中身入りロボット、魔法少女の騎士になる。 (ダイコンハム・レンコーン)
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プロローグ
それぞれのはじまり


注意:掲示板要素アリだよ。

追記:ID追加してみた。


 "俺"が目覚めたのは"彼女"と初めて出会った日の事だった。

 

 真っ暗な視界の中、幾つものウィンドウが瞬く様に開閉を繰り返す。

 

 幾つもの白いデジタルな文字列が空虚な暗闇の世界を駆け巡る。

 

 それが暫く続いた後、OKの二文字が脳裏を駆けた。

 

 その瞬間、視界は突然開かれた。

 

「起動したか」

 

 目覚めてまず目にしたのは、グレーのスーツを着た白髪混じりの壮年男性の姿。その胸にはタオルに包まれたまだ幼い一人の赤子が抱かれていた。

 

 周りを見回すと気品あるワインレッドの絨毯と白と金のボーダーの壁紙、後は頭上にシャンデリアと壁際に並べられた高そうな暗い木目の家具があるだけで、他のヒトは一人も居ない。

 

 訳の分からない光景だった。まず思ったのはこうで、次に思ったのはここが天国じゃないかって事だった。()()()()()()()()()()筈だったから。

 

「……誰ですか」

「私の名はオハラだ。姓は雑賀」

「ここは何処ですか」

「ここは私の別荘だ。これから君にはこの子の世話を頼みたい」

 

 そう言ってオハラと名乗る男は俺に今まで抱えていた赤子をこちらの胸元に差し出して来た。俺は今までの話は置いておいて、とりあえず手を伸ばし受け取ろうとした。

 

 その時、俺は気付いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、真っ白に塗装された金属だった。節々には黒いビニールの様な物が張られている。俺が知る俺の手よりはやや細く見えたが、硬度は間違いなく此方が上だろう。

 

 ふと、見下ろす。そこに居たのは俺の腕の中で泣きもせずじっとこちらを見る赤子。

 

 気付けば俺は、赤子の頬に触れていた。まだ心の何処かでこの事実を疑っていたのだろう。だが、節々が黒く、真っ白なこの指で赤子の頬を撫でても、温もり一つ感じられなかった。

 

 この時俺は直感で理解した。

 

 ここは天国じゃない。そして俺は、ヒトでなくなったんだ、と。

 

 それに気付いてもなお平静な心が俺の答えを肯定していた。黙りこくっている内に心臓の音もしない事に気付いて、更にその確信は深くなった。

 

 オハラにはその様子が質問を終え、話を催促している様に見えたのだろう。彼は話の続きを始めた。

 

「その子は女の子だから色々と出費も嵩むだろうけど、育てるのに必要な資金はこのクレジットカードから自由に使って貰って構わない。君の中にはパスワードと電子署名も記録されているからね。紛失したり盗難された場合は君の方でクレジットカードを止められる様に手配しておくから手続きはそっちで……」

「お……。私は、何ですか」

「ん? 決まってるじゃないか。君は汎用ヒト型ロボット『イータ』だろう」

「そう、ですか」

 

 自身の腕を見た瞬間薄々気付いてはいたが、実際に聞かされると納得するしかない。俺はイータなるロボットになってしまったらしい。外見が気になるが、腕に抱いている赤子が泣かずじっとこちらを見ていると言う事は、少なくとも怖そうな見た目ではないのだろうと一人納得する。

 

 それでも気になった事は他にもある。

 

 オハラは俺一人に子育てを任せようとしているのか、とか。

 

 クレジットカードの話や別荘の話と言い金持ちである事に疑いは無いが、ならばなぜ他にヒトを雇ったりしないのか、とか。

 

 そして最後に──

 

「なぜ……」

「ん? どうしたんだい」

「オハラさん、なぜ貴方は()()()()()のですか」

 

 俺は感情の無い淡々とした中性的な声(合成音声)で問いかける。自分でも驚く程に、それには感情を感じなかった。

 

 だがそれ以上にオハラの態度は冷え切った物に思えた。彼の目には何の色もない。それはこの子に対する物なのか。

 

「う〜ん。それは何と言うか肩の荷が降りたって感じかな。生まれつきで脚が不自由らしいし、介助するのとか大変でしょ? それにこの子が私の手元で妻に見つかったら、すぐ他所で作った子だとバレちゃうからね」

 

 すると、当たり前の様にニコニコとしてオハラはそう言った。それはつまり、この赤子が彼の不義の子である事を意味していた。

 

 ああ、なるほど。俺はどうやら勘違いをしていたらしい。

 

 そう言えば、目の前の男はこの赤子を一言たりとも()()()とは言っていなかった。つまり、我が子などと思っていないのだ。俺はてっきり親と子に近しい間柄なのだと夢想してしまっていた。

 

 だが違った……どうやら、この男はこの子の"親"じゃなかったらしい。強いて言えば、()()()()()()()()だ。

 

 きっと、俺がヒトであったのならこの手は怒りで震えていただろう。感情を無くしていなかった事が救いに感じる暇も無い程、その時の俺は怒っていた。

 

 だが手は出せなかった。赤子に差し出したままの右手の指が、小さな両手で握られていたから。

 

 金色の産毛、つぶらな青い瞳、白い肌。目の前の男とは似ても似つかない。思えばこの時初めてこの子の目をしっかりと見た気がする。

 

 振り払おうと思えば振り払えた、だがそんな気は起きなかった。

 

 何を考えていたのか、その時この子は俺を見て目を細めたのだ。途端に、先程まで感じていた怒りは消えた。代わりに感じたのは、この子を守り育てようと言う使命、あるいは決意の様な物だった。

 

 うっすらだが話の筋は見えた──目の前の男は不義の子を厄介払いする為、ロボットを購入し別荘で育てさせようとしている。

 

 話を整理すればこんな物だ。こんなつまらない一文に収まる男を気にかけている暇は無い。

 

 俺だって死んだと思ったら次の瞬間ロボットになっていただけの存在で、そこを深く考えていてもしょうがないし、この子の世話を出来るのは今俺しかいない以上、この役から降りたくもない。それにこの身体がロボットだって言うのなら、生まれ変わりでよくある話の元の人格云々で悩まなくて良い分、得だとも言える。

 

 今はとにかく、この子の事を考える。俺はそう決めた。

 

「分かりました。私が必ずこの子を育て上げます」

「うん、じゃあ頼んだよ」

 

 男は手をフラフラと振りながら部屋を出ようとする。が、途中で何かに気付いた様子で振り返った。

 

「あ、そう言えば苗字だけどその子は雑賀じゃなくて平井だから、そこん所、よろしくね」

 

 何故か男は苗字だけを言って部屋を出ようとする。苗字が違うのは薄々分かってはいたが、名前はどうしたのか。嫌な予感を振り払って聞いてみれば、男は「ごめん、そっちで考えておいて」と、言ってそそくさと部屋を出て行った。

 

 呆れて物も言えないとはこの事だろう。俺は暫くの間、誰もいない部屋で固まっていた。

 

 すると視界の端で小さな手が振られる。この子の名前を決めなければならない、と俺は今更ながらに気付いた。

 

 だが、良いのだろうか。名前を付けるのが無関係の俺で。そう勢いのまま動こうとした時、妙に冷静な俺の頭がブレーキを掛ける。

 

 この子が成長していった時、親から名前すら与えられなかった事にショックを受けるのではないだろうか。今すぐにでもあの男を追いかけて名前を……いや、それじゃあ余計にショックが大きくなるかもしれない。あの男ならその場で雑に考えた名前を付けるかもしれないからな。なら結局は俺が付けるしかない。もしこの時の事をこの子から聞かれたのなら、その時はその時だ。

 

 掛けたブレーキを壊し、決意で竦む意思を進める。ロボット一機に子育てが務まるか、俺の旧い常識じゃ測れない。だが俺と言う個人が合わされば、どうとにでもなる筈だ。

 

 この子は俺の子も同然と思って接する。不審がられない様ロボットとしてある程度の線引きをする必要はあるのかもしれないが、許される限り俺はこの子の側に居続けてやる。誰が何と言おうと。

 

「貴女は誰が何と言おうときっと望まれて生まれて来た筈です。少なくとも私は、いや俺は、今君をこの手に抱いて、生まれてくれて良かったと思ってる。

 

 だから、君の名前は──ノゾミだ」

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

【人生】我、金髪碧眼色白美少女に転生せり。part1【勝ち組?】

 

1:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 釣りじゃないぞ。

 

2:異世界の名無し ID:Y/JgpeNrl

 は? 俺なんか銀髪紫眼褐色美少女に転生してるんだが? 

 

3:異世界の名無し ID:J8CwYwhYA

 速攻転生マウントやめてもろて。

 

4:異世界の名無し ID:nLoYkHXPk

 本当にござるか〜? 

 

5:異世界の名無し ID:0yFA1KoZ8

 転生者掲示板でも最近フェイクとかあるしな。画像pls。

 

6:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 ほい

『ダブルピースする金髪碧眼色白美少女の画像』

 

7:異世界の名無し ID:JHod0WNln

 こマ? 

 

8:異世界の名無し ID:AccbVa9jD

 ガタッ! 

 

9:異世界の名無し ID:N3gfMtcq2

 全裸待機してて良かったぜ

 

10:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>9

 服着ろ淫獣。

 

11:異世界の名無し ID:EQ8J0Mmj4

 で、最近はファンタジー世界に転生するのが流行りみたいだけどイッチはどんな世界に転生したんだ? 

 

12:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>11

 近未来世界。一家に一台ロボットとかそんな感じの世界。僕の家にもリッターって名前のメイドさんみたいな役割のロボットが居たりする。

 

13:異世界の名無し ID:XwXaSbIv7

 近未来って聞くとファンタジー世界よりロクでもない世界とかありそうやな。

 

14:異世界の名無し ID:C9eQtkKKv

 カレ◯デバイス、エン◯ェルユニット……うっ、頭が……。

 

15:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 勝手に不穏な空気にすんのやめーや。我美少女ぞ。

 

16:異世界の名無し ID:Ol85Sl990

 美少女が一体何の威厳になるんですかねぇ……。

 

17:異世界の名無し ID:y4hxie+dD

 てかこれイッチは初めてスレ立てたんだよな。これまで何やってたんだ? 

 

18:異世界の名無し

 一人遊びでお楽しみしてたんでしょ。

 

19:異世界の名無し ID:GJJQ2D9c7

 ワイ世界見通せる千里眼持ち、イッチは同居してるロボットにビビって一人遊び出来てない模様。

 

20:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>19

 お前ふざけんなよ。

 

21:異世界の名無し ID:a1h4qR3Z6

 草

 

22:異世界の名無し ID:hzONjPmrW

 草

 

23:異世界の名無し ID:Elfe1xtyY

 イッチガチギレで草。

 

24:盗撮魔 ID:GJJQ2D9c7

 いややったんワイやけどワイでもバチ切れるわ。

 

25:異世界の名無し ID:w+B7mTjG6

 >>21

 >>22

 >>23

 梯子外されてて草。てか千里眼ニキのコテハンあたおか過ぎるやろ。

 

26:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 真面目に話をすると僕は今16歳なんだけど、何故かこの歳になるまで掲示板を使えなかったんだよね。

 

27:異世界の名無し ID:wfPzF2AcL

 あっ……。

 

28:異世界の名無し ID:KcAN/Esb/

 あっちゃあ、またそのパターンか。

 

29:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 え、何? 

 

30:異世界の名無し ID:Q9NG0VyYp

 今度は何が起きるかな。

 

31:異世界の名無し ID:KcAN/Esb/

 一応聞くけどイッチは物心付いても掲示板が使えなかったんやな? 

 

32:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 せやで。

 

33:異世界の名無し ID:KcAN/Esb/

 ならそのパターンやと高確率で一年以内に何らかの事件に巻き込まれるで。

 

34:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 え? マジで言ってんの? 

 

35:異世界の名無し ID:KcAN/Esb/

 >>34

 これまで色んな転生者のスレ見てきたけどマジやで。もっとイッチの詳しいスペックとか聞けたら何かヒントが見つかるかもしれん。

 

36:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 分かった、以下スペック。

 前世

 享年:20

 見た目:フツメンの男

 持ち物:特に無し

 

 今世

 歳:16

 見た目:金髪碧眼色白の美少女

 持ち物:脚の障害

 

 因みに友達は居ない。僕は金持ちの父親の不義の子らしいからあんまり学校とか外に行かせたくないらしくて、義務教育とかリッターに教えてもらってた。メイドさんとかも居なくて家事とか僕の介助もリッターにしてもらったりしてた。

 

37:異世界の名無し ID:BWEg8OJrq

 ……

 

38:異世界の名無し ID:NoXsGXVX3

 えぇ……(困惑)

 

39:異世界の名無し ID:KAds2uHXn

 僕っ子TS転生者って確定したのに誰も盛り上がらないとかマ? 空気冷え過ぎだろ……。

 

40:異世界の名無し ID:pk9sC6moR

 それってつまり……ネグレクトってこと!? 

 

41:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 そうなるかな。この世界でも完全にロボットに育児丸投げは虐待では、みたいな感じらしいし。

 

42:異世界の名無し ID:152hnhrSc

 クォレハプラマイゼロで無罪ですね……。

 

43:異世界の名無し ID:4xk/hDOZp

 何の罪なんですかね……? 

 

44:異世界の名無し ID:BEws1dn5s

 美少女誕生罪? 

 

45:異世界の名無し ID:mX+wXxA8C

 誘い受けショタ勇者の性◯隷に充てがわれてる長身筋肉質美女奴隷のワイはトントンで無罪やな。まあショタ揶揄うのは楽しいけど。

 

46:異世界の名無し ID:5NVcY/YEQ

 唐突な性癖の開示、本気だね。

 

47:異世界の名無し ID:5H4CfzNWU

 ここには色んな転生者が居るけど結構アレな方の環境だな。ロボットと二人きりで16年間過ごすって自分なら気が狂いそうだわ。

 

48:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 いや、案外ロボットは人間味があって退屈しないよ。寧ろ足が不自由な僕でも大丈夫な様に24時間体制で面倒見てくれてるし、話し相手としてもAIによくある会話の破綻とか無かったし、結構エンジョイしてる。

 

49:異世界の名無し ID:0ExWkut0a

 へえ、未来のロボットって凄いんやな。

 

50:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 でも気になる事があるんだよね。

 

51:異世界の名無し ID:Wj65BSZ2O

 気になる事って、こっちはもうすでに山ほどあるんやが。

 これからイッチに何が起きるのかとか、親子関係とかロボットの扱いとか。後々話すんやろうけど。

 

52:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 僕の世話役のリッターは汎用タイプで量産品の『イータ』って商品名のロボットなんだ。で、AIが自己学習で進化するのがウリらしいんだけど、リッターは僕が物心付いた時から人間と同じに見えるくらい感情を感じるんだよね。

 

53:異世界の名無し ID:ga710dhHF

 ロボットに感情って良くある話やな。そう言う系やと初期搭載されてるロボットとかもおるけど。

 

54:異世界の名無し ID:HfL2Kya4K

 例えば? 

 

55:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 僕がこの世界で初めて風邪引いて寝付けなかった時とか、何も言わなくても自室で充電してたリッターがコードを持って僕の部屋で充電しながら子守唄とか歌ってくれたり、氷嚢を変える度に『大丈夫ですよ。必ず治りますから』って声掛けてくれたりしてさ。『甘い物を食べれば気が紛れます』ってすり下ろしリンゴとか作ってくれたりした。

 

56:異世界の名無し ID:ImhykXwoO

 ……ママ? 

 

57:異世界の名無し ID:1mWuclCmn

 ママァ……。

 

58:異世界の名無し ID:6mO+dqH2K

 ロボットやのにバブみを感じる。何やこれ。

 

59:異世界の名無し ID:FCw0viukI

 確かにただのAIにしては出来過ぎな気もするな。何というか文字だけで見ても思いやりみたいなの感じるし。

 

60:異世界の名無し ID:t59jGDCVe

 なんかイッチに何が起きるか分かった気がする。

 

61:異世界の名無し ID:nmiXwkKSe

 お? 

 

62:異世界の名無し ID:IK26HySCL

 名探偵ニキか? 迷探偵ニキか? 

 

63:異世界の名無し ID:t59jGDCVe

 多分、そのリッターって言うロボットがどっかの闇組織とかに狙われるパターンちゃうか? 

 

64:異世界の名無し ID:JDksVHnJF

 なるへそ。

 

65:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 え? リッターが狙われるの? 

 

66:異世界の名無し ID:t59jGDCVe

 だってイッチには確かに親子関係のトラブルとか美少女故のトラブルとかありそうやけど、今の段階ならその親代わりのロボットが一番クサいやろ。

 

67:異世界の名無し ID:5/H99Y46Z

 確蟹。

 

68:異世界の名無し ID:G3PWIIXX2

 感情のあるロボットとか研究対象になりそうだしな。

 

69:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 じゃあどうすれば良いの? 

 

70:異世界の名無し ID:QRFy00kr0

 腕力を鍛える。

 

71:異世界の名無し ID:nkYAE3Dbk

 美少女らしく相手を魅了していけ。

 

72:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 いやマジでお願い助けて。リッターは家族みたいな感じだし、守れなかったら絶対後悔する。

 

73:異世界の名無し ID:+upm48XIf

 マジって言われてもまだ確定じゃないからなあ。でもイッチも本気でその親代わりのロボット守りたいって感じだから下手な事も言えないし。

 

74:異世界の名無し ID:KcAN/Esb/

 もしかしたら別方向から問題が来る可能性もあるし、今は選択肢を狭める様な事はしない方が良いと思う。

 

75:異世界の名無し ID:7JfTIPWMj

 用は現状維持って事やな。

 

76:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 現状維持ってちょっと不安だなあ。それって毎日ビクビクしながら過ごす事になるよね。

 

77:異世界の名無し ID:qNB46jskq

 でも何の心構えも出来てない状態から問題に巻き込まれるよりは百倍マシだと思う。俺なんかドラゴンに転生して早々魔王に殺されかけたりしたし。

 

78:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 じゃあ分かった、とりあえず普段通りに暮らしながら様子を見てみる。その間一旦掲示板にレスするのもやめとく。これ結構集中力使うし。じゃあね。

 

79:異世界の名無し ID:Zo8bXuIhv

 おう。

 

80:異世界の名無し ID:xrIcfsYUX

 その後、イッチの姿を見たものは居なかった……完。

 

81:異世界の名無し ID:aTCk+zvsX

 いてらー。

 

82:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

>>80

 勝手に終わらせるな。

 

 

 ……

 

 

 …………

 

 

 ………………

 

 

150:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

【速報】我、魔法少女にならないかとスカウトされる。

 

151:異世界の名無し ID:UwTyf2C54

 は? 

 

152:異世界の名無し ID:0vhaL1VxC

 は? 

 

153:異世界の名無し ID:as22vsBXj

 はぁ? 

 

154:異世界の名無し ID:PEGeNcRc7

 /人◕ ‿‿ ◕人\ <僕と契約して、魔法少女になってよ! 

 




因みに中身入りロボットの見た目はファ◯アボールのドロッ◯ルお嬢様を大人っぽくしたイメージです。

誤字修正ありがたや。


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それぞれの変身アイテム

※今回も掲示板要素あるよ。

追記:ID追加してみた。


 転生者である僕、平井ノゾミが生まれた世界は科学技術の発達した近未来の世界だった。

 

 街並みはと言うと、サイバーパンク世界ほど騒々しい輝きは無く、僕の居た現代の延長線上にある様な平凡な物。しかし道行く車は皆電気自動車であちらこちらに充電スポットが存在する。生まれつき足の悪い僕も短い移動は電気車椅子頼りだから何かと便利だ。

 

 歩道には人と服を着た人型ロボットが当たり前の様に行き交い、空を見上げてみれば、配達ドローンやエアバイクが空を駆けている。間違いなくこの世界は前世代の人間が夢想する様な近しい未来の世界だった。

 

 ただ、その割を喰っているのが僕みたいな天然モノの美少女だ。科学技術が進歩したおかげで生まれる前から遺伝子を調整したり整形したりでこの世界には人工の美人が多い。だから外見の割にチヤホヤされないのが少し悲しい。前世ではまるで興味無かったスキンケア商品に手を出したりもして自分磨きしたりもしてるけど、なんだかなあ。

 

 釈然としない気持ちに更に追い打ちをかけたのは、この前の出来事だ。

 

 僕の頭の中に突然開かれた掲示板へのリンク。

 

 その中の掲示板の住人が言うには近々何かの事件が起こるらしい。それにはリッター……僕の家族が巻き込まれるかもしれないって。だから余計に辛い気持ちになる。やむ。

 

 僕は今の世界でも現役なスマホを手に取り、ネットの海に潜ってリッターについて調べてみる。

 

「イータ、で検索すれば出るのかな」

 

 リッター、本来の名前は汎用型の人型ロボットのイータって名前で鈴木カンパニーって所が売り出してるヒット商品。詳しい事は分からないけど人型ロボット業界で記録的なセールスを叩き出した伝説的商品で年々バージョンアップを繰り返しながら販売しているらしい。今のイータはVer16、一年間隔で新バージョンを出すらしいから……僕が物心付く前から世話してくれたリッターは初期バージョンに近い、のかな? 

 

 イータのプロモーションビデオなどを見てみるが、どう見てもリッターの方が情緒豊かに見える。比べてみればそれこそロボットと人間位の差異を感じる。

 

 ロボットと言う画一の物に対し、脳裏には噛み合わない特別と言う二文字。掲示板を見る前の僕だったらワクワクしていたかもしれないけど、今の僕にはそれが重く感じた。

 

 ため息を吐きながらスマホの画面を切った時。部屋の窓に影が差した。

 

「邪魔するぜ」

 

 それは突然だった。僕の世話をしてくれるロボット・リッターが一人で買い出しに出ている最中の事。僕は家で車椅子に座り留守番していた時に、窓から馴染みの居酒屋の暖簾を潜るような手軽さで女の子が入って来た。

 

 一房の赤いポニーテールを肩越しに垂らした目付きの悪い少女。両耳には音符の形をした銀のピアスを付け、虎と竜の刺繍が施されたスカジャンにパツパツの太ももが眩しく見えるハーフパンツを着込んでいる。厳つさとエッチさの競合か? でも僕の方が可愛いけどね。

 

「……オイ、どこ見てんだ。そんなにアタシの下半身が気になんのか?」

 

 故に失敗した。ただでさえ足が悪くて車椅子生活なのに見知らぬ人間を近くに寄せてしまった。おまけに座った姿勢だから余計に下半身に目が……卑劣な術だ。

 

「ふっと……」

 

 思わず口に出てしまった。失礼極まりないがこんな今にも溢れ出しそうな太ももを眼前に見せびらかされてこう言わないのはむしろ失礼かもしれない。僕は混乱気味だった。

 

「っ、太くねぇから!」

「あっ、ごめん」

 

 すると彼女は顔を赤くして叫んだ。くそっ、可愛い。僕が男のままだったらやられていたかもしれない。

 

「ってか話させろ!」

「……いや不法侵入者とする話があるんですかね」

「うぐっ!」

 

 ただ、現時点でこの女の子は屋敷に忍び込んで来た不審者だ。リッターも今は居ない、車椅子じゃ自衛のしようもない。せめてスタンドみたいな力があれば……それか車椅子を魔改造したりとかさあ。

 

「すまねえ、悪かったな。この屋敷、一本道以外は林に囲まれてたからよ。アンタんとこのロボットと鉢合わせないように裏から失礼させて貰ったぜ」

 

 と思っていると彼女は素直に頭を下げて来た。綺麗なつむじだ。

 

 ……さて、何から聞こうか。

 

「はは、僕のこの美貌を一目見に来たのかな?」

「確かにびっくりするくらい美人だけどよぉ、別にそう言うんじゃなくってだな」

「──じゃあ、父の刺客かな?」

「は?」

 

 不意打ち気味に聞いてみたが……彼女は心当たりなさそうにキョトンとしていた。うーん、分からない。

 

「アンタの親父さんの事はよく分かんねえがそんな繋がりは無えよ、多分」

「あ〜男の人だったら僕のテクニックで骨抜きにしてたんだけど」

「は、はぁ!? アンタまだ未成年だろーが!!」

「ふーん、その程度は調べて来てるんだ」

 

 彼女は苦々しく顔を歪めていた。内心はこの悪ガキ、とでも思っているのだろうか。嘘や(はかりごと)は苦手そう、見た目よりは真面目っぽい感じ、かな。

 

「嘘だよ。僕は自分を安売りする気は無いからね」

「チッ、調子狂うぜ」

「さ、早くお話しよう。生憎この脚だからお客様を持て成す事は出来ないけど」

「分かってたのならサッサとしてくれよ……」

 

 まあ、目的は大体分かったから良しとしよう。僕の身代が目当てならとっくに行動してるだろうし。

 

 僕達は部屋の中央に向かう。ここは僕の部屋だ、中央には幅広なソファーが一脚とテーブルがある。彼女にはソファーに座ってもらい、僕は何もない反対側で車椅子に座ったまま向かい合う。そう言えばいざと言う時の為に一人で誰かと話す時はどんな時もテーブルか何かを挟んで間合いを取れってリッターがよく言ってたなあ。

 

 どすんと座った彼女は、一呼吸置き、話し始めた。いかにも重要そうな事言いますよって感じだ。

 

「アタシの名前は辰寅(たつとら)リュウコ。平井ノゾミ、アンタに単刀直入に聞く。アンタは人類の存亡を賭けた戦いに参加する気はあるか」

「人類の存亡?」

「この世界には別次元からの侵略者の魔の手が迫ってる、つったらアンタ信じるか?」

 

 ……もしかして、()()? もしかして事件って、()()の事? 

 

「……なーんだ。そう言う事か」

「なーんだ、って何だよ、真面目だぞこっちは?」

「いや、むしろ待ってましたと言うか、人類の存亡だけならバッチコイと言うか……」

「お前邪教徒か何かかよ!? 何だよその悪の親玉みてえなセリフは!!」

 

 心から安堵したせいか、やたらと口が回る。嬉しい、リッターは大丈夫なんだ。そう思うと重く澱んだ気持ちも晴れていく。

 

 あれ、何か顔から垂れてる? 

 

「って、何泣いてんだよ!?」

「えっ?」

「あ、アタシの所為か? もしかしてアンタカトリックとかだったのか!? なら邪教徒とか言ったのは謝るからよ、ほら涙拭けって!」

「あ、あれ? 何で」

「おいおいおい!?」

 

 ──その後、僕が泣き止むまで暫くして。

 

「お騒がせしてすいません。僕は君を信じたいと思います」

「はぁ……いいぜ」

 

 泣き止んだ僕はげっそりとしている彼女を前に、漸く話の続きをお願いした。

 

「えっとどこからだっけな。人類の存亡は言ったよな。なら次は別次元の侵略者、魔王についてだ」

「魔王?」

「ああ、この世界がある次元とは別次元の世界、所謂ファンタジーみたいな世界なんだが、そこに居る魔王って奴が()()()()の為に色んな次元に対して侵略戦争を開始した。それが事の始まり──」

 

 そこから先は、近未来の世界で聞けるとは思えないファンタジーの物語だった。

 

 魔王は特殊な技『魔法』によって次々に別次元の世界を侵略し、多くの世界を滅ぼし領地としたそうだ。手始めは自分達の世界より古い時代の世界、次に同じ時代の世界、そしていよいよ未来の世界にも魔王は手に入れようとしている段階らしい。

 

 しかし、魔王に対抗するには同じ魔法の力が必要だと言う。魔法とは局所的な現実改変能力、世界を塗り替える技らしく、例え魔王に万の銃弾を撃ち込もうとも魔法の力がなければ魔王に届く前に世界を塗り替えられ消えてしまうとも。更にこの力は魔王だけでなく魔王が率いる軍の面々も使用出来る為、尚の事厄介だ。

 

「──って事になってる訳だ」

「待って下さい、ある目的って何ですか?」

「それはだな、『魔力』だ。

 魔力──それはあらゆる次元に存在する生命体の思念に感応する目には見えない超エネルギーだ。これは普段は世界に満ちていて生命体の中に自然に溜まっていく、だからアタシの中にもあるし、アンタの中にもある。

 魔王は何かしらの目的の為にこの魔力をコソコソと集めてるらしい。あらゆる次元に存在するっつーから、そこのもかき集めてるんだろうな。ついでにリソースを最大限に確保する為、それを消費しかねない現地の生命体も滅ぼしたんだろうよ。で、魔力は魔法のリソースにもなる。魔法を使う為には身体に溜まった魔力を使う訳だな。これを言うと世界に満ちている魔力から魔法を使えないのかって聞かれるんだが、アタシはいつもこう答える──手で掬った水と口に含んだ水、どっちが狙いをつけ易いか、ってな。出来るにゃ出来るが、魔法を使った時の精度は段違いだ。下手すりゃあ暴走する」

「って事は使った事あるんですね、魔法」

 

 彼女は黙って肯首する。なるほど魔力に魔法ね。さっきまでターミネーションしたりとか電脳世界とか近未来特有の事件にでも巻き込まれるのかと思ってたけど、まさか別次元もとい別世界からの侵略とは。

 

 ……あれ? じゃあ別世界に居る転生者が集まってる掲示板にも知ってる人居るんじゃない? てか下手したら魔王側の転生者が掲示板に居る可能性なくない? うう、厄介さではこっちの方が上かも。

 

 思わぬ落とし穴に頭を抱えたくなった僕だったが、取り敢えず話を最後まで聞く事にした、まあ何となく流れでわかるけどさ。どうせこれ勧誘でしょ? 

 

「じゃあ聞いて欲しそうなんで聞きますけど、何故君は魔法を使えるんですか?」

「それを聞いたら、もう後戻りは出来ないぜ?」

「どっちみち人類の存亡でしょう? 守りたい物を守れる力があるなら、あるに越した事はありませんよ。ビビって死ぬくらいなら、胸張って死んだ方がマシです」

「はっ、変な奴だが気骨がある奴は嫌いじゃねえ。いいぜ話してやるよ」

 

 話の概要はこうだ。

 

 魔王に滅ぼされた世界の中には実用に足る魔法と言う物が存在していた世界もある。そう言った世界から他の世界へ逃げ延びた者達は、魔王に対抗する為の組織を作り、それぞれの世界で魔法を行使する存在、『魔法使い』を集めているらしい。その為のシステムもあるんだとか。

 

「それがこれだ」

 

 そう言って彼女が取り出したのは……ただのスマホだ。どう見てもスマホだ。

 

「まあ見てな」

 

 彼女はスマホの電源を入れ、僕に見えないようパスワードを打ち込むと、改めて画面を見せて来た。

 

 そこにあったのは──照れながら笑ってるミニスカサンタクロースの姿をした彼女の姿だった。ミニスカでも太ももが眩しい。僕も今年はサンタクロースのコスプレとかしてみよっかな。リッターは何て言うだろう。バニーガールの服買ってって言ったら「何処の色欲魔に唆されたんですか」って目を赤く輝かせて言ってたからダメかな。

 

「あの、この可愛いしか感想が出てこない画像が魔法なんですか? 思考を縛る魔法的な……」

「ちちち違うぞ! これはアタシの趣味とかじゃなく去年のクリスマスで無理矢理……ハッ、違う! この画像だ!!」

 

 と言ってスクロールした先にあったのは、黒背景に白い円が描かれた画像だ。これだけじゃ何を意味するのかまるで分からない。

 

「このスマホには魔法が掛けられている。そのスマホでこの画像を開き、魔力を流し込めば──」

 

 ──すると、白い円は見る見る内に赤く染まり、完全に赤一色となると円の内側へと新たな線が生まれた。やがて線は五角や五芒星、円や見た事の無い文様などを描き、一つの魔法陣を作り上げた。10秒にも満たない内の出来事だった。

 

「こうして個々の魔力に合った魔法陣……まあ魔法を使う為の道具みたいな物だな、でそれを介して魔法が使える様になる。アタシは赤だから炎の魔法って所だな」

「でも、それスマホですよね。電池が切れたら──」

「だからアタシは同じ魔法陣を刻んだカードを持ってる」

「じゃあ何の為に……」

「これはだな、魔力さえ有ればどんなヤツも自分に最適化した魔法陣を作れるって道具だ。つまり誰でもすぐ『魔法使い』に出来る代物って事だな。

 

 ──だから平井ノゾミ、アンタは今から魔法使いになれ」

 

 いきなりか、いや十分前置きはしてたか? 予測の範疇だったが、まさか今から魔法使い、いや魔法少女になれと誘われるとは。

 

「理由は、何となく分かります。僕の魔力量が多かった、って事ですよね」

「そんな所だな。魔王達が欲しいのは魔力だ。魔力を多く持っている生命体が居れば当たり前の様に害してくる。殺されるか誘拐されるか、ロクな目には合わないだろうな。幸いにもアンタは元々露出を避ける生き方をしていた様だし、まだ魔王達には捕捉されていないだろうよ。幾ら魔王でも世界に魔力が満ちている状態で魔力を頼りに個人は探せねえ」

「なら何故君は僕を見つけられたんですか?」

「アタシ達の仲間はあちこちに居るからな、道を歩いていて強烈な魔力とすれ違ったから偶々追いかけたらここに辿り着いたんだよ」

「……思ったより原始的ですね」

「一番冴えた手なんだな、これが」

 

 僕は彼女からスマホを受け取り、画面を覗く。画面には先程の黒背景に真っ白な円が映っている。どうやら他人に渡すと初期化されるらしい。

 

 僕には魔力があると言うらしいが、どうやって魔力を流せば良いのだろうかと思っていると、白い円は勝手に黄色に染まり出した。プラモの墨入れの様に、一瞬で円は黄色に変わり、内側へと伸びる線は先程の比にならない速度で模様を描いていく。よく見れば、先程の彼女の魔法陣よりも三角や四角、ダビデの星などの装飾が増えていた。僅か数秒の出来事だった。

 

「そいつは本人の魔力量によって魔法陣や描かれるスピードも変わる。アタシ達にとっては測定装置みたいなモンだ。見てみればやっぱりアンタの魔力は規格外レベルってヤツだな」

「喜ぶべきか否か、悩みどころですね」

「だがまだ終わりじゃねえぜ」

「まだあるんですか?」

「魔法ってのは世界を塗り替える能力だって話したよな」

「……はい、そうですね」

「なら、魔法によって自分を塗り替えて最強の形にすればどうなる?」

「っ! まさか!」

 

 ──()()()()()()()()、あるいは()()

 

 彼女は言った。「それこそが魔法使いの切り札(ロマン)だろ?」と。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

【孤独は】無機物に転生しちゃった民のスレpart20【友達】

 

1:冷たくなった名無し ID:XbZngBgs2

 ここは無機物に転生してしまった冷血の民達が集まる

 転生者掲示板です。雑談、質問、SS何でも可です。

 

 前スレ:✳︎✳︎✳︎〜

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

334:冷たくなった名無し ID:yE+bAc334

 な阪関無。

 

335:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 何だここは。

 

336:冷たくなった名無し ID:S5fBo0mn1

 >>335

 あれ、新規さん? 

 

337:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 新規と言えば新規になるのだと思う。

 

338:冷たくなった名無し ID:S5fBo0mn1

 >>335

 おお! 新しい人来た! これで勝つる!! 

 

339:冷たくなった名無し ID:LybCv2oMz

 >>335

 この荒野にもまた新芽が……。

 

340:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 すまない、俺にはこの場所がよく分からないのだが。

 

341:冷たくなった名無し ID:N1YTDTXrc

 >>340

 ここは異世界に生まれ変わった転生者の内、無機物に生まれ変わった人達が来る掲示板。

 

342:冷たくなった名無し ID:/wGL9lsB+

 >>340

 石ころとか木とか地球とかに転生した奴が居るスレッド。

 

343:冷たくなった名無し ID:E6XZe6eIV

 最近暑くてアイスノン足りなくなってんだよなあ。

 

344:冷たくなった名無し ID:defKzE432

 >>343

 北極の事アイスノンって言うのやめーや。ワイ北極の中で凍りついたマンモスの骨やけどいつ海にばら撒かれるかヒヤヒヤしてるんやからな。

 

345:冷たくなった名無し ID:Jj5QSGOVl

 因みに335が転生したのって? 

 

346:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 ロボットだ。

 

347:冷たくなった名無し ID:kj4Ax7Xs+

 >>346

 はえ〜珍し。この前美少女タイプのゴーレムに転生したヤツとかおったけどロボットは初めて見たわ。

 

348:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 で、アームロボット? それともルンバ? 

 

349:冷たくなった名無し ID:qbjhnEL4e

 >>348

 石ころに転生して尊厳破壊されたヤツのレス。

 

350:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 すまない、ヒト型ロボットだ。

 

351:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 SSRやん。

 

352:冷たくなった名無し ID:rkORc7PXR

 ヒト型って巨大なヤツかな。

 

353:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 >>352

 こうすれば返したい相手に返答出来るのか? 

 人間のスケールと似た感じのロボットだ。

 

354:冷たくなった名無し ID:9SXl2A69A

 335さんガチの掲示板初心者か。ならスレ民全員でサポートせんとな。

 

355:冷たくなった名無し ID:+0if8zKh6

 >>353

 合ってるで(ニッコリ)

 

356:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 >>355

 ありがとう。

 

357:冷たくなった名無し ID:tnI9OT5Ce

 335のスペックおせーて。

 

358:冷たくなった名無し ID:cPSgZe6Mu

 ヒト型ロボットって何やるんやろな。

 

359:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 スペックは詳細な方が良いのか? 一応使用されているCPUの名前から言えるのだが。

 

360:冷たくなった名無し ID:Kcv7lJ5yp

 ガチロボットで草。

 

361:冷たくなった名無し ID:cPSgZe6Mu

 >>359

 スペックはそっちのスペックじゃなくて大まかな身の上とか外見とか言ってくれたらええんやで。

 

362:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 分かった。

 

 身の上:前世では2015年に勃発した第三次世界大戦に従軍し戦死、以後は現在2079年の世界にて汎用ヒト型ロボットとして転生し一人の娘を育てている。

 外見:前世については特筆点無し、男。現在の見た目については説明が難しい為、画像の添付を行う。

 

『線が細く女性型に近い真っ白なロボットの画像』

『青く輝く横倒しの涙型のカメラアイを搭載した頭部をアップした画像』

 

 

363:冷たくなった名無し ID:1l3WAFRng

 >>362

 エッッッッ!! 

 

364:冷たくなった名無し ID:iB076cfFt

 >>362

 勃ッ! 

 

365:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 >>363

 >>364

 どう言う意味なんだ? 

 

366:冷たくなった名無し ID:cPSgZe6Mu

 >>365

 猿の鳴き声のモノマネやな。

 

367:冷たくなった名無し ID:9oqrhPUVm

 うーんこれは無知シチュ。

 

368:冷たくなった名無し ID:EvAk2BQKP

 美少女なゴーレムとかじゃなくてこう言うロボッ娘を待ってた。

 

369:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 >>368

 中身は俺の様な男だが、良いのか? 

 

370:冷たくなった名無し ID:UPKybYB8n

 寧ろそれが良いんだよなあ……。

 

371:冷たくなった名無し ID:Un4a/ASVR

 しれっととんでもない事言ってんのにエッッッな事にしか目が行かないここのスレ民ほんと尊厳破壊者の末路って感じがしてすこ。

 

372:冷たくなった名無し ID:UPKybYB8n

 >>371

 お前も仲間に入れてやるよ〜。

 

373:冷たくなった名無し ID:HqX+YKlgy

 てか2015年にWW3が起きた世界とかあるんやな。おまけに子育てしてる軍人TSママロボッ娘とか堪らんで。

 

374:冷たくなった名無し ID:It5GHDD+G

 盛り上がっている所悪いが話をしたい。

 俺はついさっき娘の為に買い出しに出ている時ここへ繋がるリンクが載ったウィンドウが開かれてここにやって来たんだが、ここに居る者は皆同じ様にして来たのか? 

 

375:冷たくなった名無し ID:bx8eqUuGj

 あっ……。

 

376:冷たくなった名無し ID:Y/vdWaPUC

 例のパターンやな。

 

377:冷たくなった名無し ID:3DjrtClgf

 てかこのまま335の話が続くならコテハン付けた方が良さそう。

 

378:335 ID:It5GHDD+G

 コテハンとはこれの事か。

 >>376

 で、例のパターンとは一体。何か分かっているのなら教えて貰いたい。

 

379:冷たくなった名無し ID:bbZcwjof6

 >>378

 転生して先天的にここに来れるヤツと後天的にここに来るヤツがおるんやけど、後者はここに来て一年以内にデカい事件に巻き込まれてる。

 

380:冷たくなった名無し ID:bibWAD3MW

 この前の美少女ゴーレムもこのパターンでどっかの世界に次元跳躍させられてたな。

 

381:335 ID:It5GHDD+G

 一年以内か。誰かその事件に心当たりがある者は居ないだろうか。出来るなら先手を打ちたいのだが。

 

382:冷たくなった名無し ID:s6XgjEoMs

 あるとすれば、335本人かその周り、例えば娘さんとかが巻き込まれるとかか? 

 

383:335 ID:It5GHDD+G

 >>382

 それは本当か? なら俺は念の為急いで家に帰る必要がある。そして処理能力の分割を避ける為、普段は掲示板からは離れようと思う。情報感謝する。また状況に進展があれば追って連絡を入れる。

 

384:冷たくなった名無し ID:4bReiupNt

 >>383

 おk、でもあんまり無理しちゃダメだぞ。

 

385:冷たくなった名無し ID:Bnprbc8Tm

 行ってらっしゃい。

 

386:冷たくなった名無し ID:dwJ0njJ8Z

 まだ確定した訳じゃないだろうからあんまり気負い過ぎんなよー。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

523:335 ID:It5GHDD+G

 帰り道で行き倒れていた緑の髪の少女を助けたら、禍々しい模様の入った杖を貰ったのだが。

 

524:冷たくなった名無し ID:Wr6UfApY+

 何そのお土産に買ってきたトーテムポールばりに要らないプレゼント。

 

525:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 やっぱ緑の髪の女にロクなヤツ居らんな。

 

526:冷たくなった名無し ID:/ySBYHgUX

 まずどうして行き倒れてたんですかねぇ……(ごく普通の疑問)

 



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嵐の先触れ

一万字超えてるのにまだ魔法少女の変身まで行かないとかウッソだろお前? プロットガバガバじゃん。

今回は掲示板要素無しです。


 燦々と照り付ける日差し、絶え間のない蝉時雨。

 

 急いでいた、俺はこの上なく急いでいた。

 

 こんもりと膨らんだエコバッグを二つ抱えてクラシックなメイド服を着ながら街を行くロボットは屋敷のあるこの街、真昼街(しんちゅうがい)ではもはや見慣れた光景となっている。他ならぬ俺な訳だが。

 ただ今日は珍しく急ぎ足と言う事もあり、普段なら通り過ぎる見慣れた人々も奇妙な物を見る様に目で追ってくる。

 

 急ぎの理由は先程の掲示板とやらで得た情報が理由だ。それは近々俺の身の回りで事件が起きると言うもの。もしそれがノゾミに降り掛かると言うのなら気が気ではなかった。

 

 しかし急いでいる時程足を止めたくなる出来事に出会ってしまうと言う物。急いでいる所為か、前を見ている所為かは分からないが。

 

「……何故、こんな場所に」

 

 俺は人通りの少ない市街地で、道端に倒れた緑の髪の少女を見付けたのだ。今は初夏の季節だと言うのに厚手のコートを着たその姿に面食らったが

 

 これが戦時中ならブービートラップの一つではと考えるが、ここは今の所平和な世界、あり得ないと思考の外に追い出した。

 

「大丈夫ですか?」

 

 取り敢えず倒れているヒトが居れば肩を叩く。決して無理に動かしてはならない。

 ついでに首筋に手のひらを当てて体温を測る。俺がこのロボットに搭載された機能を使うには念じるだけで良いと気付いたのはノゾミが初めて風邪を引いた時の事だったな。体温計測機能を使いたいと念じれば俺の視界の片隅でウィンドウが開く。その中にある数字は35.2、思った以上に低い体温だ。熱中症と言う訳でもなさそうだな。

 

「……けほっ、こほっ」

 

 すると突然、見ているこちらが不安になりそうなくらいに咳き込みよろめきながら少女は立ち上がった。季節と相まり、まるで陽炎の様な儚さに見える。だから支えになろうと手を差し出すと、少女は肩を跳ねさせ、俺から距離を取ってしまった。

 

 見ず知らずのロボット故に、警戒されてしまったのだろうか。俺は少女の気持ちを慮れなかった不覚を恥じる。

 

「アナタは、誰? ……くしゅん!」

「私は通りすがりのロボットです。買い出しの帰りで倒れていた貴女を見つけたのです」

 

 ずるずると鼻を啜る少女に対し、俺は違和感を与えないよう、俺はロボットの口調を真似て話す。

『不気味の谷』と言う言葉がある、ヒト型ロボットがヒトそのものではなくヒトに近過ぎる言動を取ると嫌悪を感じると言う話だ。俺はその言葉に倣いあまり人間らしさを出さない様にしている。それはもうかつて上官にしていた様な恭しい態度で、いつもの事だ。

 

 向かい合ってみると、少女はマスクにニット帽にマフラーと防寒着を着込みに着込みまるで季節感の無い格好をしていた。話し合いの最中にも関わらず、赤い顔で絶えることなく咳とくしゃみを繰り返す。これは風邪、なのだろうか。いささか重症に思えるのだが。

 

「どうして……アナタは平気なの?」

 

 少女は声を震わせややゆったりと話す。もしかすればまだ彼女はロボットの概念に疎いのかも知れない、だから俺に風邪が感染ると考えたのだろう。

 ノゾミはこの少女と同じ歳くらいの頃には既にロボットの事を理解して実際に俺のメンテナンスを業者の代わりに出来るレベルだったからか、俺も少し常識離れ"慣れ"してしまった様だ。この世界で暮らすにもまだまだ至らない事だらけだな。

 

「私はロボットですよ。病気には罹りません」

「そう……なんだ」

「だから心配の必要はありません。絶対に大丈夫です」

「けほっ……ありがとう」

 

 マスクをしていた為はっきりとは分からなかったが、それを聞いた少女は笑っていた気がした。次の瞬間には緩慢な動作で俺の身体にもたれ掛かって来たのでよくは分からなかったが。

 

 だが俺もずっとこうしている訳にもいかない。少女が何か困っているのなら早々に解決し帰宅しなければ。

 

「貴女は何故倒れていたのですか」

「今日、少し体調が良かったからお外で遊ぼうと思って……でも無理だった……こほっ」

「となると、今から帰ろうとしていると言う事ですか」

「……うん」

 

 彼女は躊躇う事なく肯首したが……俺は何とも言えない不安感を抱いていた。彼女の足を見ると、生まれたての子鹿の様にプルプルと震えている。炎天下の帰り道を生き残るビジョンがまるで見えないのだ。

 

「貴女の家に、今家族は居るのでしょうか」

「うん、お姉ちゃんが三人」

「大人の方は居ますか」

「一番上のお姉ちゃんは大人だよ……けほっ」

 

 なるほど、なら家に帰ればひとまずは大丈夫だろう。問題は帰る道程なのだが。

 

 少女を見る。真っ直ぐに伸ばされた緑の髪に透き通る翠眼、マスクに隠れていても分かる幼なげではあるが妙に大人びた雰囲気のある顔立ち。それはいつかの昔のノゾミに似ていた。

 

 ……仕方ない。このまま彼女を一人で帰らせる訳にもいかないだろう。

 

「家はどちらですか」

「えっ?」

「貴女を家まで運びます。家はどちらですか」

「いい……の?」

「勿論です」

 

 腰を落とし、少女の方を見る。首をこてんと傾けている彼女の仕草は萌黄色に近い緑の髪もはらりと靡き、目は潤み、どこか色気を感じさせるものだ。どこかこの世とは思えない──生まれ変わった俺が言うのも何だが──得体の知れない何かを見た、そんな不思議な気分だった。

 

「じゃ、じゃあ……いく、よ?」

「はい、どうぞ」

 

 少女は、壊れ物でも扱う様に、慎重に足と手と俺の身体に掛けていく。子供一人、特に重さなども感じない身体である。何の問題も無い。

 

 俺は少女の道案内を頼りに彼女の家へ向かった。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 少女を背中に乗せたロボット──俺は彼女の案内のまま進むと、そこには古びたトタン屋根の一軒家があった。所々錆があり、今にも崩れそうな、そんな有り様だ。未来の世界にあって良い物件なのだろうか。

 

「ここが、貴女の家ですか」

「うん……そうだよ」

 

 背中の彼女は俺の顔に自分の顔を擦り付ける様な距離感で会話する。信頼を得たのか今の彼女は妙に気安くなっていた。俺が男のままなら多少は注意していた所だが、今はただの汎用ヒト型ロボット(女性型)である為敢えて言う必要もないだろう。

 ……だが背負っていた時に胸の膨らみがある部分をやたらに触っていたのはどうだろうか。いくら服越しとは言え、柔らかみのないただの隆起した板金だとしても。

 

「家には家族が居るのですよね」

「くちゅん! ……お姉ちゃんが待ってる」

「ならここで別れましょう。私が貴女の家族の前に出ると色々と説明しなければなりませんから」

「えっ……こほっ」

 

 すると彼女は何か絶望した様な声を出した。そんなにも別れるのが嫌だったのだろうか。

 

「大丈夫ですよ。この街で暮らしていればまた会う事だって出来ます。一生の別れじゃありません」

 

 だからこう言った。これは嘘でも方便でもなく本当の事だ。この家からノゾミと暮らす屋敷のある雑木林まではそう離れた距離ではない。俺も定期的な買い出しで外に出る為いつかはまた出会える筈だ。

 

「……ほんとに? わたしの前から消えない?」

 

 すると彼女は深刻そうな声色で喋りながら、俺の首元をぐっと両手で締め付ける。痛くも痒くも苦しくもないが、音で分かる。

 

 きっと彼女は病気がちの子供なのだろう。そのせいで数え切れない程失われた縁があったのだろう。

 

 なら、俺は切れない縁を結ぼうじゃないか。

 

「なら、約束します、私と貴女は必ずまた会える。そしたらまた約束しましょう、次も必ずまた会える様に。規則正しく動くロボットにとって、予定は決定です。必ず果たします」

 

 俺は腰を静かに落とす。少女は背中から降りて、屈む俺の前に回り込み、小指を差し出した。

 

「約束……だよ?」

「約束を忘れるロボットなんて居ませんよ」

 

『ゆびきりげんまん』──随分と懐かしい所作だ。幸いにも俺の手の指も五本ある、その中から白い小指を伸ばし少女の小さな肌色の小指に絡める。

 

『ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーます、ゆびきった』

 

 ……そうして少女と俺は約束を交わし、家の前で別れようとした。

 

「けほっ! こほっ! ま、待って!!」

 

 すると突然背中を向けた俺に向かい、何かを思い出した様子で彼女は寄って来た。

 

「これ……お守り。何かあったら、これに祈って……えほっ!」

 

 彼女はコートの中から黒をベースに赤い血管の様な模様の入った手首から肘程の長さのあるどこか禍々しい()を取り出し、俺の腹に押し付けた。俺は彼女がそのまま杖を握る手を解こうとしたので、慌ててその杖を手に取ってしまった。

 

「私は当たり前の事をしただけで何かを貰うなど」

「……わたしの大切なもの、要らない?」

「貴女の大切な物ならば尚更──」

「持ってて、欲しい!」

 

 咄嗟に返そうとしたものの、少女の必死な形相に俺は頷く他なかった。この雰囲気で無理に返そうとしても受け取ってくれそうにない。……後で頃合いを見計らってこの家の家族経由で返すべきだろう。

 

「それでは、また──」

「……鞍馬(くらま)ミドリ、お姉ちゃん達にはペイルって呼ばれてるけど、けほっ……わたしの、名前。その、ミドリって呼んで、欲しいな……えほっ」

「──でしたら私の名前も必要ですね。私の名前はリッター。ドイツ語で騎士と言う意味です」

「じゃあ、()()()……リッター」

「ええ、()()()()()()()()、ミドリ」

 

 こうして、ミドリと言う少女との奇妙な出会いは終わった。

 

 病気がちだが思い遣りのある、可愛らしい普通の少女。

 

 屋敷へと帰る道すがら、彼女とまた会えた時には娘の話でもしようと、俺はそう考えていた。

 

 ──しかし、まさかその再会があの様な形で訪れるなど、この時の俺は予想だにしていなかったのだ。




誤字修正ありがたや。


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吹き荒れる嵐

外が嵐だったので急いで書き上げました。割と急展開。

※今回は少し掲示板要素アリ。

2021/12/01/7:58 文章をざっと見直しておかしな所があったので修正(本筋には影響ありません)

追記:ID追加してみた


 僕が辰虎(たつとら)リュウコちゃんとの会話を終え、二階にあるこの部屋の窓から外へ出ていくのを見届けたのとリッターが帰って来たのは同時だった。

 

 僕はリュウコちゃんから魔法について、軽く指南を受けた。

 

 ・まず僕の魔法陣は黄色、つまり雷魔法に対応していると言う事。

 ・そして魔法には()()を除き決まった手続きが存在せず、当人の認知と意識を元として発動すると言う事。つまりイメージが大事。

 ・だけどその意識を固定する為のルーティンとして詠唱や図形を用いる人も居るらしいと言う事。

 

 そして魔法使いのルールも教えてもらった。

 

 ・魔法使いは無闇に魔法の存在や魔王の存在などについて非魔法使い、つまりは一般人やロボットには言ってはならない、聞かれてはならないと言う事。

 ・魔法使いは非常時でない場合は結界や人払いなどの魔法を使用し、非魔法使いに見られる可能性を限りなく排除した上で魔法を使用すると言う事。

 ・もしも魔法の存在が知られた場合、人間ならば記憶を消す魔法を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う事。

 

 あまり外に出る事のない僕にとっては他二つはあまり関係がなかったから、三つ目が一番重要だった。そんなニュースは聞いた事もなかったけど、魔法使いがよほど巧妙に隠れているか、隠蔽されているかのどちらかなのだろう。それと……今までリッターを普通に外出させてたけど、魔法使いに会うリスクを考えると本格的にネット通販暮らしも考えないとなあ。

 

 後、極め付けはこれ──メタモルフォーゼ(変身魔法)

 

 魔法とは世界を塗り替える技、この魔法を自分自身に使用すると強靭な身体と圧倒的な膂力、そして魔法の行使にあらゆる最適化が施された仮想の肉体が手に入る。それに加えて魔力で編まれた服と武器まで貰えると言うのだから至れり尽くせりだ。でもこれは前述の()()の魔法で、それぞれの属性で決まった祈りの言葉、『詠唱』が必要らしい。僕も一応教えて貰ったけど、そんなすぐに使うだろうか。

 

 ただ彼女は「力を手に入れたからって調子乗んじゃねーぞ? 暫くはアタシもこの屋敷の近くに居る。何か起きたらアタシの名前を呼べば良いからな」と言っていた。去り際にはメアド交換と僕の魔法陣のスクリーンショットも自分のスマホに送る形で貰った。口調はどこか荒っぽい感じだったけど優しい子だったなあ。

 

 そう感慨に浸っていると、ノックの音がした。

 

 コンコンコンコンコン。──5回のノック、妙に几帳面な態度は間違いない、リッターだ。

 

「入って良いよ」

「ただいま帰りましたよ、ノゾミ」

 

 リッターはボディの型や声からして(恐らく)女性型ロボットだと思うけど、僕の部屋にはいつもこうしてから入ってくる。でもこれってどちらかって言ったら淑女って言うよりなんか紳士的だよね。

 

「……あれ、リッター、少し濡れてる? 何かあったの?」

 

 部屋に入って来たリッターの顔を見る。いつも通りの横に倒した涙型の瞳、その際の部分に水滴が垂れているのが見えた。ロボットは汗をかかないし、リッターが出ていた時に雨が降っていた訳でもない。と言う事で気になったのである。

 

「外に出ている際に風邪を引いた方とすれ違いまして。念のため身体を水洗いしていました。メイド服も新しいものに着替えていますので問題はありません」

「へえ、夏風邪かな」

 

 ああこれ、また人助けしてたんだろうな。──僕は確信した。

 

 リッターは昔から困ってる人が居たら片っ端から助けようとする性格(?)なのだ。多分風邪を引いた人を家まで運んだ、とかだろうね。

 

 僕はどちらかって言ったら鉄血冷血のロボットより、優しいロボットの方が好きだから全然オーケーなんだけど……まだ掲示板の事が頭に引っかかる。リッター自身が厄介事に巻き込まれたりするならやめさせた方が良いのかな。魔法使いの話もあるし……でもどっちの理由も言えないor言っても信じられない話だから頭が痛い。言えば聞いてくれるだろうけど、それはあくまでロボットで人に従順だから。リッターの意思は関係なくなっちゃうから、出来ればやりたくないよね。

 

「……リッターは」

「はい、何かありましたか」

 

 首を傾げるリッター、この距離感がどこまでももどかしい。

 

 リッターが本当の両親だったなら言いたい事も言えたのに。ロボットは決して人の大事な一線には踏み込めない。人はロボットを自在に弄れるのに、だ。まるで中世ヨーロッパ()の小説で出てくる奴隷みたいな都合の良い人形。昔の僕はそう言うのが苦手で、本当の所を言えば最初は冷めた目でリッターを見ていた。

 

 ……でもリッターは違った。

 

 リッターは僕以外にも平等だった。それは本来誰かに買われて使われるロボットとしては異質なのだろう、公共の物でもないのに購入者以外の利益の為に、時にそちらを優先する事すらあるロボットなんて本来ならおかしな存在だ。()()かもしれない。でも僕はそれで良かった。

 

 だから僕はリッターのメンテナンスをする様になった。リッターが自分自身でバグを見つけてしまわないように、バグを治してしまわないように。勿論適当にやってる訳じゃない、ちゃんとロボットの運用に関連した資格も取ってるし。いざそうなった時に何も知らずに今のリッターと別れるのが嫌だったって理由もある。でも、自分のわがままでリッターを縛るのも嫌だ。

 

 言葉を真っ直ぐに届けるには、人とロボットじゃ遠過ぎる。人からロボットに踏み込もうとすれば何もかも人間本位になってしまう。それはロボットの個性の蹂躙と支配だ。

 

「……なんでもないや」

 

 だから上手く言えない。それがいつも悩ましい。

 

「でしたら、私は夕食の支度に行ってきます」

「うん、今日も美味しいやつ、待ってるよ」

「はい、任されました」

 

 ねえリッター、君は何を考えているのかな。君の言葉で聞いてみたいな。──僕から聞くのは怖くて仕方がないよ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

203:異世界の名無し ID:/LCw2NyA4

 にしても近未来で魔法少女って……。

 

204:異世界の名無し ID:VclBrOrq6

 ま、ジャンルの掛け合わせは今に始まった事じゃないし多少はね? 

 

205:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 我を崇めよ。

 

206:異世界の名無し ID:fYHk9TyVG

 >>205

 わからせたい。

 

207:異世界の名無し ID:bfJl5UwUl

 調子に乗ったTSメスガキイッチがわからされるスレはここですか? 

 

208:異世界の名無し ID:5WDKhhOli

(近未来式ネグレクト喰らってるイッチは既に社会の世知辛さをわからされてる可能性が)濃いすか? 

 

209:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 僕の可愛さよりネグレクトの方が食い付き良いの腹立つ。

 

210:異世界の名無し ID:VTa/aMOxg

 ここの掲示板の住人は良くも悪くもピュアで過激な事に敏感だから仕方ないね。

 

211:異世界の名無し ID:00T4eIdnZ

 >>210

 ピュア……? 

 

212:異世界の名無し ID:Vww2l0GA/

 >>211

 邪悪と書いてピュアと読む。

 

213:異世界の名無し ID:eJeW5t8HR

 異世界で奴隷買ったワイ、ピュア過ぎて童貞を捨てられない模様。

 

214:異世界の名無し ID:sdZDukLos

 そいやイッチもピュア()過ぎてアッチの経験値0やったな。

 

215:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>214

 流れ弾やめろ。魔法打つぞ。

 

216:異世界の名無し ID:djVkkizm+

 >>215

 これは暴力系ヒロイン。

 

217:異世界の名無し ID:/goNgBE99

 てか魔法少女って何するんだよ。

 

218:異世界の名無し ID:alk2DS6nb

 そりゃもうR-18よ。

 

219:異世界の名無し ID:JC0rFceHV

 絶対エロい事されるゾ。

 

220:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 一般的なイメージとそう変わらないよ。

 

221:異世界の名無し ID:alk2DS6nb

 >>221

 やっぱR-18じゃん。

 

222:異世界の名無し ID:JC0rFceHV

 >>221

 えっど

 

223:異世界の名無し ID:Cfa/fIlfe

 >>222

 江戸(えど)は、東京の旧称であり、1603年(慶長8年)から1868年(慶応4年)まで江戸幕府が置かれていた都市である。 現在の東京都区部の中央部に位置し、その前身及び原型に当たる。

(Wikipediaより抜粋)

 

224:異世界の名無し ID:Rmthy8WqD

 江戸博識ニキありがとう。

 

225:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>223

 エドテン(プレ)やめーや。

 

 真面目に言うと大体は人を害する魔物って奴が居てそれを狩るのがお仕事らしい。

 

226:異世界の名無し ID:YV+1zs1+P

 へー、ファンタジー世界の勇者とか冒険者とかとやってる事変わらへんな。

 

227:異世界の名無し ID:kyQE7NkR1

 舞台は近未来だけど魔法少女もファンタジー枠だから当たり前ちゃ当たり前なのか? 

 

228:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

「使命!」ってガッチガチの感じじゃなくて見つけたらやる、みたいな努力義務なんだけどね。

 

229:異世界の名無し ID:tBIpTohQ+

 って事は脚が悪くて自宅警備員なイッチはあんまり関係ないんか。

 

230:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>229

 それはそう。

 

231:異世界の名無し ID:zphh/Z1Af

 自宅警備員系魔法少女とか夢が壊るる^〜! 

 

232:異世界の美少女イッチ ID:kNEAneLni

 ん? 

 

233:異世界の名無し ID:09mZ9iUkN

 >>231

 夢を抱けるほどピュアかワイら? 

 

234:異世界の名無し ID:qNB46jskq

 俺なんかピュア過ぎて世界の人類の祈り受信して聖龍に覚醒進化したぞ。

 

235:異世界の名無し ID:NaNbbj9q9

 魔王に殺されかけたドラゴンニキおかしな事なっとるやん。

 

236:異世界の名無し ID:mX+wXxA8C

 ワイはピュアやのにショタ勇者を誘惑するサキュバス扱いされて今教会から指名手配されとるで。

 

237:異世界の名無し ID:09mZ9iUkN

 >>236

 ピュアとは? 

 

238:異世界の名無し ID:5VT2tdMne

 >>232

 と言うかイッチは何があったんや。

 

239:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 手元のスマホに避難勧告が入ったんだけど

 

240:異世界の名無し ID:5VT2tdMne

 ファッ?! 

 

241:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 大雨と暴風警報ってさっきまで雲一つ無かったのに。

 

242:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 ごめん、一旦スレから離れる。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 夕食の準備をしていたリッターがノックも無く部屋に入って来た。余程慌てて居たのかメイド服の上から身に付けたエプロンも外さずに。

 

 でもまさか避難勧告にインターセプトを喰らうとは……おかげで収穫ゼロだ。魔法少女って聞いて奇妙な反応する人も居なかったし、この前にドラゴンの転生者が言ってた魔王って言うのが僕の聞いた魔王と同一人物か確認する前にこんな事になっちゃったし……掲示板を見てただ疲れただけな気がする。

 

「何もありませんでしたか、ノゾミ」

「うん、でもこれ……」

 

 僕は窓に向けて指を指す。篠突く雨と吹き晒す風がガラスをけたたましく打ち鳴らす。

 

「今先程アクセスフリーの航空ドローンの録画ログを確認しましたが、どうやらこの雨雲は突然発生した物の様です」

「それってゲリラ豪雨って事?」

「恐らくは」

 

 そう言うリッターは窓の外を眺めながら何度か頭を振っている。あれは何か複数のチャンネルを持つ端末にアクセスしている時のリッターの癖の様な物だ。ああやって首を振るのをスイッチにチャンネルを切り替えているらしい。他のロボットはやってないみたいだけど。

 

「屋敷は大丈夫なのかな」

「造りはしっかりとしているので問題はありません、しかし」

「しかし……?」

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 ──胸騒ぎがする。

 

 俺はそう言う事は無かった。心臓も無く、曖昧さも無いロボットの言葉としては相応しくなかったからだ。

 

 だがじりじりと強まる雨足と風が、まるで火の付いた導火線を見ている様な錯覚に陥らせる。何かが起きる、そんな予感がする。

 

 幾つかのアクセスフリーの航空ドローンの録画は見たが、風が強くドローンが飛べない今、リアルタイムの様子までは確認出来ない。

 

 避難すべきか否か、俺は考える。

 

 普通ならば既に避難出来る状態ではない、外は大雨と暴風で足の不自由なノゾミを連れて移動する方が遥かに危険だ。屋敷の中でやり過ごすべきだ。

 

 しかしあの掲示板に書かれた事が真実なら? これこそがその事件の前触れなのではないか。ならばノゾミを連れここから逃げるべきだろう。

 

 どっちだ、どっちが正しい。

 

 理屈では前者が、直感では後者が正しいと言う。まるで身体と魂が分離している様だった。

 

「ノゾミ、私達はこれから……」

 

 俺は直感に従いノゾミに話そうとするが──

 

 

 

 ──その時、部屋の電気が消えて、窓の割れる音がした。




後編へ続く。


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嵐の中で瞬いて

前回の続きをあらかじめ用意していた筈なのに気に入らない所を直したら全く別の話になってた件。

※今回は掲示板要素アリ(小)

追記:ID追加してみた。


 人とロボットの狭間に生きる今の俺は意識を絞る事で1秒を120の()()に割って観測する事が出来る。

 

 偶然だった。部屋が停電した拍子に俺の意識は極度の集中状態に入り、スローモーションの様に世界を見ていた。その中で電動車椅子に座るノゾミの背後の窓に、妙に輝く一滴の雨粒が見えていた。

 

 ──それが窓に突き刺さり、貫通する瞬間も。

 

 あまりに突拍子もない光景に俺は困惑した。

 

 それは銀色の雨粒。窓を貫きノゾミの方へ向かっていく。

 

 ──狙撃。

 

 俺のそう多くはない語彙で表現するとすれば、()()は狙撃だった。

 

 しかし幾ら状況を認識しても身体が動かなければ意味がない。ロボットの身体とは言え、僅かなラグが存在する。そして物理的な距離も。

 

 だが、念じれば届く。俺は車椅子に視線を向けた。

 

 俺が動いても届かないのなら、電動車椅子を()()動かす。

 

「うわっ?!」

 

 ノゾミは突然の事に驚いていたが、話す余裕はない。

 

 俺の世代のロボットは身体の制御に無線通信を利用している。多機能なロボットの全てを物理的な接続で制御する事は非効率的だからだ。その恩恵として無線通信に対応する端末はワイヤレスで動かす事も可能だ。

 

 独りでに動いた車椅子は銀の雨粒を見事に回避し、華麗にターンを決めてドアのそばに立つ俺の背後へ回り込む。

 

 だが俺は全く安心出来なかった。

 

 外れた銀の雨粒が落ちた赤い絨毯には、黒い弾痕の様な痕が残っていた。貫通までは行かずとも、かなりの威力があった事に間違いはない。

 

 もしアレがノゾミの頭に当たっていたら……想像するだけでも心が寒くなる。

 

 するとノゾミが痕を見つめぽつりと何かを言った。深慮する様に顎に手を当てて。

 

「……もしかして」

「何か言いましたか、ノゾミ」

「いや、何でもない!」

「そうですか」

 

 ……何か隠している? 俺はノゾミの態度が気になり始めたが、状況がそれを許さなかった。新たな銀の雨粒がこちらへ向かって飛んで来たからだ。

 

 俺は部屋の中央に置かれた幅広のテーブルを持ち上げ、盾にする。

 

 同時に無数の弾丸じみた雨粒がテーブル目掛け、篠突く雨の様に打ち込まれた。

 

「やはり尋常ならざる威力」

「このままじゃ不味いよ。リッター、部屋から出よう」

「了解しました」

 

 即席のチームワークだ。俺が盾になりノゾミが背後のドアを開く。黙って前を向いていても各部に取り付けられた衝突回避用のセンサーによって『気配』としてその動きを理解出来る。

 

「右よし、左よし、行けるよリッター」

「行きましょう」

 

 ノゾミが車椅子を操作し部屋から出て行ったのを感知し俺もテーブルを窓へ投げ込み部屋を出る。

 

 俺が部屋から脱出しノゾミがドアを閉じると、屋敷の中を激しい雨と風の音が満たしていく。さっきまでの喧騒が嘘の様に。

 

 ──まだ気を抜くな。

 

 しかし16年前の、戦場に生きた過去の俺がそう言っていた。誰かが言うには「死神は身構えていない時に来る」だったか。

 

 あの雨粒が何か分からないが、少なくともノゾミへの害意を感じる軌道だった。少なくとも窓際に居るべきではない。外に出るのもアレを仕向けたスナイパーが居るのなら得策ではない。

 

「ノゾミ、私が必ず護りますからね」

 

 もしもの時は──

 

「…………リッター、顔貸して」

「どうしましたか、何か」

 

 するとノゾミは突然そんな事を言い出した。俺は妙に神妙な顔をしたノゾミに首を傾げながらも、膝を立て顔を寄せる。

 

「先に言わせて。ごめん、リッター」

「な」

 

 ノゾミは俺の首に手を回し、抱きついてくる。

 

 ──同時に俺の視界は暗闇に落ち、全ての音と感覚が消えた。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 機械のメンテナンスをする時は電源を完全に落とす必要がある。電源を入れたまま内部に触れようとすれば感電のリスクがあるからだ。当たり前だけどそれはロボットも同じ。

 

 僕はそれを利用しリッターをシャットダウンした。

 

 リッターの電源ボタンはうなじのカバーに隠された中にある。メンテナンスする時に必ず触る場所だから、直接見なくても触れられたのはそのおかげだった。

 

 目の前で倒れ伏すリッターを見て一切罪悪を感じないかと言われたら勿論感じる、でもこれしか方法は無かった。僕を襲った正体不明の襲撃は多分、魔の付く誰かの仕業だろうから。そうと断定出来る証拠はないけど、僕にはそれ以上に警戒しないといけない()()()があった。

 

 もしこれが僕の想像通りなら、これは『魔法』の絡む事態になる。となればこれにリッターが深入りするのはリュウコちゃんから聞いた魔法使いのルールに触れてしまう、そしたら例え僕が手を下さなくてもリッターが他の魔法使いの手によって破壊される可能性がある。

 

 そんな可能性を排除しきれない以上、リッターを止める選択肢以外の考えは無かった。それにリッターを止めるチャンスもここしかなかったから僕は行動を起こした。もし脅威となる存在と遭遇してしまえば、リッターは僕を守ろうとして手が届かない距離まで飛び出して行ってしまうだろうから。

 

 ……さあ、気を取り直そう。

 

 館に満ちる環境音の中に、破壊的な音が混じる。玄関口からだ。『コ』の字状になっているこの屋敷で僕の部屋は丁度『コ』の2画目の始まり、2階廊下の突き当たりにある。対して玄関口は1画目の縦線部分の真ん中辺り、1階エントランスホールにあるから、直接何が起きたかを見る術はない。ただ派手な事をしてくれたのは確かだろう。

 

 何やら()()()()が来たらしい。こんな雨の中、まったくご苦労様だよ。

 

「リュウコちゃーん! ……さすがに居ないか」

 

 何となくリュウコちゃんを呼んではみたものの、反応は無し。もしこれが僕を狙った暗殺の類いなら、そりゃ周りの魔法使いが来れなくなる様に手は打ってるよねえ。

 

 仕方なく僕は玄関口に面したエントランスホールへ向かう中でスマホの電源を入れる。左上に主張する圏外の二文字にはガックリと来たが、まだやりようはある。

 

 でも僕には転生者だけどチート能力なんて無いし……覚えたての付け焼き刃でどうなるとは思わない。目的は勿論リュウコちゃんが事態に気付くまでの時間稼ぎだ。

 

 ……まさか、僕の魔法少女デビューがこんな所で来るとはね。

 

 彼女が言うには変身魔法は決まった詠唱が各属性に存在するらしい。今日中に使えるなんてタイミング良過ぎない? 運命の悪戯ってレベルじゃないよ。

 

 でもまあ、助かったかな。

 

『──荘厳に、静粛に、敢然に』

 

 頭の中に並べた詠唱の文句を諳んじる。

 

『──遥かの空に響きし号令よ』

 

 すると、温かな黄光が魔法陣を通して僕を包み込んでいく。

 

『──今一度の奇跡を齎せ』

 

 不謹慎だけど、僕は今、ワクワクしてる。

 

『──メタモルフォーゼ(変身)

 

 叫びと同時に、全ての音を消し去る雷鳴が遥か彼方へ轟いた。

 

 

 

「……これで、終わり?」

 

 気付けば、僕の姿は変わっていた。先程まで身に付けていた服は豪奢な黄色と白のインバネスコートに変わり、下は白のハーフパンツに黄色のグラデーションが効いたガーターベルトとハイソックス、靴は白のブーツだ。頭の上には金のラインが入った白の略帽まであるけど、何故か頭は軽い。でもこれじゃあ魔法少女と言うより軍服少女じゃないか。

 

 厨二心はくすぐられるが、ミリオタでもないのに見栄えの良さに心惹かれてドイツの軍服や兵器を調べていた学生時代の黒歴史が形を成している様で思わず地団駄を踏みたくなった。

 

 そしたら……足が上がってた。

 

「足が……動く」

 

 掲げた足を見て目が点になりそうだった。世界を塗り替える力は伊達じゃないらしい。久しぶりに動かす足の感覚は新鮮過ぎてもはや違和感すら覚えた。

 

 それに変身をしてからと言うもの、頭の中は妙に落ち着き冴え渡っている。まだ変身魔法しか使っていないのに、他の魔法も使える様な気がした。ある種の全能感がある。少し怖いくらいに。

 

「じゃあ……『武装召喚(フォァラドゥンク)』」

 

 にやけそうになる顔を抑えて、少し格好を付けて魔法に名前を付けて呼ぶ。ドイツ語の響きの良さに取り憑かれている僕のネーミングは基本的にドイツ語基準だ。

 

「杖、じゃなくて銃かこれ」

 

 出てきたのは杖、に似た白地に稲の様な金の装飾がされたライフル銃。これまたドイツのKar98kに似たやつだ。……もしかしてこれ、僕の中身を反映してるとかじゃないよね。歩く黒歴史みたいじゃんそれ。

 

 はぁ〜やだやだ、僕だって好きでこんな格好になったんじゃ……

 

「──貴様は何者だ」

 

 そうしていると、突然に僕以外の声がエントランスホールの方から響いて来た。例のお客さんだろう。

 

「あれ、もう来たの? あっちゃあ、せっかくエントランスホールの2階からお客さんを見下ろす強キャラムーブやりたかったのに」

「訳の分からない事を……魔法使いとは皆気狂いばかりなのか?」

 

 僕の目の前に立っていたのは、純白のドレスを纏うボーイッシュな短めの青髪をした女だった。背中には大きな弓を背負っている。

 

 今日は綺麗な人によく会う日だ、って言っても二人目だけど。それにただ綺麗なだけなら良かったけど……あれはパンピーの目じゃない。僕のよりもずっと深い蒼を湛えた目は据わっていた。罵倒のキレも凄まじい。僕より狂った奴らなら頭の中(掲示板)に一杯居るんだけどねえ。

 

「でも不法侵入者に言われたら堪んないね。居直り強盗もびっくりだ」

 

 まあ、僕を見て魔法使いと言ってたのとか色々怪しいし、何だったら9割方この人が今回の事件の犯人だろうって思ってるけど……まだ確たる証拠が無い以上、今の僕は不法侵入を咎める以外の事はしない方が良いだろう。

 

「ふん、貴様が何を言おうと勝手だが、一つ聞いておく」

「何? スリーサイズなら教えてあげるけど。パンツの柄はダメだよ」

「……魔法使いとは無駄口を挟まなければならない人種なのだな」

 

 どうやらお相手もこれ以上時間を使ってくれなさそうだ。リュウコちゃん、まだかなあ。

 

「これ以上の戯言は必要無い。貴様、金髪碧眼の女はどこに隠した」

「……うん?」

 

 と思えば目の前の女は毅然とした態度でそんな事を言う。

 

 えっ、それ僕だよね? 新手のボケ? そんな事を思いつつも、自分の髪を手繰り、よく見てみた。

 

 そこにあったのは、濡烏色のさらさらとした短めの髪。道理で頭が軽いと思った……って停電のせいで気付かなかったよ何だこれ。もしかして塗り替えるって身体的特徴まで変わるのこれ?!

 

 なるほど、だから、ね。客観的に見ればショートボブ黒髪だし歩けるし軍服みたいな格好してるし、今の僕を平井ノゾミって認識出来る人、居ないのか。とんだジャンル詐欺だ。

 

 でもこれ、上手く使えないかな。

 

「居場所を教えたら何かくれたりする? メアドとかさ」

「命は助けてやる」

「嘘吐いたら?」

「無論殺す」

 

 はい詰み。真顔でそう言ってのける彼女を見て、決定的に話し合いがポシャったのを感じた。もう修正不可能だ。僕がそのお探しの人なんだから、バラしてもバラさなくてもロクな目にあわないだろうし。逃げ道無し、ノーかいいえか無理かで選べって事か、こんなアルゴリズム考えた世界のプログラマーはどこのどいつだよ。

 

 はあ、でもここに来て明確に命を脅かす宣言をして来たらもう躊躇っちゃダメだよね。痛いのは嫌だから先手は僕で! 

 

「じゃあ交渉決裂って事だね、それじゃ失敬」

 

 銃を両手に構えて引き金を引く。

 

 するとコンクリートに鞭打つ様な音と共に雷が銃口から疾る。異様な光景だけどこの姿になってからは何となく分かってた、いや()()()()()。威力は致死って程ではないけど当たれば凄く痛いヤツだ。例えるならテーザーガン。

 

 だけど、それが彼女に届く事はなかった。()に廊下に張られていたシャボン状の膜に雷が散らされてしまったから。

 

 魔法かなアレ? なら完全無詠唱って事だよね。なんてロマンの無い人なんだ。

 

「ふん、愚かな」

 

 膜の向こうに仁王立つ彼女は余裕そうな顔をしていた。……まだその身で受け止められて無傷、とかじゃないだけマシか。

 

「喰らえ」

 

 女が前に手を翳すと膜は弾け、弾けた膜はまるで割れた風船ガムみたいに廊下の天井、壁、床の四方に底の浅い水面となって張り付き広がっていく。まるで浜辺に打ち寄せる波の様に。

 

 でもお話してる時間でやっと足の感覚を思い出して来た。今の僕にはもう車椅子は必要ない。それに加え僕は嫌な予感がしていた。

 

 銃把を逆手に握り変え、杖の様に金色の銃床を波に向ける。

 

 頭の中には波を蹴散らす閃光の姿をイメージする。

 

 そしてそのイメージで今ある世界を()()()()()

 

「打ち砕け、『雷霆(ブリッツ)』ッ!」

 

 その姿は杖を構えるクラシックな魔法使いが如く。銃床の先からぐるりと一筆書きに円を描く様に黄色の魔法陣が浮き上がり、雷が放たれる。

 

 停電し暗闇に閉ざされた廊下を嘶く雷光が照らし出す。稲妻は空中で分かれ四方の壁を這い迫り来る波と互いを打ち消しあった。なるほど、魔法同士が真っ向からぶつかり合うと打ち消すんだ。

 

 これなら行けるかも……は負けフラグだ。即座に銃把を順手に握り直してアイン(1)ツヴァイ(2)ドライ(3)と引き金を引く。変身後に頭の中に勝手に入ってきた知識で知ってはいたけど、ボルトアクションは()()飾りらしい。ロマンがあるやらないのやら。

 

「力だけはある様だな」

 

 銃口から放たれた稲妻は水切りめいて廊下を跳ねながら彼女の元へ殺到する。

 

 しかし今度は防御が間に合わないと判断したのか、飛び退いて後方へと下がり、次は横っ飛びで僕の視界から消えた。エントランスホールへ戻って行ったのだろう。狭い廊下より、広い玄関口って事かな。

 

 僕は勿論追う。まだ彼女の力量を測りかねているけど、さっきみたいに屋敷ごと水で覆われたり沈まされたらたまったものじゃない。それにここには電源を切ったリッターも居る。

 

 最終防衛ラインは僕だ。その事実に気付いてしまうと足が竦みそうになる。あ〜もう、ダメだな。心の中で茶化そうとしても、まだ怖いや。ピリリと肌を刺す彼女の殺意を受けて、僕の中身のどっかが怯えてるんじゃないだろうか。

 

「おいおいしっかりしろよ僕。これでも前世は大人まで生きて来たんだろ?」

 

 思い出せ、僕は今リッターを自分の都合で危機に晒してるんだ。貫き通せない覚悟なんてただの我が儘なんだから。

 

 ──やれる、やれるさ。

 

 頬を叩く。なんとか自分を鼓舞し、意を決してエントランスホールに面する開けた2階廊下へ足を踏み入れる。

 

 するとそこには、壊れた一階の玄関口の前で仁王立ちする女の姿があった。

 

 彼女の足元には、けして浅くはない水面が広がっていた。一階はもはや浸水しているのではなかろうか。

 

「他人の家水浸しにしちゃってまあ、悪い人だね」

「これから誰も居なくなる家だ、構う事もないだろう」

「気が早いって、『武装召喚(フォァラドゥンク)』」

 

 2丁目の銃を虚空に開いた魔法陣から呼び出し、空いていた片手に取る。ただ引き金を引くだけで撃てるのなら、2丁あれば二倍の火力だ。

 

「──沈め!」

 

 彼女がドレスを翻しながら手を振るうと、水面が盛り上がり、まるで鞭の様に伸びてこっち目掛けて薙ぎ払って来る。

 

 でも多分これは陽動、本命は──

 

「──窓か!」

 

 水の鞭をしゃがんで避ければエントランスホールに面した玄関口方面の窓から銀の雨粒が迫ってくる。

 

 両手に握る銃を回し、銀の雨粒を叩き落とし受け流す。変身する前の自分なら想像も出来ない凄技だけど、不思議と今の僕なら出来るって自信があった。

 

「多いなぁ、もう!」

 

 絶え間なく降り注ぐ銀の雨粒に足を止めて防御に回らざるを得ない。これが狙いか。視界の奥には、何やら水面から水を巻き上げ、巨大な水の塊を作っている彼女の姿。ならこっちはこっちでやらせて貰おう。

 

「『迅雷(べシュロイニグング)』ッ」

 

 両手両足を黄色の魔法陣がすり抜ける。新たな魔法、その効果は加速だ。任意の電気信号を()()四肢に発生させる事で動作のラグを限りなくゼロに出来る。見てから回避だって出来る。

 

 最低限の回避で避けられる物は避け、出来ない物は銃1()()で捌く。そしたら1丁空きが生まれるからこれで、撃つ! 

 

 雷撃は巨大な水玉に幾度も当たり、その巨体を削り取っていく。

 

 ──行けるかも、そう思った時だった。慢心は敗北の元だと言うのに。

 

「あ、れ?」

 

 がくり、と足から力が抜ける。

 

 見れば、太腿から血が噴き出していた。

 

 ……やらかした。車椅子生活が長かったせいで足元への注意が疎かになってた。めちゃくちゃ痛い、それ以上に不味い。

 

 そこから徐々に彼女の方へ形勢は傾いていく。体勢が崩されたせいで銃を回すのが難しくなって来た。両手に持った銃2丁で防御するスタイルに戻すしかない。ダメ元で魔法を放っても銀の雨は降り止まない。ジリジリと削られていく。

 

「終わりだ」

 

 女は、掲げた手を振り下ろした。まるで処刑人が斧を振り下ろす様に、一切の躊躇なく。その姿は、純白のドレスも相まって妙に様になっていた。ああ、こんな時に何考えてるんだか。

 

『──断絶せし海』

 

 これまで彼女は一切の詠唱を行っていない。その彼女が初めて詠唱をする。ロマンなんて考えはそこに無いだろう、あるとすればそれはある程度の()()()()()()が必要な高位の魔法に違いない。

 

『──剪定せし炎』

 

 エントランスホールにはち切れんばかりに膨らんでいた水玉が、一気に収縮し、暴力的な熱と光を放つ。核融合とか言わないソレ? 

 

「『雷霆(ブリッツ)』ッ!」

 

 何とか今も降り続ける銀の雨を防御しつつ、微かな隙の中魔法を打ち込む。……しかし、光は消えてくれない。それだけの()()の強さがあの光にはあった。純粋な力負けだ。

 

『──隠蔽せし地』

 

 次は彼女を狙ってみたが、またあの水の膜が現れ防がれてしまう。攻守共に完璧だ。こっちなんて防御に銃本体を使わなきゃいけないって言うのに。

 

『──忘却せし空』

 

 僕の中には、暗闇の海の様に見えない恐怖が渦を巻いていた。

 

 嗚呼、思い出してしまった。

 

 かつての、死の体験を。

 

 

 

『やがて全ては無に帰すだろう──災禍の嚆矢(ヴォルテックス・アロー)

 

 

 

 僕の心は、恐怖の渦に流されて行く。

 

「助けて、リッター」

 

 どの口が言うのか──僕の意識は、目も眩む光の中に呑み込まれた。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 ……何も見えない、何も聞こえない。

 

 俺は未だに暗闇の中に閉じ込められていた。

 

 体感ではもう30分以上は経っている気がする。

 

 一刻一刻と焦りと不安が積もっていく。ただ今は、ノゾミの安否が不安で仕方なかった。

 

 上下左右も分からない中で彷徨い歩く、いや、歩けているのかすら分からない。ただ俺は何もせずにはいられなかった。

 

 こんな時は、無性に自分自身を回顧したくなってしまう。

 

 ──ノゾミ。

 

 思えば初めてあの子と会った時、俺の魂はまだ戦場から帰っていなかった。世話役を願い出たのも、これまで取りこぼして来た命への償いの様な物だった。それでもあの頃の俺には救いに思えた。

 

 ヘリの音を聞けば身体が反応するし、サイレン音を聞くとありもしない銃を探した。戦場が俺の居場所だったんじゃないか、そんな事を思う日もあった。

 

 そんな俺を見て車椅子に座る幼いノゾミは目も合わせず冷笑気味に独り言ちていた。振り返ればその頃のノゾミの言葉は皆、相手の居ない独り言だった筈だ。

 

『ずっと空を見てさ、何やってるんだか』

 

 そう、最初の頃、俺はあの子の話し相手にもなれていなかった。俺はそれでも良かったんだ。ただ、()()を守れれば良いと、本気でそう思っていた。

 

 でも、あの子にミルクをやったり、寝かしつけたり、一緒に遊んだりする度にその認識は変わっていった。

 

『……僕はか弱い美少女だからね、守ってくれる騎士が必要なんだよ。だから、君の名前はこれからリッターだ。よろしくね、リッター』

 

 悪戯な笑みであの子がそう言ってくれた時、俺は内心でどこまで喜んだか分からない。

 

 あの子が俺の居場所を作ってくれた。戦場に居た俺の魂を日常に連れ戻してくれた。

 

 そしてその言葉はノゾミを贖罪のための道具に見ていた俺の存在にも気付かさせてくれた。涙も出ないのに何かが込み上げていた。謝りたくても謝らない、それが俺のケジメだった。ロボットにしか見られていない俺が勝手に謝って1人満足するのは逃げだと思ったから。

 

 その償いって訳じゃない、でも何もせずにはいられない。あの子の為に出来る事があるのならなんだってやってやるって。俺は改めてノゾミの親になる覚悟を決めたんだ。

 

 俺は()()()を守りたい。ロボットでも兵士としてでもなく、ただ俺と言う個人の思いで。

 

 ──だから、だから何だって良い、神でも悪魔でも構わない。今、この時もノゾミは危機に晒されているかもしれない。誰か力を貸してくれ。

 

 

 

334:冷たくなった名無し ID:yE+bAc334

 な阪関無。

 

335:335 ID:It5GHDD+G

 ──掲示板? いつの間にここに? 

 

336:冷たくなった名無し ID:dTP12PHpg

 >>335

 いつの間に、ってさっきからめちゃくちゃ熱く語ってたやん。

 

337:冷たくなった名無し ID:wlmliyNAM

 >>336

 付け足すとこっちが恥ずかしくなるレヴェルでな。

 

338:335 ID:It5GHDD+G

 っ! ならば聞いてくれ、俺は娘を助けたい。誰か力を貸してくれないか!? 

 

339:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 ……無理やろなあ。

 

340:冷たくなった名無し ID:gxjeOLNtF

 >>338

 殆ど別世界に居る上に石ころwithマンモスの骨みたいなのが殆どの過疎スレの民に頼む話ちゃうな。

 

341:335 ID:It5GHDD+G

 ……そうか、すまない。無理を言った。

 

342:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 >>341

 でもな、こんな時にどうにかなる方法ならあるで。

 

343:335 ID:It5GHDD+G

 >>342

 本当か? 教えてくれ、頼む、俺はあの子を守りたいんだ。

 

344:冷たくなった名無し ID:yFWTb2dRc

 >>342

 これは不安につけ込む詐欺師の手口

 

345:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 >>343

 念じればええんや。

 

346:335 ID:It5GHDD+G

 念じる? 

 

347:冷たくなった名無し ID:yFWTb2dRc

 >>345

 い つ も の

 

348:冷たくなった名無し ID:7EICyXY/n

 >>345が石ころになった結果色々悟った結果がこれだよ! 

 

349:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 末路みたいな言い方やめい。

 

 ま、ここの連中は殆どが文字通り手も足も出ない、と言うか無い連中やろ? でもワイらは確かにここに居る。単なる石ころでもどこの馬の骨とも知れん奴らやない。想いだって確かに魂と共に在る。

 

 なら念じられる筈や。何も出来へん時こそ想いの丈も強なって奇跡を起こせるんや。それが人間の魂ってヤツの力や。

 

 過疎スレやけどな、ワイらはそれで何度も"祭り"を起こしたんやで? 

 

350:冷たくなった名無し ID:0W7+XdGmi

 >>345

 どう見ても根性論だけど、実際にそうなってるのがなんか癪に触る。

 

351:冷たくなった名無し ID:fOHmMhrEZ

 隕石に偶然火山の噴火ぶち当てて恐竜絶滅ルート回避したif世界大好きな地球ニキとかおるしな。

 

352:冷たくなった名無し ID:AVH26cl8n

『空を自由に飛びてえなあ』とか言ってた>>349が渡鳥に掴まれて世界一周実況したのとか。

 

353:冷たくなった名無し ID:BUFUdeBlw

 >>351

 あの後の地球ニキ元気玉風に人類の意識結び付けて聖龍召喚に成功したとか言ってたよな。ifと言うか次元狂ってない? 

 

354:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 ともかく、何も出来へんからって考えるのをやめたら身体あってもただの石ころ同然やで? 無機物転生者として落第点やろそんなん。意識一つで奇跡の一つや二つ起こしてみいや。

 

355:冷たくなった名無し ID:VtDJH/k5o

 一理ある? 

 

356:冷たくなった名無し ID:eFiRoDNuw

 >>354

 ノリで言ってるだけやろ

 

357:冷たくなった名無し ID:DI6Fw2twp

 でも分かんなくもない。

 

358:冷たくなった名無し ID:rarara666

 >>357

 ら抜き警察だ。手を上げろ! 

 

359:冷たくなった名無し ID:Gi2zrjis0

 >>358

 コイツ絶対『ら』に転生した奴だろ。

 

360:335 ID:It5GHDD+G

 ……そうか。分かった、やってみよう。皆、助言感謝する。

 

361:冷たくなった名無し ID:OmnmM/qMb

 335って思ったより熱血? 後チョロい? 

 

362:冷たくなった名無し ID:DiHV4dKtH

 思ってても言わないお約束。

 

363:賢者の石ころ ID:1VyXVE17S

 >>360

 精々頑張れや、小僧。傍観者にしかなれんけど、ワイはお前の望みが成就するのを応援しとるで。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

 ──念じる。

 

 俺には今、奇跡が必要だ。ノゾミを守れるだけの奇跡が。

 

 暗闇の中で、念じ続ける。

 

 涓滴(けんてき)岩を穿つ。どれほどの無理難題だろうと叶うまで努力すれば、いつかは実を結ぶんだ。

 

 俺はただのロボットじゃないだろう。

 

 俺はかつて人間だった魂だ。

 

 掲示板の彼らが言うには動く身体に転生出来たのは奇跡的な事らしい。

 

 もう奇跡が起きたからそれで良いなんて清貧な性格をしてるつもりはない。一度があるのなら次だって起きる筈だ、起こせる筈なんだ。

 

 だから、念じる。

 

「俺に、ノゾミを守れる力を──!」

 

 振り絞る様に吐き出した声に答えたのは──

 

 

 

System Reboot(システム再起動)

 

 

 

 ──他ならぬ機械()の声だった。

 

 

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

 

 

「ここは」

 

 虚無な視界が開けた時、目の前にあったのは赤い絨毯の上で待ち構える様にこちらを向いていたノゾミの電動車椅子だった。

 

 しかし、その座にノゾミの姿はなく、代わりの様に今日会ったミドリと言う少女がくれた黒と赤の杖が置いてある。無意識の内に俺は車椅子を操っていたのか? 

 

 導かれる様にその杖に触れると、次の瞬間黒と赤が剥がれ落ち、中から光り輝く銀色の地肌と銅色の線が現れた。それはまるで雪原の枯れ木の様な意匠に見える。

 

 すると、頭の中に無数の情報が入ってきた。

 

 魔法、魔法使い、魔王、魔物、別世界……その多くは、まるでファンタジーにでも出てきそうな文言ばかりだ。だが、今までに起きた事象の辻褄を合わせる事は出来た。ノゾミは狙われていたのだ、魔王と言う悉く非現実的な存在に。

 

 そう思い至った時、廊下の奥から無数の窓が割れる音がした。

 

 ──誰かが戦っている。俺の直感はそう言っていた。

 

 すると俺はまるでそうするのが自然だと言う風に握った杖を突き出し、空中に銀色の円を描いていた。握り拳程の大きさのそれは、中に幾何学の紋様を映しながら広がり、やがては俺の身体がすっぽりと収まる程の紋様付きの円、まさに魔法陣の様に姿を変える。

 

「進むしか、ない」

 

 俺は廊下に浮かぶその円の中へ飛び込む様に走り出した。

 

 そしてその円を潜り抜けると──噴き出す暴風と共に俺の姿は変わっていた。

 

 廊下に備えられた鏡に見えた俺の姿は、白いロボットの姿ではなく、赤いサーコートをはためかせる銀色の西洋甲冑を着込んだ騎士の様な姿になっていた。赤い尻尾の様な飾りの付いた兜の様な頭部に開いた覗き穴(スリット)からは微かに青白い光が漏れている。これが辛うじてロボットが中に居る証明となっていた。

 

 そして先程まで握っていた銀色の杖は、2m程はあろうかと言う銀色のソードランス──大剣を十字に組み合わせた馬上槍──の様な姿に変わっていた。

 

「こんな事に気を取られている場合じゃない」

 

 俺はハッと気を取り直し、廊下を進む。

 

 そして曲がり角を抜けた時。その直線上に白と黄色の衣装に身を包み、膝を突き脚から血を流す短い黒髪の少女が見えた。

 

「……っ!」

 

()()()()()()()()()()が、俺は何故かあの少女を救わなければならないと確信していた。

 

「『颶風(シュツルム)』ッ」

 

 俺はランスの切先を背後に向け、咄嗟にそう唱える。

 

 するとランスの先から魔法陣が飛び出し、ジェットの様に激しい風を生む。その反動で俺は前に加速していく。その速さは正に颶風の如く。

 

 だが、向かう先は不気味な白い輝きに満ちていた。それでも俺は少女目掛けて迷わずに飛んでいく。

 

 ──間に合え、間に合え! 間に合え!!

 

 念じれば力になる。俺は片手を精一杯に伸ばした。

 

「──て。──ッター」

 

 

 

 ──目の眩む様な閃光と高まる爆音の中、俺は確かに少女の手を握った。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「ふん。これで終わりか、呆気のないものだな」

 

 降り頻る雨の中、濡れた青い髪を掻き上げる女が1人、爆炎と黒煙に沈む天蓋を失った瓦礫の山──かつてエントランスホールだった場所に佇んでいた。

 

 彼女の名は、鞍馬(くらま)アオ。またの名をホワイト。

 

 水の魔法を使う魔王軍幹部の1人だ。

 

「しかし、ブラックに連れて来てと言われた金髪碧眼車椅子の少女とやらは結局見つからず、か。チッ、折角我ら姉妹の仲を深めるチャンスだと言うのに!」

 

 彼女は全て終わったと確信し、今後の予定を考えていた。既に頭の中には何よりも愛しい存在に埋め尽くされている。

 

「そう言えば生死については聞いていなかったな。『丁重に連れて来て』とは言っていたが……綺麗な死体にして連れて来いと言う意味で間違ってはいないだろう。そうなればブラックもきっと喜ぶ筈だ」

 

 取らぬ狸のなんとやら。彼女は頭の中で妹達から頼られ、愛される展望を描いていた。実際の所は全員に距離を取られているとも知らず。

 

 それは机上の空論と呼べるだろう。そして得てして計画性の無い青写真と言う物はたった一つのズレで瓦解する。

 

 例えば、高く積み上げられた積み木の様に──

 

 

 

「『颶風(シュツルム)』」……業火を吹き飛ばし、ただ1人の為の騎士が乱入を果たす。その銀色は燃え盛る炎を映し取り、まるでその身に憤怒そのものを宿している様だった。

 

 

 

 ──たった一つの存在が全てを崩す事もある、と言う事だ。




やっと変身。

誤字報告ありがたや。


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風の中に光る

今回も戦闘回だったので流れが切れない様になるはやで投稿しときます。
※今回は掲示板要素ありません。


 曇天の下、業火の中、1騎と1人は睨み合う。

 

「誰だ、貴様は」

()にも分からない」

 

 短く言葉を交わすと、機械仕掛けの騎士、リッターは大剣の様にも見えるランスを脇構えに握りそのまま直進する。

 

「無策で突撃など……」

 

 やや緩慢な動きで迫る騎士を青髪の女、ホワイトは鼻で笑い、銀の雨粒を降らせる。この銀の雨は女の魔法の一つだ。天蓋の無い今現在、これを回避するのはかなりの難度だろう。

 

「……『颶風(シュツルム)』」

 

 ──が、その後の展開は彼女が思い描く物とは全く異なっていた。

 

 リッターは跳ねた、否、()()()。地面に向いていたランスの切先から颶風を放ち、飛んだのだ。

 

 だがそれだけならばホワイトにもやり様はあった。空中に足場など無いのだから、むしろ撃ち落とすには好都合と銀の雨を向ける。

 

 しかし──

 

「『颶風(シュツルム)』」

 

 リッターは空中でランスの切先の向きを変えると青と緑の光の軌跡を残して真横へ飛んでいく。まるでUFOの様に不可解な軌道で。彼に向けられた銀の雨は虚しく宙を切る。

 

「なっ?!」

 

 対する彼女の表情には翳りが射した。更に驚くべきはここからだった。

 

 ホワイトは迷わずその移動する先へ銀の雨を降らせようとするが、リッターは切先の向きを空中で素早く変える。

 

「『颶風(シュツルム)』、『颶風(シュツルム)』、『颶風(シュツルム)』」

 

 その動きはまるで蜻蛉がホバリングしながら平行移動する様に。サーコートに風を孕ませ、自在に空を泳ぐリッターの姿がそこにはあった。

 

颶風(シュツルム)』はただ風を起こす技でしかなく、それはノゾミの『雷霆(ブリッツ)』と立場が類似した魔法である。しかしリッターはこれを外付けのジェットの様に扱っている。

 

 が、それを人がやろうとすれば間違いなく地面に激突するか壁のシミにでもなるのが関の山だろう。リッターの各部センサーによる空間把握と高速の情報処理能力が成せる技だ。

 

「ちょこざいな……ッ!」

 

 絶えず魔法を使用し、彼女を中心に周囲を飛び回るリッター。

 

 痺れを切らし、周囲の雨を寄り集め大技を繰り出そうとするホワイト。

 

 回避ばかりならば、避けられない物を出せば良い。そう考えたホワイトだったが、そのせいで僅かに銀の雨の弾幕が薄まった。

 

 隙と呼ぶには残酷な微かな緩み。しかし機械とは常にして理論上可能を可能にして来た存在なのだから、その前にはあまりにも大きな失点だった。

 

「ッ?!」

 

 ──リッターはその銀の雨を掻い潜り、ホワイトの真っ向へ躍り出る。

 

 勢いを付けるための魔法の行使はたった一度。その直進運動の中でリッターは空中で何度も姿勢を変え、まるでスパイ映画のワンシーンの如く射線の群れをすり抜けたのだ。しかしそれは関節の動きといいスピードといい常人の動きとは程遠く、どこか生理的嫌悪を呼び起こす動きだった。

 

「気色悪いぞ貴様ッ!」

 

 魔王軍の幹部と言えどもこれには苦虫を噛み潰した様な表情をする。

 

 想定外の動きを見せられたホワイトだったが、しかし頭の中は冷静を保っていた。このままではリッターの奇襲も魔法によって生み出される水の膜に防がれてしまうだろう。

 

 退くか攻めるか、コンマ数秒以下の世界に潜り込んだ彼は迷わず答えを選び取る。

 

「『颶風(シュツルム)』」

 

 放つのは先程から多用する風の魔法。リッターは切先を背後に向けている。彼は更に加速し攻撃をねじ込むつもりだろうか。

 

 またもや──否。彼は詠唱すると同時にランスから()()()()()

 

 リッターと言う特大のウェイトを失ったランスは、戦闘機から切り離されたロケットの如くリッター自身の加速も乗せ、先程とは比べ物にならない速度で飛翔する。

 

 ──そこから放たれるのは、まさに弾丸の様な一撃だ。

 

「かはッ……!?」

 

 防御は間に合わない。ランスの柄頭は過たず彼女の腹を打ち抜いていた。

胃の中から全ての空気が吐き出されそうになる彼女は玄関口だった物を砕いてそのまま遥か真後ろ──雑木林の方へ吹き飛んで行く。ランスは反動でリッターの方に返って来た。

 

「……」

 

 訪れる僅かな静寂は雨音と風の音が掻き消していく。

 

 リッターは半壊した屋敷を見ながら考える。彼はある会話の内容を思い出す。

 

 

 

 ──爆発に巻き込まれる直前の黒い髪の少女を掻っ攫う様に助けた直後の事。リッターと黒髪の少女は会話を交わしていた。

 

「助けてくれてありがとうございます。えっと、魔法使い……ですよね?」

「……まあ、そうなるな」

「赤い髪の魔法使いと知り合いだったり?」

「赤い、髪……? レッド……すまない、知り合いではない筈だ。いや、それよりも……()が人伝に聞いた話だと、ここには車椅子の少女が居た筈だ。君は見なかったか?」

「…………あ、はい! 見ましたはい! 今ぼ……()が安全な所に避難させてますから! 大丈夫です!」

「そうか、良かった」

「あの、その少女さんに聞いた話なんですけど、屋敷にヒト型ロボットが居るそうで、そのロボットを置いて来てしまったのを不安に思っていて──」

「……それなら問題は無い。()()()()()()()()俺が安全な場所に運んでいる、事が終わればそちらに送ろう」

「そっかあ……良かった」

「君はその少女と安全な場所に隠れていてくれ。俺が終わらせてくる」

「はい、分かりました」

 

 ──そうして会話を終え、リッターはホワイトの前に飛び出したのだ。

 

 

 

 リッターは後ろ髪を引かれる様な思いに晒されながらも決断する。

 

(彼女達の安全の確保にはやはり……)

 

 リッターは無言でホワイトが吹き飛んで行った方向へ歩みを進める。構えは解かず、一歩一歩と。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 屋敷の敷地の外、ホワイトを追い雑木林に囲まれた林道に足を踏み入れたリッターは周囲を確認する。雨の雑木林を徘徊する姿は青く輝くスリットも相まり、まるで鎧姿の幽鬼にも見えた。

 

 周りには木々がそう遠くない感覚で並んでいる。視界はそれ程良いとは言えない環境だ。

 

「折れた枝……向こうか」

 

 しかし、ホワイトを捜索するのはリッターにとってそう難しい事ではなかった。頭の中に一定のイメージ、つまりは条件を設定すればその条件に合致する対象を自動的に捕捉できる。今回は折れた枝、足跡、土や木に着いた擦過痕、と言った風に。

 

 ノゾミがコレを知ったのならば「もうプレデターじゃん」と言っていた事だろう。

 

 実際、今の趨勢はそれを物語っていた。

 

 屋敷を吹き飛ばしたホワイトが油断せず、もう一度大規模な魔法の準備をしていれば結果も変わったかもしれないが、それこそもはや机上の空論でしかない。

 

 そして驕った者の末路と言えばいつの世も変わらない。

 

「死んではいない、か」

 

 一際大きな木の根本で干された布団の様な体勢をしてホワイトは気を失っていた。

 

「バイタルサインは──各値エラー? まさか」

 

 しかし、彼女に触れて容体を確認した所、生存を表すあらゆる値がエラーを示していた。それはつまり、コレが生命体でない事を意味している。

 

 ならば何か──ブービートラップだ。

 

「『颶風(シュツルム)』!」

 

 嫌な予感を覚えたリッターは咄嗟に魔法を使って退避しようとする。

 

 だが──遅かった。

 

 先程まで彼女の姿を取っていた物が水になり、そうして生まれた水の塊は一気に収縮し破滅的な光へ変貌を遂げる。

 

 更に、リッターが離れる前に半球状の水の膜がリッターと光を閉じ込める。

 

「『やがて全ては無に帰すだろう──災禍の嚆矢(ヴォルテックス・アロー)』」

 

 そして、木の上を伝い現れたホワイトがリッターを見下ろし詠唱を終える。

 

「これで──幕引きだ」

「────!」

 

 

 

 そして──夜の森に眩い閃光が華開いた。

 

 

 

 直前、リッターは何かを詠唱していたが、間に合わなかったのだろう。

 

 その場には焼け野原があるだけだ。もはやチリ一つ残っていない。

 

「……お姉ちゃんのこんな醜態、妹達には見せられんな」

 

 太い枝に腰掛けたホワイトは、冷や汗を流しながら一息つく……が、ここで彼女は違和感に気付いた。

 

 ──高々この程度の熱で跡形もなくあの鎧が焼失するのか、と。

 

 それに思い至る瞬間、周囲を取り囲む環境音の中に異質な音色が混じって聞こえて来た。

 

 ギュィィィン! ──モーター音に似た、甲高く疾走感のある音。それこそ、()の様な。

 

「──()()()!?」

 

 音の真下にある地面が、突如隆起する。

 

「『旋風(ヴィルベルヴィント)』、『颶風(シュツルム)』!」

 

 そして生まれた小山は、緑色の光を発して弾け飛んだ。

 

 ここに騎士──依然健在。やや煤を被ったリッターがその中から飛び出す。スリットから溢れる青光がまるで流星の様な軌跡を描き空へ昇って行く。

 

「魔法の()()()()か……!」

 

 ホワイトはいよいよ余裕を見せる事も出来なくなっていた。その原因は、リッターが握るランスの切先と柄頭にそれぞれ灯った魔法陣の光だ。

 

 ──リッターが突き出すランスの切先では渦を巻くつむじ風が土塊を掻き回している。そして柄頭からは、颶風を噴き出している。

 

 ──イメージを元に殆どの魔法は発動されるが、そのイメージを複数同時に、かつ鮮明に描くとなると途端に難度は上がる。左手と右手で別の事をする様に、脳を二つに分ける様な所業だ。しかしリッターはロボットと言うその特殊な身体故にマルチタスクを行うのに不自由しない。制御端末が複数あればその分だけイメージを描くと言う並行処理が可能になる。

 

 ──彼は爆発が起きる直前、変身直後に記憶エリアの中に勝手に増やされた『mahou.txt』と言うふざけた名前のファイルに刻まれた魔法を新たに行使した。

 

 ──名付けて『旋風(ヴィルベルヴィント)』、つむじ風を生み出す魔法だ。それを地面を掘るドリルとして使い、推進力を得る為に『颶風(シュツルム)』を並行で行使し、地中を掘り進み半球状の水の膜の()を掘り抜いたのだ。

 

「ちぃっ!」

 

 ホワイトは背中に背負った弓に手を掛けようとするが、それよりもリッターが彼女が立つ木の枝に到達する方が速い。

 

 彼女は地面の水溜りを鞭の様な形に仕立て、リッターの脚を止めようとする。だが追いつかない。

 

 ならばと同時に用意した銀の雨を降らせるが、今のリッターには回転運動により全ての障害を蹴散らす風のドリルがある。真っ向から迫る銀の雨は弾かれてしまった。

 

「この世界の魔法使いは化け物か……ッ!」

 

 もはやホワイトに取れる行動は無い。……とはリッターは思っていなかった。

 

 彼の中にある魂が、目の前の相手が諦めた目をしていないと気付いていたからだ。

 

 

 

「これで……」──だからこそ、彼はここで終わらせようとした。

 

 

 

「……撤退せざるを得ないか」──だからこそ、彼女はここで終わらせなかった。

 

 

 

 リッターの間合いに迫る次の瞬間、彼女は水になって弾け飛んだ。

 

「何!?」

 

 リッターの手は虚しく空を切り、そのまま着地する。

 

 暫く周囲を見渡すが動きは……ない。

 

 ランスの切先は向ける先を失い、地面を突いた。

 

「……やられた」

 

 ──降り止まぬ雨の中、水と消えた彼女の痕跡はもはやどこにも無かった。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 ようやく嵐も明け始めた朝方、人の居ない住宅街を歩く1人の姿があった。

 

「く……まさかここまで追い込まれるとは」

 

 リッターから辛くも逃げ延びたホワイトの姿だ。だが、その姿は変わり果てていた。

 

 180cmは超えていた背丈は、100cm程になり、低かった声はより高く、怜悧な顔付きには幼さが過分に添加され、すっかり柔和な顔になっていた。どう言う訳か、背中に背負った弓と純白のドレスはその身のサイズに合わせて小さくなっている。

 

 彼女の身に何が起きたのか。彼女はその身を水に変えたは良いものの、その力と身体の殆どを失ってしまったのだ。

 

 カーブミラーに映る自分の姿を見て、彼女はほぞを噛む。

 

「……力を取り戻すまで暫く時間が必要か」

 

 彼女は先の戦いを振り返る。

 

 軍服の様な格好をした黒髪の少女と、恐るべき力を有した銀の騎士。

 

「小娘はまだ良い。しかしアレは何だ。獣ならまだ良い、だがアレは……兵器そのものではないか。死を恐れぬ騎士、魔法使いとやらはあの様に恐ろしい存在を擁していたのか」

 

 路肩の塀を小さな手で叩き苛立ちをぶつける。それは単に敗走した事に対する事だけではない。

 

「しかも……まさか我らの前に立ちはだかる存在が、他ならぬ騎士とはな」

 

 彼女達姉妹は、魔王軍では死の騎士と呼ばれる特殊な幹部級の存在であった。

 

 今回もまた、魔王から命を受け先兵として姉妹でこの世界に降り立ち、人間社会に溶け込みながら様々な調査を行っていた。しかし、彼女達にとって、初めてとなる未来世界での暮らしは途方もなく困難なものだった。

 

 これまで過去、現在と暮らして来た彼女達は基本的に肉体労働を食い扶持に生きていた。だがこの世界では単純な肉体労働のほぼ全てが機械に置き換わり、働き口は殆ど無い状態にあった。

 働ける年齢にあった年長の姉妹らは見目の美しさで接客業のアルバイトに就き、必死に働いた。少ない金で土地を買ってトタン張りの家も建てた。

 魔法を使えば楽も出来ただろうが、この世界は昼夜を問わずロボットなどのパトロールや潜伏する魔法使いの目があり、気付かれない為にはとにかく普通に暮らす必要があった。彼女達は臥薪嘗胆の日々を過ごした。

 

 そのおかげで調査も遅々として進まず、幾ら働いても普段のズレた言動から妹達には距離を取られ、うだつの上がらない日々が続く中、突如として降りて来た魔王からの陽動命令とそれに託けた妹からのお願いと言う好感度アップ&鬱憤を晴らすチャンスにホワイトは沸いた。「この瞬間を待っていたんだ」と言わんばかりに。

 

「折角ペイルにも協力してもらって嵐を起こしたと言うのに……」

 

 その結果は、この幼女姿(ザマ)だ。

 

 妹の願いを叶える事もなくおめおめと敗走した事、アルバイトに行けなくなってしまった事、そして騎士の二文字を背負う者が他の騎士に負けたと言う事。彼女にとってこの敗北は単純な敗北とは比べ物にならない重さだった。

 

「ぐっ……覚えていろ、銀色の騎士!」

 

 恨み骨髄、今ここに因縁は生まれた。

 

 彼女は声高に叫ぶ、いつか来る再戦の時に備えて。

 

 それまでの食い扶持は──未定だ。




Q、リッターの戦い方どっかで見た事ある気がする。
A、多分色んな奴が混じってます。ジャンル問わず。

誤字報告ありがたや。


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第1章
魔法少女は魔法少女に惹かれ合う?


タグの亀更新が火を噴いておるわ。

※今回は掲示板要素(少なめ)アリ。

追記:よくよく考えたらただのメガネじゃ目つきの悪さ誤魔化しにくいとわかったので、メガネは色入りメガネに変更になりました。

追記2:ID追加してみた。


【人生設計】我、金髪碧眼色白美少女に転生せり。part2【壊れる】

 

1:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 と言う訳で、家が半壊した。

 

2:異世界の名無し ID:sNOHnm9OD

 えぇ……? 

 

3:異世界の名無し ID:ZbQSYja6A

 どう言う訳なのだよ。

 

4:異世界の名無し ID:11uUSAYIP

 前スレあれ以来イッチが音信不通だったから皆心配してたけど、まさか嵐で家が壊れたのか? 

 

5:異世界の名無し ID:/qoskQlFQ

 そう言えばそんな話もあったな。

 

6:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 違うぞ。なんか急に出て来た敵みたいな言動してる魔法少女みたいな奴にやられた。ついでに死に掛けた。

 

7:異世界の名無し ID:Ed+Qn4f0N

 草。

 

8:異世界の名無し ID:hqr6ubqcM

 草生えない。

 

9:異世界の名無し ID:ZnjRytO5x

 サバンナに焼け野原生える。

 

10:異世界の名無し ID:8lsqDHWBn

 >>9

 焼畑農業やめてもろて。

 

11:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 まさか本当に大事件に遭遇するとはね。

 

12:異世界の名無し ID:wRooPGcOg

 基本的にここの掲示板は暇人の集まりやからな。転生者の行動とか逐一記録してる奴とかおるし助言とかは案外信頼出来たりするで。

 

13:異世界の名無し ID:O6Nbdqkwl

 >>11

 で、どうやって助かったん? 

 

14:異世界の名無し ID:alk2DS6nb

 そらエッな命乞いで。

 

15:異世界の名無し ID:jhJpEa/oL

 同じネタ擦り過ぎはつまらんぞ。

 

16:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>13

 他の魔法使いに助けられた。

 

17:異世界の名無し ID:8Gg1RfbEN

 魔法使い? 

 

18:異世界の名無し ID:QFbyqAA72

 魔法少女とちゃうんか? 

 

19:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 魔法少女って名前を使ってるのは自分流。その界隈では魔法使いって呼ばれてる。だから魔法使いになるのに男女は関係ない。

 

20:異世界の名無し ID:tzcAClNTD

 ならワイは魔法使いになっても魔法少女にはなれんのか。

 

21:異世界の名無し ID:f60MQKvF/

 次があればワンチャン。

 

22:異世界の名無し ID:oc1UoyXmh

 >>21

 頭爆豪か?

 

23:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 おかげで命はまだこうしてある訳よ。流石に二度目の死は嫌だし。

 

24:異世界の名無し ID:XdIaNXY6m

 じゃあイッチは今何してるんや

 

25:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>24

 今は残った部分で生活してる。リッターは家が半壊した時の影響で専用の高電圧給電口が使えないから長めの充電中。

 

26:異世界の名無し ID:XdIaNXY6m

 なるへそ。

 

27:異世界の名無し ID:Wj65BSZ2O

 まあ、イッチが無事で良かった。屋敷も思ったより大丈夫そうやったし。

 

28:盗撮魔 ID:GJJQ2D9c7

 千里眼持ちワイやけど、イッチがゴタゴタに巻き込まれてる姿はよう見えへんかったんや。イッチの方で何か心当たりあるか? 

 

29:異世界の名無し ID:amrrBc6hu

 千里眼ニキちすちす。

 

30:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>28

 多分、前にレスした時に発生してた嵐は魔法か何かだと思うから、それが影響したんじゃないかな。

 

31:異世界の名無し ID:qNB46jskq

 >>30

 うへえ、それ俺殺しに来た魔王の権能無効魔法みたいじゃん。あれの所為で俺不壊の権能持ちだったのに殺されかけたし。

 

32:異世界の名無し ID:t/egSGhgv

 不能の権能?(難聴)

 

33:異世界の名無し ID:mX+wXxA8C

 旦那様のショタ勇者も道中で会った邪魔くさい邪神殺す時に似た様な質の魔法使ってたな。ワイがほぼ脳筋みたいなモンやからよう分からんかったけど。

 

34:異世界の名無し ID:xe2nXkriA

 >>32

 耳悪いね〜眼科行け(XXハンター)

 

35:盗撮魔 ID:GJJQ2D9c7

 ワイの千里眼をジャミングするとかその世界の魔法どないなっとるんや……。

 

36:異世界の名無し ID:oX7yN+vCN

 >>34

 その語録が色んな意味で正しく使われてるの初めて見た。

 

37:異世界の名無し ID:s7tuNpf0C

 自分はごく普通のファンタジー世界に転生してるけど、権能無効の魔法とか神レベル扱いなんですよ。イッチの世界はインフレが限界に達した少年漫画世界か何かで? 

 

38:異世界の名無し ID:jT5dCHNZF

 >>33

 しれっと結婚してんじゃねーよwww

 

39:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>33

 薄々分かっては居たけどこっちとは時間の流れだいぶ違うんだな。こっちはまだ掲示板出来る様になって二日目ぞ。

 

40:異世界の名無し ID:t59jGDCVe

 普通の掲示板と違って書き込んだ日時とか表示されへんしなここ。

 でも一日の概念とか惑星の大小とかでも変わってくるし、そこら辺の事考えると案外全部ちゃんと同時系列で進んどるんかもな。

 

41:異世界の名無し ID:WjtYsdZp/

 >>40

 天文学に自信ニキの来訪が待たれるな。

 

42:異世界の名無し ID:kleiZ3EaK

 でもとりあえずイッチの無事が分かって何よりだった。

 

43:異世界の名無し ID:QyQzysjRg

 せやな、それが一番良い報告だった。

 

44:異世界の名無し ID:Hq3WSTKsX

 転生する世界によってはすぐ死ぬ奴もおるしな。

 

45:異世界の名無し ID:K3vUM6xj3

 私みたいに奴隷になって行く先によっては心か身体を壊される転生者も居るしね。因みに心因性の失語症ナウ。無様過ぎて笑える。

 

46:異世界の名無し ID:qNB46jskq

 俺みたいに魔王と出会うとか言う負けイベ押し付けられる奴もいるしな。

 

47:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 さてはこのスレ、ロクな人生歩んでる奴が居ないな?

 

48:異世界の名無し ID:DMypGL4qg

 とっくにお陀仏した奴らの集まる所や。どっち道ロクな生き方は出来へんやろ。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「ふぅ……、コレでひとまずは一件落着、かな」

 

 車椅子に腰掛けながら、僕は目を見開く。

 

 2階の窓から外を見ればもうそろそろ太陽は真上に登ろうかと言う頃合い。外では今が夏だと狂った様にアピールする蝉の音の大合唱。ここ周りが雑木林だから蝉時雨が凄まじいのなんのって。

 

 掲示板をあんな形で離席した僕は、流石に悪いと思ってこうして生存報告を終えた。

 

 今朝は色々ありすぎて思い出すだけでも疲れたよ。例えば謎の魔法使いに助けられた後とかね。

 

 そう振り返りながら、僕はつい数時間前の事を思い出す──

 

 

 

 ──騎士の姿をした魔法使いがどこかへ去っていくのを見届けた僕(変身体)は、少し置き場所の変わっていた電動車椅子に座り変身を解いた。

 

 変身を解くと太ももに負った傷は無くなっていた、同時に足も動かない状態に戻ってしまった。どうやら一種のアバター、仮想の肉体を作るのが変身魔法の力らしい。

 

 で、変身を解いてただの平井ノゾミとなった僕はあの騎士が戻って来るのを待っていた。『一般人が魔法を見たら記憶を消す』と言うルールだが、僕は一般人ではなく可憐な魔法少女だ。さっきは騎士の威圧感に咄嗟に正体を隠してしまったが、戻って来た時に僕こそが先の魔法少女だったのだ! と言えば問題は無い。

 

 ま、リュウコちゃんの事は知らないみたいだったけどあの騎士は僕(美少女体)を守ろうとしていた訳だし、話せば理解してくれるだろうな〜と僕は考えていた。

 

 ……けれども、僕の元に騎士は来なかった。代わりに来たのは()()()()

 

「大丈夫でしたかノゾミ」

 

 何故か起動状態のリッターが現れ、僕を見つけるやいなやその硬い胸に抱き締めていた。いつもより痛いくらいに。

 

「無事ですね、無事なんですね。どこも痛くはありませんか」

「大丈夫だよ、リッター。でも胸がゴリゴリしてちょっと痛いかな」

「ノゾミ。もう今は電源を切った事を追及する気はありません。ただ無事で良かった。それ以上の事はありません」

「ねぇリッター、ちょっと痛いんだけど、聞いてる?」

 

 リッターの肘関節で、ギギギ、と安全装置(セーフティ)が掛かる音がする。どこの世界に主を鯖折りしかねない程抱き締める騎士が居るのだろうか。

 

「ノゾミ……良かった」

「……」

 

 だけど、淡々と、それなのにどこか感情が篭っているリッターの言葉に、緊張が解けて泣きそうになったのはここだけの秘密だ。

 

 

 

 ──でも戻って来たのがリッターなら話は変わる。

 

 リッターはロボットだ。だから魔法使いに関わる情報は話せない。予定が狂ってしまった僕は咄嗟に言い訳を並べた。とんでもない言い訳を。

 

「ねぇ、リッター? 変な事言うけど、良い?」

「はい。なんですか」

「僕って、()()()()()()()()()()()?」

 

 それは、記憶喪失。

 

 強引だけど、今はこうする以外の方法が思い付かなかった。下手に一部だけ真実を話すなんてして尻尾を出せばリッターなら言葉尻を確実に掴んで全部暴いてくる、そう思ったからだ。とって付けた様な言い訳に見えるのは百も承知だった。

 

「それは……」

 

 それに対しリッターは妙に長い間を置いてこう言った。

 

「……私にも分かりません。再起動した時には、屋敷の外に居ましたから」

「そっ、か。ごめんねリッター、おかしな事を聞いて。気付いたら書斎で車椅子に座ってたから、不思議だなって」

 

 僕はてっきり嘘だと疑われると思ったけど、リッターはそれを聞いたきり何も言わなかった。不思議には思ったけど、どうにも答えは出なかった。

 

 それにリッターも騎士や魔法について一切知らない風だったので僕の方も下手に触れる訳にもいかず、(もや)がかかった様な雰囲気のまま僕らは夜を明かした──

 

 

 

 ──これが、今朝の顛末だ。

 

 あの時戻って来たリッターは充電を消耗し切った状態で、今は長い給電時間中。でもどこでそんなに消耗してたんだろうか、次のメンテナンスでバッテリーが弱ってたら取り替えよう。

 

 ──トンカントン、ギコギコ、トンカントン。

 

 そんな事を考えていると、遠くの方から規則正しい工事の音が聞こえてくる。あれだけ派手に吹き飛んだエントランスホールをそのままと言う訳には流石にいかない。今は屋敷に業者を呼んで吹き飛んだ部分を一度綺麗に解体している最中だ。流石に近未来とは言えどすぐに元通り、って事は無いらしい。それでも着工から三日もせずに解体出来るって言うんだから凄いけどね。

 

「……もうそろそろかな」

 

 僕は備え付けの冷蔵庫の中にあったタッパー入りの焼きそばとペットボトルの麦茶を取り出し、電子レンジで焼きそばは温めてからそれを持って部屋を出る。おお、作り置きとは言えなかなかに美味しそうなソースの香り。小分けにされた鰹節と青のりの入った袋も持って行こう。

 

 何するのか。そりゃ昼休憩の差し入れに決まってる。

 

 この世界では単純な作業の殆どが機械に置き換わってるけど、それでも人の目はかかせないようで、建設や解体において最低でも1人は人間の現場責任者を置かないと作業が出来ないルールになっている、とリッターが言っていた。

 

 だからリッターは充電の為にスリープモードに入る前に「来てくれた作業員の為に差し入れでも用意しておきましょう」みたいな事を言って片手間にこの焼きそばを作っていた。なんだかリッターってお母さん、いや"オカン"みたいな所があるんだよなあ、いつもの事だけど。

 

 因みに今日来てくれた作業員は現場責任者が1人、他の作業員は皆ドローンやロボットみたいで、朝から休みなく働いている。

 

 エントランスホールが壊れているので、やや遠回りをしてから解体現場へ向かう中、廊下の窓の外に、倒れた木に腰掛ける作業服を来た黄色いメットの人影が見えた。多分あの人だ。

 

 バリアフリー化されたスロープ階段を降り、裏口から外に出てすぐに例の人影は見つかった。

 

 近くにゴミ袋の様な物も無いし、まだ昼食もとっていない筈だ。今なら大丈夫だろう。僕はそう考えてその背中に近付く。

 

「あの、休憩中すいません」

「えっ?」

 

 僕は面食らった。タオルを首に掛ける作業服の背中に声を掛けたら、返って来たのは紛れもない少女の声だったからだ。

 

 そして更に。

 

「……綺麗」

 

 振り返ったその少女の顔が、やたらと綺麗に映ったからだ。

 

 二重のパッチリとした瞳、額に浮かぶ汗、紅潮する小麦色の肌。年は同い年か、1、2歳上辺りか。

 

 健康的なそれらがやたらと眩しく見える。これは今世の僕がインドアだからだろうか。そしてそこに興奮を覚えないのは今の身体の所為だろう。かれこれ後数年もしたら今の生活が前世の年数を超えてくる。何だかんだ言って僕も女の子になっていってるんだろうね。

 

「……あっ! もしかしてこの木、勝手に触っちゃいけないヤツでしたか!? すいませんその! え〜とあの!」

「違います違いますよ! コレ、差し入れです!」

 

 ボ〜ッと見ていたら、折れた木から飛び上がる様に立った少女が慌てて弁明しようとしたから、僕も慌てて焼きそばと麦茶の入ったポットを差し出した。

 

「えっ、そんな、悪いですよ!」

「悪くありませんよ。折角来てもらってるんですから」

 

 遠慮する少女に少しずつ距離を詰めていく僕。こうなったら遠慮大好き日本人は話が長くなる。だから必殺技を使わせて貰おう。

 

 まずは車椅子で相手の足元に近付き! 

 

「それとも……」

 

 首の角度は45度! 髪が一気に片側に流れる事でよりその動きは強調される! 

 

「焼きそばは……」

 

 そして上目遣いに相手を見やり、捨てられた子犬の様な切ない顔で決め! 

 

「お嫌いでしたか……?」

 

 これぞ儚げな車椅子美少女にこそ許される技──「儚げな美少女に丁寧語で喋られたらどうやっても断れない」だ。

 

「……かわっ! 食べます食べます! あ〜大好きなんですよ私焼きそば!」

「良かったです!」

 

 僕にっこり、彼女もにっこり。これぞWin-Winってね。効果は抜群だった様で、急いで焼きそばの入ったタッパーとペットボトルに入った麦茶を受け取ると、ヘルメットを脱ぎ、折れた木に座ってせっせと食べ始めた。

 

 ──そして、僕の目線は彼女の頭に吸い寄せられる。別に頭に不可逆性の致命傷がある訳ではない。

 

 ヘルメットの中には折り畳まれた髪が詰まっていたのだろう、予想よりもボリュームのある彼女の髪は風に乗ってパッと開くのだが、その髪が特徴的だった。

 

 ──薄い黒に金色の毛先。

 

 赤い髪や青い髪は見た事がある、と言うか昨日見たばかりなのでそれに比べればまだ現実味のある色だ。だがそこじゃない、色はどうだって良い。奇抜な色なんて今の世の中幾らでも着けられる。

 

 気になったのは、それがお洒落の為にしている様に見えなかった事だ。

 

 俗に毛先カラーやら裾カラーやら言われている彼女のそれだが、僕の勝手なイメージではそんなお洒落をする人間は大概他の部分もお洒落にしているだろうと思っている。ネイルだとか、化粧だとか、仕事中でもお洒落を忘れない、ある意味尊敬出来る人達だ。

 

 でも彼女は割り箸を握る指先を見てもピンク色の長くもない普通の爪だし、ピアス穴すらも無い、化粧だってしている様には見えない。……て言うか化粧無しで綺麗に見えるのはかなり凄いな。

 

 そう、言ってしまえば難癖みたいな物だ。けども気になった。何か勘の様な物が働いたのかもしれない。

 

 工事現場で働く少女、あまりお洒落をしていないのに毛先カラー、休憩中なのに食事も取っていなかった──

 

 ──もしかして、お金が無い? 

 

 趣味:人間観察と言えば驕り高ぶった重度厨二病患者の精神病棟みたいな終着点だが、その手前くらい、自分の観察眼を試す程度の軽度厨二病患者ラインならば多くの人が踏み入ったのではないだろうか。どうやら僕は2度目の、かつ遅めの厨二病を患ったらしい。初対面の相手に心中とは言えこんな失礼極まりない妄想をしてしまっている。

 

 ……と言うか、何で僕は見ず知らずの他人の懐事情に頭を働かせているんだ。

 

 やたら気になるこの感じ、恋、じゃないな。どこかで繋がっている様な……いや、繋がってはいない。似てる、のかな。

 

「ああ、そっか。これ魔力だ」

 

 ふと、口に出た。

 

 僕と彼女、互いにある特殊な共通点、あるとすればそれだ。人が見知らぬ人と出会った時、安心や親愛を得る過程で自然と共通点を見出していく様に、本能でそれが分かった。

 

「……やっぱり知っていたんですね」

「君、関係者だったんだね」

 

 それもそうか、ここは正体不明の存在に攻撃を受けた場所。詳しく調べればこの世に存在しない筈の力、魔法に辿り着けるかもしれない情報源でもあるんだ。

 

 仮にリュウコちゃんが言っていた様にあちらこちらに魔法使いが居るのなら、この痕跡を一般人に見せる筈もない。処理させるなら同じ魔法使いにさせるだろう。

 

「で、君が来た訳だ。なるほど良くできてる、用意するのは現場責任者1人で良いからね」

「平井ノゾミさん、貴女は過程を飛ばしがちってよく言われませんか? ミステリアスで可愛げがありますけど」

「やだなあ、褒めても焼きそばしか出ないよ? 後、僕だけ名前を知られてるって言うのはフェアじゃないよね、君の名前は?」

 

 彼女の顔は、先程までの溌剌とした物から打って変わり落ち着いたどこか冷たく怜悧そうな顔に変わっていた。黄色は女児アニメ文脈で言ったらパッション枠なんだけど、どうやら彼女はクール系らしい、見た目はガテン系の服装だけど。

 

「私の名前は枯草(かれくさ)キズナ。しがない魔法使いですよ」

「キズナちゃんね。でもまだ言いたい事とかあるんじゃないの?」

 

 いつの間にか焼きそばを完食していた彼女は、作業服のポケットから取り出した金のフレームの()()()()()()()()を掛け、口に付いたソースをタオルで拭い、僕の前で膝を突く。

 

「そうですね……ノゾミさん、私達のチーム、『トライスター』に入りませんか?」

「チーム? 魔法使いのチームがあるって事?」

「魔法使いはその殆どが単独で行動しますが、中にはこうして足並みを揃える者も居ると言う事です」

「ただねえ、昨日変なヤツに襲われたばかりの子に突然過ぎない?」

 

 するとキズナちゃんは僕の頬に手を当てる。こうして間近で見ると、メガネでも隠せない程目付きが悪いのが分かる。さっきまでのパッチリとした目は演技なのだろう。今の彼女は若干インテリヤクザの風格がある。

 

「だからこそです。貴女を守る為に必要な事だと私は考えています」

「へえ、因みにこうやって他の子も勧誘したのかな」

「はい、先輩から『可愛い子ぶるのは君には無理だから、勧誘するならこうしろ』と言われたので」

「あ、言っちゃうのね」

 

 こうして目を見て初めて分かった、キズナちゃんの双眸に輝く黒に似た紫紺の瞳、やや凶相めいたそれは昨日会ったばかりのリュウコちゃんを思い出す。

 リュウコちゃんも若干ガラの悪い見た目をしていたが、あの子も女の子をナンパする為にあんな口調や格好をしていたのだろうか。信頼が揺らぐぞ。……と言うかあれからリュウコちゃんからの音沙汰が無いんだけど、大丈夫なのかな。

 

「……確かに、昨日の事で自衛にも限界はあるって分かった」

「でしたら──」

 

 振り返り、屋敷を見る。

 

 少し悪巧みを思い付いた。

 

「でも、無理だね」

「なぜですか?」

「僕にとって何よりも護りたい隣人がロボットだからだよ」

 

 キズナちゃんは少し考え、僕の考えを読んでみせた。

 

「なるほど、魔法使いのルールですか。……所で、そのロボットは魔法について何かご存知では?」

「いや、何も知らないよ」

 

 自分の命の次に、いやそれと同じくらいに護りたい存在はロボットであるリッターだ。ロボットだからと言って他に代わりなど居ない。

 

 だから、どうにかリッターを安全圏に置く手段を探そうと、そう意気込んでいた時。

 

「──しかし、近代社会の歪みですね。ロボットが賢くなり過ぎて、ただの金属の塊にありもしない命を見出す」

 

 キズナちゃんは、少し俯いて懺悔する様に言葉を溢した。

 

「……それ、もしかして僕を煽ってる?」

「いえ、私の独り言です」

 

 ルールを捻じ曲げるには少なくとも何か力が必要だ。数か地位、それか物理的な。もし彼女にそれがあるなら利用するのも手だと思ってたけど──

 

「それにルールは絶対です。変わりはしないでしょう」

「そう。なんで?」

「人の欲望の行き着く先、それが機械です。ですがそれはあくまでも道具でしかない、それも人の願いを叶える為の。それがあらゆる生命体の願いに結びつく力、魔力と出会えばそれは……人の願いの為に全てを歪める最悪のランプの魔神になってしまう」

「……それが魔法を知ったロボットを破壊する理由って事? ロボットの言い分は聞かないのかな?」

「見過ごせば歯止めが効かなくなりますから。その先に待つあらゆる物事を解決する()()()()()()()はただ破壊しか出来ない魔王よりも恐ろしい存在です。そう、ロボットに()()()()()のですから……余計な事など考えず破壊すれば万事は丸く収まります。それが出来ないのなら、いっそ手放す事も考えるべきでしょう」

 

 ──どうやら、僕と彼女は噛み合わないらしい。

 

 この身体で過ごす事齢16年、僕はその殆どをリッターと暮らして来た。それは他者から見ればとても孤独に見えるのかも知れない。人の愛を知らない可哀想な子なのかも知れない。現に掲示板の人は最初、それに対し憐れみの様な言葉を投げてたし。

 

 でも僕はその前に20年間人に囲まれて生きて来た経験がある。だからこそリッターには紛れもない人にも負けない愛があったと思っている。今更誰が何と言おうとリッターを道具になんて思えやしないし、命のある無しはともかく、リッターは僕にとって簡単に切り捨てられる存在なんだと言われているようで腹が立った。

 

「でも今の世の中、どこにだってロボットは居るでしょ。"起こるかも知れない危険"それを恐れて片っ端からロボットを破壊しなくちゃいけない被害を生むくらいなら、柔軟性を欠いたルールを改善した方が良いと思うけど」

「それでも絶対不可侵は存在します。潔癖な程に禁忌に触れず触れさせず生きるのも今を守る為にまた必要な事です。それにより犠牲が生まれようと必要経費でしかありません」

 

 まるで紙に書かれた他人の台詞を読む様に、どこかキズナちゃんは上の空でそう言った。彼女の言葉の中には自分の言葉がどこにもない。

 

 それに僕は自由だった。足は動かなくてもリッターが居たから。対して彼女は五体満足の健康体なのに、何かに縛られている。それが魔法使いになのか、チームになのか、それとも個人的な何かになのかは分からない。何かを諦めている様な彼女の態度、それが更に癪に触る。

 

「……じゃあ悪いけど、今の君のチームに僕の身を置く事は出来ないかな。今のままじゃ寧ろ彼女(リッター)を危険に晒すだけだろうからさ」

「そうですか。残念です」

 

 昨日に続き、今日も交渉は決裂だ。どうやら僕は16年の対人経験のブランクで話し合いがド下手クソになっちゃったらしい。……匿名会話アプリとかで練習した方が良いのかなこれ。

 

「それと……」

 

 背中を向けて去ろうとした僕に掛かる声。

 

「まだ何か」振り返ってそう僕が言おうとした時、彼女は空のタッパーを僕に見せて言った。

 

「頂きました、ご馳走様でした。美味しかったです」

 

 そう言った彼女は、氷の様に冷めた表情を少し緩め微笑を浮かべる。それが無意識かどうかは分からないが、微かに彼女の人となりが見えた気がした。

 

 とんだ奇襲に、出かけていた悪態も引っ込んでしまう。

 

「それ、礼ならさっき僕が言ってた彼女に言って欲しいんだけどな。そもそも君に差し入れを、って言ったのは彼女なんだよ?」

「あ、そう、でしたか。……タッパーは洗って明日返します」

「言っとくけど一応、明日の分の差し入れもあるから。彼女のお手製、残したら承知しないぞ。後……僕も言い過ぎた、ごめん」

 

 行き場のない苛立ちで、低い声色かつ掲示板での口調が少し出てしまっていて。でも彼女は気にも止めず、恭しく頭を下げて礼と謝罪を言う。

 

「……はい、ありがとうございます。私も貴女の事をよく知らないまま差し出がましい事を言ってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 そうして、キズナちゃんはヘルメットを被り現場へと戻って行った。

 

 ──さっきのキザなヤツよりも今の柔らかい方が受け良いと思うんだけどなあ。僕はついそんな事を考えていた。

 

 と、彼女に対する印象が幾分か持ち直していた事に気づいて、呆れる様に口から溢す。

 

「はあ、やっぱり美少女ってズルいよなあ」

 

 そして、もう一言に自戒の言葉を。

 

「……歳を重ねただけじゃ大人になれない、か。精神年齢40代があんな女の子にキレちゃってまあ、情けないよね全く」

 

 一難去ってまた一難、台風一過の後始末。

 

 自分の身を護る為、リッターを危険に晒すか否か。予想よりも遥かに早く訪れた問いかけに、僕は結局答えを出せなかった。




今話は悩みながら書いたのでいつも以上にガバいかもしれません。

追記
今話の回想のリッター視点は用意する予定が無いので互いの思考を要約。

ノゾミ「(騎士が帰って来ても言えば分かってくれるやろ)変身解除」
リッター「ただいま(ノゾミは無事か?)」
ノゾミ「ファッ?!(リッター?! あ、よくよく考えたらこの事件リッターには何も話せる要素ないやん! せや! 記憶喪失のフリしたろ!)」
リッター「良かった、ノゾミが無事で(魔法使いはどこ行ったんだ? まあ、今はいいか)」
ノゾミ「いや〜何も思い出せないんだけど、リッターはどう?(無理があるけどゴリ押すしかないやろこんなん)」
リッター「(っ! もしやノゾミは先の魔法使いに記憶を消されてるのか? 魔法使いのルールに則るならばつまりノゾミは一般人……? そうなると魔法の事を話すのは不味い気がするな)私も何も知りません」
ノゾミ「あっ、そっかぁ……(あれ? これで話終わり?)」

リッター側の考えはこんな感じです。

誤字報告ありがたや。


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青の運命(ブルー・ディスティニー)

※今話は掲示板要素ありません。


 ──あの敗北から1週間が過ぎた。

 

 私の身体はあの騎士に敗れた事で小さくなり、それは今も変わらない。

 

「ふふふ、斜め上と意味不明なのはいつもの事でしたけど、今回のは流石に酷いですよぉ? お姉さんはやっぱり私が居ないとダメダメなんですねぇ」

「……ど、どうしたらそんな斜め上の解釈になるんや。殺せなんて一言も言ってへんでワイは! あ゛あ゛あ゛っ゛、信頼度壊れる゛〜!!」

「ホワイトお姉ちゃん……焦り、すぎ? ……こほっ」

 

 帰って来て早々正座させられ、レッドとブラックとペイルからの冷たい視線を浴びるのは来るものがあった。お姉ちゃん久しぶりに泣きそうになったぞ。もう半分泣いてたぞ。

 

 それに加え、私の見た目が幼くなり働ける場所も見つからなくなった事で、ますます家内での私の立場は苦しくなって来た。レッドとブラックは家計を賄う為アルバイトに出ていると言うのに、私は雛鳥が如くそれを待つしかない。

 

 分かるか? 働きもせず子供用の足の長い椅子に座り、妹達が稼いで来た金で食べる飯の味は? カカオを丸齧りするより苦いぞ。

 

 そして、そんな私には2つの選択肢しかなかった。あの騎士との再戦は情報収集の必要性もある以上確定事項。問題はその前だ。

 

 一つは、体力の回復を待つ為に何もせずに待つ事。メリットは早く元通りに戻れると言う事。デメリットは私の精神が情けなさで死ぬ事だ。

 

 もう一つは、今から出来る仕事を探す事。メリットは私の精神の安寧が保証される事。デメリットは回復が遅くなるかもしれないと言う事だ。

 

 そうして選択を迫られた私は──

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「レッド! ブラック! ペイル! 見つかったぞ!」

 

 軋む床を跳ねる様に蹴り、私は妹達が集う居間に顔を出す。

 

「あらあら? お姉さん、今度はどんな問題を起こして来たんですか?」

「違う! そうじゃない!」

「じゃあ、特売のもやしでも見つけたんか?」

「それも良いが違う!」

「じゃあ……カレシ? ……えほっ」

「どうしてそうなる?!」

 

 私は背中に隠したスーパーのチラシを妹達の眼前に突き出した。妹達の驚く顔が目に浮かぶぞ……。

 

「ん? やっぱり特売やんか。お、ナス安いな」

「だから違うと言っているだろう、ここだ! 広告欄だ!」

 

 チラシの端を私はパンと指さした。指先に灯るのは希望の光、赤と黄色のチラシの中にひっそりと刻まれた言葉は……

 

「ええと、時給5000円、福利厚生完備、メイド募集中、定員一名限り……まあ!」

「5000円? それって、高いの?」

「高いな……特殊なヤツならありえへん事もないけど、特殊清掃やら翻訳やら、今の時代それは殆どロボットや機械の領分やしな……。怪し過ぎへんか?」

「大丈夫だ、問題ない」

「それ問題あるやつのセリフやねん」

 

 揃って顔を顰める妹達に、私は懇切丁寧に説明した。

 

 ──まず、既に面接を受けている事。

 

「……あらあら、また独断専行ですかぁ?」

 

 ──次に、雇い主はどこかの企業の令嬢だと言う事。

 

「どっかの企業って何やねん!? 下調べなく面接行くとか夏休みから活動始め出す就活生か!?」

 

 ──最後に、面接会場で令嬢の前に立った瞬間に私は採用されたと言う事。

 

「……えっ、面接は? と言うか、子供の姿のまま? えほっ、ビックリし過ぎて咳が止まらない……ごほっごほっ!」

 

 ここまで言えばもはやこれ以上の説明も必要ないだろう。私にかかれば面接など只の面通しにしかならないのだ。

 

「お姉さんって、割とガサツな殿方も多い魔界でよく今まで純潔を保ててましたねぇ、びっくりです」

「相互理解の限界を今垣間見たわ」

「お姉ちゃん……目、こわい……」

 

 待っていろ人間ども、明日から私は再び社会に舞い戻る。ふっ、その辺の有象無象の令嬢の世話などこれまでの世界でこなして来た。何のことはない。

 

「くくっ……興奮したら少し眠くなって来たな。歯を磨いてくる」

「……生活スタイルまで見た目相応になっちゃってますねぇ。どうせなら赤ちゃんになってくれたら色々お世話出来たんですけど〜」

「やめてくれやレッド、幼児退行した長女を介護する次女とか色んな意味で地獄や」

 

 ここからだ。私達の華麗なる逆転劇の幕が上がるのは──この時はそう、思っていた。

 

 ──翌日。

 

「……地図アプリとやらはどうしてこうクルクル勝手に回るのだ。人間とは解せぬ物を作るばかりで能がない」

 

 道に迷いながらも辿り着いた隣県の働き先。手元の『スマートホン』と言う複雑怪奇な機械から目を上げれば、そこには長大な鉄柵と豪奢かつ巨大な鉄の門扉が私の前に立っていた。

 

 鉄柵状の門扉からは、白塗りの宮殿の様な豪邸が見える。やや成金趣味に見えるな。権威を象徴するにもし過ぎれば下劣だ。

 

「しかし、どこかで見たような……そうだ」

 

 これは……この前破壊したあの屋敷にどこか似ている。古めかしい造りといい西洋にありそうな意匠といい。偶然だろうが……何か嫌な予感がするぞ。まさか扉が開いたら中から騎士などが飛び出したりしないだろうな。

 

『お待ちしておりましたわ』

 

 独り訝しんでいると、門扉に取り付けられた四角い箱から女の声がした。これは『インターホン』と言う奴だろう。確か離れた場所にも声が届く、だったか。そう、機械の役割などこれくらい単純なくらいが丁度いい。

 

 そしてこの声の主は、この豪邸に暮らす件の令嬢のものだろう。こうして会うのは面接の時以来になる。

 

「今日からここで働きます、鞍馬アオと申す者です」

『ご足労頂き感謝致しますわ。話の続きは是非こちらで致しましょう」

 

 すると、巨大な門が私を歓迎するかの如く、象の咆哮の様な音を立てて開いていく。兵士の1人も寄越さずに門を通すなど、随分と不用心な。

 

 私は豪邸の前に広がる花畑の甘ったるい香りにどこか言いようのない引っ掛かりを覚えながらも、豪邸の扉の前に行き着く。今の背丈では叩き金(ドアノッカー)も使えん。

 

 と、考えた所で思い出す。そう言えば、この世界の者は叩き金など使わないのだったな。今となっては殆ど飾り程度の認識らしい。……改めて、私が居るのは未来だと実感する。

 

 超常の代物よりも、身近な物の概念が変わってしまう方が旧き者にとっては衝撃なのだ。今日も空がくすんで見える様にな。

 

 ……さて、余計な事を考えるのはここまでだ。

 

 私は開かれた扉の向こうに立つ洋装の少女に目を移す。

 

 柔和な白のワンピースを着こなす少女、私のそれより深い青を湛えた髪を螺旋に巻いて肩に通す彼女は、背後に広がる豪奢な装飾に引けを取らない美しさを持っていた。

 

 しかし、記憶の中の令嬢共に比べれば所作や立ち姿はまだまだ未熟だな……身体は男を籠絡するには申し分無い卑しさだが。評価としては令嬢と呼ぶにも烏滸がましい小娘が精々だ。

 

「ごきげんよう」

「この度は貴女様の元で働く事が出来、光栄に……」

「そう畏まってもらう必要はありませんわ。あまりそう言うのには慣れていませんの。出来れば友達の様に接して欲しいのですけれど……」

 

 はぁ……これから給仕になろうと言う者に対して低頭が過ぎるぞ小娘。ましてや友達、それが他者の上にある者としての振る舞いか? 

 

 ……いや、これは私を試しているのか。それならば──

 

 そう考えた時、小娘はやや頬を赤らめてひっそりと呟いた。

 

「そ、その、私の事はチエちゃんと呼んで頂きたく……」

「……」

 

 これは試験か? 如何にふざけた振る舞いをしようと有無を言わず付き従う給仕を見つける為の試験なのか? 

 

「チエ……」

「はぁっ……!」

「……様」

 

 ──いや待て、逆かも知れない。主からの怒りを恐れず忠言出来る者を見極める為の試験の可能性もある。

 

「チエちゃん、そう呼んで頂けないのですか? わたくしも貴女をアオちゃんとお呼びしたいのに……」

「……」

 

 本当にそうなのか? 私が様付けをした途端浮き上がった笑みが萎んで死に掛けの魚の様になっているが……まさか本当に? 

 

 いやいやまさか──

 

「ダメ、ですの?」

 

 ──……はぁ。何が悲しくて妹達以外をちゃん付けなどしなければならないのか。嗚呼、私の不始末の所為か。そうかそうか、ならば仕方ない……

 

「……チエ、ちゃ……ン゜ッ!!」

「っアオちゃん!!」

 

 嗚呼、妹達よ。

 

 ……どうやら私はとんでもない小娘の下で働く事になったのかもしれない。

 

 目の前で満面の笑みを浮かべながら抱き着いてくる小娘の姿を見ながら、私はそう思っていた。

 

「……はっ! そう言えば挨拶がまだでしたわね、アオちゃん。

 

 ──わたくしの名前は雑賀(ぞうが)チエ。『雑賀重機工業』でお馴染み雑賀の()()()ですわ!」

 

 そう言えばこの小娘、誰かに似ている様な……だが、思い出せないな。いや、思い出せないのならば、どうせ大した奴でもないのだろう。

 

「ならばこちらも改めて自己紹介を。私の名前は鞍馬アオ、齢は21、人より成長が遅い身ですので、余りそれについては触れないで貰いたいです」

「ええ、承知しましたわ。これからよろしくお願いします、アオちゃん!」

 

 にしても、顔に押しつけられる胸が鬱陶しい。

 

 全く──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞼を閉じれば、暗闇の中にぼんやりと、彼女が居た場所にうっすらと青の陽炎が見えるのだ。

 

 これは姉妹が持つ魔力と魔法に対する特殊な感応能力だ。私は"目"、レッドは"耳"、ブラックは"舌"、ペイルは"手"、どれも微弱な物で強く意識する必要はあるが、至近距離ならばそれで相手が魔法に触れた事がある者か否か暴く事が出来る。

 

 ただし、同じ属性の魔法を扱う相手同士ならば、この力が無くてもそれを知る事が出来る。この小娘に見た魔法の色は青、私と同じ水属性の魔法だ。

 

 つまりこの力が無くとも遅かれ早かれ察する時は来ただろう……当然、小娘が魔法使いであるならば向こうも気付ける事になる。普段から私は見つからない様に魔力の流れを制御している上、今の私は力が弱っている分気付くのは至難の技だ。が、用心するに越した事はないな。

 

 だが私は彼女の下で働くのをやめる気は無い。私には譲れない流儀があるからだ。支配を司る第1の死の"騎士"として生まれたその時から定めて来た流儀が。

 

 それは"騎士として、己が定めた主には仕え続ける"事だ。

 

 元々これは私が働いて妹達に格好をつけたいと言う見栄から来たものだ、ならば尚更に流儀を伴わなければ話にならない。人間の命など長くとも精々50かそこら、私達にとってはごく僅かな時間に過ぎないのだから待つのもそう苦ではない。

 

 そもそも、金が無ければ食っていけない。食っていけなければこの世界では生きてもいけない。私達は任務を果たす為に生き続けなければならず、生きている内は世界の奴隷だ、誰も彼も。

 

 ……まあ悪い事ばかりでもないだろう。それなりの地位があるのなら、それなりの情報もある。それを得ようとすれば時として敵対者と同じ飯を食らう事も必要だ。いつの世でもそれは変わらない。

 

 淡々と忠実に役割をこなすだけ。この世界でも同じ事をすれば良い。そしてあわよくば誇りに土を掛けた銀騎士をこの手で、倒す。

 

()()()()()()()()()()()()()()、精一杯働かせて頂きます。……チエ、ちゃん」

「ええ、喜んで。アオちゃん」

 

 全てが終わるその日が来るまで、精々世話になるぞ、小娘。

 

 

 

 ──だがこの時、私は思いもしなかった。この出会いが、更なる苦境に私を誘う事になろうとは。

 

 

 




この話を書いて思った事。

自分キャラ作りする時に某競争バゲームの影響受け過ぎやろ。

誤字報告ありがたや。


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夢見るロボット/物語の始まり

※今回は掲示板要素アリ。

そろそろ本筋の話が始まる、かも。

追記:ID追加してみた。


 姿が見える。逃げ惑う人の姿が。

 

 声が聞こえる。誰かが助けを呼ぶ声が。

 

 どこからか匂いがする。鉄臭い血の匂いが。

 

 口の中に苦味が広がる。埃被った土の味が。

 

 触れれば分かる。鼓動の一つもありはしない事が。

 

 暗闇の中に居る時はいつもその光景が見える。戦場の中に、俺が……いや、()が居る。

 

 白い機体を土埃と血でドス黒く染め上げる私は、両手に銃を持ち、恐怖に慄き逃げる敵兵を撃ち殺していく。腰を抜かした兵士の腹は踏みつけ、もう片足で頭を蹴り抜くと空にオタマジャクシの様な影が飛んでいった。

 

 ──もし、この身体が前世の時にあれば。

 

 どこからか、そんな声がする。

 

「違う、違う、違う、そんな事思ってない」

 

 俺は否定するが、状況は何も変わらない。目の前の光景は俺を置き去りに先へ進む。

 

 物陰から飛び出した敵兵が鉄パイプで私の頭を打ち抜いた。だが傷一つ無い。ゆっくりと銃口をそちらに向け引き金を引いた。しかし弾は出ない、弾薬切れらしい。

 

 すると私は、銃を捨て空手になって敵兵の方へ向かう。

 

 ──殺して、殺して、殺して。

 

「俺は、ただ守る為に、助ける為に……!」

 

 敵兵を押し倒し、私は馬乗りになる。

 

 私は、両方のマニピュレーターで敵兵を殴り始めた。

 

 ぐしゃり、べちゃり、何かが湿っぽく折れる音がする、何かを掻き回す様な音がする。

 それだけに飽き足らず私は、敵兵の腕や足を玩具の様に引っ張り始める。

 

 白い身体が赤く塗り潰されていく。まるで、自分と言う存在が塗り潰されていく様に。

 

 俺は見ていられず、目を逸らそうとした。

 

 しかし、その先には別の光景が広がっていた。夜の嵐と雑木林、この前見た光景がそこにあった。でも、そこに立つ者達の姿はまるで違っていた。

 

 俺の記憶と違うのは……騎士が青髪の女の首を絞めていると言う事だ。

 

「危険ハ、排除、スル」

 

 スリットの奥には赤い光が灯っていた。声にはノイズが混じり、音が割れている。魂の一欠片も感じられない無機質な言動は、今の私がただの機械となっている事を示していた。

 

「決シテ、逃サナイ」

 

 ──あれが兵士の、ロボットのあるべき姿だ。中途半端なお前とは違う。

 

「……そんな事の為に戦っているんじゃない」

 

 ──本当にか? お前はあの時、本当にそうしていたのか? 矛先を真っ直ぐに女の胸元に突き立てようとしたのに、か? 

 

「っ! 俺は……」

 

 ──お前は殺そうとした。奴を敵として認識したその瞬間に。奴が水になって消えなければ奴は間違いなく死んでいた。

 

 頭の中に響く声に、俺は反論する言葉を失ってしまった。それが、他ならぬ答えだった。

 

 俺は俯き、また視線を逸らした。

 

 その先には水面が広がっている。

 

 映り込む俺の姿は、真っ赤に汚れた私の姿。

 

 ──死んだって逃げられないぞ。お前の手は血で汚れている。誰かの手を掴もうとするのは、その血を誰かの手になすり付けて綺麗になりたいからだろ? 

 

「っ!」

 

 水面からいくつもの手が伸びて俺の身体を掴み、引き摺り込もうとする。

 

「……なら、どうすれば良かったんだ。誰かを信じる事は罪だったのか?」

 

 ──そしていつの間にか意識は暗転し、俺は給電機の側で目覚める。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

789:335 ID:It5GHDD+G

 と言う夢を最近給電中に見るんだが、どうすれば良いだろうか? 

 

790:冷たくなった名無し ID:yWIZB1p2u

 精神科行け。

 

791:冷たくなった名無し ID:O/iv7m+aP

 行けたら苦労しないんだよなあ。

 

792:冷たくなった名無し ID:OH62lj3KO

 睡眠薬飲め。

 

793:冷たくなった名無し ID:O/iv7m+aP

 飲めたら苦労しないんだよなあ。

 

794:冷たくなった名無し ID:yFZGj+Qvz

 ロボットって案外不便なんやなあ。ムードオルガンとか無いんか? 近未来やのに。

 

795:冷たくなった名無し ID:i8gFjWkdI

 ロボットに人間の魂がある状況自体がかなりイレギュラーだからな。自分を人間と思い込む精神異常ロボットとかじゃないのはここに居る時点で明らかやし。

 

796:冷たくなった名無し ID:ySEGlQqQi

 人の魂を持ったロボットに何を以って自我があると証明するか。

 →この掲示板が答え。

 うーん世の中の理不尽。

 

797:冷たくなった名無し ID:4LcG9h8hN

 >>794

 そう言う世界観だと下手したら335がセクサロイド扱いされそう。俺ならする。

 

798:335 ID:It5GHDD+G

 セクサロイド? 

 

799:冷たくなった名無し ID:yWnzNdYOJ

 ふふ……S◯X! 

 

800:冷たくなった名無し ID:+kBxPJfl1

 やめないか! 

 

801:冷たくなった名無し ID:J2W6HUAT6

 オリオン座の下で? 

 

802:冷たくなった名無し ID:wpBzCRG0R

 セッ◯ス! 

 

803:冷たくなった名無し ID:eQH3JuSWJ

 やめないか! 

 

804:冷たくなった名無し ID:cMG3Y5Xgq

 >>799〜>>803

 なんやその連携力は。

 

805:335 ID:It5GHDD+G

 もしやセクサロイドとは性処理を目的としたロボットか? 

 

806:冷たくなった名無し ID:ChxXHHmF8

 こうしてると無知シチュみたいやな。

 

807:冷たくなった名無し ID:Qgg7WTHt8

 >>805

 せやで。まあ造語の一つやからそっちの世界でも使われてるかは分からんけど。

 

808:335 ID:It5GHDD+G

 そう言った機能は無いな。非公式のオプションパーツではあるかもしれないが。

 

809:冷たくなった名無し ID:64Z/HiyX8

 そもそもなんで335はその言葉にピンポイントで反応したんですかねえ……。

 

810:冷たくなった名無し ID:02j6uy5gx

 ワイ天才美少女アンドロイド、無知シチュと見せかけたドスケベと言う言葉で閃く。

 

811:冷たくなった名無し ID:GUIkrqHRC

 >>810

 ブレードラ◯ナー呼ぶぞ。

 

812:冷たくなった名無し ID:SjEs/2RrG

 取り敢えず物理的なアプローチは無理があるのは確かや。

 

813:冷たくなった名無し ID:NbCtf2MhX

 精神的なアプローチが理想だな。夢を見るのがバグ扱いになるならプログラムなどのソフト面から直せるかも知れないが。

 

814:冷たくなった名無し ID:2t6aIzdJg

 >>813

 でもこれ魂が夢見てるって感じやけどな。脳のバグにしたらあまりにも話の筋がはっきりし過ぎてる希ガス。

 

815:335 ID:It5GHDD+G

 何にせよ精神的に改善が必要、と言う事か。

 

816:冷たくなった名無し ID:NbCtf2MhX

 これが何らかのトラウマによるモノならそのトラウマを克服するのが一番手っ取り早いだろう。何か自覚はないのか? 

 

817:冷たくなった名無し ID:InM0fUZTP

 世界初の精神病ロボットの誕生か? 

 

818:冷たくなった名無し ID:nYNQsa11V

 >>817

 不謹慎過ぎる……。

 

819:335 ID:It5GHDD+G

 >>816

 要因は幾つかあると思っている。

 1つ目はこの手で殺して来た命への罪悪感。

 2つ目はいずれこの世界もこうなるんじゃないかと言う恐怖。

 3つ目はそんな血で汚れた俺が娘の側に居続けて良いのかと言う戸惑い。

 このままではいずれ夢に見たあの姿になってしまう様な気がして、どうにも不安だ。

 

820:冷たくなった名無し ID:xoXjG41KX

 このスレにおるんが気の毒な位真面目な奴やな。

 

821:冷たくなった名無し ID:NbCtf2MhX

 決して理解出来なくはない感情の動きだな。それなら幾つか解決策はあるかもしれない。

 

822:冷たくなった名無し ID:2qVVt9OCT

 悩んでもどうしようもない事ばっかやん。既に終わった事、未知の未来への不安、相手が知りようの無い過去の話。

 

823:335 ID:It5GHDD+G

 >>821

 本当か? 

 >>822

 確かにそうだが、どうしても割り切れないんだ。

 

824:冷たくなった名無し ID:o34X+8n5I

 >>821

 メモ帳ニキじゃん。

 

825:冷たくなった名無し ID:tOTBsPpEE

 誰だよ。

 

826:冷たくなった名無し ID:o34X+8n5I

 >>825

 石ころニキと同じ古参スレ民。石ころニキより出現率が低いはぐれメ◯ル。

 

827:冷たくなった名無し ID:viWoeCPBB

 はぐれ◯タルとかマ? 狩らなきゃ……(使命感)

 

828:Hなメモ帳 ID:NbCtf2MhX

 まあ細かい事は省くが戦闘経験やら危機に直面して誰かを救助する奴って言うのはトラウマを抱え易い。335は兵士であり救助者だったんだろ? なら寧ろなっていない方が凄いと言う話だ。

 

829:Hなメモ帳 ID:NbCtf2MhX

 大雑把に説明すれば大体三つの治療法がある。

 一つはトラウマに自ら触れ、それを克服する事。

 一つは他者とのやり取りの中でトラウマによって変わってしまった物を探し、自分の精神を再生させる事。

 一つは物理的に脳に働きかけ、精神の自己治癒を促す事。

 さあ、どれを選ぶ? 

 

830:冷たくなった名無し ID:XvIc468Ff

 一番目なら335だけで、二番目なら掲示板の面子と、三番目は335の世界の人と、って事やな。

 

831:Hなメモ帳 ID:NbCtf2MhX

 説明を聞きたいなら私に聞くと良い。なんたって私は全知全能のメモ帳だからな。

 

832:冷たくなった名無し ID:1VyXVE17S

 全知全能とかあほくさ、厨二病やな。

 

833:Hなメモ帳 ID:NbCtf2MhX

 >>832

 黙れ人格破綻石ころ。煽りの幼稚さでバレているからな。

 

834:賢者の石ころ ID:1VyXVE17S

 >>833

 うわキモッ。変態ストーカーメモ帳やん。

 

835:335 ID:It5GHDD+G

 >>831

 この掲示板の人にも、今居る世界に居る人にも、ましてや娘にも、俺の世界の話は関係の無い話だ。これ以上誰かに迷惑をかける訳にはいかない。1番目の方法について教えてほしい。

 

836:冷たくなった名無し ID:TBq/Y6PLm

 >>833

 >>834

 これが叡智の書と賢者の石のやり取りとかマジで人類のブランドを損ねてます!

 

837:冷たくなった名無し ID:eNrK2OzkM

 なにが人類のブランドですかぁああ!! こんな争いしか知らない蛮族の溜まり場みたいな人類種に権威なんてありませぇええん! 

 

838:Hなメモ帳 ID:NbCtf2MhX

 >>835

 良いだろう。まず大事な事は許容出来る範囲でトラウマに関わる出来事に触れる事だ。それが335にとって戦争であるならば、それを少しずつ思い出していけ。そしてそれを受け入れて慣れていけ。それが出来れば更に深く切り込む、それだけだ。

 後、いくらトラウマを克服する為とは言え戦場に直接乗り込むなんて馬鹿な真似はするなよ? 成功すれば直ぐに解決出来るだろうが絶対やるなよ? 

 

839:335 ID:It5GHDD+G

 そうか、分かった、やってみよう。

 

840:賢者の石ころ ID:1VyXVE17S

 >>838

 フリかな? 

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 夜の街には魔が潜む。魔王の手先なりし魔物達が。

 

 苗が根を張るかの如くに、徐々に、人の世界を脅かす。

 

 しかし、それに争う者たちが居た。

 

 "魔法使い"そう彼らは呼ばれた。かつて魔王に滅ぼされた世界から逃げ延びた者たちが伝えた力を使い戦う存在だ。

 

 彼らは日夜魔物達と戦いを続けている。

 

 今日も、また。

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

「誰か助けて!」

 

 絹を裂くような悲鳴をあげ、ビルの隙間を縫う様に走る人影。

 

 それを追って空を駆ける獣。尋常ならざる脚力でビルの上をスイスイと渡る。

 

 獣は歪な笑みを浮かべて笑う。それは威嚇でもなければ喜びでもなく、ただ嘲っているだけだ。

 

 彼らは生まれながらにして悪辣かつ残虐、歪んだ願いから生まれた恐怖の(しもべ)、その名は"魔物"。

 

 容姿は数多、その素性も数多。今獲物を追う魔物の姿は、人狼と呼ぶに相応しい見た目をしていた。

 

 彼我の脚力は言うまでもなく人狼型の魔物が上。

 

 逃げる人間の前に回り込み、人狼は路地に降り立つ。

 

 針金の様な鈍色の毛、血走った眼、ぬらりと光る牙。その圧に尻餅をついていた人間は、恐れ慄く他にない。

 

 鋭い爪を伸ばした掌が、人間の頭上に持ち上がる。影の中で涙が光っていた。

 

 このまま、この人間の命は終わるのか。そう思われた時。

 

「ちょっと待ったぁぁああっ!!」

 

 夜闇を切り分け、ピンクのツインテールを棚引かせたヒロインは空から現れた。

 

 突如乱入した首に赤いブローチを下げた白とピンク色のドレスの少女は人間と魔物の間に立ち塞がる。魔物は気にかける事も無くそのまま手を振り下ろす。

 

「なんのっお!」

 

 彼女もまた頭上に掲げたピンク色のハートが備わった白い杖でコレを防いだ。

 

 そして飛び散る火花、それよりも疾く両者は動き出す。

 

 攻撃を防がれた魔物は、即座に後ろへ跳躍する。

 

「──遅い!」

 

 が、その懐には既に身を屈めた少女が居た。驚く暇もなく魔物は直上に蹴り上げられる。

 

 更に、少女は路地の壁を蹴り魔物を追い越すと、飛び上がる魔物の背中に回り込みこれを撃墜した。

 

 落下した魔物により飛び散る土煙。晴れるとそこには倒れ伏す魔物の姿があった。

 

 これが、僅か一瞬の出来事である。

 

 唖然として見ていた人間の前に、遅れて降りて来た少女が立つ。

 

「大丈夫ですか!!」

「は、はい……」

「ああ、良かった」

「……えっと、あなたは?」

 

 困惑気味に聞かれた質問に、少女は言いにくそうに返す。

 

「その、言えないんです」

「え?」

「ごめんなさいっ! 忘れて! 『白痴(ブランク)』!」

「あ……」

 

 次の瞬間、人間の頭上に白い魔法陣が現れ、刹那の内に消えていた。すると人間は即座に微睡に落ちてしまった。

 

「すぐ目を覚ます……んだよね?」

 

 心配そうにする少女。

 

「ああ、そうだぜ。だからそんな顔すんなよ」

 

 少女がそうしていると、彼女の胸元の赤いブローチから声が響く。どこかがさつな響きの女の声が。

 

「あ、いや! リュウコちゃんが嘘吐いてるとかそう言う意味じゃないからね!?」

「分かってる。お前がそんな器用なマネは出来ないってこの1日2日で察してるからな」

「え! リュウコちゃんってもしかしてエスパー?」

「いや、命を共有して四六時中側に居たら嫌でも分かるだろうが」

「えっ……リュウコちゃん、私の側に居るのが嫌なの? ごめんね、私が死んじゃった所為で……」

「ちげぇよ! 話聞けこのすっとこどっこい!」

 

 自分の胸と語らう少女、幻覚でもなければ幻聴でもない、紛れもない現実として2()()()少女がそこには居る。

 

 だが、そんな少女の背後で、のっそりと浮き上がる影がある。

 

 先程の魔物はまだ斃れていなかったのだ。手足を巧みに使い、音を殺し少女の背後へと近付いて行く。

 

 そして、少女の背後に取り付き、いよいよその爪を少女の柔肌へ突き立てようとしたその時。

 

「──『颶風(シュツルム)』!」

 

 少女の頭上を通過し、一本の槍が魔物を貫いた。

 

「ひゃっ!? 何なに!?」

 

 驚き頭を抑えながら背後を見やる少女。──そこには十字刃の槍に穿たれ、黒い塵となって消えていく魔物の磔があった。

 

「っ! まだ倒せてなかったんだ……」

 

 少女はそう呟き、額に冷や汗を流す。そこには串刺しにされた魔物の姿に対する衝撃や、命の危機がそこにあったのだと言う恐怖も含まれているのだろう。どうやら彼女が踏んできた場数はそう多くは無い様だ。

 

 だが少女の中に居るもう1人の少女、リュウコはそうでもないらしい。

 

「……そこのアンタ、さっきからずっとコッチ見てただろ? どこのモンだ」

「えっ?!」

 

 路地を囲むビルが作る濃紺色の空の道、その突き当たりには月光を背に立つ者が居た。

 

 月の光を浴び輝く銀色は、夜闇の中でもハッキリと鋭利な鎧の外郭を浮かび上がらせる。兜のバイザーの赤い飾りと赤いサーコートが風に舞い絶えず踊り狂う。絵本の1ページの様な姿だが、決して幻などではない。

 

 リュウコはその存在に気付いていた。気付いていた上でその存在が敵か味方か試していたのだ。

 狙いが外れた時の為にリュウコは、少女の背中に赤い魔法陣を用意していたが、当の少女は気付いていない様子で話は進む。

 

「あれはまるで……」

「……"騎士"、か。虫唾が走る言葉だぜ」

「ちょっとリュウコちゃん?」

 

 突然の事に少女は困惑しながらも、その姿を真っ直ぐに見据えた。

 

「助けてくれてありがとうございました! 魔法使いの方……ですよね?」

「……」

 

 忘れず感謝を伝える少女。だが騎士は何も言わず、槍の突き刺さる場所に降りて来た。

 

 少女は間近で見る騎士の姿に気押されていたが、リュウコは騎士に問いかける。

 

「その匂い……アンタ、その()をどこで見つけた」

「……借り物だ」

「そうかよ」

 

 短い問答を済ませ槍を引き抜いた騎士は、矛先を地面に向け風魔法を唱えると、どこかへと飛び去ってしまった。

 

「えっと、何だったんだろうあの人」

「さあな、魔法使いには変わり者も多い、アイツもその内の1人だったんだろうぜ」

 

 後にはただ、眠る人間と、呆然とする少女と、その内側で不満げに言い捨てるリュウコの声だけがあった。

 

 ──少女の名前は、灯守(ともり)ユウキ。

 

 ひょんな事から炎の魔法使い、辰虎(たつとら)リュウコと命を共有する事になった至って普通の高校生。

 

 彼女はこの先、苛烈な戦いに身を投じて行く事となる。その中で度々現れる謎の騎士。

 

 これは、そんな二者の初めての邂逅であった。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

997:335 ID:It5GHDD+G

 と言う訳で早速救助活動に行って来た。

 

998:Hなメモ帳 ID:NbCtf2MhX

 何やっTEENO? 

 

999:賢者の石ころ ID:1VyXVE17S

 う〜ん、これはバカw

 

1000:冷たくなった名無し ID:fPBzfuBv2

 335はやはり天然なのでは……? 

 

1001:1001 Thread

 このスレッドは1000を超えました。

 新しいスレッドを立ててください。

 




地の文と掲示板、主観視点と三人称視点、後他キャラ視点、めちゃくちゃ入り混じってるけど読み易さ的に大丈夫なんですかねコレ……? 

因みに今話で出てきたトラウマの治療法は割とガバガバな付け焼き刃な知識から書いた物なので皆さんは鵜呑みにしないようにしてください(注意喚起)

自分を見限る事なく誤字報告を送ってくれる方々には本当頭が下がる思いです。ありがとうございます。

追記
石ころニキとメモ帳ニキにコテハン追加。


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枯草キズナ(1)

ダブル主人公(?)でヒロインを攻略するRTA。

※今回は掲示板要素はないです

追記
よくよく考えたらただのメガネじゃ目つきの悪さ誤魔化しにくいとわかったので、メガネは色入りメガネに変更になりました。

追記2
二人称が途中で変わるとか言う初歩的なポンをしていたので修正。リッター→キズナの呼び方は『枯草さん』で固定です。


「材料運搬地点設定ヨシ、ドローン飛行軌道設定ヨシ、全機体座標設定ヨシ」

 

 あれから数日、解体工事も終わり、私の作業は再建作業へと差し掛かっていた。

 

 タブレットに示された各項目を一つ一つ確認し、フックを付けたドローンや無骨な作業用ロボットを起動していく。こうなれば後は作業の確認、停止ないし再開の命令を出す以外の仕事は殆ど無い。

 

 機械は黙々と作業を進めていく。ドローンやロボットが(たむろ)しながら家を組み上げていく様は建築現場と言うよりは工場に近い。家を建てる、その重みが軽くなり大工と言う言葉がすっかり辞書に残るだけの言葉になったのはいつの事か。少なくともかつてあった熱意や拘りなんて物は、すっかり失われた様に思う。

 

 手元のタブレットでスケジュールを確認する。浸水していた一階部分の床を張り替えるなど、予想より作業時間は伸びそうだが、これを勘定に入れてもそうここに長居する事もないだろう。

 

「……そうなると、あのお昼ご飯とはもうお別れですね」

 

 短い間だったが、毎日の昼時にあった差し入れ。あの味がどうにも忘れられない。

 

 初日は焼きそばだけだったが、翌日には主菜に加えて茹で野菜やカットフルーツが付く様になった。それらをややバツが悪そうにしたノゾミさんが渡しに来るのがこの数日間の習慣だった。

 

 初日以外はいつも出来たての物が出て来ていた。炎天下の中で過ごす私の事を考えてか、ややしょっぱい物が多めだった事も覚えている。それは、誰かに料理を振る舞ってもらう事が初めてだったからだろう。

 

 ──……私には母親も姉妹も居ませんでしたが、居たらこの様な感じだったのでしょうか。

 

 そう思ってすぐに私はかぶりを振ってそれを忘れようとする。……だってあれは……あれを作ったのは、ノゾミさんの所有するロボットなのだから。

 

 そう、これは()不気味の谷現象だ。あらゆる物が人の介入を失っていく中で、ごく普通の既製品にすらも人間味を見出そうとしてしまう様な、そんな錯覚でしかない。

 

「下手に肩入れすれば……後が辛いだけ」

 

 ──自分にそう言い聞かせて働く内に、今日もまた昼が来た。

 

 腕時計のアラームが鳴り昼を知らせる。私は休憩場所に向かい、そこにあった切り株に腰を下ろす。折れた木を撤去し切り株にしたこの場所は屋敷の裏口にもほど近い場所にある。直に差し入れを持ったノゾミさんが来る事だろう。

 

 そう思っていると、裏口の戸が開いた音がした。

 

 私はヘルメットを脱ぎ、汗を拭く。そして作業着のポケットの中からメガネケースを取り出して色の入ったメガネを掛ける。

 これは私が他の人と面と向かう時の作法だ。私は目付きが悪く他人を怖がらせてしまうからこれで誤魔化せ、と先輩からこのメガネを貰った。それ以来私は人を相手にする時は出来る限りメガネを着けて話す様にしている。

 

「初めまして、枯草さん」

 

 が、私は掛けていたメガネを外した。目の前に現れたのが人ではなくロボットだったからだ。

 

「……初めまして、リッター……さん」

 

 白い塗装に青く光るカメラアイ、緩やかな流線型の女性らしいフォルム。

 

 あのヒト型ロボット、イータを見るのは私も初めてだった。このタイプのロボットは少なくとも街を走る車よりも遥かに高額な製品で、まともに暮らす分には見る機会もない代物だ。

 

 だが、私には金持ちの趣味と言う物が分からない。なぜロボットに紺のメイド服を着せているのだろうか。

 

「今日の献立はシャケおにぎりとおかかおにぎり、肉じゃがとほうれん草のおひたしにひじきと蓮根の煮物です。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 目の前のロボットは、差し出したその手に積み重なったタッパーを携えていた。私はそれを受け取り、切り株に座り食べる支度をする。

 

「いただきます」

 

 そう言った時、ロボットが何やら頷いていたのを見て一瞬引っ掛かったが、今は早々にこの場を去りたいが為に、私は黙々と食べ始めた。

 

 ノゾミさんが運んで来たのなら、いつもはこの辺りでその場を去っている、が、ロボットは一向に動こうとはしなかった。

 

 それどころか──

 

「隣に立っても宜しいでしょうか」

 

 ──ロボットはそう言って切り株に座る私の隣に立つ。

 

 はっきり言えば、気が散ってしょうがなかった。だが顔の表情も何もないロボットがどんな事を考えているかなど知りようもない、何故そうしたのかなど人間の尺度で答えるとも思えない。

 

 だから私は黙って食べていた。

 

「枯草さん。お話、良いですか?」

 

 ……暫くすると、ロボットがこちらに問いかけて来た。人の声と聞き間違いそうになる程の、()()()()()イントネーションで。

 

「……何を聞く必要があるのでしょうか」

 

 それが妙に気に食わず、私は思わずつっけんどんな態度を取ってしまった。それでもロボットの顔は真っ直ぐこちらを向いていた。

 

 その所為で真っ白な塗装が日の光を反射し、その光で目が眩んだ私はロボットから顔を逸らす。このロボット、日の下では眩し過ぎる。

 

「……ノゾミの様子を教えて貰えませんか」

 

 私の様子を見て、それを拒絶の反応と受け取ったのか、ロボットはやや語気を落としてそう言った。

 

 だが、その言葉を聞いた私の頭の中には疑問符が浮かんでいた。

 

「そちらの方がずっとノゾミさんの事を見ている筈では? 何故私にそんな事を聞くんでしょうか」

 

 私が言った疑問に対し、ロボットは滔々と語り始める。

 

「……ノゾミは昔から賢い子でした。赤子だった時から夜泣きする事もありませんでしたし、無茶なわがままを言う事もなかった。誕生日には何でも用意すると言えば、私が居てくれるだけで良いと言ってくれました。

 

 ……ですが、それは私()()が見て来たものです。ずっと私はノゾミを育てていると考えていました。でも違いました。私はあの子に甘やかされていたんです。だから私はあの子が持つ"他の面"を知る事も無かった。

 

 ノゾミにとってこの屋敷は牢獄です。私は看守の様なものでしょう。私はあの子の立場を守ると言う体のいい理由であの子が外に出ない事、他者と触れ合わない事を良しとしていました。あの子も自らそれを望む事はありませんでした。自分の立場に気付いていたからでしょう。

 この時点で私も共犯者です。足の悪いノゾミの部屋が2階に割り振られていた理由も既に分かっていたのに。

 

 だから私はあの子の親代わりである事は出来ても同じ目線で、同じ立場で物事を見られる理解者にはなり得ない。あの子の隣には理解者が必要なんです。友人でも恋人でも構いません、ただ、そんな人が居れば……

 

 ああ、すいません……少し話が逸れましたね。今話した様にノゾミは訳あって他人とあまり接する事が出来ませんでした。枯草さんはあの子にとって久しぶりの他者なんです。

 

 私ではなく、そんな枯草さんから見て今のあの子に何か気になる事があったか、私は知りたいのです」

 

 (こうべ)を垂れてそう語るロボットの姿は、まるで咎人の様に見えた。懺悔するロボットの前に座る私は、さながら懺悔室の神父だろう。

 

「……そう、ですか」

 

 いっそ不気味だと言えたら楽だっただろう。だが私にはどうにもこの言葉を一蹴出来る程の無慈悲さは無かったらしい。

 

 どこかの古いZ級映画にそんな物があった気がする。大工の父が暇潰しに見ていた映画のワンシーン。

 

 ロボットのシスターに、ロボットの犯罪者が懺悔する。どこか安っぽく滑稽だったが、熱意はあった。

 

 こうして実際にロボットの懺悔を見れば、あの映画とはまるで違う。あんなにも真に迫った懺悔をするロボットなど出ていなかった。ただ一つ同じなのは、そこにある熱量だけだ。

 

 そうだ、熱量と言えば──

 

「ここに来た初日、私はノゾミさんにある悪口を言ってしまいました」

「悪口を? 一体どの様な」

「リッターさん、貴方への悪口です」

「……私の、ですか」

 

 あの時の事はすぐに思い出せる。数日前の事を思い出せないのは色々と不味いが、それくらいあの時のノゾミさんは鬼気迫る顔をしていた。

 

「すると、ノゾミさんは怒ったんです」

「ノゾミが怒る? そんな事があり得るんですか?」

 

 ロボットは……リッターは顎に手を当て訝しむ様な態度を見せる。

 

『ロボットに命はあるか』それへの問いは今も変わらない。ロボットに命は無い、それは確かな事だ。

 

 ……だが『ロボットに魂はあるのか』それへの問いの答えは、揺らぎかけていた。

 

 今こうして目の前に居るリッターは、私の目から見ても限りなく人に近い。それも不気味の谷を越えた所にいる様に見える。今まで破壊して来たロボットにはそれが全く感じられなかったと言うのに、このリッターだけは違っていた。

 

 私の心が、認めかけている。

 

 浮かび上がるのは、一つの想像。

 

 ──もし、リッターが自力で魂を得たと言うのなら。もし、その領域に辿り着ける可能性が他のロボットにもあったのなら。

 

 それを度外視し、排除して来た私は……ああ、心が、軋みそうになる。

 

「……ええ、それはもう酷く怒られました。ですが、怒られて当然の事だったのかもしれません」

 

 彼女の怒りが、いや思想が正当な物であるならば。

 

「申し訳ありませんでした。リッターさん」

「……何を言ったかは分かりません。でも、貴女も貴女なりの考えがあってそう言ったのではないですか? 私には貴女が事実無根の悪口を言う様な方には見えません」

 

 立場が入れ替わる。

 

 懺悔する私と、それを聞くリッター。言えば楽になれるだろうか、だが言えば私は彼女を壊さ(殺さ)なくてはならない。

 

 ──……いや、既に私は何()ものリッターを壊して(殺して)いるのでは? 

 

 思い返せば、記憶の中にあるロボットのカメラアイが、人の目の様にぎょろりと動く。ただの思い込み、その筈だ。だが私の脳裏を離れない。

 

「だから、私に謝る必要はありません。ですがノゾミには謝って貰っても良いでしょうか」

「……もう、謝っています。ノゾミさんの方から先に謝ってくれて、私は後から。……ノゾミさんは良い子だと思います。過ちをすぐ認められて……とても良い人に育てて貰っていたのだと、今分かりました」

 

「私と違って」……一瞬、投げやりになりかけた私を自制してその言葉は飲み込んだ。

 

『──人間、正しく生きてナンボだ。お天道様はちゃんと正しく生きてる奴を見てくれてるんだ』

 

 そう父から言われて育った私は、世界を守ると言う正しい事がしたくて魔法使いになった。

 

 けれど、誇り高い大工の頭領だった父が仕事をロボットの進出によって無くし、酒に溺れて冬の川に転落して亡くなった日。私は正しさとは何かを見失った。

 いつまでも大工に拘り続け、他の仕事を探そうとしなかった父は間違っていたのだろうか、だから死んでしまったのだろうか、と。

 

 ──今の私は、正しさを見失ったまま正しさを振るって来たツケを払う段階に居るのでは? 

 

 そう思うのは、不自然な事だろうか。

 

「互いに謝って仲直り出来たのですね、良かった」

 

 喧嘩したら仲直り。正しさとは本来、そうあるべき物だった筈だ。仲直りなんて、子供でも知っている正しさの概念だ。

 

 でも、私はとっくに壊して(殺して)しまった。仲直りなんて出来る筈もない。

 

 ああ、どうしよう。どうしよう。

 

 

 

 リッターを見る。するとグラリ、渦を巻く様に視界が歪む。

 

 

 

 そして、青く光るロボットの目が、ぎょろりと動いた気がした。

 

 

 

 身体が、熱い。意識が、朦朧として来た。

 

 

 

 ──生きてる? 生きて、る? ああ、ロボットが生きてる!! 

 

「私は……私は……? あれ? 私は……何が、したかった……」

 

 ──あ、ああ、そんな()で私を見ないで。

 

「枯草さん?」

 

 ──私を怖がらないで。今、()()()()()()()()()

 

「……キズナ、さん?」

 

 ──ほら、私、怖くないよ。悪い子じゃ、ないよ? 

 

 立ち上がろうとして、身体がふらりとグラついた。

 

「枯草さん!?」

 

 食べ掛けのお昼ご飯が、地面にバラバラに散る。

 

 ──ああ、勿体ない。こんな事して、私、悪い子、なのかな。

 

「大丈夫ですか!」

 

 ──白い、真っ白な顔。眩しくて、見れない。

 

「これは……熱中症! 日陰は……」

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どうしたのリッター!?」

「ノゾミ、ここで彼女の様子を見ていて下さい! 私は救急に連絡し氷嚢を作ります!」

「オッケー分かった!」

 

 ──悪口言ったり、ご飯をダメにしたり、悪い子で、ごめんなさい。

 

「大丈夫! リッターならすぐ来てくれるから安心しててよ」

 

 ──だから、行かないで……今度は良い子になるから。

 

 揺れる木漏れ日が、無数の目に見える。

 

『お天道様はちゃんと─────────見て───る──』

 

 ああ、ああ。向こうで見ている、目が、ロボットの、生きている目が。

 

 ──ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。悪い子でごめんなさい。

 

 しまったままの記憶の中だけにある、割れた酒瓶。壊れたハンマー。首に掛かるゴツゴツとした手。

 

 ──助けて、許して、助けて、許して。

 

 

 

 ──だから、殺さない(壊さない)で、お父さん。

 

 

 




何故だろう、キズナちゃんが錯乱するシーン、今までで一番筆が乗ってた気がする。ただ文体が荒い気もする。

因みにアンケートの方ですが、今現在コテハンが一位なのでこれまでの掲示板回でハッキリとさせるべき転生者達にはコテハンを付けていこうと思います。

誤字報告ありがたや。


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枯草キズナ(2)

※掲示板要素はありません


「……ご迷惑をお掛けし、申し訳ありません」

「謝るべきはこちらです。普通の人であればこうはならなかった筈、私が長話をしてしまったのに加え太陽光線を反射する白の塗装だったが故に……」

「いや、そこはお互い様で良いんじゃない?」

「ええ、そうですね」

「ですが、私の所為で彼女は命の危険に……」

「じゃあ救命活動したからリッターはプラマイゼロで無罪! 終わり、閉廷! って事で」

 

 病気のキズナちゃんをベッドに、その脇に僕とリッターが座っている。

 

 幸いにも発見が早かったおかげでキズナちゃんは無事に目を覚ました。前後の記憶はやや(おぼろ)げだったけど、別にそれはそこまで致命的じゃない。

 

 僕は特に何もしていないけど、これでキズナちゃんがリッターに対しての好感度を上げてくれると嬉しいかな。

 

 因みに隣で丸椅子に腰掛けるリッターはさっきまでロボットなのにキズナちゃんの顔を覗き込んでは立ったり座ったり落ち着かない様子で眠るキズナちゃんの様子を見ていた。僕が風邪を引いた時もあんな感じだったんだよなあ。懐かしい。

 

「その、医者を呼んでくれませんか? もう仕事に戻らないと……」

 

 と、ノスタルジーに浸っているとキズナちゃんはこんな事を言い出した。どこか社畜感の漂う台詞にまたもやかつての世界へのノスタルジーを感じる。この世界じゃ単純肉体労働はロボットの役目だし、そうじゃない仕事も技術の進歩でどんどん効率化されている。今やブラックなんて言葉は社長職くらいにしか当て嵌まらないとかなんとか……実情は知らないけどね。

 

「ダメだよキズナちゃん? 僕達だって君がいつ倒れても大丈夫って訳じゃないんだからさ。それに検査したら結構ヤバめの栄養不足だってお医者さんに言われてたよ〜? 今どき珍しいってさ」

 

 当然僕はその言葉に釘を指す。無理してやった仕事に意味は無い。仮にその殆どがロボットが動いているのを監視するだけの仕事だとしてもね。

 

「枯草さん、貴女は何故──」

 

 恐らく、彼女の栄養状態についての質問をしようとしたのだろう。リッターがそう言い掛けた所で勢いよく病室のドアが開く音がした。

 

 瞬間、リッターは丸椅子を弾く勢いで立ち上がり、僕とドアの間に入る。

 

「キズナちゃん! 大事はありませんの!?」

 

 だが現れたのは、胸が巨大戦艦……! じゃなかった。濃紺の髪を二次元お嬢様キャラにありがちなドリルヘアーにして肩に掛けているベージュの縦セーターを着た女の子の姿。

 

「チエさん!? 何故わざわざ……」

 

 ……いや、やっぱりおっぱいデカくない? ベージュの縦セーターを着てる所為で余計に破壊力が上がってるんだけどおっぱい。車椅子に座ってる所為で良い感じに南半球のラインが見えて視線が釘付けに……卑劣な技だ。

 

 いや! 違う! そうじゃない! 

 

 今のキズナちゃんの反応的に、このチエちゃんと言う女の子は彼女の知り合いらしい。それの方が重要だった。リッターもそう理解して倒した丸椅子に謝る様に頭を下げながら元に戻していた。……なんで頭下げたんだろ。

 

「キズナちゃん! 無事で何よりでしたわ!」

「チエさん、病室ではお静かに」

「はっ、わたくしとした事が、とんだはしたない真似を……」

 

 幸いにもこの病室には他の患者さんは居なかったが、チエちゃんと呼ばれる女の子は、顔を赤らめてシュンとなりながら空いている椅子に座る。

 

 僕とリッターは新しく来た彼女に話を聞くべきかと目を合わせていると、それを察してか彼女の方から話し始めた。

 

「急に失礼してごめんなさい。わたくしは……」

「チエさんは、私の友達です」

 

 何やら言い淀んでいた彼女の言葉を継ぐ様にキズナちゃんはそう言った。

 それが表の意味(一般人としての)なのか、裏の意味(魔法使いとしての)なのか、リッターが居る今は聞けそうもない。

 

「キズナちゃん、この方々は……」

「私を助けてくれた方達です。仕事の依頼者でもありまして、こちらの女性の方が平井(ひらい)ノゾミさん、こちらのロボットの方がリッターさんです」

「お仕事の……なるほど、理解致しましたわ」

 

 短く会話をすると濃紺の髪の彼女は顔を此方に向ける。

 

 ……ただその目があった瞬間、何か胸騒ぎがした。

 

「……似ている」

 

 リッターが隣で小さく言葉を溢す。何が似ているのか、聞く必要はなかった。

 

 彼女は、自らの胸に手を当てる。

 

 そんなポーズが様になっているのは間違いなくチエちゃんがやんごとなき身分な訳で……

 

「初めまして、ノゾミさん──わたくしの名前は雑賀(ぞうが)チエ、『雑賀重機工業』でお馴染み雑賀の()()()ですわ」

 

 ……胸騒ぎは、確信へと変わった。

 

 ──『雑賀』

 

 そんな苗字で金持ちのヤツなんて数える程しか居ないだろう。

 

「チエちゃん、君のお父さんってあの雑賀オハラさんだよね?」

「ええ。もしかして、わたくしのお父様のお知り合いですの?」

「ん、いや、偶々知ってた名前と同じだったからさ」

 

 隣のリッターは「やはり……」と、僕の方を見て肩を落としながら言っていた。でも僕は分かっている、リッターは悪くない。僕の事を慮ってそれを隠していたのは分かってたから。

 

 彼女の言葉通りならば、きっと彼女はちゃんとした妻との間に生まれた子である可能性が高い、だって雑賀を名乗れているんだから。

 

 いや、まさかここに来て昼ドラ展開は無いでしょうよ。今まで魔法使いとかファンタジー……多分ファンタジーで来てたじゃん。始まりから既に不義の子スタートだった? ……うん、そうだね。

 

 それでも、苛立ちはまるで無い。これがもし僕が真っ新な状態で生まれていたのなら、自分を捨てた父親の娘って分かったら恨み言の一つでもぶつけるんだろうけど、今の僕の執着はそんな父親より本当の親同然に育てて来てくれたリッターにある。

 

 そして僕の目の前にはたゆんと揺れる胸部装甲がある。

 

 こんなエッ……可愛い女の子に八つ当たりなんてしようと思えるはずもない。

 

「……じゃあリッター、僕達はお邪魔になるし帰ろうか」

「その方が宜しいですね」

 

 でもこの状況は宜しくない。だって今まで隠されてた不義の子と本妻の子が会っちゃう状況なんて不味いに決まってる。

 

 この場面をあまり他の人に見られるのはダメだ。僕らは文字通り彼女にとっての邪魔になりかねない存在だ、下手したら消されるんじゃないのこれ。

 

 それに僕、ここ最近生きてる人と会って話す事が増えて、若干キャパオーバーしてる部分もあるからね、少しでもクールダウンの時間が欲しいんだよ。最近行ける様になった掲示板もそうだけど、どんな事を言っても受け入れてくれるのが分かってる関係に慣れてしまった所為で、前世より人とコミュニケーションを取るのが下手になってるのもキャパオーバーの原因かな。初めて知ったよ、コミュニケーション能力も使わなければ衰えるって。

 

「リッター、外に誰か居る?」

 

 念の為聞いておく。

 

「今は誰も居ない様です」

「そう、なら帰ろうか、リッター」

 

 そして僕達は病室を後にする。

 

 ただその時、僕はふと思った。枯草キズナ、僕はあまりにも彼女について知っている事が少ない、と。

 

 そもそも魔法使いのルールと僕の主義はあまりにもズレている。同じ魔法使いならば敵対する可能性を考えてあらかじめ調べておくべきだろう。勿論、魔王の手が世界に伸びている状況だから僕としては内ゲバなんてしたくはない、でも心配だからね、仕方ないよね。

 

「枯草……調べてみようかな」

 

 そう言えば、生まれ変わってから初めてヒトに興味を持った気がする。……ん? リュウコちゃんは、ヒト……だよね? あれ? 何で僕こんな事思ったんだろう。まあ、いいか。

 

 

 

 ──後日、仕事に復帰したキズナちゃんから、チエちゃんが魔法使いであり、『トライスター』の一員である事を聞かされた僕は「ああ、やっぱりね」と思うのだった。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「キズナちゃん、やはりこの前のオファー、受けては下さらないのね」

「……はい、私はまだ、お父さんが愛してた世界から離れたくないんです」

 

 2人だけになった病室で少女達は、神妙な顔で言葉を交わした。

 

 一方は土方、一方は大企業の令嬢。一見接点の無い2人を繋ぐ物は以外にも魔法使いだけではない。

 

 濃紺の髪の少女、雑賀チエは、どこからともなく取り出したメイド服を広げて浮かない顔をする。

 

「きっと似合いますのに」

「……色の入ったメガネを掛けたメイドさんは、ダメだと思いますよ」

「キズナちゃんの意思はよく分かりましたわ。空いている枠には()()()を探すしかありませんわね」

 

 メガネを掛けた毛先だけが金色の黒髪の少女、枯草キズナはやや引いた様子で揺れるメイド服を見ていた。

 そのメイド服に派手さはなく、リッターが身に付けていたクラシックな見た目をしている。それだけではない、これは彼女の身体の寸法にぴたりと合わせられた一着だ。チエは彼女を雇おうとしていたのだ。

 

 メイド服を見ていた彼女は頭の中で"そうなった時"の事を考える。

 

 枯草キズナは弱冠18歳ながら仕事人間である。もしそうなれば文句も言わず働くのだろう。チエは饒舌なほうの人間だ、彼女自身はそうでもないが、話し相手くらいにはなれるだろう。

 

(でも、それで良いのでしょうか)

 

 しかし、どこかがズレている。漠然とした不安感に、彼女は"そうなる事"が出来ずにいた。

 

 すると突然チエは立ち上がり、ベッドに詰め寄る。

 

「……キズナちゃん、それならせめて食べ物を送る事くらいは許してくださいませ」

「それも遠慮させていただきます」

 

 有無を言わせない覇気を帯びた彼女の言葉に淀みの無い即答をキズナは返す。それこそ、硬い意志を持って。

 

 チエはキズナがまともに栄養を取れる状況にない事を知っていた。それが彼女の父親が亡くなってから、収入がほぼ皆無になっている事に起因しているのも。

 

「私は……そんな正しくない事、みっともない事は出来ません」

「っ! 友達に頼る事がみっともない訳ありませんわっ、……よ」

 

 病院の中故に、静かに強く、そうチエは言う。そこに憐憫は無くただ情熱が篭っていた。

 

 その情熱の根本は彼女にとっての誇りだ。

 

『ノブレス・オブリージュ』──高貴なる者には義務が伴うと言う言葉、これこそが彼女の原動力であり、果たすべき誇りであり、彼女が魔法使いになった理由でもある。

 

「他者を慮る事が『義務』ならば、友達を助ける事は『当たり前』ですわ。料理が出来ないのでしたらわたくしが手作りで……」

「料理……そうだ、謝らないと」

 

 料理、その言葉に途端に反応を見せたキズナは、ベッドから飛び起きようとする。が、それはチエに肩を掴まれ止められた。今の彼女には、チエを退かせる程の力も無い。

 

「ど、どうしましたの?」

「私はリッターさんに悪い事をしてしまったんです。だから謝らないと」

 

 焦りを帯びたキズナの表情に、ただ困惑するチエ。彼女から見ると、熱にやられた火照りが残っているのかキズナの様子はおかしな物に思えていた。

 

「待ってくださいまし。キズナちゃんが彼女に、何をしたんですの?」

「リッターさんが作ってくれた昼食を食べれなくしてしまったんです」

 

 つらつらと、そう流れ出た言葉に彼女は()()()を覚えた。

 

 だがそれは目の前に居るチエも同じであり、先にそれを口にしたのもチエだった。

 

「確かノゾミさんが連れ立っていたロボットがリッターと言うお名前でしたのよね? 

 

 ──なら、その相手はノゾミさんではございませんの?」

 

 その言葉を聞いて、やっと彼女は自身の中の変化に気付いた。

 

 自身が、ロボット(リッター)を話の通じる相手と認識していた事に。

 

(なんで、私は……)

 

 ロボットは道具だ。そこに意思は無く、ただ主となる人間の命令を遵守し、それ以外の行動は予め工場でプログラムされた命令通りに動く、それだけの電気人形でしかない。

 

 そう、今までの彼女なら思っていた筈だ。

 

 もし、その常識が違っていたのなら。世界はひっくり返ってしまうだろう。

 

「どうしましたのキズナちゃん? 顔色が悪いですわよ? わたくし、何か気に障る事でも……」

「ごめん、なさい、チエさん。1人にさせてくれませんか」

 

 チエの言葉を遮る様に飛び出した一言。彼女はそれを受け止め、黙って病室から出て行った。

 

 これで、彼女はベッドに独りだ。

 

(分からない、私は、彼女を、アレを何だと思っているのか)

 

 白い金属の肌に温かみはない、青い瞳に動きはない、でもその中に心はないと言い切れない。

 

 ノゾミの事を語るリッターの姿を見た今の彼女は、そう考えていた。

 

(少なくとも私が仕事に使っているロボットはただのロボット、その筈です。でもあのロボットは何かが違っていました)

 

 近代社会の歪み、ノゾミと出会った時、彼女はそう言った。だがその歪みが別の形をしていたならどうか。地球に人間以外の知的存在が生まれる事は無い、そんなありふれた考えが思い上がりだと言うのなら。

 

(でもその何かが分からない。魂や心の存在の証明など浅学の私には到底不可能……なら、私がすべき事は知る事ですね。あの存在がどんな存在なのかを実際に触れる事で掴む、自分自身の感覚で)

 

 壊す事も殺す事も悪い事だ。それは彼女の身を取り巻くあらゆるルールに決まった事だ。

 

 だが、そのどちらもルールによって正当化される場合がある。彼女が身を置く魔法使いと言う立場ならば、魔法に関する事を知ったロボットや機械を破壊する事、生きとし生けるものと世界を守る為に魔物を殺す事と言う風に。

 

 前者はそうしたロボットや機械が世界に混乱を齎しかねないと、世界を守ると言う正しさを理由に、後者は人類を脅かす魔王とそれに連なる存在から人類を守ると言う正しさを理由にして。

 

 彼女は常に正しくあろうとし、そう生きて来た。彼女は誰よりも自分を信用していなかった。だからルールに身を預けていた。それはある種の思考停止にも似た考えだ。

 

 ──だが今の彼女は、僅かに違った。

 

 リッターが単純なモノとしての括りに収まらない存在で、それにモノとしての扱いをするのなら、それは正しくないと彼女は言うだろう。今は身の内に閉じ込められた自分自身が定める心のルール、謂わば倫理がそう言うのだ。

 

(ロボットに生まれた魂──もしそれが真実だったなら。かつて破壊して来たロボットの中にも居た可能性が示された時、私は壊れるかも知れない。でもそれは仕方ない事です。私が悪い事をしたのですから)

 

 だが彼女にとってそれは"生き方"と呼べる程軽い物ではない。正しさとは、彼女にとって"(せい)"そのものだ。

 

 正しさこそが今の命を担保するのだと、彼女は信じて疑っていない。正しさを超える罪過を負った時、ヒトは死ぬのだと。

 

(正しく生きなければ、意味はない。間違ったのならそれ相応の償いを)

 

 そうして彼女は、リッターと言う不条理の渦に飛び込む決意を固めるのだった。




見た目TS黄猿、考え方赤犬の魔法少女(?)

誤字報告ありがたや。


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クロスロード

就活で忙しくて全然作業できなんだ。
久しぶりに書いたからガバガバかも。

今回は少しだけ掲示板要素あるよ。


 魔法少女である事以外は殆ど何も知らない。

 

 そう、枯草キズナ、彼女の事だ。

 

 魔法を識る彼女はリッターの近くに地雷が撒かれているのと同義だ。リッターが注意深く踏まなかったとしてもキラー◯イーンよろしくの自走地雷スタイルで突撃されたら敵わない。そんな恐怖に怯えなければならないのは、彼女の事を何も知らないからだ。

 

 無知は罪ってよく言うけど、あれは自戒の言葉なのかも。

 

 そう、霧があるなら払えば良い、未知は既知へと変わるだろう。

 

 素直に調べてみれば良いのだ──

 

「──って思ったけど、どうすれば良いかなあ」

 

 自室のベッドで寝転びながら、僕はキズナちゃんの事を考えていた。恋煩いって訳じゃない。ただただ漠然とした不安が根っこにあるんだけど、どうすれば良いかが分からない。

 

「……このままで良いのかも」

 

 ふとした拍子に溢れたバッドプラクティス、ややインドア寄りな回答に持って行きがちなダメな癖。だって僕は美少女になっただけでヒーローでもヒロインでもない。加えて元男で、この世界じゃ引きこもりで女の子としての社会経験もない、服の名前はおろか化粧品の名前すらも知らないし、女の子の髪型の知識も少ししかない。そんな女の子の気持ちも分からない僕に会って間もない女の子の心を開くなんてムーヴは求められるもんじゃない。ああ……ないない尽くしで嫌になる。

 

 それにあの一度きりで姿を見ていないリュウコちゃんと違って彼女は単純な仕事の関係だ。いかがわしい意味じゃなくてね。

 

 これは彼女がこの屋敷を元通りに直せばお金を払ってお終いの関係、別れてしまえば彼女がリッターの前に現れる事も無くなるだろう。魔法少女としてでも特撮やアニメの追加戦士とは違ってあくまでも僕は専守防衛、自ら首を突っ込むなんて事はしないから僕と彼女がこの先会うって事も無いんじゃないかな。寧ろ無い事を祈りたいくらいだ。

 

 ……だから、これが終わればきっと終わり。この先一生彼女と僕らの人生は交わらない。なんとなく、そんな気がした。

 

「こう言う時、リッターなら躊躇いなく突っ込むんだろうなあ。昔から思ってたけどリッターって主人公っぽい性格だし」

 

 ……だからロボットだなんて思えない。

 

 ただ、リッターの力は借りられない。これが魔法に結びつく事柄なら速攻ドボンのトラップになるからだ。きっとリッターなら、誰かを救う事に理由なんて必要としない。だから僕はその前に彼女が隠す物を暴き立て、己の不安を払拭しなければならない訳で……厄介な不発弾が自宅の庭に埋まっている、そう言われているのが今の気分だ。

 

 解体するにしても近付く時点で危険な香りがするけど、やるしか無い。

 

 ……そう考えていると、僕は一つ閃いた。

 

「……そう言えば、掲示板にも女性が居た。それに世界を見通す目を持った人も」

 

 引きこもりでも、やれる事はあるらしい。

 

「聞いてみるか……」

 

 僕はすぐさま意識をあの喧騒の待つ場所へと沈めた。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

【女の子の秘密は】我、金髪碧眼色白美少女に転生せり。part3【蜜の味?】

 

1:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 女の子の秘密を暴くスレ、はっじまるよ〜! 

 

2:異世界の名無し ID:e3q4S4Pqv

 ガタッ! 

 

3:異世界の名無し ID:lvYvYdGNd

 またイッチが急展開迎えてる……

 

4:異世界の名無し ID:E4hrU/VM6

 >>3

 迎えてるんじゃなくて台風の目になってないこれ? 

 

5:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 本題行きまーす。このスレに女性の方と千里眼持ちは居ませんか〜? 

 

6:異世界の名無し ID:05b/jKRzS

 >>5

 なんや? ワイ女やけど

 

7:異世界の名無し ID:fbjHwc3Uj

 ワイも

 

8:異世界の名無し ID:tLQj/e6du

 ワイもワイも

 

9:異世界の名無し ID:sRTu5jJPx

 >>6

 >>7

 >>8

 何で全員女なのに一人称ワイなんだよ?! 

 

10:異世界の名無し ID:mX+wXxA8C

 ショタ勇者と結婚して一児の母になったワイの出番か? 

 

11:異世界の名無し ID:K3vUM6xj3

 奴隷になってから女らしい尊厳なんて無いに等しいけど、私も一応女ね。一応だけどね

 

12:異世界の名無し ID:aUY3NPcd2

 >>10

 お前は元男じゃね? 

 

13:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 千里眼ニキは居ないのか

 

14:異世界の名無し ID:KWe0NWJQo

 確かにおらんな

 

15:異世界の名無し ID:7HnuxhP3x

 >>13

 まあ24時間張り付いてたら現実が疎かになるからな。どうしても噛み合わん時はあるやろ

 

16:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 なら仕方ないし説明入るか。

 今回君達に集まって貰ったのは>>1の通りある女の子の秘密を暴く事、だが我はこの世界で引きこもり生活を満喫していたせいでコミュ力が落ちている。更に女の子として扱われる経験も無かった為に僕には女の子の心が分からない。そこで助けを求めた訳だ

 

17:異世界の名無し ID:ANXl10+Tx

 >>16

 まず言わせろ

 一人称ブレッブレやんけお前! 

 

18:異世界の名無し ID:zHLG18Xhs

 なるへそ、要するにギャルゲーの攻略方法が知りたい訳やな。任せろ処女歴500年のエルフなワイの神の舌先《ゴットタンサキ》にかかればどんな女の子でも下半身ビチャビチャ間違い無しや

 

19:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>18

 女性経験皆無の我でも分かるこいつダメ

 

20:異世界の名無し ID:05b/jKRzS

 >>18

 その処女歴、年々更新されてない? 

 

21:異世界の名無し ID:fbjHwc3Uj

 >>18

 だっせえなゴットタンサキ、せめてゴットタンだけにしろよ

 

22:異世界の名無し ID:tLQj/e6du

 >>18

 中年童貞

 

23:異世界の名無し ID:zHLG18Xhs

 ボロカス言われてるやないか……流石のワイでも傷付くで

 

24:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 得体の知れないエルフは置いておこう。まず君達に質問だ。君達は同性の友達、つまりは同じ女性に対してどう会話を始める? 

 

25:異世界の名無し ID:fbjHwc3Uj

 >>24

 は? 居る訳ないやろ

 

26:異世界の名無し ID:05b/jKRzS

 >>24

 友達って人生のDLCコンテンツでしょ? 

 

27:異世界の名無し ID:tLQj/e6du

 >>26

 没データの間違いなんだよなぁ……友達をバグ技で召喚するリア充はグリッチャーってはっきりわかんだね

 

28:異世界の名無し ID:mX+wXxA8C

 >>24

 ワイは旦那様一筋やし……

 

29:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 良く分かった。君達に友達と聞いたのが間違いだった。他人以上知人未満の同性に対して無難に会話を始める方法を教えてほしい

 

30:異世界の名無し ID:JgVJMbs0c

 >>29

(^^)

 

31:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>30

 おい笑って誤魔化すな

 

32:異世界の名無し ID:K3vUM6xj3

 >>29

 同じ奴隷仲間の子とは何度か話した事はあるわよ。今日の昼食のパンに何個カビ染みが付いてたかとか

 

33:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>32

 待って、ここ地獄を作ろうのコーナーじゃないよ? 

 

34:異世界の名無し ID:zHLG18Xhs

 皆まだまだ社会経験が足りへんな。女の子との会話では女の子から話題を引き出すのが大事なんや。せやから女の子から話しかけて来た時の会話は比較的イージーに進む筈やで、適当に相槌を打ってればええからな。勿論この場合の適当は正確な意味での適当や

 

35:異世界の名無し ID:eNDQ1RTw7

 へ、変態がマトモな事喋ってる……

 

36:異世界の名無し ID:fbjHwc3Uj

 >>34

 コイツ偽物だろ

 

37:異世界の名無し ID:zHLG18Xhs

 >>36

 何でまだ3レスしかしてへんのに偽物扱いやねん! おまいらがワイの何を知っとうねん! 

 

38:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>34

 なるほど、会話さえ引き出せれば後は流れで行けると

 

39:異世界の名無し ID:tLQj/e6du

 >>37

 変態性……ですかねぇ

 

40:異世界の名無し ID:zHLG18Xhs

 >>38

 せやせや、最初は遠巻きに近況を探りながら、相手が語り出したそうにしてる所を見つけて引っ張り出すんや、女の子はいつでも共感を求めとるんやからな。後これは男でも女でも同じやけど餅つきみたいな会話と相槌のテンポの良さも無いと、ナイーブな子からしたら自分との会話を楽しめていないんじゃないかって不安にさせるかも知れんから気つけなアカンで

 

41:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 なるほど、相手に進んで語らせるのと会話のテンポ感

 

 ……出来たら>>24みたいな質問はしてないんだよなあ

 

42:異世界の名無し ID:zHLG18Xhs

 せやろな。でもな、そもそも相手がどんな人物か分からん以上こっちも当たり障り無い事しか言えへんねんな

 

43:異世界の名無し ID:xVvOQVyWM

 確かになあ。せめて歳は教えてくれない? 

 

44:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>43

 高校生位の女の子。それ以上はちょっと言えないかな

 

45:異世界の名無し ID:8juC0KLuP

 イッチは確か16位やったよな、なら普通に遊びに行こうぜで良いんやない? 

 

46:異世界の名無し ID:K3vUM6xj3

 >>45

 そうね明日の約束を果たせる環境ならそれが一番じゃないかしら。私は同い年の子が居ても文字通りの奴隷の首輪自慢しかする事なかったけど。あの子、まだ生きてるかしら

 

47:異世界の名無し ID:DM93nYCfr

 >>46

 隙自語。

 

48:異世界の名無し ID:tLQj/e6du

 >>46

 隙を見せたワイらが悪いのは分かってる。頼むから闇を広げんでクレメンス

 

49:異世界の名無し ID:mX+wXxA8C

 >>46

 旦那様パワーで助けに行こか? 

 

50:異世界の美少女イッチ ID:nNcEEDidp

 >>45

 無難だけど、一度それで行ってみるか

 って事でしばらく居なくなるから。報告は一通り終わってからでね

 

51:異世界の名無し ID:C6gChviE2

 幸運を祈る

 

52:異世界の名無し ID:lsnz8lL/L

 当たって砕けてこい

 

53:異世界の名無し ID:4OQ7Q3Lxe

 頑張れー

 

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「……」

 

 俺は1人、自室で杖を見つめていた。この前の騒ぎで俺に謎の力を与えてくれた贈り物を。

 

「……返そうと思えば返せるが」

 

 心の中ではそう思ってはいるが、人間、一度手に入れた力を手放すのは億劫になるものだ。それに俺はこの杖を使った事で『魔法使い』なる者の存在とそれを縛るルールを知った。書かれていたのは「mahoutukainoru-ru.txt」、句点はおろか改行すらない地獄の様なテキストファイルだった。

 

「もし彼女がこの杖の力を知っていて俺に渡したと言うなら、いやそれは希望的観測か」

 

 出来れば、あの様な少女がこんな力を持っていたなどとは思いたくないが、それは今現在不可能だろう。

 

 恐らく彼女は……鞍馬ミドリは魔法を知っていた。

 

 更に推測を重ねれば、彼女は魔法使いではないのだろうと思う。

 

 彼女がもしルールを守る魔法使いだったなら、俺に魔法に関連する物を渡す筈もない、渡したとしてもそのまま破壊される所だ。

 

「それに彼女の態度は今思えば妙だった」

 

 俺は関わった人の多くからロボットらしくない、正確に言えばAIらしくないと思われているらしい。尤も、自分がそう認識している訳ではなく昔ノゾミに言われて気付いたのだが。

 彼女は俺と関わってもロボットらしくない、なんて感想も顔も漏らさなかった。子供だからと言えばそれまでだが、どうにも気にかかる。

 

「いや、子供を疑うなんてどうかしている」

 

 しかし、そうは言っても思考の間隙に潜む「もしも」の3文字。既に俺はあり得ないを通り越している。今立っているのは何もかもがあり得るかもしれない魔法の世界。マトモな考えは捨てるべきなのか。

 

「夜回りで他の魔法使いと出会えれば少しは他の情報も掴めただろうが、結局会えたのはあの1夜だけ。魔法使いとはやはり人手不足なのか?」

 

 俺は力を得てからと言うもの真昼街(しんちゅうがい)の夜回りを毎日していた。理由は人助けと掲示板では言ったが、それ以外の理由もまだある。

 杖によって生まれたデータの中には魔物なるものの存在も刻まれていた。酷いと一言で片付けるのも憚られる……血と悲鳴に満ちた虐殺を背景に魔物が全てを蹂躙する悪辣なスナッフフィルムの様な記憶を見てしまった以上、この街に魔物がのさばる事を見過ごす訳にもいかなくなった。

 

 それ以来、夜回りを欠かす事は無い。充電時間に余裕が無くなり、常に充電残量に気を配る事になったが。

 

 またそれと共に、私のメモリには謎の映像が断片的に記録されていた。それには赤毛の少女の姿ばかりが映っているが、どうも靄が掛かった様に不鮮明で未だに正体は分かっていない。

 

 そう、考え込んでいた時だった。ノックの音が部屋にこだまし、俺は咄嗟に杖をメイド服のエプロンの下に隠す。

 

「ねぇリッター、居る?」

 

 鈴の鳴る様な声色、ノゾミの声だ。声紋検査に掛ける必要もない。

 

「居ますよ。ドアを開けますので下がってください」

「はーい」

 

 俺は返事を聞いて少ししてからドアを開く。そして、車椅子に乗ってしおらしく待っている彼女を見て、何かいつもと違う雰囲気を感じた。

 

「その、リッター。話があるんだよね」

 

 電動車椅子に身を預ける彼女の姿はいつもと同じでもその声はどこか……ソワソワした様な、浮わついた猫撫で声だった事を。

 

 ……どうしたと言うのだろうか。この前の青髪の女の騒動を思い出した? 

 

 いやいや、これは恐らく違う。頭の中に残る物はそう示している。俺があの時杖を取り変身してからと言うもの、謎のデータが記憶領域に残り続けていた。

 

 例のテキストファイル、そこには魔法使いと呼ばれる存在が何らかの手段……恐らくは魔法によって一般人の魔法に関する記憶を消す事が可能だと取れる文言があった。と同時に、ロボットなどの自律思考型の機械が魔法の存在を知れば破壊すると言う少々過激なやり口についても記載されていた。

 

 つまり、魔法使い達はロボットに魔法の存在をどうしても知られたくないと考えられる。その「どうしても」があるのなら、脆弱な効力しかないとは考え難い。

 

 ならば他に可能性としては……

 

「その……さ、外に遊びに行きたいんだけど、良いかな?」

 

 瞬間、俺の思考回路はフリーズした。

 

「はい? 外? 庭ですか?」

 

 そうは言う、肩透かしを喰らいたくないからだ。けれども頭の片隅には期待が滲む。

 

 今まで自分の為に何かを願った事の無いノゾミが……俺の目を見て言う。澄んだ碧眼に、決意の赤が混じっている様に見えた。

 

「キズナちゃんと、外に遊びに行きたいんだ」──車椅子の手すりを血管が浮き出る程に強く握って、そう言ってくれた。

 

 初めは、困惑。いきなりの事だ、少し面食らってしまった。表情に現れる事などないがそれでも驚いた。今までノゾミがこんな風にお願いをしてくれた事など無かったからだ。

 

 次に、喜びだ。

 

 誰かと遊びに行きたいと、その言葉に勇気を必要としたのは見て取れる。それを必要とさせてしまった己の至らなさに不甲斐無さを覚えながらも、俺は早々と記念すべき今日に向けて送れる最大限の持て成しを考えていた。

 

「……今日の晩ご飯は赤飯ですね」

「ちょっと大袈裟じゃない?」

「大袈裟ではありません。ノゾミの従者とも言える私にとって貴女の成長はこの上無い喜びです」

「誰かと外に行くだけで祝われてたらキリ無いよ?」

「そうですね、でも私にとっては重要な事です」

「あ〜頑固だよね、見た目以上に中身がお堅いよ」

 

 人の記憶は胡乱なものだが今の俺は人では無い。ずっと鮮明にこの頭の中にある。声も、形も、色ですら、克明に刻まれている。

 

「私の記憶は人間の様に朧げに残ってくれる訳ではありませんから。記念すべき日に何もしなかったと言う記憶まで残ります。いつまでも残る記憶になるのなら、いつだって華やいだ物を残したいんです」

 

 するとノゾミは、目尻を下ろし、どこか仕方なさげな笑みを浮かべて言った。

 

「やっぱりリッターって普通のロボットと違うよね。ソフトウェアとかハードウェア以外の、理屈の通らない場所で動いてる。……僕は思うよ時々。人らしさって何かって。それはきっと自分で自分を動かせる事だよ。例えどんな姿形になっても自分で自分を動かせる実感がある限り、人らしさや人の尊厳を持てる。だからリッターも人として認められる日が来る。必ず」

 

 ……ノゾミは一体何を考えているのか、時々俺にも分からなくなる事がある。少なくとも俺を思っている言葉に違いはない筈だが、いや、その確信が持てているだけ良しとすべきなのか。

 

 とにかく今は、今の話をしよう。

 

「所で、先程の話ですが……ダメです」

「どうして!? 今リッター祝おうとしてくれてたじゃん!」

「それはそれ、これはこれです」

 

 この前の事件からかれこれ一週間。屋敷のエントランスの復旧もとい屋敷全体の補強工事も秘密裏に進んではいる。

 ただ外に出るとなると話は変わる。あの様な事件が外でも起きるとなれば、俺が一緒に居たとしてもノゾミは勿論、枯草さんや他の人々にまで危害が及ぶ可能性がある。掲示板の「ノゾミを軸に事件が起きるのでは」と言うアドバイスを鵜呑みにする訳では無いが、もしそうなったらを考えた時、無責任に「いいですよ」とは言えない。現実になれば、何よりノゾミを傷付ける事になる。

 

「……お願い」

「悲しそうに言ってもダメです」

 

 車椅子に座って居る都合上大体の人に対して上目遣いにならざるを得ないノゾミだが、その金髪碧眼に際立って美麗な顔付きが合わさると最早凶器と言える。そう、外に出せば変な男に狙われかねないと言う懸念もある。幾ら技術の発達で美人が量産出来るとしても、需要があるから量産されるのは当たり前の前提だ。

 

 勿論一番は一緒に出られる事だが、最近は人助けではなく不審者を探すパトロールにシフトして来た夜間外出の都合もあり、充電がフルに行えない日も増えて来た。外で充電切れを起こそうものなら優に100kgを超える粗大ゴミが誕生してしまうだろう。それはそれでかなりの迷惑になる。俺の代わりが居れば……いや、それはそれで心配が勝るか。

 

「ダメ……?」

「貴女の事を思っている、などと押し付けがましくは言いません。ただ私があらゆる懸念を抱えているからです」

「懸念? この前のは純粋な災害で運が悪かっただけだよ」

「機械の私が言うのも難ですが、運と言う物もあながち馬鹿には出来ませんよ」

 

 かと言って彼女を納得させる理由も無いのが苦しい所だ。魔法などの話が通じるとは思えない。どうするか。

 

「ならさ、リッターはどうしたら良いと思う?」

 

 唐突な質問、俺は反射的に答えを返してしまう。

 

「それは……私の目が届く範囲なら」

 

 そう言った瞬間、彼女の口元が僅かに上がったのが見て取れた。

 

「……じゃあさ。リッターも来れば良いんだよ」

「私が、ですか」

 

 少し考える。この提案は確かに俺の懸念を軽くするものだが、俺がその中に居ると周りが堅苦しくなるのではなかろうか。

 

 と、思っていると彼女は一言付け足した。どこで覚えてきたのかと思える悪い笑みで。

 

「最近何かコソコソやってるみたいだぁ〜し?」

「──知っていたのですか?」

「知ってるよ。リッターが充電を始めたら僕のスマホに通知が来るようにしてるからね。『説明書を読んだのよ』的な感じ?」

 

 そんな機能があったのか、と驚く暇も無かった。自分が意図的に使う機能は意識すれば呼び出せるが、無自覚に使用される機能に関しては俺自身、全てを把握している訳ではないのだ。

 

 説明書があれば良かったのだが、ロボットに対して自分の機能を把握する為に説明書を読めと言う人がどこに居るだろうか、当然オハラから貰っているなんて事もなく。ネットで見るにも機械音痴の俺にとっては天外魔境と同義の空間に飛び込むのは憚られたのだ。

 

「なるほど、ノゾミは賢いですね。その説明書はネットのモノですか?」

 

 無我の境地とはこの事か。厚い面の皮、いや硬い面の皮でさも心当たりがある様に返事をする。ロボットである以上、自分の事を知らないなんて言ってたら彼女に不安を与えるかもしれない。そう、俺はロボット……表情も変わらないのだから違和感無く返事を──

 

「あ〜、やっぱり知らなかったんだね」

「? ……なぜ」

 

 まさか、カマをかけられた? いや、これは……

 

「今はさ、何でもかんでもデジタル化されててね。説明書とかもネットでダウンロード出来るんだ。だから昔、リッターのメンテナンスする時に説明書を見ようと思ってリッターに刻まれてた型番を調べたんだけど──

 

 ──その型番の説明書なんて、どこにも無かったんだよね」

 

 ……説明書が無い? 俺の? どう言う事だ。

 

 彼女は、笑みを真剣な表情に変えていた。

 

「それは、デジタルの説明書だけが無いと言う事では?」

「そう、僕も最初はそう思ってた。だからフリマアプリ、まあネットショップの方で紙の説明書が売られてないか探したんだ。説明書は単品の需要も結構あるから割と売ってたりするんだけど、そっちもハズレだった。もしリッターが紙の説明書の存在を知ってたら、ネットで、じゃなくてあの説明書を読んだのですかって言うよね?」

 

 まさか、真っ当な製品に説明書が存在しないなどあり得るのか。

 

「リッターに直接聞けば良かったんだけど機会が無くてさ。良い機会だと思ってね。この様子だと、リッター自身も知らない機能があるんだね」

「……申し訳ありません。私は嘘をつきました」

「嘘をついた理由は追及しない。リッターは僕を心配してくれたんだよね。でもそれは僕も同じなんだよ」

 

 ふと、ついこの前の枯草さんとの会話を思い出した。

 

『ここに来た初日、私はノゾミさんにある悪口を言ってしまいました』

『悪口を? 一体どの様な』

『リッターさん、貴方への悪口です』

『……私の、ですか』

『すると、ノゾミさんは怒ったんです』

『ノゾミが怒る? そんな事があり得るんですか?』

 

 ノゾミは、両手を車椅子の手すりから浮かし俺の白い鋼の()を握る。

 

 指一本握るのがやっとの手だった頃の彼女は、もう居ないのだ。

 

 ああそうか、彼女は『私』が留守番するのが不安だと言いたいようだ。確かに、彼女からすればあの騒ぎで被害を受けたのは彼女より屋敷自体なのだから、そう思うのも無理は無い。

 

「そう、ですね。ノゾミのメイドとして、ノゾミの想いを踏み躙る訳にはいきません。ノゾミが私をとても大事に扱ってくれているのは理解していたつもりでしたが、それでも過小だったと言う事ですね」

「ちょ、そう明け透けに言われると恥ずかしくなるんだけど僕!」

 

 俺はどうやら、まだノゾミを手のかかる赤子と見ていたらしい。彼女を育てるのに俺が成長せずどうするのか。身体は変わらなくても魂や心は変われる筈だ。

 

 見えない恐怖に怯えていると、きっと彼女に置いて行かれてしまうだろうから。

 

「ええ、分かりました。私も同行しましょう、ただし──」

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 ──私は直接ついて行きません。後ろから見ているだけです。話も盗み聞きはしないので気兼ねなく楽しんでください。

 

「……まあ、リッターらしいかな」

 

 僕はリッターを決意させると同時に決意した。僕は僕のやらなくちゃいけない事をやるって。

 

 車椅子に揺られながら僕は流れる景色に目を通す。そうしていると背後から声がした。

 

「? その、質問になるのですが」

「やだなあキズナちゃん、そんな固くならなくて大丈夫だよ。何かな?」

 

 更にその隣からもう1人の声がする。どこか高貴さを感じさせる雰囲気と共に。

 

「そうですわよキズナちゃん、折角のお出かけなんですから」

「……いや、その。これは──」

 

 キズナちゃんは僕の車椅子を押しながら首を左右に振って辺りを見回していた。リッターと比べると車椅子の運転が少し早足だから安定感に欠けるかな。たまに後頭部がキズナちゃんの胴に当たるし、悪くは無いけど……いや、悪くはないんだけど、実家の様な安心感には代えられない。

 

 キズナちゃんとチエちゃん、キズナちゃんは無地のシャツの上にパーカーを着たラフなスタイルで、チエちゃんはシンプルながらもピンポイントにあしらわれたフリルが豪奢なワンピーススタイル。どっちも可愛い、役得役得。

 

「ノゾミさん、耳を貸してください!」

 

 と、何か難しい表情をしたキズナちゃんが僕の耳元で囁いてくる。ちょいくすぐったい。

 

(私はノゾミさんが私達と『魔法使い』についてお話ししたいと言っていたから付いてきたんです。どこまで行く気なんですか!?)

(勿論そのつもりだよ。でもさ、まだ僕って君達の事知らないんだよね〜?)

 

 キズナちゃんはきょとんとしている。ま、そりゃそうか。

 

(まだ信用するしないの段階に僕達は居ないんだ。互いに知ろうとしないと)

(……確かに、互いを知らないまま話し合いをするのは正しくありませんね)

(そう、だから僕とキズナちゃんとチエちゃんの3人で行くんだよ、遊びにね)

 

「なるほど、なるほど? ──いえ、何故そうなるのですか?」

「お父様に外出のお許しを貰えて幸運でした。けれども興奮して10時まで夜更かししてしまいましたの……道中で眠くならないか不安ですわ」

「……待ってください、チエちゃんはどうして遊ぶ気満々なんですか」

「え? 先程ノゾミさんにそう言われてその気に、はっ! まさか何か私が勘違いを!?」

「大丈夫大丈夫、合ってるよ。キズナちゃん、ここを左ね」

「ほっ……安心しましたわ」

 

 チエちゃんはお嬢様だけど、典型的なタカビー(高飛車)じゃなくて優しいしコミュニケーションしやすいのがグッド。これから対人感覚を忘れかけた僕でもなんとかなりそう。

 

「お、そろそろ見えて来たんじゃない?」

「あれは──」

 

 車椅子の動きが止まる、僕は目の前の景色にどこか普遍的な懐かしさを覚えた。

 

 朝日に煌めくパステルカラーの観覧車。絢爛に光るメリーゴーランド。絶叫響くジェットコースター。

 

 いくつものアトラクションが客を楽しませる為に懸命に働いている。あの生真面目さに肖りたいものだね。今日の目的を成功裡に収める為に。

 

「……遊園地、ですか」

「これが一般的な娯楽施設なのですね!」

「一般的、うんまあ最近はデジタルな遊び場と有名テーマパークで肩身は狭いけど、確かにそうかな」

 

 さぁ、今日は頑張ろうか。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

 時を同じくして。ノゾミ達の後をつける影が1つ

 

 彼女達の遥か後ろで悠々と歩くその姿は、茶色のハンチングに同色のコート、顔には太い黒縁のメガネを掛けて真っ白な身体と青の瞳を隠す。

 

 彼女の名はリッター、平井ノゾミのただ1人のメイドだ。

 

 リッターは遠巻きに彼女らを見つめていた。

 

「……無事着いた様ですね」

 

 安堵の言葉を漏らすその姿は、子供の独り立ちに一喜一憂する母の様にも見える。

 

 しかし、その更に後ろから近付くもう1つの影。

 

 リッターの背後を取ったその影は、何もせずただ声を投げた。

 

「おい貴様、あの小娘に何か用か」

「ん、いえ私は──」

 

 リッターが振り返った瞬間、2つの影は驚きを共にした。

 

(女の子?)

(機械人形?)

 

 胸元に大きく『支配』の2文字が書かれた謎のTシャツを着た黒髪の少女。リッターは彼女の顔にどこか見覚えがある気がしたが、記憶の中をあたってもそんな少女はどこにも居ない。

 

「私はあの車椅子の女の子のメイドを務めているんです」

「ん? 奇遇だな、私もあの濃紺の髪の小娘の召使いを務めている」

 

「この言葉遣いでメイド?」とリッターは疑問に思いつつも話を続けた。

 

「でしたら私達の目的は同じだと思われますが。私は彼女の警護に来ています」

 

「何故メイドが警護役などしている?」と少女は疑問に思いつつも答えを返す。

 

「私はあの小娘の見張り役だ。尤も、勝手にやっている事だが」

 

 少女は腕を組み、ふんすと鼻を鳴らす。しかしリッターにとっては全く知らない誰かでその素性を明らかにしない限り、不審は拭えない。

 

「……」

「……」

(勝手にって……本当に雑賀さんのメイドなのか?)

(機械人形でメイドで警護役? 胡乱な奴だな)

 

 

 

(──怪しい)

 

 

 

 この時、2つの心は1つになった。

 

「なら、一緒にそうすれば手間もないでしょう」

「確かにな、ならば暫く行動を共にするか」

 

 相互監視の体制が期せずして組まれたのは、運命の悪戯か。

 

 少女の名は鞍馬アオ、またの名をホワイトライダー。幸運にも彼女は水の魔法で髪の色と顔の細部を変えていた。でなければ、リッターは即座に勘付いていただろう。

 

 メイドであり騎士でもある2人はあまりにも早い再会に気付く事もなく歩き出す。互いの名を語ることもなく。

 

 その先に待つものは、果たして。




かしこさステは実はノゾミの方が上です。

後、人に嘘つくロボットとか相手がノゾミじゃなかったら即処分モノだと思う。

誤字報告ありがたや。


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道行く未知

一年ぶりです


 友達と遊びに行く。僕はこれほど難易度の高い行為を知らない。今の僕には尚更。

 なんたって僕の脚は全く動かない。そんな身体で誰かと遊ぶと、気を遣わせてしまう気がしたから。僕くらいの美少女と一緒ならそれだけで楽しいって子も居るかもしれないけど、少なくとも僕は気を遣っちゃうね。

 

「ここが遊園地ですのね、初めて見ますわ」

「チエさん、あまりはしゃぐと周りの人に──」

「大丈夫だよ、遊園地ははしゃぐ場所なんだから」

「それもそう、ですね」

 

 キズナちゃんはともかく、チエちゃん気兼ね無く遊んでくれそうで良かった。でも内心後ろめたさがある。だってこれは、彼女達の事を知る為の行為、それも敵となるか味方となるかを見定める為の、打算まみれの約束だったから。

 

 今の僕は、何よりもリッターを優先してしまうし、僕自身がそれを望んでいる。不誠実、分かってるさ、でも。

 

「じゃあまずは絶叫系行こうか!」

「ぜっ、絶叫系ですか。別に他意はありませんが別の物に──」

「まあ、楽しみですわ!」

 

 今日の日に、僕は何を得られるだろうか。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「……ふぅ、無事入れた様ですね」

「貴様は彼奴らを何だと思ってるんだ」

「だって、彼女達はまだ子供なんですよ?」

 

 園内に入った3人を追って、大小2人の姿が後からやって来る。普段のメイド服から一転し張り込みを行う刑事の様な姿をしたリッターと、支配の二文字がデカデカとプリントされたダサTに身を包む少女、鞍馬アオの姿だ。

 

「心配が過ぎるだろう。一口に子供と言っても色々だ」

「……それでも、油断したくないんです」

 

 2人は顔も見合わせず会話する。声色は、焦り、不安。滲み出す様に絞り出された音声には、一言とは思えない重みが含まれている。

 

「正直に言うと、貴女の事も心配しています」

「はぁ? 何故私が貴様の心配などする」

「入園料、払えませんでしたよね」

 

 アオはその言葉に、思わずリッターの顔を見上げる。すると2人の目が合った。鞍馬アオは年中金欠、稼ぎも自分の為に使わず家に納めている。故に、遊興費なんてものは彼女の辞書に存在しない。

 

「私は借りを作らん。必ず返すつもりだ」

「対価を求めている訳ではありません。ただ、貴女が何か苦しい立場にいるのなら、何かを手伝いたい、そう思っただけです」

「それがいつか余計な世話にならなければ良いがな」

「それでも止めるつもりはありません」

 

 心当たりがなくもないリッターだったが、ノータイムで言い返す。言葉のジャブが飛び交う一見険悪なムードだが、これでも2人は存外に会話を弾ませているつもりだった。互いに似た所があり、それでいて似た立場を持つからこそである。最も、互いにメイドであると確証は抱けてはいないが。

 

「見ろ、小娘どもが行くぞ」

「問題ありません、追いましょう」

 

 リッターは何気なくアオの手を引き歩き出す。遊園地を行く人混みに流されない様に。アオは反射で手を振り解こうとしたが、恩人(?)に対して不義理だと感じ、渋々連れられていく。

 

 遊園地の賑わいは、朝から昼にかけより一層増していくだろう。そうなればリッターはアオの手を離さない。それが予想されても尚、アオが不愉快に思わなかったのは、リッターの手が雪解け水の様に冷たかったからだろう。彼女が水と卑近な存在である故に。

 

「……機械人形が貴様の様な奴だらけなら、1つ調達するのも悪くはないな」

 

 アオの心には、初めての()()が芽生え始めていた。

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「や〜久しぶりで楽しかったぁ」

「……あれが、ジェットコースターと言う物ですのね、今までで感じた事のない恐怖を感じましたの」

「うぷっ……」

 

 三者三様。気持ち良さげに伸びをするノゾミ、震えるチエ、顔色が悪いキズナ。最後の1人は2人に背中を摩られていた。

 

「わかりません。何故人はあんなものに乗りたがるのでしょうか」

 

 まるで怨嗟の如き声色で呟く彼女を2人は苦笑いしながら見ている。

 

「じゃあ、休憩しようか」

 

 ノゾミは、ここぞとばかりに提案した。この機会を設けた1番の理由を果たす為に。彼女達が何者であるか、己の中に定める為に。

 

『リッター、僕達休憩するから、次行きたいアトラクションの待ち時間を確認して欲しいんだけど、大丈夫かな?』

『承知しました』

 

 リッターにこの場面を見せない様、予め用意していた言い訳をメールで送信したノゾミは、了承を確認するとベンチへ2人を案内する。ノゾミ自身は車椅子でベンチの隣に並んでいた。

 

「──2人はさ、意味の分からないルールってどう思う」

「それが、どうしたと……うっぷ」

 

 キズナは、チエの健康的に実った太ももに頭を置き、げっそりとした顔で横になっている。ノゾミは少し羨ましいと思った。

 

「キズナちゃん、無理をなさらないでくださいまし」

 

 魔法使い。一言で言えばファンタジックな物だが、厳密に言い表すとなると難しい物がある。敵、味方、思想。むしろ、何一つとして同じ物は無い。真に自分と同じ視座に立てるのは、それこそそこに居る自分自身だけだ。ノゾミは今、彼女達を仲間とは思っていない。

 

 多少の差異なら受け入れよう。ノゾミは決別すらも手段としてこの場面に臨む。

 

「……どうして、あんなルールがあるのかなって」

「それは」

 

 2人はノゾミの言葉を察した。

 

「スパイ映画みたいに、自分の姿を映した監視カメラを破壊するみたいなノリなのかな? まあ、僕には()()()にしか思えないけど」

 

 チエは、ノゾミと共に魔法使いとして活動する事をこの機会に目論んでいた。1人で戦う事は、寂しい事だと知っていたからだ。けれども、その計画には早くも暗雲が立ち込めていた。

 

「それは、仕方ない事です。前に言った事がありますよね、最悪のランプの魔神の話を」

 

 ──『人の欲望の行き着く先、それが機械です。ですがそれはあくまでも道具でしかない、それも人の願いを叶える為の。それがあらゆる生命体の願いに結びつく力、魔力と出会えばそれは……人の願いの為に全てを歪める最悪のランプの魔神になってしまう』

 

 ノゾミの脳裏を過るのはいつかの日の彼女の言葉。機械とは人が自ら作り上げた願いを叶える願望機。

 

あの力(魔力)は祈りの力、それによって生み出されたもの(魔法)は祈りによって世界を書き換える力。人が作る物は、複雑かつ精緻で、尚想いが篭っている物ほどそれが強まってしまうんです」

「それは、例えば石ころでも?」

「……そうですね。あり得ない話ではありません。十人、の人間が同じ石ころを偏愛したとすれば、そこに強い祈りが篭り、あらゆる願いを叶える()()()()となる事もあるでしょう」

 

 彼女は続けて語る。

 

 ──物に魂は無い、それは水鏡の様に刺激に波紋と飛沫を返し、映した物を映し返すだけ、と。

 

「……ノゾミさん。貴女はやはりリッターさんから距離を取るべきです。いつか貴女の祈りが、彼女を願望機としてしまう前に」

「『トライスター』だっけ、まさか、それに勧誘してる?」

「情報は知っておくに越した事はない、違いますか」

 

 ノゾミはまだ頷けなかった。近くに置けばリッターが変質し、遠くに居ればいざと言う時に助けられない。ここまで矛盾を抱えてしまう事に、運命はリッターを嫌っているのかと嫌気が差すノゾミ。

 

 それを見て、キズナは体を起こし、ノゾミの方を見る。

 

「──私も、彼女を破壊する様な事はしたくありません、から」

 

 ノゾミは見た。色付き眼鏡の奥にある鋭い瞳が右往左往し、頬を赤らめ毛先を弄ぶ彼女は、まるで──

 

「……まさか、僕からリッターを離そうとした理由って」

「ち、違います! そんな邪な考えで私は──」

「じゃあ、僕とリッターの間に挟まるつもり」

「だから、違いますって!」

 

 そんなやり取りの最中。

 ──ズバン! 

 とチエが手を叩く。余りの大きな音に、道行く人々が振り返るが、彼女は気にせず2人の間に割って入った。

 

「折角の楽しい休日なんですから、難しい話はやめに致しましょう。ここは遊ぶ場所なんでしょう?」

 

 笑顔一つにクルリと回った彼女は、そのまま群衆の中へ走り込んでいく。2人は一瞬惚けて顔を見合わせると。急いでチエを追い始めた。

 

「……確かに、キズナちゃんの言う事は正しいのかも知れない」

「それは納得したと、そう言う事ですか」

「いや、寧ろ納得しない理由が増えた。だって僕は、そんな理由で好きを諦められないから」

「ノゾミさん……」

 

 それでもまだ、2人は平行線のまま──

 

 

 

 ──✳︎──

 

 

 

「何故私までアトラクションの待ち時間を見に行かねばならぬ」

「私の主人がそう言った以上、他の方にも見せる訳にはいきませんから」

 

 そう言って俺達は園内を歩いていた。小さな子供にロボット1台。周りの人は賑やかな声に混じりひそひそと呟く。

 

「ねえ、アレって──」

「ロボット1台に子供? 虐待じゃない?」

「あの子、可哀想」

 

 眼下の少女の顔は見えないが、雰囲気は徐々に不機嫌そのものになっていく。子供のお守りには慣れていない、ノゾミは特別賢い子供だったからだ。不機嫌の理由を聞くのも躊躇われるが、そのままにしておくのはもっと問題だ。

 

 やや大人びた、と言うか傲岸不遜な口振りだが、それでも子供は子供だ。

 

「……何か、嫌な事でもありましたか」

「現在進行形で起きている。何故に奴らは貴様を悪しき様に言う?」

「それは、仕方ない事です。人は人に育てられてこそ。人が機械に育てられるのは、まるで家畜や植物の様な物だと言う生理的な嫌悪によるものです」

 

 そう言うと、尚不機嫌さを増した彼女。困った、俺には少女の機嫌を取る方法なんて心当たりが無い。……ん? アイス、ポップコーン、チュロス。

 

「これだ」

「何だ、どこへ行く、小娘どもは真反対だが──」

「失礼します。バニラ味ソーダ味のアイスをカップ、BOXポップコーン、チョコ味のチュロスを」

「だから何を──」

 

 俺は、彼女の前に菓子を差し出す。困惑の中にあった彼女は、やがて理解したかの様に菓子に指を指した。

 

 カップ入りのアイスに、紐付きのキャラクターBOXに入ったポップコーン、袋入りのチュロス。

 

「まさか、これを私に?」

「ええ、嫌な事があれば甘い物ですよ」

 

 すると彼女はそれらを受け取り──ただ手に持っていた。それもそうだ、両手にアイスとチュロスを持てば食べられないだろう。俺は片方を持っておこうとして──

 

「これは、妹達にとっておく」

「妹が居るんですか?」

「……ああ、私が私である理由の様な物だ」

 

 そう語る彼女の様子は、先程までのどこか冷めた様子とは違い、母性を感じさせる優しい笑みを浮かべていた。それ程までに、彼女は妹達を想っているのだろう。

 

 恐らくは、自分の為に金を使う事すらもせずに。

 

「アイスだけでも食べて下さい。溶けてしまいますから」

「別に、アイス程度私の力にかかれば──」

「力?」

 

 力、もしかして彼女も魔法使いでは──

 

「──私の永久凍結の邪気眼に掛かれば、この様な氷菓などたちまちに氷付いてしまうだろう」

 

 ──いや、()()()()()()なだけか。魔法使いの母数が分からない以上、疑ってもキリがないからな。まあ……結構重症の様だが。

 

「……危ない所だった」

「危ない所?」

「いや、この茶色い棒を落としそうになっただけだ」

「では、私が持っておきます。それに元々、貴女に食べて欲しくて買ったんです。一つ位は食べて下さい」

 

 そう言うといよいよ諦めもついたのか、彼女は俺にチュロスを預けると、アイスをプラスチックのスプーンで掬い一口。

 

「……甘い」

「たかがアイスでも食べる場所が違えばまた格別です」

「貴様、これの味など知っているのか?」

「と、データにはあります」

 

 多分、悪い子ではないんだろう。俺がそう信じ始めたその時。

 

「馬鹿な……!」

「何が──あれは」

 

 ──空が割れた。



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二號機

今回はかなり短いです


 空が割れる。ガラスの如く散った空の破片は落ちる前に溶けて消えた。異常は見慣れた物だが、見慣れない異常と言う物もある。

 

 俺は、魔獣が生まれる瞬間を見た事が無い。あれがそうだと言うのなら、随分と見栄えがする物だ。騙し絵の様な虚空の穴の向こうには何も見えないが。この科学の目をもってしても光の一つすら感じないなんて事があるのかと疑いたくもなる。それ位に非現実的な光景だ。

 

 ともかく、俺が今すべき事は遊園地の人を逃しながらノゾミと合流する事で──

 

「貴女も一緒に逃げましょう」

「何故、私達が居ると言うのに」

 

 俺は少女の手を取り空の割れ目からから遠ざける様に動く。まだ何も出ていない、それでも嫌な予感がする。気を抜いたら、あの空の穴に落ちそうだ。

 

「いや、()()! あれは──」

 

 彼女が空を見て何かを叫んだ瞬間。

 

「離れないで下さい!」

 

 手に持ったチュロスを投げ捨て、彼女の腕を掴んだ。

 そして、空、いや世界の全てにヒビが走り、()()()

 

 

 


 

 

 

359:335 ID:It5GHDD+G

 ここは、掲示板か。

 

 

360:異世界の名無し ID:AD+4u5QhT

 ワイの初恋相手がTS転生者だった件

 

 

361:異世界の名無し ID:sCOMoNfUm

 転生あるあるじゃん。俺なんかTS転生者のガチムチイケメンと同棲してるぞ。料理がバカ上手い

 

 

362:異世界の名無し ID:9J/P06xdq

 惚気やめちくり

 

 

363:異世界の名無し ID:wwBLBePuV

 隙を与えた俺らが悪い

 

 

364:異世界の名無し ID:0ACOd8iNx

 超絶イケメン美少女を見つけたら九割方転生者だと思えってそれ一番言われてるから

 

 

365:335 ID:It5GHDD+G

 すまないが、俺にもその隙とやらをくれないだろうか。

 

 

366:異世界の名無し ID:b+FxbRSsm

 誰? 初めて見るコテハンだけど

 

 

367:異世界の名無し ID:zo+o58xUM

 初見でコテハンとか自己顕示欲の塊かぁ? 

 

 

368:335 ID:It5GHDD+G

 後、何故全員名前が異なっているんだ? 俺が知っているのは確か『冷たくなった名無し』だったが。

 

 

369:異世界の名無し ID:0ORgPgAgC

 >>367

 この掲示板はスレ立て時に匿名弄れへんやで

 

 

370:異世界の名無し ID:l6KaoAmV7

 >>367

 普通の転生者やないんか? 普通の転生者っておかしな話やけど

 

 

371:異世界の名無し ID:71s4FSHYY

 TS転生者かそうでないか、それが問題だ。

 

 

372:異世界の名無し ID:4xfJD93Pq

 TS転生者ばっかり催眠する頭チ◯ポ野郎は豚箱送りすっぞ

 

 

373:異世界の名無し ID:ZF84wm95G

 根流しするべ

 

 

374:異世界の名無し ID:zmc6yEiFX

 やめなされやめなされ……

 

 

375:335 ID:It5GHDD+G

 俺はこう言う者だが──

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 ──何をしている! 

 ──起きろ、起きろと言っているだろう! 

 ──「起きろ、貴様!」

 

 っ、俺は何を──。いや、あの掲示板は間違いなく転生者の。

 だが何かが違った。言葉では言い表せない、雰囲気が。

 

 俺の居た場所は、どこか達観した人々が集まっていたが──いや、今はどうでも良い。

 

「……何が、起こったのですか」

「けっ……いや、私にも分からない。ただ空の穴が拡大し、ここ一帯を呑み込んだ事は、事実らしい」

「それは、また。他の人々は」

 

 周囲を見れば遊園地の景色が変わらずある。だが空は真っ黒で、それでいてこの場所は昼の様に明るい。だが客の姿は見当たらない。

 

 地面には、チュロスとアイスのカップが落ちていた。場所は変わっていない様だ。目の前にはポップコーンのキャラクターBOXを首から下げた彼女が居る。

 

「空が暗幕に覆われると共に消えた。恐らくは吐き出されたのだろう」

「ここから?」

「そうだ」

 

 それなら、ノゾミ達も平気なのだろうか。いや、まだ分からない。前世では希望なんて望んでも裏切られるばかりだった。常に最悪に備えなければ、明日は無いと。そう覚えている。

 

「迷ってる暇はありません」

 

 他の人々が居ない事を確認し、目の前の彼女も連れてここから抜け出す。それだけしかない。

 

「端まで歩いてあの黒い空の終端にたどり着けば──」

「──無駄だ。私はもう試したが、遊園地を囲むアレは堅い壁となっていた」

「……そうですか」

 

 超常現象には一家言あると思っていたが、それがとんだ思い上がりだと思い知らされた。この状況で今冷静なのは彼女の方だろう。

 ノゾミ達も巻き込まれていないか、そう考えるだけで冷静で居られない。俺はこんなにも我慢弱い人間だったろうか。いや、人間ではとうになくなっているが。

 

「……何か、来るぞ」

「隠れましょう」

 

 カツン、カツンと硬い足音らしきものが無人の園内に響く。

 

 俺達は咄嗟に近くにあったベンチの裏に隠れた。我ながら酷い隠れ方だと嘆息するが、全ては結果で示されるだろう。

 

 けれど、ベンチの隙間から覗いた光景は想像を超えるもので。

 

「あれは、()()か?」

「……そうかも、知れません」

 

 見えてしまう。そこに居たのは、真っ黒な()だと。

 

 真っ黒な装甲に、黄色いピンポイントライト。それ以外はまるで俺と同様のデザインをしていた。

 

『魔女反応確認』

 

 その黄色に光る目が、周囲を見渡す。左腕には腕部懸架型の巨大な棒。それ以外に形容し難いそれは恐らく複合兵装なのだろう。そう言った発想は前世でも見て来た。

 そして右腕には、ジェットの噴射口の様なものが付いた板の様な大剣。あくまでどちらもらしき物どまりだが、俺の勘はそれが危険な物だと言っている。

 

『アームレイカーウェポン:()()()()を使用します』

 

 すると、加速度的に上がる回転音が静寂を掻き回す。あの棒の中から。

 ……あれはまさか。

 

「逃げます」

「分かっている!」

 

 ベンチから飛び出した俺達を狙いすます様に向けられた棒の先端には、ガトリング砲。そして、ミサイルランチャーにマシンガン。一眼見るだけでも何か恐ろしい発想の元生み出された兵器であると分かってしまった。

 

 紛れもない殺意。幾度となく記憶したそれと同じ様でまるで違う。その人ではなくそれを作った者から感じられる、遠隔の殺意だ。

 

『発射』

 

 次の瞬間訪れたのは、鋼のスコールと炎の暴風。ベンチなど容易く消し去り、線を描く様にその延長線にある遊園地の光景を凄絶なモノへと変えていく。

 

 何が何だか分からない。ただ、今分かる事は二つ。

 この黒い空がある限り、アレからは逃げられない。そして──

 

「答えろ、あれは一体なんだ!」

「私にも分かりません、ですが──」

「それはっ……!?」

 

 ──対抗策(魔法の杖)は、この手の中にあると言う事だ。



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ギャザービート

 弾丸とミサイルの雨を掻い潜り、リッターは鞍馬アオを射線から外す様に動き出す。コートの下から取り出したるは銀の地に赤の紋様が入った魔法の杖。

 

 ──彼は覚悟を決め切れていない。それでもやろうとする意志があった。

 

 正体の分からない少女の前で変身するリスクは想像も出来ない。それでも身体が勝手に動くのだ。それが兵士であったからか、男であったからかなど、今となってはどうでも良いと彼は思う。

 

 彼は杖に意志を込める。握る杖の先が光り輝き、虚空に軌跡を残す。

 

 彼は空に銀色の円を描く。小さな円は内に紋様を伴って拡大し、身の丈程はある魔法陣へ変わる。彼はその中を走り抜けた。

 

「狙いはこっちだろう」

 

 変化は一瞬。ソードランスを引き摺りながら飛び出した銀色の騎士は火花を散らしながらくるりと回って静止する。彼に向けられた銃口の数々は、赤熱し白煙を蒸していた。

 

 銀と黒が睨み合う。両者には表情を作る機能などは無いが、それが適切だと言える雰囲気だ。

 

「こちらから──!?」

 

 先んじて動くのはリッター、だが、その足は止まる。

 

 ──否、()()()()()。まるで貼り付けられた様に動きを止めた身体に、彼は一瞬思考が飛んだ。

 

『アームレイカー:マスブレード、使用します』

「っ、『颶風(シュツルム)』!」

 

 だが彼は辛うじて鋒が向いていたランスの先から風魔法を噴射し、青い炎を吹かして飛び掛かる鈍色の大剣から逃れた。

 

「動ける……!」

 

 一拍おいて訪れたのは、困惑、驚愕。目の前の機体が何をしたのか、自身が把握出来ない事に苛立ちすら湧きそうな程。

 

『アームレイカー:ミキサー、使用します』

 

 彼は考える。攻撃自体は問題無い。だが近付けば──

 

「っ、また身体が」

 

 ──身体がピタリと動きを止める。

 

 彼は『颶風(シュツルム)』で脱出する。声と意思一つで行使出来る魔法がなければ、とっくに終わっていただろう。だが確かめた事で彼は確信する。近付かなければ問題は無い、と。

 

「『旋風(ヴィルベルヴィント)』」

 

 ランスを覆う様に風がとぐろを巻く。以前はランスをドリルの様に仕立て上げた魔法だが、活用法はまだある。記憶エリアの『mahou.txt』には、使用法はあっても活用法は無い。故に実地で確かめ、知った事は少なくは無い。これもその一つ。

 

「撃ち抜け!」

 

 より集まった風が解き放たれる。唸る風が黒鉄を喰い散らす様に飛び掛かる。まるで風の弾丸の様でもあった。

 

 すると黒い機体は、予想外の攻撃に回避をし損ね左肩肩部の装甲に深い損傷を残す。

 

『左腕武装をパージ』

 

 ミキサーなる複合兵装の保持は困難と判断したか、黒い機体はそれを捨て、両手にマスブレードを握る。女性を模した機体が無骨な大剣を構える様はアンバランスもいいところだ、と彼はこの世界の非常識さを改めて痛感する。

 

 そして、彼は焦っていた。

 

 ──バッテリー残量20%以下。

 

 システムメッセージは警告する。

 

 リッターの魔法はバッテリーのリソースを大きく消耗する。フル充電でも満足に戦えるのは1日一回。夜のパトロールに時間を割く分、より継続戦闘時間は短くなっていた。

 

「──自己管理も出来ないとは、訓練校からやり直しだな」

 

 自らを奮い立たせる慣れない軽口も、今はどこか空虚だ。万全であれば彼は問題なく戦えた筈だ。彼は黒い機体が何をしているか、今理解もした。

 

「ジャミングか……!」

 

 リッターは身体の制御に無線通信を利用している、とはノゾミの談。人間で例えるならば、脳が身体の回路を通し電気信号を送るのに対し、リッターは脳から電波を各部の受信装置に送り、そこから電気信号を送る様なものである。

 

 つまり、その電波を阻害する要因があった場合、リッターの動作は妨げられる可能性があった。

 

 兵士として生きていた彼にもその知識はあったが、それが自分自身に作用するなどとは思いもしなかったらしい。その動揺故にか、判断を誤った。

 

 マスブレード一刀となった黒い機体は、刀身のブースターを蒸して積極的に近接戦を仕掛け始めたのだ。周囲の被害を抑える為、先に火器を排除したが、それが裏目に出た。

 

 リッターは遊園地のアトラクションを盾に、時に移動手段にと距離を取りながら、刻一刻と迫るタイムリミット(電池切れ)に焦りを覚える。

 

(視界から消えての奇襲、いやダメだ。相手を振り切る時間が無い。なら、『旋風(ヴィルベルヴィント)』で遠距離攻撃──は、弾速を上げるにはリソースを消耗する上、機動力の増した相手にどこまで通用するか。運に任せての特攻は最終手段だ)

 

(そうだ──アレを使えば)

 

 リッターは考える。そして、一つの案を思い付く。

 

 ──バッテリー残量10%以下。

 

 システムからの最後の警告だ。間違えば後はない。彼が逃しても無事で居られるか保証はない。

 

 故に、勝ちの目が限りなく高い手段を選ぶ。それが彼だった。

 

 地面を蹴り上げ、迫るのは黒い機体。その姿はまるでリッターの影の様だった。

 

『マスブレード、出力最大』

「『颶風(シュツルム)』!」

『防御します』

 

 迫る影に魔法を放ち、距離を取ると同時に自身は加速。目的地へと飛んでいく。目指す場所は、接敵したあの場所だ。

 

(アレが俺と同型機なら、使える筈だ──)

 

 彼の目には、先程パージされた複合兵装、ミキサーが転がっていた。

 

「取った──っ!」

 

 それを拾い上げ、リッターは左腕を差し込む。

 

 ジャミングを発するあの黒い機体は、無線による操作では動けない。つまり、リッターよりは幾分か反応速度が遅れるのである。弾丸ならば、その遅れを隙として撃ち抜く事も可能だとリッターは判断した。

 

 これはまだ使って日が浅い魔法より、昔取った杵柄である銃器の方が信頼できると考えたが故である。

 

 だが。

 

 ──ドライバインストール中:60%

 

 異なる機械同士を接続するには、ドライバと呼ばれる互いの仕様の差異を埋めるものが必要になる。リッターにはミキサーを使用する為のドライバがインストールされていなかったのだ。

 

「っ! こんな時に!」

 

 彼のバッテリーは底を尽き掛けている。

 

 この一瞬は致命的な遅れだった。黒い機体が迫ればジャミングによって抵抗も出来ず破壊される。

 

 対抗策は限られていた。

 

「こうなれば──」

 

 黒い機体は峰を背後に構え加速の姿勢だ。リッターは捨て身で魔法を行使しようとした。その時。

 

「借りは返すぞ」

 

 リッターの背後から幾つかの銀色の雨が通り過ぎ、黒い機体を撃ち抜かんとする。堪らずそれは防御の為、マスブレードを盾の様に構えた。

 

 銀色の雨粒はマスブレードを貫けず、そのまま霧散する。

 

 だが、その一瞬は何よりも大きな勝機へと繋がっていた。

 

 ──ドライバインストール中:100%

 

 彼の頭の中で、無機質な勝利の女神の声がする。

 

 ──『特殊兵装・収束魔導砲(ギャザービート):使用可能』

 

 咄嗟に選んだ兵装の名は、ギャザービート。ミキサーは中央から上下に開き、内部に隠された未使用の砲身を露出させる。

 

 光が砲身を満たす。それと引き換えに彼の身体から力が抜けていく。

 

『チャージ完了』

 

 目減りするバッテリーも厭わず、彼は叫んだ。

 

()ぇっ!」

『防御、不可能。回避行動に──』

「回避などさせん!」

 

 銀色の雨粒が更に数滴打ちつけ、逃げようとした黒い機体を釘付けにした。それが、最後。後は光の奔流が全てを呑み込んだ。

 

 そして、勝負は決した。

 

 最後に立っていたのは2人、リッターと鞍馬アオだった。

 

 リッターは、振り返り、()()髪の少女の姿を見る。

 

「君は、この前の襲撃者だったんだな」

「ああ、そうだ」

「何か、理由があるのか」

「私が選んだ事だ」

 

 遮る様な言葉に、リッターは俯きながら変身を解く。どちらにせよ、限界だった。

 これがあの少女の策ならば、それは完璧だ。と感心すらしながら、膝を突く。バッテリーはもう無い。後は解体されるのを待つだけか、とリッターは覚悟した。

 

「……その杖はどうした」

 

 アオは、地面に転がる銀と赤の杖を拾い上げる。それは彼女にとって見慣れた物。家族の持ち物だった。

 

「受け取ったものだ」

「そうか──あの子が渡したのか」

 

 リッターは少女の名前を伏せた。もしもの事態を避けるために。だがアオは何かに納得した様に、力尽きかけたリッターの側に歩み寄る。

 

「ならば貴様──

 

 ──私達の家族になれ」

 

 リッターは、目の前が真っ暗になった。




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今後の展開の参考にします。


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