来るんだな?」

「肯定であります!」

 

 あります!時代遅れとも言える台詞がバンバン出てきやがる。

 

 最後の確認をするハジメに元気よく返事をしたのは少年だ。ハジメは、一度、瞑目し深呼吸すると、カッと目を見開いた。

 

「聞け!ハウリア族諸君!勇猛果敢な戦士諸君!今日を以て、お前達は糞蛆虫を卒業する!お前達はもう淘汰されるだけの無価値な存在ではない!力を以て理不尽を粉砕し、知恵を以て敵意を捩じ伏せる!最高の戦士だ!私怨に駆られ状況判断も出来ない〝ピッー〟な熊共にそれを教えてやれ!奴らはもはや唯の踏み台に過ぎん!唯の〝ピッー〟野郎どもだ!奴らの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ!生誕の証だ!ハウリア族が生まれ変わった事をこの樹海の全てに証明してやれ!」

「「「「「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」」」」

「答えろ! 諸君! 最強最高の戦士諸君! お前達の望みはなんだ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「お前達の特技は何だ!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「敵はどうする!」

「「「「「「「「「「殺せ!! 殺せ!! 殺せ!!」」」」」」」」」」

「そうだ! 殺せ!をお前達にはそれが出来る!を自らの手で生存の権利を獲得しろ!」

「「「「「「「「「「Aye、aye、Sir!!」」」」」」」」」

「いい気迫だ! ハウリア族諸君! 俺からの命令は唯一つ! サーチ&デストロイ! 行け!!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」」」」」」」」」」

「うわぁ〜ん……やっぱり私の家族はみんな死んじゃったんですぅ〜」

 

 ハジメの号令に凄まじい気迫を以て返し、霧の中へ消えていくハウリア族達。温厚で平和的、争いが何より苦手……そんな種族いたっけ?

 少なくともここまで文面を埋めるほど活気盛んな奴らでは無かったことは分かる。あーあ、ハジメが優しい兎さんを魔改造しちまった。

 

 変わり果てた家族を再度目の当たりにしてしくしく、めそめそと泣くシア。心底同情する。ユエさんでさえそんな目をして彼女の背中を摩っている。

 

 いくらハウリアに戦う力を与えようとしたからと言って……正直、これはやり過ぎだ。過剰に越したことはないが、それでも人格変わるレベルは親族の同意って物が必要だろう……

 

 ってことで、問い詰めようか。魔力で当事者の周辺にマスケット銃を展開し、発砲寸前に待機させる。

 

 カチャリ……

 

「おら、キリキリ吐きやがれ。あんなに優しさ溢れるか弱いウサギがどうしてあんな戦々恐々としたヤバい暗殺集団に変貌してんだ、南雲」

「お前に苗字呼びされると益々怖ぇよ……いや、俺も初めはキレてたからよ。だってあいつらそこらにいる虫にも慈愛の念を持ってたからな?アイツらから強くなりたいって同意取れたのにその心構えがたるんでたから……」

『ふむ……では先程の激励も不可抗力の1つだと……それにしても言辞が達者であったな』

「……」

 

 目を逸らした。確信犯め……途中から自重しなくなったってことか。

 確かにもうすぐで俺らも出発するし、そう考えるとシアの不安を無くすための思いやり……だったのかもしれん。

 

 だが、ありゃあな……あーもう、どうやって責任取るんだよ!?フェアベルゲンの長老共が頭を抱える絵が直ぐに浮かばれる。

 責任……そういえば、あの集団そこら辺どうなってんだろうか。短期鍛錬で身も心も全てが超人になるとは思えないんだが。

 

「そういえばハジメ、あいつらの行った先には熊人族が居るんだろ?そこら辺線引きはさせてるよな?」

「……線引き?」

「ん?線引きだぞ、何が善で何が悪か〜みたいな。流石に路傍の虫までとは行かないが、あの熊野郎は殺しちゃ行けねぇだろ」

「あ──────………………」

「………………え?」

 

 ……ハー○マンの弱点の1つとして挙げられるもの。それは受講者の精神状態が極めて脆くなってしまう事だ。訓練での過程では勿論だが、大切なのは訓練後だ。

 

 自分の精神が肉体について行ってなければ何処かで必ずボロが出る。タガが外れて自分の行為を疑わなくなるのだ。そうなると自身が正しいと思うことが多少歪んでいたとしても強大な力でその考え諸共強制されてしまう。

 

 そう、命への重さを感じなくなったりもする……例えば、自分がどれだけ敵を殺しても、どれだけ無実な人を殺しても、自分の目的のためなら必要経費に過ぎない……そんな考えが芽生え始めたり。

 

 ……ヤバいじゃん。

 

 樹海に静寂が訪れる。誰しもがその本意に気付き、脳内が追いついていない状態だ。特にシアの顔が青ざめている……自分の親含める一族が非行に走ろうとしている可能性が高いのだ。ハジメの特訓以上にショックが大きい。

 

 彼らの精神状態が決壊していないのはハジメというボスがいるからであって、単独行動である現在、どのように羽目を外すのか分からない。

 気の所為か樹海を通り抜ける風が、遠くで起きている戦闘の音まで拾ってくれた気がした。あー、そして魔力反応も引っかかる。

 

『……はぁ、久遠。彼らの行先から他の魔力反応……急速に減少している』

「南雲?」

「……へい」

「やらかした事のケツ、拭おうか」

「……へい」

 

 ハウリア改造計画……どう転ぶのやら……

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 5人で向かった先は案の定悲惨な事になっていた。飛び交う影と共に中へ舞う首。血飛沫も定期的に飛びまくっており、緑豊かであるはずの地面も赤滲んでいる。

 

 だいぶ手遅れだな……だが最悪の事態までは至っていなかった。ちょうど目の前でカムがその熊人族の代表と対話をしている最中だ。

 

 とはいえ、その熊人族のグループも壊滅寸前だが。ドカっと地に着いたリーダーは既に戦機を失っていた。致命傷は何とか避けられているものの、周りの傷はそう浅くなくハウリアからの一方的な攻撃が伺われる。

 

「……俺はどうなってもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ。だが、部下は俺が無理やり連れてきたのだ。見逃して欲しい」

「なっ、レギン殿!?」

「レギン殿! それはっ……」

 

 こいつレギンって言うのか、へぇ……彼の言葉に部下達が途端にざわつき始めた。レギンは自分の命と引き換えに部下達の存命を図ろうというのだろう。

 

 動揺する部下達にレギンが一喝した。

 

「だまれっ! ……頭に血が登り目を曇らせた私の責任だ。兎人……いや、ハウリア族の長殿。勝手は重々承知。だが、どうか、この者達の命だけは助けて欲しい! この通りだ」

 

 武器を手放し跪いて頭を下げるレギン。

 

 頭を下げ続けるレギンに対するカム達ハウリア族の返答は……

 

「だが断る」

 

 という言葉と投擲されたナイフだった。

 

「うぉ!?」

 

 咄嗟に身をひねり躱すレギン。しかし、カムの投擲を皮切りに、レギン達の間合いの外から一斉に矢やら石などが高速で撃ち放たれた。

 

 まぁ、敵ではあるからねぇ……だが──

 

「なぜだ!?」

 

 呻くように声を搾り出し、問答無用の攻撃の理由を問うレギン。

 

「なぜ? 貴様らは敵であろう? 殺すことにそれ以上の理由が必要か?」

 

 カムの答えは実にシンプルだった。

 

「ぐっ、だが!」

「それに何より……貴様らの傲慢を打ち砕き、嬲るのは楽しいのでなぁ! ハッハッハッ!」

「んなっ!? おのれぇ! こんな奴等に!」

 

「……リニューアル──」

 

 クオン・リニューアル──爆踵落とし

 

 矢、石……飛び道具が振り注ごうとする中、カムとレギンの間に踵をお見舞する。久々に威力全開ではなった一撃だ。

 

 地面が陥没し、攻撃で風圧も生まれる。空気が自然とそのエネルギーに猛烈な移動を開始する。

 その結果、二人の間に出来た風が飛び道具を全て吹き飛ばした。

 

「は?」

 

 おっと、レギンさんよ。そんな間抜けな顔してちゃあ、リーダーの面が格好悪いぞ?

 そんな事はどうでもいいんだがな。

 

 残りの3人もゾロゾロと茂みから出る。俺らに気づいたカムは一瞬驚くものの、直ぐに仕事の顔へと戻り、レギンを睨みつけながら口を開く。

 

「……一之瀬殿、そこをどいてもらいたい。それとも我らの敵に与するつもりですか。返事によっては──」

「いや、正直殺してもいいと思うぞ?」

「「「良いのかよ!?」」」

 

 うるさいなぁ、今大事な話してんのよ……するとシアが続いて怒号を彼らに浴びせる。

 

「そりゃあ、お前らから仕掛けてきたんだし、殺される覚悟だってある筈だろ?……問題はそこじゃねぇ。カム、お前は今本当にカム・ハウリアで居られているか?俺から見ればまるで別人なんだがな」

「そうですよ!父様も皆も、いい加減正気に戻って下さい!」

「む?理解に苦しむな。シアも、一体何故我らを止める」

 

 カムが尋ねる。ハウリア族達も怪訝な表情だ。何がいけないか分かってねぇのはかなりの重症だな……どうしてくれたんだ、ハジメさんよぉ。

 ……当の本人は目を逸らした。現実から逃げんじゃねぇ!!顎をガっと掴みシア達の方へ戻す。

 

「そんなの決まってます!父様達が、壊れてしまうからです!堕ちてしまうからです!」

「壊れる?堕ちる?」

 

 訳がわからないという表情のカムにシアは言葉を重ねる。

 

「そうです!思い出して下さい。ハジメさんは敵に容赦しませんし、問答無用だし、無慈悲ではありますが、魔物でも人でも殺しを楽しんだ……ことはなかったはずです!訓練でも、敵は殺せと言われても楽しめとは言われなかったはずです!」

「い、いや、我らは楽しんでなど……」

「今、父様達がどんな顔しているかわかりますか?」

「顔?いや、どんなと言われても……」

 

 シアの言葉に、周囲の仲間と顔を見合わせるハウリア族。シアは、ひと呼吸置くと静かな、しかし、よく通る声ではっきりと告げた。

 

「……まるで、私達を襲ってきた帝国兵みたいです」

「ッ!?」

 

 ……人を道具としか思わず、快楽以外の何者とも考えていない……今回のこいつらは人殺しに対する価値観を謝ってしまったのだ。それに気づいたカムは衝撃を受けているようだった。

 他のみんなも冷水を浴びたかのように硬直する……まさか自分達があれほど嫌悪していた存在になりかけていたとはな。

 

 愛する娘の一言はジーンと効いてくれたようだな。危惧していた一線はギリギリのところで、守られた。

 

「はぁ……テメェら一旦1列に並ぼうか。あっ、ハジメこいつら見とけ」

「っ!?」

「熊人の奴らもしっぽ撒いて逃走〜とか許されると思ってねぇだろうな?」

 

 そそくさ逃げようとしていた熊人族をハジメ達に任せ、改めてハウリア達の方へ向ける。シアのいたーい言葉を受け取ってスッカリ暗くなっている。

 

 この歳で説教なんて柄じゃねぇんだが……乗りかかった船だし仕方がない。目の前の力をどう扱うかはこの先必要な事だ。

 

「お前らは短期的に強くなった……それはハジメの特訓の成果であるかもしれんが、何よりそれに順応できたお前らの成果だ。それは褒められる事だな」

 

 その言葉に全員顔を上げる。俺の話に聞く耳はあるみたいだな。そのまま声をはりあげた。

 

「だが、気に食わねぇ所はそれに胡座をかいてる所だ。たかが数週間で何処まで舐め腐ってんだよ、ぁあ?お前らは最近まで生き物全てに慈悲を持ってたアマちゃんなんだぞ?そんな奴らが少しの期間で人をまともに殺せるわけねぇだろうが!テメェら命に対する覚悟くらいちゃんと見合わせとけ!」

 

 命は本当は重い。想像の何倍、何十倍も重い。異世界転移をした俺らはそれをよく知っている(何名かは除いて)。

 逆に言えばこの世界では弱肉強食が激しいので上に立つものの命に対する価値が軽くなっているのだ。帝国兵が獣人をぞんざいに扱うように。

 

 今回ハウリアは愛でたく種族のプレデターへと昇格した。そのため命に対する価値が変化したのも無理もない。でもこいつらはそうやって羽目を外すべき奴らじゃない。

 その証拠に、シアの言葉を真に受けるくらいの良心は残っている。彼女の言葉を聞ける段階で1度はきつく言わなきゃならん。

 

「お前らがタガを外したら全てを失うんだぞ……お前らが心として決めていた目標の一つだ。お前らのボスが与えた力の本質を思い出せ。その力はお前ら自信に委ねられた物だ。最終的にはお前らが自分で使い道を決めるんだ……その時胸張って力を使いこなせるか?自分の本心を超越する力に溺れる可能性は考えなかったのか!」

 

 ……あー、このまま叱り続けるのも問題だな。別に力を手に入れることが悪いってわけじゃねぇし。こんな時は……漫画の言葉を引用しとくか。

 

 例のアメコミスーパーヒーローの叔父の言葉。

 

「大いなる力には大いなる責任が伴う……俺らが手にした力も成すためにバンバン使ったりしてるわけじゃねぇ……それに伴う事全てに責任、覚悟を持って挑んでいる。お前らも自力で手に入れた力なんだ。溺れず飼い慣らし、そして責任をもって奮うことだ……良いな!」

「「「っ!……Yes Sir!!」」」

 

 ……うん、目が元に戻っている。流石に今回みたいな暴走はしないだろう。後で責任者さんにはキツーく言っておかなければ。

 

 あっ、そういえばこの原因となった奴らにも話を付けておくか。振り向くと途端にビクッと反応した。俺別に何もしてないんだけど?……まぁいいか。

 確かレギンだったな……そいつの前にしゃがみこみ顎を掴んで無理やり目を合わせる。

 

「お前らの処分だが……結論からして殺しはしない。必然とはいえ、ハウリア共に良も悪くも充実的な経験を与えたからな……あぁ、だが帰ったらフェアベルゲンの長老どもに言っとけ」

「な、何を──」

 

 あ?まだ理解していないようだな。それならはっきり言ってやろうじゃねぇか。

 

「『貸一つ』だぜ?」

「っ!……それは──」

「当たり前だろうが。元はと言えばお前らが攻め込んできたのが悪い……命有るだけでもマシと思え」

 

 ……そもそもこいつらは熊人族の長が俺たちに対して強硬手段を取ろうとしたのが始まりだ。ハジメの行動も過剰防衛という名の正当防衛だ。

 そして長老達からの力を借りない代わりに危害も与えない、1種の休戦協定まで結んだのだ。よってこいつらがハウリアを狙おうとしたのはその協定を破ったにも等しい。

 

 勿論、これくらいで攻めたりする気は全くないんだが、白紙にする訳にも行けないしな。こうして貸一つにしておくのがいい。

 

 ついでに言っておくか。持つ手を離しながら俺は声を張り上げる。

 

「テメェらも同じだが、兎人族も熊人族も元は1人の生命体に過ぎない。皮膚を切れば同じ血が流れるし、腕を切れば同じ痛みを味わう……だからたかがパーツの違いや色の違いでギャーギャー騒ぐんじゃねぇ!」

 

 地球も同じだが、人は直ぐに差別化をしたくなる……本能だし仕方がないことだが、酷く滑稽な事だといつもながら思うぜ……

 

 ここで力説するのも面倒いし、スッキリしたからいいけど……今後もこんな下らないイザコザを始めて欲しくねぇ。

 もう一度レギン達の方へ目を向けると、未だに敵意を捨てきれていないようだった。種族の差を下らないと言われて内心ムカついているのか……もうちょいお灸を据えておくか。

 

 森羅万象でマスケット銃を2丁召喚する。虚空から現れた初めての武器をもの不思議そうに見る奴らだったが、デモンストレーションがてらでそこら辺の岩に1発ぶちかます。

 

 ズドンッ!!

 

 その1発で岩が粉々に崩れる。ついでに俺の腕も骨が折れる……痛てぇ。

 

 こっそりと腕を治療しながら、そのままもう一本をギルの頭に突き立てる。銃口を向けられた彼らはきっと感じただろう。俺らもあの岩のようになる、と。

 

「お前らが先に仕掛けてきたんだしな……それとも今度は総勢で俺らを襲うつもりか?あんまりオススメはしない方法だけどな。俺やハジメが気分で前線に赴くかもしれねぇしな」

「グッ……」

「なんなら今から攻め込むか……よし、後10秒ここに居たら敵とみなす。俺たちと全面戦争だ。ハウリアでこのザマなんだ、流石に脳ミソは正常だろう?」

 

 途端に熊人族の顔が真っ青になった。口で言うならタダだし、こういう時に思いっきり脅しておくのが良いのだ。トリガーに指を引っかけながら

 

「ほらほら、迅速な判断しなきゃお前らの故郷も終わるぞ?10〜、9〜、は〜──」

「わ、わかった!我らは帰還を望む!」

「それでいい、長老らにも正しい判断をするように伝えておけ……最もお前らがどう解釈しようが俺らの盤面では何も変わらない……精々──」

 

 殺気ををさらに出すと辺りの森林までもが反応した。殺気も大物が出せば物理的な影響が及ぶらしい。

 もう顔面が青から白色まで変わっている奴らを見ながら一言。

 

「一つの集落の有無が変わる程度だからなあ?」

 

 ……霧の向こうへ熊人族達が消えていった。あれ、俺の台詞最後まで聞いてくれなかったか?

 これでしばらくは邪魔が入らないといいが……フェアベルゲンの未来はあいつらに掛かってる訳だ。正しい判断を期待している。

 

 と、これで一件落着かな。あー……疲れたぁ〜……

 

「あー、俺らしくもねぇ事した……あんまり矢面には立ちたくなかったんだけどなぁ」

『……』

「ん?どうしたアルタイル……いつもならそれなりに茶々入れてくるだろうが。ほれ、そのドSっぷりで俺を煽れ煽れ」

『誰がドSだ、余はただ事実を並べているに過ぎない……まぁ、今はその気分じゃないだけだ……だから早く次へ行け』

「……なんで照れ隠しみたいな反応してんだよ」

 

 分からん……最近のアルタイルの感情が分からん……えっ、そんな反応になる要素どっかにあったか?俺ただハウリアを叱って、熊人を叱っただけだぞ。

 ……はっ!?もしやそれか?俺が人を叱りつけるドSっぷりを評価されたのか!?うわぁ、だったら嫌な評価だなぁ……

 

 そうだ、元凶といえばこの人にも謝ってもらわねば。ハウリアがまだ居残っている今、ハジメを前に出させる。

 ハウリアがボスに注目する中、ハジメも流石に意を決したようだ。

 

「おい、お前も一言くらい謝罪しとけ」

「あ~、まぁ、何だ、悪かったな。自分が平気だったもんで、すっかり殺人の衝撃ってのを失念してた。俺のミスだ。うん、ホントすまん」

 

 うーん、何か最後らへん雑になった気もするが、少なくとも反省はしたようだ。これでハジメもまともな育成をしてくれることを切に願う。

 

 ポカンと口を開けて目を点にするシアとカム達。まさか素直に謝罪の言葉を口にするとは予想外にも程があったので、すぐに顔色を変えて──

 

「ボ、ボス!? 正気ですか!? 頭打ったんじゃ!?」

「メディーック! メディ──ク! 重傷者一名!」

「ボス! しっかりして下さい!」

 

 と、そういう反応に。思わずハジメの額に青筋が見えた。あーあ、これは知らねぇぞ。

 ハウリアは未だに焦っておりハジメの変化に気づかない……唯一シアがいち早く察知して逃げようとしているが──

 

 ドパンッ!!

 

 一発の銃弾が男の股下を通り、地面にせり出していた樹の根に跳弾してシアのお尻に突き刺さった。

 

「はきゅん!」

 

 ワオ、多角ショットか……オセ〇ットを彷彿とさせる弾のバウンドがシアの尻に直撃した。一同、痙攣しながら脱落しているシアを見やり、ハジメに移す。

 ここでようやく、みんなのボスがお怒りと気づいたみたいだ。ハジメは笑顔のまま、しかしトリガーに指を置きながら彼らに答えた。

 

「取り敢えず、全員一発殴らせろ!」

 

 わぁああああ──!!

 

 ハウリア達が蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出す。一人も逃がさんと後を追うハジメ。しばらくの間、樹海の中に悲鳴と怒号が響き渡った。

 

「……何時になったら大樹に行くの?」

 

 うん、ユエさんの感想はご尤もだ。




一之瀬久遠
→人種差別ならぬ種族差別を嫌う。人間が各々で優劣を付けたがるように、種族間の壁もその優劣を付けるが故の1つに過ぎない要素と考えており、種族関係なく等しく接するスタンスを取っている。

アルタイル
→実はこの世界での差別意識に己の人間に対する過去の悪感情を照らしており、久遠が怒りを表していることに内心驚いている。彼女からしては人は等しく愚かで勝手な生き物と認識が抜けていなかったので、改めて久遠の所に行き着いて良かったと思っている。

 はい、お久しぶりです…前回でも似た下りをしたような…?機種変更で間違えてバックアップの取得を失敗した…と言えば分かるでしょうか。
 メンタルズタボロのメテオインパクトを受けて鬱になってました。すみません。業界に出てるガチ作者はその辺乗り越えてるから…自分も乗り越えなくちゃね…

 ハウリア暴走回は如何だったでしょうか。初めは久遠との関係は薄くしようと思ったのですが…ハウリアの認識としては 久遠<ボス なのでハジメ1番は変わりませんが、久遠の立ち位置は 裏方+みんなの兄貴みたいな…暴走ストッパーでもありますね。

さぁ、次回は出発しますよー


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第十九話 同行者一名確保!

ありふれた職業で世界最強2期第4話視聴感想

 潜水艦、どっから出てきたんや…って初見さんは思っちゃうでしょうねぇ〜。取り敢えず4話まで視聴しましたが、2期のありふれはストーリー性や作画がかなり改善された反面、やっぱり細かい所は削るしかないのは否めませんね…まぁ、ハジメだからで全部解決できそうですが笑。

 そろそろ新しいスパイス欲しいですよねぇ…って事で新展開!


 ハウリアのイザコザを何とか終えてやっと俺らは出発した。何だかんだで1時間くらい時間を潰してしまったな……

 結局ハウリアは全員そのケツを赤く腫らしてしまった。まだまだハジメからは逃げられないようだな。

 

 隣を見やるとシアの尻が赤く腫れている。本人も大層痛そうにしており時折そこを摩っている。

 いくらゴム弾でも、あの攻撃は嘸かし痛いってのに……容赦ねぇな……流石に可哀想なので労りの言葉くらい与えよう。

 

「こりゃあまた酷くやられてるな……ドンマイ」

「うぅ……まだヒリヒリ染みてきますぅ……ハジメさんは叩かないと落ち着かないんですかぁ!」

「はぁ……鬱陶しい奴だ」

 

 ハジメの覚めた態度にシアがジト目になる。ユエさん並みの細めになってるな。

 

「鬱陶しいって、あんまりですよぉ。女の子のお尻を銃撃するなんて非常識にも程がありますよ。しかも、あんな無駄に高い技術まで使って」

「そういう、お前こそ、逃げるとき隣にいたヤツを盾にするとか……人のこと言えないだろう」

「『確かに』」

 

 サラッと同胞を盾にしながら逃げていくあたり、彼女の性格も透けてくる。指摘された本人は吹けない口笛で明日の方向を見始めた。

 おい、指導者さん。ハジメも揃って教育方針に何らかの問題があるんじゃないのか?

 

「フッ……シアはワシが育てた」

『ふむ……久遠の教育もスパルタにすれば少しは自重が──』

 

 いや、それはどう考えてもダメだとは思う。シアの言動が無慈悲無関心モットーのユエさんから影響受けているとなれば特に……てかアルタイルも思わず考えるんじゃあない。

 

 そんなこんなで和気あいあいと? 雑談しながら進むこと十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

 

「……おぉ、これは……」

『むっ?……ほぅ……』

 

 感想は驚き半分、疑問半分といった感じだ。アルタイルも思わず言葉を切る。他も、予想が外れたのか微妙な表情だ。

 俺らは大樹についてフェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していた。

 

 しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

 

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。

 だが明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 俺らの持った疑問にカムが解説を入れる。それを聞きながらハジメは大樹の根元まで歩み寄った。そこには、アルフレリックが言っていた通り石板が建てられていた。

 

「これは……オルクスの扉の……」

「……ん、同じ文様」

 

 石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。ハジメは確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「ここが大迷宮の入口みたいだな……だが……こっからどうすんだよ」

 

 ハジメは大樹に近寄ってその幹をペシペシと叩いてみたりするが、当然変化などあるはずもなく、カム達に何か知らないか聞くが返答はNOだ。

 アルフレック率いる長老組もこの続きは教えてくれなかったしなぁ……だけど隠しているそぶりもない。

 

 その時、石板を観察していたユエさんが声を上げる。

 

「ハジメ……これ見て」

「ん? 何かあったか?」

 

 彼女が注目していたのは石板の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

「これは……」

 

 ハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。

 

 すると……石板が淡く輝きだした。

 

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

 〝四つの証〟

 〝再生の力〟

 〝紡がれた絆の道標〟

 〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「……どういう意味だ?」

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 

 頭を捻るハジメにシアが答える。

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

「……なるほど。それっぽいな」

「……あとは再生……私?」

『恐らくそれとは別のようだな』

 

 ユエさんが自分の固有魔法〝自動再生〟を連想し自分を指差す。試しにと、薄く指を切って〝自動再生〟を発動しながら石板や大樹に触ってみるが……特に変化はない。

 

「むぅ……それじゃあ一体……」

「……ん~、枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

「となると再生魔法……見たいな神代魔法もあるって事か?ってか四つの試練を攻略した上ってことは──」

『それほどこの試練は過酷……もしくは得られるものが強大すぎるという事か』

「はぁ~、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒くさいが他の迷宮から当たるしかないな……」

「ん……」

 

 ここまで来て後回しにしなければならないことに歯噛みする2人。しかし、大迷宮への入り方が見当もつかない以上、ぐだぐだと悩んでいても仕方ない。気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにするしかないようだな。

 

 ハジメはハウリア族に集合をかけた。

 

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

 そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

 

 シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。

 

「とうさ「ボス! お話があります!」……あれぇ、父様? 今は私のターンでは……」

 

 シアの呼びかけをさらりと無視してカムが一歩前に出た。ビシッと直立不動の姿勢だ。横で「父様? ちょっと、父様?」とシアが声をかけるが、まるでイギリス近衛兵のように真っ直ぐ前を向いたまま見向きもしない。

 

「あ~、何だ?」

 

 取り敢えず父様? 父様? と呼びかけているシアは無視する方向で、ハジメはカムに聞き返した。カムは、シアの姿など見えていないと言う様に無視しながら、意を決してハウリア族の総意を伝える。

 

「ボス、それに大佐!我々も2人のお供に付いていかせて下さい!」

「えっ!父様達もハジメさんに付いて行くんですか!?」

「てかちょっと待て、今俺のこと言ったか?」

 

 カムの言葉に驚愕を表にするシア。十日前の話し合いでは、自分を送り出す雰囲気だったのにどうしたのです!? と声を上げる。

 

 かという俺も思わず突っ込んでしまう。うん?今なんて?いつの間にか俺も昇格している気がするんだけど?

 

 だが誰に似たのか、俺らのツッコミをスルーしつつカムは続けて答える。

 

「我々はもはやハウリアであってハウリアでなし!ボスの部下であります!是非、お供に!これは一族の総意であります!」

「ちょっと、父様!私、そんなの聞いてませんよ!ていうか、これで許可されちゃったら私の苦労は何だったのかと……」

「ぶっちゃけ、シアが羨ましいであります!」

「ぶっちゃけちゃった!ぶっちゃけちゃいましたよ!ホント、この十日間の間に何があったんですかっ!」

 

 カムが一族の総意を声高に叫び、シアがツッコミつつ話しかけるが無視される。何だ、この状況? と思いつつ、ハジメはきっちり返答した。

 

「却下」

「なぜです!?」

 

 ハジメの実にあっさりした返答に身を乗り出して理由を問い詰めるカム。他のハウリア族もジリジリとハジメに迫る。

 

「足でまといだからに決まってんだろ、バカヤロー」

「しかしっ!」

「調子に乗るな。俺の旅についてこようなんて百八十日くらい早いわ!」

「具体的!?」

 

 なお、食い下がろうとするカム達。しまいには、許可を得られなくても勝手に付いて行きます!とまで言い始めた。

 ここでもハー○マン軍曹モドキ……の訓練のせいで妙な信頼とか畏敬とかそんな感じのものが寄せられているようである。

 

「じゃあ、あれだ。お前等はここで鍛錬してろ。次に樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」

「……そのお言葉に偽りはありませんか?」

「ないない」

「いや、その言葉間違いなくダウトだろ」

「一之瀬は黙ってろ……」

 

 うんうん、とハウリアも俺に同意してくれた。やっぱりそうじゃねぇか。

 それにしても、だ。こいつらの俺に対する意識が変に美化されたようだな……大佐って言ったか?

 

 俺にはそんな称号を受け持つキャラじゃないんだけどなぁ……こいつらのボスへの忠誠やら、努力は間違いなく俺を超えているし。

 だから俺はそんな呼び方を止めさせようとした。

 

 ……いや、待てよ?

 

 大佐って呼ばれているくらいだし、別に止めさせるメリットなんてない。俺もボス程では無いものの、上の立場で居るならそれなりの待遇を得られる……今後の旅でよる際に便宜を計ってもらえる……?

 

 更にはコイツらのノリ……ハジメに対する有利な武器なのでは!?

 

「おい、あいつの言葉が嘘だったら、人間族の町の中心でボスの名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げてもいいからな。俺が許可する」

「っ……ヘイ、大佐の言葉感謝致します……大佐から得たこの情報は我々で最大限に活用させて頂きます」

「おい、何だその写真!チラッと見えたが俺が服を新調している時のやつじゃねぇか!」

「愉快なボスがあんなポーズやこんなフレーズを口にしている写真、お前らに託そう」

「「「イエッサー!!」」」

「お、お前等、タチ悪いな……」

「そりゃ、お前の友だからな」

「そりゃ、ボスの部下を自負してますから」

 

 今まで弄って来たが……フハハハ!これくらいで終わると思ったか!俺のお前に対する弄りはまだプロローグの半分すらにも到達していないのだ!

 

 とても逞しくなった部下達? に頬を引きつらせるハジメ。ユエがぽんぽんと慰めるようにハジメの腕を叩く。ハジメは溜息を吐きながら、次に樹海に戻った時が面倒そうだと天を仰ぐのだった。

 

「ぐすっ、誰も見向きもしてくれない……旅立ちの日なのに……」

『シア殿……余と同じく孤高をあゆむのならこれくらいで挫けてはならないぞ』

 

 傍でシアが地面にのの字を書いていじけているが、やはり誰も気にしなかった。せめてアルタイルから言葉を貰っただけでも……うん。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 この後、俺らは次の度への準備をした。ハジメは自らの作ったガジェットの最終確認、シアは家族と別れの言葉を交わしている。

 その間、ぶっちゃけ俺がすることは無い。精々肉体に問題がないか確認すること……

 

 まぁ、花を集めるのはありっちゃありだが、また虚無になるのでパス。

 なので今は森の中を探索していた。限界まで魔力感知を働かせながら。元々この森は魔力探知がしにくい場所だからな……尚更神経を集中させる必要がある。

 

 結局、あの少女には1度も出会えていない。ハジメ曰く、そんな少女は見てないとの事。

 あいつが特訓で見てないってことはもうどっか行っちまったか?

 

 ……だが、不思議なことに直直カムたちからは彼女の存在が認識されている。あいつらは彼女が内向的だからまだ俺たちに慣れてないのだろう……そう話していたが、渓谷での出来事から考えるとそうは思えない。

 

「アルタイル、反応はあるか?」

『……現状では感知できない。彼女の魔力の波長は出会った時に覚えているからな』

「だよなぁ……マジで姿を隠すのがうめぇハウリアだ」

 

 ハウリアの気配遮断……彼らのアイデンティティであるその能力をネアは強く受け継いでいると思われる。

 俺はともかく、アルタイルのレーダーに反応しないのは相当なものだ。

 

 フェアベルゲンに到着してから彼女は忽然と姿を消した。だがほかのハウリアは目撃しているし、俺らを意図的に避けているのは周知の事実だ。

 

 あの子、絶対になにか仕出かしそうな感じだったからなぁ……熊人を襲った時に何がするんじゃないかと踏んでいたんだが、外れたし。

 意外と消極的で、ここに残るつもりなのか?……あの目を見てたらないよな。何かをやらかすような目たたし……

 

 ……ダメだ、考えがうまくまとまらない。一旦ハジメの所に戻るとす──

 

「っ!森羅万象(ホロプシコン)!!」

 

 第4楽章、魔力着衣。念じて直ぐに身体が軍服という名の鎧に包まれる。戦闘では初めての装備だ。ホログラムから現れてくる新たな衣服はまるでナノマシンのようだ。

 

 直後背中に鈍痛が走る。衝撃は軍服により緩和され、ダメージがゼロとなるが、明らかに何者かが俺を襲って来た。森羅万象(ホロプシコン)をとっさの判断で使ったことでその奇襲は防げたみたいだな。

 

 背後からの刺客攻撃。魔力反応を攻撃フェーズまで一切感じなかった……正直、1発は貰う覚悟だった。暗殺の隠密性がいかに優れているのか実感できる。

 

 だがさすがは森羅万象(ホロプシコン)、相手の刃が俺の軍服から離れない。多分防がれたことで思考が固まってしまってるのだろう。

 何せ衣服イリュージョンだからな。無理もない……が、判断が遅すぎる。

 

 今のうちに落とすか。振り向きざまに回し蹴りをしようとすると、やっと気づいたのかその者は腕をクロスさせていた。

 

「ふん!」

「うっぐっ……!」

 

 クオン・リニューアル──右廻転蹴り

 

 ガードしてても無駄だぞ?と言わんばかりの蹴りが彼女の腕に直撃する。

 自慢じゃないが魔物によるステータスだ。幾らハー〇マン方式いえども、並の防御力じゃあ防げない。

 

 だがその者はそれを利用して上手く距離をとることに成功した。同時にやっと全貌を見ることに。

 背丈は小さく、薄汚いローブで身体と顔を隠している。が、アイデンティティは隠せていねぇな……

 

 ご丁寧にも、フード部分に2箇所破れがあり、そこから長いうさ耳がひょっこり現れている。

 ……なんだろう、この世界基準だったら獣人の暗殺者は居るかもしれんが、ここでは余りにもその人物が分かりすぎてしまう。

 

 どう考えてもこんな事をするやつはあの子しか居ないだろ……

 そもそも、ボスの命令に反するハウリアなんて居ないだろうしなぁ。

 

 そんな事を呑気に考えていたら、可愛い暗殺者は背を見せて逃げの体制に入っていた。さすがにここで逃すと後々本当に見つからなくなってしまう。

 襲った理由は捕まえた後に聞くとして……

 

 流石にもう覚えたよな、最強さん?

 

『安心したまえ、先日は少々油断していたが、今回は嘘偽りない彼女を覚えたぞ……これで地獄の底までその魔力を見失うことは無い』

「ぶっ飛んだ追跡能力だな……死んでも逃げられないとかどっかの死神かよ」

『フッ……本来の姿ならば相手を追跡、時間経過による死角からの必中、必殺の刃を行うことも出来るぞ?心臓麻痺から血管破裂まで死神の一撃をお見舞しよう』

「誰が○ュークになれと……てかデメリットなしの1人デ○ノートとかどんな○ろう系主人公じゃい」

 

 ……あれ?これ誰かに激しくブーメランじゃないか?

 気のせいか、そんな遠くない白髪眼帯男がビクッと震えたように感じた。

 

 まぁ、○ろう系も当たりはしっかり存在するもんな!実際この作品もその部類にしっかり入る…はず。

 だから親友!別にお前のことは悪く言ってねぇから安心しな!

 

 ……閑話休題、アルタイルの魔力感知はこのスマホにいる彼女が持つ数少ない能力の一つである。

 俺たちが持つ魔力を感じ取り、それを追跡する……まるで警察犬のようだな。

 

 今回もその能力を遺憾なく発揮させる。もう少女は深き森林の中に隠れてしまったが、アルタイルの魔力感知にはずっと映り続けている。

 

 もう、少女は軍服の彼女からは逃げられない。

 1度目をつけられてしまったは最後、後はじわりじわりと退路を防がれてしまう運命なのだ……!

 

 実際アルタイルの指示の元、高速でそいつの跡を追う。俺の魔力完治では感じられない僅かな気配をアルタイルはしっかりと掴んでいる。

 やがて彼女の隠している魔力も感じられるくらい近くなってきた。

 

 そろそろだな。木々を踏み台にして前方へ加速。相手からの俺の気配を周りに分散させて──

 

「そうら!!」

「っ!……あぁっ!」

 

 枝からぶら下がりキックなるものをかます。横からの攻撃に逃げの体制でいた彼女は今度は呆気なく吹っ飛んだ。

 ガードを与える隙も作らなかった一撃……俺、だいぶ戦闘能力上がってきたなぁ。

 

「ナビ、ありがとよ」

『……余も出番が欲しかったからな』

 

 えっ、何その不貞腐れた顔、めっちゃ可愛いんだが!?言ったらしばらく口を聞いてくれなさそうだからその感想は胸の中にしまっておく。

 

 これからも大いに彼女を使いたい所だ。アルタイルに感謝しつつ、魔力着衣を解いた。軍服が虚空へ分散し、元の姿へ戻る。もう襲われることは無いだろうからな。

 

 ダメージが大きいのか、未だに蹲っている彼女に近づき、そのままフードを取った。あっ、と本人は口を開けたがもう遅い。

 

 紺色のロングヘアーに同じく紺色の瞳。

 

 分かってたことだが、やっぱりだな。

 

「さてさて……どういう事が説明してもらおうか、ネア」

「……」

 

 分かっていたことだが、彼女はだんまりだ。このまま切り抜けようとでもしているのか……まぁ、こいつの内向的な性格からしてあまり俺には理由なんて言いたくないのだろう。

 でも前回の件もしかり、今回も俺をいきなり襲ってきたんだ。流石に聞かない訳には行かない。

 

「ふむ……これでも黙りとなるとこちらも強硬手段を撮らざる得ないな」

「……っ」

 

 咄嗟に身構える少女。あー、そういえば奴隷とかハウリアはなるって聞いたし、それを想像したのか……大丈夫だ、そんなことはしねぇから……

 

 ポケットから回復薬を取り出す……一見ただの飲みのものだし、実際にはそれでしかない。

 だがブラフって技があるんだよな。相手がこの回復薬を回復薬と認識していなければ案外簡単に黙せるんだよ。

 

 例えばこんな感じ。

 

「他のハウリアのように言動が痛々しくなって常時ハイになる薬がここに──」

「すみませんです洗いざらい吐きますので許してください」

 

 早っ……てかよっぽどあいつらにはなりたくなかったようだな。疑う余地なく頭を下げてきやがった……

 やっぱりあのハウリア達の釈編はネアにとってもトラウマものだったようだ。そりゃあ普通はあんな風になりたくはねぇもんな。

 

 回復薬をポッケにしまいつつ、事情を聞くことにした。

 

「そんで?何で俺を襲ってきたんだ」

「ずっと私を追い回していたので……威嚇の姿勢を見せれば近づかなくなると……逆に目をつけられてしまいましたけど」

『余らを少々見くびりすぎているようだな……君も久遠の動きを見ていただろうに』

「それは……はい、私も考えが及んでませんでした……」

 

 理由は思いのほかシンプルだった……俺をしつこいと感じて威嚇か。

 

 彼女も心の中であったんだろうな……自惚れというか、油断というか……渓谷での彼女なら間違いなく俺を襲うような真似はしなかった。

 まぁ、あの後俺はハジメの特訓には加担してないし、ハジメがボスだ。俺の認識が下がってしまっても仕方が無いと言うべきか……

 

 にしても、俺の魔力感知に引っかからないのは相変わらずとんでもないな……てかハジメの魔力感知にも引っかからんとか……

 

「お前も凄ぇな。いくら樹海とはいえ、ハジメに見つからない状態で過ごしているのは中々だぞ?」

「ここはハウリアにとって庭みたいなものですし、隠れるのは得意ですから……それで……2人はなんで私を追ってるのですか」

 

 警戒心を解かないあたり、まだ俺らを信用していないのか……これでもお前の事は他のみんなにバラしていないんだけどな。

 嘘方便を言っても意味無いし、ここは正直に伝えるべきか。肩を竦めながら答える。

 

「そりゃあ、気になるだろ?元々あの集落と離れたとこにいた上、他のハウリアとは別行動をしていた……それに俺らとハジメを意図的に避けてまでいるってどう考えても怪しすぎるだろ」

「うっ……確かに怪しいですね」

 

 彼女もやっと自覚したのか、少し顔を赤らめながら恥ずかしそうにしていた。こんな分かりやすい行動をとってちゃあ、暗殺者としての技術は確かでも、在り方は無理だろうなぁ……

 

 さてさて、彼女の目的をまだ完璧には理解していないが、他にも聞きたいことがあるしそちらを優先しよう。

 先ず、先程のあの動きについてだ。背後の取り方、影の潜め方、奇襲技術、タイミング……全てが一級品と感じたあの攻撃だ。

 

 正直、ハジメがハウリアに教えたのはさほど多くない。貧弱だったハウリアをまともな戦力に改造するのに相当な時間がかかるからな……応用チックな所は手付かずのはずだ。

 加えて彼女はハジメに顔を出そうとしていない。それはつまり──

 

『南雲殿の訓練には参加していない……しかし先程の動きは暗殺者の如く素早いものだった。君は何処でそれを習ったのだね』

「へ?……いえ、ただ遠目で皆さんが練習しているのを見て真似ただけです」

『……ほぅ……』

 

 ……つまりは他のハウリアやハジメの動きをトレースしたってことか……成程?中々の腕だな。

 

 ん?スマホからボソボソと聞こえる声からして何かまた企んでるな?……っと、俺だけに聞こえるよう耳打ちしてくる。

 

 アルタイルにしては珍しく声色が明るい。

 

『久遠、彼女は面白い能力を備えているようだ。ここは君が──』

「度に誘えと?……まぁ、そりゃあそうだろうけど……お前が連れていくって言うのが意外だな。幾ら面白いからっていきなり連れてこうだって──」

『直にわかるさ。今は彼女の芽はその片鱗すら見せていない。このまま脇役として腐らせてしまう。脇役が主役を立てる以前に、脇役へ脚光を浴びさせるための主役が必要だ』

「それが俺と?……裏方の方が似合ってんだけどなぁ……」

 

 またまた、アルタイルの癖である寸劇比喩表現が出ている。相当な自信だ。

 まぁ、ネアの力は俺よりも彼女の方が理解が高いのだろうし、アルタイルの言う「脇役」は主役を立てる……つまりは俺をサポートもしてくれるとの事。

 

 自慢のつもりは無いものの、俺の強さは地上の比じゃない。森羅万象(ホロプシコン)だって使えるし、チートの一言に尽きる。

 そんな俺に張り合える強さを秘めているのだ。なら確かに連れて行って開花させる方が後の旅にプラスとなる。

 

 本当は樹海に残すって思ってたんだどなぁ。俺よりもハジメの方が絶対主役っぽいし……だけど──

 

「はぁ……まぁそこら辺で野垂れ死にしてもらっちゃ困るしな」

 

 今のこいつを見ていて思った。多分俺らが去ってから数日でもすれば1人で出ていくだろう。

 さっきから彼女の目を見て散ればわかる。渓谷で出会った時と変わりない、強い意志を感じる。それも少し危険な物も混じっている。

 

 他のハウリアも心配するだろうし、ネアを1人で行動させるのも気が引けてきた……っし、連れてくか。

 目的もまともに聞いていない子を連れていくのもどうかと思うが、乗りかかった船だ。

 

 ……と、グダグダ言ってたがそれは建前だ。

 

 正直に言うと俺も同行者の1名は欲しかったからな。このままじゃあハジメがユエさんとシアの2人を連れていくことになり、俺の立ち位置が益々空気になってしまう。

 だからパーティメンバーの増加には異論ない……能力を懸念にしていたが、アルタイルからのお墨付きならいいか。

 

「っし、お前がもしここから出ていくのなら俺らに着いてこい」

「え?」

「正直言って、ここの外の敵は強いぞ?お前を襲った魔物はまだまだ序の口……人間にも狙われる可能性だってある」

 

 嘘は言っちゃあいない。実際あの時襲ってたハイベリアは魔力がないこの地で脅威だっただけであり、魔物としての強さは下に入る。

 魔人の存在もあるし、諸々を考慮すると彼女がやって行ける可能性は限りなく低い。

 

 さらに問題なのはネアが獣人であるということ。帝国兵のこともあるし……多分外の世界をまだ完全に理解していない。

 

 ネアのスタイルは子供であっても惹かれるものがあるからな。いつそこら辺の奴隷商に目をつけられるか。

 他のハウリア見たいな殺伐としたオーラを身につけていない分、捕まりやすいのは確かだろう。

 

 ぶっちゃけ言えば、こいつを引き連れるのは色々と面倒くさくなりそうだが……アルタイルが薦めてくるんだから仕方がない。

 

『何より余は君に興味を抱いているのだ。1度は助けられ、且つ敗れている君に拒否権などないと思いたまえ』

「そういう所だぞ……アルタイル」

『むっ?何がだ』

 

 いや、高圧的なところが……その、ドSっぽい所がね?完全にネアも怯えちゃってるから。

 うさ耳をペタリと畳みながら震えてるから。可愛いけど。

 

「うーん、それじゃあ半ば誘拐にもなりそうだし、他のみんなに会っておくか?」

「……いえ、別にいいです。一緒に着いて行きます」

「そっか……んじゃ、腕は直しておくぜ」

 

 先程の回復薬を掛けてやる。いきなり薬をかけられ、しかも色が先程のと同じのでビクッと震えるネアだが、それが普通の回復薬と気づき安堵する。

 

 同時にその真実も知り、俺をキッと睨む。ありゃ、意外と勘がいいな。

 

「アッハッハ!お前にはこうでもしなきゃ口を聞いてくれないと思ったからな……だからその目を止めろ」

「……イチノセさん、嘘つきです」

 

 ……ハテ、ナンノコトデショウ?

 

 そんなこんなで、ネアを回復させてそのままハジメ達の所へ向かった。少女は終始俺から距離をとりながら着いてきていたのだが、俺は危険人物かなんかだろうか……

 

 これからの旅で彼女の俺に対する謝った認識を解こうと決意しながらも、俺らはハジメのところに到着した。

 

 バイクの最終確認をしていたハジメが俺に気づいて、その後ろの存在に目を細める。

 

「おい、一之瀬そろそろ出発──誰だそいつ」

「おう、前に言ってた人見知り訳ありウサミミ少女のネアだ」

「……前の2つは余計です。この人と謎の女性に同行することになりました……ネアです」

「……シアの友達?」

「シア姉さんは姉みたいな立ち位置で──」

「はい!……って、えぇぇぇ!?ネアちゃん!?ハジメさんハジメさん!何処かで彼女が着いて来る伏線ありました!?」

「んなもん何処にもねぇぞ……いや、お前が言ってた俺が見てないハウリアがこいつか」

 

 ユエさんにより知り合いと気づいたシアがウサっと驚く。確かに同じハウリアとして2人は何かしらの交流関係があるだろうな。

 

 それはネアも同じようでどこか居心地が悪そうにしていた。多分シアが居るからか……はっきり言ってこの構図はやかましい陽キャと目立ちたくない陰キャのバッタリ会っちゃった展開だからな。

 ネアもさぞかしこの状態から脱却したいのだろう。

 

 俺は俺でカクカクシカジカ……説明中……シカジカカクカク──

 

「そんな訳で、急遽連れてくることになった。アルタイルの勧誘が大きいが……俺としてもこいつを1人にさせるのはどうも気分が悪いからな」

「へぇ……まぁ俺は別にどうでもいいな。そいつはお前が面倒見るんだろ?俺らの足を引っ張らなきゃ問題ねぇよ」

「っ……」

 

 ネアが俺の背中の後ろに隠れるように数歩下がる。服の脇辺りを握られた柔らかい感覚……今なにかに目覚めかけた気がするが違ったか?

 

 ん?何か反応したようだが……あれか?ハジメが無意識に放った威圧に怯んだ感じか?

 流石に子供にそりゃあないだろ……とハジメを軽く睨んでおく。少しバツが悪そうにしている……そのまま反省しなさい。

 

 ……まぁ、取り敢えずハジメからOKサインは出たな。これで問題なく彼女を連れて行くことができる。

 

 バイクに腰をかけながら、座席の後ろをポンポン叩く。ヘルメット何てものはねぇから酔っちゃうかもしれないが知らん。

 

「ほら、お前も乗れよ。安全運転で言ってやるから」

『フッ……楽しみが1つ増えた。君がどんな風にこの盤面を揺るがすのか、せめて余を飽きさせることはないようにな?』

「はぁ……やっぱり樹海に居た方が良かったかもです……」

 

 俺とアルタイルの若干高圧的な誘いに少し垂れ耳にしつつもネアは後部座席に座った。手を俺の腰に当てながらもその顔は少し良くなっていた。

 理由はなんであれ、ここから出て行くことを喜んでいる……?

 

 うーん、シアとの関係もギクシャクはあるけど、そこまで悪くは思わないんだよなぁ……

 

 ……ダメだ、結局何も分からない。埒が明かないし、ドライブに集中するか。ハンドルを強く握って加速した。

 

 そんなわけで俺たちの樹海は成果なし……ただし、ネジのぶっ飛んだハウリア共が完成し、俺のメンバーに紺髪ハウリアのネアが追加された。




ちょいと補足

一之瀬久遠
→アルタイルの助言もありネアを連れていくことにした。因みに出発する直前に例のマスケット銃に『ネアを連れてく』とシンプルな手紙を突っ込んで樹海に発砲おいたので誘拐ではない…と本人は述べている。

ネア
→久遠とアルタイルに半ば拉致られた形で同行することになったハウリアの少女。彼女から見てアルタイルは怖いお姉さん、久遠は「人で雑な度だけど思議な力を持つちょっと言動に議が必要なイチノセさん」となっている。

 やっと久遠のパーティに同行者が増えたよ…今までアルタイルはスマホの中なのでちゃんと「人」が居てくれるとこの先の話の進行がスムーズになってくれそうです。ネアちゃんのキャラは濃くなっていくのでお楽しみに〜

 次回、やっとブルック!(やっとか)


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第二十話 やっと始まりの街についたよ

 お久しぶりですね〜さて、大学生になっちゃった…そして投稿までめちゃ空いちゃった……こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛ぃ゛ーー!!

 タグ、マイペース投稿から亀投稿に変えるべきかな…取り敢えず本編に行ってみよう!


「っしゃあ、そろそろ見えてきたな……ネアは平気か?初めてのバイクによる乗り物酔いとかしてないか?」

「平気です……慣れました」

 

 もう慣れたのか……元々耐性が着いているのか、それとも適応力が凄いのか……こいつの秘められしポテンシャルが未だに分からん。

 疾走するバイクの風で紺色の髪を靡かせ、表情をあまり変えようとしない、ハウリアの少女ネア……あっ、でも耳はリズム良く揺れているし案外楽しんでいるのかもしれん。

 

 遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。

 ほぅ、それなりの街だな。あの小屋は門番の詰所だろうし、いい買い物もできるかも……

 

 ってかやっと始まりの街みたいな所に着いた!こっから俺らの冒険が始まるのだ!

 

『ホルアドの街は入らないと言うか』

「いや……まぁ、ぶっちゃけフィーリングだ。ホルアドではダンジョンしか行ってねぇし」

 

 今俺らが向かっている街はブルックといい、ダンジョンは無いものの、樹海が近くにあることで冒険者や商人で盛んな街だ。

 ……な?これだけでワクワクしてこないか?冒険者ギルドなんて特にRPG心に突き刺さる。どの世界にもギルドは定番だからな。

 

 高揚感を抑えることが出来ない……ハンドルを握る手で何とかその興奮を抑えているくらいだ。今ならアクセル全開にでもして──は、2人乗りの状態でやる事じゃねぇな。

 

「Heyアルタイル。ブルックまで後どのくらいだ?」

『ピロン、約500メートルです……おい貴様は余になんて醜態を晒そうとしている』

「とか言いつつノリノリじゃねぇか。何だよ『ピロン』って。しかもそれっぽく口にだすんかい」

 

 ……アルタイルも実は楽しみなんじゃないかって思う。そういえば地球でもスマホゲームをいくつか試していたし。

 そこからはいつものようにギャーギャーし始めたのだが……そんな様子を見てか、ネアが珍しく自ずから話しかけてきた。

 

「……2人は彼らと比べて随分賑やかですね」

「ん?……あぁー……」

『無理もないが……』

 

 ネアが指した後方にいる3人はハジメ達の事だろう。3人乗りというかなりキツキツな彼らではシアが基本ボケを担当しているが、それでも必要最低限の会話で進んでいるようだ。

 それに比べれば確かに俺たちはガヤガヤしているのかもしれん。ネアには相性が良くないかもな。

 

 だけどな、ネア──

 

「アルタイルとは3年はこんな感じだからな……黙りの時の方が少ないというか」

『基本は久遠の戯れに巻き込まれているのだが……これはいけない、余も大分毒されたようだ』

「イチノセさんはともかく、アルタイルさんは毒されてはいけないのでは……?」

 

 いやいや、それはアルタイルもこの世界に順応してきてるってことだな。少し傾いたジャンルに、と付け足すけどな。

 すっかりと俺のペースに着いて行けるようになってしまったのだ……あの傍若無人の傲慢極まりない彼女の影は見るまでもない。偶に出すけど。

 

「とにかくだ、ネア……」

『余らに同行することになったのだ……』

「『この雰囲気に慣れなければな』」

「えぇ……嫌ですぅ」

 

 ちょいとかつてのハウリアの性格が出たネアだった。

 

 と、そろそろか。ハジメに合図を送りながらバイクを止めた。因子収納で回収しつつ、俺達は以下にもここまで旅してきたような雰囲気で門番に近づいた。

 ここからはステータスプレートの提示か?それじゃあ、チョチョいと弄って……

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。俺は門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男が俺のステータスプレートをチェックする。問題は無いと次にハジメのステータスプレートに目を通す。

 そして、目を瞬かせた。ちょっと遠くにかざしてみたり、自分の目を揉みほぐしたりしている。

 

 この反応……ハジメ、隠蔽忘れてたな?ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能がプレートにあるのに。座学で習っただろ?

 まぁでも、使う機会がなかったからそのままにしてしまっていたのだろう。奈落→樹海とこの世界で過酷なところ連チャンだもんな。

 

 ハジメは、咄嗟に誤魔化すため、嘘八百を並べ始めた。

 

「ちょっと前に、魔物に襲われてな、その時に壊れたみたいなんだよ」

「こ、壊れた? いや、しかし……」

「壊れてなきゃ、そんな表示おかしいだろ? まるで俺が化物みたいじゃないか。門番さん、俺がそんな指先一つで町を滅ぼせるような化物に見えるか?」

 

 両手を広げておどける様な仕草をするハジメに、門番は苦笑いをする。俺たちはジト目だけどな……

 いけいけしゃあしゃあと嘘をつくハジメに、付き人のユエさんとシアでさえ呆れた表情を向けている。こいつはポーカーフェイスの技能をいつの間にか付けたのか。

 

「はは、いや、見えないよ。表示がバグるなんて聞いたことがないが、まぁ、何事も初めてというのはあるしな……そっちの3人は……」

 

 門番がユエとシアにもステータスプレートの提出を求めようとして、3人に視線を向ける。と、そこでその者達がスタイル抜群のプロポーションである美女と気づきトリップしかけた。

 

 うん、言いたいことは分かる。が、その反応は門番としてはあからさますぎないか?他人の彼女にあからさまな反応は、業務中に怠惰とかでクビにされるぞ……

 ハジメがわざとらしく咳払いをする。それにハッとなって慌てて視線を彼に戻す門番。

 

「さっき言った魔物の襲撃のせいでな、こっちの子のは失くしちまったんだ。兎人族は……わかるだろ?」

 

 その言葉だけで門番は納得したのか、なるほどと頷いてステータスプレートをハジメに返す。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか?それに紺色の子も中々……あんたら、意外に金持ち?」

 

 未だチラチラと二人を見ながら、羨望と嫉妬の入り交じった表情で門番がハジメに尋ねる。ハジメは肩をすくめるだけで何も答えなかった。

 

「まぁいい。通っていいぞ」

「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「おぉ、そいつは親切だな。ありがとよ」

 

 門番から情報を得て、ハジメは門をくぐり町へと入っていく。俺達もそのまま彼に続いて行った。

 町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

 これだよ、これ。ザ・街のような騒がしさは訳もなく気分を高揚させるぜ。スマホ越しだが、アルタイルも初めての景色に表情が緩い。

 ただ1人、ネアが複雑そうな顔をしていた。別に怒っている訳では無いが……

 

「どうした?もしかしてこういうザワザワとした所は苦手か?」

「……いいえ、私は大丈夫です……ただ、首が改めて気持ち悪いと……」

「あぁ……」

 

 首……とは首輪の事だ。亜人族が差別対象の認識は未だに変わっていない。それはたとえハウリアが力を手に入れたとしても変わるはずがない。

 

 そのためシアとネアには偽装として首輪をつけてもらっている。勿論、なるべくの配慮で違和感のないように仕上げているが、それでも思うところは……あるよなぁ。

 少し不服そうにしている彼女にアルタイルが話しかけた。

 

『ネア殿、君はハルツィナ大樹海を旅立とうとしていたようだが、その上で理解すべき事がある……それは君の立場だ』

「立場……ですか……」

『亜人という存在は魔力を持たない種族である……それが故に人間から差別対象として見られているのは確かだ』

 

 諭すように、彼女は続ける。この世界での在り方を。亜人がこの世で示される価値を。

 

『無論、全ての人がそうは思わないことだろう。人間は良くも悪くも寛容であるからな……だからと言って自らが彼らと同じ土壌に立てるとは思わない方が良い』

「…………」

 

 あーあ、嫌な話だなぁ……これには俺も苦くならざるを得ない。辛いが現状のハウリアは人と対等で見られることは……そこまでない。帝国の方針や、亜人の人間に対する異常な危機感を見れば一目瞭然。

 

 どうにかこの世の中をぶっ壊したいところだが。生憎、今の俺らじゃあ不可能に近い。

 

 ……変わらず賑やかな市場にハッと我に返る。そうだ、ハジメ達がもうギルドに向かっているじゃないか。このまま置いてかれる訳には行かねぇな。

 未だ、暗い表情のネアに手を差し伸べた。

 

「ほら、取り敢えずあいつらの所へ行くぞ。ここに居ても意味無いからな」

「はい……」

 

 亜人もそうだが、人間も面倒くせぇな。こんなモフモフの耳をどうして同類と認めないのか。コミニュケーション取れている時点で、同じ人種だと思うんだがな……

 

 そう考えていたせいか、思わず内心愚痴っていたせいか。

 

 手を握る彼女が呟いた一言を思わず聴き逃してしまった。

 

……やっぱり無理なんだ

「ん?なんか言ったか?」

「いえ、何も……それより皆さんは次はどちらへ行くのですか?」

「あぁ、ギルドに向かおうとな……ハジメと乱獲した魔物がたんまりとあるからな」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 ゴホン、気を取り直して……ギルド!それをパーティの略称として呼ぶこともあるが……大抵は冒険者がクエストや報酬の受け取りを行う国や街の組織だ。

 

 カウンターには大変魅力的な……笑顔を浮かべたオバチャンがいた。恰幅がいい。横幅がユエさん二人分はある。どうやら美人の受付というのは幻想のようだ。

 思わず壁によろけてしまう……あれは幻想だったのか!?この〇ばとか、プリ〇ネとかに出てくるスタイルのいい姉ちゃんはリアルには無いというのか……!

 

 ちなみに、ハジメは別に、美人の受付なんて期待していないようだ。していないったらしていないのだ。その証拠に、俺みたいに反動を受けてもいなければ同様の色も見せていない。

 

 だから、ユエとシアの先程から冷たい視線が突き刺さっているのもスルーなのだ。

 ……俺もアルタイルとネアからの視線は感じない。感じないと言ったら感じないのだ。

 

 そんな俺達の内心を知ってか知らずか、オバチャンはニコニコと人好きのする笑みでハジメ達を迎えてくれた。

 

「両手に花を持っているのに、まだ足りなかったのかい? 残念だったね、美人の受付じゃなくて」

 

 ……オバチャンは読心術の固有魔法が使えるのかもしれない。俺を放っておいたハジメは頬を引き攣らせながら何とか返答する。

 

「いや、そんなこと考えてないから」

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? そこの彼みたいに、男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。あんまり余所見ばっかして愛想尽かされないようにね?」

「……肝に銘じておこう」

 

 ハジメの返答に「あらやだ、年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ、初対面なのにゴメンね?」と、申し訳なさそうに謝るオバチャン。何とも憎めない人だ。チラリと食事処を見ると、冒険者達が「あ~あいつもオバチャンに説教されたか~」みたいな表情でハジメを見ている。どうやら、冒険者達が大人しいのはオバチャンが原因のようだ。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ、素材の買取をお願いしたい」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

 ハジメの疑問に「おや?」という表情をするオバチャン。

 

「あんた冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「そうだったのか」

 

 オバチャンの言う通りだよな……冒険者カード見たいのがステータスプレートで済まされるこの世界ではそれが色んな役割を担うだろう。物品の割引や特典なども着いてくる……ポイントカード見たいだな。

 

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」

「う~ん、そうか。ならせっかくだし登録しておくかな。悪いんだが、持ち合わせが全くないんだ。買取金額から差っ引くってことにしてくれないか? もちろん、最初の買取額はそのままでいい」

「可愛い子二人もいるのに文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしといてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

 

 オバチャンがかっこいい。ハジメは、有り難く厚意を受け取っておくことにした。ステータスプレートを差し出す。遅れて俺も差し出した。

 

 今度はきちんと隠蔽したので、名前と年齢、性別、天職欄しか開示されていないはずだ。オバチャンは、ユエさん達も登録するかと聞いたが、それは断った。残りはそもそもプレートを持っていないので発行からしてもらう必要がある。しかし、そうなるとステータスの数値も技能欄も隠蔽されていない状態でオバチャンの目に付くことになる。

 

 ユエさん辺りは魔法特化型だし、魔力は相当だろう。シアは肉体強化次第では奈落のステータスを持てるんじゃないか……?

 ネアは……うーん、間違いなくあの勇者よりは強いが、そこは要チェックってところだな。今すぐステータスが分からないのが悔しい。

 

 アルタイル?えっ、彼女にステータスの概念なんてないから。どうせインフィニティとか、∞とか、ERRORとか……そんなところだろう。何故か彼女のステータスのぶっ壊れ具合ははっきりとイメージできてしまう。

 

 戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに〝冒険者〟と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 

 青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。……お気づきだろうか。そう、冒険者ランクは通貨の価値を示す色と同じなのである。つまり、青色の冒険者とは「お前は一ルタ程度の価値しかねぇんだよ、ぺっ」と言われているのと一緒ということだ。切ない。きっと、この制度を作った初代ギルドマスターの性格は捻じ曲がっているに違いない。

 

 ちなみに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。辛うじてではあるが四桁に入れるので、天職なしで黒に上がった者は拍手喝采を受けるらしい。天職ありで金に上がった者より称賛を受けるというのであるから、いかに冒険者達が色を気にしているかがわかるだろう。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」

「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

 オバチャンは受付だけでなく買取品の査定もできるらしい。優秀なオバチャンだ。ハジメは、あらかじめ〝宝物庫〟から出してバックに入れ替えておいた素材を取り出す。品目は、魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石だ。カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、再びオバチャンが驚愕の表情をする。

 

「こ、これは!」

 

 恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、ようやく顔を上げたオバチャンは、溜息を吐きハジメに視線を転じた。

 

「とんでもないものを持ってきたね。これは…………樹海の魔物だね?」

「ああ、そうだ」

 

 ここでもテンプレを外すハジメ。奈落の魔物の素材など、こんな場所で出すわけがないのである。そんな未知の素材を出されたら一発で大騒ぎだ。樹海の魔物の素材でも十分に珍しいだろうことは予想していたので少し迷ったが、他に適当な素材もなかったので、買取に出した。オバチャンの反応を見る限り、やはり珍しいようだ。

 

 ちょっとだけ、奈落の素材を出して受付嬢が驚愕し、ギルド長登場! いきなり高ランク認定! 受付嬢の目がハートに! というテンプレを実現してみた……いことなどないったらない。だから、ユエとシアは冷ややかな視線を止めて欲しいと思うハジメ。体がブルリと震える。

 

 クソゥ!テンプレ回避するとは……畜生めぇ!

 

 横の友から「おい何いかにも残念そうな顔してんだ演技続けろ」って聞こえた気がする。

 

「……その様子だとまだ何か隠しているようだねぇ」

「いや、別に。何にもないっすよ、うん。全くもって何もない。俺は何も持ってねぇし何も出来ることはねぇ……我慢するのみ」

「おばちゃんの勘が君の言葉全てが嘘だらけと言っているけどねぇ……あいや、最後のは本当だね」

 

 テレパシー使えんだろこのばあちゃん。まぁ、生憎俺は、何も持っていない。因子模倣で完全に見えないところから取り出すことは流石に怪しまれるからな。

 だからオバチャンはハジメに目を戻したが、疑惑の眼差しは晴れないのであった。

 

「……あんたも懲りないねぇ」

 

 オバチャンが呆れた視線をハジメに向ける。

 

「何のことかわからない」

 

 例え変心してもオタク魂までは消せないのか……何とも業の深いことだ。とぼけながらハジメは現実から目を逸らす。

 

「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

 

 オバチャンが何事もなかったように話しを続けた。オバチャンは空気も読めるらしい。良いオバチャンだ。そしてこの上なく優秀なオバチャンだ。

 

「やっぱり珍しいか?」

「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 

 オバチャンはチラリとシアを見る。おそらく、シアの協力を得て樹海を探索したのだと推測したのだろう。樹海の素材を出しても、シアのおかげで不審にまでは思われなかったようだ。

 

 それからオバチャンは、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。結構な額だ。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いや、この額で構わない」

 

 ハジメは五十一枚のルタ通貨を受け取る。この貨幣、鉱石の特性なのか異様に軽い上、薄いので五十枚を超えていても然程苦にならなかった。もっとも、例え邪魔でも、ハジメには〝宝物庫〟があるので問題はない。

 

「ところで、門番の彼に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんだが……」

「ああ、ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

 手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。

 

「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだが……」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 

 オバチャンの優秀さがやばかった。この人何でこんな辺境のギルドで受付とかやってんの? とツッコミを入れたくなるレベルである。きっと壮絶なドラマがあるに違いない。

 

「そうか。まぁ、助かるよ」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その二人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

 オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。ハジメは苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、入口に向かって踵を返した。ユエとシアも頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後までユエとシアの二人を目で追っていた。

 

 俺もオバチャンに会釈をしつつ、出口へ向かった。去り際に「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」と、彼女の楽しげな呟きが聞こえてきて、あの人油断ならねぇと痛感したのだった。

 

「やっぱり都合よく美人の姉ちゃんなんて居ねぇな」

『……そうだな』

「……」

 

 冒険者ギルドは、何だろう……イメージ通りだったが、イメージ通りではなかったな。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「……アルタイル、さん。もしかして残念がって、ました?」

『……何を言っているのかよく分からないな』

「だから、一之瀬さんが言ってた……受付の方が美人なお姉さんじゃないという──」

『何を言っているのか──よく分からないな』

「あっ、ハイ」




ちょいと補足

一之瀬久遠
→異世界ネタはガッツリ望んでいた。例えこの異世界が幻想と違っていても、少しは期待しててもいいじゃない!尚、この後にも「宿主の1泊料金詐欺を値切りまくる」展開(初めから値段通りだった)やら、「BBダーンって叫びながらエルフの弓兵が追いかけてくる」展開(そんなの居るはずない)やら期待していたが、最終的に悟りを開いた。現実、見ましょか。

アルタイル
→異世界ネタは興味なし…は、嘘である。久遠ほどではないものの、暇な時に読んでいた漫画、ラノベによる在り来りな展開がもしかするとあるのではないかと、気になっていた。そして最終的に悟りを開いた。現実見ましょか。

 というわけで、改めてお久しぶりです。色々忙しくなったのは事実ですし、投稿頻度も…改善できるか難しいところですね…大学ってキツくね?

 この物語も取り敢えずは2章の最後まで頑張って書こうかなと思っています。それまでにモチベが復活するかもしれませんし…元々見切り発車の作品できたからね。

 それでもダラダラ不安定で音信不通になるよりはマシだと思った次第。


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第二十一話 それぞれの街ライフ

前書きに特に書くこと無いんだよなぁ…(すっとぼけ)…強いて言うなら今回は日常回ですね〜。

それじゃあ、どぞどぞ


 ブルックの宿の一室で2つの光が放たれていた。輝く紅と蒼が部屋を照らすが、外からは気づく者などいない……

 

 ……因みにここの宿娘が屋根裏から見ている事も当時俺は作業に集中しすぎて気づいていないのだった。

 

 ハジメがマスケット銃に手をかざしている。生成魔法による銃のアップグレードは、耐久性の上昇と威力の増加らしい。生成魔法に対する理解が深まったからだと。

 銃から溢れる多数の魔法陣をよそに、俺も意識を目の前の武器に戻した。

 

 小さなフラグメントから形成されて行くのはハジメの使用しているドンナー……その弾丸だ。特殊な魔力を蓄えている弾丸はいちいち錬成するのに時間がかかる。

 なので俺の因子模倣で大量生産をしているのだ。ポンポンとコピーされていく銃弾。増殖マジックとでもいったらそれなりに稼げるかもしれない。

 

 やがて双方の光が収まる。俺は水分補給しながら目の前に広がる百を超える弾丸をチェックしていた。

 

 ……うん、全部性能はそのままだな。無事に量産は成功した。それなりに魔力は持っていかれたが、これくらい安い出費だ。

 ハジメもマスケット銃を片手に俺の方にやってきた。どうやらそっちも終わったみたいだ。

 

「ほらよ、無事にアップグレードはできたぞ……それで、これなら量産できそうか?」

「問題ないな……因子模倣、今更ながらやべぇ能力だな。魔力が続く限りお前の武器もストックし放題だ」

 

 ハジメに頼まれて試して見たが、効果はしっかりと反映されたようだ。

 これでもう弾切れの心配はないだろう。ハジメも出来上がった銃弾をみて満足そうに宝物庫にしまう。

 

 因みに、チートじゃないかと思われている因子模倣にも弱点はしっかり存在する。そのうちの一つとして魔力が関わっている。

 模倣する物体が複雑になるほど、つまり情報を多く含むほど消費する魔力量が多くなる。アルタイルの使用していたサーベルなどは少量に対し、ハジメのドンナー・シュラークはそこそこの量になってしまう。

 

 まぁ、これでも少ない方だろう。何せこっちの世界での銃はタール鉱石を使用した物で、鉱石自体が持っている情報はありふれている物だからな。

 弾丸も同じだから、相当な量を生産できる。

 

 因みに俺のマスケット銃は今のところ1番消費している。高火力にしてしまったが故、その分使っている技術も半端じゃない。

 ハジメも錬成に結構手間かけてくれたからな……その証拠に、性能が魔力量にしっかり反映されている。

 

 本当に親友には感謝しかない。

 

 ところで、男2人で武器のメンテナンスをしているのには理由ある。

 シアとネア、2人のハウリアを仲間に加えた俺たちだが、肝心の彼女たちの旅の装備がなかったのだ。ハジメの力で武器は作れても、衣服などの日常品は町で支給した方がいいという考えに至ったのである。

 

 ここのところ文明的なこともしていなかったので、久しぶりに羽を伸ばすことにした。

 なので今は別行動になっており、ユエさん筆頭女性組が買い物を楽しんでいる間、俺たちは宿で武器の新丁をしているのだ。

 

 まぁ、普通に別れるのは反対しない。役割分担はこの先円滑に進んでいくのに大事だし……

 

 ネアが俺らのパーティにうまく溶け込むなら、先ずは他の女子たちと一緒の方が心地いいだろう。

 そう容認しているのにも関わらず、俺がソワソワしているのにははっきりと理由がある。

 

 手からポリゴン粒子と化した因子のカケラを眺めながら、空っぽのポケットに物足りなさを感じた。

 

「アルタイルの奴、珍しく他のみんなに着いて行ったんだよな……」

「何だ、嫉妬でもしてんのか?」

「そんなんじゃねぇよ……ただ、何時も一緒にいた分、あいつも外の世界とかに興味あるのかと改めて思ったんだよ」

 

 いつも俺のポッケの中で過ごしていたらな……いくら俺が彼女を外の世界に連れて行こうとしても、人による偏りがどうしてもあったりする。

 

 そのため、もしかしてユエさんについて行くことで違った視点で楽しみたい気持ちはあるのかもしれない。

 あいつ、ユエさんとの関係めっちゃ良好だし。てか、呼び方も殿付けからなんかするのに数日しかかかってなかったあたり、相性もよかったしな。

 

 俺も彼女が満足できるように努力はしてたつもりなんだけどな……

 

「今回みたいにユエさんやシアが傍にいれば危険はないだろう……そう考えればもっとあいつを自由に過ごさせることが出来るんじゃないかって」

「……」

 

 ハジメは少し目を見開いたあと、何故か呆れるような視線を俺に送ってきてため息まで着いた。

 ……何だよ、無性に腹立つな。挙句の果てには暖かい目で見ながら答えてきた。

 

「それは俺も同感だが、アルタイルさんはお前とが1番いいんじゃないかって思うぞ」

「ん?そりゃまたどうして?」

「そりゃあ、あの人がお前と一緒にいる時に1番心地よさそうにしているからだ」

「……ん?答えになってなくねぇか?」

 

 俺のところが……どういう?マジで……

 

 だがハジメは暖かい視線をやめない。腹たつ顔やめんか……

 

「あっ、話変わるけどよ、例のアレってどうなってる?」

「あれ?……って、あー、お前の新しい武器のことか」

 

 この前作ってもらったマスケット銃は今こうしてメンテナンスして貰っているが、他の武器も欲しくなってしまい依頼した。

 快く承諾してくれたので、アイデアだけ提供してハジメに任せっきりだったが、もう完成したらしい。

 

「出来てるぜ?お前の注文通りに作ったつもりだ」

「相変わらず早いな……いや、俺が因子模倣を使ってたから集中して1つの事には取り組めたのか」

「まぁな、お陰で性能は1発限りだとしてもなかなかだぞ?」

 

 その言葉でハジメがニヤリと笑みを浮かべる。相当自信があるようだな。

 と、同時に宝物庫から例のものを取り出してくれた。その出来といえば──

 

「おぉ……おお!」

 

 思わず目を見開いてしまうほどだ。確かなる会心の出来に語彙力も失ってしまう。

 

 俺が頼んでいたもの……それは大砲だ。

 

 近代の戦車砲みたいな機械らしさを感じられない、レトロな見た目。15世紀の西洋で流行ったようなデザインを感じるが、そのボディはメタリックに仕上がっている。車輪も小さめになっており、胴体が少し長めになっているのもファンタジーらしさを感じてとてもいい!

 

 シルバーの胴体に黄色、茶色の模様が見事なかっこよさを出しており、見栄えもバッチリ。

 ハジメも大変だったろうに……錬成て作った大砲の模様、その精巧な技術に脱帽だ。

 

 そして戦闘面でも申し分ない。大鳳の中で列車砲に分類されるその口径は驚異の85cm。発射原理はマスケット銃と同じだが、列記とした差が存在する。

 

 威力自体は少し下がっているが、威力の持続性は格段に伸びている。

 100キロは優に届く。その道中に周りの魔力を吸収するのだ。

 

 限界までの射程距離で発射された砲のの直径は2メートルを超える!人を丸々1人葬り去れるほどの範囲だ。

 

 唯一の弱点……それは移動性の低さだな。直線的な攻撃も相変わらずなので機敏性も皆無。

 

 だが俺の因子収納で距離問題は余裕で解決。つくづく法則をぶっ壊す森羅万象。

 まさに俺の第2の武器にふさわしい出来であった。素晴らしい!スマホがあったら連写しているところだ。

 

「これは……いい!めっちゃいい!最高にスタイリュシュかつネタに走りまくってるぜ!」

「フッ、言っただろ?お前の注文通りだ」

 

 ハジメもすごいドヤ顔だ。樹海でコツコツ錬成しては失敗を繰り返していたんだろうなぁ……今度飯でも奢らなきゃ。

 

 俺の無理難題を講師絵成し遂げられたのはハジメのオタクとしてのプライド……あとは元ネタがまたまた某魔法少女からだからだ。

 

 俺もメインウェポン以外のサブが欲しくなったのが始まりだが、そこで一体どのような武器が張り合えるのか三日三晩考えた。

 というのも、マ○さん銃、基マスケット銃の火力が高すぎて、腕の反動がある以外これといった弱点がないのだ。正直この武器一本でやってもいいとさえ思えてきた。

 

 しかし、戦いには予想だにしないことが常に起きるものだ。俺のマスケット銃だって使えない時が来るだろう。

 そこで、できない場合を考えてみた。結果ひとつの結論に至る。

 

 もっと高火力かつ広範囲の武器が欲しいと。

 

「ったく、その論理を初めて聞いたときは心底、お前の頭を心配したぞ。あの銃以上の火力なんて、レーザーとかだぞ?」

「いやぁ、それほどマ○さん銃は素晴らしいってことだよ。でも、あの銃でも敵わない敵はいるからな」

 

 例えばオルクスでのヒュドラを上げてみよう。ハジメの銃が一切聞かなかったあの皮膚を果たしてマ○さん銃は倒せるだろうか。

 難しいだろうなぁ……そもそも範囲が精々首を一本吹っ飛ばす程度でしかない。威力は申し分ないが、それでも胴体にはそこまでダメージが入らないのではないだろうか。

 

 要するに、ヒュドラを倒せるくらいの武器はねぇかーってシミュレーションした際に脳裏に出てきたのだ。なので採用した。

 うん、俺もなかなかの想像力を持っているな。よかったよかった。

 

 何はともあれ、無事に俺の武器は完成したのだった。

 

「そういえば、あの2人の武器は何にしたんだ?ネアとかは特に」

「ああ、あいつの戦闘はこの目で見てねぇから、相性は二の次になるが。先ずはシアの……だ!」

「うぉ!」

 

 宝物庫からハジメが乱暴に取り出したのは……戦鎚か!俺らと同じくらいの大きさだ。何より重い。俺も両手がなきゃキツイぞ。

 だが、考えたな。シアの身体強化があれば余裕綽々で振るうことができるだろう。

 

「やっぱり戦鎚はいいな……思いっきり敵をぶっ飛ばせるからな」

「ああ、それに──これだ」

 

 ん?ハジメがとって部分のボタンを押して──

 

 ガシャン!ガコン!と機械的な音を出しながら戦鎚は形を変え始めたのだ。ハンマー部分となる側面がパカ利と開く。

 

 中から見えるのは……8つの細長いミサイル!

 

「うぉぉおおお!!可変式でミサイル出せるのか!これで遠距離もカバーできるってことか」

「そうだ、これで遠距離も対応できるロマン武器になったってことだ!」

「凄ぇな……マジで実現しちまってるな……あっ、それならお前が今作ってる四輪駆動車も──」

「あぁ、それは──」

 

 このあと、ハジメの武器製作のアイデア出しも交えつつ、俺らは思いっきりロマンを追い求めた。

 この異世界が舐めちゃいけない世界だとはわかっている。それでも、こんなふうにして羽目を外しながらバカやるのも楽しいんだよなぁ、これが。

 

 この後、思いっきり女性陣から呆れた眼差しを受けたのは言うまでもない。

 

 だがな、アルタイルにユエさん……これがロマンなんだよ!!アッハッハ!!

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「『っくしゅん』」

「あれ?2人とも同時になんて凄いですね!」

「ん……これは誰か噂してる?」

『まぁ、考えられるとしたらあの2人しか居ないだろうが……』

 

 現在、ユエ、シア、ネア、そしてアルタイルは町に出ていた。昼ごろまで数時間といったところなので計画的に動かなければならない。

 目標は、食料品関係とハウリア2人の衣服、それと薬関係だ。武器・防具類はハジメがいるので不要である。

 

 それにしても、と物珍しく街を見渡していたシアがふとスマホの方を覗いた。いつもは久遠のポケットに居るはずが、今回はユエの持つ手にスッポリ入っている。

 

「アルタイルさんが同行するなんて珍しいですね!てっきり一之瀬さんの所に居ると思いましたよ」

『余とて彼の傍に何時もいるのは窮屈だ、偶には外の世界を眺めたい……それにあの2人の事だ。羽目を外して何か作っているだろう』

「ん……ハジメも何か作るって言ってた」

「それ、任せてて大丈夫ですかねぇ……不安になってきました……」

「……」

 

 ネアはまだ2人のことをよく知らないが、3人が思い浮かべるのは彼らが自重せずに作り上げるロマンの塊。

 デメリットを超える高火力!たとえ命懸けのリスクでもロマンには変えられない物がある!と、2人が力説するであろう。戻ってきた時どう止めるか不安が募るばかりだ。

 

 道具類の店や食料品は時間帯的に混雑しているようなので、4人はまず、2人の衣服から揃えることにした。

 

 オバチャン改めキャサリンさんの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。やはりオバ……キャサリンさんは出来る人だ。痒いところに手が届いている。

 

 一向は、早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。

 

 その店は、流石はキャサリンさんがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。

 

 ただ、そこには……

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。

 動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。服装は……いや、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。

 

 ユエとシアはその異質な姿に硬直する。アルタイルも思わず電源を切ってしまうほど。シアは既に意識が飛びかけていて、ユエは奈落の魔物以上に思える化物の出現に覚悟を決めた目をしている。

 ただ1人、ネアはシアの後ろに隠れて一切目を合わせようとしていなかった。未来視でも開花したのか、奇跡的に被害を現在受けていない。ただ彼女の第六感の警報が鳴り響いているだけだ。

 

「あらあらぁ~ん? どうしちゃったのみんな? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」

 

 どうかしているのはお前の方だ、笑えないのはお前のせいだ! と盛大にツッコミたいところだったが、ユエとシアは何とか堪える。人類最高レベルのポテンシャルを持つ二人だが、この化物には勝てる気がしなかった。

 

 しかし、何というか物凄い笑顔で体をくねらせながら接近してくる化物に、つい堪えきれずユエは呟いてしまった。

 

「……人間?」

 

 その瞬間、化物が怒りの咆哮を上げた。

 

「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

「ご、ごめんなさい……」

 

 ユエがふるふると震え涙目になりながら後退る。シアは、へたり込み……少し下半身が冷たくなってしまった。その影響でネアの後ろ盾が居なくなり、彼女も目にすることになる。

 

 一瞬だった。目にも見えぬ早さで店内に展示してあった服のディスプレイの裏に隠れた。本能が叫んでいたのだ。「あの人は無理」と。

 

 ユエが、咄嗟に謝罪すると化物は再び笑顔? を取り戻し接客に勤しむ。

 

「いいのよ~ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

 

 2人が進行不可能な状態なので、ユエが覚悟を決めてシアの衣服を探しに来た旨を伝える。シアは、もう帰りたいのか、ユエの服の裾を掴みふるふると首を振っているが、化物は「任せてぇ~ん」と言うやいなやシアを担いで店の奥へと入っていってしまった。途中で隠れていたネアも呆気なく連れ去られる。

 

 残ったユエは静かに端末の電源をつけた。かじられたリンゴマークの後、画面に映ったのはスクリーンの方を向こうとしない軍服の姫君。何故か正座をしており目も一切開けるつもりがない……が、ユエに気づいたのか直ぐに体裁を整えた。

 

「……アルタイル、2人は平気?」

『……紹介主がキャサリン殿なら問題は無いのだろう。2人の服もしっかり繕ってくれるはずだ』

「……アルタイルは平気?」

『……些かキツイ。あれは本当に人か……?構造がまるで人間の概念を超えている。あのような敵は絶対に対面したくない……』

 

 心做しか、スマホのバイブが彼女の身震いを体現しているようにも見える。世界最強の姫君に新たな弱点が浮上したのだった。

 

 結論から言うと、化物改め店長のクリスタベルさんの見立ては見事の一言だった。店の奥へ連れて行ったのも、2人の着替える場所を提供するためという何とも有り難い気遣いだった。

 

 3人は、クリスタベル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、彼女? の人徳ゆえだろう。

 

「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」

「ん……人は見た目によらない」

「……(コクコク)」

 

 続いて道具集めだ。回復薬、魔力ポーションなどを必要とするのは当然だが、最近彼らの消費はかなり増えていた。

 それもそのはず、パーティが2倍に増えたからだ。シアやネアはハジメ、久遠のように無傷で戦いを終わらせるのも難しいし、ユエのような反則的回復もできない。

 

 そのためここまでの道中は神水を水で薄めた回復薬を使っていたのだ。神水も有限なので極力消費を避けたい時、街にあるポーションの必要性が増した。

 

 町は非常に賑やかで喧騒に包まれていた。雑貨を始めとして、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。

 飲食関係の露店も始まっているようで、朝から濃すぎないか? と言いたくなるような肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。

 

 4人は円滑に買い物を進めるためユエ・シアとアルタイル・ネアの2組に分かれることになった。

 

 基本的に個々の力は十分にある3人なのでそこまで心配することなく買い物と向かった。ネアは魔力ポーションと魔法に関する本を幾つか任された。

 必要なお金をポッケに、彼女は速やかに動いた。幸い、ポーション売り場はすぐに発見できたのでそこで買い物を済ませる。

 

『魔力ポーションは効果が最も高いので良いようだな。後、ユエなら幾つか魔導書も欲しいだろう』

「……分かりました」

 

 アルタイルの指示の元、淡々と物品を手に取るネア。お金の心配は要らないため、こうした追加も購入出来る余裕がある。

 

 アルタイルはそんな彼女を静かに見ていた。特に話すことが無いからでもあるが、内心は注意深く観察していた。

 

(ネア・ハウリア……余らの勧誘に着いてくるあたり、集落から抜けるつもりだったようだが……未だに意図が掴めない)

 

 樹海の時から行動が怪しかった彼女だが、その真意はアルタイルでさえ分からずにいた。

 何かを隠しているのは確かだ。しかしそれをひたすら隠している。無理に問い詰めると何をしでかすか分からない……

 

 何故自分がわざわざ1人の獣人にこんなに頭を悩ませなければならないのか……そう悪態を付きながらも軍服の姫君は考える。

 兎人族も人間と似た価値観を持ち合わせている。それは仲間意識だったり、家族だったり……

 

 と、なるとやはり贖罪か……何が原因となる出来事とすれば……

 

 ……あぁ、そういえば──

 

 ちょうどその時、一瞬だったが、ネアの目が止まった。今まで黙々と買い物を遂行していただけに、アルタイルも現実に戻るくらいだ。そこには鮮やかな花の髪飾りがあった。

 

 どうやらアクセサリー屋のようだ。樹海は緑青色の植物や、赤、桃色を初めとする花が盛んだ。

 

 同じくそれに気づいたアルタイルも、それに反応した。

 

『それが欲しいのか?』

「……いえ、別に」

『まだ持ち金は残っているでは無いか。久遠もそれくらいの出費は許してくれると思うだろう』

「だからいいですって──」

「おっ、嬢ちゃんそれが気に入ったのかい?」

「……」

 

 頑なに否定でしていたがその声が大きすぎたか。売り子のおじさんに気づかれてしまった。アルタイルが特異である以上、彼女1人で対応しなければならない。

 ネアの思考をよそに、店主は例の花飾りを薦め始めた。

 

「そいつはエリセンの所で拾ってきた奴でね、ここの周辺では見られないから珍しいだろ?」

「……はい、そうですね」

「色も様々だが……嬢ちゃんなら赤色が似合うんじゃねぇか?」

 

 このまま薦めてくるおじさんに対し、ネアはそのまま帰ろうとしたが、その足を止めた。彼女の行動に思わず隠れているアルタイルも眉を顰める。

 

 暫く彼女はそこから動かずに目を瞑っていたが、何を考えているのかはわからない。

 やがて、おじさんも一押ししようと口を開こうとした時、ネアが先に判断を下した。小さな声で、しかしはっきりと。

 

「……買います」

「本当か!そんじゃ、嬢ちゃんには少しばかり値段をまけておくぜ」

「ありがとうございます……」

 

 お金と引き換えに花飾りを受け取り、彼女はそそくさとその場を離れた。そのまま路地裏に入り、こっそり髪に取り付る。赤色の花が紺色の髪に、さながら夜の海に浮かんでいるようにも見える。

 これにはアルタイルも本音の賛辞を送るのだった。

 

『似合っているじゃないか』

「そうですか?……まぁ、はい。ありがとうございます……」

 

 ……表情にはあまり出ていないが、声色からして嬉しそうだ。こんなふうに接していると、彼女がまた1人の女の子だと認識するのだ。

 

 初めて、彼女と会話らしい会話をできた……そんな感想をアルタイルは思わず抱いてしまう。

 心の中でため息をつきながら無駄な詮索をやめることにした。

 

(……もういい。彼女の秘め事などその内ボロが出る。それより──)

 

 彼女を連れて行くことにした当初の目的は、その潜在能力があったからだ。

 

 彼女の素性がどうであれ、この先の旅であっさり死なれては困る。彼女が路傍の石程度の存在であったらそれでよかったのだが……それはアルタイル自身のお眼鏡にかなってしまった。

 久遠やハジメのペースで行ってしまうと、ネアは大迷宮……いや、そこへたどり着く間も無く死んでしまうのではないだろうか。

 

(彼女の能力……いや、先天的な何かは必ず余に面白い結果を残してくれる。だが久遠はともかく、南雲殿へ押し通してまで旅の中断は些か我儘が過ぎるか……)

 

 となると、ハジメが他のハウリアへ行ったハー○マン強化合宿に似た訓練を課さなければ間に合わない。しかも彼らの旅と並行して、だ。

 彼女の中で計画が組み立てられていく。無限に等しい被造物の経験、能力をもとにし、これにネアの基礎能力を掛け合わせて──

 

『……時に、ネア・ハウリア。君は強くなりたいか』

「え……」

 

 いきなりの言葉にネアは聞き返そうとするが、アルタイルは淡々と言葉を続ける。

 

『このままの状態でいいのか聞いている。この旅に対する君の姿勢が他に大きく劣っていると思ったからな』

「……まぁ、半ば強制的に連れて来させられたので……」

『……』

 

 それは確かに……というか、元々彼女を連れ出したのは自分だったことに気づいた。

 だが、そんなのはスルーだ。

 

『経緯など関係なく今の君には生きるべき力が足りていない。余らから自立したとて、この世界で生き延びることなど不可能だろう』

「あ、無視です?……でも、はい。皆さんとても強いです」

『そうだ。久遠もそうだが、この旅路は険しい。早い内に彼らへ追いつく算段を立てることを勧めるがね』

 

 彼女の言葉は確かに真実であった。ネアは才能はあれど逸脱者とまではいかない。それにメンバーは奈落を攻略した化け物に世界最強の吸血鬼、物理長特化ウサギとくればその差も歴然だ。

 

「南雲殿を始め、ユエ……それにシア殿もこの度に磨きをかけている。君だけが取り残されることになるぞ?」

「……」

(……「シア」に反応するか。ふむ……)

 

 ピクリとウサミミが反応し、彼女の目つきが少し変わる。やはりこの少女はシアへ想うところが何かある。

 その何かがわからないのは痒いところだが……ひとまず今日は成果を得たことにしようと考えるのだった。

 

 ……最もの成果は新たな遊び道具を手に入れたからだが。

 

「……やります。私も、皆さんについて行きたいです」 

『そうか。では余が直々に先頭の作法を教えようではないか』

「……はい、おねがいします」

『言質はとったからな?ああ、明日から楽しみが増えた』

「……」

 

 何故かスマホに映る彼女の笑顔に恐怖を感じたネアであった。




ちょいと補足

アルタイル
→実は育成好き。久遠のやり込みゲー気質の影響を受けているのかもしれないが、スマホに入れているゲームも育成ゲーが多い。元々の設定ではセツナの温和な性格が反映されており、本来は母性という形で表れる筈だったが、今の歪んだ彼女からはドS畜生のそれしか感じられない…

ネア・ハウリア
→もっと重い過去を持っているかもしれないハウリア。戦闘力は現パーティの中でも最弱なので、アルタイルの申し出を受け入れた。これで強くなれるなら何か変わるかもしれないと思ったから…しかし何故だろう。軍服の姫君を見ていると非常に嫌な予感がする……

あれ?なんか最後の投稿から半年以上も経とうとしてる…これは、夢?(現実逃避)


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第二十二話 待っているのは迷宮だった

「一撃必殺ですぅ!」

 

 ズガンッ!!

 

「……邪魔」

 

 ゴバッ!!

 

「うぜぇ」

 

 ドパンッ!!

 

「飽きてきたなぁ」

 

 ドゴンッ!!

 

 シアの大槌が、ユエさんの魔法が、ハジメの銃が、そして俺の打撃がライセン大渓谷の魔物を蹴散らす。

 こいつら、個々の力は雑魚同然だが数がとにかく多い。

 

「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

 

 洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメ。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。大火山の迷宮を攻略すれば手がかりも見つかるかもしれませんし」

「まぁ、そうなんだけどな……」

 

 ポジティブシンキングのシアの言葉にハジメも賛同するが、それでも顔色が著しくない。やっぱりここで取っておきたい気持ちはあるのだろう。

 

 ユエさんは別の問題が生じているようで──

 

「ん……でも魔物が鬱陶しい」

「あ~、ユエさんには好ましくない場所ですものね~」

「……一之瀬、お前も今もしかして不機嫌か?」

「まぁ、少しはな……森羅万象が試せねぇからな。その分、格闘術を鍛えられるのは儲けだが……」

 

 ここは相変わらず魔力がめちゃくちゃ喰われる場所だ。ユエさんの愚痴の通り、なるべく魔法は行使したくないのに魔物の数が多いので効率が異常に悪いのだ。

 かという俺もその対象に入っている。勿論、脚技があるのでそこはユエさん程鬼畜では無いのだが……

 

 いや、ねぇ……マスケット銃の活躍が先程から一切出てこないのでストレス溜まるのも仕方がないだろ?

 新たに作った列車砲も使用出来ないし……あれだ。新しい能力を使う機会がないと無性にイライラしてしまうやつだ。

 

 ポ○モンで『ダイ○ング』を手に入れたけど、実際使う機会はチャンピオンになってからでそれまでは使う機会殆どなかった時の気持ち……

 

 えっ、一部の人にしか分からない?

 

 ……まぁ、要するに新技が使えないことでストレス溜まるって事だ。

 今は愚痴を聞いてくれる相棒も育成に勤しんでいるからなぁ。後ろをチラッと見てみると先程から変わらぬ光景が続いていた。

 

『その隙を逃すな。手を動かせ』

「……はぁ!!」

『油断しているじゃないか。それでは背後がガラ空きだぞ?』

「っ!……グッ……」

 

 あっ、背後から魔物に吹っ飛ばされた。が、何とか手の剣を地面に突きつける事で体制を立て直した。

 そのまま低姿勢で懐に潜り込み、敵に剣を振り上げる。

 

 魔物は雄叫びを上げるが、その攻撃を避けることが出来ずに絶命した。お見事……無情にも魔物はまだまだやってくるんだけどな。

 肩から息をしている辺り、あと数体で限界が来そうだなぁ……そんなことを思いながらも目の前から来る敵を踏み潰す。

 

 どうしてネアを助けないのか……それはアルタイルからの指示だ。どんな風の吹き回しか、自らネアの指南役を立候補した。

 

 元々は俺が何となく教えるつもりだったのだが、戦闘のいろは何て全く知らん俺よりも、そこら辺の経験もある彼女が良いと思った。

 ここで承諾してしまったのが全ての始まりかもしれない。

 

 一言で言えば、スパルタだ。

 

 ハー○マン程の地獄ではないものの、ネアとアルタイルのマンツーマン方式は厳しいものだった。

 身体で覚えるのが1番……その言葉と共にネアは単独でこの魔物の群れと戦うことになったのだ。

 

 実は俺やハジメ達はそこまで距離をとっていないが、ネアは1人だけ魔物に囲まれる形で闘っている。

 全方向から飛んでくる斬撃や体当たりを必死に交しながら、ハジメに手加減して作成してもらった剣を振るう……

 

 アルタイル曰く、常に安定した集中力や緊張感を保つこと、柔軟な思考を付けて1人で乗り越える根性、更には制限された武器をどう使うかなど、覚えさせるのだそうだ。

 

 いや、順序!普通はステップを踏んで1つずつやってくもんだろ……

 それが一気に10個の課題を並行してやれだなんて……鬼以外の何者だろうか。

 

 次いでに彼女からは『手助けは不要だ。それで死ねばそこまでの人材だったことだ』なんて言っている……

 マジでネアの安否が心配になってきたんだが……

 

 幸い、数十分後に魔物ラッシュは佳境に入り、ネアの命は守られた……本人はボロボロで戻ってきた途端に俺に倒れ込むように気絶したが。

 

 こんな調子で大丈夫だろうか……取り敢えずハジメに簡易的なベットを用意してもらおう。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 そんなこんなで3日ほどこの調子が続いた。

 

 迫り来る魔物を退治し、ネアが気絶し、野営し……正直ストレスも溜まる一方だ。

 

 今は数少ない発散の時間……つまり飯の時間だ。目の前のフライパンで焼けてきた鶏肉を口に運ぶ……途端に肉汁と相方のトマトが口に広がり素晴らしいマリアージュを醸し出す。

 

 うめぇ……異世界でもこんな飯が食えるとは。

 

 ハジメ作、現代社会をゴリゴリ利用した調理器具やキャンプ用品がこの空間を非常に過ごしやすいものとしていた。

 やっぱり錬成師ってチート職業だよなぁ。

 

 ユエさん達も初めはこれら便利器具に驚いていたが、今となっては普通に使いこなしている。このまま現代の力でサバイバルしてやろうじゃないか!

 

 ……あっ、そういえばこの肉も試してなかったな。俺のオリジナル飯をアレンジで──

 

「……ん?一之瀬、そんな肉あったか?俺の出した鳥肉と違う気がするんだが」

「あぁ、俺の肉を混ぜておいた。ちょいと味の変化が欲しかったからな。お前もいるか?」

「へぇ、それじゃあ頂くか」

 

 ハジメの皿にその肉を載せようとしたその時だった。白い手でガっと掴まれたと思いきや、ユエさんが糸のように細い眼差しで俺を見ていた。

 

「……ハジメ、待って」

「あ?ユエ、どうした急に」

「……イチノセ、これ……何の肉?」

 

 そういえば言ってなかったか?……そうだったな。これ勝手に俺が入れたんだし。

 

 何の肉かって?そりゃあ──

 

「見ればわかるだろ?奈落の魔物肉だ」

『……』

 

 2人が一瞬のうちに沈黙した。おいおいどうした?まだ皿の上に乗せてねぇし、そろそろ置くぞ?

 

 だが置こうとしたその時、ハジメのドンナーが炸裂する!金属の箸諸共、肉を吹き飛ばした。血肉の様に飛び散った肉が俺に付着する……

 

「おい、食べ物に対して失礼だぞ!」

「いやいやいや、魔物に敬意とかねぇから!殺意しかねぇよ!てか、なんつーもん出すんだよ!?確かに俺には毒耐性あるし食えないこともないが……それでもこんな所で態々食いたくねぇ!」

「えー?別に癖が強いだけで問題ねぇと思うんだがな……」

 

 確かにデフォルトではゴムの味だ。あんなもの喜んで食うやつなどいないだろう。

 だが、たとえ魔物であっても肉は肉だ。どうにかして調理すれば食用として使えるのではないか……そう思ってたのだ。

 

 ……結論から言おう。結構調理すれば味は改善される。

 そのまま食えば食中毒待ったなしが、調理次第で問題なく食えるようになるのだ。この大発見をした俺を賞賛してくれよ。

 

 特に焼く、煮るなどの工程は肉を柔らかくしてくれる。これによりゴムのような弾性も弱くなって味の癖も緩和されるのだ。

 そしてそれにほかの食べ物を添えれば、より味が普通の肉と変わりなくなる。

 

 だが、誰もが俺の食べ物を微妙な目で見る……食品ロスの大幅軽減に繋がるんだぞ?

 

「……イチノセって悪食?」

『まぁ、貧乏舌ではある。ここへ来る前は普通に消費期限を当に過ぎていた食物を食べていたし、大抵のゲテモノも数回で慣らしていたからな』

「そもそもゲテモノに慣らすって概念ねぇだろ……」

 

 何おぅ!?てかアルタイルもそんなこと言うんじゃない。

 

 まぁ、確かに?3ヶ月前の牛乳とかをレンジでチンしてシチューにしたり?一時期、昆虫食にハマって調理して節約してたり?

 

 だがそれは世界規模で見れば普通にごくありふれた行為じゃん!

 付着した肉を拭きながら俺は負けずと反論を続けた。

 

「いや、でもよ。あのまま何も手をつけずに腐らせるのもなぁって。食べ物に感謝の気持ちを持たなきゃ行けんし」

「いや、なら新鮮なうちに食えよ」

「それは……ほら、同じものを食い続けると飽きるじゃん?」

「すげぇタチの悪い性格だな!」

 

 んー?俺の食生活ってそんなに変なのか?謎は深まるばかり……

 

 そうして何度目か分からないハジメからのドン引きされた視線を受けていると──

 

「ハ、ハジメさ~ん! ユエさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

 

 と、シアが、魔物を呼び寄せる可能性も忘れたかのように大声を上げた。何事かと、ハジメとユエさんは顔を見合わせ同時にテントを飛び出した。俺やネア2人の後を着いていく。

 

 シアの声がした方へ行くと、そこには、巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。シアは、その隙間の前で、ブンブンと腕を振っている。

 

 相変わらず元気だな……その表情は、信じられないものを見た! というように興奮に彩られていた。

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

「わかったから、取り敢えず引っ張るな。身体強化全開じゃねぇか。興奮しすぎだろ」

「……うるさい」

 

 シアに導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり、意外なほど広い空間が存在した。そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

 その指先をたどって視線を転じると……

 

「「「は?」」」

 

 あっ、思わず呆けた声を出しちゃったじゃねぇか。

 

 視線の先、其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

 〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ”

 

 えっと……何だこれ。新手の悪戯か?

 

 いや、迷宮なんだよな?一応、解放者の試練という体なんだろ?このキラキラとしたフォントやら、口語調な体裁とかが遊園地の勧誘文句を彷彿とさせてくる。

 

 ……だが、どんだけ巫山戯ていても無下にはできない情報であることは確かだ。

 

「アルタイル、ここの迷宮に表記されてる名前、オスカーの手記にあったよな?」

『そうだ。そして名前もミレディで間違いないだろう』

「だよなぁ……」

 

 ミレディって名前はこの世界では知られていない名前のはずだ。それが使われているってことは……多分ガチの迷宮なのだろう。

 

 まぁ、ラッキーっちゃラッキーなのだが……この残念な文体を見る感じ、絶対に録な展開が待ちうけていないな。

 何となくだが、トラップ多めでアスレチックみたいなステージもあるんじゃないだろうか。

 

 そんな考えをしていると、早速それを裏付ける出来事が生じた。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

『あっ、バカ、それは──』

 

 同じことを考えていたハジメとの静止が間に合わず、不用意にシアが壁を押してしまった。途端に窪みの奥の壁がグルンと回転し、シアが裏側へと消えていった……

 

 先程まで彼女がはしゃいでいたのもあり、一気に静かになる渓谷。同時に──

 

 ヒュヒュヒュ!

 

 これは……矢だな。デフォルトで強化された五感で視認することが出来た。矢のシャフトを指で丁寧に挟んで対処したら、その矢尻に毒が塗られていることに気づいた。

 

 殺す気満々じゃねぇか……これ、残念ハウリア大丈夫なのか?

 

 そして直後別の文字列が壁に現れる。タイミングよく、それはもう狙ったかのように。

 

 〝ビビった?ねぇ、ビビっちゃった?チビってたりして、ニヤニヤ〟

 〝それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?……ぶふっ〟

 

「ウゼェ……典型的なガキ文書じゃねぇか」

『ふむ……この弁舌なら道化師と組ませて見たいものだな。或いは君とも相性がいいかもしれない』

「それは絶対やだな……てか、あれとコンビとか世の中腐り果てるぞ」

 

 でも、アルタイルが言う道化師……築城院真鍳とならいい関係が結べるんじゃねぇだろうか。どっちも舌は達者のようだし、実力も分相応は持ち合わせているし。

 

 何はともあれ、迷宮であることは確定した。本当に運が良かったな……これで2つ目の神代魔法手に入れられるチャンスが巡ってきた。

 

 腕がなるな……ネアにとっても初迷宮となるから、彼女がどう立ち回れるかも気になるところだ。アルタイルの特訓がどう生かされるのか……

 

 ……あっ、ところで、その運を引き寄せてくれたハウリアと言うと──

 

「うぅ、ぐすっ、ハジメざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

 なんとも残念な姿で生きてはいた……まぁ、彼女の状態は酷かったと割愛しておく。何故かネアの、彼女に対する視線までもが残念そうになっていた。

 

 シア、姉の尊厳を失いかけてるぞ……




ちょいと補足

一之瀬久遠
→言わずもがな、悪食である。あくまでも特定の食品に飽きてしまい、しかし捨てるのが勿体無い時に起こるのだが、普通に焼くなり煮るなりして平らげている。尚、異世界転移前では腹を壊さなくなっていた事から、ステータスに毒耐性でもあったんじゃないかと相棒は疑い始めている。

ネア
→アルタイルのスパルタを絶賛特訓中。ハジメのスパルタは実は受けておらず、見て真似たので基本的な技術は疎かにしていたので、そこを重点的に育てられている。ある意味ハウリア化しなかった本人は毎回、死と隣り合わせの生活に投げ出したい気持ちでいっぱい…だが諦めない。何故か?だってスマホの教官が怖いから。

あり得ない…ここまでサボっておいて俺、二日連続投稿している!?


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第二十三話 パンチラインもワールドクラス

リハビリも兼ねて、デアラのクロスも書いては居るんですけど…こうして見てみると、ありふれの人気凄まじいですね…まぁ、自分は可愛いキャラが書ければオッケーです。

ってわけで、本編に行っちゃいましょう。


「もう、いいです、から!私、足手まといなので勝手に死にますから!」

「だから弱気になってんじゃねぇって言ってるだろ!アルタイル、マジでお前なんかしたか!?ネアへのパワハラか!?」

『はぁ、何もしていないと言っているだろう?ただ、事実を述べたまでだ』

 

 それを何かしたって言うんだろうがぁ!!

 

 必死にネアの体を支えながらスマホに訴えかけるが、求めた返答が帰ってこず思わず舌打ちする。

 現在地、ライセン大迷宮の何処か……の崖である。四方壁で囲まれたこの空間の下には餌を見つけたとスタンバイしているサソリの魔物がわんさか。

 

 そして、俺の腕で何とか固定されているネアは何故かこの崖から飛び降りようとしていたのだ。ギリギリの所で気づいた俺がワイヤーフックも使うことで何とか助けられた……簡単に戻ることができない状態だか。

 

 アルタイルが何か言ったのは確かなんだが、一体何が自殺志願者になるんだよ!こうしている間にもネアが抜け出そうとしており、慌ててグリップし直す。ワイヤーのギチギチとなる音がまた焦燥感を掻き立てる。

 クソっ、ハジメから予め渡されているアイテムにも限りがあるし……

 

 魔力がまともに使えず、結構な絶望的状況に俺は思わず声にあげたくなった。

 

 えーっと……何でこうなった!?

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 時はこの迷宮に突入した頃へ遡る。

 

 ライセン大迷宮……オルクスと違って中々奇怪な出会いとなったが、その中身も引っ張られるようにぶっ飛んでいた。

 単純に、罠が多い。それも俺の予想していた数十倍はある。

 

 今まで常に警戒心を怠らないようにしていた俺だが、その考えが甘々だったと思うくらい、迷宮の罠が襲いかかってくる。

 

 そりゃあ、入口での奴が赤子と錯覚するくらいの物量とバラエティだ。ここの製作者は発想の天才なのかもしれない……人をイラつかせる限定の。

 

 序盤はハジメも鬱陶しい程度で対処していたが、それだけでは看過できなくなって来ている。ユエさんとシアの二人を守りつつ、さらに魔力も使えずにここを攻略するのは流石の彼でも厳しい。

 

 かという俺もこの罠ラッシュに大分精神を削られている状態だ。ネアと言う守るべき対象と、時折耳に入ってくる警告が無ければ脱落していた可能性もある。

 

『久遠、後ろだ』

「……くっ!」

 

 ジュッ

 

 いつの間にか肩を矢が掠めていた。傷口が変色していることから、毒が塗られていたと思われる。

 状態異常に体制があるとはいえ、支障が出ないうちに薬を塗っておく。

 

『集中力が切れ始めているぞ』

「チッ、流石に面倒だな……ここはパーティで行く程、不利な気がするぜ」

『確かに、人が増えるとその分君が仕入れる情報は多くなるからな。自ずと警戒すべき対象も増えるだろう。それはさておき──また後方注意、だ』

「っ!にゃろう……」

 

 後ろから……というか、ちょうど後ろの天井が開き、そこから振りかざされたハンマーをギリギリでよけつつ、同タイミングで足元に現れた罠を金具ごと蹴り飛ばす。

 幸い、これらの罠自体の強度はさほど無いので、武力でねじ伏せることが出来たのは救いだ。

 

 まぁ、質を下げる代わりに数を限界まで上げたようだが。これ、天職が盗賊で罠探知の技能があったとしても意味ないレベルであるんじゃないか?

 

 左右から来る矢を避けつつ、同じ状況のハジメに声をかける。

 

「おい、どうする?こっちもネアが居るし、ずっとこの状況も疲れてくるぜ」

「だよな……しゃあねぇ、次の部屋で少し休憩す──……」

「ん?どうし──……」

 

 黙りこくったので思わずその方向へ向いたら、迷宮の壁に文字が現れており、変わらずのフォントで書かれていた。

 

 〝え〜、もう諦めちゃうのぉ?〟

 〝これくらいのトラップで音を上げちゃうのぉ〜?〟

 〝プ〜クスクス!あ、もしかしてチビってる?それならゴメンね☆まだまだ序盤なのに多くしちゃって、プギャー!〟

 

 ……これ、もしかしてライブ中継だったりするのか?最初はトラップの作動と同時に現れる仕組みと思ってたんだが、にしてはタイミングが的確すぎる。

 どこかでモニタリングしながら俺らに送ってるのなら……この迷宮、主が居るってことか?

 

 ふざけたシステムの迷宮に思わず意識が向いていたが、ここもボスはいるはずだよな?もしかして俺らと会話を交わせるタイプなのか?

 

 だがオルクスのヒュドラのようにモンスターではなく、人間?俺らみたいな生命媒体として何千年も居る……そんな訳無いよな?

 

 だがここの主はミレディ・ライセン。まさか?生きてる?

 

 えっ、でもそれ以外の可能性なんて──

 

 

 

「ハ、ハハハハ……」

「フ、フフフフ……」

「………………ん」

 

 

 

『久遠、思考中すまないが、前の3人の殺気でネアが怯えている』

「あー、そうだな。御三方〜、ドードー落ち着いて……」

 

 ……その方が誰であれ、少なくとも敵にしちゃいけない奴らをキレさせている時点で、もう先長くないだろうなぁって思う。

 ハジメやシアの眼力、見てみろよ?この覇気と殺気だけで人を殺せそうだ。

 

 ……そういえばさっきからネアが大人しいな。アルタイルの訓練疲れもあるだろうが、それでも迷宮内だからな。

 彼女自身が小柄なこともあり罠を避けることは問題ないようだが、集中も切れかけてるな。

 

「ネア、休みはいるか?てか大丈夫か?」

「大丈夫……です。私のことは気にしないで……ください……です」

「よし、どう考えても無理だな。ハジメ、殺気立っているところ悪いけど休憩だ!一旦立て直しも必要だからな」

 

 仕方がない、わざわざここで煽ってくるってことは、逆にここが安全だって言っているようなものだし。

 

 ハジメ達にも説得し、マッピングの確認も兼ねて休憩を取ることにした。

 今思えばアルタイルも俺たちへ常に支持を飛ばしていたからな。全員、一回くらい立ち止まる必要がある。

 

 それにしても、この迷宮も中々恐ろしい所だな。休みない罠とギミックで俺らを永遠に閉じ込めようとしてやがる。加えて魔法も禁止ときた。

 今の俺たちを振り返ると俺とハジメ、ユエさんは本来の力を全く出せずにいる。

 俺やハジメはステータスによるゴリ押しはあるが、ユエさんは魔法特化だからなぁ……ハジメもパートナーの防衛にも意識する必要があり、俺よりも大変そうだ。

 

 そして残りのハウリアチーム。先ずシアは基本的に問題ないはずなんだが……

 

 あれだ。よりによってドジっ子属性というか、地雷踏み属性というか。今までのトラップの半数以上は彼女によって発生したと言っても過言ではない。

 それもあってか、製作者へ最も恨みを募らせているようだ。冷静さを失わなければ良いけどな。

 

 と、1人で考えていたらハジメが神妙な表情で周りの壁を確認していた。

 

「ハジメ、どうかしたのか?」

「いや、どうも引っかかる……この迷宮の仕組みがあまりにも精巧すぎるんだよ」

 

 どうやら彼も迷宮の真実に近づいてきているようだ。

 周りの壁に魔力はうっすらと感じる……が、それは今までの魔力と質が圧倒的に違う。完全に別物と捉える必要もあるくらいだ。

 

「幾ら土属性の魔力適性があっても、ここまでの大規模かつ細かな魔力操作は出来ねぇからな」

『ふむ……シアへの限定的な罠も偶然にしてはでき過ぎているかもしれんな』

「ですですぅ!絶対に私だけのせいじゃないですよ!絶対に誰かがこの迷宮を──あ」

 

 

 ガコン!!

 

 

「「『あ……』」」

 

 シアが八つ当たりて殴った壁が凹む。同時に何かが作動したようだ。そして俺らの反応も束の間、左右から新たな壁が出現した。

 

 危な……っと、二つの壁は俺らとハジメ達を分断する場所に現れると、襖のように閉じてしまった。

 え……あっ、ハジメの豪脚で向こうから衝撃が走ったが、全然びくともしないようだった。

 

 ……残った俺らは顔を見合わせる。これ、完全にリモートでの仕業だよな?この迷宮の創作者がスクリーン前でゲラゲラ笑ってる姿が俺の脳内でくっきりと再生された。

 にゃろう……こう言うのはやる側だからこそ楽しくて、やられる側はたまったもんじゃない。

 

 いつの間にか聞こえなくなった向こう側にため息をしつつ、気持ちを切り替えることにした。

 

「綺麗に分断されたな。アルタイル、魔力探知はできるか?」

『可能だが、三人の反応が現在も離れて行っている。恐らくだがこの迷宮は現在進行形で形を変えているぞ』

 

 ってことは、あいつらとは暫くは再開できなさそうだな……

 

 この場合、ハジメ達は無理矢理にでもここを攻略するだろう。さっきまでガン極まっていたし。だからこのランダム性溢れる迷宮で俺たちはここでじっとしていたほうが得策かもな。

 

「ちょうどいいタイミングだし……暫くここで待ってるとするか。ネアもゆっくりしていいぞー」

「はぁ……はぁ……はい……」

 

 ネアはその言葉で壁にずりずりと身体を預けながら座り込む。相当体力を持っていかれたようだな。

 ハジメ特製野宿キットを展開。これで少しは休息も取れることだろう。

 

 それにしても、この場所の面倒臭さはオルクスの何倍もあるように感じるな。あの迷宮はまだゴールの道が分かっていたからよかったものの……ここは判断一つミスするだけで実質一からやり直しだし。

 ……ワンチャン、この構造を解析することができたらトラップの位置ぐらいは分かるんじゃねぇか?

 

 そうと決まれば、ちょっと解析しやすそうな場所を探すとするか。この空間はトラップの危険はなさそうだし。

 

「……うーん、少しだけ解析出来るか試してみるか。アルタイル、ネアのことを頼むわ」

『……ああ』

 

 アルタイルの間抜けた声に引っ掛かりを感じるが、まぁどうせネアのトレーニングについて考えてるんだろ。

 最近のあいつ、やけに生き生きしてるし……ネアの状態を見るにあんまり調子に乗らせるのもダメかもしれんが。

 

 でも、ネアのことはあいつに任せてもいいな。そう思い二人のところを後にして俺は慎重にこのダンジョンの解析を心がけることにした。

 

 ……これが間違いだったとも知らずに。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 久遠が去った後の雰囲気はあまりいいものとは言えなかった。

 

 ネアは回復に専念していてとても話を切り出せそうにない。一方のアルタイルもここしばらくの間は思案顔だ。

 両者、何も話し出す気はなく、極めて居心地の悪い時間が過ぎていった。

 

 そんな中、アルタイルは先日からの違和感をずっと考え続けていた。

 もちろん、ネアのことである。案外彼女は知らない、分からないと言う事実が癪に障るので考え込んでしまうタイプだ。

 

 ネアの行動……シアへの過剰反応?ハウリアの里からの逃走……拒絶反応まで……

 

『なるほど、そういう事か』

 

 長い考察の末、彼女の中で一つの仮説が立てられた。なるほど、これならばネアの心境がわかってくる。

 

 ……だが、その事実は中々に度し難く……面白い。

 

「なんですか?」

『いや……時にネア殿、これは余の独り言にすぎない。聞き逃しても構わない』

「……」

 

 いや、それはつまり聞けってことなんじゃ……そう思いながらネアは視線を戻した。

 

 アルタイルはそのまま自身のの舞台のプロローグを話し始めた。

 

『余は一昔前まで人間を嫌っていた。人の持つ感情や身勝手な振る舞いに心底絶望したからだ』

「……そうですか」

『皮肉なものでな。人を恨むほど、彼らの考えが手に取るように分かる。彼らの見るに堪えない思惑や、掲げる理想郷などがな……時に、君もその一部と考えていたが──』

 

 そう言い、ネアに目線を向けた。無機質な瞳が彼女を眺める。

 

『君は、自身を強く責めているな?だがその心は復讐心へと移らずに自身へ溜め続けている』

 

 ネアはその言葉を聞いていたが、何も言わない。だが心知らずか鼓動が早くなっている。無意識に、彼女の話に緊張の色が見え始めていた。

 

 アルタイルの言う、独り言はそのままハウリアの話へと続いた。

 

『思えば不可解だったな。君が一族へ持つ複雑な心情。相手の反応から君1人だけが持つ心情……そして何よりシアに対して一層大きい』

 

 それはネアが不思議と「シア」と言う言葉に過剰な反応を示していたためだ。

 何故、シアはネアにとってその対象となっているか。そう考えた場合候補は絞られてくる。

 

『そういえばハウリアへの戯曲を思い返してみれば、中々の栄光談じゃないか。1人の少女を守るために総出で故郷を離れ、つながりを重んじる習性と非力な身体から辛うじて生き延びる。そこで現れる英雄の手で彼らは自らの力を得ることになるのだ……故郷も取り戻し、今では獣人で最も戦闘力のある集団となった』

 

 一息を入れ、アルタイルはネアを一瞥する。何かを確かめるように。

 

『だが、どれだけ素晴らしい終わりを迎えようと、観客からの支持を受けられない作品は数えきれないほど存在する。君は何故だと思う?』

「そ……れは……」

『フッ、答えは出ているじゃないか。何せ君が一番それを理解しているだろう?』

 

 もう、彼女の反応は答えを示して居るような物だった。声が震えており、そこには拒絶……あるいは何かから逃げたい意志を感じる。

 

 それで話の線が今度こそ確定したアルタイルは不敵な笑みで答えた。

 

『因が存在しないからだ。一般的な物語での起承転結は観客を脇立たせる上での重要な要素だ。ところがこの話の因果は些か弱い……いや、情報が少ないと思わないかね?』

 

 因果を成り立たせるための要素……つまり、もっと前に遡らなければならない。

 

 ハウリアの地獄の特訓?

 

 シアとハジメの出会い?

 

 フェアベルゲンからの追放?

 

 いや、その因果はそのさらに前から繋がっていたのだ。

 

『そういえばカム殿は知らなかったようだな……何故、シアの持つ魔力が他の部族に伝わってしまったのか。一族が16年間も秘匿し続けた情報がある日突然知り渡る……』

 

 もう、答えはそこに辿り着いていた。ブルブル震えるネアに構わず、アルタイルは核心の一言を放つ。

 

『君だ、ネア・ハウリア。()()()()()()()()()()()()()()()

「…………っ」

 

 それが全てだった。結局、シアと言う存在がバレてしまったのは彼女が情報漏洩してしまったことが始まりだったのだ。

 

 そう、それがなければハウリアの一族は力こそ得られずとも、平穏は得られたはずだ。その過程までにあった怪我、死、絶望は逃れれたはずなのだ。

 

 口を滑らせてしまった、たった一人がなければ。

 

『おそらく他の部族へ口を滑らせたのだろう?そうなれば人間へ恐怖心を持つ彼らはシア含めるハウリアを断罪しようと森から追い出すからな。理由はともあれ、君がこの物語を始めたということだ』

「……めて……さい……」

『あぁ、そうだな。そうなれば君が集落を離れようとしていたのは彼らから逃れるためか。君だけが助かる手段でもあるし……何より、裏切ったのだからな?』

「やめて、ください!」

 

 ネアが耳を塞ぎながらやめろと叫ぶが、姫君は止まらない。流暢に、一言一句確実に、現実の言葉の刃を彼女に突き刺す。

 

 その機械的な瞳には何が映し出されていたのかは分からない。ただ、事実と照らし合わせながら続けた。

 

『なるほど、となれば余が君を誘ったのも好機ではあったのか。久遠がアレと言うのもあるし、丁度ここを離れる名目もつくからな』

「あぁ……い、いや……」

『フッ……さぞかし君は心躍っただろう?何せこの旅路には常軌を逸した面々がいる……原因であるシアがいるものの、君は異質じゃなくなる。ネア程度の罪はこんなところでは隠れてしまう』

「ちが……ぃゃ……っ!!」

 

 刺さる。彼女の言葉一つ一つが鋭利な棘を持ってしてネアの心に刺さる。

 傷つく……気づく。いやでも自分の卑劣さ、心の汚れが体から傷口から血のように溢れてくる。

 

 感情をむき出しにして否定したい……でも自分のやったことは結局その一面を持ってしまう。そう、解釈されてしまう……

 

 それが……ネアの犯した「罪」となる。

 

『ネア……君の心構えには逆に感心するよ。獣人族は良かれ悪かれ、種族の枠から抜け出せないからな。だが君の行動はそれらを逸脱したものだ……まぁ、世間一般で言うなら──』

 

 もう、聞きたくない。そう思ったネアはそれでも、聞いてしまった。

 

 アルタイルの言葉が頭に、直接響く。

 

『何故、君はそこにいる?』

「…………ぁ……」

 

 何かが、彼女の中で崩れ落ちたような気がした。




ちょいと補足…

アルタイル
→言葉のパンチがサーベルみたいに過激。舌戦に強いのは彼女の大仰な口調や高圧的な態度からも見られるが、そのような耐性がない人でないとクッソ痛い。因みに久遠との相性は悪い。これは久遠が彼女の素を理解して居るからでもあり、アルタイルも彼のことを許して居るからである。

ネア・ハウリア
→精神耐性はゼロに近い(そりゃあそうでしょーねー)…ハウリアは基本温厚な種族であり、ハウリア改造を受けていないネアは実は感受性豊かな方。これには様々な事情があり、まぁ次回あたりのエピソードで話すがとにかく彼女は言葉をそのまま受け入れてしまう癖がある。

ネアちゃん、多分ライフゼロ…てかこれは誰でも結構きついだろうなぁと思ってたり。

文章力に乏しい自分にとってアルタイルのセリフって結構書くの難しいんですよね…あの人の喋り方がめちゃくちゃかっこいいだけに、どうもハードルが高くて。

なので精一杯、想いを込めた言葉の弾丸をネアにぶつけてやりました…ネアちゃん、強く生きろよ(無慈悲)


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第二十四話 優しい「罪」

いよいよネアの本格参戦、かな?


 ハウリアは一族が家族だ。一族の絆とも言えるその言葉を強く表して居るのは、ネア・ハウリアの存在だ。

 

 ネア・ハウリアと言う一人の少女は至って普通の家庭で生まれた。普通のハウリアのお母さんと、普通のハウリアのお父さん。普通の家庭で普通の女の子に育つ…そのはずだった。

 

 少し違うといえば……二人がネアが顔も覚えていない頃にこの世を離れてしまったことだろう。父親は病気で、母親も後を追うようになくなったことに多くのハウリアが悲しんだ。

 ネアの幼少期はそうして一人ぼっちの状態から始まった。両親の顔もよく覚えていない状態で。

 

 と言っても、決して彼女は孤独ではなかった。ネアを育ててくれた家族も、彼女と一緒に育った他のハウリアの子供たちもいる。衣食住も問題なく、おはよう、お休みを交わせる相手もいる。

 

 元気一杯のお姉さんで、みんなを笑顔にするシアお姉ちゃん、元気なシアに比べて少し大人っぽく落ち着いているラナお姉ちゃん、恋心が盛んで、常に恋バナが好きなミナお姉ちゃん、少しやんちゃで一歳年下のパル君……

 シアの父親のカムもまるでお父さんのようにネアに接してくれた、他のハウリアたちもだ。ネアが一着を取れば喜んでくれたし、熱を出せば心配してくれた。

 

 その関係は友達を超えた、一つの大きな家族とも言えよう。

 

 一緒に遊び、一緒に学び、たくさん笑い、泣き、時には怒られて育った。その経験は何よりも充実していて、ネアにとって大切な記憶でもある。

 

 その温かい家庭で育った彼女は、だからこそ時たま思ってしまった。本当の家族や友達を見ていると、何処か自分にないものを持って居るような気がして。

 

 シアやミナは姉として接してくれるが、それは多分本当の姉妹の真似にすぎない。パルはひょっとして自分の友達かもしれないが、弟のような気もしている。

 

 その中途半端な心がネアにとってほんの僅かな疎外感と、孤独を与えていた。

 それは大きくなって行くに連れて少しづつ溜まっていった。心に浮かぶ本心も大きく、はっきりとしていく。

 

 だが、彼女はそれを表に一切出さなかった。みんながネアに対して家族と接してくれるのはとても嬉しかったし、ネア自身もこの環境で育てて幸せだった。

 ここでネアに小さな慣れ、が生じた。みんなに変わらない姿を見せる。そんな、慣れだ。

 

 そしてこれはただの小さな我が儘……家族には隠していたいようなネアの本心だった。

 

 そんなある日、彼女は他の部族の獣人と関わりを持つようになる。他の部族とハウリアの関係は思ったほど悪くはない。

 強いて言うならばハウリアが温厚な故、部族の中では最も腰を低くしていたところか。それでも当時の関係は非常に良好であった。

 

 ネアはそこで狐人の少女と仲良くなった。名前はフィアちゃんで、彼女自らネアの方へ寄ってきたのである。

 そして二人はよく一緒に遊ぶようになった。普通に外で走り回ったり、家の中では木のおもちゃで遊んだりと。

 

 当時のネアは心の中で飛び跳ねていた。初めての友達ができたのだ。自分には得ることができないと思っていたのに。

 そしてその経験は彼女に心に空いていた孤独感を埋めるようで……その気持ちはこう思わせてくれるようになった。

 

「自分も、他のみんなみたいに普通の女の子をしている」

 

 みんなに育てられて、みんなとは距離がある、そんなネア・ハウリアではない。

 

 この生活に紛れもない本当の幸せを感じている……そうとまで思うようになった。

 

 そうして数年が経ち、ネアは12歳になった。

 普通の女の子の生活を満喫しており、無意識に調子にも乗っていたのかもしれない。

 

 ある日、いつものように友達と遊んでいたら、フィアから秘密の共有が話題にあがった。

 当時の秘密を友達に教えて、共有し合う。シンプルで、よく子供達が行いそうな遊びだ。別に内容はくだらないものでもいいし、大切なものでもいい。

 

 当然、ネアはその遊びに喜んで賛成した。この遊びがいかにも「友達」のように感じたから。みんなのような遊びをねあもやりたいと思っていた。

 

 普通の子でいられると思い、その欲に従ったのだ。二人はそれぞれ一つの秘密を言い合ってお互いに共有した。その日はその後も遅くまで遊んで別れた。

 

 次の日、一緒に遊んだ。何げもない一日を過ごして、家に帰った。

 

 さらに次の日。フィアに急用が入ったとのことで、一日家で過ごした。ネアはそれが少し寂しかった。

 

 そして3日目の朝に──

 

 

「ハウリアには忌子が匿われていた!」

「ハウリアの一族は亜人族の面汚しだ!」

「ハウリアは長年同胞を騙し続けていた!」

 

 

 ……一族はフェアベルゲンを、故郷から追い出された。その日、私たちの一族は獣人の裏切り者と見出された。

 

 急に生活が変わる。途中で帝国兵に出くわしたり、ライセンに行き着き魔物に襲われたり……食事なども時給調達となり、仲間の多くが傷つく。少しづつ、仲間たちは減っていき、居場所も追い込まれていく。

 だが、ネアは強く生きた。どんな苦難でも嫌な顔せずに受け止めて一族と……家族と生き延びた。

 

 大丈夫、まだみんながいる。シアが常にみんなを笑顔にしている。カムが一族の代表としてみんなを鼓舞してくれている。みんな、必死にこの場を生き延びようとしている。自分も、ここで死んではダメなのだ。

 

 ネアは適応力の高い子だ……色んな人に助けてもらった彼女が身につけた技能と言ってもいい。この頃には場の雰囲気に馴染むことも、自分の本心を隠すことも息を吸うようにできるようになっていた。

 

 だからこそ、彼女は場に適応した。驚くほど静かに、何もなかったように。

 

 自分がこの騒動の原因である、魔力持ちの兎人族を明かした事実を、隠した。

 

 

「私のシアお姉ちゃん……ホントのお姉ちゃんじゃないけど、未来が見えるんだよ!凄いでしょう!」

 

 

 ……そんな事、言えない。言えるはずがない。もしかして他が原因でこうなったのかもしれない。

 

 

 ──本当は分かってるくせに

 

 

 ……沢山の仲間が、魔物に殺されて、帝国の人に連れ去られて……でもみんな笑顔で頑張ろうって励ましあって。そんなみんながいる。だから私も頑張って生きなくちゃ。

 

 

 ──それは全部あなたのせいでこうなったんだよ?

 

 

 私は、ただ友達が欲しくて……それで、他の子みたいに、なれるかなって……

 

 

 ──だからみんなが困っても、苦しんでも、最初から違う君は許されるの?

 

 

 こんなこと、誰に言えばいいの?家族なんかに言えない……

 

 誰が、私の家族なのか、わからない。

 

 

 ──せっかくみんなが君の『家族』だったのに、自分から離れたじゃん

 

 

 どうして?なんで私はこうなの?私はただ……ただ、普通の子になりたかっただけなのに。

 

 

 ──そう、ならよかったじゃん。君の行動でハウリアは死ぬ、子供たちもひとりぼっちになる。

 

 

 ──みんなが、あなたの「普通」になる

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「あぁぁぁ……ごめんなさい!……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

 泣く。泣き続ける。大粒の涙を流して少女が許しをこいている。

 その相手は死んでしまった同胞へか……疲れ果てて尚、彼女を支えた家族へか……あるいは両方かもしれない。

 

 ……あるいは俺か?そうであってほしい。ここまで頑張った俺をもっと労れ。

 

 何はともあれ、ずっとこの調子で泣かれては困る。俺は何があってこうなったのかは知らないし……

 

 アルタイルはスマホでダンマリだし……って、十中八九お前が何か吹きかけただろ!

 

 なのにさっきからツーンとしやがって……だんだん腹が立ってきたな。

 

「おい、アルタイル。お前、ネアにかけた言葉を1から復唱してみろ。おら、言ってみろや」

『はぁ、余にくだらないことをさせるな。ただ彼女が逃げていた事実を披露したまで』

「その内容を教えろっつーの……全く、帰ってきたらお前しかいないし、何とかネアの叫び声に向かったら自殺しようとしてるし……おまけにこんな──」

 

 ブスリ

 

 そんな音と共に会話を中断された。まだいたのか、しつこいな。

 

 ……振り向くと毒持ちサソリが俺のことをぶっ刺してた。物陰に隠れてて気付かなかったようだ。

 足が徐々に痺れ始めたが、そのままサソリを踏ん付けた。硬い装甲も貫通してグシャリと絶命する。

 

 ……こんなサソリトラップに落ちた俺らだが、ハジメのサバイバル道具も虚しく耐久切れだ。

 

 なので俺はネアを肩車した状態で、大量のサソリに噛みつかれながら一匹づつ殺していったのだ。

 こいつら、地味に頭が良くて上に上に登ってくるから大変だった。リニューアル技がなかったらネアも毒を受けていたかもしれない。

 

 ……俺?もちろん毒尽くしだよ。全身の痺れや体温低下など、洒落にならないダメージを受けたが、因子再生と根性で何とか乗り切ったよ。

 

 マジでこういうのは懲り懲りだ。ちょっとばかしサソリ恐怖症になるわ。もう痺れが快感みたいなドM思考になりかけたわ。

 

 ……そしてほとんど片付けた俺だが、ネアはその間もずっと泣き喚いていた。こうして降ろしてからもごめんごめんと繰り返している。

 

 もう、何が何だか……

 

 ……何が何だかって、俺はネアのことを何も知らない。正直、アルタイルに全部任せっきりだったとも言える。

 あいつがネアの素質を面白がって、だから俺は同行を承諾したが、その後はあんまり話さずに訓練をさせていただけだ。

 

 ……あれ?これ、俺普通にダメなことしてるじゃん。最初の街とか、ダンジョンとかに手を回してて、仲間とのコミュニケーションをおろそかにしていた。

 

 結果、なんで彼女が泣いているのか分からないのだ。というか、ネアが泣くほど精神がすり減ってたことすら気づかなかったし。

 

 ……そう考えると俺もダメダメだな。ちゃんとネアも……アルタイルのことも見ておくべきだった。ずっとアルタイルと一緒だったせいか、そういうことをおろそかにしていたのだ。

 よし、それなら今からでもネアに何があったか聞かないとな。改めてスマホに向き合って今度は真剣に聞いた。

 

「アルタイル……教えてくれ。ネアには……何があった?」

『……』

「正直、俺はこいつがただついてくるだけって軽く見てた。でもこの旅で誘ったのも俺だし、あんまりネアを見ていなかった……だから頼む。何があったか知りたいんだよ」

『……はぁ』

 

 ため息と共に、アルタイルはこちらの方を見た……気のせいか、その表情は暗い気がする。

 そして彼女は話した。アルタイルにより推測されたネアの過去。彼女がハウリア一族で隠している罪を。

 

 何故、ハウリアがこのように種族から追われる身となったのか。何故、ネアがこんなにも自分を責めているのか。

 

 何で、彼女は自殺をしようとまで思い立ったのか。

 

『……そんなところだ。君もこの推理なら納得してくれると思うがね?』

「……」

 

 ……全部話を聞いたが、なるほど彼女の態度も納得だな。

 

 この迷宮で時よりシアに見せていた顔は決して残念ウサギを見る視線じゃなかったってことか。それに他のみんなと離れて距離置いていたのも……

 

 自分がハウリアのことを言いふらした本人だとバレてほしくなかったから?

 

 自分の保身のために、俺らに着いてきた?

 

 ……だけどアルタイル、それは解釈違いってもんだぜ?

 

「だいたいは理解できた……けど、その推測まだ完璧ではないんじゃないか?」

『む?余の定説以外に彼女の過去を裏付けるものがあると?君がそこまで賢いとは思えないが』

「いちいち発言に荊を加えるなって……」

 

 まぁ、お前らしいが。そう思いつつ俺ネアの方を振り向いた。未だに顔を埋めている彼女の状態はかなりまずい状態とも言える。

 

 だが俺は思う。果たして私利私欲に埋もれるものは、あぁまでして自分のことを責めるのだろうか。

 アルタイルからの抗議の声が入ってくる。

 

『まさか彼女に酌量の余地があると?自身のエゴに従った彼女へ他の解釈はないと思うぞ』

「まぁ、エゴって考えは悪くないが……お前が思うほど人間って真っ直ぐじゃないし、エゴも強くない」

 

 彼女の過去の行動を振り返れば何となく分かってきた。本当に彼女のしたいことが。

 まだ泣いている彼女の側で座り、ゆっくり話し始めることにした。

 

「なぁ……アルタイルからは大体の話は聞いたが……」

「……私のせいです……私が、みんなを死なせちゃったんです……我儘で、自分勝手で……卑怯で……グスっ、みんな……こんな目に合わせるつもり、なかったのに……!」

 

 あー、これは予想以上に応えてらぁ……彼女自身、良心はしっかりとあるようだが持ち前の忍耐と適応力で耐えちゃったんだな。

 そしてワールドクラスの論破で決壊しちゃったと。

 

 まぁ、これはあいつの言葉にも多少の非はあるが……自分の気持ちに潰されたんだな。

 

 だが、言葉によって自分の本心までうやむやにしちゃダメだぜ?

 

「……お前と初めて会った時、魔力の次反応で俺らは気づいた。もし、お前が集団を抜けるならずっと潜めていればよかったはずだ。なのにずっとつけたままだったよな?」

「…………ぁ……」

 

 やっと俺のことを見てくれた。そのまま言葉を続ける。

 

「ハジメがハウリア一族と居合わせた時、ハイベリアは一体だけ。一方のネアはあの時、2匹に狙われてた。あれはお前がわざと引き付けてたんだろ?」

「……っ、違い、ます!あの時は……勝手に生き延びようと──」

「それに俺らについて来るのはかなりの悪手だったはずだ。アルタイルの訓練にもちゃんと従ってるし……本当の卑怯者はそもそも着いていかねぇよ」

 

 だって俺やハジメのいるところなんて死亡率どれだけ高いんだか……危険度MAXに同伴とか狡猾な奴なら選ばずに単独で逃げる取ろう。

 

 そう考えれば、だ。ネアの行動は一つの理由に絞られる。初めの日に彼女から感じたものは正しかったらしい。

 

「ネアはみんなに謝りたかったんだろ?だけどハジメの訓練だけだとみんなと同じ、ただのハウリアのままだ。だから、俺らに着いてきた」

「ちが……い……あぁ……」

「ここで力をつけて……たとえ鍛えられたお前の家族が危険に晒されても助けたいって思ったんだろ?」

「あぁ……うっ……うぁぁぁ……」

 

 頭にポンと手を置くとネアはまた泣き始めてしまった。しまった、これ以上は泣かせるつもりなかったんだけどなぁ……

 でも、結局そういうことだろう。

 

 本当の悪なんてそうそう居ないんだし、獣人なんて特にそうだ。一族の絆が強いからコミュニティを大事にするし、守りも固める。

 ネアの密告は確かに悪いが、相手も保身のために動いたんだろうな。魔力持ちが帝国にバレたら亜人族自体が標的にされてしまう。

 

 そしてネアの密告も仕方がない気がする……家庭的事情は詳しく聞かんと分からないが、彼女は一人だったのだろう。

 

 一人でいること……孤独であることは恐ろしい。みんなと違うってのも悲しい。

 だから普通になりたい。みんなの景色を見たい。

 

 ちょっと保身的になってしまうが、俺はそんなネアを見ているとつい慰めたくなった。

 褒められたことじゃないのは分かってるが……

 

 1人の辛さは俺もよく理解している。

 

 だが、1つ加えるとネアは普通と同じくらい、家族も大切にしているのだ。誰よりも家族を知っている彼女だからこそ、誰よりも負い目を感じている。

 

 

 それがネア・ハウリアだ。

 

 

「おうおう、泣け泣け……お前はアホで優しくて……誰よりも家族が大好きなハウリアだ」

「う……うわぁぁぁぁ……!!」

 

 わしゃわしゃと髪を撫でると更に泣き出し、顔を俺の胸に埋めてきた。しばらくはこのまま、好きにさせておこう。

 

 さてさて……落ち着いたら、こっからどうやって出るか考えないとなぁ……




ちょいと補足…

一之瀬久遠
→自分のネアに対する意識が低すぎた故に、今回の騒動が起きたと考えている。自身に責任の一端を感じるのは大袈裟だが、ネアの苦悩や過去はもう少し早めに気づいておくべきだったと思っており、また一つこの旅で何かを得られたと考えている。

ネア・ハウリア
→情報漏洩の罪でここまで追い込まれてしまった。まぁ、彼女の行動で2章の寄り道イベントが起きたのは過言ではないので相当なやらかしを踏んでいる。だけど久遠は彼女のことを責めなかった。彼女の優しさとそれ故の寂しさが起こしてしまった事故。彼女はこの時間は「普通」でいる。

ん〜?ネアの過去をこんなに重くするつもりはなかったんだけど…まぁ、久遠と一緒にいるうちにコミカルキャラになるだろうし、最初のインパクトが大事よー…ね?


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第二十五話 お前も化け物にならないか?

 あれから5分くらい経っただろうか。今ネアは顔を全力で俺の方から逸らしている。俺のシャツはずぶ濡れになっていて、これが1人の女の子から流れた涙とは到底信じられない。

 

 泣きまくっていたせいが、俺のところに涙を流しまくったからな。多分、彼女なりに整理がついたと同時にこの状況にしてしまった自分に悶えているようだ。

 

 それでも、よっぽど抱え込んでいたんんだなぁ……一回こうやって気持ちを吐き出せて何よりだ。

 

 ……ただ、彼女が小さいこともあって、俺のズボンまでシミが広がっているのは何でだよと突っ込みたい。

 これじゃあまるで俺がダイナミックお漏らしでもしてみたいじゃねぇか。ハジメらと合流する前に乾けばいいんだが。

 

 

 パシャリ

 

 

 ……ん?今、結構まずい落としてなかったか?よく俺がハジメ×ユエさんのお楽しみシーンを盗撮する時のような音がした気がしたんだが?

 

 シャッター音の方を振り向くと、ちょうどアルタイルが俺の方を見てにやけていた。同時にまた同じシャッター音。

 

 

 うぉ──いちょいちょいちょいちょ──い!!

 

 

「何勝手に人の羞恥を撮ってんだアホ!」

『阿呆はどちらかな?今の君の状態、なかなか珍事だぞ……劇団で登場すればまばらな拍手と共に会場が侮辱の笑みに包まれるぞ?』

「なんだその最悪の様なシチュエーションは!?ご丁寧に、内カメラで撮りやがって──んぁ!アルバムに鍵かけてやがる!!」

 

 スマホを手に、ダダダっと連打するが強固なパスワードロックがかけられている。俺の記憶にあるパスコードを入れても無反応だ。

 こいつ、いつの間にかアルバムの写真所有権を手に入れてやがる!前までそんなこと無かったはずなのに──

 

 まさか、と彼女の方を向くと得意げに話し出した。

 

『フッ……今になってようやく気付いたか。余も少しは能力が拡張されて本来の力を取り戻しつつある。そのうち、生成魔法でスマホ内の機能をジャックできるようになった』

「サラッととんでもないこと言うな……ん?それじゃあネットとかで現実の世界に繋がれたりできないのか?」

『それは不可能だ。こちらへ転移した時点でwi-fiもネットも全て接続切れだ』

 

 そうか……となればスマホは完全に地球とコンタクトをたたれてるってよんで間違いなさそうだな。

 もしかして、外部からの連絡を奇跡的に受信できる環境に持ち込めるかもしれないと踏んでみたが……流石に厳しすぎる。

 

 と、何故か俺の返事に不服そうにしているアルタイル。むすっとした顔なんて珍しい。

 

「……なんだよ?」

『別に……何も無いぞ』

「……お前、もしかして俺に『うわースッゲェまじでやべー』とか言ってもらいたかったのか?」

『そんなわけないだろう……まぁ、少し反応が薄かったのは誤算だが──っ……』

「………………え?」

 

 あれあれ……なんか不貞腐れてる!?マジで!?

 

 あの傲慢高貴なアルタイルが承認欲求を?確かに、この能力彼女なら情報共有として真っ先に報告してもおかしく無いだろうに。

 

 それって今までに無い……というか、隠れたキャラ的なあれか?それともこいつ、この時間の中で成長してやがる!的なやつか?

 

 どちらにせよ、今日1番の驚きかもしれない。アルタイルの一面が発見できて、俺は大興奮である。

 オーバーかもしれないが、これって結構すごいことなんだぞ?

 

『……っ!その顔をや・め・ろ!』

「何だよ〜お前も結構可愛いところあるじゃん?そうかー、お前にもそんな時期が来たのか……」

『そろそろその減らず口を閉じろ。君の無礼な態度に不快を通り越して虫唾が走る』

「へいへい……そう言う時期、なんか理由もなく孤高にたたずみたくなるよな?」

『……あぁ、本気で君の猿のような脳天に鉄槌を落としたい』

 

 あっはっは!こりゃあアルタイルの成長が見れて大満足だ。

 ……このままだと本人がブチギレて口を聞かなくなるのでそろそろ話を切り上げるが。でも嬉しいのは確かだ。

 

 少しづつ、彼女にらしさが出来ている……

 

「……えっと……痴話喧嘩は、終わりました?」

「おう、悪かったな待たせて」

『ネア、今すぐその言葉を撤回しろ。余の肩書きに妙な物を付けられては困る』


 ネアがどうやら俺らの会話を待っていてくれたようで、俺の方へやってきた。その顔は涙でまだ晴れていたが、どうにか最悪の状態から立ち直れたらしい。

 サラッとアルタイルの言葉をスルーしちゃうくらいのノリにまで回復しているし。

 

 それにしても本当によかった……変な気を起こすのは今回でもう止めにして貰いたいところだ。

 

「さてと流石にお前の行動がどれだけ危なかったは自覚してるよな?」

「……はい、すみません。事実を受け止めれなくて……つい」

「……まぁ、今回は俺も監督不注意みたいなもんだし、アルタイルも若干暴走したりして運が悪かったってのもある。気にすんな」

 

 ……個人的に、誰かを仲間にして行動するのが新鮮だったからな。ハジメとユエさんのコンビは初めから問題なかったし。

 あいつが奈落に落ちた時の俺の無意識な欲張りが露呈していたが、今回みたいに1人すら気づいてやらなかった時点でどれだけ無謀だったか……

 

 自分のことをもっと理解しないといけないな。

 

 と、少し物思いに耽っていたがこのまままたネアを放っておくのもいけない。落ち着いた今、そろそろ聞いてみるか。

 

「それで……聞き忘れていたが、お前はそんな終わり方でいいのか?」

「………………え?」

 

 急な質問にネアは心底驚いているようであったが、俺は彼女の話を聞いて結論づけた。

 ネアの状況……正直自殺とかするレベルには至っていない。追い詰められているのは確かだが、解決法はいくらでもある。

 

 ある意味、ハウリアで特殊的な立ち位置だったから視野が狭くなっていたのかもしれない。

 

「異世界の俺が言うのも甚だ違うんだろうが、要するに謝罪と仲直りと友達に1発ぶちのめしたいんだろ?」

「え?ぶちの……え?」

「難しく考えすぎなんだよ。頼れる者が居なかったからだろうけど……まぁ、気持ちは分からなくもないな」

 

 1人ぼっちでいることの辛さは……分かる。この時、1人の人物が頭に上がった。

 

 それはアルタイルの創造者、島崎セツナさんだ。彼女も最後は1人だったからな。支えになる存在が居なかったのが、彼女の死を後押ししたのだ。

 

 ある意味、ネアがあのまま自殺しちゃったルートを辿ってしまった子と言ってもいい。

 

 でも今回は俺がいる……アルタイルがいる。彼女の手を取ってあげる人がまだいるんだ。

 

 ってことで、先ずは彼女の意識改革から手掛けよう。

 

「先ず、お前は自分の罪をどう考える?」

「それは……一族の危機に──」

「あー、ネガティブは一旦なし……そうだな、結果論で考えよう。お前の行動でハジメという存在に出会えた」

 

 あの時、シアが丁度のタイミングでハジメ達と合流しなければ、彼らの物語は終わっていたことだろう。

 

 それはつまりシアの未来視をこの状況まで持ってくる必要がある。

 運命はネアでここまで進んでくれたわけだ。滅茶苦茶な理由づけだけど結局はアルタイルの言う酒セスストーリーになったんだし。

 

「ハジメから戦う術を学び、力をつけ……もうあいつら亜人族の中では最強格だからな?シアも未来視を利用した戦い方も学んだようだし」

「で、ですけど……!」

 

 納得出来ていない様子だが、俺は続けた。

 少しはこいつの意識を明るい方向へ持っていく必要があるからだ。

 

「結果、お前の行動で彼らは救われた……言動はちょっとやばいが、間違いなく幸せになってるぞ?」

「……っ……」

 

 思わず息を呑んだネアは彼らの成長した姿でも思い出しているのだろうか。

 

 ……いや、あの厨二に侵された姿は思い出すな。あれは完全にハジメの罪であり、成長ではないからな。

 

「2つ目。お前のやった事は確かに悪い。言わば情報漏洩、しかも機密の情報だからな」

「はい……それが原因で──」

「でもお前以上に秘密をあっさりバラした友達がいけない。ネアが訳ありの身は分かってたんだし、そいつはお前の優しさに漬け込んだとしか思えん」

 

 理由はいろいろ考えられるが……狐族のフィア?だっけ。こっちの世界だとすごく賢いイメージがあるし……

 

 フェアベルゲン内の部族でハウリアは序列低かったからなぁ。そう考えれば黒い事実が隠れていたりする。

 悲しいことにネアに近づいた彼女は本当の友達じゃなかった可能性も……これは本人には言わないが。

 

「お前だって寂しかったんだから、誰かに秘密の一つ二つは共有したくなる。ハウリアの結束力は確かにすごいが、家族愛かって言われると微妙に違うからな」

 

 ハウリアの家族愛は……うーん、あくまでも一族の特性が強かったからな。ハジメの訓練でもお互いのことを思って強くなったと聞いた。

 

 だから、ネアのことも大事に育てたのは親の持つものとちょっと違う。親戚が総出で可愛がる感じか?

 

 意識のズレはそこで生じている。ネアの思う家族と、彼らの思う家族。どちらも間違っていないが故にこの事態へと発展したのだ。

 

 ぶっちゃけ、そこに関しても誰も悪くない。だからネアももちろん全責任を負う必要はない。

 

「で、だ。お前の存在価値は全然あるからな?シアやカムの様子を見てればわかる」

「でも、私のやったことを聞けば──」

「怒ると思うか?」

「……そ、それは……」

 

 うまく答えられないな?それもそのはずだ。

 

 家族が子供の悩みに気づけなかったとか、1番彼らにとって辛いことだろうからな。

 

「俺は逆に、自分達が気づいてやれなかったって自分自身を責めると思うぞ?」

 

 下手をすれば暴走した時以上の衝撃を受けるかもしれない。何せどうしようもない事実に叩きつけられるだけだからな。

 

 戻らない人の死はそれほどの影響力がある。

 

「で、お前が死んだら彼らの自責の念は晴れるとでも思うか?……天地がひっくり返ってもねぇよ」

 

 当たり前だろう……家族が一族みたいな集団が、彼女の死に対してどう思うか……自分のせいだと思うだろう。

 たとえ彼らが今の彼らであっても、答えは変わらない。

 

 その答えに辿り着いたのだろう。真っ青なままネアは口を開こうとしなかった。

 

 自分の行うべき償いを見失ったからだ。力をつけるにも、今の自分には彼らを守れる才能がない。死ぬ事さえ、彼らに底知れぬ不幸を渡すことになる。

 

 もう、何をすればいいのか分からない……そんな表情だ。

 口で追い詰めた俺が言うのもなんだが、酷い顔だ。

 

「プギャっ!」

「ほら、そんな顔すんな。別に全然手はあるんだから」

 

 こいつの頬っぺた、大福みたいだな。ハウリアのチャームングポイントはウサミミ、うさ尻尾以外にもあるらしい。

 

 そのままウニョウニョさせながら彼女にやるべきことを指示した。

 

「だから言っただろ?謝罪だ。先ずはシアにでも謝って、その次にみんなの前で謝って、お前の元親友とも決着をつける」

「ふぇ、ふぇも……ふぉうふれはいいんぅえふふぁ……」

 

 あー……この感じ、「でも、どうすればいいんですか」って言ってるのか?

 

 もちろん、ネアをスカウトした時に決めていたことでもいいんじゃないか?

 

「当初のプラン通り、ここで死ぬほど鍛えて、世界を救っちゃう程度の力を得たら……安心させられるんじゃねぇの?」

「それで、贖罪になりますかね……」

『弱気になったものだな。そもそも、余の訓練の0.8%しか遂行していないのに、軟弱な心構えじゃないか』

「……」

 

 あっ、ネアの目が分かりやすく死んだ。何で毎回アルタイルは思いっきり言っちゃうのかなぁ……

 てか、あれだけの濃密スパルタで1%言ってないとか、こいつの目標意識どれだけ高いんだよ。

 

 だが、一理あるな。スタートラインが俺らと離れすぎているとこの先ついていけない確率は高いからな。

 

 そこで、と俺は因子収納から一つの肉を取り出した。相変わらず気色悪い見た目をしているが、それでも味は幾分マシになったはずだ。

 

「ほい、これなーんだ」

「……これはさっきの──」

「そうだ、魔物の肉」

「っ!?」

 

 未だに残る禍々しさに息を呑むネア……当然だな。魔物の持つ能力は害にもなる……この世界では常識だ。

 

 だが、俺らみたいな頭のおかしい集団はこのドーピングをしてきた。それなら、この子もこれを取ればいい。

 ついでに神水も取り出して横に置いた。これらさえあればパワーアップは間違いなし。

 

「ハジメが魔力操作を持っていることを知っているな?それは魔物の肉を食べたことによって得た能力だ。この肉は奈落で手に入った魔物だ……蹴り兎っていう、奈落の魔物でも弱い部類だがな」

「そ、そんなの……」

「因みに味は焼き兎のテイストにしてある」

「怖い!共食いさせるつもりですか!?」

 

 えー、でもちゃんとした理由はあるんだぜ?

 

 魔物から得られる力には種類や強さによって違う。強い魔物はその分蓄えている魔力が段違いに多い。

 だから強力な魔物肉を食べるとその分体にかかる負担は大きい。回復アイテムがなければそのまま命を落とすほどに。

 

 そして魔物の種類、これは魔物の持つステータスによって変わるわけだ。熊の魔物は筋力、トレントは魔力、魔耐が上昇する。

 

 そして兎は当然、俊敏が上昇する。ネアはもとより俊敏が早いので尖らせる方が才能が光るんじゃないかと考えている。

 実際、アルタイルから何もないと言うことはこのチョイスで問題ないだろうしな。

 

 その説明を聞いてなお、ネアの表情は苦いものだったが。

 

「うぅ……確かに」

「まぁ、要するにだ……ネア・ハウリア。お前も化け物にならないか?」

『その言い回しでは断られるの一択になるぞ……』

 

 んー?大丈夫大丈夫、別に断ったら死ぬまで戦い続けたりはしないし。

 

「あくまでも一つの案だからな……欲に従うべきだ。お前は、ハウリアに自分を示すために何を成す?何をする?」

 

 ネアの答えは、その肉を手に持ったことで表された。

 

「……ハムっ」

 

 食べた……てか食べるときの声が可愛い。だがそんな感想はすぐに消え失せた。

 変化は彼女の喉を過ぎた直後から始まる。

 

「うっ……あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ!!」

「おら、これが神水だ……ちゃんと飲めよ」

 

 何とか握らせた神水の入った瓶を、彼女は口に入れた。

 肉体に迸る濃密な魔力。それにより分解されそうになる体を、神水が何とか繋ぎ止めてくれる。

 

 しかしその痛みは想像を絶するものとなろう。体の体温は馬鹿になり、まともな思考もできなくなる。

 正直、俺もあの時あの声がなかったら死んでたかもなぁ。

 

 そんなことを思い出していたら、早速外見にも変化が現れ始めた。今度は体から適応していく段階だ。

 

 濃紺だった髪がさらに濃く……まるで深海のごとく包み込むような色に変化していく。身長も二、三センチほど伸びる。元々あった胸も豊満に──って、12で持つレベル超えてるだろ……

 

 少なくともアルタイルの機械的な目でも羨望の眼差しが分かるくらい彼女は変貌したのだった。

 そして同時に彼女から魔力反応。間違いなくステータスも爆発的な変化を起こしている。肉体が荒れ狂い魔力が極限まで彼女の体内を巡る。

 

 そしてしばらくの間はネアが苦しみにもがきながら神水を少しずつ飲む時間が過ぎていった。その間俺もアルタイルも見守り続ける。

 

 俺は因子再生……ハジメは神水で難を逃れたが、あの時も強い想いが精神を途切れせなかった。

 つまり鍵を握るのは「何にも負けない強固な想い」なのだ。

 

 ネアの場合は、「ハウリア一族を守りたい想い」になる。

 

 誰よりも一族を想い、愛した彼女はそれを進化の土台にして、1歩次のステージへと向かう条件を満たしている。

 あとは彼女の根性でどれくらい耐えられるか、だな。

 

 ……と思ってたんだが──

 

「……はぁ……はぁ……っ……」

「早っ……もう耐えきったのかよ」

『やはり彼女には一種の才があったようだ……それに……』

 

 想像の2倍くらい早く収まった。いくら何でも早すぎるだろ……やっぱり何かの素質があるのか?

 同じ神水でドープングしたハジメの数倍短い時間で身体の成長を遂げているのだ。

 

 そして同時に何か、彼女から感じるこの違和感。

 

 何処か思い出させてくれる懐かしい感覚。感覚っていうより……野生的な殺気?

 

「この感覚……もしかして──」

『どうやら終わりを迎えているな……あぁ、これで新たな化け物が世に誕生したわけだ。責任を持たなければな、久遠?』

「どの口が言うんだか……」

 

 空になった瓶を落とし、ゼエゼエと床に突っ伏すネアは完全に別人と化していた。その変化は近づくとよりはっきりと分かりやすかった。

 

 黒に近い鮮やかな紺色の髪は瞳にも反映されており、引き締まった体からは改造されたハウリアに似た肉体美を感じる。でも出るところは出ている、ナイスバディ。

 

 雰囲気は……そこまで変わっていないようだ。ただ、弱々しさを感じない。多少の影響が感情にも及んだのだろう。

 

 その証拠に、目からなすべきことをなす闘志の熱があった。そのまま立ち上がり、俺の方を振り向くと律儀にお辞儀してくる。

 

「イチノセさん……ありがとうございます」

「例には及ばん……ってかここまで強くなるとは思ってなかったしな……」

 

 さっきから感じるこの異様な気配がすごく気になるし、ステータスの鑑定は使えないからわからんが……オール500くらいはあるよなぁ……

 

 あれ、俺の時って確か……俊敏と魔力がそのくらいで、他は低かったよな?

 

 えぇー……そんなに強化されてるなんて予想してなかったんだけどなぁ。

 才能の差を感じて、ちょっと悲しくなった。

 

 だが予想通りの物もあるらしい。アルタイルがネアを眺めながら変化の結果を述べた。

 

『だが、見た感じ魔力適性はないようだな。魔法と無縁だったし必然だったな。魔力の値もあまり高くないと思うぞ』

「そうですね……ですが身体が普段より軽くなった気がします。これならボスやシア姉さんに遅れを取らなくなりました」

 

 正直、軽くなったレベルじゃないと思うけどな……2人の意見を聞くに、ネアは俺と似たスピードファイター……でも魔力はないから暗殺者に特化した天職に結局行き着きそうだ。

 

 ……でも、暗殺者以外の天職も見つかったりして……

 

 するとネアは俺の目を見ながら口を開いた。

 

「イチノセさん……私はこれで良かったのでしょうか?」

「何を今更……お前の覚悟はもう聞いたんだし、肉も食っちまったんだからいいだろ?あと勘違いすんなよ?魔物の肉は別に近道でもなんでもない」

 

 あれは正当な道だ。強さに対価が本来見合っていない死のルートだ。一部を除いて、常人なら間違いなく終わる。

 

 だからそのほんの一握りの奴らはその覚悟、意志を示したかこそ力を得られたのだ。ネアにもその資格はある。

 

「魔物の肉は常人じゃあ耐えられない……そもそも魔物のもつ力はハジメのように確固たる意志がなきゃ反応、順応してくれないんだ。お前の場合は……歪んでいても、真っ直ぐとした一族への誇り、愛が勝ったんだよ」

「……っ……」

 

 俺はアルタイル、森羅万象に対する探究心……ハジメは現世に戻りたい欲求であるのに対し、彼女の力は最もありふれており、かつ普通では持ち合わせない気持ち。

 乗り越えられるのは良く考えれば自然な事だったのだ。

 

「だから誇れよ……お前もこれでみんなに恩返し出来るんだからな」

「…………はい!」

 

 強く頷く彼女には弱さや絶望は感じられなかった。その表情に内心一安心する。

 

 こうして、優しいハウリアは……強くなるためにハードモードを選んだ。

 自身の罪を償うためだが、これも一つの道だろう。しっかりと力をつけて彼女なりの折り合いをつけてもらいたい。

 

 

『……余が述べるのも何だが、そろそろ進まないとまずいなぞ。南雲殿らが到着している可能性もある──』

「誰のせいでここまで長くなったと思ってんだ」




ちょいと補足…

ネア・ハウリア
→魔物ドーピングにより化け物の仲間入りしたハウリア。あまり性格は変わっていないが、見た目は俗に言うロリ巨乳になるかなぁ。一応、149cmで81/56/79辺りを…あれ?思ったよりダイナマイト…久遠の説得により消極的な性格は治まっており、感情を表に出しやすくなった。また、不思議な技能まで手に入れているようで…?

一之瀬久遠
→何とかねあを立ち直らせてよかったと心底ホッとしている。尚、ネアの変化に関しては能力の上昇に驚き6割、予想以上に逞くも艶しいボディ手に入れたなに3割、彼女から感じる何かへの違和感1割である。彼女ともう少し仲良くなって仲間の一員としてなれたらなとも思っている(俗に言う天然タラシ思考)。

と、言うわけであっさりとネアの強化イベントでしたね。これで久遠×アルタイル…訳してクオ×アルコンビに対抗できる存在が爆誕するかもしれない…

色々とやらかしたネアちゃんですが、書いている私からすると兎にも角も彼女と久遠を絡ませたい所ですねぇ。もちろん、アルタイルも忘れずにですが。
ってなわけで次回からやっと本誌の物語が動きます。


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第二十六話 これこそ迷宮探索よ!

少し投稿が遅れました、すみません!

そして久々のギャグ回?


 やっと色々落ち着いたところで、俺らはここからどうやって出るか相談していた。

 ここへの落下は迷宮の罠の一つであり、落とし穴への誘導トラップだ。ネアが錯乱していたこともあり、俺らはそこに見事落ちてしまったわけだ。

 

 ただ、底にいたサソリの魔物群は俺が片っ端から潰した。毒の状態異常も気合いで乗り越えて、結果底の魔物はほとんど倒してしまったのである。

 

 ネアの問題も解決したいま、一刻も早くハジメたちの元へ向かいたいのだが……

 

「つっても、ここからどう出るかが問題だよなぁ……普通にここの壁数十メートルはあるから登るのは不可能だし」

「ですね……それに、上層は多分、仕掛けがありそうで……」

『下手をすればここへ回帰だな。それに魔力も分散されるから森羅万象(ホロプシコン)は封印されている』

 

 3人、共通してここへ来るまでの罠の数々を思い出した。大体がどこぞの残念ウサギによって発動されていたが、起動スイッチが壁に隠されていてもおかしくない。

 

 それも、スライムが壁を流れ始めて俺らをまたそこまで落としたり?

 

 あるいは、この部屋を覆うくらい大きな鉄球が落ちてきたり?

 

 全部、ライセンだから可能そうなのがまた厄介だ。今のところその様なギミックに出会っているし。

 そして仕舞いには煽り成分マックスの文字が壁に現れるのだ。此方のストレスも天元突破間違いなしである。

 

 うーん、このままハジメたちの救出を待つ?でも、この深さの穴に引っかかるとは思えないし、あいつらなら普通に迷宮攻略に力入れるもんあぁ

 

「あれ、もしかしてこれ詰んだのか?」

『……まぁ、此方で生還したとて設計者はそのまま死んでもらいたいだろうな。迷宮とはそう言うものだ』

 

 アルタイルの心無い言葉は確かに的を射ていた。大迷宮のコンセプトは大いなる力を手に入れるためにそれ相応の力と覚悟を示さなければならないのだ。

 

 ここで朽ちたらそこまでである。そこになんの慈悲もない。

 

 だから、ここに来てしまった今、何とかして攻略しなければならないのだ。

 

「……イチノセさん、ここの魔物ってサソリですよね?」

「ん?あぁ、猛毒を備えてて普通にレベルも高いけどな」

『落下した時のネアなら一撃で死ぬだろうな』

「うっ……その節はお世話になりましたです……」

 

 ネアが何か思い出したようにサソリについて問いかけた。が、自分の行動でダメージを受けている。

 

 そんなに重く捉える必要はないんだって。

 

「気にするな……それで、何かサソリで言うことあったんじゃないのか?」

「あ、そうですね……サソリが食べる物って人以外にもありますよね?」

「サソリが何食うのかは見当つかないけどな……」

『あぁ、あれらは1年なら絶食もできるな。主食は昆虫だが、ネズミなども食べられるそうだ』

「何でそんなの知ってんだよ……」

 

 ……そうだった、こいつの博識、ウィキ超えてるんだった。伊達に世界最強を名乗っていない。知識量も膨大である。

 

 そんなことは置いておいて、だ。何かを考えているネアが確かめるように口を開いた。

 

「……ですけど、この迷宮に何千年も生きてるってことは、何処かから餌を貰ってることになるです?」

「確かに、人間の死骸以外にも生き物の死骸が転がってるな」

 

 周りの灰や粉は骨が何年もかけて腐敗した後だろうし……でもここってサソリが長らく生きられるような環境じゃないよな?

 それも、ここの迷宮から定期的に餌の供給をしない限り死んじゃうんじゃ──

 

『「「…………あっ」」』

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 狭い通路、永遠の暗闇……だが所々見える光は別の部屋から漏れ出した物である。

 辺りは迷宮とはまた一味違った雰囲気で、ピラミットのようなミステリアスさがある。

 

 そして周りに見える生き物。大抵は虫など小さな物だが、中には先ほどのサソリなども生息していたりする。

 

 当然、それらにも毒の尻尾が存在しており──

 

「ったぁ!やっぱりここにも魔物はいるよなぁ」

『数は少ないが、この狭さでは回避は不可能だからな』

 

 何とか手で潰しながら前へ進む。この通路は1.5メートルほどの小ささで、常にかがみながら進まなければならない。

 おまけに一方通行用の通路だから、敵が現れた時に簡単に脚技を繰り出せない。

 

 面倒な場所だな……だが、今はこの道を進むしかないのだ。せっかく見つかられた最高のルートなのだから。

 

「それにしても、よく見つけられたよなぁ……おまけに少し広いところから見るにあの部屋には他の物も流れるのか?」

『可能性は高いな。でなければ、ここまで大きく通気口なる物を大きくしないだろうからな』

 

 サソリの餌はどこからされているのか?その質問に対して答えは至ってシンプルだ。

 

 餌を流す口があってそこから流している。

 

 運よく、その出口はそこまで高くないところにあった。時間が経てばそこからネズミが流れてきており、本当にそこが通気口だと分かる。

 まさかそんなルートが隠されているとは、俺たちも驚いたものだ。

 

 まぁ、完全に裏ルート……いや、邪道ルート間違いなしではあるんだけどな。

 だが、何でも利用しなければ迷宮なんて生き残れない今、俺たちはこの通路を通っている。

 

 要するにダクト移動だ。時には近道、時には遠回りともなる。が、確実に目的地への移動ができる優れた戦法である。

 

 後ろをチラッと確認すると、しっかりとウサミミが見える。ネアは足を掻きながら移動しているようだ。

 そんなに掻くと変な出来物になるから程々にな〜。

 

「うぅ……ジンジンするです……イチノセさん、毎回この毒を喰らってたんです?」

「まぁ、何とかなったけどな……ネアも無理するなよ?幾らお前があのサソリ肉を摂取したからって完璧な毒耐性は得られないからな」

「だ、大丈夫です!これ以上足を引っ張りたくないですから」

 

 ふんす!と握り拳を作って奮起するネアは、ここに入る前にサソリ肉を頂いた。

 理由はもちろん毒耐性を得るためだ。しっかりと火を通して塩胡椒までした完璧の一品。

 

 なお、俺も食べてみたのだが味はちょっと腐ったエビのような味だった。まぁ、全然いけるけどな。

 

『……今度、本当のエビを食べさせてもらえ』

「食ったことあるんだが!?」

 

 ……とにかく、このようにして歩くこと数時間、途中の傾斜や前方から滑ってくる動物の死骸を見るに、間違いなくどこかに行き着くのは間違いない。

 このまま行けば、いい出口に到着するんじゃないか?

 

 すると、前方から開けた空間が見えてきた。やっと何処かに行き着いたみたいだ。

 

「……やっぱりか」

「ここは……何の部屋です?」

 

 背伸びしながら予想通りの展開に納得しているとネアが何かと質問してきた。

 そうだった、こういう展開は異世界ではあまりないだろう。

 

 今、俺らの前には大きな円柱が構えてある。その円柱周りに枝分かれの道があり、ここがまるで中枢地点であるかのようだった。

 そして円柱から時より聞こえてくる謎の音。異世界ではおなじみな音であり、それは魔法陣が現れる音だ。

 

 俺の代わりにアルタイルが説明を始める。

 

『恐らくは起動装置のようなものだ。この中央の軸が条件によって回転する……他の部屋にも似たようなところはあるだろうな』

「……だな。ってことはゴールが案外近いかもしれないぞ?」

 

 未だにピンと来てないネアにアルタイルが続けて質問した。

 

『ネア、この迷宮が悪さしている要点を挙げようか』

「え……ゴーレムとか……トラップも嫌らしいです」

『確かにそうだ。だが、何よりこの迷宮に拍車をかけている要素……それはこの部屋の移動だ』

 

 それは俺とハジメら一向を分断させた時。彼らの魔力反応が遠く感じてきた時に発見した。

 

 この迷宮は、動いている。常に位置を変えながらトラップを仕掛けてくる厄介な場所である。

 

『この迷宮では指定の部屋が移動するトラップが仕掛けられいる。方向感覚は失うし、場合によっては最初の地点に戻されたりするな』

「あぁ……それはこの上ない嫌がらせですね」

 

 まぁ、ここまで頑張って最初に戻されるのは鬼畜以外の何者でもない。下手をすれば永遠ループであり、精神も体力も削られること間違い無いだろう。

 

 だが、今回分かったこともある。それがこの部屋だ。

 

「まぁでも、ちゃんと仕組みはあったようだぜ?部屋もしっかりと規則を持って移動している。いくつかパターンは分かれているが、到着地点も決められたところのようだ」

「うーん、なるほどです……でも、どうしてそれが全体の把握にまで繋がるのです?」

 

 だってこの迷宮には生成機能は存在しない。どれだけ面倒なシステムでも知らない場所がパッと現れたり、急になくなったりはしないのだ。

 

 全てそこにあるか、移動したかであってステージ数は同じである。この意味がわかるか?

 

『この迷宮では部屋の配置は変わらない。部屋の順序が変わろうとも、移動するよう設定されていない部屋は動かないんだ……迷宮の中枢神経であるここも含めて、だ』

 

 そしてここはダクト。ダクトは決まった場所へ物を送る通路なのだ。

 普遍の場所。変な移動もしなければ、嫌がらせもほとんどない。せいぜい、ここに生息する少ない魔物くらいだ。

 

 更にこのダクトには必ず出口がある。それは迷宮内の空気の通気口としての役割があるからだ。

 

「……つまり、ここの地図を完成させれば、ゴールの場所もわかるってことです?」

「あぁ、流石のこの迷宮もダクトの変化はできなかったようだな」

 

 やっと理解したネアの顔が明るくなった。ここから先はこの迷宮のダクトを探って、この迷宮の構造を解き明かす。

 

 そしてそのままゴールであるボス部屋まで最短のルートで進めるってことだ!

 こんなにイージーかつ面白い展開は中々ない。トラップにはもう飽き飽きだし、これはシンプルに楽しめそうだ。

 

「よーし、そうと決まれば早速マッピングだ。いいねぇ、こう言うのはゲーマーの血が騒ぐってもんだ!」

「げーまー……って何です、アルタイルさん?」

『……廃人とでも思っておけ』

 

 おい、アルタイル……意味合いが違うから。ネアの教育に悪いことを耳に入れるのやめなさい。

 

 ……まぁ、廃人の血が騒いでいるのは事実だけどな?

 

 そこからは3人でこの迷宮の構造を片っ端から埋めていく作業となった。

 時にはダクトの外から迷宮の部屋を覗き込み、配置を確認する。部屋の天井、通路の壁にマーキングしながら、アルタイルのいるスマホに簡易マップを作る。

 

 いいねぇ、この調子でどんどん埋めていこう。

 

 長い通路や短い傾斜。魔物の通り道にトラップの備品補充エリヤなど、通常ルートでは絶対に出会えないような場所もメモる。

 中々、この迷宮の装備が充実してるわけだ。この場所だけ生成魔法で罠の生成がされていた。

 

 流石に止めたら俺らの潜入がバレるので続けて探索する。

 

 

 そのまま探索して、マーキングして、メモして──

 

 タッタッタ……

 

 同じ道を通って、今度は違う分岐ルートに行って、同じようにメモして──

 

 

 タッタッタ…………

 

 

 念の為同じルートをもう一度通って、今度は見逃していない道を確認しつつじっくり通って──

 

 

 

 タッタッタッタッタ…………

 

 

 

「ゼェ、ゼェ……クオン、さん……もうゴールの位置って見つけましたよね?」

「あぁ、てかもう通り過ぎたぞ?序盤で見つけられてよかったな」

「なら……なんで!まだ、探索し続けてるんですか!です!」

 

 ん?そうか、そういえばネアはこういうイベントは初めてだったか。

 そりゃあ、迷宮の醍醐味を俺らが見逃すわけにはいかないだろ?しかも今回の挑戦は何千年も前からある「ライセン大迷宮」だぜ?

 

 

 やってみたくなるよなぁ……完全攻略。

 

 

「いや、仮にも迷宮だぞ?もしかして全ルート解放したら特別ステージに連れて行ってくれるかもしれないし──」

『当時の解放者にそのような洒落を入れるとは思えないのがな……』

「それに、このマッピングの結果を見ろよ……中々、芸術的な形だぜ?立方体に見える迷宮だが、その実、八面体が中にすっぽり入ったような通路で──」

「〜〜〜〜〜〜っ」

『ネア、ノックダウンは悪手だぞ……君が遅れをとると彷徨う羽目になる』

 

 ネアの目がグルグルし始めたがさすがアルタイル。ピシャリと言葉をかけることで彼女の目を覚ます。

 

 こういう時の彼女の言葉はいい薬になるからな。俺も徹夜でダウンしかけた時は助けられたもんだ……

 

 3度のエナドリより姫の一声。これ、新しいことわざに入れてもいいレベルだ。

 

「はっ、私は一体……じゃないです、クオンさん!このままじゃあ南雲さんやシア姉さんに置いていかれますです!」

『というか、既に5日はここに居座っているぞ……幾ら大迷宮であれ、余も彼らと合流をお勧めするがね』

 

 ネアはともかく、アルタイルにまで言われるとは……てか、いつの間にかそんなに時間が経ってたのか。

 俺らも探索に時間をかけすぎたみたいだ。スマホに書かれた地図を見るとかなりの対策となっている。

 

 至る所に張り巡らされた通路。だがよくみてみると、中枢部屋を中心に綺麗で神配置な構造を作っている。

 最早この迷宮を作成した製作者には脱帽しかない。この不規則に見えた迷路は実はとても綺麗な形で保っていたのだ。

 

 そんな迷宮はしかしまだ8割。あと少しで完全体の姿が拝められる。

 しかし告げられるタイムリミット。確かに3人の安否は心配だ。どうする……ここが一大事なところだぞ……

 

「……親友とマッピング……今、俺は究極の選択を迫られている……!」

「そこまでですか!?アルタイルさん、この人絶対におかしいですよ!」

『やっと知ったか……まぁ、彼の集中力……この場合は執着か?それがなければ森羅万象(ホロプシコン)の理解もできなかっただろうからな』

「ここを出れば、恐らくボス戦……しかもよくあるルナティックモードのもう戻れない系のパターン……そして空白が残された地図!」

 

 そこから求められる俺の行動は──

 

 ピコン!!

 

「すまん、ハジメ。お前もきっと理解して──」

「待ってくださーい!!絶対に南雲さんは直ぐにでも来て欲しいと思いますから!」

『……いや、あの者も久遠と似た趣味は持っているからな。よく2人揃って徹夜して素材集めを……』

「アルタイルさんはどっちの味方なんですか!?」

 

 ギャーギャー叫ぶネアは置いておいて、俺は次のルートを考えていた。メインのところはもう攻略しきったから、残りは細いルートだな。

 

 それじゃあ、最初はこの通路をもう一度──

 

「クオンさん……私、早くシア姉さんと再会して、謝らなければならないです」

「ん?あぁ……なるほど、そういやまだ秘密にしてるんだったな」

「はい……」

 

 急にネアに呼び止められたが、思い出した。そう言えばまだ彼女は秘密にしていたのだ。

 

 自身の行動で一族を追い込んだ罪……それを1番責任感じているのは現状、シアのはずだ。自分という魔力持ちがいなければこの問題にはならなかっただろうし……

 

 だからこそだろう。ネアのシアに対する違和感の数々はシアへの罪悪感だった。

 

 それを彼女は今度こそ正直に謝らなければならない。

 

「クオンさんに言われた通り、私のやるべきことは決まりました……でも、シア姉さんだけにはどうしても謝らないといけないです。この先も一緒に旅をしていく上で、尚更……」

 

 その顔からして、シアのことを思い出しているのだろう。本当の姉に思えた存在を裏切ってしまった自分。

 

 そのことに今は向き合わなければいけない。そのために会ってちゃんと謝らなければいけない。

 

 ……あいつなら笑顔で大丈夫ですよーってネアをハグしそうだけどなぁ。ってか、本当に気にしているかすら怪しい。

 

「てか、あのハウリアはこうなった原因すら忘れてそうだもんなぁ」

『今では青春真っ定中の恋愛兎人族だからな』

 

 ハジメへの猛烈なアタックと、めげないスタンスは唯我独尊のあいつらに着いていくくらいだからな。

 ……それでも、どこかで一族への責任を感じているのも事実なはず。ネアもそれを理解しての言葉だ。

 

 ……仲間の言葉とあれば、流石に無理強いはできないな。

 

「ふむ……了解した」

「ありがとうございます……では──」

「あぁ、ひょいっと」

「ふぇ?」

 

 彼女の腰に手を伸ばし、低姿勢でダッシュの構え。俗にいう、配達員さんの構えだ。小柄なネアが故に可能なこの運び方。

 変な声を出す彼女はさておき、急いで俺は出発した。向かうのはまだ探索しきっていない通路。

 

「直ぐに終わらせてやる、マッピングをな!」

「何でそうなるですかぁ!!!」

 

 手元からの絶叫。おっ、だいぶ感情を表に出すようになったじゃん。

 信じられないような顔でネア俺に叫び続けている。

 

「私、結構真剣な理由話しましたよね!?シア姉さんに早く会いたいって!それなのに無視ですか!?メンタルどうなってるんですか!?」

「ん?もちろんお前の話は心に響いた……だからこの際仕方がないが、超速攻でこの通路の地図を完成させるって」

「地図より優先することあるでしょうですぅ!!」

 

 んー?でも、俺は言ったはずだ。ここは多分、ボス部屋に行き着いたら戻れなくなってしまう。

 

 そのままにできるか?この美しい迷路を、未完成のまま旅を終わらせてしまうのか?

 

 否……否!否!否ぁ!!

 

 全てをコンプリートし、最高のコンディションでボス戦へ挑む、それが真の探索者である!

 

 だからこそ、ネアのご期待に応えて最速で終わらせよう。ここからはタイムアタックも兼ねての挑戦だ!

 

『ネア、残念だがこれが落とし所だろう……寧ろ催促できただけ上出来だ』

「……本当はもう少しじっくりやりたいんだけどなぁ……背に腹は変えられん、みんなとの合流を優先するためにダッシュするぜぇ!」

 

 諦めたようなアルタイルの声を無視して俺は走り続けた。さて、先ずはここのルートから行ってみよう!

 

「うぅぅぅぅ、クオンさんの、ばかぁぁぁぁぁ!!!」

 

 狭い通路にネアが今までで1番響き渡った。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 そして、その後……アルタイルが言うには10時間後。狭い通路に何故か大きな四角い空洞がある。

 

 もちろん、ここはマッピングしている。そしてどのような場所かも分かっている。

 ここがボス部屋のひとつ前の部屋だ。ここから通れば正式にボス戦へと移れるだろう。

 

 ってことで、ジャーンプ!これくらいの高さならダメージは少ないだろう。

 次いでに着地ポーズを決めつつ〜

 

「と────う・ちゃく!!」

「うごはぁ!」

 

 地面に──……いや、人の上に着地成功した。何かうめき声のような音も聞こえたが、今はヒーロー着地の余韻に浸る時間だ。

 

 決まった。私が、アイ○ンマンだ

 

「っ!?ハジメ!……イチノセ!」

「イチノセさん!無事だったんですね!?」

 

 と、背後から聞き覚えのある声が。振り返るとそこには少し怒ってるユエさんと驚いているシアがいた。

 

 よかった、2人も無事なようだな。迷宮で長い間離れていたから流石に心配だった。

 ……まぁ、マッピングは譲れないけどな。

 

「……おい、早く俺から降りろ……出なければケツにオルガンブッ刺すぞ」

「ん?うおっと、すまん。ハジメも無事で何よりだ」

「この状況でよく言えるな、あん?」

 

 そして俺の下敷きになったハジメも同じく無事のようだ。立ち上がりながら恐ろしい殺気を俺に向けているが、これはよくあるグリーティングみたいなものだろう。

 

 威圧も社交辞令の世の中だぜ。

 

 と、シアが今度はキョロキョロと辺りを見渡した。きっと彼女のことを探しているのだろう。

 

「えっとイチノセさん?ネアちゃんはどこに行ったんです?まさか、トラップに──」

「いやいや、心配ない、あいつなら今頃──」

「────────ぁぁぁ」

「「「ん?」」」

 

 3人同時に声のする方向へ見上げる。そこには何も見えない暗闇から大きくなってくる叫び声が聞こえてきた。

 

 そろそろ到着するかな?流石に耐久はまだ高くないから……落ちてくる彼女の体をキャッチし、回転しながら勢いを殺す。

 

「ぁぁぁぁあああ!!っ……はぁ、はぁ……死ぬかと思ったです……」

『今の落下に気絶しないか……精神の方は順調だな』

「お褒め預かり光栄ですぅ……全然嬉しくないですけど」

 

 いや、アルタイルから評価されているだけでも十分すごいんだぜ?実際、ここまで十メートルくらいはあるし

 抱き抱えられたネアはため息をつきながら俺の方を見た。睨みつけるって言い方の方が正しいか?

 

 精一杯のジト目が俺に突き刺さる。

 

「クオンさん、私だけすっぽかして先に行くのはどうかと思うです……こんなに伸ばして置いて……」

「いやぁ、悪い……ついついノリノリになっちゃったからな。あーいうの俺大好きなんだよ」

 

 ……今になって思い返してみれば少しアホすぎたかもしれないけど。まぁ、ちょうどいいタイミングでハジメたちと合流できたからよしとするか。

 

 すると、ハジメらがキョトンと俺ら2人を見ていた。何だよ、何かあるなら言えよ。

 

「ん?3人共々どうかしたか?」

「ん……何というか……仲良くなった?」

「ですです!というかネアちゃん、何か変わりすぎじゃないですぅ!?キャラも戻ったような……?」

「ってか、お前……こいつに一体何やった。この反応はまるで──」

「あー、何があったかは一から話すから……取り敢えず──」

 

 説明やら、謝罪やら、色々話すことはあるが先ずはみんなのところに戻れたことを噛み締めたい。

 

 俺らも顔を見合わせてみんなに応えたのだった。やっと戻ってこれたしな。

 

「「『皆、ただいま!』」」




ちょいと補足…

一之瀬久遠
→迷宮などは全クリのスタンス。早く効率的に、よりかはじっくり確実に行くタイプ。特にダンジョン系は全クリまで隈なく探索し続け、攻略本も使わないガチっぷり。ここまでくると面倒臭いレベルだとスマホの彼女からは呆れられている。彼の執着癖は他にも色々な面でも出てくるので、乞うご期待。

ネア・ハウリア
→今回の騒動で久遠への認識がだいぶ変わった。ただの「変態不審者さん」ではなくなり、「普通にやべー恩人」へ。いつの間にか久遠への敬称が「イチノセさん」から「クオンさん」へと変化しており、親密度の変化も現れている。尚、この変化に久遠は気付いておらず(主人公)、アルタイルは別に気にすることもないため黙認している。

めっちゃ久しぶりにギャグだけ考えて書いた気がする…迷宮の醍醐味って全クリですよね!実は隠し部屋があったとか、このルート忘れてたとか、あるあるだと思います。

さて、次回からはついにあのウゼー解放者が登場するぞ!


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第二十七話 ペースメーカー

だいぶ長くなったなぁ…戦闘シーンは前後編に分かれます。


「なるほど……色々突っ込みたいところはあるんだが、とりあえず理解した。あいつがシアと真剣な話をしているのも納得だ」

「そういうことだ……まぁなんだ、シアの戦闘の支障にはならないと信じてる。ネアもそこのところ良く言っておいたし」

 

 俺とハジメは迷宮の入り口前でこれまでにあったことを共有していた。隣にはユエさんもいる。

 

 そして少し離れたところにシアとネアが話をしていた。ネアが頭を下げて何か言っており、今までのことを誤っているのだろう。

 一方のシアは慌てるや否や、ネアのことを暖かく抱きしめて何か伝えている。この調子だと仲がこじれる心配なないようだ。

 

 たとえ血が繋がっていなくても彼女らは「家族」だろう。互いに成長していく姿……実に尊い。

 

「おい、何勝手に感傷に浸ってんだ。お前の寄り道を許すだとは一言も言ってねぇ」

「ん……私たち心配してたよ?ずっと3人に会えなかったから」

「それは……でもハジメ、迷宮の完全攻略を放ったらかす時のもどかしさは分かるだろ?あの、何か痒いところに手が届かなくてムズムズする感覚!」

「…………っ」

『南雲殿、この愚者の口車に懐柔させられるな。もう少し何か言ってやれ』

 

 フッ、やっぱりこいつもゲーマーの血が流れていらぁ……やっぱり完全攻略はマストである。ユエさんとアルタイルのジト目がこれでもかと突き刺さるが華麗に躱す。

 

 すると、2人の足音が聞こえてきた。どうやら話し合いは終わったようだ。

 シアは……あぁ、やっぱり問題ないようだ。俺と目が合うとキザなウインクまでかましていくくらい元気。

 

 本当にネアのことは気にしていない……じゃなくて、受け入れた上で許したんだな。やっぱり彼女は妹思いのいい姉じゃん。

 

 それじゃあ、俺はネアの方に話を聞くことにするか。

 

「お疲れ……それでシアとの関係は問題ないか?」

「はい……逆に、感謝されちゃいまいした。悲しいこと以上に、嬉しいことがやってきましたって……」

「『あー』」

 

 2人揃ってハジメたちのところに移すと、シアと仲慎ましい様子が見られた。

 この出来事は果たしてハウリアにとって良かったのか……倫理とか問うたらアウトなんだろう。でも、現に幸せそうにしているシアや、魔改造された愉快なハウリア達を見ていると、良かったと思えるのかもしれない。

 

 だから、ネアはそういった過度な重みは背負わず、なすべきことを成せばいい。

 

「お前も強くなろうぜ?そして普通にいつも通りの日常を過ごせばいい」

「……まだ、受け入れられないです……けど、頑張ります」

 

 うん、それでいいんだよ。少しでも笑顔になっているお前を俺はこれからも協力してやるから。仲間は絶対に守ると今一度決心したのだった。

 

 その後、ハジメからネアや俺へ追加の武器+「やっぱり無しには出来ねぇ」の拳を頂き、全員万全の状態でボス部屋へと入った。腹パン、イッタ〜…

 

 中は大きな空間となっていて、今までで1番だな。天井も高く、壁一面にはゴーレムが設置されている。

 ハジメが言うにはこいつらには核となる心臓がない。誰かによって操られているのだとか。

 

 ってなると、ここはボスが絶対にいるってわけで──

 

『久遠!』

「っ!!」

「逃げてぇ!」

 

 アルタイルの警告。反射的に俺はネアを抱えて前に駆け出した。隣にはシアが2人を奥へ押し込んでいる。

 

 直後──

 

 ズゥガガガン!

 

 俺らのいた所へ隕石のような爆音がした。振り向けばそこには赤熱化した何かが落下しており、床もろとも破壊して突き抜けたのだ。

 

 あっぶねぇ……初見殺しもいい所だ。あんなの魔力のないこの状況で受けたら1発で死ぬぞ。

 

「サンキュ、アルタイル」

「アルタイルさん、久遠さん、ありがとうございますです」

『礼の言葉はあれを倒した後だな』

「っ……」

 

 彼女の言葉で正面を向いたら、そこにボスがいた。

 

 宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手は赤熱化したヒートナックル、左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

 これが……ボスかぁ、まぁ迷宮ではど定番だけどデカすぎるだろ……

 そしてゴーレムの出現と同時に、壁に配置されていた子分達も俺らを囲むように飛来した。剣を構えて静止する……王の前で敬礼する騎士かのように。

 

 これがまともに戦うボス戦か。気を引き締めていかないと……死ぬな。

 

 さぁ、ゲームの始まりだ。

 

 

 

 

「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

 

 

 ……ん?

 

 

 

 凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムから、やたらと軽い挨拶をされた。しかも内容が……あぁ、なんか自意識過剰系だな。

 

 一瞬で察せた。このボス、多分迷宮の主で……絶対にウザいタイプだ。

 

 その謎テンションで硬直する俺らに、巨体ゴーレムは不機嫌そうな声を出した。声質は女性のものだ。

 

「あのねぇ~、挨拶したんだから何か返そうよ。最低限の礼儀だよ? 全く、これだから最近の若者は……もっと常識的になりたまえよ」

「えっ、お前知らないのか?今の時代会釈とかで済ましてるんだぜ?最低限を下回って、ゼロ反応が主流になってきている」

「えっ!何それ外の世界そんなに変わってるの!?」

 

 もちろん、嘘である。地球は百歩譲っても、トータスの世界ではそんな文化全く浸透していない。でも意外に信じているあたりこいつ迷宮から全然出てないな?

 

「いや、嘘だが?丁度今考えた、引きこもりが地味に信じそうなジョークだが?いやぁ、まんまと引っかかってくれるもんだねぇ〜」

「ムッかァ!それ結構刺さるからやめたまえよ〜!超絶プリティなミレディちゃんでも泣いちゃうぞ!女の子を泣かせるなんてイケナイ子だぞ!」

「お前涙腺機能ねぇだろ」

 

 シクシクと鳴き真似する……ってかよくもまぁその巨体で細かい芸当できるな!

 あー、いるよなぁ。こんな感じで相手にペースを持っていかれるタイプのボス。現にネア、シア、ユエさんなんかは分かりやすく”?”を浮かべている。

 

「……まぁ、冗談はこんなところにして……俺らはお前の迷宮で神代魔法を手に入れる為に来たんだが……お前本来死んでる筈だよな?」

「ん~? ミレディさんは初めからゴーレムさんですよぉ~何を持って人間だなんて……」

 

 誤魔化そうとしているが、俺らは知っている。オルクスで見つけたオスカー・オルクスの日記……そこにしっかりと彼女の名前も載っていたからな。

 

 そのことを同じく理解しているハジメが今度は答えた。

 

「オスカーの手記にお前のことも少し書いてあった。きちんと人間の女として出てきてたぞ? というか阿呆な問答をする気はない。どうせ立ち塞がる気なんだろうから、やることは変わらん。お前をスクラップにして先に進む。だから、その前にガタガタ騒いでないで、吐くもん吐け」

「お、おおう。久しぶりの会話に内心、狂喜乱舞している私に何たる言い様。っていうかオスカーって言った? もしかして、オーちゃんの迷宮の攻略者?」

「ああ、オスカー・オルクスの迷宮なら攻略した。というか質問しているのはこちらだ。答える気がないなら、戦闘に入るぞ? 別にどうしても知りたい事ってわけじゃない。俺達の目的は神代魔法だけだからな」

 

 ……「神代魔法」の言葉に彼女の雰囲気が変わった。先ほどのふざけた態度とは一変、特有の威圧が俺らに降り注ぐ。

 

「……神代魔法ねぇ、それってやっぱり、神殺しのためかな? あのクソ野郎共を滅殺してくれるのかな? オーちゃんの迷宮攻略者なら事情は理解してるよね?」

「質問しているのはこちらだと言ったはずだ。答えて欲しけりゃ、先にこちらの質問に答えろ」

「こいつぅ~ホントに偉そうだなぁ~、隣の子の爪の垢を煎じて飲みたまえー」

 

 偉そうなのはお前も同じ……ってか、お前みたいなやつに敬語なんか使ってやるか……

 

 ……隣の義手の彼の心の中を代弁しました。

 

「知りたいならぁ~、その前に今度はこっちの質問に答えなよ」

 

 最後の言葉だけ、いきなり声音が変わった。今までの軽薄な雰囲気がなりを潜め真剣さを帯びる。内心驚いているが表情には出さずにハジメが問い返す。

 

「なんだ?」

「目的は何? 何のために神代魔法を求める?」

 

 至ってシンプルな問いだが、そこには彼女が生きた今までんお時間に対する重みが感じられる。

 あんまりふざけた回答はできないようだ。

 

「俺の目的は故郷に帰ることだ。お前等のいう狂った神とやらに無理やりこの世界に連れてこられたんでな。世界を超えて転移できる神代魔法を探している……お前等の代わりに神の討伐を目的としているわけじゃない。この世界のために命を賭けるつもりは毛頭ない」

「あぁ、右に同じく……別にトータスを潰すだとか、神の味方するとかは考えていないぞ。あんまりあんたらの迷惑にはならないと思うが、そこのところどうなんだ?」

「……」

 

 一体何を考えているのか……ゴーレム故に考えは読み取れないが、間違いなく試している。俺らが神代魔法を取得するに値する人物かどうか。

 

 そして何かに納得したように「そっか」と呟いた。俺らの答えは取り敢えず聞き入れてもらえたみたいだ。

 

 でも、直後に雰囲気も戻る。

 

「ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~よし、ならば戦争だ!見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

「脈絡なさすぎて意味不明なんだが……何が『ならば』何だよ。っていうか話し聞いてたか? お前の神代魔法が転移系でないなら意味ないんだけど? それとも転移系なのか?」

 

 ミレディは、「んふふ~」と嫌らしい笑い声を上げると、「それはね……」と物凄く勿体付けた雰囲気で返答を先延ばす。

 

 こいつ……ファイナルアンサーした相手に答えを告げるみの○んたじゃないか!知っているのか!?

 

「教えてあ~げない!」

「死ね」

「うおっ!いきなりかよ!?」

 

 ハジメが問答無用にオルカンからロケット弾をぶっぱなした。いつの間に出現させたんだよ……

 火花の尾を引く破壊の嵐が真っ直ぐにミレディ・ゴーレムへと突き進み直撃する。

 

 ズガァアアアン!!

 

 凄絶な爆音が空間全体を振動させながら響き渡る。もうもうとたつ爆煙。ふ〜、相変わらずの威力だこった。

 

 ハジメの持つパワーに特化した武器の一つだな。これで簡単に沈んでくれて欲しいが……

 

「やりましたか!?」

「待て何故それを言った!?」

『シア、それはフラグというのだが……』

 

 シアが先手必勝ですぅ! と喜色を浮かべたが、発言が完全にアウトだ。

 その証拠に、煙の中から赤熱化した右手がボバッと音を立てながら現れると横薙ぎに振るわれ煙が吹き散らされる。

 

 煙の晴れた奥からは、両腕の前腕部の一部を砕かれながらも大して堪えた様子のないミレディ・ゴーレムが現れた。ミレディは、近くを通ったブロックを引き寄せると、それを砕きそのまま欠けた両腕の材料にして再構成する。

 

 磁石のようにパーツがゴーレムの身体に戻る……面倒な再生能力だな?

 

「ふふ、先制攻撃とはやってくれるねぇ~、さぁ、もしかしたら私の神代魔法が君のお目当てのものかもしれないよぉ~、私は強いけどぉ~、死なないように頑張ってねぇ~」

 

 そう楽しそうに笑って、ミレディ・ゴーレムは左腕のフレイル型モーニングスターを射出した。言葉とは裏腹に、とんでもない武器を持っているようで〜。

 

「早いな……予備動作もなしかよ」

『重力魔法の応用か……恐らく武器に重力を一つの方向へ欠けているぞ』

 

 とりあえず俺らは、近くの浮遊ブロックへ散開してモーニングスターを躱す。モーニングスターは、その内のハジメ達がいたブロックを木っ端微塵に破壊しそのまま宙を泳ぐように旋回しつつ、ミレディ・ゴーレムの手元に戻った。

 

 周りの瓦礫はミレディのゴーレムの回復へと使われる……なるほど、リサイクル機能もあるんだな?結局、ボスを倒さないといけないわけだ!

 

「ネア、ハジメに渡された武器を抱えたまま俺に捕まれチャンスが来たらそれをぶっ放せよ」

「っ!はいです」

 

 ネアに俺の首へ腕をかけさせる。これなら1人分断されずに済む。まぁ、俺の負担も大きくなるけど。

 

「やるぞ!ミレディを破壊する!」

「んっ!」

「了解ですぅ!」

 

 ハジメの掛け声と共に、七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮最後の戦いが始った。

 

 同時に、大剣を掲げたまま待機状態だったゴーレム騎士達が、ハジメの掛け声を合図にしたかのように一斉に動き出した。その数は50体ほど。

 

 頭を俺らに向けて一気に突っ込んでくる。なるほど、これがハジメの言っていた攻撃パターンか!

 

 突進してくるゴーレムに開始早々、リニューアルをぶっ放した。強烈なサマーソルトで振動伝播だ。

 

 クオン・リニューアル──踵上げ打

 

 ゴーレムの身体に振動が行き渡り大破した。だが、このままだといずれ再生するだろうな。

 

「あはは、やるねぇ~、でも総数50体の無限に再生する騎士達と私、果たして同時に捌けるかなぁ~」

『戦闘中の減らず口……まるでお前のようだな』

「お前こそ戦闘中にディスるなっつーの」

 

 相変わらずの口調でミレディが再度、モーニングスターを射出した。今度は回転して横から俺らを襲ってきた。俺やシアはその場で他の瓦礫へ翔び立つ。

 

 一方のハジメは、その場を動かずにドンナーをモーニングスターに向けて連射した。

 

 ドパァァンッ!

 

 銃声は一発。されど放たれた弾丸はなんと六発だ。お得意の早打ちで発された弾はモーニングスターに直撃する。幾ら鉄球とはいえ、あれだけの攻撃を受ければ起動はそれる。

 

 同時に、上方のブロックに跳躍していたシアがミレディの頭上を取り、飛び降りながらドリュッケンを打ち下ろした。

 

「見え透いてるよぉ~」

 

 そんな言葉と共に、ミレディ・ゴーレムは急激な勢いで横へ移動する。

 物理法則なんて無視した動き、気持ち悪いなぁ……

 

「くぅ、このっ!」

 

 当然、予想外の方向へ目測を狂わされたシアは、歯噛みしながら手元の引き金を引きドリュッケンの打撃面を爆発させる。なるほど、爆発移動ってやつか!

 薬莢が排出されるのを横目に、その反動で軌道を修正。三回転しながら、遠心力もたっぷり乗せた一撃をミレディ・ゴーレムに叩き込んだ。

 

 ズゥガガン!!

 

 咄嗟に左腕でガードするミレディ。凄まじい衝突音と共に左腕が大きくひしゃげる。だが、腕はその破壊にもかかわらずシアを吹き飛ばした。

 

「きゃぁああ!!」

「シア姉さん!」

 

 悲鳴を上げながらぶっ飛ぶシア。背中のネアが思わず叫ぶが、何とか空中でドリュッケンの引き金を引き爆発力で体勢を整えて、更に反動を利用して近くのブロックに不時着した。

 

 ……もしかして、あいつこの迷宮で体幹が恐ろしく鍛えられていないか?

 

「……シア姉さん、凄く強くなってないです?」

『十中八九、ユエとの訓練だろう。あれは彼女が生き残れるように特化したものだからな』

「正直、あいつの進化を見てると俺らの感覚がバグってきたな」

 

 さっきの爆発移動しかり、受け身しかり……先頭における条件反射と判断能力がずば抜けている。普通はあんなに成長しないはずなんだが……

 

 案外、戦力で置いていかれるのは俺らかもしれない。

 

 一方のハジメは、〝宝物庫〟からガトリング砲メツェライを取り出す。そして毎分12000発の死を撒き散らす化物を解き放った。

 

 ドゥルルルルル!!

 

 六砲身のバレルが回転しながら掃射を開始する。独特な射撃音を響かせながら、真っ直ぐに伸びる数多の閃光は、縦横無尽に空間を舐め尽くし、宙にある敵の尽くをスクラップに変えて底面へと叩き落としていった。

 例えその猛攻から逃れても、ユエさんの水のレーザーにより、やはり尽く両断されていく。殲滅力は流石だな。

 

 俺?いや、マスケット銃を出すのに魔力が圧倒的に足りないのだが?ユエさんの用に水筒は無いし。

 

 2人によって瞬く間に四十体以上のゴーレム騎士達が無残な姿を晒しながら空間の底面へと墜落した。

 少ししたら復活するのだろうが、親玉であるミレディ・ゴーレムを破壊する時間は充分稼げた。

 

「ちょっ、なにそれぇ!そんなの見たことも聞いたこともないんですけどぉ!」

 

 ミレディ・ゴーレムの驚愕の叫びを聞き流し、メツェライを宝物庫にしまいながら、再びドンナーを抜きながら、声を張り上げた。

 

「ミレディの核は、心臓と同じ位置だ!あれを破壊するぞ!」

「んなっ!何で、わかったのぉ!」

 

 再度、驚愕の声をあげるミレディ。まさか、ハジメが魔力そのものを見通す魔眼をもっているとは思いもしないのだろう。

 

 ゴーレムを倒すセオリーである核の位置が判明した事だし、このまま畳み掛けるとするか。俺は瓦礫に足を踏み込み、助走をつけ始めた。ここで一旦突破口となろうか!

 

「ネア、しっかりと捕まってな!」

「へ?ちょっ!!」

 

 跳躍、一気にミレディとの距離を縮める。狙うのはあいつの右腕……モーニングスターを壊すくらいなら、その持ち手ごとぶち壊してやる。

 

 塗油薬による最大加速での一撃、喰らえや。

 

「フン!ぶっ壊れろ!」

 

 クオン・リニューアル──踵落とし爆

 

 轟音と共にミレディの手に叩き込む。その威力はハジメのオルガンに劣らないパワーだ。打撃地点を中心に亀裂が字入り、ものの数秒で完璧に壊れていった。

 

「っしゃあ、右腕打ち取ったりぃ!」

「んなぁ!!パワーどうなってるのさ!?」

 

 そのまま彼女の腕に着地する。ネアがなんか目を回しているが、多分俺の踵落としで回転も入れちゃったからなぁ……

 

 だが、周囲を飛び交うゴーレム騎士も今は十体程度。このまま波状攻撃をかけて、ミレディの心臓に一撃を入れるのだ。背後からはハジメがレールガンを携えて接近している。今度はゼロ距離射撃でコアまで攻撃を届けるつもりだ。

 

 だが、そう甘くはなかった。上空から何かが見えてくる。

 

「ハジメ、上だ!」

「うおっ!……チィっ!!」

 

 ミレディ・ゴーレムの目が一瞬光ったかと思うと、彼女の頭上の浮遊ブロックが猛烈な勢いで宙を移動するハジメへと迫った。

 

 あの天井も動くのかよ!?……いや、今考えればこの部屋全体は彼女が最も戦いやすい状態のはずだ。

 つまりは彼女の重力でここにある瓦礫や床も動くってことかよ……

 

「悪趣味なステージだこった。ボス接待はどこの世界でもイラつくな!」

「あんまり言ってることはわからないけどぉ〜、このくらいでへこたれてちゃあ君たちにはあげられないよぉ」

 

 ミレディはそう言いながら、右腕を振り払って俺を場外に吹き飛ばした。流石にあそこには長くいられなかったし、大人しく他の瓦礫に到着する。

 

 するとゴーレムの背後から迫っていたシアが、強烈な一撃をミレディ・ゴーレムの頭部に叩き込もうと跳躍する。

 

 事あるごとに怪しげな光を放つ目を頭部ごと潰そうという腹か。

 

 ミレディ・ゴーレムは、シアの接近に気がついていたのか跳躍中のシアを狙ってゴーレム騎士達を突撃させた。宙にあって無防備なシア。

 

「……させない」

 

 だが、これまたいつの間にか移動していたユエさんが、〝破断〟によりシアを襲おうとしているゴーレム騎士達を細切れにしていく。

 

「流石、ユエさんです!」

 

 そんなことを叫びながら、障害がいなくなった宙を進み、シアは極限まで強化した身体能力を以て大上段の一撃を繰り出した。これなら──

 

 だが、アルタイルが何かに気づいたか警告した。

 

『いや、あの攻撃でも足りないぞ』

「パワーでゴーレムが負けるわけないよぉ~」

 

 ……そりゃあそうか。相手は仮にも巨大ゴーレムだったな。巨体に備わっているパワーと耐久は舐めちゃいけないんだった。

 

 その証拠に、ミレディ振り返りながら燃え盛る右手をシアに目掛けて真っ直ぐに振るった。

 

 ドォガガガン!!

 

 シアのドリュッケンとミレディ・ゴーレムのヒートナックルが凄まじい轟音を響かせながら衝突する。発生した衝撃波が周囲を浮遊していたブロックのいくつかを放射状に吹き飛ばした。

 

 衝撃に俺やユエさんも距離を取る。彼女はシアの近くに、俺はミレディの頭上に、だ。

 

「こぉののの!」

 

 突破できないミレディ・ゴーレムの拳に、シアは雄叫びを上げて力を込める。しかし、ゴーレムの膂力にはやはり敵わず、振り切られた拳に吹き飛ばされた。

 

「きゃああ!!」

 

 悲鳴を上げるシア……だが予想していたようにユエさんが横合いから飛び出しシアを抱きとめ、一瞬の〝来翔〟で軌道を修正しながら、眼下の浮遊ブロックに着地した。

 

「中々のコンビネーションだねぇ~」

「だろ?もっと褒めろよゴーレム」

 

 余裕の声で、自分を見上げるユエとシアを見下ろすミレディ・ゴーレム。彼女の視界には一体どれくらいのものが写ってるだろうな?

 

 何せお前の目ん玉に対物ライフルが構えられているのだから。ゴーレムの突起にぶら下がりながら現れた俺に彼女は反応したが、遅い。

 

「はぁ!?ちょっ──」

「ネア、ファイヤー!!」

「射っですぅ!」

 

 バァァン!!

 

 ゴーレムの頭……その中で防御力の低い両目をネアのライフルがぶっ放した。ハジメが作成していた対物ライフルは、今回彼女に持たされていた。

 

 対物ライフルの持つ攻撃力は魔力なしの、完全に錬成技術のみに頼って極めた逸品だ。範囲は小さいものの、その威力は俺のマ○さん列車砲に負けない衝撃を持つ。

 

 彼女の1射は確かにミレディの眼光へ突き放たれた。ネアはハジメがオルカンをぶっ放すところを見ていた。そこで射撃の雰囲気は理解していたが……

 

 中々、上等じゃあねぇか!とても初めて武器を扱うものには見えねぇぜ!

 

 だが、反動は彼女1人では持ち堪えられない。ってことで俺も一緒に跳んで威力を殺していく。去り際に一言添えてやった。

 

「次の一撃へい、お待ち!!」

「おう、これでっ!!」

「!?」

 

 視界を満足につかえないであろうミレディの懐には心臓部に巨大な兵器:シュラーゲンを突き付けているハジメが其処にいた。

 そのままシュラーゲンから紅いスパークが迸る。ゼロ距離でぶっ放せ!!

 

 ドォガン!!!

 

 ミレディの驚愕の言葉はシュラーゲンの発する轟音に遮られた。ゼロ距離で放たれた殺意の塊は、ミレディ・ゴーレムを吹き飛ばすと共に胸部の装甲を木っ端微塵に破壊した。

 

 シュラーゲンの威力は最大為ではないものの、ゼロ距離なら無事なわけない……ないんでけどなぁ。

 

 俺とハジメはそれぞれの方法で着地する。俺は上手く攻撃できたネアを労わりながらハジメの元へ駆け寄った。あいつの側にユエさんとシアも到着している。

 

 あのボスの結末を見守りながらしかし、ハジメは苦い教場でアルタイルに質問してきた。

 

「アルタイルさん……あのデカブツ、まさか仕込んでんのか?」

『……君の武器はオスカー・オルクスの洞窟から生成しているのだろう?となれば──』

「そうそう、アザンチウムのことも知ってるよねぇ〜」

 

 そこには、全くの無傷のゴーレムが立っていた。どんだけ頑丈なんだよ、このボス。

 だがそれもそのはず、アザンチウム鉱石はこの世界に存在する最も高い高度を持つ鉱石だ。

 

 俺もオルクスの洞窟でその凄さを体感している……リニューアル技でもアザンチウム板版を壊せなかったからな。

 あれはトータスの○ブラニウムと言っても過言じゃない。

 

 だが、オルクスで既に発見されていたのだ。錬成師が対抗策を考えていないわけないな?

 

「ハジメ、あれに対抗できる武器はあるんだろ?」

「まぁな……だが準備に幾らかの時間はかかる。他はあいつの足止めに専念してくれ」

「「「了解!」」」

 

 さすが、しっかりとプランはあるようだ。それに周りも俄然、気合が入る。打開策があるならばそれを実行するまでだ。

 

 が、それは相手の耳にも入っていたようで……ミレディは「えー」っと嫌がるように答えた。

 

「でもでも〜そろそろ終わりにしよっか……流石に多勢にミレディちゃん1人はちょっと面倒だからねぇ……」

「皆さん!避けてぇ!降ってきます!」

「あ?……っ!!おいおいおいおい……」

 

 天井から凄まじい音が鳴り響く。見上げれば天井からパラパラと破片が……じゃない。それだけじゃない!

 

 天井そのものが、バラバラになって落ち始めているのだ。俺たちの方に向かって。

 そうか……この部屋、ボスに有利な構造してるって言ったもんなぁ……だからこれもそのギミックの1つなんだ。

 

 背中をつたる汗がやけに感じる中、これをかました張本人はニヤけながら俺らに告げたのだった。

 

「ほらほらぁ、これくらい避けなきゃダメだよ〜?全部の天井を一斉に落とすくらいこのミレディちゃんにでもできるんだから……これくらい、生き残らなきゃね?」

 

 ……どうやら俺らの命運はこの攻撃を耐え凌げるかかかっているようだ。




ちょいと補足…

一之瀬久遠
→久しぶりにリニューアル技の登場。実はこの創作の遅延原因にもなった「リニューアル技」の定義がごちゃごちゃになっていましたが、ようやく整理が着きました。今までのリニューアル技名も幾つか変わっているかもしれません。また、今後の話でリニューアル技について詳しく解説する話も入れます。久遠のメイン武器なんだし、ここはしっかり描かないといけなかったのに雑にしてたツケが出てしまった…

ネア・ハウリア
→今回、ようやく戦えるくらいになったものの、久遠の判断で常に彼のそばで戦うことを条件に同行することになった。対物ライフルの使い方は持ち前の適応能力で1発完コピ。戦闘中故に久遠は気づいていないが、スマホの軍服少女はその適応の高さに少しばかり感心している。シアとの関係は良好…あとは可愛いシーンを出しまくるだけだ!

はい、いつもより長くなりましたね…おまけに久遠のリニューアルの再定義やら色々と忙しくなりました。でも取り敢えずは続けて書いていきます!

さぁさぁ、次回でミレディ戦、決着!!


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第二十八話 勝利はワンチームで

ついに決着します…あと、今回は複数の視点でお送りします。


 天井から乱雑に降り注ぐ瓦礫の雨。大小、大きさはバラバラだが全てがこの距離で落ちてくるとその衝撃は計り知れない。

 

 すなわち、巻き込まれたら死ぬ。

 

 ハジメの方を見る。直ぐにあいつは頷き、俺もやるべき事は決まった。ネアを片手で抱えて直様、この場所から離れた。

 

「わっ!?クオンさ──」

「絶対に離れるなよ!ここからは死と隣り合わせだ」

 

【超五感強化】を駆使して、上から降ってくる瓦礫に対面する。片目にハジメが瓦礫の上を飛び交う姿が映ったが、あいつらは空中で避けて生き延びるらしい。

 

 かという俺は……今更だがまともな飛行手段がない。ハジメのように【空歩】は取得しておらず、魔物に対する適性が足りていなかったか……それが途轍もないディスアドバンテージとなってるな。

 

 ってことで地上から対面するしかない。念の為、自前の最強レーダーに確認はするが──

 

「アルタイル、落下物の予測はできるか?」

『……無理だ。森羅万象があれば或いは……この量の対処は今の演算能力だけでは全く足りない』

「そっかぁ……そんじゃ、本気で生き残るしかねぇな!ネア、いつでも準備しておけ!」

「はいです、クオンさんからは離れません」

 

 そう言うわけで、ネアが俺の首に手をホールドするのを確認しつつ、戦闘に入った。

 基本は瓦礫の回避。小さな欠片は気にせず、大きな塊が来た場合はリニューアルで対応。どのタイミングで落下物が来るかは【超五感強化】でなんとか読み取る。

 

 瓦礫のスピードがとんでもないな。天井から10数メートルもあるのに加え、ミレディの重力魔法がその速度を上げまくっているのだ。

 

「リニューアル──」

 

 クオン・リニューアル──回転蹴り軌

 

 落下の予測地点に足を突き出し、瓦礫の重心部分にぶちかます。一撃で5メートルもある瓦礫がバラバラになるが、安心はできない。

 その上からも大量のパーツが降ってきているのだ。直ぐに次の技を繰り出す。

 

 クオン・リニューアル──踵上げ打

 

 クオン・リニューアル──前蹴り砕

 

 クオン・リニューアル──正拳突

 

 打つ、砕く、突く……あらゆる技巧を用いて効率的に瓦礫を壊す。なるべく俺らが生き残れるスペースを確保し、常に来る死の天井を対処する。

 

 このまま俺の脚が持ってくれれば良いんだが……幾らリニューアル技が強力とはいえ、ベヒモスの時みたいに脚がオシャカになったら今度こそまずい。

 

 少し回避回数も増やしながら、このまま……

 

 クオン・リニュ──

 

「んぐっ!」

『久遠!』

 

 何が……起きた?脳震盪のような……頭に直撃した何かで思わずバランスを崩してしまう。脚技も解除され、一気に無防備になる。

 

 横目に何が映ったか確認……瓦礫?俺の五感の範囲外から?

 

 ……違う、あの野郎!

 

 だが、気づけばかなり大きな塊が俺らの頭上まで来ていた。クソッタレ……何とか”踵落とし爆”で回避するしか──

 

「クオンさん、反動お願いします!」

「ネア!」

 

 だが、その一撃は俺らに届かなかった。ネアがライフルでぶっ放してくれたためだ。ゴーレムを怯ませるほどの一撃は瓦礫を真っ二つにする。

 

 もちろん、反動は大きく俺も含めて地上に転がる。だが何とか最悪は切り抜けられた。このままネアを掬い上げ、背中の位置に戻して再開する。

 

 にしても、厄介すぎるだろ…ミレディ・ライセン。

 

 あの野郎、一部の瓦礫をピンポイントで操作させている。確かにこれら数百に及ぶ瓦礫は一斉に「落とす」だけと、彼女にしては簡単なものだ。

 だから、そんな中で幾つか精密な動作をさせることも可能だ。例えば別の重力を横にかけて俺にぶつけたりすることとかな。

 

 頭に直撃した瓦礫はそうして俺に隙を作った。ネアがいなければもっと追い込まれていたな。だが、感謝するのは後……ってか、今は言葉を発する時間も深刻なタイムロスとなる。

 

 何とか体制は戻したものの、待っているのは更なる課題だ。俺は横にまで五感の意識を広げるが、当然上に対する反応もわずかに遅れる。

 そしてそれはこのリアルタイムでは死ぬほどきつい。コンマ数秒のズレで俺のリニューアルも完璧に対処するのが難しいし、対処できない場合もできてしまう。

 

 ……あぁ、ほら。こんな風に来られちゃあ──

 

「グッハっ…まだ……終われるかぁ!」

 

 完全に避けられず、何とか背中を後ろに回す。目の前に瓦礫が素通りし、俺の顔面や体に大きな傷が抉られた。

 因子再生…効率悪いし、そんなものに手を回している暇もない。頭の血を振り払って次の瓦礫に対処。

 

 今度は三つ一斉に俺の方に振ってきた。飛び回っているハジメに比べて俺の移動範囲が狭いことが、この集中砲火になってるのかよ……!

 

 しゃらくせぇ!リニューアル!!

 

 クオン・リニューアル──踵上げ打

 

 クオン・リニューアル──横蹴り刺

 

 クオン・リニューアル──回転蹴り軌

 

 

 ドガガガがガガ!!!

 

 

 抉る、削る、突破口を少しでも作り続ける。3連撃の負担は途轍もないが、今を少しでも長く生きるため、俺はそれを放った。

 だからこそ、そこには間違いなく隙が生じていた。俺の、技の後の硬直時間と着地地点に……

 

 もう3枚の瓦礫が落とされていた。

 

「ぐっ…まずい……!!」

「きゃっ!」

「『ネア!』」

 

 いち早く気づいたネアが対物ライフルをぶっ放して1枚削る。だが、その反動で俺の背中から落ちてしまった。

 急いで彼女のところへ行かないとまずい……が、残り2枚の瓦礫が無常にも俺らへ突っ込んできている。

 

 だめだ、間に合わねぇ……!

 

「そこで身を小さくしろ!なるべく他の瓦礫に気をつけ──んぐっ」

『久遠、残念だが崩落は続くぞ』

「クソッタレ!……ネア!生き残ることだけ考えろ!」

 

 結果その瓦礫は俺らを分断してしまった。でも間髪入れずに俺に振ってくる他の残骸に悪態をこぼすしかなかった。

 

 ネアなら……小柄な彼女なら運良く瓦礫の間で生き残れるかもしれない。でも、いつまで彼女が生きていられるかも分からない。

 

 時間はあっという間に過ぎていく。でもその間の落下物との攻防も激しさが収まることはない。俺も対処に精一杯だ。

 

 クソ……クソっ!ネアのところに早く向かわないと行けないのに!俺は立て続けに振ってくる瓦礫を壊して、何とか彼女を助けられる時間を確保しようとした。

 

 でも……あぁ、畜生…

 

「アルタイル、ネア、悪ぃ……」

『諦めたか?』

「いや、そのつもりは無いが事実だけ──」

 

 遂に瓦礫が2箇所ピンポイントに集まり始めていた。1つ目は恐らく飛び回っているハジメたち。そしてもう1つは──俺に向かって。

 

 対処……残念ながらできる気はしない。右脚もボロボロで、溜めの時間が稼げそうにない。回避もこの広範囲は厳しいだろう。

 

 俺は諦めが悪い男だ。だから、泥臭く生き残ろう。

 

 でも、これだけは言えた。

 

「これ、普通にゲームオーバーだわ」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 暗闇で前がよく見えない。轟音が耳に響く……感じたこともないような振動が床に与え続けられている。

 頭が痛い……多分、瓦礫の一部が頭に当たったんだ。巻き起こる埃に咳込みながら、状況を把握しようとする。

 

 南雲さんから渡された武器……「銃」は、完全に壊れていた。少し先にひしゃげたパーツが落ちていて、使えそうにない。

 私の対抗手段が、この崩落で失われた。これじゃあ、クオンさんの助けに入れない。

 

 ……それ以前に、足が瓦礫に挟まっていて抜け出せない。引っこ抜こうとしても帰ってくるのは何かが抉れるような鈍痛。多分、瓦礫の一部が刺さってるんだ。

 

 動こうとするたびに倍の痛みが帰ってきて呻き声が漏れてしまう。こんな痛み、今までで感じたことない。

 何とか顔を前にあげると、隙間から外の状況が把握できた。

 

 瓦礫の隙間から、迷宮の瓦礫が落下している光景が写っていた。その中でクオンさんが体を動かして回避している。

 

 ……あっ、クオンさんが何かを叫んでいる。私に向かって……小さくって……

 多分、身を屈めれば生き残れるって言ったのだろう。確かにこの小さな空間の中に私はギリギリ生き延びている。

 

 このまま動かずに何とか瓦礫を耐え切れば──

 

 ……クオンさんは?あの人は、大丈夫でいられるのだろうか?

 

 いや、きっと大丈夫だ。彼の足の技は凄かったし、突破力もある。自身が俊敏に長けているから、頑張って瓦礫を抜けられるかもしれない。

 何より、背中の自由も取れたから……きっと上手く立ち回れているはずだ。

 

 私、というお荷物がいなくなったから。

 

 

 何で、私はこうなのだろう。

 

 せっかくクオンさんに戦う力を貰って、南雲さんに攻撃が通る武器を貰って……それでも私はこんなところで隠れて生き延びようとしている。

 

 結局、これじゃあ……ハウリアの里から逃げようとしてた時と同じだ。私はそのまま卑怯に生き延びてこっそりこの場を離れちゃうのだ。

 

 ……あぁ、そんな考えになっちゃう……私って本当にダメだ。やっぱりここで生きるよりは死んだほうがいいかもしれない。

 

 …でも、そんな私をあの人は止めてくれた。生きる理由を強引にも私に提示して、私に償わせる力もくれた。

 正直、こんな私が生きていいのか疑問だ。だって、私の中には今まで死んでいったハウリアたちが着いている。罪の意識は薄くなったけど、消えたわけじゃない。

 

 このまま、彼らに引きずられて、先に死んでしまおうか……

 

 

「……違う…」

 

 

 目の前の彼は必死に天井からの猛攻を耐え抜いている。全身血と傷だらけで、隙間から見える彼が放つその技は既にキレを失い、足はもう見るに耐えないほどボロボロになっていた。

 

 だけど彼は諦めていない……クオンさんは自身の身体が傷つこうが、足を振るって生き延びようとしている。

 それでもあんな姿……私でも、これ以上見たくない。これ以上、彼に傷ついて欲しくない。

 

 こんなところで、のうのうと生きる時間なんてない。

 

「動いて…」

 

 ……何で、動かないの?痛みなんて、彼の方がよっぽど受けているはずなのに。私に何もできない……?違う、彼にせめて瓦礫の来る場所を教えてあげられる。

 

 私だって、クオンさんの役に立ちたい。彼に生きててほしい。こんなところで死んで欲しくないに決まってる。

 

「動いて…うぐっ……動いて、よ……」

 

 引き抜こうとするたびに、傷口の広がりが大きくなる。でも、そんなこと知ったことか。

 これ以上、逃げちゃダメなんだ。私の罪だから死ぬとか、みんなに顔向けできないとか、それ以前に──

 

 

 私を助けてくれた、クオンさんが死ぬのだけは……何があってもダメだ。

 

 

 絶対に!

 

 

 だからお願い、動いて……この足ですぐにクオンさんの元に行かなければならない。戻って、迷宮の攻略に参加しなければならない。

 

 

 動いて……私の……足!

 

 

 

 ねぇ、動け……動いてよ!

 

 

 

 動け……私の、!!

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 瓦礫が全て崩れ落ち、辺り一帯に煙が舞う。空中でハジメが、地上では久遠が悪あがきをしていたようだが、流石にあの大質量は凌ぎきれなかったかと、僅かな落胆と共に巨石群にかけていた〝落下〟を解いた。

 

 巨石群の落下に呑み込まれ地に落ちていた浮遊ブロックが天上の残骸と共に空間全体に散開するように浮かび上がる。

 

「う~ん、やっぱり、無理だったかなぁ~、でもこれくらいは何とかできないと、あのクソ野郎共には勝てないしねぇ~」

 

 ミレディは、そう呟きながらハジメ達の死体を探す。と、その時、

 

「そのクソ野郎共には興味ないって言っただろうが」

「えっ?」

 

 聞き覚えのある声に、驚愕と僅かな喜色を滲ませた声を上げて背後を振り返るミレディ。

 

 そこには、確かに、荒い息を吐き、目や鼻から血を流してはいるものの五体満足の南雲ハジメが浮遊ブロックの上に立ってミレディを睥睨していた。

 

「ど、どうやって」

 

 自分の目には確かに巨石群に呑まれたように見えたハジメが、目の前にいることに思わず疑問の声を上げるミレディ。

 そんな彼女は今、間違いなく隙だらけであった。別の方から鳴る充電音に気づかないくらいは。

 

 逆にその音に聞き覚えのあったハジメは、ニィと口の端を吊り上げて笑う。

 

「答えてやってもいいが……俺ばかり見ていていいのか?」

「えっ?」

 

 直後──

 

 

 キュィィィィィィン!!!

 

 

「は!?」

 

 

 ボコン!!

 

 

 初めてミレディは驚きの声と共に、倒れた。自身の巨体に防御力が備わったゴーレムがまさかバランスを崩すとも思っておらず、そのまま壁に激突しながら浮遊ブロックに落ちることになった。

 

 一体何が──と、衝撃の入った胸の装甲を見ると思いっきり凹んでいた。それどころか完全に崩れ落ち、アザンチウムの第2装甲が見えている。

 同時に向こうの瓦礫の中からドバッと人影が現れる。その正体は、同じくボロボロになりながらも五体満足でミレディに対面する、一之瀬久遠とネア・ハウリアだった。

 

 ハジメと違うところを挙げれば、彼らは揃って何かの後ろで支えるように立っていたこと。この世界では見ることはない、メタリックで大きな砲台。その威力はレールガンもを越える突破兵器。

 

 マ○さん列車砲。

 

『威力を増大させる魔力は存在しない……が、周りの浮いた瓦礫のかけらを吸収することで攻撃により物質的”重み”を持たせられる。君のようなゴーレムであれど、立って入られまいな』

「愉快な説明キャラありがとうね〜……って!?君たちも生きてたの!?割と殺す気で君たちに落下させたんだけど!」

「あぁ、お陰でこの有様だっつーの……おまけにありったけの魔力を注ぎ込んでこの列車砲を生成したからな、魔力も空っぽだ」

「でも……これで暫くは動けないです!」

 

 列車砲の攻撃は魔力だけではなく、様々な物質まで吸収する。それは炎ならば火炎球のように、瓦礫を吸収すれば鉄球のように。

 幾らミレディ・ゴーレムの耐久力が優れているとはいえ、鉄球……それも列車砲で現時点最高速の威力を喰らえば心臓に届くことはなかろうと、多大なノックバックが入るのだ。

 

 その証拠にネアの言葉通り、彼女は暫く動けそうにない。体が浮遊ブロックにめり込むように埋まっており、身動きを奪っている状態なのだ。

 

 当然、これを機に追い討ちが入る。完璧に彼女に接近できたのはハジメの相棒。

 

「〝破断〟!」

 

 ユエの凛とした詠唱が響き渡り、幾筋もの水のレーザーがミレディ・ゴーレムの背後から背中や足、頭部、肩口に殺到する。着弾したウォーターカッターは各部位の表面装甲を切り裂いた。

 

「こんなの何度やっても一緒だよぉ~、両腕再構成するついでに直しちゃうしぃ~」

「いや、そんな暇は与えない」

 

 ハジメがアンカーを打ち込みながら一気に接近する。

 

「あはは、またそれ? それじゃあ、私のアザンチウム製の装甲は砕けないよぉ~」

「知っている!だからユエ!」

 

 ミレディの言葉を無視して、ハジメがユエの名を呼ぶ。すると、跳躍してきたユエが更に魔法を発動した。

 

「凍って!〝凍柩〟!」

 

 願いと共に本来は氷の柩に対象を閉じ込める魔法のトリガーが引かれる。しかし、氷系統の魔法は、水系統の魔法の上級魔法であり、この領域では中級以上は使えないはずである。

 それでも、ミレディ・ゴーレムを一時的に拘束するためにどうしてもこの魔法が必要だった。

 

 追い討ちのようにゴーレムの背面が一瞬で凍りつき、ブロックに固定される。

 

「なっ!? 何で上級魔法が!?」

 

 驚愕の声を上げるミレディ。ユエが上級魔法である氷系統の魔法を使えたのは単純な話だ。元となる水を用意して消費魔力量を減らしただけである。あらかじめ、ミレディ・ゴーレムを叩きつけるブロックと全身に先ほどの”破断”で水を撒いておいたのだ。

 

 それでも、莫大な魔力が消費され、ユエが所持している魔晶石の全てから魔力のストックを取り出す羽目になった。ユエは肩で息をしながら近場の浮遊ブロックに退避する。

 

「よくやったぞ、ユエ!」

 

 体を固定されたミレディ・ゴーレムの胸部に立ち、ハジメは〝宝物庫〟から切り札を取り出す。虚空に現れたそれは全長二メートル半程の縦長の大筒だった。外部には幾つものゴツゴツした機械が取り付けられており、中には直径二十センチはある漆黒の杭が装填されている。

 

 ハジメはそのまま、直下の身動きが取れないミレディ・ゴーレムをアームで挟み込み、更に筒の外部に取り付けられたアンカーを射出した。合計六本のアームは周囲の地面に深々と突き刺さると大筒をしっかりと固定する。同時に、ハジメが魔力を注ぎ込んだ。すると、大筒が紅いスパークを放ち、中に装填されている漆黒の杭が猛烈と回転を始める。

 

 キィイイイイイ!!!

 

 高速回転が奏でる旋律が響き渡る。ニヤァと笑ったハジメの表情に、ゴーレムでなければ確実に表情を引き攣らせているであろうミレディ。

 

 パイルバンカー。

 

 〝圧縮錬成〟により、四トン分の質量を直径二十センチ長さ一・二メートルの杭に圧縮し、表面をアザンチウム鉱石でコーティングした。世界最高重量かつ硬度の杭。それを大筒の上方に設置した大量の圧縮燃焼粉と電磁加速で射出する。

 

 範囲は狭いが、その分全てに突貫力を込めた一撃で勝負を決めるつもりだ。とにかくやばいのを察したミレディは直ぐに周りの半壊したゴーレムに指示を出す。

 せめてハジメが打つ時間を食い止めれば、何とかこの状況を打破できるかもしれない。だがその希望も2人の声でかき消される。

 

「っ!?……でも背後はガラあ──」

「忠告どーも、でも心配はいらねぇよ」

 

 ハジメの背後は久遠とネアがとっていた。それぞれがハジメを襲おうとしているゴーレムを向いており、脚の溜めも完了していた。

 

「ネア、俺に合わせろ!」

「はい、クオンさんに……着いていくです!」

 

 2人は一斉に飛び立ち、敵に向かって同時に放った。

 

「「()()()()()()!!」」

 

 クオン・リニューアル──回転蹴り軌

 

 ネア・リニューアル──回転蹴り()

 

 久遠の横回転蹴り……その反対には彼と()()()()()()()()()()()()()()()ネアが同じ技を放っている。

 美しいまでとも言える型で攻撃した2人の脚は共に手下ゴーレムを破壊していく。頼みの綱であった兵士は全滅し、完全に無防備状態。

 

「存分に食らって逝け」

 

 そんな言葉と共に、吸血鬼に白木の杭を打ち込むがごとく、ミレディ・ゴーレムの核に漆黒の杭が打ち放たれた。

 

 ゴォガガガン!!!

 

 凄まじい衝撃音と共にパイルバンカーが作動し、漆黒の杭がミレディ・ゴーレムの絶対防壁に突き立つ。胸部のアザンチウム装甲は、一瞬でヒビが入り、杭はその先端を容赦なく埋めていく。

 

 ……だが足りない、ミレディ・ゴーレムの目から光は消えなかった。

 

「ハ、ハハ。どうやら未だ威力が足りなかったようだねぇ。だけど、まぁ大したものだよぉ?四分の三くらいは貫けたんじゃないかなぁ?」

「だな……だからこれで止めだ。やれ!シア!」

 

 ハジメはそんな言葉とその場を退避し、共に代わりに現れたのは、ウサミミをなびかせドリュッケンを大上段に構えたまま、遥か上空から自由落下に任せて舞い降りるシアだった。

 

「っ!?」

 

 シアが何をしようとしているのか察したのだろう。今度こそ、焦ったようにその場から退避しようとするミレディ・ゴーレム。

 自分が固定されている浮遊ブロックを移動させようとするが猛スピードで落下してくるシアに間に合わないと悟り……諦めたように動きを止めた。

 

 シアは、そのままショットシェルを激発させ、その衝撃も利用して渾身の一撃を杭に打ち下ろした。

 

 ドゴォオオ!!!

 

 轟音と共に杭が更に沈み込む。だが、まだ貫通には至らない。シアは、内蔵されたショットシェルの残弾全てを撃ち尽くすつもりで、引き金を引き続ける。

 

 ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ!

 

「あぁあああああ!!」

 

 シアの絶叫が響き渡る。これで決めて見せると強烈な意志を全て相棒たる大槌に注ぎ込む。全身全霊、全力全開。

 

 轟音と衝撃で遂に漆黒の杭がアザンチウム製の絶対防御を貫き、ミレディ・ゴーレムの核に到達する。先端が僅かにめり込み、ビシッという音を響かせながら核に亀裂が入った。

 

 地面への激突の瞬間、シアはドリュッケンを起点に倒立すると、くるりと宙返りをする。そして、身体強化の全てを脚力に注ぎ込み、遠心力をたっぷりと乗せた蹴りをダメ押しとばかりに杭に叩き込んだ。

 

 シアの蹴りを受けて更にめり込んだ杭は、核の亀裂を押し広げ……遂に完全に粉砕した。

 

 ミレディ・ゴーレムの目から光が消える。シアはそれを確認するとようやく全身から力を抜き安堵の溜息を吐いた。

 直後、背後から着地音が聞こえ振り向くシア。そこには予想通りハジメとユエがいた。遅れて久遠、ネアも到着する。シアは、満面の笑みで皆んなへサムズアップする。

 

 仲間たちもそれに応えるように笑みを浮かべながらサムズアップを返した。

 

 七大迷宮が一つ、ライセン大迷宮の最後の試練が確かに攻略された瞬間だった。




ちょいと補足…

ネア・ハウリア
→色々と進化しちゃったハウリア。後ろ向きなのも彼女の一部。だが、それを乗り越えてこそ彼女は久遠からもらった力を完全にモノにできる。自身の天性の才能も、魔物による肉体も、彼女の揺るぎない覚悟も、揃って初めて奇跡とも言える反応を起こすのだ。もう彼女は振り返らない。彼の背中を追って前へ進むのみ。

一之瀬久遠&アルタイル
→内心、ビビってる。ネアが瓦礫の下敷きになって下手したら死んでいるかもしれないと焦っていたところで何故か彼女が復活。おまけに異常なパワーアップで久遠らのヘルプに入ってくれたし。これネアの方が強いんじゃね?とか、余より活躍してないか?と疑問は尽きないが今は戦闘中。こんな場面にギャグはいらない。前へ進むのみ。

終わりが…見えてきた。2章もいよいよ大詰めになってきました。ネアの活躍も最後の最後に出せましたし、マ○さんシリーズも出てきて個人的に満足です。

今思えば、この物語のキーでもある森羅万象が2章でもう使えなくなるなんて…幾ら原作がシアに焦点置いていてたって、そりゃあねえぜ…まぁ、上手い落とし所は作れたとも思ってはいるんですけどね?

さて、次回はお別れですね…ウゼェやつとの☆


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第二十九話 話し合いは場所作りから

 大迷宮に静寂が訪れる。もう、他のゴーレムが動く気配はなく、本当に戦いが終わったことを実感する。

 

 今回も大変なボス攻略だったな。隣で死んだように倒れ込んでいるネアに慰労の言葉と共に手を差し出す。

 

「ネア、お疲れ……ってか……大丈夫か?」

「はぁ……はぁ……か……てたんです、ね」

 

 地獄のように長く感じたな……今回の戦いで脚も体も見るも無惨な状態に変貌している。頭から胴体へ縦長の傷が入っており、利き足は全身の骨にヒビが入って肉も腱が幾つか切れている。

 

 ネアも脚は同じようで、初めて使ったリニューアルは彼女に負担が大きすぎたと思われる。お互いに歩くのもままならないが、ネアには神水を薄めたポーションで、俺は因子再生を少しづつ掛けて治療することにした。

 

「さっきはありがとな……正直、俺1人で対処は無理だったから」

『態々、気障な台詞まで吐いていたくらいだからな』

「あ……はい。間に合ってよかったです」

 

 あの時、諦め枯れていた時に瓦礫の山からネアが飛び出してきた時は驚いた。足からは血を流していたのに、無理矢理そこから抜け出して俺のところに向かってきたのだ。

 

 そして更に、彼女はもう一段階進化した。俺が使っていた武術……リニューアル技……完コピしたのだ。

 

「お前にリニューアル技が使えるとは……アルタイル、お前の言ってた才能はこれか?」

『そうだ……が、これは余の想像は超えていたな。一眼で相手の動きを模倣する再現能力はこの世界でも稀有な物だ。他の武器の扱いも頷ける』

「……ありがとうございますです……まぁ、クオンさんの技を真似しただけで体から変な音出ましたけど」

「あー、テコンドーって体が相当柔らかくなきゃできないからなぁ」

 

 俺もこの技を地球で教わった時は悶絶したものだ。一年はまともに足を上げられなかったっけ……

 テコンドーの師匠……元気にしているだろうか。性格的に明るいままだったらいいんだけど。

 

 だからこそ、ネアの適応には驚きだけどな。こいつから感じていた違和感は、多分リニューアル技巧を使用できるから感じたシンパシーかもしれない。

 

 あー、ついでにネアなら師匠、絶対に喜んでテコンドーを教えてあげそうだな。こんな可愛いウサミミっ子がいたらテンション上がるだろうし。

 

 少し、元の世界の思い出に浸ろうとしたが、俺らへ近づく足音で我に帰る。ハジメたちも瀕死からの回復はしているようだ。

 

「ネアちゃん!勝ちましたね、すっごかったですよぉ!」

「わっ……もう、シア姉さん……抱きしめる力強いですよ……待ってください!身体強化が無意識に!クオンさんヘルプ!ヘルプミーです!!」

「ぎゅ〜〜〜〜〜!」

 

 早速、シアが喜びのハグをネアにしていた。そのまま受けるネアは恥ずかしそうにしながらも嬉しいみたいだ。

 ……何か絶叫も聞こえるけどそれは喜びで気持ちが昂ってるんだろうなぁ。よかったよかった〜……

 

 ちゃんとシアにチョップしつつ、ハジメのところに戻っていった。こいつもサラッと新武器を持ち出したり、”限界突破”なる能力に目覚めたり、この迷宮で進化を遂げていたな。

 

「お疲れ……にしてもお前、パイルバンカーなんか作っちゃって……俺、あんな武器を用意してるだなんて知らなかったぞ?」

「まぁな、そこはお楽しみってやつだ。それに、実際に目にしてかっこよかっただろう?」

「ったり前だろ!あのゴツい見た目からのチャージ音はクセになる……今度ライセンの岩とかにぶっ込みてぇな」

「いいな、それ……ついでに威力の調節と魔力の効率も──」

「……2人とも、話は後で」

『今はあれ、に注目するべきではないのか?』

 

 あのまま熱くなって語り合うのはやぶさかでなかったが、どうやらまだやるべきことがあるみたいだ。2人で彼女らが指差す方を見ると、そこには核を破壊されたミレディ・ゴーレムがいる。

 

 するとその目にまだ光があることに気づいた……攻撃できるほどの力はないと思うが……

 

「見たところ核の残り香ってなやつか?おいたわしや……解放者の残念さは後世にも残るのか〜」

「ちょっ、やめてよぉ~、ジワジワきそうなところが凄く嫌らしいなぁ」

「で?〝クソ野郎共〟を殺してくれっていう話なら聞く気ないぞ?」

 

 ハジメは銃を構えながら言葉をかけるが、何となく苦笑めいた雰囲気をミレディは出した。

 

「言わないよ。言う必要もないからね。話したい……というより忠告だね。訪れた迷宮で目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君の望みのために必要だから……」

「全部ね……なら他の迷宮の場所を教えろ。失伝していて、ほとんどわかってねぇんだよ」

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

 

 いよいよ、ミレディ・ゴーレムの声が力を失い始める。

 

 ……死ぬ直前に思い描いているのは一体何だろうか。今まで長い時を、指名、あるいは願いのために生きてきた彼女の景色は俺らに分からない。

 でも、彼女の言葉1つ1つにはその重さがヒシヒシと伝わってきた。他のみんなも何か感じるものはあるようでミレディへの目線が変わり始めている。

 

 ミレディは、ポツリポツリと残りの七大迷宮の所在を語っていく。フリューエン……神山……メルジーネ……本当に嘘はついてないように感じるな。

 

 ……だかど何か、怪しいな。さっきから俺のセンサーに引っ掛かってる。

 

「以上だよ……頑張ってね」

「……随分としおらしいじゃねぇの。あのウザったい口調やらセリフはどうした?」

 

 ハジメが代わりに疑問を言ってくれた。するとミレディはまたもや弱々しくも苦笑を漏らした。こっちがこいつの素ってことか?

 

「あはは、ごめんね~。でもさ……あのクソ野郎共って……ホントに嫌なヤツらでさ……嫌らしいことばっかりしてくるんだよね……だから、少しでも……慣れておいて欲しくてね……」

「おい、こら。狂った神のことなんざ興味ないって言っただろうが。なに、勝手に戦うこと前提で話してんだよ」

 

 ハジメの不機嫌そうな声に、ミレディは意外なほど真剣さと確信を宿した言葉で返した。

 

「……戦うよ。君が君である限り……必ず……君は、神殺しを為す」

「……意味がわかんねぇよ。そりゃあ、俺の道を阻むなら殺るかもしれないが……」

 

 神殺し、ねぇ……さっきから気になるワードがやっぱり出てくるな。この世界の神がよっぽどのクズなら、それ相応の疑問も溢れてくる。

 ……後で聞いてみようか。

 

 若干、困惑するハジメにミレディは、その様子に楽しげな笑い声を漏らす。

 

「ふふ……それでいい……君は君の思った通りに生きればいい…………君の選択が……きっと…………この世界にとっての……最良だから……」

 

 いつしか、ミレディ・ゴーレムの体は燐光のような青白い光に包まれていた。死した魂が天へと召されていくようで、悲しくも神秘的な光景である。

 

 その時、おもむろにユエさんがミレディ・ゴーレムの傍へと寄って行った。既に、ほとんど光を失っている眼をジッと見つめる。

 

「何かな?」

 

 囁くようなミレディの声。それに同じく、彼女は囁くように一言、消えゆく偉大な〝解放者〟に言葉を贈った。

 

「……お疲れ様。よく頑張りました」

「……」

 

 それは労いの言葉。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物。

 

 ミレディにとっても意外な言葉だったのだろう。言葉もなく呆然とした雰囲気を漂わせている。やがて、穏やかな声でミレディがポツリと呟く。

 

「……ありがとね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

 オスカーと同じ言葉を贈りながら、〝解放者〟の一人、ミレディは淡い光となって天へと消えていった。

 

 辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにシアが光の軌跡を追って天を見上げる。

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

「……ん」

 

 シアに続き、どこかしんみりとした雰囲気で言葉を交わすユエさん。2人とも、ミレディの意志を労りたい余裕も出てきたようだ。

 

 ……でも俺は知っている。多分あんな感じのキャラは両方が素なのだ。うざったい調子のいい性格も、真面目な時も……で、あいつみたいなエンターテイナーがこんな終わりを望むか?

 

 望むだろうなぁ……こんなシチェーション、最高な終わり方だもんね?

 

「なぁ、アルタイル……お前の魔力反応に何かないか?」

『……ここにはもうないな。ゴーレムは迷宮の一部へと還元されたようだ』

「……ってことはここにはあいつの魂はないわけだ」

「え?え?クオンさん、どういうことです?」

 

 地球組はもうこの後の展開が予想できていた。何も知らないネアに説明しようとしたが、いつの間にか壁の一角が光を放っていることに気がついた。

 

 先ずは進もうか。気を取り直して、その場所に向かう。上方の壁にあるので浮遊ブロックを足場に跳んでいこうと、ブロックの一つ跳び乗った。

 移動中の待っている間、アルタイルが説明を始める。

 

『ネア、あの解放者殿の雰囲気は道化師……いや、芸者と言うべきかな。彼女は決して相手に自信のペースを渡さないのだ』

「?……はい、確かクオンさんもペースメーカーって言ってましたね……そういえば、雰囲気が似てましたね。軽口叩きあってましたし……え?まさか──」

「あぁ……だからだな。彼女の性格からして──」

 

 ……浮遊ブロックは止まることなく壁の向こう側へと進んでいった。

 

 くぐり抜けた壁の向こうには……

 

「やっほー、さっきぶり!ミレディちゃんだよ!」

 

 ちっこいミレディ・ゴーレムがいた。マスコットとしていそうだなぁ。

 

「「「……」」」

「だろうと思ったよ」

「まぁ、あんなしんみりとした展開で終わらせるはずないからなぁ……」

 

 綺麗に別れた反応。ネア、シア、ユエさんはパチクリと瞬きをし、俺、ハジメ、アルタイルは知ってた、と呆れていた。

 

 ここまでの設定の込んだ死亡演出は中々できたもんじゃない。この迷宮のアトラクションチックな罠しかり……こいつの芸能気質はトップクラスだ。

 

 だから色々こいつとは話が合いそうなんだけどなぁ。

 

 案の定、ルンルンとナチュラル煽りを盛大に放つ小さなゴーレム……ミニ・ミレディにシアたちは感動と返せとばかりに攻撃を放っていた。

 

 あーあ、何やってんだか。

 

 この白い部屋はおそらく魔法を受け取る術式があるはずだ。奥の扉はミレディの居住スペースにつながっているのだろうか。

 

 そして上に見覚えのあるダクト……あれ、ここってもしかして──

 

「このまま愉快なデザインになりたくなきゃ、さっさとお前の神代魔法をよこせ」

「あのぉ~、言動が完全に悪役だと気づいてッ『メキメキメキ』了解であります!直ぐに渡すであります!だからストープ!これ以上は、ホントに壊れちゃう!」

 

 おう……本気でミニ・ミレディが壊されそうになっている。ハジメの義手によるアイアンクローにジタバタもがいていた。

 これ以上ふざけると本気で壊されかねないと理解したのかミニ・ミレディもようやく魔法陣を起動させ始めた。俺らもその中に集まる。

 

 今回はミレディ本人が俺らの試練を見送っているから魔法が直接俺らの脳に刻まれる。

 

 今回手に入れたのは重力魔法。粗方、予想はできていたが、ミレディが戦闘中に使っていた魔法だ。物体を引き寄せたりする他、重力を重ねがけすることで速度の調整などもできる。

 

 あの瓦礫の攻撃はかなりやばかった分、この魔法の持つ攻撃性と応用性は計り知れない。俺もハジメもそれぞれの戦闘に大きなパワーアップが期待出来る。

 

 ものの数秒で刻み込みは終了し、あっさりと俺らはミレディ・ライセンの神代魔法を手に入れた。

 

「ミレディちゃんの重力魔法、上手く使ってね……って言いたいところだけど、君は適性ないねぇ~もうびっくりするレベルでないね!」

「やかましいわ。それくらい想定済みだ」

 

 まぁ、神代魔法にも適性の概念はある。生成魔法を考えてみよう……ハジメには歴世があるが、ユエさんはからっきしだ。

 俺は全部そつなくこなせる……その代わりに適性の恩寵はハジメらより少ないけどな。ほとんどの能力は森羅万象(ホロプシコン)に吸い取られるのだ。

 

 その後、ミレディは皆んなの適性も図ってくれた。中には可哀想なやつもいて……

 

「デカウサギちゃんは体重の増減くらいなら使えるんじゃないかな。金髪ちゃんは適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせるようになるよ」

「ん……」

「うぅ……頑張った報酬が体重の増減だなんて……」

「赤髪君は金髪ちゃんほどではないけど、重力の付与くらいなら出来るよ……チビウサギちゃんは……う〜ん、物の重さは変えられるかな?でも基本は適正なしで」

「まぁ、半分は恐らく森羅万象(ホロプシコン)のおかげだろうけどな」

「物の重さ……うーん、想像しにくいです」

 

 と、全員が満遍なく扱えるわけなかった。シアなんかは特に酷い。体重の増加も減少も、使い所を誤ればデメリットの方が多いんじゃないか?

 

 一方、ネアの能力は……これもデメリットは大きくないものの、スピードタイプのネアに重さ増加は厳しいな。この先の旅で使いこなせるようにしなきゃな。

 

 と、もう迷宮での公な目的は終えたが、ハジメはまだだったらしい。直ぐにミレディのボディを捕獲し、上下に振る。

 

「おい、ミレディ。さっさと攻略の証を渡せ。それから、お前が持っている便利そうなアーティファクト類と感応石みたいな珍しい鉱物類も全部よこせ」

「……君、セリフが完全に強盗と同じだからね?自覚ある?」

「あっ、因みにこいつの価値観はオルクスからの受け売りだぞ?あの迷宮、サバイバル性高かったからなぁ」

「オーちゃぁ──ん!!」

 

 完全に仲間から風評被害を受けてしまっているミレディはガックシしながらも仕方がなく指輪から鉱石やら、部品やらを大量に取り出した。元から俺らに渡す分はあったんだろうな。

 

 ……だが、ハジメがそれを自身の宝物庫にしまっている間、彼女は浮遊タイルの一つに乗って空中に浮かび上がった。

 

 あ……この予感はまさか!

 

「ネア、ちょっと失礼……」

「え……ちょっ──」

「さぁて、帰った帰った〜……嫌なものは、水を流すに限るね☆」

 

 ハジメ達はミレディの行動に首を傾げるが、それも一瞬。直後、ダクトの穴から大量の水が途轍もない勢いで流れ始めた。それは天井のみならず、壁の四方からも溢れてくる。

 

 水の勢いは収まることなく、むしろ渦を巻いて激流と化す。すかさずユエさんが皆んなを”来翔”で浮かび上がらせようと試みたが、ミレディの重力魔法でかき消された。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「ごぽっ……てめぇ、俺たちゃ汚物か! いつか絶対破壊してやるからなぁ!」

「ケホッ……許さない」

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

 あーあ、あいつら綺麗に流れていったな……確かにこの状況、まるで誰かの汚物だ。

 

 ハジメ達は捨て台詞を吐きながら、なすすべなく激流に呑まれ穴へと吸い込まれていった。穴に落ちる寸前、仕返しとばかりに何かを投げたようだが。

 

 そしてハジメ達が穴に流されると、流れ込んだときと同じくらいの速度であっという間に水が引き、床も戻って元の部屋の様相を取り戻した。

 

「ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ……さてさて、迷宮やらゴーレムの修繕やらしばらく忙しくなりそうだね……ん? なんだろ、あれ」

 

 汗などかくはずもないのに、額を拭う仕草をするとミニ・ミレディはそう独りごちる。 

 そして気づいた。壁に突き刺さったナイフとそれにぶら下がる黒い物体。何だろう?と近寄り、そのフォルムに見覚えがあることに気がつく。

 

「へっ!? これって、まさかッ!?」

 

 まぁ、グレネードだろうな。あいつの手製だし、威力はここを黒焦げにする程度はある。

 さて……1つここは彼女に歌詞を作ろうじゃねぇか。

 

「間に合わ──『森羅万象(ホロプシコン)』……え?」

 

 手榴弾は爆発する直前、外的力によって押さえつけられる。そのまま大きな力は圧縮するように小さくなっていき、いつの間にか青いポリゴンとなって虚空へ散っていった。

 

 圧縮……重力魔法を全体にかければこんなふうに威力を抑えられるのか。悪くないな……魔力効率は悪いけど。

 

「ふぅ……これが重力魔法か。使い勝手は良さそうだが、こんな感じでいいか?」

『概ね問題ない。最も、その能力の真価が発揮されるのは武器を使用する時だがな』

「けほっ、けほっ……クオンさん、せめて何が来るかは教えて欲しかったです」

 

 俺らはずぶ濡れになりながらもミレディのトイレ式退場は逃れられた。ネアの言葉は尤もだが、ミレディの準備が予想以上に早かったし許してくれ。

 

「えぇ──っと………………なんでまだいるの?」

 

 素っ頓狂な顔を──いや、無表情だけどフィーリング──しているミレディの方へ向いた。多分、あの一撃で全員流せた気でいたのだろう。

 

 残念でした、対処法は既に練ってたんだよね〜。

 

「そりゃあ、お前に聞くことまだあったからな」

「いやいやいや!さっき思いっきり水で流したんだけど?ザッパーって流したはずなんだけど?」

 

 ああ、それかぁ。確かに中央に吸い寄せられるから危なかったけど、案外攻略法はあった。

 だって彼女、ついさっき俺らに重力魔法をくれたんだから、早速使うしかないでしょう?

 

「何、お前の行動は予測できてたし、俺らは体重を何倍にも重くしただけだ。ネアは肩車させてな」

 

 激流は俺を丁度飲み込む程度にしか深くならなかった。ミレディが逃げれるスペースが必要だったから当然か。

 なので部屋の角隅に移動しネアを上に乗せた後は、取り立てホヤホヤの重力魔法で自身を重くした。

 

 重力が何倍にも跳ね上がったことでその場に固定することに成功。足が地面に少しめり込んだし、相当負荷がかかっていたが耐えれば勝ち。

 激流をものともしない強固な体が完成したのだった。

 

 これならアリジゴクのように、中心へと流される心配はない。ハジメらは中央付近にいただけに、俺らは脱出するための時間をとることが出来たのだ。

 それを聞いたミレディはゴーレム越しでも分かる程、口をポカンと開けている様子だった。

 

「そんな攻略法があったなんて……というか何、重力魔法の使い方もう取得したの?」

「まぁな。お前の重力魔法でさらに位置を固定してくれたし、後の問題はどれだけ水の中で潜れるかだからな」

 

 生憎、俺は奈落での肉体改造で肺活量は超人レベルだ。アルタイルは謎の防水機能を所持している……スマホの域を超えていやがる。

 

 後はネアを肩車させれば超安全。本人は急過ぎますって愚痴を吐いていた気もするが……激流のせいでよく聞こえなかったことにしよう。

 

「っていうか、何でここのギミック知ってたのさ!魔力的にも完璧に隠してたんだけど〜?」

「そうですよ!クオンさん、南雲さんより早く気づいてましたし……」

「あぁ、それは普通にこの場所にいったことがあるから」

「「?」」

 

 2人は揃って疑問符を上げる中、ため息と共にアルタイルは続けてくれた。スマホの画面を、とあるページに変えながら。

 

『ネア、迷宮のダクトによる攻略があったことは忘れていまい』

「へ?…………まさか!?」

 

 ネアは何かに気づいたようで、スマホに顔を覗かせる。そこにはマッピングされた迷宮の全体像が。

 そしてちょうど迷宮の中心から、この世界の排水溝らしき管がつながっているのも確認済みだ。

 

 ここを通じることで最低限の水は確保できるようになっていた。そして何故か水の出口の幾つかにここが入っていたのだ。

 

 つまり、ここにきた時点で何かしらのトラップは予想できていたのである。

 順に説明した後、2人の反応は驚きというより、呆れの方が大きかった。

 

「むむむ……あの時の探索が役に立った……納得し難いです」

「君たちさぁ……それ完全にルール違反だよぉ?何、勝手に迷宮の内部図を作っちゃってるのさ」

「ここに近道しても魔法は手に入れられないし、別にいいだろ?それよりも……」

 

 因子収納からハジメのクナイを取り出す。付属していたグレネードは既に解除済みだが、それを防いだのは紛れもなく俺だ。

 そのことを察したのか、ミレディの表情が物凄く嫌な顔に変わったが構わず提案した。

 

「ほら、手榴弾も無力化してやったんだ。もう少しくらい居てもいいだろ?こっちもまだ利きたいことあるんだよね〜」

「はぁ〜〜〜〜……分かったよーもう!!」

 

 ヤケになった彼女はそのまま壁越しにあるボタンを押した。白くて気づかなかったがミレディの住処はこの部屋だけじゃないようだ。

 

 ってことで……もう少しだけ、彼女から情報をもらおうとしようかな?

 

「それで、何が聞きたいのさ?あの錬成師とわざわざ距離取ったんでしょ〜」

「ん?……そうだな──」

 

 流石、話が早い。ネアが俺に二度見するのを他所に、俺は初めから決めていた目的のために質問した。

 

「──異世界の物が世界の現界する……そのための条件について聞きたいことがあるんだ」




ちょいと補足…

一之瀬久遠
→解放者と面々で話し合える機会を眈々と狙っており、マッピングもその一環だった。ハジメと久遠の持つ神代魔法を手に入れる目的は違う。ハジメは元の世界へ帰るため…久遠は約束した相棒を人として世界に現界させるため。僅かなズレがこの先どう及ぼすのかは世界すら分からない。

ミレディ・ライセン
→現在を生きる唯一の解放者。超ハイテンションな煽り口調でペースを持っていくが、似たような感覚を持つ久遠には効果薄めでちょっと不貞腐れてる。後、トイレ流しの刑も回避されて今度は迷宮の罠を増やすことを決意した。この先に挑戦する者には更なるストレスとトラップが襲いかかってくるだろう。

アルタイル成分が…圧倒的に足りない!!

いや、違うんですよ(先制攻撃)最初はとっとと真鍳ちゃんの力で出しちゃおうかなぁって思ってたんですよ?でも物語的にちょっと無理あるかなーとか?ネアちゃんをもっと前に出したいなーとか考えてたら…ほとんど出番がない状態や(すっとぼけ)…そろそろグイグイっと出すよ!多分!!

ってことで次回はミレディと学ぶ、世界の心理教室〜


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第三十話 How to Re:create?

 白い部屋を抜けた先は書斎のような場所になっていた。見たことも無いような文字の本や、数千年も前に作られたようなオブジェなどがずらりと並んでいる。

 

 おそらくは、この世界を当時旅していた時に手に入れたものだな。珍しい物に気を取られてると、ミレディがいつの間にかテーブルとイスを用意してくれていた。

 

「ほらほら、早く座ってね〜……はぁ、人を招くなんていつ以来だかねぇ……ん、さっきの水」

「へぇ、お前にも人に粗茶を出す常識があるのか…」

「クオンさんその発言普通にアウトです」

「別にヘーキだけど?…てか、かなーり昔に全く同じこと言われたし」

 

 何かを思い返しているようだが、あんまりいい思い出じゃなさそうだな……気を取り直して、彼女が続けた。

 

「んで、世界に現界するための条件だっけ?なんでまたそんな事を知りたいのさ」

「その前に、改めて見せなきゃいけないな」

 

 テーブルの上にスマホを置く。そこからホログラムで軍服の姫君が立体になって現れた。ちょっと出てくる時に演出出してるな……

 

 全身軍服仕立ての礼服を纏い、足まで伸びる銀髪を靡かせる。

 

「こちら、スマホに囚われた姫様です」

『…余、直々に自己紹介といこう。名はアルタイル、訳あってこの端末に居座っている』

 

 暫く固まっていたミレディだが、アルタイルの自己紹介で我に返ったのか、目をゴシゴシさせながらスマホに近づいて観察していた。

 

 流石の解放者もこの小さな箱に入った少女には驚きが隠せないようだ。

 

「へぇ〜…美少女が端末に居るなんて、君も中々楽しそうなことしてんじゃーん。このミレディちゃんを持ってしてちょっと霞むくらいの可愛さだね☆」

「そもそもお前の顔が分かんねぇよ」

『生憎、彼にその気があればこの世から退去している。決して君の想像は起きていないから安心して欲しいね』

「なーんだ、進展もなしかよチェ〜」

「『……』」

 

 あー、この人のテンション絶対にブレないんだなぁ。俺らは揃って、目の前の解放者に対する威厳がどんどん下がっていくのを感じた。

 

 でも、これが彼女の素ならば仕方がないのだろう。彼女はそのまま何か分析するように頭を唸らせていた。

 

「ムムム……見た感じ、このミレディちゃんと同じ状態だね」

「同じ…ってあれか?魂が定着しているってことか?」

「そそ!このゴーレムの定着はラーくんにしてもらったからね〜…ふむふむ、それなら君のその状態も魂が入っていると思うよ?」

 

 ラーくん、が誰だかは知らないが…おそらく解放者の1人なのだろう。よく考えればミレディもちゃんと人の姿はあったのだろうし、その人がゴーレムに定着させてくれたのか。

 

 ってことはアルタイルもミレディと同じの発言はーー

 

「やっぱりお前が俺の端末に定着している状態なのは間違いないようだな」

『余がこの端末に閉じ込められた時は、確か世界の狭間から一つの座標点を見つけた時だったな。魂もその時に入り込んだわけだ』

「…『世界の狭間』?」

 

 アルタイルの何気ない言葉にミレディが反応を示した。何か引っかかることがあったのか?

 世界の狭間…多分それだよな?

 

「アーちゃん、その話って本当?」

『それが世の呼び名なら即刻訂正を願いたいが……世界の狭間にいたのは事実だ』

「それって確か、お前が俺の世界でドンパチやった後に、同じく魂だけだったセツナさんと何処かに行ったんだろ?」

 

 あの時、セツナさんは不思議な力により一時的に現界可能な状態となっていて、でも彼女が自殺する運命も着いてきていた。

 

 それで、アルタイルが“因果再構築”で死ぬ事実を書き換えようとして……最終的には2人で別の世界へ消えた……というシナリオのはずだ。

 その後はセツナさんが幻となって消えたのだが……確かに謎は残っているな。

 

『そう……だがあの後、セツナはただの幻であり、余はあの夜空の広がる空間に暫くは空虚な時間を過ごしていたな』

「で、なんか分からないけど俺の所に来ちゃったと」

『もう、あの空間には2度と戻れないだろうな』

 

 あの場所、スクリーンで映っていたが絶景だったなぁ……一面が浅い水面となっていて、夜空が永遠に広がっている。

 

 音も、演出も全てが美しかった……そんな世界が本当に存在するとなると、行ってみたい気にもなる。

 

 …一方で、ミレディが先ほどから自分の世界に入っていた。ブツブツと「……世界の」だ、「概念魔法に…」だ。こっちを置いていって欲しくないのだが…

 

「んで、ミレディさん?そろそろ現実に戻ってきてくれないかぁ?おーい…」

「ちょっ!なにミニ・ミレディちゃんボディを叩いてんのさ!その鉄筒をハリセン代わりとか…ツッコミがなってないよ?」

「そもそもツッコミに何でハリセンがいるのです?」

 

 1人で考察しまくっているミレディに、即席で生成したマスケットでコンコン叩いてやっと気づいてくれた。ネアの純粋なツッコミが良い緩衝材となる。

 

 まぁ、彼女なりに考えていたのだろうが、俺らにも教えて欲しい。そこを察したのか、今度こそ真面目ミレディになり畏まって話し始めた。

 

「じゃあ、何処から説明しようかな〜…先ずはアーちゃんの状態についてね。アーちゃんは今、魂が端末に完全に固定されている状態だね」

『固定…か。それはまた随分と強調するじゃないか』

「そりゃだって、世界の狭間から自力以外で抜け出せる方法ってないからね〜」

「……あの、さっきから出てくる『世界の狭間』ってなんです?」

 

 ネアが聞き覚えの無い言葉を疑問にミレディは答えた。

 

「『世界の狭間』は複数の世界の間にある空間で、何の世界からの干渉もされない……ただの無法地帯みたいな感じかな?」

 

 彼女が言うには、その世界は如何なる世界に干渉されず、同時にいかなる世界に干渉できない場所であると言う。常に「無」なのだが、この世界に行き着いた者の思考、感情がトレースされる。

 

 なるほど、アルタイルの気持ちがあの景色に反映されたのか。それなら彼女が求めていた美しい世界観にも納得できる。

 だが、となると一つ疑問に思うことが出てきた。

 

「…ん?追放される?アルタイルはそこへ行ったんじゃないのか?」

『余もそのつもりだったが…』

「そんな行きたくて行ける場所でもないよ〜…例えば、世界のルールに大きく反した場合、もしくは世界の修正力がその者を敵と認識した場合は世界から消されるね」

 

 …聞き覚えのある言葉に思わず眉が動いた。今、この人世界の修正力って言ったよな?

 

「お前、世界の修正力とかも知ってるのか」

「そりゃあ、これでもクソ神をぶっ殺そうとした身だよ?みんなの神代魔法を合わせた時に頭に入ってきたのさ…そして直感した。神代魔法にも、これ以上やっちゃいけない線があるって」

 

 言葉の重みからか…彼女からのプレッシャーがその重大さを表している。

 

 世界の修正力は、アルタイルが世界を滅茶苦茶にする上での要素の一つだった。世界の修正力を突破するくらいの負荷をかければ世界は滅びる。

 

 逆に、中途半端な力の行使や、1人による無茶な行動は世界から一つの異物として弾き出されるらしい。

 

「例えばさ、神代魔法って超強力でさ…ぶっちゃけ神様の存在自体を消そうと思えばできるのさ」

「うわぁ…何だその近道」

 

 まぁ、彼女の言う神代魔法は世界を軽く手繰れちゃう力あるらしいし、本気を出せば存在そのものを消す方が手っ取り早いかもな。

 

 ゲームじゃないんだし、別にテンプレを踏む必要もないだろうし…でも、と彼女は否定した。

 

「でも、それは世界が構築される上でのルールに反しちゃう。あのクソが作ったのか、それとも元から存在したのか…とにかく、対抗手段は神のところまで無理矢理行ってこの手で殺すことしかできなかったの」

「じゃなきゃ、そもそもトータスという世界から追放されちゃうからか……」

「そーいうこと〜…神を殺す前に世界から消えちゃうなんて本末転倒でしょ?だから正当法で戦ったんだけど……後一歩、足りなかったなぁ……」

 

 最後に、話疲れたようにこぼした言葉が本心なのだろう。自分達の世界を変えられなかった、迷宮を作り、他の人にしか神殺しを託せなかったと…そんな色が見える。

 

 よく考えたら、神に抗おうとすること自体すごいんだよなぁ。俺らがそれを目的としないのも、思わず申し訳なく感じてしまう。

 

 …話を元に戻そう。要するに世界の狭間に行ったアルタイルの状態が彼女の言っているライン越えに繋がるなら。

 

「アルタイルは森羅万象(ホロプシコン)を世界に弾かれるまで使いすぎたせいで俺らの世界から追放されちゃったわけか…なら、何で俺のスマホに行き着くことができたんだ?」

「流石にそれは分からないかなぁ〜。一度弾かれた世界に戻るには相当な時間がかかるはずなんだけどぉ…何かしらの強力な因果があって2人が出会えたのは確かだね」

『余と君の因果か…』

 

 こいつと俺…被造物と自称一般人、力あるものと無いもの、軍服の姫君とオタク高校生……言ってしまえばま反対に思えるんだが。

 

 でも敷いてあげるとするならば──

 

「俺とお前、2人ともセツナさんのファンだな」

『ほぉー、余は創造主を偶像崇拝していると?』

「……2人ともテンション似てますね」

「『それはない』」

「お〜、2人とも息ぴったり」

「『……』」

 

 ネアの言葉に思わず口を揃えてしまった。そしてここぞとばかりにニヤニヤされてしまう。

 

 何だよ、返答を真似したのはお前の方だろ?その「はぁ…」みたいな顔やめろ。

 

 ……意外と似ているのか?俺たち。

 

「まぁ、でもこの世界に限界することは可能じゃないかな?」

「あ、そうなのか?」

「だってこの世界は君たちの世界と違うんだから。アーちゃんがまた力を行使しすぎて世界から弾かれなきゃいい話だし〜?」

 

 そもそも、この世界にアルタイルも転移できた時点で、世界に現状の彼女が弾かれていないからな。どれくらい力の制限があるかはともかく、彼女の現界は可能らしい。

 

 その言葉を聞いて少し安心した。このままこの旅の目標が息詰まるのだけは勘弁だった。

 

「現界条件はだからとっても簡単!魂魄魔法を手に入れて、適性があったらどっかの器にでも入れちゃえばいいんだよ!」

「器…それって水35ℓ、炭素20kg、アンモニア4ℓ、石灰──」

『それ以上は言わせんぞ』

「あはは…器はそうだねぇ…こんなゴーレムでもいいし、無機物にも一応定着はできるね。後は……人の死体にも可能かなぁ?なるべく死にたてホヤホヤならなお良し!」

 

 ……ちゃっかり詠唱を防がれて悲しいかな。

 

 でも、人に入ることもできるのか。魂の移動先って案外何でも良いのか?思った以上に制約がないな。

 

「それって例えばネアに入れることも可能なのか?」

「えぇ!?私、死んじゃうんですか!…でもそうですよね。罪の数なら私が1番マイナスが大きいですよね……」

「悪かった!大丈夫だからな!お前のことは大切な仲間として扱っているからぁ!」

『……墓穴を掘るとは、この阿呆め』

 

 まずい、つい普通の調子で聞いてしまったせいでネアの過去を掘り返してしまった。まだ完全に乗り越えたわけじゃないんだからな。

 こればかりはアルタイルの言葉も否定ができない。

 

「一応、可能だよ?立証はしたことがないけどね…多分、二重人格みたいになるんじゃないかな?」

 

 でも、住めば都だろうけどねぇ…さすがゴーレムだ。無機質に入っているんだ、説得力がちげぇぜ。

 でも大体の情報はえれたな。要するに俺らの次なる神代魔法は……魂を移動させる魔法だ。それで、アルタイルをさっさとこの世界に現界させよう。

 

 やるべき方針が決まったのは彼女の目にも映ったようだ。

 

「そのために必要なのは魂魄魔法。魂魄魔法は名前の通り、魂を司る魔法だよ〜何とミレディちゃんが生きていられるのもこの魔法があるから、魂だけ移動させたり、定着させたりもできるってわけ!」

「アルタイルさんの原理も同じという訳ですね…そしてその神代魔法が神山に存在するんですね」

「確かラーくんの魂胆魔法があるはずだからね。試練はあのハゲだし、結構面倒だけど君たちなら余裕だと思うよ〜」

 

 軽く答えるミレディ…何かサラッとディスってなかったか?だけど魂魄魔法が今は最も必要な神代魔法であることが分かった。

 

 となると、場合によってはハジメと別行動も…大迷宮を効率的に攻略するためだとかいえば普通に許可降りそうだし…

 

 にしても神山……神山、ねぇ……あの、最初に召喚されたところだよなぁ……イシュタルのじーさん率いる、神の使徒を崇める集団。

 しかもあそこは最も世界への宣伝力の強い場所だ。「神だから〜」の一言で簡単に情報操作もなされる。

 

 よりによってそこにあるのか……魂魄魔法…

 

「クオンさん、それじゃあ次は神山にしますか?」

「あー……いや、もう少しハジメ達と行動しよう。うん、それから決める、それがいいと思う」

「……?」

 

 ハジメにどうにかして動向を頼んで、俺の謀反罪を帳消しにできれば──っておい、アルタイル!!

 

『フッ、ここで王都のツケが来たようだな。あれだけ啖呵切って派手に消えたのだから、さぞかし豪華な歓迎が待っていることだろう』

「え゛っ…クオンさん、何したんですか?」

「……いやぁ、実はな──」

 

 普通にバラしやがったこの姫さん。俺のプライバシーを少しは考えてくれよ。ネアに詰められたことで俺の逃げ道は無くなってしまった。

 

 結局ここで事のあらましを全て話すことになった。王都への条件提示やオルクスでの出来事、王都からの脱走まで。

 全部話し終えたあと、彼女はすごく冷めた目で俺を見ていた。それはもう、今までにないジト目で。

 

「馬鹿ですね、本っ当にに馬鹿ですね」

「いやぁ…まぁ、元から抜け出す計画は立てていたわけだし?結果オーライよ」

「その結果試練に堂々と挑めなくなったんじゃないですか……」

 

 まぁ…うん、そう言われると何も言い返せない。完全に単独で抜け出しちゃったし、メルドさんにも理由は秘密でって言ったしな。

 

 メルドさん…雫たちも元気なのだろうか。そういえば迷宮の生活が濃すぎて忘れていた。

 相変わらず天之川がバカして、龍太郎が付随して脳筋バカやって…香織がフォローになってないフォローをして、雫が全部背負う…

 

 ……あかん、想像しただけで彼女の苦労がやばい気がしてきた。もし再開することがあれば神水を一部献上するべきかもしれない。

 

 すると隣でミニ・ミレディが腹を抱えながら床を転げ回っていた。そんなに面白いかよ。

 

「プークスクス、赤髪くんも調子乗っちゃった?ねぇねぇ、今どんな気持ち?自分でけアウトローな感じで目立っちゃって、でも今になって指名手配のレッテルで帰らなきゃいけない赤髪くん、今どんな気持ちぃ?」

「……」

「ちょっ!?急に発砲は洒落にならないから!もうこの体しかないんだって!」

 

 腹が立ったのでマスケット銃で牽制してやった。こいつ、本当に出来上がったキャラしてやがる。コミカルにぴょんぴょん跳ねて避けるのも、全てがウザいなぁ…

 

 発砲を止めるとミレディはその場に座り込む。へたり込むって表現が近いのかもしれん。

 

「でも…そっかぁ。やっぱりどれだけ時代が変わっても、この世界の根っこは変わってないか……」

「ここの住民じゃない俺が言うのはお門違いだが、かなりヤベェ状態だぞ。ここまで盲信的に神を信じるなんてとんでもねぇ。あの目は……神に──」

「洗脳されている、でしょう?まぁ、あのクソがやる事といえばそれが一番効率が良くて、面白かったんだから。本当、参っちゃうよ……」

 

 ……ミレディの話を聞いている限り、この世界の人々の信仰の深さに驚いてしまう。ここまで神に絶対の忠誠を誓うのか、と。

 世界の不条理に気づいていても、神の一振りにより味方が消えていく。その時の絶望もまた神は楽しむ。

 

 正直、俺なら神どころか、その世界すら嫌いになりそうだ。彼女もまた、同じ感想を持ったのだろう。

 

『君は人に憎悪は持たないのか』

 

 今まで黙っていたアルタイルは静かにミレディに問うた。皮肉でもなんでもない、彼女だからこそ持ち合わせた疑問だ。

 

『世紀に渡って観測し続けた君なら、思うはずだ。人間の本質、根底は必ず泥のような濁りがある』

「濁り…そーだねぇ、根底はそんな結末だよ。あの神は特にドロッドロだね」

『…それに抗うことの出来ない君たち人の子もまた、濁りがある。流転する世界で、混濁が残るのはそのためだ』

 

 …この世界でおこる人間と魔人族の戦争。帝国と獣人の奴隷関係。絶滅種族が人里隠れて生き延びる現実。これらは全てお互いに信用していないからだ。

 

 人ですら、自分の色や外見で差別する。他種族いるこの世界ではそれが顕著に現れているのだろう。

 

 そんな世界で、何千年も見守ろうとする覚悟。

 

『君は、何故──』

「それ以上に人が大好きだからだよ」

 

 だが予想以上に簡潔な答えが返ってきた。ミレディはいつの間にかアルタイルに正面で見返して答えている。

 

「疑心暗鬼だ、信仰だ…そんなもの持つのは当たり前だよ。それぞれの本心なんて相手にわからないものだし…でも結局それは仲良くなれちゃうんだよ。案外話してみれば良い奴だっているし…ミレディちゃんはこれでも友達100人は常にいたんだよ〜?」

「真面目な話にギャグ突っ込む辺り確かに世界は広いな…」

「え、信じてない感じ〜?」

 

 でも、何となくわかる。こんなキャラだけど、根はすげぇ良い奴なんだろうな。きっと当時の彼女は持ち前の明るさで仲間を増やして、解放者のリーダーとしてみんなを動かし、本気で世界を変えようとしたわけだ。

 

 それもこれも、人を愛しているから。神のように慈愛の心を持って包む愛ではない。人を対等に、全員が自分の友達であるように一人一人の手を掴む…そんな愛だ。

 

 彼女のそんな気持ちでここまできているとなると…正直、尊敬しちゃうな。

 

「ま、とにかく。世界はとっても素敵なところで、頑張れば一つにもなれちゃう素敵なところってわけ。そんな所を神の遊戯台にされちゃあムカつくよねぇ…だから、よろしく頼むよ若輩たちよ!」

「勝手に俺らを神殺しに誘導するんじゃねぇ」

 

 直ぐに巻き込もうとしやがって…でも、もし…もしも神様が俺らの邪魔をしてくるってなら?

 

 その時は、仕方がないけど殺すのはやぶさかではないかもなぁ?

 

「そんなとこ。どう?アーちゃん納得した?」

『…感情論は好かんがな。取り敢えず理解した』

 

 おー、アルタイルも本当に彼女の言葉に納得を示したようだ。ミレディの持つ論理、本当は嫌いだろうに。

 それだけ、彼女の人に対する認識が良くも悪くも正しく、かつ受け入れて前に進もうとする意志を感じられたからだろう。

 

「今更だが、貫禄を感じるな。お袋の知恵というものか」

「なんだと〜!ミレディちゃんはこの世界で永遠のアイドルとして輝くのさ!キラッ☆」

 

 …そんなところがなければ、素直に尊敬できたんだけどねぇ……さて──

 

 俺は残りの水を飲み干して咳を立った。長居しすぎるとハジメたちに対する言い訳がしづらくなってしまう。

 スマホを手に取り、未だにキラっ☆ポーズのミレディに別れの挨拶をする。

 

「それじゃあ、俺らはここら辺で。今度はちゃんと流されっから頼むわ」

「えっ、クオンさん。普通のルートで帰らないんですか?」

「いや、ハジメのところに戻るのに、濡れてないのは流石にまずいだろ?そこらへん辻褄を合わせないとな」

「なんなら泥も混ぜちゃう?オプションでいけちゃうけど?」

「…流石に勘弁してくれ」

 

 …白い部屋に戻り、開く床の真上に立つ。このままミレディによって俺らをトイレの刑で返してくれる算段だ。

 ミレディが浮遊ブロックの上に立ち、トラップを作動させようとした。

 

「いやぁ、マジで助かったわ。こんな情報がなければ俺も目的達成にもっと時間がかかっただろうからな」

「本当は色々言いたいことはあるけど、さっきのカツアゲくんじゃないし特別だよ〜……そういえば思ったんだけど、君たちの目的ってあの白髪くんと違うよね?さっき同じとか言ってたけど」

 

 …流石にバレてるわな。まぁ、ここにはハジメは居ないし、彼女には別に言ってもいいか。

 

「ああ。最終的にはハジメと同じところに着くが、それまでにはアルタイルをここから出すことが1番の目的だな」

『余が外に出れば、この世界の安泰は消えるだろうがな』

「うひゃ〜……アーちゃん、出来ればここはスルーしてくれたりしない?ほら、情報提供のお返しとかで」

『はっはっ』

「雑に流された!!」

 

 ……まぁ、その時は俺が身を挺してでも止めるから心配しないでくれ。アルタイルが不必要な破壊をするタイプではないし、ミレディの心配は杞憂で終わるだろうけどな。

 

 そんな感じで、最後も軽いノリで俺らはこの迷宮を出ることになった。迷宮の四方から水が流れ始め、重力魔法もかけていない俺らはなす術もなく流されていく。

 

 最後にミレディは何か言ったような気がしたが、激流に流されて耳に入ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「概念魔法、一番手にしたら危ないのは君だろうけど……自分を、見失わないでね?」




ちょいと補足…

一之瀬久遠
→アルタイルを現界させるため、ハジメとの別行動を視野に入れている。が、本人がハジメよりも肩身が狭い状況なためもう暫くは一緒に行動しようかなと考え直した。改めて、彼が物語前半で強引に抜け出したツケが帰ってきていて後悔している。

アルタイル
→過去に世界の修正力によって世界から通報され、世界の狭間で彷徨っていたことが判明。久遠との出会いには何かしらの強力な因果があったが、アルタイルは何故か分かっていない。本人は自分が世界に追放されることを誰よりも警戒していたはずだが、セツナを助けるために構いなしに能力を使用した結果のようだ。

そろそろ第二章も終わりかなぁ…改めて、ミレディのキャラって凄い良いよね。ノーマルミレディ、ミニ・ミレディ、ミレディ・ゴーレム、全員好きです。


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第三十一話 衣も気も新調して

今回は最後に、挿絵があります!


 …あの後、俺らは無事に流れに乗せられて思わず溺死しかけた。あの野郎、絶対にこれまともな帰宅パターンじゃねぇだろ!

 そして結果、俺らが休んでいた宿の食堂付近の池から現れる羽目になった。

 

 …一応、宿主の方から変な目で見られたが、ハジメ達という前例があったためか、何とか見逃してもらえた。

 

 そうそう、ハジメ達と言えば、なんかシアが水をがぶ飲みをしてしまい、危うく死ぬところだったらしい。そこでハジメが人工呼吸を施し…

 

 興奮したシアが思わず宿の目の前でおっ始めようとしたんだとか。

 クソぅ…そんなラッキースケベなシチュこそスマホで保存させて、あいつの黒歴史に収められるというのに…ミレディのところで長居した唯一にして最大のミスだっただろう。

 

 それより、今俺は自分の部屋で一つの実験を行なっていた。今はネアとシアは入浴中、ハジメ達は…お楽しみの最中だ。

 

 ベッドの上で右手を前に出し、小さく詠唱を行う。

 

森羅万象(ホロプシコン)…第20楽章、因子模倣」

 

 因子模倣により、完全なるコピーされたマスケット銃が現れる。迷宮での出番はゼロだったが、今度からこの銃はメインに使っていきたい。

 

 だが、前回の使用で課題点は見つかった。それが威力強過ぎに対する、俺の腕の耐久もたない問題。

 

 今回はこれを改善すべく一手に興じる。使うのは、つい先日手に入れられた最新の魔法。

 マスケット銃に通すイメージで、頭に入ってきた言葉をそのまま発した。

 

「第5楽章…空地転変」

 

 第5楽章空地転変。それは物体に係る重力を0にし、自由にかけることの出来る魔法だ。

 これにより人や物体に掛かる重力も調節でき、結果物体の浮遊まで可能となる。

 

 結果はすぐに現れる。ゆっくりだが、銃の重さが減少する。消費の魔力を強めると、銃が完全に俺の手元から離れた。

 成功だ…俺の前でフヨフヨと空中浮遊するマスケット銃に内心第歓喜だ。

 

 これはいけるぞ…銃の負担を無しに扱えるようになるかもしれない。それなら、俺の耐久も気にしなくて済むからな。

 

 そばで見ていたアルタイルも息を吐きながら感想を述べた。

 

『概ね成功だな。加えて銃の円滑な浮遊移動も行いたいところだ。君の負担も増えるがね』

「だなぁ…まぁ、幸い俺の動かす武器は遠距離だ。お前のように器用じゃなくても何とかなる」

 

 こいつはサーベルを何本も高速で相手に追従させたり、自身の周りに高速回転させて縦にしたり…とにかく器用に動かしていたな。

 だが、俺のマスケット銃は相手を狙って撃つ。良くも悪くもそれしかできないので移動の心配入らなさそうだ。

 

 それでも重力魔法での課題は多く残っているけどな。未だに”重力付与”なるものはできないし、ミレディみたいに体を浮遊させることもできない。

 

 だが、この先の戦い次第で必要になってくるのは間違い無いだろう。特訓あるのみ…だな。

 

「そうだ、お前に聞きたいことがあったんだけどよ?」

『藪から棒に何だ…まさか余にこれ以上厚かましく教えを乞うつもりか?』

「流石にそんなことはしねぇよ…お前に聞きたいのは、ネアのことだ」

 

 銃を因子に分解しながらふと、気になっていた事を尋ねることにした。だが一部の言葉で僅かに彼女の顔がこわばる。もしかして地雷だったか?

 それでも、ネアの件については今のうちに話しておきたかったからな。

 

『…ネアとの事なら余は特に何もないな。彼女の訓練次第では、或いは──』

「そう言う事じゃねえ。お前のネアに暴露したことだ」

 

 …ネアと近づくことができた出来事でもある、アルタイルによる完璧かつオブラートのかけらもない弾劾論破についてだ。

 あの時、俺の帰還も遅かったらネアは死んでいただろうし?精神的にもキツかったであろう彼女にノーガードの言葉責めは問題になるだろう。

 

 なるんだけど…はぁ、なんでこいつはこう…

 

『…余は事実を述べたまでだ。彼女の隠し事がそもそも問題であり、この先を行く上ではいずれにせよ必要な言葉だとも言える。そこに何か問題はあるか?』

「あぁ、全くないぞ」

『………』

 

 …何か言いたそうにしている。いや、何か言い返そうとしていたのだろうか。

 口をぱくぱくさせる姿はとても珍しい。そのままアルタイルは俺をダンマリと見て…何処か不満げに頬を膨らました。

 

『…君にしては賛同的のように聞こえるな』

「まぁ、お前の行動は正直、間違っていなかったと思う。いつかは彼女に向き合う必要はあっただろうし」

『…むぅ。何故か腹立たしいな。もっと君らしく正義の心に酔いしれて無防備な言い返しが来ないとは…』

「俺をどっかの正義バカと勘違いしてるのか?」

 

 まぁ、天之川なら絶対に言うだろうけど…ってか、そもそも彼ならネアの過去を許すこともない気がする。

 身にもない言葉でことを丸く収めようとして、結果彼女を追い詰めたりするだろうな…

 

 って、あのバカはどうでも良いんだよ。今はアルタイルの言葉についてだ。

 確かに、お前の言葉はキツかった。流石にネアに対して適切な言葉じゃなかったし、推理に調子に乗ったのもいただけないが──

 

「お前って本当に優しいんだよなぁ」

『待て、どうして脳内でそのような変換される。気でも狂ったか』

「いや、お前の方こそ気づいていないとは言わせないぞ?あいつの状態が一体誰に似ているかとかな?」

『…』

 

 1人で抱え込んで、誰にも頼る人がいなくて…そのまま押し潰れされそうな少女。一体どこの誰の創造者の話だろうな?

 

 要するに、アルタイルもネアにシンパシーを感じていたのだ。彼女なりの仮説か出来上がった時…その時に思ったはずだ。

 

 彼女を自分の大好きな人みたいに逃げて欲しくないと。

 

 だからその場合、自分の状況から逃げずに乗り越えてもらいたい、そう思ったはずなんだ。結果思いっきり追い詰めたけどな…

 

「お前の口数が少なかったのもそう言うことだろ?ねあに申し訳がなくって話しづらかった」

『……』

「いつの間にかネアのことナチュラルに呼んでるし、あいつが瓦礫に潰された時も思わず叫んでたし」

『…玩具は丁寧に扱う主義だからな』

「はぁ、もっと素直になった方がいいぞ?ツンデレでもこう、限度ってものがあるからさぁ──」

『フン!!』

「ったぁあ!!」

 

 と、急な衝撃に後頭部が悲鳴をあげる。部屋に叫び声がも黒してしまったが、そんなのどうでもいい。

 めちゃくちゃ痛い打撃に頭を抱える。後ろから今ぶったかれたよな?頭をさすりながら後ろを振り向くと…

 

 何故かそこにあった。見覚えのある、1メートルにも及ぶ長さのサーベル。獅子の紋章が取っ手についており、空が誰のものであるかは一目瞭然だ。

 

 何で…お前のサーベルがあるんだ?

 

「お、お前!いつの間にサーベルを実体化させられるようになった!?」

『重力魔法を手に入れたからな。君と同じ論理で生成ができるようになったのだ…それで?余が一体何だと?』

「…その調子で、ネアにも接してやれ」

『……』

 

 …まぁ、そのサーベルについて本当は聞きたいこともあるけど、今はこれくらいにしておこうか。俺らの部屋に近づいてくる魔力反応が1人いるからだ。

 そして扉のノックされた。外から感じる魔力的に…やっぱりネアだな。扉を開けると案の定ウサミミが最初に目に入ってきた。

 

「ん?ネア、どうかしたのか?」

「はい、少しお部屋にお邪魔してもいいですか?」

 

 風呂上がりで可愛らしい寝巻き姿の彼女は流石ハウリアと感じた。帝国民に同調したくはないが、愛くるしいのは確かだな。

 

「ああ、全然いいぞ?」

『…それにしても、君はシアはいいのか?彼女と同じ部屋だろう』

 

 まだ少し違和感を持っているのか、アルタイルがそんな質問をする。するとネアは少し苦笑い気味に答えた。

 

「あー、シアさんは今ハジメさんの部屋へ潜入を試みているようです…」

「…まぁ、今の時間あの2人イチャイチャしているだろうからな」

『彼がそれに気づかないことは考えづらいが…』

 

 まぁ、すぐに気づくだろうな。あいつ、初めて俺らに見られたあの一件から周囲への警戒を強くしてるし。

 もうドア越しだろうが、屋根裏だろうが、どれだけ彼が最高なシチュにいても秒で気づくくらい魔力感知に長けてるだろう。シアもその洗礼を受けるんだろうなぁ…

 

 何せ、その洗礼…俺も受けたし。脳天へゴム弾…痛い。

 

 気を取り直して、確かにネア1人じゃあ寂しいだろう。アルタイルの事もあるし、入れようか。

 

「まぁ、扉前で会話するのもなんだし、入りな」

「ありがとうございます」

 

 彼女を招き入れ、部屋は3人となる。ベッドの上にポスンと軽く座る彼女に俺はそういえば、と確認しないといけないことを思い出した。

 

 俺らの目的やハジメ達の目的…彼女の過去など色々整理がついた今なら聞くべきだろうな。

 

「俺達もそろそろここを離れるんだが、お前は結局、着いて来るんだな?」

「はい。これからはクオンさんの旅で力をつけて…皆さんにしっかりと謝りたいです」

 

 しっかりと俺の目を見てネアは答える。本当の目標を見つけた今、彼女のこれからの指針はたったようだ。

 それに、と彼女は俺だけじゃなくアルタイルにも目配せする。

 

「アルタイルさんの言葉も、クオンさんの言葉もどっちも私を現実に戻してくれました。このままだと、私は何も出来ずに、何も成さずに死んでいたかもしれないです…ありがとうございます」

「『……』」

 

 ペコリと謝罪も兼ねたお辞儀に俺らは驚いていた。

 

 思ったよりも逞しくなってやがる。自分の過去を乗り越えようとしている時点で、もう着いてくる資格はあると思うけどねぇ…

 

 そこのところどう、姫君さん?

 

『…フッ、それで余の教育から逃げることが許されないが、君はそれでも来るか』

「勿論です!アルタイルさんもよろしくお願いします」

 

 ふんす、と鼻を鳴らす彼女に、アルタイルに笑みが入る…よーし、2人の関係も変に拗れずに済んでよかった。

 そして、こいつが一緒に旅をするなら進呈してやらないといけないものもあるな。

 

 因子収納から一つの長袋を取り出す。

 

「……それなら祝いの品を渡さなきゃな」

「?」

 

 ネアは何かいまいちピンときていないようだな。袋を取り外しながら俺は続けた。

 

「いや、2つ目の迷宮をクリアした訳だろ?ネアにとっては1つ目をクリアしたことになるし」

「ですです…まぁ、皆さんに引っ張って貰いっぱなしでしたが…」

 

 いいや、足なんか全然引っ張っていない。むしろ、成長度はシアに並ぶ一位じゃないかと思っているくらいだ。

 まぁ、褒めても謙遜するだろうからそれ以上は言わないがな。

 

「という訳で、俺から2つほどプレゼントしようかなぁと」

『……重力魔法を手に入れて脳に影響でも出たか』

「普段の俺への考えがよーく分かったよアルタイル」

 

 ちょいとこいつには俺への態度認識の確認が必要そうだなぁ?

 …ここで突っかかってたら進まねぇな。袋の開封が進み、だんだん中のものが見え始めた。

 

「ってことで、先ずはハジメからのプレゼントだな」

「ナグモさんからです?珍しいですね…」

『補足すると、南雲殿に依頼をした久遠からだな。本来は余が容認するまでは与えないつもりだったが?』

「ま、それでも必要な装備品だから受け取れ」

 

 完全に袋からその武器を取り出し、全貌が明らかになる。黒い刀身に銀色が添えてある柄。鞘から抜けば漆黒の頭身が更に現れて顔が照らされる。

 

 長さは50cmほど…だが、それが2本手元にある。この世界にはないであろう美しさにネアは目を奪われていた。

 

「剣…です?でも薄い…それに見たことも無い黒色です」

「ハジメの技術が詰まりまくった一品だってよ。刀って言うんだが、これを2本やるよ」

 

 刀にしては短いんだがな。でも2本あることでネアは二刀流になれるのだ。

 今回、ネアの素早さや能力を考慮した結果、刀をはじめとする剣術も可能ではないかと考えた。

 

 元々アルタイルの訓練でも使用していたし、既に適性は感じられたからな。

 あの時はなまくらの不良品だったが正式参加となれば話は別だ。彼女にふさわしい武器が必要となる。

 

 案の定、彼女は首を振りながらもらうことを拒否しようとしたが。

 

「こ、これほどの武器…私には不相応では無いです?」

「フィジカルの塊であるシアがあれを持ってるんだ、お前も使う資格はあると思うぜ?」

 

 第一、あいつのハンマーとか高性能すぎるからな。ロケランも発射できるし。

 それに比べればこの武器はハジメが刀の試作品として作ったに過ぎない代物で、効果もない。

 

 だから本当はもう少し質の良いものを渡すべきだったんだがな。でも、これからの旅で心強いのは間違いない。

 

 ネアはしばらくもらうのを迷っていたが、やがて二つの柄をしっかりと両手で握った。

 

「…ありがとうございます。2本とも大切に使います!」

「おう…ところで、それ名前ないらしいからお前が付けていいらしいってあいつからの伝言だ」

 

 まぁ、名前も刀だけじゃあ物足りないしな…俺の銃ですらマ○さん銃って名前だし。

 

『2つの名刀…南雲殿曰く、試作品だそうな』

「あぁ、確かモデルは村正の刀らしいぞ…二刀流なのは勿論──」

 

 ロマンだな、うん。分かるぞー。歴代の代物を名前に付けたくなるハジメの気持ちもわかる。

 多分、このままあいつなら0号とか、アルファとか付けてカッコよくネーミングしたはずだ。

 

 ネアは俺らの情報を聞いて少し頭を唸らせて──

 

「……じゃあ、ムッくんとマッさんで」

「『…………』」

「よろしくです、ムッくん、マッさん」

 

 …うぉう。これは予想外…まさかお笑いコンビみたいなネーミングになるとは。

 というか、もしかしてネアってネーミングセンスないの?アルタイルもそうだったけど、まさかお前もか…

 

 この先、彼女に名づけされる武器が少し心配になるのだった。

 

 気を取り直して、今度は俺からだな。少し大きな袋を因子収納から取り出す。

 こういうのもアレだが…俺のはハジメのより絶対にいけてる自信がある。そのまま袋をネアに渡しながら、ベッドから立った。

 

「続いて、俺からのプレゼントだ。ほれ」

「これは、袋?開けてもいいですか?」

「おう…それじゃあ一旦外出るから、アルタイルは着付けの手伝いをお願い」

『むっ、余の必要があるのか』

「へ?」

「それと、それがネアの戦闘服になるから、よろしく」

「え?」

 

 未だに疑問顔のネアを置いて、俺は外に出る。さて、彼女にどれくらい似合うのかが楽しみだ。

 

 俺の力作である──彼女の新しい戦闘服に。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「で、これがその結果…だな?」

「……ん、それで…」

「ネ、ネアちゃん…大丈夫ですぅ?」

 

 三者三様。わかりやすいリアクションをしたハジメ達だが、その目線は一人のハウリアへと移っていた。

 まぁ、当の本人にとってその視線は毒なのだろうが。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 

 顔をトマトのように赤面させている姿は以前の彼女からは見られない激レアでは無いのだろうか。このまま爆発するんじゃないか心配なレベルだ。

 

 旅立ちの日に新調した装備で合流した俺ら。俺とアルタイルは通常通りだが、いよいよ正式メンバーになったネアが新しい戦闘服を披露することになった。

 周りからの視線も思わず彼女に向いており、それがハウリアであるだけでは無いのは明らかだ。

 

 注目を浴びている理由は、その異世界ではあまり見ない格好にあるからだろう。

 

 着物を、和を基調としたスタイル。赤と黒の布地が重なり、小柄な体にピッタリフィットしている。しっかりと柄付きで、よくこんな着物生地を見つけられたなと褒めたい。

 まぁ、刀を使うんだし、動きやすい格好にした方がいいかなぁと、ね?

 

「ね、じゃないです!クオンさんの鬼!悪魔!破廉恥!」

「いやぁ、至高だ…こんなに着物とどストライクな子、なかなか居ねぇぜ」

『欲望に身を任せた結果が、あれか…まぁ、似合ってはいるぞ』

「は?は、いるんですね!アルタイルさんが、はと!」

『…あぁ、似合っては、いるぞ?』

 

 歯切れの悪い返答…おーいアルタイルさんや、お前もこれ系は好きだろ?

 

 だが彼女はその言葉で更に手で顔を隠すことになった。いや、それでも服は隠れてないんだけどな。というか、紺色の髪が垂れて赤とのコントラスト…うーむ、これは100点。

 赤い花の髪飾りも相まって、物凄い似合っている。

 

 もう俺はアルタイルの端末で大量のデータを収めている。ここまで俺の傑作が似合う子はそうそう居ない。

 すると眺めていたユエさんがチョイチョイとハジメの袖を引いていた。

 

「……でも、違和感がある」

「ユエ?」

「『着物』は来ている種族が過去にいた…けど、その服は少し違う」

「…へぇ、それに気付くとはな」

 

 ユエさんの指摘通り、本来の着物とは少し違うスタイルに仕上がっている。何せ、本来隠れているはずの美脚が正面から見えているのだから!

 

 そう、着物だけには収まらない、最強の混合ジャンルを今、ここに!!

 

「この服装、そう!新しいジャンルとして制作した、着物とゴスロリのハイブリッドなのさ!」

「堂々と胸はられても困るですぅ!!」

 

 ネタの雄叫びに似た悲鳴が響くが、そんなの今のハイテンションな俺の耳には入らない、入らせない。

 

 そもそも着物ドレスというハイブリッドはもっと流行るべきだ。妖美な美しさは何方も兼ね備えているもの。それを合わせるのになんの抵抗がある!

 

 その証拠に、如何にも洋風な要素が散りばめられている。

 着物の場合は大抵足まで全てを覆うので、アウトドアには厳しい。男性用でも然り。流石にネアや俺みたいに跳ぶ、動作が厳しいのだ。

 

 かといって、女性侍のような褌にしたスタイルもいけ好かない。というか俺は別のがいい。

 

 そこで、着物はあくまでも上半身、腰から下はフリルスカート仕様にしたのだ。実際動きやすい格好はこれか、ズボンなど重みの少ない物だからな。

 だが!ここで終わる俺じゃない。無論、工夫を凝らして改造している。

 

 それがスカートのフリルの途中までを着物生地にするところ。これにより黒のフリルが違和感なくメインの着物に溶け込むことになった。着物ドレスというジャンルは存在するが、それを自然に取り入れると中々様になってる。

 

 他には…あっ、萌え袖にしてる。袖にもフリルを付けてキョンシーみたいな仕上がりだ。

 

 …何か後ろのハジメの視線が物申したい感じになっているが、お前が色々な機能もつけてくれたんだぞ?

 この着物に隠されている機能、次の戦いで活用できればいいな。

 

「お前、すげぇな…ここまで欲望に忠実なコス…戦闘服は中々作れねぇよ。手伝った俺が言うのも何だがな」

「フッ、やっぱりゴスロリは避けられねぇからな。戦闘服じゃなかったなら、もう少しアクセを増やすつもりだったんだが…」

「私は着せ替え人形ですか!?」

 

 おお、ネアのツッコミがいつも以上にキレッキレだ。服を変えたことで心機一転したのかなっと。

 因みにゴスロリ要素は増やせればもっと出来た…布生地の薄い黒手袋をつけたり、カラコンを付けたり、リボンや花などで華やかに…

 手持ちのフリル傘なども欲しいな、それだと外見受けがさらに良くなる──

 

 ……うん、それは今度また機会があったらにしよう。今は戦闘面をメインに考えた結果、着物とゴスロリの比率は8:2ってところか。

 

 端末から呆れた声がした。アルタイルだ。ネアの衣装に思うところがあるのだろうが…

 

『文句は多いだろう…だが、戦闘面でもかなり理に叶っているのだ、ネア』

「へ?」

「ああ、流石にガワだけじゃあ意味がないからな」

 

 例えば上の着物、下のスカートというスタイルは動きやすい。

 特に着物の萌え袖には彼女の宝物庫も存在し、宝物庫というチートアイテムを相手に見せずに出すことが可能。

 

 これで例えばハジメの銃をいきなり乱射すれば戦うメイドさん、基、戦うキョンシーちゃんの感性なのだ!

 

 ちゃんと刀掛けの金具も別途でついているし、帯で自分の意思で体のフィットをいじることができる。見た目に反して通気性の良さ、着脱の便もあるのだ。

 

「そ、そんな機能が…」

「そうだ。これにはハジメにも手伝ってもらったんだけどな」

「おう…だがこれはこいつの案をそのまま作っただけだ。だからそんな目で見るんじゃねぇ」

 

 ネアのみならず、シアまで細目で見られるハジメは放っておき…うん、サイズも問題ないようだな。

 

 するとアルタイルが俺へふと質問してくる。

 

『それにしても、久遠も余の知らぬ間にこのようなものを作っていたとは…』

「ああ、前にお前らが訪れた服屋あっただろ?あそこに原案は依頼しててな」

「『いつの間に……』」

 

 あの店、店員さんがゴツい見た目しているだけで、扱っている布地はどれも質の良いものだった。

 今考えてみれば、ライセン祭迷宮での戦いでシアの衣服がボロボロにならなかったのが何よりの証拠だ。

 

 それにあの人、俺の趣味に理解を示していた…あんな装いだからこそ、「こっち側」の存在だ。異世界も捨てたもんじゃない。

 

「ま、そういう事だ。嫌なら他のを用意するけが、これ以上の傑作はそう生まれねぇぜ?」

「傑作じゃなくて珍作です…まぁ、いいですけど。実際、戦闘服……いや、アーティファクトに並ぶ性能じゃないです?」

 

 周りの視線に気にしながら、しかしどこか嬉しそうにしている…?

 あれ、羞恥心マックスだったけど、案外慣れれば問題ない感じか?それはそれで製作者として嬉しい限りだが…

 

「それに、クオンさんからのプレゼントですから」

「…そうか、なら良かった」

 

 …俺が作ったから嬉しいようだ。少しはにかんで袖で顔を隠そうとする姿に周りからガシャーンと音が鳴る。

 

 oh.やべぇ、想像以上に様になってやがる。このままだと情緒までトリップするぞ。それほどこのウサミミ少女の破壊力は壮絶だった。

 

 隠すために彼女の頭をワシャワシャ撫でると更にニコニコする…やっぱり可愛いなこいつ。

 ハウリアではあるが、この応対は猫を想像してしまう。愛でてる気持ちが凄いな…

 

 …後ろの3人もニヤニヤしてなきゃ最高に良かったんだが。

 

「…何ニヤニヤしてんだよ」

「別に?ただ、お前らいつの間にそんな関係になったと思ってな」

「ん…ライセン大迷宮で、進展?」

「はぇ〜、ネアちゃんが、一之瀬さんに惚れちゃいました!」

 

 そんな関係ってなんよ…まぁ、心は以前より開いてくれたし、距離感も近くはなったが…

 3人の生暖かい視線に耐えれず頭を撫で続けるのだった。ワシャワシャ。

 

「…あの、クオンさん。少し恥ずかしいです」

「あっ、悪いな」

『…君もか、垂らしめ』

「……?」

 

 ネアの照れの混じった声で手を離したが、何故かアルタイルにそっぽ向かれた。え、俺そんなに触りすぎてたか?

 

 …まぁ、ネアから何かしら気を引かれてはいるのだろうが…マサカネー…

 

「それで、次の場所はどこになるのです?」

「あぁ、ハジメと相談した結果、目指す先はフリューレンだ。そこに次の試練があるからな」

 

 魂魄魔法はもう少し後になるかもしれないが…うん、今はハジメに着いていく方が後々動きやすいと判断した。

 出来ればすぐにアルタイルを現界させたいが、人女があるからな…計画的に物事は進めなきゃならないからな。

 

 さて…あっ、忘れてたな。ネアの方へもう一度振り向き、これからの旅への挨拶と行こうか。

 

「それじゃあ、これからよろしくな…ネア」

『この旅路に精々、一興となって変革を見せることだな…ネア』

「はい。よろしくお願いします、クオンさん、アルタイルさん」

 

 俺たちは3人になり、旅を再開する。

 




ちょいと補足…

一之瀬久遠
→今回の迷宮で仲間になったネアとアルタイルの関係を良好に戻す合作をしており見事に成功。彼自身、アルタイルの気持ちは正確に汲み取っており、もう少し素直になればと考えていた。尚、ネアの服については完全の趣味である。彼は何と…何と、重度のゴスロリフェチだったのだ!(それでも今回はかなり抑制して服を作った)

アルタイル
→彼女はネアにそれなりの言葉をぶつけてしまい内心申し訳なさを持っていた。が、久遠にフォローされながらもネアとの関係は持ち直すことができた。彼女は成長している。被造物だった頃の人間に対する憎しみにのみ囚われていた彼女から。少しづつ、少しづつ、彼女は人らしくなってきている。

ネア・ハウリア
→「こんな服…やっぱりクオンさんは変態不審者さんですっ!!」
挿絵
【挿絵表示】


上の挿絵はAIで適当にキーワード入れて生成した後、自分でいくつか手直しさせています。何回もAIにかけているので、さすがに誰かのパク絵にはなってないと思いますが…もしあれば即刻削除します。まぁ、あくまでもネアちゃんはこんな子だぞ〜ってイメージつけば良いですし。

さて、一応2章本編はこれにて終了。残りは外伝ですね…むしろ、こっちが本編までもあるけど。

ではでは〜


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外伝三話 デイ・ドリーム・カーフェ

実質一年ぶりの、生徒サイドです…でも予めに、勇者の出番は無いYO!


 ハイリヒ王国の訓練場にて。綺麗な満月が南を差し掛かっているこの時間は騎士団やメイド達は夕食を済ませた後だ。その為、訓練も終わっているこの場所は静寂に包まれている。

 

 そんな静寂を破っているのは風の割れるような音と、誰かの息継ぎだ。刀を振れば風を斬るかのように周りに空気の移動が行われ、それが強くなればひとつの斬撃となり虚空を飛ぶ。

 

「ふっ!…ふっ!……はぁ…」

 

 一心不乱に素振りをし続け、いつの間にか数えることすら忘れていた事に雫は気づいた。

 …途中までは数えていたものの、雫の中で考えが纏まらずかなりの時間が経過してしまったようだ。

 

 その状況でも型が崩れなかったのは彼女のストイックさの賜物と言えよう。だが、間違いなく集中力は途切れており、自主練の身に入らなかった事を彼女は反省した。

 

 それもこれも、大体は一人の男のせいだと結論づけられるからだが…

 思い出すだけでその後任された事までが着いてきて腹が立ってくるのだった。気を取り直して素振りをもう一度──

 

「はぁ…あいつ、今度会った時はそれまでの面倒事の数だけお見舞いしてやろうかしら」

 

 だが、やっぱり彼女は愚痴を吐く。この1ヶ月で起こった事だけでも彼をタコ殴りにできるくらい数えられたからだ。

 

 話は1ヶ月前に戻る。王国では勇者達に対する対応が目まぐるしく変化していた。

 先ず、メンバーの度重なる減少。1名は死亡し、2名は脱走という事実に王国内では神の使徒への扱いが問題視されていた。

 

 もちろん、指導者の指導問題が指摘されたりした。メルドがその一環で罰則を食らい退役にまで追い込まれたが、雫を初めとする多くが必死にそれを食い止めたため減給と反省書で済んだ。

 

 まぁ、これも勇者の一声によって決まったようなものだが、これ以上ない指導者として尊敬する雫もこれには一安心である。

 

 そして王国だけでなく、生徒の反応も極端に別れてしまった。

 天之川を初めとする勇者パーティは、より一層訓練に励むようになった。中には甘い考えの者もいるが、全員が着実に力を伸ばしているのは確かだ。

 

 一方で、それ以外の生徒たちの殆どは自室に引きこもってしまった。現在の王国はそれを容認しているが…その効果がどれだけ続くか分からない。

 

 何故なら、生徒らの保護を約束させた張本人がここに居ないからだ。

 また彼の存在が出てきたことで彼女はため息を吐いた。

 

「今は光輝を通じて彼らは保護されてるけど…時間の問題よね…」

 

 天之川もいつ気が変わるか分からない。現在は彼らのメンタルも理解しているが、戦況によっては他も参加させようとする可能性がある。

 せっかく、まだ自分達には選択の余地があるのに、ここでそれが潰れて仕舞えば死人が増えるかもしれない。それだけはどうしても防ぎたかった。

 

 今でもあの時を回想するだけで唇を噛んでしまう。ベヒモスとたらうむソルジャーに挟まれた時の絶望。ベヒモスに何一つ与えられなかった無力感、ハジメが奈落へと落ちていく光景…

 

 正直、こうして剣を振らなければ気が動転しそうなのは確かであった。もっと強くなって、あのような出来事は起こしてはならない。

 香織も回復魔法の成長速度が誰よりも上がってきている。そんな彼女を支えるために、自分ももっと──

 

「雫様、そろそろ休憩されてはいかがでしょうか…?」

「ニア!…そうね、何かが足りないと思っちゃって」

 

 またしても余計な雑念が入り込んでいたせいか、いつの間にか担当のメイドに声をかけられいることに気づく。

 振り向くとニアがタオルを持ってきてくれていた。もう習慣となっていた雫の訓練で渡すタイミングを見計らっていたのだろう。

 

 ありがたくニアからタオルを受け取って汗を拭いた。一気に湿り出すのを感じて、今日は一段と動かしていたようだ。

 

「雫様…恐れながら、ここ最近は根詰めすぎではないでしょうか?神の使徒であるあなた方が強固な身体であることは重々承知しているのですが…」

「ええ、ありがとう…そうね、実のところ私も集中が途切れているみたいなのよ。色々と考え込んじゃって」

「…それは、一之瀬様や、南雲様のことでしょうか?」

 

 直ぐに雫の考えを読むあたり、やはりニアというメイドは観察力に長けている。それとも雫との相性が良いだけかもしれない彼女に少し驚く。

 雫は彼女の問いに否定しながら答えた。

 

「私は…いいえ、私達が甘かったのは紛れもない事実。一之瀬君もそれを1番理解してここを出たんだもの、何も言えないわよ」

 

 別れの時に生徒のことをさりげなくだが託されたのだ。みんなを繋ぎ止めるために相応の力を求めているが…八重樫道場のものが観れば揺らいでいると叱責ものだろう。

 

 雫はそれに気づいていない。異世界という環境もあり、無意識に仲間を束ねる焦燥感に駆られている。そんな状態では少し休憩が必要なのも当然だ。

 

 そのことに気づいたニアは何か手はないかと考える…と、何か閃いたようで、手を叩く。彼女なりに良い解決策があるらしい。

 

「…そうです、雫様!実は先日市場で──」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「それで私達も呼ばれたんだね!」

「えぇ、お互い最近は気を張りすぎてたから、こんな時くらいはリラックスする必要があると思ってね」

 

 場所は変わり、雫の部屋。香織との2人部屋でも広く感じる王城の個室だが、今は大変賑わっていた。キャッキャしながらベッドの上で香織は雫の話を聞きながらニアさんを見た。

 

 そのニアさんはと言うと──

 

「し、雫様…てっきり私は1人でお飲みになるのかと…」

「そのつもりだったんだけど、帰りに香織達とばったり会っちゃったから。この際、友達とも一緒に楽しもうって」

「それは……分かります…が!」

 

 肩を震わせながら、小声で雫に訴えていたが恐る恐る視線をテーブルの方へ向ける。そこには雫が部屋に向かう途中、ばったり出会った友人と言える存在がいた。

 

 煌めく金髪と紺眼は異世界ならではの特徴であり、それを踏まえても美しい。何気ない所作や話し方から溢れ出る王族の風貌がまた彼女の存在を引き立てていた。

 そんなお相手様に、たかがメイドの一端であるニアが平常を保てるはずもない。

 

「クビですか?私、メイドとして有り余る行為をしてしまった私はクビですか?そうですよね…メイドの立場で対等に立とうとしましたね…」

「ニア!?」

「ニアさん!どうしちゃったの!」

「アハハ…やっぱり私が着いて行ったのが間違いでした」

 

 そう言いながら、ハイリヒ第1王女のリリアーナはどこか困った顔をする。ばったり会ったのは何も香織だけでは無い。丁度リリアーナが何時ぶりかの仕事を終えたところ雫と会ったのでそのまま誘われてきたのだ。

 

 一国の王女…しかも自分を雫のメイドとして態々取り扱ってくれた姫が目の前に現れるのだ。ニアはガクブルしながら涙目になっている。

 その姿にため息をついたのは彼女の上司で、メイドを総括しているヘリーナである。彼女はリリアーナの専属メイドでもあるため同行してきたのだ。

 

「ニア、メイドとしての務めを果たしたいのなら、リリアーナ王女に正しく接するべきですよ」

「は、はいぃ!」

「先が思いやられますね…」

 

 再度、苦笑いする一同。雫達の立場は特殊な上、リリアーナから気軽に接してほしいと言われていたから軽いものの、確かにこれはニアが普通の反応かもしれない。

 

 彼女を落ち着かせるために、この集まりを催した雫がフォローした。

 

「そ、それで?ニアの見つけた不思議な飲み物って何かしら?」

「はい!…こちらを実は市場の一角で見つけました新種の豆を独自の栽培魔法で育て上げた逸品のようです」

 

 気を取り戻しながら、ニアは持ってきていた物を取り出す。しかし中に入っていたのは想像していた茶葉ではなかったのだ。

 

 透明な容器の中に、濃い茶色の粉末が入っている。既に容器の外から香りが溢れていて、それは一部の人に懐かしさを与える物だった。

 珍しい色にリリアーナは見開き、対照的にヘリーナは目を細める。

 

「リリアーナ王女、こちらは……」

「大丈夫よヘリーナ、それでニアさん?こちらはどのような紅茶になるのですか?」

「いいえ、紅茶ではありません…豆から抽出した飲み物…独特の苦味と風味、そこから落ち着いた味が見出されると聞きました…市場の方はそれをカーフェ?と呼んでいましたね」

「「……」」

「まぁ…それは試して見たいですね」

「苦味からの美味しさ…なるほど…」

 

 ニアの言葉で興味を持ち始めているリリアーナ、へリーナに対し、雫と香織は思わず顔を見合わせる。

 

 豆から抽出…苦味と風味……カーフェ?

 

「雫、それに香織も…どうかしたのですか?」

「いえ、その話…」

「聞く限りだけど、私達の世界にもある飲み物だと思って」

 

 思わず反応してしまったのはそう、彼女の説明による飲み物が、どう考えても地球でもよく飲まれるコーヒーと類似しているからだ。

 

 同時に、不安も襲いかかってくる。コーヒーは誰もが好む飲み物ではない。例に挙げると、久遠は甘口を未だに好んでいたりする。

 確かに独特な苦味、そして落ち着く味がある一品だが…それが果たして異世界人の間にも通づる物なのか。

 

 そんな2人の心配を他所に、ニアは売り手に教えて貰った方法で豆を通してお湯を注ぎ、全員分のカーフェをコップに注いでいく。

 やがてカーフェ独特の匂いが全員に届き始める。不思議、でも落ち着いた香りに現時点でリリアーナ達は別に嫌悪することなく受け入れられている。

 

「それでは、皆さんもどうぞ…姫様もこちらを」

「ありがとう…これがカーフェですか…よく飲む紅茶と比べて色がとても濃いですね」

「えぇ…それにこの匂いも元の世界のと遜色ないようね」

 

 では、と5人がそれぞれ口にした。新たな挑戦への一歩である。

 

 

 ゴクリ……ふぅ…

 

 

「うぅっ、紅茶より全然苦い…ですが何でしょう、これはこれで癖になる味ですね」

「確かに…本来の紅茶と違い味が口に残る気もします。一息着きたい時にはこちらが欲しいですね…ここ1番の踏ん張りどころでも…」

 

 リリアーナの初々しい感想に対して、ヘリーナは意外にも気に入っていた。少し、発言がブラック企業につけ込みそうなニオイがしたが、きっと初めての味にオーバーなだけだ。

 

 雫達もカーフェの味が予想通りのものでホッとする。香織は少しミルクを足しながら美味しさを共有していた。彼女も舌は甘いらしい。

 

「雫ちゃん、これとっても美味しいよ!ちょっと苦いけど…」

「えぇ…異世界のコーヒーもあっちとは引けを取らないわね…って、優花が怒りそうだけど」

 

 思い出すのは地球でのウィステリアという、園部優花の両親が営む外食店のコーヒー。

 落ち着いたシックな店内とマッチしたコーヒーに引けを取らない…でも優花ならそんなことはないと張り合う姿をついつい想像してしまう。

 

 そんな彼女は今、愛ちゃん先生を筆頭に別行動で王都から離れているのだが…今はその事も忘れるくらい、雫達はこの味に浸っていた。

 リリアーナも一口飲んで、やっぱりの苦さに舌を出す。それに他も思わず微笑んで、空気が一層軽くなる。

 

 結論からして、この世界のコーヒーは普通に受け入れられるらしいと分かったのだった。女子部屋で、ゆっくりとした時間が過ぎていく。

 

 各々がカーフェを楽しむ中、雫がニアに振り返る。自分達の事を心配してくれた配慮に感謝したいからだ。

 自分でもたとえ意識していても、誰かを失った喪失感や、不安は払われない。なるべく取り繕っていても自分の傍付きにはバレてしまっていた。

 

 更にはこのような気遣いまで…改めて自分がやられていたか再認識できた。

 今回みたいにリラックスして気分転換させるのも必要だとも思ったのだ。

 

「ニア…ありがとう。私も思いの外、気を張りつめすぎていたみたい。親友を支えたくて、知り合いを心配しちゃって、集中も切れちゃって…」

「雫ちゃん…」

 

 香織の悲しむ顔は見たくない。久遠に責任を感じさせたくない…そんな思いが思いのほか雫自身にプレッシャーを与え過ぎていたのかもしれない。

 アルタイルに言われた気負いやすい性格も再認識して、内心苦笑する。これでは本当に潰れちゃうじゃない…と。

 

 香織の悲しそうな顔に大丈夫よ、と返しながら雫はニアに戻った。こんな時にニアにも心配させていたら、いざとなった時にベストなコンディションで戦えない。

 こうしたオン、オフこそが彼女のモチベーションになるのだ。今回、それを肝に銘じた。

 

「──でも、こんな風に落ち着くのも大事よね。これを機にしっかりと休む事も考える事にするわ…だから、ありが──」

「うぅぅ──ー、雫さまぁぁぁあ!!」

「へ?…に、ニア?えっ?」

 

 だが、言葉にする前に予想外の事態が起きた。いきなりニアが泣いたと思いきや、雫に抱きつくように倒してきたのだ。

 思いもよらない出来事に雫も目を白黒させる。あれ、自分のメイドってこんなキャラだったっけ?

 

 それは周りの3人も同じようで何事?と動けずにいた。

 

 先に我に返ったのはへリーナだ。メイドを率いる彼女としての責務が帰らせてくれたのだろう。

 

「ニア!仕える者を抱き着くなど、メイドとして有るまじき行為ですよ!」

「嫌です!私ぜぇぇぇったいに雫様から離れないですからぁ!」

 

 だがニアは驚くことに上司であるへリーナの言葉まで無視して雫を抱く手を離さない。それどころかガッチリと握る力を強めた。

 普段の彼女とは全く見られないような態度に全員唖然としている。

 

 そのまま彼女は怒涛のマシンガントーク…いや、マシンガン自虐を始めた。

 

「一之瀬様に仕えていたのに、いきなり何処か行っちゃってぇ〜!私の奉仕が間違っていたとか、仕事以上に接触しすぎたとかぁ!思っちゃって内心ビクビクしてましたぁぁ!」

「えっ?……あぁ、一之瀬君ね!そうよね、酷いわよね、確かにいきなり旅立っちゃったからね──」

「騎士としての道を応援してくれてたのに、あの時はクビばっかり考えてましたよ!剣を持って相手の首を跳ねる以前に、自分のクビが危険とか洒落になってないですもぉん!!」

「香織ぃ!助けてニアがおかしくなっちゃってる──!!」

 

 コーヒー以上にブラックなジョークを泣き叫びながらニアは雫を更に抱きしめる。ミシミシと彼女の身体が鳴り始めた…流石、騎士の家計は伊達じゃないことが分かる。

 

 香織がドードーと彼女の背中をさする。すると力が僅かに弱まっているみたいだ。メイドは馬なのか…?

 

 それにしても摩訶不思議な…先ほどからは想像もつかないほど尺変したニアにリリアーナ達が心配になるくらいだ。

 原因とも思われるカップに目を落として口を開けた。

 

「これ、本当に大丈夫だったのでしょうか…もしかして幻覚作用などの薬が…」

「それは…可能性としては低いかと。現にニア本人が全員に均等に注いでいましたので、効果は私達にも及ぶはず…」

「……もしかして──」

 

 そんな中1人だけ、香織がハッと気づいた。

 ハジメを知るために知識を溜め込みまくっていた香織はニアの症状に似たのを出している者を知っていた。カーフェ…つまりコーヒーを飲むことで起こるフィクションな症状。

 

 それに全員の注目が集まる中、核心に迫った答えを口にした。

 

「いや…えっと、普通は有り得ない事だけど…多分ニアさん、カーフェに酔っちゃってるんじゃ…」

「「「えっ??」」」

「えへぇへぇ……雫さまぁぁ……」

 

 バッと彼女を見れば、顔が妙に火照っている。呂律も回らないようで、雫を抱く姿はさながら主の上で気持ちよくなる猫のような…

 間違いなく酔って情緒不安定になっているメイドのニアであった。

 

 しかしここで果て?と疑問に思う。カーフェ…コーヒーで人は酔うのか。

 何せアルコールなど入っているわけ無いのだ。コーヒーと同じ概念なら尚更、酔う理由が見つからない。

 

「香織、カフェインって脳を活性化させる作用あって、麻痺させる訳じゃないと思うのだけど…」

「うん、でも漫画とかでニアさんと似ている症状の人読んだことあるし…多分雰囲気もあって高いテンションなんじゃないかな?」

「ではニアさんはカフェイン?に酔う体質なのでしょうか…?」

「うん、そうだと思うよ…まさかここまでの反応とは思わなかったけど…」

 

 その作品でもカフェインでハイになっていた…が、異世界でこのように泣き上戸にまで至るとは思うまい。

 その本人は香織の話にも一切気にせず泣きべそをかいている。雫への力は少し収まったが、抱き枕のように抱えてしまっている。雫の表情が何とも言えない真顔になった。

 

 部下メイドの変わりように、へリーナはカーフェを眺めながら考えていた。落ち着いた味とは引き換えに呼び寄せる高揚感と一時的な凶暴化…今一度検討し直す必要性が出てきた。

 

「これは他のメイドに普及させる前に確認を取らねば行けませんね。ニアのような患者が現れれば大問題ですよ?」

「アハハ……ニアさんみたいな反応は滅多にないと思うけどね…」

 

 おそらく、ニアの症状も初めての味で少し弱みを吐きたくなったから…そんな理由だと思われる。現に彼女は自分が雫のメイドになってからの不安などを中心にないているからだ。

 

 そのまま彼女は酔った口調でポツリポツリと言葉を垂らしていった。

 

「一之瀬様が行けないんですよぉ…私がこんな経歴を持っているにも関わらず優しくして〜…ヒックッ、姫様以外で騎士なんて応援してくれる人いなかったですからぁ〜」

「ニア……」

 

 …久遠の脱退でニアも無影響とはいかなかった。むしろ、彼女が久遠への奉仕を頑張っていた分いなくなってしまったダメージは大きかったかもしれない。

 

 だんだん、声の張りがなくなっていく。カーフェによるブーストの最高潮は過ぎたようで、後は心に溜まった感情をそのまま話しているようだ。

 

「雫様に取り繕ってくれたのも一之瀬様ですし…私これ以上彼に何が出来ますかぁ!勝手に出て行っちゃった彼に私はもう何も出来ないじゃ無いですかぁ!言葉を送ることくらいしか…グズん!」

 

 そして感じているのは、もう彼に何もしてやれない責任。雫も感じている後悔と似たものだろう。自分以外に悩んでいる人がこんなにも身近にいたなんて。

 

 どうやら自分はいつも以上に視野が狭くなっていたようだ。ニアとのシンパシーに雫は優しく、諭すように声をかけた。

 

「ニア、彼は絶対に帰ってくるわ…あんな奴だけど、本気の嘘は付かないタイプだからきっと、ね?」

「うぅ……雫様…」

「だからそれまでに出来る精一杯の事を考えましょう?確か貴方の紅茶を気に入ってたし、紅茶の腕をもっとあげるだけでも嬉しいと思うわ」

 

 ニアの紅茶は絶品である。それは雫達の間でも周知されている。だが彼女の紅茶を最初に褒めたのは…彼女が始めに担当していた久遠だ。

 

 その言葉が響いたか。ニアの握力が弱まる。エネルギー切れが近づいているらしい。

 雫は笑みを浮かべて自身の気持ちも表に出す。これは、自分への言葉でもあるのだ。

 

「みんな心配してる…貴方の気持ちもよく分かる…だけど泣いてしまっても彼は帰って来ないわ。だから考えるのは彼が帰ってきた後に私達が何を出来るかだと思うの…だからニア、私達も頑張ろう」

「……はぃ…」

 

 そのまま彼女の力が抜ける。すると少ししてスーぅーっと息が聞こえるようになった。どうやら眠りについてしまったらしい。

 尚、勘違いしないでほしいがこれは一杯のカーフェにより起こった出来事であった。流石はカフェイン…魔法のような力を発現させる。

 

 眠るニアに、今まで傍聴していたリリアーナがポツリとつぶやいた。

 

「ニアさんも相当こたえていたようですね…」

「はい、私も見落としていました…雫様、今度彼女に休暇を与えようかと思っているのですが…」

「えぇ、うんと取らせて…」

 

 一回、彼女にも睡眠を取らせるべきかもしれない。前の専属メイドから朝から晩まで働いていたのだから。

 

 周りはゆっくりと元の状態に戻る。もうカーフェはすっかり冷えていて、予想以上にイベントが濃い。

 

 話題転換とまでいかないが、とリリアーナが始めた。

 

「それにしても、一之瀬さんは皆に想われていますね…まさかニアさんがここまでの態度を見せるのは驚きです」

「まぁ…でもそうよね。一之瀬君ふざけている割にはしっかりしているし、嫌いな奴はとことん嫌う反面、それ以外の人には良いから」

「極端だけど、そこが良いのかも…あっ、ハジメ君も負けてないけどね!やる時はやる男だから!」

 

 香織はハジメへの熱い想いは最早周知の事実である(一名除いて)。それが早速彼女に現れていて、3人も思わず笑みをこぼした。

 

 ハジメも久遠も、どちらもベヒモスに最後まで戦い続けていた。そういう意味では、2人には魅力的なポイントはあるのかもしれない。

 

 そういえば、転移した時の生徒らの身柄の保証も彼が行なっていたと思い出す。

 

「一之瀬様は確かに…勇者様と似て非なるカリスマを持っている気がします」

「確かに…光輝ももう少しだけ落ち着きを持てば良いのだけど…龍太郎といい、男は単純だから」

 

 …これは久遠も当てはまるが。彼の、特にゲームが関わるところとか、ゴスロリが関わるところとか、アルタイルが関わるところとか…

 

 男とは、煩悩にまみれた単純生物である。

 

「雫ちゃん、私達も心機一転だね!」

「えぇ、彼が帰ってくる頃には私達に驚くぐらい強くなりましょう!」

 

 そして2人がより一層強くなる想いを強めたのだった。残念なことに、ユリユリがファンなニアは御執心である。

 

 尚、次の日そのニアと対面した際、「こんにちは、昨夜は途中で寝てしまったようで…理由が思い出せないのですが知っていますか?」と言われ、全員が冷や汗をかきながら首を傾げたそう。カーフェには一種の忘却作用もーー?

 

 ……メイドのストレスは案外我々の思う以上なのかもしれない。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「ところで香織、その事前知識…何処で手に入れたの?私、そんなの知らなかったのだけど」

「え?確かハジメくんの趣味を研究してた時に、『心がピョンピョンする漫画の入門編だ』って一之瀬くんが──」

「……絶対1発は腹に入れましょう」

 

 何、親友に変な知識与えてんのよ…悩みの種は一生残るようだ。




ちょいと補足…

ニア
→現、雫専属メイドであり、旧、久遠専属メイド。彼が去った事により意外とダメージが大きかった1人。彼女にとっての初めての対人メイド業が彼であったため、彼への対応が最善であったのか不安に駆られている。尚、久遠は彼女のさりげない対応やそつとない行動に助けられており、評価は上々。

白崎香織
→ハジメ君ガチ勢。彼の趣味を学ぶため18の暖簾も躊躇なく潜れるタフな子(当時15)。ハジメがバニー好きであることを風の噂で聞き、裏の者に情報を聞きに行ったところ「先ずはここら辺から…ウサギへの萌えを学ぶといいぜ?心がピョンピョンするから」と渡された。『ピョンピョン』の真偽は既読後も不明だが、ハジメの趣味が知れて成果あり。

やっぱり○ちうさって神アニメだよね。因みに○グ推しです。
ってかあの作品の中学生組全員可愛いんだよ…お巡りさん、私です。


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外伝四話 その道化師は世界を跨いで騙し続ける

毎回、こっち側の文字数がえげつないんだよなぁ…

まぁ、毎章に一、二話しか挟めない訳だし仕方がないけど。事前に「外伝二話」を読んでおくことをお勧めします。


 あくる日。

 

 その日は休日で、学校の学生達は各々の部活に勤しんでいた。それもあってか例の教室に対する意識が通常よりも小さい。

 例え数週間前に神隠しと呼ばれる事件が起こったとしても、所詮は自分ら生徒の蚊帳の外での事件。時間も経てば自ずと警戒心は薄れてくる。現代社会での薄情な点の一つだ。

 

 その為、絶好の異世界転移日和である。その教室から零れてくる青白い光が有ろうと、気づく人は誰一人いなかった。

 閑散とした教室には3人が集まっており、来たる異世界転移の準備を手がけていた。

 

 外で待機中の部下へ連絡をしながら、これから行うプランの確認を取り続ける元防衛省の菊地原亜希(きくちはらあき)

 ケルト風衣装を身に纏い、教室中に非科学的な紋章の魔法陣を幾つも召喚する万里の追求者、メテオラ・エスターライヒ。

 そしてそんな2人を見ながら机に座って呑気に駄菓子スナックを食べている凶悪殺人犯、築城院真鍳(ちくじょういんまがね)がいた。

 

 こうして3人が集まっているのは言うまでもない、築城院真鍳を名も分からない異世界へ飛ばすためだ。

 真鍳が帰国すると聞いた後、直ぐに彼女たちは行動に移った。メテオラは異世界への転移プロトコルを、菊地原は周辺の対応と万が一のために異世界へ移動できる時の機動隊の編成など。

 

 一刻も早く行方不明になったクラスの人全員を助けるため、大筋が完成するまで時間はそうかからなかった。

 

 そして現在──

 

「フムフム…メテオラちゃんも難儀だね〜、折角ヒーロー引退したのに人助けなーんて」

「私は英雄などでは無い。この出来事は間接的にも我々被造物が現界してしまった事により生じてしまった残り火…それならそれを始末するのも私や貴方の務め」

「ふーん、まぁ確かに?こんなに面白そうな話、真鍳ちゃんもワクワクが止まらないよ♪」

 

 鼻歌を流しながら足をブラブラと振るその姿はとても未知の世界へ行く前の人には見えない。被造物故の据えた肝と余裕だ。

 

 その様子に流石の菊地原もため息をついてしまう。それを図太い神経と受け入れるべきか、傍若無人な態度と受け取るべきか…

 メテオラは気にすることも無く作業を続ける。

 

 因みに異世界転移の方法は至ってシンプルであり、メテオラが召喚先の座標を特定し、魔法で真鍳を送り出す方法だ。

 此方にやってきた被造物を返す時と同じ方法であるのだが、今回はギガスマキナなどという大型ロボットが居ないため教室内で転移を行うことが出来た。

 

 座標の特定は教室に残った魔力…これをメテオラは能力の1つであった召喚技術を応用させる。

 幸い、残留した魔力をそのまま使うことで術式を起こすことは可能であり、時間は多少かかるものの無事に展開させることは出来る。

 

 何重にも魔法陣が重なり、複雑化していく。だがメテオラはペースを緩めることなく淡々と魔法陣を作り出していく。

 メテオラの世界での魔法は、意外とトータスとの魔法構築と似ている。それは小節に分けた言葉の具現化、通称言霊のようにして魔力が魔法へと変換されるのだ。

 

 これが短縮化されるには無詠唱が必須となり、しかしそれに見合った集中力が必要となる。メテオラはそれを複数も展開しながら更に顕現させているのだ。

 

 …端的にこの状態を還元すれば、化け物レベルの魔力行使である。トータスが異世界召喚をさせるなら、何も知識のなかった生徒たちよりメテオラ1人の方が断然彼らの戦争に役に立つはずだろう。

 本人の意思を無視した場合のみに限るが。

 

 何はともあれ、流石の万里を追求し続けた者の力は伊達じゃない。ゲームでの名に恥じぬ魔法センスである。

 

 その力を他の2人も感心せざるを得なかった。特に真鍳ちゃんは興味深くしていながら内心では思考の歯車を回していた。

 

 メテオラ・エスターライヒ…彼女がこの世界に残ることを決めた理由は転移魔法を展開するには自分が必要だから…である。同時にこの世界を愛しているからだと。

 

 しかし本当にそれだけだろうか。

 

 正直彼女の魔法のみの腕はアルタイルに匹敵する。攻撃魔法は皆無なものの、空間を利用した魔法のスペシャリストだ。

 時間さえ掛ければ自身を転移させる魔法など作るのは難しくない。魔法とて、この世界で完璧になくなった訳では無い。世界には、それに似た魔法に手を出している団体はよく耳に入る。

 

 しかしそれを一向にしないのは何故か…

 

 この世界を愛しているから?勿論それはあるだろうが、それなら故郷から見守る手もあるはずだ。

 寧ろこの世界に現界し続ける方が世界に軋みを与える可能性があるので尚更だ。

 

 この世界の方が居心地いいから?彼女の性格からしてそれもありえない。彼女が私欲を優先することは滅多にないからだ。

 

 では何故か──

 

 それは「築城院真鍳(この真鍳ちゃん)」という存在が居るから。

 

 同じ被造物である自分が未だに現界し続けている。私の創造主は既に死んでおり、帰るメリットなんて一切合切ないから。

 それを賢者ちゃんは警戒している…世界を愛する者として、私という異分子を止める防波堤として残留している…

 

 あんなサイコパス系最凶キャラを放っておくと何が起こるか分からない…

 異世界へ飛ばそうとしたのも地球への脅威を少しでも減らせるからという思惑もあるかもしれない。

 

 私は自分のやりたいことしかやらないのにね〜と真鍳は開き直るが、寧ろそれこそメテオラが警戒する最大の理由だろう。

 

 そんな危険人物を異世界に送るのも、もしかするとこの世界を守るという意思が強い表れかもしれない…と考えるとこの賢者も中々の薄情者である。

 

 何はともあれ、数時間後には魔法陣は完成しており、何時でも転移できる状態に陥っていた。いよいよ出発の時だ。

 魔法陣の中心に真鍳が立つ。持ち物は学生が持つようなトートバッグのみという、異界へ向かうとは思えない装備だが、最低限の物は入っている。

 

 メテオラとの接続を残す通信機や非常食、彼女が記した「異世界語マスターブック」など…

 

「この本、あっちの世界でも通用すんのー?」

「『追憶のアヴァルケン』での言語を始めとする様々な物語で創造された言語を詰め込んだ。これから行く世界でも数打てば当たる…かもしれない」

「ふーん、場合によっては実用性皆無だねー」

 

 他にも真鍳が常時携帯している物も入っていたりして、彼女が最低限自炊なしでも生きられるようになっている。

 

 メテオラが更に真鍳の前に立つと幾つか魔術を唱える。それに本人は抵抗しなかったが、かけられたと思われる衣服に目を細める。

 

「微弱だけど防御魔法…へぇ〜君がそんなサービスしちゃうなんて驚きだねぇ」

「仮にも異世界転移、あちらがいきなり現れる貴方に何をするかは分からかい…死なれては困る」

「あはっ、大胆な告白を受けちゃった♪でも真鍳ちゃんは気持ちだけ受け取っちゃうかなー?」

 

 軽いジャブでメテオラの心は揺らがない…それに少し口をすぼめる真鍳。

 菊地原が最終確認を終えたようで2人の側までやって来る。

 

「総員の配置が完了しました。人もこの時間帯なら見られることはないかと」

「ありがとう…築城院真鍳、貴方の準備は出来ているだろうか」

「モッチローン!早く転移しちゃってー楽しみであの電話からウズウズしてるんだから!」

 

 本気でワクワクしている彼女に菊地原も呆れを通り越して笑うしか無かった。

 神隠しにあった生徒を助ける手段が、よりによって彼女だとは…

 

 だがメテオラの言う通り、あちらの世界が分からない以上最も可能性の高い方法かもしれない。そう言い聞かせて気を引き締めた。

 

 メテオラが数小節詠唱し始める。転移魔法が開始されるようだ。

 魔法陣が光を帯びながらゆっくりと回転を始める。

 

「──……貴方に具体的な指示はしない。生徒達の安否の確認、そして帰還の手段が存在するか通信機で教えてくれればそれでいい…対価は貴方が帰ってきた場合にのみ渡す事にする」

「ふむふむ…まぁ行くとこが面白かったら、それだけでも対価だもんねー♪」

 

 光がさらに眩くなり、菊地原も思わず目を瞑ってしまうほどだ。本格的な転移が始まろうとしており、少しもすればこの世界から築城院真鍳は消えるだろう。

 

 これから行くところにワクワクを抑えきれていない真鍳を見ながら、眩しい中メテオラは表情を変えず、しかしハッキリと彼女の目に言葉を放った。

 

「貴方が行く世界がどのような所であれ、私は介入できなくなる…不安はあるものの、それは承知の上。だから築城院真鍳、貴方の好きなようにして」

「………にゃははっ!」

 

 直後、光は最大に達した。収まった時には魔法陣は雲散しており、魔法陣の焦げ跡以外には何も無かった。

 転移魔法は成功したのか…実際のところそれすら分からないのだが、今は彼女を信じるしかない。

 

 深刻な顔をしながら菊地原はメテオラに聞いた。

 

「彼女は…築城院真鍳は本当に連れて帰ってくれるのでしょうか」

「いえ、間違いなく連れて帰らない」

「……は?」

 

 聞き間違いだったか?今この人否定した?目をパチクリさせて数秒、菊地原らしからぬ絶句でで聞き返した。

 

「ちょっと待ってください!それでは…彼女は誘拐された生徒を連れて帰って来ないのですか!?」

「恐らくは。前提として彼女は我々の期待を裏切り、驚嘆、呆然との驚を楽しむ道化師。我々の思惑には絶対に乗らない」

 

 勿論、連れて帰る可能性はある。しかし彼女がただ連れて帰るかは、相手の出す内容がよっぽど面白いか、それとも相手がよっぽど面白い有様でいるか…ろくなものではない。

 

 高望みなど、築城院真鍳にとっては裏切りの餌でしかないのだ。

 

 それをメテオラは予想していた。彼女がもし、生徒たちの安否を知りたいのなら、その分の縛りの緩さを彼女に与えなければならない。

 真鍳を自分の管轄外である異世界へ送り込む事態、彼女に自由を与えすぎているものだが。

 

「だから予め最低限の条件にしておいた…生徒の安否と帰還手段。何方も彼女の求めるシナリオになるべく反さないラインとした。これらは私達にとっても有益な情報となるから」

「成程…しかしこれでは益々私達に出来ることが狭められますね…もし、彼女が彼らへ何かした場合は──」

「そちらは転移してしまった彼ら次第だろう。それも踏まえて彼女には予め伝えておいた」

 

 好きなようにして、と。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「異世界へ〜〜〜到ぅっ着うぅ!!」

 

 仮○ライダーに似たポーズを取りながら魔法陣の収束と同時に叫ぶ。世代はダブルだろうか。周りに誰かいたら困惑していたに違いない。

 幸い、周辺に人らしき反応はなく、真鍳の登場は不発に終わった。

 

「ぶぅ──、誰も居ないなんて酷いなぁ、折角楽しみにしてたのに1人からなんて…面白くない」

 

 そう言いつつ、辺りを見渡す。巨大な壁画と、その周りを大理石で敷き詰めた壁。円形のような土台に魔法陣の紋章が刻まれている…

 

 そう、ちょうど久遠を始めとする生徒達が転移されたトータスの神山に飛ばされたのだった。メテオラの正確な座標指定の賜物である。

 無論、そんな事を知らない真鍳は誰も居ないこの教会に不満たらしげであったのだが。

 

 そのまま探検タイムへと彼女は移行した。転移部屋を出ると大きな通路へと続いていた。

 そこへ足を進めると大きな講堂らしき場所へと出ることになり、そこには大きく神々しさ溢れる白像が立っている。

 

「成程ネー…この世界には立派な宗教があるんだ…いいじゃん、みんな1つの事に心髄しちゃってるよ」

 

 ニヤニヤする顔にはその彼らを利用する算段が早速建てられていた。彼女の能力的に、何かを信仰し崇めている人は操りやすい。

 信仰対象に心を置くあまり視野が狭くなり、狂乱とも言える感情の歪みがあるからだ。そんな人は単純な思考回路になっており、自分のシナリオ通りに動いてくれる。

 最も、そんな単細胞ばっかりではつまらないのだが。でも一定数居てくれるだけでも扱いやすくて序盤では助かるのは事実。

 

 白い女神像を眺めながら真鍳はこれからの事を考えた。この像からは不思議な『何か』を感じる。それが一体何なのかは分からない。

 が、彼女では大方予想が着いた。そもそもこの世界に誰かが呼び出されたのだから、出した本人が誰なのかと疑問に思うだろう。

 

「ここへ読んじゃったのは悪魔かな?それとも神様…ポジティブに神でいっか。神様ちゃんがどんな理由でショーもない凡人を呼んだのかは分からないけど…」

 

 この神様には予想出来ただろうか。まさか外部から誰かがやって来るなんて。

 自分の庭に入って来るなんて。その侵入者が犬っころなんて甘い輩じゃない面倒くさい奴だなんて。

 

 ニヤけ面が止まらない。その神の姿を考えるだけで想像が膨らみ続けてしまう。

 

 最早この被造物にはメテオラから伝えられていた目的など忘れ去られていた。

 それほどにこの世界から今までにない快楽を得ていたのだ。彼女な対価は、早速満たされ始めている。

 

「安心してよ…この真鍳ちゃんがちゃーぁんと、面白くしてあげるから…ね♪」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「さてさて〜?こっから何処へ行こうかなぁ。どっかに異世界ガイドさんが居てくれれば良いんだけど──」

 

 1番人が居そうなこの広間でさえ無人である。人という生命体が居ない──は流石に無いが、ここまで来れば怪しく思うのも仕方がない。

 

 もしかしたら外部連絡が可能かもしれない…思い出したかのようにメテオラから与えられた通信機を使おうとしたその時だった。

 

「個体反応…何者か今すぐ答えなさい」

「おぉ、ガイドさん発見♪」

 

 初めてのファーストコンタクトとなり真鍳ちゃんテンションが上がり始めた。

 振り返るとそこには1人の修道女が彼女を見ていた。一見協会の関係者と思われるその姿に真鍳は歓喜するが、直後その雰囲気に警戒心を上げた。

 

 いや、上げざるを得なかった。彼女から感じる殺気が余りにも透明で静かだったためだ。

 優れた観察眼を持つ真鍳からは彼女の異様な本質を見抜くのは雑作なかった。その上での警戒心だ。間違いなく単純な戦闘力では負けている。

 

 何処か冷たく機械的な声色でその女性は続けた。

 

「この場には主に認められた者しか通れません。あなたには〝魅了〟が掛けられていない…従って異教徒と見なし排除させて頂きます」

「わーお、いきなり飛んじゃったねー。話が飛躍しすぎて雲も突き抜けちゃいそうだね」

 

 口調はそのまま、内に秘める警戒心もそのまま。

 

 だが少しだけ安心した。心の中でニィっと嬉しそうに口が裂ける。何故なら目の前の女性が何者であれ──

 

 扱いやすそうだと思ったからだ。

 

(恐らく彼女の『主』は後ろのダサい人…だからかなー?すっごい単純そう…性格も機械的で事実しか信じなさそうなタイプだし…にゃははっ!)

 

 一瞬地球で出会った脳筋女騎士を思い出すくらい単純そうな彼女に勝機を持ち始めていた。

 ここまでなら善は急げ、自分のステージに持って行くための準備に入る。

 

 ペースはそのままで彼女に会話を始めた。

 

「ゴメンねー、私も気付いたらここに居たから出来れば初回は無罪放免にしてくれないかな?かな?」

「ここへ辿り着く時点で異端者と見なされます。過去にもそのような存在が居ることで主の盤面を狂わされました」

「ふーん、この世界って主が絶対なの?」

「主であるエヒトの元この世界は構成されています。主に下らない者…それは異端者です」

 

 機械的…本当に機械的。質問を行えば必ずと言っても良いほど答えてくれる。

 それは例え答えたところで相手が死んでしまうから、質問くらいの弁は与えてやろうという恩情かもしれない。

 

 しかし今回はそれが命取りとなる。

 

(エヒトって神に心髄するこの子は操り人形ってとこだね…良いね良いねー♪交渉材料は『エヒト』で決まりだね♪)

 

「エヒト神?ってこのダサい格好した人?」

 

 後ろの像を指さしながらそう質問する真鍳。その言葉に僅かだがピクリと眉が反応する。

 

 ヒット…そうほくそ笑みながら煽り続ける。

 

「ふーん、見た目パットしてないオッサンなのに、どうして人はそんな人を崇めるのかねー…この世界にもあるよね人権?ある筈なのに縛られちゃってかわいそー」

「…主を愚弄する者…その罪は重い」

「残ねーん!真鍳ちゃんは口が軽いからへーきで悪口を言っちゃうんだ〜…人気の1つでもあるんだけどね♪っとと!」

 

 全力で像の側まで跳躍する。直後彼女の立っていた位置に斬撃が走った。

 真鍳の身体能力は仮にも被造物だ。普段の人間よりは遥かに高いステータスを誇る。しかしながら目の前の修道女には敵うはずもない。

 

 彼女はその場から動かずに斬撃を放っていたのだ。見ればその右手には等身大の大剣が握られており、服が変化し始めている。

 

 変身に驚きつつロマンに沿った展開に興奮する真鍳を他所に、彼女──神の使徒は修道女の姿から本来のワルキューレ風の甲冑姿へと変化した。

 もう片方の手にも大剣を虚空から取り出しており、殺気の量も先程の尋常じゃない。

 

 機械のような彼女にも主を悪く言われてキレているのかもしれない。

 そのまま死刑宣告を行うがごとく冷酷な面持ちで口にした。

 

「我が名はゼノン…神の使徒としてあなたを葬ります」

「自己紹介どーも…だけど残念でした!君は私を殺すことが出来ない…それどころか私の命令無しじゃあ何も出来ないのさ!」

「愚かですね…主こそ私を、『神の使徒』作り上げた。あなたの命令で私を縛るなど不可能です」

「うん!うん!そーだね!そーだよねぇ!こんなちっぽけな嘘…だけど君も無知は良くないよ?……だってその嘘が嘘の可能性あるんだから」

 

 分かりやすいその性格が仇となっちゃった…ね♪

 

 彼女の異常な様子に何をするのか、ゼノンは一瞬気の迷いが生じた。仮にもここに現れた異端者だ。ここ数百年はない前例に計算の時間が数秒必要だった。更にふざけた言動の数々。

 

 だが相手が悪すぎた。数秒与えるべきではなかったのだ…この女に。

 

 

 

 

 

 

嘘の嘘……それはクルリと裏返る

 

 

 

 

 

(っ!……こ、れは…)

 

カラン、と音を立てて剣が落ちた。決して彼女が油断したわけではない。完全に意識外の行動。

 

「ビックリしちゃったー?ねぇねぇ、今どんな気持ちよ、ねぇ!…あっ、ゴメーン喋れないんだったね♪」

「……」

 

 

 言葉無限欺(ことのはむげんのあざむき)

 

 

 現実を捻じ曲げる特殊能力であり、嘘の嘘を現実にしてしまう。相手が真鍳の『嘘』を『嘘』と認めていなければ発動できない上、それを言葉にしなければならない。

 しかしそれを認めてしまった場合それは未知の効果を発揮させる。

 

 ゼノンの身体が縛られているかのように固定される。動かそうと力を入れてもピクリとその場から動けないのだ。

 

(分解…再生……くっ、何も発動が出来ない…魔力さえ動かせない…?この力は…!!)

 

 これは一種のパンドラの箱とも言えよう。彼女の嘘がまかり通れば、それは世界全てに影響するのだ。ねじ曲がった法則として。

 ずっと晴れればいいのにと願えば世界は干からびてしまうし、水浸しになればと願えば洪水に見舞われる。

 

 魔法だって消せるし、彼女の前では呼吸さえ許せなくなる。神代魔法にも匹敵する効力を持つその力はゼノンにも等しく降り掛かった。

 たとえ彼女の分解能力を持ってしても消し去ることが出来ない、正体不明の力に抜け出せずにいるのだった。

 

 彼女を見ながらカラカラと笑みを浮かべて真鍳は近づく。ゼノンは必死に解呪しようと分解を働かせようとするが、そもそも分解魔法を唱えることが出来ない。

 

「まぁ、喋る事は許すよ〜、色々聞きたいのはこっちだしね」

「────っ、あなたは…何を──」

「それを言っちゃったら面白くないじゃん!自分で考えなよ…神の使徒ならそれなりに脳ミソ詰まってるんでしょ?」

 

 道化師は口を三日月にして笑う。神の使徒を前にしてケラケラと笑いながらも、その目は彼女の目に入っていない。

 

 ここでゼノンは初めて彼女を「異常」と認知した。神の使徒は絶対であり、この世界では無類の力を発揮する。それを倒そうとするものは居ようとも、常に敵意を喰らっていた。

 しかし目の前の彼女は何だ。自身へ謎の拘束をした後、まるで眼中に無いように他のことを考えている。それはつまり、神の使徒という存在を初めから敵としても認めてないようなもの。

 

 強いて言うならば、玩具としか見られていない。初めてのその感覚にゼノンは大変不愉快かつ悍ましい気に囚われた。

 

 真鍳はそんな感情を顔に出している使徒をチラリと見て、愉悦に浸りながら続けた。

 

「それじゃあ愉快な質問ターイムっ!真鍳ちゃんも色々と聞きたいことがあるからね♪テンポよく答えてねー」

 

 魔力が回らず、神から授かった権能も使用できない。外部からの連絡も取れず、逃亡も不可能。彼女への反撃はおろか、彼女の命令でしか動けない。

 

 最早、ゼノンは彼女の問に答えることしか出来ない人形となっていた。

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「フムフム……成程ねー大体分かっちゃったね…この世界の人も馬鹿だねぇ、籠の中でワチャワチャ楽しんじゃって」

 

 粗方の内容を聞き、彼女なりの解釈はあるものの世界のあり方を理解した真鍳は使徒ゼノンを前にケラケラ笑い続けた。

 

「エヒトって神もさぁ、世界で戦争を起こすなんて粋なことするじゃん!真鍳ちゃん見直しちゃったよ…ニャハハ!」

 

 いや、絶対分かり合えない、分かりあって欲しくない。思わずそう思ってしまうゼノン。自身の主が彼女に敗北する未来などはありえないと確信していても、それでも彼女とは関わって欲しくないと思っていた。

 

 尚、この頃にはゼノンの状態は何故か空中に浮いていた。「この羽根モノホン?飛べる?」と軽く命令されるがままに。羽が一律のテンポで羽ばたきながら、一切動かない使徒は正直、誰から見ても滑稽である。

 

 一連のことを聞き終え、満足したように真鍳はゼノンを下ろした。

 

「ふーん、じゃあ取り敢えず転移しちゃってよ…近くの街でいいから、早く地上を一目見たいからさぁ〜」

「っ…誰があなた等の命令を──」

「残念だけど、使徒ちゃんはこの真鍳ちゃんの命令しか聞けないんだから、諦めた方が身のためだよ♪君も早く大好きな主に戻りたいんでしょー?」

 

 彼女の言葉が全てだ。その事実がどうしようもなく変えられないことにゼノンは歯噛みした。ここまで神エヒトへの敬愛と一生の忠誠がこのように侮辱されるのは彼女に初めての屈辱を与えていた。

 

 しかし何もすることができない。限られた選択肢に従い、彼女は魔法を唱える。転移魔法の一種であり、定められた場所へなら自由に転移できる魔法は2人を包み込む。

 辺りの景色が変わり、教会の内装も豪華絢爛なものから平均的な飾りへと変化する。

 

「っ……〝空間転移〟」

「うん?…おー、本当に転移しちゃってる…それで、何処に行き着いたのさ」

「ウルへ転移しました。教会が存在する場所で且つ信仰が高い場所ですから」

 

 真鍳が出口から顔を覗くとそこは山ではなく、市街へと変わっていた。教会の前を通りゆく人々、止めなく聞こえてくる声。そして地球にはない自然の澄んだ空気。

 彼女の目が煌めいた。本当に異世界の地上に到着したのだ。

 

 だが、彼女の歓喜を他所に、役目を果たした使徒ゼノンは口を開いた。その声色からあからさまな不快が混じっている。

 

「異端者、早くその術を解除しなさい。主への愚弄、愚行は不問にしますが、報告はさせて頂きます」

「えーっ、いきなり指名手配スタートは困るなぁ…ってかさ、君みたいな使徒って他にも存在するの?」

「当然です。我々は主により造られ、無限ですから」

 

 ……いいこと聞いちゃった♪

 

 正直に答えた彼女へ再度、真鍳の思考は冴える。大袈裟に手を広げながら道化師は舞台を整え始めた。

 

「君の愛は凄いねぇ…だけど、真鍳ちゃんが思うにの愛は偽物だね」

「……」

「だってそうでしょー、無限に同じような使途を神は続ける。本来、信仰って色んな人が1人の対称へ寄せるものなのに、それが全員同じだったら根本が違っちゃうよ」

 

 彼女の言葉にかかる妙な説得力。巧みな使い回しとリアクションは観客に短絡的な思考と先入観を与える。それは神の使徒も同じ。

 たとえ彼女の説明に穴があったとしても感情が優先されてしまう。

 

「要するに、その愛は偽物な訳。埋め込まれた信仰心とかただのプログラムみたいじゃん?」

 

 プログラム…埋め込まれる…彼女の言葉の意味がわからない。

 しかし、確実にそれはゼノンのプライドを刺激していた。煮えたぎる感情は顔にも現れ、ますます道化師の術中にはまっていく。

 

 あと、一押し。

 

「そう…だから君の持つ神への敬意は全くもって愛じゃない…そもそも、エヒトって君の主何かじゃないからね♪」

「っ…ありえない、私の主はただ1人、エヒト様です。その名を汚すならば……名を……」

 

 

 

「まーた引っ掛かった」

 

 

 

 指を鳴らしつつ、真鍳は冷めた目で彼女を、彼女だったものを見つめる。もう目の前への興味は幾分減ってしまったようだ。何せ、彼女の忠誠心は盲信にも近く、信仰の根源にそぐわない機械的なものだから。

 

 そして真鍳は機械など、パターン化されている物なんかに興味を持たない。彼女は人間の感情が好きなのだ。

 

 尤も、その相手はもう彼女に口を開かない。神の使徒であるなら即ぐに真鍳を襲い掛かるはずの彼女はその場から動かない。意志も、それどころか何も感じない。

 パリン、と彼女のまとっていた鎧が分解されていく。羽も同じように散ってしまい、元の修道女の格好に戻っていった。

 

「へぇ、神の信仰を無くしたらその装備も消えちゃうんだー、本当に玩具に過ぎなかったんだね、使徒って」

「……」

「しかもこれ意識ある?あるけど動けない感じ?」

 

 ツンツンとつついてみるが反応がない。眼光から光が完全に消えている。まるでスリープモードに入ったみたいだ。本当に彼女から生命体としての反応がない。

 

 それは、運がいいのか悪いのか。真鍳は指をひと鳴らし。

 神の使徒…いや、1人の修道女が床に倒れ込んだ。もう目線すら彼女に向けず、真鍳は改めて教会の外へ足を進める。

 

「ふーん…つまんないなぁ、操り人形ってやっぱり」

 

 そんな言葉を残して、教会の外を改めて見てみた。先ほどの彼女に比べ、街の人々からどれだけ生命が、活気が溢れているか。皆が皆、何のために身を焦がし、感情を持ち、世界を過ごしているか。

 

 あぁ、そんな彼らの中にどれだけ醜い思想や脆い弱さが隠れていることか。

 

 地球とはまた違った感性のみんなはどれほどの反応を見せるか。暇つぶしだけにはなってくれないことを祈るばかりだ。

 

「さてさてー!遂にこの真鍳ちゃんの大冒険が始まるわけだしー…今回はなんと異世界!科学技術なんて無くても魔法がある!素晴らしいワールドだとは思わないかねぇ諸君!」

 

 誰に言っているのか。真鍳はそれでもステップを踏みながらワクワクを抑えられずにいた。姿がウルの街の群衆に消えていく。

 

「異世界人とか、ケモ耳とか、エルフとか?良いね良いね!ワクワクが止まらない──彼らの絶望の顔とかも面白そうだなあ、ニャハハ!」

 

 この世界は変わっていくだろう。あるいは勝手に変わるのかもしれない。1人の狂人によって。

 

 彼女の面白い世界に。

 

「それじゃあ始まりの街でぇ、早速スタートっ!」

 

 

 

 ━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「………」

 

 誰もいない教会の中で、修道女は目を覚ます。起き上がれば其処は見知らぬ世界。自分が何故ここにいるのか、何のためにここへ参上したのか。

 

 自分が何者かすら、空白のように思い出せない。

 

 彼女はあたりを見渡し、出口の扉を見つける。ここに居続けても何も始まらない。

 寧ろ、ここに居続けると何か違和感を感じる。それは不思議で、何処か気味の悪い感覚だ。

 

 自分の心に正直に、彼女は外へ足を踏み出した。道化師による気まぐれで、名も無き修道女の新たな運命が幕を開ける。




ちょいと補足…

メテオラ・エスターライヒ
→今回、真鍳を送り出した理由は二つ。異世界へ送る際の戦闘で彼女が最も生き残れる存在だから…そして、この世界から彼女を追い出すためである。築城院真鍳がいる現在の被害はこの先の未来を考えた場合、人類の脅威に匹敵する。その為メテオラは、この世界の守護者として送り出すことを決断した。生徒らと真鍳による将来的犠牲者を天秤にかけたら…まぁ、無理もない。

築城院真鍳
→もちろん、メテオラの思惑は透け透け…だがその上で承諾。何故なら転移する異世界の方が面白そうだからである。その証拠に早速一命を記憶喪失にしている。この先彼女がトータスで何を行なっていくのかはわからない。だが、敵対する人類と魔人族…それを上から眺める神…のんびりチェスをさせる程この被造物は出来ちゃあいない。

はいはい!2章完結!色々と長くなっちゃったけど一先ずは落ち着いたわけだ…まぁ、この先も進めますが多分中途半端なところで長期停止しちゃうかもしれないです…それでも気長に待ってくれれば幸いです〜。

ではでは〜


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