ありふれない不適合者が世界最強 (シオウ)
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第一章
1話 魔王転生


普段は『ありふれた日常へ永劫破壊』という作品を連載していますが、そっちが煮詰まっているのと息抜きに書いてたこっちが結構溜まってきたので投稿します。原作で言う第一章までは投稿予定


 神話の時代。

 

 人の国を滅亡させ、精霊の森を焼き払い、神々すら殺して、魔王と恐れられた男がいた。

 

 人々は彼を暴虐の魔王と呼び恐れた。だが、他者からの人物像とその当人の人柄が一致しているとは限らない。

 

 つまり、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードは、平和を欲していた。

 

「和睦だと? 今更そんな言葉を信じられると思っているのか? 貴様はこれまで一体どれほどの人間を殺してきた?」

 

 魔王城デルゾゲード。その名の通り魔王アノス・ヴォルディゴードの拠点であるその城に呼び出された人類の英雄である勇者カノンは、その魔王本人に思ってもいなかったことを告げられたことに内心動揺を隠しながら気丈に魔王に問い返す。

 

「答えろ、魔王アノス・ヴォルディゴード」

「逆に聞くが勇者カノン。お前はこれまでいったい何人の魔族を殺してきた?」

 

 玉座にて足を組みながら勇者の言葉そのまま返す魔王の瞳には冷たい気配が漂っていた。

 

「カノン。貴様ら人間は、魔王アノスを倒せば世界が平和になると信じて疑わないようだが、本当にそうか?」

 

 人類の守護者である勇者として当然だと答えなければならない場面であるはずだが、勇者カノンは魔王の言葉に答えることはなかった。

 

「本当はわかっているはずだ。人間と魔族、どちらかが根絶やしにされなければこの争いは終わらない。たとえ魔族が滅びようとも、人間はまた新たな敵を作るだろう。精霊、神々、そして最後には人間同士で争い始める」

「……確かに人間には弱い部分もある。だが俺は人を信じたい。人の優しさを信じたい」

 

 それは、人間の愚かさをわかりつつも、それでも人間を守るために全てを捧げてきた男の言葉だった。それを聞いた魔王は……勇者に向けて笑みを浮かべた。

 

「魔族にも優しさはあると思うか?」

「なっ……」

「勇者なら……一度くらい俺を信じて見よ」

 

 その言葉は、暴虐の魔王と恐れられている男の声にしては、親愛の情が多分に含まれていた。

 

「何をする気だ?」

 

 勇者カノンも魔王アノスが本気であることを把握する。勇者が魔王の提案に脅威ではなく興味を抱いた。

 

「種族を分断させ、戦争の火種を断つ。世界を四つに分ける。人間界、魔界、精霊界、神界。四つの世界に壁を立て、千年は開かぬ扉を作ろう。この命を全て魔力に変え、お前達と力を合わせれば、大魔法を発動できる」

 

 そこで初めて、勇者カノンの後ろに立っていた人物、大精霊レノと創造神ミリティアは緊張に顔を強張らせる。なぜ自分達が呼ばれたのかわからなかったが、今魔王より世界の命運を決める大魔法の発動に協力してほしいと頼まれたのがわかったからだ。

 

「平和のために死ぬと言うのか?」

「完全に死ぬわけではない。次に転生できるとしたら……二千年後と言ったところか」

 

転生(シリカ)>という魔法が使えるものは、自分の血縁を依代に後世にて復活することができる。だが、つまり魔王アノスは自らの命で平和を作り出したとしても、その結果を知るのは二千年後まで待たないといけないということ。

 

「カノン。俺はもう疲れた」

 

 だが、魔王アノスがその決断を踏み切るほどに、この世界の戦争は泥沼状態に陥っていた。恨み、恨まれ、殺し、殺される。世界には憎悪と怨恨が満ち溢れ、それが断ち切られる気配すらない。ここまでしないとこの世界の争いは終わらないと魔王アノスはわかってしまったのだ。

 

「お前はまだ続けたいか? このつまらない悲劇を」

 

 魔族にすら情けを掛ける、真に勇気ある者である青年に魔王は問いかける。

 

 誠意は尽くした。この提案が飲まれるか飲まれないかは、勇者が互いの間に積み重ねられた業を捨て去ることができるかどうか。それだけなのだ。

 

 しばらく沈黙していた勇者だったが、やがて決心したかのように顔を上げ、魔王に告げる。

 

「わかった。お前を信じてみよう」

「……ありがとう」

 

 すると、カノンは僅かに笑う。

 

「魔王に礼を言われる日が来るとは思わなかった」

「こっちも勇者に礼を言う日が来るとは思わなかったぞ」

 

 まっすぐ二人は視線を交わす。

 

 立場は違えど、その力と心の強さはこれまで互いに認め合ってきた。

 

「では、すぐに始めよう」

 

 

 魔王アノスはゆっくりと玉座から立ち上がる。そして、目の前に手をかざした。

 

 

 その瞬間、城中に黒い光の粒子が無数に立ち上り始めた。

 

 いくつもの魔法文字が、壁や床、天井など、所狭しと描かれていく。

 

 無防備を晒す魔王アノスに対し、大精霊レノと創造神ミリティアは魔王アノスに魔力を放射する。

 

 膨大な魔力が集まるがまだ足りない。そしてその魔力を補うために、勇者カノンが腰の剣を抜き放つ。

 

 そしてカノンは床を蹴り、手にした聖剣を思いきり突き出す。

 魔力が込められ、真っ白な光と化した刀身がまるで吸い込まれるように、魔王アノスの心臓を貫いた。

 

 ああこれで、大望は叶う。

 

 魔王は己の命が失われていくことも気にせず、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「……勇者カノン。改めて礼を言う。もしも、貴様が二千年後に生まれ変わることがあるとすれば──」

「そのときは友人として」

 

 

 他愛無い、それでいて大切な約束を交わした勇者に別れを告げ……

 

 

「さらばだ」

 

 

 光とともに彼の体は消えていった──

 

 

 

 

 

 

 正史において、その後暴虐の魔王は二千年後の故郷に転生し、復活を果たすことになる。

 

 統一派と皇族派。

 

 偽の魔王アヴォス・ディルヘヴィア。

 

 神々の暗躍。

 

 地底の世界。

 

 そして世界の真実と再誕。

 

 それらを己の力で、時には配下の力を借りながら彼は望む真の平和に向けて不敵に邁進することになる。

 

 

 だが、ここで語られる物語はそうではない。

 

 

 ただの偶然か、それとも誰かの陰謀か。

 

 

 それは今は定かではない。だが、その運命は魔王の死後千年を境に分岐し始める。

 

 

転生(シリカ)>の魔法の矛先が変わる。

 

 世界に数多ある銀の泡の一つに彼は、予定より千年早く転生することになるのだ。

 

 

「あなた……。見て、生まれたわ。わたしたちの赤ちゃん……」

「ああ、よし。お前の名前は……」

「アノス・ヴォルディゴードだ」

「「しゃ、喋ったぁぁぁぁぁっ!!?」」

 

 魔族も精霊も神々も、そして魔法すらない存在しない、人間が築き上げた世界に。

 

 

 ***

 

 そして、俺が転生して七年の月日が流れた。

 

 本来なら<成長(クルスト)>の魔法を使い、早々に二千年後の世界がどうなったのか見て回るつもりだったのだが。この世に生まれついて僅か数日で、俺が予想すらしていなかった事態が起きていることに気付くことになる。

 

 最初は些細な違和感だった。今がいつなのか正確な時を知るために使った<魔力時計(テル)>の魔法により知った事実。それは俺が死んでからまだ千年しか経っておらず、予想より遥かに早い時代に転生してしまったと言うことだった。

 

 それをキッカケに慎重にこの世界のことを調べた結果、驚きの事実が次々と飛び出してくる。

 

 まずこの世界には魔法がない。当初は流石に信じられなかったが、両親の反応、それから自らが見聞きした情報を統合して、表向き世界のどこにも魔法が存在しないという結論に達するのにそんなに時間はかからなかった。

 

 

 それでも俺は、当初予想していた以上に世界全体の魔法技術の退化現象が起き、それらの技術が全て過去のものになったのだと思っていた。だが……

 

 いくら探しても出てこない情報。

 

 暴虐の魔王

 

 勇者カノン

 

 ディルヘイドにガイラディーテ。

 

 その他世界になくてはならない情報がいくら探しても微塵も出てこない。

 

 業を煮やした俺は生身にて世界中を飛び回り、ある事実に気付いてしまった。

 

 俺が良く知る世界とは、大陸の形が違う。星の数と位置が違う。

 

 それらを統合した結果生まれた結論。それは……

 

 この地球という世界が、俺が愛した世界とは起源から異なる全く別の世界だったということだ。

 

 

 その事実を知った時、流石の俺も落胆を禁じ得なかった。

 

 当然だろう。命を懸けて世界を守り、その果てに子孫たちが築いているであろう平和な世界に転生するはずが、全くあずかり知らない未知の世界に飛ばされてしまったのだから。

 

 

 この世界には、暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードを知っている人間はいない。

 

 この世界にはかつて敵対した勇者も、腹心として仕えてくれた配下達も存在しない。

 

 この世界にはかつて敵対した神々や、精霊たちが存在しない。

 

 そんな状況に追い込まれ、途方に暮れそうになっていた俺を支えてくれたのが、今生の両親だった。

 

 

「エリザ。僕達の息子はきっと天才なんだ。だってこんなことができるんだから」

「そうよね、あなた。アノスちゃん。まだこ~んなに小さいのに魔法が使えるんだから」

 

 端的に言って、今生の両親は非常に頭が緩い人間だった。

 

 父、王城凛太郎は小さな工場の経営をやっているが、曲がりなりにも人が所属する組織の長としては驚くほど抜けていることが多い。

 

 母、王城エリザは外国人であり、こちらも父と同じかそれ以上に緩い頭をしている、そんな母が作るキノコグラタンは絶品であり、一人異世界に放り込まれた俺の心がその味で何度癒されたことだろうか。

 

 

 そしてこの夫婦は元々能天気な性格の上に常時脳内お花畑状態である。

 

 

 魔法というものが想像上の物語にしか存在しないこの世界において、俺という存在は極めて異端だ。

 

 産まれてすぐ流暢に言葉を話し、いきなり目の前で七歳相当にまで成長する。そんな子供この世界で存在するわけがない。真っ当な感性を持った親だったら気味が悪いと思わずにはいられない。どこぞの研究機関なり、病院なりに連れて行くのが普通の親というものだろう。

 

 しかしこの夫婦は違った。

 

 目の前で手も触れずに物を持ち上げたとしても、<転移(ガトム)>にていきなり目の前に現れたとしても褒めるばかり。キノコグラタンの材料が切らしているせいで作れないと聞いて、思わず幼子の姿で買い物を済ませてしまった時などはじめてのおつかい偉かったと褒めるだけだった。

 

 こんな両親の元で育てられたからか、俺は盛大に気が抜けてしまった。

 

 当初の落胆は既に存在しない。この世界が俺の世界ではないというのなら、元の世界に戻る方法を探すだけである。

 

転生(シリカ)>の魔法にてこの世界に来られたのだから、当然逆もできてしかるべしだ。今はその方法に全く見当もつかないが、そう焦ってもいなかった。

 

 なぜなら本来、俺が転生すると宣言した約束の時までまだ993年も月日があるのだ。それならこの世界での生活を楽しみつつ、約千年かけて元の世界に戻る術を探せばよいだけだ。

 

 

 ***

 

 そんな日々が続き、この世界にもすっかり馴染んできたある日のこと。

 

「アノス、お父さんな……子供の頃、世界一の大剣豪になることが夢だったんだ」

 

 父さんがある日、突拍子もないことを言い始めた。

 

「こう、刀を振ってだな。群がる敵をばっさばっさ薙ぎ払って、そしてこう言うんだ……『滅殺剣王ガーデラヒプト、ここに見参!』とな」

 

 

 群がる敵などこの国のどこにいるというのだろう。父さんの話を聞きつつも俺は思った。

 

 この日本という国は半世紀以上戦争を経験したことがない平和ないい国だった。

 

 そんなことは俺がいた時代ではありえなかったので、もし元の世界に戻れたとしたらこのような世界になっているのかもしれぬと勝手に思っているくらいだ。

 

 そんな斬る敵を探すのにも苦労するような平和な国で、大剣豪になるのが夢だったと真面目な口調で言い始めた父は、倉庫から持ち出したDIYで使う角材を木刀代わりに振るい始める。

 

 ふむ、全く才能が感じられぬ。

 

 余談だが、滅殺剣王ガーデラヒプトとは、父さんの持病の厨二病が悪化した際に名乗る名前だ。

 

「俺は本気だった。だけどな……世界が俺の存在を許してはくれなかったんだ。つまりだな……剣道を習って三ヶ月で辞めてしまった」

 

 思った以上に続いていなかったがそれで正解だろう。この父は剣の才能もなければ性格的にも戦いが向いているとは言い難い。俺の世界なら一兵卒にすらなれなかっただろうからな。

 

 父さんは木材を振るうのをやめ、俺に向かって真剣な口調で話し始める。

 

「残念だが俺はここまでだった。だけどなアノス。お前ならきっと父さんが辿り着けなかった境地に行けると思うんだ。だから……俺の剣を継げ、息子よ!」

 

 三ヶ月で辞めた剣を継げと無茶振りをしてくる父さんの話はこうだった。

 

 俺からしたら平和そのもののように思えるこの世界だが、犯罪がないわけではない。他にも学校にはいじめが、社会に出たらブラックな労働が待っているというこの現代。いくら頭が良くても身体がなっていないと生きてはいけないらしい。

 

 そこで七歳になった俺に剣道を習わせたいと思い立ち、この話に繋がったと言う。ちなみになぜ剣道なのかは剣士という響きがかっこいいかららしい。

 

 そうして俺は父さんと母さんに連れられ、車でその道場に向かうことになった。

 

 

 ふむ、何度乗ってもこの自動車という乗り物は素晴らしい。元の世界に戻れば必ず再現すると心に誓う。

 

 

 この世界に魔法がないと知って一番驚いたのは、この世界の文明の発展具合だった。俺の世界では何をやるにも魔法に頼っていた。火を起こすなら火の魔法、治水なら水の魔法と言う具合になくてはならないものだ。

 

 それがないのにどうしてこの世界はこれほど発展しているのか、その理由を知った時の驚愕と感動は計り知れなかった。

 

 この世界に魔法はない、代わりに科学という人類が約百万年かけて積み上げてきた英知の結晶があり、それが齎した恩恵を誰もが受け取っている。

 

 起きた現象に対しての研究を行い、そこから発生原因、仕組みを理解し人の手で再現する。これを長きに渡って続けてきたからこその技術。それゆえに科学は人を選ばない。魔力の大小によって個人事に差が出る魔法とは大違いだ。よくぞここまで進化したものだと声を大にして言いたくなる。

 

 俺がこの世界の人類に対して並々ならぬ敬意を抱いている内に、どうやら目的地にたどり着いたらしい。車から降りた俺の前には立派な門が聳え立っていた。

 

「八重樫……」

 

 どうやらこの道場の名前らしい。早速父さんと母さんに連れられ、中に入る。

 

 

 ***

 

 父さん達は入門手続きがあると言うので稽古の様子を見させてもらうことにする。眼前には俺と近い歳の少年少女が、竹刀という模擬刀を手に、稽古に励んでいる。

 

(なるほど、これが剣道か)

 

 子供達の振るう剣を見れば、この世界の剣道が俺の世界のものとは全く違うということが良くわかる。

 

 俺の世界において、剣は敵を殺すためのものだった。それ以上はなかったし、だからこそ、日々いかに相手を効率よく殺傷するかを追求した剣術が生まれていた。

 

 だが、この平和な世界において主流である剣道は違うのだろう。

 

 剣道とは剣の道を習い、己の肉体と精神を鍛えることに主眼が置かれている。故に殺傷力は二の次であり、使う得物も安全な竹で出来たものが使われている。アレでは魔族の子供すら殺せない。

 

 

 正直に言えば、ひどく退屈そうだと思った。

 

 千年前、俺は戦う際には主に魔法を使っていたが、剣が使えないというわけではない。もっとも、純粋な剣の技量では右腕足る俺の腹心には及ばなかったが、それでもそこらの相手に負けるつもりなどないのだ。

 

 はっきり言ってしまえば、ここで行われているのはままごとにすぎない。

 

「はい、君がアノス君ね。じゃあこっちで道着に着替えましょうか」

 

 やってきた道着姿の女に手を引かれ、稽古中の子供達を眺めていた時、それが目についた。

 

 道場の端、他の子の稽古の邪魔をしないように竹刀を振り続ける一人の少女。俺はしばし歩みを止め、その少女の剣筋を見学させてもらう。

 

 ……ふむ。

 

「えっと、アノス君。どうしたのかな?」

「あの子……なんであんな隅っこで一人稽古をしているんだ?」

「えっ……ああ、あの子は八重樫雫ちゃん。師範の一人娘よ。そっか、今日は光輝君風邪で休みだから……」

 

 どうやらこの道場の主人の娘らしい。まだ幼いながらも堂々と竹刀を振る姿は正直悪くない。あの少女にこの世界では持て余すくらいの剣の才能を感じる。

 

 だが……

 

「勿体ないな」

「えっ、あっ、ちょっとッ、アノス君!?」

 

 指導係の手を振り払い、俺は真っ直ぐ雫という少女の元へ向かう。

 

 途中で少女もこちらに気づいたのだろう。竹刀を振るうのを辞め、こちらの方を見る。

 

「おい……」

「えっ……な、何?」

 

 突然のお前呼びに戸惑った少女が狼狽しているのがわかるが気にせず俺はずっと気になっていたことを言ってやる。

 

「お前はなんでさっきから……嫌々剣を振っているんだ?」

「えっ……」

 

 アノスの言葉に道場が静まり返る。気配を探れば皆稽古を辞め、こちらに注目しているのがわかる。

 

「確かにその歳にしては剣筋は美しい。それに才能だって感じられる。だが全然駄目だ。お前の剣には心が篭っていない。嫌々やるくらいなら、いっそ辞めてしまったほうがお前のためだ」

「なっ、なっ……」

 

 呆気にとられていた少女だったが、難しい言葉を使ったにもかかわらず言いたいことは伝わったのか。その幼い顔で精一杯睨んでくる。

 

「ど、どうしてはじめてあった子にそんなこと言われないといけないのッ?」

「ふむ、それもそうだな」

 

 確かに唐突だったかもしれぬ。初対面の人間に言われても響くものなどないのも当然だ、なら……

 

「こら、アノス君。いい加減にしなさい! さっきから勝手なことばかり……」

「なぁ、この子と試合がしてみたいんだが、構わないか?」

「はぁ? あのねぇ、君。いくらなんでもできるわけないでしょ。入門したての子供はまず竹刀の持ち方とか体を動かすための基礎稽古から……」

「問題ない。ここの子供らの稽古を見て、だいたい覚えた」

 

 魔眼にて周囲の稽古の様子を見て、だいたい剣道の基礎は学んだ俺だが当然信じてはくれぬ。どうしたものか。

 

「あの、私。だいじょうぶです。やれます」

「けど……まあ雫ちゃんがいいなら。ただし今回だけね。終わったらちゃんと言うこと聞いて稽古をすること、いいわね」

「わかった」

 

 こうして急遽俺とこの道場の跡取りである八重樫雫との稽古試合が決まった。

 

 

「うちの子は天才なんですッ。きっと日本、いや世界で名を轟かせる大剣豪になるはずです。だから先生! どうかうちのアノスを、世界最強の男にしてやってください!」

「は、はぁ……」

 

 ふむ。ところで父よ。先程から親バカ全開で先生に頼み込むのはいいが、俺は大剣豪にはならぬぞ。

 

 ***

 

 そして試合が始まろうとしていた。

 

 必要な道具は全て借りて付け終えた。後は始まりの合図を待つだけ。俺と雫は竹刀を構えて向かい合う形になる。

 

 剣の構えは良いが、相変わらず目に迷いが見える。優れた剣の才がある者は、時に剣を打ち合わせるだけで、言葉がなくとも心を通わせることができると言う。流石にこの歳で以心伝心の領域に至るのは酷だと思うが、俺との試合で少しでもやる気に繋がる何かを掴んでほしい。

 

「始め!」

 

 審判の声と共に立ち上がり、まずは正眼に竹刀を構えて様子を見る。だが雫は構えたまま動くことがない。剣先を軽く揺らしても流されるままだ。

 

 これは俺を警戒しているのか、それとも……

 

「へへ、あの新入り。今回も泣かされるんだろうな。雫ちゃんに勝てるわけないじゃん」

「他の道場で優秀だって言われてた上級生だって、手も足も出なかったもんな」

「唯一まともに試合ができたのは光輝君だけだもんね」

 

 子供達の声を聞く限り、どうやらこの歳で年上にすら圧勝できるほど強いらしい。そのせいか、相手の出方を伺ってから動く癖がついている。おそらく今まで自分から行けばすぐに試合が終わってしまって、対戦相手の稽古にならなかったのだろう。

 

「アノスちゃーん。頑張ってー」

「頑張れアノス! これがお前の大剣豪への第一歩だ!」

 

 周りが皆雫の勝利を確信する中、両親だけが大声で応援してくれている。ふむ、ならその期待には答えねばならない。

 

 俺はわざと足を踏み込み、これから前へ出ることを強調した。

 

 そこでようやく守勢の構えを見せた雫だが甘い。

 

 俺を前に受け身では駄目だということを、まずは肌で感じてもらおう。

 

 そして俺は前に踏み出し、刹那の間で雫の面を打ち、通り抜けていった。

 

「…………えっ?」

「あっ、えっ、め、面あり、一本!」

 

 道場にて、緊張が走る。

 

「えっ、嘘だろ。あいつ速ぇ!?」

「雫ちゃんが全く反応できなかった?」

「けどあの子、竹刀を握るのは今日が初めてだって」

 

 雫が勝つと思っていた者たちも、予想外の出来事に動揺しているようだった。能天気にはしゃいでいるのは俺の両親くらいだ。

 

 そして仕切り直しで中央に戻る際、すれ違い様に言ってやる。

 

「このままだと、次も何もできずに負けることになるぞ」

「なっ、この……」

 

 どうやら闘志に火が付いたらしい。向かい合う姿に油断は微塵もない。本気を出す気になって何よりだ。

 

「始め!」

「やぁぁぁぁッ!」

 

 今度は開幕直後、雫が気合の叫びと共に仕掛けてきた。

 

 俺は雫の剣筋を見ながら余裕を持って躱す。

 

 やはり悪くない。当然この年齢にしてはだが、鍛えれば俺の世界でも通じる一流の剣士になれるだけの素質を持っている。惜しむはこの世界が戦いとは縁のない平和な世界であること、そして本人にその気がないことか。だからこそ、このまま心が籠らぬまま剣を振り続けて、せっかくの才能が発揮しきれなくなるのは、どうしても勿体ないと感じてしまう。

 

 そうして俺は雫の隙を狙い、再び面を狙い竹刀を振るったが……雫の姿が消えた。

 

(む……)

 

 消えたのではなかった。俺が振り下す力を利用することで俺の剣を地面にたたきつけ、さらにその力を利用して回転し、俺の死角に入った。

 

 これは先ほどの稽古では見たことがない剣だな。それに……ここの門下生が使っている技とは種類が違う。

 

 ふむ、どうやら俺の思っているより八重樫流とやらは深く、そして雫の才能もまた大きいのかもしれない。だが……

 

(あいにくだが、千年早い)

 

 雫の渾身の一振りを、躱す。面金の奥の雫の顔が驚愕に染まっている。完璧に決まったと思っていたのだろう。そしてそれは明確な隙だった。

 

 当然俺は、その隙だらけの雫に対して一本決めることで、この稽古試合の勝敗を決めた。

 

 

 ***

 

 

 お互い礼を終え、防具を外した後、雫は瞳に涙をため、走って道場から出て行ってしまった。

 

 

 どうやら少しやりすぎたらしい。途中から雫の予想以上の剣の才能に合わせて、些か大人げない態度を取ってしまったからな。

 

 

「こら、アノスちゃん!」

 

 どうしたものかと思案していたら、母さんがこちらに向けてメっとポーズを取りながら俺に注意をしていた。

 

「お母さん、アノスちゃんが勝ってくれるのは嬉しいけど、女の子には優しくしないと駄目よ。だから謝ってきなさい」

「そうだぞ、アノス。武士は死闘を行った相手と健闘を称え合って仲を深めるものなんだ。だから行ってこい」

「……わかった。行ってくるよ」

 

 

 そう言われてしまっては行かざるを得ないな。俺は走り去ってしまった少女の気配を追って後を追うことにした。

 

 

 

 そう手間をかけるまでもなく、雫は道場の裏に蹲って泣いていた。

 

「泣かなくてよい。お前は十分健闘した」

「えっ……ひっく、何できみ、ひぐ、ここにいるの?」

 

 どうやら難しい言葉を使いすぎたらしい。泣かないでもいいという言葉だけ受け止めたのか、懸命に涙を止めようとしているが上手くいっていない。

 

「お前を追ってきた。だからもう泣かなくてもいい。十分よくやった」

「でも……ひっく、しずく、まけちゃった……ぐす、おとうさんから使っちゃだめって言われたわざまでつかったのに……ひっく、えぐ……」

 

 負けることでやる気に繋がるかと思ったが、どうやらそういうタイプではないらしい。

 

「お前の剣には熱がない。……いやそうだな、雫には本当は剣道の稽古よりやりたいことがあるんじゃないか?」

 

 さきほどから同じ年頃の子供相手に難しい言葉を使いすぎたと反省した俺は、何とか噛み砕いて説明する。

 その言葉で通じたのか、言うべきか迷っているような顔を返してくる。

 

「話してみろ。そしたら泣かなくても良くなるかもしれぬ。それにな、父さんが剣を合わせて戦った相手とは、互いに健闘を称え合って仲良くなるものだと言っていた。そういう意味では俺と雫は、もうそれなりに仲が良いということになる」

 

 自分で言っていておかしいと思ってしまった。斬った相手と仲良くなるとは一体あの父は幼少の頃、どんな大剣豪を目指していたのか……

 

 

 雫はその言葉に一定の理解を示したのか、少しずつ自分の気持ちを言葉にしていく。

 

「あのね……本当はね、しずく……お友達の女の子と同じように、かわいいお洋服とか着てみたいの。可愛いぬいぐるみとかも欲しいし、きらきらしたものもつけてみたいの」

「ふむ……」

 

 残念ながら、この年頃の女子が何を好むかについての知識について、前世今世合わせて俺は非常に疎い。だが、未だに可愛いものが好きな子供っぽいところがある母さんの趣味趣向と照らし合わせてみると、およそ一般的な女子の感性から外れてはいないはずだ。

 

「普通だと思うぞ。お前くらいの歳ならそう言う物が好きなのは当然だろう。なんなら親に堂々と要求しても良いくらいだ」

 

 この年頃の少女が可愛い物をおねだりしてきたら、限度はあるだろうが普通の親なら買い与える。俺の親など俺がねだってもいないのに買い与えてくるくらいだ。もちろんそれは雫の家庭環境にもよるが。

 

「親が買ってくれないのか?」

 

 そうだとしたら他の家の問題に首を突っ込むことになるが、雫は首を横に振る。

 

「ううん。違うの。おとうさんとおじいちゃんね。しずくが剣道を頑張るとすごく喜んでくれるの。けどもし、しずくがかわいいお洋服を着たいと言ったり、剣道をやめたいといったら、おとうさんとおじいちゃんはがっかりするんじゃないかなぁ……」

 

 ふむ、大体掴めてきた。

 

「つまり雫は可愛い洋服とか可愛いぬいぐるみが欲しいし女の子らしくしたい。けど剣道を辞めると言って父や祖父をがっかりさせたくない。いや、剣道を続けてもっと喜んでほしい。ということか」

 

 つまり雫は本当に自分がやりたいことを押し通そうとすると、剣道を辞めなければいけないと勘違いをしているということだ。

 

 本当は女の子らしくしたい。けどそれだと剣道を辞めないといけない。そうなると父、祖父をがっかりさせてしまう。雫としても剣を振るうのは嫌いではないし、できれば剣道を続けて家族の期待にも応えたい。

 

 つまり、話は簡単だ。

 

「なら、両方やればいい」

「えっ……」

「可愛い洋服を着ながら、誰よりも強い剣士になればいい。そうすれば雫のやりたいこともできるし、家族を喜ばせることもできる」

「えっ……そんなことできるの?」

 

 やはり、そんなこと想像もしていなかったという顔をしている。

 

「できないことはない。雫は日曜朝のアニメは見たりするか?」

「えーと。学校がお休みの日の朝はいつも稽古があるから……」

「なら一度見て見るがいい。可愛い女の子が派手な動きと技で悪と戦うよく出来た物語が見られる。極端な話、雫はアレを目指せばいい」

 

 ちなみに日曜朝のアニメは両親が欠かさず見ているので自然と俺も知識が増えてしまった。いつまでも子供心が抜けないおちゃめな両親である。

 

 

 それに見た目が可愛いのと戦闘力は何の関係もないことだというのは前世で嫌というほど知っている。

 

 見た目は愛らしい精霊が、凶悪な精霊魔法を使って俺の命を狙ってくるなど千年前には良くあることだったからだ。

 

「朝稽古があると言うなら今度母さんのBDを持ってきてやる。再生機械はあるか?」

「えーと、うん、たぶんあると思う」

 

 別に朝から晩まで休みなく稽古しているわけではないだろう。それなら開いた時間を趣味に費やせばいい。

 

「けど……おとうさん許してくれるかな?」

「なに、可愛い娘の言うことを聞かぬ父などいないだろう。きっと勇気を出して言えば聞いてくれるはずだ」

 

 案外、剣の道に一筋の男ほど、自分に娘が出来たら特別可愛がるものだ。むしろ娘に恋人などできようものなら全力で敵意を向けるような親バカになるまである。

 

 全てテレビの受け売りだが、なぜか信憑性があるように思えるな。

 

「でも……」

 

 どうやら踏み込むのにはもう一歩必要か。俺は手を後ろに回す。

 

(< 創造建築(アイリス) >)

 

 そうして創造の魔法にて作ったうさぎの小物を雫の目の前に差し出す。

 

「あッ! うさぎさんだ、かわいい!」

 

 愛嬌のあるうさぎの小物を手に目を輝かせながら喜ぶ雫。ふむ、母さんが集めている小物を再現したのだが、どうやら気に入ったようだな。

 

「これには少しだけ雫に勇気を与えてくれる魔法がかけられている。それを持って父や祖父に自分の気持ちを伝えるがいい。きっと通じる」

 

 この小物にかけたのは戦意向上の魔法だ。もっとも、初陣の新兵が使うような気休め程度の効果しか発揮せぬが、今の雫にはちょうどいいだろう。

 

「うんッ。ありがとう。えーと……」

 

 そういえば自己紹介をしていなかったな。改めて名前を名乗ろうと思ったが……

 

(……ふむ)

 

「アノス、アノス・ヴォルディゴードだ」

「うぉる……? 外人さん?」

 

 日本で名乗っている名前ではなく、あえて前世の名前を名乗る。当然聞き覚えの無い苗字で雫は困惑した。

 

「半分はな。アノスでいい」

「わかった。アノスくん。ありがとう」

「それでお前のやる気に繋がればよい。お前の才能は捨てるには惜しい。……そうだな。お前はこれから強くなる。この世界で必要かどうかはわからぬが、強くて困ることもあるまい。だから将来、強くなった暁には、その才能を生かすために俺の配下になるがいい」

「配下?」

「信頼できる仲間のことだ」

「わかった。大きくなったら、しずく。アノス君の配下になる!」

 

 恐らく意味などわかっていまい。だが、それでも……その顔には笑顔と意思が確かに感じられる。

 

 ***

 

 これが、ミリティアが創造した世界の外における彼らの始まり。

 

 

 唯我独尊を貫く魔王と、それに仕える魔剣士

 

 この二人とその他複数の仲間達が異世界にて名を轟かせるようになるのは、まだ少し先の話だった。

 

 

 

 おまけ

 

 数日後、雫を我が家に招待した時のこと。

 

「母さん、この子が道場の娘の……」

「八重樫雫です」

 

 礼儀正しく挨拶を両親に行う雫。

 

 だが、両親からの反応がない。まるで何かとんでもないものを見たかのような顔をしている。

 

「アノス……お前」

 

 父さんがプルプル震えながら雫を見る。雫も父さん母さんの反応が不安なのか俺に寄り添ってくる始末。

 

 さてどうしたものかと口を開きかけたが、母さんが回復した。

 

「アノスちゃんが……アノスちゃんが……」

 

 母さんは動転したように大声で口走った。

 

「わたしのアノスちゃんが、まだ7歳なのにもうお嫁さんを連れてきちゃったよぉっ──────!!!」

 

 いくらなんでも凄まじい勘違いである。

 

「ふぇっ!? わたしが、アノス君のおよめさん!?」

「あまり気にするな。母さんは少し早とちりなところがあるんだ」

「およめさん……私がアノス君のおよめさん……」

 

 だが雫も何やら顔を赤くして動揺が激しい。

 

 結局、父さんも勘違いしていることがわかり、家は一旦して雫の歓迎会とお祝いムードになったのだ。




アノスの両親はアノスの両親。本作だと早々に異世界に行くのであんまり出番はないかも。

なぜアノス達がこの世界に転生したのかは介入者説が濃厚。ただしエヒトではない。

本作でもヒロインポジションの雫ちゃん。アノス的には才能の割にはやる気が感じられないので発破をかけようくらいのつもりでしたが、思ってたより仲良くなった感じです。

次回は時間が飛んでありふれ原作プロローグ


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2話 魔王の学校生活

時系列が飛んで原作プロローグです。間の期間の物語については構想はありますが書くかは現状不明です。


 千年前──

 

 魔族の国ディルヘイドと人間の国アゼシオンの国境沿い。

 

 

 人間と魔族、二つの種族の戦争の最前線。

 

 

 そこで暴虐の魔王、アノス・ヴォルディゴードは勇者率いる人間の戦士と戦っていた。

 

 

「くッ、おのれぇぇ、魔王アノス・ヴォルディゴードぉぉ!」

『ジェルガ様!』

 

 戦争の最前線にて、たった今魔王アノスの手によって、歴戦の戦士である勇者ジェルガの騎士団が半壊させられていた。

 

「おのれ魔族ぅぅぅ!! 生きる価値のない、罪深き汚らわしき生物がァァ!」

「なら人間に罪はないというのか? 無条件で魔族を殺してもよいと?」

 

 アノスにとって勇者ジェルガはそれなりに長い間戦ってきた相手ではあったが、会うたびに自身への、魔族への憎悪が増しているように感じる。

 

 確かに彼の妻子を殺したのはアノスだが、彼もまた己の配下である魔族を殺した。これは戦争なのだ。殺し殺されたは日常茶飯事だった。

 

 

 だが、その終わらぬ戦いにアノスはうんざりしていた。

 

 

 今はまだ開発中だが、もし今作っている魔法が完成に至れば、長きに渡り続いた戦争に終止符を打つことができる。だが、どう計算しても自分だけではその魔法を完全な形で行使することができないとわかっていた。

 

 故に協力者が必要だ。それも生半可なものではない。魔王アノスに比肩するほどの強者の協力が必要だった。

 

 

 相手は敵国。和平を結ぼうと言っても信じはしない。目の前の老いた勇者などは聞く耳も持たないだろう。

 

 

 だが、あの男ならば。アノスは一人の勇者に希望を見出していた。

 

 

「ジェルガ先生!」

 

 傷を負ったジェルガに駆け寄る影がある。それは足止めを命じた配下を退け、アノスの目の前に迫るに至った実力者。アノスと幾度も戦で刃を、魔法を交えた敵。

 

 そして、人類の希望を背負う男。

 

 

「カノン様だ。勇者カノンが助けに来てくれた!」

「カノン様お願いします。今度こそ、魔王アノスの打倒を!」

 

 

 

 人々の希望を一身に受けるその男は、崩れ落ちる己の師に駆け寄る。

 

「先生、後は俺が……」

「すまない。カノン。やはりあ奴を倒せるのはお前しか……」

「……衛生兵。先生の治療を、後は俺が引き受ける」

「はっ……」

 

 衛生兵がジェルガに駆け寄り、後方に下がる。その際ジェルガのアノスを見る目は憎しみで染まり切っていた。

 

 

 ジェルガが去り、代わりに勇者カノンが前に出る。

 

 

「ほう、まさかもう戦えるとはな。先日三つほど根源を潰したばかりだというのに……大したものだ」

「……お前が戦場に現れると言うのに、俺が立ち上がらないわけにはいかないだろう」

 

 通常一つしかない根源を七つ持つカノンだが、一つ潰されただけで死に迫る苦しみを味わうことになる。それをほぼ同時に三つ破壊されてもなお、その闘志に限りはない。

 

「俺は負けない。俺には絶対に守らなければならないものがあるんだ」

 

「<勇者部隊(アスラ)>、<聖域(アスク)>」

 

 

 人々の願いを魔力に変える魔法を使用することでカノンに膨大な魔力が集まってくる。それこそが、勇者カノンが背負うものの重さだと言わんばかりに光が強くなっていく。

 

 そして宿命すら断ち切る聖剣、霊神人剣エヴァンスマナを抜き放ち、魔王アノスに向けて構えた。

 

 幾度となく戦ってきたこともあり、勇者カノンの不屈の闘志と民を想う心に疑いはない。だが同時に、その目に少し迷いがあるのにも気づいていた。

 

 

 戦意を無くして無抵抗になった魔族に止めを刺さなかったと話も聞くぐらいだ。今の時代では甘い行為だと言われるだけかもしれないが、だからこそだとアノスは思う。

 

 自身の魔法発動のための人間の協力者は勇者カノン以外いないと。

 

 

 だがそれはまだ先の話だ。大切なもののために戦っているのは魔王アノスとて同じ。霊神人剣エヴァンスマナ相手に油断はできない。それゆえにここから先の戦いは神話の戦いになる。

 

「よくぞ言った、勇者カノン。お前が真に強者だと言うのなら……この業火を乗り越えて見せよッ!」

 

 そして魔王アノスは勇者カノンの勇気に敬意を表し、一門の砲門を展開する。

 

 

 そして今……

 

 

アノス

 

 

 幾度となく戦ってきた好敵手同士の戦いが……

 

 

ねぇ、アノス

 

 

 アノスが魔法を発動するのに合わせ、切って落とされた。

 

 

 

 ***

 

「……獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)

「ちょっとアノス! 寝ぼけてないでいい加減起きなさい!」

「むっ……」

 

 そこで俺は目を覚ました。

 

 どうやら懐かしい夢を見ていたようだ。……少し寝ぼけて洒落にならぬことをしそうになった気がするが気のせいだろう。

 

 

 そして段々頭がはっきりしてきたところで状況を思い出す。

 

 

 ここは俺達が通う学校であり、今は早朝の時間だ。

 

「……雫か」

「はい、おはよう。どうやら目が覚めてきたみたいね。でも珍しいわね。夜更かしでもしたの?」

「なに、春の陽気がなかなかに心地よくてな。……ついつい眠ってしまった。おかげで懐かしい夢を見たぞ」

「確かに。すっかり春になってぽかぽか暖かくなってきたものね」

 

 

 目の前にいる幼馴染、八重樫雫がこちらを見て笑う。

 

 

 八重樫流道場で出会って早十年。雫はすっかり大人の女へと成長を遂げていた。

 

 

「まぁ、朝練に付き合わせて朝早く一緒に来てくれるのは嬉しいけど、暇しているくらいだったら剣道部を覗いてくれればいいのに」

「あいにく剣道はやめた身だからな」

 

 八重樫流剣道場にて出会った俺と雫であるが、俺は道場の者達に惜しまれながらも剣道を辞めてしまった。八重樫流は少々特殊だと後でわかったのだが、それでも実際の戦場で戦ってきた俺には必要のないものだとわかったのだ。それに他にも色々やってみたいこともあったゆえに、雫に惜しまれながらもきっぱりやめたというわけだ。

 

「勿体ない。あのまま剣道を続けていたら、今頃アノスは剣道界のヒーローだったのに」

「くはは、常勝不敗の天才美少女剣士に言われるとはな」

 

 俺があっさり辞めた剣道だったが、あれからも雫は剣道を続けている。

 

 

 あの後、雫は勇気を出して家族に対し自分の本音をぶつけた。

 

 本当はもっと可愛い服とかも着たいこと。綺麗なアクセサリーや可愛い人形が欲しいこと。もっと女の子らしいこともしたいこと。

 

 愛する孫娘の言葉を受け、雫の非凡な剣の才能に少々目が眩んでいた雫の父と祖父は、雫の女の子としてのあたりまえの主張に目が覚めるような衝撃を受けたらしい。そして雫の意思を軽んじたと反省した家族は、以後雫に剣道をやることを強制することはなくなった。

 

『剣道をやりたくないなら無理にしなくてもいい。お父さん達は怒らないから、続けるかはどうかは雫が決めなさい』

 

 そんな家族の理解ある言葉を受け、一時期雫は剣道を辞めていたのだが、ある理由で今度は本気で剣道をやり始めることになる。

 

「それと昔の夢を見てたって言ってたけど、どんな夢を見てたのよ?」

「気になるのか?」

「ちょっとね。普段アノスがどんな夢を見てるのか興味があるわ」

「ふむ……」

 

 まさか前世で魔王をやっていた俺が、敵の勇者と地形が変わるような激しい戦いを繰り広げていた夢とも素直に言うわけにはいかぬ。ならば適当に誤魔化すべきか。

 

「そうだな。雫が戦闘美少女アニメにド嵌りして、本気で変身ヒロインを目指してた頃の夢だ」

「なっ、いいい、一体いつの話をしてるのよッ! 言っとくけどもうそんなに子供じゃないからねッ」

「そんなに顔を赤くして否定することもあるまい。今も続いているシリーズは毎週録画して見ているのであろう?」

「…………悪い?」

 

 顔を赤くしながらジト目で睨んでくる雫だが、別段否定されることもない。

 

「まさか。俺とて父さんと共に、仮面騎士シリーズは今でも欠かさず見ているぞ。日本のアニメや特撮は世界に誇る宝だ。今のご時世、見ていても恥ずかしがることもあるまい」

 

 そう、幼少の頃一時的に剣道の稽古から解放された雫だったが、稽古ばかりしていた反動か、空いた時間に何をしていいのかわからなくなってしまった。

 

 家族に聞こうとしても、そもそも家族が雫の年頃の女の子について聡ければ、雫は普通に女の子をやれていたわけであり、結局空いた時間をどうして過ごそうかと悩むことになった時、ちょうど俺が約束していた母さん所有の戦闘美少女シリーズのBDBOXを貸したのだ。

 

 

 その結果、雫は初めて視聴した戦闘美少女シリーズにド嵌りした。

 

 

 女児アニメらしく、可愛い女の子が可愛い洋服を着て、女児アニメらしからぬ派手でカッコいいアクションをこなすという内容。

 さらにその年やっていたのが武器をモチーフにした異色のシリーズで主人公が刀を使っていたこともあり、幼少の雫の心に直撃した。

 

 そしてこれなら可愛い洋服を着ながら剣道も続けられると思った雫は行動した。

 

「おとうさん、おじいちゃん。しずくね。大きくなったら美少女戦士になる! だからもう一度しずくに剣道をおしえてください!」

 

 そう宣言し、雫はアニメで見た可愛い美少女戦士に憧れてという実に子供らしい動機で、今度は自らの意思で剣道を再開した。

 

 

 そして現在、流石に高校生にもなって美少女戦士になろうとは思っていないようだが、始めた動機がどうあれ、真面目に取り組んだ雫の剣は歳と共に磨かれていき、ついには専門の雑誌で天才美少女剣士として取り上げられるまでになっていた。

 

 

 そんな風に雫と話をしている間にも、教室内に生徒の数が増えていく。どうやら俺は思ったより長く眠っていたらしい。教室内の時計を見ればもう間もなく朝のホームルームが始まる時間となっていた。

 

「おはよう、雫ちゃん、アノス君」

「おはよう、香織」

「おはよう。今日も元気だな」

 

 元気よく雫に挨拶しながら教室に入ってきたのは白崎香織。俺の幼馴染の一人と言っていいだろう。ついこの間まで雫と人気を二分していた()二大女神の内の一人だ。

 

「おっす、雫、アノス」

 

 次に挨拶をしてきたのはガタイの良い長身の男子生徒、坂上龍太郎。こやつも幼馴染の一人だ。基本的にいい奴なのだが、やや頭が悪いところがあるのが玉に傷というところか。

 

 そして……

 

 

「おはよう、雫。それに……ずいぶんリラックスした体勢だなアノス。そうやって油断していると、足元を掬われることになるぞ」

「違うぞ、光輝。これは油断ではない。勝者の余裕というものだ」

「くっ……」

 

 そう言って机に未だに突っ伏している俺に突っかかってきたのが天之河光輝。幼馴染の一人であり、色々一方的に因縁を付けられている関係だ。

 

「いいか、アノス。これだけは言っておく。今年こそ俺は……お前に勝ってみせるッ! そうやっていられるのも今の内だ!」

「ほう……」

 

 そういえば、こいつとの因縁ももう十年にもなるのか。

 

 

 元は俺が雫に対して関わったことがキッカケだった。

 

 

 雫と出会って数日後、雫は一旦剣道から離れる生活を送ることになった。もちろん八重樫家の道場である以上、雫は俺と話をするために道場に訪れたりしていたのだが、俺が道場に入門した際の出来事を風邪から復帰した光輝は又聞きし、妙な勘違いをしたらしい。

 

『お前、雫ちゃんに何をした? どうして雫ちゃんが剣道を辞めるんだ。お前が意地悪したんだろ。許さないぞ、俺と戦え。雫ちゃんは俺が守る!』

『ふむ、よかろう。その挑戦受けてやる。掛かってこい』

 

 そういう経緯もあり、光輝と稽古試合をすることになったのだが、当然返り討ちにした。

 

 負けた後、三回勝負だと言うので三連勝し、勝つまで辞めないという理不尽なことを言うので遠慮なく挑んでくる光輝を返り討ちし続けた。結局あの時は光輝が疲れて動けなくなるまでやったのだったな。

 

『覚えてろ! 次は負けないからなーッ!』

 

 親の迎えを受けて帰る際の光輝の捨て台詞だったが、ここから光輝との因縁は始まることになる。何かと俺に勝負を挑んでくるようになったのだ。

 

 

 俺と雫が魔王と美少女戦士ごっこをしていた際に乱入してきて、魔王と美少女戦士の配下VS勇者とその仲間達のチャンバラごっこに発展したりすることなど、幼少時はよくあることだった。

 

 

 そして小学校、中学校と学年が上がるにつれて勝負の内容は多様化していく。学校のテストの成績から、体力測定や運動会などのスポーツ対決。変わり種としては大食い対決やカラオケの点数対決なんかもやった。

 

 

 そして現在、幼少の頃から数えて千を超える光輝の挑戦に対し、俺は未だに全戦全勝だ。

 

 

 そしてその挑戦は高校生となった今でも続いている。

 

 

 俺達と同じ中学校出身者からしたら、もはや風物詩とも言えるような光輝の啖呵に対し、俺もまた幾度となく繰り返したセリフを返す。

 

 

「毎年言っていることだがな、光輝。学業、スポーツ、武術。又は芸術分野やカラオケの点数、大食い対決に至るまで、どんなジャンルであっても構わぬ。俺に勝てると思ったらいつでも挑んで来い。俺はお前の挑戦から逃げたりなどせぬ。いつも通り正々堂々、貴様を返り討ちにしてやろう」

 

 体勢を起こし、堂々と光輝に対して宣言する。

 

 

 光輝が本音のところ、俺のことをどう思っているのかはわからないが、俺は光輝のことを結構気に入っていた。

 

 

 自分で言うのもなんだが、俺は俺であるが故に、幼少の頃より非凡な才能を振りかざして大きな態度を取り続けていたため、俺が気に食わなくて突っかかってくる者は光輝以外にも存在した。だかそやつらを返り討ちにし続けるうちに一人、また一人と挑んでこなくなった。

 

 

 圧倒的な力の差がある相手に挑み続けることは難しい。

 

 どこかで折り合いをつけて、自分を納得させ俺に手を出さなくなるのが普通だ。

 

 

 だが、挑んできた者達の中でも一番多くの敗北を重ねているにも関わらず、未だに光輝は努力と研鑽を重ね、確かに成長しながら俺に挑んでくる。

 そんな人間など俺は勇者カノンしか知らない。

 

 

 もちろん光輝は勇者カノンではない。奴は根源を七つ持っているがゆえに、意図的に根源を分散でもさせない限り見ればすぐにわかる。だが、光輝のその困難に対して諦めない不屈の根源はカノンに通じるところがある。おまけに本人は困っている人を助けずにはいられない正義漢ときたものだ。

 

 

 もしかしたら光輝には、勇者としての素質があるのかもしれぬ。ならその成長途上の勇者の前に立ちはだかるのは魔王である俺の役目なのだろう。これからもいかな勝負をしかけてくるのか楽しみだ。

 

「流石、アノス様。今日も格好いいよぅ!」

「いつでも完璧だしね。まさに、さすアノだよぉ」

「あはは、光輝君も頑張れー。今年は下克上の年だよ」

 

 周りが騒がしくなってきた。どうやらもうすぐホームルームが近いらしい。

 

 

「あっ、ごめん雫ちゃん。もうすぐ来るみたい。あと五秒」

 

 

 そう言って雫と話をしていた香織が、慌てて教室の入口まで歩いていく。

 

 

 香織が宣言してちょうど五秒後、教室の扉が開き、一人の男子生徒が入ってくる。

 

「おはよう、ハジメ君。今日もギリギリだね。もっと早く来て私と一緒にお喋りしてくれると嬉しいんだけどな」

「お、おはよう白さ……ごめん、香織」

 

 教室に入るなりいきなり香織が立っていて驚く中、香織からの無言の圧力で苗字から名前呼びをさせられた男子生徒の名前は南雲ハジメ。

 

 

 アニメやゲームなどが趣味の今時の男子生徒であり、対外的に香織の彼氏だと思われている男子生徒である。

 

「ちっ、マジ納得いかねーよな。なんで白崎さんが南雲なんかと」

「南雲がいけるんなら俺だって……」

「キモオタの癖に」

「爆発しろ」

 

 教室で檜山、中野、斎藤、近藤が言うように、南雲ハジメのイメージは良くない。

 

 お世辞にも友達が多い方ではなく、最近は改善傾向にあるが、少し前までは碌に授業も聞かずに寝てばかりの劣等生扱いされていた。

 そして何よりも、学校のアイドルと言ってもいい香織がハジメのことを好きだと公に宣言していると言うのが問題だ。

 

 

 半年ほど前、あるキッカケによって香織が、ハジメに対する恋愛感情とやらをはっきりと自覚したらしい。

 

 

 そしてそこから香織の暴走列車のような行動は始まった。

 

 

 周りのことを気にせずハジメのことが好きだと公言し、学校では常にハジメに関わろうとする。休みの日に遊びに行こうと毎度言っているし、クリスマスに際どいサンタクロースの恰好でハジメに突撃したこともあったな。

 

 

 最初は誰にでも優しい香織が、不真面目なハジメに構ってあげているだけだと認識していた生徒も、この半年の香織のハジメに対する積極的なアプローチにより、流石に白崎香織が南雲ハジメに懸想していると認めざるを得ない生徒も増えてきた。

 

 このような女子達の会話もよく耳にする。

 

『なんで白崎さんって南雲なんかと付き合ってるんだろう。白崎さんだったらもっとスペック高い男狙えるのに。正直釣り合ってなくない?』

『そーお? 私は案外お似合いだと思うけどな。ほら、白崎さんみたいな母性本能強そうな女にとってはさ、天之河君みたいな絵に描いたようなイケメン優等生より、南雲みたいなダメンズの方が尽くしがいがあるってことじゃない? 私なんか最近、白崎さんが出来の悪い子供を育てる母親みたいに見えるくらいだし。ま、白崎さんしっかりしてるし、将来南雲が尻に敷かれるの確定だけど』

 

 

 そして俺にはよくわからない理屈なのだが、どうも学園のアイドルとやらは男の影が見え始めると人気が急落するらしい。誰にでも分け隔てなく優しかった香織が今や行動原理のほとんどをハジメを基準としているというのもあるが、男子生徒の中には「白崎さんは見て憧れる分にはいいけど、正直恋人にするのは重い」とハジメに同情している生徒も出始めてきた。もっとも元々二大女神などという評価を香織は微塵も気にしていなかったので何も影響はないわけだが。

 

 ちなみに俺の見立てでは実はまだハジメと香織は付き合っていない。いまいちハジメの方が煮え切らないからだ。ハジメもさすがに香織の好意に気付いていないわけではないだろう。だがハジメ自身の自己評価が低いことに加え、煮え切らないのはこれが原因なのだろうな。

 

「はい、ハジメ君お弁当。昼休みに一緒に食べようね。気合入れて作ってきたんだから。最近ハジメ君お野菜を食べる量が少なくなってきてるから野菜たっぷりで栄養バランスばっちりのメニューにしておいたよ。最近睡眠時間が平均5時間から4時間に減ってるみたいだし体重も先週から750g少なくなっているっぽいからお肉とかも入れてボリュームたっぷりにしたし後は睡眠をしっかりとってほしい。最近買ったゲームが気になるのはわかるけど睡眠不足は健康にも悪いし私も気になっちゃう。もし眠れないようだったら私が側にいようか? 大丈夫将来的にハジメ君のおはようからお休みまで私がきっちり面倒見てあげるからね」

「あ、う、うん。あ、ありがとう」

 

 ふむ、あの長セリフをはぼ息継ぎ無しで言い切るとは。

 

「なぁ、雫……前々から思っていたのだが、香織のアレはもしかしてストーカーというのではないのか?」

「ごめん、言わないで上げて。あの子に悪意はないし南雲君に対して本気なのよ。もしやばいことしそうだったら流石に私が止めるから」

 

 俺の見る限り、何だかんだハジメもまんざらではなさそうだが、香織の押しが強すぎて引いている部分がありそうだ。香織は少し止まるということを覚えたほうがいいと思うぞ。

 

 

 

 ***

 

 そして迎える昼休み。俺は雫と迎え合わせになるように座り、昼食を食べていた。ふむ、今日はキノコグラタンがついているではないか。母さんの料理にハズレはないが、今日は大当たりだな。

 

「あんた、本当にキノコグラタン好きよね」

「ふむ、母さんの作るキノコグラタンなら毎日食べても飽きぬ」

「あっそ。……私も作り方覚えようかしら」

 

 雫はたまに母さんに料理を学んだりしに来ているので仲が良い。雫がキノコグラタンを作れるようになるなら是非味見してみたいものだ。

 

「はい、ハジメ君。あーん」

「えーと。香織? 僕、一人で食べられるんだけど……」

「だーめ。ハジメ君。授業中寝るほど疲れてるんでしょ。なら私が食べさせてあげるよ」

 

 

 横の席ではハジメと香織が昼食を共にしていた。ハジメの目が若干死んでいるのが気になるが、おそらく周囲の視線が気になるのだろう。

 

「あはは、カオリン相変わらずアクセル全開だよね」

「香織……俺とも一緒に食べないか?」

 

 光輝が香織と一緒に昼食を食べたそうにしているな。

 

「えっ、ごめんなさい。私ハジメ君と一緒に食べてるし」

「ぐはぁ」

「光輝ぃぃ!」

 

 ふむ、一瞬で断られたな。

 

「大丈夫。光輝君は恵里ちゃんと食べればいいんだよ」

「えっ、その香織ちゃん……何言って……」

「だって光輝君が好きな女の子の弱みを握って社会的に封殺したり手駒にしたり、えげつないほど光輝君のことが好きなんだから」

「おいごら香織、てめぇ何言ってんだごらぁぁ!」

「エリリンストップ、ストップ。出てるから、黒恵里が出てるから」

「はっ、やだなぁ、香織ちゃんたら、そんなウソ言わないでよぉもお」

 

 恵里が黒い部分を表出させ、鈴が慌てて止めている。その間もハジメは香織に食べさせられ、周囲がハジメへの嫉妬で満ちる。

 

「ふむ、相変わらず平和でいいな」

「このカオスな光景を見てもそれが言えるのがアノスらしいわよね」

 

 正面の雫が呆れながら言ってくるが、事実なのだからしょうがない。

 

 

 

 俺がこの世界に転生して早十六年。この世界は前世とは比べ物にならないくらい平和だ。多少不幸な事件はあれど、それが世間に満ちることはない。良くも悪くも対岸の火事でいられる。

 

 

 子供達は武器を持たずに勉学やスポーツに取り組むことができる。敵に襲われる恐怖とも基本無縁だ。

 

 

 俺はこんな世界が作りたかったのだとつくづく思う。そして来るべき約束の時までまだ約千年ほどの時間がある。それまではこの世界で何事もなくのんびりするのも悪くない。俺はそう願っていた。

 

 

 

 例えそれが難しいとわかっていたとしても。

 

 

 

(……()()()()()()()

 

 

 俺は足元に魔法陣が展開されたのを感知していた。

 

 

 ***

 

 

 ずっと考えていたことがある。なぜ俺はこの世界に転生したのか。

 

 

 最初は<転生(シリカ)>の魔法が失敗したのかと思った。何か不具合が起きて千年早くに目覚めてしまったのではないかと。

 

 

 だがこの世界が俺のいた世界とは違う世界だと知り、その認識は変わった。

 

 

 <転生(シリカ)>の魔法を使って異世界に転移するなど聞いたこともない。もしそうだとしたら俺の世界に転生できていない根源がいるということになる。もっとも世界の全てを知っているなどと傲慢なことが言えぬ以上、その可能性は零ではなかったが、俺がこの世界に飛ばされたのは他者の介入があったからだと思っている。

 

 

 何者かが俺の<転生(シリカ)>に介入を行い、俺の転生先をずらした。もしそうだとしたら何の目的が合ってそんなことを行ったのか。

 気にしすぎならそれでもいい。何事もなくこの世界で過ごした後、約束の日に今度こそ転生できるようにすればよい。だが、何者かの介入があったのなら、その原因を可能な限り取り除いておきたい。

 

 

 俺を呼び出した以上、何か介入があるはずと十六年間待っていたが、一向に仕掛けてくる気配がない。いっそこちらから強引にアプローチするべきかと考えていた時に、とうとう介入者が現れた。

 

 俺は足元の魔法陣に魔眼を向けて解析する。

 

 

 俺の世界の魔法術式とは全く違う。違うが、これは転移の魔法だろうか。行先は……まさか地球上ではないのか。

 

(くはは、面白いではないか)

 

 どうやらこの転移魔法の術者は俺を地球上ではないどこかに召喚しようとしているらしい。ならばすぐには帰れぬ可能性もあるがゆえに、俺は<思念通信(リークス)>を使い、両親にしばらく出かける旨を必ず帰ると言う言葉を添えて伝える。

 

 

 一体何の目的があって俺を呼び出したのかはわからない。

 

 

 だがもし悪意を持って呼び出すというのなら覚悟してもらおう。

 

 

 己が一体誰を呼び出したのかということをな。

 

 

 異世界であろうと俺は俺らしくあるだけだ。そう心に誓い俺は光に包まれた。

 

 

***

 

 

 ここでアノスには一つ誤算があった。

 

 

 それはいつ来るかわからない干渉が来たことによる見落としというわけではない。

 

 単純にアノスが思っているよりも、この魔法の効果範囲が大雑把に設定されていたということだった。

 

 

 アノスを中心にした教室内全域にまで魔法陣は広がり、強制的にクラスメイトを巻き込み転移される。

 

 

 底に残るのは倒れた椅子と食べかけの昼食。

 

 

 一瞬にしてクラスメイトが消失し、静まり返る教室だけが残されたのだ。




>アノス・ヴォルディゴード
この世界では王城アノスという名前だが、ほぼ全員アノスを苗字ではなく名前で呼ぶので余り原作と変わらない。
魔王学院原作はまだ0歳児のアノスですが、本作のアノスは17年間、彼なりに日常をエンジョイしています。そのため多少性格も変わるかもしれません。

>八重樫雫
原作の幼馴染にアノスが加わってある意味苦労人気質が増している。とはいえ同時に頼りがいMAXなアノスのおかげで嫌なストレスは減っています。乙女らしくそれとなくアノスにアピールしてるつもりだが、アノスには気づかれていない。昔は美少女戦士を目指していた。

>天之河光輝
原作とは違い、幼少の頃からアノスという自分より圧倒的に優れた人物がいることで何でも上手くいくことによる驕りは少なくなっている。本作のベジータポジ。あと一応言っておくと勇者カノンの転生ではありません。

>白崎香織
あることがきっかけで原作よりかなり早くハジメへの想いを自覚。暴走機関車モードに突入。周囲にハジメLOVEを隠そうともしないので二大女神からは外れた。ハジメと香織が恋人同士だという認識も増えてきている。既にハジメの両親から気に入られ、普通に南雲家に出入りしている上に昼の胃袋事情を掌握。じつはまだハジメと恋人ではないが順調に外堀を埋めている。

>南雲ハジメ
原作より香織が積極的にアピールしてくることに最初は戸惑っていたが、香織が真剣であることがわかったこと、香織に引っ張られることによって生活スタイルが良い方向に変化したことで、今では内心感謝している。香織に向けられる想いもなんだかんだ満更ではないが、香織の押しが強すぎるのでいまいち一歩踏み切れない関係が続いている。

>中村恵里
本作でも光輝に対する重すぎる愛情を抱いているのは変わらない。原作と違うのはアノスが裏で光輝の行いのアフターフォローを実施し、根本的な問題が解決されていること。決定的に歪む前に母親とお互いのために距離を置いたことで原作より多少マイルドな性格になっている。
表の顔は穏やかで優しいが眼鏡を外すと一人称と性格がガラリと変わる。鈴曰く黒恵里。
ありふれシリーズでいうありふれた学園で世界最強の恵里が一番近い。

次回は異世界トータスに魔王が降臨します


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3話 魔王降臨

エヒトはとんでもないものを召喚しました。異世界の魔王です!


 そして、未知の転移魔法による転移の完了を確認し、俺は周囲を魔眼にて見渡す。

 

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

 

 

 背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。

 

 何者かはわからぬが、どうやらこの場所は聖堂に類するものらしい。ならばこれは神の肖像か。

 

 それはいいが俺はここにきて一つ誤算があったことを知った。

 

「ねぇ、アノス。ここ、どこなの?」

 

 俺の袖を指で掴みながら不安そうに雫が言う。

 

「どうやらどこかに転移させられたらしいが、まさか雫たちまで巻き込まれるとはな」

 

 俺が使う<転移(ガトム)>であれば、対象を細かく設定できるためにこんなことはおきえないのだが、どうやら俺が思っていたより範囲指定が大雑把な魔法だったようだ。あの時間、教室内にいたほぼ全ての生徒。そして四時間目担当だった社会科教師が巻き込まれてしまっている。

 

「ここがどこかについてなら、おそらくあの者達が教えてくれるだろう」

 

 俺達を囲む三十人近い法衣を着た集団の中で、一際歳と覇気を携えた老人が前に出てくる。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って狡猾な法衣の翁は微笑を見せた。

 

 

 ***

 

 

「おい、これは一体何なんだよ」

「もしかしてどっきり? アノス様が芸能界デビューしたとか?」

「嘘ぉ。もしほんとだったら公式ファンクラブを作らないと」

 

 案の定、不安を抱く生徒達が思い思いに話合い、少しも纏まる気配がない。一部ズレた反応をしているものもいるようだが、それでも不安を抱いているのは間違いないだろう。

 

 そしてしばらく歩かされた後、俺達は十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

 全員席に付いた後、妙なタイミングでカートを押しながらメイドが入ってきた。

 

 それぞれ一人ずつ側に付き、身体を近づけながら紅茶らしき飲み物を入れているが、お世辞にも手際が良いとは言えない。まるで数日前から付け焼刃で習得したような拙さだ。

 

 この時点で容姿優先で集められたと察せられる。現に幾人かの男子生徒は鼻の下を伸ばしていた。ハジメもチラ見しようとしていたが、香織の笑顔で黙らされていた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言って始めたイシュタルの話はどうしようもないくらい勝手なものだった。

 

 

 要約するとこうだ。

 

 

 まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。

 

 

 人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

 

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

 

 

 魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

 

 それが、魔人族による魔物の使役だ。

 

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

 

 今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

 

 これの意味するところは、人間族側の数というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

 

 ここまで聞いた俺はこの世界が千年後のディルヘイドである可能性を消した。いくらなんでも生態系が違いすぎるからだ。

 

 

「あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という救いを送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 神か。

 

 よもや異世界にきてまた神に関わるとは思わなかった。

 

 

 俺にとって神とは世界の様々な秩序を司る機械みたいなものであり、秩序に従った行動以外は基本的に取ることができず、一部の例外を除いて感情が希薄であることが多いつまらない存在だった。

 

 この世界の神が俺の世界と同じ理屈で動いているかはわからないが、前世のこともあり、いい気分ではない。

 

 俺が意思を示そうと行動に移す前に、立ち上がって気炎を上げる者がいた。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 教皇に対し啖呵を切ったのは4限目の授業を担当していた教諭である畑山愛子だ。年齢二十五歳に見えない低身長に童顔ゆえに愛ちゃんなどと呼ばれて親しまれている先生だ。

 

 やる気はあるのだがいまいちそれがかみ合わないという印象が強い。もっとも二十五歳のまだ新米教師ならこんなものかもしれぬがな。

 

 愛子は俺達生徒を元の世界に返せと言っているがそれはおそらく無理だろう。

 

「気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 思った通り、イシュタルは帰還が不可能であると俺達に告げた。

 

 かつて暴虐の魔王時代の俺が開発した転移魔法<転移(ガトム)>は発動自体はそう難しくないはずなのに、俺の時代の魔族でも使える者はそう多くなかった。それが何故かと言うと転移先に応じて魔法陣を書き換えなければいけないからだ。

 

 重要なのは転移先の情報だ。転移先の魔力環境に応じて柔軟に魔法陣を書き換えることで<転移(ガトム)>は正しく転移魔法として機能する。この転移先の情報が曖昧だったり間違っていたりした場合は発動しない、もしくは想定していない場所に飛ばされることになる。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 異世界に干渉する魔法がないということは異世界の情報が全くないに等しい。これではいくら俺でもすぐに帰還することは難しい。簡単に言えば、トータスから見た地球の空間的な座標がわからないからだ。異世界の存在を知ったのは俺とて地球に飛ばされてからだ。まだまだ異世界の仕組みを理解しているとは言い難い。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 生徒達はパニックに陥っていた。当然だろう。今まで平和な世界で生きてきて、いきなり別の世界にとばされた挙句戦えと言われたのだ。一部冷静を保っている者もいるが大半は混乱の最中にあるようだ。

 

 

 未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は「待て」ッッアノス?」

 

 このまま光輝に任せてもいいかと思ったがどうやらそれはまずいと判断した。よって俺が変わりに立ち上がり教皇の元にまで歩いていき、座っている教皇を見下ろす。

 

「何やら勝手に話を纏めようとしているようだがな、はっきりと言っておこう。俺達はエヒトの意志などでは戦わない。戦うかどうかは己で決めさせてもらう」

「……どういう意味ですかな?」

 

 周囲に緊張が走るのがわかる。何か言いかけて途中で言葉を止めた光輝も俺に割って入ることはない。

 

「そのままの意味だ。どうしても俺達にこの世界を救って欲しければ、まずはお前達が誠意を見せてみろと言っている。何しろ俺達はこの世界にきたばかりだ。この世界のことを何も知らぬ」

「それは……もちろんあなた方にはこの後、ハイリヒ王国にて過ごす間にこの世界について学んでいただく予定になっておるが……」

「なら話はそれからだな。もし貴様らが救うに値しない者であったと判断した場合、俺達は勝手に帰らせてもらおう」

「なッ……」

 

 何としてでもエヒトの名の下に戦ってもらわなければならないという意思が伝わってくる。魔眼で見ても魔法を行使している気配はないが<契約(ゼクト)>のような魔法がないとは限らない。よってここで何か言質を取らせるつもりはないし、クラスメイトにもさせるつもりはない。

 

「待ってくれアノス。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない」

「戦争だぞ。命がけの戦いになる。平和な時代に生きてきたお前達に戦いができるとでも思っているのか?」

「できるさ。ここに来てから妙に力が漲っている感じがするんだ。だから大丈夫。今の俺は誰が相手でも負けない」

 

 そういう光輝を魔眼で見たところ確かに根源が目覚めている。周りを見回すとここにいる全員が持っていなかったはずの魔力を身に宿しているのがわかった。

 

 異世界転移という現象を前に根源が目を覚ましたのかもしれない。そしてこのメンバーの中で光輝の上昇幅が一番大きい。おそらく今光輝は身を駆け巡る魔力という力が齎す全能感で冷静な判断ができていないのだろう。

 

「そもそもこいつの言っていることが事実である証拠はどこにもない。例えば俺達は、領土拡大のための侵略戦争を仕掛けるための、使い捨ての兵隊として呼ばれた可能性もゼロじゃない。お前は一方的な侵略のための道具として戦えるのか?」

「それは……だけど、俺達を地球に送り返すことができるのは神だけなんだろ? だったら……」

「それも問題ない。なぜなら……俺が元の世界に戻るための魔法を手にするからだ。わざわざ異世界から人を呼ばねば、満足に自分の民一つ守れぬ低俗な神にできて、俺にできぬことなど何一つ存在しない」

 

 俺の堂々とした発現に誰しも言葉を失ったようだ。ただし雫や俺のファンクラブなどは普段と変わらぬ俺の態度に、冷静さを取り戻したようだが。

 

 イシュタルの顔は険しい。なぜなら俺はたった今、この世界の神を侮辱したも同然だからだ。

 

「……今の発言は無知蒙昧故の戯言だと聞き流そう。この世界ではそのような発言は不敬であり異端扱いされる。今後は十分気を付けるがよい」

 

 険しい顔をしていたイシュタルだが、流石にここで軽率な行動を取るほど愚かではないらしい。こいつの言うことが本当ならこの世界は危機に瀕している。増してエヒトとやらに呼び出された俺達を害することも難しいのだろう。子供の戯言と聞き流された可能性もある。

 

 だが何と言われても発言を撤回する気はない。

 

 いつだってどこだって。俺の歩みを遮るものは例え神だろうと蹴散らして進むだけだ。

 

 

 ***

 

 大広間での話し合いの結果。戦争参加については一先ず保留という形になった。とはいえ今すぐ元の世界に帰る方法がない以上、この世界での生き方について学ばなければならないのは確かだ。

 

 そこで俺達は事前の計画通りに神山の麓にあるハイリヒ王国の庇護の元、この世界で生きるための方法と戦闘訓練を受けることになった。

 

 愛子などは戦闘訓練に難色を示したが、戦争参加するしないに関わらずこの世界は常に命の危険がある世界なのだ。イシュタルが言うには異世界から来た人間はこの世界より高い素質に恵まれるらしいので、その才能を引き出すこと自体はやっておいた方がいいということだ。

 

 そのこと自体は俺も異論はなかった。俺一人ならこの世界であろうとどうとでもできる自信はあるが、流石に自衛も碌にできないクラスメイト全員を守りながらでは俺も自由に動き辛い。だからこそクラスメイト全員に自衛の手段は持ってもらうことに越したことはない。

 

 そう言うことで俺達は現在、ハイリヒ王国にて晩餐会に参加している。もうすでに晩餐は出そろい、俺達だけにしてくれという要望により、ここには俺達以外にはいない。盗聴は俺が見張っているから問題ない。遠慮なく内輪の話ができる。

 

「全く、あんなこと言いだすなんて、一時はどうなるかと思ったわよ」

「でもさすがアノス様だよねぇ。異世界でも完璧だよ」

「巨大宗教の教皇相手でもお前が下で俺が上という俺様理論全開がたまらない」

 

 雫は頭を抱えているが、俺のファンはいつもの感じだった。

 

「なに、あの場で断言するのは危険だと思ったからな。あの時も言ったが、俺達はこの世界のことを何も知らぬ。そんな中で戦争参加を断言すれば、後に引けなくなる可能性もあったからな」

「アノス君それって……所謂魂の契約とかギアスとかそういう……」

「流石に詳しいなハジメ。要は魔法で約束を破れないようにすることだな。そうなったら最後、俺達が嫌がっても強制的に戦争参加もあり得た」

 

 香織の隣の席に強制的に座らされたハジメと俺の言葉を聞いたクラスメイトがゾッとした顔を浮かべる。

 もし俺がイシュタルならクラスメイトに<契約(ゼクト)>を使って戦争参加を契約で破れないようにしていた。そうなったら例え相手が無辜の民だろうがそういう契約だからと戦争を仕掛けなくてはならなくなる。

 

「けど……本当に困っている可能性もあるだろ」

「それはこの世界のことを知ってから判断しても遅くはあるまい。本当に困っていたら帰る方法を探すついでに助けてやればよいだけだ」

 

 どうやら光輝はまだ納得いっていないらしい。元々光輝には思い込みが激しい悪癖があったりするが、普段だったらこの段階で冷静になれている。それができていないのはこの世界に来て目覚めた魔力の影響でハイになっているからだろう。魔力を制御する術を学んでもらうのは必須だ。

 

「だからお前達も今後戦争参加を断言する発言は慎むことだ。それと自分の部屋に俺達以外誰も入れるなよ。あのメイドはそのために用意されたのかもしれぬからな。気が付けば戦争参加が拒否できないようにされていることも十分あり得る」

 

 この世界に契約魔法があるかはわからないが用心するに越したことはない。特に魔法のまの字も知らないクラスメイト達は知らない間に騙されていたなんていう可能性もあり得る。自分のスペースに俺達以外の他人を入れないことが肝心だ。

 

「あっ、もしかしてあの王子様が私ばっかり話かけてくるのもそれなのかな。危なかった、相手が誰でも油断大敵だね」

「いや、あの香織……」

「……それは違うと思うわよ」

 

 香織の微妙にずれた発言でハジメと雫が思わずこけかけた。

 

 

 ***

 

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

 俺達に手渡されたのは銀色のプレート。魔眼で見てみると魔法がかけられているが、俺が見た限り根源魔法に近い。根源を探ることで魔力の値などを測る道具のようだ。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 どうやら予想通りの機能に加えて、身分証明の代わりにもなるらしい。

 

 周囲は恐る恐る針で指を指し、ステータスプレートに擦りつけている。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初にレベルがあるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 根源を計るということはその人物を知るということでもある。自分のステータスを見る限り限界はあるようだが中々優秀な道具らしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

 メルドの言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないという。当然と言えば当然だ。ゲームではないのだから訓練を行わなければ才能があっても宝の持ち腐れだ。

 

 

「次に天職ってのがあるだろう? それは言うなれば才能だ。末尾にある技能と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 今の言い方だと非戦闘職はあまり歓迎されないようだ。俺の経験から言わせれば、その非戦闘職や生産職こそ、戦時下では真に重宝されたりするのだがな。

 

「ねぇ、アノスはどうだった? 私はこうだったんだけど……」

 

 そう言って雫が俺にステータスプレートを見せてくる。

 

 ===============================

 

 八重樫雫 17歳 女 レベル:1

 

 天職:魔剣士

 

 筋力:65

 体力:76

 耐性:52

 敏捷:148

 魔力:78

 魔耐:78

 

 技能:剣術・縮地・先読・気配感知・隠業・風属性適性・言語理解

 

 ===============================

 

「ふむ、悪くはない」

 

 先程メルドはこの世界の一般人のレベル1の平均値は10そこらだと言っていた。そういう意味では雫は十分に恵まれた素質があるということ。これからの鍛え方次第で更なる力に目覚めることも十分にあり得るだろう。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

 光輝がステータスプレートを差し出すと周りから称賛の声が上がる。どうやら相当いい数値だったらしい。俺はステータスプレートに刻まれた魔法式を解析し習得した後、魔眼にて直接光輝のステータスを覗いてみた。

 

 

 ===========================

 

 天之河光輝 17歳 男 レベル:1

 

 天職:勇者

 

 筋力:100

 体力:100

 耐性:100

 敏捷:100

 魔力:100

 魔耐:100

 

 技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

 ===========================

 

「ふむ、勇者か。実にあいつらしいではないか」

 

 光輝のステータスは全て高水準に纏まった万能型だった。敏捷だけは雫より劣っているが、それ以外は上回っている。技能の数も雫の倍以上。まだ力をコントロールできていないが鍛えればさらに強くなれるだろう。

 

 

 俺は他にも魔眼にてクラスメイトのステータスを覗いていく。大体がこの世界の平均値の数倍の力が与えられているようだが、ふとある生徒のステータスで目を止める。

 

 ===============================

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

 

 天職:錬成師

 

 筋力:10

 体力:10

 耐性:10

 敏捷:10

 魔力:10

 魔耐:10

 

 技能:錬成・言語理解

 

 ===============================

 

 一人だけステータスが低い。俺はハジメの根源を覗いてみるが、どうやら他の根源と異なり、この世界に降り立ってなお、あまり目覚めてはいないらしい。土地の魔力に根源が合わなかったのか、あるいは逆にこの世界に馴染みやすいからこそ目覚めるのが遅いのか。

 

 とはいえこの程度なら大したハンデにもならないだろう。土地の魔力に合わなかったのであればこの世界で過ごしていく内に慣れていくだろうし、後者であれば、むしろこの世界に一番適正があるのはハジメかもしれぬ。

 

 技能も一つしかないが、こういうタイプは万能型の光輝とは逆に一点特化型のスペシャリストになり得る素質がある。< 創造建築(アイリス)>の魔法を教えれば、いずれ俺を超える希代の使い手になれるかもしれない。

 

 

 だがどうやら、周囲にはハジメの価値がわからないらしい。

 

「おい、南雲。ちょっとステータス見せてみろよ。ぶはっ、なんだこいつ、雑魚すぎるだろww」

「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

 

 ハジメのステータスプレートを見たメルドの微妙な表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。それに便乗して取り巻きの三人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。

 

「そこまでにしておけ、小物四兄弟。いつにもまして小物臭が酷くて見るに堪えんぞ」

 

 俺が前に出ると、小物四兄弟は反発してくる。どうやらこやつらも体に巡る魔力によって気が大きくなっているらしい。

 

「誰が小物四兄弟だこらっ!」

「誰一人血なんて繋がってないわッ!」

「ふぜけんなよアノスてめこらぁ。いつもいつも俺達を一纏めにして馬鹿にしやがって」

「そういうお前のステータスはどうなんだ、あん? 自慢できるような数値なんだろうな?」

 

 ふむ、俺のステータスの開示を希望するか。周りを見て見ると他の者達も全員俺を注目していることがわかる。

 

「ああ、俺のステータスか。あいにくだが自慢できるものではない。この程度の数値しか出せないとは遺憾の限りだ」

 

 もっとも俺の場合は周りに誰もいない時にもう一度確認する必要があるが。

 

 そう言いつつ俺は皆の希望通り、ステータスを開示した。

 

 

 ===============================

 

 アノス・ヴォルディゴード 17歳 男 レベル:1

 

 天職:魔王

 

 筋力:1000

 体力:1000

 耐性:1000

 敏捷:1000

 魔力:1000

 魔耐:1000

 

 技能:全属性適性・全魔法適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・魔法解析・術式改竄・魔法生成・魔力操作・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・即死無効・状態異常無効・瞬光・格闘術・剣術・豪腕・豪脚・縮地・無拍子・先読・威圧・魔眼・魔言・言語理解

 

 ===============================

 

「アノス、あんた一体どれだけ技能があるのよッ! それに全ステータス四桁って……あんたは魔王か!」

「何を言っている、雫。しっかり天職に魔王と記載されているであろう」

「わー、ほんとだー。天職魔王とか、子供の頃から魔王役ばっかりやってきたアノスにお似合いじゃない。それになんで王城アノスじゃなくてアノス・ヴォルディゴードなのよ。ヴォルディゴードってアノスが魔王ごっこする際の厨二ネームでしょ?」

「くはは、この世界ではこちらの方が合っているということではないか」

「まあ、いいわ。あんただし、いつも通り何でもありよ」

 

 光輝を超えるステータスに周りが唖然とするが本当に大したことがない。やはりステータスプレートは根源の表層を読み取るにすぎず、限界があることが伺い知れる。俺のできることを全て記載したらステータスプレートに書ききれないだろうからな。

 

「魔王……それに魔力操作……いや、しかし。アノスは神の使徒だし問題はないのか?」

 

 一方メルドはハジメの時とは違う意味で悩んでいるようだった。

 

「先に言っておくが、魔王だからといって魔人族など知らぬぞ」

「あ、ああ。だが、あまりステータスを見せびらかさないようにしてくれ」

 

 メルドの思考を先読みして言っておく。まだ魔人族のことなどわからぬのに、勝手に向こうのボスと勘違いされても困る。

 悩んだメルドはどうやら内々で留めることにしたらしい。一見俺のステータスは魅力的に見えるからな。是が非でも戦ってほしいこの世界の住人にとって手放し辛いのであろう。

 

 ***

 

 その日の夜。俺は一人訓練場に来ていた。

 

 周囲に秘匿用の結界を張った後、押さえていた魔力を少しずつ解放していく。

 

 そして、現在安全に使える魔力上限に達した後、ステータスを見る。

 

 ===============================

 

 アノス・ヴォルディゴード 17歳 男 レベル:1

 

 天職:魔王

 

 筋力:10000

 体力:10000

 耐性:10000

 敏捷:10000

 魔力:10000

 魔耐:10000

 

 技能:全属性適性・全魔法適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・魔法解析・術式改竄・魔法生成・魔力操作・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・即死無効・状態異常無効・瞬光・格闘術・剣術・豪腕・豪脚・縮地・無拍子・先読・威圧・魔眼・魔言・言語理解

 

 ===============================

 

「やはり……ここでも力は出せぬか」

 

 俺が地球に転生して、一つ問題となっていることがあった。

 

 本来<転生(シリカ)>とは自身の血に連なる者を媒体として転生する。だからこそ俺は元の世界で七人の眷属を生み出し後の世に己の血を残したのだが、異世界では意味がない。だからこそ<転生(シリカ)>で想定外の転生をした影響か、以前ほどの力を出せないのだ。

 

 

 地球ではほとんど戦う必要がなかったため気にする必要はなかったのだが、この世界ではそうはいかない。この世界で地球より濃い魔力に触れることで滅びの根源が目を覚ますことを期待したのだがそう上手くは行かないらしい。

 

「やはりクラスメイト達にも、自衛の手段を持ってもらわねばならぬな」

 

 今の力でもこの世界で一人生きていくだけならおそらく問題ない。だが戦う力のない者を守りながらでは思わぬ不覚を取ることもあるかもしれない。

 

 そうならないためにも、俺は仲間の修練に手を出すことを決めた。




>お前が下で俺が上
もうひとつの作品だといくらイシュタル教皇が怪しくてもこの世界のことを何も知らないので不興を買うわけにはいかないというスタンスでしたが、アノスくらい万能なら関係ありません。むしろ契約(ゼクト)のような魔法を警戒してクラスメイト含めて戦争参加の言質を取らせませんでした。

>アノスの天職
当然魔王。これ以上に相応しい天職が他にあるとでも?

>雫の天職
魔剣士。抑えようとも膨大な魔力を纏っていたアノスの近くに幼少の頃からいたため変化。ありふれのアニメサイトにて判明した剣士の上位職であり一応公式に存在する天職。通常の剣士に高い魔法の素質が加わった天職であり、攻撃特化の魔剣士に対して防御特化の聖騎士(メルドの天職)らしい。

>小物四兄弟
作者的にはアイシールド21のハァハァ三兄弟みたいな扱い。つまりアノスから名前で呼ばれる(認められる)かは彼らの今後の頑張り次第。

>アノスのステータスプレート
「うわ、なんやこいつ。技能どんだけあるねん。こんなん全部書ききれんわ。わいには理解できん技能もてんこ盛りやし、わかりやすいところだけ記載したろ。そんでレベルは……うわぁ、潜在能力の底が見えへん。ひくわー。ん? けどこいつ潜在能力のわりには全然力出せとらへんやんけ? よっしゃ、とりあえず今がレベル1ということにしたろ。あとはしらん」

次回は楽しい楽しい、大魔王教練_入門編



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4話 大魔王教練_入門編

相手は頑丈な魔族でもないし、戦闘経験皆無の人間です。まだ本気を出しません。
最初だけ雫視点です。


 私、八重樫雫から見て、アノスという人間は一言で言うと万能の超人だ。

 

 幼少の頃に出会い、今に至るまでアノスは、あらゆる分野に興味を持って何事も積極的に取り組んできたが、何をやらせても非凡な才能を発揮してきた。

 

 

 剣道は高校生にもなれば家の道場の()()()()である大人ですら勝てなくなり、学力テストにおいては満点以外の点数を取ったところを見たことがない。

 

 

 スポーツをやればどんなジャンルであっても短期間で全国レベルの成績を叩き出し、芸術分野では指先サイズの町のミニチュア模型を提出してコンクールで金賞を獲得したこともあるし、歌でもびっくりするくらいの美声を発揮したりする。

 

 

 または小学校の自由研究で『野生の希少キノコの生態と保護、栽培方法について』と書かれた分厚い論文のような紙束を提出して学校が大騒ぎになったこともある。

 

 

 そんなあらゆる分野で非凡な才能を発揮するアノスはいつも大胆不敵にして傲岸不遜。目上の人であろうと尊敬に値しない人間だと判断した場合、敬語も碌に使わない俺様野郎だが、一度認めた人間に対しては懐が深い。光輝などは何度もアノスに挑んでは返り討ちに合うと言う行為を十年も続けているが、光輝の挑戦に対しアノスが嫌がったことは一度もない。

 

 

 そんな天上天下唯我独尊を地でいくアノスだが、両親をとても大切にしているし、私のことも何度も守ってくれる。光輝が行ったヒーロー活動も裏でアフターケアをしているのを知っている。

 

 

 だからこそ私は、そんなアノスのことが……はっきり言ってしまえば好きなのだ。

 

 

 とはいえ、どうやらアノスはそういう恋愛方面のことに関して恐ろしく鈍い。というより高校生になった今でもさっぱり興味がないようだ。当然のようにモテるから幾度も告白されているにも関わらず、興味がないの一言でバッサリ斬り捨てている。

 

 

 いや、一度だけ興味を持ったことがあったか。

 

『雫よ、この本に載っていたのだがな。どうやら学生時代の青春の半分はなんと学生同士の恋愛で出来ているようだぞ。思えば確かに俺は恋愛というものを経験したことがない。青春の半分を占めるものを体験しないのはもったいないとは思わないか? だから雫……』

『な、なによ(ドキドキ)』

『……俺と付き合ってもよいという女子生徒を紹介してくれぬか』

『紹介するわけないでしょッ! この馬鹿ッ、朴念仁!!』

 

 正直あの時は本気で殴ってやろうかと思った。

 

 誰でもいいと言うのなら、なぜ目の前にいる、一応女神扱いされてたりする幼馴染にまず真っ先に頼まないのか。私に言ってくれたらいつでも魔王の配下から恋人にジョブチェンジしたというのに。

 

 結局しばらくするとアノスの興味が別のものに移ったことでこの話はなかったこととなったのだが、アノスの興味が恋愛から別のものに移るまで私はアノスに対する告白を義妹を使うというなりふり構わない手段で妨害したりした。

 

 

 このように少々常識に問題がある困った幼馴染だが、基本的にいつでもかっこよくて頼りになって、子供のような笑顔で大好物のキノコグラタンを食べる大好きな幼馴染なのだ。

 

 

 そして異世界に飛ばされて早二週間。どうやらアノスの才覚は異世界でも遺憾なく発揮されたようで……

 

 

「さあ、待たせたなお前達。今日も楽しい……大魔王教練の時間だ」

 

 

 たった二週間で、アノスは教わる側から教える側になっていた。

 

 

 ***

 

 この世界に来て二週間が経過した。

 

 本格的に訓練が始まった際に俺がやったことは二つ。一つはこの世界の魔法について知ること。そしてもう一つがこの世界の情報を集めることだ。

 

 魔法についてはメルドが率いる騎士団に所属する魔導士が、クラスメイト全員に基本から教えることになっていたのだが、それが面倒だと感じた俺はもっと手っ取り早い手段を行使した。

 

『なんでもよい。お前達が使える魔法をありったけ俺に見せてみよ』

 

 当然最初は生意気なことを言う俺にいい顔をしなかった者の方が多かったが、一目見た魔法を完璧以上に再現してやれば誰も文句を言わなくなった。むしろ魔法式に無駄が多かったのでそれならともっと短い詠唱で効率を上げる術式を提供してやったくらいだ。

 

『これはッ、詠唱時間六割減ッッ! しかも魔法効果は……に、二倍ッッ。そ、そんな馬鹿な!!』

 

 その後驚愕の表情を浮かべた魔導師を筆頭に、むしろ進んで魔法を見せてくれるようになったのでこの世界の魔法を習得するのにさほど苦労はしなかった。

 

 だが問題はこの世界の情報だ。それには現在進行形で苦労している。なぜならハイリヒ王国の大図書館の本を大体網羅してみたが、中身が明らかに偏っていたからだ。

 

 

 一番多かったのはエヒト教について。この世界の創世神話とエヒトが起こした数々の奇跡。そして神の残した教えとそれを受け継ぐ教会の栄光と繁栄について。それらについては歴史書から物語に至るまで幅広く存在していた。

 

 一方でほとんどなかったのは魔人族についてだ。かつて神に反逆したという反逆者の話はあれど、魔人族については出てきても理性の無い魔物の上位種でありこの世界から滅ぼすべき邪悪であるという情報しか出てこず、魔人族の文化などについて語っている書物が全くない。

 それは亜人族についても同様で、神が存在を認めぬ畜生でしかないという記載ばかりだった。

 

 

 これらからわかることは、実は人族は魔人族の文化や生態についてほとんど何も知らないということだ。そもそも戦争以外の交流もほとんどなく、あっても数百年に一度あるかないかという具合だ。

 

 

 他の者なら異世界の別種族同士の戦争なのだからこんなものかと思うかもしれないが、俺だからこそこれはおかしいと思った。

 

 かつて魔族の国ディルヘイドと人間の国アゼシオンとて多少は交流があったのだ。魔王である俺が人間が愛しい恋人に送る貝殻の伝説を知っているくらいに。だからこそ、お互いのことを知り、勇者カノンとも和解の道を探ることができた。それに千年時間が離れればお互いの憎しみも薄れるだろうと信じることができたからこそ、俺は千年前に死んだのだ。

 

 

 だがこの世界の人類と魔人族はどちらも互いを知ろうとすらしていない。北と南で食糧などの物資が不足しているということもない。ただお互いが神敵だからこそ滅ぼそうとしている。

 

 

 俺達の場合、人間や精霊、神の戦う理由は暴虐の魔王であり神の定めた秩序を乱す俺がいたからだ。そして俺が戦ったのは同胞である魔族のためと破壊に寄っていた秩序を創造の方に寄せるためだった。

 だがこの世界は何もかもが神ありきで動いている。

 

 

 こうなってくるとこの世界の宗教は信用できない。元々俺個人は神など信じて縋ったことなど一度もないが、最終的に敵対するというのならクラスメイトの訓練を他人任せにするのは不安が残る。

 

 だからこそ……

 

 

「メルドからも許可を貰ってある。だからこそ今日から俺が、お前達にこの世界で生き抜く方法を教えてやる」

 

 大魔王教練を行う決意をしたのだ。

 

 

「とはいえお前達に訓練を課すにも、俺が手を入れる段階まで至っていないのがお前達の現状だ。だから基本的にはメルドから教わった通り訓練を行うことになる」

「じゃあアノスは私達に何を教えるのよ?」

 

 教練と言ってもメルドとて素人ではない。本当の素人であるクラスメイト達に基礎を叩きこむためのメニューは俺の目からみてもしっかり組まれている。現状ここに俺が介入する余地はない。

 

 なら何を教えるのか。決まっている。この世界出身のメルドでは教えられないことを教えるのだ。

 

「俺が教えるのは魔力の使い方だ。お前達全員に魔力操作を習得してもらう」

 

 この世界の魔法を見て俺がまず驚いたのは、誰も魔力を自力で操作できないということだ。聞いてみたところそれは魔物固有の技能であり人族にも魔人族にも魔力の直接操作ができる者はいないという。

 だが俺からしたら呆れるばかりだ。魔法を使う前に魔力の操作を学ぶのなど常識。魔族では物心ついた子供すら魔力を使うことができたのだ。根源から魔力を発生させる以上、自力で操作できないなどありえない。

 

「けど魔力操作って確か魔物しかできないんじゃなかったっけ?」

「そんな技能だれも持ってないしよ」

「いや、アノス様は持ってたよ」

「アノス様だもん。この世界の人より優れてるのはあたりまえじゃん」

「だよね~。アノス様はここでも強靭、無敵、最強」

 

 どうやらいまいち反応がよくない。普通に詠唱することで魔法が使えているからだろうが……

 

「お前達には絶対に習得してもらう。なぜなら魔力を操作して魔法を使うのと詠唱で魔法を使うので天と地の差があるからだ。極論今のお前達は音声入力で家電を動かしているのとそうは変わらぬ。魔力操作で魔法を使ってこそ初めて魔法を使ったと言える」

 

 論より証拠。まずは魔力操作を体感してもらう。

 

「雫、前に出てくれ」

 

 俺が呼ぶと素直に雫が前に出てくる。

 

「何をすればいいの?」

「今から俺がお前に魔力を流すから魔力というものを実際に感じてみてくれ」

 

 そして雫の両肩に手を置くとゆっくり魔力を流していく。

 

「ひゃん。ちょ、アノス……これ……んんッ」

 

 思ったより気を使う。何しろ魔族にとって魔力は操作できて当たり前だったのだ。だからこそ他人に魔力の使い方をゼロから教えた経験は俺にもない。ここで手を抜けば雫が魔力を扱う際に変な癖がつくかもしれぬ。だからこそ、雫の身体の隅から隅まで撫でるように魔力を注ぎ込む。

 

「あん。ちょ、アノスゥ、まだなの?」

「もう少し耐えろ。後少しだ」

 

 他人の魔力を内側に流される気持ち悪さからか、雫は顔を赤くして膝をもじもじしながら悶える。

 

「もういいぞ。ゆっくり魔力を身体に巡らせるイメージを持て」

「んん、これ……すごい、これが魔力」

 

 思っていたより飲み込みが早い。既に雫は身体の外側に魔力を留められるようになっている。

 

「雫は風属性に適正があったな。ではあの的に向けて風魔法を詠唱なしで使ってみろ。魔法陣に魔力を流すイメージを持てばいい」

「ええと……こうかしら……”風撃”」

 

 言われた通り指ぬきグローブに刻まれた魔法陣に魔力を流し、魔法が発動した。発生した風の球が的に命中し、的を破壊する。

 

「すごい。詠唱してた頃と……全然違う」

「これが魔法を使うということだ。雫は今本当の意味で魔法に触れた。これから訓練を重ねれば、魔法陣も魔力で展開できるから魔法陣を持ち運ぶ必要もなくなる。さて、何をするかわかったな。早速順番に魔力を目覚めさせるから列を作って並べ」

「はい、アノス様」

 

 そう言って元気よく立ち上がったのはアノスファンクラブのメンバーそして女子生徒。だが男子生徒はほとんど立ち上がらない。

 

「どうした? なぜ立ち上がらぬ?」

「いや、あの……ちょっとたんま。今立ち上がれないからもう少し待ってくれ」

「よくわからぬが、では女子から始めようか。安心するといい。さっきコツをつかんだからな。次は不快感を与えることなく目覚めさせることができるはずだ」

「え~~~~そんな~~~」

「ちょっと、楽しみだったのに」

 

 何故か知らないが、アノスファンクラブから残念がる声が聞こえた。

 

 

 ***

 

 そして訓練開始から数日が経った頃、出来不出来はあれどクラスメイト全員が魔力の操作を覚えることに成功した。

 

 魔力を操作できるようになったことで皆の魔法レベルは飛躍的に向上している。もっともまだ初級の域を超えていないので大魔王教練を次のステップに進めるのはもう少し先になるだろう。

 

 

「”風刃”」

 

 そして現在、目の前で朝早く俺と模擬戦をしている雫もまた、この世界で習得した魔法と八重樫流の剣術を組み合わせた戦闘方法を構築中だ。

 

 雫の天職は魔剣士。メルド曰く、攻撃の剣を得意とする「剣士」の中で、魔法にも高い適性がある天職だという。

 

 その中で雫には風属性の魔法に適正があるため、風魔法を刀身に纏わせて風の刃を放ったり、身体に風を纏って立体機動能力を強化することによる素早い攻撃を行う方向で鍛えている。

 

 だがまだまだ完成には程遠い。

 

「雫、身体の動きと剣技に対して魔法の発動が遅すぎる。今のままでは魔力を活かしているとは言えぬな。これなら魔法を使わぬほうがまだ強い」

「はぁ、はぁ、そうは言っても……小さい頃からやってる剣術はともかく、アノスじゃないんだから魔法をそう簡単に上手く使えないわよ」

「だが状況は待ってはくれぬ。いつ戦争が始まるかわからぬ以上、巻き込まれることを想定して備えなければならない。俺が守ってやっても良いが……お前はそれで満足はせぬであろう」

 

 俺の言葉に対して、雫が顔に笑みを浮かべ、再び剣を構える。

 

「あたりまえでしょ。もう一回お願いするわ」

「そう来なくてはな」

 

 そして再び、雫との剣戟が始まった。

 

 それから俺が雫を転ばせ、雫が立ち上がるということを繰り返している内に、朝の修行時間が近づいてきたので特訓を切り上げる。

 

「そこまでだ。それなりに形になってきたな。魔法発動の基礎は掴んだようだからこれからも修練を続ければもっと上手く魔力を使えるようになるだろう」

 

 実際雫の上達速度は大したものだった。元々他のクラスメイトと違い、八重樫流を収めている雫は戦闘の基礎はできているのだ。これから磨いていけば、すぐに前線で活躍できる戦士になれるだろう。

 

 

 そしてほどほどに雫との訓練を終わらせた俺は光輝達と合流し、朝の訓練に向かう。そして隣を歩く光輝に対し、俺は魔眼を向けてみる。

 

「ふむ、見たところ基本的な魔力操作は身に付きつつあるようだな」

「あたりまえだ! 俺だって成長してるんだ。いつまでも後塵を拝すると思うな」

 

 威勢よく光輝が叫ぶが、確かにそれに相応しい成長はしているように思える。

 

 この世界に来たばかりの頃、根源から滲み出す魔力がそのまま垂れ流しになっていたが、今ではしっかり身体の周辺にとどめられるようになっている。これができるだけで今後の成長度が変わってくる。見たところ龍太郎も負けないように頑張っているようで感心するばかりだ。

 

 だがどうやら感心ばかりもしていられないらしい。

 

 少し先でハジメを囲って攻撃を加えている小物四兄弟が見えたからだ。

 

「何やってるの!?」

 

 香織が血相を変えて小物四兄弟に問いかける。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

 

「ハジメくん!」

 

 香織がハジメに向かって駆け出し、回復魔法をかけ始める。

 

 治癒師の天職を持つ香織は回復魔法に適正がある。そして魔力操作を覚え始めた香織はすでにこの国に存在する並みの治癒師を超える力を発揮し始めていた。

 

 

「特訓ね。それにしては随分と一方的みたいだけど?」

「いや、それは……」

「ふむ、中々悪くない訓練ではないか」

「えっ!? アノス!?」

 

 しどろもどろ言い訳をし始めた小物四兄弟に俺が素直な感想を言うと全員俺を驚いたような顔で見る。

 

「魔力とは根源から生まれるものだ。そして根源が最も魔力を放つのは、それが消滅の危機にさらされたときだ。灯滅せんとして光を増す。簡単に言えば、魔力は命の危険に晒されれば晒されるほど力を増していく性質がある。その観点で見れば小物四兄弟がハジメに行った訓練とやらは狙いとしては悪くない」

「え、へへへ、そうそう。俺達は南雲のことを想ってだな」

「アノス! いくら何でもこれはないだろ! いくら効率がいいやり方だとしても、限度ってものがあるはずだ!」

 

 俺の思わぬ援護に小物四兄弟が途端に調子づくが、光輝が義憤に燃えて俺に抗議してくる。

 

 だが、俺とて小物四兄弟にいい気分のままさせるつもりはない。

 

「いやいや、中々感心ではないか。お前達の熱意は伝わった。……なら次はお前達の番だな」

「「「「えっ!?」」」」

「何を呆けた顔をしている。先ほど言ったではないか。魔力とは命の危険を覚えれば覚えるほど伸びていくものだと。実際お前達はハジメに対してそれを実践したわけだ。他人にその努力を強いた以上、自分もやらねば筋が通らぬ」

「あ、あ、あ」

 

 なにやら顔色を真っ青にしながら口を開けている小物四兄弟の眼前で<火炎(グレガ)>を見せてやる。

 

「お前達のやる気を尊重して、お前達の大魔王教練は一足先に次のステップに進むことにしよう。何、言った通り少し死ぬような思いを何度も繰り返して、魔力の底上げを行うだけだ。安心しろ、仮にやりすぎてうっかり死んでしまってもちゃんと蘇生してやろう」

「「「「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃぃ」」」」

 

 すっかり怯えている小物四兄弟に対し、雫達は哀れな生贄を見るような目を向け、香織の魔法によって回復した被害者であるハジメですら、小物四兄弟に対して同情の視線を向ける。

 

 

『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!』

 

 

 その後、小物四兄弟は訓練の度に瀕死になるため、ハジメにちょっかいをかけることはなくなったという。

 

 

 ***

 

 さて、今回は庇う形になったハジメだが、非戦闘職だからといって楽をさせているわけではないのだ。

 

 

「アノス……できたよ」

 

 場所はメルドにハジメの訓練用に用意してもらった王都の錬成場。そこで俺はハジメの錬成技能の鍛錬の成果を見ていた。戦闘職持ちが専門職に沿った訓練を開始し始めている中、愛子以外で唯一の非戦闘職であるハジメは、国お抱えの錬成師の工房で錬成の基本を学んでいた。

 

 もちろん基礎訓練や魔力操作の訓練は行っているが、俺の目から見ても直接戦闘に向いているとは言えないハジメに対して、まずはその特技を伸ばすことにし、今その成果を見ているところだ。

 

「どうかな。一応ウォルペンさんからは及第点を貰ったんだけど……」

 

 ハジメが抱えているのは一本の鋼の剣。確かに見た目や重厚感は中々の物に見えるが……

 

「どれ、試してやろう。”錬成”」

 

創造建築(アイリス)>ではなく、この世界に合わせて錬成の魔法で地面から一本の剣を作る。そしてハジメの剣に対して、俺は剣を振り下ろした。

 

 金属が砕ける音と共に、剣が破壊される。もちろんハジメが作った方が。

 

「駄目だな。この程度の完成度では実戦では使えぬ。もっと物質の構成を良く見て原子の一つ一つに魔力を行き渡らせて錬成するがいい」

「そっか、これも駄目かぁ……結構自信作だったのに……」

 

 肩を落としながらハジメが通算45本目の剣の残骸を回収する。

 

 錬成の基礎を学んで以降、ハジメは魔力操作の訓練と錬成の訓練をひたすら行うという行動を続けている。ハジメは魔力が少なかったのだが、俺が魔力を分けながら訓練を行い続けた結果、魔力量に関してはこの世界に来た当初よりはマシになったと言える。

 

「この程度で根を上げられても困るぞ、ハジメ。ゆくゆくはお前にアーティファクトを作れるようになってもらうからな」

 

 この世界に来てから教会や王宮を調査させている間者から聞いた話だが、どうやらハジメを無能扱いする輩が存在するらしい。本来立場上、神の使徒であるハジメを悪く言うのはまずいのだが、ハジメが非戦闘職ということもあり、偏見の目で見ている者が大勢いるということだ。

 

 もちろんメルドなどはハジメの努力を認めているし、ハジメに錬成を教えた錬成師達は内輪でハジメの扱いに不満があるようだ。そして俺が指導している以上、ハジメが舐められるということは俺が舐められるということでもある。だからこそ、ハジメには無能扱いを後悔するほどの成果を上げてもらわなければならない。

 

「アーティファクトかぁ。確かに魔剣とか聖剣とか伝説の武器っぽいものを作ってみたいけど……錬成だけだと無理っぽいんだよなぁ」

「そう腐るな。お前の努力は決して無駄にはならぬ。だから今はひたすら錬成と魔力操作を磨き続けろ」

「うん、わかった。ここまで来たら伝説の武器の一つや二つ作って見せるよ」

 

 そしてハジメの言葉通り、この世界の錬成だけでは限界がある。

 

 この世界の錬成魔法というものは簡単に言えば物質の形を変える魔法ということになる。例えば鉄に使えばその形を自由に変えることで剣にも槍にも、鍋などの雑貨を作ったりもすることができるが、所詮それだけだ。地球で機械を使って物を加工することと何ら変わりない。

 なにより錬成で作ったものには魔力が宿っていない。これではいくら錬成の技能を磨いたとしても、よく切れる剣を作ることはできても、魔剣や聖剣の類は作れない。

 

 俺の使う<創造建築(アイリス)>や<聖別(リヒド)*1が使えればその問題は解決するのだが、以前一番簡単な<火炎(グレガ)>の魔法を炎魔法に適正のある者に教えても習得できなかったことから、俺の世界の魔法はどうやら現状、俺以外に使えないことがわかっている。

 

 とはいえこのままにするつもりはない。今のところこの世界の魔法は俺の世界の魔法ほど種類があるわけではないようだ。ならば仲間の何人かには俺の魔法を教えればこの世界の限界を超えて伸びる可能性もある。

 

 だからこそ、いずれ俺の世界の魔法をクラスメイトにも使えるようにしておきたい。

 

 そしてその時のために、明日からもクラスメイト達に的確な訓練をしなければならないと俺は誓った。

 

 

 

*1
武器や防具、道具に聖なる力を与える魔法




>魔力操作
個人的にクラスメイト強化の一番の近道。アノスからしたら根源から魔力を発しているのに操作できないとか意味不明。

次回は大迷宮探索。アノスの出番は果たしてあるのか。



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5話 魔王と大迷宮

オルクス大迷宮突入。
魔王が一番最初のダンジョンを真面目に攻略しようとするシュールな光景です。


【オルクス大迷宮】

 

 何でもそれは全百階層からなると言われている大迷宮であり、冒険者や傭兵、新兵の訓練に使われるなどこの国の生活に欠かせない施設なのだと言う。

 

 そして俺の訓練とメルドの基礎訓練を経たクラスメイト達が実戦のために明日挑戦する場所でもある。

 

 俺を含むクラスメイト達と王国騎士団の一部がオルクス大迷宮があると言われている宿場町【ホルアド】に到着し、そこの宿屋に泊まることになった。

 

 その日の夜、クラスメイト達が明日に想いを馳せながら、それぞれの形で夜を過ごす中、俺は一人で椅子に足を組みながら座り、月を眺めていた。

 

 否、正確に言えば、この場にいるのは一人ではないのだが。

 

「やはり反逆者についての情報は出てこなかったか」

「ああ、信徒だけが入れる書庫に潜入してみたんだが、それっぽい情報はなかった。俺の勘になるけどやっぱり意図的に削除してるみたいだな。歴史書なんかを見ると明らかに不自然に消えてる部分がいくつか見当たるし」

 

 俺の呟きに対して、背後から気配が現れる。

 

 全身黒ずくめの少年は、俺が地球にてその天性の才能を見出したことをキッカケに、色々諜報活動を依頼していた時からの付き合いだった。

 

 この世界に来て、クラスメイトと同じ訓練を受ける中、一人度々抜け出しては俺の要望に応えるために教会内部などに潜入して貰っている。

 

「教会の様子は?」

「アノスが魔王の天職を持ってることが一時的に問題になったっぽいけど、今のところは静観って感じだな。怪しくても人族の利益になるなら放置するって方針で固まったみたいだ。何だかんだ言って魔人族が力を付けて追い詰められているのはマジみたいだから、現状圧倒的に強い上に俺たちのリーダーのアノスは切り捨てられないってことだろ」

「なるほど、魔王の手も借りたいほど焦っているわけだな」

 

 この世界に来た当初は侵略戦争の捨て駒として呼ばれた可能性もあると言ったのは俺だが、調べていく内に本当に魔人族が力を付けているのは間違いないとわかった。

 

 数の上で圧倒的に有利だったはずの戦場が、魔人族の魔物によって形勢を逆転され敗走したという事例も増えてきているらしい。

 

「ちょっと調べたけど、近い内に魔人族が大規模な作戦を展開するんじゃないかという噂もあるみたいだな。俺達に縋らなきゃやばいってのも間違いじゃない」

「そうか。ならお前たちが成長するまでは教会と事を構えるのは避けた方が面倒がなくていいな。それで、魔人族についての情報は?」

「……アノスの言ってた通りだな。教会が教える魔物の上位種という認識よりかは人間に近い。寿命は多少魔人族の方が長いみたいだけど、基本的に人間と食性も趣向もさほど変わらない。言葉も普通に通じるらしいぞ。そんで魔人族の方はどうやらアルヴ教ってのを信仰しているのが大半らしい」

 

 訓練を行いつつ、僅か二週間でここまで情報を揃えたことに感心する。どうやらこいつもこの世界に来て才能に目覚めたらしい。

 

「となるとこの戦争の本質はやはり宗教戦争か」

「だな。だからこのままだと俺達は人殺しをさせられる。しかも正義とか悪とかはっきり定義されてない戦いでな」

 

 地球においても宗教に関する戦争は現代でも続いている。過去の有名どころでは十字軍などがあげられるが、その戦いはどれも悲惨の一言だ。

 

「つまり戦争が本格化する前にこの世界から脱出するか、この世界の問題の根本から解決するかのどちらかというわけだ」

「簡単に言うなぁ。たった百年歴史を遡ってみても人族と魔人族はずっと戦争してばっかりで泥沼状態だぞ。けどアノスが言うと本当に何とかしそうというか……まあ、それは置いといて、俺はこれからどうすればいい?」

「しばらくは無茶をせずともよい。訓練を受けつつ活動するのは中々辛い物があるであろう。また必要な時はこちらから依頼する。今夜はもう明日に備えて休んでおけ」

「御意」

 

 そう言って影は闇に溶けるように消えていく。相変わらず見事な隠形だった。俺も魔法を使えば似たようなことができるが、これは天性のものだろう。間違いなく極めれば、俺でもたどり着けぬ境地に至る才能を持っている。

 

 

 その後、一人部屋を選択したがゆえに静寂の戻った部屋にてどうするか悩んでいたが、扉をノックする音で扉に意識を向ける。

 

「アノス、ちょっといい?」

「構わぬ。入ってもよいぞ」

「そう、失礼するわね」

 

 そう言って入ってきたのは雫だった。既に就寝準備を済ませていたのか、いつもと違い、着心地が良さそうな服を着ている。

 

「なんだ。まさか眠れぬから添い寝でもして欲しいのか?」

「ば、馬鹿。そんなんじゃないわよ。ただ一人はちょっと寂しいと思って」

「一人? 香織はどうした?」

 

 雫は香織と同室だった筈だ。なのに部屋には今雫一人というのはどういうことなのか。香織は普段から夜遊びなどしない奴なのだがな。

 

「香織は南雲君の部屋に行ってるわ。もしかしたら今夜は帰ってこないかも」

「ほう、ならハジメもようやく受け入れる気になったということか」

 

 地球にいる時は香織の押しが強すぎて若干引き気味のようだったハジメもこの世界に来て思うことはあったのかもしれない。

 

「そういうことなら仕方あるまい。このままこの部屋に泊まっていくが良い。なぁに心配せずとも俺以外にはおらぬ」

「…………だから困るんだけど」

「困る?」

「別に、アノスはどこに行ってもアノスだなと思っただけよ」

 

 そういってベッドの端に座る雫。普段のはきはきした様子とは違い、しおらしい態度をしていた。

 

「本当に……変わらないわよね、アノスは。出会った頃からいつも自信満々で失敗するなんて考えてないような顔して」

「たしかに、俺の辞書に後悔と不可能の文字は無いな」

 

 前世も今も、できぬと思ったことなど何一つない。だからこそ……

 

「だから雫。お前はなにも心配することはない」

「アノス……」

「お前が内心不安でいっぱいなのは見ていればわかる。だが、それは無用な心配でしかない。なぜかわかるか?」

「アノスがいるから?」

 

 雫の言葉に対し、笑みで返答を行う。

 

「お前はただいつも通りにしていればよい。そうすれば絶対に、俺がお前達を地球に返してやる」

 

 だから何も心配いらぬのだと伝えると、雫はやっと安心したのかほっと息を付く。

 

「不思議……アノスが言うと全部本当になんとかなる気がしてくるわ。異世界に来たって言うのにすぐに順応するし。……案外アノスの前世は、本当に魔王なのかもしれないわね」

「別に隠しているつもりはないのだがな」

「ふふふ。なら……明日も頼りにさせてもらうわね。私の魔王様」

 

 そう言うと雫がこちらに向けて頭を倒してきたので肩を貸してやる。

 

 それから無言で外の月を眺めている間に、雫が眠りに落ちる気配を感じた。

 

 

 ***

 

 

 

 オルクス大迷宮は緑光石という発光する特殊な鉱物の鉱脈を掘って出来ているらしく、特別魔法などで灯りを用意する必要がない場所だった。

 

 

 通路は縦横5m以上あるが、大人数での戦闘を考慮すると決して広いとはいいがたいだろう。よって迷宮の攻略は基本的に縦に隊列を組み、各人が前後左右を警戒しながら進んでいくのがセオリーらしい。

 

 

 以前からの通達の通り、クラスメイト一同は揃って大迷宮の奥に向かって少しずつ進んでいた。

 

 俺が周囲に気を配っていると大半の生徒は緊張で身体を硬くしている。今まで命のやり取りなどに縁がなかったとはいえ、そのままではよくない。とはいえそもそも今回の訓練の目的がまさに新兵に向けたものなので、この訓練を終えるころには全員それなりに身体が動くようになるであろう。

 

 

 俺が一番後方を歩いていると、先頭を歩いていた光輝達が止まる。

 

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 

 魔力が小さすぎて見逃していたがどうやらネズミがでたらしい。

 

 俺からしたら敵とすら呼べないレベルではあるが、これが初戦闘となる光輝達は緊張しているように見える。特に気持ち悪いものが苦手な雫は不気味な姿をしたネズミに若干引いているようだった。

 

 

 間合いに入ったネズミを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃し、その間に、香織と恵里、鈴が魔法を準備して待機する。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

「おらぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 

 光輝がハイリヒ王国の秘蔵らしい聖剣に魔力を纏わせ、ネズミを数体をまとめて葬り、龍太郎が籠手に付与されている衝撃波の魔法でネズミを吹き飛ばす。

 

 

 雫は、俺が<創造建築(アイリス)>で作った刀を腰だめに構え、一息にネズミを通り過ぎ、まとめて切り払う。抜刀術という概念がないらしいこの世界の住人からしたら、雫の剣技は真新しく映ったのか騎士達が感嘆としていた。

 

 そして前線メンバーがあらかた暴れると後衛に控えていた香織達にスイッチする。

 

 

 ハジメ達が光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、後衛組の魔法が発動した。

 

 

「「「”螺炎”」」」

 

 魔力操作を習得したことで詠唱いらずとなった炎魔法が螺旋を描きながらネズミ達に直撃し、灰にする。

 

「よっしゃぁぁぁぁぁ──ッッ!! 楽勝だぜ!!」

 

 戦闘終了を察した龍太郎が真っ先に勝鬨の声を上げる。それにつられるように、今回戦闘に参加しなかったクラスメイト達にも喜びの声が上がる。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 メルドが油断しないように注意しているが、テンションが上がったクラスメイト達の興奮は収まらない。メルドの顔を見れば多少はしょうがないといった表情を浮かべていた。

 

「はは、みんなすごいなぁ。もう一端の戦士じゃないか……」

 

 ただ一人の非戦闘職ということで、後方に控えていたハジメが苦笑いする。

 

 確かに初陣にしてはよくやった、と言ってやりたいところだが、俺からしたらこの結果は少しお粗末だった。

 

「油断するな。今の光輝達の戦い。初陣だということを差し引いても出来がいいとは言えぬぞ」

 

 俺の声に対し、テンションが上がっていたクラスメイト達が我に返って俺の方を注視する。

 

「まずは後衛組三人。はっきり言って攻撃が過剰すぎる。お前達が今やったのは普通のネズミを駆除するために、火炎放射器を持ち出したに等しい。ここは広いからいいが、場所によっては周囲を巻き込む危険もある。相手を良く見て適切な魔法を使うように心がけよ」

「……あはは」

 

 やりすぎを自覚したのか、香織達は揃って顔を赤くした。俺の魔眼で見た限り、炎魔法に適正があるわけでもないのに、香織が一番過剰攻撃だった。もしかしたら誰かにカッコいいところを見てもらおうと気合を入れたのかもしれない。

 

「次に光輝、お前も力みすぎだ。見よ、無駄に力が入っているせいでネズミ共が粉々ではないか」

「うっ、確かに……」

 

 光輝は自分が倒し、潰れた肉塊になったネズミを見て嫌な顔をする。クラスメイトも気分が悪くなるからか光輝が倒したネズミの方は見ないようにしているようだった。

 

「次に龍太郎……お前は先走りすぎだ。勢いは買うが、それだけではいずれ勝てない敵が出てくるぞ」

「おう! もっと頑張ればいいんだな!」

「龍太郎……本当にわかってるのかしら……」

 

 俺の言葉に対し、龍太郎がいかにもわかっていない返答を返し、雫が呆れてため息をつく。

 

「最後に雫だが……剣捌きに関しては現状言うことはない。ネズミの死体をみればそれは明らかだろう」

 

 崩れて原型が留めていない光輝のネズミの死体と比較して、雫が倒したネズミの死体は綺麗な形を留めている。通りすがりの一撃で確実に急所のみを斬り裂いて倒したことがよくわかる。

 

「アノスの言う通りだ。魔物から取れる魔石は冒険者の貴重な収入源だが、光輝や香織達が倒したラットマンは損壊が激しすぎて魔石が回収できない。魔物によっては魔石だけでなく毛皮なども高く売れる魔物もいる。だからこそ腕の立つ冒険者ほど魔物は綺麗に殺す。みんな覚えておけ」

 

 そう言いながらメルドが雫が倒したネズミから小さい魔石を取り出すと、生徒達から雫に向けて感嘆の声が上がる。

 

「雫ちゃん凄い!」

「えーと、そうなのかしら」

 

 雫は香織に褒められて喜ぶべきか、それが生物の殺生による結果であることに嘆けばいいのかわからないというような顔をしていた。

 

「素直に喜んでもよかろう。だが剣については言うことはないが、魔力操作に関しては別だ。このネズミには死ぬ間際に暴れた形跡が残っているが……お前の魔力操作がもっと上達してくれば、ネズミを死んだことにも気づかせずに倒すことができるようになる」

「……うん!」

 

 俺がアドバイスを送ると雫はほっとしたような顔をして笑みを浮かべた。やはり緊張自体はしていたらしい。だが初陣を果たした以上、今度はもっと余裕をもって対応できるだろう。

 

「ねぇねぇ。アノス様だったら、一体どうやって倒しますか?」

 

 ファンクラブの一人の発言により、俺に注目が集まる。

 

「そうだな…………ふむ、丁度良い。何かお前達の手本になるように倒してやろう」

 

 丁度数匹のネズミがやってきたので俺は光輝達より前に出る。

 

 こちらに寄ってくるネズミに対し、魔眼を向けながらどのように倒すか思案する。

 

 ここは剣を使うのがいいか。それとも他の武器を使うか。それとも魔法を使ってみるか。

 

 俺がしばらく思案していると……

 

「きゅっ! きゅ、きゅうぅぅぅ」

 

 俺に見つめられていたネズミ共が突如痙攣を始め、泡を吹いて倒れてしまった。

 

 

「……」

 

 沈黙が場を支配する中、俺はネズミ達に魔眼を向ける。

 

「ふむ…………事切れておるな」

「なんでよ!!?」

 

 俺の呟きに対し、ツッコミを雫が入れてくるが、何度見ても結果は変わらない。

 

「アノス……あなた一体何したのよ?」

「いや、本当に何もしておらぬのだがな……ふむ、どうやら俺の視線に当てられて、矮小なネズミの心臓が止まってしまったらしい」

「いやそれって……何の参考にもならないじゃない」

「どうやら俺はしばらく前に出るべきではなさそうだな。俺が視線を向けるだけで魔物が死んでしまっては、お前達の訓練にならぬ」

 

 この事実に周りが唖然としている中、ハジメが一人納得する。

 

「そりゃまぁ、最序盤のモンスターが魔王に睨まれたらああなるよね」

 

 周りもどうやらハジメの結論で納得することにして、先を進むことにしたようだった。

 

 

 ***

 

 それから非戦闘職のハジメと、視線を向けただけで魔物が心筋梗塞を起こして勝手に死んでしまう俺を除いて、ローテションで一通り戦闘を経験した。

 

 その間ハジメは俺が命じた通り、周囲の鉱物の鑑定と錬成の行使を繰り返していた。

 

 大迷宮というだけあって、地上にはなかった鉱物なども多数存在することもあって、錬成師であるハジメのレベルアップにもちょうどいいと考えた結果だ。

 

 

 それでは俺だけ何もしていないのかというともちろんそうではない。クラスメイトが戦闘を行うたびに評価するべき点と反省点を伝えて成長を促していた。それを繰り返し、もうすぐ目標の二十階層に到達する前に、クラスメイト達に教えたいことができてきた俺はそれを伝えるために前に出る。

 

「さて、お前達も戦闘に慣れてきた頃であろう。だからここから少し魔力操作の応用編だ」

 

 魔力操作の応用編と聞き、クラスメイトが期待の眼差しを向けてくる。

 

 二十階層に到達するまでに、メルドが率いる騎士隊と連携を取ることが幾度かあったが、魔法を詠唱して発動するメルド達に対して、クラスメイト達は無詠唱で魔法を使ってきた。その発動速度はどちらが早いか言うまでもなく、魔力による身体強化も自然にできるのだ。クラスメイト達はメルド達と実戦で比較して、自分達にどれだけアドバンテージがあるか肌で実感した。

 

 

 そしてそれはクラスメイト達だけに留まらない。魔力操作は魔物だけのもの、つまり教会においては禁忌とされる技術でありながら、神の使徒ゆえの例外だと目を瞑ってきた騎士達も、今回の訓練で魔力操作の恩恵が自分達の想像以上に高いことがわかり、周囲を警戒しつつもこちらを注目している。

 

「魔力操作の応用編、お前達には……魔眼を習得してもらう」

 

 

 魔眼という言葉を聞き、一部は首を傾げ、一部がむず痒そうな顔をする。むず痒そうな顔をした代表であるハジメが少し遠慮がちに聞いてくる。

 

「あの……アノス。魔眼って言うのはさ。見たら相手を石化させるとか、物の死を見るとかそういうやつ?」

「ふむ。ハジメの言う魔眼は特殊能力を持っているものだな。だがそれは個人の才能によるもので中々努力で手に入れられるものではない。俺が言っているのは魔力を観る眼と言う意味だ。言うより体験したほうが早いだろう。雫、来てくれ」

 

 

 俺の言葉に素直に従って傍まで来る雫。だが、心なしか少し顔を赤くしているように感じるのは何故なのか。

 

「アノス……まさか魔力操作を習得した時みたいなことにならないでしょうね」

「そんなことにはならぬ。お前は既に魔力を操作できているし、後は使い方を教えるだけだ。まずは……目を閉じるんだ」

 

 素直に目を閉じる雫。

 

「今のお前は訓練により身体に巡る魔力をはっきりと感じられるようになったはずだ。その魔力の流れを操り、両眼に込めて見ろ。最初はゆっくりで構わぬ」

 

 雫の魔力の流れを魔眼で追うと、ぎこちなくはあるが少しずつ魔力が雫の両眼に集まってくる。

 

 魔眼も練度に差はあれど、魔族なら標準的に備えている機能だ。だが、人間も訓練次第では習得は不可能ではない。

 

「そのまま魔力を維持したまま、ゆっくり目を開いてみろ」

 

 言われた通り雫はゆっくりと目を開ける。その両眼には確かに魔力の輝きが宿っているのがわかった。

 

「周りを見渡してみろ。何が見える?」

「えーと、なんか……キラキラしたものが見えるけどこれって……」

「それが空間に漂う魔力だ」

「すごい……部屋中に光が満ちて……すっごく綺麗」

 

 しばらく興味深げに周囲を見渡していた雫だったが、だんだん視覚化された魔力の美しさに見惚れるようになる。

 

「なぁ、アノス。俺は魔力感知という技能を持ってるんだが、それとは違うのか?」

「確かに光輝の持っている魔力感知でも魔力を感じられるがな。人間の五感による知覚の割合は視覚が八割だと言われている。肌で感じるよりも、直接目で見た情報量の方が圧倒的に多い」

 

 光輝と話している間も周りを観察していた雫だが、ある一点に目移りするとそこを凝視し始める。

 

 

「ねぇ、アノス。あの場所。魔力の……流れって言うのかしら。それが集まっているように見えるのだけれど……」

「よく気づいたな。アレは魔法で作られたトラップだ」

「なんだと? 雫、どこにある?」

「あそこの岩陰です」

 

 俺の答えに対し、過剰に反応したのは雫ではなくメルドだった。

 

「おい、フェアスコープで確認しろ!」

「了解しました。…………はい、間違いありません。魔法トラップです!」

「このように魔眼を用いれば、魔力の流れやその強弱、魔力の属性を読み解くことができるようになり、魔力で出来たトラップなら魔眼でわかるようになる。洗練され、深淵をより深く覗くことができるようになれば、魔法を見ただけでその構造がわかるようにもなる。例えばそのトラップは踏んだ瞬間炎上するようになっている」

 

 俺が石に魔力を宿し、トラップに投げ込むと、魔力を感知したトラップが発動し、その場に火柱が立ち上がる。

 

「おいおい、マジか。つまりその魔眼ってのがあれば……」

「そのおもちゃは不要だ」

 

 この二十階層に来るまで、メルドが所有していたフェアスコープという魔力の流れを追うことができるアーティファクトは大活躍していた。だが、このスコープは索敵範囲が狭いという欠点があり、長年の経験で怪しいと思った場所に照射しなければ効果を発揮しない。加えて言えばアーティファクトの一種ということで全ての冒険者パーティーが所有できるものでもないらしい。

 

 それが不要になると言われれば、魔力操作が禁忌であるとわかっていても習得する価値はある。少なくともメルドはその気になっているような気配を感じていた。

 

「ただし慣れない内は過信は厳禁だ。魔力感知を警戒して隠してあるものについてはそれ相応に熟練された魔眼でしか見破れぬし、魔眼に注意するあまり、身の守りがおろそかになっては本末転倒だ」

 

 そう言って、魔眼に気を取られるあまり、身体強化がおろそかになっている雫の背中を指でつく。

 

「ひゃんッ! な、何するのよアノス!」

「この通り。身体強化がおろそかになることもある。理想は魔眼を使いつつ身体強化や魔法を使うことだが、これは訓練あるのみだ。これから進む際にはまずは立ち止まって魔眼で周囲を確認することを心がけよ」

 

 

 ***

 

 そして俺達は二十階層の探索を開始した。

 

 その間も、魔眼を身に着けたクラスメイト達の訓練は続く。

 

「アノス。あの壁、魔力を放ってるけどこれって……魔物かしら?」

「正解だ。魔力の性質が理解できるようになると、それが魔法なのか魔物の魔力なのかがはっきりわかるようになってくる」

 

 雫が看破した魔物。メルド曰くロックマウントという魔物が擬態を解き、後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸い始めた。

 

「おい、なんか魔力が口周りに集まってきてるぜ。これビームでも出すんじゃねぇか!」

 

 魔眼でロックマウントを見た龍太郎が、ビームを出すと予想して魔力操作により金剛を発動しつつ身構えた。

 

「残念ながら違うな。もっと良く見ろ。魔力は口ではなく喉元に集まっている。その上で大きく息を吸い始めたということは……防御すべきは身体ではなく耳だ」

 

 俺の忠告のすぐ後、

 

「グゥガガガァァァァアアアア────!!」

 

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「っっぅぅ」

 

 当てが外れた龍太郎と対応が遅れた光輝は、咆哮をもろに喰らってしまってしばらく硬直状態になり、辛うじて耳に魔力を集中させて防御した雫も耳が痛いのか手で耳を抑えている。

 

「魔眼を磨けば相手の行動が先んじてわかるようになり、その攻撃に対しより効果的な対処ができるようになる。そして魔力を集中させることができるのは眼だけではない。耳に集中させれば音響攻撃を防げるだけでなく、聴力を強化することもできる」

「ああああ、アノス君。解説してもらってるところ悪いんだけどなんか来てるからッ!!」

 

 香織が焦るように、俺が解説している間にもロックマウントは前衛を飛び越えてきていた。跳んだロックマウントの内一体は前衛で一人だけ無事だった雫が斬り捨てたが、内に二体が香織達の方へ迫る。

 

「香織ッ!」

 

 香織のピンチに駆け付けるべく。光輝が聖剣に魔力を集中させ、香織達に迫るロックマウントに向けて聖剣を向ける。

 

「”天翔閃”」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 

 メルドの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 その瞬間、強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 

「香織ッ、無事か!」

「光輝君。うん……私は無事だけど……その、後ろ」

「へ? へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 香織がピンチだとわかり、力が入りすぎたのだろう。今回の攻撃は最初のネズミ以上の過剰攻撃だった。龍太郎もそうだが、熱くなると冷静な判断力を失う癖をどうにかするのが光輝の今後の課題だ。俺は密かに光輝の大魔王教練の内容に精神鍛錬を付け加えた。

 

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向ける。

 

 

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 

 メルド曰くグランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものなのだという。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるので、求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るらしい。

 

「素敵……」

 

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、雫と俺はその視線に気がついていたが……

 

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 

 そう言って唐突に動き出したのは大介だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルドだ。

 

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、大介は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 そこで生徒の多数が魔眼を、メルド隊の騎士がフェアスコープを同時に向けた瞬間、顔が青ざめた。

 

「ちょっ、檜山!」

 

 慌てたクラスメイトの一人、園部優花が慌てて大介を止めようとするが、もう遅い。

 

 その手は後数瞬でグランツ鉱石に触れるというところまで来て……

 

 

 

「待て、愚か者」

 

 

 俺は<森羅万掌(イ・グネアス)*1を発動し、大介の首根っこを引っ張った。

 

 

「ぐえッ!」

 

 鶏の首を絞めるような音が聞こえ、大介が上空に浮いた後、同じくカエルが潰れるような声を出しながら空中で落下した。

 

「げほ、げほ、何しやがるアノス!」

「何か怪しいものが現れたら魔眼で見よと先ほどから言っているだろう。アレはトラップだ。しかも今までの物よりかなり大掛かりな仕掛けになっているな。触れた者の周囲を巻き添いに、大迷宮の六十五階層の最深部に強制転移する仕組みになっている」

「六十五階層の最深部だとッッ。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかったベヒモスという怪物がいるエリアじゃないか!!」

 

 どうやらメルド達にとって思っていたより大事だったらしく騎士達も皆顔を青くしている。

 

「檜山ッ、あんたねぇ!」

「ほんと気を付けろよ!」

「危うく死ぬところだったじゃねぇか!」

「うう、わ、悪かったよ……」

 

 クラスメイト達もメルド達の様子から自分達が危うく死地に飛ばされる寸前だったと理解したことで、パーティー全滅の危険を招きかけた大介に非難の声を浴びせる。どうやら流石の大介も自分の行動が軽率だったと反省したらしく弱々しい声でクラスメイトに謝罪する。

 

「けど残念ね。せっかく綺麗なのに……罠じゃ取れないのよね。あの石……」

「いや、そうでもない」

 

 雫が残念そうにつぶやくので、ここで一つ魔眼の別の使い方を教えることにする。

 

「魔眼は基本的に見るだけの能力だ。もちろんこれだけでも有用ではあるが……才あるものが使用すれば、このようなこともできる」

 

 俺は天井に張り付いているグランツ鉱石に向かって、<破滅の魔眼>を使用した。

 

 そして使用直後、天井のグランツ鉱石が罅割れ出したことで、周りが一斉に距離を取るが、俺は落ちてきたグランツ鉱石を手で受ける。

 

「アノスッ、それ、触っていいの?」

「問題ない。反魔法の力を宿した破滅の魔眼という力で仕掛けられた魔法を破壊した。付与された魔法さえ破壊してしまえば、これはもうただの鉱石だ。さて……ではこれを…………ハジメ」

「えっ、ああ、ちょっ、とと」

 

 手にした鉱石をどうするかわずかに思案して、俺はハジメに向けて鉱石を投げる。

 

 急に投げられた鉱石をハジメは慌てて両腕で抱えた。

 

「錬成は様々な鉱物に使えば使うほど上達する。これが希少な鉱石なら錬成の訓練にはちょうど良い」

「えっ、じゃあどうしようかな。武器にするには脆そうだから本当に装飾品にしてみようか。それとも……武器の装飾に贅沢に使うべきか……ん?」

 

 ハジメは一人手にしたグランツ鉱石の使い道を考えていたようだが、すぐ側で香織がハジメをじっと見ていることに気付いたようだ。

 

「えーと……香織?」

 

 じ──

 

「あの……そんなに見つめてどうしたの?」

 

 じ────

 

 ハジメの疑問に答えず。擬音が聞こえそうなほど期待に満ちた目でハジメを見つめる香織。

 

「その…………ペンダントとかでいい?」

 

 ハジメも香織が何を欲しているのか察したのか。グランツ鉱石でペンダントを作る約束をすると、香織が花開くような表情を浮かべる。

 

「雫も欲しかったか?」

「えっ!? 私はそんな……別に……」

「そんなに物欲しそうにしていては説得力がないな。とはいえあれはハジメに上げたしな。他に何か面白い物を見つけたら加工して何か作ってやろう」

「本当に!?」

 

 先ほどからグランツ鉱石を物欲しそうに見ていたのが丸わかりだった。そう考えると雫も装飾品に興味を持つ普通の女の子なのだろう。

 

「さて、それはともかく……メルド。ここからどうする? 二十階層の最深部はすぐそこだが?」

「いや、今回は此処で終了だ。我々の把握していない新種のトラップが見つかった以上、一度騎士団で正式に調査しなければならんだろう。よって今から帰還する。帰りは今までの道を逆に進むことになるから、学んだことを復習しながら帰るように!」

 

 今回の演習では特に問題らしきものが起こることなく終了した。クラスメイトを見渡すと、特に大きな怪我を負ったものもおらず、今回の演習で少しは自信がついたのか皆表情は明るい。

 

 とはいえ、クラスメイトはそれでいいのだが……

 

「これでは俺がつまらんな」

 

 俺はこの大迷宮の下、すなわちより難易度の高い迷宮が広がっているであろう足元を魔眼で見つめるのだった。

*1
蒼白く光る手によって、距離を越えてあらゆる物を掌握する魔法。




ベヒモス「あれ? 俺の出番は?」
アノス「ありふれだからと言って、出番があるとでも思ったか?」
ベヒモスと戦う以前に、アノスがいてトラップに引っかかるとかない。

>魔眼
おそらく魔王学院の魔族は標準装備してると思われる能力。
ビ○ケ「いいこと? 何か怪しい雰囲気を感じたら何をおいても"凝"。いいね?」
つまりこういうこと

次回は躍進する錬成師と奈落を散歩する魔王のお話。


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6話 躍進する錬成師と探検する魔王

今回は短めです
ハジメのパワーアップイベントとスルーされた奈落イベントを発生させます。

皆さんのご評価のおかげで久しぶりに自作品がランキング入りしました。
本作から入った人は神座万象シリーズとのクロスオーバーである「ありふれた日常へ永劫破壊」の方も連載してるのでぜひ読んでみて下さい。


 初めての実戦訓練を終え、誰一人欠けることなく無事に戻ってきた俺達は一旦王都に戻ってきていた。

 

 本来ならしばらくホルアドに滞在し、大迷宮にて訓練を続ける予定だったが、俺達が発見したトラップが王国が把握していない未知のものだった挙句、六十五層の最深部へ強制転移するという極めて危険度の高い罠──罠自体は俺が壊したので、メルドにグランツ鉱石に刻まれていた転移術式を提供した──だったため、しばらく王国騎士団による調査が入ることになったのだ。

 

 これには大迷宮を利用して生計を立てている他の冒険者からの文句も出たようだが、見つかったのが即死トラップに近い代物だとわかってからは大きな声で文句を言う奴らはいなくなった。

 

 そして王都に戻ってきて早5日。俺は王宮外の訓練場にて、一人の生徒の修練の結果を待っていた。

 

「アノス……これが現状の僕の最高傑作だよ」

 

 緊張の面持ちをしながら俺に一本の剣を差し出してくるのは錬成師南雲ハジメ。

 

 ここにいるのはハジメだけではなく、ハジメがこの世界に来てからずっと世話になっている王国お抱えの錬成工房の錬成師達、他のメンバーの訓練の合間に様子見しに来たメルド。そしてどこからか聞きつけた香織と付き添いの雫。

 

 ここにいる全員が、これから行われることの是非を見守っていた。

 

「では、始めるぞ」

 

 俺はハジメから剣を受け取ると、同じ剣を< 創造建築(アイリス)>にて創造して構える。

 

 固唾を呑む気配を感じながら俺は、自分で作成した剣をハジメが作成した剣に叩きつけた。

 

 訓練場に、金属同士がぶつかるカン高い音が響き渡り、今までハジメが作った剣では起きなかった快音に、場の緊張が高まる。

 

 響き渡る音が鳴り止む頃に手元に残ったものは、俺の剣を打ちつけられてなお、刃こぼれ一つない鋼の刃。

 

「ふむ、細かいところを上げればまだ改善の余地はあるだろうが……これなら次のステップに進んでもよいだろう」

「ほ、本当に!?」

「おめでとう、ハジメ君!」

「やったな! ハー坊」

 

 俺の評価に対し、安堵の表情を浮かべるハジメと我が事のように喜ぶ香織。

 

 そしてハジメに錬成の基本から教えた錬成工房の責任者のウォルペンが、ハジメの頭をガシガシ撫でながら喜びの表情を浮かべている。

 

「ほう……俺にも見せてもらっても良いか」

「私にも見せてちょうだい!」

 

 ハジメが他の錬成工房の職人達と香織に揉みくちゃにされている間に、メルドと雫がハジメの作った剣に興味を示す。

 

「これ……すごい。なんて綺麗な刀身」

「ああ、素晴らしいな。これを錬成を覚えてたった数週間の若造が作ったんだからな。超一流の錬成師が作った業物とまったく遜色ないぞ」

 

 ハジメの作った剣を見て感嘆の声を漏らすメルドと雫。どちらも剣に精通する者同士、ハジメの作った剣の出来栄えがわかるようだ。

 

「これでようやく土台ができたというところだな。だからハジメにとってはこれからが本番になる。訓練が終わったら俺の元に来い。お前に渡すものがある」

 

 そして俺も、この時のために準備していたものがある。

 

 思っていたよりも早く出番が来て何よりだ。

 

 

 ***

 

 そして訓練が終了後、ハジメが一人俺の部屋までやってきた。

 

「それで、僕に渡したいものって何かな?」

「ああ、それは俺がお前用に調整、開発した魔法でな。その前に錬成だけではなぜアーティファクトが作れないか把握はしてるな?」

「うん。普通の武器とアーティファクトの違い。それは物に魔力が宿っているか宿っていないかだよね」

 

 どれだけ優れた錬成師であろうとも、錬成の魔法だけでは魔力を持った剣は作れない。

 

 極めて優れた業物は作れても、魔力が宿っていない以上、鋼の剣以上の物にはならないのだ。

 

 もちろん武器に魔力を付与して一時的に強化する魔法は俺も確認しているし、メルドの騎士団でも普通に使われているが、それは一時的なものに過ぎない。

 

「魔力を持った武器、魔剣や聖剣と言ったものを使いこなすことができれば、その持ち主に巨大な力を与える。人の身では到底太刀打ちできない存在をも滅ぼすことも可能になる」

 

 恐らくこの世で俺を滅ぼすことのできる唯一の武器、霊神人剣エヴァンスマナ。あの規格外の聖剣を、勇者として隔絶した力と意思力を持っていたカノンが使うことで、暴虐の魔王であるこの俺に迫ることができた。

 

 この世界でもその理屈は変わらない。相性のいいアーティファクトを使いこなすことができれば、その人間の力を何倍にも何十倍にもすることができる。

 

「アノスはそれを僕に作れって言うんだよね」

「そうだ。お前がアーティファクトの製造に成功したとあれば、影でお前を侮辱している連中の口は永久に閉ざされるだろう」

「まぁ影で何を言われようと気にしないけど、聖剣や魔剣を作れるようになるのは純粋に楽しみかな。実はこの世界に来てからずっと構想してたりして……」

 

 元々聖剣や魔剣といった物が好きなハジメだ。実際それを作れるようになるとあって気炎を燃やしているらしい。

 

「では早速その魔法を教えるわけだが……少し普通とは違う形での授与になる」

「魔法陣を教えてくれるだけじゃないってこと?」

「現状俺だけが使える魔法をこの世界の魔法で再現したものだ。普通の魔法より複雑だからな。魔法陣として管理するより、直接脳に刻み込んだ方が利便性が高いと判断した」

「なるほど…………えっ?」

 

 そのまま頷いたハジメだが、俺の言葉に反応する。

 

「えーと、今……直接脳に刻むって聞こえたような……」

「聞き間違いではないぞ。なに、心配はいらぬ。少しだけ痛いかもしれないがそれだけだ」

「えっ、いやちょっ……待って、あああああああ」

 

 後ろに後退して逃げようとするハジメの頭を素早く手で掴み、魔法を流し始めた。

 

「あばばばばばばば──ッ!」

 

 ハジメが愉快な声を上げるもすぐに処置は完了する。

 

「これで施術は完了だ。これでお前は、物に魔力を付与する魔法を行使できるようになった」

「痛たた。えーと、どれどれ……」

 

 頭を抱えながらよろめくハジメはステータスプレートを確認し始めた。

 

「あ、確かに技能欄に魔法が増えてる。この『生成魔法』ってのがそうなのかな」

「生成魔法?」

「えっ、違うの!?」

「いや、特に魔法に名を付けた覚えはなかったのでな。おそらくそれで間違っておるまい」

 

 俺がこの世界に合わせて作った魔法だが、どうやらこの世界では生成魔法というものに分類されるらしい。

 

「早速なんだけど……試してみてもいい?」

「構わぬ」

 

 ハジメが作ったばかりの鋼の剣を机の上に置き、思案する。

 

「……この魔法、鉱物に魔法の効果を持たせられるみたいだけど、まずは炎属性の魔法を付与して……あっ、それなら形も少し変えて……」

 

 ハジメが楽しそうに錬成する剣について思案している間に、俺は王国の図書館に通った際に詰め込んだ知識の中から『生成魔法』について探り出す。

 

 生成魔法……エヒトがこの世界を作った際に使用された神代魔法に分類されるものだと記されていた。現代に伝わる魔法はその神代魔法の劣化であり、七つあるとされる神代魔法そのものは遥か神話の時代に失われたらしい。

 

 つまりこのままこの世界の神代魔法を再現することができれば、地球に帰還するのに役に立つかもしれない。

 

 いかにしてこの世界から地球へ帰るのかをずっと考えてきたが、思わぬところで方針が見えてきた。俺の世界の魔法で帰還用の魔法を一から作るより、この世界にある魔法を再現したほうが早そうだ。

 

「よし、これでいこう。アノス、準備できたよ」

「よし、ならやって見せよ」

 

 準備ができたハジメは剣の側に炎魔法が刻まれた魔石を置き、息を整える。

 

「”錬成”」

 

 ハジメは一度作った剣を崩し……

 

「そして”生成”」

 

 手に入れた神代魔法を加え、再び再錬成した。

 

「よしッ、完成だ!」

 

 

 出来上がった剣は、シンプルだった直剣が禍々しい形に変わっている。どうやらハジメは聖剣よりも魔剣寄りの剣を作ったらしい。

 

「鋼の剣に炎属性の魔法と魔力放出の基礎魔法を生成魔法で付与してみた。後はこれに魔力を籠めれば……」

 

 出来立ての魔剣を両手で握り、魔力操作にて魔力を流す。

 

 すると刻まれた魔力が引き出され、刀身に炎を纏いだす。

 

「できた……すごい……本当に魔剣だ……」

 

 出来たばかりの魔剣を見たが、正直千年前のディルヘイドに落ちていた木の枝の方が魔力が籠っている。だが、初めて自分で作った魔剣に感動しているハジメにわざわざ水を差すこともない。

 

「けど想定してたより出力が低いなぁ。やっぱり炎属性に適正のある人か、もっと魔力が多い人が使わないと……あと、いつもより疲れるね。これ……」

 

 途中で苦しくなったのか、ハジメが魔剣の炎を消して一息つく。ハジメを魔眼で見ると、慣れない魔法を使ったせいか、いつもより多めに魔力を消費していることがわかった。

 

「出来に関しては初めて作ったのだからこんなものだろう。疲労に関しては生成魔法は他の魔法より魔力消費が激しいみたいだからな、これまで通り魔力を鍛える鍛錬は日々こなせ。それに生成魔法とて他の魔法と同じだ。鍛えれば鍛えるほど、深淵を理解すればするほど、できることが増えていくはずだ。そうすれば錬成したアーティファクトの質も上がっていく。そういう日々の積み重ねの果てに伝説級の魔剣や聖剣は生まれるのだと心得よ」

「そうだね。生成魔法……まだまだ色々できそうだし、明日からも頑張るよ」

「そうしろ。今後は生成魔法も含めた訓練カリキュラムも考えておこう。ああ、それと……作ったものには名を付けるとよい。名前が力になることもあるからな」

「そうだな~。よし、この魔剣の名前は……」

 

 

 ──魔剣ゼフリードなんてどうかな? 

 

 

 

 ***

 

 

 南雲ハジメがアーティファクトの錬成に成功した。

 

 

 この事実はすぐに王国や教会に広まるに至った。

 

 

 翌日、ハジメが錬成した魔剣をメルドに提出したところ、あの程度の出来でもメルドにとっては十分な価値のあるものだったらしい。ハジメが鋼の剣を作った時以上の驚愕を見せていた。

 

 

 そしてハジメがアーティファクトの錬成ができるとわかった結果、無能だと評価されていたハジメの評価は一瞬で掌を返すことになった。

 

 

 アーティファクトの錬成は記録に残っている限り数千年ぶりの快挙らしく、王国上層部や教会の者どもは飛び上がるようにして喜んだ。

 

 

 使えば普通の武具より遥かに強力な力があるのに、貴重ゆえに手に入らなかったアーティファクトがこれから増産できるかもしれないのだ。敵の魔人族が魔物を率いるのなら、こちらはアーティファクトの増産で対抗できるとも考えているのかもしれない。

 

 ともかく、この成果を持ってハジメの境遇は大きく変わり、王都にハジメ専用の錬成工房まで作られることになった。

 

 

 どうやってアーティファクトの錬成に成功したのか多方面から聞かれたハジメだが……

 

「日々神への祈りを捧げ、精進していたところ、エヒト神に与えられた奇跡の力が覚醒しました。これも全てこの力を人族の未来のために使えというエヒト神のお導きに違いありません」

 

 などといかにも教会の連中が好みそうな回答でお茶を濁した。

 

 生成魔法については他言無用だとハジメには言ってある。神代魔法について確実に知っているであろう教会の連中に知られるのは面倒なことになるだろうからな。少なくともハジメを含め、光輝達が独り立ちできるようになるまでは教会とことを構えぬほうがいい。

 

 これからハジメは色々な意味で注目を集め、時には狙われるようになるかもしれない。そのことは皆には伝えた。

 

 その結果、何を警戒しているのか香織が以前に増してハジメと行動を共にするようになり、クラスメイトの躍進に対して自分も負けないように訓練に精を出す生徒が増えた。

 

 メルド曰く、この調子でいけば次のオルクス大迷宮への遠征では倍の40階層まで行けるようになるとの見込みだ。

 

 

 とはいえ、それはあくまでクラスメイトの都合だ。

 

 クラスメイトがしばらく王都にて訓練に勤しむ間、俺が何をしていたかというと……

 

 

「少しは期待してきてみれば……所詮はこの程度か」

「グルルルゥゥゥゥ……」

 

 俺は一足先にオルクス大迷宮六十五階層の最深部まで来ていた。

 

 目の前には一際巨大な四つ足の恐竜のような姿の魔物。周囲には次々に湧き出てくる骸骨の兵士。

 

 確かにベヒモスとやらも骸骨の魔物も二十階層の魔物と比べればレベルが高いのは事実だ。今の光輝達では攻略が難しいのも確か。

 

 だが……

 

 やれやれ、これではいつまで経っても俺のレベルは上がりそうにない。

 

 俺を囲んでいた骸骨が俺に向かって一斉に飛びかかってきたので、指を弾く。するとその音と共に全方位に発生した風の刃が骸骨を一瞬で粉々にした。

 

「後はお前だけだ……来い」

 

 俺はベヒモスに向かって魔力を放ち挑発する。それを持って侮辱されていると思ったのか、ツノを赤くした状態でベヒモスが猛然と突進してきた。

 

 巨体による体重、魔力により強化された鎧のような皮膚。そして短距離でありながらトップスピードまで加速する足のバネ。

 

 メルド達が防御魔法を重ねても容易く破られることが予想できるその攻撃を俺は……

 

 ──片手を前に突き出すことで受け止めた。

 

「グロォォ!?」

 

 自身最強の技を受け止められたベヒモスから動揺したような気配を感じたが、俺は気にせずベヒモスを片手で持ち上げながらこの後のことを考え始める。

 

「グガァァ、ガァァ」

 

 このまま普通に降りて行ってもよいが、正直俺に傷を負わせるレベルの敵が現れるのがいつになるかわからない。

 

「グルゥゥゥゥ、グゥグゥ(じたじた)」

 

 俺が一人迷宮のトラップを再現してここまで来たのは、俺の力を呼び覚ますため。より身の危険を感じる環境に身を置けば、いつまで経っても目覚めない滅びの根源が目を覚ますと思ったからだ。

 

「だが現れたのがこれではな」

 

 俺は手に持っていたベヒモスを天井近くまで放り投げ、キャッチするという行為を繰り返す。最初は抵抗していたこいつだが、力の差を感じ取ったのか抵抗せずに大人しくなってしまった。

 

 人類最高到達域の魔物がこれでは、この先も期待できぬな。

 

 そうやって遊んでいた俺だが、足元がひび割れて来ていることにようやく気づいた。

 

「む?」

「グルゥ?」

 

 そしてベヒモスの重量に耐えられなくなった脆い橋は、耐久限度を超え崩れ落ちた。

 

「グウァアアア!?」

「< 飛行(フレス)>」

 

 足場が崩れたとて焦る必要はない。飛行魔法を使えば終わりである。だが飛行魔法など使えないベヒモスは抵抗も虚しく奈落へと消えていった。

 

 ふむ、ベヒモスの魔力を辿ってみれば、どうやらこの奈落の底にも迷宮は続いているらしい。

 

 わざわざ面倒な攻略をしなくてもいいかもしれない。

 

 そう考えた俺はベヒモスに倣って、そのまま奈落の底に落下した。

 

 

 ***

 

 

 奈落の底の世界は、上層よりも愉快な光景が広がっていた。

 

 空中を素早くかけるウサギの魔物。

 

 雷を纏う尾が二つある狼の魔物

 

 そして風を放つ爪を携えた熊の魔物。

 

 上層では見られないような愉快な魔物達が、人の手が入っていない自然を生き抜くためにサバイバルをしている光景は中々面白かったと言ってもいい。

 

 とはいえ敵として見るなら準備運動くらいにしかならないわけだが。

 

 俺は向かってきた爪熊が振り下ろして来た自慢の爪を一瞬で剥ぎ取り、カウンターの要領で爪を熊の心臓に突き立てながら今後の予定を変更する。

 

 確かに現状ここでも準備運動くらいにしかならない。だが逆に言えばここなら準備運動くらいにはなるのである。

 

 大迷宮は階層が深くなれば深くなるほど魔物が強力になるのなら、これから先を進んでいけば敵のレベルが錆落としができるくらいになるやもしれぬ。

 

転移(ガトム)>を使えばいつでも地上に帰れるとはいえ、俺が頻繁に抜け出していたら雫から文句を言われそうだ。しばらくは合間を見ての攻略になるだろう。

 

 未知の異世界に存在する未知の大迷宮。果たしてその奥には何があるのか。

 

「父さんや母さんに土産話の一つでもしてやれればよいがな」

 

 せっかく異世界に来たのだから少しでも楽しまなくては損だろう。

 

 その想いを胸に俺は奈落の底を一人探検するのだった。




奈落に落ちないとハジメが生成魔法を入手できないという問題に対する答え。アノスなら発想があれば神代魔法くらい自分で作れる。

アノスにとって奈落の底は珍しい動物がいっぱいいるテーマパーク。
もうちょっと無双シーンを入れようかと思いましたが、アノスがワンパンでひたすら無双していくだけなので省略。

次回はクラスメイトの訓練をやりつつ、一気に封印された吸血鬼との出会いまで行きます。


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7話 魔王と吸血鬼

主に彼女に関して独自解釈警報発令です


 それから地上でクラスメイトの訓練を行うのと並行するようにオルクス大迷宮の地下を探索する日々が続いた。

 

 クラスメイト達はメルドの教えによる基礎訓練を終え、それぞれ専門分野を鍛える段階に入ったので大魔王教練も一段階上の訓練を開始した。

 

「きゃぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 訓練所に俺の風魔法を受けて吹き飛ばされる雫の声が響き渡る。

 

「雫ッ……クソ、アノスッ!」

 

 雫がやられたことに触発された光輝が身体強化を施した上で俺に猛然と迫る。

 

 元々八重樫流道場にて鍛えられた剣術にこの世界の戦闘術が加わることで、光輝の剣は以前よりもより洗練され、実戦的になっている。だが……

 

「お前の剣はいささか素直すぎる。もう少し駆け引きを覚えねば俺には届かぬぞ。そら……」

「くっ!」

 

 光輝の聖剣を弾き返し、今度は俺から攻める。今の光輝が必死になれば対処できるレベルの攻撃を行う俺に対し、負けてなるものかと光輝が顔を歪ませて喰らいつく。

 

「貰ったぜ!」

「そう思うなら声に出すな。せっかくの奇襲がバレバレだぞ」

 

 背後から肉体強化した上で迫る龍太郎に対し、光輝を身体ごと吹き飛ばすことでまとめて壁まで吹き飛ばす。

 

「「ぐはっ」」

「アノスッ!」

 

 そして吹き飛ばされた光輝達に入れ替わるように、香織による治癒魔法によって回復した雫が風魔法を纏った状態で俺に接近してくる。

 

「ほう、風魔法を常時纏うことによって魔法制御を効率化したのか。魔力消費量の問題を考えなければ悪くない選択だが……果たして使いこなせるか、見させてもらうぞ!」

「行くわよ!」

 

 風の力で速力と膂力を増幅した雫の剣が俺に迫る。

 

 その姿はまるで近づいたものを切り刻む小型の竜巻。

 

 ジェット噴射のように加速した剣速とようやく馴染み始めた八重樫流の剣術との組み合わせはこの世界レベルで非常に凶悪なものになっている。

 

 とはいえ欠点がないわけではない。

 

「その状態はやはり魔力消費量が多いな。短期決戦であるなら有用かもしれぬが、戦場で魔力枯渇のリスクを考えれば改良しなくてはならんな」

「どうしてッ、あんたはッ、解説しながらッ、私の剣を躱せるのよ!」

「ふむ、それは慣れだな」

 

 潜在能力こそ高い雫だが、まだまだ発展途上。剣士としてはかつての俺の右腕と比較して足元にも及んでいない。こればっかりは長い修練と多くの戦場を越えねば身につかないだろう。

 

「では、今日の訓練はこれまでとする!」

 

 それから数十分後、訓練の終了を言い渡すと、ほぼ全員がその場に倒れ込んだ。光輝は俺に弱みを見せないように聖剣を杖替わりにして必死に立っているが足が震えているのが印象に残った。

 

 小物四兄弟などは精魂尽き果てたのか、倒れたままピクリとも動かない。意識はあるようなので成長したほうだろう。以前は四人とも気絶していたからな。

 

「明日からは大迷宮に戻るわけだが、今のお前達ならば六十五階層、ベヒモスも容易に突破できるであろう。一先ずよくやったと言っておく」

「どうして、はぁはぁ、わかるのよ」

「実際一人で赴いて戦ってみたからな。今のお前達なら倒せると判断した」

「…………もうツッコミを入れる気もおきない」

 

 流石の雫も息も絶え絶えだった。とはいえこの程度の訓練で根を上げられては困る。なぜならある魔法がこの世界で正しく使用できるかわかるまでは、本気の訓練は控えているのだから。

 

「さて、後は他のグループも見てやらねばな」

 

 訓練を開始して三週間くらい経過するが、成長度の差や、得意分野の明確化により、クラス内でもいくつかのパーティーに分かれ始めている。

 

 光輝がリーダーである最も成長度が高く、戦闘にて最前線で戦うチーム。通称勇者パーティー。

 

 柔道部の永山重吾がリーダーである勇者パーティの次に成長度が高く、辻綾子の医療院での治療活動や遠藤浩介の諜報活動など、戦闘以外にも臨機応変に対応するチーム。通称遊撃パーティー。

 

 天職を活かすために旅に出る教師、畑山愛子の護衛を買って出た者達。園部優花がリーダーの通称護衛パーティー。

 

 後は常に楽をしたがるが、俺が許さず前線に居続ける小物四兄弟。そもそも性格的に戦いに向いておらず、戦闘以外に技能を活用しようとする居残り組。俺のファンユニオン。その他俺やハジメなどのパーティーに囚われず活動するものなど多種多様だ。

 

 現在メインで取り組んでいるオルクス大迷宮攻略は極めて順調。もし光輝達がベヒモスを倒し、人類前人未踏の境地に到達すれば、俺抜きでも人類にとって替えの効かない戦力を保有することを意味する。そうなれば俺はもっと本格的にこの世界の探索を行うことができるようになるだろう。

 

 今俺が行っている奈落攻略はその先駆けだ。

 

 ***

 

 そしてそのオルクス大迷宮の奈落は歯応えはないが、退屈はしない場所だった。

 

 

 石化攻撃を行ってくるトカゲ。

 

 羽を銃弾のように撃ってくるフクロウ。

 

 可燃性の高い液体の中を自由に泳ぎ襲ってくるサメ。

 

 虹色のカエルに巨大なムカデに樹木の魔物。

 

 まるで魔物のテーマパークのようである。魔族であり、どちらかというと魔物を使役したり魔物を<魔物化(ネドラ)>で産み出す側だって俺からしてもバリエーション豊かな魔物達は見ていて楽しいものだった。

 

「とはいえ魔力が戻らんのは変わらんがな」

 

 多種多様な奈落の魔物だが、残念ながら俺を満足させるレベルの強さを持っていない。

 

 =====================

 アノス・ヴォルディゴード 17歳 男 レベル:2

 

 天職:魔王

 

 筋力:20000

 体力:20000

 耐性:20000

 敏捷:20000

 魔力:20000

 魔耐:20000

 

 技能:全属性適性・全魔法適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・魔法解析・術式改竄・魔法生成・魔力操作・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・即死無効・状態異常無効・瞬光・格闘術・剣術・豪腕・豪脚・縮地・無拍子・先読・威圧・魔眼・魔言・言語理解

 =====================

 

 とはいえ多少錆落としの効果はあったのか、ようやくトータス基準でレベル2程度の力は戻ったらしい。だがこれ以上の力を求めるのであれば、本気で俺が死闘を演じるレベルの戦闘を行う必要があるだろう。

 

 

 そして奈落の探検も五十階層に到達する頃、明らかに異質な場所に出てきた。

 

 

 それは、なんとも奇妙な空間だった。

 

 脇道の突き当りにある空けた場所には、高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

 

「ほう、中々興味深いな」

 

 俺がその空間に足を踏み入れた瞬間、今までの階層ではなかったプレッシャーを感じた。

 

 その心地よいプレッシャーに身を任せつつ、扉に向かって前進する。

 

 近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「これは……封印か。いや、封印というよりも……中のものを守るための結界の方が近いか」

 

 その扉は地上では見なかった魔法式で書かれており、そのことからかなり古いものであることがわかる。

 

 その術式は中のものを出さないようにすることより、侵入者を警戒しての要素が強い構造になっており、無理やり動かすと仕掛けられたトラップが作動するようになっている。

 

「面白い。何者かがこれほど頑丈に封印を施してまで守りたかったものが、この先にあるというわけか」

 

 ここまで到達できるものなど現代では一人もいないだろう。それにも関わらずこれほど強固な封印を施す理由は何か。この封印の術者は何を恐れていたのか。

 

 俺は扉に手を付き、封印を順番に解体していく。

 

 だがその途中でトラップが作動し、俺の手は弾かれる。

 

「貴様たちはさしずめ、この扉の奥のものを守るガーディアンというところか」

 

 俺はすぐ側に合った石造から変化した二体のサイクロプスを見る。

 

 ──オォォオオオオオオ!! 

 

「さて、お前達はどの程度の力を持っているのか、試させてもらおう。<火炎(グレガ)>」

 

 俺の世界の最下級炎属性魔法を使う。ここに至るまでこの魔法を防げた魔物はいなかった。だからこれが防げるかで敵のレベルがわかる。

 

 俺が出した炎を前に、赤い方のサイクロプスが腕を前に出し、結界にて俺の火炎を防ぐ。

 

「ほう、これを防ぐか。ならばこいつはどうだ?」

 

 俺は適当にそこらに落ちている石を赤い方の目玉目掛けて投擲する。俺の筋力で石を投げれば、それだけで銃弾に匹敵する。だが今度は赤い方を庇うようにして青いサイクロプスが前に出て来て防御障壁を展開して攻撃を防いだ。

 

「なるほど、赤い方が魔法防御、青い方が物理防御を担当していると言うわけか。相手を倒すのではなく扉を守る守護者としてなら確かに合理的な考えだが……果たしてどこまで防げるかな」

 

 俺は<創造建築(アイリス)>にて投擲槍を生み出し、そのまま赤い方に投擲する。もちろん相方を守るために青い方が盾になろうとするが……

 

「グゥオオオオオオオ──ッッ!!」

 

 その障壁をあっさり貫通し、目玉を撃ち抜かれて青いサイクロプスが倒れ込む。

 

「まあまあ頑丈だったが、こんなものか。さて次は貴様だが、これは耐えられるかな? ──<大熱火炎(グスガム)>」

 

 俺がやったのは単純明快。魔法の威力を上げただけである。先ほどよりも一ランク上の炎魔法。その黒い炎を受けて多少後退しつつもその赤いサイクロプスは何とか攻撃を耐えきる。

 

「これを耐えるのか、では次だ。<魔炎(グレスデ)>」

 

 魔炎は炎属性魔法の中でも中間に位置する魔法になる。今の俺の魔力では千年前と比較して弱火くらいの火力しかないが、果たして。

 

 果敢に魔炎に突っ込むサイクロプスだが、流石にこれには耐えられなかったのか、即座に障壁は破られ、全身炎上する。

 

「グゥオオオオオオ──ッッ!!」

 

 結果奴は敗れた。だが青い方と共通すること。それは決して扉の前から動かなかったことだろう。

 

 それほど、この扉の奥にあるものを守りたかったのだと伝わってくるようだった。

 

「この世界に来てからだとまあまあ強かった方だ、誇るがよい。なに、扉の奥にあるものもお前達の健闘に免じて悪いようにはせん。だから安心して眠るといい」

 

 その言葉が通じたかはわからぬが、赤いサイクロプスは炎上しながら静かに目を閉じ、赤い魔石だけ残して消滅した。

 

「これが鍵になるわけか。つまり……この中のものを守るのと同時に、託すことも想定しているのであろうな」

 

 そうでなければこんな仕組みにはすまい。俺は益々この扉の奥にあるものに興味を惹かれ、二つの魔石を扉にはめ込んだ。

 

 直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、明かりが点灯する。

 

 

 開いた扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。

 

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、光沢を放っている。

 

 

「……だれ?」

 

 立方体の中に埋もれるようにして存在しているのはどうやら少女らしい。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 

「なるほど、これがこの部屋の創造主が守りたかったものか」

 

 俺の声に反応して言葉が通じることがわかったのか、ぼんやりしていた少女は途端に慌て始める。

 

「……お願い! ……助けて……」

「ふむ……」

 

 助けてと来たか。

 

 封印の作りや先ほどの守護者のことから、この部屋の創造主のこの少女への想いやりの心が伝わってきたと思ったが、どうやらこの少女は違う認識を持っているらしい。

 

「どうしてこんな場所にいる? 一体何があった?」

「………………裏切られたの」

 

 俺の言葉に対し、少し戸惑うような雰囲気を感じたが、ここで俺の質問に答えずに去られては困ると思ったのか、掠れた声で一言だけ発する。

 

「裏切られたか。ならどうしてこんな場所に封印された?」

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

「吸血鬼……確か血を魔力に変換する能力を持った種族だな。つまりお前は吸血鬼の中でも特別強力な力を持って生まれたがゆえに、存在自体を危険視され封じられたということか」

 

 首を縦に振って工程する吸血鬼の少女に対し、俺は再び考え始める。

 

 特別に強力な力を持っているがゆえにその存在を危険視されるというのは俺も過去に経験したことだ。俺という世界の不適合者を殺すために神や精霊、人があらゆる手を使ってきたのだからな。

 

 だがそれにしてはこの封印は丁重すぎると思うが、ひとまず思考を中断する。

 

 なぜなら無言でいる俺に対し、焦った吸血鬼の少女が必死な顔でこちらに懇願し始めたからだ。

 

「……助けて……」

 

 その言葉は短いながらも、切実な何かを感じる。演技ではないし、そもそもこの部屋の持ち主は守護者を破ったものに彼女を連れ出して欲しいと願っている。

 

「まあよかろう。動くなよ」

 

 どうやら特殊な魔法が付与された魔石で封印されているようなので俺は<破滅の魔眼>にて魔石の魔法を破壊した。

 

 すぐにひび割れ、崩壊していく魔石から体の全てが解き放たれた少女は、地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 

 俺が手を伸ばすとその少女が俺の手を弱々しく握ってきた。

 

「……ありがとう」

「なに、奈落の底を探索していた際に偶然見つけただけだ。礼には及ばぬ」

 

 どれほど長きに渡り封印されていたかはわからないが、少なくとも文献では吸血鬼は300年前に滅びたとされている。もしその頃から封印されていたとしたら、ずっと暗闇の中で一人過ごしてきたことになる。

 

「……名前、なに?」

「アノス……アノス・ヴォルディゴードだ」

「アノス……アノス……」

 

 少女は俺の名を刻むかのように何度も繰り返し続ける。

 

「それで、貴様の名はなんだ。こちらが名乗ったのだ。名乗り返すのが礼儀であろう」

 

 その言葉に対し、ようやく自分の名前を名乗っていなかったことを思い出し、少女は答えようとするが、何を思ったのか俺に懇願してきた。

 

「……名前、付けて」

「それは、名前がわからぬということか?」

 

 長い時を封印されてすごしたのだ。もしかしたら記憶の一部を喪失しているのかもしれない。

 

 だが封印されていた少女は首を横に振った。

 

「もう、前の名前はいらない。……アノスの付けた名前がいい」

 

 ──前の名前はいらない。

 

 この言葉から察するに、どうやらこの少女は自分の名を忘れたわけではなく、前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きたいらしい。

 

 そういう理由であるのなら、俺の答えはひとつだ。

 

「断る」

「えっ……」

 

 断られるとは思っていなかったのか、呆然と俺を見る少女に対し俺は再び名を告げる。

 

「俺の名はアノス・ヴォルディゴードだ」

「……さっき聞いた」

「そうだ。それこそが俺の名であり、俺が俺であることの証明だ」

 

転生(シリカ)>という魔法がある俺の世界において、転生した際に別の名前を授かることがあるが、それならそれで構わないと俺は考える。転生したということは本当の意味で別人になることでもあるし、その時代の血の繋がった両親が想いを込めて名付けた名前ならば、むしろ大切にするべきだろう。

 

 だがそれは前世を、過去の全てを捨てるという意味ではない。現代でどのような名前を名乗ろうとも、俺が俺である限り、俺はアノス・ヴォルディゴードなのだ。そしてそれは、目の前の少女も同じだ。

 

「名前を変えたからといって、過去を捨てられるとでも思ったか?」

「ッッ!」

「自分の在り方を他人に委ねるな。俺は自分の名前も満足に名乗れぬ者など信用せぬ」

「あっ、ああ」

「もう一度だけ聞くぞ、小娘。お前は何者だ?」

「ああ、あう」

 

 少し威圧を込めて問うと、少女は恐怖と焦燥が入り混じった顔に変化する。どうやら自分の態度が俺の気に障ったことに気づいたらしい。今少女はいかに俺に見捨てられないかを必死に考えているのが手に取るようにわかる。

 

 さて、この問いに何と答えるのか。俺は少女に対し、ステータス閲覧魔法を使用して既に少女の本名を把握している。

 

 素直に本名を名乗るのも良いし、偽名を名乗ることも否定はせぬ。場合によっては、真の名を隠さなくてはならない時もあるだろうしな。自分で決めた偽名を名乗るなら、自分が何者かを自分で決めるのなら構わない。だがそれができないというのなら俺と少女の縁はここまでだ。再封印したりはせぬが、これ以上関わるつもりはない。

 

 しばらく悩んで、何度も躊躇って、少女が出した結論は……

 

「………………アレーティア」

 

 ──素直に真の名を言うことだった。

 

「アレーティア……良い名だ」

 

 俺は少女、アレーティアの頭を優しく撫でてやる。

 

 俺に頭を触られた時は強張った表情を浮かべたアレーティアだったが、俺に敵意がないとわかると身体の力を抜いていく。

 

「さて、アレーティア。もう用は済んだことだしここから出ようと思うが、その前にその格好ではいかんな」

 

 今のアレーティアは裸だった。おそらく服までは長き時に耐えられなかったのかもしれないがこのままでは不憫だ。

 

 彼女の体に指を伸ばし、鎖骨あたりに触れた。

 

「アノス?」

「じっとしていろ。そうだな……うちの学校の女子制服でよいか」

 

 俺はアレーティアに対して、<創造建築(アイリス)>の魔法を使う。その体に魔法陣が展開され、次の瞬間、彼女は俺の高校の女子制服を纏っていた。

 

「!? これ……アノス。今何やったの? 見たことない魔法だった」

 

 どうやらいつのまにか青を基調としたブレザーに身を包んでいる事実に相当驚いているようだ。この世界の住人は俺が<創造建築(アイリス)>を使うと目を見開いて驚くが、それはアレーティアも例外ではないらしい。

 

「俺の世界の魔法だ。詳しく説明してやりたいところだが、どうやら客人が来たようだ」

 

 上空に迫る気配を感知した俺は上に手を伸ばし魔法障壁を展開し、その気配を弾き飛ばした。

 

 向かい合う形で着地したのは魔物だった。

 

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 

 一番分かりやすいたとえをするならサソリだろう。二本の尻尾は毒持ちであると考えるべき。明らかに今までの魔物とは一線を画した強さを感じる。

 

「<魔炎(グレスデ)>」

 

 俺はそのサソリモドキに対して魔炎を放った。先程この部屋を守っていた守護者なら一撃で倒した攻撃だ。

 

 だが直撃して炎上するも、たいして効いているようには見えない。

 

「ほう、先程のサイクロプスは一撃だったのだがな。ここにきて中々面白くなってきたではないか」

 

魔炎(グレスデ)>は炎属性魔法の中では中級に位置する魔法だ。だがそれでも先程のサイクロプスを倒す威力はあったのだ。それが効かないとなるとこの大迷宮の魔物もだんだん強くなっていることを意味する。もしかしたら地下二百階に到達すればもっと期待できる魔物がいるかもしれない。

 

 俺が相手の出方を待っている間に、サソリモドキも俺を敵だと認識したらしい。

 

「アレーティア。しばらくその中で籠っていろ」

 

 俺はアレーティアの周囲に結界を構築した後、サソリモドキが射出した毒液をかわす。

 

「炎が効かぬなら……雷はどうだ? ──<魔雷(デモンド)>」

 

 雷属性の中では魔炎と同じ等級の魔法を放つが、サソリモドキにはあまり効いているように見えない。

 

 それどころか怒ったサソリモドキが黒き雷を受けてなお平然としながらこっちに突進して四本の爪バサミで襲い掛かってくる。

 

 一本目を避け、二本目を避けた段階で射出された散弾針を魔風で払い、三本目を空中で避け、四本目を蹴り砕いた。ハサミの一本を粉々にされたサソリモドキが悲鳴を上げる。

 

「キィィィィィィィィ」

「さて、このまま倒してしまうのがいいか……それとも」

 

 僅かな戦闘でこいつの強度を把握した俺は、これ以上上級の魔法は不要だと判断した。

 

 そうなってくるとどうやって倒すべきか。こいつの殻はどうやら特殊な鉱物で出来ているようであり、ハジメへの良い土産になりそうなのだ。四本目のはさみのように力を入れすぎて粉々にしてしまうのはもったいない。

 

「アノスッ!」

 

 そこで結界内に大人しくしていたアレーティアが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「<拘束魔鎖(ギジェル)>」

 

 俺はサソリモドキを拘束魔法で縛り付け、アレーティアの元まで降りてくる。

 

「どうした?」

「私も戦う」

「その気概は買うがな。ほとんど魔力を使い果たしているその状態でどう戦う?」

「私は吸血鬼だから……その……」

「なるほど、血があれば戦えると」

 

 暗に血を分けてほしいとアレーティアは言っているわけだ。躊躇しているのは俺を怒らせると思っているからか。

 

 俺は先ほど見たアレーティアのステータスを思い出し、決断する。

 

「良いだろう。ただし、ひとくちだけだ」

「……ひとくちじゃ足りない」

「それは俺の血を飲んだ後で言え」

 

 俺は指先を切り、血を滴らせ、アレーティアの眼前に差し出す。

 

 俺の指先から滴る血を見たアレーティアの反応は劇的だった。

 

「あっ……あ、はぁ、はぁ」

 

 目の瞳孔が開き、熱に浮かされたように息が荒くなる。

 

「三百年ぶりの血だ。ゆっくり味わって飲むがいい」

 

 アレーティアは俺の差し出した指先を熱に浮かされたまま口に含む。

 

「ん……ちゅぷ……ちゅぱ……はぁ」

 

 俺の指に舌を絡め、夢中になって滴る血を飲むアレーティア。

 

「ちゅぱ……」

 

 そして俺の血を取り込み、指から口を離すアレーティアに俺の血の効果が現れる。

 

「あ……これ……たったあれだけなのに……すごい」

 

 その身から黄金色の魔力が溢れ出す。それは本人すら想像してた以上の力なのか、湧き上がる力にアレーティアは顔を赤くしながら若干陶酔する。

 

「ぎぃぃぃぃぃぃ──ッッ!」

 

 そしてちょうど俺の仕掛けた拘束魔法をサソリモドキが引きちぎったらしい。そのことを察したアレーティアが陶酔していた頭を正気に戻す。

 

「これなら……〝蒼天〟」

 

 

 その瞬間、サソリモドキの頭上に直径十メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。

 

 

 直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げてサソリモドキが離脱しようとする。

 

「ほう……」

 

 その魔法を見て俺は感心する。地上で見たどの魔法よりも複雑かつ繊細に編まれた魔法式で出来ている。

 

 炎属性最上級魔法〝蒼天〟

 

 その存在自体は王国の宮廷魔導士から聞いていたが、どうやらその魔法を使うためには長大な呪文詠唱が必要だという理由で見せてはもらえなかったのだが、こんなところで見れるとはな。

 

 最上級魔法を苦も無く操るアレーティアが指揮した炎球はサソリモドキの背中に直撃した。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

 極大の炎に包まれたサソリモドキは炎上して悶え苦しむ。<魔炎(グレスデ)>の炎では効果が薄かったにも関わらず、このダメージ量。アレーティアの魔法の技量が伺える。

 

 全身丸焼きになり、瀕死状態に追い込まれたサソリモドキを尻目にアレーティアを称賛する。

 

「中々やるではないか。いい魔法だ」

「これ……以前とは威力が違う……」

 

 だがどうやらこの結果はアレーティアにも予想外だったらしい。依然自分の身から溢れる魔力を魔眼で見て確かめているようだ。

 

「以前なら最上級魔法を使ったら疲れてたのに……今はまだ力が溢れてくる。……アノス、何者?」

「それも含めて後で話してやる。あいつの外殻は良い材料になる。だからここで待っていろ」

 

 俺は死に体になっているサソリモドキに向かって悠然と歩いていく。だがサソリモドキはそれを待っていたとばかりにその巨体を動かし、最後の力を振り絞る。

 

 自身の巨体を利用した体当たり。アレーティアの魔法により高温に熱せらられた外殻付きで突っ込んでくるサソリモドキに対して俺は片手で受け止め、上空に放り投げた。

 

「なっ……」

 

 アレーティアの驚く声を背景に俺は魔眼にてサソリモドキを診る。

 

「魔石はあそこか」

 

 丁度いい位置に降りてくるので俺はそのままサソリモドキに手刀を突き刺し、中の魔石を破壊した。




>アノスによる奈落の底の冒険
冒頭普通にクラスメイトの訓練を行なっているアノスですが、転移(ガトム)が使えるので普通に行き来できます。クラスメイトの訓練の合間に奈落の底を探検して、見つけた珍しい鉱石をハジメにお土産として持って帰ったりしています。

>だが断る
魔王とは己が己であることだと言い切るくらい自分に誇りを持っているアノスが、自分の名前がわからなかったり、自分で偽名を名乗るならともかく、名前を他人に決めさせ、自分の在り方を他人に委ねる行為を許すわけないと思う作者です。

>アレーティア
アノスに名前を付けられなかったので仕方なく本名を名乗ることになった彼女。今後は原作の彼女をユエ、本作の彼女をアレーティアと区別します。

>アノスの血
超高純度の魔力の塊。ただし飲み過ぎは身体に毒なのでひとくちだけ。

次回も吸血姫の話


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8話 魔王と吸血姫

オルクス大迷宮攻略も佳境です


 俺の手刀に貫かれ、サソリモドキはすぐに絶命する。

 

「さて、ならこれはハジメへの土産とするか」

 

 後は残った外殻を空間収納し、アレーティアの元に戻ると驚いた表情で出迎えてくれた。

 

「どうした。何かあったのか?」

 

 敵はもういないが、なにか気になることでもあるのだろうか。

 

「……アノス何者?」

「それを話しても良いがここではな。一度地上に戻るとするか」

「!? 戻れるの?」

「<転移(ガトム)>という空間転移の魔法を使えば可能だ。似たようなことはできぬのか?」

 

 俺の言葉にアレーティアは首を横に振る。

 

「空間に干渉する魔法は神代の時代に失われた魔法」

「神代魔法というやつだな。そうかお前にもできぬのか」

 

 どうやらアレーティアにも空間転移はできないらしい。

 

「ならこんな場所から外に出してやる。俺の仲間にも紹介したいしな」

「仲間……」

 

 仲間という言葉を聞いたアレーティアの顔色が変化した。

 

 冷や汗や手足の震えに加え、徐々に顔色も悪くなってくる。

 

 そこでアレーティアがかつて信じていた人に裏切られて長い時を封印されていたことを思い出す。もしかしたら過去を思い出したのかもしれない。人によっては十分人間不信や対人恐怖症になってもおかしくないだろうからな。

 

「人が怖いか?」

「ッ、大丈夫ッ!」

「顔はそう言っておらぬぞ。無理せずともよい。そうだな……ここで少しだけ一人で待てるか?」

 

 基本的に地上にいるクラスメイト達に黙ってここにきているからな。今頃雫辺りが探しているかもしれぬ。せめて一言残してから戻ってくればいいと考えていたのだが……

 

「ひッ! 嫌! 行かないで!!」

 

 震えながらとっさに俺にしがみ付いてくるアレーティアを見ていれば、ここに一人残すことは憚れる。

 

 人に会いたくないが俺と離れたくない。となると取れる選択肢が限られる。俺は地上に向けて<思念通信(リークス)>を使用する。

 

『雫、聞こえるか?』

『ッ! アノス? あなた今どこにいるの? ずっと探してたのよ』

 

 どうやら予想通り俺を探していたらしい。

 

『すぐに戻ってこれるなら明日からのオルクス大迷宮の攻略再開に対して意見が欲しいんだけど?』

『そのオルクス大迷宮に今いるのだがな。ちょっと事情があって帰れなくなった』

『は? それどういうこと? アノス今どこにいるのよ、無事なんでしょうね?』

『無事に決まっているだろう。場所はそうだな……表の迷宮を足して百五十階層地点と言ったところか』

『百五十階層!? 何やってるのよあんた……』

 

 ふむ、通信越しではあるが、雫が頭を抱えている光景が目に浮かんでくるな。

 

『……オルクス大迷宮は百階層までじゃないの?』

『表向きはな。どうやら百階層を超えてからが本番のようだ。そこの中間地点で囚われのお姫様を見つけてな。懐かれてしまった。というわけでしばらくは戻れんとメルドにも伝えてくれ』

『囚われのお姫様って……女の子と一緒に居るの!? 一体どんな経緯があったらそうなるのよ! 詳しく聞かせなさい!』

 

 どうやら囚われのお姫様というのが気になるらしい。詳しい経緯を説明してやろうとしたら俺の服が引っ張られる感覚を覚える。

 

「アノス……何してるの? どこかに話をしてる?」

 

 ほう、どうやら俺が通信の魔法を使っていることを察したらしい。この様子では話の中身はわかっていないようだが、中々良い魔眼をしている。

 

 俺はアレーティアの口に指をあて声を遮った後、素早く通信を終わらせる。

 

『時間がないから切るぞ。前にも言ったが、大迷宮攻略は今のまま魔力操作の基本と応用の訓練を怠らなければ、六十五階層くらい俺がいなくても突破できる。ではな、また連絡する』

『ちょッ! アノスッ、まだ話は終わって……』

 

 話の途中だが<思念通信(リークス)>を終わらせた。通信を切られた雫が地団駄を踏んでいる姿が浮かんでくるようだが、帰った時に土産の一つでも渡したほうがよいだろうな。

 

「待たせたな。仲間にしばらく帰れない旨を伝えてきた」

「あの、アノス……ごめんなさい」

 

 どうやら気を使わせたと思ったらしい。アーレティアが俺に謝罪してきた。

 

「気にするな。あ奴等も俺に頼りっぱなしではいけないと考えていたからな。丁度いい機会だ」

 

 訓練開始からもうすぐ一か月が経過し、クラスメイト達もこの世界に随分馴染んできた。同時に戦闘という非日常に対しても馴染んできているが、悪い意味で慣れてくる頃合いだ。

 

 慣れとは油断を産み、勝てるはずの敵に対して思わぬ不覚を取ることに繋がる。増して俺が側にいれば最悪俺が何とかしてくれるという考えが嫌でも離れない。

 

 ここらで一度、俺抜きで大迷宮を攻略することで独り立ちを促してやろうというわけだ。

 

 向こうにはしっかりしている雫もいるし、何より光輝がいる。

 

 俺に負けないように日々研鑽を積んでいる光輝なら発破をかけてやれば積極的に行動するだろう。

 

「さて、これでしばらく大迷宮の探索に専念できるわけだが、その前にお互いのことを話し合う必要があるな」

「アノスには拠点があるの?」

「あいにく休む時は地上に帰還したからな……ふむ、丁度良い。ここを拠点にするか」

 

 俺が選んだのはアレーティアが封印されていた部屋だ。

 

 広さは十分だし、封印付きの扉まである。

 

「あの、アノス……ここは……その……」

 

 俺がここの部屋を拠点にすると決めれば、アレーティアが控えめに拒絶の意思を示す。

 

 なるほど、長年自分が封印されていた部屋など見たくもないというわけだ。

 

 だがそれはちょっとした工夫で解決するものだ。

 

「何、案ずるな。この部屋をそのまま使うわけではない──<創造建築(アイリス)>」

 

 そして俺はこの部屋の間取りを把握した後、<創造建築(アイリス)>の魔法を行使する。

 

 

 部屋内を魔法陣が覆い尽くすと、その光景がみるみる内に変わっていく。

 

 冷たい印象を与える石の床や石の壁は暖かさを感じる木製に。

 

 生えている水晶は取り払われ、家具や魔力で動く家電が備えられ、それぞれ部屋割もできていく。

 

 時間にして1分足らず。無機質で殺風景だった封印の部屋は一家で団欒をするような温かみのある部屋に様変わりした。

 

 ビフォーアフターで見れば前の部屋の面影など何も残っていない。

 

「これだけ替えれば気になりはしないだろう。何か希望があれば模様替えしてもよいがどうする?」

「…………これでいい」

 

 どうやら無表情ながら驚いていたらしい。もしくは文句を言う気も起きないのか。

 

「さて、ではお互いの話をしようではないか」

 

 俺はアレーティアを伴い。部屋の真ん中に備え付けた大きいソファーに座る。

 

 

 アレーティアは少しずつだが自分のことを話始めた。

 

 自分は吸血鬼族の王族であること。

 

 十二歳の時に特別な技能に目覚め、その力をもって十七歳で王の地位についたこと。

 

 そのことが気に入らなかった叔父が自分を殺して王位を簒奪しようとしたが、自動再生という技能を持つ自分を殺せなかったからここに封印したこと。

 

 気が付けばここにいたので出る方法はわからないこと。

 

「アノスはどうしてここにいるの?」

 

 一通りアレーティアの話を聞いたら次は彼女が質問してきた。

 

「ある日突然仲間と共に異世界であるこの世界に連れてこられた。今仲間は地上で戦闘訓練を受けているが退屈だったのでな、俺はひとり未知の大迷宮を探検していたらここを見つけたというわけだ」

「異世界?」

「こことは違う文明や生態系を持つ世界だ。地球というのだが聞いたことはあるか?」

 

 異世界のことに興味を示したので試しに地球について聞いてみたがアレーティアは首を横に振った。ここでアレーティアが地球について何か知っていれば地球の座標を知る手掛かりになると思ったがそう上手くはいかぬか。

 

「異世界にはアノスみたいな魔法を使える人が大勢いる?」

「いや、おらぬ。そもそも俺の世界は魔法が存在しない代わりに、科学という技術体系が発達した世界だ」

「? アノスは魔法を使ってる」

「俺は特別だ。俺は地球とはさらに別の世界からきた魔王だからな」

「魔王……アノスも王様だった?」

「そうだ」

「王様なのに……別の世界に住んでる?」

「あいにく敵が多い王様だったのでな。ほとぼりが冷めるまで距離を置いている状態だ」

「……アノスも……裏切られた?」

 

 どうやら俺の境遇と自分の境遇を重ねてしまったらしい。辛い顔をするアレーティアの頭をゆっくり撫でてやる。

 

「いや、そうではない。確かに敵も多かったが、同時に信頼する部下も大勢いた。それに……面白い男がいてな」

 

 俺は勇者と交わした約束を思い出し、話を続ける。

 

「俺の世界は長きに渡り戦争を続けていた。大多数にとって俺は世界の敵でな。俺がいる限り戦争はいつまでたっても終わらない。かといって俺がただ死ぬだけでは俺を信じてついてきた民を守れぬ。だからこそ、俺は敵対していたその男と協力して、強制的に戦争を終わらせることにしたのだ。種族を世界ごと分断する、千年破れぬ壁を作る魔法を使ってな」

「壁……この世界で言うなら人族と魔人族を千年分断したということ?」

「それが近いな。千年も関わり合いがなければ、互いへの怨恨はなくなるであろう」

 

 正確にいえば精霊の世界と神の世界とも分断したのだが、それは言わずとも良いだろう。

 

「……そんなすごい大魔法。想像もつかない」

「それを使ったからこそ俺はここにいるわけだが、それは置いておこう。その際俺が頼った男は敵対していた国の勇者でな。幾度となく殺し合いをした仲だった。お互い多くの血を流してきたし、流石の俺も受け入れられぬかもしれないと思ったのだが、世界で最も勇気のある人間は言ってくれた」

 

 ──俺の平和への想いを信じると

 

 俺の言葉を聞いたアレーティアが息を呑む。

 

「だからこそ俺も信じている。いつか俺が故郷に帰った時に眼前に広がっている光景が、争いのない平和な世界であると」

 

 そしていつか勇者と交わした約束を果たすのだ。

 

 次に会うことがあれば、その時は友になるという約束を。

 

 俺の話を聞いたアレーティアはしばらく何も言えない様子だった。

 

 やがて、己の中で何かが纏まったのかぽつりと零すように話し出す。

 

 その様子はどこか興奮しているようにも見えた。

 

「…………アノスは、すごくて立派な王様」

「敵には暴虐の限りを尽くす世界の害悪とまで言われたのだがな」

「それでもすごい。私……王様だったのに戦争が起きるたびに戦ってばかりで、どうすれば戦争を無くせるのかとか、どうすればみんな幸せになれるのかとか、考えたこともなかった」

「それは気にするな。この世界と俺の世界では事情が異なる」

「それに勇者もすごい。殺し合ってきた敵と和睦を結ぶのはとても難しい」

「それには同感だな。あの男は民を想い、真に勇気ある決断ができる勇者の中の勇者だった」

 

 それからアレーティアとは少したわいもない話をした後、明日に向けて就寝した。

 

 同じベッドで横になる中、すぐにアレーティアの寝息が聞こえてきた。まともな寝具の上で眠るなど三百年ぶりなのだ。気の済むまで眠ればいいと思う。

 

 そう思いながら俺も眠りに落ちていくのだった。

 

 ***

 

 それからアレーティアとの大迷宮攻略は始まった。

 

 アレーティアが張り切っていたので試しに任せてみたが、ほとんどの魔物に対して圧倒するだけの力を持っていた。

 

 三百年前の世界で最強クラスの魔法使いだったという話だが、数多の魔物を多種多様の属性の魔法を使いこなして蹂躙する様をみれば説得力がある話だった。少なくともハイリヒ王国の宮廷魔導士では全員が束になったとてアレーティアには敵わぬだろう。地上では禁忌とされている魔力操作を十全に扱えるアレーティアには速度で敵わぬからな。

 

 そして俺が注目したのは想像構成という技能だ。

 

 アレーティア曰く、魔法陣無しで魔法を使える技能とのことだが、魔法陣を展開しなくてもよいというのは隠蔽と言う意味ではとても役に立つ。

 

 とはいえ魔法名を癖で呟いているようでは隠蔽の意味はあまりないが。

 

 

 アレーティアが魔法で敵を蹂躙し、余った魔物やアレーティアでは対処困難な魔物は俺が適当に片付けるということを繰り返した結果、アレーティアに合わせてゆっくりしたペースではあったが、いよいよオルクス大迷宮二百階層まで到達した。

 

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

「ここが……最深部」

「おそらくな。奥に巨大な扉が見える」

「もしかして、そこが反逆者の住処?」

「それは行ってみなければわからぬな」

 

 そうやって歩きながら俺とアレーティアが扉の前の柱を超えた時、扉の前の空間に魔法陣が現れた。

 

「ほう、ベヒモスの時より大きいな」

「ここの主かもしれない」

「いわゆるラスボスというやつだな」

 

 そんな会話を続けている最中も魔法陣はどんどん輝きを増していき、

 

 体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が俺達に向けられる。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようとしているのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない殺気を向けてくる。

 

 同時に赤い紋様が刻まれた頭が開き、火炎を放った。

 

 

 俺とアレーティアはその場を左右に飛び退き反撃を開始する。

 

「<灼熱炎黒(グリアド)>」

 

 炎属性上級魔法を火炎を放った頭に直撃させる。現状この魔法に耐えられた魔物はおらず、この魔物の首もまた、跡形もなく燃え去り消える。だが……

 

「なるほど、白い頭が回復要因というわけか」

 

 魔眼で見ると白い頭が回復魔法を赤い頭に放とうとしているところだった。あえてその行動を止めず、赤い頭が再生する。

 

「〝緋槍〟!」

 

 アレーティアが燃え盛る炎の槍を回復要因である白い頭に向けて放つ。しかし直撃する直前、黄色の頭が射線に入り、アレーティアの〝緋槍〟を受け止めた。衝撃と爆炎が去った後には、黄色の頭が平然と俺達を睨んでくる。

 

「黄色は盾役……バランスがいい」

 

 それぞれの頭に固有能力があるらしい。多種多様の魔物がたむろするこの大迷宮の集大成の魔物としては相応しいだろう。

 

「さて、他の頭はどんな能力を持っている?」

 

 緑色の頭が風の魔法を使ってきたのでどうやら色が属性と対応しているとわかった。となると残りの頭の属性は何かと考えた瞬間……

 

「いやぁああああ!!!」

 

 アレーティアが悲鳴を上げたので、魔眼で見ると闇属性魔法の影響を受けているのがわかった。

 

「黒頭は闇属性魔法か」

 

 俺はアレーティアに対し<破滅の魔眼>を使用し、魔法を破壊する。

 

「……アノス?」

「立てるか?」

 

 ぼんやりと俺を見つめていたアレーティアが次第に目に涙を溜め、俺を見てほっとする。

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

「精神攻撃を受けたのだ。どれだけ精巧であろうとも、お前が見たものは幻だ」

 

 アレーティアは不安そうな瞳を向ける。その瞳が見せられた光景がよほど恐ろしいものだったことを伝えてくる。今のアレーティアにとって俺に見捨てられるというのは足元が崩れて闇の中に落とされるようなものだろうからな。

 

 だが、今だからこそ……聞かなければならないことがある。

 

 

「「「「シャアアアアアア──」」」」

 

 だがその前に何もしてこないことでチャンスだと思ったのか四属性を司る頭が魔力を溜め、攻撃の兆しを見せる。

 

「これから大事な話があるのでな、少し黙っていろ──<魔黒雷帝(ジラスド)>」

 

 俺はヒュドラに対し、起源魔法*1魔黒雷帝(ジラスド)>を発動した。

 

「「「「「「ジギャアアアアアアア──」」」」」」

 

 全身を覆い尽くす黒い雷に満遍なく全身を焼かれ、沈黙するヒュドラ。

 

 これで邪魔者はいなくなった。

 

 黒い雷に身を焼かれるヒュドラを気にも留めず、アレーティアは俺の方だけを見続ける。

 

「アノス……私……」

 

 

 

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

 

「えっ……?」

 

 

 俺はあえて、アレーティアを突き放す言葉を使う。

 

「まだ戦闘は続いている。なのに敵には目もくれず、なぜ俺の方ばかり見続ける? なぜ戦わない?」

「だって……私……私……」

「……偶々助けてやったから勘違いしているようだがな……」

 

 

 

「一度助けてやったからといって、俺がずっと傍にいるとでも思ったか?」

「……ッッ!」

 

 

 今アレーティアに対し、優しい言葉をかけてやることは容易い。

 

 ずっと傍にいてお前を守ってやる。そう言ってやるだけでアレーティアはすぐに戦う力を取り戻すだろう。

 

 だがその時、アレーティアは俺無しでは立ち上がれないようになる。

 

 アレーティアは俺に依存しかけている。それは出会ってからここに来るまでの過程でも明らかであり、俺に嫌われないように、時には取り入ろうと行動しているのがすぐにわかった。

 

 誰かに依存するというのは生きやすくはあるのだろう。依存する人物の言うことを聞いて生きるのは楽だろう。だがその生き方は依存先の人間がいなくなれば途端に脆く崩れ去る。

 

 俺はいつか故郷に、ディルヘイドに帰らなければならない。それは絶対であり、未来の世界を見届けることは世界を大きく変えた俺の義務でもある。

 

 現状ディルヘイドに帰る方法は不明。そして帰る方法がわかったとしても、アレーティアが付いてこれる保証はないのだ。

 

 俺がディルヘイドに帰る時、俺に依存しているようではアレーティアは壊れる。

 

 その未来を防ぐためには、アレーティア自身の足で立ち上がるしかない。

 

 

 俺に見捨てられたと思い、絶望を瞳に宿すアレーティアに対し、俺は問いを投げかける。

 

 

「アレーティア……お前の望みはなんだ?」

「……望……み?」

 

 俺の言葉に対し、かろうじて反応を示すアレーティア。それを確認した俺はさらに言葉を重ねる。

 

「俺に依存するのではない。お前の根源から、心から湧き上がってくる想いのことだ」

「…………そんなものない。私にはもう何もない。私にはアノスしかいない」

「いいや、それは違う。本当に何もない。全てを失ったものは……誰かに助けを求めたりはせぬ」

 

 俺は戦争で見てきた。生涯をかけて培ってきたもの、大事な繋がり、それらを一瞬で失くした者の姿を。

 

 怒りが残ればいい。その怒りを糧に敵と戦える。憎しみが残ればいい。その憎悪の炎が消えるまで世界に抗い続けられる。

 

 だがそれすら残らなかった者は、何も望まなくなるのだ。

 

 いくら助けるために手を伸ばそうとも、その手を掴もうとしない。無理やり助けたとしても心が動くことはない。死んだように生きるだけだ。

 

 アレーティアは信じていた叔父に裏切られ、全てを失って三百年もの長き時を光が差さぬ闇に閉じ込められて過ごした。アレーティアが感じてきた絶望は計り知れないものだろう。心が、根源が屈してしまっても仕方ないだろう。

 

 だが封印の間を開けた俺に対して、アレーティアは第一声にこう言ったのだ。

 

 

 ──助けて、と

 

 

 一度は名を捨て全てから逃げようとした。だが俺がそれを許さなかった以上、アレーティアには俺に助けを求めるだけの望みが残っているはずだ。

 

「お前はこのままで良いのか? ここで俺が捨てれば、ただ朽ち果てていくだけの存在に成り下がってもいいと? 本当にそう思っているのか?」

 

 俺の言葉に対し、アレーティアの根源と心が激しく揺さぶられているのを感じる。

 

 人は追い詰められた時にこそ真価が見えると言う。アレーティアは今ヒュドラの精神魔法を受けて極限まで追い詰められている。だからこそ、見えてくるものがある。

 

「…………良いわけがない

 

 

 そしてアレーティアは、声を震わせながら声を大にして己の望みを口にする。

 

 

「良いわけがない!!」

 

 

 

 

「…………」

「だって私何もわからない!! どうして叔父様が私を裏切ったのかッ、どうして私が三百年もこんな場所に閉じ込められなきゃいけなかったのかッッ、私は何も知らない!!」

 

 まず溢れ出るのは、現状への不満。

 

「私頑張った!! アノスみたいに立派な王様じゃなかったかもしれないけど、国のために、民のために戦った!! なのに、どうしてこうなったの!? 私の何がいけなかったの!? 私に特別な才能があったのがいけなかったの!?」

 

 次に出てきたのは、猜疑。

 

「この才能に目覚めた時、教会の教皇様は言ってた。私は神に選ばれた運命の子だって!! 運命って何!? 大好きだった人もッ、大好きだった国もッ、何もかも失ってこんな場所に何百年も閉じ込められることが私の運命だと言うの!!?」

 

 そして出てきたのは、理不尽な運命に対する怒り。

 

「私、終わりたくない。こんな暗くて狭い場所で、何もわからないまま、誰にも知られず静かに死んでいくなんて耐えられない! 知りたいことがいっぱいあるッ。やりたかったことがいっぱいあるッッ、だけど……私の望みは理不尽な運命に邪魔される。だから!!」

 

 そこでアレーティアは俺の目を真っすぐ見つめる。

 

 今までの俺の顔色ばかり伺う卑屈な目ではなく、己の望みを知り、理不尽な運命を前に立ち向かうと決めた者の目だ。

 

「力を貸してアノス! 私、こんな運命に負けたくない!!」

 

 その強き意志の乗った言葉に対し、俺は静かに笑みを浮かべた。

 

「よく言った、アレーティア。お前の強き意志と望み、しかと聞き届けた。その言葉、その想い。決して忘れるな。名前以外の多くのものを失った、今のお前を支える大事な物だ」

 

 

 その言葉と同時に、ヒュドラの方から轟音が鳴り響く。どうやら白頭による回復が完了したらしい。

 

 その姿は先ほどとは違い、頭はひとつだけになっていた。

 

 今まで生えていなかった七番目の銀色の頭は口元に他の六つ分の頭を全て足したと思われる膨大な魔力を溜めている。

 

 どうやら俺の<魔黒雷帝(ジラスド)>を受けて、俺を警戒して全力で排除しようとしているらしい。

 

「アノスッ」

 

 俺はヒュドラの射線を遮るようにアレーティアの前に立つ。

 

「アレーティア、お前はこれからも理不尽な運命に襲われるかもしれぬ。お前に理不尽な運命を強いたものが、お前に直接牙を剥くかもしれぬ」

 

 

 今の会話だけで、気になる言葉があった。

 

 

 アレーティアが教会にとって神に選ばれた運命の子だということ。

 

 そしてアレーティアの知らない事実。アレーティアを封印していた者、おそらく彼女の叔父はアレーティアを守ろうとしていたこと。

 

 宗教戦争によって終わらない戦争を繰り返しているこの世界の人類。

 

 それらを組み合わせれば、見えてくるものがある。

 

 

「だがお前は何も恐れる必要はない。お前が運命に負けたくないというのなら、俺がその運命をぶち壊してやる」

 

 

 だが、いかなる運命が相手であろうと、関係ない。

 

 

「願うな、祈るな、ただ我が後ろを歩いてこい。お前の前に立ち塞がる、ありとあらゆる理不尽を、この俺がたった今から滅ぼし尽くすっ!」

「アノスッ!」

 

 強き想いを胸に立ち上がったアレーティアの前で、高らかに俺はそう宣言する。

 

 そしてまずは、目の前に立ちふさがる脅威を滅ぼしてやろう。

 

 魔力を溜めるヒュドラに対して、俺は砲門を一門展開する。

 

 

 この世界に来て間違いなく最高の魔力量。こいつになら、少し本気を出しても良かろう。

 

 魔力を溜め終えたヒュドラが間髪入れずに極光を俺に向けて放つ。

 

 それに対するように、俺もまた魔法を完成させる。

 

「<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>ッ!」

 

 迫りくる極光に対し、俺は炎属性最上級魔法<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>にて対抗する。

 

 極大の魔力の塊が衝突し、衝撃波を周囲にまき散らす。

 

 二つの力が激突した時、より魔力が強い方が勝つのは道理だ。そしてその道理を制したのは俺の魔法。

 

 極大の黒い太陽が極光を飲み込み、真っすぐ進む。ヒュドラも懸命に対抗するがそれでもなお黒い太陽は止まることなくヒュドラを飲み込み、爆発した。

 

「■■■■■■■■──ッッ!!」

 

 その黒き獄炎はヒュドラの全てを焼き尽くし、跡形もなく消滅させる。

 

 その後に残ったものは、ヒュドラだったものの塵が舞う、大迷宮の最深部の光景だけだった。

 

*1
起源魔法とは強大な魔力を持つ過去の存在から魔力を借りて発動するリスク付きの強力な魔法。スレイヤーズでいう黒魔術に相当する




>ユエとアレーティア
作者の解釈ですが、ユエはハジメに名前を付けられることで強力なペルソナを被り、ユエという別人になることに成功しました。ですがアノスに名前を付けられなかったことでペルソナを被ることに失敗したアレーティアは剥き出しの自分のまま生きていくことを強いられます。
なのでユエとは性格が違いますし、心的外傷もそのままなので現在のアレーティアは暗所恐怖症に閉所恐怖症、人間不信に孤独恐怖症を併発している状態。

>アレーティアの叫び
アレーティアには絶望の中であっても、魔王に助けを求めるだけの望みがあった。

>獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)
おそらくアノスが使う魔法で最も有名な魔法。アノスが本気で使えば広大な湖を蒸発させ、国を焦土に変える威力を持つ。

次回、第一章完結


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9話 魔王と新たな旅立ち

すみません。遅刻しました。

これにて第一章完結

ひとまず連載はここで一端止めますが、もし気に入っていただけたのならお気に入り登録と高評価よろしくお願いします。



 オルクス大迷宮二百階層にて出現したヒュドラを撃退した後、俺とアレーティアは最奥の扉の中に入る。

 

「ここが、反逆者の部屋……」

 

 部屋に入ってまず目についたのは太陽。

 

 もちろんここは地下迷宮であり本物であるはずがないが、頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に温かみを感じる光を部屋いっぱいに降り注いでいる輝く球体が浮いていた。

 

「ほう……小規模ではあるが核融合反応を魔法で再現しているのか、夜の時間になれば炉心の冷却のために月の形状へと変化する……すばらしいな、賞賛に値する」

 

 核融合技術は科学世界地球において、未だに実現していない技術のひとつだ。そういう現代科学で再現できない現象こそ、魔法の真骨頂と言えるのだろうが、当然それを再現するのは難しいことが多い。それにも関わらずこうして複数の魔法が複雑に作用し合い、科学を超える魔法を維持しているのは製作者の魔法技術が相当高いゆえだというのがわかる。

 

 このサイズでは国を賄う発電機として使用できるレベルではないので地球での実用性は乏しいが、この部屋に植えられている植物達の光合成に必要な光は十分確保できているようで、地上に生えるような魔物化していない植物が光を浴びて生き生きとしていた。

 

 部屋の奥には大迷宮の清浄な地下水が流れる滝があり、そこから部屋の中央を流れる川に繋がっていた。そこには地上の魚が複数種類泳いでおり、穀物を育てるための畑も存在していることから、少人数で過ごすのであれば、長い期間この部屋で過ごすことは可能だろう。

 

「どうやら反逆者とやらは、ここを籠城するための部屋として作ったのであろうな」

 

 何から隠れなければならなかったのか。およそ見当が付いてきてはいるが、それはここをしらべれば明らかになるであろう。

 

「アノス、どこから調べる?」

「当然、居住区からだ」

 

 そして部屋の奥には屋敷が立っていた。俺とアレーティアは共に屋敷の中に入り、順番に調べていく。

 

 途中封印がかかった部屋を見かけたが、今は後回しにし探索を続ける。そして三階の一番奥にこの住処の主の部屋に行きついた。

 

 部屋の中央には大規模な魔法陣が敷かれており、その奥にはこの部屋の主だったものが鎮座していた。

 

「……怪しい……どうする?」

 

 アレーティアは白骨を怪しんでいるようだが、俺はまず部屋の魔法陣を魔眼で診る。

 

「ここで一番複雑な魔法はこれだな。破壊や改ざん防止の魔法が幾重にも張り巡らされているが、どうやら攻撃するものではないらしい」

 

 俺はそのまま魔法陣の中央に立ってみると頭の中に侵入する気配を感じたので、すかさず魔法陣からの干渉を遮断する。

 

「何も起こらない?」

「ふむ、頭の中を覗こうとしてきたようなのでな。干渉を遮断したのだが、これでは意味がわからんな」

「私が試してもいい?」

「危険はないが、頭の中を覗かれる。少々不快感があるかもしれんぞ」

「平気……何かあったらお願い」

 

 今度はアレーティアが魔法陣に乗る。最初アレーティアは頭の中に侵入される違和感に顔を歪めていたが、それも一瞬で終わり、部屋の中が光で満たされる。

 

『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』

 

「どうやらこの部屋の主のメッセージらしいな」

 

 オスカー・オルクスが語る話は、この世界の歪な構造の話だった。

 

 俺が予想したように、この世界は神エヒトによって支配されており、エヒトの狂った望みによって多種多様の種族が長き戦争を強制的に続けさせられているのだという。

 

 オスカー・オルクスとその六人の仲間は神代魔法の継承者であり、神の真実を知り、悪しき神を討とうとした。だが力及ばず仲間は散り散りになった後、大迷宮を作り、そこで自分達の意思を継いでくれるものが現れることを待つことにしたらしい。

 

『君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを』

「あう……」

 

 メッセージが終わるとアレーティアに向けて再び魔法の干渉が始まった。どうやら今度は与えるための魔法らしい。ほどなく魔法は終了し、魔法陣の光が収まった。

 

「力を与えるとのことだが、どうだ?」

「頭の中に魔法の情報が刻まれたみたい。魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る、生成魔法という神代魔法」

 

 どうやらアレーティアに刻まれた魔法は古の時代に失われた七つの神代魔法のひとつ、それも生成魔法らしい。

 

「アノスも乗れば神代魔法を得られる」

「必要ない。既に使えるのでな」

 

 以前ハジメがアーティファクトを作れるようにするために作った魔法が、偶然にも生成魔法なのだ。今更俺に必要だとは思わない。

 

「それで……どうする?」

 

 アレーティアが先ほどのオスカーの話を聞いてどうするか聞いてくるが、それはむしろ俺のセリフだ。

 

「特にどうもせんな。俺は元々この世界から見れば部外者だ。解放者とやらも異世界の住人にまで己の意思を託すことを想定していたとは思えぬ。そういう意味でいうなら、むしろこの世界の住人であるアレーティアがどうしたいかの方が重要であろう」

 

 俺は本来この世界に関わりのない人間なのだ。もちろん迫りくる火の粉は払うが、この世界のことはこの世界の住人がどうにかするのが筋であろう。

 

 アレーティアは俺の言葉を聞くと自分の思いと向き合い、やがて答えを出した。

 

「正直わからない。私はまだ知らないことが多いし、反逆者と言われた彼らの言葉を鵜呑みにするのは難しい。けど……私の生きた時代も世界中の国が戦争してたのは確かだし、私の国も戦乱に巻き込まれた。だからあの時代の悲劇の原因が、この世界の神にあるのなら……無視はしたくない」

 

 アレーティアはかつて自分が治めた国やその時代のことを思い出しているのだろう。その感情は俺も理解できるものだ。俺も数多の因果が絡み合って終わらない戦争を終わらせるために大魔法を使ったのだからな。

 

「では世界中にあるという大迷宮を渡り歩くというのも悪くないな」

「いいの?」

「元々地球に帰るための手段は手に入れる必要があった。この世界の魔法を知ることで近道ができるなら儲けものだ」

 

 新しい魔法を作るというのは中々難しいものだ。だからこの世界独自の魔法を俺が学べば、異世界を渡る魔法を作るヒントになるかもしれぬ。俺はあまり焦ってはいないが、クラスメイト達も長時間この世界に拘束されれば、日常に戻るのにも支障が出てこよう。それにあまり父さん母さんを心配させるわけにもいかぬしな。

 

 

 その後、流石の俺も死んでから時間が経ちすぎて蘇生できないオスカーの遺体を丁重に埋葬した後、この住処を新たな拠点として生活を始めて早数日、流石に無視できない問題に直面した。

 

「…………ごめんなさい」

 

 アレーティアがバツが悪そうな顔をしながら謝る。

 

 問題とは他でもない。アレーティアについてだ。

 

 最後の魔物との戦いで自分の運命と戦うと決意したアレーティアだが、一念発起しただけで心的外傷(トラウマ)がどうにかなるのであれば、精神科医など必要ない。

 

 未だにアレーティアは俺から離れることができない。試しに少しだけアレーティアの視界から消えてみたが、それだけでも全身の震えや呼吸の乱れ、発汗、顔色が悪くなるなどの症状が現れる。本人もなんとかしようと思っているのだが、中々上手くいかない。

 

 怪我なら容易く治せるし、まだこの世界では試していないが、俺なら死んでいても蘇生する手段がある。だが心の病だけは俺でも容易に治すことができないのだ。

 

 とはいえこのままではいけない。アレーティアは俺から離れられないのに、俺以外の人に会うのが怖いとあっては、俺はこの大迷宮から動くことができぬ。

 

 だからこそまず試してみるのは……

 

「やはり誰かここに呼ぶべきだな」

 

 俺以外に会うのが怖いというのは、裏切られたことを端に発する人間不信が原因だ。ならばその解決方法は徐々に人に慣れていくほかあるまい。

 

 そこで俺は誰をここに呼ぶべきか考える。

 

 まず思い浮かんだのは雫。基本的に誰からも好かれ、特に一部の女子生徒からはお姉様などと慕われている雫だ。アレーティアが吸血鬼だからと言って物怖じする人物でもないし、一見安牌に見えるのだが、一方的に雫にここに残る旨を通信で伝えて以来、どうも機嫌がよくないようだ。

 

 それに何故かはわからぬが、俺が女子生徒を紹介したりすると途端に機嫌を悪くすることがある。もし今回もそうであったとしたら初見でアレーティアに威圧的な態度を示すかもしれぬ。だから俺は一先ず雫の召喚を却下する。

 

 それから俺は次々とクラスメイトの顔を思い浮かべていった。

 

 香織……基本的に穏やかな性格をしているが、暴走機関車的な側面がどう作用するかわからぬ、却下。

 

 鈴……クラスのムードメーカではあるが、少々おやじ趣味を持っている傾向がある。滅多にみられない優れた容姿を持っているアレーティアを見て暴走するかもしれない、却下。

 

 恵里……表面は穏やかだが、腹黒い裏の顔がある、却下。

 

 一旦思考を女子から男子に切り替える。

 

 光輝……基本的に良い奴ではあるが、人間不信を治すための最初の一人目として向いているとは言い難い、却下。

 

 龍太郎……見た目が威圧的すぎるし、細かい機敏ができるとは思えぬ、却下。

 

 浩介……一見安牌に見えるが、浩介は今忙しい。たまに連絡をしているが、少々疲れ気味かもしれぬ、却下。

 

 

 そしてしばらく脳内で選考を続け、最終的に俺が選んだのは……

 

 

 

「それでアノス。説明も無しにいきなり拉致されたわけなんだけど……ここは一体どこなのさ?」

 

 

 自身の工房に引き籠って錬成作業をしていたところを一瞬で拉致してきたハジメだった。

 

 

 ハジメは性格的にも大人しいし、見た目も人畜無害を絵に描いたような男だ。それにこう言っては何だがコミュニケーション能力に長けているとは言えず、いわばコミュニケーション初心者同士気が合うのではないかと思ったわけだ。

 

「というか本当にここどこ? なんか周りに漂っている魔力から普通の場所じゃない感満載なんだけど……」

 

 ハジメが周囲を魔眼で見ながらそう答える。よくわからないものがあればまずは魔眼を使えという教えは、鑑定を頻発するハジメにも根付いているようで何よりだ。

 

「ここがどこかと言われれば、オルクス大迷宮二百階層の最深部だ」

「ダンジョンの最深部!? 八重樫さんから百五十階層をソロで攻略してるって聞いてたけどもう全クリしたの!? 僕達はようやく六十五階層を突破したのに……」

 

 俺も<遠隔透視(リムネト)*1にて確認してはいたが、光輝達は少し前に人類最高到達地点である六十五階層に到達し、そこのボスであるベヒモスを突破した。現在は人族にとって完全に未知のエリアであるオルクス大迷宮六十五階層以降を探索しながら攻略している。

 

「お前を呼んだのは他でもない。お前に会ってほしい人がいてな」

 

 そこで俺はあらかじめアレーティアのことをハジメに伝える。

 

 百五十階層地点で三百年封印されていた吸血鬼の女の子であること。

 

 三百年前に信じていた人に裏切られ、光が一切差さない暗闇に閉じ込められたせいで心に深い傷を負っていること。

 

 俺を頼りにしてはいるが、それではいつまで経っても俺が動けないので少しずつ人に慣らしていこうと考えたこと。

 

 ハジメはアレーティアの事情を聞いたことで真剣な顔になり、相槌を打ちながら話を聞いてくれた。

 

「事情はわかったよ。それで……そのアレーティアって子はどこに?」

「あそこの柱の影に隠れている。と言う訳だアレーティアよ。そこから出てくるがいい」

 

 俺が声を発すると、遠くで俺とハジメの会話を聞いていたアレーティアが恐る恐る柱から顔を出す。

 

 ハジメとアレーティアの目が合うとアレーティアの容姿を見たハジメが思わず顔を赤くした。

 

「か、かわいい。それに……長い時を生きた金髪赤目のロリ吸血鬼なんて……実在したんだ……」

 

 色々な意味で感動しているハジメに反して、アレーティアはハジメを警戒してさっと顔を隠してしまう。

 

「ああ、ごめん。えーと、アレーティアさん? 僕は、ハジメ……南雲ハジメ。その……アノスの仲間で、天職は錬成師。特技は錬成全般です」

 

 アレーティアの容姿を見てなにやら緊張し始めたのか、ハジメがまるで初めてお見合いに挑む男のような挨拶をし始める。

 

「………………私はアレーティア」

「ああ、うん。それで、僕はその……アノスから君と仲良くしてほしいと言われて、えーと……」

「………………」

「そ、その~~」

 

 しどろもどろになるハジメとジト目でハジメを無言で観察するアレーティア。見事にコミュ障同士の気まずい空間が出来上がってしまった。ある意味狙い通りの状況とはいえ、このままでは一向に前に進まない。

 

 仕方がないので俺はハジメをここに呼んだもうひとつの目的を先に果たすことにする。

 

「ここで無言で見つめ合っても仕方なかろう。だからお前を呼んだもう一つの目的から先に果たすぞ。ハジメとアレーティアはついてこい」

 

 気まずい空間から抜け出したかったハジメは助かったとばかりに安堵して、アレーティアは俺の横に引っ付いて歩く。

 

 俺が目指したところはこの場所の主であるオスカー・オルクスの工房だ。

 

「どうやらここの主であったオスカーは相当腕の立つ錬成師だったらしくてな。この部屋にはオスカーが残したアーティファクトや機材。多種多様の素材やオスカーの研究ノートなどが残されている」

「これは……すごい!」

 

 この部屋に入ったハジメは先ほどとは違い、テンションが上がり出す。

 

「この鉱石……地上にあったものとは品質が全然違う。それにこの機材はより高度で精密な錬成をするために使うもので……うわぁ、各種魔法を付与した魔石まである!」

「この部屋を見つけたのがお前を呼んだもうひとつの理由だ。ここでならより精度の高い錬成が可能になるだろう。それに……ここでなら教会の用意した工房ではできぬ研究も可能だ」

「それは……正直助かるね」

 

 アーティファクトの錬成という成果を上げたハジメは教会と王国が用意した専用の錬成工房を手に入れたが、当然その工房はタダで使わせてもらっているわけではない。

 

 ハジメには工房と共に王国から少なくない予算を受け取っている以上、研究成果を定期的に報告する義務が発生しているし、工房が教会によって用意されたということで監視などもついていることが確認されている。

 

 監視などいくらでも誤魔化すことはできるが、定期的に監査に来るのであっては、教会や王国に渡したくない技術の研究はいつまで経っても進められない。

 

「後ほどここの錬成工房にお前が自由に出入りするための魔法具を渡す。お前の魔力に反応して起動するようにしておけば、教会の者達は入ってはこれまい」

 

 その点、ここでならハジメはいくらでも自由に研究に没頭することができる。転移用の魔法具は俺が念入りに作れば悪用されない上にここはオルクス大迷宮最深部。真っ当にここまで来れるものがいないので守りは鉄壁だ。

 

「そうだな。試しに今ハジメが取りかかっている研究を見せてみよ」

「いや、急に言われても開発中だったアーティファクトは全部工房に置きっぱなしなんだけど」

「む。それもそうか」

 

 アレーティアの発作が起きないようにほぼ一瞬でハジメをここに連れてきたからな。

 

 仕方がないので俺が再びハジメの工房に赴き、アーティファクトを取ってきた。ついでに今後はこれに入れて保管すればいいと、オスカーの遺体が持っていた空間収納のアーティファクトも渡しておく。

 

「今僕が研究しているのは、騎士団や魔導士団の人達が使う用のアーティファクトなんだけど……」

 

 ハジメが今取り扱っているアーティファクトは、地球のファンタジーに出てくるようなわかりやすい杖や剣などの形をしていた。

 

「ふむ……いざ作ってはみたが、実機での動作実験が出来なくて止まっているというところか」

「そうなんだよね。理論上、上手くいくはずなんだけど実際使ってみると思った通り動かないことなんてしょっちゅうだし。それに僕だと魔法適性が乏しいからほとんどのアーティファクトが自分で使えないんだよ。今更だけど自分で作ったアーティファクトを自分で使えないって……」

 

 落ち込むハジメだが俺が期待していた状況はこれだ。

 

「そこでアレーティアにはここにいる間、ハジメのサポートをしてもらいたい」

「サポート……アーティファクトを使えばいいの?」

 

 ハジメに対して警戒していたアレーティアだが、ハジメが作ったというアーティファクトに対しては、大変興味深そうに見ていた。

 

「ハジメ……アレーティアは全属性に適性があるからいちいち魔法適性のある魔導士を呼ばなくてもよくなるぞ。それにアレーティアの魔法の資質とセンスは地上の魔導士より遥かに優れている。この世界の魔法のことなら俺よりも詳しいし、魔力操作も使える。研究の協力者としてはうってつけの人材だ」

「全属性適性に魔力操作の組み合わせってマジで……じゃ、じゃあまずこれ使ってみてくれるかな?」

「ん……」

 

 ハジメが杖型アーティファクトを渡すとアレーティアは素直に受け取る。

 

「上手くいけば炎属性中級魔法までの魔法の補助と強化を行ってくれるはず」

「わかった」

 

 アレーティアがこの工房に用意されていた魔法実験室に移動する。

 

「〝螺炎〟」

 

 アレーティアの魔法が発動し、用意されていた的に炎の渦が命中する。

 

「よし、どうやら上手くいったみたいだ」

「…………ハジメ、でいい?」

 

 ハジメは満足そうだが、どうやらアレーティアには不満があるらしい。初めてハジメに直接話しかける。

 

「何か気になるところがあるの? アレーティアさん」

「アレーティアでいい。アーティファクト自体は魔力の流れもスムーズだし、しっかり魔力が上乗せされてとてもいい物だと思う。けど肝心の使われている魔法式が下手くそ。私ならもっと効率のいい術式が作れる」

「そうか……これでも王国でも指折りの魔導士に提供してもらった術式だったんだけどなぁ……ならこっちは……」

 

 どうやら上手くいったみたいだな。

 

 二人とも人付き合いが苦手だが、ハジメは錬成が、アレーティアは魔法全般が好きだという共通点がある。そこを上手く利用すれば自然と会話できるようになると思ったが思惑通りに進んだようだ。

 

 この調子で人に慣れていけば、俺がいなくてもアレーティアは自由に活動できるようになるだろう。

 

 

 ***

 

 

 それから俺は地上と地下を行き来する日々を送った。

 

 やっと帰ってきた俺に対する雫の文句を聞きつつ、オルクス大迷宮の攻略のアドバイスと同時にクラスメイトの訓練を実施。

 

 未知の領域を攻略するということでメルド達が付いてこれなくなったことと俺の不在の中でもオルクス大迷宮を攻略できるようになってきたことで、ようやくある程度自分の力に対して自信が付き始めてきた。

 

 前線組以外の他のクラスメイト達も、己の特技を活かし、この世界での確固たる立場を確立し始めたものも増え、俺が口出しする機会も少なくなっている。

 

 

 オルクス大迷宮最深部組は最初は俺とハジメという状況から、期間を開けつつ徐々に人数を増やしていった。

 

「あなたがアレーティアさんね。私は八重樫雫。アノスの幼馴染で……魔王アノスの第一の配下よ。よろしくね」

「幼馴染…………配下…………それに……」

 

 ハジメの次に連れてきた雫に対して、最初は委縮していると思っていたアレーティアだが、雫の言葉に反応した上で、親の仇のように雫の巨乳を凝視し始めた。

 

「……私はアレーティア。よろしく……」

 

 どんな葛藤があったかはわからぬが、アレーティアは雫を受け入れた。

 

 後でアレーティアに胸は大きい方が好きかと聞かれたので、大きいに越したことはないと答えたらショックを受けていたのが少々気になったが、大きな問題はなかったと言えよう。

 

 それからアレーティアに直接会った香織に、自分の知らないところでハジメとアレーティアを二人っきりにしたことについて文句を言われたり、鈴がアレーティアの容姿に興奮して中のおやじが出てきそうになった時には猫かぶりモードの恵里と抑えたりした。

 

 それから女子生徒をあらかた最深部に呼んだ後は、男子を順番に呼んだ。

 

 その頃になるとアレーティアもある程度人に慣れてきたようで、クラスメイト達とは徐々に会話もできるようになってきた。

 

 そしてクラスメイトの訓練とアレーティアの社会復帰のためのリハビリを行って二ヵ月が経過したころ、俺はこの世界に召喚された者達全員をオルクス大迷宮最深部にまで招集したのだ。

 

 

 ***

 

「さて、お前達にここに来てもらったのは他でもない。これからの俺達について話をするためだ」

 

 俺の横に立っているアレーティアを含むクラスメイト達は俺の言葉に真剣に耳を傾ける。

 

 その顔つきはこの世界に呼ばれた時とは全く違う。練度と向き不向きはあるが、各々最低限の自衛ができるようになっていた。

 

 だがそれだけではない。

 

 この世界の成人年齢は日本よりも低い。ここにいる全員トータスでは大人扱いだ。

 

 そんな中、己の特技を磨き、自分にできることはないかを考え、行動することで他クラスの同級生より一足先に大人の世界に踏み込んでいる。

 

 まだ三か月ほどでしかないが、その経験は地球に帰ってからも役に立つであろう。

 

 そんなクラスメイト達に向けて、俺は語る。

 

「ここにいるものはこの世界の真実についてすでに知っている者達だ。だからこそ、教会の言う通りに動いても地球に帰還できる可能性が低いことはわかるはずだ」

「そうだ……俺達、あのジジイに騙されてたんだ」

「なにがエヒト様だよ。とんだ邪神じゃないか」

 

 クラスメイトの中で文句が飛び出すが、クラスメイトはもう少しで神の遊戯の駒として何も知らずに戦争に参加していたかもしれないのだ。そのことを理解すれば神に対し怒りを向けるのも当然だ。

 

「そう、神の思惑に乗っていては俺達は永遠に元の世界には帰れぬ。だからこそ、まず俺達がやるべきことはこの世界を飛び出す方法を知ること。そして……」

 

 そしてこのタイミングで光輝が威勢よく次の言葉を引き継ぐ。

 

「次にやることはこの世界の民を苦しめる神を倒すことだ。今も大勢の人が神の都合で苦しめられている。俺はそれを知って見過ごすことはできない。俺達が故郷に帰るのは、神を倒した後だ!」

 

 この世界に来て、この世界の住人に触れあって、光輝はこの世界を救いたいという思いが余計に強くなったようだ。一部この世界を長年支配する神と戦うという光輝の言葉に難色を示した者もいるが、俺個人としては神の妨害はあると考えているのでどちらかといえば光輝寄りの考えだ。

 

 だが、その二つを成し遂げるために必要なものがある。

 

「帰る方法にしろ、神を倒す方法にしろ、必要なのは神代魔法なのよね」

 

 雫の言う通り、神代魔法こそが問題を解決する手掛かりなのだろう。

 

 俺も二ヵ月の間に、世界の壁を超えられる魔法が作れないか試行錯誤してきたが上手くいっているとは言えない。俺が思うに、この世界から出るためには、やはりこの世界の秩序に則った魔法が必要なのだろう。この世界の秩序を知るためには、やはり神代魔法について知ることが一番の近道だ。

 

「そうだ。だからこそ、世界中に散らばる神代魔法の探索は主に俺とアレーティアが行う」

 

 俺とアレーティアが世界を巡り、大迷宮を攻略する。事前に決めていたことではあるが、光輝は不満があるようだった。

 

「アノス、やっぱり俺も付いていきたい。この世界を救うためには神代魔法が必要だ。そのためには大迷宮を攻略しなくてはならない。だから……」

「それはできぬ。魔王として力はあるが、内心嫌厭されている俺と違ってお前は勇者だ。この世界の人類代表に選ばれるであろうお前が自由に動けるわけあるまい」

「それは……でも……」

「案ずるな。俺が一度行った場所なら自由に行き来できることは知っていよう。大迷宮の場所がわかれば、お前達にも声をかけてやる」

「……わかった」

「それにだ。お前達にはお前達にしかできぬことがある」

 

 この世界でやることの三つ目。それは俺が到底許容できないものだ。

 

「俺達がやるべきことの最後のひとつは戦争を起こさせないことだ。これから先魔人族との衝突の機会が増えるかもしれないが、戦争を行っても喜ぶのは高みで見物している神だけだと心得よ。俺はこの先、神を喜ばせるつもりは一切ない」

 

 戦争は悲惨だ。そのことを俺はよく知っている。日本という平和な国を知ってからその気持ちは余計に高まっている。世界から全ての争いを無くせとは言わない。だが、神を名乗る者だけが笑い、民はなにも得ることなく悲劇だけが積み上がっていく戦争など論外だ。

 

「だったらやっぱり神の真実をみんなに話すべきなんじゃないか。少なくともメルドさんなら信じてくれるはずだ!」

「それは駄目よ光輝。この世界の人達はほとんどが神エヒトを信仰しているのよ。私達が言っても信じてくれないわ。それに仮にメルドさんが信じてくれてもメルドさんにも立場がある。そう簡単に行動できないわ」

「そうだ。この世界の神を信じ切っている民の意識を変えるのは容易ではない。だからこそ、光輝。お前はこの世界の人々の信頼を得よ」

「信頼?」

「お前達が活躍すればするほど、お前達の信頼が高まる。信頼が高まればお前達の発言力も高まるからな。お前は地球にいた頃と同様に、これからも人助けに邁進すればよい」

「それは……もちろんだ!」

 

 人助けは光輝の特技だ。いささか詰めが甘い部分があるが、これまで通り俺が陰でそれを補ってやれば自然と光輝の名声は高まっていくだろう。

 

「けど、アノス。私達の信頼が高まっても教会にいいように利用されるんじゃ意味ないんじゃないかしら」

「そうだな。勇者を筆頭に神の使徒が躍進すれば、それはそのまま教会の威光に繋がってしまうであろう。だがな雫。もし、この世界に教会以上の信仰を集める者がいれば話は変わってくる」

 

 神の使徒が教会の名の下に動いていては意味がない。だがもし、勇者を筆頭とする神の使徒が教会ではなく別の意志の下で動いているとしたら、民達の信仰は教会からその人物の下に移り変わる。

 

「それができる者は俺達の中でただ一人。この中で唯一の大人であり、俺達”生徒”を導く立場にある者。つまり愛子……お前だ」

「へっ…………え、えええええええええ~~~~!」

 

 この世界に来た中で唯一成人し、俺達を保護する立場にある大人。畑山愛子は俺の言葉に動揺の意思を示す。

 

「ど、どどどどどういうことですか、アノス君!?」

「愛子の天職は”作農師”。この世界の食糧事情を一変させる力があることは既に実感できていよう。そしていつの世も、例え異世界であろうとも、食糧事情を制したものが世界を制するのだ」

 

 怨恨は戦争が継続する理由であって始まりにはなりにくい。古今東西多くの戦争の始まりは、食料の奪い合いから起きるもの。自国だけでは国民が食べて行けないから、実りが豊かな土地を侵略するために戦争が起こる。だが戦争が泥沼化すると、土地の荒廃により食糧事情は益々悪くなるという悪循環に陥る。

 

 愛子の技能はその食料事情を一変させる力があるものだ。だからこそ、この世界に来た直後からハジメと同じ非戦闘職でありながら、例外扱いされて重宝されている。

 

 毎日食うものにも困るような生活をしている者達にとって、愛子はまさに救いの女神となるだろう。信仰では腹は膨れないが、腹を膨らましてくれたものにこそ真の信仰は集まる。

 

「ふむ、名付けるとしたら『畑山愛子、豊穣の女神大作戦』と言ったところか」

「~~~~~~~~ッッ!!」

 

 顔を真っ赤にしながら抗議したそうな愛子を他所に、俺は光輝達の役割を纏める。

 

「光輝達はこのまま教会の期待に応え続け、人類の希望として名声と信頼を得る。そしてそのままでは教会に利用されるだけのところを、世界の食料事情を大きく変えた愛子が豊穣の女神として現れる。そして、神の使徒である光輝達は、豊穣の女神愛子の下で動いていたことを宣言した上で、愛子は自分達こそ真の神の代行者として名乗りを上げ、民に真実を語るのだ」

「そ、そんな重大なこと、私できませんよ!」

「なに、そう気負う必要はない。肝心なところは俺がやってやるから、愛子はただ神輿としてふんぞり返っていればよい」

 

 細かいところは俺が調整すればよい。愛子に担ってもらうのは信仰の正当性だけだ。

 

 だがそれだけでは教会は崩れないだろう。何しろ歴史が違うのだ。愛子に正当性があり、教会が信じるに値しないと民に知らしめるためには、それ相応の根拠を示さなければならない。

 

 そこで俺は一旦<思念通信(リークス)>に切り替える。

 

『だからこそ、浩介。お前が教会内部に潜入し、教会の闇を探れ。神がこの世界の戦争事情をコントロールしている以上、教会内部に必ず神と直接繋がる者がいるはずだ。お前は見つけるだけでよい。その者を俺が捕えれば、教会は落ちたも同然だ』

『了解……ただ、俺他にもやることがあると思うんだが、俺だけ重労働すぎないか?』

『む……そうだな。その辺りは何か解決策を考慮しよう』

 

 確かに浩介には他にも色々指示していたことを思い出す。何だかんだ言われた仕事はいつもこなす奴だが、後で倒れられても困る。何かフォローしてやらねばならない。

 

 話がまとまり、各々やるべきことを見出した者達に俺は最後に伝える。

 

「この中には神と戦うなど恐ろしいと思うもの。戦争や戦うことが怖いもの。地球に無事に帰れるか不安を抱く者もいよう。だがお前達が何ひとつ心配することはない。必ず上手くいくと約束しよう。なに、ここでの経験はちょっと長めの修学旅行くらいに思っておけばよいのだ」

「修学旅行ってあんたね。けど……アノスが言うとそう思えてくるから不思議よね」

 

 雫が呆れた表情を浮かべるものの、緊張は和らいだようだ。

 

「アノス様がいうなら絶対なんだよ」

「私、この世界でアノス様ファンクラブを拡大しようと思う」

「それいいね。さっそくアノス様の魅力をみんなに伝えないと……」

 

 一部他とは別の方向で盛り上がっているものもいるがそれは置いておき、俺は締めの一言でこの話を終わらせる。

 

「ではお前達。俺達はこれより、この世界を邁進する!」

 

 

 ***

 

 

「アノス……ここから出るの?」

「俺の<転移(ガトム)>は知っている場所が多いほど行ける場所が増える。だからこそここがどこに繋がっているのか知っておこうと思ってな」

 

 他の者達が元の場所に帰る中、俺はオルクス大迷宮の出口に繋がる魔法陣の向こう側に転移していた。

 

「真っ暗……」

「神の手から隠れるのだから当然だ。先へ進めば外へ出られるはずだ」

「じゃあ僕はここまでだね」

 

 ここにいるのは俺とアレーティアだけでなく、他のクラスメイト達とは違い、唯一オルクス大迷宮の工房で研究を続けるハジメだけが見送りに来ていた。

 

「ハジメ。お前の役目はこれからもアーティファクトの研究を続けることだ。お前が作るアーティファクトが仲間やこの世界の民の生存率を上げることになるかもしれぬからな」

「あはは、まあ僕なりに頑張ってみるよ。少しでもみんなに貢献できるようにさ」

 

 この二ヵ月でハジメの錬成技能は大幅に上昇した。魔力が上昇し、できることも増え、もはや錬成の腕は王都の錬成師とは比べ物にならない。とはいえハジメに魔法適性が乏しいのは変わらないので、香織にせがまれたこともあって、香織にオルクスの工房へ出入りできる魔法具を渡してある。これからはアレーティアに代わって香織がハジメに協力してくれるだろう。

 

「お前はもはや教会の言うところの無能ではない。自信を持つがいい」

「うん……ありがとう、アノス」

「ハジメ…………香織の想いには応えてあげたほうがいい。いつまでもヘタレじゃ駄目」

「う……まぁ、そうだね。そっちも……頑張るよ。だからアレーティアも頑張って。応援してるから」

 

 どうやらハジメとアレーティアの挨拶も終わったらしい。言いたいことを言ったハジメは転移陣で大迷宮の工房へ帰っていった。

 

「さて、ここまで来たが、最後にアレーティアに確認しておきたい」

「何?」

「ここから出た後、お前がどうしたいのかをな」

 

 先程の決起集会でも俺達地球からの来訪者の方針は固まったが、それは俺達地球組の方針であって、この世界の住人であるアレーティアとは無関係だ。アレーティアにはアレーティアの望みがある。

 

「ヒュドラの時に言っていたな。やりたかったことがあると」

「……私、ずっと王族として育てられて、十二歳の時から次期国王になるように教育を受けて、十七歳で即位して、そのまま王として国を治めてた。だから……もっと自由に世界を旅してみたい」

 

 アレーティアを取り巻く境遇についての俺の予想が当たっていれば、アレーティアは十二歳の頃から教会の手の者に囲われて過ごしてきたのだろう。

 

 異常なほど大切にされる代わりに、自由などほどんどなかったはずだ。

 

 つまり、あの狭い部屋に囚われる以前から、アレーティアにとってこの世界は牢獄だったのだ。

 

 だが今アレーティアを縛るものはない。彼女はどこにでも行けるし、何でもできる。

 

「神代魔法ももっと使えるようになりたい。神代魔法を覚えれば、アノスの魔法も使えるようになるかもしれない」

「なるほど。その可能性はなくはないな」

 

 二ヵ月間、俺とアレーティアは互いの魔法について教え合ったが、俺がアレーティアの魔法を習得したことに反して、アレーティアは俺の魔法を使うことができなかった。だが俺の世界の魔法をこの世界に調整して生まれたのが神代魔法のひとつである生成魔法なら、逆に神代魔法を俺の世界に調整することができれば、俺の世界の魔法が使えるようになるかもしれぬ。

 

「それに地球という世界にも行ってみたい。魔法を使わずに高度な文明が築けるなんてまだ信じられない」

「それは俺も驚いたものだ。直接見てみれば、アレーティアもきっと感動するであろう」

「そして……」

 

 俺の方を向いて、アレーティアが宣誓するように言う。

 

「いつか……アノスの本当の故郷。ディルヘイドに行きたい」

「それは地球へ帰るより困難かもしれぬぞ」

「構わない。私は不死身の吸血鬼にして、魔法の才に愛されし女。必ず、行けるようになってみせる」

 

 その言葉を聞いて、俺はアレーティアの前に出て背中で告げる。

 

「なら真っすぐ俺の後ろを歩いてこい。お前が自ら歩みを止めぬ限り、俺はいつでも前を歩いている」

 

 そう言って俺は、オルクス大迷宮の外に繋がる光に向かって歩み始める。

 

 すぐ後ろで俺の後を付いてくる気配と共に、アレーティアが笑顔が良く似合うであろう喜色混じりの声をかけてきた。

 

「これからもよろしく。私の……魔王様!」

 

 

 

 

 

 

 これは、暴虐の魔王が創造神ミリティアが創造した世界で邁進する物語の前日譚。

 

 

 後に銀水聖海に出でた際、■■世界■■■■■■と呼ばれることになる世界のひとつを舞台に……

 

 ──異世界の魔王が信頼する配下と共に、自由に旅をする物語。

*1
映像を遠隔でスクリーンに映し出す魔法




>時間調整
メタ的に言うとここで過ごす時間がズレると発生するイベントが全部ズレるので調整。有意義な時間にはなった模様。なのでシアは帝国に売られたりしないのでご安心を。

>大きいに越したことはない
アノスにとって巨乳は平和の象徴。増えれば増えるほど民の生活が豊かな証くらいに思っている。

>アノスのスタンス
基本的にクラスメイトとの帰還を目的に動くが、火の粉は払う。あとアノス的に神の意思によって永遠に終わらない戦争とか心底気に入らないので戦争は回避する方向。

>ハジメとアレーティア
本作では微塵も恋愛フラグが立っていない二人ですが、原作主人公とメインヒロインの組み合わせなだけあって相性はいい。

>豊穣の女神大作戦
この世界の命運を決めるキーパーソンになった愛ちゃん。アノスは最初から教会の信仰を根こそぎ奪うつもりでいる。

>アレーティアの誓い
誰かに依存するのではなく、アレーティアの心から生み出された望み。これより彼女は先導する魔王の庇護のもと、自らの望みを叶えるためにトータスを自由に冒険し始める。

>■■世界■■■■■■
もしも、もしも本作が本編完結まで至った際に、原作をありふれから魔王学院の方に移した場合に語られるかもしれない設定。見えないところは決まってますが、語られる日は来るのだろうか。


あとがき

さて、アノス様のトータスでの冒険譚の第一章いかがだったでしょうか。できるだけアノスのイメージを崩さないように書いたつもりですが上手くいっていれば幸いです。

元々ありふれた日常へ永劫破壊の連載中にアニメ化された魔王学院の不適合者を視聴して、アノス無双の話が見たいという思いから生まれた話です。

あとその頃になると永劫破壊の方が原作から大きく外れて色々考えなくてはいけないようになってきたので、もっと単純な話を書きたいと思ったのも理由です。

これからアノスはトータスを自由に冒険しますが、基本的に最強です。追い詰められるシーンがあるとすればそれはパワーアップフラグです。むしろエヒトをどうやって敵にしようか考えなくてはならないかもしれません。

あとあまり頭を使わなくても書ける作品をコンセプトに書いた作品なので魔王学院側の細かい設定はあえて採用しないかもしれません。目安は魔王学院原作は知らないけどアニメなら見たという読者でもわかるくらいの範囲の設定で書いていきたいと思います。もちろん守らなければならない基本は抑えるつもりですが。

一週間連続更新しましたが、弾が尽きたのでしばらく更新はないです。第一章の幕間という形でアノス視点以外の物語やタグにあるハジカオ要素。そして訪れた帝国とのあれこれくらいは書くかもしれませんが、いい加減永劫破壊の方も進めないといけないので。

なのでもし本作が気に入ってくれたと言う人がいればお気に入り登録だけでも(できれば高評価も)していただけるといいかもしれません。

では、また次回お会いできる日まで。


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10話 幕間 魔王と帝国

第二章の準備ができぬからと言って、更新されないとでも思ったか?

というわけで幕間更新。王都にやってきた帝国とのお話。

ちなみにベヒモスですが、アノスも出ないし書いてもつまらなかったので、光輝達は原作よりも早く、余裕を持って倒したと思ってください。


 時間はオルクス大迷宮脱出より遡る。

 

 

 クラスメイト達がベヒモスを打倒し、オルクス大迷宮六十五階層を突破した後、光輝達は一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。

 

 

 道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることもあるが、勇者達がオルクス大迷宮六十五階層突破という歴史上の偉業を達成したことで、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 

 

 そういうわけで王国騎士達を伴って俺達はわざわざ馬車で──<転移(ガトム)>を使えば一瞬だが、偉業を成し遂げた勇者達の姿を道中の街の住人達に見せるのも仕事らしい──ハイリヒ王国の王都に帰還していた。

 

 

 馬車が王宮に入り、全員が降車すると王宮の方から一人の少年が駆けて来るのが見えた。確かランデルという名のこの国の王子だったはずだ。

 

「香織! よく帰った! 待ちわびたぞ!」

 

 王子は、まるで飼い主に駆け寄る犬のように真っすぐと香織の元までと大声で叫びながら向かっていった。

 

「ふむ、異世界でも香織はモテるようだな」

「あの子は迷惑そうだけどね」

 

 召喚された直後からあの王子は香織にアプローチしていたからな。もっとも最初から香織は微塵も興味を示していなかったわけだが。

 

「ランデル殿下。お久しぶりです」

 

 微笑む香織の笑みに一瞬で顔を真っ赤にした王子は、必死に表情を作って香織に話しかけた。

 

「ああ、本当に久しぶりだな。お前が迷宮に行ってる間は生きた心地がしなかったぞ。怪我はしてないか? 余がもっと強ければお前にこんなことさせないのに……」

「お気づかい下さりありがとうございます。ですが、私なら大丈夫ですよ? 自分で望んでやっていることですから」

「いや、香織に戦いは似合わない。そ、その、ほら、もっとこう安全な仕事もあるだろう?」

「安全な仕事ですか?」

 

 確かに治癒師は本来前線向きの天職ではない。単純に天職を活かすのなら後方にて仲間の傷を癒すのが王道だろう。

 

「う、うむ。例えば、侍女とかどうだ? その、今なら余の専属にしてやってもいいぞ」

 

 ふむ、見事に治癒師が関係ない仕事が来たな。

 

「侍女ですか? いえ、すみません。私は治癒師ですから……」

「な、なら医療院に入ればいい。迷宮なんて危険な場所や前線なんて行く必要ないだろう?」

 

 医療院とは、王宮の直ぐ傍に存在する国営の病院のことである。要するに、あの王子は香織と離れるのが嫌なのだ。そんな子供のちょっとした下心が見えるような勧誘に意外にも香織はちょっと悩む仕草を見せた。

 

「医療院……確かにあそこで働けばハジメ君の錬成工房に近いかも……」

「じゃあ!!」

 

 どうやら王国にて根をおろして活動しているハジメと離れ離れになっている現状は、香織にとって思うところがあるらしい。理由はともかく、香織の好感触を悟ったのか王子が話を進めようとするが、そこで光輝が割って入る。

 

「ランデル殿下、香織は俺の大切な幼馴染です。俺がいる限り、絶対に守り抜きますよ」

 

 光輝としては、年下の少年を安心させるつもりで善意全開に言ったのだが、どうやら少年王子にとっては香織を巡って威嚇されていると思ったらしい。光輝を精一杯睨み始めた。

 

「香織を危険な場所に行かせることに何とも思っていないお前が何を言う! 絶対に負けぬぞ! 香織は余といる方がいいに決まっているのだからな!」

「え~と……」

 

 実際には香織と恋人でもなんでもない光輝に対して威嚇する王子に対して、光輝も困った顔をする。

 

 このままではいつまでも話が平行線になりそうなので、仕方なく俺が介入することにした。

 

「香織は医療院に通うより大迷宮の前線にいた方が力が開花するタイプだ。いざという時大切な人を助けたいなら力を磨いておいた方がよい」

「……そうだね。うん、やっぱり大迷宮で頑張るよ」

 

 どちらかというと医療院の方に適性のあるもう一人の治癒師である綾子とは違い、香織は前線で戦うことで能力が伸びるタイプだ。ハジメが躍進している以上、自分が遅れてはならないと気を引き締めたのがわかった。

 

 

 それにハジメと近い場所にいたいというのなら、実は王都よりオルクス大迷宮の方が近い。まだ香織には言っていないが現在ハジメは王国の工房ではなく、オルクス大迷宮の最下層にてアレーティアと共に錬成作業の真っ最中だからな。

 

 後にハジメとアレーティアを長い間二人きりにしたことを香織に責められることになるが今は関係ないことだ。

 

 そう香織に告げると王子は今度は俺に視線を向けてくる。

 

「おい、貴様。香織は医療院より前線がいいなどと無責任なことを申すな! 香織にもしものことがあったらどうするつもりだ!」

「俺がいる限りそんなことは起きえぬが……魔人族と戦わせるために俺達を呼び出した側に言われる筋合いはないな。いずれこの国を背負って立つ立場なら、よく考えて発言することだ」

「なッ、ぶ、無礼者! 余を誰だと心得る!」

「さあ、あいにく俺はこの国の人間ではないのでな。他所の国の王族など知らぬ」

 

 俺は初めて王子に視線を向ける。

 

 よく言えば年相応。だが、悪く言えば戦時中の王族にしては少々頭が緩いと思える。ディルヘイドではこの年でも前線に出る魔族は大勢いた。それが良いことだとは言わないが、それでも戦時中の王族としての心構えくらいはしておかなくてはなるまい。

 

「おのれ~~。衛兵ッ! この無礼者を今すぐ捕え……」

「おやめなさい!」

 

 周りの兵隊に何やら命令を下す直前に、涼やかだが、少し厳しさを含んだ声が響いた。

 

「ランデル。いい加減にしなさい。香織が困っているでしょう? それに光輝さんやアノスさんにもご迷惑ですよ」

「あ、姉上!? ……し、しかしこの無礼者が……」

「しかしではありません。皆さんお疲れなのに、こんな場所に引き止めて……相手のことを考えていないのは誰ですか?」

「うっ……で、ですが……」

「ランデル?」

「よ、用事を思い出しました! 失礼します!」

 

 王子はどうしても自分の非を認めたくなかったのか、いきなり踵を返し駆けていってしまった。その背を見送りながら、この国の王女、リリアーナ・S・B・ハイリヒは溜息を吐く。

 

「香織、光輝さん、アノスさん、弟が失礼しました。代わってお詫び致しますわ」

 

 王女はそう言って頭を下げた。美しいストレートの金髪がさらりと流れる。

 

「ううん、気にしてないよ、リリィ。ランデル殿下は気を使ってくれただけだよ」

「そうだな。なぜ、怒っていたのかわからないけど……何か失礼なことをしたんなら俺の方こそ謝らないと」

 

 香織と光輝は頭を下げる王女に対して委縮したように取り繕う。もちろん俺は意に介さない。

 

「いささか王族としては短慮だな。もう少し落ち着きを持たせた方がよいぞ」

「お恥ずかしながら……あの子は時々派手にやんちゃすることがありまして……後できつく言い含めておきますので今はどうかご容赦を。……改めて、お帰りなさいませ、皆様。無事のご帰還、心から嬉しく思いますわ」

 

 俺の上から目線の言葉にたいして気にすることなく軽く流し、華麗に挨拶をおこなうリリアーナの評価を上げる。

 

 弟とは違い、どうやらそれなりの教育を受けて育ったことが所作を見るだけで伝わってくるな。

 

 その微笑みに当てられて、耐性のない男子は心を奪われているようだ。

 

「ありがとう、リリィ。君の笑顔で疲れも吹っ飛んだよ。俺も、また君に会えて嬉しいよ」

「えっ、そ、そうですか? え、えっと」

 

 さらりとキザなセリフを爽やかな笑顔で言ってしまう光輝。こんなセリフを吐く光輝だが下心は一切ない。生きて戻り再び友人に会えて嬉しい、本当にそれだけなのだ。単に自分の容姿や言動の及ぼす効果に病的なレベルで鈍感なだけである。

 

「……光輝もアノスにだけは言われたくないと思うわ」

「む、どうした雫?」

「別に……何でもないわよ」

 

 突如雫が俺の心を読んだようなことを言ってくる。母さんもそうだが、女とは時に驚くほど勘が鋭くなることがあることを俺は地球に生まれてから学んだ。

 

 そこで俺は、恵里がリリアーナを見ながら小声で呟き、懐から取り出したノートに勢いよく何かを記載しているのを発見する。

 

「お姫様を最優先縛魂対象リストに追加と。クソが……僕の光輝君に色目を使いやがって。てめぇは王子とは名ばかりの中年おやじにでも●を開いてろ、この繁●用牝●(ブ●ード・ビ●チ)がッ!」

「え、エリリン!? やばいってッ、それ絶対言っちゃダメな放送禁止用語だって!? それに縛魂って何!?」

「大丈夫だって、鈴。……見た目は変わらないからさ」

「見た目はって何!? 不安しかないんだけど……やばい、鈴が頑張らないと、とうとう親友が犯罪者に……」

 

 などと鈴と恵里が漫才をしている間に、一通りリリアーナの挨拶は終わる。

 

「とにかくお疲れ様でした。お食事の準備も、清めの準備もできておりますから、ゆっくりお寛ぎくださいませ。帝国からの使者様が来られるには未だ数日は掛かりますから、お気になさらず」

 

 

 ***

 

 それから三日後、遂に帝国の使者が訪れた。

 

 現在謁見の間には光輝達勇者パーティーを筆頭に、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そして教皇率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままハイリヒ国王と向かい合っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

 この国の王と使者の定型的な挨拶の後、早速、光輝達のお披露目となった。国王に促され前にでる光輝。召喚された頃と違い、まだ一ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。

 

 この世界に来てから以前よりも一層剣術の訓練に励んでいたし、被害ゼロでベヒモスを倒したというのも自信につながっているのだろう。精悍な顔つきは光輝だけではなく、クラスメイトほぼ全員に言えることだ。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 使者は、光輝を観察するように見やると、教皇の手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

 

 

 その視線に居心地悪そうに身じろぎしながら、光輝が答える。

 

「えっと、ではお話しましょうか? どのように倒したかとか、あっ、六十六層のマップを見せるとかどうでしょう?」

 

 光輝は信じてもらおうと色々提案するが使者はあっさり首を振りニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「えっと、俺は構いませんが……」

 

 光輝は若干戸惑ったように国王の方を振り返る。光輝としてはまさか戦いになるとは思わなかったのだろう。だが教皇や国王は予測していたのかあっさりと決闘の許可を出す。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

 こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 

 

 

 

 光輝の対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 

 光輝とその男が向かい合って対峙する中、俺は隣に雫を伴い観戦していた。

 

「ねぇ、アノス。あの人……」

「ああ、何やら隠蔽の魔法を使っているようだな。少なくとも見た目通りの実力ではなかろう」

 

 その男は刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。だがその身に纏う魔法が相手の油断を誘っているのは一目瞭然であり、魔力を見れば力量はわかるというもの。姿かたちを変えようとも魔力を隠せないのでは意味がない。だが……

 

「もしかしたら、光輝にとっては戦いにくい相手かもしれぬな」

 

 俺は光輝が苦戦すると予想する。

 

「いきます!」

 

 言葉と共に、光輝が風となる。〝縮地〟により高速で踏み込むと豪風を伴って唐竹に剣を振り下ろした。並みの戦士なら視認することも難しかったかもしれない。だが……

 

「ガフッ!?」

 

 吹き飛んだのは光輝の方だった。

 

「あれは光輝の悪癖だな。相手を傷つけることへの忌避感が未だに強い。今のは寸止めの瞬間を狙い撃たれた」

「けどアノスとの訓練の時の光輝は、普通に剣を振り切っているわよね?」

「あれは相手が俺だからだ。俺なら全力を出しても何とかするという安心があいつの中にあるのだろう。本人は認めたがらぬかもしれぬがな」

 

「はぁ~、おいおい、勇者ってのはこんなもんか? まるでなっちゃいねぇ。やる気あんのか?」

 

 平凡な顔に似合わない乱暴な口調で呆れた視線を送る護衛。その表情には失望が浮かんでいた。

 

「すみませんでした。もう一度、お願いします」

「戦場じゃあ〝次〟なんてないんだがな」

 

 そこまで言われて光輝もようやくスイッチが入る。魔力操作にて速やかに全身を強化すると、今度は油断することなく真正面から男に斬りかかる。

 

 唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突き、と〝縮地〟を使いこなしながら超高速の剣撃を振るう。その速度は既に、光輝の体をブレさせて残像を生み出しているほどだ。

 

 しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌き、隙あらば反撃に転じている。時々、光輝の動きを見失っているにもかかわらず、死角からの攻撃にしっかり反応している。

 

「なんで光輝の攻撃が当たらねぇんだよッ」

 

 一番前で光輝を応援していた龍太郎が、今の現状に納得がいかないと言った表情を浮かべる。

 

「これが経験の差だ」

「アノス?」

「光輝は確かにスペックではあの男を圧倒している。だが、相手はそのスペックを補って余りある経験を有しているのだろう。おまけに魔人族のような自分よりスペックが上の相手と対峙するのにも慣れているらしい。一方光輝は、自分よりスペックの低い相手と戦う経験がほどんどない」

 

 俺は光輝より強いので俺を相手にする時、光輝は足りない力を知恵で補う側になる。だが、自分より弱いが工夫して追いすがってくる相手に()()()しながら戦う方法をあいつは知らないのだ。

 

 今回の戦いは光輝の弱点を見事につくものだと言える。今回の戦いでの経験を上手くものにできれば、光輝はさらに成長するであろう。

 

 結局、今度は一転して攻撃に転じた男の変則的な剣筋に光輝が対応する前に決着はつく。

 

 この勝負は、完全に光輝に本領を発揮させなかった男に軍配が上がることになった。

 

「まあこんなもんだろ。剣筋は悪くないが素人臭さが抜けてねぇな。一度実戦を経験すればよくなるだろうぜ」

「全く……勇者殿に殺気を向けた時はどうなることかと思いましたぞ。いささか戯れがすぎますな、ガハルド殿」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

 〝ガハルド殿〟と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。そして、興が削がれたように肩を竦め剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

 

 

 すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 

 

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

 

 その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

 ふむ、どうやら周りは一人も気づいていなかったようだな。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

「もう良い……ならば、もう満足したということでよろしいか?」

「ん? いや、確かに勇者の実力も知りたかったが本命はこっちじゃねぇ」

「なんだと?」

「くくく、教会や王国は隠したかったみてぇだが、帝国の情報網を甘く見るなよ。いるんだろ。神の使徒でありながら魔王の天職を授かり、レベル1でステータス四桁越えの小僧が」

 

 そう言ったガハルドは俺の方を真っすぐ見つめる。まあ当然だな。ここにいながら俺だけ紹介されておらぬからな。教会と王国が俺の情報を隠しているというのは浩介から聞いていたが、どうやら帝国相手には無駄だったらしい。

 

「おい! そこの余裕こいて観戦してた小僧。お前だろ、出て来いよ」

「ふむ、俺か……」

「あんた以外誰が魔王なのよ。ほら、行ってきなさい」

 

 行くか行くまいか悩んでいたら雫に背を押し出される。仕方ない、相手してやろうか。

 

「何の用だ?」

「わかってんだろ。お前の実力が知りたい、構わねぇな?」

「それは構わぬが……良いのか?」

「なに?」

「勇者に勝って気持ちよく祖国に帰れるのに、俺と戦えば恥をかいて帰ることになるぞ」

 

 俺の言葉に周りの使者改め、皇帝の護衛が気を悪くしたようだが、当の本人は気にしてないようだ。

 

「高いステータスが自慢らしいが、勝負はステータスだけで決まるわけじゃねーぞ」

「重々承知している。その上で言っているんだが?」

「口が減らねぇガキだな。まあいい。おい爺さん! こいつ用にもう一本剣を用意してやれ!」

 

 皇帝の言葉に仕方ないと教皇が側近に剣を用意させようとしたところで、俺が待ったをかけた。

 

「必要ない」

「あん? どういう意味だ」

 

 肯定の言葉にたいして返事を返さず。俺は周囲を見渡す。

 

「ふむ…………あれでよいか」

 

 俺はおもむろに、近くに生えていた木に近づき……

 

 

 枝を手でへし折った。

 

 

「……小僧……それは一体どういうつもりだ?」

 

 皇帝が怒り交じりの威圧を向けてくるがそれを軽く流し、俺は当然のように答える。

 

「これは模擬戦なのだろう。あいにくあの模擬刀でも俺では殺しかねんからな。貴様相手ならこれで十分だ」

 

 そういってへし折った木の枝を俺は皇帝に突きつける。

 

「…………後悔するんじゃねぇぞ!」

 

 冷徹な眼光で俺を見据える皇帝の剣が殺気を纏って俺に向かって振り下ろされた。武器の違いは明らか、普通なら俺が負ける。だが……

 

「ガフッ!?」

 

 鋼の剣と木の枝が衝突し、吹き飛んだのは皇帝の方だった。

 

「木の枝だからといって、鋼の剣に勝てぬとでも思ったか? どうした、ヘルシャー帝国の皇帝は常勝無敗の男だと聞いているが、こんなものか?」

 

 俺が行ったのは極めて単純なこと。振り下ろしてきた剣を<武装強化(アデシン)>で強化した木の枝で弾き返しただけだ。なので大したダメージを負わせてはいない。皇帝もすぐに体勢を立て直してこちらに構えた。

 

「そうそう、知っているか。ついさっき知ったのだがな。戦場では〝次〟なんてものはないらしいぞ」

 

 殺したら死ぬ人間ならそうなのだろうが、あいにく俺は死んだくらいで次がなくなることはない。

 

 俺の挑発に対し、皇帝はむしろやる気になったのか壮絶な笑みを浮かべ始める。

 

「くくく、はーはっはっは。言ったなッ、ここが戦場だと! ならば俺も本気でやってやる。おい! 俺の装備を今すぐもってこい!!」

「は、はい!!」

 

 護衛が慌てて走り、戻ってくると、そこには装備一式をもって現れた部下の姿。

 

「ガハルド殿!」

「止めるんじゃねぇぞ。ここまでコケにされて黙ってたら帝国最強の名が廃る!」

 

 ハイリヒ国王の制止の声を無視して、皇帝が装備一式に触れると一瞬で装着が完了する。どうやら触れたら自動的に装着される魔法が掛かっているらしい。

 

「これを着るのは戦場だけと決めている。お前は此処を戦場だと言った。ならばこれを使っても構わねぇよな?」

「もちろん構わぬ。俺はこのままで良いから掛かってこい」

「よく言った! ならいくぞ。〝起きろ〟!」

 

 言葉と共に光る装備を身につけた皇帝は、光輝の時とは比べ物にならないほどの速度で俺に斬りかかってきた。俺はガハルドの攻撃を木の枝でいなして、魔眼を向ける。

 どうやら纏っている装備は全て繋がっており、短い詠唱で装備したものの魔力を吸い上げ、全身を強化するアーティファクトなのだとわかった。

 

 アーティファクトはこの世界基準でなら中々の魔力を秘めているのがわかるし、なにより、アーティファクトに使われているのではなく使いこなしている。

 

 使いこなせなければ急激に魔力を吸われて強化するどころかまともに動けなくなるだろからな。

 

「ふむ、悪くないではないか」

「そう言うなら俺の攻撃全てを木の枝だけで弾くんじゃねぇよ!」

 

 先程の光輝に匹敵する速度と光輝にはない巧みな剣術で攻撃してくるがこの程度でやられる俺ではない。

 かつての右腕の剣技や、勇者の剣はこんなものではなかった。

 

「ちっ、”大乱の嵐よ、今ここに邪悪なるもの全てを薙ぎ払え”」

「!!? ガハルド殿!!」

「死にたくなきゃ結界を張るんだな。──”嵐帝”」

 

 恐らくアーティファクトが詠唱の補助をしたのだろう。目の前に展開された魔法は、以前アレーティアに見せてもらった風属性最上級魔法の一つだ。

 

 その魔法を前にして、俺はこの戦いを悔しそうな顔で見つつも、片時も戦いを見逃さないために瞬き一つせずに魔眼に全魔力を集中している光輝に問いかける。

 

「では光輝。ここで反省会といこう」

「!? アノス!?」

「光輝、お前はどうすれば……皇帝に勝てたと思う?」

「それは…………俺の覚悟が足りなかったから……」

「確かにそれも一つの答えかもしれんがな。俺の答えは違う。光輝……お前は単に相手を制する方法を知らぬだけだ。それを今から教えてやる」

 

 喋っている内に目の前に迫っていた竜巻を俺は魔力を纏った木の枝で吹き飛ばす。

 

「なッ……!?」

「まず一つ。強力な魔法は、それをさらに圧倒する魔力をぶつければ簡単に払える」

 

 流石に最上級魔法を木の枝で対処するとは思っていなかったのか、隙を見せる皇帝にあえて大振りで斬りかかる。俺が迫っていることに気付いた皇帝が剣で防御するが、筋力任せで皇帝ごと吹き飛ばす。

 

「ぐおぉ!」

「相手が守りに長けるなら、その守りごと圧倒的な力で粉砕すればよい」

 

 吹き飛ばされた皇帝が何とかこちらに構えるが、俺は既に奴の眼前に迫っている。

 

「そして相手が自分より遥かに芸達者で豊富な経験値をもっているなら、そんなものが役に立たぬほどの圧倒的な速度で攻撃し、何もさせなければよい」

 

 俺が行うのは木の枝による突き。ただしその速度は音速の壁を優に超え、どんな経験を持っていようとも避けられない攻撃だ。

 

「がふ、くはぁ、がはあ、ぐぉぉ!!」

 

 俺の突きで吹き飛ばされ、背中を地面につける。

 

「以上、光輝がこの男に勝つ方法だ」

「いや……そんなこと俺には……」

「何を言っている? お前ならこれくらいできるぞ。いや、この程度できなければ俺には届かぬがそれでもよいのか?」

「ッ!? 舐めるな!! このくらい、すぐにできるようになってやるさ!!」

 

 うむ、やはり光輝をたきつけるなら、この言い回しが一番だ。この調子なら、すぐに今日の反省を活かして必死に研鑽を積むであろう。

 

「陛下!!」

「おのれ貴様!!」

 

 皇帝の護衛が俺に向けて殺気を放ちながら剣を抜いた。

 

「そう怒るな。奴は怪我一つしておらぬぞ」

「何を戯言を!」

 

 

「いや、待てお前ら。剣を下ろせ」

「へ、陛下!?」

 

 眼にも止まらないラッシュを受けてなお、すぐに立ち上がる皇帝。その姿には傷はおろか、鎧にも罅一つ入っていない。

 

「いつ回復したのかは知らねぇが、全くダメージはねぇ。だからお前ら落ち着け」

「……はっ」

 

 皇帝の姿を見て納得したのか、殺伐とした雰囲気を収める。それに露骨にホッとした表情を見せる国王と教皇。

 

「いや──ちくしょう。派手にやられたな。参った、降参だ。認めてやる。勇者や他はともかく、お前は化物だってな」

 

 殺気を消し、立ち上がりながら俺の方に歩み寄る皇帝。その顔に嫌悪感はない。むしろ面白いやつに出会ったと表情が語っている。

 

「いいのか? 皇帝が負けたとあっては国の運営にも影響が出るかもしれぬぞ?」

「てめぇみたいな化物に負けたからって恥になるかよ。それで歯向かうやつが出てくるなら叩き潰してやる。別に歯向かうやつが強くなるわけでも、俺が弱くなるわけでもねぇしな」

 

 そんな奴がいたら力で抑えてやると自信を秘めた目をしている皇帝。どうやら思ってたより気骨のある男らしい。

 

「お前……名前は?」

「アノス・ヴォルディゴードだ」

「そうか、覚えておこう。アノスッ、王国に飽きたら帝国に来い! お前みたいな強い奴はいつでも大歓迎だ!」

「俺もお前の名前を覚えておこう、ガハルド。気が向けば帝国にも訪れてやる」

 

 

 その後のことは、今回の目的を達成したからか、上機嫌になったガハルドが後の晩餐会でも勇者を認めると発言し、言質を取った王国と教会の代表は揃って安堵のため息を吐いたそうだ。

 

 

 ***

 

 後に帝国の使者に宛がわれた部屋にて、皇帝ガハルドは酒を嗜みながら部下にこう発言している。

 

「ありゃ、ダメだな。俺達の手に負える相手じゃねぇ。くくく、あのジジイ共が必死に存在を隠したがる訳だ。王国も教会も、アノスを制御できずに持て余して、さぞ苦労してるんだろうぜ」

「アノス・ヴォルディゴード。それほどの男だったのですか? 確かに強いのは認めますが……」

「ああ──そうだな、これは直接あいつと剣を合わせてないとわからねぇだろうな。お前……召喚された勇者達についてどう聞いてる?」

「元居た世界では平和な国で学生をしていたと。長い間戦争がない国で生まれたことで、戦場はおろか、戦いそのものを経験したことがない者がほとんどだとか」

「俺もそう聞いてた……だがな、あいつ……アノスは……人を殺してるぞ」

「なっ……」

「それも一人や二人じゃねぇ。何十、何百、何千……あるいはもっとか。あいつと剣を合わせた時、今まで感じたこともねぇくらい重いものが伝わってきた。他はともかくあいつだけは絶対に普通じゃねぇ」

「経歴を詐称していると?」

「さぁな。何しろ異世界だ。どんな世界なのかわからねぇが、天職が魔王ってんなら……もしかしたら平和な国に身分を隠して潜んでいたどこかの軍事大国の王族だったりするのかもな」

「……陛下はこれからどうするおつもりですか?」

「あいつの動向、そしてあいつの行動に教会がどう動くのか注視しろ。これから先間違いなくあいつが台風の目になる。俺達帝国は巻き込まれないようにうまく立ち回らなきゃならねぇ、心しろ」

「御意」

「後アノスにはできるだけ喧嘩を売らねぇ方がいい。俺の勘だが、あいつを敵に回すくらいなら教会や神を敵に回す方がいい気がするからな」

 

 

 アノスと帝国が再び関わることになるのはまだ先のことだが、その際どのような関係に収まるのか。それはまだアノスにも皇帝にもわからないことだった。

 




そして作者にもわからないことだった。


>ガハルド
私は帝国の在り方は嫌いですが、ガハルドのことは好きです。もう一つの作品と同様、できるだけカッコよく書いてあげたい。ただしこっちの作品はアノスが原作ハジメ以上の理不尽の権化なので滅茶苦茶苦労することになるかもしれません。

>木の枝
心臓の鼓動と迷いましたが、せめて戦いの形にはしてあげたかった。

>例のあれ
考えようと思ったのですが……どうしても浮かびませんでした。すまぬ。

そして確実に今年最後の更新です。次いつ会えるかわかりませんが、皆良いお年を。


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第二章
11話 魔王と兎人族


皆さん、こちらではお久しぶりのシオウです。

普段メインで連載している「ありふれた日常へ永劫破壊」の合間にちまちま書き貯めてきた結果、纏まった量が貯まったので投稿します。
原作で言う二章まではほぼできているのでそこまでは短期間で投稿予定。


これまでのあらすじ
 人も、精霊も、神々すら滅ぼして、魔王と恐れられた男、魔王アノス・ヴォルディゴードは終わらぬ戦争に疲れ、創造神ミリティア、大精霊レノ、そして勇者カノンの協力により、未来の世界に希望を残し、転生の魔法で旅立った。
 しかし何の因果か、アノスが目覚めたのは二千年後のディルヘイドではなく、千年後の異世界の地球であった。
 地球にて産まれ、16年が経過した頃、アノスは彼なりに日常を謳歌していたが、ある日突然かつての故郷とは違う異世界トータスにクラスメイトごと召喚されてしまう。
 異世界であっても変わらず、むしろ魔法が存在する世界なので地球よりも自由に行動できるようになったアノスは、異世界にて仲間の修行を付けつつ、異世界で未攻略の大迷宮を気軽に散歩するなどして異世界を謳歌していた。
 しかし大迷宮攻略を行ったことで、この世界が神の陰謀によって長年民が苦しめられている事実を知ってしまう。
 地球へ帰る方法を得るにしろ、神エヒトと戦う術を得るにしろ、神代魔法こそが鍵だと知ったアノスは、奈落の底で出会った吸血姫アレーティアと共に、世界中の大迷宮を巡る旅を始めることになる。

異世界トータスでの暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードの冒険譚の第二章、始まります。


 その少女は、絶体絶命の危機にまで追い詰められていた。

 

 

「はぁはぁ、もうすぐ……会えるはず」

 

 凶暴な魔物が徘徊する大峡谷の底にて、一人の兎人族の少女が必死で駆け抜ける。

 

 自分だけではない。自分という異端児を庇ったせいで家族も危機に晒されている。少女は大切な家族のことを想いながら、もつれそうになる足を必死に動かして大峡谷を徘徊していた。

 

 とことん追い詰められた自分達に残された、最後の希望を見つけるために。

 

 

 ***

 

 

【ライセン大峡谷】

 この場所は魔力が拡散する性質があり、普通の人間では魔法が使えない上に、強力な魔物が多数存在するということで処刑場として使用されていたという歴史がある。ここに落とされた罪人はろくに抵抗もできずに数多の魔物に襲われ、餌食となるわけだ。

 

 そんな地獄の谷底にある洞窟の入口に、俺とアレーティアは立っていた。そこは例え地獄の底だと言われる場所であろうと、確かに地上だった。青い空と白い雲が浮かび、燦々と地上を太陽が照らしている。その光景にアレーティアは感じるものがあったのだろう。

 

「空……どこまでも……青い」

 

 アレーティアにとっては三百年ぶりの地上だ。感極まって涙目になっているのがわかった。

 

「アノス……ありがとう」

「気にするな。お前が自分で選び、勝ち取ったものだ。お前はこれからいつでも、青空の下を自由に歩いていける」

 

 地球の伝承では吸血鬼は太陽に弱いとされていることが多いが、アレーティアは特に影響を受けていないようだった。密かに構築していた紫外線対策魔法を霧散させつつ、俺は周囲を確認する。

 

「さて、感動はここまでだ。客人のお出ましのようだぞ」

 

 俺達の気配に気付いたのか、大峡谷に住み着いている魔物達が周りに寄ってきており、俺達を包囲し始めた。

 

「アレーティア、この場所の特性は理解しているな?」

「問題ない。アノスは?」

「愚問だな」

 

 この土地には魔力分解作用があるが故に、魔法はろくに使えないとされる。だが、そんなことは関係ない。

 

「大峡谷だからといって、魔法が使えないとでも思ったか?」

 

 俺は闇の炎を手の中に召喚し、周りの魔物達に放つ。

 

 俺とアレーティアが魔物を殲滅するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

「さて、行ける場所を増やすというのなら、大迷宮探索もかねて一度東の森の方を見てみたいが構わぬか?」

「それはいいけど、どうやって移動する?」

 

 魔物を殲滅した俺達は次の行き先を東の森方面と定めたが、アレーティアが移動手段を聞いてくる。

 

「それはな、これを使う」

 

 そう言われると思っていた俺は空間収納してあった、俺とハジメの合作を取り出す。

 

 取り出したのはアレーティアにとっては馬のいない馬車といったところか。俺にとっては地球に来てから存在を知って感動し、必ずディルヘイドでも再現すると誓った科学の結晶の一つ。

 

 すなわち四輪自動車だった。

 

「それ、ハジメと一緒にアノスが楽しそうに作ってたアーティファクト?」

「正確にはアーティファクトではないのだがな。今俺が住んでいる地球では多くの人間がこれを用いて町を移動する。馬車よりも速く、安全に長距離を移動できる優れものだ」

 

 最初はタールを用いた燃料式エンジンを採用しようかと思ったが、せっかく魔力というものがあるのだ。魔力駆動式にすることにより、環境にも優しい仕様になっている。

 

「本来、俺の年齢ではまだ運転してはならぬのだが、この世界に道路交通法はないのでな。思う存分運転できる」

 

 自動車の存在を知り感動した俺だが、多くの国では俺はまだ運転可能な年齢に達してはいない。そのあたりのルールを守らないと父さん母さんにも迷惑が掛かるということで我慢していたのだが、異世界なら気にする必要もあるまい。

 

 

 ちなみに世界中を旅する愛子達にも大型四輪車を渡してあるが、運転は唯一自動車免許を持っている愛子がすることになった。

 愛子も乗り心地に満足しており、クラスメイト以外の護衛である教会の騎士は馬車で必死に車を追いかけているらしい。

 

 

 そうやって大峡谷の魔物を駆除しながらアレーティアを助手席に乗せて快適な旅を始めた俺達だが、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

 

 

 自動車を走らせ突き出した崖を回り込むと、その向こう側に大型で双頭のティラノサウルスモドキが現れた。

 

 

 だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 

「あれは?」

「兎人族?」

「ほう、あれが……」

 

 兎人族──

 

 この世界に住む数多の亜人族の内の一種族であり、普段は森に住んでいる穏やかな種族だと情報にはあった。この世界で魔力を持たない亜人は、神から見捨てられた種族だと言われており一部例外を除き、被差別種族とされている。なので滅多に森の外では見ないはずなのだ。

 

 だが、そんな兎人族の少女が今、恐竜に追いかけられていた。

 

「ふむ、何か事情がありそうだな」

「大峡谷は昔、処刑場として使われていた。つまり……悪うさぎ?」

「それはなんとも言えんな」

 

 そうしてるうちに追い詰められた兎人族の少女がこちらに気付いたようだ。藁にも縋るような表情をしてこちらに向かってくる。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっ──、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

 滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる少女の後ろには恐竜が迫っており、今にも少女に食らいつこうとしていた。このままでは、俺達の下にたどり着く前に少女は喰われてしまうだろう。

 

「アノス……助けてあげてもいい?」

「構わぬ。お前の好きにするがいい」

 

 俺と出会い、クラスメイトとの交流を得て、他人に優しくする余裕が戻ってきたのだろう。追われているのがどう見ても害のない兎人族の少女ということも影響しているかもしれない。とにかく助ける気になったアレーティアが今にも少女を喰らおうとしている恐竜に向かって魔法を発動する。

 

「"風刃"」

 

 詠唱無しで放たれた二刃の風が双頭のティラノの首を斬り飛ばした。

 

「ひょええぇぇ──!?」

 

 追っていた恐竜がいきなり絶命し、首から大量の血を噴き出すのを見た少女が恐れ慄いて尻餅をつく。

 

「どうやら無事のようだな」

 

 運転席から出て少女の様子を伺う俺の元に少女が這いつくばって足に縋り付いてきた。

 

「びぇぇぇ──ん。こわがっだですぅぅ。助げでぐれでありがどうございまずぅぅ──!!」

 

 ふむ、縋りつきたくなる気持ちはわかるが、これでは歩けぬな。

 

 俺がどうしたものかと悩んでいたところで、アレーティアが再び魔法を行使する。

 

 俺に縋り付く少女に向けて。

 

「ぐへぇ!」

「…………調子に乗りすぎ、アノスから離れて」

 

 風撃で吹き飛ばされた少女が派手に地面に激突し、倒れ伏した。

 

 ***

 

「すみません。取り乱しました。改めて、助けてくれてありがとうございます。私、兎人族ハウリアが族長、カム・ハウリアの娘、シアと申します」

 

 派手に吹き飛ばされて冷静になったのか、シアと名乗った少女が地面に正座して礼をする。

 

「アノス・ヴォルディゴードだ」

「……アレーティア」

 

 名を名乗られた以上、こちらも名乗らなくてはならないだろう。俺は堂々と名乗ったが、アレーティアは俺の後ろに隠れて名乗る。哀れに思って助けたが、アレーティアが人見知りなのは変わらない。初見の少女と気軽に話せるわけではないのだ。

 

「それで、森に住んでいるはずの兎人族がなぜこんな谷底にいる?」

「実は……」

 

 シアの話を要約するとこうだった。

 

 俺が言ったように、兎人族の一つであるハウリアはハルツィナ樹海にてひっそりと暮らしていたらしい。

 そんなハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だった。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操る技能とある固有魔法まで使えたのだ。

 

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族であり、百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

 だが、彼女達が住む国、フェアベルゲンにおいてその子供は禁忌の存在であり、その存在がバレれば処刑は免れない。

 

 故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 

 しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

 女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば多くの同胞が捕らわれてしまった。

 

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 

 しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

 

 そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い、今に至る。

 

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 俺は頭を下げるシアを魔眼で見る。

 

 亜人族は魔力を持たない。それはこの世界では常識とされている。だが俺の魔眼にはシアが魔力を纏っているのがわかった。

 

 先ほどの話に出てきた禁忌の少女。シアは名前を出さなかったが、どうやら彼女のことで間違いはあるまい。

 

 それを念頭に置いた上で俺はシアに俺の答えを返した。

 

「断る」

 

 俺の返事が予想外だったのか、シアが何か言おうとするが、その前に俺は再び口を開く。

 

「先ほどから聞いていれば、お前たちは逃げてばかりのようだな。自らの危機に対して、自ら戦わぬ者に温情をかけるほど俺は優しくない」

 

 この世界では亜人差別は当たり前のものとして扱われている。神がそれを許容しているというのもあるが、亜人差別がまかり通っている理由の一つは彼らが弱いからだろう。

 

 アレーティアの時と同じだ。自ら戦わぬ者達を救っても、強者に依存しなければ生きていけない弱者が生まれるだけだ。彼女達の生涯に対して責任を取れないなら、安易に手を出すべきでない。

 

 アレーティアが俺の内心を察して沈黙する中、シアは焦った表情を浮かべる。

 

「そんな…… でも、守ってくれるって見えましたのに!」

「ほう……」

 

 悲観にくれるシアに対し、俺は少し興味が湧いた。

 

「そう言えば聞いていなかったな。お前の固有魔法が何なのかを」

「え? あ、はい。〝未来視〟といいまして、仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……そ、そうです。私、役に立ちますよ! 〝未来視〟があれば危険とかも分かりやすいですし! 少し前に見たんです! 貴方が私達を助けてくれている姿が! 実際、ちゃんと貴方に会えて助けられました!」

「ふむ、なら少し見せてもらうぞ」

 

 そう言って俺はシアの顎を掴み、顔を上向かせてシアの眼を覗き込む。

 

「えっ、あ、あの〜」

 

 シアの魔眼には確かに魔法が刻まれていた。以前クラスメイト達に説明したが、魔眼には稀に特別な能力を持つものがある。それは生まれた時から魔眼を使えるディルヘイドの魔族においても滅多に見られない特性であり、この世界においてもシアはまたとない希少種だろう。

 

「なるほど、確かに美しい魔眼をしている。澄み渡っていて、澱みがない」

「あ、あうぅ」

 

 眼はその人物の本質を映し出す。強力な魔眼であろうとも、邪な者には澱んだ魔眼が宿るものだ。それを思えば、シアは本当に愛情を持って大切に育てられたのだとわかった。

 

「…………アノス、見過ぎ」

 

 俺の後ろに隠れていたアレーティアが俺の腕を引っ張ってくる。その際腕を抓られるおまけ付きで。

 

「どうした?」

「……別に。雫の苦労が理解できただけ」

 

 若干頬を膨らませて拗ねた態度をするアレーティアは、確かにたまに雫が見せる表情に似ていた。俺は何故か顔を赤くしているシアから手と顔を離す。

 

「この力を使って危険は回避できなかったのか?」

「ひゃい! じ、自分で使った場合はしばらく使えなくなってしまいまして……」

「なるほど、制御できていないわけか。……よかろう。もう少しだけ話を聞いてやる」

「ほ、本当ですか!?」

「だからまずは、はぐれた家族とやらに合流しなくてはな」

 

 そう宣言すると、安心して気が抜けたのか、尻餅をついて泣き始めるシア。

 

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

 

 ぐしぐしと嬉し泣きするシア。だが仲間の元に案内するためかすぐに立ち上がる。

 

「あ、あの、宜しくお願いします! アノスさんとアレーティアちゃん」

 

 俺達の名前を何度か反芻し覚えるシア。だがアレーティアはその呼ばれ方に眉を顰める

 

「私はあなたより年上」

「ふぇ!? そうだったんですか!?」

「アレーティアは吸血鬼でな。見た目より大人だ」

「それは失礼しました。アレーティアさん」

 

 族長の娘ということもあり、冷静になればそれ相応の礼儀は心得ているらしいシアはアレーティアの名前を呼び直す。

 

「シア……」

「えーと、なんでしょうか?」

「アノスが連れて行くなら、私は何も言わない。けど、私はあなたを認めたわけじゃないから」

「は、はい。き、気をつけます!」

 

 元より人見知りのアレーティアはそう簡単にはシアを受け入れられないようだ。

 

「アノスは、大きいのが好き。シアの胸は……危険」

 

 アレーティアはシアの胸を怨敵のような目で見ていたのが印象に残った。

 

 

 ***

 

 シアを魔力式四輪に乗せ、自己紹介をしながら大峡谷を走る。

 

 この四輪が俺と仲間の錬成師が作ったアーティファクトのようなものであること。俺とアレーティアが大峡谷でも魔法が使える理由。それらを聞いたシアはまた泣き出してしまった。

 

「どうした?」

「い、いえ。すみません。ただ……私は一人じゃなかったんだと思ったらつい……」

「魔力操作のことを言っているのならそう珍しいものではない。俺の仲間は全員使えるし、俺にとってはむしろ魔力操作が使えぬこの世界の住人がおかしいのだ」

「この世界?」

「ああ、アレーティアはこの世界の出身だが、俺は異世界からここにきた。また機会があれば俺の仲間に会わせてやる。全員亜人差別意識がない者ばかりだから安心するがいい」

 

 そもそも亜人に会ったことがない者ばかりだが、シアを怖がる者は誰もいないだろう。一部はシアの容姿に歓喜するかもしれぬ。雫もあれで可愛いものが好きだから歓喜するメンバーの一人だ。

 

「! アノスさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

「わかっている、アレーティア」

「ん、準備できてる」

 

 シア曰く、ハイベリアと呼ばれる魔物に襲われていたが、大したことがない魔物達ばかりだ。俺とアレーティアは車内から魔法を発動し、空中でシアの家族相手に品定めしていた魔物を全て撃ち落とした。

 

「な、何が……」

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

 その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

 

『シア!?』

 

 シアの無事を確認したシアの家族は、撃ち落とされた魔物を恐る恐る避けながらシアの元に駆け寄ってきた。

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 

 真っ先に声をかけてきた濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性は、無事だった娘を抱きしめ、その存在を確かめ始めた。

 

「本当に……良かった、シア」

「はい、アノスさん達に助けられて、ここまでこれました」

 

 シアの言葉を受けてようやくこちらに意識が向いたシアの父親が俺に向き直る。

 

「アノス殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

 シアを見てわかっていたことだが、どうやらハウリア族というのは皆、人がいい人物ばかりらしい。

 

 だからこそ……

 

「何を言っている貴様ら……」

 

 ──間違いを指摘してやらなければならない。

 

「俺がお前達を助けてやるといつ言った?」

 

 俺の言葉に対し、シアは一瞬何を言っているのかわからない顔をした後、慌てて俺の方を向いた。

 

「えっ、その……どうして?」

「どうしても何も、もう少し話を聞いてやると言っただけだ。助けてやるとは一言も言ってない」

「それは……」

 

 一緒に行動したからか、勘違いしていたことにシアは今更気づいたようだ。

 

「そもそも俺が貴様達を助けることに何のメリットがある? 帝国から追われている貴様らを庇うということは、俺達も帝国に目をつけられるということを意味するのは当然理解できていような?」

「それは……」

 

 カムが狼狽えた表情を浮かべる。

 

 シア達ハウリアを庇うということは、すなわち彼女達を狙う帝国に目をつけられるということを意味する。損得勘定ができる賢しい人物ならまず関わろうとは思わないだろう。

 

「貴様らに問おう。自らが助かるために、お前達は俺に何を差し出す? 先に言っておくが単なる奴隷など俺には不要だ。どんな形であれ、俺の下に着くというのなら、強いか、面白いかのどちらかを満たしていなければならない。単純な労働力など俺にはいくらでも用意できるからな」

 

 救世主だと思った俺のまさかの言葉に、ハウリア達の間で動揺が広がっていく。

 

 ハウリア達は森から追い出され、文字通り無一文だ。何も払えるものがない。兎人族は奴隷としての価値が高いらしいが、先んじて俺がその選択肢を潰した。

 

 そう、ハウリア達に払えるものなど何もない。

 

 

 たった一つを除いては。

 

「どれだけ考えようと、お前達ハウリアが今支払えるものはたった一つしかない。お前達の安全と引き換えに、今のお前達が持っている最も価値のあるものを渡してもらう」

 

「シアを俺に渡せ」

 

 その言葉に、ハウリア達が凍りついたのがわかった。

 

「お前達にとってシアはちょっと変わった特技を持った娘なのだろうがな、俺にとっては違う。シアの特殊な眼はお前達が考える以上に希少価値が高いものだ。シア本人はともかく、この眼だけは()()()

 

 シアを敢えて力ずくで引っ張り、抱き寄せる。

 

「あ、アノスさん!?」

「未来視の魔眼。どうやらまともに制御できぬようだが、俺ならばもっと有効活用することができる。そうだな……極論シアを渡したくなければ、この両眼だけ置いていってもらえばそれでよい」

 

 そう言うのと同時に俺はハウリア達の目の前でシアを拘束した。

 

「痛いッ」

「さぁどうするハウリア。シアを差し出すのなら、お前達は今後何にも怯えなくてもよくなる。永遠の安寧というやつを、魔王アノス・ヴォルディゴードの名の下に約束してやろうではないか。信じられぬというのなら、今すぐここに帝国の皇帝を連れてきて、二度とお前達に手を出さぬように誓わせても良い。俺ならそれくらい容易いことだ」

 

 俺の言葉に対して、ハウリア達が何か言おうとしたが、先にシアが口を開いた。

 

「…………約束してくれますか?」

「何をだ?」

「私が()()()の物になれば、家族達は平穏に過ごせると、約束してくれますか?」

 

 シアがそれだけは譲れないと視線を鋭くして俺を睨むが、その態度に対し俺は笑みで持って答える。

 

「もちろんだ。魔王は結んだ契約をちゃんと守る。今後お前が永遠に、その魔眼を俺の下で俺のためだけに使うと誓うのなら、お前の家族の無事を保証しよう」

 

 俺はシアの前で魔法陣を展開した。

 

「これは<契約(ゼクト)>という魔法だ。これで契約を結んだら最後、先ほど話した内容は絶対に破れぬ誓いとなる」

 

 この魔法を結んだら最後、俺とシアの間に破れぬ誓いが成立する。

 

「私……私は……」

 

 当然、自分の生い立ちに、家族に対して負い目があるシアはその誘惑に抗えない。

 

 自分が犠牲になれば、家族が助かるという誘惑に。

 

「シアッッ!!」

 

 だが、その誘惑を当然家族は許さない。

 

「もういいシア。私達の安全のために、お前が犠牲になる必要はない」

「父様……」

「ほう、それではお前達は、俺の申し出を断ると?」

「その通りだ。我々は確かに弱い。だがだからこそ、家族みんなで支え合って生きてきた。それはこれからも変わらない。何と言われようと、家族を犠牲にする平穏などいらん!」

 

 カムの言葉に残りのハウリア達は異論なしという表情をする。

 

 例え一族全体が危機に晒されようとも、大切な家族は売らない。それは禁忌の子を匿えば、いずれ故郷を追われるとわかっていたハウリア達らしい選択肢。

 

 実に美しい家族愛だ。

 

「くくく、くはははは! なるほど、それが貴様らの本質か。よくわかった。だがな、貴様達は一つ勘違いをしているぞ」

 

 

「交渉しているからといって、貴様らに選択肢があるとでも思ったか?」

 

 その言葉と共に、俺はハウリア達に軽く威圧をぶつける。

 

「うぐぅ」

「ずっと逃げ続けた貴様ら腰抜け共に対しての最後の譲歩だったのだがな。交渉に乗らぬのなら、貴様らを皆殺しにしてシアを奪うだけだ」

「なっ、この!!」

 

 家族を殺される。その言葉を聞いたシアは俺の手の中で暴れるが、当然俺の手はびくともしない。

 

「じゃあまずは貴様からだカムとやら。これはせめてもの温情だ。族長として家族が次々殺される光景を見たくはあるまい。真っ先に貴様を殺してやろう。そうすれば家族の死を見ずに済む」

 

 俺は魔力を高め、カムに向けて魔法陣を向ける。魔法とは亜人族にとって人族や魔人族に逆らえない決定的な要因。その絶望は彼ら共通のものだろう。

 

 誰もが顔を青くする中、たった一人だけ抗い続けている者に変化が訪れる。

 

「この……このッ!」

 

 俺の手の中で暴れていたシアの様子が変わる。今まで垂れ流しになっていた魔力が急激に高まり、その身を包み込み始めた。

 

 ほう、この土壇場で己の身に宿る魔力の使い方を直感的に理解したか。

 

「いい加減に、離しやがれですぅ!!」

 

 ついに俺の片手の拘束を外したシアの拳が俺の顔面に突き刺さる。土壇場にしては中々魔力が篭ったいい一撃だった。魔眼で見て身体能力に優れていることはわかっていたが、直接拳を受けてみてシアの評価を一段階上げる。

 

 とはいえ、この程度では俺は止まらない。

 

「それがどうした?」

「なっ、あぐぅ!」

 

 俺はシアの拳を掴み捻り上げ、今度は抵抗できぬように力を込めて拘束する。

 

「シア!」

「心配するのはいいがな。この後に及んでまだ戦わぬのだな。腰に付けている短刀は飾りか、ハウリア?」

 

 彼らを見て、ずっと気になっていたことがある。

 

「お前達はここまで逃げてきたにしては、大した傷を負っているようには見えぬ。森から追放された時、帝国に追われた時、魔物に襲われた時、傷つくタイミングが何度もあったにも関わらずな」

 

 暴れるシアを押さえつけながら、俺はハウリア達に言葉をかけ続けた。

 

「その答えはただ一つ。貴様らはそれらの機会でただの一度も戦わなかった。例え理不尽に森から追い出されようとも、帝国兵に家族を奪われようとも、魔物が高みから貴様らを品定めしている時も、逃げて逃げて逃げ続ける選択を選び続けた。そして今現在、ここまで虚仮にされてなお、誰一人腰の短刀を抜こうともしない」

 

 家族愛が強いのは結構。他の亜人族は忌み児を何の疑問も浮かべずに犠牲にし続けた愚か者達だったのかもしれない。そう思えば、ハウリアは他の亜人族とは違う大切なものを持っているのかもしれない。だが、ハウリア達は何かを成し遂げるために必要な肝心なものを持っていない。

 

「何かを守るためにはッ、大切なものを奪われぬためにはッ、時に戦わなければならない時がある! それができぬのなら貴様らはッ、永遠に奪われ続けるだけの負け犬だ!!」

「う、うう」

「あ、ああ」

 

 ここまで言ってようやく腰の短刀を抜くものが現れ始めたが、その手は震えている。最低限の構えすらろくにできていないところを見れば、恐らく狩りすらもまともにできない種族らしい。ここまでくると何者かにそうあるように仕込まれたようにも思えるな。

 

「どうして、どうしてこうなるのだ……」

 

 カムが震える手で短刀を握りながら、現実に絶望したように嘆き始める。

 

「我々はただ……家族と穏やかに暮らしていければ良かったのにッ!」

「家族と穏やかに暮らすために、お前達は戦わなかったからこうなった。そして今お前達は、また大切なものを一つ失う」

 

 俺は暴れるシアの前髪を掴み顔をハウリア達の正面に見せる。

 

「先ほど言ったであろう。この両眼さえあればよいと。どうもシアだけは言うことを聞かぬじゃじゃ馬らしいからな。今ここで両眼を抉り出して保存するとしよう」

 

 シアの顔に指を近づける。

 

「やめろ……」

 

 そして、そのまま指で目の淵をなぞり、指を眼に突き刺そうとした。

 

「やめろぉぉぉぉ──ッッ!!」

 

 この世に怒らぬ動物はいない。

 

 例え常に狩られる側の弱い草食動物でも、時に自分より強い肉食動物に戦いを挑む時がある。

 

 そしてそれは自分の危機よりも……

 

 ──大切な子供の危機に起きることが多い。

 

 大切な娘を守るために行われた、構えすらろくにできていないがむしゃらな突進は……

 

 俺の脇腹に短刀が突き刺さると言う結果を齎した。

 

 

「…………え?」

 

 その声は、飛び散る血の感触を感じたシアから漏れたものだった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、あ、ああ」

 

 シアの声に冷静になったのだろう。カムが荒い息をしながら俺に刺さる短刀の感触を感じ、短刀から手を離し、その場で膝をつく。

 

「……そうだ、それでいい」

 

 俺は脇腹の短刀を抜きつつカムに、この場にいるすべてのハウリアに言葉をかける。

 

「大切なものを守るためには、優しいだけでは駄目だ。時に手に刃を持ち、戦わなければならない。力が無ければ、守れぬものもあるのだ。……そして、先ほどの一撃は悪くなかった……合格だ。まだまだ足りぬものは多いが、精一杯の勇気が篭ったこの短刀の一撃を持って、貴様らの望みを叶えてやる」

「それは…………どう言う意味ですか?」

 

 意味がわからないという表情を浮かべるシアの傷を治し、笑みを浮かべながらシアの問いに答える。

 

「貴様ら全員を助けてやると言ったんだ。許せ、貴様達の覚悟を試したかったのだ。俺は自ら戦わぬものを救うつもりはないからな。誇るがいい、貴様達はただ一方的に施しを受けるわけではない。ずっと逃げ続けた貴様達は、この土壇場で困難に立ち向かい、自らの手で救いのチャンスを掴み取ったのだ」

 

その言葉を聞いたシアは今度こそ力が抜けたのか、ペタンと尻餅をつく。

 

そのシアをきっかけに、ハウリア達にも俺の言葉が浸透していった結果、全員腰を抜かしてしまった。

 

「あ、あああ、アノスさん!? 今脇腹を、ナイフでグサッと!? 血がいっぱい出てッ、早く手当を!」

 

そして、根っから温厚な種族らしく、直前まで眼球を抉り出そうとしていた男の怪我を心配するあたり、シアも筋金入りだ。

 

「問題ない、とっくに治療済みだ。この程度怪我をした内にも入らぬ。だから、そんな顔をするなアレーティア。俺がこの程度でどうこうなるわけあるまい」

 

そして、今までのハウリア達のやり取りを黙って見て、最後に背中に抱きついてきたアレーティアに言ってやる。

 

「……こういうことをするなら事前に言って。……心臓に悪い」

「そうか、それはすまなかったな」

「…………雫に報告するから」

「それは……困ったな」

 

この話を聞いた雫が俺に説教をする光景が目に浮かぶようだ。

 

仕方ないと判断した俺は、アレーティアとシア達ハウリアが落ち着くまで、しばらくここで待つしかなかった。

 




本作を書く上でとにかくアノスらしさを損ねないことに気を遣っているつもりです。

原作のハジメはハウリアを取引で助けましたが、アノスにはそんな取引は不要。そして初期のハウリアを何も無しに助けるのも違うかなと思い、試練を課しました。この辺は第一章時のアレーティアの時と同じです。

次回はいよいよアノスが長年温めてきた鉄板ジョークを披露する回


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12話 魔王と帝国兵

漫画の広告のおかげでアノスといえばコレという人も多いのではないでしょうか。

今回はそんなお話。


 そしてシア達が落ち着いた頃、俺達は大峡谷の入口までハウリア達を引き連れて歩いていた。

 

 当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞってハウリア達を目当てに襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいない。例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で魔法により倒されるからだ。

 

「"緋槍・十連"」

 

 その中でも溜まったストレスの解消だと言わんばかりにアレーティアは暴れた。数多の魔物を大峡谷の魔力分解作用をものともせずに薙ぎ倒していく。

 

 こんな無茶ができるのは、心配させた罰だとして要求された俺の血の効果だ。

 

 まだたったひとくちしか許していないが、それでも効果は絶大である。俺の血は多飲すれば毒になるだろうが、今後もこの程度の供給なら大丈夫であろう。

 

 そして派手に活躍するアレーティアが尊敬の念を集める一方、どうやら俺は子供達には警戒されてしまったようだ。先ほどから俺の方は見ないようにしているからな。

 

「自業自得」

「ハウリア達にも必要なことだったのだ。仕方なかろう」

 

 子供達にとっては中々ショックが大きかったみたいだが、この程度で怖気付かれても今後のことを考えれば困るのだがな。

 

 そうこうしている内に、ライセン大峡谷の出口に当たる階段が見えてきた。昔は処刑場として使われていたようだからそれの名残かもしれぬ。

 

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「どうであろうな。お前達が谷底に逃げ込んでそれなりの時間が立つ、もう全滅したと諦めて帰ってる可能性も高いが……」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……アノスさん……どうするのですか?」

「どういう意味だ?」

 

 質問の意図がわからなかったゆえに、質問に質問で返す形になったが、意を決したようにシアが尋ねた。

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。私達を助けるために敵に回してもいいんでしょうか?」

 

 どうやら先ほどのやり取りで俺がハウリアに手を貸すことのデメリットの話を覚えていたらしい。身の安全が一応確保されたこともあり、俺のことを気にする余裕が出てきたらしい。

 

「ふむ、ところで話は変わるが、お前の未来視にはどう写っていたのだ? 俺達がシア達を救うところは見えていたのであろう?」

「えっと……たしかにアノスさん達が帝国兵と相対する未来が見えました。けど未来は絶対のものじゃなくて、些細なことで変わったりしますし……」

 

 自信無さげな表情を浮かべるシアを見て、シアが何を心配しているのか察した俺はシアの不安を解消することにする

 

「ふむ、なるほどな。心配するな。帝国兵と戦うことに躊躇してお前達を売り渡したりなどせぬ。先ほども言ったがな、お前達は自力で俺の協力を勝ち取ったのだ。魔王は約束を破らぬ」

「そ、そうですね」

「そんなに心配なら先ほど使いかけた<契約(ゼクト)>を改めて結んでも良いがどうする?」

「いいえ。アノスさん達を信じます」

「私も信じましょう。もしあなたが私たちを裏切るつもりなら、わざわざ私達にあのような手間をかけますまい」

 

 どうやら族長親子には俺は一定の信頼を得たようだ。最初から騙すつもりなら、短刀の一撃を無防備な脇腹で受けたりなどしないという常識的判断もあったのかもしれない。

 

 

 そして、遂に階段を上りきり、俺達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。

 

 登りきった崖の上、そこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、俺達を見るなり驚いた表情を見せた。

 

 だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

 品性の欠片もない態度を示す男達に対してどうするか考えていると、小隊長と呼ばれた男はようやく俺に気づいたようだ。

 

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

「見ての通り人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

 勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当然であり、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、俺に命令する。

 

「それはできぬ話だな。俺はこやつらの護衛でな。つい先ほどこやつらを守る契約を交わしたばかりだ」

「あん? テメェ奴隷商人の護衛かよ。まぁ、いい。どっちでも同じだ。いいからさっさとそいつらを渡せ」

「断る。先ほども言ったが此奴らを守る契約でな。貴様らには一人も渡さぬ」

 

 聞き間違いかと問い返し、返って来たのは不遜な物言い。小隊長の額に青筋が浮かぶ。

 

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「帝国兵であろう。もっとも、あまりに野蛮なので品性の欠片もない野盗団と勘違いしそうになったがな。皇帝であるガハルドは比較的筋が通った男だったが、どうやら末端までその思想は行き渡ってはおらぬようだな」

「なんだと!? てめぇ我らが皇帝陛下を呼び捨てにするか!?」

 

 俺の言葉に怒りの表情を浮かべる小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気で俺を睨んでいる。その時、小隊長が、剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、俺の後ろに隠れていたアレーティアに気がついた。俺の服の裾をギュッと握っていることからよほど近しい存在なのだろうと当たりをつけたのか、再び下碑た笑みを浮かべた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らずの糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

 そんなアレーティアに向けられる悪意の感情に対し……

 

「ひっ」

 

 アレーティアは俺の後ろに隠れてますます縮こまってしまった。

 

 アレーティアが封印から解放されてまだ日が浅い。おまけにこれほどの悪意に晒されたのも三百年ぶりだ。人間不信を患っているアレーティアにはまだ堪えるようだ。

 

 俺は帝国兵を無視して背中を向け、アレーティアの頭を撫でてやる。

 

「心配するな。落ち着いて奴らをその魔眼で見てみよ。どいつもこいつも貧弱な魔力しかもたぬ雑魚ばかりだ。お前が怯える理由は微塵もない」

「…………ん」

 

 どうやら落ち着いたらしいアレーティアに対し、どうやら後ろの気配は我慢できなかったようだ。

 

「テメェ俺たちを舐めやがって。計画変更だ! テメェはこのまま死にやがれ!!」

「アノスさん!?」

 

 俺に向かって剣が振り落とされるのが見えたシアが警告を発するが、気をつける必要もない。なぜなら小隊長が振り下ろした剣は俺に当たった瞬間砕け散ったからだ。

 

「…………は?」

「ふむ、蚊でも止まったか?」

 

 俺が前を向き、何のダメージも負っていないことに気づいたのだろう。今までのゲスな態度とは裏腹に、中々の練度で戦闘態勢に入る。

 

「テメェ! 魔道士部隊、こいつを業火で焼き尽くせ!」

 

 小隊長の命令を受けた魔道士部隊が詠唱を開始するが、あくびが出るほどノロマだ。そもそもこの程度の魔法の発動に時間をかけることが信じられぬ。

 

『"炎槍"』

 

 魔道士部隊とやらが、ずいぶん待たされた中でやっと完成させた魔法が俺に迫る中、俺はその魔法のあまりの貧弱さに呆れてしまう。これではまるでマッチの火ではないか。

 

「ふっ」

 

 子供の火遊びにも劣るその炎は、俺がそっと息を吹きかけるだけで纏めて吹き飛んでしまった。

 

「……馬鹿なっ!? 貴様ッ、一体何をした!?」

「何をしたも何も、飛んで来る火の粉を息で吹き消しただけだが?」

「ぷっ……」

 

 その表現が壺に入ったのか、背後のアレーティアが思わず吹き出した。この様子を見る限りどうやら笑うほど余裕が出てきたようだ。同じく帝国兵を意にも介さない俺の姿を見たハウリア達も安堵の気配が漂い始めた。

 

「テメェ、たまたま強力なアーティファクトを持ってるみたいだが、俺達に逆らえばどうなるかわかってるのか!? 帝国が黙っちゃいねぇぞ!」

 

 どうやら俺が起こした現象は、小隊長の中ではアーティファクトを使って起こしたということになったらしい。俺の力を未だに理解できない無能が小隊長になれるあたり、帝国兵の質は上下の差が激しいらしい。

 

「もう帝国頼りなところを見ると、これ以上見るべきものはないようだな。──『動くな』」

「がっ!」

 

 言葉に魔力を込め魔言とし、相手にぶつけると面白いように嵌ってしまう。

 

「さて、こいつらをどうするか……」

 

 結果的に全員拘束した形になるが、このまま放置するのもアレだな。

 

「ふむ……ちょうどよい。いつか試さなくてはならぬと思っていたのだ」

 

 俺は身動き一つ取れなくなった小隊長の前まで歩み寄る。

 

「テメェ、クソが。アーティファクト頼りの塵が。殺してやる。皇帝陛下に報告してテメェもテメェの家族もなにもかも蹂躙してやる!」

「そうかそうか。それは怖いな」

 

 俺は心にもないことを口にする。帝国に戻ってもそんな部隊を動かす権限があるとは思えぬしガハルドが許可するとも思えぬ。どうやらこの男は帝国の力を自分の力だと勘違いする輩らしい。

 

「アノス……どうするの?」

「こやつらには俺の魔法の実験に付き合ってもらう」

「魔法……どんな魔法?」

 

 アレーティアが興味津々とばかりに聞いてくる。アレーティアの魔法に対する興味は深い。俺が見せる魔法も使えないにも関わらず目を輝かせながら観察していたくらいだからな。

 

「見ればわかる。というわけだ。俺の魔法を試す前にまず……」

 

「──貴様は死ね」

 

 俺は指を小隊長の眼前まで持っていき……

 

「は?」

 

 ──指を、弾いた。

 

「──がしゅ……。……。…………」

 

 音と共に発生した風の刃によって、小隊長の全身が消し飛んだ。

 

『ッッ──!!?』

 

 動けない帝国兵に動揺が走る。

 

「さて、これからだ」

 

 俺は人差し指の先から血を一滴垂らし、ある魔法を行使した。

 

「<蘇生(インガル)>」

 

 使用した魔法の経過を観察すると、懸念もなく<蘇生(インガル)>は発動し、小隊長の全身が再構成される。

 

「な……俺は……?」

 

 意識も良好。今のところ問題は見られないな。

 

「な、そんな、馬鹿な!?」

「死んだ小隊長が……生き返った!?」

「死人を生き返らせるだと……!? そんな魔法、まるで……神の御技ではないかっ!!」

 

 俺が使った魔法によって小隊長が生き返ったことで残りの帝国兵がにわかに騒がしくなる。神代魔法を失った現代において、どうやら蘇生魔法は神の御技らしい。この世界の人間は、死んだら普通にそのまま死んでしまうようだ。

 

「アノス……今の魔法は……」

「ああ、死者を蘇生する魔法だ。本当はもっと早く試したかったのだがな。こればかりは成功するかわからなかったからちょうどいい実験台が欲しかったのだ」

 

 俺の世界において死者が蘇生するかどうかは世界の秩序が大きく関係する。

 

 かつて俺の世界には破壊神アベルニユーという女神が存在した。彼女が齎す破壊の秩序によって、世界には死が満ち溢れていたわけだが、かつての俺が破壊神の秩序をある魔法に変えることで蘇生魔法が可能になったのだ。

 

 

 そして、この世界は異世界。この世界の秩序がどのように機能しているかわからなかった故に気軽に試せなかった蘇生魔法だが、いい機会なのでこの場で十全に試そうと思う。

 

「テメェ、一体何を!? ──かひゅ……!」

 

 何やら口答えしてきた小隊長を再び指鳴らしで殺す。

 

「おっと、あまりに耳障りだったのでうっかり殺してしまった。だが俺の世界なら三秒以内で魔法を使えばノーリスクで蘇生できる」

 

「これが俗にいう、魔王の三秒ルールだ!」

 

 ギリギリ三秒で蘇生させつつ、俺はかつての鉄板ジョークを披露する。

 

「……」

「……」

「……」

「……ふむ、外したか」

 

 地球では使えなかったので暖めていたジョークだったのだが、どうやら盛大に外してしまったらしい。千年前の故郷では爆笑の渦を巻き起こしたジョークも世界が変わればまるで通用しないらしい。

 

 帝国兵からは恐怖の感情が伝わってくるし、アレーティアすらも微妙な表情をしている。アレーティアとて自動再生という技能を持っているはずなのだがな。

 

「アレーティアは自動再生を使って何かジョークはやらなかったのか? 俺の世界では死んだ後いかに華麗に蘇るか競い合ったりしていたのだがな」

「…………そんなことはしたことないし……この世界では受けないと思う」

 

 アレーティアがますます微妙な表情をするので俺はジョークをやめて、改めて恐怖の表情を浮かべるようになった小隊長に向き合う。

 

「顔色が悪いぞ、死ね」

「がっひゅ──」

「<蘇生(インガル)>」

 

 顔色が悪い小隊長を粉微塵にした後、蘇生する。

 

「や、やめろ!」

「言葉遣いが汚いぞ。減点だ死ね」

「ちにゃ……」

「<蘇生(インガル)>」

 

 まだ口汚く返事をしてくるので殺して蘇生させる。

 

「息が臭いぞ、死ね」

「ひでぶッ!」

「<蘇生(インガル)>」

 

 殺して蘇生させる。

 

「兎人族に邪な目を向けたな、死ね」

「あべしッ!」

「<蘇生(インガル)>」

 

 殺して蘇生させる。

 

「特に理由はないが、とりあえず死ね」

「ぷげらッ!」

「<蘇生(インガル)>」

 

 殺して蘇生させる。

 

 その間にも蘇生する小隊長の様子を観察する。蘇生した際の身体の異常の有無、根源の状態、認識の齟齬の有無と意識の明確さ。

 

 何人も試すようなことではないので、この男で一通り試してみた結果、どうやらこの世界でも俺の知る<蘇生(インガル)>の精度と同じレベルの蘇生が可能らしい。もしかしたら神代魔法を上手く使えば死者の蘇生が可能な世界なのやもしれぬ。

 

「<蘇生(インガル)>」

「かひゅ、ぜぇ、ぜぇ、かひゅ……」

 

 再び小隊長の全身が再構築され、彼はすっかり恐怖に染まった顔で俺を見た。

 

「ところで、この<蘇生(インガル)>の魔法にまつわる面白い哲学があってな。<蘇生(インガル)>で生き返った人間は元の人間が生き返ったのか、それとも元の人間とまったく同じ性格、同じ記憶、同じ体を持っただけの別人が新しく作られたのか。さて、貴様はどっちだと思う?」

 

 がちがちと歯の根の合わない音を響かせ、小隊長は唇を震わせる。顔面は蒼白に染まっていた。

 

「ふむ、答えぬか。それではもう一度……」

「アノス……この辺りで終わった方がいい」

 

 俺がもう一度殺して蘇生させようとした時、アレーティアから静止の声がかかる。そしてふと周りを見渡すと、小隊長だった肉片で周りが埋もれていた。蘇生させる際にゼロから肉体を再構成させたせいで小隊長だったものが積み重なったらしい。

 

「ふむ、やりすぎたか」

「それもあるけど、これ以上は……勿体ない」

 

 アレーティアは視線を小隊長に向けずに俺の指先に向ける。正確には蘇生魔法を使うたびに使っていた血を見ていた。どうやらアレーティアにはこやつのために俺が血を使うのが勿体無いと思ったらしい。

 

「おい」

「ひっ、ひぃぃぃぃ!!」

「まだまだ実験したい魔法やお前を苦しめる方法は山ほどあるのだがな。この程度で終わりにしてやる。今後二度と亜人族に手を出さぬことだ。もし忠告を守らなかったら……」

 

 俺が指を鳴らす仕草をすると、自由に動けるようになったことに気づいた小隊長が色々振り切れる。

 

「ぴっ、ぴぎゃぁぁぁぁぁぁ──ッッ!!」

 

 それこそ獣のような声を上げながら、部下を放置して小隊長が全力で俺から逃げ始めた。何度もこけて、その度に叫ぶ姿をみれば、二度と亜人族に手を出さないだろうと確信できる。

 

「どうした? お前達の身体も自由にしているが、貴様達は逃げぬのか? ふむ、もしやる気があるのなら他の魔法の実験もしたいのだが……」

 

 俺の言葉を聞き、残りの帝国兵も身体の自由が戻っていることに気づいたようだ。

 

「に、逃げろぉぉ──ッッ!!」

「ひぃぃぃ──ッッ!!」

「悪魔だ。奴は悪魔だぁぁ──ッッ!!」

「俺は悪魔ではなく魔王だ。魔王アノス・ヴォルディゴード。この名を覚えておくがいい!」

 

 脱兎のごとく逃げ出す帝国兵に名前を伝える。ここで奴らが生きて帝国に帰還すれば俺の名前がガハルドに伝わるだろう。あの男なら俺の名前を出せば迂闊な行動をしないように帝国兵に厳令を出すはずだ。

 

「さて、これで問題は解決したが、平気か?」

 

 俺が背後に意識を向けるとハウリアたちが顔色を悪くしながらもなんとか全員無事に立っているところだった。常に戦乱渦巻く世界に生きているお陰かもしれない。光輝達だとおそらく耐えられまい。

 

「は、はい。なんとか……なんというか……アノスさんて凄いんですね。結果的に誰も殺さずに帝国兵を撤退させるなんて」

「ああ、そうだな。どうやら神に見捨てられた我々は、最後の最後に魔王の手を掴み取ったらしい」

 

 俺は無傷の馬車や馬のところへ行き、ハウリア達を手招きする。どうやら樹海まで徒歩で半日くらいかかるそうなので、せっかくの馬と馬車を有効活用しようというわけだ。魔力駆動四輪を空間から取り出し、馬車に連結させる。馬に乗る者と分けて一行は樹海へと進路を取る。

 

 無残な帝国兵の死体──もっとも、全て蘇生の過程でうまれた小隊長の死体だが──はアレーティアが風の魔法で吹き飛ばし谷底に落とした。後にはただ、小隊長が零した血だまりだけが残されることになった。

 

 




>蘇生(インガル)
ミリティア世界では一般的な蘇生魔法。蘇生の成功率は世界の生と死の秩序のバランスで決まるようであり、それゆえに地球では気軽に試すことができなかった魔法。メタ的に言えばクロス先がジャンプ漫画世界なら成功し、マガジン漫画世界なら失敗する魔法。

【アノスは蘇生魔法を手に入れた】
これにより敵に容赦する必要もなくなりましたし、生徒達にも本格的な訓練ができるようになります。

>魔王の3秒ルール
広告で見た人も多いはず。残念ながらトータスでは受けなかった魔王ジョーク。


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13話 魔王とハルツィナ樹海

ちょっとだけオリジナル展開あり。


 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱える【ハルツィナ樹海】を前方に見据えて、俺が運転する魔力駆動四輪で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 

 ハウリア達には一度森に立ち寄るとあらかじめ伝えてある。ハウリア達はいい顔をしなかったものもいたが、最終的に俺に運命を預ける覚悟をしたらしい。大人しく森までついてくるどころか、自ら案内を買って出た。

 

 その間唯一同じ車内にいるシアは俺とアレーティアと会話をしたがった。

 

 アレーティアは最初はとにかく明るいシア相手に抵抗があったようだが、次第に観念して自分のことを話し始めた。

 

 そして、その結果。

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、アレーティアさんがわいぞうですぅ~。そ、それ比べたら、私はなんでめぐまれて……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 盛大にアレーティアに同情して号泣した。なんとも感受性豊かなことだ。見た目通り耳がいいのか、アレーティアの話を聞いていた他の兎人族も涙ぐんでいるあたり、種族全体がお人好しなのだろう。

 

「そんなに泣かれると……その……困る」

 

 後ろの席で大泣きされて流石のアレーティアもすまし顔を崩してオロオロしていた。

 

「はいっ、ずびー」

 

 どこからか取り出した紙で涙とか色々を拭った後、突如シアが気勢を上げ始める。

 

「アノスさん、アレーティアさん。決めました! 私、お二人の旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向にお二人を助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった三人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

 

 たった三人の仲間ではないのだが、どうやら俺達の旅について行きたいらしい。シアの背景や置かれている状況を考えれば、なぜそんな突拍子もないことを言い始めたのか察することはできるが、俺にも譲れぬものがある。

 

「シアよ。お前は俺達について行くことを希望しているようだが、俺が配下に入れる条件は覚えていような?」

「え、えーと……なんでしたっけ?」

 

 どうやらハウリアの存亡をかけた戦いもあって忘れてしまったらしい。

 

「強いか、面白いかだ。お前の面白いところは現状その魔眼だけだ。強さは言うまでもない。今のままでは連れて行くことはできぬな」

「えー、そんな〜」

「当然、私達の旅に弱い兎は必要ない」

 

 アレーティアもシアの同行に否定的だ。もっともなぜシアの胸部を見て言うのかはわからぬが。

 

 

 それからしばらくのドライブの後、ついにフェアベルゲンの入口に到達した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えぬが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるのだという。

 

「それでは、アノス殿、アレーティア殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「うむ、話を聞く限り、そこが大迷宮と関係してそうだからな」

 

 カムが、俺に対して樹海での注意と行き先の確認をしてくる。ハルツィナ樹海の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には〝大樹ウーア・アルト〟と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

「アノス、やっぱり大樹が大迷宮?」

「であろうな。樹海そのものがオルクス大迷宮の深層と同等の迷宮なら亜人族は生きられぬはずだ」

 

 だからこそ俺は、真の大迷宮は亜人族すら滅多に近づかない大樹に関係すると当たりをつけたわけだ。

 

「アノス殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は、神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「なるほど、見つからないようになればよいのだな、なら……アレーティア、少しこちらによるがいい」

「ん……」

 

 俺がアレーティアにそう告げるとアレーティアが俺にピッタリ張り付く。くっつけと言ったつもりはなかったが、これでも問題はないから特に何も言わない。

 

「<幻影擬態(ライネル)>──<秘匿魔力(ナジラ)>」

 

 幻影擬態の魔法にて透明になり、秘匿魔力で魔力を隠す。

 

 この組み合わせなら大抵の感知能力には引っかかるまい。

 

「なるほど。ではしっかり着いてきて下さい。透明だと我々が見失う可能性がありますので」

 

 カムの号令と共に準備を整えた俺達は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

 しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分かっていないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 

 おそらく亜人族にだけ回避されるように設定されている魔法だと推測する。俺の世界だと精霊魔法に近いかも知れない。

 

「魔眼で破壊できる?」

「可能かも知れぬがやめた方がよいだろうな。この霧の魔法は樹海に住む亜人族の城壁のようなものだ」

 

 この霧があるからこそ、天敵が多い亜人族は無事に過ごせているのだとすぐにわかった。俺とてこの国の民の平穏を乱すつもりはない。

 

 だが、そんなことはこの国の住民は知らないことだ。

 

「おい、お前たち。白い髪の兎人族…… 貴様ら……報告のあったハウリア族か!」

 

 ハウリア達の隠形術はかなりの精度を誇っていた。それでも俺とアレーティアとは違い、姿を消しているわけではない故に視認されれば見つかってしまう。この樹海の中で見つかってしまうとはどうやらハウリア族自体の運気はまだまだ悪いらしい。

 

「答えろ! 追放処分を受けた貴様らハウリアが、何故こんな場所をうろついている!?」

「…………追放される前に、聖域である大樹ウーア・アルトにせめて祈りを捧げようと思ったのだ」

 

 カムは少し悩み、俺とアレーティアの存在は未だ気づかれていないことを考慮してそのように言い訳をする。

 

「祈りだと? ふん、長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿い続けた貴様らに大樹の加護があるとは思えんがな。それに……今は霧が濃い。最低十日間は我々ですら大樹には近づけん。亜人族なら誰でも知っているはずだが?」

「あっ!」

 

 亜人族の指摘にカムが思わずしまったというような表情を浮かべてしまう。どうやら案内するのに張り切りすぎてうっかりしていたようだな。

 

「やはり怪しい……おい、貴様らッ、本当は何を企んでいる? 言え!!」

「ひっ!」

 

 啖呵を上げる亜人族達に少なくないハウリア達から悲鳴が上がる。

 

 こうなった以上、ハウリア達はこやつらから逃げることはできぬだろう。このまま連れていかれて、自由を奪われるやもしれん。仕方ない。

 

 俺は発動していた<幻影擬態(ライネル)>を解除した。

 

「そう喚くな。こやつらは俺達の依頼を受け、ここまで案内したに過ぎぬ。俺達に敵意はない。話し合いがしたいゆえ、武器を下ろせ」

「なっ!? 一体どこからッ、それも……人間だと!? 貴様ら!!」

 

 突如現れたように見える俺とアレーティアの存在を確認した、亜人族たちが一斉に武器を構え始めるたので俺は言葉に魔力を込める。

 

「武器を下ろせ、と言ったはずだが?」

 

 耐魔力に乏しい亜人族は俺の言葉を受け、身体の自由を奪われる。そんな中、この集団のリーダーらしい虎の亜人だけ自由にした。

 

「俺達の目的は大樹の調査だ。それ以外にここに用はないし、お前達を傷付けるつもりもない」

「……それを信じろと?」

「拘束だけで留めているのがその証だ。俺がその気になれば交渉など面倒なことをせずに、お前達を皆殺しにしていることくらいは理解できていよう」

「……くっ、貴様ら人間が大樹に何の用があるというのだ!?」

「真の大迷宮を攻略するためだ。七大迷宮が攻略されることを前提に設計されている以上、迷宮攻略者が案内役として貴様らの協力が得られるような伝承くらい伝わっていよう」

 

 外からきた他の大迷宮攻略者が、この樹海を訪ねても亜人族の協力がなくてはこの樹海を突破できぬ。それなのに素直に協力が得られぬのであれば大迷宮攻略者と亜人族の間で確執が生まれてしまう。それを想定していないほど解放者は愚かではなかろう。

 

「……そのような話は私は知らない。だが長老方なら知っておられるかもしれぬ。本当に我らに敵意がないなら伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

「構わぬ。誰を解放すればよいのだ?」

「……全員解放してほしいものだがな」

「お前が部下達の放つ俺達への殺意を抑えられるのなら解放しよう。それができぬなら無駄に血が流れるやもしれぬぞ」

 

 蘇生できるとはいえ、同胞が死んで生き返る姿は見たくはあるまい。

 

「……ザムを……あの男を自由にしろ」

「いいだろう」

 

 冷や汗を流しながら、それでも強い意志を瞳に宿して睨み付けてくる虎の亜人の言葉に、俺はザムという男を解放することで応える。

 

「ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

 虎の亜人の言葉と共に、気配が一つ遠ざかっていった。これでしばらく待てば話のわかるものがこよう。

 

「アノス殿……申し訳ない。私が霧の周期を把握していれば……」

「構わぬ。見つかったとてさして違いはない。むしろ隠れなくて良くなった分、無駄な労力が減った」

「そう言っていただけると幸いです」

 

 カムは申し訳なさそうな顔をするが、ハウリア達を守りながら十日も隠れているのは流石に億劫だ。それなら堂々としていた方が楽でいい。

 

 しばらく待っていると霧の奥から数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族いわゆるエルフなのだろう。エルフが実在すると知ったらファンタジーが好きな父さんが喜ぶかもしれぬな。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「アノス・ヴォルディゴードだ」

 

 俺の態度に長老の周りが騒がしくなるが、それを手で制した長老が名乗り返してきた。

 

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

「奈落の底か、何か証明できるものはあるか?」

「ふむ……生成魔法を見てもわからぬだろうな、さて……」

「アノス……オスカーの持ってた指輪は?」

 

 増えてきた人の視線から逃れるために、俺の後ろに隠れていたアレーティアが提案してきた。

 

「そうだな。これでどうだ?」

 

 

 俺が取り出した指輪を見たアルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。基本的に人間は不倶戴天の敵なのだから当然か。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 アルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。

 

「お主らも構わぬな?」

「そうだな。十日待たねばならぬなら世話になろう。それに期間もそれくらいがちょうどよかろう」

 

 それから俺達は濃霧の中を虎の亜人ギルの先導で進む。

 

 行き先はフェアベルゲンだ。俺とアレーティア、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら、先のザムと呼ばれていた伝令は相当な駿足だったようだな。

 

 そして、しばらく歩いた果てに到達した国の門をくぐると、そこは別世界だった。

 

 直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

「ほう、澄んだ魔力が充実しているな」

「ここが……フェアベルゲン。すごい……」

 

 俺は周囲の充実した魔力に、アレーティアは素直に国の美しさに感動しているようだ。

 

「ふむ、外交などでここに来たことはなかったか?」

「私は王様兼最強戦力だったから、そう簡単に国を離れられなかった」

「そういうものか。俺も魔王だったが、思いついたらその場で敵国の首都に、単身出向いたりしておったのだがな」

「……それはアノスが自由すぎるだけ。アノスの家臣と敵が苦労したのが目に浮かぶ」

 

 アレーティアの言葉を受け、俺は大魔法発動の相談を勇者カノンにするために単身アゼシオンに行った時、勇者ジェルガとその部隊が盛大にもてなしてくれたことを思い出した。あの時は善は急げの精神で行動したのだが、確かに少し唐突だったやもしれぬな。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

「確かに、見事なものだ」

「感動した」

 

 俺とアレーティアの賞賛にアルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。

 

 そのまま少し機嫌が良くなった亜人族達に着いて行った。

 

 ***

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

 現在、俺はアルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、オスカー・オルクスに聞いた〝解放者〟のことや神代魔法のこと、自分が異世界の人間であり、七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための手掛かりになるかもしれないこと等だ。

 

 そして代わりにこのフェアベルゲンに伝わる伝承の話を聞いた。俺の予想通り、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという伝承が存在するらしい。

 

「なるほど、それなら俺たちが大樹に赴くのに何の不都合もあるまい」

「……理屈ではそうなのだがな……」

 

 急に歯切れが悪くなるアルフレリックだが、その理由はすぐに判明した。階下にて待機していたシア達ハウリア族の方が騒がしくなったのだ。

 

 階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。俺は遠距離から回復魔法を飛ばして二人の傷を素早く癒す。

 

 階段を登ってきた亜人族は俺とアレーティアの姿を確認すると、一斉に鋭い視線を送り、熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言した。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 熊の亜人が激昂するが、アルフレリックはどこ吹く風だった。伊達に長老をやっていないらしい。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だッ、そんなもの眉唾物ではないかッ、フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどない!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「その通りだ」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そして俺を睨む。

 

 そんな視線に晒されている俺だが、出されたお茶をゆっくり飲んで楽しんでいる。人に囲まれていても俺が側にいれば問題ないアレーティアも同様だ。

 

「ふむ、なかなかいい葉を使っているではないか」

「確かに……美味しい」

「ッッ……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 俺の態度に怒りが増したのか、熊の亜人が突如、俺に向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていないが、俺も特に反応しない。

 

 なので熊の亜人の拳が届く、その前に……

 

 ──どくん、と音が周囲に響く。

 

「ッツ、ぐは、がふっ、ぐぁ、ごふ、がはぁ!?」

 

 全身から血を噴き出しながら奇妙な踊りを踊る熊の亜人は、数秒後には全身血塗れでその場に倒れた。

 

 周囲が静まり返り、視線が俺に集中する。隣のアレーティアすら驚愕の表情で俺を見ているな。

 

「アノス……今何したの?」

「何も。熊人族とやらは興奮しすぎると、奇妙な踊りを踊りながら全身から血を噴き出す体質でも持っているのではないか」

「…………」

「…………」

「…………そんなわけない」

 

 周囲の者達が考えているであろうことをアレーティアが代弁する。流石に誤魔化せぬか。

 

「なに、心臓の鼓動に魔力を込めて、彼奴に向けて放っただけだ。この程度の相手に魔法や腕力はおろか、指先一つ動かす必要もない。俺ならちょっとドキドキするだけで倒せる」

「…………理不尽」

「ところで、俺に何か話しがあるようだが、ちょうど茶を飲み終わった頃だ、聞いてやるから申してみよ」

 

 俺がそう言っても、先ほどまで勢いがあった眼下の長老達は誰も口を開かなかった。

 

 そして現在、当代の長老衆である虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族──俗に言うドワーフのことだ──のグゼ。治療を済ませ、この場に復帰して以降、俺を睨み続ける熊人族のジン、そして森人族のアルフレリックが、俺と向かい合って座っていた。俺の傍らにはアレーティアとカム、シアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。

 

 長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊人族の長が、俺に指先一つ動かさずに倒されたのが堪えたらしい。

 

「それで、今この場で長老達が集まったのは、俺達の正式な滞在許可と大樹への通行手形を発行するためという認識で構わぬな?」

「貴様ッ」

「そう怒るな、大した傷でなくてよかったではないか。見た目通り頑丈なのだな。もっと耐久が弱ければ全身砕け散っていたかもしれぬ、頑丈な身体に生まれたことに感謝するといい」

「ッッ!」

「ジン、気持ちはわかるが落ち着け」

 

 アルフレリックの諌めの言葉に、立ち上がりかけたジンは表情を歪めてドスンッと音を立てながら座り込んだ。そのまま、むっつりと黙り込む。

 

「アノス・ヴォルディゴード。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「人間に恨みを持つ亜人族を抑えきれぬと?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない」

 

 人間と亜人族の確執は大きい。いくら掟でも若い者は襲いかかってくるかもしれないということか。

 

「別に手心を加えるのはやぶさかではないがな。うっかり殺してしまう可能性も否定できぬ。なにしろ心臓の鼓動だけでああなるのだ。だからお前達も若い者によく言い聞かせることだ。それが長の役目であろう」

 

 俺の言葉を飲み込もうとする長がほとんどだが、やはり熊人族のジンは俺のことが相当気に入らないらしい。

 

「確かに資格者と敵対してはならないというのが口伝だ。だが口伝には気に入らない相手を案内する必要はないとある。よって我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう」

「ジン!?」

「私も同意見だ」

「ゼル、お前もか!」

 

 アルフレリックが諌めようとするが、どうやら案内を拒否する者は名乗り上げた二人だけではないらしい。口伝には口伝を、ということなのだろう。

 

「ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

「ふむ、そのことで聞きたかったことがあるのだがな。どうして魔力を操作できるから忌み子なのだ?」

 

 背後のハウリア達が騒ぐ前に、俺が話を始めた。

 

「何を言っている?」

「魔力操作など俺はもちろん、ここにいるアレーティアも使える。それどころか俺の仲間は全員使える技能だ。大して珍しいものではない。むしろ魔力操作は非常に有用な技能だ。詠唱をせずとも魔法が使え、身体強化も非常に高レベルで使用できる。魔法が使えずとも元々身体能力に優れた亜人族ならば、魔力による肉体強化を使えれば、並の魔導師を凌駕する身体能力を発揮できるだろう。それを念頭に置いた上で聞こう。なぜ彼女達を排斥し続けてきた?」

「それは……魔物の性質を持っているから」

「確かに魔物の性質を持つ魔力操作持ちは異端だとエヒト教の教義ではなっているが、エヒト教の教義など貴様らには関係なかろう」

「ッツ忌み子は大きな災いを呼び込む!」

「こやつが災いを呼ぶように見えるか? 現にシアの存在がわかるまでの十六年間、貴様らは災いなど気にせず平然と過ごしてきたではないか」

「それは……」

 

 改めてシアの方を見るが、涙目になっているその姿に禍々しさなど何も感じぬ。

 

「それが掟だからだ! 我らにとって、掟は絶対だ!!」

「先ほど掟など知らぬとばかりに襲いかかってきた男がいたが、貴様らの掟とは自分の感情で自由に曲げられる、ずいぶん都合のいいものなのだな?」

「くっ!」

「だがそれでよい。掟など所詮、その時代に生きた人間が自分の都合で残したもの。時代によって変えていくのは何も不自然ではない。だがな、後の世にまで大切に伝えるべき口伝と今すぐ廃すべき悪習の区別がつかぬのは問題だ」

「我々が……悪習に囚われていると?」

 

 アルフレリックの言葉に俺は頷く。

 

「結局よく分からずに掟だからと魔力持ちを排斥し続けてきたのであろう。その魔力持ちが力をつければ、お前達を最も苦しめ続けている人間や魔人族すらも凌駕するやもしれぬのに」

「貴様はッ、そこの小娘が俺達より強くなるとでもいうのか!?」

「その通りだ」

 

 俺が自信を持って言うものだからシアは萎縮してしまっていた。

 

 そこで俺は一ついい考えが浮かんだ。

 

「そうだな、ではこうしよう。大樹に行けるようになるまで十日あるのだったな。その間俺がこやつらを戦えるように鍛えよう」

 

 そう言ってシアを側に引き寄せる。

 

「へっ?」

「十日後、ここにいるシアを筆頭としたハウリアと、こやつらが気に入らない貴様らで戦いを行う。その戦いでハウリアが貴様らに勝てば……こやつらの存在を正式に認めよ」

「え、えええぇぇぇぇぇぇ──ッッ!!」

 

 隣でシアの絶叫が響く。後ろのハウリア達は驚きすぎて言葉も出ないらしい。

 

 俺の言葉に最初は呆気に取られた長老達だが、相手が俺ではなく亜人族最弱の兎人族だとわかり、鼻で笑い始めた。

 

「何かと思えば、そんなビクビク怯えて隠れることしか能がない弱小種族が、たった十日で俺達を倒すというのか? 随分舐められたものだな!」

「それに我々がその提案を受け入れる理由はどこにもないな。話にならん」

「ほう、それなら受けるメリットがあればいいのだな?」

 

 俺は空間収納スペースを開き、そこの中身を取り出す。

 

 じゃらじゃらと音を鳴らして積み上がっていくのは色取り取りの鉱石と魔石。

 

「こ、これは!?」

 

 俺が出した鉱石魔石の山に目の色を変え始める長老達。

 

「道中、フェアドレン水晶という霧を操作する道具を紹介されたが、あれはアーティファクトであろう。その他にも国中にアーティファクトがチラチラ存在するのが見えた。それらを動かすのに自前の魔力を持たない貴様らは魔石に頼らずにはいられまい。それだけではない。この国は見た通り樹木は豊富だが、鉱石はろくに取れぬはずだ。樹海に篭っていれば安泰な亜人族の奴隷が何故存在するのか。それは生活に必要な鉱石やその他の物資は、危険を冒して樹海の外に取りに行かねばならぬからだ」

 

 目の前に積まれた鉱石や魔石の山は、フェアベルゲンの住人にとって文字通り、喉から手が出るほど欲しい宝の山のはずだ。

 これだけあれば、それなりに長い時間を捕まる危険を冒して樹海の外に出たり、危険な魔物と戦ったりせずともよくなるからな。

 

 目の前に差し出された宝の山に対し、長老達の間で議論が起きる。

 

「この鉱石は本物か!? どうなのだ、グゼ!?」

「……間違いない。本物だ。こんな純度の魔石、見たことがないぞッ、それに鉱石は、近くで取れる物とは品質が全然違う!」

「これだけの数……一体何十年分なのだ」

「十年……いや二十年は持つかも」

「コレがあれば、今の子供達が大人になるまで……危険を冒さず穏やかに過ごせる」

「いや待て、これは罠かも知れぬぞ!」

「相手は兎人族だけなのだろう? あの化物が出るならともかく、相手は所詮兎人族だぞ」

「魔力持ちを過大評価しすぎなのだ。たった一人魔力持ちがいて何ができる?」

 

 議論が加熱する中、いつの間にか議論の中心にされているシアは慌てふためき始めた。

 

「あ、あああアノスさん!? なんてこと言うんですかぁ!」

「くはは、気にするな。お前は太々しい顔でドンと構えればよい」

「そんなことできませんよぉ。ふえぇぇん」

 

 そんな泣きべそをかくシアの姿も参考になったのか、長老達から問いが投げられる。

 

「勝負はあくまで兎人族と我らの戦い。それに異論はないな?」

「そうだ。俺もアレーティアも参加などせぬ。あくまでこれはハウリアの戦いだ」

 

 俺のその答えを聞き、長老達は結論を出す。

 

「いいだろう。我々は貴様の提案を飲もう。勝てばハウリア達の罪は帳消し、たが我々が勝てば……」

「これはくれてやる。それだけではない。ハウリアが負ければ俺達は大樹へ行くのを諦め、大人しくここから出て行ってやろう」

「決まりだ。では十日後、決して逃げるんじゃないぞ」

 

 こうして、ハウリア達による、種族の存亡をかけた戦いの舞台は整えられた。

 




>心臓の鼓動
これも有名なはず。アノス様ならある程度の敵はドキドキするだけで倒せます。

次回、大魔王教練、ハウリア編


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14話 大魔王教練_ハウリア編

魔王によるハウリア族の改造が始まる


「そう言う訳だ。貴様らには今から十日間、戦闘訓練を受けてもらう」

 

 フェアベルゲンから出て、大樹に近い場所に拠点を敷いた俺は、ハウリア達にそう通告するが、ハウリア達の表情は暗い。まるで通夜のような雰囲気だ。

 

「ふむ、何故そんな暗い顔をしている」

 

 俺の言葉に、一番暗い顔をしているシアが俺の方を見て口を開く。

 

「うー。当然じゃないですかぁ。他の亜人族と決闘だなんて」

「そんなの無理だ」

「おしまいだ」

「ああ、我らの命運はこれまでか」

 

 どうやら始める前に怖気づいているようだな。ハウリア族全員が絶望に打ちひしがれている。これではいけないのでハウリア達には置かれた状況を正確に把握してもらう必要があるな。

 

「聞け。ハウリア族達よ!」

 

 俺が声を張り上げれば、十日後の未来を嘆いていたハウリア達も顔を上げて俺の方を注目し始めた。

 

「即時処刑は免れたが、このままでは貴様らに待ち受ける運命は変わらぬ。俺は助けてやるとは言ったが、同時に自ら戦わぬものを救うつもりはないとも言った」

 

 俺はカムに言った。救いのチャンスをやると。ならば今こそがそのチャンスを掴むために動く時なのだ。

 

「ハウリア族は強くならねばならぬ。貴様らにとって、ここが運命の分水嶺なのだと心得よ!」

 

 俺の言葉に顔を上げ始めるものが出始めたが、それでも大半のハウリア達の表情は暗い。

 

「アノスさん……アノスさんが言っていることはわかりますけどぉ……」

「私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

 

 ハウリア達も頭ではこのままで良くないとわかっているのだ。だが、ただでさえ世界から迫害されている亜人族の中でも最弱の種族だと言われている事実が、兎人族は弱いという常識が、彼らを自ら縛り付けている。

 

 まずはその意識から変えてやらなくてはならない。弱いと自ら思い込んでいる限り、決して強くはなれぬのだから。

 

「何かを成し遂げるために必要なことは力でも技能でもない。必ず目的を遂げんとする強き想いと、未知に対して一歩踏み出す勇気だ。虎人族や熊人族がどうした? そいつらは俺よりも恐ろしいのか?」

「それは……」

「案ずるな。魔王は約束を守ると言ったであろう。お前達が俺を信じて着いてくれば、必ず強くしてやるし、奴らとの戦いで勝利させてやる」

 

 俺の言葉を受け、黙り込み顔を見合わせるハウリア族。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。

 

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

 樹海の全てに響けと言わんばかりの叫び。これ以上ない程思いを込めた宣言。

 

 間違いなくシアが一番自分の弱さを呪ってきたであろう。自分のせいで家族が危険に晒されている現状に苦悩したのは間違いない。だからこそ、ここに来て、シアは自ら立ち上がった。立ち上がって戦う決意をしたのだ。

 

 そしてシアの長年溜め込んでいた想いを受け、ハウリア達もようやくやる気になったのか、次々と立ち上がり始める。

 

 彼らは家族愛が特に強い一族だ。一人立ち上がれば共に立ち上がることができる。

 

「アノス殿……宜しく頼みます」

 

 最後に族長カムの宣言で持って、ハウリア達を強化するための訓練を開始した。

 

 ***

 

「シアに関してだが、ひとまずアレーティアに任せる」

「私に? けど……魔法を教えられる自信がない……」

「大丈夫だ。アレーティアに魔法教導力など期待しておらぬ」

「うう……」

 

 俺とアレーティアはオルクス大迷宮の最深部にてお互いの魔法を教え合ったわけだが、その際にアレーティアは非常に独特な魔法理論を展開した。

 

『ここは……魔力をぎゅんしてパルパルそぉい……てやる』

『ふむ、何もわからぬ。故に魔法陣だけ見せてもらおうか』

 

 最初は自分の魔法指導の下手さを自覚していなかったアレーティアだったが、クラスメイトが修練に加わり、俺がアレーティアの理論をわかりやすく翻訳してクラスメイトに指導するようになると流石に自覚し始めた。

 

 名プレイヤーが必ずしも名指導者ではないという典型だな。自分の指導下手を自覚してからアレーティアは、クラスメイトの訓練に口を挟まなくなった。

 

「それに魔法の指導はいらぬ。シアを魔眼で見たが、魔法の素質は全くない。だが、身体強化については優れた素質を持っている。アレーティアにはシアに対し実戦訓練を行い、シアの力を引き出してもらう」

 

 シアは俺に追い詰められた時、土壇場で魔力の使い方を直観的に理解した。それを思えばシアは、基本から積み重ねていくよりひたすら実戦訓練を繰り返す方が性に合っているだろう。

 

 習うより慣れろ。それが一番シアが強くなるための近道だ。

 

「ん、わかった」

「あの〜アノスさん。アノスさんは私に教えてくれないのかな〜って」

 

 そこで自分の訓練内容を黙って聞いていたシアが口を挟んできた。

 

「何? 私じゃ不満?」

「い、いえ。そういうわけじゃないんですけど〜」

 

 たしかに俺が強くすると宣言したのに、完全にアレーティアに任せきりでは不安にもなるか。視点を変えれば、些か無責任にも思えるしな。

 

 だが心配せずとも俺にしか教えられぬこともある。

 

「心配するな、身体強化についてはアレーティアに任せるが、その未来視の魔眼の扱いだけは俺が教えなくてはならぬだろう。今は基本の魔力操作を習得しろ。俺の指導はそれからだ」

「は、はい! 頑張りますぅッ!」

「…………やる気があるならさっさといく」

 

 張り切るシアに冷たい目を向けながらアレーティアがシアを引きずっていく。魔法の指導力はないアレーティアだが、女王時代の戦闘経験値からか戦闘指導は中々だ。このままアレーティアに任せれば大丈夫であろう。

 

 だから問題は……

 

「ああ、どうか罪深い私を許してくれぇ~」

 

 まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のように殺した魔物に縋り付き……

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のように魔物を殺したことを悔やみ……

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

 瀕死の小さなネズミの魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いると、倒れながら自嘲気味に呟くカム達ハウリアだ。

 

「ふむ、なるほど」

 

 ここまで徹底しているといっそ天然記念物と言っていい部類だな。物心ついたばかりの幼子でもハウリアに比べたらもっと残酷だろう。

 

「一つ聞こう。お前達が行動中妙なところで跳ねたり飛んだりするのは、もしや地面の花を気にしているのか?」

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

「ほう」

 

 てっきりそうだと思っていたが、勘が外れたか。

 

「花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

 ふむ、どうやら想像以上だったらしい。

 

 訓練を始める前にハウリア達がどこまで動けるのか見せてもらおうと思ったが、想像以上のものが出てきた。他の亜人族が他所者である俺の提案をたいして考慮せずに受け入れた理由がやっとわかった。たしかにこれではどんな訓練を行おうと無駄だ。

 

 今のハウリア達に戦闘訓練を施しても身になるものなど何一つあるまい。現状の彼らは訓練以前の問題だ。だからこそ、まずは彼らの心持ちを変えなくては始まらない。

 

「ふむ、おかしいな。カムよ。お前は殺した小ネズミや虫達には謝罪しているが、脇腹を深々と突き刺された俺は謝罪された覚えはないが?」

「っ!? それはッ!」

「良く聞け、カムよ……」

 

 集団を変えるためにはまずは頂点に立つものを変えなくてはならない。だからこそ俺は集団の長であるカム・ハウリアに対して語りかける。

 

「今のお前は確かに弱い。それなのにいきなり戦えというのは理不尽に思えるかもしれぬ。だがな、お前はいざという時の勇気の出し方を知っている男だ。シアを守るために、俺に立ち向かった時のことを思い出せ」

「アノス殿……」

「優しさを捨てよとは言わぬ。それはきっと他の種族にはない、お前達だけの長所なのだろう。だが物事には何事にも順序がある。周囲に気を遣いすぎて、守れるはずのものを守れなかった時の後悔と絶望は想像を絶する。そうならないために、族長としてハウリアがこれから進むべき道を、まずはお前が先頭に立って示せ。お前が変わればハウリア族も変わる」

「アノス殿……私は……」

 

 カムが何かに気づいたような表情に変わる。もう一息だと思った俺は先程思いついたことを実行することにする。

 

「とはいえそう簡単に変われたら苦労はせぬ。要は周囲に花や虫などのお前達より弱く、愛でるべき生き物がいるから訓練に集中できぬのだろう? ならその問題を解決してやる」

 

 俺は周囲に綺麗に咲き誇っている無数の花達を含めた周囲一体に対して、一つの魔法を行使する。

 

「<魔物化(ネドラ)>」

 

 魔法効果はすぐに現れた。魔法をかけられた植物、側にいたカムが殺した小ネズミの同種がみるみる内に巨大化していく。

 

「ギャァオオ──ッッ!!」

「シャァァァ──ッッ!!」

 

 そして残ったのは、元の何十倍の大きさと鋭い牙と爪を携え、凶暴化したネズミと真ん中にある人を丸呑みするほど巨大な穴から地面を溶かす溶解液を垂れ流している凶暴な植物だけだった。

 

「お、お花さぁーん!?」

「それは違うぞ、小僧。あれはもはやお花"さん"ではない。お花"様"だ。今のお前の立場で馴れ馴れしく"さん"付けで呼んではならぬ」

 

 そんな魔物化したお花様は、自らより下等生物と化したハウリアの子供を今にも丸呑みにして養分にする気満々だ。

 

 それだけではない。先程カムの足元で歩いていた小さき虫達は体長三十センチを越えた鋭い牙を持つ凶暴な危険生物の集団に変化し、ハウリアを餌にするためにわらわらと集まって狙いを定めている。

 

 今これらの生物が襲い掛からないのは俺が仕掛けた結界に阻まれているからだ。

 

「あわわわわ!」

「くはははは。これでもうこの樹海にお前達が気を遣わなければならない生物はいなくなった。たった今お前達は、この樹海における生態系の最底辺の生物となったのだ。今から十日間、周りの生物が全て自分より強い敵という極限状態でサバイバルしてもらう。己が油断すれば大切な家族が死ぬと思いながら必死になるが良い」

 

 怖気づく家族に対し、顔付きを変えたカムが短刀を構え……

 

「おおおおぉぉぉぉぉ──ッッ!!」

 

 自らの弱音を吹き飛ばすために叫んだ。どうやら本当にシアを助けた時を思い出したらしい。

 

 そして自らの長の雄叫びを聞いたハウリア達の顔立ちも、ようやく変わり始める。

 

「いい顔だ。ではいくぞ……大魔王教練、ハウリア極限サバイバル……開幕だ!」

 

 俺が結界を解くと、周囲の危険生物が一斉にハウリアに襲い掛かり、同時にハウリアも覚悟を決めて飛び出した。

 

 ***

 

 それからあっという間に時は過ぎる。

 

 俺はハウリア達に大魔王教練を行いつつも、片方の眼を遠見の魔眼に変え、アレーティアとシアの方の様子も常時観測していた。

 

 そこには野太い樹が幾本も半ばから折られ、地面には隕石でも落下したかのようなクレーターがあちこちに出来上がっており、更には、燃えて炭化した樹や氷漬けになっている樹まである。

 

 この多大な自然破壊はたった二人の少女によってもたらされたものだ。そして、その破壊活動は現在進行形で続いている。

 

「中々派手にやっているようだな」

 

 俺の視界の端にはアレーティアとシアがぶつかり合っている光景が広がっていた。

 

「でぇやぁああ!!」

 

 シアが魔力にて肉体を強化し、直径一メートルもある樹木を抱えるように持ち、根ごと引き抜く。そして向かい側に立ち尽くしているアレーティアに向けて投擲した。

 

 物を投擲するという単純な攻撃でありながら、巨木の質量と投擲時の速度により凶悪な質量兵器と化したシアの攻撃がアレーティアを襲うが、アレーティアはこの程度で倒せる相手ではない。

 

「……〝緋槍〟」

 

 迫り来る脅威に対しても動揺を見せず、真正面から迎え撃つアレーティアが展開したのは豪炎の槍。かつて帝国兵が使った炎の槍と比較して数十倍の威力があるその魔法は砲弾と化した巨木を丸ごと消滅させる。

 

「まだです!」

 

 巨大な熱量と質量が激突した際に齎された衝撃波で払われた霧の向こう側から、シアが間髪入れずに投げ込んだ巨木が高速で迫り大地に突き刺さった。その二段構えの攻撃を後退することで対応したアレーティアは再び〝緋槍〟を放とうと構えるが、アレーティアが攻撃に移る前にシアが巨木を蹴りで粉砕しアレーティアに対し目眩しを行う。

 

 魔眼でシアの動きを追っていたがやはり実戦形式にして正解だったようだな。日が経つにつれ、アレーティアと戦うにつれ、シアの魔力操作はより洗礼され、全体的な動きの無駄が無くなっていく。

 そしてそれは恐らく俺よりも実際に戦っているアレーティアが一番実感しているであろう。最初は余裕の表情を浮かべていたアレーティアだったが、日が経つにつれ顔に余裕がなくなっているのがわかる。

 

 そして最終的に技後硬直のわずかな隙をついてシアを氷付けにしたアレーティアが勝利した。

 

「……私の勝ち」

「うぅ~、そんな~、って、それ! アレーティアさんの頬っぺ! キズです! キズ! 私の攻撃当たってますよ! あはは~、やりましたぁ! 私の勝ちですぅ!」

 

 シアの喜びの声を聞いた俺も確認するが確かにアレーティアの頬に傷がある。最初は攻撃が掠りもしていなかったことを考えればかなり進歩したと言えるな。

 

 だがそれを認めたくないのか、アレーティアは素早く自動再生で傷を治してしまった。

 

「……傷なんてない」

「んなっ!? 卑怯ですよ!」

「……なんのことかわからない」

 

 氷漬けのシアがアレーティアに文句を言うが、アレーティアはどこ吹く風だ。

 

「いや、誤魔化しは良くないなアレーティア。此度はシアの勝ちであろう」

「!? そ、そうですよね、アノスさん! 私、ついにやりました!」

 

 俺はアレーティア達の元まで転移し、シアの氷を溶かしつつシアの勝ちだと宣言する。

 

「…………むぅ」

 

 氷が溶けてできた水溜まりの上で喜ぶシアを見て難しい顔をするアレーティア。アレーティアはシアに自分に一撃加えられたらシアの同行を認めるという話をしており、その結果、シアはアレーティアに一撃入れることに成功した。

 

「さあ、アノスさん。アレーティアさんに勝ちましたよ。私をあなたの旅に連れて行って下さい!」

「断る」

「即答!?」

 

 まさか即答で断られるとは思っていなかったのかシアが驚愕の面持ちで目を見開いた。

 

「確かにお前はアレーティアとの戦いに勝った。だがそれはアレーティアが認める理由であって、俺が認める理由にはならぬ」

「そんな~」

「だから俺に認められたくば、今度は俺の前でお前の力を示してみよ!」

 

 そして俺はシアの前で抑えていた魔力を解放する。シアに向けて魔力を向けるのは初めてだが、抑えているとはいえ、どうやら俺の威圧を受けて立てるくらいには根性がついたらしい。良い傾向だな。最初出会った時の泣き喚くことしか出来なかったころからもう変わり始めている。

 

「うぐぅ、魔力と言う物がわかってきたからか、アノスさんがいかに凄いかがよくわかりますぅ」

「アノスは規格外」

「何もお前だけで勝てとは言わぬ。アレーティアとシア、二人掛かりでこい。ついでにお前に余裕があれば、戦闘中にお前に魔眼の使い方を教えてやろう」

「ッ! 本当ですか!? う~~いいですぅ、ここまで来たらとことんやってやりますよぉ。ね、アレーティアさん!」

「……別に」

「冷たい!?」

 

 シアはやる気十分だが、どうもアレーティアはいまいち乗り気ではないらしい。

 

「どうしてですかぁ。この戦いには私が旅についていけるかどうかが掛かっているんですよ!」

「……別についてこなくてもいい」

「そんな~」

 

 何故かはわからぬが、どうやらアレーティアはシアが俺の旅に着いてくることを素直に認められないようだ。見たところシアを嫌っているわけではないようなのでプライドが邪魔をしているのかも知れぬ。ならアレーティアにもやる気を出してもらおうか。

 

「ふむ、それではアレーティア。もしお前が俺に傷を負わせることができれば、いつもより多めに血を分けてやろう」

「ッ!? 本当!?」

「二言はない。だから全力でこい」

 

 俺の言葉を受けたアレーティアが、急速に魔法を組み立て始めたのがわかった。どうやら吸血鬼であるアレーティアにとって俺の血は非常に美味らしい。俺のご褒美に対してやる気を出したようだ。

 

 まだ滅びの根源がほとんど眠っているとはいえ、俺の魔力を多量に摂取するのは本来ならあまり良くない。だが当然アレーティアの力が増していけば一度に摂取できる血の許容量も増えていく。俺に一撃与えられるくらいに成長できれば、もう少し量を増やしても問題ないだろう。

 

「シア、前に出てアノスを食い止めて。その間に魔法の準備を進めるから」

「了解ですぅ」

「そしてシアごとアノスを魔法で貫く」

「了解ですぅ……て、あれ? それ私巻き込まれてません?」

「気のせい。じゃあ、始める!」

 

 アレーティアの言葉に疑問を浮かべつつもシアも魔力を身に纏って準備を始める。

 

 さて、今の段階で二人がどこまでできるのか、しっかりと見させてもらうとしようか。

 

「でりゃぁぁ──ッッ!」

 

 身体強化を施して威勢よく飛び出してきたのはシア。手には巨大な岩を持っておりそれを俺に叩きつけようとしている。

 

 なので俺はその振り下ろされた大岩ごとシアを受け止め、投げ飛ばす。

 

「ひゃぁぁぁ──ッッ!」

「その程度の小石を持ち上げたくらいで満足して貰っては困るな。俺ならそれよりも何千倍も巨大な城でも持ち上げられる」

 

 シアの身体強化は中々のものだが、まだまだ甘い。もっと魔力をコントロールできるようになればもっと巨大な物でも持ち上げられるようになるだろう。

 

「”緋槍”」

 

 そしてアレーティアは俺にできたわずかな隙をついて魔法で攻撃してくる。前衛のシアに後衛のアレーティア。連携が習熟してくれば、必勝の組み合わせになるかもしれぬな。

 

「”炎球”」

 

 だが、そもそもまだ未熟だ。アレーティアとて魔力操作は我流。それゆえに魔法の深淵にはまだ到達していない。それゆえに最上級魔法を最下級魔法で迎撃することが可能だ。

 

「ッ、理不尽……」

「もっと魔法の深淵を理解せよ。お前ならもっと魔法を強力にすることができる」

「どりゃあぁぁぁぁ!!」

「そしてシアはその叫ぶ癖をどうにかしなくてはな。不意打ちもそれでは意味はあるまい」

「へ? きゅぅ!」

「ちょッ!?」

 

 後ろから迫ってきたシアの頭を掴み、思いっきりアレーティアに向けて投げる。流石にシアが砲弾になって飛んでくるとは予想いていなかったのか、アレーティアは魔法を発動する間もなくシアの巻き添えで吹き飛んだ。

 

「二人に共通して言えることだが、まだまだ魔力の操作が甘い。もっと魔力を見つめ、その深淵を理解せよ。さすれば、お前達は今よりもっと強くなれる」

 

 アレーティアもシアもそれだけのポテンシャルは秘めている。あとはキッカケさえあれば二人の根源はより強くなるだろう。

 

「アノスさん……」

 

 そして、二人は俺との力の差を理解していながらも、その闘志を減じることはない。

 

「もう一回」

「いいだろう」

 

 

 俺は上空に浮かび、その背後に数多の魔法を展開して、アレーティアとシアに向き合う。

 

「さあ、訓練の続きだ。案ずるな、例え死んだとしても、何度でも蘇らせてやる」

 

 

 俺の言葉を受けてなお、アレーティアとシアは覚悟を決め、俺に挑んできたのだった。




蘇生(インガル)が使えるようになったので遠慮がなくなったアノス様。いずれクラスメイトもこうなる


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15話 魔王と新生ハウリア族

アノス様の大魔王教練の成果やいかに。


「う~~。アレーティアさんのおかげで酷い目に合いました。まさか本当に私ごとアノスさんに魔法を当てようとするなんて」

「それでも簡単に対処された。まさかあえてシアを肉体強化して盾にするとは……多少加減してたとはいえ、私の魔法が直撃してもびくともしないなんて……シアの身体はおかしい。本当に兎人族?」

「失礼ですねぇ。この立派なウサミミが見えないんですか」

 

 俺との戦いでボロボロになりつつも仲良く話をするアレーティアとシア。二人の境遇には似通っているところがある。加えてシアの純真な心は傷ついたアレーティアの心にもよく響いたのだろう。口では文句を言い合う二人だが、ここ数日ずいぶん打ち解けたように見える。

 

「結局アノスさんには勝てませんでしたし」

「そう簡単に負けるようでは魔王は務まらぬからな。シアの動きは良くなってきたが、まだまだ魔力操作が拙すぎる。意識して魔力を操作するのではなくもっと自然に身体強化できるようになれば、もっと素早い攻防が可能になるだろう」

「う~頑張りますぅ」

「アレーティアは近づかれた時の対処を考えねばな。自動再生に頼り切りでは自分より強い相手に対してはただ嬲られる一方になる。シアのような動きができるようになれとは言わぬが、もう少し工夫することだ」

「……ん」

 

 今回の訓練において、各々克服すべき課題は見えたであろう。二人ともやる気と才能はあるのだ。おごらず修練に挑めばもっと強くなるであろうな。

 

 そんな話をしながら、俺達はハウリアが居住していた区域に近づいてくる。

 

「そうだ。アレーティアさん。この先に私達ハウリアが誇る立派な花畑があるんですぅ。今ちょうど見ごろな時期ですし、見ていきませんか?」

「花……どんな花が咲いているの?」

「それはもう綺麗な花ばかりですよ。ほら、こっちですよ」

 

 まるで自慢の宝物を見せるように張り切って案内するシア。そしてシアは森を抜け、花畑が広がっている場所まで到達する。

 

「見てください。これが私達ハウリアが誇る花……畑……」

 

 その光景を見て、シアの言葉が尻すぼみになっていく。どうやら紹介したかった光景ではなかったらしい。なぜなら……

 

「なんというか……すごく……独創的」

 

 アレーティアの引き攣る顔から予想できるように、そこには美しい花畑が広がっているわけではなく植物型の魔物で溢れていたからだ。

 

「シャァァァ──!!」

 

 ほぼ全ての花が数十メートルサイズへと変わり、たまに現れる動物型の魔物を喰らい、体内で消化しているのがわかる。

 

「はわわわわ。い、一体ここで何があったんですかぁ!!?」

 

 ふむ、シアはどうやらこの新しい花畑が気に入らなかったようだな。だが、大声を出すのは良くないな。奴らは目がない分、音には敏感だ。

 

「ひぃ、気持ち悪い花がこっちにッ!!」

 

 シアは完全に自慢だった花畑の変貌に気が引けているのか碌な構えができていない。横にいるアレーティアは奈落で植物型の魔物と対峙した経験があるからか即座に臨戦態勢を整えた。

 

 だが、それよりも早くこちらに飛来する影がある。その影はシアに襲い掛かろうとしていた植物型の魔物の茎部分を切断し、こちらに着地した。

 

 

「無事っすか、シア姉」

「へ? えあ、えっ! ぱ、パル君!?」

「しっ! 静かに、奴らは音に反応して襲い掛かる。だからシア姉はここで大人しくしてるっすよ」

 

 飛来したシアの弟分であるパル・ハウリアは、叫びそうになるシアの口を塞ぎ、そこから素早く立ち退く、その間、身動きに一切の無駄がない。衣擦れの音すら発生させずに植物群の中に踏み入れる。

 

「ピ──ッ!」

「ッッ! シャァァァァァ──ッッ!」

 

 素早く行動しながら指笛を鳴らすパルにつられて、植物型の魔物達は一斉にパルに襲い掛かるが、まるでどこから攻撃がくるのかわかっているかのような最小限の動きで、魔物の攻撃を次々避けていき、一体、二体と魔物を倒していく。

 

 だがそれでも周りは植物で囲まれているのだ。空中に飛び上がったパルめがけて頭を伸ばしてくる植物型の魔物だが、四方より音も無く訪れた四人のハウリアに一刀の元切り捨てられる。

 

「え、え、え?」

 

 どうやら今見ている光景の意味がわからないらしいシアは呆然と見ていることしかできていない。

 

 俺もまた、彼らの動きを観察し、十日間の特訓の成果に満足する。まだまだ足りないところはあるが、現時点でできることは全てやった。後は彼ら次第だ。

 

「総員、ここに集え」

 

 いつの間にか目の前に存在していた植物群を殲滅した彼ら、ハウリア族に号令をかける。呟く程度の言葉だが問題ない。ハウリアの耳は飾りではないのだ。

 

 俺の言葉を聞いたハウリアはこの場にいないものを含めて全員集合する。素早く、それでいて無音。言われずとも整列し、待機の姿勢を取る彼らはもはや軍隊と言っても違和感はあるまい。以前のハウリア達を知っている者であれば、同一人物達だと思わぬだろう。

 

「お呼びですか、陛下」

「ふむ、先ほどの戦い。実に見事だった。どうやら十日間の訓練の成果は出たようだな」

「もったいなきお言葉。ですがこれだけではありません。陛下より指示されていたフェアベルゲンに発生した魔物、全て討伐済みでございます」

「ほう、見せてもらおうか」

 

 ハウリア達の中でも一際背筋が伸び、立ち振る舞いから変化したカムの自信の篭った言葉を受けた俺は<転移(ガトム)>を使い、ハウリアが訓練していた場所まで全員で転移する。そこに広がっていた光景は……

 

「な、な、な」

 

 多種多様な魔物達の死体の山だった。

 

「なんですかこれぇぇぇぇ──ッッ!!」

 

 そして一緒に連れてこられたシアがとうとう限界を迎えた。

 

 

「ど、どういうことですか!? アノスさん! 父様達に一体何がっ!?」

「落ち着け、シア。俺が十日間、ハウリア達の訓練を行ったのは知っていよう。その訓練が実を結んだにすぎぬ」

「いやいや、何をどうすればこんな有様になるんですかっ!? 完全に別人じゃないですかっ! ほら、父様なんて明らかに雰囲気が変わってますし!」

 

 たしかにシアからしたら十日前の父親と比較して今の隙のない立ち振る舞いをする父親に驚くのも無理はないかもしれぬな。だがアレーティアまで驚いているのはどういうことなのか。

 

「全く隙のない姿勢に、押さえ込んでいながら内面に渦巻いている覇気。それら全てが完全に統率されて……すごい、まるで私の国に存在した少数精鋭部隊を見てるみたい」

「まぁ、十日ではこんなものだろう。まだまだ教えたいことは山ほどあるが流石に時間が足りぬな」

 

 十日間ではこの程度の練度しか出せなかった。遺憾ではあるが、一応形になった。

 

「アノスさんッ、一体父様達にどんな訓練をしたんですかぁぁ。なんですかこの魔物の死体の山ッ。でっかい奴から森で一度も見かけたことのないやつまでッ。って、うわッ、あの魔物が垂らした体液で地面が溶けましたよッ。いつのまにこの森は魔境に変わったんですかぁぁ!!」

「ふむ、どんな訓練と言われてもな。至って普通の訓練だ。森の全生物に対して魔物化の魔法を掛けて凶暴化させた上で戦わせる、極限のサバイバル訓練だ」

「どこが普通ですか!? 父様達を殺す気ですか!?」

 

 俺に向かって半泣きになりながら詰め寄ってくるシアに対し、どう説明したものか悩むな。どうやら事実が聞きたいわけではないようだ。

 

「シア、落ち着きなさい」

「えっ、本当に父様ですよね? 何か画風まで変わってる気がするんですが!?」

「ははは、アノス陛下の訓練を受けたのだ。画風くらい変わるさ」

 

 ふむ、言われてみれば、幸薄い顔をしていたが、前を向くようになって些か顔立ちが濃くなったかも知れぬな。それに何故か言ってもいないのに、いつのまにか俺を陛下と呼ぶようになっている。

 

 そんな新生したカムはシアの落ち着きのなさを注意していた。

 

「シアはアノス陛下の直属の配下を志願しているのであろう? ならこの程度のことで心を乱してはならん」

「そうよ、シア。私達はアノス様の訓練を受けて、全員生まれ変わったの」

「そんなぁ、ミナさんまで!?」

 

 以前はおどおどしていた兎人族の少女ミナもこの十日間の修行で自信がついたのか、顔つきからしてもはや別人だ。そしてハウリア達の変化は一部だけではない。

 

「今でも信じられないよ。まさか俺達に、こんな力が眠っていたなんて……」

「多種多様でありながら俺達が全力で挑めばギリギリ倒せるレベルに設定されていた魔物達。終わってみれば全てアノス様の掌の上だったんだな。まるで俺達の潜在能力を適切に引き出されたかのようだ」

「今じゃ俺達がどこまで高みにいけるのか。試してみたくて仕方ないぜ」

 

 ハウリア達は全員が全員己に対する自信と覇気を漲らせている。十日前の虫も殺さなかった弱小種族などもうどこにもいないのだから、シアが混乱するのも無理はない。

 

 数多の試練を乗り越え、ここに新生ハウリア族は誕生したのだ。

 

「え、ええ……」

「どうした? 何かカム達に不満でもあるのか?」

「いえ、不満はないんですけど……ちょっとみんな変わりすぎというか……クールになりすぎというか……十日前と違いすぎて脳がバグりそうですぅ」

 

 どうやら己の家族が以前と違いすぎて認識が追いついていないらしい。だが一つシアは勘違いをしている。

 

「シアよ。先ほどから何を他人事のように言っている?」

「へ?」

「変わったのはこやつらだけではない。……ハウリアよ。当然お前達もシアと会うのは十日ぶりだが、お前達の目から見てシアはどう見える?」

「いや、どうって私は別に……」

 

 俺の言葉を受けてハウリア族達が一斉にシアを見るが、少し見ただけで俺の方に視線を戻した。

 

「よく見るまでもありませんな。シア……しばらく見ない内に、本当に見違えた」

「えっ?」

「ええ、本当に。以前よりずっと素敵な女の子になったわ」

「え、え?」

「本当っすよね。シア姉俺達のことばっかり言ってるけど。一番変わったのはシア姉じゃないっすか」

 

 口々に自分の変化を述べる家族の言葉にシアは動揺を隠せない。

 

「えっ、別に私……変わってないですよね?」

「シアは自覚してないだけ。もう出会った頃の魔物に襲われて泣きながら逃げていたシアはどこにもいない」

「アレーティアさんまで!?」

 

 どうやら自分のことは見えていないらしい。以前のシアを知っている者からしたら、その身に纏う魔力や目つき、立ち振る舞いだけで、以前とは違うとすぐにわかるだろう。ましてや長年共に過ごした家族なら尚更だ。

 

「そうだな。ますますお前の母、モナに似てきたよ」

「母様に?」

「そうだ。お前の母も、今のシアのような目をしていた。私達をいつも勇気づけてきた強い目だ」

「父様……私……」

 

 何やらいい空気になっているところだが、もう時間が迫っている。これからハウリアの命運をかけた戦いが始まるのだ。

 

「さて、お互いの顔見せはこの辺にして、あと2時間ほどでお前達の運命を決める戦いが始まる」

 

 俺の言葉で現実を思い出したハウリア達は全員顔色を変える。温和な家族の顔から戦士の顔へ。

 

「とはいえ、もう勝負は決まったようなものだがな。当然、敵の情報は既に掴んでいるのだろう?」

 

 これまでの訓練を受けてきたハウリア達が決戦に向けて何も準備していないはずがない。カムもまた、ニヤリとこちらに向けて笑みを浮かべた。

 

「もちろんです。敵は熊人族と虎人族の混成部隊。数は合計で八十七人。敵の配置場所や戦術、使う武器に至るまで全て把握済みです。戦場も先回りして複数の罠を仕込み済みですな」

「ほう、まさか短期間でこれほどやるとはな。流石は兎人族ということか」

 

 あらかた調べてあるだろうと思ったが、今の段階でそこまで詳細な情報が集まっているとは思わなかったので俺は素直に感心する。

 

「これを褒められるのは少し複雑ね、アノス様。私達が凄いんじゃなくて、あいつらが油断しすぎなのよ」

「作戦会議も隠れずに堂々とやってたしな。俺達がずっと見てるとも知らずに」

「あまりにチョロすぎて逆に罠なんじゃないかと疑ったんですけどね。裏を探ってもあいつらが油断しているとしか判断できないんですわ」

 

 熊人族や虎人族からしたらこの戦いは勝って当たり前の戦いなのだ。当然ハウリア達が情報を盗みに来ているとは夢にも思っていないだろう。

 

「ならばよし。ではハウリアよ! 貴様達の運命がかかったこの戦い……完全勝利を収め、貴様達の力を他の亜人族達に知らしめて見せよ! 今日この日より、弱かった自分達から卒業するのだ!」

『御意!』

 

 俺の言葉に対して、ハウリア達は力強く応えてみせた。

 

 

 そして、約束の時間が訪れる。

 

「改めて確認させてもらいたい。これから行われるのはハウリアと我々の戦いであり、君と彼女は関与しない。確かだね?」

「二言はない。此度戦うのはハウリアだけだ」

 

 俺とアレーティアの横には、熊人族と虎人族以外の長達だ。既に配置についている者達以外はフェアベルゲンの樹木の高層にて遠見用のアーティファクトを用いて戦いを観戦することになった。

 

「ふん。あれから十日間、それなりに鍛錬を行ったのだろうが、どうだったかね? 彼らの救いようの無さに頭を抱えたのではないか?」

「何も言うことはないな。直ぐにわかる」

 

 気難しさを感じる土人族の長の言葉に俺は答えない。答える必要がない。なぜなら十日間の成果はもうすぐこ奴等も認識することになるのだからな。

 

 最後に代表としてアルフレリックが拡声用アーティファクトを使い宣言する。

 

「では、これより、ハウリアの命運をかけた交流戦を行う。この森の中であればどこで戦おうとも自由。では……始め!」

 

 その宣言を持って、ハウリアの将来をかけた戦いが始まった。

 

 

 そう、戦いは始まったのだが……開始から数十分足らずでこの戦いの行く末は見え始めている。

 

「なんだ、一体これはなんなんだよ!?」

「一体、一体どこから攻撃されている!?」

「わからないッ、おい他の奴らは!?」

「反応がない。畜生やられた!」

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

 

 戦いの始まりの宣言の後、熊人族と虎人族の混成部隊が取った戦略は、小細工なしの真っ向からの殲滅戦だった。

 

 奴らにとってハウリアは虫も殺せない臆病者の一族。多少戦闘訓練を行ったとしてもたった十日では付け焼き刃。数も自分達が勝る以上、小賢しい戦術など不要だと考え、それを実行したのだろう。

 

 この戦術は相手が熊人族なら通じただろう。虎人族や他の種族でも通じたに違いない。

 

 だが、ハウリアにはそれは通じない。

 

「ぎゃぁぁ──ッッ!」

「くそ、そこか!? 違う、逆ッ、がふぅ!」

 

 極現状態のサバイバルにて威勢よく魔物の群れに突っ込んだハウリア達だが、結果は散々だった。

 

 ある者は真っ二つにされ、ある者は飲み込んで消化され、ある者は死なないまでも半死半生の状態になった。

 

 俺が遠隔で蘇生と治療を行った瞬間、ハウリア達は泣き叫びながら逃げ出した。先程の威勢はどこへ行ったのか皆必死の形相で逃げたのだ。

 

 だが、それは許されない。なにしろ森に生息する全ての生物が敵なのだ。種ごとの感知器官があるのでハウリアでも隠れるのは相当難しく、再び死亡するのはそう遠くはなかった。

 

 俺に訓練を止めるように命乞いする声が聞こえたが無視する。降参を宣言する声が響いたが聞こえないふりをして蘇生と治療だけを行ってやる。

 

 そうして最初の1日は過ぎて、二日目。いよいよ極限まで追い詰められたハウリア達の意識が変わり始めた。

 

 生きたい。生物が持つ原初の本能が研ぎ澄まされたことで、彼らの根源を揺るがし、彼らに力を与える。

 

 それから二日間、彼らは彼らの唯一の武器である気配操作を巧みに使用して隠れ続けた。

 

 魔物によって感知器官は違う。視覚に特化したものもいれば音に反応するものもいる。だからこそハウリア達は、隠れるために魔物を観察し、魔物の特徴を見極め、適切な気配操作を行うようになった。

 

 四日目になった時、俺は転移魔法にてあらかじめ作成を依頼していたハジメ製のナイフ型アーティファクトを彼らに与えた。

 

 それを用いてハウリアが行ったこと、それは狩りだった。当然だ、蘇生と治療は行っていたが食料は与えていない。水はそこら中にあったが、いい加減空腹に耐えかねたハウリアが食べられそうな魔物を優先して襲いかかった。

 

 ハウリアに与えたアーティファクトは、魔物を殺せば魔物の有毒な魔力を適度に解毒するような仕組みになっているため、彼らは魔物を喰らって飢えを凌ぐ。

 

 相手をよく観察し、気配を適切に操作して、相手が気づく前に一撃で急所を断ち切り、その肉を持って飢えを満たす。適度に残した魔物の毒が彼らの身体に負荷をかけ、その上で超回復を促進してやれば彼らの肉体はみるみる逞しく変化していった。

 

 そのうち単体で狩れる魔物は狩り尽くしたが、群れを成す魔物に苦戦し出したのでここに来てようやく俺が一から兵士の心得と兵法を伝授した。ディルヘイドの魔王軍式の訓練を受けた彼らはさらに変わった。後は練度を上げるだけになる。

 

 そしてハウリア達は研鑽を続け、今日を迎えた。

 

「畜生ッ、こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったんだ!」

 

 他の族長達にレギンと呼ばれた熊人族の副隊長が叫ぶがハウリアは答えない。

 

 訓練と並行して彼らは熊人族や虎人族を観察し続けてきた。身体能力や技能はもちろん、動きの癖や、趣味嗜好に至るまで、徹底的に調べてここにいるのだ。

 

 力で及ばない分、得意の気配操作を巧みに使い、影から影へ渡るような素早い動きで翻弄し、一瞬の隙を見逃さずに仕留める。

 

 表層は冷静に、なれど心は熱く。その想いでもってハウリアは亜人族最強の戦士達を翻弄していく。

 

「すごい……」

「これくらいできて当然だ。むしろ相手は舐めすぎだな。これでは一方的ではないか」

 

 いくら数で勝ろうとも、罠などで地の利を奪われ、連携を崩され、その上徹底的に闇討ちで削っていけば、相手は唯の烏合の衆だ。

 

 背水の陣で準備を行なってきたハウリアと余裕で勝てると慢心し、最低限の準備しかしていなかった敵の差でもあるな。

 

「ふざけるなッ、この卑怯者どもめ! 今すぐ出てきて俺と戦え! そうでなければ貴様らのことなど絶対に認めんぞ!!」

「ほう……」

 

 そのうち一方的に数を減らされていた熊人族の長であるジンが痺れを切らして虚空に叫び出した。挙句ここで出てきて戦わなければハウリアを認めないとまで言い始めたではないか。

 

「勝手な言い分、ハウリア達は出て行く必要はない」

「そうは言うがなアレーティアよ。族長の一人であるあれが認めぬと言い張るようでは後々面倒だ。丸く収めるには、ぐうの音も出ない完全勝利でなくてはならぬ。それに聞くがな、アレーティアは負けると思うか?」

「全然」

 

 俺の言葉に対し、アレーティアは自信を持って即答する。それはそうだろう。アレーティアが一番知っているのだからな。

 

「呼ばれたからには、出てきてあげますよぉ〜」

 

 ジンの呼びかけに答えたのは白髪の兎人族シア・ハウリア。

 

 シアは堂々と前に出てきて、熊人族の族長であるジンと相対する。

 

「さて、先程から口を開けて試合を観戦している他の族長に言っておこう。今見せたのはハウリア達兎人族の可能性だ。そして、これから貴様達に見せるものは……」

 

 

「──貴様達が切り捨て続けた者の可能性だ」

 

 ***

 

「ようやく出てきたな弱小種族が!」

 

 私ことシア・ハウリアの目の前に父様と比べても遥かに大きい巨体が現れる。熊人族は亜人族の中でも高い戦闘能力を誇る種族なだけあり、迫力は満点だ。

 

「魔力持ちだかなんだか知らないがな。我らが恐れるのは人族や魔人族が使う魔法のみ。魔力が有っても、魔法が使えぬのなら意味などないわ! それとも、あの男に魔法でも教わったのか?」

「いいえ。残念ですけど私には魔法の才能がないみたいですよ」

 

 アノスさんから教わっていたが、残念なことに私には魔法の才能がないらしい。アレーティアさんはともかく、アノスさんが言うならそれは間違い無いだろう。どう頑張っても私ではアレーティアさんのように戦うことはできない。

 

「なら、何も問題ないな。大人しくすれば、痛い思いはしなくてすむぞ」

「冗談。いいからかかってくるですぅ」

「この、弱小種族がッ!!」

 

 激昂して殴りかかってくる族長さんに私は拳でカウンターしようとするが、突如視界から族長さんが消える。

 

「あれ?」

「ふ、今まで散々やられたんだ。油断などせぬわ」

 

 その声は後ろから聞こえてきており、すぐに私は族長さんに丸太のような腕で拘束されたことを知る。

 

「これなら何もできまい。貴様は奴らを誘き寄せる人質だ。貴様のような忌み子すら捨てられんのだ。すぐに降参してここへ来るだろう」

 

 万力のような圧力で私を締め付ける族長さんの声には自信が感じられた。どうやらもう勝ちを確信しているらしい。力では負けないということなのだろう。

 

「忌み子ですか。あなた達は私を忌み子だといいますけど、アノスさんは私を違う名前で呼んでくれましたよ」

「何だと?」

 

 そう、アノスさんは私の事を一度も忌み子だとは呼ばなかった。それどころか彼は私に対してこう言ったのだ。

 

「私は亜人族の……可能性らしいですよ」

 

 私こそが亜人族の可能性だと彼はそう言った。そうあるように期待してくれて、訓練もしてもらった。

 

 殻を破るために必要な物は全て貰ったのだ。だから後は、私がこの殻を破るだけだ。

 

「はぁぁぁぁ──ッ!」

 

 魔力操作による身体強化をかけ始める。全身から力が漲り、族長さんによる拘束に抵抗し始めた。

 

 途端にミシ、ミシと音が鳴り始める。

 

「な、何だと!?」

「ふッ!」

 

 身体強化を全開にした私は比較的細い手首の部分を掴み、握力に任せて握り潰した。

 

「!? ぐぁぁ!」

 

 直ぐに拘束が弛んだのですぐさま脱出して正面に出る。

 

「おのれぇぇぇ──!」

「あの人達が私を可能性だと言ってくれるのなら……それを信じて私達は、貴方達を置いて先に進みます。今日……」

 

 

「──弱虫だった自分と卒業して……」

 

 

 

「オラオラオラオラオラオラッ……」

 

 拳に魔力を集めて高速でラッシュを叩き込む。その動きに対応できない族長さんはただのサンドバックだ。

 

「オラオラオラオラ──ッッ ぶっ飛びやがれですぅぅ──ッ!」

 

 弱かった頃の自分と訣別するために、腰を入れた拳をガラ空きの胴体に叩き込み……

 

 ──森の奥までぶっ飛ばした。

 

「がはぁぁ──ッ」

 

 数十メートル先の巨木に叩きつけられて血を吐いた族長さんは地面に倒れ伏して動かない。

 

『そ、そこまで。勝者は……ハウリアとする!』

 

 そして同時に試合終了が告げられる。どうやら父様達も上手くやったらしい。

 

 僅か十日前まではどうしようもなかった。

 

 希望の未来など一つもなくて、この世界の神様は私達を助けてくれたりはしない。

 

 そんな神に見捨てられた私達を救い出してくれたのは、異世界から訪れたという魔王だった。

 

 未来視を使わずともわかる。私達ハウリアの運命は確かに変わった。

 

 それを噛み締めた私は遠くに見えたアノスさんとアレーティアさんに手を振る。

 

 アレーティアさんは控えめに手を振り返してくれたが、アノスさんに動きはない。

 

 だが代わりにニヤリと笑う姿がまるで、良くやったと言ってくれているように感じた私は、思わず笑顔になってしまうのだった。

 

 




>新生ハウリア族
原作と比較してヒャッハー度が大幅に下がり、戦闘力が大幅に上昇している。これは戦技教導の素人のハジメと魔王軍を率いていたアノスの差。
なお、厨二病化はする模様。

>シア・ハウリア
現状原作とはあまり違いないが、これから変化するはず。
ちなみにこれを書いていた時、ちょうどジョジョ6部がアニメ化してた時だった。


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16話 魔王とバグウサギ

久しぶりにランキングに乗りました。

本作だけでなく、ありふれた日常へ永劫破壊の方もよろしくお願いします(ダイマ)


「まさか……まさかこれほどとはな。これが、忌み子の可能性か」

 

 ジンの敗北が確定した事と既に混成部隊が戦闘続行不可能になった事を察したアルフレリックがハウリアの勝利宣言をした後、漏らした言葉がこれだった。

 

「いや、それは違うぞ。忌み子の可能性でない。お前達亜人族の可能性だ」

 

 俺の言葉に耳を傾ける気になったのかアルフレリック以外の族長もこちらに意識を向けたことがわかった。

 

「確かに魔力持ちが数人程度では数で勝る人族や魔人族には勝てぬであろう。だが魔力は顕性遺伝だ。もし貴様達が見捨て続けてきた忌み子が生きて成長し、子を成し、その子孫達が現代で生きていれば、貴様達を取り巻く環境はまた違ったものだったやもしれぬな」

 

 差別はあったかもしれないし、結局境遇が大きくは変わらなかったかもしれない。だが少なくとも、人族や魔人族と戦うという選択が増えた可能性は大いにある。

 

 俺の言葉にどう思ったのかはわからない。だが全員が俺の言葉を受け取ったことだけは伝わった。

 

 変われるかどうかは、後はこいつら次第だ。

 

 ***

 

 そして試合が終わった翌日、俺達は霧が薄くなった大樹の元へ足を運んでいた。

 

「……枯れてる?」

 

 アレーティアの言葉の通り、俺達が目的としていた場所にあった大樹は枯れていた。

 

 魔眼で見た限り本当に枯れているのだとわかる。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 俺とアレーティアは大樹の元まで歩み寄った。近くに寄るとそこにはオルクスで見たのと同じ紋章があることがわかった。

 

「アノス、後ろ見て」

「ふむ、これは……」

 

 アレーティアが注目していたのは石板の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いている。

 

 俺はそこにオルクスで見つけた指輪を近づけた。

 

 すると……石板が淡く輝きだした。

 

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

 〝四つの証〟

 〝再生の力〟

 〝紡がれた絆の道標〟

 〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

「どうやら現状では攻略できぬ大迷宮のようだな。再生の力が再生魔法のことを言っているなら代用できなくもないが、四つの証がないな」

「……残念」

 

 再生の力だけなら<時間操作(レバイド)>で再現できなくもないが四つの証はおそらく他の大迷宮を攻略した証のことであろう。つまりここに来るためには後三つの証がないとダメということだ。

 

 大迷宮攻略が出来ないとあっては俺とアレーティアはここに残る意味がなくなる。

 

 という訳で俺とアレーティアは森の入口にてハウリア達に見送られていた。

 

「えぐっ、ぐず、アノズざん、アレーディアざん、えぐ、まだ、会いに来で下ざいね」

 

 そして大号泣しながら俺達を見送ろうとしているシア。どうやらこのまま別れるのだと思っているらしい。

 

 ……ふむ。

 

「何を言っているシア」

「へっ?」

「お前は俺の配下になることを希望していたと思っていたが?」

「えっ、だって……私アノスさんに勝てませんでしたし」

 

 どうやらシアは俺に勝たねば旅についていけないと思っていたらしい。

 

「俺に勝てとは言ってはおらぬ。俺はお前に力を示せと言ったのだ。そしてお前の力は先日の戦いで見せてもらった」

「…………えっ、それじゃあ……ついて行っていいんですか?」

「そうだ。お前がもし外の世界に、新しい世界に興味があるのなら、着いてくるがいい」

 

 シアはまだまだ発展途上だ。そしてその力は大迷宮などのより困難な試練を前にして開花するであろう。そう思えば旅に連れて行くのはシアはもちろん、俺達のためにもなるだろう。

 

 俺の言葉を理解したのか、泣き顔だったシアが花開くような笑顔に変わる。

 

「はい!」

 

 さて、シアはこれでいいとして……残りのハウリア達にも告げておかなければならぬことがある。

 

「さて、お前達もと言いたいところだが。貴様たちはまだまだ弱い。先日の戦い……お前達が圧勝することができたのは、お前達が相手だからと敵が慢心し、油断しきっていたからだ。仮にもう一度戦うことになれば、次は此度ほど上手くはいかぬだろう」

 

 確かにハウリア達は強くなった。だがそれはあくまでハウリア達の特性を生かした奇襲、暗殺に特化した成長であり、本来は敵と面と向かって戦うのには向いていない戦闘スタイルだ。

 今回あらかじめ宣戦布告した状態で始めた戦いにおいてハウリアが勝てたのは、敵が必要以上の準備を怠ったからという面が強い。

 もし敵が慢心せず、ハウリア達に対して全力で挑んでいた場合、結果は変わっていた可能性がある。

 

「だからこそ貴様たちはもっと強くならねばならぬ。この十日間で貴様たちは己に秘められた力を知った。貴様たちは無力で哀れな獲物ではなく、戦うための鋭い爪と牙が生えていたことを知ったのだ。ならばこそ貴様たちは、この森にて修練を積み、その爪と牙を研ぎ澄ませよ」

『はッ!』

 

 ハウリア達は次々と俺に膝を付き、威勢よく返事を行う。

 

 ふむ、特に跪けと命じた覚えはないが、やはり兎人族は根っからの奉仕種族なのかもしれない。

 

「たまに訓練の様子を見に来てやるから心配するな。一度関わった以上独立できるまでは面倒をみよう。……ふむ、そうだな。一人だけ特殊な訓練を受けてもらいたい」

 

 他にもハウリア達に伝えるべきことを伝え、再び旅に出る時が来た。

 

「父様ッ、皆ッ、私……行ってきます!」

「ああ、気を付けて行っておいで。世界を知り、より成長したシアに会えるのを楽しみにしているぞ」

 

 シアは後方を振り返り、大きな声と大きな身振りで残していく家族に別れを告げる。

 

「さて、シアよ。これから旅に出るわけだが、お前は何のために旅に出る? お前の眼が写したい未来はなんだ?」

 

 そして最後に、シアの望みを聞く。

 

 当初は家族に迷惑が掛かるから旅に出る。そんな気配を漂わせていたシアだったが、それはこの十日間で変わった。

 

「……私、一人だけ魔力を持って生まれて……ずっと一人だと思ってました」

 

 ぽつりと、そう漏らす。

 

「でも……アノスさんや、アレーティアさんと一緒にいられて……こんな私にも優しくしてくれて……」

 

 そこで一度言葉を区切る。そして、意を決したようにシアは口を開いた。

 

「だから私は……二人と一緒に旅をしてみたいです! 私に与えられた力で何ができるのか、知りたいです」

 

 自らの可能性を知るために旅に出る。それは、確かに……以前のシアからは出てこない言葉だろう。

 

「ならばシアよ。俺の後ろを歩むがいい。そうすればいずれお前だけの道を知ることもできるであろう」

「はい! ……それであの……やっぱり着いていく理由はそれだけではなくてですね……」

「ん? どうした?」

 

 先程とは違い、何やら歯切れが悪くなったシア。言いたいことがあるようだが……

 

「構わぬ、申してみよ」

「で、ではッ。私がアノスさんについて行くのは、私がッッ、アノスさんのことをッッ……すッびびびびび!?」

 

 何かを伝えかけたシアだが急に痺れて喋れなくなる。

 

「ビビビビッ! て、何するんですか!? アレーティアさん」

「……言わせるわけがない。そういうのは私を倒してから言うがいい」

「う──。いつか絶対に勝ちますから、覚悟して下さい!」

「ふっ、そんな日は永遠に訪れない。いつでもかかってくるがいい」

 

 何やらわからぬが、どうやらアレーティアと何やら競い合っているらしい。お互い競争心があるのは結構なことだ。お互いがお互いを意識し合っていれば成長も早くなるであろう。

 

 ***

 

 睨み合っている二人を諌めて俺達は旅を再開する。

 

 平原を自動車にて快適に走る中、後部座席に座るシアが質問してきた。

 

「そういえば次の目的地ってどこなんです?」

「次の目的地はライセン大峡谷だ」

 

 王国の図書館や浩介の報告などの情報を精査したところ、ライセン大峡谷に大迷宮の一つがある可能性が高いことがわかった。

 

「だがその前に一度街に寄るつもりだ。他の仲間の様子も見てやらねばならぬし、準備するものもあるしな」

 

 大迷宮探索は重要なことだが、他のクラスメイトの様子もたまに見に行かねばならない。そうなると俺が移動している間は待機する予定のまだ人に慣れてないアレーティアや、この世界では被差別種族であるシアにはちゃんとした拠点があったほうが良かろう。

 

 しばらく車を走らせているとそれなりに大きい街に到着する。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

「物資の補給だ」

 

 門番に中身を誤魔化したステータスプレートを差し出すと、今度はアレーティアとシアの方を注目した。

 

「この二人は訳あってステータスプレートを持ってはおらぬ。後で用意する故今は通してもらいたい」

 

 王都やホルアドでは使う機会がなかったが故に、身分証を兼ねていたことを失念していた。見たところ簡単に複製できるようなので後でアレーティアとシアの分も用意しておこう。

 

 だが、門番が気になるのはそれだけではないらしい。

 

「ああ、ステータスプレートを紛失したなら後で再発行してもらえればいいいけどな……その兎人族は奴隷だよな? 何で首輪を付けてないんだ?」

 

 どうやらこの門番はシアのことを俺の奴隷だと思っているらしいが首輪をしていないことが気になるらしい。

 

「ふむ、絶対に首輪を付けねばならぬのか?」

「首輪は奴隷に主人がいる証だからな。主人がいる奴隷に他の奴が手を出すことは法で禁じられているが、首輪が付いてないとフリーの兎人族だと思われるかもしれないぞ。見たところかなり綺麗どころだし、狙ってくる奴は多いかもな」

 

 事情がわかったところでシアの意志を確認することにした。

 

「ということらしいが、どうする?」

「ええー。私、首輪なんて付けたくないですぅ」

「それでも構わぬがその場合、ひっきりなしに人攫いに狙われるかもしれぬぞ。せっかくの街なのに観光どころではなくなるかもしれぬな」

「うっ……あ、アノスさんが守ってくれれば」

「あいにく色々やることがあってな。ずっと側にはいてやれぬ」

「むむむ……」

 

 しばらく悩んだシアだったが、せっかく新しい街に来たのにひっきりなしに人攫いに狙われるのは勘弁と思ったのか首輪を付けることを容認する。

 

「では、これでよかろう」

 

 俺は<創造建築(アイリス)>にて水色のチョーカーをシアに付けてやる。

 

「それはシアに邪な想いを向けるものには首輪に見える魔法が掛かっている。それなら気になるまい」

「えっ、あ、はい! ありがとうございます」

 

 どうやら物々しい首輪をイメージしていたシアは、可愛いチョーカーをつけられたことに喜んでいるようだ。

 

 

 準備が整った俺達は門を通り街に入る。そこでまず最初にすべきことは拠点とする宿を確保すること。そしてその情報を得るために俺達はこの街のギルドへと向かった。

 

「ふむ、意外と清潔にされているな」

 

 この街にはアレーティアやシアに不届きな視線を向けている者が多数存在しており、その者達はとてもではないが、温厚そうには見えなかった。冒険者らしきそれらの不届き者が屯しているギルドならもっと荒れているイメージがあったが、秩序が行き届いているギルドを見ればどうやらここのギルドの長は中々優秀らしいことがわかる。

 

 アレーティアやシアに視線を向けつつも手を出してこない冒険者を横目に真っ直ぐギルドカウンターに向かうとそこには中々体格のいい女性職員がいた。

 

 にこやかにこちらを見つつも、俺達を一切油断なく観ているのがわかる。姿勢やこちらを不快にさせずに観察する視線といい、どうやらこの女傑がこのギルドの秩序に貢献している人物であるとわかる。

 

「すまぬが、少しいいか」

「構わないよ、両手に花の色男の兄ちゃん。ここは冒険者ギルドのブルック支部、要件はなんだい?」

「ここに来たばかりでまだ拠点がない。できれば良い宿を紹介してくれるとありがたいな」

「それなら、マサカの宿をお薦めするよ。ここらの宿の中じゃ防犯もしっかりしてるし食事も美味しいし、お風呂にも入れる。ただ当然それなりに値は張るが持ち合わせはあるのかい?」

 

 一応神の使徒は王宮から多少の金銭は持たされているが、それも余分にはない。

 

「そうだな。なら素材の買取をしてもらおうか」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「ふむ、買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

 その受付の女性、キャサリンが言うには冒険者として登録しておけば色々便宜が測れるらしい。

 

 登録された冒険者は色分けされ、最初は誰でも青から始まり、それから冒険者としての功績やギルドへの貢献度によって色が変わってくる。一流と呼ばれる冒険者は黒を持ち、一握りの猛者は金の称号を得ることができるらしい。

 

 金の称号を得るということは冒険者の頂点に位置すると言っても過言ではなく、それを得たものは富も名声も手に入れるという。

 

 とはいえ……

 

「あまり興味はないな」

「おや? 冒険者なら誰でも黒ランクを目指すもんだよ。男なら尚更ね。そこのお嬢さん達にカッコいいところを見せようとは思わないのかい?」

「他人からの評価など、どうでもいい。己の価値は己で決める。それに周りからの評価など、行動に伴って自然と付いてくるものだ」

 

 評価を得るために行動するのではなく、行動の果てに評価が付いてくるのだ。断じて逆ではない。もっとも行動の果てに望んだ評価が得られるとは限らぬが。

 

 前世での行動の果てに、暴虐の魔王などと呼ばれていたことを思い出す。

 

 そして俺が取り出した素材の鑑定を終えたキャサリンに聞いてみる。

 

「それで……俺はお眼鏡にかなったか?」

「……ああ。長年この業界に関わってるけど。ここまで底が見えない奴は初めてだよ。持ち込んだ素材も一級品だ。さっきの言葉もハッタリじゃなさそうだね。……いいよ、気に入った。この街で何か困ったことがあれば私に言いな」

 

 

 ニカと笑いながらキャサリンがこの街の詳細な地図と共に素材の金額を差し出してくる。

 

「ちょっと色をつけておいたよ。だからこれからも頑張りな」

「ふむ、感謝しよう」

 

 

 受け取るものを受け取った俺はギルドを出ようとするが、キャサリンがアレーティアとシアを呼び止めて何やら話をしていた。

 

『お嬢ちゃん達、中々いい男を捕まえたようだけど、どうやら色恋には疎そうだ。待ってるんじゃなくて、積極的に動いてちゃんと捕まえておくんだよ』

『当然』

『もちろんですぅ』

 

 ふむ、あえて聞かなかったが、女同士通じ合えるものがあるのだろう。

 

 俺は気にせずにマサカの宿に向かった。

 

 

 そこに入る際に、アレーティアとシアがやたら俺と二人部屋になりたがったが、俺は気にせずに三人部屋を確保したのは余談だ。

 




次回はブルックの街の話。アレーティア視点の予定です。


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17話 吸血姫と人間の街

今回はアレーティア視点の話。ちょっと短めですがご容赦を


 マサカの宿でアノスが宿をとって最初にやったことは、シアを他の仲間達に紹介することだった。

 

「か、可愛い。兎さんだ」

「本当、まさにファンタジー世界の住人ね」

 

 アノスの<転移(ガトム)>によって連れてこられたのは私が出会ったアノスのクラスメイト達の一部だ。

 

 まず鈴というちびっこはシアを見て感激しているようだ。私を初めて見た時も同じ反応をしていたことから可愛いものには目がないらしい。奈落の底で過ごした時間を抜きにしても私の方が年上なのだからあんまり可愛がられても正直困る。これでも見た目ほど幼くはないつもりなのだ。

 

「見た目は可愛いがシアは中々高い潜在能力を秘めている。混ざって訓練することもあるかもしれぬから覚悟しておくことだ」

 

 シアが見た目より強いことを強調する。シアはアノスに可愛いと言われたことに照れているが勘違いしないことだ。アノスはそんなつもりで言ったわけじゃないのだ。

 

「それで……シアが可愛いのはいいけど、どういうことなの、アレーティア。あなたがついていながら、どうしてああなったのよ」

「……私だって不本意」

 

 そして早速雫はシアが自分達のライバル足り得る存在であることを認識したらしい。だが私とて頑張ったのだ。

 

『アレーティアさん、私……アノスさんのことが好きなんです!』

『それは違う。あなたは助けられた恩を恋愛感情と勘違いしているだけ。恩義と恋愛は別物』

『えっ、でも……』

『そんなことを考える暇があるなら訓練する。それ……"緋槍・十連"』

『えっ、そんないきなり!? あふんッ』

 

 時には恋愛脳になりそうなシアを文字通り叩きのめして感情を変えようとしたのだ。その甲斐あってかシアもまだ恩義と恋愛感情の狭間にいるはずだ。

 

「そんな……私が世界で一番可愛いだなんて……」

 

 ……本当にそのはずなのだ。

 

「という訳でアノスさんの仲間の皆さん。初めまして、シア・ハウリアです。これからよろしくお願いします!」

 

 とはいえ元々根明なシアだ。女の子達には好評ですぐに仲良くなっていた。この辺りは正直シアの性格が羨ましいと思う。

 

 その反面、男子達はシアの格好を見て目のやり場に困っているみたいだったが、そのあたり無遠慮にジロジロとシアを見ていたこの街の野蛮な男連中よりはマシだろう。どうやら童貞が多いらしい。

 

「さて、お前達に来てもらったのは他でもない。これからアレーティア達にはこの街で物資の補給をしてもらうが、その際に何人か二人の側にいてほしいのだ」

「それはこの街の治安が悪いから?」

 

 雫はそういうが、受付のキャサリンはこの街はそれほど治安は悪くないと言っていた。私が見る限りそこまで街の暗部は濃くなさそうなので、私も比較的安全だと判断している。

 

 だがアノスの判断は違うらしい。

 

「街自体はそこまで悪くはない。だが二人は特別目立つからな。ここに来るまでも好奇の視線が絶えなかった。俺が着いててやればいいが、俺は少々ハジメに用があってな。だからお前達に二人の護衛をしてもらう」

 

 私とシアの容姿は人目につきやすい。私は割と自分の容姿が優れている自覚はあるが、肝心のアノスには通じないのに他の有象無象に好かれても困る。それに街に出るだけで多数の人間に絡まれるのは、正直まだ怖い。

 

 だからこその同伴なのだろうが、鈴が残念そうな顔をしながら声を上げる。

 

「あー。アノス君、せっかく誘ってくれて悪いんだけど、私は王都に返してほしいかな」

「ふむ、鈴よ。それは光輝がこの場にいないことと関係するのか?」

「そうだね。実は光輝君は明日王城で勇者として社交パーティーに出なくちゃいけないんだよ。そのパートナーとして恵里が随伴するんだけどね……」

 

 この場に光輝がいないが、どうやら勇者として仕事が忙しいらしい。人が良さそうだったので断れないのだろうと勝手に判断する。そして恵里というとちょっと腹黒そうな女の子のことだったか。私に会った時も表面はにこやかだったが内心探るような目が苦手だったから、ここにいないのは正直ありがたい。

 

 ちなみに香織もいないが相変わらずハジメに付きっきりらしい。こちらと違って順調そうでなによりだ。

 

「つまり恵里を見張るために鈴も社交パーティに参加すると」

「そうッ、このまま放置してたら恵里が大変なことになりそうだし」

「わかった。ならこのまま王都まで送ってやろう」

 

 

 そして話し合いの末、この場に残るのは雫と龍太郎と重吾の三人になった。

 

 

 そして次の日、ブルックの町に買い出しに出たのだが……

 

「へい、そこのお嬢さん。よかったら俺とお茶でもどう?」

 

 私目当てに声をかけてくる男や……

 

「やぁ、兎人族の君。よければ私の奴隷にならないか? 今の主人より贅沢な暮らしを約束しよう」

 

 シア相手に不遜な声をかけてくる男が次々に現れて来る。

 

「悪いのだけど、私達は忙しいのよ。後にして貰えるかしら」

「そんなこと言わずに、綺麗なお姉さん。俺達に着いて来ればいい思いさせてやるからさ」

 

 おまけに、一応護衛の名目でついてきたはずの雫目当てに声をかけてくるものもいる始末。本当にモテすぎるというのも考えものだ。

 

 だがそんな中で活躍したのは、アノスの仲間の中でも飛び抜けて体格が良い坂上龍太郎と永山重吾の二人だった。

 

「おい、兄ちゃん。ウチのお嬢達になんかようか? ああん?」

「ひっ、な、なんでもないっす」

 

 龍太郎が凄むだけで逃げていく優男。龍太郎は満足気だが、雫が龍太郎にジト目を向ける。

 

「龍太郎……あんたそれどんなキャラなのよ」

「ああ、ほら、あれだ。お嬢様の護衛ってこんな感じじゃなかったか?」

「いや坂上。お前のそれは組長のお嬢を守る若頭だ。もっとこう……おい、そこの男。そこの彼女はお嬢様の友人だ。手を出すのは控えてもらおうか」

「ひう、す、すみませんでした!」

 

 丁寧に対応したものの、重吾から発せられる威圧に耐えられなくなって逃げ出すチンピラ風の男。

 

「ほら、永山だってビビられてるじゃねーか」

「そのようだ。中々難しいものだな」

 

 身長190cm以上の巨漢かつ、素人目に見ても鍛え上げられた肉体を持つ二人は、護衛として周囲に威嚇するにはうってつけだ。

 

 見た目というのは案外重要で、明らかに強そうに見える護衛が側にいると浮ついた気持ちの奴は近づいてはこないものだ。私が女王だった時も、城下町を視察する時は屈強なボディーガード同伴だったのを思い出す。

 

 その甲斐あってか風魔法で情報収集したところ、私達のことは『どこかの貴族令嬢が遊び相手として与えられた兎人族の奴隷と護衛を連れて遊びにきた』という風に認識され始めたらしい。高貴な身の上だと思われれば、貴族に睨まれるのを恐れる平民は中々手を出し辛くなるだろう。

 

 そんなことをしている間に、目的の店に到着する。

 

 そこはキャサリンがお勧めしてくれた店であり品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという人気店らしい。

 

 

 そしてその店主は……龍太郎や重吾を超える巨漢の筋肉乙女だった。

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 

 そこにいたのは身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており、三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている男(?)であり、動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。

 

 そして服装は……一言で言えば乙女。それもゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装だった。

 

「す、すげぇ……」

「ああ…………色々な意味でな」

 

 龍太郎はその乙女を呆然と見上げ、重吾は出口を背にして、戦慄している。

 

 

「あらあらぁ~ん? どうしちゃったの二人共? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」

 

 どうしよう。正直色々衝撃的過ぎて言葉が出てこない。隣を見るとシアも硬直してしまっている。

 

 思わず人間か聞きそうになるが、その前に雫が動く。

 

「すみません。この子の服を探してまして……」

「あら~ん。そうだったのぉ。いいわ、私がコーディネートしてあげる」

 

 相手が異形であろうとも毅然とした態度を崩さない雫を尊敬する。一歩前に出て私とシアを後ろにするその姿は、確かにイケメンと言っていいだろう。香織から雫は同性からモテると聞いてはいたが、確かに納得だ。

 

 

 結論から言うと、筋肉乙女店長、クリスタベルの見立ては見事だった。

 

 シアのスタイルの良さを隠すことなく、その魅力を引き出している。正直私には似合わない服装なのでちょっと悔しい。

 

「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」

「ん……人は見た目によらない」

「ですね~。これならアノスさんも褒めてくれるでしょうか?」

「…………どうでもいい」

「ええ~ひどいですぅ」

 

 他愛もない話をしながら次に向かったのはランジェリーショップだ。

 

 女としては目に見える衣装だけでなく、中身にも拘りたい。もちろん男子の護衛二人は店前で待機だ。

 

「これでアノスさんを悩殺してやるですぅ」

「いや、シアの場合普段着と変わらないし……無駄だと思う」

「な、失礼ですねアレーティアさん。これと下着は別ですよ。それにやって見なきゃわからないじゃないですか」

 

 シアが気合をいれてランジェリーを選んでいるが、露出度で言えば今のシアの恰好と大差ない。そして、ハウリアの民族衣装をみてもアノスの視線はぶれたことがないのだ。

 

 

 アノスと二人──正確に言えば基本錬成室にこもりっきりだったハジメもいたが──でオルクスの隠れ家にいた時、私はアノスにそれとなくアピールしてきたつもりだ。

 

 アノスの持つ誇り高い精神から、あからさまに媚び媚びのはしたない誘い方は逆効果だと感づいてはいたので、本当にそれとなくだが、いまいち効果がない。

 

 痺れを切らして思い切ってオルクスの隠れ家にあった温泉に混浴までしたのだが、私の裸を直視してもアノスの視線は一切ぶれなかったし、アノスのアノスは魔王にならなかった。

 

 やはりあれくらいないと駄目なのか。私はシアと雫の方を向く。

 

「私もちょうどいい機会だし、下着を新調しようかしら。最近身体を立体的に動かすから、もっと胸が揺れない下着があればいいのだけど……」

「わかります……元々兎人族って戦闘種族でないのであんまり気にしてませんでしたが、いざ戦闘で激しく揺れると痛いですもんね。ちなみにクリスタベルさん曰く、この衣装は特殊な素材が使われててそういう悩みも解決してくれるそうですよ」

「へぇ、流石ファンタジー世界。いいわねそれ」

 

 私には理解できない胸の悩みを共有するシアと雫の巨乳を凝視する。

 

 私とて肉体年齢の割にはそれなりにある方だと思うが、やはりシアと雫と比較すると戦力差は明らかだ。

 

 アノスが大きな胸が好きなのだとしたら、私だけハンデを背負っていることになる。

 

「うーん。雫さん、アノスさんってどんなのが好みなんですかね?」

「えっ、うーん。そうねぇ……正直わからないわ。今までアノスが異性に興味を示したことなんてないもの」

「そうなの?」

 

 思わず私も会話に参加する。

 

 アノスは異世界の魔王だと言っていた。それなら王族として子孫を残すのは義務だろう。だから今はともかく前世では嫁の十人や二十人いてもおかしくないと思っていたのだが。

 

「なんというか……恋愛自体に興味がないみたいなのよね。地球にいた頃から当然モテるんだけど、誰が告白しても興味を持つことはなかったわ」

 

 話を聞く限り、そもそも恋愛に興味がないみたいだ。もしかしたら、何でも出来すぎて逆に繁殖行為に興味がそそられないのか。

 

 考えても仕方がない。私達に今できることは……

 

「……似合う下着を探そう」

 

 少しでも朴念仁なアノスの気を引くために地道に努力することだけだった。

 

 

 ***

 

 宿に戻ると、そこには普段オルクスに籠っているハジメが、何やらアーティファクトを弄りながら待っていた。

 

「ふむ、戻ったか。どうやら楽しめたようだな。龍太郎と重吾もご苦労だった」

「ああ、流石に疲れたぜー」

「まったくだ。まさかあそこまで三人目当てで寄ってくるなんてな。常に気を張っているのも疲れるものだな」

 

 今回比較的穏便に買い物ができたのは、ボディーガードの役割を立派に果たした二人のおかげだと言える。途中有力貴族みたいなやつが出てきた時は少し騒動になったが、最終的には拳で解決した。キャサリンに連絡したら穏便に対処してくれたので助かった。

 

「ところでなんでハジメがここにいるの?」

 

 珍しく香織を伴わずにいるハジメに疑問が浮かぶ。そしてその問いにはアノスが答えてくれた

 

「なに、実はシアにプレゼントがあってな」

「えっ、私にですか?」

「うむ、シアとアレーティアの修行を見ていたのでな。シアには専用の武器があった方がいいと判断した」

 

 そしてハジメが前に出て、手に持っていた武器とやらをシアに手渡す。

 

「今更だけど、初めましてシア。僕の名前は南雲ハジメ。アノス達の仲間で専属錬成師かな。そして、これがアノスから依頼を受けて僕が作ったシア専用アーティファクト『ドリュッケン』だ」

 

 そう言ってハジメは、シアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。銀色をした円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。

 

「これ……なんですか?」

「シアはハンマーを使うという話だったから武器は戦鎚にしてみたんだ。魔力を流してみて」

 

 言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。そしてそれと同時にどうやら重さも変わったらしく、シアはあまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり、慌てて身体強化の出力を上げていた。

 

「重ッ、これ、すごく重いんですけど」

「まだまだこの程度で音を上げられては困るなシア。俺が協力したことで、ドリュッケンはお前が魔力を流せば長さと重さを自由に変えられるようになっている。持ち運ぶ時は軽くすればよいが、戦う時はもっと重くすることもできる。なんなら城一つ分くらいは重くできるはずだ」

「僕はアノスが用意した魔石を使っただけだから、その辺りの仕組みはさっぱりだね。まぁ常時重かったら持ち運べなかったから助かったけど」

 

 そうしている間に、シアはドリュッケンに流す魔力の量を調節して、今の自分にちょうどいい大きさと重さに設定すると、満足げに振り回し始めた。

 

「体験した通り、そのアーティファクトはシアが魔力を使いこなせば使いこなすほど強力になっていく。これからも精進を続ければ、いずれお前に大きな力をもたらすことだろう」

「アノスさん……はいッ、私頑張ります!」

 

 シアはアノスが自分のために用意したとわかったことで大喜びだ。

 

 そう考えると、私だけアノスに何も貰っていない気がする。唯一貰ったのは出会った時の制服だが、あれをプレゼントとするのは少しもったいない。今度は何かおねだりしてもいいかもしれない。

 

「さて、シアへのプレゼントも済んだ。物資も補給した。ならば行くぞ」

 

 どこへなど言うまでもない。この町はライセン大峡谷の近くにあり、そこにあるとされるもの。

 

「ライセン大迷宮へ」

 

 私とアノスにとって、二つ目の大迷宮攻略が間近に迫っていた。




アノスは転移(ガトム)が使えるので、連れていくメンバーは原作でその場にいたメンバーに限りません。RPGでパーティーを入れ替えればいつの間にか背後にいるように、原作ではいなかったキャラが、この街にいるみたいな話も本作の醍醐味の一つにしたい。
という訳で今回は龍太郎と重悟に護衛をしてもらいました。見た目一番護衛に向いていると思うので。

次回、ライセン大迷宮の攻略開始


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18話 魔王とライセン大迷宮

少し見直しが入った事で遅れてしまいました。

という訳でライセン大迷宮攻略開始です。


 ライセン大峡谷──

 

 俺達が目的とする大迷宮があるはずの場所であり、大昔はライセンという貴族が管理する処刑場だったという曰く付きの場所だ。

 

 常に魔力を分解する作用が働いており、並の技量ではろくに魔法を使えずに、この環境に適応した魔物の餌食になる。

 

 そんな場所に大迷宮を拵えた者の名はミレディ・ライセン。

 

 オスカーの手記や、部屋に残された資料などを読んでわかったことは、彼女こそが彼ら解放者達のリーダーであり、彼女の行動から人類のエヒトへの反撃が始まったという。

 

 その生涯については、あまり記載されていなかったが、オスカーの手記曰く、当代最強の魔法使いだったという話だ。

 

 最強の魔法使いである彼女が、なぜ魔法がろくに使えない大峡谷に大迷宮を作ったのか、考えられる点は多数あるがひとまず置いておこう。

 

 なぜなら、あくまで俺達が知っているミレディ・ライセンの情報は解放者のリーダーであり、当代最強の魔法使いだったことだけなのだ。オスカーの手記にはそれ以外彼女本人の性格などが記されておらず、本人が既に故人である以上、彼女の事は彼女が生前に残したものを頼りに推察することしかできない。

 

 そして、かつて存在した解放者のリーダーであるミレディ・ライセンは……

 

 

 〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪ 〟

 

 

 これを見る限り中々どうして、愉快な性格をしていたらしい。

 

 

「……ふむ。どうやら光輝や龍太郎は、まだ連れていかぬほうがよさそうだ」

「……同感だわ」

 

 俺の横で雫がなんとも言えない表情で愉快な看板を見ながら俺に同意する。

 

 以前大迷宮を発見した時、光輝達も攻略に呼んでやると宣言した俺だが、旅の途中でこの看板を発見し、雫だけ連れて戻り意見を求めたのだ。

 

 結果、俺と雫の意見が一致した。

 

 この看板を見るだけでミレディ・ライセンが愉快な性格をしていることが伝わってくる。そしてそんな人間が作った大迷宮が、オルクス大迷宮のような王道的な作りをしているとはとても思えぬ。

 

 猪突猛進傾向のある龍太郎や、優等生だが頭が硬く、真面目すぎるきらいがある光輝の真の大迷宮初挑戦に選ぶのに向いているとは言えない。

 

「光輝や龍太郎がこの大迷宮の製作者に弄ばれるのが目に浮かぶようだわ」

「誰にでも向き不向きはある。あえて苦手な大迷宮に挑戦させる手もあるが、今はタイミングが悪いだろうな」

 

 今光輝達は勇者パーティを筆頭に伸び盛りなのだ。ここに雫がいるのも雫が抜けた程度でオルクスの攻略に支障がない証であり、近い将来オルクス大迷宮の表百階を攻略することになるだろう。

 

 そんな中で、奇抜な大迷宮に挑み、無残な結果に終われば成長の勢いを減じてしまうかもしれぬ。

 

 それが真っ当な大迷宮ではなく、色物な大迷宮ならなおさらだ。

 

「いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って。でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

 

 ライセン大迷宮への入口を見つけたシアは、テンションが上がっているのか辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。

 

「シア……あまり迂闊な行動は控えた方が……」

「大丈夫ですよ、雫さん。ここから私の冒険譚が始まるんですから、気合を入れて行かないと、って、ふきゃ!?」

 

 シアの不注意な行動を諫めようとした雫だったが時すでに遅しだった。シアは回転式の扉に飲み込まれ、一人向こう側に行ってしまった。

 

「…………先が思いやられる」

「仕方ない。このまま中に入るぞ」

 

 

 俺はアレーティアと雫を伴い、中に入る。

 

 そこで待ち構えていたのは、黒塗りの矢の雨だった。

 

「はっ!」

 

 俺が何かする前に、この手の仕掛けに慣れている雫が素早く矢を斬り落とす。

 

 雫が全ての矢を斬り落としたのと同時に、周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。今俺達がいるのは十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びている。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

 

 〝ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ〟

 〝それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ〟

 

「ふむ、中々ユニークな煽り文句だな。こうやって挑戦者の冷静さを奪っているのだろうな」

「ちょっとアノスッ、そんなこと言ってないでシアを探さないと」

「何を言っている。シアならすぐそこにいるであろう」

 

 入ってきた扉を裏返すと、ギリギリ矢を躱したシアが壁にへたり込んでいた。

 

「シアよ。ここからは命がけの大迷宮だ。些細なミスが思わぬピンチを招くこともあろう。それを肝に命じるがいい」

「…………はい。本当に、ここに入る前にすませてよかったですぅ」

 

 しばらくへたり込んでいたシアだが、例の石板を見つけると、怒りに身を任せてドリュッケンにて石板を粉々にした。

 

 〝ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~プークスクス!! 〟

 

「ムキィ──!!」

 

 シアが怒りに任せて何度も何度も石板を叩いている裏で、俺達はこの大迷宮のコンセプトと攻略の方針を定め始めた。

 

「どうやら魔法が使えぬ中で、常に冷静な判断で物理的なトラップに対処できるかが主題らしいな。魔法が便利だからと頼り切りになっている者はここで苦戦するという訳だ。おまけに絶妙な精神攻撃で常に挑戦者の怒りを駆り立て、冷静さを削ごうとしてくる。中々合理的なトラップだ」

「……あの石板はここの主の趣味だと思う」

 

 アレーティアはあの石板の文字が気に障るらしい。この程度で心乱されるのは修練が足りないと言いたいが、その前に雫が声を上げた。

 

「それでアノス。実際どうやって攻略するつもり? オルクス大迷宮と同じようにはいかないわよね?」

「何を言っている雫。何のためにお前をこの大迷宮攻略に連れてきたと思っている?」

「えっ?」

 

 にやりと笑う俺ときょとんとする雫。

 

「表の看板を見た時からこの系統の大迷宮になることは予想がついていた。だからこそ、ここは雫の出番なのだ。八重樫家での特殊訓練の成果を見せる時が来たぞ」

 

 

 ***

 

 

 大迷宮の通路を道なりに進んでいくと、俺達一行は大迷宮の中の広大な空間に出た。

 

 そこは、階段や通路、奥へと続く入口が何の規則性もなくランダムにつながり合っており、まるでレゴブロックを無造作に組み合わせてできたような場所だった。一階から伸びる階段が三階の通路に繋がっているかと思えば、その三階の通路は緩やかなスロープとなって一階の通路に繋がっていたり、二階から伸びる階段の先が、何もない唯の壁だったり、子供が自由な発想で迷路を作ったような外観をしている。

 

 そしてこの部屋を中心としてそこら中に大迷宮へと繋がる道が続いているのだが、そこには無数のトラップが設置してあった。

 

 ある時はブロックの隙間から回転のこぎり。ある時はある意味王道の転がる大岩。

 

 それらの共通点は全て魔力を介さない物理的なトラップだと言うことだろう。

 

 クラスメイトには魔眼を習得してもらったが、魔眼はあくまで魔力の流れを見るための物であり、物理トラップを見破ることはできない。

 

 魔法が使えない環境で、いかに身体強化を施しながら周囲を注意深く観察しながら進めるかが重要だ。魔法に頼り切りの者ほどこの大迷宮は堪えることになるだろう。

 ならば誰が活躍していたのか。それはシア……ではなく、俺がこの大迷宮攻略に役に立つと連れてきた雫だった。

 

「シア、そこは危ないから踏まないで頂戴」

「あっ、はい」

 

 シアがトラップを踏みそうになったので雫が指摘する。

 

「アレーティアもそこの壁に寄りかからないようにね。そのブロックだけ動く仕組みになってるから」

「ッッ」

 

 思わず壁に寄りかかりそうになっていたアレーティアが飛び上がって警戒する。

 

 大迷宮攻略から早数時間。シアはトラップよりも各所に設置してある煽り文句に怒り心頭らしく、常にイライラしていた。

 一方戦闘は魔法主体でお世辞にも身体能力に優れているとは言えないアレーティアはこの環境そのものが辛いらしく、魔法もろくに使えないとあって、残念ながらほぼお荷物状態になっていた。

 

 そして雫は、数多のトラップを経験したことで”慣れた”ようで事前にトラップを見つけて回避することができるようになっている。

 

「雫さん凄いですぅ。どうしてトラップがどこにあるのかわかるんですか?」

「うーん。そう言われても……慣れというしかないのだけど……」

「雫の家系は忍者……優秀な間諜の家系でな。幼少の頃からこの類のトラップの作り方や攻略方法を叩きこまれている。むしろ馴染みのない魔法トラップがない分、雫には攻略しやすいだろうな」

 

 

 雫は以前とは違い、自らの意思で剣道を再開したが、その際に八重樫家の人間にとって一つ誤算が発生していた。

 

 雫は戦闘美少女アニメにド嵌りしたことで、剣道への意欲を見せるようになったが、憧れた戦闘美少女アニメというのは、『女の子だって派手に戦いたい』をコンセプトにしているせいで、やたらと派手なアクションシーンが多く出てくる作品群だ。

 

 当然美少女戦士たちの立体的かつ派手な動きに憧れた幼少時の雫は、とにかくアクロバティックな動きをしたがった。

 

 俺や光輝とのごっこ遊びはもちろんのこと。剣道での稽古ですら王道とは程遠い動きをやりたがる雫に対して、八重樫家の人間は大いに悩んだと聞く。

 

 普通の剣道一家ならすぐにそんなことは辞めさせて、王道の剣道へ雫を促しただろう。だが幸か不幸か、八重樫家は普通の剣道一家ではなかった。

 

 表では名門の剣道場の経営者だが、裏の顔はこの世に未だに存在する忍者の家系であり、戦国時代より受け継いできた剣術や忍術と呼べるものを継承していたのだ。

 

 つまり、雫が望むことを八重樫家は教えることができた。

 

 どうやら最初は雫に教えない方針だったらしい。だが、ただでさえ雫に望まぬ剣道を強いていた負い目がある上に、雫から教えを望んでいるのに今度はこちらから教えを拒否すれば、雫は二度と八重樫の技に興味を示さなくなるかもしれない。

 

 それに素人が飛んだり跳ねたりすることは思わぬ怪我をする危険もある。放っておいてそんな危ないことをされるくらいならと、八重樫家は雫に忍者の技を教えることに決めたらしい。

 

 幼少時の雫はその才能もあり、楽しんで忍者の技を学んでいたが、だんだん物がわかってくると今の時代に忍者というのは時代錯誤じゃないかと思ったらしく、今は少し遠慮したいと以前言っていた。

 

 もっとも、この世界で風魔法を交えた立体機動戦闘ができるのは、その教えあってのことなのでちゃんと身についているわけだが。

 

 そしてその技の一部は現在進行形で大迷宮攻略に役立っている。

 

 

 雫の活躍により、攻略が進んでくると今までとは雰囲気の違う部屋に出てきた。

 

 その部屋は長方形型の奥行きがある大きな部屋であり、壁の両サイドには無数の窪みがあり騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。

 

 部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「これ、もしかして周りの石像が動いたりします?」

「……たぶん」

「お約束でしょうね」

「…………来るぞ」

 

 周囲を見ると、騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分が光り輝いた。そして、金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。

 騎士達は、腰を落とすと盾を前面に掲げつつ大剣を突きの型で構えた。窪みの位置的に現れた時点で既に包囲が完成している。

 

「雫、理解できていような?」

「もちろん。怪しいものが現れたら魔眼で見よ、でしょ」

「シア、心配せずともお前は強い。今までの鬱憤が溜まっているならここで存分に暴れるがよい」

「がってんですぅ。暴れまくってやるですぅぅ!」

 

 雫とシアが前に出てゴーレム騎士の相手をする間に、俺はアレーティアに向き合う。

 

「アノス……私」

 

 この大迷宮にて一番割を喰っているのは間違いなくアレーティアだ。得意の魔法はほとんど使えず、単純な身体能力ではこの中で一番弱いと言っても過言ではないのだ。

 

 この大迷宮で一番お荷物になっているのが自分だと自覚があるのか、俺の方を不安げに見上げてくる。

 

「心配するな。お前の出番は必ず来る。それでも不安だと言うのなら……俺がいかにして攻略するのかを良く見ておくがいい」

 

 先程から前線でシアがゴーレムを潰し、雫が切り刻んでいるが、一向に数が減らない。どうやらこの場ではこやつらは倒せないらしい。

 

「アノスッ、こいつらには核がないわ。このまま戦ってても無意味かも!」

「ならば強行突破だな。シアと雫はそのまま前線にて道を切り開け。後ろは気にせずともよいから思いっきりやれ」

「わかったわ!」

「ハイですぅ!」

 

 シアと雫が先ほどよりも前にでてゴーレムを薙ぎ倒し始める。雫達の狙いに気付いたのかゴーレムが後ろから攻撃しようとするが、俺が適当に拳を振るえばまとめて吹き飛んでしまう。

 

「ふむ、所詮は再生すること前提のゴーレムだな。さほど強度はない」

「……シアと雫は必死に倒してる」

「確かに頑張っているな。この環境にも慣れてきたようだし、このままいけば不覚は取るまい」

「……そういうことじゃない」

 

 なにやら俺の返事に納得いっていないアレーティアを横に、奥に見えた扉に到達した俺達は、その扉が封印されていることに気付く。

 

「どうやら扉はパズル形式になっているようだな。無限に現れるゴーレム達を倒しながらこれを解けと言うことらしい」

「アノスッ」

「そうだな。ここはアレーティアに任せよう」

「うんッ、任せて!」

 

 魔法でなくても頭を使うのが得意なアレーティアが集中して扉の封印の解除を始めた。

 

「わわわわわ、アノスさん。ますます一杯出てきたんですけどぉ!」

 

 どうやら封印を弄ると攻撃が激しくなるらしい。雫とシアが徐々に押し込まれ始めた。

 

「今アレーティアが封印を解いている。もう少し粘るがよい」

「了解ですぅ!」

「私も、もうちょっと頑張るわ!」

 

 シアと雫が気合を入れ直し、再度前線に戻る。シアもこれが本格的な初戦闘になるが、どうやら戦場の空気に慣れてきたらしい。そうなれば身体強化に優れているシアをこの程度のゴーレムでは止められない。

 それでもシアが敵を討ち漏らせば、それを雫が打倒する。それなりの強度があるゴーレムの比較的強度が低い関節部を的確に切り落として倒す姿はこの世界基準でなら既に一流の領域にいるだろう。

 

「解けたッ!」

「よし、雫ッ、シアッ、速やかに撤退せよ!」

「「了解!」」

 

 アレーティアが封印を解いた扉の中に雫とシアが滑り込んできてそのまま扉を閉めた。

 

 

 部屋の中は、遠目に確認した通り何もない四角い部屋だった。

 

 厳重に隠してあったにしては何も無さ過ぎる。

 

「まさかこれは……ここまでして……何もなかったってオチなんじゃないでしょうね……」

「……ありえる」

「うぅ、ミレディめぇ。何処までもバカにしてぇ!」

 

 本当に何もないのであれば引き返すしかないが、その懸念はいらないらしい。ほどなくしてこの部屋自体が動き始めた。

 

「ッ!?」

「うきゃ!?」

 

 

 しばらく横に移動していたが、今度は真上からGがかかる。急激な変化に、アレーティアが足を崩して顔を強打したのか、涙目でぷるぷるしている。シアは、転倒してカエルのようなポーズで這いつくばっていた。

 

「アノスッ、どこに向かってると思う?」

「そうだな……どうやら望ましい方向ではないらしい」

 

 頭の中で今まで攻略してきた道筋と、今の進んでいる方向を照らし合わせれば見えてくるものがある。

 

 そしてそれはこの攻略において望ましくないものらしい。

 

「やっと、やっとゴールですぅ!」

 

 動きが止まり、開いた扉の先にいち早く向かうシアは、まもなくその部屋がどこかで見た光景であることに気付いたのか、動きが止まる。

 

「アノス……まさか……」

「答えはあの石板に書いてあるだろうな」

 

 扉の先の光景が見たことがあるところだったことで、皆は中央の石板に一斉に注目する。

 

 そこには、以前とは違う別の煽り文句が書かれていた。

 

 〝ねぇ、今、どんな気持ち? 〟

 

 〝苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち? 〟

 

 〝ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ〟

 

「「「……」」」

 

 雫、アレーティア、シアがその文字を読んで沈黙する。

 

 そして文字はまだ続いており、雫達の精神に増々負担をかけていく。

 

 〝あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します〟

 

 〝いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです〟

 

 〝嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ! 〟

 

 〝ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄です〟

 

 〝ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! プギャァー〟

 

「くはははは。どうやら思っていた以上にミレディとやらは愉快な人物だったようだな。中々面白いではないか」

「笑ってる場合ですかぁ、アノスさん! おのれぇミレディィィィ──ッッ!」

「これは……流石に……心に来る」

「そうね。入口に戻されたんだし一度撤退も考えた方がいいかもしれないわね」

 

 シアが怒髪天を衝きながら例の石板を壊し続けるのに対し、アレーティアと雫はここで疲労が押し寄せてきたらしい。

 

「どうするの、アノス? 私としては一度仕切り直すのもありだと考えるわ」

 

 このまま進むか、それとも体勢を立て直すために撤退するか。その答えなど俺には一つしかなかった。

 

「むろん。このまま進む。中々愉快な大迷宮で色々利用できそうではあるが、そろそろシアの精神衛生上、このまま真面目に進むのも良くないだろう。それに……こちらは十分楽しませてもらった。ならば今度は、こちらが相手の度肝を抜く番だ」

 

 この大迷宮は真っすぐ進めば最奥まで到達できたオルクス大迷宮とは違う。おそらく仕掛けを吟味し、わずかなヒントを頼りに、正しい手順で攻略しなければいけない仕組みになっているのだろう。

 

 だがそれでは時間がかかりすぎる上に、些か面倒だ。

 

 なのでここは手っ取り早く攻略させてもらう。

 

「先ほどのゴーレム戦で俺はほとんど手を出さなかったが、何もしていなかったわけではない。あの場に核がなかったということは誰かが操っているということだ。そして魔法で操っている以上、その糸を辿っていけば操縦者に行きつく。この時点で俺は、この大迷宮に存在する俺達以外の根源を捕捉した」

 

 魔法を辿り、根源を捕捉した以上ゴールは明白だ。いくら道中の道を変えようとも根源を隠せぬのなら、俺から逃げることはできぬ。

 

「そこでお前達に質問だ。お前達が仮にこの地に大迷宮を作った主だと仮定して、絶対にできるわけがないと思う攻略方法は何だと思う?」

「えっ、えーと……」

「そうねぇ……」

「……」

 

 各々考えているようだが、中々答えは出ないらしい。そもそもこの大迷宮の主の思考回路なんて理解したくないと考えているのか特にシアは嫌な顔をしている。

 

 皆が考えている内に、俺は対象となる根源の位置を探し、斜め上方向に手を翳す。

 

「時間切れだ。答えを言おう。それは……魔法によるごり押しだ」

「魔法って……けどアノス、ここでは魔法が……」

「アレーティアの言うことは最もだ。この大迷宮自体に強力な魔力分解効果が張り巡らさせているせいで、この大迷宮では魔法はほとんど使えないというのが大前提だ。だからこそこの大迷宮には魔物はいないし、物理トラップしか存在しない。魔法トラップは仕掛けたくても仕掛けられぬのだ。だがな……」

 

 だからこそ、魔法を使った攻略はこの大迷宮の主の意表を必ず突くことができる。俺は魔法陣を展開し、魔法を完成させた。

 

 

「魔力が分解されるからといって、魔法が使えぬとでも思ったか!」

 

 

獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>ッ! 

 

 アレーティア達には言っていなかったが入り組んだ迷路を攻略するのに最も手っ取り早い手段がある。

 

 それは……壁抜きだ。

 

 俺が放った<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>は大迷宮の天井を破壊し、真っすぐに突き進んでいく。その間にあった壁もトラップも何もかも丸ごと破壊しながら、この先に存在する根源に向けての直通ルートを開拓した。

 

「な、な、な……」

「……攻略の手順完全無視ね」

「おっしゃぁぁぁぁッ、ざまぁぁですぅ!!」

「<創造建築(アイリス)>」

 

 驚きすぎて口をぽかんと開けているアレーティアに、何故か頭を抱えている雫。そして散々自分達を苦しめた大迷宮が破壊されていく光景にシアが歓声を上げる。それを尻目に俺はすぐさま囲い付きのエスカレーターを魔法による破壊痕に創造した。

 

「さて、ここからは創造主のところまで直通だ。シアも鬱憤が溜まっているなら直接本人に言うといい」

「本人って……そういえば根源を見つけたって。アノスの言う根源って魂みたいなもののことを言うのよね? ということはまさか……」

 

 エスカレーターに乗りながら、雫がある答えに行き当たったらしい。驚愕の表情で俺を見てくる。

 

「ああ、聞いて驚け。この大迷宮の主、ミレディ・ライセンは、どうやらまだ生きているようだぞ」

 

 そして俺達は、この大迷宮の主、ミレディの元へと真っすぐに駆け上がっていったのだった。




Q:迷路を一番早く攻略する方法はなんですか?
A:壁を壊してまっすぐ進む。

>雫の変化
原作とは違い、八重樫家が忍者の家系だと既に知っている。幼少の頃から忍者の修行を行なっていたので、物理トラップの攻略なんかは習得済み。風魔法を使った立体的な戦闘術にも役立っている。


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19話 魔王と解放者

少し間が空きましたがミレディ戦です。


 俺達が入った場所は、超巨大な球状の空間だった。目算で直径二キロメートル以上ありそうな空間には、様々な形、大きさの功績で出来たブロックが空中に浮遊して不規則に移動している。

 

「重力を完全に無視しているわね」

「そのようだな。どうやらこれがここで手に入る神代魔法らしい」

 

 この空間は完全に重力を無視した空間でありながら、不思議なことに俺達はしっかりと重力を感じている。おそらく、この部屋の特定の物質だけが重力の制限を受けないのだろう。

 

 そんな空間をゴーレム騎士達が縦横無尽に飛び回っている以上、この大迷宮で使われている神代魔法が重力を操るものであることは明白だ。

 

「来るぞ。全員備えろ」

 

 この空間の頭上にて特別大きな気配が近づいてきたのを感じた俺は警告する。

 

「ッ!」

 

 雫達は俺の言葉を聞いて、反射的に後ろに跳んだ。その瞬間、俺達がいたブロックが粉々になりその下にあったブロックに激突する。

 

 中々の速度と質量だ。その上重力までコントロールしているとあれば、その威力は脅威となろう。

 

 そして、俺達の前に現れたのは、一際大きなゴーレムだった。

 

「ほう……」

「これは……」

「……すごく……大きい」

「お、親玉って感じですね」

 

 俺達の目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

 その姿はロボットアニメに出てくるようなフォルムをしていて中々興味深い。父さんなら喜ぶかもしれぬな。

 

 巨大ゴーレムの周囲には、旋回していたゴーレム騎士達が音を立てながら飛来し、俺達の周囲を囲むように並びだした。整列したゴーレム騎士達は胸の前で大剣を立てて構える。まるで王を前にして敬礼しているようだ。

 

 そして巨大ゴーレムは……

 

「こらぁぁぁぁ──ッッ! 私の、私の大迷宮になんてことしてくれるんだ──ッッ!」

 

 可愛らしい少女の声で、俺に対して文句を言い始めたのだった。

 

「せっかく……せっかくミレディちゃんが面白おかし……もとい挑戦者への大いなる試練のために、丹精込めて作った大迷宮だったのにぃぃ……」

 

 その声からよほど大迷宮の壁を壊して強引にここまで来たことが腹立たしいようだ。だがそれはあくまで製作者の立場としての意見であり、挑戦者である俺たちには関係のないことだ。

 

「そう言われてもな……この大迷宮で壁抜けしてはいけないというルールはなかったはずだが?」

「そりゃ魔法であんな強引に突破することなんて想定してなかったから……というかどうしてこの場所であんな理不尽な威力の魔法が使えるんだよ!」

「使えるものは使えるのだから仕方なかろう」

 

 正確にはちょっとしたコツはあるのだが、目の前で怒っているゴーレムには言っても無駄だろう。

 

「ふざけんなぁですぅ。こんなふざけた大迷宮百害あって一利なしですぅ。アノスさん。この大迷宮を攻略したら跡形もなく壊しましょう! ぜひそうしましょう。そうした方が世のため人のためですぅ!」

 

 この大迷宮で常に多大なストレスを受けてきたシアがそう言うが、俺個人としては中々愉快だったので壊すのには反対だ。それに攻略以外にも利用価値はありそうだしな。

 

「そんなことより、貴様がミレディ・ライセンでよいのだな?」

「えっ、うん、そう。おほん……やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

 改めて気の抜けた挨拶をするミレディに対して俺は魔眼を向ける。

 

 どうやら根源は別の場所にあり、これは今までのゴーレムと同じ傀儡の一体らしい。本体はすぐそばにあるが、あまり力を感じぬな。

 

「なるほどな。死を免れるために、根源……魂をゴーレムに定着させて生存を計ったのか。中々面白い」

 

 根源を物に宿すというのは俺の世界では中々難易度の高い魔法だ。世界が違うというのもあるが、どうやら神代魔法は俺の想像以上に可能性のある魔法らしい。もしかしたら一部は俺の世界の魔法より優れているかもしれぬ。

 

 俺が神代魔法の可能性を考えていると代わりに雫が前に出てミレディの相手を始める。

 

「うちのアノスがすみません。なにしろ彼はこう……非常識が服を着て歩いているような人なので……滅茶苦茶にした大迷宮は後で必ず直させるので、どうかここはひとつ穏便に……」

「あ、これは丁寧にどうも……」

「……絶対面白おかしくって言おうとしてたから正直、直さなくてもいいと思う」

 

 ゴーレム相手に丁寧な謝罪から入った雫は、アレーティアのツッコミを他所に、さっそく本題に入っていく。

 

「私達はオスカー・オルクスの大迷宮を攻略してここに来ています。訳あって神代魔法が必要なのでここを訪れました」

「へぇ〜、オーちゃんの大迷宮の攻略者かぁ。じゃあ私達の事情は知ってくれているよね? それでそれで、神代魔法を手に入れてどうするの〜? あのクソ野郎共を滅殺してくれたりしちゃうのかな?」

「それは成り行き次第だな。それよりまず優先することがある。ここにいる俺と雫は異世界からエヒトに召喚されてな。元の世界に戻るための方法を探している。それを調べている内に7つの神代魔法に行き当たった訳だ」

「ん~、そっかそっか。なるほどねぇ~、別の世界からねぇ~。うんうん。それは大変だよねぇ~よし、ならば戦争だ! 見事、この私を打ち破って、神代魔法を手にするがいい!」

 

 どうやら神代魔法を求める理由についてはある程度納得したらしい。巨大ゴーレムが戦闘態勢になったのがわかった。

 

 そして戦闘態勢になるのに合わせるようにミレディは、左腕のフレイル型モーニングスターを俺達に向かって射出した。投げつけたのではない。予備動作なくいきなりモーニングスターが猛烈な勢いで飛び出したのだ。

 

 

 予備動作なしの攻撃だったが、この中でこの程度の攻撃が避けられぬ者は存在しない。各自バラバラにブロックの上に跳び、ミレディの攻撃を凌ぐ。

 

「流石にこれは避けちゃうか~。ならねぇ~~これならどうかな~」

 

 大剣を掲げたまま待機状態だったゴーレム騎士達が一斉に動き出し、こちらに突っ込んでくる。

 

「はぁぁぁ!!」

「やぁぁあ!!」

 

 迫るゴーレムを気合一閃で切り裂く雫にドリュッケンで叩き潰すシア。そして……

 

「”破断”」

 

 この環境でありながら、水のレーザーを用いてアレーティアもまたゴーレムに対処する。魔眼で診たところ、通常よりも膨大な魔力を圧縮して魔法を使用したらしい。

 

「あはは、やるねぇ~、でも総数五十体の無限に再生する騎士達と私、果たして同時に捌けるかなぁ~」

 

 軽快な口調で、ミレディが再度、モーニングスターを射出した。シアが大きく跳躍し、上方を移動していた三角錐のブロックに飛び乗り、その勢いでミレディの頭上を取る。

 

「見え透いてるよぉ~」

 

 そんな言葉と共に、ミレディは急激な勢いで横へ移動する。

 

 

「くぅ、このっ!」

 

 目測を狂わされたシアは、歯噛みしながら手元の引き金を引きドリュッケンの打撃面を爆発させる。

 

 シアのドリュッケンにはハジメが施した様々なギミックが搭載されており、火薬の推進力を利用した打撃力の強化に加え、身動きの取れない空中で軌道を変えるという芸当もできる。ドリュッケンを手にしてまだ日が浅いにも関わらず、大したセンスだと俺は内心シアを褒める。

 

 

 薬莢が排出されるのを横目に、シアは爆発の反動で軌道を修正。三回転しながら、遠心力もたっぷり乗せた一撃をミレディに叩き込んだ。

 

 

 咄嗟に左腕でガードするミレディの左腕が凄まじい衝突音と共に大きくひしゃげるが、ミレディは大して堪えてはいない。そのまま腕を払い、シアを攻撃する。

 

「きゃぁああ!!」

「シア!」

 

 悲鳴を上げながらぶっ飛ぶシア。何とか空中でドリュッケンの引き金を引き爆発力で体勢を整えると、更に反動を利用して近くのブロックに不時着する。

 

 シアが無事であることに安堵したアレーティアが再び魔力を圧縮して魔法を行使する。

 

「”緋槍”」

 

 アレーティアの得意魔法だが、過剰な魔力に物を言わせて使っているせいで、いつもの繊細な魔法構築が鳴りを潜めている。その証拠に命中したミレディに大した傷はない。

 

「そんなの効かないよ~」

 

 狙われないようにブロックを飛び跳ねて移動するシアを置いて、ミレディはアレーティアと雫のいるブロックにゴーレム騎士達を差し向ける。

 

「~~~~ッッ、流石にきついかも」

 

 雫は的確にゴーレムの構造上脆い部分を狙い破壊していたが、流石に数の多さに捌ききれないでいる。

 

 そして、アレーティアには早くも魔力切れの傾向が現れていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 悔しそうな顔をして魔法を使おうとするが、いつもの十倍以上の魔力を使って魔法を構築していれば、いつもより消耗が十倍以上速いということだ。現状のアレーティアではここが限界だろう。

 

「仕方がない。これは後で反省会だな」

 

 俺は足に力を入れ飛び出し、一瞬でアレーティアと雫が戦っているブロックに着地した。

 

「飲め、アレーティア。そうすればもう少し戦えるであろう」

「……ごめんなさい」

 

 俺が差し出した指に滴る血をアレーティアは複雑そうな顔で口にし、血を飲んだ瞬間アレーティアの魔力が回復する。

 

「あれあれ~? さっきから何もしないけど大丈夫なの~? ミレディちゃんの大迷宮を壊したせいで魔力が足りないんじゃないのかな~」

 

 どうやらミレディは壁抜きで俺が魔力を使い果たしたと思っているようだ。だがそれは間違いだし心外だ。

 

「なに。見に徹するというやつだ。おかげでお前の神代魔法の詳細がわかった」

「……へぇ~~」

「どうやら単純に重力だけでなく、慣性や引力や斥力、摩擦力なども制御できる魔法のようだな。この空間に不自然に浮かんでいるブロックも、周りの騎士も全てその魔法を駆使して操作しているのであろう」

 

 落ちるように移動するのは単純に重力の向きをその方向に変えることで発生する現象だが、まるで人のように自然な動きでゴーレムを操れるのはもっと複雑に重力魔法を使っているのだとわかった。

 

「へぇ~わかっちゃったんだ~? 大~正~解~。ミレディちゃんの魔法は重力を操れる重力魔法だよ~。だけど~それがわかったからって絶体絶命には変わらないよ~」

「ふむ、絶体絶命とは相手に傷一つ負わせていない状態のことを指すのか」

 

 確かに周囲には50体を超えるゴーレムに囲まれており、一見すると絶体絶命に見えるのだろうが、それは違う。

 

「俺が今まで手を出さなかったのは神代魔法授与魔法陣の仕組みを案じてだ。俺が前に出て一人で攻略してしまうと、雫達が神代魔法を習得できぬかもしれぬからな」

 

 俺一人なら難なく攻略できても、それでは配下達に肝心な神代魔法が与えられぬ。だからこそ今まで傍観に徹していたわけだが、何故かミレディはくすくす笑い出した。

 

「ぷーくすくす。そんなこと気にしてたの~。残念でした~。この大迷宮の魔法陣には攻略過程読み取り機能はありませーん。だってミレディちゃんここにいるしー。無駄に仲間が疲れちゃっただけだね~」

「ほう……」

 

 ミレディ自身が見極めるから、魔法陣に余計な物が付いていないと言うことか。

 

「なるほど、なら俺が動いても問題ないわけか」

「余裕ぶってるけど~これでぺしゃんこだよ~」

 

 周囲に浮かんでいたゴーレムが一斉にこちらに襲い掛かる。いつの間にかシアも俺達のブロックに来るように誘導されており、ここでけりを付けようとしているのがわかった。

 

 だからこそ俺は、一つの魔法陣を展開し、魔法を発動させた。

 

「<重渦(ペイド)>」

 

 俺の魔法発動と同時に周囲に複数の重力の渦が発生し、50体のゴーレムをまとめてミクロ単位まで圧砕した。

 

 

「…………は?」

 

 ミレディが道化のふりを辞め、素の顔で驚いているのが伝わる。なぜなら俺がやったことはまさに重力操作魔法なのだから。

 

 

「重力魔法を使えないからといって、重力を操れぬとでも思ったか?」

 

 

 重力操作は何もトータスの神代魔法の専売特許ではない。ディルヘイドの魔法にも重力を操作する魔法は存在する。ただそれだけのことだ。

 

 そして明確な隙を晒すミレディに対し、ただ立ち尽くしてばかりいる配下ではない。

 

「八重樫流……”風牙突”」

 

 此処が勝機と見たのか、雫も今まで温存していた魔力を解放する。足元に集束した風を爆発させ、現状雫が取れる最大加速でミレディに接近する。

 

「ふ、ふふーん。ちょっとびっくりしちゃったけど、この程度で倒れるミレディちゃんじゃ……」

「”凍柩”!」

「ッッ!? あー、もう君達さっきからさぁッ、ここでそんなにポンポン魔法使わないでくれるかな~ッ」

 

 ミレディは再び重力加速で雫の射線から外れようとしたようだが、アレーティアが回復した魔力を練り上げて作った氷属性魔法で凍結され動けなくなる。

 

「はぁぁぁぁ──ッッ!」

 

 そして風を纏って切れ味と貫通力を増した雫の刺突がミレディの胸に突き刺さる。

 

 この中に魔眼を使えぬものはいない。診れば胸部に核に当たるものがあることは明白だ。

 

「くぅぅ~~ッ」

「……あはは、ざんね~ん。後少しだったね~」

 

 だが雫の刀は深く胸部装甲を貫いたものの、核に届かず半ばで停止する。

 

 だが……これでチェックメイトだ。

 

「雫!」

「ッ!」

 

 俺の声で悟ったのか、雫が刀をそのままに別のブロックに飛び移る。

 

 その背後には、回転しながらミレディ目掛けて落ちていくシアの姿。

 

「シア……止めを刺せ」

「了解ですぅぅ」

 

 単純な身体強化に重力を加算した攻撃は、雫の刀の柄尻に叩きこまれ、見事刀の先端がミレディの核を破壊した。

 

 

 

 

 ***

 

「やった……やりましたよ~アノスさん!」

 

 ミレディの核を見事破壊したシアが嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。

 

「ふむ。最後の一撃は中々だった。よくやったぞ、シア」

「えへへ、有難うございます」

「ちょっとアノス。私達も頑張ったんだけど?」

「シアだけずるい」

 

 シアばかり褒められているのが気に食わないのか雫やアレーティアもこちらに近づいてくる。

 

「雫は八重樫流と魔法の組み合わせが形になり始めたな。雫ももうすぐ次のステップが見えてくるころだろう」

 

 元々雫が持っている技術に加えて魔法を使用できるようになってきた。これなら、次は”武器”の見直しの段階に行けるだろう。

 

「私は?」

「ああ、アレーティアに関しては……」

「あのぉ~、いい雰囲気で悪いんだけどぉ~、そろそろヤバイんで、ちょっといいかなぁ~?」

 

 アレーティアについて言う前に、ミレディが声を上げる。

 

 それに対し、雫達は警戒して再び倒れるミレディのゴーレムに対して戦闘態勢に入った。

 

「ちょっと、ちょっと、大丈夫だってぇ~。試練はクリア! あんたたちの勝ち! 核の欠片に残った力で少しだけ話す時間をとっただけだよぉ~、もう数分も持たないから」

「ふむ、今の身体で持たぬなら今からでも本た……」

「これは忠告だよ」

「……ふむ」

 

 なぜか話を遮られてしまったので、黙ってミレディの話を聞くことにする。

 

「訪れた迷宮で君達の目当ての神代魔法がなくても、必ず私達全員の神代魔法を手に入れること……君の望みのために必要だから……」

 

 ミレディの力が尽きかけているのか、次第に言葉が不鮮明に、途切れ途切れになってゆく。まるで今にも死にそうなその姿に、雫が代表して前に出る。

 

「では、他の大迷宮の場所を教えてくれないかしら? 調べても全然出てこないのよ」

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

 

 いよいよ、ミレディのゴーレムの声が力を失い始める。どこか感傷的な響きすら含まれた声に、アレーティアやシアが神妙な表情をしていた。長い時を、使命、あるいは願いのために意志が宿る器を入れ替えてまで生きた者への敬意を瞳に宿しているようだ。

 

 ミレディが語ったのは大迷宮のある場所だった。

 

 砂漠の中央にある大火山 "忍耐の試練" "グリューエン大火山"" 

 

 西の海の沖合周辺にある "狂気の試練" "メルジーネ海底遺跡"

 

 教会総本山 "意志の試練" "神山"

 

 東の樹海にある大樹ウーア・アルト "絆の試練" "ハルツィナ樹海"

 

 南の果てのシュネー雪原 "鏡の試練" "氷結洞窟"

 

「以上だよ……頑張ってね」

 

 

 今にも消えそうなミレディの気配に対して、アレーティアが一歩前に出る。

 

「何かな……あっ、言っとくけど、この大迷宮に関する苦情は……」

「……お疲れ様。よく頑張りました」

「……」

 

 アレーティアから発せられたのは労いの言葉。たった一人で、深い闇の底で希望を持ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物。

 

 それは労いの言葉。たった一人、深い闇の底で希望を待ち続けた偉大な存在への、今を生きる者からのささやかな贈り物なのだろう。本来なら、遥かに年下の者からの言葉としては不適切かもしれないが、やはりこれ以外の言葉を、アレーティアは思いつかなかったのかもしれないな。

 

 俺はアレーティアの頭を撫でながら、倒れているミレディに語り掛ける。

 

「こう見えてアレーティアは中々情が深い女なのだ。今言った言葉も本心だ……だから()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の言葉に対し、ミレディはこれ以上何も言わなかった。

 

 辺りを静寂が包み、余韻に浸るようにアレーティアとシアが光の軌跡を追って天を見上げる。

 

 

「……最初は、性根が捻じ曲がった最悪の人だと思っていたんですけどね。ただ、一生懸命なだけだったんですね」

「……ん」

「それは確かであろうがな……やはり愉快な性格に間違いないようだ……そら、行くぞ」

 

 俺達が移動する前に、足元のブロックに現れた光のゲートに向かって動いていく。シアとアレーティアはその仕組みに素直に驚いているようだ。

 

「……ねぇ、アノス」

 

 そんな中、一人だけ俺の側に来た雫が声を落として囁くように口を開く。

 

「ミレディなんだけど……もしかして」

「気づいたか。その答えはすぐにわかるであろう」

 

 俺達を乗せたブロックは、()()()()()()()()()()()()真っすぐに突き進む。そしてしばらくして解放者の部屋の壁を潜り抜けたその先には……

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

 

 小さなミレディ・ゴーレムがいた。

 

「「……」」

「ああ、やっぱり」

 

 アレーティアとシアは沈黙し、雫は額に手を当てて項垂れる。

 

 根源はあの戦闘用ゴーレムとは違う場所に感じていた。謂わば先ほどは今まで出てきたゴーレムと同じく、端末の一つにすぎぬ。だからこそ、ミレディが生きていることを俺は知っていたわけなのだが。

 

「アノスは……気づいてた?」

「ふむ。あの端末が壊れそうなのは確かだったのでな。直々に本体の元に向かうと言おうとしたところで遮られた」

「駄目だよ~そこは空気読まなくちゃ~。ねぇねぇどうだった。驚いてくれたのなら大成功なんだけどな~」

 

 

 その一言でシアとアレーティアの何かが切れる音がした。

 

「……ぶっちKILL!」

「……私の感動を返して」

「ま、待って! ちょっと待って! このボディは貧弱なのぉ! これ壊れたら本気でマズイからぁ! 落ち着いてぇ! 謝るからぁ!」

 

 殴る蹴るの暴行を加え始めたシアとアレーティアを他所に、俺は周囲を観察する。

 

 部屋の仕組みはオスカーの部屋と似ているが、こちらの方が簡素な造りになっている。生身のオスカーに必要だった食料などの供給が不要だったからだろうか。

 

「こらこら、君。いい加減助けてよ~」

「そうだな……アレーティアもシアもそこまでにしておけ」

「……アノスさんがそう言うなら……」

「……」

 

 シアもアレーティアも不満がありそうな顔をするが、俺の顔を立ててミレディへの暴行を辞める。

 

 そして、ようやくここに来た目的を果たせるようになったと言える。

 

「さてミレディよ。ここまで到達した俺達には神代魔法を手に入れる資格があると言うことで良いな?」

「それはそうだね。おめでとー。君達が記念すべきミレディちゃんの大迷宮攻略者第一号だよ~」

 

 どこからか取り出したクラッカーを鳴らすミレディ。

 

「それはいいから、早く魔法陣まで案内して」

「わお、冷たい眼。さっきは私を尊敬する目で見てくれたくせに~」

「…………」

「ああ、わかった、わかった。案内するから無言で魔法を撃とうとしないでってば」

 

 アレーティアの剣呑な気配を察したのか、ミレディが素直に魔法陣のところまで案内してくれる。

 

「ささ、乗っちゃって。魔法陣起動させるよ~」

 

 そして俺達は神代魔法を授ける魔法陣の上に乗った。

 

 実はアレーティア以外はこの魔法陣に乗るのは初めてだ。俺の時は記憶探知工程を避けるために途中で辞めたからな。

 

 しばらくすると脳裏に重力魔法の知識が浮かび上がってくる。

 

「ふむ、なるほどな」

 

 重力魔法と呼ばれているが、本質はもっと別のところにあるのだろう。摩擦や慣性をも操作できるのはそのほんの一部でしかない。

 

「重力魔法とは紛らわしいな。勿体ぶらずに自然干渉魔法と名付ければよいものを。重力魔法などと言われているが、本質は自然の魔力に干渉する魔法であろうに」

 

 重力魔法の本質とは、世界自体が保有する魔力に干渉することにある。星の重力に干渉するから重力を操れるし、応用すれば地震や火山活動などの自然現象を意図的に引き起こすことも可能になるであろう。

 

 だが、俺以外にはピンと来ていないようだ。自然干渉魔法に高い適性があるアレーティアも首をかしげている。

 

 だが、一人だけ。驚愕の気配を漂わせている者がいる。

 

「だが当然貴様はこの魔法の本質について知っていよう、ミレディ・ライセン」

「そんな……まさか、重力魔法を手に入れて早々本質を理解するなんて……」

「なるほど。どうやら魔法の深淵を覗けぬ者に、神代魔法の真価は発揮できないようだな」

 

 ハジメに渡した生成魔法も今のハジメは使いこなしているとは言えない。それと同じく他の神代魔法にも魔法の深奥に至らないとわからない境地があるということ。

 

「残念ながらアレーティア以外は適性が高いとは言えぬ。だからこそ各々工夫して手に入れた重力魔法を使うことだ」

 

 シアは自身にしか行使できぬであろうし、雫もせいぜい自分と刀、そして唯一適正のある風魔法に干渉することしかできないだろう。アレーティアのみが真の意味で重力魔法の本質に迫れるだろうな。

 

 

 無事に神代魔法を手に入れて、俺達の用事は終わった。

 

「じゃあ君達の用事もこれで終わりってことで。さっそく大迷宮の外に出すよ~」

「それは良いが、見たところ外に出るための転移陣はないようだが?」

「フフフ……それはねぇ~」

 

 オルクス大迷宮には、ライセン大峡谷に繋がる転移魔法陣が存在したが、ざっと見渡した限り、そのようなものは存在しなかった。

 

 そしてミレディは、俺の質問に答えずに、いつの間にか天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張った。

 

「それじゃ、ミレディちゃんの大事な大迷宮を壊してくれた問題児君達は、このまま強制的に外に出すからねぇ! 戻ってきちゃダメよぉ!」

 

 その軽い口調とは裏腹に、部屋の中央でトラップが作動するような音が聞こえた。

 

「ま、まさかッ」

 

 雫がなにかに気付いたのか、今まで以上に嫌な顔をする。

 

 周囲に溢れ出す大量の水に中央に空いた穴ときたら、俺達地球人にはある物を連想させるからな。

 

 

 

「嫌なものは、水に流すに限るね☆」

「〝来……〟」

「させなぁ~い!」

 

 アレーティアが〝来翔〟の魔法を使おうとするが、ミレディの重力魔法に妨害され、水の中に引きずり込まれる。

 

「それじゃあねぇ~、迷宮攻略頑張りなよぉ~」

「ケホッ……許さない」

「殺ってやるですぅ! ふがっ」

 

 次々穴に吸い込まれていく中、ほどなく俺もまた水の中に飲み込まれていった。

 

 

 ***

 

 大迷宮から排出された俺達は、激流で満たされた地下トンネルのような場所を猛スピードで流されていた。だからこそ俺は全員に、水中でも行動可能になる魔法を行使した。

 

「<水中活動(ココ)>」

 

 ふむ、これで溺れる心配はあるまい。

 

「ごぼごぼッ!!」

「落ち着けシア。もう呼吸できるであろう」

「げほ、げほ。そんなわけッッ、今顔のついた魚がッッ、て、あれ?」

 

 何やら流されている間に奇妙な物でも見たのか咳き込んでいたシアだったが、途中で呼吸できることに気付いたらしい。

 

「本当……呼吸できる」

「<水中活動(ココ)>という魔法を使った。これなら水中でも息ができるし、溺れることもあるまい」

「皆、どうやら大きな湖みたいなところに出るみたい。私についてきて」

 

 一足先に出口をみつけた雫が、水上目掛けて泳いでいく。

 

「おのれぇぇミレディィィィ──ッッ」

 

 今回の件でシアは増々ミレディへの怒りを積もらせたらしい。恨みが籠ったうなり声を上げながら雫に続いて水上に浮上していた。

 

 

 そして、全員が浮上した後、俺達は再びブルックのマサカの宿に戻ってきていた。

 

「それでアノス。私達はライセン大迷宮の神代魔法を手に入れたわけだけど、次はどこを目標にするの?」

 

 ここにいる全員、ライセン大迷宮の神代魔法を手に入れることに成功した。よって当然次はどこを目指すかに話は移り変わることになる。

 

「ミレディは他の場所の大迷宮を教えてくれたけど……一番近いのは神山?」

「けどあそこは聖教教会の総本山なのよね。隠れていくにしても攻略しにくい場所かも」

「ならその次に近いのは西の大火山。流れで海の大迷宮も行ける」

 

 雫とアレーティアが二人で話し合って次の行先を考えているが、その前にするべきことがある。

 

「何を言っている。俺達がこれから向かう先など……一つしかあるまい」

「それって……どこです?」

「明日の朝、すぐに出発する。今日はもう眠るがいい」

 

 行先を聞きたそうにしているアレーティア達をあえて無視する。ここで言ってしまうとごねるかもしれぬからな。

 

 そして俺達は翌日、<転移(ガトム)>にてそこに降り立った。

 

 ***

 

「あーあ。これがこんなに壊されるなんてね。大迷宮も滅茶苦茶だし、自己修復で修理が終わるのにどれくらいかかるんだろう……」

 

 私ことミレディ・ライセンは昨日嵐のようにやってきた数千年待ち望んだ挑戦者のことを思い出しながら作業をしていた。

 

「本当に嵐みたいな人達だったなぁ」

 

 最初は目を疑った。

 

 気の遠くなるほど長く待ち続けて、けれど一向に挑戦者は現れることがなくて……そんな中現れた挑戦者に私は不覚にも少しだけ泣きそうになった。

 

 良かった。私達が歩んだ道は、確かに未来へと繋がっていたんだって。

 

 そして……私は彼らが私の大迷宮に右往左往する姿を楽しんだ。

 

 神は悪辣だ。言ってしまえばこの程度の仕掛け、それこそアスレチックパークで遊ぶくらいの余裕を持って乗り越える実力がないと神はおろか、その使徒にも勝つことができないだろう。

 

 決して趣味全開でこの大迷宮を作ったわけではないのだ。それはそれとして楽しんだけど。

 

 散々苦労して、そして入口に戻された彼らを見て、私は観察していた。

 

 ここで先に進むか、撤退するか。

 

 先に進むなら覚悟してもらおう。この大迷宮は勢いだけで突破できるほど甘くない。ここからは精神的な疲労との戦いだ。少しの油断が命取りになる。

 

 撤退するならしっかり準備して再挑戦してほしい。持ち帰った情報を吟味し、研究し、研鑽を重ね、確かな勝算を持って挑んでほしい。だが日和った態度を見せるなら……もうここには来ない方がいいだろう。

 

 彼らがどちらを選ぶのか。それを観察していた私だったが……

 

「まさか壁抜きで来るとは」

 

 ライセン大峡谷は、魔法使いにとっては地獄のような環境だ。いかなる強者であろうとも魔法使いである限り、ここでは無力化される。

 

 かつて魔法を使えない場所で取った不覚から、そして私の運命が始まった場所だからこそ、ここに大迷宮を構えたわけだが、この環境のせいで大迷宮にも魔法式のトラップなどは仕掛けられなかったのだ。

 

 だからこそ、魔法を使ってあんな強引にこの大迷宮を突破されるとは思わなかった。

 

「彼は一体何者だったんだろうね」

 

 彼自身は異世界からエヒトに召喚された者だと言っていた。そう言われてみれば彼の使う魔法は私達が使う魔法とは形式が違う気がする。

 

 私は現在の地上の魔法形式がどのようになっているのかわからないが、金髪の彼女が使っていた魔法は私の知るモノだったから彼女は異世界人ではないのだろう。

 

 そういえば彼だけは私の大迷宮の攻略スタンスが他とは違っていたような気がする。

 

 煽り文を見てもただ愉快だと笑い。大迷宮のトラップを見ては感心するような眼差しを向け、楽しんで攻略してすらいたように思う。

 

 それこそ、まるでアスレチックパークに遊びに来た子供のように。

 

「……もう少し話をしても良かったかな」

 

 この大迷宮を乗り越えた以上、彼はもうここに来ることはない。もしあるとしても7つの神代魔法を全て揃えてからだろう。

 

 何となく、彼なら笑って他の大迷宮も攻略できそうな気がするし、もう気が遠くなるほど待ったのだ。だったら後少し待つことなんて苦でもなんでもない。

 

 私はその時が来るのを夢見て、今頃次の大迷宮に挑んでいる彼らの無事を、らしくもなく祈ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ。寂しいのか。なら話相手になってやろう。どのみち一週間くらいはここに滞在する予定だからな」

「そうだね~。一週間もあれば話相手には困らないかな~………………ん?」

 

 はて、何か幻聴が聞こえる気がする。

 

 私はゴーレムの首を横に向けた。そこに立っていたのは……

 

 

「アレーティア、シア、雫。聞こえているな。さて、では始めるぞ。今この時より……」

 

 

「大魔王教練──ミレディ・アスレチック・パーク編を開始する!!」

 

 

 ──私の大迷宮を勝手にアスレチックパーク扱いする、嵐のような攻略者だった。




次回、第二章完結。


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20話 大魔王教練_MAP編

ミレディ・アスレチック・パーク編

これにて第二章完結です


「今この時より……大魔王教練──ミレディ・アスレチック・パーク編を開始する!!」

「「「「ちょっと待った──ッッ!!」」」」

 

 俺の訓練開始を告げる言葉に対し、大迷宮の入口と横から待ったの言葉がかかる。

 

「ふむ。何か質問があるのか?」

「質問も何も、わからないことだらけよ!」

 

 最初に大声でこちらに呼び掛けてきたのは雫だった。

 

「……一度状況を整理するけど、私達はライセン大迷宮を攻略したし、昨晩次の大迷宮へ向けての計画も立てたわよね。それでアノスが次の大迷宮に行く前に行くところがあるからって、いつも通りアノスの転移魔法で移動した。それで連れてこられたのがここだったわけだけど」

「ふむ、そうだな。その認識であっているぞ」

「……合ってたのね。じゃあ何で戻ってきたのよ。それにどうして大魔王教練の話に繋がるのよ!?」

「なるほど。なら教えてやろう」

 

 雫はここになぜいるのかわかっていないようだが、俺からしたらここにいる理由など明白だ。

 

「簡単な話だ。お前達は俺の目から見て……この大迷宮を真の意味で攻略したとは言えぬからだ」

「え……」

「ちょ……どういう意味ですかぁアノスさん! 私、必死になって攻略したじゃないですかぁ……」

「神代魔法も手に入れた」

「それにぶっちゃけミレディちゃんも合格出したんだけど……」

 

 シアが露骨に不満を漏らし、大迷宮製作者のミレディすら困惑の表情を浮かべる。

 

「確かに攻略したが、それでもお前達にはここで学ぶべきものが多い」

 

 だから今回の大迷宮の俺なりの採点を付けていく。

 

「まずはアレーティア。はっきり言って今回の大迷宮攻略の道中はお荷物にしかなっておらぬ。最後のミレディとの対決で工夫して魔法を使ったところは良かったが、最後に魔力切れを起こしてはな。点数を付けるなら20点だ」

「ううぅ……」

 

 俺の言葉に否定するところが見つからなかったからか、アレーティアが膝をついて項垂れる。

 

「次にシア。道中の活躍を差し引いても、お前は完全に大迷宮の罠に翻弄されていた。原則魔法が使えぬこの大迷宮で、身体強化が一番優れているシアこそが本来一番活躍していてもおかしくなかったにも関わらずだ。あからさまな煽り文句に心動かされるのは未熟な証だ。だからこそお前は心身ともに鍛えねばならぬ。点数を付けるなら30点だ」

「そんなぁ……」

 

 シアも耳が垂れ下がり、アレーティアの横で膝をつく。

 

「そして雫。道中は言うことはないが、最後のミレディ戦であと一歩刃が届かなかったことを忘れてはおらぬぞ。点数を付けるなら及第点だが、お前ならもっと上を目指せるはずだ」

「……」

 

 雫も最後の一撃を外したことは心残りだったのか、納得したような顔をする。

 

「今から一週間。ここで俺の教導を受けた後、もう一度この大迷宮に挑戦してもらう。そしてそこで真の意味でこの大迷宮を攻略して見せよ」

 

 そこで俺は雫達ではなく、横にいるミレディの方を向く。

 

「そういうわけだ。お前は知らぬだろうがオルクス大迷宮もまた新兵の訓練や冒険者の収入のために扱われているのだ。なのでこの大迷宮も訓練に使っても不自然ではあるまい」

「いや、そりゃオーちゃんの大迷宮は冒険者には受けがいいだろうけどさぁ」

「なに、悪いようにはせぬ。お前にもメリットは提示するし、代価もきっちり払おう」

「……どうせ言っても辞めないんでしょ? 君さ、よく暴君とか魔王とか言われたりしない?」

「よくわかったな。確かに俺は異世界の魔王だ」

「本当に魔王かよ……」

 

 ミレディの許可も下りたところで、俺は雫達への訓練を開始した。

 

 

 ***

 

「さて、さっそく大魔王教練を始めるわけだが、まず最初にお前達の疑問から晴らすとしようか」

 

 雫達のいる入口にまで降りてきた俺は、まずはこの教練の肝になる話をする。

 

「お前達も疑問に思っているだろう? どうして俺はここで普通に魔法が使えるのかとな」

 

 俺が手の中で<火炎(グレガ)>を出す。その炎に澱みはない。地上にいた頃とまったく違わない精度で魔法が使われている。

 

「アレーティアはこの大迷宮で魔法を使う際にいつもの数十倍の魔力を圧縮して魔法を使用した。確かにアレでも魔法は使えるが、当然魔力消費が数十倍になり、すぐに魔力切れを起こしてしまう。それは身に沁みてわかっておろう?」

「うん……私だとあれぐらい魔力を圧縮しないと魔法は使えなかった」

「ならばどうするのか。この大迷宮の場合、重要なのは魔力の量ではなく、魔力の質だ」

 

 炎を消した後、今度は純粋な魔力を放出し、その場で止める。

 

「より純度が高く、質の良い魔力は分解作用を物ともせず維持することができる。そしてそれだけではない。質の良い魔力を練り上げることができれば、下級魔法の威力を規格以上の出力で放つことができる」

 

 今度は作った魔法をこの世界の魔法陣に注ぎ込み構える。

 

「このようにな……”火球”」

 

 トータスの炎魔法の最下級魔法を行使を壁に向けると、その壁が粉々になってなお突き進み続ける業火となった。

 

「ぎゃぁぁぁぁ──、ミレディちゃんの大迷宮がぁぁ」

「アレーティアなら知っての通り、魔法には等級ごとに籠められる魔力量の上限がある。だがこの技術を習得すれば、下級魔法でも上級魔法を打ち破ることも不可能ではなくなるのだ」

 

 下級には下級の、上級には上級の使用魔力限界が備わっており、当たり前の話だが上級になればなるほど使用魔力量は大きくなっていく。だからこそ基本的に上級魔法の方が下級魔法より強いのだが、魔力運用技術に差があれば、これらの関係を逆転させることもできるという訳だ。

 

「そのために必要な基礎技術は体内魔力操作だ。体内の魔力をより深く意識し、最適な形で練り上げ、それを維持する。まずお前達にはそれを行ってもらう」

 

 早速訓練開始と言わんばかりに、俺はアレーティア達の周囲の魔力分解フィールドの効力を上げた。

 

「ッ!?」

「何か……身体から力が抜けるような……」

「ちょっと……息が苦しいかもしれないです」

「ライセン大峡谷の魔力分解フィールドの効力を上げた。今までとは違い、何もしなければ体内魔力も体外へ逃げていく仕様になったと思え」

 

 アレーティア達を見れば、身体から色違いの魔力が少しずつ放出されているのがわかる。

 

「ちょっとちょっとッ! 勝手に大迷宮の仕様を弄らないでくれるかなぁ! ねぇちょっとッ!!」

「そのまま放置していれば魔力切れで動けなくなるぞ。まずは魔力を体内から漏らさないようにイメージしろ」

「ッ!?」

 

 動けなくなると聞かされ、各々集中できる体勢を取る。

 

 雫は座禅を、アレーティアは立ったまま俯き、シアは足を肩幅に開き、ドリュッケンを下段で構える。

 

 魔力操作は全員可能だ。なのですぐさま身体から溢れる光は身の中に引っ込んでいく。

 

「この状態をまずは最低2時間は続けられるようになってもらう。今日一日はこれを続けてもらうからそのつもりでいろ」

 

 これ自体は簡単だ。なので問題はその維持時間だ。

 

 時間が経てば経つほど、集中は乱れ、魔力は体外へ逃げて魔力切れを起こすことになる。今のアレーティア達なら2時間維持出来れば上等だろう。

 

「さて、では俺は……」

 

 俺はアレーティア達を他所に、先程から文句を飛ばしてくるミレディの元まで転移する。

 

「ミレディィィィ、チョーップッッ!」

 

 ミレディの元に転移するとミニゴーレムによるチョップで迎えられた。重力魔法が乗っていたが、元が軽いので痛くはない。

 

「何をする?」

「何をするじゃないんですけどぉッ! 勝手に大迷宮は改造するし、また大迷宮の壁を破壊するし、いい加減ミレディちゃんも怒るよ、怒っちゃうからね」

「ふむ。思ったのだが、素は全然ウザキャラではないのだな。むしろ真面目な方だとみたが?」

「余計なお世話だよ!! 君のせいで色々限界なんだよコンチクショウ!」

 

 顔が変わらぬが、どうやら怒っているらしい。確かに少し説明不足だったかと考え直し、俺は今回の修行の目的を話す。

 

「今回は体内の魔力操作の習熟が目的だが、常に体内外の魔力系に負荷がかかるこの場所は訓練には最適なのだ。壊した場所や改造した環境は後で必ず元に戻す故、多少の手入れは大目に見てほしい」

「つーーん。ミレディちゃん完全に怒っちゃったので聞く耳持ちませーーん」

 

 どうやら完全にへそを曲げてしまったようだった。豪胆で愉快な人物だと思っていたのでアレーティア達の修行も面白がるかと思っていたが、どうやら思っていたより繊細な人物だったらしい。

 

 さてどうしようかと考え、周囲を見渡すとある物が目に入る。

 

「ふむ……そうだ。報酬の一つとして、あのゴーレムを改修しようと思うのだが?」

 

 俺が目を付けたのは、ミレディが最後の試練で使用した戦闘用のゴーレムだ。

 

 見たところシアに核を撃ち抜かれた状態のままで放置されており、このままでは使い物にならないだろう。

 

「別にぃ。大迷宮にある物は時間経過で直るようにできてるしぃ、わざわざ直してくれなくても構わないんですけどぉ……」

「言ったであろう。修復ではなく改修だと。そうだな……しばし待て」

 

 俺は未だにへそを曲げているミレディから離れ、<思念通信(リークス)>を飛ばした。

 

『ハジメ、聞こえているか?』

『ッ、アノス? どうしたの、こんな朝早くから』

 

 まだ寝ているかと思ったが、この声の調子だと数時間前から活動しているらしい。かつては学校に遅刻ギリギリで来ていた男だとは思えぬな。

 

『少しお前に依頼があってな。今大丈夫か』

『えっ、また? うーん、ちょっと今は立て込んでで。そろそろ教会騎士団に提出するアーティファクトも用意しないといけないし……』

 

 ふむ、どうやら少し間の悪い時に連絡してしまったようだ。ハジメの手が離せぬのなら仕方ない。

 

『ちなみにどんな案件なの?』

『ふむ。今ライセン大迷宮にいるのだがな。そこで使われていた巨大ゴーレムの改修依頼だったのだが……』

『ッッ!!? 40秒で支度する! だから迎えに来て!!』

 

 通信先がにわかに騒がしくなる。どうやら本当に急いで準備をしているらしい。

 

 ピッタリ40秒後に<転移(ガトム)>で迎えに行くと、完全装備で待ち構えていた。

 

「さぁ、アノス。行こう!」

 

 どうやら気合は十分らしい。それなら遠慮はいらないだろう。

 

 そう結論付けた俺はハジメを連れてライセン大迷宮へと帰還する。

 

「良かったのか? 仕事を放り出して」

「良いって良いって。割と適当に作ったアーティファクトでも喜んでくれるしさ。それより大迷宮のゴーレムってことはオスカー師匠の作ったものだろ? それを改修する作業の方が絶対大事だって!」

 

 何やら興奮した様子のハジメを見て、いつの間にかオスカーを師匠呼びしていることに気付いた。

 

「オスカーを師匠と呼ぶのだな」

「そりゃそうだよ! あの隠れ家に残された研究書をまだ一部しか読めてないけど……オスカー・オルクスは間違いなく希代の天才だよ」

 

 いつもよりテンションの高いハジメの言葉を聞き、そっぽを向いていたミレディがぴくっと反応した。

 

「錬成に対する深い情熱と、過去の人物のはずなのに、現代の錬成理論の遥か先を行く技術力。しかも錬成だけじゃない。僕達地球の科学文明にも通じる基礎科学の理論をいくつか提唱してる。もし、オスカーの隠れ家にある研究書を翻訳してトータスで公開すれば、数世紀飛ばしの技術革命が起きるだろうね」

 

 ハジメのオスカーへのリスペクト溢れる言葉に、またもミレディはピクピク反応する。

 

「意外だけど、兵器の発明の資料より文化的な発明の資料の方が多いんだ。多分だけど、本当は戦うための武器を作るよりも、人々の生活を豊かにする発明が好きな優しい人だったんだと思う。本当、生きてたら一度会って錬成について話を聞いてみたかったよ」

 

 ふむ、そっぽを向いていたミレディがこそっとハジメの方を向き始めた。どうやら下心無しのハジメに仲間を褒められて気分が良くなったようだな。

 

「それで、これがそのオスカーが作ったゴーレムだが」

「どれどれ……えっ……」

 

 ハジメがオスカーの作った戦闘ゴーレムを見て、意外なものを見るような目で見る。

 

「ねぇ、君。どうしたの? 何か気になるところでもある?」

「いやえーと。その前に……君は誰?」

「ミレディちゃんはミレディ・ライセンだよ~」

「ミレディって……えっ!? 解放者の!? あ、ごめんなさい。初めまして、錬成師の南雲ハジメです」

「よろしくね~。それで錬成師君は何か気になるところでもあるのかな~」

 

 どうやら錬成師としてオスカーの作ったゴーレムに気になるところがあるらしい。こういう分野になると、何が気になるのか俺にもわからぬな。ここはハジメに任せた方が良さそうだと判断する。

 

「いや、このゴーレム。足が……というより下半身がないけど。これは壊れてるからなのかな?」

「違うよ~。このゴーレムは最初から脚がないよ~。重力魔法で浮いているんだから脚なんていらないでしょ?」

「それは違うよ!」

「へっ!?」

 

 いつも以上に力強く反論するハジメに、ミレディが驚いて一歩下がる。

 

「脚がいらないなんて結論。オスカー・オルクスが出すわけがないんだ。それにこのゴーレム。機体の大きさの割に装備が貧弱すぎる。アザンチウム鉱石の強度を考えれば、もう少し鎧を薄くして武器収納スペースは作れるし、まるでスカスカの武器庫を見てるみたいだ」

「よ……よくわからないけど落ち着きなよ……」

 

 勢いよく呟きながら自分の考えを纏めるハジメにミレディが引き気味に対応する。だが俺はハジメが何を言いたいのかわかってきた。

 

「なるほど、つまりハジメはこう言いたいわけだな。この機体は……まだ未完成であると」

「うん。多分そうだと思う」

「……えっ……」

 

 ハジメは肯定し、ミレディが驚きの気配を漂わせる。

 

「君は……オーちゃんが私に未完成の物を渡したって言いたいの?」

 

 ミレディの言葉に少し棘が混じるが、それを察したハジメがすぐに否定する。

 

「違います。正確に言えばこの状態で一応完成はしてるんです。けど……まるで妥協した上で完成させたというか……多分だけど単純に、この機体を完成させるための時間が足りなかったんだと思います」

「ッッ……それは……」

 

 なるほど。それは中々信憑性のある話だろう。当時のミレディ達がどのような状況に置かれていたのか想像することしかできぬが、決して時間に余裕があったわけではあるまい。

 

 無念ではあっただろうが、ある程度の完成度で妥協せざるを得なかった可能性は大いにあり得る。

 

「ハジメよ。お前ならこの機体を完成させられるか?」

「うーん。今の僕がオスカー師匠と同じレベルかと言われたら自信はないけど……やるだけやってみるよ!」

 

 自信はないと言いつつも、ハジメの目にはやる気がみなぎっている。

 

「とりあえず脚は付けるとして武装はどうしようか……重火器満載にするのも浪漫があるけどオスカー師匠の設計コンセプトは多分近接特化型。ならシンプルに大剣を持たせるか、それともドリルを搭載するか?」

「ドリル!?」

 

 自分が使う機体にドリルが搭載されると知って驚くミレディ。

 

「後はビーム装備を付けられたら面白いと思うけど、今の僕じゃ難しいかな? いや他で代用できれば……」

「びぃむ……って。ミレディちゃんよくわからないけど、材料ならこっちにあるよ」

 

 ミレディがとことこ壁際まで歩いていくと、一部の壁が開く。

 

 そこには、鉱石の山が大量に積まれていた。

 

「おおーー。凄い、宝の山だ! 何々……感応石!? これで遠隔操作ができるんだ……ならもしかしてできないと思ってたあの装備も作れるかも!?」

「全部は無理だけど少しなら分けて上げられるよ~」

「ッ! いいんですか!?」

「いいよ~。その代わりにミレディちゃんの戦闘ボディをスーパーグレートにしてね~」

「よしっ、これとこれは今使って、あ、こっちのは後で……」

「……ふふふ、本当に……錬成師は皆こうなんだね」

 

 ハジメの横顔を見つめるミレディは、心なしか懐かしいものでも見るような目をしていた。

 

 

 ***

 

 そして、アレーティア達は修行を、ハジメはミレディゴーレムの改修作業を開始して数日後。

 

「……はぁ!」

 

 体内に魔力を無駄なく止める技術の習得から始まった訓練は、より質の良い魔力を練り上げる修行へと移り変わっている。

 

 三人の中で唯一魔法主体で戦うアレーティアは、体内で練り上げたより純度の高い魔力を魔力分解効果のあるこの場所で長く維持する訓練を行なっていた。

 

 アレーティアが体内で魔力を練り上げ、掌の上で魔力球の形に整えるように維持する。

 

「んん……ッッ」

 

 そのままジッと耐えるように魔力を維持しているが、30秒経つと練り上げた魔力が周囲に拡散してしまう。

 

「確かに良くなったが、まだまだ練りが甘い。もっと魔力の粒子の一粒一粒に意識を巡らせよ。今のお前の魔力は”もぎゅ”だが、これ以上を望むなら”ぐにゅ~う”まで行かないと駄目だ。もっと魔力をもちもちぐにゅぐにゅさせるがいい」

「ん……頑張る」

「アノス……アレーティアに合わせて擬音増し増しで解説しないで頂戴。意味がわからないわ」

 

 俺がアレーティアにわかりやすく教えていると、雫から苦情が入る。

 

 現在、雫もまた質の高い魔力を練り上げる訓練を行っているが、アレーティアとは違い、現在は身体強化のみを行っている状態だ。魔法を交えた戦闘はまた別の機会で行うべきだと判断した。

 

「雫はそのままでよい。もう新たな身体強化の形はできておろう?」

「まあそうだけど。完成までは後少しかな」

 

 刀を正眼に構え、呼吸を整える雫から風の魔力を感じる。それは微塵も外に漏れることなく、呼吸と共に雫の体内を巡っているようだ。通常の身体強化とは違う、雫だけの戦闘スタイルができ始めているのがわかる。

 

 アレーティアと雫はもう少しというところか。

 

 そして……俺は一人離れたところで瞑想しているシアに対して、指先サイズの小石を放つ。

 

 亜音速で飛ぶ小石がシアの額に向けて放たれるが、シアは最小限の動きで小石を躱す。

 

「やはり完成するのはシアが一番最初だったか。シアよ、今どんな感覚だ?」

「……不思議な感じです。以前よりも感覚が鋭くなったような……」

 

 質の良い魔力を用いた身体強化において、もっとも早く成果を出したのは他ならぬシアだった。

 

 アレーティアとは違い、身体強化のみに時間を費やしているのも理由の一つだが、元々備わっている肉体のポテンシャルが高い。

 

「純度の高い魔力を身体の隅々まで行き渡らせられている証だ。よかろう、シアだけは一足先に別メニューに入る」

「ッ! 本当ですか!?」

「ああ。以前約束したであろう。今からお前に、その魔眼の使い方を教えてやる」

 

 シアの未来視の魔眼は、仮定の未来を見るものだとシアから聞いている。

 

 ただその魔力消耗量はかなり多く。任意で使うと1回使うだけで魔力が枯渇するというのが今までのシアだった。

 

「お前は一族が追放される前に未来視を使ってしまったがゆえに、一族が追放される未来を察知できず、その未来を回避できなかった。そうだな?」

「……はい。直前で友人の恋路の行く末を見るのに使ってしまって……」

「確かに強力な力ではあるが、任意での発動で魔力を根こそぎ持っていかれるのでは燃費が悪すぎる。だからこそお前にやってもらうのは、見る未来のコントロールだ」

「コントロール?」

「自らの危機に反応して自動で見える未来はともかく、戦闘時の任意発動で数時間後や数日後の未来を見る必要はない。見る未来は数秒からコンマ数秒でいいのだ」

 

 俺はシアの正面に立ち、シアと目線を合わせる。

 

「いいかシア。これから俺はお前に対して小石を放ち続けるゆえ、お前はそれを避け続けてもらう」

「小石ですか? けど今の私なら未来を見なくても避けれそうですけど。さっきも躱せましたし」

「ほう、これを見てもか」

 

 俺はシアに対して、ちょっとだけ本気を出してシアの顔横をかすめるように小石を弾く。

 

 すると空間中に爆発音が鳴り響き、壁の一部が吹き飛んだ。これには各自集中してたアレーティアと雫も何事かと目を向けてくる。

 

 シアは……目と口をあけながら固まっていた。

 

「えっ、嘘……今の……全く見えなかったんですけど……」

「当然だ。お前の自力で躱せるのであれば訓練の意味がないからな」

 

 シアが恐る恐る背後を振り返ると大迷宮の壁の一部が粉々になっている光景が見えたのだろう。顔を真っ青にし始めた。

 

「案ずるな。今のお前が死なぬように調節してある。お前が命の危機を感じれば、未来視が自動発動してしまって、これも訓練の意味がないからな」

「いや、いやいや。確かに死なないかもしれませんけど、これ怪我じゃすまないんじゃ……」

「そうだ。いっそシアが死んだら<蘇生(インガル)>を使うという<契約(ゼクト)>を結んでしまおうか。そうすれば蘇生する未来があると言うことで未来視の自動発動はなくなるかもしれぬ」

 

 誤ってシアの頭を吹き飛ばしてしまっても、蘇生するという確約があれば未来視は自動発動しないかもしれない。なぜなら未来では生き返っているのだから。

 

「アノス……流石にそれは自重しなさい」

「……生き返ればいいというものではない」

 

 俺の提案にがくがく震えているシア。それを見かねたのか雫とアレーティアが俺を咎めるが、俺としてはこんなものは序の口だ。

 

「何を言っている。この世界でも<蘇生(インガル)>が使えるとわかった以上、いずれお前達やクラスメイト達にも一度くらいは死んでからの蘇生を経験してもらうぞ。以前も言ったが、根源は消滅の危機に反応して力を増す。つまり実際死んで蘇るのは効率がいいのだ」

「噓でしょ!?」

 

 雫が何やら驚いているが、今まで俺はクラスメイト達には<蘇生(インガル)>を使えるかわかるまで手加減していた。

 

 もう少ししたら死を経験するほどの修行を開始する予定だ。

 

「わかりました。私、やります」

「シア……無茶は良くない」

「いいえ! もう未来視がもっと上手く使えれば、なんて後悔したくありませんから! やってやるですぅ!」

「よくぞ言ったシア」

 

 やはり土壇場でのシアの肝の据わり方は見事なものだ。

 

 だからこそ、この修行にて必ず未来視の魔眼を使いこなせるようにしてやらねばなるまい。

 

「石が飛んでくるタイミングを未来視で察して避け続けよ。それの繰り返しの中で自分にとって最適な力の運用方法を見つけるのだ。では……いくぞ」

「はい!」

 

 そして、シアの未来視をコントロールするための訓練は始まった。

 

 

 ***

 

 

 

 

 そして、訓練開始から7日が経過した。

 

 俺はミレディとハジメと共に、ライセン大迷宮の最深部、解放者の部屋にてモニターを観察する。

 

 モニターに映るのはそれぞれ別の場所にいる三人の姿。

 

『では始めるぞ。ルールは簡単。各々のやり方でライセン大迷宮の最深部を目指す。それだけでよい。ただし道中は以前と同じと思うな。所々俺のアレンジが加えられ、難易度が上がっている。油断すれば死ぬと心得よ』

『あー。もうミレディちゃんはツッコムのも疲れたよ』

『あはは……』

 

 横でミレディがやっと騒がしかった七日間が終わると呟き、ハジメが渇いた笑いを浮かべるが、今はアレーティア達に注目する。

 

『では始めるがよい!』

 

 そして、俺の合図と共に、アレーティア達がライセン大迷宮の再攻略を開始した。

 

 まず動いたのは雫。

 

 目の前で両手を合わせ、身体の内側に高純度の魔力を練り上げ、隅々まで満たしていく。

 

「”嵐身”」

 

 雫が新たな身体強化魔法を使いながら、廊下を疾走する。道中センサー式の回避困難な罠によって発生したトラップが雫を襲うが、それを難なく突破して突き進む。

 

 今までよりも反応速度が段違いで早い。純粋な身体強化ではシアに劣るが、精密動作という意味では雫に軍配が上がるだろうな。

 

 そしてシアもまた、身体強化を用いて、大迷宮を駆けていた。

 

「どりゃああああ──ッッ!」

 

 そこに大迷宮の罠に翻弄されていたシアの姿はない。雫より優れた身体強化にて力づくで押し通せる罠は力づくで突破するという豪快な姿を見せた。

 

 そして今のシアでは力づくで突破できない罠に関しては、シアが修行によって習得した新たな能力が生かされる。

 

「”天啓視”」

 

 未来視の派生技能として現れた天啓視は通常の未来視と違って数秒先の未来を見通す。あまり遠くの未来は見えないがその分消費魔力を大幅に抑えることに成功したシアの技能は、死角からのトラップすら対処する。

 

 

 最後の一人であるアレーティアは他の二人とは違った攻略を見せた。

 

「”凍獄”」

 

 周囲で発動しようとしていたトラップを発動前に凍結し、

 

「”来翔”」

 

 そのまま飛行魔法を発動。宙に浮かびながら進むことで床に設置されている罠を全て回避する。

 

 より高純度の魔力を練り上げられるようになったアレーティアは、地上と比較して七割の出力なら魔法を自由に使えるようになった。

 

 流石に全力とはいかないが、この環境で魔法が使えることは何よりのアドバンテージだろう。

 

「”雷斧”」

 

 現れた罠も魔法で砕けるようになったアレーティアは以前とは違い、のびのびと攻略することができていた。

 

 各々特訓の成果を見せながら、順調に大迷宮攻略を行っていく。

 

 そして大迷宮攻略から約3時間。三人は別ルートから決戦の間に到着した。

 

「アレーティアさん。やりましたぁ!」

「ん……シアも頑張った」

「確かに、前回よりずいぶん楽だったわね」

 

 己の成長を実感し、互いの健闘を称え合う三人。確かにここまでは順調だ。三人とも特訓の成果を披露し、余裕を持って大迷宮を攻略できている。

 

 だが……

 

「ふふふ、よく辿り着いたね。挑戦者たち……」

 

 そう、パワーアップを遂げたのは、アレーティア達だけではない。

 

「正直さぁ、この一週間ミレディちゃん色々ストレスとか溜まってるんだよねぇ~そういうわけだからさぁ~いきなり全力全壊でいくよ~。さあ、いでよ。ミレディちゃんの新たな戦闘ボディ!」

 

 そして、アレーティア達の目の前にそれは現れた。

 

 背面の機械的な三対の翼から光を噴出し、なかった脚が付けられたそれは、地球で父さんが長年視聴を続けている地球の代表的なロボットアニメで見たことがある姿によく似ていた。

 

 南雲ハジメ改修『スーパーミレディゴーレム vol.1』

 

 現状のハジメが持てる技術を使って開発した、ミレディの新たな戦闘ボディだ。

 

「あは、漲る、ミレディちゃんに力が漲ってくる~。これなら神のクソ野郎も倒せるかも~」

 

 意識をスーパーミレディゴーレムに移したミレディは以前よりも遥かにパワーが増したそのボディにご満悦のようであった。

 

「じゃあ、いくよ~」

 

 ミレディは背中に付けられていた大剣を手に取り、構えるアレーティア達に襲い掛かった。

 

 

 ***

 

 こうして、私ミレディ・ライセンにとって、騒がしい一週間が終了した。

 

「まぁ、みんなもまぁまぁ強くなったんじゃないかな~。まだまだミレディちゃんには及ばないけど~」

「くっ……屈辱」

「おのれぇ、ミレディ……」

「惜しいところまでいったんだけどね」

 

 最後の戦いで見事勝利した私に対し、挑戦者たちが声を上げる。

 

 うぷぷ、敗者の嘆きが実に心地いい。

 

 ……最後の戦いで負けかけて、少し大迷宮の試練では出さないと決めていた力を使ったのは内緒だ。

 

「うーん。やっぱり僕はまだまだだなぁ。オスカー師匠が残した設計図にあった、黒騎士王なんて最高に厨二溢れるゴーレムにはきっと及んでない。まだまだ精進しなきゃ」

 

 いやいや、錬成師君は嘆いているが君も中々のものだと思うよ。これからも頑張ってほしいものだ。

 

 

「さて、ミレディよ。俺の報酬は気に入って貰えたか?」

「報酬? 君からは特に何も貰ってない気がするんですけど~」

 

 散々大迷宮を弄り回し(直してもらったけど)、散々壁やトラップを破壊し(これも直してもらったけど)、ミレディちゃんの大迷宮を本気で修行に使った異世界の俺様魔王が何か言っている。

 

「報酬とは何も形に残るものだけではあるまい。お前にとって大切なのはこの大迷宮か? それとも神代魔法を授ける魔法陣か? いいや、どれも違うであろう。お前が長い時を超え、待ち続けていたものは……目の前にある」

 

 話を聞かない暴君の視線の先には、お互いの成長を喜び合う吸血鬼の女の子と兎人族の女の子。

 

「俺と雫は異世界人だ。最後に故郷に帰還するのが目的である以上、真の意味でお前の望みを叶えることはできぬ。だが、あの二人は違う。どちらもこの世界の生まれで、付け加えるなら今の神エヒトが支配する世界の構造とは相いれぬ存在だ」

 

 彼らがこの大迷宮に居座るようになった一週間、私は今の世界や彼女達の事情を知ることになった。

 

 私の時代よりも民達の力が弱くなっていること。教会の支配は未だに盤石であること。亜人族は私達の時代以上に差別を受けていること。魔人族が神の名のもとに、幾度も人族に戦争を仕掛けていること。

 

 それを聞いた時、やはり嘆きの感情は抑えられなかった。

 

 確かに私達はわずかな間とはいえ、あらゆる種族の垣根を超えて一つになった。私達はいつか彼らなら神を超えられると信じて後を託したが、エヒトの支配はやはり強固で、未だにこの世界の人々を蝕み続けていることに、エヒトへの憎悪が蘇りそうになったが、そこに異世界の魔王は待ったをかける。

 

「だからこそ、いつかあの二人が、今の世界に抗う者達の中心になるのだ。この世界の生まれでありながら、自らの運命に立ち向かうと決意した、あの二人が……」

 

 だが、私達の希望は消えてはいなかった。数は少ないが、まだまだ未熟だが、確かに今の世界に抗い、真に自由な未来を掴もうとする者はいたのだ。

 

 気の遠くなるほどの時間が流れた果てに、ついに辿り着いた。

 

「さて、ミレディ・ライセン。かつてこの世界の運命を変えようとした者よ。お前の目からみて、あの二人はどう映る?」

 

 彼女達は笑っていた。このミレディ・ライセンの大迷宮を超え、世界の真実を知ってもなお、曇ることなく、しっかり前を向いていた。

 

 ああ、その姿は私にとってあまりにも……

 

「中々どうして…………頼もしいであろう」

 

 ……ちくしょう。悔しいが認めよう。

 

 異世界の魔王は確かに、私に得難いものを与えていた。

 

「うん…………とっても☆」

 

 きっと彼女達なら他の大迷宮を超え、この世界の魔法の深奥にたどり着き、私達が出来なかった神の討伐を成し遂げる。異世界の魔王にその成長を見守られながら……

 

 

 この一週間で彼女達が私に見せた可能性は、私にそう信じさせるに値するものだったのだ。

 

 彼女達が紡ぐ未来を想像した私の心は、数千年ぶりの安堵に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで相談なんだが、俺の仲間はまだ20人以上いてな。他のメンバーもこの大迷宮で修行させたいのだが、構わぬか?」

「うん、それは無理☆」

 

 それはそれ。これはこれだ。

 

 感謝はしてるが、少しは自重しろ、異世界魔王。

 

 

 

 

 

 

 

 

 アノス達のいるライセン大迷宮より、遥か北に位置する島にて、ある一人の女が一族に見送られているところだった。

 

「お気をつけください、姫様。今の大陸はいつもとは違います」

 

 着物を着た妙齢の女性に見送られるのは、一際美しい美女だった。

 

 黒い長い髪に、着物越しでもわかる豊満な身体。そしてその身に宿す魔力は大陸の平均値を大きく超える。

 

「心配するでない。ヴェンリよ。妾とてもう子供ではないのだぞ」

「……そうでしたね。あんなに小さかったあなたが……時が経つのは早いものです」

 

 女は乳母に挨拶した後、己の祖父に顔を向けた。

 

「気をつけよ。監視者カルトゥスが観測した異質の存在は今なお力を増しておる。味方になればよいが、神が呼び出したのであれば油断することはできぬ。用心するがよい」

「わかっておる。妾とて油断などせんよ。特に……」

 

 

「……呼び出された者の中で一際巨大で禍々しい魔力を纏うものにはのぉ」

 

 女は自らの魔力を解放し、その姿を変えていく。

 

 

 彼女達は、トータスではもう歴史の闇に消えたと思われている種族だった。

 

 その身を見上げるほど巨大な竜に変え、空を悠遊と飛ぶその姿は、かつては世界の守護者とも呼ばれた種族だった。

 

 過去神の陰謀によって数を減らし、隠れ潜まなければならなくなったが、それでも彼らの力は未だに健在なのだ。

 

 ”では皆の者。いってくるのじゃ! ”

 

 彼女達は竜人族。この世界最古の民の一つであり、この世界の悪神エヒトに抗う者達。

 

 そして、大陸へ向けて飛び立ったのは竜人族の中でも姫と称される特別な地位にいる人物。

 

 竜人族の姫、ティオ・クラルスは竜の姿にて大陸に飛び立つ。

 

 暴虐の魔王と呼ばれた男と、彼女が邂逅するのは、あとわずか。




おまけ
後日、ライセン大迷宮入口前にて

看板「おしらせ。ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮は現在改装工事中です。なので挑戦者の受付は現在しておりません。だから誰も入ってきてはいけないのです。とくに名前に”ア”と”ノ”と”ス”がつく異世界の魔王は入ってくんな☆ byミレディ」
ア「…………解せぬ」
雫「いや、解せるわよ……」


ミレディの評価(高い順)

ハジメ:仲間のオスカーをリスペクトしているのが伝わるので原作からは考えられないほど好感度が高い。素材は自ら分けてくれるし、オルクスと同じくハジメは、転移でライセン大迷宮の最深部に入れるようにアノスにより設定されたのでこれからもゴーレムはパワーアップする模様。

アレーティア&シア:心が擦り切れ、絶望しかけていたところに現れた希望。彼女達が作る未来を楽しみにしている。

雫:苦労人。あの理不尽と良く付き合えるなと感心している。

アノス:希望を見せてくれたことには感謝はしてる。感謝はしてるが……素直に認められない。少し自重しろ異世界魔王。


アノスにとっての大迷宮

オルクス:サファリパーク
ライセン:アスレチックパーク

はたして、残りの大迷宮はどうなるのか。


あとがき
という訳で魔王アノスのトータスでの冒険譚第二幕、いかがだったでしょうか。
魔王学院原作と比較して苦労したところはやっぱり敵の不在ですね。
魔王学院世界は何だかんだ敵も神を始めとして中々チート集団です。それゆえにチート級に強い敵をさらに強いアノスが無双していくという話ができるのですが、ありふれにはまだアノスが力を発揮する敵がいないというのが現状。
いつかアノスも暴れさせたいんですが、暴れると本当に何でも一人で解決できてしまうのが困ったものです。

第三章はそろそろ原作とは少し違う流れになってくるかもしれません。
はたして竜人族の姫は原作通り変態になるのか。それとも別の道を行くのか。
この辺りで死ぬはずの生徒はどうなるのか。

次章がいつになるかはわかりませんが、またこつこつ書いていこうと思いますので気長にお待ちください

では


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