最強提督物語〜大海原を駆ける戦士達〜 (鬼武者)
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第一章ブラックだった鎮守府編
第一章の主要設定集


《主要人物》

・長嶺 雷蔵(ながみね らいぞう)

年齢 15歳

階級 海軍大将

役職 海上機動歩兵軍団「霞桜」総隊長

本作の主人公であり、物語の視点は基本コイツの視点である。自分はそう思っていないが、絶世の美男であり街では全ての人が振り返る。性格は普段は優しく穏やかで真面目なしっかり者で、偶におちゃらけたり天然だったりするが、一度戦闘となると、戦闘狂となりバーサーカーレベルの力で相手を捻じ伏せる。脳筋プレイだが、広い視野と培った経験で戦場を分析し、最適な攻撃や戦略と戦術を作り出す事も可能。また、非常に冷酷かつ残忍で、相手が例え愛する人でも殺すし、殺されても表情一つ変えずに次の一手を打ち続ける。

副業がてら株式と不動産投資をしており、資産もえげつない。趣味はないが、ミッションの為に様々な技術や知識を持っておりプロ級な物もある。因みに普通の学校には行った事がなく、一度普通の学校に行くのが密かなる夢。

過去の作戦により、その経歴のほぼ全ては最重要国家機密に指定されており様々な能力を秘めている。

 

・犬神

見た目は真っ白な毛並みの大型犬だが、妖怪である。その為、戦闘時は噛み付いたり爪で引っ掻いたりもするが、妖術を使った攻撃もできる。大きさを自由に変えられる事が可能で、馬みたいに人や物を背中に乗せて、別の場所に運ぶ事も可能。因みに水上も走れる。強靭な顎で様々な物を食らう事ができ、深海悽艦も普通にバリボリ食う。人間の言葉を理解し、普通に会話もできる。

 

・八咫烏

言わずと知れた、初代天皇を導いた烏。犬神同様、大きさを自由に変えられる事ができ、長嶺の空の足となり目となる。しかし移動する武器ラックに近い働きが主であり、腹の下と胴体横にリボルバー式の武器保管スペースがついており、様々な専用武器や装備を格納している。基本的に腹の下は服、右胴体横は右手、左胴体横は左手で使う武器をしまっている。

 

・東川 宗一郎(あずまがわ そういちろう)

年齢 52歳

階級 海軍元帥

役職 第三十二代連合艦隊司令長官

日本海反攻作戦と太平洋反攻作戦において、陣頭指揮を取り勝利に導いた軍神。彼自身の戦闘能力は並程度だが、指揮や根回しといった能力はピカイチである。様々な面で長嶺のサポートをしており、長嶺も裏の情報を渡している為、とても縁が深く、国家機密になっている真の姿も知っている。その為、長嶺からは2人だけの時は「親父」と呼ばれている。

 

・グリム

年齢 27歳

階級 海軍少佐

役職 海上機動歩兵軍団「霞桜」副隊長兼本部中隊中隊長

長嶺の右腕であり電脳世界において、伝説となっているハッカーであり霞桜の副長。霞桜の隊員全員に言える事だが、過去や戸籍等の個人情報は全て抹消されている。その為、グリムもコードネームに過ぎない。

性格は温厚で、誰に対しても敬語を使っている。ブチ切れてる時も、敬語で相手を挑発する。例えば「死ね」を「ご逝去あそばされてください」と言う感じ。

戦闘はあまり得意ではなく、基本的に後方からの支援に徹している。しかし監視カメラのハッキングや、セキュリティの突破等、なくてはならない存在である。

 

・マーリン

年齢 45歳

階級 海軍大尉

役職 海上機動歩兵軍団「霞桜」第一中隊中隊長

狙撃を得意とする兵士。隊内の中でも最高齢であり、常に年長者としてのアドバイスや意見を皆に示す。体力や能力も若い兵には負けておらず、寧ろ優っている事も多々ある。性格は紳士らしく、とても優しく広い見識を持つ人物。因みに隊員からは「おやっさん」とか「親父さん」とか言われてたりする。

専用の武器としてレバーアクション式スナイパーライフル「バーゲスト」を使用する。

 

・レリック

年齢 35歳

階級 海軍大尉

役職 海上機動歩兵軍団「霞桜」第二中隊中隊長

霞桜の技術屋であり、兵器や装備は基本的にコイツが行っている。後述の機動本部車の設計、自立稼働型武装車の変形機構はレリック作である。他にも色々趣味で作っているが、偶に珍発明を編み出す。その際は部隊内の隠語として「レリックが紅茶をきめた」と言われる。性格は寡黙で感情を表に出さないが、実は単に恥ずかしがり屋なだけ。しかし兵器の新しい設計や魔改造する時になると、人が変わった様に喋る。

専用武器はないが、自作のマニュピレータを使って様々な兵器を操って戦う。

 

・バルク

年齢 35歳

階級 海軍大尉

役職 海上機動歩兵軍団「霞桜」第三中隊中隊長

マシンガンの名手である兵士。マシンガンによる支援攻撃と、M2を立ったままぶん回す怪力で、隊の突撃隊長的存在。性格は豪快で熱血な絵に描いたような漢。実はレリックとは幼馴染であり、互いに信頼しあっている。因みに顔はメッチャ怖いが、以外とお茶目で優しい。だかしかしレリックとバルクは昔、とある潜入任務で料理をしたら何故かソマンを生成して、陸自の化学防護隊が出動する大事件を起こした事がある程の料理音痴。

専用武器はガトリング砲のハウンドだが、結構いろんな重機関銃を使う。

 

 

《新・大日本帝国海軍の人物》

・山本 権蔵(やまもと ごんぞう)

年齢 56歳

階級 海軍大将

役職 舞鶴鎮守府司令官

かつて東川の右腕として活躍していた男。性格は武士道精神を体現しており、真面目で人の為に命を捨てるのも惜しまない、と自他共に言われていふ。現在は地元でもある舞鶴に着任しており、地域住民からも「権蔵爺さん」の愛称で慕われている。だが本人としては爺さん呼びは余り好きではなく、密かな悩みとなっている。実は旧大日本帝国海軍の司令長官、山本五十六の血縁者だったりする。

 

・風間 傑(かざま すぐる)

年齢 28歳

階級 海軍大将

役職 呉鎮守府司令官

爽やか系イケメンの男。性格は一見のほほんとして優しそうだが、一度怒るとサディストとしての一面を覗かせる。地域住民、特に女性と子供から人気であり、イベントに良く呼ばれている。自身がそう言うのが好きな為、仕事ほっぽり出して行くもんだから艦娘達から不満を言われてたりする。

 

・河本 山海(かわもと さんかい)

年齢 48歳

階級 海軍大将

役職 佐世保鎮守府司令官、河本コンツェルン総帥

色々黒い噂の絶えない男。資金横領してるとか、他国とのマフィア、具体的には中南米の麻薬カルテルとか中国マフィアと癒着してるとか、艦娘に暴行してるとか、他国に情報を売ってるとか、上げればキリがない。そんな訳で霞桜とか公安が追ったり、潜入したりはするが尻尾は掴めていない。性格は自己中心的かつ傲慢で、他人を文字通り蹴落としてでもトップに行こうとする狂気とさえ言える出世欲で固まっている。その為か、自分より若い者の助言は絶対に聞かないどころか目の敵にしている。父親が地元福岡の名士で元国会議員であり、叔父は世界的にも有名な河本コンツェルンの元総帥、弟は警察官僚、従兄弟は長崎県知事である。この地位に着いたのも、親の七光りやコネである。

 

 

《組織紹介》

・海上機動歩兵軍団「霞桜」

長嶺の指揮する最強の特殊部隊であり、艦娘を除くと唯一深海棲艦と互角に戦える海上戦力である。その任務は主に二つあり、一つは深海棲艦を倒す事。もう一つは日本に取って有害な人物の暗殺や、日本国内の裏切り者の粛清を行う事である。「粛清」と聞くと見境無しに人を殺しまくるイメージがつくと思うが、実際は死んで然るべきの行いをした者や、仮に捕まっても死刑になるのは免れない様な者が対象である。例えば「外国の工作員の手引きとサポートをしていた」とか「艦娘を奴隷として売り払おうとした」とかである。

 

・新・大日本帝国海軍

日本に艦娘が現れた結果できた組織。艦娘達の強い希望から名前だけは「軍」であるが、上位組織は防衛省である。つまり自衛隊と同じ扱いではある。しかし制服は旧来の物を採用しており、軍刀も帯刀可能。

 

 

《長嶺専用武器・兵器紹介》

・土蜘蛛HG

15mm口径の長嶺専用ハンドガン。装弾数は8発の自動拳銃。ライト、レーザーポインター、サイレンサーが装着可能で、見た目は前がM1910で後ろがM76。更にこれをロングバレルにした感じ。正しこの銃は、先の首都高での戦闘時に破砕しており現在は使用不可能。

 

・朧影SMG

9mm口径の長嶺専用サブマシンガン。縦列二銃身で装弾数は200発と多く、連射力も高く設定されている。ライト、レーザーポインター、サイレンサー、サイトが装着可能で、見た目はP90とマグプルPDRを融合させた感じ。

 

・鎌鼬SG

12ゲージの長嶺専用ショットガン。装弾数50発のドラムマガジンを標準装備している、面攻撃の鬼。AA12のように連射できる為、閉所戦や接近戦においては、敵を数秒で肉塊にできる。アタッチメントは付けられない。見た目はマグプルマサダにAA12を足した感じ。

 

・竜宮AR

5.56mm弾と機関部を変える事で7.62mm弾も撃てる、霞桜専用アサルトライフル。装弾数は5.56mm弾だと40発、7.62mm弾は30発であるが、ドラムマガジン装備で増やすことも出来る。高い汎用性と改造性を兼ね備えており、グレポンだろうがサイレンサーだろうが、銃剣だって装着できる。見た目はHK416にSCARを混ぜた感じ。

 

・大蛇GL

40mmグレネード弾を発射するグレポン。見た目はアーウェン37とダネルMGLを足した感じなのだが、弾倉が巨大化し20発の弾を装填できる。

 

・月華LMG

長嶺専用軽機関銃だが軽機関銃とは名ばかりの、縦横二銃身の計四銃身の機関銃。上が5.56mm、下が7.62mm弾を発射する。装弾数は一つの銃身につき200発であり、合計800発である。お分かりだと思うが、これ一つで濃密な弾幕を貼る事ができる。スコープやサイト系のみ装着できる。

 

・風神HMG

長嶺専用重機関銃で、マクロスのガンポッドの様な見た目をしている。七銃身で5.56mm弾2万発を装填でき、圧倒的な火力で制圧できる。因みに弾丸込みで25キロあるが、これを片手でぶん回している。

 

・桜吹雪SR

20mm弾を発射する、超長距離対物スナイパーライフル。ゲパートとバレットを足した感じで、結構武骨。射程は5キロだが、レリックが使うと7キロ、長嶺だと10キロまでなら当たる。尤もレリックはM200をレバーアクション方式に変更した、特別性のを好んで使う為あまり使っていない。一応霞桜専用スナイパーライフルだが、マトモに扱えない為12.7mm弾を使用するダウングレード版が使われる。

 

・薫風RL

長嶺専用の九連装の多目的ミサイルランチャー。80mmの対戦車、もしくは対空ミサイルを搭載できる。ミサイル自体の威力と誘導力、機動性と速度も高い水準な為、しっかり狙えば百発百中。見た目はフリガーハマーにジャベリンの照準装置を付けた感じ。

 

・幻月

無名の名工が鍛え上げた最上級の一品。玉鋼だが刀身が蒼白く光を反射し、ダイヤモンドですら両断できる切れ味を持つ。一般人が斬ろうとすると、必ず不幸が訪れる曰く付きの刀だが、真の強者が使うと破格の力を発揮し衝撃波の様な物で、対象を切断する事もできる。

 

・閻魔

地獄から送られたされる、どういうルートから来たか謎な刀。刀本人が認めないと、斬るどころか抜く事もできない。炎の紋様が刻まれており、炎を纏わせて斬ることもできる。最大火力は戦車を一刀両断できる。

 

・雷神HC

120mm戦車砲を無理矢理コンパクトにして、手持ちできるように改造した大砲。最早、長嶺以外は使う事すらできない。文字通り、化け物砲である。弾種は焼夷弾、徹甲弾、榴弾、徹甲榴弾、焼夷徹甲弾、焼夷榴弾、焼夷徹甲榴弾、劣化ウラン弾から選べる。信管は通常型、VT、無線、遅延から選べる。見た目はハルコンネンII。

 

・龍雷RG

30mmレールガン。装填数2発だが、1発でも擦れば戦車を行動不能にし、直撃すれば艦船が沈没する兵器。これを扱えるのも、長嶺たった一人である。

 

 

《霞桜専用武器・兵器紹介》

・バーゲスト

マーリンの為に特別に設計された、超長距離対応型スナイパーライフル。ウィンチェスターとM24を混ぜた様な外見をしており、今どき珍しいレバーアクション銃である。機関部を取り替える事により7.62mm、12.7mm、20mmの3種類が使用可能になる。装弾数は5発である。

 

・ハウンド

数ヶ月前にトランスフォーマー ロストエイジを観ていた際に、劇中のハウンドが使っていた三連装ガトリング砲を見て欲しくなり、専用武器として製作された。劇中同様、七銃身のガトリング砲を3本束ねている。口径は7.62mmであり、高い制圧力を持つ。しかし重すぎて、バルクか長嶺、マニュピレータ装備のレリックくらいしかマトモに使えない。

 

・面

霞桜が使う多機能のお面。殺害対象と非殺害対象の見分け、望遠、暗視、熱源探知、X線による透視、通信、毒ガスから身を守る為のガスマスク機能が付いている。各大隊で異なったモチーフの面を着けており第一大隊は母鬼、第二大隊は神鳴、第三大隊は般若、第四大隊は狼、第五大隊は龍、グリムは白の狐、長嶺は黒の狐である。因みにレリック作。

 

・機動本部車

全長 30m

全高 8m

武装 120mm速射砲 1門

   30mm機関砲 6門

   六連装多目的ミサイルランチャー 2基

   火炎放射機 4基

グラセフ オンラインに出てくる機動作戦センターを、レリックがふざけて作っちまった兵器。武装は荷台正面に速射砲、四隅と中心部に機関砲、屋根にミサイルランチャー、車体底部に火炎放射機が装備されている。装甲もバンカーバスターを弾く程度には強いことから、「陸上要塞」と言っても過言ではない。そんな超ヘビー級なのに、最高で200キロを出せるモンスターマシン。

 

・自立稼働型武装車

世界中にある様々な車を元に、レリックとグリムが魔改造を施した車と言っていいのかすらもわからなくなるマシン。武装もバリエーション豊富で、マシンガンやらミニガンが付いているのもあれば、グレポンやミサイルを装備している物、チェーンソーや丸鋸を装備している物もあって、隊員達が思い思いに武装を載せている。中には武装を載せない代わりに、諜報に特化させた物もある。ただ共通してるのが最低でも30mm機関砲に耐える装甲、極地でも安定して走破できる能力、AIを搭載して自立稼働が可能、という3点である。

 

・水上装甲艇「陣風」

全長 10m

全高 4m

武装 30mm機関砲 1門

   40mm擲弾筒 1門

   多目的ミサイルランチャー 8基

霞桜が使う水上兵員輸送車である。見た目こそAAV7の様な感じだが、中身は遥かに高性能である。最高時速60ノットで、火力支援能力も高い。

 

・水上バイク

全長 4m

全高 1.2m

武装 30mmガトリング砲

市販の水上バイクに武装と装甲を施し、エンジンを特注の物に変更した物。余り武装も装甲も強くないが、速度がとにかく速い。その速度、80ノットという超スピードである。

 

 

《世界情勢》

・アメリカ

深海棲艦の襲来で国力は落ちたが、ヤンキー魂で生き残っている。軍事力も影響力も落ちたが、経済力だけは欧州戦争で前よりも増大している。

 

・ヨーロッパ

深海棲艦の襲来で2021年に欧州戦争が起こる。別名EU内乱。イギリスのEU離脱によるEU加盟国全体の経済的な低下と深海棲艦の襲来による混乱から起きた戦争であり、主にドイツやフランスを筆頭とした西側とハンガリーやブルガリアを筆頭とした東側が対立した。最初は民衆同士の暴動程度だったものの、そこに東側諸国が軍隊で鎮圧という暴挙に出てそこから戦争が始まったとされる。これに加えて深海棲艦襲来によって国民の支持率が低下していたり、日本にいいとこ取りされて面子丸潰れアメリカとロシアが介入し、見事なまでに泥沼化。一応3年で落ち着いたものの、今だに緊張状態は続いておりポーランド、チェコ、オーストリアは危険地帯となっている。

 

・南米、アフリカ

深海棲艦の脅威よりも、深海棲艦によって政府が機能不全を起こした事で勃発した内戦や戦争で疲弊しきっており、マフィアやらカルテルやらがハバを効かせたりと、世紀末状態である。因みに一番勢いがあるのがUnstoppable Revolution、通称URと呼ばれる組織である。

 

・ロシア

元が海軍国家ではないので余り被害は無いものの、交易相手がドンパチ中であったり、海運ができなかったりで経済は安定していない。

 

・中国

2023年に中華民主独立革命と呼ばれる反乱が起こる。香港の反乱軍が行った反乱であることから、一般的には香港革命と呼ばれている。この革命により、1949年の建国より76年間の中国共産党による独裁政権は倒れた。現在は新・中華民国となっており、台湾と和解している。

 

・日本

世界で現在一番発展している国家。深海棲艦に唯一対抗できる艦娘を保有し日夜世界中の海を解放するべく戦っているが、他の国、特にアメリカからは覇権を取られた事で、一部から逆恨みされている。



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第一話大波乱の着任

ズドドドドド、ズドドドドド

ダダダダダダダダダダダダダダダ

鳴り響く銃声。炸裂する砲弾。空を駆けるヘリや戦闘機。ここは戦場。ここは地獄の一丁目。

 

「シン!!お前は日本に必要な野郎だ!生きろ!!!!」

 

そう言って、一人の男が走り出す。走り出す先は、眼前に迫る戦車。男は戦車に飛び付くと、戦車諸共爆発した。

 

 

今度は3人の男がボートに乗っている。ボートは海の上を、ただユラユラと漂う。

 

「悪いな。俺は.......ここまでだ.......。じゃあな、シン、ノブ」

 

ボートから傷だらけで、血に塗れたの男が海に飛び込む。

 

 

「お前は生きろ!生きて、日本を守ってくれ!!」

 

ボートに乗っていた、もう一人の男がサメに向かって身投げして、自爆する。

 

 

——あぁ、思い出した。これはあの日の記憶か。封印した筈の忌々しい記憶が、何故蘇った?ははは、そうか。「戦いを忘れんな」っていう、お前達のメッセージか?そうだろ?なぁ、ノブ、ミツ、ヒデ。

 

 

 

西暦2020年。世界の海は突如として、ある者達によって奪われた。後に深海悽艦と呼称される生命体である。タイプは大別して肌が異様に白い女性の人型と、不気味な魚みたいな見た目の物がいる。中には怪物みたいな見た目だったり、どっちでもないのもいるが、基本は人型と魚型だ。この深海悽艦によって、人類は制海権を喪失。海に面した国や、海に面した国との関わりの大きかった国々は、崩壊するか首の皮一枚で繋がって危険な状態が続いているかの二択となった。勿論、こうなる前に各国は深海悽艦に対する攻撃を敢行した。国境を越え、連合艦隊を組んで戦った。結果は敗戦。奴らに我々の兵器は、どれも通じなかったのである。

しかし一国だけ、深海悽艦と互角に戦える国があった。ユーラシア大陸の東に位置する島国「日本」である。反攻作戦後に突如として現れた、在りし日の戦船の魂を持った娘、通称艦娘を用いて日本はジワジワと勢力を拡大。遂には日本海と太平洋側の領海を解放するにまで至った。

 

 

2030年4月3日東京渋谷区 ラ・トゥール代官山

スマホのアラームが鳴り響く。俺はこの音で目が覚めた。

 

「もう朝か.......」

 

身支度を整え、簡単な朝食を作りながら今日見た夢の事を考える。忌々しくも懐かしい、あの日の夢を。

 

『本日のニュースです。警視庁は失踪した江ノ島鎮守府の提督、安倍川餅氏を「事故死」と発表しました。これを受け帝国海軍は「新たに提督を選定済みなので、国防に穴は開かない」と発表し、失踪した安倍川餅大将についてはコメントを拒否しています』

 

「プハァ、朝はやっぱりキンキンに冷えた緑茶に限る。コーヒーや紅茶は、邪道だ邪道」

 

いや、普通はコーヒー派が多いよ?というツッコミはさておき、簡単な朝食を食べる。メニューはトーストに目玉焼きと「絶対コーヒーが合うだろ」というメニューである。何故に緑茶をチョイスしたかは、わからん。朝の情報番組を垂れ流し、適当に時事ネタを集める。因みに最近のトップニュースは、現職の江ノ島鎮守府提督が失踪した事がである。

そんな朝の優雅なひと時を、一本の電話が終わりを告げた。

 

「もしもし長官ですか?」

 

『そうだ』

 

電話を掛けてきたのは、長嶺の上司たる連合艦隊司令長官の東川である。

 

「なんの御用でしょう?」

 

『いやな、ちょっと今から防衛省に来てくれ』

 

「はい?」

 

『いいからいいから』

 

「わかりました」

 

腑に落ちないが、来いと言われて行かん訳にもいかないので、防衛省に行く為制服に着替える。準備を終えると駐車場に止めてあるSF90に乗って、防衛省へ向かった。

 

 

「失礼します!」

 

「待ちかねておったよ」

 

「お久しぶりです、長官!」

 

互いに敬礼し合う。その姿は、誰が見てもカッコいいと思う程に綺麗な物である。

 

「いや、さっき話しただろう?」

 

「まあ、そうなんすけど」

 

「変わらんな」

 

「人間そうは変わって溜まるもんですか。で、用事とは?」

 

少しふざけ合っていたが、本題に入ると2人とも真剣な面持ちに変わる。

 

「お前に鎮守府を任せたいと思ってる」

 

「鎮守府?霞桜はどうなるんです?」

 

「霞桜はそのまま、お前の行く鎮守府に所属させる」

 

因みに霞桜とは、正式名称を海上機動歩兵軍団「霞桜」と言い、長嶺が指揮する秘密特殊部隊の事である。詳しくは後述するが、取り敢えず「クソ強い特殊部隊」と考えていて欲しい。

 

「そうですか?場所は?」

 

「江ノ島鎮守府」

 

「マジか」

 

この江ノ島鎮守府、一ヶ月前に任務で霞桜が行った所である。しかも任務内容が、そこの提督の暗殺。先程朝の情報番組で失踪したと言っていた安倍川餅は、実は霞桜、というか長嶺が暗殺していたのである。世間では「失踪」としてあるが、実際はもうこの世には存在していない。

 

「気持ちは分かるが、艦娘達の力になれるのはお前だけだ」

 

「気にしちゃいません。ですけど、秘書艦とかは?」

 

「それについては、飛び切りのを二人用意済みだ。入りなさい」

 

「「失礼します」」

 

二人の女性が入ってくる。一人は長いポニーテールの「大和撫子」が相応しい美女。もう一人は褐色肌にサラシを巻いた美女。艦これユーザーなら分かるであろうが、大和と武蔵である。

 

「大和型戦艦一番艦、大和です。提督、よろしくお願いします」

 

「大和型戦艦二番艦、武蔵だ。よろしく頼むぞ提督」

 

「あー、長官?」

 

「何だ?」

 

「海軍の二大決戦兵器がなぜ俺の所に?」

 

実艦でもそうであったように、大和型の2人は日本が保有する最強の兵器であり、実艦では秘匿されていた存在だったが現在は広告塔として海軍の代名詞となっている。そんな2人が配属されると言われて、驚くなという方が無理がある。

 

「おもしろそうだから」

 

「ダメだこりゃ」

 

思ってたよりもアホな理由に、少し気が抜ける。

 

「あ、他にも餞別がわりに、一つの部隊を渡そう」

 

「失礼します」

 

今度は青みがかった白い髪の若い男が入ってきた。

 

「よく来たな。これから君の上司となる、長嶺雷蔵だ」

 

「貴方が、あの霞桜総隊長ですか。初めまして、メビウス1と呼んでください」

 

「メビウス1!?なんで太平洋海戦の英雄がいるんだ!?!?」

 

メビウス1は深海棲艦との初期の戦いである太平洋海戦、正式には「東太平洋反攻作戦」と呼ばれる戦いで、本来なら殆ど現用兵器が効かない深海棲艦を戦闘機で倒した最強の戦闘機パイロットである。彼の指揮する部隊であるメビウス隊は、他の深海棲艦にダメージを与えた戦闘機パイロットの最強格を集めて作られた部隊である。因みに東川もこの戦いに参加しており、指揮官として勝利に導いた事から今のポストに付けていたりする。

尚、メビウス隊の元ネタは某エースなコンバットのメビウス隊である。

 

「お前の部下につける為だ」

 

「俺、これからどんな戦場に行くんだよ.......」

 

「他にも色々付くが、取り敢えずはこんな所だ。そんじゃ、頑張ってこーい!!」

 

「へーへー、わかりましたよ」

 

メビウス1はメビウス隊を連れて戦闘機で向かい、3人は陸路で江ノ島鎮守府に向かう事になった。

 

 

「提督、メビウス1の言っていた「霞桜」とは何だ?」

 

「俺の指揮する秘密部隊の名前だ。任務内容は暗殺とか工作活動とか、まあCIAみたいな事をやってると考えてくれたらいい。これにプラス深海悽艦の撃破も任務内容に入っている」

 

「深海悽艦を倒せるのですか⁉︎」

 

「と言っても、弱い奴らだけどな」

 

と言うが、連携や弱点を正確に攻撃する事が出来れば姫級であろうと倒せるし、総隊長を務める長嶺に関しては.......、それは今は敢えて語るまい。

 

「貴様、中々の人間の様だな」

 

「そうかい?」

 

「あぁ」

 

「あ、そうだ。運転手、自宅に寄ってくれ」

 

「はい」

 

一度自宅に寄って、必要な物をバックに詰めて旅支度をしていた。そして犬と烏を連れて行く。

 

「ワンワン」

 

「提督の飼い犬ですか?」

 

「何て言えばいいんだ?まあ、そういう認識が一番楽なのか?」

 

「何やら含みのある言い方だな?」

 

「ペットではないんだが、いかんせん説明がめんどくさい」

 

「そうか」

 

車が出発して少し経った頃、この謎の犬がその本性を表す。

 

「ポニーテールのお姉ちゃん、お水頂戴?」

 

「いいですよ。って、え!?」

 

「い、今、喋ったのか?この犬が?」

 

「うん?そうだよ」

 

なんとこの犬、見た目は白い毛並みの普通の犬なのだが、喋った上に普通に会話を交わしたのである。普通に考えてあり得ない。

 

「犬神、二人とも混乱してるだろ」

 

「あー、ごめんなさい主様」

 

「提督よ、この犬っころは何なのだ?」

 

「犬神っていう妖怪らしい」

 

「「妖怪!?」」

 

流石の2人もビックリな様だ。

 

「な、何を言ってるのですか?」

 

「なんか三年前に高千穂でコイツから接触してきて、なんか気づいたら眷属化してた」

 

「そ、そんな簡単に」

 

「嫌だって、その前には八咫烏も眷属にしちゃってるし」

 

「八咫烏って、あの八咫烏か⁉︎」

 

「うん」

 

大和に関しては、もう後半から完全にフリーズしている。一方の武蔵は豪快に笑っているから、多分適応したっぽい。

 

「大和よ、どうやら私達は規格外な提督の元に配属された様だな」

 

「そうね」

 

こんな雑談をしている間に、江ノ島鎮守府に到着する。

 

 

「さてさて。出迎えの艦娘が来るらしいけど、居ないね」

 

「ホントですね」

 

「いや、来たみたいだぞ?」

 

小走りでメガネを掛けた、黒髪ロングの女性が向かってくる。

 

「あの、貴方が新しい提督と、同時に着任される方々ですか?」

 

「本日付けで配属となった長嶺雷蔵だ。こっちは戦艦大和と武蔵」

 

「江ノ島鎮守府提督代行の軽巡洋艦大淀です」

 

ここで東川は表情に着目する。まるで全てを諦め、絶望した真っ暗な顔。なんか嫌な予感がしてして、どうにか先手を打とうとした瞬間

 

「あの、私はどうなっても構いません。性欲の捌け口でも、鬱憤晴らしに殴っても構いません。ですから、他の娘には手を出さないでください!!」

 

憎悪を瞳に宿しながら、超特大の爆弾発言を投下したのである。

 

「あー、大和&武蔵?今の発言は、俺の耳が可笑しいからとかじゃないよな?」

 

「は、はい」

 

「大丈夫だ。私も結構すごい発言を聞いた」

 

割とガチで自分の耳がイカれてくれていた方が数段マシだったが、現実は非情な様で自分の耳は至って正常らしい。

 

「よし、大淀。落ち着こうな?うん、一回落ち着け。頼むから」

 

「いえ、お願いです!お願いですから!!」

 

「いやいや、何をどう勘違いしてんのか知らんけど、俺はそういうのをするつもりでここに来てない。まあ、あのクソ野郎が前任だから「信じろ」って言っても、信じてくれんだろうけど」

 

「へ?」

 

大淀は長嶺を信じられないという顔で見ており、まるで初めて神にあったかの様な表情をしている。

 

「俺を信じろとは言わないし、拒絶しようが、どうしようがお前達の勝手だ。詳しくは代表者にも話すから、ここの鎮守府の各艦代表を一か所に集めてくれ」

 

「は、はい!!」

 

大淀はそう言うと大急ぎで、鎮守府の中に走っていく。

 

「提督よ、今の言葉は本当か?」

 

「あぁ、今現在「艦娘=道具」という認識が強い。だか、俺は艦娘達も人間だと思っている。道具なら感情は無いし、自分で思考し行動する事もないだろ?」

 

「そうか。貴様もそう言ってくれるか」

 

「どうやら私達の提督は、規格外だけど優しい提督みたいね」

 

10分後、大淀に連れられ会議室に通される。そこには戦艦長門、空母加賀、重巡妙高、軽巡天龍、駆逐艦浜風が集まっていた。入った瞬間に感じたのは、異常なまでの殺気と恐怖である。普通の人ならチビって、即回れ右したくなるが、長嶺には意味をなさない。

 

 

「大淀、全員揃ってる事でいいのか?」

 

「はい」

 

「あー、では始めるか。俺が本日付けで江ノ島鎮守府に配属となった、長嶺雷蔵だ。陸戦隊の指揮を取った事はあるが、鎮守府の指揮は取った事がない。まあ多分いろいろ迷惑かけるだろうけど、宜しく頼む」

 

「やっぱり、人間は信用できないな」

「長門さん、殺されます」

 

そう語る長門と加賀に、長嶺が気付く。さっきの発言に、殺される要素は無いはずだが。

 

「長門、人間が信用できないとはどういう事だ?」

 

「貴様、ふざけているのか?私達には「前任者を殺した者が着任する」と聞かされていた。なのにお前が来た。これは嘘をついたという事だろ!?」

 

「ああ、そういう事。結論から言うと、前任のクソ野郎を血祭りに上げたのは間違いなく俺だ」

 

「嘘をつくな!あの時、暗殺者はとてつもない気を出していたぞ!!」

 

「なら、これで信じてもらえるかな?」

 

そう言うと目を閉じて、数秒後に目を開ける。その目はさっきまでの普通の目ではなく、全てを氷付けにして動けなくする程の目となり、オーラも押し潰されそうになる程の物に変わっていた。

 

「な、なんなんだ。お前は一体、何者なんだ.......」

 

言った張本人ですら、このリアクションである。

 

「悪いが、俺の全ては最重要国家機密に指定されている。一つだけ言えるのは、俺は文字通りの地獄から生還し続けた人ってだけだ」

 

「カァカァ」

 

「何で烏がここに?」

 

「八咫烏、何かあったか?」

 

「我が主、近海で化け物が艦娘を襲っている」

 

「「「「「シャベッタァァァァゥァァァ⁉︎」」」」」

 

大和と武蔵以外の艦娘は、何かどっかの「らんらんるー」のお店のCMみたいなリアクションをしてた。

 

「規模は?」

 

「ト級1、イ級5、いずれもelite」

 

「マジか。で、襲われてんのは?」

 

「駆逐艦4隻」

 

「誰か、心当たりは⁉︎」

 

「あ、あの」

 

そう言うと銀髪ショート多分駆逐艦、しかし一部が戦艦や空母並みの子が声を上げる。

 

「君は確か、浜風か。何か知っているか?」

 

「今日、遠征で第六駆逐隊が出ているんです。そろそろ帰投する頃なので、多分.......」

 

「わかった。大和と武蔵はここを頼む。八咫烏、犬神、ついて来い‼︎」

 

そう言うと、窓から飛び降りる。一応二階である為、着地ミスったら骨折である。しかし先に飛び降りた犬神が着地したあたりに、青白い光が空から降ってくる。煙が上がり、晴れるとそこには巨大化した犬神が居た。

 

「行くぞ!!」

 

「ワォォォォォォン!!!」

 

上手いこと飛び乗り、海に向けて駆け出す。その上空を巨大化した八咫烏が続く。

 

「八咫烏、戦闘服を落とせ‼︎」

 

「心得た!」

 

八咫烏の腹下から黒い雷電の強化外骨格の様な戦闘服が投下され、それが自動で装着される。

 

「次は幻月と閻魔だ!」

 

「心得た!!」

 

両サイドの胴体部から、白と黒の刀が落とされる。白が幻月、黒が閻魔と呼ばれる名刀であり、どちらも地球上に存在する全てのものを切断可能である。

 

「お前ら、急げ!」

 

長嶺達が向かっている頃、第六駆逐隊は超ピンチな状況だった。

 

 

「マズいわね」

 

「Ураа!」

 

「暁ちゃん!!危ないのです!!!」

 

「え...........嘘...........」

 

ト級の砲撃が暁に命中...........する筈だった。

 

ガキン 

 

砲弾は真ん中から、スッパリと切断され暁に当たることなく海に落ちる。

 

「よお、生きてるか?」

 

「あ、あなたは?」

 

「話は後だ。取り敢えず、今は目の前の敵に集中しろ。お前達、ダメージはあるか!?」

 

「だ、大丈夫なのです!」

「大丈夫よ!」

「ハラショー!」

「わ、私も大丈夫よ!」

 

「いい返事だ。さて、犬神!!」

 

「いただきまーす!!」

 

犬神が先頭に居たイ級に食らいつく。そのままボリボリと食べる。犬神曰く「おっきな煮干食べてるみたい。噛めば噛むほど味が出る」らしい。

 

「し、深海悽艦を食べてるのです」

 

「ハラショー」

 

「そぉら!!!!」

 

回転切りをイ級にお見舞いし、食らったイ級は青い血を噴射しながら沈んでいく。

 

「風神!雷神!

 

八咫烏からマクロスのガンポッドぽいのと、ヘルシングのハルコンネンっぽいのが発射される。この二つがそれぞれ、風神と雷神と呼ばれる専用火器であり、長嶺の腕にロケットエンジンで飛翔していく。その二つは両腕に自動で取り付けられ、横についていたロケットエンジンは格納される。

 

「消え去れ!」

 

風神から風を切り裂くように弾丸が発射され、残りのイ級3隻を穴だらけににする。

 

「砕け散れ!!」

 

雷神からは120mmの徹甲弾が発射され、ト級を貫通する。登場から、物の数十秒で敵を殲滅したのである。

 

『こちらグリム。総隊長殿、鎮守府が攻撃を受けています!』

 

「うへぇ、マジかー。すぐに支援に向かう。お前達も急げ!」

 

『了解しました!』

 

「第六駆逐隊、鎮守府が攻撃を受けてるらしい。すぐに帰還するから、この犬の上に乗れ‼︎」

 

「「「「はい‼︎」」」」

 

「GOGOGO!!!」

 

「飛ばすから掴まって!!」

 

犬神が第六駆逐隊を乗せて走り出す。八咫烏も降下し、長嶺を乗せて飛ぶ。その頃、鎮守府は地上型深海悽艦の襲撃を受けていた。艦娘達も応戦を続けるが、大半は練度も高くない上にロクに整備と補給も受けていない為、超劣勢である。ほぼ全員が生きるのを諦め死を覚悟した時、

 

ボーボーボーーーーーン!!

 

巨大なトレーラーがクラクションを鳴らしながら、深海悽艦の群れに突撃する。このトレーラーには武装が付いており、牽引のジョイント部分の上に120mm速射砲一門、屋根に多目的ミサイルランチャー二基、四隅と中心部分に30mmの機関銃ポッド計六基、車体下に火炎放射器四基、壁一面に銃眼がついており、GTAオンラインの機動作戦センターの改造版化している。

さらに後方に何百台というスーパーカー、スポーツカー、マッスルカーが続く。因みに全て、どっかのトランスフォーマー みたく車モードから変形して、ミサイルランチャーやら機関砲やら大砲やらが付いている。中にはチェーンソーや丸のこ、火炎放射器等の世紀末な装備もいた。最早、目の前のカオスすぎる光景に艦娘全員「ポカーン( ゚д゚)」である。そりゃまあ、いきなり武装トレーラーが突っ込んできて、その後ろから映画でよく出てくる車が重武装で出て来れば、どんな人間もビックリである。

 

「加賀!後ろだ!!!!」

 

長門の叫びに気付いた時には、もう避ける事もガードする事もできない位置まで来ていた。しかし

 

「詰めが甘い」

 

上から長嶺が落ちてきて刀で腕を切り飛ばし、もう一本でとどめを刺す。さらに第六駆逐隊と犬神が到着し、輸送船の殲滅を開始する。

 

「て、提督?」

 

「どうした?」

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

「戦場ではコレが日常だろ?気にすんな」

 

深海悽艦の猛攻はまだ終わらない。さっきの大型トレーラーのドアが開いた瞬間

 

「突撃‼︎」

 

「「「「「「「おぉぉぉぉ‼︎」」」」」」」」

 

霞桜の隊員達が一斉に飛び出し、制圧射撃を開始する。上空にもブラックホークとメビウス隊が到着し、ヘリボーンと支援攻撃を行う。物の数分で敵を殲滅し、第六駆逐隊も全員が小破までの被害で済んでいた。

 

「総隊長殿!霞桜、総員到着しました!!」

 

「ご苦労。ほんじゃ装備を直せないよな。あー、取り敢えず纏めるだけ纏めといて」

 

「了解しました」

 

副隊長のグリムが、総隊長である長嶺に報告を行い立ち去る。

 

「第六駆逐隊、君達はダメージを負っているな?すぐに入渠してこい」

 

「て、提督。あの」

 

「どうした大淀?」

 

大淀が何か言いにくそうに、少し緊張しながら何かを言いに来た。

 

「入渠は不可能です...........」

 

「はい?まてまて、鎮守府機能で一番大事なヤツだろ?」

 

「そうなんですけど...........まあ、来てもらったら分かります」

 

そんな訳で入渠施設、まあ風呂に行った訳だが

 

 

「何じゃこりゃぁぁぁぁぁ!?」

 

カビ臭くて暗い脱衣所を抜けると、何という事でしょう。壁一面に真っ黒なカビと何かよくわからない汚れがこびり付き、浴槽も水が真っ黒に変色し入った瞬間に傷が悪化するだろう液体になり、おまけに水垢もしっかりついてるではありませんか。

 

「なあ、ここって入渠施設、艦娘達にとっては風呂だよな?」

 

「はい」

 

「これって、傷が治るんじゃなくて悪化するよな?」

 

「そうですね」

 

盛大なため息を吐きながら、頭を抱えつつ決断を下す。

 

「よし決めた。入渠は諦める。言うて小破だし、今すぐどうこうはならん。それより、お前達の住環境を見せろ」

 

「わかりました。では、こちらへ」

 

住環境を見せて貰った結果だが、控え目に言って地獄である。兵舎の場合だと収納、水道、ガス、電気、窓、冷暖房装置が無い。それどころか布団等の寝具もない。艦娘達曰く「冬は寒く、夏はジメジメする上暑い」らしい。食堂は艦娘用のは最早存在せず、艦娘達は生まれてこの方「食事」をした事がない。艦娘は補給さえすれば生きれるが、空腹感はある。でもってお約束と言って良いように、執務室は豪華絢爛の一言である。一面赤絨毯で、上からはシャンデリアが光を生み出し、大きな窓と豪華な机、応接用のソファと台という「絶対艦娘分の予算を回しただろ」と予測のつく部屋であった。

 

 

「提督、どんな感じでしたか?」

 

「ん?控え目に言おう、超地獄。地獄の獄卒も回れ右して、即全力疾走する」

 

「具体的には?」

 

「どうやら、食事をした事がないらしい。大淀に聞いたら「ショクジ?なんです、それ?」って答えが返ってきた」

 

質問してきた大和と、その横の武蔵も唖然としている。長嶺もその答えが返ってきた時、開いた口が塞がらなかった。

 

「で、どうするのだ?」

 

「当然、食事を作る‼︎」

 

「では、私が腕によりをかけて」

 

安定の大和ホテルの力を見せようとしてくれるが、それを止める。というか本人に「大和ホテル」って言おう物なら「ホテルじゃありません!!」っていいながら、46cm砲を向けられそう。

 

「待った。ここは、俺にやらせてくれ」

 

「提督って、料理できるんですか⁉︎」

 

「できるよ。これでも、暗殺任務で一流シェフに化けた事もある」

 

「多才なのだな」

 

「そうなんかな?まあいいや。グリム!!」

 

「ここに」

 

何処から音もなく、スッとグリムが現れる。忍者もビックリな隠密能力である。

 

「人員を集め、街に出ろ。寝具、水、食材、調理器具をありったけ買ってこい!」

 

「了解!!」

 

「長嶺大将、我々はどうすれば?」

 

メビウス1が声を掛けてくる。因みに滑走路だけは機能していたので、取り敢えず駐機済みである。しかし元が輸送機発着用の粗末な物で、今は使われてない様なので管制官も整備兵もいない。そんな訳で野ざらしで整備も満足にできないが。

 

「メビウス隊には、空港施設の確認をしてもらいたい」

 

「わかりました」

 

「大和、武蔵。君達には艦娘達の心身ケアを」

 

「はい!」

 

「了解した」

 

「俺は長官に連絡して、色々してもらわんと」

 

その夜、鎮守府に居た艦娘達には初めての料理が振る舞われた。量と時間を考えると、カレーが最適な為、霞桜特製カレーが作られた。でもって近くのホームセンターで買ってきた物で、即席野外入浴セットを制作して艦娘達への風呂も提供した。寝る時はテントとかシートとかで作ったスペースに、寝袋を設置して寝てもらった。そして翌朝

 

 

「諸君。俺が新しく江ノ島鎮守府の提督に着任した、長嶺雷蔵だ。海上機動歩兵軍団共々、世話になる。昨日の戦闘の後、君達の住環境を見せて貰ったが、ヒドイ以外の何物でもない。その為、急遽改修工事を行う事とした。その間君達には、俺が個人的に所有する物件で生活してもらう。簡単な話、ごく普通の生活に慣れろって事だ。こちらも最大限のサポートもするし、かかる費用は俺のポケットマネーで賄う。一つ、人間らしい生活を楽しんでみろ」

 

そんな訳で、半強制的に東京の物件に移送した。その物件というのが、基本的に一等地にあるタワマンである。実は長嶺には、幾つもの国籍、名前、経歴を持っており様々な活動で使い分けているのである。その為、世界中至る所に物件や資産を持っているのである。艦娘達はネズミの国とか、大阪のユニバとかで遊ばせおき、別府とかの温泉とかにも行かせて心を癒させておいた。その頃鎮守府では、工作艦という名の万能チート艦明石を迎えて、超特急で鎮守府の改装を行った。

 

 

一ヶ月後

「どうにか完成したな」

 

「我ながら、よくやったと思います」

 

「マジで明石には感謝する」

 

では改修の成果を紹介しよう。

兵舎

冷暖房装備を完備し、各部屋に大きな窓とダブルベッドを一つ設置している。収納も十分で、各部屋にミニキッチンと冷蔵庫も設置済み。これが艦娘一人に付き、一部屋支給される。これ以外にも各艦隊が打ち合わせ等で使用できる簡単な会議室と、姉妹で寝泊りができる大部屋もある。

 

食堂

「食は戦場における、士気を左右する一番大事な物」という持論から、多種多様の調理器具を設置。プロのシェフを呼べば、三つ星レストランの料理を作る事も可能。屋外席もあり、天気が良ければ談笑しながらの食事もできる。

 

入渠施設

様々な効能の温泉を作り、露天風呂や打たせ湯も完備。温泉リゾートばりの施設が揃っている。勿論、上がれば冷えた牛乳もある。

 

工廠設備

最新鋭の工作機械を設置し、建造と開発を効率的にできる。言うまでもないが、明石と夕張の城となっている。

 

軍港設備

艦娘用については、アニメ版と同じ物の為割愛。艦娘用以外にも、輸送船や護衛艦も停泊可能な埠頭と修復もできるドックがある。艦娘用の出撃ドックの上には、霞桜用の物も作ってある。

 

空港設備

大型輸送機も着陸できる滑走路二つと、戦闘機運用には十分な長さのが三つある。格納庫の地下には、更に数百機規模の格納スペースも作ってある。

 

基地設備

こちらは霞桜専用の設備となる。指令室、電算室、装備の整備施設、車両用格納庫と言った本部機能が全て整っている。大半は地下にあり、通常は艦娘の立ち入りを禁止している。

 

娯楽設備

身近な所だと各部屋に風呂とシャワーがあり、自販機もある。さらにはコンビニ、服屋、カフェ、本屋、雑貨屋、小物屋、プール、公園、庭園、フィットネスクラブがある。

 

ついでなので、現在の保有戦力も書いておこう。

所属艦娘

戦艦(長門と霧島以外は、新たに着任)

大和、武蔵、長門、陸奥、金剛、比叡、榛名、霧島

 

空母(加賀以外は、新たに着任)

赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴

 

軽空母

鳳翔、隼鷹、費用

 

重巡(妙高以外は新たに着任)

高雄、愛宕、妙高、那智、足柄、羽黒、鈴谷、熊野

 

軽巡(天龍、龍田、五十鈴以外は新たに着任)

天龍、龍田、五十鈴、川内、神通、那珂、阿賀野、能代、矢矧、大井、北上、夕張、大淀

 

駆逐艦(暁、響、雷、電、潮、浜風、浦風以外は、新たに着任)

暁、響、雷、電、潮、浜風、浦風、睦月、如月、弥生、望月、長月、夕立、時雨、島風

 

その他

明石、間宮、伊良湖

 

所属航空隊

・メビウス中隊(F22ラプター 8機)

・グレイア隊(F3心神 4機)

・フォーミュラー隊(F3心神 4機)

・カメーロ隊(F3Aストライク心神 4機)

・レジェンド隊(F3Aストライク心神 4機)

・輸送機(C2 9機、C130 3機)

・警戒機(E767 2機、E2C 3機)

 

 

霞桜の戦力

人数 800名(いずれも戸籍無し。つまり、公的には幽霊)

・機動本部車 8台

・自立稼働型武装車 864台

・水上バイク 80艇

・水上装甲艇「陣風」 60艇

 

 

以上が全戦力である。それでは、鎮守府に視点を戻そう。

「て、提督。ただ今戻りましたけど、これどうなってるんですか?」

 

「え?普通に改修工事したけど?」

 

「改修って、ほぼ新築じゃないですか」

 

「そこは、コイツが来てくれたから」

 

大和の質問に、最強の物作りチート艦娘を指差す。

 

「工作艦、明石です。少々の損傷だったら、私が泊地でバッチリ直してあげますね。お任せください」

 

「明石さんが来たんですね」

 

「他にも色々来て貰ってる」

 

その夜、完成祝いと親睦会と歓迎会を兼ねた大宴会が行われた。公園でバーベキューをして、花火して、ついでに肝試しもしてクタクタになるまで遊んだ。

 

 

 

翌朝 執務室

「失礼する」

 

「長門か。てことは、今日の秘書艦はお前か?」

 

「そうだ」

 

「了解した。では早速執務をと行きたいんだが、着任したてで書執務という執務がない。というわけで、適当に遊ぼうや」

 

「!?」

 

長嶺を「コイツ、頭がイカれたのか?」という驚愕の顔で見つめる。普通に考えて「始業時間だし、遊ぶか」って言う時点でヤバいので、正しい反応である。

 

「ん?何で驚いてんの?」

 

「いや、普通は艦娘に仕事をしてもらい、人間は遊ぶんじゃないのか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

お互いの間に、よくわからない空気が流れる。

 

「前任のクズっぷりには、なんかもう脱帽物だ。長門、お前の認識は全く持って間違っている」

 

「そうなのか?」

 

「考えてもみろ。お前達艦娘の仕事は、深海悽艦と戦うことだ。その上に仕事をさせるっていうのは、些か都合が良すぎるだろ?」

 

「だ、だが、私達の存在意義が」

 

長年クズの下で働いた弊害か、謎の奴隷根性を発揮する長門。しかし長嶺はそれを一蹴する。

 

「アホ。お前達の存在意義なんざ、お前達自身で作る物だ。他人から言われたのなんかは、所詮ソイツとって都合の良い人物像にしか過ぎない」

 

「しかし私は艦娘、つまりは兵器だ。人間と同じようには振る舞えない」

 

それでも尚食い下がろうとするので、別の作戦にでる。題して「人間とは何ぞや作戦」である。え?命名がダサいって?悪かったな、俺はそう言う名付けセンス皆無なんだよ!!

 

「長門、では質問するが人間が人間足らしめているのはなんだ?」

 

「わからない」

 

「そうか。まあ、そうだろうな。多分、この答えは存在しない。自分が思う物こそが答えとなるだろう。だから俺が言うのも、あくまでも俺の意見でしかない。それを念頭に聞いてくれ。俺は人間が人間たらしめているのは、その生物に感情を持ち、思考して、自分で行動を起こせる物こそが人間だと思っている」

 

「では私達は人間ではないじゃないか」

 

「何故だ?」

 

「私達は提督の指示で動いているからだ」

 

「確かにそうだな。だか、お前達は砲撃の射角を自分で計算しているだろ?そして計算した答えを打ち込んで、砲を撃つ。これは立派に思考して、自分で行動を起こしているじゃないか」

 

「!」

 

長嶺の説明に長門も納得し出したのか、顔色が興味へと変わる。

 

「それに、お前達が唯の道具なら感情なんていらないだろ?俺が君たちを道具として生み出したなら、感情なんて非合理的な物はつけない。そうだろ?」

 

「た、確かに」

 

「まあ作ったのが俺じゃないし、その答えを知ってる訳もないが、大方「人間らしく生活してみれば?」的な意味なんじゃないの?」

 

「ハハハ、お前は意外といい奴なんだな」

 

「いい奴、ねぇ。まあいいや。さて、執務室でやる事がないんだ。部屋からPS5とってくるから、ゲームしようぜ」

 

「本当に遊んでいいのか?」

 

始業開始と同時に遊びに誘ってきたのは流石にまだ納得できてない様で、もう一回聞いてくる。ここに関しては長門ではなく長嶺の方が、少々、いやかなりぶっ飛んでいる。

 

「やる事ないんだもん。規則的には俺もお前も、トイレ休憩とか昼休憩とか、何か用がない限り執務室から出たらダメだろ?なら、ゲームでもして暇を潰せばいい。それに今日は艦娘達も、アラート待機以外はオフなんだし、働いてるアラート待機も実質オフなんだから、遊んだってバチは当たらん」

 

「そういう物なのか?」

 

「俺達はいつ死んでも可笑しくはないんだから、楽しめる時に楽しんだっていいだろ?」

 

「う、うむ」

 

「よーし、そうと決まれば善は急げだ‼︎」

 

そんな訳で稼業時間中は、PS5でグラセフ6のオンラインで遊びまくっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エピソード零

江ノ島鎮守府着任の数ヶ月前 東京 丸ノ内

 

この日長嶺の姿は、丸ノ内のとあるオフィスビルにあった。ここは霞桜の秘密基地であり、エレベーターで特定の動作をしないと入れなくなっている。因みに地下にありオーナーは長嶺、正確には長嶺の持つ別の戸籍の人間である為バレる事はない。

「お疲れ様です、総隊長殿」

 

「よぉ、グリム。状況は?」

 

「はい、三週間前、連合艦隊司令長官の東川元帥より、ある男の抹殺依頼が来ました」

 

呼び出された時点である程度の予想は付いていたが、やはり暗殺任務であった。久し振りの任務であってか、心なしか少し嬉しそうである。

 

「抹殺、ようは暗殺してこいって事か。ターゲットは?」

 

「それが、大量にいます」

 

「どう言う事だ?映画みたく、機関銃持って敵の基地に殴り込めってか?」

 

「簡単に言うとそうです」

 

暗殺とは程遠い回答に、長嶺も戸惑う。普通暗殺なら殺し方を事故や自然死、自殺に見せかけるとか、毒を盛るとか、狙撃するとか、拉致ってバラして失踪の形を取るとかするのが普通だからである。

 

「マジで?俺、冗談で言ったんだけど」

 

「冗談で済めばよかったですけど、これを見てください」

 

そう言ってグリムは目の前の机を指差す。あったのは大量の紙、正確にはリストの山である。

 

「なあ、まさか」

 

「はい。予想は多分当たってます。この山すべてが、今回のターゲットです」

 

「明らかに2000人位いるよな?」

 

なんか途轍も無くめんどくさそうな臭いをプンプンさせるリストの山に、さっきまでの表情とは打って変わってゲンナリとした物になる。

 

「取り敢えず、ターゲットについて話します。当初は江ノ島鎮守府の提督、安倍川餅 部論部論流界(あべかわもち べろんべろんりゅうかい)海軍大将のみでした。罪状はロシアの外患誘致未遂、国家反逆未遂、殺人、殺人教唆、薬物取締法違反etcと、見事なまでの犯罪オンパレードです。下調べの為に兵を送った所、一つ面倒な事がわかりました」

 

「面倒な事?」

 

そう言うと今度はタブレット端末を差し出してくる。タブレットに映っていたのは、白人系の工作員と思われる男性の一団を写した監視カメラか何かの画像であった。

 

「どうやら既にKGBとスペツナズの部隊が現地入りしており、これに加えて中国の残党まで加えた混成集団が上陸したみたいで」

 

「水際では阻止できなかったのか?」

 

「2000人と言いましたが、これでも半分以下です。本当なら六千人近くが入る予定だったらしいですが、海自が極秘裏に沈めてくれました。生存者も処刑の上で、細かく裁断して海に撒いてあります」

 

「海自もよーやるわ」

 

因みに最近の海自は特務部隊を組織しており、水際で各国の工作員を文字通り解体して海に流している。

 

「えぇ。そんな訳で安倍川餅の罪状は最終的にロシア、中国残党の外患誘致、国家反逆未遂、殺人、殺人教唆、薬物取締法違反、銃刀法違反、銃器密造、それから艦娘への暴行と傷害です」

 

「見事なまでのクズっぷりだな」

 

「艦娘に関しては、強姦ストッパーがあって良かったですね」

 

強姦ストッパー、正式名称は性的暴行防止装置と呼ばれる物である。これは提督が艦娘に対して、合意なしで行為に及んだ場合に発動する物である。行為に及ぼうとした瞬間、提督体内のナノマシンにより全身を身動き取れなくする程度に痺れさせる。因みに合意の上、若しくはケッコンしていれば何もおきない。

 

「だな。ていうか、よく暴行の証拠を押さえたな。普通なら入渠した瞬間に、キレイさっぱり傷は消えるのに」

 

「どうやら執務室で木刀使って殴ったのを見て、念の為に艦娘の部屋に忍び込んだ所、服には通常の戦闘じゃつかない場所に血痕がついていたそうです。それも鎮守府の艦娘全員に」

 

「それなら殺した所で、誰も悲しむ事はないな」

 

「えぇ。それでは、作戦会議と行きましょうか」

 

会議室、とは名ばかりの豪華な部屋に五人の男が集まる。総隊長である長嶺、副隊長兼参謀のグリム、第一中隊中隊長マーリン、第二中隊中隊長レリック、第三中隊中隊長バルクである。

 

「全員、揃っているな?」

 

「総長、俺達全員が集まったって事は、そんなに面倒な事ですかい?」

 

「バルク、いきなり質問攻め、良くない」

 

開始早々せっかちなバルクが質問してくるが、親友のレリックに止められる。

 

「へーへー、わかったってレリック」

 

「バルク、まずは落ち着け。任務は逃げねーからね

 

「すいやせん」

 

長嶺も突っ込んでおく。因みに内心では、このまま逃げて欲しくはある。

 

「さて、今回のミッションだが、今までの中で一番面倒くさいぞ」

 

「総隊長、このりすとの枚数は冗談でしょう?」

 

「これが冗談なら、どんなに良かったことか。悲しい事に現実だよ」

 

マーリンがリストの束を見せられて、悪い冗談かと思う。というか他の2人も冗談だと思った。

 

「にしたって、コリャないぜ」

 

「そうぼやくな。まあ見ての通り、今回の作戦は日本中で同時に行う。作戦はこうだ。まず、各中隊を北海道、神奈川、高知に派遣。三週間間後の3月14日に同時に攻撃し、リストの全員を抹殺する。そして攻撃終了を合図に、首謀者である安倍川餅の首を頂く。知っての通り人数は多いが、個人の強さはそんなにない。我ら霞桜の足元にも及ばないだろう。

だが、慢心して足元を掬われるなよ。それから今回は人数が多い為、機動本部車の使用も許可する。存分に敵を討ち滅ぼしてこい!!」

 

「「「「了解」」」」

 

これより三週間後、作戦は開始された。まずは各地の部隊の動きを見てみよう。

北海道(第一中隊)

 

「皆さん、準備はいいですね?行きますよ」

 

「中隊総員、装面!!」

 

副隊長の指示で兵士全員が面を装着する。因みにこの面は殺害対象と非殺害対象の見分け、望遠、暗視、熱源探知、X線による透視、通信、毒ガスから身を守る為のガスマスク機能がついた優れものであり、結構カッコいいデザインである。

 

「人里離れたら山中なのだから、遠慮なく撃ちなさい」

 

マーリンの指示でテロリストの潜伏する倉庫に自立稼働型武装車40台が、装備している機関銃やグレネードランチャーを発射する。合計100門近い高火力火器の一斉射に唯の倉庫が耐えられる筈もなく、穴だらけになって風通しが良くなる。ついでに周囲にテロリストの内臓やら肉片やら、身体の一部が消し飛んだり吹き飛んだりして、どっかの呪いの家みたくなる。

後は隊員達が突っ込んで確実に敵を殲滅していく。どんな感じかというと

 

「この野郎!!なにしやが」

パパン

 

「おい!しっかりしろ!!死ぬんじゃな」

ズドン

 

「お前達は一体、なにも」

ドゴーン

 

こんな風に、敵が言葉を言い終える前に撃たれるから吹っ飛ぶかして死んでいく。では神奈川の第二中隊を見てみよう。

 

 

「攻撃」

 

「ハッ!」

 

レリックの指示で、今度は機動本部車が港湾施設のコンテナに偽装した拠点に突っ込む。戦車砲に耐え得る装甲を持っている為、鉄製のコンテナでも難なく突破する。

 

「な、なんだぁ!?!?」

「トラックが突っ込んで来たぞ!!」

「何故バレた!?」

 

次の瞬間、銃眼から軽機関銃の弾幕、トレーラー部分の機関砲、火炎放射器などで血祭りに上げていく。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁ!?!?」

 

「熱い熱い熱い!!水水!!!!」

 

「突入!!」

 

「ヒーーハーーーーー!!!!」

「死に晒せクズども!!」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

 

兵士も突撃して、中をどんどん掃討していく。いきなりの奇襲と見た事もない兵器の登場によって完全に混乱したテロリストに、一騎当億とも言える霞桜の隊員達の相手は務まらず呆気なく全滅させられる。しかし、ここで一つ問題が起きた。

 

「レリック隊長!敵二名がボートで逃げました!!!」

 

「直ぐに追え。水上バイクを用意しろ」

 

「ハッ!」

 

敵はアースレース、つまりはシーシェパードの三胴船みたいなのに乗って逃亡している。だが、このボートの最高速度は45ノット。対して霞桜の水上バイクは80ノット出せるから、相手にすらならない。因みに歩兵50ノットで海を疾走できる。

 

 

Капитан, это быстро(隊長、速いのが来ました!)!」

 

Сколько узлов вышло(何ノット出ている)?」

 

Вероятно, 70 узлов‼︎(恐らく、70ノットは出ています)!!Вы можете наверстать(追いつかれます)!!」

 

Чикушо, помешай мне(チクショー、妨害してやれ)!!!!」

 

Хорошо стрелять(わかりました、撃ちます)!!」

 

AKか何かで妨害してくるが、そんなのはお構い無しに追いかける。

 

「射程に入った。撃つぜ‼︎」

 

水上バイクに搭載された20mm機銃が発射される。後ろで射撃していたロシア兵とエンジンにクリーンヒットし、ロシア兵は海に落ちる。エンジンからは黒煙が上がり、火まで出始める始末である。

 

「ウギャッ!?!?」

 

капрал(伍長)!!」

 

操縦している隊長が何かを言おうとした瞬間、燃料に火が回ったのだろう。船は爆発し、隊長諸共バラバラになる。

 

「こちらスティンガー7。敵2名の内、1人は落水、もう1人はボートの爆発に巻き込まれた。どちらも死亡と判断し、本隊に合流する」

 

『了解した。そろそろ撤収だ、なるべく急げ』

 

「スティンガー7了解」

 

神奈川での殲滅は終了。では最後に高知の第三中隊を見てみよう。

 

 

「マーリン親父とレリックもドンパチを始める頃だな。お前達、行くぞ」

 

「「「「「「「応!!!!」」」」」

 

第三中隊が攻めるのは、山奥にある平家の大きな廃屋である。此方も人里離れている為、少々銃撃戦をしてもバレはしない。

 

「血祭りに上げたれや‼︎」

 

バルクのM2が火を吹き、周りの兵も各々の銃を射撃する。突然の奇襲&圧倒的弾幕に敵は成す術なく倒れていく。所詮は寄せ集め集団であり、頼みのスペツナズも少人数しかいない為、効果的な反撃どころか撃ち返すこともできない。

というか特殊部隊でも撃ち返そうと体を乗り出した瞬間、弾丸の容赦ない雨により穴だらけになる。しかもバルクのM2に当たれば、一撃アウトである。結局、北海道、神奈川、高知の何処の県でも効果的な反撃はなく、唯弾幕を浴びて死ぬだけであった。では視点を長嶺にして、江ノ島鎮守府への潜入の模様を見てもらおう。

 

 

『総隊長殿、敵拠点の制圧、及びテロリスト集団の殲滅完了しました。全員死亡確認済みです』

 

「了解した。では、コチラも暗殺任務を開始する」

 

ゴムボートの上で待機していた長嶺は、グリムからの報告を合図に行動を開始する。

 

「主様、僕はどうすればいいの?」

 

「犬神はこのまま、大手を振って鎮守府内に入れ。野良犬を装えば、怪しまれない。入った後は内部の偵察だ」

 

「わかった」

 

「我はどうする?」

 

「八咫烏は外の偵察を頼みたい。マーキングが終わり次第、俺と合流しろ」

 

「心得た」

 

まずは犬神と八咫烏を使って偵察をしてもらう。どちらもどんなに距離が離れていても、テレパシー的な物による能力で話せるので偵察には打って付けであり、この手の任務では事前に偵察してもらう事が多い。

 

「よし、行け!!」

 

「ワォォォォォォン!!」

 

「カァ!!」

 

犬神と八咫烏がそれぞれの仕事を開始する。長嶺はゴムボートのエンジンをかけて、江ノ島鎮守府の埠頭に向かう。てっきり哨戒ボートや何かしらの監視装置でもあるかと思ったが何もなく、無事すんなりと埠頭に到着する。

まあ考えてみれば3つある拠点全部がほぼ同時に襲撃され、テロリストは一掃されているのだから当然である。

 

(主様、中に入れたよ。ライフル付き監視カメラがいっぱいあるよ)

 

(我が主、コチラも偵察したが厳戒態勢の様だ。装備がM4とMINIMIの警備兵だ。恐らく、どっかの傭兵だろう)

 

(二人ともよくやった。俺も埠頭に上陸している。八咫烏は合流、犬神は誘導を頼む)

 

(はーい)

(了解した)

 

八咫烏と合流し、犬神の誘導で安倍川餅の自室に向かう。まずは警備システムの制御室を目指す。

 

「(犬神、制御室は?)」

 

「(このまま真っ直ぐ進んで、赤い扉の所にあるよ)」

 

「(よし!)」

 

八咫烏を上空警戒に出して、犬神の誘導で警備室に入る。

 

「フワァ、眠ぃ。徹夜コースは特にキツイぜ」

 

(だったら寝てろ)

 

パシュッ

 

空気が抜けたような静かな音がなり、コンソールの前にいた警備兵は眠りにつく。今回は潜入任務なので愛銃の土蜘蛛HGの他に、ドイツH&K社製のMARK 23を麻酔弾仕様に改造した銃を装備している。これを使えば殺さず眠ってもらえるし、潜入はバレにくくなっている。

 

「はーい、おやすみー。さてと」

 

長嶺はコンソールの前に行くと、USBを刺してキーボードを操作する。USBの中には霞桜の本部のコンピューターと秘密裏に接続し、中のデータや繋がっている装着を自由自在に操れるウイルスが入っている。これを侵入させれば、まず監視カメラをはじめとする警備装置は起動しない。

 

「これでよし」

 

最後に警備兵に刺さってる麻酔弾を抜いて部屋を後にし、そのまま対象の部屋に向かう。道中別の警備兵に遭遇したが、気づかれる前にまた麻酔弾で夢の国に招待してある。部屋には鍵が掛かっていたが、万能キーで開けて難なく侵入する。

因みに万能キーとは、どんな鍵だろうと形状変更合金によって鍵穴に合う形に変形し、何の傷も付ける事なく開ける事の出来る特殊な鍵である。

 

「コイツが安倍川餅か。てか、臭くね?」

 

部屋に入ると太ったおっさんが寝ていた。しかしまあ、安倍川餅の見た目がヤバいので、一応パーツ全てを書いていこう。

・油ぎって、なんかリンスを流し忘れてるみたいになってる

・フケ塗れで、一部黒いのが混じってる

・なんか臭い

・目ヤニだらけ

 

・脂ギッシュ

・ニキビとニキビ跡で月みたいに穴ぼこ。ついでにシミだらけ

 

・ヨダレ垂らしまくり

・歯が黄ばんで、汚い

・口臭がシュールストレミングを更に腐らせた物に、生ゴミと納豆をぶち込み、ニンニク物と焼肉を食べて、歯磨きせずに寝た翌朝みたいな臭い。要は化学兵器レベルで臭い

 

・垢塗れ。多分、体を数年来洗ってない

・全体がとにかく臭い。「風呂にくさや汁(くさやを作る際に、素材をぶち込む液体)と下痢したウンコを混ぜた物でも使いました?」ってレベルの臭い

・推定体重150キロ。

 

・汚い&臭い

 

纏めると「トンデモなく臭い汚物の粗大ゴミ」である。

 

「主よ、これは人間か?」

 

「生物学上は人間だ。だが、常識的に見ると唯の汚物ゴミだ」

 

「早く殺してよ。臭いから」

 

「殺した所で何も変わんないが、速いところ殺して退散しよう」

 

八咫烏からは人間扱いされず犬神にははよ殺せと言われる人間と言えば、どれだけヤバいか分かるだろう。

 

「ん.......。お前ぇ、誰?」

 

「起きちゃったし」

 

「犬と烏を連れた、狐面の男...........お、お前まさか、極東の死が」

ストトトトトトト

 

朧影SMGを使って撃ち殺す。同時に長嶺から常人が気絶しそうになる程の殺気が流れ出ており、2匹もちょっと引いている。しかしここで、アクシデントが起こる。なんと偶々通りかかった長門が惨状を見てしまったのである。

 

(な、なんだこれは!?!?)

 

「誰だ?そこにいるのは?」

 

声を押し殺し、いないフリをする長門。しかし長嶺には気配でバレている。

 

「まあ、誰でもいいか。俺の目的は安倍川餅 部論部論流界を殺す事だけだ。相手から何もしてこない限り、他の奴らに危害を加える事はない。目的は済んだし、俺は退散する。言っておくが警察や憲兵に知らせても無駄だ。俺の組織は裏から手を回せるからな」

 

「ひ、一言だけ言わせてくれ」

 

「ん?」

 

長門は勇気を振り絞って、未来の提督に話しかける。

 

「この鎮守府を救ってくれて、感謝する」

 

「それは上の人間に言ってやりな。ここが少しでも改善されるのを、墓場から祈っておこう。さらばだ」

 

窓から飛び降り、埠頭まで駆け抜ける。ボートに乗り込み、死体を死体袋に入れて退散する。相模湾で長嶺所有のクルーザーに乗っているグリムと合流し、本人確認の後に死体を裁断。ペースト状にして海に流す。服はボイラーにぶち込んで焼却し、公の記録では失踪した事にする。因みにダミーの監視カメラ映像も用意済みである。これはグリムの手で該当監視カメラにハッキングで差し込んでおり、警察はこれを追って行く事になる。

 

 

「ねぇ、主様?」

 

「どうした?」

 

「やっぱり、極東の死神って言われるのは嫌?」

 

「忌々しい記憶なんだ。それにアレは俺一人の功績ではないからな」

 

「そっか」

 

極東の死神。これについては、敢えて語らないでおこう。何はともあれ、作戦は完了し少しの休暇を取る事となった。まさか後に霞桜を引き連れて、安倍川餅の後任で江ノ島鎮守府へ着任するとは、この時誰も知る由はなかった。

 

 

 

 

 



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第二話シリウス戦闘団

着任より三ヶ月後 江ノ島鎮守府

「よーし、今日の執務お終い!!お疲れさん」

 

「お疲れ様でした提督。と言っても、私は殆ど何もしてないんですけど」

 

本日の秘書艦である霧島が話す。普通なら執務は分担するが、長嶺の処理能力が高い為、秘書艦の仕事は誤字脱字の確認と簡単な雑務作業のみになっている。しかも誤字脱字に関しては、基本的に無い為、実際はお茶汲みと資料出し程度である。

 

「殆ど俺が片したもんな。さて、お昼でも食いに行こうか」

 

「ご一緒しても?」

 

「何か約束とかないなら、一緒に行こうや」

 

「わかりました」

 

そんな訳で、鎮守府内の食堂。お昼時というのもあり、様々な艦娘達で溢れ返っている。

 

「さてさて、何にしようかね」

 

「私はそうですね、ちゃんぽんにでもしましょうか」

 

「ちゃんぽんか。なら俺は、炒飯&餃子にするか。間宮ー、ちゃんぽん1つと、炒飯餃子セット!!」

 

「はーい!」

 

この食堂の主である間宮に頼み、間宮は部下の妖精と共に料理を作る。

 

「妖精さん、ちゃんぽんと炒飯餃子セットお願いね」

 

「アイヤー」

 

中華担当の妖精が、中国っぽい返事をする。因みにイタリアン担当は「ピッツァ」、フレンチ担当は「ウィ」、洋食担当は「ボンソー」、和食担当は「サムラーイ」、ファストフード系担当は「ランランルー」、スイーツ担当は「スイミー」と答えるらしい。え?マトモな返事が無いって?気にするな!

 

「そういえば提督って、今日は午後から休みですよね?何かするんですか?」

 

「八咫烏に積んでる武器を下ろして、総点検と整備をするつもりだ」

 

「八咫烏には一体どれだけ積んでるんですか?」

 

「えーと拳銃、サブガン、ショットガン、アサルトライフル、グレポン、軽機関銃が二挺ずつ。それから重機関銃、スナイパー、ロケラン、が一挺ずつ。後刀が二刀に、大砲二つ、各種グレネードと地雷、爆弾とかだな」

 

「何でも入ってますね」

 

「やろうと思えば、国一つ壊せるし」

 

「怖い事言わないでくださいよ.......」

 

フードコートでありがちな呼び出しベルがなり、受け取り口で料理を貰う。他愛もない雑談をしつつ、昼食を済ませて長嶺は自室へと篭る。

 

「八咫烏」

 

「どうした?」

 

「武器の整備をする。全部出してくれ」

 

「わかった」

 

八咫烏から武器が出てくる。竜宮ARと朧影SMGはグリム作だが、残りの兵装は全て長嶺が作り上げた地球上に二つ以上存在しない、文字通りオンリーワンの最強兵器である。そんな兵器を見ながら長嶺は、整備作業を行う。

結局その日はずっと整備に明け暮れて、寝落ちし気付いたら翌朝の5時であった。そんな訳で、シャワー浴びて朝飯でカツ丼二杯食べて、執務に臨む。因みに秘書艦は加賀。

 

「提督、何かする事はありますか?」

 

「今の所は無いな。ここにいる時位は、ゆっくりしてろ」

 

と言いながら、超スピードで書類を片付けてる。なんか速過ぎて、手が千手観音か何かに進化しているようである。そんな無双状態を、一本の電話が遮る。

 

「私です」

 

『よぉ、元気でやってるか?』

 

「元気でやってますよ。いつアンタに地獄化した鎮守府に送ったツケを返そうか、頭ん中で作戦立案しながらね」

 

『怒ですか?』

 

東川がお茶目に聞いてくるが、割とガチでキレてる長嶺。だって普通に考えて殺した相手の鎮守府引き継ぐ、というか側から見たら「乗っ取り」に近い行為をやらされ、来てみたら来てみたで住環境は最悪もいい所。本来傷や疲れを癒すはずの入渠施設は入れば確実に悪化する毒ポーションに変貌し、食事すらマトモに食わせられてなかった状態である。

こんな奴隷よりも酷い仕打ちに気付かず、結果的に尻拭いを全部押し付けられた形なのだから怒りもする。

 

「寧ろ、よく怒ってないと思ってましたね。えぇ?司令長官さまよ?」

 

『マジでサーセン』

 

「はぁ、で?一体何の用ですか?」

 

『今から来れるか?』

 

余りに急なお誘いに、少し驚きつつも予定自体は執務以外に無い。行きたく無いが、行くしか無い。

 

「まぁ、行こうと思えば行けますけど?」

 

『んじゃ、今すぐ来てくれ』

 

「了解」

 

電話を切ると加賀が相手を聞いてきた。

 

「提督、どなたからでしたか?」

 

「ん?東川長官。今から来いだと」

 

「では、今日の執務はどうされますか?」

 

「言うて、ほぼほぼ終わってるし、問題ないんじゃない?」

 

「わかりました」

 

「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 

東川の突然の呼び出しに、本心では行きたくないが防衛省に向けて愛車の86を走らせる。因みに長嶺は、様々な車を持っておりでかいミニカー感覚で集めてる。途中でサービスエリアに止まり、豚骨チャーシューメンを啜って一時間半位で防衛省に到着する。

 

 

「失礼します」

 

「待ちかねておったよ」

 

「それで、お話とは?」

 

「まあ待て。ここは今、我々二人しかいない。だから、な?」

 

「OKだ。改めて聞くが、一体何の用で俺を呼んだんだ。親父?」

 

2人だけの時にのみ許される「砕けた感じになれ」という合図を出され、いつもの堅い敬語から普通の仲間と話す時のような口調に変わる。

 

「2つある。1つは今度の大規模反抗作戦に、君達の江ノ島鎮守府と霞桜に参加してもらうことになった」

 

「ほお。で、何処を攻める?」

 

「目標はアメリカ領ハワイ。一言で言うと、真珠湾攻撃の再現だ」

 

「流石に南の島でバカンス、って訳には行かないか」

 

本当ならワイハーでゆっくりバカンスでもしたい。え?ワイハーは古いって?気にすんな。

 

「あぁ。それに特殊な深海悽艦が確認されている」

 

「特殊な深海悽艦?」

 

東川が机のボタンを操作して、カーテンを閉め、映写機とスクリーンが天井から降りてきて、電気が消える。

 

「見てくれ」

 

スクリーンに映像が投影される。そこには長い砲身の一門大砲を装備した、親玉みたいな深海棲艦が映し出されていた。

 

「何だこりゃ?長身砲を装備した深海悽艦か」

 

「我々は泊地悽姫と呼称している。お前は詳しくは知らないだろうが、最近は深海棲艦にも上位の個体が確認されている。今度資料を送ろう」

 

「わかった。で、この泊地棲姫ってのが王か?」

 

「十中八九、間違いない。これも見てくれ」

 

映像が切り替わる。今度は空から地上を撮影した映像だった。

 

「一週間前、空自の無人機が撮影した映像だ」

 

そこに映し出されたのは、大小様々な深海悽艦が中心の泊地悽姫を守る様に布陣している映像である。

 

「泊地悽姫が親玉で確定か」

 

「あぁ。この戦いは、確実に先の太平洋海戦と日本海海戦レベルの激戦になるぞ」

 

「そりゃ初の大規模反抗作戦だからな」

 

この手の場合、相手が油断のしすぎで簡単に終わるか、向こうがしっかり予想を立てて抵抗してくるかの二択である。

 

「一応の大まかな流れは考えてある。まず横須賀と呉の艦隊が、周辺海域の深海悽艦を一掃する。完了後、そっちの江ノ島艦隊が泊地に攻撃を仕掛ける」

 

「細かな所はこっちで決めていいんだな?」

 

「あぁ。泊地悽姫の能力解析の結果についても、さっき言った資料と一緒に後日送っておく」

 

「了解した」

 

1つ目の話が終わったが、今度はさっきよりも重苦しい雰囲気で話してくる。なんか嫌な予感がするし、出来れば聞きたく無いが聞くしか無いので頑張って聞く。

 

「さて2つ目なんだが、最近国内である組織が動いている事が判明した」

 

「ある組織?」

 

「まだ背後関係は分かっていないが、既に自衛隊と軍の将校8名が殺されている」

 

普通ならニュースや新聞に取り上げられて大騒ぎする筈なのに、今の所そんな報道は一切ない。それどころか、裏社会にもそんな情報は流れていない。

 

「報道規制を入れたのか?」

 

「流石にな。事故死ならともかく、ガッツリ殺人だったし。というか、この件を知っているのも一握りにしてある。他の兵士や遺族にも事故死で通した。」

 

「で、手段は?」

 

「順番に射殺、射殺、射殺、刺殺、絞殺、撲殺、射殺、溺死。これらの事件の前には、付近のカメラに決まってボディースーツを装着した集団が確認されている」

 

思ってたよりも結構ガチの殺され方をされており、隠蔽する気はゼロの様子である。

 

「ほう、舐めてくれるじゃないか。この俺が居る国で、同じ組織の人間をそうも殺すとは」

 

「まあ大丈夫だろうが、お前も用心はしておけ。尤も、お前なら殺される前に殺して死体も処理しちゃうだろうが」

 

「了解した」

 

そのまま少し雑談して、スーパーで菓子類を購入して鎮守府に帰ろうとしたのだが

 

「ん?」

 

ドアノブに触れると、何か違和感がある。長年の勘から言って、トラップの類な為、車体の下や周りを観察する。

 

「やはりか」

 

黒い物体に繋がる、元々車に付いてなかったワイヤーがあった。爆弾と思われる物体の取り付けが甘く、簡単かつ迅速に取り外せるが問題が一つある。それは仕掛けた奴が近くにおり、弄った瞬間遠隔でドカーンとされる事態である。

周りを確認すると、なんか怪しい奴がこっちをチラチラ見てるので、一発で「あ、コイツだ」とわかった。そのまま気付かれぬよう接近して、何も知らないのを装い声を掛ける。

 

「お兄さん、すいません。ちょっと手伝ってもらえませんか?」

 

「は、はぁ」

 

「車の下によくわかんない箱がついてましてね、取り外すのを手伝って欲しいんです。懐中電灯で下を照らして貰うだけでいいんで」

 

「わかりました」

 

以外と聞き分け良くて拍子抜けだが、取り敢えず接近させるのに成功する。コレにより、相手は起爆すると自分も巻き込まれる事になり、車体下を照らす為、離れると不自然に思われる。結果、八方塞がりとなり身動きを取りづらくする効果があるのだ。

 

「ちょっと工具取りますんで、まっててください」

 

工具を取り出しながら、相手を観察する。見た目こそ普通の若い男だが、動きの素振りや顔、微かに香る血と硝煙の匂いから、爆弾を仕掛けた犯人ないし仲間と見抜く。

しかし普通に爆弾を取り外し、若い男には

 

「あー、ダメだこりゃ。修理工に持っていきます。手間煩わせて、すいません」

 

「いえいえ、お気になさらず。私はこれで」

 

取り外せたが、敢えて取り外さなかった事にして若い男にコッソリ取り付ける。若い男はというと

 

「あのバカめ。一時はどう成るかと思ったが、外さなかったのが運の尽きだ。起爆コード入力、good bye」

 

起爆コードを入力し起爆するが、爆発したのは若い男である。つまり、自分で設置したのを自分で食らったのである。

 

「キャーーーー!?」

「人が爆発したぞ!?」

「救急車呼べ!!!」

「警察もや!!!!」

 

「詰めが甘いな」

 

パチ、パチ、パチ、パチ

 

背後からスーツに帽子を被った中年男性が拍手をしながら、歩み寄ってくる。長嶺は瞬時にその男が、こちら側の人間だと気付いた。纏うオーラ、歩き方、目つき、感覚を向けるポイント。その全てが熟練された兵士のソレであった。

 

「いやはやいやはや、お見事な一言に尽きる。流石は、あの御高名な長嶺雷蔵氏であられますな」

 

「貴様は何者だ?」

 

右手を左胸に、左手を後ろに回して優雅な礼をする男。その仕草は洗練されており、まるで姫君をダンスに誘う王子のようである。

 

「私の名はトーラス・トバルカイン。近しい者からは、トランプマスターと呼ばれております」

 

「てことは、お前があの哀れな兵士を送りつけた張本人か?」

 

「あー、あれね。アイツが「任せてください」って言うもんだから任せたものの、蓋を開けて見れば超古典的で典型的なワイヤートラップ。あれじゃあ、極東の死神とか言われてる人間相手には相応しくない。ゲームのラスボスにレベル1の勇者で挑むような物だ」

 

そう言いながら被っていた帽子を人差し指で少し上げながら、部下の死を気にも止めてないない様な余裕の笑顔を浮かべていた。

 

「つくづく哀れは男だった。仕舞いには仕掛けた爆弾をそのまま仕掛け返され、それに気付かず一人自爆。バカとしか言いようが無い」

 

「ハハハ、若いのに言うじゃないか」

 

「それで?何をしに来た?戦争をおっぱじめに来たか?」

 

「いやいや、今日は挨拶と謝罪だけだ。部下の非礼を詫びるのも、上司の務めだ。私はもう退散するが、覚えておけ。我らシリウス戦闘団は貴様ら霞桜を抹殺するべく動き出した。手始めの将校殺しは、いいデモンストレーションになったかな?君達もあの者達と同じ運命を辿らせてくれよう」

 

さっきまでとは違う、本気の殺気を一瞬出して長嶺を威嚇する。しかしその程度では、長嶺を威圧することはできない。

 

「ほーう。ならその言葉、そっくりそのままお返ししよう」

 

「お互いに宣戦布告、と言った所か。また会おう霞桜、さらばだ」

 

突如、トランプの渦が発生しトバルカインを包み込む。数秒後、トランプが消えるとその場から消えていた。

 

「トーラス・トバルカイン。覚えておこう」

 

襲撃にはあったが、特に被害は無いため頭を反攻作戦に切り替える。どう言う戦略でいこうか、どういう風に血祭りに上げようか考える。これが楽しくて仕方がない。

 

「深海悽艦共、首洗って待ってろよ」

 

 



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第三話艦娘の反乱

防衛省に呼び出された翌日 大講堂

「諸君、朝早くから集まって貰って済まないな。今回、皆を集めたのは防衛省海軍部より新たな指令が降った。二ヶ月後の9月13日、アメリカ領ハワイ真珠湾の深海悽艦泊地に殴り込む」

 

講堂内がザワめく。前回も言った通り、これまでの防衛と違い、ガッツリ敵の基地へ攻撃するのである。そりゃこうもなる。

 

「作戦の概要、と言っても大まかな動きしか決まっていないがな。それを説明する。まず横須賀と呉の鎮守府の艦隊が、道中の敵を掃討する。粗方の航路が確保され次第、艦隊と霞桜で泊地に急襲。これを解放する」

 

「提督」

 

霧島が手を挙げて、席を立つ。

 

「敵の戦力はどの程度でしょうか?」

 

「タ級5、ル級8、ヲ級6、ヌ級10、リ級18、チ級23、ホ級30、駆逐と輸送艦100以上。これに加えて、泊地悽姫と呼ばれるボスが確認されている」

 

「ものすごい戦力ですね.......」

 

講堂にいる者全てが、あまりの戦力差に愕然とする。そりゃ合計200越えの戦力を、これから今いる人員で攻めなければならないのだから当然である。

 

「さて、ここまで聞くと絶望以外の何者でもないだろう。だが、一つ朗報がある。今回の作戦に当たり、装備と戦力面での増強が行われる事となった。その為、一週間後に装備を受領してもらう。簡単な説明もあるので、何組かに分けて執務室に呼び出すからそのつもりで居て欲しい。他に何か質問はあるか!?」

 

「無いようだな。では、解散!!」

 

この日から艦娘達は月月火水木金金の訓練を開始した。駆逐隊や水雷戦隊は遠征にも出しつつ、残っている空母以外の艦種は砲撃訓練や雷撃訓練を始める。空母勢は艦載機の錬成と、基地航空隊との連携訓練も始める。これに合わせて霞桜も艦娘との連携や協力を視野に入れた、新たな訓練を開始していた。一方で提督は他鎮守府との協力関係の構築や、東川への資源融通(と言う名の恐喝)に奔走している。一週間後、トラックで装備が工廠に運び込まれ執務室に移される。

 

「ワーオ。こりゃ凄い」

 

「ホント色々ありますね」

 

秘書艦である大和も長嶺も、大量の装備に内心ドン引きしている。

 

「これでも一部、戦艦の分しかありませんよ?」

 

明石がサラッと怖い事を言う。一応執務室は、下手なリビング以上の広さがあるのだが、装備の入った箱で一杯である。

 

「ホント、分けて持ってきて正解だったな。大淀、放送で戦艦を全員呼び出してくれ」

 

「はい」

 

放送より二分後、ある艦娘が執務室に繋がる廊下を猛ダッシュで爆走していた。

 

「てーーいーーとーーくーーー!!!!」

 

もう、誰かは言うまでも無い

 

「金剛が来たな」

 

「バアアアアニングゥ!ラアアアアブ!!」

 

ドアを破壊する勢いで開け、長嶺に飛び掛かる。普通なら背骨をやって逝くのだが、コイツは人間を辞めているので問題なく真正面からキャッチする。

 

「バーニングラブは分かったから落ち着け」

 

「うぅ、少しくらい抱きしめてくださいデス」

 

「ダメだこりゃ」

 

「お姉様〜!」

 

今度は三人分の足音が重なる。此方も言う必要はないだろう。

 

「お、金剛sister's揃ったな」

 

「私の計算によると、金剛姉様は先程、時速約50㎞で走っていました。これはジャマイカの陸上選手、ウサイン・ボルトより速いです」

 

「ヒェェェ」

 

「提督、よく受け止めれましたね」

 

「伊達に特殊部隊の総隊長はやってねーよ」

 

三者三様の返事をしていると、後ろから長門型の2隻と武蔵も入ってくる。

 

「お前達、廊下を走るんじゃない」

 

「あらあら長門、いつもの事じゃない」

 

「今更だな」

 

「全員揃ったな。ではこれより、装備を受領してもらう。まずは金剛型からだな。主砲は35.6cm連装砲改二つ、副砲に8cm高角砲、艦載機に零式水上偵察機11型乙、電探に32号対水上電探と21号対空電探、12cm30連装噴進砲だ。艦載機以降は長門型と大和型にも搭載されるぞ。長門は主砲に試製46cm連装砲、陸奥は試製41cm三連装砲を装備してもらう。これに加えて副砲を10cm連装高角砲だな。大和型は主砲に46cm三連装砲改、副砲に15.5cm三連装副砲改を搭載する。他の対空機銃や装備に関しては、今まで通り搭載したままだ」

 

もう何処から突っ込んでいいやら。艦これユーザーじゃない読者の為に一応説明するが、この装備の内35.6cm連装砲改、試製46cm連装砲、試製41cm三連装砲、10cm連装高角砲、12cm30連装噴進砲は開発ではゲットできないのである。入手方法は特定艦の改造の装備、特定海域の選択やクリア報酬といった限定的な装備なのである。

え?なら何でそんな装備を持ってきたのかって?そんなの、長嶺が本部にある工廠で魔改造してきたからに決まってるでしょ?

 

「て、テートク?この装備って、普通じゃ手に入りませんよネ?」

 

「そうだな」

 

「なら、なんで持ってるのデスカ?」

 

「え?そんなの、俺が改造したからに決まってんでしょ?」

 

「「「「「.......」」」」」

 

「「「「「えぇぇぇぇぇ⁉︎」」」」」

 

そりゃ悲鳴も木霊する。普通、艦娘の装備は艦娘もしくは妖精しか改造や整備ができないのである。まあ「装備を磨く」ぐらいなら人間でもできるが、分解やまして改造なんて出来る訳ない。長嶺がやった事は常識的に考えたら、天変地異が起きても有り得ない事なのである。

 

「あ、性能は普通よりも強いぞ」

 

「て、提督。なんかもう、凄すぎて何も言えません」

 

大和もこの答えである。

 

「まあいいや。お前達、もう戻っていいぞ。後は装備を自分の手足の様に使えるまで、ひたすら演習を重ねてこい」

 

これ以降も他の艦娘達に装備を渡したが、みんな同じ反応であった。では、その装備を各艦種ごとに紹介しよう。

空母艦娘

・天山一二型甲

・彗星一二型甲

・零式艦戦52型(熟練)

・12cm30連装噴進砲

・32号対水上電探

・21号対空電探

 

軽空母艦娘

・天山一二型甲

・彗星一二型甲

・紫電改二

・彩雲

・12cm30連装噴進砲

・32号対水上電探

・21号対空電探

 

重巡艦娘

・20.3cm(3号)連装砲

・61cm四連装(酸素)魚雷後期型

・零式水中聴音機

・32号対水上電探

・21号対空電探

・零式水上偵察機11型乙

 

軽巡艦娘

・15.2cm連装砲改

・61cm四連装(酸素)魚雷後期型

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・三式水中探信儀

・13号対空電探

・22号対水上電探

・九八式水上偵察機(夜偵)

 

駆逐艦娘

・10cm高角砲+高射装置

・試製61cm六連装(酸素)魚雷

・三式爆雷投射機

・三式水中探信儀

・13号対空電探

・22号対水上電探

 

これが装備なのだが、寧ろ「これで負けろ」と言う方が甲作戦レベルで難しいガチ装備である。なんかもうホワイト鎮守府を通り越して過保護鎮守府になりそうな勢いだが、訓練中はブラックも良いところになる。

艦娘同士ならいざ知らず、霞桜もしくは長嶺が訓練に参加すると一回の演習で練度が一気に8くらい上がっているのである。お陰で全ての艦娘が改になっており、次の作戦は必ず成功するだろうとされていた。そう、されていたのだ。

 

艦娘達が反乱するまでは(・・・・・・・・・・・)

 

というのも、作戦開始を三週間前に控えた日、艦娘達が突如として攻撃的になったのである。元々この鎮守府に居た組ならまだしも、大和と武蔵を始めとする鎮守府を立て直した時に加わった組、言ってしまえば江ノ島鎮守府の所属艦娘全員が攻撃的になったのである。始まりは盛大な花火から始まる。

 

「よーし、ひと段落ついたな」

 

何故か背後から殺気を感じ、急遽机の下に隠しているP90を抜き、その場に伏せる。伏せた瞬間、窓ガラスが割れて何かが執務室内に飛び込んで来るのがわかった。しかし何なのかを確認する前に爆発し、長嶺自身も吹っ飛ばされる。

 

「うお!?」

 

運良く机が爆風を防いでくれたので、怪我という怪我もしていない。

 

「まさか深海棲艦が攻めてきたのか?」

 

そう思い窓の外を見てみると、外から訓練中の軽巡と駆逐艦が砲弾を撃ってきたのがわかった。

 

「マジかよ!?」

 

取り敢えず、P90で砲弾を撃ち抜いて迎撃していく。しかし今度は、執務室の扉を2隻の艦がぶち破って突入してくる。

 

「オラァァァ!!」

 

「うおっ!?」

 

間一髪で避けて、銃を向ける。事実、後0.1秒反応が遅かったら一刀両断されてた。

 

「オイオイ、避けるんじゃねーよ」

 

「そうですよぉ。避けられたら、上手く皮を剥げないじゃないですかぁ」

 

「お前ら、一体何のつもりだ?えぇ?天龍、龍田」

 

なんと執務室にダイナミックエントリーしやがったのは、天龍と龍田だったのである。念の為言っておくが、ここまでされる心当たりはない。

 

「別にぃ?殺したくなったから殺しに来ただけですよぉ」

 

「そうだ。俺達艦娘は、お前の命令を聞かない!」

 

「そうかい。で?誰が指揮を取るんだ?」

 

長嶺はこの状況であっても、冷静さを失わなかった。この程度は長嶺の価値観では、ピンチにも入らなかった。

 

「そんなの知るか。俺達は俺達独自でやっていく」

 

「そうか。なら、俺はお払い箱だな」

 

「誰がそんな事言ったんですかぁ?貴方はここで、私達艦娘のサンドバックになって貰うんですよぉ」

 

「ほう。なら、俺を捕まえてから言うんだな!!」

 

スモークグレネードを使い目を眩ませ、窓ガラスタックルで割って外に逃げ出す。

 

「ケホケホ、あ!ちょ、待て!!」

 

この日、メビウス隊は呉鎮守府へ訓練に。霞桜は北海道の秘密演習場で、新兵器のテストと訓練で全員不在であった。八咫烏と犬神も真珠湾への偵察に出ており、鎮守府には艦娘と提督しか居なかったのである。

 

「さて、取り敢えず霞桜への本部には来れたな」

 

カードキーで秘密の倉庫を開ける。中には全身を覆う、ゴム皮膜製の服が置いてあった。このスーツは尋問時に身体的欠損を作らせない為の特殊スーツであり、これを着れば核爆発の爆心地にいても死ぬ事はない程の強度を持っている。

しかもこれには、ホログラムやAR技術を応用した偽装機能もあり、例えば首がもげてる様に相手に認識させられる事も出来るのである。しかも質感や臭いまで再現される為、まあまず見破る事はできない完璧な偽装ができるトンデモスーツなのである。

 

「これ着れば、どうにかなるだろ」

 

そんな訳で適当に抵抗し、捕まっておく。

 

 

「なぁ、大和?俺は今から何処に連れて行かれるんだ?」

 

「黙ってください」

 

「やなこった。で?どこに行くんだ?」

 

「黙れと言っているんです!」

 

力一杯ぶん殴られ、後方に飛ばされる。その衝撃は凄まじく、失神してしまう。

 

「気絶しましたか。仕方ありません、このまま引き摺りましょう」

 

そのまま引き摺られて、空き部屋を改造した拷問部屋に入れられる。そこからは地獄の所業である。艦娘達が、思い思いの武器で攻撃してくるのである。弓矢、クロスボウ、ガスガン、パンチマシン、虫責め、水責め、爪を剥がすetc。しかもこれらは、うまい具合死ななよう手加減されているのである。例えばヤジリは丸みおびて、打撃製を向上させていたり等である。数時間後には飽きたのか、暫しの休息が訪れる。

 

「にしてもまぁ、手酷くやられたな」

 

身体的ダメージはゼロだが、ナノマシン経由でスーツがない場合のダメージ箇所を割り出す。その結果は以下の通りである。

・肋骨三本、大腿骨複雑骨折

・左肩の脱臼

・左睾丸破裂

・右眼失明

・右薬指、左中指と親指切断

・内出血、打撲多数

以上である。

 

縛られてて、どうにもならないのでナノマシン経由による通信でグリムと連絡を取る。取り敢えず、今後の作戦を練る必要が有るからだ

 

「(グリム、聞こえるか?)」

 

『総隊長殿、どうしました?』

 

「(艦娘が反乱を起こした)」

 

『何ですって!?』

 

まさかの事態に、普段冷静なグリムも声が裏返って驚いている。

 

「(そんな訳で現在拷問を受けている。尤も、例のスーツを着てるからダメージは無いが)」

 

『そうですか。詳しい経緯は?』

 

「(いきなり取り憑かれたみたいに豹変して、あれよあれよと言う間に捕まっちまった。最初は執務室に砲弾撃ち込まれて、天龍型が突撃してきたからな)」

 

『そりゃまた面倒ですね』

 

「(ホント、どうしようかね)」

 

2人で知恵を出し合い、一応の作戦は決まった。現状何が起きているか不明のまま動くのはリスクが大きすぎる為、長嶺が情報を探る。その間に霞桜は鎮守府へ帰還し、こちらも並行して探る。メビウス隊はそのまま呉鎮守府に待機とし、八咫烏と犬神は霞桜に合流するという事になった。

連絡が終わった直後、ある艦娘が中に入ってくる。

 

「て、提督?大丈夫.......じゃないですよね?」

 

「明石.......か?お前も、痛めつけに来たのか?」

 

「ち、違います!治療をしに来たんです」

 

「治療?」

 

明石の手には救急箱や医療器具の入った鞄が握られていた。しかし、その後ろにある物を長嶺は見逃さなかった。

 

「さっきのを見てましたけど、明らかに重症ですよね」

 

「死んでないのが不思議だ。普通なら、痛みで飛んでるだろうよ。事実、意識を保ってるが今にも堕ちそうだ」

 

「そうですか。とにかく、治療しますね」

 

「あぁ」

 

後ろに隠したものはまだ使わない。どうやら希望から絶望に落とすか、絶望から更なる絶望に落とすかするみたいである。

 

「..............提督、すみません。これは手の施しようがありません」

 

「やっぱりな」

 

「わかっていたんですか?」

 

「自分の体は自分が一番わかっている」

 

「あの、何か出来る事はありませんか?」

 

なんかもう話すのが面倒になってきたので、見抜いてる事を伝えてやる。

 

「そうだなぁ。本性を表せよ」

 

「え?」

 

「お前、後ろにカンナ隠してんだろ?」

 

「あらー、バレちゃいましたか」

 

そう言うと明石はカンナを笑いながら出した。多分、それで皮膚を削るつもりだろう。

 

「片目潰れてボロボロとは言え、特殊部隊員の能力舐めんな」

 

「プッ。捕まってるのに、特殊部隊員の能力舐めんなですか?笑わせないでくださいよ」

 

「うるせー黙れ。やるなら、とっとと始めてくれ」

 

「ならお望み通りに!!

 

「グギャァァァァァァ!!!!」

 

言っておくが、これは演技である。実際は剃っている様な感覚を無理矢理皮膜で作り出し、それに合わせた臭いと血飛沫、皮膚をARで写しているだけの為、長嶺へのダメージはゼロである。

これ以降、約一週間に渡って拷問が続いた。では最終的なダメージについて、箇条書きだが紹介しておこう。

 

・頭蓋骨陥没

・脳挫傷

・右耳切断

・右肺破裂

・永久歯8本欠損

・右脚、左腕皮剥

・手足含めた指全本、第一関節から順に切断(つまり46回切断)

・右腕切断

・男性器切断

・左腕、尾骶骨、肋骨5本粉砕骨折

・出血、内出血、打撲、火傷多数

念の為言っておくが、長嶺自身にダメージは無い。あくまでも、特殊スーツが無かったらの話である。

 

 

そして運命の日、拷問開始から8日後。この日、江ノ島鎮守府全域には、霞桜の隊員がステルス迷彩を使って至る所に隠れていた。犬神と八咫烏も鎮守府内に潜入しており、長嶺の側にいる。

艦娘がおかしくなった原因は、例のシリウス戦闘団が関係している事がわかっている。鎮守府敷地内に特殊な電波が出ており、これが艦娘に作用して凶暴化、ではなく操り人形化してしまうのである。つまり一連の艦娘の動きは、シリウス戦闘団が艦娘を操ってさせていたのである。この状態から元に戻すには唯一つ。「殺害、もしくは気絶させる」これ以外無いのである。

本来ならテーザー銃を使う所だが、長嶺も操られていたとは言えど攻撃され続けていたので、正直イライラが溜まりに溜まっている。そんな訳で「ゴム弾、刃を落とし鉄の塊とかした刃物による殴打で気絶させよ」という命令を出したのである。傷は入渠ドックにぶち込めば、外見上は少なくとも綺麗に消えるので気にする必要はない。つまり問答無用でボコボコにできる(・・・・・・・・・・・・・)のである。

 

「瑞鶴、そろそろゴミ屑の替え時だと思わないかしら?」

 

「今回ばかりは賛成するわ。でも、もうちょっと痛めつけてからにした方がいいわよ」

 

「それもそうね」

 

この日、加賀と瑞鶴は提督を的に弓道の練習(と言いつつ、延々と矢を射掛けるだけ)をする為にやってきたのである。

 

「起きなさい」

 

加賀がバケツの水を長嶺にぶっ掛ける。最近は痛みで声も出なくなった、という演技をしている為、いつも通り答えない。ただ呻き声を上げる。

 

「生きてるみたいね。瑞鶴、始めます」

 

「はーい」

 

二人が弓を引き絞り、矢を撃ち出す。しかしその瞬間、二挺の土蜘蛛が空中に浮き、矢を撃ち落としたのである。

 

「「!?」」

 

「お前達に俺はどう映る?大方、見た目も相まって肉の塊か、ゴミ屑って所だろうな。だがな、よく覚えておけ。戦場ではゴミ屑や弱者は、その皮を被った圧倒的強者である可能性もあるって事をな!!」

 

特殊スーツを脱ぎ捨て、飛び上がる。二人は動ける訳ないダメージを負っていたのに急に動き出した事への驚愕と、長嶺の発する殺気と怒気に呑まれて身動きが取れなくなる。「蛙が蛇に睨まれた」と言わんばかりに、指一つ動かせない。

 

「良い夢見ろよな?」

 

ズドォン!

 

ゴム弾が加賀の頭に直撃し、脳震盪を起こさせ意識を奪う。

 

「な、何で動けるのよ!?」

 

「あの怪我は全て偽物、ARとホログラムによる立体映像だ。さて、お前には右目を潰されたな?」

 

「い、いや!来ないで!!」

 

一気に駆け出し、瑞鶴の頭を鷲掴みにする。そのまま壁にぶつけて、壁をブチ破り外の廊下に瑞鶴がめり込む。普通なら死んでいるが、艦娘は体のつくりが頑丈なので死ぬ事は無い。まあ、死ぬ程痛い事には変わらないが。

 

「さぁ、パーティーの始まりだ。先ずは誰から喰らおうか?」

 

取り敢えず近くの軽巡寮に歩き出す。壁をブチ破った音で犬神と八咫烏もやってくる。

 

「主様ー!!」

 

「我が主、無事か?」

 

「ピンピンしてるよ」

 

『総隊長殿、脱出しましたか?』

 

タイミングよくグリムから無線が入った。多分もうバレてるので、すぐに指示を出す。

 

「あぁ。お前達も気を見て駆逐寮に突入しろ。巡洋艦、戦艦、空母はコッチでやる」

 

『了解』

 

「犬神、お前は先行して扉を破壊。付近の艦娘を気絶させろ。八咫烏、お前は武器ラックとして俺に着け」

 

「はーい」

「了解」

 

「よし、行動開始だ!」

 

一行は巡洋艦寮に向かう。犬神が扉を破壊し、意識をそっちに向けてる間に長嶺が鎌鼬で一掃する。

 

「オラオラオラオラ!!拷問してた時の威勢は何処行った!?!?」

 

天龍と龍田も圧倒的弾幕の前になす術無く、ゴム弾を大量に浴びる。しかし川内だけ生き残る。

 

「提督、そんなに死にたいの?」

 

「殺せるもんなら殺してみろ」

 

「ふーん。ま、いいや。じゃあさ、殺して上げる!!」

 

一気に川内が駆け出す。しかし、

 

「甘い!」

 

スモークで目を眩まし、その間に武器を幻月と閻魔に切り替える。

 

「せい!」

 

刀を振って煙を晴らし、川内の前に姿を表す。川内もいきなりのことで、対応が遅れる。しかしまだ攻撃は、敢えてしない。

 

「お前は近接戦が得意だろ?どうせなら、そっちでケリをつけてやる」

 

「私に接近戦を挑むの?人間如きがついて来れる訳ないじ」

 

「はあ!!」

 

セリフを言ってる間に一気に詰め寄り、刀を振り上げて失神させる。アニメや漫画では反則だが、これは生憎と現実。反則ではない。

 

ドサッ

 

「さて次は、戦艦だな」

 

ここで好都合な事に、大淀が警報を鳴らす。これにより空母と戦艦、それに駆逐艦が慌ただしく動く。この瞬間を逃さず、グリムが命令を出す。

 

「突撃!」

 

「「「「「「ウォォォォォォォ!!!!」」」」」」

 

男達が咆哮を上げて、一気に突撃する。腰撃ちで弾幕を貼り、恐怖心を煽る。駆逐艦は咆哮による威圧と突然現れた霞桜に混乱して、反撃する間もなく全員が倒れる。

 

「確保急げ!」

 

「「「「「「了!!」」」」」」

 

 

一方、戦艦寮では空母、軽空母と戦艦が勢揃いで防衛線を築いていた。棚やクローゼットを引っ張って来て、ひっくり返して盾にする。そんでもって、その後ろで艤装を展開して見事なまでな攻撃準備を整え長嶺を待ち構えていた。

 

「にしてもまぁ、見事なまでに完全武装だな。どう料理してくれようか?」

 

「主様、どうするの?」

 

「取り敢えず、普通に突ってくるわ。八咫烏、朧影と土蜘蛛」

 

「心得た」

 

武装を連射力に優れる朧影SMGと、威力に優れる土蜘蛛HGを新たに装備する。

 

「よし。じゃあ、二人は霞桜と合流。明石を抑えてこい」

 

「はーい」

「了解した」

 

「さてと、じゃあ殲滅開始だ」

 

 

「!皆さん、あの男が来ました」

 

「よし。戦艦は砲撃準備!空母は艦載機を上げろ!!」

 

赤城の報告に、長門が指示を出す。

 

「長門よ、流石にオーバーキル過ぎないか?たかが人間にこの戦力は、些か過剰すぎるぞ」

 

「念には念をだ。それに、仲間達がやられたのだ。仇討ちには、一つ消し炭になってもらわないと気が済まん」

 

長門は指揮官として有能ではあるが、まだまだ未熟であった。一番大事な相手の脅威度を推し量れておらず、固定観念でのみ判断してしまったのである。

 

「それもそうか」

 

「皆さん、艦載機が捉えました。!?」

 

「どうした赤城?」

 

「そんな、あり得ない。何で?」

 

「どうしたんだ!」

 

長門が狼狽える赤城を落ち着ける意味も込めて、一喝して質問する。赤城は長門に怒鳴られた事とは別の恐怖に震えながら、何とか質問に答えた。

 

「艦載機が、全機、堕とされました」

 

「「「「「「は?」」」」」」

 

念の為言っておくが、艦載機は戦闘機120、爆撃機90、攻撃機80のガチ編成である。しかし長嶺にとっては、唯の動く射的の的に過ぎない。朧影の弾幕で一つ残らずスクラップにしたのである。

え?ゴム弾じゃ無理だろって?艤装を展開されては、ゴム弾を幾らぶち込んでも意味がない。艤装展開時は並の銃弾や戦車砲では歯が立たないのだから、当然である。では何故迎撃できたか。答えは簡単、弾を実弾、正確には対深海棲艦用特殊弾に変えたのである。この弾丸であれば例え艤装を展開していようと、艤装を破壊して装着者や本体に直接攻撃できるのである。しかし流石に治療不可能なダメージになる為、あくまで艤装をのみ破壊して、後は刀や土蜘蛛で気絶させるが。

 

「オイオイ、廊下でラジコン飛行機で遊ぶなよ。やるなら外でやれ、外で」

 

「貴様、何故動ける!?お前はボロボロにして、肉の塊にした筈だぞ!?!?」

 

「あー、アレね。天龍達が最初に攻め込んだ時、嫌な予感がしたから外的ダメージを無力化するスーツを装備していたんだ。案の定、お前達は俺を監禁して拷問してくれたな?まあ、フェイクの映像垂れ流して偽装してたんだが」

 

「黙ってください。今となってはどうでも良い。皆さん、撃ちますよ‼︎」

 

戦艦勢が一斉砲撃してくる。しかしその程度では、長嶺は倒せるわけがない。

 

「甘い」

 

朧影の弾丸を正確に信管に当て、無理矢理起爆させるという離れ技で全弾撃ち落とす。

 

「流石に死んだな」

 

「誰が死んだって?」

 

煙の中から、さっきと変わらない姿で長嶺が出てくる。

 

「何で生きてるデース!」

 

「砲弾を到達前に落としゃ、そりゃ生き残るよな?」

 

「ヒェェェ、非常識です!!」

 

「さてさて、次はコッチの番だよな?」

 

その瞬間、長嶺が消える。正確には余りの速さに知覚できず、消えたかのように目が錯覚しているのだが艦娘達に知る由はない。

 

「何処に行った!?」

 

「後ろだ武蔵」

 

ドゴッ!!!!

 

とんでも無く鈍い音が響く。一瞬の出来事に艦娘達はポカンとしており、今目の前で起こった事を理解できない。いや、頭は理解しても、本能が理解する事を拒んでいると言った方が適切だろう。

 

「何を驚いているんだ?たかが仲間一人失っただけだぞ?一斉砲撃しろ。弾幕を張ってみろ。航空機で突っ込んで見ろ。どうした、楽しい楽しいパーティーはまだ始まったばかりだぞ?さぁ、かかって来い。さあ、さあ!さあ!!」

 

この瞬間、その場の艦娘達は理解させられた。「コイツには、どう足掻いても勝てない」と。長嶺は武蔵を刀でぶん殴ったのと同時に、怒気と殺気を出して威嚇しているのである。抵抗する事なく、残りの艦娘達はゴム弾で気絶させられた。

これより一時間後、鎮守府の外の海岸に集められた艦娘達は一人ずつ高速修復剤をかけられて復活させられた。一応、霞桜の隊員が謎の電波を遮断及び発信源を破壊したが、念には念を入れてである。駆逐艦の一人一人丁寧に掛けて、起き上がった瞬間に4から5名の隊員が銃を向ける。

 

「あ、アレ?私、何をしていたっぽい?」

 

「動くな!」

 

最初に目を覚ましてのは夕立だった。まだ寝ぼけていたが、隊員たちの怒鳴り声に一気に目を覚ます。

 

「え?何で銃を向けて」

 

「命令に従え!頭の後ろで手を組んで足を開き、そのまま腹這いになれ!!」

 

「ああああああ!!私、提督さんにヒドイ事したっぽい!嫌だ!!死にたくない!死にたくないっぽい!!殺されて当然だけど、殺されたくないっぽい!!!!」

 

まあギャン泣きである。そりゃまあ、あんだけボコボコにしていたのだから当然である。

 

「総隊長、多分大丈夫ですね」

 

「そうだな。お前ら、銃下ろしていいぞ」

 

「へ?提督さん、何で生きてるっぽい?腕も生えてるし、脚も変な方向に曲がってないっぽい?」

 

長嶺が出てきた事に驚いて、さっきまで流していた大粒の涙も止まる。

 

「アレは全部立体映像のフェイクだ。実際は特殊スーツで全てのダメージを無力化してたから、俺の身体自体はピンピンしてる」

 

「よがっだっぽいぃぃぃ!!!!」

 

「え!?ちょ!止まグハッ!!」

 

抱きつかれて、そのまま後ろに吹っ飛ぶ。

 

「ごめんなさいっぽいぃぃぃ!!」

 

「はいはい、怒ってない。怒ってないから。取り敢えず、離すか力を弱めて。マジで締め殺されそうなんだけど.......」

 

結果、それ以外の艦娘も同じような感じであった。そして全員を復活させた直後、トランプが長嶺をかすめる。

 

「!?」

 

「まさか、艦娘を正常に戻すとはねぇ。中々おもしろい」

 

「よぉ、トーラス・トバルカイン。よくもまぁ、ノコノコとやって来れたな?」

 

「おっと、今回は争いに来たんじゃない。謝罪に来たんだ」

 

そう言いながら、両手を挙げて抵抗の意思がない事を示す。手にも何も仕掛けはない様なので、本当に戦闘目的ではない様だ。

 

「謝罪だと?」

 

「この一件、全て私の元部下のやらかした事だ。名はドーファン。ネクロマンサーで、生物を操れる。しかし、この間裏切り逃亡。その際にここを落として、艦娘達を自分の奴隷か何かに使おうとしていたそうだ。取り敢えず、ソイツは粛清しておいた。これが証拠と証明書だ」

 

大きめのケースとファイルを長嶺に向かって投げる。

 

「ワーオ」

 

ケースを開けると中には男の首、つまりドーファンの首が入っていたのである。ファイルにはドーファンだと証明する写真やデータが収まっていた。

 

「これで手打ちにしてもらいたい。飲んでもらえるなら、我々は向こう半年は君達に対して攻め込む事はない」

 

「いいだろう。今回は幸い死傷者はいないし、基地はボロボロになったが無事だった。唯、修理代と戦闘時の資金は請求させてもらう」

 

「いいだろう。近いうちに、ここへ届けてやる。では、さらばだ‼︎」

 

またもやトランプが覆い、姿を晦ます。

 

「艦娘共、本日を休暇とし明日から訓練に励め。作戦決行日に変わりはない、死ぬ気で頑張れ。それから今回の一件は死傷者は無く、基地が壊れただけだ。君達も私に色々やってくれたが、我々も君達に手荒な事をしている。よって君達は何も責任を感じなくていい。わかったな?」

 

艦娘達は皆暗い顔している。運が悪い事に、鮮明に暴行時の事を覚えているのだから当然である。しかし霞桜と長嶺は早々に退散して、その場を去ってしまう。艦娘達は謝罪する間もなく、唯背中を見送る他なかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第四話真珠湾攻撃

艦娘の反乱から二週間、鎮守府は平静を取り戻しつつあった。しかし一つだけ、大きくこれまでと変わった事がある。それは秘書艦が消え、長嶺が食堂に来なくなったのである。というのも「今回の一件で我々は恐怖の対象となっているだろう。その為、我々は公の場に出来るだけ姿を見せないようにしよう」と霞桜の幹部会議で決まったからである。

そんなある日、『艦隊の頭脳』と形容される霧島と任務娘でも活躍中の大淀、それから2次創作では大体嵐の目である明石の三隻が集まって居た。

「明石さん、できましたか?」

 

「勿論ですとも霧島さん。このスーパーパソコンなら、例え防衛省の機密ファイルでも閲覧可能です」

 

「これで提督の秘密が分かりますね」

 

この3隻の計画とは、防衛省の機密ファイルにあるだろう長嶺のファイルを閲覧し、長嶺の強さや何とも言えない雰囲気の源を探る為である。そんな訳で極秘に明石がスパコンを組み、大淀と霧島がハッキングしてデータを探し出すという作戦が行われようとしていた。

 

「それじゃ、始めますよ!」

 

とんでもない速度で霧島がキーボードを打ち込んでいく。高速戦艦である事は絶対関係ないだろうが、どこぞのオタクロス張りの速さである。セキュリティをどんどん突破していきスピード強盗でデータを盗み出し、コピーして戻す。そのまま撤収し、大淀が操作して逃げる途中にダミーの侵入経路と形跡を数千個配置して、絶対に捜査が及ばない様に細工する。逃亡に成功した後、スパコンのネット接続を物理的にも遮断してデータを別のPCに入れる。因みに所要時間、驚異の3分である。

 

「データの取り込み完了です!表示しますよ」

 

画面には長嶺のデータが映し出される。唯、余りに現実離れしすぎていて信じるのが不可能である。具体的にはこんな感じ。

 

 

氏名 長嶺雷蔵

年齢 16歳

生年月日 2015年8月8日

経歴

令和2年 米ハーバード大学に通う為渡米。生物学、医学、工学を習い全ての過程を一年で歴代最優秀の首席にて卒業。その後同大学院で更に専門的に習い、半年で各部門の博士号を授与される。

 

令和4年 海軍兵学校に入学。すぐに頭角を表し、飛び級を繰り返す。

 

令和5年 海軍兵学校少年校を首席にて卒業し、陸上自衛隊諜報学校に入校する。

 

令和6年 陸上自衛隊諜報学校を歴代最優秀の首席にて卒業。同時に大尉に昇進し、CIAに出向する。

 

令和7年 出向より帰還し、新設された特殊部隊「ーーーー」の隊長に着任。

 

令和8年 ーーーーーー作戦に参加、ーーを率いて成功に導く。

 

令和9年 ーーーーーー作戦に参加、作戦は成功するも部隊が全滅し一度消息を絶つ。

 

同年 奇跡的に生還するも、瀕死の重傷を追う。第603号計画の被験者に立候補し、この計画で一命を取り留める。

 

令和10年 驚異的な回復力で軍務に復帰し、異例の六階級特進で大将になる。同時に特殊海上機動歩兵軍団「霞桜」総隊長に着任する。

 

令和11年 艦娘司令官専修過程に入り、一か月で歴代最優秀の首席で卒業。

 

令和12年 江ノ島鎮守府司令長官として着任

 

資格、き章

・生物学博士号

・医学博士号

・工学博士号

・漢検一級

・英検一級

・秘書検一級

・レンジャーき章

・空挺き章

・潜水員き章

・スキーき章

・格闘き章

etc

 

 

多分、過去一のチートっぷりである。その為艦娘らも( ゚д゚)である。最早、凄すぎてコメントも出てこない。三分程放心状態となり、一足先に現実に戻ってきた大淀が「ーーーー」と「第603号計画」について調べてみる。

 

「何これ.......」

 

全て「天皇陛下、防衛大臣、連合艦隊司令長官、本人以外のアクセスは一切不可能です」と表示され、それより先に行けないのである。明石と霧島が色々弄ってみるも、どうやらデータベースに直接アクセスしないといけないらしく、全く進まない。そうこうしていると、長嶺が銃を持って部屋に入ってくる。

 

「お前ら、動くな」

 

「て、提督」

 

「何故、ここにいるんですか?」

 

「私達、何もしててないでです」

 

「いや明らかに霧島以外動揺してるよな?明石に至っては「て」と「で」が一文字多いし」

 

「あ、あの。一体、どうしたのですか?」

 

大淀が恐る恐る聞く。

 

「ここから防衛省のデータベースに不正アクセスした上、俺のデータをコピーして掻っ攫ったアホ共が居ると聞いて、入ったらお前らが居た。どういう事かな?」

 

顔は笑っているが、目は笑ってない。ついでに背中から阿修羅像が見え隠れしており、結構怒ってらっしゃるのがわかる。この間の一件もあり、三人の顔が真っ青通り越して白くなってる。

 

「ハァ、大方俺の秘密でも調べようとしたんだろ?言ってくれれば、経歴書くらい見せてやったものを」

 

三人が震えながら、何度も頷く。

 

「今回の一件は揉み消すかないように。やったら俺の仕事が増えて面倒なんだから、マジで頼むぞ。で、俺のデータは見たのか?」

 

「「「はい.......」」」

 

「見せてみろ」

 

さっきまで閲覧していたデータを確認する。「ーーー」、ーーーーーー作戦、第603号計画の順にクリックし、「閲覧できません」の表示が出ているのを確認した後、データを消去する。

 

「提督、第603号計画とは何なのですか?」

 

霧島が長嶺に聞く。それに長嶺は、土蜘蛛HGを向けて答える。

 

「それを許可なく知ろうとするのは、コレを意味する。まあ、知らない方が幸せってヤツだ。強いて言うなら、俺の真の力だな」

 

長嶺の敵を見つけた時の喜んでいる様な顔に、三人は何かしらの先頭に役立つ力とわかった。

この翌日、作戦に参加する為の航空機が続々と集結しつつあった。陣容は以下の通りである。

海軍

・零式艦上戦闘機二一型 115機

・雷電二一型 38機

・九六式陸上攻撃機 36機

・一式陸上攻撃機二二型 50機

・十三試陸上攻撃機深山 12機

・九七式飛行艇 15機

・二式飛行艇 21機

 

陸軍

・一式戦闘機隼三型 48機

・二式複座戦闘機屠龍 21機

・二式戦闘機翔一型乙 37機

 

航空自衛隊

・E767早期警戒管制機 1機

・E2C早期警戒機 5機

・KC767 8機

・F15J/DJイーグル 38機

・F2Aヴァイパーゼロ 26機

・F35ライトニングII 28機

・F3心神 80機

・F22ラプター 8機

・C2輸送機 30機

 

海上自衛隊

・US2 38機

 

以上、総数617機の航空隊に加えて、空母艦載機も含まれる。という事は合計だと1000機いかない位の大勢力の航空隊となり、国がどれだけハワイを奪還したいかが分かる。因みに空母艦載機以外は、全て空中給油装置が搭載されている。

 

 

「江ノ島鎮守府司令官に対し、敬礼!!」

 

ザッ!

 

今回の航空隊の総指揮を取る、航空自衛隊の須永空将補が命令を出し、それに従ってパイロットと妖精(MMDモデル程度の大きさ。まあ、成人女性の身長の三分の二〜四分の三くらい?)が綺麗な敬礼をする。それに対して、長嶺も返礼する。

 

「諸君、本作戦の為、遠いところだと北は千歳、南は那覇から遠路遥々よく来てくれた。今回、我々が行う反攻作戦は文字通り国名が掛かっている。作戦の失敗は国の滅亡に直結しているが、逆に言えば成功は平和に一歩近づく。この作戦が成功すれば、アメリカとの海路が限定的だが復活し、太平洋南部での作戦時に中継地点や前線基地としても機能する。

とまあ、こういうのは諸君も耳にタコができるレベルで聞いているだろう。だから、この話はもう終わりだ。というか、俺こういうの苦手なんだよなぁ。まあ、堅苦しいのはここまでにして飯を食おう。飯!」

 

てっきり長々と作戦の重要性について語られたり、最悪自慢話あたりまで聞かされる覚悟だったが、まさかの話は一分足らずで終わり「飯食おう」という、予想の遥か斜め上を行き動揺する。

 

「どうした。俺が作ったカレーは、自分で言うのもアレだが美味いぞ」

 

「司令官殿、普通こういう時は作戦の重要性について説明するのでは?」

 

須永空将補が聞く。普通に考えてこういう場では長ったらしい説明や訓示を聞かされるのがお決まりルートであり、それをしない事に須永も驚きを隠せていない。

 

「まあ普通はそうだろうね。でも俺は、そういうの無駄だと思うからな。だって今いる中で「この作戦のやる意味が分かりません」って人いる?居たら手を上げて」

 

誰も手を上げない。

 

「みんな理解してるのに、その上から同じ内容言われるって無駄を通り越して、飽きてくるだろ?それなら話は訓示の時まで取っておいて、コミュニケーションとか士気を高める為に使うとかした方が、時間も有効に使えるくない?」

 

過去にも「兵士ファースト」な考えの将軍や上官はいたが、それはほんの一握りしか居なかった。そんな訳で唐突に始まった昼食なのだが、

 

「何これうんま!!」

「うぉぉ、辛いのが後から来る〜!」

「ムグッ、ググググ」

「アホ!急いで食い過ぎだ!!誰か、水持ってきて!コイツが三途の河渡る前に!!」

 

なんか約一名死にかけているが、兵士達からは大好評であった。味は兵士曰く「最初は甘くてコクのある味だが、後から甘さを突き破って辛さが突撃してくる。でも何故かその辛さがクセになる」らしい。

この翌日、講堂に作戦参加要員全員が集められ作戦が説明された。因みに作戦名を決める際、東川が「ハワイ大爆発、ぶっちぎりバトルフリートーズ」にしようとしていた。無論、長嶺&側近数名で全力阻止したのは言うまでもない。

 

 

「諸君、今回集まって貰ったのは他でもない。今回の反攻作戦の内容が決行した為だ。作戦はまず、航空自衛隊による強襲攻撃から行ってもらう。目標は敵航空機と飛行場施設、余裕があれば対空砲陣地も破壊していい。粗方の破壊が完了したら、陸海軍の連合航空隊による爆撃だ。これは無差別爆撃でいいから、目につく物全て破壊しろ。石油タンク、ドック、倉庫、対空・砲台陣地、兵舎何でもだ。爆撃が完了次第、速やかに離脱。艦娘達にバトンタッチだ。

艦娘達は空母による艦船攻撃の後、観測射撃による戦艦と重巡の一斉砲撃でボスの泊地棲姫を破壊する。軽巡と駆逐、霞桜は万が一撃ち漏らした敵の掃討や艦隊へ攻撃してくる不届き者を血祭りにあげる事だ。以上、何か質問はあるか?」

 

誰一人として手を上げない

 

「ないようだな。では解散とする」

 

この日から作戦決行日まで、作戦を再現した訓練が行われた。具体的には航空隊と艦隊、それから霞桜の三部隊での大演習である。そして作戦決行日の前日の夜、長嶺は一人埠頭に佇んでいた。

 

「やはり、満月の夜は嫌いだ」

 

普通、満月を見たら「綺麗」と感じるのが大多数だろう。しかし長嶺に取っては、自分のトラウマの一つなのである。

 

「提督?」

 

「大和か。どうした?」

 

「眠れないのですか?」

 

「そのセリフ、そのまま返す」

 

「私は月が綺麗だと思いまして、少し見に来たんです」

 

大和はそう言いながら月を見上げる。その姿は男女関係なく惚れる事間違いなしの、とても美しい姿であった。

 

「そうか」

 

「提督も答えないと不公平ですよ?」

 

「俺は眠れない、いや眠らないだけだ。満月の夜は、睡眠薬を飲んで横になっても、何をしても眠れないんだ。眠れる事もあるが、必ず悪夢を見る。それがわかっているから、敢えて寝ない方が楽なんだ」

 

「提督は昔、何かあったんですか?」

 

大和は意を決して聞いてみた。この手の事は聞かない方が良いのかもしれないが、この時の大和は何故か無性に聞きたくなったのだ。

 

「昔の事だ。俺が記憶してる中でも最大の決戦があって、勝てた物の大きな代償を払わされた。それが満月の夜で、それ以来満月が嫌いになった」

 

「あまり深くは聞きません」

 

「それが一番だ。お互いにな」

 

少し妙な空気になったので、大和はこれまで、というか最近気になっていた事をこの機会に聞く事にした。

 

「提督、貴方は何故そこまでして私達に尽くすのですか?」

 

「いきなりどうした?」

 

「私達は貴方に砲を向け、ダメージはなかったとは言え、操られていたとは言え、確実に死ぬような拷問を繰り返しました。それなのに貴方は許す。一体、何故なのですか?」

 

「そんなの、楽しいからに決まっているだろ?」

 

「は?」

 

「俺はな、戦闘が大好きで仕方ないんだ。人を殺すのはいつまで経っても楽しめることは無いが、弱者や強者が以下にして俺を倒すか試行錯誤を繰り返し、その中で生まれた究極をぶつけてくる。こんなに楽しくておもしろい事はないだろ?」

 

この時の長嶺の顔は、いつもの優しそうな顔でもなく、戦闘時の顔でもない、悪魔が獲物を見つけてほくそ笑む様な顔をしていた。流石の大和も少し恐怖する。

 

「それに俺は死を恐れていない。この国の未来や国民の為なら、どんな拷問にも耐えてやるし、喜んで命くらい差し出してやる」

 

「やはり貴方は無茶苦茶ですね」

 

大和が少し笑って返す。恐ろしい人だが、一方で少し安心した様な嬉しい様な気持ちだった。

 

「無茶苦茶上等だ。さあ、寝ろ寝ろ!明日に響くぞ!!」

 

「はい!お休みなさい」

 

この翌日、艦娘達はUS2に分乗して一路ハワイ真珠湾へ進撃した。この翌日、霞桜がC2で出撃し数時間後には基地航空隊も離陸。ここに初の大規模反攻作戦である「武甕槌作戦」は始動した。

艦隊は真珠湾より500kmの地点に前線基地を構築し、簡単な本部と物資集積用のフロートを設置する。攻撃準備が粗方完了した頃、霞桜を乗せたC2が飛来する。

 

「お前達、行くぞ!!」

 

長嶺を先頭にグリム率いる本部中隊、別の機体からは第一から第三までの各中隊が降下する。更に別の機体からは水上バイクと水上装甲艇が落とされていく。しかし、ここで艦娘達は気付いた。兵器類含め、誰もパラシュートを装備していないのである。基本的に空挺降下する時は、パラシュートなりウィングスーツを着用するのだが、誰一人して何も着けていない。

 

「イヤーーーーーーー!?!?」

「おいおい、マジかよ」

「戻れー!!」

 

しかし当人達はドンドン加速し、真っ逆様に降下して来る。そして体を空中で回転させて、立つ様に姿勢を安定させた瞬間、青白い炎が隊員の足元から上がる。

霞桜は敵地への上空からの潜入をより迅速にする為、戦闘服にスラスターが付いており、パラシュート無しでの空挺降下を可能としている。ボートにも同じ物を搭載しており、迅速かつパラシュートより少ない衝撃で部隊の展開が可能となっている。

 

「着水成功。各中隊長は着水次第、中隊の人員掌握。点呼の後、バイクと装甲艇に分乗。索敵陣形を構築せよ」

 

『『『『了解』』』』

 

「大和、武蔵、状況報告」

 

「はい、既に前線基地の設営は完了。明石さんが移動式工廠を、間宮さんと伊良湖さんが糧食の配給してくれています」

 

「軽空母が索敵機を発艦させている。今の所敵影は捕捉していないそうだから、このまま予定航路を真珠湾ギリギリまで偵察させる」

 

「わかった。ではこれより、侵攻を開始する。全艦、前へ!!」

 

艦娘と霞桜の連合軍が動き出す。陣形は第三警戒航行序列に近い。戦艦と空母を中心に配置し、その外縁に重巡と軽空母を配置。更にそれを取り囲むように駆逐艦と軽巡を配置し、そこから翼を広げる様に鶴翼の陣を霞桜が取っている。因みに長嶺は一番前で艦隊を引っ張っている。

二時間ほど進んだ頃、右翼と左翼に偵察に出ている隊員から連絡が入る。

 

 

『こちら第二バイク隊れハ級elite5、チ級flagship1の艦隊を捕捉‼︎本体に向かっています!!現在位置、艦隊より南東125!!!』  

 

『こちら第三バイク隊。こちらも第二と同じ編成の艦隊を発見した。方位は艦隊より、北西312。至急、迎撃されたし!』

 

 

「艦隊増速!!対水上戦闘用意!艦隊は霞桜からの砲撃指示に合わせて攻撃せよ。霞桜は陣形を鶴翼から袋鼠に変更し、対魚雷戦闘に備え!!」

 

長嶺の指示に霞桜から動き出す。陣形が艦隊を包囲する様に変わり、外縁部に隊員が配置される。これが袋鼠という陣形であり、本来は包囲殲滅の際に使われる。しかし今回は魚雷を破壊する為に敢えて、この陣形を使っている。

 

「戦闘用意!装甲艇は目標の方角に指向せよ。擲弾兵は速やかに展開し、迎撃準備を整えい!!」

「急げ急げ!敵は待ってくれんぞ!!」

「装填完了、いつでもいける」

 

艦娘達も少し遅れて動き出し、戦闘準備を整える。長嶺も八咫烏から大蛇を落として貰い、新作の兵器を装填する。

程なくして、深海棲艦から魚雷が発射される。雷跡を確認するや否や、霞桜が行動を開始する。

 

「グレネード斉射!!!!」

 

グレネードが放物線を描きながら、海面に発射される。今打ち出されているのは普通のグレネードではなく、魚雷を破壊する為に新開発された特殊グレネード、正式名称「対魚雷戦用特殊擲弾」である。このグレネードは海面に当たると、中から超小型のマイクロ徹甲魚雷とマイクロ爆風魚雷を放出する。

鉄鋼魚雷は正面から当たれば信管を作動させて爆破、それ以外の方角だと弾頭と推進部分の分断や水没させて機能停止させる。爆風魚雷は水中で爆発して破壊、もしくは錐揉みにして明後日の方向に飛ばすという物である。

このグレネードが発射されるとどうなるか。答えは簡単、

 

「敵魚雷破壊!」

 

こうなる。

 

『魚雷破壊成功!』

 

「観測射撃開始」

 

長嶺が次なる号令を掛け、隊員がそれに従う。

 

「方位319、相対速度6ノット、上下角27、砲撃されたし!」

 

指示に合わせ近くの艦娘が動き出し、言われた場所に砲弾をバンバン撃ち込む。さらに隊員も狙撃で目や砲身に弾を入れて、敵の攻撃力を削いでいく。

 

『敵影消失!!』

 

「よーし、艦隊進路そのまま。陣形戻せ!!」

 

敵の攻撃を退け少し安堵していたのだが、この後偵察中の八咫烏から無間地獄への片道切符が舞い込んでくる。

 

 

『我が主、大変な事になった。進路上に敵艦、編成は戦艦棲姫1、レ級5だ..............』

 

「一人連合艦隊が5隻も来やがったか」

 

レ級、いわゆる一人連合艦隊は深海棲艦の中でもチート級化け物艦である。通常のカタカナ+級の深海棲艦界では、アーカードとも言える位の艦であり、スペックが通常の状態でボスと同程度のステータスである。普通戦艦は、敵味方問わず砲撃と一部は航空攻撃しか行わない。所がどっこい、コイツは砲撃に加えて空母並みの航空攻撃と島風並の雷撃を行い、それ以外のステータスもボスと同程度とかいうのである。この事から分かる通り、今の艦隊が束になっても勝てるか微妙な艦隊なのである。

 

『幸い勘付かれてはいない様だ。仕掛けるなら、今しかない』

 

「わかった。大和!」

 

「はい」

 

大和を呼びつけて、今後の指示を飛ばす。この中で指揮に長けている艦娘は、大和しかいないからである。

 

「よく聞け、進路上に戦艦棲姫とレ級5隻が現れた」

 

「!?」

 

「知っての通り、この艦隊で攻め込んでも勝てるかどうか微妙な艦であり、確実に半数以上は沈む事になる。だから俺がアイツを深海に返品して来るから、お前に艦隊の指揮を任せたい」

 

「提督お待ちください!死にますよ!?」

 

他の艦娘達も口々に「危険だ!」とか「考え直してください!!」とか「自殺するんですか!?私達を遺して!」とか言っている。しかし当の長嶺はと言うと

 

「ハハハハハハハハ!!」

 

笑っていた。これには艦娘達も「完全に頭か精神が壊れた」と思った。

 

「お前達、まさか俺が死ぬと思っているのか?ナイナイ。ある訳ナイ。あんな化け物共にやられる程、俺は弱くないぞ」

 

「提督よ、流石にレ級5隻と戦艦棲姫が相手は提督でも無理があるぞ!」

 

「お前は確かに強いが、幾らなんでも無理があるだろ?」

 

武蔵と長門も止めに入る。

 

「お前ら、何か勘違いしてないか?俺は例の事件でお前らを倒した時、全力の1割も出してないぞ?」

 

本来艦娘は人間に倒される事なんて、まずあり得ない。余程に強い人間でも、駆逐艦ならまだしも戦艦や空母はまず勝負すら成立しない。そんなレベルなのに、長嶺は全員を討ち倒しそれで尚「全力出してない」と発言したのだから、全員が困惑の表情を浮かべる。

 

「グリム、お前なら分かるだろ?」

 

『えぇ。確かに前回は本気なんて出してませんでしたね。まあ殲滅ではなく、非殺傷の制圧でしたからある意味難しかったですけど。

というか総隊長殿が殲滅目的で前回していたのなら、グーで喉貫通させて殺したりとか、背骨を抜いてそれを相手に突き刺したりとか、人外すぎる攻撃で鎮守府が着任当時より酷い物に早変わりしてますよ』

 

サラッと恐ろしいワードが大量に出てきた事で、一部艦娘の脳がフリーズする。唯、全員が思ったのは「多分、大丈夫」という結論だった。

 

「まあ、こう言うわけだ。それじゃ、少し任せるぞ!」

 

長嶺は八咫烏と犬神を連れて、目的の海域に向かう。その間に土蜘蛛だけだった装備を幻月と閻魔を柄を下、鞘の先端が空に向く様に肩に装備し、手には手持ちの中で最高の攻撃力を誇る龍雷がある。

 

 

「お、アレだな?」

 

龍雷RGを構えて、狙いを定める。

 

「チャージ開始‼︎」

 

銃身が六つに分裂して、加速器が姿を表す。分裂した銃身は、小さな稲妻があちこちから上がって帯電しているのが分かる。

 

「電圧最大、安定値を突破」

 

光が強くなり、稲妻の量もドンドン増える。

 

「エネルギー充填100%!発射!!」

 

ドゥン ドゥン

 

2発の弾丸が低い発射音の後、複従陣の敵艦隊に襲いかかる。レ級三隻が連なっている場所に正確に飛び、レ級の頭と胸の中心を正確に三人抜きで射抜く。声を上げることも無く、何が起きたか理解する間も無く絶命し轟沈に追いやる。

 

「何ガ起キタ?」

 

戦艦棲姫がレ級に問いかける。

 

「高速ノ砲弾デ、頭ト胸ヲ撃タレタミタイ。何処カハワカラナイケド、楽シクナルヨ?」

 

「ソウカ。デハ航空機デ炙リ出ソウ」

 

「ハーイ」

 

2隻のレ級が艦載機を上げる。その間に長嶺は龍雷から、鎌鼬と竜宮を両手に装備する。

程なくして数百機の艦載機が襲いかかってくるが、その全てを避けて踏み台にして艦隊へ肉薄する。

 

「嘘ダロ。アンナ動キハ想定シテイナイ」

 

「凄イ凄イ!!」

 

「往生しろよ?」

 

ズドドドドドドドドドド

 

竜宮ARの弾幕にレ級一隻が蜂の巣にされる。

 

「せい!」

 

そして背中に手を突っ込み、殺したレ級の背骨を抜く。

 

「オ前、何シテル?」

 

「こうするんだ‼︎」

 

抜いた背骨を戦艦棲姫の艤装に突き立てる。今度は二刀の太刀を、ナイフのように構えて技を繰り出す。

 

「行くぞ。奥義、彗星‼︎」

 

知覚不能な速度で刀を動かし、眼前の敵の肉を削ぎ落とし続ける。艤装で防いでくるが、それもお構い無しにぶった斬る。最後は首を落として、フィニッシュである。

血飛沫が首から壊れた水道のように舞い上がり、付近の海を真っ青に染める。

 

「さて、最後はお前だ。レ級ちゃん?」

 

「アハハ、強イネ。人間ノ癖ニ」

 

「そりゃどうも。それじゃ、勝負と行こうぜ!!」

 

長嶺は刀を、レ級は艤装を構える。数刻の後、同時に動き出す。砲弾が撃たれるも、知覚不能な速度で回り込み叩き斬る。演出の割りに盛り上がる事なく、呆気なく終わる。

 

「人間だからと嘗めてる時点で、お前はもう負けているんだ」

 

そう言い残し、犬神を呼びつけて艦隊に合流する為動き出す。

一方その頃、作戦は順調に進み泊地内の対空火器の掃討が行われていた。

 

『こちらゴーストアイ。須永空将補だ。最初の奇襲は確認されている対空火器全ての破壊し、飛行場についても滑走路と一部格納庫を破壊した。後は爆撃隊に譲るぞ』

 

『了解』

 

 

「一航戦、二航戦、五航戦に命じます!全艦載機発艦してください!!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

赤城の号令に空母艦娘達が呼応して、艦載機を続々と発艦させる。発艦が完了した頃には、爆撃隊による縦断爆撃が行われていた。此方も戦果は上々であり、見事に港湾施設等は真っ平らになっていた。

本来であれば、現代戦において縦断爆撃なんてする事はない。現地住民への配慮や軍へのイメージの為であったり、そもそもの戦争形態が違う事も理由に上がる。現代戦は二つに大別でき、ピンポイント爆撃等での一撃で基地を葬り去る物と、ゲリラ戦や不正規戦といった物である。これらの特徴として、周りの無関係な建物へのダメージが少ないと言うのがある。まあロケット弾やら銃弾の跡やらは残るが、爆撃後の悲惨な状況よりかはマシである。

しかし今回ばかりは、話が変わってくる。というのも深海棲艦に占領された結果、バカンス先で有名な我々のイメージの中にある綺麗な場所ではなく「どっかの魔王の国の城下町ですか?」と言いたくなる程の禍々しい建物や、深海棲艦しか使えない機材しかない施設で埋まっている為、爆撃して全部吹っ飛ばした方が整地する手間が省けるのである。そんな訳で完全に港と建築物を破壊し、ついでに適当に機銃掃射して帰投する頃、艦載機隊も現着する。

一応艦船についてる対空砲から弾幕を貼ってくるが、勇猛果敢で一騎当千の熟練パイロットの前には無意味であり止まっている艦船の殆どは火だるまになるか沈没している。大半を深海に返品した時、遂に泊地棲姫が動き出すのだが、

 

「不味い!親玉が動き出したぞ!!艦隊に連絡して、支援砲撃してもらうぞ!!」

 

「打電します!!!!」

 

赤城の攻撃隊の一機が母艦である赤城に連絡し、それを戦艦部隊に伝える。更にタイミングが良いことに長嶺も合流した為、雷神で砲撃に参加する。

 

「全艦撃ち方初め!!」

 

大小様々な砲弾が発射され、泊地内に撃ち込まれる。運が良いことに大半が泊地棲姫の動力部にあたり、泊地棲姫からは攻撃しづらく、逆にこっちは攻撃しやすい位置で止まる。それを見逃さず、長嶺が指示を出す。

 

「全水雷戦隊、霞桜は泊地棲姫へ攻撃を仕掛けよ!」

 

島の影を利用しながら近づき、最大射程から酸素魚雷と砲弾をぶち当てる。霞桜は更に接近して、肉薄距離から対深海棲艦弾をありったけ浴びせる。最後は戦艦と重巡からの砲撃で跡形も無く消し飛び、見事撃破に成功する。

 

「現在時刻を持って、泊地棲姫の撃沈を確認‼︎作戦は成功、我々の勝利だ!!!!」

 

全員が歓喜の声を上げる。しかし未だ知る由がない。この成功が、後に大変な道のりへの片道切符に切り替わる事を。

 

 



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第五話吹雪着任

真珠湾奇襲より一ヶ月、横須賀にはアメリカ海軍第七艦隊が戻ってきて、各地の米軍基地にも部隊の再配置や元々いた隊員の帰国が行われていた。そんな中で江ノ島鎮守府には、新たな艦娘が配属される事となったのである。

 

「あ、あの!!」

 

「はい、何でしょうか?」

 

セーラー服を着た中学生位の子が、正門の警備兵に声をかける。

 

「本日付けで第三水雷戦隊に配属になりました、吹雪で有ります!」只今着任致しました!!」

 

「照合しますので、少々お待ちください」

 

照合する為に端末を操作していると、赤いSF90が爆音を響かせながら入ってくる。

 

「提督!お疲れ様であります!!」

 

「お疲れさん。今日は比較的暖かいから、お前も楽だな」

 

「えぇ。あ、例の新人ちゃんが到着しました。吹雪さん、こちらが我が鎮守府の提督ですよ」

 

「は、初めまして!特型駆逐艦の一番艦、吹雪であります!司令官、よろしくお願いします!!」

 

長嶺も車から降りて、直立不動の態勢を取って吹雪を真っ直ぐ見る。

 

「よく来てくれた。俺はここの鎮守府の提督、長嶺雷蔵だ。寮舎まで送るから、乗ってくれ」

 

「は、はい!失礼します!!」

 

初めて乗るスーパーカーと隣に提督という雲の上の存在が居る事で、かなり緊張しているが長嶺から話し掛ける。

 

「デカイ鎮守府だろ?」

 

「は、はい!飛行場もあって、施設も大きくて綺麗で、とても広いです!!」

 

「これでも半年くらい前は、ブラック鎮守府だったんだ」

 

「ブラック鎮守府?」

 

どうやらブラック鎮守府を知らなかった様で、ハテナを浮かべている。まあ知らない方が得なのだが。

 

「簡単に言うと、艦娘を消耗品として扱う鎮守府の事だ。一応艦娘達は書類や法律だと、人間ではなく艦船扱いになっている。だから物扱いする事自体は違法ではない。

だが規定として司令官には最低限の衣食住の補償、給料の支払い、艦娘への暴行の禁止、整備や補給を手厚く補償するとかの義務が課せられる。これらを守られていない鎮守府をブラックと呼ぶんだ」

 

「そうなんですか.......」

 

「あ、俺は書類上では物扱いしてるが、戦場や日常生活においては艦娘も一人の人間として接している。衣食住も他鎮守府より手厚く保護されてるらしいし、レジャー施設も揃えてる。だから安心していい」

 

「は、はい!あの、質問よろしいですか?」

 

「ん?」

 

「そのブラック鎮守府の提督は、今どうしてるんですか?」

 

ちょっと聞かれたく無い質問だったが、この程度は想定済み。真実と冗談を交えて答えようとするが、敢えて真実を語る。

 

「大方、地獄の獄卒達にリンチされてるんじゃない?」

 

「地獄って、監獄って事ですか?」

 

「いやいや、文字通りのあの世さ」

 

あの世という言葉に、少し驚いてる様子である。

 

「死んだんですか?」

 

「そうだよ。正確には暗殺だが」

 

「な、なぜですか?」

 

「ブラック鎮守府してるだけなら、憲兵なり警務課なりにしょっ引かれて裁判受けて、人生負け組に転落しておしまいなんだろうが、アイツはそれだけじゃ終わらなかった。外患誘致って知ってるか?」

 

「外患誘致?」

 

どうやら外患誘致も知らんらしい。というか普通は「外患誘致」なんて、早々出てくる言葉でもないから仕方ないか。

 

「外国と共謀して日本に対し武力を行使させるか、日本国に対して外国から武力の行使があったときに加担するなど軍事上の利益を与える犯罪なんだが、まあ現職の軍人が日本を裏切ったと考えればいい。でもって実際にロシアやら中国の残党やらが日本に数千人規模で来ていて、その責任をとってもらう為に俺が処断したんだ」

 

「提督が殺したんですか!?」

 

「そうだよ。俺はここの鎮守府の提督でもあるんだが、新帝国海軍内の特殊部隊である海上機動歩兵軍団、霞桜っていう部隊の総隊長を兼任してるんだ。この部隊は公には存在していないし、隊員も全員が本来の国籍を消されている。なんなら変わりの籍を持っていない者だっている。そんな訳で、君も秘密にしてくれよ?」

 

「は、はぁ」

 

余りにぶっ飛んだ話に、吹雪も生返事しかできなくなる。自分の提督が前代の提督を殺したとか言われたら、驚くかタチの悪い冗談だと思いたいものである。

 

「任務内容に深海棲艦との戦闘も含まれてるから、戦場では俺達も居ることがある。もし人間が水の上滑りながらライフル乱射してたら、基本味方だと信じていい」

 

「基本?」

 

「戦場に絶対は有り得ない。もしかしたら深海棲艦や、まだ見ぬ第三の敵勢力かもしれない。戦場では用心深すぎる位がちょうどいいからな。っと、目標の寮舎だ」

 

「あ、提督さんっぽい!」

 

「よっ」

 

「んー?その子はだーれ?」

 

夕立が車の所に来て、中に居る吹雪に気が付く。寮舎にも着いたし、自分の仕事もあるので後を頼む事にした。

 

「前に言ってた新しく着任する奴だ。吹雪、コイツは夕立だ。配属先の二水戦での同僚になるぞ」

 

「よろしくっぽい」

 

「よろしくお願いします」

 

「提督さん、お土産はあるっぽい?」

 

礼儀正しく頭を下げる吹雪とは違い、お土産を強請ってくる夕立。その姿たるや、犬である。

 

「ある訳ないでしょ。出張とかならいざ知らず、ちょっと防衛省に顔を出しただけだぞ」

 

「総隊長、今時間いいか?」

 

後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので振り返ると、そこには作業服の繋ぎ姿の技術屋レリックが居た。

 

「ん?おぉ、レリック。どした?」

 

「新装備について。あまり他の人間には聞かれたくない」

 

「だそうだ。夕立、睦月でも誘って鎮守府を案内してやれ」

 

「えぇー。今から遊ぶ予定だったっぽい〜」

 

「ご、ごめんね?」

 

夕立が文句を言った事で、吹雪も少し小さくなっている。なんか居た堪れないので、お菓子で夕立を釣って案内をしてもらう。ちょうどサービスエリアで買ったクッキーがあったので、それを交換材料にする。

 

「わーった、わーった。後で執務室に来たら、クッキーでもやるから」

 

「やったっぽい!!」

 

「総隊長、行こ」

 

「はいよ」

 

 

ピョンピョン跳ねる夕立を尻目に、レリックと長嶺は霞桜専用の建物内にあるレリック専用のラボに向かう。ここはレリックの私的な工作室で、色んな兵器がここにある。そう、ピンからキリまである。

具体的には自爆ドローン、EMPグレネード、小型ミサイルの様なハイテク兵器もあるが、何かよくわからん「劇物につき扱い注意」と貼られた緑色の液体であったり、大型の上下左右にドリルの付いた武器であったり、クッションに脚が生えてるキモい物体の様なガラクタや珍兵器まで色々である。

 

「うおっ、何だこれ」

 

「それ、触ると溶ける。ついでに振ると爆発する」

 

「怖っ!サラッと恐ろしい事言うなよ」

 

ってか、触ると溶けて振ると爆発する液体ってなんだろう?と気にしてはいけない。コイツに物理法則だとか、世の理は通じない。

 

「そこら中にあるから気をつけて」

 

「しっかり保管してくれよ。因みに威力は?」

 

「人体にかかると数十秒で骨まで溶ける。爆発の威力は手が吹っ飛ぶ」

 

「拷問に使えるか?」

 

流石長嶺。薬品の効果を聞いただけで、瞬時に拷問に使えるかという方向に思考が向く。かなーり将来が心配であるが。

 

「使える。激痛も伴うから、拷問には最適」

 

「ワーオ」

 

「で、これが新作」

 

「これは?」

 

レリックが差し出した物は、腕甲の様な謎の物体であった。なんか発射口があるから、仕込み武器か何かだろうか?

 

「グラップリングフック。JUST CAUSE4に出てきた機能は全部使える」

 

「マジで⁉︎」

 

「使えるのはリフト、リトラクター、ブースターの三機能。リフトはバルーンを作って物を浮かせる機能で、ガスをヘリウムか水素か選べる。バルーンは限界高度を迎えるか、使用者が自爆させない限り絶対に壊れない。浮かせる以外にも、浮かせて操作したり、使用者を追尾させることもできる。リトラクターは装着対象に電磁パルスを浴びせられて、巻き上げの速さはもちろん変えられるし、最大420馬力で巻き上げることもできる。ブースターは燃え尽きたら爆発させる事もできて、様々な角度に向けられる。噴射時間は最大で2分で、加速も任意で変えられる。このワイヤー達は無限大に出せるから、相手を吊るすでも何でもできる」

 

因みに420馬力は日産GTRと同じ馬力である。つまり約1.7トンの鉄の塊を時速315キロの速さで引っ張れる力なのだから、一体どれだけのパワーかわかるであろう。

 

「レリック、よくやった!」

 

「感謝の極み。量産はまだ出来てないけど、二ヶ月も有れば全員分できる」

 

「了解した」

 

「だから、コレは総隊長に渡す」

 

「機会が有れば使ってみよう。所で、お前の後ろにあるのは?」

 

レリックの後ろにはガンダムみたいな胴体した、よくわからんロボットもどきがある。

 

「ガンダム見てたら作りたくなったけど」

 

「なったけど?」

 

「飽きたからやめた」

 

「いや、やめるんかーい」

 

「でも勿体ないから、こんな風に改造した」

 

ボタンを押すと、指からガトリングガンが出てくる。そして弾丸の代わりに飴玉が発射される。これじゃガンダムじゃなくて、サイコミュ高機動試験用ザクとかジオングである。

※尚、主はガンダムは殆ど知らない。

 

「ストレス解消にはちょうどいい。でも何か作ってから、アリが連なって部屋に来る」

 

「だろうな。飴玉ぶち撒けて放置してたら、そりゃあアリは入ってくるわな」

 

「あ.......」

 

レリック、というか他の隊員も戦闘や戦術、もしくはレリックやグリムの様に特殊スキルを持っている者は、それにだけは破格の性能だが残りが壊滅的に酷いのである。生活力、料理力は特に致命的であり、一度隊員の一人が一人暮らしを始めた結果、ものの1時間でダークマター8つと3トンのゴミを産み出した記録を保持している程。因みに隊内で一番料理が下手なのはバルク&レリックである。

 

「後でアリの駆除剤でも作って、適当に撒いとけ」

 

「了解」

 

外に出た所で電話が鳴る。画面を見れば、今日の秘書官である長門であった。

 

「うぃー、どしたー?」

 

『提督、第五艦隊が棲地を発見した』

 

「第五艦隊は戻ったのか?」

 

『まだだ。被害は翔鶴、霧島が中破。残りは全員小破だそうだ』

 

「規模は?」

 

『泊地棲鬼がボスで、残りはいつもの艦艇だ』

 

脳内に必要な戦力と海域の地形などを思い描き、何が居るかと、どう言う戦法を取るかを瞬時にシュミレートする。

 

「とすると第一部隊に金剛、比叡を中心に夕張、鈴谷、熊野、島風をつけて、第二部隊に一航戦と二航戦と護衛に第六駆逐隊。切り込み役の第三部隊に第三水雷戦隊にしておくか。こちらもバルク指揮の第三中隊と俺が出る」

 

『了解した』

 

一方その頃、吹雪、夕立、睦月の三人は空母の地上演習場に忍び込んで、赤城と加賀の訓練を覗いていた。所がサイレンの音と長門の放送でビックリして、吹雪が木に頭をぶつけた事でバレたりと、何か忙しい事になっていた。

 

 

「バルクら今日は何の武器を持っていくんだ?」

 

「あ、総長。へい、今回はストッピングパワーに優れてんのが良いでしょうから、FN BRG-15を引っ張り出しやした」

 

「こりゃまたマニアックなの持ってきたねぇ」

 

FN BRG15。ベルギーのFN社で試作された重機関銃であり、ベルト給弾方式で15.5mm弾を使用する。M2の後継を狙い「20mm口径弾を使用する機関砲よりも安価・軽量な火力を地上部隊に提供する」というコンセプトの元で制作されたが、M2の弾薬と互換性がない為廃棄しないといけない上、そもそものM2が現役バリバリで使える為に必要性が薄れた。コレに加えてFN社の財政的問題も合わさって、1990年代初頭に計画は破棄された。

 

「中隊長、総隊長!水上バイク、水上装甲船の準備完了しました!!」

 

「だそうだ」

 

「よーし、お前達!二人一組で互いに装備の点検をしろ!終わったら待機。出撃の号令が掛かるまで、他の隊員と雑談でもしていろ!!」

 

「「「「「「うっす!!」」」」」」

 

隊員達から、まるで大工や工場の若衆の様な威勢の良い声が上がる。

 

「て、提督さん!?何でここにいるんですか!?!?」

 

「総長、この嬢ちゃんは誰ですかい?」

 

「この間言ってたルーキーだ」

 

「ほー。嬢ちゃん、俺は霞桜第三中隊の中隊長をやってるバルクだ。よろしくな」

 

「よ、よろしくお願いします!」

 

バルクの風貌は某アベンジャーズのハルク並みの筋肉であり、文字通り筋肉モリモリマッチョマンである。おまけに顔がいかつく、サングラスとスーツを着ればヤクザも逃げ出す程恐ろしい。そんな訳で吹雪は、捨て犬の如く震えている。因みにコードネームのバルクは、ハルクが元ネタ。

 

「提督、第三水雷戦隊準備完了です」

 

「よし、なら先発として出撃。戦場で会おう」

 

「はい!」

 

第三水雷戦隊の神通、川内、那珂、睦月、夕立、吹雪はドッグに降りていく。その背中を見送り、また雑談しようかと思ったが。

 

「あぁ!!!」

 

「何ですかい、その「やべぇ」みたいな「あぁ」は?」

 

双眼鏡を取り出す長嶺。その視線の先は、海である。

 

「何で双眼鏡取り出してんですかい?」

 

ボチャーン

 

「ボチャーン?」

 

外を見ると吹雪が海の上を転げ回ったり、潜水したり、また開いてあわあわしながから顔面から海に突っ込んだりと、艦娘とは思えない動きをしていた。

 

「ウソーン」

 

「うん、やっぱりか」

 

「コノヤロ、総隊長!11文字以内で説明しろい!?」

 

「吹雪は、艦娘だが、戦力外!」

 

「えぇー!?!?」

 

予想外というか、艦娘としての存在意義が半分近く無くなってしまってる回答に驚く。

 

「一つ、まともに海を進めない。一つ、砲撃の命中性能皆無。一つ、極度の超方向音痴」

 

「それ艦娘として終わってんじゃないですか‼︎どうすんのよ⁉︎」

 

「祈る!!」

 

「神頼み!?」

 

超非現実的な事を言う長嶺にバルクは突っ込むが、よくよく考えれば既に犬神という妖怪に八咫烏という神を目の前の男が使役していた事に気付く。

 

「というか、普通それだけの欠陥が有れば解体でしょうに」

 

「どうやら、VR空間では極めて良好な結果を出しているそうだ。加えて戦闘に関する知識だけはズバ抜けて高く、それを戦闘でも十二分に生かせるとの見解だ」

 

「そうですかい」

 

「まあ祈って練習させて、慣れさせる他ねーな」

 

「ですな」

 

こんな馬鹿話をしていると大和達も到着し、ドッグへ入って出撃していく。そんな背中を見送り正面から艦娘が消えた頃、霞桜もいよいよ出撃の時が来た。

 

「バルク、俺達もそろそろ行くか」

 

「ヘイ‼︎野郎共、出陣じゃぁ!!」

 

「「「「「「うっす!!」」」」」」」

 

床が下がり、そのまま艦娘達の出撃ドッグの真上にある専用スペースまで下降する。床が下降してきたのに合わせて、天井にぶら下がっている装甲船と水上バイクが、目の前に広がる水の上に降ろされる。分隊ごとに整列し、自分達の装甲船、もしくは水上バイクに乗り込む。

 

「海上機動歩兵軍団総隊長、ゴールドフォックス。出る!」

 

「海上機動歩兵軍団第三中隊、中隊長バルク。出撃するぜ!!」

 

そう言うと、面を装着し銃の弾倉を入れてスライドを引く。他の隊員もグレネードをセットしたり、シェルを入れたりと戦闘準備を整える。

 

「ゲートオープン!」

 

サイレンの音に合わせ、重苦しい扉が開かれる。外から見ると巨大な砲身が20本セリ出て来る様に見えており、この砲身が加速装置となって装甲船と水上バイクを海に飛ばす。

 

「出撃!!」

 

長嶺の号令で次々と装甲船と水上バイクが射出される。バルクは指揮船タイプの装甲船に乗り込み、長嶺より早く射出される。長嶺は第三中隊が全員射出されたのを確認して、射出ゲートまで進み射出される。それに合わせて八咫烏と犬神も上の崖から飛び降り、元の巨大な烏と犬の姿になって長嶺と合流し、犬神は長嶺を背中に乗せる。

 

「行くぞ!!」

 

「はーい」

「了解!」

 

数時間後、第三水雷戦隊は敵と接敵し攻撃を開始する。最初はハ級1、イ級2だけだったが、すぐにハ級、イ級、ロ級の合計13隻の奇襲を受ける。幸い金剛率いる艦隊が支援に来た為、事なきを得た。

しかし棲地に入った瞬間、吹雪が深海棲艦10隻に狙われる。

 

 

「吹雪ちゃーん!!」

「避けるっぽーい!!!」

 

「嘘.......」

 

食われる瞬間、無数の大口径弾丸が深海棲艦を弾き飛ばす。

 

「おいおい、俺達の相手もしてくれよな?えぇ?深海魚共!」

 

バルク率いる第三中隊がギリギリで間に合い、バルクによるBRG15の支援攻撃が行われたのである。周りの深海棲艦に関しても

 

「吹雪ィ!!伏せろぉ!!!!」

 

両手に朧影を携えて、空から長嶺が降って来る。着水と同時に自身を回転させながら、連射力に物を言わせて一掃する。

 

「ギリギリだったな。吹雪、生きてるか?」

 

「は、はい!」

 

「よし。後は俺達と第一艦隊に任せて、お前達は一度退いて体勢を立て直せ」

 

「はい!」

 

長嶺の突入と同じタイミングで始まった第一艦隊の航空攻撃に合わせ、バルクが水上バイク部隊に突撃命令を出す。

 

「水上バイク部隊突撃!敵の陣形をグチャグチャに破壊してこい‼︎装甲船部隊は混乱した深海棲艦の横っ腹に力一杯殴りつけろ!!」

 

「「「「「うっす!!」」」」」

 

雑魚を任せてる間に長嶺は泊地棲鬼の元に行く。それを察したのか、赤城が艦載機を上げる。魚雷で障壁を破ろうとするが後一歩で破れない。これを長嶺が察して、雷神で障壁を破壊。陸用爆弾搭載の天山がトドメを刺し、泊地棲鬼を破壊。見事、海域を開放する。

 

「海域は開放された。繰り返す、海域開放!」

 

歓喜に包まれる鎮守府と海域。その中で吹雪は凛と佇む赤城に、羨望の眼差しを送っていた。

 

「アレが一航戦。カッコいい.......」

 

 

 

 

 



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第六話会議とエース

吹雪が着任して、ついでに泊地棲鬼を深海に送り返して3日。この日、長嶺はいつもの戦闘服ではなく第一種軍装にて、横須賀鎮守府へと向かっていた。因みに乗っているのは公用車の黒塗りクラウン。

何故横須賀に行くのかと言うと、長嶺の紹介の為である。実を言うと色々立て込んでいて、マトモに他提督への紹介や顔合わせすら出来てないのである。一応着任以前から振り返ると、

長嶺率いる霞桜が国内のテロリストを一掃する→その時にテロリストの首領でもあった前提督安倍川餅部論部論流界(汚物の集合体と粗大ゴミ)を暗殺→後任で着任するも、余りに酷すぎて鎮守府を急遽大リフォーム(というか、ほぼ新築)→シリウス戦闘団とかいう組織に長嶺襲われる→装備と戦力の増強→艦娘反乱&長嶺監禁&霞桜と長嶺の報復→ハワイ解放→近くの海域も解放

と、こんな感じである。期間としては半年未満であり、他提督と会う暇なんざ無かったのである。

 

「なんか俺、半年満たんで凄い事したな。ってか、詰め込みすぎじゃねーのうp主?」

 

正直詰め込みすぎたと思ってますby鬼武者

 

「あのー、閣下?先程から誰とお話出るのでしょう?」

 

「ん?神様」

 

「か、神様ですか?」

 

「うん」

 

「あ、はい」

 

 

 

1時間後 横須賀鎮守府 会議室

「ここか。よし」

 

重苦しい扉を開けて、中に入る長嶺。中には既に長嶺以外の全員が集まっていた。

 

「来たか、長嶺」

 

正面に座る東川が威厳たっぷりに話す。仕事モードの東川を前に、長嶺も気が引き締まる。

 

「えぇ。到着が遅れ、申し訳ありません」

 

「よい。お前は仕方がないだろ?」

 

「そう言って頂けるのならさいわ」

 

「異議あり!海軍伝統である五分前行動を疎かにし、他者への謝罪が無いとは何事か⁉︎貴様それでも帝国軍人か!?」

 

なんかハゲツルピッカーな太ったおっさんがキレている。

 

(えぇ、あのクソ親父、俺の本来の職を説明してないのかよ。するって言ってたのに)

 

「返事はどしたー!?もう我慢ならぬ、歯を食い縛れぇ!!!!」

 

「まあまあ、落ち着いてください」

 

今度は隣の爽やかな若い男が止める。

 

「せめて理由を聞いてからでも遅く無いでしょう?」

 

「黙れ青二才!!」

 

「ワシも賛成だ」

 

今度は東川と同じ位の男が静止する。

 

「総長、この少年が例の新人ですか?」

 

「あぁ。さて長嶺、自己紹介なさい」

 

「はい。江ノ島鎮守府司令を拝命しております、長嶺雷蔵大将です。若輩の新参者ですが、何卒宜しくお願いします」

 

長嶺が深々と頭を下げる。

 

「彼は江ノ島鎮守府の司令官の他に、ある部隊の指揮も取っている」

 

「ある部隊?」

 

若い男が首を傾げる。

 

「お前達も名前程度なら耳にした事がある筈だ。海上機動歩兵軍団「霞桜」と言う部隊だ」

 

霞桜の名を聞いた瞬間、全員の顔が驚愕の物となる。

 

「霞桜って、あの霞桜ですか⁉︎というか実在していたのですか⁉︎」

 

若い男が取り乱すのも無理はない。霞桜の任務とは深海棲艦との戦闘もそうだが、その真たる任務とは暗殺や軍要人への憲兵任務である。つまりは汚れ仕事や公には無かった物とされる仕事をしており、存在を知るのも極一部である。士官クラスの上役だとしても噂程度でしか知られておらず、都市伝説程度の扱いだったのである。

 

「そうだ。任務の特性上、公には認められてはいないから諸君が知らないのも無理が無い。それから遅刻の原因も霞桜に関する事だ」

 

「でしたら、余り詮索しない方がよろしいでしょうな」

 

老年の男が、気を効かしてくれて詮索を止める様に言ってくれた。

 

「そうして頂けるのなら、私としましても助かります。我々霞桜は、影となる事でその真価を発揮できますので」

 

「そう言うわけだ。諸君も他言無用に頼む」

 

「総長、僕達の紹介はしなくていいんですか?」

 

「あ、忘れておった。それじゃ、権蔵から頼む。

 

「ハッ」

 

老年の男が立ち上がる。

 

「ワシの名は山本権蔵。舞鶴鎮守府の司令をしておる」

 

「次は僕だね」

 

今度は若い男が立ち上がる。

 

「僕は呉鎮守府司令の風間傑。地理的にも近いから、よろしくね」

 

「格下如きに、俺の名を語らんといかんとわ」

 

最後にハゲツルピッカーが立ち上がる。尚、超嫌そうである。

 

「俺の名は河本山海。佐世保鎮守府司令だ」

 

「まあ他にも組織の長は居るんだが、取り敢えず今いる三人とは一番深く関わるだろうからな。よく覚えておきなさい」

 

「了解致しました」

 

「さて、では会議を始めるとしよう」

 

最初は各管轄の海域での報告や、新しい装備について等の事務的な連絡が行われた。そして本題の次の新たなる反攻作戦について議題は進む。

 

「では今回集まって貰った理由なんだが、新たに反攻作戦をしようと思っている」

 

「で、次は何処を攻めるんですか?」

 

「まあそう焦るでない。昔から権蔵は変わらんな」

 

「いやはや、お恥ずかしい」

 

「まあ良い。皆、これを見てくれ」

 

テレビモニターに、ある島が映し出される。

 

「こりゃ何処だ?」

 

「この地形は.......」

 

「ミッドウェー島、ですね」

 

その特徴的な地形に、風間と長嶺の2人はすぐにミッドウェーと分かった。

 

「その通り。大戦時は米本土攻撃の拠点として占領する目的だったが、今回は南太平洋方面への南下作戦の、予備補給基地や中継地として利用する予定だ。シーレーンの完全解放の足掛かりを作る為の土台となる。皆も奮励努力して貰いたい」

 

「して、誰がやるんです?」

 

「長嶺の江ノ島にやってもらう」

 

「異議あり!」

 

机を叩き、河本が勢いよく立ち上がる。因みに長嶺はイライラしてきたが、一応怒りをおさめている状態である。

 

「何故、我が佐世保艦隊を使わないのですか!?練度も士気も天を貫く程であり、他艦隊の追随も許しません!なのに何故!!」

 

「お前の所は地理的に遠いだろ。お前の管轄地である佐世保は日本海側故、即応性に欠ける。その時点でお前と権蔵は対象外だ。残るは鹿児島、呉、江ノ島、横須賀、仙台、釧路な訳だが、この中で一番練度が高いのは俺の横須賀と風間の呉だ。だが横須賀は首都防衛が主任務であり、呉は外海に出にくい。とすると次に練度の高い江ノ島に白羽の矢が立つ。ついでに霞桜やメビウス中隊も配属されているから、戦力も申し分ないしな」

 

「ですが何故、こんなガキに国運を任せるのですか‼︎」

 

「聞き捨てなりませんなぁ」

 

ここまで沈黙していた長嶺が立ち上がる。流石にイライラMAXなので、その語気は少し荒い。

 

「ガキだから何ですか?確かに成人してませんが、アンタよりは戦場を知っている。今の発言、撤回して頂きたい!!」

 

「何だと!?」貴様、この俺に逆らうのか!?!?」

 

「いやいや、アンタと俺は階級変わらんでしょうが。なのに何故、そうも偉そうにしてんです?」

 

「黙れ!!貴様は年功序列というのを知らんのか!?」

 

まさかの時代遅れな化石とも言える考えに、内心ウンザリしているが一応正面切って論破しにかかる。

 

「知ってますけど、年功序列だ何だと言ってる暇があったら、一匹でも多くの深海棲艦を沈めるか、海域解放をした方が遥かに良いんじゃないですかね?」

 

「言わせておけば!!」

 

そう言いながら刀を抜く河本。全員が顔を青くする。東川と当の本人を除いて。

 

「河本!!」

「河本さん、剣は不味いでしょ!!」

「ハァ」

 

「貴様、模造刀で叩かれた時の痛さを知らんようだな?」

 

旧軍での短剣や軍刀は真剣だったが、現代では防犯の観点から式典以外は基本的に模造刀である。その為、後頭部辺りを殴らない限り死ぬ事はないが、くそ痛い事に変わりはないのである。

 

「御託は良いから、早くやるならやれよ」

 

「望み通りにしてくれる!!」

 

振り下ろされる刀に対し、長嶺は両手をクロスさせて受ける。殴られた鈍い音ではなく、ガキンという金属同士のぶつかる音がする。

 

「河本大将、これでも一応現役の特殊部隊総隊長ですよ?たかが素人の攻撃(・・・・・)を弾けなくてどうしますか?」

 

「ぐぬぬ」

 

「やっぱり仕込んでたか」

 

東川が苦い顔をしながら話す。

 

「勿論。何なら実弾入りの拳銃と、各種手榴弾。それに仕込みナイフと、制服の下に防弾防刃ベストも装備してますよ?あ、勿論刀も真剣にしてます」

 

「言わんで良い。言わんで。で、その腕のは何だ?」

 

「グラップリングフックですよ。私の優秀な技術屋の部下が制作した、深海棲艦の砲撃にも耐えられる優れものです」

 

「ホント、お前のとこは常識が通じんわい」

 

東川が予想はしていたが思ってたより武器を持ち込んでる上に、なんか聞いた事もない謎に防御力の高い装備まであった事に呆れていた。

 

「それが霞桜です」

 

「そうだな。さて、河本山海。貴様を減俸八ヶ月とする。異論は認めん。では、解散。あ、長嶺は執務室に来てくれ」

 

「「「了解」」」

 

「クッ、了解.......」

 

約1名不満を持っているが、一応解散となった。因みにこの河本は、これ以降の話に於いて長嶺の足を引っ張って行く。

 

 

 

会議後 長官執務室

「まあ座れ、雷蔵」

 

「へいへい」

 

「で、何であそこで抵抗した?」

 

「首を斬り飛ばして無いだけマシと思え」

 

「あのなぁ、やるなら徹底的にやれよ。ってか寧ろ、殺しちゃっていいから」

 

てっきりお小言かと思いきや、予想の斜め上を行く上司の言っちゃいけない言動第一位の物を出してきて、流石の長嶺も止めに入る。

 

「親父、それを部下に頼んだら終わりだ。というか普通ここは怒るとこだろ」

 

「だってアイツ、河本コンツェルンの総帥で俺よりも顔利くから、表立って文句は言えねーんだよ」

 

「そーかい。で、今回呼んだのは、そんな愚痴を聞かされる為なのか?それなら帰るぞ」

 

「待て待て!違う!!しっかり用事ある!!」

 

結構ガチで止められた。しかし長嶺は早くgo to 江ノ島したいので、早く言って欲しい。

 

「よし。なら、早よ言え」

 

「コホン。雷蔵、今度の作戦指揮を評価したいから、ここで指揮を取れ」

 

「えー、まあ良いけど」

 

「なら用は済んだ。帰っていいぞ」

 

「へいへい。んじゃ、なんか有ったら連絡しろ」

 

「ラージャ」

 

そう言いながら出て行く長嶺。そのまま階を下り、談話室的な所の前を通る。すると中から、ある人物が出てくる。

 

「長嶺くん」

 

「ん?あ、風間大将」

 

ビシッと敬礼をする長嶺。それに対し風間も返礼する。

 

「何か御用でしょうか?」

 

「今時間いいかい?」

 

「え、えぇ」

 

「なら少し顔を貸してもらうよ」

 

そう言いながら談話室の中に連れ込み、近くの席に座るよう促す。風間はコーヒーの自販機の前に行き、コーヒーを1つ買う。

 

「カフェオレだが、飲めるかい?」

 

「はい」

 

「僕の奢りだ。遠慮なく飲んでくれ」

 

「ハッ。では、いただきます」

 

なんか厄介事を持ち込まれそうで直ぐに切り上げたいが、一応先輩提督なので無碍にするのは後々不味いかもしれない。まあ厄介事じゃない可能性もあるので、そっちの楽観的な予想を信じる。

 

「さて。君を呼んだのは、個人的に君と話がしたいから何だ。会議の時も言ったけど、僕達は地理的に近いからね。お互いに良好な協力関係を結んだ方が、色々都合がいい」

 

「確かにそうですな」

 

長嶺はカフェオレ、風間はブラックを飲みながら話し始める。最初は互いの趣味や得意な戦術。好きな芸能人やゲーム等、多種多様な会話を楽しんだ。

 

「所で君は本当に霞桜の総隊長なの?」

 

「まあ、こんな見た目ですから実感湧かないでしょうが、歴とした総隊長ですよ」

 

「じゃあ一つ聞かせてくれないかな?」

 

「何です?」

 

「君の鎮守府の前任、安倍川餅は本当に失踪なのかい?」

 

「と言うと?」

 

なんか思ってたよりもしょうもない事だったので、長嶺も少しふざけて「真実を知る裏の人間」を気取る。

 

「噂じゃ霞桜、噂の中じゃ秘匿部隊Xって言うんだけど、そこが暗殺したって。他にも同時期に起きた北海道、神奈川、高知での爆発事故も霞桜がやったって言うのがあるんだ」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

「機密事項かい?」

 

「勿論。我々はこの国の影ですから。ですが、そうですなぁ。安倍川餅の事だけはこう言っておきます。「安倍川餅は霞に撒かれ、桜吹雪に包まれて世を去った」とだけ」

 

不敵な笑みを浮かべ「誰かに喋んなよ?」という圧を込めながら話す。

 

「それは答えじゃないのかい?」

 

「他言無用でお願いしますよ」

 

「何も聞かなかった事にするよ。あ、そうだ。君に頼み、正確には君のところに居るメビウス隊に頼みがあるんだ」

 

「何でしょうか?」

 

「ウチの部隊が模擬空戦をしたいそうだ」

 

「てことは、エーリューズニルの番犬ですか」

 

恐らくなんの事か分からない人も居るだろうが、それは今からのお楽しみである。

 

「そういう事さ。アポが取れたら、僕の所に連絡してくれ」

 

「了解」

 

「引き留めて悪かったね」

 

「カフェオレ、ごちそうさまです」

 

鎮守府に帰還後、すぐにメビウス隊寮舎に行きこの事を説明する。その結果二つ返事でOKが出た為、風間との協議で一週間後に演習となった。

 

 

 

一週間後、江ノ島鎮守府近海上空

両翼が青のF15Cと片翼が赤のF15Cが飛んでいた。

 

『よお相棒、まだ生きてるか?』

 

『あぁ、生きてるとも』

 

『こちら江ノ島コントロール。ガルム隊、来訪を歓迎する』

 

正式名称、呉鎮守府航空団第六飛行隊。しかし人は彼らを「ガルム隊」と呼ぶ。7年前の欧州戦争での傭兵時代の名称だが自他共にそれを通り名としている。正式名称に組み込みたかったらしいが、流石に著作権上許可されなかった。しかし通り名とコールサインについては黙認されているので、実質はほぼ公認されてたりするのだが。

何はともあれ、2機は江ノ島鎮守府の滑走路に着陸する。そして出迎えの長門に連れられ、執務室に通されたのであった。

 

「提督、失礼するぞ」

 

「失礼します!」

「失礼します!」

 

「って、あ!!」

 

ここで一人の男が声を上げる。

 

「おいピクシー!」

 

もう一人の男が腕でつつく。そりゃいきなり上級将校に「あ!」とか言ったら、不敬どころの騒ぎじゃない。

 

「あぁ、良いんだ。久しぶりだな、ピクシー」

 

「生きてたのかシークレットボーイ‼︎陸の鬼神がまさか提督とはな」

 

「提督、こちらの方と知り合いなのか?」

 

長門が困惑した表情で聞く。因みに顔には出してないが、つついてた男も内心困惑してる。

 

「昔、戦場で会ったことがあってな。最初は敵同士だったんだが、成り行きで任務に協力してもらったんだ」

 

「一応聞くが、幽霊じゃないよな?」

 

「まあ公的な幽霊ではあるな。差し詰、足のある幽霊って所か」

 

「そりゃ良い」

 

久しぶりの再会に冗談を言い合う2人に、長門が気まずそうにしている。なんか役目は終わったっぽいので、長門は部屋を出る事にした。

 

「あー、私は失礼するぞ」

 

「あぁ、出迎えありがとな」

 

「では失礼する」

 

そう言って長門が出て行く。

 

「そうそうコイツがあの円卓の鬼神、ガルム1のサイファーだ」

 

「サイファーです」

 

「相棒、コイツは堅苦しいの嫌いなんだ。気楽に行け気楽に」

 

「そうそう。俺は敬語がそんな好きじゃなくてね。気楽に頼むよ」

 

「そういう事なら」

 

そう言いながら握手を交わす二人。こうして空と陸海の鬼神が巡りあった。

 

「所でアイツらは元気にしてるか?」

 

「いやアイツらはお前と別れた後、全員亡くなった」

 

「そうか.......」

 

「聞いてるかもしれないが、あの一件は全て最重要国家機密だ。他言無用で頼むぞ」

 

「わかってるさ」

 

「それじゃ、俺達はメビウスの所に行く」

 

「行ってら」

 

 

 

執務室前廊下

「で、アイツは一体何者だ?」

 

「それは場所を移す必要がある。今はメビウスに会わねーと」

 

「いや、その必要は無いみたいだ」

 

そう言いながら指を指すサイファー。その先には本を腕に抱えて、廊下を歩いてハンガーの方に向かうメビウス1である。

 

「メビウス!!」

 

「え、あ!ピクシー教官!?それにサイファー教官も!?」

 

居ないはずのピクシーの声に、メビウスは驚いて持っていた本を落としかける。

 

「久しぶりだなメビウス」

 

「えぇ。お二人共、てっきり海外に行ってるのかと」

 

「特別講師の後、本来なら日本を立つ予定だったんだ。だがスカウトされて、今は非公式の航空隊として呉にいる」

 

サイファーの説明にまたもビックリするメビウス。まさか意外と近くに居た上に、スカウトにOKした事が意外だったのだ。

 

「それで今日は何しに?」

 

「何だお前、シークレットボーイから聞いてないのか?」

 

「し、シークレットボーイ?」

 

「あー、長嶺提督の事らしい。俺も詳しくは知らん」

 

ピクシーの発言に訳の分からないメビウスにサイファーが補足する。

 

「俺達はお前の所の部隊と模擬空戦する用に頼んだんだ」

 

「私は「呉の航空隊に居る腕利きの奴らが、お前達メビウスに挑戦状叩き付けて来たんだが、どうする?」って言われただけです。その場で多数決取ったら、満場一致で受ける事になったんですよ」

 

「何だ、シークレットボーイは俺達の事隠してたのか」

 

「まあ、教官と生徒だから名前出したら受けないだろうしな」

 

「知ってたら受けませんでしたよ.......」

 

因みに3人の関係性とは訓練生時代の教官、正確には特別講師と生徒なのである。当時、深海棲艦の襲来で戦死したパイロット補充の為に教官達ご現役復帰した為、教官の補充としてガルム隊や他の武勲を上げた傭兵を雇ったのである。

その時偶々、サイファーとピクシーの担当がメビウスの居た訓練校だったのである。二人がメビウスの才能を見抜き、利点を伸ばせるアドバイスをした結果、太平洋海戦で名を馳せる英雄となったのである。

 

「まあ受けたんだから、きっちり勝負してもらうぞ」

 

「わかりましたよ.......」

 

サイファーの本気モードのトーンで言われた言葉に、メビウスは諦めた顔でハンガーに連行されていった。

 

 

 

30分後 滑走路

『江ノ島コントロール。ガルム隊、メビウス1、メビウス8離陸を許可する』

 

今回の演習のルールを簡単に説明しよう。

・戦うのははガルム隊VSメビウス1とメビウス8(又の名をオメガ11、もしくは伝説のベイルアウター)

・使用機種はガルム隊はF15C、メビウス1と8はF22ラプター

・スタートの合図は4機がヘッドオンからすれ違ったと同時に。

・機関砲とミサイルの弾頭はペイント弾に換装しており、命中したら撃墜判定である。

 

「始まるな。ってか、みんな集まってるし」

 

長嶺が周りを見ると手空きの艦娘、霞桜隊員がそろっており、中にはカメラを回したり双眼鏡装備で観戦してる奴もいる。

 

『ガルム1、離陸する』

 

『ガルム2、行くぜ!!』

 

『メビウス1、行きます!!』

 

『メビウス8、出る!』

 

4機が空に舞い上がる。互いに編隊を組み、そのままヘッドオン体制を取る。

すれ違った瞬間、戦闘が始まる。初手はメビウス1であった。

 

『FOX 2!』

 

「いきなりスプリットS*1か」

 

『うお、マジか!?』

 

『チッ』

 

いきなりすぎる攻撃に、天下のガルム隊と言えどもたじろぐ。しかし、そこは最強エースの一角。直ぐに回避行動に移り、そのまま機銃掃射を加えてメビウス8を堕とす。

 

『メビウス8、撃墜‼︎』

 

『嘘だろ.......』

 

メビウス8もまさか一撃で堕とされるとは思わず、混乱する。しかしメビウス1は二人ならやりかねない為、驚きはするが「あー、やっぱりかー」と言わんばかりにすぐ落ち着く。

 

『ロックオン!FOX』

 

サイファーがミサイルを撃とうとした瞬間、長嶺が無線に割り込む。

 

『お前ら、悪いが訓練中止だ。飛び込みの客を出迎えろ。深海棲艦が現れた』

 

この知らせに4人の顔が一気に強ばる。

 

『幸い、距離がある上に進行速度が遅いから、一度帰還し兵装を変更。その上で出撃しろ』

 

「「「「ウィルコ!!」」」」

 

そんな訳で補給を済ませて、残りのメビウス中隊、グレイア隊、レジェンド隊を加えて出撃する。これに合わせて即応性の高い霞桜も出撃し、艦娘達は後詰め役として出撃している。

 

 

 

御蔵島と八丈島の中間 上空

『こちらレジェンド1、敵を捕捉』

 

『よし、ならやっちまおう』

 

ピクシーの提案に、全員が声高らかに同意する。

 

『全機続け。行くぞ!!」

 

深海棲艦が気付き、対空攻撃を開始する。弾幕で更に黒い煙がボンボン上がり、弾幕も形成される。

 

『よし、花火の中に飛び込むぞ』

 

しかしその程度では止まらない。ガルム隊とグレイア隊が突撃し敵の攻撃を引き付けている間に、レジェンド隊がASM3で戦艦を倒す。更にメビウス中隊も上からスマート爆弾を落として、周りの駆逐艦や軽巡を破壊する。

そうこうしていると、霞桜も到着して一気に殲滅を開始する。

 

「野郎共、かかれ!!」

 

長嶺の号令に隊員達が一斉に弾幕を貼りながら突撃する。長嶺は幻月と閻魔を構えて、弾幕に合わせながら深海棲艦を切り刻む。

 

「オラオラオラオラ!!邪魔じゃ!!邪魔じゃ!!邪魔じゃ!!!!」

 

鬼神とはよく言った物で、敵からすれば鬼神か悪魔である。だって通った後は穴だらけになって、腕か足か首の何れかが飛んでるのだから当然である。

 

『あれが海の鬼神か。納得だ』

 

サイファーもこの評価である。

 

『でもアレ、本気の一割も出てないぜ?』

 

ピクシーのカミングアウトにサイファーが驚く。因みに見た感じ、敵を千切っては投げ、千切っては投げの無双を体現した様な戦いっぷりである。

 

『アレでか!?』

 

『アレでだ。アイツが本気を出せば、先進国だろうが地図から消せる。文字通り存在を歴史書と記憶以外の全てな』

 

この発言は全く持ってその通りであるが、今は敢えて語るまい。語るとすれば、このシリーズが終わって次のシリーズも終わった位だろうか?

何はともあれ、深海棲艦は殲滅。事後を海自に任せ、長嶺達は帰投した。翌日、ガルム隊は呉に帰還したのであった。

 

 

 

*1
180度ロール、ピッチアップによる180度ループを順次、あるいは連続的に行うことで、縦方向にUターンする空戦機動。こちらは高度を下げながらするのに対し、高度を上げながらするインメルマンターンというのもある。



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第七話子鴉

何の前触れもなく始まる(というか作者の気分)長嶺の一日。

04:00、起床。そのまま部屋に隣接した風呂に行き、シャワーを浴びる。

 

04:25、トレーニング開始。鎮守府の周りを全力疾走で10周(雨の時はランニングマシンで代用)。その後柔軟をして腕立て、腹筋、背筋、懸垂、バービーを各150回。さらにパルクールや森林での忍者走*1をして、最後に刀の素振り(偶に居合い)と射撃を行う。

 

07:00、この頃になると艦娘達も起き始める。一方長嶺は部屋に戻って新聞やニュースを見て、世界各国の動きや国内の動きを伺う。

 

07:30、霞桜の幹部会に出席する。一日の動きや現在確認されている裏の動き等を各々と確認、共有する。

 

08:00、朝食。食べる物は様々だが、基本米を食べる。曰く「一日一膳」らしい。

 

09:00、業務開始。ついでに株取引も始める。

 

11:30、この頃には基本全ての業務が終わる。勿論午前のではなく、午後も含めてである。偶に遠征の報告書等は午後から出ないと出来なかったり、緊急で入ったりする事もあるが基本後は自由である。

 

12:00、昼食。食べる物はマチマチ。ラーメンやおにぎり、サンドイッチや自炊する事もある。

 

12:30、これ以降は大体自由。ゲームしてたり、駆逐艦と遊んだり、勉強教えたり、医学関連の研究をしたり、銃の整備したり、昼寝したり、お菓子作りしたり、ホント自由。

 

19:00、夕食。食べるのはガッツリした物。一応育ち盛りの為、基本肉を食べる。曰く「肉は正義、異論は認めん」らしい。

 

20:00、霞桜の幹部会。一日の報告をして終わり。

 

21:00、大体ゲームかテレビを見てる。後、酒盛りに参加したりもしてる。尚、就寝時間は決まってない。眠くなったら寝る。

 

以上、これが最強提督の一日である。

さて超絶無意味な事に約800字使ったが、知っての通り本編には関係ない。あくまで作者の気分と思い付きで生まれただけ。では、本編行ってみよう。

 

 

 

ガルム隊が帰還してから3週間後 江ノ島鎮守府 執務室

『長嶺よ、貴様ならミッドウェーまでどう攻める?』

 

「そうですね、最寄りの島はハワイ諸島で、本国から近いのは南鳥島とトラック島。となると中継地としてウェーク島は抑えておきたいですね。それから保険として、クェゼリンも抑えていいでしょう」

 

『流石だな。ワシも同意見だ。戦略はどうする?』

 

「確か駐留しているのは、どちらも水雷戦隊でしたね。ならば此方は水雷戦隊で誘き出して、戦艦部隊で奇襲って所ですね」

 

現在長嶺は東川とテレビ会議をしていた。今回の議題、と言ってもそんな大層な会議でもないのだが、ミッドウェーまでの攻め方について話している。

 

『他には?』

 

「霞桜による強襲空挺降下での殲滅ですね」

 

『やはり言うと思っておった。長嶺雷蔵大将、貴様にウェーク、クェゼリン両島の攻略を命じる‼︎と、言いたいんだが、南西諸島方面の資源海域に出撃してくれ』

 

「了解しました。作戦日時等は追って連絡いたします。それでは」

 

(さーて、戦力はどうしようかね?)

 

資料と格闘する事、数時間。作戦も戦力もどうにか決まり、参加者する者を呼び出す。

 

「提督、吹雪出頭しました!」

 

「おう、まだ集まってないから寛いでいいぞ。何なら、これ食うか?」

 

そう言いながら、クッキーの入った皿を差し出す。

 

「いただきます。.......美味しいですれ何処で買ったんですか?」

 

「作った」

 

「手作りですか!?というか、提督って料理できたんですね」

 

「まあ、仕事柄な。霞桜の総隊長なってからは余りやらないが、昔はスパイ任務とかで色々な職業に就いたからな」

 

「例えば何ですか?」

 

「宮廷コック、警察官、車の修理工、建設作業員、サラリーマン、レーサー、大学教授、学生、キャバ嬢とか色々だな」

 

「色々やってるんですね.......」

 

他にも色々やっているが、それを語る前にドアが勢いよく開き島風が飛び込んでくる。

 

「おうっ、おうっ!」

 

「島風も来たか。さて、では2人を呼び出した理由を説明しよう。二人には一時的に、南西方面艦隊に入って貰う」

 

「南西方面艦隊って、金剛さんの所ですか⁉︎」

 

「あ、あぁ」

 

目をキラキラさせながら、テンション高めで聞いてくる吹雪。余りのキャラの代わり様に、長嶺も少したじろぐ。

 

「ここ最近、深海棲艦の動きが活発になっていてな。これをちょっと捻りに行く。作戦海域は今スコール真っ只中で、航空隊は出せない。そこでお前達と金剛型4隻、それに俺を含めた7人で出撃する事に」

 

今度は廊下から地鳴りが聞こえる。

 

「な、何ですか!?」

 

事情を知らない吹雪は怯えているが、長嶺と島風は「あー、またかー」程度にしか思っていない。というかぶっちゃけ、こんな事するのは一人だけである。

 

「てーーいーーとーーくーーー!!」

 

ドアをぶち破らんばかりに突撃し、そのままジャンプしながら空中で回転する。

 

「バアアアアニングゥ!ラアアアアブ!!」

 

抱き着こうとしてくるが、普通に避ける。

 

「ううう、提督〜。避けるなんてヒドイデース」

 

「お前なぁ、あの馬力と成人女性の質量で来られたら俺が死ぬわ」

 

「でも提督なら抱き締められるデース」

 

「いやまあ、出来なくはないけど。でも疲れるし」

 

「ううう、ん?貴女が噂のNew faceネ!!」

 

さっきまで提督と話していたのに、いきなり自分の方に向いた為、吹雪はビックリする。というか、コイツビックリしてばっかじゃね?

 

「は、はい!特型駆逐艦の吹雪です!!」

 

「元気の良いガールネ!デモ、元気の良さじゃ私達も負けないネ!!」

 

「?」

 

「なーんか嫌な予感」

 

「金剛型一番艦、英国で生まれた帰国子女の金剛デース!!」

 

「同じく二番艦、恋も戦いも負けません!比叡です!!」

 

「同じく三番艦、榛名、全力で参ります!」

 

「同じく四番艦、艦隊の頭脳、霧島!」

 

「「「我ら金剛型四姉妹!!」」」」

 

「デース!!」

 

最後に後ろでド派手な爆発がドカーンと有りそうだが、執務室内なのでそれは有り得ない。というか金剛から後、お前ら何処から湧いて来た?

 

「あ、あぁ.......」

 

吹雪が勝手に描いていたらイメージの中の、超お淑やかな金剛にヒビが入る。

 

「待て待て、比叡とかはいつ忍び込んだ?」

 

「それは勿論、こっそり迅速に忍び込んで」

 

「完全に高速戦艦の能力の無駄遣いだな。もうちょい他の使い道あんだろ.......」

 

そう言いながら頭を抱える長嶺。いつもの事ではあるのだが、それでも頭が痛くなる。取り敢えず、作戦の説明をして出撃日、つまり翌日となる。でもって出撃ドックに待てど暮らせど、島風が来ないのである。

 

「あんにゃろ、絶対忘れてやがる」

 

「ブッキー!ブッキーは何も聞いて無いですカ!?」

 

「うぇ?わ、私ですか?特別何も」

 

「提督、どうなさいますか?」

 

霧島の問いに、少し考えてから命令を下す。

 

「こうなったら、無理矢理合流するぞ。手当たり次第に探せ‼︎」

 

そんな訳で、島風探しが始まった。だが、そう簡単にはいかない。島風はフリーダムすぎな奴であり、前は執務室のコタツに挟んでたり、鳳翔の膝枕で昼寝してたりと行動にとっかかりが無いのである。そんでもって、金剛型と吹雪が取った方法は

 

「ハート海域、どれだけ巡っても〜♪」

「ハイハイ、ハーイハーイ!れ」

 

「恋の弾丸、あなたに届かない〜♪」

「三式弾!三式弾!」

 

「お願い助けて、羅針盤のー、妖精さーん♪」

「Wow,congratulations!!」

 

まさかのライブである。というか吹雪に関しては巻き込まれただけ。

 

「吹雪、状況説明頼む」

 

グリムに監視カメラ映像を当たる様頼んで来た長嶺が、目の前の謎の状況に困惑する。まあ探すと言っていたら、何故かライブしてたのだから当然である。

 

「それが「テコの原理こそ最強デース」って言って、何か歌ってます」

 

「歌でドアブリーチするつもりか?音波砲か何かですか?」

 

想像以上に意味不明すぎる理由に、頭が痛くなる。因みに普通なら蝶番を銃でぶっ壊したり、ハンマーでドアをぶち破る。

 

「にわかアイドルに何か負けないからね!!」

 

と言いながら、どこからとも無く空き箱ステージに乗ってマイクをぶん投げてくる那珂ちゃん。

 

「聞いた事がありマース。貴族が手袋を投げて決闘を申し込む様に、アイドルはマイクを投げて決闘を申し込むのデス!」

 

「いや、聞いた事ねーよ」

 

そして空中を舞っているマイクを金剛が取ろうとした瞬間、霧島が横から掻っ攫う。

 

「マイク音量大丈夫?チェック、1、2。よし、問題ありません。はい、お姉様」

 

「サ、サンキューネ、霧島」

 

「さ、さぁ!これで決闘成立!!アイドル頂上決戦の開始始よ!!」

 

「イェース!私は逃げも隠れもしませんヨ。那珂チャーン!!」

 

ノリノリの金剛型と、一応合わせる吹雪。というか霧島に至っては、ペンライト二刀流で振ってる始末。

 

「もうツッコミが追い付かん。誰か助けて」

 

長嶺さん、いよいよツッコミ放棄しました。

 

「ブッキー、榛名、霧島、テートク!此処は私と比叡に任して、ぜかましを探すネー!!」

 

「お姉様、分かりました!」

 

そんな訳で島風探し、続行である。

所変わって、今度は花壇の前の木陰にあるベンチ。北上と大井が談笑している、何とも和やかな風景である。

 

「私の計算によれば、92%の確率で女の子は甘い物が好き。ですが、それよりも好きな物が有ります。それは甘い恋の話。さあ、甘い語らいに引き寄せられなさい」

 

そう、霧島の作戦とは、北上と大井のラブラブ空間を餌に島風を釣ろうと言う物だ。だが霧島はある重大な計算ミスを犯している。それは大井が北上といる時は、他の娘は基本近づかないのである。さらに問題が一つある。

 

「あの、さっきから何か?」

 

「お気になさらず」

 

まさかの二人の座るベンチの1m程前にゴザを敷いて、その上に正座しながら観察していたのである。隠れる気ゼロであり、大井からしてみれば北上さんとの時間を邪魔する奴でしか無いのである。勿論二人は直ぐに逃げ出し、それを追ってフェードアウトする霧島。

 

「霧島の計算が外れるなんて.......」

 

「えぇ!?」

 

「いや、計算ガバガバだわ」

 

「仕方ありません。榛名、出撃しますれ」

 

三度目の正直で、マトモに探し出せるのだろうか?

 

「で、榛名?コレなんだ?」

 

「はい。島風ちゃん捕獲装置です」

 

どう見ても鳥の捕獲装置の餌を、金剛の雑誌に変えただけである。カゴも鳥用のちっさいヤツ。

 

「お姉様方や霧島と違い、非才の榛名にはコレが精一杯。ですがコレなら、きっと島風ちゃんも」

 

「そうですね」

「そうっすね」

 

何か突っ込むのが馬鹿らしくなった2人。生返事である。

 

「掛かりました!」

 

「え!?嘘!!」

「マジかよ!?!?」

 

たしかに掛かった。掛かったのだが、掛かったのは奴が

 

「ヒエー!!」

 

「何やってんだ、比叡」

 

まさかの比叡である。

 

「あ、いや、違!体が勝手に動いてね!?」

 

「わかります、お姉様!」

 

「いや、わかっちゃうんですか!?」

 

何かもう、これ以上は余計ややこしくなりそうなので、長嶺は行動に移す事にする。

 

「埒がアカン。吹雪!他の金剛、霧島とも合流し、出撃ドックに行け‼︎俺は上空から島風を探し出す!!」

 

そんな訳で立体機動で、空を舞う長嶺。数分後、公園で連装砲ちゃんと戯れてるのを見つけて、上から掻っ攫ってドックに向かう。その後すぐに出撃し、南西方面に進出する。

 

 

 

数時間後 南西海域

「うわ、凄い雨」

 

一帯はやはりスコールで大雨であり、航空戦力の投入は無理であった。え?現用のジェット機なら問題ないって?金が掛かるだろ。

 

「みんなおっそーい!」

 

「島風ちゃん、先行しすぎです!!」

 

「そうよ!旗艦は提督なのよ!!」

 

榛名と比叡が注意するが、

 

「駆けっこしたいの?負けないよー!」

 

とか言って走り去る。会話にすらなってないのには、敢えて突っ込まない。

 

「っと、お出なすった。八咫烏、土蜘蛛と桜吹雪を落とせ‼︎犬神、先行し撹乱しろれ金剛型は火力支援、吹雪と島風は雑魚と遊んでやれ。行くぞ!!」

 

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 

斯くして、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

「撃ちます!!Fire!!!」

「五連装酸素魚雷、行っちゃってー!」

 

金剛型による火力制圧を軸に、周りの艦を島風が高速性を生かして倒す。一方長嶺は

 

「ヘッドショット、次」

 

桜吹雪による狙撃で、一方的にヘッドショットで倒し続けていた。吹雪はと言うと、目の前の戦闘にオドオドしていた。それでもしっかり魚雷も叩き込んで、深海棲艦を倒す。調子に乗って前に出るが、

 

「吹雪、下がれ!」

 

ニヤリと笑いながら、ル級や取り巻きが吹雪に集中砲火を浴びせてくる。初めて実戦で感じる恐怖に慄き、あろう事か膝から崩れ落ちて動かなくなる。

 

「嫌だ.......嫌だよ.......」

 

そんな事はお構い無しに砲弾を発射するル級。吹雪も砲弾が当たって死を覚悟するが、砲弾は当たる前に起爆する。

 

「おいおい吹雪。恐怖も楽しまねーと、この先やっていけんぞ」

 

そこに立っていたのは、二挺の銃を構えた提督の姿であった。お得意の射撃で、着弾前に信管を作動させたのである。

 

「提督、わたっ、わたっ」

 

「ほら落ち着け、落ち着け」

 

そう言いながら、頭に手を添えて撫でる。

 

「いいか、兵士に取って恐れは大事な要素だ。恐れは身を縛る鎖になるが、上手く操れば敵の裏をかく武器にもできる。だが恐れすぎるな、わかったな?」

 

そう言い聞かせる。

 

「さあ、パーティーの時間だ!!」

 

一人刀を構えて突撃する長嶺。金剛らは見慣れた光景だが、吹雪はそうはいかない。

 

「提督!戻ってください!!」

 

「ブッキー、提督はアレでいいんデス」

 

「でも、提督が死んじゃいます!」

 

「吹雪ちゃん、大丈夫よ」

 

比叡が吹雪を落ち着かせる。

 

「吹雪ちゃんの言う通り、普通なら提督のやる事は無謀です。深海棲艦に対して、普通の人間は無力ですからね。でも、提督は違います。あの人、凄く強いんですよ」

 

「それに提督は、色々と特殊な様ですからね。この間の真珠湾奇襲の時も、戦艦棲姫とレ級を単騎で殲滅したんですから」

 

榛名と霧島も口々に話して、吹雪を宥める。少し落ち着いた頃、後ろで大きな爆発が起きる。吹雪が反射的に後ろを見ると、目の前に広がる光景に釘付けとなった。

その光景とは提督が深海棲艦を圧倒するどころか、完全に遊んでいる姿である。砲弾を銃弾で爆破し、弾丸を装填した瞬間の砲塔に撃ち込んで砲塔諸共爆破させ、手刀で喉を貫き、刀で片っ端から切り刻む。その常識外れの戦い方に、吹雪は恐怖する。金剛四姉は見慣れて来た為、余り驚かない。程なくして、最後の一隻となったレ級にトドメを刺す。

 

「殲滅完了。よし、帰るぞー」

 

 

 

南西方面海域での戦闘より数週間後 執務室

 

「提督、失礼するぞ」

 

「おぉう。どうした?」

 

「どうしたは無いだろ。私は今日の秘書艦だぞ?」

 

「そういやそうだった。あ、そうだ。長門ならこの地形をどう攻める?」

 

ウェーク島の衛星写真を見せる長嶺。そこには環礁特有の珊瑚と、深海棲艦の群れが映し出されていた。

 

「環礁海域。となると、艦娘でも戦闘に支障が出るな」

 

「そうだ。速度と雷撃が制限される上、この量は戦艦の砲撃だけで捌ききれない。そこで囮として足の速いのを近海に侵入させ、ちょっかいかけて後は外まで引っ張って砲撃という作戦を立ててはみた。しかしここは、現場の声も聞いて置きたい」

 

「出来なくはない。だが保険に火力も必要だろう。とすると、最適なのは三水戦だろうな。ただ問題は」

 

「吹雪か?」

 

苦虫を噛み潰したような顔をしながら、うなづく長門。

 

「正直、前線に出したら周りを巻き込む事も十分有り得る」

 

「まあそうかもな。だが、一度アイツの訓練を見てこい」

 

「了解した」

 

そんな訳で偶々訓練をしていた吹雪の様子を見に行く長門。ついこの間の出撃で頭から海に突き刺さるわ、海の上を転げ回るわ、潜水するわとマトモに航行できなかっな吹雪が、しっかり航行しながら弾を命中させる姿であった。

 

「まさか、この短期間で上達しているとは.......」

 

「驚きましたか長門さん?」

 

後ろから現れた神通が声をかける。

 

「あぁ」

 

「あの子は確かに艦娘としての実力は有りませんでした。しかし、どうやら素質は有ったようです。あの子は戦闘の後、すぐにトレーニングを始めて頑張っていました。その結果が、コレです。それにこの間の南西方面での海戦でも、あの子は出撃したんですよ」

 

「フッ、やはり提督は凄い人だ。第三水雷戦隊、旗艦神通。このまま出撃準備に入れ。今度の作戦は、お前達に掛かっている」

 

「はい!!」

 

 

この翌日、会議室に作戦に参加する艦娘達が集められた。参加艦艇は以下の通り。

戦艦 

金剛、比叡、榛名、霧島

 

軽巡洋艦

川内、神通、那珂、球磨、多摩、夕張

 

駆逐艦

睦月、如月、弥生、望月、吹雪、夕立

 

 

艦娘達が話に花を咲かせていると、霞桜第一中隊中隊長のマーリンが入ってくる。

 

「おや、まだ総隊長はお出でになっていないのか」

 

「マーリンさんっぽい」

 

口々に挨拶する艦娘達。マーリンはそれに丁寧に一つ一つ答えていく。

 

「えっと、初めまして吹雪、です」

 

「君が期待の新人さんですね?噂は聞いていますよ」

 

「マーリンさんはね、霞桜第一中隊の中隊長さんで凄腕のスナイパーなんだよ」

 

睦月が説明する。マーリンは少し複雑な顔をしながらうなづく。

 

「そんなに凄い物じゃないですよ。寧ろ私は臆病なチキン野郎です」

 

「え、えっと」

 

「ふふふ、悪口だと思っていますか?ですがスナイパーにとって、臆病やビビリなのは、とても重要なのですよ。

スナイパーは相手に悟られては意味がないのです。それなら臆病で物陰に隠れるのが上手くないと、直ぐに倒されてしまうのですよ」

 

「そうなんですね」

 

そんな和気藹々とした雰囲気も長門と長嶺の入室によって、一気に本気モードとなる。二人が入ってくるや否や、全員が並びマーリンが号令をかける。

 

「敬礼!」

 

全員が敬礼し、2人も返礼する。

 

「さてさて、それじゃ早速作戦を説明する」

 

長嶺が直ぐに話し始める。

 

「皆も知っての通り、先日の戦いに於いて皆の頑張りで基地を叩き、近在の深海棲艦も駆逐されつつあるな」

 

「先日の.......」

 

吹雪は大失態の動きを脳内でプレイバックする。そんでもって、あまりの恥ずかしさに顔を赤くする。

 

「これにより、まだ詳細は言えないが大規模反攻作戦を展開する事が決定された。今回の戦いはその前段だ」

 

全員が驚きの声を上げる。

 

「目標はここ、ウェーク島だ。作戦は簡単、夜戦による奇襲だ」

 

「やったー、夜戦だぁ!!」

 

「姉さん!」

 

夜戦忍者でお馴染み、川内がはしゃぐ。そしてそれを嗜め、恥ずかしがる神通。この鎮守府ではお決まりである。

 

「基本の作戦は三水戦が囮となって敵を引きつけ、予め展開しておいた四水戦と三戦隊で挟撃、殲滅する」

 

「総隊長、では我々の目標はどこです?」

 

「マーリンら第一中隊にはクェゼリン島を攻めてもらう。ここはウェーク島とも近い為、片方が攻撃されるともう片方から増援が来る可能性を孕んでいる。その為、一足先に空挺強襲による奇襲で攻撃してもらいたい。高難易度だが、マーリンの隊なら問題ないだろう」

 

「ご期待に添える結果をお見せ致しましょう」

 

「質問はあるか!!」

 

「「「「「「.......」」」」」」

 

「無いようだな。では、作戦開始は翌日だ。装備の確認が終わったら、今日は休め。では解散!!」

 

 

 

翌朝 訓練所

「鋼の艤装は戦う為に。高鳴る血潮は守るために。秘めた心は愛する為に。ありがとう、大好き、素敵、嬉しい。大切な人への大切な気持ちを伝えることを躊躇わないで。明日会えなくなるかもしれない私たちだから」

 

吹雪を探しに長嶺が歩いていると、訓練所で赤城が吹雪と睦月にこの言葉を贈っている所だった。

 

「赤城らしいな」

 

「提督、いつからそこに?」

 

タイミングを見計らい出てきた長嶺に、赤城が質問する。吹雪と睦月に関しては、突然出てきた事に驚いている。

 

「今来た所だ。さて、吹雪。こっちは来い」

 

「は、はい!」

 

「コレを渡しておこう」

 

そう言って、腕時計型のガジェットを差し出す。

 

「何です、コレ?」

 

「グリムとレリックに頼んで作って貰った、霞桜の装備に加えるつもりのプロトタイプだ」

 

「時計か何かですか?」

 

「時計は勿論の事、GPSの送受信、海図の投影、無線、コンパス、ナビ機、温度計と湿度計、それから水圧計と気圧計も付いた万能モデルだ。まあ差し詰め、俺からのヒヨッコ卒業の証書って所か」

 

「ありがとうございます!」

 

渡したついでに、吹雪の姿を観察する。その目には自信が宿っており、多分これから伸びていく事を感じさせる。敢えてその事は語らず、長嶺はさっさと退散する事にした。

 

「んじゃ、渡すもん渡したし俺は戻るわ。まあ、精々沈まない様に頑張れ。ルーキーは敵を倒すより、生き延びる事を最優先にしろ。命がアレば、どんな屈辱を味わっても晴らす機会なんざ幾らでもある」

 

「提督、もし帰って来れたら」

 

「ストップ。その先言ったら、大体沈むフラグだから言わないように」

 

「はい.......」

 

そう言って去る長嶺。三人はその背中を見送った。それから数時間後、マーリンを見送り長嶺は横須賀鎮守府へと向かった、

 

 

 

数時間後 横須賀鎮守府 執務室

「雷蔵、よく来てくれた」

 

「おう。で、俺は何処に連行されるわけ?」

 

「地下司令室だ」

 

「んじゃ、案内して貰おうかね長官殿?」

 

「ついてきたまえ、長嶺くん?」

 

そんな訳で地下司令部に入る。東川曰く「真上でツァーリ・ボンバが爆発しようが、問題なく指揮を取れる」らしい。

 

「さて、ちょうど作戦開始時刻だな」

 

「えぇ、先陣の三水戦がそろそろ出撃します」

 

東川と長嶺が話していると、衛生からの映像でも出撃が確認される。

 

「長官、江ノ島鎮守府より第三水雷戦隊が出撃しました。予定通り、ウェーク島に向かっています」

 

一時間後に四水戦と三戦隊も出撃し、ウェーク島近海に向かう。数時間後には何方も配置に付き、第一中隊もクェゼリン島の攻略を開始した。

 

「霞桜も始めたようです」

 

「そうか。ん?あの2人は何をしているんだ?オペレーター、3番モニターの映像を拡大して、メインモニターに投影しろ」

 

「はい」

 

オペレーターの操作でメインモニターに映像が映る。そこには川内と神通が零式水偵をカタパルトに設置し、射出している映像であった。

 

「偵察機を出すのか」

 

「敵の目の前でやっちゃったか。鬼が出るか蛇が出るか、何も無いと良いんだが」

 

今三水戦は敵の近くの岩礁に居るのだが、岩で死角になっているが艦載機を出すのは結構博打である。

 

「お返しと言わんばかりに、深海棲艦が航空機を出さないと良いんだが」

 

東川は長年の経験から、最悪の一手を導き出す。水雷戦隊自体、敵に肉迫しての雷撃をする部隊である。その為速度と雷装に力を入れており、それ以外は余り高いステータスではない。そんな艦隊が敵の攻撃、それも航空攻撃に晒されては厄介な事この上ない。

 

「長官、マーリンから連絡が入りました。一時退席します」

 

「わかった」

 

 

「マーリン、クェゼリンは占領したか?」

 

『えぇ、作戦は成功しました。部隊の被害も数名が被弾した事による骨折と打撲であり、完全勝利と言えるでしょう』

 

「しかし無線で来る筈の成功の報告を電話でしたって事は、何かあったんだな?」

 

本来なら無線での連絡だったのだが、電話できたという事は何かしらのアクシデントが発生した証拠である。

 

『それが余り大きな事ではないのですが、敵さんの数が足りないのです。事前情報にあったヌ級10隻の内、4隻がどこにま居ませんでした。更に一個水雷戦隊もです』

 

「そうか。念の為、ウェーク島の方に応援に行ってくれ」

 

『了解しました。しかし一部の部隊を島の警備と残存敵の捜索及び掃討に当てますが、それでもよろしいですか?』

 

「あぁ、あくまでも保険だ。下手したら到着する頃には決着が付いているかもしれないし、まあ気楽に頼む」

 

『了解しました。では』

 

そう言って電話は切るが、長嶺は一株の不安を抱え、懐に忍ばせたある物を握りしめてから戻る。

 

 

「戻ったか。で、何があったのだ?」

 

「クェゼリン島の攻略が完了したそうです。それとは別に、少し嫌な予感を孕んだ情報も入りました」

 

「ほう。何だ?」

 

「クェゼリン島に事前情報にあったヌ級4隻と一個水雷戦隊が姿を消し、付近にも見当たらないそうです」

 

「確かにソレはマズイかもしれないな」

 

そう言いながら東川は頭の中で色々計算を始める。しかしその計算は答えが出る前に止まる事になる。

 

「湾内深海棲艦に動きあり!三水戦の存在が気付かれました!!一個水雷戦隊に追跡されています!!!!」

 

オペレーターの報告に戦慄が走る。

 

「奇襲はご破産だが、当初の作戦は使えるな。そのまま引っ張って、四水戦と三戦隊が展開している海域まで撤退させろ!四水戦と三戦隊にも戦闘指示を下令し、三戦隊は必要に応じて三水戦の後退を支援せよ!!」

 

この命令は3隊に伝達されたが、作戦は深海棲艦の最悪の一手により崩壊する。

 

「大変です!三水戦の進路上にヌ級4隻と別の水雷戦隊が展開しています!!」

 

「チッ、やっぱりこっち側に来たか」

 

長嶺は脳内で現在の状況と戦力を手早く纏め、海図に落とし込む。

 

(現在手持ちの部隊は二個水戦と一個戦隊、それから精鋭二〜三小隊。この内接敵したのは一個水戦であり、しかも敵は航空機。一個水戦と戦隊が救援に急行中。小隊も向かっているが、空路だとしても距離的に間に合わない。しかも動ける部隊で航空機に十分な対抗力を持つのは一個戦隊のみであり、相手の航空機の数も多い。焼け石に水だな。

当然の如く、航空支援なんざアテにはならない。そんなの待ってたら、まず全滅だ。ならばやはり、コイツを使うか)

 

「長官、一つ許可して貰いたい事があります」

 

「言ってみろ」

 

「子鴉を使わせてください」

 

「何だと⁉︎」

 

子鴉、それは長嶺の国家機密の一つに指定されている能力である。この能力を使う事により、最重要国家機密に指定されている『日本の切り札』たる姿を見せる鍵ともなる物である。

 

「国家機密なのは分かっています。しかしここで艦娘達を失うよりはマシですし、海のど真ん中で見てるのは艦娘と深海棲艦だけの物です。仮に他国の衛星に見られたとしても、子烏だけなら問題は無いと思います」

 

「しかしな.......」

 

「今こうしている間にも、艦娘達は敵の攻撃に晒されています。確かに轟沈した所で、新しく同じ個体を作れば問題ありません。しかし彼女達は例え同じ個体が作れたとしても、人間と遜色ありません!目の前で救える命を救わないのは、殺人と変わりません!!」

 

鬼気迫る気迫に、止められないと悟る東川。例え力尽くで止めても撃退されるのは目に見えており、殺す事も多分厭わない。そうなって欲しくない為、選択肢は許可するしか無い。

 

「わかった、もう好きにやってくれ。責任も取ってやるから」

 

「感謝します!」

 

そう言うと、司令室の外に飛び出す。階段を登る時間も惜しい為、グラップリングフックで一気に登る。そのまま高く飛び上がり、鎮守府の屋上に着地する。

 

「ウェーク島は、こっちだな」

 

ウェーク島のある方角を向き、懐から飛行機っぽい見た目の7枚の黒い式神の紙を取り出す。

 

「行け!!」

 

それを前に投げ出すと、重力を無視して加速しながら直進し虚無空間を作って中に消える。

その頃、三水戦と応援に来た四水戦は敵機との対空戦に突入していた。

 

 

 

「那珂ちゃんは皆んなの物だから、そんなに攻撃しちゃダメなんだよぉぉ!」

 

「うわぁぁ!!ぶんぶん煩くって、落とすの難しいっぽい〜!」

 

「撃ちます、Fire‼︎」

 

「勝手は、榛名が、許しません‼︎」

 

三戦隊の金剛型四姉妹も三式弾をボンボン撃つが、余りに数が多く完全に焼け石に水である。そんな中、誰も気付かないが近くに七つの虚無空間が現れて、長嶺の投げた式神が出てくる。7枚の式神は赤黒い炎を出して燃え出し、炎が消えると艦娘が使う艦載機と同じサイズの航空機が現れた。

その見た目は普通のジェット機とは異なる、特異な見た目をしている。まず尾翼がX字になっており、4枚ついている。更に主翼が可変翼であり、主翼下には長い箱が二つずつ付いている。色は真っ黒な下地に金色の幾何学模様が付いており、国籍章が付いていない。その代わりに白いシルエットで二刀の刀を逆手に持った人間と、三つ足の烏、犬の三つが一緒に描かれたマークが付いている。

この7機は出てくるや否や、敵に向かって突撃を始める。

 

「また敵デスカ!?」

 

「お姉様、今度はジェット機です!」

 

「ジェット機には対応しきれません!」

 

「ヒェェェ!!」

 

最初に気付いたのは三戦隊。通報によって三水戦と四水戦にも情報が行くが、対応はできる筈ない。音速を超えて飛行する航空機に、人力で対空砲を当てるのは不可能である。「運が良ければラッキーパンチで落とせるかな?」程度であり、まあまず試すだけ無駄である。しかし艦娘達の予想とは裏腹に、7機は敵中に突っ込むと上部と下部に何かがせり出し、いくつもの小型ミサイルを発射した。まるでマクロスのミサイルのような、ミサイルの弾幕である。

 

「味方クマ?」

 

しかもミサイル自体は小さいのに、一発一発の爆発が巨大なのである。炸裂すると4〜5機、密集していれば10機近くを火の塊に変える。更にはレールガンらしき物や、大口径機関砲まで多彩な武器で艦載機を撃退していく。粗方の制圧が終わると、三水戦の方に向かい支援攻撃を開始する。

 

「例のジェット機が来るよ!」

 

川内が叫び、皆んなが反応する間に上空を通過する戦闘機。今度は四つの箱からミサイルを出して、一気に殲滅していく。目の前で繰り広げられる光景に困惑しつつも、取り敢えずは味方である為、最大限利用する事にした神通は、敵が戦闘機に気を取られている間にヌ級と水雷戦隊の相手を始める。

 

「全艦魚雷発射!てぇぇぇぇ!!」

 

60本近い酸素魚雷は、ヌ級と取り巻きに居た深海棲艦ごと完膚なきまでに叩きのめす。ヌ級が沈み、航空機もその悉くを撃墜された為、残存艦は撤退していく。

 

「やだ、髪の毛が傷んじゃう」

 

勝利ムードに呑まれて全員が油断してしまう。如月も潮風に晒されて髪の毛が傷む事を気にし始める等、隙だらけである。そんな中、黒煙を吐いて今にも墜落しそうな深海棲艦の艦載機が、如月に近づく。それに気付かず、遂には急降下して爆弾を落とし、機体は爆発する。機体の爆発音に気付いた時には時既に遅く、避ける事も破壊する事もできなくなっていた.......筈だった。

 

 

ビーーーーーーーーー

 

 

戦闘機から発射された一筋の赤いレーザーが爆弾を貫き、爆弾を空中で破壊。如月の着弾を防ぎ、中破相当のダメージを許すも沈没の心配は無くなった。

7機の戦闘機は艦隊の上空で編隊を組み、まるで無事を喜ぶかのように一周回ってから西の空へとその姿を消していった。

 

 

 

横須賀鎮守府 屋上

「あぶねーあぶねー。危うく如月が沈むとこだった」

 

そう言う長嶺の頭上に7つの虚無空間が現れて、式神に戻った戦闘機が手元に落ちる。

 

「雷蔵、よくやったな」

 

「親父か」

 

「お前の作戦指揮の仕方は、ワシの理想を具現化したような物だった。艦娘を兵器や駒ではなく、一人の人間として扱い苦楽を共にする。正に真の提督に相応しいだろう。以降の作戦、お前に全て任せる。好きなようにミッドウェーを攻めてくれ」

 

「了解です、長官殿?」

 

「さて、じゃあ早く帰って仲間達を労ってやれ」

 

「そうするよ」

 

 

 

 

*1
霞桜の隊員から名付けられた独自のトレーニング。木と木、正確には枝と枝に様々な方法で渡り、道具なしで縦横無尽に森林を動き回るという物。



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第八話鹿児島基地襲撃

ウェーク島攻略より1ヶ月後 江ノ島鎮守府 執務室

「提督ぅー?」

 

本日の秘書艦である鈴谷が声を掛けるも、気付いてないのかスルーする。

 

「提督ってば。おーい?」

 

「ん?」

 

「やっと反応した。さっきから何パソコンと睨めっこしてるの?」

 

「新しい兵器の設計中」

 

「え!?見たい見たい!」

 

「見たいならいいぞ。尤も、絶対理解できないだろうが」

 

鈴谷がデスクトップPCを覗き込むと、まるでSF作品に出てきそうな飛行機のCGモデルが映し出されていた。

 

「何これ?輸送機?」

 

「正解だ。尤も、輸送機の皮を被ったガンシップ兼戦闘機になる予定だ」

 

「てことは、霞桜の専用機?」

 

「またまた正解だ。現在の霞桜には上空支援が無いから、いっその事「輸送機にもなれて、制空戦もできて、対地支援もできる様にしたら最強じゃね?」って中学生辺りが考えそうな意見が出て来て、その結果大半の隊員が悪ノリして現在制作中って訳だ」

 

「大変だねぇ」

 

他愛もない雑談をしていると、内線が鳴る。場所は門の警備兵詰所である。

 

『提督、呉鎮守府の風間大将がお見えになっています。何でも、緊急の用事だそうで』

 

「わかった。通してくれ」

 

『了解』

 

「鈴谷、お客さんだ。お茶の用意を頼む」

 

「はーい」

 

10分ほどで、軍服姿の風間と髪の長い巫女服みたいなのを着た女性が入ってくる。しかしその表情はとても暗く、周りの空間すらも一緒に暗くなっている様である。

 

「突然来て悪いね」

 

「構いませんよ。それにしても、一体どうしたんですか?」

 

「実はだね」

 

「風間提督、私から話します」

 

髪の長い女性が風間の言葉を止める。

 

「長嶺提督、どうか私達をお救いください」

 

そう言って頭を下げる女性。正直困惑しているが経験上、何か厄介事なのは分かっている為、内容を話す様促す。

 

「頭を上げてください。一体何が有ったのですか?」

 

「私は鹿児島基地所属の戦艦、扶桑と言います。私達の提督は、何処かのマフィアかギャングを招き入れて、艦娘を奴隷として売り払おうとしているのです」

 

「僕も話を聞いた時は驚いたよ。扶桑は妹の山城と鹿児島基地から脱走して、電車を乗り継いで広島まで逃げてきたんだ。でも途中で山城は捕まり、一人どうにか切り抜けて来たんだ」

 

正直腸が煮え繰り返っているが、今は我慢して話を聞く。この抑えた怒りは、後から不埒者共に浴びせてやる事にする。

 

「そうでしたか。では扶桑の身柄は、此方で保護させて貰います」

 

「そうなるだろうね。じゃあ扶桑、後はこの長嶺提督に任せておけば大丈夫だから」

 

「風間提督、ありがとうございました」

 

深々と頭を下げる扶桑。風間は「気にしなくていいよ」と一言言うと、広島に帰っていった。

 

「さて扶桑、詳しく教えてくれるか?まずは囚われている艦娘だ」

 

「囚われているのは空母の雲竜。それから重巡の青葉と衣笠。後は軽巡の名取と駆逐艦の萩風、磯風です」

 

「わかった」

 

長嶺は受話器を取り霞桜の幹部がいる地下のデスクに電話を掛けて、大隊長達を召集する。

 

「総隊長殿、霞桜幹部、全員揃いました‼︎」

 

グリムが長嶺に敬礼しながら報告し、他の三人も同じく敬礼する。

 

「ご苦労。さて、早速本題だ。鹿児島基地の提督がどっかのマフィアだかギャングだかを引き入れ、艦娘を奴隷として売っ払おうとしてる」

 

「考えましたね.......」

 

グリムの言う通り、艦娘には戸籍は無い為、奴隷だとか誘拐しても基本足が付かない。本来なら提督が動くのだが、今回はその提督も加担している為どうとでも理由づけができ、余裕で揉み消せてしまうのである。

 

「まあ俺達の相手がクソ共なのは毎度のことだから置いておいて、明後日に鹿児島基地に乗り込む。準備としてグリムは建物のセキュリティ解除プログラムの作成を頼む。レリックはその補佐に回れ。マーリンとバルクは兵器の準備と、作戦を立ててくれ。俺は東川長官や各方面への根回しと、基地全体の情報収集をやる。

当日はレリックは狙撃、バルクは俺の直掩、マーリンは遊撃、グリムは全体の指揮と逃亡時の追跡を頼む」

 

「「「「了解!」」」」

 

「あ、あの」

 

扶桑が申し訳なさそうに手を挙げる。

 

「ん?どうした、扶桑?」

 

「山城は、妹はどうなるのですか?」

 

「こういう時の典型的なパターンとして、大体捕まってる。でもって行き着く先は鹿児島基地で、ちょうど俺達が作戦を展開する頃に向こうも到着するだろう。だから後は、普通に助け出せば良い」

 

「そうなのですか?」

 

「そうなのです。というかここに集まってる奴らは、全員こう言うことのプロ達だ。大船に乗ったつもりで、安心してくれ。では野郎共、行動開始だ‼︎」

 

「「「「了解!!」」」」

 

そんな訳で各員が行動を開始する。長嶺は執務室に戻り、早速東川に連絡する。

 

『雷蔵か。一体どうした?』

 

「二時間前、鹿児島基地所属の戦艦扶桑から告発があった。どうやら鹿児島基地司令は、どっかのマフィアだかギャングだかに艦娘を奴隷として売り飛ばすつもりらしい」

 

『いつから祖国はこんなにも腐り果てたんだか.......』

 

電話口で姿は見れないが、多分東川は頭を抱えて項垂れている事だろう。心無しか疲労を感じさせる声に変わった気がする。

 

「先祖が草葉の陰で泣いてるな。全く、よくもまあ色々考えつくよ」

 

『まあどうするかは分かりきってるが、好きにやっちゃってくれ』

 

「端からそのつもりだ。まあ久しぶりの仕事だし、ド派手に大暴れするさ」

 

『死体とかの処理もしてくれ』

 

「へいへい」

 

一応東川のお墨付きを貰い、色々準備に入る。その後、どうにか作戦が決まったので、ここで紹介しておこう。

第一段階

・長嶺とバルクが監査名目で正面から大手を振って入り、隙を見て長嶺が囚われてる艦娘と接触し、脱出の準備をさせる。並行して証拠も集める。

・バルクがその間にインフラ設備や武器庫に爆弾を仕掛けておき、敵のポインティングもしておく。役割は長嶺が監査官、バルクが運転手である。

 

第二段階

・二人が潜入している間に、第一中隊は施設内にステルス迷彩で侵入、第二中隊は付近の海域封鎖、第三中隊は陸路からの突入準備、本部中隊は主要道路の封鎖を行う。

・それとは別に、レリックと他スナイパー数名を近くの高台に置く。

 

第三段階

・確固たる証拠を掴んだのと付近に霞桜の展開が完了次第、爆弾を起爆させて混乱させる。

・混乱が軽く収まったタイミングで、侵入していた霞桜隊員と陸路からの突入によって敵を殲滅、艦娘を解放する。

 

以上、三段階の作戦で艦娘の救出と殲滅を行う。それでは、霞桜と敵の戦力を比較していこう。

 

 

霞桜

海上戦力

・水上装甲艇 10隻

・水上ボート 25隻

 

航空戦力

・C2輸送機 5機

 

陸上戦力

・機動本部車 2台

・自立可動型武装車 150台

 

歩兵

800名

 

 

鹿児島基地

海上戦力

・大型タンカー(マフィアの司令母艦)4隻

・Mk2ピバー 40隻

 

航空戦力

・Mi24ハインドA 8機

 

陸上戦力

・装甲車(マフィアお手製の世紀末みたいな見た目)20台

 

歩兵戦力

・傭兵 300人

・武装マフィア 2000人

 

 

まあ大戦争待ったなしの戦力である。因みに調査の結果、肩入れしているマフィアは、アフリカを本部に世界中に根を張る世界最大級の麻薬組織、Unstoppable Revolution(止まりなき革命)通称「UR」である。麻薬組織とは名ばかりで、麻薬関連よりも人身売買やらテロに参加している。独自の軍隊や海賊等、様々な犯罪組織があったらする為、テロリスト認定されていたりする。

 

 

 

扶桑からの告発より2日後 03:00霞桜専用出撃ドック

「総隊長殿、時間です」

 

グリムがマイクを差し出して、長嶺がそれを受け取り電源を入れる。

 

『総隊長より、霞桜全隊員に告ぐ。久しぶりの大暴れだ、存分に楽しめ!!』

 

この訓示に合わせて船艇が出撃する。さらに時を同じくして、車両を積載したC2も離陸し船艇は鹿児島基地近海を、C2は海上自衛隊の鹿屋航空基地を目指す。長嶺とバルクは朝一の一般機で鹿児島空港へと向かい、霞桜の鎌は刻一刻と鹿児島基地に忍び寄っていた。

 

 

「それじゃ兵長、基地まで頼む」

 

「かしこまりました、閣下」

 

さっきの作戦説明時でも書いた様に、今回の役割にあった口調に切り替える。長嶺は顔以外変えていないが、バルクはいつもの筋肉モリモリマッチョマンから何処にでもいそうな普通の男になっている。

乗っている車も普通のクラウン、かと思いきや最大12.7mmの銃弾にも耐えられる装甲板が付き、車内にRPG7やらバルクの私物であるM2とM134が隠されていたりと、こちらは普通からかけ離れた装備である。

鹿児島空港から車に揺られる事、約2時間。鹿児島基地に到着し番兵(に偽装した傭兵)に止められる。

 

「止まれ!」

 

警備兵2人の内、一人が20式を車の前で構え、もう一人がMP5を構えながら近付く。

 

「ここは軍の敷地内だ、直ぐに引き返せ」

 

バルクは一応、兵長階級の為、現在話しかけられている一等兵曹には言い返せない。その為、大将である長嶺がパワーウィンドウを開けて呼びつける。

 

「一等兵曹、門を開けたまえ」

 

「だから此処は軍の敷地、関係者だったのか。許可証は?」

 

「これだ」

 

許可証と一緒に身分証も差し出す。そして最強の言葉も一緒に使う。

 

「今回参上したのは、連合艦隊司令である東川長官の要請に基づく監査だ。通したまえ」

 

断りきれない事態に、MP5を持った番兵が20式の方に目で訴えると、断る様に合図する。

 

「大将殿、申し訳ありませんが基地司令は多忙の為、つご」

 

「尚、これは特一級任務である為、対象者である基地司令には拒否権は認められていない。早急に知らせたまえ」

 

「わ、分かりました」

 

なんとか車は中に入り、司令部庁舎前で止まる。

 

「初めましてですね、長嶺閣下。当鹿児島基地司令の酒虫豚子でーす♡」

 

 

酒虫 豚子(さかむし ぶたこ)

年齢 47歳

階級 海軍大佐

役職 鹿児島基地司令

自称「新・大日本帝国海軍の歌って踊れるスーパーアイドル天才軍師提督」らしい。但し歌は音痴でダンスは千鳥足、最早生まれたての赤子の方が上手であり、艦隊指揮能力も高くなく、妖精さんが見える事だけで提督になれた女。しかも容姿は上から脂でテカッたショートヘアに、そばかすやシミは当たり前、なんならイボだらけで口は歯周病で臭い。鼻は潰れ、口はタラコで出っ歯。身体は100キロ越えのデブであり、見事なまでに肉が「ボンボンボン」と出ている。足もぶっとく、ケバブの削ぎ落とす前の肉みたいに太い。尚、性格は安定のクソである。因みに東川と酒虫の一方的な勘違い、という名の妄想で「東川と婚約した」と言って周り祝儀を貰おうとする騒動があった。

 

 

(なんかキツイの出てきたな)

「初めましてだ。酒虫君、早速だが来た目的を話そうか。ここの艦娘が脱走したと通報があったのだが、何か知らないか?」

 

「脱走者、ですか.......」

 

「あ、勘違いしないで貰いたい。仮に脱走者が出たとしても、君に処罰が降ることはない。悪いのは艦娘の分際で脱走した者であり、そういう奴は奴隷なり弾除けなりに活用するのが一番だ」

 

「いますよ。先程、捕まえて牢獄に閉じ込めた所です」

 

「ほう。ならソイツと面会させて貰おう。色々、お楽しみもある事だしなぁ」

 

得意の演技で、完璧に性欲ゴリラを演じる。勿論これは本心ではなく、相手の考え方や価値観に合わせる事で警戒感を持たせない為の手段である。その結果、直ぐに用意して貰えて小部屋に通される。

 

(監視カメラは無いが、隠しカメラが2台あるな)

 

「こちらでお待ちください」

 

警備兵が案内を終えて出ていき、部屋から遠ざかるのを確認したのと同時にバースト通信の電源を入れる。

 

(グリム、内部に潜入した。今から山城と接触するから、適当なタイミングで映像を流してくれ)

 

『了解しました』

 

グリムに連絡したり、他の隊員達の状況把握の為に連絡していると山城が酒虫に連れられて入ってくる。

 

「閣下、連れてきました」

 

「結構、下がれ」

 

「はい」

 

こちらも完全に居なくなったのと、山城にセクハラしてるダミー映像が流れ続けているのを確認してから行動に移る。

 

「君が扶桑型の二番艦、山城で間違いないな?」

 

「.......」

 

「シカトされると、こっから先が進まないんだ。せめてうなづくなりしてくれ」

 

そう言うと少しだけうなづく。

 

「OKだ山城。まずは良く頑張ったな。安心しろ、俺は味方だ。俺は君の姉貴からの告発で派遣された、連合艦隊司令直轄の秘密部隊の隊長だ。現在君の姉はこちらの保護下にあるし、君や他の仲間も助け出してやる」

 

「助かるの?」

 

「その為に此処にいる。既に部隊は展開済みだから、君から他の艦娘達の居場所を聞ければ、後はソウジをして艦娘救って逃げるのみだ」

 

「皆んなは、この建物の地下に囚われています。入り口は多分、執務室です」

 

「了解した。それじゃ、これを着てくれ」

 

そう言ってバッグを机に置き、その中からウェットスーツの様なボディスーツを取り出す。

 

「これは?」

 

「ステルス迷彩と言って、簡単に言えばドラえもんの透明マントみたいな物だ。今着てるのは下着含め全部脱いで、これを着てくれ。着替え終わったら声をかけてくれ」

 

「な//////!!」

 

「恥ずいのは分かるが、これが最善策なんだ。だから、な?」

 

「絶対後ろは見ないでくださいよ!」

 

「見ないから。ほら、早く早く」

 

渋々着替える山城。数分後、体のライン丸分かり、言ってしまえばどこぞの対魔忍アサギみたいな格好となる。

 

「よし。んじゃ起動するぞ」

 

長嶺がスイッチを入れると、完全に姿が消える。

 

「何も変わってませんけど?」

 

「ホレ」

 

そう言って鏡を向ける。そこには山城どころか、人間の影も形も無かったのである。

 

「消えてる.......」

 

「でもスイッチを切れば」

 

「み、見えますね」

 

改めて見せられる自分の姿に、恥ずかしさがより込み上げてくる。顔に出してないつもりらしいが、しっかり出てる。

 

「面白いだろ?ルートを説明するぞ。このまま基地の外まで出て、道なりに真っ直ぐ行け。そしたらスポーツカーが沢山止まってるから、そこにとっておきの目印を用意してある」

 

「とっておきの目印?」

 

「一発で味方と分かる、一番分かりやすい目印さ」

 

「分かりました」

 

「それじゃ、気をつけてな」

 

そう言って、扉を開けて山城を逃がす。長嶺はそれを見送ると、自分もステルス迷彩を起動させて執務室に向かう。

 

 

(さてさて、お宝はどこかな?)

 

引き出しや本棚を探しまくる。すると執務机の引き出しが二重底になってるのを見つけ、中を確認する。すると出るわ出るわ不正の数々。具体的には資金の横流しに使ったルートや合計額の明細、URとの奴隷契約書や保証書等である。

書類やファイルをページ毎に写真に収め、パソコンからもデータを抜き取り、痕跡は一切残さずに部屋を後にしようとするが、ここで酒虫が男を連れて入ってくる。

 

「Ms.酒虫、艦娘達は今どうしてる?」

 

2mを超える巨漢に、刺青と顔に大きな傷。さらにはグラサンにスキンヘッドと完全に悪者という出立ちの男が、イメージ通りの野太く低い声で話す。

 

「今は地下に幽閉してますわ。運び出すのは一時間後でしたわね?」

 

「そうだ」

 

「ならコレを渡しておきますわ」

 

そう言うと酒虫が、何かのリモコンを懐から出して男に渡す。

 

「コレは?」

 

「艦娘を操る首輪のコントローラーですわ。艦娘は人間より遥かに強い存在ですから、念には念を入れての保険ですわ。これが有れば、どんな命令であっても心は拒否しても身体は拒否できません。つまり「自決しなさい」と命じれば、身体が勝手に自らの命を絶ちますの」

 

「ほう、それは嬉しい限りだ。ドン・ダップにもよく言っておこう」

 

「感謝しますわ」

 

「では奴隷達の様子を見させて貰おう」

 

そう言うと酒虫が別のリモコンを取り出して操作する。すると本棚が横にずれて、隠しエレベーターが現れる。

 

「こちらにお乗りください」

 

5人程度は乗れそうなので、すかさず長嶺も入り込み奴隷の元に案内して貰う。

 

「ここですわ」

 

そこには独房に分けて入れられた艦娘達の姿があった。

 

「ほう、これは中々」

 

「考えたモンだな。戸籍が無い艦娘は居なくなっても問題になりにくいし、轟沈したとでも報告すれば証拠は何も残らない。しかも見た目は美女、強さは折り紙付きと来ればテロ組織からしてみれば、喉から手が出る程欲しい。恐れ入ったぜ。でもな、よく覚えておけ。生憎と日本って国はクズを養う程、懐は深くはないんだ」

 

「何者だ!」

 

スキンヘッドの男が金色のデザートイーグルを構える。

 

「アンタなら分かるよな、雌豚」

 

「長嶺閣下!?」

 

「お前も噂位は聞いた事あるだろ?世界最強の特殊部隊にして、世界で唯一、深海棲艦を倒せる歩兵軍団。海上機動歩兵軍団「霞桜」の名を」

 

「ま、まさか!?」

 

「俺こそが霞桜総隊長、長嶺雷蔵様だ!さてさて、こんな反逆行為をしてくれたクズには其れ相応の仕打ちが無いとな?」

 

そう言うと刀を抜き、一気にスキンヘッドの男まで詰め寄る。

 

「速い!?」

 

「セイッ!!!!」

 

刀が男の前を水平に通過する。一瞬の間を置いて、男の首が宙を舞う。

 

ドサッ

 

首が床に落ちたと同時に、首のあった所から鮮血が噴水の如く吹き出し、床を真っ赤に染める。

 

「ヒィィィィィィ!!!!」

 

「さあ、お友達が呼んでるぜ?」

 

今度は胸を一付きして、刀を抜く。すると酒虫は力なく倒れ、一面に赤い地の池が出来上がる。

 

「グリム、ハッキングで牢獄のロックを開けてくれ」

 

『了解しました』

 

そんな訳でハッキングして貰い、扉を開ける。唯、様子を見ると全員眠らされていたので、回収を後回しにして作戦を継続させる。

 

「バルク、デカイ花火を上げろ」

 

『了解ですぜ総長!!』

 

「ポチッとな」

 

 

ドカーーーーーン

 

 

武器庫が大爆発した事で、兵士達が混乱する。

 

「おい爆発したぞ!!」

「敵襲か!?」

「消火しろ!!」

「メディック!メディーック!」

 

混乱は続くが指揮官クラスの指示が飛び始め、取り敢えずは収まり始める。しかしこのタイミングで、さらにトラップが発動する。

 

「さーて、始めるか!!」

 

「おいお前!何をしている!?」

 

トランクをあさくっているバルクに、兵士が怒鳴る。しかし出てきたのは、やばい代物だった。

 

「「何をしているんですか?」だろ?」

 

ギュィィン

 

「は?」

 

何と手には専用武器のハウンドがあり、銃身が回転し発射寸前だったのである。

 

ブォォォォォォォォォォォ!!!!

 

毎分4000発の7.62mm弾を前に、死ぬ事や痛みを認識する前に肉塊となる。反応が間に合い遮蔽物に隠れたとしても、その遮蔽物も数秒で蜂の巣となり、遮蔽物として機能しなくなる。その後ろに居たものは、勿論仲間の後を追う事になる。

 

「一体何なんだ、何が起きているんだ!?」

 

「襲撃」

 

「え?」

 

ギャィィィィィィン

 

今度は後ろから4つのチェーンソーが兵士をぶった斬る。勿論血だらけになって、周りに色々撒き散らしながら絶命する。

 

「ば、化け物.......」

 

兵士をぶった斬ったのは神鳴の面を付け、背中に無数の手を生やした化け物、もとい第二中隊中隊長のレリックである。背中の手はレリックが作ったマニュピレータであり、自分の手も合わせて合計12本生えている。なんとこのマニュピレータは、一本で10tの重さを持ち上げたり折ったりできる上、様々な武器を装備させられるのである。

チェーンソーだろうが、機関砲だろうが、スティンガーだろうが何でもである。つまり、これ一つで火力プラットフォームになれちゃう優れものである。

 

「全員、掛かれ」

 

一斉に隊員達がステルス迷彩を解除し、姿を表す。どんどん状況が変わっていく状態について行けず、頭が混乱していく哀れな兵士、いやマフィア達。しかも対深海棲艦専用弾を装填している為、攻撃力がべらぼうに強い。その威力は実口径の10倍、つまり12.7mmのM2重機関銃なら、威力は127mm砲と同レベルとなる。歩兵達は5.56mmとか7.62mmだから、それぞれ55.6mm弾と76.2mm弾と同レベルの威力となる。しかも貫通力も艤装を破壊する程度には強いので、遮蔽物に身を隠そうが車に隠れようが意味がない。その悉くを文字通り粉砕する。

 

「装甲車だ!!装甲車を出せ!!!!」

 

そう言ってガレージから改造装甲車を出す。

 

「ヒャッハー!汚物は消毒だぁぁぁ!!」

 

なんかどっかで聞いた事あるセリフを吐きながら、火炎放射しながら突っ込んでくる装甲車。だか所詮は、マフィアやギャング同士の抗争を想定している為、精々12.7mm程度しか防げない代物。艦載砲と同レベルの攻撃を受けて、防げる訳ない。

 

「危ねぇだろうが!!」

 

一般隊員に撃たれて、呆気なく爆発する。

 

「ワォォォォォォン!!!!」

 

更には巨大化した犬神と八咫烏も登場し、現場はカオスな空間となる。ここで猛威を振るうのが、犬神の能力である。犬神は妖怪である為、普通に取り憑く事も出来る。その取り憑きが厄介であり、人を意のままに操れる。つまりは

 

「撃て撃て!!」

 

「わかっている」

 

「おい、こっちじゃない!?あっちを」

ドカカカカ

 

こんな風に敵を操って、別の敵を殺させるというのも出来る。何なら手榴弾とか爆弾とかを付けて、人間爆弾として敵陣に突っ込ませたりもできたらと、精神的にも色々キツい能力である。

他にも氷を操って、敵をカチンコチンにしたり、デカイ氷柱で敵を串刺しにしたりと可愛い見た目と裏腹にエゲツない攻撃をする。八咫烏はその巨体でマフィアを掴んで、高空から落とすと言うのをひたすら繰り返している。

 

「えぇーい、こうなったらヘリとアレを出せ!!」

 

ヘリコプターは分かっていた為、他の隊員達も離陸前に叩く。勿論飛ぶ事もなく、精々ちょっと浮き上がるもテイルローターが吹っ飛んで、そのまんま墜落するくらいである。所が予想にもしない、マフィアが持つはずのない物が出てくる。

 

キュラキュラキュラキュラキュラキュラ

 

「ゲッ!?」

「おいおいマジか」

「物持ちよすぎだろ!!」

 

何とM48パットン戦車が出てきたのである。確かにベトナム戦争時代に使われていて、今じゃ的になるか博物館で余生を過ごす他ないとは言えど、勿論戦車なんて代物は、普通のマフィアが持てる筈もない。だが世界最大のマフィアだけあって、持っちゃってたのである。しかもマフィア側は「戦車を出せば勝てる」と思っていたが、そうは問屋が下ろさない。

 

「目標敵戦車砲口、エイム」

 

「スー、ハー」

 

「ファイア」

 

ズドォン

キン

 

「何だ?」

 

 

ドカーーーーン

 

 

マフィアが驚くも無理はない。今やった事は、普通なら出来るはずもない芸当だからである。今マーリンがやった事、それは砲身に装填された瞬間を狙って、弾丸を砲弾に当てて起爆させるという人間離れした技である。因みに同様の方法でシモ・ヘイヘはソ連の戦車を破壊したとかしなかったとか。

 

「ファーストショット、ヒット。デストロイタンク、ナイスキル」

 

「ふぅ」

 

「「「「「「マーリンさん恐いっす」」」」」」

 

味方にも恐怖を植え付け、敵には恐怖を植え付けるついでに戦意を失わせるマーリンであった。因みにその頃、ボートや偽装タンカーはと言うと絶賛逃亡中であった。逃げられる筈もないのに。

 

 

「クソッ!!あんのスキンヘッド野郎とは連絡取れねーし、あのデブババアとも連絡がつかない。おまけに謎の部隊から襲撃を受けて、軍団は壊滅寸前。この失態どうするんだ!!!!」

 

そう言って喚くデブなおっさん。側近達がどうにか宥めようとするが、それを部下のマフィアが遮る。

 

「お頭ヤベェです!!さっきの部隊と同じ装備の奴らが待ち構えています!!しかも奴ら、艦娘みたいに水面に立ってやがる!!!」

 

「何だと!?えぇーい、ボートを前に出せ!殲滅しろ!!!!」

 

「Yeah!!」

 

Mk2ピバーを前に出し、迎撃を図るマフィア。勿論たかが普通のボート程度では、対深海棲艦専用弾の攻撃は防げない。というか至近弾ですら、ほぼ確実にひっくり返って沈没する。そんな訳で大した反撃もできずに、呆気なく全滅する。

 

「ボート隊全滅!!」

 

「何なんだ、あの部隊は一体、何なんだ!?!?」

 

その答えを知る前に、水上装甲艇の機関砲によって偽装タンカーは乗っているマフィアを巻き込んで、新たな海の墓標と化し一連の鹿児島基地襲撃はマフィア壊滅、囚われの艦娘全員の保護という大きな戦果を上げて幕を閉じた。

因みに囚われの艦娘達は検査の為、横須賀海軍工廠に送られたが、検査の結果で特段問題なければ江ノ島鎮守府所属となる事が決まった。

 



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第九話鎮守府カレー大会

鹿児島基地襲撃から1ヶ月、鎮守府ではある催しが始まろうとしていた。

 

「なんだその、鎮守府カレー大会ってのは」

 

「はい、毎週金曜のカレーのレシピを考案してもらおうと思ってまして、どうせなら艦娘達思い思いのカレーを作って貰い、優勝者のレシピを採用するんです」

 

間宮が説明し、ポスターを差し出す。しかしそこには

 

「なあ、なんで「毎年恒例」と「第一回」が混ざってんだ?」

 

「ホントは初開催なんですけど、気分的に毎年恒例にしときました」

 

「あ、そう」

 

なんか突っ込んだら面倒そうな為、敢えて突っ込まない長嶺。そんなのは気にせず、間宮は話を続ける。

 

「今の所の参加者は第六駆逐隊の皆、足柄さんと羽黒さん、島風ちゃん、翔鶴さんと瑞鶴さん、金剛さんと比叡さん、メビウスさんとオメガさん、それからバルクさんとマーリンさんですね。提督さんには審査員をって、提督さん!?」

 

顔が青を通り越して、真っ白になってる長嶺を見てビックリする間宮。それもその筈、生活力が皆無(長嶺以外)の霞桜隊員の中でもバルク&マーリンのコンビは特に酷いのである。どちらも料理をすれば包丁は全て刃こぼれし、まな板は燃え、鍋はザルと化し、微塵切りでもしよう物なら、キッチンごとを食材が木っ端微塵に吹き飛び、味噌汁を作れば硫化水素やらシアン化合物が発生したりと、料理するだけで被害がトンデモない事になるのである。

因みに昔、二人を潜入任務に出して二人で暮らさせた所、暮らし始めた翌日には自衛隊の化学防護隊が出動する大騒動となった事もある。尚、原因はインスタントラーメンを作ろうとしてアレンジしたら、どう言う訳かソマンを生成してしまったらしい。

 

「ヤバいヤバいヤバい!!」

 

「て、提督さん?」

 

「間宮、店に戻りなさい?」

 

「え、あ、あの」

 

「いいから」

 

「は、はいぃぃぃ!!!!」

 

そんな訳で間宮に出て行って貰い、速攻で対策会議を開く。

 

「さて二人とも、今回の状況はトンデモなくヤバい。我が隊内一のメシマズ連中二人が、今度開催される鎮守府カレー大会にエントリーしてしまった」

 

「「!?」」

 

二人とも驚愕と絶望の顔をしている。因みに二人共、メシマズコンビのハンバーグを無理矢理食わされた事があり、そのまんまぶっ倒れて3週間近く入院した事がある。

 

「総隊長、私としては今すぐにでも海外逃亡したいんですが。良いですよね?かまいませんよね?そうと言ってください。というか言いなさい」

 

「レリック、私もお供しますよ。一緒にレバノンにでも行きましょう」

 

2人して逃げようとする辺り、とてつもなくヤバい事が分かるであろう。内心長嶺も今すぐにでも宇宙に飛び出して、イスカンダル星にでもワープしたいレベルである。しかし艦娘と霞桜の隊員達という守るべき家族が居る以上、逃げる訳には行かない。

 

「ホントに逃げるのか?」

 

「こればかりは譲れません!!」

 

「右に同じ!!」

 

「お前達はアイツらを、可愛い部下や艦娘という仲間を捨ててでも行くのか?」

 

「クッ.......」

 

「.......」

 

コレを言われては、ぐうの音も出ない。

 

「あ、そうです!2人に連絡を取って、出場を取り消させれば良いんですよ!!」

 

「あ!!」

 

「その手があった!」

 

グリムの思いつきに、長嶺とマーリンも一気に顔が明るくなる。「俺達の勝利だ‼︎」と言わんばかりに希望に満ち溢れた顔をするが、直ぐに絶望に切り替わる事となる。

 

「そうと決まれば早速連絡してきます!」

 

そんな訳で連絡するも

 

「そう言えば今二人とも、フィンランドで暗殺任務中じゃ.......」

 

「「あ」」

 

マーリンが呟いた一言で絶望に逆戻りする三人。しかも調べたら帰国するのは大会当日であり、出場を取り消させたり妨害したりするのは不可能であった。

 

「八方塞がりですか.......」

 

「いや、まだ手はある。本番でヤバい調味料を片っ端から、狙撃で破壊する!!」

 

「ならば、私の出番ですね」

 

マーリンが狙撃銃を撫で、いつも以上に真剣な顔で言う。

 

「あぁ。俺は審査員としての役目がある以上、審査席を動く事ができない。頼りはお前の狙撃と、グリムのバックアップだ」

 

「了解しました。ここまで来たら、やるしか無いですね」

 

「最良の結果をお見せしましょう。というか、お見せできないのは死を意味しますね」

 

「確かにな。何が何でも阻止するぞ!!」

 

「「了解!!」」

 

阻止計画の立案をしている頃、第六駆逐隊の面々はカレーの試作を開始していたのだが

 

 

「高速クッキング、開始!」

 

ボォォォォォォォォォ!!

 

工廠に鍋を持っていき、まさかの高速建造剤、いわゆるバーナーを使って無理矢理煮込もうするなど、こちらも十分ヤバい料理を作っていた。この鎮守府にマトモな料理人は居るのだろうか.......

まあ勿論、数千度の高音に普通の鍋では耐える事は出来ず内容物のカレーの具材共々、黒焦げの炭へと変貌する。

 

「暁が煮えるのを待てないなんて言うから.......」

 

「あ、暁のせいだって言うの⁉︎」

 

「最初から私に任せておけば良かったのよ」

 

「何ですって!?」

 

暁と雷が喧嘩を始めるし、

 

「二人とも悪く無いのです。ヒック、変なことを思い付いた電が悪いのです.......」

 

電は責任を感じてガチ泣きし始めるという、プチ修羅場のカオスな空間になる。見兼ねた響が3人の頭を叩いて落ち着かせる。

 

「少し落ち着こう。第六みんなで優勝するんだろ?」

 

「そうよね。みんなで一人前のレディーを目指すんだもんね」

「金剛さん達に煽られて、熱くなりすぎちゃったかも」

「反省なのです」

 

この気持ちの切り替え用は流石である。さて、気を取り直してカレーを作ろうにも、鍋は炭と化して使い物には先ずならない。ならどうするか?普通なら新しく購入するとか、他の部屋から持ってくるとかを考えるだろう。所が四人は予想の斜め上の解答を出してくる。

 

「夕張さんに作って貰えばいいのです!」

 

なんとオーダーメイドで作って貰うのである。しかもタイミング良く夕張が工廠に入ってきて、二つ返事でOKして貰い、ついでに明石も参加して鍋を作って貰う。

 

カン!カン!カン!

 

艦これユーザーなら聞いた事であるだろう解体音を鳴らしながら鍋を作る二人。え?わからない。というか艦これユーザーでは無い。そんな方はYouTube等で「恋の2-4-11」と検索しよう。冒頭に流れてくる音が、その解体音である。

 

「できましたよ〜」

 

「みんなが遠征で取ってきてくれたボーキサイト、全部使ったから熱伝導率も高い鍋に仕上がったわ」

 

「ついでに持ち手にはナイフ用の滑り止めグローブを付けたので、水を触った手でも滑りません」

 

夕張と明石の説明に目を輝かせる四人。お礼を言って工廠を後にすると、今度は間宮の所に行って美味しいカレーの作り方を聞きに行く。

 

「美味しいカレーの作り方?愛情と言う名のスパイスかしら」

 

「「「「そう言うのはいい(の)です」」」」

 

「い、意外と現実的なのね。ちょっと眉唾だけど、東のボーキボトムサウンドにある幻のボーキサイトを使えば、どんな料理でも最高の味になるって聞いた事があるわ」

 

善は急げでボーキボトムサウンド目指して遠征に行く第六駆逐隊。結果はと言うと、失敗である。まあ人生そう甘く無い。それを悟ったのか、四人は自力での試作と改善を重ね、時は満ちた。

 

 

 

1週間後 鎮守府カレー大会当日

「はーい、皆さんお待ちかね‼︎鎮守府カレー大会開幕。実況は私、金剛型四番艦『霧島』!!現場実況は」

 

「艦隊のアイドル、那珂ちゃんでーす!それじゃぁ、出場者を紹介しちゃうよ?」

 

「バーニングカレー、金剛さんと比叡さん!!」

 

「提督のハートを掴むのは、私達のカリーデース!!」

「気合、入れて、作ります!」

 

「五航戦の力を見せ付けるために来ました、瑞鶴さんと翔鶴さん!」

 

「瑞鶴にはカレーの女神が憑いていてくれるんだから!!」

「一航戦の先輩方に少しでも近付ける様なカレーを作ります」

 

「ごはんも深海悽艦もお残しは許さない。一航戦の赤城さん、加賀さん」

 

「五航戦のカレーなんかと一緒にしないで」

「一航戦の赤城いただき、作ります!」

 

「辛き事、島風の如し。島風さんです!!」

 

「これ以上辛くなっても知らないから!」

 

「お嫁さんにしたい艦娘ランキング一位の羽黒さんと、お嫁に行かせて上げたい艦娘ランキング一位の足柄さん!」

「那珂、ちょっと工廠に」

「私が押さえている内に、早く逃げてください那珂ちゃーん!!」

 

「遠征のスペシャリスト第六駆逐隊、暁さん、響さん、雷さん、電さんです」

 

「どうやら相当の鍛錬をしてきた見たいね。いいわ、約束通り相手してあげる」

 

「イェース、正々堂々勝負ネ!!」

 

「日本が世界に誇るエース級飛行隊、メビウス1さんとメビウス8ことオメガ11さん!!」

 

「美味しいカレーを振る舞おう」

「あいよ隊長」

 

「日本最強の特殊部隊の中隊長、バルクさんとレリックさん!!」

 

「俺達が組めば最強最恐だな‼︎」

「カレーの王に、俺達はなる」

 

「そして審査員は我らが最強の提督!怒れる武装の数々!!日本の守護神、長嶺雷蔵さん!!」

 

「みんな(バルクとレリック以外)頑張れ〜」

 

そんな訳で確実大波乱になる鎮守府カレー大会の火蓋は切って落とされた。ギャラリー達がいるキッチン付近とは離れた、庁舎の屋上の屋根に北上&大井の二人組がいた。

 

「お、始まった」

 

「楽しそうね。これ以上北上さんと語らいを邪魔するのなら、九三式酸素魚雷片舷20射線ぶち込みますけど」

 

大井が目が笑ってないヤバい笑顔で言うが、それを無視して続ける北上さん。

 

「でもカレーか。どっちかって言うと、私肉じゃが派なんだよね」

 

「まあ、私の得意料理じゃないですか!!良妻賢母と言えば肉じゃが、良妻賢母と言えば私と言うくらいに」

 

ここぞとかばかりにアピールする大井。正直、必死すぎてドン引きである。

 

「そうなん?なら今度食べてみたいな、大井っちの肉じゃが」

 

「わかりました〜、幸せにします」

 

「楽しみにしてるね」

 

なんか不適切な返答があったが、気にしなーい。というか大井っちの目がガチで、結構怖い。

 

「所でさ、アレ何」

 

「え?」

 

後ろを振り返ると、完全装備のマーリンとスポッターの霞桜隊員がいたのである。

 

「あの、何してるんです?」

 

軽く怒気を孕んで話す大井。

 

「妨害工作です」

 

「「は?」」

 

事情を知らない2人は素っ頓狂な返事しかできない。

 

「勿論大会の公正さは保証しますが、約2名、キッチンに立たせると命の危機的状況を作り出す者が居ますので、その妨害です」

 

狙撃されるかもしれない何てのは知る由も無く、滞りなく進む大会。だがしかし、いきなりヤバい事が起きたのである。

 

「ゥウ〜ン。全ての具材が溶け込んだ、この黄金のカリースープ。優勝はコレで決まりデース!そうしたら提督も、モォー、ダメだよ提督ぅ。私は食後のデザートネ!!」

 

すんません、食べる予定は今の所入って無いんすけど。by長嶺

 

(このカレー、具が一切入ってない‼︎お姉様に恥は欠かせません‼︎こんな事もあろうかと)

「えぇーい!!」

 

なんか絶対モザイクが掛かるであろう、見るからにヤバい何かをぶち込む比叡。さっきまで美味そうな黄金色に輝いていたスープは、一気にジャイアンスープみたく紫に変色し怪しげな煙を出し始める。

 

「これは私とお姉様の合作、愛の共同作業!あーハァ、なんちゃってー!!」

 

「それでは比叡!一緒に味見デース!!」

 

「あちょ、絶対それヤバい」

 

長嶺が突っ込むがそんなのは聞こえる筈もなく、小皿に移してスープを飲む二人。案の定、顔が緑、青、赤、黄、緑に変色し卒倒する。

 

「カゥント、1、2、3!!お姉様方、まさかのダブルノックダウン、です!!!!」

 

横にあるベルを鳴らして、試合終了のゴングが如く会場に響くベルの音。多分霧島、テンションバグってる。

 

「き、霧島さん?」

 

那珂ちゃんも困惑である。

 

 

「栄えある一航戦に小細工など必要ないわ。そうよね、赤城さん?」

 

ほのとおりよ、はかさん(その通りよ、加賀さん)

 

なんと赤城、加賀が切ったじゃがいもを調理なんてせずに、そのまんま口に放り込んでいるのである。しかも大量に食べた結果、リスの頬袋みたくなっている。

 

「加賀さん見事なスループッス、今のは赤城さんの行動をした件と、食材をパスした件を掛けた解説ですぅ」

 

「自分で説明しちゃうの!?霧島さん、なんかテンション変じゃない!?」

 

 

「一航戦、恐るるに足らずね!!」

 

「そんな事を言ってはダメよ瑞鶴。五航戦の私たちが慢心してはいけないわ」

 

「わかってるって翔鶴姉。あ、翔鶴姉スカートにカレー跳ねてる‼︎」

 

「え!?どこどこ!!」

 

「ホラ、ここ」

 

「ちょっと待って、スカートにはあんまり触らないで」

 

その直後、何かに躓いたのか盛大にこける翔鶴。そのせいか、なんと瑞鶴が翔鶴のスカートを脱がせてしまったのである。しかも翔鶴の下着がピンク色のセクシーなデザインであったのである。

 

「もぉー、なんで私ばっかり!!」

 

「ちょ、翔鶴姉!わざとじゃないの!!」

 

「ありがとうございます、こう言うの待っていました」

 

「霧島さん声も顔も冷静だけど、実はテンションMAXだよね⁉︎」

 

こんなカオスな中、島風がなんと一番にカレーを完成させた。

 

「ふんふふーん♪できたー!」

 

「ねぇ島風ちゃん、もしかしてソレ、レトルトカレーじゃ」

 

「ん?だって、速いもん」

 

「速いからって、流石にレトルトは」

 

「ごちそうさまー」

 

「食べるのも速!!ていうか、島風ちゃんが食べちゃダメ!!」

 

 

「ハァ、鎮守府にマトモな料理人って居ないのか?」

 

「というか完全に各チームが自滅していってますね。実質、もう半数が脱落、もしくは作業が進んでいません」

 

本部席にいる長嶺とグリムが苦笑いしながらコメントしあう。でもって問題のグリム達はと言うと。

 

「よっしゃレリック!行くぞ!!」

 

「任せろ!!」

 

ドルドルドルドルドルドル

 

まさかの包丁を使わず、マニュピレータに持たせたチェーンソーで野菜を裁断しているのである。勿論、野菜と一緒にまな板もズタズタである。しかも肉に至ってはバルクが怪力で、引きちぎって裁断している。側から見たら、料理してる様には確実に見えない。

 

「よし。バルク、アレを」

 

「はいよ!」

 

そう言うとバルクは、巨大な遠心分離機を持ってくる。

 

「アイツら、遠心分離機を持ってきて何する気だ?分子ガストロノミーにでも目覚めた?」

 

「何か、いやーな予感が」

 

「コレをセットしてと」

 

何とセットしたのは本作第六話にて登場した、あのヤバい薬品である。

 

「アレ振ったら爆発するやつだ!!グリム、EMPで無力化しろぉ!!!!」

 

「了解!」

 

MGS4のジョニーみたく、ウェアラブルコンピュータを使って遠心分離機の停止を試みるが

 

「EMP対策されてます!!」

 

「ならコードを狙撃で切る!」

 

 

「隊長、総隊長からのオーダーです。狙撃で遠心分離機のコードを切断せよと」

 

「OK」

 

ダァン!!

 

得意の狙撃でコードを切断し、間一髪で遠心分離機を停止させる。

 

「命中!」

 

スポッターの兵がそう告げる。一安心ではあるが、油断はできない。

 

 

「あれ?止まった」

 

「おいレリック、コードが断線してるぞ」

 

「ホントだ。まあいい、取り敢えず土産を出して」

 

「よしきた!」

 

今度は何とくさやと、我が作品では常連のフィンランドのヤバい化学兵器、シュールストレミング(発酵度マシマシ、腐りかけ)を出してきたのである。しかも合計10缶も。

 

「入れるぞ」

 

開けた瞬間、周りに吐き気を催すレベルで臭い臭気が広がり、艦娘達も女の子の出しちゃいけない声があちこちから聞こえてくる。

 

「くっさぁ!?!?臭いで死ぬとか、お笑いにもならんぞ!!」

 

「シュールストレミング、恐るべし」

 

しかし二人だけ、この状況を救う勇者がいた。

 

ダァン!!

 

マーリンとスポッター兵である。開ける瞬間に弾丸で缶を変形させ、内部のガスを利用して爆発させる。ついでに周りにあった色々な薬品やら缶やらに引火し、大爆発を起こして二人は黒焦げになる。

 

「アガガガガ」

「我が生涯に一片の悔い有り」

 

いや悔い有るんかい。

何はともあれ、取り敢えずはヤバい奴2人は無力化した為、後は純粋に大会を楽しむこととなった。

 

「何かバルクさん達、吹き飛んだわね」

 

「何かしらこの、周りが脱落していく虚しさは」

 

「それより暁ちゃん、味見お願いなのです」

 

「美味しい!これなら勝ったも同然よ!!」

 

第六駆逐隊の頑張りが報われた瞬間である。しかし

 

「それはどうかしら?羽黒、お願い」

 

「は、はい!皆さん、どうぞ」

 

そう言って味見用のカレーを差し出す。それを飲む。

 

「な、ナニコレ、かりゃしゅぎる!!」

「でも凄く美味しいのです!」

「痺れる様な辛さなのに、何処かまろやかでコクがある。コレは後引く味だわ」

「は、ハラショー」

 

「な、何で!何で暁達のカレーとはこんなに違うの!?」

 

「これまでの知識と経験、それに数多の試行錯誤によって生み出された黄金比のスパイス。私とあなた達とでは年季が違うのよ‼︎それに何よりも、背負ってる重みが違う‼︎次の機会こそ確実に決める為の女子力、お料理No. 1という称号が私には必要なのよ!もうね、グスッ後がないの.......」

 

一気に絶対零度の重く寒い空気になる会場。その場にいる全員が絶望に染まったヤバい顔となる。

 

「あぁー、一気に会場がお通夜に!!今日みんなお祭り気分なのに、この人ガチ中のガチ、大ガチだよ!?!?」

 

「容赦なく教え子の心を折にいきますね。流石飢えた狼!」

 

「ヒッグ、ごめんなさい許してください。私はもう、ヤケ酒に沈む姉さんを見たくないんですぅ」

 

「そして羽黒さんはガチ泣き!?!?」

 

見事なまでに重っ苦しい空気に支配され、お祭り気分は遥か彼方に消えていった。その代わりにやってきたお通夜モードに支配され、楽しい筈の大会は、大人の出遅れ女性の末路とそれを間近で見る近親者の気持ちという、ネガティブ待ったなしの物になる。

 

「第六駆逐隊!!貴様らの頑張りは、その程度で折れる程脆いのか!?!?」

 

絶望に打ちひしがられた第六駆逐隊に、長嶺がエールを送る。

 

「お前達はここまで苦労を重ねた。ならば、後は当たって砕けろだ。成功するか否か、それは未来人か神にしか分からん。だが諦めれば、確実に努力は水泡に化す事になるぞ!」

 

「提督」

「どうしてそんなにも私達を」

 

「俺だけではない。というかぶっちゃけ、この重苦しい空気を変えてくれ!!」

 

「頑張ってみんな!」

「頑張って!!立ち上がるっぽい!!」

「頑張れ!!第六駆逐隊!!!!」

「負けんなー!!第六ぅ!!!!!」

「勝てえぇぇぇ!!!!」

 

艦娘と隊員達から、大きな声援が贈られる。もう全員、マジで足柄の作った空気を一刻も早く変えたいのでヤケクソである。

 

「何とここで、第六駆逐隊コール!彼女達の頑張りが、遂に会場を動かしたというのでしょうか!?」

 

「オーホッホッホッ、小娘達が私の人生の重みに太刀打ちできると思ってぇ!?」

 

皆の声援を受け、立ち上がる第六駆逐隊!!

 

「少し、軽くなった」

「皆んなが呼んでくれるなら」

「私達は立ち上がるのです」

「そうよ、暁達は誓ったんだから!勝つって!!」

 

「いくわよ皆!!」

 

「「「オォーー!!」」」

 

「この死に損ないが‼︎何処からでもかかって来るといいわ!!!!」

 

足柄が完全にラスボスの魔王みたいな事になっている。因みに言っておくが、こんな壮大な事になっているが、唯のカレー大会である。

 

「第六駆逐隊立つ!今、鎮守府の命運をかけた戦いが始まるのです!!」

 

「これカレー大会だよね!?ねぇ!?!?」

 

そんな訳で試合終了である。結果として出せたのは第六駆逐隊、足柄、メビウスの三チームだけである。因みにメビウス達はこんな波乱の状況でも、堂々と自分達のペースで黙々と作っており、完全に空気だったのである。

 

「さあ、全てのカレーが出揃いました!いよいよ審査の時です」

 

「全てと言いつつ、たった3つしかないとか皆が気にする前に、審査行っちゃってー!!」

 

「では足柄達のから行くか」

ガブッ

「うお、辛」

 

「次は第六駆逐隊」

ガブッ

「ふむ、マイルド」

 

「最後、メビウス達」

ガブッ

「あ、うん」

 

「さて、判定は如何に!!」

 

「まあどれも美味いし、普通に全部優勝にしたいところだが、今回の優勝は第六駆逐隊だ!」

 

「なっ!?」

 

「残念」

 

「提督、理由を説明してください!!」

 

足柄が食ってかかる。そりゃあ、もう色々と後がないらしいので、当然の反応である。

 

「さっきも言った様に、本来なら全部優勝にしたい所だ。お前のカレーは確かに美味いが、辛すぎて多分駆逐艦とかには合わない。そしてメビウス達のカレーは味も丁度いいが、辛さの欲しい奴や甘くしたいと言った奴に合わせて味を変えると、本来の味が崩れてしまう。で、第六駆逐隊のは派生の効きやすい味付けで、艦娘達のニーズにあった辛さを提供できる。以上の点から、第六駆逐隊に優勝は決定した」

 

完璧なまでの解答に、一周回って清々しくなる足柄。そこからは第六駆逐隊のカレーが皆に振る舞われ、カレーパーティーとなった。

 

 

 

 

 



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第十話鎮守府襲撃

カレー大会より三週間後 執務室

「あぁ〜、仕事したくねーなー」

 

いつも通りの代わり映えしない書類を片付けていると、大淀が血相変えて執務室に飛び込んでくる。

 

「提督!!」

 

「ゴブッ」

 

しかも運悪くお茶を飲んでいた為、ビックリして吹き出す長嶺。

 

「ど、どうした大淀」

 

「演習に出ていた第五遊撃隊からの通報で、加賀が被弾したとの事です!!」

 

「無事なのか!?」

 

机を飛び越し、大淀の肩をガッチリ掴んで鬼の形相で聞いてくる長嶺に、完全にドン引き状態の大淀。というか、テンションについていけてないのである。

 

「は、はい」

 

「すぐに埠頭に行く!!お前は続報に備えて、無線室で待機してろ。それからドックの用意も頼む」

 

返事も聞かず、そのまま窓から飛び降りて埠頭にダッシュする。念の為言っておくが、3階から飛び降りてる為、着地ミスれば骨折不可避である。

 

「加賀さん、痛そうなのです」

「大丈夫ですか?」

 

艦娘達も口々に心配の声を上げている。でもって長嶺は

 

「加賀ぁ!!無事かぁぁ!?!?」

 

空中から立体機動で降ってきて、着地するや否や質問攻めである。

 

「何処も痛まないか?骨は折れてないか?頭打ってないか?攻撃してきた奴は何処にいる?血祭りにちゃんと上げたか?上げてないなら、ちょっと御礼参りに行ってくるから海域と特徴を教えろ」

 

「Heyテートク、落ち着くデース」

 

「あ、すまんすまん。で、実際の所、大丈夫か?マジで」

 

「問題ありません」

 

「私のミスです。旗艦なのに皆に的確な指示を出せなくて、本当にすみません!!」

 

「いえ、遭遇戦は事故のようなもの。そこで出過ぎて、失敗したのは私です。面目次第もありません」

 

旗艦である吹雪は責任を感じ、加賀がそれを庇う。最初期はギスギスしていたと聞いていた長嶺だったが、案外絆が深まっていた事に驚く。

 

「カッコ、つけないでよ。アンタは私の代わりに被弾したんじゃない。一番悪いのは油断して出過ぎた私なのに、どうして責めないの!?!?」

 

「勘違いしないで。アナタがあの無防備な体制で被弾していれば、恐らく轟沈していたわ。でも私は被弾箇所も選べたし、沈まない自信もあった。例えそれが五航戦でも、提督の大事な戦力を失う訳にはいきません。私はあの絶望的な瞬間に見えた僅かな希望に賭けただけ。そして勝ったわ」

 

「何よ!そんなボロボロのクセに!!何でそんなに偉そうなのよ!!!!」

 

側から見れば、こんな状況でも喧嘩してる様に見えるだろう。しかし何方も両者を思っての事であり、言葉こそキツいが心配しているのである。

 

「ヘイヘイ、every buddy。落ち着きマショー。被弾したのはunluckyだけど、高速修復剤を使えばno problemネー!」

 

「所が、そうは問屋が卸さない。生憎とウチの高速修復剤は、来る大規模作戦用の備蓄命令が出てる奴以外は在庫切れだ」

 

「but、定期便が来てるはずデース」

 

「その定期便で来るヤツは、この間襲撃を受けた大湊へクソジジイ、じゃなくて東川長官が送りやがった。現に先日被弾した赤城も、未だに長風呂中だ。まあどうにか交渉はしてみるが、それでもMO攻略には間に合わないな。今回は合同だから中止にも出来んし、どうしたモンかなぁ」

 

色々考えてみるも、妙案が浮かばない。しかしここで文字通りの鶴の一声で、活路を見出す。

 

「私が参ります」

 

「翔鶴姉!」

 

「加賀さん、瑞鶴が守ってらっしゃった事、本当に感謝します」

 

「さっきも言いましたが、別にお礼を言われる様な事ではありません」

 

「提督、お願いです。一航戦の先輩の代打としては不安かもしれませんが、どうかこの翔鶴をお使いください」

 

そう言って深々と頭を下げる翔鶴。だが正直それをされては、長嶺の立つ瀬がない。

 

「おいおい、そこは俺が頭下げるべき所なんだが。翔鶴、やってくれるか?」

 

「お任せください」

 

「では、第五遊撃隊、旗艦吹雪!!」

 

「はい!」

 

「明日のMO攻略には加賀を一時的に外し、第五航空戦隊より翔鶴を編入する。補給と整備点検を万全にし、明日の作戦に備えろ!!」

 

「了解!!」

 

後の事を大淀に任せ、自分は執務室へと戻る。そして秘密裏にMOに先行させたグリムに連絡し、自分の考えていた仮説の意見を聞く。

 

 

「やはりか」

 

『えぇ。推測通り、奴らは我々の暗号を解読しています。最近の反攻作戦の前哨戦の戦績が伸びてないのは、これが原因でしょう。幸い、まだ一部しか解読できてない様ですから、「作戦全部筒抜けで、手の平で遊ばれてる」なんて事は起きてませんが、いつ起きても可笑しくないでしょう』

 

「例の大湊襲撃が証拠だな」

 

実は長嶺は、この所の深海棲艦の動きに疑問が湧いていたのである。何処か此方の手の内を分かっている様な素振りを見せる個体が、まあまあの頻度で見られたのである。最初はただ単に「向こうも学習して、こちらのパターンを読めてきた」と思っていたが、何か引っかかっていた。そこで考え出されたのが、暗号を解読されているという物であり、そう言った暗号や電脳に詳しいグリムを、次の攻撃目標であるMOに送り込んだのである。

更に並行して、東川の策で「偽情報を流して、反応を見る」というのを実行したのである。その結果、進行中の反攻作戦とは余り関係のない大湊基地に白羽の矢が立ち、大湊基地の提督含め、極秘裏に実験が行われた。結果は深海棲艦の襲撃があり、近隣基地やメビウス隊、更には霞桜のほぼ全隊員も配備した事で基地への被害は最小限に抑えられたのである。

 

『総隊長殿、我々はどうしますか?』

 

「そのまま現場海域に留まり、情報収集を続けてくれ」

 

『了解』

 

(さて、吹雪くらいには伝えておくか)

 

そんな訳で、執務室に吹雪を召喚する。

 

 

「駆逐艦吹雪、入ります!」

 

カッチコチに緊張し、手足が一緒に出ながら歩いてくる。

 

「吹雪、取り敢えず安心しろ。別にお前を責めるつもりは無いし、寧ろ良くあの艦隊を纏められてると思うよ」

 

「は、はい!」

 

「犬猿の仲の2人、ちょっとぶっ飛んだ奴、北上絡んだらクレイジーなヤベェ奴、マトモなのが居らんからな。金剛と北上くらいか?まともなの」

 

「アハハ.......」

 

空笑いで返す吹雪。長嶺の言う通り、実際マトモなのがおらん為、こう言う返ししか出来ないのである。

 

「さて、本題に移ろうか。どうやら深海共、こっちの暗号を一部だが解読してやがった。恐らく、今回の作戦も漏れてる可能性が高い」

 

「そんな!?」

 

「俺も「冗談です。ドッキリ大成功〜」なんてノリで返してやりたいが、悲しい事にグリムを派遣して突き止めた」

 

「では作戦を中止するんですか?」

 

「いや、このまま継続する。幸い、彼方さんはこっちが暗号解読の件を知ってるのを知らない。ならばこれを逆手に取り、奴らの油断を利用してやるんだ。何かあれば、グリムを頼ると良い。今も秘密裏に情報収集を継続させてるから、作戦中は情報を流す様に命令しておく。後、この事は内密に」

 

「はい。失礼しました」

 

一応伝えはしたが、これがどうなるかは分からない。しかしこの一件は結果的に、最悪の形で長嶺達に牙を剥く事になる。

 

 

 

数日後 MO付近海域上空、高度8000m

「ほお、アレがアイツの艦隊か」

 

「あぁ、中々に良い練度だ」

 

「アイツに似たのか、何か強い力を感じるね」

 

本来であれば雲海で立てるはず無いのだが、大太刀を持った人間、槍を持った人間、棍棒を持った人間の3人が立っていた。いや、浮いていると言った方が正しいかもしれない。

 

「にしても、僕たちが見ない間に、あんな化け物が居るなんて驚きだよね〜」

 

「言えてる。なんなの、あのキショイの」

 

「でも女タイプのはエロ可愛やぞ〜。あと、あの艦隊の子達もな」

 

目をキラキラさせながら語る槍を持った人間に、棍棒を持った人間が持っている棍棒で頭をぶっ叩く。

 

「イデッ!!」

 

「平常運転だね」

 

大太刀持ちの方は横から眺めて、呆れながら言っていた。

 

「お前は本気で殴りすぎなんだよ。あ"ー、脳が震える。ガチ目の方で脳が震える」

 

「それアレ。私は魔女教大罪司教のヤツ」

 

棍棒持ちが突っ込む。

 

「ワタシは魔女教、大罪司教『怠惰』担当、ペテルギウス・ロマネコンティ、デス!!」

 

今度はそれに便乗して、無駄に上手い声真似を披露する。

 

「お、似てる似てるw」

 

槍持ちがコメントを言いながら、下の様子を伺う。ちょうどマークしてる第五遊撃隊の艦娘達が、初動の動きを見せていた。

 

「どうやら索敵、それも二段索敵か」

 

「中々に慎重だな」

 

「でも作戦海域からは距離もあるし、何なら本隊に遅れかねないけどね」

 

この3人は知る由も無いのだが、この動きは長嶺の齎した情報の為である。

 

「アイツの指示なら、大方敵にこっちの動きがバレてる可能性がある、若しくはバレてるって所だろうか」

 

棍棒持ちが考えに、他の2人も頷く。

 

「お、艦隊が出てきたぞ!かわい子ちゃんは?」

 

「そんなのを観察してる場合か!!」

 

棍棒持ちがまた突っ込む。

 

「どうやら艦載機を出すみたいだね。ロングレンジでの先制攻撃、その後に他の艦が外様の掃討って所かな?」

 

「そうみたいだな。そして空母を外して、本隊に送り込むみたいだ」

 

「まあでも、こんな敵地のど真ん中で護衛無しの空母は中々にリスキーだぞ」

 

吹雪の指示で翔鶴型の2人を本隊に向かわせ、他の艦が残敵掃討に向かう。しかしこの判断が、後に不幸を齎すのは上空の3人以外は知る由も無い。

 

「あのキモい艦隊の艦載機だな。でもって目標の空母2人は気付いてないと」

 

「あ、機銃撃った」

 

深海棲艦艦載機の機銃掃射と爆撃により、翔鶴が中破相当のダメージを負った。瑞鶴は辛うじて無事だった為、翔鶴を守りつつ周囲を索敵する。

敵を見つけるも、攻撃で苛烈で直掩機を出せない。それどころか、翔鶴を救い出そうにも敵が邪魔で手が届かない。翔鶴もそれを察して、瑞鶴に見捨てる様言うが、そんな事なんて出来る筈もなく、どうにかこうにか救い出す。

 

「おー、あのツインテールまな板嬢ちゃん、中々にガッツあるじゃねーか」

 

槍持ちが本人聞いたら爆撃されんのが関の山の事を言う。残り2人も瑞鶴の勇気と、度胸に賞賛を心の中で贈っていた。

 

「スコール入ると言うのは、中々に頭が良い。艦載機が飛べないという枷はあるが、それは敵も同じ。しかもスコールの切れ間から艦載機を飛ばせれば、もしかしたら敵を倒せるかもしれない」

 

「どうやら敵さんの狙いも同じみたいだね。敵の方もスコールの切れ間目指して、動き出し始めてる」

 

「なら、切れ間に先回りだ」

 

そんな訳でスコールを上から偵察し、手近の切れ間に先回りする。その下ではスコールの中を、翔鶴と瑞鶴が進んでいた。スコールの切れ間という、一筋の希望に賭けて。

そんな中、吹雪達は残敵の掃討を終えて一段落ついていた。しかし暗号が読まれていたとして、敵の狙いとなるのが護衛無しの空母である事に気づく。そこで吹雪は他の僚艦を引き連れて、翔鶴達のいる海域へ全速で向かっていた。

 

「お、艦載機」

 

「さーて、倒せるかな?」

 

3人の傍観者達が戦いの行く末を見守る。まず先制を撃てた五航戦の2人は、外様艦を沈める。突然の奇襲で戸惑う深海棲艦であるが、直ぐに反撃の態勢を整え、反撃を開始しようとしていた。しかしここで、吹雪達が合流し敵を一気に殲滅する。結果としてヲ級を一隻取り逃すも、大破に追い込んだ上に他は殲滅という大戦果を上げたのである。

 

「あの無鉄砲さ、完全にアイツに毒されたな」

 

棍棒持ちのコメントに、「あー、やっぱり」という顔を浮かべた2人が空笑いで答える。

 

「っておいおい!!アレ見ろ!!!!」

 

「な!?」

 

「アレは不味いよ」

 

なんとそこには、リ級が見るからに40隻、レ級8隻、ヲ級12隻の大艦隊が居たのである。どう足掻いても、第五遊撃隊が全滅するのは目に見えている。というか、仮に今回の作戦に参加してる全戦力を投入した所で全滅待った無しである。

 

「どうするよ!?」

 

「不本意だが、介入する他ない。これでは本来の目的である「艦娘達を生かす」というのを達成できない。彼女らにはまだ、我々の計画の為の駒としての役割がある。出来る限り残しておきたい」

 

「わかった。なら、やるぞ」

 

棍棒持ちの意見に、槍持ちがさっきまでのチャラい雰囲気から、ガチの雰囲気になって答える。

 

「身バレは最小限に抑えたい。取り敢えず、能力は使うな」

 

「わかってるよ」

 

「よし、じゃあアイツが居らんが、我らcrow、己の使命を果たすぞ!!」

 

「「おう!!!!」」

 

棍棒持ちを先頭に、一気に降下して敵の前に出る。第五遊撃隊の面々もいきなりの登場に、豆鉄砲を食らった鳩の様な顔となる。

 

「ナンダ、貴様ラ」

 

「「何だ」とか「誰だ」とかと聞かれて、答えるバカはいねーよ。というか人に会ったら、まずは挨拶だろうが!!」

 

槍持ちが話しかけてきたリ級と、その後ろにいた別のリ級2隻を纏めて突き刺す。

 

「さて、僕達も始めようか?」

 

天使の様に優しく微笑む大太刀持ち。しかし次の瞬間には、大太刀を振り下ろし胴体を真っ二つに切り裂く。

 

「2人も始めたか。さて、隊長代理として頑張らないとな」

 

そう言いながら、棍棒持ちが棍棒を上で回し始める。回転は段々と早くなり、遂には周囲の海水を巻き込んだ竜巻となり、それを敵に向かって撃ち出す。勿論なす術なく取り込まれて、そのまま遥か上空に送られて落下死する。

深海棲艦を物ともせず、艦娘をも凌駕する力で殲滅していく3人に第五遊撃隊の皆は驚き続けていた。まず格好である。全員が細部は異なるが、昔の甲冑とSFに出てくる歩兵のボディアーマーの二つが織り混ざった見た目をしており、時代に矛盾が生じているのである。さらに各々が鎧と同じ色のマントをつけており、それぞれ棍棒持ちは青、槍持ちは黄、大太刀持ちは黒である。

極め付けに戦い方である。この戦い方はまるで、長嶺が深海棲艦と相対した時のソレであり、武器は違うが何処かに長嶺と同じ雰囲気を感じるのである。敵を諸共せずに突っ込み、圧倒的な力でねじ伏せ、一切の躊躇や迷いなく敵を倒し続けるキリングマシーン。まさにその言葉通りの戦い方なのである。程なくして深海棲艦を殲滅させ、第五遊撃隊に目を向ける。

 

「お嬢さん方、ケガは無いかい?」

 

「は、はい」

 

槍持ちが声を掛け、吹雪がそれに答える。しかし吹雪含め、味方なのか敵なのか分からない相手の登場に戸惑っている。

 

「そうかい。んじゃ、俺達も退散するか」

 

「そうしよう」

 

「あ、あの!あなた方は、一体誰なんですか?」

 

吹雪の問いに、3人が顔を見合わせる。まさか正体を聞いてくるとは、流石に思わなかったらしい。

 

「あー、なんて言えばいいんだ?俺達は、そうだな。「怨霊」って所だな」

 

「お、怨霊!?」

 

槍持ちの回答に、大井が驚く。

 

「コイツの言う通り、俺達は地獄から這い出てきた亡者だ。まあ呪い殺したりとか、祟ったりする事は無いから安心していい」

 

「そうそう。僕達には、そんな能力ないしね」

 

棍棒持ちと大太刀持ちが付け加える。

 

「さて、お前達、行くぞ」

 

「「おう」」

 

そう言うと、また何処かに飛び去る3人。第五遊撃隊の面々は、その背中を見送った。

 

「ブッキー、大淀に報告するデース。もしかしたら、自衛隊のレーダーに映るかもしれマセンヨ?」

 

「そ、そうですね」

 

そう言うと無線の電源を入れ、チャンネルを鎮守府に合わせる。

 

「こちら吹雪。大淀さん聞こえますか?」

 

『グッドタイミングだ、吹雪』

 

「提督!?」

 

本来であれば大淀が出る筈なのに、長嶺が出ている事に驚く。

 

『いいかよく聞け。今鎮守府は深海棲艦の空襲によって、大損害を受けている。既に港湾施設は爆撃で吹っ飛んだか、火災でバイトテロばりに大炎上中だ。もうこの鎮守府は、司令部機能を喪失している。MO攻略艦隊は、このまま予定通りにトラック基地に向かえ』

 

「提督は無事なんですか?」

 

『俺か?無事、と言いたいが、生憎とトラックには行けそうに無い』

 

「どういう事なんですか!?!?」

 

『そのまんまの意味さ。でだな、念の為、今度のミッドウェー海戦での鍵を話しておく。今度の戦いの鍵は、空母だ。

敵味方問わず、空母を先に全滅させた奴が勝つ。だから何が何でも、空母を守るんだ。特に吹雪、貴様は改となって護衛艦となれ。わかったな』

 

「提督!?返事してください!!提督!!!!」

 

「ブッキー、どうしましたカ?」

 

金剛が吹雪に聞く。吹雪は震えながら、声を絞り出して答える。

 

「鎮守府が、空襲を受けて、提督との連絡が、途絶えました.......」

 

「あ、アハハ。ブッキー、そんな面白くないブラックジョークはよすネー」

 

「.......」

 

何も答えない吹雪に、他の艦娘も本当である事に気づく。

 

「嘘デース!テートクは、テートクは生きてマース!!絶対、私達を遺してヴァルハラに逝ったりしないデース!!!!」

 

段々と涙を流しながら、長嶺は生きてると主張する金剛。では本当にそうなのか、時間を1時間前に戻して、検証してみよう。

 

 

 

1時間前 江ノ島鎮守府

「大淀、艦隊の移動状況は?」

 

「既に大半がトラックに向かっており、残りは私達2人と、赤城と加賀だけです」

 

「そうか。それじゃ、留守を間宮達に任せて、俺達も行こうか」

 

この日、ミッドウェー攻略に向けて、参加する戦力の大半をトラックに移動させていたのである。一部は完成したウェーク島にも進出しており、いよいよ作戦も最終段階を迎えようとしていたのである。

 

「提督!深海棲艦の空襲です!!」

 

部屋にいきなり飛び込んで来た睦月から、超巨大な爆弾発言を投下される。

 

「おいおい不味いぞ。霞桜とメビウス隊も居ないし、主力艦隊の大半はトラックに向かってる。それに残存艦も今日に限って、演習やら遠征で留守だ。ん?」

 

ここで長嶺は何かに気付く。鎮守府が最大の脅威である霞桜や、主力の艦娘達がおらず、文字通りのもぬけの殻状態で攻め込んで来た深海棲艦。出来すぎている。

 

「まさか、奴らこれを狙ってたのか!?」

 

長嶺の予想は不幸な事にあたっていた。暗号を解読した深海棲艦は、ちょうど今日が鎮守府が手薄になり、絶好の襲撃日和となっていた事を察知していたのである。

 

「クソが!!大淀、睦月!」

 

「「はい!」」

 

「お前達は他の留守番組を連れて、シェルターに逃げ込め。俺は、敵の侵攻を食い止める」

 

「待ってください提督!!」

 

「大丈夫、俺はこの程度の攻撃じゃ死にはしない。寧ろ俺からしてみれば、あの地獄が戻ってきたみたいで嬉しい限りだ」

 

一気に狂気の笑顔となり、戦闘狂のそれとなる。

 

「お前達、行くぞ!!」

 

そう言うと何処からとも無く、犬神と八咫烏が現れる。そして長嶺と共に窓から飛び降り、巨大化して深海棲艦艦載機に攻撃を開始する。

 

「食べちゃうよ!!」

 

犬神が強靭な爪と牙で噛み砕き、

 

「セイッ!!」

 

八咫烏が翼をナイフの様に変化させ、バラバラに裁断する。

 

「オラオラどうしたどうした!?その程度じゃ、俺のタマは獲れんぞ!!」

 

長嶺はグラップルを駆使して、艦載機に飛び移っては鎌鼬を撃ち、倒したら別の艦載機に飛び移りを繰り返していた。しかし百戦錬磨で一騎当千の強者と言えど、数の暴力には勝てない。ただ単に戦うだけなら勝てるが、今回は鎮守府を守りながら戦わないといけない。

まだ言っていなかったので言っておくが、今回襲撃してきたのは艦載機約2000機である。しかもそれを、たった1人と2匹だけで500機は撃退している。

 

(不味いぞ、鎮守府に被害が出始めてる。このまま行けば、首都陥落もあり得る。こうなりゃ、短期決着でアレをやるしかないな)

 

「八咫烏!犬神‼︎援護しろ!!」

 

「我が主、まさかアレを使うのか?」

 

「リスクが大きすぎるよ!!」

 

「やるしかないだろ!?」

 

そう言うと、八咫烏の背中に飛び移る。そして力をため始め、体から真っ赤なオーラが出始める。そのオーラは段々右手に集まり出し、更に濃い赤となる。

 

「行くぞ!必殺、焔龍!!」

 

野球ボールを持つ様な手の形をつくり、それを勢いよく前に出す。その瞬間、背後から巨大な炎の龍が現れ、艦載機編隊に向かい突撃する。

 

 

グォォォォォォン‼︎

 

 

「行っけぇぇぇぇぇ!!」

 

巨大な口を開けて、中に機体を取り込む。飲み込まれた機体はその業火に耐えきれず、どんどん爆発していき、一撃で残存機全てを破壊した。

 

「ヤベェ、力使いすぎた」

 

そのまま八咫烏の背中に倒れ込む。

 

「取り敢えず、地上に降ろすが構わないな?」

 

「頼んだ」

 

そのまま地上に降ろして貰い、手分けして残存敵の捜索、掃討にあたる。

 

「あー、この間建てたばっかなのに、ボッコボコじゃん」

 

知っての通り建ててまだ半年と立っていない。しかし襲撃でボロボロである。「事後処理面倒だなぁ」とか思っていると、背後の建物をぶち破って何かが出てくる。

 

「うおっ!?」

 

「今ノヲ避ケルノカ。貴様、中々ニ出来ル」

 

「深海棲艦?」

 

そこに立っていたのは、未だかつて観測されていない個体であった。艤装が5m近くあり、様々な姫級の艤装を統合したような禍々しい見た目をしており、一目で強者である事がわかる。

 

「私ハ深海棲姫。深海棲艦ノ女王ニシテ、総旗艦デアル」

 

「ようは親玉か」

 

「ソノ認識デ合ッテイル」

 

そう言うといきなり飛び掛かる深海棲姫。しかしそれが間一髪で読めた為、刀を抜いて受け止める。

 

「重ッ!!」

 

しかし一撃がクソ重いのである。何でも切り裂く名刀が、ギシギシと音を立てる。

 

「死ネェェェェ!!」

 

今度は艤装の砲を動かし、砲撃態勢に入る。

 

「おいおい嘘だろ!?!?」

 

身の危険を感じ、上手いこと避ける。それとほぼ同時にさっき立っていた所は、綺麗さっぱり吹き飛びクレーターが出来ていた。

 

「避ケタ。デモ、コレハ避ケレナイ」

 

そう言うと、腕に何かが触れる感触がするのに気付く。視線を落とすと地面から生えた触手に、左腕全体が巻き付かれていたのである。

 

「クソッ!離れろ!!」

 

渾身の力で振り解こうとするも、中々離れない。それどころか巻きつけが更にキツくなり、痛みが増してくる。

 

「フン!」

 

遂には腕を反対方向に捻じ曲げられ、骨が砕ける音がしながら激痛が走る。

 

「グォォォォォォ!?!?」

 

「降参シロ。ソシテ、私ニ命ヲ差シ出セ」

 

「フッ、フハハハハ。何を、言ってやがる。まだ腕が、一本砕けた、だけじゃぁねーか。命を差し出せ?こっちが逆に命を奪ってやる。ほら、かかってこい‼︎」

 

右手に持っていた幻月を口に咥え、左手に持っていた閻魔は右手に持つ。

 

「行くぞ!」

 

突撃する長嶺。しかしそれを笑いながら深海棲姫は、容易く止めて逆に反撃する。

 

「クソッ、たれ、が」

 

そのまま前のめりに倒れ込む。今の一撃で、左腕は完全に千切れ、右太腿に大穴が開き、左脇腹が抉り取られたのである。更には小石を弾かれ目に命中し、左の眼球までもが潰される。

 

「時間切レ。死ネ、人間」

 

そう言うと深海棲姫は海に潜り、姿を消した。長嶺はそのまま何とか立ち上がり、刀を杖にして通信室に入った。

 

「吹雪に、作戦の事を伝えねーとな」

 

そして何とか気力を振り絞り、通信室からさっきの連絡をしたのであった。通信を切ると、そのまま倒れる。

 

「ハ、ハハ。やっぱ、力を封じられるのは痛いな。あんな奴、本当の力でなら、余裕で倒せたのによぉ」

 

そのまま力尽き、通信室で意識は闇の中へと吸い込まれた。その後、犬神が発見し合流できたマーリンらの手によって、病院に搬送されるも、意識は一向に戻らないのであった。

 

 

 



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第十一話その名は鴉天狗

襲撃より一ヶ月後 横須賀鎮守府地下室

(ここは.......。この天井、恐らく横須賀鎮守府の地下室か)

 

そう思い起きあがろうと動くが、体に激痛が走る。体を見てみると左腕は千切れてるし、左目が見えない。

 

「あーらら、我ながら手酷くやられたな。ていうか、左側のダメージでかいな。何アイツ、俺の左半身に恨みでもあんの?」

 

取り敢えず周りを見回し、ナースコールらしき物を見つける。それを押すと数分後、東川が現れる。

 

「雷蔵、また無茶をしおってからに」

 

「許せよ親父。俺が全力を出せないの知ってるだろ?この鎖を外してくれんと、またここに逆戻りだ」

 

ため息をつく東川。しかしその目には隈ができており、眠れてない事が見て取れる。

 

「お前はこの状態をそっちの艦娘見られてんだ。こんな傷じゃ除隊は確実だろうし、艦娘達に完全復活した姿は見せられん」

 

「ならどうするんだ?」

 

「だから見せれるようにしてある。渋られたが無理矢理説得して、陛下や防衛大臣に許可して貰った。喜べ、603号計画の力を行使できるぞ」

 

「マジでか!」

 

「マジだ。そうと決まれば、ホレ」

 

そう言うと緑色の液体の入った注射器を渡す。その注射器を首に刺し、ピストンを押し込む。

 

「グッ、うぅぅ」

 

液体が体内に入ると、千切れていた腕が生えてきて目も綺麗に戻る。他の傷も傷跡すら残らずに消え、痛みも無くなる。

 

「やっぱ効くな」

 

「いつ見ても凄いな。まるで進撃の巨人の、九つの巨人の能力みたいだ」

 

「尤も、俺がなるのは違うがな。そうだ、鎮守府はどうなっている?」

 

「グリムと大和達が運営しているよ」

 

「そうか。で、俺はどれくらい寝ていた?」

 

「一月だ」

 

この時間に長嶺が驚く。一月後といえば、ミッドウェー攻略の辺りなのである。

 

「ミッドウェー攻略は滞りなく進んでいる。一週間後には部隊が出港するぞ」

 

「なら、そこでお披露目だ」

 

そう言ってニヤリと笑い、それを見た東川は大暴れするのが分かった為、顔は苦虫を噛み潰したようになり胃も痛くなった。

 

 

 

同時刻 江ノ島鎮守府 執務室

「大和さん、こちらの書類にサインを。大和さん?おーい、大和さーん」

 

「あ、は、はい。サインですね」

 

(こ、怖っ!目のハイライトが消えてるじゃないですか)

 

長嶺が居ないため、鎮守府はグリムと秘書艦組が回していた。しかし艦娘達にはショックが大きかったようで、皆元気を失っている。特に所謂提督LOVE勢、金剛とか大和とか鈴谷とかは悲惨であり、常時目のハイライトOFFで、呪文の如く「提督」を連呼していたりとヤバい事になっている。更に声も抑揚が無く、まるでロボットか何かのように言っている為、不気味さ増量してたりする。

 

「グリムさん。1つ、よろしいですか?」

 

「何です?」

 

「何故、霞桜の皆さんは提督が居なくても普段通りなんですか?」

 

実を言うとショックを受けているのは艦娘達だけで、霞桜の隊員達は普通であった。確かに最初は泣いている者も居たが、二日も経てば普通に戻っていた。

 

「我々霞桜は、常に世界の闇で生きています。正直艦娘よりも死亡率は高いですし、殺す人数も多いです。我々の世界には「人を殺すならば、自らも殺される覚悟を持て」という暗黙のルールもありますから、仲間が死んだところで仕方がない、という考えなんです。

それに我々の部隊は皇国最後の砦であり、唯一の深海棲艦に対抗できる人間の部隊です。そんな人間が長を失っただけで機能不全を起こしていては、笑われてしまいますよ」

 

「私達とは考え方が違いますね.......」

 

「それにあの方は簡単には死にません。昔ある任務の時、敵の攻撃に遭い私の部下が捕まった事がありました。でも捕まった場所は敵の要塞の中で、どう足掻いても助けに入れない。私は機密保護の為の焼死装置*1のスイッチを押そうと、スマホでパスコードを入れました。しかしその瞬間に総隊長殿が通信装置を叩き落とし、私に「俺が行くから少し待て」と一言行って単身で突撃して行きました。

その30分後その兵士を救い出して、ついでに爆弾まで仕掛けて要塞を吹っ飛ばしました。そんな不可能を可能にしてしまう、不思議な力を持った御方です。だからきっと、あの人はまた戻ってきますよ」

 

そこまで言うと大和の顔は少し柔らかくなり、それ以降の執務は効率が上がった。

 

 

 

21:00 霞桜幹部執務室

「にしても、アレから一月。何にも音沙汰無しか」

 

「総隊長、生きてるのか?」

 

「グリム、何か情報は?」

 

「なにも。恐らく生きてはいるんでしょうが、昏睡状態か或いは植物状態か。少なくとも、あのケガでは我々の先頭に立ってくださる事はないでしょう」

 

実を言うと、4人揃って連絡は何も来ていないのである。

 

「誰が、先頭に立たないって?お前らより年下なのに、隠居生活するつもりは無いぞー」

 

「あのケガで先頭に立つのは化け物って、え!?」

 

バルクが突っ込んもうとするが、ここにいない筈の人間の声な事に気付き、声の方向を向く。そこには総隊長である長嶺雷蔵が立っていたのである。それも五体満足で、傷も元から無かったかのように完治していた。

 

「総隊長殿!?」

 

「まさか幽霊ですか?」

 

本来なら常識人枠のグリムとマーリンも驚きの余り、素っ頓狂な声を上げる。逆にバルクとレリックは口を開けて固まっていた。

 

「まあ驚くよな。あんな傷を受けてんのに、こんな五体満足で生きてるなんて。この際だから、お前達にも隠してきた俺の姿を見せてやろう。ついてこい」

 

そうして案内されたのは執務室であった。徐に懐から短刀を取り出し、指の一部を切って血を流す。その指を何も無い壁に押し当てる。

 

ゴゴゴゴゴ

 

重苦しい音ともに本棚が上に上がり、エレベーターが現れる。

 

「こっちだ」

 

4人を乗せると、そのまま下に下がっていく。数十秒後、扉が開くとそこは管制室になっており窓の外には大和型を超える巨大な戦艦が鎮座していた。

 

「せ、戦艦!?」

 

「これ、大和より遥かに大きい.......」

 

バルクとレリックが口々にコメントを言う。

 

「さて、じゃあ俺の正体を教えようか。俺の正体、それは人体改造によって生み出された初の「人工艦娘」だ。まあ娘とか言いながら、中身も体も男なんだがな」

 

読者の皆は、明石、霧島、大淀がデータベースから情報を盗み出したのを覚えているだろうか?その中にあった「第603号計画」というのが、この「既存の人間を改造し、新たな艦娘を創造する」という計画なのである。

 

「艦娘って人工的に作れるんですかい?」

 

「出来なくはないが作ろうとした場合、3429京4893兆9803億3256万8093分の1という、気の遠くなる様な天文学的確率を突破しないといけないし、出来たとしても力を使いこなせるかどうかは別問題だ。実際、俺以外にも今まで世界中から約8万人が被験者になったそうだが、その悉くが施術中に亡くなった。

なんか一人だけ力をほぼ無に抑える代わりに、成功確率を無理矢理上げた奴がいたらしいが、暴走して最後は体が残らないまでに溶けて死んだ奴が居たらしい」

 

「良く生き残りましたね」

 

マーリンがサラリと言ったヤバい事に突っ込む。まあ主人公補正掛かってから、しゃーないよね。

 

「総隊長、足が治ったのも艦娘の力?」

 

「鋭いな。流石、霞桜の技術屋だ。俺の場合は高速修復剤を体内に直接注射する事によって、実質的な不死身の力を手に入れている。今回の怪我も、それで治した」

 

「総隊長殿、我々にこれを見せたと言う事は明日の作戦に参加するのですね?」

 

グリムが指摘する。流石と言うべきか、察しの良さはピカイチである。

 

「勿論。ただ、参戦するのは後になってからだ。何処ぞのヒーローみたく、ピンチの時に出て行った方が艦娘達の士気向上につながるだろ?だから最初の内はここに隠れて、戦況を見ておくさ」

 

「それでは間に合わないのでは?ここからミッドウェーまで、直線距離にして約4000kmあります」

 

確かにその通りである。仮に音速で飛んで行っても3時間ちょい掛かり、即応性に欠ける。

 

「フフフ、まあ、とっておきの方法で登場してやるから安心しろ。それにコイツらは秘密裏に同行させるから、いざって時の時間稼ぎにはなるだろう」

 

そう言うと懐から、黒い式神を取り出して戦闘機の形にする。

 

「凄い。一体どんな仕組みに」

 

「レリック、お前は落ち着け」

 

目をキラキラさせて、今にも戦闘機に飛び掛かろうとするレリックをバルクが止める。

 

「コイツの名前はF27スーパーフェニックス。この艦の艦載機として使用している最強の航空機だ。ほら、ウェーク島の時に現れた謎の戦闘機あったろ?あの時の機体がコイツだ」

 

「総隊長、貴方はどれだけ秘密があるんですか」

 

マーリンが次々とカミングアウトされていく力に、いよいよ頭が追いつかなくなって呆れる。

 

「まだまだあるぞ。俺の人生ってのは、国家機密と軍事機密そのものだ。今だからこそ言うが、俺はまだお前達に見せた事ない力を隠している」

 

この言葉を言った瞬間、全員の顔が驚愕の顔となる。そりゃあ、秘密だらけだとか言ったらそうもなる。

 

「まあその内見せる事になるから、今は一週間後の作戦に集中しろ。俺の予感だが、今回の戦いは一筋縄じゃいかない気がする」

 

「「「「?」」」」

 

「特に赤城、加賀、飛龍、蒼龍には気を付けておけ」

 

「総隊長殿、まさか」

 

「あぁ。ウェーク島での戦いでは如月が爆撃で死にかけ、MO攻略、いや、珊瑚海海戦では翔鶴が被弾した。これは全て史実に於いても同じダメージだ。もしかしたらこれは史実の再現をしているのかもしれない。犬神に八咫烏が居るんだから、そう言う運命的な事も本当にあるのかもしれない」

 

「ならどうするんですかい?」

 

バルクの問いにニヤリと、不敵に笑う長嶺。

 

「簡単だ。何もしない。普通に敵と戦い、敵を殺せ。あの時、俺達は存在すらしていなかった。だが今は俺達がいる。この時点で昔とは違うし、第一アイツらは運命如きに負ける程ヤワじゃない」

 

そう言う長嶺の顔はいつもの戦闘狂の顔ではなく、自信と確信に満ちた堂々たる顔であった。

 

 

 

翌日 鴉天狗艦橋

「さーて、アイツらの晴れ舞台をしっかり見ないとな」

 

子烏の映像を、艦橋の大型パネルに映し出す。映ったのは、赤城達が岩礁にいる姿だった。

 

 

「来ませんね」

 

赤城達は江ノ島鎮守府から出撃してる筈の大和達を待っていた。ミッドウェー攻略部隊は本来であれば全員がトラック泊地に居るのだが、長嶺が負傷した関係で大和と他数隻は江ノ島に帰還していたのである。

そして集結ポイントも予め確認し、作戦開始の号令と同時に最終確認までして予定通り進んでいるのだが、大和達が中々来ないのである。

 

「加賀さん、そっちは?」

 

「ウチの子達もダメみたい。あなた達は?」

 

「こっちもダメです」

 

「同じく」

 

空母4隻が索敵機を飛ばして探すが、一向に発見できない。天気が悪く敵味方含め艦船自体を見つけにくいのもあるが、赤城はそれとは別の「何か」のせいだと考えていた。

 

(無線封鎖中とは言え、ここは敵の勢力圏内。長く留まれば留まるほど、敵に発見される可能性も高い。けれど今動くと、大和艦隊とも合流できないかもしれない。最善は何?)

 

「赤城嬢ちゃん、ここは進んだらどうだい?」

 

バルクが赤城に意見する。

 

「バルクさん.......」

 

「アンタの考えも分かる。大方アンタは、このまま進めば大和嬢ちゃんの艦隊と合流できないと考えているんだろ?でも一方で、ここに留まるのも危険だというのにも気づいている。どっちも一長一短だし、選択肢としても合っている。

だが今回の作戦の肝は奇襲だ。ここに隊員を残して、俺達は先行しながら索敵。そこからは状況に合わせて叩けそうなら叩いて、厳しそうなら一度撤退して合流してから再度攻撃したっていい。まあ決めんのは他でもない、旗艦の赤城嬢ちゃんだ。どうするね?」

 

「わかりました。その案でいきましょう」

 

「わかった」

 

グリムに目配せすると、グリムが指示を出す為に部下に近づく。

 

「君と君、それからそこの分隊は残ってください。残りは進みますよ」

 

そう言うと指名された水上バイク兵と水上装甲船に乗っていた分隊が、グリムに「了解」の合図を送る。

 

「それでは皆さん、行きます!」

 

旗艦である赤城の号令に合わせて、他の艦娘と霞桜の面々も動く。一方長嶺は、飛ばしている小鴉の一機を通じて状況を観察していた。自分が居なくても艦隊や部隊が回っている事に、指揮者としては嬉しくも、何処か寂しい矛盾した気持ちの中、行く末を見守っていた。

 

「さて、じゃあミッドウェーの方を見てみようかね」

 

そう言うと、別の小鴉を動かしてミッドウェーの上空に飛ばす。しかしそこには、予想通り敵の姿がいたのである。

 

「やっぱり居たか。飛行場姫!!」

 

赤城達も同じタイミングで飛行場姫の存在を確認し、すぐに航空隊を上げた。奇襲は成功したが流石に一撃では倒せず、第二次攻撃隊を続け様に発艦させた。

しかし敵もタダでは攻撃させてくれず、敵の艦載機からの猛攻が加わる。

 

「敵襲ー!!」

 

夕立がいち早く気づいて攻撃し、他の艦娘達も続く。しかし他勢に無勢であり、しかも一目散に空母に群がる。瞬く間に被弾し中破相当のダメージを受ける。更には敵の艦隊までもがやってきて、一気に形勢は不利となる。

 

(どうして?こんな事態は、避けようと。なのに)

 

実を言うと赤城は作戦の開始前から、長嶺と同じ不安を抱いていたのである。全ての出来事が前大戦と同じように続き、その度に霞桜、正確には長嶺の手によって救われ続けているのにも気づいた。そして相談しようとしていた矢先、長嶺は凶弾に倒れ音信不通となった。正直、どうすれば良いかわからないが、やれる事はやったつもりだった。しかし神の悪戯か悪魔の意思か、事はそう簡単には行かなかった。

 

「赤城さん直上!!」

 

吹雪が大声で叫ぶ。その声に気付くも、もう敵機は避ける事も堕とすことも出来ない位置にまで迫っていた。

 

(やっぱり、抗えないの?運命には.......)

 

そう赤城が心の中で呟いた瞬間、目の前に真っ赤な一筋の光が通り落とされた爆弾と敵機を貫いた。

 

「あの機体って!?」

 

「ウェーク島の.......」

 

ウェーク島攻略に参加していた艦娘達は、飛来した航空機に驚く。今度も飛び去るのかと思いきや、今回は編隊を組んでエンジンのとは別の炎を後ろから吐きながら、炎の軌跡を残しながら半円を描く様に飛ぶ。

その炎は残り続け段々と巨大な旭日旗の形を成す。そして旗に向けて回り込んだ7機が、炎の旭日旗をぶち破って突き進む。すると後ろから巨艦が姿を現し、完全に出て来ると炎は消え、戦闘機も高度を上げる。

 

「戦艦?」

「なんてbigなbattle shipネ.......」

「大和さんよりも大きい」

 

今度はその戦艦が一気に業火の炎に包まれ、パーツごとに分解していく。そのパーツ達は炎の玉となり、上空に浮かぶ何かに集まり巨大な火の玉を形成する。パーツが全て収まると炎は一気に消え、そこには見知った男が立っていた。

 

「あ、アレって!!」

「提督.......!提督ですよアレ!!」

「提督!?」

 

驚きの余り大半の艦娘が固まる。一方で霞桜はというと。

 

「総隊長、カッコつけすぎ」

「総隊長殿、派手すぎます」

「総隊長らしいですね」

「いいぞー!総長もっとやれー!!」

 

海に降り立つとワラワラと艦娘達が集まり、泣き崩れる物や笑う者など様々な反応を見せる。その後ろで霞桜の隊員達も同様に喜んでおり、絶望的な戦場で有りながら、希望に満ち溢れたものになる。

 

「みんな言いたい事は後で幾らでも聞いてやるし、心配かけた埋め合わせは幾らでもしてやる。だから今は目の前の深海棲艦を深海に返品しに行くぞ」

 

一呼吸置いて、大声を張り上げる。

 

「超戦艦『鴉天狗』ここに見参!!さあ何処からでも、かかって来い!!!!」

 

知能はあまりない筈の雑魚艦ですら、余りの気迫に圧倒されて後退りする。逆に艦娘達や霞桜の隊員達は、その気迫に安心感と希望を抱き前に出る。

 

「沈メ、沈メー!!」

 

飛行場姫が今まで無いくらいの航空機を繰り出して来る。その数、優に800を超えているだろう。

 

「ハハハ、その程度か?えぇ!?飛行場姫様よぉ!!!!」

 

そう言って狂気の笑みを浮かべ、自分の艤装に宿る妖精に命令する。

 

「対空戦闘用意!主砲副砲、超多重力弾装填。電磁投射砲モードへ!!」

 

この命令が出された瞬間、砲塔が航空機の未来予測位置を指向し、砲身が四分割に割れる。イメージ的には、蒼き鋼のアルペジオのハルナ&キリシマの主砲を考えもらったらいい。因みに中に棘というか槍というか、謎の突起物は無い。

 

「撃てぇ!!」

 

 

ドガァァァァァン!!!

 

 

合計で75門の大砲の一斉射は圧巻の一言であり、全員が余りの音に耳を塞ぐ。砲弾は艦載機集団の手前で起爆し、巨大な火球が出来ると思いきや、出来たのは禍々しい紫というか黒というか、言うなれば闇色とでも言える謎の球であった。その球にちょっとでも近づこうものなら、中に引きずり込まれて、忽ち消えてしまう。

この超多重力弾とは球形のフィールド内の至る所に、新たな重力点が出来るSFみたいな兵器である。中に入るとどうなるかと言うと四方八方に重力が働くので、すぐに限界が来て勝手に自壊する。それも原型すら留めないのだから恐ろしい。

 

「まだまだ行くぞ?全艦載機、スクランブル!目標、周囲の航空母艦!!行け!!」

 

今度は艤装の外側側面から、数百機のスーパーフェニックスが発艦する。戦闘機達は上空で編隊を組み「さっきの痛ぶってくれたお返し」と言わんばかりに敵空母に群がり、絨毯爆撃やらASM3の飽和攻撃によって周りの深海棲艦ごと海に沈める。

 

「皆さーん、大丈夫ですかー!?」

 

ここで大和達の艦隊も合流するが、やはり長嶺が五体満足で生きている事に喜びを露にする。何なら少し涙すら見せていた。

 

「遅いぞ、お前達?折角のパーティーはもうすぐお開きだ。どうする?最後のフィナーレ位は一緒に飾るか?」

 

「勿論です!」

「総隊長、NOと答えると思いますか?」

「気合い、入れて、撃ちます!!」

 

そんな訳で参加している全員が飛行場姫に照準を合わせる。

 

「お前達、一撃で決めるぞ。全艦、砲撃よーい!撃てェェェェ!!!!!!」

 

今までに無いくらいの巨大な爆発音が響き、飛行場姫が業火に包まれて爆散する。

 

「我が主、飛行場姫は消し飛んだぞ?」

 

「他の気配もないし、ミッドウェー島は完全解放だよ」

 

「OK。さあ、俺達の家に帰るぞ。ってか腹が減ったし、帰ったらみんなで宴会だ!!」

 

この一言で大歓声が上がる。料理できる組は「張り切って仕込みをしなきゃ」と意気込み、駆逐艦や普通の子達は「目一杯楽しもー」とか言っている。酒飲める組は「朝までコース行くぞー!最初に酔い潰れた奴は、顔に墨で落書きの刑だー!!」とか何とか言っていた。

 

「あ、そうだ提督」

 

「なんだ?」

 

大和が不意に長嶺に声を掛ける。長嶺は何の用かと考えるが、長嶺以外のの全員はこれからの事が分かったのか並びだす。

 

「せーの!」

 

 

「「「「「「「「提督(司令)(司令官)(総隊長殿)(総隊長)(総長)、お帰りなさい!!!」」」」」」」

 

 

各々の呼び方で、長嶺の帰還を祝ったのであった。長嶺はいきなりの事で驚くが、今度は穏やかな笑顔で一言返す。

 

「あぁ、ただいま。みんな」

 

 

 

半年後 防衛省 防衛大臣執務室

「おぉー、雷蔵よく来たな。いや、第三十三代目連合艦隊司令長官、長嶺雷蔵元帥?」

 

「うるせー、仕事押し付けやがった張本人」

 

なんとこの半年の間に長嶺は、東川の後を継いで連合艦隊司令となったのである。鎮守府は霞桜がいる観点や、東川が一応まだ指揮を取っている等の諸々の理由から江ノ島鎮守府には居るが、現在の連合艦隊の総本山は江ノ島鎮守府である。

 

「まあ、そう怒るでない。本題に入ろう。実はだな、ある島の偵察に行ってもらいたい」

 

「島?」

 

そう言うと東川はタブレットを取り出し、1枚の衛生画像を見せる。

 

「何だこれ」

 

そこに写っていたのは、入江があり中心部に都市とまでは行かないものの、街程度には発展した構造物のある孤島であった。

 

「わからん。だが明らかに人口構造物があり、ここをよく見ると大戦中の連合国の艦船が停泊している。だが艦娘は艤装は使えても、お前の様な艦船形態にはなれぬ。そして今の時代にこんなのを造船したところで、精々映画の撮影セット程度の需要しかない。

しかし一番不審なのは、こんな島は元々存在していない。おまけにこれは、つい最近になって突然現れた」

 

「何だそりゃ。まるで神隠しか何かって、俺が言えた口じゃないか」

 

「しかも似た様なのがもう一個ある。そっちも行く行くは調査してもらうが、今はこっちだけ教えおく。取り敢えず暫定処置として、各国の衛星にハッキングでここの島は映らぬ様にしてある。今この事を知っているのは俺達と、総理、それから陛下のみだ」

 

「わかった。で、任務は偵察だけで良いのか?敵対勢力なら消すし、友好的なら仲間にしてくるが?」

 

「case-by-case、お前の勘と経験に任せた。出発は明日、潜水艦で行ってもらう」

 

「はいよ。んじゃ、俺は用意してくるわ」

 

そう言って退室する。退室して扉を閉めようとした時、東川が「言い忘れていた」と言って新たな情報を渡す。

 

「この島に居る謎の勢力なんだが、「アズールレーン」というらしい。因みにもう一つの島の勢力は「レッドアクシズ」という」

 

「アズールレーン?レッドアクシズ?直訳で色の線、赤の枢軸。ますます分からん」

 

「まあ、その辺りも調べて来てくれ」

 

「わかったよ。特別ボーナス、期待してるぜ」

 

「お手柔らかに」

 

この時の長嶺は知る由も無かった。この島での出来事が、今後の運命をガラリと変える事を。

 

 

 

同時刻 「アズールレーン」と呼ばれた島の近海

「でさー、この事態どうする訳?」

 

人間の形はしているが生気を感じない、異様なまでに真っ白なセーラー服を着たポニーテールの女が、別の女に聞く。

 

「不足な事態ではあるけれど、計画はこのまま進めるわ。それにこの世界は色々奇跡の様な存在が多いみたいだし、興味深いデータは取れるわ」

 

指揮官クラスと思われる、長髪で謎のタコの触手の様な艤装を装備した女が答える。

 

「さあ、始めましょう。未来の演算、若しくは過去の再現を」

 

そう言って2人は霧の中に消えていった。

 

*1
霞桜の装備に仕込まれた機能。生命反応が止まった場合、若しくは遠隔操作で作動する。作動すると青白い炎と共に約8万℃の高音で、完全に証拠焼き去ってしまう。この装置のおかげで、今の今まで霞桜が居るという決定的な証拠はない。



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第十二話連合艦隊司令長官

この物語はまだアズールレーンとレッドアクシズの島が転移する前。江ノ島艦隊によるミッドウェー海域解放より、およそ3週間後の出来事である。

 

 

 

ミッドウェー解放より3週間後 江ノ島鎮守府 執務室

「はぁーあ。ミッドウェーを解放したんだから、褒美に書類減らねーかな」

 

「提督よ、その様な事を言っている暇があったら手を動かすべきではないか?」

 

「ソウダネー、言う通りダネー。だけどよ、かれこれ30分近く手を動かさずに休憩と称してサボりやがってる武蔵さんには言われたくない」

 

ミッドウェーを解放して、早3週間。解放したことにより仕事量は前よりも増えてしまって、これまでは一人で片付けていた書類(と言っても常人なら2日はかかる量で、それをしかも半日で株や偽装身分の仕事も片手間にしながや片してた訳だが)も秘書艦に頼らざるを得なくなっていた。

そんな訳で本日の秘書艦は大和型の二番艦の武蔵なのだが、先程から「効率のいい仕事には、休憩も大事だ」とか何とか言って堂々とサボりやがってるのである。

 

「提督よ、効率のいい仕事にはだな」

 

「休憩も大事だ、だろ?何回目だよ」

 

「まるで何度も言ってるみたいじゃないか。まだ3回目だぞ?」

 

「十分多いわ!」

 

因みに他の艦娘でも似た様な感じである。以下は、その一例である。

 

「紅茶が飲みたいネー。そうデース!テイトクー、ティータイムの時間にシマショー!!」by金剛

致しません。

 

「あぁ。姉様は今頃、遠征で海を駆けているのに。それを手伝えないなんて、不幸だわ.......」by山城

山城ー。そろそろ現実見てくれー。もうかれこれ、1時間は外を眺めてるぞー。

 

「提督!紅茶を淹れてみました!!飲んでみてください!」

あの比叡さん。紅茶って、紫色でしたっけ?

 

勿論、大和や鳳翔が秘書艦の時はスムーズに進むのだが、余りそう言った事が苦手な奴。例えば天龍とか、川内とか、那珂ちゃんとかは大体手が止まってる。また例外的に扶桑と山城になると、不幸型戦艦の由縁かは知らないが、事故や失敗で仕事が倍増して面倒になったりもする。

 

コンコン

「失礼します、提督」

 

「アレ大和?」

 

「姉貴か。どうしたんだ、今日はオフの筈だろう?」

 

「大淀さんからお使いを頼まれたんですよ。提督に通達だそうです」

 

そう言うと大和は、無線の内容が書かれた紙を長嶺に手渡す。そこには「1週間後、各地の提督を集めて会議を開く。尚、この会議は原則全員参加であり、拒否権は無いものとする」という事が長ったらしく書いてあった。

 

「うわぁ、何故だろう。見るからに面倒な臭いがプンプンする」

 

「所で武蔵?あなた、ちゃんと仕事してるの?」

 

「あ、あぁ。勿論だとも!なぁ、提督?」

 

「あぁ、そうだな。何せ今は「効率のいい仕事の為の休憩時間」で、かれこれ30分は休憩してるんだよな?」

 

それを聞いた瞬間、みるみる大和の顔が恐ろしい物へと変貌していく。なんか後ろに般若が見え隠れしてるし、一目でヤバいとわかる。

 

「武蔵、本当なの?」

 

「いや違う!!ちょうど今からする所だ!!な!提督よ!!」

 

「なら、ちゃっちゃとやってくれ」

 

そう言って書類の束を差し出すと引ったくる様に掠め取り、一気に書類の束を片付け始める。長嶺は心の中で「勝った.......計画通り」と言いながら、顔が超悪人面になっていたのは言うまでもない。

 

 

 

一週間後 江ノ島鎮守府 車寄せ

「それじゃあ行ってくる」

 

「お気を付けて」

 

提督代理として執務を代行して貰う大和、長門、陸奥、赤城、加賀、グリム、マーリンが見送りに来てくれた。その中を代表して大和が、長嶺に頭を下げる。

 

「どうぞ」

 

迎えに来た高級将校専用の海軍公用車、LS500hに乗ってきた護衛の一人がドアを開けて待っていた。長嶺は「おう」と答えると、そのまま座席に座り車は、いつも通り高速に乗って横須賀鎮守府へのルートを走る。

 

「あ、そうだ。二人とも、よかったらコレ休憩の時にでも食べてよ」

 

「え?いや、そんな」

 

「我々には勿体ないです」

 

長嶺は鞄から缶コーヒーと可愛らしくラッピングされたクッキーの袋を取り出し、助手席に座る護衛に渡す。二人共、階級は曹長であり大将である長嶺とは天と地程の差がある。まさかそんな雲の上の存在の人間から、いきなり缶コーヒーとクッキーを渡してきたのだから無理もない。

 

「まあアレだ。俺みたいなガキのお守り役を引き受けて貰ってる、せめてものボーナス、とでも思ってくれ。それに上の人からの物は貰っといた方が、後々の心象に影響するぞ〜?」

 

ワザとらしく言ってみると、二人とも「じゃあ」「お言葉に甘えて」と缶コーヒーとクッキーを手に取っていた。尤も片方は運転中なので、助手席の奴が二人分貰ってコーヒーだけ渡していたが。

 

「あ、そうそう。缶コーヒーは見ての通り普通のBOSS(と言いつつ、1缶300円はするpremium boss limited black)何だけど、クッキーはウチの艦娘の手作り品、つまりは艦娘か提督にでもならないと早々食えないヤツだぜ?」

 

「え、マジっすか?」

 

「マジマジ。しかも作ったのはスイーツ作らせたら、多分艦娘の中でもトップ3には入る腕前の伊良湖って言うのが作ってる。これはウチの鎮守府でしか味わえない、激レアなヤツだ」

 

「なあ、これから送迎の時は長嶺提督のに立候補しようぜ?」

 

「だな!」

 

余りの高待遇に、二人して長嶺の虜になっている。まあ本人にそのつもりはなく、下心や裏のない純粋な親切心でやっているので気付いてないのだが。

 

「あの、所で長嶺提督。何故、我々にもこの様な特別ボーナスを用意してくださったので?」

 

運転手の曹長が、そう質問した。助手席の曹長も頷いている。

 

「だって、ただでさえ「何かヘマしたら、クビが社会的にも物理的に飛ぶかもしれん」って緊張するのに、緊張煽っちゃ逆効果でしょ?ムスッとしてるヤツよりかは、俺みたいなヤツの方が幾分か気も楽だろうし。あ、嫌ならムスッとするけど」

 

「いえ!!出来たらそのままで!」

 

運転手の曹長が必死に止める。助手席の曹長も「頼みますからそのままで!!」と止めに入り、長嶺は大笑いして「わかったわかった。冗談だから」と言っていた。そうこうしている間に、横須賀鎮守府へと到着し会議室へと入った。

 

 

 

横須賀鎮守府 大会議室前のラウンジ

「やあ長嶺くん。太平洋で大暴れしたみたいだね」

 

「いえ、風間提督。大暴れしたのはあくまで、私の可愛い艦娘達ですよ。私はただ、適当に戦略だけ立てただけですから(大嘘)」

 

まあ大半の読者が知っていると思うが、初めて見てくれている読者もいるかもしれないので解説しておこう。MI攻略、つまりミッドウェー攻略の時、長嶺は自らの艤装を纏って先頭切って戦ったのである。勿論この事は機密事項となっており、東川と江ノ島鎮守府所属の艦娘達、それから霞桜の隊員達しか知らない。

 

「それでもだよ。もしかしたら、君に白羽の矢が立つかもね」

 

「はい?」

 

「あれ、もしかして知らないの?今回の招集って、東川長官の後釜決めらしいよ」

 

「えぇ!?聞いてないですよ!!」

 

衝撃的なカミングアウトに、思わず大声で突っ込む。

 

「僕自身もウワサ程度にしか知らないんだけど、どうやら政府内で次の内閣の人事で「東川長官を防衛大臣に」というのが持ち上がってるらしいんだ。

でも知って通り、憲法六十六条の「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」っていうのに引っかかる。そこで長官職を退任し、無理矢理防衛大臣にするらしい」

 

「いやまあ確かに法令上は、民間人もなれますけど中々に力技というか、ゴリ押しすぎる気が」

 

「まあそこはどうにかするんじゃないかな。だって今、一応有事だし」

 

「いや確かにそうですけど」

 

ここで長嶺に、とある不安がよぎった。それは後任の長官が誰か、という事である。普通に考えて河本派閥からは、まあまず選ばれる事はない。では誰なのだろうか。多分候補として上がるのは、東川の右腕でもあり友人でもある山本である。その次が風間であろう。

しかし一つだけ、東川には法則性というか、癖というか、とにかくパターンがある。それは「大体面倒な事は全部、長嶺に丸投げして押し付ける」という物である。つまりは、面倒な長官職を押し付けられる可能性があるのである。

 

(マズイ。非常にマズイ。ただでさえ仕事量が増えているというのに、これ以上面倒事は増やしたくない!)

 

「?どうしたんだい?」

 

「あ、いえ。もしその話が本当だとしたら、一体誰がなるのかなぁと。多分風間提督か、山本提督あたりでしょうけど」

 

「ハハ、僕は長官って器じゃいよ。それに僕は結構フリーダムな人種で、自他共に認める自由人だよ?これ以上仕事も増やしたくないし、面倒事もしたくない。もし仮に僕に回ってきたら、山本提督か君に押し付けるからね」

 

もう一周回って清々しいまである笑顔に、最早長嶺は「頼むからやめてください」と言うのが精一杯であった。その他、いろいろ雑談している間に会議の時間となり会議室に入る。今回は前回の鎮守府クラスの提督だけだったが、今回は提督が全員揃っての会議であり見た事もない奴が何人もいた。では参加メンバーを簡単に解説しよう。

 

横山 冬夜(よこやま とうや)

年齢 25歳

階級 海軍少将

所属 釧路基地司令

 

海道 光喜(かいどう みつよし)

年齢 45歳

階級 海軍中将

所属 大湊警備府司令

 

小清水 香織(こしみず かおり)

年齢 23歳

階級 海軍大佐

所属 仙台基地司令

 

東川 宗一郎(あずまがわ そういちろう)

年齢 52歳

階級 海軍元帥

役職 横須賀鎮守府司令

 

長嶺 雷蔵(ながみね らいぞう)

年齢 17歳

階級 海軍大将

役職 江ノ島鎮守府司令

 

風間 傑(かざま すぐる)

年齢 28歳

階級 海軍大将

役職 呉鎮守府司令官

 

川沢 煇(かわざわ ひかる)

年齢 34歳

階級 海軍少将

所属 鹿児島基地司令

 

影谷 悠真(かげたに ゆうま)

年齢 12歳

階級 海軍大佐

所属 下関基地司令

 

河本 山海(かわもと さんかい)

年齢 48歳

階級 海軍大将

 

山本 権蔵(やまもと ごんぞう)

年齢 56歳

階級 海軍大将

役職 舞鶴鎮守府司令官

 

白鵬 一也(はくほう かずや)

年齢 11歳

階級 海軍大佐

所属 新潟基地司令

 

この他、書記やら記録やらで士官や下士官も参加しているが、物語的には重要ではないので割愛させて頂く。

 

 

「では、会議を始めようか。まず本題に入る前に、一応新顔二人の紹介をしておこうと思う。川沢大佐、長嶺大将」

 

東川の指示に従い、二人が席を立つ。

 

「では川沢大佐から、自己紹介をお願いしたい」

 

「はい。皆様、お初にお目に掛かります。この度、鹿児島基地司令の任を命ぜられました、川沢煇と申します。国家の為、微力ではありますが全力を尽くしていく所存で御座います。よろしくお願いします」

 

黒髪に眼鏡を掛けた、長身の男。川沢が営業マンの様な自己紹介を行う。それもそのはずで、前職は営業成績トップの世界的一流企業のサラリーマンをやっていたのである。前任であった酒虫豚子が持病で急死(実際は霞桜によって粛清された)した為、妖精が見える事が発覚した川沢が半強制的に提督にさせられたのである。

 

「では次、長嶺大将。まあ新顔といっても大将クラスの人間とは顔合わせ済みだし、MI攻略時の指揮官でもあったから知ってる者も多いだろうがな」

 

「江ノ島鎮守府にて司令をやっております、長嶺雷蔵です。色々と兼業しておりますので、皆さんにもご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします」

 

「東川閣下。発言、宜しいでしょうか?」

 

茶髪ロングでモデルの様に綺麗な女性、小清水香織が手を挙げる。東川が「いいぞ」と言うと、席を立ち長嶺の方を向く。

 

「長嶺大将殿にお聞きします。先程、色々と兼業していると仰いましたが、一体何をされているのですか?」

 

「それは.......」

 

そう言いながら長嶺は東川の方をチラリと見る。東川は少し溜め息をつきながら、軽く頷いた。

 

「確か小清水大佐、でしたね。小清水大佐は秘匿部隊X、というのを聞いた事がお有りですか?」

 

秘匿部隊Xというのは、霞桜の事である。霞桜はその任務の特性上から、一般人は勿論、政府や軍内でも知る者は極少数である。だが都市伝説程度で囁かれはしており、秘匿部隊Xやら特務機関Xと言った様な名称で語られはしているのである。

 

「聞いた事はありますが、今の質問とは関係ないのでは?」

 

「それが大有りなんですよ。その秘匿部隊Xというのは実在しており、私はその部隊の総隊長をしているのです」

 

会議室中が一気に騒がしくなる。この都市伝説というのは何か色々と脚色されており、「本物の鬼や悪魔がいる」だの「不死身人間がいる」だの「スーパーマンの様に空を飛べる」だのと言われている。まあ大半が完璧に間違いとは言えないのだが。

というかこれ、全部長嶺の事である。長嶺は敵から色々な異名で恐れられており、その中に「鬼」や「悪魔」が単語についていたりするし、艦娘と同等の能力を得ていることから体内に高速修復剤を注入すれば腕や足が吹っ飛んでいようと回復できる。最後のは隊員全員に言える事で、小型ジェットパックやリコ・ロドリゲスのグラップリングフックを装備しているので空は飛べる。

 

「あ、因みに名称は違いますよ。正式には海上機動歩兵軍団「霞桜」と言います。もしかすると、いつか共闘する時があるかもしれませんから、その時は宜しくお願いしますね」

 

「さて諸君、そろそろ本題に入っても良いかね?今回の議題は、すでに知っている者もいるだろうが、今度の内閣編成時に私を防衛大臣にする事が政府内で決定された。理由は言うまでもなく、深海棲艦への対応の為だ。だが知っての通り我が国にはシビリアンコントロールに関する法律で、現職の軍人と自衛官は国務大臣になれない。そこで私は長官職を辞す事になる。今回は私の後任、第三十三代目連合艦隊司令長官を決めたいと思う」

 

また会議室内はざわつく。先程の会話にもあった様に噂として広まってはいたが、実際に言われると色々考えてしまう。連合艦隊司令長官となれば自動的に軍内では最高階級に当たる元帥に自動的になるし、緊急時には海軍は勿論のこと、自衛隊、警察、消防、各自治体を指揮下に組み込めてしまう最上級の権力が手に入る。そんな「権力の権化」を手に入れたいと、まあ大半の人間が考える物である。

 

「東川閣下。その後任を選定する条件であったり、資格はあるのですか?」

 

バーコード頭で側頭部のみ髪の残っている出っ歯の男、海道光吉が質問をする。

 

「一応個人的に頼みたい人間はいるが、君達の中で「是非やりたい」という者がいるのであれば適性をテストして、その者に任せるつもりだ。自薦、他薦、どちらでも構わないぞ」

 

「であるなら、私は最適な人物を見知っております。佐世保鎮守府司令の河本山海大将殿です。河本大将殿は人格人望共に申し分なく、著者である「最新国防論」はベストセラーになり、その事がきっかけでテレビ番組への出演や雑誌の取材を何度も受けております。

更には親類の方々に国会議員、世界的企業の社長を務め上げた方々がおり、現役の警察官僚と県知事もおられる事からメディアや芸能界、政財界にまで顔が利き今後の海軍の発展に十分に寄与できる人材だと思われます」

 

この海道というのは河本派閥のナンバー2であり、この事も全て出世欲の塊である河本の差し金である。

 

「ハッハッハッ、海道くん。俺はそんな器じゃないよ、買い被りすぎだ。だがそうですな。こうも言われては引き下がれませんし、立候補させて頂きましょう」

 

河本派閥である小清水、それから横山の二人が拍手で後押しする。まだ小さい影山と白峰は状況を余り理解出来ておらず雰囲気で拍手し、残る山本、風間、長嶺は内心で「自分で言わせたくせに、ようやるわ」みたいな事を思いながらも、一応拍手してやる。しかし此処で、東川が一手を用いる。

 

「そうか。では河本、それから長嶺。2人には適性テストをさせてもらう」

 

「え?いやいや長官、私は立候補しておりませんが?」

 

「さっき言った個人的に頼みたい奴というのがあっただろう。アレ、お前の事だ」

 

河本派閥と長嶺が唖然とする。河本派閥は「なぜ、こんなガキが」という理由から。長嶺は自分が立てた最悪の予想が、まさかの大当たりしやがった事に対してである。

 

「東川閣下、理由をお聞きしちゃっても?」

 

金髪のチャラそうなホスト風の見た目をした男、横山が質問する。

 

「何、とても簡単な事だ。長嶺は霞桜の総隊長として、長い事指揮官をやっていた。腕っ節もバトル漫画やアニメの主人公を、そのまんま引っ張ってきた様な桁違いの強さだ。

そして長年培われてきた戦闘センスと戦場を観察できる鋭い洞察力に加えて、緊急時であっても艦娘と共に最前線に立ちながら現場を指揮できる能力。それに加えてコイツにしか出来ない、特別な能力もある。これらを総合的、かつ客観的に分析すれば、悪いが私含めた此処にいる人間の中で一番向いていると思う」

 

「しかし!」

「良い冬夜、抑えよ」

 

まだ何か言おうとする横山を、河本が抑える。

 

「そこまで言うのでしたら、その適性を見せて頂きましょう。それでどの様にして、テストするのですか?」

 

「最初は私が立候補者と模擬演習をするつもりだったが、気が変わった。二人で手持ちの艦隊で演習を行い、勝った方を長官とする。詳しいルールは書類を渡すので、それを参照して貰いたい。期日は三日後とする」

 

結構エゲツない爆弾を残して、会議は終了した。一応ルールの書かれた紙も貰ったので、ルールを書いておこうと思う。

 

・編成は六隻。ただし大和型は使えないものとする。

・勝利条件は敵の完全殲滅か、降伏宣言を受けた場合のみ。

・指揮官は自分のテント内でのみ、指揮を可能とする。

・部下を他の場所に忍ばせて、戦況を報告してもらったり、他の演習に不参加の艦娘に偵察機を飛ばさせて報告させるのも禁止とする。

・相手指揮官への妨害は禁止とする。

 

要約するとこう言った事が書かれていた。正直長嶺としては、地獄の片道切符である。まあまず河本に権力を渡そう物なら、確実に暴走するのが目に見えてる。他の提督にも押し付けられない上に、戦ったら最高練度&最高装備の江ノ島艦隊が確実に勝つので、実質決まっちまったも同然である。そんな訳でラウンジで、項垂れてる長嶺の完成である。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!やりたくねえぇぇぇぇぇ!!!!」

 

(ってかマジで何なの!あのクソ親父は、俺を過労死で階級特進させたい訳!?鎮守府の執務に霞桜の執務で手一杯だってのに、ここに連合艦隊司令長官の仕事とかマジで死ぬぞ!!失踪しようかな、マジで)

 

「あ、あの大将殿」

 

「相席、よろしいでしょうか」

 

視線を上に向けると、2人の少年が立っていた。茶髪と銀髪の少年である。

 

「確か茶髪のが影谷で、銀髪のが白峰とか言ったか。何の用だ?」

 

「えっと大将殿の項垂れてるのが見えましたので」

 

「若輩者で貴方よりは遥かに年下のガキですが、少し心配になりまして参りました」

 

どうやら二人は長嶺で来てくれたらしい。因みに二人の性格は影谷は明るく元気で少年らしい性格で、白峰は「天才」の異名を持つクールで大人びた性格をしている。

 

「心配ありがとう。なあ、どっちかさ連合艦隊司令長官にならない?」

 

「我々の様な若輩の身には、余りに勿体無い役職かと」

 

「僕も今のままで十分楽しいので、これ以上忙しくなりたくないです」

 

案の定断られる。正直予想はしていたが、やはり答える物である。盛大なため息をついて「だよなぁ」と、元気なく言った。

 

「あー、どうにかして河本派閥以外の人間に押し付けられん物かなぁ」

 

「あの大将殿。1つ、ご質問よろしいでしょうか?」

 

「どうぞー」

 

「何故そうも面倒そうにしているのですか?この国に於いては総理大臣と同レベルの権力が手に入り、確実に歴史に名を刻める栄誉も手に入るというのに」

 

「んなもん簡単だ。「厄介事をこれ以上したくない」これに尽きる」

 

影谷は面食らった顔で、長嶺を見る。普通なら歓喜しそうな出世を、厄介事で切り捨てたのだから当然である。

 

「俺、さっきも言った通り霞桜の隊長もやってるし、そのお陰で仕事量が普通よりも多い上に、最近はMI攻略の褒賞がわりに仕事を増やしやがってくれたお陰で余計に忙しいわけよ。

そこに連合艦隊司令長官とかいう、外交やら政治やらに関する厄介事やら仕事を何乗に倍増しやがってくれる片道切符とか、俺からして見りゃ地獄へまっしぐらの直通便だ。こうもなるさ」

 

「あの。でも僕は、河本大将殿より長嶺大将殿が長官になった方が良いと思います。僕、あのおじさん余り好きじゃないんです。でも大将殿は何だか優しそうだから、そんな人が長官になってくれたら嬉しいなって」

 

「あー、その辺は心配しなくて良いぞ。多分、というかほぼ確実に勝つから。俺はあのおっさんと違って、文字通りの最前線を今も戦っている現役バリバリの現場指揮官でもある。後ろでふんぞり返って、偉そうに顎で命令する様な奴に負けはしねーよ」

 

普通ならナルシストで自分の能力を鼻にかける唯の痛い奴であろう。しかし長嶺の場合は、本当に実現させてしまいそうな凄みを感じさせていた。では一気に時間をすっ飛ばして、演習の方に行ってみよう。因みに編成は以下の通り

江ノ島艦隊

・戦艦

金剛、霧島

・空母

赤城、加賀

・軽巡

阿賀野、矢矧

 

佐世保艦隊

・重巡

鳥海、摩耶

・軽空母

龍鳳

・駆逐艦

秋月

・潜水艦

伊58、伊168

 

 

「では、これより演習を開始する。始めぇ!!!!」

 

東川の号令で海戦が始まる。まず初めに動き出したのは、河本の佐世保艦隊である。

 

「お前達、オーダーはオンリーワン!ひたすらに突っ込め!!!!」

 

まさかの命令はこれだけであった。一方、江ノ島艦隊はというと。

 

『多分、彼方さんはひたすらに突っ込んでくる。だからこっちは、あくまで防衛戦に持ち込んでやればいい。赤城と加賀は制空を取る事だ。それだけにまずは注力しろ』

 

「わかりました」

「了解しました」

 

『金剛と霧島は前衛に出て、敵の注意を引き続けろ。阿賀野もこれに付け。ただし阿賀野は、あくまで2人の護衛だ。潜水艦を炙り出してやれ!』

 

「了解ネー」

「わかりました、提督」

「はーい!」

 

『矢矧も同様に一航戦の援護に回れ。ただし、こっちは多少の遊撃もしてもらって構わない。本職は潜水艦の炙り出しだが、まあちょっと敵にチョッカイかける程度はやってくれて構わない』

 

「任せて」

 

『さあさあ皆さん、あのクソおっさんに吠え面かかせてやろう。状況開始だ!』

 

しっかり各艦に指示を出していた。因みに河本が突撃戦法しかしなかったのは、曰く「江ノ島のガキ程度には、突撃戦法すらも勿体無い。本来なら戦法を立てる必要もないほど、脆弱な艦隊である」だそうで。

じゃあなんでMI攻略に引っ張り出されたり、連合艦隊司令長官候補になってるんですかね?

 

 

「航空隊、発艦始め!」

 

まずは敢えて佐世保艦隊に先手を取らせる。龍鳳の艦載機を上げさせて、そのままこちらに差し向けて貰う。だがしかし、既に一航戦の二人から零式艦戦52型(熟練)が発艦し待ち構えていた。しかも江ノ島艦隊には、どの艦娘にも21号対空電探が付いている上に対空噴進砲なんかもついており、対空能力は強い部類に入る。

そんな事はつゆ知らず、哀れにも龍鳳の航空隊はキルゾーンへと誘い込まれていく。次の瞬間、一斉に零戦が襲いかかり撃墜スコアを増やしていく。何機かはすり抜けたが、対空火器の前に全滅した。

 

『よし、金剛に霧島。砲撃開始だ!』

 

「撃ちます!Fire!!!!」

「主砲、撃てぇ!!!」

 

前衛に出ていた鳥海に35.6cm砲弾が降り注ぐ。16発の内、5発が命中し中破判定が出る。更に砲撃を続けて、注意を引くことに成功する。その間に一航戦の二人が、今度は攻撃隊を発艦させて死角から攻撃をする様に仕向ける。

 

「魚雷、発射するデ」

 

「爆雷投射よ!!」

 

上で大騒ぎしてるのを、これ幸いと近付いたゴーヤであったがあっさりと護衛の阿賀野に発見され、魚雷を発射する瞬間に爆雷と対潜噴進砲の嵐で一発轟沈判定が出る。しかもイムヤもほぼ同時に。

 

「ゲームセット、だな」

 

そう長嶺に呟いた瞬間、一航戦の攻撃隊が佐世保艦隊に襲い掛かる。金剛と霧島に注意が向いていて、完全にノーマークだった場所からの苛烈な攻撃に対応出来ずに右往左往している。

そんな隙を見逃す訳もなく、次々に魚雷と爆弾を投下していく。もうこうなっては対空番長だ何だと呼ばれていようが、対空が得意であっても意味をなさない。全艦纏めて轟沈判定を受けて、江ノ島艦隊の完全勝利となった。

 

(まさか、彼方さんがこんなにも弱いとは.......。もうちょい頑張れよ)

 

「それまで!!勝者、江ノ島鎮守府司令、長嶺雷蔵!!よって第三十三代連合艦隊司令長官は長嶺雷蔵とする!!!!」

 

「サヨナラ平穏、コンニチハ激務と厄介事」

 

この時の長嶺の顔が血涙流しそうな勢いで、物凄い悲壮感漂う顔になっていたのは言うまでもない。さあこれで物語も終わり、とはならなかった。

 

『長官!!幾らなんでもこれは、余りに不公平すぎます!!こちらは戦艦がいない上、移動時間もあったのですよ!?』

 

「ならどうしろと言うんだ」

 

河本の反論に、東川がそう答える。正直河本派閥以外の提督達は、子供提督も含めて「何言ってんだコイツ」という目で見ていた。

 

『なら河本提督、こういうのはどうです?私VS佐世保艦隊、というのは』

 

『君、それは幾らなんでも舐めすぎだよ!それでは勝負にならないではないかな、HAHAHAHA!!!!』

 

うるせーな

 

『何か言ったかね?』

 

御託並べてねぇで、かかって来い

 

初めてマトモに浴びせられる、百戦錬磨の兵士の気に小さく「ヒッ」と悲鳴をあげる。他の提督達も同様に、恐怖で顔が引き攣っている。影谷に至っては、半泣き状態である。

 

『で、飲むのか飲まないのか。どっちだ?』

 

『.......飲もう』

 

『長官、宜しいですね?勿論兵装は通常の物を使用しますから』

 

「もう好きにしてくれ」

 

東川も面倒くさくなってきて、匙を投げる。という訳で演習二回戦、開幕である。

 

(自分で言っといてアレだが、面倒な事になってきたな。こうなりゃ最速で終わらすか)

 

「演習、始め〜」

 

もう東川の声にも覇気はなく、なんか面倒くさそうな声で号令をかける。因みに長嶺の装備は刀2本、竜宮AR、大蛇GLである。

 

『前進し、敵を迎撃せよ』

 

河本がそう命令を下して艦娘達が動きだした直後、先に長嶺が仕掛けた。

 

「動きが遅いんだよ、ウスノロ共!!」

 

ズドドドズドドドズドドド

 

速攻で摩耶と鳥海にペイント弾を頭と胴体に浴びせ、塗料を仕込んで切れなく細工してある刀で龍鳳と秋月に切り捨て判定をあげる。開始5分でいきなり4隻が一瞬にして轟沈、正確には戦死判定に出た事に河本含めた全員が唖然とする。

 

「次は潜水艦だが、おっ発見発見」

 

ポポポポポン

 

大蛇GLの対潜グレネードがゴーヤとイムヤに降り注ぐ。勿論轟沈判定が出て、なんとスタートより5分18秒という速さで、佐世保艦隊を殲滅した。

 

「All target kill」

 

「それまでー!」

 

2度も勝利を攫われては、ぐうの音も出せず今度は何も言わずに悔しそうな顔をしながら椅子に縮こまっていた。一ヶ月後、正式に連合艦隊司令長官に着任し本部が江ノ島鎮守府に移転した。横須賀の所属艦娘は防衛省直轄の艦隊として動く事になり、提督は変わらず東川である。

一方、新しい連合艦隊司令長官となった長嶺はそのアイドルよりもイケメンな顔と、その強靭な体で一躍ヒーローとなり自衛隊と海軍の株が大幅に上がった。人気者になった結果、テレビやら雑誌の取材やらで引っ張りだこになり仕事量は増えに増え、数ヶ月後には新たな頭痛の種となるアズールレーンとレッドアクシズの島が現れたのは、また別の話である。

 

 

 

 



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第二主碧き航路開拓編
第二章の設定集(第一章で判明した物も含む)


《主要人物》

・カルファン

年齢 27歳

階級 海軍少佐

役職 海上機動歩兵軍団「霞桜」第四大隊大隊長

元、凄腕女暗殺者。ベアキブルとは双子であり、姉である。姉弟揃って闇の世界の住人であり、カルファンは様々な要人を暗殺するプロである。その仕事ぶりから殺しの女王、「Killer Queen」の異名を持つ。容姿は金髪ロングの美女であり、まあ暗殺教室のビッチ先生みたいなスタイルをしている。使用武器はワイヤーと専用サブマシンガンである。

 

・ベアキブル

年齢 27歳

階級 海軍少佐

役職 海上機動歩兵軍団「霞桜」第五大隊大隊長

元、特定指定暴力団「西條会」の会長。カルファンの弟である。駆け出しの頃は西條会内で当時の最武闘派だった組織「鎌倉組」の組員であり、一人で敵対組織であった関西の「近江連合」を一人で潰した。その結果、会長にまで上り詰めたものの暴対法やら何やらで結局ヤクザを廃業せざるを得なかったが、そこを長嶺に拾われて今に至る。その為、第四と第五は西條会に属していた構成員の中でも強者達が選出され、さらに厳しい訓練を突破した者達で構成されている。使用武器はヤクザらしく、ドスと偶に刀を使う。でも基本は拳で語る事が多い。

 

 

《敵側の主要人物》

・トーラス・トバルカイン

年齢 不明

所属 シリウス戦闘団

自らを「トランプマスター」と称する男。初対面の時は「我々はお前達を抹殺する」とか言いながら、部下だった男が暴発すると半年間は攻めないという約束を律儀に守り、戦闘団と言いつつ今の所の仲間は暴発した部下のドーファンと槍、棍棒、大太刀を武器にする副官達、アメリカにいる団長と呼ばれる初老の男性しか確認されていない。しかし長嶺らの味方である筈の艦娘は生かそうとするし、なんなら殺す宣言していた長嶺にも生きていて貰いたいと言っており、一体何が目的かは何もわからない。

 

・深海棲姫

年齢 そもそも有るのかすら謎

艤装が5m近くあり、様々な姫級の艤装を統合したような禍々しい見た目をしている深海棲艦の女王にして総旗艦。長嶺を能力使用後で疲労が溜まっていて本気モードの艤装を纏っていない状態でもなかったが、手も足も出させる事なく破った実力は持っている。

 

 

《主要兵器》

・超戦艦「鴉天狗」

全長 3560m

幅 189m

最高速力 130ノット

主機関 核融合炉

補機関 ウォータージェット

武装 四連装86cm火薬、電磁投射両用砲 9基

   三連装46cm火薬、電磁投射両用砲 13基

   60cm魚雷発射管 70門

   203mm五連装速射砲 94基

   158mm三連装速射砲 238基

   130mm単装砲 462基

   60mm機関砲 358基

   30mmバルカン砲 984基

   VLS 9856セル

艦載機 F27スーパーフェニックス 358機

    E2Dアドバンドホークアイ 7機

    SH60シーホーク 32機

    AH64Eアパッチ・ガーディアン 18機

これでもかと言わんばかりの大火力に大火力を添加した、BIG BOSSが霞む超戦艦。安定の如く砲撃、航空機運用、雷撃、対空、対艦、対潜と全ての戦闘においてオールラウンダーに活躍でき、その全てが超高次元で纏まっている。勿論、機動力も高い。「一人連合艦隊」の異名を持つレ級ですら、裸足で回れ右して全力撤退するであろう。防御力は「ツァーリ・ボンバを何発食らってもビクともしない」程度であり、恐らく地球が滅亡するかエイリアンが来ないと倒せない。因みに見た目は全体的に宇宙戦艦ヤマトの春蘭の様な見た目をしているが、副砲配置や艦首の作りは旭日の艦隊の日本武尊(初期)に似ている。さらに春蘭では横に副砲が付いているが、そこは主砲になっているし何なら2基だったのは4基になっている。

これが艦船形態であり、艤装形態、言わば艦娘と同じ形態となると色々やばい事になる。大和型を遥かに超え、アズールレーンのフリードリヒ・デア・グローセすらも凌駕する大きさとなる。まず86cm砲が左右に四つずつ、背面に一つ。そして46cm砲が背面に三つ、左右に6つ、しかも砲のサイズは大和と同じである為、そのデカさがわかるだろう。さらにはVLSを背面の砲塔を隠すように背負い、対空砲、両用砲群が所狭しと並べられる。艦載機は左右の艦側面についてる四連カタパルトから発艦する。ヘリコプターのみ、艦首からの発艦となる。

更に艤装形態では、個人装備も充実している。まず川内型軽巡のように、腕に腕甲と両用砲群がズラリと並んである。更に背中にも愛刀の幻月、閻魔を装備できる部分を搭載している。やっぱり柄が下に来て、先端が上に向く仕様である。

 

・F27スーパーフェニックス

全高 5.45m

全長 32.5m

全幅 28.0m

固定武装 30mmバルカン砲 8門

     65mm速射砲 4門

     TLS 1基

     120mm電磁投射砲 1門

     大型ADMM 2基

     小型ADMM 4基

搭載可能武装 機内大型パイロン 8発

      (ASM3、2000ポンド爆弾、フェニックスミサイル)

       機内中型パイロン 8発

      (アムラーム、精密誘導爆弾)

       機内小型パイロン 18発

      (サイドワインダー)

       翼下大型パイロン 8発

      (機内大型パイロンの武装、追加パイロン)

       翼端大型パイロン 2発

      (上記と同じ)

       翼端小型パイロン 4発

      (機内小型パイロンと同じ)

鴉天狗専用艦載戦闘機であり、破格の装備を持った「殲滅機」とも言える航空機。速力が満載状態ですらマッハ5.5という化け物性能であり、更に各所にあるスラスターと推力偏向ノズルによって、普通じゃ有り得ない挙動が可能となっている。見た目はエースコンバットシリーズのXFA27そのもの。

因みに大型ADMMには600発、小型ADMMには200発の小型ミサイルを搭載しており、追加パイロンにはアムラームを10発搭載できる。見た目はエースコンバット7の特殊兵装、8AAMのアレである。

 

・戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』

全長 80m

全幅 93m

全高 34m

固定武装 130mmライフル砲 2門

     60mm速射砲 2門

     40mm機関砲 4門

     十二連装30mm多目的擲弾筒 6門

     30mmバルカン砲 8門

     20mmバルカン砲 12門

     7.62mmミニガン 20門

     大型ADMM 18基

搭載可能兵装 翼下小型パイロン 48発

      (サイドワインダー、小型爆弾、各種ポッド)

       機内中型パイロン 28発

      (アムラーム、ヘルファイア、爆弾)

       翼下大型パイロン 38発

      (ASM3、フェニックスミサイル、大型爆弾)

霞桜が独自開発した輸送機の皮を被った、ガンシップ制空戦闘機。地上支援は勿論、爆撃、航空機の掃討まで何でもこなす。しかも装甲が空対艦ミサイルの直撃に耐えうる程でありながら、各部についたスラスターとエンジンのVTOL機能から、戦闘機ですら取れないであろう変態機動が可能である。

着陸地点も陸海選ばずに可能であり、北極や南極の様な極寒の地だろうが、火山の中だろうが何処でも作戦展開が可能。派生型が存在し、輸送能力を無くした代わりにAWACS機能を搭載した物や、中を大学病院クラスの医療設備に改修した物、様々な物質や薬品の成分を調査できる研究所の機能まで搭載している機体もある。因みに配備機数は、予備機含めて238機である。最高時速はマッハ6で、航続距離は破格の無補給で地球一周半である。

 

・汎用ヘリコプター黒山猫

全長 19.76m

全高 5.13m

固定武装 7.62mmバルカン砲 2門

     30mm機関砲 1門

搭載可能兵装 中型パイロン 4発

      (各種ポッド、ミサイルランチャー)

レリックがふざけた結果産まれた、メタルギア5のBLACKFOOTと瓜二つなヘリコプター。武装も変わらないが、改造点として30mm機関砲が機体下部前方に搭載されている。正直、それ以外は余り変更点がない。使ってみたらブラックホークより優れていた為、量産が確定し黒鮫共々、量産された。



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第十三話アズールレーン

2031年4月13日 太平洋 潜水艦「けんりゅう」艦内

『発令所よりSDV。乗り心地はどうだい、金色の狐さん?』

 

「快適だ」

 

長嶺は現在、魚雷型の小型潜水艇(SDV)についている無線機で、発令所と連絡を取っている。今回は島への隠密偵察である為、アメリカから極秘裏に輸入した機材を使っているのである。イメージ的にはメタルギア ソリッド1の冒頭でスネークの使ってたアレである。

 

『そっちの準備が出来次第射出する。準備の程は?』

 

「いつでも良い」

 

『あいよ。なら速いとこ射出しちまおう。一番魚雷発射管、注水』

 

水密壁が開き、発射管に注水する。そして注水が完了すると、艦長がトリガーを引く。

 

『幸運を、ゴールドフォックス』

 

射出されたSDVは真っ直ぐ上方向に進み、ある程度の所で潜望鏡を上げ、上陸地点の砂浜を偵察する。

 

(上陸地点には見張りの類はなし。生物反応、熱源も特に反応無し。手薄だが、もしかするとトラップがあるかもしれないな)

 

偵察が完了し、さらに近くまで近づく。そしてSDVを降りて、今度は泳いで砂浜に近づく。

 

「ゴールドフォックスより本部。取り敢えずは上陸完了だ」

 

『了解。では手筈通りに内部を偵察してください』

 

「了解。アウト」

 

霞桜のオペレーターが指示を出す。それに従い早速偵察.......、ではなく相棒を呼び出す。

 

「我が主、参上したぞ」

「主様きたよー」

 

八咫烏が背中に犬神を乗せてやってくる。流石に潜水艦の艦内に連れて行く訳にもいかなかったので、2匹は空路で来てもらった。

 

「お前ら、早速偵察に行くぞ、と言いたい所だが朝を待って偵察に行く。それまではゆっくりしていろ」

 

「了解」

 

「はーい」

 

 

 

翌朝

「行動を開始する。八咫烏は上空から偵察、犬神は野良犬として偵察しろ。俺は目ぼしい所を虱潰しに行く。行動開始!」

 

それぞれが動き出し、自分の偵察を行う。今回は長嶺視点でお送りしよう。

 

 

(ここは宿舎か何かだな。ネームプレートの名前はと。クリーブランド?こっちにはモントピリア、ラフィー、セントルイス、ホノルル、それにヘレナ、エンタープライズ、ホーネットまで.......。アメリカ海軍の艦船大集合だ)

 

「フワァ.......」

 

「ラフィー」と書かれたネームプレートの部屋から、コーラか何かの瓶を持ったうさ耳の少女が出てくる。一応ステルス迷彩を機動しているので、姿は透明だが心臓には悪い。

 

(ビクッたぁ。ってか今の子、まさか艦娘か?他にも調べよう)

 

廊下を進むと、今度は「ROYAL」と書かれたプレートが目に入る。各部屋のネームプレートを見ると今度は「イラストリアス」、「ユニコーン」、「プリンス・オブ・ウェールズ」、「ベルファスト」などなど、今度はロイヤルネイビー大集合となっていた。

 

(ここまで来たら、完全に艦娘、若しくは艦娘に準ずる存在確定だな。さて次は、執務室でも探してみるか)

 

執務室を探して歩いていると、何人かの女性とすれ違う。少女から大人まで、年代は色々であるが美女揃いである事に艦娘説が現実を帯び始める。艦娘というのは「娘」とつくだけあり、必ず女性である。性格は様々で年代もバラバラであるが、特徴として全体的に美女である事が挙げられる。

人間である以上、好みは十人十色であるが「この子可愛い?」と聞けば大多数が頷くであろう程度には美女である。

 

(お、執務室発見。お邪魔しまーす)

 

こっそり開けると中に金髪ショートの女性が居た。服装は貴族や王子の様な服装で、凛々しい顔立ちをしている。

 

(さーて、書類内容を拝見させてもらいましょうかね)

 

こっそり後ろに立ち、書類を見る。見てわかったのは以下の通り。

・セイレーンという勢力があり、レッドアクシズはそのセイレーンの技術を使っている。

・セイレーンは人類共通の敵、言わば深海棲艦。

 

・アズールレーンというのは同盟の名前、NATOとかワルシャワと同じ様な物であり、参加している陣営はユニオン、ロイヤル、東煌、北方連合、自由アイリス教国。

 

・レッドアクシズも同盟の名前であり、参加陣営は重桜、鉄血、サディア帝国、ヴィシア聖座。

 

・アズールレーンとレッドアクシズの内、ユニオン、ロイヤル、鉄血、重桜は「四台陣営」と呼ばれており、元は同じアズールレーンでセイレーンに対抗していた。

 

・ある時、鉄血と重桜がセイレーン技術を艤装に取り入れ始めた事を機にアズールレーンを脱退。現在はアズールレーン対セイレーンではなく、アズールレーン対レッドアクシズ、若しくはアズールレーンに参加している陣営対レッドアクシズに参加している陣営での争いが主になりつつある。

 

・恐らく艦船の名前からユニオンはアメリカ、ロイヤルはイギリス、鉄血はドイツ、重桜は日本、東煌は中国、北方連合はソビエト、アイリスとヴィシアはフランス、サディアはイタリアと思われる。その為アズールレーン=連合国、レッドアクシズ=枢軸国と置き換えられる。

 

以上の事と、後はこの前線基地に配備される戦力の概要等と見取り図であった。また八咫烏と犬神が得た情報としては以下の通り。

 

・施設としては宿舎の他にラウンジ、テルマエ式大浴場、ゴルフコート、テニスコート、ジムなどの娯楽施設、大学の講義用の教室の様な学校施設、係留用の桟橋、工廠設備などの港湾施設、商店街や屋台、雑貨屋、花屋と言った街施設の4つに大きく分かれている。

 

・食事や文化面は洋式であり、食事に使われてる材料も大差ない。

 

・アズールレーン側は転移している事に気づいていない。

 

・大半の人員がここ数日で到着している。

 

・艦娘と思しき女性達は通称「KAN-SEN」と呼ばれており、艦娘とは別存在であるが性質としては近い。艦娘と同じ様に体に艤装を纏って、戦闘に使う。

 

と言った所である。この事は無線で日本本国にも報告し、明日からは次の段階に移る事となった。その段階というのは「適当な奴と接触して、敵意の有無の確認」である。もし敵意が無ければ出来れば友好関係を築き、敵意もあって日本に有害であると判断された場合は艦娘の力を持って、島をこの世から消し去るのである。

 

 

 

さらに翌日

「さーて、それじゃあ接触開始だ」

 

今回は流石に堂々と正体晒す訳にも行かないので、フェイスカムや変装を駆使して架空の少女となる。

 

「八咫烏と犬神は念の為、俺の護衛についてくれ」

 

「了解した」

 

「はーい」

 

「それじゃぁ、作戦開始よ」

 

口調も勿論女性らしくする。因みに見た目としては金髪ロングに、碧眼で肌の白い少女である。まずは人通りが多く、尚且つ同年代位の人口の多い学園区画に向かう。

 

 

(さて、誰にしようか?)

 

通っていく人達を物色し、目星い人物を探す。本当に多種多様な格好をしており、中には「これは人間、じゃないよな?」というファンタジーの亜人種がそのままな奴とかもいて、結構驚きながら物色する。

 

「あの、すみません」

 

振り返ると紫色の髪を後ろで結んだ少女、同じく紫色のロングに白いドレスを着た少女、それから昨日「ラフィー」と書かれた部屋から出てきた少女の3人がいた。因みに話しかけて来たのは髪を結んだ子。

 

「何かしら?」

 

「ユーちゃん、知りませんか?」

 

「ゆ、ゆーちゃん?」

 

白いドレスの子が聞いたことも無い何かの名前の所在を聞いてくる。そんでもって絵を見せてくれたのだが

 

(いやこれ、どう見てもアリコーンじゃね?ってか何。ここには幻獣までいんのかよ。あ、俺が言えた口じゃないな)

 

そこに描かれていたのは馬の頭に一本のツノが映え、ついでに胴体には白い羽を生やした生物であった。つまりユニコーンとペガサスを混ぜた見た目、所謂アリコーンなのである。因みに絵が無駄にリアル。

 

「ごめんなさい、見てないわ。もし困っているなら、私も探すの手伝うわ」

 

「ありがとうございます!」

「ありがとう」

「ムニャ.......」

 

髪を結んだ子と白いドレスの子はお礼を言うが、もう一人の子は寝てる。

 

「所で君達の名前はなんていうの?」

 

「私、ジャベリンです」

 

「ユニコーン」

 

「ラフィー.......zzz.......」

 

髪を結んだ子はジャベリン、白いドレスの子はユニコーン、寝てる奴、もとい昨日あった子はラフィーと言うらしい。因みに全員、イギリスとアメリカに存在した艦の名前にもある。

 

「ジャベリン、ユニコーン、ラフィー。良い名前ね。私はフォックス・ハウンドっていうの。よろしくね?」

 

「フォックスちゃんか。狐と猟犬ってカッコいい名前だね」

 

「面白いでしょ?意外と気に入ってるの」

 

因みにこれ、即興で思いついた名前である。勿論元ネタはメタルギアのアレである。

そんな訳で一同は色々探して回る。ついでに施設の簡単な説明もしてもらい、他にも数名の名前が分かったりと収穫は大であった。

 

 

数十分後 綺麗な崖の上

「?」

 

黒いローブを纏った、如何にも「侵入者」という格好をした少女が立っていた。その少女の足元に例のアリコーンのぬいぐるみ、もといユーちゃんが当たったのである。

 

「ぬいぐるみ?」

 

抱き抱えるとジタバタと暴れる。

 

「変な生き物です」

 

「ユーちゃん!」

 

ユニコーンら4人が近づいくるのに気付き、警戒を強める。長嶺以外の3人はお礼とかを言っているが、長嶺は密かに忍ばせている土蜘蛛HGの安全装置を外し、いつでも抜ける状態にしていた。目の前にいる人間が、超初心者の素人であるがスパイというのを見抜いたからである、

 

「私、ジャベリンです!」

 

「ラフィー.......」

 

「ユニコーン」

 

なんか全員自己紹介まで始めているので、流れに沿って名乗っておく。

 

「フォックスよ」

 

「私は.......」

 

ローブの子が名乗ろうとした瞬間、黒い何かが過ぎ去る。その何かに気を取られている内にローブの子が消えたのであった。

 

(八咫烏、さっきの物体を追え)

 

思念伝達で八咫烏に追う様に命じる。それに従い、謎の物体を追い続けると近くの岩礁にたどり着いた。そこには二人の九つの尾を持った赤と白の狐の様な女性がいた。

 

「ふふ、ねぇ加賀?戦いの本質とはなんだと思う?」

 

「赤城姉様、コードネームを.......」

 

赤い方、赤城が「戦いの本質」について語りだす。

 

「戦いとは傷つけること。戦いとは傷つくこと。戦いとは痛みを交換することよ」

 

「痛みを通じて互いの思いに触れ合うの。すなわち「愛」に他ならないわ」

 

そう言いながら赤城は白い方に触り出す。妙に手つきがイヤラしい気もするが、気にしてはいけない。

 

「加賀には姉様のいうことが解りません。」

 

白い方、加賀が立ち上がり式神を取り出す。

 

「私はただ、討ち滅ぼすだけ。」

 

そう言うと式神が青い炎に包まれる。この光景はリアルタイムで八咫烏の目を通して長嶺も見ていた。取り敢えず嫌な予感がした為、一度退避する様に命じた。

 

「それじゃあ私はそろそろお暇するね。また今度会いましょう?」

 

「あ、はい。さようなら」

 

「バイバイ.......」

 

「ユーちゃん探すの手伝ってくれて、ありがとう」

 

3人と別れ、本部にしている森林で犬神、八咫烏とも合流する。さっきの赤城と加賀の対策について話し合おうとした瞬間、港湾の方で爆発が起きた。確認に行くと謎の黒い近未来的な軍艦が数十隻と、深海棲艦の艦載機のジェット版見たいのが飛び回って攻撃をしていたのである。

 

「おいおいマジか。いきなり戦争おっ始めやがったよ.......」

 

「どうする主様?」

 

「取り敢えずは報告してだが、まあ確実に戦闘になるだろうな。お前ら、備えろ」

 

無線で江ノ島の本部と連絡を取り、現状の説明を行う。

 

「ゴールドフォックスより本部。現在アズールレーン基地が、アンノウンの襲撃を受けている。暇だから、問答無用でぶちのめす。じゃ、報告よろしく」

 

『隊長、そこは「許可してください」とかの話では?』

 

「こんなパーティーに参加しない方が野暮に決まってんだろ?」

 

『はぁ、もう好きにしてください』

 

「了解!」

 

完全に戦闘狂としての笑みを浮かべ、敵を睨みつける。気を張り巡らせていると、後ろから戦闘機が来ている事に気付く。

 

「八咫烏、朧影」

 

「心得た」

 

八咫烏が両サイドのラックから朧影SMGを射出し、長嶺の両手に飛んでいく。

 

「君、そこで何してる!!」

 

振り返るとカトラスを構えた金髪の女性がいた。よく見ると昨日忍び込んだ執務室にいた女性である。

 

「何って、戦争をおっ始める号砲の準備だ!」

 

そう言うと変装を解除し、戦闘服と狐面をつけた姿を晒して一気にカトラスを持った女性に向かって走り出す。

 

「な!?」

 

「せい!!」

 

一気にジャンプし10m程度飛び上がって、接近してくる戦闘機に照準を合わせる。

 

「堕ちろ」

 

トリガーを引いて、9mm弾の雨を降らせる。戦闘機は見事に縦に割れ、爆発しながら地面へと落ちていく。

 

「八咫烏!犬神!奴らに礼儀を教えてやれ!!!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、八咫烏は大空へと飛び立ち、犬神は長嶺の後ろを追って大海原へと突っ込む。霞桜の使う戦闘服は高い装甲もさることながら、艦娘と同じように水上を滑走できる。

いきなり現れた人間と2匹にセイレーン達が群がる。それを見て周りのKAN-SENも援護に回ろうとするが、信じられない光景が目の前に広がった。

 

「ひゃっほぉー!!!!」

 

なんと人間が腕からワイヤーを打ち出して戦闘機へと乗り移り、そのまま周りの戦闘機に銃を乱射して撃墜し、さらに乗っていた機体も蜂の巣にする。こんな芸当は普通に考えて出来るわけもない。

しかも撃墜した数も可笑しいのである。その数、脅威の18機。因みに一機だけだとしても、駆逐艦にとっては脅威にはなる程度には強い。

 

「脆いな。深海棲艦の方が歯応えはある」

 

倒したのも束の間、今度は一体に桜の花が吹雪の様に舞う。

 

「そう。セイレーンを倒す為に、人類は私達を作った。だけどやがて利害の違いにより、四大陣営は二つの勢力にわかれる」

 

「一つはお前達。あくまで人類の力でセイレーンと戦う、ユニオンとロイヤル」

 

「そしてもう一つ。セイレーンを倒す為には、セイレーンの技術をも利用する。鉄血と私達重桜」

 

一際多く桜の降っている場所から、2隻の空母が姿を表す。それは艦首の菊花紋が桜になっている物の、その姿は帝国海軍の作りし空母の2隻、赤城と加賀に他ならなかった。ついでに零戦が赤城の場合は赤い、加賀のなら青白い炎を纏って発艦していく。

 

「重桜一航戦、赤城」

 

「重桜一航戦、加賀」

 

「「推して参る!」」

 

この一言を合図に、零戦がアズールレーン側のKAN-SENに襲い掛かる。

 

「八咫烏!!風神と雷神、それから幻月と閻魔!」

 

使っていた朧影を上に放り投げて八咫烏へと返し、新たに風神HMGと雷神HCを両手に、幻月と閻魔は背中に装備して艦載機の群れに突撃する。そして二つのトリガーを引き、常識じゃあり得ない弾幕を展開する。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

空の色は雷神HCの爆炎により赤黒くなり、時折風神HMGの弾幕がレーザーの様に発射される。

 

「あらぁ?どうやら一人、すごいのが居るわね」

 

赤城がその戦いぶりに気付き、他の機体も長嶺の元に送り込む。しかしその全てを破壊し、航空戦力はその4分の3が海中に消えていった。一方で基地からも迎撃機のシーファイアが飛来し、零戦とのドッグファイトを始めていた。

 

「お友達をいじめないで!!!」

 

因みに飛ばしていたのは、さっき謎の生物ユーちゃんを探していたユニコーンである。

 

「あの娘、空母か」

 

加賀が狐の面を取り出すと、艦船状態からなんと巨大な九尾狐になったのである。

 

「ええ......」

 

クリーブランドも驚きというか呆れというか、何とも言えない声を上げる。

 

「食ろうてやるぞ」

 

巨大な狐に長嶺も気付くが、ついでにもう一つありえない事も起きていた。何とユーちゃんが巨大化して馬と同程度の大きさになり、ユニコーンをその背に背負って空を飛んでいたのである。

 

「おいおいおいおい!!狐の獣人は出てくるし、巨大な九尾狐は現れるし、おまけにぬいぐるみに跨って空を飛ぶし、ここはいつからビックリ人間大集合の撮影場所になったんだよ!!!!!!」

 

いや、アンタも大概だろ。八咫烏とか犬神とか使ってるんだし。というツッコミはさておき、八咫烏が指示を求めてくる。

 

『我が主、どうする?』

 

「奴らがビックリ人間で行くなら、俺達もそうするまでよ。お前達、巨大化して格の違いを教えてこい」

 

そう言うと2匹の上空から雷が落ちる。その雷に当たるや否や、巨大狐と同程度の大きさとなる。

 

「こっちにもいた‼︎」

 

「ワオォォォン!!!!」

 

犬神は一度遠吠えをすると、一気に巨大狐へと肉薄し噛み付いたり引っ掻いたりして攻撃する。負けじと巨大狐も火の玉で攻撃するが、その程度では倒せない。更に上空から八咫烏も舞い降り、鋭い嘴で体を突き刺しまくる。

その攻撃に気を取られてる隙に、長嶺は赤城と加賀の背後に回り込んで攻撃を始める。

 

「姉様!後ろです!!」

 

まず狙いを定めたのは赤城である。しかし後一歩の所で加賀に気付かれ、奇襲は失敗に終わるが構わず弾幕を展開する。

 

「オラオラオラオラ!!!!」

 

所が赤城は、弾丸を周りに出した式神で防いで見せる。

 

「フフフ、その程度では倒せないわよ?」

 

「ほう。さっきの深海棲艦のジェット版よりかは骨がありそうだ。ならば、こう言うのはどうだい?」

 

同じように弾幕を貼るが、今度は弾丸が違うのである。さっきまでは普通の徹甲弾だったが、今撃っているのは「対深海棲艦専用弾」である。この弾丸は30mmクラスまでの弾丸であれば、弾丸の威力を10倍、30mmであれば300mm弾と同程度の威力となり、30mm以上だとしても通常弾よりも高い威力の物になる。更にこれを深海棲艦や艦娘に撃つと普通なら艤装で弾かれる所を、艤装を無視して本体に攻撃できるチート兵器である。まあ姫級や鬼級には効かなかったりとか、効くまで時間も掛かったりするし、製造が難しいなどの弱点はあるのだが。

それを知らない赤城は弾丸を同じ様に防ぐが、その式神をも突破してダメージを与えに入る。

 

「何!?」

 

咄嗟に避けれたから良かったものの、無事では済まなかった。ある程度のダメージは負ったのである。

 

「いい勘してるな。まさか、土壇場で避けてくるとは思わなかった」

 

「貴方、一体何者なの⁉︎」

 

「俺か?俺はゴールド、いや、ここは本名を名乗っておこう。新・大日本帝国海軍、三十三代目連合艦隊司令にして、海上機動歩兵軍団「霞桜」が総隊長、長嶺雷蔵だ!!」

 

「新・大日本帝国海軍?霞桜?そんな国、聞いた事ないわね」

 

「そりゃこっちも同じだ。俺だって鉄血だの重桜だの、それから一応味方してる形になってるユニオンもロイヤルだって知らん。まあ信じるから信じないかはお前達次第だし、アンタらが何をしようが気にしたりはしない。

だがな、これだけは覚えておけ」

 

一呼吸置いて、話し出す。それと同時に殺気と怒気を出して、赤城の本能にも警告する。

 

ウチに銃弾一発撃ち込もう物なら、テメェらの本拠地ごと消滅させる。覚悟しろ

 

一方その頃、犬神達の方はエンタープライズが大暴れした事により巨大狐と加賀本体を倒していた。加賀は満身創痍の状態であったが、長嶺の出した殺気と怒気に反応し赤城の元へと走る。

 

「姉様!!」

 

赤城の元に行くと、赤城が傷を負っている事に気づく。そして瞬時に目の前の男が犯人だと察知し、さっきのエンタープライズとの戦いの時よりも本能剥き出しで突っ込む。

 

「ウガァ!!」

 

「うおっ!?」

 

余りにいきなりすぎで対処に遅れるが、バックステップでかわす。そして武器を愛刀の二つに持ち変えて、ナイフの様に構える。

 

「よくも、よくも姉様を!!!!」

 

「加賀、やめなさい」

 

「姉様!加賀は、加賀はまだやれます!!」

 

「わかっているわ。でも、そろそろ潮時よ」

 

そう言って指差すと、後方に控えていた黒い艦船達をソードフィッシュやドーントレスが攻撃し、爆発して大炎上中だった。

 

「姉様がそう言うのでしたら」

 

「逃がすと思うか?」

 

横を見るといつの間にか居たエンタープライズが、弓を引いて二人を狙っていた。

 

「あら怖い怖い。そんな目で見つめられたら、私どうにかなってしまいそう」

 

その瞬間、何かの気配を感じその方向に刀で斬りつける。すると足元に二つに割かれた式神が落ちていた。その意味を感じ取った長嶺は、エンタープライズを止める。

 

「おいアンタ。ここは引いた方がいい」

 

「何?」

 

「あそこ」

 

そう言って刀で指す方向には、別の空母が居たのである。

 

「アンタがどれほどの強さかは知らないが、このまま2人を殺しても、こっちもダメージを負う羽目になる。それならここは痛み分けで引いた方が得策だ」

 

「あら。貴方も勘がいいのねぇ」

 

「伊達に指揮官してないんでね」

 

そう言うと赤城は少し笑い、直後にまた出てきた時の様な桜の花が吹雪の様に舞う。

 

「これは宣戦布告よ。アズールレーン」

 

「これより重桜は鉄血と共にお前たちの欺瞞を打ち砕く」

 

「未来とは強者に委ねられるもの。天命はこの力で大洋を制する我々にある」

 

「我らは赤き血の同盟「レッドアクシズ」なり」

 

そう言うと桜の花に包まれて、赤城と加賀は姿を消したのであった。

 

 

 

 



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第十四話KAN-SENとの邂逅

戦闘が終結し赤城らが撤退したのを合図に、アズールレーン側は傷付いたKAN-SENの回収やら、セイレーンの残骸の撤去作業を始めていた。一方で長嶺は、持ちこんだ機材を使ってサンプル採取を行なっていた。

具体的には装甲板を取ったり、砲弾やコンピューターの確認、全体のスキャニング等である。取られらたデータは霞桜の本部が置かれている江ノ島鎮守府に送信され、スーパーハッカーのグリムとチート技術屋のレリックによって解析が進んでいた。

 

「それにしても、手酷くやられてるなぁ」

 

そう言って振り返り、基地の惨状を見る。幾つかの軍艦は「キャンプファイアー」をしていたり、沈みかけていたりと少なからずダメージを負っている。基地の方は謎の塔に戦闘機が突き刺さってたり、港湾の出口は残骸によって塞がれていたりと結構深刻である。しかし次の瞬間、目を疑う事が起きる。

 

「ん?え、あ、ふぁ!?!?」

 

何と何の前触れもなく、綺麗さっぱり残骸が消えたのである。余りに予想外すぎて、流石の長嶺も素っ頓狂な声を上げた。

 

『我が主、他の残骸も消えたぞ』

 

『こっちもー』

 

空から監視していた八咫烏と、近くを警戒していた犬神からも報告が上がる。因みに戦闘も終わったので、いつもの普通のサイズへと戻っている。

 

「しゃーない。当初の目的通り、接触して交渉するぞ。相手はそうだなぁ、さっきの金髪ショートにでもするか。八咫烏」

 

『その娘なら、桟橋にいるぞ。主から見て、右奥の奴だ』

 

「りょーかい」

 

そんな訳で桟橋に向かって進む。勿論素顔を晒す訳にはいかないので、フェイスカムで架空の顔を作り、その上に狐面を装備し、懐に土蜘蛛HGを隠し、両腕のグラップリングフックにも6インチのタクティカルナイフも忍ばせて金髪ショートの女性、プリンス・オブ・ウェールズ(所謂PoWさん)の所へ向かう。

 

 

「所でお前達、狐面の男は見ていないか?」

 

「見てないです.......」

 

「ラフィーも」

 

ウェールズとイラストリアスは戦闘から帰還したジャベリンとラフィーに聞き込みを行なっていた。既に何人かにも聞いており、皆同様に「知らない」という答えしか返ってこなかった。他を当たろうとした時、空から何かが目の前に降ってきた。

 

「何だ!?」

 

「初めましてだ、プリンス・オブ・ウェールズ?それとイラストリアス?」

 

目の前に現れ、しかも名前まで当てられて完全に混乱する二人。二人だけではない。ジャベリンとラフィー、それにイラストリアスについてきていたユニコーンも同じく混乱していた。最初に混乱から立ち直ったのはウェールズであった。

 

「貴様、一体何者だ?」

 

「俺は唯の審査員だ。ゴールドフォックス、それが俺のコードネームだ」

 

「ゴールドフォックスか。それで、貴様は敵なのか?」

 

「まあ敵意は今の所無い。俺がお前達の敵となるかは、こっからのお前達次第って所だ。あ、そうだ。ラフィー、ジャベリン、ユニコーン、例の黒ローブの子の正体って何だったんだ?」

 

ジャベリン最早混乱を通り越して放心状態になり、ユニコーンは何が何だか分からず、色々キャパオーバーして泣き始める。

 

「ふえぇぇ.......」

 

「え!?何か怖がらせる事したか!?!?ヤベェ、どうしよ.......」

 

予想外すぎてワタワタしてるのを見て、取り敢えず敵では無い事をイラストリアスとウェールズは悟った。

 

「フフ、ユニコーンは恥ずかしがり屋さんなんです。だから、お気になさらず」

 

イラストリアスが聖母の様な微笑みで、長嶺を落ち着かせる。

 

「そ、そうか。というか、多分状況把握出来てないよな」

 

そう言うと長嶺はスーツとフェイスマスクの機能を使って、さっきのフォックス・ハウンドの格好となる。

 

「ああぁぁ!!フォックスちゃん!」

 

ジャベリンが大声で驚く。ラフィーとユニコーンも同様に驚きの声を上げる。

 

「さっきぶりね、三人共。騙して悪かったわね。私はフォックス・ハウンドではなく、本当はゴールドフォックスっていうの。まあこれも本名じゃなくて、唯のコードネーム何だけど」

 

そこまで言うと、またさっきの姿に戻る。ラフィー、ジャベリン、ユニコーンの3人はその早い変化に目を白黒させていた。

 

「まあこう言う訳だ。すまないな、騙したりして」

 

そう言うと同時に、深々と頭を下げる。その誠実な姿に3人が笑顔になる。

 

「問題ない.......」

「大丈夫ですよ!」

「ユーちゃん見つけてくれてありがとう」

 

「んっんん。何かハッピーエンドになりかけている所悪いのだが、君は本当に何者なんだ?」

 

「余り人には聞かれたくない。聞かれた場合、余計なパニックが起きる可能性がある。何処か適当な部屋を用意して頂きたい」

 

「いいだろう。イラストリアス、ついてきてくれるか?」

 

「分かったわ」

 

 

 

基地施設内 小部屋

「さてと、何処から話したものか。取り敢えず二人に聞くが、ここ最近、それも数日から一週間の間に不可解な事は起きていないか?」

 

「特には有りませんわ」

 

「私の方もだ」

 

「まあ言って信じてくれるとは思っちゃいないが、お前達の基地は恐らく異世界に転移している」

 

これを言った瞬間、二人が顔を見合わせて笑う。そりゃそうだ。こんな事を大真面目に言うなんて、戯言もいい所である。

 

「面白い冗談だな」

 

「所が冗談じゃねーんだよ。こっちの経緯を説明するが、一週間前に衛星が二つの謎の島を捉えた。勿論これまで何も存在していない、唯の海原だった場所にだ。しかもよく見ればどっちにも、明らかな人工構造物と第二次世界大戦時の艦船の姿が確認できた。一体何が起きてるかを探り、可能なら友好関係なり何なりを取り付ける目的で俺が派遣された。そんでもって潜入したら」

 

「私達が居た、と言う事ですか?」

 

「そう言う事だ。実際俺の知識についても潜入中に色々調べた結果の知識だ。まあ艦船関連に関しては、同じ物がこっちの世界にも存在してたから、ある程度は自前で分かるがな」

 

信じられないと言う様子で見つめてくる2人。今度はウェールズが口を開く。

 

「証拠はあるのか?」

 

「それが無いんだよなぁ」

 

「「は?」」

 

「いやマジな話、俺の仕える国に来て貰えば一発で分かるんだろうが、流石に完全に敵対していないと分かっていない存在である以上、そう簡単に上げる訳にもいかない。衛星写真でも良いんだが、アンタらが「捏造写真だ」とでも言われたらアウト。まあ無難に、アンタらの本国に連絡してみればどうだ?転移した以上回線は切れてる筈だから、多分繋がらないと思うぞ?」

 

そんな訳で連絡してみたらしいが、案の定予想通り繋がらない。

 

「これで信じて貰えたかな?」

 

「そうだな。そうだ、幾つか質問いいか?」

 

「答えられる限りなら」

 

そう言うとウェールズとイラストリアスが顔を見合わせて、質問を開始する。まず最初にしたのはウェールズである。

 

「じゃあまず、貴様の所属する国家の名前と、所属を言って貰いたい」

 

「日本って国だ。所属は新・大日本帝国海軍という組織になる」

 

今度はイラストリアスが口を開く。

 

「貴方は先程「審査員」と言っていましたが、一体何の審査なのですか?」

 

「お前達の脅威判定だ。こっちにしたって、お前達は未知の存在だ。有効的なら良いし、例え友好的でなくとも邪魔にならなければそれで良し。だが祖国に敵対し、もし攻め込む様なら潰す。その為に来た」

 

「潰す」と言った瞬間、二人の顔が強張る。

 

「安心しろ。今の所潰すつもりはねーから」

 

「わかった。次の質問なんだが、貴様この後どうするのだ?」

 

ウェールズの質問にハテナを浮かべる。質問の意図がよく分からなかった。

 

「その審査は一応は終わったのだろう?このまま、重桜に行くのか?」

 

「まあそれでも良いんだが、部隊が到着するまではここに居させて貰う」

 

これを言った瞬間、さっきの比でない程強張った顔となる。

 

「部隊とは?」

 

「俺の指揮する直属の部隊だ。実を言うとこの辺は、お前達で言うセイレーンみたいな存在が出没する所なんだ。で、恐らくアンタらの装備ではダメージを与えられない。正直、こんな綺麗な美女達に死なれちゃ後味悪いしな。勝手なお節介だが此処を守らせて貰う。実際こっちの国際基準では日本の領域だし」

 

因みに顔にこそ出していないが、内心「美女」と言われて照れまくってる2人である。

 

「では最後に、これは個人的な質問なんですが、なぜ仮面を取らないのですか?」

 

「あぁ、これね。俺は存在自体が国家機密だ。素顔は隠す様にしている。俺が素顔を見せるのは、お前達が完全に仲間と認識した時だけだ。んで、他に質問あるか?」

 

「私は有りませんわ」

 

「私もだ。なら貴方には、此方で用意した部屋に入って貰う。イラストリアス、頼めるか?」

 

「分かったわ。フォックス様、此方へ」

 

イラストリアスの案内で部屋を出て、そのまま充てがわれた部屋へと案内する。途中でユニコーンとも合流し、三人で部屋に向かう。部屋に通されたら2人は帰っていた為、色々執務やら何やらを片付けて就寝した。

翌日は特にやる事もないので、基地の中をプラプラ散策する。特に自分の目で見ていなかった場所には興味があったので、まずは港湾設備のある区画へと足を進める。通達で長嶺の事は認知されている為、なんか至る所から視線を集めているが本人は気にしない。

 

「クリーブランド級か.......」

 

目の前の波止場に停泊している軽巡洋艦に目を向ける。最上を連想させる三連装砲に、副砲として搭載された三基の連装砲。さらに2本のマストと、板型のレーダー。その姿はアメリカ海軍が量産しまくった軽巡洋艦、クリーブランド級に他ならなかった。

 

(まさか、二次大戦の軍艦を現役の状態で見る日が来るなんてな)

 

「えぇーと、私の艦に何か用か?」

 

振り返ると金髪ロングの、まあ女なんだろうけど「カッコいい」と言うのが似合う少女がいた。

 

「あ。もしかして、あなたが通達の人か?」

 

「そうだ。ゴールドフォックス、長いしフォックスでも、お前でも好きなように呼んでくれ」

 

「わかったよフォックス。私はクリーブランド、海上の騎士だ!」

 

「騎士か。俺も「侍」だし、話が合いそうだな」

 

「騎士」と「侍」。西洋と東洋の戦士達の邂逅、って程大きなものではないが、一応クリーブランドとは良好な関係を気付く事に成功した。次は例の崖を目指して見ることにして、散歩で居なかった犬神と八咫烏とも合流して、また歩き始める。

 

「あら?フォックス様」

 

今度はお茶をしてたイラストリアスとユニコーンに声を掛けられる。イギリスとほぼ同じ文化を持つロイヤルもまた、紅茶を飲んでお茶をする文化がある様だ。

 

「イラストリアス、それにユニコーンも。お茶会中かな?」

 

「えぇ。フォックス様いかがですか?」

 

「頂こう。お前達はどうする?」

 

「我も貰おう」

「僕も!」

 

此処で動物で喋る筈のない2匹が喋っているのに驚く。

 

「犬と烏が喋った.......」

 

「コイツらは普通じゃないからな。烏の方は八咫烏と言って、導きの神であり日本の王、天皇陛下の初代を導いたとされる神鳥だし、犬神は相手に取り憑いて意のままに操れる妖怪、西洋風に言うなら悪魔みたいな物だ」

 

「ホント、フォックス様は何者なんですか.......」

 

「唯の国家機密の塊だ」

 

最早ツッコミをする気力が無くなるほど呆れて、開き直ってお茶会が始まる。

 

「どうぞ」

 

「それじゃあ貰おう」

 

差し出された紅茶を一口飲む。鼻腔に花の様な香りが広まり、甘味、酸味、渋みの三つが丁度良いところで交わり個性的な味わいである。

 

「この紅茶、ダージリンだな」

 

「よく分かりましたね」

 

「何で分かるの?」

 

イラストリアスは一発で当てた事に驚き、ユニコーンは何故わかったのか聞いてくる。

 

「味や香りで分かるさ。仕事内容によっては今回の様に敵に見つからずに潜入する事もあるが、真正面から別の人間になりすます事もある。有能な暗殺者やスパイは、万に通じている物だ」

 

実際長嶺は様々な資格も持っている。各国の車、バイク、航空機、船舶の免許は勿論、潜水士や調理師免許、A級ライセンスや医師免許まで幅広く持っている。まあ殆どが偽の戸籍の架空の人物達が持っている為、長嶺雷蔵としての免許は余り多くはない。

 

「ねぇフォックスさん、お兄ちゃんって呼んでも良い?」

 

「いきなりだな。まあ、良いけど」

 

「じゃあこれから宜しくね、お兄ちゃん!」

 

「お、おう」

(何故だろう、妹ができた様で落ち着かん)

 

「ユニコーンがこんなにも懐くなんて、やはりフォックス様はお優しい方ですね」

 

少し照れているのか、ユニコーンはユーちゃんで顔を隠す。しかしその後ろの真っ赤な顔は、完全に隠れきれておらず丸見えである。

 

「ハハ、俺が優しい、ねぇ」

 

「えぇ。ユニコーンがこんなに心を開くなんて、男の人では貴方が初めてですわ」

 

「そうなのか」

 

(まあ2人もまさか「悪魔」だの「大災厄」だのと言われてる奴だとは、夢には思わないだろうな)

 

この後も引き続き楽しいお茶会が続き、とても良い思い出となった.......と言いたい所だったが、生憎そうはならなかった。

 

『総隊長殿!聞こえますか!?総隊長殿!』

 

霞桜副長のグリムから緊急連絡が入ったのである。

 

「はいはいこちら総隊長。どうした、そんな血相変えた声で」

 

『例のセイレーンが日本近海にも現れ、現在第二、第三大隊が応戦中です。またアズールレーン基地方面に向かう艦艇も衛星で確認しており、確認できる限りでは日本、いえ、重桜の翔鶴型2、綾波型1。鉄血のアドミラル・ヒッパー級1、Z23型1、重巡タイプセイレーンも多数確認されています。更にその進路上に、アズールレーン所属と見られるKAN-SENも確認しました』

 

「わかった、こっちで対応する。確かメビウス中隊以下、ウチの航空隊が訓練でこっちに来てたよな?それを応援に回してくれ」

 

『了解しました。ですが40分は掛かります』

 

「上等だ。時間位は稼いでやるさ」

 

『御武運を』

 

通信が終わると長嶺の表情はさっきまでの笑顔ではなく、完全に戦闘狂としての顔となっていた。

まあ、狐面してるから口元以外見えないんだけど。

 

「イラストリアス、どうやらレッドアクシズ御一行様がアンタらの仲間を襲おうとしてる。すぐに知らせに行ってくれ。俺は歓迎パーティーの準備をしてくる。犬神、八咫烏‼︎仕事の時間だ!!」

 

そう言うと二匹が雄叫びを上げて、八咫烏は空へ舞い上がり、犬神は海へ駆け出す。長嶺も同様に海に駆け出し、あっという間に入江の出入り口へ向かう。

またこれを察知したのかエンタープライズが出撃し、それを止める形でついて行ったクリーブランド、そして何故かいるジャベリンとラフィー、合計4隻のKAN-SENが出撃した。

 

 

 

アズールレーン基地 近海

「防戦一方ってのは、性に合わないんだけど、な!」

 

旗艦であるホーネットは現在彗星爆撃機の攻撃を、ジャンプしたら横にスライド移動したりでどうにかこうにか躱している。しかし敵は重桜五航戦の翔鶴と瑞鶴の2隻であり、正直言って戦況はホーネットの不利である。

 

「この笛の調は、亡者を鎮める鎮魂曲」

 

笛を持っている翔鶴が艦載機を繰り出し、瑞鶴が得意の接近戦を仕掛ける事によって隙を無くしている。しかしそんなのは、この男には関係ない。

 

「もらったぁぁぁ!!」

 

「ッ!?しまった.......」

 

瑞鶴の太刀がホーネットを斬ろうとした瞬間、突如横から別の太刀が現れ、瑞鶴の太刀を払い除ける。

 

「オラァ!!」

 

「だ、誰!?」

「な、何なのよアンタはぁ!?!?」

 

二人からの疑問はほぼ同タイミングであった。

 

「味方だ。アンタの姉貴が救援部隊連れて向かっている」

 

「エンプラ姉が?」

 

今度は瑞鶴に向き直り、軽く相手を観察する。すると一つ、気付いたことがあった。

 

「ん?お前、誰かと思えば昨日の式神飛ばしてきた奴か」

 

「お前は、先輩方を倒した男.......」

 

「覚えててくれたか。そりゃ光栄。だが生憎、相手は俺じゃなくてBig Eに譲るがな」 

 

そう言った瞬間、背後から3機のF4Fワイルドキャットが機銃を撃ちながら突進してくる。

 

「何⁉︎」

 

瑞鶴が持っている太刀で機銃弾を弾いている隙に、ホーネットを救援艦隊に誘導する。既に他のKAN-SEN、アリゾナ、ノーザンプトン、ロングアイランド、ヘレナ、ハムマンを回収し始めていた。

 

「ホーネット!助けに来たよ!」

 

一応指揮官ポジのクリーブランドが、ホーネットに駆け寄る。

 

「ナイスタイミング。間一髪だったよ」

 

「怪我はない?待ってて、今艦をだすから」

 

fɔʏər!(フォイヤ)

 

今度は空中から砲弾が降ってくる。しかし加害範囲の全員が気付いており、バックステップでギリギリ躱す。

 

「Guten Tagアズールレーン。私たちとも遊んでよ」

 

今度は空中に銀髪の女性が浮遊しており、言語的に鉄血の所属とわかる。

 

「空中浮いてるとか何でもありかよ」

 

「ここは任せていいかしら?ニーミ」

 

長嶺のツッコミを他所に、ニーミと呼ばれたKAN-SENが前に出てくる。装備や見た目、名前の語呂的にZ23である事は分かった。

 

「鉄血駆逐艦、Z23と申します。あなた達はここで倒します」

 

(この状況、絶対殿がいるよなぁ)

 

そう思っていると、ラフィーが前へと出る。

 

「皆を連れて撤退して」

 

「ラフィーちゃん!?」

 

なんとラフィーが殿を買って出たのである。

 

「自ら殿を買ってでますか。敵ながら敬意に値します」

 

所が、である。何とラフィーは向けていた艤装を、収納し出したのである。

 

「な、何ですか!?」

 

「やっぱり眠いから止める」

 

「え、えぇぇ.......」

 

何と殿は買って出たものの、「眠いから」と辞めたのである。あまりに自由人すぎて、味方諸共困惑している。しかも相手のニーミは完全に怒っており、なんか色々文句を言っているのが聞こえる。で、長嶺はと言うと

 

「プッ、アハハハハ!!!ヒヒヒヒヒ!!!ラフィー、そりゃあ無いぜwww。だか、良くやった。ウヒヒ!!」

 

腹が捩じ切れる位爆笑していた。

 

「だがまあ、これじゃあ余りにあっちが不憫だしな。俺が殿してやっから、早いとこ撤退しな」

 

そんな訳で急遽、長嶺が殿として前へ出る。

 

「貴方も「眠い」と言って、止める気ですか?」

 

「大丈夫。流石に2回目はねーし、俺は戦闘が大好きだ。売られた喧嘩は買うし、こういう場を貶すつもりはサラサラ無い」

 

そう言うと少し安心と言って良いのか分からんが、迷いが消えて砲口をしっかり向ける。

 

「さて、じゃあ俺も名乗っておこうか。新・大日本帝国軍ら海上機動歩兵軍団「霞桜」が総隊長、長嶺雷蔵だ。さあ、名乗った事だし始めようぜ」

 

そう言うと、ニーミが主砲を撃つ。どうやっても必中の距離であるが、しかしその全ての砲弾は炸裂することは無かった。

 

「な!?」

 

「あら?」

 

何と長嶺が指と指の間で放たれた4発の砲弾を止めており、ちょうど目の前で海に投げ捨てられていたのである。

 

「ならば!」

 

今度は掴みきれない18発もの砲弾を連射するが、その全てを止めたのである。まずは砲弾を掴み取り、掴み取れない分は手に持っている砲弾を投げて起爆させて、全弾迎撃したのである。

 

「非常識です.......」

 

「非常識?何甘ったれた事言ってんだ。戦場に常識も非常識もねーよ」

 

「うるさい!」

 

今度はなりふり構わず連射し、魚雷まで撃ってくる。しかし今度はその全てを懐に忍ばせておいた土蜘蛛HGの20mm弾によって、長嶺に当たることなく全て迎撃されたのである。

 

「何なんですか、アナタは」

 

「俺をそこらの有象無象の衆とは考えんな。俺は言うなれば人類最強クラスの力を持った男、正直駆逐艦如きじゃ倒す事は愚か、傷をつける事すら不可能だ。仮にもう一人の駆逐艦、それから空中浮遊してる重巡を戦列に加えた所で勝てねーよ」

 

「あら、それは心外ね。まるで私が弱いみたいじゃない」

 

さっきまで傍観していた銀髪の女性、プリンツ・オイゲンが降りてくる。

 

「嫌だって、実際俺から見れば弱いし。というか言っとくけど、俺は本気の一割も出してないぞ?ついでに言うが俺を本気で倒したいなら、お前ら+アズールレーンでも勝てない」

 

「中々舐めてくれるじゃない」

 

「ブラフと思うか?なら、証拠を見せてやるよ」

 

そう言うと長嶺は体中から殺気と怒気を出して、得意の本能への攻撃を始める。

 

「か、体が動かない!」

 

「お前達の本能に直接殺気と怒気を送り込む事で、足をすくませ言う事を聞かなくしてある。今はまだ動きを封じているだけだが、更に力を強めれば気絶させる事も、殺す事だってできる。お前らが目の前に相手しているのは、そういう」

 

途中で言葉を止めた為、全員が次の動きに注目する。長嶺はそんな事には構う事なく、懐の土蜘蛛HGを空に向けて撃つ。1秒もしないウチに空中で爆発が起きる。

 

「来やがったか。悪いな、お前らとのお遊戯はここまでだ」

 

そう言うと殺気と怒気の矛先を変えて、3人を自由にする。

 

「あー、それから。クリーブランド、もう少し下がった方がいい。今から少し本気で暴れるから、巻き添え喰らいたく無かったら指示に従え」

 

「わ、わかった」

 

「さーて、八咫烏‼︎ !幻月、閻魔、鎌鼬、朧影、竜宮、薫風、月華を出せ!」

 

指示が出るや否や、八咫烏の左右のウェポンラックから頼まれた武器が射出される。幻月と閻魔は左右の肩の辺りから柄を下にして、鎌鼬SGは尻と腰の間に、朧影SMGは左右の太腿に、竜宮ARは左腰に、薫風RLと月華LMGは背中にそれぞれ装備される。

 

「さあ、殲滅戦の開始だ」

 

不敵な笑みを浮かべ嬉しそうな目をするその先には、黒くてキモい巨大魚と、病的なまでに白い女がいた。深海棲艦である。

 

「発射ァ!!」

 

まず先手を取ったのは長嶺である。背中に担いでいた薫風RLを発射し、前衛の駆逐艦を一気に殲滅する。しかし向こうも先手を取ろうとしていたのか、即座に反撃を開始する。しかし

 

「遅いわ!!」

 

前後左右、縦横無尽に駆け抜けて全て回避する。所が深海棲艦は悔しがる素振りを見せるどころか、何処か笑みを浮かべている。何かトラップがある事に気が付いた長嶺は、即座に意識を周りに張り巡らせ罠を探り出す。すると大体4時方向から、深海棲艦の気配がする事に気付く。

 

「そこか!!!!」

 

今度は背中の月華LMGを接近中の深海棲艦へ向けて、引き金を引く。

 

「ギィシェェェェェ!!!!」

 

悲鳴を上げながら大炎上し、海の底へと消えていく。

 

「今度はこっちのターンだ。行くぞ!!!!!」

 

この言葉を聞いた瞬間、犬神が巨大化し敵本陣へ突撃を敢行する。想定外の戦法に迎撃行動が遅れ、ワタワタしてる合間に一気に肉薄する。

 

「オラオラどした!どした!!その程度か深海棲艦様ヨォ!!!!」

 

そう言いながら進路上のリ級2隻とハ級8隻を、朧影SMGの弾幕に任せて強引に突破する。

 

「皆、退ケ!コイツハ危険ダ」

 

隊長格であろうル級が指示を出すが、もう何もかもが遅かった。遅すぎたのである。

 

「撤退させると思ってんのか!?」

 

そこからは地獄の所業であった。竜宮ARと鎌鼬SGに持ち替え、至近距離から12ゲージ散弾と5.56mm弾を浴びせ続ける。しかも急所に的確な射撃をしてくる為、大体10発も食らえば大半の艦が大爆発を起こして沈んでいく。更には中破相当の艦にはグレネードやC4を取り付け、他の生きてる仲間の元へ蹴り飛ばす。仲間が受け止めた瞬間吹っ飛ばすなど、もうどっちが悪役か分からない戦い方をしていた。一方犬神は駆逐艦を相手にしており、取り敢えず片っ端からバリボリ食っていた。

しかし深海棲艦にも勇者がいた。ヌ級が艦載機を発艦させたのである。

 

「艦載機上げやがったか。だが、ママんとこ帰るんだな!!」

 

腕に装備しているグラップリングフックでワイヤーを艦載機に撃ち込み、それを間抜けにポッカリと開けてる発艦口の中にセットし巻き上げる。みるみるウチに発艦口に吸い込まれ、中に入り込んだ瞬間大爆発が起きる。更に追い討ちを掛けるが如く、月華LMGをその発艦口にぶち込み、ゼロ距離マシンガンを喰らわせ木っ端微塵に破壊する。

 

「化ケ物メ.......。散ッテイタ仲間ノ恨ミ、ココデ晴ラサシテ貰ウ!!」

 

「出来るもんならやってみろ!!」

 

この言葉を合図にリ級が主砲を撃ってくる。しかし長嶺は放たれた砲弾を踏み台に、一気に至近距離まで近付く。こんな事を想像すらしていなかったリ級は抵抗できず、ただただ目の前に迫る死の恐怖をひしひしと感じるだけだった。

 

「奥義、彗星!!!!」

 

2本の刀を抜き、得意の技を使ってバラバラにする。因みにこの彗星という技は、刀をなり振り構わずとにかく相手に向かってふり続け、知覚不能な速度での攻撃と圧倒的手数の多さで敵を完全に細切れにしてしまう技である。

 

「終わったな」

 

だが、まだ終わってなかったのである。今度はエンタープライズらが戦ってる方で、大きな爆音が鳴り響く。

 

「クッ.......」

 

「アハハハハ、弱イナァ。ソンナンジャ、私ヲ倒セナイヨ?」

 

何と一人連合艦隊のレ級が居たのである。ただでさえ深海棲艦に対抗できないのに、一人連合艦隊の異名を持つレ級が相手では笑えない。

 

「翔鶴姉、生きてる?」

 

「何とかね」

 

「エンタープライズ様、お怪我は?」

 

何か謎の白服メイドまで増えており、色々ごちゃごちゃな状況である。

 

「大丈夫だ.......。というか、貴女は誰だ?」

 

「唯のメイドです。しかし今はそれよりも、この状況をどうするかです」

 

「ネェ、逃ゲテモ良インダヨ?マァ逃ゲテモ逃ゲナクテモ、ドノミチ殺スケドネ。アハハハハ」

 

完全に舐め切っているレ級。だがしかし、その態度は直ぐに改められる。

 

「セイッ!!」

 

空中から長嶺が降ってきて、ついでに刀を振り下ろして腕を一本斬り落としたのである。

 

「アハハハハ。オ前、霞桜?」

 

「おお、よく分かったな」

 

「ソリャア人間デ唯一、私達ト対等ニ戦エル部隊ダヨ?私達ノ間デモ有名サ」

 

「そりゃ良かった。で、これからどうする訳?コイツら殺す?」

 

「ソウダヨー」

 

「あっそう。んじゃ、とっとと死ぬ事だ」

 

この時KAN-SEN達は、私達を殺す事を容認したかに思えた。しかし長嶺が「死ぬ」と言った対象はレ級である。次の瞬間、レ級の背中が立て続けに大爆発を起こし、更に真上からも何かが降ってきて同じく爆発が連続して起きた。爆炎が晴れるとそこには、虫の息のレ級が横たわっていた。

 

「クソ.......」

 

「どうだ?ASM3空対艦ミサイル16発と、GBU-39精密誘導爆弾64発のお味は」

 

「.......」

 

「答えないか。まあいいや、んじゃ深海に戻りな」

 

懐から土蜘蛛HGを取り出し、頭に一撃で終わらせる。その直後、頭上を12機の航空機が通過した。江ノ島鎮守府所属のメビウス中隊とカメーロ隊である。因みに使用機種はそれぞれF22ラプターとF3Aストライク心神である。

 

『こちらメビウス1。提督、ご無事で?』

 

「健在だ。よくやってくれた」

 

『提督のご指示とあらば、世界中どこへだって攻撃しに行きますよ』

 

「頼もしいこった。帰ったら酒倉から好きなの持っていていいぞ」

 

この言葉を聞いた瞬間、無線の先で大歓声が巻き起こる。長嶺は酒のコレクターでもあり「名酒」と呼ばれる様々な種類の酒が揃っているのである。

 

『高いの取っても文句言わんでくださいよ?』

 

「わかったよ。そんじゃ、留守を頼むぜ」

 

『ウィルコ!』

 

12の翼は進路を江ノ島に取る為、幾つかのマニューバを行い進路を調整する。そしてフルスロットルで江ノ島へと帰還していった。

 

「さて、で?どうする?まだ続けるか?」

 

オイゲンに向かって、大声で聞いてみる。

 

「いいえ、遠慮しておくわ。あんな戦いを見せられちゃ、絶対に戦いたくないもの。もし戦ったら、私達が死んじゃうわ」

 

「そうかい。そりゃ残念だ、Süße Freyline(可愛いお嬢さん)?」

 

「あら、口説かれちゃった。またね、アズールレーン」

 

また安定の謎ワープで消えるレッドアクシズ。深海棲艦の介入こそあったものの、圧倒的勝利を手に入れたのであった。

 

 

 

その夜 長嶺自室

「フゥ」

 

一人酒を飲み、ぼんやりと海を眺めていると、とある気配がした。

 

「コイツは.......」

 

窓の外をよく見てみると、姿こそ見えないが人の気配を感じる。試しに狐面を被り、サーマルで見てみると完全武装の人影が無数にあった。

 

(何処の国だ、全く。だがまあ、面白くなりそうだ)

 

そう言うと無線機を手に取り、江ノ島鎮守府へ通信する。

 

「俺だ。グリム、何処ぞの国の工作員が上陸しやがった。全大隊完全武装で、明日正午、こっちに来い。久しぶりのスパイ狩りだ、機動本部車以下、全兵器持ってこい」

 

『了解しました』

 

「さあ、楽しませてくれよ。スパイ共?」

 



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第十五話新たなる霞桜

翌朝07:30 長嶺自室

「ふぅ」

 

日課である早朝トレーニングを終えて、シャワーで汗を流して体を拭いていると銀髪のメイド服を着た女性が入ってくる。

 

「失礼しま」

 

「あ.......」

 

フルチンではないものの、バスタオルを下半身に巻いただけの軽装である。ギリギリの所で顔は狐の面で隠せたが、それ以外は流石に間に合わず、ほぼ生まれたままの姿である。

 

「も、申し訳ありません!!まさか着替えの途中とは.......」

 

顔を真っ赤にしてワタワタする。正直、ちょっと可愛い。

 

「別にいーよ。女の裸でもないし、第一減るものでもない。まあ男の裸を見せられても、むさ苦しく思うだろうがな」

 

長嶺は一応、現役の特殊部隊の隊長である。制服を着ていると細身だが、服を脱げば引き締まったボディをしており、ムッキムキのマッチョな体である。その為、別に見られて困ることはない。流石にフルチンは法的にヤバいが。

 

「い、いえ」

 

「直ぐに着替えてくるから、少し待ってろ」

 

一度奥に引っ込み、Tシャツと短パンに着替える。

 

「待たせたな。確か、エディンバラ級のベルファスト、だったな」

 

「はい。ロイヤルメイド隊でメイド長しております、ベルファストでございます。以後お見知り置きを、長嶺様」

 

綺麗なカーテシーを決める。流石貴族の国のメイド、それもその国の陛下に仕えるだけあって動作が滑らかで上品である。

 

「おう。で、ここに来たって事は何か用があるんだろ?」

 

「はい。陛下からの言伝を預かっております。本日の10時から予定しております、お茶会に御臨席して頂きたいとの事です」

 

「了解した。お邪魔しよう」

 

「ありがとうございます」

 

とは言うものの、まだ時間まで3時間近くある。そんな訳で暇を潰すべく、本国から送られた仕事を片付ける。一応、連合艦隊司令長官、山本五十六とか東郷平八郎と同じ役職である為、様々な書類に目を通さないといけないのである。それに加えて霞桜と江ノ島鎮守府の者類もある為、直ぐに約束の時間となる。

しかしここで、一つ問題が発生したのである。

 

「そういや俺、お茶会に来ていく服なくね?」

 

今長嶺の持ってる服は私服のTシャツと短パン1セット、ボディスーツ2着、戦闘服1着しかないのである。正装はおろか、軍服やタキシード、スーツすら無い。お忘れかも知れないが、あくまでここには潜入任務で来ている為、軍服なんて持ってくるはず無いのである。

 

「しゃーない、オクトカム機能を使うか」

 

無い物ねだりしても始まらないので、まずは戦闘服に着替える。戦闘服にはステルス迷彩機能とオクトカム機能が搭載されており、他の服装を投影できるのである。それを利用して軍の正装を戦闘服に投影し、まるで着ているかの様に偽装してしまうのである。

 

 

 

10時 庭園

「来たわね庶民!!」

 

「しょ、庶民?」

(俺、庶民レベルの財産じゃないんだが。ってかいきなり庶民呼びとは、ぶっ飛んでんなぁ)

 

いきなりの庶民呼びに困惑する。因みに長嶺の財産は兆単位である為、決して庶民、というか大体の金持ちをも凌駕する額を持っている。

 

「まずは座りなさいな。構いませんね、陛下?」

 

「いいわ」

 

「あ、はい。それじゃ、失礼して」

 

取り敢えず進められた通りに、椅子へ腰掛ける。因みに出席者は女王陛下であるクイーン・エリザベス、さっき座る様に進めてきた人で側近兼護衛のウォースパイト、メイドであるベルファスト、絵に描いたような淑女のフッド、イラストリアス、ユニコーン、ウェールズである。

 

「まずは名乗りなさい!」

 

「新・大日本帝国海軍、連合艦隊司令長官兼江ノ島鎮守府提督、そして海上機動歩兵軍団「霞桜」総隊長、長嶺雷蔵。階級は元帥」

 

まさかここまで長い肩書きだとは思わず、その場の全員が固まる。エリザベスもまさか、ここまで長い肩書きがある上に軍隊における最高位の階級保持者とは思っておらず、眉がピクピクしている。

 

「ちょっと待って。一つ一つ丁寧に説明しなさい」

 

ウォースパイトがエリザベスが内心では混乱している事を察知し、時間稼ぎ兼自分も余りわからない為、質問を行う。

 

「全部読んで字の如くだ。連合艦隊司令は新・大日本帝国海軍のトップで、江ノ島鎮守府提督は江ノ島鎮守府の司令官。「霞桜」総隊長はそのまんまだ」

 

「なら次よ。その仮面を取りなさい」

 

「嫌だ」

 

即答する長嶺。寸分の迷いなく、早押しクイズの様に速攻で言う。さっきから目論見全てが外れ、段々とエリザベスの機嫌が悪くなっていくのを周りが感知し警戒を強める。

 

「と、言いたい所だが。まあいいだろう。一応、クイーンの頼みなんだからな」

 

そう言うと狐面に手を伸ばし、顔から外す。続いて中から、のっぺらぼうのフェイスカム(メタルギア4のタコ女マスクをイメージして貰ったら分かりやすい)が見える。今度は首のあたりに手を伸ばして、一気にフェイスカムを外す。

 

ベリッ

 

フェイスカムを外すとそこには、絶世の美男子の顔があった。KAN-SENという作られた存在ではあるが、やはりそこは女の子。完全に見惚れている。

 

「これでご満足?」

 

そう言うとまた面を着けようとしているので、エリザベスが大声で「待ちなさい!!」と待ったを掛ける。

 

「命令よ。これから基地の中では、絶対に仮面もマスクも着けてはダメよ!!わかった!?」

 

「いやこれ、戦闘」

 

「わかった!?」

 

「いやだか」

 

「わ・か・っ・た?」

 

反論を一切受け付けず、というかその場の全員がエリザベスの提案に賛成していた。

 

「わかったわかった、着けなけりゃ良いんだろ?だがコイツは色々便利機能が付いてる。戦闘時だけは装着させてもらうぞ」

 

「わかったわ」

 

何とか戦闘時だけの装面は許可して貰ったので良しとして、その後は普通にお茶会が進んでいた。最初は他愛も無い話だったが、エンタープライズの話になった。曰く「エンタープライズがこのまま擦り減るのはみたくない。戦力的に見ても勢力内トップクラスだから、どうにかして欲しい」という物であった。エリザベスとしては「それはユニオン内の問題」という考えであったが、他のフッドやイラストリアスは乗り気であった。ウォースパイトは「陛下の考えに従う」と言っているので、長嶺にも質問されたのである。

 

「貴方はどう思うかしら?」

 

「アイツは強いが、それは技術面だけだ。精神面では脆弱もいい所。でもアイツは何か強い物を秘めている。それがパンドラの箱か、はたまた救いの箱に化けるのかは分からん。だが、アンタはもう答えを出してるんじゃ無いか?」

 

「見抜かれていたのね。ベル、エンタープライズを探りなさい」

 

「承知しました」

 

優雅なお辞儀をして答えるベルファストに、長嶺は「流石ロイヤルメイド隊のメイド長」という感想を抱いていた。お茶会の続きをしようと皆がしていたが、長嶺はある違和感に気付く。エリザベスの後ろの空間が歪んでいたのである。しかも殺気までその空間から感じ、微かに銃のリロード音も聞こえた。

 

「どうやら、誰も望まない客人が居るようだ」

 

「お兄ちゃん?」

 

近くにいたユニコーンだけがその呟きに気付き、長嶺の顔を見る。そこにはさっきまでの優しい顔では無く、初めて見る恐ろしい笑みを浮かべた顔があった。そんな事はお構いなしに、テーブルにあったナイフを手に取り、エリザベスの後ろに向かって投げる。

 

「フッ!」

 

「あ、貴方何を!?」

 

ウォースパイトが怒鳴るが、長嶺は「よく見ろ」と一言言う。指を刺した方向を見ると、ナイフが空中に刺さっていたのである。そしてバタッという音とともに倒れて、赤い液体が一面に広がる。

 

「土足で日本の領域に入りやがったんだ、この程度の仕打ちは覚悟しないとなぁ?」

 

懐から二挺の拳銃を抜き、横の森に銃口を向ける。

 

「出てこい!!もうお前達は捕捉済みだ、騙し討ちなんざ通用しねーぞ!!!!」

 

そう言うとワラワラとステルス迷彩を切った何処ぞの工作員が群をなして、森から出て来る。その数、およそ20。

 

「貴様、hell maker」

 

「そうだ。お前達の様に、日本を土足で踏み荒らすアホどもに地獄を見せる者だ!!」

 

そう言うと長嶺が一気に工作員の元へと肉薄し、近距離戦を仕掛ける。工作員の武装は接近戦では取り回しの悪いアサルトライフルであり、長嶺の武装は拳銃二挺のみ。しかも後ろにはロイヤルのKAN-SENも居るのだから、流れ弾が当たっては目も当てられない。

 

「ウギャッ!」

「コイツ素早い!!」

「乱戦になる!!同士討ちを避けろ!!」

 

神がかった速度で殲滅していく。更には腕に嵌めておいたグラップリングフックで三次元の立体的な戦法を取り、より素早く且つ正確に殲滅していく。3分と経たずに全滅したが、後ろを振り返るとイラストリアスが人質に取られていた。

 

「動くなhell maker!!コイツがどうなってもいいのか!?」

 

「うん」

 

「え!?な、なら、此処でこの女を犯すぞ!!」

 

「いいんじゃない?」

 

全員が長嶺と工作員に嫌悪感を示す。工作員は長嶺の予想と真逆の答えに困惑し、頭の中がパニックになる。

 

「別にソイツは国民でもなけりゃ、護衛対象な訳でもない。例え生きていようと、殺されようと、俺にはメリットもデメリットもない。アンタは人質に取って俺に何かしらの要求を突き付ける気なんだろうが、ソイツじゃ人質になり得ない。というかこの島にいる奴、全員が人質としての価値がない」

 

「お前それでも男か!?」

 

「さっき「犯す」とか言ってたお前には言われたくない」

 

パニックの余り、特大ブーメランを放つ工作員。長嶺は普通にツッコミ、色々カオスな事になる。

 

「そんじゃ後はお好きに殺すなり、犯すなり御自由にしてくださいな。とでも言うと思ったか、クソ野郎!!」

 

その瞬間、工作員の背後から犬神と八咫烏が襲い掛かる。

 

「お前達、殺してやれ。出来るだけ苦しむ様に」

 

その言葉を聞いた瞬間、二匹の目の色が変わった。まずは八咫烏が目玉を啄み、犬神は股間をかじり取る。その後も犬神が引っ掻いて肉を抉ったり齧った所を、八咫烏が容赦なく突っつく。2分ほどで惨殺死体の完成である。

 

「イラストリアス、大丈夫か?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「済まなかったな。コイツらの奇襲の時間稼ぎとは言えど、色々言ってしまって」

 

「私は信じていましたわ。貴方が本心からそんな事を言う人では無いって」

 

そう言いながら、自分の豊満な果実を腕に押し付ける。しかし長嶺は現在全身が厚い装甲に覆われており、胸の感触なんざ感じられない。そんな訳で顔色ひとつ変えずに「そりゃ光栄」と言うだけで終わった。そんな時間も束の間、今度はヘリのローター音を聞き取る。音のする空を見ると、黒点が近づいてきていた。

 

「Mi24ハインドDに、Mi28ハヴォックかよ」

 

迎撃しようとするが、長嶺はある事を思い出す。今の時間は11:59。つまり、アイツらの来る時間である。

 

「おい長嶺、あの機体はどうするんだ⁉︎」

 

ウェールズが何の対応もしない長嶺に怒鳴る。

 

「何もしねーよ。アイツらの掃除は、騎兵隊に任せてやろうじゃないか」

 

そう言った瞬間、真ん中にいたハヴォックがその場で回転しながら、海面へと落ちていく。両サイドに居たハインドは無数の銃弾に貫かれ、空中で爆発した。何が起きたか長嶺以外できていなかったが、取り敢えず危機が去った事は分かった。しかし今度は自分達のいる庭園の上から、今まで浴びた事ない強風に襲われる。

 

「今度は何ですの!?」

 

「大丈夫。味方だ」

 

『総隊長殿ー!!生きていますか!!』

 

「俺がそう簡単にくたばるわきゃねーだろ!!」

 

上空には巨大な航空機とヘリコプターがホバリングしていた。霞桜独自開発のVTOL機、黒鮫と汎用ヘリコプター、黒山猫である。

他大隊の機体達も次々に飛来し、隊員達が降りて来る。瞬く間に隊員達で庭園は埋まるが、そこは最強の特殊部隊。全員が綺麗に整列し、総隊長である長嶺の指示を待つ。

 

「さて、諸君。今日の仕事は至極単純、スパイ狩りだ。範囲はこの島全域、KAN-SENの被害はゼロにしろ。いいな!!」

 

「「「「オオォォォォォォ!!」」」」

 

了解の代わりに、大きな雄叫びが上がる。隊員達はグラップリングフックで機体に張り付き、下に広がる施設一体への急襲作戦を開始する。更にバルク率いる第二大隊は東側、マーリンとレリックの第一、第三大隊は港湾方面からの突入を開始する。

 

 

 

港湾地区 空母エンタープライズ 飛行甲板

「また無茶をしましたね、エンタープライズちゃん!!!!」

 

ピンク髪のナースの様なシスターの様な格好をしたKAN-SEN、ヴェスタルがエンタープライズを叱り飛ばす。近くのホーネットは「あちゃー」と苦笑いしている。因みにヴェスタルはユニオン本国でもエンタープライズの面倒を見ており、いつもエンタープライズが無茶して怒られていた。所謂、お決まりパターンというヤツである。しかし今回は、少しパターンから外れる事になる。

 

「ね、ねぇ。アレ、何かな?」

 

二人がホーネットの指差す方向を見ると、何かが猛スピードで近づいてくる。勿論、第一大隊の黒鮫である。

黒鯨はエンタープライズの上空でホバリングすると、隊員達をファストロープで降下させて支援行動に入る。

 

「うわっ、何々!?」

「何なんですかぁ!!」

「お前達、何者だ!?」

 

いきなりの事に、三人共軽くパニックになる。

 

「ご安心ください、我々は味方です。霞桜総隊長、長嶺雷蔵元帥の指示で現在作戦を展開しています。貴女方に危害は一切加えませんので、此方の指示に従ってください。あ、それから少し甲板をお借りします」

 

第一大隊の大隊長、マーリンの物腰柔らかな対応に面食らう。見た目はスナイパーライフル装備に、見るからに重そうな戦闘服を着込んでおり、先入観的にどうしても怖い人のイメージが出てくる。しかし全くの正反対な対応に、色々驚きっぱなしである。

 

「おやっさん!!下に居ます!!!」

 

「迎撃なさい!!」

 

隊員の一人が下に工作員がいる事を見抜き、マーリンが即座に対応を指示する。直後、隊員達が埠頭側の甲板に並び弾丸の雨を降らせる。

 

ドカカカカカ!!

 

総勢38人の一斉射に、たかが5人では成す術なく倒れる。排除が完了すると、精神的な配慮から死体を回収する。その最中、他の敵兵からの無線が入る。

 

『こちら朱雀4-8、バーサーカーを使用する。直ちに退避せよ』

 

「おやっさん!敵さんは、バーサーカーとか言う兵器を使うそうです!!今、無線が入りました!!」

 

「バーサーカー?そんな兵器は聞いた事ないですね。取り敢えず、総隊長には連絡しましょう」

 

部下に命じ、空中司令室で指揮を取っている長嶺に連絡する。「バーサーカー」という単語が出た瞬間、長嶺の顔は一気に硬直する。

 

「了解だ。おい、総員に最優先命令!「黒い化け物と相対した際は、直ちに撤退しエアカバーを要請せよ」以上だ!」

 

「ハッ!」

 

無線兵が現在、各区画で作戦展開中に連絡する。それではここで、バーサーカーが何かをご説明しよう。

バーサーカーというのは兵器の名前ではなく、中国が極秘裏に開発したウイルスの劣化コピー版に感染した人間を指す。このウイルスは人間に感染すると、まずエンドルフィン(幸福を感じさせる脳内麻薬)を大量に分泌させ、脳の他部分を麻痺させ理性というタガを外させる。更に睡眠欲を完全に消去させる代わりに性欲、食欲、戦闘欲を異常に発達させるホルモンと、筋肉が以上発達するホルモンが過剰分泌され、まるでバーサーカーやアベンジャーズのハルクの様な巨大な化け物になるのである。因みに作用の強さには個人差があり、個体によって若干の違いがある。

 

「オオォォォォン!!!!」

 

「うおっ!?」

「コイツか⁉︎」

「取り敢えず逃げろ!!」

 

突如として道路の下から、黒いハルクみたく巨大な人間が道を突き破って現れる。近くの商店には調査の為にいた霞桜の隊員もおり、命令通り航空支援を要請し自分達も逃げつつ他のKAN-SEN達も逃がしていた。しかしバーサーカーの動きは図体の割に速く、直ぐに追いつかれてKAN-SENの一人が捕まってしまう。

 

「いや!!離して!!」

 

「グフフフ、オオォォォォン!!!!」

 

「ヒッ!?」

 

ジャベリンが両手で掴まれ、顔を舐め下腹部にバーサーカーのアレを押し付けられている。それを見た瞬間、撤退中の霞桜の隊員達はライフルで手や腕を撃ちまくる。

 

ドカカカカカ、ドカカカカカ

 

しかし効く気配は無く、無視してジャベリンと交わろうとしている。ジャベリンも自由の効く足で、蹴ったりしているが弾丸が通じないのに効くわけがない。抵抗虚しく犯されそうになった瞬間、バーサーカーの後ろが爆発する。

 

「グガッ!?」

 

『オイゴラ、化け物!!この俺を倒してみろ!!』

 

振り返ると、空中でホバリングする黒鮫の姿があった。黒鮫に気を取られる間に、上空から長嶺が空挺降下しバーサーカーの腕を切り飛ばす。でもってジャベリンを解放し、腕に抱えたまま立体機動で逃げる。

 

「お前達、やっちまえ!!」

 

『総隊長のお許しだ!!撃ちまくれ!!』

 

130mm砲やら機関砲やらで、バーサーカーを穴だらけにする。悲鳴を上げる前に絶命し、完全に肉片に加工されている。

 

『本部中隊、狩りは終わりました』

『第一大隊も同じく』

『第二大隊、終わりやしたぜ』

『第三大隊、終わった』

『ボス、第四はもう少し掛かるわ』

『第五も同じく』

 

「了解、よくやってくれた。これが終わり次第、第一大隊以外は江ノ島に帰投しろ。第一大隊はここに駐屯し、深海棲艦出現時は適宜これを排除せよ」

 

『『『『『『了解』』』』』』

 

その後、遅れていた第四、第五大隊も掃討が完了し江ノ島へと帰投した。

 

 



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第十六話潜入レットアクシズ

翌日 07:00

『提督、昨日の攻略作戦ですが、無事に成功しました。しかし阿賀野、扶桑が中破、山城、響が小破しており入渠中です』

 

「了解。補給は手厚くして、出撃した奴らも休ませてやれ。こっちはこっちで、まあ平和にやってるから」

 

秘書艦の大和が昨日の攻略作戦について報告している。現在日本は太平洋の航路を着々と確保しており、そろそろオーストラリア方面やインド洋方面への進出が計画されている。その為、現在アズールレーン基地より程近い海域の解放を進めているのである。

 

『あ、それと報告で上がっているのですが、どうやら何機かの艦載機と深海棲艦の一個水雷戦隊を取り逃している様です』

 

「わかった。こっちでも警戒しておくから、安心してくれ」

 

『はい。それでは、任務がんばってくださいね?』

 

「あぁ。そっちは任せた」

 

という訳で、朝食を取る前に霞桜の駐屯地(と言っても海岸に機関銃陣地とプレハブ小屋を設置し、海に黒鮫を駐機してるだけの粗末な物)に向かい、大隊長のマーリンと会議を行う。

 

 

 

十数分後 霞桜駐屯地

「総隊長、おはようございます」

 

「よおマーリン。早速で悪いんだが、今日の哨戒機は増量してくれないか?近くの海域を攻略してた艦隊が言うには、一個水雷戦隊と航空機を取り逃したらしくてな。もしかしたら、こっちに流れて来るかもしれん」

 

「わかりました。それでは東西南北に一機ずつ、基地上空に早期警戒管制機を一機、周辺海域も偵察させるのはどうでしょう?」

 

「それで頼む。詳しい所は、お前の裁量で適当に揃えてくれ」

 

「了解しました」

 

朝食を取る為、食堂に向かおうとするとマーリンに「総隊長」と呼び止められる。

 

「レリックの置き土産です」

 

SFの武器が入ってそうな箱を蹴り飛ばし、長嶺に渡す。

 

「んだこりゃ?」

 

箱を開けてみると、小型のシールドが入っていた。

 

「コイツは?」

 

「レリックが言うには試作モデルのライオットシールドらしくて、名前は「平泉」と言うそうです。取り回しやすい様に小型ですが、変形させる事によって立ったままでも全身をカバーできる、大型の防弾シールドになるそうです。一応、対深海棲艦徹甲弾を使用した12.7mm弾は弾けるそうです。

更にフラッシュライトによる目眩し、盾自体にスタンガン機能が付いており、相手を非殺傷で無力化できるそうです」

 

「中々にエゲツないの作るな」

 

と言いつつ、腕に嵌めて展開してみる。「ガション」という音ともに、さっきまで顔を守れる程度の板だった物が、変形して一気に体全体を覆う壁となる。

 

「ワオ。こりゃいいね」

 

「レリック曰く、自信作だそうですよ。その内、部隊にも配備する予定だとか」

 

「戦略の幅がまた広がるな」

 

「えぇ。あ、私は訓練の時間ですので、これにて」

 

「おう」

 

マーリンと別れて、長嶺は食事を取る為に食堂に向かう。

 

 

 

08:00 食堂

食堂の番人、ネバダが食事を盛り付ける。因みにメニューはトースト、ベーコン、目玉焼き、フライドポテトである。

 

「〜♪〜〜♪。ほら」

 

「っておいおい、明らかに多いぞ?」

 

渡されたプレートにはトースト4枚、ベーコン12枚、ダブルの目玉焼き2枚、ポテト12、3本が載せられている。勿論他のKAN-SENより多い。

 

「育ち盛りだろ?一杯食べな。それにアンタは客人だ。客人に腹をすかされちゃ、ユニオンの恥だ」

 

「そう言うことなら、遠慮なく」

 

盛られた以上、お残しをする訳にもいかない。気合いで食らいつく。トーストを頬張り、目玉焼きを一息に口に入れ、ベーコンにベーコンを巻いて食らいつく。文面では汚らしいが実際は女の子がいる手前、一応行儀良く食べる。15分程で腹に入れ、自室に戻る。そしてそのまま、溜まりに溜まった執務を開始する。

そのまま完全にゾーンに嵌ってしまい、気づくと時計は短針が丁度一周していた。

 

「うげっ、もう20:40かよ。道理で腹が減る訳だ」

 

鎮守府から持ってきたカップ麺を作り、簡単に食事をとる。食事を終えたのと同タイミングで、マーリンから連絡が入る。

 

『総隊長。アズールレーン側が近海にて救難信号を捉えたと報告が上がりました。如何なさいますか?』

 

「直ぐに黒鮫を上げろ。人命救助の場合を考えて、医療支援型も派遣。規模は念の為、二個小隊だ」

 

『了解しました』

 

「さて、俺も行くか」

 

外に出ると超大荒れであり雨は横殴りに降り、風は強く、木はへし折らそうな勢いでグワングワン揺れている。

 

 

 

洋上

「この嵐で遭難か?」

 

「かもねってエンタープライズ!?なんで付いてきたの!艤装まだ直ってないだろう!?」

 

「そのような状態で出現なさっているのですか!?」

 

現在アズールレーン側が救出に向かっているのはエンタープライズ、クリーブランド、ハムマン、ベルファストの4隻。しかしエンタープライズの艤装は先の戦闘で損傷しており、完全に治っていないのに出撃している。その為、クリーブランドとベルファストが戻る様に説得している。

 

「少しは修復した。問題ない」

 

「でも!」

 

「待って!前方に何か!」

 

ハムマンの言葉により前方を確認する。そこには一隻の艦とセイレーンの艦が存在していた。しかしいつもの赤やオレンジに発光する部分の色が完全に落ちており、何か可笑しい。

 

「セイレーン!?こんな時に!」

 

「いや、よく見ろ。戦闘の後だ」

 

「まさか!救難信号を出した艦がセイレーンとたたかっている!?」

 

「なら、早く助けに行かないと!!でも、こんな嵐じゃ索敵も難しい...慎重に進まなきゃ.......」

 

「索敵なら任せな」

 

丁度その時、長嶺が追い付きクリーブランドに声をかける。

 

「フォックス!!」

 

「この嵐じゃ、艦載機なんて飛ばせないよな。だけど、コイツなら問題ない」

 

そうい言いながら、肩に止まっている八咫烏を指差す。

 

「八咫烏、周辺警戒!!」

 

「心得た」

 

「カラスが喋る噂って、本当だったんだ.......」

 

因みにアズールレーン基地内では、長嶺のペット(犬神と八咫烏)は言葉を喋れるという噂が流れている。

八咫烏が肩から飛び立った直後、後ろから3機の黒鮫が頭上を通過する。

 

「アレ何!?」

 

「俺の部下が乗っている。今回は救助任務だし、医療支援のできる機体も連れて来てるから、救助したらこっちに預けてくれ」

 

「承知しました」

 

「ってアレ?エンタープライズ何処いった?」

 

クリーブランドとベルファストと会話している間に、エンタープライズが何処かに消えていた。辺りを見回すとクリーブランドが見つけた。遥か前方に。

 

「ああもう!なんであいつはいつもああなのさ!!」

 

クリーブランドの怒号は雨にかき消され、エンタープライズに届く事は無かった。

 

 

 

救難信号発信地点

「発進地点に到着しました。降下します」

 

「第一分隊は私と共に駆逐艦の捜索。残りは周辺とセイレーン艦の警戒をお願いします」

 

マーリンが部下達に命令を下す。そうこうしているていると、機体のカーゴドアが開き、パイロットが手で「降りろ」のジェスチャーを送る。

 

「GO!」

 

マーリンの号令に合わせて、隊員達がランディングゾーンを確保する。取り敢えず艦首方向に降り立った為、艦橋の方に歩き始める。ついでにタイミング良くエンタープライズとも合流し、一緒に探索を開始する。

 

「恐らく装備や形状から察するに、旧中華民国海軍、こちら風に言うなら東煌の寧海級軽巡洋艦ですね」

 

「軽巡でセイレーン艦3隻を撃沈とは、中々に大立ち回りしましたね。無事だと良いのですが.......」

 

「大隊長!要救助者発見!」

 

部下の兵士が艦橋と煙突の間で、手を振っている。そこに向かうと赤いチャイナドレスを纏った少女が、紫のチャイナドレスを纏った少女を抱えて此方を睨んでいた。

 

「怖がらないで、私達は貴方の味方です。救助信号を追って来ました」

 

面を外して、優しい笑顔を浮かべながら説明する。その顔を見て安心したのか、急に泣きだす。

 

「お願い、寧海姉ちゃんを助けて.......」

 

「えぇ。メディック」

 

「嬢ちゃん、此処に寝かせてくれるか?」

 

メディックが近寄り、一度甲板に寝かせて貰う。鞄から聴診器等の道具を取り出し、簡単な診察を始める。

 

「外傷は無い。だが骨折の可能性があるな。それに脳震盪と中度の低体温症を起こしてる」

 

「寧海姉ちゃん死んじゃうの!?」

 

「いや命に別状も無いし、後遺症も残らない。隊長、支援機を」

 

「もう呼んでますよ」

 

マーリンがそう言った瞬間、頭上に医療支援型の黒鮫が飛来してホバリングする。姿勢が安定するとカーゴドアから、担架が降りてくる。寧海を担架に固定し、ハンドサインで上げる様に指示をする。

 

「そのまま帰還し、医務室に運んでくれ!」

 

『おう!』

 

無線でメディックがパイロットに指示を出し、それに従い機体は一度離脱する。一先ず安心という所だが、そうは行かなかった。なんと沈黙していたセイレーン艦の一隻が息を吹き返し、砲塔をこっちに向けたのである。

 

「倒し損ねた!?」

 

赤いチャイナドレスの方、平海が驚く。エンタープライズも驚いているが、霞桜の隊員達は驚く前に行動していた。一斉に走り出し、銃口をセイレーン艦に向けたのである。エンタープライズも動き始めようとするが、それをマーリンが「待ってください」と止める。

 

「何故止める⁉︎」

 

「囮はいりません。砲塔を破壊します」

 

そう言うと背中に背負っていたマーリン専用のスナイパーライフル、「バーゲスト」を構える。

 

 

バーゲスト

マーリンの為に特別に設計された、超長距離対応型スナイパーライフルである。ウィンチェスターとM24を混ぜた様な外見をしており、今どき珍しいレバーアクション銃である。機関部を取り替える事により7.62mm、12.7mm、20mmの3種類が使用可能になる。装弾数は5+1発である。

 

 

微かに聞こえる装填の機械音を聞き逃さない為、静かに感覚を研ぎ澄ませる。

 

ガコン

 

「ッ!」

 

ダァン

 

砲弾が薬室に送り込まれた瞬間、トリガーを引いて12.7mm徹甲弾を発射する。迷いなく正確に砲身内に弾丸は入り込み、砲弾を誘爆させて内部機構ごと破壊する。

 

「一斉撃ち方!!」

 

マーリンの号令に「待ってました!!」と言わんばかりに攻撃を開始する。弾丸は勿論、対深海棲艦徹甲弾でありセイレーン艦を串刺しにする。程なくして爆発撃沈し、今度こそ仕留める。丁度そのタイミングで長嶺ら4人も到着する。

 

「先程、砲塔が爆発しておりましたが、何か爆弾を仕掛けておいたのですか?」

 

ベルファストがマーリンに質問する。

 

「いえ、弾丸を砲身内に送り込んで誘爆させただけです」

 

サラッとトンデモ無い事を言うマーリンに、ベルファストの顔が引き攣る。それを見て長嶺は笑いながら、ベルファストに更なる事実を言う。

 

「昨日の襲撃、航空機が向かってきた時に一機だけ、その場でグルグル回りながら墜落しただろ?あの機体はヘリコプターって種類の航空機なんだが、後方に付いてるテールローターってのをマーリンが3km離れた所から撃ったんだ。コイツの狙撃能力は、世界にいる数多いるスナイパーの中でも一番だろうよ」

 

「アナタの方が狙撃は上手いでしょう?」

 

マーリンが思わず突っ込む。しかしベルファストは上の空であった事は言うまでもない。しかし油断している間もなく、別の事態が発生する。

 

『総隊長、レーダーにて深海棲艦の艦載機17機と一個水雷戦隊を探知しました!!』

 

「了解。対処する」

 

「どうした?」

 

「深海棲艦、まあこっちの世界のセイレーンが現れた。マーリン、先に艦載機を叩く。合わせろ」

 

「わかりました」

 

二人は艦尾へと移動しマーリンはバーゲストを、長嶺は土蜘蛛(2挺拳銃)を構える。

 

「来た!」

 

長嶺の声に反応し、まずマーリンが先頭の5機に弾丸を撃ち込む。間髪入れずに長嶺が12発の弾丸を発射し、艦載機を火ダルマにする。

 

「5KILL」

 

「12KILL」

 

海に目をやれば第一大隊と2機の黒鮫が深海棲艦を血祭りに上げ、丁度最後の艦に130mm砲をお見舞いしていた所であった。何はともあれ無事要救助者を救出し、撃ち漏らした深海棲艦も深海に送り返して一安心である。翌日、助けた2人に話を聞くとセイレーンの上位個体が動いている事が発覚し、それを調べるついでに今度はレッドアクシズの基地に向かう事になった。

しかも運良く、ロイヤルメイド隊の2人が派遣されており現地で落ち合う事になっていた。

 

 

 

レッドアクシズ基地 港湾施設

(確かこの辺りで落ち合う筈なんだが.......。あ、いた)

 

「物資の流れから見るに、この奥に何かある様です」

 

「お前もそう思うか?」

 

「はい。って、アナタ誰ですか!?」

 

潜入しているメイド隊の一人、シェフィールドが銃を構える。横でもう一人のメイド、エディンバラはアワアワしてる。

 

「大丈夫、味方だ。ベルファストから聞いてない?」

 

「という事はアナタが、日本とか言う国から派遣された諜報員。確か名前は長嶺雷蔵様でしたね」

 

「合ってるんだが、一応今はコードネームの「ゴールドフォックス」と呼んで欲しい」

 

「承知しました」

 

一向は中に潜入する。中には謎の巨大艦があり、近くに赤城と加賀、そして謎のタコの様な艤装を纏った病的なまでに肌が白く、生気を感じさせない少女がいた。

 

「(なんだありゃ)」

 

「(恐らくこれが、オロチ計画とかいう物の舟でしょう)」

 

「(あ、アレ!セイレーンの上位個体ですよぉ!!!!)」

 

エディンバラの言葉にシェフィールドが警戒を強める。

 

「(なんか良くわからんが、ヤバいことはわかった。どうする?排除するか?)」

 

「(ライフルも無いのにどうや.......)」

 

長嶺の背中を見ると、馬鹿でかいスナイパーライフルがあったのである。因みにさっきまで無かった。

 

「(ありますけど、流石にリスクが大き過ぎるでしょう)」

 

対応策を話している間に、赤城が黒いキューブをオロチの中に入れている。入れた瞬間、赤い光が灯り、まるでセイレーン艦の様な紋様が現れる。そしてまた別の黒いキューブを、赤城はセイレーンから受け取っていた。

 

ガサッ!

 

「誰だ!?」

 

3人が身を屈める。しかし物音を立てたのは別の人間、いやKAN-SENだった。

 

「にゃにゃにゃ、にゃんのことかにゃぁ。明石、道に迷っただけだにゃ。って、にゃにゃにゃにゃぁぁぁ!!!???」

 

明石が超絶下手な誤魔化しで切り抜けようとするが、タコ艤装のセイレーンが触手で明石を捕らえる。

 

「あら、見られちゃったわね。仕方ないわね。好奇心は猫を殺す、なんてね?」

 

「いやぁぁ!!助けてにゃー!!」

 

「待ちなさい。重桜の中で勝手なことは許さないわ」

 

「そんなこと言われてもねぇ。このまま放っておくわけにもいかないでしょ?」

 

何か如何にもヤバそうな雰囲気である為、どうしようかなとシェフィールドが横を向いた時、目の前で銃声が鳴り響く。

 

「おいおい、タコが猫を食うとか聞いた事ねーぞ。魚にしとけ」

 

銃弾を正確に触手に当てて明石を解放し、堂々とタコ女に歩みよる。しかしその前に、加賀が立ちはだかる。

 

「貴様、姉様に傷を負わせた軍人!!」

 

「お?やるか?いいぜ、来いよ」

 

手で「かかってこい」とジェスチャーをして煽る。それに乗って殺意マシマシで、噛み付かんばかりに飛び付いてくる。

 

「おっと」

 

しかし普通にバックステップで躱して、それ以降の殴りや蹴りも普通に避ける。しかも余裕そうな表情をしてスレスレの所を避ける物だから、加賀は完全に怒りで周りが見えなくなる。

 

「さて、じゃあそろそろ終わりにしよう」

 

大きく振りかぶった拳を躱して出来た隙に、鳩尾へ拳を叩き込む。直後「ゴブッ!」という鈍い声と共に、力なく崩れ落ちる。

 

「加賀!!」

 

「大丈夫。鳩尾殴って意識奪っただけだ。クソ痛いが、死ぬ事はない」

 

「流石、裏社会で恐れられてる兵士ね。武闘派の加賀でも敵わないなんて」

 

「初めましてだな、タコ女。こんな所で何をやってる?蛸壺にしちゃ、中々に大きすぎるぜ?」

 

「あら、レディには敬意を持つ様に習わなかったのかしら?」

 

そう言いながら艤装の触手と砲身を長嶺に向けて、脅しをかける。

 

「生憎と、認めた敵以外には敬意を払うつもりは無い」

 

長嶺も両手に携えた土蜘蛛をタコ女に向けて、セーフティーを外す。「一触即発」という表現がこれ程合う場面も中々無いだろう。しかしそんな一触即発は、不意に爆発してしまう事になる。

 

バシュッ!

 

なんと後ろの岩場から、ロケット弾が赤城に向け発射されたのである。

 

「赤城、伏せろぉぉぉ!!」

 

その言葉と同時に長嶺がロケット弾を撃ち抜き、空中で爆破する。

 

「犬神、数は!!」

 

「崖に1、後ろの通路から23。挟まれるよ!」

 

「犬神はあのロケラン野郎を食らってこい。八咫烏、一度外に出て偵察!俺は通路の方を抑える。月華、鎌鼬、竜宮、朧影、幻月、閻魔を落とせ!!」

 

二匹が行動を開始する。まず犬神がロケット弾を装填している兵士の腕を食いちぎり、喉を爪でむしり取る。八咫烏は外海に通ずる水路を飛んで外へと出て、偵察を開始する。

長嶺は一度通路の上に陣取り、中に入ってくるのを待つ。

 

「目標ポイントだ。突入!」

 

「GO GO GO!!」

 

しかし中に入ろうとした瞬間、上から長嶺が月華LMGを構えてぶら下がる。

 

「コンタク」

 

ドカカカカカカカカカカ!!!

 

まさか真上に人が居るとは思わず、呆気に取られて言葉すら発する間も無く銃弾のシャワーを浴びせる。

一方メイド組も赤城から黒いキューブを強奪し、スモークを焚いて撤退する。

 

「長嶺様!」

 

「先に行け!!どうやら俺は、更に仕事がある様だ」

 

長嶺は基地内に敵の気配を感じていた。直後、八咫烏からも「敵影多数」との報告が入り、急遽敵の掃討を開始する。八咫烏の報告によると敵がいるのは武家屋敷、茶屋、鉄血宿舎の3つ。一番近いのは茶屋であり、立体機動で茶屋に向かう。

 

 

 

数分後 茶屋

「瑞鶴、私のお団子食べる?」

 

「貰っちゃっていいの?」

 

「いいわよ」

 

茶屋では翔鶴と瑞鶴が夕日を見ながらお茶を飲んでいた。姉妹水入らずの空間に、願ってもない客人が現れる。

 

「対象を発見。確保しろ」

 

何と完全武装の兵士30人がグルリと周りを取り囲んでいた。

 

「アンタ達誰!?」

 

「我々の指示に従え」

 

瑞鶴が怒鳴るが、兵士達は動じない。無機質な声で命令し、他の兵士達も銃を構える。命令してきた兵士が注射器を懐から出した瞬間、頭が消し飛び右に倒れる。

 

「隊長!」

 

その瞬間、真横から無数の弾丸が飛来し、声を掛けた兵士以下6人が倒れる。周囲を確認すると、空中から長嶺がスライディング着地をしながら肉薄し、鎌鼬SGを至近距離から食らわせる。12ゲージ散弾の威力は凄まじく、撃たれた兵士は後ろに吹き飛ぶ。

 

「霞桜!?なぜ貴様がここに居る!?」

 

「此処は一応日本の領域だ。そこに俺がいて、何がおかしい?寧ろ日本以外の軍事勢力であるお前らの方が、よっぽど可笑しいだろ?日本の領土に土足で踏み入った罪、その血で贖って貰うぞ」

 

右手に竜宮AR、左手に鎌鼬SGを構えて敵に弾丸を浴びせる。進路上の敵を一掃しつつ、翔鶴と瑞鶴を連れて遮蔽物のある店内に逃げ込む。

 

「ハァハァ。あ、アンタ敵でしょ!?何で私達を助けるの!?」

 

瑞鶴の疑問は尤もである。一応、一昨日には砲火を交えた仲ではある。

 

「そんなのお前達を俺の仲間に引き込む為に決まってんだろ?」

 

「ハァ!?」

 

「だってKAN-SENとか言う訳の分からない謎能力持ってて、セイレーンとか言う謎の敵を倒せる唯一の存在なんだろ?でもってお前達に味方は、この島のKAN-SEN以外無い。それなら俺の仲間になって貰った方が、色々都合が良い」

 

話がぶっ飛びすぎて、瑞鶴の脳内は混乱しまくっている。しかし翔鶴は普通に「何言ってるんですか?SF小説の世界じゃありませんよ?」と普通に突っ込んでくる。あ、因みにさっきの会話中にも、普通に弾丸を撃ち込んでいる。

 

「信じられないのは分かる。まあ詳しくはまた教えてやるから、取り敢えず重桜本国なり、鉄血本国に連絡してみるといい。連絡取れないはずだから、な!」

 

最後の一人を倒して、翔鶴に衛星電話とメモを渡す。

 

「知りたくなったら使うといい。俺と会話できる。それじゃ、後は気をつけて帰るんだな」

 

そう言うと倒した兵士の端末を奪い、今度は武家屋敷に向かって飛ぶ。

 

 

 

武家屋敷手前の竹藪

「ハァ!!」

 

武家屋敷の方では、高雄と愛宕が武装勢力と戦っていた。しかしまだ一人も倒せていない。何せ数が2対60という中々に厳しい戦力差な上、二人の武器は刀のみであり、片や武装勢力はアサルトライフルである。

 

「一体何なの、あの人達は?」

 

「拙者が知る訳ないだろう」

 

「って、高雄ちゃん。アレ、不味くないかしら?」

 

愛宕が指刺す方向には装甲車が居たのである。しかも上に大口径機関砲と対戦車ミサイルを搭載した、どう考えてもヤバい奴。しかし装甲車は機関砲を撃つ前に、大爆発を起こして鉄の塊に早替わりすることになる。

 

「そーら、グレネード弾の押し売りだぁ!」

 

なんと真上から長嶺が大蛇GLを使って、40発のグレネード弾の雨を降らせる。装甲車や戦車というのは、実は側面、背面、上下の装甲は薄いのである。その為、グレネード弾の飽和攻撃には耐えられず撃破される。ついでに周りの歩兵も巻き込んで、大爆発を起こす。

 

「い、一体何がおこったのだ?」

 

「装甲車が破壊されたわね.......」

 

装甲車が爆発して呆気に取られていると、背後からククリ刀を持った兵士に襲われる。刀で弾いて距離を取るが、相手は全く動じずに構える。しかし次の瞬間、兵士は真横から蹴りを食らって吹っ飛ぶ。

 

「ククリ刀か。珍しいの持ってんな」

 

「何者だ!」

 

高雄が長嶺に刀を向ける。

 

「ん?まあ、一応味方だ。取り敢えず、コイツを片付けようか」

 

そう言った瞬間、ククリ刀を持った兵士が襲いかかる。しかしバク転で躱しつつ、刀を抜いて応戦体制をとる。

 

「霞桜総隊長、ゴールドフォックス。覚悟しろ」

 

「俺のタマ取るつもりなら、テメェも取られる覚悟はあるんだろうな?いいだろう、かかってこい」

 

そう言った瞬間、兵士が走り出して長嶺に肉薄する。しかしその突進を避けると、後ろから背中を真一文字に切り裂き絶命させる。

 

「弱い。口程にも無いな」

 

そう吐き捨てると、今度は鉄血宿舎へと飛ぶ。鉄血宿舎は既に謎の勢力によって占領されており、中には鉄血のKAN-SEN、オイゲン 、ヒッパー、ニーミ、レーベ、ケルンの5人が捕らえられていた。

 

「了解。直ぐに帰投する。さて、野郎共。本国に帰還するぞ」

 

隊長格の兵士がそう言うと、他の兵士達がオイゲンらを引っ張って連れて行こうとする。しかしその瞬間、窓ガラスをかち割り長嶺が中に飛び込んでくる。

 

「何者だ!?」

 

「悪魔だ」

 

そう言ってニヤリと笑うと、容赦なく周りの兵士に朧影SMGで9mm弾をプレゼントする。

 

「その装備、まさかBig catastrophe!?」

 

「そうだとも。恨むなよ?恨むなら、こんな仕事してる自分を恨め」

 

「や、やめ」

 

有無を言わさず、残りの兵士全員を射殺する。そんでもって鉄血のKAN-SENの手錠を外し、解放する。しかしオイゲンが一瞬の隙を突いて、死んだ兵士の拳銃を奪って長嶺に向ける。

 

「おいおい、何の真似だ?」

 

「アナタ、一応敵でしょ?なら文句言われる筋合いはないわ」

 

「あっそう」

 

そう言いながら後ろを振り返る。

 

「動かないで!」

 

更に前に突き出す。しかし長嶺は堂々と銃を観察すると、突然笑い出す。

 

「プッ、オマ、ウヒヒヒヒ!せ、せめてセーフティー解除してから言えよwww。トカレフじゃねーんだからさwww」

 

そう笑われて、赤い顔しながら確認する。しかしそれを見逃さず、一気に近寄りスライドを外し、ついでに刀を抜いて首に突きつける。

 

「覚えておけ。戦場で慣れないことはするな」

 

パチ、パチ、パチ、パチ

 

何処からともなくスーツに帽子を被った中年男性が拍手をしながら、歩み寄ってくる。

 

「いやはや、流石長嶺くん。見事な体術だ」

 

「なんでアンタが出てくるんだ、え?というか久しぶりだな、トーラス・トバルカイン!!」

 

「あぁ。かれこれ、約1年ぶりだな」

 

そう言った瞬間、12枚のトランプを放射状に投げる。

 

「うおっ!?」

 

取り敢えずジャンプで避けるが、後ろを見ると壁にトランプが突き刺さっていた。

 

「ん?」

 

しかも微かに「カチカチ」という音すら聞こえており、何か嫌な予感がして前に伏せる。その瞬間、トランプが爆発し部屋の壁がぶち抜かれる。

 

「爆発までするとか、もう何でもありだな」

 

「今度はこっちの番だ」と言わんばかりに、刀を構えて肉薄する。

 

「おぉ、やるねぇ」

 

幻月はトランプで弾かれるが、閻魔を前に押し出して突く。しかしそれもトランプで防がれる。その後も一進一退の攻防が行われる。刀でトランプを切り裂き、突いたり薙ぎ払ったりして攻撃する。トバルカインもトランプで刀を別の方向に受け流し、爆弾トランプで攻撃する。そんな攻防が15分も続いたが、決着はつかなかった。

 

「どうやら、勝負はつかないようだねぇ。この勝負は預けておくよ」

 

そう言うと5枚のトランプを取り出し、長嶺に向けると強い光を発して目眩しをし、光が消えるとトバルカインは居なかった。

 

「さて、俺も撤退するか」

 

トバルカインが居なくなったことを確認すると、長嶺も八咫烏に飛び乗って撤退した。

 

 

 



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第十七話廃墟ビル群での戦闘

レッドアクシズ基地撤収の翌日 廃墟都市の島

(ランデブーポイントはここだが、なんじゃこれ)

 

現在長嶺はレッドアクシズの基地から撤退し、無線で連絡のあったランデブーポイントに向かった。しかし本来ならそこには何もない、精々岩礁群のある海域で特筆すべきものもない海域であった。いや、筈だった。

到着してみれば一体は廃墟と化したビル群の佇む島であり、どう考えても衛星の記録には残る様な建物だらけであった。

 

「あ、頭と胃が痛くなってきた.......。というか、この島は一体誰が後始末するんだよぉ」

 

長嶺の悲痛な叫びも虚しく、ビル達はただただ佇んでいるだけであった。取り敢えず立ち尽くしていても仕方がないので、シェフィールドらとの合流するビルを目指す。

拠点としている部屋に入ると、中にはシェフィールドとエディンバラの他に別のお客さんも居た。

 

「あー、確か明石とか言ったな。なんでレッドアクシズ側の技術屋が此処に居るわけ?亡命希望?」

 

「私共が逃げる際に、勝手について来てしまっていて。仕方がないので、こちらで保護する事にしました」

 

相変わらずの棒読みでシェフィールドが答える。明石はその横で「きっと、明石を始末しに来るにゃ。守ってくれにゃ。死人に口無しにゃ」と言っている。

 

「救助信号は出しておきましたので、救援がすぐに到着します」

 

「りょーかい。なら、廃墟探索にでも行ってくるとしよう。何か使える物があるかも」

 

そんな訳で部屋を出て行こうとドアノブに手を掛けるが、その瞬間に脳裏に何かが引っかかった。

 

(待てよ?この島、元は岩礁郡のある海域だった。それとは別に何か.......あ!!!)

 

一番歓迎できない「とある物」の存在を思い出し、急遽反対方向の窓から飛び降りて、岩礁郡だった頃の中心部へと向かう。しかし途中で、思わぬ者達と出会す。

 

(うげっ、鉄血の連中だ)

 

目の前にはヒッパーを除いた鉄血メンバーが勢揃いで、近くの建物の捜索を行っていた。しかもオイゲンが中心部にある禍々しい気を発する、巨大なビルに入っていった。もし長嶺の勘が正しければ、その中に「ある物」がある可能性が高い。本当は行きたくないのだが、行くしかないので後を静かに尾ける。

 

(頼むから、俺の杞憂であってくれよ。だが、アイツらには伝えておこう)

 

 

 

ビル内部 中階層

「怪しいと思ったけど、気のせいだったかしら?」

 

(いーや、気のせいじゃない。居る。絶対居る。それも、最悪な事にクイーンがな)

 

オイゲンが艤装の力か何かで、吹き抜けを上に上りながら偵察している。一方長嶺はワイヤーを一番上に撃ち込んで、そのままエレベーターみたく上がっている。しかし大体、27、8階の所で目の前に白いニット服の女性が立っていた。

 

「だ」

 

ガバッ!!

 

オイゲンが「誰?」と聞こうとした瞬間、長嶺がオイゲンの後ろから抱き付き、首にナイフを当てて口を抑えて自由を奪う。

 

「んー!ん〜ーー!!」

 

「いいか、よく聞け。口を閉じろ、さもないと切るぞ」

 

ドスを効かせて、殺気と怒気を一緒に込めて脅す。観念したのか抵抗しなくなったので、取り敢えずブランコの要領で適当な階に飛び移り、そのまま空き部屋に連れ込んで拘束を解く。

 

「だ、誰よアンタ!?」

 

「また会ったな、Süße Freyline?」

 

「長嶺、雷蔵.......」

 

「覚えていてくれたか。光栄だ」

 

さっきまでとは打って変わって、普通の口調で話しているのに少し驚くが、得意の演技でオイゲンはそれを巧妙に隠す。まあ、長嶺の観察眼を前には無意味だが。

 

「単刀直入に言う。この一帯からは離脱するんだな」

 

「お仲間でもいるのかしら?」

 

「逆だ。さっき、白ニット着た奴がいただろ?アレは恐らく、深海棲艦の港湾棲姫と呼ばれる個体だ。お前達、KAN-SENの艤装は深海棲艦には通用しない。しかもアイツはそっちで言うところの、超強化されたセイレーンの上位個体みたいな物だ。もし仮に俺達に気付き、動き出してみろ。アズールレーン、レッドアクシズ、深海棲艦、霞桜、新・大日本帝国海軍の五つがぶつかる泥沼になる」

 

最早、初っ端から意味のわからない単語しか出て来ておらず、珍紛漢紛である。

 

「ちょっと待ちなさい。あなた、頭が壊れたのかしら?深海棲艦?五つの陣営のぶつかる泥沼?何を言っているのかしら?」

 

「お前、聞かされてないのか。お前達レッドアクシズは、アズールレーン共々別世界に転移してんの。で、その転移した世界の住民が俺。深海棲艦って言うのは、そっちで言うところのセイレーンと似た様な存在だ」

 

「巫山戯ないでちょうだい!!」

 

「考えても見ろ。俺みたいな強い奴なら、戦場に生きる者として噂の一つ位聞くもんだろ?お前、俺に関する噂を聞いたことがあるか?」

 

オイゲンには心当たりがない。確かに、あれだけの強さがありながら噂一つ聞かないと言うのは変な話である。

 

「まあ信じる信じないはお前の自由だが、仲間を守りたいなら中心部からは手を引くんだな。じゃ、俺は帰らせてもらう」

 

そう言うとステルス迷彩を起動させて、拠点へと戻り一眠りする。翌日目を覚ますと既に周囲を40、或いは50のセイレーン艦、扶桑型2隻が展開し、扶桑の艦上には扶桑と山城は当然として、高雄、愛宕、翔鶴、瑞鶴、古鷹、加古、綾波の姿が確認できた。

これに加えて、鉄血のオイゲン達もいる訳で正直言って、状況は中々に面倒な事になりつつあった。しかしラッキーな事に、アズールレーン側の救援艦隊も到着した。規模もウェールズ、レパルス、エンタープライズ、ホーネット、ベルファスト、クリーブランド、ヘレナ、サンディエゴ、ジャベリン、ラフィー始めとした実力者の多い面子であった。

 

 

「どうするにゃ〜!!死ぬにゃ!三味線にされるにゃ!!」

 

明石がワタワタ慌て、シェフィールドが冷ややかな目でそれを見つめる。一方長嶺は、この状況を打開する策を打ち出していた。

 

(しゃあない。こうなったら、デモンストレーションがてらに切り札を使うとするか)

 

長嶺最大にして、最強のの切り札。つまり超戦艦『鴉天狗』の使用である。この状況を打開する為、というか勝利条件はアズールレーンの救援艦隊に合流すればいいのだが、多勢に無勢である。こっちはKAN-SENの数では一応勝ってはいるが、あちらはセイレーン艦が居る事で頭数は遥かに上である訳で、物量と火力に物を言わせて砲撃されれば目も当てられない。しかも廃墟群には鉄血の面々も控えており、撤退も命懸けである。

となると誰かが殿役を務めて囮となり、敵の砲火とヘイトを向けさせている間に離脱する必要がある。そして囮として最適解となるのが、鴉天狗である。目を引く巨大に圧倒的な装甲、火力、機動力を兼ね備え、更にはどんな状況下であったとしても最大限のパフォーマンスを発揮できるのだから、適任以外の何者でもない。

 

「よし。お前達、俺が囮になるから撤退しろ。スパイは情報を持ち帰るのが、何にも変え難い使命だ。ならば、その使命を果たすんだ」

 

「その言葉、そっくりそのままお返しします」

 

シェフィールドが止めてくる。彼女も囮がいるのは分かっているが、一応客人であり自分よりも弱い存在に囮は任せられないと思っているのである。

まあ、その認識はすぐに根底から粉々にへし折られるのだが。

 

「とは言うが、この状況下で他に方法ないだろ?それにお前達の様な軽巡程度じゃ、あんな場所に飛び込んだら速攻でお陀仏だ。しかも今回は、武装のほとんど付いてない明石という足枷がつく。そうなると、いよいよ囮が必要だろ?」

 

「そう言うあなたは、歩兵ではありませんか。長嶺様が幾ら強かろうと、歩兵と軽巡では比べるまでもありません」

 

「まあ見てな」

 

懐から7枚の黒い式神を取り出しながら、自信に満ちた笑みを浮かべる。

 

「それは?」

 

「俺の能力を解放するための鍵だ。俺はこのまま適当に奴らを引きつけるから、お前達は早いとこ艦隊と合流して撤退しろ。俺も頃合いを見て、撤退するから安心していい。あ、それから撤退するときは絶対に中心部だけは避けろ」

 

「何故ですか?」

 

「説明する時間はない。とにかく、中心部には行くな!」

 

中心部に行かない様に釘を刺し、長嶺はビルから飛び降りて立体機動でレッドアクシズ艦隊の方へと飛び立つ。

 

 

 

廃墟ビル島近海 レッドアクシズ艦隊

「もう高雄ちゃんってばまた難しい顔してる。」

 

「ひゃうっ!?」

 

愛宕が高雄にちょっかい掛けて、揶揄っていた。何処ぞの女子高生の昼休みみたいな感じである。

 

「愛宕!何をする!?」

 

「ほら、肩に力入りすぎてるわよ」

 

最初は頬をつつかれ、その後は肩に腕を這わせる。でもって腕や腹回りを撫でるような手つきで這い寄り、終いには胸にも手を伸ばしてくる。

 

「どこまで触っているんだ!」

 

流石にこれ以上まずいので、愛宕を振り解く。愛宕はそのまま高くバックステップでかわし、残念そうな顔をしている。ふとを上を見上げると、見張り台に綾波が居るのを見つけて登ってみる。

 

「悩み事かしら?悩みならお姉さんが聞いてあげるわよ?」

 

そう言って、愛宕は両手を広げて「胸に飛び込んでらっしゃい」と言わんばかりに、手をクイクイ動かしている。しかし綾波はさっきの高雄とのやり取りを見ていたので、謎のファイティグポーズを取って警戒する。

 

「綾波は大丈夫です。」

 

「そ、そんなに警戒しなくても.......。戦うのは気が進まない?」

 

「綾波は重桜の皆が好きです。大事な仲間なのです。でも、向こうも同じなのです」

 

そう言うと、愛宕は綾波を抱きしめる。身長的に丁度愛宕の豊満な胸が綾波の顔の位置にあるので、少し息苦しそうだが安心はしているようだ。

 

「変な感じ、です」

 

見張り台の上でこんな感じの事が起きている間、翔鶴と瑞鶴は偵察機を飛ばして長嶺達を探していた。しかし今回のフィールドはビルの廃墟郡であるため、隠れるには最適であるが見つけるの方は大変である。

 

「見つけた!」

 

「瑞鶴、何処にいたの?」

 

「こっちに向かってる。あの辺りを封鎖して!!」

 

長嶺の進路上にあるビルの前を翔鶴の偵察機が固め、他の艦艇もその辺りを指向する。長嶺はそれに気付き、ジグザグで艦隊へと肉薄しつつ子鴉を呼び出す。

 

「みんな備えて!!」

 

瑞鶴が叫び艦上にいた重桜のKAN-SENは艤装を構えるが、それを既に予見しているのでワイヤーを海上違法建築物(扶桑の艦橋)に打ち込んで、空へと舞い上がり後ろの甲板に着地する。KAN-SEN達も直ぐに甲板へと集まり、艤装やら刀やらを向ける。

 

「武器を捨てなさい!」

 

「嫌だ」

 

「貴様、状況を見ていっているのか?この状況、どう考えても貴様の不利だ」

 

高雄の言葉に、長嶺は突如笑い出す。

 

「フフフ、ハハハハ。アハハハハハハハ!!!!」

 

「何がおかしい、長嶺雷蔵!?」

 

瑞鶴が構えていた刀を、更に前に突き出して問いただす。

 

「お前達は俺を「飛んで火にいる夏の虫」とでも思っているのかもしれないが、俺はそこまで馬鹿じゃない。さっきの動き、翔鶴か瑞鶴かは知らないが見ていた筈だ。俺がワイヤーを使って、飛び回っていたのを。

あの島は全体が廃墟のビル郡だから、俺の様にワイヤーを使って飛び回る奴には最高の立地、最強のフィールドだ。だが俺は、そんな最高にして最強の場所を降りて、態々こんなワイヤーを打ち込む場所が皆無な海へと出て来た。この意味、わかるか?」

 

「それが一体、なんだと言うのです!!」

 

綾波も瑞鶴同様、前に一歩踏み出す。

 

「まーだ気付かないか。ならば、答え合わせと行こうか!!」

 

そう言った瞬間、長嶺の背後から7機の漆黒の戦闘機が現れる。一度上空を通過すると、エンジンのとは別の炎を後ろから吐きながら、炎の軌跡を残しつつ半円を描く様に飛ぶ。

その炎は残り続け段々と巨大な旭日旗の形を成す。そして旗の回り込んだ7機が、炎の旭日旗をぶち破って突き進む。すると後ろから巨艦が姿を現し、完全に出て来ると炎は消え、戦闘機も高度を上げる。目の前に起きた現実離れした光景と、見た事もない程、規格外の大きさを誇る超巨大戦艦を前にKAN-SENは呆気に取られて武器も降ろしている。

そんな事はお構いなく、今度はその戦艦が一気に業火の炎に包まれパーツごとに分解していく。そのパーツ達は炎の玉となり、長嶺の元へと集まり巨大な火の玉を形成する。パーツが全て収まると炎は一気に消え、そこには巨大な艤装を纏った長嶺の姿があった。

 

「あなた、一体何者なの.......」

 

「俺こそが新・大日本帝国海軍、連合艦隊司令長官にして、世界最強の特殊部隊、海上機動歩兵軍団「霞桜」の総隊長。そして世界最強の「戦艦の究極形」とも言える超戦艦をこの身に宿した唯一の人間、長嶺雷蔵だ!!!!」

 

そう言った瞬間、タイミング良くアズールレーン側の砲撃が始まり周辺のセイレーン艦に火柱が上がり、海には水柱が上がる。で、どうやら其れが深海棲艦を呼び起こしたらしく、一帯の空が真っ赤に染まる。

 

『クルナ...ト.......、イッテイル.......ノニ.......』

 

港湾棲姫の声がアズールレーン、レッドアクシズのKAN-SEN、そして長嶺の脳内に流れ込む。何方の陣営も完全に混乱し、取り敢えず砲撃が止む。レッドアクシズ、正確には重桜はさっきから現実離れした事ばかり起きている為、さらに拍車が掛かる。長嶺は驚きはするが、「お前らそんな事できたんかい」程度にしか思っておらず、至って冷静である。

 

『こちらグリム。総隊長、空の色から察するに何か嫌なトラブルの臭いがしてくるのですが?』

 

「悲しい事に大正解だ。しかも姫級、正確には港湾棲姫が出て来やがった。悪いが、ローリングヘリボーンでアプローチしてくれ。それから多分、鉄血のKAN-SENが中にいるから出来たら助けたい。色々シビアにはなるが、お前達ならできる筈だ」

 

『お任せを。ランディングゾーンは各大隊ごとにに1箇所ずつ配置し、周辺に展開しているであろう深海棲艦を殲滅しつつ中心部を目指しますが、よろしいですね?』

 

「頼んだ」

 

長嶺が中心部に向かおうとした瞬間、偵察に出しておいた八咫烏と犬神から連絡が入る。

 

『我が主、12時方向より戦艦3隻含む艦隊が接近中』

 

『こっちは空母5隻と戦艦2隻の大艦隊だよ!』

 

「わかった。お前達、暴れろ。好きな様に殺れ」

 

返事の代わり、遥か彼方から咆哮が聞こえる。ではこの二匹の戦い方を見てみよう。

 

 

犬神の場合

「アオォォォォォォン!!!!」

 

「オイ、私ハ味方ダ」

 

ドーン!!

 

敵の深海棲艦数隻を操り、同士討ちをさせる。犬神得意のマインドコントロールである。

 

「氷結地獄!!」

 

でもって得意の術である氷系の技を使って、一帯を氷で固めてバリボリ食べる。因みに人型の深海棲艦を食べると「巨人みたいな気持ちが味わえる」らしい。

 

 

八咫烏の場合

「翼扇!!」

 

八咫烏の場合は翼を使って竜巻を起こし、効果範囲の全てを上に吹き飛ばす。遠心力で死ぬ事もあれば、吹っ飛ばされて落下死する事もある。ある意味、一番食らいたくない技である。

 

「弱いな。もう終わりか」

 

そんな訳で発見の報告から、僅か2分で片が付く。かつて、ここまで深海棲艦が可哀想に思えてくる戦いは有っただろうか?

 

 

「さーて、お前達は早いとこ逃げた方がい、ってアイツら何処行った!?」

 

後ろを振り返ると綺麗さっぱり重桜のKAN-SEN達が消えていた。さっきグリムからの報告や犬神達に命令を出していた隙を突いて、既に島内に突入していたのである。

 

「って、船体が分解した!!」

 

しかも乗っていた扶桑も、キューブ状に分解し持ち主である扶桑の元へと飛んでいく。

 

「はぁ。あー、グリム?仕事追加だ。重桜のKAN-SEN達もどうやら島内に入っちまった。援護してやってくれ」

 

グリムに命令を追加指示して、自分も島内へと突入して行った。

 

 

 

同時刻 アズールレーン救援艦隊

一方救援艦隊は、深海棲艦に襲われていた。しかも規模がタ級3、リ級5、チ級elite8という中々に殺しに掛かって来ている編成なのである。

 

「何故攻撃が効かない!?」

 

「撃ってもダメージが入りません!!」

 

勿論KAN-SENには対深海棲艦徹甲弾を持っていないし、艦娘でも無いので幾ら撃ってもダメージが入らない。死が間近に迫り、全員の顔が悲痛な物へと変わる。しかし運良くバルク率いる第二大隊が上空を通り掛かり、急遽支援を開始する。

 

「大隊長、下でKAN-SENの嬢ちゃん達が襲われてます!」

 

「なら助けるぞ。総員、降下用意!!」

 

部下達にそう命じると、横に立て掛けてある専用武器のハウンドを手に持つ。

 

「よっしゃ行くぜぇぇ!!!!」

 

黒鮫から飛び降りて、盛大な水飛沫を上げながら着水しハウンドの銃身を回転させる。

 

ギュィィィィィン

 

「そーれー!!!HAHAHAHA!!!!!」

 

ブオォォォォォォォォォォ!!!!!!

 

毎分2万5千発という、規格外すぎる弾幕を展開し深海棲艦を鉄と肉の塊に加工していく。更に他の部下達も降下し、四方八方から弾幕を食らわせる。

 

「オラオラオラオラオラオラ!!!!」

「グレネード弾、発射だぁ!!」

「対戦車ミサイルもおまけだぜ!!」

 

さっきまで戦艦含む艦隊で一斉攻撃しても傷一つつけられなかったのに、目の前の兵士達はオーバーキルの域にまで達する勢いでダメージを与えていく。バルクが全弾を撃ち終える頃には、深海棲艦だった物に姿を変えていた。

 

「いっちょ上がり。で、旗艦はどいつだ!」

 

「私が旗艦だ」

 

ウェールズがバルクに向かって言う。バルクはウェールズの方に向くと、ここから撤退する様に伝えた。

 

「さっきの戦いで経験した通り、お前達の武装は深海棲艦には歯が立たない。雑魚艦であるコイツらですら倒せないなら、あの島の中心部にいる姫級と戦ったら全滅待ったなしだろうよ。だから、今は撤退しろ」

 

「それは出来ない。あの中には私の仲間達がいる。それも救出艦隊の仲間が」

 

「大丈夫だ。既に内部には第四、第五大隊が突入しているし、他の大隊と総長、長嶺雷蔵が向かう手筈になっている。その仲間達は俺達が責任を持って、基地に送り返してやるよ」

 

「感謝する」

 

頭を下げるウェールズに、仮面で隠れて分からないが微笑むと、部下達を引き連れて島内へと突入していった。一方その頃、先に突入していた第四、第五大隊は合流を果たし中心部に駒を進めていた。

 

「にしてもよぉ、姉貴。何で別世界の土地に深海棲艦がいるんだろうな?あっちの世界じゃ深海棲艦のしの字も存在してねーってのに」

 

「私に聞かないでちょうだい。そういうのはボスやレリックちゃんに聞くべきよ?」

 

「ちげーねー」

 

ベアキブルの問いにカルファンが答える。実際この2人は深海棲艦に関する知識は余り無く、まだ知識面では見習いである。そんな会話をしながら中心部を目指していると、ベアキブルが手で歩みを制する。

 

「(どうしたの?)」

 

カルファンがベアキブルに聞くと、ビルの角を指差す。こっそり覗き見てみると駆逐棲姫とハ級flagship 8隻が居たのである。flagshipまでなら一般の兵士でも対応可能だが、流石に姫クラスとなると大隊長や長嶺クラスの強さが必要となる。

となると駆逐棲姫と取り巻きのハ級を分断する必要がある訳で、作戦会議が始まる。

 

「で、どうするよ?」

 

「私のワイヤーや、ベアキブルの武装じゃ火力不足だものね」

 

「とするならば、我々のグレポンの出番でしょう」

 

ベアキブルの副官が、竜宮ARのレールに取り付けたM203グレネードランチャーを軽く叩く。

 

「弾種は?」

 

「レリック大隊長が試験的に配備している、威力低めの爆風高めな弾、確か「猫騙し」とかいうヤツです」

 

「ならソイツ使って混乱させて、駆逐棲姫を不意打ちで倒して、真上から襲い掛かってハ級を倒すのはどうだ?」

 

ベアキブルの提案に、全員がサムズアップで返す。

 

「それなら、あなた達は上に上がって。準備が整ったら、始めていいわ。後は私達で合わせるから」

 

「了解」

 

そんな訳で二個小隊がビルの上へとスタンバリ、猫騙しを発射する。派手な爆音と爆風とは裏腹に、敵へのダメージは少ない。その分混乱しており、隙だらけである。その隙を逃さず、カルファンが鋼糸で艤装を絡め取る。

 

「セイッ!」

 

破壊に成功すると、背後からベアキブルがドスを構えて突撃する。

 

「オラ、オラ、オラオラ、オラオラオラオラオラ!!!!オラァオラァ、もういっちょ!!オゥラァ!!!!!」

 

ドスで背後から滅多刺しにして、そのまま空高く蹴り上げて「仕上げだ」と言わんばかりに、ドスを落ちてくる瞬間に突き刺す。

 

「今よ!」

 

二個小隊、120名も降下し弾丸の雨を降らせる。瞬く間に8隻のハ級flagshipが沈んだのであった。

 

 

 

廃墟ビル島 東側

一方、此方ではアズールレーンとレッドアクシズのKAN-SENが深海棲艦に包囲されていた。しかも運が良いのか悪いのか、アズールレーン側は救出に向かっていた突入艦隊、レッドアクシズ側は鉄血と重桜の全員である。因みにシェフィールド達はちゃっかり脱出しているので、突入艦隊は完全に取り越し苦労である。

 

「一体何なのよ!!」

 

「幾ら弾を当てようと、傷一つ付かないぞ!」

 

「結構ピンチ、かも?」

 

因みに包囲しているのは戦艦棲姫を基軸にレ級4、ル級8、ヲ級5、ヌ級13、リ級18、チ級25、その他駆逐艦が計38隻という大艦隊である。更には全艦がeliteでもあり、良く生き残ったものである。しかし徐々に一箇所に追い詰められて、いよいよ退路も進む道すらも閉ざされた。

因みに突入艦隊のメンツはエンタープライズ、クリーブランド、ベルファスト、ラフィー、ジャベリンである。

 

「ナンドデモ.......シズメテ...アゲル.......」

 

「弱りましたね.......」

 

「どうやら、ここまでみたいですね。最後にアズールレーンと共闘する事になるとは、夢にも思いませんでしたよ.......」

 

全員が最後を覚悟した。実際退路は勿論無いし「島津の退き口」みたく敵に突っ込んでも良いが、ダメージを負わせられないならタダの犬死である。結論、死ぬしか無いのである。

しかし次の瞬間、一番外側にいたリ級とイ級8隻が大爆発を起こして沈んでいった。

 

「アハハ。モシカシテ、ヤツカナ?」

 

そう言って笑うレ級の前を、4機のF27スーパーフェニックスが通過していった。

 

「主砲砲撃戦、弾種徹甲榴弾!!全砲門、吹き飛ばせ!!!!」

 

 

ドゴォォォォォォン!!!!!

 

 

86cm四連装砲9基の同時発射により、敵深海棲艦艦隊の殆どが消し飛ぶ。

 

「まだまだ行くぞ!魚雷発射管開け!撃てぇ!!」

 

今度は足に装着された60cm酸素魚雷70本をお見舞いする。薄い装甲の駆逐艦にすら8本近く命中する等、中々のオーバーキルをして一方的な殲滅を始める。深海棲艦側も負けじと艦載機を繰り出すものの、

 

「敵機捕捉。対空戦闘!!全両用砲、機関砲は敵航空機に集中弾幕射撃!!」

 

約750の速射砲と約1300の機関砲の前には無意味である。射程に入るや否や片っ端から火だるまか、穴だらけになって海へと沈んでいく。普通ならその弾幕は一隻の船が作り出す物ではなく、何百隻の大艦隊でも無いと作り出せない物であるが、それを一隻で賄っているし、何なら命中率もほぼ百発百中の正確な射撃であり、何か深海棲艦が可哀想なレベルである。

 

「何か艦載機もウザイし、スーパーフェニックス、やっちゃって」

 

そう言うと真上から数百機の戦闘機が急降下しつつ、何千の小型ミサイルと対艦ミサイルを放つ。現代戦に対応できる対空火器を持たない深海棲艦は、抵抗こそするも無意味であった。数十隻が弾幕を張っても落とせたのは一発だけであり、残りは全て空母とレ級、他の雑魚艦達に突き刺さり海へと引き摺り込む。

 

「化ケ物メ!!!」

 

唯一生き残った、戦艦棲姫が叫びながら応援の艦隊を呼ぶ。しかし応援が来たのは深海棲艦だけではなかった。

 

ダァン!!

 

突如、戦艦棲姫が力なく倒れて沈んでいく。次の瞬間、真上に黒鮫が飛来しレリック率いる第三大隊とグリムの本部大隊が降下する。指揮官の戦死に、自分らよりも圧倒的に強い軍団を前に深海棲艦は敗走を始める。しかしそうは問屋がおろさない。

 

ブォォォォォォォォォォン

 

黒鮫からの容赦ない弾幕、隊員達の弾幕射撃、レリックのチェーンソー攻撃、マーリンの狙撃、グリムのハッキングによる艤装の機能停止で、完全に殲滅する。

 

「さて、この際だ。ここで決めてしまおう。主砲砲撃戦、電磁投射砲モードへ。弾種、広域殲滅弾」

 

主砲の砲身が四分割に割れ、小さな稲妻が砲身内を蠢く。

 

「主砲、発射ぁ!!!!」

 

ビルの壁ごとぶち抜いて、港湾棲姫に砲弾を食らわせる。着弾すると巨大な火球を作り出して、港湾棲姫の居た一帯ごと吹き飛ばす。

 

『こちらマーリン、港湾棲姫は消滅しました。作戦成功です』

 

斯くして、廃墟ビル群での戦いは霞桜の完全勝利で終結した。

 

 

(長嶺雷蔵.......。なんであの人と会うと、こうも心臓がドキドキするのかしら。まさか恋、なのかしら?)

 

レッドアクシズ基地への帰り道、オイゲンはそう心の中で呟いた。しかし、オイゲンは知る由もない。長嶺は周りから「脳に恋愛に関する物が存在してない」、「ラノベの主人公もびっくりの鈍感さ」と言われる程の超絶鈍感朴念仁男であり、仮に堕とすのなら並大抵の物ではない事を。

 

 

 

 



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第十八話ワンサイドゲームな演習

廃墟ビル群島から帰還して3日後 会議室

「これが例の黒箱ですか.......」

 

「俺もマジマジと見るのは初めてだが、なんか禍々しいな」

 

目の前のテーブルには、アズールレーンではお馴染みの装備箱っぽい箱に入った黒箱、こっちの言い方では「黒いメンタルキューブ」が置かれていた。

 

「セイレーンの技術を応用したセイレーンの切り札か」

 

「これがあれば、向こうの量産型のセイレーンを無力化できるのでは?」

 

マーリンが提案するが、明石が首を振る。因みに今更だが、部屋にいるのはウェールズ、ベルファスト、エンタープライズ、ホーネット、ヴェスタル、クリーブランド、長嶺、マーリンである。

 

「量産型を操ってるのはオロチの方にゃ。こっちは補助に過ぎないにゃ」

 

「つまりオロチがメインコンピューターで、こっちがサブコンって認識でいいのか?」

 

「それに近いにゃ」

 

明石がそう答えると、長嶺はニヤリと笑う。その顔はまるで、イタズラを考え出す悪ガキの様な顔である。

 

「ならコイツを介して、オロチのシステムに侵入できないか?俺達の仲間にITのスペシャリストと、物作りのスペシャリストがいる。コイツらに頼めば」

 

「それも難しいにゃ。明石はオロチの全てを知らないにゃ。もしかすると、赤城と加賀も全ては知らないかもしれんのにゃ。それにセイレーンの技術を流用している以上、何が起こるか未知数で、そもそも侵入できるのかも分からんにゃ」

 

「オロチとこのキューブ、一体どんな関係があるのでしょう」

 

ヴェスタルの問いに、ウェールズが答える。

 

「分かっているのはセイレーンの技術を流用していて、赤城はセイレーンと手を組んでいるという事だけだ」

 

「それが確かなら、重桜はセイレーンに騙されている事になります」

 

ベルファストがそう言い添える。その言葉を聞いた瞬間、長嶺とマーリン以外が項垂れる。

 

「これからどうするんだ?」

 

「このまま動かない訳にも行かないよね」

 

クリーブランドの問いにも誰も答えず、ホーネットの考えにも意見は出ない。完全なお通夜状態である。なんかもう他に意見も出ないので会議もお開きとなり、みんなが各々出て行く時にエンタープライズは黒いメンタルキューブに触れていた。すると何故か、ボーッとした顔になる。

 

「エンタープライズ様?」

 

「ッ!?」

 

「如何なさいました?心此処に在らず、というご様子でしたが」

 

「いや、何でもない。行こう」

 

そう言うとエンタープライズとベルファストは部屋を出ていった。長嶺も何か気になるので、ちょっと触れてみる。その瞬間、急にキューブが光だして視界が奪われる。段々と視界が戻ってくると、長嶺は燃え盛る大都市のど真ん中に立っていた。

 

「うおっ!?」

 

「おいおい何処だここは。ん?ハングル文字に、中国の漢字?ここは中国なのか?それとも韓国?」

 

場所を特定しようと辺りを見渡していると、目の前の炎が人の形を作り始める。暫くすると炎が消えて、代わりに真っ黒な戦闘用スーツに身を包んだ刀を持った鬼がいた。

 

「なーんでテメェが出てくるんだ。久しぶりだな、我が心」

 

長嶺がそう言うと鬼も「あぁ、久しぶりだな」と答える。暫しの沈黙の後、長嶺の意識はまた現実世界へと戻ってきた。

 

「長嶺、大丈夫か?」

 

「あ、あぁ。問題ない。俺もこれで失礼するよ」

 

 

数十分後 崖の上

会議の後は珍しく何もないオフの日である今日。長嶺は愛銃達の整備を行い、偶に景色を眺めながらジュースを飲むという、中々に優雅な日を満喫していた。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

土蜘蛛HGの整備をしていると、後ろからユニコーンが声を掛けてくる。

 

「よお」

 

「何してるの?」

 

「ん?あぁ、銃の整備だ」

 

長嶺がシートの上に分解されて、各パーツ毎にバラバラにされた銃だったものを指差す。

 

「うわぁ.......。組み立てるの大変そう」

 

ユニコーンがそう漏らす。実際パーツが多すぎて素人がやったら、多分動作不良を起こす。

 

「実はそうでもないんだ。どんな銃であっても弾丸を詰め込む弾倉、弾丸を起爆させる機関部、弾丸を回転させる銃身、握る為のグリップ、引き金が必ず付いている。機関部は大体パーツが多いから面倒だが、それ以外は案外楽に分解組み立てられる」

 

「そうなの?」

 

「試しにやって見せよう」

 

そう言うと慣れた手つきで、銃のパーツを組み立て出す。何の迷いなく、まるで工場のロボットアームの様に正確で素早く銃の形にして行く。1分もしない内に、最後のパーツをつけてシートの上に置く。

 

「おわり」

 

「すごい.......」

 

「この位朝飯前だ。さて、後は」

 

そう言うと横に置いてあったビンを掴んで海に向かって投げる。ビンは放物線を描きながら飛んで行き、その間に土蜘蛛HGを構える。

 

「ッ!」

 

ズドン!

 

爆音が鳴り響くと同時に、空中を飛んでいたビンは砕け散った。

 

「何をしてたの?」

 

「一応整備が終わったんだ。試射くらいはしとかないと。さて、整備も終わった事だし、後はゆったりするかな」

 

そう言いながら、草のベッドに寝転ぶ。久しぶりの暇な一時に、少し身を委ねて安息の時を傍受する。

 

「お仕事はしなくていいの?」

 

「今日は何もない。後はセイレーンとか深海棲艦とかテロリストが現れないのを祈るだけだ」

 

やはりオフの日と言えど、何かあれば行かなければならない。行かなければならなくなった時の面倒臭さと、なんとも言えない気持ちはお分かり頂けるだろう。

 

「それなら、一緒にお昼寝、しよ?」

 

そう顔を赤らめながら顔を覗き込んでくる。別にロリコンではないが、一瞬そっち系の扉が開きそうになる。勿論、即刻閉じる。

 

「いいよ」

 

そんな訳で「let'sお☆ひ☆る☆ね」である。最近はいきなり「基地潜入しろ」と言われて潜入したら戦争に巻き込まれる羽目になるわ、謎勢力の襲撃は受けるわ、久しぶりに謎の戦闘団が現れるわ、仕事増えるわでブラック企業も逃げるような、労働基準法ガン無視の量の仕事を回していたので、すぐに眠りにつく。

眠り始めたのは14:00頃であったが、目が覚めると時計は17:00を指しており、既に太陽が赤くなっていた。

 

 

「ふわぁ、結構寝たな。で、この状況は何」

 

目が覚めると右側はユニコーンの枕になっていた。ここまではおかしくない。しかし左側に目をやると、イラストリアスが胸部装甲を胸板に乗せながら眠っていたのである。

 

「どうなってんのよ、マジで」

 

恐らく世の男性ならば、普通なら心臓の鼓動がはやくなり、愚息を抑えるのに躍起になり、何なら「ちょっとだけ〜」とか言いながら手を伸ばしそうな物であるが、長嶺は最早その程度では動じない。

 

「んー。あら、長嶺様。おはようございます」

 

「いや、おはようございますって普通に起きるね。この状況で良く何事もないように振る舞えるね。当たってるんですが」

 

「当てているのですよ?」

 

妖艶な笑みを浮かべながらカミングアウトしてくる。まあ長嶺は「やっぱりかよ」という反応しかせず、それが面白くなかったのか少し不機嫌になる。

 

「んで、一体どうしたんだ?まさか態々、当てに来たり、昼寝しに来たわけでもないだろ?」

 

「陛下から直々に命令です。明日、ロイヤルとユニオンの連合艦隊で演習をする際の敵役をやれ、だそうです」

 

「絶対訓練にならんぞ、それ」

 

そう言うとイラストリアスが笑いながら答える。

 

「何も敵役は長嶺様だけではありませんわ。他にも何人かつける予定だそうです」

 

「いや違う違う。そうじゃなくて、俺が敵役になっている時点で訓練にならないんだよ。お前達位の戦力じゃ、多分ダメージはおろか攻撃すら当たらない」

 

「あら、心外ですわね。それではまるで、私達が弱いみたいじゃないですか」

 

見るからに不機嫌になっていく。顔は笑っているが、謎の圧力が発生している。だが、その程度では動じるわけ無い。

 

「イラストリアス、俺の主砲って何センチ砲かわかるか?」

 

「40cm位では?」

 

イラストリアスは陣営の中では一番大きな主砲を持つ、ネルソン級の40cmくらいだと思っていた。一応世界最大の艦載砲は大和の46cm砲だし、もしくは超大和型の51cm砲を考えるのが妥当な所だろう。だがしかし、長嶺の鴉天狗はそれを超える。

 

「残念。俺の使う鴉天狗の主砲は、四連装86cm火薬、電磁投射両用砲だ。これが9基ついてるし、副砲も三連装の46cm火薬、電磁投射両用砲が13基ついてる。装甲も国一つを文字通りに地図上から消し去る兵器を、間近で受けてもビクともしない程度には硬い。多分アズールレーンとレッドアクシズのKAN-SEN達を一度に集めて、やっと勝負になるかなってレベルだぞ」

 

イラストリアスは最初の辺りから思考が止まっていた。これまでの普通が、いとも簡単に崩壊したのだから当然である。

 

「んにゅ。お兄ちゃんと、イラストリアス姉ちゃん?」

 

「あ、起きた。んじゃ、俺は部屋に戻るからクイーンに宜しく。まあもし、する事になっても殲滅するだけだから、そこのとこもよろしく」

 

結局翌日、急遽演習が行われた。参加する艦艇はアズールレーンの基地にいる全KAN-SENである。一方日本側は、長嶺の鴉天狗のみという戦力差のエグい編成となった。因みに審判役はマーリンである。

 

 

 

アズールレーンの基地から15kmの海域 

「それにしても、たかが一隻に対して100隻近い艦隊で挑むなんてね。馬鹿なのか勇敢なのか、分からないわ」

 

「恐らく前者ですよ、陛下」

 

エリザベスやウォースパイトを含めた殆どのKAN-SENは「幾ら何でも、この差では向こうに勝ち目はない」という考えであった。しかし先の救出作戦に参加していたKAN-SEN達は、この先の展開が予想できていた。

 

「陛下はどうして、こんな事をお考えになったんだ.......」

 

「私も気付いた時には、もう止めようの無い所でしたからね。本当にどうしましょう.......」

 

特にウェールズにとっては自分の直属の上司であり、ベルファストにとっては自分が仕える相手であるエリザベスの企画という事もあって、胃が痛くなっていた。

一方でユニオン側は実際に戦い方を見た者達、例えばエンタープライズやクリーブランドは「たしかに強いが、戦略次第では案外倒せるかも?」という期待を胸にしていた。

 

 

「何でまあ、こんな面倒な事になったかなぁ」

 

肩をガックリ落とし、盛大な溜め息を吐く。長嶺からしてみれば、たかが晩飯用のウサギを一匹狩るのに軍隊を派遣する様なレベルで無駄な事なのである。

 

『こちらマーリン。総隊長、準備の程は?』

 

「棄権してーよ。全く、なんで最近面倒事が多いのやら。連合艦隊司令長官は押し付けられるし、クソ豚野郎の河本派閥*1の奴らから恨まれるし、やっと収まったと思ったら今度は、謎の島で戦争に巻き込まれるし。一体何なんだ」

 

『棄権は認められないそうなので、頑張ってくださいね』

 

「他人事だと思いやがって」

 

もう一回盛大に溜め息を吐いて、既にやる気が失せていた。しかし一つ、天啓が降る。

 

「ん?いや、待てよ。この際アイツらをサンドバッグにしてボコボコに負かせば、俺のイライラもいい感じに発散されるんじゃね?」

 

『そ、総隊長?入っちゃいけないスイッチ入ってません?』

 

「ハハハ、大丈夫だマーリン。ちょっとストレス発散してくるだけさ」

 

マーリンの脳裏に、真っ黒な笑みを浮かべながらアズールレーン艦隊を睨みつける長嶺の姿が浮かぶ。これからの展開が絶対大変な事になる事が確定した為、アズールレーン艦隊に手を合わせてた。

 

(アズールレーンの皆さん、ご愁傷様です。恨むなら、演習する事になった己の運を恨んでください)

 

アズールレーン側にも準備の確認を取り、準備完了と言われたので演習が開始された。

 

『双方の準備が完了しました。演習を開始してください』

 

それではここで、演習のルールを説明しよう。弾種は主砲や副砲などの大砲や爆弾には演習用の威力ゼロの代わりに爆風等は殆ど変わらない演習弾、機関砲等の小口径の砲や機関銃にはペイント弾を装填している。ルールとしては今上げた弾種を使っていて、相手に重傷を負わさないことだけ。後はどんな戦法を取ろうが、どんな戦い方をしようが自由である。勝利条件は何方かが全滅するか、降伏するかである。

 

 

「まずは艦載機を上げるぞ!」

 

「了解、エンプラ姉!」

 

アズールレーン側の初手は艦載機を発艦させる事であった。それは長嶺も同じであり、偵察機兼監視用のE2Dアドバンスドホークアイと戦闘機のF27スーパーフェニックスに加えて、SH60Kシーホークと攻撃ヘリのAH64Eアパッチ・ガーディアンを発艦させる。

 

「さーて、ラスボスみたく待つのもいいが早く終わらせたいし、突撃するか」

 

知っての通り長嶺の戦艦にはイージスシステムが搭載されており、艦載機の発艦した反応で空母艦隊の位置は割れていた。一方アズールレーン側の方は、長嶺の位置を割れていない。何なら艦載機が発艦しているのにも気付いていなかった。しかし数分後には、戦いは一気に動き出す。

 

「何が起きた?」

 

なんとアークロイヤルのソードフィッシュとフルマーが全機撃墜されたのである。

 

「アークロイヤル様、どうされたのですか?」

 

「イラストリアスか。いや、私の艦載機が全て墜とされてしまった.......。一体何が起きたのだ?」

 

次の瞬間、他の空母からも同じ報告が上がった。しかしエンタープライズとホーネットの2隻の艦載機は、スーパーフェニックスの姿を捉えられた。

 

「何あの機体!?速すぎるよ!!」

 

「背中を取っても、次の瞬間には引き離されて弾を当てられない」

 

エンタープライズ達の艦載機達が追いつけないのも無理はない。スーパーフェニックスの速度は、破格のマッハ5.5を誇る。一方エンタープライズ達の艦載機であるF4Fは、精々500km程度しか出せない。しかし執念でエンタープライズが何とか背中を取る事に成功するも、次の瞬間30mm機関砲8門の斉射を受けて撃墜される。

 

「アハハ、戦闘機隊が全滅したよ。これ、どうしよう.......」

 

「いや、問題ない」

 

実はエンタープライズは先に攻撃隊を上げており、その攻撃隊は長嶺を捕捉する事に成功したのであった。戦闘機を陽動も兼ねてスーパーフェニックスの方に当てた為に、直掩機の援護がない超博打の戦法だったがどうやら成功した様だった。しかし現実は非常で長嶺は気付いているし、何なら戦闘機隊を差し向けてもよかった。しかし敢えて泳がせて、長嶺の元まで来てもらったのである。

 

 

「敵機捕捉、対空戦闘用意!!両用砲群、機関砲群、撃ちまくれ!!!!」

 

射程に入った瞬間、空の色を真っ黒にするレベルの砲火を攻撃機隊に浴びせる。高い命中精度と威力を誇る対空火器の前に、攻撃機隊はなす術なく撃墜された。というか最早、元の機体のカラーがわからないくらいペイント弾の色である赤に染まっていた。

 

「全機、やられた.......。そしてこの進路、我々の位置はもうバレているな。前衛艦隊を動かすべきだろう」

 

命令を受けて前衛の軽巡と駆逐が動き出す。さらにその後方から重巡が火力支援の為に、合わせて動き出す。しかし次の瞬間、一気に轟沈判定を受ける事になる。

 

シュワワワワワワワ!!!

 

小型ミサイルのADMMが30機のスーパーフェニックスから発射される。その数、実に60,000発。正直、オーバーキルである。

 

「前衛艦隊が全滅したの!?」

 

現在生き残っているのは空母と戦艦、それからクイーン・エリザベスの側にいたベルファストしか残っていなかった。

 

「さてさて、突貫攻撃開始だ!!」

 

出力の一杯にして、一気に艦隊は肉薄攻撃を仕掛ける。130ノット(約240km)とかいう冗談みたいな速度で迫ってくるのたがら、恐怖以外の何物でもない。

 

「い、イラストリアス姉ちゃん!長嶺さんが来るよ!!!怖いよ.......」

 

「おんどりゃ、吹き飛べや!!!!」

 

85cm砲と46cm砲が火を吹き、一気に殲滅する。まさかの一斉射での全滅に、空母KAN-SENが混乱する。

 

「お前達には同情するぜ。俺の憂さ晴らしに付き合ってもらってなぁ」

 

そのまま一番後方にいた戦艦達に攻撃を仕掛ける。魚雷やASM3の飽和攻撃で、撃たれる前に殲滅する。しかし唯一、クイーン・エリザベスとウォースパイトだけ残す。

 

「陛下、お逃げになってください。ここは私が」

 

そう言うとウォースパイトは刃を落とした大剣を構えて、突っ込んでくる。しかしそれを片手で受け止めて、力一杯引っ張る。

 

「うきゃぁ!」

 

「消え去れ」

 

後方に旋回していた46cm砲で吹き飛ばす。そして最後のフィナーレは、全砲のレールガンモードによる一斉砲撃で終わらせる。

 

「ヒィ!あ、貴方!少しは手加減しなさいよ、この庶民!!!!」

 

「言いたいのはそれだけか。なら、さっさと吹き飛べや!!!」

 

エリザベスに轟沈判定をプレゼントした瞬間、演習終了の放送が入る。因みに演習時間は、たったの23分という完全なワンサイドゲームであった。 

 

「そんじゃ、俺は帰るわ。仕事あるし」

 

そのまんま自室に戻り、執務に取り掛かる。数時間後には仕事も終わり、フライドチキンを買いに近くの店に向かう。しかしその道中に、ステルス迷彩をつけた人間とすれ違う。

 

「ん?おい待て!!!」

 

長嶺が声を掛けると、女湯の方に走り出す。取り敢えず新開発の平泉とEMPグレネードを呼び出して、追いかける。予想通り女湯に入っていたので、迷わず自分も入る。

 

勿論中には着替え中のKAN-SENたちがいるが、そんなのは構わずに浴室に突入する。

 

「キャーーー!!!!」

「覗きよ!!!」

「変態!!スケベ!!死んじゃえ!!」

 

色々言われているが、そんなの気にしない。長嶺の眼中にはKAN-SENの姿はなく、目の前の敵しかない。

 

「追い詰めたぞ。だがまずは、姿を見せろ」

 

そう言うとEMPグレネードを投げて、ステルス迷彩を無効化する。ステルス迷彩が解けると、真っ黒なボディスーツにストームトルーパーの様なメットをつけた人間が立っていた。

 

「国堕とし、死ね」

 

そう言うとAKS74Uを乱射する。左手に持っている平泉を展開して、体全体を覆う。

 

「ワオ、これ使えるな」

 

1マガジン撃ち終えると、平泉に付いているライトを点灯させて視界を奪い、電撃を喰らわせる。

 

「オラァ!」

 

ビリビリビリビリビリビリ

 

「あぴゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「オラ、動くんじゃねー!!」

 

しかし何処に秘めていたのか知らないが、平泉で押さえ付けていたが逃げ出す。

 

「逃すかよ!!」

 

石鹸を足元に投げ込んで、滑らせる。

 

「あ、ちょ、あららら!!」

 

ドゴーーーン

 

鏡に頭から突っ込むも、今度はナイフを持って攻撃してくる。

 

「効くわけないだろ!!」

 

ナイフを持っている手を蹴り上げて、そのまま落ちてきた瞬間にまた蹴って、左肩に突き刺す。

 

「ウグッ!!」

 

「もういっちょ行くぞ!!」

 

今度は掃除用のデッキブラシを構えて、持ち手の先を鳩尾目掛けて突く。「グボッ!!」という鈍い声と共に、崩れ落ちるが後一歩のところで踏ん張り外に逃げ出そうとする。しかし長嶺が前に回り込んで、腕を掴む。

 

「いい加減、気絶しやがれ!!!!」

 

空中に一旦投げて、そのままライダーキックを食らわせて浴室のドア、ロッカー、脱衣所と廊下を繋ぐドアをぶち抜かせて、最後は廊下の壁に肩までめり込んで、やっと気絶した。

 

「手間掛けさせるんじゃねーよ」

 

そう言い残し、そのまま外に出てめり込んだ奴を引っ張り出して、頭を鷲掴みにしながら駐屯地へと引きずっていった。そしてそれから一時間程してから、部屋に客人がやってきた。

 

 

「えぇーと、お邪魔しまーす」

 

「お前達が来るとは、一体どうしたんだ?」

 

やってきたのはジャベリン、ラフィー、ユニコーンの3人である。

 

「えっと、その、悩みがあるんです。長嶺さんなら、何かわかるかなって」

 

ジャベリンが深刻そうな顔をしながらそう言った。取り敢えず話す様に言って、部屋に入れてコーラを出す。

 

「んで、悩みって何だ?」

 

「私、綾波ちゃんと敵同士だけどお友達になりたいんです。これってダメな事、なんですか?」

 

「兵士が敵同士と友達になるってのは意外とレアケースだが、スパイ同士なら良くある話だし良いんじゃね?おもしろそうだし」

 

そうサラッと答える。3人は余りにアッサリとした回答に驚く。

 

「そ、そうですか?」

 

「あぁ。だけどな、これだけは覚えとけ。綾波は敵というのは理解しているだろ?だから絶対戦場で会う事になる。もし向こうがこっちを攻撃して来ようとするなら、迷わず撃て。戦場では正直「敵とお友達に」なんて、甘え以外の何者でもない。だからまあ、悔いの残らない方の選択をしなさいや」

 

厳しいアドバイスに3人とも、少し暗い表情をする。さっきまで真剣な顔をしていた長嶺だったが、今度は満面の笑みで3人に別の提案をする。

 

「さあ、重いのはここまでだ。ゲームでもやる……」

 

ピリリリリピリリリリ

 

タイミング悪く、電話が鳴る。出てみるとそれは、グリムからの電話だった。

 

『総隊長殿、例の襲撃者の正体がわかりました。襲撃者の所属はCIAです』

 

「おま!!うぇ!?マジで言ってるのか!!」

 

『これが冗談ならどんなに良かった事か。顔の検索を掛けたら、CIAの極秘部隊の奴らと一致しました。恐らく現CIA局長のウォットシャー・ブラスデンの独断でしょうね。今の大統領は、平和主義で日本とも良好ですから』

 

「まあ確かにブラスデンの奴は、時代遅れの白人至上主義の野郎だからな。あちらさんとしても、余り日本にシーパワーを独占して欲しくないんだろう。実際、クソジジイの奴も色々アメリカ関係で愚痴ってたからな」

 

『こっちはもう少し探りを入れますが、お気をつけください』

 

「あぁ」

 

グリムとの電話を終えると、そのままマーリンにも連絡して話を通しておく。一通りの作業が終わると、ユニコーンが口を開く。

 

「お兄ちゃん、何があったの?」

 

「ちょっと面倒な仕事が増えたってだけだ。それも、過去一な。それよりゲームだゲーム!!」

 

そんな訳でゲーム大会が始まり、レースゲーで遊びまくったのであった。

 

 

*1
佐世保鎮守府提督で、色々黒い噂の絶えない男である河本山海の派閥。今は一応静かになっているが、長嶺の連合艦隊司令に就任当初は河本が司令の座を狙っていた事もあり、それはそれは大荒れになった。



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第十九話髑髏兵の攻撃

スパイ拘束から1週間後 アメリカ合衆国 某州 某所

「まさか君がやられるとはね。トバルカイン君」

 

黒ずくめの初老の男が、目の前に立つトバルカインに話しかける。

 

「いやはや、面目次第もありません」

 

「の割には、案外うれしそうに見えるね」

 

「痛み分けではあるものの、実に楽しめました。私の副官達の言う通り、とても強い男ですよ」

 

「そう言えば君の副官達は確か、艦娘を助けたそうだね。顔を見られてはいないね?」

 

「えぇ。彼ら曰く、能力も使ってないそうですから問題ないでしょう」

 

副官達というのは、前作に出てきて翔鶴と瑞鶴を助けた謎の三人の男達である。実はあの3人はシリウス戦闘団の副官であり、トバルカインの前に居る男はシリウス戦闘団の団長である。

 

「それは上々。今後とも我らは監視に重きを置き、基本は介入はしないようにな。艦娘、霞桜、日本、そして長嶺雷蔵。いや「煉獄の主」には、生きていて貰わないと困る」

 

「上からは未だに「霞桜を殲滅後、艦娘の情報を奪い日本を抹消せよ」と命じられたままだと言うのに、かたや部下である貴方は真逆の事をする。良くやりますよ」

 

「当然だとも。世界を上の奴らの思い通りにはさせない。その為にも、君や副官の彼らにも頑張って貰わねばな。取り敢えず、君は任務に戻ってくれ」

 

「承知しました」

 

トバルカインは胸に手を添えて、優雅なお辞儀をして部屋を出ていく。いなくなったタイミングで、初老の男性が呟いた。

 

「ホント、彼は面白い」

 

手には長嶺の写真が握られていた。

 

 

 

同時刻 太平洋 エンタープライズ艦上

ところ変わって、ここは太平洋の洋上。現在長嶺はレッドアクシズとの決戦に出撃したアズールレーンに同行し、レッドアクシズの本拠地へ向かっている所であった。決戦という事もあり、アズールレーンのほぼ全戦力が出撃しており、その眺めはとても壮観である。

本来であれば鴉天狗を出して先陣でも切らせたいが、一応秘匿兵器である為そう簡単には出せず今はエンタープライズで世話になっている。

 

「長嶺、調子はどうだ?」

 

後ろから海風に長い銀髪をたなびかせながら、エンタープライズが近づいてくる。

 

「すこぶる良好だ。この辺は一応安全海域だから深海棲艦の襲来も多分ないし、目的地までは船旅を満喫するつもりだ」

 

「部下達は連れて来なくて良かったのか?」

 

「あぁ。不穏な臭いを発する情報が入ったから、一大隊には本拠地の防衛を任せてある。まあ今回の戦いには直接影響はしないと思うし、お前達には関係もない事だから気にしなくていいぞ」

 

「そうか」

 

この「不穏な臭いを発する情報」とは、勿論前回の最後に出てきたCIAの件である。

あの後、潜入に強いカルファンがCIAに入り込み、日本国内での諜報員の情報収集と万が一の防諜のために、裏社会に顔の効くベアキブルが動いている。グリムとレリックも電脳世界での知識や技術を活かして情報を集めており、マーリンとバルクは緊急時に備えて、24時間のアラート待機に入っていたりと大忙しである。

因みに今回の大艦隊についてもグリムが衛星をハッキングして写らないようにしている為、他国にアズールレーンやレッドアクシズの存在はバレないようになっている。

 

「主様」

 

犬神がいつもの愛くるしい感じではなく、戦闘時のような低い声で長嶺を呼ぶ。

 

「どうした?」

 

「この戦い、注意した方が良いよ。何か変な気を感じる」

 

「変な気か。お前らの勘って、恐ろしい程に当たるからなぁ。用心しておこう」

 

この犬神が感じた変な気は、幸か不幸か的中していた。今は長嶺や犬神も含めて知る由もないが、この後の戦いは色んな意味で頭痛の種が増える事となる。

約半日の航海で、天候は一気に変わった。日没後、突如艦隊は嵐に襲われて、駆逐艦の子達は飛ばされかけたりと大忙しである。

 

「おーおー、荒れてんなぁ」

 

そんな中長嶺は刀を携えて、堂々と艦種に立つ。その体幹の良さで、波で上下左右至る方向に揺れまくっている艦の上でも、全く動じずに荒れ狂う海を眺めていた。

 

(犬神の言っていた「変な気」、俺も感じる。多分この戦いは、レッドアクシズやアズールレーン、まして日本でもない「第三の勢力」が横槍を入れてくる気がしてならん)

 

「せめて亡霊共(・・・)出ない事を祈ろう。アイツらの居場所はもうこの世に存在してないし、してはならないのだからな」

 

次の瞬間、上空から赤い稲妻が降り注ぎ、艦隊は別の海域へ転移した。それも謎のオブジェと火山がある、見た事もない海域である。

 

「おいおい、もう何でもありか。艦隊ごと転移とか、何処の宇宙戦艦だよ」

 

最早凄すぎて呆れた長嶺は、半ばヤケクソ気味なコメントを語る。これまで数ある戦いを制した長嶺でも、こんな謎空間に転移させられたのは初めであった。

 

「ようこそ、私の海へ。歓迎するわ、アズールレーン」

 

よく見ると火山の正面に、赤城が浮遊して此方を見ていた。今度はその真下からセイレーン艦が大量に出てきて、瞬く間に目の前がセイレーン艦で埋まる。

 

「もうどうでも良いや。八咫烏、犬神。やっちゃいなさい!!」

 

安定の巨大化で本来の姿に戻り、敵艦隊へ攻勢を始める。一方、ロイヤル艦隊も動き始め、セイレーン側も艦載機を発艦させている。

 

「行きなさい、王家の戦士達!!」

 

エリザベスの号令に合わせ、ロイヤルKAN-SEN達が飛び出して艤装を纏い、セイレーンへの攻撃を始める。それに合わせてユニオン側も艤装を纏い、ロイヤルの後に続く。

 

「優雅は伊達じゃありませんよ」

「ドカンとやっちゃう!?」

「がんばる.......」

 

セイレーン艦とのドンパチが始まり、一段落つきそうなタイミングで今度は、重桜艦隊が海域に現れる。

 

「重桜も出てきた事だし、そろそろ俺も動こうか。子鴉!!」

 

安定の七機の黒いスーパーフェニックスが焔の旭日旗を空に描き、その中から巨大な戦艦が姿を現す。

 

「アレが追撃隊の言っていた、長嶺雷蔵の真の力か」

 

加賀がそう言うと、零戦に飛び乗って一気に長嶺の元に迫る。

 

「長嶺雷蔵。まさか貴様が、こんな巨大な艦を身に宿していたなんてな」

 

「一応これでも、日本を護る守護者だからな。先に忠告させて貰うが、俺との勝負は辞めておいた方がいい」

 

「ほう、怖気付いたか?艦の大きさの割には、小心者か」

 

加賀は完全に「敵と戦いたくないよぉ」という情けない理由で拒んでいると思っており、舐め切った表情で笑っている。まあ勿論、正反対の理由で長嶺は止めているのだが。

 

「何も怖い訳じゃない。ただ単にお前程度では、俺を倒せないからだ。その証拠に、後ろを見てみな」

 

「一体何が.......!?」

 

後ろを振り向くと謎の素早い航空機がセイレーンと重桜の戦闘機を、見た事もない兵器で殲滅している姿であった。

 

「あの機体の名はF27スーパーフェニックス。高い機動性と速度で1機で1000機の相手ができる、一騎当千を形にした様な機体だ。そして俺自身も」

 

そう言いながら兵装を操作し、主砲を手近のセイレーン艦に指向して撃つ。セイレーン艦5隻をぶち抜いて、一撃の元に海へと沈めた。

 

「こんな感じに強い。で、それでも戦うか?」

 

「.......預けていた方が良さそうだな」

 

そう言うと加賀は、今度はエンタープライズへの元へと向かって零戦に跨り飛んでいった。

 

「さあ!暴れるとしようか!!!!!」

 

機関出力を一杯にまで上げて、敵に肉薄攻撃を仕掛ける。

 

「此処は通さないぜ!!」

 

「ハッハー!!雪風様の幸運を前に、跪くのだぁ!!」

 

「邪魔だ!!」

 

ドゴォォォォォォン!!!

 

「痛いのだぁ.......」

「まだまだイケるぜ.......」ガクッ

 

「ちょっと大丈夫なの二人とも!?」

 

夕立、雪風の邪魔が入るが容赦なく主砲と副砲でぶっ飛ばす。二人とも目を回して海に倒れ込み、近くにいた時雨が駆けつける。

 

「お、いい感じのセイレーンじゃん!!」

 

シャキン

 

「ハァ!!!」

 

ザンッ!!

 

今度は手近の新品ノーダメのセイレーン艦を、一刀両断して沈める。余りの戦いぶりに敵味方問わずに、その戦いぶりに恐怖する。ある者は「味方でよかった」と呟き、またある者は「あんなのアリなの?」と呟く。

だが戦局は突如として、アズールレーン側の不利になる。エンタープライズが加賀によって倒されたのである。

 

「ん?っておい、エンタープライズ!!!」

 

長嶺が気付いた時は、ちょうど海に真っ逆さまに落ちていく所であり助けに行く事も出来なかった。

 

「クソッ、エンタープライズがやられたのは痛いな」

 

他の皆は浮き足立っているが、長嶺は意に返さない。仲間が戦場で命を落とすのは当然であり、例えそれが親友や恋人であっても眼前敵の排除を優先しなくては自分の命も危なくなるからである。まあ、余り関わりが無かったというのも理由に上がるが。

 

「お眠りなさい、灰色の亡霊。あなたの意志は黒箱に宿り、永遠の物となるのよ.......」

 

赤城がそう呟く。しかし次の瞬間、エンタープライズが落ちた周辺に光の柱が現れる。

 

「おいおい、今度は何だよ.......。しかも核みたいな所にエンタープライズいるし」

 

しかも光の柱の中心部にはエンタープライズが弓を携え、目を金色に光らせた姿で浮かんでいた。そして弓を構えて、加賀に射掛ける。

 

「!?何て速さだ」

 

放たれた矢は銃弾よりも早い速度で加賀を貫き、貫かれた加賀も「何をした?」と何が起きたか理解できないまま海に落ちた。おまけに今度は光の柱が膨れ上がり、敵味方問わず飲み込んでいく。

 

「犬神、八咫烏。光の柱へ突っ込むぞ」

 

『正気か!?』

『危ないよ!!』

 

「ハッ!たかが光だ。その程度じゃ、この俺は止まんないぞ!!」

 

そう言うと自ら光の柱に突撃し、案の定視界が光で一杯となる。

 

(さあ、鬼が出るか邪が出るか)

 

 

前回同様、韓国語と中国語で彩られた燃え盛る大都市に長嶺は立っていた。そしてやはり、目の前には鬼がいる。

 

「何の用だ」

 

「貴様に報告しておく事がある。近い内に貴様は私の封印を解き、再び全ての能力を受けるだろう」

 

「何でまた。前に協力して封印しただろ?」

 

「貴様が深海の化け物を相手にした時、術を使っただろう。アレの影響で封印が解けやすくなっている。無いとは思うが、ふとした時に解けるやもしれん。だからまあ、術がいきなり使えるようになっても驚かぬ様にな」

 

「わかった」

 

「ではな」

 

そう言うと鬼が手を翳し、長嶺の下に穴を作る。勿論重力に従って下に落ちていき、気がつくと八咫烏の背中に乗っていた。

 

「八咫烏、状況は?」

 

「分からぬ。我らも先程目醒めた所だ。現在の場所は、オホーツクのど真ん中だな」

 

「ロシアに見つかったら面倒だな」

 

おそロシアに見つかったら、本当におっそろしい事になりかねないので見つからない様に祈る。幸い流氷海域でレーダーも効きにくいし、空の目である衛星もハッキング済みだから見つかりにくくはなっている。

 

「主様、下見て!!」

 

「何だ、鯨でもいたのか?」

 

であればよかった。眼下にいたのは鯨ではなく、扶桑型戦艦。艦上では瑞鶴と高雄が「何か」と戦っていた。その「何か」を見た瞬間、長嶺の顔は一気に怒りに染まる。その何かは最初に感じていた「亡霊共」だったのである。

 

「お前達は此処で待機してろ。俺はアイツらを、殺す!!」

 

そう言った瞬間、八咫烏の背中から飛び降りて扶桑の甲板に向かって降下する。

 

 

「一体何なのだ、この者達は!!」

 

「真っ白な体に、会話すらせずに戦う。まるで骸骨ね.......」

 

その頃、高雄と瑞鶴は連携して4体の亡霊と戦っていた。その亡霊の姿は真っ白なボディスーツに身を包み、目は赤く光っていて、とても不気味である。しかも動きが素早く、防戦一方である。重桜でも一、二を争う剣の腕を持つ二人ですらこれなのだから、他の者が戦ってもすぐに殺されてしまうだろう。その為、他の皆は横に退いて、もし二人が倒されても他の者達を守れる様に戦える者は武器を抜いて構えている。

 

「瑞鶴殿、後ろだ!!!」

 

「何っ!?」

 

反射的に後ろを振り向くと敵がマチェットを背中に突き刺そうとする瞬間であり、位置的に回避不可能な場所であった。しかし刺さる直前に、突如空中から刀が降ってきてマチェットを弾いた。

 

「チャンス!」

 

一瞬の隙をついて、後ろに回避する。亡霊の方も念の為、後ろに下り両者とも睨み合いに入る。しかし始まって3秒もしないうちに、今度は人間が刀のある場所に降ってくる。

 

「おいおい。もうこの世に祖国は無いというのに、何をまだ戦っているのだ亡霊共」

 

瑞鶴や高雄等、アズールレーンと本格的に戦っていた者達はその声に聞き覚えがあった。煙が晴れるとそこに立っていたのは、二振りの刀を携えた長嶺の姿であった。

 

「長嶺雷蔵!?」

 

「なぜ貴様がここに.......」

 

「ただ単に空を飛んでいたら、この世に存在してはいけない亡霊を見つけたから、倒しにきただけだ。正直、俺でも倒せるか分からない。今は退け」

 

本来であれば「嫌だ」と二人とも意地を張るだろう。しかし今回の指示には従って置かないと不味いという事を、2人の本能が警告している。そんな訳で大人しく指示に従い、後ろに下がった。

 

「さて、これで心置きなく暴れられるな。行くぞ、亡霊共!!!」

 

そう叫ぶと長嶺は得意の肉薄攻撃を始める。亡霊は2体が機関銃を手から出して弾幕を展開し、残り2体はマチェットでの攻撃を仕掛ける。

 

「んな典型的な戦法が効くか!!」

 

刀で弾丸を弾き、迫り来るマチェットは刀で受け止めて、そのまま剣先の方へと受け流し、そのまま背中を斬りつける。

 

「あの化け物と互角に戦うとは.........」

 

「アレが長嶺雷蔵の本気.......」

 

実は本気では無い、という事は置いといて。後一歩で後衛の奴に間合いが届くというタイミングで、体中に激痛が走る。

 

「グッ!」

 

なんと先程倒したマチェット待ちの亡霊が、手持ちのナイフやマチェットを直接体内に転移させて、突き刺して来たのである。幸い抜いて攻撃力を高めようとしてくれた為、すぐに高速修復剤を体内に打ち込み傷を回復させる。

 

「やはり、能力を使う他ないな」

 

そう言うと長嶺は一度後方に下がり、刀を鞘に仕舞う。そして拳を甲板に力強く叩きつける。

 

「焰道!」

 

そう叫ぶと海から一斉に炎が吹き出し、その炎が長嶺に降り注ぐ

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

長嶺自身が炎と一体化し、炎が消えると体中に炎の道ができ、目に炎を宿した状態となった長嶺が立っていた。

 

「さあ、第二ラウンドだ」

 

刀を抜くと、刀も同様に変化していた。閻魔は頭身がマグマの様な赤黒い物に変化し、幻月は青白いままだが、刃の部分が金色に輝いている。

 

「さあ行くぞ。奥義、空間斬!!」

 

幻月を振り下ろし、蒼白い剣の波動を敵に放つ。距離があり敵は上に飛んで避けたが、それを追いかけて股から一刀両断される。次は手近の奴に閻魔を突き刺す。

 

「まだまだ!奥義、炎菫!!」

 

外からは見えないが、亡霊の体内ではすごい事が起きている。突き刺した体内にある刀身部分から、炎のバイオレット・カンディルが亡霊の体内にくらいつく。カンディルというのはアマゾン川に住む、ナマズの仲間で「ピラニアより恐ろしい魚」として地元民は考えてる程に凶暴な魚である。そんな物を体内にぶち込まれたのなら、もう終わりである。

 

「さぁ、次はどいつだ?」

 

そう言ったのを合図に、残りの2体が瞬間移動で近接攻撃を仕掛けてくる。しかし焰道の能力で強化された身体能力で動きを察知し、マチェットが振り下ろされた瞬間に後ろを取る。勿論マチェットは甲板に刺さり、長嶺は無傷である。

 

「バーカ。後ろだ」

 

振り返る間もなく、刀を振り下ろして2体を排除する。

 

「終わりだ。八咫烏、犬神。コイツらを回収し、本部へ運べ。背後関係を明らかにして、警戒を強める」

 

「お、おい!」

 

帰ろうとすると、高雄から呼び止められる。

 

「何故、何故拙者らを助けたのだ?お主からすれば、拙者らは敵だろう?」

 

「敵ではない。アズールレーン側からすれば敵なんだろうが、生憎と俺は成り行きでアズールレーン側に付いているだけだ。アンタらレッドアクシズを敵とは認識していない。というか敵だと認識していたら、俺の戦艦の火力で島ごと全員海の底に沈めてる。それにこれは俺の勝手な勘だが、なーんかお前達とは仲間になりそうな予感がするんだよ。

俺の国、というかこっちの世界もそっちと同様に、セイレーンみたいな敵と戦っている。俺はその敵達に人間で唯一対抗できる部隊と、KAN-SENと似た様な存在の軍隊の中で一番損害を与えている精鋭部隊の司令官だ。司令官の立場として、君達のような存在は是非とも仲間にしておきたい」

 

常識からかけ離れた答えに全員が困惑し、正気なのか疑い始める。まあ敵だと思ってた奴から敵じゃない宣言された挙句、仲間に勧誘されているのだから無理はない。

 

「まあいいや。俺は帰る」

 

そう言うと流氷にワイヤーを打ち込み、立体起動を始める。そしてそのまま、アズールレーンとの合流を目指すのであった。

 

 

 

一時間後 アズールレーン捜索艦隊

「空間の崩壊が始まっていますね.......」

 

ベルファスト、ジャベリン、ラフィーの三人はエンタープライズと長嶺を探していた。しかも空間の崩壊、正確には空が割れて中に紫色の空間が広がるという謎すぎる状況になっていた。

 

「ベルファストさん!!アレ!!!」

 

「長嶺様!?」

 

目の前の流氷をワイヤーで飛ぶ長嶺の姿があった。大声で長嶺を呼ぶと、それに気づきそっちに向かう。

 

「おまえたち、無事だったか」

 

「長嶺様も、ご無事で何よりです」

 

「あの、エンタープライズさん見てませんか?」

 

「いや見ていないな」

 

長嶺はさっきの重桜艦隊から立体機動で空を飛んでいたが、エンタープライズの姿は見ていなかった。それよりも謎の異空間が空に出来上がっていることに、後始末をどうしようかと胃を痛めていた。

 

「と言うかこれ、どうなってんのよ。空がかち割れて中には謎の異空間は広がってるわ、南国の太平洋上にいたのに今は正反対のクソ寒いオホーツク海にいるし、お前達の世界じゃこれが普通な訳?」

 

「長嶺、不機嫌?」

 

「あぁ、そうだよ!この後始末、絶対面倒なんだよ!!何、神の悪戯か何かなの!?そんなら神様ぶっ殺しに、あの世まで鴉天狗で突撃かますぞ」

 

ラフィーの問いに、テンションが壊れた感じで答える長嶺に全員が苦笑いしている。

 

「で?エンタープライズ探してんなら、てつだ」

 

ドカーーーーン

 

どう言う訳か向こうの方から、爆発音が響く。取り敢えず行ってみるとそこには、エンタープライズが瑞鶴と翔鶴を完全に殺しにいっている戦闘が繰り広げられていた。

 

「エンタープライズ、変」

 

「エンタープライズさん.......」

 

「エンタープライズ様、御身に一体何があったのです.......」

 

「アイツ、まさかと思うが.......」

 

いよいよ止めを刺そうという時に、他の流氷から綾波が飛び出して艦載機をぶった斬る。

 

「嫌なのです!!!!」

 

ドーントレスは右主翼を斬り離されて爆発するが、それに綾波も巻き込まれて飛ばされてしまう。しかもその行く先には、謎の異空間への扉が開いていた。

長嶺が助けに行こうと動く前に、ジャベリンとラフィーが動いて綾波の元に向かっていた。

 

「やりやがったな。子鴉!!」

 

長嶺は子烏を呼び出し、不足の事態に備える。一方ジャベリン達はラフィーが綾波をキャッチし、ジャベリンが氷に錨を突き刺してラフィーを捕まえるという方法で綾波を助け出していた。しかし氷が運悪く砕けてしまい、三人とも真っ逆さまに落ち始める。

 

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

長嶺も飛び降り、ジャベリンの錨を掴んで明後日の安全な方向にぶん投げる。

 

「子鴉、回収しろ!!!」

 

一機の子鴉が上手いこと錨に引っ掛けて、そのまま安全な場所まで飛ぶ。一方長嶺は、ウィングスーツを展開して滑空しながら謎空間の入り口から脱出する。

 

「あー、割とガチで死ぬかと思った」

 

どうにかこうにかで脱出に成功し、さっきの戦闘もあって一気に脱力する。取り敢えず気合いでアズールレーン艦隊まで帰還し、そのまま甲板に寝転んで眠った。

 



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第二十話レッドアクシズ基地小戦争

重桜との決戦より2週間後 長嶺自室

『未だ詳しい事は分かっていない事ですが、この現象は深海棲艦に関連がある物と見られており』

 

「どうにか揉み消せたな.......」

 

手に持つタブレットには、日本のニュース番組が映っていた。その内容とは重桜との決戦後、オホーツク海に現れた謎の異空間についての特集であった。異世界の住民であるKAN-SENやらセイレーンやらの存在が明るみに出ようものなら他国からの干渉や様々な厄介事が持ち込まれるのは明白なので、長嶺と本国に居る防衛大臣の東川があの手この手で揉み消した結果、どうにか「深海棲艦が引き起こした物」で決着させた。

 

「失礼します、長嶺様。朝食をお持ちしました」

 

「おー、ご苦労さん」

 

椅子の上で「グデー」としていると、ベルファストがカートを押しながら部屋に入ってくる。

 

「お仕事の方は順調ですか?」

 

「どうにか深海棲艦の仕業にして、この間の戦闘や謎空間もKAN-SENやらセイレーンやらの存在は綺麗さっぱり揉み消した。気休め程度にはなるだろう」

 

「それだけやっても気休め程度なのですか?」

 

ベルファストが驚くのは無理もない。帰還してからずっと部屋に篭り、パソコンと格闘しながら電話をしたりして、あっちこっちに手を回していたのである。なのに「気休め程度」と言うのだから、ビックリもする。

 

「日本は艦娘が来た影響で、他国から逆恨みされてんだよ。特にアメリカからな」

 

「アメリカ、ユニオンの事でしたね?何故ですか?」

 

「深海棲艦が存在する前、世界の覇権を握っていたのはアメリカだった。しかし当時は中華人民共和国、そっちでいう東煌がアジア圏の覇権を握ろうとしていた事でアメリカとの軽い冷戦状態に入ったりしていた。

所が中国国内で独裁政権の共産党を倒す為に革命が起き、内戦状態が続いた事で軍事力は低下した。再びアメリカの天下に、と行きたかったのだが予想にもしない敵が現れた」

 

「深海棲艦でしょうか?」

 

「そうだ。国連軍総動員で大決戦を行うも、見事に軍が全滅した上に敵には被害が全く無かったというオチまでついた。そんな最中に日本に艦娘が現れ、期せずして日本は海の覇権を握ってしまった。奴らからすれば、おもしろくないわな。

お陰でアメリカの諜報機関であるCIAは潜入してくるし、同盟国なのに腹の中じゃ敵視されてるって状況だよ。しかもその尻拭いは俺らの元にも巡ってくるもんだから、こっちは溜まったもんじゃねーよ」

 

実際手に入れられた情報を取り返す為に諜報員を殺害したり奪い返したりと、意外と敵としてCIAと関わっていたりする。他にもNSA、KGB、SIS、GCHQ等の名だたる諜報機関と裏で戦争していたりする。因みに本日の朝食はサンドイッチと紅茶である。

 

「いつもながら安定のうまさだ」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

「うんじゃ、褒美代わりだ。これ、持っていけ」

 

そう言って長嶺は一歩の緑色のペットボトルを渡す。

 

「こちらは?」

 

「緑茶だ。日本での紅茶ポジの飲み物と思ってくれ」

 

「ありがとうございます。後で頂きますね」

 

緑茶を受け取ると、ベルファストはカートを押して部屋から出て行った。そして長嶺がサンドイッチに手を伸ばそうとした瞬間、携帯の着信音が鳴り響く。

 

「現在総隊長の電源は切られております。数時間後、お掛けなおしください」

 

『嫌です』

 

「.......で、一体何の用だ。こちとら例の謎空間出現の火消しで、あっちこっちに手を回してたお陰で疲れまくってんだが」

 

電話の相手はグリムである。最早グリムからの電話は面倒事への片道切符化しているので、正直今すぐに電話切りたい思いであるが流石に出来ないので諦めて話を聞く。

 

『二週間前のレッドアクシズとの決戦後、総隊長殿含め全員がオホーツク海の流氷海域に転移しましたよね?先程分かったのですが、あの海域でレッドアクシズの赤城が人型セイレーンに捕まっている姿を衛星で確認しました』

 

「マジかよ.......」

 

『ただし撮影されたのは其方が流氷海域で戦争をしている間でしたので、情報の鮮度自体はとても低い物です』

 

「取り敢えず、どうにかしてレッドアクシズの方に行ってみる。何かしら分かるだろう」

 

そうは言うが、流石の長嶺も何が目的か分からなかった。情報から察するに別にセイレーンとレッドアクシズは「仲が良い」という訳でもないし、赤城と加賀だって一見仲が良さそうに見えるが「仲間」というよりも、「ビジネスパートナー」や「利害の一致」という点でセイレーンと組んでいるように見える。

とするならば単に助けた訳ではなく、何かしらの裏や他に面倒事を起こす為の駒か何かとして助けた様に考えるのが妥当である。流石に死体に用はないだろうから、多分生きているとは思うが何が目的かは正確には分からない。

 

『それからもう一つ。レッドアクシズ方面に向かう、正体不明の潜水艦を探知しました』

 

「潜水艦?」

 

『初めて観測された音紋で何処の国家は分かりませんが、その音紋は旧中国人民解放海軍の保有していた039A型、所謂「元級」が搭載しているディーゼルエンジンと似ていました』

 

「おい待て、中華人民解放軍は2025年の香港革命*1で壊滅、そのまま解散している筈だろ?幽霊じゃあるまいし、何で元級が出てくるんだ?」

 

『此方も目下調査中で、詳しい事はまだ何も。何か分かりましたら、報告いたします。一応、第三大隊は即応可能ですから、何かあれば連絡してください。それでは』

 

「全く、CIAの次は亡霊かよ。特別ボーナス、せびるかな」

 

そんな訳で急遽、長嶺はレッドアクシズの拠点のある島まで飛んだ。出発した頃には東側にあったはずの太陽は、到着する頃には西に傾き赤く輝いていた。

 

 

 

レッドアクシズ基地 西側埠頭

「私に、もっと力があれば.......」

 

瑞鶴は海に沈む夕陽を眺めて、そうつぶやいた。とういうのも、謎の髑髏みたいな兵士との戦闘の後、レッドアクシズ側はアズールレーン艦隊を発見し翔鶴と瑞鶴が殿として残る事になった。

所が敵に覚醒モードのエンタープライズがいた事で、二人してこてんぱんに負けてしまい、更には助けに来てくれた綾波も危険に巻き込んでしまったのである。綾波は敵に囚われ、瑞鶴は軽症で済んだが、瑞鶴を庇った翔鶴は全治一週間の怪我を負ってしまい、瑞鶴は現在自責の念に囚われている。

 

「アレは.......」

 

夕陽の真ん中に、謎の黒い点が見える。その点は近付いているのか、段々と大きくなっていく。

 

「オートジャイロ?」

 

シルエットから察するにオートジャイロというのは分かったが、どの国のオートジャイロよりも洗練された形であった。因みに戦争時代のオートジャイロは知っての通り、主翼を外した飛行機に上向きのプロペラをぶっ刺した形をしている。正直、今のヘリコプターよりかは不恰好ではある。

 

バタバタバタバタバタバタバタバタ

 

「日本軍のオートジャイロ!?」

 

段々と近付いてくる姿に、やっと理解した。胴体と下に赤い日の丸が描かれていたのである。これの指す国家は、日本だけである。オートジャイロは瑞鶴の横にホバリングすると、中から見知った男が降りてくる。

※尚、本来なら霞桜の航空機に国籍証や部隊証は描かれない。

 

「ご苦労だったな、帰投しろ!」

 

「お気を付けて!!!」

 

爆音と爆風の中長嶺と犬神&八咫烏が降り立ち、ヘリコプターは元の方向へと帰っていく。

 

「な、何しに来たのよアンタ!」

 

「ん?おお、瑞鶴か」

 

「瑞鶴か、じゃないわよ!!ここは敵地で、あなたは一応敵なのよ!?」

 

瑞鶴が声を荒げる。

 

「知ってる。だが今日は敵ではなく、メッセンジャーと霞桜総隊長として此処に来ている」

 

「どういう事?」

 

「明石と綾波の件と、赤城についてだ」

 

赤城の名前が出た瞬間に、瑞鶴の顔色が変わった。それを見て長嶺は、やっぱり赤城は帰還していない上にセイレーンからは何も聞かされていない事を察した。

 

「まあ取り敢えず、俺は長門の所にでも行かせて貰うよ。あ、勝手にいくから案内とかしなくて良いぞ」

 

「え?ちょ!」

 

長嶺はそう言うと、ワイヤーで拠点の中心部にある巨大な桜の木の元に飛んだ。

 

 

 

レッドアクシズ基地 中心部 

「多分この辺に。お、発見発見」

 

「何奴!!」

 

長門を発見するも、護衛の江風が刀を抜いて長嶺に剣先を向ける。

 

「ん?まあ怪しい者じゃ、いや、ガッツリ曲者だよな。なんて言えば良いのかね?」

 

「曲者」の単語を聞いた瞬間、江風が切りかかってくる。だがしかし、瞬時に最低限の動きで避ける。

 

「よっと」

 

「クッ!」

 

「ほいさ、えいよ、ほい、あらよいしょ」

 

その後も何度も斬りつけてくるが、その全てを華麗に避け続ける。

 

「フッ!!」

 

痺れ切らして縦方向に両断してこようとしてくるが、ジャンプで避けて刀の上に立つ。

 

「取り敢えず、こっちの話聞いてくれねーか?曲者っちゃ曲者だが、別にアンタらに敵対しようって訳じゃない」

 

「江風、よい。刀を納めよ」

 

「.......ハッ」

 

一旦刀から降りて、刀を収めて貰う。そして長門の正面に、堂々と座って目を見る。

 

(ほう。体こそ小さいが、しっかり支配者としての器が見え隠れしているな)

 

「して、貴様は何者で何をしにやってきた?」

 

「俺の名は長嶺雷蔵。加賀とか他の奴から、名前くらいは聞いていないか?」

 

名前を出した瞬間、長門の顔色が変わり江風の顔も強張る。恐らく、知っているのだろう。

 

「ではお主がやってきた理由はなんじゃ?」

 

「明石と綾波の件での報告、それから行方不明の赤城についても情報があるから伝えに来た」

 

「お主が何故、それを.......」

 

赤城が行方不明だと言う事を当てられて、見るからに動揺する。分かりやすくて、なんか可愛い。

 

「まあ、それは置いておいてだ。明石と綾波はこちらの保護下にある。綾波は新しく友達ができて平和にやってるし、明石に至っては「お客様がいれば、何処でも商売ができるにゃ」とか何とか言って店やってる。品揃えが良くなったって事で、KAN-SENの間で大人気だ。

で、赤城の事なんだが、コイツを見てほしい」

 

そう言うと長嶺は、長門の前にタブレットを滑らせる。画面には、赤城がセイレーンに捕まっている姿が映し出されている。

 

「これは何処で撮ったのじゃ?」

 

「この間の決戦の後、転移先でロシアの偵察衛星に映り込む筈だった物だ。先に言っておくと、衛星というのは空の上にある宇宙空間に浮かばせている、通信や偵察に使われる機械の事だ」

 

「生きておるのか?」

 

「流石にわからねーな。だが仮に死んでいたと仮定して、セイレーンが赤城の死体に用があると思うか?」

 

長門は指を顎に当てて考える。死体に用があるとなると、葬式を上げる位の理由しか見つからないからであろう。まあ長嶺としては葬式の確率より、死体を使った人造兵士の製造や何かしらの実験、もしくは単にセイレーンの趣味か何かという仮定を考えている。

 

「今まで足取り一つ掴めなかった赤城の事がわかった上に、状況証拠とはいえ生きている可能性も示唆できる情報であった。感謝する」

 

「気にしなさんな」

 

そう言うと立ち上がり「明朝に立つから、それまでは適当にゆっくりさせて貰う」と一言言って、中心部から出て行った。

 

「我が主、潜水艦の件は言わなくて良いのか?」

 

「主様の予想通りだったら、此処は地獄になるよ?」

 

八咫烏と犬神の2匹が、謎の潜水艦の件について言わなかった理由を聞いてくる。

 

「余計な心配や不安にさせる要素は入れない方がいい。だから俺は残った。高確率で遭遇する、今日の深夜に合わせる為に」

 

長嶺の考えていた潜水艦の仮説というのが、幻の潜水揚陸艦である。中国人民解放軍が中華人民共和国崩壊後に解散したのは前に書いた通りなのだが、この話にはまだ続きがある。組織としての中国人民解放軍は解散こそしたが、兵士達は中東やヨーロッパの紛争地域に逃げ込んだり、秘密兵器を保有している部隊や特殊部隊の残存兵については、首都である北京が攻撃を受けている合間に脱出して、世界中に散らばったのである。

そしてその中に含まれているとされるのが、秘匿兵器であった潜水揚陸艦と特殊部隊「蛟龍」である。もし仮に例の潜水艦が潜水揚陸艦であり、中身が蛟龍だとしたら、トンデモなく面倒なのは目に見えている。

 

「まあ取り敢えず「腹が減っては戦はできぬ」理論で、腹ごしらえだ!飯屋を見つけるぞ!!」

 

そんな訳で料亭に入り、適当に飯を食べる。そしてそのまま、この辺りで海を見渡せる高層建築の建物に入る。どうやら飲み屋だったみたいで、一番上の空いている所に陣取る。勿論、怪しまれないように酒とつまみの刺身を用意して貰う。

 

 

 

一時間後 長嶺達のいる隣の部屋

「ねぇ、隣の部屋って随分前に入った筈なのに、物音一つ聞こえないわよね?」

 

「言われてみればそうですね」

 

長嶺の隣の部屋には飲みに来ていた伊勢、日向、蒼龍、飛龍、愛宕、翔鶴の6人が居た。

 

「覗かないでくださいよ」

 

一番マトモな蒼龍が、今にも覗きそうな愛宕に釘を刺す。

 

「覗かないわよ」

 

愛宕がそう答える間に、柱にもたれ掛かっていた日向がふすまを勢いよく開ける。

 

「ハッハッハッ、日向の奴やったな!って、え?」

 

伊勢が笑いながら日向を囃し立てるが、開けた奥にいた男を前に固まる。他の5人も見た瞬間に、見事に固まる。

 

「おいおい、いきなり開ける奴があるかよ」

 

敵であるはずの長嶺が、堂々と酒を呑んでいるのだからこうもなる。

 

「何で此処にいるんですか?」

 

一番に口を開いたのは翔鶴である。妹である瑞鶴と最初に接触していた為、基地に長嶺が来ていることは知っていた。流石に隣で飲んでるとは思わなかった様だが。

 

「待っているんだよ。この世に存在を許されぬ身であるのに、存在している屑どもを」

 

次の瞬間、長嶺と横に控えていた犬神と八咫烏の目が鋭くなる。

 

「来たな。犬神、偵察してこい。風神と雷神以外、全種出せ」

 

犬神が窓から飛び降りて海の方へと向かい、八咫烏からは武器が大量に降ろされる。長嶺がそれを装備して、完全武装となる。背中にクロスさせて桜吹雪SRと龍雷RGを取り付け、その上から月華LMGと薫風RLを装備。更に両足の太腿前に朧影SMGと裏に土蜘蛛HG、尻に大蛇GLを装備し、安定の場所に刀も下げている。

 

『主様、敵は予想通り蛟龍。数は一個大隊、約900人。全員がステルス迷彩を装備していて、現在起動中。場所は主様のいる建物から、南西約2km。装備は03式、05式、95式なんかだよ』

 

「うへぇ、一個大隊規模の特殊部隊VS1人かよ。まあちょうどいいハンデか」

 

「(今、一個大隊っていたわよね?)」

「(コイツ、マジで人間か?)」

「(色々常識が通じない人だと思ってましたけど、特殊部隊と1人で渡り合えるんですか?)」

 

後ろで愛宕達がヒソヒソ話している。愛宕達よ、アイツを人間と思うな。アイツは(作者)かご(主人公補正)を受けまくった、ヤベェ男なのだよ。

 

「まずは、EMP発射だ!」

 

ポポポン

 

尻に装備した大蛇GLで、EMPグレネードを投擲する。EMPによる電磁パルスで、兵士達のステルス迷彩を無力化する。ステルス迷彩が切れて混乱に陥った瞬間、

 

ズドォン

 

桜吹雪SRで指揮官をいきなりヘッドショットで倒し、更に混乱させる。これにより900人全員が一斉に連携が取れなくなり、作戦計画を破綻させられたのである。

 

「さあ、地獄の始まりだ」

 

ズドォン、ズドォン、ズドォン、ズドォン

 

連射力に物を言わせて、敵の死体を更に増やしていく。20mm弾の破壊力も相まって、運が良ければ2、3人を一挙に倒している。

 

「クソッ、大隊長の他にも10人が瞬く間にやられたぞ!」

「まさかアイツが此処にいるのか!?」

「あり得ないだろ!?煉獄の主はもう死んだんだ!!撃ち返せ!!!」

 

持っている銃を建物に向けて、撃ちまくる。しかし距離が離れている上、元が中距離程度の射程しかない銃では当たらない。というか狙うことすらできない。

 

「狙撃兵!撃ってくれ!」

 

「わかった!って、1600ヤードはあるぞ」

 

彼我の間は約1600mの距離があり、当たるかどうか微妙である。

 

「だかやるしかな」

 

次の瞬間、覗いていたスコープごと撃ち抜かれて絶命する。他のスナイパーもスコープごと撃ち抜いたり、ヘッドショットで頭を吹っ飛ばして30名近い狙撃兵が一瞬で全滅した。

 

「中隊長!狙撃兵が全滅しました!!!」

 

「対戦車ミサイル、用意!撃てぇ!!」

 

持っていたRPG7を発射するも、弾頭が飛び出した瞬間に弾頭が狙撃されて爆発。撃っていた兵士と、近くの兵士を巻き込んで倒す。

 

「クソォォォォ!!!!」

 

「中隊長殿、そろそろ送り狼が行動を開始します。きっと倒してくれますよ!」

 

何とこのゴタゴタの間に精鋭一個分隊を、長嶺の狙撃している居酒屋に差し向けて置いたのである。しかしそれは犬神と八咫烏に見つかっている上、長嶺自身もそれに気づいていたのだから何とも言えない。

 

「!?蒼龍姉様」

 

「貴女も気付いたのね。長嶺様、下に」

 

「気付いてるよ。この建物の下、入り口付近に一個分隊15人が布陣してる。でもって、突入まで4秒ってとこだな」

 

うさ耳を持っている事から、重桜陣営の中でもずば抜けた聴覚を有する二人ですら、場所はわかっても数や突入のタイミングまでは分からない。それを言い当てた上に、下に敵が居ても動じない胆力に全員が固まる。

 

「来るな」

 

そう言うと階段の死角となる場所に陣取り、中国兵を待ち構える。

 

「手榴弾を投げ込むぞ」

 

隊長の一人がそう命じた瞬間、目の前に飛び出して鎌鼬SGの弾幕を浴びせて先頭の4人を倒す。後ろの兵士達は手榴弾を投げてくるが、土蜘蛛HGで撃ち抜いて、真上で起爆してやり吹っ飛ばす。この間、僅か8秒。

 

「あの数を、こんな容易く.......」

 

翔鶴がそう呟く。その間、また長嶺は敵をバンバン狙撃して倒していた。また倒すのかと思いきや左横に転がって、さっきまでの狙撃ポイントを開けた。

 

「敵は後850ってところだ。合図あるまで待機、背中は任せた」

 

長嶺と重桜側の人間以外、この場には誰もいない。では一体誰か?それは、後のお楽しみ。

この言葉を言い終えたと同時に、下の道に飛び降りて敵陣に突撃する。遮蔽物をうまく利用し、素早い動きで敵を蜂の巣にしていく。最早中国兵側は、弾幕張って弾が当たるのを祈るしか方法がなかった。そんなワンパターンな戦術で倒せる筈もなく、余計に被害を増やしていく。

 

「そろそろ頃合いだな。お前達、撹乱しろ!!」

 

犬神が物陰から飛び出し、八咫烏も真上から急襲する。予想だにしない敵に中国兵達は呆気に取られて、犬神達の方に意識が集中してしまう。

 

「撃て撃て!!」

「何だこの動物は!!弾が効かないぞ!!!!」

「ウガァァァァァ!!!!」

 

悲痛な断末魔と呻き声が支配する中、長嶺は裏路地に逃げ込み、次なる作戦の準備を始める為に移動を始める。所が、思いがけない連中と会う。

 

「で、なんでここに居るんだ?」

 

「それはこっちのセリフです」

 

何とZ23、オイゲン、ヒッパーの鉄血陣営と出くわしたのである。聞けば寮に帰ろうとしたら戦闘が始まり、急遽ここに逃げ込んだそうだ。所が戦闘は収まる気配がなく、動くに動けない状態だったらしい。

 

「一体何なの、アイツら。見た事ない装備だったけど」

 

「亡霊だ」

 

ヒッパーの問いに、亡霊と答える長嶺。勿論、ふざけてると勘違いされて「あんたバカァ!?」と怒られる。

 

「いや、マジでそうとしか言えないんだよ。アイツらは元々、こっちの世界にある国家の特殊部隊だった。だがその国は、もうこの世に存在しない。アイツらはその国と共に消え去るべき、この世に未練を残した者どもだ。そんな奴らを、亡霊と言わずして何と言う?」

 

「.......」

 

黙るヒッパー。まさか、本当に亡霊だとは思わなかったのである。そんな事は気に留める様子もなく、長嶺は「行くぞ」と一言言って目標地点に動き出す。

 

「一体何処に向かうのかしら?」

 

「仲間達が居る場所だ」

 

オイゲンの質問に一言返すと、急に立ち止まる。

 

「どうしたので」

「静かに」

 

長嶺が指を指す方向には、敵が4人いた。

 

「後ろの警戒しとけよな」

 

バレてないのをこれ幸いと、背後から静かに土蜘蛛HGで射殺する。敵を倒すと、また進み出す。歩き続ける事、数分。一行は敵のいる場所と対面になる場所に到着した。

 

「誰もいないわね」

 

「何処に味方がいるんですか?」

 

「まあ見てろって」

 

そう言うと長嶺は携帯で、何処かに電話を掛け出す。掛けた瞬間、中国兵のいる場所と今いる場所までの建物の屋根から、花火が上がる。突然の出来事に、中国兵もKAN-SEN達も呆気に取られる。

 

「野郎共!!!亡霊どもをぶっ殺せ!!!!!!」

 

今まで何もなかった場所から兵士達がいきなり現れ、更に屋根や建物の中にも兵士達が現れる。おまけに上空にも、中国兵を取り囲むように黒鮫がホバリングしている。そして勿論、飲み屋の中にも

 

「だ、誰!?」

 

「いきなり人が現れた!?」

 

狙撃銃を構えた兵士、マーリンがいた。

 

「aim、fire!」

 

「撃ちまくれ!!!」

 

ズドドドトズドドドトズドドドト

ブォォォォォォォォォォン!!!!

 

いきなりフィールドが切り替わり、見た事もない装備で固めた兵士がいて、完全に混乱する中国兵。圧倒的弾幕を前になす術なく、何なら一発も撃つことなく終わった。

 

「終わったな。よーし、死体処理を開始しろ。使えそうな物は剥ぎ取っとけ」

 

「総長、例の潜水揚陸艦、拿捕に成功しやしたぜ」

 

「お、いいねぇ。そんじゃそのまま、本部まで持ってちゃって」

 

「了解!」

 

『総隊長、マーリンです。一部航空機は一度帰投させてよろしいでしょうか?兵装を変えておきたいので』

 

「了解了解。一旦返して、再度また来てもらおう」

 

『了解しました』

 

隊員達も協力して死体処理(と言っても細かく裁断して、黒鮫で海に放流するだけ)をして、レッドアクシズ基地での戦闘は終わった。

 

 

 

*1
2025年に起きた革命。正式には中華民主独立革命と呼ばれるが香港の反乱軍が行った反乱である事から、一般的には香港革命と呼ばれている。この革命により、1949年の韓国より76年間の中国共産党による独裁政権は倒れた。現在は新・中華民国となっており、台湾と和解している。尚、この革命には「4体の化け物が大きく関わった」という都市伝説があったりする。



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第二十一話長嶺の覚醒

翌朝 埠頭

「総隊長、死体の処理は粗方終わりました。それから装備についてですが、殆どが鹵獲できています。現在、帰還する黒鮫に積載しています」

 

「了解した。いつも通り分解して、売るなり再利用するなりしてくれ」

 

「ハッ!」

 

現在レッドアクシズ基地では、先の戦いの事後処理に追われていた。死体処理や残骸の撤去、被害を受けた建物の簡単な応急処置等である。と言っても被害自体は小規模で、もう8割方完了しており殆どの隊員が引き揚げ準備に入っていた。

長嶺自身も帰ったら書かないといけなくなる報告書の山を想像し、如何にして回避するかを考えていたりしていた。しかしある出来事によって、嫌でも戦闘モードに入る事となる。キッカケは地震であった。

 

グラグラグラグラ.......

 

「うおっと、地震か?」

 

「意外とデカいですな。震度3、いや4って所ですかね?」

 

呑気にバルクと話していたが、この地震は普通の地震ではなかったのである。

 

「そ、総隊長。あ、アレ」

 

腕を叩きながらマーリンが海を指さしていた。その方向に目を向けると目の前には、どう見ても全長が900mはある巨大な軍艦が浮かんでいたのである。

 

「何じゃありゃ!!」

 

「おいおい、アレってどう見ても例のオロチ計画のヤツじゃん」

 

他の霞桜の隊員達やKAN-SEN達は驚いてたが、長嶺だけはその姿に見覚えがあった。いつか忍び込んだ時に見た、オロチ計画とやらで作られた艦である。

 

「加賀先輩!!」

 

最初に反応したのは瑞鶴であった。オロチの艦上には先輩である加賀が乗っており、それを止める為に叫んでいたのである。その次に反応したのは長嶺で、長嶺は桜吹雪SRを構えてオロチに銃口を向けていた。

 

「お願い!!加賀先輩を撃たないで!!!!」

 

「心配しなさんな。弾丸は普通の弾丸じゃなくて、発信機だから殺傷能力はねー、よっと!」

 

ダァン!ダァン!

 

二発の発信機弾がオロチにめり込み、起動する。そのデータは長嶺の持っているスマホと、データリンクで繋がっている霞桜の隊員達全員が確認する事が出来ていた。

 

「どうしますか、総隊長?」

 

「まあ、こうなっちまった以上は介入せざるを得ないだろう。お前達はこのまま本国まで引き揚げて、領海への侵入が確認されれば撃滅しろ。言っておくが、手加減する必要はない。もし加賀が対抗するようなら、容赦なく殺せ」

 

「了解しました。では先に帰還します」

 

そんな訳で霞桜の隊員達は江ノ島鎮守府へと帰還していき、長嶺とレッドアクシズのKAN-SEN達はオロチ追撃に出撃した。一方でアズールレーン側もセイレーンの上位個体の一人である、ピュリファイアーの襲撃を受けて基地が半壊しており、おまけに黒いメンタルキューブも奪われていた。色々情報を精査するとオロチと関係があり、そのオロチが動き出している事からオロチ撃滅の為に出撃していた。

 

 

 

南太平洋 戦艦「扶桑」艦上

「なんて事をしてくれたのだ加賀殿。これでは、申し開きの余地は無いぞ.......」

 

「考えが甘かったわ。まさかこんな強引な手段に出てくるなんて」

 

完全にお通夜モードの重桜勢。特に直接の後輩である翔鶴と瑞鶴は少なからずショックだったようで、止められなかった事を悔やんでいる。

 

「加賀さん、どうなっちゃうんですか?」

 

「もしセイレーンと通じていたとあれば、それは重桜に対する重大な裏切りよ」

 

「状況次第では、オロチと一緒に討たなければならないわ」

 

「そ、そんな.......」

 

山城の質問に扶桑と愛宕が答える。控えめに言って状況は最悪であり、ほぼ確実に加賀は討たなければならない。

 

「こんなの嫌なのだ.......」

 

「雪風.......」

 

「綾波が捕まって、赤城がいなくなって、戦いが始まってから嫌な事ばかりなのだ.......」

 

雪風の言葉に、余計お通夜モードに拍車が掛かる。だがしかし、そんな空気をぶち壊す奴がいた。

 

「何を迷ってんだ。裏切ったなら殺せばいいだろ?」

 

長嶺である。勿論全員から睨まれて、高雄に至っては胸倉を掴んで来ていた。

 

「貴様、我らがどんな思いでいると思っている!!!第一、お前に出来るのか!?部下を自ら殺す事が!!答えろ!!!!」

 

「ハッ、愚問だな。勿論殺すさ。いや、というか殺したさ」

 

「何?」

 

「俺はな、昔っから世界の暗部で生きてきた。人も殺しまくったし、時には拷問や略奪だってした。俺は生まれながらのキリングマシーン。命令や自らの任務遂行の邪魔となるなら親兄弟、恋人、我が子、上官、部下、仲間、誰であろうと殺す!!」

 

余りに予想の斜め上を行った回答に、全員が固まっていた。というよりは長嶺の目が怖かったのかもしれない。その時の目が、無機質で感情を読み取らせない様な、坐った目をしていたのである。高雄も本能で危険と感じたのか、地面に下ろした。

 

「とは言ったが、別に俺は生物学的に殺せとは言ってないぞ」

 

この言葉に全員が「はい?」という、何とも面白い顔をしていた。

 

「殺すと一言で言っても、色んなのがある。1番最初に思いつくであろう生命活動を止めて生物学的に殺したり、大切な人や心の依代を破壊して精神的に殺したり、今まで築き上げてきた地位を壊して社会的に殺したりな。で、今回の場合なら「存在を殺す」事をお勧めする」

 

「存在を殺すって、どういう事ですか?無視し続ける事ですか?」

 

翔鶴がそう答えるが、長嶺は首を横に振って「違う違う」と言う。

 

「そうじゃなくて、戸籍とかの記録上では此処で死んだ事にするだろ?そんでもって新しい戸籍を作って、別人として生きてもらう。つまり空母加賀としては死ぬが、命までは死なないって事だ。これなら問題ないだろ?」

 

「つまり加賀は助かるのか?」

 

「あぁ。で、どうやら生物学的に殺さないと行けない連中が来やがったな」

 

ふと下を見ると、近くに控えていた犬神と八咫烏が右側の海を見つめ始めていた。長嶺も同じ方向を見つめ始める。

 

「200、いや300はいるか。戦闘前の慣らしには丁度いい」

 

「我が主、我らはどうすれば良い?」

 

「待機だ。もしかしたら伏兵が乗り込んで来て、そのまま白兵戦になるかもしれん」

 

「心得た」

 

そう命じると長嶺は懐から式神を取り出して、いつも通り鴉天狗を呼び出す。しかし今回は艦娘形態ではなく、艦船形態のまま戦闘する様だ。

 

「さーて、やるか。全艦対空戦闘用意!!主砲副砲回頭!!!弾種、超多重力弾!!!電磁投射砲モードへ!!!!」

 

砲塔が回転し、敵の方向へ指向する。それと同時に砲身が四分割して、砲身内に稲妻が走る。砲身が変形する事なんて考えられなかったのか、KAN-SEN達の目が点になっているが気にしない。

 

「撃てぇ!!」

 

砲弾が発射され、重力の壁を展開する。起爆した瞬間、殆どの艦載機が中に引き摺り込まれて、あちこちから掛かる重力に耐えきれず分解する。更に周りの機体も巻き込んで同様に破壊し、300機はいた艦載機は一気に50機まで数を減らした。

 

「左90°、真っ直ぐ突っ込んでくる。目標まで24,000。撃ちー方始め!!!」

 

たかが一門でも高い連射速度と命中精度を誇る速射砲が、何百門も向けられる。どんなエースパイロットであっても、ワープでもしなければ回避は不可能な弾幕を展開して、その全てが10秒も持たず破壊された。

 

「次は潜水艦だ!!左舷魚雷発射管、開け!!」

 

お次はバレてないと思っていたのか知らないが、艦隊の近くに潜んでいた潜水艦カ級4隻である。25個の60cm魚雷が発射され、もう絶対オーバーキルレベルの攻撃で、何のアクションを起こす事もできず沈む。

 

「いっちょ上がりだ」

 

そうこうしている間に、いつの間にかオロチの近くまで来ていた。すぐに艦娘形態になって、水上に降り立ち攻撃を始める。しかし

 

「なんて数なの.......」

 

目の前には上位個体が50体近くおり、雑魚タイプのセイレーン艦も100隻近く居た。

 

「お前達、行くぞ!!!!」

 

「了解」

「はーい」

 

KAN-SEN達が動揺しているのを他所に、長嶺達は敵に突っ込んでいく。勿論砲弾の雨が降り、KAN-SEN達の誰もが当たると思った瞬間、艦の挙動じゃない俊敏な動きで全弾躱した上に、弱点に正確な砲撃で攻撃を加えていた。

 

「ちょろいぜ!ちょろいぜ!」

 

「氷結地獄!!!」

 

「翼扇!!」

 

一方で犬神と八咫烏も技をバンバン使って、現実離れした戦闘を繰り広げていた。勿論セイレーン側も負けじと反撃してくるが、相手が悪すぎる。全弾避けるか、当たってもダメージが入らず、逆に砲弾や魚雷を貰う。完全に一方的な戦いになりつつあった。この辺りでやっと平静を取り戻したKAN-SEN達も参戦し、更に敵の数を減らしていく。

 

「可愛いお客さんね。歓迎すr」

ザシュッ

 

上位個体のセイレーンですら、セリフを最後まで喋らせてもらえず長嶺に切り捨てられる。こんなんじゃセイレーン側はマトモに戦えないと思っていたが、ある暴挙に出る事で攻撃を開始した。

 

 

シュゴォォォォォォォォォ!!!!

 

 

「おい嘘だろ!?」

 

何と大型巡航ミサイル二発を撃ったのである。対応しようにも、セイレーン艦が邪魔してきて撃てない。

 

「クソッ、このままじゃ迎撃不可能になる!」

 

「お困りのようね」

 

反重力装置で飛んでいるオイゲンが応援に駆けつけてくれて、周りの敵を一掃する。

 

「これ迎撃行けるのか?」

 

「さっきのフリッツXもどきの攻撃の事かしら?別にこっちには被害を齎さないんだし、放っていいんじゃないかしら?」

 

「いや、あの兵器は放っておいたら不味い。飛んでいった方向にはレッドアクシズとアズールレーンの基地がある。恐らく弾頭は形状からして、核弾頭の可能性がある。もしそうだとしたら、基地は一撃で消し飛ぶ事になるんだ」

 

レーダーの情報を頼りに探すが、もう迎撃不可能な所まで飛んでいってしまっていた。

 

「クソッ、ダメだったか!!!」

 

「どうしようもできないの?」

 

「あぁ。こうなったら外れてくれるか、弾頭が核でない事を祈るしかない」

 

幸にして核弾頭ではなかったがその威力は凄まじく、何方の基地も全壊していた。まあ何方の基地も全員が出払っていて、人的被害はゼロであるが。

 

「何か作戦とかは無いわけ?」

 

「生憎俺の専門は対人戦と対深海棲艦戦だ。セイレーンとの戦闘は、そっちが専門だろ?」

 

「私は指揮官ではないのよ」

 

「作戦とは言えねぇが、片っ端から敵を沈めろ!!」

 

作戦とは言えない脳筋な策に、「本当に作戦と言えないわね」と漏らすオイゲン。だが長嶺の場合は、大体の敵ならこれで倒せてしまう。そんな訳で量産艦をボッコボコに倒していった。

 

「女王陛下に、栄光あれ!!!!」

 

アズールレーン艦隊も到着し、攻勢を開始する。量産艦は大半をレッドアクシズ、正確には長嶺が倒した事で殆どの火力をオロチに投射できたが、一つ問題があった。

 

「攻撃が通らない!?」

 

「シールドが貼ってあるんだ!」

 

砲撃、爆撃、雷撃の全てが弾かれてしまう。一点に集中攻撃しても、ダメージは入らない。

 

「主砲副砲射撃準備!!弾種、徹甲弾!!電磁投射砲モード!!」

 

レールガンと徹甲弾の合わせ技と、全砲による一点集中攻撃でバリアを破ろうとするが、これですら受け付けない。

 

「無駄だ。オロチは倒せん」

 

「加賀!?」

 

「貴様如きに、姉様の邪魔はさせない!!」

 

後ろを振り向くと、加賀立っていた。しかも臨戦態勢で。手には式神を持ち、艦載機が上空を飛び回っている。

 

「どうやら、倒さないといけないみたいだな。お前程度に倒せるかな?この超戦艦「鴉天狗」を宿した俺を!!!」

 

「抜かせ!!!」

 

まず攻撃してきたのは九九式艦上爆撃機であった。急降下爆撃で兵装を破壊するつもりだったのだろうが、たかが27機程度では倒せない。

 

「取ったぞ!」

 

「それはどうかな?」

 

ブオォォォォォォォォォォォォン!!!!!!

 

機関砲による弾幕で、呆気なく全機が火だるまとなる。九七式艦上攻撃機による雷撃も加えようとしてくるが、其方も迎撃する。

 

「貴様!!」

 

今度は単に式神を使った炎攻撃をしてくるが、刀で式神ごと叩き斬る。

 

「あり得ない.......」

 

「何を驚いているんだ?たかが攻撃を全て躱しただけだぞ?砲撃しろ。弾幕を張ってみろ。航空機で突っ込んで見ろ。どうした、楽しい楽しいパーティーはまだ始まったばかりだぞ?さぁ、かかって来い。さあ、さあ、さあ‼︎」

 

「あぁ、やってやるとも!!!!」

 

頭に血の上った加賀がワンパターンに殴りかかってくる。勿論動きが予測しやすいので、後ろに回り込んで刀で頭を叩いて気絶させる。

 

「ぐっ!?」

 

「さて、何か少し進展した感あるが、状況は全く持って変わってないんだよなぁ。こんな事だったら、アイツらも連れてくるべきだったか」

 

霞桜全員で当たるべきだったと後悔するが、後の祭りである。どう自体を打開しようかと考えていると、頭上を何かが物凄いスピードでオロチに向かって飛んでいった。その独特な形状に、長嶺は見覚えがあった。

 

「ASM3!?一体何処から」

 

今度は頭上のセイレーン機が爆発し、撃墜された。周りには戦闘機もいないし、弾丸も当たっていなかった。次の瞬間、その爆炎を突き破って一機の戦闘機が飛び出してくる。

 

「F22ラプター!?」

 

アメリカのロッキード・マーティン社製の戦闘機、F22ラプターの姿である。アメリカ空軍かと思ったが、よく見ると垂直尾翼には青い八の字リボンと、それを突き抜けるレイピアの様なマーク。その後ろに地球というマークが描かれていた。

そのマークを使う飛行隊はただ一つ、江ノ島鎮守府所属の最強航空隊「メビウス中隊」である。

 

『こちらメビウス1。提督、加勢に来ました。みんなも一緒です』

 

「みんな?」

 

『上を見てください』

 

そう言うので上を見てみると、霞桜の隊員達が飛び降りて銃を構えたまま敵艦に突っ込んで行っていたのである。得意の戦法の「空挺強襲」である。

 

「あのバカども!!帰還して本国の防衛を命じていたのに!!!!」

 

『総隊長殿ー!!ご無事ですかー!!』

『総隊長ー!軍法会議なんかクソ喰らえですよーー!!』

『総長ー!!生きてやすかーー!!』

『総隊長、助けにきた』

『ボース、助けに来たわよー!!』

『親父ー!!喧嘩すんのに呼ばないのはヒドイですぜー!!』

 

無線で長嶺にメッセージを送ってくる。それ以外の一般の隊員達も心配の言葉や、安心しろという声が聞こえてくる。

 

「ホントにバカで、自慢の奴らだ!!」

 

隊員達が着水し、オロチをグルリと取り囲む。マーリンとグリムは長嶺の元に駆け寄り、謝罪してくる。

 

「総隊長、命令に反き申し訳ありません。後から、どんな処分でも受けます。ですが今しばらくは見逃してください」

 

「総隊長殿、責任は私にもあります。処分は私にも」

 

「処分どころか大助かりだ。丁度さっき、本国防衛に回したの失敗したって後悔してたんだ。ラッキーだったよ、ホント。

今の状況なんだが、正直面倒になっている。取り敢えずレッドアクシズとアズールレーンは共闘体制には入ったから問題ないとして、いかんせん防御が硬い。シールドを破らん事には、オロチ本体への攻撃が出来ない。もうこうなったら、飽和攻撃しかない」

 

「レールガンと徹甲弾は試したので?」

 

「全門斉射のオマケ付きでやってみたが、ヒビも入らなかった」

 

そこまで言うと、グリムはニヤリと笑って「5分程待ってください。最高の援軍が来ます」と言った。取り敢えずその考えに従い、その間に準備を始める。すると何処からともなく砲弾の雨がオロチに降り注ぎ、大爆発を起こす。勿論オロチは無傷だが。

 

「待たせたわね!円卓の騎士の到着よ!!」

 

クイーン・エリザベスと長門率いるアズールレーンとレッドアクシズの連合艦隊が到着し、支援を開始したのである。どうやら事前に知っていたのは当事者達とベルファストのみだったみたいで、KAN-SEN達は驚きまくっていた。

 

「余は長門。重桜の長門である!これよりレッドアクシズとアズールレーンはセイレーンを打倒する為、連合艦隊を結成する!!」

 

「我々は掲げる思想は違えど、思いは一つです。私達は戦う為に作られた存在。私達は____!」

 

「私達は世界を救う為に生まれてきた。行こう、戦士達よ!!命を燃やせ!!!」

 

エンタープライズの叫びに、全員が鬨の声を上げる。

 

「所でエンタープライズ様。何か作戦はあるのですか?」

 

「そ、それは」

 

「作戦ならあるぜ」

 

後ろから二人に長嶺が声をかける。その横には副長のグリムを連れている。

 

「それで長嶺様、作戦とは?」

 

「グリム、説明してやれ」

 

「はい。スキャンした所、オロチの貼るシールドは攻撃を全く受け付けていませんが、数ヵ所にシールド同士の結合が弱い箇所があります。そこをピンポイントかつ同時に攻撃出来れば、ほぼ確実にシールドは破壊できます。

破壊すべき要所は全部で8箇所です。各陣営で一つずつ対応してください。残りの四つはこちらで対応します」

 

「了解した。皆に伝えよう」

 

エンタープライズも了承し、この作戦にかかる事となった。船首部分をユニオン、右舷前方をロイヤル、左舷後方を重桜、船尾を鉄血、左舷前方を霞桜、左舷中心部と艦直上を長嶺、右舷後方を増援部隊が対応する事になった。

配置を完了した頃、増援部隊も到着し空挺降下を開始した。で、その増援部隊というのが

 

「戦艦大和、押して参ります!!」

「吹雪、参ります!!」

「Follow me!!皆サーン、ついて来てくださいネー!」

 

なんと江ノ島鎮守府の艦娘達(全員)だったのである。これには流石の長嶺も「俺も規格外だが、コイツらも規格外だったのか」と内心突っ込んでいた。

 

「それじゃ作戦開始、だな」

 

全員が目標地点に照準を合わせる。長嶺の方も艦載機を直上に待機させ、ミサイルとの一斉攻撃を加えせる準備を行う。

 

「行くぞ!!攻撃開始!!!!!」

 

一斉に砲弾が放たれ、直上にも丁度のタイミングでASM3とトマホークが突き刺さる。

 

ドゴォォォォォォン!!!!!

 

シールドを破り、何発かが船体にも命中する。

 

「この機を逃すな!!!!航空隊、攻撃開始だ!!!!!」

 

直上からはドーントレス、彗星、スクアMk.IIが迫り、水平線からはデヴァステイター、天山、ソードフィッシュが迫る。かつての大戦で大空を駆けた航空機達が同じ空を行くと言う、何とも言えない気持ちになれる一コマである。これに加えて大和型の46cm砲やら何やらで吹っ飛ばされ、一気にオロチ劣勢へと切り替わる。

 

「この演算結果は受け入れ難い。赤城、お前はもう要らないな」

 

そう言うと天城の姿をしたオロチが、赤城を艦上から突き落とした。見るからに約100mはあり、落ちたら一溜りもない。

 

「天城姉様?」

 

落ちていく赤城に最早何も出来ることはなく、死を覚悟するだけだった。しかし次の瞬間、グラップルによる立体機動で長嶺が赤城を助け出す。

 

「長嶺、雷蔵?」

 

手近にいたKAN-SENの方の瑞鶴に赤城を任せて、長嶺はオロチと対面する。

 

「貴様が全てのイレギュラーだ。貴様がいなければ、全てがうまく行ったと言うのに」

 

「悪かったな。だがアンタの野望もここまでみたいだな」

 

「フッ、この程度では終わらない。寧ろここからがスタートだ」

 

そう言うと突如、もう一組の腕がオロチに現れて武器を握る。しかしその武器というのが十文字槍、3mはある大太刀、鬼が持ってそうな棍棒の3つであった。

 

「この世で1番強い武器だ。これを前に、恐れ慄くがいい」

 

どこで……

 

何処で手に入れた、オロチ!!!!

 

見るからにガチギレしている。身体中から本当に赤黒いオーラを滲ませ、声を張り上げる。

 

その武器はなぁ、お前の様なクズが使っていい武器じゃねぇ!!!!その武器を使っていい奴らは、もう死んだんだ!!!

 

「何をそんなに怒って」

 

お前は俺を完全に怒らせた。その武器を使う罪、万死に値する!!!!

 

オロチも何故怒っているのか理解できず、オドオドしている。ついでに言えば長嶺以外の全員、KAN-SENも、艦娘も、霞桜の隊員も、あの八咫烏と犬神でさえ、驚きと恐怖を隠しきれていない。そんな皆を他所に、長嶺はどういう訳か空に浮かび出す。

 

「我ら四人、日出る皇国の盾にして、矛なり。我ら身命を燃やして、この皇国の権化とならん。我ら、ここに誓いて、古より続きし盟約に従いて、その力の全てを継承せん。それこそが我ら鴉天狗の使命なり」

 

何かの呪文か、はたまた俳句や和歌の一節かは知らないが、それを唱えた瞬間、長嶺の使う艤装が真っ赤に光る。その光は段々と広がり、長嶺の全身を覆う。完全に覆われて姿が見なくなると、その光は水平線まで広がり夜の様に暗くなる。これにはKAN-SENは勿論、長嶺と肩を並べて戦ってきた艦娘と霞桜の隊員達も驚いている。

しかし、変化はそれだけに留まらない。今度は何もない水面の筈なのに、水中から様々な高さの廃墟のビル群が浮上してくる。

 

「うお!?!?」

「何!?!?」

「あ、愛宕!!」

「高雄ちゃん!!」

 

そのビルは仲間達を分断してしまう。しかし、どうやらビル自体には当たっても擦り抜ける様で、何も怪我も無かったし屋上に移動してもいなかった。

 

「何だこれは.......」

「まさかこれも、黒箱の力なのか.......」

「こんなの分からないっぽいー!!」

 

全員が余りの光景に呆気に取られているが、さらに驚く事が起きた。何と、武装した兵士達が此方に突っ込んで来たのである。勿論、全員が武器を構えるがビルと同じように貫通していく。ある程度走ると突っ込んできた兵士たちは、1人、また1人と倒れていく。その顔は苦痛に悶え、体は欠損の酷い者もいた。

その余りの姿に、百戦錬磨の霞桜の隊員達でさえ叫びを上げる。そんな状況でパニックになっていると、東西南北の方角から4人の巨大な鬼が現れる。

 

「今度は何なんだよぉぉ!!!!」

「化け物!!!!」

「殺せる物なら殺してみやがれ!!鬼野郎!!!!!!」

 

さっきまでのパニックに拍車が掛かり、阿鼻叫喚の地獄絵図となる。しかし鬼達は襲うでもなく、ビル群の外で止まると槍、棍棒、大太刀、刀を中心に向かって構える。

次の瞬間、長嶺が艤装を展開した状態で中心地に現れて艤装から眩い光が溢れ出す。その光は艤装を中から破壊して行き、いつの間にか主砲と副砲はそれぞれ五連装砲と四連装砲となり、足の靴に当たる部分は噴射口となり、背中にアズレンのニュージャージーの様な丸い輪を背負い、右側の艤装には巨大な19個の砲身が追加され、左側の艤装には下側に新たに主砲二基と副砲四基に武装が変わっていた。武装が変わると、ビルも死体も鬼も、何も無かった様に消えた。

 

「空中超戦艦、鴉天狗!!!ここに見参!!!!さあ、殲滅の時間だ!!!!」

 

次の瞬間、一気にオロチの元にワープし空中へとアッパーで吹っ飛ばす。

 

「ぐはっ!」

 

そしてそのまま何度も刀で細切れに切っていく。その姿は正に「鬼神」そのものである。オロチがまた水面に戻る頃には、オロチだったものになっており、原型は留めていなかった。

 

「眠れ、我が友人達の忘れ形見よ」

 

 

「想定外すぎる結果だったわね。おもしろいデータが取れたわ」

 

「まさかオロチがやられるなんてね。それにあの武器、データを渡したのはオブザーバーでしょう?一体何だったの、アレ?」

 

「アレはねテスター、文字通りの記憶だったのよ。まさか覚醒するとは思わなかったけどね」

 

「ふーん、まあどうでもいいや。これからどうなるか、楽しみね」

 

オブザーバーとテスターというセイレーンの上位個体達の二人は、会話を終えると何処かに消えていった。画して、秘密裏に行われた海戦は一応の終結となった。

尚、報告書の山で長嶺が精神崩壊したのは言うまでもない。



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第二十二話霞桜の大暴れ

オロチとの戦闘終結より三時間後。艦娘達は撤収しアズールレーンとレッドアクシズは一度別れ、それぞれの本部へと向かった。道中は霞桜が護衛につき、家路を急いだ。

 

「おい、放射線量とNBC兵器に注意しておけ」

 

「了解!」

 

因みに編成は長嶺、本部、第一、第二大隊はアズールレーン側へ。残りの第三、第四、第五大隊はレッドアクシズ側に向かっている。先のオロチとの戦闘で核ミサイルっぽい物が発射されている事から、霞桜が前衛に出て警戒に当たっていた。

 

「先行し確認しろ。くれぐれも探知機から目を離すな」

 

「了解!」

 

長嶺の命令で一個分隊が先行し、探知機を起動させながらアズールレーン基地に向かう。

 

「私達はどうするんだ?」

 

「取り敢えずは待機だ」

 

エンタープライズからの質問に答えた数十分後、先行した部下達から「NBC兵器関連の反応は認められない」との報告が上がり、再度歩みを進めた。

 

 

 

アズールレーン基地

「これが基地.......なのか?」

「あり得ません......。こんな事が.......」

「何だこれは.......」

 

KAN-SENもショックであろう。目の前には基地ではなく、最早「基地だったもの(・・・・・・・)」という言葉が似合う程にボロボロなのだから。綺麗だった白を基調とした建物は消え去り、中心部の施設が消えた代わりに巨大なクレーターがあった。

 

「こりゃ完全に吹き飛んでんな。ってか、核使わないで良くこの威力になったな」

 

『親父。こっちはレッドアクシズ基地に着いたのですが、島ごと殆ど残ってない程に消し飛んでます。NBC兵器は検出されませんでした』

 

「こっちも同じだ。ただこっちの場合は敷地面積が広かったせいか、主要施設こそ完全にやられてるが、周りの山地は少しだけ残ってる。お前達も一度レッドアクシズのKAN-SENも連れて、こちらに合流しろ。今後の対策を考える」

 

『了解』

 

脳内で今すべき事を考える。と言っても目標は定めているので、後はそこに行くまでの道を作るだけであるが。

 

「野郎共!!こうなったら仕方がない!!!!平地を切り開き、キャンプを設営しろ!!!!!!」

 

「「「「「「「「了解!!」」」」」」

 

隊員達が一気に動き出す。木を切り倒して平地を作り出し、そこにテントを貼ったり、簡単なヘリポートまで制作した。その間別のチームは基地の探索を行なっており、探索の結果、トンデモないのが発見された。

 

 

「おい誰か!!人が倒れてるぞ!!!!」

 

何と100名近い人間が、森林の中に倒れていたのである。しかも全員女性。

 

「担架持ってこい!!応援も要請しろ!!!!」

 

「ハッ!!」

 

まさか人が大量に倒れているとは想定しておらず、少し動揺している。だがしかし、そこは流石最強特殊部隊。すぐに冷静さを取り戻し、テキパキと搬送していく。

 

「一体どうなっているんですか!?」

 

報告を受けて探索隊の指揮を取っていたグリムが走ってくる。

 

「あ、副総長!!正直、我々もわかりませんよ。偶々この辺り一体を探索していた隊員が報告し、我々が来ると」

 

「この状況だった訳ですか。この様子ですと、総隊長殿が心労で倒れますね」

 

「総隊長にご報告されたので?」

 

「えぇ。今に来ますよ」

 

一方その頃、長嶺は手の空いてるKAN-SEN組を引き連れて現場に向かっていた。

 

「長嶺様、一体何が起きているのですか?」

 

「知らん。とにかく急ぐぞ!」

 

アクセルを踏み込んで加速する。現場に到着して、KAN-SEN達が担架の上で眠っている女性達を見た瞬間、全員の顔色が変わった。

 

「エセックス!?」

 

「フォーミダブルにヴィクトリアスまで。一体何故.......」

 

「何故シリアスがここに.......」

 

どういうわけか、皆眠っている女性達を見知っている様なのである。なーんか嫌な予感がしつつも、聞かないことには分からないので聞いてみる。

 

「あー、もしかして知り合い?」

 

「はい。この者は同じロイヤルメイド隊の一員で、身辺警護を担当するメイド、シリアスという者です」

 

「因みに元々は何処にいた?」

 

「元々はロイヤル本国の、陛下の住まう城にて留守を任せていました。ですが何故か」

 

「ここにいると」

 

正直、長嶺の顔はトンデモなく生気の無い顔であろう。何故ならこの後の展開が予想つくからである。その展開とは「報告書の山&面倒くさい連中の始末を考える」という物である。

こんな可愛い子達がいるとバレよう物なら、某クズ派閥が「戦力が固まりすぎている。公平に分配すべき」とか何とか言って、絶対面倒だからである。

 

「ん.......ベルファスト様?」

 

「シリアス、気が付いたのですね」

 

「私は一体.......。宮殿にて掃除をしていた筈ですのに.......」

 

シリアスが目覚めたのを合図にするが如く、他のKAN-SEN達も気が付き始める。

 

「こりゃアズールレーンとレッドアクシズの基地が転移したのが、基地ごとではなく個人に起こったな」

 

「あの、貴方様は.......」

 

「申し遅れた。俺は新・大日本帝国海軍で将校をやっている、長嶺雷蔵という者だ。君達が森の中で倒れているのを部下が見つけて、俺達が搬送の応援に来たんだ」

 

「そうでしたか。感謝致します」

 

ひとまず霞桜だとか、連合艦隊司令長官だとかは、言ってしまえば余計な混乱を招く可能性があるので伏せておき、簡単な自己紹介と経緯の説明を行う。シリアス含め、倒れていた全員が動けるようなのでキャンプ地にすぐに移送を開始する。長嶺も移動しようとした直後、カルファンから連絡が入る。

 

『ボス、他のレッドアクシズ陣営のKAN-SENを保護したわ。どうやら彼女達が元いた世界にいた筈の娘たちみたいよ』

 

「そっちにも出たのか。こっちもアズールレーン陣営のKAN-SENが今しがた発見された。取り敢えず、合流地点にしてあるキャンプ地に移送している。お前達もこっちに移送してくれ」

 

『了解よ』

 

数時間後、レッドアクシズのKAN-SENとそれに随伴していた隊員達とも合流し今後の流れについて、会議を行っていた。因みに参加人員は以下の通り

・日本

長嶺と他の大隊長6人

 

・ユニオン

エンタープライズ、ホーネット

 

・ロイヤル

プリンス・オブ・ウェールズ、イラストリアス

 

・重桜

赤城、加賀

 

・鉄血

ビスマルク、プリンツ・オイゲン

 

・北方連合

ソビエツカヤ・ロシア、チャパエフ

 

・東煌

逸仙

 

・アイリス

リシュリュー、サン・ルイ

 

・ヴィシア

ジャン・バール

 

・サディア

ヴィットリオ・ヴェネト、リットリオ

 

まさかの大半が初対面という、中々にやりづらい事になった。

 

 

アズールレーン基地仮設キャンプ 司令部テント

「あー、これって全員揃っているのか?まあいいか。改めて自己紹介させて貰おう。新・大日本帝国海軍にて連合艦隊司令長官と、非公式特殊部隊の海上機動歩兵軍団「霞桜」の総隊長している、長嶺雷蔵元帥だ。末永く、宜しく頼む」

 

正直、反応は宜しくない。何せ初対面の謎男が「連合艦隊司令長官」だの、「海上機動歩兵軍団」だの、「霞桜」だの、「元帥」だのと言っても反応に困る。一応エンタープライズ、ホーネット、ウェールズ、イラストリアスの様に今まで一緒にいた連中や、オイゲン、赤城、加賀の様に敵だったが少しは人となりを知っている連中もいるが、再三言っての通り大体が会った事も無い初対面なのだから無理もない。

 

「で、ここは一体何処なんだ?オレはアジトで飯を食べていた筈だったんだが?」

 

ヴィシアのジャン・バールが質問というのか、文句と言うのか分からない反応を示す。

 

「やっぱ知らねーよな。今から言う事は俺が頭壊れたとか、そう言うんじゃないからな?お前達は、異世界転移ってのをしちまってる」

 

一気に場の空気が重くなる。予想外すぎる答えに理解が追い付かないか、「コイツ本当に大丈夫か?」というなんとも言えない目で見るかの二択の反応であった。

 

「俺はこの基地に来るまで、お前達の所属する国家や組織の名称なんざ聞いたことなかった。名称自体は単語なんかで有ったりはするが、そんな名前の国家は古今東西何処にも存在していなかった。というか何なら、セイレーンとかいう訳のわからん化け物も存在していない。

それにお前達は俺の所属する国家である「日本」というのは聞いたこと無いだろ?俺の勝手な予測だが、多分お前達の元いた世界と俺達の世界は並行世界、所謂パラレルワールドに値するんだろうな。で、何かしらの弾みでこっちに来た」

 

「一体、どんな弾みなのですか?」

 

今度はサディアの総旗艦、ヴィットリオ・ヴェネトが質問してくる。

 

「知らね。映画とか小説なんかじゃ「謎の実験装置が暴走して」とか「ゲートが開いたから」とか何とかあるが、そう言った類の物は今の所発見できていない。そんな訳で、お前達を返す方法も分かんない。というかそもそも、そんな方法があるのか無いのか、返せるのか返せないのか。

アズールレーン基地とレッドアクシズ基地、それから廃墟ビル島が何の前触れもなく現れ、それに付随した何かしらの問題や異変はセイレーンの発見以外は無い。そしてこんな転移とかいう、訳の分からない事象を引き起こすイレギュラーの存在や火種は確認されていない。この顛末は事実だ。もうこれ、魔法何か使ったんじゃ無いのかな」

 

全く面白くない冗談で、場の空気が更に重くなる。

 

「親父、全然面白くないです」

 

「うん、知ってた。現在絶賛後悔してる」

 

「で、私達はどうなる訳よ?」

 

オイゲンが話題を変えてくれたお陰で、また会議が進みだす。オイゲン、マジ天使。

 

「俺が面倒見る事になっている。お前達は「新種の艦娘」って扱いで、そのまま江ノ島鎮守府艦隊に編入。指揮下に入ってもらう。それに霞桜が根城にしているから、防諜や機密保護に関しては最高レベルになっているから安心していい。

勿論お前達が別の生き方、例えば自給自足で生活したいとかなら支援はするつもりだ。だが個人的には、こっち側に来る事を勧めるぞ。何せこっちの海はセイレーンみたいな存在が、海に幅を利かせてる。しかもお前達では自衛できない。というか武器が通用しない。生存できるのは、絶望的d」

 

「会議中に失礼します!!!!」

 

血相を変えた兵士が、テントを破らん勢いで入ってきて敬礼する。

 

「報告します!!深海棲艦の艦隊が接近しております!!!!編成は四個水雷戦隊に、六隻の空母。そして十二隻の戦艦からなる主力艦隊です!!方位173、射程圏内まで後15分!!ご指示を、総隊長!!」

 

「迎え撃つぞ。ベアキブル、カルファンは前衛に出て敵を惹きつけろ。バルクはこれを援護してやれ。レリックは頃合いを見て中心部に突入、場を掻き回してやれ。グリムは此処の防衛に残り、マーリンは崖からの超長距離狙撃で適時援護しろ。

奴らが一番似合う場所は、深海の奥底だ。愚かにも我が物顔で海を闊歩する馬鹿どもに、自分たちが何処がお似合いか思い出させてやれ!!!!」

 

「「「「「「ハッ!!!!」」」」」」

 

各大隊長達が、自分の武器を構えて戦闘態勢に入っていく。深海棲艦発見の報は既に一般の隊員達にも知れ渡っており、マガジンを装着し、セーフティを解除して戦闘モードに入る。パイロットや兵器の操縦兵は、自分の相棒達に火を入れて出撃準備を整えていく。

 

「本部大隊、状況開始です」

「第一大隊、行きますよ!!」

「第二大隊、出る」

「第三大隊、行くぞ!!」

「第四大隊、ビジネス開始よ」

「第五大隊、戦争だ!!!!行くぞ!!!」

 

各大隊が動き出し、作戦ポイントへと向かう。一方長嶺は、グリムと共にキャンプ地の防衛にあたる事にした。というのも空母がいるのなら、このキャンプ地への空襲が想定されるからである。しかも此処には「防空設備」なんて大層な物はおろか、重機関銃すらないのだから防空は隊員達の地対空ミサイルか手持ち武器を使った射撃しか無いのである。

しかし長嶺の場合は、武装の質が全く違う。通常のアサルトや軽機関銃に加え、レールガンや20mm口径の対物ライフル、そして改造したミニガンと速射砲を手持ちできる。対空装備が無い状況では最強の防空ユニットである。

 

「八咫烏、早期警戒に入れ。発見次第通報の上、こっちに引っ張って来い」

 

『心得た、我が主』

 

八咫烏に命令を出した後、グリムが陣形に関しての指示を仰ぐ。

 

「総隊長殿、布陣はどうしますか?」

 

「キャンプ地を中心に方円の陣を敷き、ここを死守する。お前は精鋭を率いて山に籠り、頃合いを見て敵を撹乱しろ。空対地ミサイルを使え。犬神!」

 

「なーに?」

 

「グリム達の援護とポイントマンを任せる。戦闘時はお前も術を使いまくって、好きなように暴れろ」

 

この命令を聞いた瞬間、犬神の目に野生の狼が獲物を追い詰める様な目をして可愛く「はーい」と答えた。声こそいつも通りの愛くるしい感じだが、その顔は化け物のソレである。

 

 

 

数分後 会敵予想海域

「それにしても、輸送機を帰らせるんじゃ無かったな」

 

「そうね。黒鮫が有れば、上空から殲滅できたものね。でもどうせ補給の為に帰還する必要があったし、この際無い物ねだりした所で何にもならないわよバルちゃん?」

 

「バルク、無い物ねだりは意味ない」

 

「さーせん」

 

一応戦闘中であるが、案外気楽な大隊長3人。というか大体、こんな感じである。戦場だろうが、敵地のど真ん中だろうが普通に巫山戯る奴らだから、普通っちゃ普通の戦闘前の風景だったりする。

 

「あー、姉貴達?どうやら気楽なのは此処までみたいだ」

 

「なーに?もしかして来ちゃった?」

 

「来ちまったよ。後ろ、見てみ?」

 

3人が獲物を構えて、後ろを振り返る。そこにはちょうど突撃を仕掛けてくる二個水雷戦隊の姿があった。

 

「迎撃開始だ!!!!」

 

キュィィンブォォォォォォォ!!!!!

 

まず先手を取ったのはバルクの専用武器ハウンドと、水上装甲艇の屋根にマウントされている機関砲による弾幕である。

 

「ベーくん、やるよ!!」

 

「はいはい」

 

カルファンの鋼鉄ワイヤーで敵を裁断、その光景に他の敵が戦慄し反応の遅れた瞬間にベアキブルが滅多刺しor刈り取るという、姉弟からこそ出来る阿吽の呼吸で敵を血祭りに上げていく。

 

ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!

 

後方から退路を塞ぐ形でレリックがチェーンソーでぶった斬り、そのまま敵を包囲する。所が方位を掻い潜った駆逐艦数隻が、キャンプ地へと向かい出す。

 

「おっと!敵前逃亡は銃殺刑だぜ?上官にそう習わなかったのかい?」

 

ドカカカカカドカカカカカ

 

悲しきかな他の兵士に見つかって、アサルトライフルと機関銃の弾幕の前に呆気なく沈没する。

 

「よし、水雷戦隊は撃退したし主力を攻めるとするか!」

 

「!?ベアキブル、ちょっと待って。これ、ヤバい」

 

そう言うとレリックは端末をベアキブルと他の二人にも見せる。画面には衛星映像が映っており、何と現在位置の反対方向に残りの艦隊が映っていたのである。

 

「まさか、囮だったの?」

 

「そうとしか考えらるまいて。こりゃ急がねぇと、総長達とカチ合うぞ」

 

「バルクの兄さん、先行かせて貰うぞ」

 

ベアキブルがいきなり走り出し、3人が制止するが突破してキャンプ地に走っていく。

 

「あんのバカ弟め!!待ちなさい!!!!」

 

「あ、おいカルファン!!クソッ、こうなりゃ行くしかないか。レリック、行こうぜ?」

 

「激しく同意!」

 

カルファンに続きバルク、レリックも走り出してしまい部下の兵士達はポカーン( ゚д゚)である。内、何人かが制止するもガン無視である。

 

「ちょ!?バルク大隊長!!」

「カルファンの姉さん!?」

「ベアキブルの親父!?我々はどうするんです!?」

「レリック隊長、完全にバルク隊長に毒されたよ.......」

「ウチの大隊長がすみません」

 

兵士達の気苦労は絶えないのである。

 

 

 

同時刻 キャンプ地

「来るぞ!!総員、対空戦闘用意!!!!ありったけのスティンガーを喰らわせろ!!」

 

配置された兵士達が上空に向かって、FIM92スティンガーを構えて任意のターゲットを捉える。そしてロックされた瞬間、ミサイルを発射する。

 

ボシュ!!

 

更に周りの他の兵士達も、自分の持つアサルトライフルや軽機関銃を構えて一斉に銃弾を撃ち始める。

 

「堕ちろカトンボ!!」

「この島から生きて帰すな!!!!」

「撃ちまくれ!!!」

 

隊員達が艦載機を撃ちまくっていると、その後ろから何十機かのレシプロ機が飛来する。

 

「BF109メッサーシュミット!?E、いや艦載機タイプのT型か。でもってF6FヘルキャットにF8Fタイガーキャット、オマケにシーファイア、シーハリケーン、零戦まで。世界の艦載機博覧会の会場かよ、ここは.......」

 

実を言うと通常兵装であっても、深海棲艦の航空機程度なら破壊できるのである。イージス艦の個艦防空用ミサイルは勿論、やろうと思えば対空機関砲、スティンガーの様な地対空ミサイルでもいい。しかし艦載タイプの強力な砲やミサイルですらギリギリな所であり、機関砲や携行式の小型ミサイルじゃ威力が足りないのである。

戦闘機の場合も同じで、弱点の部分に正確に攻撃しないと撃墜は不可能である。実際、深海棲艦とのドッグファイトで互角に戦えるのははメビウス隊やガルム隊の様な、文字通りの伝説的なエースパイロット達だけなのが実情である。KAN-SEN達の練度が高かったのもあり、意外とすんなり艦載機は倒せていた。しかし今度は後ろから、残りの深海棲艦が上陸してくる。

 

「邪魔者ハ排除セネバ。血祭リニ上ゲテヤリナサイ」

 

一応リ級が何じゃかんじゃ言ってる間に、KAN-SEN達が先手は取った。しかし砲撃は弾かれ、ダメージはおろか凹みすら与えられていない。

 

「アタシの砲撃が効かない!?」

 

「ならもう一度撃つまでだ!!!!」

 

ワシントンやジャン・バールを始めとした、血気盛んな深海棲艦の特性を知らないKAN-SEN達が中心となって攻撃を繰り返す。勿論全て効かず、弾かれて終わる。

 

「撃テ」

 

逆に撃ち返されて、危うく死ぬ所である。一応KAN-SENとはいえど、戦艦や重巡なので少しは耐えられる。

 

「次弾装填、撃テ」

 

「させるかあぁぁぁぁ!!!!」

 

長嶺が砲弾を朧影SMGによる射撃で、全部着弾前に迎撃する。そんな人間技では無い射撃能力に、長嶺を知らないKAN-SEN達は狐につままれた様な顔をしている。

 

「グリム!!!!」

 

「発射ぁ!!!」

 

グリム率いる精鋭部隊が、専用弾に換装したFGM148ジャベリンを一斉発射して、比較的装甲の薄い駆逐艦を破壊する。でもって八咫烏と犬神も術を使いまくって、敵を混乱に落とし込む。

 

「氷結地獄!!」

「翼扇!!」

 

「催眠!!」

「旋風の術!!」

 

竜巻やら吹雪やら、目の前のカオスすぎる光景に大半のKAN-SENが付いていけなくなる。敵が十分混乱した所で、長嶺が愛刀の二振りを構えて突っ込む。

 

「奥義、流星!!」

 

剣を振るだけでなく体術を使って敵を敵に投げ飛ばし、刀すらも空中で蹴飛ばして突き刺したりする、対集団向けの奥義「流星」を用いて一気に殲滅し、あたり一帯を血の池地獄に変貌させる。

 

「オールクリアだ」

 

「親父ぃ!!!!ご無事、って何じゃこりゃ!?」

 

「あたり一面が真っ青に.......。これ、深海棲艦の血よ?」

 

「こりゃ総長が久しぶりに暴れたな」

 

「しかも何か地形がおかしい上に、妙に寒い。多分、犬神と八咫烏も暴れてる」

 

一目で誰も誰の仕業か見抜くし、あまり驚いてすらいないことにKAN-SEN達はいよいよもって理解が追い付けなくなる。元から行動を共にしていたKAN-SENですら同じなのだから、他の新しく来た組は理解出来るわけがない。

何はともあれ、戦闘は無事に終結し翌日にはKAN-SEN達を連れて江ノ島へと帰還したのであった。

 

 



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第二十三話パーティータイム

深海棲艦の襲撃の翌日。霞桜の黒鮫がキャンプ地に迎えに参上し、KAN-SENと隊員達を機内に収容。随時、江ノ島鎮守府に向けて出発していった。長嶺は最後の機体に乗り込み、約一時間のフライトを経て半年ぶりに江ノ島の土を踏んだ。

 

「帰ってきた〜!!」

 

「お帰りなさい、提督」

 

出迎えに焦げ茶の髪の長い、大和撫子をそのまんま表したかの様な女性が敬礼で長嶺を迎える。

 

「おう。留守の間、よく此処を守ってくれたな。大和」

 

多分艦これを知らなくても、一度は見た事があるであろう。日本が作った最強にして、戦艦の究極形。大和型の一番艦、大和である。

 

「あの長嶺様、其方の方は?」

 

後ろから赤城が聞いてくる。他のKAN-SEN組も全員が「誰?」と興味津々と言った感じだろうか。そんな顔をしている。

 

「名前だけなら、KAN-SENであれば誰でも知ってる艦だ。日本の戦艦の代名詞的存在、大和型戦艦の一番艦、大和だ」

 

「大和型戦艦、一番艦大和です。よろしくお願いしますね」

 

全員、特に重桜のKAN-SENと戦艦のKAN-SEN達が一番驚いている。そりゃあ異世界とは言えど戦艦界のスターで、重桜組からすれば同郷の有名人が目の前にいるのだから、当然の反応っちゃ当然の反応である。

 

「まずは皆さんを宿舎までご案内致します。そこで荷物を置いて頂き、その後ホールに集まって頂きます。あ、それから提督。東川大臣より「帰還したら連絡する様に」と言伝を預かってます」

 

「今回の一件の報告だろうな。あ、ボーナスもせびっとかねーと。あのクソジジイの事だから、のらりくらりで有耶無耶にして払わねーだろうし。それから大和。夜は、分かっているな?」

 

「はい」

 

後ろに居たKAN-SEN達、特に恋愛や乙女チックな事が大好きな奴。例えばジャバリンとかが、「キャーー」とか何とか言っていた。問題だったのは、赤城とオイゲンである。大和をまるで獲物を狩る前の獣の様な、謎の怒りのオーラというか闘志というか、何とも言えない何かが漏れ出していた。

 

 

 

数分後 執務室

「此処にくるのも半年ぶりか」

 

誰も居ないので受け答えが返ってるわけもなく、自分のデスクの横にある電話の受話器を取る。連合艦隊司令長官のみが使える、防衛省との直通秘匿回線専用の電話であり、会話が外に漏れ出る事はまずあり得ない。その電話を使って、東川に連絡する。

 

『お、電話が来たって事は帰ってきた訳か』

 

「あぁ。ただいま、親父」

 

『なんか大変だったらしいな、色々と』

 

「あんな事になるって分かってりゃ、速攻で任務放棄して他の海域解放に行ってたよ。で、連絡寄越せって一体何の用だ?」

 

『それなんだが、KAN-SENとかいったか?そのKAN-SENには陣営があるんだろ?一応、日本を守る者の長として、どんな者達か見てみたい。そういうわけで明日、各陣営の代表を二人くらい連れて来い。あ、報告書も明日に提出な。それじゃ!』

 

いきなり有無を言わさず、そのままガチャ切りしやがる。これが東川の得意とする「自分が不利になる前に、話を強制的にぶった斬る」という面倒な必殺である。

 

「あっちょ!!もしもし、もしもーし!!!!」

 

(あんのクソジジイ、マジで明日ぶっ殺したろか)

 

「はぁ、こりゃあ徹夜コース確定だ」

 

取り敢えず施設案内は手空きの艦娘に任せ、長嶺は早速デスク上のPCと向かい合い報告書を作り始める。一見簡単そうだが、報告する事が膨大すぎて手首が死にそうになる。

昼食も冷蔵庫に常備しているウィンナーゼリーで、数秒で済ませて作業に戻る。最早、ブラックを通り越した何かであった。一応定時の17時になっても終わるわけがなく、時間なんて気にせずにパソコンと格闘していた。そして18時を回った頃、大和が執務室にやってきた。

 

「提督、失礼します」

 

「おう。そろそろか?」

 

「はい。ご命令通り、KAN-SENの皆さんを歓迎するパーティーの準備が完了しています」

 

「わかった。先に行っててくれ。キリのいい所までやってから行きたい」

 

「わかりました」

 

そんな訳で良い感じの所で一度切り上げ、シャワーを浴び、しっかりとした軍服を纏ってパーティー会場のホールに向かう。因みにこれまでは、戦闘服の下に来ているインナー姿であった。

 

 

 

19:00 パーティーホール

KAN-SEN達は何も知らされず、パーティーホールの中に通されていく。中にはテーブルの上に様々な国の、様々な料理が所狭しと並んでおりKAN-SEN達は目を白黒させて驚いている。

 

「ハハハ。どうだね、KAN-SENの諸君。細やかながら、歓迎の宴の席を用意させて貰った。我々は諸君を同じ日本を、いや世界を守る守護者として迎える用意がある。もし君達も同じ思いなら、そこのグラスを手に取って欲しい」

 

そう長嶺が指差すテーブルにはワイン、シャンパン、ブドウジュースの三種類の飲み物が用意されていた。勿論全員がそのグラスを手に取り、長嶺の次なる言葉を待っていた。

 

「全員手に取ってくれた事に感謝する。さあ、これで俺達は晴れて同じ志を持つ同志だ。今日は多いに飲んで、多いに食え!!!乾杯!!!!!」

 

一斉に「乾杯!!!!」の声が上がり、グラスが高らかに掲げられる。パーティーの始まりである。

 

「あ、そうそう。それから一つ連絡なんだが、各陣営は代表者を2名以上立てておいてくれ。明日、防衛省に俺と来てもらう。連絡終わり!!パーティー再開!!」

 

長嶺は隙を見て15分後位にホールから抜け出し執務室に戻って行ったが、どうせパソコンと睨めっこして終わりなので、我々は今暫くパーティーの方を見ていこうと思う。

 

 

〜愛宕と高雄の場合〜

「あら?ねぇ、もしかして貴女達って高雄と愛宕?」

 

偶々すれ違った青い制服の二人組をKAN-SENの愛宕が呼び止める。

 

「そうですよ〜」

 

「まさかこうも早く、自分と同じ存在に逢えるなんてね。私は愛宕よ、よろしくね」

 

「ぱんぱかぱーん!愛宕でーす」

 

「高雄です。宜しくお願いしますね、もう一人の愛宕ちゃん」

 

艦娘の高雄、愛宕とKAN-SENの愛宕の初接触である。どうやら同じ物の魂だった訳で、波長というか勘というか、何とも言えない物で分かるみたいなのである。後メタイ話で申し訳ないが、書きづらさが半端ないよ。ある意味同じ人物だからさ。

 

「愛宕、向こうにお前の好物のって、もう艦娘とやらと話していたのか」

 

「高雄ちゃん、この二人誰だと思う?」

 

「まさか.......」

 

「そのまさかよ。こっちの世界に於ける私達。こっちの金髪の子が私で、もう一人のショートヘアの子が高雄ちゃんよ」

 

KAN-SENの方の高雄もKAN-SENの愛宕と会った時と同じ様に、波長というか何かで薄々感じていたのだろう。すんなりと挨拶していた。

 

「拙者が高雄だ。これからは宜しく頼む」

 

「拙者って、まるで侍みたいね」

 

「口調通り高雄ちゃん、結構堅物なのよ?」

 

「聞こえておるぞ愛宕!」

 

「フフ、私ですか?」

 

「いやそっちじゃなくて、こっちの獣耳がついてる方だ!」

 

W愛宕がKAN-SENの高雄を弄り出す。流石同一存在というべきか、二人とも息ピッタリである。艦娘の方の高雄は、それを苦笑いしながら見てた。

 

 

〜赤城と加賀の場合〜

「こちらの世界にも、和食があるのですね。姉様」

 

「そうね加賀。慣れ親しんだ食事が取れるのは、嬉しい限りよ」

 

「加賀さん、こっちに超特盛唐揚げがありますよ!!」

 

「流石に気分が高揚します!!」

 

ふとKAN-SENの方の赤城と加賀が横を見ると、目の前の巨大唐揚げタワーに食らい付いてる和服の二人がいた。やはり同じ理由か、二人とも目の前の二人が誰なのかを感じ取る。

 

「おや?もしかして貴女達、赤城と加賀じゃありませんか?」

 

「という事はやはり」

 

「ゴクン。はい。帝国海軍一航戦、赤城です」

 

「同じく加賀です」

 

同一存在に会えた事で、KAN-SEN二人の表情が少し明るくなる。

 

「赤城ですわ」

 

「加賀だ」

 

KAN-SENの方の二人も自己紹介を交わし、色んな意味でキャラの濃い二人が揃った。食う母、演歌歌手、ヤベー奴、戦闘狂。色んな意味で提督及び指揮に心労をかけまくるのが二人もいる訳で、ある意味混ざっちゃいけない奴らが混ざってしまった。

 

「所であの、指揮官様は何方に?」

 

「提督は、あら?加賀さんは見ました?」

 

「いえ。最初の壇上の挨拶以来、一度も見かけていませんね」

 

この時点で艦娘の方の一航戦は察していた。「大方、東川大臣辺りから仕事を押し付けられたな」と。実際その通りで、先ほども書いた通りパソコンと睨めっこ中である。

 

「きっと仕事中ですよ。多分、防衛大臣の方から「明日中に報告書を出せ」と言われたのでしょうね」

 

「なんて可哀想なの指揮官様.......」

 

「ここではいつもの事ですよ。もし手伝えそうな仕事があったら、手伝ってあげてくださいね」

 

「わかりましたわ」

 

赤城同士が話している間、加賀達はというと。

 

「この唐揚げ、結構いけるな」

 

「間宮さんの料理は2番目に美味しいですよ」

 

「ほう。では1番は誰の料理だ?」

 

「提督の料理です。あの人の料理は、ここの誰もが認める絶品料理です。特に肉料理は、アレを味わっては他の物を味わえなくなってしまう程に」

 

「そうか。一度食べてみたい物だ」

 

提督の料理談義で盛り上がっていた。

 

 

〜瑞鶴の場合〜

「ん〜!やっぱり間宮さんの作るスイーツは最っ高!」

 

艦娘の方の瑞鶴が、羊羹やアイスなどのスイーツを堪能していると、後ろから来た人がぶつかってしまう。

 

「あ、ごめんなさい!」

 

「大丈夫よ」

 

振り返るとそこには赤いドレスを着て、その上から白いコートを羽織った栗色の髪の毛をした女性が立っていた。安定の力でお互いに感づく。

 

「もしかして」

 

「貴女」

 

「「瑞鶴?」」

 

同じタイミングで、名前が出てくる。多分、1番息ピッタリだと思う。

 

「こっちの私はこんな感じなんだぁ。巫女みたいで可愛い服ね」

 

「そっちの私はそんな感じなの.......ね」

 

艦娘の方の瑞鶴はKAN-SENの方の瑞鶴のある部位に目が釘付けになる。多分、大半の読者がこの擬音で分かるであろう。

 

ボインボイン

 

チーン

 

そう、胸である。知っての通り艦娘の方の瑞鶴は公式や書き手の人間で大きくなってたりするが、一応ブラウザ版の方は断崖絶壁である。一方でKAN-SENの方の瑞鶴は、普通に大きい。巨乳の部類に入り、何なら爆乳の方にも片足を突っ込むぐらいである。

まあ彼方さんの場合は大鳳やらイラストリアス級三姉妹やら樫野やらと、超特大の乳を持つキャラが多く、またそれ以外のキャラも大体巨乳or爆乳という世界なのでインフレ気味であるが。

 

「同じ瑞鶴なのに、何か複雑な気分だわ。何なのよ、この胸囲の格差社会は.......」

 

「ねぇ、大丈夫?もしかして何処か調子が悪いの?」

 

「あ、あぁ、大丈夫大丈夫。何処も悪くないわ。少し、いやかなり心が痛いけど

 

「え?」

 

「何でもないわ」

 

これ以上は尺の都合上書けないが、その後も様々な所で色々な話に花を咲かせる両者であった。一方その頃、オイゲンはと言うと

 

 

「完全に迷ったわね」

 

トイレに席を外した結果、見事に迷子になりました。取り敢えず歩いていれば、何処かしら知ってる所に辿り着くだろうと考えて歩き回る。だがその考えが余計に事態を悪化させ、益々場所がわからなくなっていた。

因みにパーティー会場がある娯楽施設エリアとは反対方向にある、執務室や作戦室といった重要施設のあるエリアに来ている。

 

「それにしても何て広さなのよ、ここは」

 

それでは念の為この江ノ島鎮守府にどんな施設があるか、簡単に解説しておこう。

この江ノ島鎮守府には、先程書いた執務室、作戦室、会議室、工廠と言った鎮守府の心臓部が集中しているエリア。現在パーティーの開かれている大ホール、屋内プールやフィットネスクラブ、コンビニやら雑貨屋やらと言った店の入るデパート的な施設に公園、庭園といった娯楽設備のあるエリアに加えて、合計5つの滑走路のある空港エリア、艦娘達の出撃ドックや普通の艦が係留できる埠頭と艦船用の修理ドックをも備えた軍港エリア、そして艦娘や今後はKAN-SEN達の家となる兵舎や風呂、食堂といった居住エリアに分かれている。

さらにこれに加えて、地下には戦艦状態の鴉天狗を隠匿する為の秘密地下ドックや、霞桜専用の本部、射撃訓練場、居住施設があったりもする。

 

「あら?」

 

また暫く歩を進めていると少し先にある部屋の扉が開いており、中の電気が付いているのが見えた。やっと見つけた人のいそうな場所に少し安堵する。その部屋に足早に向かっていくと、中から若い男が出てくる。

 

「失礼しました」

 

長嶺でもない若い男で、でも何処かで会った気はする。そんな不思議な男であった。此方に気付き「どうも」と声を掛けてくる。

 

「あなた、どこかで会ったかしら?」

 

「えぇ。一度会っていますよ、鉄血のプリンツ・オイゲンさん」

 

「でもごめんなさい。私、覚えてないわ」

 

「ハハ。確かに会っていますが、この顔では初めましてですから」

 

そう言うと若い男は後ろから、白い狐の面を取り出して顔につける。その見た目にオイゲンは見覚えがあった。

 

「こうすれば思い出せるのでは?」

 

「確かオロチとの戦闘で指揮官の隣にいた.......」

 

「そうですよ。私は海上機動歩兵軍団「霞桜」にて、副隊長をさせて貰っている、グリムと申します。以後お見知り置きください」

 

何処かロイヤルの様な仕草に、オイゲンは内心ウンザリしていた。知っての通りロイヤルというのは、イラストリアスやフッド、クイーン・エリザベスを見て分かる様に貴族や王族色の強い陣営である。

そんな訳で礼儀作法にうるさく、陣営の風潮も「優雅に」とか「華麗に」とかと緩いオイゲンにとっては相性の良くない陣営なのである。

 

「所で貴女は何故こんな所に?パーティー会場からは、かなり離れてますけど」

 

「それが」

 

オイゲンは今までの経緯(と言ってもトイレに行く為に席を外したら道に迷い、適当に歩いたら何故か此処に辿り着いたというだけだが)を説明した。

 

「それは大変でしたね。この鎮守府は様々な設備が有って住環境こそ良いのですが、そのせいでとても広大な敷地ですからね。迷いもしますよ」

 

「私からも一つ聞いていいかしら?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

「あそこの部屋は誰の部屋なの?」

 

そう言って、さっきグリムの出てきた部屋を指差す。

 

「あぁ。あそこは総隊長殿、貴女方流に言うなら指揮官の執務室ですよ」

 

「ここがそうなのね」

 

「どうせなら総隊長殿に連れて行って貰っては?中に居ますから」

 

「ならそうさせて貰うわ。ありがとう、グリムさん」

 

「えぇ。どういたしまして」

 

そう言ってグリムは去っていく。オイゲンは気になる相手の部屋である長嶺の執務室に向かって歩き出し、ノックする。中から「どうぞ」と声が聞こえてきたので、中に入る。

 

「一体誰だ。って、オイゲンかよ」

 

「あら、こんな可愛い子が入ってきたのよ。もう少し喜んだらどうなの?」

 

「わーい。可愛いオイゲンちゃんが来たー。うれしいなー。最高ダナー(棒)」

 

清々しいまでの棒読みに、少しイラつきながらも何とかそれを抑え込んで、さっきから疑問に思ってた事を聞いてみる。

 

「で、何で指揮官はここにいる訳?さっきの演説じゃ「仲間」とか「同志」とか色々言ってた割には、こんな所で一人寂しく何してたのかしら?」

 

「明日までに報告書を出せって、クソジジイに言われた。ただでさえKAN-SENだのセイレーンだのと訳の分からない存在が出てきて報告が面倒だってのに、それに加えてCIAの工作員は襲ってくるわ、亡国の亡霊が襲ってくるわで余計にややこしい事になって色々カオスなんだよ。

そんなカオスの極地みたいな状況を報告書に落とし込むのをヘットヘトで作業効率下がりまくりだってのに、やらされてる訳よ」

 

見るからに虚ろな目でゾンビ映画のゾンビみたいな顔色をしてる長嶺に、若干、いやかなりドン引きしてるオイゲン。

 

「そ、そう。それでその、終わりそうなの?」

 

「正直言って、全く終わりが見えん。どう足掻いても、今日は徹夜コース確定だ。いやこれ、徹夜しても終わんのか?」

 

乾いた声で「ハハ」とか言っているが絶望やら悲壮感やらで、正直「長嶺の周りだけ空間が違うのではないか?」という錯覚すら覚えるほどにやさぐれてる。

とここで何を思ったのか、オイゲンが長嶺の後ろに回り込んで首に手を回して顔を耳元に近づける。

 

「仕事終わったら、ご褒美あげるわよ♡?」

 

そう耳元で囁く。これをされてはどんな男でも脳が蕩けて、一発で骨抜きにされてしまうだろう。だが長嶺は極度に疲れているのと極度な鈍感脳である為、全然効いてない。

 

「オイゲン、お前酔ってないか?そこで休んでいいぞ」

 

そう言いながら目の前のソファーを指差す。ホント、全っ然効いてない。尚、主の場合はそのまま抱き抱えてベットルームに行く自信があります。

 

「なら少し休ませて貰うわ」

 

そう言ってソファーに横になる。さっきの一見でオイゲンの負けず嫌いな性格に火が入ったのか、構って貰うために色々始める。足をわざとらしく組んでみたり、胸を寄せて強調してみたり、可愛かったりセクシーなポーズを取りまくる。だがしかしパソコンに集中している為、長嶺一切気付かない。と言うか何なら、見向きもしようとしない。それが面白くなかったのか、はたまた疲れや酔いからかは分からないが、睡魔が襲ってきてそのまま落ちた。

 

 

 

二時間後

「あ、そういやお前、パーティー会場に行かなくて、って寝てるし」

 

まさか寝てるとは思わず、溜め息をつきながら隣の仮眠室にある布団を引っ張り出す。

 

「お前、そんな薄着じゃ風邪ひくぞ」

 

返事が返ってくる訳ないが、そう言いながら布団を上から優しく被せる。

丁度そのタイミングで、大和が執務室に入ってくる。

 

「提督、パーティーは無事終わりましたよ」

 

「そうか。すまないな、留守の間の仕事を押し付けたりとか、KAN-SEN達の寮舎の準備やら歓迎パーティーやらも仕切って貰って。取り敢えず明日から二週間、お前は休暇にしてあるから今日は早く休むといい」

 

「わかりました。所で、仕事の方はどうですか?」

 

「全く持って終わりが見えておりません」

 

最早隠す事すらせずに堂々と言い切る。

 

「やっぱりですか。とにかく、無理だけはしないでくださいね。所で、何故オイゲンさんが此方に?」

 

「あ?知らん。何か此処に来て、疲れてるのか知らんがいつの間にか寝てた。なんかぐっすり寝てるし、起こすのも忍びないから放置してる」

 

「そ、そうですか。ヒッパーさんにはこちらから伝えておきますね」

 

「頼んだ。んじゃ、俺は仕事の続きでもするかね」

 

そう言ってまたデスクに戻る。その後なんやかんやで仕事が終わったのは、翌朝の7時前であった。

 

 

「ここは.......」

 

「あ、起きた」

 

長嶺が仕事を終えて、眠気覚ましにブラックコーヒーを飲んでるときに丁度目が覚めたオイゲン。何時の間にか布団が掛かってるし、眠ってた事に色々困惑してる。

 

「念の為言っとくが、寝込みを襲ったりはしてねーぞ。こちとらさっきまで仕事してたんだ」

 

「そ、そう」

 

「部屋に戻ってシャワーでも浴びて着替えてきたらどうだ?確かお前、今日行くメンバーの一人だっただろ?」

 

「そう、だったわね」

 

そう言うとオイゲンは部屋を出ていき、自室へと戻って行った。因みに内心、気になる相手の前で寝てた事にメチャクチャ恥ずかしがっていた。

 

 

 



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第二十四話ハイウェイバトル

翌朝09:00 江ノ島鎮守府車寄せ

「よし、全員揃ってるな。乗ってくれ」

 

そう言って長嶺達は迎えに来たマイクロバスに乗り込み、各々好きな席に座る。で、やっぱり各陣営や同じ派閥の方に座っていくのだが、一人驚きの行動に出るKAN-SENが居た。

 

「ふふふ♡」

 

「あー、赤城?お前、加賀の隣でなくて良いのか?」

 

「はい!問題ありませんわ」

 

なんといっつも加賀と一緒にいる赤城が、長嶺の隣を陣取ったのである。赤城と加賀は尻尾のある関係で、座席を二人分取る。その為通路挟んで隣同士になるのかと思いきや、長嶺の座る一番前の座席の隣に陣取ったのである。

 

「いや、お前が問題ないなら良いんだが.......」

 

そう言ってチラリと後ろを見ると、オイゲンが物凄いオーラを出してこっちを見てくる上に、エンタープライズとベルファスト、それにイラストリアスまでもが羨ましそうにこっちを見ているのである。だが鈍感ニブチン野郎の長嶺は、それが好意による物と気付いておらず、ずっとはてなマークを浮かべていた。

 

「閣下、出して宜しいでしょうか?」

 

「あ、あぁ。出してくれ」

 

「はい」

 

運転手にそう命じ、防衛省へと向かう。でその間長嶺は、ずっと眠っていた。何せ昨日一睡もしておらず、ここのところマトモに眠れてなかったのだ。そりゃ寝たくもなる訳で、出発して数十秒しないうちに意識が闇に落ちていった。

 

 

 

約1時間後 防衛省 防衛大臣執務室

コンコン

「失礼します!」

 

一応、公の場であるので、いつもの砕けた感じではなく普通の上官と部下と同じように振る舞う。中に入ると既に東川が会議用の机に座っていた。

 

「新・大日本帝国海軍、長嶺雷蔵元帥、帰還いたしました!!」

 

「待ちかねておったよ、長嶺」

 

東川も立ち上がり、お互いに堂々たる直立不動の敬礼で挨拶を交わした。KAN-SEN達も中に入れて、簡単な会議というか報告が行われた。

 

「さてさて。では長嶺、報告を」

 

「ハッ。調査した所、其々の島は同じ異世界から転移してきた物と判明いたしました。人口構造物のある島に潜入しました所、KAN-SENと呼ばれる、艦娘に近しい存在との接触に成功しました。ご承知の通り、今目の前にいる彼女達がそのKAN-SENです」

 

そう言ってKAN-SEN達を見てもらう。全員可愛いので、東川も口角が緩んでいる。決してイヤらしいことは考えていない。

 

「大臣。念の為言っておきますが、彼女達に手を出そう物なら問答無用で弾丸をぶっ込みますよ」

 

「わ、私を何処ぞの河本の様に言うでない!!それに貴様を本気で怒らせた時の恐ろしさは、この国、いや世界で一番知っとるわ」

 

「えぇ。対象とともに、国が一つ滅ぶでしょうね」

 

なんとも爽やかな笑顔で、どう考えてもヤバい発言をする。この男の場合、マジで前科がある上に冗談抜きの強さなので笑えない。

 

「東川とか言ったか。それで、本当にコイツはそんなに強いのか?」

 

「そうだとも。えぇーと、あ。ソビエツカヤ・ロシア殿」

 

未だ本気の戦いを見た事が無いものにとっては、長嶺の強さは御伽噺が関の山である。勿論、見た事がある面々に関しては「普通にあり得そう」程度には認識している。

 

「そうだ!長嶺、お前一回俺と戦ってみろ」

 

「嫌に決まってんでしょう。こちとら何処かの大臣様に仕事を一日で終わらせろとか言われて、折角歓迎パーティーとかしてたのに、それに参加しないで仕事して、結局終わったの朝で全然寝れてなくて疲れたんです。そうだ、ボーナスも今貰います」

 

「それなら、俺と戦った褒美にボーナスを受け渡」

 

次の瞬間、東川の座っていった椅子の肘置きが粉々に砕け散った。東川は横に風を感じたので、恐る恐る見てみると横には長嶺の足が肘置きに刺さっていた。

 

頭かち割って、いっぺん死んどくか?

 

「は、話せばわかる」

 

ボーナス、寄越せ

 

「はい.......」

 

世界最強の兵士に勝てる訳もなく、横にあった銀のアタッシュケースを机の上に置き中身を見せる。

 

「まあ、妥当な所だな。5億って所か」

 

「それからコイツも」

 

今度は別のアタッシュケースを開ける。中身は日本円ではなく、ドル札であった。

 

「大体2000万ドルか。ドル札なら、こっちは霞桜の予算だな」

 

「どちらも洗浄済みだから、足のつく事もない。好きに使え」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

霞桜の予算というのは、流石に大手を振って財務省に予算要求できない。その為、防衛省のさまざまな予算に上乗せして会得しているのである。しかしこれだけでは心許ないと感じた長嶺と東川が考え出したのが世界中に様々な業種のダミーカンパニーを作り、その売上金を持ってくる方法と殺害した対象の裏に貯めていた汚い金の隠し財産の接収、さらに倒した敵の死体から剥ぎ取った臓器や武器を闇に売るという方法である。カルファンとベアキブルと言った闇の人間をスカウトしたのも、これが理由である。

色々法的にヤバいが闇の中でもマトモなところであったり、悪の中でも「ダークヒーロー」的な組織だとか、民族や国を有るべき姿に戻す為に戦っている組織に流しているし、その得た金は全て霞桜の資金、つまり国家や場合によっては世界の為に使われているので、実質プラマイ0というのが言い分である。

 

「それじゃ今からは、個人個人と面談をさせて貰う。待ってる間は、好きなようにしていてくれ」

 

という事で、KAN-SEN達は東川との一対一の面談を受ける事になった。と言っても簡単なもので精々20分、長くても30分程度の物であった。内容については省くが「KAN-SENというのは、ぶっ飛んだ奴かキャラの濃い奴しかいないのか!?」と後から東川が突っ込んだので、まあ察して貰いたい。格好が露出狂(ホーネット&オイゲン)重桜の元祖ヤベー奴(最早説明不要)戦闘狂(加賀)

見た目の割にポンコツ(ロシア)etc。マトモな奴のが少ない。確かに艦娘にも中々濃いのはいるが、KAN-SENのはそれを超えている。

 

「指揮官。どうやら、あなたも対象みたいよ?」

 

「俺もかよ」

 

最後に面談を受けていたオイゲンが、長嶺を呼び出す。呼ばれたからには行かないといかんので、取り敢えず部屋に入る。

 

「おお。悪いが、お前も対象だ。雷蔵」

 

「いや何故に?」

 

「色々、お前に伝えたい事があったんだよ。まあ座れ」

 

勿論、見当もつかない。ボーナスも予算も貰ったし、報告書も提出済み。これ以上何かあるとなると、高確率で厄介事である。正直聞きたくないが、聞くしかないので腹括って聞く事にした。

 

「お前に来て貰ったのは、2つある。2つともバッドニュースだが、片方はグッドニュースでもある」

 

「じゃあ、バッドニュースだけの方から聞くか」

 

「さっき連絡があったんだが、首都高で事故があった。車が江ノ島方面に向かうICでトラックに突っ込んで爆発炎上して、現在首都高は通行止めで復旧は夜になる。KAN-SEN組はヘリで運んでもいいが、目立つしお前の物件に泊めさせようと思うとる」

 

「別にバッドニュースじゃないだろ。寧ろあんな美女のハーレムを家に上げれるとか、ご褒美なんだが?」

 

「確かにその面ではラッキーだろうよ。だが問題は事故の方。この事故、どうやらテロの可能性が高い」

 

この言葉を聞いた瞬間、長嶺の目は兵士の目へと切り替わる。

 

「一体どこの仕業だ?」

 

「まだ調査中で分からんが、私の見解を話しておこう。その前に一ヶ月前の事から話さないとな。

一ヶ月前、湾岸地区の倉庫区画に、ちょっとビックリな物が搬入されたのがわかった。均質圧延鋼装甲板*1だ。もう軍事的な価値のない物だが、コイツが大型のトラック一台分を覆える程の量が搬入されている。出所を辿ると、中南米からだった。

そして装甲板の発見される、約二ヶ月前。日本各地のアフリカ、中東、南アジア、中南米出身の技術実習生、取り分け自動車関連と溶接関連の人間が集団的に消息を立っている」

 

「その地方って確か、URの勢力圏内じゃねーか?」

 

「あぁ。素性を調べてみたら、全員が組織の人間と関わりのある事がわかった。恐らく密輸、或いは購入したパーツを組み合わせて自前の装甲車でも作るつもりだったんだろう。問題はここからだ。

奴さん達は鹿児島基地の一件で確実にお前達を敵視している」

 

長嶺の脳裏に鹿児島基地での戦闘が浮かび上がる。知らない、或いは忘れてしまった読者の為にURと鹿児島基地襲撃について解説しておこう。

URとは正式名称、Unstoppable Revolution(止まりなき革命)と呼ばれる世界最大級の麻薬組織である。アフリカを本部に世界中に根を張り先述した中東や中南米を始め、北米やヨーロッパでも暗躍している。武装は軍隊並みであり、装甲車やら戦車、戦闘ヘリをも保有するテロリスト集団でもある。

霞桜とは鹿児島基地の司令が艦娘を奴隷として売り払おうとした際の懲罰攻撃の際に戦っており、言うまでもないがURの派遣部隊は壊滅している。

 

「その復讐に動いていると?えらく攻撃が速い上に、何より今日ここにいるのを知っているんだ?」

 

「もしかするとスパイが潜り込んであるのかもしれん。元々報復の準備はしていたが、スパイの情報でお前がここに来る事が判明。急遽計画を早め実行した、という事なんだろう。いずれにしろ、明日の帰還時にはマイクロバスに護衛と軽機関銃を準備しておく」

 

「頼む」

 

東川は「さて」と一息つくと、もう一つの事について話し始めた。

 

「まずはこれを聞いてくれ」

 

そう言うと東川は懐からICレコーダーを取り出し、スイッチを入れた。音声は荒く、聞き取り難い。ただ言語が中国語なのはわかった。

 

『ガーーー、总 高中ザーーーーー暗ビーーーーーープツン』

 

「なんじゃこりゃ」

 

「ノイズの除去を行なったが、正確には分からなかった。だがまあ、明らかにマズイ事が起きようとしている。聞き取れた音声はこうだ。

「総武高校、暗殺計画、ままなく開始、戦闘員は帝国海軍の」

調べた所、総武高校は千葉県に公立高校として実在する。在校生、在籍教員の名簿も調べたが、県議会議員で建設会社の社長の娘である雪ノ下って子こそいたが別に会社もデカくない。そこそこの大きさだが海外進出は果たしていないから、暗殺だの戦闘員だのと大掛かりな事をしでかす価値がない」

 

「だが名前が出ちまった以上は対応せざるを得ない、てことだろ?」

 

「あぁ。そこで、だ。私はお前の養父だが、これまで父親らしい事は一度もしてあげられてなかった。だから私にできる唯一の、父親らしい事をさせてくれ。雷蔵、お前を総武高校に生徒(・・)として送り込む。

お前が密かに願い続けていた学生生活を、この仕事ついでに楽しんでこい」

 

長嶺が密かに願っていた「普通の学生生活」という夢が叶おうとしている。本来なら喜ぶべきなのだろうが要らぬオマケまで付いている以上、手放しで素直に喜べない。

 

「いやうん。嬉しいよ。嬉しいっちゃ嬉しいけど、そんなオマケは今すぐ返品したい」

 

「無茶言うな。お前がこの国に取っては、他国でいう「核兵器と同じ切り札」なのはわかってるだろう?その秘密兵器を高校に送り込むってだけでも、メチャクチャ苦労したんだぞ?」

 

「はぁ、贅沢は言えないか。戸籍はどうする?流石に「現職の連合艦隊司令長官が大手を振って一般高校に入学」って訳にもいかんだろ?」

 

「その点も問題ない。既に戸籍の当ては幾つかあるから、それを使ってもらう。それから一人だけ、部下の同行を許可する。まあ適当に選んでくれ」

 

「わかったよ。じゃあ、俺達はもう行くぞ」

 

「あぁ。気をつけてな」

 

長嶺達は防衛省から長嶺が個人的に所有する高級賃貸ビルに向かった。その日はそこで一旦過ごし、その間に長嶺は霞桜を帰還時のルート上に部隊を配置。緊急時の備えも万全の体勢を整えている。

 

 

 

翌朝 10:00

「長嶺閣下、お迎えにあがりました。護衛を命令されました、後藤三尉です」

 

「同じく目川二曹です」

 

「ドライバーの向井曹長です」

 

出発前、護衛の自衛官3名が挨拶に来た。そこでKAN-SEN達の防弾チョッキやヘルメットも渡された。

 

「三人とも、今日はよろしく頼む。何もなければ一時間で済むが、何かあった時は容赦なくやっていい」

 

「存じております。出発は30分後になりますので、準備を!」

 

「おう」

 

今度は部屋に上がり、KAN-SEN達にボディアーマーとヘルメットを配る。その間に護衛達は最終チェックに周り、30分後の10:30に出発した。このまま何事もなく江ノ島鎮守府に帰還、とは行く訳もなく後半分という所で事態は急変した。

 

「右方向、合流。警戒!!」

 

右側の合流車線から2台の車が現れる。別にあからさまな装甲車だとか見るからに怪しい車ではなく、ごくごく普通のセダンと四駆である。

 

「閣下、どう見ても普通の一般車ですよ?」

 

後藤がそう言うと長嶺は「いーや」と言った次の瞬間、2台のパワーウィンドウとサンルーフが開き、中から男が出てくる。手には銃が握られていた。

 

「コンタクト!!ウェポンズフリー!!!!」

 

ドカカカカカカカカカカ!!!!

 

長嶺はそう叫んだと同時に、装備していたM249を連射する。遅れて後藤も射撃を開始し、車両を蜂の巣にして脱落させる。

まるでこれを合図にしていたかの様に、後ろを走っていた大型トレーラーの荷台から続々と武器を構えた人間の乗る車両が出てくる。

 

「まさか、後続車両が全て敵の追手だったなんてな。予想外すぎる」

 

ものの2分で乗っているマイクロバスの後ろは、20台近くの敵車両で埋まっていた。

 

「閣下、どうしますか?」

 

「逃げるに決まってんだろ!!エンジンぶっ壊すつもりで回せ!!!!」

 

「了!!!!」

 

向井がバスを一気に加速させて、車両を引き離そうとする。しかしそんな事はできる訳もなく、普通に追いつかれて銃撃を加えられる。

 

ガンキン!!キンカランキン!!

 

「ってかなんであんな武装てんこ盛りな奴らがいるんだよ!?!?!?安全大国日本は何処行った!?!?警察と税関は何やってたんだクソッタレ!!!!」

 

ドカカカカカカカカカカ!!!!

 

何処に向けていいやら分からない怒りを弾丸に乗せて、敵に撃ちまくる。だが装甲板でも貼っているのか、とにかく硬い。正直、今持ってる手持ちの武器じゃ結構ジリ貧である。ならば保険を使う時であるだろう。

 

「総隊長より全隊!!現在アンノウンの襲撃を受けつつあり!!!!直ちに部隊を送ってくれ!!多分死ぬ!!!!」

 

この報告を受けた瞬間、道中のサービスエリアに展開しておいた機動本部車と自律可動武装車がエンジンを起動させ唸り出す。

 

「お?何だ何だ?」

 

「え!?スゲー!!カマロにフェラーリ、ランボルギーニにポルシェまで!」

 

「なんかのクラブ?」

 

何気に登場が実質初めての兵器であるので、簡単に説明しておこう。こよ自律可動武装車の見た目、というか車両は様々なスーパーカーやハイパーカーなんかを流用している。

その車両をレリックがボンドカー みたく、武装を中に格納する様に改造したものである。因みに何故スーパーカー等を使っているかというと、隊員達+長嶺の趣味である。

 

「野郎共、行くぞぉぉぉ!!!!!!」

 

先頭を務めるトヨタ86が発進する。その後ろに他の車両も続き、高速に入っていく。その後ろに機動本部車も続き、長嶺達を追う。またそれに並行して、他の一般車を止めて安全を確保する。

一方その頃、長嶺達はと言うと

 

 

「オラァ!!」

「そーら!!」

 

「ヒャッハーーー!!燃えろ燃えろ!!!!豚の様な悲鳴で泣き叫べ!!!!」

 

いつの間にか現れたバイクがバスに接近し、火炎瓶を投げつけてくる。堪らず長嶺は一度身体を引っ込めて、やり過ごす。屋根と後ろに食らったが、幸いビンに灯油か何かを詰め込んだだけの物だったので、あまり被害という被害はなかった。

 

「もういっちょ行くぜ!!!!そーら!!!!!!」

 

「何度も同じ手は食わねぇよ!!お返しだ!!!!」

 

また投げつけてくるが、なんと長嶺がキャッチ&リリースする。勿論リリスした相手は運転手諸共、火だるまになってこけて転がっていく道路上を転がっていく。

しかも残骸のバイクを後続車が踏みつけたのと同時に、ガソリンに火が回ったのだろう。後続車諸共爆発&大炎上する。

 

「スネロンの仇だ!!」

 

ダラララララララ

 

もう一台のバイクが右側からUZIを乱射してくるが、目川がM249でバイクの前輪と運転手を撃ち抜き撃退する。

 

「よっしゃ!」

 

「いいぞ目川!!」

 

「ありがとうございます後藤さん!」

 

「!?後藤!!!右からくるぞ!!気を付けろ!!!!!」

 

目川と後藤が話している時、長嶺は次なる刺客の気配に気付く。しかしその刺客というのが、中々に厄介な相手であった。

 

「ハンヴィーだと!?」

 

「じゃあな、イエローモンキーズ!!」

 

ドガガガガガガガガガガガガガ!!!!

 

なんと屋根にM2重機関銃を搭載したハンヴィーが現れたのである。一応乗っているマイクロバスは急拵えで、13mm口径までなら耐えれる装甲板を装備しているので車体に隠れれば問題はない。ただしガラスは7.62mm口径が限界であり、ガラスが割れまくる。

 

「マズイ!!」

 

咄嗟に長嶺と目川は屈む。しかし後藤だけ間に合わなかった。

 

「オンドリャァァァァァァ!!!!死に晒せぇぇぇぇ!!!グブッ」

 

マトモに12.7mm弾を食らい、右腕が吹っ飛び胴体に大穴が開く。そのままハンヴィーは前に移動し、運転手の向井をも射殺する。

 

「後藤さん!!向井さん!!閣下、後藤二尉と向井曹長が!!!」

 

「放っておけ!!」

 

「な!?こんガキ、仲間助けろよ!!!!戦場を知ったような口を聞くんじゃねぇ!!!!!オラ、助けろよ!!テメェ、医学の知識があるんだろうが!?!?」

 

目川が長嶺に掴み掛からん勢いで、文句をマシンガンのように言い続ける。長嶺の名誉の為言っておくが50口径の威力というのは、この手の知識が有れば知っての通り「ヤバい」の一言に尽きる。1発でも胴体や頭に喰らえば、確実に死ぬ。というか即死である。腕や足だったとしても、吹っ飛ぶであろう。でもってこのバスには、それを救う機材なんざ搭載していない。

簡単な話、回復魔法でも使わないと助けられないのである。

 

「チッ。戦場も知らねー、ズブの素人がしゃしゃり出てくんな」

 

そう言うと長嶺は目川に向けて土蜘蛛HGを構えて、撃つ。しかし弾丸は目川を掠め、その先のバスの前にいるハンヴィーのM2。正確にはその横にある弾倉の弾丸に当たり、射手諸共吹き飛ばす。

 

「目川二曹。言っておくが次に俺のイラつく言動を吐いた瞬間、この15mm弾がテメェの脳天をぶち抜くと思っておけ。いいな?」

 

「はい」と目川が返事をしようとした瞬間、バスのドアがぶった斬られて、中に戦闘員と2mはあろうかと言う黒人の大男がチェーンソーを持って入ってきた。

 

「ぬん!!」

 

驚きすぎて何の抵抗もできない目川に照準を合わせ、大男は目川の胸にチェーンソーを突き刺す。勿論内臓やら血肉やらが、バス中に散らばる。その間にもう一人の戦闘員が運転席に座る。

血肉はKAN-SEN達にも降りかかるが、見てはいけない物と判断し顔を伏せ続ける。

 

「チェーンソーで突入してくるとか、何処のホラー映画だ、よ!!」

 

ズドンズドンズドン

 

「効かないぜ、少年」

 

「あーれま、一応15mm弾なんだがなぁ」

 

まさかのチェーンソーの真ん中の部分で、全弾弾かれたのである。

 

「それじゃ、血飛沫出して死のうか!!」

 

ギャリギャリギャリギャリ

 

図体と使っている武器の割にメチャクチャ素早く、避けることができない。一か八かで土蜘蛛をクロスして、どうにか受け止める。

 

「ぐっ!!重っ」

 

「ハハハ!楽しいなぁ。なあ少年!!だが君の本当の力はその程度ではないだろう?さあ、君の全力を見せてくれ!」

 

「悪いな。生憎、今は相棒達が居ないんで武器が限られてんだよ。自前のは、今アンタが破壊しようとしてるコイツだけっ、ぐぉ」

 

今にも推し負けそうになった瞬間、長嶺の右側から何かが入ってきて、そのまま左側に押し出される。

 

「え?」

 

気がつくとそこは車の外で、空中に浮かんでいた。常人であれば多分そのまま何が何なのか分からず、地面に叩きつけられて死んでしまうだろう。だがコイツの場合は違う。まず偶然を装ってスモークグレネードを周囲にばら撒き、そのまま身体を水平にしてグラップリングフックと気合でバスの下に潜り込む。後続車と上の敵は、長嶺が地面に叩きつけられて死んだと思うだろう。

実際車内では落ちる瞬間を見た赤城、イラストリアス、エンタープライズの三人が手を伸ばしたり「指揮官!」と声を上げ、そのまま泣き崩れる者もいたりとカオスな事になっていた。

 

「へへ。マスター・ヘルマン、どうですか俺のライダーキックは?お、可愛子ちゃんじゃねーか」

 

車内に飛び込んで長嶺を外に蹴り出した男、ベロゥボーイと呼ばれる奴がたまたま近くにいたイラストリアスにロックオンする。

 

「うお、いいもん持ってんじゃん!」

 

ガシッ、グニグニ

 

当然の様に両手でイラストリアスの胸を揉みしだき始める。それだけに飽き足らず、今度は着ているドレスを外そうとし始める始末である。勿論抵抗するが、首を片方の手で押さえつけて抵抗できない様にされてしまう。

 

「取り敢えず、俺のJr.を挟んで貰おうか?グヘヘ」

 

「おい、ベロゥボーイ」

 

「なんですか?マスt」

ギョリギョリギョリギョリ!!

 

「ギャーーーーーー!!!!????」

 

さっきマスター・ヘルマンと呼ばれていた、黒人の大男が突然ベロゥボーイの片腕を切り落としたのである。

 

「お前、俺の獲物を横取りして殺した挙句、女に手を挙げるったぁ、一体どういう了見だ?」

 

「お、おお俺の腕がぁ」

 

「たかが片腕ぐらいでどうした?」

 

「いでぇ、いでぇ!」

 

ヘルマンは「はぁーあ」とため息をつくと、今度は左足を切り落とし始めた。勿論悲鳴というか、もはや断末魔に近い絶叫をあげる。

 

「お前はもう用済みだ。お、丁度いいな」

 

足を完全に切り落としたタイミングで、2人の中東のゲリラみたいな格好した戦闘員がバスに乗り移ってくる。ヘルマンはその3人に「おい」と一声かけると「コイツ、外に放り出せ」と命令した。戦闘員達は「はい」と一言答えると、そのままベロゥボーイをバスの出入り口に引きずっていく。

 

「え?嘘?やだ。いやだ死にたくない!!!!」

 

「チッ。るせぇな。おい、お前顔面でも踏んで黙らせてやれよ」

 

「おう」

 

一人の戦闘員が鼻の辺りを力一杯踏みつける。顔面は完全に陥没し、鼻がへし折れる。ギャーギャー喚くが、そんな事気にせずに出入り口まで引き摺る。出入り口の前までくると、手と足をつかんで右に左に揺らし始める。

 

「「あーめん、そーめん、ひやソーメン!」」ブンッ!

 

そのまま車外に放り出され、側頭部から壁というか分離帯というか、とにかく高速の反対車線と面してない側にあるコンクリート塀に命中し、脳の中身を全て曝け出す。

 

「銀髪のお嬢さん、部下がすまなかったね」

 

「い、いえ.......」

 

まさかさっきまで長嶺と戦っていた男に謝罪されるとは思わず、一言しか発せなかった。

 

「よし、このまま回収班と合流するぞ。それからお嬢さん方に言っておくが、抵抗なんて愚かな事は考えるないで頂こう。もし抵抗されたらこっちも殺さないといけいないからな」

 

ヘルマンがKAN-SEN達にそう言っている時、長嶺は出入り口に向かって動いていた。そしてそのタイミングで現在こちらに向かってる、第五大隊のベアキブルと連絡が来た。

 

『こちらベアキブル。親父、ご無事で?』

 

「無事とは程遠い。車外にほっぽり出されたから、今バスの下にへばりついてる」

 

『えぇ.......。あ、それより。後2分程度で其方に追い付きます。それまで耐えていてください』

 

「どうにか頑張るよ!」

 

そう言って無線を切った直後、前後左右をトラックが囲み出したのである。

 

「迎えが来たな。よーし、ドライバー!そのまま荷台に入れ!!」

 

「へい!」

 

上手いこと位置を調整し、バスを前の10tトラックの荷台に入れ始める。しかし次の瞬間、彼らにとって予想だにしない出来事が起こる。

 

「グッ」

 

まず初めに被害にあったのは、出入り口近くにいた戦闘員である。首と脇腹を刺されて絶命した。サイレントキルだった為、誰一人として気付かない。

 

「まずは一人」

 

「ちょっと右か?」

 

そう言いながら運転する兵士を、壁を隔てた背後からデザートイーグルでヘッドショットを食らわせる。

ここになって初めて、ヘルマン含めた全員が長嶺の存在に気づく。

 

「生きていたか、少年」

 

「悪いな。俺を殺したいなら車外に投げ飛ばすとか、爆弾仕掛けた部屋に閉じ込めたりせずに自分の目で死亡を確認するか、頭上に核爆弾でも落とさねぇと殺せないぜ?」

 

「だがな少年、もう勝敗は決したんだよ。後はトラックの中に入れてしまえば、万事こっちの勝利だ。今更君が私達を殺したところで、最早何な意味もなさい」

 

そう自信に満ちた顔で言うが、長嶺は笑い始める。

 

「アンタ、賭け事苦手だろ?切り札ってのは、最後の最後まで取っておかないと、な!!」

 

次の瞬間「ヒュウウウ」とか「ダラララ」という音が聞こえると、後ろのトラック含めた後続車が急に爆発したのである。

 

「なんだぁ!?」

 

ボーボーボーーーン

 

今度はトレーラートラックが左右のトラックに突っ込み、無理矢理どかす。トレーラーのカーゴが開き、中から完全装備の兵士が戦闘員2人に銃を向ける。

 

「少年、まさか霞桜の総隊長か?」

 

「今頃気付いたのか。そうだとも。で、どうするね?」

 

「ふふ、ハハ。当然、君と戦わせて貰うよ。お仲間なら君の装備を持っているんだろ?」

 

「ああ。八咫烏、幻月と閻魔だ!!」

 

そう叫ぶと何処からともなく、いつもの2本の刀が飛んでくる。そして刀を抜いて、しっかり相手を見据えて構える。

ヘルマンも同様にチェーンソーのエンジンを起動させ、臨戦態勢をとる。

 

ドゥルドゥルドゥルドゥル

 

「スー、ハー.......」

 

次の瞬間、お互いに屋根を飛ばすために枠の部分を切り飛ばす。屋根は後ろに飛んでいき、バトルフィールドが少し広くなった。

 

「さあ、楽しもうぜ少年!」

 

「あぁ!!」

 

お互いに前に飛び出して、斬りかかる。

 

「セイヤァ!!」

 

「うらぁ!!」

 

チェーンソーの刃が刀の刀身とぶつかり、火花を散らしながら鍔迫り合いを始める。

 

「ゥゥラアァァァァァ!!!!!」

 

「ハアァァァァァァァ!!!!」

 

互いに後ろに飛んで一旦距離を取り、また斬りかかる。しかし今度は少し違った。ヘルマンは突っ込んでくるが、長嶺は寸の所で上に飛んで回避。そのまま背中を斬りつける。だがしかし

 

ガイィン!!

 

「な!?」

 

「危なかった」

 

なんとチェーンソーを後ろに担ぐ様に持って、斬撃を防いだのである。

 

「どうやら、タイムオーバーの様だ。さらばだ、少年。また会おう」

 

そう言うと懐から、謎の魔法陣が描かれた紙を取り出す。それにライターで火をつけると、ヘルマンの周りに紫色の光によって満たされる。残りの戦闘員もその光の元に行くと、その光が消えたと同時に二人の姿も消えたのである。

 

「なんだ今の。転移魔法か何か?」

 

『親父、こっちに収容します。お急ぎください』

 

「あ、あぁ」

 

最早後半は完全に放心状態でボーッとしてるKAN-SEN達を現実に引き戻し、横のトレーラー、もとい機動本部車に乗せ替える。勿論走行しながら。そんな状態なので、こんな事も起こりうる。

 

「あっ」

 

乗り移ってる最中、チャパエフが橋というか乗り移る通路から足を踏み外しかける。

 

「おっと。この速度で落ちたら即死だぞ」

 

まあ普通に長嶺が手を引いて引き戻し、また進ませるのだが。

チャパエフの顔が少し赤くなったのは言うまでもない。斯くしてURの襲撃は戦死3名を出すも、その悉くを撃退し一応の勝利に終わった。

 

*1
全体が均質な圧延鋼板で作られた装甲であり、主に第二世代主力戦車の装甲に用いられている。APFSDS弾やらHEAT弾といった様々な特殊砲弾が開発された事から、21世紀に入ると使われる事はなくなった。



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第三章鉄底海峡を越えて編
第二十五話お魚大パニック


秘書艦。それは普通の秘書と同じように、仕事の手伝いや仕事中の身の回りの雑用などをこなす係になった艦娘、もしくはKAN-SENの事を指す。今回はそんな秘書艦になった綾波とニーミを見てみよう。

 

「緊張するです.......」

 

「えぇ、そうね.......」

 

二人の執務室への足取りは、とても重い。それもその筈。何せこの二人、一応長嶺との関わりはあるっちゃある。しかしその全てが戦場での出会いであり普通の時の優しく気のいい時は全く知らず、戦場での冷酷で化け物クラスの恐怖でしかない強さを誇る時の戦闘狂の一面しか知らないのである。

 

(失敗したらきっと、拳が飛んでくるのです。失敗できないのです.......)

 

(もし何か不手際があれば、縄で縛られて、その横ギリギリを狙ってマシンガンを乱射されるかも。うぅ、行きたくない.......)

 

そんな訳で二人の中での長嶺は「鬼畜野郎で恐怖の権化」という認識である。まあ敵やクズに相対すれば言う通りであるが、仲間に対しては基本甘すぎるくらいに優しいのだから、完全なる風評被害である。

さて。嫌だ嫌だと言いつつも行かなければ何されるか分かったもんじゃないので、普段の10倍は重い足で執務室の前に立つ。重厚な木製の扉は、二人の目には魔王城の最奥にある魔法の待ち構える部屋の扉にしか見えない。意を決して、二人は扉を開けた。中は赤い絨毯と見るからに高そうな高級感あるテーブルとソファがあり、その奥には四つのモニターが置かれている執務机があった。

 

「失礼するです」

「失礼します」

 

「おう。って、今日の秘書艦はお前ら2人か」

 

モニターとモニターの間から長嶺がひょっこり顔を出す。前に見た戦闘狂の全てを恐怖で縛り付けてしまうような目でも、演説をした時のカリスマ性溢れる目でもない、優しそうな目をしている事に二人とも内心ではかなり困惑していた。しかし何かされるかもしれないと言う恐怖を前に、気合いで無理矢理平静を普通の顔をして挨拶する。

 

「本日の秘書艦になった綾波です。よろしくです」

 

「同じくニーミです。よろしくお願いします」

 

まあ所詮は少女の浅知恵な訳で、一瞬で緊張しているのを見抜く。長嶺は少し笑うと、二人の前に立った。

 

「よろしく頼むよ、二人とも。多分二人とも俺の戦闘モードの時しか見てねーから、ここまで来るの怖かったんじゃねーか?例えばヘマしたらぶっ飛ばされるとか、マシンガンを掠めながら連射されるとか、そういう想像したりとかしてただろ?」

 

(バレてるのです!!)

 

(というか何故、そうもピンポイントに当ててくるんですか!?エスパーか何かですか、この人!!)

 

「心配すんな。俺は基本、味方には結構甘いぞ。別にヘマした所で、正直お前ら程度のヘマは俺にとっちゃヘマに入らない。というか人の生死とかでも掛からないなら、別に何とも思わねーし。まあ気楽にやってくれ」

 

そう言ってサムズアップと爽やかな笑顔で二人の緊張を解きほぐす。因みに長嶺がこれまでされたヘマとしては、とある二人の大隊長さんが潜入任務でインスタントラーメンをアレンジして作ろうとしたら、何故かソマンガスを発生させて陸自の化学防護隊が出動する騒ぎを起こしたり、とある三人の艦娘が防衛省のメインサーバーにハッキング仕掛けて情報を盗み出したり等々、ヘマの次元を超えた物をされまくった結果「ヘマ」のハードルがバカ高くなっちゃっているのである。

 

「あの、一つ質問よろしいですか?」

 

「お、なんだ?」

 

「何故、制服を着用していないのでしょう?」

 

ニーミが指摘した通り、今の長嶺の格好は帝国海軍のどの軍服でもない。ファスナー式の黒一色の作業着のような服である。

 

「あぁ、これね。一応これでも戦闘要員だがら、いつでも出撃できるようにコイツを着ている。戦闘時はこの上に装甲の着いた軍服、俺達は「強化外骨格」って呼んでるんだが、それを上に来て戦闘行動を行う。

まあ流石に客人が来た時なんかはしっかり軍服を着るが、基本俺はこういう感じの服装で過ごすからよろしく」

 

「は、はぁ」

 

明らかに違う価値観に戸惑いつつも、本日の業務が始まる。二人が協力して仕事を片付ける間に、長嶺は両手で別々の動作を行なって執務を片付ける。右手でキーボードを叩きながら左手では書類に判子を押したり、電話対応しながら両手で別々のキーボードを叩いて書類を二倍速で処理したりと、常識人ではない仕事処理の仕方で仕事を片付けていく。

そうこうしている間に、昼時となり昼食を考え始める。

 

「お前達、何か予定はあるのか?」

 

「特にないですね」

「同じく、です」

 

「よし。なら、食堂に行くか」

 

そんな訳で江ノ島鎮守府の誇る、激ヤバ食堂に行く。何が激ヤバかって?24時間365日休む事なくコック妖精達が常駐し、常に温かくて美味しい料理が提供されるのである。しかも全ての食材が最高ランクの物が取り寄せられており、世界中の主要な料理は何でも作れてしまう。和食、洋食は勿論のこと中華、フランス、イタリア、ドイツ、スペイン、メキシコを始めとした国ごとの料理から、ファストフードやサンドウィッチ等の軽食、更には艦娘達からの要望で和菓子や洋菓子などのスイーツ系も取り揃えている。それを何と艦娘、KAN-SEN、霞桜の隊員であれば無料で食べられてしまう。

 

「お前達は決めたか?」

 

「綾波はオムハヤシにするです」

 

「私は、えっと.......」

 

「悩んでるニーミに朗報だ。ここはドイツ、そっちの世界の鉄血料理もあるぞ?」

 

「本当ですか!?」

 

「本当だ。おーい、間宮ー。ドイツ料理のメニューってあったか?」

 

そう言って厨房に長嶺が叫ぶと、中から白い割烹着に赤いリボンをつけた女性が出てくる。艦これユーザーの読者なら分かったであろうか?補給艦『間宮』である

 

「あら提督、本日はドイツ料理ですか?」

 

「俺じゃなくて、こっちこっち」

 

「あぁ、そういうことですか。こちらがメニューになりますよ」

 

そう言って間宮はニーミにメニューを渡す。ニーミはメニューに食い入る様に見ると、決まったのか顔を上げて食事を頼む。

 

「えっとじゃあ、シュニッツェルのセットを」

 

「はい。提督は如何なさいますか?」

 

「俺はそうだなぁ。Wカツ丼、ざるうどん大盛り、天ぷらセット二人前、あと唐揚げとエノチキ1型も付けてくれ」

 

「はーい」

 

フードファイターかよと言わんばかりの量に、二人も軽く引いている。何を隠そう、長嶺は結構な大食いで一人で寿司100貫を食い切ったこともある。

 

 

「さーて、食べよう食べよう」

 

余りに多いのでKAN-SENと一緒に来た饅頭に運ぶのを手伝ってもらい、食事を始める。そう言えば二つ程、どんな料理か想像出来ない物があるだろうから、ここで説明させてもらう。まずWカツ丼。見た目こそ普通のカツ丼だが、なんとカツの上にもう一セットのカツがのかっているいるのである。同じ要領で天丼や鰻丼にもWが存在する。

もう一つがエノチキ1型。こちらは読者の皆も食べた事があるであろう、コンビニチキンの事である。艦娘は規則上、鎮守府の外へは基本出られない。しかし長嶺がコンビニチキン、特にファミチキが大好きであり独学で味を極めて作っちゃったのである。それがエノチキであり、「どうせなら他のも作るか」となってLチキ、ななチキ、とり竜田の三種類が追加されて、ファミチキを1型、以降を2型、3型、4型と名前が着くようになったのである。

 

(指揮官の唐揚げ、美味そうなのです)

 

「お、どうした綾波?唐揚げが食いたいか?」

 

「あ、えっと、その。はい、です」

 

「いいぜ、一個やる。ニーミもいるか?」

 

「いいんですか?」

 

「構わねーよ」

 

そう言って普通にヒョイっと、2人の皿に唐揚げを一個ずつ入れる。もうまるで、娘にツマミを分ける親父そのものである。ただ一つ違うのが、この二人の思考が結構乙女である事である。

 

(こここ、これは!!食べたら間接キスになるのです////////)

 

(これって食べっちゃったら間接キスになっちゃう////////。指揮官、結構カッコいいから悪い気は、って何を言っているんですかニーミ!!)

 

こんな感じで脳内は大パニック状態である。で、その元凶たる長嶺はというと。

 

「ズルルルル。やっぱ、うどんはザルが一番だなぁ」

 

普通にうどんを啜って、天麩羅を頬張ってました。流石、超弩級鈍感朴念仁男。

昼ごはんも終え、午後からの執務に戻る。しかし二時間ほどして、副長のグリムが執務室にやってきたのである。

 

「失礼いたします、総隊長殿」

 

「ん?おぉ、グリムか。どうした、何か問題発生か?」

 

「いやまあ、えっと、問題っと言えば問題の様な、そうでもないような.......」

 

えらく曖昧な受け答えに、長嶺も「いやどっちだよ」とツッコむ。するとグリムは項垂れながら、タブレットを長嶺の前に置いて動画を再生した。そこには現在、任務で北方海域に向かっているバルクとベアキブルが映し出されていた。

 

『おーい、グリム!!多分最上級のマグロ、ゲットだぜ!!!!それもこんなにたくさん!!』

 

『頭、オレ達だって負けちゃいないぜ!!鯛、イカ、タコ、鰤もゲットだ!!!』

 

『『という訳で、お土産楽しみにしてろよ!!』』

 

ここで映像は止まっていた。取り敢えず映像には見える限りでも、4匹のマグロが映っており、他の四つに至っては把握できないほどの量があった。

 

「なあグリム?」

 

「はい」

 

「アイツらのミッションは確か、北方海域への偵察だったよな?それが何で漁に変わったんだ?アイツらは漁師にジョブチェンジしたのか?」

 

「どうします?」

 

長嶺は少し考えると、溜息を吐きながら命令を下す。

 

「釣っちまった以上、食べねぇのも道理に合わんだろう。ニーミ、食堂に行って調理機材を飛行場に運べ。綾波、放送で指示した奴を飛行場に呼び出せ。グリム、飛行場に先行して魚を下ろすスペースと調理スペースの確保、及び隊員を連れて調理準備にかかれ」

 

「わかりました」

「わかったのです!」

「了解しました」

 

とまあ、こんな感じで緊急任務「大量の魚を捌け」が発動された。でもって戦力が艦娘勢は間宮、大和、鳳翔の「艦娘で料理といったらコイツらだろ」という艦娘と偶々、長嶺が捕まえた第六駆逐隊と鈴谷&熊野。

KAN-SEN勢は「KAN-SENで和食料理と言ったら、コイツらだろ」という赤城、大鳳、翔鶴。それから赤城に引っ付いて来た加賀と翔鶴に引っ付いて来た瑞鶴、秘書艦であるニーミと綾波、それから仲良し組のラフィー、ジャベリン、ユニコーン。それからロイヤルメイド隊とユニコーンの保護者役でイラストリアスも来ている。

霞桜勢は長嶺を筆頭にカルファンとグリムの大隊長クラスに加えて、ある程度は料理の出来る者、総勢50名を引き連れている。ついでに格納庫でトランプして遊んでた飛行隊の連中も加わっている。

 

 

 

十数分後 江ノ島鎮守府航空基地 格納庫

「何とかアイツらの帰還より速く準備できたな」

 

「えぇ。でも総隊長殿、調理はキッチンでやるべきなのでは?」

 

「鯛とかタコ位のなら、キッチンでもいいさ。だが今回はマグロがいるから、あんな大物はキッチン内では捌けない」

 

「ではダイニングスペースを使えば良いのでは?」

 

「臭いが残るし、運び込むのが不可能だろ。マグロって一番小さいので30kg、世界記録のなら確か680kgはあったぞ」

 

全然マグロの事を知らなかったグリムは「マジですか」という顔をしている。因みに日本で水揚げされた中での最高記録は483kgだったらしい。

程なくして二人と魚を乗せた戦域殲滅VTOL輸送機「黒鮫」が飛来し、格納庫の前に着陸する。いざカーゴスペースの中に入ってみると、あり得ない光景が広がっていた。

 

「おいおい、マジか.......」

 

「これじゃあ、ホントに鮫ですよ。それも超獰猛な」

 

長嶺とグリムが驚くのも無理はない。カーゴスペースには巨大マグロが10匹、鯛と鰤が多分100匹以上、イカとタコに至っては150匹以上はいる。

 

「ねえ、あなた達。ホントに漁師に転向したら?というか、何でこんなに釣って来たのよ」

 

「いやよ姉貴。偵察も終わった事だし「少し遊覧飛行でもしようか」ってなったらよ、魚達が超たくさん泳いでた訳よ。で、やっぱさ、魚見たら獲りたくなるじゃん?それもデカイのなら尚更。後は成り行きで釣り大会になったんだけどよ、そしたら釣れる釣れる。もう入れ食い状態!

で、調子乗った結果」

 

「こうなったと。ボス、どうするの?二人とも切り刻む?」

 

サラッと恐ろしい事を言うカルファンを他所に、長嶺はカーゴの中のマグロを見てフリーズしていた。

 

「ボス?ボース?ねえ?」

 

「お前ら、マジで良くやったよ。うん、マジですごく良くやった。特別ボーナス支給する」

 

「ボス、正気なの?」

 

予想外の反応にカルファンとグリムは勿論、仕出かしたグリムとベアキブルも「え?」という顔をしている。

 

「これさ、タダのマグロじゃない。最高級のマグロでクロマグロ、一般的に言うと「本マグロ」と呼ばれる種類に当たる。しかも目算で一番小さいので250kgクラスだ。これ、売ったら普通に1匹で150万は下らないぞ。他の魚も全てが上物中の上物、高級料亭や高級寿司屋で余程の客にしか出さないであろう物だ。良くやった」

 

「親父、そんなに凄いんですかい?」

 

「お前、すしざんまいとかの新年にやってるマグロ解体ショーとか、初セリのニュース見たことあるか?アレに出てるマグロと同じ種類だ」

 

この発言に全員が固まっていた。漁業関係者や魚に詳しくなくても分かる例えになった事で、自分達がどれだけの大物を釣って来たのかを理解したのである。

 

「とにかく速いとこ捌いてしまおう。くれぐれも慎重にな。超絶丁寧に扱いつつ、迅速に運び出せ!!」

 

隊員達が慌ただしく動き出し、フォークリフトや人力でマグロを外に運び出す。余りの巨大さに全員が圧倒されていた。

 

「魚を捌ける物は、鰤とか鯛とかその辺のを頼む。瑞鶴、加賀、ベルファストは俺を手伝ってくれ。残りは皿の用意とツマ作り、それからマグロの中落ちを取る作業して貰う!!」

 

残りの人員も動き出し、本格的に調理が始まる。と行きたいのだが、霞桜のある隊員が「どうせならマグロ解体ショーしてくださいよ」というリクエスが来た為、急遽長嶺によるマグロ解体ショーが開催される事になった。

 

「いざ!」

 

まずは頭を切り落とし、次に3枚おろし見たく肛門の辺りから刃を入れて身を開く。内臓を除去して、そのまま各部位毎に分解し、あっという間に魚を各部位毎に捌いてしまった。しかも本来なら鉈やらノコギリやら超巨大な包丁を使う所、出刃包丁一本で捌いてしまったのだから驚きである。

 

「いっちょ上がり。どうせなら、試食がてら食うか!」

 

「なら醤油を用意しないと」

 

「フフ、大和さん。もう用意済みですよ」

 

大和が醤油を取ろうと立ち上がった瞬間、間宮が刺身醤油のボトルと紙皿に爪楊枝までが入った袋を掲げる。

 

「用意いいな」

「流石、食堂の女王、間宮ちゃん!」

「良いセンスだ!」

 

周りにいた隊員達も間宮にヒューヒュー言ってた。その間長嶺は手早く大トロの部位を少し大きめにカットして、全員に2枚ずつ行き渡るように盛り付ける。

 

「そーら、出来たぞ!食ってみな!!」

 

渡された者から口に頬張っていく。そして頬張った者は余りの美味さに叫ぶか、語彙力が死んでいた。

 

「うんめぇ!!!!」

「オヒョォォォォ!!!」

「こんなん初めて食ったぞ!!」

 

艦娘やKAN-SEN達も似た様な物で、

 

「流石本マグロの大トロ。脂の乗り方から違いますね」

「寿司や海鮮丼も合うでしょうけど、やっぱり刺身の方が良いかも知れませんね」

「美味しい、です」

 

こんな感じに喜んでいた。だがしかし、一部のKAN-SENは固まっていた。ロイヤルメイド隊、ジャベリン、ニーミ、ユニコーン、イラストリアスである。

 

「あれ?どうした、マグロは嫌いか?所謂ツナやぞ、これ」

 

「い、いえ。そうではなくてですね」

 

「ご主人様。余り、いえ、生魚を食すのは失礼ながら愚かなる自殺行為かと」

 

いつもニコニコしてるイラストリアスは顔を完全に強張らせ、ベルファストは凄い目付きで長嶺を睨んで来ていた。まあ海外で生魚を食うこと自体ないので、当然の反応ではある。最初は長嶺も分からなかったが、すぐにそれに気が付き心の中で笑っていた。

 

「多分、お前らアレだろ?細菌とかウイルスに感染して、食中毒が起きると思ってる口だろ?確かに放置してたヤツは危険だが、コイツは漁れたて新鮮な魚だ。しかも殺菌効果の高い醤油を付けるから、マグロはおろか、今回の魚全て生で食っても問題ない。

日本ってのは結構生で食う物多いから、慣れといて損はないぞ。それに美味いから、騙されたと思って行ってみろ!」

 

「わかりました」

 

「シリアス!!」

 

「誇らしきご主人様が「大丈夫」と仰っているのなら、きっと大丈夫です。それに他の皆様も食べてらっしゃいます。私は、食べます!!!」

 

なんかラスボス前のめちゃくちゃ感動出来るシーンみたいな事になっているが、これはあくまでも大トロを食べようとしているだけである。なんでこんなにも大袈裟に出来るのだ。てな訳で、口に大トロを運んだシリアス。口に入れた瞬間、

 

「んんんん////」

 

完全に蕩けきった顔になる。そりゃあ初めての刺身が本マグロの大トロという凄い贅沢をした以上、こんな顔にもなるだろう。

 

「美味いだろ?」

 

「美味しいです!!誇らしきご主人様!!!」

 

「さてさて。シリアスが食べた訳なんだが、お前達は?」

 

少しずつ他のKAN-SEN達も食べ出し、大体シリアスと似た反応を示す。それが促進剤になり、やがて全員が食べて顔を蕩けさせていた。お陰で長嶺の心に「何故だろう、何かイケナイ事をしている気分になってしまう」という心情があった事は、また別の話である。

 

「お前ら試食は済んだな。分かってるだろうが、この事は内緒だぞ?それじゃ、今度こそ調理開始だ!!」

 

思ったより皆が優秀だった事で、予想より遥かに速いスピードで完成した。しかしまあ問題が無かったわけではなく、ちょっとは問題が発生していた。何が起きていたかというと

 

「指揮官様ぁ♡大鳳の捌いたイカを食べてみてくださいまし♡」

 

「いやそれ、皆に出すヤツ。ってかさっき、お前が捌いたの試食した」

 

「指揮官様ぁ♡赤城の捌いた鯛の方が、お口に合いますわよ」

 

「いや赤城。お前それ、かれこれ10回は持って来たよな?」

 

こんな感じで重桜ヤベー奴の二人に目をつけられ、魚が貢がれまくっていた。でもってこれに影響されたのか知らんが、こんな事も起きていた。

 

「提督、私のも味を見てくれませんか?」

 

「大和が試食してくれとは珍しいな」

 

「松皮作りを試しにやってみました」

 

「松皮作りとは、また難しいのを選んだな」

 

松皮作りとは鯛の様に、皮に旨みのある魚に使われる調理法である。皮付きの魚に熱湯を掛けて、冷水で冷やして刺身にする調理法である。一見簡単だと思うが、冷ますタイミングがズレるとダメになってしまう極めて難しい料理である。

 

「うおっ!普通に成功してやがる」

 

「料理の腕は、一流料亭の板前さんにも負けませんよ」

 

「だろうな。こんな完璧なの、初めて食ったぞ」

 

得意そうに笑っている大和だが、その視線の先は長嶺ではなかった。赤城と大鳳に対して、釘を刺すためにこの料理を出していたのである。で、この場を更に掻き乱すべくコイツまでもが動き出す。

 

「指揮官。私の鰤も食べてみてください」

 

「翔鶴もか。刺身で失敗する事なんざ無いだろうが、どれ」

 

「美味しいですか?」

 

「んぐっ。切り方も中々に上手だ。しっかり細胞の形を残して、中の成分を漏らしていない」

 

「ありがとうございます」

 

そう言ってニッコリ笑う翔鶴。こちらも目線の先は長嶺ではなく、例の3人に向けられていた。つまり今の状況は大和、赤城、大鳳、翔鶴の四人がバチバチと火花を散らしているのである。

 

(姉様、目が笑っておりませんよ)

 

(お姉ちゃん何やってるの)

 

(これは、一嵐来そうですね)

 

マグロ解体の手伝いをしていた三人はそんな事を考えていたが、今回の嵐の目であり元凶の長嶺はというと。

 

「提督!中落ち?を取るの出来たわよ!」

 

「おお、頑張ったな」

 

「みんなで頑張ったのです」

 

「もっと雷を頼っても良いのよ!」

 

「ハラショー」

 

第六駆逐隊の中落ちを取る作業の報告を聞いてみたり、

 

「お兄ちゃん、出来たよ?」

 

「あ、そっちもか。.......うん、取れてるな」

 

「えっと.......その.......」

 

「指揮官様。ユニコーンちゃん、とっても頑張っていましたわ」

 

「ん?あ、あぁ。そういう事か」

 

ユニコーンの頭を撫でて褒めてみたりとか、赤城達の事なんて気にする素振りすらなく他の子達と話したり指示を出したりしていた。

 

「(親父、気づけよ!!)」

 

「(あそこまで鈍感となると、何かの病気じゃないかしら?)」

 

「(総長は恋愛に関しちゃ、レベル1の超絶初心者だからなぁ。ラノベ主人公もビックリな鈍感すぎる恋愛感性だ)」

 

ベアキブル、カルファン、バルクの三人は流石の鈍感っぷりに、無駄とわかりつつもツッコんでいた。

まあ何はともあれ無事に全て抜かりなく魚を捌ききり、その日の夕食は刺身のバイキングとなった。艦娘の方の赤城と加賀が大食いを始めたり、ソマンガスを発生させた前科を持つバルクとレリックが謎料理テロを起こしそうになって隊員総出で止めに入ったりもした、らしい。

 

 

 



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第二十六話最強提督は御乱心

「視察に行ってこい?」

 

『ああ、そうだ。お前も連合艦隊司令になったんだから、各基地の状況くらい知っておけ』

 

「待てゴラ!!こっちは唯でさえ執務が多いってのに、ここで更に公務倍増とか労基違反なんてレベルじゃねーぞ!!!!」

 

現在長嶺は電話口で、怒鳴り声を上げている。何故かって?安定の東川による無茶振りである。

 

『お前に拒否権はなーい。じゃ、ヨロシク』

 

「は!?おい!!ちょ!!!!もしもし。もしもし!!!!!!」

 

ツーツーツー

 

「あ、あ、あんのクソジジイ!!!!!

 

マジでなんなんだ!!霞桜の仕事と提督業で忙しいってのに、そこに連合艦隊司令長官を押し付けるわ、絶対どう見ても俺以外でも出来る仕事まで回してくるし、その上で視察だと!?!?過労で俺を暗殺する気か!?!?!?

 

完全に怒りのボルテージのメーターが振り切れて、テンションが謎な方向にバグった。こうなると長嶺は、戦闘狂としての顔が完全解放される。

 

一番近くの基地は此処だな。潰すか

 

「失礼します。ていと.......く」

 

偶々遠征の報告に来た吹雪が見たのは、完全な戦闘モードの長嶺だった。身体中から殺気と怒気が溢れ、後ろには阿修羅か何かが見えるかの様に思える。

 

おう吹雪。報告書は机の上に置いとけ

 

「は、はい!」

 

俺はちょっと深海の畜生共と、少しばかりダンスしてくる。執務は適当な奴にやらせておけ

 

最早恐怖で声が出せず、狂ったかの様に頭をブンブン振るだけの存在となった吹雪。そんなのに構う事なく、長嶺は執務室を出て格納庫の方へと歩き出す。

その間も顔は閻魔大王すらも恐怖で大泣きして、失禁してしまうであろう位の顔である。しかも殺気と怒気のオマケ付きで、うっかり機嫌を損ねよう物なら灰も残さずに消されそうな勢いである。

 

ドスン、ドスン、ドスン、ドスン

 

「そ、総隊長の怒りゲージが壊れてやがる。こうしちゃおれん!!」

 

偶々廊下で長嶺の姿を見た霞桜の隊員が、無線で鎮守府にいる全隊員に報告した。次の瞬間、全員が深海棲艦や敵と戦う時よりも緊張した顔で動き出す。

 

「武器と弾薬を掻き集めろ!!最悪の事態を想定し、一機を除いて黒鮫にはASM3を搭載しろ!!」

「えらいこっちゃ!えらいこっちゃ!」

「おい誰か!総隊長の周りに付いて、不足の事態に備えるんだ!!」

 

因みに武器の使用相手は長嶺である。何故かって?長嶺は昔、とある理由からこれよりも酷い状態になり、原因を作り出した政治家や軍の高官等を片っ端から殺して周った前科があるのである。

まあその政治家や高官達は、殺されて当然の事を仕出かしているので仕方がないのだが。

 

 

「あ。指揮官様ぁ♡。大鳳の作ったお弁当の味見を」

 

KAN-SENの方の大鳳が、安定の理由から長嶺に弁当を食べさせようと近付いた。しかしその前にバルクによって、口を押さえられたまま建物の影に引き摺られていく。

 

「んー!!んーー!!んーーーーー!!」

 

「(落ち着け!そして暴れんな!!)」

 

間一髪、長嶺の視界には入らず長嶺も気付いていない。建物の影の死角から様子を伺い、気付いて事が分かるとバルクは漸く大鳳を解放した。

 

「な、何するんですの!?私には指揮官様という、心に決めた殿方いるのです!!貴方の妃になんてなりませんわよ!!!」

 

「待て待て。誤解するんじゃないよ。大鳳の嬢ちゃん、物陰からよーく指揮官様を見てみ?」

 

そう言われて、一応背後のバルクを警戒しながら長嶺の様子を伺う。よく見るとヤバいオーラが出まくってるのに気付き、顔が青ざめていく。

 

「な、なんですの.......」

 

「あの状態の総長は、マジでヤバい。総長の今の状態は、歩く安全装置の外れた水爆も同然だ。ちょっと衝撃ですら起爆し、周りに災厄を齎らす。一通り暴れれば収まるんだが、機嫌を損ねよう物なら見境なく此処で暴れかねん」

 

「今日の所は諦めますわ.......」

 

「それがいい。」

 

流石の大鳳も今回ばかりは引くようで、少し落ち込んだ様子で部屋に帰っていった。一方、長嶺は霞桜の隊員達が迅速かつ丁寧に黒鮫まで案内し、ソロモン諸島方面の基地に飛んだ。

 

 

 

ソロモン諸島方面 深海棲艦前哨本部基地

「総隊長、そろそろです」

 

おう

 

高度一万五千mを飛んでいる事もあり、深海棲艦は誰一人として気付いていない。そんな中、長嶺は真っ逆さまに本陣のど真ん中目指して飛び降りた。因みに長嶺の肩にカメラがついており、新兵教育の一環で鎮守府の霞桜本部にある映画館もどき(隊員達からは視聴覚室と呼ばれてる)で現在の状況が流されていた。

 

「あの高度から飛び降りるのか!?」

「怖くないのか?」

「流石、一騎当千の精鋭を束ねる御方だ」

 

さあ、深海棲艦共。楽しい楽しいパーティーの時間だ

 

そのままの勢いで、手近のル級eliteを頭から一刀両断する。盛大な水飛沫に深海棲艦達が何事かと集まり出し、周りを取り囲む。長嶺の存在には気付いておらず、武器は構えていない。しかし、これが仇となった。

 

フハハハハ!!会いたかったぞ、愛しい愛しい俺のサンドバッグ共!!!!

 

水飛沫からいきなり出てきた長嶺に、武器すら構えてない深海棲艦が対応出来るわけもなく

 

ザンッ!

 

斬られる。それもイ級2、3隻を纏めて。

 

「化ケ物メ!!!」

「撃テ!撃テ!」

「殺セ!!!!」

 

やっと応戦が始まるが、殺気と怒気によって恐怖心が煽られまくった結果、照準が合わず砲弾が明後日の方に飛んでいく。

 

殺してみろ!オラオラどうした!?!?

 

「ギシェェェェ!!!!」

 

ここで勇敢なるハ級eliteが後方から砲弾を撃とうと近付く。しかしこれに長嶺はとっくに気付いており、敢えて気付かないフリをして他の深海棲艦を倒しまくる。

 

おい八咫烏。風神と雷神をと落とせ

 

『心得た、我が主』

 

武器を変えて、遠距離からの攻撃に切り替える。長嶺が距離を取るべく下がった結果、ハ級eliteの射程に入った。それも必中必殺の位置で、気付いてなければ(・・・・・・・・)必ず倒せる様な絶妙な場所である。ハ級eliteが口を開けた瞬間、長嶺が後ろを振り返る。

 

気付いてないと思ったか?バカめ、初めからお見通しだ!!!!

 

そう言って風神HMGをハ級の口内にぶち込み、トリガーを引く。

 

ダラララララララ!!!

 

無数の弾丸がハ級eliteの背中の肉と装甲板を突き破り、青い血も吹き出る。ハ級eliteの巨大な目から光が消えると、長嶺は無理矢理口というか、歯が並んだ部分を開けて中に10個近くの手榴弾とC4をセットする。そしてそれを、深海棲艦が密集している場所にぶん投げる。

 

お前達の仲間だったんだ。あの世でも仲良くやれよ?

 

ドガーーーーーン

 

C4が起爆し、周りの手榴弾にも伝爆。周囲の深海棲艦をハ級eliteの装甲板と手榴弾の破片が襲う。周りにいたのが水雷戦隊だった事もあり、軽巡へ級を除いて駆逐艦クラスの深海棲艦は大破か轟沈していた。

 

「ヨクモ.......」

 

ドーンだYO!!

 

残ったへ級も、雷神HCの120mm榴弾で吹き飛ばされる。その後も多彩な武器で周りの護衛を一掃し、ボスである戦艦棲姫と対峙する。

 

「貴様、ヨクモ我ガ同胞ヲ殺シタナ」

 

御託は良い。かかって来い

 

「主砲発射!!!!」

 

戦艦棲姫の巨大な艤装から、砲弾が長嶺に向かって発射される。しかし長嶺は横に体を逸らし、砲弾を全て躱す。

 

「生意気ナ!!」

 

全弾避けられた事が悔しかったのか、砲身を壊す勢いで連射してくる。しかしそれも全弾避けられて、益々ヒートアップする戦艦棲姫。

 

その単調な動きしか出来ないのか。今度はこっちのターンだ!!

 

一気に距離を詰めて、格闘戦を仕掛ける。格闘戦と言っても空手や柔道の様な綺麗な物ではなく、腕と足の骨を折るという蛮族じみた格闘である。

 

どうした。まだ右足と両腕の骨をへし折っただけだぞ?砲撃しろ。機関砲で撃ち抜け。左足で蹴り飛ばしてみろ。なあ、どうした?来いよ。ホラ!ホラ!!ホラ!!!

 

「ヤメロ!!来ルナ!!化ケ物メ!!!!」

 

面白くねーなぁ。これじゃ興醒めだ

 

そう言うと長嶺は戦艦棲姫の黒く長い髪を掴み、無理矢理立たせる。そして手を突っ込んで、胸の中にある心臓を外に引っ張り出す。

 

「私ノ、心臓.......」

 

終わりだ

 

そう言って心臓を握り潰し、周りに青い血が飛び散る。自分の心臓が握りつぶされる様を見せつけられながら、戦艦棲姫は絶命した。

 

「ハァー、スッキリした」

 

本人は涼しい顔をしているが、青い返り血で全身を塗り固められた姿は化け物か、サイコパス殺人鬼のソレである。本部にいる新兵達も殆どが気持ち悪くなって吐いたり、気絶したりと軽い地獄絵図となっていた。

大隊長クラスや古参組は「あーあ、派手に暴れたなぁ」程度にしか思ってなかったが。

 

 

 

翌日 江ノ島鎮守府 航空基地

「それじゃあ、留守を頼む」

 

「お気を付けて、総隊長殿」

 

大暴れの翌日、長嶺は視察の旅に出た。今回は全ての基地を回る事となり、約二週間掛けての出張となる。そんな訳で数名の護衛がつく事になった。補佐役として大和と長門、護衛として八咫烏と犬神、それから霞桜から第三大隊所属の隊員ドミニクと第五大隊の隊員ガーランが付く。因みに護衛はどっちも男である。

 

「上昇します」

 

汎用ヘリコプター『黒山猫』に乗り込み、先ずは舞鶴鎮守府へと向かう。道中は仕事を片付けていただけで、特に取り上げる物も無いので割愛する。約二時間程揺られて、京都舞鶴に到着する。

 

 

「来たか」

 

ヘリポートには主たる山本と、その秘書艦である朝潮が居た。

 

「提督、あのヘリですか?」

 

「あぁ。朝潮なら無いだろうが、無礼のない様にな」

 

「はい!」

 

(しかし、ブラックホークと英軍のワイルドキャットを足した様な機体はなんだ?)

 

初めて見る黒山猫の独特のフォルムに、少し驚きはするが長嶺が謎多き霞桜の隊長である事を思い出し納得した。

 

「お待ちしておったぞ、長官」

 

「出迎えありがとうございます、山本提督」

 

山本は何度か顔を合わせているので驚きはしないが、朝潮の方は違った。「連合艦隊司令長官」と言うと、どうしても髭を生やしたお爺ちゃんのイメージがあったからである。所が目の前で「長官」と言われているのは、高身長イケメンな青年でありイメージとは正反対の人物である。

 

「山本提督、こちらが提督の秘書艦ですか?」

 

「あぁ。朝潮、挨拶なさい」

 

「は、はい!初めまして、朝潮型駆逐艦の一番艦、朝潮です!!」

 

「あの朝潮か。俺は長嶺雷蔵だ。長官でも、長嶺でも好きに呼んでくれ」

 

「はい!承知しました!!」

 

緊張で結構カチンコチンだが、どうにか挨拶ができた朝潮。顔には出してないが、心臓バックバクである。

 

「ワン!」

 

「え?」

 

犬の鳴き声がして、振り返ると真っ白な毛並みの犬がいた。その上には三番脚の烏もいる。言うまでも無いが、犬神と八咫烏である。流石に堂々と喋る訳には行かないので、普通の犬と烏と同じように鳴く。

 

「可愛い.......」

 

「おーい、行くぞ」

 

撫でようと手を伸ばした瞬間、間が悪い事に長嶺が呼んでしまい撫でられなかった。長嶺らは山本と共に執務室に向かい、大和と長門は施設の視察、護衛の隊員達は待機となった。

 

 

 

執務室

「好きにかけてくれ」

 

「えぇ」

 

適当に座り、山本の入れた宇治抹茶を啜る。

 

「それにしても、あんなに小さかった君が私の上に立つ日が来るとはな」

 

「え?」

 

「なんだ、宗一郎の奴から聞いてなかったのか?私は君と宗一郎の関係も知っているし、まだ小さかった頃に会っているんだぞ?」

 

「初耳ですよソレ!?」

 

まさかのカミングアウトに長嶺も驚く。これまで東川と長嶺が親子であるのは、本人とかつて死んでいった戦友達と天皇陛下しか知らないと聞かされていたからである。

 

「あのアホは大事な事は、大体言わぬからな」

 

「その癖というか性格で、何度地獄を見せられた事か.......」

 

「なんだ、お前も被害者か」

 

「えぇ。それこそ、この視察だってそうですよ。こっちは霞桜の仕事、提督の執務、長官の執務で日夜ブラック企業が天国に思える位の量を捌いてるって言うのに、いきなり「視察行って来い」って言われたんですから」

 

「私の場合は、アイツの右腕だったか頃に仕事を何度も押し付けられたぞ。オマケにアメリカ海軍に提出する筈だった報告書を、期日前日に押し付けられた事もあったな」

 

そう言いながら笑っている山本であったが、目が笑っていなかった。長嶺が「ああ、この人も被害者か」と思ったのは言うまでも無い。

 

「それで視察と言っていたが、私はどうすれば良い?」

 

「簡単に質問に答えて貰うので、余りやって貰う事はないですね」

 

「そうか」

 

10分程、アンケートに答えて貰い権蔵との仕事は終わった。因みにアンケートの内容は、資源が足りてるかとか、現在の支援状況で大丈夫かと言った簡単な物である。

答えて終わって、また少し雑談していると頭にタオルを巻いた焼き鳥屋かラーメン屋の店主みたいな男が執務室にノックもなく入ってきた。

 

「権蔵爺はん、今度ん祭ん件なんやが」

 

「今度ん祭ん件、おへんよ!何やってんやこないな所で!?」

 

「アンタが余りにトロいから、こうしいやおこしやすやったんや!」

 

京都弁全開で会話する山本と、謎の親父に長嶺も「???」と困惑している。

 

「そんで、そこん青年はどなたはんや?アンタはんの、おとと子か何やか?」

 

「おとと子ではおまへん。うちん上司、連合艦隊司令長官そん人や」

 

どうやら長嶺を山本の弟子と勘違いしていた様で、「上司の連合艦隊司令長官」って聞くと驚いていた。

 

「こないな若いんに、お国ん為に頑張ってんんか。本当に御苦労な事で」

 

「私は別に何もしておりませんよ。苦労を掛けるのは私ではなく、私の部下たる艦娘達、そして日々の業務に理解と協力をしてくださる国民の皆様です」

 

「よお出来やはった長官さんや」

 

思ってたよりも、超有能そうな答えに謎の親父も驚く。山本が次に何か言おうと瞬間、鎮守府中にサイレンが鳴り響いた。深海棲艦襲来のサイレンである。

 

「長官、指揮権を譲ろうか?」

 

「いや。ここ舞鶴は私の海ではなく、貴方の海だ。大和と長門も一時的に、そちらの指揮下に預けます。かつて「海上自衛隊の二代将軍」とまで言わしめた男の手腕、疑いようもありません。日本海反抗作戦、太平洋反抗作戦そのままに、存分に暴れられたい」

 

「あいわかった」

 

山本の戦闘時には武士語を話す癖が発動し、完全に歴戦の侍みたいな口調になる。

 

「指令室に向かう。長官も来て頂きたい。親父はこのまま地下壕にて、放火収まるまで待機召されよ」

 

「権蔵爺はん、京都を守ってくれ」

 

「承知!」

 

衛兵を呼び出し、謎の親父を地下壕に連れて行って貰う。その間に二人は途中で護衛の隊員と合流し、地下指令室へと向かった。

 

 

 

地下指令室

「状況は?」

 

「はい。先程、近海に深海棲艦二個艦隊が出現しました。それぞれA艦隊、B艦隊と呼称しています。A艦隊はル級4、ヲ級2、リ級7、イ級14の機動艦隊で、B艦隊は雷巡チ級8、ロ級40の水雷戦隊です」

 

オペレーターの報告に、長嶺の顔が強張る。こんな大艦隊、基地を攻撃しなければ見ない物だからである。普通に考えて、色々と可笑しい。

 

「で、あるか。フッ、最高の状況ではないか。戦の醍醐味とは、劣勢を優勢にひっくり返す事。此度もそれに倣いて、勝利を収めてやろうぞ」

 

「山本提督、熱くなるのは良いですけど、無理攻めはやめてくださいよ?もしもの時は、切り札使って殲滅しますから」

 

「心配召されるな。端から、その考えは御座らん」

 

(いや多分これ、足元掬われるぞ)

 

長嶺は昔、東川の言っていた事を思い出していた。曰く「権蔵は基本的に冷静沈着なんだが、侍語話し始めたらヤバい。戦略に大胆な物を採用するが、それが当たらなかった時の尻拭いまで考え切れてない」らしい。今の状況、正にそれである。

そして何より、深海棲艦の配置が可笑しいのである。B艦隊の水雷戦隊はまだしも、どういう訳かA艦隊の空母までもが前線に出てきている。空母は本来、後方からアウトレンジ攻撃に徹するのがセオリー。艦の特性上、余り前に出る事はない。しかし今回はどういう訳か、襲撃だと言うのに前に出過ぎな程に出張ってきている。

 

「(ドミニク、ガーラン。多分、敵には何か狙いがある。いつ戦闘が起きても良い様に、警戒だけはしておいてくれ)」

 

「「((ハッ!))」」

 

(犬神、聞いてたな?偵察に出てくれ)

 

(はーい)

 

長嶺も打てる手を出来るだけ打ち、不足の事態に備え始める。この事は大和と長門にも伝え、二人にも警戒を強めて貰う様に頼む。

 

「敵艦隊、射程に入りました!」

 

「射てまえ!!」

 

開幕攻撃は大和と長門による砲撃から始まった。前衛に出ていた駆逐艦の3分の1が吹き飛び、間髪入れずに水雷戦隊が突入。前線を直ぐに瓦解させた。

 

「前線が崩れました!!」

 

「このまま押しきれ!!!!」

 

優勢になったのも束の間。敵は皮肉にも、ゲームの盤上をひっくり返す方法に出てきた。

 

(主様、ちょっと来ちゃいけない物が来ちゃったよ)

 

(いやーな予感しかしない)

 

(バーサーカー、来ちゃった)

 

この報告が来た直後、地下指令室にサイレンが鳴り響く。

 

「何事か!?」

 

「こ、これは!?鎮守府内に侵入者です!!現在、監視カメラの映像にて特定中です!」

 

程なくして、メインの巨大な画面に監視カメラの映像が映し出された。そこに写っていたのは、腕を6本生やした人間かどうかも怪しい、巨大な人型生物であった。

 

「何だアレは.......」

 

「差し詰め、バーサーカーロードって所か。山本提督、アレは俺の獲物です。任せて頂きたい」

 

「霞桜総隊長のお手並み、見させて頂く」

 

「ドミニク、ガーラン!行くぞ!!」

 

「「ハッ!!」」

 

三人は指令室を出て、バーサーカーロードのいる場所へと向かう。顔にこそ出してなかったが、長嶺の脳内はフル回転で考えを巡らせていた。

 

(しかし何故、こうも出来すぎたことが起こった?洋上の深海棲艦が艦娘を惹きつけ、ガラ空きの本陣を叩く。どう見たって偶然に出来る芸当じゃない。考えたくは無いが、深海棲艦とバーサーカーを運用しているのが同じ組織、あるいは深海棲艦がバーサーカーを動かしているのか?)

 

本来、バーサーカーと言うのは人民解放軍が開発した人間を生物兵器化するウイルスの劣化コピーであり、余程の資金力や科学力のある組織、それも国家機関と同等の力が必要である。それを深海棲艦が持っているとは考え難く、余計に頭がこんがらがってくる。

そうこうしている間に、バーサーカーロードのいる場所に到着する。しかし、結構な地獄と化していた。

 

ドガガガガガガガ!!!!

 

「なんて威力なんだ!?」

「おい、逃げ」

「来るな!!来るな!!」

 

6本の腕には、下から順に盾、剣、重機関銃と遠近両用の武装に、守りも硬いという中々にチートな装備をしていた。しかもこれに加えて、バーサーカー自体が重火器でしか倒せないという装甲がデフォルトなので、余計に厄介な存在になっている。

 

「野郎共、牽制しろ!!」

 

「ファイア!!」

 

「弾丸の押し売りじゃ!!」

 

ズドドドト!!ズドドドト!!ズドドドト!!

 

勿論、たかが5.56mmや7.62mmの豆鉄砲でどうにか出来る訳ない。しかし被弾させる場所を、例えば関節や目の周り等の装甲が薄い(と思われる)場所に絞れば、効果は無くとも惹きつける事くらいはできる。

 

ギャオオオオオ!!!!!

 

「ハハ、ドミニク。アイツ、お前にラブコールしてるぜ?」

 

「抜かせガーラン。精々、テメェのケツを掘られない様に気をつけろよな!!」

 

軽口を叩きながらも、正確に当て続ける二人。流石のバーサーカーロードもキレたのか、二人の方に向かってくる。しかし

 

「氷板の術!!」

 

犬神の妖術で、足元に氷を貼って滑らせる。更に八咫烏の「突風の術」でその場で、背中を軸に回転させる。

 

「ありゃ目が回るな」

 

やがての術の効果も切れて、煽られた事に気付いたバーサーカーロードがまた雄叫びを上げる。その瞬間に長嶺が「たらふく食いやがれ!!」と言いながら、薫風RLのロケット弾を撃ち込む。

 

ギャオオオオオ!!!!!

 

完全にブチ切れだのだろう。今まで一番デカい雄叫びを上げながら、突っ込んでくる。

 

「奴さん完全に怒ったぞ!!ドミニク、ガーラン。上手いこと避けながら誘導するぞ!!」

 

攻撃を避けつつも、適度に攻撃を当てつつ海の方まで誘い込む。そして海の前まで来ると、無線で合図を出す。

 

「海水浴の時間だ。楽しみやがれ!!」

 

次の瞬間、バーサーカーロードの後ろにミサイルと機関砲が連続して命中し、そのまま海の方に崩れ落ちる。

 

「チェックメイトだ」

 

そして長嶺が手に持っていたスイッチを押すと、水面が盛り上がり爆音が鳴り響く。

 

「爆圧と水圧でペチャンコになったな」

 

長嶺はバーサーカーロードと戦う前に、黒山猫のパイロットに頼んで、今いる場所の水中に爆弾を仕掛けてもらっていたのである。後はここまで誘導して、後ろから黒山猫の重火器で海に突き飛ばして起爆すれば、簡単に倒せてしまうと言う作戦を立てていたのである。

 

『長官、こちらは片付いた。そちらは?』

 

「化け物は海に還しました。我々は時間も推しているので、このまま次の基地に飛びます。それでは」

 

山本からの無線にそう答えると、無線を切ってヘリに乗り込む。大和達も回収し、また別の基地の視察へと向かった。そして視察を終えた一週間後、またもや東川からの指示が来ていたのだが、それは次回のお話。

 



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第二十七話超絶鈍感朴念仁男

長嶺達が視察を終えて江ノ島に帰還した一週間後、新たな命令を携えて東川が江ノ島を訪れた。

 

「やあやあ、長嶺。視察はどうだった?」

 

「深海棲艦に襲われるわ、バーサーカーの強化個体は出てくるわ、河本派閥からは凄い目で見られるわで、視察という名の地獄を味わいましたよ」

 

「そうかそうか。で、だ。取り敢えずお前に、二つの命令を持って来た」

 

なんかいつになく真剣な顔になったので、長嶺も身構える。

 

「聞かせてもらいましょう」

 

「一つはソロモン方面への大規模反攻作戦が決定した。ミッドウェー同様、お前達江ノ島艦隊にその攻略を任せたい」

 

「ソロモンを解放し、そのままインド洋、南太平洋、オセアニア方面への橋頭堡とするって所、ですか?」

 

 

「ああ。で、もう一つ何だが」

 

そこまで言い終えると、東川は横に置いてある持参した皮の鞄から薄い本というか、幼稚園や保育園の卒業証書みたいな薄さの物を取り出して開いてみせた。

 

「え?」

 

「雷蔵、お前そろそろ身を固めろ」

 

「ゑ?」

 

余りに突拍子すぎる発言に、長嶺の理解は追いついていなかった。今現在、長嶺の脳内は「身を固めろ」がグルグル回っている。

舞台は変わって、今二人のいる執務室の前の扉。そこにはメイド長であるベルファストが、中の様子に聞き耳を立てていた。紅茶を用意しに入ろうとしたら、ちょうど中から話が聞こえてしまい、様子を伺う事にしたのだ。

 

「大臣、何故にいきなり「身を固めろ」とか言い出しやがりました?」

 

「だってお前、戦争関連に関しちゃ世界最強レベル、他の才能も世界トップクラスだってのに、こと恋愛に関して言えばレベル1もいい所じゃん。だがらそろそろ身を固めさせて、新しい艦娘達との接し方を模索して欲しいんだ。あ、後な孫の顔を早く見たいってのもある」

 

(ご主人様、どうか断ってください.......)

 

「悪いが、俺は身を固める気はありません」

 

(よし!!)

 

ベルファストは心の中でガッツポーズをしていた。因みにベルファストも、指揮官LOVE勢の一人であり他の女に取られたくはないのである。

 

「理由を聞こうか」

 

「一つ、今が戦時下である事。二つ、仕事多くてデートやら仮に結婚したとしても家に帰れない。三つ、俺の呪われた血を子や孫に残したくない」

 

「まあ予想通りの答えだ。特に最後のは。だがせめて、写真くらいは見ろ。それに「身を固めろ」と言ったが、今はまだ見合いの段階だ。結婚するしないは、別に今すぐじゃなくていい」

 

「わかりました」

 

そう言ってさっきのお見合い写真を見る。そこには黒髪ロングの清楚なスタイル抜群な女性が載っており、名前も記載されていた。名前は「大道寺春香」というらしい。

 

「大臣、前言撤回します。やっぱりこの縁談、受けさせて貰います」

 

「本当か!?」

 

「えぇ。いつお見合いで?」

 

「多分、明後日だ」

 

「わかりました」

 

この言葉を聞いた瞬間、ベルファストは自分の職務も忘れてロイヤル寮に走った。ちょうどティータイムの時間であり、艦娘の金剛四姉妹もいた事から鎮守府全体に爆発的な速さでこの情報が駆け巡った。

艦娘勢は金剛、榛名、大和が。KAN-SEN勢はヤベー奴である愛宕、赤城、大鳳、隼鷹を筆頭に、オイゲンやらイラストリアス等の指揮官LOVE勢が執務室に突撃をかまそうとしたが、丁度グリムが執務室から出て来たのでグリムを取り囲んで質問攻めにする。

 

「Hey、グリム!!テートクがお見合いをすると言うのは本当ですカ!?!?」

「お見合いってどういうことですか!?!?」

「榛名は大丈夫じゃありません」

「ねぇ、グリムさん?本当の事言ってくれないと、お姉さん達、お仕置きしないといけなくなるわ」

「グリム様、本当の事を言ってくださいますよね?」

「グリム様ぁ、早く言ってくださいまし」

「ねぇ、グリム?本当の事を言ってちょうだい?」

「グリム様、お願いですからお見合いをお止めください」

 

普通の人間なら圧で負けそうだが、あの長嶺が副長に置くだけの事はあり全く動じていない。ある程度落ち着いくのを待ってから、グリムは口を開いた。

 

「貴女方が総隊長殿に想いを寄せているのは分かりますが、今回の一件はどうか邪魔しないであげてください。もし貴女方が真に総隊長殿、いや。長嶺雷蔵を想っているのであれば、このお見合いは成功させなければなりません。お見合いは上手くいけば、貴女方にとってもプラスになりますしね」

 

そうグリムから言われると、全員が完全にフリーズした。確かにグリムの言う事には筋が通るが、それでも自分の気持ちは変わらない。中には泣き出す者もおり、自然に解散の雰囲気となった。

しかしまだ一部の人間は諦めていなかった。艦娘は金剛、KAN-SENは赤城、大鳳、オイゲンの4人である。じゃあどうしたかと言うと、まずは情報集めとなった。金剛は霞桜の隊員であり、独自の情報網を持つカルファンとベアキブルに話を聞きに。オイゲン、赤城、大鳳はパソコンと睨めっこして、ネットからの情報収集の役割分担となった。でもって情報を集めた成果を、取り敢えず書いておこう。

 

・本名は大道寺春香。年齢は17歳

・顔も整っており、スタイルも高校生とは思えない程に良い。グラドルと同程度。

・親の意向で普通の高校にこそ通っているが、地頭は東大を余裕で受かる程度には良い。

・弓道の全国大会優勝記録があり、スポーツセンスも高い。

・親が世界的にも有名な大道寺コンツェルンの会長。

etc

 

とまあ普通に考えてフィクションの完璧少女が、そのまんま現実世界に飛び出して来た様な存在と言える。思ってたよりも強敵だった事に、読み進んで行く内に全員の顔から笑顔が引いていった。

 

「Hey、everyone。これ、どうするネー」

 

「ヤバイですわね.......」

 

「人間にしては高スペックですわ.......」

 

「容姿じゃ負けないけど、これは流石に想定外ね」

 

オイゲンの言う通り、容姿じゃ負けない。何せ艦娘もKAN-SENも容姿は絶世の美女であり、幼女から大人のお姉さんまで幅広く、スタイルだって一部はマジで現実離れしてる程に良い。今いる4人だって、街に出れば5分もしない内に男から声を掛けられるだろう。

だがしかし艦娘は扱い上は艦船扱いの物であるし、KAN-SENに至っては今はまだ存在が隠されている。仮に存在が正式に認められたとしても、その扱いは艦娘と同じだろう。となると戸籍の問題やら何やらが出てきて、この辺りになってくるとお見合い相手の春香に軍配が上がる。つまり「誘惑するだけなら確実に勝てるが、結婚云々の話になると土俵にすら上がれない」という訳である。

 

(こうなったら、夜這いして既成事実を作ってやるわ!!)

 

他の3人が打開策を考えている間、オイゲンはある意味で正攻法の打開策を考え出した。結局、他の3人は打開策が作れず解散となったがオイゲンは部屋から、態々パーティードレスの「ヴァイン・コーンブルメ」を引っ張り出して、お見合いの前日に長嶺の自室でセッピーーーーをして子供を作る事を決めた。では時間を進めて

 

 

 

翌日 深夜 長嶺自室

(フフフ、この姿で悩殺してやるわ)

 

そんな訳でエロエロな衣装で部屋に忍び込んだ。すぐにベッドに潜り込み、長嶺が帰ってくるのを待つ。しかし約2時間経っても、人の気配すら無い。もう流石に部屋に戻ろうかと考えていた矢先、長嶺が部屋に戻ってきた。

 

(来たわね指揮官。後はベッドに入るのを待つだけよ.......。入って来たら、そのまま胸を揉ませて、そのまま、ね)

 

(すまんなオイゲン。お前がそこにいるのはバレてるんだ。嫌な予感しかしないから、俺は触れないぞ)

 

どう言う訳か、オイゲンがベッドに居るのは長嶺には筒抜けであった。何故かって?犬神が嗅覚で、オイゲンの存在を見つけたからである。念の為言っておくが、何もオイゲンが臭い訳ではない。

 

「犬神、八咫烏。明日は失敗は許されない。もう休んでおけ」

 

「はーい」

 

「主はどうなさるのだ?」

 

「俺はまだやる事が残ってる。まあ一日寝なくても問題ねーよ」

 

そう言って長嶺は奥の執務室(いつも使う場所ではなく、部屋に置いてある予備みたいな物)に入る。

 

「もう出て来ても良いよ。オイゲンお姉ちゃん」

 

(!?!?)

 

「まさかお主、バレてないとでも思っておったか?」

 

2匹の予想外な言葉に、思わず動いてしまい布団も少し膨らむ。もう無理だと悟り、観念して布団を剥がして出てくる。

 

「はぁ。で、私をどうするつもり?」

 

「別に何もしないよ?だってオイゲンお姉ちゃんが悪い事をしにここに居るわけでもないし、別に何か壊された訳でもないもん」

 

「左様。大方、お見合いの件で夜這いでもするつもりだったのであろう?」

 

八咫烏の鋭い指摘に、オイゲンの顔が紅くなる。やはり自分で計画しといてアレだが、恥ずかしい物は恥ずかしいのである。

 

「.......そうよ/////」

 

「でも相手が悪いよ。何せ主様は、ねえ?」

 

「うむ。超絶鈍感朴念仁男、であるからな。戦闘に関しては前線での戦闘も、後方での指揮も、暗殺や工作等を取っても天下一品のセンスだが、こと恋愛に関しては疎いどころか脳内に恋愛に関する思考すら存在せぬ勢いだ」

 

相棒である2匹からも、ほぼ諦められてる事にオイゲンは頭が痛くなって来ていた。

 

「ねぇ、明日のお見合いって止められないかしら?」

 

「無理であろうな。今回のお見合いは、唯のお見合いではないからな」

 

「余程の奇跡でも起こらないと無理だよね」

 

「そう.......」

 

微かな希望をも打ち砕かれた事に、詰んだことを悟った。もう用はないので、帰ろうとすると八咫烏がそれを止めた。

 

「待たれよ。お主、本当にこれで良いのか?折角、好きな殿方である我が主の部屋まで来たのだ。この際、主の匂いに包まれて眠りにつく位してもバチは当たらぬ。というか、この我が許すから当たる事は絶対にあり得ぬ」

 

「そうそう。あのねオイゲンお姉ちゃん、八咫烏は本物の神様でね、この国を収めてる天皇っているでしょ?大昔に初代天皇となる彦火火出見(ひこほほでみ)の旅を導いた凄い神様なんだよ?その神様がOKって言ってるんだからさ、寝ちゃえば?」

 

もう神様らしからぬ事を言っているが、これは2匹の考えついた一番の配慮というか励ましというか、一応オイゲンを思っての行動である。神様による悪魔の囁きで、オイゲンはそのままベッドに入る。さっきは緊張で感じていなかったが、ベッドに入った瞬間に長嶺の暖かい包み込むような優しい匂いに包まる。そしてものの3分で眠りについた。

 

「水水〜。って、オイゲン寝てるし」

 

「我が主、もうこの際、襲えば良かろう?正直に言って、明日のお見合い相手より美女だろう」

 

「お前、俺がお見合い受けた真の目的を知ってんだろ?というか、俺が子供を作りたくない事も知ってるくせに」

 

八咫烏の問いに、長嶺が突っ込む。実を言うと長嶺がお見合いを受けたのは、何も春香が好みだった訳ではない。春香の実家である大道寺家に用があり、春香はその踏み台にする為に明日、お見合いという形で接触するのである。

 

「主様、子供を作りたくない理由って、やっぱり主様の能力のせい?」

 

「あぁ。あの能力は、確かに強力だ。一国を容易く滅ぼせてしまう程に。だが、あの力を制御するのは本来、とても難しい。例え俺の子供だとしても、力を抑えきれなければ暴走し、やがて力に自らも喰われる。俺は子供にそんな思いをして欲しくない」

 

「なら避妊具をつければ良かろう?」

 

「避妊具つけて相手に薬を飲ませても、100%ではない。万に一つでも可能性があるなら、やはり無しだ」

 

長嶺の言う能力とはブラック鎮守府立て直しに出て来た「焔龍」、碧き航路開拓録に出てきた「焔道」を始めとする技の事である。詳しくはもっと後に解説するが、かつて長嶺はこの力を使って三つの国を滅ぼした事がある。今はその殆どを封印しているが、力を完全に解放し別の場所に封印してある、特殊な装備を身に付ける事で神をも凌駕する力を持つ。

しかしまあ、そんなトンデモ能力がタダで使える筈もない。能力に認められなければ、能力を使い続けるとやがて暴走し自身が死ぬ事になる。しかも例え能力に認められても、100%の能力を使えるかは能力の気まぐれであり、国を破壊する程の能力を発揮できる者もいれば、人すらも殺せない能力しか使えない者も過去には居たとされる。

 

「まあ今は、明日の事を考えよう。相手はあの大道寺だ。恐らく、スピード勝負になる」

 

「まあ僕達は、お見合い中に仕事はないけどね」

 

「だが、本番ではお前達の力が確実に必要となる。頼むぞ」

 

「はーい」

「心得た」

 

2匹は自分達の寝床で眠り、長嶺はソファの上で眠った。そして翌朝、長嶺はいつも行うトレーニングをせずに、朝食を取ってシャワーを浴び、用意してあった紋付き袴に着替える。丁度そのタイミングで、オイゲンが目を覚ました。

 

「あ、起きた」

 

「しき、かん?」

 

「おはよう。お前、早いとこ帰った方が良いぜ?さもないと、変な所から変な怨みを買う羽目になるぞ」

 

そう言うと神谷は部屋の外に出て、鎮守府の車寄せで待っていたLS500hに乗り込む。車は会場となっている高級料亭を目指して進み出し、車の出発した一時間後に、今度は様々な一般車に一般人の格好をした霞桜の隊員達が乗り込んで後を追った。

 

 

 

数時間後 東京 高級料亭

「婆や、一体どんな殿方なのでしょうね」

 

「そうですねぇ、テレビや雑誌で見る限りでは男前な面構えをしておりますし、立ち振る舞いも気品がありながらも堂々としておられました。きっと正義感溢れる、武人のような方でしょう」

 

「そうだといいわ」

 

一足先に入室していた春香とその付き人である婆やは、今から会う長嶺の性格を予想していた。その数分後、女将さんが着いたことを報告に来てくれて、いよいよお見合い開始となった。

 

「東川様、本日はこの様な場を設けて頂き誠にありがとうございます。大道寺家当主、秀明に代わりまして厚く御礼申し上げます」

 

「いえいえ、天下の大道寺家の御息女との席を持って頂き、此方こそ御礼申し上げます」

 

婆やと途中で合流した東川が挨拶を交わした。一通り挨拶や互いの紹介を終えると、二人は安定の「後はお若い者同士で」と言い残し退室した。

しばしの静寂が部屋を支配する。流石の長嶺も、お見合いで何を話しゃいいのか分からんのである。

 

「あの、雷蔵様。ご趣味はありますか?」

 

「あ?あぁ、趣味と言った趣味は特に。ここ最近は深海棲艦の方も落ち着いて来てはいますが、いつまた襲いかかって来るかもわかりませんし、その正体も全然把握できていません。正直、趣味だ何だと遊んでいる暇はありませんので」

 

「そ、そうですか」

 

流石、超絶鈍感朴念仁男の長嶺。話を振られても、その話を片っ端からへし折る。因みにこれ以外だと

 

「好きな料理は」

「兵士は食える時に食えるものを、文句言わず食えるだけ食べる。ですので、好みはありません」

 

「好きな音楽は」

「軍歌と国家しかわかりません」

 

「好きな動物は」

「軍用犬、ですかね」

 

「好きな芸能人は」

「テレビを見る暇がありませんので、よくわかりません」

 

「好きな本は」

「兵法書、各国の軍事関連の書物ですね」

 

こんな受け答えで、話を振っても全て無にする。ある意味、コミュ症よりもヒドイ。痺れを切らした春香は庭園を散歩する事を提案し、場を変えて話の種を得る作戦に切り替えた。

 

 

「花が綺麗ですわ」

 

「錦鯉か。綺麗だ」

 

二人して別々の物を見るし、なんなら長嶺は目線すら合わせようとしない。一言言ってやろうとした瞬間、ナイフを持った男が走って来た。

 

「はぁ、はぁ。そこどけぇ!!!」

 

「チッ。春香さん、下がって」

 

「え?あ、はい!!」

 

こっちに向かって突撃してくる男。しかし目の前にいるのは、最強の男である。ナイフを向けて刺そうとしてくるが、そのままナイフを払い、腕を掴んで一本背負いで投げ飛ばす。

 

「フンッ!!」

 

「あがぁ!?!?!?!?」

 

「ったく、こんなチンケなナイフで俺を倒せるかよ」

 

投げ飛ばした男は白目を剥いて、泡を拭きながらピクピクしてる。追い掛けていたのか、男の従業員が3人息を切らせながらこっちに来た。

 

「お客様、お怪我は?」

 

「大丈夫だ。それより、このアホを片付けてくれ」

 

「はい」

 

従業員達は男を連行していき、また2人が残された。春香はさっきの姿を見て、完全に長嶺に惚れた。目をハートマークにしながら、長嶺に抱き着く。

 

「うおっ!?」

 

「雷蔵様、私と結婚してくださいまし!!」

 

「は?いやいや、ちょっと待て!!過程をすっ飛ばしすぎだろ!?!?」

 

「そんなの関係ありませんわ。子供は何人にします?12人?24人?36人?」

 

「ダース単位で子供の数を増やすな!!」

 

「初夜は服を着たままします?それとも脱がせますか?服装は?和服?ドレス?スケスケな破廉恥な下着ですか?」

 

「待て待て待て待て!!!!色々飛んでる!!飛んでるから!!!!!!」

 

暴走機関車状態の春香に、負けじと長嶺もツッコミを入れる。しかしこの後、長嶺の逆鱗に触れる事を言った事で一気に形成が長嶺よりになる。

 

「あ、そうだ。結婚したら、ダッチワイフとの縁は切ってくださいね」

 

「だ、ダッチワイフ?」

 

「艦娘、でしたかしら?あんな野蛮な兵器に、雷蔵様の妻は務まりませんもの」

 

この一言で、完全に長嶺はキレた。春香を引っ剥がし、足早に部屋へと戻り始めた。

 

「もう、何するんですの!?」

 

「帰る」

 

「何故ですの!?こんな美女、そうそう居ませんわよ?」

 

「テメェ、俺の家族同然の仲間達になんて言った?ダッチワイフだと?アイツらは確かに書類上や法的には兵器、物さ。だがな、俺の様な現場の、最前線の指揮官ってのはな!!アイツらを物ではなく一人の人間として扱うし、そんな性奴隷や欲望をぶつけるサンドバッグには絶対にしない!!!!苦楽を共にする仲間であり、常に支え支えられの家族同然の奴らだ!!!!それにテメェは、自分を美女だと言ったな?テメェは見てくれは美女だが、中身はそこらの犬のクソ以下の腐った醜い生物以下の存在だ!!!!!!おまけに、艦娘達の方がテメェより見た目も中身も絶世美女だっつーの!!!!!!!!」

 

怒涛の勢いで言いたいこと全部言うと、長嶺は春香をその場に捨てて帰った。

 

 

「で、相手放置で帰ってきたと」

 

「あぁ」

 

「見た目いいのに、中身がクズっすねぇ」

 

本日の運転手兼護衛できていたベアキブルも、長嶺と同じように思った。

 

「だかまあ、お見合いの合否は関係ない。部隊を動かし、尾行させろ」

 

「アイアイサー」

 

料亭周辺に配置してある一般人に偽装した霞桜の隊員達が、春香達の乗る車の跡をつけ出す。長嶺は一度鎮守府に帰還し、尾行している部下達の情報を待つ。

 

 

「総長、情報来た。大道寺の家は赤坂にある豪邸で、これが監視カメラの映像」

 

地下にある霞桜本部の司令室のモニターに、監視カメラの映像が映し出される。

 

「今日の夜、作戦を決行するわ。俺が潜入するから、グリムもレリックは支援よろしく」

 

「了解しました」

「わかった」

 

さてそれでは、そろそろ今回のお見合いの真の目的を説明しよう。春香の父が大道寺コンツェルンの会長なのは、先程書いた通りである。大道寺コンツェルンは主に工業関係の会社であり、大道寺コンツェルンの前身から大道寺グループの親会社だった大道寺重工での兵器密造が最近発覚した。闇に葬るべく大道寺コンツェルンの会長である秀明の暗殺を試みたが、秀明が住む場所は分からず、唯一分かるのは娘の春香と同じ家であることだけであった。

色々探りを入れてる内に、向こうからお見合いの話が来て「この際、お見合い後に後をつけたら一発で家分かるくね?」となり、今回のお見合いを受けたのである。

 

 

 

深夜 赤坂 大道寺邸

「監視は庭に15、外に3。門は監視室の部屋からの操作でしか開かず、屋敷と外をつなぐドアは開けるとブザーが鳴るのか。塀には有刺鉄線まであるし、完全に要塞だな」

 

しかも庭には番犬も3匹程度いるし、警備している人間のスーツの膨らみから銃を隠し持ってる事もわかった。余裕で正面突破もできなくはないが流石に目立ち過ぎるなので、今回はメタルギアみたくステルスする事になった。

 

「レリック、中に入ったら監視カメラの映像で誘導してくれ」

 

『わかった』

 

周りを確認していると、塀のそれも監視カメラの死角にもなっている所の有刺鉄線が断ち切れてるのがわかった。取り敢えず、そこから庭に入る。

 

(お邪魔しまーす)

 

庭に降り立つと、そのまま建物のある方に走る。まずは監視室を占拠するべく、監視室を目指す。中には二人の警備が居たが、後ろから手刀で気絶させて無力化する。

 

「グリム、ハック用のUSBは何処でもいいんだよな?」

 

『はい。場所は選びませんので、バレにくいところに刺してくださいね』

 

「それじゃ、この辺に」

 

カチッ

 

手近のPCにUSBを差し込み、監視システムのコンピューターを本部から遠隔でハッキングする。

 

『全プロテクト解除。システムの全権を奪取しました』

 

「物の40秒か。流石、伝説のハッカーだな」

 

『恐れ入ります。デバイスにマスターキーの機能をするアプリをインストールしましたので、これで何処の扉でも開く筈です』

 

「相変わらず仕事できるねぇ」

 

そう言いながら、長嶺は勝手口に向かって走る。途中、監視を回避しながらレリックの誘導に従って、一番上の秀明の自室へと忍び込む。

 

「さーて、コイツを仕込まねぇとな」

 

そう言って懐から、小瓶を取り出す。中身は長嶺の自作した、暗殺に使える毒としては最高傑作の毒薬である。FOXDIEを元ネタに作り上げたもので、体内のマクロファージを利用してTNFεというサイトカインの一種であるペプチドを生成する。これが血流により心臓に達すると、心筋細胞のTNFレセプターに結合、この刺激により心筋細胞は急激なアポトーシス(細胞自殺)を起こす。その結果、対象は心臓発作を引き起こして最後は死に至る。これにより毒を盛っても毒物とは判別が付かずに、対象を確実に暗殺できる薬物である。

 

(お、この水の瓶。使えるな)

 

そう思いながら手に取ったのは、机に置かれた水の入った瓶にグラスの被せられた物であった。この中にさっきの毒を仕込み、後は念の為、飲んで死に至るのを確認するべく壁際に隠れる。

 

「あぁー!いい湯じゃったわい」

 

そう言いながら禿げたデブ親父が、バスローブ姿で入ってきた。カメラの映像で確認してもらった所、大道寺秀明で間違いなかった。

 

「さーて、水じゃ水」

 

そう言いながら毒入りの水を飲み干す。次の瞬間、急に胸を押さえて苦しみ出し、そのまま倒れた。

 

「対象の死亡を確認。撤収する」

 

そう報告すると、今度は屋根に上がって同じ侵入ポイントから脱出する。そのまま車に乗り込み、鎮守府へと帰還した。鎮守府に帰還し、執務室の前を通ると大和が一人月を見ていた。

 

「大和、何やってんだ」

 

「提督.......」

 

「どした、何か悩みか?」

 

「提督、あなたはずっと家族でいてくれますか?」

 

いきなりの重く意味深な質問に、長嶺焦る。

 

「いや、いきなりどうしたよ」

 

「答えてください!」

 

「そんなの、YESに決まってんだろ」

 

「なら何故、お見合いを受けたのですか!?」

 

「え?そりゃお前、暗殺の手掛かりが向こうからノコノコ来たらOKするだろ普通」

 

「え?」

「え?」

 

なんか謎の空気が流れ出す。取り敢えず、一通り全て説明すると「よかった」と小声で呟き、適当な言い訳を言って部屋に戻っていた。翌日このことは艦娘全員が知る事になり、長嶺が消えるという事態が回避され全員が安堵した。

勿論この事を、長嶺は知るわけが無かった。

 

 

 

 



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第二十八話ソロモン攻略作戦準備

お見合いの翌々日 08:00 長嶺自室

「ってぇーと、USBUSBっと。お、発見発見」

 

今長嶺は、昨日グリムにもらった報告書のデータを取りに来ていた。自室のPCに刺さったままだったので、それを回収して執務室に戻ろうとする。しかし何かリビングのソファの上が気になり、少し覗いてみる。

 

(まあ何もある訳)

 

ピョコピョコ

 

「は?尻尾?」

 

何かソファの上に、謎の尻尾が生えている。色的に多分KAN-SENの赤城かと思うが、何か色が薄い気がする。生え変わりの時期があるのかは知らないが、それ以前にどうやって忍び込んだかが謎である。しかし赤城くらいしか黒い尻尾の生えたヤツに覚えがないので、赤城と断定して声をかける。

 

「赤城、お前ここで何やって」

 

しかしこの判断は間違っていた。確かに赤城に瓜二つと言って良いほど似ているが、その顔は間違えようもない。数ヶ月前、当時レッドアクシズのトップであった赤城が行ったオロチ計画にて行われた、亡くなった天城を復活させた姿そのものである。

 

「殺した筈だが、生きていたのか?」

 

そう言いながらグリムに連絡し、一帯と海上と出入り口の完全封鎖、大隊長クラスとKAN-SENの赤城と加賀の招集を命令した。

 

「んぅ?ここは.......」

 

(ッ!?起きた)

 

「あの、もし?そこのお方」

 

「動くな!!!!」

 

土蜘蛛HGの代わりに携帯していたデザートイーグルを構えて、オロチに銃口を向ける。

 

「私は怪しい者では有りません。どうか武器をしまって頂けませんか?」

 

「悪いな、殺した筈の相手がここに居るんだ。はいそうですかで武器を下げると思うか?オロチ」

 

「大蛇?私は大蛇ではなく重桜の巡洋戦艦、天城ですわ。尤も、もう解体された筈でしたが.......」

 

まるで本物の天城の様に語るオロチ。だかしかし、オロチの策である可能性は十分有り得る。

 

「所でここは一体何処でしょう?重桜、なのですか?」

 

「正解であり不正解だ」

 

「総隊長殿!!」

 

「来たなお前達。取り敢えず臨戦態勢のまま、オロチの周りを取り囲め。一瞬でも妙な動きをしたら、躊躇無しで撃っていい」

 

「聞きましたね?皆さん、配置に!!」

 

赤城と加賀を呼びに行っているベアキブルを除いた全員が配置に付き、天城をグルリと取り囲む。背後にはマニュピレータにチェーンソーやら何やらを装備したレリックが周り、左にはマーリンが散弾を装填したバーゲストを構え、右には米神に竜宮ARを構え、長嶺の背後にはハウンドの銃身を回転させながらバルクが構え、全体を囲む様にカルファンの鋼糸が取り囲んでいる。

 

「親父!赤城お嬢と加賀お嬢をお連れしました!!」

 

「どうしたのだ指揮官、そんなに血相を変えて」

 

「何やら只事では無さそうですが、一体どうされたのです?」

 

「ちょっと二人とも、こっち来てくれ。で、コイツが本物か判別しろ」

 

何が何やら理解していないが、取り敢えず言われた通りに長嶺の元に行く。そんでもって、自称天城のオロチと対面する。

 

「天城姉様?天城姉様なのですか!?」

 

「天城さんが生きている?まさかオロチか?いや、しかしこの感覚は.......」

 

「コイツはさっき、どう言う訳か此処で寝ていた。勿論連れ込んでも居ないし、昨日の夜や今日の朝も居なかった。簡単に話した感じ、オロチの線も捨て切れないが天城の可能性が高いが気がした。だからお前達の勘というか、天城との絆というか、なんかまあ、そういうのしか判断の仕様がない。で、どうだ?」

 

「間違いない、天城さんだ」

 

「えぇ。指揮官様、この感覚は間違えようもありませんわ。私の姉様、巡洋戦艦『天城』に間違いありません」

 

「わかった。お前達、武器を下げろ」

 

そう命令すると、すぐに武器を下ろして安全装置をかけたり武器をしまい出す。流石の天城と言えど、さっきから何が起きているのか全然理解できていない。そりゃあいきなり解体された筈の自分が、見知らぬ部屋に男と二人きりで居て、目を覚ましたら銃を構えられた上に仲間と思われる人間も出て来て銃突きつけられ、終いには妹である赤城と加賀までもが出てくる。十数分の出来事とは思えない位、濃密な出来事であった。

 

「悪かったな。数ヶ月前にお前さんに似た、というか瓜二つの敵と戦ったモンだから、てっきり殺し切れて無くて報復にでも来たのかと思ったんだ。世界一目覚めの悪い目覚め方だが、どうか許してほしい」

 

「そうでしたか、それなら仕方ありませんね。それにしてもこの部屋といい、貴方といい、貴方の仲間といい、そして赤城と加賀といい。一体ここは何処なんでしょう?」

 

「ここは日本という、異世界の重桜ですわ」

 

「そしてこの男が、この江ノ島鎮守府の指揮官です」

 

「日本?異世界の重桜?江ノ島?赤城に加賀は、いつのまにか冗談も言うようになったのね。でも、こう言う場では言ってはいけないものよ?」

 

赤城と加賀の回答に、やはり冗談だと思ってしまう天城。そりゃあいきなり目が覚めたら、異世界だの何だのと言われて「はいそうですか」となる方自体可笑しい。

 

「あー、天城?これがタチの悪い冗談なら面白いんだが、残念ながらマジなヤツなんだ。俺達の世界にはKAN-SENやセイレーンどころか、重桜もユニオンもロイヤルも鉄血もそれ以外の陣営でさえ、単語としては存在してても国としては古今東西、記録されている限りでは存在していない」

 

「本当なのですか?」

 

「あぁ。だが安心して欲しい。確かにKAN-SENもセイレーンも陣営も無い世界だが、それに準ずる存在や国家はある。ここはそんなセイレーンに準ずる敵に唯一対抗できる、KAN-SENに準ずる存在の本拠地となっている基地だ。

おっと、自己紹介がまだだったな。新・大日本帝国海軍で連合艦隊司令長官と江ノ島鎮守府の提督、それから世界最強の特殊部隊である海上機動歩兵軍団「霞桜」の総隊長、長嶺雷蔵だ。よろしく頼むよ、天城」

 

「天城型巡洋戦艦のネームシップ、天城ですわ。ゲホゲホッ、見ての通り余り気丈ではありませんが、どうぞ宜しくお願いします。早速ですが指揮官様、そのKAN-SENとセイレーンに準ずる存在やこの世界の事を、出来る限り全てお教え願いますか?」

 

「勿論だ。歓迎しよう、天城。さて、赤城に加賀。お前達の姉貴、なんだよな?」

 

「あぁ」

「そうですわ指揮官様♡」

 

「よし。ならお前達は、天城に鎮守府を案内してやれ」

 

二人に指示を出し、姉妹水入らずの時間を作り出す。今度こそ会いたがっていた紛い物ではない、本当の天城に逢えたのだ。積もる話もあるだろう。そう考えてのことであった。3人を見送り自分達も帰ろうとした時、電話が鳴った。電話の主は艦娘の方の明石であった。

 

『あ、提督!!遂にやりましたよ。KAN-SENの艤装を全て深海棲艦に対抗できる様に改修し、艦娘のも連射力をKAN-SENの皆さんと同程度の物に改修できました!!』

 

「それは上々。後は俺が改造するのみ、だな。工廠組を全員集めておけ」

 

『はい!!』

 

「さて、レリック。お前の大好きな、魔改造タイムの時間だ」

 

この言葉を聞いた瞬間、いつもは無表情のレリックの顔が一気に明るくなる。

 

「本当か総隊長!?」

 

「おうよ。さあ、技術班を招集してこい。工廠で待っているぞ」

 

「あぁ!!すぐに行くから、来るまで始まるなよ!?!?」

 

「わかってるって」

 

まさに「水を得た魚」と言うのが一番似合うであろう豹変っぷりに、他の5人も苦笑している。レリックは知っての通り霞桜の技術屋であり、隊員達の使う兵器は航空機から爆薬に至るまで、基本全てレリックが作っている。また性格は根暗と言うか、極度の人見知りで表情も余り変化がない。だがしかし、こういう新しい物を作るとか魔改造となると性格は180度変わって、饒舌かつ少年の様な顔となる。

そしてこうなると良い物を作り出すかヤベェ珍兵器を産み出すかの二択であり、振り幅が0と100の極端な物になっている。因みに部隊内の隠語として、珍兵器が生まれると「レリックが紅茶をキメた」と言われる。

 

 

 

15分後 工廠

「総隊長、まだ始めてないよな!?」

 

「勿論。装備をクレーンに吊るして、工具なんかの準備をしただけだ」

 

「取り敢えず手勢の技術班、50名全員連れてきた。まずは何から行く?」

 

「まずは駆逐艦用の砲とか、対空砲とかの改造から始めよう。艦載機や機関、大口径砲はメインディッシュに取っておこう」

 

「異議なし!始めよう!!!!」

 

そんな訳で長嶺とレリック、レリックの部下である50人の整備班。艦娘からは明石と夕張。KAN-SENからは明石とヴェスタルが来てくれた。以降、この56名は約3週間、工廠に篭って改造作業を続けた。本来なら此処でご覧頂く予定だったのだが余りに大量になり過ぎて、本文を圧迫する勢いだったので、投稿予定の「艦娘、KAN-SEN装備」にて紹介しよう。

割とガチで工廠にいた全員が天使のお迎えを受けかけていた頃、長嶺だけ別の作業をしていた。土蜘蛛HGに代わる新たな拳銃の製作である。

 

「できた.......」

 

 

阿修羅HG

土蜘蛛HGに代わる、長嶺専用拳銃。今回は材質にタングステンを使い軽いが丈夫なフレームに、25mm弾を発射する超大口径拳銃に仕上げている。銃のマガジンは大体グリップの中にあることが多いが、今回は弾丸自体がデカいのでC96モーゼルの様に、トリガーの前にマガジンが付いている。25mmという阿保みたいにデカい弾丸である為、長嶺の腕力を持ってしてもコントロールが難しい。その為、新たに開発した「縦列ダブルオートボルトアクション」と呼ばれる、特殊な機構を用いる事で反動を低く抑えている。まあそれでも、デザートイーグルやマグナムの数倍の反動があり殆どの人間が使えないが。

 

 

「ってみんな、寝てるし.......。俺も、寝よ.......」

 

そのまま工廠の床に倒れ、目を閉じた瞬間に意識が闇の中に消える。次、目が覚めたのはまるまる一日たった翌日であった。

 

 

 

魔改造を終えた翌々日 鎮守府大講堂 

『マイク音量大丈夫?チェック、ワン、ツー。提督、どうぞ』

 

「おう、ありがとさん」

 

この日、鎮守府に在籍している全戦闘員が集められた。今日は遠征も委託も休みにし全員が揃う様に調整したので、艦娘もKAN-SENも霞桜の隊員も戦闘機パイロット達も全員が集まった。

 

『さて諸君。朝からいきなりこんな風に集められて、何が何だかわかってないと思う。どうやら艦娘達は、何人かは勘づいてるっぽいけどな。

先日、東川防衛大臣よりソロモン方面への大規模反攻作戦の指示を受けた。これに際し偵察を自衛隊の方でしてくれた。しかし敵は思ったより、ソロモンの居心地が良いみたいだ。これを見て欲しい』

 

そう長嶺が言うと、本日の秘書艦である艦娘の霧島がスクリーンをだして、部屋の電気を消した。映し出されたのは、航空自衛隊の保有する偵察機タイプのF2によって撮られた映像であった。ソロモンに続く海路は全て封鎖され、旗艦がいる島に関しては完全封鎖&要塞化されていた。ちょうど旗艦の真上を通った時に、映像が途絶えた。

 

『このパイロットは旗艦の発見の報を最後に、消息を絶っている。どうやら敵は本当にソロモンをガチで守り通すつもりのようだ。しかも衛星や他の偵察機からの報告によれば、他の方角にも大艦隊がいたり、小島や岩礁の影に小艦隊も配備する程の徹底っぷりだ。

そこで今回俺の考えた作戦は四方向からに艦隊を殲滅していき、最後は俺の艦に搭載された新兵器で留めを指すつもりだ。詳しくはより正確な情報が上がってから説明するから、今は我慢して欲しい。今回の戦闘にはKAN-SENのみなも、作戦に参加してもらう。その為、本日よりKAN-SENは全員、特別訓練による特殊技能を習得して貰おうと思う。一時間後、飛行場に来る様に。何か質問は?』

 

シーーーーーーーーーーーーン

 

『ないな。では解散』

 

会議が終わった後、全員がぞろぞろと出て行く。思い思いの言葉を口にしながら、数分後には講堂には誰もいなくなった。それを確認すると長嶺は部屋を施錠し、飛行場に向かった。色々訓練の準備をしていると、KAN-SEN達もやってきて訓練の時間となった。

 

「よーし、全員揃ったな。ではこれより、輸送機からの着水訓練をして貰う」

 

「指揮官。その輸送機は動くのか?」

 

「勿論。低空飛行しながら、普通に飛び降りて貰う」

 

エンタープライズの質問にこう返すと、全員が凍り付いた。ついで罵詈雑言が浴びせられるわ、泣かれるわのカオスな事になる。

 

「うわ!ちょ、待て待て待て待て!!物を投げるな!何も飛び降りて死ね、って訳じゃねーよ!!!!しっかり補助してくれる様に艤装を改造してあるから!!飛び降りたら力抜いて艤装に身を任せればいいから!!」

 

「あ、アンタ。自分で進んでる飛行機から、一度でも飛び降りてから言いなさいよ!!難しい上に危ないでしょ!?!?」

 

「え?俺、かれこれ500回は高度2万mから空挺降下したし、マッハ2.5の戦闘機に飛び乗って、パイロットぶっ殺してから海に何の装備もなく飛び込んだりとかしたことあるけど?勿論、艦娘の力も使ってない。素の元からある力で」

 

ヒッパーの怒鳴りも、ぶっ飛んだ超人エピソードで黙らせる。この言葉を聞いた他のKAN-SENも、あまりのぶっ飛び具合に黙った。尚この後どうにか戦域殲滅VTOL輸送機「黒鮫」に押し込み、近海に飛び立った。勿論訓練する海域には霞桜の隊員達を展開させ、不足の事態に備えている。で、いざ飛ぶ段になると

 

 

「指揮官、これちょっと高くない?」

「ご主人様、高過ぎです」

「お兄ちゃん怖いよ.......」

「アンタ、私達を殺したい訳?」

 

現在高度10mである。大体マンションの3階位の高さであり、速度も800kmは出ているので怖がっていた。

 

「いやいや、こんくらい怖くないだろ?見てろ」

 

そう言うと何の前振りもなく、スッと飛び降りて着水する長嶺。全員ポカンとしていて、無反応であった。

 

「親父、みんな飛びませんね」

 

「もうこれ、奥の手使うしかないかなぁ」

 

「使います?あれ、結構荒っぽい力業ですけど」

 

「いいよもう。使っちまえ」

 

そう長嶺が言うと、ベアキブルが今KAN-SENを乗せてる黒鮫に連絡を取る。

 

 

「機長。ベアキブル大隊長より、奥の手の指示が来ました」

 

「やりたくなかったが、まあ致し方ないか」

 

そう言うと機長はいきなり飛行機を揺らして、右に機体を傾けた。でもって仕込んであった装置のスイッチを入れて、仕掛けを起動させる。

 

「バードストライク!!」

 

「チッ、このタイミングでこれかよ。おい嬢ちゃん達!!さっさと飛び降りねーと、このまま死ぬぞ!!!!ってか、もうすぐ輸送機が墜落する!!!!」

 

嘘である。今外では黒煙と炎が見えているのだが、全部バーナーとか煙幕とかそういうので出している。更に意図的に機体を揺らしたり、なんか不安になりそうな警報を鳴らしたり、隊員達の迫真の演技でKAN-SEN達の不安感を煽る。その内、半ば無理矢理押し出して無理矢理着水させる。

 

「うわぁ、KAN-SENが落ちてきてる」

 

「絶対将来使わないワードランキングで堂々のグランプリを取りそうっすね」

 

「だな」

 

海に落とされていくKAN-SEN達を見て、長嶺とベアキブルは遠い目をしながら馬鹿話をしていた。

 

「あの総代。これ、大丈夫なんですか?」

 

「どうした、クザン」

 

「いえ親父、考えてみてくださいよ。総代って一部の層から、絶大な人気というか宗教レベルで崇める勢いで好きな人もいるでしょ?これ、もしかしたら暴走するんじゃ.......」

 

ベアキブルの部下であるクザンがそう言うと、ベアキブルの顔が青くなる。

 

「や、ヤベェ。これ計画したの俺だから、ワンチャン殺されるぞ」

 

「どうします?」

 

「にげるんだよぉ!!!!!!」

 

そう言ってこっそり逃げるベアキブル。因みに長嶺はそれに気づいておらず、この後やってくるKAN-SEN達の全力攻撃が逃げ惑うハメになったのは別の話。あ、空挺降下の方は全員マスターできた。

 

 

 

1週間後 執務室

「ボス、行ってくるわ」

 

「何度も言うが、今回は偵察だ。生き残る事を最優先にして、何が何でも情報を持ち帰ってこい」

 

「わかってるわ」

 

「カルファン。新作、持ったか?」

 

「勿論よレリックちゃん。これ、でしょ?」

 

そう言ってカルファンが手に取ったのは、手のひらサイズの飛び魚の様な見た目の機械であった。

これは新たにレリックが開発した、小型偵察ドローンである。ECCM、光学迷彩、赤外線ジャマーを搭載した偵察機で、遠隔操作か自立稼働で偵察ができる。速度は遅いが航続距離は無限大で、半永久的に動く事もできる。武装はついていないが、爆薬を詰めた自爆用の物があったりはする。

 

「じゃあカルファン以下、40名。先遣偵察隊として出撃します」

 

「任せたぞ」

 

先遣偵察隊の乗った黒鮫はソロモン方面に向けて飛び立つ。本来なら汎用ヘリコプター「黒山猫」の方が規模的にも丁度いいのだが、今回の敵は今まで以上に強敵なのがわかっている。そこで空中戦艦とも言える堅牢な装甲と、バリエーション豊かな武装を搭載している黒鮫に白羽の矢が立ったのだ。

 

 

 

数時間後 ソロモン諸島沖

『カルファン大隊長、我々は一度撤収します。終わったらランデブーポイントで会いましょう』

 

「えぇ。気をつけてね」

 

『そちらこそ』

 

海面に着水したカルファン達は、まずはソロモン諸島沖の入り口に展開する深海棲艦を偵察する。

 

「我々は右に」

 

「じゃあ、俺はこっちで」

 

「頼むわね」

 

三手に別れて偵察を始めていき、各区の規模を偵察する。

 

(って、早速レ級eliteね。しかも9隻いるし)

 

『姐さん。こっちの方に駆逐棲姫がいました。これ、初っ端からキツくないですかね?』

 

「こっちはレ級elite、一人連合艦隊が9隻いたわ。完全に殺しにかかってるわね」

 

『攻略には骨がおれそうだ』

 

それ以降も報告が上がり、地獄具合がわかった。ほぼ全ての海域にeliteやflagshipが20隻以上が確認され、更には姫級が必ず居た。攻略は確実に一苦労である。

 

「長居は無用よ。撤収します」

 

得られる情報は全て入手した。後は逃げるのみ。ランデブーポイントに向かう一行であったが、ここでアクシデントが発生した。なんと姿を哨戒機に捉えられてしまい、近くの水雷戦隊が来ちゃったのである。

 

「!?敵襲!!!!」

 

「みんな応戦準備!!応戦しながら足止めしつつ、全力でランデブーポイントを目指すわよ!!!!」

 

「「「「「「「了解!!!」」」」」」」

 

ドカカカカカ!!

 

先手を打ったのは偵察隊であった。しかし距離が空いていて、思う様にダメージを与えられていない。

 

ズドォン!!ズドォン!!ズドォン!!

 

「敵弾くるぞ!!!!」

 

「クソッ!!!!」

 

「着弾今!!」

 

着弾と同時に巨大な水柱が上がり、爆音が周りに響く。

 

「埒があかないわね。総員、全力応戦!!敵を全部に鉄屑に変えるよ!!!!」

 

了解の代わりに、全員が散開して各個に迎撃を開始する。

 

「撃ちまくれ!!!!」

 

「ファッキン深海!!!!」

 

「RPGファイア!!!!」

 

「銃弾の雨じゃ、受け取りやがれ!!!!!!!」

 

隊員達も中々に強いが、それよりも強いのはカルファンである。

 

「ハァ!!」

 

指を少し動かすだけでワイヤーを操り、輪切りにしたりスライスしたりと瞬殺である。

 

「ギシェェェェェェ!!!!」

 

ズドォンズドォン

 

「その程度じゃ倒せないわよ!」

 

撃ち出された砲弾すら、弾着前にワイヤーで切り刻んで無力化する。そうこうしていると、迎えの黒鮫がやってくる。

 

『全員動くな!!!!』

 

ブォォォォォォォォォォォ!!!!

 

機体の至る所に配置されたバルカン砲やミニガンが全力射撃を行い、四方八方に濃密な弾幕を展開する。

 

ポポンポポンポポン

 

更にスモークグレネードで周りに煙幕を張り、場を更に混乱させる。その間にカルファン達を機内に収容し、戦域から離脱する。

 

「全員乗ったわ!!行って!!!!」

 

「上昇開始」

 

高度を上げつつも牽制射撃で敵を釘付けにして、反撃できない様にしてから離脱する。程なくして離脱したのだが、一難去ってまた一難というやつだろうか。後部左エンジンが爆発し、更にコックピットも吹き飛んでしまい、機体は急激に高度を下げ始めた。

 

「みんな、何かに捕まって!!!!!!」

 

キュンキュンキュンキュンキュンキュン

 

その日、カルファン達を乗せた輸送機はソロモン諸島付近で消息を絶った。

 

 

 

黒鮫が消息を絶った辺りの海上

「ーーーー」

 

「〜ーーー〜〜〜」

 

「ーー」

 

そこにはクルーザーが停泊していて、中には二人の白い骸骨がいた。その内片方は巨大な大砲の様なスナイパーライフルを構えていて、周りには血塗れになった人間の死体が転がっていた。

 

ブォン ブォン

 

まるで「仕事は終わった」と言わんばかりに二人は顔を見合わせると、そのままジャンプし、それと同時に周りに黒い霧とブラックホールの様なものを真上に作って、その中に入ると消えてしまった。この事実を知る者は、誰もいない。

 

   

 



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艦娘・KAN-SEN・鴉天狗の装備解説

《戦艦、航空戦艦、巡洋戦艦》

大和型

・51cm連装砲

・15.5cm三連装副砲改

・25mm三連装機銃 集中配備

 

長門型

・41cm三連装砲改二

・10cm連装高角砲+増設機銃

・25mm三連装機銃 集中配備

 

金剛型

・35.6cm連装砲改二

・10cm連装高角砲+増設機銃

・25mm三連装機銃 集中配備

 

扶桑型、伊勢型

・試製35.6cm三連装砲(ダズル迷彩仕様)

・10cm連装高角砲+増設機銃

・瑞雲改二(六三四空/熟練)

・12cm30連装噴進砲改二

・25mm三連装機銃 集中配備

 

三笠

・41cm三連装砲改

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・15.5cm三連装副砲改

 

天城

・41cm三連装砲改

・152mm三連装砲A T3

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

出雲、ビスマルク級

・試作型406mmSKC連装砲T0

・15.5cm三連装副砲改

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

 

クイーンエリザベス級、ヴィットリオ・ヴェネト級

・試作型457mm連装砲MKAT0

・試製152mm三連装砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

キング・ジョージ5世級

・356mm四連装砲T4

・OTO 152mm三連装速射砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

ネルソン級

・283mmSKC34三連装砲T3

・152mm三連装砲A T3

・四連装ボフォース40mm機関砲T3

 

フッド級、ジュリオ・チェザーレ級

・41cm三連装砲改

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・12.7cm高角砲+高射装置

 

モナーク

・381mm連装砲改T0

・152mm三連装砲A T3

・四連装ボフォース40mm機関砲T3

 

 

ペンシルベニア級、テネシー級、コロラド級

・試作型406mm/50三連装砲

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・四連装ボフォース40mm機関砲T3

 

サウスダコタ級

・406mm三連装砲MK6

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・四連装ボフォース40mm機関砲T3

 

ノースカロライナ級

・406mm三連装砲MK6

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・113mm連装高角砲

 

ニュージャージー、ダンケルク級

・406mm三連装砲MK7

・128mmSKC41連装両用砲改

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

 

フリードリヒ・デア・グローセ、ソビエツキー・ソユーズ級、シャンパーニュ

・試作型457mm連装砲MKA

・OTO 152mm三連装速射砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

 

ガングート級

・305mm三連装砲Model1907T3

・OTO 152mm三連装速射砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

 

リシュリュー級

・380mm四連装砲Mle1935T3

・OTO 152mm三連装速射砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

 

共通装備(航空戦艦を除く)

・零式水上偵察機11型乙(熟練)

・12cm30連装噴進砲改二

・15m二重測距儀+21号電探改二

・32号対水上電探改

・42号対空電探改二

・FuMO 25

・SHST0

・一式徹甲弾T0

・九八式発砲遅延装置T0

 

 

 

《航空母艦》

赤城、加賀

・流星改(一航戦/熟練)

・試製南山

・烈風改二戊型(一航戦/熟練)

 

飛龍

・天山一二型(友永隊)

・試製南山

・震電改

 

蒼龍

・天山(村田隊)

・彗星(江草隊)

・震電改

 

翔鶴型

・噴式景雲改

・菊花改

・震電改

 

雲竜、大鳳、白竜

・TBM-3W+3S

・試製南山

・震電改

 

鳳翔、祥鳳型

・TBM-3W+3S

・試製南山

・陣風改

・試製景雲(艦偵型)

 

 

イラストリアス級、アーク・ロイヤル級、グロリアス級、ユニコーン級、セントー、チェイサー、ハーミーズ、パーシューズ、ベアルン

・ワイヴァーン

・ファイアフライ

・シーファングT3

 

 

ラングレー、レキシントン級、レンジャー、ヨークタウン級、ワスプ、エセックス級、タイコンデロガ級

・TBM-3W+3S

・実験型XSB3C-1

・FR-1 Fireball

 

グラーフ・ツェッペリン級、アウグスト・フォン・パーセヴァル、ヴェーザー、アクィラ

・Ju-87 D-4

・Ju87C改二(KMX搭載機/熟練)

・Me-155A艦上戦闘機

 

 

共通装備

・12cm30連装噴進砲改二

・夜間作戦航空要員+熟練甲板員

・油圧カタパルトT3

・空母燃料タンクT3

・ホーミングビーコンT0

・100/150航空燃料T0

 

 

 

《重巡洋艦、航空巡洋艦、装甲巡洋艦》

最上型

・15.2cm連装砲改二

・25mm三連装機銃集中配備

・瑞雲改二(六三四空/熟練)

 

古鷹型

・15.2cm連装砲改二

・25mm三連装機銃集中配備

 

青葉型

・15.2cm連装砲改二

・25mm三連装機銃集中配備

 

妙高型

・15.2cm連装砲改二

・25mm三連装機銃集中配備

・零式水上偵察機11型乙(熟練)

 

高雄型

・15.2cm連装砲改二

・25mm三連装機銃集中配備

 

利根型

・15.2cm連装砲改二

・25mm三連装機銃集中配備

・瑞雲改二(六三四空/熟練)

 

伊吹

・203mmSKC連装砲

・113mm連装高角砲T3

 

吾妻

・試作型三連装310mm砲

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

ケント級、ノーフォーク級、ウィチタ級

・203mm連装砲B

・四連装ボフォース40mm機関砲

 

ロンドン級、ペンサコーラ級、ノーザンプトン級、ポートランド級

・試作型234mm三連装砲

・138.6mm単装砲Mle1929

・六連装ボフォース40mm対空砲

 

ヨーク級

・試製203mm三連装砲

・四連装ボフォース40mm機関砲

 

ドレイク

・試作型234mm三連装砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

チェシャー、ニューオリンズ級

・試製203mm三連装砲

・六連装ボフォース40mm対空砲

 

 

ボルチモア級、ザラ級

・試作203mmSKC三連装砲

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・四連装ボフォース40mm機関砲

 

 

アドミラル・ヒッパー級(タリン含む)、ローン

・203mmSKC連装砲

・105mmSKC連装高角砲

 

ドイッチュラント級、プリンツ・ハインリヒ

・283mmSKC28三連装砲

・105mmSKC連装高角砲

 

エーギル

・試作型三連装310mm砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

 

サン・ルイ

・試製203mm三連装砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

アルジェリー

・203mm連装砲Mle1924T3

・113mm連装高角砲T3

 

共通装備

・試製61cm六連装(酸素)魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・零式水上偵察機11型乙(熟練)

・九三式酸素魚雷T3(魚雷非搭載艦は除く)

・32号対水上電探改

・42号対空電探改二

・FuMO 25

・SHST0

・一式徹甲弾T0

・九八式発砲遅延装置T0

 

 

 

《軽巡洋艦》

球磨型、川内型、大淀

・20.3cm(3号)連装砲

・12.7cm連装砲D型改三

・対潜短魚雷(試作初期型)

・九八式水上偵察機(夜偵)

 

天龍型

・20.3cm(3号)連装砲

・12.7cm連装砲D型改三

・二式12cm迫撃砲改 集中配備

・九八式水上偵察機(夜偵)

 

長良型

・20.3cm(3号)連装砲

・12.7cm連装砲D型改三

・Hedgehog(初期型)

・九八式水上偵察機(夜偵)

 

阿賀野型

・20.3cm(3号)連装砲

・12.7cm連装砲D型改三

・RUR-4A Weapon Alpha改

・九八式水上偵察機(夜偵)

 

夕張

・20.3cm(3号)連装砲

・12.7cm連装砲D型改三

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・九八式水上偵察機(夜偵)

 

 

リアンダー級、オマハ級、ジャンヌ・ダルク

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・113mm連装高角砲T3

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

アリシューザ級、逸仙

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・六連装ボフォース40mm対空砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

サウサンプトン級、グロスター級、ブルックリン級

・150mmTbtsKC/36連装砲

・四連装ボフォース40mm対空砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

エディンバラ級、ベローナ級、寧海級、エミール・ベルタン、ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ

・15.5cm三連装砲改

・四連装ボフォース40mm対空砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

ダイドー級、フィジー級

・138.6mm単装砲Mle1929

・113mm連装高角砲T3

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

ネプチューン、マインツ、ラ・ガリソニエール

・試製152mm三連装砲T0

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

 

 

セントルイス級

・15.5cm三連装砲改

・127mm連装両用砲MK12

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

アトランタ級

・10cm高角砲+高射装置

・113mm連装高角砲

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

クリーブランド級

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・四連装ボフォース40mm機関砲

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

 

ケーニヒスベルク級

・150mmTbtsKC/36連装砲T3

・113mm連装高角砲

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・Fl 282

 

ライプツィヒ級軽巡洋艦

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・六連装ボフォース40mm機関砲

 

 

キーロフ級

・152mm三連装砲B-38 MK5T3

・四連装ボフォース40mm機関砲

・RUR-4A Weapon Alpha改

 

チャパエフ級

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・四連装ボフォース40mm機関砲

・RUR-4A Weapon Alpha改

 

アヴローラ

・試製152mm三連装砲

・四連装28mm対空機銃「シカゴピアノ」

・情報レポート・北極要塞

 

パーミャチ・メルクーリヤ

・10cm高角砲+高射装置

・12.7cm高角砲+高射装置

 

 

共通装備

・試製61cm六連装(酸素)魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・HF/DF+Type144/147

・九三式酸素魚雷T3

 

 

《駆逐艦》

神風型、睦月型

・12.7cm連装高角砲改二

・25mm三連装機銃 集中配備

・三式爆雷投射機 集中配備

 

吹雪型、綾波型、暁型、初春型、ディフェンダー級

・12.7cm連装砲D型改三

・25mm三連装機銃 集中配備

・三式爆雷投射機 集中配備

 

白露型、陽炎型、夕雲型、秋月型、ビーグル級、クルセーダー級

・10cm高角砲+高射装置

・25mm三連装機銃 集中配備

・三式爆雷投射機 集中配備

 

島風

・12.7cm連装砲B型改四(戦時改修)+高射装置

・25mm三連装機銃 集中配備

・三式爆雷投射機 集中配備

 

 

エクリプス級、ジャベリン級、フィアレス級、グレイハウンド級

・114mm連装両用砲MarkIV

・四連装ボフォース40mm機関砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

ヒーロー級

・138.6mm単装砲Mle1929T3

・113mm連装高角砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

 

マハン級

・127mm連装両用砲MK12

・四連装ボフォース40mm機関砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

グリッドレイ級、フレッチャー級

・127mm単装砲A

・127mm連装高角砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

ベンソン級、Z1級

・10cm高角砲+高射装置

・127mm連装高角砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

キャノン級

・10cm高角砲+高射装置

・四連装ボフォース40mm機関砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

アレン・M・サムナー

・127mm連装両用砲MK12

・四連装ボフォース40mm機関砲

・対潜迫撃砲「ヘッジホッグ」T0

 

 

Z17級

・128mmSKC41連装両用砲T3

・127mm連装高角砲

・三式爆雷投射機 集中配備

 

Z23級

・120mm連装砲

・105mmSKC連装高角砲

・三式爆雷投射機 集中配備

・情報レポート・北極要塞

 

Z35級

・127mm連装両用砲MK12

・QF 2ポンド八連装ポンポン砲

・三式爆雷投射機 集中配備

 

Z46

・128mmSKC41連装両用砲改

・113mm連装高角砲

・三式爆雷投射機 集中配備

 

 

鞍山級

・127mm単装砲A

・127mm連装高角砲

・三式爆雷投射機 集中配備

・四神の印

 

嚮導駆逐艦

・130mm連装砲B-2LM

・134mm連装高角砲(対空砲)

・三式爆雷投射機 集中配備

・情報レポート・北極要塞

 

ファンタクス級

・138.6mm単装砲Mle1929T3

・113mm連装高角砲

・三式爆雷投射機 集中配備

 

 

マエストラーレ級、ソルダティ級、ナヴィガトーリ級

・138.6mm単装砲Mle1929

・四連装ボフォース40mm機関砲

・RUR-4A Weapon Alpha改

 

 

共通装備

・試製61cm六連装(酸素)魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・HF/DF+Type144/147

・九三式酸素魚雷T3

 

 

 

《水上戦闘艦共通装備》

・高性能火器管制レーダー

・電気式揚弾機T3

・高性能対空レーダーT0

・94式高射装置T0

・強化油圧舵

・燃料フィルターT3

・応急修理装置T3

・消火装置T3

・自動装填機構T3

・ジャイロスコープT3

・VH装甲鋼板T0

 

 

 

《潜水艦》

・後期型53cm艦首魚雷(8門)

・試製FaT仕様九五式酸素魚雷改

・強化耐圧殻設計案

・改良型蓄電池群

・圧縮酸素ボンベ

・改良型シュノーケル

 

 

 

《工作艦》

・12.7cm連装砲B型改四(戦時改修)+高射装置

・25mm三連装機銃 集中配備

・艦艇修理施設T3

 

 

 

《運送艦》

・130mm連装砲B-2LMT3

・134mm連装高角砲(対空砲)T0

・九四式四十糎砲(積載)T0

・航空戦資材(積載)T0

・小口径主砲砲戦資材(積載)T0

・雷撃戦資材(積載)

 

 

 

超戦艦「鴉天狗」

全長 3560m

幅 189m

最高速力 130ノット

主機関 核融合炉

補機関 ウォータージェット

武装 四連装86cm火薬、電磁投射両用砲 9基

   三連装46cm火薬、電磁投射両用砲 13基

   60cm魚雷発射管 70門

   203mm五連装速射砲 94基

   158mm三連装速射砲 238基

   130mm単装砲 462基

   60mm機関砲 358基

   30mmバルカン砲 984基

   VLS 9856セル

艦載機 F27スーパーフェニックス 358機

    E2Dアドバンドホークアイ 7機

    SH60シーホーク 32機

    AH64Eアパッチ・ガーディアン 18機

これでもかと言わんばかりの大火力に大火力を添加した、BIG BOSSが霞む超戦艦。安定の如く砲撃、航空機運用、雷撃、対空、対艦、対潜と全ての戦闘においてオールラウンダーに活躍でき、その全てが超高次元で纏まっている。勿論、機動力も高い。「一人連合艦隊」の異名を持つレ級ですら、裸足で回れ右して全力撤退するであろう。防御力は「ツァーリ・ボンバを何発食らってもビクともしない」程度であり、恐らく地球が滅亡するかエイリアンが来ないと倒せない。因みに見た目は全体的に宇宙戦艦ヤマトの春蘭の様な見た目をしているが、副砲配置や艦首の作りは旭日の艦隊の日本武尊(初期)に似ている。さらに春蘭では横に副砲が付いているが、そこは主砲になっているし何なら2基だったのは4基になっている。

これが艦船形態であり、艤装形態、言わば艦娘と同じ形態となると色々やばい事になる。大和型を遥かに超え、アズールレーンのフリードリヒ・デア・グローセすらも凌駕する大きさとなる。まず86cm砲が左右に四つずつ、背面に一つ。そして46cm砲が背面に三つ、左右に6つ、しかも砲のサイズは大和と同じである為、そのデカさがわかるだろう。さらにはVLSを背面の砲塔を隠すように背負い、対空砲、両用砲群が所狭しと並べられる。艦載機は左右の艦側面についてる四連カタパルトから発艦する。ヘリコプターのみ、艦首からの発艦となる。

更に艤装形態では、個人装備も充実している。まず川内型軽巡のように、腕に腕甲と両用砲群がズラリと並んである。更に背中にも愛刀の幻月、閻魔を装備できる部分を搭載している。やっぱり柄が下に来て、先端が上に向く仕様である。

 

 



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第二十九話長嶺の後輩

カルファンの機体が消息を絶った数時間後 「霞桜」地下本部

「状況は?」

 

「レーダー、依然として反応なし」

「各種信号、反応なし」

「偵察機からも発見、或いは機体の残骸などの発見の連絡ありません」

 

「おいおい、マジかよ」

 

現在地下にある霞桜の本部は、いつも以上にピリピリしていた。カルファンが消息を絶ったのもそうだが、何より戦域殲滅VTOL輸送機「黒鮫」が撃墜された事の方が衝撃であった。黒鮫は攻撃力もさることながら、装甲が空対艦ミサイルが直撃しても飛び続けられる程に頑丈である。

簡単な話、普通の対空ミサイルや戦闘機では太刀打ちできないのである。理論上はエンジンと翼の結合部分は装甲が薄く普通に撃ち抜けるが、例えエンジンが1つでも飛び続けられるし、現実的に考えて連続してエンジンを破壊するのは不可能である。

これらの事からわかるのは、敵は恐ろしく威力の高い兵器を使用している可能性が高いという事である。

 

「総隊長殿、どうなさいますか?」

 

「夜明けを待って、全力出撃。だか知っての通り、敵さんはチートレベルの攻撃手段を持っている。偵察中は各隊との連絡を密にし、常に周囲の警戒を行う。その為、単機ではなく3機編隊を原則として、部隊を編成。偵察を行ってもらう」

 

「わかりました。すぐに準備に入ります」

 

数時間後、黒鮫達が寝床を飛び立つ。全機が行方不明となった地点から半径200km範囲を探す。海面への不時着に成功した場合、水陸両用機であるから流されてる可能性もある訳で、流されてるのを前提で探索に入る。

更に長嶺も自らの力を解放する鍵となるF27スーパーフェニックス、子鴉と呼ばれる機体を使って消息を絶った海域を探す。

 

 

(おーい、八咫烏。何かあったか?)

 

(何もない。波と海水、いや待て。クルーザーがあるぞ)

 

(別にクルーザーの一つもあるだろ。海だし)

 

(いや、損傷はないがエンジンが止まってる上、投錨なんかもしていない。波の赴くまま流されてるぞ)

 

(OK、そっち行くわ)

 

操縦桿とラダーペダルを操作して、進路を右側に取る。数分もすると八咫烏のいる場所に到着し、並走飛行に入る。そのまま八咫烏に誘導してもらって、謎のクルーザーの元に行く。

 

「おいおいおいおい!これ絶対面倒なヤツじゃねーかよ。クソッタレ」

 

降り立った辺り一面、9体の死体と血の海で死体の腐臭と血生臭さで慣れてない者なら、確実に吐くであろうキツイ臭いが充満していた。

 

「おう俺だ。グリム、ちょっとばかし船舶の照会を頼む」

 

『わかりました。名前と番号を』

 

「てぇーと、名前は「Raja」、番号は2847-6357154だ」

 

『お待ちを..............出ました、インドネシア船籍の個人所有船ですね。持ち主はフランス人のセバスチャン・ユーゴ氏。男性37歳、職業は実業家。犯罪歴は有りませんが、現地警察機関に奥さんが捜索願いを出していますね』

 

「わかった。そのユーゴって奴、写真を転送してくれ」

 

『今送りました』

 

送られた画像データと、死体の顔を確認していく。4人目くらいで、そのユーゴ氏と思われる男を見つけた。試しに懐やポケットを漁ると財布が出てきて、中の免許証で本人である事を突き止めた。

 

(恐らく、偶々狙撃ポイントに良さそうな場所に居たから、消されたんだろうな。髑髏共に)

 

『総隊長殿、一つ宜しでしょうか?』

 

「どうした」

 

『何故、クルーザーを調べろと?関係ないように思いますが』

 

「いやな、八咫烏が不審なクルーザー発見したって言うから来てみたら、辺り一面血の海でよ。取り敢えず照会頼んだってわけよ。そんでもって多分このクルーザー、カルファンの機体を撃ち落とした兵器を使った場所だ。しかも今回の敵、ちょっとばかし厄介だぜ」

 

神谷は血や死体の腐臭とは別に、ある臭いを感じていた。かつて、自らの戦友であり最初で最後の親友達と戦場を駆け巡っていた頃、何度も嗅いだ「骨」の臭い。忘れようもない、何度も倒して来た軍団の兵士。髑髏兵の臭い、そのものである。

 

『どう言う事ですか?』

 

「国が死に絶え、最早、忠義を誓った国は亡国と成り果てたと言うのに、未だに逃走をやめれぬ哀れな骸骨達。今回の敵は、俺もちょっと本気出さないと死ぬ」

 

『そこまでですか.......』

 

「あぁ。各員に、一層気を引き締めるように指示してくれ」

 

『わかりました』

 

グリムにそう頼み、自分は船内の探索に入る。中も死体があり、安定の血塗れである。また弾痕や、ナイフを刺した跡なんかもあって髑髏兵がやったであろう証拠がジャンジャン出てきた。さらに機関室に進んで行くと、なんか「カチッ、カチッ」という音が聞こえて来る、

 

 

「誰か目覚まし時計でも、いや待てよ。.......ヤバい!!!!」

 

そう言うと神谷は甲板に走り、戦闘機の屋根に飛び乗って上昇させる。次の瞬間、クルーザーは爆炎に包まれた。

さっきの音は時限爆弾のタイマーであり、機関室でカチカチ音が鳴ってて、しかも周りは燃料がたっぷりある上に、入り組んでるから物を隠すには持ってこいの空間。そりゃあ何かある事に気付く訳で、全力で逃げた。

 

「おいおい、先に爆破しときゃバレなかったろうに」

 

『総隊長殿!!総隊長殿!!カルファンら、先遣偵察隊が見つかりました!!!!全員無事だそうです!!!!!!』

 

「そうか、よかった.......」

 

この報告に少し安堵したが、すぐに気持ちを切り替えて撤退するように命じる。神谷もスーパーフェニックスのコックピットに乗り込み、他の6機共合流して鎮守府を目指す。

 

「あの男、髑髏を知っているのなら生かしてはおけぬな。しかし、一体どこの何奴だ」

 

その後ろを真っ赤な強化外骨格に身を包み、その背中に4本の浮遊する剣が控えさせた男が居た。男は神谷の乗るスーパーフェニックスの追尾を始める。

スーパーフェニックスには高性能なレーダーが付いているが、人間サイズのそれも後ろからでは探知できない。流石の長嶺も空中で跡をつけられてるとは思いもしない訳で、完璧に気付いてない。

 

 

「よーし、そろそろ鎮守府だな。機体を式神に戻してっと」

 

そのまま気付かず鎮守府に帰還し、滑走路の上空で機体を式神に戻す。空中で式神に戻すと当然落下するが、普通にジェットパックで威力を減衰させて受け身を取りつつ着地する。

 

「八咫烏、犬神。先に戻っててくれ」

 

「はーい」

 

「いや、我が主。もう少し、側に控えさせてくれ。犬神、お主もだ」

 

「なんでー?」

 

「お前が意見して来るとは、えらく珍しいな。いいぜ、ならもう少し側に控えてもらおう」

 

「感謝する、我が主」

 

珍しく八咫烏が意見してきたので、ここはその意見を尊重しておく。まあ元から居ても居なくてもどっちでも良くて、疲れてもいるだろうから先に休んでて欲しいってだけだったし、問題でも何でもないのだが。

 

「カルファン、無事か?」

 

「えぇ、ボス。奇跡的に死傷者はゼロよ。無傷、とはいかなかったけど。それでも命に関わる怪我はしてないし、機体の損失だけで済んだのはラッキーだったかもしれないわ」

 

「それならよかった。だが、まあ今日明日は一応安静にしてろ。万が一の事も有り得なくは無いしな。あ、これは総隊長としても、医者としてもどっちの立場からの話だ」

 

「わかったわ」

 

カルファンとの話が終わると、ベアキブルの方を向く。

 

「ベアキブル」

 

「はい、何でしょうか親父」

 

「カルファンの側にいてやれ。こう言う時くらい、姉弟でいてもバチは当たらんだろ。お前も今日明日は休暇にするから、たまには一緒にいろ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

実の姉弟であるカルファンとベアキブルを一緒にしておき、不足の事態に備えさせておく。確かに「姉弟水入らずで過ごしてこい」と言うのもあるが、それ以上に容態が急変しても家族なら些細な事でも分かるだろうから、そう言う考えの元からの指示であったりもする。

 

「さーて、カルファン以下、偵察隊の連中も一応無事に生還した訳だ。今日はもう全員休みだ休み!!各大隊長は、隊員達に指示してこい」

 

この指示は長嶺の性格からである。別にそんな深い理由はなく、ただ単に休ませてやろうと思っただけである。その場の全員が「ウェーイ」とでも言おうとした瞬間、八咫烏が「伏せろ!!」と怒鳴った。全員が反射的に屈むと、何かが頭上を通過した。

 

「何だ何だ!?!?」

「うおっ!?」

「危ない」

「ひょえっ!?」

「っと」

「危ないわよ!」

 

「なっ!?」

 

大隊長達は謎の物体が乱入してきた事に驚いていたが、長嶺は乱入してきた事ではなく、謎の物体の方に驚いていた。

 

「我が主、アレは.......」

 

「何でここにあるの.......」

 

八咫烏と犬神も同様に驚いていた。格納庫に飛び込んで来たのは白色のビームで刀身を形成した、言うなれば「ソードビット」とも言える空を飛ぶ剣であった。

しかしこの武器、長嶺はよく知った武器であった。それどころかそれを使って、昔戦場を飛び回っていた。だからこそ、その近くに強敵がいて、その敵は今の霞桜はおろか、能力を使わなかったら長嶺ですら勝算は五分五分。さらには敵に情け容赦なんて考えは脳内に存在せず、必要とあらば霞桜とついでに艦娘&KAN-SENをも皆殺しにする勢いで攻めて来る。だから、長嶺の命じる事は決まっている。

 

「野郎共、艦娘やKAN-SEN達を地下に避難させろ。避難させ終わったら、お前達も扉をロックして絶対に地上には出て来るな」

 

「そ、総隊長殿!?」

 

「いいな!!絶対だ!!もし破ったら、確実に死ぬぞ」

 

今まで聞いたことのない、一番真剣な声に全員がヤバイ敵がいて、自分達では太刀打ち出来ない事を悟った。

長嶺はそんな部下達には目も暮れず、愛刀と阿修羅HG、それから朧影SMGを二挺ずつ装備して格納庫を飛び出す。

 

「何処だ!!何処にいる!?!?姿見せんかい!!!!」

 

「そう吠えるな、知りたがり。貴様が触れているのは、この世の触れてはならぬ物だ。貴様が誰であれ、何であれ、あのクルーザーとそして髑髏兵を知っているのなら生かしてはおけぬ」

 

格納庫から見て左の空に、さっきの白い剣を上下左右の方向に背後で控えさせた白い強化外骨格に身を包んだ男が居た。

 

「そうかよ。だがなガンダム人間、髑髏兵、いや亡霊共を知りたがっているのは他でもねぇ、お前らじゃねーか。あのクソ兵器は俺が昔、何百何千と倒してきたぞ」

 

「戯言を。死ぬがいい、愚かなる知りたがりよ!!」

 

次の瞬間、背後の白い剣が長嶺に襲いかかる。しかしそれは読んでいる。阿修羅で正確に剣の核となる部分を撃ち抜き、迎撃する。

 

「ほう。ソードビットを迎撃するか」

 

「ふん。たかが4本で、この俺を倒そうするだと?お前、アレだろ。そんなに能力や装備に適合はしてない、末席の末席、雑魚中の雑魚だろ?まさか、こんな雑魚が俺のタマ取りに来るとは思わなかったぞ」

 

「き、貴様.......。この新人類とも言える私を、この私を愚弄するか!!!!」

 

「新人類だと?そんなの、新人類どころか人ですら無いわ!!お前が成っているのは、化け物以下の存在だ。俺達は血に飢え、闘争にのみ生き、人の腑を食い破って血と臓物に塗れ、硝煙と血潮の世界でしか生きられぬ化け物。だがお前は、最早それよりも遥かに悍ましい。しかもクソ弱い癖にイキリ散らかして、厨二病を学校で大っぴらげにやってるのと同じくらい恥ずかしいぞ」

 

「一度ならず、二度も愚弄するか。このクズめが!!!!」

 

長嶺さん、敵を煽りに煽る。まあ半分は本当に思ってることを、そのまんま勢いでマシンガンの様に言いまくるだけの簡単なお仕事である。ただ割とガチでこの男、弱い。マジで弱い。

薄々勘づいている読者もいるかも知れないが、この男、いやガンダム人間の所属している組織はかつて長嶺が今はもう死んだ親友達と共に所属していた組織であり、ガンダム人間は長嶺の後輩に当たる。直接の面識が無いから、ガンダム人間は知る由もないが。でもってガンダム人間の使ってる「ビット」と呼んだ白い剣。あれは本来、自らの能力をのせて使う。詳しくは何処かで詳しく書いていくから割愛するが、能力を乗せない場合は白い剣となる。

つまり「半人前程度の能力しか出せていない」と言う訳であり、ガンダム人間の使う強化外骨格の能力を100%引き出せていないのである。因みに長嶺が現役で使っていた頃は、ビット1本が駆逐艦に刺さるだけで機能停止に追い込み、そのビットも遥かに多い数を一度に操り、その上複雑に動かしていた。

 

「オールビット、ビーム!!!!」

 

「っと、あぶねぇじゃねーか」

 

「何故避けきる!?常人には捉えようのない速度だと言うのに!!!!」

 

とても簡単なことである。「長嶺が化け物だから」この理由で事足りる。

 

「その程度か?今度はこちらから行くぞ!!」

 

腰に装備したジェットパックで飛び上がり、ガンダム人間に肉薄する。余りに突然の事でガンダム人間も「な!?」と言っただけで、殆ど反射的に腕で顔の周りを防御するだけだった。

最初は顔面か腹を蹴り飛ばすつもりだったが、防がれそうなので踵落としを頭に叩き込む。

 

ゴスッ!!

 

「グッ!?」

 

鈍い音と共に、ガンダム人間が地面に落ちていく。そのまま滑走路に落下して、周りに土煙とアスファルトの破片を盛大に撒き散らす。勿論この程度で死ぬ程ヤワじゃないのは分かりきっているので、真上から朧影を撃ちまくる。というか踵落としだけで殺れていたら、苦労はしないだろう。

 

「ウグッ、ガッ!ハァ!!」

 

ザンッ!!

 

突如として土煙を破って、赤い斬撃の波動が長嶺目掛けて飛んでくる。寸前のところで避けると、今度も赤いが、斬撃ではなくまっすぐな槍の様な波動が迫って来る。此方は割とギリギリで避ける。

 

《流石にこの位はできるか。だが動きを読めても、それを踏まえた攻撃はできていないな)

 

「やったか!?」

 

「バーカ。そんくらいで、この俺を倒せるか。それに貴様の斬撃はまだまだだ。真の斬撃ってのはな、こうやるんだ!!」

 

ザンッ!!!!

 

青白いビームの様な斬撃と紅蓮の焔の様に赤黒い斬撃が波動となって、ガンダム人間のビットを破壊し尽くし周りのコンクリート諸共、ガンダム人間を吹き飛ばす。どうにか殆どダメージを受けずに乗り切れたが、自分の放った斬撃より高威力で高速の一撃だった事に焦り始める。

 

「まさか、この程度の事で怖気付いちゃいないよな?面白いのはこれからだぞ」

 

「わかっている。さあ、かかって来るがいい!!」

 

「それはこっちのセリフだガンダム人間!!!!」

 

長嶺は愛刀である幻月と閻魔を。ガンダム人間はさっきの斬撃と突きの波動を生み出したハルバードを装備し、長嶺は上から重力とジェットの推力が生み出す強烈な一撃を見舞おうとする。対するガンダム人間は敢えて受け止めて、周りに衝撃波を作り出す。どうやらガンダム人間は接近戦では結構強かったらしく、あの長嶺にしっかり食いつく。

その一進一退の攻防は、監視カメラを通して地下の避難シェルターに逃げ込んでいた八咫烏と犬神、霞桜の隊員達、艦娘、KAN-SENも見ていた。

 

「総長に食らいついてる。コイツ、一体何者だ」

 

「確かにこれじゃ、親父が俺達を地下に避難させる訳だ」

 

「みなさん、これで良いんでしょうか」

 

グリムの一言にその場の全員が振り返る。

 

「私達は総隊長殿、いや。長嶺雷蔵という男に救われ、「霞桜」という居場所を与えて、「例え仲間でも愛する人でも必要なら殺す」と言っておきながらどんな時も味方を見捨てずに敵中のど真ん中だろうが、もしかしたら死んでいるかも知れない状況ですら単身敵地に飛び込む様な、そんな人です。

その人が戦っているのに、我々が指を咥えているだけで本当にいいんでしょうか?」

 

「グリム、確かに貴方の意見は筋が通っている。だが今回は総隊長直々に待機を命じられている上、正直私はあんな高次元の戦闘に参加して役に立つ自信はありません。例え武器を捨て総隊長の肉壁となるとしても、あの動きについていけないでしょう。その辺りはどうするつもりですか?」

 

「.......どうしましょう」

 

「考えてなかったのかよ!!」

 

まさかのグリムあんな大口叩いていたが、まさかの何も対策は考えていなかった。すかさずバルクがツッコむ。なんか謎の空気が場を支配するが、それをベアキブルがぶち破る。

 

「あぁ、今思ったんだが八咫烏と犬神を盾に進むってのはどうだ?残酷だがあの2匹は、攻撃が全く効かないんだし、この際、親父救うためにはこれしかないと思うのだが」

 

「それはできぬ」

 

ベアキブルの意見を、八咫烏が否定した。全員が八咫烏と犬神の方を向き、八咫烏も説明を始める。

 

「お主らは「我らがどんな攻撃でも受け付けない」と思っておるのだろうが、それは違う」

 

「僕達はダメージは受けてるんだよ。でも特殊能力っていうか、パッシブスキルっていうか、とにかくダメージは入った途端に自動的に回復するんだ。無制限にね」

 

「だが今回の敵の使う武器には、特殊な呪いの様な物が付与されておる。この呪いは、その「回復」という機能や行為を阻害してしまうのだ。例えばこの呪いが銃弾に込められていたとして、急所を外れて、腕や足を掠っただけでも傷は永久に治らない。傷口は開きっぱなしだし、縫合や包帯を巻いてもすぐに血は溢れ出て来るし、傷口は塞がらない」

 

「しかもこれって、多分高速修復剤とかも無力化するんだ。だからもし、主様の手脚が切り飛ばされたら、多分そのままになる」

 

2匹の説明に項垂れ諦めるかと思いきや、逆に「総隊長を助けよう」という意見で固まった。幸いガンダム人間は長嶺との戦いに夢中になっているから、うまくすればバレずに部隊を展開できる。そう踏んで、早速行動を開始する。

一方、艦娘とKAN-SENも同様の意見にたどり着いており、その事を大和とエンタープライズが報告しにやってきた。

 

「グリムさん、私達も提督と一緒に戦います」

 

「私達KAN-SENは異世界に飛ばされたが、指揮官は私達の居場所を作ってくれた。その恩返しをしたい。例え止めても、私達は行くぞ」

 

「どうやら私達は、全員同じ考えの様ですね。我々も丁度、総隊長殿の元に馳せ参じようとしてた所です」

 

「そうでしたか」

 

「やはり、皆考える事は同じなのだな」

 

簡単な作戦を立てて、長嶺を助けるべく全員が行動を始める。こういう風な決断を取ってくれたのも、長嶺の日頃の行いからであろう。

近海に速度と雷撃に重きを置いている駆逐艦と軽巡洋艦、それからアウトレンジ攻撃にこそ真価を発揮する空母を展開し、陸には霞桜の隊員達、戦艦、重巡、それから艦娘なら天龍や龍田、KAN-SENなら翔鶴と瑞鶴の様な接近戦のできる者達が配置された。

 

 

「知りたがり男、新人類たる私相手に良くここまでやれた物だ」

 

「悪いな。こちとらテメェみたいに弱っちい奴にやられて上げる程、お優しい性格してねーんだわ」

 

「そうか。なら死ね!!」

 

「おっと死ぬのはアンタだぜ?」

 

キュィィンブォォォォォォォ!!!!!

 

いきなり四方八方からの弾幕射撃に、ガンダム人間も驚く。銃撃だけではない。大小様々な砲弾がいきなり降り注ぎ、爆弾やらロケット弾も降って来る。いきなり横槍が入った事で、ガンダム人間も大混乱に陥る。

 

「お、お前達!」

 

「総隊長殿。やっぱり私達は、地下で総隊長殿が戦ってるのに指咥えて傍観するマネできません。誠に勝手ですが、助太刀させてもらいます」

 

「フ、フフフ。ハハハ、ハハハハハハ!やっぱりお前達は俺の自慢の仲間(かぞく)だ!!行くぞお前達。俺達の家を破壊せんとするクズ野郎を、キッチリあの世に送ってやれ!!!!!!!!」

 

「「「「「オォォォォォ!!!!」」」」」

 

隊員達の雄叫びと銃声が鳴り響く。ガンダム人間は自分の不利を悟ったのか、近くに居たオイゲンに狙いを定めた。

 

「fɔʏər!!」

 

203mmSKC連装砲と105mmSKC連装高角砲を撃ちまくるが、あまり効果がなかった。振り下ろしたハルバートはオイゲンの左側の艤装をぶっ壊し、その破片でオイゲンが負傷する。

 

「女、まずは貴様から屠ってくれる!!」

 

そう叫びながら、ハルバートを振り下ろす。オイゲンは死を覚悟したが、オイゲンの前に長嶺が立ちはだかる。振り下ろされたハルバートはオイゲンではなく、幻月と閻魔によって挟まれていた。

 

「貴様.......!!」

 

テメェ、何晒しとるんじゃ。俺の前で仲間は傷つけさせんぞ!!!!

 

完全にブチギレた長嶺。今までは舐めプでもないが、本気とは言えない位の力加減だった。しかし今度ばかりは、少しばかり本気を出す事にした。

 

炎道!!!!

 

そう叫ぶと周囲から一斉に炎が吹き出し、その炎が長嶺に降り注いでいく。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

長嶺自身が炎と一体化し、炎が消えると体中に炎の紋様が浮かび上がり、いつもの黒い瞳から赤い炎を宿した様な瞳になった長嶺が立っていた。それだけではない。愛刀の閻魔は頭身がマグマの様な赤黒い物に変化し、幻月は青白いままだが刃の部分が金色に輝いている。

 

「その技、その見た目、貴様まさか」

 

遅い!!

 

ザンッ!!!!!!

 

「何が.......起きた.......」

 

一撃で一気に間合いを詰めた上、右脇腹と右腕を切り飛ばす。しかも閻魔の炎を傷口に移し、継続的にダメージを受けさせ続ける。出血こそしない為致命傷にはなりにくいが、その分地獄の業火に焼かれる苦痛は神経を通じて脳に伝わる。

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」

 

想像絶する激痛に悶える。更に長嶺は追い討ちと言わんばかりに刀を腹に突き刺し、奥義である「炎菫」を使う。この奥義は突き刺した体内にある刀身部分から、炎のバイオレット・カンディルが体内に喰らい付く。カンディルというのはアマゾン川に住む、ナマズの仲間で「ピラニアより恐ろしい魚」として地元民は考えてる程に凶暴な魚である。

身体を中からボリボリむしゃむしゃ食われていき、更に地獄の業火が体内を焼きまくる。

 

「あ’’あ"あ’’あ"あ’’あ"あ’’あ"あ’’あ"!!!!!」

 

最早、半狂乱となり痛みに悶えて転がり回る。周りの隊員や艦娘とKAN-SEN達も「うわぁ.......」という顔で見ていた。長嶺は唯一、悪魔の様な笑みを浮かべながら、まるで「そうだ。もっと、もっと苦しめ」と言わんばかりの雰囲気であった。完璧に油断していた上に、戦闘の疲れもあって注意力が欠けていた長嶺は、最後の力でガンダム人間の放った突き攻撃の波動に反応が遅れ、右腕を吹き飛ばされてしまう。 

 

「ぐおっ!?」

 

「やった!やったぞ.......」

 

最後の力を使い切り、そのまま力無く倒れる。しかしガンダム人間の最後の最後、奥の手はまだ残っていた。

 

ピピピピピピピピピピピピ

 

「お前達、下がれ!!!!自爆するぞ!!!!!!!!」

 

全員がすぐに後ろに下がり、装甲を動かせる者は前に展開し、他の者が下がる中、盾持ちの者は前に出て衝撃を受け止めに入る。丁度展開が終わった時に、起爆。赤く発光しながら爆発し、周りを粉々に吹き飛ばした。

 

「じ、ばく?」

「死んでたよな?」

「えらく非現実的かつお約束な最後っ屁だなおい」

「でもこの威力か?」

 

「エネルギーパックを暴走させたな.......」

 

次の瞬間、長嶺も大の字に倒れた。既に右腕の感覚はなく、血が大量に流れている。

 

「総隊長殿!!」

「総長!!」

「親父!!」

「総隊長!」

「ボス!!」

「「「「「「「「「指揮官!!!!」」」」」」」

 

艦娘以外の全員が長嶺の元に駆け寄る。

 

「みんな大丈夫ですよ。高速修復剤を打てば、すぐに治りますよ」

 

「出来ねぇんだよ!!さっきの奴の攻撃じゃ、回復できねぇ呪いみてぇのが掛かってるんだよ!!!!!」

 

それを聞いた瞬間、血相変えて艦娘達も集まってきた。だが当の本人は、ただ笑っていた。

 

「なーに泣いてんだ、お前ら.......」

 

「なんで、なんで私を守ったのよ!指揮官!!」

 

「お前が攻撃を受けたら死ぬが、俺が受ければ死なないからだ.......。確かに呪いは掛かってるが、意味をなさない。見てろ.......」

 

そう言うと手を口元に持っていき、少し話した位置で吐息が掛かるように手を置いた。

 

「鳳凰の、息吹!」

 

そう唱えてから息を吹くと、赤い煙が吐き出され手に纏わりつく。それを右腕の傷口に持っていくと、そのまま押し当てる。纏わりついていた煙は傷口全体を覆うと、やがて消えた。

 

「よーし、犬神.......」

 

「高速修復剤?」

 

「あぁ.......」

 

口に咥えた注射器を長嶺に渡し、長嶺はそれを打つ。どう言う訳か生えない筈の腕が普通に生えてきて、いつものように復活する。

 

「な?大丈夫だろ。ってか血が減ったから、肉食いてぇ。肉!!オメーら、今日はBBQ大会だ。すぐに用意せぇ!!!!!!!」

 

普通に命じる長嶺に、全員ポカーンである。次の瞬間、全員から武器を向けて長嶺を囲む。

 

「え?何々?反乱ですか?」

 

「総隊長殿、質問に答えてください。さっきの敵、それに総隊長殿が使ってた技。一体何々ですか!?」

 

「教えなーい」

 

余りに巫山戯た答え方に全員の顔が、一気に怒りに染まる。今にも長嶺を撃ち殺しそうな勢いの、ガチギレモードである。

 

「だってよぉ、アイツというかこの一件を全部説明するだろ?それやったら俺は、ここの全員を皆殺しにしないといけない。アイツと俺の力は、この国の闇であって初めて真価を発揮する。正直、KAN-SENとか霞桜とか、そんなのより秘密にしとかねーとヤバいヤツだ。霧島、お前は覚えあるよな?前、防衛省のデータベースに侵入して俺の経歴見ようとした時、見れなかったのが有っただろ?アレが今回の一件に、深く関わっている」

 

このシリーズの最初、「最強提督のブラック鎮守府立て直し」の第五話真珠湾攻撃の冒頭で、霧島と大淀、それから明石が防衛省の機密ファイルに侵入して長嶺の経歴を盗んで来て、その経歴に「天皇陛下、防衛大臣、連合艦隊司令長官、本人以外のアクセスは一切不可能です」と表示されてたのが有ったのを覚えているだろうか?あのデータに書かれている物こそ、長嶺の能力やガンダム人間とガンダム人間、それから長嶺が過去に所属していた組織の情報である。

 

「この情報は天皇、防衛大臣、連合艦隊司令長官、俺以外は誰も知り得ない。それを知ると言う事は、死を意味する。それでも聞きたいか?」

 

この一言で全員が固まった。長嶺がここまでして止める理由を理解し、武器をおろした。

 

「だがまあ、そうだな。たぶんいつか、教える時が来るだろうよ。そん時まで、待っててくれよ?なっ?そん時は俺の過去もひっくるめて、全部教えてやるからよ。それより飯だ飯。腹減った」

 

なんか不完全燃焼感があるが、取り敢えずは全員納得した。因みに長嶺のリクエストでこの後BBQ大会が開催された。

 



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第三十一話鉄底海峡

鎮守府での戦闘より二日後 講堂

「さてさてお前達、いよいよこの時がやってきた。明日、満を侍してソロモン諸島へ殴り込む。既に霞桜第三大隊、それからW明石にヴェスタル、艦娘の夕張の工廠組を先遣隊としてビスマルク諸島のラバウルに送り込んであるのは知っての通りだ。

今回の戦場であるソロモン諸島は、艦娘、それから重桜とユニオンのKAN-SENにとっては因縁の土地だ。多数の艦船、航空機の墓場と化し「鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)」と呼ばれる程だ。それを知ってか知らずか、深海棲艦の皆様も大戦力を配備してくれやがりました。泊地棲鬼に装甲空母姫に飛行場姫、戦艦棲姫と本気で笑えないヤベェ奴らが勢揃いしている。しかも周りには護衛なのか親衛隊なのか知らんが、éliteとflagshipが相当数配備されている事も確認された。勿論その外にも大量の深海棲艦がいる」

 

ここで艦隊の頭脳たる艦娘の霧島が質問する。

 

「司令、この数では如何に物量と練度に自信のある我々でも手に余るのでは?」

 

「だろうな。だから今回は同時攻撃で敵を撹乱しつつ、敵に動揺を誘発させながら各個に殲滅していく。というのも奴らはフロリダ諸島に本拠地を構え、その周辺にあるラッセル諸島、ガダルカナル島、マライタ島、サンタイサベル島に防衛拠点を配置している。多分これ、何処か一方に全戦力で攻め込もうものなら、背後や両側面を突かれてジリ貧は必至。そこで先に周りの4島を攻め、ガラ空きになったところでフロリダ諸島に攻め込む。その為、今いる部隊を四艦隊に大きく分ける。配置に関しては各自で見てもらうが、艦隊旗艦に関してはこの場で発表させてもらう。尚、艦隊旗艦に関しては全員艦娘にやって貰う。理由は勿論、KAN-SENよりもこっちの世界に慣れているからだ。まずラッセル諸島の装甲空母姫を担当する第一艦隊には戦艦『武蔵』、ガダルカナル島の戦艦棲姫を担当する第二艦隊は戦艦『大和』、マライタ島の飛行場姫を担当する第三艦隊は航空母艦『赤城』、そして恐らく一番の激戦区であろうサンタイサベル島の装甲空母姫、飛行場姫、戦艦棲姫はこの俺が担当する。また霞桜の第三大隊を除く第一〜第五大隊は今言った順の艦隊に入り、艦娘とKAN-SENの支援をやって貰う。ラバウルの前線基地(FOB)の防衛は、第三大隊が担当する。以上、何か質問はあるか?」

 

手は上がらない。

 

「質問はないな。では各自解散の上、装備の最終点検をしておけ。以上だ」

 

今までで一番苛烈な戦場を前に、皆の空気は重い。艦娘は自らの提督である長嶺が今回は初めから先頭に立ってくれるし、一応ここに配属されている艦娘の8割は真珠湾とMI攻略作戦、所謂ミッドウェー島開放での一連の戦闘にも参加し、しっかりと誰一人欠けることなく生き残ってきた。

KAN-SENだって同様に、セイレーンとの戦闘やアズールレーンとレッドアクシズによる戦争を経験して来ている。早々死ぬつもりもないし、経験値では艦娘にも遅れを取らない。

霞桜の隊員達に関しては、経験値は全員が一級品の玄人達で戦闘に関してはどんな過酷な状況下であっても、最後の最後まで抗い続け必要とあらば肉弾となりて敵諸共吹っ飛ぶ気概すらある。

しかしそれでも、全員が今まで一番「死」を身近に感じてピリピリしていた。その為、暫くは解散せずに少ししてから自室や工廠に戻って行った。

 

 

 

その夜 長嶺自室

「我が主、今日は早く休むのか?」

 

「流石にな。一応、明日は決戦だ。この程度の戦いで死ぬつもりも無いし、死ぬ事もまず無いが、用心しておいて損はない」

 

「主様って、やっぱり人間辞めてるよねぇ。肉体も精神も」

 

「自分で言うのもなんだが、最近自分が人間じゃなくてなんか別の人型生物に思えてくるんだよなぁ」

 

相棒達とバカ話に花を咲かせていたが、2匹とも何かに勘づいたのか急に話を切り上げて、部屋を出て行ってしまった。するとドアがノックされて、オイゲンが入ってくる。

 

「入るわよ指揮官」

 

「いや、それ入る前に言えよ。もう入ってんじゃん」

 

「細かい事を気にしてちゃダメよ」

 

謎の空気が場を支配する。その様子を影からこっそり伺っていた2匹も「あちゃー」と、完全に落胆していた。

 

「で、こんな夜更けに何のようだ」

 

「あら、男女がこんな満月の素敵な夜に部屋に居るんだから、する事なんて一つじゃない?」

 

「はぁ、冷やかしなら帰れ」

 

いつものように際どい色っぽい事を言うが、長嶺はウザそうに帰れと言う。でもって2匹も「言いやがったよコイツ」という顔で、あわあわしていた。肝心の対応はオイゲンも予想していた様で、少し不機嫌になるだけで済んだ。不機嫌になるのは、ご愛嬌である。

 

「わかった、単刀直入に言うわよ。怖いのよ、明日になるのが」

 

「ほう。あの武名高き鉄血のエース、プリンツ・オイゲン様がねぇ?」

 

「悪かったわね。今回の戦いは、私も経験した事ないのよ。私は生き残れる自信はあるけど.......」

 

「成る程。他を見送り、また自分だけ生還するのが怖いか。ずっとお前が心からの笑顔をせずに、作り物の紛い物の笑顔をしていた理由もこれか」

 

オイゲンは自分の心を見透かされた事に驚いて、少し震えながらまるで化け物を見た様な恐怖と驚愕が同居した表情を見せる。

 

「確か「幸せを呼ぶ船」だったか?これ、言う奴からすれば良い意味だろうよ。要は「福の神」って事だ。だが捉えようによっちゃ、他の艦が沈んでも生き残る。他の艦を見送る。死神と同義だ」

 

「.......っさい」

 

「え?」

 

「うっさいわね!そうよ!!私は死神よ!!!!アンタに言われなくても分かるわよ!!!!!!」

 

そう言って近くのクッションを長嶺にぶん投げる。自分の一番触れられたくない心の傷を、ただ事実を並べる事しか出来ない奴に抉られているのだからキレるのが普通だ。

 

「まあ、俺もその死神だがな」

 

「え?」

 

「もう何年経つかな。昔も昔。俺が霞桜を作るどころか、海軍にすら入ったなかった頃の話だ。それこそ一昨日の事に関係するんだが、俺はある部隊に居た。本当に極秘中の極秘で、三流の都市伝説として流れてる程度だった。所属している奴も少なくてな、俺含めてたった4人しかいない。

ある時、命令が下った。ある国家を消し飛ばす作戦だったんだが、どうにか作戦は成功した。だが、俺以外の奴らは俺を庇って死んだ。ちょうどこんな満月の夜、俺のいた部隊は全滅した。生還した俺は関係者から「幸運の軍神」、「七福神を宿している」とか何とか言われたさ。

だが俺はずっと思っている。俺の幸運は他の3人から吸い上げた運で、俺は唯の簒奪した幸運を振り翳す醜い化け物か何かだと」

 

長嶺の目はいつもの優しい目でも、戦闘時の狂気に満ちた目でもなかった。ただ悲しみに暮れる、年相応の少年の様な目である。オイゲンもまさかここまで壮絶な人生だったとは思ったなかった様で、完全に固まっていた。

 

「なんか湿っぽい空気になっちまったな。折角来たんだ、一杯付き合え」

 

「あなた、よくこの空気で晩酌に誘えるわね」

 

「今日はこの間買った、ヴィンテージのシャルツホーフベルガー・リースリング トロッケン・ベーレン・アウスレーゼを開けようと思ったんだがなぁ。呑まないなら、一人で呑んじまうか」

 

シャルツホーフベルガー・(長いんで省略)アウスレーゼは一本150万近くする、高級ドイツワインである。長嶺は未成年だが大酒豪であり、様々な超高級酒や名酒を持っている。レパートリーもワイン、シャンパン、日本酒、焼酎、ウイスキー等々、酒屋レベルで持っている。

因みに酒の強さは度数70台の酒を、一升瓶で一気飲みしてもピンピンしてる。尚、ご承知の通り現実でやろう物なら、急性アルコール中毒になるなりで召されるので絶対にやらない様に。

いや、やる奴もいないか。

 

「!?」

 

「仕方ねーな。一人で呑むとす」

「ま、待ちなさい」

 

「どうしたのかな、オイゲンくん?」

 

完全に悪人顔の笑顔で、ニヤリとオイゲンの方に向く長嶺。オイゲンはてっきり顔を赤くしているかと思いきや、普通に「呑まない、なんて言ってないわよ」と普通に言いのけた。

このガッツとなんか良い感じの流れに2匹も笑いを堪えながら見守っていた。

 

「お、おう。そうか」

(よく言えたな、そのセリフ)

 

長嶺も内心では、突っ込んでいた。で、出撃前夜に急遽始まる飲み会。最初の方は長嶺に飲みっぷりに煽られる形で、がぶ飲みしていたオイゲン。しかし1時間もすると

 

「ヒック。しきか〜ん、もっと飲みなさいよぉ〜」

 

「お前、酔うと結構アレだな」

 

「なによ〜。女の子を酔わせて、ナニするつもりなのぉ?」

 

「いや何もしないよ?というか、そろそろ止めとけって。マジで明日後悔するぞ」

 

マジでグデングデンに酔っ払っていた。呂律は回ってないし、目は据わってるし、顔どころか全身が赤い。

 

「しきか〜ん、飲ませてあ・げ、ないわぁ」

 

「いや飲ませねぇのかよ。いや、ホントマジで寝ろ。今日はお開き!解散!!もう夜遅いから、そこ使え!!!」

 

「私を酔わせて、ナニするつもりかしらぁ?」

 

「2回目だってそれ」

 

もう埒が開かないし、多分このまま行くと話が堂々巡りするので実力行使に出る。

 

「よい、しょ!」

 

「ヒャッ!」

 

抱き抱えてベッドに強制連行し、布団の中に押し込む。しかしこの状態に移行するとなると、どうしても押し倒した様な格好になってしまう。てっきり支離滅裂な事を言うかと思いきや、顔を酔いからくる物とは別ので赤らめて、潤んだ目で上目遣いしてきた。しかしそこは流石、超弩級朴念仁鈍感男の長嶺。気にも留めてない。もうここまで来たら、新手の病気である。

 

「し、指揮官?」

 

「はよ寝ろ!」

 

そのまま布団被せて放置。自らはソファで寝て、翌朝を迎えた。早朝から戦域殲滅VTOL輸送機「黒鮫」が物資と兵員をピストン輸送し、夜には作戦行動が可能となっていた。準備が完了した部隊から出撃していき、それぞれ所定の配置に着く。

 

 

「グリム、左に回れ。ベアキブルは右だ。タイミングは、此方の銃声が合図だ」

 

「「了解」」

 

今回長嶺の配下には本部大隊と第五大隊の他に、大量のKAN-SENを指揮下に加えてある。今回の作戦を利用して、長嶺への恐怖心を植え付ける作戦である。というのも一部の艦娘には長嶺の力を疑問視する者もいる。そういう奴らを黙らすには長嶺の強さを見せるのが手っ取り早い訳で、この案を考えたグリムが選んできた。そんな訳でメンバーにはローンやネルソン、ヒッパー、ドイッチュラントの様なツンツンしてたり、なんかモラル的にアウトそうな奴を入れてある。勿論、普通の奴もいるが。

 

「八咫烏、桜吹雪を」

 

「心得た、我が主」

 

八咫烏から桜吹雪SRが射出されて長嶺の手に飛んでくる。長嶺はそのまま近くの岩に、バイポッドを立てて銃を固定。自らも狙撃態勢に入る。

 

「下僕、何をしているの?」

 

「.......」

 

「主人であるドイッチュラント様が質問しているのよ?答えなさい、下僕」

 

「.......」

 

完全無視の長嶺。痺れを切らしたのか、ドイッチュラントは適当に長嶺の身体を蹴ったり叩いたりする。しかし怒鳴るどころか、まるで何も感じてないからの様に微動だにしない。

 

「無駄だ小娘。我が主のスコープには何も映ってないが、主の意識は既に10キロ先の深海棲艦の砲身内、或いは魚雷発射管に狙いを定めている。何をしても、攻撃を開始するまで応えることはない」

 

「あなた、カラスの分際で私に意見するのかしら?」

 

「ドイッチュラント、少し黙れ。うるさい」

 

八咫烏が何か言い返そうとしたが、それを長嶺が制するかの様に文句を言う。顔を赤くするドイッチュラントだったが、ローンが宥めてくれたお陰で事なきを得た。

 

「さて、始めよう。初手は楽しい楽しいダンスパーティー、からだ」

 

ズガァン!ズガァン!ズガァン!

 

いきなりの銃声で全員が驚いたが、数秒後には奥の方の海が微かにオレンジ色に輝く。それの意味する所は、何かが爆発した事である。そして爆発するものは深海棲艦以外にはあり得ない訳で、10km先の標的を狙撃で撃ち抜いた事に全員が困惑していた。

 

「前衛の魚雷と砲弾を誘爆させた。多分、アレで全体が混乱する筈だ。戦艦と空母はこの位置から支援攻撃を始めろ。駆逐と軽巡はこのまま前進し、敵に魚雷をお見舞いしてやれ。重巡はこれの援護だ。攻撃開始、行くぞ」

 

そう言うと我先に先陣を切って疾走していく。KAN-SEN達はいきなり始まった戦闘に反応が遅れたが、そこは戦闘用に生み出された存在だけあってすぐに対応し後を追う。その間に長嶺は武装を桜吹雪SRから、風神HMGと雷神HCに持ち替えて、阿修羅HGと安定の幻月と閻魔も装備する。

 

ドオォン!!

 

深海棲艦がワタワタしている所に、120mm榴弾が軽巡ホ級の左側面に突き刺さり爆発する。でもってタイミングいい事に、戦艦の支援砲撃も降り注ぐ。

 

「野郎共、今だ!!」

 

『2分で向かいます!!GO!GO!GO!

 

グリムに指示を出し、霞桜も動かす。これにより左右からは霞桜、前からはKAN-SENと長嶺、背後には深海棲艦が守るべき島という完璧なる包囲網が完成した。これでどこに逃げようと、確実に殲滅できる。

 

キュィィンブォォォォォォォォォォォ!!!!

 

「悪いな深海共。仲間が来るまでは、釘付けにさせてもらうぜ?」

 

風神HMGを使って深海棲艦を牽制しつつ、注意を完全に此方に向かせる。しかし上からは戦艦と援護位置についた重巡からの砲撃で、止まっていては危険な訳で動きたいが動けない状況が続く。

 

(そろそろだな)

 

ブウゥゥン

 

低い唸る様な音が多数空に響く。上を向くと、様々な艦載機が飛来していた。空母艦載機による連合航空隊である。駆逐艦程度であれば、戦闘機の機銃掃射でも倒せるので全機が降下を始める。爆弾と魚雷を落とし、輸送船や駆逐艦の様な装甲の薄い艦には機銃掃射をお見舞いする。

 

「もう指揮官ったら、私達を置いて行くなんて」

 

「ハハ、悪いな。俺がいる限り、一番槍は俺と相場が決まってんのさ」

 

ローンの文句に、戯けて答える。ローンが来たと言う事は、他の艦も来ていると言う事である。しかしここで一つ疑問が浮かぶ。

 

「ってかお前、重巡枠だよな?なんでここにいる?」

 

「だって指揮官は「重巡は援護しろ」って言ってましたよね?私やドイッチュラントちゃんは、重巡ではなくて「超巡」ですよ」

 

「一本取られたな。まあ別に、数隻前衛に出張っても問題はないか」

 

「そうですよぉ〜。それに、私は前線で敵を破壊する方が好きですから」

 

そう言いながら、なんか据わった目で笑うローン。何故か長嶺は同種の匂いを感じたが、今は一応戦闘中なので考えるのをやめる。

 

「破壊するのが好きなら、俺についてこい。今から敵陣のど真ん中に突っ込むし、お前の大好きな破壊が楽しめるぞ?」

 

「ふふふ。指揮官はわかってくださるんですね、この気持ち」

 

「お、おう。だが、突っ込むのもう少し待て。役者が揃ってない」

 

そう言って長嶺はあたりを見回す。既に到着した軽巡と駆逐艦が、魚雷と砲弾を叩き込み前衛を瓦解させている。深海棲艦も後方に下がって体制を立て直す動きを見せているし、恐らく動ける艦で構成したであろう即席の水雷戦隊で両翼を急襲しようという動きを見せている。しかしそれをする前に、此方の動きの方が早かった。

 

ポンポポンポン

 

「騎兵隊、ただいま到着!!」

 

グリム率いる本部大隊と

 

「カチコミだ野郎共!!!!暴れろ!!!!!!!!」

 

ベアキブル率いる第五大隊が両翼から攻撃を始める。目紛しく一瞬で状況が変化して行く戦場に、深海棲艦達の統制は完全に失われた。この状況下ではマトモに連携が取れず、一人で数人のKAN-SENを相手取る羽目となる。しかし駆逐艦や軽巡であっても、彼女達は全員が最強の男である長嶺が育てた一騎当千の戦士達。戦艦であっても遅れは取らない。

因みに長嶺は、時間が許す限り演習に顔を出し戦闘に関するアドバイスを常にしている。顔を出さない時は演習の映像を見て改善点を洗い出しそれを教えるか、新しいやり方を教えて所属する全員の能力を底上げしてきている。

 

「「鬼神」の力、味わうがいい!!!」

 

「努力の成果を試す時です!」

 

「Jクラスの実力見せてあげる!!」

 

「状態良好。行こ!」

 

戦艦タ級eliteに主人公格4人が挑む。eliteは本来、駆逐艦で挑むのは自殺行為に等しい程に強い。しかし、しっかりと連携の取れた4人にはその壁すらも乗り越えてくる。結局タ級は終始翻弄されたまま、一矢報いる事もなく4人に敗北した。

 

「みんな、いい動きするな」

 

「親父!直参隊員、総勢20名。見参!!」

 

「おいおい遅いぞベアキブル。もう先に突撃しようかと、3回位思ったぞ」

 

「そう言わんといてください。我々は準備できてますが、そちらは?」

 

「こっちもOKだ」

 

ベアキブルが何か言おうとした瞬間、謎の女の声が全員の脳裏に走る。

 

———アイアン.......ボトム.......サウンドニ.......シズミナサイ.......

 

「親父、コイツは」

 

「あぁ。間違いない。敵のボス、戦艦棲姫が出張ってきたな。なにが「アイアンボトムサウンドに沈みなさい」だ。誰が沈んでやるか、クソッタレ」

 

「よくわからないですけど、敵ですか?」

 

「それもボスだ。心してかかれ」

 

ローンにそう言うと、ローンはまた怖い笑みを浮かべる。しかも顔が超美人だからか、何か不気味で怖い。

 

「さーて、野郎共。そろそろ行くとしようか?」

 

「「「「「オウ!!!!」」」」」

 

流石、元極道達。声だけで敵を威圧できる。しかしその弊害で、敵どころか味方である一部の駆逐艦も恐怖しちゃっている。何なら半泣きの子すら出る始末だが、そんな事は気にしない。

 

「犬神、八咫烏。テメェらも暴れろ!!!!」

 

「心得た!!」

「やったー!!暴れるー!!!!」

 

「ローン、敵に情けは要らん。好きなように吹き飛ばせ。但し、味方は巻き込まんでくれよ?」

 

「わかってますよ〜」

 

「そんじゃ、突撃!!開始!!!!」

 

長嶺、ローン、犬神と八咫烏、ベアキブル、それからベアキブルの部下達が敵のど真ん中目掛けて突撃する。長嶺も武装を阿修羅HGに変えて、近接戦闘に特化した装備となる。

 

「ドス蹴りの極!!」

 

ベアキブルはドスの名手であり、自分で技を作る。さながら某如くが龍の兄さんである。ドス蹴りの極は空中にドスを投げて、刃が相手の体に向いた瞬間にドスを蹴って、そのまま突き刺す恐ろしい技である。尚、しくじると自分の足にドスが刺さる。

 

「ふふ、私のことを見て逃げようとするなんて、まさか逃げられるとでも思っているんですかぁ~?」

 

一方ローンは謎のスイッチが入っちゃったみたいで、長嶺もビックリな戦闘狂に仕上がっている。

 

「吹雪の術!!」

「突風の術!!」

 

相棒2匹は安定の妖術で全てを破壊し、道を作り出す。

 

「オゥら!!」

「せいやあ!!!!」

「ヒヒヒ、血を見せろや!!」

 

ベアキブル配下の直参隊員達は、ヤクザやチンピラの様な武器で戦っている。ハンマーやら大筒花火やらバットやら、何でもかんでも使って戦っている。

 

「邪魔だ邪魔だ!!!!首置いてけ!!首だけ置いて死に晒せ!!!!!!」

 

どっかの妖怪首置いてけに取り憑かれたのか、首を伐採していくが如く斬り伏せていく我らが長嶺。刀で斬り伏せつつも、体術で首や手足の骨をへし折り戦闘不能にさせたり、阿修羅HGで脳天や心臓をぶち抜きながら戦う。そのせいで長嶺身体は、全身深海棲艦の青い血に塗れている。その姿は「化け物」という言葉が一番合うだろう。

 

「うへぇ」

「完全に総隊長の悪いスイッチ入ったな」

「あー終わったー、深海棲艦終わったー」

 

本部大隊の連中は長嶺の姿を見て深海棲艦に同情し、KAN-SEN達は恐怖の余り泣き出す者や、いつもとは違う姿に戦慄する者など結構カオスであった。

 

「シズミナサイ!!」

 

ズドォォォォン!!

 

戦艦棲姫の16inch砲が火を吹く。対象は長嶺の様だが、たかが正面からの砲撃で殺されるほど弱くない。刀で砲弾を真っ二つに切り裂いて無力化する。

 

「おうおう、危ねぇな。そんなに火遊びしたいなら、あの世で好きなだけしてやがれ!!」

 

そのまま刀を構えて走り出し、飛び上がる。そのまま首目掛けて突進し首を切り落とす。

 

「ダメナノネ.......」

 

「往生しやがれェェェェ!!!!!」

 

次の瞬間、深海棲姫の首は切り落とされ、首のない胴体は血を撒き散らしながら倒れる。

 

「よし。次は飛行場姫と装甲空母姫だな」

 

『指揮官、聞こえるかしら?』

 

「ネルソンか?どうしたよ」

 

『飛行場姫と装甲空母姫とかいう奴、こっちで始末しといたわ。感謝しなさい』

 

まさかの戦艦&空母部隊が、長嶺が一人無双している間に倒しといてくれたらしい。マジでビックリである。

 

「よく倒せたな。それじゃ今からはグリムの指示に従ってくれ。ここからは、この一帯の残敵掃討だ」

 

『了解よ』

 

「グリム、後任せるわ」

 

「了解しました。大ボスの飛行場姫、頼みます」

 

「任せろ」

 

長嶺は懐から7枚の式神を取り出す。もうこれを出したなら、何をするかは予想できるだろう。

 

「空中超戦艦『鴉天狗』、見参!!!!」

 

艦娘化である。本陣であるガダルカナル島に攻め込むべく、空を飛んで上空に向かう。

 

———ナンドデモ.......ミナゾコニ.......シズンデ.......イキナサイ.......

 

飛行場姫も長嶺の存在に気付き、戦闘機を発進させ対空射撃もしてくる。だがその程度で倒せる程、鴉天狗は弱くない。

 

「対空戦闘、正面。攻撃開始」

 

速射砲と機関砲が即座に攻撃を開始し、空をオレンジ色に染め上げる。たかが100機程度では、長嶺の元にすら辿り着けない。

 

「小癪ナ.......」

 

「次はコイツだ。全艦載機、対地装備にて出撃!!」

 

左右の艤装から、F27スーパーフェニックスが次々に発艦していく。その翼には爆弾や巡航ミサイルが満載されている。1機につき26発は装備されており、その機体が300機以上飛来するのだから恐怖以外の何者でもないし、速度も音速を叩き出している。迎撃は不可能であるが、そうとも知らずに対空射撃の弾幕をスーパーフェニックスに浴びせる。

勿論その弾幕を1発も被弾せずに突破し、爆弾と巡航ミサイルの雨が飛行場姫を襲う。

 

「キャァ!!」

 

この攻撃で飛行場姫の滑走路は破壊され、武装も殆ど使い物にならなくなった。その為飛行場姫にできることは、ただ上空に浮かぶ長嶺を睨むことしかない。

 

「素粒子砲、射撃準備」

 

長嶺は「戦闘能力を喪失したことだし、これ以上は可哀想だから攻撃しないであげよう」と考えるなんて優しい事はしない。敵が死に掛けているなら、最後まで殲滅するのみである。

 

「エネルギー充填開始、バイパス接続。エネルギー正常に伝達中」

 

右側の艤装に搭載された巨大な砲身が変形し、正面と左右の砲口がせり出す。エネルギーが充填されている証拠なのか、段々と紫色の光が砲口に宿り出す。

 

「スコープ解放。ターゲティング開始」

 

長嶺の顔の前に、水色の水晶体の様な半透明のディスプレイが現れる。画面には様々な素粒子砲に関する情報、例えばエネルギーの充填率とか各部の破損状況とか様々な情報が列挙されていた。真ん中には照準を定めるためのスコープ画面が映されており、それを飛行場姫に合わせる。

 

「ターゲットロック。素粒子砲、発射!」

 

ギュゴォォォォォォォォォ!!!!!

 

紫色の光が飛行場姫に襲い掛かる。横向きに発射されたビームも少し進むと飛行場姫に向かうビームの方へと集まり、極太の巨大な光の柱のようになり飛行場姫を貫く。

 

「タクサンノテツ.......シズム.......コノ、ウミデ..............ソウ.......」

 

飛行場姫はそのまま前に崩れ落ちると、炎の中に沈んだ。直後、真っ黒な空が一転し南国特有の眩しい日差しに変わった。

 

「総隊長より各部隊。飛行場姫の沈黙を確認。ソロモン諸島は解放された。繰り返す、ソロモン諸島は解放された。以降は残敵掃討に移り、完了次第江ノ島に帰投する。皆、よくやった」

 

次の瞬間、無線から歓声が上がる。ソロモン諸島解放の報は世界中を駆け巡り、以降は各国の海軍と海上自衛隊による海上交通路の保護作業やオーストラリア方面への救援物資輸送の準備が行われたりしていた。

 

 



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第三十二話KAN-SEN確保戦争

ソロモン諸島攻略より数週間後 12:00 食堂

「やっぱ、寒い時の鍋焼きうどんは格別だ」

 

月は11月の下旬。一寸先が海である鎮守府は、やはり体感温度が他よりも数度下回る。そこで長嶺の食事も、最近暖かい物になってきた。今食べてる鍋焼きや、すき焼き御膳、釜揚げうどん等々。寒い日に食べたくなる物が多い。

 

「指揮官、前いいか?」

 

「おう、座れ座れ」

 

鍋焼きうどんを啜っていると、エンタープライズがやってきた。しかし手にはお盆や皿の代わりに、カロリーメイトが握られていた。

 

「指揮官のそれは何だ?」

 

「ん?あぁ、コイツは鍋焼きうどんだ。鍋料理の一種で、うどんと出汁と具材を土鍋に入れて、煮込む日本の伝統料理だ」

 

「ほう。うまそうだな」

 

「なんなら食うか?あったまるぞ」

 

「いや、えっと、それは.......」

 

エンタープライズは顔を赤らめた。無理もない。小鉢にうどんと出汁と海老天や油揚げの様な具材を寄せてくれたが、差し出された箸も小鉢も長嶺が使っていた物。つまり、間接キスになってしまう。

長嶺は超絶鈍感朴念仁男である為、全く気にしてない。しかしエンタープライズは曲がりなりにも女の子であり、やはり気にしてしまう。長嶺の顔はガッツリ美形のイケメンにもワイルド系の物のイケメンにも見えてしまう、結構特殊な顔である。そんな訳で照れまくっている訳である。

 

「えっと、じゃあ頂く//////」

 

うどんを啜るが、出汁の味なんてわかる筈もなかった。緊張と照れから、完全に頭がオーバーヒートしていて舌で感じた味覚の刺激を脳が受け付けなかったのである。

 

「どうだ?美味いか?」

 

「あ、あぁ」

 

「そうかそうか。良かった。で、だ。お前、マジで大丈夫なのか?それ、カロリーメイトか何かだろ?」

 

「そうだ。戦士たる者、常に戦える様に無駄を削ぎ落とす。日本のカロリーメイトというのは、味も良ければ栄養価も高い。戦士にとっては理想の食事だ」

 

長嶺がデカい溜め息を吐いて、エンタープライズの手からカロリーメイトを奪い取る。

 

「な、何をする!!」

 

「何をする、じゃねーよ。お前、因みに聞くが昨日の食ったもの、全部言ってみろ」

 

「朝はエスプレッソにチーズ味のカロリーメイト、昼はカフェオレにフルーツ味のカロリーメイト、夜はココアにブラックにプレーン味のカロリーメイトだ」

 

またまたデカい溜め息を吐いて、「カロリーメイトとコーヒーしか食事のバリエーションがねぇのか、お前は。スネークでももうちょい気にするぞ」とツッコむ。

 

「バランス栄養食を取って何か悪い」

 

「確かに変に菓子を取るよりかは、カロリーメイトを食った方がマシだ。それにカロリーメイトを取っておけば、問題なく生き続けられるだろうよ。

でもな、それじゃあ良くない。栄養学的に大丈夫でも、精神的にはアウトだ。食事とは単に栄養の補給の場では無く、食物の恵みに感謝し、多種多様な味を楽しみ、活力を得る手段だ。お前は戦士の理想の食事とか言っていたが、それはあくまで「戦場の中で食べる食事なら」って話だ。日常生活では、しっかり食う者が最終的に勝ち残る」

 

「後半はともかく、前半の口振りはまるで医者みたいなだな」

 

「俺、一応医師免許持ってるよ。これでもハーバード大学院まで行って、医学博士の資格持ってるし。まあ別の戸籍だから、俺のではないがな」

 

どうやらこっちに来て、何かしらのメディア媒体でハーバードの名を知っていたらしく、固まっている。まあ普通に考えて、今でも高校生位の奴が世界一頭いい学校の、それも絶対その中で一番の頭脳がいる医学を修めてる事に驚愕している様だった。

 

「さて。で、ユニオンの英雄様は最強の戦士で医者の言か、自らの信念か、どちらを信じるのかな?」

 

「きょ、今日は普通に食事を取る事にする」

 

「よろしい」

 

その後、食器を片付けて執務室へと戻る。午後からの業務を始めるべく、気持ちを仕事モードに切り替えて執務室のドアをくぐる。

 

「あ、提督。おかえりなさい」

 

「あれ、今日の秘書艦は確かネルソンとロドニーじゃ。あ、そっか。午後からお前達に変わるのか」

 

「提督、まさか忘れてたんですか?」

 

午後からの秘書艦になる扶桑型姉妹(艦娘の方)が執務室に入っていたが、その事を完全に忘れていた長嶺は山城から冷たい視線を浴びせられる。

 

「山城、提督はご多忙なのよ?この位忘れてしまっても、仕方がない事だわ」

 

「姉様がそう言うのでしたら」

 

(やっぱ扶桑の言う事なら、一発で聞くんだな)

 

なんか謎に感心しつつ、午後の業務を始める。午前中は主に遠征や委託に行った艦隊からの報告書の確認だとか資源の確認なんかだったが、午後からは打って変わって経理関連の執務になる。

それ故に数字と睨めっこし続けるハメになり、ちょこちょこ糖分を摂取して効率よく片付ける。そんな中、一本の電話が鳴る。

 

「はい、江ノ島鎮守府です」

 

『防衛大臣の東川だ。長嶺提督は居るか?』

 

「居られますよ。少々お待ちください」

 

受話器を当てたまま、扶桑が目で長嶺に合図を送る。それを察して、電話の回線を切り替える。

 

「はい、お電話代わりました。長嶺です」

 

『おぉ、元気そうだな。まずは、先のソロモン諸島攻略の任、本当にご苦労だった』

 

「えぇ。それが私の仕事ですから」

 

ここで長嶺は違和感に気付いた。別に何処も可笑しくないのだが、まるで何かを探られている様な感覚を覚える。大体こう言う事をしてくる時は、大体面倒事やその火種が持ち込まれる。

つまり、また何かしらの問題発生である。

 

『あー、所でだな。ちょっとばかし、河本に不味いものを握られたぞ』

 

「は?」

 

『今朝方の事だ。奴が私のパソコンにメールしてきた。添付されてたファイルを開くと、そこには例のKAN-SENと思われる娘の写真が貼られていた。

文章にも「長嶺長官は、何かしらの秘密を隠しておられる。これは一長官の権利を逸脱しており」っと、まあ端的に言うと「長嶺長官を吊し上げるので、会議を開かせろ」と言ってきた』

 

河本。その名を聞いた瞬間の長嶺の顔は、もう何と形容したら良いか分からないほど、すんごいゲンナリとした顔であった。知っての通り、河本と長嶺は仲がクソ悪い。というか一方的に逆恨みされて、喧嘩売られまくられてるだけだが。

長嶺も基本的には無視を貫き通すが、相手は世界有数のコンツェルンを束ねる人間やら政治家から警察の上層部にまで血縁に持つ男。いかんせん、妨害が一々面倒な上に陰湿な物なのである。そんな男が今回の騒ぎの台風の目とか、今すぐに逃げ出したいほどに騒ぎを回避したいのである。

 

「で、いつやれと?」

 

『明後日、だそうだ。恐らくそこでやる事になるから、頼むぞ』

 

「今すぐに鎮守府爆破して、適当な所に逃げたいですよ。まったく、念のために聞きますが、最悪バレても問題ないし、バレても現有戦力は保持で良いんですね?」

 

『問題ない。どうせ遅かれ早かれ国民に公表するつもりだったし、戦力についてはお前の様な最優秀の指揮官に一番質が高いのを数多く配備するのは当然のことだ』

 

「わかりました。適当にやって、どうにか切り抜けますよ」

 

言伝も取ったので、受話器を置いて電話を切る。一回デカい溜め息を吐いて、秘書艦の2人に指示を出す。

 

「扶桑、山城。明後日、緊急の会議を開く事になった。各基地への、この旨の伝達を頼む。それから一時間後、会議室にウェールズ、エンタープライズ、赤城、ロシア、ビスマルク、ヴェネト、リシュリュー、艦娘の大和を呼んでくれ」

 

「「はい!!」」

 

指示を出すと、会議の前に霞桜の大隊長との会議を行う。明後日の警備計画の作成や緊急時の対応の確認、要注意人物の共有などである。霞桜との会議を50分程度で終わらせ、今度は艦娘とKAN-SENとの会議を行う。

 

 

 

一時間後 会議室

「皆、よく集まってくれた。早速、今回の話に入らせて貰う。一時間前、東川防衛大臣より「明後日に江ノ島で会議を行う」との連絡があった。

ただの会議なら問題なかったんだが、どうやら今回の議題は中々に面倒な物らしい」

 

そう言うと一呼吸置いて、背後にあるプロジェクターの電源を入れる。部屋の電気とカーテンもプロジェクターの電源が入ると自動で動き、鮮明な映像が映し出される。

映ったのは、今回の会議に参加する者達の名簿であった。

 

「まず現在の帝国海軍は世界を護る正義のヒーロー集団でもないし、正直言って一枚岩じゃない。それどころか、内部での政治抗争が起きる始末だ。

で、今回の会議の発案者はウチの派閥というか、まあ派閥って程でも無いんだがな。その属する派閥と敵対してる、なんかまあ、面倒臭い派閥のリーダーが仕掛けてきた」

 

「提督、そのリーダーというのはもしかして.......」

 

「流石に大和は知ってるわな。そう。その発案者ってのが、今の俺のポストである「第三十三代目連合艦隊司令長官」の座を争った男、佐世保鎮守府の提督である河本山海って奴だ。

まあ争ったというよりは、勝手に突っかかってきて勝手に自爆したという方が正しいか」

 

河本山海の名を聞いた時の艦娘達の顔は、長嶺程ではないが「関わりたくないなぁ」という顔をしていた。

 

「あ、因みにコレがその河本な」

 

そう言うと長嶺がPCを操作して、名簿の中から河本のデータをクリックして拡大させる。顔写真と階級や年齢などの簡単な情報が映し出された。

因みに河本の見た目はと言うと、髪はスキンヘッドで、顔はパーツが厳つく、まるでヤクザの親分。胴体は太っており貫禄たっぷりという、なんか如何にも汚職してる権力者とか、NTR系で寝取ってる大きなイチモツを持ったおっさんみたいな見た目である。

 

「でだ。本来なら俺が適当にあしらうなり、俺の十八番である武力を背景に脅すなりすれば良いんだが、いかんせん今回の一件に関しちゃ慎重に動かざるを得ない。その原因が、コイツだ」

 

今度は東川からの電話の後、メールで送って貰った問題の写真である。その写真には、恐らくビスマルクとティルピッツと思われる女性が艦娘の物とは明らかに異なる艤装を展開した上で、深海棲艦に砲撃を加える写真と恐らくハインリヒと思われる女性の艤装(アイゼンくん)が自律稼働して戦ってる様子の物であった。

 

「他の奴だったら「新種の艦娘ですぅ」とでも言って誤魔化せたんだが、流石にこれはなぁ。あ、別に責めてないからな、ビスマルク?」

 

「これは私達、鉄血の失態よ。どんな罰でも受けるわ」

 

「いえ、艦隊旗艦であった私の責任です。私に罰をお与えください」

 

元凶の写真の被写体となってしまったビスマルクと、そのビスマルク、ティルピッツ、ハインリヒの3隻を指揮下にしていた赤城が謝罪する。

しかし長嶺はそれを笑いながら止めた。

 

「いやいや。多分写真的に、衛星画像だから対策の仕様がないだろ。別に誰の失態って訳でも無いし、強いて言うなら事前に予測出来なかった俺の責任だ。お前達、鉄血陣営や当時の旗艦であった赤城が責任を感じる必要はない」

 

「しかし同志指揮官。何の策も無く行くというのは、無謀だと思うぞ?恐らく、そのカワモトというのは何かしらの策や、目的がある筈だ」

 

「あー、それな。策の方は知らんが、まあ目的はアレだな。自分に戦力を置きたいんだろ。それか、案外アレかもな」

 

結構含みのある言い方に、今度はヴェネトが質問する。

 

「指揮官さま、何やら含みのある言い方ですね。戦力の拡充以外に、何か別の目的があると?」

 

「いや、多分違う、というか違うと思いたいんだが、KAN-SENってのは艦娘同様、皆何故か一様に美女揃いだ。ホント、女優とかアイドルが霞むレベルで。だがしかしKAN-SENには戸籍というか、個人を法的、公的に証明する物がないだろ?

前に俺達が粛清した案件の中に、同じく戸籍がない艦娘を海外組織に性奴隷の目的で売っ払おうとした奴がいたんだ。艦娘の場合は「強姦ストッパー」っていう装置がデフォで体内に付いてて、合意無しでそういう行為をしようとすると、提督体内のナノマシンにより全身を身動き取れなくする程度に痺れさせる機能があるのに、それを除去する装置を作ってまで売ろうとしてた。

戸籍ない、強姦ストッパーない、超絶美女のKAN-SENなら、普通に考えて間違いなく売るなり、手元に置いて使うなりするだろ?」

 

この一言で、全員が察した。更に追い討ちを掛けるが如く、その売り払おうとしたクズが河本派閥だと言われて、余計に不味い事を悟った。

 

「指揮官。貴方の力を持ってすれば、手を打てるのではないか?」

 

「そうです。指揮官のお力なら、例えばですが武力行使なども可能なのでは?」

 

ウェールズとリシュリューがそう聞いてきた。思ってたよりも、長嶺の事を理解してきている2人である。

 

「いやぁ、この際だからぶっちゃけるが、正直俺も殺せるなら殺しときたいよ。だって一々邪魔やら妨害やらして来るし、その行為も卑屈でウゼェのばっかだし。だが、アイツの一族には警察の幹部やら大御所の政治家やら世界的大企業の総帥とか、権力者が多いのよ。オマケに派閥の人員は、こっちよりも多いし。

俺も色々な戸籍を持ってるから権力の部分じゃ一族とも五分五分だし、派閥に関してはこっちのが権力者が多い。だけどスタミナ勝負の持久戦にでも持ってかれたら、こっちは権力なら実質1人だし、派閥の人は少ないから体力切れで負ける。殺したら殺したで後が厄介だし、権力抗争でも相性が結構悪い」

 

しかし長嶺は「だがな」と言って話を続けた。

 

「今回に関しちゃ、正直権力は必要がない。目的を達成する上で払うリスクを、目的達成で得られる物よりもデカくしてやれば良い。要は「ハイリスク・ローリターン」であると奴らに知らせれば、いやこの場合ならハッタリでも良いから信じさせれば良い。つまり、ここで勝負だ」

 

そう言うと、自分の頭を指でつついた。それが指し示す意味は「頭脳戦」である。

 

「てことは、策があるんだな指揮官。教えてくれ」

 

エンタープライズがそう聞いた。しかし長嶺は少し言いにくいのか、間を開けてから言い始めた。

 

「あぁ。KAN-SENを「気性が荒く、とても危険な存在である」と語る。だがまあ、この策は最終手段だ。この策を使うと、KAN-SEN全体の評価を著しく下げるからな。一応は「どんな事が起こるかわからないから、どんな状況にも対応できる俺の手元に置く方が安全」ってスタンスで行く」

 

このスタンスは、実際の所事実である。勿論、KAN-SENが裏切るとか暴走するとかの話ではない。そもそも、彼女達がこの世界にいる事自体がイレギュラー中のイレギュラーである。もしかしたら、今この瞬間にも元の世界へと帰ってしてしまうかもしれない。

そういう意味では、ある程度の緊急事態に対応できる長嶺の手元に置いた方が合理的である。

 

「まあ政治はやりたくないが、その辺の喧嘩は俺に任せて欲しい。俺は一度「仲間(かぞく)」として受け入れたのなら、俺の持てる全力を持って護り抜く。そこだけは信じてもらって良い」

 

いつにも増して真剣な顔に、全員がドキッとしていた。そりゃあイケメンから「守ってやる」宣言されて、メロメロにならない女性は殆どいない。あ、勿論、メロメロになってる事を長嶺が気づくわけがない。何故なら彼は超絶鈍感朴念仁男だから!!

この後は会議中のKAN-SEN、艦娘達の掌握を頼んだり、ベルファスト、艦娘の間宮、鳳翔を呼んで当日の給仕だとか案内とか、飯の用意について頼んでおいた。

 

 

 

明後日 10:00 会議室

「みなさん。お忙しい中、よく集まってくれました。本日集まって貰ったのは、河本提督より緊急の議題があるそうです」

 

「長嶺長官。単刀直入に申し上げます。あなたは、祖国を裏切るおつもりか?」

 

この言葉を出した瞬間、一気にザワつく。風間と山本は「いつもの河本の妄言か何かだな」と考えて、落ち着いている。

 

「ほう。その根拠は?」

 

「この写真をご覧頂きたい」

 

プロジェクターに、一昨日の会議でも映された例のビスマルク、ティルピッツ、ハインリヒの写真が映し出される。

 

「これは我が河本コンツェルン傘下企業の衛星がたまたま偶然撮影した、先のソロモン諸島攻略時の写真です。皆さんもご承知の通り、ソロモンを解放したのは長嶺長官の率いる艦隊。ですが、この写真に写っているのは艦娘とは些か毛色が異なる。これは、一体どういう事なんでしょうな?」

 

「本来なら、もう少し時間を置いてから段階的に公表したかったんだがな。

河本提督の言う通り、彼女達は艦娘ではない。艦娘とは似て異なる存在で「KAN-SEN」と呼ばれる存在です。で、そのKAN-SENは別世界からの来訪者達です」

 

一気にザワつく。流石にさっきまで微動だにしてなかった風間と山本も、「え!?」という顔をしていた。そして河本は、ここぞとばかりに噛み付いた。

 

「ふざけるな!!!!貴様は霞桜の力で他国より人を拉致し、それを艦娘に仕立て上げた!!!そうだろ!?!?!?!?」

 

「はぁ。プロジェクターをしっかり見てください。この島に、皆さんは見覚えありますか?」

 

そう言うと長嶺は、プロジェクターにアズールレーンとレッドアクシズの島を映し出す。唯の島ではなく明らかに人工構造物を有する島であり、見た事くらいなら有りそうな島である。しかし、誰一人として見覚えはない。

 

「見覚えないでしょう?コイツはそのKAN-SENと一緒にこの地にやって来た、本拠地となっていた島です。私は4月から半年間、この2つの島に潜入しKAN-SEN達と接触。情報収集や交渉の末、こちらに戦力として引き込んだ。

そしてそのKAN-SEN達の初陣が、先のソロモン諸島攻略戦だったんですよ」

 

「長嶺長官、質問を一つよろしいですかな?」

 

「構いません」

 

頭から湯気を出して顔を真っ赤にしている河本に代わり、同じ派閥でNo.2的なポジションの海道が立ち上がる。

 

「戦力として引き込んだと今仰いましたが、具体的にはどの程度を?」

 

「約600隻を此方に引き込んでいます。因みに来訪しているKAN-SEN全ての数と同じです」

 

海道はニヤリと笑うと、下卑た笑みで「いけませんなぁ」と言って長嶺に攻撃を仕掛けてきた。

 

「長官とは言えど、1人の提督に600隻の艦船は流石に戦力のバランスが可笑しいでしょう?そのKAN-SENとやらは、各提督と平等に分けるべきでは?」

 

「そうだ!幾らなんでも桁が可笑しいでしょう!?」

「それに、平等に分配した方が合理的です」

 

同じ陣営の横山と小清水も同調する。しかしそんなのは想定の範囲内。勿論、考えていた反論を持って反撃する。

 

「確かにその考えは間違っていない。私も同じ様に考える。しかし、です。彼女達が異世界の来訪者である事をお忘れですか?」

 

「(あぁ、成る程)」

「(長嶺くんも策士だねぇ)」

 

河本派閥の人間や中立のショタ提督sと川沢は誰一人としてピンと来てないが、山本に次いで風間だけはその反撃の手立てを見抜いていた。

 

「今回の異世界からの来訪は、今の所は人為的ではなく偶発的なイレギュラーだと考えています。つまりずっと残り続ける保証もないし、それどころか、どんな事が起きるかの予測も建てられないのです」

 

「どういう意味、ですかな?」

 

「海道提督。戦力を得る上で、数は少ないが100%裏切らない兵士と、数は多いが裏切るかもしれない、或いは行動の予測が立てれない兵士が居たら、貴方なら何方を選びますか?」

 

「は?そ、それは勿論前者ですが」

 

この瞬間、長嶺の勝ち筋は不動の物となった。顔にこそ出してないが、心の内では「してやったり!」とニヤリと笑いながらドヤ顔していた。

 

「そりゃそうでしょう。だって、戦闘する前に余計なリスクは排したいですもんね。KAN-SENだってそうです。彼女達は異世界の来訪者で、しかも来訪した方法や理由も分からない。つまり今この瞬間に、自分達の居た世界に戻ったって何の不思議も無いのです。

何もない時なら良いでしょうが、もしも帰るタイミングが戦局の大事な局面であったり、失敗の許されない作戦中だったら如何でしょうか?」

 

気付いて無かった提督達も気付き、そして河本派閥は顔色が一気に変わった。更に長嶺は追い討ちを掛ける。

 

「ただ帰るだけなら良い。もしかしたらKAN-SENが何らかの要因で、裏切ったり力が暴走するかもしれない。今の所はそういった事は無いですから、まあ流石に多分大丈夫でしょうけど絶対の保証もない。もし仮にそう言った自体に陥った時、あなた方はそれを封じ込めるなり撃退するなり出来ますか?」

 

更なる追い討ちに、完全に負けを悟った河本派閥。しかし河本だけは、まだ諦めて無かった。

 

「長官のお考えは御もっともです。しかし、その可能性を排する事を思案しないのですか?」

 

「というと?」

 

「長官の場合は大和型を筆頭に、海軍の中でも精鋭の艦娘を保有していますし、あの特殊部隊Xとして恐れられる霞桜もあなたの指揮下だ。武力を用いた制圧であれば、恐らく可能でしょう。

しかし、少しでも安全性を確保する為に多角的に検証すれば良いのでは?医学、科学、その他諸々。我が鎮守府であれば、その全てが可能です」

 

確かに河本の力、というかコネを使えば出来る。河本コンツェルンの中には医療関係の企業もあるし、というか病院も持ってるし、研究所や大学なんかも持ってるから如何とでも出来る。

しかし、今回ばかりは相手が悪かった。

 

「えぇ。それら全て、我が鎮守府で賄えますから御心配なく」

 

「へ?」

 

「多角的に検証するという河本提督の考えは、合理的かつ現実的です。しかし、あなたはその検証を誰にやらせるおつもりでしょう?恐らく、ご親戚の持つ河本コンツェルンやその他の人脈から選ぶつもりだったのでは?」

 

「そ、それは」

 

項垂れる河本。河本は「コネを使うな」と言われるのかと考えたが、長嶺は全然違う場所からの指摘だった。

 

「あぁ、別に人脈を使うのが悪いとは言いません。人脈とは財産であり、力でも有りますから。私が言いたいのは「KAN-SEN情報が何かしらの切っ掛けで外に漏れたらどうするの?」という話です。

現在我が国は他国より、逆恨みに近い形で反感を買いまくっています。艦娘ですら各国から文句を言われるのに、KAN-SENまでも保有してますなんてバレたら地獄ですよ。

一方で多角的に検証して、危険や不確定要素を限りなく0に近づけるのも必要。それなら、1人で全てを賄えば良い話です」

 

「長官、お言葉ですがそんな人居ないでしょう」

 

河本は溜め息混じりに呆れながら言う。普通に考えて居ないのだが、目の前の男は違う。

 

「目の前にいるでしょう。私は別の戸籍ですが、これでもハーバード大学院にまで行って医学博士、工学博士、生物学博士の資格を持ってますし、霞桜の隊員の中には兵器製作とITのスペシャリストも居ます。全てを此処で完結できるのなら、これ以上の防諜対策は無いでしょう?」

 

ぶっ飛んだ話に流石に全員が盛大にツッコミを入れた。「んな完璧超人がおるかい」と。しかし長嶺が卒業証書を見せると、マジだった事が分かり全員が凄い顔をしていた。

 

 

「いやぁ、まさか長嶺くんにそんな凄い経歴があったとはね」

 

「なぜだろう。君なら有り得そうだから怖い」

 

現在執務室では、風間と山本が長嶺と談笑していた。あの後会議はセイレーンに関する説明やKAN-SENに関する報告会へと移行し、途中で食事を挟んで次の作戦目標の策定なんかも行われた。

 

「失礼致します。お茶をお持ちしました」

 

「おぉ、ベル。ありがとな」

 

「いえ、これがメイドの職務ですので」

 

入ってきた長い銀髪の美女に、2人とも目を奪われていた。だがしかし、すぐに「もしかしてKAN-SENってヤツなのか?」と勘づいた。

 

「長嶺、もしかしてこの娘は」

 

「お、さすが山本提督。そうですよ。彼女は、例のKAN-SENです。因みに食事の時に配膳してくれた、あのメイド達もKAN-SENですよ」

 

「ロイヤルメイド隊にて、メイド長をさせて頂いております。エディンバラ級の二番艦、ベルファストです。どうぞ、お見知り置きくださいませ」

 

しっかりカーテシーを決めて、優雅な礼を見せるベルファスト。2人とも完全に目を奪われていた。

 

「エディンバラ級のベルファストって事は、ロイヤル・ネイビーのベルファストかい?」

 

「えぇ」

 

風間の質問にそう答えた。その後は簡単にKAN-SENや、KAN-SENのいた世界について、より詳しい説明をした。時間も良い感じに立ち、そろそろお開きかと言う所で風間から面白い話が飛び込んできた。

 

「所でお2人はレースに興味ありませんか?」

 

「レース?レースって、あのレースか?」

 

「えぇ。F1とかストックカーレースみたいな、カーレースです」

 

「何でまたそんな話を?」

 

長嶺の質問に対し、風間は2冊の資料を取り出して2人に渡した。表紙には「呉市・町興しレース」と描かれており、中を適当に見てみると企画書である事がわかった。

 

「近々、町興しの一環で市内を封鎖してのレースを行うんですよ。そして私としては海軍のイメージアップに、艦娘を使いたいと考えています。是非、お2人にも参加して貰いたいのです」

 

「まさか、私もレースに参加しろと?」

 

「嫌ならレースには参加せずに、ゲスト枠で参加してほしいですね」

 

「え、メッチャ楽しそう」

 

なんとも面白そうな催しに長嶺がNOと答える筈はなく、ほぼ二つ返事で参加を決定した。そんな訳で次回は、波乱のレース編をお送りしよう。

 

 

 

 



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第三十三話呉レース

緊急会議より数週間後 江ノ島鎮守府 地下格納庫

「うおぉ、ついに出来たか.......」

 

感嘆の声を上げる長嶺の前には、1台のレースカーが止まっていた。真っ黒なボディに金のラインがアクセントとして光り、全体的に攻撃的なフォルムをしているレースカー。「レクサスLFA霞桜レースカー仕様」である。

 

「全長4,855mm、全幅2,000mm、全高1.200mm。エンジンは5.6L直列12気筒と特注の過給機を搭載して783kw、約1050馬力の化け物マシンに仕上げた.......」

 

今にも死にそうな声で、レリックが解説してくれる。このレースカーは霞桜の技術屋である、安定のレリック作である。改造中は例の別人格によるメカニック・ハイとでも言うべき状態で、ノリノリで魔改造してくれた。

 

「しかもペイント良い感じだ」

 

「ボンネットには「極」の文字。右には八咫烏、左には犬神、そして屋根には旭日旗。厳ついけど、総隊長には良く似合.......う.......」ドサッ

 

「って、おいおい。ここじゃ風邪ひくぞ」

 

「グー.......グー....... グー.......グー.......」

 

レリックは体が限界を越えたのか、説明途中に倒れて倉庫の床で寝始める。放置したら確実に風邪ひくので、そのまま担いでソファの上に寝かせる。その上から毛布でも掛けておけば、まあ風邪は引かないと思われる。

起きたら腰とか首は痛いかもしれないが。

 

「あ、そうだ。レースクイーンの募集結果、確認しとかねーと」

 

この際なので、あの後呉鎮守府、もとい風間から送られたレースの詳細について簡単に説明しておこう。

 

・レース方式はスプリントレース。

・レース車両はスポーツカー、スーパーカー、ハイパーカー等の一般に売られてる車、或いはそれを改造した物に限る。

・車両は自前で準備とし、クルーに関しては人員が保証されるが、自前で用意しても構わない。

・コースは呉市内の周回コースであり、5周で決着をつける。

・相手選手、相手マシンへの妨害は無し。

・出場選手は有志の軍関係者のみ。

・提督が参加する場合は、所属の艦娘、KAN-SENをレースクイーンとして参加させる事。

 

とまあこんな感じである。因みに艦娘とKAN-SENをレースクイーンとして参加させる理由は、艦娘達の株を上げておく為である。艦娘の扱いというのは法令上は船舶、つまり「物」であり、それに則って一部の人間は物として扱っている。コレを打開するための作戦でもあり、レースクイーンとして一般人と触れ合える機会を与えようと言う理由でもある。

決して下心から来るものでは無い。

 

 

 

数分後 執務室

「えぇ.......マジですか.......」

 

執務室に戻って、レース参加の申請書を確認すると結構大量に居た。割とガチで、予想外の数である。因みにメンバーはこんな感じ

 

《艦娘》

・戦艦

大和、武蔵、金剛、比叡、榛名、霧島

 

・空母

雲龍

 

・重巡

高雄、愛宕、鈴谷、熊野

 

 

《KAN-SEN》

・戦艦

プリンス・オブ・ウェールズ、デューク・オブ・ヨーク、ロドニー、ネルソン、天城、ニュージャージー

 

・空母

エンタープライズ、イラストリアス、フォーミダブル、ヴィクトリアス赤城、加賀、大鳳、翔鶴、瑞鶴、隼鷹

 

・重巡

ザラ、ポーラ、高雄、愛宕、鈴谷、熊野、プリンツ・オイゲン、ボルチモア、ブレマートン、ローン、プリンツ・ハインリヒ

 

・軽巡

リノ、チャパエフ、ベルファスト、シリアス、ダイドー、セントルイス、ホノルル

 

とまあ、こんな感じのメンバーである。え?KAN-SENにレースクイーン衣装が実装されてないキャラが含まれてるって?確かにメタイ話、リアルのアズールレーンにおいて実装されてるのはPoW、ヨーク、エンプラ、鶴姉妹、大鳳、オイゲン、高雄、愛宕だけである。では何故、追加したか。特に理由はない!

もうちょい詳しく言うと、なんか上記のキャラじゃ寂しい気がしたからである。因みに追加メンバーがこうなった理由だが、こんな感じの流れと理由である。

 

・ロドニー、イラストリアス、フォーミダブル、ヴィクトリアス、チャパエフ、セントルイス、プリンツ・ハインリヒ、ザラ、ポーラ、ニュージャージー、ブレマートン、それから艦娘の空母と重巡勢が「面白そう」という理由で申請。

・それによってネルソンとウェールズはロドニーに。ホノルルとエンプラはセントルイスによって巻き込まれる。ボルチモアはブレマートンの付き合いである。

・レースクイーンなんて物になられては、指揮官様を取られる可能性が出てくるのでヤベンジャーズも申請。

・赤城が申請した事によって、付き合いで加賀も申請。

・ヤベンジャーズが参加した事によって、大和と金剛が焚き付けられる形で申請。

・付き合いで武蔵、金剛以外の金剛型四姉妹も申請。

・赤城の御目付役として天城も申請し、全体の御目付役兼サポート役としてメイド三人衆も申請。

 

とまあこんな感じの流れである。理由としては、主の勝手な独断と偏見で「なんかノリノリでこういうのやりそう」とか、「絶対コイツが絡んだら、コイツもなんやかんやで行くよなぁ」というのが理由である。

 

「まあ拠点は呉鎮守府に作るからいいんだが、レースクイーンの衣装をどうするかが問題だなぁ」

 

そう言いながら長嶺は内線で、購買にいるKAN-SENの明石を呼び出す。

 

 

「お呼びかにゃ指揮官。一体、どうしたんだにゃ?」

 

「例のレースクイーン衣装の事なんだが、思ってたより申請者が多くてな。ホレ、見てみろ」

 

そう言ってノートPCを明石の方に向ける。名簿を読み進めて行くにつれて、明石も「うわぁ」という面倒臭そうな顔になって行く。

 

「これ、どうするにゃ?」

 

「抽選性にしてなかったのが仇となった。流石に今から「やっぱり抽選にします」とは言えねーよ。これ、衣装作り間に合うか?」

 

「間に合わなくは無いにゃ。ただ予算が足りそうに無いにゃ」

 

「あ、そこは気にすんな。こうなりゃ、俺のポケットマネーから出す」

 

この発言に明石は自分の耳を疑った。というのもレースクイーン衣装はオーダーメイド品を使う事になっており、市販の物は着ない、いや着れないのである。その為、タダでさえ結構良いお値段の衣装なのに、オーダーメイド品で長嶺の「出来るだけ良い物を」と言った結果、予算は既にカツカツなのである。そこにこれだけの想定外の人数が来ては、予算はどう足掻いても足りない。普通に考えてポケットマネーを使うのが妥当だが、予算の倍近い値段になってる以上は負担も大きい訳で現実的では無い。

なのに目の前の男は堂々と払うと言ったのだから、耳を疑いもする。因みにオーダーメイドになった理由は、艦娘もKAN-SENも胸や尻が総じて大きく、多分普通のヤツはサイズが合わない可能性が大きかったからである。

 

「し、指揮官?値段は分かってるのかにゃ?」

 

「勿論。だが、俺の財力を舐めてもらっちゃ困る。念の為言っておくが、金に糸目は付けんでいい。できるだね一番良いヤツ、最高グレードの物を買え」

 

「明石は知らないからにゃ!?本当に良いんだにゃ?」

 

「良いから良いから」

 

そう言いながら、神谷は何と札束を机の上に置いた。100万円分の現金である。

 

「こ、これは何にゃ!?」

 

「え?現金で100万」

 

「にゃ.......」

 

余りの驚きに、言葉を失う明石。まあ普通に生活していれば、100万円の札束なんて銀行員とか会計士でも無いと見る事はないだろうし、驚くのが普通というか驚かないとヤバい。少なくとも主は100万なんて見た事ないし、いきなり友達とかが出したらビックリする自信がある。

 

「ほら、持ってけ。あ、足りないか。そんじゃ」

 

そう言うと更に札束をドサドサと机の上に置いて行く。いつの間にか、1000万円分の札束に増えた。もう明石も段々と「にゃ!?にゃ!?」としか言わず、完全に猫化していた。

 

「し、指揮官!もう十分にゃ!!逆にこれ以上は怖いにゃ!!!!」

 

「え?あ、そう。そんじゃ、持ってけ」

 

そう言って特別予算(ポケットマネー)を明石に握らせて、レースクイーン衣装の予算が爆上がりした。因みにその結果、他鎮守府のよりも豪華な物になった。

 

 

 

2週間後 呉鎮守府

「車両搬入急げ!」

「間違っても擦るなよ!!」

「オーライ、オーライ、オーライ」

 

明日にレース本番を控えた呉鎮守府は、まるで大規模作戦の前日の様にピリピリとした空気に包まれていた。今更だが、出場選手を紹介しておこう。

と言っても長嶺と山本、風間、河本の三大将、横山、小清水、海道だけである。

 

「やぁ、長嶺くん。いよいよだね」

 

「えぇ。この日の為、霞桜の部下に頼んで車を魔改造してきましたから」

 

「なぜだろう。君の部下と聞いた瞬間に、君を出場停止にしておきたくなってしまうよ」

 

風間はこの瞬間、謎の悪寒がしていた。長嶺の部下と言うだけで、良い意味でも悪い意味でも頭のネジが数本吹っ飛んでそうだからである。もしマッドサイエンティスト(多分)がレースカーを作ったりしたら、マジの化け物性能になるか、マシンガンやらミサイルやらを撃てる世紀末みたいな車を作ってきそうだからである。

まあどっちも正解だが。

 

「ご心配なく。レース用には、レース向けのチューンしかしてませんから」

 

「君、その言い方なら「他の車はボンドカー仕様です」って、言ってる事になるかもよ?」

 

「さあ、それはどうでしょうね?まあもしかしたら、トラックとか戦車とかを撃破するスーパーカーがあるかもしれないですね」

 

この発言で全てを察したが、敢えて何も言わない。というか、言いたくない。気にしたらイケないと、本能が警告し出す始末でもある。

 

「そう言えば風間提督の車は?」

 

「あ、あぁ。僕の車はこっちだ」

 

そう言うと風間は長嶺達に貸し与えられた倉庫の隣、というか併設されてる別の倉庫に案内する。中には既にピカピカになっている赤いレース仕様の日産GTRがあった。

 

「GTR、ですか」

 

「あぁ。元々は僕の愛車だったんだけどね、この際だから思い切ってレース用にチューンナップしたんだ。まあGTR自体が元からサーキットを走る前提で造られてるし、チューンって言ってもそこまで弄ってはないけどね」

 

「それにしては、馬鹿でかいGTウィングがついてるし、バンパーやスカートもカーボン製のレース仕様になってますけど?」

 

「あ、あはは。まあ、細かい事は気にしないで欲しいな」

 

風間はこう言っているが、エンジンやトランスミッションを筆頭とした中身も全てしっかり改造してある。

 

「あ、そうだ。明日のレースまで時間があるだろ?何なら一緒に来てる艦娘と例のKAN-SENの娘は、向こうの屋台にでも行かせてきたらどうだい?」

 

「屋台が出てるんですか?」

 

「あぁ。この間も言った通り、このレースの目的はあくまでも町興し。そのついでに僕が勝手に海軍のイメージアップとか、艦娘の地位向上に利用させて貰ってるだけだからね。そんな訳で商店街やら商工会やらが屋台を出すし、なんなら神輿まで出すしで普通の毎年ある夏祭りよりも盛り上がってるんだよ。

僕もレースの準備は部下に任せて、そっちに行くしね」

 

「一応上官の目の前で、良く堂々と仕事サボり発言できますね」

 

「うん?僕は仕事よりもイベントが好きなんだよ。それに今回はゲストとして呼ばれてるから、列記とした仕事の内さ」

 

詭弁以外の何物でも無いが、長嶺自身も結構そう言った詭弁や屁理屈でゴリ押ししたり独断専行したりと色々やってるので、ダメとは言えない。いや、正直言って言うつもりもないのだが。

 

「物は言いようですが、私も同じスタンスなので全然OKかと」

 

「これで長官様の太鼓判が付いた。心置きなく祭りに行けるよ。それじゃ、また明日会場で会おうか」

 

そう言うと風間は足早に祭りの開かれている通りへと向かって行った。因みに現在の時期は冬で、しかも12月である。

 

(あ、そうだ。折角だし、着物も用意してやろうか)

 

そう思い立ち、カルファンに頼んで自分が持ってる着物を持ってきて貰った。というのも長嶺が無数の別戸籍を持ってるのは何度か書いたが、その中に大手高級呉服メーカーの社長がある。そこの製品を横流ししたり、プロトタイプのヤツとかボツ品をくすねて来たりしてるので、男女問わずに着物があったりするのである。え?違法だろって?バレなきゃ犯罪じゃ無いから問題ない。(因みに業務上横領罪では10年以下の懲役を課せられるので、絶対にやらないように)

 

 

 

数時間後 祭り会場

「夏祭りとクリスマスが融合しとる.......」

 

そう、本来なら世間ではクリスマス時期。カップル達がそこらでイチャコラしまくり、非リア達が血涙を流す魔の時期である。

そんな訳で屋台には安定の焼き鳥、焼きそば、たこ焼き、射的、くじ、綿飴、唐揚げ、ポテトの様な「夏祭りの屋台」と聞いて、確実に思い浮かぶ物もあれば、ケーキ屋やらフライドチキンやらビーフシチューの屋台なんかもあるし、何なら神輿と一緒にサンタクロースのコスプレをした奴が練り歩くという、良くわからん光景が広がっていた。

 

「指揮官様ぁ♡」

 

「おぉ、赤城。って、珍しいな。加賀も天城も連れてないとは」

 

「私だけでは不十分、ですか?」

 

声を掛けてきた時とは打って変わって、一気に低い獲物を威嚇する様な声色になる。普通なら恐怖しそうだが、長嶺の場合は安定の超絶鈍感朴念仁男なのに加えて、普通に肝が座ってるので全く動じない。

 

「いやいや。ただ何か、お前は加賀なり天城なりと一緒に居るイメージがあったからな」

 

「なんだ、そうでしたのね。姉様と加賀は向こうの方に行ってますわ。それよりも、指揮官様。私と一緒に周りま」

「指・揮・官・様♡」

 

今度は背後から大鳳が現れて、腕に抱きつく。そしてKAN-SENの中でも、特大クラスのお胸の間に腕が挟まれる。世の男なら、この時点で1発K.O.だろう。しかし、もう、うん。長嶺はさっきと同じ理由により動じない。

 

「うおっと、ビックリした」

 

「大鳳〜!!この、また指揮官様との時間を邪魔してくれたわね?」

 

「あらら?赤城さんみたいな古い人に、指揮官様は似合いませんわ」

 

この一言で完全に赤城がキレた。

 

「何ですって?あぁ、そうか。お邪魔虫には、ソウジをしないとね」

 

「フフフ、私に勝てると思ってるんですか?私は最新鋭空母。一方、赤城さんは旧式の空母じゃ無いですか?」

 

「言わせておけば!!」

 

今にもバトルが始まろうとした瞬間、今度は別の方向から「あぁ、見つけた」という声が聞こえた。振り返るとそこには、自称長嶺のオサナナジミの隼鷹が居た。

 

「さあ指揮官、また前みたいに(・・・・・・・)一緒にまわろ?」

 

「え?いや廻るのはいいが、祭りは初めてじゃね?」

 

「(記憶損失もここまで酷いと、さすがに考えものね)」

 

「え?何、なんか言った?」

 

「いいえ。さあ、早く行きましょ?」

 

知っているだろうが念の為、言っておこう。隼鷹と長嶺はオサナナジミどころか、殆ど接点すら無い。記憶損失もしてないし、嘘もついてない。隼鷹がヤバいのである。

 

「てーーいーーとーーくーーー!!バアアアアニングゥ!ラアアアアブ!!」

 

「うおっ!今度は金剛か」

 

安定の突撃を構してきた金剛には、そのままの威力で着地させて回避する。場の状況はドンドンカオスになって行く。

 

「お邪魔虫が増えてきたわね。でよ私が、指揮官様とお祭りデートするのよ!!」

 

「いいえ!私ですわ!!」

 

「違うわよ。オサナナジミである、この私がするべきなの」

 

「ノンノン、分かってませんネ!テートクは、私とお祭りデートするネ!!」

 

そのまま言い合いの喧嘩が始まるが、段々と面倒になってきた長嶺は普通に撤収。1人で屋台巡りを始めた。

 

 

「あ、おばちゃん。唐揚げ、中カップね」

 

「はいはい。あら、お兄ちゃんイケメンだねぇ。大盛りにまけとくよ」

 

「え?マジで?やったぜ」

 

「はいよ、お待ち!」

 

持ち前のイケメンフェイスで唐揚げのオマケをゲットし、また別の屋台を物色する。そのまま気の向くままに歩いていると、ブレマートンと艦娘の鈴谷という異色のコンビに出会う。

 

「あれぇ提督じゃん。チース」

 

「あ、ホントだ。ヤッホー指揮官」

 

「鈴谷にブレマートンか。これはまた、えらく珍しいコンビだな」

 

「あはは、そうでもないよー。ねぇ、ブレマートン」

 

「そうそう。意外と私達と、重桜の熊野にマーブルヘッド何かで遊んだりしてるし」

 

実はブレマートン、熊野(KAN-SEN)、マーブルヘッド、鈴谷(艦娘)は同じギャルというのもあって、意外と良く遊んでるのである。因みにLINE上にグループも作ってあったりと、結構今風のJKって感じである。

 

「所でさ、提督は何してるの?」

 

「特に何も。フラフラ食べ歩きしてるだけ」

 

そう言うと2人は顔を見合わせた。空いてるイケメン男が目の前にいるのなら、やる事なんてただ一つ。

 

「ならさ、指揮官。私達とまわらない?」

 

「あぁ。構わなっと」

 

構わないと答えようとした時、肩に衝撃が走り少しよろける。どうやら祭り客の男が、長嶺の肩にぶつかった様だ。謝られなかったが、別に特段気にはしてない。しかし当たった瞬間に、服の裾から拳銃のグリップらしき物が見えた。

 

「あー、ブレマートン、鈴谷?どうやら、今用事ができたわ」

 

「え?ちょ」

 

「指揮官?」

 

2人を置いて、目の前の男の跡をつける。人混みに紛れて自らの姿を隠し、バレない様に追尾していく。5分くらい経つと、別の男2人と合流してまた歩き出す。

また少し歩くと、いきなり3人が銃を抜いた。別に何かの屋台の前でもなく、ただ人が多いだけの場所である。

 

「フヒヒヒ」

「くひひ」

 

「何アレ?おもちゃ?」

 

「映画の撮影かドッキリじゃね?」

 

「変なの〜」

 

日本は銃社会では無いので、一般人にとって銃は遠い存在である。その弊害か、銃を見ても危険とは感じにくい様で周りの人間は本物とは思ってすらいない。

だか長嶺だけは違う。常に銃や死が隣にいる世界の住人であり、一目で3人の銃が本物の実銃である事に気付いた。

 

「させるかぁ!!!!!」

 

人混みの中から飛び出して、そのままの勢いで1人の男の足を払う。いきなり現れた長嶺に素人2人の反応は遅れ、その隙を見逃さずに蹴りをもう1人の顎に叩き込む。

 

「野郎!!」

 

拳銃を向けてくるが、拳銃の照準を合わせる前に長嶺が一気に懐へ潜り込む。そして鳩尾を力一杯ぶん殴って、吹っ飛ばす。

 

「クソが!」

 

「あらら、まだ生きてたか」

 

足払いした奴がまた拳銃を向けてきたので、頭を踏む。脳震盪を起こしたのか、そのまま失神した。

 

「ハァ、全く。素人がこんな物を使うんじゃねーよ」

 

見てみると拳銃はM1911で、しっかり実弾が薬室に入ってた。つまり引き金を引けば、ズドンである。そうこうしていると警備に来ていた警察も来たので、取り調べやらで面倒になる前に早々に退散。ついでに祭りもこんな事が起きたので、急遽中止になった。

 

 

 

翌日 10:00 レース会場

「おぉ、やっぱプロレーサーのレースは迫力あるなぁ」

 

レース当日となり、沿道にも観客が詰め寄せている。午前中はプロレーサーによるレースとバイクによるレースが開催されて、午後からは目玉となる提督達によるレースが始まる。

それと同時並行で、隣のマシンが展示されるブースでは車の撮影と称した艦娘とKAN-SEN達の撮影会が行われていた。

 

「こ、こっちに目線を!!」

「ブヒブヒ、体付きエロいでこざる」

「あぁ、あんな美女っていたんでござるなゴエゴエチャンプ氏」

 

「あ、あれじゃ車を撮ってんだか、レースクイーンを撮ってんだが分かんねーな」

 

鼻息荒くした男どもが、カメラ片手に必死で撮影している。その結果、艦娘なら金剛、愛宕の辺りが、KAN-SENなら翔鶴、愛宕、ノースカロライナ、セントルイスの辺りが悪ノリというか、サービス精神を発揮したと言うか、なんかよりセクシーなポーズをしだして、また男共の鼻息が荒くなるという、なんか凄い事になっていた。

 

「ねぇ、指揮官」

 

「おお、どうしたオイゲン?」

 

「ちょっと助けてくれない?」

 

そう言われてオイゲンの周りを見てみると、多分4、5歳くらいの女の子がオイゲンのスカートを掴んでいた。

 

「あー、迷子かなんか?」

 

「そうみたい。お兄ちゃんと来たらしいのだけど」

 

「逸れちまった訳か」

 

怯えて震えていたので、しゃがんで女の子との目線を同じくらいにする。それから笑顔で「安心しろ。嬢ちゃんの兄貴は俺達が見つけるから、一緒に探そうぜ?な?」といった。その結果、顔を真っ赤にして余計に隠れてしまった。

 

「アレ?普通この手の場合は、これでイチコロなんだがなぁ」

 

「いや、本当の意味でイチコロよ」

 

そう。この女の子、長嶺のイケメンフェイスに照れてるのである。マジの意味でイチコロであった。

 

「取り敢えず、探すぞ」

 

「はいはい」

 

周りを歩き、逸れた場所の辺りを重点的にみて回る。しかし、なかなか見つからない。迷子放送でもしてもらおうかとしていると、翔鶴と瑞鶴が7歳くらいの少年を連れてやってきた。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「はるか!!」

 

2人は互いを見た瞬間に駆け寄り、女の子はお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。

 

「もしかして、お前たちもか?」

 

「そうですよ。私達の所に写真持ってきて、見てないか聞いてきたんです。丁度休憩に入る所だったので、2人で妹ちゃんを探しに」

 

「妹ちゃん、見つかってよかったね?」

 

「うん!ありがとうお姉ちゃん達!!」

 

長嶺が翔鶴と話していると、瑞鶴が少年に声を掛けたりして再会を喜んでいた。再会の嬉しさで飛び跳ねた結果、少年の持っていたデジカメが落ちてしまい、長嶺はそれを拾い上げた。で、画面にたまたま撮影した写真が映っていたのたが。

 

「あー、こ、これは」

 

何とカメラには恐らく翔鶴と瑞鶴の写真が映っていた。いや、これだけなら全然問題ない。問題なのは、ズームで胸とか胸の谷間とかお尻なんかを撮影していたのである。

 

(いや、まあ、うん。男の子だもんな、仕方ないよな。うん。2人とも、常識で考えたら痴女同然の格好だもんな)

 

なんか見てはいけない闇を見てしまった様な気がして、なんとも言えない気持ちになる。取り敢えず、そっと少年の背負っているリュックに戻した。

ってかあんな格好をまだ無垢な少年が見てしまっては、なんか性癖が歪むか壊れそうな気がするのは私だけだろうか?

 

「お兄ちゃんにお姉ちゃん達、ありがとう!!」

 

「バイバーイ」

 

「あ、2人とも。ちょっと待ちな」

 

帰ろうとする2人を引き止めて、昨日の祭りでゲットした飴玉をプレゼントする。その時に少年の耳元でそっと「デジカメのエロ写真、バレない様にしとけよ?」とニヤニヤしながら言ってやった。

勿論少年は「え!?」と言う顔でワタワタしていて、結構おもしろかった。

 

「フフフ、してやったり。2人をエロい目で見た代償だ」

 

「指揮官、何か言ったかしら?」

 

「ん?いや、何も。おっと、そろそろ時間だ。レースに行ってくる」

 

 

 

数時間後 

『さあ、始まりました!!第一回 提督ピストンカップ!!!!このレースは、日夜深海棲艦を相手に戦っている提督達がレースで勝負する、これから有名になるであろうレースです!!!!

それではレーサー達と、マシンの紹介をしていきましょう!!!!解説のMr.ドリフターズ、お願いしますね』

 

『はいはい。まずはこの呉を護るナイスガイ!!風間傑!!マシンは日産GTR!!!!

お次は東川防衛大臣と同じく、生ける英雄!!山本権蔵!!マシンはTOYOTA86!!!!

さてさて次は、横山グループの御曹司!!横山冬夜!!マシンは日産フェアレディZ!!!!

今度は帝国海軍の紅一点!!小清水香織!!マシンはランボルギーニアヴェンタドール!!!!

next!!政治家家系生まれの軍人!!海道光喜!!マシンは三菱ランサーエボリューションX!!!!

さあ次は大物!!佐世保の守護神にして男の中の男!!河本山海!!マシンはシボレーコルベット!!!!

最後は飾るは勿論この方!!お待たせしました!!最年少で提督達の頂点に君臨し、真珠湾、珊瑚海、ミッドウェー、ソロモンを解放した知将!!長嶺雷蔵!!!マシンはレクサスLFA!!!!!!』

 

因みに今マシンは既にコース内に入っており、スタートラインに並んでいる。その中で紹介だったので、提督達は皆名前が上がると手を振ったりしていた。で、風間、山本、小清水とかはキャーキャー言われるのに、残りの男どもは何も言われず、長嶺の時は一際デカい歓声が上がり、歓声の上がらなかった男共から睨まれたのは別の話。

 

『さて、それではいよいよスタートです!!今シグナルが赤から、青に!!!!!各車一斉にスタート!!!!!』

 

最初に飛び出したのは河本派閥の4人。しかも地味に順番が河本→海道→小清水→横山と、しっかり派閥の序列になっている。一方、長嶺達は敢えて一歩引いて1周目を流す。コースは分かっているがコースの状況だとか、他のドライバーの走りの癖なんかを見極める為である。

因みに河本派閥はしっかり結託しているのは勿論だが、長嶺達も実は結託している。まあ理由が「河本派閥に負けんのは、何かイラつくくね?」なので、河本達を負かせば後は正々堂々やる事にはなってる。

そんな訳で1周目とついでに2周目も敢えて何もせずに、そのまま流す。勝負が大きく動いたのは、3周目の2本目の直線である。

 

「さてと。そんじゃ仕掛けますか」

 

長嶺は一気にスリップストリームを用いて、順位をドベから2位、それも河本のコルベットの真後ろに着ける。

 

「な!?」

 

「もういっちょ!!」

 

今度は右側を浮かせて、片輪走行で右から抜き去る。流石にこの事は、プロである解説も司会も固まっていた。

これに続いて風間も五連続ヘアピンカーブで溝落としを用いて抜き去り、山本もコースの起伏を使って河本のコルベットの真上から抜き去るという、普通のレースじゃあり得ない抜き方を持って長嶺達は河本を完全に打ち負かした。

結果として1位風間、2位長嶺、3位山本、4位から下は河本派閥という形でレースは幕を閉じた。この後Twitterやらニュースやらで、今回のレースが話題になったのは言うまでもない。




えぇ、皆さん。今回の年末年始は、私の投稿している『最強国家 大日本皇国召喚』とコラボさせる事を決定しました!!舞台はあっちの大日本皇国側世界として、深海棲艦と戦って貰います。霞桜、艦娘、KAN-SEN達が大日本皇国軍とカオスな戦争を巻き起こすので、お楽しみに!!


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お正月特別編 

長嶺「新年、明けましておめでとう御座います。今年も本作、最強提督物語〜大海原を駆ける戦士達〜を始め、他の投稿主の作品を宜しくお願いします」

主「それでは、早速本編行ってみましょう。因みに今回の作品は、どちらもパラレルの世界に当たる出来事の為、今後の作品の展開に影響はありません。もう私が書きたいから書いただけの代物なので、適当にお楽しみください。それでは、どうぞ!」


2030年 12月某日 カロリン諸島

「ウェイポイント9通過。カロリン諸島です」

 

「予定通りだな。あー、帰ったら報告書作らんといかーん!帰りたくねー!!」

 

そう言いながら、黒いメタルギア ・ライジングの雷電みたいな戦闘服を来た男が頭を抱える。

 

「総隊長、さっきからそればっかっすね」

 

「いつもの事だが、もう少し仕事は減らして貰えん物かねぇ?」

 

「確かに。あの調子じゃ、すぐに老け込んじまいますよ」

 

パイロット達は、そんな男の姿を尻目に機体を操縦する。この「総隊長」と呼ばれている男こそ、17歳という若さで艦娘を有する新・大日本帝国海軍の連合艦隊司令長官にして、秘密特殊部隊である海上機動歩兵軍団「霞桜」の頂点に君臨する者。長嶺雷蔵、その人である。

で、何故、長嶺がこうも頭を抱えているのかというと、先程まであった戦闘が原因である。長嶺の指揮する江ノ島艦隊は、さっきまでソロモン諸島に巣食う深海棲艦への反攻作戦を行っていたのである。勿論作戦は大成功に終わり、深海棲艦も殲滅された。しかし報告書書きやら、その他いろいろな執務がある訳で、その事を考えた結果がコレである。

 

「ん?機長、あの雲は何ですかね?」

 

「あ?.......何だありゃ」

 

パイロット2人の目線の先には、紫色の雲があった。普通に考えて雲の色は、白か灰色だろう。煙なら分かるが、ここは洋上の上。周囲に陸地は無く、船舶の類も無い。というか煙でも、紫色の物は早々お目に掛かれる物でない。

 

「なぁ、アレなんか広がってないか?」

 

「ですよね。ヤバくないですか?」

 

「ヤバイな。総隊長!」

 

長嶺がコックピットに入ると、その第一声もやはり「何じゃこりゃ!」であった。

 

「紫色の曇って、ファンタジー世界でも見れる物じゃねーぞ。取り敢えず、進路を別の方向に飛べば、うおっ!!」

 

次の瞬間、機体が激しく振動する。しかも窓の外が紫色に支配され、警報が鳴り響く。

 

「推力低下!!高度落ちてます!!!!」

 

「機体を安定させろ!!って、クソッ。操縦桿が重い!このっ!!!!!!」

 

機長が渾身の力で操縦桿を引くが、殆どビクともしない。警報も耳が痛くなる程に鳴り響き、その内計器類も狂っていく。

 

「他の機体からもワーニングコール!!!どの機体も同じ状況です!!!!!!」

 

「一体何がどうなってんだ!!!!」

 

長嶺も現実離れした光景と、この緊急事態に驚きが隠せない。そして今度は落雷にあったのか、爆音が鳴り響き窓の外が真っ白になる。光が晴れると、そこは洋上だった。

 

「す、推力戻りました。計器類、ウェポンシステム、無線も異常ありません。いや、長距離無線通じません!!」

 

副機長が叫ぶ。機長と長嶺も確認してみるが、周りの僚機との無線は繋がる。しかし長距離の無線は、何処に掛けても不調である。

 

「な、なぁ。なんか、水平線が遠くなってないか?」

 

機長が自分の目を疑いながら、消え入る様な声で言った。確かに言われてみれば、遠い気がする。しかし、異変はこれだけじゃなかった。僚機の内、右翼の一番外側にいる機体から「南鳥島が見える」と報告が入ったのである。

カロリン諸島から南鳥島となると、約3,000km離れている。確かに今、霞桜の隊員達、それから作戦に参加した艦娘とKAN-SENを乗せている航空機、戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』は最高時速マッハ6を誇る機体だが、それでも数十分は掛かる。それにさっきはマッハ2しか出ておらず、現実的に考えて移動は不可能。この事実に皆混乱していた。

 

 

 

同時刻 南鳥島沖 洋上 原子力航空母艦『祥鳳』 艦橋

「艦長!レーダに感!!所属不明機が、本艦隊近辺を飛行中!!機数、200機を超えます!!!」

 

「竜の類か?」

 

「いえ、速力マッハ2!!反応が微弱であり、ステルス機の可能性極めて大!!!」

 

この報告に艦長は驚いた。この世界に於いて、音速を越える機体は現時点で日本しか保有していないのである。え?今の時代、何処の国家も音速を越える機体を軍が保有してるって?そう。確かに今の時代で、音速を超えない航空機を持たない空軍は居ない。戦闘機は必ず音速を超えた速度で巡航するし、音速を超えない事には土俵にも上がれない。

しかしこの世界は違う。この世界は異世界であり、中世ヨーロッパから現代(大体第二次世界大戦くらい。一部、現代と同レベルの技術もある)までの、幅広い文明が同時に栄える無茶苦茶な異世界なのである。しかも異世界のお約束である魔法もある訳で、文明レベルが無茶苦茶になってるのである。しかもこの世界の航空兵力とは、基本的に竜である。まあ一部の国家でレシプロの複葉機があったり、黎明期のジェット機クラスのが配備されてはいるが音速の壁をぶち破った国家はないし、レーダー自体も殆ど初期の物だから、ステルス云々の発想もない。そんな世界なのに、ステルス機能付き音速超え所属不明機とか怪しさ満点である。

 

「もしかしたら、我が国の秘密兵器の実験中なのかもしれないし、旧世界の他の国家や航空機が迷い込んだのかもしれん。航空隊を直ちに発艦させ、所属不明機の所属を明らかにせよ!!」

 

「アイ・サー!!」

 

『航空隊、スクランブル!航空隊、スクランブル!』

 

艦内中に放送とスクランブルを知らせるサイレンが鳴り響く。さっきまで仲間と談笑したりトランプをしていたパイロット達はすぐに待機室から飛び出し、整備士達は自分の受け持つ機体の出撃準備に取り掛かり、甲板作業員はカタパルトの準備や飛行甲板の道を開けて発艦の準備に取り掛かる。5分もすると、航空機がカタパルトにセットされる。

 

「ハーバー8、発艦する」

 

『ハーバー8、発艦を許可します』

 

バシュッ!!!!

 

電磁カタパルトによって、航空隊が空母から弾き出される。すぐに高度を取り、所属不明機の居る空域へと急行する。

 

「ハーバー7より、祥鳳へ。機体を目視にて確認した。国籍証、部隊マーク、機体番号の類いは無し。武装は見える限りでもバルカン砲やミニガンが十数基に、大型の大砲、それからグレネードランチャーも装備してる。機体形状からして、VTOL型の輸送機と思われる」

 

『祥鳳より、ハーバー7。了解した。無線で呼びかけろ』

 

「ウィルコ」

 

ハーバー7が無線で所属不明機に呼び掛けるが、応答は無い。日本語以外にも英語、中国語、ロシア語でも話すが結果は同じである。

 

 

「総隊長。無線で呼び掛けて来てる言語は日本語ですし、国籍証も日の丸ですが、あんな機体見た事あります?」

 

「いや、ない。ってか、あんな機体は日本以外も持ってないだろ」

 

長嶺達に無線警告してきたハーバー7が乗る機体は、Su47の様に前進翼にカナード翼を装備した機体である。しかしそんな機体形状、というか前進翼を採用してる機体なんてSu47ベルクトかX29位の物であり、見覚えは全くなかった。

まあ、その機体の形状というのは、エースコンバット好きなら必ず知ってる「震電II」と同じ見た目なのだが、震電IIが存在しない世界線なので仕方ない。

 

「それより、どうします?答えます?」

 

「取り敢えず、俺が答えるわ。無線貸してくれ。でも、攻撃準備と逃走の準備はしておけ」

 

「「ウィルコ」」

 

長嶺はヘッドセットを装着し、無線のチャンネルを例の謎機体に合わせる。

 

「後方に付けてる戦闘機のパイロット、聞こえるか?」

 

『聞こえている。ここは日本の領空であり、貴飛行隊はそれを侵犯している。直ちに退去せよ』

 

「そうは言うが、こちらも一応は日本海軍だ。退去も何も、ここが俺の故郷であり、ここが俺の守るべき国家だ」

 

この言葉にハーバー7も動揺している。確かに日本語を話しているが、あんな機体は見た事もない。それに祥鳳に偶然乗艦している「皇国軍を一番把握してる男」からも、あんな輸送機は見た事ないと答えている。ならば、対応は決まってくる。

 

『では所属を明らかにせよ』

 

「特務機関だ。軍機につき、お答えできない」

 

『そうか』

 

次の瞬間、ハーバー7は機関砲のトリガーを引いた。勿論、堕とさない様に機体の斜め上を狙って。

 

『これは警告だ、次は命中させる。もう一度問う。同じ皇国海軍なら、所属を答えろ』

 

「そうかい」

 

一方で長嶺も機長に合図を出す。その合図の意味は「威嚇攻撃開始」である。機長は攻撃担当の隊員に指示を出し、隊員の操作によって40mm機関砲が発射される。

 

「うおっ!?」

 

ハーバー7はいきなりの攻撃に驚くが、冷静に対応する。まあ威嚇攻撃なので、当たらない様になっているから大丈夫なのだが。しかし殺られて黙ってる程、お人好しではないのが皇軍。すぐに火器管制のレーダーをオンにしようとするが、その前に不明機から無線が入る。

 

『こちらも警告だ。我々は敵と任務の邪魔する者に対しては、一瞬の躊躇いもなく撃滅する。もう一度、言っておく。我々は海軍であり、所属は特務機関の為、軍機につきお答えできない。以上だ』

 

そう長嶺が答えて無線を切ろうとすると、今度は思いもよらない所から無線が入る。場所は何と、ハーバー隊の母艦である祥鳳からである。

 

『特務機関、ねぇ。悪いが、ウチにそんな部隊は居ない』

 

「何?というか、アンタは誰だ?」

 

『ほう。皇国軍人でありながら、俺の声を知らないとはモグリだぞ。だが、お前も嘘を付いてる様には見えん。そこで、だ。そこの戦闘機に先導させるから、飛行場に降りるってのはどうだ?』

 

この申し出は罠の可能性が高いと、全員が考えた。しかし一方で、今の現状下で何か別の方法があるかと言われれば、何も無い。受けるほか、無いのである。

 

「良いだろう。だが、こっちも「はいそうですか」って従う程のバカでも無い。今からアンタの乗る空母に着艦してやるから、そこで話を付けるってのはどうだ?」

 

『良いだろう。ハーバー7、誘導を頼む』

 

「ウィルコ」

 

そんな訳で、祥鳳で階段が行われる事になった。

 

 

 

数十分後 原子力航空母艦『祥鳳』 飛行甲板

「着艦します」

 

「おう」

 

黒鮫は艦尾に後部のハッチを艦首側に向ける形で着艦し、もしもに備えていつでも逃走できる様にしつつ、機体に搭載されてる兵装も隊員達の持つ個人携行火器も全て使える様にして構える。

一方で祥鳳も今回の任務で随伴していた揚陸艦に乗っている、第4海兵師団を臨検要員として来てもらい不足の事態に備える。

 

「ハッチ開きます」

 

ハッチが開くと同時に、両軍の兵士達が互いに銃を突き付け合う。そんな緊張状態の中、長嶺は堂々と艦橋の方へと進んで行く。すると艦橋から、1人の羽織を纏い2本の刀を刺した男が出て来た。

 

「アンタだな、さっきの無線の男は」

 

「あぁ。大日本皇国統合軍、総司令長官。神谷浩三だ」

 

そう言って無線の男、神谷は手を差し出す。

 

「新・大日本帝国海軍、連合艦隊司令長官。長嶺雷蔵だ」

 

そう言って握手を交わす2人だが、次の瞬間、2人して「いや、ちょっと待て!」とツッコんだ。

 

「大日本皇国って何だ!?統合軍って何を統合してんの!?」

 

「新・大日本帝国海軍だ!?皇軍は不滅で、旧は存在せんわ!!!」

 

そう。互いに同じ日本だが、何方も聞いた事のない組織だったのである。

 

「なあ、もしかして俺達と同じなんじゃね?」

 

「あ、アンタは?」

 

「驚かせたかな?私は大日本皇国外務省で特別外交官をやっている、川山慎太郎という者だ。そこの神谷浩三とは、親友同士でもある」

 

いきなり現れたスーツの男、川山の言った事に神谷は「あー、そういやそうかもな」と言った。勿論、長嶺は置いてけぼりである。

 

「一体、何の話をしているんだ?」

 

「俺達は元々別の世界に居た。しかしどういう訳か、突然この世界にやって来てしまった。いわゆる、異世界転移ってのを体験したらしい」

 

「まさか俺達もそうだと?」

 

「まあ異世界転移なんて非現実的な現象が起きたんだし、別世界線の日本が現れたって不思議はないだろ?」

 

川山の説明と理論は、確かに間違ってはいなさそうではある。現状では検証しようもないし、少なくとも「大日本皇国」なんて聞いた事ない国家があるんだから、あり得なくは無いだろう、と長嶺は自分の中で結論付けた。

 

「んで、俺達はどうなるんだ?このまま殺されるとか?」

 

「まさか。する訳ないだろ?まずは取り敢えず、君の率いる部隊について教えて欲しい。規模、装備、練度、特務機関なら全うすべき使命とか。とにかく、教えられる範囲で教えて欲しい」

 

神谷にそう言われ部隊の説明をしようと思った瞬間、長嶺は装備していた刀をいきなり抜いた。

 

「な!?」

 

「不味いな、こりゃ」

 

長嶺は海を睨む。霞桜の隊員達は海兵に銃を突き付けられてるのを気にせず、アイコンタクトやハンドサインで次々に情報を伝達して行く。

 

「野郎共、お客さんがおいでになりやがった。フルコースでもてなすぞ!!!」

 

「「「「「「了解!!!!」」」」」」

 

黒鮫はハッチを締めて、大空へと飛び立つ。一方で上空に待機していた数百機の黒鮫の群れは、その内50機近くがまるで艦隊を守る様に周囲へ降下する。

 

「一体何が起きてるんだ?」

 

「神谷さん、とか言ったな。さっき、俺達の為すべき使命について教えろ、って言ってたな。その質問に答えてやる。俺達の使命とは、国家のゴミ共を掃除し、そして艦娘、KAN-SENと共に深海棲艦と戦い彼女達の戦闘を支援する。それが俺達、海上機動歩兵軍団「霞桜」の使命だ!」

 

「「「「「.......はい?」」」」」」

 

神谷と川山含む、その場に居た全員が似た様な反応をした。この世界に於いても、確かに艦娘もKAN-SENも存在する。だがしかし、存在する次元は二次元である。艦娘は擬人化の先駆けとなった大人気パソコンゲームである艦隊これくしょん、通称「艦これ」に。KAN-SENは運営が神で、スキンが「これ、良く審査通ったよな」ってレベルの際どい物ばかり輩出する大人気スマホアプリのアズールレーン、通称「アズレン」に登場している。

つまりガチで言う奴は「お前、マジで頭大丈夫か?」と言われる事が、今この緊迫してるであろう状況下で言われたである。しかも大真面目な感じで。

 

「全空母艦娘へ。直ちに艦載機を上げてくれ!」

 

長嶺がそう命じると、数機の黒鮫が降下してくる。ハッチが開くと中から、何本かの火矢が飛び出す。しかしその先には、勿論敵と思われる物は何もない。

次の瞬間、火矢は矢全体が燃え広がると、矢はそれぞれ小型の烈風、震電改、陣風改、彗星、試製南山、TBM-3W+3S、流星改、天山、天山一二型、噴式景雲改、菊花改に化けたのである。その姿はアニメ版艦これの、空母艦娘から艦載機が発艦する姿その物であった。

 

「うそやん.......」

「マジなヤツだ。マジでこの世に艦娘とKAN-SENが降臨しやがった.......」

「なあ、あの装備って超レアな希少装備ばっかじゃね?」

 

1人の兵士が呟いた通り、目の前の航空隊はゲームなら超レアな希少装備であり、もし全部持ってる提督がいれば、その人は神扱いされる事間違いなしの装備なのである。

ん?天山とか彗星は正直そこまでレアじゃないって?いやいや、しっかりレア物だよ。例えば烈風も正式名称は『烈風改二戊型(一航戦/熟練)』だし、天山と彗星は『天山(村田隊)』と『彗星(江草隊)』だし、天山一二型は『天山一二型(友永隊)』だし、流星改は『流星改(一航戦/熟練)』だもん。

多分、この説明で提督をやってる読者はトンデモ装備なのがわかったと思うが、中には提督じゃない読者もいるだろう。

簡単に説明すると、艦これに於いて装備入手の経路は大きく4つある。資源を使って装備を開発するか、特定の艦娘を改造するか、手持ちの装備を改修するか、特定のイベントで入手するか、である。装備開発と装備改修は、資源や装備自体あれば作るのは基本比較的簡単ではある。

所が艦娘の改造は特定のアイテムが必要だし、それ以前に艦娘を育てないといけない。イベントの場合だと、強い深海棲艦を踏み越えまくる必要がある。しかもマップによっては特定の艦娘とか装備とか編成が必要だったりして、超絶面倒なのである。割とガチでイベント途中で難しすぎて心が根本からポッキリ折れて、精神が逝く提督も少なくは無いのである。

そんな神みたいなレベルを誇る装備達が、今出て来た装備なのである。因みに『震電改』というのが、一番レアである。余りにチートすぎて今では再入手不可能であり、持ってるのは艦これを最初期からやってる提督のみである。

 

「各部隊、何が何でも艦隊を、特に空母を守るぞ。もし沈められて、メルトダウンとかでも起こしたらシャレにならんからな!!」

 

「あー、長嶺さん?敵というのは深海棲艦でしょうか?それともセイレーン?」

 

「この感じは、多分深海棲艦だな。まあ知ってるなら今更言う必要もないが、深海棲艦は基本的に通常兵器の攻撃を受け付けない。まあ1艦に寄ってたかって数の暴力を加えれば、ザコなら倒せるがな。だが、今攻撃されたら俺達が流れ弾食らうかもしれない。攻撃は攻撃へのカウンター、防御の時のみにしてくれ」

 

「了解した」

 

神谷は平静を保っていたが、内心では舞い上がっていた。何を隠そう、この神谷は艦これとアズールレーンの超大ファンなのである。何方も最初期からしてるガチ勢であり、例えば艦これなら全艦ケッコンカッコカリした上で最高レベルまで上げて、全艦に持たせられる装備では最高グレードの物を装備してる。

アズールレーンなら着せ替えスキンコンプリートな上、やっぱり全艦ケッコン済みだし改造可能艦は改造済み&全艦最高レベルな上、全艦最高グレード装備である。

因みにこれには飽き足らず、まだ第一次世界大戦から戦間期程度までしか発展していない、勿論スマホどころかPCも存在しない、ムーという国家に気合いで2つを布教しだす程である。(しかも大成功した)

その位超大好きなゲームのキャラが現実に居るとなると、流石の神谷もワクワクとニヤニヤが止まらない。

 

敵機直上!!!!!急降下!!!!!!!!

 

突如、艦隊中にこの報告が駆け巡る。空を見上げれば、ゲームで何度も見た黒い深海棲艦の艦載機の姿がある。それも目の部分が赤色だから、eliteという強化タイプの艦載機である。

 

「クソッ!総員退避!!!!急げ!!!!!!」

 

神谷がそう叫びながらも、急降下してくる艦載機を見ていた。しかし何か黒い影が高速で艦載機の目の前を通ると、途端に機体はまるで突風に吹かれたかの様にフラ付いて、そのまま海に堕ちた。

 

「何だ、今のは.......」

 

「良くやった、八咫烏。さて、そろそろだな」

 

『こちら赤城。提督、敵機動部隊は全艦轟沈。此方と今いる艦隊には被害は、認められません』

 

「了解した。艦載機の回収作業に入ってもらいたいが、出来るか?」

 

『うまくやれば、狭い空間でもできます』

 

「まあ無理せずやってくれ。最悪、機体捨てて妖精だけ回収すれば良いから」

 

『わかりました』

 

赤城の報告に胸を撫で下ろす長嶺。何方にも被害が無かったのは、本当に良かった事である。一方の神谷は、ちょっと色々重なりすぎて思考が追い付いてなかった。

 

「所で神谷さん。この世界にも深海棲艦とセイレーンが居るのか?」

 

「いや、えっとだな。落ち着いて聞いてくれるか?」

 

「あぁ」

 

「確かに、この世界にも深海棲艦とセイレーン、それに艦娘とKAN-SENも存在している。ただな、存在している場所が三次元のこっちじゃなくて、二次元の世界なんだ」

 

「What?」

 

長嶺もまさか「アンタらの仲間は二次元に存在してます」なんて言われるとは思っておらず、謎の反応をしてしまう。

 

「こちらの世界における艦娘はパソコンゲームの艦隊これくしょんってゲームのキャラだし、KAN-SENはスマホアプリのアズールレーンってのに出てくるキャラだ。何方も結構人気のあるゲームなんだが、まさか本物として三次元に現れるとは.......」

 

「そのキャラ、今見れるか?スマホなら多分見れんだろ」

 

「ちょっと待ってろ」

 

神谷は自分のスマホアプリからアズールレーンをタップし、ドックの所まで操作して長嶺に見せる。

 

「マジやん.......」

 

そこに映しだされるキャラクターは、どれも長嶺の知るKAN-SENと瓜二つであった。しかも言動や性格まで同じである。

 

「だろ?因みに俺はアズレンならブレマートンが推し何だが、会えたりする?」

 

「うん」

 

「是非会わせてください指揮官様ぁ!!」

 

土下座する勢いで頼まれたので、慌てて止めて会わせるのを条件に色々頼んだ。因みに川山からは「俺はハインリヒに会いたい」と言われたので、神谷同様に協力するのを交換条件に会わせる事を約束した。結果として、こんな感じのが決まった。

 

・衣食住の保証。

・勝手に装備を弄ったり、解析したりしない。

・艦娘とKAN-SENと会う場合は、こちらに連絡してから。

・艦娘とKAN-SENが嫌がることはしない。紳士的な行動と節度を持って接する事。

・深海棲艦、セイレーンが現れた際は勿論、別の敵や災害派遣等であっても大日本皇国から要請があれば、新・大日本帝国海軍は協力する。

・便宜上、新・大日本帝国海軍は大日本皇国統合軍に於いて、唯一の常設戦闘団である神谷戦闘団に配属とする。

 

これらが取り決めとして決められた。それではここで、神谷戦闘団と新・大日本帝国海軍の戦力を説明しておこう。

 

《神谷戦闘団》

・歩兵40個連隊

・重装歩兵34個連隊

・戦車12個連隊

・砲兵8個連隊

・対戦車ヘリコプター24個師団

・輸送60個飛行隊

・特殊部隊(白亜衆)5個師団規模

 

《新・大日本帝国海軍》

艦娘

・戦艦

大和、武蔵、長門、陸奥、金剛、比叡、榛名、霧島、扶桑、山城

 

・空母

赤城、加賀、飛龍、蒼龍、翔鶴、瑞鶴、雲竜

 

・軽空母

鳳翔、瑞鳳、祥鳳

 

・重巡

高雄、愛宕、妙高、那智、足柄、羽黒、鈴谷、熊野、青葉、衣笠

 

・軽巡

天龍、龍田、五十鈴、川内、神通、那珂、阿賀野、能代、矢矧、大井、北上、夕張、大淀、名取

 

・駆逐艦

暁、響、雷、電、潮、浜風、浦風、睦月、如月、弥生、望月、長月、夕立、時雨、島風、萩風、磯風

 

・その他

明石、間宮、伊良湖

 

※KAN-SENに関しては実装キャラ全艦いるので割愛。

 

 

海上機動歩兵軍団「霞桜」

・6個大隊 約1500名

・戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』600機

・汎用ヘリコプター『黒山猫』200機

・機動本部車 18台

・自立稼働型武装車 1000台

・水上装甲艇『陣風』60艇

・水上バイク 500艘

 

こんな感じである。今更ではあるが、登場兵器の詳細に関しては、其々の作品に於いて詳細説明がある為、其方をご覧頂きたい。

※リンクは後書きに貼ってあります

 

 

 

数時間後 東京某所 大ホール

『それでは!!我ら皇国を護りし守護者達と、同じ皇国であり、しかし別の皇国を護りし守護者達との出会いと不滅の友情を祝しまして、かんぱーーーーーい!!!!!!!』

 

かんぱーーーい!!!!

 

この状況に読者諸氏は、完全に置いてけぼりを食らった事だろう。なので、ここまでの流れを簡単に説明しようと思う。神谷達、大日本皇国と長嶺達、新・大日本帝国海軍との約束が締結された後、すぐに黒鮫達は関東圏の航空基地へ分かれて着陸した。(流石に600機もの全長80mの超大型機を一気に収容できる基地はなかった)

でもって、流石の皇軍でも数千人規模の居住スペースの確保をすぐに用意するのは無理があり、その合間の時間を使って何か出来ないかと考えていた。そこで神谷が「どうせなら、交流会兼ねた歓迎パーティーやれば良くね?」という発案により、急遽歓迎パーティーが開催されたのである。因みに皇国からの参加者は軍の高官達(全員が艦これorアズレンを履修済み)と、お馴染み三英傑。帝国海軍からは艦娘、KAN-SEN、霞桜の隊員と、要は全員参戦である。

 

「うおぉ!!この肉うま!!!!」

 

「これ?」

 

「おう!!食ってみろよ!!」

 

「あ、ホントだ」

 

顔面が超恐くて見た目もハルク並みに巨大である霞桜第三大隊の大隊長バルクと、同じく霞桜第二大隊の大隊長で霞桜の技術屋でありバルクの親友であるレリックは肉を頬張っている。この2人、料理は壊滅的だが味覚は良いのである。

因みに料理の壊滅度合いは.......ジャイアンがマシに思える、とだけ言っておこう。

一方で三英傑は長嶺を加えて、食事を楽しんでいた。

 

「初めましてだね、長嶺くん。私は大日本皇国で総理をやらせて貰ってる、一色健太郎だ」

 

「どうも」

 

「あぁ、因みに浩三と慎太郎とは親友だ。敬語はいらない」

 

「OKだ。所で、もしかして三英傑って呼ばれてる理由って3人が親友同士だから?」

 

「あー、多分そうじゃね?」

 

長嶺の問いに、神谷がフワフワした回答をする。実を言うと、この3人も何でかは知らないのである。

 

「だって三英傑って、別に俺達が決めたんじゃないし。なんか勝手にいつの間にか非公式で呼ばれてて、なんか気に入ったからそう名乗ってるだけだもんな」

 

川山の言う通りである。三英傑は元々、国民の誰かが言い始めて、それが口伝やネットによって拡散されていっただけで、別に3人が考えた訳ではないのである。

 

「そういや、君って何歳なの?」

 

「17」

 

「そうか、17か。え!?」

 

「17!?」

 

「17で提督かよ.......」

 

思ってたよりも遥かに若かった事に、三英傑は驚いた。まあ長嶺の世界線では普通にまだ11歳と12歳の少年がショタ提督やってるし、というかそもそも提督になる素質を持った人間が限りなく少ないので、年齢どうこう言ってられないというのが現状である。

 

「因みに、何故提督になったんだ?」

 

「元は別の部隊、本当の世界の暗部で活動する部隊に居た。だけど何やかんやで霞桜の総隊長に就任して、任務で前職の江ノ島鎮守府の提督を暗殺した。で、提督の素質があって、他に適任者が居なかったらしいから提督になった。

で、この提督に推薦したクソジジイが当時の連合艦隊司令長官で、深海棲艦との戦時下で「戦場を知る人が防衛大臣になるべき」との考えで大臣を頼まれた結果、司令長官の職を俺に押し付けやがった」

 

「お前、苦労してんだな.......」

 

一色の問いに答えると、川山がそう言った。そして3人から同情と哀れみの視線を浴びせられ、その後は愚痴の言い合いに発展した。やれ「外交官なのに戦場ばっか渡り歩いてる」だの、「無能な癖にイチャモン付けてくる政治家がウザイ」だの、「戦後処理が面倒くさい」だのと三英傑も三英傑なりの愚痴を溢していた。

一方で長嶺の副官である本部大隊の大隊長グリムと、神谷の副官である鉄砲頭の向上は互いの上官について話していた。

 

 

「ウチの長官は、何というか無鉄砲なんですよねぇ」

 

「わかります!総隊長殿も、超が付く無鉄砲なんですよ。だけど何故か地獄のど真ん中に落ちても、普通に生還するんですよねぇ」

 

「そうそう!そうなんですよ!!もう心配する意味が無いし、なんかもう最近は心配するだけ損な気がしてなりません」

 

「何方も同じ、ですね」

 

「「HAHAHAHA!!」」

 

そして話のネタは段々悩み相談へとシフトして行った。

 

「私は故郷の両親から「早く結婚しろ」「孫の顔が見たい」と言われているのですが、どうせなら推しと結婚したいんです」

 

「お、推し?」

 

この瞬間、向上のスイッチが入った。自分の推しの素晴らしさについて語り出し、その勢いは止まるところを知らない。かれこれ15分程、彼の好きなアイドルグループと推しの素晴らしさを語りまくった。

そして今度はグリムの悩み相談が始まる。

 

「私は総隊長殿をどうにかしたいんですよ」

 

「長嶺さんを?」

 

「総隊長殿は公私共に素晴らしいお方です。戦闘面でも射撃、剣術、体術、医術、戦略、作戦立案、諜報、暗殺、工作と何でも1人で完璧な仕事をしています。プライベートでも生活力や料理のスキルは勿論、立ち振る舞いも完璧です。完璧超人はあの人の為にあると言ってもいい。しかし、ある一点だけは問題があるんです」

 

「ある一点?」

 

「あの人、鈍感なんですよ」

 

「は?」

 

グリムの答えに向上は思わずこう返してしまった。ちょっと話があまりにも突拍子すぎて、驚いたのである。

 

「例えば、ほら。見てください」

 

そう言ってグリムを指さした方向を見ると、長嶺が艦娘の大和、鈴谷、金剛、KAN-SENの赤城、隼鷹、鈴谷、愛宕、オイゲンに絡まれてる所だった。両手に華どころではない状態に、普通なら鼻の下でも伸ばしてそうだが、鬱陶しそうにしながら食事している。

 

「あそこまでの好意を向けられていながら、一切気付いてないんですよ」

 

「え!?軍の指揮官だから気付かないフリとか、同性愛者とかではなく?」

 

「えぇ。多分、後でそれとなく聞いてみてください。多分「え?何を言ってるんだ?俺に好意持ってるわけ無いじゃん」的な答えが返ってきますから」

 

「それ、もう病気ですね.......」

 

「はい.......」

 

因みに霞桜の中での非公式な長嶺の呼び名に「超絶鈍感朴念仁男」といつ不名誉な物が存在する程。その鈍感さと朴念仁っぷりは、ラノベの主人公よりもヒドイと言わしめる程である。

 

 

 

同時刻 ロデニウス大陸 南部沿岸

「にしても、また似た様な事態が起きるとか、一体何なの?」

 

「ふふふ。でも、面白いデータは取れそうよ。さあ、目覚めなさい。地獄から甦りし、怨嗟の方舟さん?」

 

人間の形はしているが生気を感じない、異様なまでに真っ白なセーラー服を着たポニーテールの女と同じ肌の長髪で謎のタコの触手の様な艤装を装備した女の目線の先には、巨大な空母と戦艦を混ぜた様な特異な見た目をした2隻の巨大艦が赤い光を発していた。

 

「さあ、どうするかしら。煉獄の主に皇国剣聖さん?」

 

次の瞬間、周りから様々なタイプのセイレーン艦と深海棲艦の一団が現れた。この不穏な空気しか撒き散らさない存在を、まだこの世界の住人は誰も知らない。

そして時は流れて、数週間後。この日、日本船籍の貨物船がこの海域で消息を絶ったのを皮切りに、国家を問わず多数の艦艇が消息を絶った。この報告を受け、大日本皇国は海上保安庁の巡視船の派遣を決定。偵察活動が始まった。

 

 

「にしても、船が消息を絶つって海賊ですかね?」

 

「海賊にしちゃ、えらく手が込んでる。この時代のこの辺の文明じゃ、船を完璧に消すなんて事は出来ない。それに他の文明圏からの客だったとしても、流石に無理がありすぎる。何か別の事が原因だろうな」

 

そう言いながら、デッキで双眼鏡片手に海を監視している海上保安官の2人。本当に何も無く、ただただ綺麗な海であり異常は見つからない。しかし監視員は、思いも寄らない物を見つけてしまう。

 

「本艦2時方向に巨大な島影を発見!!」

 

「おいおい、この辺りに島は無いぞ。一体ありゃ.......」

 

「おい監視員!!お前ら島影をこんな近距離で見つけるとは、一体何してたんだ!!!!!!」

 

副長に怒鳴られるが、いきなり島が現れたのだ。仕方がない。だが更に不可解な事象が巡視船を襲う。

今度は一体の空が赤黒く染まり、海は暗くなる。更に深海棲艦の水雷戦隊が、巡視船を襲ってくる始末である。

 

「人が海面を滑ってる!!砲撃してきた!!!!」

 

「か、回避しろ!!」

 

「無理です!!避け切れない!!」

 

次の瞬間、船体中に衝撃が走る。軽巡ホ級の5inch砲が命中したのである。しかも被弾箇所が機関部であり、これによって機動力を失う。ここで漸く正当防衛射撃を始めるが、たかが30mm程度では倒せない。

 

「機関砲が効いてない!?」

 

「ら、雷跡視認!!右舷より6線!!」

 

「衝撃に備え!!!!」

 

巡視船は魚雷が全弾命中し、その巨体を海中に消した。この報告はすぐに日本本土に届き、深海棲艦による襲撃の映像は長嶺も目にする事となった。

 

 

「長嶺、これが深海棲艦で間違い無いんだな?」

 

「あぁ、間違いない。だが問題なのは深海棲艦よりも、その後方にある島だ」

 

そう言って先程の巡視船の監視員が見つけた、島の写真を指刺しながら言った。その写真を良く見ると、結構色々ヤバい事が一目で分かった。

 

「大型の滑走路が2本、軍港設備、防空設備、上陸阻害用の砲兵陣地や機関銃陣地。完全な要塞島だ」

 

「この島、落とせるか?」

 

「流石にまだ分からんな。艦隊の規模が分からん以上は、どうも言えん」

 

「それもそうだな。だが、俺達大日本皇国が全面的に協力するって言ったらどうだ?」

 

この一言に長嶺は食い付いた。基本的に深海棲艦を倒す場合は、数隻の軍艦の攻撃を1隻に集中させる事が必要となってくる。最近になって長嶺とレリックが開発した「対深海徹甲弾」と呼ばれる弾丸を用いる事によって、漸く深海棲艦や艦娘を倒せる風に至っている。

しかしそれは、これまでの兵器の話である。大日本皇国は駆逐艦なんかもあるが、化け物クラスの超兵器群を多数運用している。これを使えば、この規模の島でも攻略できる可能性がある。

 

「規模は?」

 

「全軍の総力を上げた大掛かりな、超大規模反攻作戦が出来る位にはしてやる」

 

「乗った!!」

 

2人は互いに固い握手を交わす。その後の動きは早かった。神谷は偵察機を保有する最も現場に近い飛行隊に連絡を取り、要塞島の詳細な情報を調査する様に指示。長嶺は日本中の工場で急ピッチで対深海徹甲弾と、水上を滑走できる装備の量産に入った。

 

 

 

2週間後 霞ヶ浦航空基地

「総員、傾注!!」

 

「諸君、今回の戦闘は正直に言って有史以来、尤もふざけた相手と戦うことになる。我々はこの世界に転移し、これまで様々な戦闘を潜り抜けて来た。だが今回の敵とは、別の世界線に存在する日本からやって来た敵との戦闘だ。

何を言ってるか分からないだろうが、俺も言っていて現実感は無い。だがしかし、実際に被害は出ている。我々の国民にもだ。ならば皇国軍人として、違う世界線とは言え日本を守る守護者として、やる事は決まっている筈だ。今回も勝つぞ!!!!」

 

「「「「「オォォォォォ!!!!」」」」」

 

神谷の訓示に兵士達が雄叫びを上げる。その姿を尻目に、長嶺も長嶺で仲間達に向けて訓示を行う。

 

「まあ向こうはノリノリだが、俺達はいつも通りだ。見える敵は沈めろ。歯向かう敵は捻り潰せ。一切の容赦も躊躇もなく、深海棲艦とセイレーンに自分達が一番何処がお似合いなのかを教えてやるぞ!!!!」

 

こちらも同様に隊員達を中心に雄叫びを上げる。何方も士気は十分な様だ。それではここで、簡単に作戦を解説しておこう。

要塞島への超大規模反攻作戦、名付けて「幻想作戦」は四段階によって行われる。

 

第一段階

・敵防空隊との制空戦闘

 

第二段階

・皇国海軍主力艦隊と霞桜による敵艦隊殲滅作戦

 

第三段階

・爆撃連合飛行隊による島への空爆

 

第四段階

・地上部隊を展開しての島の制圧

 

以上である。まずは先発していた地上航空隊による制空戦闘の方から見ていこう。

 

 

「隊長機より各機へ。敵、航空隊への攻撃を実施する。槍を放て」

 

隊長機からの指示でAIM63烈風が数千発も発射される。まずは先手を取り、敵に混乱を与えていく。

 

『スカイキーパーより、航空隊へ。敵防空隊は約5分の1が堕ちた。しかしまだ1000機は残っている。心して掛かれ』

 

「野郎共聞いたな!!乱戦になるが、フレンドリーファイアだけは回避しろよ?続け!!!!!」

 

航空隊が突撃しようとしたその時、異世界に来て初めて聞いたアラートが鳴り響く。

 

「ッ!?ミサイルアラート!!!!」

 

その警報は敵からのミサイル攻撃を示す物で、この世界では訓練や点検でも無い限りは鳴る事のない装置である。そんな装置が実戦で鳴り響いた事に一瞬は動揺するが、すぐに回避機動を取ってやり過ごす。

 

「まさか、ミサイルを持ってるなんてな。いや、本来ならそれが普通だったな。こうなりゃ、こっちも本気でやるしか無いな」

 

そう呟くとアフターバーナーの点火スイッチを押して、瞬時に最高時速のマッハ3へと到達する。

 

『スカイキーパーより全機!!敵は強いが、基本的に格闘性能に極振りらしい。こちらは速度差を生かした攻撃で、敵を殲滅しろ!!!!』

 

深海棲艦、そしてセイレーンの艦載機の強さとは、その機動性の高さと小ささである。その高い機動性から生み出される格闘戦能力は、例えUAVの様に高い機動力を持つ機体を用いても足元にも及ばない。しかも小さい為、普通にエンジンや空気取り入れ口に狙撃してくる事すらある。

実際、深海棲艦に対して人類が艦娘の登場前の最初期に行われた作戦では、この攻撃によって大半のパイロットが手も足も出さずに撃墜されている。

 

「FOX2!FOX2!」

 

「FOX4!!」

 

ミサイル、レーザー、レールガン、UAVと言った使える兵装全てを用いた苛烈な攻撃を仕掛ける。だが深海棲艦とセイレーン達も負けていない。深海棲艦は得意の狙撃で、セイレーンはミサイル攻撃で攻撃を仕掛けてくる。

 

『こちらシグマ6-4!!エンジン被弾!!脱出する!!!!」

『ガルロ5、同じくエンジン被弾により推力喪失!!イジェクト!!!!』

 

見れば一気に70機近い戦闘機が火だるまになり、コックピットから人が飛び出している。キルレートは五分五分か、何なら向こうが少し優勢な気もする位だ。

 

(まずいな。これじゃ、ジリ貧だぞ)

 

誰もがそう思っていた時、最強の援軍がやって来た。

 

「化け物共!!!!ちょっと遅いがサンタクロースからのプレゼントだ!!受け取りやがれ!!!!!!!!!」

 

数機の黒鮫が戦闘空域に乱入し、搭載している無数の機関砲で弾幕を張る。しかも、それだけじゃない。

 

「そーら、お嬢ちゃん達!!出番だぜ!?!?!?!?」

 

「えぇ。一航戦赤城」

「同じく加賀」

 

「「戦闘機隊、発艦始め!!」」

 

「終わりだ!!」

 

「終わりだ、Funebre!!」

 

やって来た黒鮫のハッチが開くと艦娘の赤城と加賀、KAN-SENのエンタープライズとグラーフ・ツェッペリンの姿があった。4人は艦載機を発艦させて、敵の殲滅に取り掛かる。

赤城と加賀の一航戦コンビには烈風改二戊型(一航戦/熟練)、エンタープライズにはFR-1 Fireball、Me-155A艦上戦闘機をそれぞれ搭載しており、この4人は江ノ島鎮守府どころか帝国海軍内でも随一の練度を誇る。そんな奴らの艦載機集団が、いきなり現れたら敵はどうなるだろうか?答えは勿論、全機撃墜である。しかも此方はノーダメのオマケ付き。

 

「アレが神谷閣下の言ってた、別の世界線の日本軍か。なんか艦これの赤城と加賀、それにアズレンのエンプラとにくすべに似てるな。いや、気のせいか」

 

因みに別の世界線から日本軍が来ている、という情報は作戦に参加している将兵は知っている。しかし流石に艦娘とKAN-SENの存在は、色々面倒になりそうなので伏せられている。そして言うまでも無いが、この名もなきパイロットも、現在3-4で絶賛赤城&加賀掘り中のアズレンユーザーである。艦これは二次創作系で履修済み。

 

『スカイキーパーより各機へ!!敵、航空隊が艦隊へ攻撃を仕掛けている!!!!全機、第二次攻撃隊の発見と発見時は迎撃を行え!!!!』

 

え?何で艦隊の防空に向かわせないのかって?簡単な話である。向かわせる必要がないからである。慢心だろ、と言われるかもしれないが、そうではない。寧ろいない方がアイツらは大暴れできる。そんな訳で時間を少し戻して、場所も近海の洋上に移してみよう。

 

 

「レーダーコンタクト!!本艦11時と2時の方向より、敵航空隊が接近中!!!!」

 

「ふっ。どうやら敵は、我らが先導しているのを知らぬ様だな。副長、対空戦闘用意を発令しろ」

 

「アイ・サー。対空戦闘用意!!!!」

 

先導を務めている艦隊が、対空戦闘の準備に取り掛かる。ただ、この先導を務める艦隊の陣容が対空特化の化け物艦隊なのである。編成は摩耶型対空巡洋艦4隻だけなのだが、この「摩耶型」というのが化け物なのである。

かつてまだ大日本皇国が転移する前の日米合同演習に於いて派遣された摩耶型の古鷹が、米軍相手に無双した事がある。F22ラプターにF35ライトニングIIの合同飛行隊120機を相手取り、たった1隻なのに一度もミサイルどころか機関砲弾一発当たる事なく全機撃墜しやがった記録を持つ、真の化け物対空巡洋艦なのである。米軍からその後「摩耶クラスは演習に持ってくんな」と言われ、参加していたパイロット達は「映画で異星人相手に戦うモブキャラ達の気持ちが分かった」と語った程である。

それが4隻で、相手は航空隊。もうどうなるかは、お分かり頂けるだろう。

 

「右対空戦闘、CIC指示が目標。撃ちー方始め」

 

「トラックナンバー2621。信長はじめ!!」

 

「VLS解放!!」

 

まずは先制攻撃として、搭載されている艦対空ミサイル信長を発射する。発射された合計60発のミサイルは、正確に航空隊を迎撃する。

 

「目標群α、全弾命中!!目標群βも愛宕と高雄のミサイルが全弾命中!!」

 

「このままミサイル攻撃を続ける!!主砲の射程範囲までは撃ち続けろ!!!!」

 

「アイ・サー!!」

 

苛烈なミサイル攻撃は続き、攻撃隊の数はみるみる減っていく。そしていよいよ、主砲の射程に入った。

 

「主砲、撃ちー方始め!!!!」

 

最大の武器である主砲が火を吹く。主砲には起爆すると周囲に10発の対空ミサイルをばら撒く、時雨弾を装填している。

流石の深海棲艦機とセイレーン機と言えど、時雨弾には敵わなかった。そのほぼ全てが叩き落とされ、接近して来た機体も搭載されてる130mm速射砲、機関砲、短距離艦対空ミサイルの嵐に呑まれて堕ちた。

作戦は第二段階に移行し、いよいよ艦隊決戦が行われようとしていた。艦隊決戦には世界最大最強の熱田型戦艦全隻に加え、大和型と全突撃戦隊を投入する大規模な部隊となった。更に霞桜と艦娘とKAN-SENの連合艦隊も投入する事となっており、ガチ編成であった。

 

 

「敵艦隊捕捉!!情報通り、水上を滑走しています!!」

 

「よーし!!砲撃準備!!!!弾種榴弾、信管VT。目標、敵艦隊中心部!!!!」

 

艦隊が砲撃準備に入る最中、上空では最強の特殊部隊達が出番を待っていた。

 

「閣下!目標空域です!!」

 

「よし。野郎共、行くぞ!!!!」

 

神谷戦闘団が世界に誇る最強の歩兵戦闘集団である白亜衆の兵士達が、海上へと飛び降りて行く。対深海徹甲弾はどうにか間に合ったが、流石に水上滑走用の装備は白亜衆の分しか用意できなかった。その為、水上での戦闘は基本的に白亜衆が行う事となる。

一方でもう一つの特殊部隊は海面ギリギリにまで高度を落として、後部のハッチを開いた。

 

「さてさて、そんじゃ行くぞ!!!」

 

もう一つの特殊部隊とは、日本のゴミ処理屋にして世界で唯一深海棲艦と互角以上に戦える最強の特殊部隊。海上機動歩兵軍団「霞桜」である。そしてそれに加えて霞桜の総隊長である長嶺が指揮する、江ノ島鎮守府に所属する艦娘とKAN-SENも同じく海面へと着水して行く。

 

「総隊長殿、総員着水完了しました」

 

「よし。戦略はいつも通りだ。水雷戦隊は肉薄攻撃を持って魚雷を叩き込み、重巡がこれを援護する。空母は後方からの支援に徹し、戦艦は全体の援護をしつつ機を見て中心部へ突入する。霞桜はこの全体の援護と露払いだ。後はいつも通り、存分に好きな様に暴れてこい!!!!」

 

霞桜の隊員達は雄叫びを上げながら、自分の獲物を空高く掲げる。そして長嶺を先頭に、敵艦隊への突撃を開始する。白亜衆は突撃の最中に合流し、やっぱり一緒に突撃する。

 

「正面水雷戦隊!!」

 

「俺達に任せろ!!!!」

 

この一団の中で一番の巨体を誇るバルクが先頭に出て、手に持つ巨大なガトリング砲を水雷戦隊へ向ける。

 

「挽肉ミンチになりやがれ!!!!!」

 

キュィィンブォォォォォォォ!!!!!

 

バルク専用武器であるガトリング砲のハウンドは、七銃身のガトリング砲を3本束ねた化け物ガトリング砲である。つまりM134ミニガンを3つ同時に単一目標へ撃ってるのと同じだから、軽装甲の水雷戦隊は挽肉ミンチへと早替わりである。

そしてその後方にいた重巡リ級は、コイツが倒す。

 

「レリック!!」

 

「背中、借りる」

 

バルクの背中を踏み台に空高く飛び上がったレリック。自らの背中に背負っているマニュピレータに装備させた、お手製チェーンソーを起動する。そしてそのまま重巡リ級に突き刺して

 

ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!

 

切り刻むというより、切断しながら肉を掻き出す様な斬撃を繰り出し、身体中から肉片と、深海棲艦特有の青い血を周囲に撒き散らしながら倒れる。

 

「うわぁ.......」

「えげつな!」

「あれ、世界一受けたくない斬撃だぞ」

 

あの白亜衆の隊員が若干引いてるのだから、どれ程エグいか分かるだろう。

 

「総隊長殿、ソナーに反応が」

 

「潜水艦か。総員、対潜弾用意!!」

 

霞桜の隊員達の内、グレポンを装備している隊員達が水中に向かって発射する。てっきりそれで沈めるのかと思い気や、あくまでこれは炙り出しの為であった。

 

「カルファン、頼む」

 

「OK、ボス」

 

すると艦娘とKAN-SENにも負けない抜群のスタイルと美貌を誇るカルファンが前に出て、自分の獲物を準備する。

 

「さあ、出てらっしゃい?」

 

カルファンの専用武器は銃でも剣でも無い。どんな物でも切り裂く鋼鉄製の糸である。そんな特別性の糸を水中で走らせて、潜水艦を捕らえる。

 

「捕まえた♡」

 

そのまま空中へと引き摺り出す。見つかったのは潜水ヨ級elite3隻とカ級flagship1隻。空中で釣られた魚の様に踠いていると、カルファンが糸を引いた。するとさっきまでギリギリ傷付けない程度で捉えていた糸も縛られていき、そのまま輪切りになった。

 

「はい、終了」

 

「いつ見ても流石の腕前だ」

 

「姉貴、目がSMの女王様のソレだったぞ」

 

因みにカルファンは第五大隊の大隊長、ベアキブルの実姉である。

 

「って、おいおい。左方向から空母と戦艦のお出ましだ」

 

神谷の声に全員が振り向くと、確かに戦艦タ級と空母ヲ級の姿があった。それも8隻ずつ居る。すぐさま戦闘準備に取り掛かるが、先に動いたのは第一大隊の大隊長にして凄腕スナイパーのマーリンと、先ほども出て来た格闘の鬼であるベアキブルの2人だった。

 

「アイツらは、俺らに任せて先に行ってください。直ぐに追いかけます」

 

「わかった。一個中隊はここに残り、2人を援護しろ。残りはそろそろ他の奴等も苦戦し出すだろうから、その援護に迎え!!!!」

 

「そういう事ならお前達も霞桜を手伝ってこい!!戦闘時の指示は先輩である霞桜の隊員達に仰げ!!」

 

霞桜と白亜衆の隊員達は命令に従い、各部隊の援護に向かう。ちょうどタイミングよく戦艦部隊による砲撃も始まり、深海棲艦とセイレーンにも動揺が広がり出す。

 

「おい、長嶺。アレって、多分駆逐棲姫じゃね?」

 

「あ、ホントだ。狩ってくる」

 

「え、ちょ!?」

 

何と長嶺が見つけた駆逐棲姫に向けて突撃し出したのである。予想だにしない行動にいつも突撃してる側の神谷ですら、完全に呆気に取られている。

 

「ヤラセハ.......シナイ.......ヨ..............ッ!」

 

護衛の取り巻きであるタ級flagshipが3隻も現れて、16inch三連装砲を撃って来た。しかし、その程度では長嶺は止まらない。

 

「そんな攻撃で俺を殺せるか!!!!」

 

装備していた2太刀の愛刀、幻月と閻魔を装備して砲弾を切り裂く。そしてそのままの勢いで、手近のタ級2隻の首を刎ねる。そこから素早い動作でC4を切り飛ばした頭にセットし、もう一隻のタ級へと投げ付ける。そしてC4付き生首がタ級の砲塔の近くまで行くと、スイッチを押して起爆させる。

本来ならC4で深海棲艦の戦艦クラスにダメージは与えられないが、今回の起爆位置は砲塔である。砲塔内の砲弾を誘爆させて、艤装を破壊する。ただでさえ仲間の生首が飛んで来てるのに、その首が爆発して艤装が使えなくなった事に完全に正常な判断は下せなくなった。そうなっては、ただの案山子である。

 

「死ね、ザーコ」

 

装備を刀から拳銃の阿修羅HGに切り替えて、中波したタ級の頭を撃ち抜く。駆逐棲姫は人間程度、簡単に瞬殺できるタ級flagshipの敗北に軽く半狂乱状態となった。

 

「死ネ!死ネッ!!」

 

魚雷を撃ってくるが、接触しないしダメージも負わないが敵からは当たった様に見える、絶妙な位置で1本を破壊。その破壊による爆風で残りも破壊する。勿論駆逐棲姫は殺ったと思ったが、水柱から出てきた長嶺に顔を歪めた。

 

「何故ダ!!何故死ンデイナイ!?!?」

 

「たかが魚雷程度で、この俺を殺せるものか」

 

「クソッ!!死ネ!!!!!!!」

 

駆逐棲姫は性懲りも無く、また魚雷を撃つ。しかし魚雷を発射させてあげる程、長嶺は優しくは無い。

 

ズドン!

 

長嶺の放った弾丸は発射管から発射されて、水面に着水する前の、まだ空中に浮かぶ魚雷を正確に撃ち抜いた。本来なら敵艦の土手っ腹に大穴を開ける程の威力を持つ魚雷が、空中のそれも自分の目の前という超至近距離で起爆すればどうなるだろうか?

 

「ギャアァァァァァァァ!?!?!?!?」

 

大ダメージは必至である。駆逐棲姫は顔面を含む上半身全てに破片が突き刺さっていた。刺さってないのは背中や頭位のものだろう。

 

「貴様、殺ス!絶対ニ殺ス!!!!」

 

「悪いな、俺はテメェ如きに殺されるタマじゃねぇんだよ。次会う時は、精々強くなってな。じゃ、ゲームオーバーって事で」

 

そう言うと長嶺は一気に駆逐棲姫の正面まで踏み込むと、手を駆逐棲姫の喉に突っ込みそのまま貫通させた。青い血を周囲に撒き散らし、少し痙攣していた腕はダラリと力無く垂れる。

 

「はい、いっちょ上がり」

 

そう涼しく言う長嶺に、神谷は軽く恐怖を抱いていた。

 

(アイツ、駆逐棲姫を殺す時に笑ってやがった.......。狂ってる.......)

 

これまで幾度と無く敵を殺し続けて来て、自他共に人類最強の部類にいると思っていた。しかし、上には上がいた。今の攻撃を見るに、単体で戦った時は確実に自分よりも長嶺の方が格上だと気付かされた。

そんな事を思っているのも束の間、急に一帯が強い揺れに襲われた。

 

「な、なんだ!?」

 

「地震か!?!?」

 

皆がワタワタしていると、島が3つに分割し海に沈んだ。そして代わりに巨大な戦艦の姿があった。

 

「な!?オロチだと.......」

 

赤い光を発する空母と戦艦を混ぜた様な特異のフォルム。見間違う筈がない。その艦はちょっと前にアズールレーンと出会うきっかけとなった現象でアズールレーン、レッドアクシズ、江ノ島艦隊&霞桜の3勢力が共に協力して沈めた筈の戦艦。巨大戦艦『オロチ』の姿であった。

一方で大日本皇国の軍人も驚いていた。何もアニメ版アズールレーンのラスボスであるオロチが、目の前に出てきたからではない。そのオロチが掲げている旗と、艦橋部分に描かれた紋章に驚いていたのである。旗は赤い下地に火を吹く2頭のコモドドラゴンの様な生物の上に、扉の様な紋様が付いた物である。紋章についても、旗の中に描かれている物と同じである。そしてこの旗と紋章を掲げる組織というのは、外交の席で「教育」とか何とか言って拉致した日本人を外交官と護衛の軍人、というか川山と神谷の前で首を撥ね飛ばし、更には「天皇陛下と一家を殺します」から始まるヤベー要求をつき付けて、最終的に日本がキレて過剰なまでの戦力を投入して文字通り消滅させた国家。パーパルディア皇国の国旗である。

 

「何故、あの旗と紋章があの艦に.......」

 

『久しぶりよのう、大日本皇国』

 

『あの時はよくも余の皇国を壊してくれたな!!』

 

この声も聞き間違う筈がない。パーパルディア皇国最後の皇帝、ルディアス。そしてその妻にして、開戦の引き金となった人物でもあるレミール。この2人は神谷達白亜衆によって既に処刑済みであり、この世には存在しない。しかしどう言う訳か、声はきこえるのである。

 

「なあ、もしかして声の主を知ってるのか?」

 

「あ、あぁ。でも死んだんだ。俺や俺の部下が確実に殺してるし、国家は今はもう解体されて残ってない」

 

「そうか。知ってるかもしれねぇが、アレはオロチって戦艦だ。謎能力なんだが、ヤツは死んだ奴に化けれる。見た目は勿論、言動や仕草までも完璧に模倣できる。多分、その殺した奴に化けたんだな」

 

「そうか。そうだよな。だが、問題はあの巨大艦をどうするかだな」

 

アニメ版アズールレーンに出てきたオロチは、バリアによって攻撃を受け付けていなかった。覚醒したエンタープライズによってバリアを破られたが、エンタープライズとてそう簡単にホイホイ覚醒は出来ない。

ならばダメ元でゴリ押して見るだけである。

 

「撃ちー方始め!!!!」

 

ドゴォォォォォォォォォン!!!!

 

最大口径710mmの超巨大砲弾がオロチに襲いかかる。しかし効果はない。

 

「待ってくれ。今、グリムが弱点を解析している。俺達の世界のオロチは、シールドの結合が弱い箇所にピンポイントかつ、同時に攻撃を与えてシールドを破壊した。恐らく今回も」

 

「総隊長殿!!弱点となる結合の弱い場所、見つかりません!!!!前回の分は修正されています!!!!」

 

「マジか!?どうすんよ.......」

 

「こうなったら、ダメ元で全力攻撃だ!!」

 

そんな訳で霞桜と白亜衆の全兵士、艦娘とKAN-SEN、突撃艦、後方に待機する駆逐艦、爆撃に参加する筈だった富嶽II爆撃隊、その他の攻撃隊と戦闘機隊、超兵器の白鳳、白鯨と黒鯨、黒鮫による一斉全力攻撃も行なった。本来ならアメリカであっても直ぐに敗北する様な、規格外も良い所の火力を一気に投射するがダメージは入ってない。

 

「その程度では我がレミラーズ二世と、皇帝陛下のルディグート二世は倒せぬ」

 

「いや何処の宇宙戦艦だ。ここはいつから蒼き花咲く大地の、気高い鋼の国家になりやがった」

 

どう聞いても、何かどっかの「さらば〜」とか何とか言って16万8千光年彼方の惑星に旅立った宇宙戦艦の物語に出てくる敵艦の名前である。しかも何か最新の映画じゃ、何かやばい事なってたし。(旧作の方でしか知りません。2205見てー)

 

「まあ、そう言うなレミールよ。何やら関係の無い者もいる様だが、同じ日本の民であるなら万死に値する。行くが良い。騎士達よ」

 

そう言ってルディアスが手を翳すと、中世ヨーロッパの騎士の様な格好をした騎士の一団と、竜にまたがる騎士の一団が現れた。

 

「面倒だな。極帝!!」

 

神谷がそう叫ぶと、水中から巨大な赤い巨大な竜が現れる。この竜こそ世界に名だたる、四大属性竜の頂点に君臨せし真なる竜。竜神皇帝、極帝その人である。まあぶっちゃけると、メッチャ強い竜の親玉である。

 

我が友よ。我を呼んだな?

 

「あぁ。そこの竜騎士達を、全部潰せ」

 

心得た!!

 

そう言うと極帝は大空へと飛び立ち、ワイバーンオーバーロードの前へと立ちはだかる。

 

ワイバーンの強化種如きで、我の眼前に立つな!!

 

お得意の魔力ビームを浴びせて、次々に消し炭に加工していく。しかしあくまで想像されたワイバーンオーバーロードである為、思考や意思を持たない。その為、恐れを抱く事も慄く事も無く勇敢に攻め掛かる。だが、その程度で倒せるのでは「竜神皇帝」の名を冠する意味がない。

 

雑魚どもが!!!!掛かってくるが良い!!!!!!!!

 

闘志は十分。竜の首へと噛みつき、魔力ビームで焼き払い続ける。

一方で普通の馬に乗る騎士も攻撃を開始していた。と言っても突撃して来るだけなので霞桜と白亜衆の兵士達が弾幕を張ろうとしていたが、それを長嶺が止めた。

 

「ここは、アイツらに任せてくれ」

 

そう言った次の瞬間、空中からデカい犬と烏がやってきた。霞桜とか長嶺の仲間であれば見慣れているが、白亜衆や神谷等の大日本皇国勢はその存在を知らないので驚いている。

この2匹こそ、神谷の頼れる相棒。犬の名は犬神という人と妖術を操る妖怪で、烏の方は術を操り初代天皇を導いた伝説の導きの神、八咫烏である。

 

「お前達、やれ」

 

「吹雪の術!!!!」

「翼扇!!!!」

 

まず犬神の妖術である「吹雪の術」で馬の足を固め、次いで八咫烏の術の「翼扇」によって起こされる巨大竜巻に呑み込ませて、騎士達を文字通り消し去る。

 

「主様ー、終わったよー!」

 

「弱いな。我が主、もう少し強いのは居らんのか?」

 

「「「「「シャベッタァァァァゥァァァ!?!?!?」」」」」

 

神谷含む白亜衆の連中は、何かどっかの「らんらんるー」のお店のCMみたいなリアクションをしてた。いや、極帝も喋ってるやん。

 

「わ、我が配下を倒すとは流石だ。やはり、直接対決で決着を付けるまで!!!」

 

そう言うとルディアスは巨大な大剣と棍棒を、レミールは槍をそれぞれ装備して突撃して来る。

 

「迎撃しろ!!」

 

神谷がそう命じるが、霞桜の隊員も、白亜衆の兵士も、艦娘も、KAN-SENも近くの人間は誰一人として反応しない。

 

「な!?お、おい!!!!」

 

「か、閣下.......。長嶺くんが.......」

 

「長嶺が一体どうし、ッ!?!?」

 

震え声の向上にそう言われたので長嶺の方を見た。いや。見てしまった、と言った方が良かったのかもしれない。長嶺の顔は狂気と怒気の入り混じった、どんな相手でも一瞬で凍り付かせてショック死させてしまいそうな程、恐ろしい顔に歪ませていた。更には周囲にも、赤黒いオーラを滲ませている。比喩では無く、本当にオーラの様な物が出ていた。

 

「ふふふ、ハハハ.......。アハハハハハハハ!!!!!お前ら、その武器を手に入れた?なぁ、何処で手に入れたんだよ!!!!!!!

 

余りの気迫にレミールとルディアスも立ち止まった。

 

その武器を使って良いのは、この世にもう居ない。我が友を愚弄しやがったその罪、兆倍にして返させて貰うぞ!!!!!!

 

そう言うと長嶺は、懐から7枚の式神を取り出して投げ付ける。その式神は空中を進みながら燃え始め、ジェット戦闘機へと姿を変える。

 

子鴉共!!!!!

 

7機の戦闘機はワープホールの様な物に入り、戦闘機は長嶺の後方の空にワープする。次の瞬間、空中に焔の軌跡を描き始め、その軌跡はやがて旭日旗へと姿を変える。

今度はその旭日旗を破るかの様に、巨大な戦艦が姿を現した。長嶺がその身に宿す、最大最強の空中戦艦である。戦艦は焔に包まれ、パーツごとに分解していく。そのパーツ達は焔の玉となり、長嶺の元へと集まり巨大な火の玉を形成する。パーツが全て収まると焔は一気に消え、そこには巨大な艤装を纏った長嶺の姿があった。

 

空中超戦艦、鴉天狗、ここに見参!!!!さあ、殲滅の時間だ!!!!

 

目の前に現れた強者にレミールとルディアスは恐怖し、神谷や白亜衆を始めとする大日本皇国の軍人は目の前で起こった出来事に固まっていた。

 

どうした?何故攻撃してこない。しないなら、こちらから行くぞ!!!!!

 

神谷は瞬発的に最大推力を叩き出し、一瞬でルディアスの懐に突っ込む。

 

セイッ!!!!

 

渾身の斬撃を放つが、ルディアスはそれを大剣と棍棒の2つで受け止める。

 

「ルディアス様!!!!」

 

レミールも槍でガラ空きの背中を突こうとするが、それを許すほど甘くは無い。

 

ブオォォォォォォォォォ!!!!!!

 

「なっ!?!?」

 

機関砲群がレミールに向かって発砲してきた。直ぐに槍を高速回転させて、弾丸を弾く。

 

少しはやる様だが、所詮は全て紛い物。その武器も、その戦闘能力すらも。だから、一切重くねぇんだよ!!!!!

 

そう叫ぶと長嶺は、一度剣と棍棒を弾く。そしてそのままの勢いで、刀で剣と棍棒をぶち壊した。

 

「ぬおぉぉ!?!?」

 

奥義、彗星!!!!

 

奥義「彗星」を用いた斬撃で、ルディアスを肉片へと加工する。因みにこの技は2つの太刀を、超高速で動かして敵を肉片に加工する素晴らしい技である。

 

さぁ。待たせたな、クソ女

 

「そ、そうだ!!妾を助けてくれるなら、共に一晩を過ごしてやるぞ。どうじゃ、妾の様な美貌を持つ美しい女と寝れるなんて早々」

 

しかし、この次をしゃべる事はなかった。長嶺が主砲の砲口を口にねじ込んで、無理矢理喋れなくしたからである。

 

妾の様な美貌が何だって?貴様の様な人の思い出と生き様を愚弄する様な、真のクズが扱い女だと?笑わせるな。それに、テメェより俺の仲間(家族)である艦娘とKAN-SENの方が、中身も容姿も遥かに美しい美貌を持っとるわ。取り敢えず、死にやがれ!!!!!!!!

 

86cm砲が火を吹き、頭ごと首から上を消し去る。残ったオロチはと言うと、

 

「素粒子砲、射撃準備」

 

鴉天狗の装備する最強の兵装、素粒子砲で沈める事にした。

 

「エネルギー充填開始、バイパス接続。エネルギー正常に伝達中」

 

右側の艤装に搭載された巨大な砲身が変形し、正面と左右の砲口がせり出す。エネルギーが充填されている証拠なのか、段々と紫色の光が砲口に宿り出す。

 

「スコープ解放。ターゲティング開始」

 

長嶺の顔の前に、水色の水晶体の様な半透明のディスプレイが現れる。画面には様々な素粒子砲に関する情報、例えばエネルギーの充填率とか各部の破損状況とか様々な情報が列挙されていた。真ん中には照準を定めるためのスコープ画面が映されており、それをオロチに合わせる。

 

「ターゲットロック。素粒子砲、発射!」

 

ギュゴォォォォォォォォォ!!!!!

 

紫色の光がオロチに襲い掛かる。左右に発射されたビームも少し進むとオロチに向かうビームの方へと集まり、極太の巨大な光の柱のようになりオロチを貫く。

オロチはその巨大な船体を海面へと傾けていき、すぐに姿を消した。オロチの姿が消えると、あの赤い空も海も元通りに戻った。深海棲艦とセイレーンの残骸も同様に、まるで元から何も無かったかのように消えた。

 

「終わったな」

 

そう言って長嶺が目を瞑った。で、目を開けるとそこは水面では無く、母港である江ノ島鎮守府の執務室であった。

 

「は?え!?!?」

 

周りを見渡しても、いつも通りの執務室である。家具も何も変わりない。

 

「提督、どうしたんですか?」

 

目を開けると大和が少し笑いながら、声を掛けてきた。

 

「いや、どうしたもこうしたもあるか!!何か魔法のある異世界に飛ばされて、何故か出てきたオロチ2隻を別の世界線の日本軍と一緒に共闘して倒しただろ!?」

 

「えっと、何を仰ってるんですか?」

 

大和によると、どうやら一時間前くらいから居眠りをしていたらしい。疲れているのだろうと考え、今までそっとしていたそうだ。

 

「じゃあ、アレは夢だと?」

 

「ふふ。そうじゃなきゃ、別の世界線の日本とか有り得ないじゃないですか」

 

「そ、それもそうか」

 

普通に考えてそうなのだが、だがあのリアルさは夢とは思えない。

 

 

 

同時刻 大日本皇国 統合参謀本部 執務室

「閣下、閣下!」

 

「ん?向上、オロチは!?!?」

 

「うおっと、何寝ぼけてんですか。というか、いきなり伝説の妖怪の名前が出てくるとか、一体どんな夢を見ていたんです?」

 

「いやいやいやいや!ルディアスとレミールが復活して、なんか深海棲艦とセイレーンと、アズールレーンのアニメ版に出てたオロチを操って襲ってきただろ!?!?!?」

 

「えっと、そんな事が起きたら今頃ニュースでトップ飾ってますよ?というか、私達も戦地にいると思いますけど」

 

こちらも長嶺同様、居眠りをしてたらしい。しかしあのリアルさは夢とは思えず、川山と一色にも連絡を取った。そしたら

 

『え!?お前もか!!』

 

『俺達もさっき、同じ夢を見てたんだ。えらく現実味あるから、お前はどうかなと思って連絡しようと思ってた所だ』

 

なんと2人も同じ夢を見ていたのである。何か証拠になりそうな物は無いかと思い、3人は考え出した。すると一色が、あの歓迎会の時に写真を撮っていて、LINEで送ったのを思い出した。すぐに3人共確認すると、その写真はあった。夢で見た、長嶺そのものである。また神谷の場合は長嶺のLINEのIDも交換していたので確認してみると、こっちもあった。

一方で長嶺も同じ結論に至っていた。そして写真と、LINEを見つけた。試しに長嶺が電話を掛けてみると、神谷と繋がった。

 

「もしもし神谷さん?」

 

『長嶺雷蔵、で間違いないよな?』

 

「良かった、夢じゃなかったのか!!」

 

この日、新たな日本への扉が開いた。同じだが異なる日本を守る、真の英雄達が繋がった事によって。彼らはその命が続く限り、日本を護り続ける。これまでも、これからも。

 

 

 

 

 




今回のさまざまな兵器群の詳細に関して(大日本皇国)
陸軍編
https://syosetu.org/novel/235939/1.html
海軍編
https://syosetu.org/novel/235939/2.html
空軍編
https://syosetu.org/novel/235939/3.html
超兵器編
https://syosetu.org/novel/235939/4.html


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第三十四話江ノ島鎮守府の大晦日

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!なんで大晦日まで仕事なんだよぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

物語開始早々いきなり長嶺の叫びから始まってしまい、本当に申し訳ない。現在長嶺は仕事納めと言わんばかりに、大晦日だが大量の執務を消化中である。念の為に言っておくが、何もサボってた結果で溜まって訳ではない。こうなった原因は、東川にあるのである。

このクソジジイ、なんとソロモン攻略の報告書を提出した時に仕事を押し付けて来たのである。その結果、一応大晦日と正月三ヶ日は休める程度には仕事が終わる計算だったのに、その計算が見事なまでに狂わされた。あ、因みに東川は粛清代わりに御年玉を大量にせびってある。それも家一軒建つレベルの大金を。

 

「ってか、マジでこれ休めるのか.......」

 

そう言いつつも、延々とキーボードを叩き続ける。現在時刻は0834。終わる気はしない。

 

 

 

12時間後 

「お、終わったァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」

 

どうにかこうにかで終わらせた。因みにあの後、一切席を立たず飯も食わずで、終わらせたのである。腹ペコではあるが東川からお年玉を強奪した時に、ついでに高級食材も強奪しておいたので飯種には困らない。

そんな訳ですぐに自室へ直行し、冷蔵庫を開けて何を作ろうかと迷っている。取り敢えず伊勢海老、松阪牛&佐賀牛、イベリコ豚、寒ブリ、トラフグ等々、高級食材が大量にある。他にも酒の類もコレクションも含めて、大量にあるし1人宴会も余裕でこなせる。

 

「ふむ、ここはしゃぶしゃぶとするか。後は天ぷらに刺身も作って、それを酒でも付ければ良いだろう。うん!これこそ、最強の組み合わせなり!!!」

 

聞いた感じ成金親父にしか聞こえないが、一応コイツはまだ未成年である。お酒とタバコは20歳になってから。(多分、読者の大半は酒呑める年齢だと思うが)

さてさて、調理開始である。と言っても、食材を刻むだけの簡単な調理だが。そして大半の食材を切り終えたところで、お客さんがやってきた。

 

「指揮官様ぁ♡」

 

「え?赤城?」

 

どういう訳か、KAN-SENの赤城が来たのである。しかもそれだけではない。その後も大鳳、愛宕、鈴谷、オイゲンとKAN-SENの中でも長嶺に好意を抱いてアタックしてくる奴ら(尚、安定のことだが勿論当の長嶺本人は、1ミリ足りも気付いてない)がやって来た。無論、来る約束とかもしてない。

 

「で、お前達は何しに来た?マジでここには何も無いぞ」

 

「何を仰いますか。指揮官様の部屋というだけで、ここは伝説の宝物庫と同じですわ♡」

 

赤城のコメントに珍しく全員が頷いた。まあコイツら的にはエロ本やAVを見つけて好みのシチュとか格好をリサーチしたいのと、仮にロリコンや熟女好きなら調教して矯正したりしようと考えてるだけである。

まあそんな物、持ってないんですけど。

 

「宝物庫って。ここは高価な物も有るには有るが、一応仕事道具だからな?」

 

「何も貰おうって訳じゃ無いわ。ただ、ね?」

 

「いや、ね?って言われてもわかんねーよ。まあ後で、高いヤツを順に紹介しても良いが」

 

愛宕的には少し不服だが、それはそれで面白そうなので乗る事にした。あわよくば、用意してる間に何かしら情報が手に入るかもしれないし。

 

「で、マジで何しに来たよ。何も態々こんな夜の、それも年の瀬に、なんでも鑑定団よろしくお宝鑑定しに来た訳でもないだろ?」

 

普通の男なら年の瀬に美女集団がやって来たら、多分「え?もしかして気があるのか?」とか凄い勇気ある奴なら、そのまんま合体しまくりコースとか姫初めコースに突入するだろう。だがコイツには、そんな考えがよぎることは無い。

ここまで鈍感だったのは流石に予想外だったのか、はたまた安定とは言え呆れているのか、内心全員が溜息ついていた。ただ1人を除いて。

 

「もう、こんな夜中に女の子集団が男の部屋に来てやる事なんて、1つしか無いじゃない。お姉さん達と、楽しいことしましょ?」

 

愛宕が誘惑してみる。流石にコレなら攻略できるかと皆考えていた。では、答えというか続きを見てみよう。

 

「楽しい事、ねぇ。じゃあ、とっととヤるとしようか」

 

何と長嶺さん、ノリ気である。どうやらこのまま合体コース&R18コースへ突入するみたいなので、ここで時間軸を朝に飛ばさせてもらう。R18コースについては、後日特別枠でR18版を投稿するので、大乱交スマッシュシスターズに関しては少しお待ち頂こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、なる筈も無かった。長嶺は立ち上がると、ベッドルームではなくキッチンへと歩いた。まさかの行動に愛宕は動揺し、他の皆も「え?え?」という顔をしている。

 

「あの、指揮官?楽しいことって、何すると思ってますか?」

 

「え?飯、というか宴会だろ?年の瀬だし。ってか、丁度今から飯にしようとしてたから、そのタイミングを見計らって来たんだろ?」

 

「あ、はい.......」

 

まさかの解答に、全員が頭を抱えた。今は丁度キッチンに居るので、ここで女性陣は作戦会議を始める。

 

「指揮官様、どんだけ鈍感なんですかね。ワザとでしょうか?」

 

「指揮官の反応は、ちょっとアレですよね。もう、病気の域です」

 

「でも、アレがデフォみたいよ。霞桜の隊員達が言うには「ラノベ主人公よりもヒドイ」とか「恋愛やそっち系統の事が、端から脳に含まれてない」とか散々言われてるし」

 

大鳳と鈴谷のコメントに、信頼度の高い情報をオイゲンが伝える。

 

「もうこれ、誘惑云々の話じゃ無いわね」

 

「こうなったら、一時的に同盟を結びましょう。幸い宴会だから、うまく行けば誘惑出来るかもしれないし」

 

一方の愛宕と赤城は、持ち前の冷静さを持って瞬時に対策を立てた。宴会なら当然酒も出るし、無ければ自前で用意すれば良い。で、酔ったフリでボディタッチをしたりさせたりすれば、ワンチャンある。

しかも今回の場合、そこらのキャバクラの嬢よりも遥かに容姿に優れた美女集団が揃ってる。不本意ではあるが、ここは協力関係を結んでおいた方が効果も高い。てな訳で、「指揮官攻略同盟」成立である。

 

「でも、何をどうするのよ?」

 

「そう言う事なら、私に考えがあります」

 

鈴谷が提案したのは「まずは適当な理由をつけて自室に戻り、エロい格好で戻って来れば良い」という物であった。すぐに作戦は実行に移され、格好は以下の様になった。

 

赤城

・梅と雪

 

大鳳

・春の暁に鳳歌う

 

愛宕

・冬の風物詩

 

鈴谷

・白ニット&タイトスカート(スキン無かった)

 

オイゲン

・百花繚乱

 

勿論、下着も透けてたりエロかったりする勝負下着である。本来なら待つべきなのだが、流石に朝から何も口にしておらず、さっきまで全力投球で仕事しまくっていた為、ちょこちょこ刺身を摘んだりして待っていた。大体30分位すると、お色直しして帰ってきた。

 

「お帰、え!?」

 

出て行くときに「お酒を取りに行ってくる」と言われて出て行ったのに、帰ってきたら全員の格好がガチモードになってたので流石に驚く長嶺。いつもなら周りをフリーズさせているのに、今回は長嶺がフリーズする番みたいだ。

 

「あら指揮官様ぁ?なにを驚いているのですか♡?」

 

「いやいやいやいや!普通に考えて「酒とりいく」つって出て行った奴が、お色直しして帰ってきたら驚くわ!!!!」

 

「女の子って言うのは、男の人の前では綺麗に見られたいものよ?」

 

大鳳のコメントに突っ込んだら、愛宕から謎のレクチャーが入り、それに便乗した他の3人からも色々言われたので、なんかもう面倒になって来たし、いい加減腹が減ったので宴会スタートとである。

 

「指揮官?何故、テーブルにお湯しかないのかしら?」

 

「あー、オイゲンはしゃぶしゃぶは初めてか」

 

「!?」

 

どういうわけか「しゃぶしゃぶ」と言った瞬間に、ビクッとオイゲンが反応した。

 

「指揮官、今なら間に合うわ。警察署に行きましょう?」

 

震え声で何故か「自首しろ」的な事を言われ、長嶺含めオイゲン以外の全員が「はい?」って顔をした。一体、しゃぶしゃぶの何処に犯罪要素があるのかと、全員が疑問に思っていた。

 

「オイゲン、何を言ってるのかしら?しゃぶしゃぶが犯罪だなんて、聞いた事ないわよ?」

 

「愛宕知らないの!?この間、ドラマで言ってたのよ!「シャブはサツに捕まるから、隠しておけ」って!!ネットで調べたら違法だって書いてあったのよ!?!?」

 

この発言に全員が大爆笑した。まさかの「しゃぶしゃぶ」を薬物の「シャブ」と勘違いしてたのである。確かにシャブは違法であるが、それ以前に食事のメインディッシュが違法とな関係なく、薬物というのも中々にカオスな光景である。

一頻り笑った後、長嶺が説明するとオイゲンは顔を赤くした。その後、数日間はこのネタでイジられたのは言うまでもない。

 

 

「さてさて、じゃあ犯罪の誤解も解けた事だし始めようか」

 

そう言って持ってきた肉達に、全員が息を呑んだ。一目見ただけで、その肉がどの位するかが見て取れたからである。

 

「指揮官、その肉は一体何処で?」

 

「この間のソロモン諸島攻略の時にクソジジイから仕事押し付けられたから、代わりにお年玉を請求してやったから、行き掛けの駄賃として強奪してきた。あ、肉以外のブリとかフグとかもな」

 

「オイゲンさんの言う事、ある意味当たってましたね.......」

 

鈴谷がボソリと言っていたが、誰にも聞き取られなかった様だ。普通に考えて上司から食材を強奪してくるとか言う、リアルでやったら即刻法的と社会的にクビがすっ飛ぶ行為をサラリと言ったのだ。しかしコイツの場合はやりかねないので、驚きよりも呆れの方が強かった。

 

ブーーブーー

「おっと、そのクソジジイから電話だ」

 

そう良いながらポケットからスマホを取り出して、画面に映ってる「東川」の画面を見せる。因みにワザワザ、東川の後ろに()で「クソジジイ」と書かれていた。

 

『もしもし?』

 

「何の様でしょうか、クソ大臣殿」

 

開口一番にこの発言は、流石の赤城達も顔が一気に強張る。上司、それも国の重鎮であり、国を実際に動かす側のトップである大臣に向かって、堂々と「クソ大臣」と言い放ったのだ。周りの人間も肝を冷やすだろう。

 

『あの、えっとですね。怒ですか?』

 

「ハハハ。ただでさえ超シビアなタイムスケジュールでソロモン諸島攻略の報告書作りを指示してきたのに、それを出したら「代金代わりだ」と言わんばかりに大量の仕事を押し付けてくれやがって、折角大晦日と三ヶ日は休める様に調節してた仕事のペースを見事に狂わせてくれやがったのに、当の御本人であられるクソ大臣殿は、呑気に閣僚組との忘年会に行ってやがった事なんて、これっぽちも、ぜーん然、全く怒ってませんよ」

 

口ではこう言ってるが、実際はかなーり怒ってる様で(というか、どんなに温厚な人間でも絶対怒る)、口こそ笑っているが目から完全にハイライトが消え、周りの重力が3倍くらい重くなったのでは思える程にドス黒い物が見え隠れしていた。

 

『え、そうなの?』

 

「えぇ。ただアンタの家と職場に、深海棲艦の大艦隊とテロリスト集団が大群で押し寄せて、そのまま蹂躙されて来れないかなぁ、と願ってるだけですから。ハハハ」

 

『怒ってるじゃないか!』

 

いやいや、怒らない方が無理だろ。

 

「とまあ、冗談はここまでにして。一体何の用です?」

 

『あ、うん。例の件だが、また通信データが入った。今、パソコンかタブレット開けるか?』

 

「はいはい、ちょっと待ってくださいよ」

 

スマホを耳に当てたまま、後ろにあるタブレットを引っ張り出して立ち上げる。

 

「開きましたけど、メアド言った方が良いですか?」

 

『頼む』

 

そう言われたので、タブレットのメアドを口頭で伝える。因みにこのタブレットは、機密資料を見れるように外部からのアクセスは一切遮断されてる物で、安定の技術屋レリックとネットやコンピューターのスペシャリストであるグリムが作った特注品である。ハッキングする場合は仮にネットと繋いだ状態だったとしても、スパコンレベルの演算能力がないとハッキングどころか侵入も出来ない。

 

『今、データを送った。やっぱり音声の質が悪いから、聞き取るのは無理だと思う。まあ後で一回聴いたらいいだろう。で、今回分かったのは所定、潜入完了、装備、問題、潜伏、2年って単語だけだ』

 

「どうやら、潜入完了な上で既に日本の何処かに潜んでる事は確かな様ですね」

 

『それで何だが、作戦の実行を早めようと思っておる。具体的には、用意が出来たのと同時にやるつもりだ』

 

「いえ、それは避けた方が良いでしょう。恐らく2月とか3月の、何か微妙な位置から転入となると目立つ。珍しくは無いが、ここは当初の計画通り、転勤とかの理由を付けての4月から転入の方が良いかと」

 

この意見は潜入のプロとしての視点からの意見である為、東川も二つ返事で承諾してくれた。潜入に於ける超大前提である「出来る限り目立たない」を出来なければ作戦もオジャンである。

 

『そっちの方で探っているのだろうが、何か掴めたか?』

 

「掴めてりゃ、そっちに報告しますよ。まあ怪しいのはシリウス戦闘団、CIA、IR辺りでしょうがね」

 

『根拠は?』

 

「んなもん状況証拠ですよ。シリウス戦闘団は存在自体が謎な上、既に軍人を弾いてる。CIAは例のアズールレーンとレッドアクシズの一件で3回位襲って来てるし、IRは鹿児島基地事件と首都高で交戦し負かしている。シリウス戦闘団はよく分からんから一先ず置いといて、CIAとIRは報復とかメンツの為に、俺達を釣る為の餌としてこの手の事をやっても可笑しくはない。まあ矛盾というか、謎な部分は大量に残りますがね」

 

さてさて、此処で一応2人が何の話をしているのか解説しておこう。2人の話している「例の件」というのは、中国語で「総武高校」だの「暗殺計画」だのという見るからに不味い臭いを撒き散らかす音声を入手して、その対抗策の為に長嶺を学生として学校に送り込む計画の事である。

あの後もソロモン諸島攻略と同時並行で霞桜は調査を続けていた。そして公安、内調、自衛隊の秘密諜報機関も調査を続けているが、成果は何も得られていない。誰を暗殺するのか、総武高校との関係性、戦闘員の素性、潜伏先、各種ヒントになりそうな情報と言った全てに於いて決定打どころか雲すら掴めてない状況である。

 

『こちらでも引き続き調査は続けるが、そちらも何かあったら報せてくれ』

 

「わかりましたよ。それじゃクソ大臣殿、来年がアンタに取って最悪の一年にならん事を祈ってますよ」

 

そう言って電話を切った。一応電話中も他の皆は箸を進めていたが、後半からは箸もとめてずっと聞き入っていた。

 

「ねぇ指揮官?その「例の計画」って言うのは、聞かなかった事にした方が良いかしら?」

 

「あー、別にどっちでも良いぞ。どうせ年が明けたら、他の奴らにも説明するつもりだったし」

 

「なら、その計画というのを聞かせてください」

 

大鳳が一番に食い付き、他の4人も食い付いた。で、全部話せる限り話した。勿論、艦娘かKAN-SENの誰かを1人連れて行く事も。

 

「そういう事なら、この赤城にお任せください!」

 

「いいえ!大鳳にお任せください!!公私共に、手取り足取り「お世話」致しますわ!」

 

「指揮官、お姉さんに任せなさい?」

 

「いいえ!指揮官、私はJKですよ?私こそ適任です!!」

 

「指揮官、私にしときなさい?後悔はさせないわよ」

 

案の定、大波乱である。そりゃあ任務の一環として、合法的に指揮官の側に居られる権利を貰えるなら何が何でもゲットしたいだろう。

 

「あー。その意気込みは嬉しいんだが、多分この中で適任なのはオイゲンだけだぞ?」

 

この一言にオイゲンこそ顔を紅くして照れて可愛い反応をしたが、それ以外は全員ハイライトオフで、今にも襲い掛からん勢いであった。

 

「フフフ、オイゲンはどうやらソウジの必要があるようね.......」

 

「指揮官様はきっと、御乱心なのですわ。そうでなければ、私を選ばない事なんて.......」

 

「ねぇ、何で?何でなんですか指揮官!」

 

「お姉さんの何処がいけないの!?」

 

見事なまでにカオスである。勿論こうなった事にも、理由はしっかりある。それも合理的かつ現実的な理由である。

 

「おいおい、なんでそんな落ち込むというか豹変してんだ!!取り敢えず理由を説明するから、一先ず落ち着け!」

 

どうにか場を収めて、4人の怒りと暴走を仮だが止めれた。

 

「まず今回のパートナーの選定基準だが、第一に空母、戦艦、駆逐艦、特殊艦、潜水艦でない事が絶対条件にしてある。空母と戦艦は艦隊戦に於ける主力であり、旗艦として機能する事も多いからな。KAN-SENの加入によって頭数は増えているが、あまりここから動かしたくない。

駆逐艦は単純に容姿が幼すぎて、変に疑われたり目立つ可能性が高い。特殊艦は工作艦とか給糧艦の様に数が少なく、希少性が高いから動かすと全体の任務に支障をきたす可能性が高い。潜水艦も同じ理由だ」

 

「ならどうして、お姉さん達はダメなのかしら?」

 

「そうです!私達はどっちも重巡ですよ!!」

 

「なら、その耳と角。どう説明付けるんだ?」

 

愛宕と鈴谷が外された理由は、その容姿である。愛宕は頭に黒い獣耳が生えており、鈴谷も赤い鬼の角の様な物が生えている。流石にこれは、どうしようもできない。

 

「一応、ステルス迷彩機能を使えば消せるが、もし何かの拍子に解除されたりとか、動きとかでバレたら元も子もない。あくまで今回高校に行くのは、潜入任務だ。違ったならお前達どころか他の奴らも適当な理由とか、あの手この手使ってでも望むなら連れて行ってやりたい。

が、あくまでこれは任務。失敗は許されない以上、バレる可能性は例え少なくとも取り除ける限りは全て取り除きたい。

それにオイゲンが適任と言ったが、試験もキッチリ受けてもらった上で判断する。しかもこの試験は、対人戦闘を前提として行う。誰がなるかは分からん」

 

合理的かつ論理的な説明に、流石に反論は出来なかった。この話に関しては何もプラスにならないと判断し、最初の目的である誘惑方向へと持っていく。

まずは酒を飲ませまくって、ベロベロにして甘えさせてやろうと考えていた。しかし飲ませまくる前に、勝手に長嶺が飲みまくっていた。

 

「ングッングッングッ」

 

ただ飲み方が、完全に水であった。水をガブ飲みする様に、日本酒をコップに注いでは一息で飲み、また注いでは一息で飲みを繰り返していき、すぐに一升瓶を空にしてしまった。

 

「し、指揮官?そんなペースじゃ、少し酔ってるんじゃないですか?鈴谷のココ、空いてますよ?」

 

そう言ってムチムチの太腿を軽く叩いた。つまり「膝枕、してあげますよ?」という事である。しかし長嶺の答えは

 

「いやいや、日本酒とか水と変わらねーよ。この程度で酔う程、ヤワじゃない」

 

そう。何を隠そう、長嶺はガチの酒豪なのである。度数70%の酒を一升瓶一本分の量を一気飲みしても酔わない程度には強い。

 

「あ、そうですか.......」

 

鈴谷、轟沈!

オイゲンは一応少しは予想していたが、他3人は「ここまで酷いのか」と驚愕していた。どうやら予想の3倍近く酷かった様だ。

 

「うふふ♡指揮官?お姉さん、少し酔っちゃったみたい.......。肩貸・し・て♡?」

 

「ベッド空いてるぞ。キツかったら、俺よりそっちの方が良いだろ。医学的にもキツイ時は横になった方が良いと、研究結果が出ている」

 

「そういう事なら、横にならせて貰うわ」

 

愛宕はそう言って立ち上がると、そのままワザとこけようとした。こけて、そのまま大きな胸を押し付けてやろうとしたのだが、弾丸をも捉える動体視力と反射神経に、超大口径の武装を片手で操る化け物レベルの腕力を持つ長嶺に掛かれば、こけて当たる前に支えて阻止できてしまう。

 

「おいおい、マジで大丈夫か?」

 

そう言って長嶺は、そのまま愛宕の足を持ち上げて、背中に腕を回してお姫様抱っこする。

 

「え?え?指揮官?」

 

「そんな千鳥足じゃ、頭から壁に突っ込みかねん。このまま運ぶ」

 

いつも余裕たっぷりに振る舞う愛宕とて、流石に想い人に乙女の夢とも言える(知らんけど)お姫様抱っこをされてる状況下では、流石にいつもの様には振る舞えない。頭がオーバーヒートして、完全に借りてきた猫状態である。

因みに残りの4人はオイゲンは一度されてるので羨ましそうにして終わりだったが、他3人は完全に嫉妬心を燃やしてドス黒いオーラを滲ませていた。

 

「そうですわ。指揮官様、先ほど言っていた高価な物、というのを見せてください」

 

赤城が次なる作戦を展開するべく、まずは長嶺を排除する。次なる作戦とは、部屋でのお宝探しである。因みに「お宝」とはエロ本やAVといった、長嶺の性癖が分かる物である。

 

「あぁ、いいぞ。だが、色々あるからなぁ。ちょっと時間が掛かる」

 

「気にしませんわ」

 

そう言って長嶺は奥の部屋へと消える。その隙に全員で家探しを始めるが、それを許してくれる程、長嶺は甘くはない。仕掛けておいた無色無臭の睡眠ガスを部屋に充満させて、全員に夢の世界へと旅立って貰う。

 

「全く、油断も隙もありゃしない」

 

流石に放置する訳にもいかんので、ベッドルームへと運んで眠ってもらう。因みにガスは気化性が強く、使用するとすぐに分解されるので5分後にはガクマスクを外しても問題なく活動できる。

夢の世界に旅立った奴らを運んだら、後片付けに入る。洗って伏せて、流石に疲れたので自分も眠る。翌日、目が覚めて色々戸惑っていたので「部屋から戻ったら、なんか全員泥酔してた」と誤魔化して部屋に帰した。

超鈍感朴念仁男と言えど、恋愛でもこの手の事には敏感なのである。

 

 

 

 

 



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第四章やはり最強提督の青春ラブコメはまちがいまくっている。
第三十五話ドイツからの転校生


2032年4月6日 千葉県 総武高校付近

「まさか、高校までの登下校がハイヤー&ヘリコプターとはね」

 

「あら。大富豪の御曹司の学校生活みたいで、中々良いじゃない?それに、こんな美女と登校できるなんて役得よ?」

 

「あんま美女すぎても、目立つんだけどなぁ」

 

現在長嶺とオイゲンは、今日から転入する事になっている総武高校近くの交差点で信号待ちしている。ここだけなら普通ではある。まあ親の送り迎えというのは、羨ましがられはするが特段おかしくない。学年に1人位は、毎回送り迎えの奴も居るだろう。だがしかし普通ならありえない行程を踏んで、登校しているのである。

2人はまず江ノ島鎮守府からヘリに乗って、浦安市のヘリポートまで飛んできたのである。というのも江ノ島から総武高校まで約東京湾をグルリと半周ちょい周る為、流石に時間が掛かる。(Google mapによると、大体1時間半)一応身分を隠すとは言えど、本職は国家を守る軍人。それも唯一深海棲艦と渡り合ある存在の中でも、一番強い部隊の司令官なのだから緊急時に急いで帰らないといけなくなる事もあるだろう。となるとチンタラ地上を行儀良く走ってはいられない。そこで考えだされたのが、このヘリコプター通学である。因みに車は普通の、黒塗りトヨタ クラウンである。

 

「総隊長、まもなく到着致します」

 

「おう」

 

車は総武高校の敷地ではなく、徒歩5分程の人通りの少ない場所で止まる。流石に転校生という目立つ塊が、黒塗りセダンで乗り付ける訳にもいかない。それでは潜入任務で一番重要な、目立たない事とは正反対である。

 

「じゃあ、行ってくる。留守は頼むぞ」

 

「えぇ。総隊ち、いえ。桑田真也さん?」

 

「なんか変な感じだわ、その名前。頼むから、あっちではやめてくれよ?」

 

さてそれでは、ここで2人の架空の戸籍について説明しよう。

 

長嶺→桑田真也(くわた しんや)

年齢 16歳

ドイツの日本大使館に務める防衛省の駐留武官の息子でドイツ暮らしだったが、深海棲艦の襲撃や紛争の頻発化に伴い日本へ帰国した。その為、ドイツ語に堪能である。趣味は読者とゲームで、特技はアメリカで習った本場の軍事知識と格闘や射撃などの戦闘技術、爺ちゃん直伝の抜刀術と剣術という設定。

ドイツとの関係はオイゲンとの関係をイメージしやすくし、戦闘技術の面は何らかの原因で、その強さの一端を見せてしまった場合の保険である。今回は期間が未確定なので、カバーストーリーによる保険は準備済みである。

 

プリンツ・オイゲン→エミリア・フォン・ヒッパー

ドイツ外交官の娘。桑田と同じ理由から、日本との協力関係を強固にするべく派遣された父に付いてきた。桑田とは幼馴染であり、大体いつでも一緒にいる。趣味はお菓子作りとファッションを楽しむことで、特技はギターを弾ける事、という設定。

因みに名前の方は、実際の姉であるアドミラル・ヒッパーの名前の元となった、ドイツ帝国の提督であるフランツ・フォン・ヒッパーから頂戴している。

 

また2人は緊急時に備えて、しっかり武装もしてある。長嶺はズボンの中、正確にはパンツとズボンの間に阿修羅HGを常時ステルス迷彩起動状態で装備しているし、オイゲンは長嶺が制作したグロック26の改造モデルを装備している。内臓型サイレンサーの追加、弾数を10発から20発へ増量、サイトシステムの変更、グリップとトリガーの形状をオイゲンの手に合う形へ変更、弾丸の高速化&高威力化&低反動化と言った具合に、チート仕様である。

 

 

 

総武高校 職員室

「君達かね、ドイツからの転校生って言うのは。私は君達の担任となる、平塚静だ。よろしく頼む」

 

「よろしくお願いします、Frau平塚」

 

「よろしくお願いするわ」

 

地味にしっかりとドイツ語を加えて、ドイツに住んでいた感を演出する。オイゲンにとっては仕事と言いつつも暇潰しになる楽しそうな場所、位にしか認識していない。しかし長嶺にとっては、ここは普段立つ戦場や任務の最前線の現場と何ら変わりない。

この学校では長嶺は目立たず、目立つとしても良い意味で目立たないといけない。また経歴が捏造の嘘の塊でしか無い以上、言葉選びや過去を語ったりする上では矛盾の生まれないようにしなくてはいけない。そんな訳で既に脳内では、これから起こるであろう会話の膨大なパターンをシュミレートしている。勿論さっきの会話も、事前にシュミレートした物である。

 

「それじゃ、君達のクラスへと行こうか。クセの強い奴も複数いるが、それを除けばとても楽しいクラスだ。あまり気負わず、ドイツに居た時と同じように振る舞いたまえ」

 

「大丈夫よfrau。私達、友達作るのは得意だから。ね?」

 

「それはお前だけだろうが。俺がどっちかって言うと、同年代より年上とかの方が得意なの知ってるだろ」

 

こんな感じで、普通の素の会話も忘れない。こう言う素の部分を作る事によって、会話の中に生まれるであろう演技臭さの違和感を打ち消すのである。

 

「さあ、ここだ。先に私が入るから、少し待っててくれ。合図したら入ってきて欲しい」

 

「はい」

 

「わかったわ」

 

そう言って、平塚が先に教室に入る。その間、廊下は朝のホームルーム中というのもあって、誰もおらず静まり返っている。

 

「中々良さそうな先生ね。ああいう人なら、色々力になってくれそうだわ」

 

「だと良いがな。なんかあの教師、短略というか後先考えて無いというか、あんまり手本にしない方がいい気がするぞ。案外、その辺の生徒に体罰とか振るってるかも」

 

「会って数分でそこまでボロクソに言えるなんて、逆に凄いわ」

 

俺ガイルをアニメでも小説でも見た事がある人なら分かると思うが、長嶺の人物分析は正しい。この後、この物語にも登場する比企ヶ谷を結構殴ったり、無理矢理な手法で色々な仕事を押し付けている。この毒牙が2人にも襲いかかるのかは分からないが、長嶺なら問題ないだろう。

 

「君達、入ってきたまえ」

 

「レディファーストだ。お先どうぞ」

 

「あら、ありがとう」

 

先にオイゲンを入れて、その後ろから長嶺が入る。まずはオイゲンの容姿に男女共に(特に男子)が歓喜した。絹のような透き通った銀髪のツーサイドアップに、一房だけ赤色のメッシュの入った綺麗なサラサラとした髪。琥珀色の瞳に、銀髪と同じく透き通る様に白く一目で柔らかい事がわかる肌。そして何より「ボン、キュッ、ボン」をそのまんま体現した、そこらの二次元キャラよりも遥かに発育の良いスタイル。特に男子は恐らく3桁は行ってるであろう、最早「爆」の域にまで突入している胸と、プリッとした形の良いお尻に目を奪われていた。

そしてそれに続く長嶺。流石に長嶺は素顔を安定のオクトカムで隠している為、いつもの「ワイルドにも美形に見える絶世の美男子」では無い。しかしカルファンが悪ノリしてガチでデザインした結果、ワイルド系のイケメンに仕上がった。髪は別に珍しく無い、普通の黒い髪。だが顔は赤い瞳に、少し野生的な芸能人なら100%売れるイケメン。そして180cmはある長身に、一見すると普通の一般人の様な体格だがよく見ると引き締まった鍛えられた身体。こっちは女子を一目で虜にした。

 

「ベルリン自由大学附属ギムナジウムから転校してきた、エミリア・フォン・ヒッパーよ。ファーストネームでもあだ名でも、好きに呼んでね」

 

「同じくベルリン自由大学附属ギムナジウムから転校してきた、桑田真也だ。見ての通り、エミリアとは違って純正の日本人だ。まあ、よろしく頼む」

 

「それじゃあ2人の席は、そこの一番後ろの席を使ってくれ。黒板が見えにくいとか、何かあれば後から申し出て欲しい」

 

二人は順調なスタートを切る事に成功し、指差された席に向かって歩く。流石に堂々とは喋れないので、近くの生徒には軽く挨拶して席に座る。

 

「さて。それでは今日のロングホームルームの内容だが、知っての通り近々進路学習の一環として、職場見学に行ってもらう。そこで皆に見てみたい職場の見学先を書いてもらいたい。それじゃ、今からプリントを回すぞ」

 

そう言って回されてきたプリントには、見学先とそれを選んだ理由を書く欄があった。勿論書く先は「新・大日本帝国海軍江ノ島鎮守府」一択である。色々調べたところ、この職場見学は3日間同じ職場を見学する物らしく、流れも一度学校に登校したら後は先方の都合が良い時間帯で見学を終わらせて、直帰できるシステムらしい。

とどのつまり、これを利用すれば見学中に執務ができる(・・・・・・・・・・)のである。後からレポートも提出しないといけないが、別にこれはどうとでも誤魔化しが効く。それに交渉の電話や何かしらの報告で連絡を取るにしても、長嶺が全部1人で出来てしまう。完璧な作戦である。あ、勿論建前上は別の理由を付けてある。

 

 

「そろそろ時間だな。号令」

 

「気をつけー、れーい」

 

「「「「ありがとーございましたー」」」」

 

アンケート書いたり、先生からの説明を聞いているとあっという間に終わってしまった。休み時間に突入するや否や、一気に2人の周りは学生に取り囲まれる。そして

 

「趣味は?」

「好きな食べ物は?」

「得意な教科は?」

「特技は?」

「好きなアーティストは?」

「好きなゲームは?」

「彼氏いる?」

「彼女いる?」

「3サイズは?」

 

質問攻めである。取り敢えず、最後の質問した不届き者男子。体育館裏に来やがれ。by長嶺

 

「あー、取り敢えずさ。落ち着いてくんね?俺達は聖徳太子じゃねぇから、流石にこうもいきなりかつ同時に大量の質問されても何が何だか分かんねーよ」

 

「彼の言う通りだ。みんな少し落ち着いて」

 

金髪のいかにも「優男」という整った顔の男が、ヒートアップしすぎてるクラスメイト達を落ち着かせる。彼の一声で全員が忽ちに静かになった所を見るに、このクラスでの中心人物なのだろう。

 

「よろしくね、桑田くんにエミリアさん」

 

「えぇ。よろしくね、王子様」

 

「よろしく」

 

そう言って握手するが、考えてみたらコイツの名前を長嶺は知らない。まあ自己紹介すらしていないので、このクラスで名前を知ってるのは担任の平塚のみである。

 

「あー、絶対順番逆だと思うんだが、アンタの名前はなんて言うんだ?」

 

「あ、まだ名乗ってなかったね。俺は葉山隼人。サッカー部だ」

 

「サッカーか。ポジションはミッドフィルダーかな?」

 

「よく分かったね」

 

伊達に特殊部隊の総隊長はやっていない。1発で葉山のポジションや、ついでにある程度の性格すらも見抜いた。詳しくはまた今度、書くとしよう。

さてさて。そうこうしている間に、次の授業の時間である。教科は数学であり、進学校だけあって授業は高校生の割には難しい。だがしかし、コイツの場合は違う。ハーバード大学と大学院を飛び級を繰り返して首席で卒業した天才である為、高校生の数学はマスターしている。では何をするのかというと、執務である。

いくら学生として潜入しているとは言えど、流石に仕事量が減ることはない。そこで長嶺はレリックとグリムと共に、執務用の超小型PCを作ったのである。このPCはコンタクトレンズに仕込んであり、AR装置で画面とキーボードを映し出す。使用者にしか画面やキーボードは見えない為、中身を見られて身元がバレる心配もない。そんな訳で授業を受けてるフリをしながら、次々に仕事を片付けていった。

 

 

 

放課後 職員室

「君達、部活動に興味はないかね?」

 

「興味ないわね」

 

「同じく」

 

帰りのホームルームで職員室に来る様に言われたので来てみれば、どうやら部活の勧誘だったらしい。しかしオイゲンは帰ったら訓練とかもあるし、長嶺だって執務がある。部活で青春する暇なんて、まず無い。

 

「言っておくが、君達に拒否権はない。異論、反論、抗議、質問、口答えは一切認められない」

 

「それ、横暴じゃないですかね?こっちにはこっちの都合があるし、大体部活動ってのは生徒、つまり俺達の方にやるやらないの選択肢はある筈だ。勿論、入部したらやりたくなくなったとしても、やる義務はあるだろうが、今回に関してはこちらの意見は一切聞かずにアンタの一存勝手で決めている。

それなのに、拒否権は無いし、異論、反論、抗議、質問、口答えは一切認められない。可笑しいんじゃねぇの?」

 

「ほう。私に楯突く気かね?では、その身体に教えてやろう」

 

そう言うと平塚は、いきなり長嶺に殴りかかって来た。しかし現役の特殊部隊員が、たかだか少年バトル漫画に影響されて独学で適当に編み出した付け焼き刃のお粗末な格闘を繰り出す女性の攻撃を受けるはずもなく、パンチを片手で掴んで受け止める。

 

「ぬるいな。俺達は鉄火が風雨の如く降るような、地獄の戦争を見て来たんだ。今更、暴行如きで脅せるほどヤワな精神はしてねぇ。それより俺に手を出したってことは、テメェもボコされる覚悟あるんだろうな?」

 

生まれて初めて向けられた殺気に、流石の平塚も固まった。しかし状況を静観していたオイゲンが、助け舟を出す。

 

「でも真也?部活って、楽しそうじゃない。運動部は嫌だけど、多分frauの教科からすると文化部でしょ?それなら私、やってみたいわ」

 

「エミリアがそう言うのなら、俺も付き合おう」

 

「そ、そうか。では部室に案内しよう」

 

そう言われたので、平塚の後をついていく。正直、このクソ教師の言いなりになると言うのは、何か癪だがオイゲンがこう言っては、断れば後が面倒な事になりかねない。不本意ではあるが、後の事を考えるのなら仕方ない犠牲であろう。

 

「ここだ」

 

部室棟ではなく、その近くの空き教室に通された。中には長い黒髪の女生徒と、顔はまあ整っているが目の腐った男が座っていた。どうやら、仲間となる部員の生徒らしい。

 

「平塚先生、ノックをしてくださいと言っていますよね?」

 

「あぁ、すまんすまん」

 

「はぁ。それで、そこの外国人女生徒と男子生徒は?」

 

「お前も話位は聞いてないか?ウチのクラスに、新しく転校生が来ると」

 

「そういえば、周りのクラスメイトが噂していましたね。成る程、そこの2人が転校生ですか」

 

今気付いたが、どうやら目の前の女生徒は雪ノ下家の娘。雪ノ下雪乃であった。現状、仮にこの学校の誰かを暗殺するとするなら、一番可能性の高いのは彼女である。

事前の調査によると、成績優秀な上に運動神経抜群。容姿も大人びた美少女で、楽器の演奏もできる才女。しかも親は金持ちと、完璧な非の打ち所がないアニメキャラの具現化と言える存在である。しかし性格が極度の負けず嫌いな上これが原因でトラブルメーカーにもなったり、無意識的に他人を見下しており、それが原因で反感を買うこともある。尚、本人は才能に嫉妬していると考えており気づいていない。 さらには毒舌家で物事をズバズバ言いまくったりする、まあ一言で言うと「面倒臭い奴」である。

 

「先生のクラスということなら、比企ヶ谷くんは知ってるはずよね?あ、ごめんなさい。あなたがクラスの事を知る訳ないわよね」

 

「雪ノ下、俺は知らないんじゃない。興味がないから、知ろうとしないだけだ。だが、今回に関しては流石に知ってるがな」

 

そう言って口を開いた目の腐った生徒、比企ヶ谷八幡が雪ノ下に言い返している。この生徒もまあ中々にクセの強い奴だが、実は長嶺が一番友達になりたかった人物でもある。

今回の潜入任務に際して、この総武高校の関係者は生徒や教師は勿論の事、その家族に至るまで生年月日、趣味や嗜好、性格等を詳しく洗ってある。そのレポートを見た時に、一番話してみたかったのがこの比企ヶ谷八幡なのである。

 

「そうか、アンタは比企ヶ谷って言うんだな」

 

「あら、あなたもしかしてこの腐った目の生徒に興味があるのかしら?なら、やめた方が良いわよ」

 

「いや何、ちょっと気になってただけだ」

 

「あー、取り敢えず雪ノ下。コイツらは入部希望者だから、後は頼んだぞ」

 

そう言うと平塚は立ち去った。残った4人だが、何とも言えない微妙すぎる空気になっていて誰も何も喋らなかった。

 

「あー、でここは何部なんだ?何も説明されてないのに、なんか入部しろってなったんだが」

 

「当ててみたら?」

 

「昨日の俺と同じじゃねーか」

 

雪ノ下の絶対答えの当てられそうにない質問に内心苛つきつつも、オイゲンはノリノリで色々答えていた。

 

「読書部」

「違う」

「文芸部」

「違う」

「図書部」

「違う」

 

尚、見事に全部外してた。まあ知っての通り奉仕部なのだが、それを特定する物が無い以上、当てるのは本当に奇跡に近いだろう。

 

「はぁ。で、結局何なんだ。本読んでる事以外、特に何もやってないし、何か特別な機材や環境って訳でもない。これで当てろとか、ちょっと無理があるだろ」

 

「持つ者が持たざる者に慈悲の心を持ってこれを与える。人はそれを「ボランティア」と呼ぶの。困っている人に救いの手を差し伸べる、これがこの部の活動よ。ようこそ奉仕部へ。歓迎するわ。私はこの部の部長、雪ノ下雪乃。そこの腐った目の犯罪者予備軍は、ヒキガエル八幡くん」

 

「おい待て。犯罪者予備軍じゃないし、そもそも名前すら違うだろ。ヒキガエルじゃなくて、比企ヶ谷だ」

 

 

どうやら賑やかと言うか、まあ少なくとも暇はしなさそうな部活ではあるようだ。さっきからオイゲンの機嫌は見るからに良いし、案外こういう部にいた方が何かと情報収集には良いかもしれない。

そんな事を長嶺が考えていると、部室のドアが開いてピンク髪の女子が入ってきた。

 

「失礼しま〜す。平塚先生に言われて来たんですけど。な、何でヒッキーがここにいんの!?それにクワタンにエミちゃんも!?」

 

「いやぁ、俺ここの部員だし」

 

「く、クワタン?え、それって俺の事?」

 

「あら、結衣ちゃんじゃない。私達もついさっき、ここの部員になったのよ」

 

オイゲンこそ普通に対応しているが、長嶺と比企ヶ谷は自分にいつのまにか付けられていた謎のあだ名に困惑していた。因みにどちらも、由比ヶ浜とはマトモに会話した事がない。

 

「2年F組、由比ヶ浜結衣さんよね?とにかく座って」

 

「わ、私の事知ってるんだ」

 

「全校生徒覚えてんじゃねーの?」

 

「いいえ、あなたの事なんて知らなかったもの」

 

「そーですか」

 

もう会話する度に、比企ヶ谷がディスられてる。ここまでされて、よくキレないものだと長嶺は感心していた。因みに多分長嶺なら、この辺で一回くらいキレる。

 

「気にする事ないわ。あなたの存在から目を逸らしてしまう、私の心の弱さが悪いのよ」

 

「お前それ、慰めてるつもりなの?」

 

「慰めてなんかいないわ。ただの皮肉よ」

 

ここぞとばかりに、さらにディスる雪ノ下。それを見ていた由比ヶ浜の感想が

 

「なんか、楽しそうな部活だね!!」

 

これである。流石の長嶺とオイゲンも、ちょっとズッコケそうになった。

 

「それにヒッキー、よく喋るよね。なんて言うかその、ヒッキーもクラスにいる時と違うし、なんつーかいつもはキョどり方キモいし」

 

このビッチめ

 

「はぁ!?ビッチって何だし!!私はまだ処、うっはぁー!!!何でもない!!!」

 

なんか1人で怒ったり照れたりと、忙しい奴である。というか、高校生で処女切ってる奴っているのだろうか?(主はスクールカーストで言うと、トップでも長嶺階層でも最下層でも普通に仲良かったし、主のクラス自体、あんまりスクールカーストが存在してなかったのでわかりません)

 

「別に恥ずかしい事ないでしょ?この年でバーz」

「うっはぁー!!ちょっと何言ってんの!?高二でまだとか恥ずかしいよ!!雪ノ下さん、女子力足んないじゃないの!?」

 

「くだらない価値観ね」

 

「あら、私はもう卒業して」

 

「「!?」」

 

「ちょっとエミちゃん!?!?待って、言わないで!!!!せめて男の子が居ない時に!!」

 

「あら?してないって言おうとしたのに、結衣ちゃんは何を勘違いしてるのかしら?」

 

雪ノ下と比企ヶ谷もまさかの爆弾発言が来るかと思っていたが、まだしていなかったので内心安心していた。長嶺はと言うと、多分こういうオチになると知っていたので、特に何も思わなかった。

曰く仮に卒業していたとしても、別にそれで妊娠とかさえしてなければ構わないらしい。流石は超絶鈍感朴念仁男である。

 

「にしても「女子力」って単語が、もうビッチ臭いよな」

 

「また言った!人をビッチ呼ばわりとか、ありえないッ!!ヒッキーマジでキモい!!」

 

「ビッチ呼ばわりと、俺のキモさは関係ないだろ。それとヒッキー言うな、ビッチ」

 

「こっのっ!!ほんとウザいっ!!キモい!!ていうか、マジあり得ない!!」

 

ビッチ呼ばわりは比企ヶ谷が全面的に悪いが、ヒッキー呼ばわりへのカウンターと考えればまあ、妥当っちゃ妥当であろう。因みに長嶺の第一印象は「援交してるソープ嬢」であった。こっちの方が、ヒッキーより酷かったよ。

暫くして、なんやかんやで落ち着いたのか依頼内容について話した。どうやら手作りクッキーをあげたい人が居るらしくて、そのクッキー作りを手伝って欲しいらしい。

 

 

 

調理室

「ほんとよかったよー。こんなお願いを叶えてくれる、神みたいな部活があってさ」

 

「いいえ、奉仕部は手助けするだけ。飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の獲り方を教えて自立を促すの」

 

なんか飢えた人の場合、獲り方教えてる最中か教えた後に死にそうな気もするが、それはあえて言わないでおこう。因みにクッキー作りを教えるのは雪ノ下とオイゲンで、長嶺と比企ヶ谷は味見役となった。

そして出来上がったのは、ダークマターだった。

 

「何故あれだけミスを重ねられるのかしら.......」

 

「あそこまでいけば、もう才能の域よ.......」

 

「ホムセンで売ってる木炭みたいになってんぞ。最早毒見だ」

 

雪ノ下、オイゲン、比企ヶ谷の3人からボロクソに言われていた。しかしここで、長嶺が助け舟を出した。

 

「おいおい、お前達。一応食い物だろ?取り敢えず食ってみようぜ。見た目は確かにアレだが、案外味はいけるかもしれねーぞ」

 

そう言って食べてみた。

 

「どうかしら?」

 

「桑田くん、死なないでね?」

 

「うーん!歯にガキンとくる硬さと、外はボソボソ、中はドロドロのクッキーとは程遠い食感。さらに焦げ付いた表面からは焦げ特有な苦い味わいと、中の半生生地から出てくるバニラエッセンスの香りが混ざって、口内がカオスだ。うん、結論を言ってやろう。これは食い物にあらず。毒である」

 

一番酷かったよ。流石の由比ヶ浜も、涙目になっていた。だが取り敢えず、もう一度上手く作れるようにトライする事になった。

 

「さて、どうすれば上手くいくかしら」

 

「由比ヶ浜が料理しない事」

「賛成!」

 

「それで解決しちゃうんだ!?」

 

雪ノ下が新しい道具を用意していると、比企ヶ谷が画期的な案を出した。勿論長嶺も賛成である。その辺のスーパーで買ったクッキー詰めて、それを「手作り」と言った方が良いまである。

 

「やっぱり私、料理ダメなのかな。才能っていうか、そういうのが無いのかも」

 

「解決方法は努力あるのみよ。由比ヶ浜さん、あなたさっき「才能がない」って言ったわね?その認識を改めなさい。最低限の努力をしない人間には、才能ある人を羨む権利は無いわ。できない人間は、成功者の後ろにある努力を想像できないから成功できないのよ」

 

「それにまだ1回しか作ってないし、今のである程度問題点はわかったわ。今度は私達が、しっかりサポートするから」

 

「う、うん!!」

 

なんか良い雰囲気になっているし、雪ノ下から名言も出ている。しかし長嶺は、気付いてしまった。由比ヶ浜から、よく知る人物と同じ臭いがするのである。あ、体臭の話ではない。長嶺の部下、レリックとバルクと同じ臭いである。

この作品を見続けた読者なら、この時点で「あっ.......」と察してくれるだろう。だが一応、今回は新シリーズの第一話なので簡単に説明しておく。長嶺の部下にレリックとバルクという優秀な兵士がいるのだが、この2人は超がつく料理音痴なのである。かつて料理したらソマンガスを生成した、ガチで料理で人を殺せる人種である。流石にここまで酷くはないだろうが由比ヶ浜は、恐らくまた失敗する。

 

 

「全然ちがーう」

 

「どう教えれば伝わるのかしら.......」

 

「天災よ。天の災害と書いて、天災.......」

 

長嶺の予想通り失敗した上、雪ノ下とオイゲンが力尽きた。しかしここで、クッキー(雪ノ下&オイゲン作)を摘んでいた比企ヶ谷が、思いも寄らない意見を出してきた。

 

「てかさ、何でお前ら美味いクッキー作ろうとしてんの?」

 

「何を言ってるの?」

 

「10分後、ここに来てください。俺が本物の手作りクッキーを作ってあげますよ」

 

そう言って女子3人を外に出した。因みに長嶺は手伝いとして、残っている。

 

「なあ、もしかしてこれって」

 

「あぁ。由比ヶ浜のクッキーをそのまんま、手も一切加えずに出すだけだ」

 

思いもよらなかったやり方に、長嶺は素直に驚いたしその発想は実に面白いと感じた。

 

「やっぱりお前、面白いな。お前みたいなヤツ、というかその思考パターン好きだぜ」

 

「野郎に好きって言われても、嬉しくとも何とも思わねーよ」

 

「ハハハ、ちげーねぇ」

 

この瞬間、2人の間に友情が生まれた。10分後、作戦通りに由比ヶ浜のクッキーを出して「気持ちが篭ってれば、それで良いんじゃね?」というのを伝えた結果、雪ノ下からは少し納得いってなかったが由比ヶ浜は納得したようだった。

そして翌週、なんか由比ヶ浜が奉仕部に入部した。

 

 

 

 

 



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第三十六話二足の草鞋

転校して数週間が経ち、ある程度のカーストも読めてきた。その一方で、1つ分かった事がある。

 

(なんでまぁ、このクラスはマトモなのが居ないんだ)

 

ではまずクラスのトップである葉山グループ。この中のメンバーの内、ヤベェのが約2名いる。葉山と由比ヶ浜の2人である。葉山は一応クラス、というか学校内で1番人気のある奴であり性格も「王子様」と言ったところだろう。正義感が強く、礼儀正しく、文武両道。さらに家も裕福で、親は弁護士をしている。

だがしかし、この正義感が問題だ。正義感が強い割には泥を被らない、つまり「ちっちゃい子供がヒーローに抱く正義」を振り翳してくる。汚れ役を他の奴に押し付けて、綺麗な部分や美味しい所だけを巧みに持っていく。しかもそれを周りどころか、奪った相手からも悟らせない。おまけに自分は悪気がないから自覚してないわけで、余計にタチが悪い。

由比ヶ浜は常に人と合わせて、どんな時でも流される。どんな局面で流される上に、言葉の裏を理解しようとしないしグループに固執しているように見える。オマケにおめでたい奴なので、色々ウザい。

他にも色々いるのだが、現在の長嶺がマトモな奴と考えているのが比企ヶ谷位のものなのである。

 

「あら、昼休みも仕事かしらAdmiral?」

 

「本当なら屋上でゆっくりやりたいが、この雨じゃなぁ」

 

「パソコンが死ぬわね」

 

「そういう事」

 

現在長嶺はパソコンで執務をしている。周りには「バイト代わりにネットビジネスをやっている」と言うことにして誤魔化しており、校則的にも問題ないので昼休みは大体キーボードを叩いてる。因みに執務の傍で、艦娘orKAN-SENお手製の弁当を摘んでいる。この弁当なのだが指揮官・提督LOVE勢(ガチ)の奴らは勿論、余り好意を表に出さない奴らも色々詰め込みまくっている結果、バリエーション豊かな弁当になっている。オイゲン曰く「食の世界地図」である。

 

「は?え、ちょ、なにそれ。ってか結衣最近、付き合い悪くない?」

 

「それは何と言うか、止むに止まれぬというか、私事で恐縮ですというか.......」

 

「それじゃわかんないから、ちゃんと言ってよ!あーしら友達じゃん」

 

「ごめん」

 

なんか後ろの方が騒がしい。どうやら由比ヶ浜に葉山グループの女子リーダーにして、このクラスの女ボスでもある三浦優美子がキレかかっているようだ。

この三浦、まあ考え方はマトモなのだが、いかんせん我が強いというか性格がキツめである。しかも女ボスでもあるわけで、そんなボスが不機嫌となればクラスの雰囲気も悪くなる。というか普通にうるさい。仕事と食事をする上で、この上なく邪魔な雑音である。

 

「止めるの?」

 

「飯が不味くなるし、何より執務の邪魔だ」

 

こういう奴は正面からズバッと言った方が、案外後は楽に収まる。ついでに葉山にも説教して、これから暴走する前にストッパーとして働いて貰えれば一石二鳥である。

 

「おい、その辺で」

 

「うっさい!」

 

「いやいや、うっさいのはどっちだよ。さっきから見てりゃ、テメェは由比ヶ浜の話を聞く気が無い様な態度だ。の割には、言葉では早く言えと言わんばかりに色々言っている。まあ由比ヶ浜がスッパリ言わないのもアレだがな」

 

「ってかさ、アンタに関係ないじゃん!何で話に割って入って来て、文句言われる訳!?」

 

「別にアンタらグループのなかに口出しする気はないが、こうもうるさくするのなら話は別だ。今は昼休み。何も騒ぐなとか喋るなとかと言うつもりは無いが、周りを見てみろ。テメェらの勝手なグループの会話によって発生させたギスギスした空気を、室内にまで撒き散らかして美味く飯を食えるか?こんな空気じゃ、どんな高級料理だって不味くなる。もうちょい平和的にやれよ」

 

幾らクラスのトップカーストでコミュ力があろうとも、軍事や政治における面倒なドロドロとした戦争を見てきた長嶺の前では意味をなさない。終始圧倒し続けて、三浦はただ顔を赤くして震えてるだけだった。

 

「ま、まあまあ、もうその辺にして。優美子もさ?」

 

「葉山。一応三浦はお前の友達というか、いつもいるグループのメンバーで、お前はそのグループのリーダーだ。部外者の俺が横槍入れて止める前に、自分で先に止めろよ。それからテメェらのグループの影響力を見つめ直した上で、自分たちの立ち振る舞いも客観的に見た方が良いぞ。良い方にも悪い方にも、お前らは等しく多大に作用するからな」

 

まるで大人と話している様な言い方や立ち振る舞いに、葉山グループは勿論、他のクラスメイトもポカーンとしていた。昼休みが終わり、五限が始まろうとしたタイミングで由比ヶ浜から「助けてくれてありがと」と耳打ちされて、言った本人は顔を赤くするしオイゲンが不機嫌になるしだったが、言われた長嶺は安定の無関心であった。

 

 

 

放課後 奉仕部前

「ん?」

 

「おい比企ヶ谷、あれ何やってんだ?」

 

「俺が知るか」

 

偶々一緒に部室へと歩いていた比企ヶ谷と長嶺が見たのは、部室の前で立ち尽くす雪ノ下、由比ヶ浜、オイゲンの3人だった。

 

「あ、ちょっと真也!こっちこっち」

 

「ちょちょちょ、なになに?」

 

オイゲンに引っ張られて、部室の扉の前まで連れていかれる。曰く部室に不審人物が居るらしい。

 

「フハハ、まさかこんな所で出逢うとは.......。待ちわびたぞ、比企ヶ谷八幡!!」

 

中に入ると銀髪眼鏡の巨漢に、ロングコートと穴あきグローブを装備した「ザ・厨二」という見た目の奴がいた。

 

(あー、こりゃ確かに不審人物だわ)

 

「あなたの知り合いなの?」

 

「知らない。こんな奴は知ってても知らない」

 

雪ノ下の問いに全力否定する比企ヶ谷。だが目の前の男はそれを無視して、また何か色々言い始める。

 

「まさかこの相棒の顔を忘れたとはな。見下げ果てたぞ、八幡!!」

 

さっきは何か魔法陣から悪魔でも召喚してそうなポージングだったが、今度は刀か剣を構える様なポージングで話している。もう確実に厨二病罹患者である。

 

「相棒って言ってるけど?」

 

「そうだ相棒!貴様も覚えているだろう?あの地獄の様な時間を。共に駆け抜けた日々を!!」

 

「あなた、元傭兵?」

 

「断じて違うし、相棒でも無い。体育でペア組まされたかもな」

 

「あの様な悪しき風習、好きな者と組めだと?フハハハハ。我はいつ死するかも分からぬ身、好ましく思わぬ者など作らぬ」

 

なんか今度は哀愁を込めて、何かバックに荒れ果てた荒野でも流れてそうな口調で語っている。と言うかもう、内容が完全に心に深い傷を抱えた歴戦の兵士が言ってそうなことばかりである。

 

「はぁ。何の用だ、材木座」

 

「やっぱりヒッキーの知り合いじゃん」

 

流石に面倒臭くなったのか、比企ヶ谷が知り合いであることを認めた。まあでも本人曰く、友達でも何でもなく体育の余り者でペア組まされただけらしい。

 

「誰?」

 

「我こそは剣豪将軍、材木座義輝だぁ!!」

 

「剣豪将軍って、足利義輝と引っ掛けてるのかよ。ある意味レアだな」

 

どうやら厨二病罹患者、もとい材木座義輝くんの元ネタとなってる設定は、足利義輝らしい。謎のオリジナル設定より、遥かにマシだ。

 

「時に八幡!!ここが奉仕部とやらで、間違いないな!?」

 

「そうよ」

 

比企ヶ谷の代わりに、雪ノ下が答えた。だがすぐに視線を外し、比企ヶ谷に向かってのみ話を続ける。

 

「やはりそうか!!平塚教諭に助言頂いた通りなら八幡!お主は我の願いを叶える義務があるのだな?幾百の時を超えて尚、主従の関係にあるとは。これも八幡大菩薩の導きか」

 

「別に奉仕部は貴方のお願いを叶えるわけではないわ。ただお手伝いをするだけよ」

 

またも比企ヶ谷の代わりに、雪ノ下が答えた。そしてやっぱりすぐに視線を外し、比企ヶ谷に向かってのみ話を続ける。

 

「ふ、ふむ!では八幡よ、我に手を貸せぃ!!フフッ、思えば我とお主は対等の関係。かつての様に、また天下を握らんとしようではないか!!」

 

「主従の関係はどこに行ったんだよ」

「幾百の時って、お前今何歳だよ」

 

「ゴラムゴラム!我とお主の間で、その様な瑣末な事はどうでも良い。特別に許して.......」

 

ここで材木座は気付いてしまった。女性陣が完全にドン引きしている事に。それに気付いて、体中から汗が滝の様に流れ出している。そして比企ヶ谷の方を見て、助けを訴えてきた。

 

「いや何でこっちを見るんだよ」

 

「比企ヶ谷くん、ちょっと!」

 

雪ノ下が比企ヶ谷の袖を引っ張り、ついでに他の3人も加えて円陣を作る。

 

「(で、何なの。あの剣豪将軍って)」

 

「(アレは厨二病だ)」

 

「「「(((厨二病?)))」」」

 

どうやら女性陣は、厨二病を知らないようだ。

 

「(お前ら小さい頃にプリキュアとか、アイドルとかに憧れてた時期があっただろ?男子なら仮面ライダーとかウルトラマンみたいな正義のヒーローとか。で、そういうごっこ遊びもやったはずだ。ピュアなんちゃらーとか、仮面ライダーなんとかーみたいな。

簡単に言うとそれを未だにやってる様な物だ。自分を特別な存在とか、選ばれた凄い奴と思い込んでいる。その結果、あんな感じの言動な訳だ。因みにアイツの場合、室町幕府の十三代将軍である足利義輝と重ねてる)」

 

「(気持ち悪ーい)」

 

「(でもな由比ヶ浜。アレはまだマシだ。歴史とか神話を元ネタにしてる分、知識があれば少しは理解できる場合がある。だが中には、なんか謎の神話を自分で作っちゃってる場合もある。例えば「俺は創造の女神、クレアパトラの祝福を受けし者」みたいなヤツな。もうこうなってくると、本気で何を言ってんのか理解できない)」

 

この説明に完全にドン引きしている様だ。とりあえず、奴がヤバいのは理解できた様だ。因みに比企ヶ谷の顔が後半引き攣り始めていたので、恐らく昔厨二病罹患者だったのだろう。多分コスプレして鏡の前でポージングしたり、謎の書類や魔界日記的な物を付けていたと思われる。

 

「だいたい理解したわ。それで貴方の依頼は、その心の病を治す事で良いのかしら?」

 

雪ノ下が正面切って材木座に話し始めた。どうやら雪ノ下は一般人との価値観とはズレている特性の結果、あまり引いては無かったらしい。その後ろでは由比ヶ浜が止めているし、材木座に至っては悪魔が聖職者を見た様な反応をしている。

 

「わ、我は汝との契約の元、我の願いを叶えんが為、この場に馳せ参じんたぁ!」

 

「話しているのは私なのだけど?人が話してる時は、その人の方を向きなさい」

 

「マッハハ!これはしたーり」

「その喋り方もやめて」

 

雪ノ下のペースに嵌められた様で、真っ向から全て否定されている。なんかもう材木座が哀れすぎて、オイゲンに至っては憐れみの目で見ている始末。

 

「とにかく、その病気を治す、って言う事でいいのね?」

 

「あ、いや別に病気じゃ無いですけど」

 

材木座の方も雪ノ下の罵倒と周囲の女性陣からの憐れみの目に負けたのか、厨二キャラが消え去って気の弱い感じの普通の口調になっている。

そんな姿を尻目に、ふと足元を見ると謎の文章が書かれた紙があった。考えてみたら部屋に入った時、窓全開であった為、結構な数のプリントが空中を舞っていた。その舞っていたプリントの一枚なのだろう。流石に放置するのもアレなので、拾い集めて1箇所に固める。

 

「小説の原稿か?」

 

「あ、これ小説なのね」

 

比企ヶ谷が言うには小説、正確にはラノベという種類の小説の原稿らしい。

 

「如何にも。それはライトノベルの原稿だ。とある新人賞に応募しようと思っているが、友達が居ないので感想が聞けぬ。読んでくれ!」

 

「はぁ。何か今、何か悲しい事をサラリと言われた気がするわ」

 

「投稿サイトとかあるから、そこに晒せば良いんじゃねーの?」

 

比企ヶ谷の提案に即「それは無理だ!」と、超自信満々に答える材木座。てっきり出し方が分からないとか、文字数制限に引っ掛かったとかと思いきや、全然違った。

 

「彼奴らは容赦がないからな。酷評されたら多分死ぬぞ、我」

 

「心よえー。でもなぁ」

 

「多分、いやというか絶対そこの雪ノ下の方が容赦無いと思うんだが。そういったサイト見てないから、その辺はちょっと分からんけど」

 

まあなんかんやで押し切られ、結局全員が読む事になった。取り敢えず帰りの車やヘリの中で読んだのだが、

 

「いや、なんだこれ」

 

もうなんか色々ヤバかった。正直長嶺は本を余り読むタイプではない。というか活字は日々の執務で嫌というほど見ているので、わざわざ小説や本を読みたくない。なのでラノベというのを初めて読んだが、なんか無茶苦茶だった。謎の厨二臭い技名は出てくるわ、漢字が不良の「四六死苦」的な当て字だったりして読みにくいわ、終いにはなんか完結せずに続く的な終わり方だったし。オマケに長い。多分マトモに読んでいたら、普通に徹夜レベルの時間が掛かるだろう。もう読む気失せてるので、適当に流し読みして終わらせた。執務あるし。尚、オイゲンは漢字が難しすぎて即諦めた。

 

 

 

翌日 放課後 奉仕部部室

「さて!では感想を聞かせて貰うとするか!!」

 

「ごめんなさい、私にはこういうのはよく分からないのだけれど」

 

「構わぬ。凡俗の意見も聞きたかったのでな。好きに言ってくれたまへ!」

 

「そう」

 

まずトップバッターは雪ノ下。一泊置いて、感想を言い始めた。もらった原稿にはビッシリ付箋があるし、どうやら最後まで真面目に読んだ様だ。

 

「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」

 

「ギャフゥ!!」

 

はい、マトモにダメージ入りました。のっけから殺しに掛かる辺り、流石の雪ノ下も不機嫌らしい。

 

「さ、参考までに、どの辺がつまらなかったのかご教授願えるかなぁ?」

 

「まず文法が無茶苦茶ね。何故いつも倒置法なの?てにをはって知ってる?小学校で習わなかった?」

 

「それは平易な文体で、読者に親しみを.......」

「それは最低限、マトモな日本語を書ける様になってからではないの?それにルビだけど、誤用が多過ぎるわ。能力に「ちから」なんて読み方は無いのだけれど。

聞くけど、この「幻紅刃閃(ブラッディナイトメアスラッシャー)」の「ナイトメア」は何処から来たのかしら?」

「ギャフゥ!違うのだ、最近のバトルではルビの振り方に特徴を」

「ここでヒロインが服を脱いだのは何故?必要性が感じられないのだけれど?皆無よね?白けるわ」

「そういう要素がないと.......」

 

もうこんな感じで、何か意見すれば捩じ伏せられて別の問題点を提示してくるという、材木座にとっては地獄の様な時間だった。今度は由比ヶ浜に聞くが、どうやら殆ど読んでないか、全く読んで無かったらしい。その結果、感想は「難しい漢字いっぱい知ってるね」だった。

ここで更にダメージを受け、今度はオイゲンに感想を求めた。

 

「ごめんなさい。私、漢字が難しすぎて読めなかったわ」

 

「ギャッフゥ!」

 

正確には「読まなかった」の間違いだが、ここは敢えて言うまい。でもって長嶺にも来たのだが

 

「いやもう、当て字やら何やらが多くて読むの諦めたわ。第一、内容からして厨二臭すぎて読んでると、魂吸い取られてる気分になれたわ。ある意味兵器だ、兵器」

 

「ウギャッフゥ!!」

 

ある意味、雪ノ下よりも酷い感想だった。最後の望みである比企ヶ谷に救いの目を向け、比企ヶ谷はそれに答えた。優しく材木座の肩に手を置いて、こう言った。

 

「で、アレって何のパクリ?」

 

「ドボォッフ!!」

 

完全に心のライフゲージが0になり、あまりのショックに部室の床を転がり始めた。余りの酷さに、全員がドン引きした。一頻り転がると材木座はゾンビの様な足取りで部室を出て行き、去り際に「また読んでくれるか?」と言った。正直ここまで言われても、まだ書くのかとも思ったがラノベへの想いは本物らしい。

 

「わかった、また読むよ」

 

比企ヶ谷がそう答えると、すぐに元気を取り戻しコートを翻し親指を立てて厨二モードに切り替わる。

 

「さらばだ!!また新作が書けたら持ってくる!!!!」

 

どうやら自信というかモチベーションが戻ったというか、なんか最初のウザイ厨二に戻った。ウザイのはウザいが、こっちの方が彼に合ってる気もする。

そんな事を思っていたのも束の間。長嶺がカバンに入れていた携帯が鳴った。

 

「誰のかしら?」

 

「クワタンの携帯みたいだよ」

 

長嶺以外の4人はただ電話が鳴ってるとしか思ってないが、長嶺にとっては高校生の桑田真也から軍人の長嶺雷蔵へと戻す音であった。

すぐにカバンから携帯を取り出し、副隊長であるグリムからの電話に出る。

 

「俺だ」

 

『総隊長殿、申し訳ありませんが緊急事態です』

 

「だろうな。で、何が起きた?」

 

『鹿児島基地の川沢少将が、痴漢で逮捕されました』

 

予想の斜め上を行く発言に、流石の長嶺も驚いた。だがしかし、これは非常に不味い。これをネタに艦娘や海軍をよく思わない連中が突っかかってくる可能性もあるし、国民からの信頼も落ちてしまう。対応をミスればアウトだ。

 

「取り敢えず詳しくは道中で聞く!用意してくれ」

 

『既に準備は完了しています。ハイヤーは既に高校の車寄せに停めてありますので』

 

「了解だ。すぐに行く」

 

電話を切って、すぐに荷物を纏める。オイゲンも何かあった事を察してくれて、何も言わずとも直ぐに荷物をまとめ出した。

 

「何かあったのか?」

 

「あぁ。ちょっとした面倒事が起きた。俺たちはもう帰るわ」

 

そう言うと部室を飛び出し、下のハイヤーまで走る。そのまま飛び乗って、ヘリポートへと走った。その間に関係各所との連絡や、緘口令の指示出しを手早く行う。

ヘリポートからヘリコプターに乗り江ノ島へと帰還。そのまま待機させていた戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』で、鹿児島まで飛んだ。

 

 

 

鹿児島県警本部 面会室

「あぁ、お久しぶりですね長官.......」

 

「お久しぶりですね、ではありません。アンタ、なんて事をしでかしてくれたんだ!!!!」

 

目の前の川沢は酷くやつれていて、生気のない屍の様な目をしている。

 

「聞いてください!私は、私は痴漢なんてやって無いんです!!」

 

「なに?」

 

「私は誓ってやってません。私は半強制的とは言え、軍人になりました。国民を護るべき人間が、護るべき国民に手を出すなんて事、恥ずかしくて出来ません!!」

 

川沢は涙ながらに語った。そして長嶺もこの態度を見て、本当の事を語っていると気付いた。もしこれが演技だったなら、ハリウッドで大物俳優として大成功できる演技力だろう。

 

「わかった。じゃあ経緯を話してくれ。生憎と、俺は痴漢した事以外は何も聞いてないんだ」

 

「はい.......」

 

川沢の語った経緯はこうだった。今日は自衛隊との会議があって鎮守府を開けており、会議が終わって鎮守府に戻っている最中に乗っていたハイヤーがパンクしたらしい。部下がすぐに帰りのハイヤーを手配しようとしたらしいが、偶々近くに駅があったので電車に乗って鎮守府の最寄り駅まで行き、駅からハイヤーで鎮守府に帰る事を選択したそうだ。

ただ時間が帰宅ラッシュだった事もあり、電車は満員。すし詰め状態の電車に乗り、久しぶりにサラリーマン時代を思い出していると突然ギャル2人組から「この人痴漢です!!」と手を掴まれた上で大声で言われてしまい、周りの男性乗客から取り押さえられて警察へと引き渡されたらしい。

 

「そうか。では念の為もう一度聞こう。川沢煇海軍少将。貴様は先の発言、「痴漢はしていない」という事。嘘偽りではないと、全ての国民、そして海軍の象徴たる旭日旗と菊花紋に誓えるか?」

 

「はい!」

 

「OK。誓った以上、後から嘘でしたは無しだ。俺は最後までアンタを信じ抜く。それじゃまず、その痴漢だと言ってきた奴はコイツで間違いないですか?」

 

そう言うと長嶺は手元のタブレットを操作して、監視カメラ映像から入手したギャルの2人組を映し出す。

 

「はい。こっちの金髪の方がが痴漢だと言った娘で、もう1人の茶髪の方が証言役をやったお友達みたいです」

 

「わかりました。貴方を何が何でも救い出しますから、暫くの間抵抗を続けてください。決して自分から罪を認めてはいけませんよ?孤独な戦いですが、貴方の指揮する艦娘の為にも乗り切ってください」

 

「わかりました。ありがとう.......ございます.......」

 

川沢は涙をボロボロ流しながら、長嶺へと頭を下げた。そうと決まれば、やる事は1つだ。まずはグリムへと連絡を取る。

 

「グリム。今回の一件だが、冤罪の可能性が大きい。監視カメラ映像で、今から送るギャル2人の足取りを追ってくれ」

 

『了解しました』

 

そのままの足取りで受け付けで待っていたカルファンと合流し、別の指示を出す。

 

「カルファン。署内に潜入し、今回の事件に関連する記録を抑えてくれ。調べたい事がある」

 

「OK、ボス。任せてちょうだい」

 

カルファンは元暗殺者というのもあって、潜入に関しては長嶺も舌を巻く程に上手い。警察署だろうが諜報機関の庁舎だろうが、どんな場所にも忍び込める。

その間に長嶺は、レリックの新作のテストを行う。ウォッチドッグス2のクアッドコプターに、ウォッチドッグスレギオンのスパイダーボットを融合させた潜入工作用ガジェット、通称「サイレント」。4枚のプロペラで空を飛び、翼を外せば壁をも登る強力な脚部を持つ多脚ロボッとなる。ロボットの胴体にロボットアームが仕込まれており、盗聴器や隠しカメラを仕掛けられる。さらに翼の方にも胴体に空白があり、予備のカメラや盗聴器の運送、あるいは爆弾に変更すれば自爆も爆撃もできる、万能な神兵器である。

 

『総隊長殿、調べ終わりました。住所を送りますので、そこで色々仕掛けてください』

 

「はいよ」

 

そんな訳でその疑惑の金髪ギャルが住む家にやって来た。マンションのようで、家は8階らしい。飛行モードでサイレントを送り込み、各部屋に監視カメラと盗聴器を仕掛ける。同じことを茶髪ギャルにもする為に家へと行ったのだが、その途中でグリムから驚きの報告が入った。

 

『あー、総隊長殿?茶髪ギャルの娘なんですがね、今ラブホ街に居ます』

 

「援交でもしてんだろ」

 

『いや。多分そうなんですけど、相手がですね、鹿児島県警本部長です』

 

「え、なにそれ。絶対クロやん」

 

もうこんなタイミングで会ってるとか、ホコリの臭いがプンプンする。そうと決まれば、すぐにそのラブホ街に走る。普通にサラリーマンが泊まったりするので、それに偽装して適当な部屋を借りてトイレの換気扇からサイレントを部屋に送り込む。

 

『あん♡あん♡』

 

「あー、いたいた。ヤってますねー」

 

なんか茶髪ギャルが際どい水着?下着?を着て、太ったおっさんのブツを捩じ込まれている。ねじ込んでるおっさんの顔と喘いでる女の顔から見て、本部長サマと疑惑のギャルで間違いない。

 

『にしても、お前も悪女よのう!だが、金の成る木を持ってきて、偉いぞ!』

 

『あん♡なら、しっかり金踏んだくあん♡らないと♡』

 

『科学捜査はしておらん事に、気付いてないんじゃから、アイツもバカだ』

 

嬉しい事にやりまくってる最中に、勝手に自白してくれた。同タイミングでカルファンから資料が送られて来て、やはり科学捜査はされていない事が分かった。長嶺の狙っているのは、この科学捜査の件であった。痴漢をした場合、容疑者の手には被害者の衣服の繊維片が、被害者の異服には容疑者の皮脂や指紋が付着している。読者諸氏も、もし痴漢冤罪に巻き込まれたら鑑識を呼ぶように頼もう。

 

『そうそう。ついでだから、行き掛けの駄賃に本部長室にも忍び込んでみたのよ。そしたら例のギャルの娘2人との、ハメ撮り画像と動画をゲットできたわ。他にも警察本部長とグルで示談金目的の冤罪を起こしてるみたい』

 

「だろうな。俺さ、今ラブホに居るんだわ。ちょうどこの部屋の近くで、その本部長サマとギャルがヤりまくってる最中だ」

 

『相変わらず行動が早いわね。他にも色々、真っ黒なデータを入手したから送るわ』

 

送られてきた内容によると、まあこの本部長真っ黒だった。援交、賄賂、犯罪の隠蔽&捏造と不祥事という不祥事を殆ど総ナメにしている。これは色々、お灸を据えてやる必要がありそうである。

 

 

 

翌朝 07:30 金髪ギャル宅

「あの、えっと何方様でしょう?」

 

「防衛省の者です。娘さん、いらっしゃいます?」

 

「ぼ、防衛省?」

 

あの後、一度東川に連絡し協力を取り付けた。そして防衛省の方から、警務課の担当者を派遣してもらったのである。

 

「昨日ですね、娘さんがある事件において虚偽の証言をした容疑がありましてね。逮捕させて貰います」

 

そのまま部屋へと押し入り、金髪ギャルの部屋へと入る。まだ夢の中なので、叩き起こしそのまま手錠を掛けて車へと押し込み、近隣の陸上自衛隊の駐屯地へと連行した。

時を同じくしてラブホから朝帰りしているギャル茶髪の娘に関しても、逮捕及び連行した。では本部長の方はどうなるかと言うと、長嶺直々に霞桜を投入して確保する事にした。30台近いバンやセダンに隊員達を乗せ、さらにブラックホーク3機も使って空からも陸からも隊員達が押し寄せる事になる。しかし何処から漏れたのか、既に門は機動隊やら銃器対策部隊によって封鎖されていた。

 

『こちらは鹿児島県警である。決起軍に告ぐ。直ちに武装を解除し、投稿せよ』

 

「えぇ.......。俺たち、いつの間にかクーデター軍になってるんだが」

「ウソーン」

「クーデターって、ゲームの中の話だけかと思ったわ」

 

「頭痛くなって来た.......」

 

いつもなら実力行使に出てる所だが、流石に今回は公衆の面前のしかも何の罪を犯していない、同じ国民を護る警察官である。流石に実力行使で突破する訳にはいかない。

 

「めんどくさー。取り敢えず、交渉してくるわ」

 

「お気を付けて」

 

面倒な事この上ないが、堂々と向こうの指揮官に話を付けるしかない。

 

「止まれ!!!」

 

銃器対策部隊の保有するMP5が長嶺に向かって向けられるが、その程度で怖気付く訳がない。だが動けば撃たれるので、その場で両手を上げて抵抗の意思を無いことを伝える。

 

「あのさー!なんか色々まるで俺たちが反乱起こしたクーデター軍みたいに言ってくれちゃってるけど、その根拠はなんなのー!?俺達はあくまで、アンタらのボスである鹿児島県警本部長の身柄を確保しに来ただけなんですけどー!!」

 

『ふざけるな反乱軍め!!連合艦隊司令ともあろうお方が、何故日本に弓引くんだ!?!?』

 

「ってかさー!!仮に反乱するなら戦車とか戦闘ヘリとか装甲車持ってくるし、こんな風に前に出ないで遠距離からライフルやマシンガンで蜂の巣にして強引に突破するけどー!?というか何なら、人間の兵隊じゃなくて艦娘使って反乱起こすわ!!それ以前に、なんで態々こんな九州の端っこで反乱を起こさないといけない訳ー!?普通ここじゃなくて、東京の首都とか関東方面で起こすと思わないー!?」

 

長嶺の言う通りである。反乱起こす気なら問答無用で射殺するし、人間よりも遥かに強い艦娘を動員する。それに起こすなら、本拠地のある関東で起こす。言われてみれば可笑しな点に警察の方も「たしかに」という意見が広がった。

 

『では何故、本部長を確保するのだ!?』

 

「取り敢えずさー!!近付いていいー!?」

 

『許可する』

 

さっきから向こうは拡声器、こっちは大声でという中々に喋り辛い状態だったので、お互いに普通の距離で話す事になった。そんでもって、全てを話すと流石の警察も道を開けてくれた。

 

「それじゃ野郎共!本部長に突撃だ!!」

 

血の気の多い霞桜の隊員達なので、この号令にノリノリで従う。エレベーターと階段を使い、本部長室の壁と扉をぶち抜いて突撃する。

 

「うわっ!?なんじゃなんじゃ!?!?」

 

「やあクソ野郎。俺の可愛い可愛い部下を不当に拘留したあげく、護るべき国民から金品を騙し取る悪行への落とし前をつけに来ましたよ?」

 

「ま、待て!それは何かの間違い」

 

やっぱり保身というか言い訳に走ったので、無言でタブレットを使い昨日のやってる最中の動画や、過去のハメ撮り画像&映像、それから証拠となる資料を見せた。尚、動画については4K&大音量である。

 

「今すぐ止めろ!!というか消せ!!!!」

 

「おやおや?隠蔽ですかな本部長。これを見た国民の皆様は、一体どう思うんでしょうねぇ?」

 

「今この場にいるのは、貴様らだけ!国民は知らぬわ!!!!」

 

そういう風に言う本部長に対して、長嶺は急に笑い始めた。ここで最大の爆弾を投下する。

 

「実はですね本部長。この状況、これぜーんぶYouTubeで生配信中でーす!!!!」

 

超満面の笑みでそう言うと、完全に本部長の顔から血の気がサッと引いた。なんと長嶺は全部ネットに晒していたのである。真っ青超えて真っ白になる本部長尻目に、長嶺は「イェーイ、国民の皆さん。鹿児島県警本部長の末路見てるー?」と煽る。ついでに汚職に関わってた奴の個人情報も全部フルネームで言ってあげたし、この情報や画像に関しては各報道機関と各webサイト及びSNSに大量に拡散済みである。

 

「あらら、人生完全に詰んだね本部長。それじゃ、後はこの人達に任せようか」

 

そう言って部屋に通したのは、監察部のお偉いさんや公安警察の人、更には警察庁長官などの上司達である。

 

「後はお願いしますね」

 

「さて、じゃあ行こうか。警察の恥め」

 

そのまま本部長はドナドナされました。この後、川沢を解放して鹿児島基地へと送り、ついでにメディアからのインタビューについて答えたりした。因みにこの配信は伝説となり、ついでに汚職に関わってた奴らはネットのおもちゃとなり、冤罪吹っかけたギャルは様々な罪に問われて実刑判決を食らったし(流石に現職の提督をターゲットにしたのが不味かった)、多額の賠償金も支払う羽目となり、家族は離散したらしい。

 

 

 

 

 



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第三十七話テニス・テニス・テニス

一週間後 総武高校 テニスコート

「お前ら、二人組作れ」

 

本日の体育はテニスである。体育のテニスと言っても試合をする訳でもなく、準備体操が終わったら自由にペアを組んでプレイするだけのゆるゆるなヤツである。

 

「さーて、俺は良い感じにサボ」

 

「はーい、比企ヶ谷ー。お前は俺とやるぞー」

 

サボる為の口実、大方「調子悪くて迷惑かけるかもしれないんで、壁打ちでも良いですか?」的な事を体育教師に言おうとしていたのであろう比企ヶ谷の肩を掴み、そのまま一緒にプレイする。

 

「桑田、俺は調子が悪いんだが」

 

「そうか。にしてもおかしいな。お前って、こういうペア作れ的な体育だと、いっつも何かと理由付けて1人でいるし、その殆どが「体調が悪い」的な事を言い訳にしてたよな?」

 

「うぐっ」

 

いくら比企ヶ谷とて、戦場で鍛え抜かれた観察眼の前には無力である。確かに教師や他の生徒にはバレない程度には言い訳の仕方、演技共に上手い。だが長嶺の目を誤魔化せる程の名演技でもないのだ。

 

「何も取って食おうって訳でも、先生に突き出そうって訳でもねーよ。お前と同じく「余り物」だから、一緒にやろうぜってだけだ」

 

「はぁ、わかったよ。やりゃ良いんだろ、やりゃ」

 

「そうそう。そうこなくっちゃ」

 

意外とノリノリな長嶺に連れられ、余り乗り気ではない比企ヶ谷。しかし時すでに遅く、コートは既に埋まっていた。

 

「これ、どうする?」

 

「大人しく壁打ちだな」

 

「プレイしたかったんだがなぁ」

 

仕方なく壁打ちしながら世間話を始める。尚、体育教師から文句を言われたが、長嶺が「楽しくプレイしてるのに、横から邪魔する訳にもいかんでしょう?」と言って追い返した。

 

「にしても、お前なんで、先週休んだんだ?」

 

「あー、ちょっとばかし、大掃除してて、それに手間取った、だけだ!」

 

嘘はついていない。国に巣食うゴミ共を、綺麗に掃除していた。まあ武力を用いた物ではあったが。

 

「というか、お前、結構うまい、のな」

 

「そうか?テニスどころか、野球も、1人でやってたんだ。気にしたことも、なかったな」

 

(逆にどうやって1人でやってたんだ)

 

普通の野球は18人でやるが、小学校とかの遊びでも最低バッター、キャッチャー、ピッチャー、後は一塁から三塁までに1人ずつ守備を置かないとプレイできない。それを1人で賄うって、普通に凄い。

 

「ん?比企ヶ谷、ふせろ!!」

 

「え?うおっ!?!?」

 

長嶺が叫んだので咄嗟に伏せた瞬間、横で壁打ちをしていた筈の長嶺が飛び上がって、比企ヶ谷に当たりそうだったテニスボールを空中で打ち返したのだ。

まるで某超次元サッカーの電11とか、テニスの王子様の「テニヌ」が起きたようであった。

 

「気をつけろよ。後、そこの、えーと戸部とか言ったか?魔球打ちたいなら、もっと力加減とか、風向きとかを研究した方がいいぜ」

 

「あ、はい」

 

周りは長嶺の無茶苦茶なプレイに唖然としていたが、本人は至って普通である。その後も一応みんな各々のテニスを楽しみ、昼休みとなった。

 

 

「あれ、比企ヶ谷じゃん。何やってんだって、昼飯か」

 

「あぁ。あ、やらないからな」

 

「いや取らねーよ」

 

昼休みにプラプラ歩いていると、比企ヶ谷を見つけた。どうやらランチタイムだったらしい。少し横に座って話していると、何故か由比ヶ浜も来た。

 

「あれ?ヒッキーにクワタン。何してんの?」

 

「見りゃわかんだろ?普段ここで飯食ってんだよ」

 

「俺はたまたま見つけた」

 

「へぇー。でも、何でここでご飯食べてるの?教室で食べれば良いじゃん」

 

由比ヶ浜よ、可哀想だからやめてあげて。というか、特技でもあるいつもの空気読む能力は、何故ここで発揮されないんだよ。

 

(察しろマジで)

「それよか、お前は何でここにいんの?」

 

「それ!実はね、ゆきのんとのゲームでジャン負けして、罰ゲームってヤツ?」

 

「俺と話すことがですか?」

 

「比企ヶ谷、流石の雪ノ下もそこまで鬼畜じゃぁ、ないよ。うん、多分ね」

 

正直雪ノ下を擁護したい気もするが、アイツならサラリと言いそうだから怖い。というか雪ノ下は、比企ヶ谷には何言っても良い的な考えがあるように思える。

 

「違う違う!負けた人がジュース買ってくるだけだよ!」

 

(何だぁ、よかったー。うっかり死んじゃうところだったわー)

 

「ゆきのん最初は「自分の糧くらい、自分で手に入れるわ。そんな行為で細やかな征服欲を満たして、何が嬉しいの?」とか言って渋ってたんだけどね!」

 

「まあ、アイツらしいな」

 

「けど「自信ないんだー」って言ったら、乗ってきた」

 

そう言うと由比ヶ浜は、イタズラが成功した子供のように笑っていた。雪ノ下は普段こそしっかりとした奴ではあるが、ツボを上手く押せば乗ってくるし、アレで案外感情的な奴でもある。

由比ヶ浜は勘づいて無いが、由比ヶ浜にすら乗せられるとは先が思いやられる。

 

「なんか今までもみんなでやってたけど、この罰ゲーム、初めて「楽しい」っておもった」

 

「みんな?ハッ。内輪ノリだな」

 

「感じわるーい。そう言うの嫌いな訳?」

 

「内輪ノリとか内輪受けとか、嫌いに決まってんだろ。あ、でも内輪モメは好きだぞ。何故なら俺は、内輪に居ないからな」

 

ちょっと由比ヶ浜引いている。流石比企ヶ谷、と言ったところだろう。

 

「クワタンは、そう言うの嫌い?」

 

「いやまあ、好きでも嫌いでも無い。本当に気心しれた仲間と騒ぐのは好きだが、なんか会社の「課のみんなでー」とか「支店のみんなでー」的なノリとなると、流石にアレだよな。

後俺も、内輪モメを外から見るのは好きだぞ。なんか修羅場って、見てるのは面白いし」

 

「そ、そっかー」

 

(まあ俺は、その修羅場の渦中に飛び込むのが仕事なんですけどね。トホホ.......)

 

正直言って、長嶺は修羅場を外から見てた事は殆どない。これまでの修羅場は大抵、初っ端から飛び込むか火の手が大きくなってから飛び込むかの二択だった。しかも修羅場の内容が国家権力とかが関わってくる面倒なタイプなので、そろそろ普通の修羅場を経験したい。

 

「ねぇ、ヒッキー。ヒッキーはさ入学式のこと、覚えてる?」

 

「ん?あー、いや俺、当日に交通事故に遭ってるからな」

 

「事故?それってさ」

「アレ?」

 

由比ヶ浜が何かを言おうとした時、銀髪の小柄な少女、いや男がテニスラケットを持って歩いて来た。

 

「あ、彩ちゃん!よっす!」

 

「よっす!由比ヶ浜さんと比企ヶ谷くん、それに桑田くんも。ここで何してるの?」

 

「別に何もー?彩ちゃんは練習?」

 

「うん」

 

「(比企ヶ谷、アイツ誰だ?)」

 

「(ボッチの俺に聞くな)」

 

目の前の彩ちゃんと呼ばれた、恐らく男。正直見た目は女だが、男独特の歩き方だしタオルが男物である。多分男の筈である生徒だが、正直名前どころか顔も知らない。

 

「朝練して、昼練して、部活でもやって、確か体育の選択もテニス選択してたよね?大変だね」

 

「ううん。好きでやってる事だし、そう言えば比企ヶ谷くんと桑田くん。テニス上手いね」

 

「そーなん?」

 

「うん。2人ともフォームが凄く綺麗で、特に桑田くんは反射神経も高いし動きも洗練されてて、プロの選手みたいなんだよ」

 

比企ヶ谷は「いやー、照れるなー」とか言っているが、長嶺はその観察眼を評価していた。恐らくこの観察眼は部長、或いはエース故の物だろう。練習中であっても周りを観れるのは、良い才能である。

 

「あー、褒めて貰ったのは嬉しいんだが、君はえっと戸塚、で良いのか?」

 

「うん!そうだよ。僕は戸塚彩加です」

 

「美少女.......」

 

「あー、比企ヶ谷?多分コイツ、男だぞ」

 

「ヒッキー、キモ」

 

比企ヶ谷の発言に突っ込んだが、どうやら由比ヶ浜にも聞かれていたようで引かれている。戸塚は自分が男なのを見抜かれた事に驚いていた。

 

「どうしてわかったの?」

 

「そのタオル、色はピンクだけど男物だし、歩き方が男特有の物だったからな」

 

「凄いね!まるで探偵みたい」

 

「探偵か。だったら、腕時計に麻酔銃仕込んで、蝶ネクタイ型変声器とキック力の上がる靴を用意しないとな」

 

明らかなコナン装備に、戸塚がクスクス笑う。名簿を見ていたので知ってはいるが、どう見ても少女が笑ってるようにしか見えない。ある意味、こっちの方が才能である。

その後もう少し雑談して、教室へと戻り授業を受けて鎮守府へと帰還した。

 

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

「よっ、ベル。留守の間、特に何もなかったか?」

 

「はい。艦娘の夕立様が訓練中にこけて、少し膝を擦りむいた位ですね」

 

「平和で何よりだ。さーて、じゃあ俺は仕事しますかね」

 

執務室に戻り、ベルファストの報告を聞く。因みにロイヤルメイド隊はそのまま鎮守府のメイドとなり、鎮守府の簡単な管理や清掃、雑務をやって貰っている。

また鎮守府に長嶺が居ない間は艦娘からは大和、KAN-SENからは赤城、ビスマルク、ウェールズ、ベルファスト、エンタープライズ、チャパエフ、ヴェネト、リシュリューが主に代行で執務をしている。副官であるグリムは鎮守府というより、霞桜の管理をしているので基本はノータッチである。

 

「あ、そうでした。東川大臣より、帰ったら連絡する様にと仰せ付かっております」

 

「大方、この間の一件だろうな。色々やったし」

 

「お戯れは程々になさってくださいね?そうでないと、立場が危うくなってしまいます」

 

「心配すんなって。ちょっと無茶したって、向こうは日頃から色々と無茶を吹っ掛けて来てるし、何より世界的に見ても最強の部類に入る俺を、そう易々と切ったりは出来ない。結論、少しはぶっ飛んだ事しても問題ない!」

 

そう自信たっぷりに言う姿を見て、ベルファストはメイドとか従者としての立場なら主を止めるべきなのは分かっているが、目の前の主は止めても止まらないし、何より国や仲間を裏切る様な事は絶対にしないと分かっているので、一緒に笑っていた。

 

「それじゃ、一つ丸め込みに行きますかね!」

 

執務室に入り荷物を置くと、そのままスマホで東川の携帯に電話を掛けた。勿論、暗号化もしっかりしてある秘匿回線なので傍受される事もない。

 

『さて雷蔵。何で電話するように言ったかわかるな?』

 

「大方、鹿児島基地の一件だろ?」

 

『そうだ!貴様、なんつぅ事を仕出かしてくれたんだ!?!?!?!?あの後、結構大変だったんだぞ!!警視総監と副総監がセットで乗り込んできて、なんか色々文句言われたしな!!!!』

 

警察庁と警視庁というのは、実は結構仲が悪い。警察庁は都道府県の警察を管轄し、警視庁は東京の警察を管轄する。しかし互いの境界を越えて、度々内部抗争を引き起こしている。

今回は警視総監の後輩で副総監の同期が件の本部長だったようで、やれ「軍人が警察の管轄に横槍を入れるな」だの、「貴様の部下が疑わしい行動だったから捕まったのだ!余計な仕事をさせるな!」だの、まあ色々と言われている。

 

「そらぁ大変だったな」

 

『ついでに鎌掛けで、お前達霞桜の事まで尋問して来たんだぞ!言ってはいないが、本当に肝を冷やした.......』

 

「いいじゃん、偶にはスリルも体験しとかねーと」

 

『うるせぇ!もう俺はな、鉄火場を卒業してんだ!!今更スリルは要らないっつーの!!』

 

完全に長嶺のペースである。この馬鹿話も、出来るだけ説教から道を外させる為の作戦。よく使う手だが、おそらく今回も

 

『って、それどころじゃなかった。で、お前マジで何でよりにもよって、ネット配信してくれたんだ!?!?しかも海軍広報用の公式アカウントで!!!!』

 

どうやら失敗だったようだコンチクショウ。

だがしかし、説教を回避する方法も考えてある。

 

「あー、確かあの後、アカウント凍結とか垢BANされたんだっけ?」

 

『そうだよ!お陰でウチの広報部からも、しっかり苦情が来てるし部長宥めんの大変だったんだぞ!?!?』

 

「あ、そういやこっちにも来てたね。謝罪文ついでに、新しいプロ仕様の撮影機材を同封させて黙らしたわ」

 

現場からの苦情には、その現場で必要としている物を渡せば黙らせることが出来る。現場が長いからこそ出来る、荒技ではあるが。

特にプロの撮影機材一式となると、普通に数百万はくだらない。それを受け取れば最後、もう文句は言えない。

 

『お前、やろうとしてた事を先にやったのか』

 

「現場からの苦情黙らせるにゃ、現場が必要な物を渡す方が楽だろ?」

 

『行動力の鬼め。って、また話がズレた。それで、理由を聞かせろ。なんであんな事をした?』

 

流石に疲れたのか、使おうとしてた策が使われていて通用しない事で頭を悩ませているのかは知らないが、怒りは一先ず少しマシになった様だ。

 

「理由は2つ。1つはネット配信すれば奴の悪行が世間に残り、社会的に抹殺できるから。2つ、鹿児島基地司令の誤解を解くには一番手っ取り早いから。アレくらい目立ったら、流石のメディアも婉曲報道は出来ないだろ?」

 

『合理的だが、もう少しなかったのか。こう、精神的に殺すとか』

 

「無理だな。まず警察の高官である以上、身内殺られると本気出す事に定評のある警察関係者には殺人は使えない。使っても良いが、こっちの被害がエグいことになる。と言うか何なら海軍関係者が加害者になっていた事も周知の事実だったから、謎のジャーナリスト精神やら何やらで独自調査始めちゃうバカが現れるかもしれない。それされたら、今後の行動に制限が増える。

精神的に殺すにしても警察と軍は元から仲悪いから内部工作とか難しいし、余りに非合法な事をしたら向こうは警察でそう言うことを調査するプロフェッショナル。あまり効果が期待できないし、そもそも時間が掛かる。

そこで社会的に殺せる、ネットの晒し者として配信した訳よ」

 

『まあ合理的と言えば合理的、か。わかった。なら怒るのは、よしておくとしよう。所で学校生活はどうだ?勉強にはついて行けてるか?』

 

どうやら完全に怒りの炎は消えたらしい。この感じなら、何のお咎めも無く終わるだろう。

 

「親父、俺の学力の度合いは知ってるだろ?ハーバード大学院出るくらいには頭良いんだから、全教科ついて行けてるに決まってるでしょ。小テストは全て満点。選択科目の音楽だって普通に実技も筆記も満点だったし、体育は言わずもがな。

お陰で今じゃ、完璧超人として人気者に成りつつある。この調子なら、情報集めには困らなそうだな」

 

『友達は出来たのか?』

 

「友達、ねぇ。クソ教師によって半強制入部させられた部活の仲間位だな。だがまぁ仲間って言ってもクール美女を気取った中身激情家の雪ノ下家お嬢様と、脳内お花畑のバカ、ぼっちだが一番マトモで頼りになる奴、それから体罰当たり前の教師の風上にも置けないクソ顧問教師とラインナップはこんな感じだ」

 

『今の学校とは、そこまで腐ってるのか.......』

 

どうやら東川も想定外だった様で、軽く引いてる声である。他にもクラスには王子様演じてるが厄介事を押し付けて泥を被らないクズと、多分そろそろ問題が起きそうな「葉山の友達で集まってるだけで、他の連中は友達の友達」と言う関係の取り巻き。そして最強の女王様と勘違いしてる奴&クセの強いその取り巻きと、マトモな奴がクラスにも居ないのだから笑えない。

 

「しかも中途半端に知識と負けん気があるから、言い合いするにも疲れる。まだ河本派閥と喧嘩やってる方が楽だわ。使える手札多いし」

 

『任務の方も忘れる事は無いだろうが、くれぐれも忘れずにな』

 

「それなら執務の量を減らしてくれ。ウチの秘書官連中が死に掛けてる」

 

『考慮しよう』

 

これまで何度要求しても通らなかった執務量の削減が、こうもあっさり通るとは思わなかった。初めてこの任務してて良かったと思えた瞬間である。

 

 

 

翌々日 昼休み テニスコート

「う、うわぁ!」

 

「彩ちゃん!だ、大丈夫!?」

 

「イタタ。大丈夫だから、続けて?」

 

現在テニスコートでは、奉仕部と一応材木座が戸塚の練習を手伝っている。というのも何か強くなりたいらしく、その手伝いを依頼しに来たのだ。それで何か奉仕部総出で練習と相成った。

ただし材木座は、いつの間にか湧いてた。

 

「まだ、やるつもりなの?」

 

「うん。みんな手伝ってくれてるし、もう少し頑張りたい」

 

「そう。なら、由比ヶ浜さん達。後は宜しく」

 

そう言って雪ノ下は、何処かに消えていった。まあ練習を主に手伝っているのは由比ヶ浜とオイゲンだし問題ない。

因みにオイゲンが教える以前に、ルールとかわかるのか聞いたところ、曰く「重巡の付き合いで何度かボルチモアとかブレマートンとプレイした事があるし、この間もテニスの世界大会を一緒に見た」らしい。

尚比企ヶ谷は球出し&球拾いで、長嶺は観察担当である。材木座は何か謎の必殺シュートを撃ってるだけで何の役にも立ってないので、タダの案山子である。

 

「何回やっても上手くならないし、呆れられちゃったかな?」

 

「それは無いと思うよ。ゆきのん、頼ってくる人を見捨てたりしないもん」

 

「まあな。お前の料理に付き合う位だからな」

 

「むぅ、どういう意味だー!」

 

正直、それは思った。確かに由比ヶ浜の料理に付き合うのなら、こっちも付き合う筈だ。

 

「それに上達はしてるわよ。打つたびに上手くなっていってるから、心配はいらないわよ」

 

「そうなの?」

 

「戸塚よ、お前はどうやら才能はあるみたいだ。例えば3個前の時、お前は無意識にボールの到達位置に走っていた。最初は左に来ると思っていただろ?でも由比ヶ浜がミスったし横風も吹いて、左ではなく右方向に流れた。でもお前はそれを素早く察知して、すぐにその方向に走っていた。結局打てなかったが、反応があと少し早かったら打ててたぞ」

 

この一言に戸塚は、まるでおやつをもらった時の犬の様に明るい表情を見せた。本当にその内、女と勘違いして告白してくる奴がいそうである。

 

「あー、テニスじゃーん。あーしらもここで遊んで良い?」

 

「三浦さん。僕達は別に、遊んでる訳じゃ無くて.......」

 

「え、なに?聞こえないんだけど!」

 

(あー、マジで何でこのタイミングで葉山グループ御一行サマがやって来るんだ。これ絶対、もしかしなくても厄介で面倒な事態へと発展するぞ)

 

そう。何故かこのタイミングで由比ヶ浜以外の葉山グループの皆様が、雁首揃えてやってきたのである。最初は由比ヶ浜が「人数多い方が良いかなって」的な理由で呼びつけたのかと思ったが、表情見る限り本当にイレギュラーだったらしい。

 

「あー、ここは戸塚が許可取って使ってる物だから、他の人は無理なんだ」

 

「ふーん。でもアンタらも使ってんじゃん」

 

「いや、俺達は練習に付き合ってて業務委託っつーか、アウトソーシングなんだよ」

 

「はぁ?何意味わかんない事言ってんだよ。キモいんだけど」

 

いやいやいやいや。今の説明で分からないとか、日本語知らないのかコイツは。アウトソーシングが分からないのなら分かるが、流石に業務委託って言えば分かるだろうに。で、多分これは葉山が宥めて、厄介事に発展するぞ。

 

「まあまあ。喧嘩腰になんなって。みんなでやった方が楽しいしさ」

 

流石にこの言葉には長嶺、オイゲン、比企ヶ谷が苛立った。まさかこの葉山とかいうバカも分かっていなかったのか。普通は止めるべきだろうが、と。一応葉山は総合学力では、トップスリーに入る程の成績優秀者。なのに比企ヶ谷の話を理解していないとは、バカとしか思えない。

 

「みんな?みんなって、誰だよ」

 

口火を切ったのは、比企ヶ谷であった。思わぬ奴が言ったからか、反論が来ると思わなかったのかは知らないが、葉山と三浦はキョトンとした顔で振り向いた。

 

「母ちゃんに「みんな持ってるよー」って、物ねだる時に言う「みんな」かよ。誰だよソイツら。友達いないから、そんな言い訳使えた事ねーよ」

 

「そういうつもりで言った訳じゃないんだ。なんかゴメンな?何か悩んでるなら、相談に乗るからさ」

 

そう言いながら、葉山は近づいて来る。もし仮にコイツが敵対的な存在であるならオイゲンは艤装を、長嶺は武器を構えてこう言うだろう。「それ以上近づくな。殺すぞ」と。その位、イラついている。

だがどうやらその役目、今回は比企ヶ谷がやってくれるらしい。

 

「葉山、お前の優しさは嬉しい。性格が良いのもよくわかった。サッカー部のエースで、その上御顔までよろしいじゃないですか。さぞや女性から、御モテになるんでしょうなぁ」

 

「い、いきなり何だよ」

 

「そんな色々待ってるお前が、何も持ってない俺からテニスコートまで奪う気なの?人として恥ずかしいと思わないの?」

 

皮肉と自虐ネタを混ぜた抗議に、長嶺は笑いそうになる。見ると由比ヶ浜は呆れているし戸塚は不思議がっているが、オイゲンは肩が少しプルプル震えている。

 

「その通りだ、葉山ぁ何某!貴様のしている事は、人心に劣る最低の行動だッ!!」

 

「ふ、2人揃うと、卑屈さと鬱陶しさが倍増する.......」

 

なんか材木座も入っているが、今回ばかりは同意見である。由比ヶ浜は事態を理解していないっぽいが。

すると割って入るかの様に、テニスボールが飛んできた。見れば三浦がラケットを握っている。もしかしなくても、彼女が打ったのだろう。

 

「ねぇ隼人。あーし良い加減、テニスしたいんだけど」

 

「じゃあこうしよう。部外者同士、俺とヒキタニくんで勝負する。勝った方が、今後休み時間はここを使えるって事で。勿論、練習にも付き合う。強い奴と練習した方が、戸塚の為にもなるし。いいかな」

 

「ちょっt」

 

オイゲンが食って掛かろうとしたが、それを止める。

 

「(オイゲン、落ち着け。ここはアイツの手に乗ってやろう)」

 

「(何でよ!おかしいでしょ、いくら何でも!!)」

 

「(あぁ。超可笑しい。何をどうトチ狂ったら、あの思考に辿り付くのか気になる位に。だがアイツは一応この、総武高校という狭い世界に於ける王だ。逆らえば、最悪任務にすら影響を及ぼす。ここはあのクソ提案に乗っておいて、向こうがイチャモン付けてくる取っ掛かりを破壊した方が良い)」

 

「(勝っても、文句言ってきたら?)」

 

「(それは無い。さっきも言った様に、アイツは王だ。それも世間体を気にするタイプの。アイツは何があっても、他の生徒が抱く理想像の葉山隼人を守ろうとする。だから勝負に負けてもイチャモンをつけてくる、何て人気を下げる様な行いは絶対にしない。

まして今回の言い出しっぺは彼方さんだ。葉山自ら吹っ掛けた勝負のだから、尚更あり得ない。それに負けそうになったら、俺が潰すさ)」

 

そう言うとオイゲンは納得してくれた様で、溜め息を吐いて「面倒くさいわね」と言った。一方で三浦は超ノリノリで、準備を始めた。

 

「なにそれ超楽しそう!じゃあいっそ、混合ダブルスにすれば良いじゃん。うっそ、やだあーし頭良いんだけど」

 

何か事態が面倒な方向に進み始めてる。だがこの流れは利用できる。

 

「なあ。いっその事、比企ヶ谷と葉山の縛りも無しにしたら?そっちだって他に何人か仲間いるし、こっちだって俺とか材木座もいるしよ」

 

「いや、それはちょっと」

 

「え?お前さんの言う「みんなで楽しくやろう」って言うのを提案してるんだけど?男の勝負だから手出しして欲しく無い、って言うなら三浦の提案を蹴れば?」

 

「わかった。ならそれで行こう。ならもう、いっそダブルスならそれで良しって事で」

 

これで緊急時に長嶺が出れる様になった。これで勝負は完全に勝てる。何が起きても、絶対に勝利できる。

 

「チームはどうする?」

 

「アタシとヒッキーで」

 

由比ヶ浜が立候補した。比企ヶ谷は固定らしい。だが三浦は由比ヶ浜をガン見してるので、比企ヶ谷が止めた。だが三浦はそれに気付いたのか、脅してくる。曰く「あーさとやるって、それで良い訳?」と。だが今回は由比ヶ浜は反論し、一応三浦を黙らせた。

そのあと由比ヶ浜と三浦は何故かテニスウェアに着替えて着て、いつの間にかギャラリーが集まっている始末。恐るべし、葉山の人気。因みにチームは奉仕部側が比企ヶ谷&由比ヶ浜で葉山のクソグループ側が葉山&三浦となった。審判は戸塚である。

 

「えっと、じゃあ始めます」

 

戸塚の宣言で、サーブ権を持っている三浦がサーブした。それを比企ヶ谷打ち返すが、そのままフェンスにボールが衝突。先制点を許してしまった。

 

「めっちゃ強いじゃん」

 

「だって優美子、中学の時に県選抜に選ばれてるし」

 

「縦ロールは伊達じゃない、って事か」

 

「アレ、ゆるふわウェーブだけどね」

 

さてその後は由比ヶ浜狙いの戦法を取ってきた事で、由比ヶ浜が孤軍奮闘するも県選抜に選ばれてる三浦と、運動神経抜群の葉山には通用しない。しかもこけて、軽く足を捻ったようだ。

 

「由比ヶ浜。無理をするな。エミリア、いけるか?」

 

「はいはい。じゃあ、一仕事してくるわ」

 

「その必要はないわ」

 

オイゲンを出動させようとした時、コートに雪ノ下が入ってきた。由比ヶ浜のテニスウェア装備で。

 

「この馬鹿騒ぎはなに?」

 

「その格好はなに?」

 

「由比ヶ浜さんの、とにかくこれを着てくれと言う手紙を見つけた物だから」

 

どうやら由比ヶ浜は由比ヶ浜なりの策を打ってあった様だ。だが当の雪ノ下は「何で私が?」と少し不機嫌である。因みに雪ノ下が消えたのは、負傷した戸塚の為に救急箱を取りに行くためだったらしい。戸塚に救急箱を渡している。

 

「雪ノ下さん、だっけ?悪いけど、あーし手加減とか出来ないから」

 

「私は手加減してあげるから、安心してもらって良いわ。安いプライドを粉々にしてあげる。随分私の友d、ウチの部員をいたぶってくれた様だけれども、覚悟はできてるのかしら?私、こう見えて結構根に持つタイプよ」

 

((見たまんま、そういうタイプだお前は))

 

口にこそ出してないが、比企ヶ谷と長嶺は同じタイミングで同じ事を思った。

雪ノ下が入った事で風向きは変わり、マトモに打ち返し始める。三浦も本気を出してきて、フェイントを掛けてくる。だがそれも打ち返した。

 

「お前、今のよく返したな」

 

「だって彼女、私をいじめる時の同級生と同じ顔をしていたもの。あの手の人間のゲスい考えくらいお見通しよ」

 

そう言いながら、ジャンピングサーブもバッチリ叩き込んだ。だが心無しか、疲れてる様に見える。

 

「お前スゲーな。その調子で、軽くキメちゃえよ」

 

「私もそうしたいのだけれど、それは無理な相談ね。私、体力にだけは自信がないの」

 

そう言った瞬間、雪ノ下の横をボールが掠めた。

 

「聞こえてんですけどー?何かしゃしゃってくれたけど、流石にもう終わりっしょ」

 

「まあお互い頑張ったって事で、引き分けにしない?」

 

「ちょっと隼人、何言ってんの?試合だからマジで片つけないと、不味いっしょ!」

 

雪ノ下は体力切れで動けず、比企ヶ谷には多分策があるが時間的に実行できない。由比ヶ浜は足を捻っててオマケにもう向こうはマッチポイントで、こっちは結構な差が付いている。こうなれば取るべき手段は、ただ一つ。

 

「選手交代だ。お前達、下がれ」

 

「ちょっと!あーしらの話、聞いてなかった訳!?」

 

「聞いてたぜ?だがな、流石にお前らも面白くないだろ?短期決戦型の雪ノ下、殆ど素人の由比ヶ浜と比企ヶ谷。それに、こんなショボいので勝っても自慢にすらならない」

 

三浦が文句を言おうとするが、それを葉山がまた「引き分けに」と止める。だがそういうのは、長嶺も嫌いだ。

 

「葉山、引き分けはないだろ?お前に取っちゃ優しさなんだろうが、こっちの立場からしてみりゃ「お前達にも華を持たせてやろう」的な、クソウゼェ勝者の余裕カマしてる様にしか見えねぇんだわ」

 

「いやそんなつもりじゃ」

 

「つもりとかじゃなくて、そうとしか見えないの。お前の主観なんざ関係ない。こっちがそう捉えれば、そうなるんだ。

確かお前、親父が弁護士だったよな?ならお前もある程度は、法律や裁判に関する知識もある筈だ。「そういうつもりじゃなかった」で、減刑される事はあっても犯した罪は免れない。そうだろ?」

 

葉山は苦虫を噛み潰した様な表情で何も言わない。逆に三浦は笑みを浮かべながら、闘志を燃やしている。

 

「そうだ。悪いが俺は、1人の方がやり易いんでな。1人でやらせてもらう。だからまあ、俺を殺すつもりでかかって来いよ」

 

さっきまで勝者の余裕とか何とか言ってたヤツが、自他共に認める勝者の余裕をカマしてることに、葉山と三浦は気を悪くしたのか知らないが、今まで一番強いサーブを繰り出して来た。

 

「はぁ。遅いな」

 

普通なら走っても届かない位置にボールを打ったが、それを打ち返した。ギャラリー、選手、審判含め、全員がまるで瞬間移動した様に見えたという。

 

「な、何今の」

 

「瞬間移動?」

 

「ウソだろ.......」

 

奉仕部の面々も驚いている。しかしオイゲンはそれを涼しい顔で見ていた。

 

「ま、アレくらいは当然よね。真也はね、戦闘のエキスパートなの。剣術、ナイフ術、格闘、射撃、どれも並みの兵士より強いわ。今のも多分、縮地か何かでしょうね」

 

そう解説するオイゲンに、奉仕部の面々も周りにいたギャラリーも呆然としている。

 

「なあ、その程度か?本気を出せ。骨を砕くつもりで打ってみろ。殺すつもりで打ってみろ。どうした、試合は終わっていないぞ?Schnell(早く)Schnell(早く)Schnell(早く)!!」

 

この時点で、葉山と三浦は理解した。目の前の男が化け物である事に。そしてギャラリーも理解した。これが試合の皮を被った、一方的な殲滅にも似た戦争である事に。

 

「クソォォォォ!!!!!」

 

葉山が半狂乱状態でサーブしてくるが、いとも容易く打ち返す。程なくして、途中から「死合」とでも形容すべき試合は奉仕部側の勝利で終わった。

後に長嶺の校内での通り名として「修羅」というが追加されたらしい。

 

 

 



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第三十八話チェーンメール事件

数週間後 職員室

「さて、君達を呼び出したのは他でも無い。職場見学についてだ」

 

「別に何も可笑しくは無いでしょう?」

 

正面に座る平塚の手には、いつかのアンケートで書いた職場見学の希望調査票が握られていた。

 

「いや可笑しくはないぞ?だが、よりによって海軍か。他にないかね?」

 

「無いです」

「無いわね」

 

「即答か。正直、自衛隊と海軍はガードが厳しいんだ。それを交渉するのが面倒だし、是非他のところにして欲しい」

 

「いやいやいやいや。アンケートには何処でも良いと書いてあったし、ホームルームなんかだと教師陣が交渉するから、取り敢えず好きな所を書けと言っていた筈でしょう?なのに何故、面倒臭いという理由だけで交渉をやめるんですか?」

 

今回の場合、自分の仕事を片付けたいという欲求がある以上、長嶺は何が何でも江ノ島行きを勝ち取りたい。

 

「教師というのも、これで中々大変なんだ。だから」

 

「それを選んだのは他でもない先生でしょう?それにこれも立派な仕事だというのに、それをやろうともせずに放り出すのは単なる職務怠慢でしょうが」

 

どうにかして電話してもらうしかない。電話さえしてくれれば、こちらで手配というか手を回してはあるので、ほぼ二つ返事でOKが出る手筈になっている。だがこの事を伝える訳には行かない。なら遠回りだが、地道に交渉するしかない。

 

「あー、わかったわかった。なら電話位はしてやる」

 

「そうですか。じゃ、我々はこれで」

 

 

「何なのアレ?あれだって立派な職務でしょうに、何故あそこまで上から目線に立てるのかしら?」

 

「ゴネられるのは予想していたが、流石にあそこまでのは予想外だった」

 

2人は職員室から奉仕部に向かう道すがら、平塚の愚痴を言っていた。奉仕部につくと、とても珍しい客人が居た。

 

「やぁ。桑田くんに、エミリアちゃん」

 

「葉山?」

 

「あら。学校の王子様が奉仕部に来るなんて、少し意外だったわ」

 

「そうかい?これでも一応、雪乃ちゃ、雪ノ下さんとは幼馴染なんだ。それに今日は、少し君達の手を借りたくてね」

 

そういう葉山の視線は、ある一点に集中していた。オイゲンの胸である。由比ヶ浜や平塚、まだ未登場だが原作の巨乳キャラとなる川崎沙希、雪ノ下陽乃すらも越えた、その辺のAV女優もグラビアアイドルも霞むほどの爆乳に引き締まったウエスト、そして弛んでいないが柔らかそうなプリッとしたお尻。

おまけに声も綺麗で、顔も美少女。男なら仕方がないのだが、オイゲンとしては目の前のアホにそういう目で見られるのは苦痛でしかない。隣にいる男からのみ、そういう目線は受け付けたくないのが本音である。

 

「で、俺達は結構聞き逃した感じか?」

 

「いえ、これからよ。葉山くん、依頼内容を聞かせてもらうわ」

 

「依頼の前にこれを見て欲しい」

 

葉山はスマホのメールアプリを開き、受信画面から一通のメールを選んで見せてきた。そこに書いてあったのは、以下の通り。

 

 

ねぇきいた〜

 

2ーFのあいつらのことー

戸部と大和と大岡のやつ。

 

戸部は稲毛のヤンキーでいっつも

ゲーセンで西校狩りしてるんだって〜

いい奴ぶってるけど意外と裏では

色々やってるんだね。

 

大和は三股してるらしいよー。

女の子をとっかえひっかえな最低の

屑野郎なんだって〜。

 

あとあと野球部の大岡はラフプレー

で相手高のエース潰し野郎で何回も

病院送りにしてるんだって。ひどい

な。

 

 

「チェーンメールね」

 

「これが出回ってから、なんかクラスの雰囲気が悪くてさ。それに友達のこと悪く書かれてば腹も立つし。あ、でも犯人探しがしたいんだじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。頼めるかな?」

 

ハイ出ました。葉山お得意の、角を立てずに自分への被害を最小限にしつつも行動を起こした事を事実かする、ある意味一番姑息な手。このチェーンメールにも書けばいいのに。葉山は日和見主義のクソ野郎って。

 

「つまり、事態の収集を図ればいいのね」

 

「うん。まあ、そういうことだね」

 

「では犯人を探すしか無いわね」

 

「うん。よろし、え?あれ、なんでそうなるの?」

 

雪ノ下の理由としては昔自分もやられたそうで、未だそれを根に持っている事から来る復讐に近いものである。しかし長嶺的にも理由はどうあれ、犯人見つけて吊し上げた方が楽だから雪ノ下に感謝である。さすが天才。

因みに復讐がてら根絶やしにしたらしい。

 

「なあ雪ノ下、探すとは言うがアテはあるのか?」

 

「そんなの、地道にやるしか無いわよ」

 

前言撤回。コイツは馬鹿だ。筋金入りの、頭が良い馬鹿だ。ガチで天才をバカと読むタイプのバカだ。

 

「アホか。ネット関連でしかもSNSとかではなく、メールだと言うのに地道もへったくれもねーよ。態々クラス中駆けずり回って、一人一人頭下げて「チェーンメールの捜査で、あなたの携帯の送信記録を見せてください」って言う訳にもいかんだろう。変な奴にしか思われないし、第一俺が犯人なら既に履歴を消してる。

仮に消してなくても捜査されてるのが分かったら、誰だってあの手この手で記録を抹消するぞ」

 

「じゃあどうすればいいのよ!」

 

「そうだな。手っ取り早いのは、痕跡を追うのが良い。流石に海外の胡散臭いプロキシサーバーとか痕跡が残らないサーバーを幾つか経由してまで、こんなメトロとか便所の落書きレベルの悪戯はしない。恐らく、対策は捨てメアド位だろうよ。

この程度なら余裕で辿ることが出来るし、その後でちょっと面白い悪戯をする事もできる」

 

「面白い悪戯って?」

 

由比ヶ浜が首傾げる。他の奴らも同様に首を傾げており、誰もピンと来てない様だ。

 

「例えばウイルスを送り込んでアプリのデータの消去とか改竄をしたり、遠隔で適当な物を犯人名義で購入させたり、変な違法サイトにアクセスさせたり、ソイツが男なら風俗関連の物だとか女なら尻軽痴女的な物をSNSのアカウントで書き込んだりとか、あとはいっその事ソイツにチェーンメールを送りつけたりとか。とにかく主導権をソイツから簒奪し、そのままこっちの好きな様に動かせる」

 

「桑田くん、それは犯罪よ」

 

「そんなの百も承知。だがな、犯罪なんて立証できなければ犯罪じゃない。バレなきゃ、犯罪じゃないんだよ。それに今のはあくまで実例だ。なにも、本当にやるわけじゃない。ただ単に「こんな手段も取れるぜ」ってだけだ。

それに今回は、もっと平和に行こうや。どうやら頼れる八幡くんが何か名案があるみたいだし」

 

どうやらこのタイミングで自分に話が振られてくるとは思っていなかったらしく、比企ヶ谷は恨めしそうな目で長嶺を見てくる。だが他の奴らは完全に比企ヶ谷に注目してるので、何も言わない訳にもいかない。

 

「案はないぞ、案は。.......まあ普通に考えて、一番の原因は職場見学のグループ決めだろうな。葉山グループのメンバーは男4人に女が3人。一方職場見学のグループは、3人グループと1グループだけ2人だ。男子班はどうしても、1人余ってしまう。

となると、余らない様に周りを蹴落とすよな」

 

「じゃあその3人の内の誰かが犯人、と見てまず間違いなわね」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、俺はアイツらの中に犯人がいるなんて思いたくない。3人を悪く言うメールなんだぜ?アイツらは違うんじゃないのかな?」、

 

安定のみんな仲良くという思考回路を持つ葉山が、なんか現実を見えてないのな見ようとしないのかは知らないが、結構アホな事を言ってくる。これにはオイゲンが噛み付いた。

 

「あなた、結構バカね。そんなの自分の疑いの目が向かない様にする為のカモフラージュに決まってるじゃない。あなた以外に1人だけ悪口が言われてなかったら、普通ならその子が犯人と考えるのが自然よ。

それならバレない様に自分も悪く書くか、意図的に1人だけ書かないでその子を変わり身にするとかするわよ」

 

「とりあえず、その3人の事を教えて貰えるかしら?」

 

「戸部は見た目悪そうに見えるけど、一番ノリの良いムードメーカーだな。イベント事にも積極的に動いてくれる、良い奴だよ」

 

雪ノ下の質問に葉山がそう答えたのだが、その人物像のメモがこちら。

 

「騒ぐだけしか能の無いお調子者、ということね」

 

めっちゃ毒である。これには流石に全員戸惑った。毒舌なのは知っていたが、ここまで酷いとは思わなかったのだ。

 

「?どうしたの、続けて」

 

「大和は冷静で人の話をよく聞いてくれる。ゆっくりマイペースで、人を安心させてくれるって言うのかな?良い奴だよ」

 

「反応が鈍い上に優柔不断、と」

 

「お、大岡は人懐っこくて、いつも誰かの味方をしてくれる気のいい性格だ。良いやt7」

「人の顔を伺う風見鶏、ね」

 

葉山の言った事を、綺麗に全てマイナス方向に捉えている。ここまで来たら一種の才能だが、やっぱり全員戸惑うを超えて少し引いている。

 

「う〜ん、どの人が犯人でも可笑しくないわね。葉山くんの話だと、あまり参考にならないわね。あなた達は彼らの事をどう思う?」

 

「え!?どうって言われても.......」

 

「俺はソイツらの事をよく知らんからな」

 

「右に同じ」

 

「というか、名前すら初耳よ」

 

由比ヶ浜は葉山グループとは言え、絡みがあるのは基本的に三浦達。男子との関わりは基本ない。長嶺とオイゲンはまだ転校したばかりな上に、大抵昼休みも2人で過ごす。

 

「まあ、調べるくらいはしてきてやるよ」

 

「おお。初めて比企ヶ谷が自分から仕事をやる宣言したぞ」

 

「別にクラスでどう思われようと気にしないし、それに人の粗探しは俺の108の特技の一つだ」

 

「余り期待せずに待っておくわ」

 

「ありがとう、ヒキタニくん」

 

あれ、おかしいな。ヒキタニくんなんて奴は、この部活には存在しないんだがなぁ。座敷童かな?

 

「(所で指揮官。アナタ、案外犯人の目星付いてるんじゃないの?)」

 

「(証拠ないから勘だがな。まあ多分、大和って奴だろ)」

 

「(その心は?)」

 

「(書いてある内容だ。戸部は西校狩りで大岡はラフプレーを装った暴力と、バレれば一発停学案件だ。それどころか普通に退学すらあり得てくる。だが大和って奴のは三股。クラスから総スカン食らうだろうが、別に退学だの停学だのって話にはならないだろ?

この手の場合、我が身可愛さに自分だけ軽犯罪やインパクトの弱いスキャンダルにするか、逆にデカすぎて現実味のない物をでっち上げてしまう。その典型例だ。さっきも言った様に証拠がない以上は、どうしようもないがな)」

 

この時点で長嶺はすでに、犯人を見抜いていた。別にこれを今すぐどうこうしようという気はないが、こう言うスキャンダルは脅しネタとしては最適である。

何かあった時のネタとして、記憶に留めておくことにはした。

 

 

 

翌日 2年F組

「取り敢えず、みんなは何もしなくて良いからね!」

 

翌朝クラスに由比ヶ浜が来るや否や、比企ヶ谷、長嶺、オイゲンの3人にそう宣言すると意気揚々と三浦ともう1人の葉山グループの女子である海老名の元へと向かっていった。

 

「お手並み拝見、って所だな」

 

 

「お待たせー。いやはやー、ってかさ戸部っちとか大岡くんとか大和くんとかぁ、最近微妙だよねー」

 

(うわぁ、どストレートにいったな)

(せめてもう少しオブラートに包みなさいよ.......)

 

もうこの時点で由比ヶ浜に期待はしなくなった。ノッケからこれでは、まあまず無理があるだろう。

 

「結衣って、そう言う事いう娘だっけ?」

「え?」

 

「あんさー、そういうのってあんま良くなくなぁい?友達のことそういう風に言うの、やっぱ不味いっしょ」

 

まさかの前回なんやかんやあって正直敵と認識していた三浦が、常識的な考えの下で由比ヶ浜を注意した。当の由比ヶ浜はワタワタしながらそれを誤魔化し、何故かそれを聞いて海老名は何故か大興奮しながら「キマシタわぁぁぁ!!!!」と叫んで、鼻血を吹き出している。

因みに長嶺とオイゲンの中で三浦の株は上昇した。

 

「なんだアレ」

 

「俺が知るか」

「というか葉山グループって、マトモなのがいないのね」

 

「そんじゃ、俺がやるわ」

 

今度は比企ヶ谷が動き出す。どうやら比企ヶ谷の作戦は、観察らしい。確かに比企ヶ谷の観察眼なら、長嶺の見抜いた事を一発で見抜くだろう。それを期待しつつ、長嶺も高みの見物を始めた。

観察を始めてすぐ、最初は職場見学の件で盛り上がっていた葉山グループ。だが葉山が離れると、各々事をし始めた。

 

「やぁ。なにか分かったかな?」

 

「そんな物、とうの昔から分かっている。流石に犯人はある程度しか分からないが、お前好みのやり方で解決する方法はあるぞ。誰も悲しまない、誰も傷つかない最高のやり方が」

 

「教えてくれないかな?」

 

「まあだが、それは比企ヶ谷に聞くと良い。アイツも俺と同じ結論に到達してるからな」

 

そう言いながら比企ヶ谷を見ると、どうやら完全に見抜いたらしい。その日の昼休み、奉仕部メンバーと葉山を部室に入れてプチ推理ショーが始まった。

 

「分かったのは、あのグループが葉山のグループって事だ」

 

「そんなの今更じゃん!」

「えっと、どういう意味?」

 

「言い方が悪かった。つまり葉山の為の物、って意味だ。葉山、お前はお前が居ない時の3人を、見た事があるか?」

 

どうやら比企ヶ谷は長嶺の予想通り、答えには到達したらしい。この続きを見てみよう。

 

「いや、ないけど.......」

 

「アイツら、3人きりの時は全然仲良くない。わかりやすく言えばアイツらにとって葉山は友達で、他は友達の友達でしかないんだ」

 

「それがなんだと言うの?それはあくまで、犯行動機の補強にしかならないわ。それじゃ意味がないでしょ?」

 

「葉山。お前は確か、犯人探しとかするつもりは無いんだよな?それなら別に真実も知りたいわけじゃない。だったらアイツらを一緒の班にして、それをトリガーにして仲良くなる様にすればいい。お前の人望なら、アイツらを外した所で引くて数多ですぐに班も決まるだろ?」

 

比企ヶ谷の提案に葉山は少し考えると、どうやら納得したらしい。「ありがとう、ヒキタニくん」と言って部屋を出て行った。

これで依頼解決かと思いきや、まさかの奴がまだ納得していなかった。

 

「あなた、甘いわね。こんなの現状からの逃げで、何の解決にもならないじゃないッ!!」

 

何でか知らんが、雪ノ下がキレた。多分、自分の中での理想的な解決像じゃなかったのだろう。それに腹を立て、珍しく怒りを露わにしている。

怒鳴ってすぐに、しまったと思ったのか冷静さを取り戻したが、隣では由比ヶ浜が心配そうに雪ノ下と比企ヶ谷を交互に見ている。

 

「雪ノ下、これで依頼解決だ。現状からの逃げじゃないから安心しろ。これ以上あのメールが出回る事はねーよ」

 

「.......どうしてそう言い切れるの?」

 

「単純だ。あのメールが出回った元の原因は「葉山と一緒の班になりたいが、周りの奴らのうち1人を蹴落とさないと入らないから」という理由だった。

だが目的の葉山がいなくなったら、これ以上第二第三のメールを送る必要も、今のメールを拡散させる必要もない。寧ろ送ればバレる可能性が上がって、デメリットでしかない。つまり送るだけ無駄って訳だ」

 

雪ノ下はこの答えに一応は納得いったが、やはり気に入らなかったのだろう。「あなたのやり方、いつか後悔するわよ」と捨て台詞を残して何処かに去って行った。由比ヶ浜もそれを追いかけていく。

一方で長嶺は、比企ヶ谷の観察眼が予想以上だったことに驚いていた。当初は葉山グループの関係性位には気づくと考えていた。しかし蓋を開けてみれば、今回の事件の本質を理解した上で葉山に取って一番最良な物で解決させた。この観察眼と手腕は磨けば武器となる。正直、余計に部隊に欲しくなった。

そして翌日、予想だにしない出来事が起きてしまった。

 

 

「僕を君達の班に入れてくれないかな?」

 

なんと朝の休み時間中に葉山がやってきて、職場見学の班に入れて欲しいと頼んできたのだ。知っての通り長嶺とオイゲンの班は鎮守府を選んでいるし、職場見学の期間中に普通に鎮守府で執務や任務がしたいが為に選んだ場所。その為班員は、長嶺とオイゲンだけにしてある。

しかしここで葉山が入ってくると、その計画は一気に水泡となる。葉山は二人の本当の素性なんて知るわけが無いし、というか知ってたら排除しなくてはならない。ウザイ奴とは言えど罪なき国民。それを殺すとなると、処理や火消しに相当な労力を費やす羽目となる。そうなれば色々他の任務にも支障が出てしまう。

 

「いやだが、俺達の行く場所は海軍だぞ?お前さん、確か外資系企業が希望だったんじゃ.......」

 

「確かにそうだけど、外資系は結構国際情勢に左右されるだろ?最近は深海棲艦の攻撃も鎮静化してるらしいけど、でもやっぱりまだ危機は脱却できた訳じゃない。

それならこの辺りで、国際情勢に於ける鍵となる海軍を見ても損は無いはずだよ」

 

こう言われては流石にNOとは言えない。外資系企業は海外との繋がり深く、確かに葉山の言う通り国際情勢に左右される。実際開戦当時に起きた「強制鎖国」とでも言うべき状況の影響を、外資系企業モロに食らっている。

だが葉山には別の目的もあった。

 

(この辺りでエミリアちゃんに近付いて、ゆくゆくはこの娘と付き合いたいな)

 

そう。葉山は何とエミリア、つまりオイゲンに恋しちゃってるのである。因みに惚れた理由は一目惚れ兼、オイゲンが最初あった時に「よろしくね、王子様」と言ったのから。曰く「これまで王子様とは言われてたけど、彼女から呼ばれたのは一番心地よいものだった」らしい。

だがオイゲンは知っての通り長嶺に恋焦がれている。それも夜這いを仕掛けて既成事実を作ろうとしたり、態々この学校生活を一緒にできる任務の為に霞桜の隊員、特にマーリンから射撃をコーチングしてもらう程に打てる手はとにかく打ちまくる位には恋焦がれている。

この恋が実るかどうかはさておき、さらに問題は増えてしまった。

 

「え!?葉山くんここに行くの!?」

「私もここにしよーっと」

「え!ズルい!!私も!!」

「私も私も!!」

 

とまあこんな具合に、クラスのほぼ全員が海軍を希望しやがったのである。勿論長嶺はプロ中のプロであり、この程度で顔色は変えない。だが内心では「NOOOOOOOOO!!!!!!!!」と叫んでいる。

最悪葉山だけなら、特殊なウイルスを仕込んで職場見学中はダウンさせる事もできた。だがここまで人が増えては流石に使うと「江ノ島鎮守府に見学行こうとしてた連中が何か体調崩してたのに、何故か桑田とエミリアだけが生き残った」みたいな事になり、変に勘繰る輩も出て来て面倒な事になるだろう。

 

「ハハ。マジでどうしよう.......」

 

 

夕方 江ノ島鎮守府 執務室

「…とまあ、こんな感じな訳よ」

 

「確かに、見事に目論みと外れてる」

 

本日の秘書官である艦娘の雲龍と、今日の一件について話していた。元々雲竜は表情を表に出さないタイプだが、声色的に同情してくれてるらしい。

 

「でも意外。提督は常に作戦通りに事を動かせるのかと思っていました」

 

「まさか。いつも作戦通りに行ってない。行ったことがあるとすれば、完璧な奇襲作戦の時とかそこらだ。戦場は生き物。常に予想外の事が起こるから、色々プランを考える。それを状況に合わせて出したり、時に足したり引いたりしてお前達に伝えている。

まあこう言ったら信用が無くなるかもしれんが、常に任務や作戦中は極細の糸の上で綱渡りしてる博打と変わらん」

 

「そうだとしても、しっかり成功させてるんだから十分すごいと思うわ」

 

「ハハハ。俺はまだまだだ」

 

そんな訳ないとツッコみたくなるのを引っ込めて、雲龍は自分の仕事に戻る。すると内線が鳴り、長嶺宛だったので電話を回す。

 

『提督。総武高校の平塚、と言う方からお電話が入っています。繋ぎますか?』

 

「あー、繋いじゃって」

 

出ると大淀からの連絡であった。平塚からの電話が来たということは十中八九、職場見学の件でまず間違いないだろう。取り敢えず、平塚の出方次第で決める。

 

「お電話変わりました。江ノ島鎮守府提督、長嶺です」

 

『どうも初めまして。私は総武高校にて教師をしております、平塚と申します。本日お電話差し上げたのは、そちらに授業の一環で見学させて貰いたいと思っていまして』

 

思ったよりちゃんとしていて、ちょっと感心である。まさか平塚も、電話の向こうにいるのが自分の教え子とは思わないだろう。

 

「授業の一環ですか。というと社会科見学、いえ。高校なら職場見学かインターンシップって所でしょうか?」

 

『はい。職場見学先の希望を取った所、帝国海軍を希望する生徒が多く、ご多忙な上、子供達を受け入れてもらえる余裕が無いのは百も承知です。ですがどうか、お願いできませんでしょうか?』

 

「良いでしょう。ですが、此方としても条件があります。後程ファックスでお送りしますが、色々と確約して貰いたい事があります。

第一に、敷地内でよ撮影は原則として禁止させて頂きたい。もし見学後の授業で写真が必要な場合は、そちらが此方に依頼するという形で希望する写真を撮影させて頂きます。理由は勿論、国防上、国家機密や外部に漏れると厄介な物が写り込んでしまう可能性がある為です。

第二に、見学に来るの生徒は信用のおける生徒のみにしてください。素行が良い生徒でないと、もし仮に何かあった際に面倒です。

第三に、参加する生徒には誓約書を書かせてください。これは保護者の方にもお願いします。どの施設だとしても軍事施設には変わりない。特に鎮守府や基地に関しては、見学中に襲撃や攻撃に晒されても可笑しくはありません。比喩や冗談ではなく、我が国は戦時です。そんな中、最前線の軍事施設に見学に来る。勿論ないとは思いますが戦場に絶対は無い以上、これらの事と他にも記載されている事には確約を貰わないと見学は許可できません」

 

『.......校長や生徒と協議させてください』

 

「良いでしょう。しかし、なるべく早く回答を頂きたい」

 

そんな訳で1回目の交渉は終わった。だが平塚も流石にクラスのほぼ全員が行きたがってる(桑田が行こうとしてるからエミリアも行こうとして、エミリアが行こうとしてるから葉山も行こうとして、葉山が行こうとしてるからクラスのほぼ全員が行こうとしてるだけ。つまり元凶は長嶺)という事もあって、交渉は粘り強く行われた。正直面倒だったが根負けして、結果的に許可された。

まあ国防に理解を得る為とか、これを機に比企ヶ谷の才能を推し量れるかもしれないというメリットもあるにはあるので、デメリットだらけでも無いのがせめてもの救いである。

 

 

 

 

 

 



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第三十九話鎮守府見学

約二週間後 職場見学当日 バス内

(あー、何でこうなったんだよマジで)

 

長嶺は江ノ島鎮守府に向かうバス内で、誰にも気取られないようにため息をついた。吐きたくもなる。正直、秘密特殊部隊の本部でKAN-SENとか言う謎存在の母港という機密の塊みたいな場所に、一般ピーポーのそれも謎の勢力と関係がある奴がいるかもしれない連中は特に、一番入れたくない。

 

(どうにか見学メニューは考えたが、どんだけ長いんだよ!一週間も要らんだろ絶対!!月曜の今日から、金曜の最終日まで持たすの大変なんだぞ!!!!というか何でよりにもよって、葉山含むクラスの全員に加えて別クラスの連中も来てるんだよ!!)

 

前回の段階では葉山が行くとか言い出した結果、クラスのほぼ全員が来る羽目になっていた。だがこの話は何やかんやで他クラスにも広まり、結局学年のほぼ全員が来る事になったのである。

お陰で学校は「もういっその事、今年は全員海軍にしちゃいますか」となってしまい、アンケートで長嶺とオイゲンと比企ヶ谷以外の全員がYESにしてしまったので、今年は学年全員が江ノ島鎮守府に見学に来る事になってしまったのだ。

 

「はぁ、全く。どいつもこいつも、見た目の割には愛国心に満ち溢れてんのかねぇ.......」

 

「なんだ桑田。お前は海軍志望だったんだから、別に構わないだろ?何をそんなに落ち込んでいるんだ?」

 

「んー?あぁ、どうせなら少人数の方が色々融通効くだろうから、出来ればそっちが良かったって話だ」

 

比企ヶ谷が不思議がっているが、流石に「期間中に仕事やりたかったのに、お前達が来やがったせいでできなくなったんじゃボケ」とは言えないので引っ込ませる。

 

「ヒッキーヒッキー!見えて来たよ!!」

 

「わかったわかった。揺らすな由比ヶ浜」

 

比企ヶ谷と話していたら、何故か無駄にテンションの高い由比ヶ浜が比企ヶ谷の肩を揺すっている。

いつの間にやらバスは江ノ島鎮守府に繋がっている沿岸道路に出ていて、鎮守府の敷地内にある森というか林って程でもない、なんか木の生い茂ってる場所と飛行場が見える。勿論長嶺とオイゲンからして見れば見慣れた我が家であるが、他の生徒からしてみればSF映画の秘密基地みたいな物だろう。まあ実際、防衛用の施設とかもあるし、勝敗が国家や世界の命運にも直結してくる事も全然あるので、割りかし間違いではない。

 

(さらば我が貴重な執務時間。こんにちは面倒な職務)

 

 

 

数十分後 江ノ島鎮守府

「で、デケェ!」

「これが鎮守府?」

「なんか思ってたより、結構オシャレなのね」

 

バスから降りるや否や、生徒達は思い思いの感想を言っている。江ノ島鎮守府の外観は他の鎮守府と同じように煉瓦造りの建物だが、それは司令部庁舎のみである。

他にも和風建築も多くあるが、新しく再建された建物というのもあって洋風な建物から現代チックな物まで結構バリエーションは豊富である。

 

「おーい、お前達!持ち物検査を受けろー!」

 

平塚が動きの鈍くなっている生徒達に指示を飛ばし、即席の検査場のテントの前に並ばせる。一応ここは軍事施設。持ち物チェックと身体検査はしておかないと、流石にやばい。

関係者である長嶺とオイゲンとて、今は総武高校の桑田とエミリアである。しっかり検査を受ける。

 

「はーい、次の方ー」

 

「はい」

 

「身分証提示!って、あ」

 

この検査場にいる兵士は全員、霞桜の隊員である。しかも相手は、いつかの視察に連れて行ったガーランである。

 

「どうしました?」

 

「あ、いえ。どうぞ、お通りください」

 

「どうも」

 

そう言って通されたのだが、ガーランは自分の手元にある紙に気がつく。一通りの検査が終わった後開いてみると「ボロ出したら殺す。by長嶺」と書かれた、まあ一種の脅迫文があった。

 

「.......ボロ出さなくてよかった」

 

ただの文字ですら、まるでそこにいるかの様な殺気と凄みを出せる辺り、流石プロと言った所だろう。

一方で生徒達はと言うと、本部庁舎の講堂に通された。ここはいつも大規模作戦の直前に艦娘、KAN-SEN、霞桜の隊員と言った全員を集めて会議や最終チェックする為にも使われており、一学年くらいなら全然余裕で収容できる。

 

『総武高校の皆様、ようこそいらっしゃいました。私は本日の案内役を仰せ付かりました、ロイヤルメイド隊メイド長、ベルファストと申します。どうかお見知り置きくださいませ』

 

そう言ってバッチリ、カーテシーを決める。最前列の男子はその巨大な胸をガン見していたらしい。

彼女は知っての通り艦娘ではなく存在自体機密のKAN-SENであるが、よくよく考えると艦娘自体が余り世間に公表されてる情報がないので、別にこのくらいなら大衆の面前に出しても問題はないのだ。

そんな訳でこの職場見学では、艦娘とKAN-SENの両方から「安パイ」が選ばれている。KAN-SENなら例えばヒッパーとかネルソンみたいなツンツンしてる連中、ローンや赤城の様なヤベンジャーズ、シリアスの様な問題児。艦娘なら電の様な人見知りする奴、金剛や大井の様な何かしら面倒事を引き起こしそうな奴は、案内役から除外してある。逆にしっかり者や物腰が柔らかい奴を案内役にする事によって、イメージアップを狙う作戦である。

 

『それでは江ノ島鎮守府の紹介をする前に、簡単な帝国海軍の紹介を致します。

新・大日本帝国海軍は深海棲艦と唯一、互角に戦える戦力である艦娘を運用している軍事組織であるのは、皆様もご存知の通りです。ですが海軍の職務は、それだけではありません。主に海軍内の職務は支援、参謀、実働の3つに分かれています』

 

因みに今更ではあるが、しっかりパワーポイントを使ってスライドを表示しながら説明している。その辺の準備は幽霊さんことロングアイランドと、サラトガちゃんがやってくれた。

 

『支援。こちらは文字通り、戦闘の後方支援を行う縁の下の力持ちな職務です。戦闘に於いて補給と兵站は、とても地味に見えて実は多大な影響を及ぼします。例えば百戦錬磨の一騎当千、とても強い精鋭部隊でも満足な補給がなければ負けてしまいますし、逆にしっかりとした補給と兵站が出来ていれば、最大限のパフォーマンスを発揮します。

具体的な職務としましては輸送、資源採集、兵器開発、整備、糧食、調達、警備といった物が挙げられます。ご自身に合った職務を選べますが、特別な資格が必要な場合もありますのでご注意ください』

 

今度は防衛省の画像から変わって、真ん中に大きく「参謀」と書かれたスライドになる。

 

『参謀。こちらは主に情報収集や戦略を担当します。陸、海、空自衛隊、各国の軍や諜報機関と協力し、深海棲艦の動きを監視し侵攻や拠点の偵察を行ったり、大まかな作戦の流れを考える職務です。

古来より情報は戦いを左右しますし、策略なしに攻撃するのは戦争をする上で1番の愚策です。言うなれば「帝国海軍の頭脳」、と言った所でしょうか』

 

次は江ノ島鎮守府の画像に変わる。そして書かれた文字は勿論「実働」である。

 

『実働。これは最早、説明も要らないでしょう。艦娘や他の通常戦力を動かして、深海棲艦から奪われた海を取り返す海軍の花形です。日本全国に基地が存在し、各国にも前線基地や補給基地を配置しています。その中でも規模が大きく、配属される司令官も高級将校である基地が「鎮守府」と呼ばれます。

この司令官や提督になるには、ある一つの特別な条件があります。これはどんなに努力しようと、お金を積もうと得ることの出来ない「才能」なのですが、妖精が見えることが絶対条件です』

 

この一言に生徒達はザワついた。一応一般にも公表されてるが、流石に「妖精」と大真面目に言われても反応しづらい。ティンカーベル位しか思い付かないだろう。

 

『艦娘の艤装には、妖精というのが宿っています。妖精というよりは、小人と言った所でしょうか。この妖精というのは本来人の目には見えないのですが、極稀に妖精を見れる者が産まれます。その資質がある者が、指揮官として艦娘を指揮するのです。

その為、海軍内の司令官の年齢は最年少が12歳、最高齢は57歳です。因みに本鎮守府の指揮官である長嶺大将は17歳。皆様の一つ上です』

 

よくテレビや雑誌にその姿が度々映るイケメンの有名人が、まさか自分達の年と殆ど変わっていなかったことに皆驚く。一応これも公開されてる情報なんだが、何故だか皆知らないのだ。

 

『それではこれより皆様には、当鎮守府を見学していただきます。明日からは実際に軍での仕事を体験していただきますので、ある程度の場所を覚えておくことをお勧めいたします。

班ごとに指示を出しますので、案内役の艦娘に従って移動してくださいませ』

 

この鎮守府はトンデモなく広いため、普通に1日丸々使って案内できる。まずはこれで日数を稼ぐのである。

 

 

2日目 指揮管制シュミレータールーム

「よく来たな。お前達にはまずはこの、指揮シュミレーターでトーナメント形式で戦ってもらう」

 

案内役の艦娘の熊野に連れられて入った部屋で待っていたのは、普段は駆逐艦に簡単な授業や戦闘の座学講義を行なっている那智と他の艦娘&KAN-SEN達であった。

因みにいるのは艦娘は那智、長門、足柄、五十鈴。KAN-SENは加賀、レンジャー、エンタープライズである。

 

「艦娘が一人ずつアドバイザーとして付くから、分からなければ質問するといい」

 

艦娘とKAN-SEN達が担当する生徒につく。勿論、指揮官とオイゲンにも。メンバーと対戦相手はこんな感じ。

 

オイゲン&足柄VS材木座&長門

長嶺&レンジャーVSモブ秀才&加賀

葉山&五十鈴VSモブ女子生徒&エンタープライズ

 

「えっと、それじゃあやり方を.......」

 

「レンジャー、いいか?お前の目の前にいる男は、この鎮守府の提督でお前達の指揮官君である長嶺雷蔵じゃない。化け物クラスに強い、ただの総武高校の一生徒にすぎない。よって、このシュミレーターの使い方なんざ知らない。だから、な?」

 

「わかりました!普通に教えます」

 

レンジャー先生に頼んで、色々やり方を教えて貰う。因みにレンジャーは改造済みなので、お胸とお尻が凄い事になっており葉山とモブ秀才くんが、結構アレな目で見ていた。そして教えてもらってる長嶺には、その大きなお胸が当たりまくっている。

 

「うんレンジャー先生。当たってるぞ」

 

「え?あ、えっと///////」

 

「はーい平常心平常心。当たった所で死にはしないでしょ?」

 

そんな結構甘々な様子を、見るからにイラついた様子で見ている人が一人。

 

(指揮官ッ!!!なに胸当てられてるのよ!!言ってくれれば私が当たるし、触らせるのに.......)

 

「オイゲンー。余所見しないで、ちゃんと前を向く」

 

「わかったわよ.......」

 

機嫌が悪い時は姉のヒッパーの様になる。これは多分、姉妹故であろう。身体は全然違うが。おっと、ヒッパー。私が言ったのは髪の色の事だ。決してその慎ましやかな胸(((殴

 

「さて、じゃあ勝負を始めてくれ」

 

「よろしく頼む」

 

「フン。この僕に戦いを挑むなんて、身の程を弁えな」

 

こうモブ秀才くんはいうが、正直負ける気がしない。というか負けてはいけない。総武高校の生徒という建前はあるが、それでも一応は現役バリバリの艦隊指揮のプロである。それが一般人に負けるとか、オリンピック選手が一般人に負ける様なものである。

いざ始まれば、右と左から水雷戦隊を回り込ませて退路を塞ぐ形で包囲しようとしてきた。勿論、何のハッタリやカモフラージュの目標もなく正面から。あまりにお粗末すぎて、開始20分で殲滅してしまった。勿論こちらのダメージはZEROである。

一方でオイゲンの方は、材木座がバカの一つ覚えの様に突撃して来たので片っ端から砲撃と航空機で材木座側は砲弾を1発も撃つ事なく殲滅した。

 

「勝者は、ほう。全員この班か。なら決着の早かった奴は決勝で戦ってもらうとして、そこの男二人。お前達で戦え」

 

そんな訳で今度の対戦は長嶺対葉山である。

試合開始と同時に今回は、どちらも攻撃隊を発艦させた。葉山は何の捻りも無く長嶺の元に向かわせてしまったが為に、爆撃隊と雷撃隊とで到達に長いタイムラグ発生してしまい容易に撃墜されてしまった。一方で長嶺は少し工夫して、雷撃隊と爆撃隊のタイミングを同調させた為、葉山艦隊は対空戦が追いつかなかくなり殲滅された。

 

「負けたのか.......?」

 

「あぁ。お前の負けだぜ、葉山」

 

混乱しすぎて、自分が負けたことも理解できてなかったらしい。

 

「さて、じゃあ最後にその2人で戦ってもらおう」

 

「よろしく頼むよエミリア」

 

「えぇ真也。ボッコボコにしてあげるわ」

 

さっきのレンジャーとの一件があって、オイゲンは結構不機嫌である。この感情は艦隊指揮にも反映されてしまい、いつもより苛烈な攻撃を仕掛けて来る。だが相手である長嶺は、オイゲンの指揮官である。オイゲン含め所属している全ての艦娘、KAN-SEN、パイロット、霞桜の隊員の戦闘時の癖、戦闘スタイルや得意不得意は勿論、司令塔として指揮する時の細かい癖に至るまで頭に入っている。

そんな人間を相手に勝てるはずも無く、弱点である攻撃に専念しすぎる癖を逆手に取って背後から水雷戦隊で奇襲して、ついでに砲撃と航空攻撃による飽和攻撃を持って殲滅した。

 

「チェックメイトだ」

 

「やっぱり、あなたには勝てないわね」

 

「負けてたまるかよ」

 

 

 

3日目 フライトシュミレータールーム

今度は戦闘機パイロットが訓練で使うフライトシュミレーターを使った訓練体験を行う。

勿論講師はメビウス1である。

 

「それじゃあ、ルールを説明します。と言っても特段ルールというルールも無いので、勝利条件だけですけど。

勝利条件はどちらかのチームが殲滅されるか、時間内に多く倒せた方の勝ちというシンプルな物です。それでは用意はいいですか?」

 

因みに今度の対戦相手は由比ヶ浜、三浦、海老名の3人である。

 

「始め!!」

 

このフライトシュミレーターはF22ラプターのコックピットを完全再現しており、様々な状況を再現できる。気候は勿論、一部の翼が使い物にならない状況だとか、AI制御の戦闘機との組み手だとか色々できる。

今回は時間の兼ね合いで、既に離陸済みの状態である程度高度も取ってある状態で、気候は無風の雲もある晴れである。

 

『割り振りはどうするのかしら?』

 

『みんなで連携しながら1機ずつ確実に倒すべきだよ』

 

ここでも葉山の「みんな仲良く」の精神が発揮されているが、別に強敵を相手するわけでも無い以上、全機で寄ってたかって1機を相手しても何のメリットもない。寧ろ攻めすぎて、他の機に背後取られて撃墜される可能性すらある。

 

「いや。ここはで先制を取りつつ、一対一のドッグファイトに持ち込もう。中距離空対空ミサイル、AAM4を使う」

 

『AAM4?』

 

『はいはい、わかったわよ一番機さん。一応聞くけど王子様まさか、さっきの操作説明聞いてなかったのかしら?』

 

一応シュミレーターを使う前にエース級部隊であるメビウス中隊の面々が、1人1人に付いてやり方は勿論、武装についてもある程度教えてある。

だが葉山はオイゲンを見るのに夢中で、殆ど頭に入ってなかったのである。お陰で既に連携はガタガタであり、そうこうしている間に先制を相手方に取られてしまった。

 

「!?ミサイルアラート!!回避する」

 

レーダー上にミサイルを示す光点が6発表示される。射程から考えてAAM4、99式空対空誘導弾である。長嶺とオイゲンはエンジンスロットルを前に叩き込み、操縦桿を手前に引いて回避機動に移る。

葉山は何故かフレアをばら撒き、そのまま直進。見事AAM4が2発、葉山のラプターを貫いた。

 

『アルファ2、ロスト』

 

直後に審判役のメビウス1がアルファ2、つまり葉山が撃墜された事を告げる。今更だが長嶺がアルファ1、オイゲンが3で、三浦がブラボー1、由比ヶ浜が2、海老名が3のコールサインをもらっている。

 

「うげっ、葉山やられた」

 

『さっき見たけど、フレア焚いてたわよ』

 

「アホか!」

 

AAM4の誘導方式は慣性と指令誘導だが、終末誘導時はARH、アクティブ・レーダー・ホーミングに切り替わる。これは米軍のAIM120 AMRAAMと同様の誘導方式なのだが、この誘導方式はミサイル本体が目標にレーダー波を当てて追尾する方式である。

葉山がばら撒いたフレアは赤外線誘導方式の熱源探知に作用する物であり、レーダー系統は電子戦環境下によるジャミングかチャフでもばら撒かないと意味がない。しかも回避方法については、しっかりレクチャー済みのはずなのにである。

 

「はぁ。こうなったら、2人で倒すしかないな。エミリアは右の機を頼む。とりあえず、正面と左のはこっちで引き付けておくから早めに終わらせてくれよ?」

 

『わかったわ。それじゃ、精々堕とされないように』

 

「そっちもな。ブレイク!」

 

2人は分かれて、互いの目標に向かう。2人は知らないがオイゲンが向かっている相手は由比ヶ浜で、長嶺の方は三浦と海老名である。

オイゲンの方は終始オイゲンが圧倒していたが、ヤケクソで由比ヶ浜の放った04式空対空誘導弾、AAM4が命中しオイゲンは撃墜されてしまう。しかし撃墜される前に機銃でパイロットキルに成功しており、結果として相討ちとなった。

 

『アルファ3、ブラボー2、ロスト』

 

「エミリアもやれたのか!?こりゃまずいな」

 

現在の長嶺の状況は片割れに食い付いているが、一方でもう1機に背中を取られている状況で結構ピンチである。だが幸にして、長嶺は戦闘の知識は陸海空、全て理論の部分は履修済み。

ぶっつけ本番だが、マニューバを使えば何とかならなくはない。

 

「まずは背後のだな」

 

そう呟いた瞬間、ミサイルアラートが鳴った。タイミングがいい。このアラートを合図に、推力を下げて操縦桿を手前に引く。機体はその場で宙返りして、背後の機体はそのまま通り過ぎる。

所謂クルビットを決めて、今度は長嶺が背後を取る。

 

「FOX2!」

 

AAM4を放ち撃墜に成功する。

 

『ブラボー3、ロスト』

 

だが元々背後をとっていた残りの奴が、雲を利用して長嶺の背後に忍び寄り不意打ちのミサイル攻撃をしてきた。

 

「チッ。今度はアレだな」

 

一瞬見えた形状とシステムの判断では、誘導方式は赤外線誘導。ならば太陽を使って回避する。機体の針路を太陽に向けてフルスロットルで飛行し、着弾直前でエンジン推力を0にしてそのまま射線上から逃げる。

ミサイルは太陽を目標にしてしまっている為、そのまま真っ直ぐ飛んでいった。

 

「っしゃあ!ミハイ爺さん直伝の回避術だぜ!!」

 

喜んでいるのも束の間。この間に背後へ付かれてしまっていたが、そう何度も攻撃される訳にもいかない。今度はマニューバの中でも王道中の王道、コブラで背後を取りM61バルカン砲の20mm弾を浴びせる。

 

『ブラボー1、ロスト。勝者、アルファ・チーム!』

 

結果としてまたもや長嶺の一人勝ちとも言える戦績を残して、シュミレーター訓練が終わってしまった。一応長嶺の専門は海戦、陸戦、それから戦略面の筈なのに、何故エース級ファイターパイロット顔負けの挙動ができるんだよ.......。

そんなツッコミは置いておいて、シュミレーターから出ればオイゲン以外からは質問の嵐であった。そしてメビウス1からは「是非、空自に入って欲しい!」と言われた。メビウス1は桑田の中身が長嶺なのを知らないので、普通に「高校生のスーパー逸材」にしか思っていない。そしてそんな逸材がいれば、即勧誘に動くのは当然のことである。

4日目は射撃演習が行われた。ペイント弾やBB弾を使い、実戦さながらの訓練を体験した。でもって長嶺がやっぱり暴れたが、いつもよりはかなり手加減されていた。だが最早、神の領域に足を踏み入れた戦闘センスを持っている以上、どんなに落とし込んでもプロ顔負けになってしまう。当然他の生徒達から怪しまれたが例の「こういうのが趣味で、実銃も撃ったことある」というカバーストーリーでねじ伏せた。

 

 

 

5日目 講堂

『それではこれより、提督による戦史・戦闘講義を行います』

 

5日目の内容は、長嶺による戦史と戦闘講義である。これは戦争の歴史を武器や戦略の観点から、わかりやすく解説していい感じに現代戦を知ってもらおうという作戦から生まれた講座である。

 

『あー、初めまして総武高校の諸君。私がこの鎮守府の提督、長嶺雷蔵海軍元帥だ。最後の最後にこんな眠くなりそうな内容だが、まあ少しは面白くなるように努力するから適当に聞いて欲しい。最悪、眠くなったら寝てもいいから』

 

読者の皆も知っての通り「面白くなるように努力する」というのは、大体面白くない時のフラグである。こういう風にいう講演者に限って、クソつまらん上に役に立つこともない。

だが長嶺の場合は違った。普通に面白かったのである。

 

『さーて、それじゃ始めようか。じゃあまず、そこの君!』

 

そう言って指差したのは、目の前に座る雪ノ下である。あ、因みに講壇に立つ長嶺は本物で、今後ろにいる桑田は偽物である。

 

『戦争で必要になる物といえば武器なんだが、常に武器にはある法則があって新たに生まれてくる。それが何かわかるか?』

 

「い、いえ」

 

『まあ普通にシャバで生活してる一般人からすれば、気にすることもないだろう。武器というのは常に、何かに対抗する為に生まれる。

例えば———』

 

こんな感じで始まった講演は最初の方こそつまんなそうにしていたが、30分もすれば生徒達の心をしっかり掴んでいた。彼等にわかりやすいようにゲームやアニメで例えることによって、一気に理解を早めさせたのである。

その後約二時間ぶっ続けで語ったが、終始食い気味に聞いてくれた。この講座を持って職場見学が終わり、総武高校へと帰っていった。

 

 

 

その日の夜 執務室

「にしてもまぁ、こんな事もあるんだな.......」

 

そう呟く長嶺の視線の先には、今回の総武高校の生徒達をランク分けにした報告書があった。今回、その殆どを訓練の体験にしたのは比企ヶ谷の能力を推し量るためでもある。だがどうせなら他の生徒もどの程度の能力があるか気になったので、試しに能力をランク分けしてもらったのである。

 

比企ヶ谷八幡

射撃:S、飛行:A、格闘:B、諜報:S、ネット:S

 

三浦優美子

射撃:B、飛行:S、格闘:C、諜報:B、ネット:S

 

戸塚彩花

射撃:S、飛行:A、格闘:C、諜報:D、ネット:B

 

戸部翔

射撃:A、飛行:A、格闘:B、諜報:C、ネット:B

 

川崎沙希

射撃:B、飛行:C、格闘:S、諜報:E、ネット:A

 

材木座義輝

射撃:C、飛行:E、格闘:S、諜報:C、ネット:S

 

とまあこんな感じで、普通に霞桜の隊員としてやっていけるだろう能力を持った奴らがいたのである。

 

(こうなりゃ、コイツらもこっち側の世界に引き込むとしよう。こんな奴らを、社会に埋もれさせてやるものか)

 

そう言って1人、怪しい笑みを浮かべるのであった。

 

 



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第四十話川崎更生作戦

鎮守府見学より一ヶ月後 放課後 近所のカフェ

「で、一体今日は何の様かしら?」

 

「別に。偶には帰り道にカフェに寄ってお茶して帰っても、バチは当たらんだろってだけだ。それにお前、日本語はペラペラで文字も漢字、平仮名、片仮名全て標準レベルで理解してる癖して、国語はどちらも赤点ギリギリだろ?この機会に、少し教えてやろうと思ってな」

 

この日、オイゲンと長嶺の姿は総武高校近くのカフェにあった。テストを目前に控え、生徒達は勉強に勤しんでいる。それは表向きは長嶺も同じで休み時間は勉強しているフリはしているし、隙間時間に単語帳を見るようなフリもしている。まあ頭自体ハーバードの医学、工学、生物学を飛び級で卒業した上、院にまで進んだ天才。この程度のテスト、遊びに等しい。

だがオイゲンは違った。頭は可もなく不可もなくの中の上くらいなのだが、日本語に難があるのだ。日本語はペラペラだし、報告書の兼ね合いで標準レベルなら漢字も難なく使いこなせる。のだが、国語の文章題の様な物や古典全般は全くと言って良いほど出来ないのである。何せこれらは日本じゃないと習わないし、古典に至っては海外はおろか日常生活で使うことはない。精々ことわざや四字熟語程度であろう。

流石に赤点取って追試では色々まずいので、急遽勉強会をする事にしたのである。

 

「って、あれ比企ヶ谷じゃね?」

 

「あら、ホントね。しかも雪ノ下、ガハマちゃん、戸塚くんもいるわ」

 

「一体何やってんだ?」

 

比企ヶ谷達のいる席へ歩いて行くと、比企ヶ谷が気付いた。だが目を逸らした。勿論そんなのは無視して、比企ヶ谷達の方に向かう。話を聞くと比企ヶ谷以外で勉強会をしていた所、たまたま比企ヶ谷が来たという訳らしい。

 

「あ、お兄ちゃーん!」

 

「小町!ここで何してんの?」

 

「いやー、友達から相談受けてて」

 

出入り口の方を見ればアホ毛を生やしたセーラー服を着た女子と、その横に少しナヨナヨした感じの男子生徒が立っていた。

長峰は即座に脳内に記憶してあるデータと顔を照合して行くと、彼女が比企ヶ谷の家族関連の書類に写っていたのを思い出す。確か妹の比企ヶ谷小町の筈である。

 

 

「いやぁ、どうもー。比企ヶ谷小町です!兄がいつもお世話になっています!」

 

「初めまして。クラスメイトの戸塚彩花です」

 

「おっほぉー、可愛い人ですね。ねぇお兄ちゃん」

 

「ん?あぁ男だけどな」

 

小町は比企ヶ谷に「またまたご冗談を〜」とか言っているが、戸塚は男である。確かにこれだけ可愛ければ女に見えなくもないので、これが普通の反応だろう。

次は由比ヶ浜のターンらしい。

 

「初めまして!ヒッキーの友達の由比ヶ浜結衣です!」

 

「あぁー、どうもー!ん?んー?」

 

なんか今度はいきなり由比ヶ浜を凝視し始めた。この口調やさっきの戸塚への会話を見る限り、彼女は恐らく元気なグイグイ行くタイプなのだろう。こう言う反応はし難い筈である。だがそんな凝視は雪ノ下が話し始めた事で、雪ノ下に視線が移り終わった。

 

「初めまして、雪ノ下雪乃です。比企ヶ谷くんのクラスメイト、ではないし、友達でもないし、誠に遺憾ながら、知り合い?」

 

「何その遺憾の意と疑問系」

 

雪ノ下の対応に、やはり比企ヶ谷がツッコむ。雪ノ下よ、そこは「部活の仲間」とでも言えば良いだろうが。

 

「初めまして、ヒッキーくんのクラスメイトのエミリア・フォン・ヒッパーよ」

 

「すごっい美人ですね!髪の毛もサラサラで綺麗だし、瞳も珍しい色だし、スタイルも.......」

 

「フフ、ありがとう。でもそう言うあなたも、笑顔がとても素敵よ?」

 

こういう時のオイゲンのコミュ力は高い。普通にこういう返しが自然とできるので、結構有能である。因みに小町は照れているのか嬉しかったのか知らないが、なんとも言えない表情をしている。

 

「あー、夢の王国かどっかに旅立ち掛けてるとこ悪いが俺も自己紹介いいか?比企ヶ谷の友達の、桑田真也だ。まあ適当に頼むわ」

 

「.......カッコいい」

 

「え?」

 

「おい桑田。小町に手を出したら、容赦しないからな?」

 

「心配すんな、出さないから」

 

桑田の場合は自己紹介したら、何故か比企ヶ谷から睨まれました。

 

「あの、川崎大志っす。自分の姉が皆さんと同じ総武高の2年なんすけど、知りませんか?川崎沙希っていうんですけど」

 

「あ、川崎さんでしょ!ちょっと怖い系というか」

 

うん、由比ヶ浜。それ、弟の前で言うべきセリフじゃないよ?シスコン系なら、面倒なヤツだぞそれ。

 

「お前友達じゃないの?」

 

「まあ話したことくらいはあるけど。ってか、そう言うこと聞かないでよ。答え辛いし」

 

「でも川崎さんが誰かと話してる所とか、見たことないなぁ」

 

この場にいる誰もが、川崎が学校で誰かと話している姿は見たことがない。かく言う長嶺も性格を調べた結果、比企ヶ谷とは別ベクトルのボッチである事が分かりどういう風に接触しようか悩んでいた所であった。

 

「それでね、大志くんのお姉さんが「最近不良化した」って言うか、最近帰りが遅くて、どうしたら元のお姉さんに戻るかって相談受けてたんだよー」

 

「そうなったのは、いつ頃からかしら?」

 

「最近です。総武高行く位だから中学の頃は真面目だったし、優しかったっす」

 

「つまり、比企ヶ谷くんが同じクラスになってから変わったって事ね」

 

いきなり雪ノ下が比企ヶ谷を罵倒する方向に舵を切ってきた。比企ヶ谷も堪らずツッコむが、それを雪ノ下は「被害妄想が過ぎるんじゃないの?比企ヶ谷菌」とか言っている。

流石にこれは長嶺もオイゲンも余りにガキすぎる発言な上に、今この場で言うべき事じゃないのに言っている事にドン引きである。因みに比企ヶ谷は難しい顔をして、それ以降何も言わなかった。コイツはマジで八幡大菩薩だわ。

 

「でもさ、帰りが遅いって言っても何時位?私も結構遅いし」

 

「それが、5時過ぎとかなんですよ」

 

「寧ろ朝じゃねーか、それ」

 

「単純に考えるならバイトだけど、流石に5時は遅過ぎるわね」

 

オイゲンも流石に5時に帰ってくるのは予想外だったらしい。余談だが、オイゲンみたいな性格なら朝帰りとかしそうな気がするのは私だけだろうか?

 

「流石に朝の5時ってなると、夜遊びか、変なバイトか、はたまた別の理由か。分からんな」

 

「変なバイトって?」

 

本来ならこれで察して欲しかったのだが、普段は空気読むのに肝心な所では読まない由比ヶ浜が聞いてくる。

 

「言っちまえば違法なバイトだ。バイトと仮定した場合、朝帰りという事は勤務している時間帯は深夜。そして深夜というのは、大抵裏の世界は活動時間だ。キャバを始めとする水商売関連、違法な物品の売買等々。バレれば1発退学する様なヤベェバイトだ」

 

因みにパパ活や円光も言いかけたが、流石に飲み込んだ。

そしてそんな事を言っていたら、何故か雪ノ下が首を突っ込む事を決めたらしい。やっぱりコイツは、クール気取りの激情家らしい。

 

 

 

翌日 放課後 部室

「考えたのだけれど、一番良いのは誰かに強制されるより、川崎さんから問題を解決する事だと思うの」

 

「そりゃそうだろうな。で、具体的にどうする?」

 

「アニマルセラピー、って知ってる?」

 

そう言って雪ノ下の語った作戦は、中々に大胆な物であった。比企ヶ谷の飼っている猫を段ボール箱に入れて、校門の前に設置。動物と触れ合わせて、川崎自身の心優しい面を引き出す、と言う物らしい。しかも役割まで決めている辺り、結構ノリノリなご様子。

だが問題が発生した。

 

「姉ちゃん、猫アレルギーなんっすよ」

 

はい作戦ご破算〜。

 

「川崎は猫アレルギー、っと」

 

「盲点というか、これ作戦なのかしら?」

 

長嶺はメモをとり、オイゲンは1人気に突っ込んだ。

その翌日、今度は戸塚が作戦を考えた。曰く、両親以外の大人に相談してみたら良いんじゃなかろうか、という物らしい。そしてその大人が

 

「川崎」

 

平塚先生である。

 

「なんか用ですか?」

 

「最近、家に帰るのが遅いらしいな。どこで何してるんだ?」

 

「誰から聞いたんですか?」

 

「クライアントの秘密を明かす訳にはいかないな。それより質問に答えたまえ」

 

「別に良いじゃないですか。誰かに迷惑掛けた訳でもないし」

 

平塚は大人の余裕とでも言うべき雰囲気を纏いながら川崎に話しているが、川崎は全く気にせずに正面から反論している。どうやら大人自体がダメなのか、この作戦は逆効果らしい。

 

「この先掛かるかもしれないだろう。君は、高校生だ。ご両親の気持ちを考えた事はないのか?」

 

「ていうか先生、親の気持ちとかなった事ないから分からないでしょ?」

 

「え?」

 

「独身だし」

 

川崎、爆弾を投下しやがりました。平塚は余りのショックに膝から崩れ落ち、そのまま倒れてしまった。

 

「先生、あたしの将来より自分の将来心配した方がいいって。結婚とか」

 

「先生可哀想.......」

 

「完全に殺しにかかってるわね。しかもあの感じ、多分無自覚よ。末恐ろしいわね、あの川崎って娘」

 

「.......ヤケ酒コース、確定したなありゃ」

 

 

更に翌日。今度は由比ヶ浜の超メルヘンチックな作戦が開始されようとしていた。

 

「変わって悪くなっちゃったなら、もっかい変わっちゃえば今度は良くなる筈じゃん」

 

「で、どうしたら変えられるのかしら?」

 

「女の子が変わる理由なんで一つでしょ!恋とか.......」

 

そう言って彼氏役というか、口説き役になったのは葉山である。最初は長嶺にオファーが来たのだが、今はまだ接触したくないので適当な理由で断った。

その後ろでオイゲンの機嫌が悪くなったり、良くなったりしてたのは言うまでもない。

 

「お疲れ。眠そうだね、バイトか何か?あんまり根詰めない方がいいよ」

 

「お気遣いどうも」

 

「あのさ、そんなに強がらなくても良いんじゃないかな?」

 

そう言って「ザ・王子様スマイル」で微笑んだが、川崎の回答は「あ、そういうの要らないんで」だった。

まあ正直、葉山が連れてこられた時点で薄々勘づいていた。あの手のタイプは人間観察の目が一級品である事が多く、恐らく既に葉山の内面を見破っているのだろう。並の女性ならアレで落ちるだろうが、中身を知っていれば落ちる筈がない。

 

「葉山くんでもダメかー」

 

「猫アレルギーによってアニマルセラピーは不発。大人への相談はFrauが轟沈。王子様も同様、か。真也、何かないの?」

 

「とは言ってもなぁ。もうここまで来たら、実力行使しかないだろ」

 

そう言う長嶺に、全員がポカンとしていた。取り敢えず明日の放課後動ける様にしといて貰って、その日は解散となった。

 

 

 

翌朝 教室近くの廊下

「で、具体的にはどうするつもりなの指揮官?」

 

「なーに。ちょっとばかし、チート行為をしてやるだけさ」

 

長嶺の立てた作戦は様々な分野のエキスパートやプロフェッショナルの集団であり、秘密性の高い世界の裏を自由に動き回り戦闘から諜報まで幅広く対応できる霞桜のトップという力を使った荒技であった。

 

「初手はスリだな」

 

手始めに廊下で意図的にすれ違い、カバンの中にあるスマホを盗み取る。勿論相手に気づかれない様に。そして手早くデバイスを遠隔操作で操り、データや記録を盗み見たり、そのデータを追っていけるアプリをインストールする。

 

「あ、おい!」

 

「.......なに?」

 

「これ、お前のだろ?」

 

後は普通に「落としたよ」と言って、そのまま返す。そうすれば相手は怪しまないし、仮に怪しんでもシラを切り倒し、親切心を盾に色々ゴリ押しで押し通せる。

 

「あんがと」

 

「気をつけろよ〜」

 

そう言って別れて、すぐにオイゲンと合流する。

 

「で、どうするの?」

 

「後は楽ちん。アイツのスマホの中身は丸裸になったんだ。SNSの投稿、投稿した場所、通話記録、メールやチャットのログ、検索記録、保存記録etc。その全てから、今回の行動の理由や原因を炙り出してやる」

 

「あんた、意外とノリノリね」

 

そう。実は現在の長嶺、超ノリノリなのである。では何故、こんなにもノリノリで普段は使わない霞桜の能力も使っているのか。まあ楽しいからと言うのもあるが、一番の理由は彼女は長嶺の欲する人材だからである。あわよくば、このまま良好な関係を構築しておきたい。

 

「俺がこう言うの好きなのは知ってるだろ?そんじゃ、川崎さんのプライベートを覗きましょうかね」

 

常に持ち歩いている高性能ノートPC*1を開き、中身のデータを洗い出す。

 

(電話帳は.......。おっと、店長ってのがあるな)

 

電話番号をコピーして、それを江ノ島のサーバーに送る。江ノ島鎮守府、正確にはその地下にある霞桜の本部秘密基地のサーバールームには様々なデータが納められている。兵器関連の性能や軍備に関する情報は勿論、各国の国家機関の衛生回線や電話回線の使用記録、クレジットカードや仮想通貨の履歴、一般人のデータ等々。

基本ここに問い合わせたら、どんな情報でもすぐに手に入ってしまう。今回はそのデータから、この電話番号の携帯の持ち主を探し出す。

 

(名前は香川恭一郎、48歳。千葉県内に様々な系列店を出している『エンジェルス・カンパニー』の代表取締役。規模がデカいな。まずはエンジェルス・カンパニーとやらの系列店をピックアップして、ここから03:00時までやってる店以外を除外すると.......。あー、ダメだ。市内に8店舗もある)

 

流石にこれだけで絞れるほど、神様も優しくないのだろう。他の条件もつけて、更に絞り込みを掛ける。

 

(そうだなぁ。ならばコイツが川崎に電話を掛けた場所、掛けられた場所をマップに表示すると.......。うーん、それでも5店舗も残るか。もう少し絞りたいな。

ならコイツの一週間の行動記録を、マップに落とし込んでやると.......。おっとコイツ、足繁くこの2店舗に通ってるな。えーと本部事務所が併設されてる『メイドカフェえんじぇる』と、高級ホテルのROYAL OKURAの最上階にあるバー、『Angel Rudder天使の膝端』か)

 

「何かわかった?」

 

「一応目星はついた。かれこれ候補が23個もあったが、取り敢えず電話番号から得た情報で2店舗にまで絞れた。一応、検索履歴なんかも確認するが、恐らくこれ以上は無理だろうな。

ここまで来たら、直接乗り込むしかない」

 

「なら放課後に決行ね」

 

「あぁ。お前は雪ノ下に伝えてくれ。残りの連中には、こっちで伝えておく」

 

「わかったわ」

 

2人は別れて、伝達に向かう。その間に長嶺はグリムに連絡を取り、セーフハウス兼桑田真也が住んでいるマンションにホテルに向かう際の着替えを準備しておいて貰う。

この手の店はドレスコードがあるので、流石に私服ではいけない。制服で行こうものなら、生徒指導部の教師陣に目をつけられもする。かと言って裏口から侵入するのも、奉仕部連中がいる以上は無理である。だったらドレスコードを突破できる服を用意しておき、そのまま正面突破して仕舞えば良い。

ついでに、メイド喫茶に行くのなら専門家である材木座の力も欲しい。そこでF組に行く前に、材木座のいるC組に向かった。

 

 

「あー、材木座は居るかな?」

 

「あ、うん。居るよ。材木座くん、呼ばれてるよ」

 

「む、我に客人とな?誰ぞ誰ぞ」

 

安定の侍言葉を喋りながら、ドアの方へやって来た。

 

「よっ」

 

「貴様は桑田真也!して、このような時に何用だ?」

 

「お前さんに仕事を依頼したい。この仕事、成功すれば1人の女とその家族を救うだろう。だが失敗すれば1人の女は悲しみに暮れ、最悪その家族も涙を流すやもしれない。

このミッションが成功する鍵は、お前のその豊富な知識だ。協力、してくれるな?」

 

メチャメチャ誇張してる上に、まるで人の生き死に直結している様な物言いであるが、これこそ作戦である。

知っての通り、材木座は重度の厨二病罹患者である。こういう奴は、こういうシチュエーションが大好きである。頼み方は少し変えることによって相手のやる気を何倍にも上げる事も、逆に下げる事もできる。これを最大限利用し、奴のやる気を極限まで出す事に成功した。材木座の答えは勿論

 

「その仕事、確かに承った!」

 

YESである。更に追い討ちというか、やる気の炎に燃料を投下する。

 

「そうか。ならこれを受け取れ。今回の仕事の詳細、及びそれに付随するこれまでの記録やランデブー・ポイントの情報も書かれている。誰にも見られずに一読した後、処分してくれ」

 

この最後の一手間に、材木座は大興奮。ルンルンで席に戻り、またラノベを読み始めた。

尚、長嶺は内心では「詐欺られそうな奴だなアイツ」と思ったとか思わなかったとか。

 

 

 

放課後 メイドカフェえんじぇる

「とまあ調査で来てみた訳だが、完全に馴染んでんな俺ら」

 

「そうだなぁ。この萌え萌えウォーター、という名の水。意外とうまいぞ」

 

そう言いながら桑田は水を飲み、比企ヶ谷と材木座、それから一緒に依頼を受けていた戸塚はメニューを見ている。

女性陣はと言うと、奥でメイド服を着せて貰っている。

 

「お、お待たせしました。ご、ご主人様//」

 

そう言って一番に出て来たのは由比ヶ浜。黒いカチューシャと白いふわふわ系のシャツに、黒い腰に大きなリボンのあるスカートを装備している。

 

「わぁー!由比ヶ浜さん可愛いね!」

 

「フンっ!貴様はただのメイドコスだ!!魂が入っておらん!!!!我は寧ろ…」

 

そう言いながら戸塚を凝視し始める材木座。その内、なんか「フッフッフッ」とか言って笑い始めた。訳がわからん。

 

「もしかして、彩ちゃんのメイド服姿でも妄想してるのかしら?」

 

「なぬっ!?」

「え!?」

「!?」

「かわいい.......」

(あー、コイツ完全にノリノリだわ)

 

今度はオイゲンが出て来たのだが、その姿たるや言葉に出来ない程に可愛かった。元のビジュアルから美女なのだが、メイド服を着た事によって美女のベクトルが可愛らしさに変わり、とてつもない物に変貌していた。

まるでオイゲン専用に作られたかのようなメイド服で、色は鉄血カラーである赤と黒。下は黒のふわふわ系のスカートに赤いラインが入っていて、腕は赤いゆったりとした長袖だが方に黒のリボンが付いている。そして一番の特徴、というかオイゲン専用と思えるのが横乳である。知っての通りオイゲンの普段の服装は、横乳がガッツリ見える服である。このメイド服も横乳が解放されており、しっかり右胸の黒子も見える。

 

「ご主人様?お茶が入ったわよ」

 

「.......お前も何だかんだ言って、結構楽しんでるな」

 

「バレた?メイドは嫌だけど、服は着てみたかったのよ」

 

どうやら相当楽しんでるみたいである。因みにこんな服装なので奉仕部メンバーは勿論、周りの客もオイゲンに釘付けである。まあ当の本人の視界には長嶺しか映っていないが。

 

「?うわぁー!!ゆきのんヤバッ!めっちゃ似合ってる!!超キレイ〜」

 

最後に雪ノ下が出て来た。雪ノ下は全体的に黒いメイド服で、胸元やフリル、袖口が白のメイド服姿で出てきた。

 

「どうも。それより、ここには川崎さんは居ないみたいね。シフト表に名前が無かったわ」

 

「可笑しい」

 

そう言いながら、材木座は何かを考え始めた。何か引っ掛かる点があるのかと思ったが、何ともしょうもないことを考えていた。

 

「ツンツンした女の子が密かに働き、「ニャンニャン。お帰りなさいませ、ご主人様!って、何でアンタがここにいんのよ!」となるのは、最早宿命であろうが!!!!」

 

「いや意味わかんねーから」

 

(あっちゃー、完璧に人選ミスった)

 

どうやら材木座の厨二病のレベルを、過小評価していたらしい。まさかここまで酷いとは思わなかった。

二軒目、つまりROYAL OKURAに行く事になったのだが問題があった。

 

「あ、ごめん!今日これからテニスの練習があるんだった!!」

 

「むむ!?我も今日はアニメの再放送が!すまぬ、我もこれにてさらばだ!!」

 

これにより戸塚と材木座は離脱し、残るはいつもの奉仕部メンバーになったのだった。

 

 

 

一時間後 エミリア宅

「さあ、上がって」

 

メイドカフェを出た後、一行はマンションの立ち並ぶ高級住宅街に来ていた。その中でも一番高いマンションの最上階に、便宜上のエミリアの家がある。

間取りは4LDKで、生活感を出す為に定期的に物を入れ替えたりしている。

 

「エミリアちゃんは、ここに1人なの?」

 

「えぇ、そうよ。でも基本的に、真也の家に住んでるわ」

 

「え//////」

 

嘘はついていない。江ノ島鎮守府のトップは長嶺なので、長嶺の家とも言える。そしてそこに住んでいるので、嘘ではない。

 

「一応私達はパーティとかにも出席するし、色々と服は揃ってるわ。好きに選んでね」

 

「それじゃ比企ヶ谷はこっちな」

 

女性陣はオイゲンの自室で着替え、野郎はセーフハウスの機能を持つ部屋、つまり武器庫で着替える。

 

「なんか、物々しい部屋だな」

 

「ここは俺の趣味で使う道具を置かせて貰っているんだ」

 

「趣味?」

 

「俺さ、これでもサバゲーチームのリーダーやってるんだ。それも各国の特殊部隊員から、個人的にチーム戦を挑まれる位には強いチームだ。そんでもって、どうせなら状況や想定にあった武器を使いたいから、色々持ってるんだが部屋に置ききれなくてな。それで少しだけ、この部屋に置かせて貰ってるんだ」

 

勿論嘘である。一応カモフラージュでエアガンやモデルガンという体裁を取っているが、普通にラックにあるのは実銃である。というかこの家自体、至る所に武器を忍ばせてある。

因みに武器に関しては流石にオリジナルのは置けないので、ちょっと前に潰したIRの武器庫から奪った銃器を置いてある。グロック17、デザートイーグル、ベレッタM93R、UZI、MP5、HK416、P90、M249、IMIネゲヴ、イズマッシュ・サイガ12、ベネリ M4 スーペル90と言った物が並んでいる。

 

 

「サイズ大丈夫か?」

 

「問題ねーよ」

 

比企ヶ谷の服は黒のズボンに紫色のシャツ。そして白のジャケットという、中々にイカつい格好である。一方の長嶺は青のジャケットとズボンに、黒のシャツ、それから赤ワイン色のネクタイを装備している。

少しすると赤のパーティードレスを着た由比ヶ浜と黒のパーティードレスを着た雪ノ下、それからオイゲンは一番格好がエロいヴァイン・コーンブルメを着ている。

 

「それじゃ、行くとするか」

 

一行はエレベーターに乗り込み、最上階に入る。エレベーターを降りた場所がバーの中に繋がっているタイプで、ドアが開けば薄暗い室内が間接照明で照らされ、夜景とピアニストによる静かな音楽が流れる大人な世界が広がっていた。

 

「おいおい、マジかこれ」

 

「比企ヶ谷。キョロキョロするな。背筋張って、胸も張れ。常に堂々と、だが紳士的な振る舞いを忘れるな」

 

明らかに場慣れしておらず挙動不審な比企ヶ谷に、簡単な心構えを教える。こういう店は、常に店員も客を見ている。場の空気を著しく壊す客、例えばベロベロに酔っ払ったセクハラ親父とか、明らかに空気感にそぐわ無い服装の人間は排除される。

ならば如何に目立たず、堂々としてられるかがポイントだ。それを欠いては、色々不味い。

 

「あ、川崎いた」

 

カウンターに座ってみれば、目の前に探していた川崎がいた。まさかこうもあっさり見つかるとは思わず、結構拍子抜けである。

 

「申し訳ございません。何方様でしたでしょうか」

 

「同じクラスなのに顔を覚えられていないとは、流石比企ヶ谷くんね」

 

「雪ノ下に由比ヶ浜。それに転校生2人.......。じゃあ彼も総武高の人?」

 

どうやら同じクラスの同種であっても、比企ヶ谷の顔は覚えられていないらしい。コイツは常に光学迷彩でも起動しているのだろうか?

 

「で、何しに来たわけ?まさかデートって訳でもないんでしょ」

 

「まさかね。桑田くんなら分かるけど、横のコレを見て言うのなら冗談にしたって趣味が悪いわ」

 

またしてもボロクソに言われる比企ヶ谷。普通ならキレても可笑しくは無いのだが、それであっても「無闇に俺を巻き込むのやめてくんない?」で済ませている。正直、長嶺なら頭掴んで机に叩き付ける位はするだろう。

 

「.......お前の帰りが遅いって、弟が心配してたぞ」

 

「どうも最近周りが小煩いと思ったら、アンタ達のせいか。大志が何を言ったのか知らないけど、気にしないでいいから。もう関わんないで」

 

「シンデレラの魔法が解けるのは午前0時だけれど、あなたの魔法はここで解けてしまうわね」

 

いきなり意味深な発言をした雪ノ下に一瞬長嶺もコイツまで厨二か、と思ったがすぐに理解した。

 

「魔法が解けたなら、後はハッピーエンドが待ってるだけじゃないの?」

 

「それはどうかしら。人魚姫さん?あなたに待ち構えているのは、バッドエンドだと思うけれど」

 

「(真也、これどういう事?)」

 

「(脅しだ。本来なら深夜にバイトできないという、川崎にとっての弱点を使って力任せにゴリ押しで解決しようとしてる。まあ失敗するだろうから、適当に見てな)」

 

その間にも雪ノ下は「辞める気はないの?」とか聞いてるが、それで解決できるなら苦労はしない。

 

「あ、あのさ川崎さん。私もほら、お金ない時にバイトするけど歳誤魔化したりとかしてまで働かないし」

 

「別に。お金が必要なだけ。アンタらさ、偉そうな物言いだけど、私の代わりにお金用意できる?無理だよね。うちの親も無理なんだから」

 

「その辺りで辞めなさい。それ以上吠えるなら」

 

「ねぇ」

 

この辺りで長嶺は察した。この川崎という女、想像以上に人の本質を見抜いている事を。この後に続くのは今の口論相手である雪ノ下が、最も言われたくない弱点である事を。

 

「アンタの父親さ、県議会議員なんでしょ?そんな余裕のある奴に、私の苦労わかる筈ないじゃん」

 

この言葉が出た瞬間、雪ノ下の顔色が悪くなり見るからに動揺している。それを察したのか知らないが由比ヶ浜が「ゆきのんの家の事は今関係ない!」というトンチンカンなキレ方をした。その理論で行くなら、こちらが川崎家の事に首を突っ込む事も無理がある。

 

「お前達、ちょっと落ち着け。特に由比ヶ浜。お前、自分の言ってる事わかるか?」

 

「くわたんも川崎さんの方を持つの!?」

 

「いやいや肩を持つ持たないじゃなくて。お前の言った事、雪なんの家の事は今関係ない、だっけ?正にその通りだ。間違っちゃいない。だがな、それ言っちまったら俺達も川崎と大志の事、引いては川崎家の事情に首を突っ込む道理も消えるぜ?

それに雪ノ下。お前最初、川崎を脅してたろ?だがそれこそ俺達には関係ないだろ?例えば川崎が明らかな裏稼業、例えばヤクの密売なんかを仕事にしてるならこの限りじゃないだろう。だが今回はまあ、違法っちゃ違法なんだろうが、別にそんな俺達が首を突っ込む程の事でもない。お前は白黒はっきりしたい性格なのは分かるが、世の中正しさのみで生きていけたら楽だろうよ」

 

特に最後のは、長嶺が一番よく知っている。より良いものにする為に殺人を犯し、正常に戻していく。それこそが彼の生業であり、使命なのだから。

 

「あら、まるで違法でも良いと言ってるみたいね」

 

「そうだとも。生憎と、この世界は正しさだけで渡り歩ける程、単純じゃないのさ。時には何かを護るために、法や人の道に外れる事もやる。それこそが、この世の真理だ。

さて、話を戻そう。川崎、お前がバイトやってる理由を当ててやろう。お前、自分の学費の為にやってるんだろ?家族に迷惑掛けず、大学へ進学する為に」

 

川崎は何も言わないが、目が泳いでいる。図星なのだろう。

 

「大志くんは今年中三で、高校受験を控えている。塾にも行っているんだったな。中三の場合、塾代は大体年間13万程度。だがこれが大学受験となると、志望校で別れるとは言えど年間、公立は60万、私立は4、50万は掛かるとされる。

こんな額は流石に親も、いきなりポンとは出せんだろ。それにお前さんみたいなタイプは、そういうのを一人で抱え込むタイプだろうしな。さてさて、そんなあなたに面白い制度があるんだが知ってるか?」

 

「知ってたら、こんな事してるわけ無いじゃん」

 

「愚問だったな。スカラシップという制度が、塾によるが存在する。一定の成績であれば金額の一部、或いは全額が免除される制度だ。恐らく、お前さんの成績なら突破できる筈だ。

脅す訳じゃないが雪ノ下も言ってた通り、魔法はいつか解けちまう。それにこの事が学校にバレれば、まあ色々面倒だろうよ。俺にここ以上の賃金でありながら、深夜バイトにならない時間帯のバイトの伝手がある。そこで働いてみる気はないか?」

 

この提案、裏がある。今ここでバイトを紹介すれば、彼女にとっては大きな借りとなる。これを利用して近付き、タイミングを見計らってこちら側に引き摺り込む作戦である。

 

「.......アンタにメリットがないじゃん」

 

「あるさ。君みたいな美人に借りが作れる。借りはいつかきっちり返してもらうし、こういう貸しは作っておいて損はない」

 

長嶺こそ不適な笑みを浮かべちゃいるが美人と言われた川崎は顔を真っ赤にし、比企ヶ谷は呆れ顔、雪ノ下と由比ヶ浜は驚き顔で、オイゲンは般若というカオスな状況となった。

 

「その話、詳しく聞かせてよ////」

 

「いいぜ。だがまあ、明日とかにしようや。今日はそろそろ、お暇させて貰おう」

 

そう言いながらタッチ決済で、全員分の代金を支払い店から出て行く。その姿は同じ高校生ではなく、まるで沈着冷静なスパイ映画の主人公がミッションを終えた時の堂々とした歩みの様に見えたと、川崎とオイゲン以外の奉仕部メンバーが語ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
超ハッカーのグリムがソフトウェアを。銃器から飛行機まで何でも作れる最強の技術屋、レリックがハードウェアを担当して制作した物。この作品を見続けている読者諸氏ならお分かりの通り、高性能なんて言葉で収まる性能ではない。モニターを三つ搭載し、処理能力は数百万クラスのデスクトップPCと同等である。なのに大きさや重さは標準的なノートPCというチート性能。




いつも本作品を見てくださり、本当にありがとうございます。
実はですね現在私が二つの作品を同時に書いてる事から、二週間に一本投稿なのはご承知の通りなのですが、恐らく4月からは投稿ペースが更に落ちる可能性があります。
というのも今年は個人的にリアルが多分超忙しくなるので、これまでの執筆時間が取れない可能性があるのです。それでもなるべく二週間に一本を目標に書いていきますし、書ける時に書いてストックも作る予定ですが、もしかしたら急に事前告知なくペースがガクリと落ちる可能性もありますのでご了承ください。
本作品含め、どちらの作品も失踪するつもりは毛頭ありません。ですのでペースが落ちてしまっても、気長に待っていただけたら幸いです。今後とも楽しんで頂けるよう、変わらず書き続けるので次回もお楽しみに!


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第四十一話傷顔の商人

期末テスト終了の3日後の朝 教室前廊下

「おいおい、何だあの人だかり」

 

「さあ?」

 

長嶺とオイゲンはいつもの様に登校すると、教室近くの廊下に人だかりが出来ていた。壁の辺りに紙が見えるので、恐らく何かの掲示物なのだろう。

 

「あ!もしかして、期末の順位じゃない?」

 

「.......あー、そういや中間の時もテスト終わった2、3日後にトップ50を貼り出してたな」

 

「何してるの?見に行くわよ!」

 

「あ、ちょ!おい!」

 

オイゲンは順位表に向かって小走りで見に行くが、長嶺にとっては別に順位なんて何でもない。1位なのは目に見えている。というか総武高校には別に勉学の為になんて来てないので、赤点取って追試コースじゃなければそれで良いのである。

 

(これ、私載ってるのかしら?)

 

50位から順に見ていくと、38位に自分の名前があった。前回の中間では慣れてなかったのもあって150人中113位だったので。今回は超大躍進といえる。

そのまま視線を一位にずらしていくとトップ3が分かった。3位は葉山で*1900点満点中、884点。2位は雪ノ下で891点、1位は長嶺で900点である。

 

「あ、真也!あなたトップよ!!」

 

「そうか。そう言うお前さんは、一体何位だ?」

 

「さ、38位」

 

「前回に比べりゃ大躍進じゃん。おめでと」

 

そう言って、神谷はオイゲンの頭を撫でた。この行為は周りにいた他の生徒にも見られており「流石にそれは殴られるんじゃね?」とか「羨ましい」とか「リア充爆ぜろ!」とか思われていたらしいのだが、当のオイゲン、いやエミリアはと言うと

 

バカ///////」

 

何に対してのバカかはこの際置いておいて、この「バカ」の破壊力はえげつなかった。いつもは小悪魔的な笑顔を浮かべながら男を煽るタイプなのに、今見せている表情はそれとはかけ離れた物。顔を赤らめて、照れている純情な美少女である。

そのギャップと単純な顔と声の可愛さたるや、筆舌にし難い。尚言うまでもないのだが、その場にいた男子はオイゲンにイチコロであった。

 

「あ.......」

 

「この調子で順位をもっと上げるぞ」

 

頭から手が離れた瞬間、名残惜しそうな顔をしていたがそんな事気付く訳ない。というかバカ発言も、顔を赤らめている事も気付いてない。超絶鈍感朴念仁男なのだから仕方ない。

だがそんな2人を、柱の影から恨めしそうに見つめる男がいた。

 

(何でアイツがエミリアちゃんと居るんだ!!)

 

みんなの王子様こと、葉山くんである。コイツはオイゲンに恋しており、その恋心は最近になって段々と長嶺への憎悪にスライドし始めていた。

その事が後に、様々な厄介事に引き起こすのを今はまだ長嶺も、厄介事を引き起こす葉山も知る由はない。

 

ブーーー、ブーーー、ブーーー

 

長嶺はポケットに入れていたスマホのバイブが鳴っているのに気付き、スマホを開く。相手はグリムであり、その名前を見た瞬間「あー、出たくねー」と思わず思ってしまった。勿論、出ないといけないので嫌々ながら出る。

 

「はぁ。もしもーし。今回はどんな厄介事?」

 

『電話口では少し話せません。とにかく、鎮守府に至急ご帰還を』

 

「.......お前がそこまで言うのなら、ただ事では無さそうだな。すぐに帰還する」

 

グリムは戦闘こそ苦手だが、後方支援や指揮に関しては才能がある。なので戦闘民族もビックリな戦闘力を誇る霞桜であっても、副長をしているのだ。

そんな彼がこういう風に言ってくるというのは、それ即ち対応策を仰ぐ必要がある位のデカい厄介事という事である。

 

「エミリア、悪いが俺は早退する」

 

「何かあったのね?」

 

「あぁ。詳細は直接と言って来た辺り、余程の厄介事だろうよ。先公どもには適当に言っておいてくれ」

 

「わかったわ」

 

すぐに長嶺は荷物を纏めて、学校からこっそり出て行く。そのまま迎えの車に飛び乗って、ヘリポートに直行。ヘリに乗り換えて、鎮守府に帰還した。

 

 

 

30分後 江ノ島鎮守府 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

「ダイドー、報告を」

 

「はい。一時間程前に影谷大佐がお見えになったのですが」

 

ダイドーはそれ以上を何故か語らない。影谷は下関基地の司令であり、最寄りである呉の提督をしている風間を飛ばして来ているあたり、何かあったと思われる。

 

「お前に会って、どうしたんだ?」

 

「その、泣いてしまいまして.......」

 

「な、泣いた?」

 

「はい.......」

 

ダイドー曰く、着いて早々に泣きながら「長官に合わせてください」と言ったらしい。

取り敢えずで艦娘からは大和と榛名。KAN-SENからは愛宕、ブレマートン、リノ、ベルファスト、翔鶴、ザラ、ポーラ辺りが順番に話を聞きに行ったらしいが泣き止む事はなく、今は応接室に通して放置してる状態だと言う。

 

 

「失礼します。ご主人様がお見えになりました」

 

「あー、ダメですか。あ、総隊長!」

 

部屋に入るとマーリンの姿があった。曰く「同じ男ならどうだ?」となったらしく、試しにグリムとマーリンが話してみたらしい。だが、ダメだった。

 

「なんか聞き出せた?」

 

「ダメでした。後はお願いします」

 

「OK。でだ、影谷大佐?一体何を泣いているのかな?」

 

お目当ての長嶺が来た事で泣き止み始め、どうにか話をしてくれた。

 

「サラトガと.......アイオワを.......助け.......てく.......ださい」

 

「サラトガとアイオワ?それって、お前さん配下の艦娘だよな。何を助けりゃいい?」

 

「2人とも.......怖い男の人に拐われたんです.......」

 

それを聞いてマーリンと長嶺は互いに顔を見合わせた。すぐにダイドーにベアキブルを呼んでくるように頼んで、詳しい話を聞いてみる。

 

「昨日、地域の祭りの帰りにコンビニ寄ったら、2人とも顔に傷のある怖い男の人に拐われたんです.......」

 

話を纏めるとこう言う事だった。昨日、地域の祭りがあってゲストとして2人を従えて出席した。その帰りにコンビニ寄ってもらい影谷が車から降りて買い物をしていると、顔に傷のある男に2人が車から引き摺り下ろされて、バンに乗せられて走り去ってしまったらしい。

すぐに警察に話したそうだが、子供の悪戯と思われてマトモに取り合ってもらえなかったそうで、ならば自分でと鎮守府の艦娘を動員して探すも見つからず、途方に暮れて白鵬に相談した所「長嶺長官なら、どうにかしてくれるかもよ」と言われてやって来たという。

 

「親父、お呼びで?」

 

「来たな。早速だが影谷。コイツに件の男の容姿を出来るだけ詳しく、言ってくれないか?」

 

いきなり現れた怖い顔の人に、影谷はまた泣きそうになる。だが目の前の男、自分の上官であり多分いい人の長嶺が呼んだのだから悪い人ではないだろうと思って恐る恐る容姿を話した。

 

「えっと、顔の鼻のあたりと頬に傷があって、白髪混じりの黒髪で、筋肉が付いてました」

 

「坊主、それは間違いないな?」

 

「はい.......」

 

「また厄介な奴に目をつけられたな」

 

ベアキブルは溜め息を吐きながら、ソファに体を沈めた。すぐに長嶺に向き直り、説明を始めた。

 

「鼻と頬に傷のある筋骨隆々な初老の男。コイツは十中八九、傷顔の商人(スカートレーダー)と呼ばれる奴隷商です」

 

「そんな輩が居れば、既に我々が葬っていそうなんだが?」

 

「コイツの主要な活動圏は中国や東南アジアで、日本には基本的に来る事はありません。また依頼が無いと動かないプロですので、自分から動く事はまず無いので名は知られていないんです」

 

「そのタイプか。てことは、誰かが依頼したって事になるな。

国防、いや。対深海棲艦の要である艦娘、それも戦艦と空母を連れ去るとは俺達も舐められた物だなぁ」

 

そう言うと長嶺は何かを決めたのか、応接室を出て行く。去り際に影谷に向かって「後は任せろ」とだけ言うと、鎮守府の地下にある本部へと向かった。

 

 

「お帰りなさい、総隊長殿」

 

「あぁ。早速だがグリム、例の件の監視カメラ映像を追ってくれないか?」

 

そう言うとグリムはニヤリとしながらキーボードを叩き、目の前の画面に地図を表示させた。

 

「そう来ると思いまして、既に追い終えています。どうやら拉致後は高速に乗って九州に入り、福岡の糸島まで向かっていますね。そこからどうやら船に乗り換えて、朝鮮半島に渡った様です」

 

「朝鮮半島か。それはまた、隠れるのには最適な場所だな」

 

現在の朝鮮半島は無政府状態であり、完全なる世紀末状態である。未だに謎が多くハッキリした事がわかってないのだが、北朝鮮と韓国が同時に攻め込まれたとも、反乱が起きて要人が暗殺されたとも、示し合わせて両国の政府の要人が自殺したとも言われている。

真偽はわからないが、少なくとも両国の政府要人がほぼ同時刻に亡くなり軍や警察のトップが軒並み死に絶えた。そんな訳で現在の朝鮮半島は軍閥や小集団で細かく分かれた戦国時代の様な世界になってしまっている。こんな状況に他国は介入する事を諦めてしまい、あっちこっちで紛争が勃発しており無法地帯化してしまっており、今では犯罪者やテロリストの天国である。

 

「どうしますか?」

 

「中華民国に古い友人がいる。ソイツに頼んで、情報を貰うさ。あ、そうそう。この一件は、基本俺が1人で暴れさせて貰うからそのつもりで」

 

「最近暴れませんもんね。わかりましたよ。でも、無理はしないでくださいよ?」

 

「わかってる」

 

そう言うと長嶺は執務室に戻り、中華民国の古い友人に電話を掛ける。

 

『どちら様?』

 

「久しぶりだな、張さん」

 

『その声!お前まさか、煉獄か!?!?お前は、死んだんじゃ.......』

 

張はその声に聞き覚えがあった。数年前、香港革命を起こした時に一緒に戦った戦友。最後は人民解放軍を足止めし目線を引き付けて置くための囮として、要塞の攻略に行ったきり連絡が無かった戦友からの突然の電話に驚いた。

 

「一度死んださ。だがまあ、今は五体満足に生きている」

 

『そうか、よかった。本当によかった!それで、一体どうして電話をいきなり寄越したんだ?』

 

「俺は今、連合艦隊司令長官をしている。長嶺雷蔵が今の俺の名だ。その仕事の関連で、ちょっと問題が発生してな。傷顔の商人(スカートレーダー)という男を探している」

 

『相変わらず、訳の分からん人生を歩んでんだな。そうか、傷顔の商人(スカートレーダー)か。

奴の根城は確か、朝鮮半島の昔のチュンチョン市にあるって噂だ。あの辺りは、一応ウチの諜報部員が出入りしている。すぐに探らせよう』

 

「感謝する」

 

長嶺は今からそっちに行く事を伝え、羽田空港に走る。そのまま中華民国の首都、香港に向かう便の座席を確保して香港へ飛んだ。

 

 

 

数時間後 香港国際空港

这是一只長嶺(長嶺様ですね)他是张司令的使者(張総司令の使いの者です)我被捡了(お迎えに上がりました)

 

而已。见面并感谢(そうだ。出迎え、感謝する)

 

迎えに来たという、黒いスーツを着た男が車に案内する。車に乗るとそのまま、中華民国軍の総司令部に連れて行かれた。

 

 

「コチラデス」

 

総司令部に着くと、今度は少し日本語の怪しい女性が案内してくれた。エレベーターに乗り最上階へと上がり、廊下を進む。突き当たりにあった扉には『総司令官執務室』と中国語で書かれていた。

 

我带来了总司令長嶺克斯先生(総司令、長嶺様をお連れしました)

 

努力工作(ご苦労)

 

案内を終えると、女性は部屋から出て行き張と長嶺だけになる。

 

「久しぶりだな、我が戦友」

 

「あぁ、張のおっちゃん」

 

2人は久しぶりの再会に喜び合った。6、7年ぶりの再会であり、張は老けて長嶺は前より大きくなっていた。まるで親戚のおじさんと子供である。

 

「アイツらも元気か?冥府、烈風、極雷。久しぶりに会いたいよ」

 

「いや、アイツらは死んだ。皆、俺を庇って」

 

「.......一体、あの時なにがあったんだ?」

 

「要塞に向かった後、俺達は要塞の守備兵を殲滅した。その後きた応援部隊も、しっかり殲滅して役目を果たしていた。

だがタイムオーバーで、運悪く例の『死神』と遭遇。何とか逃げるも、試作戦車に出会っちまった。最初に極雷が能力を暴走させて自爆し、俺達3人はどうにかボートまで撤退。途中、更に『死神』に襲われて皆深手を負ったが、どうにか脱出には成功した。

だが特に傷の酷かった烈風は海に身を投げ、サメに襲われた時は冥府が身代わりとなった」

 

勘のいい読者諸氏ならわかるだろう。この脱出劇こそ、第一話にて長嶺が夢で見ていた物である。一体何故、長嶺達が中国にいたのか、死神とは何の事なのか。それはまだ、敢えて語らないでおこう。

 

「そんな事が.......。悪かったな、思い出させて」

 

「いいさ。お前にはアイツらの最期を知る権利がある」

 

「そう言って貰えると助かるよ。じゃあ、仕事の話をしようか」

 

今までの悲しみに満ちた声からは打って変わって、かつて共に戦っていた頃と同じ重厚感のある落ち着いた声に変わる。

 

「俺が帝国海軍の長官やってるのは言ってた通り何だが、ウチの部下の指揮官が自分の艦娘2人を例の傷顔の商人(スカートレーダー)に拐われたと相談を受けてな。俺の配下に元極道がいるから顔の特徴とかかを訊いてみたら、ソイツだと言われてな」

 

「煉獄。お前は傷顔の商人(スカートレーダー)が扱う"商品"っていうのが一体何か、知っているか?」

 

「プロの奴隷商みたいな奴って聞いているが?」

 

「その通りだ。なら奴隷の行き着く先は知っているか?」

 

「そりゃまあ、奴隷制の残ってる発展途上国か治安の悪い国か?」

 

意外かもしれないが、奴隷制自体は今も残っている国は実際にある。勿論先進国なんかは1900年代には基本ほぼ廃止されているが、中東や発展途上国には今も男尊女卑なんかの考えもあるので、残ってはいるのだという。

 

「勿論そっちに流すのもあるが、傷顔の商人(スカートレーダー)の市場は違う。奴の市場は、欧米だよ」

 

「あー、そっちのパターンか」

 

「あれ?驚かないのか?」

 

「俺は長官業もやってるが、その傍で日本に害を成すクズを殺す仕事もしている。そういうタイプは見慣れてるし、というか何ならアフリカのURと戦争中だし。

多分その欧米の顧客って、金持ち連中とか貴族とか裏の権力者とかだろ?女は子供含め性奴隷で、男はコロッセオみたく殺し合いさせたりとかの血を流させる要因って所か」

 

さも「これが常識だろ?」と言わんばかりにズバズバ言う辺り、本当に世界の闇を10代後半にして見まくってるのだろう。昔から闇に生きていたとは言えど、やはり若い子供が深い『深淵の闇』とも形容できるドロドロとした暗い世界に居るのを突きつけられるのは何とも言えない。

 

「その通りだ。だが問題なのは、この傷顔の商人(スカートレーダー)は既に引退していた点だ」

 

「引退?」

 

「かれこれ5年前の仕事を最後に、引退して隠居していた筈なんだ。しかもコイツは奴隷の商い、というよりは人攫いのプロだ。攫う手段、攫った者の輸送、攫った者の扱い方、事後処理に至るまで。その仕事は芸術とまで言われるほどに、とても鮮やかだと言う。

そんな奴のそれも引退した奴を動かしたとなると、余程の金を積まないと無理だ。実際、現役時代は相場の10倍の値段は積まないといけなかったって話だ」

 

長嶺は相場こそ知らないものの、少なくともその額はバカにならない事だけはわかった。となるとこんな事を頼める人間は大企業、国家機関、裏社会と言った大きな組織において、それなりの立ち位置にある大物と言う事である。

 

「それから電話で言っておいたヤツ。お前が来る少し前に情報が上がってな、それによると今夜辺りに何処かへと移動するらしい。どうする?」

 

「勿論乗り込んで、とっ捕まえて、拷問して、ゲロらせる」

 

「その容赦の無さっぷりも未だ健在、か。なら、久しぶりに私も暴れるとしよう」

 

そう言うと張は奥から腕、足、胴回りに甲冑を纏い、黒いコートを羽織って、手にはメリケンサック、腕にはナイフ、腰には拳銃、背中には青龍刀を装備した。

 

黒腕の張(こくわんのチャン)か。久しぶりに見た」

 

「まだまだ若いのに負けるつもりもないし、腕も落ちては無いぞ?」

 

「そうかい。なら俺も」

 

長嶺は持ってきていたキャリーケースを開き、いつもの戦闘服を着用する。全身に装甲を纏い、背中には持ち手が下に来る様に刀を装備し、左右の太腿には阿修羅HG、両腕にはグラップリングフック、腰にはジェットパック、そして顔には金色の狐をモチーフにした装甲面。

 

「それが今の装備か」

 

「あぁ。新・大日本帝国海軍、海上機動歩兵軍団『霞桜』総隊長。長嶺雷蔵、爆誕だ」

 

2人は飛行場までヘリコプターで向かい、そこからビジネスジェット機に乗り換えてチャンチョン市を目指す。

 

 

数時間後 チャンチョン市上空

『総司令!目標ポイントです!!』

 

「行くか!」

 

「おう」

 

2人は飛び降りてチャンチョン市の近くに着地する。着地したらパラシュートを片付けて、ローブを纏って市内に入る。

一応行政の書類上などでは「無人の廃都市」とされているが、実際は異なる。元はドラマ冬のソナタのロケ地として使われたり、タッカルビ発祥の地として、観光客で賑わう都市だった。だが今は綺麗な街並みは弾痕や焦げ跡が残り、落書きやら血で汚れた壁や塀。それだけならいいのだが

 

「なぁ、アレって首吊り死体?」

 

「この辺じゃコレが普通だ」

 

「なんか聖職者が見たら、発狂して死体が増えそうだな」

 

「心配すんな。ここは既に地獄の一丁目よ。聖職者にとっては、地獄は禁忌の地だ。来ることはない」

 

こんな冗談を言い合っているが、目の前の木には2、3人ばかし仏が首に縄を掛けられた状態で揺れている。それだけじゃない。通りを見れば包丁が刺さったままの死体、目玉が飛び出た死体、多分野犬か何かの動物に齧られたのだろう骨が見えてる死体等々。死体の見本市と化していた。

 

「よくこんだけ死体が散乱してても、伝染病が蔓延しないな」

 

「蔓延してるぞ。この辺りは長期間居れば、耐性がなけりゃ通りの死体に仲間入りだ」

 

「何ともまあ」

 

平然と歩いているが、常人なら吐きまくるだろうしトラウマ確定である。この2人は頭のネジが何本もすっ飛んでるので、この程度はなんとも思わない。

 

「この先は所謂、売春街だ」

 

「買いはしないが、嬢のランクは?」

 

「待ってな。5分おきには声をかけられる」

 

売春街を抜けるのに30分位掛かったが、声をかけられた人数は8人。1人目がBBA(7,80代)、2人目と4人目が40代のおばはん、3人目、5人目、8人目が20代の女、4人目が小学生位の女の子、7人目が男だった。

因みに総じてきつい臭いにガリガリだし髪ボサボサだし、極め付けは一目で重病と分かる性病を患っている模様。尚、顔は誰一人として可愛くなかった。スタイルは3人目と8人目は良い方ではある。

 

「ご感想は?」

 

「何か、色んな意味で悲しくなるわ」

 

「男が来たのは私も予想外だったな。ある意味レアだレア」

 

「そんなレアはいらねーよ」

 

そんな事を言っていると、不意に張が止まった。どうやらここが、目的地らしい。

 

「正面の家。アレが傷顔の商人(スカートレーダー)の拠点だ。そしてその周囲の家々は、傷顔の商人(スカートレーダー)の私兵達の拠点だ」

 

「ほう。なら、傷顔の商人(スカートレーダー)以外殺せば万事解決だな」

 

「その通りだ。やるぞ」

 

2人は武器を構えて、傷顔の商人(スカートレーダー)の家に向かって突撃する。近くに護衛と思われる銃を持った男がいたが

 

「イィィヤァァァ!!!!!!」

 

青龍刀に切り捨てられる。この奇声を聞いて、ゾロゾロと周りの家から護衛達が出てきた。

 

「ざっと30ってところか。正面は任せた」

 

「後ろ任せた」

 

互い背中合わせで最低限の言葉を交わすと、各々の定めた目標に肉薄し斬り捨てる。物の1分で殲滅し、部屋の隅でガタガタ震えている傷顔の商人(スカートレーダー)を見つけ出す。

 

「黒腕の張が何でここに!?!?」

 

「旧友の頼みで、貴様を捕まえにきた。さぁ、知ってる事を洗いざらい教えてもらうぞ」

 

「い、いやだ!行きたくない!!生きたい!!」

 

「そうかそうか。じゃあ、行こうか」

 

「いやGOじゃなくて、LIVEの方だって!!」

 

そんな事を言いつつも、傷顔の商人(スカートレーダー)は問答無用で迎えの車に叩き込まれる。

そのまま中華民国に連行し色々と身体に聞いてみた所、依頼者がアメリカ海軍のムッキンゼイ大佐という男であった事。既にアジアを離れ、ムッキンゼイが指揮する基地に連れて行かれている事がわかった。

 

「もう行くのか?」

 

「あぁ。ここに来たのは、あくまでも仕事の一環だからな。落とし前を付けに行ってくる」

 

「そうか。また今度、遊びにでも来なよ」

 

「時間があればな」

 

別れを惜しみつつも、長嶺は鎮守府へと帰還した。そしてその足で、アメリカの国防長官であるフライゼンハワーに電話を掛ける。

 

『フライゼンハワーだ。アドミラル長嶺、何かあったのか?』

 

「フライゼンハワー長官、単刀直入に言うぜ?ウチの部下の艦娘を攫う事件が、そっちのムッキンゼイ大佐主導で行われた。これは、一体どういう了見だ?」

 

『.......マジで言ってる?』

 

「マジだ、大マジだ。というかこんな下らない冗談を、態々公式の回線使ってやるわけが無いだろ」

 

フライゼンハワーは電話口で頭を抱えた。何せこのムッキンゼイ、上層部にゴマをする事しか考えていない奴な上に、人命を軽視した作戦で深海棲艦を撃退していたりする。

一応深海棲艦を撃退した指揮官なので勲章が胸に輝きはしているが、優秀な部下が捨て身で挙げた戦果であってムッキンゼイの戦果ではない。だが本人は、さも自分が有能であると言わんばかりに勲章を見せびらかしている。その結果、完全なる人事上のお荷物と化している男なのだ。

 

『そのムッキンゼイなんだが、本当にやったんだよな?艦娘の誘拐』

 

「した」

 

『アドミラル長嶺、いや。霞桜のGeneral captain(総隊長)が言うのなら怒り心頭なのだろう?コチラとしては、基地要員ごと殺して貰っても構わない』

 

「その言葉、二言はないな?」

 

『無いとも。ムッキンゼイが居るのは、太平洋孤島の軍事基地。チャップランドという場所だ。軍事施設以外存在しないから、暴れて貰って構わない。

というかその基地、人事上のお荷物&ゴミが行き着く先。懲罰部隊に近いからな。寧ろこっちとしては、経費削減代わりになって大助かりだ』

 

このチャップランド基地はアメリカ国家安全保障局、NSAが深海棲艦が攻め込んでくる際の侵攻ルートを分析した際に驚異度の一番高い海域に設立された、言わば出城である。

しかし出城の体裁を取っているが、実際の所は問題行動の多い軍人を放り込む為の流刑地兼ゴミ処理場である。アメリカの世論は深海棲艦への対抗のために、軍人や関係者が『勇者』という風になっちゃっている。お陰で深海棲艦が現れる前では確実にクビになる事も、少々は大目に見られる様になった。だが余りに不良軍人が増えてしまった為、他の軍人に影響を及ぼさせない為にチャップランドへと隔離されるのである。

しかも一応の名目である『深海棲艦侵攻時の出城』という目的すら達成される事はない。侵攻が確認されれば、すぐに補給線や通信ラインを遮断される。文字通り「死守」させるのである。

 

「それで?ムッキンゼイ以下、チャップランドの人員をそっちとしては殲滅して欲しいって所か?」

 

『ぶっちゃけるとな。こっちとしては経費削減にもなるし、軍の面汚し共を一掃できる。そっちは犯人にお灸を据える事ができて、事情を知り得た者には見せしめとなる。WIN-WINじゃないか?』

 

「.......なんか、乗せられてる気もしなくは無いがいいだろう。チャップランド基地は新型深海棲艦によって、殲滅される事になるな」

 

いいように利用されてる気もするが、長嶺的にはアイオワとサラトガを奪還してムッキンゼイをぶっ殺せればそれでいい。というか寧ろ、暴れられるのならそれに越した事はない。

 

 

 

翌朝 チャップランド基地 上空

「我が主、目的地のチャップランド基地だ」

 

「意外と小さい島なんだね。哨戒艇や輸送船が停泊できる港湾設備、まあまあ大きな航空基地、対空機関砲や大型の速射砲、ミサイルなんかは大量にあるみたいだね」

 

「まあ一応は出城って名目だし、それなりには装備があるんだろ。関係ないけど」

 

例え戦車が何百両いようと、空母が何十隻いようと長嶺にとっては有象無象の輩に過ぎない。その全てを殲滅してしまえる力を持っているのだ。

 

「さて、じゃあ暴れようか」

 

八咫烏から飛び降りて、そのまま真っ逆さまにチャップランド基地を目指す。着地直前に弾種をスモークにした大蛇GLを使って、煙幕を展開してから着地する。

不良兵士達はいきなり発生した煙を見て、武器を持って煙の周りを固めた。煙が晴れるとそこには、黒いSFじみたボディアーマーを装備した人間が立っていた。しかも武器を構えて。

 

「チャップランド基地の諸君。君たちに恨みはないが、死んでもらうぞ」

 

そう言った次の瞬間、長嶺は手近な兵士2人の首を斬り落とした。一瞬の出来事に兵士達は、ただただ呆然としている。

 

「どうした?来いよ」

 

「ファッッッッック!!!!!!!!!」

 

1人のデカい兵士がM249軽機関銃を連射し始める。それに釣られて、他の兵士達も自分の持つ銃のトリガーを引いた。

 

(単調な弾幕射撃。並の人間なら、蜂の巣となって肉塊に加工せしめるだろう。だが)

 

「その程度で俺を殺せるものか!!!!」

 

弾丸の雨を避けて、敢えて肉薄攻撃を仕掛ける。弾幕を張られたら、普通は遮蔽物に走るのがセオリーというか、そうしないと死んでしまう。接近なんて自殺行為である。

だが逆にそれは、つけ込む隙となる。遮蔽物に逃げ込もうとすれば位置的に相手に背中を見せる事になるし、何より相手も逃げると考える。しかし、接近してきたらどうだろう?相手は絶対にあり得ないと考えていた戦法を取られて、動揺してしまうのは間違いない。一瞬でも冷静さを欠けば最後、長嶺からは逃げられない。

 

「何故近づいていてくる!?」

「キチガイだ!!!」

「ビースト!ビーストだ!!!!」

 

「その程度か!!!!」

 

幻月と閻魔によって、周りにいた一個分隊程度の米兵達は一瞬で殺された。だが仲間の1人が、他の兵士が殺されている間に電話へと走った。

 

「こ、こちら第二格納庫!!正体不明の敵が侵入中!!!!国籍、所属不明!!!!一切検討も付かない!!増援をkゴブッ」

 

「はーい、花火の用意ありがとねー。だけどお前、もう用済み。死んでろ」

 

背後から心臓を一突きで刺し、電話中だったが絶命した。

だがこの兵士の報告は指令室に繋がっており、すぐに基地全体が緊急事態を報せる警報音が響く。兵士達は寝床から飛び降りて配置に付き、各所にお粗末な防御陣地を構築し出した。

 

「主様ー、機関砲や速射砲は全部潰したよ。次はどうする?」

 

「お前達は、あー適当に暴れてこい。兵舎とか燃料タンクや弾薬庫に火をつけるのもいいな。でもムッキンゼイは残せよ?」

 

「わかった!」

 

指示通り犬神は兵舎のある区画に向かい、八咫烏は燃料タンクなどのある資源保管区画に飛んだ。一方の長嶺は他の格納庫諸共爆破した後、指令室も兼ねている管制塔に向かった。

 

 

「急げ!会議室前に兵員を集結させ、そこで..............」

 

「よお?」

 

指揮官役をしていた少尉が周りにいた兵士達に命令を飛ばした時、既に部屋の外には鎌鼬SGと月華LMGを構えた長嶺が居た。

思いがけない敵との遭遇に浮き足立っていた兵士達だったが、何人かはライフルを向けてきた。

 

「いや遅」

 

だが構えて狙うまでの僅かな間に、長嶺は両手に持った銃のトリガーを引いた。

鎌鼬SGは「SG」とある様に、ショットガンである。しかし装填方式がポンプアクションやセミオートではなく、フルオート射撃可能なAA12に近い物である。また月華LMGも四つの銃身を持ち、5.56mmと7.62mmの二種類の弾丸が同時に発射される化け物機関銃。こんな装備の奴が狭い廊下に立っていれば、もう逃げ道なんて存在しない。ものの数秒で10人近い米兵が血祭りに上げられた。

 

「不良兵士って言うから、もうちょい強いのを期待してたんだけど。これじゃ興醒めだまったく」

 

そう愚痴りながらも右手に朧影SMG、左手に阿修羅HGを持って逃げ惑う兵士達を片っ端から掃除でもするかの様に殲滅していく。

窓の外を見れば兵舎が氷漬けになってたり、血塗れになってたり、中から弾け飛んでいる。反対方向にある大型燃料タンクを始めとする資源保管庫がある区画は、大爆発を起こしてから小規模の爆発を何度も起こし続け周りは火の海。でもってお約束なのだが、あちこちに兵士達の死体が転がっている。

 

「ん?ここが指令室か」

 

適当に階段を降ると、指令室があった。今度は薫風RLと大蛇に持ち替えて、指令室のドアを開ける。

 

「な!?」

 

「ハロー。&バイバイ」

 

ドアが開いたと思ったらロケットランチャーとグレネードランチャーを両手に持っているという、ランボーやコマンドーよりもエゲツない装備に度肝を抜かれて硬直してしまうオペレーター達。後はお察しの通り、中のコンピューターやら色んな謎の機械も一緒に吹き飛ばす。

 

「それじゃあ次は、基地司令の部屋にでも行こうか」

 

そのまま奥まで進むと、突き当たりに重厚な扉があった。感覚を研ぎ澄まして中の気配を感じ取れば、4人が中にいる事がわかった。2人が部屋の右側いて、残る2人がドアの真正面にいる。恐らくドアの真正面にいる奴は、何かしらの武器を構えているのだろう。部屋の右側にいるのは、睨んでいた通り艦娘と思われる。

 

「こういう時の平泉は楽でいい」

 

長嶺は左腕に装備してある平泉TSを体全体が覆える様に最大化させて、ドアを突き破って突入した。

 

「撃て!!」

 

ズダダダダダダダダダダダダダ!!!!

 

やはり2人の男がMG14zを連射してきた。平泉は12.7mmの対深海棲艦徹甲弾を防げるシールドなので、歩兵火器程度でどうこうできるほどヤワじゃない。

暫くすると弾切れなのか、銃声が止んだ。

 

「フハハハ!!誰かは知らぬが、私と2人の蜜月は邪魔させん!!!!」

 

「ムッキンゼイ司令の仰る通りです」

 

「その程度で俺を倒せると思っているとか、中々におめでたい連中だな」

 

銃撃で生まれた煙の中から長嶺が、平泉についたライトを灯しながら飛び出す。100万カンデラというスタングレネードと同等の光に目を眩ませて、身動きが取れなくなる2人。その隙をついて2人に盾を押し付けて、電撃を食らわして気絶させる事に成功した。

 

「アイオワとサラトガ、で間違いないな?」

 

「あ、あなたは?」

 

「新・大日本帝国海軍、連合艦隊司令長官の長嶺雷蔵だ」

 

そう言いながら、面を外して素顔を見せる。その顔を見て安心したのか、2人とも気を失った。取り敢えず2人を担いで、男2人を犬神に運ばせて外に出る。

外に出ると既に、迎えの戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』が到着していた。

 

「長官!!」

 

「おう影谷。アイオワとサラトガ、無事保護できたぞ。救助が着て安心したのか気を失ってはいるが、特段まだ何もされては無かったらしい」

 

「ありがとう.......ございます.......」

 

泣きながらそう言うと、アイオワとサラトガの顔を見に来た。ただ眠ってるだけなので、安心はしたらしい。というか見に来たタイミングで目を覚まし、地面に2人を下ろした。

 

「にしてもまぁ、またド派手に暴れて」

 

「なんだ、お前達も暴れたかったか?」

 

「そりゃそうですよ!バルクの兄貴も、この俺も、何方も暴れん坊ですぜ?暴れたかったに決まってんでしょ!!」

 

影谷の護衛でついて来ていたバルクとベアキブルがそう言って戯けていた。そんな事をしていると、例の男2人が目を覚ました。

 

「お前がムッキンゼイ、で間違いないな。片方は、副司令ってところか」

 

「貴様!私がアメリカ軍大佐と知っての狼藉か!?!?」

 

「私たちに手を出せば、合衆国が黙ってないぞ!!!!」

 

拘束されているので、身動きは取れない。だがそれでも減らず口を叩いており、流石の長嶺も機嫌が悪い。なので目の前のサンドバッグで憂さ晴らしする事にした。

2人の顔面に蹴りをぶち込んだりして。

 

「ピーピー、ピーピーうるせぇな。お前らこそ、仮にも他国の上位階級者に対してなんだ、その口の聞き方は?それに合衆国が黙ってない、だっけ。これは国防長官も同意の上で、行われている物だ。既に見限られてるんだよ、お前達は」

 

事実を突きつけられたのがショックだったのか、苦虫を潰した様な顔になった。だがその顔は、すぐに絶望に染まる事になる。

 

「影谷。お前、コイツらの始末をつけるか?」

 

「え?」

 

「護身用のコルト ディフェンダーを使うといい。一応ナニされる前だったとは言えど、コイツらのやった事もと やろうとしていた事は普通にアウトだ。お前が始末つけたところで、別に構いはしない」

 

「それは命令ですか?」

 

「いいや。ただどうせ殺すから、それなら復讐代わりに殺してもいいよ、ってだけ。別に断っても何かの評価を下げるわけでも無いし、ペナルティーを課すこともしない。

あくまでもお前の自由意志の元、影谷悠真として決断しろ」

 

少し考えると、一言「できません」とだけ答えた。まあこう言う回答になるとは思っていたので、長嶺も「そうか」と答えた。

だが別に影谷が断っても、殺される未来は変わらない。にも関わらず、ムッキンゼイと副司令は安堵の表情を浮かべていた。

 

「じゃあ、俺が遠慮なく殺すわ」

 

「「へ?」」

 

まずは副司令の口に鎌鼬の銃口を突っ込み、トリガーを引く。目の前で何の躊躇なく殺された副司令を見て、ムッキンゼイは走って逃げようと立ち上がった。

 

「ゴブッ!」

 

だが立ち上がった瞬間、長嶺の手が喉を貫通してムッキンゼイを絶命させた。

 

「俺の可愛い可愛い艦娘達を連れ去った挙句、大切な部下を泣かせたんだ。その罪、死を以って償え」

 

そのままムッキンゼイは力無く地面に倒れた。影谷はいつも優しくて、密かに憧れを抱いていた長嶺にショックを.......受けるかと思いきや、鮮やかな手際に寧ろ「カッコいい.......」と思ってしまっていた。

 

「さーて野郎共!アイオワとサラトガも助け出したし、ムッツリゼイも殺したんだ。こんなクソみたいな場所からは、早いとこおさらばして帰還するぞ!!」

 

「この基地はどうします?」

 

「そんなの、基地ごと吹き飛ばして消すに決まってんだろ?」

 

実は既に爆弾を仕掛けており、後は起爆するだけなのである。その証拠に長嶺の手には、起爆用のリモコンが握られている。

黒鮫に全員が乗り込むと、江ノ島に進路を取り始めた。ハッチは敢えて開けっ放しである。

 

「おい影谷!今回の事件の幕は、お前が引け。これは命令だ」

 

「幕を引け?どうればいいんですか?」

 

「このスイッチを押せば、あの基地は完全に消え去る。文字通り、事件の終焉の幕のスイッチだ」

 

「わかりました。押します!」

 

影谷はリモコンを受け取ると、すぐにスイッチを押した。小型核爆弾並みの威力を持つレリックを使った新型爆弾が起爆し、チャップランド基地は島ごと消え去りカバーストーリーの「深海棲艦の襲撃で消滅した」というニュースが世界を駆け巡った。こうして事件の幕は、影谷の手によって下ろされたのであった。

 

 

 

 

 

 

*1
教科は現国、古典、日本史か地理、数学2種類、英語2種類、保険、生物か化学の9教科




今回登場した新キャラの紹介
張 趙雲(ちゃん ちょううん)
年齢 54歳
階級 陸軍大将
役職 新・中華民国陸軍総司令長官
元は人民解放軍大佐だったが、中華民族解放戦線、通称CNLFと呼ばれる組織の一員でもあった。このCNLFが香港革命を引き起こした組織であり、張は革命時にCNLFの軍事指揮官として志が同じ軍人を集めて決起。その後の緒戦に於ける活躍から『黒腕の張』の異名を持つ。
張と長嶺はかつての戦友であり、長嶺は香港革命に於いて記録には残っていないが並々ならぬ貢献をしており、新・中華民国上層部もCNLF古参組出身の奴らは、結構長嶺の過去を知っている。

ドーベック・S・フライゼンハワー
年齢 62歳
役職 アメリカ国防長官
国防長官になる前はアメリカ海軍第7艦隊の司令で、初期の深海棲艦との海戦にも参戦している。軍神として東川と山本が崇めらているように、フライゼンハワーも英雄として尊敬されている。
アメリカの国防長官であるが、超がつく日本オタク。政治も親日的であり、今の深海棲艦を日本が独占する事を容認させる為に助力した。表向きは「日本にしか艦娘が無ければ、深海棲艦の攻撃目標は日本に向くからこっちは安心」というスタンスだが、その真意は日本には軍神の2人もいるし長嶺という最強戦力がいる事を知っていたので、世界の命運をコイツらに託して好き勝手やって貰った方が良いだろうという考えから。
そんな訳で張や東川程ではないが、長嶺の過去も知ってはいる。


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第四十二話江ノ島指輪物語

何だかんだで夏休みを目前に控えたある夏の日、とある2人の客人が執務室を訪れていた。1人は東川で何の問題もないのだが、もう2人は

 

「やあ雷蔵くん」

 

「お元気でしたか?Sir長嶺」

 

「よっ、ハーリングのおっちゃんにエリザベスのばあちゃん。よくもまあ、アメリカとイギリスのトップが一国の軍事基地来れたもんだなぁ」

 

現在のアメリカ大統領、ビンセント・ハーリング。そしてイギリスの女王、エリザベス・アレクサンドラ・メアリーである。何故ここに大統領がいるかと言うと…

 

 

 

一週間前 江ノ島鎮守府 執務室

「指揮官さま、お茶が入りましたよ」

 

「間宮のお菓子もあるわよ」

 

「うぃー」

 

この日、サディアの総旗艦(アンミラーリオ)であるヴィットリオ・ヴェネトと、ビッグ7に名を連ねる戦艦、陸奥(艦娘)が秘書艦だった。午後の執務も滞るどころか、想定よりも早く終わりティータイムが始まった。

 

『次のニュースです。アメリカのハーリング大統領、イギリスのエリザベス女王の来日を3日後に控えた今日、政府は記者会見を開き…』

 

「確かイギリスは、こちらのロイヤルに当る国家でしたよね?イギリスの女王は艦娘がしているのですか?」

 

「まさか。ちゃんとしたロイヤル・ファミリーの系譜を継ぐ、歴とした高貴な家系の家長だ」

 

「それにしても、アメリカ大統領まで来るなんて驚きね」

 

そう。今回はイギリスの女王とアメリカの大統領がダブル来日という、中々に珍しい事例なのである。別に皇族で冠婚葬祭があったとか、日本で何かしらのサミットが開かれる訳ではない。

普通に総理との会談が目的で、絶大な影響力を持つ国家のトップがやって来るのだ。

 

「別に良いさ。こっちに何かある訳でもないし、俺はちょっと2人に顔を出して終わりさ」

 

「まるで知り合いのように言いますね」

 

「ん?エリザベスの婆さんも、ハーリングのおっちゃんも知り合いだけど?」

 

「「.......はい?」」

 

元はヴェネトが突っ込んだのだが、余りに予想出来ない発言に2人共ハモっている。

 

「あれ、言ってなかったか?俺一応、ヴィクトリアクロスと名誉勲章を貰ってるんだ。まあ非公式だから記録には残ってないが」

 

「ヴィクトリアクロスと名誉勲章って確か.......」

 

「こちらでも同じなら、どちらもロイヤルとユニオンに於いて最高位の勲章の筈です.......」

 

2人共カップを持つ手が震えており、カップ内の紅茶も波が出来ている。

因みに他にも特装大十字ドイツ連邦共和国功労勲章(ドイツ)、カヴァリエーレ・ディ・グラン・クローチェ(イタリア)、レジオンドヌール勲章(フランス)と言った各国の最高位勲章、それも本来なら国家元首や自国民以外には授与されない勲章を貰っている。因みに大勲位菊花章頸飾(日本)は3つ、采玉大勲章(新・中華民国)は2つゲットしている。こちらも勿論、最高位の勲章である。

この特例はあくまでも、この授与が全て非公式(・・・)だったから出来たことであり記録上は存在しない。

 

「指揮官さま、一体何をなさったのですか?」

 

「あー、いつだったかな。まだ鎮守府に着任する前、クソ大臣の護衛で会議に出席した時何だが。まあ簡単に言うと、どう言う訳かテロリストと深海棲艦が同時に攻め込んできてな。

全部纏めて殲滅したら、なんか勲章ゲットした」

 

「何故かしら。提督が言うと、まるでそれが普通かのように聞こえるわ.......」

 

「陸奥さん、それ末期症状ですよ」

 

長嶺&その愉快な仲間達からしてみれば、全くもって普通の平常運転である。しかし普通の、極々普通の私含めた人間からしてみれば十分化け物なのである。だって通常兵器を使っても倒せるものの、単艦に数隻で集中砲火を浴びせて初めて撃退できる敵を、たったの1人で10人位殲滅したのだ。これがスタンダードでたまるか。

 

「あ、ハーリングのおっちゃんからだ。もしもーし」

 

「「!?!?」」

 

まるで友達からの電話に出るかのように、何の驚きもせずに長嶺は電話に出た。だかさっきも書いた通り、ハーリングとは現役アメリカ大統領。想像してみて欲しい。目の前の友達や知り合いが、いきなりバイデンさんと電話し始めるカオスを。

もう驚愕を超えた、よくわからん表情すると思う。今のヴェネトと陸奥がその顔である。

 

「おう。ふむ.......。えー、マジ?まあ別に良いけどさ、そっちはそれで良い訳?.......あ、そう。なら待ってるよ」

 

「て、提督?大統領からよね今の.......」

 

「うん。なんか、来日したタイミングで視察がてら遊びに来るって」

 

「そ、そんな軽く.......」

 

とまあこんな感じで来る事が決定し、この3日後に2人が来日。そして更に4日後、つまりヴェネトらとのティータイムの一週間後にやって来たのである。

 

 

「まずは、長嶺司令長官。私の知らぬ事だったとは言え、ムッキンゼイの事、謝罪を受け取って欲しい」

 

「別にいいよ。俺は俺の部下である司令と、その部下であり俺の可愛い可愛い艦娘を攫った奴に鉄槌を下しただけだ。こっちは捨て駒基地とは言えチャップランドを完全破壊しているし、まあ痛み分けでいいだろ?それに俺としても、アンタとは敵対したくない」

 

「そう言って貰えると、私としても救われるよ」

 

「失礼いたします」

 

ハーリングとチャップランドでの事で話していると、ベルファストがお茶と菓子を持って執務室に入ってきた。

配膳とお茶を淹れたのは彼女なのだが、エリザベスはその一挙手一投足を観察している。そして淹れてもらった紅茶を一口飲んだ瞬間、目の色が変わった。

 

「あなた、お名前は?」

 

「私はエディンバラ級軽巡洋艦の、ベルファストに御座います。女王陛下の給仕を担当でき、身に余る光栄に御座います」

 

「エディンバラ級のベルファストという事は、テムズ川に浮かぶあのベルファストなのね?」

 

「左様にございます」

 

自国の、それも現存している艦の魂とも言うべき艦娘(正確にはKAN-SENだけど)を見て、見るからに喜んでいるのが分かる。

 

「う〜ん。やはり、ベルファストの紅茶は格別だ。雷蔵、ベルファストをウチの艦t」

「編入でもさせたら、テメェの首と胴を斬り落とす」

 

「デスヨネー」

 

「ハハハ。やはり2人は仲が良い」

 

エリザベスはベルファストと談笑し、東川は長嶺に脅され、ハーリングはそれを見てにこやかに笑う。文章として書いてみるとカオスであるが、その空気はとても穏やかな物であった。

 

「あ、そうだ。エリザベスの婆さん。見せたい奴がいるんだが、呼んでも良いかい?」

 

「Sir長嶺のご紹介という事は、艦娘なのでしょう?是非お話ししたいわ」

 

「きっと会ったら驚くぜ?ベル、陛下を呼んできてくれ」

 

「畏まりました」

 

勿論、誰か分かるだろう。ロイヤルの旗艦であり、女王。そう、この方。

 

「私を呼んだかしら下僕!?」

 

勢いよく入ってきた金髪の小さな子。クイーン・エリザベスである。

 

「呼んだ。そして下僕呼びはやめろと何度言えば分かる」

 

「そんな事より、高貴な私を呼んだのよ?それ相応の用事なのでしょうね?」

 

「まあ、少なくとも面白いとは思うぞ?紹介しよう。アメリカ合衆国大統領、ビンセント・ハーリングと、イギリス連邦の盟主、エリザベス・アレクサンドラ・メアリー女王陛下だ」

 

「ハーリングです、女王陛下。お目にかかれて光栄だ」

「初めまして。イギリス連邦の女王、エリザベスよ。小さくも偉大な女王(クイーン)

 

2人にはベルファストにエリザベスを呼び行かせている間に、簡単に接し方をレクチャー済みである。特にハーリングには、「エリザベス女王に謁見する様に振る舞え」と言ってある。

 

「そう。貴女もクイーンなのね。何故かしら、初めて会ったのに昔から知り合いだったように感じるわ」

 

「あら、偶然ね。私も同じ思いよクイーン」

 

2人はまるで旧友と再会したかのような、何とも言えない懐かしい雰囲気を漂わせながら談笑している。その内盛り上がっているのか、笑いすら出て来ていた。その間にハーリングにはエンタープライズやワシントンの様なアメリカを代表する武勲艦達と話しており、こちらも時を超えて祖国を守った英雄達に逢えて喜んでいる様子。

一方で東川と長嶺は席を外し、東川がある物を手渡した。

 

「何だこれ。なんか、指輪が入ってそうだな」

 

「これは艦娘のステータスと練度の上限を解放する為の装備だ。お前もステータスと練度、まあ何方も俗称だがこれらの数値には各艦毎に決まっている。これはその上限を解放する装備なのだが、誰でも装備できるわけがない」

 

「指輪なら誰でも良いんじゃないか?」

 

「そう、そこなんだ。これはゲームなんかによくある強化の指輪ではなく、提督との強い絆を結ぶ事で初めて効力を発揮する。有り体に言えば、結婚指輪って事だ。

そのために好感度が100%でないと渡せない。そして練度とステータスも上限一杯まで強化されていないといけない。例えどちらかが少しでも欠けていたら、コイツは強化の指輪から唯の金属の輪っかに成り下がる。一応好感度を測る為のスカウター、それから指輪も大量に置いていく。これで艦隊の強化に努めてくれ」

 

そう言って指輪をダンボールごと渡してきた。どうやら人数分はあるみたいで、結構重い。

 

「まあ重さである程度の量は予測できているだろうが、この箱にはお前のとこの艦娘全員分の指輪が入っている」

 

「因みに何で、結婚指輪なんだ?いくら絆がいるとはいえど、結婚指輪にする必要はないだろう?」

 

「俺も詳しくは知らん。だが技術屋が言うには、指輪の方が都合が良いんだと。で結婚を付けているのは、艦娘には戸籍がないだろ?なら提督と結婚した方が良いじゃん。ってなったんだが、その既成事実を作るために今回の許可アイテムを使ったんだ。

まあ差し詰め、ケッコンカッコカリってとこだな」

 

「ケッコンカッコカリねぇ」

 

正直面倒臭そうなので今すぐ溶かしたい所だが、長嶺の脳裏にある疑問が浮かんだ。いや、アイディアと言った方が良いだろう。

 

(そういや、この技術ってKAN-SENにも適用できるんじゃね?)

 

長嶺指揮下の江ノ島艦隊は、艦娘よりもKAN-SENの方が圧倒的に多い。しかもKAN-SENには『スキル』と呼ばれる能力があるので、この能力を伸ばさない手はない。もしケッコンカッコカリとやらで強化できれば、それは更なる軍事力を手に入れることに繋がる。

 

「それじゃ、頼むぞ」

 

「へいへい」

 

その後ハーリング、エリザベス、東川は鎮守府を見学するとホテルへと帰っていったので、早速長嶺は自分の工作室に指輪を運んで色々調べてみる。

余談だが長嶺は鎮守府内に医療関連の検査や研究が可能な医療研究室、生体技術やウイルス関連の研究を行えるバイオ研究室、武器の整備から物質の解析まで出来る工作室の3つを持っている。勿論中には様々な最新鋭機材が揃っており、例え未知のウイルスを発見しても、ワクチンの開発から散布時のマシンまで制作できてしまう。

 

「そんじゃま、まずは素材構成を」

 

まあ数日間色々と弄り回して調べた結果、ちょっと改良すればKAN-SENにも適応可能である事がわかった。改良も量産もここで可能なので、早速準備に取り掛かる。

 

「これで良いな。後は待つだけだ」

 

 

 

翌日 執務室

「さーて、今日の予定h」

 

次の瞬間、執務室のドアが細切れになった。そして中に何故か凄い気迫のKAN-SENの愛宕、赤城、隼鷹、大鳳、鈴谷、ローン、オイゲン。そして艦娘の大和、鈴谷、金剛、比叡、榛名が現れた。

 

「何だ、また操られてるのか?」

 

「指揮官。結婚とはどう言うことかしら?」

 

「は?あー、アレか。順次する予定だけ」

 

次の瞬間、後ろの壁に数本の刀と式神が刺さり、ついでに各々の艤装まで構えて臨戦態勢を整えている。

 

「私達、重婚なんて許さないわよ?」

 

「重婚って、あれはタダの(ステタースアップの)指輪だろ?別に12個渡そうが24個渡そうが、別によくね?」

 

この一言にブチギレた艦娘&KAN-SEN連合。演習弾装備の上で、長嶺への攻撃を開始した。

 

「おいおいマジか」

 

すぐにガラスを割って下に飛び降り、逃亡を開始する。取り敢えずグリムに連絡するが

 

『あー、総隊長殿?なんか艦娘とKAN-SENが反乱起こしたんですけど』

 

「あー、やっぱり」

 

『なんか全員、見事に拘束されてます』

 

「えぇ!?!?」

 

こんな感じに、霞桜も制圧されてしまった。所謂、四面楚歌状態である。ならばどうするかって?どうせならこの、謎の鬼ごっこを最大限楽しむに決まっている。

江ノ島鎮守府が舞台であり、自分の体力や身体能力に自信があるからこその発想だ。てな訳で、本気で逃亡を開始する。

 

「まずは道具だな。食堂で缶詰めなんかを取らないと」

 

「Hay、テートク!死んでくだサーイ!!!!」

「気合い、入れて!殺します!!」

「榛名、全力で殺します!!」

「私の計算では多分司令は、ここで死ぬ」

 

艦娘の金剛型四姉妹から砲撃を浴びせられるが、そんなのダッシュで肉迫して避ける。

 

「はいはい、砲撃はいいから邪魔!」

 

金剛の股の間をスライディングで通過し、強引に突破する。金剛型四姉妹は予想外の動きについて行けず、誰一人として追加の攻撃は加えられなかった。

 

(一体何なの!!艦娘とKAN-SENが反乱って、いつかのドーランだかドラえもんだが忘れたが、最近静かなシリウス戦闘団の攻撃か?)

 

「提督よ。どうしたのだ、そんなに急いで」

 

角を曲がると、戦闘時は長嶺の右腕となる武蔵が立っていた。こっちは艤装を展開していないので、おそらく味方なのだろう。

 

「武蔵!いやー、なんか一部の艦娘とKAN-SENに追いかけられててな」

 

「そうか。では、気絶してくれ」

 

一気に踏み込んで長嶺の鳩尾に拳を叩き込もうとする。常人では早すぎて避ける事も出来ないし、拳をガードする事も受ける事もできないだろう。だが長嶺にとっては、遅かった。

ジャンプで屋根の上に登り、その上からノリノリでコメントする。

 

「殴る瞬間の殺気の量がわかりやすいんだよ!それじゃ大声で「今から殴りまーす」って、声高らかに宣言しているもんだぜ?」

 

「提督よ、貴様も漢だろう?下に降りて正々堂々、勝負しようではないか!」

 

「悪いな。そんな漢のプライドとか無いし、俺は敵には一切の容赦や加減する事なく、打てる手を全て打って戦う事を武士道と考えている。だから、このまま逃げる!」

 

幸いここは屋根の上。流石の武蔵とは言えど、屋根の上まで一息に飛び上がれる能力はない。となると今の所、屋根の上は安全地帯と言えるだろう。

現在長嶺の居るのは江ノ島の中だと北側に位置する。そして目指すべき食堂は中心部にあり、このまま屋根を伝って行けば近道となる。しかも屋根の上はさっきも言った通り安全地帯だし、地面から見れば屋根の上は基本的に死角にもなる。さらに普通は、屋根を伝うなんて考えないだろう。これを考えるのではなく、全て本能でやってしまってるのが長嶺の恐ろしい所である。

 

「我が主、無事か?」

 

「なんとかな。状況は?」

 

「既に鎮守府の主要区画は艦娘とKAN-SENに抑えられている。この反乱に参加しているのは、ここに所属するほぼ全員なのだが中には参加していない者もいる。だが反乱組と協力関係にはあるみたいだし、言ってしまえば『穏健派』というだけだ。

それにどうやらこの反乱、裏切る為にしているわけじゃないようだ。主を思うからこその、愛故の反乱だろう」

 

ここで足を止めてしまったのが不味かった。次の瞬間、長嶺の周囲に無数の矢が突き刺さった。数十本の矢が飛んできたのだが、その内一本も長嶺の身体は掠ってすらいない。

避けたわけではない。射った奴、いや。射った奴らの腕が良く、これを狙って成功させたのだ。

 

「こんな正確な狙撃を弓矢でしてくる連中は、この鎮守府にも少ない。艦娘の赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴と言った空母艦娘。そしてKAN-SENのエンタープライズとセントーだけだ」

 

「これだけ撃っておきながら、主には傷一つ負わせていない。やはり、我が主の艦隊の練度は高いのだな」

 

「こんな形で証明されたかねーよ。あ、そうだ。練度ついでに、この後の一手を教えてやる。矢で俺の動きを封じた次の一手は、近接武器を持った者達による襲撃だ。艦娘からは——-」

 

次の瞬間、目の前に槍が突き刺さった。紫色の刃を持つ、普通の槍とは明らかに違う形状の槍。そんな武器を持つ奴は、この世に1人しかいない。

 

「あらぁ、提督。こんな所で会うなんて、奇遇ですね〜」

 

「やっぱり天龍&龍田か。で後ろから来てるのは、KAN-SENの翔鶴と瑞鶴だな?バレてんぞ」

 

「バレちゃいましたか」

 

後ろなんて見ていないが、気配でわかってしまうのだ。翔鶴と瑞鶴は背後から長嶺を確保しようとしていたらしいが、足音と気配を消す位で確保できれば、これまで相対してきた敵達は苦労せず簡単に致命傷を負わせられていただろう。

 

「その程度で俺の背後を取れたのなら、俺はもうこの世には居ない。さーて。なんでこんなことになってるかは後から聞くとして、今はお前達とのお遊戯(・・・)を楽しみたいんだ。さあ、何処からでも掛かってくるがいい。あ、後これは返すぜ」

 

目の前に突き刺さったっていた槍を龍田の足元に突き刺さる様に投げて、持ち主に返す。さながら貴族が決闘で手袋をぶん投げるようだが、そんなお上品な物ではない。ルール無用、喧嘩上等の戦いである。

 

「どうした、来ないのか?ならこっちから行くぞ!!」

 

「「「「!?!?」」」」

 

最初に長嶺のターゲットとなったのは天龍。天龍は艦娘の中では近接戦で無類の強さを発揮するが、一つだけ弱点がある。

 

「オラオラオラオラ!!オラァ!!」

 

「ぐっ!?はや!!」

 

連撃に弱いのだ。天龍の戦闘スタイルは重い一撃必殺を確実に相手に叩き込む物で、一撃の攻撃力と精度は高い。だがそれ故に、連撃で攻められると中々攻撃に転じられなくなってしまう。

 

「お前今、連撃だけと思っただろ?」

 

「なに?」

 

「悪いが、こっちは端からデカいのを決めるつもりだ!!!!」

 

だが連撃はフェイク。長嶺だって得意とするのは、デカい一撃を相手に叩き込んで倒す方法だ。だがコイツの場合は連撃であっても、正確に素早く、でも普通に重い連撃を相手に叩き込めてしまうので恐ろしい。

天龍は重い一撃を完全に受けきれず吹き飛ばされる。

 

「あらあら、私を本気にさせるとは悪い子ね。死にたいの?うふふ.......」

 

そう言って槍を構えた龍田が突っ込んでくるが、

 

「はいはい、お前はあっち」

 

槍を掴んで、突っ込んできたエネルギーと遠心力を利用して翔鶴と瑞鶴の方にぶん投げる。

 

「危なっ!」

 

「もう!女の子は大事に扱わないと、嫌われちゃいますよ?」

 

「指揮官を大切に扱わない奴には言われたくないな。その言葉、そっくりそのまんま返す」

 

「え.......」

 

何故か翔鶴が膝から崩れ落ち、顔には絶望の色が浮かんでいる。まるで好きだった片想いの相手が、別の女と歩いている姿を見てしまったような顔である。

 

「指揮官.......グスッ。嫌いにならないでぇ!」

 

「は!?え!?いや、何で泣いてんの!?」

 

でもって瑞鶴は泣き出す。天龍と龍田に関しては、完全にノビていて理由は聞けないし、周りにそれ以外の艦娘かKAN-SENもいない。全く状況が読めず、収集もつきそうにない。

 

「我が主、戦艦達がこちらを狙い始めている。今の内に撤退すべきだ」

 

「あーもー!!フォローは後からするとして、今は逃げる!!三十六計逃げるに如かずだ!」

 

流石の超絶鈍感朴念仁男であっても、目の前で女の子に泣かれては気になる。(というよりは、その域にいかないと気にならないのだが)だが今はこの反乱を止めるのが最優先であり、フォローは後回し。

と思っていたのだが

 

 

「やっほー、提督」

 

「提督、速やかに死んでください」

 

「うん。取り敢えずさ、そのセリフの温度差をどうにかしようか」

 

今度は北上と大井と出会った。北上は比較的フレンドリーだが、相方の大井は殺気を撒き散らしている。

 

「いやー、提督も罪な男だよねー。だからさ、死んで?」

 

「あ、そっちに合わせるのね」

 

「そんじゃ陸上雷撃戦、決めるよ大井っち!!」

 

「はい!!」

 

なんと2人は足につけている魚雷を発射し、そのまま空中で魚雷を蹴って長嶺に当てにきたのだ。

まあ一本目を掴んで、そのまま野球のバットの様に振り回して迎撃しましたけどね。

 

「魚雷は海で撃ちなさいよ」

 

「気にするとこ、他にあるでしょ?」

 

「別に魚雷が地上で使われても、別に驚きはしない」

 

「頭大丈夫ですか?」

 

なんか色々ボロクソに言われつつ、また陸上雷撃してきた。勿論野球のバットの様に一本目を掴んで、今度は一回だけフルスイングで全部破壊する。

 

「はい、いっちょ上がり。じゃ、あまり遊び過ぎんなよ」

 

魚雷投られたお返しに、長嶺はスモークグレネードとスタングレネードをぶん投げる。

 

「あ、逃げるな!!」

 

「逃げるな言われて止まるバカはいねーよ!」

 

そのまま逃げていると、今度はKAN-SENの天城と出会った。これまでのパターンで行くと、攻撃されるヤツだろう。

 

「指揮官様.......」

 

「天城か」

 

流石にそろそろ戦闘にも飽きてきたので、すぐに格闘戦に移れる様に拳を前に出して構える。

 

「指揮官様。指揮官様は、今の状況を理解しておいでですか?」

 

「あぁ。どういう訳か艦娘とKAN-SENが反乱を起こし、鎮守府の至る所で俺を探している。そうだろ?」

 

「仰る通りです。では何故、この様なことになっているかはご存知ですか?」

 

「ご存知ないです」

 

天城は溜息を吐くと、今回の反乱の真実を話してくれた。だがその反乱理由は、何とも怒りにくい物であった。

 

「今この鎮守府には、指揮官様が重婚するとの噂で持ちきりです。そしてそれは広まっていく内に変化し続けてしまい、今では「指揮官が私達を見捨て、一般人女生と重婚する。そして軍人を辞めて、何処かで隠居する」と、この様な物になってしまっています。

この話を聞いた皆は、指揮官様に軍人を続けてもらうべく反乱を起こしたのです」

 

「.......マジかい。てことは何、みんな俺の事が好きとか?」

 

「この反乱が答えかと」

 

流石の超絶鈍感朴念仁男である長嶺であっても、流石に気付いてしまった。普通に考えて結婚するウワサだけで反乱を起こすとか、まあまずありえない。余程好かれていなければ、そんな事はないだろう。

 

「あー、天城?一つだけ、頼みがあるんだけど」

 

「何でしょう?」

 

「今の俺はとてつもなく忙しい。一応高校に在学しているし、高校の中で諜報活動も行なっている。だからせめて、この任務が終わるまでは俺が好意に気付いた事は黙っていてくれないか?」

 

「ではこの反乱は、一体どう鎮めるのですか?」

 

「まあ、やりようはあるさ」

 

長嶺は食堂ではなく、放送室へ走った。道中も屋根やダクトを使用して放送室に向かったのだが、よく見れば普段は比較的冷静な判断のできるロイヤル陣営も血眼になって探している辺り、長嶺の立てた仮説は真実なのだろう。

だが放送室の前には、ユニオン勢が待ち構えていた。

 

「指揮官。悪いが、アタシ達と来てもらうぜ?」

 

「指揮官くん?おいたをする子は、お姉さんがメッ、しちゃうわよ?」

 

「あはは。ちょっと2人は過激だけど、私も同じ想いかな。ねぇ指揮官。悪い事は言わないからさ、私達に大人しく捕まってくれないかな?」

 

待ち構えていたのはワシントン、セントルイス、ブレマートンとユニオン勢の中でも比較的強い部類に入るKAN-SEN達である。

 

「悪いなお前ら。俺は交渉をしに来たわけでも、まして捕まる為に来たわけでもない。その奥の部屋に用があるから来てんだ。それに、お前達如きが俺に勝てるとでも?」

 

「やってみなくちゃ分からないだろ?」

 

「ワシントンらしい答えだ。だがまあ、正直暴れるのは疲れてな。というか飽きた。だから俺ではなく、相棒にカタを付けて貰うさ。犬神!」

 

「3人とも、ごめんね。ワォォォォォォン!!!!」

 

背後から近付いていた犬神の妖術により、3人の動きを完全に封じる。

犬神の妖術は実を言うと、こういう『操り』の類いが得意である。氷や水などの妖術を使って攻撃はしているが、それはあくまで犬神が妖怪としての能力が最上位に位置する最強の部類だからできる力技にすぎない。曰く妖術自体は妖怪ごとの属性とでも言うべき、才能の様な物があって、それがあれば各妖怪は一種類は確実に使える。だがその能力は個体の能力の優劣によって左右されてしまい、ピンからキリまである。稀に複数の才能を持った者もいるが、中途半端に全部使うと弱すぎて使い物にならないらしい。

だが犬神は能力値が高すぎて、最も得意とする操り系の妖術が神レベルに達しており、劣化する筈の水系の妖術も最強の部類なのだと言う。

 

「か、身体が.......」

 

「動かない.......」

 

「なんかまるで、乗っ取られたみたい.......」

 

「おっ、セントルイス。いい勘してるな。今犬神が使った妖術は、本来は完全に対象の意識を操る術だ。だが極めると、こんな風に身体の自由のみを奪うこともできるんだ」

 

因みにこの応用技を編み出したのは、犬神ではなく長嶺である。元は完全に意識を奪って、単なる操り人形にする事しか出来なかった。だが長嶺が「これワンチャン極めれば、応用効くんじゃね?」と思い付き、色々試して訓練させた結果、深層意識内に犬神の意識を介在させて本来の人格を残したまま意のままに操れる技、記憶の閲覧や改竄ができてしまう技、意図的に能力を覚醒させてしまう技、今の様に運動能力にのみ意識を潜り込ませて拘束してしまう技などを編み出してしまった。

今では操る範囲が脳全体になってしまい、元の能力が余りにも原型を留めていない。

 

「主様の頭脳って、ホント天才だよねー」

 

「伊達に総隊長はやってない。さーて、さっさと誤解を解きましょうかね。取り敢えず、そのまま拘束させておいて」

 

「はーい」

 

無力化したし、仮に強い精神で犬神の意識を払っても長嶺の敵ではない。そんな訳で堂々と、ど真ん中を余裕の歩き方で放送室へと向かう。放送室の鍵は忘れたので、艦娘の力を少し解放してパンチでドアを吹き飛ばし中に入る。

 

「えーと、まずは電源入れて、放送先を全島に変えて、ボリューム上げて…」

 

あんまり覚えていない作動手順を頭から絞り出しつつ、色々コンソールを操作する。因みに主は放送部の部長をしてたりする。(特に活動も仕事も無かったし、他の部員も居たけど来る事なくて実質1人でやってたんだけどなグスン)

 

『現在の反乱中の艦娘、KAN-SENに告げる。30分以内に、講堂に集合せよ。さもなくば全員を反乱分子と認識し、貴様らを殲滅した後、責任を取って腹を切る』

 

この放送に艦娘とKAN-SENは震え上がった。震え上がったのは、殺される事ではない。愛している提督、もしくは指揮官が腹を切ると言った事にだ。

何せ長嶺雷蔵という男は、やると決めたら何が何でも実行する男である。どんなに困難な事であっても、何があっても、一度決めたら地獄の底のさらに下だろうが宇宙の果てだろうが、必要とあらば何処までも走り続ける奴だ。そんな奴が今、自殺すると言ったのだ。運が良ければあの世で会えるのかもしれないが、そんな事は彼女達は望んじゃいない。彼女達の願いは長嶺の重婚を阻止(勘違いだけど)し、あわよくば自分達と重婚させて長嶺のハーレムを作り上げる事なのだから。

※ただし後者は、一部の奴のみの計画である。ヤベンジャーズとか、提督LOVE勢の皆さんとか。

 

 

 

30分後 大講堂

「集まった様だな。さてお前達…」

 

どう聞いても怒っている声に、彼女達は震え上がる。何せ想い人である男性から、明らかな敵意と怒りをぶつけられているのだ。しかもその男は今いる全員が束になって掛かっても、確実に返り討ちにされる力を持つ最強の存在。今からどうなるのか、心配でたまらない。

というか大半が解体処分(艦娘、KAN-SENに取っては死を意味する。解体に処されるのは余程のダメージを負って修復できないと判断された場合、若しくは余程の罪を犯した場合のみである)によって、死ぬことを覚悟していた。

 

「マジで楽しかったぞ!」

 

全員が驚愕した。

 

「いやー、ここ最近身体が鈍っててな。どっかで良い感じに深海棲艦が攻めて来ないかなーとか、URとかシリウス戦闘団が戦争しに来ないかなーとか考えてた訳よ。

そしたらお前達が何でか知らんが、なんか暇潰しがわり(・・・・・・)に反乱してくれた。いやー、久しぶりに暴れたわ。楽しかったよ、マジで」

 

未だに全員がフリーズし、意識が全くない。かろうじて呼吸等の生命維持をしているだけで、脳が全く追い付いていなかった。

 

「因みにさ、お前達が反乱した理由な。これが全く分かんないから、それを教えて欲しいんだが。って、あれ?おーい、みんなー?」

 

シーーーーーーーーーーーン

 

「.......あ、深海棲艦」

 

全員が艤装を展開した。お陰で講堂中に重苦しい金属音と、モーターの可動音が響いて一気にうるさくなる。

 

「お帰り。でさ、何で反乱起こしたの?」

 

もう一度全員が黙ってしまう。だが大和が重い口を開いて、理由を説明しだした。

 

「私達は提督が重婚し、この鎮守府を去ると聞いたので、それを止める為に反乱を.......。お願いです!私はどうなっても構いませんから、どうか他の皆さんは見逃してください!!」

 

「待つネ大和。テートク、私も同罪デース。どうか私も、裁いてくだサイ!!」

 

金剛が大和を庇ったのを皮切りに、他の艦娘とKAN-SENも「自分も裁け」や「自分が首謀者」と言い始めた。

 

「あー、なんで裁かにゃいかんの?俺言ったじゃん、楽しかったって」

 

さっきまで庇い合い合戦で騒がしかったのが、やはりまたピタリと静かになった。

 

「だってさ今回の反乱での被害だけど、ちょっとドアやら壁やら屋根やらが壊れただけ。それ以外は死亡者は勿論、大きな怪我は無かっただろ?なら別によくね?

この程度の被害なら後から適当に「深海棲艦の爆撃に合いました」とか何とか言って、どうとでも揉み消せるし。というか何なら、少し俺も鎮守府破壊してるからな。

それからお前達の言っていた重婚は、本当の事だ。お前達が何と言おうと実行する。で肝心の相手なんだが、それはお前達だぞ?」

 

ここで一気にザワついた。本来なら黙らせるべきなんだろうが、今回ばかりは大目に見て東川から聞かされた話をそのまま語る。

 

「この重婚なんだが、別に本当に結婚する訳じゃない。お前達に今度渡す指輪は、お前達の能力を上げる為のアイテムだ。開発の段階で指輪型にするのが一番効率的な形状であることが発覚し、これに防衛省が目をつけた。

この戦争が終わった時、お前達が安心して暮らせる様に「結婚」という形で戸籍を無理矢理作り出す。こうする事によってお前達の社会へ出て行く上での地盤を作るべく、この結婚制度が作られたらしい。因みに『ケッコンカッコカリ』という制度名だ。

元は艦娘にしか適用できなかったんだが、俺が解析したところKAN-SEN用にも転用できる事がわかった。ついでに各部を色々弄くり回して、ちょっとばかし強化したのを現在量産中だ。

だがこのケッコンカッコカリには、艦娘とKAN-SENに特定の条件がいる。この条件が満たされて、指輪も量産できたら随時ケッコンカッコカリを全員して貰う。俺が言った重婚とはこの事で、ここを去ることも今の所そんな予定は無いから安心しろ」

 

そう言うと歓声が上がった。だが今度は今回の処罰に関する話が出始め、大和が質問してこようとした。それを察して、言う前に彼女達に取っては最高の罰が長嶺より言い渡された。

 

「念の為言っておくが、今回の罰としてケッコンカッコカリはお前達に拒否権はない。必ずして貰う。勿論戦争が終われば、その限りじゃ無いがな。その辺は上もまだ決めてないから何とも言えんが、その辺りはまあ、お前達の自由意志に任せる」

 

この一言はつまり、そのまんま結婚しても良いと言う事である。日本では重婚が不可能だという声が聞こえるが、法律上彼女達は人ではない。艦娘は書類や法律上では海軍の保有する艦艇、つまり『物』である。KAN-SENに関しては存在が認知されていないが、仮に認知されても性質上は艦娘と同様の扱いとなるだろう。

その為に戸籍という物がなく、ケッコンカッコカリ制度で無理矢理作ろうとしている。つまり『戸籍がない為婚姻届は出せず法的な結婚はできないが、いわゆる事実婚や内縁状態は可能』という事である。そして今の発言はそれを長嶺が容認した(・・・・・・・)という事になる。それに気付いた一部の艦娘とKAN-SENは喜んだ。

だが一方で、あるKAN-SENは一つの計画を練り始めていた。

 

(甘いわね。ハーレムの場合、『正妻』というのがあるのよ。そのポジションに、絶対なってやる)

 

オイゲンである。今回の一件でヤベンジャーズからの睨みや締め付けは、必ず緩くなる。何せ結婚を容認する様な発言が出たのだから、これを利用し始めるのは分かりきっている。

だがオイゲンの場合、長い時間を共にできるというアドバンテージがある。これを利用する手はない。

 

「必ず、モノにしてやるわ.......」

 

だが彼女はまだ知らない。この後の奉仕部は更なるカオスへと突き進み、高校生のガキの浅知恵と大人の浅知恵が渦巻く面倒事が始まることを。

 

 

 

 

 

 



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第四十三話予測不可能な林間学校

数日後 江ノ島鎮守府 執務室

『お前も災難だったなぁ』

 

「あぁ。まさかケッコンカッコカリだけで、あそこまで行くとわ思わんかった」

 

この間の一件の揉み消しがどうにか終わり、報告がてら東川に電話していた。東川には今回の一件を伝えてはいるが、あくまでも「ちょっとばかし乱闘騒ぎが起こった」と言う事にした。

流石に鎮守府を制圧してたとか、後からの聴取で発覚したが相手を潰す計画までも立てていたというのだから、この辺は隠した。

 

『で、お前結婚するの?』

 

「.......決着がついたら」

 

『お前の父親として言わせてもらうが、余り過去には囚われるべきではないだろう?あの子達は、寧ろお前が幸せになるのを望んでるんじゃないのか?』

 

「そうだと信じたい。だが、それとこれとは話が別だ。アイツらは俺を生かし、言うなれば身代わりとして死んだ。そしてその原因を作った連中を、俺は許さない」

 

この言葉を聞いた時、東川の脳裏には数年前、長嶺が艦娘の力を得て覚醒した時の事を思い出していた。

長嶺は昔、瀕死の重傷を負い治療が不可能だったので艦娘化の施術を一か八かで受けて、どうにかほぼ0の確率を突破し艦娘の力を得たというのは知っている事だろう。

だが長嶺は覚醒直後、病室を抜け出して一ヶ月間行方を絡ませていた。その間に戦友達の仇を打っており、その復讐は残すところ一つとなった。長嶺は自分の中で「何があっても、この復讐を達成するまでは軍に居続ける。戦争以外は何も考えない」という誓いを戦友達と自らに掛け、寝ても覚めても戦争以外考えなくしたのである。

 

『復讐が終わった後はどうするんだ?』

 

「好きなようにやるさ。軍を退役するかもしれないし、続けるかもしれない。案外田舎に屋敷でも構えて、優雅に暮らすのもいいかもな。まあでも、当分は復讐完遂後も無理そうだが」

 

『そうか。あ、そうそう。友人の警察官僚に聞いたんだが、最近千葉一帯で謎の武装勢力が確認されてるらしい』

 

「あー、その情報ならこっちにも入ってる。まだ足取りは追えてないが、URが拠点築くつもりらしい。取り敢えずもうちょい育ててから、強奪がてら潰すわ」

 

『相変わらず早いな。じゃあいつも通り、処理は任せる。そろそろ会議の時間だから切るぞ』

 

東川との電話を終えた直後、執務室にオイゲンが入ってきた。手にはエミリア用のスマホが握られており、恐らく奉仕部関連なのが予想できる。

 

「指揮官、入るわよ」

 

「それ入る前に言えよ」

 

「事後報告よ」

 

予想していたとは言えど、この適当っぷりというか、自由奔放というか、猫のような気まぐれはどうにかならんものかと頭を抱える。

 

「.......はぁ。で、何の用だ」

 

「奉仕部の仕事よ。なんでも明後日から千葉村とかいう、よく分からないけど小学生の合宿の手伝いをするらしいわ」

 

正直言ってバックれたい。サボりたい。休みたい。何せこの夏休み、普通の学生であれば「遊べるぜフォウ!!遊ぶぜイエイ!!」となる。まあ部活、特に運動部なんかは大会やら練習やらで忙しいだろうが。

長嶺にとっても、夏休みが貴重なのは変わらない。まあ遊びじゃなくて、仕事を片付けられて、身体鍛えられて、艦娘、KAN-SENと遊びまくれる少ない日なのだから。なので、本当に行きたくない。だが目の前のオイゲンの輝きようは、超楽しみにしてるヤツである。断るのは忍びない。

 

「正直行きたかねぇが、行きたい?」

 

「もちろん」

 

「.......わーった。行くか」

 

「そうこなくっちゃ!早速用意してくるわね!」

 

見るからにテンションが上がっており、スキップでもしそうな勢いで執務室を出て行った。

 

「それじゃ、俺も準備しますかね」

 

 

 

明後日 08:00 新浜幕張駅

「くわたんにエミちゃん!やっはろー」

 

「おはよう桑田くん、ヒッパーさん」

 

待ち合わせ場所の新浜幕張駅に到着すると、既に由比ヶ浜と雪ノ下がいた。比企ヶ谷はまだ来てないみたいだが、そろそろ来るのだろう。

 

「おはよう二人とも。最高のお出かけ日和ね」

 

「よっ」

 

ワン!

カァ!

 

オイゲンと長嶺に続いて、長嶺の背後から人成らざる生物の声がした。

 

「うわぁ、大きい犬」

 

「それにこっちはカラスね。あなた、犬とカラスを飼っているの?」

 

今回は相棒である犬神と八咫烏も、無理に付いてきている。理由としては「いつも留守番だから、こんな時くらい連れて行け」という物であり、まあ学校じゃないので連れてきた。普通に考えればアウトだが、平塚みたいな奴なら大丈夫だろうって事で連れて来ている。

 

「君達、揃って.......いないな。比企ヶ谷め、いつ来るんだ」

 

どこからか平塚も来て、なんか女性陣で談笑していると比企ヶ谷が妹の小町を連れてやってきた。

どうやら騙されたというか、何というか。まあ詳細を知らされず、連行されたらしい。人使いが荒い妹だなぁ、とか思っていると今度は戸塚が走ってきた。

 

「はちまーん!」

 

そして八幡は顔面を崩壊させた。由比ヶ浜じゃないが、正直キモい。どうやら全員揃ったようで、平塚先生の車に乗り込んで千葉村へと向かった。

 

 

数時間後 千葉村

「ほーん。こんな所があったのか」

 

「そういやここ、中学の時に自然教室で来たわ」

 

比企ヶ谷と話していると、背後から足音が聞こえた。振り返るとそこには、奴らがいた。

 

「やあ、ヒキタニくん。桑田くん」

 

葉山グループである。大岡と大和とか言う奴が居ないので、全員集合ではないが面倒にはなりそうである。そして未だに比企ヶ谷を「ヒキタニ」呼びする辺り、既にイライラしてきた。

 

「お前ら、どうしてここに」

 

「ボランティア募集で来たのさ」

 

比企ヶ谷はヒキタニ呼びを気にすることなく、葉山に質問したが代わりに平塚が答えた。曰く今回の合宿には教師陣もいるとは言えど、100人単位の小学生が来ているらしい。それを流石に5人(平塚はサボりを公言してるので、ノーカウント)で回すのは無理なので、内申点を餌に人間を釣ったと。そんでもって、その結果がいらぬクソ王子の参加らしい。

 

「それじゃ、お前達も向こうの広場に行きたまえ。開会式でお前達も自己紹介してくるがいい」

 

学校のイベントにおける謎の行事、開会式があるらしい。知らんオヤジの為にならないクソ長い話なんぞ聞きたくはないのだが、行かないと面倒なので開会式に途中参加になったが出た。

因みにここで、長嶺とオイゲンの格好を説明しておこう。

長嶺は茶色のズボンと青の長袖シャツに、サングラスと迷彩柄の帽子を被っている。更に背中には黒のバックパック、腰にはサバイバルキットも装備済みである。

バックパックにはポンチョ、メディカルキット、タクティカルライト、双眼鏡、折り畳み式担架を装備してある。サバイバルキットにはワイヤー、ワイヤーカッター、多機能ナイフ、カラビナなんかが入っている。勿論、戦闘用にサバイバルナイフと拳銃もしっかり装備してある。

オイゲンは黒のスキニーデニム、赤のゆるっとした七部丈の服、透明度の高い琥珀色のカラーサングラスという出立である。いちおうゆるっとした服ではあるが、その胸や尻は強調されているので既に何人もの男子の心を鷲掴みであった。

 

「それではオリエンテーリング、開始!」

 

そうこうしていると、早速オリエンテーリングのフィールドワークが始まった。長嶺ら高校生組も、そのサポートのために行動を開始する。

 

 

「ねぇクワタン。犬にリードとか付けないと、逃げた時大変だよ?」

 

「えー?この犬、リード付けてないじゃん」

 

犬神が普通の犬なのなら、由比ヶ浜と三浦の論理はど正論である。だがコイツは犬ではなく、犬の姿をした妖怪で人の言葉を理解して会話すら出来る。なのでリードをつける必要はない。

そこで兼ねてより考えていた、必殺の言い訳を発動させる事にした。

 

「こいつは単なる愛玩用の、そんじょそこらの犬とは違う。コイツは現役の軍用犬だ」

 

「ぐ、軍用犬?」

 

「軍隊の中で隊員の一員として、バディの兵士と共に様々な任務をこなす為に訓練された犬のことだ。コイツは同期の犬の中でも、最優秀の犬だ。それに今回みたいな山の中の活動なら、コイツは自由に動かしていた方が色々便利だ」

 

嘘ではない。ただ普通の軍用犬が伝令や地雷探知、敵への威嚇なんかに使われるのに対し、コイツは妖術と凶悪な顎で人間を殺しに掛かるが。

 

(主様。下から小学生の泣き声が聞こえるよ?)

 

(先行しろ)

 

念話で指示を出し、犬神が走り出す。

 

「あ!逃げた!!」

 

「違うな。何かあった」

 

一芝居打って適当に誤魔化しつつ、犬神の後を追う。それに連れられて、オイゲン含む他の連中も追いかけた。

 

「じいちゃんの帽子がぁ!!」

 

「ワンッ!!」

 

「あー、こう言うことか」

 

目の前には涙を流す男子小学生と、心配して声をかける班員のメンバーと思われる男子達。そしてその横の木には、大体地上5mの地点に帽子が引っ掛かっていた。

 

「どうするべ!?流石にあの高さは、木登りでもしないと無理っしょ!」

 

「俺が登るよ」

 

「ちょ、隼人!危ないって」

 

安定の葉山が木に登って取ろうとしてるが、途中で登れなくなるか登ったはいいが降りられなくなるオチが目に見えている。葉山のメンツが丸潰れなのはいい気味だが、後が面倒になるのでここは手を貸すことにしてやった。

 

「心配すんな。アイツに取ってもらおう」

 

そう言うと長嶺は指笛を吹いて、アイツを呼んだ。導きの神、八咫烏である。念話で状況は伝達済みなので、あとは顎をクイッと前に突き出して合図のような仕草をして八咫烏に取ってもらう。

 

「カァ!」

 

「あ、ありがとうカラスさん!」

 

「カァ」

 

流石に「どういたしまして」と言うわけにはいかないので、鳴き声を上げる。そして長嶺の肩まで飛んで着地すれば、任務完了だ。

こうすれば、八咫烏は「メチャクチャ頭のいい、脚が三本ある奇形の烏」となる。よもや導きの神である八咫烏とは夢にも思うまい。

 

「よくやったぞ、ゴイル」

 

因みに八咫烏と犬神には偽名としてそれぞれ、ゴイルとガルムと名付けてある。

 

「凄い烏だな」

 

「コイツも訓練を受けて、様々な手助けをしてくれる相棒だからな。そんじょそこらのゴミを漁るカラスとは、格がちがうぜ」

 

比企ヶ谷の言葉に、八咫烏も胸を張る。

そんな事をしていると、雪ノ下が街の真ん中で固まる女子の一団を見つけた。後ろの帽子が引っかかった現場ではなく前を向いていることから、恐らくさっきの野次馬ではなく何か別の理由で立ち往生しているのだろう。

 

「ねぇ、あの子達、なにしてるのかしら?」

 

「見てこよう」

 

そう言ってみんなの紛い物クソ王子である葉山が、小走りでその一団に向かった。どうやら、蛇がいたらしい。

 

「大丈夫。ただのアオダイショウだよ」

 

「お兄さん、すごーい!」

 

「よく触れるね」

 

やはり女子小学生にとって、蛇は天敵らしい。お陰で追っ払った葉山は、既にヒーローになっている。流石と言うべきか、アホらしいと言うべきか。だが少なくとも、この短時間でいきなり王子化するのは才能だろう。

 

「平気だよー。噛まないし、毒もないから」

 

「噛まなくても触りたくないし」

 

「「「ねー!」」」

 

そう言って葉山の周りに固まる女子4人。だが班は本来5人であり、そのもう1人の班員は一団から一歩引いた場所にいた。

 

「あの子、どうしたのかしら?」

 

「あまり表に出たくないのか、はたまたいじめか。まあ俺達には関係ないし、現状では何もできねーよ」

 

「それもそうね」

 

オイゲンも気付いたらしいが、2人の意見は一緒である。確かにイジメというのはその後の人生を破壊する行為であり止めるべきだが、必ずしもすぐに止めるのが吉ではない。学校という狭い社会の、更に狭い「子供同士の社会」という次元に於いては不文律こそが絶対法となる。

主も小中共にいじめられていた経験を持つが、結構これが面倒なのだ。止めるのが最善策ではなく、タイミングや工作が必要となる。因みに主の場合は小学校はタイミング見計らって、学校全体巻き込んで問題にした事で解決した。中学校は生徒会長以上の権力が手に入るポストに座り、その権力を使って奴らの入試に影響が出かける程度には問題にしておいた。

 

「ねぇ、お兄さん。チェックポイントって何処にあるの?」

 

「何処だろう?」

 

「一緒に探してよー!」

 

「じゃあ、ここだけ手伝うよ。でも、他のみんなには内緒な」

 

なんと葉山、ウィンクまでして小学生をメロメロにさせてしまった。これには長嶺も驚きである。

長嶺は超絶鈍感朴念仁男なのは再三言っているので知っていると思うが、それはあくまで『好意』に限定した話である。女性を惚れさせる話術なんかは、全然普通に出来てしまう。その気になれば鎮守府内の全ての艦娘とKAN-SENを口説き堕とすのだって簡単だ。今の葉山の「秘密の共有」は、実は威力の高い話術である。秘密を共有することによって親近感も湧く上に、信用している事の現れともなり、良好な関係を築きやすいのだ。

 

 

「ん〜!偶には、山でマイナスイオンを感じるのもいいわね」

 

「あぁ」

 

「ねぇ。一つだけ、聞いていいかしら?」

 

オイゲンは立ち止まると、真剣な声で質問してきた。他の連中とは離れているので聞こえることはないだろう。なので、ここは本来の名で呼び合う。

 

「どうした、オイゲン」

 

「指揮官は私達とケッコン、するのよね?指揮官のことだから、他に何か目的もあるんでしょ?

 

「目的って。そりゃあ、艦隊の強化と戦後の戸籍作りの土台、それから、まあ信頼の証かな」

 

いやいや。普通に愛されている事に気が付いただけだろ、と思った読者も多いだろう。だって前回、そういう風に言っていたのだから。だが、伊達に超絶鈍感朴念仁男をやっちゃいない。長嶺の言った好きとは恋愛感情ではなく、信頼や友愛での好きである。

つまりコイツは、未だに気付いていない(・・・・・・・・・・)のである。

 

「そっ」

 

「でも急にどうしたんだ、いきなりそんな事を聞いて」

 

「別に。気になっただけよ」

 

そしてこれは、オイゲンにとっては想定の範囲内であった。オイゲンとて、この数ヶ月を任務の為、長嶺の手伝いの為だけに行動を共にしていた訳ではない。常に観察し続けて、ある程度の思考パターンなんかも読めてきていた。

その中で恋愛観に関しての考えというのが、本当に0である事がわかってきていた。なので前回の発言も、絶対こういう信愛とか友愛とかの好きから来るものだと察していたのである。

2人はまた歩き出したのだが、またオイゲンが立ち止まった。

 

「ねぇ、指揮官。これって、もしかしてマガジンと薬莢じゃない?」

 

「は?」

 

「これ。ほら」

 

そう言ってオイゲンが差し出したのは、黒い箱型弾倉と薬莢であった。しかも見た感じ、モデルガンの残骸なんかではなく本物である。

 

「ちょっと見せてくれ」

 

簡単に調べた所、マガジンの形状からしてAKシリーズなのが分かった。薬莢の方も口径が5.45x39mm弾なので、恐らくAK74と思われる。ただしメーカーの刻印はない。

しかし問題なのは、何故こんな物がここで見つかっただ。日本は銃規制に厳しいし、ヤクザや反社・半グレも精々拳銃くらいしか持ち歩かない。おまけにマガジンが純正品か、或いはそれに匹敵する工作技術で作られた物である。となるとオタクが気合いで自作した訳でも、ヤクザとも考えにくい。明らかに手慣れた、プロの物と思われる。それ以前に列記とした軍用自動小銃のAKのマガジンが出てきた辺りで既に、かなりキナ臭い。

 

「これ、どうするの?」

 

「どうしようもないだろう。これで死体でも見つかれば、話は変わる.......」

 

長嶺は気付いてしまった。視線の先に、緑の草と苔に塗れた白っぽい石がある。そう、石にしてはツルツルの「白い石」である。

 

「オイゲン、ちょっとこっち見ない方がいい」

 

「え?」

 

長嶺はそっと近づき、そのまま石を回転させた。石にしては軽く、そして4分の1程回転させると、予想通りの物が出てきてしまった。

 

「頭蓋骨じゃねーか.......」

 

「し、指揮官?頭蓋骨って、この頭蓋骨?」

 

「あぁ。お前が今指差してる、その頭蓋骨だ。しかもコレ、ご丁寧に弾痕までついてやがる」

 

出てきてしまったのは頭蓋骨。正確には下顎のない、上の歯から頭までの頭蓋骨である。それ以外の骨は見つからないが、この骨の具合から見て死後数年は経っているだろう。

 

「.......」

 

流石に応えたのか、あのオイゲンが顔を真っ青にしている。長嶺の方は何とも思っていないが、こんなブツが何故こんな場所で見つかったのかは分からない。だが確実に、この付近に何かがあるのは確かだろう。

 

「取り敢えず、この骨は後で回収する。この仏さんには悪いが、少し人目の付かない場所に移動させておくから、お前は先に」

「いやよ!」

 

「わ、わかった。なら少し待ってろ」

 

そう言うと長嶺は数メートル先の茂みに骨を置き、その上から草を被せてカモフラージュする。取り敢えずの暫定処置なので、なるべく早く回収する必要があるが、今は電話する暇がない。なので犠牲者には悪いが、今はこのまま放置するしかないのだ。

 

 

 

数時間後 野外調理スペース

「えぇ、ではこれより、カレーの調理をはじめます。先生や高校生のお兄さん、お姉さんの指示をよく聞いて、美味しいカレーを皆さんで作りましょう!」

 

「「「「「「「は〜い!!」」」」」」」

 

本日の夕飯はカレー。しかも米を飯盒で炊いて、炭火でカレーを作る本格仕様である。

 

「男子は私と一緒に火おこしを手伝え。女子は具材の裁断を頼む」

 

こちらも平塚先生の指示で、カレー作りの準備を始めた。まずは炭火を起こすのだが、いきなり問題が発生した。

 

「あ、あれ?」

 

「ガス欠っすね」

 

先生のライターがガス欠で、使い物にならなかったのである。しかもよりにもよって、ここのライターとチャッカマンもガス欠ときた。

 

「仕方ないな。比企ヶ谷、戸部、葉山!その辺の枝木を、大量に集めてこい!」

 

「了解っしょ!」

 

「めんどくせー」

 

「何をする気だい?」

 

「火起こしさ」

 

男子勢に枝木集めを頼んでる間に、長嶺は自分のバックパックからサバイバルナイフとファイヤースターターを取り出す。

 

「サバイバルナイフに、なんだね、この金属の棒は?」

 

「ファイヤースターター。マグネシウムの棒を金属で擦り、火花を発生させる着火機材です。言うなれば現代版火打ち石です。コイツは水に濡れても使えるので、軍の特殊部隊なんかでも使用されるヤツです」

 

そうこうしていると、ある程度の枝木を集めて男子達が帰ってきた。その枝木を削り、出来た木片の山に炭を置く。そして…

 

カシュッカシュッ!

 

ファイヤースターターで火を付ける。すぐに木片へと火が移り、後は仰いで炭火へと火を回せば着火完了である。

この辺りは普通にサバイバル訓練でやってるので、全然手慣れてる。

 

「お前、サバイバルスキル高いのな」

 

「これでも特殊部隊上がりの知り合いもいるからな。色々教えて貰ったし、なんなら実地訓練もしたことあるぜ」

 

「マジか!」

 

「マジマジ。蛇も蛙も食ったし、手掴みで魚ゲットしたし、即席テントも作った。あ、帰りにグリズリーも狩ったな」

 

因みにこれ、マジである。昔、SEALsとの訓練で敵役を演じたときに1人で50人を相手にしたのだが、その時にグリズリーが出てきた。勿論、刀で首を斬り落として終わったが。

 

「お前、ホントに何者?」

 

「ただの高校生に決まってんだろ。んなどこぞのアニメみたく、実は正体はエイリアンなんてクソつまらんオチが付いてたまるか」

 

(どっちかっていうと、化け物ってオチだろ)

 

比企ヶ谷のツッコミは大正解なのだが、その事を比企ヶ谷が知るわけが無い。

取り敢えず火も起きたので、男子組は米炊きを始める。

 

 

「小学生の野外炊飯である事を考えれば、妥当な所よね」

 

「家カレーだと、作る人によって個性出るよな。母ちゃん作るカレーだと、色々入ってて。厚揚げとか」

 

丁度水場と火を起こしてるコンロ的なスペースは、背中合わせの位置にある。そんな訳でカレー談議が始まった。

 

「あるあるぅ。竹輪とか入ってるべ、あれ!」

 

「ママカレーって、そういうのあるよね。この間も変な葉っぱ入っててさ、うちのママ結構ボーッとしてることあるかなぁ」

 

「その葉っぱって、ローリエだったんじゃないかしら?」

 

「ろ、ろりえ?」

 

由比ヶ浜が謎のロリっ子を創造してしまい、長嶺は謎のろりえちゃんを脳内で作り上げる。

 

『ふぇ〜。カレーまみれだよぉ』

 

(どんな状況だよ)

 

そして自分で想像して、自分で突っ込んでいた。

 

「ろりえじゃなくて、ローリエよ。月桂樹の葉でカレーやシチューなんかの煮込み料理、それからマリネとかピクルスの香り付けに使われる物よ。

特にポトフやあっさり系のスープなんかには、味付けの決め手となる事が多いわね」

 

「へぇー。危ない葉っぱじゃないんだ」

 

「寧ろ危ない葉っぱだったら、お母さん、今頃檻の向こうに居るわよ」

 

オイゲンの解説によって、由比ヶ浜の危ない誤解は解かれた。というか自分の家のカレーに、ヤベェ葉っぱが入ってるとかヤク中一家間違いなしである。

因みに主の母親のカレーには、8割方ローリエがカレーに混入しています。毎回私のだけに当たるという、謎の仕様ですw。

 

「米も炊けたし、後は煮込むだけだな」

 

「暇なら、小学生の手伝いでもするかね?」

 

「まあ小学生と話す機会も早々ないし、行こうか!」

 

安定のクソ王子が音頭を取り始めるが、やはり比企ヶ谷はサボろうとする。鍋を見てると言ったが、そこにドス黒い笑みを浮かべた平塚の「私が見ていよう」発言によって退路を断たれてしまい、泣く泣く比企ヶ谷も見回りに行く羽目となった。

 

「エミリア。この間にさっきの事、電話してくる」

 

「わかったわ」

 

そのまま正面の高台に向かって、ある程度人目から外れた位置で電話を掛ける。

 

『総隊長殿、どうしました?』

 

「今来てる千葉村に、頭部に銃槍を負った人間の頭蓋骨があった。付近には5.45mm弾の薬莢、箱型のライフルマガジンも落ちていた。

今は隠しているが、なる早で回収して欲しい」

 

『頭蓋骨ですか。それはまたキナ臭い。回収はしておくので、座標を送ってください』

 

これで一先ずは安心である。だが警戒は怠れないし、気は休まらない。勿論長嶺の実力であれば、想定できる範囲内では殲滅は可能だろう。だが今は事情を知らない一般人、つまり総武高の生徒達と小学生の目がある。流石にいつものように躊躇なしで、相手を殺すわけにもいかない。

となると、なるべくカチ合わない様にと願うしかないのである。

 

 

 

二時間後 テラス席

「大丈夫かな.......」

 

「何か心配事かね?」

 

由比ヶ浜の呟きに平塚が反応した。話を聞けば、あの孤立していた小学生がいじめられているのが分かったらしい。三浦なんかは「一人なのはかわいそー」とか何とか同情しているが、問題はそこじゃない。

 

「三浦、問題はそこじゃねーよ」

 

「は?」

 

「孤立、というか孤独でいるのは当人の自由意志だ。お前達の様にグループで固まっていようが、比企ヶ谷の様に一人で過ごそうが、そこは俺達の決める事じゃない。あくまで自らの選択で選ぶ物だ。

この事態の本質的な問題は、その子が他人の悪意、つまりイジメによって孤立させられて(・・・・・)いることだ。本質を見誤ることは、面倒事が超面倒に進化する近道だぜ?」

 

三浦は唖然としているが、そんなのはお構い無しに平塚は面倒臭そうに進める。

 

「それで?君たちはどうしたいんだ?」

 

「.......俺は、可能な範囲で助けたいです」

 

安定のクソ王子の「みんな仲良く理論」によって意見を述べるが、今回は雪ノ下が噛み付いた。

 

「可能な範囲、ね。あなたには無理よ。そうだったでしょ?」

 

雪ノ下に言われたは葉山は、視線を下に落としてしまっている。政治家の娘と、その顧問弁護士の息子。十中八九、何かあったのだろう。それもイジメ問題が。

だがやはり、そんなのは無視して平塚が進める。

 

「雪ノ下は?」

 

「これは奉仕部の合宿と仰っていましたが、彼女の案件についても活動内容に含まれますか?」

 

「林間学校のサポートボランティアを仕事の一環とした訳だ。原理原則から言えば、その範疇に入れても良かろう」

 

「そうですか。では彼女が助けを求めるなら、あらゆる手段を持って解決に努めます」

 

正直、この一言に長嶺とオイゲンはうんざりした。雪ノ下の解決方法というのは、常に正攻法の教科書通り。目先のことしか考えておらず、その後のダメージやリスクを全く考慮に入れていない。今回は自分が恐らくイジメを経験しているとは言えど、正攻法の解決方法しか出せず、事態が悪化するのは目に見えている。そんな奴には正直、全く任せたくない。

そんな事を考えている間に、話し合いは助ける方向で固まっていた。まだ何も「助けて」とは言われて無いのだが。そして職務怠慢クソ教師の平塚は、一人さっさと寝てしまった。

 

 

「つーかさー、あの子結構可愛いし他の子とツルめばよくない?試しに話しかけてみんじゃん。仲良くなるじゃん。よゆーじゃん!」

 

「それだわー。優美子さえてるわー」

 

三浦がドヤ顔で言ってるが、それはコミュ力が高くて初めて成立する。今の状況下では話し掛けるのすら困難であるのは想像にかたくないし、寧ろ火に油に注ぐ形になる可能性がある。

 

「足がかかりを作るという意味では、由美子の意見は正しいな。けど今の状況下だと、話し掛けるハードルが高いかもしれない」

 

顔には出してないが、長嶺とオイゲンは驚いていた。いつもみんな仲良くとしか言わないクソ王子が、初めてマトモな事を言ったのだから。

 

「はい」

 

「ヒナ、言ってみて」

 

「大丈夫、趣味に生きればいいんだよ。趣味に打ち込んでいるとイベントとか行くようになって、色々交友広がるでしょ?きっと本当の自分の居場所みたいな、見つかると思うんだよね。学校だけが全てじゃないって気付くよね。

私はBLで友達ができましたー!!ホモが嫌いな女子なんて居ません!!雪ノ下さんも私と」

「優美子。ヒナと一緒にお茶取ってきて」

 

最初の方はマトモな事を言っていたのに、後半で見事に壊れた海老名。流石に小学生からBLの世界に突入するのは、なんか先が思いやられる。

にしても本日の葉山、なんか覚醒したのか調子がいい。このまま…

 

「やっぱり、みんなで仲良くできる方法を考えないと、解決にならないか」

 

続かなかった。いつものクソ王子、葉山くんに戻りやがった。というか「みんな仲良く」が出来れば、この世は戦争なんて無い。今のロシアとウクライナの戦争も、無かっただろうに。

 

「そんな事は不可能よ。一欠片の可能性もないわ」

 

「ちょっと雪ノ下さん!アンタなに?」

 

「何が?」

 

「折角みんなで仲良くやろうってのに、なんでそんな事言う訳?別にあーし、アンタのこと全然好きじゃないけど旅行だから我慢してんじゃん!」

 

はい面倒事発生。こうなるから嫌なのだ。三浦も三浦だが、その安い挑発に乗っている辺り、雪ノ下もガキである。

 

「あら、意外に好印象だったのね。私はあなたの事きらいだけど」

 

「このっ!」

 

「優美子、やめろ」

 

「雪ノ下も安い挑発にのんな。ガキかおどれは」

 

見かねて葉山が止めに入ったので、長嶺も雪ノ下に文句を言う。案の定、食って掛かってきた。正直、面倒である。

 

「ガキとは、少し癪ね。私は売られた喧嘩を買っただけよ」

 

「いや、それがガキだって言ってんだよ。別に喧嘩を買うも買わないもテメェの勝手だが、それが今じゃない事くらいわかんだろ。一応協力する立ち位置で、これから問題に全体で取り組もうって言うんだ。もうちょい、クールにいきやがれ

アイツらの仲をどうするは別だが、俺達は葉山じゃないが少なくとも表面上は仲良くやっといて損は無いはずだ」

 

合理的な論理を絶対零度の視線を向けながら、うんざりとした表情で淡々と答える。雪ノ下以上にキツい態度に、流石の雪ノ下も黙るしか無かった。会議は結局不完全燃焼で終わり、明日に備えて眠りにつくのであった。

 

 



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第四十四話千葉村森林戦

翌朝 05:30

「.......ん」

 

いつもは4時には起きて、そこからトレーニングを開始するが、流石に今日はいつものメニューをこなすと人外判定を食らうのは間違いないので、軽くパルクールと森を縦横無尽に動く忍者走位に止める。

なのでこの時間に起きたが、やはり誰一人として起きていない。皆、まだ夢の国へと旅行中らしい。

 

「さて、行きますか」

 

「ふわぁ、おはよう桑田くん」

 

「あ、ごめん起こした?」

 

ベットから静かに抜けたつもりだったが、どうやら戸塚を起こしてしまったらしい。目を擦りながら、むくりと起き上がった。

 

「ううん。僕、いつもこの時間には起きてるんだ。桑田くんも?」

 

「いや、いつもはもう少し早い。お前は起きて何するんだ?」

 

「朝練に行くか、自主トレだよ。桑田くんは?」

 

「俺も同じだ。あ、そうだ。どうせなら、俺のガチメニューでもやってみるか?」

 

「やりたい!」

 

とまあ、一緒にトレーニングする事になったのだが、戸塚はこの選択を、後にメチャクチャ後悔した。

 

 

「本当なら走り込みとか筋トレとかをするんだが、今日は俺のやってるトレーニングで『忍者走』というのをやろうと思う。

 

「忍者走?」

 

「パルクールの上位互換だな。試しにやってみせよう」

 

そう言うと長嶺は走り出し、手近の岩に飛び乗って、そのまま上の枝を掴んで腕の力で身体を上までグルリと持ち上げた。普通なら出来ない動きを、まるで当然かの様にやり切った姿を見て、戸塚は驚くよりも信じられなくて固まっていた。

 

「フッ!」

 

今度は枝から枝、岩から岩へと素早く飛び移りながら森を立体的に駆ける。その姿は映画やアニメで見る、イメージ通りの忍者であった。

 

「まあ、ざっとこんなもんよ」

 

「桑田くんのトレーニング、出来そうに無いや」

 

「あー、やっぱり。俺も言ってて無理そうだとは思ってた」

 

微妙な空気が2人の間を流れるが、なんやかんやあって結局筋トレと走り込みに落ち着いた。

 

 

 

08:30 食堂

「さて、お前達。今日の予定だ。夜に肝試しとキャンプファイアーをやる予定だ。昼間、小学生達は自由行動なので、その間に準備をしてくれ」

 

どうやらキャンプファイアーのタイミングでフォークダンスをするらしくして、女子と葉山グループの男子は盛り上がっている。

 

「フォークダンスね」

 

「お前、出来るの?」

 

「一応、これでも鉄血の顔役よ。あっちでビスマルクについて行って、何度か社交会に出た事はあったけど」

 

「そう言うのはロイヤルに任せる、か?」

 

「あったり〜」

 

やはりオイゲンは、フォークダンスや社交ダンスというのは苦手らしい。そういう長嶺はというと、そういう役に変装することもあったので、一応基礎は全部できる程度には分かる。面倒だからしたく無いけど。

 

「肝試し用の仮装セットはここにあるみたいだから、手分けしてやってくれたまえ!」

 

「「「「「「はーい」」」」」」

 

食事後、男子班と女子班に別れて準備を始める。女子は仮装関連の準備で男子は力のいるキャンプファイアーの準備となった。

なのだが、どうやら丸太から切る必要があるらしいのだが問題があった。

 

「斧、錆びてね?」

 

「他の斧は無いのか?」

 

「斧はこの一本だとさ」

 

そう。この千葉村にある唯一の斧がサビサビで、全く使い物にならないのだ。

 

「あ!桑田くんのナイフで切れば、楽勝っしょ!」

 

「一応タングステン製の軍用モデルだが、削るのはともかくキャンプファイアー用のサイズとなると無理がある」

 

「しゃーない。平塚先生に頼んで、買ってきてもらおう」

 

しかし、そうなると色々面倒になりそうな予感がする。自分達でどうにかしろとか言ってきそうなので、秘密兵器を投入する事にした。

 

「大丈夫だ。ナイフ以上に、最高のヤツがある。ちょっと待っててくれ」

 

一旦部屋に戻るフリをして、八咫烏から幻月を出してもらう。そしてある程度のタイミングを見計らって、さっきの場所に戻った。

 

「お待たせ」

 

「お前それって」

 

「日本刀だべ!!かっこいいっしょ!!!!桑田くん、オネシャス!触らせてほしいっしょ!」

 

何も知らない戸部はそう言うが、勿論断る。だが葉山が「僕からも頼むよ」とか言ってくる。

幻月は言ってしまえば妖刀。長嶺が使うから真の力を発揮して、マトモ以上に使えている。だがしかし、一般人が使うと必ず不幸を呼ぶ。実際、何も知らない霞桜の隊員が持ち運んだだけでも翌日にその隊員は事故にあって、全治二ヶ月の骨折を負った。しかも両足、両腕である。

 

「どんなに頼んでもダメ。この刀、マジの妖刀なんだ。俺はこの刀に認めてもらってるから使えるが、お前達が使ったら確実に不幸を呼ぶぞ。文献では刀を抜いた奴が、抜いた瞬間に雷に打たれて死んだとかあったし、何も知らない知り合いがちょっと触っただけで、翌日には交通事故で両足と両腕を複雑骨折したし。

多分、呪いの力は本物だから、そういう目に遭っても良いのなら触っていいぞ」

 

流石に2人とも黙った。因みにもう一つの愛刀、閻魔は刀が認めないと抜く事も出来ない。

 

「そんじゃ、やるか。お前ら、適当に投げてくれ」

 

「は?」

 

「お前らが投げた丸太を両断するから、ほら!早く早く」

 

半信半疑で葉山が最初に投げた。すぐに刀を抜いて、縦に両断する。一瞬の事に葉山達はポカーンとしているが、すぐに戸部が「スゲーっしょ!!」と大騒ぎした。

 

「まるでルパンの五右衛門だべ!しかも刀身が蒼白いのもイカすべ!!」

 

「面白いだろ?でもこれ、素材は玉鋼で普通のと同じなんだよなぁ」

 

「不思議だな」

 

その後はすぐに丸太を切り刻んで、手早くキャンプファイアーのヤグラを組んだ。何もする事が無くなったので予定通り、水着に着替えて川で遊ぶ事にする。

因みにこの事は事前連絡で来ていたのだが、比企ヶ谷には来てなかった(というか、小町が言っていない)らしく水着がないらしい。

 

「じゃあ、昨日の服でも着ればよくね?」

 

「その手があったか」

 

長嶺の機転で水着をゲットし、いざ川へ。

 

 

 

十数分後 川

「きゃっ、冷たーい!」

 

「あ、お兄ちゃんだ。こっちこっちー!」

 

見れば既に由比ヶ浜と小町が遊んでいる。因みに葉山と戸部は小学生達に捕まり、下の方へ連行されて行った。

 

「見て見てー!新しい水着だよぉ?」

 

小町がそう言いながら、色々ポージングする。で、その後に比企ヶ谷に感想を求めたのだが、感想がこれ。

 

「そうだな、世界一可愛いよ(棒)」

 

流石の小町も「うわー、適当だなー」と突っ込んだが、どうやら小町の方が一枚上手?だったらしい。由比ヶ浜を巻き込んで、感想を聞きにくる。

知っての通り、由比ヶ浜は何がとは言わないが大きい。なので男には刺激が強く、流石の比企ヶ谷もチラチラ見ている。まあ長嶺は超絶鈍感朴念仁男だし、仮にそうじゃなかったとしても艦娘とKAN-SENという顔、スタイル、性格の全てに於いて完璧な女性が数百人も周りにいる以上、なんとも思わないだろう。

 

「あら、2人も来たのね」

 

茂みの奥から、水着姿のオイゲンが出て来た。三桁クラスの大きな胸、くびれた健康的な腰、大きいが醜くない美しいお尻、ムチムチの太腿と由比ヶ浜以上のボディを持つオイゲンが、今回は黒のビキニに身を包んでいる。因みに黒のビキニのデザインは、着せ替えスキンの色褪せないエガオである。

小学生が見たら恋どころか、性癖がバグりかねない姿を見た結果、比企ヶ谷は川の前で膝を突き顔を洗い出した。なんかガボガボ言っているが、何を言っているのかは分からない。

 

「あら、川に向かって土下座?」

 

「なんだ、比企ヶ谷達も来ていたのか」

 

今度は雪ノ下と平塚も現れた。雪ノ下は白のワンピース型の水着で、平塚は白のビキニにパレオを着けている。

 

「平塚先生、やるじゃないですか。アラサーって言ってグボッ」

 

「私はまだ立派なアラサーだ!」

 

ツッコミのパンチを腹に喰らい、悶絶する比企ヶ谷。その後ろを水着姿の三浦と海老名が通り過ぎる。だが雪ノ下の後ろを通った瞬間、三浦は勝ち誇った顔をしながら「勝った」と言って通り過ぎた。

 

「まあ、お前の姉ちゃんはあーだから、遺伝子的には期待できると思うぜ?」

 

「姉さんが何か関係あるの?」

 

「大丈夫ですよ!女の子の価値はそこで決まらないし、個人差あるし、小町は雪乃さんの味方ですよ!」

 

「はぁ、どーもありがとう?姉さん、遺伝子、価値、個人差.......。はぁ!」

 

どうやらやっと、自分の慎ましやかなまな板πの事を言われている事に気が付いたらしい。

余程恥ずかしいかったのだろう。その慎ましやかなまな板πを手で覆いながら、怒涛の言い訳を並べ出す。

 

「別に本当に全く気にして無いのだけれど、外見的特徴で人の評価が決まるのなら相対的に為されるべきで、一部ではなく全体のバランスが対象に」

 

「雪ノ下。まだ諦める様な時間じゃない」

 

平塚が雪ノ下を慰めた。そうこうしていると連行されて行った葉山と戸部も帰ってきて、川遊びが始まる。と言っても水鉄砲も無いので、水をバシャバシャ掛けるだけだが。

 

「それ!」

 

「もぉ、小町ちゃん!」

 

平和だねぇ。一応ウチの国、戦時下なんだが。にしても、こういう風に無邪気に遊べたら良いんだがなぁ。俺はそういう風になれる、その基幹を作る部分は全て戦場にあった。アイツらとの日々も楽しかったが、一回くらいはこんな風にしたかっt

 

バシャッ!

 

「冷てっ!?」

 

「なーに、難しそうな顔してるの?ほら、真也も来なさい!」

 

「うわっちょ!」

 

そう言ってオイゲンに川へと引っ張られて、一緒に水掛け遊びに参加した。オイゲンからすれば、別にどうという事は無い行動だったのだろう。だが長嶺にとっては、とても嬉しい物だった。

 

 

 

02:00 更衣室

「確か、肝試しのお化けって言ったよな?」

 

「なにこの安っぽいコスプレ」

 

取り敢えず川遊びも終わって、昼ご飯も食べ終わった。いよいよ夜に向けて、お化け用の仮装セットの試着に来たのだが、明らかにドンキとかに売ってる安っぽいコスプレセットなのだ。

セーラームーンっぽい魔法少女、巫女服とフリフリのスカートが融合したヤツ、グレイとかいう宇宙人、果ては恐竜やら超大型巨人まで。ラインナップはこの上なくひどい。

 

「たかーまがーはらーにー」

 

早速着替えた海老名が、お祓い棒と魔法のステッキ的なのが融合した棒を振りながら、謎の言葉を言っている。

 

「無駄に本格的だな」

 

「私、陰陽師物もイケる口だから!」

 

今度は戸塚が出て来た。因みに格好は魔法使い。

 

「魔法使いって、お化けかな?」

 

「分かりにくいガチ物を持ってくるより、魔法使いみたいな方が分かりやすいだろ。ただ」

 

「ただ?」

 

「服のデザイン的に、どう見てもファンタジー系の魔法使いだからなぁ。ちょっと入らないかも」

 

同じ魔法使いでも、確実に悪と分かる格好なら良かった。オーバーロードのアインズ様みたいなのとかなら。だが戸塚の着ているコスチュームは、シンプルな子供向け魔法使いの格好で迫力には欠ける。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「じゃーん!」

 

今度は小町が来たのだが、これはなんと言えば良いのだろう。茶色のネコ何だろうが、怖い云々じゃなくてパーティーでふざけて着るネコの格好である。しかも着ぐるみタイプじゃなくて、手にデカい肉球とか付けるタイプなので怖さゼロな上にリアリティもゼロと来た。

 

「なにそれ、化け猫?」

 

「多分?まあよく分かんないけど、可愛いからいいかなーって!」

 

どうやら着てる本人もわからないらしい。すると雪ノ下がどこからとも無く現れて、耳や尻尾を触って謎の鑑定が始まった。表情から察するに50〜60点位の、何とも微妙な点数だったのだろう。

因みに雪ノ下の格好は和服で、多分色合い的に雪女辺りをイメージしてるのだと思う。由比ヶ浜は安っぽい材質のサキュバス。

 

「これ、グナイゼナウから借りてくれば良かったかしら?」

 

「あー、確かサキュバス系のコス自作したって言ってたな。そうだ、今度ウチでもやってみるか?」

 

「仮装パーティーってよりも、コスプレ大会になりそうな気がするわ」

 

長嶺とオイゲンは今回、裏方での仕事となっているので着替えてはいない。だが今回の場合、寧ろそれがアタリだったと思う。正直、あんな格好はしたくない。

 

「それで件の問題、どうするのかしら?」

 

「やっぱり瑠美ちゃんが、自分から話すしかないんじゃないかな?」

 

瑠美ちゃん、もとい例のボッチ小学生が川遊びの時に比企ヶ谷へ愚痴っていたらしく、比企ヶ谷は恐らく何かをこの肝試しで仕掛ける予定なのだろう。

このタイミングでなったのは比企ヶ谷に取っても好都合だろうし、ここは敢えて何もせずに静観を決め込む。まあ葉山にちょっとばかし呆れていて、危うくツッコミそうになるが。

 

「多分それじゃ、瑠美ちゃんがみんなに責められちゃうよ」

 

「じゃあ1人ずつ話し合えば」

 

「同じだよ。その場では良い顔しても、裏でまた始まる。女の子って隼人くんが思っているより、ずっと怖いよ?」

 

良い感じに葉山の意見は、同じグループである筈の由比ヶ浜と海老名によって捩じ伏せられている。

 

「なぁ、俺に考えがあるんだが」

 

「ロクな考えでは無さそうね」

 

「まあ聞け。折角の肝試しだ、これを利用するに限る」

 

ようやく比企ヶ谷のターンらしい。そして雪ノ下。ロクな考えじゃないと聞く前に決めつけるのなら、お前はそれ以上の良案を持っているのか?

 

「どう利用するの?」

 

「人間関係に悩みを抱えるのなら、それ自体を壊してしまえば悩む事は無くなる。みんながぼっちになれば、争いも揉め事も起きない」

 

比企ヶ谷の作戦はこうだ。肝試し中に幽霊では無く現実的な恐怖を与えて、人間関係を壊そうというのだ。具体的には誰かが脅すなり何なりして、2人だけ差し出せば許してやる的な流れに持っていって、仲間割れを引き起こそうという物らしい。

この作戦自体、最悪の場合は失う物も大きいが幸いな事に最適な人員がいる。

 

「その役目、誰がやるんだ?」

 

「俺としては葉山、戸部、三浦がいいと思ってる。なにか問題が起きてもトップカーストで成績も葉山以外もそこそこだし、人間性で問題を起こした事はないから、多分問題にはなりにくい。最悪の場合は捉え方の違いとかで誤魔化せる。

そして何より、コミュ力に関してはお前達が一番高いからな」

 

「わかった。みんなやろう!」

 

こういう時、みんなの先頭に立つ葉山は乗せやすい。自分はコミュ力無いとか言っている比企ヶ谷だが、コイツは自覚がないだけで人を操る事だって出来るくらいにはコミュ力がある。益々欲しくなる人材だ。

 

 

 

夜 森の前

「そろそろかしらね?」

 

「あぁ。お、噂をすれば何とやらだ」

 

茂みの中に隠れるオイゲンと長嶺。この2人は今回の作戦で、何かあった際の予備兵力として近くで待機している。LINEの画面には小町から「今行きました!」というメッセージが表示されており、作戦が始まったらしい。

 

「それじゃ、アレ頼む」

 

「はいはい」

 

オイゲンは懐中電灯の光を点けて、向こうの茂みで待機している葉山達に合図を送る。向こうからも「了解」の合図として懐中電灯が点いたので、作戦はいよいよ始まろうとしていた。

 

 

「あ、お兄さん達だ!」

 

「超普通の格好してる。ダッサー」

 

「この肝試し、全然怖くないし」

 

「高校生なのに頭悪ーい!」

 

出会って早々、ボロクソに言ってくる小学生達。仮にそういう作戦がなくとも、普通にキレて可笑しくない言動である。そしてそれは初手で仕掛ける戸部と三浦も同じだった様で、軽く本気の入った脅しが始まる。

 

「あぁん?なにタメ口聞いてんだよぉ?」

 

「ちょっとアンタら、調子乗ってんじゃないの?別にあーしら、アンタらの友達じゃないんだけど。つーかさー、超バカにしてる奴いるよねぇ?アレ言ったの誰?」

 

「ノリノリね」

 

「いやまあ、普通にキレるだろアレ」

 

思ってたよりもノリノリで脅してる2人に、長嶺とオイゲンは内心では少し笑っていた。だが事情を知らない小学生達は怖がっており、明らかに顔が青褪めてるし泣きそうにもなってる。

 

「ご、ごめんなさい.......」

 

「誰が言ったか聞いてんの!」

 

「ナメてんのか、オイ!」

 

近くの木に蹴り入れる女子高生とガチの顔で迫ってくるチャラ男。軽くトラウマコース確定である。

 

「やっちゃえやっちゃえ!ここで礼儀を教えとくのも、あーしらの仕事っていうの?」

 

「葉山さーん!コイツらやっちゃって良いっすかぁ!?」

 

ここで長嶺とオイゲンが吹き出した。勿論バレては作戦が瓦解するので、声を押し殺してゲラゲラ笑う。

 

「あのバカ王子が兄貴分、フフッ」

 

「似合わねぇwww。って、ん?」

 

戸部と三浦の待機していた茂みの奥から葉山が出てくるのだが、明らかに足音が多い。

 

「どうかしたの?」

 

「葉山の後方、約40。武装した奴がいる」

 

「嘘でしょ?」

 

「マジだ。恐らく、例の死体に関係してる」

 

最近は見る事の少なかった、戦場で敵を観察する際に見せる全てを見通さんばかりの鋭い眼光に本当である事を理解した。なら、今からやる事は分かっている。

 

「なら私は、援護に徹するわね」

 

「あぁ。だが今はまだ動くな。奴等はまだ攻撃準備すら、って銃口を向けてやがる。ヤバい!」

 

すぐに茂みから飛び出すと、何故か小学生達も2、3回のフラッシュの後に走り出した。この際、この方が好都合。すぐに葉山達の真横に移動し、タクティカルライトを謎の戦闘員目掛けて灯す。

 

「グッ!?」

 

やはり武器、というかAK74を構えた男が立っていた。すぐに鉤縄で武器を奪い、男に向ける。

 

「何者だ!!」

 

「え、ちょ桑田?」

 

「桑田くん、何してんべ?」

 

次の瞬間、男が大きめのマチェットを構えて突撃してくる。牽制射撃で周囲に弾をばら撒くが、全く臆する事はない。

 

「チッ!」

 

「シャァァァァ!!!」

 

走る勢いそのままに、飛び上がって上からマチェットを突き立てようとする。だがナイフ戦の様な接近戦に於いて、空中に飛ぶというのは最大の悪手だ。すぐに一歩引いて、そのままこめかみ辺りにハイキックを食らわせる。

 

「せい!」

 

吹っ飛ばされる男。しかし直ぐに立ち上がり、またナイフを持って切り掛かってくる。

 

「今ので堕ちないのかよ!?」

 

ライフルを盾にマチェットを防ぐが、力が異常に強い。人間のソレとは比べ物にならない物で、明らかに人間の限界を超えた力である。

だがその仕掛けは直ぐにわかった。顔色が土気色で、半開きの口からは涎が常に垂れているし、目の焦点も合っていない。恐らく、何かしらの薬物を投与しているのだろう。それも、限界量を超えて大量に。

 

「シャァァァァ!!」

 

「力は強い。が、その程度で殺せるものか!!!!」

 

刀で斬撃を受け流す様に、タイミングを見計らって銃を斜めに傾ける。刺すために渾身の力で押していたのが、いきなり別方向へ力が進む様にされたのだ。バランスを崩し、一瞬力が弱まる。

弱まった瞬間に背後へと回り込み、至近距離から太腿に弾丸を撃ち込む。

 

「例えラリっていても、痛みは危険信号だ。流石にこれで動けなく」

 

なんと倒れたまま、横薙ぎの斬撃を足元に加えてきた。流石の長嶺も予想外で、結構な距離を取ってしまう。

 

「これでも動くってマジか.......」

 

「おーい、みんな大丈夫ー!?」

「みなさーん、大丈夫ですかー!?」

 

「お前ら!!大声出すなー!!!!!!」

 

一応叫んでみたが、やはり遅かった。太腿に弾丸をぶち込まれてる筈なのに、普通に2人へ向かって突撃する。だがさっきまでより動きは多少鈍い。お陰で狙いやすくはなったので、これで無理矢理無力化する事ができる

 

ズドンズドンズドンズドン

 

4発の銃声が森林に響く。長嶺の放った弾丸は正確に、男の両膝の関節と両腕の第二関節を撃ち抜いていた。流石に関節をやられては動けず、そのまま地面に倒れる。

 

「桑田、まさかお前、殺したのか.......?」

 

葉山が恐る恐る聞いてくるが、まだ安心は出来ないので銃口を男に向けたまま答える。

 

「いや、関節を撃ち抜いて無力化した。致命傷にならない様に撃ったから、死んじゃいない」

 

「.......だが今のは過剰防衛だ。警察に自首すべきだ!!」

 

何故か知らないが、ここぞとばかりに責めてくる葉山。まあどんなに吠えた所で、今のは普通に正当防衛として処理される。というか殺したとしても、長嶺の場合は罪には問はれない。

 

「それはコイツが普通の状態なら、確実に今のは過剰だろうよ。お前は分からなかったかもしれないが、あの男は太腿に5.45mm弾をぶち込んでも動いた。

しかも確実にあれはヤク中の目だ。正常な判断ができない、武装したゾンビみたいな男。流石にそこまで揃っていれば、今のも正当防衛だ。というかお前、弁護士や検察官じゃないのにそういうことを無闇矢鱈に言うな」

 

そこまで言うと葉山は黙ったが、代わりに男が急にガタガタ痙攣し出した。しかも血とゲロまで吐いており、明らかに普通じゃない。

 

「アガガガガガガガ.......」

 

「止まった?」

 

「ガガガッ、ガッ!」

 

一度止まり、また強く痙攣する。しかし2回目の痙攣以降、もう2度と動かなかった。

 

「ま、まさか桑田くん殺しちゃったんだべ?」

 

「どう見ても、銃に撃たれたのが原因の死に方じゃない。俺は以前、ヨーロッパに住んでいたんだ。EU内乱で何度も射殺された死体や射殺された瞬間も見たが、今のはそのどれとも違う。今のはどっちかって言うと、毒か何かを盛られた時の死に方だ」

 

「おーい、お前ら何があった!?」

 

そうこうしていると、別働していた比企ヶ谷、由比ヶ浜、雪ノ下もやって来る。なんか全員揃ったのだが、一方で周囲を囲まれてしまっていた。

 

「チッ、囲まれたな。オイ.......エミリア、お前にこれ預ける」

 

そう言いながら、長嶺は自分の持っていたAK74を投げ渡す。

 

「な、なんで私なのよ!」

 

「この中で俺の次、というか俺を除いてマトモに射撃経験のあるのはお前だけだろ?俺は周囲の奴らを無力化しながら惹きつけるから、その間にみんなを安全な場所に連れて行け」

 

「安全な場所って、一体どこよ。というか私、こんなのよりもいつもの方が良いんだけど?」

 

いつもの。つまり、艤装である。しかしこんな場所で艤装を使えば、一般人の比企ヶ谷達諸共あの世送りする事になってしまう。まあ証拠隠滅は出来るかもしれないが、流石にオーバースペックだしデメリットの方が高い。

 

「アホか。あんなもん使えば、みんな仲良くあの世行きだ。取り敢えずこの先に渓谷があるから、そこまで行け」

 

そう言いながらオイゲンにLINEでこっそりメッセージを送り、その周囲一帯に霞桜の隊員を配置する事を知らせた。

 

「真也、死なないでね」

 

「お前、この俺がこの程度の連中に殺されるとでも思っているのか?傷一つ付けることも叶わず、戦闘不能になるのがオチだ。さあ、行け!!」

 

長嶺の叫びに、オイゲンは従った。他の連中を先導し、言われた場所へと直走る。

 

「行ったな。さーて、遊ぼうぜ?テロリスト共!!!!」

 

さっきまでは他の生徒の目があったので、あくまでも『桑田真也』として戦う必要があった。だがもう、その目はいない。つまり今からは『長嶺雷蔵』として、対処が可能となる。本来なら最初の牽制射撃で正確に脳天をぶち抜くことも出来たし、何なら気づいた瞬間に向こうが攻撃体制に入る前に倒す事も出来ていた。だが出来なかった。

いくら他の人の目があったとは言え、殺さなかったのは少しばかりイラつく物だ。だったら今から、鬱憤を晴らせばいい。

 

「さぁ、今日は拳銃縛りだ」

 

太腿に装備していた阿修羅HGをホルスターから抜き取り、安全装置を解除。トリガーに指を掛けて、戦闘体制にはいる。

 

「シャァァァァ!!!!」

 

「遅い!」

 

ズドォン!

 

断末魔を上げる余裕も無く、脳天を25mm弾が撃ち抜く。この一発が号砲だったかの様に、四方八方からAKやPKMの弾丸が長嶺を狙って降り注ぐ。

 

「弾幕張ったくらいで倒せるものか!!」

 

だがコイツには通用しない。弾幕を張った位で殺せているのなら、コイツは既に100回以上死んでいる。

 

「この戦い方、まさか霞桜総隊長!?」

 

「そんな、あり得るのか!?」

 

敵側もどうやら全部が全部、あのヤク中狂戦士という訳ではないらしい。一部の恐らく軍隊でいう士官クラスの戦闘員らは、今目の前にいる高校生が世界最強の特殊部隊である霞桜の中でも、ズバ抜けて異次元クラスの戦闘力を持つ長嶺だと気付き始めた。

だが気付こうが気付かまいが、長嶺は有象無象の区別なく敵と認識した者は一切合切全て殺す。気付いたところで、もう遅い。

 

「よくわかったな。ご褒美だ」

 

ズドォンズドォン

 

「次は誰だ?」

 

その後も周りにいた20人近くを掃討し、すぐにこの謎の戦闘員集団の本拠地を探し出す。

 

(我が主。敵のアジト、見つけたぞ。今から誘導する)

 

(さっすが八咫烏。ナビゲート頼むぜ!)

 

八咫烏の誘導通りに進むと、3棟のプレハブ小屋があった。どうやら本部、薬物の栽培と保管、宿舎の役割をそれぞれ持っているらしい。

 

「やっぱ、さっきの狂戦士は薬物でタガを無理矢理外していたか。まったく、エゲツない真似するなぁ」

 

適当に散策していると、何か背後から襲おうとする奴もいたがノールックで頭に鉛玉ぶち込んだだけなので割愛する。

本部のプレハブに入り、色々データをコピーしたりすると所属がわかった。薄々勘づいていたが、やはりURの連中だった。どうやらここで薬物を栽培して売り捌いたり、マネーロンダリングしてアフリカの本拠地に流したりしていたらしい。ここはその支部で、武装部隊の駐屯地だったのだという。まあ、さっきの戦闘で大半が殺されるか桑田真也用に拘束したが。

 

『こちらベアキブル!親父、ちょっと不味いことになりました!』

 

「どうした?」

 

『警察が介入し出しました!!しかも連中、SATまで動かしてやがる!』

 

SAT。警察の持つ対テロ特殊部隊で、霞桜にとっては厄介な相手となる。何せ一応の管轄が防衛省の霞桜と、警察管轄のSATではかち合うと面倒事に発展しやすいのだ。

 

「何としても妨害しろ!その間にこっちでどうにかする!!」

 

『了解!ですが、オイゲン嬢への護衛が減っちまいますよ?』

 

「だったら俺がすぐに合流するまでだ!」

 

次の行動は決まった。だが、ここからは時間との勝負。もしも戦闘している所を警察に見られでもしたら、色々面倒なことになる。最悪、逮捕案件になる。

なにより、オイゲンが危ない。確かに訓練は受けさせたし、何度か射撃とCQCのレクチャーもしている。だがオイゲンの射撃は、お世辞にも上手くはない。CQCの方はキックボクシングをやってたとかで、まあ少しはできるが。というか援護なしで戦場を知らない一般人10名近くを引っ張るのは、流石に酷だろう。

そう思い、取り敢えず本部にあった適当な武器を少し持って走り出す。

 

 

同時刻 オイゲンside

「みんな、もうすぐよ!」

 

長嶺と別れた後、どうにかみんなを先導して安全地帯の小さな渓谷まで逃げ延びた。ここは恐らく、既に霞桜の隊員が潜んでいる筈と思いながら。だがその期待は、すぐに裏切られることになる。

 

「どこへ行こうと言うのだね?君達に何の罪もないが、君たちはここで終わりなのだよ」

 

「だ、誰!?」

 

声からして初老の男なのは分かったが、姿も見えないし気配も分からない。

 

「誰、と聞かれて答える者はいないよお嬢さん。だが今宵は、特別にお答えしよう」

 

茂みの奥から真っ黒な迷彩服を着た、少し強面の老紳士が現れた。その手にはクロスボウとクリス ヴェクターが握られており、戦闘慣れしたプロであるのがわかる。

 

「私はゼク。殺し屋のゼクという。短い間になるだろうが、見知りおいてくれたまえ少年達よ」

 

「ぜ、ゼクさん!どうか僕達を見逃してくれませんか!?」

 

「ちょっと!」

 

なんとここで、葉山が蛮勇を示した。お得意の「みんな仲良く」精神なのだろうが、こんな武器を持った明らかにヤバい奴相手にまで言える辺り、もう尊敬の域にすら到達しているだろう。

 

「どうしてだね?」

 

「僕達は偶々、ボランティアに来ていただけなんです!小学生の自然教室のボランティアに!それ以外は何もしてませんし、僕達があそこにいたのもプログラムにあった肝試しをするためであって」

 

「それはそれは。貴重な情報だ。まさか君の様な、バカがいてくれて大助かりだ。まさか他にも人間が、それも大量にいるとは思わなかったよ。

ふむ、その者達も我々の姿を見た可能性があるのなら殺さないといけないな。いや、本当に君のおかげで助かった。褒美に、殺す時は苦しまない様に楽に逝かせてあげよう」

 

葉山の行動は裏目に出た。というかいつものクソ精神によって、こうも状況が悪くなったというのにそれに気付いてないのは才能なのだろうか。だがそのお陰で、オイゲンは十分気持ちを鎮められた。

バレない様に静かに、でも即座にライフルを構えて、撃つ。

 

ズドドド

 

「おっと!危ないねぇ」

 

「チッ、外したわね」

 

「そんなに死にたいのなら、すぐに、いや。君はボスの手土産に、連れて行くとしよう。スタイルも顔もいいしな。だが他の者は、全員殺すとしよう」

 

そんな事を言われては、一般の高校生である比企ヶ谷達は震え上がる。怖いのはオイゲンも一緒なのだが、オイゲンにはまだ希望があった。脳裏によぎる、自分が知る中で一番強くてカッコいい男。そして恋焦がれる相手。きっと、彼がどうにかしてくれると思っていた。

そして、それは叶った。

 

「邪魔だ!どきやがれクソジジイ!!」

 

背後にあった木の枝を使って遠心力の力を借り、強烈な蹴りを老紳士の背中に叩き込む。どうやらチョッキか何かを着ているらしいが、それでも蹴りの衝撃は加わる。少しよろけた程度だが、それで十分だ。

 

「背後がガラ空きなんだよッ!!」

 

そのまま本部から奪ってきたスタンガンを押し当てようとするが、受け流されて逆に後ろへと吹っ飛ばされてしまう。

 

「ふふふ、どうやら骨太な奴もいた様だねぇ」

 

「真也!!」

 

「悪い、遅くなった。取り敢えずは無事って所だな。なら、そのままコイツらを守れ。俺が奴を無力化する」

 

そう言った瞬間、茂みの中から小さめの影が飛び出してきた。ガルム、もとい犬神が幻月を加えて持ってきたのだ。

 

「ナイスだガルム。それじゃ、本気でいこうか!!」

 

いつもは二刀流で、それが一番しっくりくる戦い方である。だが例え一刀流であっても、普通に強いのが長嶺だ。鞘をも攻撃手段とする、人を殺す為だけに作った我流剣術。それを知らない老紳士は、余裕の笑みでクロスボウを連続で放った。

 

「死ね!!」

 

「甘い」

 

刀を抜くと、放たれた三本の矢を正確に払い落とす。どうやら三連続までしか撃てないらしく、ヴェクターで牽制しようとするが、武器変更の隙をついて間合いまで飛び込む。

 

「オラァ!!」

 

刀の柄を鳩尾に力一杯叩き込んで気絶させるが、気を失う直前に三浦に向かってヴェクターのトリガーを引いた。幸い弾は全部空を切ったが、バランスを崩した三浦は転落してしまう。

 

「1人は殺したぞ.......」

 

「優美子!!」

 

みんなが崖へと集まるが、暗くて何も見えない。オイゲンがライトで照らすと、怪我なく生きてる三浦の姿があった。どうやら下の枯葉がクッションになったらしい。

 

「優美子ー!!自分で上がれそうか!?!?」

 

「多分無理ー!!」

 

葉山がダメ元で聞くが、まあ普通に考えて無理だろう。

 

「どうしよう.......」

 

海老名の呟きに、誰もが押し黙る。だがそんな中で、長嶺は黙々と何かを準備する。

 

「桑田?」

 

「ロープよし。安全確保よし。降下、開始」

 

そう言うとロープを渓谷の下へと投げ、そのままラペリングの要領で下に素早く降りる。オイゲン以外が、その洗練された素早い動きに驚いている。

 

「い、今の何?」

 

「ラペリングだ。よく映画とかで、ヘリから兵士が降りる時にやるヤツ。あれだよ。さて、じゃあしっかり背中に掴まれよ?」

 

「え?」

 

三浦を背中に縛りつけ、今度はフリークライミングで上を目指す。ものの一分で登り、三浦を救出した。余りに現実離れした動きに、もうみんなついて行けてない。

 

「.......はっ」

 

さっきの老紳士が目を覚まし、自分に注目が来てないのを悟ると立ち上がってロープを奪い、渓谷の下へと逃げた。流石に三浦を縛りつけた状態では対応できず、泣く泣く見逃したかに思えた。だが…

 

「エミリア、銃貸せ」

 

「え?いいけど」

 

AKを奪い取ると、長嶺はロープを使わずに下へと飛び降りた。流石にこれはオイゲンもビックリして、渓谷の淵へと駆け寄る。だが長嶺の姿は既に渓谷の下にあり、AKを老紳士へと向けていた。

どの様に一瞬で移動したのかと言うと、まず少し下の岩へと飛び移り、ついで対岸にある少し下岩へと飛び移る。飛び移った岩から今度は、対岸にある少し下の排水用パイプに飛び移り、そのままパイプを引き剥がして対岸の岩に着地。そしてそこから飛び降りつつ、空中で前転して衝撃を軽減し地面に着地した。文面では疾走感ないが、実際はこれを素早くやっている。

擬音で表すなら、「バッ!バッ!バッ、ベリベリ!バッ、グルン、ドスッ!」とでも言おうか。因みにイメージとしては龍が如くの老鬼(ラオグウェイ)が見せた、アクロバティックな着地である。

 

「はいはーい、逃げても無駄ね!」

 

ズドドドズドドド

 

安定の関節撃ちで無力化し、またフリークライミングで登る。そして事件は終わりかと思いきや、まだ刺客は残っていた。スナイパーがいたのである。

 

ズドォォン   パシュン

「スナイパーまで居るのかよ!?みんな岩陰に!早く!!!!」

 

すぐに岩陰に避難したが、完全に退路を断つ形で撃ってきている。だがこちらにも、しっかりスナイパーライフルはあるのだ。本部から持ってきた武器には、スナイパーライフルのM24E1 MSRがある。だが今は、丁度オイゲンの近くに転がっている。

 

「エミリア!そのライフルをこっちに!!」

 

「こ、これ!?」

 

「そうそれ!こっちに蹴飛ばせ!!」

 

ライフルを足で思い切り蹴ってもらい、こっちに渡してもらう。まだ銃声と着弾音が鳴っているが、お陰で場所は割り出せている。だが念の為、保険は掛けておきたい。

 

「比企ヶ谷!葉山!!そこのライフルで、牽制しろ!!」

 

「僕を人殺しにする気かい!?!?」

 

「アホ!!この距離でそんな粗悪品AKの弾丸が届くか!!!!とにかく、このまま射殺されたく無けりゃ指示に従え!!」

 

嫌々ながらも葉山は銃を握りしめ、比企ヶ谷はすぐに構えて指示を待っていた。

 

「いいか。俺の合図で、とにかくあの辺りに弾をありったけ撃ち込め。当たりはしないが、ストレスが掛かり精度が落ちる筈だ」

 

「桑田、お前は?」

 

「俺はフィナーレを決めるさ。コイツでな」

 

背中のM24E1 MSRを軽く小突きながら、長嶺は笑った。その笑みは桑田真也ではなく、長嶺雷蔵としての笑みである。

 

「よし、殺れ!!」

 

ドカカカカカ!!ドカカカカカ!!

 

牽制射撃に堪らず、スナイパーも狙撃をやめた。だがその間に、長嶺は狙いを付ける。これだけ離れていたら、例え殺してもバレる事はない。なので、しっかりスコープごと目を撃ち抜く。

 

「ターゲットダウン!」

 

「お、終わった?」

 

「多分これで一先ず安心だ。その内警察も来るだろうし、このままここで待機だな」

 

その後、SAT含む警察が到着し保護とURの確保をお願いした。銃の使用については色々言われたが、上から正当防衛になる様に圧力掛けて事なきを得ている。

実際、警察が確保したのはオーバードーズで死んだ死体と腕や足が撃ち抜かれたテロリストしかいない。残りの殺した死体は、既に回収してるので証拠はない。となると殺人罪には問えないので、なんやかんやでお咎めなしとなった。因みに平塚先生は、サボってた上にテロリストに襲われてる時は1人ラーメンを啜りに行ってたらしいので減俸処分になったと言う。

 

 

 

翌日 千葉駅

「なぁ、桑田。一つ、聞いていいか?」

 

「なんだ葉山。えらく改まって」

 

帰りのマイクロバスの中で、葉山が話しかけて来た。バスに乗っている総武高の面々は皆、2人の方に耳を傾けている。

 

「君は何故、あそこまで戦い慣れているんだい?」

 

「そりゃお前、こちとらEU内乱を生き残ったんだぜ?死体とかは見飽きる程見たし、何度か生き残る為にトリガーを引いた事もある。

お前達が友達や家族と楽しくやってた頃、俺は戦場の血の混じった泥水を啜り、死肉を貪り、闇が支配する血の海を泳いで来たんだ。生き残る為、生き抜く為、俺は戦場を歩き続けた。だからさ、あそこまでやれるのは」

 

嘘ではない。長嶺は常に世界の闇、魔女の釜の底のような醜い世界で生きてきた。殺し殺され、また殺す。そんな我々の非日常が日常の、トンデモ世界を生き抜いて来た。だから別に、どうということは無い。

 

「思い出させてしまってわ」

「言うな。テメェのくだらん同情や偽善ごっこに付き合ってやれる程、俺は優しく無い。俺は人を殺しても後悔はしない。奴らは武器を持ち、戦場に立った。武器を持つというとことは、殺される事も覚悟しないといけない。

それだけは古今東西、どんな戦争であっても等しく存在する唯一無二の絶対ルール。俺は例え殺されても殺した奴は恨まないし、殺しても何も思わない。ソイツは所詮、そこまでだったというだけだ」

 

一般人には理解のできない、戦場に生きる者のみ知る絶対の掟。オイゲンを除く他の皆は一様に恐怖を覚えたという。

 

 



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第四十五話happy birth day

千葉村での戦闘より数週間後 8月7日 江ノ島鎮守府 会議室

「みんな、揃ったわね?」

 

この日、オイゲンは各陣営のトップKAN-SEN、各艦種の代表艦娘、間宮、ベルファスト、そして珍しい事に霞桜の大隊長を呼び出した。

 

「えぇ、揃っていますよオイゲンさん。いいえ。ここでは、本部長とお呼びした方がいいですか?」

 

いつもは長嶺の右腕として、長嶺不在時の江ノ島を取り纏める副長のグリムがオイゲンの右斜め後ろに立っている。

 

「そう。なら、予定より少し早いけど始めましょうか。指揮官のお誕生日パーティー実行委員会の会議を」

 

そう。会議室に鎮守府の運営を司る主要幹部メンバー全員が、こうして雁首揃えているのは長嶺の誕生日パーティーをする為である。

時は、今から二ヶ月前の梅雨時期に遡る。

 

 

「誇らしきご主人様、お部屋のお掃除に参りました」

 

「ん?あぁ、ご苦労さん。俺はここで銃の整備やってるから、この辺り一帯はしなくていいよ。向こうのそこから、その辺りくらいまででいい」

 

「わかりました」

 

別に何という事もない、雨の日の昼下がり。珍しく仕事が早く片付き、特に無理してやる必要もない仕事しかなかったので、長嶺は自室で愛銃の手入れをしていた。

いつもは部屋に入り浸ってテレビやゲームしてる犬神と八咫烏も、今日は鎮守府の中を散策しているらしく、今部屋にいるのは主たる長嶺と掃除に来たシリアスだけだった。

 

「キャア!!」

 

部屋に入って3分もしない内に、背後からシリアスの悲鳴と共に何かが大量に落ちてきた様なデカい音がした。音的に何かやらかしてるので、すぐに後ろを向く。

見れば執務机の後ろに置いてあった本棚の本の殆どが地面へと落ち、その真ん中でシリアスが尻餅をついて涙目になっていた。

 

「あーあー、また派手にやっちゃったな」

 

「も、申し訳ありません誇らしきご主人様.......」

 

「別に本は直せばいいんだから問題ねーよ。ってかそれより、お前の方だ。ケガとかしてないか?」

 

「大丈夫で、いっ!」

 

どうやら大丈夫じゃなかったらしい。見れば頭にたんこぶが出来ている。高速修復剤をぶっ掛ければKAN-SENも艦娘と同じ様に治るが、この程度なら使うのは勿体なさすぎる。

となれば普通に、頭を氷で冷やしてやるのが手っ取り早い。その辺は医師免許持ってるだけあって、すぐに用意してシリアスの頭に乗せた。

 

「ほい、処置完了!」

 

「あ、ありがとうございます、誇らしきご主人様」

 

「これでも医者だからな。さーて、それじゃ俺は本を片すから他の掃除でも頼む」

 

山と化した分厚い色んな分野の専門書を、本棚へと直していく。医学系、料理系、法学系、工学系、生体化学等々。その種類は多岐に渡っているが、その全てがプロが読み込む様な物ばかりである。

 

「おっと、コイツも落ちていたか」

 

最後に1つの写真たてを拾い上げて、それを執務机の上に置く。写真立てには何処かの海と夕日をバックに、まだ幼さの残る顔立ちの長嶺が戦闘服を着て写っていた。

 

「誇らしきご主人様、その写真はどこで撮られたのですか?」

 

「.......俺だけが知る、秘密の場所さ」

 

「綺麗.......。いつ取られたのですか?」

 

「少し前の誕生日だから、多分4、5年前の8月8日だな」

 

因みにシリアスは後から知るのだが、長嶺の誕生日の情報は長らく謎であった。なのでこの情報は霞桜含める、全ての鎮守府にいる仲間達に広まった。掃除の方は流石にそれ以上は何もしでかす事なく、無事に掃除を終えて部屋を出て行く。

シリアスがいなくなると長嶺は写真立てを手に取り、後ろの板を外して中を見た。中にはまた別の写真があった。長嶺含める4人の少年達が、武器を持って笑っている写真である。そして写真の上には、3枚のドックタグも入っていた。

この写真はかつて、長嶺が元いた部隊での最後の出撃前に撮影した写真である。この写真を撮った後の作戦で、長嶺は最も信頼する3人の友人を亡くしたのだ。

 

「アイツらが亡くなって、もう10年か.......」

 

とまあ、こんな具合に偶然誕生日の情報をゲットしたシリアス。これまで霞桜の面々も知らなかった誕生日に、幾つかの思惑が重なって誕生日パーティーが計画され出したのだ。

因みにこの思惑というのが、ヤベンジャーズ&提督・指揮官LOVE勢が「ワンチャン神ってる方まで行き着けるかもしれない」というもので、駆逐艦などの子供組は「みんなで美味しいものが食べれる!」というもので、霞桜の面々が「偶には総隊長の顔真っ赤な姿とか、ハーレムendを見て弄り倒したい!」というもので、残りが「普通に祝ってあげたいor感謝を伝えたい」的な真っ当なものである。

 

 

「それじゃあ、最終確認よ。実行日は明日、丸々1日使って行う。朝指揮官を起こして、そのまま海に連行。海で遊んだ後、軽食を食べてプールで遊ぶ。

夜は豪華なパーティーを開き、最後に打ち上げ花火を見る。これでいいわね?」

 

「それでは、各部門より報告を」

 

「はい」

 

まず立ち上がったのは調理担当の間宮。当日は厨房には入らないが、仕込みや妖精達への指示は彼女担当である。

 

「昼食に関しては食べ易いよう、サンドイッチを準備してあります。夕食の方はビュッフェ形式で、各国の様々な料理を作らせる事にしています。ジュースサーバーは本日夕方までに設置し、酒類に関しては準備が完了次第、順次搬入します」

 

「ロイヤルメイド隊は会場設営に入っています。一部を通常業務にあたらせカモフラージュしつつの作業ですので当初の予定とは若干の遅延はありますが、本日の昼過ぎから夕方までには完了致します」

 

間宮、ベルファストが座ると今度は重桜と鉄血のレッドアクシズメンバーが立ち上がる。

 

「我々がビーチ整備を担当した。パラソル、ビーチバレーコート、ビーチベッドも設置済みだ」

 

「海の家の準備も完了したわ」

 

鉄血代表のビスマルク、重桜代表の赤城が座ると、次はユニオンとロイヤルの代表、エンタープライズとプリンス・オブ・ウェールズが立ち上がった。

 

「私達はプールの準備を担当した。プールも全てピカピカに磨いてあるぞ」

 

「軽食やドリンクの店も準備済みだ。後は水を張って、動作確認さえすれば完了する」

 

2人が座ると今度はサディア代表のヴィットリオ・ヴェネトと北方連合代表のソビエツカヤ・ロシアが立ち上がる。

 

「私達は服と食材の手配を担当しました。皆さんの着る水着とパーティー用の衣装は、こちらでしっかり用意済みです」

 

「食材についてだが、魚などの生物以外は今日中に全て届く手筈だ。既に続々と到着しつつある」

 

2人が座ると今度はヴィシアとアイリスのコンビ、そしてバルク、レリックが立ち上がる。代表はジャン・バールとリシュリュー。

 

「オレ達は霞桜の奴らと協力して、花火の準備を担当した」

 

「動作チェックまでしていますので、ご安心を」

 

「発射台と設置済みだぜ!」

 

「仕掛けは俺、システムはグリム。完璧」

 

4人が座ると、今度はベアキブルとマーリンが立ち上がる。

 

「俺達は、水鉄砲なんかの玩具を調達してきた」

 

「物はレリック、システムはグリムですが、射撃精度などの調整は私が担当しています。ベアキブルには射撃苦手の代表として、意見を色々貰っています」

 

2人が座り、今度はカルファンが立ち上がる。

 

「私はボスの部屋に忍びこんで、好みの調査をしておいたわ。まあ、何も収穫がなかったのだけど。ホント、情報が無さすぎるわ」

 

カルファンの報告に一同、「あー、やっぱり」と言わんばかりの顔をしている。この計画の始動に際して、一応カルファンとその部下達が長嶺の自室とか執務室を探ったのだが、やはり情報は一切出てきていない。

例えば好物が肉なのは分かるが何肉が好きとかは分からないし、好きなタイプなんかも勿論分からない。完全なる骨折り損であった。カルファンが座ると、今度は本部長であるオイゲンが口を開く。

 

「これなら明日は大丈夫ね。私の方も大臣と、こちら側陣営の提督達に話は通したわ。グリムさんの助言通り、河本陣営?には話を通して無いけど、他の風間提督や山本提督で事足りるわ。

大臣に至っては、是非成功させて欲しいとの命令も来ているしね」

 

オイゲンの担当は、各方面への根回しである。やはり一日中、実質鎮守府が機能しないのだ。しかもそれが海軍のトップであり最大最強の戦力を保有する鎮守府ともなると、やはり各方面への根回しが必要だった。

しかし敢えて根回しの対象を長嶺の派閥のみに限定しているので、横槍や問題が呼び込まれる事なく根回しは完了した。敵対派閥の河本が、遠く離れた佐世保が拠点だったのが幸いである。

 

「最後は私ですね。私は主に、総隊長殿の妨害と誘導を行なっています。今のところはバレていませんが、こういう所と戦闘面だけは勘がズバ抜けて効きますのでバレるのも時間の問題となるでしょう。

しかしここまでバレてはいませんので、このまま押し切るつもりです」

 

「それじゃあ、みんな。明日のパーティー、必ず成功させるわよ?」

 

「「「「「「「おぉー!!」」」」」」」

 

会議は終わり、参加者達は拳を掲げる。今回ばかりはヤベンジャーズも「あくまで今回は普通にアピールするだけに留めて、指揮官様に楽しんで貰おう」という、これまでで一番マトモな思考回路になった。

まあ際どい水着や服なんかで誘惑はするつもりだし、タイミングがあれば逆セクハラに近い事はするつもりらしいが。

 

 

 

翌朝 05:00 長嶺自室

「ふわぁ.......」

 

何も知らぬ長嶺は、いつものように早朝に目を覚まして身体を鍛えるべくトレーニングを始めようと外に出る。だが外に出ようとドアを開けると、外には恐らくノックしようとしてたのだろう。拳をドアの辺りに作ったベルファストが立っていた。

 

「おはようございます、ご主人様。今朝もお早いお目覚めですね」

 

「いつも通り、身体を鍛えるからな。さて、今日も執務をしないといけないからもう行くわ」

 

「お待ちを。東川大臣より、昨夜ご連絡が入りました。『本日の業務は執務ではなく、艦娘、KAN-SENと触れ合え』との事です」

 

ベルファストはそう言うが、これは少し可笑しい。何故そんな重要な連絡が、何の関係もないベルファストへと行ったのだろう。というかそれ以前に、何故このタイミングでそんな任務が来たのかも謎である。

だがその辺りは、聞く前に全部答えてくれた。

 

「この連絡は昨夜承ったのですが、私とした事がご主人様へお伝えするのを失念しておりました。申し訳ありませんでした」

 

そう言って深々と頭を下げるベルファスト。勿論、そんな連絡受けてないので嘘である。

だがいつもは嘘どころか、こういうタイプの冗談すら言わないベルファストが頭まで下げたのだ。流石の長嶺も、本当のことと思ってしまいます普通に信じてしまった。

 

「まあミスくらい誰にでもあるし、結果的に実質休みが増えたんだ。堂々と二度寝させて貰うよ。さあ、ベルファストも業務に戻りな」

 

「はい、失礼致します」

 

ならばやる事は決まった。確かに長嶺の1日は早いが、それは仕事のある日のみ。休暇や何も無い日は普通の人間と同じ位に起きるし、普通にダラける。つまり、二度寝をするのだ。

 

「よーし、寝よ寝よ。とうっ!」

 

ベッドに飛び込んで、そのまま寝る。その姿は、ベルファストが気を引いてる間に配置しておいたサイレントで捉えられていた。

 

「完全に寝ましたね」

 

「えぇ。それでは、我々も始めましょうか」

 

監視班のグリムとマーリンが、無線を取って各方面に指示を出す。「phase 1、完了。各班はphase 2に移行せよ」と。

この指示を受けて、全員が最後の準備へと動き出す。そんな事も知らず、長嶺はスヤスヤ眠っていた。

 

「ふわぁ.......、今何時だ?」

 

枕元にあるスマホに手を伸ばして時間を見れば、07:30と目覚めるには丁度いい時間であった。

 

「そんじゃ、起きますかね.......」

 

「あ、起きた」

 

「phase 3始動!」

 

勿論監視中の2人が気付き、いよいよ長嶺を巻き込む段階に入った。巻き込みを担当するのは、長嶺とは一番付き合いの長い艦娘である大和。

 

「失礼します」

 

「おー、大和じゃん。どうした、朝っぱらから部屋に来るなんて」

 

「あの、提督。今日は一応、休みなのですよね?」

 

「らしい」

 

「それなら、あの、私と海に行きませんか?今から」

 

大和は最古参の艦娘として、ずっと鎮守府を支え続けてきた。今では艦娘の実質的なリーダーであるし、長嶺が信頼を寄せてる1人でもある。そんな子が「一緒に遊びたい」と頼んでくれば、流石に断る事もできない。

しかも相手がスタイル抜群の美女とくれば、断る理由は全く存在しないどころか寧ろ金を積んででもお願いしたいレベルである。

 

「まあ、別にいいよ。そんじゃ俺は朝飯食べるわ」

 

「その、朝ご飯も用意してあります」

 

「.......準備いいな」

 

なんかちょっと怪しい気がしなくもないが、偽物という訳でも無さそうだし、もし何か企んでいるのなら仕出かそうとした瞬間に『対処』してしまえば問題ない。それ以前に「まあ大和なら大丈夫だろう」という安心感というか、信頼もあるので大丈夫だろう。うん。

 

「べ、別に何もないですよ?」

 

「ほーう?」

 

なんか、この一言で余計怪しさがあるが、多分大丈夫だろうと踏んで一度奥に下がって着替えようとすると、大和に呼び止められた。

 

「あの.......、私も着替えていいですか?」

 

「あー、そういやお前、水着とかじゃないな。それじゃ、そこの部屋使えよ」

 

長嶺は自室内の執務室、大和はウォークインクローゼットの中で着替えて貰う。

因みに長嶺の水着は黒の海パンで、一応しっかり阿修羅HGを太腿に装備している。そして大和はゲーム版スキンの赤と白のビキニではなく、アニメ版の赤と黒のボーダーとヘソ周りに謎の切り込みが入ったビキニである。

 

「着替えたな。じゃあ、行くか」

 

「はい!」

 

 

 

十数分後 鎮守府内ビーチ

「構え!」

 

グリムの命令で、霞桜の兵士達が一斉にロケットランチャーを上空に向ける。弾頭は実弾ではなく、花火である。

 

「グリム、大和さんから連絡来ました。後60秒!」

 

「わかりました。皆さんも準備はいいですね?」

 

グリムが後ろを振り返ると、クラッカーを装備した艦娘とKAN-SENが居た。勿論、全員水着。

 

「提督、こっちです」

 

「はいはい」

 

長嶺がビーチに足を踏み入れた瞬間、まずは霞桜の隊員達がロケットランチャーを撃った。

急に連続して鳴り響いた破裂音に驚き、すぐに大和の前は出て武器を構える。

 

「なんだ?」

 

今度は音楽が鳴り始めて、ワラワラと隊員達が歌を歌いながら出てくる。

 

「「「「「「「「happy birthday、我らが同志。happy birthday、パーティーだ。happy birthday、おーめーでーとーうー!happy birthday to you」」」」」」」」

 

3割近くが音程外してるし、偶にふざけてる奴もいる。だが心の籠った霞桜用のバースデーソングに、長嶺は「今日誰の誕生日だっけ?」と困惑していた。

 

「はい、それでは皆さんご唱和ください!せーの!!」

 

「「「「「「「「提督(指揮官)(指揮官様)(ご主人様)(司令)(司令官)(総隊長殿)(総隊長)(総長)(ボス)(親父)、お誕生日おめでとう!!!!」」」」」」」

 

グリムの音頭で、みんながクラッカーを引っ張って紙吹雪と紙テープが降り注ぐ。

 

「.......あぁ!そういや俺の誕生日今日だ!!」

 

そしてようやくここで自分が今日誕生日だったのを思い出し、このパーティーは自分への贈り物である事を知った。

 

「提督、騙してしまってすみません。今日はこの鎮守府のみんなで、提督を癒します!」

 

「いやまあ騙すのは構わんのだが、これ一体発案だれよ?ってかパーティーは嬉しいが、当直とかはどうする?」

 

「大丈夫よ指揮官。その辺りは、しっかりこっちで根回し済みよ?」

 

オイゲンがそう答えた。グリムも「私が補佐してますので、間違いありませんよ」と耳元で言ってきた。

長嶺はまさかオイゲンがこんな事を計画し、しかも人をしっかり巻き込んでここまで大掛かりな物を作り上げた事に只々驚いていた。

 

「さぁ、総隊長殿。本日の業務は我々が代行致しますし、周辺海域の方はこちら側の他鎮守府が担当してくださいます。ですので今日だけは執務とか任務だとか、そんなのは忘れて遊んでください。

貴方はいつも、みんなの前に立って引っ張ってくださる我等の誇りです。ですが今日くらい、年相応に羽を伸ばしてもバチは当たりませんよ?」

 

「まあ、そういう事ならお言葉に甘えるとしよう」

 

そんな訳で、いざ海遊びとはなったのだが、一つ問題があった。それは…

 

「海って、どうやって遊ぶんだ.......」

 

そう。遊び方を知らないのだ。長嶺にとっての海は戦場か地獄かの二択であって、遊び場ではない。よって、何をすれば良いのか分からなかった。

ならどうするのか。まずは取り敢えず、謎のひん曲がってるいる椅子(ビーチチェア)に座って、周囲を観察する。皆がどんな遊びをしているのか、それを見極める事によって答えは自ずと見えてくると考えたのだ。

 

(駆逐艦sは波打ち際で水掛け合いをして、軽巡は砂浜で遊び、重巡は陣営対抗水泳、空母&戦艦は.......なんか自由だな。海眺めてたり、なんか食ってたり、統一性がない)

 

「どうしたものかね」

 

そのまま長嶺はビーチチェアに寝転んで、青い空と風に吹かれて何処かに流れて行く雲を眺めていた。

一方の艦娘とKAN-SENはと言うと…

 

((((((((体付きがエロい!!!!!))))))))

 

長嶺の体に興奮してました。何せ長嶺、脱ぐと凄い。伊達に霞桜とかいう化け物集団を率いて最前線に立ってるだけあって、ガッシリと並みの軍人よりも筋肉は付いている。かと言ってボディビルダー程にムキムキではなく、言ってしまえば古代ローマの彫刻の様なボディなのだ。

そしてどうやら男が女性のオパーイとかおSiriに目が行く様に、女性も男の首すじとか胸板とか各部の筋肉とかに目が行くものらしい。それは戦う為に生み出された艦娘&KAN-SENも例外では無いらしく、自分のフェチに合う部分をチラチラと視姦している。

 

(指揮官の体、本当にエロい、です/////)

(指揮官、エロすぎでしょ//////)

(うぅ、提督エロすぎマース/////)

 

とまあ色々視姦されまくってるのに気付く事なく、そして特段何をする訳でもなく海は終わった。軽食を取って、今度はプールの方に移動して遊び出す。

 

 

「へぇー、こんな感じだったのか」

 

「あら指揮官くん。もしかして、プール初めて?」

 

セントルイスが声をかけてきた。因みにセントルイスの水着は、イメージカラーでもある青のビキニである。

 

「あぁ。ここをフル改修した時の点検で来た位だから、本当に遊ぶのは今日が初めてだ。というか、プールで遊ぶのが初めて」

 

「え!?」

 

流石に驚いたのか、セントルイスの横にいたホノルルが珍しく表情を表に出した。

 

「俺に取っちゃ、プール=水中訓練場だからな。少なくとも、娯楽施設って認識ではない」

 

「なんか、ホント指揮官くんの将来が心配になるわ.......」

 

「.......否定できないから怖いよ。戦争終わって日常が来ても、俺は、というか霞桜の連中も馴染めないだろうな」

 

考えてみれば長嶺の周りにいる人間は、ほぼ全員が戦闘にのみ自分の価値を見出すどうしようも無い連中である。戦う為に強大な力を持っている艦娘とKAN-SENも、ある意味では戦場が居場所と言える以上、中には日常に馴染めない者も出て来る可能性はある事に長嶺は今気付いた。

 

「なら、指揮官はどうするの?」

 

「なーんも考えてない!でもそうだなぁ、独立国家でも作って戦士達の楽園をこの世に作り出し、ついでに世界を簒奪する魔王ポジになるのも面白いかもな」

 

何故かコイツが言うと、全くもって冗談に聞こえないのが恐ろしい。というか今の現段階でも、普通に世界を敵に回してもどうにか出来る位には力があるので問題なく世界征服は出来るという。

まあそんな良くわからん未来の話は置いといて、このプールの解説をしよう。恐らく読者諸氏は『25mプールがあるだけでしょ?』とお考えだろう。勿論普通の25mプールもあるが、その程度で終わる程の男では無い。2種類の流水プール(普通の速度と3倍の速さの2つ)、波が出来るプール、幼児用のアスレチックやら巨大バケツやらがついたプール、ウォーターガン、バブルガン、飛び込み台、更にはチューブ型のウォータースライダー、浮き輪がいるタイプのウォータースライダー、巨大な長い滑り台タイプのウォータースライダーまで完備している。しかも全部屋内なので日焼けの心配なしという、リゾート地顔負けのプールなのだ。

 

「さーて、じゃあまずはスライダー行きますか!」

 

「指揮官様。あの、私とスライダーに乗りませんか?」

 

白いビキニを装備したイラストリアスが現れて、ウォータースライダーに誘ってきた。浮き輪タイプのは1人乗りと2人乗りがあるので、一緒に滑るのは可能。なら断る理由は無いので、二つ返事でOKした。

 

 

「け、結構高いんですね.......」

 

「空挺降下に比べりゃ低い低い。さっ!行くぞ」

 

「それじゃあ総隊長、どうぞ行ってらっしゃい!」

 

係員役の霞桜の隊員が、浮き輪をスライダーの中に押し込んだ。ガクリと下がると、そのまま一気に加速してチューブの中を滑って行く。

 

「キャァァァァァァァァ!!!!!!」

 

「いーーーーーーやっほーーーーーーーー!!HAHAHAHA HAHAHAHA!!!!!!」

 

チューブの中を一回転しそうな位の勢いでカーブを曲がり、また同じ様にカーブを曲がる。しかも滑り出して10秒くらいすると『光のトンネル』とでも形容すべき幻想的なチューブの中を進み、さらに15秒位経つとチューブの外に飛び出した。

 

「おっと?これはもしかして」

 

見れば目の前はジャンプ台の様に上へと飛び出ており、その横には別のチューブへの道がある。

 

「これはまさか、運が悪いとバックで入るタイプですか.......?」

 

「そうみたい。しかもこれ、バックだ!」

 

長嶺は楽しそうな叫びを上げながら、イラストリアスは断末魔にも似た叫びを上げながらチューブの中へとバックで入って行く。今更だがイラストリアスが前で、長嶺が後ろだったのでイラストリアスは直に遠ざかっていくチューブの入口を見ている為、恐怖は倍増だろう。

だが一方で役得もあった。バックで入ると、勿論体重は後ろへと移動する。その後ろには長嶺がいる訳で、期せずして自分の背中を長嶺へと預けられたのだ。まあ、恐怖でそんなの微塵も気付いてないのだが。

 

「うおっ!」

 

暫くすると下まで降りきったようで、またガクリと下がり着水した。

 

「はぁ.......、はぁ.......。あ、ありがとうございました指揮官様.......」

 

「い、生きてる?」

 

「ちょっとだけ、危な、あ」

 

余りの恐怖で体力を使いすぎたのか、はたまた下まで降れて安心したのか、イラストリアスは浮き輪から落ち掛けてしまった。すぐに長嶺が肩、正確にはビキニの紐を引っ張ったので変な落ち方をする事なく綺麗に落ちた。しかしまあ、どうやら結構ギリギリのサイズだったらしくて、あの巨大な胸が溢れてしまい慌てて直したらしい。

勿論!長嶺は気付いてない。

 

「さーて、他のスライダーも行っとかないと」

 

今度は普通の生身で滑るスライダーに乗り込んだ。瞬間的に時速180kmまで加速する化け物コースターを降りると、ユニコーンやニーミなどの駆逐艦組に誘われた。

 

 

「へぇー、こんなアスレチックなのか」

 

「指揮官も遊ぶ、です?」

 

「勿論!」

 

このアスレチックはどうやら、丸太型の浮き輪を飛んでいくタイプらしい。だが体重をかければあちこち動くので、足場としては相当悪い。

綾波とラフィーはこう言う類は得意らしく、サクサク進んでいく。ジャベリンは可もなく不可もなくと言ったところだろう。だがユニコーンとニーミは苦手だったらしく、動きが少し悪い。

いよいよ長嶺の番となったのだが、コイツはやっぱり規格外だった。

 

「あー、やっぱり滑り易いな。ならば!」

 

丸太から丸太へと飛び移り、体重移動と滑り方を瞬時に合わせてスケートで滑るかの様に突破してしまった。本来は天井のネットを使いながらやるのに、一切使わずに突破しやがったのである。

 

「指揮官、やっぱり可笑しい」

 

「お兄ちゃんすごい!」

 

「あはは。やっぱり指揮官は指揮官ですね」

 

「なんだよ、まるで俺がズルしたみたいじゃん」

 

「指揮官は存在自体がズルイです」

 

なんかボロクソにdisられてる気はするが、それは置いといて次なるアスレチックへと進む。今度はハウステンボスなんかにある巨大な浮きに色んなアスレチックがあるタイプで、こちらもしっかり人外モードで突破する。

 

「指揮官、こっち来て」

 

「なんだ?」

 

アスレチックを突破して、南国の秘密基地みたいな場所に出るとラフィーが腕を引っ張ってある場所に連れてきた。

 

「ここに座って」

 

「お、おう」

 

そう言って座らされたのは建物の前であり、特に何もなかった。だが長嶺は気付いていた。壁の奥や近くの塔に、何かを企んだ者達が布陣しているのを。しかもどうやらその企みは、攻撃系の企みのようだ。

そんな事を考えていると、上から轟音が響いてきた。

 

「あー、これはもしかして」

 

バッシャーーーーン!!

 

屋根の上にあった巨大バケツがひっくり返り、大量の水が長嶺の頭に降り注ぐ。

 

「撃てー!」

 

間髪入れずに周囲から大量の水と泡が飛んでくる。どうやら建物中に、水鉄砲やら放水銃やらバブルガンを持って潜んでたらしい。

 

「冷てッ!」

 

「撃て撃て!指揮官を倒せ!」

 

「提督に日頃恨みは無いけど、楽しそうだから当てます!」

 

まあ別に死ぬ訳でもないので、長嶺も楽しみ出す。避けてみたり、投げられた水風船をキャッチして投げ返したり、霞桜の隊員に頼んで水鉄砲を投げて貰い反撃したりと、何とも平和な戦争をしていた。

暫くすると飽き始めたのか攻撃は終わり、長嶺も波のプールでヤベンジャーズの相手をしたり、流水プールで流されて遊んでみたりて楽しんでいた。

 

 

 

19:00 パーティルーム

「わーお。こんな準備までしてたのか」

 

いつかの歓迎パーティーを開いた巨大ホールの壇上には、態々『㊗︎長嶺雷蔵生誕十八周年』と書いた看板が掲げられている。

しかも周りの壁にも色々飾り付けが施されていて、彼女達の本気度も伝わってくる。

 

「驚いたかしら?」

 

「あぁ。にしても、お前にこんな才能があったなんてな。今度、広報の仕事でもしてみるか?」

 

オイゲンの意外な才能に驚いたが、彼女の才能は何もパーティーの運営ではない。ここまでの事が出来たのは、一重に長嶺雷蔵という男への愛情である。

このパーティー自体、発案自体は彼女だが運営は霞桜が担当だし、準備は艦娘、KAN-SENだし、業務の肩代わりは他鎮守府だし、余興はパイロット達の協力があってこそなしえた事だ。その全てを繋げたのは交渉力でも、資金力でも、まして彼女の美貌や知恵ではない。皆あくまでも、「長嶺雷蔵の為ならば」と協力しただけ。言ってしまえば、長嶺の人徳あってこその物なのだ。

 

「いやよ。面倒事はごめん被るわ」

 

「そうか。まあ、お前らしいか」

 

そんな話をしていると、部屋の明かりが段々と暗くなり始めた。その代わりに壁や床がカラフルに光っており、とても幻想的な空間が広がっていた。

そんな光景に目を奪われていると、奥から蝋燭を立てた四角いケーキがカートに乗って運ばれてくる。

 

「「「「「「happy birth day to you. happy birth day to you. happy birth day dear 指揮官(提督・提督さん・司令・司令官・司令官さん). happy birth day to you.」」」」」」

 

「フゥーーーーー!!!!しゃっあ!一発で決まった!」

 

蝋燭の火を消すと、拍手と「おめでとう」と言う言葉が聞こえて来る。

そのままパーティーが始まり、並べられた料理を思い思いに食べ出す。

パーティーはつつがなく続き、二、三時間程経つと窓の外から轟音が響いた。

 

「さぁ、提督に俺達もいるって事を教えてやるぞ!」

 

『『『『ウィルコ!!!!』』』』

 

最近本編でも出番のないメビウス隊と他の航空隊が、上空を曲芸飛行を始めた。フレアも使った豪華なモノで、最高のプレゼントと言えるだろう。

更にレリックが花火を点火させ、一時間程見事な花火が上がっていた。後に長嶺は、最高の誕生日だったと語ったと言う。



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第四十六話前途多難な実行委員会

千葉村での事件より約一ヶ月後 総武高校 

「なん.......だと.......」

 

比企ヶ谷、固まる。何故固まっているのかと言うと、自分の名前が黒板の文化祭実行委員の場所に書かれていたのである。勿論、比企ヶ谷が自分から「やりまーす」なんて、立候補した訳がない。

 

「説明が必要かね?もう次の授業だと言うのに、まだ委員を誰がやるのかグダグダやっていたのでな。だから、比企ヶ谷にしておいた。ロングホームルーム中に本気で居眠りする方が悪い」

 

そんでもって、やっぱり平塚が比企ヶ谷の意思に関係なく書いたのである。まあ居眠りしてた比企ヶ谷が悪いのだが、流石にそれだけでこの扱いは酷い。比企ヶ谷も反論しようとするが、平塚は「席につけ、授業が始められん」とぶった斬り、無理矢理有耶無耶にしたのであった。

 

 

「えー、じゃあ女子の委員やりたい人。挙手で」

 

そんでもってその日の放課後、まだ決まっていない女子の実行委員を決めるべくクラス委員のメガネが立候補者を求めていた。無論それで決まるのなら、最初のロングホームルームで決まってるわけで誰一人として手を挙げない。

 

「このまま決まらないのならジャンケンに」

 

「はぁ!?」

 

こういう時の必殺、ジャンケンで決めるも三浦の一言でねじ伏せられてしまう。

 

「ねぇ。実行委員って、大変なの?」

 

「普通にやればそんなに大変じゃないと思うけど、女子の方は結果的に大変になっちゃうかもしれない。正直、由比ヶ浜さんがやってくれると助かるなぁ。人望あるし、適任だと思うんだけど」

 

「いや、別に私はそんなんじゃ」

 

由比ヶ浜が否定していると、横から煽りというか皮肉というか、まあいずれにしろ少しイラつく事を言い出す輩が居た。相模である。

 

「へぇ〜、結衣ちゃんやるんだぁ。そういうの良いよね。仲良い同士でイベントとか、超盛り上がりそー」

 

言葉的には全然普通の、マトモな感じである。皮肉要素も煽り要素もゼロ。だがしかし、その声色は皮肉も煽りも十二分に入っていると感じざるを得ない物である。

しかも相模の周りの人間、所謂「相模グループ」の女子達もクスクス笑っている。因みにこの相模グループ、カースト内ではトップに君臨する葉山グループに次ぐカーストのグループだったりする。

 

「つーかさ、結衣は私と客呼び込む係だから無理っしょ」

 

「そ、そうなんだ。呼び込みも大事だよねー」

 

「そーそー。呼び込みも重要って、私呼び込みやるの!?」

 

どうやら、何も聞いてなかったらしい。そしてここで、お仕事を増やす事で定評のある長嶺ストレスの根源、みんなのクソ王子の葉山が動き出す。

 

「つまり、人望もあってリーダーシップを発揮してくれそうな人に、お願いしたいって事で良いのかな?相模さんちゃんとやってくれそうだし、どうかな?」

 

「えぇ、ウチぃ?絶対無理だってぇ」

 

(何いきなり声がワントーン上がって、ついでに謎のクソキモいクネクネした動きを追加するんだ。気持ち悪ッ!)

 

とまあ、どう見ても本気で嫌ではなく、というか寧ろ葉山に頼られて嬉しい。が、もう一声、何か欲しいが故の所謂「駄々っ子」みたいなヤツのそれである。

 

「そこを何とか、お願いできる?」

 

「まあ他にやる人いないなら、しょうがないと思うけどぉ。でも、ウチかぁ」

 

 

 

翌日 放課後 部室

「でも、ゆきのんが委員会やるなんて意外だね」

 

「そうかしら?.......まあ、そうね。私としては、あなたが実行委員に居たのが意外だったけど」

 

どうやら雪ノ下と由比ヶ浜も、何だかんだで実行委員に入ったらしい。言うまでもないが、長嶺とオイゲンは入ってない。そんな時間ないし、長嶺としては「ここに来てまで書類仕事なんざしたくないし、それ以前に時間無いんだよ!」という理由である。オイゲンは安定の面倒だからというもの。

 

「だよねぇ!超意外」

 

「おい。俺は半分強制なんだよ」

 

「そう」

 

なんか知らんが、空気が超重い。別に雪ノ下と由比ヶ浜はどうなろうと知ったこっちゃないが、比企ヶ谷の方は潰れられては困る。

 

「委員会って毎日だよね。あたしも多分、これからクラスの方を手伝ったりしなきゃだろうし」

 

「あぁ。俺も暫く部活来れないから」

 

「ちょうど良かった。私も今日、その話をしようと思っていたから。取り敢えず、文化祭が終わるまでは部活は中止しようと思うの」

 

「まあ妥当だな」

 

因みにさっきから何故オイゲンと長嶺は黙っているのかと言うと、正直言って奉仕部とかどうでも良いからである。元々長嶺としては乗り気ではなく、今も尚「できる事なら鎮守府に直帰して、そのまま執務をしておきたい」というスタンスは変わっていない。一方のオイゲンも当初は「なんか面白そうだし、1秒でも多く指揮官と一緒に居たい」という思いから入部したものの、蓋を開けてみればストレスが溜まるだけの部活。だが指揮官とは一緒に居れるから、仕方なく来ているというだけなのだ。

そして奉仕部をどうするかと話し合っていた時、引き戸が開いた。

 

「しっつれいしまーす」

 

相模&相模の取り巻き、つまり相模グループの女子達がやってきたのだ。

 

「平塚先生から聞いたけど、奉仕部って雪ノ下さんの部活なんだぁ」

 

「何か御用かしら?」

 

「ウチ、実行委員長をやる事になったんだけどさ、こう、自信がないって言うかさ?だから、助けて欲しいんだ」

 

この言葉に長嶺は驚いた。この相模という女、結構なヘタレと承認欲求を満たす事しか考えてない奴の二刀流なのである。簡単に言うと、面倒なタイプである。

相模は自分の存在意義というか自分の価値をトップに立ち、周りからチヤホヤされる事でしか見出せない。かと言って自身に何か特技、才能、信念や信条、何かを貫き通す強固な意志がある訳でもなく、それどころか趣味すら持ち合わせない。しかも元来のヘタレと豆腐メンタルで、常に楽な道しか選ばない。言ってしまえば「他人を下手に利用してくる女版葉山」と言う感じだろう。まあ葉山の場合、他人を利用しても匙加減が上手いのでバレにくいが、コイツの場合は安易な考えからしか行動しないので小物感がすごいが。

 

「(なぁ比企ヶ谷?委員長って、マジで言ってる?)」

 

「(らしい。なんかノリで立候補したとか何とか、さっき聞いたぞ)」

 

「(何故だろう、嫌な予感しかしない)」

 

長嶺の心配を他所に、話はどんどん進んでいく。

 

「自身の成長という、あなたの掲げた目的とは外れるように思えるけど?」

 

「そうなんだけどぉ。やっぱりみんなに迷惑かけるのが一番不味いっていうかぁ、やっぱり失敗したくないじゃない?それに、誰かと協力して成し遂げる事も成長の一つだと思うの!」

 

とは言っているが、長嶺はその真意を既に読み取っていた。相模がして欲しいのは、仕事の手伝いでもまして成長手伝いでもない。全ての仕事を押し付けて、自分は美味しい部分、美しい部分だけを掻っ攫い自分の手柄であるかのように振る舞う。そしてそれをエサに、周りからチヤホヤされて承認欲求を満たす。そして何か問題が発生した時の保険、つまりスケープゴートとして動いて欲しいというのが本音なのだと。

こういう手合いのクズは、何人も見てきている。政治という世界では一定数、そういう輩が居るものだ。そんな奴を見続けて来た長嶺からしてみれば、こんなのは見え見えの嘘に他ならない。例え美麗な語句で飾り付けようと、清潔な考えで覆おうとも、その中の醜悪な悪臭を放つ精神までは隠せないのだ。

 

「要約すると、あなたの補佐をすれば良いという事になるのかしら?」

 

「うん!そうそう!!」

 

「そう、なら構わないわ。私も副委員長な訳だし、私がその依頼、引き受けたわ」

 

雪ノ下がこの真意に気付くとは思っていなかったが、流石に何かしら隠してるのは察していると考えていたが、どうやら違ったらしい。曰く「私自身、実行委員な訳だし、その範囲から外れない範囲で手伝える」という考えなのだが、何とも嫌な予感がしてならない。

そしてこの答えは、翌日の会議で明らかとなった。

 

 

 

翌日 放課後 会議室

「それでは、定例ミーティングを始めます。じゃあ宣伝広報、お願いします」

 

「掲示予定ポスターの制作も、大体半分程度終わっています」

 

滑り出しは順調。というかどんなアホでも、こんな場所で躓く事はないだろう。だが、暗雲が立ち込み始めた。それは相模が「いい感じですねー」みたいな感じで、宣伝広報を褒めていた時だった。

 

「いいえ、少し遅い」

「え?」

 

「掲示箇所の交渉、ホームページへのアップは既に済んでいますか?」

 

「まだです.......」

 

「急いでください。社会人はともかく、受験志望の子やその保護者はホームページを結構こまめにチェックしてますから」

 

「は、はい」

 

長嶺の危惧していた事は、正にこれなのだったのだ。現在の役職は相模が委員長で、雪ノ下が副委員長。こういう場において、副は常にトップの一歩後ろにいる必要がある。ましてトップを差し置いて指示出しするといった行為は、言語道断。まあケースバイケースでもあるのだが、基本全体指揮を取るのがトップ、つまり委員長で、その補佐や細かい面を見るのが副の役目なのだ。

少なくともトップがその場にいるのに、トップの承認なく表立って全体の指示を出すのはトップの顔を潰す上にトップの存在意味が無くなってしまう行為である。

とまあ、こんな事は誰でも知っている事だろう。なら何故、この事が起こると予測したのか。それは雪ノ下がワンマンアーミーだからである。ぶっちゃっけ、雪ノ下と相模だと雪ノ下の方が優秀だ。だが雪ノ下は常に自分で全て片付けようとして、人に頼る事もしない。そして人の痛みを知らない。つまり「私が出来ることは、他人も出来る」という考えが無意識下に存在しているのだ。こういう輩は自分より無能な奴の下に付くと、自分の方が正しいという考えからアレコレ勝手にやってしまう。しかもプライドが妙に高いとなると、その行動はより顕著に現れる。

簡単に言おう。雪ノ下が副に向いてないのだ。

 

「相模さん、次」

 

「は、はい。次、有志統制さん。お願いします」

 

「はい。有志参加団体は、現在10団体」

 

「増えたねぇ。地域賞のお陰かな?じゃあ次h」

「それは校内のみですか?地域の方々への打診は?例年『地域との繋がり』という姿勢を掲げている以上、参加団体減少は避けないと。それからステージの割り振り、開演のスタッフ打ち合わせ等、タイムテーブルを一覧にして提出してください」

 

「わ、わかりました」

 

完全にダメだ。雪ノ下の暴走は止まらない。明らかに副の範疇を越えて、いや。この場合は依頼の範疇を越えている、と言った方が良いだろう。お陰で既に実行委員の空気は「雪ノ下さんすごーい」とか「ていうか、雪ノ下さんが委員長すれば良いのに」と言った空気に成りつつあった。

だが一方で、長嶺は一つだけ更に勘づいた事があった。

 

(雪ノ下の奴、ありゃ亡霊(・・)に取り憑かれてるな)

 

何も悪魔とかに取り憑かれた訳ではない。雪ノ下は先駆者の誰かの影を追う事に取り憑かれ、冷静さを完全に欠いているのだ。

その後も会議は雪ノ下主導で行われ、相模は完全空気となった。

 

 

「雪ノ下」

 

「何かしら、桑田くん?」

 

「お前、どういうつもりだ。どう考えても、依頼とはかけ離れてる振る舞いだぞ」

 

流石に色々面倒事に発展して被害を被るのは嫌なので、一応釘くらいは刺しておく事にした。それで止まれば良し、止まらねば自分は逃げて他にゴタゴタ押し付けるのみ。

 

「やるからには、完璧でないといけないわ。それが私のポリシーよ」

 

「いやいや。テメェのポリシーとか聞いてねぇよ。俺の話、理解してるか?ポリシー?信条?うなもん犬に食わせろ。

テメェがすべきは自分のポリシーに従うのではなく、相模をサポートして成長を補助する事。テメェのやってることは前にテメェの言っていた言葉を借りるのなら「魚の取り方を教えるのではなく、魚を与えてる」って事だ。依頼をもう少し、見つめ直すんだな」

 

「.......あなたには関係ないでしょ」

 

「あぁ、そうさ。俺には関係ない。だがテメェがしくじった時、泥被るのは俺も同じなんだわ。別にしくじって迷惑がテメェにのみ掛かるのなら、どうぞお好きにしてもらって構わない。が、奉仕部の名の下に依頼を受けた以上、話は別だ。多少なりとも責任問題は俺達にも発生するんだよ。テメェが1人で受けようが、それは変わらない。よう覚えとけ」

 

雪ノ下は高校生にしては、既に達観した思考を持っている。だが長嶺はその遥か高み。雪ノ下の実家である雪ノ下建設や県議会議員といった上流階級の、そのまた更に上の世界を渡り歩いた。更には世界の純然たる常闇の世界も、戦場という非日常の地獄をも渡り歩いたのだ。所詮「ちょっとだけ上流の階級にいる、ちょっと頭のいい高校生」程度の浅知恵でどうにか出来ない。

ここまで言われたら、黙るしかなかった。

 

「あ、そうだ。最後に一つ、アドバイスだ。亡霊に取り憑かれるな」

 

そう言い残すと長嶺は、外へと歩いて行った。

 

 

 

翌日 放課後 教室

「なんだこれ」

 

トイレから教室に帰ると、黒板にクラスの出し物である『星の王子さま』のキャスティングが書かれていた。

王子様役は勿論、みんなのクソ王子様である葉山。で、問題なのは相方となる宇宙飛行士。なんと比企ヶ谷である。

 

「説明が必要かね?」

 

「あー、やっぱりお前か。監督&脚本」

 

「無理じゃないかしら?」

 

「え!?でもハヤ&ハチは薄い本ならマストバイだよ!ていうか、マストゲイだよ!!」

 

まあこんな事を言っているので、既に監督と脚本が誰かはお察し頂けてるだろう。海老名さんである。

 

「やさぐれた感じの飛行士を、王子様が純粋無垢な心で巧みに攻める!!それがこの作品の魅力じゃないッ!」

 

「(リシュリュー辺りが聞いたら、絶対怒るわね)」

「(主砲で吹き飛ばしにかかりそうだよな)」

 

念の為言っておくが、あらすじとしてはサハラ砂漠に不時着した飛行機の操縦士が、砂漠でそれが星の王子さまと出会う。 王子さまは操縦士に自分が生まれた星のことや、色々な星を旅したときの話をする。 二人は8日間一緒に過ごし、絆を深めていくという話である。決してBL展開の本ではない。

 

「あら、でも八幡くんはアレでしょ?実行委員だから、稽古の時間とか取れないんじゃないかしら?」

 

「「「「あ.......」」」」

 

長嶺、比企ヶ谷、葉山、海老名が同時に声を上げる。因みに比企ヶ谷と葉山は、心なしか少し嬉しそうだった。

 

「一度全体的に考え直した方が良いんじゃないか?王子様役とか!」

 

(それが目的かコイツ)

(ここぞとばかりに利用したな)

(ふふふ、面白そうな事になりそうね)

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!」

 

海老名はチョークをひったくると、キャスティングを変えた。星の王子さまは葉山から戸塚に。そして宇宙飛行士は比企ヶ谷から、葉山になった。

 

「俺は結局出なきゃいけないんだな.......」

 

(葉山よ、今回ばかりは同情するぞ)

 

「頑張ってね、応援してるわよ王・子・様?」

 

オイゲンのこの一言で葉山のやる気は一気に上がった。そして張り切って準備に入り始め、戸塚と早速会議を始め出す。オイゲンの効果スゲー。

そして長嶺は、教室の隅に視線をやっていた。

 

「アハハ!超ウケる」

 

(そんなとこに居ていいのかねぇ、委員長さん)

 

相模が取り巻き達とワイワイ騒いでいたのだ。本来なら「実行委員いけよー」とか言うべきなのかもしれないが、それは雪ノ下の役目。長嶺の役目ではない。

そんな訳で長嶺はさっさと1人で、会議室へと歩いて行った。

 

 

「で、何この人だかり」

 

「芸能人でも来たのかしら?」

 

実行委員会の置かれてる会議室に何故か、人だかりが出来ていたのだ。別に人が多くて中々進まない訳でもないし、何か不測の事態が起きたと言う感じでもない。というか実行委員ではない生徒もチラホラ居る。

 

「あははっ。めぐり、ダメだよ。アレは遊びだし。ねぇ、良いでしょ雪乃ちゃーん?可愛い妹のために、してあげられることはしてあげたいんだよぉ〜」

 

「思い出した。アイツ、雪ノ下の姉だわ」

 

「.......なんで知ってるのかしら?」

 

なんか一気にオイゲンのトーンが下がった。何故かって?そりゃあ好きな男から、他の女の話題が出たのだ。それもまあまあ美人なので、こうもなる。

 

「入る前に全校生徒と教職員の親族は、既にリスト化して頭に叩き込んであるからな。だが一応、検索をかけるか」

 

そう言うと長嶺はポケットからスマホを取り出し、適当なアプリを開いてるフリをしてカメラで目の前の女性の顔をスキャンする。スキャンしたデータはすぐに江ノ島に送信され、サーバー内に保存されているデータと照合していく。そして該当データを、スマホ上にバレないように表示させた。因みにこの間、わずか0.5秒。

 

「雪ノ下陽乃。千葉大学理系学部に通う20歳で、犯罪歴や反社会勢力との接近は無しか」

 

「そこまでわかるのね」

 

「あらゆるデータをコピーしたからな。警察、役所、銀行、その他諸々etc。ウチのデータなら、すぐに対象を丸裸に出来る」

 

因みにこれはこの学校以外の人間でも同様である。ただしサーバーに入っていない場合、そのまま当該データのある外部サーバーをハッキングするので表示に時間が掛かる。

 

「あら?どうやら、姉妹仲は悪いみたいよ」

 

「ホントだ。雪ノ下があからさまに嫌悪感丸出しの顔をしてる」

 

「ごめんなさーい!クラスの方顔出してたら、遅れちゃいましたー!」

 

このタイミングでクラスの方に顔を出していた、という最もらしい理由で遅れてきた相模が入ってきた。勿論遅れた理由は顔を出したのはそうだが、あくまで取り巻き達と駄弁ってただけ。嘘でもないが、本当でもない。

 

「陽さん、この人が委員長ですよ」

 

「うぇぇ、相模、南です」

 

「ふーん。文化祭実行委員がクラスに顔を出して遅刻、へぇー」

 

「いや、あ、その」

 

よく『美人が怒ると怖い』というが、この陽さんとやらもその法則に漏れないらしい。既に結構怖い。さすがの相模でも、口をモゴモゴしてどうにか切り抜けようとしていた。

 

「う〜ん、やっぱり委員長はそうでなきゃねぇ。文化祭を最大限楽しめてこそ、委員長に必要な素質だよねぇ」

 

だが態度とは裏腹に、なぜか好印象。そして誉めたことで、相模は心理的な余裕、つまり隙が出来た。このタイミングを逃さず、陽さんは自分の要求を捩じ込んだ。

 

「それでさ、お願いなんだけど。私もさぁ、有志団体で出たいんだよねぇ。雪乃ちゃんには渋られちゃって.......」

 

「良いですよ、有志団体足りないし」

 

「わぁー!ありがとー!!」

 

一見、合理的な判断なように見える。確かに現状、校内は良いとして校外の有志団体はゼロ。流石にこれでは広報上、ちょっと影があるのだろう。学校側としても喉から手が出るほど欲しい。

だが長嶺は、一瞬雪ノ下の方向を見て表情が変わったのを見逃さなかった。位置的に相模の背中なので表情どころか顔すら殆ど見えないが、それでも髪の間とかから口元くらいは見える。その顔はほんの一瞬、歪んだ笑みを浮かべていた。まるで「負かすチャンス」とでも言わんばかりの。

 

「地域との繋がりも、これでクリアでしょ?」

 

その一言に、雪ノ下が答えることは無かった。

 

 

「あれ、比企ヶ谷くんだ。ひゃっはろ〜。ちょっと意外だなぁ、比企ヶ谷くんはこういう事しない子だと思ってたよ」

 

「はぁ。俺もそう思ってたんですけどね。でも意外さで言うなら、お宅の妹さんもそうなんじゃないですか?」

 

「そう?私はやると思ってたよ。だって部活には居づらくなってるだろうし、姉の私が昔実行委員長やってたんだもん。あの子がやる理由には十分よ。

それよりも、そこのイケメンくんはだーれ?」

 

そう言って同タイミングで入ってきていた長嶺も捕まった。こういう時オイゲンが止めそうだが、そのオイゲンは教室に忘れ物を取りに戻っていて今居ない。

 

「どうも。この春にドイツから転校してきた、桑田真也と言います。妹さんとは、部活の仲間です」

 

「へぇ、君も奉仕部なんだねぇ。私は雪ノ下陽乃。ねぇ、連絡先交換しない?なんか君といると、楽しそうだし」

 

そう言いながらカバンからスマホを取り出してくるが、答えはNOである。「お断りします」と言って、断った。

 

「あらあら、どうして?」

 

「私はあなたのような人とは、お付き合いしたくない」

 

「.......どういう意味かな?」

 

「あなたは心に鎧を纏っている。そして顔にも、笑顔という鋼鉄製の鉄仮面を嵌めている。普通の人間なら、それを見て「とても優しい、思いやりのある女性」と認識して裏に勘づかないでしょう。比企ヶ谷位の観察眼があれば、裏の存在を1発で見抜くでしょうが。

ですが私の目は、その奥をも見通す。あなたが貼り付けている擬態する性格の裏にある、真なる性格。その性格をも、さっきの短い会話の一部始終を見ただけで分かりましたよ。この場であなたの性格どうこうを言うつもりも、擬態するのを悪と言うつもりもありませんが、今日ここにきた目的位は当てておきましょう。まあ、それは俺ではなく相模がやってくれますがね」

 

そういう風に長嶺が言った瞬間、相模が前に出て話を始めた。この状況下の実行委員会に取っては、一番最悪の悪手を。

 

「皆さーん!ちょっと良いですか?少し考えたんですけど、実行委員は文化祭を楽しんでこそかなーって。自分達が楽しまないと、人を楽しめさせられないっていうか。予定も順調にクリアしてるし、クラスの方も大事だと思うので、少し仕事のペースを落とすって言うのはどうですか?」

 

「相模さん、それは考え違いだわ。バッファを持たせる為に前倒しで」

 

「雪ノ下さーん。お姉さんと何があったのかは知らないけど、先人の知恵に学ぶって言うかさ?私情を挟まないで、みんなの事を考えようよ!」

 

どうやら相模も、昨日の実行委員会で雪ノ下が無双してたのが頭に来てたらしい。一番言われたくない事を、平然と言ってのけたのだ。

 

「.......ご満足ですか?雪ノ下さん」

 

陽乃の顔はいつものように笑顔だが、その笑みは引き攣っている。そしてその裏では目の前の男に、そこ知れない恐怖を感じていた。まるでトラップだらけのジャングルに放り込まれて身動きが取れないような、目の前に肉食獣が居て隠れているような、そんな背筋に来る恐怖が陽乃を包んでいた。

 

「あなた、何者なの?」

 

「さぁね。俺は俺で、それ以上でもそれ以下でもない。ただあなた以上に擬態がうまく、全てを見透かせる観察眼を持った極々普通の高校生に過ぎない。

あなたがどうしようと勝手だが、俺に迷惑が掛かるのなら話は別だ。あなたのした事の尻拭いは、こっちの担当になるんだ。そんな馬鹿な話があって溜まるか」

 

「.......あなた、やっぱり面白い。比企ヶ谷くん以上に」

 

「そりゃどーも」

 

斯くして、雪ノ下陽乃とのファーストコンタクトは何とも言えない物で終わった。

そして翌日からの実行委員会は、本当に地獄そのものであった。全く来ないのだ、実行委員達が殆ど。そりゃそうだ。実行委員として会議室で書類やパソコンと睨めっこする位なら、クラスや部活の出し物を手伝った方が遥かに楽しい。それをわかっていながらも、彼らはずっと耐えてきた。だがその鎖が実行委員長の相模によって解かれたとなれば、そりゃみんなクラスへと逃げる。

結果として残ってるのは全体の5分の1位だろう。しかも大半が生徒会という有り様で、それでもどうにか回っているのは長嶺、オイゲン、比企ヶ谷、雪ノ下の頑張りが大きい。特に長嶺とオイゲンは仕事として書類やパソコンを使っているのでお手のもの。様々なツールを使って合理的に進められていた。

 

「遅れてごめんなさーい!」

 

「相模さん、ここに決済印を。不備についてはこちらで修正してあるから」

 

「.......そう、ありがとう。ていうか、ウチのハンコ渡しておくから押しちゃっていいよ。ほら、委任っていうヤツ?はい」

 

そう言って相模は決済印を雪ノ下に渡した。流石にこの行動には、実行委員達も唖然である。普通に考えて普通の一般企業でこんな事をすれば、就業規則違反とかで処罰の対象となり得るだろう。決済印というか、決済というのはそれだけ重要なのである。

まあ中にはそういう印鑑を部下に渡す者もいるが、それでも書類には必ず目を通す。「ハンコは押しちゃって良いけど、一応こっちでも見るからね?」となるのが普通なのだ。だがそれすらせず、ただハンコを押すだけと化しているのに、それすらも押し付ける。この辺りでようやく実行委員達も、相模がヤバい事に気付いた。

 

「では今後はこちらで決済します」

 

「楽しい事やってると、1日がはやーい!お疲れ様でしたぁ!」

 

「「お疲れ様でしたぁ!」」

 

そう言ってさっさと帰って行く相模とその取り巻き。来た時間、たったの1分。ここまで来たら職務怠慢以前の問題だろう。

そしてこれまでの無理が祟って、雪ノ下と比企ヶ谷が揃って潰れてしまった。

 

 



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第四十七話最高にクソッタレの文化祭

翌日 2ーF教室

「比企ヶ谷が潰れ…」

 

「雪乃ちゃんも潰れたと。ねぇ、これヤバくないかしら?」

 

「ぶっちゃっけ、あの委員会は俺ら2人のスキルで回してるような物だろ。俺らいなけりゃ、もうとっくに機能不全起こしてるよ」

 

休み時間の間、長嶺とオイゲンは今後の対応について話していた。何せ実質的なトップの雪ノ下が潰れ、同タイミングで雪ノ下のフォローを影ながらやっていた比企ヶ谷も潰れたのだ。流石にヤバい。

もう既に長嶺とオイゲンはスポットライトを浴びてしまっているが、今はまだ『才能豊かなスーパー高校生』で収まっている。もしここで下手に仕事能力が高いのがバレると、余計に怪しまれてしまう可能性もある。ここは早いとこ2人を復活させて、隠れ蓑になってもらはないと困るのだ。

 

「で、どうするのかしら指揮官?」

 

「取り敢えず雪ノ下の方には由比ヶ浜を差し向ける。アイツなら「1人で抱え込まないで、私達を頼ってよ!」的なことを言う筈だから、まあモチベは戻るだろ。多分本人としても、明日から復活したいってのが本音だろうし」

 

「『達』に私達も含まれてるのが少し癪だけど、まあ良いわ。それで比企ヶ谷くんの方は?」

 

「俺が担当する。お前は文実の方を頼む」

 

「はいはい、わかったわよ」

 

今回は比企ヶ谷と長嶺の方をご覧頂くのだが、この後、由比ヶ浜は雪ノ下に対して本当に長嶺の予想通りの事を言っている。最早軽い未来予知なのだが、あくまでこれは観察眼、言動の読解力、言動の全てを記憶する記憶力、言動をシュミレートする頭脳が高い次元で纏まっているから出来る荒技である。

 

 

 

放課後 比企ヶ谷宅前

ピンポーン

「はーい。あ、桑田さん!」

 

「いやっほー。比企ヶ谷いる?」

 

「兄なら上に居ますよ。にしても、あのゴミぃちゃんにお見舞いに来てくれる優しい友達が出来るなんて.......」

 

ゴミぃちゃん呼びはまあ、なんか納得できるので反論はしない。確かに比企ヶ谷は才能の塊で心優しい奴ではあるが、一方で世界一の捻くれ者でもある。少なくとも長嶺個人としては、あそこまで捻くれてる者は見たことも聞いたことも無い。

 

 

「おーい、比企ヶ谷。生きてるか?」

 

「死んでるよ.......」

 

「おっと。なら葬儀屋に電話して、火葬場も抑えないとな。後、墓石も買うか」

 

「.......俺をローストするんじゃねぇ。で、何の用だ?」

 

ムクリとベットから顔を出す比企ヶ谷。いつもより顔色は悪いが、疲労の色も抜けていて明日には復活できそうだ。

 

「何の用も何も、お見舞いだお見舞い」

 

「お見舞いって、俺の為にか?」

 

「なんだ、小町ちゃんも風邪だったのか?」

 

どうやら比企ヶ谷は今迄お見舞いに誰かが来た事がないらしい。まるで初めて優しくされた奴みたいな、なんかすごい驚愕な表情を浮かべていた。

 

「お前が俺をどう思ってるかは知らんが、少なくとも俺はお前を高く評価してるんだぞ?お前は自分じゃ気付いてないが、お前の能力は結構高スペックだ。才能だって唯一無二の物を持っている」

 

「俺を煽てても良い事ないぞ」

 

「生憎と、俺は世辞が苦手だ。これは事実だ。お前は、凄い奴だよ。だって考えてみろ。何処ぞのバカ委員長とワンマンアーミー気取ったナルシスト副委員長によって、グズグズの腑抜けた奴しか居なくなった実行委員で仕事を回してたのは他でもない、お前だろう?

無論、俺やエミリア、それに雪ノ下も働いていたが、同等の働きをしていたのは確かな筈だ」

 

スラスラ出てくる言葉に比企ヶ谷は恥ずかしくなった。これまで褒められたことは、親からも無かったのだ。

 

「..........眠いから寝させてくれ」

 

「そうか。じゃ、俺は帰る」

 

 

 

二週間後 放課後 会議室

「ねぇ、こういうのって今決めるのが普通なの?」

 

「いや。セオリーは先に決めて、そこから作業だ。まあ何れにしろ、碌でもないのしか出ないと思うがな」

 

翌日、またいつものように会議室に集まった。だが今日はいつも来ない、サボってる系実行委員も来ている。何故なら今日は、文化祭のスローガンを決めるからである。

普通そういうのは最初に決めそうな気がするが、まあこの際、そこは突っ込まないでおこう。それよりも、突っ込まないといけない状況がある。今会議室には、学校を休んでる実行委員を除けば全員来ている。何なら陽乃や関係ないはずの葉山まで来ている。だが相模は一向に会議を始めず、取り巻きと話していた。それを見て他の実行委員達も自然と、周りの奴らと話し始めてしまっている。中には仕事関連の話もあるが、大半が全く関係のない話ばかりで本来は注意すべきなのに相模はしようとしない。というか生徒会長の城廻が「集まってるよ」と言って、初めて気付いたらしい。

 

「.......」

 

(あれぇ?なんだ、セリフど忘れでもした?)

 

「.......雪ノ下さん!」

 

なんということでしょう。まさかの全てを雪ノ下に丸投げしやがりました。しかも「じゃあみんなー、今から会議始まるよー」とかも言わずに丸投げ。これじゃ業務委託ではなく、単なる押し付けである。

本来なら雪ノ下も断るべきなのだろうが、現実問題として時間がない以上文句言っている暇はない。

 

「え?あ、それでは委員会を始めます。本日の議題ですが、城廻会長から連絡があった通り、文化祭のスローガンについてです」

 

で、色々案が出たのだがマトモなのがない。具体的に書くと

 

・友情・努力・勝利

・面白い!面白すぎる!

〜潮風の音が聞こえます!総武高校文化祭〜

・一意専心

・ONE FOR ALL

 

こんな感じ。なんか文化祭じゃなくて体育祭のスローガンらしき物やら、どっかの副委員長が考えてそうな物やら、どっかのクソ王子様が言いそうな物やらと、ある意味バラエティには富んでいる。富んでほしくない方向ではあるが。

 

「じゃあ最後、ウチらの方から」

 

そう言って相模が出した案がなんと

 

☆絆

〜ともに助け合う文化祭〜

 

とかいう「いやお前、よくそのスタンスで行けたなおい」とツッコみたくなるスローガンだった。

 

「うぅわぁ」

 

で、どうやら比企ヶ谷も気に入らなかったらしい。そしてこのタイミングでの発言からして、明らかにスローガン通りにしてやろうという魂胆だろう。

集団を纏める上で一番手っ取り早いのは、何かしらの共通の敵を作ることである。勿論長嶺のような高いカリスマ性を持つ指導者がいれば別だが、早々そういう人材はいない。となると敵を作るのが一番である。どうやら比企ヶ谷は、その敵になってやるつもりらしい。

 

「.......なにかな?何か変だった?」

 

「いや。別に」

 

「何か言いたい事があるんじゃないの?」

 

「いや。まあ、別に」

 

(煽り性能高いなー)

 

明らかに相模の機嫌が見るからに悪くなっている。相模みたいな脳内お花畑で、常に理想にしか生きようとしない奴に取っては青春を汚されたような物なのだ。イラつくだろう。

 

「ふーん、そう。嫌なら他に案出してね」

 

「それじゃあ。『☆人〜よく見たら片方楽してる文化祭〜』とか」

 

実行委員の人間、全員が唖然としている。この3人を除いて。

 

「アハハハハッ!バカだ、バカがいる!!もう最っ高!」

 

「フッ、フフフ」

 

「確かにコイツは傑作だ。お前、やっぱぶっ飛んでるわ!」

 

陽乃、オイゲン、長嶺の3人である。流石に平塚が止めたが、長嶺とオイゲンとしては「お前に止める資格はねーよ」とツッコミたかった。

 

「比企ヶ谷、説明を」

 

「いや。「人という字は、人と人とが支え合って」とか言ってますけど、片方寄りかかってんじゃないっすか。誰か犠牲になる事を容認してるのが、人って概念だと思うんですよね。だからこの文化祭に、文化祭に相応しいんじゃないかと」

 

「犠牲というのは、具合的に何を指す?」

 

「俺とか超犠牲でしょ。アホみたいに仕事させられてるし、ていうか人の仕事押し付けられてるし。それで倒れたし。それとも実行委員長言うところの、共に助け合うって事なんですかね?助け合った事が無いんで、俺はよく知りませんけど」

 

「あ、そうだ!ならよ、こんなのはどうだ?」

 

ここで長嶺も悪ノリして、比企ヶ谷に続くことにした。何せ長嶺自身も、執務が滞っているのだ。少しくらい、イライラ解消に文句言ったってバチは当たらんだろう。

 

「よし、できた。『☆オワコン〜骨組みが欠陥工事の文化祭』とか、どうだ?」

 

「プッ、アハハハハ!!!!君も相当だねぇ!!!!」

 

「桑田、どう言う意味だ?」

 

案の定、陽乃は真意が分かったのか笑っている。一方で平塚含め、実行委員達はやはり怪訝な顔である。この反応は予想通りなので、もう煽りに煽りまくってやることにした。

 

「え?先生まさか、この意味が分からないと?あ、そっか!平塚先生も、この部屋にいる大半のクズ共(・・・・・・)と同類でしたね!!!!」

 

「.......何が言いたい」

 

「さてさて、この部屋にいる実行委員に質問だ。この中で仕事の進捗、自分のも全体のも含めてある程度把握してる奴は一体何割位だ?

殆ど居ないよな。何せお前達は自分でやろうとしたのか、はたまた押し付けられたのかは知らんが、どんな形であれ「実行委員」という役に着いたと言うのに、その義務たる職務を全く遂行していないのだから。今日こうやって全員が集まったのも、一体いつ以来やら」

 

話を続けるに連れて、一様にザワつき始める。平塚は静かに見ているが、その顔色は悪い。

 

「今の実行委員は、本当にアンバランスだ。雪ノ下や比企ヶ谷と言った、作業慣れしてる奴によって無理矢理延命させられてるのが現状だ。ぶっちゃっけ、回せてるのは奇跡と言って良い。この辺りの人材がいなかったら、とっくの昔に機能不全起こしてご破産になっているだろう。

そんなザマだから、実行委員が作った文化祭の骨組みはスポンジの様にスカスカだ。骨粗鬆症にかかったジジババの骨みたいに、ポッキリ折れてしまう。まあ人間、面倒臭い仕事はサボりたいと思うものだし、俺もサボれるならサボって家でゴロゴロしたいさ。だがなっちまった以上、最後まで責任持たんかい。それから平塚先生。ここまでなっても対応せず、生徒である俺や比企ヶ谷にここまで言わせるとはどういう了見ですか?アンタ、この実行委員会の顧問だろうが。日々の仕事で忙しくとも、ここまでの異常事態には気付けるはずだ。なのにそれをしない。アンタとしては今回も安定の「生徒の自主性で〜」とかいう、クソの役にも立たん様な美辞麗句で塗りたくった理由なんでしょうが、それが通用しないレベルの事態なんだ。教師なら、自分から動いてみろや」

 

言いたい事は言った。長嶺自身のイライラも解消されたし、ここまで言われてもなお職務を放棄するのなら、もう救いようが無いだろう。

これまでサボっていた実行委員達の顔は、見事に悲壮感漂う物になっていた。だが平塚だけは違った。

 

「お前、教師に向かってクソとはいい度胸だな。いいだろう、私のファーストブリッドで舐め腐り切った精神を叩き直してやる。そこに直れぇ!!」

 

「はいはい。というか、俺に当てれたら良いですね。へなちょこパンチ」

 

「私の実力を知らぬようだな。行くぞ。衝撃のファァァァストブリッッッッッッド!!!!!!!!!」

 

多分何かのアニメか漫画なのだろう。叫びながら長嶺にパンチを繰り出すが、当たる訳がない。左手でパンチを受け止めつつ、右手は中指だけを立てた状態で首筋に当てた。

 

「ほら、やっぱり当たらなかった。そんなアホくさい事する暇があれば、早いとこ仕事してください」

 

「き、貴様.......」

 

「あ、そうだ。今後俺にこういうことをするのなら、アンタも死ぬ覚悟をしてからやってくださいよ?」

 

長嶺は「死ぬ覚悟」の所で、少量の殺気を込めて言った。周りの人間を威圧できる位の量はあるが。この一言で平塚が黙ったのは言うまでもない。

そしてサボり組がしっかりやり始めたのも言うまでもない。

 

 

数週間後 文化祭当日 体育館

『開演3分前』

 

『雪ノ下です。オンタイムで進行します。問題があれば、即時発報を』

 

『証明問題なーし』

『こちらPA、問題ありません』

『楽屋裏、キャストさん準備、やや推しです。でも出番までには問題なさそうです』

 

見事なまでな雪ノ下の完璧なる指示により、相模の仕事を全部掻っ攫って出来た文化祭。いよいよ開演の時を迎えようとしていた。

 

『10、9、8、7、6、5、4、3、2、1』

 

『お前ら!文化してるかぁ!?』

 

「「「「「「おぉぉぉぉ!!!!」」」」」」

 

『千葉の名物、踊りとぉ?』

 

「「「「「「祭りーーー!!!!」」」」」

 

『同じ阿呆なら踊らにゃー!?』

 

「「「「「sing a song!!!!」」」」」

 

城廻の音頭で場の空気を盛り上げ、そのままチア部のパフォーマンスや校内有志で編成したブレイクダンスが始まる。体育館の空気は完全に染まり切り、方々から「フォー!!」みたいな叫び声が響いている。

そしてこの次にあるのが相模の挨拶なのだが、相模は基本的にこういう場で前に立つのは苦手である。しかも実行委員長を通してつく筈だった自信をつける場面は自分と雪ノ下によって、見事に流れてしまい自信なんざZERO。目に見えてガチガチである。

 

「ハァ、み」キイィィィィィン!!!!

 

いきなりしくじった。会場から笑いが出る。勿論貶す笑いではなく、さっきの空気の延長線にある普通の楽しい笑い。だが緊張でガチガチに固まり、殆ど頭も回っていない相模にとっては笑いは全て『嘲笑』になってしまうのだ。

完全にフリーズしてしまった相模に城廻が「気を取り直して、実行委員長どうぞ!」とフォローを入れた。それで少し落ち着き思考が戻ったのか、カンペをポケットから出す。だが落とす。

 

「(比企ヶ谷。時間やばくね?)」

 

「(コイツ、さっきからずっとサイン出してるのに気付いてない)」

 

『こちら舞台前。トラブル発生だ。相模の奴、極度の緊張で視野角が大いに狭まってやがる。さっきからハンドサインを出して巻くように言ってるが、全く見る素振りもない!』

 

そう報告すると、安定の比企ヶ谷への暴言が始まった。人選ミスだの何だのと。軽口を叩く程度ならいいが、明らかに主題を忘れていた。これでは不味い。

 

『お前ら、オープンチャンネルで話すな。ってか雪ノ下。お前は副委員長だろうが!委員長が機能不全を起こしている現状、指示を出すのがテメェの仕事だろ!?馬鹿話をする暇があったら早く全体に指示を出さんかい!!』

 

舌打ちが聞こえた気がするが、この際どうでもいい。気付けば超たどたどしいが、実行委員長の挨拶も進んでいる。アクシデントこそあったが、オープニングセレモニーは無事終わった。

 

 

「あー、疲れたー。なんなのありひぇ!?」

 

「ふふ、お疲れ様真也」

 

ベンチに腰掛けて休んでいると、いつの間にか背後に居たオイゲンがキンキンに冷えたアクエリを頬に押し当ててきた。流石の長嶺もこうも大量の人混みになると殺意を感じたり、暗殺や攻撃を企む奴を判別したりは出来ても、イタズラ程度の物には流石に見抜けないのだ。

 

「お前なぁ。お陰で変な悲鳴が出たぞ」

 

「初めてね、「りひぇ」なんて悲鳴を出したの。というか、あなたでも悲鳴をあげたりするのね」

 

「で、何のようだ?」

 

そう言うとオイゲンは急に深刻そうな顔をして、愚痴を言い始めた。この学校生活の愚痴を。

 

「私達の仕事は潜入なわけだけど、一応普通の学生を演じるのでしょ?なのに入ってから、どう考えても普通らしからぬ事ばかり起きているわよね?襲撃とかは、まあ良いわ。奉仕部や王子様が絡むと、絶対面倒にしかならない。だからこんな時位、普通の思い出が欲しいわ」

 

「いや、奉仕部入ったのはお前の」

 

「ダメ、かしら.......?」

 

潤んだ目で上目遣いされては、断るに断れない。奉仕部と関わる羽目になったのはあくまでオイゲンが元凶なのだが、まあ確かに普通らしからぬ事しか起きてないのもまた事実。今回は長嶺が折れた。

 

「わーったわーった。で、何をするつもりだ?」

 

「これ、行きましょ?」

 

そう言って見せてきたのは、お化け屋敷のポスターだった。題名は『恐怖のチョキ美さん』と書いてある。

それで試しに行ってみたのだが、外観は結構手が込んでる。

 

「結構本格的ね.......」

 

「よく作ったな」

 

因みにチョキ美さんの設定とは、歪な耳を持って生まれたチョキ美さんが他の耳と取り替えたくてハサミで切断しにくる、という物らしい。

 

「次の方どうぞー」

 

「さぁ、いいい、行くわよ!」

 

(怖がってんなー)

 

会場となっている教室に入ると、結構雰囲気があった。一応教室の筈なのだが、本当にお化け屋敷に入ったようである。セットもリアルで、普通に高校生のお化け屋敷としてはトップレベルの物と言える出来だ。

そしてその弊害が…

 

「こ、こここれは作り物よね!?そうよね!?」

 

「あー、案外本物がいるかもよ?幽霊は意外と、お化け屋敷とかに集まるって言うし。もしかしたら脅かしに来てる幽霊の中に本物が」

 

そこまで言うとオイゲンはダッシュで逃げ出した。どうやらホラー系は苦手だったらしい。因みに長嶺の場合、幽霊なんかより生きてる人間がよっぽど恐ろしいのを知っているので全く恐怖していない。

まあなんか走って追い掛けるのも、逆にここまで作った人間と驚かす側の人間への冒涜な気もするので、一人で色々考察したりどんな脅かしで来るかを予想しながら回った。

一方のオイゲンは、一番最悪の事態が起きていた。このお化け屋敷、本来は丸々お化け屋敷だったのだが、セット製作が間に合わなかったので後半はロッカーでアイマスクとヘッドフォンを装着して立体音響での恐怖を与えてくるスタイルになったのだ。で、当初は「指揮官とロッカーで密着できる!」という目的だったが逃げ出した結果、なんと葉山と一緒に入る事になってしまったのだ。

 

「もしかして、エミリアちゃん怖いの苦手?」

 

「そうよ。さっきまで真也と回っていたけど、怖すぎて逃げてきたわ」

 

「でも、もう大丈夫。僕がついてるから」

 

「なら安心ね王子様」

 

そう言って安定の作り笑いで答えるオイゲン。だが内心では最悪以外の何物でもなく、兎に角離れたかった。

 

(なにが「僕がついてる」よ。あなた程度が、私を守れる訳ないじゃない。私を守ってくれて、満たしてくれるのは、指揮官だけなのに.......)

 

とまあ、こんな感じである。確かに葉山隼人という存在は、この『総武高校』という狭い社会では多大な力を持つ。葉山なら主人公となれるだろう。だが一歩社会へ出れば、そんな特権はない。あくまでもそこら辺の一般人、ゲームで言えばNPCやモブに過ぎない。

だが長嶺となると、話は別だ。表裏の社会で共に多大な影響力、権力、武力、財力を持ち、網目のように広い人脈も持つ。葉山と比べるのが烏滸がましく思える程に。

逆立ちしたって勝てない男に好意を寄せる女性を、それに劣る男が射止めるのは不可能という話である。因みに葉山的には、自分の好きな相手と密着できるとか神展開でしかない。約10分間程、胸と尻といったグラドルやAV女優以上の肉体を楽しみ、匂いや声、息遣いすらも堪能していた。勿論、下のイチモツも元気にStand upしてた。

そしてこれは誰得だという話なのだが、男の象徴も長嶺の方が直径や長さは勿論、一度の量とかも遥かに上とかいう悲しい結果だったりする。というか多分、総武高校とか霞桜の中でぶっちぎりのNo. 1なのでここは、まあノーカンにしてもらいたい。

 

「ねぇ、エミリアちゃん。良かったら僕と一緒に回らないかい?」

 

「あら、デートのお誘い?」

 

「デートって言う程じゃないよ。ただ少し、君と話したいだけさ。それにデートなら、僕はしっかりプランを練って君に最高の1日を提供するよ」

 

普通ならオイゲンも断るだろう。こんな男の為に数少ないせっかくのアピールポイントを不意にしたくない。だがここで天啓が奔る。

 

(これ、敢えて受ければ指揮官も嫉妬するかしら?)

 

そう。これまでのオイゲンは、行ってしまえば押しに押しまくっていた。なら今度は引いてみる。かの有名な「押してダメなら引いてみろ」方式である。

敢えてここで葉山という自らよりも劣っているが、この場に於いては自分を凌ぐという絶妙な葉山(当て馬)と行動する事で、嫉妬の炎に焼かれてもらおうという作戦なのだが、どっちかっていうと反応を見極めたいというのが本音だったりする。これまでの流れ的に、多分長嶺が無反応なのは予想内。ならここは今後の戦略の為に、見極めるのもまた一手だ。

 

「いいわ。でも、私とのデートは高いわよ♡?」

 

「!?あぁ。ありがとう、エミリアちゃん」

 

完全に悪女というか、男を手玉に取る魔性の女である。そこからはもう、オイゲンのターンだった。何せ惚れてる美女からおねだりされては、流石に無碍には断れない。色々買わされたり、無茶なお願いを聞かされたりと色々やりたい放題にやっていた。

しかも葉山の方はそれに気付いてない。なんでかって?絶妙なタイミング可愛い仕草や思わせぶりな演技をして、葉山を飽きさせるどころかより惚れ込ませていたのだ。そのテクニックはキャバ嬢もビックリな程に洗練された物だった。しかもこれ、恐ろしいのが意識せずにやっているのだ。独学で極めたわけでもなく、ただただ自然に無意識でやっている。ある意味、ハニートラップの達人であるカルファンより恐ろしい。

一方の長嶺はというと

 

「焼きそばうまー」ズルズルズル

 

焼きそば食べてた。因みに学内での長嶺は、そのビジュアルとミステリアスたが優しく知的な性格が功を奏して結構人気なのである。そんな訳で、色々サービスしてもらったりして屋台巡りしながら満喫していた。

なんだかんだで昼も周り、そろそろエンディングセレモニーだという頃、問題が発生した。なんと相模が優秀賞と地域賞の結果を持って姿を消したのである。

 

「困ったわね.......」

 

「別に困る必要ないじゃない。総評とかはどうとでも出来るし、一番重要な賞の発表は後日発表にしてしまえばいいわ」

 

「確かにエミリアさんの手も一理あるわ。最悪はそうするのだけれど、地域賞に関しては後日発表では意味をなさないわ」

 

そう。優秀賞は学内での賞だから良しとして、地域賞は校外から募った有志のパフォーマンスに対しての賞なので後日発表は余り意味を成さないのだ。というか寧ろ、無意味とすら言える。

 

「どうかした?」

 

「それがどうやら、相模さんが何処かに行っちゃったのよ。投票結果を持って」

 

「そっか.......。なら、もう一曲歌うよ。優美子、お願い!」

 

最初は「テンパってるから」とか言って断ってた三浦も、葉山のスマイルに負けてもう一曲歌う事となった。その間に雪ノ下が陽乃と交渉し、更に時間を稼ぐ作戦として舞台に上がる事になった。これには由比ヶ浜も参加し、ボーカルとして出演する。

そしてその間にオイゲンがSNSで情報を集め、比企ヶ谷と長嶺が捜索に動く事になった。

 

 

「で、何かアテは?」

 

「そんなもんねーよ。というか、あったら苦労しない」

 

現地で合流した2人は取り敢えず、ポイントを絞ることから始めた。たった20分ちょっとで学校全てを虱潰しに探すのは不可能に近い。そして情報も無い以上、相手の心理を読み解く必要がある。

 

「俺が思うに、相模は自分の居場所を見失ってる。となると、誰かにそれを見つけて貰いたい筈だ。それを考慮すると学校内にいるのは確実だし、大凡も絞れてくる」

 

「わーお、流石だな比企ヶ谷。なら、そこからの絞り込みは任せてくれ」

 

相手の心理を読み解くという手段をアッサリと見つけた比企ヶ谷に驚きつつ、今は文化祭成功のために長嶺も全力を尽くす。本来ならどうでもいいと切り捨てるが、今日くらいは動いたってバチは当たらないだろう。

そんな事を考えながらスマホを取り出し、警戒のために今日だけここに潜入している隊員たちに連絡を取り指示を出す。

 

「俺だ。お前達、すぐに今から写真を送る女子生徒を探せ。若しくは情報を集めろ」

 

時間がないのなら、物量でローラーを掛けて手当たり次第に探せば良い。これで見つかる可能性は上がる。

 

「比企ヶ谷、今仲間にローラーを掛けてもらってる。俺達は可能性の高そうなポイントを絞って、そこをピンポイントで探そう」

 

「だったら、そうだな。特別棟の上か、はたまた図書館の奥だな」

 

「オーライ。図書館は俺が向かう。特別棟は任せた」

 

取り敢えず二手に分かれて、相模を探し出す。図書室へと走り、顔見知りになってる司書さんにも聞いたが図書室には居ない。次は何処を探そうかと言う時、特別棟にいたという目撃情報が入った。

なんかトンデモなく嫌な予感がしたので、比企ヶ谷が既に向かってが長嶺も向かった。そしてその予感は、見事に当たってしまった。なんと葉山と相模の取り巻きがいる中で、相模のやってきた事全部を言い始めたのだ。これまで自分がひた隠し、目を逸らし、誤魔化してきた事実を全て自分の最も嫌いな奴に言われたのだ。ショックでフリーズしている。それを見かねたのか、自らのブランドイメージを保つ為か、はたまた単に苛ついた事による当たりかは知らないが、葉山が無理矢理比企ヶ谷を黙らしたりと事態が最悪な方向へと進んでいた。

 

(おいおい、こんな最悪な状況とか笑えんぞ)

 

長嶺としても完全に割り込むタイミングを見失い、入るに入れない。というかこの場で割り込めば、多分余計に火に油どころかガソリンぶっ込む結果になりかねない。傍観する他なかった。

様子を伺っていると、相模は取り巻きに連れられて出ていき、葉山も出て行った。「どうして、そんなやり方しか出来ないんだ」とかいう、クソみたいな発言を残して。

 

「ほら、簡単だろ。誰も傷付かない世界の完成だ.......」

 

「誰も傷付かない世界、ねぇ。テメェがバリバリ傷付いてる時点で説得力ねーよ。そこんとこどうなんだ、ええ?真の英雄さん」

 

意外な奴の登場に、今度は比企ヶ谷が固まった。一方の長嶺は火事場泥棒みたいで気が引けるが、この状況を利用して比企ヶ谷にさらに近付く事にする。

 

「ホント、お前は超が付くお人好しだな」

 

「俺がお人好し?そんな事あるかよ。俺はお人好しとは、最も縁遠い男だろ」

 

「ほう。あそこまでやって、まだ認めないのか。逆にスゲーぞ。お前はお前が思ってる以上に、優しくて他人の為なら自分の犠牲も厭わない、少なくとも俺が出会って来た人間の中では一番優しい奴だ。

先に謝っておくが、さっきのヤツ、実は途中から俺も見ていた。ホントは飛び込みたかったが、なんか小さな火が大火事になりそうだったから傍観していた。本当にすまない」

 

そう言って長嶺は頭を深く下げた。その姿に比企ヶ谷はただただ驚き、頭を上げろとしか言えなかった。

 

「なぁ比企ヶ谷。お前、俺の友達になってくれないか?」

 

「は?」

 

「俺には『友達』って存在の奴は、もう長いこと居ない。俺のかつての友達は、俺が親友と呼んだ3人は俺を生かすために死んだ。それ以来、俺は友達を作ろうとしなかった。いや、出来なかったと言った方がいいだろう。怖いんだよ、また俺の前から消え去るのが。

でも何故だか、お前はどんな状況でもしぶとく生き残りそうな気がする。なにより、俺の考えとお前の考えが似ていて一緒にいて楽しい」

 

因みにこの話は、桑田真也としての話ではなく長嶺雷蔵、つまり本当である。長嶺がかつて、3人の仲間を目の前で失ったのは知っての通りだ。長嶺に取って、それは心に深い傷を残した。その結果、友達を作る事に恐怖したのだ。もしまた目の前で死なれでもしたら、きっと世界を滅ぼしてしまうから。

とまあシリアス全開だが、この友達発言、殆ど嘘である。まあ一緒にいて面白いのは確かだが、友達云々は長嶺に取っては本当にハードルが高い事なのだ。今回のは上部だけのリップサービスに近い。

 

「でもお前にはエミリアがいるだろ?エミリアは友達じゃないのか?」

 

「アイツは友達って言うよりかは、もう家族か何かに近い。過ごした時間は短いが、戦場で一緒に時を過ごしたんだ。ある意味、家族以上かもしれない」

 

「そうだったな。お前達はドイツにいたんだもんな」

 

一応キャラ設定的にYESと答えたが、実際は欧州どころか世界中、ありとあらゆる戦場を駆け抜けて、なんなら戦争してない所でもドンパチしているので、なんかちょっとアレな気持ちだったという。

 

「で、答えの方は?」

 

「.......俺は孤高が良いと思っていた。でもお前なら、少しだけ信じられそうな気がする」

 

「そうか。なら行こうぜ、我が友の英雄さん」

 

2人は体育館へと歩いて行く。体育館は由比ヶ浜と雪ノ下、そして陽乃に城廻、オマケに平塚まで参加するバンドのライブが最高潮を迎えており大盛り上がりだった。

ライブが終わる頃を見計らい、一応舞台袖に向かうと何故か相模が顔を真っ青にして固まっていた。

 

「何この状況」

 

「どうやら、挨拶の紙を落としちゃったらしいわ」

 

「いや、書きなおせば良いじゃん。それかアドリブで言うとか」

 

まかさのアクシデントである。相模は超がつくあがり症なので、まあまずアドリブ無理だろう。たが、状況としてはそうする他ないのも事実。一方で時間が絶対的に足りない。相模が逃げてそれを探す時間稼ぎで既に、葉山グループとさっきのバンドが場を繋げた以上、もう同じ手は使えない。絶体絶命である。

 

「ね、ねぇ桑田くん。お願い、紙を探してきて!」

 

「は?」

 

「お願い!」

 

そう言って手を合わせてウィンクして、かわい子ぶっておねだりする相模。だがこの一言で、長嶺は堪忍袋の緒が切れた。

 

「ふざけるな!!!!!!!!」

 

もうここが舞台袖とか、人目があるとか気にしていない。流石にこの発言と、これまでの行動を見ればこうなっても可笑しくはないのは読者諸氏もご理解頂けるだろう。

だがこのアホ女は全く分かっていない。さも「どうして頼んだのに怒鳴られてるの?」という顔である。

 

「既に無様を晒し、いろんな奴に迷惑を掛けた上でその発言をしたんだ。覚悟できてんだろうな?あ"?

今回の文化祭、お前は自分から実行委員長となった。だが蓋を開ければどうだ?奉仕部に手伝いを依頼したのは良しとして、お前は「手伝い」や「委任」という言葉を着せて仕事を丸投げにし、さらには雪ノ下姉の発言を逆手に取り、危うく実行委員を潰し掛けた。スローガン決めで言った筈だ。「この文化祭は雪ノ下や比企ヶ谷と言った連中で無理矢理延命されてるだけだ」と。というか2人とも一度潰れたしな。

そして比企ヶ谷が敵役になった結果、他の実行委員が纏まりどうにか滑り込みセーフでここまで漕ぎ着けた。無論、雪ノ下姉の発言や雪ノ下の完璧主義精神による、お前の仕事までやり始めたり勝手に進行したり、本来止める筈の教師が止めなかったりと一概にお前だけが悪いとはいえない。だがお前はそれを承知の上でおんぶに抱っこで甘え、結局自分のプライドを傷つけられて逃げた。そして全てを比企ヶ谷に言われると、今度は取り巻きのテメェらと葉山を味方につけて悪者を比企ヶ谷に責任転嫁して逃げおおせる。

で、勝手逃げて落としたであろうカンペを自分で探さず、俺に押し付ける。こりゃ本当に、スカスカの欠陥工事どころかハリボテだった様だな」

 

そこまで言うと相模は泣き出した。そして取り巻きと、いつのまにか帰ってきていた葉山が色々言ってくる。「酷い」だの「最低」だのと。普通ならそこで止まるだろうが、コイツが止まるわけがない。横に立て掛けてあった長机に拳を叩き込み、一撃で破壊して威嚇とする。

 

「外野がピーチクパーチク囀るな。耳障りで不快極まる」

 

葉山達は黙った。その時の顔と声色が、あの夏の日に千葉村で見せた桑田真也、いや。長嶺雷蔵としての片鱗そのものだったからである。

無論取り巻きは長嶺の恐ろしさを知らないが、それでも言い表せない何かを感じ黙る。

 

「とはいえ今回の一件はさっきも言った通り、お前だけの責任とは言えない。環境的要因があったとも言えよう。時間を稼いでやる。その間に書いてみせろ」

 

「.......」

 

「幸にして、お前のクソみたいな行動は今この場の人間位しか知らない。このまま全てを壊すか、少しでもマシにするかはテメェが決めろ」

 

それでも相模は黙り続ける。恐らく頭が追い付いていない上に、感情の整理も出来ていないのだろう。それを察した長嶺は、よりわかりやすいように言い換える。

 

「文化祭をフィナーレへと誘う導き手は、お前しかいない。自分の職務と責務に忠を尽くせ。

お前は文化祭で何も成長できていない。そしてここで何もしなければお前は一生、今回の行動が十字架となって付き纏うだろう。だがここでお前が動けば、きっとマシにはなる。お前の掲げた目標を遂行できる筈だ。

お前は1人じゃない。仲間がいる筈だ。文才に自信がないなら雪ノ下を頼れ。前に立つのが怖いなら城廻先輩を頼れ。不安なら葉山やそこの友達を頼れ。時間は俺がキッチリ稼いでやる。フィナーレの準備は抜かりなく比企ヶ谷が全てを調整してくれている。信じろ。そしてお前のデカさを見せてみろ!!」

 

流石現役の指揮官。人を動かすのが上手い。ここまで言う頃には流石の相模も、落ち着きを取り戻し自信をも取り戻していた。

 

「桑田、そこまでの大口を叩いたんだ。どうする気だ?」

 

「なーに。先生達がやったのと、同じ事をするだけですよ」

 

そう言うと長嶺は立て掛けてあったギターを手に取り、簡単に弾いてみせる。

 

「桑田くん。あなたギター、弾けたのね」

 

「これでも、結構多才でな。どんな楽器もある程度扱える。後は、エミリア!」

 

「何かしら?」

 

「お前、アスノヨゾラとロキ歌えたし踊れたよな?あれ、やってくれ」

 

そう。長嶺がやろうとしているのは、オイゲンを山車に観客の空気を更にアゲる。そしてその空気感のまま、フィナーレに突入させると言う物だった。

 

「うーん、でもタダ働きは嫌よ?何かメリットが欲しいわ」

 

「なんでだ?こんな楽しい事、他で経験できないぞ。考えてみろ。さっきのライブで観客は盛り上がり、既に最高潮だろう。で、もう終わりと思っている。そこに追加でライブがあり、しかもお前が踊る。

となるとこの文化祭の一番美味い、最上級の極上の部分を俺達だけで独り占めだ。どうだ、おもしろそうだろ?」

 

「なんか乗せられてる気がするけど、良いわよ。乗せられてあげる」

 

因みにオイゲン的には初めての長嶺からの頼み事だったので、少し焦らしたがOKするつもりだった。欲を言えば、困った顔が見たかったらしい。

そして舞台は三度目の緊急ライブが始まった。無事時間稼ぎに成功し、どうにか文化祭は幕を下ろした。

 

 

 

数時間後 校舎裏

「で、何のようだ親父?」

 

『さっき、解析班から報告があった。例の音声だが、また別のをキャッチしたらしい。だが今度は綺麗に解析できてな、内容が全てわかった。

で、内容なんだが』

 

「なんだ、どうしたんだ?」

 

『少し不味いぞ。内容は「phase 2に移行せよ」だ』

 

流石の長嶺も驚いた。未だ何も情報はなく、それなのにいつの間にか計画とやらは第二段階に進んでいるという。

 

『とにかく、引き続き調査を頼む』

 

「了解した」

 

着々と進む何かの計画に、何もまだ把握できてない現状。生きた心地がしなかったと言う。

では最後に、今回の文化祭でのライブの模様をお送りして今回は終わりとしよう。ただ長いので、別に見なくても大丈夫である。また台本形式となるが、そこは許して欲しい。また実際に聞きながら想像してみるのをお勧めする。

 

 

 

時間を戻して文化祭のライブ

「さぁ、飛び入り参加だが俺達の歌も聴いて行きやがれ!!!!」

 

幕が上がると、そこには黒シャツ姿の長嶺と制服姿のオイゲンがいた。長嶺はギターを装備し、2人ともヘッドセットを付けている。

 

「さぁ、みんな!文化祭のフィナーレの前に、もっともっと盛り上がるわよ!?」

 

「さぁ、曲名はアスノヨゾラとロキだ!!みんなもノリノリで聞いてくれよ?じゃあ、行くぜ!!!!」

 

 

オイゲン「気分次第です、僕は。敵を選んで戦う少年。叶えたい未来も無くて、夢に描かれるのを待ってた」

長嶺「I know they call it cheating only fighting when Nike's with me.I never had a dream to go forjust waiting for grandest dreams to come to me.」

 

オイゲン「そのくせ未来が怖くて、明日を嫌って、過去に願って、もう如何しようも無くなって叫ぶんだ。「明日よ!明日よ!もう来ないでよ!!」って」

長嶺「Yet I was scared that time was wasting.The future I hated; the past I was sated and I’d be screaming out like a kid at a loss

“Tomorrow, tomorrow, I wish it never would come”」

 

オイゲン「そんな僕を置いて、月は沈み陽は昇る。けどその夜は違ったんだ。君は、僕、の手を」

長嶺「But the night will always be the same the moon will set and the sun will return.But you came to me, that special night and my hand was in your hand」

 

オイゲン「空へ舞う、世界の彼方。闇を照らす魁星。『君と僕もさ、また明日へ向かっていこう』

夢で終わってしまうのならば、「昨日を変えさせて」なんて言わないから、また明日も君とこうやって、笑わせて」

長嶺「Soar in the sky beyond the Polaris into the light, you say

“Just hold my hands now,we have lots to see tomorrow”

Be it a dream, I’ll never let it go I won’t give up, I say

So be it, my yesterdays Let tomorrow be our good day just like todayt」

 

オイゲン「あれから世界は変わったって。本気で思ったって。期待したって変えようとしたって、未来は残酷で。それでもいつだって君と見ていた、世界は本当に綺麗だった。忘れてないさ、思い出せるように仕舞ってるの」

長嶺「From then on, the world has made its change or that’s what I believed. But no matter how I hope and pray the future is hard to live. Still I believe in the sky that you taught me how to gaze

You and I would see a “miracle” It’s always with me,It’s just that I’ve put it away so the treasures will stay」

 

オイゲン「君がいてもいなくても翔べるなんて妄想、独りじゃ歩くことさえ僕は。しないまま藍色の風に吐いた幻想。壊してくれって願って踠いたって Eh…

『願ったんなら叶えてしまえや』って、君は、言って」

長嶺「Don’t dare to call me a grown-up walking by myself; even standing is painful alone. I know that you’d just laugh and call me idiot but face the truth, I’ve led my life astray

“You’ve made your wish so you’ve got to make it true”

and you’ll take my hand.」

 

オイゲン「また明日の夜に逢いに行こうと思うが、どうかな、君はいないかな?それでもいつまでも僕ら一つだから。

またね、Sky Arrow笑って、いよう。未来を少しでも君といたいから。叫ぼう、"今日の日をいつか思い出せ未来の僕ら!"」

長嶺「Let us meet again when the sun will set tomorrow.You can come when you want to come.I will be waiting for you like you did for me. And we'll be “Sky Arrows” and smile along forever

The sky will always connect us and someday we’ll treasure what we’ve seen together on the day today」

 

ライブの空気は本当に凄かった。最初は皆「何だ何だ」という感じだったが、2人が構え出し、最初のオイゲンがダンスを始めた瞬間、空気が一気に変わった。

いつもは小悪魔風の艶かしい声なのだが、最初の出だしが言うなればショタボに近い低い声からの入りだった。だがそれ以上に、美しかったのだ。その肢体から繰り出されるダンスは、歌詞をそのまんま表す。最初は静かに、サビで激しく動き、間奏中は何処か寂しそうな表情を見せてみたり。また2回目のサビでは、それまで暗い表情だったが「またねSky arrow」の部分で一瞬顔を手で隠し、「笑っていよう」の部分で外すと満面の笑顔を見せてみたりと、しっかりと歌詞に乗っ取っり表情や動きも作っていたのだ。

そして長嶺も忘れちゃいけない。ネイティブの発音を残しつつも、聞き取りやすい英語で話し、なにより本来日本語と英語という一緒に聞くと訳分からなくなってしまうのを、いい具合に一緒に乗せたのだ。その結果、互いを引き立てつつも自分の存在感を出すと言う神がかったものに仕上がったのである。

 

「次行くわよ!!着いてきて!!!!!」

ジャガジャガジャジャーン

 

オイゲン「さあ、眠眠打破!」

長嶺「昼夜逆転?」

「「VOX AC30W」」

 

オイゲン「テレキャスター背負ったサブカルボーイがバンド仲間にやっほー」

長嶺「アルバイトはネクラモード(モード)」

オイゲン「対バンにはATフィールド 」

「「“人見知り”宣言で逃げる気かBOY」」

 

「「ゆーて、お坊ちゃん、お嬢ちゃん、お金も、才能も、なまじっかあるだけ厄介でやんす」」

オイゲン「Boys be ambitious...」

「はいはい」

オイゲン「like this old man」

 

「「長い前髪。君、誰の信者?」」

「「信者…信者 …」」

「「勘違いすんな、教祖はオマエだ!!」」

 

「「ロキロキのロックンロックンロール!」」

オイゲン「かき鳴らすエレクトリックギターは」

「「Don't Stop! Don't Stop! 」」

 

長嶺「さあ君の全てを」

オイゲン「曝け出してみせろよ」

「「ロキロキのロックンロックンロール!!」」

 

 

オイゲン「さあ」

長嶺「日進月歩 」

オイゲン「いい曲書いてる?」

長嶺「動員ふえてる?」

オイゲン「『知名度あるけど人気はそんなにないから色々大変ですね。』」

 

長嶺「はっきり言うなよ、匿名アイコン」

オイゲン「はっきり見せない、実写のアイコン」

「「いい歳こいて自意識まだBOY!」」

 

「「ぶっちゃけ、どんだけ、賢く、あざとく、やったって 、10年後にメイクは落ちてんだよ」」

 

オイゲン「Boys be ambitious...」

長嶺「はいはい」

オイゲン「like this old man」

長嶺「え?」

 

「「生き抜くためだ、キメろ!Take a "Selfy" 」」

「「"Selfy"…"Selfy"…」」

 

「「死ぬんじゃねぇぞ、お互いになぁぁ!!」

 

「「ロキロキのロックンロックンロール! 」」

オイゲン「薄っぺらいラブソングでもいい 」

「「Don't Stop! Don't Stop!」」

長嶺「さあ目の前のあの子を」

オイゲン「撃ち抜いてみせろよ 」

「「ロキロキのロックンロックン、ロール!」」

 

 

オイゲン「お茶を濁してちゃ満足できない 」

長嶺「スタジオに運ばれた、スロートコートは 」

「「安心不安心、プレッシャーでいっぱい 」」

オイゲン「実は昨夜きのうから」

「「風邪で声が出ません」」

 

「「は? は! は? はぁ!?」」

 

オイゲン「はぁ… 」

「「寝言は寝て言え」」

オイゲン「ベイビー(ベイビー) ベイビー(ベイビー)」

 

「「死ぬんじゃねぇぞ、お互いになぁぁ!!」」

 

「「ロキロキのロックンロックンロール!」」

オイゲン「かき鳴らすエレクトリックギターは」

「「Don't Stop! Don't Stop! 」」

長嶺「さあ君の全てを曝け出してみせろよ」

「「ロキロキのロックンロックンロール」」

 

「「ロキロキの…ロックンロックンロール…」」

 

オイゲン「死ぬんじゃねえぞ」

長嶺「死ぬんじゃねえぞ」

 

「「死にたかねえのはお互い様ぁ!!」

 

こちらも同様にすごかった。アスノヨゾラとは打って変わって、今度は終始楽しそうに踊る。オイゲンはその爆乳を揺らしに揺らし、男子の目を完全に奪う。特に後半の「は?」四連発で表情も可愛かったらしく、男子から歓声が上がる。

長嶺は踊りこそ最低限だが、「はいはい」や「え?」の部分なんかでしっかり表情と声を作りリアリティを演出。ついでに上手い歌で女子を魅了し続けた。

 

「終わりだ。フィナーレは実行委員長に頼むから、みんな最後までこの盛り上がりを保ってくれよ!!」

 

「みんな楽しんでくれたかしら?また機会があればやるから、その時も盛り上げてね?」

 

「「「「「「おぉぉぉぉ!!!!」」」」」」

 

こうしてライブは無事終わったのである。因みにいつも土曜投稿なのが久しぶりに日曜投稿になったのは先週が死ぬ程忙しかったのと、この歌詞書きやダンスイメージ探しでYouTube巡りしてたからである。

 

 



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第四十八話平和な体育祭

文化祭から二週間後 奉仕部部室

「千葉県横断お悩み相談メールだっけ?アレ使われてんの?」

 

「一応、使われてるらしい」

 

あのクソッタレな文化祭が終わって、早二週間。つい一週間ほど前から稼働を開始した『千葉県横断お悩み相談メール』は、これまで平塚を通して流れて来ていた奉仕部への依頼を、ネットでも申し込めるようにと雪ノ下の発案で生まれた。

だがこれ、一つ問題がある。何せネットなので世界中のネットに接続できる者なら誰でも送れる物であり、これまではあくまでも学内の依頼だったのが大袈裟ではあるが全世界にまで広がっちゃってるのである。まあ流石に全世界は愚か、日本全国からも依頼が来るほどのヒットを出すわけ無いので考えすぎ感はあるにはあるが。

因みに長嶺が「学内にポスト設置すれば良くね?」と提案はしたが、なんか「今世界はグローバル化が進んでいる以上云々」という雪ノ下の最高にありがたくない御託に参って取り下げた。

 

「あ、依頼来てるわよ」

 

そのお悩み相談メールを確認していたオイゲンが、どうやら依頼を発見したらしい。どんな内容かと言うと『体育祭を盛り上げるアイデアを募集しています。それと、最後なので絶対勝ちたいです!』という物であった。

 

「嫌だったわよねぇ。クラス対抗リレー」

 

「あの謎のプレッシャーな」

 

「あたし、あんま足早くなかったからきつかったなぁ」

 

「そうそう。居るんだよなぁ、クラスメイトが抜かれると舌打ちして、マジギレするサッカー部の長山」

 

「それ誰!?何で個人名!?!?」

 

とまあこんな具合に、各々体育祭の嫌なエピソードを語っている。だが長嶺とオイゲンはそんな経験ないので「そうなんだぁ」位で留めている。

因みに主は中学は集団行動ガチの学校で、毎回毎回先生が誰かしらを吊し上げてブチギレられていた。高校はダンスがキツかった。特に高校は色々問題が起きた年があり、先輩が盛大に先生からガチギレされて午後の部の開始が1時間遅れた伝説の体育祭があった。尚、主のリアルはスポーツできない系男子だったので基本的にネタ枠でやるか、体育祭の運営側に入って上手くエスケープしてました。

 

「あ、後バトン受け取るの嫌がる女子な。なんで態々俺の目の前で「マジあり得ないんだけど〜」とか言うの?ツンデレ?」

 

「いやー、それはぁ」

 

「自分でわかっているだろうから敢えて明言は避けるけど、女子が嫌がってる時はかなりの確率で本気よ」

 

「明言してるじゃねーか。明言の意味調べとけよ。

それと、体育祭と言えばアレな。1人足りなくて、先生と一緒にやる組体操とかな。扇とかやらうにも、人が足らなくてよ」

 

「それを目にするご両親が哀れだわ。

 

どうやら比企ヶ谷は、中々に結構ディープな体育祭を送っていたらしい。そんな話をしていると、ドアがノックされた。入ってきたのは、なんと生徒会長の城廻。珍客である。

 

「えっと、奉仕部ってここでいいのかな?体育祭のことでメールしたんだけど、返事来なかったから直接来ちゃった」

 

5人してPCの画面を見つめる。よく見ればハンドルネームの欄に「めぐめぐ」と書かれていた。

 

「あ、確かになんからしいハンドルネームだ」

 

「そうそう、これだよ!体育祭も文化祭の時みたいに盛り上げていきたいんだよ〜。雪ノ下さんと、えっと」

 

比企ヶ谷の方を凝視して、なんか困った顔をしている。どうやら文化祭の英雄である比企ヶ谷を知らないor覚えてないらしい。

 

「比企ヶ谷です、比企ヶ谷」

 

すかさず由比ヶ浜がそう言うが、まさかの由比ヶ浜を比企ヶ谷と勘違いする。どうやら結構天然の入った、所謂ポンコツらしい。

 

「えっと、それからそっちの2人は」

 

「エミリアよ」

 

「桑田です。そいつと同じくらいには文化祭で悪名持ってますから、ある意味覚えやすいでしょ?」

 

「う、うん。でも2人とも文化祭で頑張ってたから、よく覚えてるよ。だから今回もよろしくね〜」

 

そう言って長嶺と比企ヶ谷に顔を近付けてくる城廻。それを見て由比ヶ浜は露骨にやきもちを焼き、オイゲンは機嫌が一気に悪くなる。

 

「城廻先輩、依頼の詳細を教えてください」

 

「あ、そうそう。みんなにお願いしたいのは、男子と女子の目玉競技なんだよ」

 

曰く、毎年地味で殆どの生徒に覚えられてないらしい。長嶺とオイゲンは知る由もないのだが、確かに他の3人も「そう言えば何やった?」みたいな感じで覚えてない。だから一つ派手なのをして、目玉競技を作っておきたいらしい。そんな訳で何故か実行委員会に参加することになった。で、会場に行ってみれば…

 

「お、うまく人員確保できたみたいだな」

 

まさかの平塚先生がいた。どうやら面倒なので、駒である奉仕部を手元に置いてこき使いたいという魂胆らしい。まあ名目は「私が若いからお鉢が回って来て、どうせなら面白いのをしたい。私って若いから、これの担当なんだよ」と、なんか余計な主張も混じっているが概ねはそういう名目であった。

で、会議が始まったのはいいのだが…

 

「部活対抗リレーとか!」

「それだと、部活に入ってない生徒が出られないから不満がな.......」

 

「オーソドックスに、パン食い競争」

「ご飯派の不満が、クレームに繋がる恐れが.......」

 

「借り物競争!」

「親御さんの借金で苦しんだ生徒への、配慮を、考えると.......」

 

みたいな感じで、片っ端から誰かへの配慮とかで軒並み却下されまくってしまった。なのでホワイトボードに出た意見も、全て横線が引かれてしまっている。

 

「配慮ばかりですね」

 

「最近はどこもうるさくてな。何かと、規制が多いのだよ」

 

「と、とにかく色々考えてみよ!」

 

でまあアイデアを出すのは良いのだが、全てが配慮だのクレームだのと、ホワイトボードが埋まるくらいは出た意見は全滅である。というか、途中から連想ゲームになってる始末。最初は「みんな頑張ってこー!おー!!」みたいなノリノリの城廻も「他に意見ないですかー(棒)」になり、目も死んでいる。

 

「思ったよりアイデアが貧困だったわ.......」

 

「出る杭は打たれるなんて言うけど、本当だったみたいね.......」

 

「うんエミリア。それ意味違うぞ」

 

因みに『出る杭は打たれる』というのは、才能ある者が他から妬まれたり憎まれたり非難されてる事を指す。今回の場合、出る杭以前に杭が存在していない。

 

「そもそも、俺達が考えるってのも無理があるな」

 

「じゃあどうすんだ?この見事なまでの意見が消え去っていき、最早連想ゲームへと移行しつつあるこの現状を」

 

「適材適材っつうだろ?」

 

「確かに大事な考え方ではあるわね」

 

大事な考え方の筈が、比企ヶ谷に掛かれば捻くれた考え方へと進化する。曰く「できる人間は組織に使い潰されるのが世の常だ。その癖、給料が上がらない」らしい。

 

「わかるッ!わっかるなぁ!!」

 

「平塚先生。そこは共感してはいけないのでは?」

 

平塚としては共感なのだろう。机叩をいて、いつもは否定する捻くれ論理に珍しく同意している。

一方で長嶺もその考えには同意であった。提督を始めてから現在に至るまで仕事も、派閥も、ゴタゴタも連合艦隊司令長官すらも押し付けられてられている。まだこれだけなら、平塚と同じような悲壮感漂わせる位で済んだかもしれない。だが提督を始める前の、まだ長嶺が子供だった頃。長嶺は組織に利用され続け、搾取され続け、遂には仲間すらも失い、その原因が怖気付いた上層部にあったという悲しい過去もある。

比企ヶ谷としてはいつもの捻くれ思考からくる、単なる論理の話であったのだろう。普通はそうだし、その論理こそが世の常でもある。だが長嶺にとっては、思い出したくない過去を想起させる物に他ならなかった。

 

「真也?」

 

「あぁ、どうした?」

 

「何かあったの?顔、すごく怖かったわよ」

 

「別に。昔あった事を思い出してただけだ」

 

その怖気付いた上層部の人間は、すでにもう全員『粛清』済みである。だがそれでも、やはり初めての親友であり、唯一無二の掛け替えのない相棒達を失った悲しみを、その程度で払拭できる筈はなかったのだ。

 

(今はそれを考えてる時じゃないだろ。思考を、止めるんだ)

 

「…ジョブローテションだ。アウトソーシングだ」

 

「なんかよく分かんないけど、凄そう.......」

 

「よくもまあ、それっぽい単語をスラスラと」

 

どうやら、こういうのが得意な第三者に外注やらワークシェアリングやらジョブローテションやらアウトソーシングやらと、如何にもそれっぽい単語を付けて丸投げするつもりらしい。

で、呼び出されたのが…

 

「何で私呼ばれたの?」

 

「けぷこん、けぷこん。うむ、左に同じ」

 

(あー、よりによってコイツらか)

 

葉山グループに所属する鼻血出しまくり要因として定評のある、腐女子の海老名。そして自称・剣豪将軍の材木座義輝こと、Mr.厨二病罹患者である。比企ヶ谷らしいチョイスではあるし、ここまで会議が停滞&脱線してる以上、これくらいインパクトある方が良いとは思う。

が、しかし、これ一歩間違えると一生進まなくなるか、今以上に予測不可能な変な方向へ突き進む可能性もある。結構な賭けなのだ。

 

「なぁるぅほどぉ!ザ・ユニverse!!!!話題になって、盛り上がる競技を考えろとな!?」

 

「盛り上がれば良いんだよね?ナニ(・・)が盛り上がっても良いんだよね?」

 

「ねぇ真也。これ、大丈夫かしら?」

 

「.......ノーコメントで」

 

なんかもう既に色々ヤバいが、案外始まってみると暴走こそしたが一応うまく行った。どうにか話題性もエンターテイメントとしても優秀で、見栄え良く生徒の思い出にもなる物にはなった。

そこからは怒涛の勢いで準備が進み、早い事でもう本番と相なった。

 

 

 

約三週間後 体育祭当日

「みんなありがとー。相談したお陰で、凄い楽しくなりそう!」

 

「いいえ。まだですよ、城廻先輩」

「受けた依頼はまだ半分しか終わってないしな」

「そうね、勝たなきゃ依頼達成じゃないわよね」

「勝ちましょう!」

 

「とまあ、こんな具合なんで、そのお礼はまだ取っておいてくださいな」

 

「うん!」

 

斯くして、体育祭は始まった。この学校では紅白に分けて、戦う事になっている。赤組は奉仕部&城廻&戸塚。白組は葉山グループ&川崎&相模グループと言った感じで分かれている。そして大体、葉山の独壇場で出場する度に真っピンクの歓声が上がる。

だが、この種目では赤組も期待していた。何せ障害物走でレコードタイムを叩き出した長嶺が出場するのだから。

 

「位置について!よーい、ドン!!!」

 

まずは各色の第一走者である4人が走り出す。ではここで、簡単にコースを説明しておこう。コースにはまず最初に跳び箱。普通に飛ぶなり、上に登って突破するなりすると、次は謎の台がある。大体奥行きが6メートル位はあり、これは跳び箱のように飛ぶのは不可能である。因みに場所はトラックの180°のカーブの中間地点にある。

カーブを超えると次は網抜けの網が貼られ、それをくぐり抜けると激しめのアップダウンのある平均台へと差し掛かる。これを抜けると、二つめのカーブに入る。こちらには棒がコースに刺さっており、その上を飛びながら進まないといけない。ケンケンパの要領である。

そして最後の直線には障害の代わりに、係の生徒達がボールをぶん投げてくる仕掛けがある。しかもボールの大きさがテニスボール、軟式野球ボール、バスケットボール、バレーボールと大きさに差がついていて避けるのは難しい。

とまあこんな感じの、結構選手を殺しに来てる仕掛けだらけであった。

 

「コースの仕掛けは最高。コース、自分のコンディション共に上々。仕掛けへの対策も考案済み。勝てるな」

 

「それはどうかな?」

 

他の走者が走って行く中、白組のアンカーである葉山が話しかけて来た。因みに赤のアンカーは長嶺である。

 

「勝負は始まってみなきゃ分からない。それに僕はサッカー部の練習で、コーンとかを置いてドリブルしながら避けたりとか、試合でもゴールに向かってドリブルしてたら四方八方から相手の選手が邪魔してくる。その中で鍛えられた動体視力とかバランス感覚には自信があるんだ。この学校で、ぼくの右に出るものはいない」

 

葉山らしからぬ発言のような気もするが、その原因は相手が長嶺だからである。長嶺というより正確には桑田なのだが、常に葉山の思い人たるオイゲンことエミリアは桑田と行動を共にしている。それの嫉妬から、葉山は長嶺が嫌いなのだ。

 

「そうか。だがな葉山、お前では俺を超えられないぞ」

 

「どういう意味だい?」

 

「それは、始まってみたら分かる」

 

障害物走は順調に進んでいき、いよいよアンカー前の選手が走り出した。長嶺と葉山を含めたアンカーの4人がコースへと出て来る。葉山という学校の王子様が出てきた事で真っピンクの歓声が女子から上がり、男子からは嫉妬心どころか通称『HA☆YA☆TOコール』と呼ばれるコールが行われてレースが始まって以来、最高の盛り上がりを見せていた。

 

『さあ今、白組のアンカー、葉山くんを筆頭に続々とタスキがアンカーの選手へと渡っていきます!!赤組、少し遅れていますが、まだ挽回は出来ますよ!

おっと、ここで赤組の選手が転けたぁぁ!!!』

 

見れば長嶺にバトンの代わりになってるタスキを渡す筈の戸塚が、盛大に大転けしている。赤組白組問わず、この障害物走での赤組の勝利は無理だと確信した。

だが、長嶺だけは諦めていない。既にトップを行く葉山は二個目の障害を越えたが、長嶺からすればまだ挽回できる程度の差である。

 

「ごめんね桑田くん.......」

 

「後は任せろ」

 

土埃まみれのタスキを走りながら胴体に巻き、長嶺は走り出す。眼前に迫るは、最初の関門である跳び箱。他はバカ正直に跳んだが、長嶺は一旦垂直にジャンプして、右手を跳び箱に付けてそれを軸に身体を捻って突破する。

 

「次は謎の台。これは、こうだ!」

 

頭をイン側、足をアウト側に置いて下半身と首を上に上げて、背中のみを台の上に接地させて、そのまま背中を滑らせて突破。

この技を使う事により他は着地して走りながら曲がるのに対して、長嶺は滑り終えて着地の時に足を次の向かう方向に向けて着地出来るので、素早く次の動きである走りへと移行しできるのだ。しかもここで3番手だった白組のヤツを抜いた。

因みにイメージは龍が如く3で桐生がミレニアムタワーの下で警察から逃げるムービーの時に、パトカーのボンネットでやった回転である。

 

「網抜けは匍匐で素早く!」

 

他は自衛隊の匍匐方法でいう、第四匍匐で進んでいた。分からないという読者は、匍匐前進と言われて頭に浮かぶのを想像してもらいたい。だが長嶺は第三匍匐という、上体を起こして素早く動くやり方で3番手にいた赤組のヤツを抜いて2番へと躍り出る。

 

『おっと!ここで桑田くん、一気に追い上げる!!!!転倒のアクシデントを乗り越え、今葉山くんの背中を追い掛けています!!!!』

 

この大逆転の様相に、赤組から歓声が上がる。葉山辺りならパフォーマンスの一つでもするのかもしれないが、コイツの場合はそんな事せずにただ前にいる葉山を観察していた。この非日常で必ず起こる、ボロを見逃さない為に。

肉食獣が獲物の草食獣に見せる執着心が如き目で睨まれ続けた葉山は、気付いてはないようだったが本能的に焦りか何かを感じたのだろう。次の平均台で、ちょいちょいバランスを崩し始めた。一方の長嶺は走ってる時と殆ど変わらない速度で突破し、続く棒の障害で完全に追い付いた。何せ葉山は一つ一つ丁寧に飛び越えるの対して、長嶺は一気に二、三本抜いて飛び越えて行くのだから差はみるみる縮まるのは必定である。

 

『ここで両者、並んだー!!!!これだと最後のボールをどうするのかで、勝敗が分かれてきます!!最初に入ったのは葉山くん!桑田くんも負けていない!!!!』

 

葉山は四方八方から連続して飛んでくる玉を避けるのか、腕や足で落とすのかを考え始めて段々速度が落ちてしまう。

 

「遅い!」

 

一方の長嶺はボールを引っ掴み…

 

「こんな事しちゃいけねぇとは、ルールブックにはねぇんだわ!!!!」

 

それを投げる係の生徒から飛んでくるボールにぶん投げて迎撃。強引に突破する。他の生徒も教師陣も、まさかの戦法に唖然呆然であった。そして一気に葉山の前に躍り出て、そしてそのままゴールイン。見事、勝ち星を上げた。

 

『一位は桑田くん!二位は葉山くんです!!』

 

まあ正直、葉山如きに負ける訳ない。何せ長嶺の身に付けた身体能力や技術は全て、戦場という極地で鍛え上げられた物。言わば己が命を代価に手に入れたと言っても過言ではない。そんなスキルを、たかだか数年間の時間の、それも毎日に精々数時間程度で身に付けた、長峰目線からは付け焼き刃としか言えないスキルで勝てる筈がない。

 

「桑田くん、本当にごめんね。転けちゃって.......」

 

「気にすんな。勝ってるし、別に無理はしてない。予定よりちょっと本気を出した程度だから、責任も負い目も感じなくていい」

 

「うん!ありがと!!」

 

 

 

午後1:35 入場門

「ホントにこれでいいのか?」

 

「はっぽん!その昔、千葉では里見氏と北条氏との合戦があってだな。その歴史を考慮した、素晴らしい競技だ!」

 

「いや、当時この辺海だろ。ってかさ、ネーミングセンスもまあ高校っぽくていいと思うし、騎馬に足軽の格好させるのもいいさ。うん。だがな、なんで乗る方は甲冑じゃなくて鎧なの。それも最近の萌えキャラ風のヤツ」

 

そう。この騎馬戦、騎馬は足軽なのだが、上に乗る選手は全員何故か甲冑ではなく萌えキャラ風の二次元な感じの西洋風鎧なのだ。これでは侍や武者ではなく、女騎士である。

 

「「ふっ、知れたことよ。我(私)の趣味だ(よ)」」

 

いつの間にか現れた海老名も、材木座と一緒にメガネをクイっとしてレンズを光らせている。

 

「あら。でも、案外可愛くて私は気に入ってるけど?」

 

「なんか、エミリアさんが着ると.......」

 

「一気に女騎士になるね.......」

 

そう。エミリアも出るし、しかも上に乗るのでしっかり鎧を纏っている。だがオイゲンはドイツ系の女性で、しかも見た目も声も共に二次元に居るキャラをそのまま現実世界に引っ張ってきた様な感じなので、恐らくこの種目する選手の中で一番似合っていた。

 

(まあオイゲンの名前の元になったオイゲン・フォン・ザヴォイエンは、17世紀のヨーロッパで大暴れした騎士だからなぁ。その名を継いだ軍艦の、言うなれば化身であるオイゲンが似合わない筈がないわな)

 

「じゃあ、真也。しっかり勝ってくるから、最後の種目でも勝ちなさいよ?」

 

「お前、それ誰に言ってる?あれこそ、俺の能力が最大限活かせる種目だろ」

 

最後の種目が何なのかはさておき、目玉競技の一つである騎馬戦が始まる。この騎馬戦は大将の頭に巻いた鉢巻を奪えば勝ちで、大将にはさっきの鎧の着用が義務付けられている。因みに大将は赤が雪ノ下、由比ヶ浜、城廻、オイゲン 。白は三浦、相模、海老名、川崎である。

また大将には配下に三騎の騎馬を持ち、この騎馬に相手を攻撃させるも自身の盾にするも良しという戦略性でも楽しめる物になっている。

開始の合図である法螺貝の音が鳴り響き、試合が始まる。

 

「さぁ、行くわよ?Unzerbrechlicher Schild(破られぬ盾)!!」

 

後方に控える、手持ちの三体の手持ち騎馬に自分が考えた陣形の指示を出す。自身の正面に一体、左右の少し後ろに2体配置して、そのまま自分の周りを回転させるという陣形であった。

 

(成る程。自身のスキルである、破られぬ盾を再現したか。だが自身のスキルは自由自在に扱えるが、騎馬は一つの独立したユニット。それで再現できるかどうか.......)

 

「今よ、突っ込んで!」

 

白組の一体が突っ込んでくる。だが中に入った瞬間、オイゲンも向かってくる騎馬に突撃した。まさか突っ込まれるとは思わなかったのか、白組の騎馬は右に避けようとするが進む方向にオイゲンの手持ち騎馬が居て撤退できない。その隙を見逃さず、鉢巻を取る。

 

「大将首じゃないけど、まずは1人。Los(進め)Los(進め)Los(進め)!」

 

その陣形を維持したまま前進を始める。進軍速度こそ遅いが、回転する円の中に入れば最後。逃げるに逃げれずオイゲンを倒す他ないのだが、そのオイゲンも戦場で鍛えた勘がある以上、高々女子高生程度に鉢巻を取られる程弱くはない。

 

「うへぇ。エミリアって強いな」

 

「アイツも俺と同じように、あの戦争を生き抜いた女だ。確かに戦闘能力は(銃を使う場合は)高くないが、少なくとも勘は冴えている。戦場を知らぬJK如きに遅れはとらん」

 

あくまでもこれは、桑田真也がエミリア・フォン・ヒッパーに対して下した感想である。では長嶺雷蔵として、鉄血のプリンツ・オイゲンに対してみるとまた別の指揮官としての感想を抱いていた。

 

(戦場で使うスキルは、あくまでも砲弾を防ぐシールド。それを今回は敵を囲い込む檻として、そして障害物として活用した。その柔軟な発想と、この状況への適合力。流石は鉄血のエースだ)

 

戦場に於いて重要となってくるのが、広く戦場を見渡す観察眼と古い物を壊して新しい物に適合する柔軟性、そしてこれらから得た知識を適応したり、応用したりする能力である。

オイゲンは今回、敵も味方も観察した上で戦略を構築し、自らのスキルの固定された先入観に囚われない柔軟性を持って観察し、観察して得た情報とスキルとは正反対の活用方法を編み出す応用力を見せた。この行動は賞賛に値するものであった。

 

『勝者、白組!!!!』

 

これで次の男子の種目、棒倒しで勝てば勝敗は逆転勝利となる白組。だが白組男子の表情は硬く暗い上にやる気もない。何故なら相手の葉山が女子の羨望も、人気も、空気も、全てを掻っ攫ってしまっているのだから。

これでは勝てる物も勝てない。『病も気から』ということわざがある様に、時に精神は肉体をも凌駕する。逆も然り。精神がやられていては、出来ることもできなくなってしまうのだ。

 

「材木座。お前に一つ、お前にしか出来ない事を頼みたい」

 

「うむ。申してみよ」

 

「今の状況、これでは勝てない。お前なら、お前の持つ力なら、この空気を変えられ、その行為がひいては戦いの潮目すら変える。材木座よ、頼む。みんなのやる気を出してくれ!」

 

「あいや、わかった!この剣豪将軍、材木座義輝に任せよッ!!!!」

 

こういう時の材木座は乗せやすい。同じ様なスタンスで「お前にだけにしか〜」とか「お前の持つ力なら〜」とか言っときゃ、大抵のことはさるのだから、これ程楽な奴もいないだろう。

 

「聞け者共ー!!我らが敵は、葉山隼人ただ1人!!!!あのいけすかないクソイケメンに、優勝まで掻っ攫われていいのか!!我は嫌だぁぁ!!!!すごく嫌だ!!!!もうこれ以上、惨めな思いはしたくなぁい!!!!話しかけられた時に、ほおを引き攣らせて笑いたくない!!近くを通りかかられた時、急に止まって道を譲られたくない!!!!皆はどうだ!?!?」

 

「「「「「お、おー?」」」」」

 

「ならば勝つしかあるまいッ!!目覚めるときは今なのだ、立てよ県民!!」

 

「「「「「おー?」」」」」

 

イマイチである。あまり上がらなかった。流石にここまで下がっていると、材木座の様な勢いだけではダメだったらしい。ならば、こちらはチートの長嶺を投入するのみ。

 

「材木座、バトンタッチ」

 

「真也よ、我は、我はぁ」

 

「お前は良くやった。少なくとも、お前の言でヘイトは此方に向いた。後はこれを煽るだけだ。任せておけ」

 

そういうと長嶺は前へと歩き出し、赤組の選手達が座ってくっちゃべってる場所の前に立つ。敢えて何も言わず、ただ立つ。仁王立ちである。何も、何もしない。ただ仁王立ちして、真っ直ぐに選手達を見つめる。

その異様な空気に気が付いたのか、2分もすれば全員が黙り辺りは静寂に包まれる。

 

「.......勝利だ。我々は、勝利を収めなければならない。自分の為に。仲間の為に。

材木座はさっき言っていた。勝ちたいと。惨めな思いをしたくないと。お前達は敗者だ。葉山隼人という、勝ち組の下に這いつくばるだけの敗者であり弱者だ。

お前達は何の為にここにいる?負ける為か?いや違う。お前達は敗者であっても、今この時に立ち上がれば勇者だ。さぁ立て!咆哮を挙げろ!拳を空高く掲げ、勝利の栄光を掴むは我ら赤組ぞ!!!!さぁ、王を倒して見返してやろうぜ?下剋上だ!!!!!!!」

 

やはり現役の指揮官だけあって、仲間を鼓舞してやる気にさせる術を完璧に持っている長嶺。若干厨二臭いが、こういう場の捉え様によっては一番燃える展開だからこそ使えるアプローチである。

何はともあれ、赤組のやる気は一気に上がった。

 

 

「始めー!」

 

「まずは防御だ!!防御を固めろ!!!!」

 

『まずは白組の先制攻撃だ!!!』

 

初手は防御から固める。このまま相手が馬鹿の一つ覚えで突撃してくれたら楽なのだが、流石にそんなことはしてくれない。だが葉山には戦略の知識が中途半端にしかないので、教科書通りの戦法で来てくれる辺り分かりやすい。この先制攻撃も大方、こちらの小手調べなのだろう。

 

「桑田くん!防御を固めたよ!!」

 

「これより作戦行動に移る!練習でも話した通り、戦場は生き物!常に自らの予測とはかけ離れた進化を続け、戦況もそれに合わせて刻々と変化する。臨機応変こそ、この作戦の決め手。まずは5〜9、それから13、32は前進!前衛の白に食い付けつつ、右側に誘き出せ!!」

 

長嶺は練習の際では名前で個別に指示を出していたが、本番では敢えて名前ではなく番号で呼ぶ事にした。この時点で葉山含む白組は誰が何番で、今指示を受けたうちの誰がここに来るかが分からなくなっていた。

 

「次は14と22、右翼から迫るのを撃退!抑えろ!!」

 

「わかった!」

「了解ッス!」

 

「35は1、7、29を連れて突撃。撹乱陽動攻撃!相手は任せる」

 

「仰せのままに!」

 

敵総大将である葉山は最初こそ、長嶺の数字や如何にも戦略家っぽい言い回しに混乱していたが、よく観察すれば単に適当な奴に適当な味方を当ててるだけだと分かった。

 

「みんな!アイツはそれらしい単語を並べて、大きな作戦があるように見せかけてるだけだ!!戸部、大岡、大和!」

 

葉山グループにして、白組の中でも最強戦力である戸部、大岡、大和に手空きと防御に回っている者も数人出して、こちらに突撃を敢行してくる。

だがそれこそ、長嶺の作戦なのだ。

 

「総員、ファランクス準備。合図あるまでは行くなよ?タイミングが大事だからな」

 

手空きの赤組の生徒達は、長嶺の指示を待つ。

 

(まだだ。まだまだ.......。もっと、もっとこっちへ.......)

 

そして長嶺は静かに手を挙げて、勢いよく振り下ろした。次の瞬間、待機していた生徒達が一斉に白組へと襲い掛かる。

だがこの位は白組も察していた。普通に個別に各個撃破に移り、みるみる陣形が崩れていく。

 

「比企ヶ谷、動け!」

 

「へいへい」

 

比企ヶ谷はこれまで様々な依頼を解決してきたし、比企ヶ谷単体として考えても戦力としては申し分ないユニットである。だがそれを敢えて捨て駒に使い、葉山と他を引きつけて貰う。

暫くすると葉山が手勢を率いて、比企ヶ谷を取り囲んだ。それも絶好のタイミングと位置で。その瞬間、材木座に指示を出す。

 

「材木座、行くぞ!配下も連れてこい!!」

 

「心得た!!者共続けぇ!!!!」

 

勿論、葉山は長嶺をマークしていた。だがそれよりも先に比企ヶ谷が動き、捕まえたタイミングで長嶺が動いた事で反応が遅れる。だがそこは葉山。すぐに指示を出すが、周りは全く聞いていない。他は自分と取っ組み合ってる赤組を抑えるのに精一杯だし、仮に指示を聞けても長嶺には近づけない。何故ならこの攻撃を狙っていた長嶺は、既に壁を作ってあったのだ。白組と赤組を個別で戦わせて、それによってできた乱戦状態を壁にしたのである。

人は一つに集中すると、周りが見えなくなる物である。まして体育大会最後の種目の、それもこれで勝ち負けが決まる天下分け目の試合という非日常&燃えてくる展開に、皆どうしても酔ってしまう。となると視野はさらに狭まり、冷静さが消えてしまう。こうなっては最初は指示を聞くかもしれないが、相手と戦ってる時は指示を聞いてられる程の余裕はない。それを利用して戦わせる場所を調整して白組の移動を阻害する壁を作り、比企ヶ谷を自分たちの通る道から最も離れた場所まで葉山で捕まえさせ、重量級の材木座と保険の数名を連れて突撃を敢行したのだ。

しかもこの進撃路は、わざと直線ではなく曲がりくねった物にしてある。直線だと中途半端に知識や経験がある葉山に看破される可能性もあったが、一直線だが曲がりくねらせた物にする事で一気に解りにくくできた。

 

「材木座!アレやるぞ!!」

 

「おう!!!!」

 

材木座は長嶺の前まで走り、棒へと肉薄。手勢数名はそのまま棒の防衛組に突撃するが、材木座はその前で180°まわってしゃがむ。

 

「ナイスタイミング!!上げてくれ!!!!」

 

材木座の手を踏み台にして、空高く打ち上げて貰う。棒の1.5倍程度の高さまで上がり、そのまま棒のテッペンに取り付く。

 

「このまま行くぞ!」

 

そのまま全体重を掛けて棒を倒しにかかり、遂に棒を倒し切った。

 

『なんと勝者は白組です!!』

 

この放送の瞬間、白組から大歓声が上がる。

この種目が決め手となり、白組は優勝。城廻は大喜びで、奉仕部が始まって以来、初の平和に普通に終わった依頼でもあった。まあ材木座と海老名が暴走してた感は否めないが、そこはノーカンである。

 

 



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第四十九話釧路基地強襲

多分、今まで一番マトモで唯一平和に終わった体育祭から、早一ヶ月。一年生は早い者なら期末を見据えて勉強を始め、三年生は受験勉強の真っ最中の今日この頃。二年生は学校生活の中で恐らく、殆どの人間が『学生時代の思い出』と言ったら一番に上がるであろう最大のビッグイベントの準備に入っていた。修学旅行である。

総武高校は京都に三泊四日で行くのだが、その班決めやら回る場所調べやら、オススメのお土産やグルメの情報集めで賑わいを見せていた。長嶺とオイゲン も例に漏れず、しっかり楽しみにしていたのだが、一本の電話で現実に引き戻されてしまった。

 

『釧路基地司令の横山が裏切ったぞ』

 

東川からのこの電話が示す所はトドのつまり、久しぶりのお仕事である。この電話を受けるや否や、長嶺は学校を早退。すぐに鎮守府へと帰還した。

 

 

 

江ノ島鎮守府地下 『霞桜』司令本部

「お前達、状況を説明する。二時間前、仙台基地司令の小清水香織大佐の告発により、釧路基地司令の横山冬夜の裏切りが発覚した」

 

この報告に、五人の大隊長達は驚いた。仕事が増えた事でも、横山が裏切った事に対してでもない。横山と同じ河本派閥の小清水の告発という、言うなれば裏切り行為に驚いていた。

 

「総隊長殿。我々の記憶が間違っていなければ、小清水大佐は敵対派閥である河本派閥の人間では?」

 

「その通りだ。彼女曰く、元々こっちの派閥に来たかったらしい。しかし、アイツの親父が河本と繋がりがあるらしくて、あっちの派閥に入るしかなかったそうだ。だから今回の一件を利用して、こっちに鞍替えするらしい」

 

話としては可笑しくは無いが、流石に信用出来かねる。グリムもそれを指摘しようとしたが、その前に長嶺は「まあ、「はいそうですか」ですぐに信用は出来ないし、するつもりもないがな」と付け加えた。

 

「話を戻すぞ。で、横山の裏切った内容なんだが、何ともまあ、凄いぞ。アイツ、薬をばら撒いてやがる。最近、釧路を筆頭に出どころ不明の粗悪品の薬が出回ってるのは知っているか?」

 

元は日本一の極道組織を率いていたベアキブルは知っているらしいが、他はピンと来ていないらしい。確かに報道はされていないし、ベアキブルは裏社会に太いパイプを何本も持っているので手に入った情報なので知らないのは仕方がない。

 

「確か色んな物質をブレンドして、中毒性を馬鹿みたいに上げておきながら、幻惑成分は他より低いっていうヤツ、だったような」

 

「そうそれ。最近警察にも情報が上がってきているんだが、その出所、というより経由地として釧路基地が使われている。ついでに近隣の半グレ連中に、骨董品クラスの粗悪品銃を流してるらしい」

 

「確かに鎮守府の管轄は防衛省である以上、警察は介入しにくい。しかも提督という選ばれし者とも言うべき存在である以上、公安のマークも上からの圧力で基本皆無。物理的に完全なスタンドアローン化できる鎮守府という施設は、こういう裏取引や密輸には持ってこいですね」

 

確かにベアキブルの言う通りなのだが、同じ提督業をしていてこっちは秘密特殊部隊の本拠地を持っている…言うならある意味同種である以上、何とも反応し難い。

 

「そして問題なのは、奴の戦績のカラクリだ。奴は駆逐艦を盾にして、敵の攻撃を防ぎ攻略している。其処の部分を聞くだけなら普通だが、被弾し大破した駆逐艦は解体か何処かに売り払われてる」

 

この一言で全員が凍り付いた。艦娘というのは不思議なもので、たまに同じ艦娘が2人以上生まれる事がある。特に駆逐艦はその傾向が強い。だが一方で何故か、同じ艦娘が同じ海域にいると二人とも艦娘としての能力が発揮できなくなってしまう。水の上に浮くことは出来ても、兵装は一切使えない。というか中には、浮くのすら無理というのもいる。

この法則を利用して、かつてはこういう非道な戦法が考案された事もあった。軍内では『捨て艦戦法』と言われており、これまで何人かの提督を消してきたが、流石にこの戦法を用いる程の者はいなかった。

 

「一刻も早く、艦娘達を助け出す必要がある。よって今夜、釧路基地を襲撃する。どうやら横山は海外の傭兵や半グレに武装させて、基地の警備をやらせてるんだと。しかも、噂じゃ艦娘を性奉仕の対象としてるとか。こんな絵に描いたような外道、必ず殺す。野郎共、久しぶりに暴れるぞ!」

 

この一言で全員が笑みを浮かべた。敵に恐怖を与え、何も知らない味方が見ても恐怖してしまうような狂気の笑みを。

 

 

 

数時間後 江ノ島鎮守府 地下格納庫

『総員、出撃準備。総員、出撃準備。各班は黒鮫への搭乗を開始せよ。総員、出撃準備。総員、出撃準備。各班は……』

 

江ノ島鎮守府にある滑走路横にある格納庫。いつもはメビウス隊を筆頭とする航空隊の保有する戦闘機やヘリコプターとかが入っているが、その地下には霞桜専用の巨大ハンガーが広がっている。戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』、汎用ヘリコプター『黒山猫』を筆頭とした兵器群を始め、水上装甲艇『陣風』や機動本部車もこのハンガーに保管されているのだ。

そして今、釧路基地への出撃準備で中は慌ただしい。今回は久しぶりの出撃というのもあって、ド派手に襲撃することが決まった。まずは機動本部車で門をぶち破り、黒鮫を使って空挺降下。後は皆殺しにするという、もう作戦もへったくれもない物をする事になってたりする。

 

「よーし、車こすんなよ!」

 

「車体固定!」

 

「弾薬よし、ミサイルよし、準備よーし!」

 

準備が完了した機体は格納庫から屋外のハンガーへとエレベーターで上がり、そしてそのまま闇夜の大空へと翼を広げていく。世界最強の男が率いる、世界最強の特殊部隊。その矛先を向けられて生き残った者は、これまで一度も居ない。今回もその例に漏れず、敵はボコボコにされるだろう。

しかも今回に限って言えば、最近出撃がご無沙汰で全員鬱憤が溜まっている。その鬱憤晴らしにこの戦闘に参加する者も多いので、多分いつも以上に激しい。慈悲なんて物はカケラが無いどころか、端から持ってないレベルの容赦の無さを持って殲滅される事だろう。因みにマッハ6で飛ばしてるので、数十分後に釧路基地上空に到達した。

 

「機動本部車、展開完了!このまま基地に突っ込ませます!!」

 

「いっちょド派手に突っ込ませろ」

 

この命令を受けたドライバーは目を輝かせ、嬉々としてアクセルを目一杯踏み込む。敢えてライトをハイビームで点灯し、クラクションを鳴らしながら表にある鉄門に特攻を仕掛ける。

 

「突貫!!!!」

 

聞いた事もないような爆音が鳴り響き、鉄門ごと正面玄関を突き破って機動本部車が突き刺さった。トレーラーヘッド自体も後ろのトレーラー重装甲の超ヘビー級の車体を高速でぶん回す馬力がある以上、例え建物といえどただでは済まない。

 

「な、なんだ!?!?」

 

「カチコミか!?」

 

武装した警備員達が出てくるが、エントランスの惨状に唖然としていた。破片が飛び散り、床はグチャグチャ。屋根も崩落して、2階の天井が見える始末。極め付けは正面玄関の前にある階段には、表にある鉄製の門がひしゃげたまま中段くらいに刺さっている。

 

「じ、事故か?」

 

「いや、違うでしょ.......」

 

「と、取り敢えず運転手を引き摺り下ろすぞ」

 

恐る恐る近づく三人の警備員。爆発を警戒しているのか、ジワリジワリと近付きつつトラックに注意を向けている。だが爆発に気を取られていては、このトラックに限り足元を掬われる事となってしまう。

彼等の脳内にはガソリンに引火するか、荷台に爆弾が満載されてるかの二つしかない。だがこの機動本部車は爆弾程度の騒ぎではないのだ。何せ、機関砲に速射砲、ミサイルランチャーに火炎放射器までついているのだから。

 

ドカカカカカカカカカカ!!

 

不用心に近づいた三人は、右前に搭載された30mm機関砲によってズタズタに引き裂かれた。

この銃声で漸く他の警備員も異常性に気付いたのか、基地全土に警報が鳴り響く。だが、もう遅い。

 

「降下ポイントです!!」

 

「さーて、久しぶりに暴れるぞ!!」

 

「この感じ、久しぶりだな。我が主!」

「この間はご主人様と一緒じゃなかったもんね」

 

基地上空には長嶺を筆頭とする霞桜の隊員達を満載した黒鮫が多数ホバリングしており、制圧射撃を加えつつ隊員達を下ろしていく。その中には長嶺は勿論、各大隊長も降り立っている。

 

「うっしゃぁ!!久しぶりコイツが火を噴くぜ!!!!」

 

バルクが構えるのは専用武器の三連装七銃身バルカン砲であるハウンド。毎秒数百発の弾丸を吐き出すバルカン砲×3なので、その制圧力は計り知れない。

 

「な、なんだアイツは!?」

「この弾幕じゃ反撃なんて!」

「どうすんだ!!」

 

「奴等は釘付けにした!レリック!!」

 

「任せろ」

 

その背後から飛び出すのは、マニュピレータを装備したレリック。今回はフルオートに機関部を改造したダネル NTW20、Mk19 自動擲弾銃、チェーンソーを二つずつ装備している。手持ちにはコンバットPDWを装備しており、遠近共にこなせてしまうバランスの良いものになっている。まあ手持ちを除いて、威力が対人にはオーバーキルなのだが。

 

「死ね」

 

真上からの攻撃になす術なく吹き飛ばされていく警備員。一方、反対側ではカルファンとベアキブルの姉弟コンビが暴れていた。

 

「べーくん、合わせなさいよ?」

 

「へいへい。そういう姉貴こそ、遅れるなよ?」

 

「ふふ、私に言ってるのかしら?」

 

「他に誰がいるよ!」

 

カルファンが敵を吊り上げて、それに気を取られた奴をベアキブルを刺し殺す。はたまたベアキブルが狙われれば、ワイヤーを操って銃弾を弾き、逆にカルファン狙われればベアキブルがその前に殺す。この二人のコンビネーションは、文字通り阿吽の呼吸そのもの。お互いをお互いがカバーし、連携で敵を倒していく。

 

 

「みんな、頑張っているね。なら私も、年長者として戦わないと示しがつかないかな」

 

「たしかにそろそろ、存在感を示しときたいですね」

 

一方のマーリンは他の霞桜の隊員達に最適なタイミングで、最適な相手を撃ち抜く。奇想天外のレリックと大火力のバルク、そして汎用性と連携のカルファンとベアキブル。この二組に対してマーリンは余り表には出ないが、逆に視野がどうしても狭くなる四人に変わって隊員達を援護するのだ。勿論四人が自由奔放に戦っている訳ではない。しっかり部下達の援護するが、マーリンはスナイパーという特性上、戦場全体を見渡す位置に陣取るので必然的に現場指揮をとるのだ。

 

「スゥ、はぁ。目標」

 

「距離は2,000、目標は敵の重機関銃手。正面玄関より三つ目の窓、3階」

 

「センターに入った。ファイア」

 

ズドォン!!

 

「命中」

 

マーリンと副官でスポッターのビーゲンのコンビが、敵の機関銃手を排除。これにより隊員達は建物内に突撃を敢行し、また一つ戦況を有利に動かす布石を打った。

 

「さてさて、じゃあ私達も始めますよ!」

 

「地上部隊の援護はお任せ!ってな」

 

更にその後方には指揮管制とハッキング技術で援護するグリム率いる本部大隊がいて、要所要所で援護してくれている。例えばトラップをハッキングして敵に作動する様にしたり、スプリンクラーとかを操作して撹乱したり、時には敵の遠隔操作式の兵器を奪ったりと背後から様々な働きをしてくれる。

因みに最近の編成で本部大隊は戦闘から、後方支援へと任務内容が変更された。これにより本部大隊は各機のパイロットと兵装を操作するガンナー、それからグリム直属のハッカー集団、工兵や整備兵、事務会計の仕事を行なっていたりする。

 

 

「さぁ、弱兵共。掛かってこい」

 

一方の長嶺は一人、基地内に侵入して中の警備兵を殺して回っていた。長嶺の戦闘は兵士(ソルジャー)ではなく、戦士(ウォーファイター)と言っていいだろう。他の大隊長とは違い、全て一人で完結してしまう。

だが周りを見てないかと言えば、そういう訳ではない。寧ろ最前線の先頭に立っていても、後方から戦局全体を見ている筈のグリムと同等レベルで把握している。敵味方問わず本来なら見えてない筈の別働隊の動きすらも察知し、それに合わせた対処行動を取る。しかもそれは必ずグリムやマーリンの考える作戦に合った物を繰り出してくるので、もうエスパーや超能力なんかの次元ではない。化け物である。

 

「ファック!!」

 

「ぶっ殺せ!!!!」

 

AK74を二人の警備員が撃ってくるが、どうやら純正品やライセンス生産品などの真っ当な物ではなく、何処かで違法に作られたのだろう。工作精度が悪いのか、避けずとも弾が明後日の方向に飛んでいく。

まあそんな銃を鉄火場に持ってくるそっちが悪いので、問答無用で阿修羅HGで体の一部を消し飛ばす。

 

「うーん、思ってたより銃の性能が悪いなアイツら」

 

「なんか拍子抜けだねー」

 

そんな事を犬神と言い合いながら廊下をゆったり歩き、恐らく横山のいるであろう執務室を目指す。やがては廊下は突き当たりに行き当たったのだが、両サイドに警備員が待ち構えているのがわかった。ハンドサイン指示でも出しているのか、壁からはみ出している銃口が小刻みに動いている。

 

「犬神」

 

「わかったよ。タイミング、任せるね」

 

一呼吸置いて、長嶺は右に隠れている警備員に向かって銃弾を叩き込む。25mmの超大口径弾は身を隠している壁を余裕で貫き、その奥にある警備員の身体すらも貫いてしまう。

でかい音が鳴った上に自分の仲間がいきなり倒された事で、もう片方に隠れている警備員達はすぐにAK74を乱射してくる。

 

「犬神!!」

 

「ガウッ!!!!」

 

しかしそれが合図だったかのように犬神が飛び出し、敵めがけて突進。突き当たりでドリフトのように急ターンして、そのまま壁に隠れていた警備員に襲いかかる。

 

「ッ!?」

 

ドカカカカカ!!

 

どうにか直ぐに反応して銃を乱射するが、大型犬程度の大きさに高い機動性を持つ犬神に、取り回しの悪い超至近距離で、しかも大慌てで乱射したライフル弾が当たるどころか掠るわけも無い。

 

「ギャッ!?」

 

「アガッ!?!?」

 

「ゴブッ!」

 

殆ど抵抗できず爪で掻っ切られたり、牙で肉を抉られたり、両方で削り取られたりした。お陰で壁と床には血と肉片が飛び散り、そこには倒れたりもたれ掛かる様にした死体が4体転がっていた。因みに反対側に5体。

 

「全く、殺しても殺しても出てくるんだから。ゴキブリかよ」

 

「しかも弱いんだよねぇ」

 

「あー、なんか飽きてきた。早いとこ執務室抑えよ」

 

念の為言っておくが、この会話は血まみれの死体が転がる場所での会話である。いつもの事ながら、やっぱり頭のネジがダース単位で吹っ飛んでいる。

 

「って、これ執務室じゃん」

 

そうこうしていると、なんかいつの間にか執務室の前にまで辿り着いた。扉には案の定鍵がかかっているので、武器を阿修羅から鎌鼬SGに変更して扉を蹴破って中に突入する。

 

「オラァ!!横山冬夜出てこんかい!!!!」

 

中に入ると、そこはもぬけの殻であった。横山はおろか、他の人間も居ない。

 

「隠し部屋でもあるのか?」

 

大体こういう時は、どこかに隠し部屋があることが多い。部屋にあるいろんな物を片っ端から動かしたり押したりしていると、ベタな物で本棚が動いた。

 

「お?おぉ!」

 

ガラガラと音を立てながら本棚が動き出すと、下着姿のままベッドに括り付けられた二人の女性の姿があった。

 

「こ、殺さないで!!」

 

「Help me!!!!」

 

その二人の女性に見覚えがあった。この二人はいつか影谷からの依頼で救い出した艦娘、アイオワとサラトガと瓜二つだったのだ。確かに記録では在籍はしていたが、一年ほど前に轟沈ししている事になっている。

 

「君達はアイオワとサラトガ、で間違い無いな?」

 

「は、はい。そうです.......」

 

「そうよ.......」

 

取り敢えず記録との照合は後からするとして、今すべきなのはこの二人を解放して保護する事である。

背中に装備している幻月と閻魔を抜き、構える。殺されると思ったのか二人は悲鳴を上げるが、そんなのお構いなしに振り下ろす。刃は正確に拘束具を切断し、二人を解放。そのまま刀を鞘へと戻す。

 

「俺は味方だ。外に味方がいるから、取り敢えずお前達を保護させる。俺はここの司令である横山に用があるんだが、何かしらないか?」

 

「Admiralはそこのハッチから地下通路に逃げました」

 

そう言ってサラトガはベッドの横にあるハッチを指差した。ライトで照らすと15m程の深さまで梯子が続いており、どうやらそこから何処かに地下通路が伸びているらしい。

 

「犬神。このまま二人を守り、隊員が来るまで待機しろ。二人を預けたら追いかけて来い」

 

「わかった!」

 

長嶺はそのままハッチの中に飛び込み、そのまま地下通路を辿っていく。長さは結構あって、5分くらいかけて進むと出口であるガレージに出た。どうやら基地からは完全に離れた場所らしい。

 

「遅かったか」

 

『こちらグリム。総隊長殿、敵は殲滅しました。所属艦娘についても全員を保護しており、アイオワさんとサラトガさんの例もありますので念の為施設内の捜索を開始しています』

 

「了解した。こっちは横山を追ったが、どうやら一足遅かったらしい。ここを漁ったのち、そっちに合流する。恐らく車で逃げただろうから、今のうちに周囲の監視カメラ映像の解析準備に入ってくれ」

 

『了解しました』

 

 

 

翌日 江ノ島鎮守府 執務室

「グリム、報告を」

 

「はい。周辺の監視カメラ映像と、総隊長殿の発見したタイヤ痕による車種の特定で絞り込んで行ったところ、横山冬夜はイギリスに渡った事が発覚しました」

 

正直言って、ちょっと面倒な事になった。こうなるともう、正面からの襲撃は不可能と言っていいだろう。勿論イギリス含め、世界各国に霞桜の協力者はいるし、更にその数倍の数は長嶺が個人的に確保している協力者や友人もいる。揉み消すのは簡単なのだが、それは『借り』となりいつかは返す必要がある。金なら良いが、何か面倒事への片道切符の可能性もある。となると、取れる手は一つ。

 

「仕方ない。こうなったら俺が出向くか」

 

どんな状況でも乗り越えられる上、様々な友人や協力者が世界中至る所にいる長嶺が出張るしかない。

 

「では、すぐに手配を」

 

「頼む。それから、そうだな。今回は色仕掛けを使おうと思うんだが、イラストリアスを使おうと思っている。二人分、チケットを取っておいてくれ」

 

「了解しました」

 

グリムが退室すると同時に、大淀に頼んで放送でイラストリアスを呼び出してもらう。10分ほどすると、イラストリアスが入ってきた。

 

「お呼びですか指揮官様?」

 

「よく来たな。早速本題なんだが、お前、イギリスに行ってみないか?」

 

「はい?」

 

いきなりの提案に、キョトンとしている。だがイラストリアスとしては、自分の祖国であるロイヤルの異世界バージョンである。行きたいのは行きたいらしいが、それよりも先に疑問といきなり言われた事への戸惑いが出てしまう。

 

「と言ってもまあ、単なる観光旅行じゃない。昨日、俺達が出動したのは聞いているだろう?釧路基地の司令を殺すつもりだったんだが、逃げられちまってな。イギリスまで飛んだらしい。そこで俺がイギリスまで追い掛けるんだが、色々情報を集めた。

その結果、奴は今度、あっちの貴族が主催するパーティーで協力者と接触する事がわかった。ここで殺すんだが、流石にパーティーとなると女性が欲しい。男だけじゃ目立つし、もしもの時はソイツに相手をさせて時間を稼ぐ事もできる。となるとカルファン辺りを連れて行きたいが、アイツには協力者の方を殺して貰うのでアウト。そうなってくると、顔バレしてないKAN-SENを連れて行くしかない。イギリスでの作法に長けるロイヤルのKAN-SENとなると、真っ先に上がるのはロイヤルメイド隊だが、こういう場合は『メイド』ではなく『貴族』としての振る舞いが必要だ。で、相手の好みとかも精査したところ、お前に行き当たった訳だ」

 

取り敢えず話は理解できた。簡単に言えば、長嶺の助手として殺人の手助けをしろという事である。流石に上官である指揮官の命令と言えど、流石に「はいそうですか」とはならない。

流石に「はいそうですか」とはならない。

 

「あの、断ったらどうするんですか?」

 

「他の奴を当たるさ。これは言うなら、殺人の手助け。片棒を担ぐって事だ。他の奴に当たるが、全員に振られたら振られたで別の手を考える。断ったからと言ってどうこうするつもりもないし、寧ろ断られるのは前提で話している。だがもし、手伝ってくれるのなら俺は大助かりだ」

 

正直な所、手助けはしたい。この鎮守府にいる艦娘もKAN-SENも皆、長嶺には好意を抱いている。それも恋愛感情を。普段は常にニコニコしていて優しく、何か困っていたり悩んでいれば、いつの間にか隣にいて、ある時は道を示してくれたり、ある時は手伝ってくれたり、はたまた何もせずじっと此方の話を聞いてくれる。

だが一度戦場に立てば、常に最前線で仲間や味方を鼓舞し圧倒的な力を持って捩じ伏せる。そして「必要とあらば、例え誰であろうと見捨てるし、殺す必要があれば躊躇なしで殺す」と明言していながら、この鎮守府にいる人間の誰かが傷付けば誰よりも怒り、そして何処かに取り残されていたら百万の敵の中だろうが、業火の中だろうが、何も言わず一番に飛び込んで救い出してくれる。そんな彼が、イラストリアスも例に漏れず好きであった。だがやはり『殺し』というのが、どうしても決断を鈍らせてしまう。

 

「.......やはり無理だったか。時間をとらせて悪かった。他を当た」

「手伝いますわ。他ならぬ、指揮官様の頼みですもの」

 

イラストリアスは決断した。他の娘に『指揮官との異国デート』という特権を渡してなるものかという他の者へのライバル心というのもあるが、それ以上に愛する男の願いを叶えてあげたいというのがあった。それに長嶺は誰かの為にその手を血に染めていて、既に自分達の為に血に染めている。なのに自分だけが綺麗なままなのが許せない、というのもあった。まあ要するに、長嶺の人徳の賜物である。

 

「ありがとう。なら、早速準備してくれ」

 

「わかりました。準備ができたら何方に?」

 

「表に車回すから、そこで合流しよう」

 

イラストリアスは自室に戻り、すぐに準備を始めた。着替えとアメニティをスーツケースに詰め込み、念の為、勝負下着や誘惑できそうな服も詰め込んでいる。一方の長嶺も同じような感じで、それにプラス仕事用のPCとかを詰めている。

 

 

「お待たせしました、指揮官様」

 

「来たな。よし、じゃあ行くか」

 

霞桜の隊員の運転で、羽田空港へと向かう。少し早かったので、ラウンジで少し休憩してからイギリス行きの飛行機に乗り、目的地であるイギリスを目指す。KAN-SENを連れた暗殺がどうなるかは、まだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五十話暗殺者Mr.ミネ

22:14 ヒースロー空港

「流石に12時間飛行はキツイわ.......」

 

「そうですね.......。でも、ファーストクラスでしたから快適でしたわ」

 

約12時間掛けてはるばる日本から、霧の都たるロンドンまでやってきた。一応ファーストクラスで来たので快適は快適だが、もう夜である。ここから色々やるとなると、多分寝るのは0時を回るだろう。

 

「さて。じゃあホテルに行くか。あ、一応部屋は相部屋にしてあるぞ」

 

「え////?」

 

「一応ここには仕事で来てるからな。情報漏洩を防ぐ為にも、相部屋にさせて貰った。まあ、襲いはしないから安心しろ」

 

知っての通り、今回は仕事、というより暗殺任務でここまでやって来ている。情報漏洩は暗殺にとって一番やってはいけないミス。そしてターゲットは何しでかすか分からない上に、何をしでかしてもおかしくない奴。となると相部屋にしておくのが何かと都合が良いのだ。

 

「えっと、確かこの辺に.......」

 

駐車場に行くと、スマホと睨めっこしながらほっつき歩く。するとある車の前で、ピタリと足を止めた。

 

「イラストリアス、こっちだ」

 

そう言われて行ってみると、目の前には明らかに他とは異質の車が停まっていた。まるでジェット戦闘機の様な攻撃的で、でも近未来感のある車。車体の色が光沢のある黒で、縁々には金色のラインが入っているのも、より威圧的でいて、でも何処か高貴さを感じさせる。

 

「指揮官様。この車は一体.......」

 

「コイツはブガッティのシロンって車を魔改造して作った、そうだな。言うなれば『マスターシロン』とでも言うべき車だ」

 

ブガッティ『シロン』。世界でも指折りの車である。だがコイツは単なるシロンとは格が違う。エンジンが純正の物から長嶺とレリックの二人が、パーツを一から作り出したエンジンに載せ替えている。さらにトランスミッションなどのエンジン周りを筆頭に、各所に様々な改造と調整を行なっている。

しかもこれ、武装しているのである。通常は隠されているが、一度戦闘になれば凶暴な本性を表す。

武装はボンネット上部に20mmリボルヴァーカノン二門。ヘッドライトとその周辺に12.7mm機銃六門。フロントバンパーには小型ミサイル、後部のエンジンブロック付近に多連装短距離ミサイルランチャーを搭載し、さらに屋根には80mm砲とまた40mmグレネードランチャーをも搭載する。これに加えて妨害用にマキビシにオイルに煙幕発生装置と、色々付いてる。さらにさらに丸鋸を左右と後方に搭載しており、近接戦闘も可能となっている。

装甲は対戦車ミサイルを余裕で耐える位にはあるし、ガラス部分にも防弾板をせり出させて攻撃を防ぐ。動く要塞と言ってもいいだろう。また偽装様にステルス迷彩とホログラム装置を搭載しており、姿を消したり他の車に擬態する事もできる。

 

「戦闘機みたいですね.......」

 

「空力とかを考慮していったら、必然と戦闘機みたいな見た目になるんだよ。お陰でコイツも最高時速620kmを叩き出すモンスターマシンになってるし、アフターバーナーを使えば一時的に750kmまで出せるな。因みに世界最速の列車であるTGVは320kmで、リニアモーターカーだと603kmだ」

 

「あの、本当に車ですか?」

 

「タイヤ四つにエンジンがついて、しっかり走るれっきとした車だ。ただちょーっと速くて、対戦車ミサイルをものともしなくて、ついでに武装もてんこ盛りってだけだ」

 

イラストリアスが考えるのを止めたのは言うまでもない。まあぶっちゃけた話をすると、620kmとか750kmとか出す場面はない。あんまり早すぎると今度は曲がらなくなって、壁に激突&大爆発である。つまりあくまでも『保険』に過ぎない。一応この速度を出したのは、完成後のテスト時だけである。

この後二人はロンドン市内の高級ホテルにチェックインし、そこを取り敢えずの本部とする。

 

「取り敢えずイラストリアスは風呂行ってこい。その間に俺は色々とやることがある」

 

「わかりましたわ。あ、そうですわ。指揮官様?」

 

「なんだ?」

 

「覗かないでくださいね?」

 

「わかった。じゃあ覗くか」

 

無論冗談なのだが、どうやら真に受けてしまったイラストリアス。顔を真っ赤にして、手をわちゃわちゃ動かして照れている。正直、結構かわいい。さすがにこれ以上揶揄うと罪悪感で心が死にそうなので、「冗談に決まってるだろ」と言って切り上げた。

イラストリアスが風呂に入ってる間に、部屋中を散策して盗聴器や隠しカメラの有無を念の為確認する。ここには偽名で泊まっているし、そもそもロンドン随一のホテルである以上、そう言った類の物は無いと考えていい。だが念には念をというヤツである。

 

「まあ、ある訳ないか」

 

次にやるべき事は、スマート家電のチェックである。実はこれが一番最重要の確認で、これを怠ると情報漏洩の可能性が上がる。スマート家電、所謂IoT家電には音声認識機能がある。これを弄ると簡単に盗聴器に早変わりしてしまう。その為、もし盗聴が確認された場合は別の音声が流れる様に細工しておく必要がある。またカメラが付いてる物にも同様に、ダミー映像が流れる様にするのが重要なのだ。

 

「これで良し」

 

「指揮官様、お風呂どうぞ?」

 

「へいへーい。あ、もう先に寝てて良いからな」

 

この日は特に何も無く、翌朝から行動を開始した。

 

 

 

翌朝 スーツ屋

「ここは、スーツ専門店ですか?」

 

「あぁ。だが女性用のドレスも売っている」

 

そう言いながら店へと入る二人。店に入ると中はモダン的で落ち着いた雰囲気の内装で、ビジネスマンが着るフォーマル用から上流階級がパーティーで着る様な物まで様々な種類のスーツとドレス、そして簡単な小物も売っていた。

 

「いい店だろ?だが、今日はここでは買わない。付いてこい」

 

少し店内を歩く長嶺。どうやら誰かを探しているらしい。店内をキョロキョロ見回すと、一人の男で見回すのをやめた。プロレスラーの様な体付きにスーツという、まるでSPの様な出立ちの黒人。どうやら探していたのは、この人らしい。

 

「いつも通り、最高の品揃えだ。だが俺は、更に上が欲しい」

 

「ん?おぉ!Mr.ミネ!!」

 

「暫くだなアンディ」

 

そう言いながらはしゃぎ出し、長嶺と抱き合うアンディという黒人の大男。見るからに嬉しそうである。

 

「早速、ボスの所に通すよ。付いてこい」

 

「あぁ。イラストリアス、こっちだ」

 

アンディに連れてこられたのは、店の地下。沢山の袋に詰められたスーツがある辺り、新しい物かクリーニングか何かが終わった後の物なのだろう。

スーツだらけの道を進み、やがて扉の前で止まった。アンディが扉を開けると、中にはスキンヘッドに眼鏡を掛けた30代位の男がいた。

 

「Oh、Bongiorno Senor Mine」

 

「Chao、アンジェロ」

 

「ロンドンによく戻られました。して、今回はどの様なご用件でしょう?」

 

「彼女にドレスを作って欲しい」

 

アンジェロというフランス人の男は、デスクからメモを取り出すと詳しいリクエストを聞いてきた。

 

「Mr.ミネ、それはフォーマル用ですか?社交用ですか?」

 

「社交用だ」

 

「お召しになるのは昼でしょうか?夜でしょうか?」

 

「昼と夜のを一着ずつで」

 

「デザインは.......あちらのお嬢さんにお聞きした方が宜しいですかな?」

 

「あぁ」

 

少し笑うと、イラストリアスを呼ぶアンジェロ。女性の助手を連れてきて、すぐに採寸に入る。

 

「それでは、えーと。失礼、お名前を聞いていませんでしたね。私は当店のオーナー、アンジェロとお呼びください。お嬢さんのお名前は?」

 

「えっと、り、リアス、です」

 

今回の任務ではイラストリアスには『リアス』という偽名を使ってもらっている。勿論イラストリアスの最後を取った安直な物だが、逆にこういう方がバレにくいのだ。

 

「リアス様ですね。それではリアス様、デザインはどうなさいますか?」

 

「ロンドン風でお願いしますわ」

 

「色は?」

 

「うーん、青色がいいですわ」

 

「承りました。それでは、この様なデザインで如何でしょう?」

 

そう言って見せてきた写真はアズール色のドレスに、蒼薔薇の髪飾り。そして黒のハイヒールでコーデされた立派なドレスであった。見た目としてはイラストリアスの着せ替えである『終わらないお茶会』のドレスそのもの。

 

「こちら、私がデザインした中でも指折りの品です。中々世に出せなかったのですが、貴女の様な美しい女性に着て欲しいのです」

 

「し、じゃなくてミネ様。どうですか?」

 

「どれどれ?って、まるでお前専用にデザインしましたと言わんばかりのデザインだな。絶対似合うだろこれ」

 

「ありがとうございますMr.ミネ。あ、そうだ。ところで、裏地はどうなさいますか?」

 

「実戦用だ」

 

そう言ってニヤリと笑う長嶺に、アンジェロも「ふふ、どうやらニュースを楽しみにしないといけませんね」と悪い笑みを浮かべて返してきた。この実戦用の裏地が示すところはつまり、防弾防刃仕様の生地である。

 

「それでは出来上がり次第、ホテルにお届けいたしますね。恐らく三日後にはお届けできるかと」

 

「頼む」

 

今度はその足で、近場のカフェに入った。カウンターで二人して紅茶を頼み、イラストリアスはケーキを頼む。すると長嶺の隣にビジネスマン風の男が座り、二人は目線を合わさず会話を始めた。

 

「久しぶりだな総隊長」

 

「あぁ。無理言って悪かったな」

 

「いいさ。どうせ、コイツら潰すために動いてたんだしな。しかも手柄はこっちにくれるんだろ?なら、俺としては万々歳だ。これでそっちにちょっかいかけるアホと並べる」

 

「そうか。なら、こことの戦争も終わりか」

 

「あぁ」

 

ビジネスマン風の男は運ばれてきたコーヒーを飲みながら、こっそりとさり気なくUSBを渡してきた。

 

「感謝する。二週間以内に、いつもの口座に振り込ませてもらうよ」

 

「この情報には色々血も流れたし、苦労もした。だから、どうか」

 

「任せておけ」

 

そこまで言うと、二人の会話はそれっきりであった。やがてビジネスマン風の男がコーヒーを飲み終わったので退店し、長嶺達もイラストリアスが食べ終わったので程なくして退店した。

 

「指揮官様?先ほどのお方は一体.......」

 

「アイツは保安局、わかりやすく言うならMI5の捜査官だ。国際テロ対策を任務とするG Branchの人間で、主にURとその傘下組織に関する捜査と情報収集を担当している」

 

「でも確か、MI6とは仲が悪いのでは?」

 

「そもそもアイツらは管轄が違うし、元来友好国であっても諜報組織同士は現場となると何処も大体仲が悪い。勿論協力することも良くあるが、『それはそれ、これはこれ』の精神で敵になったりもする。

まあイギリス自体は仲が悪いどころか普通に仲良いし、俺はクイーンとも個人的に繋がりあるし、MI6もトップとは友人だ。あくまで仲が悪いのはMI6内の特定派閥の人間に過ぎない以上、別に変なことじゃない。それにアイツは今回の一件で、上のポストに着く。これによりウチと敵対している派閥を潰すだろうから、裏での戦争ももう終わる」

 

因みにこれと同じことがCIAにも言える。尤もCIAの場合は長官が日本嫌いで『日本にいる非公式諜報組織』を目の敵にしているので、イギリスよりも遥かにややこしいのだが。

 

「さて!じゃあ情報を見ましょうかね」

 

そう言って車の中に積んであるパソコンにUSBを接続し、中に入っているデータを表示させる。そこに書かれていたのは横山冬夜の入国してから昨日までの動きと、今後の予定について。それから事前に情報屋から入手していた「何処かのパーティーに出席する」という情報の裏付けと、そのパーティーの詳細なデータ、それに参加証までもが入っていた。さらにパーティーの出席者の詳しいデータもしっかりと入っている辺り、流石プロである。

 

「何かわかりました?」

 

「何かどころじゃない。メチャクチャ分かった。取り敢えず今日はこのまま、もう一つの店に行くぞ」

 

そう言って、また別の場所を目指して車を走らせる。今度はワイン専門店の前で止まり、その中へと入っていく。

 

「あの、ここではなにを?」

 

「簡単さ。ワインの店に来たら、テイスティングだろ?」

 

そう言いながら、如何にも従業員専用の扉を開ける長嶺。そのまま中を進み、壁の前で立ち止まる。そして壁を一定のリズムでコンコンと叩くと、鍵の開く音がなり壁が開いた。

 

「おや、こんにちはMr.ミネ。お久しぶりです。そちらの可愛らしいお嬢様は、初めましての方ですね。私の事はソムリエとお呼びください」

 

「は、はい」

 

そう言って声を掛けるソムリエだが、明らかにおかしい。出立ちはしっかりとしたソムリエで、首にはタストヴァンが掛かっているし、首元にはソムリエの証たるソムリエバッジも輝いている。だがその後ろに飾られているのは年代物のワインではなく、銃である。

 

「テイスティングしたいんだが、良いか?」

 

「勿論でございます。貴方が大口径をよく好むのは存じておりますが、今回はオーストリアより新しい、オススメの物が入っていますよ。グロックの41と19です」

 

そう言いながらソムリエはディスプレイされてる銃の中から、二つの拳銃を差し出してきた。

 

「特殊形状のグリップに、容易な装填が可能なマグウェル。銃口もカスタマイズ致しますので。他にご用命は?」

 

「俺が欲しいのは、スマートで正確なヤツだ」

 

「スマートで、正確.......。では…」

 

そう言って持ってきたのはL115A3スナイパーライフルである。スマートで正確な上に、高い威力を誇る銃だ。

 

「L115A3です。全長1,158mm。.338ラプア・マグナム弾使用ですので、どんな相手でも貫通せしめるでしょう。スコープは最大20倍の特注品です。他には?」

 

「ゴツくて正確なヤツを」

 

「ゴツくて.......正確 .......。では、AR15は如何でしょう?銃身は11.5インチ。ボルトキャリアはアイアンボンドで強化されています。スコープはトリジコンの1×6です。この他には?」

 

「オススメはあるか?」

 

この質問にソムリは「待ってました」と言わんばかりの笑みを浮かべ、別の銃を出した。

 

「私のオススメは、フランキ・スパス12。装填しやすい様、装填口を拡張し銃口も精度を上げてあります。そして布張りのグリップで、濡れた手で触っても滑らない。他に御座いますか?」

 

「彼女にも武器を」

 

「分かりました。どの様な場所での戦闘を想定しておいでですか?」

 

「室内での閉所戦闘。潜入地は敵地のど真ん中だが、基本は潜入だ」

 

「ふむ。わかりました」

 

少し考えると、ソムリエはイラストリアスを呼んで近くに来てもらう。幾つか候補となる武器を出して、机に並べる。

 

「お名前をお聞きしても?」

 

「リアスと言います」

 

「それではリアス様、ここにある銃が携帯のしやすい銃になります」

 

並ぶ銃はどれも小型で、反動も小さそうな物ばかりである。だが持ち運びやすそうだし、何よりイラストリアスとしてもその位の方が楽なのだ。

 

「まずはS&W M360。有効射程はカスタマイズにより30mに伸びていますが、短い上に威力もプレートを着られていると豆鉄砲でしょう。リボルバーですので装弾数は少ない物の、高い信頼性が売りです。

次はSIG P224 SAS。重量が嵩みますが、高い安全性と衣服に引っかかりにくい材質が使われているのが特徴です。

最後はベレッタPX4ストーム サブコンパクトです。装弾数は13発と高い継戦能力があり、古き良きブローニング方式で高い信頼性と安全性も確立した銃となっております」

 

「えーと.......」

 

「これは失礼を。まずは、一度撃ってみるとよろしいでしょう。こちらへ」

 

そう言ってソムリエについて行くと、奥には射撃場が広がっていた。流石に江ノ島にある霞桜の隊員達が使う射撃場には劣るが、アメリカの銃ショップに併設されてる射撃場よりも立派な物である。

 

「武器とは自らの身を預ける、言うなれば相棒。選ぶのではなく、見つける物なのです。さぁ、まずはM360から撃ってみてください」

 

「は、はい!」

 

そう言って構えるが、肩に力が入っていて銃口も震えている。さらに腰に力が入ってない以上、撃った反動で精度は更に落ちるだろう。ソムリエもそれを見て初心者だとわかり、取り敢えずどうしようかと考えていた。

 

「リアス、貸してみろ」

 

「え?」

 

「まず銃はこう構えて、銃口を固定。呼吸を整えながら、目標を狙う。そして腰に力を入れて、撃つ!」

 

トリガー引いて飛び出した.38スペシャル弾は、正確に的のど真ん中を撃ち抜いた。

 

「さぁ、やってみろ」

 

今度はイラストリアスが撃った。だがまだ、弾は当たらない。一応一発が的のフチに当たってはいるが、流石に及第点とは言えない。

 

「いいかリアス。撃つ前に深呼吸して、心を落ち着かせろ。震えを抑えて、リラックスするんだ。それから撃て」

 

「は、はい!」

 

今度は取り敢えず的にはしっかり当たっているので、意外とスジは良い。だが、どうやらリボルバー向きではない。

 

「ミネ様、どうやらリアス様は.......」

 

「まあ薄々思ってたがな。リアス、どうやらお前にその銃は向いてないみたいだ」

 

「どうしてですか?」

 

「お前は撃ったとき、反動をしっかり吸収している。だがリボルバーは反動を逃しながら撃つ。お前の撃ち方だと、連続して撃った時、腕が痺れてマトモに撃てなくなるぞ。そのやり方がデフォで癖づいてる以上、オートマチックの方が良い」

 

まあ小口径なので、流石にそこまでの事は起きないが命の取り合いでは一瞬のスキが命取りになりかねない。ここはオートマチックして貰いたいのが本音である。

そしてアドバイス通りオートマチックにしてみると撃ちやすかったらしく、ベレッタPX4ストーム サブコンパクトを選んだ。

 

 

 

翌々日 17:00 高級ホテル

「イラストリアス、最後の確認だ。これから出るパーティーは貴族の家で行われる。このパーティーに横山が出てくるのは確認済みだ。君の仕事はアイツを上手いこと誘惑なり何なりで誘導し、場所を俺に教える事だ。ヘリをチャーターしているから、窓のある部屋にさえ通れば後は狙撃でどうとでも出来る」

 

「あの、もし失敗してしまったら?」

 

「その時はその時でまた別のプランを幾つも考えてるから、兎に角お前はアイツを誘導することだけ考えてればいい」

 

「わかりました!頑張ります」

 

既に昨日の内にパーティー会場の邸宅には、隠しカメラと非常時の備えを配置してある。シロンも会場近くに忍ばせてあるし、もしもに備えて霞桜も一個分隊をロンドン内に潜ませている。何が起きても、ある程度は対応可能だ。

 

「そろそろ迎えの車が来るから、後は頼むぞ」

 

「はい。あの、指揮官様。もし、もしも上手くいったら、その.......」

 

「あ、車が来たな。任務開始だ」

 

イラストリアスが何かを言い掛けていたが、結局何も言えずに二人は別れた。イラストリアスは迎えの車に乗って邸宅を目指し、長嶺はヘリポートを目指す。

 

 

「また会ったな」

 

「苦労を掛けるな」

 

ヘリポートには、二日目にカフェで密会したMI5のエージェントがいた。彼はヘリの免許を持っており、MI5に入る前は軍のヘリパイロットとして欧州戦争時に第一線で活躍していたのである。

 

「さぁ、乗ってくれ。すぐに出す」

 

「おう」

 

二人を乗せたMD エクスプローラーは、目標のいる邸宅を目指して飛ぶ。一方その頃、イラストリアスは無事にパーティーへ参加した。

 

「指揮官様。パーティーに無事、入れましたわ」

 

『よーし。そのまま目標を探せ』

 

それから約二時間、長嶺はヘリに揺られながら狙撃の時を待った。時折イラストリアスからの簡単な報告に耳を傾けつつ、エージェントと適当に雑談とかをして暇を潰していた。

 

「…そしたら俺の上司が半裸でオフィスに入って来て、それを奥さんが追いかけてよ」

 

「何そのカオス。見たかったわw」

 

「だろw?まあその上司は奥さんに逃げられて、ついでにクビになったがな!」

 

「オチまで完璧だな」

 

エージェントの前の前の上司が引き起こした浮気事件の顛末に腹を抱えて笑っていると、突如無線が鳴った。いよいよ狙撃かと思いきや、相手は別ルートでロンドンに潜入しているカルファンからの連絡だった。

 

『ボス!例の協力者なんだけど、コイツ、ヤバい情報をゲロしやがったわよ!!』

 

「なんだヤバい情報って?」

 

『パーティーに参加しているのは全員プロの殺し屋とか傭兵にすげ変わってるらしくて、協力者である貴族は横山を殺すつもりだそくよ!!そして当の横山も貴族を殺すつもりだって言ってたわ!!』

 

「は?いや、待て待て。貴族は別に協力者じゃないだろ?」

 

『どうやら件の貴族はURと繋がってて、その関係で横山に何度も便宜を図ってたらしいの。でもある時、横山がそれを裏切った。そして報復の準備に動いていたら、こっちの襲撃が重なって期せずして報復のチャンスが巡ったらしいわ!』

 

一瞬脳裏には「勝手に仲間内でやってくれるなら、もう任せちまえば良いじゃん」という考えがよぎったが、その考えは一瞬で消えた。参加者全員が殺し屋か傭兵になっているとしたら、今あの場にいるイラストリアスの身が危ない。

恐らく全員をすげ替えているのは、証拠隠滅の面も含まれている可能性が高い。となると目撃者となるイラストリアスも排除対象に入るし、仮に迷い込んだだけならあのプロポーションが気に入られて捕まって色々されるだけで済むかもしれない。だが今回は武装している以上、プロなら容赦なく殺す可能性が高い。しかもイラストリアスは歴としたKAN-SENという人型兵器。普通の弾じゃ殺せないが、正体がバレるのは色んな意味で非常に不味い。

 

「取り敢えずそっちは撤収しろ。俺はアイツを回収する」

 

『了解!!』

 

「何かあったか?」

 

「パーティーの参加者、ターゲットを除いた全員が殺し屋と傭兵にすげ変わってるとさ。こうなるのは想定外なんて物じゃないが、遊覧飛行は終わりだ。俺は行く。ここまで助かった」

 

「気を付けてな」

 

「あぁ」

 

長嶺はそう言い残すと、ヘリから飛び降りた。自由落下中、屋根にいる監視のSPを狙撃して射殺。屋根に着地後は電気関連の機器を目指し、C4を仕掛けておく。

 

「これでよし」

 

仕掛け終わるといよいよ内部へと入るのだが、一応バラクラバを装備して中へと入る。

 

(廊下から堂々と行くのはリスキー。監視カメラに赤外線センサー、それに警備もある以上避けないとな。とすると、パーティー会場に行くには.......)

 

脳内に叩き込んだ邸宅内の見取り図と、配置してある武器や装備を思い出し戦略を立てる。

 

(よし。このまま屋根裏を伝って、パーティー会場に潜入。タイミングを見計らってシャンデリアでも落としてやるか)

 

シャンデリアを固定しているワイヤーに火薬を仕掛けて、トラップとする。その作業の合間にイラストリアスを加害範囲の外に出して、一旦待機させる。

 

『お集まりの諸君!盃を掲げよ!!!!』

 

いつの間にか壇上に上がっていた貴族がそう言うと、参加者たちは一斉に獲物を抜いて真ん中の横山に向ける。当の横山本人はいきなりの事に反応しきれず、間抜けな顔のままフリーズしている。

 

「さぁ、パーティーを始めようか」

 

次の瞬間、シャンデリアが落下し下の殺し屋と傭兵は下敷きとなり、一変してパニック状態に陥る。さらに仕掛けておいたC4を起爆して、電気をシャットダウン。これにより視界は封じられた。

 

「な、何なんだよ!!」

 

運良くシャンデリアの合間にいた横山は、飛び散ったガラスに切り裂かれて軽傷を負う程度で済んだ。だが、死ぬ運命なのは変わりない。

 

「さぁ、何だろうね?取り敢えず、お前は地獄行きだとさ。深海へと捨てた艦娘達に、精々可愛がってもらうがよかろう」

 

「あ、アンタは!!」

 

どうやら横山は暗闇の中で話しかけて来た相手が、秘密部隊Xの長にして自分の上司である長嶺だと気づいてしまったらしい。

 

「サヨナラだ、クソ野郎」

 

銃撃ではなく、腹に深くナイフを刺して殺した。実は腹を刺すのは、中々簡単に逝けないので辛いのだ。

刺した瞬間、どうやら自家発電に切り替わったのか明かりが戻った。そしてターゲットが死にかけていて、その前に見覚えのない奴がいたのだ。

 

「ん?何者だ貴様.......」

「あんな奴いたか?」

「いや.......知らん」

 

『皆の者!アイツも殺してしまえ!!!!』

 

この館の主である肥えに肥えまくった豚親父が喚き散らすが、コイツ自身もクズである事には変わりない。何せ薬物や武器の出所の大元は恐らくコイツ、ないし協力関係だったのは間違いない。なら取るべき手段はただ一つ。

 

「うるさいぞ。発情期ですかコノヤロー」

 

『な、なに!?』

 

「お前もウチに毒を撒いたんだ。ここで死にかけの蛙みたいにビクンビクンしてるクズと、テメェは同罪だ。なら、コイツと同じ運命を辿るべきじゃないか?それが道理ってもんだろ」

 

そう言いながらゆっくり静かに、ごく自然に忍ばせた拳銃のグリップを握る。触れて握った次の瞬間には、銃を抜き、トリガーを引いて奴の眉間に弾丸を叩き込んだ。

 

「さーて、アイツは殺した訳だがアンタらはどうする?争いたないなら、幾らでも相手してやる。だが、ここから先の戦闘は全て戦争だと心得ろ。死にたい奴、死ぬ覚悟ができてる奴だけ掛かってくるがいい」

 

本当ならこれで退いてもらうつもりだったし、殆どは何もしないつもりだったようだ。だが一部の脳みそが筋肉で構成されてるようなアホは、何故かこれを発破と捉えて向かってくる。しかもそれに乗せられて、ほぼ全員が襲いかかって来た。

 

「えーい、面倒だ!!!!」

 

予め潜入工作用ガジェットである『サイレント』を使用し、フラッシュグレネードとスモークグレネードを配置してある。それを作動させて、一帯の視界を奪う。

 

「こっちだ」

 

「(し、指揮官様!?)」

 

「(奴らは視界を奪われた上に、あちこちに人間がいるおかげで浮き足だってる。いまのうちに逃げる)」

 

無事にイラストリアスと合流し、シロン目指して走る。イラストリアスはヒールを履いているが、脱がせてあるので問題ない。

 

「次の角を右!」

 

「はい!」

 

途中で武器を装備しつつ、出口をを目指すが途中で武装した警備員に見つかってしまった。

 

「Fire!!」

 

ドカカカカカ!

 

「リアス!そっちに隠れろ!!!!」

 

間一髪、撃たれる前に反応した長峰がイラストリアスを遮蔽物に隠したが、代わりに長嶺が左肩と右腕に弾を食らってしまう。

 

「ッ!」

 

「Move!!」

 

「痛ぇじゃねーかコノヤロー!!!!」

 

AR15を乱射し警備員を殲滅。そのまま玄関前の車寄せに移動させておいたシロンに飛び乗り、大急ぎで合流ポイントまで走らせる。

 

「し、指揮官様!怪我を!!」

 

「あー、心配すんな。弾は抜けてる」

 

「でも!」

 

「高速修復剤を打てば治る。というか、久しぶりに食らったわ」

 

本人は笑っているが、イラストリアスは生きた心地がしない。愛する人が傷つくとか、見ていて悲しい。それ以前に多分、このケガは自分という足枷が居たことによるもの。多分長嶺1人だったなら負わなかったであろう傷に、イラストリアスは心が締め付けられる思いだった。

 

「あー、どうやら追っ手が来たな」

 

後ろを見ると、たくさんの車がこちらに向かって来ている。しかも撃ってきたのか、チカチカとオレンジの光が見えるし風を切る音も聞こえる。

 

「流石にこのまま金魚の糞よろしくついて来られても、この後が色々と厄介だ。迎え撃つぞ」

 

「えっと迎え撃つって、まさか.......」

 

「戦闘モード、起動」

 

最初の紹介で書き忘れていたが、マスターシロン含む霞桜の車両には全てAIと音声認識機能が標準搭載されている。この音声認識機能により、マスターシロンはトランスフォーマー ダークサイドムーンのバンブルビーとかサイドスワイプの様に変形し、武装が至る所から出てくる。

 

「そんじゃ、しっかり捕まってろ。後、舌噛まないように」

 

一気にサイドブレーキを引いて、車を180°反転させる。さらにシフトをバックに叩き込み、前方に搭載している武装を後方の車両群へと向けた。

 

「撃ちまくれ」

 

この言葉を聞き取るや否や、持てる火力のほぼ全てが車両群へと投射されていく。80mm砲で遠距離射撃を行いつつ、40mmグレネードランチャーの弾種をスモークにして煙幕を展開。そして20mmと12.7mmの機関砲で弾幕を展開し、行き足を止めにかかる。

 

「こんなもんだな」

 

暫く撃つと、また180°回転させて武装も仕舞う。そのまま何事もなかったかの様に走り出すつもりだったが、合流から入ってきた車に横付けされてしまった。

 

『○%$¥〆〒☆♪€=#!?』

 

「あー、なんて言ってるんだ?」

 

「さ、さぁ?」

 

何か窓をバシバシ叩きながら、何かを訴えているが全く聞こえない。まあでも、多分「止まれ!」的なことを言っているとは思う。それで止まるわけもなく、向こうもそれに気づいたのだろう。AKS74Uを乱射し始めた。

 

「だ、大丈夫なんですか!?」

 

「戦車砲も一応防ぐからな。まあでも、ウザいしピンポンカンコンうるさいし、止めるかな」

 

今度は車の下に搭載してある丸鋸を起動させて、タイヤに穴を開けるのではなく、もっと直接的な方法で撃退する。

 

「イラストリアス、横を見るんじゃないよ?」

 

「どうしてでしょう?」

 

「見たら、多分一生もののトラウマになる」

 

そう言ってる時にはもう、丸鋸は横につけてる奴らの窓の辺りにまで上がっていた。後は丸鋸を車内に突っ込ませて、乗ってる人間をズタズタに引き裂くだけである。

 

「あの、先程から叫び声が聞こえるんですけど.......」

 

「あー、うん。気のせい気のせい。きっと疲れてんだよ」

 

気のせいなわけが無い。因みに、丸鋸が突入した時の敵側の車の中はこんな感じであった。

 

「なんだその丸鋸は!?」

 

「近づいてギャァァァァァ!!!!!

 

「おいやめろ、やめろやめてくれ!!!!」

 

ギュィィィィィィン!!!!

 

運転中に丸鋸が真横から車内に入ってきて、同乗者がズタズタになった挙句、自分もズタズタになるとかトラウマ物である。まあどっちも死んでしまうので、トラウマもへったくれも無いのだが。

 

「このままヘリポートに突っ込むぞ」

 

「まさかこの車、飛ぶんですか!?!?」

 

「今度作ってもいいが、生憎コイツは飛ばない。このまま黒鮫の腹の中に突入だ!」

 

ヘリポートの前にあるバーを突き破り、そのまま着陸している戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』のカーゴスペースに飛び込む。飛び込んだのを確認すると、黒鮫はハッチを閉めながら離陸を開始した。

 

「ミッションコンプリートだ。偶にはこんなのも良いだろ?」

 

「もう一生、やりたく無いですわ.......。指揮官様は毎回こんなことを?」

 

「流石にドンパチは普通しねーよ。今回は、あくまで偶然に偶然が重なってこうなった。普段はもっとスマートにやるさ。狙撃、毒、感電、事故etc。ただ、いつもの装備じゃなくて買ったのはカッコつけすぎたかな?」

 

この日、イラストリアスは理解した。多分、この人を完全に理解するのは不可能に近いし、少なくとも陸の戦いで横に並ぶのは無理だと。そして決意した。陸がダメなら、せめてホームグラウンドである海では横に立とうと。戦いがない時なら、陸でも横に並ぼうと。

そして長嶺は思い出した。

 

「あれ?確か今日って、修学旅行じゃね?」

 

スマホをチェックすると、今のロンドンは0時。日本との時差は八時間で、計算すると朝の8時。修学旅行の行程は9時42分の成田空港発、関西国際空港行きの飛行機に乗る事になっている。まあまず、成田に戻るのは無理だろう。だが、関西国際空港なら合流できる。

え?ロンドンから関空までは、約17時間はかかるって?確かに普通の旅客機なら、その位掛かるだろう。だが今、我らが長嶺が乗っている機体は長嶺とレリックが開発した戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』。この機体は最高時速マッハ6を誇る。普通の旅客機は音速に到達しない位の速度、まあ大体マッハ0.7〜0.8位で巡航する。かたやこっちはマッハ6。二時間半位あれば間に合うのだ。成田と関空の飛行時間は一時間半程度かかるし、まだ出発まで時間はある。これなら可能性はゼロではない。

 

「パイロット。関空まで飛ばしてくれ」

 

『お安い御用ですぜ。それじゃ、関空までノンストップで飛びますよ。しっかり捕まっといてください!』

 

エンジンモードが通常のジェットエンジンから、スクラムジェットへと切り替わる。瞬時にマッハ6まで加速し、関西国際空港を目指す。結果として修学旅行には間に合ったのだが、この修学旅行が今後に繋がる重要なターニングポイントになることは誰も知る由はなかった。

 



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第五十一話トリプル・オーダー

六時間後 関西国際空港上空

「一応到着しましたぜ?」

 

「ありがとう。何とか間に合ったな」

 

「ここからどうするので?流石に着陸して、普通に降りる訳にもいかんでしょう?」

 

普通に考えて武装した大型輸送機が着陸してくるとか、もう大騒ぎどころじゃない。自衛隊の普通の輸送機が基地があるわけでも無い、普通の飛行場に着陸しただけですぐにネットで拡散されるのに、こんな大型超重武装VTOL輸送機が着陸でもしたらネットの拡散は勿論、ワールドニュースのトップはそれになるレベルであろう。

 

「普通に空挺降下で降りよう。どうせレーダーにはコイツは映ってないし、ステルス迷彩起動のまま適当な立体駐車場にでも降りれれば、後は一般客に紛れ込める」

 

「成る程。そう言うことなら、後部ハッチ開けますぜ?」

 

「頼む」

 

イラストリアスと他の隊員達に別れを告げ、機体から飛び降りる。そのまま関西国際空港に隣接する立体駐車場に着地し、出入り口から一番遠い車の影で手早く私服へと着替える。装備していた装甲戦闘服はステルス迷彩を起動したまま放置し、後から八咫烏に回収してもらう様に頼んであるので問題ない。

 

「さぁて、じゃあ修学旅行を楽しむとするか」

 

五分もすると、車の影から人が現れた。そこに居たのは『長嶺雷蔵』ではなく『桑田真也』である。因みにこの世界線での総武高校の修学旅行は、私服での行動が許可されている。制服でも良いのだが、こちらを選ぶのは早々居ない。なので桑田も、私服で行動する事にしている。服装は上から黒いスポーツサングラス、服は白のパーカーに裾が長めの紺色のアウター、黒のテーパードパンツ、黒のスニーカーといった感じ。アクセサリーとして、指輪のついたチェーンも付けている。そして武装は阿修羅HGを懐に忍ばせ、ナイフと三段特殊警棒、後はスタンガンを忍ばせてある。裾が長いアウターを選んだのも、こういうのを隠す為である。

長嶺雷蔵から桑田真也へのトランスフォームも完了したので、ターミナル内で総武高の一団が来るのを待つだけである。出口の辺りにある椅子に腰掛けて、今の内に執務も片付けておく。特に今回の暗殺で別行動していたカルファンやベアキブルの報告に目を通し、自分が持つ情報との照らし合わせや修正を行う。そんなこんなで時間を潰していると、一団がやってきた。

 

「みんな、ここで一度整列しろ。一旦トイレ休憩を挟む」

 

どうやらトイレ休憩を取ったのち、今後の詳細な説明をするらしい。生徒達は疎にトイレへと向かい出した。他は周りと喋っている。

 

「平塚先生、俺を置いてかないでくださいよ?」

 

「む?なんだ、居たのか」

 

「えぇ。イギリスでの用事も終わったんで、無事合流できました」

 

「そうか。なら列に並べ」

 

てっきり色々あるかと思っていたが、特段何もなくまるで「居ても居なくてもどうでもいい」と言わんばかりの態度で列に並ばされた。だが周りの生徒はそうも行かず川崎と戸塚が話しかけて来た。

 

「桑田くん!?なんでここに?」

 

「アンタ、休みだったんじゃないの?」

 

「あれ、平塚先生から何も聞いてないのか?」

 

言ってない辺り、どうやら本当に平塚にとって桑田真也は居ても居なくてもどうでも良いらしい。まあこれまで、言葉でボコボコにして来たので当然だろう。

 

「俺は緊急でイギリスに行ってたんだ。で、その用事も終わったから帰ってきた」

 

「用事って?」

 

「あ、あー。えーと」

 

流石に「裏切り者の横山冬夜とか言う、海軍の司令官をぶっ殺したついでに、国際的なテロリストの協力者も殺して、そしたら何か追いかけ回されました」とは言える訳がない。適当に「EU内乱に関する諸々の処理」と言ったら納得してくれた。ドイツ設定にしてよかったと、後に語ったとか語ってないとか。

 

「あら。間に合ったのね」

 

「ん?あぁ、おうよ。そりゃ学校生活に於けるビッグイベントだぜ?これを逃すのは勿体ねぇだろ」

 

振り返れば、ある意味一番派手な服装のオイゲンが立っていた。黒いリボンで髪をいつもの髪型にして、服は赤い肩出しのニットに黒いスキニーパンツ。靴にはスニーカーと、服装としては「今時のセクシー系、若しくはギャル系女子高生の私服」と言った感じで普通だろう。

だがこれをオイゲンが着ると、破壊力がエゲツない事になる。三桁台までたわわに実りに実った果実をニットが隠しきれておらず、北半球の上の方と二つの境界線がガッツリ見えるのだ。しかも下のパンツも、ムチムチとした足回りと形のいい程よく大きなお尻に至るまで、全てを強調してしまっている。つまりどう言うことかと言うと、なんか、エロい。

 

「そっちの用事は済んだのかしら?」

 

「万事問題なしだ。アクシデントは結構起こったがな。真夜中に追いかけ回されたり、何か入れ替わり現象まで起きてたし」

 

「私も見てみたかったわ」

 

「やめとけやめとけ。楽しいが良くてトラウマ確定、最悪PTSDだぞ」

 

こんな感じで雑談をしていると、先生が話し始めて色々諸注意やら流れやらが説明される。尚、初っ端は安定の飛行機でのマナーが悪いとか何とかで怒られるヤツからスタートであった。数時間程度の観光の後、京都への移動を始める。

 

 

 

新大阪発京都行きの電車 後ろの座席

「ねぇ真也。今回の修学旅行、中々に面倒になりそうよ?」

 

「何だ。どこぞのアホが襲撃でも仕掛けたか?」

 

「その方がマシよ」

 

そう言うオイゲンの顔は心底嫌そうな、面倒臭さが滲み出てくるような顔で説明を始めた。時は遡る事、先週の金曜日。つまり修学旅行前、最後の登校日での事。奉仕部に葉山がグループの戸部、チェーンメール事件ではゲーセンで西校狩りを敢行していた不良、という事になっている「〜だべ!」とか「〜っしょ!」とか言ってるチャラい奴を引き連れてやってきた。依頼の内容は「戸部が海老名に告白するから、絶対に成功させて欲しい」というものであった。

うん、可笑しい。馬鹿としか言いようがない。これを聞いた瞬間の長嶺は「アイツら、本当に高校生か?あれか、ゲームとリアルの区別ついて無い系の連中か?」と突っ込んだ。

 

「どうやら比企ヶ谷くんは止めたらしいけど、二人が強行したらしいわ。私もあの時はもう帰ってたし、知ったのも行きの飛行機の中でよ.......」

 

「こりゃ荒れるな。にしても、何かキナ臭いな」

 

「これ以上何かある訳?」

 

「無いとは思いたいが.......。いずれにしろ、まずは様子見だな」

 

さてさて。取り敢えず長嶺の考えというか、引っかかる点は置いておいて、この依頼のどこが可笑しいか説明しておこう。平たく言うと「この世に100%成功する告白はないので、どう足掻いても無理」という事である。告白は両思いでもない限り、告白して「YES」の答えが返ってくる確率は五分と五分。依頼の内容が雰囲気作りなんかの手伝い系なら良いのだが、絶対に成功させるのは恋愛の神様でも連れて来ない限り不可能である。

しかもこれはあくまで、相手に嫌悪感を抱いてないのが前提での話である。両思いなら告白すればOKが貰えるのなら、その逆である相手を嫌っていた場合はまあまず不可能であろう。誰でもそうなのだが、特には戸部自体が喋り方とか態度が万人受けする訳ではない。海老名がどう思ってるかで変わるが、何れにしろ土台無理な話なのだ。それなのに受けちゃってるので、もうどうしようもない。出来ることと言えば、少しでも戸部の好感度を上げて告白が成功する可能性を上げる位のものだろう。

 

「その予感って、兵士の勘かしら?」

 

「そんな大それた物でもねーよ」

 

この予感は正しい物であった。この一件で今後の彼らの人生は大きく変わっていくのである。流石の長嶺とて、未来予知の超能力は持ち合わせてないので知る由はないのだが。

何はともあれ、その日は京都のホテルで一泊し、翌朝からは京都の自由散策となった。

 

 

「で、まずはどこ行くんだ?」

 

「まずは、清水寺だったわね」

 

どうやら清水寺からスタートするらしい。因みにこの京都散策は、一応の班で行動する事になっている。班員は長嶺、オイゲンの他、比企ヶ谷、由比ヶ浜、葉山、三浦、戸部、海老名の八人である。

 

「これが清水寺か。初めてみた」

 

「現実の迫力って凄いな」

 

比企ヶ谷と長嶺が清水寺に見惚れていると、由比ヶ浜によって無理矢理胎内巡りとか言うのに連行された。曰く2人っきりにする作戦らしい。意外と中は暗いし、もしかすると吊り橋効果も期待できる。

 

「ほんじゃぁ、二人ずつ行こっか!優美子と隼人くん最初ね。私達がその次で、戸部っちとひなで、エミちゃん達は最後ね!」

 

「あんま時間ないし、そんなに間隔開けない方がいいかもな」

 

「そうだねぇ」

 

「言うて、これそんなに長くなさそうだし気にしなくて良いっしょ!」

 

「でもさ、早く出れる事に越した事はないから」

 

側から見れば、なるべく早く終わらせて次の場所に行きたい様にしか聞こえないだろう。だが比企ヶ谷と長嶺には、これはまるで、二人っきりになるのを避けてる様に見えた。まあ比企ヶ谷は少し引っかかる程度だが、長嶺はこの一言で一気に疑念が浮かんできた。

 

「真也?」

 

「葉山の奴、なんか企んでるぞ」

 

「え?」

 

「アイツの言動、まるで海老名と戸部を二人っきりにしない様にしてるみたいだ」

 

「でも、依頼してきた時に奉仕部を勧めたのは彼よ?何で進めた張本人が、その邪魔をするのよ」

 

オイゲンの言う通りである。今回の一件、奉仕部を進めたのは葉山。付き添いにも来ていたという。なのにこの行動は、それとは正反対の行動といえる。矛盾しているのだが、これまでの葉山の関わってきた様々な事案での行動から察するに、大体こういう時は何かを企んでいた。今回も何かを狙っていても、不思議ではないだろう。

 

「取り敢えず、俺達も行くか」

 

「そうね」

 

一番最後に胎内へと潜り、回す為の石を目指す。中は結構暗いのだが、一本道なので迷わないし、何より微かに戸部の「マジ暗すぎでしょー!」とか何とか言ってるのが聞こえる。

 

「これを回して、お願い事をするのね」

 

「そんじゃ、回しますかね!」

 

二人で石を回すと、ゴリゴリという石臼の様な重苦しい音共に石が回った。長嶺はこの任務が無事成功する様にと願い、オイゲンは長嶺と結ばれる様にと願ったという。

出たら地主神社に移動し、参拝と御神籤をみんなで引いた。

 

「お、ラッキー。大吉だぜ」

 

「私もよ!たしか、これを結ぶのよね?」

 

「いや。それは悪いのが出た時に結ぶらしいぞ。いいのは、例えば財布とかに入れて持ち歩くといいんだと」

 

これは結構意見が分かれる所だろう。結んだ方がご利益があると考える人もいるが、主は持ち歩く派である。正月にお守りと一緒に古い御神籤は焼いてもらうのが、我が家流である。

 

「一応、戸部も頑張ってるんだな」

 

「ホントね。見た目の割に、意外と紳士じゃない」

 

どうやら戸部も戸部なりに、海老名にアタックとまでは言えないものの雰囲気はいい物を作っている。会話も弾んでいて二人とも笑顔である辺り、海老名自身も満更ではないようだ。

今度は場所を移動して、東映太秦映画村のお化け屋敷にやってきた。今回は二班に分けて葉山、三浦、戸部、海老名のチームと、長嶺、オイゲン、比企ヶ谷、由比ヶ浜のチームに別れた。

 

「い、今何か動いたわよ!!」

 

「影だろ」

 

「私、こういうの苦手.......」

 

どうやら由比ヶ浜も幽霊系はダメらしい。つまり女性陣は全滅である。では男性陣はというと、まず長嶺は怖くない。比企ヶ谷は「人間の方が怖い」と言っている。ではお化け屋敷が怖くないかというと、そうではなく「つまり人が脅かしてくるお化け屋敷が一番怖い」と、お化け屋敷はダメだった。

 

「く、クワタンは怖くないの?」

 

「幽霊とか、ゴキブリより害ないぞ。それに死体も何もしてこないから安全だし。あ、これ経験則な」

 

この思考は桑田真也ではなく、長嶺雷蔵としての物である。長嶺曰く「どんな奴も死体にしちまえば、単なる肉とクソの塊に過ぎない。つまり放置して腐らせたりとか、殺した奴が病気に罹ってない限りでもしない限り安全無害」らしい。

 

「それに俺、気配で分かるし。例えばそこの白い奴。あと三秒で襲ってくるぞ」

 

「「え?」」

 

そう言った三秒後、本当に白い奴、正確には死装束を着た幽霊が脅かしてきた。脅かされたのと、それを言い当てた両方で比企ヶ谷と由比ヶ浜は驚き、オイゲンは単に脅かされた事に驚いた。

お化け屋敷を出ると、一旦トイレ休憩がてらに皆トイレ行ったりお土産を見たりで方々に消えていった。残ったのは長嶺と三浦のみ。

 

「あんさぁ桑田。あんま海老名にちょっかい出すの、やめてくんない?迷惑なんだけど」

 

「出してるのは由比ヶ浜だっての。俺は特に何もしてねぇというか、知らないから変に手を出せない。

それに迷惑というが、そうして欲しいって奴がいるだけだ。第一、お前には迷惑はかかってない筈だが?」

 

「はぁ?これから迷惑かかんの。海老名、黙ってれば男ウケいいから紹介してくれって奴、結構いんの。でも紹介しようとすると、超やんわり拒否ってさ。照れたんだと思って、あーしも結構しつこく進めた訳。したらアイツ、笑いながら「あ、じゃあもういいや」って。あーしの事、超他人みたいな感じで言ったの。海老名はあんまり自分の事を話さないし、あーしも聞かない。けどそういうの、嫌いなんだと思う。

あーしさ、今結構楽しいんだ。だから余計な事、しないでくれる?」

 

そう言って向けてきた目には、何か決意の様な物が宿っていた。その目はこれまで何回か見てきた、組織の人間を守る覚悟をしたボスの目。コイツはどうやら、葉山グループを守りたいらしい。

 

「そうか。だが俺は何も知らない以上、何も出来ないのが現状だ。これまでも、これからも、俺は今回の事には関知しない。まあ俺とかエミリアに被害や迷惑が及ぶのなら、問答無用でどうにかするがな。それに俺は葉山グループがどうなろうと、別に知ったこっちゃない。潰れてできるメリットもデメリットも、存在しているからと言ってメリットがある訳でもない。

それに、お前には葉山が居るんだろ?俺よりも先に、アイツに話を通す事だな。アイツなら安定の「みんな仲良く」の理念で、どうにかするんじゃね?」

 

「それもそっか。あーしには隼人がいるし、アンタみたいな不気味な奴に頼らなくてもいっか!」

 

「不気味で悪かったな」

 

まさか不気味と言われるとは思わなかったが、異分子である長嶺に対して不気味と言う辺り度胸はあるらしい。少しすると、みんな戻ってきてまた班が出来上がった。

 

「ヒキタニくん。相談、忘れてないよね」

 

「あ?おぉ」

 

そんな中、長嶺は海老名が比企ヶ谷にこう言っているのを見てしまった。相談とは何なのかは皆目検討もつかないが、恐らく今後の鍵にはなる筈なので聞き耳を立ててみる。

 

「どうどう!?メンズ達の仲は睦まじい?」

 

「仲は良いんじゃないか?夜とかトランプしてるし」

 

「それじゃ私が見れないし、美味しくないし!もっとさ、私がいる所で男子達が固まってるのを見るのが一番良いんだけどなぁ!!」

 

「まあ、俺たちも嵐山行くし、その時に.......」

 

「よろしくね」

 

最初から終盤まで、いつもの平常運転だと思ってた。BL好きの海老名が、リアルでBLを見たいが故のクソしょうもない頼みでもしたのかと。だが最後の「よろしくね」の表情で、全てを察した。さっきまでの会話は言うなればフェイクであり、その奥に何か重大な物を込めて話していると。だとすると、この一件は同一線上戸部からの依頼と海老名の依頼が存在している。しかもそれを知っているのは、恐らく比企ヶ谷のみ。となると、この告白は何かある。この後、一団は嵐山へと移動してお土産購入に勤しむ事になった。だが長嶺は比企ヶ谷を追跡する為、エミリアとは別行動する事を選択し、何も起こらないまま夕方となった。

 

 

(何も起きねー)

 

特に何もなく、延々と時間は過ぎていく。そろそろ尾行もやめようかとした時、比企ヶ谷は河原の方に降って行った。そこに居たのは、どういう訳か葉山である。

 

「やけに非協力的だな」

 

「そうかな?」

 

「そうだろ。寧ろ邪魔されてた気がするけどな」

 

「そういうつもりは無かったんだけどなぁ。俺は今が気に入ってるんだよ。戸部もひなも、みんなでいる時間が結構好きなんだ」

 

いやいや、どの口が言っているんだと危うくツッコミそうになるが、それは抑えておく。邪魔云々はこの際置いておくとして、みんなでいる時間が好きなら、何故常に独善的な行動しか取らないのだ。理解に苦しむ。

 

「それで終わるなら、元々その程度の物なんじゃねーの?」

 

「そうかもしれない。けど、失った物は戻らない」

 

(そうかもじゃねーよ。そうでしかねーよ。というか名言風に言っても、用は自分の思い通りにしたいって宣言してるだけだっちゅうに)

 

「そんな上っ面の関係で楽しくやろうって方が可笑しい」

 

どうやら比企ヶ谷とは思考パターンは結構似てるらしい。長嶺の言いたい事、全部言ってくれている。

 

「そうかな。俺はこれが上っ面だなんて思ってない。今の俺にとっては、この環境が全てだよ」

 

「いや!上っ面だろ。じゃあ戸部はどうなる?」

 

「何度か諦める様には言ったんだ。今のひなが心を開く様には思えないから、それでも先の事は分からない。だから戸部には結論を急いでほしく無かったんだ」

 

「勝手な言い分だな。それはお前の都合でしかない」

 

「なら!君はどうなんだ?君ならどうする?」

 

なんか段々と話の雲行きが怪しくなってきた。一旦これまでの葉山の言ってる事を整理すると、グループを今のままで保ちたいから海老名への告白をして欲しくないという事である。

だが口振り的に一つ、可笑しな点がある。まるで海老名は告白しても必ず「NO」と返ってくると、それが決定事項だと分かっている様なのだ。この事をさっきの海老名の発言に関する事に代入すると、長嶺の中で全てが繋がった。とすると奉仕部は相反する二つの依頼、つまり「告白を絶対に成功したい」という依頼と「告白させないで欲しい」という、無茶苦茶な依頼を受けていたという事になる。

 

(いやいやいやいや!そんなわけないだろ!!流石に、そんな事はない。いくら葉山とて、これじゃ奉仕部を捨て駒にしている様な物だろ。比企ヶ谷だけならまだしも、この状況下では最悪の場合、同じグループである由比ヶ浜、そして家族ぐるみで付き合いのある雪ノ下へも甚大な被害が出る。少なくともこの二人は、葉山の言う「みんな」の枠に入っている。それを犠牲にはしないだろ)

 

「つまり、お前は何も変えたくないって事だな?」

 

「あぁ、そうだ。君にだけは、頼りたくなかったのにな.......」

 

色々考えてる間に、葉山と比企ヶ谷の話は終わった。そして葉山は最後に頼りたくなかったと、随分と自分勝手な事を言っている。自分から頼んでおいて、頼みたくなかったとか、流石にどんな聖人君子でもブチギレるだろう。

比企ヶ谷もどこかに行ったので長嶺も去り、河原には葉山だけとなった。少しすると、また意外な人物が現れた。オイゲンである。

 

「こんな所に私を呼び出すなんて、一体何のようかしら。王子様?」

 

「突然ごめんね、呼び出しちゃって」

 

「別に構わないわよ」

 

「単刀直入に言うよ。エミリアちゃん、僕は君の事が好きです。初めて会った、君が転校してきた時に一眼見た時から。僕と、付き合ってください!」

 

何と葉山はオイゲンに、愛の告白をしやがったのである。これには流石に予想外だったのか、オイゲンも固まっている。だがしかし、この告白への答えは…

 

「無理よ」

 

NOに決まっている。

 

「え?」

 

「だって私、好きな人がいるもの」

 

「桑田くんかい?」

 

間違い、ではない。正確には桑田真也ではなく、長嶺雷蔵なので正解でもない。

 

「そうよ」

 

「僕じゃダメなのか?僕は家も金持ちで、父親は凄腕の弁護士で、母親は医者だ。僕だって成績は学年3位だし、スポーツだってできる!格闘だって、君を守る位は出来る!なのに何故、アイツなんだ!!」

 

オイゲンから帰ってきたのはため息である。確かに葉山は高校生としては、超優良物件である。容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。だが長嶺は、その遥か上を行く。勝てるわけが無い。

 

「あのねぇ、そもそも家が金持ちなのは、あなたのご両親が凄いんでしょ?あなたの力じゃないわ。それに成績なら真也は一位だし、スポーツだって基本何でも出来るわよ。

後、私を守れるだったかしら?なら聞くけど、銃を持った相手に私が捕まったとして、それを命を懸けて助けられるのかしら?心意気とか、覚悟とかではなく、仮にそうなったとして行動に起こせる?」

 

「え.......?」

 

サラリと吐かれた「命を懸ける」という言葉に、葉山は反応できない。これは葉山が悪い訳ではない。普通に生きていれば、事故とか事件に巻き込まれでもしない限り命懸けの事態に陥ることはない。即応できなくても、こればっかりは仕方ないだろう。

 

「な、何を言っているんだい?そんな事、起こるはず無いじゃないか」

 

「あら、忘れたのかしら?私達は何方も、あの戦禍の中を渡り歩いたのよ?人の命なんてね、すごく簡単に消えてしまう世界。真也はね、例え血と硝煙の支配する地獄の中でも、敵に囲まれた絶体絶命の敵陣のど真ん中でも、必ず助け出してくれる。王子様に真也がどう映っているのかは知らないし、興味もないけど、私が生涯を添い遂げるのなら、真也を置いて他にないわ」

 

これは『エミリア・フォン・ヒッパー』として、というより『プリンツ・オイゲン』としての答えだろう。長嶺はこれまで、仲間の為なら例えどんな地獄の戦場であろうと、本物の地獄や天国だろうと、助けを求める仲間を決して見捨てずに必ず助け出す。それは初めは敵として相対しているからこその物でもあり、オイゲンが長嶺を好きになった理由でもある。

 

「君の気持ちは分かった。でも俺、諦めないからな」

 

「は?」

 

「君が桑田を好きなら、それ以上の存在になってやる。君が俺を好きというまで、自分を磨き続ける。だから、その時が来たらもう一度告白するからな!」

 

そう言って去っていく葉山。頭が可笑しいなんて物じゃない。あそこまでまでの拒絶を受けてなお、あの返しをできるとなると、多分葉山の聴覚と思考回路は機能していないのだろう。

 

 

 

一時間後 嵐山の竹林

「ねぇ真也」

 

近くのベンチに腰掛けて、コロッケと地味に好きなソルティライチを飲んでいるとオイゲンが話しかけてきた。丁度コロッケを咥えたタイミングだったので、なんか間抜けな声になるが気にしてはいけない。

 

「さっき、王子様に呼び出されたわ」

 

「葉山の野郎が?何でまた」

 

「告白よ」

 

「ふーん。誰の?」

 

「王子様の私に対する告白」

 

飲んでいたソルティライチを盛大に噴き出した。ついでに気管に大量に入ってしまい、ゲホゲホ咳き込む。

 

「マジか!?!?」

 

「マジよ。でね、その告白、受けようかなって思ってるの」

 

「そうか。まあお前の決めた事なら問題ないが、この任務が終わり次第、縁は切れよ?」

 

試しにどんな反応をするか、OKと答えると言ってみたオイゲン。だが返ってきた答えは、やはり望んだ物ではない。予想通りではあったが。

 

「嘘に決まってるでしょ」

 

「なんだ、嘘かよ」

 

「告白されたのは本当よ。でも、断った。私、他に好きな人がいるから」

 

「ほう。誉高き鉄血のエース様にも、想い人がいるのか」

 

いつもの事ながら、ここまで来ると一周回って面白くすら思えてくる超絶鈍感朴念仁男っぷりである。というかよく、ここまでされても誰一人として好意に気づかないのは、ある意味コイツも思考回路はイカれてるだろう。いや、元から恋愛観以外も結構ぶっ飛んでいたので今更か。

そんな事をしていると、奉仕部の連中と葉山グループがやってきた。いよいよ、戸部の一世一代の大勝負の刻が来た。尚、戸部はガッチガチに固まっている。

 

「戸部」

 

「うぇ!?ヒキタニくん、やべーわ。今の俺、超来てるわ」

 

「なぁ、お前振られたらどうするんだ?」

 

「いやいや!言う前からそれって酷くない?」

 

いや、全然酷くない。どんな事でも、最悪の場合も想定するのが基本だ。例えば親に何かねだる時、正面切って頼むだけだろうか?それで買ってくれたら万々歳だが、断られた時の対応も考えるのが普通だろう。比企ヶ谷も「早く答えろ」と言って、どうやら戸部も冷やかしで言ったわけではないと感じたのだろう。「そりゃ諦めらんないっしょ!」と答えた。

 

「俺さ、こういうテキトーな人間じゃん?けど、今回結構マジっつーかさ」

 

「そうか。なら最後の最後まで頑張れよ」

 

「おぉ!やっぱヒキタニくん良いやつじゃん」

 

「ちげーよ!バカ」

 

そう言って比企ヶ谷は帰ってきた。まあ今回ばかりは、ヒキタニ呼びも悪い気はしないだろう。なんだかんだ言って、やっぱり比企ヶ谷は優しい奴だ。

 

「あなた、意外と紳士ね」

 

「そんなんじゃねーよ。それに、アイツはこのままだと確実に振られる」

 

オイゲンのコメントにも否定してくるが、由比ヶ浜と雪ノ下も今の行動には好印象だったらしい。そして、振られるという意見にも同意見なようだ。因みにこれは、オイゲンと長嶺も含めてである。

 

「一応、丸く収める方法はある」

 

だがそう言った時の比企ヶ谷は、何処か変な形で覚悟を決めたような顔であった。多分今回も捻くれた方法で解決するのは分かっていたのか、雪ノ下は「あなたに任せるわ」と言い、由比ヶ浜もそれに同意した。

 

「どんな手を取るかは知らねーが、好きなようにやって来い」

 

長嶺がそう励ました時、向こう側から誰か歩いてきた。海老名である。どうやら本当に戸部の大勝負の刻が来たらしい。

 

「あの」

 

「うん」

 

由比ヶ浜も雪ノ下も葉山も、そして葉山についてきた大岡と大和も手に汗握って固唾を飲みつつ見守っている。心無しか戸部と同じ位、緊張しているようにも見える。

 

「俺さ、その。その!」

 

さぁ、いよいよ告白の時!というタイミングで比企ヶ谷は、スタスタと二人の方へと向かって行った。何かをするのだろう。比企ヶ谷がする事に、誰も勘付いていない。長嶺を除いて。

長嶺の脳裏には、さっきよぎった最悪の想定が電撃的に蘇る。もし仮にあれが本当に想定通りの物と仮定した場合、この状況下で何もかも丸く、つまり葉山のいう「現状維持でありたい」という願いが叶うのなら、そして戸部と海老名の依頼すらもクリアするとなると、出された解は一つである。だが無情にも、結論が出た時にはもう遅かった。

 

「俺、俺、俺さ!」

「ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」

 

その結論とは嘘の告白。この告白により、海老名はこう答える。「今は誰とも付き合う気がない。誰に告白されても付き合う気はない」と。となれば戸部の意思だって、もう答えがわかっているのなら意味をなさない。少なくともこの場ではしないだろうし、第一人の告白を横取りするという中々にクズな行動をしている重い空気の中で告白するという奴は、この地球上、何処を探してもいないだろう。

これにより戸部と海老名の依頼は解決されたし、告白が存在しなければ葉山の危惧する「グループの崩壊」という未来に必要となる、告白による気不味さも存在しなくなる。つまり自動的に解決されるので、ある意味解としては完璧な物と言って良いだろう。

 

「ねぇ、まさか真也の言ってたのって.......

 

「あぁ。どうやら俺が想定していた物でも、一番最悪なのが当たっちまった.......」

 

取り敢えず戸部としては、玉砕前に答えがわかったので良かったのか、嫌悪な空気になる事なく「俺、負けねーから!」という、同じ人を好きになったが故のライバル心を良い意味で燃やし出した。

そして葉山も戸部のフォローに周り、場は綺麗に収まった。

 

「すまない。君はそんなやり方しか出来ないと、分かっていたのに.......。すまない」

 

そして去り際にこう言い放った葉山。明らかに比企ヶ谷を憐れんだ物で、さも自分は正しいと言わんばかりのものであった。

 

「エミリア、すまねぇ。少し、先外すわ。後、先帰ってろ」

 

「え?ッ!?」

 

そこに居たのは、もう桑田真也ではなかった。勿論格好や顔は桑田真也なのだが、纏っているオーラは長嶺雷蔵の、それも仲間を傷つけられた時に見せるキレた時のそれであった。

長嶺は反対にある公衆トイレまで歩くと、拳を壁に叩きつけた。鈍器をぶつけた様な鈍く大きな音が響き、周囲の鳥がバサバサと飛び立つ。

 

「葉山隼人。俺に初めて出来た普通の友達を、よもや捨て駒として使うとは.......。必ず、殺してやる!!!!

 

イライラも少しは収まったので、ホテルへと歩き出す。すると竹林で、比企ヶ谷と由比ヶ浜を見つけた。由比ヶ浜は比企ヶ谷に「人の気持ち、もっと考えてよ!」と言って怒っている。他にも「こういうの、やだ」とかも言っていた。これに対しても、更に怒りが湧いてきた。由比ヶ浜と雪ノ下は、あの時「比企ヶ谷に任せる」と言った。にも関わらず、結果が気に入らなければ拒絶する。虫が良いにも程がある。

そして多分、比企ヶ谷に取っては妹の小町を除けば、同年代としては信用にたる人物であったであろう由比ヶ浜。その彼女に拒絶され、完全に絶望していた。

 

「おい比企ヶ谷。ちょっと付き合え」

 

「.......何だよ」

 

「良いから来い。聞きたい事がある」

 

ゴネる比企ヶ谷を無理矢理引っ張って、自販機のある休憩コーナー辺りに座らせた。取り敢えずアクエリアスを二人分買って、片方を比企ヶ谷に投げ渡す。

 

「で、何のようだ?」

 

「比企ヶ谷、正直に答えてくれ。お前、今回の戸部の一件、三つの依頼を受けていたんじゃないか?」

 

その一言に、比企ヶ谷は柄にもなく驚愕していた。驚きの余り、声も出ないらしい。ただ驚いた目でじっと、こちらを見ている、

 

「今回の戸部の一件、これはあくまで俺の勝手な憶測だが、お前は断ろうとしたんじゃないか?確か由比ヶ浜からは、戸部の告白を絶対に成功させる依頼と言っている。告白に限った話じゃないが、この世に『絶対』ってのは存在しない。事答えのない人間関係に於いては特に。

大方由比ヶ浜が「グループにカップルが出来るのは素敵」とか何とか言って、雪ノ下辺りが折れた。で、お前に拒否権ないから参加せざるを得ず、仕方なしで依頼を受けた。そして多分同タイミングで、海老名からも依頼があった筈だ。多分、お前が辛うじて気付くか気付かないかのギリギリを攻めた言い回しで。この事は由比ヶ浜も雪ノ下も知らず、というかお前自身も半信半疑にも届かない、精々疑念程度だった筈だ。

半信半疑に変わったのは、多分映画村での会話の中でだろう。美味しいの期待してるっていうヤツ。そして葉山が竹林で言っていた辺りを見ると、こっちは多分、グループに影響が残らないように告白を阻止しろ的な事を言われたんじゃないか?」

 

「お前、何で知ってるんだよ.......」

 

今言った長嶺の仮説は、全て寸分違わず当たっていた。まるで全て近くで見ていたかのような、ドンピシャな答えだったのだ。勿論この話が出た時、長嶺は日本どころか海外のイギリスに居た。見ていたわけがない。勿論、隠しカメラで盗撮とか盗聴していた訳でもない。全て長嶺の観察眼と推理力で導き出した答えである。

 

「簡単だ。偶々、葉山の野郎の動きが怪しかったからな。なんか戸部の邪魔をバレないように、妨害工作程度でチョコチョコやっているように写って、それ以来ある程度マークしていた。ついでに多分、巻き込まれる可能性の高いお前もマークしていた結果だ。

まあそれでも、流石に考えすぎだと思ってた。この結論が当たっていると感じたのは、お前が例の告白をした時。アレが俺の出した一つの結論を、正解にした答え合わせだったんだよ」

 

「お前、普通の高校生じゃないよな?何者なんだ.......」

 

この一言に長嶺は敬意を込めた、不適な笑みを持って答えた。この男の類稀なる、観察眼と優しさに敬意を表するために。

 

「俺が誰であろうと、それはどうでも良い事だ。だが心配するな。俺はお前達に災厄を振り撒く悪魔でもないし、時が来ればお前にはしっかり教えてやる。だがまあ、そうだな。お前の言う通り、少なくとも世間一般の高校生としては絶対に言えない色んなことを背負っている」

 

比企ヶ谷は救われた様な気がした。これまで孤高のぼっちだと思っていたが、近くに理解者がいてくれて良かったと。そして理解者がいるのはこんなにも楽なのかとも思ったという。

 

 

 

 



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第五十二話そして彼は闇へと赴く

修学旅行の翌日 教室

「人の口に戸は立てられぬとは言うが、幾らなんでも回るのが早すぎんだろうがおい」

 

「人って怖いわね」

 

修学旅行での楽しい一時(一部に取っては地獄の一時)は終わりを告げ、今日から普通に学校が始まる。いつもの様に長嶺とオイゲンは教室に入ったのだが、今日の2ーF、いや、総武高校全体が何処か浮ついている。

その原因は、昨日辺りから出回り始めた噂によるものだった。「ヒキタニが戸部の告白を邪魔した」というもの。まあ実際、これは真実である。何も間違えてはいない。確かにあの時、ヒキタニ、つまり比企ヶ谷は戸部が海老名に告白しようとしたタイミングで、嘘の告白を持って邪魔した。だがこれは、仕方がない事であったのもまた事実。悪い噂は広がり易いというが、比企ヶ谷の場合は文化祭での一件やそれまでの諸々が重なり、爆発的なまでの広がり方を見せた。

 

「あ、来たぞ」

 

「(よく来れるわよね。あんな事をしておいて)」

「(あんなクズ、消えてしまえば良いのに)」

「(なぁ?ならさ、一つ提案が)」

 

比企ヶ谷が教室に入るや否や、いきなりヒソヒソとされ始める。これまで他人の悪意にこれでもかと晒されてきた彼に取っては、さほど気になる程でも無かった。

 

「ねぇ真也。これ、どうするの?」

 

「恐らくこの出所は、葉山グループからだな。となると迂闊に動けば俺達の立場が悪くなるばかりか、更にアイツの立場も悪くなる。今は取り敢えず静観する他ないな」

 

今の所、比企ヶ谷自身に何かしらの実害は出ていない。暴力も振るわれてなければ、窃盗や所有物を隠されたり壊されたりした訳でもない。実害がない以上、静観するという判断は妥当だろう。だがこの判断は、後に凶と出る。

 

 

 

昼休み 特別棟 屋上

「話しってなんだ、相模」

 

「来たんだ。へぇ」

 

どういう風の吹き回しか、相模が比企ヶ谷を呼び出したのだ。知っての通り、文化祭での一件で相模は比企ヶ谷を敵視している。比企ヶ谷としても余り関わりたくないが、曲がりなりにも葉山グループの次に影響力を持つグループのボス。無視する訳にも行かず、行ってしまったのだ。

 

「.......用がないなら帰るぞ」

 

「あるよ、大事な要件が。謝って、今、ここで」

 

「は?」

 

「ここで私は、今までで一番の屈辱を受けた。だからここで、私に謝罪しろって言ってるの。土下座、するわよね?」

 

比企ヶ谷も「はいそうですか」と土下座に移れるわけではないし、そもそもいきなり過ぎてまだ考えも纏まっていない。それを見た相模はニタリと嫌な笑みを浮かべると、「時間切れ〜」と言った。

次の瞬間、比企ヶ谷の身体が宙に浮いた。

 

「アンタさ、何様のつもり?マジでイラつく。アンタみたいなクズ中のクズと同じ教室で、同じ空気を吸ってるって考えるだけで吐き気がしてくるんだけど。でさ、それを友達に話したらここにいる子達も同じ思いらしくてさ、今から罰を与えようって訳」

 

そう言う相模の周りには三人の男達がいた。それぞれが柔道や空手をしているクラスメイトで、相模グループと同等の立ち位置にいる人間である。こういう連中がいるという事は、この後の運命は言わずとも察して貰えるだろう。リンチである。それも顔や手ではなく、胴体に限定した物。これなら服を脱ぎでもしないと分からない以上、校内でバレる事はない。

加えてこの場所も、元々人通りが少ない場所な上に、ここに続く階段は他のクラスメイトによって出入りを監視してもらっている。この事を知っているのはリンチしている三人の男子生徒と、首謀者の相模、階段を見張る相模の取り巻き女子生徒、そして被害者の比企ヶ谷のみである。

 

「いってぇ.......」

 

「良い?もし、アンタが教師に密告でもしたら…」

 

そう言いながら比企ヶ谷の手を自分の胸に持っていき、そのまま揉ませた。その瞬間を写真で撮って貰った辺り、これで脅すつもりらしい。

 

「わかるでしょ?」

 

「わかっ.......た.......」

 

「それから、これからアンタは私たちの奴隷ね。手始めに明日から毎日、昼休みはここに来なさいよ?あ、そうだ。下には私の友達が見張ってるから、ここでボコられてる間に助けとかも来ないから」

 

何も答えられなかった。もしこんなのが出回れば、普通に警察沙汰になるだろうし、流石に実刑判決を喰らう事はなくとも、今後の人生が壊れるのは間違いない。大人しく従うしか無かった。

昼休みが終わり、放課後となった。あの後、相模達からパシられる事もなく、いつもの様に奉仕部への部室へと向かった。だが、そこで比企ヶ谷は聞いてしまったのだ。それは、部屋に入ろうとドアノブに手を掛けた時だった。

 

「今日も来るのかしら。あのクズ谷君は」

 

「出来れば来て欲しくないなぁ」

 

「ええ、全くその通りね。もうやめてくれないかしら」

 

二人の会話を聞いてしまった。よくアニメとかである、都合の良い聞き間違いなんかではない。明確に、ハッキリと拒絶されたのだ。これを聞いた瞬間、比企ヶ谷は家へと走り出した。もう、帰ろう。帰って、ラノベ読んで、もう奉仕部には行かない。それでいいんだ。元に戻るだけだ。そう自分に言い聞かせながら、家路を急ぐ。だが、帰っても安寧は訪れなかった。

 

「お兄ちゃん!結衣さんから聞いたよ!本当に最低!何でそんなことするの!?見損なったよ!」

 

「待ってくれ小町!俺の話を」

「聞きたくないよそんなよ!!もう話しかけてこないで!!!!」

 

家に帰れば安心かと思いきや、最愛の妹にすら拒絶されてしまった。この瞬間、比企ヶ谷の心は完全に壊れた。

 

「は、はは。なんだよこれ。俺は一体、なんで生まれてきたんだ.......」

 

脳裏に蘇るのは、生まれてからの日常だった。両親に優しくされた記憶は、殆ど無かった。二歳の頃に小町が産まれて以降、両親は小町と仕事にばかり気を取られていて自分の相手はしてくれなかった。当時は「それが兄の宿命」だとか「世の兄が通る道」程度に考えていたが、今から考えると異常と言える。所謂ネグレクトというヤツだろう。小学校に入る頃には目が腐り始めてイジメにあい、中学でもクラスのマドンナに告白して振られて、その翌日には学校中に広まってまたイジメられた。高校に入れば、車に轢かれてぼっちコースに入り、ようやく本物といえる存在達と出会えたかと思えば、また明確に拒絶された上にイジメにもあった。

常人ならとっくの昔に精神の限界が来て、自殺してしまっていても可笑しくない。タフなメンタルを持つ比企ヶ谷でも、流石にもう限界だったのだ。物置から家具をまとめるのに使うロープを取り出し、一人自転車を漕いで家の近くにある雑木林を目指す。途中の自販機で大好きなマックスコーヒー、マッ缶を買って、また漕ぎ出した。

 

 

「ここで良いか」

 

目星い場所に自転車を止めて、少し奥へと歩く。適当な高さの木にロープを巻き付けて、首吊りの準備を整える。この世との別れに、最後にマッ缶を飲んだ。超絶甘く、小町からも「体壊すよ」と何度も言われる程のマッ缶が、いつも良く飲む、というか今日の二時間目と三時間目の間にも飲んだ筈のマッ缶が、少ししょっぱく感じた。

 

「ははは。可笑しいな、甘い筈なのに塩っぱいぞ.......」

 

その理由は簡単だった。頬に液体が流れている。視界も少し、ボヤけている。涙が入ってしまったのだ。やはり寂しいし、悲しいし、虚しいのだ。比企ヶ谷とて一人の人間。一度で良いから、一瞬でも良いから、また今度こそ本物に出会いたかった。

だがもう、どうする事もできない。マッ缶を飲み干し、首に縄をかけて、踏み台代わりのビール瓶か何かを詰める箱を蹴飛ばした。

 

「グッ!」

 

首が一気に締まり、息が急にし辛くなった。今までで一番苦しいのだが、これを乗り越えれば自由だと思えば余り苦にはならなかった。

 

ズドォン!!

 

大きな破裂音というより、爆発音に近い爆音が鳴り響く。その音が鳴ったのと同時に、身体が地面へと落下した。

 

「よぉ比企ヶ谷。こんな夜更けに、こんな林の奥で、しかもロープを木にくくりつけて、何してんだ?」

 

聞き覚えのある声に顔を上げると、目の前に居たのは拳銃を構えた桑田の姿であった。

 

「なんで助けた.......」

 

「ん?」

 

「なんで助けたんだよ!!俺なんか、俺なんか居ても居なくても同じ!いや、寧ろ居ない方が遥かにマシだったんだよ!!!!友達は居ないし、家族からすら愛されてない!!そんな俺が少しだけ、本物を感じられた場所は、もう完全に失われた.......。もう俺が、生きてる意味なんて無いんだよ!!!!死なせてくれよ!!!!!!」

 

そう言いながら、また比企ヶ谷は泣いた。正直、近い内に自殺すると見抜いていたが、まさかここまで傷付いてるとは思っていなかった。長嶺の予想としては死ぬまでに経験する苦しみに、死ぬのを後悔して助けたらそのまま「もう死のうとは思わない」という方向になるだろうと予測していた。

だが蓋を開けてみれば、ここまで心がズタボロになってたとは思わなかった。こうなったら、もう一回死んで貰う必要がある。

 

「そうか。なら、俺が殺してやろう」

 

そう言って、長嶺は右手に持つ愛銃の阿修羅HGを比企ヶ谷の額に向ける。そして引き金を引いた。

 

カチッ

 

金属と金属が軽くぶつかる音が鳴っただけで、弾丸は発射されていなかった。勿論、比企ヶ谷も無傷である。

 

「比企ヶ谷、お前は今ここで死んだ。コイツに実弾が入ってりゃ、テメェの脳味噌がここにぶち撒けられてるだろう。時間も、金も、弾丸も、幾らでも無駄にしていい。だが命だけは、絶対に無駄にしちゃいけない」

 

比企ヶ谷はただ呆然と、そこに立ち伏せるだけであった。そんなのお構いなしに、長嶺は続ける。

 

「お前さっき、居ない方がマシだと言ったな?そんな訳あるか。俺は、いや。俺と、その仲間はお前の類稀なる才能を必要としている。世界中どれだけ探しても、お前と似た様な才能を持つ者は居ても、まるっきりお前と同じ才能を持つ者はいない。

友達がいないと言ったが、俺は確か友達だと言った筈だ。家族から愛されないなら、自分で家族を作れ。本物を感じられる場所が消えたなら、また作るか見つければ良い」

 

「そんな事が本当に、出来るのか.......?」

 

「保証はできない。だが世界は、お前の想像以上に広大で深い。お前はまだ、表の世界しか知らない。どうせ一旦死んだんだ。試しに裏の世界を覗いてから死んでも、バチは当たらねぇよ。もしそれでも死ぬというのなら、今度はきっちり俺が殺してやる」

 

そう言う桑田の目には、いつも高校で見せる顔ではなかった。もっと別の、何か関わってはいけない気がするが、目の前の男となら問題なさそうとも思える、そんな気持ちにさせる不思議な顔であった。

比企ヶ谷は無言で立ち上がると、堂々と言い放った。「どうしたら、いい」と。長嶺は少し笑うと、「付いてこい」と言って雑木林から出て行った。

 

「これ、お前の車か?」

 

雑木林にはハザードを焚いた、まるで戦闘機の様な攻撃的なフォルムをした漆黒のスーパーカーが止まっていた。余り車に詳しくはないが、見るからに高いだろうし外車だと思われる。というかまず、高校生で車に乗ってるのが可笑しい。免許が取れるのは18歳、つまり三年生からである。という事は、無免許運転という名の犯罪を犯している事になってしまう。まあさっき銃持ってたし、撃ってたので、もう遅いのだが。

 

「あぁ。ブガッティのシロンを俺と、俺の仲間で改造したモンスターマシンだ。さぁ、乗れ乗れ」

 

「俺は捕まりたくないぞ」

 

「免許なら持ってる。俺、本当は18だし。それに銃の所持も、発砲も、違法じゃない」

 

全く実感が持てないが、取り敢えず助手席に座った。中は色んなメーターやスイッチがあって、結構物々しい。

シートは見た目こそ、レーシングシートとかいうベルトが後ろから伸びてるヤツなのだが、座り心地は普通の車の様に良い。ちょっと手間取ったが、シートベルトもつけられた。

 

「行くぞ」

 

聞いた事もない重低音を響かせるエンジン。普通の車よりも加速が良く、シートに押さえ付けられる感覚がある。イメージとしては、飛行機が離陸する瞬間の様な感じだろう。

 

「今から何処に行くんだ?」

 

「神奈川だ」

 

今から千葉の対岸にある神奈川に向かうという。対岸と聞くと近そうに聞こえるが、大体ここから東京湾を半周する事になる。意外と目的地が遠い事に驚きつつも、これから約二時間、今や謎の男となった同乗者との間がとにかく気まずくなるのが分かった以上、比企ヶ谷的にはゲンナリしていた。

 

「お前、大方気まずくなるとか思ってたんだろ?気にしなくて良い。寝てても良いし、ただ単に景色を見てても良いし、何か聞きたい事があるなら答えてやるよ」

 

「.......じゃあ、お前は何者なんだ?」

 

「いきなりここじゃ答えられない質問かよ。それは目的地に着いたら、答えてやろう。他には?」

 

「なんであそこに居たんだ?」

 

「簡単だ。奉仕部の部室からお前が走っていくのが見えてな。なんか今日くらいに自殺しそうな位の悲壮感漂う顔してたから、取り敢えず跡をつけさせて貰った。で、雑木林まで来たのは良いが、途中で見失ってな。探してたら、ちょうど首をつってた訳よ。で、もう拳銃でロープ撃って、助け出した訳だ」

 

とは言ってるが、実際は少し違う。諜報のプロでもある長嶺が、雑木林という入り組んだ場所とは言えど、素人に尾行を撒かれるなんて事はない。木に縄を括り付けるのも、比企ヶ谷が泣きながらマッ缶飲んでるのも、首に縄をかけるのも、バッチリ見ている。

 

「今度は俺からの質問だ。答えなくても良い。今日、一体何があった?学校中で例の告白の一件が出回っているのは知っているが、お前はその程度で自殺に踏み切らないだろ?絶対他に何か、決定的な出来事があった筈だ」

 

「何お前。エスパーなの?」

 

「あくまでお前をこの約半年間、じっくり観察した上で導き出したお前の思考パターンや精神構造と、現状を照らし合わせて考え出しただけだ」

 

普通なら信じられないが、多分コイツならやりかねないという思考が比企ヶ谷にも生まれだし、まるで当然かの様に思えた。

そして比企ヶ谷は今日の事を全て話し出した。相模の一件、奉仕部での拒絶、小町からの拒絶、そしてこれまでの人生で受けた事も。それを長嶺はただ黙って聞いていた。最後に比企ヶ谷はこう締め括った。「本当に、こんな俺でもお前の仲間は受け入れてくれるのか?」と。長嶺はそれに対して、不敵な笑みを持って答える。

 

「俺の仲間達は、元々色んな事をしてきた奴がいる。軍人だった奴、他国の諜報員だった奴、医者だった奴、警官だった奴、他にも色々。こういう合法の仕事だった奴もいるが、中には殺し屋、マフィア、ヤクザ、テロリスト、非合法地下闘技場のチャンピオン、逃がし屋とか掃除屋とか闇商人みたいな映画でしか聞いた事ない様なマジの裏世界の住民だった奴までいる。安心していい。ただ」

 

「ただ?」

 

「全員気のいい奴らばかりで、元は悪人でも仲間に手を出す様な奴はいない。これは保証する。うん。だがな、個性が強すぎるんだよ」

 

「は?」

 

「例えば殺人的なまでに料理が下手な奴とかな。料理のアレンジで何故か毒ガスを生成したし」

 

予想の遥か斜め上を行くぶっ飛び具合に、比企ヶ谷の脳は考えるのをやめた。さっきまで悩んでいた事とか、自殺しようとしてた事まで、見事に忘れ去ってしまうくらいに。ある意味、良かったと言える。

車は進み、いよいよ目的地である江ノ島近くへとやってきた。この辺りでようやく、比企ヶ谷の止まっていた思考回路が復活して「もしかして目的地は江ノ島では?」という考えが出て来るくらいになった。

 

「見えてきたぞ」

 

「江ノ島.......。もしかして、鎮守府か?」

 

「そうだ。江ノ島鎮守府自体、色々特殊でな。あの地下には、総理大臣も知らない、世界最強の特殊部隊の本部が置かれてる」

 

「法律上、軍と自衛隊の最高司令官は総理だろ?その総理が知らないなんてあるのか?」

 

「あるんだよ、それが。2020年の深海棲艦の発見以降、世界のパワーバランスは著しく変動した。世界地図の勢力図が大きく書き変わるほどに。日本は艦娘の登場により、世界最大の超大国の地位に躍り出た。条約で世界中、ありとあらゆる海で日本の法律が適用される位には世界も日本に頼らざるを得ない状況だ。世界中が日本こそが最後の希望だとしている、というのが表向きだ」

 

過去の話を見てきた読者諸氏なら実情がどうなっているかは知っての通りだろうが、国民には今の美辞麗句が真実として公表されている。

 

「違うのか?」

 

「国家って言っても、所詮は人間の集まり。言っちまえば超発展した群れ社会だ。人間には欲がある。食欲、睡眠欲、性欲を筆頭とした三大欲求は勿論、出世欲や独占欲、はたまた嫉妬なんかの感情も国家システムに反映されてしまう。その結果何が起こるかと言うと、持たざる者が持つ者に対して逆恨みし始める」

 

「.......まさか」

 

「日本は今、各国から恨まれてるのさ。勿論その国の国民レベルではなく、支配者層の、それも極一部だがな。実際、現場間では余りそういう思想を持った奴は少ない。まあ、ぶっちゃけたまーにそういう思想を持った面倒な輩が居たりするんだが。

そしてこれは、悲しい事に中でも同じ事が起きるんだよ。艦娘を操るのは提督であって、提督は誰でも望めばなれるものではない」

 

「確か、妖精とかいうのが見えないとダメなんだろ?」

 

「そうだ。その妖精が見える奴自体、本当に少ない。現在その能力が確認されてるのは日本人以外には居ない。恐らく民族的な遺伝なんだろうって話だ。

話を戻そう。現職の提督には様々な特権が与えられる。何せ世界で唯一、深海棲艦を相手取れる艦娘を使役できる希少な存在だからな。例えば世界各国の軍事組織への指揮権や基地の使用権、各国の領域の往来と領域内での交戦権、艦娘との婚約関係になる権利等々。色々とあるんだが、中には地位や特権を悪用して艦娘を虐待する奴とか私利私欲の為に利用する奴がいるんだ。そういう連中を秘密裏に消し、日本の転覆を狙ったり妨害工作する輩の排除し、時には艦娘と共に深海棲艦を撃退する秘密特殊部隊。それが今からお前に入って貰うつもりの組織だ」

 

いきなり映画やアニメの世界の話が現実に飛び出してきて戸惑うが、昔重度の厨二病罹患者だった為、意外とすんなり脳内に入ってきた。因みにどのくらい酷かったかと言うと、魔界日記なる物を付けてみたり、謎の創造神を創造してみたり、政府報告書なる謎の書類(千枚近くの紙束)をポストに投函してみたり、色々やってた。ぶっちゃけ、材木座と方向は違うが同レベル。

 

 

 

江ノ島鎮守府 正門

「止まれ!」

 

完全武装の歩哨2人が、銃剣をつけた20式小銃を向けてくる。奥から上官の兵士が現れて、身分証の確認をしてきた。

 

「IDを確認しました。どうぞ、お通りください」

 

バーが開き、銃を持っていた歩哨2人も銃を下げて、敬礼を持って見送ってくれた。そのまま車は敷地内を走って行き、地下駐車場に入っていく。

 

「降りろ」

 

そのまま奥のエレベーターまで進み、案内されるがままについて行くと『提督私室』と書かれた部屋に通された。

 

「さて、じゃあ俺も正体を見せますかね」

 

「は?」

 

そう言って比企ヶ谷の方に顔を向けると、顔が急に消えて真っ黒なゴム製のマスクが現れた。顔も口も分からない。マスクと言うより、袋をかぶっていると言った方が正しいかもしれない。

そのままゴムマスクを剥がすと、そこにはテレビでよく見る男の顔があった。

 

「この顔では初めましてだな。江ノ島鎮守府の提督にして連合艦隊司令長官、そして海上機動歩兵軍団『霞桜』総隊長、長嶺雷蔵海軍元帥だ」

 

「は?いや、え?桑田は!?」

 

「桑田真也は俺が作り出した架空の男。この世には存在していたが、もう十年前に老衰でこの世を去ってる。その戸籍を利用して、作り出した」

 

「てことはつまり、本物の桑田真也はいなくて、俺の前にいた桑田真也は提督が作り出した偽物?」

 

「そういうこと」

 

思いもよらない人物の登場と、こんな身近にそんな映画とかドラマのワンシーンみたいな事が起きていたとは思っておらず、少し思考が止まった。だが裏を返せば、さっきまでのことが全て真実という裏付けともなる。つまり信用できると言うことだ。

 

「てことは、エミリアもか?」

 

「あぁ。エミリア・フォン・ヒッパーも、現在進行中の作戦に際して作り出した戸籍だ。詳しくは、本人に話して貰うとしよう」

 

「あら、まだノックしてないんだけど?」

 

「気配でわかるわ」

 

比企ヶ谷が振り返ると、赤と鼠色の軍服の様な見た目をした結構セクシーな格好したエミリアがいた。

 

「エミリア、なのか?」

 

「そうよ。でも、今日は本名を名乗るわ。第三帝国の奇跡、アドミラル・ヒッパー級三番艦。プリンツ・オイゲン。これが私の本当の名前」

 

「艦娘だったのか.......」

 

「それが違うんだなぁ。艦娘とは似て非なる存在、KAN-SENと呼んでいる。彼女達は言うなれば、別世界の艦娘みたいなもんだ。

ちょっと前にある任務でそれが発覚し、完全に元の世界と断絶されててな。さっき言ってたこっちの諸々の事情もあって、身の安全と衣食住を保証する代わりに、俺の指揮下に入ってもらっている。ぶっちゃけると、ウチの鎮守府は艦娘よりもKAN-SENの方が比率は高い。マジで7、8倍くらい差が開いてる」

 

「でもなんで、そのKAN-SEN?と現職の海軍のトップが高校に来てるんだ?」

 

「それはまあ、グリムが来てから話すか」

 

暫くすると、今度は別の若い男性が入ってきた。エミリア、もといオイゲンの様なアダルティな格好かと思いきや当たって普通のTシャツに短パンの格好であり、少し安心した。

 

「総隊長殿、彼が?」

 

「そうだ。紹介しよう比企ヶ谷。俺の右腕にして、霞桜の副長。グリムだ」

 

「グリムです。よろしくお願いしますね、比企谷八幡さん」

 

「えっと、なぜ俺の名前を?」

 

「総隊長殿より、お話は伺っております」

 

若いとはいえ、絶対に二十代後半の筈なのに物腰柔らかな言葉で接してきた。比企ヶ谷が元から軍人に持っていたイメージと、さっきまでの長嶺の話を聞いて出来たイメージとしては

 

『Hey フールボーイ、ここは地獄の一丁目。死ぬ覚悟は出来てるのか?』

 

みたいな感じで来ると思っていた。こういうタイプの人が出て来たらチビる自信しかなかったのでグリムの様なタイプで良かったのだが、一方で拍子抜けでもあった。

 

「さて。じゃあさっきの質問に答えようか。グリム」

 

「はい。まずはこちらを聞いてください」

 

イヤフォンを渡されたので、耳につけてみる。「流しますよ」と言われると、酷いノイズの掛かった音声を聞かされた。日本語じゃないのはわかったが、何処の言語かは分からない。

 

「なんだこれ」

 

「俺達も分からん。だがノイズ除去や解析を行った結果、取り敢えず『総武高校、暗殺計画、まもなく開始、戦闘員は帝国海軍の』という単語達が判明した。俺達はこの暗殺計画とやらに、総武高校が関係していると睨んで捜査しているんだ」

 

「もしかして千葉村の連中か?」

 

「いや。あれはURっていうアフリカのテロ集団だ。恐らく今回の一件は、国家権力相当の力が無きゃ成し得ないと考えてる。それに多分、ターゲットもウチの学校内の奴じゃないと思ってる」

 

「雪ノ下は?アイツの親、確か議員だろ?」

 

「確かに議員だ。だがアイツの親は所詮、県議会議員ってだけで、ぶっちゃけこんな大層な暗殺計画を練る必要がない。というか殺しても旨味がない。表では多少権力を持ってるが、俺達からしてみれば居ても居なくても変わらない矮小な存在に過ぎない。だからまあ、アイツは問題ないだろ。まあ別に国民が少々死んでも構わないし」

 

サラリと軍人らしからぬ事を言う長嶺に、比企ヶ谷は己の耳を疑った。軍隊はその国の、国民を守るために存在する。その存在が「別に国民が死んでも構わない」と言いのけたのだ。驚きもする。

 

「あ、今何でだって思っただろ?俺達の部隊の存在意義とは、国家(・・)を守る事であって国民(・・)を守る事じゃない。命にも優劣や価値を付けるし、利用するだけの価値やコチラにメリットがあるなら死刑囚だろうと生かす。だが利用価値も無ければデメリットがあるのなら、例え総理や生きながらにして天国に行けるのが確定している様な善人でも殺す。

それに俺達の守る優先順位は、第一に自分の仲間達、第二に日本、第三に価値のある人間、第四に国民って所だ」

 

とても冷たく感じるが、これはとても合理的でもある。確かに1人の為に多数を犠牲を強いるのなら、自分なら1人を切り捨てるだろう。だがそれは、1人が他人だった時だけだとも思う。もし仮にその1人が自分の愛する人なら、多分出来ない。だから、それを聞いてみた。

 

「もし仮に、1人を殺せば多数が助かる状況だったとして、その1人が自分の仲間ならどうするんだ?」

 

「殺すよ。何の躊躇いもなく、他の有象無象と区別なくな」

 

即答だった。まるでそれが当然で、自然な事で、常識であるかのように。心底驚くが、それくらいの覚悟がいるとも分かった。恐らく昔にも、切り捨てた経験があるのだろう。言葉の重みが違った。

 

「すまん、ちょっとトイレ」

 

そう言って席を外す長嶺。今この部屋にはオイゲンとグリムしか居らず、とても気まずい。そんな空気を破って話し出したのはグリムだった。

 

「あーは言ってますけど、絶対にそんな事しませんよ」

 

「そうね。だってアイツ、敵には容赦ないくせに味方にはゲロ甘だもの」

 

「.......そうなのか?」

 

「そうよ。元々私、というより私の所属している陣営と指揮官との出会いは戦場で、それも敵同士としてだった。その後も何度か戦場であったけど、普通に助けてくれたし。それにその後も、普通に誰かの身代わりに攻撃を受けたりとかして味方を救ってるわよ」

 

「私もあの人と何度も戦場に立ちましたが、誰もが生存を諦めていた仲間を救い出す為に、たった1人で戦地に飛び込んで救出したりとかもしてますよ。あんな事言ってますけど、あの人がいる限り仲間は絶対に見捨てません。自分の手が届く範囲で助けを求めているなら助けますし、例え遠く離れていても、仲間の為なら全てを捨ててでも助けに行きますよ。

だから私達は、あの人の指示に従っているんです。あの人について行けば、どんな過酷な戦場でも生き残れますし、仮に死ぬ事になってもあの人の為なら死ねます」

 

オイゲンのは良いとして、グリムの方はドン引きだった。これでは忠誠心ではなく、もう一種の狂信である。カルト宗教の信者並みの覚悟と言えよう。長嶺の場合はその人徳と性格、そして他者の為の自己犠牲でそうなってるだけなので風評被害でしかないのだが。

そんな事をしていると、長嶺が部屋に戻って来た。また話の続きになったのだが、今度は説明ではなく、比企ヶ谷への依頼だった。

 

「まあさっきも話した通り、俺達の任務はそういうわけなんだが、ぶっちゃけると全然尻尾が掴めてない。マジで影すら見えてこない。となると、今以上のポストに着く必要がある。

その為に比企ヶ谷、お前を利用させてくれないか?」

 

「自慢じゃないが、俺の立場は最底辺だぞ」

 

「知ってるとも。なら、下克上といかないか?」

 

ここからの長嶺の依頼は、比企ヶ谷にしてみれば難しい物だった。どういうことかと言うと「生徒会長になれ」という、まあまず無理な物である。今の比企ヶ谷の立場はこれまで以上に悪くなり、下の下もいい所の最底辺。そんな男が生徒会長になれるか?否である。

そこで出てくるのが下克上。つまり、立場を入れ替えようということだ。曰く「工作はこっちでやるから、そっちは上手いこと生徒会長になれるように頑張れ。サポートはキッチリやってやる」らしい。

 

「でも、一体どうするんだ?」

 

「取り敢えず、今のお前が潰すべき存在を挙げていこう。まずは相模と暴力振るった奴ら。次に葉山。それから平塚もだ。後、最後に奉仕部。正確には雪ノ下と由比ヶ浜だ」

 

その一言に比企ヶ谷は驚いた。そして全力で止めに入ったのだ。やめてほしいと。拒絶されたとは言え、少しは本物を感じられた初めての場所。そう簡単に切り捨てられない。

 

「気持ちはわかる。だが、アイツらからすれば、お前は使い勝手の良い使い捨ての備品にしか思われてないぞ」

 

「そんな事は.......」

 

「これまで、その本物を除いて、お前は奉仕部で報われた事があるか?アイツらが依頼を解決した事があるか?お前はあそこで、なんと言われてきた?」

 

比企ヶ谷の脳内に、これまで奉仕部で過ごしてきた記憶が走馬灯の様に蘇ってきた。

 

この腐った目の生徒に興味があるのかしら?なら、やめた方が良いわよ?  犯罪者予備軍 ヒッキーマジでキモい  比企ヶ谷菌  ヒッキーキモ 

 

あなたのやり方、嫌いだわ 人の気持ちもっと考えてよ

 

決心は、ついた。

 

「下克上、したい」

 

「.......いい眼だ。さぁ、反撃を始めよう。なーに心配するな。テメェのバックには、世界最強の海の女戦士達と世界最強の特殊部隊。そしてこの俺が付いてる。もうお前に、敵はいない」

 

そう言った桑田、いや。長嶺雷蔵の目は、心の支えになるくらいに安心できてしまう顔だった。

 

 

 

 

 



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第五十三話報復の序曲

翌朝 総武高校 2ーF教室

「比企ヶ谷、今日までだ。今日だけ、あの暴力に耐えろ」

 

「わかった。今日だけ、なんだよな?」

 

「あぁ。証拠動画を抑え次第、すぐに動く。例の写真もどうにかする」

 

あの後、鎮守府に泊まってもらい今日は長嶺、オイゲン、比企ヶ谷の三人で登校した。昨日の間に、粗方の作戦は練ってある。まず切り崩すのが楽な相模達を攻めることにした。コイツらは暴力を振るってるだけで、別に隠したりはしていない。なんか階段下で相模の取り巻きが動いてるらしいが、そんなの無視してどうとでも出来る。

 

「ヒッキーくん、気を強く持つのよ。大丈夫。アンタには私達が付いてるから、ね?」

 

オイゲンも流石に今回はガチで心配しているらしく、比企ヶ谷を励ましている。その姿を尻目に、長嶺は早速仕掛けに動いた。特別棟の屋上に小型カメラを設置し、証拠とする。さらに学校付近に霞桜の兵士を待機させてあるので、潜入工作用ガジェットのサイレントを使って空撮もしてもらう。

サイレントは静音性にも優れている上、ステルス迷彩を標準搭載しているので高校生のガキ程度に見つけられる筈がない。これを使って多角的に証拠を集めるのだ。そして運命の昼休み。運悪く相模は職員室に呼び出されてしまったが、残りの連中は屋上で比企ヶ谷に暴行していた。それも昨日よりも激しく。

 

「オメェキモいんだよ!!」

 

「社会のゴミが!!」

 

「死ねよマジで。それも社会貢献ってヤツだ」

 

昨日までの自分なら、もう既に心が折れていただろう。だが今日の比企ヶ谷には、心強い味方がいる。その事実と今日だけ乗り切ればいいという思いを支えに、どうにか耐えた。

一方その頃、長嶺は報復の為に動き出していた。いつもの様に教室でパソコンを開き、スマホに繋げて作戦を始める。

 

「いつもグリム任せだ。偶には自分でやらんと腕が落ちちまう」

 

スマホを中継して、各クラスに配備されてるルーターに解析プログラムを流し込む。セキュリティープロトコルを書き換えて、裏口を作り出す。このクラスのネット通信の記録データを全て抜き取り、そこから解析プログラムでどのデータが誰の物かを洗い出す。

十秒程度で解析は完了し、目標となる相模、相模の取り巻き、実行犯の武道系部活の人間の携帯をピックアップ。対象者のスマホにルーター経由で遠隔操作ウイルスを流し込む。

 

「よし。これで完了」

 

これでスマホの操作権限を携帯がつながる場所なら、いつでもどこでも奪える様になった。手始めに相模のスマホに入ってる、脅し用の写真を完全に削除。復元やサルベージも出来ないように、記録データごと消した。

そのまま他の奴らのスマホにも侵入して写真、検索履歴、SNSのアカウントデータや投稿した記録を全て調べだす。まず相模の取り巻き二人は、どうやら中学時代に一度、痴漢冤罪を吹っかけた事があるらしい。実行犯三人は特段なかったが、いずれにせよ暴力事件起こした時点で終わりである。

 

「桑田.......頑張ったぞ.......」

 

昼休みが終わり、次の授業がそろそろ始まるというタイミングで、比企ヶ谷が帰ってきた。

 

「よくやった。もう大丈夫だ」

 

「傷は大丈夫?」

 

「なんとかな.......」

 

結構苛烈に暴力を振るわれたのだろう。昨日よりも憔悴しきっている。顔色も悪い。取り敢えず、保健室に担ぎ込んだ。長嶺による簡単に問診もしたが、少なくとも命の危険に直結する物や重症レベルの物は無い。恐らくあったとしても、骨にヒビ位だろう。

 

「どうしたの!?」

 

「先生。コイツのために、何も聞かんでやってください。取り敢えず、階段から転げ落ちた事にでも」

 

「階段から転げ落ちたって、それならこんな傷作らないでしょ!?!?」

 

「えぇ、そうです。階段から転げ落ちたなら、普通こんな傷じゃない。だがそうして貰わないと困る。表面上、そうして貰えれば結構ですんで、どうか」

 

そう言って長嶺は深々と頭を下げた。この行動に、保健室の先生もある程度察してくれたのだろう。だが傷は放置出来ないので、早退して病院に行ってもらう事になった。

長嶺とオイゲンも学校が終わり次第、直ちに合流し診断結果が分かった。結果は全治二週間のケガであり、殆どが打撲。但し右腕にヒビが入っているらしい。

 

「そういやお前、家族は?」

 

「.......来るわけない」

 

「こんな時でも来ないのか。でも小町ちゃんがこうなったと仮定すると?」

 

「来る」

 

二人とも心底腐ってると思いつつ、良く今まで比企ヶ谷が持ったなという何とも言えない気持ちになった。だが病院側としてはそれでは困るらしく、今から来てもらう事にどうにかしたらしい。

それから三十分位して、両親揃ってやってきた。だが開口一番が…

 

「お前、なんて迷惑を掛けてくれたんだ!!!!」

 

これである。怪我の心配なんざこれっぽっちも無く、ただ怒鳴り散らかす。それどころか「大した怪我じゃないのに、何重傷者らしく包帯なんて巻いてるんだ!」と言いながら、よりにもよって右腕を力一杯掴んだ。

 

「オイゴラおっさん。その手を離せ」

 

だが次の瞬間には、長嶺が骨をへし折らない程度の加減をして、父親の腕を掴んだ。へし折らずとも、普通に骨に響く位痛いので、醜く藻搔いている。ここまでくると、もう比企ヶ谷の腕を離してたので、手を放してあげた。

 

「お、お前誰だ!!」

 

「桑田真也。コイツの友達だ」

 

「え?アンタに友達なんていたの!?」

 

馬鹿にするかの様に母親が聞いている。いつもなら無視するが、今日は違った。

 

「そうだ!桑田は俺の友達だ!!」

 

「あっそう。どうでも良いけど、帰るわよ」

 

「ちょっとちょっと、まだ此方の話が終わっていませんので帰らないでください」

 

医者が引き止めて、色々検査の結果や暴行を受けた可能性がある事も説明してくれた。だが二人の意見は「そんな事はない」という物。だが実際の本当の理由は、犯罪関連になると面倒臭いからという物で、中々に腐った物であった。

 

「親父、お袋。俺もう、家から出て行く」

 

「は?」

 

「つまり、俺達と縁を切るって事だな?」

 

医者が二人に説明している最中、比企ヶ谷は長嶺の提案で決断をした。もう家から出て、家族と縁を切ると。小町は別としても、少なくとも両親とはずっと縁を切りたいと常々思っていたらしい。

 

「そうだ。今から荷物を取りに行くから、それを持って家族の縁は切らせて貰う」

 

「ふん。食い扶持は自分で見つけろ」

 

「これで全てのリソースを小町に割けるわね」

 

そんな事を言いながら、二人は先に帰って行った。

その背を見て、長嶺とオイゲンはただただ呆れ果てていた。普通に考えて、子にいきなり縁を切るとか言われて、それをすんなり了承するだろうか?大人ならまだ分からなくもないが、まだ高校生の子供にそれを言われて認めるって、中々である。

 

「すまん、桑田」

 

「良いってことよ。さーて、じゃあ車も手配したし、早いとこお前ん家行って、要る物持ち出そうぜ?」

 

三人も表に出た。表には既に長嶺の部下が黒いベンツVクラスとハイエース2台を引き連れて来ていた。

 

「なんでこんなに車が?」

 

「だって引っ越すんだろ?なら人手も、荷物の運送もいるだろ!」

 

「そういう事だぜ兄弟!」

 

そう言うのはバルク指揮下の第三大隊の中隊長、コードネーム「アパッチ」。そう言ってサムズアップすると、他の隊員達もサムズアップと満面の笑みで比企ヶ谷を迎えた。

 

「さーて、野郎共。今回の任務はコイツの荷物を一切合切強奪する事だ!気合い入れて励めよ?」

 

「「「「「「ウィーーー!!!!!」」」」」」

 

車列は比企ヶ谷の家を目指して進み出す。側から見れば極道組織の車列だろうが、同じ世界の住民ではあるので間違いでもないだろう。

一向が比企ヶ谷の家の前に到着すると、長嶺がインターホンを鳴らして小町に家の鍵を開けてもらった。

 

「どうしたん、ってうわうわ!!」

 

「はいゴーゴーゴー」

 

戸惑う小町を無視して、屈強な隊員達を中に突撃させる。隊員達は一目散に比企ヶ谷の部屋へと向かい、ある物全て片っ端から詰め込む。ラノベ、漫画、ゲーム機、ソフト、勉強道具、机とベッドや布団は置いて行くが、目覚まし時計、服、その他の私物全てをケースに仕舞い込む。

 

「これ、どういうことですか!?!?」

 

「ここに比企ヶ谷は置いておけない。小町ちゃん、テメェは昨日アイツになんて言った?アイツはな、まあ他にも色々要因はあったが、テメェの言動のお陰で危うく死ぬ所だったんだぞ!!!!」

 

「え.......」

 

理解が追い付いてないらしいが、そんな事はどうでも良い。淡々と事実だけを伝えて行く。

 

「テメェが由比ヶ浜とか雪ノ下の言葉を信じるのか、俺やテメェの兄貴である比企ヶ谷を信じるのかは知らんが、アイツは修学旅行の一件で深く傷付き、それを見た二人は表面だけで全て判断し捨てた。そしてテメェもそれに便乗し、比企ヶ谷を壊し掛けた。もしあの時、俺が居なかったら今頃、今日明日のニュースになってただろうよ」

 

「あ、兄は無事なんですか!?」

 

「無事だから私物を押し込み強盗よろしく回収してんだよ。少なくとも、今のテメェには会わせない。もしアイツのことを思うなら、何も聞かず、何もせず、今はただ見てる事だな」

 

「全部詰め込んだぜ?」

 

「よーし、野郎共!撤収するぞ」

 

ものの十分で全てを詰め込み、引っ越しがほぼ完了した。そのまま車に乗り込み、ヘリポートまで移動する。

 

「で、ここからどうやって鎮守府に行くんだ?」

 

「流石に陸路をチンタラ進むのもアレだし。というか今日は休みたい」

 

「まさか、アレを使うつもり?」

 

「この車列をアレ以外で持って帰れるかよ」

 

この車列を陸路以外で運ぶアレとなると、選択肢は一つしかない。

 

「そんな訳で、じゃじゃーん。戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』です」

 

黒鮫である。この機体のカーゴスペースには、ミニバン3台位余裕で収容できるキャパシティがある。しかもマッハ6で巡航するので、数分で鎮守府に到着する。

 

「もしかしてここについてるのって.......」

 

「それは30mmバルカン砲で、そっちは20mm。深海棲艦をミンチ肉に加工できる他、秒で戦車を屑鉄に加工して、軍艦一隻を沈める威力のミサイルをぶち込まれたってビクともしない」

 

「.......」

 

余りにぶっ飛んだ性能に、口をあんぐり開けて固まった。軍人でなくとも、深海棲艦に現用兵器が通用しないのは知っている。もう無茶苦茶である。

だがまあ実際は少し違って、一応現用兵器でも深海棲艦は倒せる。ただ火力を集中して当て続ける必要があり、戦艦や重巡クラスになってくると途端に難しくなる。姫や鬼となると、ほぼ不可能と言っていい。なので黒鮫に搭載している兵装も雑魚の掃討と、緊急時の気休め程度の火力支援が目的である。唯一130mmライフル砲と一部のミサイルは対深海徹甲弾を使用しているので、姫や鬼にも太刀打ちできる。他の武装も対深海徹甲弾を使用すれば問題ないのだが、流石に毎秒数千発もの対深海徹甲弾は用意できないのだ。

 

 

 

数分後 江ノ島鎮守府 飛行場

「もうついたのか!?」

 

「コイツ、最高時速マッハ6だからな。修学旅行の前、俺がイギリスに行ったって言っただろ?アレも暗殺任務でな。その帰りにコイツを利用して、イギリスのロンドンから関空の上空まで二時間半とちょっとで移動したぞ」

 

「なんか、生きてる世界が凄い」

 

もう驚き疲れて、反応するのすら馬鹿らしく思えて来たのだろう。驚くを通り越して、半分呆れてる。

 

「さぁ、着いたぞ」

 

後部のハッチが開き目に飛び込んで来たのは、この黒鮫とかいう機体と同じ機体達。目算でも数十機以上はいる。他にも映画なんかで出てくる様な高級外車や、武装のついた大型トレーラーなんかもある。

 

「ここにあるのって、全部霞桜の兵器なのか?」

 

「そうだ。そこのヘリコプターは黒山猫、そっちのトレーラーは機動本部車、そっちの外車とかは自律稼働型武装車だな。どれもこれも、任務で手足となり、時に共に戦う、頼れる最強の相棒達だ」

 

特撮の地球防衛軍秘密基地の様な見た目に、内心メチャクチャ興奮している。こんな光景、世の男なら誰もが興奮するだろう。

 

「指揮官、そろそろ食堂に行きましょう?」

 

「あー、もうこんな時間か。比企ヶ谷、ついてこい」

 

「食堂もあるのか」

 

「そりゃ軍の基地だからな」

 

エレベーターで上に上がり、居住エリアに移動する。居住エリアには前の回でも書いているが、食堂や寮舎の他、風呂やコンビニ、フィットネスクラブ、美容院なんかもある。

 

「ここが食堂だ」

 

「な、なぁ。もしかしてここにいる人達って、全員艦娘とかKAN-SENなのか?」

 

「女性陣は9割方そうだ。一部霞桜の隊員も含まれてるがな」

 

「あら提督。本日は何になさいますか?」

 

奥から白の割烹着を着たスタイルのいい、ロングヘアのお姉さんが出てきた。イメージとしては大正か昭和の喫茶店のウェイトレスさん、と言った感じだろう。

 

「そうだな、何も決めてないわ。なんかオススメはあるか?」

 

「そうですねぇ。今日は良い肉が入ってますから、焼肉定食とかがオススメですよ」

 

「じゃあそれにするとしよう。あ、米も肉も大盛りにしてくれよ」

 

「お味噌汁は赤味噌ですね?」

 

「わかってるじゃん!」

 

後ろの霞桜の隊員達も思い思いのご飯を頼んでいる。長嶺と同じ焼肉定食、カツ丼、海鮮丼、生姜焼き定食、唐揚げ定食。見た目の割にオムハヤシという中々にオシャレなものを頼む奴もいた。

 

「オイゲンさんはどうしますか?」

 

「そうねぇ。私はカルボナーラパスタに、サラミのミニピッツァのセットにしようかしら」

 

「あら?そちらの方は」

 

「そうだったな、あー、みんな!飯時に済まんが、ちょっとこっちに注目!!」

 

長嶺が手をパンパンと叩くと、全員が食事や談笑をやめてこちらを向いた。

 

「今日から暫くの間、客人を迎える!!!!比企ヶ谷八幡だ!!コイツは俺の学校での友人であり、俺がスカウトしたいと思ってる優秀な人材である!!!!まあまだ答えを決めてないからどうなるかは分からんが、もしかすると肩を並べて同じ戦場をかける同志となりうる奴だ!!!!仲良くやってくれ!!!!!!以上だ。すまんな、戻って良いぞ」

 

そう言い終えるとまた、少し騒がしい食堂に戻った。このメリハリは、軍隊そのもの。改めてここが、軍事施設であることを思い出した。

 

「それじゃあ比企ヶ谷さん、何になさいますか?」

 

「あ、えっ、えっと」

 

「金なら心配すんな。全部経費で落ちるから、職員は全員無料だ。お前もここにいる期間は職員扱いだから、無料で好きなだけ食えるぞ」

 

「な、なら春巻き定食で」

 

「はい!春巻き定食ですね」

 

程なくして、春巻き定食が出てきた。てっきり経費落ちだから、経費削減で安っぽいのかと思っていたが、普通どころか本格店ばりの仕上がりである。

 

「なんか、メチャクチャうまそうだ」

 

「実際メチャクチャうまい。軍隊ってのは古来より、どうしても自由がない。ストレスも溜まる。長期戦になれば飯も良い物が食えず、敵がいつ来るか分かんないから睡眠も取れず、集団生活だからソッチ関連も溜まる。つまり三大欲求が簡単に制限されてしまう訳だ。

そこで一番手っ取り早く満たせる食を、とにかく充実させたんだ。実際、各国の軍隊はどんな国でも飯には力を入れてる。栄養価はもちろん、味もな。特に海軍は「海軍カレー」でイメージできる様に、飯への力の入れ用は凄い。その中でも日本は別格だ」

 

「でも、ここの食事は他の鎮守府や自衛隊の基地と比べても、豪華かつ美味いわよ。他の基地じゃ精々パンかご飯かとか、水とお茶とコーヒーから選べるとか、その程度しか選択できないわ。ここみたいにメニューを好きに選べるなんて、普通は出来ない。

ここはそこの指揮官が、株やら不動産投資やらで稼ぎに稼ぎまくった結果、自分の資産をこういう所に回して最高の環境を作ってるのよ。他にも施設ならレジャー施設並みのプール、フィットネスジム、カラオケボックス、大浴場、図書館。他にも服屋、雑貨屋、美容院、薬局なんかの色んなテナントが入ったショッピングモールモドキ。基本ここで何でも揃うわ」

 

思ってたよりも充実した環境に、今度はここが軍事施設である事を忘れてしまいそうになる。少し食堂内を歩くと、席が空いていた。前には多分艦娘かKAN-SENと思われる美女達が座っていた。

 

「おう、お前ら。相席大丈夫か?」

 

「構いませんよ」

 

「私もだ」

 

「妾も」

 

座っていたのは艦娘の大和と武蔵、それからKAN-SENの信濃であった。大和型三姉妹、揃い踏みである。

 

「比企ヶ谷。この三人、誰だと思う?」

 

「分かるか」

 

「コイツらはな、あの大和型戦艦の艦娘とKAN-SENだ」

 

表情が変わった。流石に軍事に疎いとは言えど、戦艦大和は知ってるらしい。やはり戦艦の代名詞的存在であるし、お盆の終戦間際の特集で数年に一回位で取り上げられている。というか何なら、宇宙戦艦ヤマトみたいに何かしらの作品に出てくる事だってあるのだから、最もポピュラーな戦艦と言える。

 

「大和って、あの大和なのか?でも、大和型は二隻しか居ないだろ?」

 

「汝が知らぬのも無理はない.......。妾はすぐに沈んだ故」

 

「元々、大和型戦艦は四隻建造される予定だったのだ。だが費用が当時の国家予算数%にも及ぶ上に、戦局の悪化も重なって三番艦の信濃は空母として建造された。だが、建造後に潜水艦によって沈んでしまったのだ。戦歴もなく、そもそも余り知られてないからな」

 

武蔵が信濃の説明を捕捉したおかげで、比企ヶ谷も理解できたらしい。なんだかんだ話し込んでいると、食事も終わったので比企ヶ谷を当面の自室となる部屋へと案内する。

 

「部屋は地下なのか」

 

「まあ曲がりなりにも、俺達は公には存在してないからな。地表に堂々と居を構える訳にもな。だが、居住性は快適だ。心配しなくていい」

 

エレベーターから降りると、赤い絨毯に黒を基調とした近未来的な壁とも相まって、まるで高級ホテルかの様な錯覚に陥る。そのまま部屋の一室に通されて中に入ったのだが、豪勢の一言であった。

部屋のイメージとしては『モダンな和』といった感じで玄関を潜るといきなり大きなテーブルとソファがある。隅の方にはミニキッチンがあり、部屋の奥には恐らく買えば100万近くはするであろうデスクトップ型の最新パソコンが備え付けられたデスクがあり、テーブルの後ろには一段上がって大きなベッドがある。そのベッドの右横には広々とした風呂とシャワーもあり、ホテル以外の何物でもなかった。

 

「俺達は任務の性質上、いつ死んだって可笑しくはない。今日は偶々、運良く生き残ったにすぎない。故に隊員達には最高の衣食住を提供している。念の為言っておくが、これは一般の下っ端隊員と同じ部屋だからな?」

 

「なら幹部になるとどうなる?」

 

「幹部ともなると、もうマンションの一室みたいな部屋になるな」

 

これだけの部屋を使っていいのかと、逆に不安になってくる。少なくとも自分の住んでいた家よりも、遥かに立派である。だがここで、とても現実的な問題が頭をよぎってしまった。食事は食堂があるし、ミニキッチンもあるから良しとして、掃除や洗濯をどうするのかという疑問が浮かぶ。掃除はまあ良いとして、問題は洗濯。洗濯機の類が無いのだ。

 

「因みに洗濯と掃除については、ドローンが勝手にやってくれる。そこの壁に備え付けられてる端末がこの部屋の全てを管理してるんだが、メニューからドローンを呼び出す事ができる。試しにやってみよう」

 

端末のメニューから掃除ドローンを選択して、掃除ドローンを呼び出す。すると天井が開いて、中から大型のドローンが降りてきた。枕三枚分位はあるだろう。

 

「デカいな」

 

「中に小型ドローンを入れてるからな。見てろ」

 

大型ドローンの腹の部分が開き、三台の小さいルンバみたいなのが出てきた。ミニルンバ達は部屋を掃除し始め、その間に大型ドローンはベッドメイクを行い、それが終わると風呂掃除用のミニルンバを二台投下し、鏡まで磨いてくれた。

 

「スゲーだろ?これも霞桜の技術班が作り出したんだ。洗濯については外にカート型のドローンがあるから、それにぶち込めば後は洗濯機まで運んで、洗って乾燥機を掛けて、アイロンも掛けた上で帰ってくる。スーツとか制服とかのクリーニングも、選択すればやっといてくれるぞ」

 

「何でここまで至れり尽せりなんだ?」

 

「さっきも言った様に、俺達はいつ死ぬかわからない。隊員達には少しでも自分の時間を過ごして欲しいし、何より訓練とか出撃の後にしたかないだろ?」

 

軍隊ではそう言った面も一つの訓練や規律として綺麗にやる様に指示が出るが、ここにいる隊員達は規律だとかの次元は既に通り越している。それ故に、ここまでの自動化を進めたのだ。

 

「まあ取り敢えずで、お前の部屋はここだ。好きに使え」

 

「わかった。色々、ありがとな」

 

「良いってことよ」

 

その後は特に何もなく、無事に翌朝を迎えた。だが翌朝、学校に行くと…

 

 

 

翌日 総武高校 2ーF教室

「驚いたわ。噂の矛先がこうも変わるなんて.......」

 

教室に入ると昨日や一昨日、いやそれ以上にヒソヒソ話が増えていた。それどころか暴行した三人と痴漢冤罪の二人に関しては、机に色々描かれている。

 

「一体、何をどうしたの?」

 

 

 

「簡単だ。例の映像、まず隠しカメラの方はこの学校の生徒を装ったダミーアカウントでTwitterとインスタに投稿。ドローンはドローン愛好家のアカウントで流した。何方にもワザと顔に軽くモザイクを掛けて、敢えてすぐに特定させない様にしてな。

後は色んなアカウントでリツイートしまくって、掲示板に今回の犯人を見つけるスレッドを立てて特定させる。更に過去に立てたスレッドとして、痴漢冤罪やってた取り巻き二人の情報も断片的だが決定的な物を忍ばせて、それを見つけてもらう。こうしてやれば、一夜にしてこうなる訳だ。ついでに匿名でメディアや、そういうネタが好きなインフルエンサーにも今回の件を流した。こうすれば奴等はもう終わりだ」

 

「え、エゲツないわね.......」

 

徹底的な報復に、流石のオイゲンもちょっと引き気味である。もうこうなっては、もう一生ネットのオモチャとなるだろう。そして今後の人生、マトモには生きていけない。

だが、これだけでは終わらない。長嶺は更なる爆薬を仕掛けてあるのだ。それが発動したのは、その日の昼休みでのこと。

 

「にしてもさぁ、なんで相模さんのグループなのに、相模さんは知らなかった訳?」

 

「私だって、二人がそんな事するなんて思ってなかったんだよ!こんな事にする子達って知ってたなら、最初から友達になんて.......」

 

相模グループの一個下のカーストに属する女子グループのリーダーが聞くが、完璧な悲劇のヒロインを演じて乗り切ろうとしている。そうは問屋が卸さない。ここで長嶺が動いた。

 

「悲劇のヒロインぶってる所悪いが、お前さんの言も信用はできないぞ?」

 

クラス中のみんなが「どういう事だ」と聞いてきた。だが相模はわかってないし、葉山は軽く気が付き始めてるのか、表情が少し険しくなってる。

 

「さーて、まず本題に入る前に質問だ。相模はこの学校に来て、ある大役を務めました。その大役とは何でしょう?」

 

するとさっき相模に質問してきた女子が「もしかして、文化祭の実行委員長?」と答えた。

 

「正解だ。だがここで、少し考えて欲しい。アイツは実行委員を取りまとめる実行委員長。にも関わらず、殆どここに居なかったか?

平っていうのもアレな気がするが、少なくとも実行委員長ともなってくると基本は実行委員会にいるべきだろ?仮に副と交代にするにしても、殆どここに居るとなるとそれも考えられない。

ここまで勿体ぶったが、簡潔に言おう。そこの相模は、実行委員長の職をサボってたんだよ!」

 

ここで真実をぶちまけた。いきなりの『奇襲』とすら言えるタイミングでのカミングアウトにクラスメイト達は驚き、葉山と相模は別の意味で驚いた。そして相模は一気に顔色を悪くする。

 

「アイツはな、実行委員長を決める席でこう言った。成長したいと。だがその成長とやら、副委員長の雪ノ下に全てを委任というなの丸投げで、自分はさも青春を謳歌しているかの様に振る舞った。

その結果何が起きたかというと、実行委員長の仕事を回す副委員長の雪ノ下が実行委員会の人心を掌握、つまり相模は立場を失った。

でもって本番になると、コイツは土壇場で地域賞とかの集計結果を持って蒸発。ヒキタニ(・・・・)くんが敵になる形で、無理矢理説得して戻した。だが道中で最後のスピーチの原稿を無くし、その尻拭いを俺とエミリアがやった。あ、その尻拭いがあのライブな」

 

「良い加減にしないか!!!!君は、相模さんの名誉を傷つけるのが楽しいのか!?!?泣いてるだろ!!!!!!!!」

 

もう前半の「青春を謳歌〜」の辺りから泣き始めた相模は、もう既に大号泣である。だが事が事だけに庇っているのは葉山だけであった。だがこうなるのも、既に予想済み。その為の爆薬なのだ。

 

「それは俺じゃなくて、アイツの友達に言ってやれよ」

 

そう言いながら長嶺はスマホを取り出して、Twitterのある投稿を見せた。

 

「確か、はるかとゆっこ、とか言ったか?その二人の裏垢で、ぜーんぶ暴露されてるんだよ。今、グループラインに送ったから気になる奴は見てみろよ」

 

クラスメイト達は一斉にスマホを見始める。そこには確かに、文化祭実行委員での事が細やかに書かれていた。それどころか、今回の暴力事件の主犯が相模である事も。

 

「とまあ、こんな感じだ。流石に主犯の方は証拠は無いから何とも言えんが、少なくとも実行委員での事は俺とか雪ノ下とか、他にも真面目に参加してた奴に聞けば同じ様な話が聞けるはずだ」

 

「二人に.......裏切られたの.......わたし.......?」

 

相模は膝から崩れ落ち、狂った様に笑い出した。相模は自己顕示欲の塊であり、常にお山の大将でないと生きていけないタイプの奴である。大将である為には、部下や仲間がいる。その仲間である友達に裏切られた以上、暫くはショックで立ち直れないだろう。

そして勿論、この投稿も長嶺の作戦の一部、というか謀略である。昨日の比企ヶ谷が暴力を振るわれていた時に仕込んだ遠隔操作ウイルスを覚えてるだろうか?それを使い、裏垢として使ってるサブアカウントにアクセスして投稿をでっち上げておいたのである。

 

「それからもう一つ、訂正しておく事がある。お前らの言うヒキタニくんは、比企ヶ谷だ。比企ヶ谷八幡。お前達がどんな風にアイツを見てるかは知らないが、少なくともアイツはお前らの思う様な事しない筈だぞ。もう少し、自分達でも考えてから噂を広める事だな」

 

そう締め括った時、相模は生徒指導室に呼び出された。このタイミングの生徒指導室への召喚となると、考えられるのはこの一件だろう。相模はトボトボ生徒指導室へと歩いていった。

程なくしてチャイムもなり、次の授業準備に入るべくみんな散らばる。その中で唯一、葉山は長嶺を睨み付けていた。それに気付いた長嶺は逆に、一瞬だが狂気に満ちた笑みを浮かべてやった。

 

 

 

 

 



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第五十四話葉山グループの落日

相模が失墜した日の放課後 屋上

「そろそろ、だな」

 

今回のSNSで上がっていた一件で学校側は、相模の取り巻きと実際に暴力を振るっていた三人は退学処分となる事とした。相模に関しては取り巻きと実行犯三人からの証言も上がったとは言えど、確たる証拠が無かったことで不問となった。しかし文化祭実行委員会での件により、一週間の停学処分となった。他の実行委員をサボっていた生徒も軽い者だと訓告処分、悪質と認められた場合に関しては停学処分となった。

相模を潰したので、次なる手を打つ為に長嶺は動き出した。まず手始めに今回の一件で鍵となる、一人の生徒を屋上へと呼び出した。

 

「アンタがあーしを呼ぶって、一体どんな要件なわけ?」

 

「急に呼び出してすまねぇな、三浦」

 

呼び出したのはクラス内に確固たる地位を持つ、葉山グループの女王。三浦である。

 

「ていうか、何これ。『話がある、屋上に来い』って。不良の喧嘩じゃないんだから、もっとマシなの書けし」

 

「悪いな。今回の一件は、告白みたいな明るい話題ではない。結構真面目な用件だ」

 

「いつになくマジじゃん。でも、あーしは協力しない。だって面倒だし」

 

こう返ってくるのも想定の範囲内どころか、一番最初に想定した返し方である。三浦はもう、協力するのが確定したようなものだ。

 

「そう言うな。別に難しい事は頼んじゃいない。明日、放課後に奉仕部の部室にお前と葉山、それに大岡、大和、海老名と戸部を連れて来い」

 

「は?何で連れて行かないといけないわけ?」

 

「お前が修学旅行先で気にしていた事の答えを、それを見せてやる」

 

「でもアレって、ヒキオが嘘の告白したじゃん。なんで今更」

 

「簡単だ。その話、真実である一方で真実じゃないんだよ」

 

勿論色々聞かれたが、明日来れば分かるで押し通した。その日はそのまま鎮守府に帰還し、翌日も普通に登校。そして運命の放課後、作戦を開始した。

今回の話に比企ヶ谷は、敢えて同席させない事にした。何せコイツがいると、絶対全てをなすりつけに来るからである。逃げ道を遮断するのは、戦術の基礎中の基礎だ。

 

 

「あら、来たのね桑田くんにエミリアさん」

 

「あぁ。あ、そうだ。今日ここに、客人が来ることになった」

 

「お客さん?もしかして、クワタンが見つけた依頼者!?」

 

能天気な由比ヶ浜に、クールな雪ノ下。いつも通りだが、これまでの行動を見ると反吐が出る。いずれにしろ、今からは二人にとって地獄の時間となるのは間違いないだろう。

 

「いや、依頼人じゃない。そろそろ来る筈だが」

 

扉が開き、中に葉山グループの面々が入ってくる。予想だにしない人間の登場に、特に雪ノ下は不機嫌そうだ。由比ヶ浜はただ驚いてるだけで、別に不快には思ってないらしい。

 

「さーて、役者は揃ったな」

 

「桑田くん、何で僕たちを呼んだんだい?」

 

「そうよ。説明してもらうわ」

 

「まあそんな焦んなって。エミリア」

 

「はいはい」

 

オイゲンは扉の前まで行くと、鍵を締めて扉の前に陣取った。まるで「ここから先は通さない」と言わんばかりに、ど真ん中を抑えている。

 

「今から全てが終わるまで、この部屋からは出さないわ。門番は私。もし力づくで突破するなら、容赦なく捩じ伏せるわ」

 

「え、えっと、これはどういう.......」

 

「心配しなさんな。何も取って食うわけでも、危害を加えるつもりもない。今から細やかな、そうだな。俺の推理ショーを聞いてもらうだけだ」

 

全員戸惑っているが、逃げられれでもしたら事態はややこしい事になる。そうなる前に、先に頸木は付けておかないとならない。

 

「俺の推理ショーを始める前に、雪ノ下に由比ヶ浜。お前らに質問だ。比企ヶ谷は今回、告白、いや。嘘の告白という行為を行った。それは三浦を除き、この場にいる全員が見た事だから、それは間違いない事だ。

だが、比企ヶ谷はそういう行為をするような輩か?」

 

「それは.......。でも、実際にしてるし.......」

 

「そうよ。あなたの言う通り、比企ヶ谷くんは嘘の告白をした。これは紛れもない事実よ」

 

「そりゃな。だが、パターンからすれば、今回の一件は明らかに裏があるとしか思えない」

 

全員が頭にはてなを浮かべているが、そんなのはお構いなしに話を続ける。

 

「俺とエミリアは居なかったから知らないが、確か修学旅行前に依頼が来てたんだよな?戸部が『海老名への告白を絶対に成功させて欲しい』ってヤツ。

だがこれ、可笑しな話じゃねーか?そういうのはグループ内の友達、それこそ葉山辺りを頼ればいいだろ」

 

この意見に返って来たのは、まあ筋は通っている理由であった。戸部の理由は「隼人くんが奉仕部に頼めって言った」というもので、雪ノ下、というより奉仕部としては「由比ヶ浜が交友を持っているから、バックアップできる態勢だった」という物。

 

「ほう。なら海老名、答えは薄々わかっちゃいるが一応聞くぞ。お前さんは、この修学旅行で何か起きる程度には予感はしてたか?」

 

「まあ、同じグループだしね。何かあるとは思ってたよ」

 

「だろうな。なら、そうだ。試しに今から、海老名と戸部二人きりにするからさ、告白したらどうだ?戸部としても、比企ヶ谷によって一世一代の大勝負をコケにされたんだ。悪い話じゃないだろ?」

 

「確かに俺的には全然オッケーっしょ!」

 

この提案に海老名と葉山は顔を歪めた。そりゃそうだ。何せ、例え誰であっても海老名の答えはNO一択。この状況を見て動いたのは、みんなの王子(破滅ルート確定)葉山であった。

 

「待つんだ戸部。桑田くん、姫奈が嫌がってるだろ?」

 

「ふーん。つまり、海老名は戸部が嫌いって事だな」

 

この辺りで動くのも、しっかり計画通り。今、この部屋にいる人間は長嶺にとっては盤上のコマ。全ての動きや言動、反応に至るまでシュミレート通りである。

勿論、不足の事態が起きても、よくある「こんな動きは想定していない!」なんて言いながら対応できず敗退する雑魚とは違い、想定以外できても自らの目的に運ぶだけのカードと話術を心得ている以上、死角はない。

 

「うん.......。ごめんね。私、戸部っちだけじゃなくて、他の男子もそういう風な目で見れないから.......」

 

「そっか.......」

 

部室内にお通夜並みに重苦しい空気がのしかかり、皆静かになった。すかさず、葉山と三浦が動こうとするがその前に長嶺が動いた。

 

「あー、お通夜ムード真っ只中なの悪いが、今回の主題は二人の告白じゃない。話を戻させて貰うぞ」

 

「アンタいい加減にしなよ!海老名が今どんな気持ちかわかってんの!?」

 

「そうだぞ桑田!!君は、戸部の気持ちかも分からないのか!?!?!?」

 

他の雪ノ下と由比ヶ浜、ついでに大岡と大和もボロクソに長嶺を罵る。彼等にとって長嶺は「血も涙もない、最低のクズ」らしい。だが、この辺りで潮目を変えるべく、一つキレる事にした。

 

「うるせぇ黙れ!!!!!」

 

大声張り上げると同時に、机を力一杯ぶん殴った。机は隕石が衝突したかのように凹み、ついでに殺気を軽〜く威圧する程度に振り撒く。

これまで数百、数千、或いはそれ以上の死線を潜り抜け、幾人もの命をその手で奪って来た歴戦の猛者のキレ方は、今ここにある者にとって一番怖い物であった。

 

「悪いが、俺は海老名と戸部の恋愛模様の行方もどうでも良い。付き合おうが振られようが、知ったことか!!この話にはな、人1人の命が掛かってんだ。海老名の気持ちを考えろ?戸部の気持ちを考えろ?

知るかッ!!!!たかだか恋愛が失敗した事による落胆と、人1人の命なんぞ比べるべくもない!!!!!!」

 

「な、何を言ってるんだ?」

 

「お前らがやらかした結果、比企ヶ谷は文化祭の一件もあって暴力を振るわれたのは知ってるだろ?そして信頼していた雪ノ下と由比ヶ浜、さらにはお前らが小町ちゃんにまで流しやがった結果、アイツは妹にすらも拒絶され、あの日。修学旅行から帰ってきた翌日に、アイツは首括ってんだ!!!!

あの時、俺がナイフを投げて縄を切らなけりゃ、今頃、ニュースの一面だったろうよ」

 

今初めて知らされた事実に、特に雪ノ下と由比ヶ浜は驚き恐怖した。そして葉山もまた、信じられないという顔で桑田を見ているし、他の奴等も目をひん剥いて驚いている。

 

「今後、俺の質問には全部答えて貰う。黙秘や解答拒否は許さない。まずは海老名。テメェはさっき、ある程度何かある位には勘付いてたと言った筈だ。それ、誰かに相談したか?」

 

「そ、それは.......」

 

「悪いが、目星はついてる。お前が黙秘するなら、俺が言うだけだ」

 

その一言に海老名は観念したのか、少し間を開けてボソリと「葉山くんとヒキタニくん」と漏らした。

 

「ほう、そうか。おい葉山、確かテメェも頼んでたよな?比企ヶ谷に」

 

「な、何を言って!」

 

無言でスマホを取り出し、音声を流した。修学旅行の戸部が告白する前に嵐山の河川敷で比企ヶ谷に頼んでいた、あの時の音声。こんな事もあろうかと、こっそり録音していたのだ。

 

「俺は戸部の依頼こそ後から聞いて知っていたが、海老名の依頼なんてのは知らない。だが妙に海老名の言動も、修学旅行中の葉山の動きもキナ臭かったんでな。こっそり尾行させてもらってたんだわ」

 

「そんな.......」

 

「さーて、つまりこういう事だ。葉山は海老名からは戸部の告白阻止、戸部からは海老名へ告白をしたいという、両方叶えるのは不可能な依頼を受けていた。そしてその両方を奉仕部、正確には比企ヶ谷へと押しつけた。

うまい手だよな。比企ヶ谷の性格上、自分を犠牲にする形で必ずグループは存続させてくれる。しかもその代償の全ては、比企ヶ谷が背負う。つまりテメェへの塁は及ばず、テメェはこの学校の王子である『みんなの葉山隼人』という栄光を傷付けない。王の考える事は違うねぇ」

 

嫌味たっぷりに、嘲笑しながら言い放った。この言葉に一瞬葉山の身体が殴りかかりそうになっていたが、他の人間、何より大好きなエミリアがいる以上、下手に動けない。それを悟った葉山が取ったのは、いつもの常套手段だった。

 

「そうだ。比企谷を呼んでこの事実を確認してもらおう!まずはそれからだ!彼もこの件には関係が大いにある以上、来てもらう必要がある!!」

 

「葉山、テメェはアホだな。この場に、アイツを呼ぶ訳ないだろ?テメェはここに比企ヶ谷を呼び出し、全ての責任を被せる気だ。悪いがそんな手を打たせてやる程、俺は甘くない。

というかそれ以前に自殺しかけた奴を、自殺する原因に近付ける訳ないだろ。今回の判断は、医者の判断でもある」

 

「どういう事だ!?!?」

 

「俺がEU内乱中のドイツに居たのは知っての通りだ。あの頃のヨーロッパは各国の軍人は勿論、傭兵に諜報組織の軍事工作員、医者やら整備士、政治家先生から国際機関の職員まで。色んな職種の人間がいた。

そこで築き上げた人脈でな、腕のいい精神科医を知ってる。その人に頼んで、アドバイスをもらったのさ」

 

勿論嘘である。一応、長嶺が診察はしているが、長嶺の専門は外科とか簡単な薬学であり、精神科は専門外。だがそれでも戦場にある以上、PTSD患者なんかを見てきた事はあったので少しはわかる。そこから来る経験で判断したのだ。

 

「ところで海老名。お前なんで、こんなにも回りくどいやり方で断ったんだ?」

 

「それは、これが原因だよ」

 

そう言って見せてきたのは、本シリーズ第三十八話「チェーンメール事件」で出て来た例のチェーンメールであった。

 

「あー、それか。つまりこんなメール送った犯人が戸部だったら、断りでもしたら何されるか分かんないからか」

 

「ちょ、ちょっと待つっしょ!俺、そんなメール送ってないでしょ!!」

 

「ねぇ海老名。もし、ここで犯人が名乗ったら戸部と付き合える?」

 

三浦の問いに、海老名は首を横に振った。その答えを見て三浦は、男子三人に名乗り出ろと怒鳴った。だが三人は名乗り出ない。何せ、この内の2人は本当に無実の無関係。犯人は何も言わなければバレないので、口をつぐんでいるのだ。

 

「この際だ、その犯人も教えてやるよ」

 

この一言に全員が長嶺を見た。長嶺はこのチェーンメールを見た時点で、誰かの犯人はもう目星を付けてある。後は証拠があれば良いのだ。

 

「あの時、葉山の依頼じゃ犯人探しはしたくないとのオーダーだったからな。言わなかっただけで、メール見てすぐに目星は付いた」

 

「だ、誰なん!?!?教えて欲しいっしょ、桑田くん!!」

 

「まあ焦んなって。あくまで俺の勘で、証拠はない。だから今から見つけてやる。取り敢えず、そのメールを俺の携帯に送ってくれ」

 

海老名に頼んで、メールをそのまま送って貰った。スマホを長嶺の持つ超高性能二画面ノートパソコンに接続し、通信データを追うソフトを起動させる。

 

「今からこのメールを辿る。最後に行き着いた奴、つまり最初にこのメールを送信した奴の携帯が鳴るから、お前ら三人。ここに携帯を置け」

 

大岡、大和、戸部の三人の携帯をみんなの前に置いた。ソフトを起動し、通信を追いかける。

鳴ったのは、大和のスマホだった。

 

「大和が.......」

 

「そんな嘘だろ.......」

 

今まで仲良くしていた友達が犯人だったのだ。男子の動揺は凄まじかった。勿論、当の大和は「違う俺じゃない!」と必死に弁明している。証拠として、送信記録を見せてきた。既に削除していたが、確かに記録には残っていた。

 

「記録は消せるからな。取り敢えずそれ、こっちに寄越せ。今からこのメールが送信された前後の、全てのデータを洗う。削除したデータも一旦復元、サルベージさせてもらう」

 

江ノ島の霞桜本部に置かれているスーパーコンピューターと、かつて世界一のハッカーとして名を馳せた副官のグリムとも協力し、30秒ほどで解析を完了させた。

 

「おやおやおやおや?このアプリ、メアドを簡単に作れる奴じゃないかな?」

 

「そ、それ消したのに!あっ」

 

「教科書通りの墓穴を掘った訳だが、まあ一応中を覗こうか。

おっとぉ、この送信記録に書かれてる文章って、どっからどう見てもチェーンメールの本文だな」

 

大和は膝から崩れ落ち、そのまま放心状態になった。何やらブツブツ言っているっぽいが、何を言ってるのかは全くわからないし知る必要もないので、このまま放置することになった。

 

「葉山、テメェこんだけの不始末を仕出かしたんだ。どう落とし前つける気だ?」

 

「あんな方法をとったヒキタニが悪いんだッ!!あんな方法をとるなんて考えてなかった.......」

 

「あのなぁ、あの依頼を正式に言ってきたのは戸部が告白する寸前だ。比企ヶ谷自身、お前の口からダイレクトに言われるまでは「多分、阻止して欲しいんじゃないのか?」っていう、結構曖昧な感じだったんだぞ!殆ど事前準備なく、依頼されたのはタイムリミットギリギリ。寧ろ、よくあの状況下で嘘告白って解答を導き出せた物だ。方法は確かに褒められた物ではないが、あの状況で導き出した物ならアイツは凄いよ。

実際、俺もアイツが嘘告白に出て行く時にその結論に辿り着いたし、今になって考えてみても、アレ位しか思い付かない。というかテメェ、依頼するときに「君ならなんとかするだろ」的な事言ってただろうが。この期に及んでも他人に罪を押し付けようとする辺り、人としてどうかと思うぞ」

 

完璧なまでの反論に、葉山は口をつぐんで長嶺を睨み付ける位しかできなかった。今度は三浦へと振り返り、彼女に一つ頼みを言った。

 

「今回、三浦は関係がない。とは言えど、あの噂の出所はテメェらのグループのはずだ。誰が流したとかは問うつもりはないが、責任持ってアレを止めてくれ。

今の比企ヶ谷は俺の説得で無理矢理延命させてるだけにすぎない。正直、今この瞬間に自殺していても可笑しくはないんだ。徹底的かつ、速やかに、この一件の噂を収束させてくれ」

 

「流石に嫌だとは言うつもりないし.......。ねぇ、もうさ、良い機会だし、ウチら集まるの最後にしよ」

 

「ちょっと待って!どうしてそうなるの!?」

 

由比ヶ浜が吠えた。これまでの流れを見てきて、グループが崩壊しないと考えてただけ、中々に脳内お花畑である。どうやら真性のクズなタイプのバカだったらしい。

 

「当然だよ結衣。私たちのグループはこれで終わったんだよ。

みんな仲が良かったように見えて、実は誰も本音を語らない偽物の関係だった。

ヒキタニくんを傷つけて、どうにか延命させてた寿命がようやく尽きただけなんだよ。きっと、今回の事がなくても遠くないうちに終わってただろうね.......」

 

そう語る海老名は、どこか寂しそうだったが、自分への嘲笑を込めるように話した。

こう言われても尚、由比ヶ浜は食い下がり、どうにかグループを存続させようとしている。だが無理だろう。一人、また一人と部室から去って行った。

 

「ねぇ、戸部くん」

 

「なんすっか、エミリアさん.......」

 

「もし今度、誰かに告白する事があったら、次は自分の力でやることを勧めるわ。私も好きな人がいるの。でもその人、全くの鈍感で、いっつも骨を折ってるわ。

でももし、その時が来たら私はやる。誰の力も借りずにね」

 

「そっか。エミリアさんも、同じだったんすね。でも、もう少なくとも暫くはしたくないっす.......」

 

戸部も出ていき、最後に残ったのは葉山と雪ノ下、由比ヶ浜、それに長嶺とオイゲン。次の瞬間、葉山が長嶺に襲い掛かった。

 

「よくも、よくも俺のグループを!!!!!!」

 

その怨嗟に塗れた怒号を浴びせながら掴み掛かろうとするが、こっちは現役特殊部隊の総隊長。素人に掴まれるほど、甘くはない。そのまま逆に黒板に叩きつけてやった。

 

「何が「よくも俺のグループを」だ。テメェの意見なんざ知るか。俺は利用価値があればとことん守るし、価値がなければ滅ぼうが繁栄しようが知ったこっちゃない。

だがな、俺や俺の周りの奴に被害が及ぶなら、例え誰であろうと潰す。それこそが俺の流儀であり、俺の性格だ。正直、今俺はテメェを殺してやりたい。ここがヨーロッパなら、敵の攻撃に見せかけて、脳天に弾丸を撃ち込んでるな。だがここは日本。普通は(・・・)できない。だから、今は生かしておいてやる。でももし、俺やエミリア、比企ヶ谷にも害を与えたら、テメェを殺す。精神に圧かけて、自殺に追い込んでやる。知り合いに頼んで炎上させて、今後マトモな人生歩ませなくしてやる。それは肝に銘じておくんだな」

 

淡々と無表情で語られる脅しに、寧ろ怒鳴られる以上の恐怖を覚えた。目で言っているのだ。俺は既にやった事があると。次は容赦しないと。そんな目で見られてしまえば、言うなれば蛇に睨まれた蛙である。

葉山は長嶺の手を振り払い、足早に部屋を出て行った。

 

「これで、比企ヶ谷くんを迎えられるわね」

 

「そうだねゆきのん!」

 

一瞬、長嶺は思考が止まった。思考の全てが「は?」という疑問符で埋め尽くされて、エラーの出たパソコンみたいにフリーズした。オイゲンも同様に固まっている。

 

「ちょ、ちょいちょいお二人さん?」

 

「アンタ達、自分達にも原因の一端があるって理解してる.......?」

 

恐る恐るオイゲンが聞いた。もうホント、ここまで来たら恐いのだ。だって考えてみて欲しい。自殺の原因作った奴が、これまでボロクソに言っていた奴が、いきなり掌を返してくるのだ。逆に恐ろしい。

話を戻そう。返ってきたのは、たった今予測した返ってきて欲しくない答えだった。いや。それよりも酷かった。

 

「何を言ってるの?私達は何も悪いことしてないよ」

 

「今回の一件は結果として、より奉仕部の絆が深まるキッカケになる良いことよ。葉山くんが大罪人であって、私達は被害者に過ぎないわ」

 

再び、凍りついた。何せこの二人、このセリフを本当にそうであるかのように、さも当然かの如く、キョトンとした顔で言ってきたのだ。すかさず、オイゲンが長嶺の横に立ち色々対策を聞いてきた。

 

「(ちょっとこれからどうすんのよ!?!?)」

 

「(流石に想定外すぎるわ!!一周回って、恐怖で寒気すら覚えるんですけど!?!?)」

 

「(何か対抗策は!?)」

 

「(あるにはあるが、文句言うなよ?)」

 

前の文章では「想定外でも対応可能」と書いたが、流石にこれは幾ら長嶺とて予測できないし、直ぐに対応もできなかった。だがこうなったら、言いながら無理矢理対応を作るしかない。

 

「お前ら、マジで言ってる?」

 

「「え?」」

 

「今回の一件、確かに嘘告白の噂が出回って、文化祭の一件ともくっついた結果起きた暴力事件が原因だ。だがそれまでの蓄積ダメージの大半は、お前達が色々言ってきたのもあるからな?雪ノ下は毎回毎回、比企ヶ谷の名前で変な暴言を作り始めた挙句、犯罪者予備軍扱いしてたよな?由比ヶ浜も照れ隠しだから何かは知らんが、常に「ヒッキーキモい」とか何とか言っていた。あの会話自体、一種のコミニケーションだったのは理解しているが、それでストレスが溜まる溜まらないは別問題だ」

 

「それに二人とも、確か告白の時にこう言ったわよね?ヒッキーくんに任せるって。その言葉があったから、嘘告白を実行したはずよ。なのに結果が気にいる物じゃなかったからか、はたまたやり方が好きじゃなかったのかは知らないけど、いずれにしろヒッキーくんを拒絶し、その情報を小町ちゃんにまで流した。

その結果、ヒッキーくんは家族である妹にすら完全に拒絶されたのよ?それどころか家族にすら愛想を尽かされて、今は私達の家で居候になってる。こんな惨めな事、他にあるかしら?」

 

これでも尚、二人は「自分は悪くない」「悪いのは葉山」「軽蔑したって仕方ないし、これは試練だったの」というスタンスを崩さない。こうなったら、もう本質をぶつける他ない。

 

「まあ今回の一件、本質を読み解いて無けりゃ単なるクズ行為である以上、軽蔑するのは仕方がない。だが仲間なら、最後のその瞬間まで守ってやるものだろうが!知らぬ存ぜぬは通らないぞ。

それに俺がここに来てからずっと思ってた事なんだが、常にお前達が依頼を受けてたよな?由比ヶ浜のヤツから始まり、材木座のラノベ、戸塚のテニス、チェーンメール、千葉村は置いといて、文化祭、体育祭、そして今回の戸部の告白。学校側からの依頼である千葉村と、ほぼ押しかけに近い材木座はノーカンとして、それ以外は全部、お前達が勝手に受けて、その全ての泥を被ったり解決したのは誰だ?比企ヶ谷だろ?

お前達のやってた事ってのは、比企ヶ谷というスケープゴートを用いた好感度稼ぎにすぎない。お前達が何も考えずに安請け合いし続け、それによって生じた責任や問題は全て比企ヶ谷に丸投げして、自分達は美味しい部分を掻っ攫う。そしていよいよヤバくなったら、今回で言えば比企ヶ谷の嘘告白で旗色が悪くなれば即切り捨てて、疑いが晴れたら繋げ直す。それがテメェらのやってきた事だ」

 

淡々と、これまでの事実を言い放った。恐らく長嶺の心の奥底では、比企ヶ谷を利用していたのを勘づいていたのだろう。途端に由比ヶ浜は顔色を悪くし、雪ノ下は長嶺をビンタしようとした。だがそのビンタを長嶺が止める前に、オイゲンが動いていた。

 

「アナタ何を!」

 

「真也には触れさせない。アンタみたいな性悪女には、特にね」

 

「おぉいエミリア!全く、危うく性悪女のビンタとサンドする所だったぞ」

 

雪ノ下の手はオイゲンの顔、2、3センチ手前で止まっていた。後コンマ1秒反応が遅ければ、オイゲンごとビンタするところであった。

 

「なぁ雪ノ下。お前はこの学校において、超がつく模範生だ。成績優秀、体力こそないが運動神経はいい。なんでもそつ無くこなす要領の良さ、そして容姿だって整っている。由比ヶ浜だって男女共に人気のある女子だ。

そんな二人にとって、これまでの依頼の解決、取り分け今回に至っては自分の望む華々しい物ではなかった。方法は全て胸を張れる代物じゃないしな。だがテメェらは比企ヶ谷を庇う事なんてせず、悲劇のヒロインや被害者を演じて、とにかく悪評に巻き込まれないようにした。

例えば文化祭。本来であれば副委員長たる雪ノ下がトップの相模を連れ戻すべきだし、そもそもお前の姉貴の挑発に乗った結果が相模の暴走と委員会の機能不全の始まりだ。だが相模を問いただせば、自分にも責任問題が生じる。

由比ヶ浜は勝手に考えなく人の恋愛に首を突っ込んで、楽しい部分とかは貰っていき、面倒な部分は比企ヶ谷に丸投げ。そして嘘告白して比企ヶ谷が自殺しかけてても、相も変わらずグループで何事もなかったの如く過ごしていた。

つまり比企谷八幡って存在は、お前らにとっては都合のいい備品(・・・・・・・)に過ぎなかって事だろ?」

 

二人は今目の前で長嶺が言った真実を、全く理解できなかった。いや、理解したくなかったと言った方がいいだろう。脳も、心も、理解するのを拒んだのだ。

雪ノ下は頭の中で妄想に取り憑かれたとか、いい精神科を紹介してカウンセリング行かせてあげないと。とか色々考え、由比ヶ浜はキャパオーバーで泣き出した。

 

「今後、俺とエミリアはここには来ない。そして比企ヶ谷に関しても、お前達には近づけさせない。お前達から来たとしても、必ず止める。

本日、この時をもってお前達を敵として俺は認識する。必要あらば、お前を葉山と同等の地獄を見せる。覚悟しておけ。さぁ、帰ろうかエミリア」

 

「.......そうね」

 

長嶺はただただ、絶対零度の冷ややかな目で二人を見つめ、オイゲンは憐みの込められた目で二人を見ながら、部室を去った。

 

 

 

 



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第五十五話下克上

翌週 総武高校 2ーF教室

「見事に没落したな」

 

「人って、たった数日であそこまで落ちぶれる物なのね」

 

「人間って怖いなー」

 

修学旅行から帰ってたった数日でクラス、いや、総武高校の二年生全体でパワーバランスは大幅に書きかわった。何せ学校のイケメン王子として持て囃された葉山は、その地位を失い、今は一部の葉山信者の女子しか葉山を見ようとしてない。

由比ヶ浜と雪ノ下は今回の一件が、どういう訳か(・・・・・・)学校中に拡散されてしまい、何も見事に地位を失った。

 

「ねぇ、真也。結衣ちゃん、いえ。由比ヶ浜さんと雪ノ下さんの件って、もしかして真也が?」

 

「他に誰がいるよ。葉山の方はどうやら、海老名と三浦がやったらしいな。だが雪ノ下と由比ヶ浜は、アイツらが手を打つ前にこっちで打ってある」

 

「.......本当に真也が味方でよかったわ」

 

特にオイゲンは長嶺と出会ったのは戦場で、それも敵として出会った。もしあのまま敵として会い続けていたと考えると、寒気が止まらなかった。

 

「あー、桑田。少しいいか?」

 

「どうした比企ヶ谷?」

 

登校時は一緒に来たが、お手洗いに寄っていた比企ヶ谷が声を掛けてきた。ここじゃ喋りにくいらしく、屋上へと誘われたので屋上へ上がる。

 

「なぁ桑田。俺は下克上をするんだよな?」

 

「そうだ」

 

「その割には全部お前とエミリアが動いて、俺は何もしてないような気がするんだが」

 

確かに現状、比企ヶ谷は葉山に対しても相模に対しても奉仕部に対してもリンチの実行犯連中にすら、報復や何かしらの行動を起こしていない。全て長嶺がやってしまっている。

 

「これも作戦の内だ。現状、お前の精神は自分じゃ気付いてないだろうが不安定なんだ。それにこれまでの情勢をひっくり返すには、どうしても俺が徹底的にやった方が効果的な攻撃になる。だから悪いが俺が潰しておいた。

だがここからは、お前が表立って全てを変えてく必要がある。本当は休みの間にしておきたかったんだが、今日の放課後、時間を空けててくれ」

 

「何をする気だ?」

 

「まあそうだな。何事も、まずは形からって所か」

 

そう言ってニヤリと笑う長嶺に、比企ヶ谷は軽く恐怖を覚えたが「悪いことは無いだろう」と無理矢理自分に言い聞かせて納得させた。そう、何も起こらない。多分。

 

 

 

放課後 下足ロッカー

「さて、じゃあ帰るか」

 

「え?帰るって、家にか?」

 

「あぁ、そうだ。鎮守府()に帰る」

 

さっきは時間をあけておけと言いながら、帰ると言い出してきた。何がしたいのか、全く検討がつかない。靴を履き替えて出て行こうとする長嶺を追うが、比企ヶ谷の肩に激痛が走った。見れば誰かの手が、ガッチリ掴んでいる。このタイミングで肩を掴んでくる者は、この学校に於いて1人しかいない。

 

「比企ヶ谷、何処に行こうと言うのだね?」

 

「平塚.......先生.......」

 

「取り敢えず、後からファーストブリッドは食らわせる。さっさと来い!!」

 

そう言って引き摺られそうになるが、引き摺られる事は無かった。長嶺が平塚を止めたのだ。

 

「お前もサボっているな。行くぞ」

 

「いいえ。俺とエミリアはあの部活を辞めました。そもそも入部届なんざ書いてないんで、元より入部してないんですけど。比企ヶ谷だって書いてないし、そもそもアンタの勝手で入れられてるんだ。拒否する権利はある筈だぜ?」

 

「うるさい!!顧問であると入っていると認めれば、それは入部していると言うことだ!!!!!!!」

 

こんな無茶苦茶理論が通っては堪らない。その理論が罷り通るのなら、この世に手続なんて物が存在しないし、そもそも社会というのが成り立たなくなる。そしてそれを指摘しようと、この暴力装置アホ教師が止まるわけが無いので実力行使で黙らせる。

 

「あーはいはい。御託はいいので」

 

長嶺は平塚の空いてる手、正確には人差し指を自分の指と絡めた。そしてそのまま捻る。この技は長嶺の作った『絡め指』という技で、特定のツボに入れる事によって全身の神経、筋組織を活性化させ、全身の関節をキメてしまう技である。普通に一撃で失神するし、心臓の悪い者や老人なら痛みでショック死するくらいには強い技だ。

 

「アガガガガガガガ.......」

 

「はい終わり。さっ、行こうぜ比企ヶ谷」

 

(コイツ容赦ねぇ.......)

 

爽やかな笑顔で微笑みかける高身長イケメン男。女どころか、男でも、素直にカッコいいと思うだろう。隣に白目を剥いて泡を噴きながら倒れてる人間が居なければ、の話ではあるが。

何はともあれ、邪魔者は排除したので校門で待ってるエミリアと合流して鎮守府への帰途につく。鎮守府に帰り、すぐに私服へと着替えて指定された場所へと行くと、そこは鎮守府内にあるショッピングモールで高級ブランド専門の店だった。

 

「おぉ、来たな比企ヶ谷。今日はお前を改造する」

 

「か、改造?」

 

「あぁ。何せ今後、お前は生徒会長を目指してもらう。学校の顔として動くなら、ある程度身なりを良くしてもらわないといけない。有体に言えば、葉山2号のポジションになってもらう」

 

勿論葉山のように誰かを犠牲にして偽物の関係を守れとか、人を使い潰せという訳ではない。葉山が演じてきた、王子様の椅子に座れということだ。

 

「取り敢えず私服から、改める事にした。そしてその為のコーディネーターも呼んである。コーディネーター出てこいや」

 

そう言うと後ろから青いメッシュの入ったピンク髪ツインテールの高身長美女と、赤いツノの生えた金髪の今時のギャルJKっぽい見た目の美女、黒髪ロングの優等生タイプな清楚系美女JK、薄緑色のセミロングに茶色いブレザーの元気のあるギャルっぽい見た目の美女、そして金髪ロングのハリウッドスターの様な派手な格好の美女がいた。

 

「もしかして艦娘とKAN-SENなのか?」

 

「そうだ。1人だけ、普通の人間だがな。右のピンク髪の奴がブレマートン、金髪に赤いツノの生えた奴は熊野、黒髪の方はKAN-SENの鈴谷、でもって薄緑色の奴は艦娘の鈴谷。そして派手な奴が、俺の部下で第四大隊の大隊長であるカルファンだ」

 

見た事もない位の美女で、それもAV女優以上のスタイルの持ち主達に流石に照れている比企ヶ谷。だが今度は、もっとぶっ飛んだ奴らが来た。

 

「俺達を忘れてもらっちゃ!!」

 

「困るぜ親父!!」

 

「俺達もコーディネート、得意。呼ばれないの不服」

 

この特徴的な声と見た目は、間違えようがない。ハルクの様に横にも縦にもデカい筋肉男、黒髪オールバックの威圧感ある男、少しボサボサの髪にガリガリの科学者っぽい見た目の男。この鎮守府に於いて、こんな3人はアイツらしかいない。

 

「あー、来ちゃったのねお前達」

 

「何方様?」

 

「俺の部下。デカいのが第三大隊の大隊長であるバルク、そっちのオールバックが第五大隊の大隊長のベアキブル。そんでもって最後の奴が第二大隊の大隊長、レリックだ」

 

ズカズカと歩くと言うより、進撃と言った方が良いくらい迫力のある歩き方で長嶺の元にやってきた。曰く「俺達にもコーデさせろ!」らしい。だがコイツら、3人とも揃いも揃って服選びのセンス皆無である。

そして何故か、ただ比企ヶ谷の服をコーディネートするだけの筈が何故かコーディネート勝負に発展し、比企ヶ谷は着せ替え人形の如くアレコレ着替えさせられる事になった。

 

「そんじゃまずは、ブレマートンのコーディネートから」

 

「じゃじゃーん!!どうよ、このコーデ!」

 

そう言って試着室から出てきた比企ヶ谷は、完全に別人となっていた。実は服をピックアップしている間、比企ヶ谷には美容師の資格を持つ隊員に髪を切ってもらい、同時進行でカラコンも作って『死んだ魚の目をしたインキャ男子』から『芸能人ばりのイケメン』にジョブチェンジを果たしていた。

ブレマートンのコーディネートは上から黒のインナーに黄色のジャケット、薄緑色のストリート系ロングパンツに黒のスポーツシューズという中々にイカつい格好であった。

 

「おぉ、結構似合ってんな」

 

「これ、意外と好きだ」

 

「でしょでしょ!?これ、動き易いしかっこいいんだよね。ブランドもアルファっていう、アメリカ軍の軍服作ってる会社だから耐久性と機動性は折り紙付き!」

 

前の比企ヶ谷なら合わないだろうが、今の比企ヶ谷には全然似合う。次はバルク、なのだが。

 

「あの、これ本当に着るんですか?」

 

「当然!さぁ、着てみろって!!!!」

 

嫌々ながら着せられた服装は、なんとロッカーボーイみたいなファンキーな物であった。上からダメージベストに、銀の十字架を首から下げ、赤いズボンに髑髏のベルト。さらに背中にはご丁寧にギターまで装備している。

 

「お、おぅ.......」

 

「なんか、アレだね」

「あんまり、いや全然」

「似合ってない」

 

「あの、比企ヶ谷さん?大丈夫、ですか?」

 

「鈴谷さん、お願いです。今すぐ早急に殺してください.......」

 

カルファンは絶句し、ギャル3人は似合ってない判定を下し、比企ヶ谷はKAN-SENの鈴谷に死ぬ事を懇願する位には無茶苦茶であった。だが、地獄はまだ始まったばかりである。

続く熊野のコーディネートは白のパーカーに白のジャンパー、紺色のジーンズに白のスニーカーという、白を基調とした清潔感のある格好であった。だがベアキブルのターンで、また暴走する。

 

「どうよ!」

 

「「「「うわぁ.......」」」」

 

「す、救いようがない位ダサい.......」

 

女子4人はドン引きし、長嶺も唖然とし、カルファンはベアキブルを殴って比企ヶ谷に平謝りであった。ここまでの反応されるとは、一体どんな格好なのかというとサングラスに白スーツ、シャツは柄物という半グレ風チンピラという出立ちで、ご丁寧に指輪やチェーンまで付いている。

流石の比企ヶ谷も、恥ずかしさを通り越して最早肩がプルプル震える程度に笑い始め、すぐにお蔵入りコース確定した。

 

「今の所、マトモなのが女性陣以外にないんですけど」

 

「なぁ、先にレリックさんのを着てもいいか?」

 

「早いとこ苦しんどくか?」

 

「うん」

 

という訳で、レリックのコーデした服を着た。いや、これはもう服ではない。なんと出てきたのは比企ヶ谷.......ではなく、黄色い防護服に黄色いパナマ帽にガスマスクの謎の人間。最早顔どころか性別の判別すらつかなくなった。

 

「シュゴー.......シュゴー.......」

 

これには全員が絶句した。あのベアキブルとバルクすらも。未だかつて、コーディネートで防護服とガスマスクをチョイスしてくるアホは居たであろうか?

 

「.......ボス。ここって、核の爆心地か生物兵器研究所?」

 

「頭痛くなってきた.......」

 

割と真面目に頭が沸騰してどうにかなりそうだったので、そのまま長嶺は早々に離脱して部屋で休む事にした。しかし何をどうしたらロッカーボーイ、半グレ系チンピラ、防護服とガスマスクと黄色いパナマ帽というカオスなラインナップになるのだ。そんな事を考えていると、余計に頭痛は酷くなってしまい、すぐに寝た。

 

 

 

翌日 総武高校 廊下

「あ、あの!桑田先輩、であってますか?」

 

「.......あぁ。俺が桑田だ」

 

移動教室からの帰り道、桑田は1人の女子生徒に声を掛けられた。亜麻色の小柄なゆるふわ系女子で、多分文化祭の実行委員に居た様な気がする。だが記憶には曖昧にしか残ってないと言う事は、実行委員の中でも事務的な面でしか関わりがなく、それどころか事務的な面でも殆ど関わってないのだろう。

 

「あの私、桑田先輩と比企ヶ谷先輩とヒッパー先輩に相談したいことがあるんです。今日の放課後、お時間もらえませんか?」

 

「俺は構わないが、残り2人は保証できないぞ」

 

「それでも構いません。桑田先輩1人でも構いませんから、話だけでも聞いてください。お願いします!」

 

そう言って頭を下げた謎の女子生徒。ここまでする辺り、少なくとも彼女にとっては中々に重要な話なのだろう。放課後に近所のカフェで待ち合わせる事にして、連絡先も交換して、その場は終わった。

放課後、2人を連れて件のカフェへと直行すると、先に謎の女子生徒が待っていた。

 

「あ、桑田先ぱーい!」

 

「おう、2人も連れてきたぞ」

 

取り敢えず4人で席に座り、適当に注文して謎の女子生徒の相談について話してもらった。

 

「私は一年生の、一色いろはって言います。今回来てもらったのは、今度ある生徒会選挙で問題が発生してまして.......」

 

「その問題って、一体なんなのかしら?」

 

「私、立候補してないのに、立候補してるんです」

 

「「「はい?」」」

 

一色の話はこうだ。一色はサッカー部のマネージャーで、サッカー部には現在絶賛大没落中の元・総武高校の王子様こと葉山の所属している。一色はその立場を利用し、よく葉山と話していたらしい。それを妬んだクラスの女子が結託し、一色の知らぬところで生徒会長に立候補させられてたらしい。

因みに本人は「会長なんて面倒臭そうなので嫌だ」だそうで、やりたくはないらしい。

 

「一色、そういうのは教師に頼むべきだろ。担任とか」

 

「それが、担任も乗り気で.......」

 

比企ヶ谷の考えは既に実行した後だった様だ。担任が乗り気となると、流石にこれを切り崩すのは不可能と言える。何せ一色の担任が受け持つ教科は三年の数学で、こっちのクラスには一切関わりがない。故に数回職員室の近くで姿を見たことがある位で、挨拶程度しかしたことが無いのだ。

 

「他の教師は?」

 

「平塚先生に相談したんですけど、そしたら奉仕部?とか言う部活に連れて行かれて、なんか雪ノ下先輩が会長になる方向で固まりつつあるんです......」

 

その一言に比企ヶ谷は顔を引き攣らせ、長嶺とオイゲンは頭を抱えた。取り敢えず比企ヶ谷を念の為、一時オイゲンを付かせた上で中座してもらい、一色の相談には桑田1人で応じる事になる。

 

「あの、先輩どうしたんですか?」

 

「この間の修学旅行と、文化祭で色々あってな。ちょっと今は、奉仕部とか平塚先生はNGワードなんだ。すぐに戻るだろうが、一応話を進めてようか。

因みに聞くが、雪ノ下が会長になるのは嫌か?」

 

「はい。私が可愛くて葉山先輩と親しく話してるのが気に食わない女子の策略ですし、これ多分、落ちたら裏で色々言われるんでしょうから、選挙で負けるという形で会長になれないのはちょっと.......」

 

となると信任不信任、つまり一色1人で選挙して負けるという形もお望みではないだろうし、というか一番望まない結末だろう。だがこの一件は、利用しない手はない。

 

「なぁ一色。会長が嫌なら、他の役職ならどうだ?」

 

「他の役職ですか?」

 

「生徒会と一口に行っても会長、副、会計、書記とか色々あるだろ?そっちはどうなんだ?」

 

「まあ、そっちなら多少は.......」

 

どうやら嫌なのは会長になる事であって、他の役職ならまだなってもいいらしい。

 

「それじゃあ、お前さんには副会長でもやってもらおうかな」

 

「えっ、どうしてですか?」

 

「簡単だ。響きが似てるだろ?担任が立候補を実際に生徒会へ申請する時に、間違えて副会長にしてしまった事にするのさ。こうすりゃ、悪いのは担任になる。向こうさんは手出しできない。

ついでにお前が担任に謝られた時に「ミスは誰にだってありますよ。来年、会長になるだけです」とでも言っときゃ、教師からの株も運が良けりゃ生徒からの株も上がるだろ。もし来年のこの時期に会長どうのの話が出たら「一年間やってて、私に向いてないと分かった」とでも言えばいい」

 

腹黒く計算高い一色には嬉しい提案であった。確かに長嶺の手を使えば、生徒会長にならずに名声も手に入る。そして生徒会でうまくやれば、更なる名声も手に入る。自分にも最大限の利益があり、更に嵌めようとした相手へのカウンター攻撃にもなる一手に、一色は既に乗り気であった。

 

「私、やってみます!」

 

「そうか。なら後は、担任にこっちから話をしておくさ」

 

翌日、一色の担任に出向いて、今回の一件の全てを話した。最初は信じてもらえなかったが、グリムがハッキングでゲットしたグループラインのトーク画面を証拠として提示すると、流石に信じた。だがしかし、コイツも中々にヤバかった。

 

「だけど、別にいいんじゃないか?」

 

「は?」

 

「人を動かすのはいい経験になる」

 

確かに人を動かす経験は、将来役に立つ場面もある。だが、人を動かすというのはそう簡単な事ではない。相手が素直に聞けばいいが相手が素直に聞かない相手なら、あの手この手と考えてやる必要もあり面倒臭いのだ。

 

「先生、無茶言わんでください。教師というのは、その肩書きがある以上、生徒は基本無条件で指示に従う。だが生徒会長の場合は会長自体に権力が無い以上、色々考えながら指示を出す必要がある。しかも一色は一年で、二年の生徒会の人間からすれば下級生から指示される事になるんですよ?社会人ならその辺の折り合いも付くでしょうが、ここは高校だ。まだ高校生にその辺を期待したって無理でしょ?

第一、アイツが乗り気じゃないのにそれを無理矢理やらせようとするのは、パワハラになりますよ?」

 

「君は俺を脅すのか?」

 

「えぇ、そうです。別に俺は教師陣に幾ら恨まれようが、全然問題ないんで。あ、それからこれ全部録音してますんで、なんかありゃ校長にでも教育委員会にでも何処にでも持って行きますよ?」

 

この一言で黙らせた。結果として一色は会長から副会長に変更され、代わりに会長には比企ヶ谷が立候補した。必要な推薦人に関しては、これまでエミリアと桑田として培った人脈を駆使して、無事に集め切っている。

だが問題なのは、対立候補。候補がなんと雪ノ下なのだ。どういうわけか、出張って来やがったのである。

 

 

 

数週間後 選挙当日 体育館舞台袖

「どうだ比企ヶ谷、緊張してきた?」

 

「.......帰っていいか?」

 

「ダメに決まってんだろ?これまでの序章は、俺が主人公だった。だがここからの本編は、お前が物語の主役だ。さぁ、王の息の根を止めてやろう」

 

この学校の生徒会選挙では、生徒会長のみを争う。他の役員に関しては選挙後にスカウトか会長や生徒会に直接申し出て、許可が出れば役員になる事が出来るという珍しい形式をとっている。

そして今回の選挙では数年に一度発生する、対立候補がいる状態での選挙となる。しかも雪ノ下と比企ヶ谷が勝負するという、十年に一度レベルの大勝負となるのもあって、結構注目度は高い。

 

「どきなさい、愚者ヶ谷くん」

 

奥から現れたのは雪ノ下。今も尚、比企ヶ谷を下に見ているらしい。その後ろに続くのは由比ヶ浜だ。こっちも比企ヶ谷を睨んでくる。

 

「大丈夫か?」

 

「あぁ。でもなんか、あの2人を前にすると少し震える.......」

 

「安心しろ。今のお前には、俺が、いや。俺達(・・)がついてる。深海棲艦を滅ぼす艦娘と、それと同等の力を持つKAN-SEN、最強の戦闘集団、更には俺の一声で世界中の表裏問わず、ありとあらやる権力者達や様々な力を持った奴らが守ってやる。

一方奴等は、精々地方議員のしがない議員兼中小企業の社長位な物だ。格が違うんだよ」

 

この一言で今自分に、どれだけ心強い最強の味方が付いているのかを思い出したのだろう。少し深呼吸し目を開くと、そこには今までの自信なさげな目の代わりに、揺らぎない闘志と意志の宿った目になっていた。

 

「桑田、頼む」

 

「オーライ。だがまあ、まずは奴らの演説でも聞いてやろうぜ」

 

まず最初は応援演説からである。両者の応援演説の後、応援演説と同じ順番で立候補者が演説する事になっている。なので今回で言うと由比ヶ浜が最初に演説して、次が長嶺。立候補者の方は雪ノ下、比企ヶ谷の順番なのだ。

 

『それでは、雪ノ下雪乃さんの応援演説からお願いします』

 

『雪ノ下雪乃さんの応援演説をする由比ヶ浜結衣です。ゆきの、じゃなくて雪ノ下さんを生徒会長に推薦する理由は、雪ノ下さん程優れてる人は居ないと思うからです。現に学業は学年主席ですし部活動でも部長を務めるほどの人間です。私も同じ部活に居ますが、いつも誰かの為に活動しています。

そんな人が生徒会長になれば学校は今よりいい学校になると思います。ですから雪ノ下さんに清き一票をお願いします』

 

由比ヶ浜の演説が終わり、舞台袖に戻ってきた。やりきった顔をしているが、うん、やりきれてない。流石に具体例がなさすぎるし、よくこれで行こうと思ったなと思う程、余りに適当すぎる。

 

『次に比企ヶ谷八幡くんの応援演説をお願いします』

 

「そんじゃ、一発かましますかね!」

 

この位の演説、長嶺にしてみれば海軍内の権力闘争や頭のおかしい議員供との会合に比べれば遥かにイージーミッションだ。それに江ノ島鎮守府のトップとして、攻略作戦時の訓示をいう場面も多くある。普通なら萎縮する物だが、彼なら萎縮せずに堂々と立ち回れる。

 

『えぇ、比企ヶ谷八幡くんの応援演説を担当する桑田真也だ。さて、流石にずっと似たような演説を聞いてても楽しくないでしょう?ここで一つ、皆さんにクイズだ。問題、人を纏める指導者に絶対的に必要な要素は何でしょう?』

 

いきなりのクイズに全員が戸惑うが、それも考慮して30秒位の時間を与えて考えてもらう。

 

『答えは出たか?では代表して、葉山。答えろ』

 

敢えてここで葉山を選ぶのも、細やかな復讐だ。アイツは今、没落して周りに人間がいない。だがここで上手く立ち回れば、復帰の可能性があるかもしれない事に多分気づく。そして大コケするまでが一セットだ。

 

「それは勿論、みんな仲良くの精神だ!」

 

『違います。みんな仲良くなんて、そんなのは不可能だ。人にだって相性の良し悪しがある。それを無理矢理くっ付けたって、厄介事にしか発展しない。では大事なのは何か。それは相手の痛みを知れる、或いは共有できる優しさだ。

比企ヶ谷は別に頭が特別良いわけでもない。何かパッとした特技や才能がある訳でもない。友達が多い訳でもない。強い訳でもない。だが奴は、誰かが困っていたら絶対に見捨てずに助けてくれる、そんな信頼の置ける優しい奴なんだ。知っての通り、アイツには色んな噂がある。だがそれは全て、誰かの為にやった結果があーなってるだけだ。アイツは絶対に誰かを1人になんてさせない。困ってる奴がいりゃ、テメェの立場とか全部投げ捨てて助けてくれる。もしアイツが会長になれば、少しは楽しい学校になる筈だ。

アイツの噂だとか、変な先入観に騙されるな!!転校してからの約半年、常にアイツと行動してきた俺が保障しよう、アイツには会長となる器があると!!自分の心に従い、もしアイツが、比企ヶ谷が信頼に足る者だと思うのなら票を投じて欲しい。以上だ』

 

長嶺の演説は兎に角凄かった。演壇の前でただ喋るのではなく、ステージ上を動き、身振り手振りで、言葉で体育館の空気を奪い去った。これには生徒どころか、教師までもが見入っていたのだ。自然と盛大な拍手が巻き起こり、長嶺は胸に手を当てて優雅に礼をして、堂々と舞台袖に帰って行った。

 

「俺より目立ってんじゃねーか」

 

「ハハハ、許せ」

 

長嶺と入れ替われる様に、今度は雪ノ下が演台に上がる。勿論こちらを睨み付けながら。

 

『今回生徒会長に立候補した雪ノ下雪乃です。私が生徒会長になった暁には学業の底上げを一つ掲げます。ここは千葉県でも有数の進学校と言うのは皆さんは知ってると思います。皆さんはもっと上の大学や企業に就職したくはないですか?そのためには学業をもっと向上させてもっと上を一緒に目指したいと思います。それが私の生徒会長になった時のやりたい事です。

もう一つ生徒会長としてやりたい事があります。それはこの学校のあらゆる不正を撲滅する事です。私には夢があります。それはこの世界を嘘や欺瞞のないモノにしたいことです。これまで私の周りには、そういった類の輩ばかりが蠢いていました。けれどこれからは、そうでないと信じたい。私は生徒会長での経験を通して、今度は世界を変えていきたい。そう願っています。その意思を見せる為、この選挙の場を借りて不正を正したいと思います。この生徒会選挙の裏でおきた不正について』

 

この一言に会場がざわついた。そして舞台袖にいた由比ヶ浜は比企ヶ谷らに「ヒッキーとクワタンが裏切ったんだから悪いんだよ?」とか言ってきて、比企ヶ谷の顔色はますます悪くなる。止まったはずの震えも再発したようだが、これはすぐに止まった。長嶺が既に手を打ってあったのだ。

この不正の内容というのが、簡単に言うと「比企ヶ谷は演説を不当に集めた」という物らしい。自分で集めずに、桑田とエミリアが無理矢理集めたのだと言っている。まあ間違いではない。

 

「比企ヶ谷、落ち着け。奴は俺達をひっくり返したつもりでいるが、逆転してない。これを見ろ」

 

「生徒手帳?」

 

そう言って比企ヶ谷に見せたのは、総武高校の生徒手帳。手帳の中にある校則の一覧にある、選挙関連の校則についてであった。

 

「?.......あ」

 

「わかっただろ?これを使え」

 

「確かにこれなら、行けるな」

 

「選挙管理担当の教師にも確認済みだ」

 

長嶺の戦略を比企ヶ谷に渡していると、どうやら雪ノ下の演説が終わったらしい。誇らしげに、こちらにあらん限りの嫌な笑みを浮かべながら帰ってきやがりました。

だがその顔は、すぐに消えることとなる。

 

『この度、生徒会長に立候補した比企ヶ谷八幡です。まず初めに、雪ノ下さんが演説で言っていた疑惑について、晴らさせてください。

確かに私はこの選挙で、自分で推薦人は殆ど集めていません。八割方が応援演説に立った桑田くんと、その友達のヒッパーさんが集めてくれました』

 

ここで予想通り、生徒達はザワついた。雪ノ下の言った通りだと。自分から墓穴を掘ったと考えている雪ノ下は、こちらを見ながらほくそ笑んでいる。

 

『ですが!これは、別に違法な物ではありません。今、手元に生徒手帳を持っている生徒さんは12ページの生徒会規約第四章の第17条を見てください。条文には、こう書かれています。『生徒会選挙に自ら立候補するものは推薦人を既定の30人を集めないと立候補できないものとする』何処にも「推薦人を自分で集めなければならない」とは、書いてありませんよね?つまり私のやり方は、違法ではないんです。

こじ付けといえばそれまでですが、規則に書いてない以上は違法じゃない。これが社会のルールです』

 

「それよか、雪ノ下の方がよっぽどヤバいぜ!?」

 

ここで舞台袖から長嶺が乱入してきた。これには比企ヶ谷も驚いているし、他の生徒達も驚いている。教師は長嶺を止めようと近付いてくるが、それよりも長嶺の行動の方が早かった。何かを比企ヶ谷に投げ渡したのだ。

 

「うぉっとっと。なんだこれ?」

 

「比企ヶ谷!テメェ、忘れてんのか?お前が俺に頼んだ証拠だよ!!」

 

投げ渡されたのはICレコーダーで、表面に「流せ!」とだけ書かれたメモ用紙が貼ってある。勿論そんな事は頼んじゃいないし、第一何の証拠かも分からない以上、何が何だか分からないが取り敢えず流してみた。

流れてきたのは、雪ノ下と声も聞いたことのない女生徒との会話であった。

 

『あなた、この書類にサインしなさい?』

 

『えっと.......』

 

『何かしら、逆らうの?あなたのお父様、確か私の父の会社で働いてたわよね?お父様のクビを切ってもらってもいいのよ?』

 

『書くからやめてください.......』

 

ICレコーダーから流れる会話に、体育館は凍り付いた。さっき嘘や欺瞞のないとか、清い一票だの言ってた奴が、清らかさのカケラもない方法で推薦人を集めていたのだから。

 

『.......あー、絶対これ進める空気じゃないですよね。どうしたらいいんでしょうか?』

 

『中止!!生徒会選挙は中止します!!!!』

 

比企ヶ谷の問いに即教頭が応じて、生徒会選挙は中止という前代未聞の事態になった。まあこの後、しっかりやり直されるのだが。

舞台袖で雪ノ下は放心状態になり、由比ヶ浜はそれを慰めていた。比企ヶ谷と長嶺が揃って帰ってくると、目の前に立ちはだかって文句を言ってきた。

 

「ヒッキー!クワタン!何でこんなひどい事するの!?!?ゆきのんが可哀想じゃん!!!!!!」

 

「身から出た錆だろ」

 

「.......由比ヶ浜、悪いが桑田の言う通りだ」

 

そう言い残すと、2人は舞台袖を出て行った。直ちに雪ノ下は生徒指導室へと連行され、停学とまでは行かないまでも、両親を呼ばれ教師と両親のダブルパンチでコッテリ絞られたらしい。

この後やり直された生徒会選挙では比企ヶ谷が無事会長に当選し、役員も決まった。副会長には三浦と一色、会計には川崎と戸塚、書紀には材木座と戸部が入り、庶務として長嶺とエミリアも参加した。旧葉山グループの2人は、今回の一件を待ってましたと言わんばかりに「罪滅ぼしをさせてほしい」と、半分押しかける形で入った。

 

 

 

一週間後 総武高校 屋上

「はぁー、終わったー!!」

 

新生徒会としての始動も終えた今日。長嶺は1人、屋上に登り夕日を眺めながら緑茶を啜っていた。因みに長嶺はコーヒーよりも緑茶の方が好きなのだ。

 

「あら、ここに居たのね」

 

「いやいや、お前が呼び出したんだろ」

 

「そうだったかしら?」

 

ここに来たのは、何も1人になりたくて来たわけではない。オイゲンに呼び出されたから、ここに来たのだ。

オイゲンは長嶺の横に立ち、柵に身を傾けて夕日を眺める。その姿は絵画のように美しい。

 

「.......で、こんな人気のない場所に呼びつけた理由は?」

 

「ねぇ、指揮官。私と初めて出会ったの、何処か覚えてる?」

 

「?そりゃお前、アズールレーン基地の近海だろ。ホーネット含むアズールレーン基地に向かっていた艦隊を捕捉したお前達が、その襲撃に来た時に出会った筈だ」

 

今となっては懐かしい、約一年前の出来事だ。あの頃、長嶺は突如として出現したアズールレーンの基地のある島に潜入し、偵察活動を行なっていた。そしてアズールレーンと接触し、一応アズールレーン側の味方としてレッドアクシズにも潜入し、赤城が主導していたオロチ計画を突き止め、なんだかんだでオロチを沈め、いつの間にかKAN-SENを従える指揮官となっていたのだ。

 

「あれから、色々あったわよね」

 

「あぁ。テメェに銃や砲を向けられたし、一緒に戦ったこともあったな。まさか、今こうして一緒に潜入任務やってるとは思わなかったがな」

 

「私もよ」

 

一時の間、場は静寂に包まれる。数分か数十分か、それは分からないが。静寂を破ったのはオイゲン。

 

「ねぇ指揮官。私ね、指揮官が好き」

 

「俺も好きだぞ」

 

即返された上に、俺も好き発言だったのでオーバーヒートしそうになるが、さすがにもう「友愛とかの方」と脳が理解しているのか、すぐに冷静に戻った。

 

「どうせあなたの好きは、友愛とかの方でしょ?私のは.......あ、あなたの事が男性として、好き//////」

 

「あーそう。男性として、ッ!?」

 

流石にここまでどストレートに言われれば、如何に超絶鈍感朴念仁男である長嶺とて、好きの意味を理解してしまう。そしてこれは、数多の戦場を駆け抜けた長嶺に取っては初めてなことであり、珍しく動揺している。

 

「あ、え、えっと、それは恋人とかの方の好き?」

 

静かに顔を真っ赤にしながら、コクリと頷くオイゲン。どうやら本当に、自分の事が好きなのだということを再認識した。

 

「.......俺としても、こんな告白されたの初めてだから、どうすりゃ良いのかは分からん。だから、俺の率直な気持ちを言わせてもらう。やめておけ、絶対に」

 

「え.......?」

 

「俺はな、お前、いや。霞桜や艦娘も含む、俺の仲間達が思う以上に、超が付く化け物だ。それこそ、国一つ滅ぼしてしまう。いや違う、既に滅ぼした事がある。そんな危険な奴、絶対に好きにならん方がいい」

 

「.......いや。いやよ!絶対に嫌!!そんな理由で私を拒絶しないでよ!!!!あなたの気持ちは!?あなたの気持ちを聞かせてよって!!!!!!」

 

珍しくオイゲンが感情を露わにしたした事に、長嶺も驚くが、それ以上に困った事がある。気持ちを聞かせろと言われても、無いのだ。そっち方面の気持ちが。だから今、思ってることを口に出す。

 

「お前さんは可愛いと思うし、一緒にいて楽しいとも思う。だがまあ、多分これは恋愛感情じゃないとも思う。何とも言えんな」

 

この答えへのオイゲンの返しは、今までで一番効果的かつ直接的な物であった。

 

チュッ♡

 

「なぁ//////////!?えっ、ちょっ、おまって、えぇ//////!?!?!?!?」

 

そう、キスである。これには長嶺に効果抜群だったらしく、今までにないガチの動揺を見せている。そこにはいつも見せる完全無欠の戦場の王者としての顔はなく、年相応どころか、それより下の年齢層レベルの照れまくり脳がオーバーヒートした顔になっていた。

 

「指揮官をその気にさせるから、覚悟してなさい。さっ、帰りましょ?」

 

「.......待てよ」

 

「何かし——」

 

チュッ!

 

オイゲンを呼び止めて振り向いた瞬間、今度は逆に長嶺側からキスをした。それも単なるキスではなく、舌を口内にねじ込むディープキスをしたのだ。

 

「お前、俺の性格は知っているだろ?あんな奇襲攻撃されて、黙ってる奴じゃない。それにさっきの答え、緊急変更だ。たった今、多分俺はお前を好きになった。だから、俺の物となれ。鉄血巡洋艦『プリンツ・オイゲン』!」

 

「は、はい♡.......」

 

逆に蹂躙されたオイゲンは、完全に顔を真っ赤かにして珍しく照れている。だがその顔はどこか嬉しそうでもあった。

というか、コイツは本当にあの超絶鈍感朴念仁男の長嶺雷蔵なのだろうか。

 

 

 

 



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第五十六話The answer

オイゲンのより告白数時間後 江ノ島鎮守府 射撃場

(俺は迷っているのか.......?)

 

ズドォン!

 

(こんな気持ち、初めてだ)

 

ズドォン!

 

「チッ.......」

 

鎮守府に帰還し、ベルファスト、大和、グリムからの報告を受けると、すぐに長嶺は射撃場に走った。オイゲンの告白を普通に受けてしまった訳だが、今になって心にモヤモヤが出来てしまった。この感覚が何なのかは全く説明できないが、不快であるのは間違いない。

取り敢えず精神に疲れが溜まっていると仮定して、射撃で鬱憤を晴らすつもりであった。久し振りに桜吹雪SRを使った狙撃で的を撃ち抜いてみるが、珍しく最後の一発は外れてしまった。

 

「おや、総隊長。こちらにお出ででしたか」

 

「.......マーリンか」

 

「なにか、ありましたか?」

 

部隊最古参の隊員にして、かつては最年長の隊員でもあったマーリン。それ故に色んな隊員達が相談を持ちかけて来たのもあって、表情や仕草、言動で察せられる位には鍛えられている。

だが今まで、この手の悩みを長嶺が持った事は知っている限りではない。精々、何か作戦を練る時に意見を求めてきたりする位であった。それもあって、内心では結構驚いている。

 

「なぁ、マーリン。お前の人生経験の長さを見込んで、少し話を聞いてくれないか?」

 

「構いませんよ。それで、何があったんですか?」

 

「オイゲンから告られた」

 

「へぇー。告られ、え!?!?」

 

流石にこれには耳を疑った。つまり今、長嶺が持っている悩みとは、恋の悩みなのである。

 

(驚いた。総隊長にも、漸く恋愛に関する悩みが出て来たか)

「それで、何て答えたんですか?」

 

「キスされてたから、キスし返して、その場の流れでOKした」

 

「oh.......」

 

思ってたよりもやる事やってるというか、これまでチェリーボーイどころか、まだチェリーの木すら存在しない域だった男が、段階すっ飛ばしていきなりジャンプアップしまくってた事に驚きつつ、悩みが何なのかが分からず謎も深まった。てっきり好きな子でも出来たのかと思ったが告白された側で、しかも答えに悩んでるわけではなく解答済みとなると、一体何が悩みなのかは分からない。

 

「しかし、一体何が問題なのですか?別に脅されたとか、そういう訳ではなく、あくまで総隊長の意思で告白を受けたのでしょう?」

 

「いやまあ、その通りなんだが。俺自身、人を好きになるどころか友達すら碌にいないタイプの人間だ。だから「好き」とかの感情が分からないんだよ。少なくともオイゲンは、多分これまで出会ってきた女の中でもトップクラスの上物だろう。顔、スタイル、性格、思考パターン、行動、仕草。非の打ち所がない。これは他の艦娘にもKAN-SENにも言えるんだがな。

俺もそんな存在に好意を抱かれている事は、別に嫌ではない。だがそれ以上に、俺とは深く関わらないで欲しいとも思うんだ。それに何かふとした時にオイゲンが浮かんでくるし、少しでもオイゲンのこと考えると、何か心がモヤモヤして何とも言えない気分になる。多分これ、付き合わない方がいいヤツだと思う」

 

「あー.......」

 

どうやら、長嶺は長嶺のままだったらしい。後半の心関連のヤツは全て、恋の病の症状に他ならない。

 

「総隊長。それ、恋の病です」

 

「.......え?」

 

「貴方が自分を卑下しようと、過去を鑑みてその判断に至っていようと、貴方の心は既にプリンツ・オイゲンという女性にがっしり掴まれているんですよ」

 

全く理解できてないが、そんなのはお構いなしにマーリンは話を続ける。

 

「私は貴方の過去を知りません。ですが貴方は、私が知る限り最高の人間です。胸張って、堂々としたらいいでしょう」

 

「いやいや。俺は国一つ滅ぼしてて、仲間目の前で殺されても冷静に振る舞える冷酷男で、超がつく戦闘狂だぞ?これの何処が最高なんだ」

 

「貴方は貴方が思ってる以上に、最高の人間なんですよ。ここにいる全ての艦娘、KAN-SENは貴方に惚れている位にね」

 

「.......本当にそうなのか?」

 

「でなきゃ、指輪の一件であんな反乱は起きませんよ」

 

流石の超絶鈍感朴念仁男である長嶺も、ここまで言われれば嫌でも気付かされた。確かに言われてみれば、おかしな話しだ。指輪やお見合い話が一度広まれば、鎮守府中が大騒ぎになる。普通に考えれば異常でしかない。

 

「だが俺は、どうすれば良いんだ?答えを出さないといけないのか?」

 

「いえあの、貴方は既に答えを出してますよ?」

 

「は?」

 

「あの指輪の反乱の時、貴方はこう言った。「今回の罰としてケッコンカッコカリはお前達に拒否権はない。必ずして貰う」と。これ、彼女達に取っては彼女達と重婚します宣言ですよ。まあ貴方としては、あくまで強化の一環でしかないんでしょうけど」

 

あの反乱の時、長嶺の言った言葉の真意というか、実際の意味に気付けていたのは霞桜の隊員とオイゲン位のもので、残りは重婚してくれる物だと思っている。勿論、永遠の愛を誓い合う方のヤツである。

 

「ホントだ、答え出てるわ」

 

「そうでしょう?こう考えれば楽ですよ。あんな美女達とハーレムを作る、そう考えれば楽でしょ?」

 

「あー.......確かに.......」

 

何だか考えるのも馬鹿らしくなってきて、マーリンにお礼を言って長嶺は自室へと戻った。そして、オイゲンを呼び出した。

 

 

 

数十分後 長嶺自室

「何かしら指揮官?」

 

部屋は暗く、壁の下、棚やラックの溝にある間接照明だけでぼんやり柔らかく照らされているだけであった。まるで高級バーや夜景を楽しむラウンジのような雰囲気である。

この暗さの影響もあって気が付かなかったが、今の長嶺の格好は戦闘服の下に着る作業着でも、寝巻きでも、私服でもなく、珍しく純白の第二種軍装を着用していた。

 

「お前に渡す物がある」

 

「何かしら?」

 

「コイツを、受け取って貰う」

 

そう言って手に乗せて見せてきたのは、藍色の上質な小さな箱。中を開けると銀色に輝く指輪が入っていた。

 

「さっき、お前の情報を確認した。おめでとう、プリンツ・オイゲン。君は江ノ島鎮守府に於ける、最初のケッコン艦だ」

 

「これは、結婚指輪って事かしら?」

 

「あくまでコイツは、俺から君への信頼の証兼単なる強化アイテムだ。結婚云々は別問題にさせて貰う。まあ記録と戸籍上は、俺の配偶者扱いになるがな。

それに偶々お前が一番乗りなだけで、お前を特別扱いする訳でもない。それは理解して欲しい」

 

つまり目の前の男に取って、これはあくまでただの物だと言うのだ。分かってはいたし、こう返ってくるのも予想はしていた。だがそれでも、悲しい気持ちになってしまうのが女の性だ。

だが今日の長嶺は、これで終わらなかったのだ。

 

「だが、この戦いが終わった時に、お前がまだ俺の事が好きだと言うのなら結婚しよう。そんな戸籍を作るアリバイ用のまやかしでは無く、本物の正式な物で」

 

「指揮官。つまりそれって、プロポーズって事かしら?」

 

「あぁ、そうだ。俺は決めた。この鎮守府にいる艦娘、KAN-SEN全員と真の意味で結婚する。だがその一番、所謂正妻のポジションにはお前を置くつもりだ」

 

もうそこに、いつもの超絶鈍感朴念仁男は居なかった。真っ向から思いを受け止め、そして自分の思いを言ってくれる男になっていたのだ。こんな不意打ち奇襲攻撃をされては、もうイチコロである。

 

「.......ねぇ、指揮官♡?」

 

「なんだ?」

 

「今夜は、一緒にいて♡?」

 

その後、この二人がどうなったのか、ナニをしていたのかは、神のみぞ知る。因みにあの後、オイゲンが言うには「とても大きくて、凄かったわ♡」らしい。

 

 

 

選挙より一ヶ月後 市民ホール 会議室

「なぁ、俺達って何やってんだろうな」

 

「知るかよ」

 

「うむ、右に同じだ」

 

「俺、クリスマス予定あったのに最悪っしょ.......」

 

生徒会の男4人がこんな風にネガティブになっているのは、生徒会としての初仕事に原因がある。この間の選挙で雪ノ下は大敗し、比企ヶ谷が新生徒会長となった。そして新たに三浦、戸部、戸塚、川崎、材木座、一色が加わった新生徒会が始動したのも、前回書いた通りだ。

あれから一週間位は前生徒会、つまり城廻の代からの引き継ぎやら仕事進める上での研修やらで潰れ、簡単な雑務にも慣れ始めた頃、やりたくない仕事が舞い込んできたのだ。その仕事というのが、近隣高校の海浜総合高校との老人や園児を対象としたクリスマスパーティーをやる事であった。のだが、この会議が超疲れる。とにかく疲れる。なんだかって?言語が違うのだ。では具体的にどう違うのか。これを見て貰えばわかる。

 

「やぁ、僕は玉縄。海浜総合高校の生徒会長だ。よろしく。よかったよ、フレッシュでルーキーな生徒会長同士で。お互いリスペクトできるパートナーシップを築いて、シナジー効果を産んでいかないかなって思ってさ」

 

うん、何言ってるのかさっぱり分からない。取り敢えず分かったのが、海浜総合高校の生徒会長は玉縄という名前である事だけだ。シナジー効果だの、パートナーシップだのと言われても、頭に入ってこない。

 

「何アイツ。キモッ」

 

「珍しいね。今回ばかりは、アンタの意見に賛成だよ」

 

いつもは喧嘩している事の多い三浦と川崎すらも同じ見解に到達する位には、中々に強烈な奴である。で、しかもこのキャラ、コイツだけじゃないのだ。こういう手合いのが、後4人いる。

 

「真也、意味わかる?」

 

「そりゃビジネス用語くらい分かるが、普通は今の歳には無縁の言葉だろうよ。なんか嫌な予感しかしない」

 

「桑田よ、我は彼奴らの言葉がわからないのだが、通訳を頼めるか?」

 

「材木座、良いことを教えてやろう。それが普通だ」

 

こればかりは仕方がない。今現在、正確に意味を把握できているのは長嶺と比企ヶ谷だけ。残りは何となくでしか分かっていない。だがそんな状況下であろうが、向こうはお構いなしに話し合いを始める事になった。

因みに今回、ビジネス用語ばかりで何が何だかわからなくなるので、下に訳を書いておく。

 

「それじゃ、ブレインストーミングからやっていこうか。議題はイベントのコンセプトと内容面でのアイディア出しから」

(訳:それじゃ、集団思考*1からやっていこうか。議題はイベントのコンセプトと内容面でのアイディア出しから)

 

先に言っておくが玉縄の開会宣言以降、ずっと海浜総合高校のターンとなる。まず手を挙げたのは眼鏡をかけ、カーディガンをプロデューサーの様に巻いてる奴であった。便宜上、プロデューサー野郎とさせて貰う。

因みにこのプロデューサー野郎、手の上げ方がなんかウザい。本人としてはスマートにやっているのだろうが、見た目とゆっくりと目を瞑りながら手を挙げてるので、ナルシスト感がすごい。

 

「俺達高校生への需要を考えると、やっぱり若いマインド的な部分でのイノベーションを起こしていくべきだと思う」

(訳:俺達高校生への需要を考えると、やっぱり若い精神的な部分で新機軸を起こしていくべきだと思う)

 

「それなら断然、俺達とコミュニティ側のウィンウィンな関係を前提条件として考えなきゃいけないよね」

 

「戦略的思考でコストパフォーマンスを考える必要があるんじゃないかな?」

 

緑髪ナルシストと金髪ロン毛野郎の2人が賛同し、なんかやっぱり謎の事を言っている。ただ一つだけ言えるのは、こっち側が全く理解できてない事だけだ。

 

「(会長殿、どうするね?)」

 

「(取り敢えず今日は様子見で。帰りにサイゼでも行って、みんなで作戦会議だな)」

 

「みんな、もっと大切な事があるんじゃないかな?」

 

ここで玉縄、ようやく大事な事に気付いてくれたらしい。このこっち側が全く理解できてない状況を、察知してくれたらしいのだ。やはり生徒会長はこうでないt

「ロジカルシンキングで論理的に考えるべきだよ」

(訳:論理的思考で論理的に考えるべきだよ)

 

前言撤回。ダメだこりゃ!!!!!!

 

(論理的思考で論理的に考えるって、それ一周回って非論理的に考える事にならねーか?)

 

どうやら玉縄、この状況を全く理解していないらしい。というか彼の眼中には総武高校は存在せず、脳内は「あー、ビジネス用語を使いまくる俺達かっけぇー」としか考えてないのだろう。その弊害がこれなのだが。

そして、玉縄の暴走はまだ続く。

 

「お客様目線で、カスタマーサイドに立つっていうかさ」

(訳:お客様目線で、お客様の立場に立つっていうかさ)

 

(それじゃ一周回って、こっち側になるわよ.......)

 

「なら、アウトソーシングを視野に入れて」

(訳:なら、業務を外部に任せる事も視野に入れて)

 

「今のメソッドだとスキーム的に厳しいけど、どうする?」

(訳:今の方法だと計画的に厳しいけど、どうする?)

 

「一旦リスケする可能性もあるよね。もっとバッファを取っても良いんじゃないかな?」

(訳:一回スケジュールを組み合わせる可能性もあるよね。もっと余裕を取っても良いんじゃないかな?)

 

「あー、そうだね。全体をよく見たい」

 

玉縄&海浜高校生徒会三人衆が暴走し、もう何が何だか分からない上に収拾も付かない。しかも玉縄に至っては、同じ事を2回繰り返しで言うという海浜生徒会の中でも、一番アホな子であった。

 

「総武高校の方は、どうかな?」

 

「あ、あー、良いんじゃないか?うん、多分」

 

いきなり話を振られたが、直ぐに比企ヶ谷が答えた。その後も耐え難い、謎の言語に晒されて本日の仕事は終わった。本当ならサイゼでも行くつもりだったが、今回は長嶺がイラついたので、少し趣向を変える事にした。

 

「お前達、悪いが俺のやけ食いに付き合って貰うぞ」

 

全員ポカンとしているが、そんなのはお構いなしに何処かに電話を掛け出した。数分後、大通りに出てタクシーに乗り込み、一体どこに連れて行かれるのか分からぬまま、一時間ほど車に揺られたのだった。

 

 

 

一時間後 銀座 料亭『鹿苑亭』

「く、桑田?これ何」

 

「何って、料亭」

 

オイゲン含む、全員がフリーズした。目の前の料亭、明らかに高校生が来るお店じゃない。というか、料亭自体高校生が「帰りにどっか寄るか〜」なんてノリで来る場所ではない。

100歩譲って料亭に来たとしても、ここは明らかに大企業の社長とか政治家とかが来る様な超一流店。多分、1人につき万単位の金が吹き飛ぶだろう。

 

「あ、あーし帰る!金持ってないし!!」

 

「私も!」

 

「待て待て。ここの会計は俺が持つし、というかこの人数で予約しちまってるから、何が何でも来て貰うぞ」

 

そう言って堂々と中に入って行く桑田。その後ろを慌てて皆追いかけて行く。玄関に入ると、着物を着た女性が座礼をして待っていた。

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、桑田様」

 

「どうも。久しぶりだね、女将さん」

 

「えぇ。今年の新年会の時以来でしたね」

 

この『鹿苑亭』は軍、自衛隊の高級将校御用達の料亭であり、ちょくちょく長嶺も接待で使わせて貰っているのだ。

 

「あー、そういや、あれ以来来てなかったのか。すまなかったね、あの時はあのアホが迷惑かけて」

 

「いえいえ、良いんですよ」

 

因みに新年会で何があったかというと、東川と山本の2人がここで呑んでいて、酔い潰れて、それを引き取りに来たのである。その後は長嶺も、この総武高校への潜入の準備に追われて全くここに来れてなかったのだ。

 

「ですが、お二人には余り飲み過ぎないよう、お伝えください。飲み過ぎは身体に毒でございますから」

 

「それで聞くなら苦労しない.......」

 

「それは、確かにそうですね。あ、皆様、申し訳ありませんね。すぐにお部屋へご案内いたします、どうぞこちらへ」

 

玄関を抜けると、初めて見る光景であった。建物はロ型になっており、真ん中は丸々池と松や桜、紅葉といった日本固有の木々のある豪華な庭園になっており、池の中には鯉も泳いでいる。

 

「こちらでございます」

 

そう言われて通された部屋は、掛け軸や花の飾られた豪華な部屋であった。女将は「暫しお待ちを」と言うと、料理を運ぶべく板場へと下がった。すぐに全員が長嶺に群がり、質問攻めが始まった。

 

「絶対高いだろここ!!」

「やべーっしょ!まじ超やべーっしょ!」

「こんな所、払える訳ないし!!」

「というかそもそも、幾らすんだいここ!!」

「先輩バカですか!?!?」

「お、お主ぃ!何でこんな所を知っておるのだ!?」

「そもそも僕達が居て良いの!?!?」

「というかあなた、いつからここの常連なのかしら?」

 

「落ち着けお前らッ!!」

 

無理矢理引き剥がし、取り敢えず解放してもらう。

 

「心配せんでも、ここは俺が持つし、そもそもこの店自体、俺の親父の行きつけ!!だから俺も面識があるんだよ」

 

「代金はどうする訳?というか、それって親の金でしょ。こんな使い方していいの?」

 

「法的には小遣いを貰えば、その金は貰った奴の物になる。勿論、法の庇護も受けられる訳で権利云々も保証される。ってかそれ以前に、俺自前で金稼いでるからな?稼いだ金をギャンブルに突っ込もうが、女に貢ごうが、慈善事業に寄付しようが、法に触れてない限り文句言われる筋合いは無いぞ」

 

オイゲンを除く全員が忘れていた。目の前の男は、普通に株式や仮想通貨で荒稼ぎしているのだ。まあ歴とした特別国家公務員の、それも海軍のトップで霞桜のトップでもある以上、そっちでも超貰ってるのだが。

 

「ふ、ふむ!つまり其方は、自らの給金を我らに使うと?」

 

「まさか。あくまで今回は、俺のやけ食いに付き合って貰うってだけだ。ついでに、イベントというか海浜高校への対策を考えようって発想だ」

 

「なんか、桑田くんって規格外なんだね。色々と.......」

 

「彩ちゃん、この程度で驚いてたら心臓もたないわ」

 

戸塚が遠い目をしてそう語ったが、オイゲンはそれ以上の事を見ているので、先輩としてアドバイスしていた。一応今は桑田真也である以上、長嶺雷蔵程の暴走はしていない。今回の行動も、目立ちはするが寧ろ少し目立った方が逆に正体を分からなくする場合もある。向こうもまさか「目立った行動してる奴が潜入中の捜査官である」とは思わない。この心理を逆手に取った作戦でもある。

この日はワイワイ楽しく懐石料理を食べ、海浜高校への対策を練った。その結果出た結論としては、取り敢えずの様子見となった。海浜高校との会合はまだ始まったばかりで、ああいう言動があるとは言えど、所詮まだ初日。具体案決まるか出てからでも良いだろ、という事になった。だがしかし、高級料亭という普段来ない場所の雰囲気に絆されたんだか知らないが、テンションが可笑しくなっていたのだ。この質問から、全てが変な方向になる。

 

「ところで桑田。お前、アイツら見て何か気付いたのか?」

 

「お前が俺に聞いてくるとは珍しい」

 

「人間観察は俺の特技だし、それなりに自信は持ってる。でもお前の目はそれ以上だろ?」

 

「なぬ?お主、そんなにも凄いのか?」

 

唯一、依頼が依頼なだけに長嶺のスペックの高さを実際に見れてない材木座が聞いてきた。何せコイツの依頼はラノベの原稿を読むことだったので、長嶺のスペックを生かす場面が一切無かったのだ。因みに違う意味で一番地獄だった依頼でもある。

 

「少なくとも、たかが一般人の目には負けないさ。こちとら戦場仕込みの、自分の命を対価に得たスキルだからな。

そんじゃま、取り敢えず結論から行こうか。アイツらは多分、これを失敗したらこっちに責任転嫁してくるぞ」

 

この一言に全員が驚いた顔でこっちを見てくる。少なくともさっきの話し合いでは、そんなことを思わせられる場面は一切無かった。

 

「え、どういう事だし!」

 

「まずアイツらが覚えたてのビジネス用語をひけらかして満足したい、単なる馬鹿モンキーなのは知っての通りだ。これはつまり、奴らの根っこの精神はガキってことだ。幾ら『ビジネス用語』ってスマートな大人の飾りで着飾ったっても、根本は学校に1人はいるウザいマセガキだ。

こういう奴等は大抵、自分主導で何でもやりたがる。今日の会議だってそうだ。勝手にビジネス用語で盛り上がり、こちらに主導権は一切渡さない。だが申し訳程度で、こちらに確認とったり話は振っただろ?アレで有無を言わさず「何もないです」と言わせ、また勝手にやる。アイツらの思考じゃ「意見を出さないから、こっちで出してあげてる」って発想だろうな」

 

「なんでそこまで断言できるんですか.......」

 

「長年の勘だ」

 

一色の呆れたような問いにこう答えたが、やはり「馬鹿なんですか?」と言ってきた。確かに現状、長嶺が勝手に相手をボロクソにコキ下ろしてるにすぎない。こう言われても仕方が無いだろう。

だが長嶺は、政治の世界で無駄に揚げ足取りの上手いオヤジ相手に戦争してるのだ。それにクズから聖人まで、いろんな種類の人間を見てきている。人の本質なんて、すぐ見抜ける。

 

「まあ信じろとは言わねーよ。だから一つ、予言してやる。恐らく明日明後日で、内容は決まらずとも実務の役割分担を決める筈だ。その時にこっちには面倒なヤツと余りを渡して、向こうは楽なヤツや美味しい所だけを持っていく筈だ」

 

「仮にそうだとして、具体的にどうするんだべ?」

 

「簡単だ。好きにさせりゃ良い。奴らが勝手にやらかして、盛大にずっこけて、それを俺達は大笑いで見てりゃ良いさ。

恐らく今回の一件は、両方の高校で高い内申点をゲットできる企画のはずだ。向こうとしては何が何でも成功させるのは前提で、点数稼ぎで俺達を巻き込んだ。奴等としては「呼ぶ申請だけしておこう」って発想だったんだろうな。自分達の高校の教師はこういう発案を喜んで引き受けるだろうが、こういうのは相手校の教師がうんと言わなきゃ成立しない。相手校、つまり総武高は断ると踏んでた筈だ。所がOKが出て、向こうとしてはこっちは邪魔でしか無い。

だがこうなった以上、利用できるだけ利用する気のはずだ。ならこっちだって、利用してやれば良い」

 

「利用するって、一体どう利用するんですか?」

 

「そうだなぁ、例えば議事録とかの記録関連に今回のヤツをちょーっと誇張して書いて、それを海浜高校に送り付けるとか、上手いこと会議を誘導して遊んだりとか、後はアレだ、こっちの思い通りにする流れに変えて奴らを空気にしたりとか」

 

長嶺の口からスラスラ出てくる妄想としか言えない、現実味のない意見に大半が「コイツ何言ってんだ」という顔である。だがオイゲンと比企ヶ谷は普通にそういうのを出来てしまう事を知っているので、オイゲンは楽しそうなので興味津々で、比企ヶ谷としては面倒臭そうという感想だった。

そしてもう1人、この意見に賛同する奴がいた。

 

「ふっふっふっ、なんなのだそれは。実に楽しそうではないか!」

 

材木座である。材木座は厨二病による思考回路によってもたらされた「楽しそう」という感情で判断しているが、他からしてみれば何が楽しいのか分からない。

一方の長嶺は勿論楽しそうもあるが、しっかりこちらにメリットがある点でもこの事を進めていたのだ。

 

「そうだとも。結構楽しいぞ、こういうのも。やるやらないは多数決でも取りゃ良いが、これだけは言っておくぞ。このままだと会議は堂々巡りで、多分全てが崩壊する。クリスマスパーティー開催できない、なんてオチもあるだろう。そうなりゃ俺達は、揃って内申点マイナスだ。海浜のビジネスモンキー共に滅茶苦茶にされて崩壊するのなら、こっちが好きなように動かした方が楽しくね?」

 

この長嶺の演説で、生徒会の意思は固まった。恐らく場の空気というのもあったし、というかそれを煽って利用したのだが、この長嶺の意見はプランBとして採用されたのである。

そして海浜高校と総武高校の合同クリスマスパーティーは、予想もしない方向へと突き進んでいくのであった。

 

 

 

*1
ブレインストーミングの意味合いとしては会議に近いが、今回は別名でもある『集団思考』を使用している



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第五十七話時は満ちたり

翌日 市民ホール 会議室

「企画の概要がまだちょっと固まってないから、昨日のブレストの続きからやって行こう」

 

「折角だし、もっと派手な事したいよね」

 

「それー!あるある!!大きい事っていうか、一発ドカン的なね」

 

本日も始まってしまった、この拷問タイム。2日目にして、既に比企ヶ谷達の精神はすり減らされている。そしてどうやら、今日も昨日と同じ感じになるらしい。

 

「うん、確かに小さく纏まり過ぎていたのかもしれないな」

 

この時、比企ヶ谷達はこう思った。というか叫びそうになった。「何処が纏まってるんだ!!」と。だって前回、というか昨日の議事録には「論理的にロジカルシンキングしていこうよ」を筆頭に、ふざけたビジネス用語が乱立しているだけで、具体的にどうするとかは一切書かれてない。

というか何なら、今回のイベントに於ける個々の役割は勿論、2校でどう仕事を分担するかとかも分かってない。これで「纏まってた」と言えるなら、是非解説して欲しい。

 

「規模大きくしたところで旨味ねーよ.......」

 

「予算も人出も足りなくなるのがオチね」

 

「ノーノー、そうじゃない」

 

長嶺とオイゲンの呟きが、どうやら玉縄には聞こえてたらしい。曰く

 

「ブレインストーミングはね、相手の意見を否定しないんだ。時間的問題と人員的問題で大きくできない。じゃあ、どう対応していくか。そうやって議論を発展させていくんだよ。すぐに結論を出しちゃいけないんだ」

 

らしい。まあこれは、実際当たっている。ブレインストーミング自体、ゴールに向かうまでの問題点をどのように解決するかを考えていく事なので、玉縄の言っている事自体は間違いではない。

だがしかし、自分で「相手の意見を否定しない」と言いながら、最後にこう言った。「だから、君の意見はダメだよ」と。否定しちゃってるのである。矛盾も甚だしい。

 

「近くの高校を更に入れるっていうのは?」

 

「いいね!地域コミュニティを巻き込む、っていうかさ」

 

プロデューサー野郎がそう提案し周りも賛同しているが、比企ヶ谷と長嶺としては良案とは思えない。現状で既に2校の連携以前に、コミュニケーションすら取れてないのだ。これ以上増やしても、なんかもうカオスな事になって会議は踊りまくるのに、事自体は進むどころか後退する事にすら成りかねない。

ここで比企ヶ谷は、妙案を思いついた。彼らのルールに従うのだ。

 

「これはフラッシュアイディアなんだが、さっきの提案のカウンターとして、2校のより密接な関係を築いて連携を取る事で、最大限のシナジー効果を期待する方がいいと思うんだが、どうだろう?」

 

比企ヶ谷はやった。彼らなら、この意味を分かるはずだ。これで万事解決にn

「なるほど。じゃあ、高校じゃない方がいいね。大学生とか」

 

比企ヶ谷は肩を落とし、長嶺は椅子からずり落ちそうになった。何せ話が噛み合ってない。比企ヶ谷はさっき、簡単に言うと「もっとお互いに仲良くやっていった方が、得なんじゃないですか?」と言ったのだ。なのにそれに関する回答はなく、代わりに「大学生はどう?」と言われたのだ。見ての通りだが、全く解答になってない。

だが比企ヶ谷、これで諦めなかった。

 

「いや待て。それだとイニシアティブが取れない。ステイクホルダーとコンセンサスを得るにしても、ブレないマニフェストをはっきりサジェスチョンできるパートナーシップをだな」

 

「先輩、何言ってるんですか?」

 

「いや、俺も自分で言ってて良くわからん.......」

 

「確かに」

 

なんと玉縄、これを理解したらしい。比企ヶ谷は「マジか」と驚いていたが、長嶺は今度の展開が予想できた。恐らくまた噛み合ってない上に、予想だにもしないぶっ飛んだ発想の答えが返ってくるのだ。

 

「じゃあ小学生はどう?ゲーミエデュケーションって言うのかな。あー言うふうに楽しみながら作業できれば、地域の小学生の力を借りられるんじゃないかな?」

 

(ダメだコイツ、早く何とかしないと.......)

 

これまで長嶺自身、色んな人間と関わってきた。だがコイツ多分、その中でもダントツでバカだ。筋金入りのバカだ。

 

「こっちでアポとか交渉はするから、その後の対応、頼めるかな?」

 

「.......はい」

 

比企ヶ谷は、考える事を放棄した。因みに他の生徒会のメンバーは全員、魂が抜けていたらしい。

 

 

「比企ヶ谷くん、これもお願いしていいかな?後、これとこれと、あ、これも」

 

「え。あ、ちょっ」

 

「分かんないことあったら、何でも言って。ちゃんと分かるように教えるから」

 

会議の後、早速仕事の割り振り(彼ら流では「タスク・アローメント」らしい)を話し合ったのだが、何と玉縄、大量の書類を押しつけやがったのである。比企ヶ谷も反論しようとするが、早々に切り上げてビジネス厨二病三人衆の元へ早々に戻りやがった。

 

「議事録まとめまでこっちかよ.......」

 

「ヒキオさぁ、どうにかならないわけ?会計と小学生の対応、買い出しやデータ作成までこっち持ちなのに、議事録まとめはキツいっしょ」

 

「とは言うが、アレ断れるか?断る余地与えずに話切り上げて。無理だろ!」

 

確かにあの状況では、比企ヶ谷の様なコミュニケーション能力に余り特化していない者にとっては無理がある。だが、比企ヶ谷としても黙って終わるつもりはないらしい。

 

「取り敢えず、こっちで提案位はしてみる」

 

「ねぇ、そうは言うけど、アイツらに話通じる訳?」

 

「.......」

 

川崎としては、恐らく謎言語羅列で押し負けると思っているのだろう。まあ川崎以外もそうだ。この場にいる全員が、同じ様に思っている。だがやらなければ始まらない。それを言おうとした時に、以外や以外、戸部がそれを代弁したのだ。

 

「流石に何も言わない訳にもいかないっしょ。こっちから言っちゃえば、後々楽になるかも的な?」

 

「楽にって、具体的には?」

 

「あー、それは、えっと.......」

 

だが、ここまで踏み込まれると流石に無理らしい。ならせめて代弁してくれた事への密かな礼として、助け舟を出そう。

 

「今の現状は、我々としては面倒な事この上ない。奴らはこちらに意味のわからん言葉の羅列を並べて、コミュニケーションを取っているつもり(・・・)なだけで、こっちとの連携は全く取れてない。

となると現状下での最適解は、やはり対話に一塁の望みを託す事だ。まあこれで事態が好転すりゃ苦労しないがな。だがここで提案しておくだけで、後々の状況では切り札になり得る。例えばしくじった時に、こっちは「向こうには提案したが、却下されて出来ませんでした」というお題目が手に入るしな」

 

「そうそれ!俺っちの言いたかった事、全部言ってくれたべ!流っ石、真也くんっしょ!」

 

いや絶対思ってなかっただろとでもツッコミたいが、ここは戸部の面子のためにも黙ってあげた方が良いだろう。だが何はともあれ、するべき事は決まった。

 

「ちょっといいか?」

 

「なんだい?」

 

「あの、流石に中身決めないと仕事できないんだけど」

 

「じゃあ、みんなで一緒に考えよう」

 

思った通り、クソ面倒な答えが返ってきた。みんなで一緒に考えようで決まらないから、こうして提案に来ているのだ。漠然と話し合っても、恐らくこのチームでは一生決まらない。それを比企ヶ谷も示したし、何なら代替案として『やる事絞ってから検討する』というのも出した。だが返ってきた答えは…

 

「でもそれって、視野を狭める事になるんじゃないかな?みんなで解決できる方法を、模索するべきだと思うんだよ」

 

何故こうも「みんな」に拘るのかは知らないが、そればかりに拘って本質が見えてない。今日の会議で小学生を巻き込むのは決定した訳だが、今のままでは小学生は単なる置き物になってしまう。

もし開催日ギリギリで決まりでもしたら、小学生への負担も凄いだろうし、それ以前に余り遅くまで残せない。こっちは高校生だから夜でも平気だが、小学生を夜に歩かせるのは流石に防犯上もそうだし、親からのクレームの可能性も出てくる。

 

「時間もないぞ」

 

「そうだね。それもどうするか、みんなで考えないと」

 

この辺りで比企ヶ谷は、もう諦めてしまった。いや、誰でも諦めるだろう。ここまで話が通じないとなると、もうどうしようもない。

 

「.......わかった。でも、その会議はもうやった方がいい」

 

「OK。なら早速、会議に入ろう」

 

そんな訳で本日二回目の、謎言語飛び交う会議という名の地獄が始まった。で、出た案がこちら。

 

・オーケストラ

・バンド

・ジャズコンサート

・聖歌隊

・ダンス

・演劇

・ゴスペル

・ミュージカル

・朗読劇

・クリスマスケーキ

・プレゼント交換

・クイズ大会

・ジェスチャーゲーム

 

取り敢えずプレゼント交換とか、クイズ大会、ジェスチャーゲームは良案だろう。というかこれ、それぞれ戸塚、戸部、材木座が出した。

だがそれ以外は、見事なまでに準備か練習、或いは両方にあり得ないくらいの時間がかかる。一応、複合案でミュージカル映画なんかも出たが、いずれにしろ時間がないのだ。こんな馬鹿みたいに時間を食う企画は、絶対に選択してはいけない企画だろう。

しかも、これに加えて阿呆な事を言い出したのだ。この手の場合、これだけ出たら多数決を取るのがセオリーだし、というかそうしないと間に合わなくなる。今でも多分間に合わない可能性が高いのに、悪戯に時間を浪費するのは悪手どころの騒ぎではい。にも関わらず、この中から決めずに持ち帰る事になったのだ。

 

 

「で、どうする訳?」

 

「どうするもこうするも、ありゃダメだわ」

 

あの会議の後、長嶺とオイゲンは長嶺が近くに呼んでおいたマスターシロンに乗り込み、鎮守府へと高速を走っていた。恋人となってから初めての2人きりだと言うのに、仕事の話とは味気ない気がするが、それは気にしてはいけない。

 

「何か対策はない訳?」

 

「ああいう手合は、これまで何人も見てきた。一番手っ取り早いのは距離を置く事だが、まあまずこれは無理だから除外。となるともう、主導権を奪うか、傀儡にでもしないと面倒な訳よ」

 

「出来るんでしょ?」

 

「まあ、出来なくは無いが、今はまだ水面下で動くしか無い。というか今動いても、こっちが悪者扱いされる可能性がある。今はまだ、動かぬが吉だ」

 

そう言う長嶺の顔は、何か良からぬ事を企んでる時の悪魔の笑みであった。

 

 

 

クリスマスイベント一週間前 市民会館 

「さぁ、戦争を始めよう」

 

約二週間、長嶺達は耐えてきた。あのクソみたいな謎言語飛び交う、会議の形をした何かをずっと耐え忍んできた。だなもうそんな長い地獄の時間は終わりだ。ここからは、こっちのターンなのだから。

因みに本日までに、何が決まったのかや状況を書いておこう。決まったことはイベントは二部構成にする事で、準備の状況は何も決まってないのに呼ぶだけ呼ばれた小学生達に作ってもらったツリー含む会場の飾り付けが完成しているだけ。念の為に言っておくが、これは約二週間の成果であり、今日は本番一週間前である。え、イベントの内容?無い様です。というか、決まってません。案だけ出して、安定の「みんなで考えていこう」、「ブレストをしよう」で全く進んで無い。

 

「真也、なんだか楽しそうね?」

 

「そりゃな。今日から革命というか、まあ、とんでもなく楽しい事が起きるんだ。今の俺は翌日に遠足を控えた小学生並みに、ウキウキるんるんだ」

 

今の長嶺の顔は、とてもにこやかで穏やかな笑顔を浮かべている。少なくとも『戦争』や『革命』と言う行いに合った顔では無い。程なくして、会議が始まった。

 

「それじゃあ今日も、昨日のブレストの続きからやっていこう」

 

玉縄がそう言った瞬間、比企ヶ谷が立ち上がった。それに続いて、他の生徒会メンバーも立ち上がる。

 

「悪いが、俺達はお前達とやっていくつもりはない」

 

「.......どういうことかな?」

 

比企ヶ谷の言葉に、ビジネス厨二病共はポカンとしている。いきなりの発言に、理解が追いついてないのだ。だが辛うじて、玉縄が動いた。

 

「アンタさ、現実見なよ。本番一週間前だって言うのに、何をやるのかも決まってない。付き合いきれる訳ないでしょ?」

 

「そーだべ。流石にヤバいっしょ」

 

「それにぃ、小学生の子達を呼びつけておいて何も決まってないとか、マジありえないんですけど」

 

「っていうかさ、アンタら日本語喋ったら?ブレストとか言われても、意味わかんないし」

 

「お主ら、流石に我らとて付き合いきれぬわ。ほとほと呆れる」

 

「僕達、君達とは一緒にやれないかな」

 

「あなた達、多分自分のことかっこいいって思ってるんでしょうけど、ダサいわよ?」

 

メンバー1人1人が決別の言葉の代わりに、不満を全部ぶちまけていく。最後に長嶺が締めと言わんばかりに、文句を言った。

 

「テメェらが何しようが、どう失敗しようが知ったこっちゃねぇ。だが俺達巻き込むなら、話は別だ。テメェらと心中は御免被る」

 

「とまあ、こう言う具合なんだ。俺としても同じ意見だ。だから俺達は俺達でやらせてもらう。二部構成で行くのも決まっているし、そっちには一部を。俺達は二部をもらって、それぞれやる。それで行かせてもらう」

 

そこまで言うと、全員が会議室から出て行き、表に読んでおいたタクシーに乗り込んで総武高校に戻った。

 

 

「それじゃ、引き続き仕事するか」

 

この計画は結構前に出来上がっており、既に大半の準備が完了している。因みに今回、こちらがやるイベント内容は小学生によるクリスマスソング(演奏は長嶺、オイゲンが担当)、ケーキの製作と保育園児による配膳と言った感じである。

小学生には早い段階で打診しており、歌自体も歌った事のあるヤツにしてあるので簡単に出来る。保育園は川崎の妹が通ってる保育園に頼んであるし、ケーキに関してもプロ(・・)を手配してある。

 

「にしても、向こうは開催できるのかしら?」

 

「エミリアちゃん、それマジで言ってる?」

 

「アレで出来るのなら、天才であろうよ」

 

普通に考えて、アレで形に出来たら中々に天才である。だが恐らく、それは無理だろう。何せ彼方さんは、謎の言語を交えた会話によって優越感を得るだけであり、話自体は延々と停滞し続けている。しかもそれに気付いてないので、それに気づかない限りはずっと進まないだろう。

 

「あんさぁ、桑田。一つ聞いて良い?」

 

「なんだ?」

 

「アンタが呼ぶっていう、見習いのパティシエって、どんな人な訳?」

 

恐らく薄々勘付いていると思うが、この見習いのパティシエは本物のパティシエではない。長嶺の部下、KAN-SENの1人なのだ。だが幸い今日は非番にしてあるので、連絡すれば繋がる筈ではある。

 

「もしもし、俺だ。.......あぁ。今から行けるか?.......そうだ」

 

許可を取り、通話をテレビ電話に切り替えてみんなに見せる。画面の向こうには銀髪だが、だんだんと黒くなっていく特殊なグラデーションのロングヘアーの美女が写っていた。

 

「彼女の名前はダンケルク。フランス人だ」

 

『こんにちは。ダンケルクよ、よろしくね』

 

パティシエの見習いの正体は鎮守府随一の甘党で、洋菓子を作らせれば右に出る者がいない、ヴィシア聖座の巡洋戦艦『ダンケルク』である。今回は彼女に、ケーキ作りを依頼している。勿論ここまでの事をするのも、あのビジネス厨二病共への細やかな復讐みたいな物がしたいからだ。

 

「真也の言ってたパティシエって、アンタのことだったのね」

 

『そうよ。驚いたかしら?』

 

「いいえ。寧ろ、完璧な人選だと思うわ」

 

いきなりの同僚登場に驚きはしたが、人選としては完璧と言える。何せオイゲン本人も何度か一緒にお菓子作りをした事があるし、鎮守府内で見れる遠征や任務から帰還した駆逐艦なんかに手作りお菓子を振る舞ってる姿は、江ノ島鎮守府の日常の一コマである以上、その腕前は知っている。

そしてここまでガチの編成をしている辺り、長嶺の本気というか、少なからずイライラはしていたというのが分かった。

 

「ダンケルク、紹介しよう。コイツらが今回協力してイベントを運営する、俺の仲間達だ。一応、海浜高校って所との合同だが、そこはスルーしていい」

 

『この間オイゲ、じゃなくてエミリアが言っていた所ね。あなたが私を呼ぶ辺りで、大体分かっているわ』

 

「そりゃな。まあ、本番は頼む」

 

『えぇ。それじゃあ、そろそろクッキーが焼き上がるから失礼するわね』

 

そう言ってダンケルクは通話を切った。長嶺とオイゲンを除き、男女問わずダンケルクの美貌に見惚れていて、通話を終えても少し余韻に浸るほどであった。

何はともあれ最終調整も終わって、無事にクリスマスイベントを終える事が出来た。ダンケルク監修のケーキは大好評だったし、歌も楽しんでくれていた。

で、問題の海浜高校はと言うと、もう凄かった。どうやら最終的にバンドをやる事に決まったらしいが、有志団体を募るもクリスマス時期というのもあって、バンドとして既に動くのが決まっていたりプライベートだったりで全く集まらず、ならばと自分達でやる事にしたらしいが、楽器の手配やら練習やらを数日でやる羽目になり、全くの準備不足でイベントに挑んだ。しかも謎なのが、参加者の中にバンドの経験者どころか、全員が自分が使う楽器の弾き方すら分からないという有様で「よくバンドやろうと思ったな」とツッコミたくなる出来だった。

 

「なんか、勝手に自爆したな」

 

「そりゃまあ、ねぇ?」

 

あの超優しい戸塚ですら、すんごい微妙な表情で第一部を見ていたのだから、どれだけ酷かったか分かるだろう。因みに勿論だが、長嶺とオイゲンの演奏は大好評だった。今回はオイゲンはピアノ、長嶺はギターで行ったのだが、何方もプロ級でお客は愚か市民会館の職員までもが見入っていた。尚、海浜高校は怨嗟の篭った目でガン見していた。

 

 

 

その日の夜 市民会館前

「よーし野郎共!!飯に行くぞ!!!!」

 

この地獄を乗り切ったご褒美に、また『鹿苑亭』を予約した。今からそこに移動するのだが、ここで長嶺はある事に気がついた。

 

「エミリア、先に行っててくれ」

 

「どうしたの?」

 

「後方、約10m。後をつけてくる奴が1人。ちょっとそれに対処してから、そっちに合流するわ」

 

「.......わかったわ」

 

一度オイゲン達と別れる事を装って一団から離れて、全くの別方向へと歩く。どうやら狙いは長嶺らしく、こちらに着いてきた。となれば、やる事は決まっている。そのまま誰も居ない路地裏へと誘き出し、周りに誰も居ない事を確認して後ろを振り返る。

 

「そろそろ、出て来たらどうだ?」

 

「あちゃ〜、バレてたか」

 

てっきり何処ぞの諜報員か、長嶺が総武高校にいる理由となった謎の組織ないし人物かと思ったが、出て来たのは雪ノ下雪乃の姉である雪ノ下陽乃であった。

 

「そりゃバレるだろ。そもそも尾行なんて、複数人でやるのがセオリーだ。1人でやりゃ、すぐに分かる。で、一体何の用ですか?

小学生のガキじゃあるまいし、俺をただ悪ふざけや遊びでここまで尾行した訳じゃないだろ?」

 

「あなたの事、色々調べさせて貰ったわ。でも何も分からなかった。だけどベルリンにいる知り合いがね、ベルリン自由大学附属ギムナジウムの卒業生でさ。君の事を聞いてみたら、何とびっくり。君の同姓同名かつ漢字まで同じ生徒が、知り合いの一個下にいて、在学中の交通事故で他界してたんだよね」

 

「.......何が言いたい?」

 

「君の事を色々調べていくと、何だか可笑しいのよね。記録と記録が、まるで無理矢理切った張ったでパッチワークみたく繋げたみたいな、よく分からないけど、違和感があるんだよねぇ。それに、情報が少なすぎる。まるで透明人間だよ。

でさ、君って一体何者なの?」

 

顔には出してないが、長嶺としては超胃が痛くて顔が歪みそうになる。まずベルリンの件は、嘘だ。俺の顔の反応が見たくて言ったブラフ。桑田真也という男は実在しているが、その男は10年前に老衰で他界している。

しかしヒント無しで確たる証拠はないとは言えど、真実に近いラインまで来れた事は素直に賞賛すべきだろう。だが一方で、邪魔でもある。ごく稀に、こういう輩はいるのだ。偶然であったり、好奇心や探究心でいらぬ所まで知ってしまって、殺さないといけなくなる奴。彼女もその存在に片足を突っ込んでいる状態だ。

 

「答える義務はない」

 

「それに君さ、雪乃ちゃんの地位を壊したでしょ?別に壊すのは構わないし、あの一件は雪乃ちゃんが悪いから文句言うつもりも無いけど、もしも、私が君の責任かのように言ったらどうなるんだろうね?」

 

「言われたくなかったら、本当の事を教えろ。さもなくば本当に言っちゃうよ?って所ですか」

 

「話が早くて助かるよ。で、どうするの?私としては勿論、私に教えてくれる方をオススメするよ」

 

今、陽乃は自分に主導権があると思っている。普通に考えて逃げ場がない以上、要求を飲むのが一番だ。仮に大事にしてしまえば女である陽乃に有利になる場合もあるし、何より親が県議会議員なのだ。普通なら喧嘩を売らずに「はい分かりました」と従うべきだろう。

だが、相手が悪かった。

 

「全く、アンタの勘の良さには敬意を表するよ。だがな、アンタは喧嘩を売る相手を間違えたな」

 

そう言うとズボンの下、太腿の部分に隠してある阿修羅HGを引き抜いて陽乃へと向ける。

 

「何それ。モデルガン?そんなので脅すとか、君、厨二病なの?」

 

「トラブルシュート、B352。各員、所定の行動に移れ」

 

ズドォン!

 

聞いた事もない大きな音が鳴り響き、銃口からは煙が上がっている。それに周囲に花火の時なんかに嗅ぐ、火薬が燃焼した時の独特な香りが漂っている。

 

「へ、へぇ。最近のモデルガンって凄いんだね。お姉さん、びっくりしちゃったよ」

 

そんな事を言っていると、右頬に何か滴っているのに気付いた。そこを指でなぞると、べったりと血がついている。これが意味する事はつまり…

 

「コイツはモデルガンでも、最高に出来たオモチャでもない。急所に撃てば、いや。コイツの場合は急所ではない四肢に撃っても、余裕で四肢を吹き飛ばす本物だ」

 

その言葉を聞いた瞬間、踵を返して陽乃は逃げ出した。暴力の権化たる銃を見せられて、しかも実際に大量の血が頬から流れているのだ。逃げないと不味いなんて事、誰でも分かる。

だが走って5mも経たないうちに、何か見えない壁に当たって弾かれてしまう。次の瞬間には、まるで空間が剥がれ落ちるかのように、その先の景色が消えた。代わりに1人のライフルを持った黒い装甲服を纏った人間が立っていた。

 

「き、君本当に何者なの!?!?」

 

「俺が誰だろうと、何だろうと、お前には関係ない。それより問題は、お前が知り過ぎている事だ。映画みたく、お前を殺す選択肢もある。好奇心は猫をも殺すってヤツだ」

 

「やめて!お願いします、誰にも言いませんからぁ!!全部忘れますからぁ!!」

 

大泣きでそう懇願する陽乃。だが大抵、こう言った奴の半数はバラすのが関の山だ。まだ脅しておかないといけない。

 

「俺達はこの国が持った暗部、ヤクザとかギャングよりも更に深い裏社会に潜む。俺達の目と耳は日本はおろか、世界中ありとあらゆる場所にある。お前がこの事をバラせば、バラした奴諸共、この世から抹殺する。

勿論、血縁者にも言うなよ?アンタの親は県議会議員だった筈だが、俺達は県議会議員よりも遥かに権力を持つ存在を何人も消している。死にたくなけりゃ記憶から消すか、この世から先にフェードアウトするんだな」

 

もう後半の辺りから、泣きながら「すみません」と連呼するだけの機械になってしまっているので、おそらく殆ど記憶に入ってないだろう。となると、別の手段で一応脅しをかけて置いたほうが良い。

 

「まあ、今日のところは見逃してやる。勘違いするなよ?情報を漏らしたり、漏らす危険があると判断すれば即座に殺す。それだけは忘れるな」

 

「は、はいぃぃぃぃ!!」

 

そう言ってさっきの黒い装甲服の人間にタックルする勢いで、大通りへと走り去っていった。

 

「アレでいいんですかい?」

 

そう黒い装甲服の男、もとい第五大隊の隊員、コードネーム「ドラゴ」がそう聞いて来た。

 

「後もう一回、直接的な脅しをかけて終わりだ。ドラゴ、アイツを適当に死なない程度で襲うなり何なりしてこい。やり方は任せる」

 

「それはまた、エゲツないですな。分かりました、御命令通りに」

 

この数時間後、雪ノ下陽乃は自宅付近でバイクに乗った謎の男に、ハンマーか何かで頭を殴られた。命に別状はないが、頭蓋骨にヒビが入る怪我を負った。入院して数日が経つと、差出人不明の花が病室に届いた。同封されていたのは手紙と、1発の7.62x51mm NATO弾だった。手紙には、赤黒い文字で「我々は常にお前のそばに居て、常に牙を磨いている。お忘れなきよう」と書いてあり、警察はストーカー事件として捜査を続けるらしい。

だが陽乃は誰が犯人なのか、全てを理解した。陽乃は恐怖し、もう長嶺に関わるのはやめようと心に誓ったという。

 

 

 

 



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第五十八話2人の馬鹿と犯罪教師

3ヶ月後 総武高校 調理室前

「いよいよだね、ゆきのん」

 

「そうね由比ヶ浜さん。始めましょう、復讐を」

 

あの地獄の合同クリスマスを乗り切って、早3ヶ月。なんだかんだで年末年始を終え、早いもので本日はバレンタインデー。生徒会は新たな催しとして、チョコレート作り講座を開く事になった。一応校内掲示してあるものの、参加者の殆どは生徒会の人間であった。というか正直、調理室を使う口実でしかないので、狙い通りではある。

だがこの催しを、馬鹿2人が利用しようと浅知恵を巡らせていた。その馬鹿は勿論、この学校で2番目の美女(1番はオイゲン)であり去年はずっと学年一位だった雪ノ下、八方美人の脳みそスポンジガールの由比ヶ浜である。どの様な計画かは、また後程、詳しくご紹介しよう。

 

「やっはろー!」

 

「こんにちは」

 

室内にいた全員が固まった。今生徒会にいる在籍している生徒は、ほぼ全員が2人の被害者ないし、間近で行いを見てきた者達。雪ノ下達の方から見れば、ここは一番来たくない場所の筈。にも関わらず、堂々と突入してきたのだ。

 

「一体、何しにきたのかしら?」

 

いち早くフリーズから戻ってきたオイゲンが、理由を聞いた。さっきも言った通り、ここに来ること自体がイレギュラーというか自殺行為に等しい筈。なのに来たあたり、何かあるのだろう。それを知らない事には、色々まずい。

 

「随分なご挨拶ね。ここに来た理由なんて、ひとつに決まっているでしょう?私達だって、歴とした女子なのよ?」

 

「そうそう!私達もみんなと一緒に、チョコを作りに来たんだよ!」

 

全員がまたしても固まった。いつもクールで常に妖艶な笑みを浮かべているオイゲンですら、理解し得ないものを見てしまった様な形容し難い凄い顔をしている。と

いうか実際、全く理解できない。再三言うが、ここにいる人間は2人の悪行、もとい比企ヶ谷への扱いや仕出かしてきた事を全部知っている。普通の思考なら、まず近くに行こうという発想から生まれない。仮に何かの用事で近くに立ち入るとしても、そそくさと用事だけ済ませて引き返すのが普通だろうし、そうしないと可笑しい。なのに、コイツらはそれをしないのだ。普通に恐怖である。

 

「悪いけど、お断りよ。このイベントには生徒会への事前申請が必須なの。校内掲示してあるプリントにも、しっかり注意事項として書いてあるわ」

 

そう言ってオイゲンの見せたプリントには、確かに注意事項の欄に「参加希望者は、2月7日までに生徒会へ参加を申請してください」と書いてある。何処ぞの詐欺まがいの金貸しみたく、小さく見えるか見えないかの大きさで書いてある訳でも、見落としやすい形で書いてある訳でもない。誰もが見ればわかる書き方である。

しかもその下には「尚、飛び入り参加は認めません」とも書いてある。

 

「ここに書いてある通り、飛び入り参加も認めてないわ。悪いけど、帰ってくれるかしら?」

 

「エミリアさん、貴女では話にならないわね。責任者である比企ヶ谷君を呼びなさい。彼と話がしたいのだけれど?」

 

「ヒッキー君は席を外してるわ。それに今回のイベントの発案者はヒッキー君だけど、運営や進行に関しては私に権限があるの。文句があるなら、彼ではなく私に言ってもらえるかしら?」

 

2人もこういう風に断られるのは、全くの想定内。というかシナリオ通りとも言える。なのでもう、手は打ってある。

 

「ヒッパー、雪ノ下と由比ヶ浜の参加は認めてもらうぞ」

 

「.......どういう事かしら、Frau?」

 

2人の背後から現れたのは、なんと奉仕部顧問の平塚であった。正直言って、これはかなりタチが悪い。幾ら生徒会と言えど、やはり教師の方が権限は上だ。ここに長嶺がいれば無理矢理にでも排除できるだろうが、生憎と今日はそもそもの到着が遅れている。昨日、呉艦隊が完遂したインド洋方面の解放作戦についての報告を受けている。じゃあ何もしないのか問われれば、せめて保険くらいは掛けておきたい。

 

「悪いけど、これは規則よ。例え教師であっても、守ってもらわないと困るわ」

 

「なら教師特権だ。2人を参加させろ。さもなくば、私の権限でこのイベントを無理矢理にでも中止させる」

 

やっぱり教師特権という、免罪符を使ってきた。だがこちらも、規則だとは伝えてある。つまり今、平塚は規則を捻じ曲げて無理矢理参加したのだ。今後、何かあってシラを切られても証言ができる。実はちゃっかり録音してるので、仮に更にシラを切っても潰せる。

 

「.......わかったわ。でも飛び入り参加である以上、2人の席はないわよ」

 

「私達も、贅沢を言える立場ではない事くらい分かっているわ」

 

できれば、ここに来てはいけない事も含めて理解して欲しい。だがまあ、それは期待しない方が良いだろう。というか、それ以前に受け入れてくれる奴がいるかが問題である。これまでの事を全部知っているのだ。何か仕出かす可能性が高い事も、容易に察せられる。

当の2人は「チョコ作り頑張ろう!」とか何とか息巻いているが、他の者からしてみれば冗談じゃない。言ってしまえばこれは、一種のババ抜きだろう。

 

「よろしくお願いするわ」

 

「よろしく優美子!川崎さん!」

 

まず毒牙に掛かったのは、三浦&川崎のペア。今出来上がってるペアの中では、一番の攻撃力を持つグループに突撃した辺り命知らずというか馬鹿というか、いやもう、ある意味その勇気は賞賛に値するだろう。

 

「「.......」」

 

「にしてもさぁ、2人とも生徒会入るだなんてビックリしたよ〜。何で教えてくれなかったの?」

 

「別にどうでも良いでしょ」

 

「そうだし。正直、由比ヶ浜には関係ないじゃん?」

 

「そうかしら?でも三浦さんの場合、葉山グループから乗り換えた様に見えるのだけれど?それに川崎さんは校則違反をしていたのに生徒会に入るだなんて、それで生徒の代表が務まるのかしら?」

 

由比ヶ浜はまあ良しとして、問題は雪ノ下だ。煽り性能に全ステータス振りましたと言わんばかりの、的確に地雷という地雷を踏み抜いて連鎖爆発させていくかの如く、華麗かつ丁寧に全部の地雷を踏んでいきやがった。

 

「何、アンタ私達に喧嘩売ってんの?」

 

「雪ノ下さんさー、何しに来たわけ?喧嘩したいわけ?」

 

一触即発で済んでいるだけ、まだマシと言えるだろう。普通に考えて、人によってはブチギレて雪ノ下を罵ってたとしても何ら不思議はない。

 

「ま、まあまあ!雪のん抑えて。私達は喧嘩じゃなくて、チョコ作りに来たんでしょ?」

 

由比ヶ浜の取りなしで、取り敢えずその場は収まった。しかし、この後由比ヶ浜は火に油を注いでいく事になる。

 

「にしても優美子、こうして話すのも久しぶりだよね.......。ほら、クラスじゃあんまり話してくれないからさ。

隼人くんのグループが解散してから、女子も話さなくなったよね。でもさ、私たち女子はなんていうかさ.......。男子とは、その、ちがうっていうか.......、女子だけの仲っていうのがあるわけで.......,。私たちはその.......何も問題なかったじゃん。だって元々、グループのあった頃から私達だけで遊びに行ったりもしてたしさ」

 

 

由比ヶ浜は疎遠になってしまった三浦に対して、どうにか会話の糸口となる突破口を探している。だが当の三浦はどんどん顔色が赤くなっていて、明らかに怒っているのが誰の目でも明らかだった。

まして由比ヶ浜は八方美人とまで言える、空気の読解力に長けた奴の筈だが、まるでその事に気付いていない。恐らく三浦へのアプローチに必死で、顔色を窺う余裕すらないのだろう。そんなのお構いなしに、話を続ける。

 

「だからさ、前みたく仲良くしよ。ほら!葉山くんみたいに「みんな仲良く」みたいn」

「チッ。

あんさぁ、いい加減にしてくんない?何、さっきから由比ヶ浜の言ってる事、全部自分勝手な言い訳じゃん!!大体さ、なんなん!?いきなり来て、無理矢理参加して、静かに作るんじゃなくて、私達の神経逆撫でするって喧嘩したいわけ!?!?」

 

「え.......いや.......私達はチョコを作りに」

 

「なら大人しくチョコだけ作って、こっちに話しかけてくんなし!!!!」

 

完全に三浦がキレた。調理室に響く怒鳴り声に、全ての視線が三浦の方へと向けられる。だが三浦はそんなのお構いなしに、これまで抱えてきた事全部をぶち撒ける。

 

「ていうかそもそも、アンタらここに来る前にやる事あんでしょ!?!?ヒキオに謝罪した訳?してないじゃん!!バカなん!?!?」

 

「待って!なんで比企ヶ谷君に謝る事になるの!?むしろ私達は、比企ヶ谷君に謝ってもらう立場なのよ!?!?」

 

雪ノ下の叫びに、三浦の怒りは消えた。というか理解ができない発言で、思考が停止したのだろう。

 

「ちょっと待ちな。え、何でアイツがアンタらに謝る必要がある訳?」

 

これまで1人傍観していた川崎が入り、雪ノ下にあくまでも冷静に質問した。その質問に返ってきた答えは、想像絶するトチ狂った回答であった。

 

「何でも何も、私達はあのクズヶ谷君のお陰で、全てを失ったのよ?由比ヶ浜さんはグループや友人を。私は生徒会長という栄誉、私が住んでいたマンション、それに自由もね。全て修学旅行で、比企ヶ谷君が嘘の告白をしたのが始まりよ」

 

再び、全員がフリーズした。そんなのお構いなしに、雪ノ下は続ける。

 

「でも、正直、謝罪はあくまで通過点。比企ヶ谷くんの謝罪を通して、あの一連の私達奉仕部を襲った試練は終わり、私達は本物の関係となるのよ」

 

どうやら雪ノ下は狂ってしまったらしい。何をどう発想したら、この思考に行き着くのか、本当に分からない。恐ろしいのは、これをさも当然かの如く一切の疑いを持たず並び立てられてる点だ。しかも救いようがない事に、由比ヶ浜もこの意見に大賛成らしく「だね、ゆきのん!!」なんて無邪気に言ってる。

 

「アンタらがどう思ってるかは、こっちはどうでも良いんだけど。流石にそんな考えを持ってる奴とは、一緒にできる気がしないね」

 

「珍しく今回も同意見だし。2人とも、別の所に行きな!」

 

そう川崎と三浦が言ったものの、まあゴネるゴネる。だが有無を言わず無理矢理引っ剥がして、隣の一色&城廻の班にババは受け継がれた。

 

「そういう事なので、厄介になります」

 

「よ、よろしくね〜」

 

「あ、アハハ.......。よ、よろしくね2人とも」

 

「そ、そうですねー。よろしくです.......」

 

まあ敢えて言わなくても良いだろうが、一色と城廻としては別班にポイしたい。どうせまた、何か良からぬことを仕出かして空気ぶち壊すのが目に見えてる。そんな爆弾を持って、チョコなんて作りたくない。

 

「そう言えば、いろはちゃんとは生徒会選挙の時以来だね」

 

「そ、そうですねー」

 

「そういえば、そうだったわね」

 

一色にとって、雪ノ下と出会ったのはそこであり、由比ヶ浜と本格的に関わったのも実は選挙の時が初めてだった。だが、知っての通り2人は一色の立場を全く考慮せずに、単に依頼の「会長になりたくない」だけを汲み取って、雪ノ下が会長になろうとしていた。

それもあって一色からすれば、雪ノ下は自分の立場を危うく崩壊させ掛けた奴であり、由比ヶ浜はその共犯という認識である。その為、2人とは関わり合いになりたくはなかった。だが、2人がそれを察する筈も無かった。

 

「所で一色さん。あなた、比企ヶ谷君とは関わりが当然あるわよね?だって副会長だもの」

 

「え、そりゃまあ.......」

 

一色は気付いてないが、城廻は気付いた。さっきの言動と今の質問から察するに、恐らく2人は一色に比企ヶ谷との橋渡しをさせる気だと。

まず応じるとは思えないが、仮に応じたと仮定してみよう。応じたとしても、2人に謝罪する事はないだろうし、それ以前に周りが止めるだろう。となると一色の橋渡しは無意味なものになるどころか、最悪今いる人間や間接的に今回の出来事を知った2人の悪行を全部を知っている者から裏切り者の烙印を押され、孤立する可能性すら出てくる。流石にここまで一瞬で弾け出さなくても、少なくとも普通に考えれば一色の立場が危うくなる位は分かるだろうし、というかそういう事を頼むという発想すらないだろう。やはりこの2人、全く成長していない。

 

「なら一色さん、比企ヶ谷君に謝罪させるのを手伝って頂戴」

 

「え、いやです。というかそもそも、なんで私が協力しないといけないんですか?バカなんですか?私にメリットなくないです?」

 

間髪入れずに返された答えに一瞬2人は驚いたが、雪ノ下がすぐに反論する。

 

「あなたは生徒会選挙で、奉仕部に相談した筈よ?こちらから具体的かつ最良の解決案を提示したにも関わらず、それを無視して桑田君達に流れた。その裏切りを許す代償として、私達に協力する。メリットはないけど、これまでの借りをゼロにする良い機会だと思うのだけれど」

 

「.......バカですか。別に私は相談しただけで、先輩の出した案に賛成した覚えはないです。勝手に話進めて、私の話を全く聞かないで、1人突っ走った結果じゃないですか。それを私にどうこう言うのは、流石に暴論だと思います」

 

「でもでも!いろはちゃんなら、分かってくれるでしょ?私達にはヒッキーが必要なの」

 

「いや、それこそ知らないですよ。私、奉仕部の部員じゃないですもん。私は奉仕部に会長がいるとか、別に関係ないですし、奉仕部に入れる義務もありませんから。

っていうか良い加減、黙ってくれませんか?正直、聞くに耐えないんですけど」

 

良い加減、一色も溜まってきたらしい。普通なら先輩である城廻が止めそうではあるが、それをしない辺りやはり城廻も内心では一色に賛成なのであろう。

 

「えーとさ、2人とも本当に何しに来たのかな?チョコ作りじゃなくて、私達に喧嘩売ってるよね?取り敢えずさ、チョコ作りの邪魔だから別の班に行くか、もう帰ってくれるかな?」

 

にこやかに今までで一番ストレートかつ、強力な毒をぶち撒けた城廻。いつもはポワポワしてるタイプで、あまりこういう風にズバズバ言う事はない。だがここまで言った辺り、やっぱり苛ついていたらしい。

だがチョコ作りは諦められないらしく、2人はオイゲンの所に行ってチョコを作る事にした。

 

「よろしくね〜」

 

「厄介になるわ」

 

「.......よく来れるわね」

 

恋は人を惑わすと昔から言うが、この2人は恐らくその中でもトップクラスに惑わされているだろう。というか惑うを超えて、普通に精神に異常をきたしてると言って良い。

 

「にしても、アンタ達、本当に何しに来たの?チョコ作りが目的じゃないわよね?」

 

「いいえ。チョコ作りよ。比企ヶ谷君に謝ってもらって、私達はチョコを渡して私達の愛を伝えるの」

 

ぶっ飛んだ事を言っているが、つまりこう言う事らしい。まずこれまでのゴタゴタ、というか奉仕部の活動で起きたあらゆる諸問題の原因は比企ヶ谷にある。よって、比企ヶ谷はこれを私達に謝罪すべき。そして私達はチョコを渡し、愛の告白を持って3人で楽しく末永く暮らすらしい。

これを聞いたオイゲンは、あまりに現実と乖離した発想にただただ戦慄していた。明らかに支離滅裂であり、普通の精神ならこんな考えに至る事もないだろう。オイゲン自身、KAN-SENという生まれながらにして兵器として戦場を生きる場として定められた身。これまで中々にぶっ飛んだ奴も見た事があるが、この2人はぶっちぎりでそれ以上の物だろう。

 

「所で、何故左手の薬指に指輪をしているのかしら?」

 

オイゲンの左手には、ケッコンカッコカリの指輪を長嶺&マーリンを筆頭とした霞桜の技術者集団が魔改造した『真・ケッコンカッコカリの指輪(仮)』と名付けられている指輪が輝いている。

 

「これは真也に貰ったのよ。去年の選挙の後にね」

 

次の瞬間、雪ノ下はオイゲンの腕を引っ掴み大声で手を上げて叫んだ。

 

「平塚先生!!ヒッパーさんが校則違反をしています!!!!」

 

「そうそう!!学校に指輪付けてくるなんて、ぼっしゅーだよ。ぼっしゅー!」

 

「そうだな!!しかも生徒の模範たるべき、生徒会の人間が校則違反とは、他に示しがつかんからな。没収の上、廃棄させてもらう」

 

「え!?ちょ、なんでよ!!」

 

雪ノ下、由比ヶ浜は自分達が地獄の苦しみを味わっている間に幸せを掴んでいたことへの嫉妬で。平塚は単に男日照りで、結婚なんざ夢の又の夢のそのまた夢のお話しである事での嫉妬でオイゲンの指輪を奪おうとする。

念の為言っておくが、今日は土曜日。学校はお休みであり、そもそもこの学校の校則はちょっと特殊で、高価な物でなければアクセサリーも可なのだ。しかもこの指輪、確かに価値はある意味でトンデモなく高いが、外見上は単なる指輪にしか見えない。である以上、この校則により合法ではある筈なのだ。まあそんな事、この場にいる全員が忘れているが。

 

「アンタら醜いよ!!やめな!!!!」

 

「本当にやめろし!!」

 

「今日は休日なんですよ!?いいじゃないですか!!」

 

「というか完全に、先輩達の嫉妬ですよねそれ!?!?」

 

参加している生徒会のメンバー達が口々にそう言うが、平塚の「うるさい!!お前達も処罰するぞ!?!?!?」の一言でねじ伏せられてしまう。

 

「いやっほー!ようやく始末が.......え、何この状況」

 

そんな時であった。教室の扉が開き、中にアイツが入ってきた。オイゲンの夫(?)にして、オイゲンの上官。そしてオイゲンが最も愛する、世界最強の兵士。長嶺雷蔵が入ってきてしまったのだ。

 

「あら、いい所に来たわね。桑田君、今ここで土下座しなさい。そしたらヒッパーさんを許してあげる。異論は認めないわ」

 

「いやいやいやいや!来て早々、なんで土下座する事になる。アホか?ってかお前ら、よく来れたな」

 

「いいから早くしてよクワタン!!エミリアちゃんどうなってもいいの?」

 

「具体的にどうすんだよ」

 

「そ、それは.......」

 

由比ヶ浜の脅しに1ミリも臆せず、逆に質問を返して反論できなくする。何せ人質取られたとか、もう何度も経験してるし、その経験の中では全て武装した人間が立っていた。今回は武器なんてない。やろうと思えば、すぐに雪ノ下と由比ヶ浜の2人、いや。平塚もいれた3人を無力化して奪還できる。だがしないのは、もう少し状況を見極めたいからである。別に武器ないなら、今すぐどうこうはない。ならゆっくりと考えさせてもらう。と思っていたのだが…

 

「兄貴譲りの.......衝撃の!ファーストブリットォォォォッ!!」

 

なんか平塚が殴りかかってきた。正直、ファーストブリットはよく分からんが、単なる右ストレートである。しかも凡人の極々普通の、何も考えずに単にパンチしてるだけ。別に力の入れ具合だとか、着弾点だとかの計算も一切しないパンチ。恐らく格闘訓練を始めたばかりのルーキーでも何とかできる位のパンチを、まして世界最強の兵士である長嶺が対処できない訳なかった。

 

「あーはいはい。右ストレートですね」

 

拳を受け止めた上、そのまま拳を握り完全に右手を固定した。これで平塚は動けない。

 

「げ、撃滅のセカンドブリッ」

 

「あーそういうのいい、から!!」

 

そのまま横にあった机の方にぶん投げた。平塚は机に身体を叩きつけられて、そのまま机の上を転がっていき、反対側に落ちた。

 

「あのねぇ平塚先生。そんなよく分からん必殺技名叫んでもね、技が追いついて無いんだから単なるパンチにしかならんのよ。そんな必殺技叫んで、凡人の攻撃力あがるならみんなそうするわ」

 

「だ、黙れ桑田!!抹殺のォォォッ!ラストブリット!!」

 

そう言ってまた性懲りもなく殴りかかる平塚。今度はさっきのダメージの影響か、ただでさえ遅い攻撃が更に遅くなって襲い掛かってきた。流石にもう面倒なので、そのまま拳を避けて腕を掴み、背中の方へと捻じ曲げて固める。

 

「イデデデデデッ!!!!!」

 

「弱っ」

 

取り敢えず固めたので、どう拘束してやろうかと考えていた時、ドアが勢いよく開いて、今度は何かヤベェ奴らが入ってきた。革ジャンに黒いフルスモークのヘルメットを装備した、それぞれ2本の木刀で武装した2人の人間が突撃かまして来たのである。

 

「いやもう、今度は何なんだよ。お前ら映画から飛び出してきたのかよ」

 

武装して現れた謎の2人組に、生徒会メンバーは壁際までゆっくりと後退している。だがどうやら、2人組の目標はオイゲンでも生徒会の誰かでも無く、長嶺らしい。一直線に襲いかかってきた。

 

「おっと」

 

平塚の頭をぶん殴って一時的に脳震盪で動けなくさせておき、木刀が当たる前に後退。取り敢えず近くにあったフライパンを両手に持って、カンフー映画の様に構える。

 

(幾ら素人でも、木刀とフライパンじゃリーチが全然違う。だがまあ、相手が剣道が齧ってなければ、攻めまくれば対応できない。だが経験者ないし、勘があれば面倒だな)

 

様子見でまずは2回ほど攻撃を敢えて受けてみたが、全く手応えがない。というか剣の動きが余りに遅い。恐らく、片手で剣の重さを支えきれてないのだ。となればコイツらは身の丈に合わない装備を持ってやってきた、単なる素人。そうなれば話は早い。

 

「行くぞ」

 

1人目の懐に飛び込み、左で剣を受け流す。そのまま右手のフライパンを腹に向かって叩き込みまくって、ある程度怯ませて、そのまま左手のフライパンを額の部分に向かってフルスイング。その衝撃で後ろにあったコンロの角に頭ぶつけて、戦闘不能になった。

 

「おら行け!!」

 

2人目はフライパンをソイツに向かって、両方とも投げて注意をずらさせる。そのまま懐に飛び込んで、ヘルメットを掴み机に向かって釘打ちの如く何度も何度も叩きつける。ついでに口の部分に蛇口をつけて、バルブ全開で水を大量に流入させて、咳き込んだ瞬間に後頭部目掛けて踵落としで意識を刈り取った。

 

「あ、平塚忘れてた」

 

そう言った時には遅かった。平塚は近くの机の下から、包丁を取り出して何故かオイゲンの方に向かって突進していたのだ。

 

「私より先に幸せになる奴なんて死ねぇぇぇぇ!!!!!!!」

 

「ッ!?!?」

 

オイゲンはいきなりの事かつ、周りに由比ヶ浜と雪ノ下も居たのもあって全く動けず、ほぼ棒立ちの状態であった。刺されて死ぬ事も負傷する事もないが、流石にこの場合は死ぬか負傷しないと不味い。人間でない事が露見するのは、流石にヤバい。だが、そんな事は杞憂であった。

 

ガキンッ!!

 

「な、なに!?!?」

 

「教育者として、生徒刺すってのはどうなんだ?あ?ってか、なに俺のエミリアに手ェ出してんだ?」

 

さっき倒した革ジャンヘルメットの持っていた木刀を2本拝借し、2人の間に入って、木刀で包丁を受け止めていたのだ。

 

「貴様、またも邪魔するか!!!!」

 

そう叫ぶ平塚に、長嶺は何も言わずに平塚の腹を蹴り上げて後ろに吹っ飛ばす。後ろの食器棚にぶつかってフラフラしているが、それでも立ち上がって包丁を構え続けた。

 

「これでノビないのか。まあ良い。そうでなくては、俺も楽しめない」

 

そう言うと長嶺は、木刀を上へと投げた。さっきまでは普通に構えていたが、上に投げた木刀をキャッチした時には、最も得意とする逆手持ちの二刀流にして、長嶺雷蔵として戦う時と同じ様に構える。

 

「うわぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

間の抜けたような悲鳴とも取れる叫びを上げながら、一直線に突っ込んでくる。だがその程度で倒せる訳がない。

 

「動きが単調で芸がない。そんなんじゃ…」

 

まず包丁を蹴りでへし折って、太腿、腕、胸、顎、首、頭を順に木刀でぶん殴る。急所やダメージを受けたら動けなくなるくらい痛い部分を全部攻撃されては、流石に動けない。平塚は潰れたカエルのような呻き声を上げると、力無く地面に倒れた。

 

「今.......アンタ.......何、したの?」

 

「敵を倒しただけだが?」

 

恐る恐る聞いてくる川崎に堂々と長嶺は答えた。オイゲンを除く全員が、目の前で起きた惨事に固まる。

 

「ひ、人殺し!!」

 

そう叫ぶ由比ヶ浜。そうは言うが平塚は死んでないし、別に長嶺に取っては殺しは日常。ぶっちゃけ「何を今更」としか思わない。

 

「殺しちゃいねーよ。痛みで動けねぇだけだ。それに、別に俺はコイツが死のうが構いはしない。人殺し?上等。殺人鬼?それがどうした。俺は好きな女を守る為に武力を用いた。しかも相手は包丁で武装してるんだ、別に木刀位で武装したって道理には反さない。それを外野どころか、敵側の立場であるお前が文句言うな。さもなくば、コイツと同じ運命辿らすぞ?」

 

「そ、それは.......」

 

言葉に詰まる由比ヶ浜。次の言葉を言う前に、ドアが勢いよく開いて教師陣と比企ヶ谷が入ってくる。

 

「お前ら大丈夫か!?」

 

「ヒキオ!アンタ、一体何してたわけ!?!?」

 

「何って、来たら何か謎のヘルメットと桑田が争ってたらから、先生を連れてきたんだが.......」

 

そう冷静に説明する比企ヶ谷だが、その隣の教師は大慌てであった。この後、救急車は来るわパトカーは来るわ長嶺は捕まるわで、大騒ぎであった。まあ長嶺は即日開放されて、そのまま鎮守府に帰っているが。

 

 

 

その日の夜 江ノ島鎮守府 長嶺自室

「……というわけよ」

 

「あー、1つ言っていいか?アイツら、馬鹿だろ」

 

オイゲンから事のあらましを聞いた長嶺は、そうとしか思えなかった。何せ言ってる事というか展開する論理が、明らかに頭おかしい上に支離滅裂で、何が何やら。取り敢えず比企ヶ谷に謝らせたいのと、長嶺自身に矛先が向いている事は理解した。

 

「指揮官も大変ね」

 

「全くだ。まあ今回は桑田真也っていう偶像にヘイトが向いてるから、全てが終われば奴らは謎の存在しない男を追い続ける事になるだけだから、こっちの気は楽だがな」

 

「所で指揮官」

 

「なんだ?」

 

オイゲンは徐ろに指揮官の膝の上へと座る。それも普通に座るのではなく、態々身体を横に向けて座った。

 

「私、今日は怖かったわ。危うく、平塚に殺される所だったんだもの」

 

「あー、うん。そうね.......」

 

銃で撃たれるどころか、大砲をぶちかまされても生き残るKAN-SENが何を言うかとツッコミたくなるが、今のオイゲンはその答えが欲しいわけではないだろう。なら、一体どんな話が飛び出してくるのか。そんなの分かりきってる。

 

「あの時の恐怖がまだ残ってるわ。だから指揮官、慰めて?」

 

「.......昨日も5回はシたんですけど」

 

「そうだったかしら?」

 

因みにこの2人、告白というか婚約以降、ほぼ毎日の様にナイトプロレスをやってる。最早理由なんて、単なる言い訳にすぎない。というか理由がなくてもヤる。そして毎回、最初はオイゲンが攻めるか攻めようとするが、すぐに長嶺が持ち前の体力とか諸々で苛烈に攻めるのがお約束。

 

「そうだっつの。まあでも、いいか。風呂行くぞ」

 

2人の姿は脱衣所へと消えていく。この後、どんな事態になったかはご想像にお任せする。因みに7回戦までいったとか何とか。

そしてこの事を葉山が知ったら、一体どんな反応するのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五十九話ドッペルゲンガー

バレンタインの一件から3日がたった。平塚と木刀持って襲撃してきた2人は警察に捕まり、長嶺も一応警察に捕まった。平塚は暴行罪と殺人未遂の容疑が。木刀2人は暴行罪と傷害罪の容疑が。長嶺は過剰防衛の容疑がそれぞれ掛かっていた。まあ長嶺は裏から手を回して、無理矢理正当防衛で片付けた。

因みに木刀持った2人は、なんと元葉山グループの大和と大岡であった。恐らく裏で葉山が糸引いてるのだろうが、当の実行犯2人が「自分達で計画して実行した」と証言しているらしい。

 

「で、あるからして。信長の死後、時代は豊臣秀吉の天下統一へと続いていくのである。ではこの……」

 

「一応、平塚の一件やら大騒ぎだった筈なのに、平和な物だねぇ。それよかインフルエンザで休みが多くて、こっちの方で学級閉鎖になりそうとかマジで笑えるわ」

 

てっきり学校が休みになるかと思っていたが、普通にいつも通りの日常が送られている。まあ雪ノ下と由比ヶ浜に関しては、オイゲンにしようとしていた事やら、謎理論から生まれた論理を振り翳していた事まで、あの日言った事とやった事が大体全部広がったついでに、少しばかり誇張されて、なんか凄い事になってる。

例えば「2人はヤク中で、正常な判断ができない」だの「人を人として見ず、何かあれば雪ノ下は親に頼り、由比ヶ浜は寄生先のグループを巻き込んで無理矢理解決する」だの言われてる。前者はともかく、後者は当たらずとも遠からずだろう。

あ、因みにインフルエンザの方は相模&元取り巻きs、葉山を筆頭にクラスの約4分の1が休んでいる。後2、3人休めば学級閉鎖コース確定なので、現在生き残ってるクラス人間は自分がインフルになるか、増えるかしてくれと神に願いまくってる。

 

「ねぇ指揮官。この後、一緒にご飯食べましょう?」

 

「へいへい」

 

「そこ。私語しない!」

 

「さーせん」

 

流石にバレた。一応真面目に受けようと思い、教科書とノートを見ていると、長嶺の電話が鳴った。因みに授業中に電話を鳴らすのは、普通に校則違反である。

 

「誰だ!?」

 

「あ、すみません。俺っすわ」

 

「また桑田か!全く、職員室に後できなさい」

 

教師の言ってるそばで、普通に電話に出る長嶺。先生は本気で怒り出したのか、こちらにズカズカと近づいてくる。だが長嶺が電話に出たのは、掛かってきた携帯が普段使いではなく緊急用の物で、尚且つ相手が副長のグリムだったからである。

 

「どうした?」

 

『長官、舞鶴鎮守府の山本提督が、襲撃されました。現在意識不明の重体です』

 

長嶺は瞬時に悟った。恐らくこの一件が、これまで自分の追いかけていた謎の暗号が指し示していた事、若しくはそれに付随する事だと。ならば、今自分が取るべき行動は決まっている。

 

「おい!!聞いているのか!?!?」

 

「すぐに行く。準備してくれ」

 

『了解しました。私は本部で解析の準備にかかります』

 

電話切って懐に携帯をしまった時、既にその顔は桑田真也の顔ではなく、素顔である長嶺雷蔵としての、それも連合艦隊司令長官としての顔であった。

長嶺は目の前の社会科教師に対して、まるで地獄の底から漏れ出てきたかのような低い声で話す。

 

「先生。悪いが、俺は早退させて貰う」

 

「な、なに!?」

 

「生憎と、どうやらタイムオーバーらしい。大人しく学校で授業受けるなんて、そんな悠長な事はしてられねぇ。じゃあ、これにて」

 

そう言って教室を出ようとするも、社会科教師によって道を塞がれてしまう。

 

「待て待て!理由もなく帰せるか!!点数引くぞ!?!?」

 

「んなもん構うか。引きたきゃ、どうぞご自由に引いてくださいな。別に俺は点数なんて、100点だろうが0点だろうが、心底どうでもいいんでな」

 

先生の脅し文句である「点数引くぞ」も不発に終わり、どうやらネタ切れらしい。だがそれでも止めようとしてくるが、別にどうでも良い。突破すれば良い。まあ流石に今回は世間一般で見れば、こっちが悪いので暴力はなしだ。フェイントをかけてドアではなく、窓からスルリと脱出。そのまま玄関へと走る。

 

「我ながらナイスタイミングだ」

 

玄関へと出た瞬間、呼んでおいた神谷の愛車であるマスターシロンが目の前に丁度到着した。一応到着時間を計算してはいたが、まさかここまでピッタリで来るとは思わなかった。

だが今は、そんな事を考えてる暇はない。すぐに飛び乗り、合流地点のヘリポートを目指す。勿論信号は無視するし、スピード違反もバンバンする。何かパトカーに追いかけられてるが、そんな事気にしない。問題は問題にしなければ問題にならない。つまり、ぶっちぎってしまえば問題にならないのだ。

 

「こっちだ総長!!!!

 

ヘリポートに突入し、迎えにきてもらった戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』に車ごと突っ込む。車の収容を確認した同時に機体は上昇し、すぐにスクラムジェットエンジンに切り替えて、舞鶴鎮守府を目指した。

 

 

 

数分後 舞鶴鎮守府上空

「やっぱ、マッハ6って早いな」

 

「流石レリック!上手いこと作るぜ!」

 

「この機体、傑作。速い強い硬い。全部揃ってる」

 

お忘れかもしれないが、黒鮫は最大でマッハ6を叩き出す超速輸送機である。その為、直線で大体350kmしかない千葉〜舞鶴間は、たったの数分で到着してしまうのだ。

そして今回の任務においては、賊の襲来に備えてバルクの第三大隊、事件の真相究明に向けて鑑識業務を担当して貰うレリックと刑事の経験がある奴やこういう事に強い部下。そして暗殺の線が強い為、ハニートラップの達人として世界中を飛び回った女、暗殺者カルファンを連れてきている。

 

「取り敢えず、東川大臣からは警察もMPも介入させないと連絡が来ている。このまま捜査を始めるぞ」

 

「全く。いつから霞桜は刑事になったんですかい?」

 

「そう言うなって」

 

今回は事が事だけに、全ての捜査を霞桜が独自にやる事になった。単に山本が襲撃されただけなら問題ない。問題なのはその背後が、先程も書いた通り、例の謎の暗号音声を使う奴らだとしたら事件と無関係と考える事はできない。となると警察や憲兵を介入させない方が、何かと楽なのだ。

警察だろうが軍人だろうが守秘義務はある。しかし所詮は人。もし捕まって拷問を受ければ、簡単に吐いてしまう。秘密を隠す上で一番手っ取り早いのは、その秘密を知る人間を最小限に抑える事が一番手っ取り早いのだ。

 

「お、お待ちしておりました!長嶺連合艦隊司令長官殿!!」

 

「朝潮だったな。山本提督の一件だが、俺が全て取り仕切る。よらしく頼む」

 

朝潮はまだ1回しか長嶺とあった事がないが、長嶺が来てくれた事にとても安心した。だがすぐに、その安心感は不信感に変わった。その理由は、まず長嶺の乗ってきた機体。こんな機体、見た事がない。別に航空機に詳しいわけではないが、それでもある程度の航空機は勉強しているので知っている。でも全く見た事がなかった。

極め付けは長嶺の背後に控える謎の兵士達。あんな装備は見た事がないし、何より不審すぎる。

 

「はい!それで、あ、あの、所で後ろの兵士の皆さんは一体.......」

 

「俺の部下だ、安心していい。君達には危害を加えない。だが我々は本来、こうやって見られてしまった者は排除するように命令を受けている。その理由は君のように察しのいい子なら説明する必要もないだろう。

だが今回は敢えて言おう。我々は秘密特殊部隊であり、存在自体が違法だ。それに我々が影にいる事で、国の安寧が守られている。だからどうか、後ろの部隊もあの機体も俺の発言も、全てが終わったら忘れて欲しい」

 

「了解致しました!」

 

朝潮も聞いてはいけないと、とにかくそれだけは理解した。ならば自分の役目は少しでも、上官の上官である長嶺に協力する事。なのでまずは、現場である執務室へ通す。

 

「ここでやられたか。.......火薬の匂いがしないのを見る限り、抵抗の間も無くやられてるし、なにより相手の獲物は格闘か近接武器の可能性が高いな」

 

「提督は発見した時には首から血を.......」

 

「OK朝潮、それ以上言わなくていい。カルファン!別室で話を聞いといてくれ」

 

「わかったわ」

 

流石にずっとここで朝潮に自分の上司が襲撃された現場を見せ続ける訳にもいかないし、何より余りに忍びない。ここは一度、場所を変えてあげた方が気分も少しは落ち着くだろう。取り敢えず同性のカルファンを付けているので、気休めにはなる筈だ。

その間にこちらは現場を捜査する。

 

「にしても、結構派手に飛び立ってんなぁ」

 

「多分この感じ、鋭利な刃物で太い血管を切られたな」

 

現場が執務室なのは先述の通りだが、やはり部屋の中は血だらけであった。床の絨毯は血が乾いて赤黒く変色したシミができてるし、床や壁、本棚と中の本とか資料ファイルにも血痕がついている。

 

「総長、どう思いますかい?」

 

「まあ普通に考えて、プロか身内だわな。ここは世界の命運を握る艦娘達のホーム、鎮守府だ。警備も超厳重だし、中にも大量の監視カメラがある。ここをバレずに行動するとか、俺でも骨が折れる」

 

「なら、身内?」

 

「どうだか。身内だと仮定して、一体どんな理由だ?山本提督は良くも悪くも、武士みたいな性格だ。少なくとも艦娘に手ェ出してるなんて事はないだろうし、仮に厳しく接しられすぎてストレスが溜まってたと仮定しても段階すっ飛ばして殺しには踏み切らんだろうよ。何よりそんなのがあれば、すぐに他の艦娘が分かるさ」

 

だがまあ、疑うに越した事はないのは確かなので、所属艦娘の寮舎の捜索と女性隊員による身体検査を行う事にした。ついでにグリムとレリックが連携して、鎮守府内と周辺の監視カメラのログを洗ってもらう。

その間に長嶺とカルファンは、現場を2人で見ていた。

 

「んでよ、カルファンはどう思う?」

 

「どう思うって、これは間違いなくプロの犯行よ。それも極上の部類に入る、まるで芸術の様な暗殺ね」

 

「その心は?」

 

「全く痕跡という痕跡がないでしょ?勿論この部屋で殺しがあったのは確かだし、血痕もあるわ。でも犯人に繋がる痕跡は一切ない。綺麗すぎるのが逆に怪しいわね」

 

人は必ず、何かしら跡を残してしまうものだ。足跡然り、指紋然り、唾液や髪の毛然り。歩けば足跡は必ず着くし、何か触れば指紋が残る。喋れば唾液は飛ぶ訳で、髪の毛も落ちることははよくある。

だが稀にそういう跡を一切残さない奴もいる。今回はどうやらその、残さないタイプらしい。勿論そういうタイプは探し難いのは事実だが、逆にプロの犯行と絞り込めてしまうのだ。現場が野外のそれも雨とか嵐の後なら痕跡が流れるので一般人でもできるが、今回の現場は屋内である以上、犯人はプロだと断定して間違いないだろう。

 

「やっぱりそうだよな」

 

「あら、ボスも勘付いてたのね」

 

「火薬の匂いがしなかった辺りで分かった。提督には必ず、護身用に拳銃の装着が義務付けられている。なのにこの部屋からは全く火薬の匂いがしない。となると山本提督は、抵抗する間も無く殺された事になる。第一、こんな場所で殺しをやった時点でプロか身内だろうしな」

 

取り敢えずプロなのはほぼ確定したが、いかんせん情報が少なすぎる。というかもう、全く無い。痕跡が無いんじゃ後を追うのも無理だし、目撃証言もない。

 

「多分もう、現場で出来る事はないな。艦娘と職員の事情聴取はやるが、大部分は返してもいいだろう。最低限の人員を残し、本部へ帰投しろ」

 

「了解よ」

 

長嶺は現場での捜査を切り上げ、大部分を本部に返すことを選択。先に部下を返して、自身は山本の担ぎ込まれた病院へと向かった。

 

 

 

数十分後 舞鶴総合病院

「おぉ.......雷蔵.......」

 

病院に到着すると、既に東川が到着していた。その顔は暗く、長嶺も初めて見る顔であった。一目で明らかに悲しんでいるのが分かる。

 

「もう来てたのか。具合はどうなんだ?」

 

「まだ分からん。医者の話じゃ頸動脈と腹部をやられたそうだ.......」

 

「人の急所を抑えてんな」

 

「時に捜査は?犯人は見つかった?」

 

「.......収穫はプロによる犯行って事がわかっただけだ。現場には何も痕跡が無かった。今後は監視カメラの解析による捜査に切り替えて、情報を集めるつもりだ」

 

更に東川の顔は悲壮感漂う物になっており、それだけ山本の事を大切に思っていたのだろう。2人は戦友として、ずっと共に戦ってきたのだ。仕方ない。

暫くして、手術室のランプが消えた。中から医者が出て来る。

 

「無事、一命は取り留めました。しかし予断を許さない状況ではあります。今夜が峠でしょう」

 

「そう.......ですか.......」

 

「先生、どうか山本提督を助けてください。あの人はまだ、海岸には必要なんです」

 

「全力を尽くしましょう」

 

医者にそう言うと、長嶺は出口へと歩き出す。未だに顔を下に向けている東川を、前に向かせてから。

 

「いつまで下を向いてやがるクソ大臣!」

 

「長嶺?」

 

「あの人の強さは、アンタが一番知っているはずだ。それを信じないでどうしますか?

ここは大臣にお任せします。俺は、俺のすべき事をする」

 

そう東川を励ますと、長嶺は外へと歩き出す。それを見た東川もICUに山本が移されたのを見届けると、急ぎ防衛省へと帰還。出来る限りのサポートをするべく、あらゆる伝手と権力を使って情報を集め出した。

一方の長嶺も江ノ島へと帰還し、幹部達との会議を始めた。

 

 

「お前達、取り敢えずの報告を頼む」

 

「ではまず私から。現在、監視カメラのログを洗っていますが何人か、怪しい人物が出てきています。この数人を対象に、より詳しく解析していますが、余り結果は芳しくありません」

 

グリムの報告が上がり、次はレリックからの報告だ。レリックは簡単な鑑識業務と、山本の傷口を確認してもらった。

 

「鑑識からは、何も手がかりはない。でも、犯人の武器は特徴的」

 

「特徴的とは?」

 

「使われたナイフ、普通のじゃない。小型のククリ刀か、ジャンビーヤ」

 

因みにククリ刀とジャンビーヤが何かというと、何方も刀身の真ん中辺りで急カーブしている刀剣類である。ククリ刀はグルカナイフとも呼ばれ、ワンピースのヘルメッポが使ってるヤツである。一方のジャンビーヤはククリ刀によく似た見た目の短剣、ダガーであり主にアラビア等の中東で使われている。

 

「ねぇ、本当にククリ刀なの?」

 

「そう。刺された傷口が、刺した場所からまるで抉り込むみたいになってる。こんな刺し方、普通のナイフ形状じゃ無理」

 

カルファンの顔は非常に不味い、と言うのがよく分かる顔であった。いつもニコニコしてるカルファンが、ここまで露骨に顔に出てる辺り相当ヤバい相手なのだろう。

 

「多分だけど、犯人はドッペルゲンガーって暗殺者よ」

 

「ドッペルゲンガーって、殺した相手に成り代わるのか姉貴?」

 

「ベー君焦らない。でも、正解よ。ドッペルゲンガーの特徴は、相手に成り代わるのよ。文字通りね」

 

カルファンから語られたドッペルゲンガーという暗殺者の話は、中々に凄い物であった。そのドッペルゲンガーの名前の由来ともなった最大の特徴というのが、他人と文字通り入れ替わる事だ。顔、仕草、言動、行動は勿論の事、思考パターンから血液型の様な身体状態まで完璧にコピーしてしまい、コピーされた本人と綺麗そっくり成り代わる事ができてしまうのだと言う。しかもある程度の記憶も観察して覚えている為、例えば家族の様な深い関係の者でも入れ替わった事に気付かないのだとか。

 

「このドッペルゲンガーは他人に成り代わるけど、暗殺の仕方だけは絶対に変わらないの。彼の獲物は、ジャンビーヤよ」

 

「とすると不味いですね。そのドッペルゲンガーとやらが犯人と仮定して、それを見つけ出すのは至難の技でしょう。しかもドッペルゲンガーに関しても、今回の襲撃事件に関しても一切情報が無い以上、罠を貼ることも出来ない。総隊長、どうなさいますか?」

 

マーリンの言う通り、とにかく状況は非常に不味い。よくある『一か八かの賭け』なんて事も、今回の様に情報が無いんじゃ賭けのベットを何処にすれば良いのか分からない。言うなればギャンブラーと掛け金はあっても、カジノが無いのだ。これでは賭けのやりようがない。

ならば今出来るのは、自分の中で恐らく繋がってるだろうという物に縋る事だろう。その恐らく繋がっている物というのが、総武高校に潜入してる理由となった『総武高校、暗殺計画、まもなく開始、戦闘員は帝国海軍の』という中国語が話されていた謎の音声記録である。

 

「こうなったら例の音声を元に考える。暗殺計画が山本提督の物だと仮定して、狙われてるか関係している可能性が高いのは総武高校と帝国海軍だ。流石に総武高の生徒と教職員全員に隊員を張り付かせるのは無理だから、せめて各基地に一個分隊を護衛にあたらせろ。こっちで話は通す。

最後に各員に仕事を割り振る。グリム、レリックは引き続き監視カメラのログを洗った捜査を頼む。また総武高の生徒と教職員の監視も監視カメラとかでやってくれ。マーリン、バルク、ベアキブルは派遣部隊の編成と、不足の事態に備えてローテション組んで待機してくれ。カルファンはドッペルゲンガー含む暗殺者の詳細をピックアップを頼む」

 

「親父。よろしいですか?」

 

「どうした?」

 

「例の坊主、比企ヶ谷にも監視をつけませんか?」

 

ベアキブルの提案に全員が驚いた。だがベアキブルがこういう場で冗談を言う事はないのを知っているからこそ、どういう理由かを聞いた。

 

「例のそのドッペルゲンガーが犯人なら、比企ヶ谷に入れ替わってる可能性もあるんじゃねぇかなと。もしそうだとしたら、かなりヤバいんじゃないですか?」

 

「確かにな。一応、2人監視をつけろ。本人には護衛だと言っておく」

 

「頼んます」

 

会議は終わり、幹部である大隊長達は自分の任務へと移る。長嶺も執務室へと行き、緊急でオンライン会議を招集する旨を各基地に伝えた。

丁度そのタイミングで、比企ヶ谷とオイゲンが入ってきた。

 

「あら?珍しいわね、あなたがしっかり軍服を着るなんて」

 

「あぁ。で、どうしたんだ?」

 

「どうしたも何も、指揮官いきなり帰ったじゃない。その理由を聞きに来たのよ」

 

そういえば理由をまだ説明してなかったのを、オイゲンから言われて初めて思い出した。都合のいいことに比企ヶ谷も居るので、山本が襲撃されて生死の境を彷徨っていること。恐らく今後、帝国海軍か総武高校が危険に巻き込まれるか暗殺者が潜んでいること。現在霞桜はこの事件の捜査に当たっていることを説明した。

 

「なぁ、それ俺が聞いてよかったのか?」

 

「ぶっちゃけ本来は聞いちゃいけない部類だが、ここからはお前にも関係がある。我々は現在、お前を監視対象としている。事件解決までは一時的に、こちらの監視下に入ってもらう。勿論普通に生活して貰って構わないし、何よりお前を疑っているわけではない。あくまで護衛として、お前を監視下に置くだけだ」

 

「そうか。わかった。事件、解決するといいな」

 

「あぁ。ありがとう。そろそろ会議の時間だ、悪いが出ていってくれ」

 

2人共外に出て貰って、長嶺は椅子の膝掛けにあるコントロールパネルの蓋を開ける。その内の1つをタップすると、目の前に巨大なモニターが降りて来た。更にタップすると電源が入り、顔認証でIDとパスワードが自動入力されてオンライン会議上に入る事が出来た。

暫くすると全員が入ったので、今回の事件の概要とその他諸々の連絡事項、そして護衛をつけることを報告した。河本派閥からの反発はあったが、安全の為と無理矢理押し通したので問題ない。

次の日からは長嶺の様々なツテを使って情報集めに入る。

 

「もしもし張のおっちゃん?」

 

『おぉ!煉獄か!!』

 

まず電話をかけたのは中華民国陸軍総司令長官の張趙雲である。この男は表の男だが、知っての通りかつて中華民族解放戦線の幹部であり香港革命を起こしている。その頃の情報網は裏にも深く伸びているので、表の人間でありながら色々分かるのだ。

 

「おうよ。悪いが色々立て込んでてな、要件だけ言わせてくれ。ドッペルゲンガーと呼ばれる暗殺者について、何か知らないか?」

 

『ドッペルゲンガー!?おまっ、えぇ!?何処でその名前を知ったんだ!?!?』

 

「悪いが言えない。だがある理由につき、ソイツを追い掛けている。情報が欲しいんだ」

 

『.......他ならぬ、かつての同志の頼みだ。分かった、すぐに調べよう。だが時間をくれ』

 

「頼む」

 

そう言って電話を切った。次はロシアの情報屋であるイワンコフ、中東の反政府組織の首領ムージャ、ドイツの情報屋シュトラッサー、イギリスの裏世界に強い諜報員であり、横山の粛清の際に情報を流してくれたアンダーソン、フランスの情報通ルイージ、南米全域にシマを持つカラーギャングのトップ、ボス・ラーチ、アメリカマフィアのボスをしてるトニー等々、あらゆる国の裏社会に通じる組織ないし個人に片っ端から電話をかけて情報を1週間かけて、とにかく集めに集めた。その結果として分かったのが以下の通り

 

・ドッペルゲンガーが化けられる範囲は限りがなく、場合によっては子供にまで化ける。勿論特定の場合かつ様々な条件が揃わないと無理だが、一応できる。

・血液検査や指紋認証といった生体認証でも見破るのは不可能。だが記憶までは完璧には引き継げないので、本人や近親者しか知らない物を用いれば見破る事はできる。実際過去に一度、その手段を使われてバレた事がある。

・どういう訳か成り代わった者の死体はこれまで一度もあがった事がない。上がるのはいつも、ターゲットの死体だけ。かといって成り代わった人物が生きてる訳ではなく、殺されているのは確か。

・本名はもちろん、性別や出生は謎。獲物もジャンビーヤとされているが、実際の所は不明。

・最後の仕事は去年のアメリカ下院議院議長の暗殺。それ以来の足取りは不明。

・仕事の頼み方に関しても不明。

 

一応情報は集まったが、それにしたって情報が少なすぎる。やはり秘密主義なのか、基本的に『不明』が目立つ。カルファンが集めた情報も基本的にはこれと変わらず、正直打つ手立てはない。

 

「これ、どうしよ。取り敢えずの方向こそ見えてきた気がするが、これじゃ一寸先が闇っつーか、方向感覚すらも失いかねんっつーか。どうしたもんかね」

 

「お悩みの様ですね、提督」

 

そう言って入って来たのは、初めて長嶺の持った艦娘である大和であった。大和の手にはお盆があり、その上には湯気の上がる温かいお茶がある。

 

「お悩みも何も、これどうしろってんだよ。情報はゼロ、そもそも透明人間ばりに痕跡すら残さない。実質、痕跡残さないのが唯一の痕跡だ。これじゃ特定の仕様がない」

 

「差し出がましいですが、提督。一度全てリセットするのはどうですか?」

 

「り、リセット?」

 

「はい。私も悩んだ時は、一度考えをリセットするんですよ。そしたら不思議と、どうすれば良いのか分かるんです」

 

大和の言葉はまるで、目の前に一筋の光が刺したかの様に一気に頭の思考が回転を始めた。そう。言うなれば道が変わったのだ。

 

「.......やっぱりお前は、俺の最高の艦娘だわ。マジでありがとう、大和」

 

「私は何もしてませんよ」

 

「いいや!お前は今、俺に一筋の希望をくれた。よしっ!!!!」

 

熱いお茶を一気に飲み干し、パソコンと向き合いながら情報と格闘する。そして耳にはイヤホンをつけて、あの音声を流す。もし音声ログを元に、これまでの情報や状況をフィードバックしていくとすると、きっと何処かに何かがある筈だ。そしてその何かこそが、答えかその近道になる筈だ。そう信じて、長嶺はとにかく格闘した。

 

(あの音声テープで分かったキーワードは『総武高校』、『帝国海軍』、『暗殺計画』の3つ。そして襲撃した奴は恐らく、ドッペルゲンガーという凄腕の暗殺者だ。暗殺計画は取り敢えず置いておいて、2つのキーワードとドッペルゲンガーについて考えろ。俺は関係者か被害者になる者が含まれていると考えた。そして全員を監視対象とし、総武高校組はカメラで。海軍には部隊を派遣した。

いや待て。ドッペルゲンガーは他人に成り代わる。完璧に模倣する。だが無論、遠隔で殺人なんてできない。山本提督は腹部と頸動脈をナイフ、それもジャンビーヤという珍しい物で攻撃されている。これを遠隔でするとなると、ロボットが必要だ。だがそんなロボットを使えば、普通にバレる。となると本人が直接やった事になる。怪しいのはあの時間、いや。それよりもっと前、当日のアリバイが無かった者だ!!)

 

そう、長嶺含め霞桜の全員が忘れていたのだ。警察であればあり得ないミスだが、彼らの主任務はあくまで戦闘と情報収集。警察業務である犯罪捜査は、汚職とかそっち方面の操作しかした事がない。それに加えドッペルゲンガーという巨大な存在によってできた影に隠れてしまい、最も初歩的なアリバイ捜査を失念していたのだ。

 

「俺とした事が、バカだな」

 

ここまでくれば話はとても早い。監視カメラのログであの日、総武高校を休んでいた者を調べ出す。後はその足取りを分析していくだけで、ある程度何をしていたかは予想がつく。

するとある1人が、何やらおかしな行動をしているのが分かった。その人間は暗殺が起きた日に、インフルエンザで休んでいた筈だ。病院や薬局に行くでもなく、スーパーにも行かずに向かった先は新幹線の駅。そのまま新幹線と電車を乗り継ぎ、向かった先はなんと暗殺現場の舞鶴であった。その人物の名は…

 

「まさか、相模がドッペルゲンガーなのか.......」

 

そう。この間あった文化祭において、長嶺にフルボッコにされた全く仕事できない系委員長、相模南である。彼女は冒頭にもある通り、インフルエンザにやられて休んでいる。なら、ここにいるのは可笑しい。もしかしたらサボって舞鶴への可能性もあるが、それにしたって色々可笑しい。

 

「家宅捜索するか」

 

グリムを呼び出し、家宅捜索する為の策を練った。警察なら裁判所から許可が降りれば、相手が幾ら断ろうと問答無用で家に押し入る事ができる。だが霞桜は公には存在しない秘密部隊。しかも管轄が警察とは違い、一応は防衛省とか新・大日本帝国海軍となる。というかそれ以前に、裏の部隊が表の組織に助力を求めるなんて出来るわけがない。

そんな訳で、何か策を練らないと家宅捜索が出来ないのだ。その結果生まれた方法というのが、相模の家周辺一帯にガス漏れが発生した為、一時的に対象地域の住民を避難させるという物。その為に色々準備して、翌々日に作戦を決行した。

 

 

 

翌々日 相模自宅周辺

「よーし、いい感じに一帯から人が消えたな。これより、内部に侵入する」

 

長嶺と数人の人間を連れて、玄関から堂々と家に入る。霞桜にはどんな鍵穴にも対応できる特殊な鍵が配備されており、南京錠だろうが最近の穴ぼこの鍵だろうが、鍵穴があって正常に回るなら、普通に突破できてしまうのだ。

 

「取り敢えず適当に部屋を探り、それっぽい部屋を探すぞ」

 

「「「了解!」」」

 

靴にビニールを巻いて、そのまま家へと上がる。リビング、和室、床下収納、階段下の収納、脱衣所&風呂、トイレと1階は空振り。2階にあがってみると2つの部屋があった。片方には態々「みなみ」と可愛い文字で書かれた札が下がっている。

 

「ここだな」

 

扉を開けて部屋に入ったが、少なくともパッと見は普通の女子高校生の部屋。化粧道具に鏡、机、ライト、カーペット、クッション、PC、タンス、ベッド等々、ごく普通のありふれた部屋である。

だが部屋の隅をよく見てみると、謎のテープの跡があった。そしてカーペットを剥がすと、床に切り傷が入っている。

 

「なんですかね、これ」

 

「テープに床に傷。繋がらないっすね」

 

「いや待て!」

 

長嶺は下の風呂場へと走り、排水溝を外した。そして中をライト照らす。排水溝の奥に、何か赤っぽい物が見えた。それを慎重に長いピンセットで拾い上げる。

 

「やっぱりか」

 

「総隊長、何を見つけたんですか?」

 

「肉片だ。俺はドッペルゲンガーの情報で、一つ気になった事があった。暗殺した奴の死体は上がるが、成り代わった者の死体は上がった事がない。流石に人を何人も跡形もなく消すなんて、早々できる芸当じゃない。

一応薬品とか溶鉱炉で溶かすとか、動物に食わせるとかあるにはあるが、田舎とかならいざ知らず。こんな住宅街のど真ん中で出来る事じゃない。だがもし、流せたらどうだ?」

 

隊員達の顔から、血の気がサーッと引いていくのが分かる。気付いてしまったのだ、人を流して消してしまうやり方を。

 

「まず毒殺、絞殺、心臓麻痺、取り敢えず血の出ないやり方で相手を殺し、後はバラバラに解体して細かく刻み、トイレとか風呂の排水溝へと流す。こうすりゃ人は見つからないって寸法だ。まあ鑑定しない事には分からんがな」

 

この後、さらに排水溝から見つかった肉片を回収し、パソコンのデータも全部コピーして江ノ島へと帰還。パソコンのデータはグリムへと渡し、解析してもらう。その間に長嶺は白衣に身を包み、自らDNA鑑定を行っていた。

最近忘れられがちだが、一応長嶺は既にハーバード大学院の医学博士の資格をゲットしている。外科手術からこういう鑑定作業まで何でもこなせるのだ。

 

 

「やはり、か」

 

鑑定の結果、相模のDNAと97.56%合致した。まず間違いなく、相模の物だろう。しかも見つかった肉片は、正確には肝臓の断片であることも分かった。普通に考えて、肝臓の肉片が排水溝にあるなんてあり得ない。まだ脚とか腕の肉片なら、偶々怪我をしたという可能性もある。だが内臓ともなれば、それはもう言い逃れは出来ない。

 

「そ、総隊長殿!!」

 

「どうした?」

 

研究室にグリムが血相変えて飛び込んできた。察するに、パソコンのデータから何かとんでもない情報が出て来たのだろう。

 

「例の相模南、いえ。ドッペルゲンガーですが、奴は恐らくシリウス戦闘団と繋がりがありますよ」

 

「なんだと!?!?」

 

「メールの記録にシリウス戦闘団に関する記述がありまして、ドッペルゲンガーはシリウス戦闘団かその関係組織に雇われたと思われます。またシリウス戦闘団かは分かりませんが、基地の場所も書かれています。どうないますか?」

 

「.......決まっているだろ?その基地全てに奇襲を仕掛けた後、ドッペルゲンガーを確保する!!決行は明日だ。部隊を集めろ!!!!」

 

「ハッ!!」

 

こうして、この事件に終止符を打つ時がようやく来た。事件発生から今日まで学校は休んでいたが、明日はドッペルゲンガーを確保する為に行く事になるだろう。

だが、長嶺達は知らなかった。明日は霞桜にしても、江ノ島鎮守府にしても、長い長い1日となることを。そして伝説が再び蘇り、災厄を齎す事を。

 

 

 

 



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第六十話血みどろの真実

みなさん、新年あけましておめでとうございます。今年もこのぶっ飛んだ『最強提督物語〜海を駆ける戦士達』と『最強国家 大日本皇国召喚』共々、よろしくお願いします。
新年早々、血みどろですのでご注意ください。


舞鶴鎮守府襲撃より数週間後 総武高校 2ーF

「そろそろ、学校も終わるな」

 

「それで、私はどうするのかしら?」

 

「お前は何かあった時に備えて、俺の後方から周囲を監視してくれ。何かあれば知らせろ」

 

もう間も無く、6限が終わる。そうすれば掃除して、そのまま放課だ。相模の身柄は放課後、彼女が家へと1人で帰る途中で決行する。既に他の拠点については、霞桜の各大隊が分担して同時に襲撃をかけている。恐らく間も無く、終わる頃だろう。

 

「それで、ここの公式についてだが.......。あーっと、もう時間が来るな。ここは次回にやるか」

 

時計は6限終了の3分前を指している。少し早く終わった為、生徒達も伸びをしたり道具を片付けたりしている。

だがそんな日常をぶち壊す者達が現れた。突如、スーツを着た男達が教室に入ってきたのだ。勿論、教師や事務員ではない。彼らは先生の静止を無視して、相模の席の前に立つ。

 

「相模南、だな?」

 

「は、はい。そうですけど.......」

 

「我々は防衛省の者だ。君を特別情報漏洩罪および国家反逆罪の容疑で、身柄を拘束させて貰う」

 

(はぁ!?!?)

 

どういうわけか、防衛省の人間を名乗る男達がターゲットの相模を連れ去ろうとしたのだ。勿論、こんな話は東川からは聞いてないし、こんな作戦ではない。作戦変更の話も出てない。

 

「(ちょっと、どういうこと?)」

 

「(全く分からん。しかも今動けば、色々不味い。取り敢えず様子を)」

 

様子を見るつもりが、相模の頭が消し飛んだ。恐らく対物ライフルで狙撃されたのだろう。

 

(どうなってんだ!?!?!?)

 

流石の長嶺も、怒涛の勢いで起こる謎の事態に困惑しまくりである。だが取り敢えず確かなのは、恐らく別の勢力同士が相模を、いやドッペルゲンガーの身柄を巡って争っているのだろう。実際、相模を連行していた自称防衛省の人間も心底驚いている様子だ。

しかも今度は扉を蹴破って完全武装の、所属不明の兵士が乱入して自称防衛省の人間を撃ち殺し、こちらに銃を突き付けて「全員動くな!!」と叫ぶ。もう生徒達もパニクっているし、長嶺としても脳内は大混乱である。

 

(取り敢えず状況整理だ。相模ことドッペルゲンガーは自称防衛省の男5人連行されそうになったけど、対物ライフルで脳天吹っ飛ばされて、今度は謎のテロリスト軍団が自称防衛省5人を射殺。恐らくこの集団とスナイパーは、味方同士だな。狙撃された位置に居ても撃たれてない。

だがいずれにしろ、何がどうなってるんだ?全く分からんぞ。取り敢えず片方は、ドッペルゲンガーの雇い主だと仮定しても、もう片方が分からん。仮に防衛省もテロリストも味方だとしても、何故このタイミングで殺す?別に特段失敗もしてないだろうが)

 

「(これも作戦の内かしら?)」

 

「(真面目に何が起きてるか分からん)」

 

この状況下であれば、警察が来るまで待つのが得策だろう。だがテロリスト達は「お前達にはこの後死んで貰う。最後の空気を吸っておくんだなぁ!」とか言っている。お陰で全員が震え上がり、泣き出す者までいる始末。

立ち上がって反抗しようという奴とか、啖呵切る奴がいなくて良かった。長嶺としてはそのまま全員、大人しくして貰っていたい。

 

(護衛は2人。気配から察するに、各教室に2人ずつ、廊下には等間隔に10人か。各学年6クラス、18×2で36人。さらに廊下の人数を足して66人。さらに校舎の索敵にあたってる者も相当数いるから、大体の規模は2個小隊100人って所か)

 

普段の長嶺なら、二個小隊位余裕で殲滅できる。しかし今回は生徒という、ハンディキャップを背負っている以上は迂闊に動けない。別に死んでも構わないが、かと言って全員死んで欲しいとも思わない。

だがまあ、正直最近あまり戦っていない。そろそろ暴れたいのだ。なら、もうやる事は決まっている。

 

「(仕掛ける。援護頼む)」

 

「(わかったわ)」

 

まず相手の武器を観察する。武装はAKS74UにサイドアームとしてMP443を装備している。銃を見る辺り、恐らく奴等はRPK74あたりも持っているだろう。取り敢えず向こうのナイフを奪えば、簡単に倒せる。

テロリストの位置も楽で良い。1人が一番前、黒板の辺りを行ったり来たりして、もう1人が各列を回る。実に襲撃しやすい。

 

(来た。腰にマチェット、胸にナイフ。簡単だ)

 

テロリストの1人が長嶺の隣に来た瞬間、素早くかつ全く音を出さずに立ち上がり、胸のナイフを抜いて、首に突き刺す。

 

「ッ!?」

 

(まずは1人)

 

静かに死体を床に置き、そのまま足音も気配もなく静かに前のテロリストへと近付く。生徒達は気が付いているが、テロリストは気づく素振りもない。

 

「おい」

 

「ん?」

 

声を掛けて振り向いた瞬間、口から喉に向けてマチェットを勢いよく突き立てる。余りの威力に貫通して、黒板にマチェットが突き刺さって昆虫標本の様に死体が黒板に張り付いた。

 

「クリア」

 

ワンテンポ置いて、全員が叫んだ。やっぱり、いきなり目の前でテロリストとは言えど、人が死ねば叫ぶらしい。この叫びを聞いて廊下のテロリストが3人ばかし走って来た。

 

「どうした!?!?って、な.......」

 

1人が黒板に貼り付いてる死体を見つけた。抵抗があるはずないと思っていた場所で、まさか仲間がこんな死に方をするなんて考えもしなかったのだろう。だが実戦を経験しているのか、すぐに長嶺に武器を向ける。

 

「貴様が、やったのか!!」

 

「そうだとも。悪いが、俺は用事があるんでね。邪魔者は排除しないと」

 

「貴様ッ!!!!」

 

AKS74Uを長嶺に向かって乱射してくる。だが今の長嶺は、制服姿ではあるがこれは仮の姿。単なる立体映像だ。なのでマガジン1つ分、全部撃ち終わっても普通に立っている。

 

「そんな豆鉄砲が効くかよ」

 

「何者だ貴様!」

 

「それで答える馬鹿は居ねーよ。だが、こうすりゃ少しは分かるだろう?」

 

長嶺が指をパチンと鳴らすと、立体映像で映していた制服が消えていき、本来装備しているいつもの強化外骨格の姿が現れる。

その異様な装甲服、そして太腿の部分にある大口径拳銃を見てテロリスト達は気付いた。

 

「まさか、霞桜総隊長!?」

 

「なっ!?まさか、あの二代目国堕とし!!」

 

「なんでアイツがここにいるんだよ!?!?」

 

「ご名答。じゃあ、ご褒美をプレゼントしよう」

 

次の瞬間、太腿に常に隠し持っている阿修羅HGを残像すら見えない程に、素早く抜いて構える。そしてそのまま3人の脳天目掛けて、引き金を引いた。

拳銃とは思えない程に重く、まるで爆発音の様な大きな音が3回鳴り響き3人の頭が消し飛ぶ。

 

「全く。コイツら実戦は経験してても、ガチの地獄は味わってないな」

 

「いつもながら素早いわね。私の出番ないじゃない」

 

「この程度の規模、普段なら1人で殲滅してるんだ。基本的には助けは要らんよ。まあ今回は荷物が多いからな」

 

そんな事を話していると、またおかわりがやってきた。今度は移動中だが、それでも正確に頭を撃ち抜いて殺す。

 

「ゴールドフォックスより各班。現在、謎の武装勢力により総武高校が襲われている。パッケージについても、狙撃により死亡。作戦を変更し、襲撃が完了次第、各班はこちらの増援に来い。また襲撃中は、第三勢力に十分に留意せよ」

 

無線で各地に散らばっている大隊に報告し、襲撃作戦が完了次第、こちらに来てもらう事にする。

 

「さーて、お前達。別にテメェらが全員死のうが生きようが、俺はどうでも良い。だが目の前で死なれるのは目覚めが悪いから、最低限生かす努力はしてやる。ここに残るも、ついてくるも自由だ。来たい奴は来い」

 

どうやら全員、コイツに着いて行った方が良いと考えたのだろう。教師も含めて、全員が着いてきた。なので武装も防弾シールドの平泉に変更し、右手には朧影SMGを装備する。

 

「取り敢えず、ここにいろ。他の教室を掃討してくる」

 

廊下に飛び出して、そのまま周りのクラスにいる奴を纏めて殲滅する。銃声がなれば頭が飛び出てくるので、そこを正確に朧影で撃ち抜く。

 

「このやろ!!!!」

 

こんな感じで突っ込んでくる、単細胞脳筋バカもいるが…

 

「はーい、バチバチしようねー」

 

平泉で近接攻撃を防ぎつつぶん殴り、ついでに搭載されているスタンガン機能で動きを封じ、意識が残ろうが残ってなかろうが問答無用で顔を力一杯踏んづけて脳みそごと潰す。

 

「偶には盾を使った近接も楽しいな。ちょっと面倒だが」

 

ものの2分でこのフロア一帯を殲滅し、安全を確保した。なら今度は、この荷物を安全な場所に運び込む。しかし現状下では、この学校で安全な場所はない。1人2人の少人数なら隠れる場所はあるが、流石にこの大人数を隠せる場所はない。

となると全員を一塊にして、長嶺が守るのが一番安全だ。とするともう、体育館位しか場所がない。校庭だと周囲が開けているので、校舎から狙い撃ちにされる。十字砲火でも食らったら目も当てられない。

 

「総員傾注!!これより体育館に立て篭もる!!!!俺の指示に従い、落ち着いて迅速に行動しろ!!!いいか!!!!ここはすでに、お前達の生きる平和な世界じゃない!!ここは戦場だ!!!!

戦場でテメェらみていなど素人が生き残るには、玄人である俺の指示に従うしかない!!!!悪いが指示に従わない奴は、もうどうしようも出来ない!!!!死のうが腹に弾丸食らおうが知ったこっちゃない!!!!いいか!!しっかり着いてこい!!!!」

 

流石の長嶺とて、戦場を全く知らないガキを100人以上抱えて、敵中突破するのは流石に無理だ。多分、何人かは死ぬ。というか何処かでパニックでも起きれば、下手をすれば全滅する。だがこうなった以上、1人でも多く生かす努力はしよう。

 

「姿勢を低くし、なるべく教室側の壁に体を付けながら進め!!!!」

 

一応、さっきのスナイパーがある可能性がある。あの威力から見るに、普通に教室の壁とかドアは余裕で貫通する。下手すれば、柱でも貫通してくる。だが姿を少しでも隠す事が出来れば、生存する可能性がほんの少しはあがる。

だがすぐに、1つの関門にぶち当たった。全面ガラス張りの渡り廊下だ。ここを抜けなければ、体育館には辿り着けない。一応階段を上るか下れば、別フロアからいけなくはないが、まだ敵がウヨウヨしているので通りたくはない。かと言って一斉に行けば確実に死人が出るし、1人ずつ行けば時間がかかる。

 

「ここで待て」

 

だが万が一の可能性に賭けて、阿修羅HGのみを装備して渡り廊下へと出てみる。案の定、雑居ビルの方から殺気を感じたのでバックステップで影へと戻る。ほぼ同時にガラスが割れる音が鳴り響き、やはり回避する前の場所には、しっかり弾痕ができた。

 

「やっぱりキルゾーンだな」

 

「ど、どうすんだべ桑田くん!?」

 

「どうするも何も、排除するしかないだろうよ。桜吹雪!」

 

今更だが、既に八咫烏と犬神は近くに潜んで支援に入っている。犬神は建物内に侵入し、特別教室のある棟を掃討してもらっている。八咫烏は上空からの警戒監視をしてもらっているので、追加兵員や敵に動きがあれば通報が来る。

無論、八咫烏にはいつも通り各種兵装も届けてもらう。なので桜吹雪SRについても、いつも通り空を飛んでデリバリーだ。

 

「なんだい、それ?」

 

「俺が一から作り上げた愛銃、スナイパーライフルの桜吹雪だ。20mm弾を撃ち出す超長距離対物スナイパーライフルで、コイツを使えばヘリコプターだって撃ち落とせる」

 

川崎の質問に笑顔でそう答えるが、銃を構えるとすぐに獲物の動きを一切逃さない獰猛な肉食獣の様な目になる。

 

(八咫烏、敵スナイパーの位置は南東の雑居ビル。その屋上にスポッターとスナイパーで間違いないか?)

 

(間違いない。この距離でそこまで分かるとは、流石だな。我が主)

 

敵スナイパーの位置を正確に割り出したら、後は狙撃あるのみ。素早く影から飛び出して、2発連続して撃つ。どちらも正確にスナイパーはスコープ越しに目を。スポッターはレンズ越しに顔を。それぞれ正確に吹き飛ばした。

 

「クリア!行くぞ!!」

 

桜吹雪を八咫烏へと返し、また平泉と朧影を装備して前へと進む。暫く進み、廊下の突き当たりまで進めた。ここを曲がり、少し進むと体育館は続く階段がある。だがしかし、ここで問題があった。

 

「おいおいおいおいマジかよ」

 

「ねぇ、あれ何?」

 

「なんか、映画で車についてるマシンガンみたいっしょ」

 

川崎と戸部がこう言ったが、まさにその通りである。あの機関銃はKord重機関銃という、12.7mm弾を使う歴とした重機関銃だ。あんな物を人に撃てば、死体が肉片にまで加工されてしまう。

 

「なんかもう、盾で防ぐのアホらしくなるわ。エミリアー」

 

「あなた、もう少し緊張感持ちなさいよ。で、どうしたの?」

 

「突撃する。少しの間、ここを頼む」

 

そう言うと今度は、愛刀の弦月と閻魔を呼び出す。その間にこっそり柱の影から覗いたオイゲン。目の前に明らかに重機関銃らしき物があるのに、自分の愛する人は嬉々として突撃の為に刀を装備している。

本来なら全力で止めるだろうが、何せ最愛の人は異次元の強さを誇るのを知っているので呆れ顔で、一応拳銃を出しておくだけであった。

 

「桑田くん?何する気だべ?」

 

「まあ見てろ」

 

今回は流石に本気でやるので、いつかの林間学校の時みたく一刀流ではない。本来の型である、逆手持ちの二刀流スタイルでいく。呼吸を整え、柱の外へと躍り出る。

 

「誰か来る!撃て!!」

 

「肉片になれや!!!!」

 

当たれば即死の弾丸の雨だろうが、長嶺にとっては障害になり得ない。姿勢を低くして、まるで泳ぐかの様に走り、壁を蹴って三次元に動く。当たれば確かに脅威だが、素早い動きの相手には即応できないのが固定式機関銃の弱点だ。それに当たりそうな弾は全部、しっかり刀で斬って迎撃している。

ものの7、8秒で機関銃陣地の懐に入り込み、次々と敵を斬り伏せる。首を、腹を、足や腕を。バッサバッサと枝木を切るかの様に、豪快に斬る。

 

「ば、化け物だ!!!」

 

そう言って1人の敵が逃げ出す。だがその先には、オイゲンがいる。オイゲンは人を殺したことはないが、元いた世界ではセイレーンを。こっちに来てからは深海棲艦を倒している。どちらも人型生命体が居るし訳だし、多分人間とそう変わらない。まして向かってくる相手は、しっかりとした紛う事なき敵。

オイゲンは最愛の長嶺から何度も教えてもらったフォームで、最愛の長嶺がパーツ1つ1つに至るまで手を加えた自分専用のグロック26を構える。そして、引き金を何度か引いた。敵は前のめりに倒れると、ピクリとも動かない。

 

「案外、簡単なのね。人を殺すのって」

 

「エミリア、殺せてないぞ。まだ虫の息だが、舐めちゃいけない。虫の息でも最後の力を絞って、攻撃してくることだってある。だから…」

 

ズドォン!

 

「きっちり殺せ。相手が余程のクズとかなら話は別だが、せめて楽にしてやるのが殺しの礼儀だ」

 

涼しい顔でそうアドバイスするが、普通に下には頭に風穴が開いた死体が転がっている。生徒達はただただ、恐怖の目で見ていた。

だがそんなことはどうでもいい。体育館への道も確保できたし、後は体育館へと駆け込む。この後、3年と1年も回収し、ついでに教師陣も体育館に押し込んだ。そして、運良く1人だけだが例の自称防衛省の職員を捕虜にできた。

 

「親父、俺だ」

 

『雷蔵か。作戦はどうだ?』

 

「その事についてだ。総武高校に例のパッケージが居たんだが、ソイツは防衛省の職員を語る連中に連行された」

 

『そんな命令はだしてないぞ!?』

 

やはり、そんな命令は出ていなかったらしい。当然だ。この手の話は基本的に、霞桜にお鉢が回ってくる。防衛省の職員は守秘義務はあれど、100%ではない。一方こっちはプロ中のプロで、本物の戸籍すらない奴が殆どだ。大半が偽物の戸籍か、何なら持ってない奴もいる。

まあ場合によっては職員を動かすだろうが、今回に限って言えば極秘中の極秘の事案で、しかも存在自体が違反の部隊が動いている。普通に考えて、職員は入れない。

 

「だがな、問題なのはここからだ。そのパッケージと職員は、謎の武装勢力に殺害された。1人を除いてな。今は体育館に立て篭ってる」

 

『わかった。こっちも隠滅の根回しに入る』

 

「さてと。それで、アンタは誰なんだ?防衛省の職員ってのは、真っ赤な嘘だろ?」

 

そう言うと、自称防衛省の職員の生き残りは英語で「あなたはゴールドフォックス。総隊長で間違いないか」と聞かれた。ゴールドフォックスはさっき言ってたから別として、総隊長という単語が出た時点で多分こちらの正体を知っている可能性が高い。

 

「そうだと言ったら?」

 

「わ、私はCIAの工作員です。私達はハーリング大統領の指示で動いています。詳細は私達も聞かされていませんが、ミッションは相模南を誘拐し本国に移送する事です」

 

「CIA?確か、ハーリングのおっちゃんとCIA長官は基本的に仲が悪いだろう?なんでそのCIAが」

 

現在のCIA長官、ウォットシャー・ブラスデンと現アメリカ大統領であるビンセント・ハーリングの仲は悪い。というのもブラスデンは白人至上主義者であり、古き良き強いアメリカをこよなく愛する男なのだ。深海棲艦関連で日本のシーパワーが日増しに増大している事が不愉快であり、日本を敵視している。

かたやハーリングは平和主義かつ現実主義者であり、今はプライドも建前も要らない事と日本に命運を任せる他手段がない事を理解している。その為、国防長官のドーベック・S・フライゼンハワーと共に日本に有利な政策を進めてきた。こんな主義主張が対極の2人なので、極めて仲が悪いのだ。

 

「CIAにも長官派閥と大統領派閥があって、私は大統領派なんです。噂じゃCIA内にいる裏切り者を捕まえる鍵を握ってるのが、その相模南だと」

 

「ドッペルゲンガーという名に聞き覚えは?」

 

「ないです」

 

取り敢えずハーリングに確認を取る必要があるとはいえど、現状では自称防衛省の連中は無害と見て良いだろう。問題なのは、謎のテロリスト集団の方である。

テロリスト集団を雇用主側と仮定したとしても、こんな白昼堂々と殺すだろうか?何も総武高校にいる人間全員を人質に取る必要もないだろうに。最初に狙撃して終わりで良いだろうし、このCIA連中を殺したいなら車か何か押し込まれた後に襲撃すれば良い。ここまでのリスクを侵すのは、流石に考えられない。

 

「あー、桑田真也くん。いいかね?」

 

「なんでしょう、校長先生?」

 

色々考えていると、校長が声を掛けてきた。やはり長嶺が恐ろしいのか、膝がガクガク震えている。

 

「君は一体、何者なんだね?」

 

「それを知る必要はありません。1つ言えるのは、別にアンタらが死のうが生きようが知らないが、何も殺すつもりでもない。これだけ知っていれば、問題ないでしょ?」

 

「それでは説明になってはいないのでは無いかね、総隊長くん」

 

何処からともなく聞こえてきた声だが、この学校にこの独特な声色を持つ者はいない。だがこの声を持つ者を、長嶺は知っている。

次の瞬間、ステージの上にトランプの渦ができる。そのトランプが消え去ると、中から茶色のソフト帽とコートを着こなす紳士風の男が現れた。

 

「なんでこのタイミングでお出ましなんだよ。えぇ!?シリウス戦闘団、トーラス・トバルカイン!!!!」

 

なんと現れたのは、作中序盤で何か強そうな雰囲気出しておきながら結局まだ2、3話位しか出番のない上に、読者から忘れ去られた挙句、主も少し記憶から抜け落ち掛けていたトーラス・トバルカインであった。

因みに最後の登場は去年の6月に投稿した碧き航路開拓編の第七話『髑髏兵の襲撃』(統合版では第十九話)であり、もうかれこれ一年半ぶりの登場である。

 

「ふふふ、寂しかったかね?総隊長。私は君と戦う事ができなくて、とてもヤキモキしていたよ」

 

「そんな奴が、何だってここに来た?何も俺とそんな下らん話をする為じゃないだろう?ってか、ずっと何してやがった?かれこれ一年以上は姿を見せなかったしな」

 

「それを答えるとでも?だが、君達が知らないのも無理はない。この一年ちょっとで、我々は蓄えたのだよ。君達と戦争する為の駒を。

さぁ、開幕の試合といこう。ゴングはもう、鳴っているのだから!!」

 

そう言ってステージから飛び上がり、空中で5枚のカードを投げ付ける。刀で迎撃し、そのままバックステップ。案の定、長嶺の立っていた場所にトバルカインがライダーキックよろしく突っ込んでくる。

 

「まさか、力制限で戦うハメになるなんてな」

 

「そうだったねぇ。君は今、本気じゃない。いや、まだ本気を出した事がないはずだ。君には隠された力があるだろう?」

 

「ッ!?!?」

 

長嶺には確かに、艦娘とは別に生まれ持って授かった特別な能力がある。だがそれを知るのはもう、本人である長嶺と父親である東川を外せば、もう世界中を見ても本当に10人にも満たない筈だ。

 

「図星だねぇ。そんな君に予言してあげよう。今夜の月は、赤い満月となる。というか、私がそうなって欲しいのだよ」

 

「敵の望みを聞くとでも?」

 

「これは君の望みでもあるのだよ。やはり、今日は戦わないでおこう。私はせめて、いつもの力を振るえる様になってから戦いたいんだよ。それにどうやら、タイムオーバーの様だ。さらばだ桑田真也くん。また会おう!」

 

そう言って、トバルカインはまた消えた。本当に嵐の様にやってきて嵐の様に去って行く。*1だが、タイムオーバーとは何なのだろうか。それを考える間もなく、背中に激痛が走った。

 

「刺されたなこりゃ。気配なしの奇襲、それも刃物となりゃ」

 

次の瞬間、目の前に一瞬黒い霧の様なものが現れると、中から目が赤く光る、真っ白なボディスーツに身を包んだ謎の集団が出てくる。

 

「シリウス戦闘団の次は髑髏兵だと?なんだよ今日は。厄日か?ははっ、笑えねぇ」

 

背中から刺されはしたが、反射的に芯を外してある。血も思ったほど出てない。まだ戦える。長嶺はまた刀を構え直し髑髏兵の一挙手一投足を観察し、動きや攻撃に注意を向ける。

 

ビュオン!

 

独特な音共に、一瞬の内に霧に入る。だが知っている。その技は瞬間移動できて、対象の目の前に音もなく現れる事ができる。だがナイフや弾丸を体内にワープさせる事はできないし、ワープ後に刺す、斬るといった攻撃動作を入れないと攻撃できない。なら、そこが相手の隙なのだ。

確かに普通の人間なら、なす術なく攻撃されるだろう。だが長嶺の場合は、その普通に該当しない。コイツは正真正銘の化け物であり、どっちかって言うと人外の部類だ。どうにかできる。

 

「甘い!!」

 

背後から飛び掛かって刺そうとした奴を蹴り飛ばし、右と左から刺そうとした奴は刀で受け流し、正面から突っ込む奴には頭突きを喰らわした。その間、僅か0.6秒。一瞬の内に攻撃の角度や威力、脅威度を判別しそれに合わせたカウンターを加える。人間離れの戦闘である。

 

「今度はこっちから行くぞ!!」

 

蹴り飛ばした奴に追い討ちを仕掛けるべく、床を全力で蹴り飛ばす。床が窪んで、床の板がへし折れるが、そんな事は気にしない。だがやはり、この床の影響か攻撃の届く寸前で黒い霧の中に逃げられた。その上背後から、他の3体が接近してくる。

 

「無理があったか」

 

腕に装備してあるグラップリングフックを手近の床に撃ち込み、そのまま急制動をかけつつ刀で切り付ける。1人の腹が裂けた。

 

「まず1人!」

 

次いでさっき追い討ちを仕掛けた奴が、上からマチェットを構えて突っ込んでくる。それを受け止めて地面に投げ落とし、そのまま持ってるマチェットで首を斬る。

 

「2人!」

 

次に取り掛かろうとした瞬間、八咫烏から念話が入った。曰く、所属不明のV22オスプレイが接近中なのだと言う。だが今の長嶺にとって重要視するのは、目の前の髑髏兵共。CIAの寄越した機体の可能性もある以上、手荒な真似は慎むべきだろう。

 

「次はどっちだ?」

 

そう言って煽ってみるが、残る2人は顔を見合わせるとジャンプして黒い霧に飛び込み、今度は壁にへばりついた。大体、2階にあるギャラリーの手すりの役割を持つ壁の辺りである。

そこから遠距離攻撃を仕掛けるのかと思ったが、今度は出入り口の方で爆発音と何かが崩落する音が聞こえた。そして扉も吹っ飛んだ。

 

(我が主。あのオスプレイだが、渡り廊下を吹き飛ばしおったぞ)

 

(ついでに扉も吹っ飛ばしやがった)

 

生徒も教職員も悲鳴をあげて、ステージ側限界ギリギリにまで下がる。爆発の煙の中から出てきたのは完全武装の兵士達と、とても意外な人間が出てきた。

 

「こんな場所にいたとは、驚きですな。桑田真也くん?いや。第三十三代連合艦隊司令長官にして、非正規特殊部隊『霞桜』の隊長、長嶺雷蔵海軍元帥殿とお呼びした方がよろしいかな?」

 

「なんでテメェが出てくるんだ。それも、完全武装の兵を従えて。まるでクーデターじゃねぇか、えぇ!?佐世保鎮守府提督、河本山海!!」

 

なんと煙の中から出てきたのは、帝国海軍に於いて河本派閥のボスを務める長嶺とは犬猿の仲である河本だったのである。流石にこれには、あの長嶺とて度肝を抜かれた。

 

「何故?馬鹿なことを聞くなぁ。俺はずっと、お前が気に食わなかった。だがら待ち続けた。そして時が来たんだよ!お前から、可愛い艦娘と例のKAN-SENを奪う時がな!!」

 

「貴様、何を言っている?」

 

「本来はお前流で言う髑髏兵、だったか?これを多数動員して、鎮守府を壊滅させるつもりだった。だが聞けば貴様は、高校生になっていると言うじゃないか。こんな好奇、みすみす逃す手はない。

既にお前の鎮守府は、もうボロボロだろうよ。艦娘とKAN-SENは、既に大多数が連行済みだ。その証拠に」

 

河本が指をパチンと鳴らすと、背後から4つの人影が現れた。どうやら2人は拘束されているらしい。嫌な予感がしたが、その予感は悲しいかな的中した。

 

「大和!エンタープライズ!」

 

「すみません提督.......。遠征の子達を除いて、全員捕まりました.......」

 

「私達がいながら、すまない指揮官.......」

 

艦娘では江ノ島一の練度を誇る大和と、KAN-SEN勢ではトップ3に入りユニオンとしてはトップの練度を誇るエンタープライズが捕まった。この2人が捕まっているとなると、本当に江ノ島は襲撃されてボロボロになったのだろう。

だが問題はそこじゃない。壊されたなら直せば良いだけだが、艦娘とKAN-SENは大問題だ。彼女達は扱いこそ物だが、誰もがオンリーワンの存在。一応、艦娘は替えが効くには効く。また建造すればいいが、新たに産まれる艦娘は以前のとは別物だ。指揮官として見ても、長嶺雷蔵という1人の人間として見てもそんなのは容認できない。

 

「無様だなぁ。なぁ今どんな気持ちなんだ?え?え?」

 

「何が目的だ。態々、俺に連れ去った奴を見せたいだけじゃないんだろ?」

 

「よく分かっているじゃないか!俺は貴様をな、絶望の渦に叩き落としたいんだよ。自殺したくなる位に、とびきりなのをな!!この程度では、まだまだ収まらない。そうだな、手始めにまずは武器を全部渡せ。例の烏に持たせてるのも、あの紙切れも含めて」

 

「.......いいだろう」

 

八咫烏に命令して、持っている全ての武器を渡した。阿修羅HG、朧影SMG、鎌鼬SG、竜宮AR、大蛇GL、月華LMG、風神HMG、雷神HC、桜吹雪SR、薫風RL、龍雷RG、幻月、閻魔、そして空中超戦艦『鴉天狗』を呼び出し、艦娘として戦う時に必要な小鴉の式神。その全てが今、体育館の床に置かれた。

周りの兵士達はそれを回収し、オスプレイの中へと押し込む。

 

「次は、そこの後ろにいる銀髪の女。たしか、そうだ。鉄血のプリンツ・オイゲンとか言ったな?ソイツを渡せ」

 

「さもなくば、誘拐した奴を全員殺す。ってか?」

 

「よく分かっているじゃないか」

 

指揮官として考えるなら、渡しておくのが吉だろう。恐らくコイツの性格から考えて、渡しておけば少なくとも(・・・・・)殺しはしない。だが1人の男としては、渡したくなかった。

 

「いいわ、指揮官」

 

「お、オイゲン!」

 

「私が行けば、生存の可能性があるんでしょ?それなら喜んで行くわ。それに、絶対に助けてくれんでしょ?」

 

「.......あぁ。なにがあっても、全員救い出してやる」

 

そう言うとオイゲンはグロック26を捨てて、河本の方へと歩き出した。長嶺の横を通り過ぎた時、静かに耳元でこう囁いた。

 

ich liebe dich mein Schatz.

 

オイゲンの言った言葉は、ドイツ語で「あなたを愛している」という意味の言葉。この瞬間、長嶺は、まるで何かとんでもない取り返しのつかない事をしてしまったと感じたと言う。

 

「ふふふ。よいよいよいよい!!長嶺雷蔵。取り返したければ、1人で佐世保鎮守府にこい。勿論、他の部下を連れてくるのはダメだぞぉ?ふふ、引き揚げだ!!」

 

河本がそう命じると、兵士達が引き上げていく。無論オイゲン、大和、エンタープライズも連れて。

そしてすぐに、霞桜の大隊長達が体育館に入ってきた。

 

「総隊長殿!って、怪我してるじゃないですか!?」

 

「.......グリム、一部を早く鎮守府に戻せ。敵が襲撃したらしい」

 

「なんですって!?!?すぐに向かわせます!!」

 

「ボス、何かあったの?そういえば、オイゲンちゃんの姿が.......」

 

カルファンが長嶺の様子が可笑しい事に気が付いた。ベアキブルが生徒達の方を見るが、オイゲンがいない。オイゲンの髪色は銀髪で、スタイルも抜群だ。例え数百人の中でも普通に目立つ。なのに、全く見当たらない。

 

「姉貴、オイゲンの奴が居ない」

 

「あ、おいお前!」

 

何かを制止しようとするバルクの声が聞こえるが、どうやらそれを無視したらしい。制止を無視した奴は、長嶺に掴みかかった。

 

「どうしてッ!!どうしてエミリアちゃんを見捨てたんだ!!!!人を殺す事しか出来ないのに、大切な人も殺すのか!?!?大体人殺しは犯罪なのに!!お前が!!犯罪者のお前が何故、五体満足でいるんだ!!!!お前が連れ去られれば良かったんだ!!!!!

それにお前はエミリアちゃんに戦うことを!!殺すことを強要した!!!!!そんな外道は死んでしまえ!!!!!」

 

掴みかかった奴は葉山だった。葉山にしてみれば好きな女を目の前で誘拐された挙句、好きな女が好きだった相手が人殺しだったのだ。お陰で何かよく分からないキレ方をしている。

いつもの長嶺なら「あー、はいはい」と適当に受け流すだろう。だが今の長嶺はキレていた。救えなかった自分に対して。守れなかった自分に対して。だから、こんな些細な事であっても過敏に反応してしまう。

葉山の顔を頭蓋に指がめり込まん勢いで引っ掴み、そのまま床に叩き付ける。それも一度二度ではなく、何度も。そしてそのままピアノのある方へぶん投げた。

 

「ガハッ!!」

 

「そこまで言うなら、お前が救い出せば良かっただろう?なぁ、葉山。なんとか答えろよ?喉を掻っ切った覚えはないぞ?」

 

ぶっ壊れて部品やら板があちこち飛び散ったグランドピアノに横たわる葉山に向かって、長嶺はただ淡々と話し続ける。

 

「ふざけるな!!あんな相手に立ち向かえば、死んでしまうだろ!?!?!?」

 

「死んでしまう?それがどうした。よく聞け平和主義者。まずエミリア、オイゲンを見捨てたとか言っているが、それはお前もだろう?武器がない?格闘で倒せば良い。そこら辺のテロリストの死体から武器を奪えばいい。何故それをしない?

それに俺は少なくとも、法的に見れば犯罪者ではない。俺含め、あそこにいる連中は例外的に刑法も民法も適用されない。別に今、この場にいる全員を殺したって犯罪じゃない。仮に犯罪者の定義を法的にではなく、倫理的な話でするのなら、俺をそんな1人2人殺して終わりな奴と一緒にするな。俺は既に万単位、下手すりゃ億単位の人を殺してる。お前が普通の楽しい楽しい人生を送っている時、俺はずっと暗闇の血の海の中を進み、何度も死線をくぐり抜けたんだ。格が違うわ。

そして何故、俺がオイゲンを見捨てたかだが、お前状況見てた?他にも人質が居ただろ。いくら愛してる奴だろうが、単純な天秤だろ?1人を確実に生かして他を確実に殺すか、1人を差し出しつつソイツ含めた他の生存性を上げるか。それをしたにすぎない。

それからさ、部外者がしゃしゃり出んなよ。殺されないだけ、ありがたいと思えクソ野郎」

 

そこまで言うと、最後に腹を力一杯踏んづけた。余りの痛みにゲロを吐きながら、悶絶しつつ葉山は気絶した。

 

「一度、帰還する。一個小隊を残し、他は一緒に帰還しろ。生徒と教職員に関しては、何処かに軟禁する。警察と防衛省に根回しを頼む」

 

淡々と今やるべき事を冷静に命じ、長嶺と他の大隊長達は江ノ島へと帰還した。

 

*1
すまぬトバルカイン。尺的に勝負は今度にしてくれ



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第六十一話煉獄の主人

先に言っておきます。今回は真面目に本作で一、二を争う胸糞回です。ご注意の上、ご覧ください


数分後 江ノ島鎮守府 飛行場

「こ、コイツはひでぇ」

 

目の前に広がる江ノ島鎮守府は、文字通りの廃墟であった。あちこちで火の手が上がり、飛行場の滑走路含め、道はボコボコ。至る所に死体が転がり、肉片と血が飛び散っている。百戦錬磨の霞桜の隊員達も絶句していた。

 

「各員、消火急げ」

 

幸か不幸か、地下にある霞桜の司令部は生き残っている。それに飛行隊に関しても、定期哨戒に出ていて各部隊の無事は確認できている。

だが警備の歩哨や職員はほぼ全滅と言っていいだろう。

 

「親父」

 

『雷蔵!?大丈夫か!!いいかよく聞け、今江ノ島鎮守府は』

 

「燃えている、だろ?あぁ、知っている。というか単に燃えただけなら、何兆倍もマシだったよ.......」

 

そこで東川は悟った。長嶺が深い悲しみと怒りを感じている事を。しかもこれは、ちょっとやそっとではなく、マジギレを超えた状態。こういう時の長嶺は、全てを破壊し尽くす破壊の権化へと変わる。

だがそれよりも、今は「単に燃えた方がマシ」という方が気になる。

 

『何があった?』

 

「河本がクーデターを起こした。恐らく国ではなく、俺に対する個人的私怨からの俺に対するクーデターだ。奴は江ノ島鎮守府を襲撃し、職員を恐らくほぼ皆殺しにし、艦娘とKAN-SENを連れて行った。どういう訳かシリウス戦闘団もバックにいるし、髑髏兵も使うしで、正直何が何だか」

 

『なんて事だ.......』

 

ここに来て、霞桜がずっと追いかけていた謎が、最悪の相手と共に出て来やがったのだ。というか東川自身、話が余りに飛躍しすぎていて混乱している。

 

「親父、今までありがとうな」

 

『おまっ!まさか、アレを使うつもりか!?!?』

 

「それ以外、何があるよ。悪いが今回は、あの時と同じくらいキレている。かつて、友と呼んだ3人を殺した上層部のクソ共に報復を誓ったのと同じくらいに。彼女達を救い出して、何が何でも連れ帰ってやる」

 

『馬鹿者!!そんな事をして、みんなが喜ぶのか!?!?お前の友達は!?艦娘!?霞桜は!?KAN-SENは!?喜ばないだろうがッ!!!!考え直せ!!』

 

「それが掟だ。アンタが俺の親父でも、防衛大臣でも、これは覆せない。だから、すまんな」

 

そう言うと、長嶺は半ば強引に電話を切った。そして背後から走ってくる気配を感じたので振り返ると、そこには留守にしていた遠征組の旗艦、鉄血の超巡『ローン』がいた。

 

「指揮官!一体何処の深海棲艦がこんな事をしたんですかぁ?」

 

「詳細は後から話す。今は帰ってきた奴等を、飛行場に誘導して待機していてくれ。正直俺も、まだ全容は掴めてないんだ」

 

取り敢えずその場はそれで終わらせて、まだ帰ってくるであろう遠征組を飛行場で待機せておく。数時間後には火も完全に消し止められたものの、復旧には時間がかかる。

だがそれでも、みんなを一度飛行場へと集めた。

 

 

「全員、よく聞け。この惨事を引き起こしたのは深海棲艦でも、セイレーンでもない。佐世保鎮守府の提督、河本がここに攻め込んできたからだ。ここにいる以外の艦娘とKAN-SENは、全員連れ去るというオマケも付いている」

 

事情を簡単に説明するや否や、遠征で出ていた艦娘の矢矧、暁、響、雷、電、浜風、磯風、浦風。KAN-SENのローン、ワシントン、リットリオ、土佐、シェフィールドが艤装を装備しだす。それに合わせるかの様に霞桜の面々もメットを被り、銃にマガジンを挿してコッキングレバーを引く。

 

「お前達、何をするつもりだ?」

 

「勿論、奪還するんですよぉ?指揮官もそう命じるでしょうから、先に行動してるんです」

 

そうローンが言うが、長嶺はそれをすぐに否定した。

 

「悪いが、今回は俺1人でやる」

 

全員が信じられないという顔で、長嶺を見た。当然だ。今の長嶺は武器がない。単に完全武装の兵士だけなら、恐らくどうにかできるだろう。だがしかし、相手には髑髏兵という無茶苦茶なヤツもいる。それを1人でどうこうするのは、流石の長嶺でも自殺行為に等しい。

 

「お前達には、これまで黙ってきた事なんだが、俺はな、普通の人間じゃない。勿論、艦娘の力を宿している事を言ってるんじゃない。俺は生まれ落ちた時から、既に人外みてぇな能力を持った特殊な人間だ。今回はそれを使う」

 

八咫烏と犬神は何かを察したのか、全力で止め出した。それはやめろと。それをしたらどうなるか、一番わかっているはずだと。考え直せと。概ね、東川の言っていたことと同じ事を言う。

 

「悪いな。だかな、これが俺のケジメなんだわ」

 

そう言いながら、長嶺は懐から真っ黒な所々破れた御札を取り出した。紋様や文字は白や金ではなく、赤黒い溶岩の様な色で描かれている。

それを指で挟みながら、顔の前で呪文の様な事を喋り出した。

 

「我願うは、大和民族の火焔なり。この身は火焔と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が火焔は止められず。この火焔は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを焼き尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、火炎と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

そう言うと、黒い御札が空高く飛んでいった。風も何も無いし、別に長嶺がぶん投げた訳でも無い。だが飛び上がった御札は海の方にまで移動すると、急に大きな火炎となった。そしてその中から、巨大な炎を纏った巨大な鬼が現れたのである。

ここにいる霞桜の面々と艦娘は、その姿に見覚えがあった。KAN-SEN達がこの世界にやってきて、みんなで協力してオロチを倒した時。あの時に長嶺が覚醒した時に廃墟の都市と共に出て来た4体の内、刀を持った鬼だったのだ。

鬼は長嶺の方を見ると、吸い込まれる様にして長嶺の身体の中に入った。そして長嶺の身体が空中へと浮き上がり、身体中から炎が噴き出す。その炎が身体を包み込み、それが消えると、真っ赤な装甲服に金色のラインが入った装甲服を見に纏った長嶺が浮いていた。さらにその背後には、いつか鎮守府に襲撃してきた長嶺と互角の戦いを繰り広げた男が装備していた空飛ぶ剣があった。それも数本ではなく、見るからに700本近くある。

 

「そんな.......あり得ない.......」

 

その姿を見ていた霞桜の隊員の何人かが、膝から崩れ落ちたり顔を手で覆ったり仕出した。無論、他の隊員は何が何だか分からない。

 

「何か知っているのですか?」

 

「ふ、副長。アレは多分、信じられないんですけど、煉獄の主人です.......」

 

この名前を聞いた何人かは、その名前を口にした隊員の方を向いた。振り向いた隊員達は元々は、アジアや中東で傭兵として活躍していた過去を持つ連中で、どうやらその地方にある話らしい。

 

「なんだその、煉獄の主人っつーのは。総長がそれなのか?」

 

「煉獄の主人。大体韓国と北朝鮮が滅んだ時、それから香港革命の時期に活躍したとされる存在です。その力は話がバラバラすぎてよく分かりませんし、何より戦場によくあるフーファイターかと思っていました。

でも共通している事があります。それは赤の装甲服、背中に空飛ぶ剣、そして炎を操る点です。今のを見る感じ、恐らく総隊長は.......」

 

この隊員の言う事は正しかった。そう。長嶺はかつて、韓国と北朝鮮、そして中国を滅ぼしている。そして中国を滅ぼす際に黒腕の張の反乱軍と協力し、滅ぼす事に成功した。しかし最後の最後で、仲間であった3人と死別したのである。

 

『グリム。機体を準備し、佐世保に派遣しろ。しかし手は出すな。あの基地にいる全員を殲滅した後、合図を送る。そしたらみんなを回収してくれ』

 

「わ、わかりました。総隊長殿、お気を付けて」

 

長嶺は満月の夜の中、大空へと飛び立つ。目指すは佐世保鎮守府、愛しい最高の仲間(かぞく)たち。そして河本山海の首!!

 

 

数時間後 佐世保鎮守府上空

「敵は歩兵一個師団、戦車も装甲車もいる。防衛火器もあるな。だが、あの地獄に比べればザルもいい所。さぁ、宴の時間だ」

 

長嶺の顔は鬼の面で表情は読めないが、その下では悪魔の様な笑みを浮かべていた。長嶺自身、最後にして久しぶりの大暴れなのだ。楽しみで仕方ない。

それに何故だろう。いつも嫌な、消し去りたい位憎いはずの満月が、今日だけは昔の様に綺麗に感じる。長嶺は月を一瞥すると、そのまま両手を上へと掲げた。

 

「焔槌!!!!」

 

空中に巨大な炎の円柱が10本形成され、それを振り下ろす。振り下ろされた円柱は地面に突き刺さると、周囲に炎を撒き散らしながら爆発し、下にいた戦車と歩兵を一瞬の内に炭化させた。

建物の中から兵隊共が出て来たので、その前に降り立ってやる。兵隊共はその姿を見て、文字通り恐怖した。

 

「煉獄の主人」

「国堕とし」

BIG CATASTROPHE(大災厄)

「移動灼熱地獄」

「破壊神」

「炎鬼」

 

兵士達は口々に、かつての長嶺の二つ名を言い出す。それを聞いた時、何故か長嶺は笑みが溢れた。

 

「そうだとも。我こそが煉獄の主人!!アマテラス・シン!!!!」

 

かつて、長嶺の名乗った名前。コードネームであり、この状態に於ける本名とでも言うべき名前だ。この名を口にしたのも、何年ぶりだろうか。

 

「狼狽えるな!!!!煉獄の主人だろうと、戦え!!!!かつての祖国を、我らの理想を取り戻すのだ!!!!!!構え」

 

そう叫んだ兵士の首は、ボトリと地面へと転がった。首の飛んだ兵士の後ろの壁には、赤く輝くビームの刀身を備えた剣が刺さっている。

 

「テメェら雑兵以下の雑魚が、この俺を倒せるとでも?」

 

恐怖に顔が歪む兵士達。だがそんなのはお構い無し、腕を伸ばす。

 

「ソードビット」

 

次の瞬間、背後に控える他の剣達が一斉に兵士達へと突撃する。身体中を引き裂かれ、貫かれ、壁に血肉を飛び散らし、ズタズタになったパーツごとになった死体が崩れ落ちる。

 

バタバタバタバタ!!!!

 

ローターの爆音と物凄い風を感じ振り向けば、戦闘ヘリのWZ10がこちらを狙っていた。

また腕を伸ばせば、今度は背中の剣が緑色に変色しビーム砲の様に変形する。

 

「ビームビット」

 

そのビーム砲から、赤いビームが連続して発射されてヘリを穴だらけにして撃墜した。

 

「UAVまで出すのか?大盤振る舞いなのは嬉しいが、芸がない」

 

今度は大型のUAVまで飛来したらしい。ビームでも倒せなくは無いが、こういう場合は別の手段がある。

手を野球ボールを握る様に3本の指を立てて、UAVの方へと振り下ろす。

 

「焔龍!!」

 

その瞬間、空中に真っ赤な炎で形成された龍が現れて、口からUAVを飲み込み体内で爆発させた。更にその龍は鎮守府に隣接されている飛行場へと飛んでいき、そこにある全てを破壊し尽くす。輸送機も戦闘機もヘリコプターも全て、口から炎を吹いたり、身体を地面に叩きつけて轢き潰したりしている。

因みにこの龍の見た目はファンタジーのドラゴンではなく、応龍の様なアジア系のドラゴンである。

 

「う、動くな!!」

 

「あ?ははっ、その程度止まると思ってんのか?」

 

「な、舐めるなよ!俺は中東で何人も人をッ!!」

 

長嶺の前に出た勇気ある男は、自分の腹に激痛が走った。見れば長嶺の腕から剣が飛び出ていて、それが腹に刺さっているではないか。それを見た瞬間、一気に血の気が引いて力が抜けた。

 

「悪いが俺はそれ以上殺したんだわ。国を滅ぼしてるからな」

 

その言葉が耳に入った瞬間、刺されたのは全く別物の痛みが刺された場所の周囲に走る。

この剣は突き刺した相手に、自動的に「焔菫」を発動させるのだ。この焔菫は、簡単に言うと炎で出来たバイオレットカンディルを体内に流し込む技で、体内に入ったカンディルは中から対象を貪り食う。男は激痛に悶え苦しみ、腹から出せる内臓全部出して、ついでに腹から胸までが食い荒らされた状態で絶命した。

 

「行け行け行け行け!!」

 

「うわぁぁぁ!!!!」

 

「大災厄なんて怖くねぇ!!!!」

 

勇敢な5人の兵士が95式自動歩槍と03式自動歩槍を持って突撃してくる。無論、このアーマーはその程度でダメージは受けない。だがそれでも、大人しく貰うのは癪なので、またビットを使う。

 

「シールドビット」

 

3本のビットが素早く前に出て、三角形の黄緑色のシールドを展開する。そのシールドに弾は阻まれて、全弾防がれてしまう。

 

「焔槍」

 

手に炎で出来た槍状の物体を形成し、それを1人に向かって投げ付ける。明らかに人の出せる速度じゃない、それこそ音速の速さで突き刺さった槍は、刺さった瞬間に相手を炎で包み込む。

 

「あぁ!!!!あああ!!!あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!!」

 

炎に包まれて、廊下のあちこちをのたうち回る。長嶺の操る炎は全て、そんじょそこらの炎とは物が違う。水を掛けようが酸素を遮断しようが燃えるし、炎自体が相手に纏わりつくナパームみたいな性質を持つ。しかも変幻自在に形を変えて相手を追尾したり、僅かな隙間に入り込む事も可能。

例えばドアの隙間や毛穴のように細い物まで、隙間があれば中に入り込んで炎で侵食していく事もできる。そんな炎が纏わりつけば、その苦しみは普通に焼かれるのが天国に思えるほどに増える。

 

「焔道」

 

さらに凡ゆる能力が向上する「焔道」を使用し、相手の懐に潜り込む。この技を使用すれば、髑髏兵と同等の速度で動く事ができるのだ。

そんなことをされれば、ごく普通の人間と変わらない兵士では対応なんてできない。

 

「速い!」

 

一番後ろで偉そうに命令している奴の前に移動し、そいつの腹に腕に装備した銃で散弾を撃ち込む。因みにこの銃は普通の弾丸ではなく、能力で形成した物を使うので散弾だろうが炸裂弾だろうが何でも撃てる。それも連射して。

 

「おっと心配するな。お前達も同じ場所に送ってやるから」

 

背後に回り込んだ事でガラ空きの背中を晒すことになってしまった、哀れな突撃して勇敢なる兵士達。そんな相手だから許してあげよう、なんて慈悲が与えられる訳もなく炸裂弾をぶちこむ。

こんな調子で1階を相当していると、隠し扉を見つけた。そこに突入すると、あり得ない物を見つけてしまった。

 

「深海棲艦!?!?だが、こんなタイプは見た事がないぞ」

 

深海棲艦がいたのだ。それも30体。人型タイプなのだが、これまで戦ってきたどのタイプとも違う。腕が肥大化していたり、腹と胸が醜いくらい迄に飛び出していたり、まちまちなのだが、深海棲艦としても異質であった。

幸いこちらには気付いてないようなので、取り敢えず攻撃される前に焼き払う。

 

「拡散火炎弾!」

 

手を開いた状態で前に出すと、無数の火球が形成される。一定の大きさになると飛んでいき、着弾と同時に拡散。周囲に更に爆発する火球をばら撒く。

すんなり殲滅も完了し、更に奥へと進む。すると今度もまた扉があり、中に入ると長崎県知事他、権力者連中が豪華な部屋でワイン片手に拘束された艦娘とKAN-SEN達を鑑賞していた。

 

「あの銀髪にツノの生えたやつ、あの乳はいいな」

 

「その隣の金髪のもいいですぞ。クールビューティー、と言うのかな?アレを屈服させるのは楽しいだろう」

 

『お集まりの皆さん。これより、オークションを開催致します。今宵は多数の艦娘達がおります。まず1人目はこちら!』

 

そう言って連行されてきたのは、KAN-SENの空母『イラストリアス』であった。

 

「神はシルバー。瞳は青。特筆すべきはこの、巨大な乳!揉んでよし、吸ってよし、挟んでよし!!触り心地の方は…」

 

そう言って仮面をつけた司会者が、ドレスの上から手を捻じ込み胸を弄る。

 

「指がどこまでも沈み込むスライム乳です!!さぁまずは、500万か」

 

次の瞬間、司会者の立つ演壇の下から炎の柱が飛び出して、司会者を貫き天井までぶち上げた。会場の権力と財力しか取り柄のない、この世にいらぬクズどもが騒ぐ。

 

「よくもまあ、俺の家族たる艦娘とKAN-SEN達をオークションで競り落とそうとしてくれたなぁ?それに500万だぁ?安すぎんだろ」

 

「き、貴様は何者だ!!!!」

 

「指揮官様!!」

 

イラストリアスが舞台の上から叫ぶ。声はくぐもっていてクリアではないが、その声の主が自分の指揮官で密かに恋している指揮官だとわかった。というかこんな局面に、たった1人で敵地に乗り込む馬鹿は世界中探しても長嶺雷蔵を差し置いて他にない。

 

「そういう事だ。さてさて。取り敢えず俺が殺すべきは連れ去ったクズどもと思っていたんだが、どうやらテメェらも殺しておく必要があるらしい」

 

だが権力者達は、一様にこう叫んだ。「我々を殺してタダで済むと思うな!」と。隠蔽の手段は後から色々あるというか、そもそもこの鎮守府の攻撃自体は深海棲艦にその罪を被ってもらうので問題にならない。運悪くの事故死か、失踪かで片付ける予定だ。

だが彼らの叫びは、どうやら囮のつもりだったらしい。背後からナイフを持ったボーイが突っ込んでくる。が、腹を腕の仕込み剣で切り裂く。

 

「ガッ!」

 

無論、そのまま焔菫の餌食だ。同じ様に身体の中をモリモリ食われて、ズタズタになる。その姿を見て、皆後退り、中には腰を抜かして小便を漏らす者までいた。

 

「なんだ、どうした?あー、そうかそうか。コイツが死んだのか悲しいのか。ははっ、クズかと思ったが人の心はあるのか。心配するな、しっかり送ってあげるからな」

 

長嶺は徐に、両手を上げて構えた。そのまま振り下ろすのかと思いきや、まるでオーケストラの指揮者の様に手を振り始めた。それに合わせるかの様に、床や天井から炎がぬるりと出てきて、部屋の中を自在に動き回る。

 

「美しい.......」

 

イラストリアスはその炎が荒れ狂う様と、その中心で音楽を奏でる様に見惚れていた。イラストリアスばかりではない。他の後ろで檻に入れられた艦娘とKAN-SEN達も、何故かは分からない。だが美しいと、そう感じてしまうのだ。

勿論、その炎によって参加者連中は追いかけ回されてるので美しいもへったくれもない。というか先述の通り、炎が意思を持っているかの様に纏わりつくので、一度裾が触れでもすれば最後。そのまま身体中に纏わりつかれ、炎の海へと飲み込まれていく。

数分か、それとも数十分か。或いはもっとか。永遠にも感じられた炎のコンサートとでもいうべき時間は、犠牲者達が全員炎に飲み込まれた時、遂に終わった。炎達は左右で壁を形成し、華道をつくる。

 

「イラストリアス。他のみんなは?」

 

「みんな、後ろで檻に入れらています」

 

「わかった。ならすぐに、その檻を破る」

 

長嶺はまた腕を前に差し出す。

 

「オールビット、ソード」

 

背後に控えるビットは、赤い剣となって後ろへと飛び込む。鍵ごとを扉を切り裂き、中の艦娘とKAN-SEN達を全て救い出した。

 

「行こう」

 

全員を飛行場にまで連れて行き、そのまま鎮守府に帰還させるつもりだった。だが、大和の一言で仕事が追加となる。

 

「提督!オイゲンさんが河本に連れて行かれてから、ずっと戻って来てないんです!!」

 

大和とエンタープライズ曰く、連れ去られた後にオイゲンは河本が連れて行ったという。他の艦娘とKAN-SENはそのまんま、さっきあった檻に監禁されて、よく分からない薬も打たれたと。

 

「その薬、どこにある?」

 

「それなら、確か.......。提督、付いてきてくれ!」

 

長門がそう言うので、後ろについて行ってさっきの檻のある場所に入った。中は薄暗いが、それだけで特に何もない。だがその奥に、敷居で仕切られた場所があった。

 

「ここだ。ここから薬を持ってきていた」

 

「ちょっと待ってろ」

 

中に入ると、案の定色んな薬が並んでいた。それも合法非合法問わず、貴重なのから麻薬まで本当に色々。その残骸から使われたであろう薬品を割り出したのだが、その薬品達がヤバいの一言に尽きる代物であった。

 

「げっ!!!!」

 

長嶺が素でこんな声を出すあたり、どの位ヤバいか分かるだろう。

取り敢えず打たれた薬品なのだが、まず覚醒剤が致死率の5倍。それを筆頭にヒロポン20倍、性ホルモン剤30倍、コカイン15倍、エクスタシー24倍、ラッシュ60倍と、我々普通の人間が打てば一撃であの世逝き確定の量を打たれている。

因みにヒロポン、ラッシュ、性ホルモン剤は性的興奮や性欲の向上、つまり媚薬の作用をもたらし、エクスタシーは幻覚作用があって、コカインは単純に中枢神経を刺激して興奮させる。これに効果を出すのを遅らせる物を打ち込んでおり、恐らく早くて後1時間程度、遅くとも夜明けには効果が出る。

だが効果が出た瞬間、まず間違いなく壊れるだろう。艦娘にしろKAN-SENにしろ、身体は丈夫なので死ぬ事はない。だが精神の部分は、人間と余り大差がない。なのにこんな限界量なんてお構いなしにヤクを打たれた以上、効果が出て、それが終わった時の精神の影響は計り知れない。まず間違いなく、全員廃人確定だ。オーバードーズで逝っている方がマシかもしれないレベルの地獄が、この先待っている事になる。

 

「.......諦めるな俺。考えろ。どうすりゃ彼女達は救われる?」

 

数分の熟考の末、長嶺は答えが出た。まずグリムに連絡を取り、ありったけの強力な即効性麻酔を持ってこさせる。さらに鎮守府に他の病院やあらゆる所から、利尿剤と人工透析機を準備する様に命じた。

麻酔で一旦意識を奪い、その間に透析と利尿剤で体内の水分と血液を総入れ替えする。こうすれば少なくとも、安全圏にまで濃度は下がる筈。仮に離脱症状が出ても、耐えられる範囲の物になる筈だ。

 

「お前達、急ぐぞ。このまま飛行場に向かう」

 

長嶺が先導し、飛行場まで彼女達を送り届ける。そして飛行場で彼女達は待機してもらい、長嶺は河本の執務室へと向かった。

 

 

「や、奴はなんなんだ!!アイツは何なんだよ!!!!」

 

「お困りですかな?河本提督」

 

喚く河本の前に、茶色のソフト帽とコートを着こなす紳士が現れた。トバルカインである。

 

「お、おぉトーラス!助けてくれ、あの男が攻め込んで来た!!」

 

「何故です?あなたは三軍の捨て駒とは言え、私の可愛い部下達を無駄死にさせた。これは裏切りですなぁ。何故その裏切り者を、態々助けないといけないのですかな?」

 

「な、何を言って」

 

「それに、あなたは確か艦娘とKAN-SENを全員連れてきて売っ払おうとしていましたな。そんなの美しくないではないですか。それにね、私は元々あなたの様な人間が大嫌いなのですよ。

自分の部下である艦娘を我々に売り渡し、連れ去る必要のない艦娘とKAN-SEN達を連れ去って売り払い、相手の女を穢す。全く持って美しくない。エレガントのカケラも感じない。自分の欲望に忠実すぎたツケを払う時が、どうやら来てしまったようですな」

 

トバルカインはこの男の下にいた。だかそれはあくまで上からの命令であり、個人的には気に入らなかったらしい。トバルカインは最後に「それでは精々、長嶺雷蔵、いえ。煉獄の主人、アマテラス・シンとのワルツを楽しむとよろしいでしょう。では、これにて失敬」と片手を胸に置いて優雅に礼をすると、トランプの渦に包まれて消え去った。

途方に暮れる河本だったが、そんな事もしてられなかった。扉がいきなり吹き飛ばされ、中に奴が入ってきたのである。

 

「おいおい河本の豚野郎。テメェを殺すつもりだったんだがよぉ、あんなの見せられちゃ殺すのすら生温い。だからテメェを生かす事にしてやる。喜ぶがいい」

 

「き、貴様!!!!この俺に楯突くなど、100年早い!!!!そもそも貴様は初めて会った時に俺の愛の一刀を受け流し、剰え先輩である俺を差し置いて連合艦隊司令にまでなった!!この罪は、万死に値する!!!!!!!お前の愛刀で殺してくれるわ!!!!!!!!」

 

そう言って河本は閻魔を手に取り、抜こうとする。だが全く抜けない。まるで鞘と刀身が一体化しているのではないかと、この持ち手は飾りなのではないかと思う程に、全くビクともしない。それもその筈。閻魔は真の強者と閻魔自身が認めた者のみ、抜くことの許される刀。こんなデブでクズな外道如きに力を貸してやるほど、閻魔は安くない。

 

「ならこっちだ!!」

 

そう言って、今度は幻月を抜く。だがこれも、超のつく妖刀。幻月が認めてない者が持ち歩いただけでも不幸に見舞われ、抜こうものなら不幸が降り注ぐ。この呪いは後に現実の物となるのだが、そんな事河本は知る由もない。

 

「キィエエエエエエエエ!!!!!!」

 

「はいはいすごいすごい」

 

上段からの斬撃を最低限の動きで回避しつつ、顔を掴む。そのまま手の平で炎を発生させて、特定の光信号として発光させた。これにより光過敏性発作、分かりやすく言うとポリゴンショックの同じ症状を引き起こせるのだ。

 

「気絶してろ」

 

ボロ雑巾をぶん投げる様に河本を投げ捨て、長嶺はオイゲンを探す。もうこの基地に飛行場を除いて気配があるのは、この提督執務室周辺しかない。必ずここに、オイゲンはいる。

 

「しき.......かん.......?」

 

「オイゲン!!」

 

オイゲンは隣の河本の自室に、革手錠でベッド拘束された状態でいた。しかも制服はビリビリに下着ごと破り捨てられ、股の下にあるシーツにはシミが大量に付いていた。

何故か分からないが、仮面越しに話してはいけないと感じ仮面を外した。鬼の面が真ん中で左右に分かれ、180°回転しながら、横に移動し長嶺の顔が現れる。

 

「ごめん.......なさい.......」

 

「いい!良いんだ、謝るべきは俺だ。辛い思いをさせた、本当にすまない。他のみんなは一足先に逃した。後はお前だけだ」

 

革手錠を腕の仕込み剣で切断し、オイゲンを解放する。見た感じ注射痕はないが、一応打たれたか聞いてみる。やはり打たれてはなかったらしいが、何れにしろ精神には相当ストレスがかかってる筈だ。艦娘とKAN-SENの中では、一番被害が大きい。

 

「やっぱり.......来てくれたのね.......」

 

「約束したからな。よく頑張った。帰ろう。ボロボロだが、俺達の家へ」

 

制服の中で唯一生き残ったブレザーのジャケットを肩から羽織らせて片腕で抱き上げ、武器も全て装備する刀を除き八咫烏の元へと飛ばし、河本の頭を掴んで飛行場を目指す。飛行場には既に回収の戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』が到着していて、艦娘とKAN-SENに麻酔を施して意識を失った者から順次、機体に乗せて飛び立っている。

 

「総隊長殿!ご無事ですか!!」

 

「あぁ。カルファン!彼女を頼む」

 

「分かったわボス。行きましょ?」

 

オイゲンをカルファンに預けて、グリムやマーリンと言った男連中に振り返る。

 

「全員殲滅したが、証拠は大量にある筈だ。レリック、その確保を頼む」

 

「わかった」

 

「バルク、ベアキブルは無いとは思うが敵の来襲に備えて周囲を見張れ」

 

「お任せを」

「了解」

 

そして最後にグリムへと振り向き、愛刀の閻魔を彼に渡した。

 

「総隊長殿?」

 

「グリム、後の事は任せるぞ」

 

「は?え、了解しました?」

 

あまりに唐突な発言に、グリムも何とも言えない反応であった。了解の返事だって、疑問形になってしまう。だが長嶺はそんなグリムを置いて、1人満月の月が輝く海原が見える滑走路の端へと歩き出した。

 

「.......指揮官?」

 

オイゲンも、グリムも、周りにいた全員が作業を辞めて長嶺を見つめていた。何故か、目を離しては行けないと感じたのだ。

 

「潮時.......だな」

 

長嶺は装備していた装甲服を外した。外した装備は炎となり、跡形もなく消える。残ったのは下に着ていた強化外骨格だが、それも上半身部分を脱ぎ、下に着ているファスナー式の服だけとなった。

 

「おうお前達。俺も、今からそっちに行くぜ.......」

 

長嶺は左手に持っていた幻月を抜き、一息に喉に突き立てた。

 

パァン!!

 

そしてそれを押し込もうとした時、乾いた破裂音が一帯に響いた。誰もが分かった。拳銃の音だ。

 

「死なせはせんぞ。雷蔵!!」

 

「親父.......。止めるな、これが掟だ」

 

銃を撃ったのは、無理矢理ついてきていた防衛大臣にして長嶺の義理の父親。東川宗一郎である。

 

「お前はこの国に必要だ!!そして1人の父として、子に死なれたくはない!!!!」

 

「悪いな。例えそうだとしても、それが、それこそが、この身に生まれ落ちての業を背負った者の定めなんだわ。許してくれとは言わんが、殺させてくれ。もう、アイツらの元に逝かせてくれよ」

 

尚も食い下がる長嶺に、東川も言葉が詰まる。だが、意外すぎる人物の一声で長嶺も止まらざるを得なくなった。

 

「お止めなさい!!!!」

 

よく響く声でありながら、慈愛と気品に溢れた声。その声の主は、今上天皇その人であった。

 

「陛下。お久しぶりですね」

 

「雷蔵君、本来であれば私は君に物を願える立場ではありません。私の命令で君は友も、栄誉も、名誉も、全てを失いました。私は君に恨まれて当然のことをした。だがそれでも、この願いだけはどうか聞き届けて欲しい。どうか死なないで。この国に君の力は必要ですし、何より、今周りにいる君の家族は、君が思う以上に君を必要としているのです。もう一度言いましょう。どうか、どうか死なないで。そして生きて、生きて、生き抜いてください。

それを叶えるのならば、君に課していた枷を外しましょう。この時を持って、君は君を縛る古の掟から外れます。好きにその力、存分にお使いください」

 

「.......陛下の御意とあらば謹んで従います」

 

空気はとても重苦しいが、取り敢えず長嶺が自殺する危機だけは免れたらしい。グリムは静かにカルファンの元に近寄り、同じ機体で長嶺を帰還させると話した。東川にもアイコンタクトでそれを伝える。

結局カルファンも流石に2人きりの方がいいだろうと考え、オイゲンと長嶺の2人だけで鎮守府へと帰した。

 

 

「.......」

 

「.......」

 

どちらも喋らず、空気はとても重い。だが長嶺は徐に立ち上がり、ハッチのコントロールパネルを操作してカーゴドアを開けた。

 

「指揮官!!!!」

 

「心配すんな、飛び降り自殺する気はない。ただ.......。ただ今夜だけは、月が見たいんだ」

 

いつもは見たくもない、大嫌いな満月。だが今日だけは、この夜だけは、何故か見たいと思ってしまう。さっきもそうだったが、今はより見たいという気持ちが強い。長嶺とオイゲンは月を眺めながら、江ノ島鎮守府へと帰還。こうして江ノ島鎮守府の長い、長い1日はこうして幕を下ろした。

 

 

 

 



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2023お正月スペシャル

先に言っておきます。この作品はもう、頭を空っぽにして見てください。また文字数が27000文字と長大なので、覚悟して読んでくださいね?


某月某日 江ノ島鎮守府 グラウンド

「もち米炊けましたよ〜!」

 

「野郎共!!!!」

 

「「「「「「ウッシャァァァァァァ!!!!!」」」」」」」

 

冬の寒さがバリバリ残るこの日、江ノ島鎮守府ではグラウンドで餅つき大会が始まった。艦娘、KAN-SEN、霞桜の面々が交代で餅をつく。艦娘と重桜のKAN-SENは平和にやっているし、KAN-SENの重桜以外の陣営の子達も興味津々のご様子。艦娘や重桜のKAN-SENが、やり方をレクチャーしたりと本当にほのぼのやっていた。

コイツらを除いて。

 

「行くぞ!!!!」

 

「オウ!!!!」

 

「はい」

「イヤァ」

 

「はい」

「イヤァ」

 

最初はマトモだった。だが、段々と加速していき…

 

「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」「ハイ」「イャ」

 

もうなんか、どっかの高速餅つきの3倍増しみたいな速度で餅をついていた。だがまあ、これはまだマジだ。うん。

 

「どっせい!!!!」

 

ぺtバギィ!!!!

 

第三大隊の大隊長、バルクは餅をついた木臼ごと破砕した。しかも一撃目で。かたや第二大隊の大隊長、レリックの場合は…

 

「れ、レリック隊長?これは一体.......」

 

「なんだこりゃ.......」

 

レリックは何やら巨大なハンマーのついた、謎の機械を持ち出してきた。木臼をその下にセットして、電源を入れる。エンジンが作動し、上のハンマーも上下に動き出した。そしてレバーを下げ、木臼の上へとハンマーが降りる。

 

ゴン!ゴン!ゴン!ゴン!ゴン!ゴン!

 

「木臼が地中に潜って行った.......」

 

「木臼しかつけてねぇじゃねーか」

 

「餅つきって、なんだっけ?」

 

なんと餅じゃなくて木臼をついてしまい、しかもその木臼は地中へと急速潜航していきやがったのだ。それを見ていた長嶺はというと、とても遠い目でそれを見ていた。

 

「そ、総隊長殿。良いんですかね、アレ」

 

「グリム、考えてみろ。アイツらはカップラーメンを作ってアレンジしたら、ソマンガスを発生させて自衛隊の化学防護隊を出動させたんだぞ。それに比べれば、原始人が人に進化したレベルの偉業じゃないか。木臼が壊れた?地中に潜った?死人が出てないなら、万事セーフだ」

 

何を隠そうこの2人、料理に関しては悪い伝説しか作っていないコンビなのだ。今長嶺の言ったソマンガスの他、鎮守府内でカレー大会をしよう物なら、振ったら爆発する液体を遠心分離機に掛けようとし、腐りかけの缶が膨張したシャールストレミングを使ってバイオテロを引き起こした前科を持つ。それに比べれば、こんなのは可愛い部類だとも。

 

「指揮官!これ、私がついたのよ?食べてみて」

 

「シンプルに砂糖醤油か」

 

オイゲンが持ってきた餅をひょいと掴み、豪快に一口で食べる。つきたて特有のモチモチ感と、砂糖醤油の甘じょっぱさがハーモニーを奏でていて、とても美味しい。

 

「やっぱ、つきたての餅はうまいな。それも、こんな美女のついた餅と来れば不味いわけがない」

 

(あ、あの総隊長殿が女性を口説いた!?!?!?)

 

「あ、ありがとう////」

 

オイゲンは照れて、副官のグリムは驚く。それを遠巻きに見ていた第一大隊の大隊長、マーリンはそれを微笑ましく見ていた。というのもマーリンは少し前に長嶺から恋愛相談されてたので、その光景は余計に微笑ましかった。因みにマーリンは特に何か失敗する事もなく、精々餅つき用の水を零した程度だった。

 

「せい!」

「あいよ」

 

「せい!」

「あいよ」

 

「せい!」

「あいよ」

 

所変わって、ここは第五大隊の餅つき。第五大隊と第四大隊は、多くが元ヤクザで構成されている異色の部隊。第五大隊の大隊長は元ヤクザの会長であるベアキブル。なので、こういう時の第四、第五大隊は凄く頼りになるし、一番ノリノリであったりする。

ヤクザは屋台をやっていたり、クリスマスやハロウィンに催し物を開いたり、餅つきなんかもやる組はやるので、意外とこういうのには強いのだ。かくいう、ベアキブルも餅つきが上手である。

 

「べーくん、できた餅おいとくわよ」

 

「おう姉貴!コイツらはつき上がった餅だから、味付け頼むわ」

 

「はいはい」

 

第四大隊は霞桜の中では、意外と家庭力の高い部隊である。なので今回はついた餅の味付けを担当しており、艦娘の間宮や伊良子、KAN-SENなら赤城や加賀と言ったお料理できる組と一緒に味付けをしている。で、偶に摘み食いもしてる。

 

「ボース!お汁粉食べるかしら?」

 

「貰おう」

 

では総隊長である長嶺と副官であるグリムは何をしているかと言うと、みんながついている姿を見たり、ちょいちょい摘んだりしていて、特にこれといった事はしていない。

そんな平和な時間が続くかと思っていたのだが、急に地面が揺れ出した。地震である。一度安全の為餅つきを中断し、揺れが収まるまで待機する。自衛隊なら災害派遣の可能性も出てくるが、この部隊にその指示は絶対に来ないので、収まればまたつこうと思っていた。しかし…

 

「.......揺れ長くね?」

 

「.......長いですね」

 

揺れが長いのだ。普通地震は長くとも数分で収まる。だが、もう揺れ始めてかれこれ10分以上続いている。流石に幾らなんでも可笑しい。

なんて考えていると、揺れはピタリと収まった。

 

「なんか超絶嫌な予感がする。すぐに黒山猫を出し、偵察に入れ!!」

 

霞桜の隊員を偵察に派遣しようとした時、電話が突然鳴った。画面には『メビウス1』と表示されている。

 

「どうした?」

 

『提督!ちょっと飛行場まで来てください!!なんか見るからに、あり得ない光景が!!!!』

 

あのスーパーエース、メビウス1がここまで動揺してるのも珍しい。恐らく、本当に信じられない何かがあったのだろう。それを察知した長嶺は、大隊長達を連れて飛行場へと走る。

飛行場まで走って見えたのは、あり得なさすぎる光景であった。

 

「はぁ!?」

 

「おいおいコイツは.......」

 

「江ノ島じゃね?」

 

もう1個、隣に江ノ島があったのだ。それだけじゃない。水平線が遠く感じるし、ここから見える街並みも少し違う。

 

(待てよ?この感じ、まさか.......)

 

長嶺はこの辺りで、少しある事が脳裏によぎった。それは今から1年前に起きた、不思議な現象である。ソロモン諸島攻略作戦後の帰還途中、長嶺ら海上機動歩兵軍団『霞桜』の全隊員と江ノ島鎮守府に所属する艦娘、KAN-SENは揃って異世界の日本へと転移した。その世界で長嶺達は、そこで出会った日本の守護者達と共に復活したオロチと何故かいた深海棲艦を倒したのだ。

 

『提督。レーダーに接近する機影を確認。機数5、そちらに向かいます』

 

(確認の暇はないか)

「総員、戦闘配置。陸上戦に備えろ。艦娘、KAN-SENはドックまで後退。装備を整え次第、戦列に加われ」

 

一応確認する術はあるが、ここが同じ世界という保証はない。念には念を入れて、戦闘配置にしておいて損はないだろう。霞桜の隊員達は装備を手に取り、強化外骨格を身に付けて、戦闘配置につく。

上空には4発のジェットエンジンを積んだ特異な見た目の、恐らく輸送機が飛来し、そのまま飛行場に着陸した。

 

「周囲を探れ」

 

その内、漆黒のボディに金のラインが入り、エンジンカウルが至極色の機体から2本の太刀を装備した男が降りてくる。背中に『皇国剣聖』の文字が入った至極色の羽織も羽織っている。

長嶺は、この男を知っている。異世界の日本である大日本皇国統合軍総司令長官、長嶺雷蔵である。あの男が来ているあたり、やる事はもう決まっている。

 

「.......レミールとルディアスは亡霊となって、この国を襲った。化け物の軍勢を率いて」

 

隠れていた格納庫の影から堂々と出て、ついでにステルス迷彩も解除する。

 

「何者だ!!」

 

二挺拳銃を装備し『鉄砲頭』の文字が入ったロングコートを着た男、たしか向上とかいう奴がこちらに銃を向けてくる。その周りにいた他の隊員と、何故かいる何処ぞのゲームで美人騎士やってそうなエルフの5人も神谷周りを取り囲む。だが、神谷の顔には笑みが浮かべながら、こう答えた。

 

「だが亡霊は守護者達によって打ち倒され、その身は海底深く沈んだ」

 

次の瞬間、2人して刀を抜いて互いに突っ込む。刀と刀がぶつかった瞬間「キィィン!!!!」という耳障りな甲高い音と、衝撃波が周囲に広がる。

 

「刀が変わったな」

 

「あぁ。先祖伝来の物だ」

 

鍔迫り合いの中、長嶺は神谷の刀が前のと違うと気付く。こうして、刃を実際に交えればよく分かる。今の刀は前の刀よりも、遥かに物がいい。最強の愛刀、幻月と閻魔を相手にして普通に真っ向勝負出来ているのを見ても、明らかに普通の刀じゃない。極普通の一般的な刀剣類で、こんな鍔迫り合いを繰り広げよう物なら、その武器ごと相手を叩き切ってしまうのが幻月と閻魔だ。それを防げるのは、極一部の伝説や御伽噺出てくる武器位の物である。

という事は、神谷の使う刀はそのレベルに達した真の刀であるのはまず間違いないだろう。実に面白い。

 

「ハァッ!!!!」

 

神谷が押し出し、長嶺もそれに合わせてバックステップで距離を取る。そこからの戦いは攻撃しては受け流され、攻撃されては受け流すを繰り返す一進一退の攻防戦であった。

 

「浩くんと互角に戦ってる.......」

「なんて男だ.......」

 

「総隊長と真っ向勝負が成立してるぞ」

「相手も相当の化け物だな」

 

両者の仲間達は、互いの相手を信じれない目で見ている。両者とも、その世界に於ける最強なのだ。

 

「せい!!!」

 

次の瞬間、神谷の刀が長嶺の持つ閻魔を上へと弾いた。そのまま神谷の愛刀、天夜叉神断丸は長嶺の首目掛けて突っ込む。だが、長嶺もタダではやられない。弾かれた閻魔に見切りを付けて手から離し、高速で太腿に装備している大口径拳銃の阿修羅HGを神谷の額へと向ける。

両者はそこで止まった。天夜叉神断丸は長嶺の首に刃先が触れ、阿修羅は神谷の額を正確に捉えている。

 

「見事だ、雷蔵君」

 

「そっちこそ、前とは間違えている。途中からガチになって正解だったわ」

 

両者は武器を下げると、固い握手を交わした。2人は一度だけとは言え、共闘した同志。あの戦闘もあくまで挨拶の一環だ。まあ見てる側は、全くそうは見えないが。

 

「野郎共、問題ないぞ。出て来い!コイツらは味方だ」

 

「お前達も武器を下げろ。今から出てくる奴等は、俺達の味方だ」

 

長嶺と神谷が、自分の部下達を出し合う。何も下からの信頼が厚いので、素直に従ってくれる。期くして実は会ったことあるけど記憶がないから実質初めてとなる、海上機動歩兵軍団『霞桜』と神谷戦闘団の邂逅が叶ったのである。

 

「それで、そっちはどうするんだ?」

 

「今回は鎮守府ごと来ちゃってるからなぁ。取り敢えず、ここにいるよ。多分、俺達が混ざったんだ。また何か来るんだろ」

 

霞桜と神谷戦闘団の面々がワチャワチャやっている間、2人は少し離れて艦娘とKAN-SEN達のいるドックの方まで歩いていた。

その間に交わされた世間話だが、まあ読者諸氏もお分かりであろう。よもや出会って終わり、な訳がない。勿論大事件やりますとも。大戦争だってやりますとも。

 

「ここがドックだ」

 

「今更だが、俺入っていいの?」

 

「心配すんな。殺そうとしたら殺すから」

 

全く安心できない返答に神谷は苦笑する。そんな馬鹿話をしていると、急に2人の無線機が鳴った。

 

『長官!あ、あの、謎の宇宙船があらわれました!!!!』

 

『総隊長殿!!その、信じられないんですけど宇宙船が現れました!!!!!』

 

全くもってよく分からない報告に、2人して顔を見合わせる。取り敢えず屋根の上に登ってみると、居た。それもガチのSF映画に出てくる巨大宇宙船が5隻も。

 

「宇宙船だ」

 

「宇宙船だな」

 

「「.......いやいやいやいや!!!!」」

 

「なんで宇宙船いんの!?なに、ふざけてんの!?!?しかもあれ、ガチの宇宙戦艦じゃん!!ヤマトみたいなヤツじゃなくて、スターウォーズ系のビーム砲いっぱい搭載してる系の宇宙戦艦じゃん!!!」

 

神谷、叫ぶ。どう見たってあの空中に浮く鋼鉄の塊は、宇宙船である。というかあんなの、さっきまで無かった。大方、不慮の事故であそこにワープアウトしたんだろう。それか意図的にあそこにいて、そのまま侵略でもするのかもしれない。

内心神谷はハラハラしていたが、隣にいる長嶺はそうでもなかった。神谷の任務が国民を守る事なら、長嶺の任務は国家を守る事が任務。別に国民が数千万人死んだって、どうでも良いという考えを持っている。勿論助けられる範囲なら助けるし、仲間(かぞく)を害そうとする者は容赦なく殲滅するが。

更に言えばこの日本は、長嶺の護るべき日本ではない。だからこそ、長嶺はある程度余裕があった。横で軽く戦慄して使い物にならない神谷を尻目に、目の前の宇宙船をよく観察すふ。

塗装は赤と白で形状はくさび形。全長は大体1km程度。環境構造物は途中で2本の塔に別れ、両サイドに艦橋らしき構造物が見える。これと同じ形状のが4隻いて、もう1隻はカラーリングこそ似ているが全長は700m位で短く、形状もくさび形だが、なんかずんぐりとした印象を受ける。だが長嶺は、この船に見覚えがあった。

 

「なぁ神谷さん。あれ、スターウォーズの艦じゃないか?」

 

「は?.......あ!ヴェネター級にアクラメイター級だわ!!!!」

 

何れもスターウォーズの新三部作やクローン・ウォーズなんかに出てくる、銀河共和国の宇宙戦艦だったのだ。4隻いるのがヴェネター級スター・デストロイヤーで、ずんぐりしてるのがアクラメイター級アサルト・シップという、歴としたスターウォーズの船である。

 

「とすると、ジェダイが乗ってるな。取り敢えず、一安心だな」

 

そう言って肩の力を抜いた長嶺だったが、神谷の鋭い声が響いた。

 

「いや待て。もしあの艦隊がオーダー66後なら、ジェダイはいない。それにもし、銀河帝国になっていたら最悪戦争状態になるぞ」

 

銀河共和国は銀河帝国、つまりダースベイダーのいる国の前身にあたる。銀河共和国にはジェダイの騎士がたくさん居たのだが、元老院議長のパルパティーンことシスの暗黒卿ダース・シディアスが『オーダー66』というコマンドで、味方のクローン・トルーパーを操りジェダイを粛清した。その後に誕生したのが銀河帝国であり、初期はインペリアル級スター・デストロイヤーという、多分スターウォーズ知らない人が想像する敵の宇宙船が完成するまでの間にヴェネター級を使っていたのだ。もしその時期のヴェネター級なら、絶対にまずい。

 

「ここは協力しないか、神谷さん?」

 

「どういうことだ?」

 

「俺がアンタの部隊を預かる。その間に念の為、川山さんを連れて来るんだ。恐らく彼らが交渉する気なら、川山さんの力がいるだろう?機体はウチの機体の方が速いから、それを使ってくれ」

 

「乗った!!」

 

恐らく問題ないだろうが、少なくとも初となる異星人との初接触である。用心しておいて損はない。2人はすぐに飛行場へと戻り、神谷は戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』で川山のいる外務省へと飛び、長嶺は霞桜と一時的に神谷戦闘団の指揮を取る。

 

「とまあ、そういう訳だ。神谷さん帰還までの間、俺の指揮下に入ってもらう」

 

「では長嶺閣下、ご命令を」

 

「オーライ任せろ。まずスナイパーを建物に配置。詳しくはマーリンに従ってくれ。マーリン!」

 

「お任せを」

 

マーリンがスナイパー集団を引き連れて、奥の鎮守府施設へと走る。スナイパー達には屋根の上や建物の中、植木の中に隠れてもらう。

 

「次に近接戦闘の得意な者、もしくは散弾を装備する者。建物の影に隠れ、奇襲に備えてくれ。カルファン!ベアキブル!指揮を取れ」

 

「任せてください親父!」

「OK、ボス」

 

「装甲歩兵、だったか?重装甲の歩兵はバルク、お前に預ける」

 

「うっしゃぁ!!」

 

「グリム、ハッキングのスタンバイに入れ」

 

「了解」

 

「残りは俺と来い!!」

 

さらにこの後、待機中の艦娘とKAN-SENに出撃を命じ、江ノ島鎮守府の周囲をグルリと取り囲む。

一方大日本皇国側は各地の航空基地からミサイルを満載した航空機を離陸させ、横須賀は熱田型2隻と究極超戦艦『日ノ本』の出港準備に入った。更に近隣の陸軍駐屯地からも部隊の展開が行われつつあり、日本各地に配備された120cm対地対空両用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲システムと海上に配置された提灯は、射程に入る砲台に関しては宇宙船に照準されていた。

 

「長嶺閣下!長官が帰還されました!!」

 

「帰ってきたか」

 

部隊の配置完了報告を受けていると、ついさっき川山を迎えに行っていた神谷と黒鮫が帰ってきた。因みにこの黒鮫、最大速度マッハ6を誇るので何も可笑しくはない()

 

「雷蔵くん!」

 

「どーも川山さん。異星人相手の外交の経験は?」

 

「ある訳ない!」

 

「そりゃそうだ」

 

寧ろあったら怖い。というかそれ以前に、こちらの知る言語を向こうが知っているかも問題だ。知らなかったら交渉とか外交以前の問題である。

 

「お客さんが来たぞ!!!!」

 

宇宙船を監視していたオメガ11ことメビウス8が叫ぶ。宇宙船の方を見ると2隻から、航空機がこちらに向かっているのが見える。

すぐに周りを警戒していた皇国空軍の戦闘機が近付き、誘導を試みる。

 

「所属不明機に告ぐ。直ちに武装を解除し、我が方の誘導に従われたし。こちらは大日本皇国空軍機である。Report to unknown affiliation. Disarm at once and set your sights on our side. This is the Imperial Japanese Air Force aircraft.」

 

試しに日本語と英語で呼びかけてみる。勿論全周波数帯なので、恐らく拾ってはくれてる筈だ。

 

『.......こちらは銀河共和国宇宙軍、そちらへの使者を輸送している。誘導に従う』

 

なんと所属不明機、というかエイリアンから返答があったのだ。それも普通に日本語で。これにはパイロットも、無線を聞いていたオペレーター達も驚愕した。

 

「了解した。このまま誘導する」

 

本来なら適当な空軍基地にでも降ろすつもりだったが、神谷の命令で急遽、江ノ島鎮守府の飛行場に降ろすことになった。理由は単純、ここが恐らく現在1番戦力を持っているからである。

 

「神谷さん、指揮を返す」

 

「いや、このまま動かしてくれ。頭がコロコロ変わったら混乱する」

 

一応大日本皇国の問題なので指揮を返そうと思ったが、そこは流石というべきだろう。兵達を1番に考え、恐らくあるであろう皇国の面子も全く気にしない。下から慕われる筈だ。

 

「そういう事なら。

野郎共!!敵かどうか分からんが、少なくとも宇宙人のお出ましだ!!!!どんな奴が出てこようと、危害を加えるまでは絶対に撃つな!!!!!だが、いつでも撃てるようにしておけ!!何が起きたって可笑しくはない!!!!!!」

 

無線でそう指示を飛ばし、着陸に備える。程なくして所属不明機、恐らく対空強襲トランスポーターとかいう輸送機だった気がする機体が2機、目の前に着陸した。

長嶺と神谷はアイコンタクトで合図すると、長嶺がハンドサインを出す。次の瞬間、周りの霞桜と神谷戦闘団の面々が初めてとは思えない連携で機体を取り囲み銃を向けた。

 

「さぁ、鬼が出るか邪が出るか.......」

 

「これでベイダー卿来たら終わりだな」

 

機体の中央部にあるカーゴドアが開くと、中からオレンジのマーキングを施したクローントルーパー、青のマーキングを施したクローントルーパー、茶髪と金髪のジェダイが出ててきた。

 

「あー、できれば武器を降ろしてもらえないだろうか。私達は争う気はない」

 

全員が顔を見合わせた。そして全員が心の中で叫ぶ。

 

((((((((((((本物のオビ=ワン・ケノービとアナキン・スカイウォーカーだぁぁぁぁ!!!!!!!!))))))))))

 

そう、この2人のジェダイはスターウォーズの歴史を語る上で外せない2人。ジェダイ・マスター、オビ=ワン・ケノービと選ばれし者、アナキン・スカイウォーカーだったのだ。因みにアナキンは後のダース・ベイダーである。

 

「武器を下ろせ」

 

長嶺の号令で全員が武器を下ろす。だが勿論、スナイパーはまだ頭に狙いを付けて動かないし、隠れている接近戦組も緊張状態のままだ。

 

「代表者と話がしたいのだが、代表はいるだろうか?」

 

神谷と川山が頷きあい、川山が前へ出る。

 

「私が代表です。大日本皇国外務省、特別外交官の川山と申します」

 

「ジェダイ・マスターのオビ=ワン・ケノービです。こちらはジェダイ・ナイトのアナキン・スカイウォーカー。

我々は任務の為、ハイパースペースを航行していたのだが原因不明の事故であの場所に出てしまった。ここが何処なのか、教えて貰えないだろうか?」

 

「.......あー、なんと申しましょうか。多分ですね、あなた方は巻き込まれたんだと思います。恐らくここはあなた方の知る宇宙とは、また別の宇宙。もしくは観測されてないくらい遠い場所にある惑星です」

 

「失礼、今なんと?」

 

「ですから、あなた方のいる宇宙とは別の宇宙か観測されてないくらい遠い場所にある惑星です、と」

 

アナキンとオビ=ワンの顔が、それはもう凄い顔になる。流石のジェダイでも、この答えには動揺を隠せないらしい。

 

「証拠でもあるのですか?」

 

「彼が証拠です。雷蔵くん!」

 

「ここで俺を巻き込むのね。

まあ信じられんだろうが、これは割と真面目にあり得る話だ。かく言う、俺と俺の仲間、そして今いるこの江ノ島鎮守府は、本来大日本皇国には存在しない。日本国という異なる歴史を歩んだ大日本皇国からやって来た」

 

「それに我々大日本皇国も、元は別の世界に存在しました。しかし今から3年程前に、この世界へと国ごと転移したのです。今も尚、その原因もメカニズムも不明です」

 

まだ信じられない、という顔をする2人。立ち話で済ませる内容でもないので、場所を移して階段を持つことになった。長嶺がここに残り、神谷と川山が対応する事になったので鎮守府の応接室を貸す。

で、残ったのがクローン兵と霞桜&神谷戦闘団。見事なまでに気不味い。

 

「.......誰か、ティーセットでも持ってこーい」

 

「なら俺達が持ってきますぜ」

 

「よろし、おいちょっと待て!」

 

今の声、バルクとレリックである。あの2人の料理の才能はさっき書いた通りなのだが、この2人は碌にお茶も淹れられない。何故か絶妙に不味くして出すのだ。薄かったり、苦かったり。レリックは技術屋なので機械を使えば淹れらるのだが、バルクに至ってはボタンが押せなかったり馬鹿力すぎて機械が根をあげる。

もし仮にこの2人にお茶と、恐らくお茶菓子も持ってくるので、どうなるか簡単に教えよう。

 

 

レリック&バルク「「お茶と茶菓子でーす」」

 

グビッ、パクッ

 

クローン兵s「「「「ぐぼぉ!!!!」」」」(吐血)

チーン

 

オビ&アニー「「野郎ぶっ殺してやる!!!」」

 

ビュオンビュオン

 

〜大☆戦☆争☆不☆可☆避〜

 

 

となる。割と真面目に霞桜が発足してすぐの頃、何人かの部下が2人の淹れたお茶を一口飲んだだけで1ヶ月寝込んだのだ。コイツらに任せれば、それすなわち日本の危機だ。

 

「総隊長殿!2人とも走って行きました!!」

 

「報告しとる場合か!!全力で止めろ!!!!おーい神谷戦闘団!あの大量破壊兵器料理製造マシーンを止めてくれ!!!!!!!」

 

「そんなに酷いんでs」

「カップ麺作ったらソマンガス発生させた前科があります!!」

 

向上の当然の質問を遮って、グリムが答えた。因みにこのソマンガスが何かというと、サリンと同じ神経ガスである。実際にオウム真理教が製造した事もある、一言で言うとヤベェガスである。

それを知っている為、神谷戦闘団の面々も本気で2人を止めにかかる。

 

「なぁレックス。アイツら、何をやっているんだ?」

 

「仲間を追いかけてる様に見えるが、脱走兵か?」

 

オビ=ワンの指揮する第212突撃大隊のコマンダー・コーディとアナキンの指揮する第501軍団のキャプテン・レックスは、目の前で繰り広げられる謎の光景を見つめて頭を傾げていた。

取り敢えず5分位追いかけたら、どうにかとっ捕まえられたのでロープで縛って格納庫に放り込む。勿論、完全武装の二個分隊が中と周囲を監視しているので逃げる心配もない。長嶺も何しでかすか分からない爆弾には来てほしくないし、何よりもう面倒になってきたのでプロであるロイヤルメイド隊を召喚。お茶とお菓子を準備してもらった。勿論、トラブルメーカーのシリアスは外してある。

 

「なんで、お茶淹れるだけでこんなに疲れるんだろ.......」

 

「仕方ないですよ。霞桜ですから」

 

「.......その一言で片付くのが恐ろしい」

 

 

 

同時刻 応接室

「では、あなた方は演習の帰りだったと?」

 

「えぇ。いつもの様にハイパースペースという別次元の宇宙を通り、コルサントという銀河共和国の首都の置かれる惑星に帰還途中でした。しかし、いきなりハイパースペースから放り出されて」

 

「あそこにたどり着いたと。災難でしたね」

 

簡単に色々話が聞けたのだが、彼らはやはりスターウォーズ世界、それとクローン・ウォーズからの来訪者らしい。今度の作戦に向けた演習でオビ=ワンとアナキンの指揮する部隊が参加し、その視察にマスター・ヨーダとメイス・ウィンドゥが来たという。その後、演習も終わったので通常通りハイパースペースに入ったら何故か皇国に来ちゃったらしい。

 

「ところで、何故あなた方はそんなにも冷静なんです?」

 

「というと?」

 

「先程から言動がまるで、僕達のことを知っているかの様だ。だがヴェネター級やトランスポーターを初めて見るという反応をする。あなた方は何を隠している?」

 

勘の鋭いアナキンが、川山と神谷に聞いてくる。誤魔化してもいいが、ここで誤魔化すと後々何が起こるかわからない。危険な賭けだが、早めに地雷を踏んで置くのも戦術だ。

 

「.......確かに我々は、あなた方を知っている。オビ=ワン・ケノービ。ジェダイオーダーに所属するマスタージェダイであり、師はクワイ=ガン・ジン。確か故郷はスチュージョン、だったかな?

アナキン・スカイウォーカー。元は奴隷で、タトゥイーンで幼いながらポットレーサーをしていた。母の名前はシミ・スカイウォーカーで、オビ=ワンの師匠であるクワイ=ガンに見出される。パダワンはアソーカ・タノ」

 

スラスラと出てくる2人の情報に、2人はただただ戦慄している。無論、川山に伝えている情報は自分の名前程度。自分の出自の話やら家族の話は、一切話していない。

 

「あなた方は私達の世界では、スターウォーズという物語に登場するキャラクターなんです。信じられないでしょうがね」

 

「信じろという方が可笑しな話です」

 

「スカイウォーカー将軍の言う通り、信じろっと言って「はいそうですか」で信じる方が寧ろ凄い思考回路の持ち主でしょう。

ですが、実例があります。先程私が証拠として呼んだ、長嶺という人物。あの子の指揮する存在に、艦娘とKAN-SENという特殊な存在がいます。詳しくは省きますが、彼女達もまた私達の世界ではゲームに登場するキャラクターなんですよ」

 

「ではその艦娘とKAN-SENは何処に?」

 

アナキンにそう聞かれるが、確かに川山もまだ姿を見ていない。長嶺と霞桜の隊員達だけだった。無論、さっきの長嶺が下した判断は川山が来る前の話。知らなくて当然である。それは神谷も同じなのだが、偶々、近海に展開しているのを確認している為、取り敢えず答えられるのは答えられる。

 

「詳細は管轄が私達の方に無いので分かりませんが、恐らくヴェネター級の監視のために近海に展開しています」

 

神谷がそう答えると、オビ=ワンとアナキンは悩み始めた。恐らく、今後の流れを考えているのだろう。少しすると、オビ=ワンが口を開いた。

 

「我々としては、トップ同士の会談を申し込みたい」

 

「構いませんよ。何なら、今から確認しましょう」

 

そう言って川山は携帯を取り出し、電話一本で確認を取る。

 

「例の宇宙船だが。そうそう、スターウォーズの。それでだな、お前と多分ヨーダかウィンドゥのどっちかと会談して欲しいんだけど。.......んじゃ、そう伝えるわ。

今、総理、つまりこの国に於ける政治や行政の事実上のトップから許可を取りましたので、いつでも其方の都合がいい時にお越しください。出来れば早めの方が、お互いのためかとは思います」

 

「そ、そうですか」

 

どう聞いても国のトップとの電話ではなく、完全に友達同士の電話であった。その事に顔にこそ出してないが、驚く2人。というか1時間も経ってないのに、さっきから驚きっぱなしで正直疲れてきた。

 

『長官。あの、今度は反乱同盟軍が来ちゃいました』

 

不意に入った無線に、神谷は一瞬力が抜けた。銀河共和国の次は反乱同盟軍って、時代設定がカオスすぎる。取り敢えず屋根の上へと登り、周囲を見渡す。

 

「ミレニアム・ファルコン号にXウィングとYウィング、Bウィングまで。モン・カラマリのクルーザーにフリゲート。マジのやつじゃねーか.......」

 

大体映画で活躍してる宇宙船と宇宙戦闘機が、日本の空にやってきちゃったのである。もう無茶苦茶である。ぶっちゃけ今の神谷の脳みそは、沸騰寸前というか沸騰しかけている。というかもう、これが夢なんじゃ無いかと思い始めてもいる。

 

『どうしますか?』

 

「またこっちに降ろしてくれ。飛行場のキャパシティなら入るだろ.......。まあ雷蔵くんの意見次第だが」

 

『あ、大丈夫って言ってます』

 

「なら下ろせ」

 

また部屋に戻り、交渉相手が増えるであろう事を川山に伝えた。「反乱同盟軍」の名前を聞いた時は、川山も頭を抱えてたのは言うまでもない。

 

「反乱同盟軍とは、まさか分離主義者ですか?」

 

「あ、いや。それは」

 

アナキンが険しい顔でそう聞いてくるが、流石に歴史を伝えていい物か迷う。だがこういう時、神谷は普通に後先考えずに言うので言っちゃったのである。

 

「反乱同盟軍とは銀河共和国を再建する為の組織です。今の銀河共和国はシーブ・パルパティーン元老院議長が乗っ取って、銀河帝国に変えるんです。このパルパティーンがシスの暗黒卿、ダース・シディアスなんですよ。しかもアナキン・スカイウォーカーを暗黒面に引き込んで、ついでにジェダイ達をほぼ全員殺して、銀河に圧政を敷きます。

その圧政から人々を解放し、銀河帝国を倒すために戦っているのが反乱同盟軍です」

 

「ちょっと待ってくれ!僕が暗黒面に落ちるだって?」

 

「スカイウォーカー将軍、あなたはパルパティーンに良くしてもらっている。それに君は今後、愛する者達が亡くなる悲劇に見舞われる。その結果、暗黒面に落ちるんだよ。まあ同じ事が起きるかは知らないんで、俺は何とも言えませんがね」

 

もうオビ=ワンは後半から意識が飛び掛け、アナキンは信じられないという顔で天井を見つめている。

 

「浩三、お前この始末、どうする気だ?」

 

「知らんな」

 

「この愉快犯野郎め.......」

 

神谷はこういう時、後先考えずに自分のやりたいようにやる。そう教育されてきたので仕方ないっちゃ仕方ないが、ぶっちゃけ面倒事が増えるので巻き込まれたくはない。

それから10分くらいすると、長嶺が反乱同盟軍の代表2人を連れてきた。

 

「入るぞー。.......なんでジェダイ2人が死んでんの」

 

部屋に入ればオビ=ワンが死んだ目で紅茶を啜り、アナキンが顔を抑えて天井を見ている。こんな姿、見た事がない。

 

「取り敢えず、代表2人を連れてきたぞ。それからスカイウォーカー将軍」

 

「なんだ?」

 

「お前さんの子供だぞ」

 

「.......はい?」

 

反乱同盟軍からの代表者は、ルーク・スカイウォーカーとレイア・オーガナの2人。どちらもアナキンの子供である。

 

「えっと、その、やぁ父さん?」

 

「初めまして、お父さん」

 

「.......」

 

この瞬間、アナキンの記憶が途絶えた。この後反乱同盟軍からの話も同じ感じで、ジャクーの戦い終結直後にやって来たらしい。同じ様にハイパースペースに入ると、何故かここに来たという。

その後、一色との代表者協議の上で一時的に皇国軍の傘下に入ってもらう事となった。勿論、江ノ島鎮守府も含めて。

 

 

 

一週間後 千葉県沖 千葉特別演習場

『ではこれより大日本皇国軍、新・大日本帝国海軍、銀河共和国、反乱同盟軍による特別合同戦闘訓練を行う』

 

この日、親睦を深めるために合同軍事演習が行われる事となった。それではここで、どれだけの戦力が宇宙から来ているかご紹介しよう。

 

 

《銀河共和国》

・ヴェネター級スター・デストロイヤー 4隻

・アクラメイター級アサルトシップ 1隻

・デルタ7B 4機

・Vウィング 700機

・イータ2 700機

・ARC170 120機

・低空強襲トランスポート(兵員用)450機

・低空強襲トランスポート(貨物用)250機

・AT-TE 200機

・AT-RT 300機

・AV-7対ビークル砲 60門

・スピーダー多数

 

《反乱同盟軍》

・MC80スター・クルーザー 7隻

・CR90コルベット 5隻

・ネビュロンBフリゲート 15隻

・GR75中型輸送船 34隻

・レイダー級コルベット『コルウス』

・ミレニアム・ファルコン号

・T65Xウィング 200機

・Yウィング 550機

・Aウィング 380機

・Bウィング 340機

・Uウィング 300機

 

 

この錚々たる大軍勢に加えて、大日本皇国軍と江ノ島鎮守府に所属する数百名の艦娘とKAN-SEN、それに霞桜の面々も全員参加なのだ。恐らく、銀河最強の戦闘部隊であろう。まず演習は皇国海軍、銀河共和国、反乱同盟軍による地上砲撃から始まる。いつもは爆音しか響かないが、本日はあの何とも言えないレーザーの発射音と、ティヴァナガスの影響でカラフルになったレーザーが空を彩る。

 

『こちらは総旗艦『日ノ本』。上陸部隊へ。予定の砲撃スケジュールは完了。いつでもどうぞ』

 

この報告を受けるや否や、神谷が号令をかける。この指示を受け取った各部隊は上陸を開始する。

 

「さぁ地獄のど真ん中に突撃だ」

 

「しっかり捕まっててくださいよ!」

 

先陣を着るのは霞桜、艦娘、KAN-SENを乗せる黒鮫。この機体は対深海棲艦を想定した機体である為、その装甲は空対艦ミサイルの直撃に耐えうる物になっている。皇国軍が使うAVC1突空は戦車砲位なら耐えるが、他のVC4隼や銀河共和国の低空強襲トランスポーター、反乱同盟軍のUウィングは流石に対空砲でやられる。

なのでまずは『黒鮫』が先陣を切って突撃し、ある程度の対空砲を引きつけつつ着陸地点で部隊を展開するのだ。

 

「敵機関砲陣地他、高脅威目標を多数確認!」

 

「焼き払え!!!!」

 

この黒鮫には『戦域殲滅』の名に恥じない、様々な重火器で覆われている。機関砲陣地や砲撃陣地、戦車だって余裕で破壊し尽くす。その火力は基本どんな障害も破壊する。

 

「雷蔵くん、暴れているな」

 

「では我らも行くか」

 

「おう!」

 

霞桜の黒鮫が地上を破壊している中、神谷専用のカラーリングが施された突空から神谷と相棒の極帝が飛び出す。

 

アレを燃やせば良いのだな?

 

「あぁ。所詮は単なる映像だから、遠慮なく燃やせ!!」

 

今更だが今回の演習、というか皇国軍が使う演習方法は他とは違い、少し特殊だ。各訓練場にはAR表示機能が標準配備されており、訓練場の範囲内であれば兵士だろうが戦車だろうが戦闘機だろうがホログラムとして投影できる。更に兵士や兵器には被弾箇所を割り出し、ダメージ判定を行う機能が付いているので兵士達は実戦に限りなく近い状況に身を置けるのだ。

流石に戦車はまだしも、空中目標に関しては専用の弾頭のミサイルを使うが基本的に実弾演習である。

 

「あの神谷という男、奴にはジェダイの素質があるかもしれんのう」

 

そう呟いたのは、グランド・マスターであるヨーダであった。神谷が竜の背中に乗って戦っているのを見て、ヨーダは気付いた。凡ゆる角度からの攻撃にも即座に反応しているのだ。これはもしかすると、フォースの力を宿しているのかもしれないと、そう思ったのだ。

まあ仮にそうだとしても、流石に歳を取りすぎてるのでオーダーに連れて行く事はないが。

 

「粗方片付いたな。降下開始!!」

 

そう神谷が命じた瞬間、統合参謀本部からの緊急電が鳴った。これが意味する所はつまり、とんでもなくヤバい事が起きたという事である。

 

「訓練中止!!」

 

『りょ、了解!!』

 

すぐに無線をオペレーターに繋げ、訓練中止を叫ぶ。オペレーターも動揺こそしているが、演習に参加している全部隊に伝達。演習用ホログラムも解除された。

 

「オペレーター、指揮官クラスを『日ノ本』に集まるように言ってくれ。何か嫌な予感がする」

 

この命令を受け、30分後には『日ノ本』に神谷、長嶺、ジェダイ5人、レイア、ハン、アクバーが集まった。

 

 

「それで神谷元帥、我々を参集したのは一体どのような要件なのだ?」

 

「それはまあ、コイツを見て貰えれば分かりますよ」

 

メイスの質問に対し、神谷はパソコンを操作してスクリーンに映像を映した。その映像を見て、反乱同盟軍の面々と長嶺は驚愕した。

 

「おいおい、コイツは.......」

 

「インペリアル級スター・デストロイヤー.......。元帥、なぜこれがここに?」

 

「レイア、それ俺が知ると思うか?寧ろこっちが聞いたいよ」

 

映像に映っていたのは、あの銀河帝国が保有するスター・デストロイヤー、インペリアル級だったのだ。つまり今この日本には銀河共和国軍、銀河帝国軍、反乱同盟軍のスターウォーズ世界を代表する軍隊が揃ってしまったのである。

 

「とまあ、こんなの物が来てしまったのですよ。しかも、今こんな風に話していますが、既にコイツの現れた東北方面は戦場になっています。配備されている部隊が防衛を行っちゃいますが、勿論こんな相手は我が国では始めてだ。何処までやれてるやら。

そこで我が国は、あなた方に対して協力を要請したい」

 

流石の皇国軍とて、銀河帝国のスター・デストロイヤー相手に戦争は未知数すぎる。ここはプロの力が欲しいのが本音だ。

 

「神谷元帥。我々は救いの手を差し伸べてくれた、この国に感謝しておる。協力は惜しまぬ」

 

「私達も貴国には少なからず、恩があります。それにこの様に攻め込んだ理由は、我々反乱軍が居たからかもしれません。その責任を取る為にも、是非協力させてください」

 

「神谷さん。俺達の任務は日本を護る事だ。国は違えど、祖国は同じ。それに俺達は全員、基本的に戦争好きの連中が多い。協力しろと言われりゃ、喜んで敵を破壊しよう。スター・デストロイヤー?人が作ったんだ、壊せる」

 

「とは言え、どうやって戦うのだ?」

 

取り敢えず協力は漕ぎ着けたが、確かにアクバーの言う通り皇国軍に宇宙船はない。精々ロケット位だ。

 

「確かに我が国にはスター・デストロイヤーはおろか、そちらみたいな恒星間航行が出来る代物はない。だが、あの船がこの星の中にいるのなら話は別です。やり用は幾らでもある」

 

今度は立体映像に切り替えて、今の状況を地図上に記していく。敵の規模、位置、侵略している場所など、今分かっている情報を全部載せる。

 

「大体の位置はここ、山形市という都市です。ここにインペリアル級スター・デストロイヤー40隻が展開されている。恐らくここを拠点に、各地を襲撃するつもりでしょう。しかし」

 

今度はこちらの保有し、今すぐ攻撃が可能なユニットを簡単に記す。

 

「これは我が国の保有する砲台なのですが、こんな感じでこの地点は合計で40門の砲の射程に収まる防衛圏内。さらに周囲を飛行中の空中母機『白鳳』を急行させています。

これらを用いて奇襲かけたい所ですが、皆さんの協力が得られた今は別の戦略を考えています。この艦隊を海へと追いやり、それをこちらの艦隊で叩きます」

 

神谷の考える作戦とはこうだ。現在攻撃を仕掛けているインペリアル級を、日本海側に追い遣る。予めその地点に艦隊を配置し、聨合艦隊によるプラズマ粒子波動砲の一斉射で撃滅する。

スターシップに関しては、もし宇宙に逃げられてもどうにかできる様に大部分を待機にして、基本はスターファイター主軸で叩く。陸上部隊に関しては、神谷戦闘団と霞桜、更には銀河共和国のクローン兵も大量にいるので心配は要らないだろう。

この後、更に作戦を詰めてすぐに部隊は山形市へと向かった。

 

 

 

深夜 山形市周辺

「で、まさかのチーム分けになったのな」

 

「僕とマスター、それからルークとレイア、ハン、チューバッカ。向こうはマスター・ウィンドゥとマスター・ヨーダ、アイデン、ミーコ、シュリブか。バランスは良いんじゃないか?」

 

山形市への奇襲には、部隊を北と南の2つに分けている。北からは長嶺率いる霞桜、アナキン、実は居たアソーカ・タノ、オビ=ワン、ルーク、レイア、ハン、チューバッカ、そして501軍団、212突撃大隊、第32コマンドー部隊、パスファインダーが攻め込む。

南からは神谷率いる神谷戦闘団、ウィンドゥ、ヨーダ、第四海兵師団、そしてアイデン・ヴァルシオ、デル・ミーコ、シュリヴ・スールガヴからなるインフェルノ隊が攻め込む。因みに艦娘とKAN-SENはその力が最も発揮される、洋上で待機している。

 

「長嶺将軍が先発を務めるのですか?」

 

「そうだ。ぶっちゃけ、こっちに攻撃が集中すると思う。ど派手な事になるからな」

 

レイアの質問に長嶺はこう返す。長嶺はのっけから、今回は本気を出す。かつて『国堕とし』だの『移動灼熱地獄』だの『炎鬼』だのと言われ、韓国と北朝鮮をこの世から消し去り、中国の共産党政権も倒す革命の際に暗躍していた、長嶺雷蔵の真の本気。その力を解放するのだ。

 

「あー、将軍。本当にやるつもり何ですか?」

 

「我々は将軍と出会って短いですが、流石にこれを1人でやられるのは無謀では?」

 

レックスとコーディが一応止める。それに釣られて、アナキンやオビ=ワンも止める。

 

「まあ見てろって。大丈夫、俺は人外だから」

 

そう言いながら、懐から紋様や文字が赤黒い溶岩の様な色で描かれた、真っ黒で所々破れた御札を取り出した。

 

「犬神、八咫烏。備えろ」

 

「心得た、我が主」

「任せといて主様」

 

普通に喋った八咫烏と犬神に、一同ビビる。どうやら銀河にも犬と烏はいるらしく、例に漏れず人語は話さないらしい。

 

「い、犬と烏が喋った.......」

 

「この星ではこれが普通なのですか?」

 

「いえ、この2匹が非常に特別かつ規格外に特異なだけです」

 

ルークとレイアが勘違いしない内に、グリムが全力で否定した。というか犬神は妖怪で、八咫烏に至っては神である。だがそんな事を言えば、なんか余計にややこしい事になるので敢えて言わなかった。

 

「我願うは、大和民族の火焔なり。この身は火焔と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が火焔は止められず。この火焔は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを焼き尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、火炎と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

突如、投げる動作もしていないのに、黒い御札が空高く舞い上がる。ある程度の高さまで行くと、急に大きな火炎となった。そしてその中から、巨大な炎を纏った巨大な鬼が現れたのである。

 

「なんだありゃ!?!?!?」

 

「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!!」

 

「化け物だ!!!!」

 

「食われるぞ!!!!」

 

ハンが叫び、チューバッカも叫ぶ。ついでに周りも叫び、流石のジェダイ3人もフリーズしている。そして霞桜の面々も1回見た事があるとは言え、やっぱり怖いしびっくりもする。

だがそんなのお構いなしに、鬼は長嶺の身体へと吸い込まれる。そして長嶺の身体中から炎が吹き出し、身を包んでいく。炎が消えるとそこには赤い装甲服で身を固め、背後に数百の赤く光るビームソードを従える長嶺の姿があった。

 

「行くぞ」

 

次の瞬間、八咫烏と犬神が走り出す。突如2匹に雷が落ち、その雷に打たれると2匹は巨大化して長嶺の後をついて行く。

 

「.......本当にこれは現実なのか?」

 

「現実ですよマスター・ケノービ」

 

「日本とは恐ろしい国だ.......」

 

オビ=ワンがそう呟いた。だが言わせてもらおう。こんなのはまだ、地獄の門を潜ってすらいない。大体地獄の門の入場ゲートを潜る直前、といったところに過ぎない。

真の地獄はここからなのだから。

 

「吹雪の術!!!!」

 

「翼旋!!!!」

 

警戒か偵察かはわからないが、こちらに向かうAT-ATを犬神が氷漬けにし、スピーダーを八咫烏が吹き飛ばす。そして接近する歩兵は…

 

「さぁ、踊り狂うがいい。攻める国を間違えたな」

 

長嶺はストームトルーパーの一団に飛び込み、まるでオーケストラの指揮者の様に構えた。そして手を振り出す。その手の動きに合わせて、地面から炎が漏れ出す様に現れて動き回る。

 

「な、なんだありゃ.......」

 

「あんな技まで使えるなんて、益々規格外ね.......」

 

「お、おいちょっと待て!アンタらは見たことないのか!?」

 

レックスがベアキブルとカルファンに大声で聞いた。というか周りにいたクローン兵も、2人の方を見ている。ヘルメットで顔は分からないが、中では「コイツらマジか」という顔をしていた。

 

「俺達もあくまで親父のやった後しか見てねぇんだ」

 

「あんな風に暴れた姿は、私達も初めて見るわ」

 

「おいレックス、てことは将軍が何をするのかは誰も予想付かないんじゃないか?」

 

コーディの発言に、その場の気温がサーっと下がったのが分かる。もう一周回って、あれは恐怖でしかない。だがそこは最精鋭の第501軍団と第212突撃大隊。すぐに武器を構えて、その恐怖に抗う為かいつも以上に荒く突撃していく。

 

「にしても数が多いな!」

 

「ジオノーシスに比べれば少ないでしょ!!」

 

正面の敵は長嶺がもう、ストームトルーパーが可哀想に思える位燃やされまくっている。だが右翼と左翼から、伏兵が接近していた。だが右翼をオビ=ワンとアナキン、左翼をルーク、レイア、ハンが筆頭になって撃退している。

 

「チューイ!」

「ア"ア"ア"!!」

 

「全く、野蛮ね」

「いつもの事だろ?」

 

ハンとチューバッカの連携も、レイアとルークの連携も、そしてこの2組同士の連携も流石である。スクリーン以上かもしれない。勿論、クローン兵と同盟軍兵士も負けちゃいない。

 

「撃て!撃て!」

 

「回り込め!!」

 

「よし、突撃行くzぐぁ!」

「行けぇ!!」

 

「まだまだ敵はいるぞ!!」

 

「右から来るぞ!!」

 

勇敢に戦う兵士達。レックスやコーディ、ファイブスやエコーの様な有名な兵士もいるが、名も無き兵士達だって負けちゃいない。そして、彼らも忘れてもらっちゃ困る。

 

「オラオラオラオラ!!」

 

「バルク、背中借りる」

 

「ドスはな、アーマーだって裂くんだわ!!」

 

「細切れにしてあげるわ!!」

 

霞桜の4人大隊長、そして遠距離からマーリンが的確に援護する。完璧にして最強、いつも通りの戦術でストームトルーパーを圧倒していく。

同じ頃、南側からも神谷達の攻勢が始まった。

 

「それで、どうするのじゃ?」

 

「まずはデカいのを1発叩き込む」

 

次の瞬間、神谷を起点とした周囲に無数の青い魔法陣が現れる。魔法陣は神谷の周囲をぐるぐる回る。その光景は、もはや芸術の如く。

 

「な、なんなのだこれは!」

 

「マスター・ウィンドゥも、流石にこれは驚いたか。これこそ日本人で、下手すりゃ世界で唯一俺のみが使える魔法の1つ、超位魔法失墜する天空(フォールンダウン)だ」

 

と言いつつ、実際の所はライトノベル作品『オーバーロード』に出てくる魔法である。だが、まあ現実で使えるのが神谷だけなのでセーフであろう。であってほしい。そうであれ。

 

「な、なんという威力だまったく」

 

「アレじゃ下の連中は助からないな」

 

「まるで重ターボレーザーでも撃たれたみたいね」

 

インフェルノ隊もこの反応である。何せこの魔法で、周囲のビルごと効果範囲内は焼き払ってしまったのだ。範囲内にあるのは真っ黒に変色した地面と、巨大なクレーター状の穴のみである。そこに生命や人工構造物があったとは想像すらできない。

 

「行くぞ!!!!」

 

前衛を46式戦車で固め、ゆっくりと前進する。そのすぐ後ろには各タイプの44式装甲車、メタルギア、AT-TEが続く。遥か後方には共和国グランドアーマーと皇国軍の砲撃陣地もあり、突撃と同時に砲撃支援が始まった。

 

「おい!後ろからも来てるぞ!!」

 

「ランチャー持って来い!!」

 

46式の接近を察知した帝国兵は、PLX1ポータブル・ミサイル・ランチャーを装備する帝国兵を呼ぶ。

 

「発射!!」

 

PLX1はAATという通商連合のドロイド軍が使う戦車を破壊する威力を持つが、どうやら46式の方が装甲は厚いらしい。正面から衝突した弾頭は、そのまま弾かれて真上に飛んでいく。

 

「46式がそんなへなちょこ玉にやられっか!!!」

 

お返しと言わんばかりに、12.7mm同軸機銃で撃ってきたトルーパー目掛けて弾丸を叩き込む。

 

「ランチャーでは無理か」

 

「体調!AT-STが来ました!!」

 

「よし、これなら!」

 

なんて思ってた隊長の希望は、一瞬で打ち砕かれた。46式の350mm滑腔砲が操縦スペースをぶち抜き、呆気なく破壊されたのだ。

一応その後方にはAT-ATもいたのだが、こちらはメタルギア龍王のレールガンで真正面から貫通されて爆発した。

 

「防衛線を構築しろ!ブラスター・キャノンもってこい!!」

 

隊長がそう叫ぶと、部下達が遮蔽物に隠れてPLX1やブラスターを撃ちまくる。流石に46式もずっと攻撃が集中すると破壊されかねないので、コイツらが戦車の間から飛び出して突破口を開きにいく。

 

「ヒャッハーーーーー!!!!宇宙人如きに止められねぇぜぇぇぇ!!!!!!」

 

「殴り込みだ!!切り込みだ!!カチコミだ!!とにかく撃ちまくれ!!!!!ビームだかレーザーだか分からんが、そんなのを破壊すれば鉄屑なんじゃいボケ!!!!!!」

 

久しぶりの登場。パ皇戦でアルタラス統治機構庁舎の2階と3階に突っ込んだり、首都のエストシラントの城壁で人間野球してたヒャッハー世紀末コンビが来ちゃったのだ。

流石にこれには如何な帝国兵とて恐怖した。こんなぶっ飛んだアホは、銀河にも居ないらしい。だが恐ろしいのは、こういう輩が皇国軍には結構一杯いるのだ。

 

「あの装甲車突っ込んでくるぞ!!」

 

「退避しろ!退避!!」

 

障害物を突撃で退かして、そのまま弾幕を展開する2台の44式ロ型。それを見ていたウィンドゥとヨーダは、珍しく固まって動かなかったらしい。

そしてここから、帝国兵の悪夢の時間がやってくる。

 

「グリン!グリーン!青空は二度と見れないー♪!!」

 

「うっしゃぁ!お前はダルマぁ!!」

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄、乃田ぁ!!」

 

「噛むタイプのデビルマンです!悪夢をどうぞ!!」

 

「兄ちゃん、人間としての背骨がねぇようだ。腹掻っ捌いてやるから、背骨作れぇ!!」

 

「怒ったカンナ、許さないカーンナ!!!!!!」

 

第四海兵師団が来ちゃったのである。本日のラインナップはアーミーナイフによる内蔵スムージー、日本刀による手足切り落とし活け造り、アイスピック千本刺し、肉噛みちぎり、開腹、カンナ削りであった。

 

「神谷元帥、ここではアレが普通なのか?」

 

「まあ普通、だな。うん」

 

「なんと恐ろしい国じゃ.......」

 

あのヨーダがこんな事を言うなんて、どれだけ凄惨が分かるだろう。その横ではステゴロ系の兵士達が、帝国兵をアーマーの防御力とか無視してボコボコにしていた。

 

「せいやぁ!!!!」

 

「いい音聞かせろや!!!!」

 

「オラァ!!!!そないなもんか!?もっとこいや!!!!」

 

「元帥殿、あれも普通ですか?」

 

「あれも普通だ」

 

コマンダー・ウォルフもその光景を見て、顔を手で覆ってため息を吐いている。

皇国軍を戦闘に市内の中心部にまで前進し、程なくして北側から進撃していた長嶺達とも合流した。だが、その安心も束の間。今度は真っ黒な装束を纏い、ダブルブレイテッド・スピニング・ライトセーバーを装備した集団が現れた。

 

「暗黒面に堕ちた者達か。それもこんなに」

 

オビ=ワンはその数に驚いた。約50人はいるこの集団は、尋問官である。ジェダイを狩る専門の人間であり、全員が暗黒面に堕ちた元ジェダイで構成される部隊。

だが今いるジェダイ5人は、全員が伝説級のジェダイだ。数こそ劣るが、負けることは無い。そしてコイツらもいるのだ。

 

「てっきり雑魚だけかと思ったが、コイツは面白そうだ。俺も混ぜろ」

 

「俺も、尋問官と戦えるとか武勇伝に丁度いい」

 

長嶺と神谷という、二つの日本の最強がいる。更に神谷の妻達、エルフ五等分の花嫁も参加した。

 

「私達も参加させて貰いますよ、浩三様」

 

「その命、我が武勇に加えさせてもらう!」

 

「後方支援はお任せください!」

 

「尋問官と戦えるとかテンション上がるぅ!!」

 

「ふん。あんなの、すぐに片付けてやるわ」

 

そしてそして、こんな戦争を見てこの馬鹿共が参加しない訳がない。霞桜の大隊長達、グリムを除いて全員が前に出てくる。

 

「久しぶりに、ショットシェルを使うとしましょうか」

 

「装備の実験台、丁度いい」

 

「こんな楽しい楽しい戦争、参加しなきゃ損だろ。なぁ?」

 

「ライトセーバーも私のワイヤーで切れるか試してみようかしら」

 

「久しぶりに滾るぜ。このドスも、血を求めて疼いてやがる」

 

ジェダイ達はライトセーバーを起動し、神谷は天夜叉神断丸と獄焔鬼皇、長嶺は幻月と閻魔を抜く。

エルフ五等分の花嫁はそれぞれの剣、弓、杖を構え、霞桜の大隊長達はマガジンを刺してコッキングレバーを引き、ドスやワイヤーを構える。準備は整った。

誰からともなく前へと飛び出し、相手も周りも釣られて前へと走る。戦闘が始まった。

 

「こやつら、数こそ多いが動きは遅い。フォースも使いきれておらん」

 

ヨーダはその小柄な体格を生かし、足元を狙う攻撃を仕掛ける。更にフォースで身体能力を上げ、いきなり相手の目線や頭辺りまで跳び上がり、ライトセーバーで容易く斬り捨てる。

 

「ハァ!!」

 

勿論フォースだって一級品だ。フォースプッシュで尋問官を吹き飛ばして建物の外壁に叩きつけたり、突き出たポールに突き刺したりしている。

 

「修行が足らぬな」

 

一方、ヨーダの次に強いウィンドゥは、フォースも勿論使うがライトセーバーの技術で圧倒している。

 

「甘い!」

 

上段から降り下ろされるセーバーを、受け流してそのまま胴を切り返す。剣道の技の様な鮮やかさで、敵を切り裂いていく。

 

「少しは離れろ!!」

 

かたやアナキンはジェダイとしては、結構無茶苦茶な戦法で戦っていた。フォースチョークで相手の首を絞めつつ持ち上げて、トドメと言わんばかりに吹き飛ばす。

 

「あまり熱くなるなアナキン!」

 

マスターであるオビ=ワンは、得意のマインド・トリックの応用技で相手を切り捨てる。簡単に言うと一瞬かつ簡単にマインド・コントロールを仕掛けて、相手の注意を逸らす。その隙を突くのだ。

 

「飛び込む!」

 

そしてアナキンの息子、ルークは一撃離脱を早いスパンで繰り返す戦法を取っていた。飛び込んで切り捨て、少し下がり別の敵を切ってまた飛び込む。これの繰り返しである。

 

「焔菫!!!!」

 

ジェダイ達は戦い方に道理というか、騎士道のような高潔さがある。だが長嶺の場合は、一番酷い戦法であった。長嶺自身には生まれついての能力があり、簡単に言うと炎を操る。その技の1つが今着ているアーマーやビットであり、炎をオーケストラの指揮者の様に操れるヤツだ。

その中の1つ、焔菫は切った相手の体内に炎で出来たカンディルを流し込む技なのだ。対象の体内を焼きながら貪り食い、食い散らかす。対象は、地獄の苦痛を味わう事になる。更にライトセーバーで刃を交えようと、何故かライトセーバーと鍔迫り合いが出来てしまう上に我流で作り上げた予測不明の剣術には、尋問官とて対応はできなかった。

 

「双閃!!!!」

 

ジェダイを『騎士(ナイト)』とするのなら、神谷は間違いなく『武士(もののふ)』であろう。神谷の先祖は1700年前、古墳時代の豪族にまで遡る。そこから殆どの時代で兵士として第一線に立ち続けた一族であり、その中でも特に極めて武勇に優れる者に付けられる『修羅』の称号を神谷は持っている。

故に神谷が使う剣術は土台が先祖達が戦場の中で栄々と作り上げ、磨き上げた物なのだ。その上に神谷自身が会得し最適化した技が組み合わさっている、この世に2つとない特別な剣術。更に言えば使う刀も大和型の装甲板すら切り裂く特別な物であり、先祖達からの贈り物だ。尋問官如き、敵にもならない。

 

「アーシャ!」

 

「任せろ!!」

 

「アーシャ姉様下がって!!」

 

「エリス、後ろがガラ空きですよ?」

 

「まあ、その為の私達なんだけどね」

 

エルフ五等分の花嫁は、他と比べるとまた別の戦い方であった。この5人は5人で数人の敵を同時に相手どる戦法を使っていた。ヘルミーナが攻撃を引き受け、アナスタシアとエリスが攻撃。更に後方に控えるミーシャが支援魔法や攻撃魔法で敵をコントロールし、レイチェルが弓で牽制する。5人が1つの生命体として戦い、敵を討ち取る。

そして同じ様に5人の連携で戦う『霞桜』だが、こちらはまた一味違う。

 

「よし、次」

 

「バルク、背中借りる」

 

「オラオラどうしたどうした!!!!」

 

「無数のワイヤーには、打つ手無しかしら!?」

 

「腑を掻き出してやる!!!!」

 

エルフ五等分の花嫁がタンク、近接、サポート、射撃とバランスの取れたチーム編成なら、こちらは全員アタッカーのチーム。いつもは後方支援を担当するマーリンとバルクも、今回は前衛で敵を倒している。だがかといって、ただ敵に突っ込む訳ではない。全員がアタッカーでありながら全体を見て、各々が各々の援護をしている。例えばレリックが突撃すればバルクが、専用武器のハウンドで牽制。ベアキブルが斬りかかれば、カルファンが鋼糸で敵を撹乱。ハウンドが突っ込めば、左右の敵をマーリンの専用武器バーゲストのショットシェルで薙ぎ払う。こんな具合に自分の個性と専用武器のスペックを最大限に出しながら、相手に隙を与えない戦い方で尋問官を屠っていく。

戦闘開始から僅か15分程度で、全ての尋問官を排除した。無論、こちらのダメージは0である。だがホッとしている暇はない。今度は上空からTIEファイターが襲って来たのだ。

 

「退避!!」

 

対空攻撃手段を持たない兵士達は建物の影や瓦礫の下へと飛び込み、対空攻撃手段を持つ者は前に出てミサイルを撃ち込む。だが流石に多勢に無勢で十数人の兵士が吹き飛ばされてしまう。

だが背後の瓦礫の山を大型のトレーラートラックがブチ破り、戦闘のトレーラーからグリムが顔を出す。

 

「総隊長殿!騎兵隊、ただいま到着!!!」

 

「グリム!!!!」

 

「任せといてください!あんな空力無視の戦闘機、全部堕としてみせますよ!!」

 

このトレーラー、単なるトレーラーではない。随所に武装を搭載した『霞桜』の移動要塞。機動本部車である。さらにその後方には様々なメーカーの様々な車に、隠し武装を施し自動操縦装置も搭載した自立稼働型武装車が続く。

この車両には全て、ミサイルポッドが搭載されている。しかし接近してくるTIEファイターは、そんな事知る由もない。単にデカい的だとでも思っているのだろう。

 

「ミサイル発射!!」

 

シュボボボボ!!!!

 

そんなTIEファイターは全て、地上へと叩き落とされる。しかも対空手段はこれだけではない。コイツらだっているのだ。

 

三重最強化(トリプレットマキシマイズ)位階上昇範囲拡大魔法(ブーステッドワイデンマジック)!!水晶騎士槍・極(マスタークリスタルランス)!!!!」

 

燃え堕ちよ!!!!

 

「焔龍!!!!!」

 

「突風!!!」

「氷結弾!!!!」

 

神谷の魔法は無数の水晶で出来た槍で、TIEファイターのコックピットブロックを貫通させて撃墜し、極帝は得意の魔力ビームで焼き払い、長嶺の方は炎で出来た龍がTIEファイターを飲み込み、体内で炎に焼かれて溶かされてしまう。八咫烏と犬神は、八咫烏が突風の術で風を起こし、それに犬神の能力で作った槍を入れて、竜巻状にしてTIEファイターへとぶつけて撃墜する。

どちらも銀河には発送すらない戦術故に、無数のTIEファイターが撃墜された。その間に歩兵部隊は撤退を開始。神谷と長嶺が撤収する頃には、山形市にはストーム・トルーパーの死体と建物の瓦礫、そして兵器の残骸が残るのみとなった。

 

 

 

 

 

数十分後 山形市付近の上空 

Skyeye here(こちらスカイアイ)All Mobius aircraft, report in.(メビウス中隊、状況を報告せよ )

 

Mobius 2 on standby.(こちらメビウス2、スタンバイ)

Mobius 3 through 7 on standby.(メビウス3からメビウス7、スタンバイ)

Mobius 8 on standby.(メビウス8、スタンバイ)

 

Preparations are complete.Ready for battle. (攻撃準備完了、攻撃を開始する)All aircraft, follow Mobius 1!(全機メビウス1に続け! )

 

大日本皇国空軍、大日本皇国特殊戦術打撃隊、日本国航空自衛隊、銀河共和国宇宙軍、反乱同盟軍スターファイター隊からなる連合航空隊による攻撃が始まった。幾ら銀河帝国と言えど、下に味方が大勢いるのにそれを巻き込んで軌道爆撃みたいな攻撃はまずしない。TIEファイターで奇襲する位だと、そう結論付けていた。

そこで先に市内の敵を一掃し、そちらに気が向いてる間に連合航空隊と陸のストーンヘンジ、展開中の砲兵部隊が保有する51式自走砲による同時奇襲攻撃でスター・デストロイヤーを海にまで敗走させる作戦をとった。その尖兵を務めるのは、江ノ島鎮守府に配備されている最強の航空部隊『メビウス中隊』である。メビウス1の放った99式空対空誘導弾に続き、他の空自の機体からも99式が放たれる。皇国空軍の機体からはAIM63烈風が発射され、寸分の狂いなく艦隊の周囲を守っているTIEファイターに直撃する。

 

『こちらスカイアイ。敵艦隊の周囲にいた護衛機は全機排除された。攻撃隊はストーンヘンジと提灯による攻撃を待って、攻撃を開始せよ』

 

この報告を受けたストーンヘンジこと120cm対地対空両用磁気火薬複合加速方式半自動固定砲システムと提灯は、すぐに攻撃に掛かる。

 

 

「目標、山形市付近の敵空中戦艦。仰角45°、方位184。弾種、月華弾」

 

「照準コンピューター、正常に作動。ターゲット、ロック!」

 

「全砲発射!!」

 

ストーンヘンジに配備された8門の120cm砲は、その大きさの割には小さな音で特大サイズの月華弾を発射する。

そして、海上配備の提灯もそれは同じであった。

 

「目標、山形市付近の敵空中戦艦!仰角、51°。方位このまま。弾種月華弾!」

 

「照準よし。エネルギー充填率100%」

 

「撃て!!!!」

 

この砲撃に投入された提灯87基が、同時にスター・デストロイヤーへと月華弾を放つ。スター・デストロイヤー問わず、銀河に存在する宇宙船には大抵シールドが搭載されている。これは隕石や宇宙ゴミでのダメージを受けないようにする為だが、戦艦たるスター・デストロイヤーにはもちろん、それとは比較にならない強力なシールドを持っている。それも物理的兵器、光学的兵器の両方に対応できる様に2種類も積んでいるのだ。

だがストーンヘンジと提灯は、それごと船体を撃ち抜いたのだ。しかも船内で月華弾が炸裂し、たった一撃で6隻のスターデストロイヤーが轟沈した。間髪入れず、スターファイター隊が突撃を敢行。シールドの破壊に取り掛かる。

 

「ローグ中隊続け!!」

 

「ブルー・リーダー、突撃!!」

 

「インフェルノ隊、行くぞ!!」

 

「グリーン中隊、ついてこい!!」

 

だがそのスターファイター隊の背後から、何やら別の飛行隊もやってきた。まず来たのは空中母機『白鳳』が8機、さらにその後方に機動空中要塞『鳳凰』2機、そしてその下からADF1『妖精』、ADF2『大鷹』、ADF3『渡鴉』まで飛んで来る。さらにさらに富嶽爆撃隊まで来てしまい、これらも攻撃に加わった。

 

「そーら爆弾の雨だ。お試しあれ!!!!」

 

「TLS、掃射」

 

「レールガン撃てぇ!!!!」

 

しかもオマケと言わんばかりに、下にいる砲兵隊も負けじと51式の510mm砲をばかすか撃ちまくる。流石に精々が対艦ミサイル程度しか防ぐ事を想定しておらず、大半がレーザーやビームに特化している以上、510mmの巨大砲弾は防げない。

艦底部から連続して命中し、運が悪ければ機関室に直撃したりと、結構な戦果を上げた砲兵隊。この頃になると代償は大きいがシールド発生機が破壊され、殆ど丸裸の状態となった。となれば、今度はコイツらの出番だ。

 

「全機!ASM4を撃て!!」

 

「ASM3全弾発射!!!」

 

空対艦ミサイルのターンである。確かに1発の威力は、宇宙船には微々たる物かもしれない。だがそれが数百発単位で襲えば、話は全く別だ。特にスター・デストロイヤーは、基本どの砲塔も有人操作。コンピューター制御に比べれば、命中精度は落ちる。音速を超えて飛来する空対艦ミサイルには、全くと言っていいほど対応できなかった。

 

「やった!!命中命中命中!!!!」

 

「見ろ!スター・デストロイヤーが逃げていくぞ!!!!」

 

物量の鬼である銀河帝国も、この被害は看過できないのか日本海の方へと撤退を始める。だがその方向は、既に艦隊が手ぐすね引いて待っているのだ。

適当に連合航空隊が追尾して、ちょいちょいちょっかいをかけて海へと誘導する。そしてある程度の位置まで来た時、数隻のスター・デストロイヤーが爆発四散した。

 

「ここからは、私達の番ですよ」

 

帝国兵は目を皿にして、海を観察する。そしてある1人の乗組員が、見てしまったのだ。銀河には最早、創作の中でも発想が存在しない全くもってあり得ない光景が。

女性が水の上に立ち、高威力の攻撃を仕掛けてくるのだ。

 

「榛名!全力で参ります!」

 

「さぁ、私の火力見せてあげるわ.......。Open fire!」

 

「主砲、撃てぇーいっ♪」

 

「時は来たれり!」

 

「サディア帝国の力を見よ!」

 

「全艦、火力全開!Feuer!」

 

江ノ島鎮守府に所属する艦娘とKAN-SEN達が、攻撃を開始したのだ。ただでさえ艦娘とKAN-SENは、それこそ艦にダメージを与える攻撃でないと意味がない。だが動きが素早い上に、的が小さくて狙えど狙えど当たらない。

これに加えて空母から発艦した艦載機は、動きは遅いが小さすぎて対空砲が狙えないという事態が起き、もう艦内は大パニックであった。そして艦娘とKAN-SENが引き付けてる間に、大日本皇国海軍の決戦兵器が攻撃の準備に入っていた。

 

「プラズマ粒子波動砲、スタンバイ」

 

「アイ・サー。プラズマ粒子波動砲への回路開きます。非常弁、全閉鎖。強制注入機作動」

 

「艦首解放、プラズマ粒子波動砲展開」

 

究極超戦艦『日ノ本』を中心に熱田型、赤城型、大和型、伊吹型が横一列に並ぶ。その艦首には、蒼白く光る巨大な砲身があった。

そしてその上空には、もう1人いる。空中超戦艦『鴉天狗』をその身に宿した長嶺雷蔵もまた、決戦兵器の『素粒子砲』の発射準備に入っていた。

 

「エネルギー充填開始、バイパス接続。エネルギー正常に伝達中」

 

こちらは右側の艤装に搭載された巨大な砲身が変形し、正面と左右の砲口がせり出す。そして段々と紫色の光が、各砲口の部分に宿り出す。

 

「安全装置解除」

 

「セーフティーロック解除。強制注入機の作動を確認。最終セーフティー解除」

 

「薬室内、プラズマ化粒子圧力、上昇中。86、97、100。エネルギー充填、120%!!」

 

「波動砲、発射用意。対ショック、対閃光防御」

 

「スコープ解放。ターゲティング開始」

 

いよいよ、全艦の砲撃準備が整う。

 

「プラズマ粒子波動砲」

「素粒子砲」

 

「「発射ァ!!!!!!!」」

 

ギュゴォォォォォォォォォ!!!!!

 

ギュゴォォォォォォォォォ!!!!!

 

放たれた紫と蒼白い光は、残存するスター・デストロイヤーを飲み込む。そして光が消えると、そこには何も無かった。完全に蒸発して消えてしまったのだ。それを見ていた銀河からの来訪者達は、ただただその力に恐怖したという。

 

「ん?お!?おぉ!?」

 

次の瞬間、長嶺は自分の身体と眼下の艦艇が透けているのに気付いた。恐らくこれは、元の世界へと帰還する合図なのだろう。完全に透けて意識が途絶える。そして覚醒すると、あの餅つきをしていたグラウンドに戻っていた。

 

「そ、総隊長殿。なにやら、可笑しな夢を見ていましたよ」

 

「心配すんな。そりゃ現実だ。その証拠に、ほら」

 

そう言いながら長嶺は、三英傑+長嶺のLINEグループを見せる。それを見せるとグリムは驚き、周りにいた連中もこぞって画面を見つめる。

また機会があれば出会うのかもしれない。

今となっては銀河からの来訪者達がどうなったのか、どんな歴史を辿ったかは分からないが、もう会うこともないだろう。彼等は彼等の世界で、長嶺と神谷も其々の世界で、果てしなき戦いを繰り広げていくのだ。

 



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第六十二話壊れていた

帰還より1時間 長嶺自室

「なんか、眠る気しないわ.......」

 

鎮守府へと帰還した長嶺は、他の隊員達から半ば無理矢理部屋へと押し込まれた。恐らく、グリム辺りが残留組に報告したのだろう。

オイゲンも疲労とストレスが溜まっているだろうから、検査などは昼に回して部屋へと戻した。というか長嶺自身、1人になりたかったのだ。長嶺は徐に立ち上がると、1つの写真立てを手に取った。中に収められている写真は、何処かの海と夕日をバックに、まだ幼さの残る顔立ちの長嶺が戦闘服を着ている写真である。

 

「指揮官、起きてる?」

 

そう言って入って来たのはオイゲンであった。長嶺は写真を机に伏せて置き、オイゲンを出迎える。

 

「あぁ。流石に寝れんわ」

 

「そう。.......ねぇ、その後ろの写真立て、そんなのあったかしら?」

 

「いやこれは.......」

 

長嶺は写真立てを隠そうとしたが、遅かった。先にオイゲンが取ってしまったのだ。

 

「これ、どこで撮ったの?」

 

「.......今や俺だけが知る、秘密の場所。今の俺の原点であり、俺が壊れてしまったスタートラインでもある」

 

「まぁ、こんなのはどうでも良いわ」

 

今の今まで気丈に振る舞っていたオイゲンだが、ここに来ていきなり顔から笑顔が消えた。

 

「指揮官、私、恐かったわ.......」

 

そういうオイゲンは震えている。確かに帰還途中の機内でも、ここに入って来た時も、微かに震えてはいた。もしかしなくても、河本が関係しているだろう。

 

「私が何をされたか、聞いてくれる?」

 

「.......本来ならワインでも差し出してやりたいが、一応検査前だ。シラフで語られるのなら良いぞ」

 

そう言って語られた事は案の定、連行された後にされた事であった。まあ簡単に言うと、ヤられていた。それも1回2回ではなく、10回位は抱かれた上に、それ以外で4、5回は出していたらしい。割と真面目に、長嶺が佐世保鎮守府に襲撃する寸前までヤッていたそうな。

よくある展開だと、そのままオイゲンが快楽に堕ちるという物になる。河本もそれを狙っていたらしいが、相手が悪かった。何せオイゲンは既に長嶺と何度も寝ている。しかも毎日の様にヤッていて、尚且つ長嶺のアッチ系の能力は戦闘能力並みにバカ強い。その夜戦に慣れた以上、堕とすどころか不完全燃焼で終わってしまったのだ。

オイゲン曰く「普通より少し大きい位で、早漏で、量はまあまあだけど薄いし、テクも無くて中途半端だったわ」らしい。因みに長嶺の場合は「長くて太く、何度シても先に自分の限界が来ちゃうし、量も濃さも凄くて、テクは極上」らしい。とまあ地位、容姿、資産、人望でも負けているのに、夜戦でも負けてしまった河本では、ぶっちゃけ下手糞としか感じなかったのだと言う。

 

「.......なぁ、俺はそれに対して何て反応すれば良いんだ?寝取られた事に悲しめば良いのか、自分の方が男として遥かに有能だった事に喜んだら良いのか分からん」

 

余りに中途半端というか、よく分からん事態になっていて反応の仕方が分からない。恐らく本当に寝取られていたら世界滅ぼす勢いでブチギレて、河本を有らん限りの苦痛を持って殺している。

だが今回は何か、寝取られたかと思いきや長嶺に慣れてしまったオイゲンが堕ちないどころか中途半端の不完全燃焼で帰ってくるという、訳の分からない事態になった以上、河本に怒りが沸きはするが世界滅ぼすレベルでも無いのだ。

 

「これが私がされた事よ。少し位、興奮した?」

 

「あのねぇ、愛する人が他の男にレイプまがいで犯された話を聞いて興奮する程、ぶっ飛んだ性癖は持ち合わしてないのよ。

まあ、だが」

 

次の瞬間、珍しく長嶺からオイゲンを押し倒した。いつもならオイゲンから誘って攻めて最終的に攻められるがパターンなのに、今回は長嶺が最初から攻めるらしい。

 

「あら、私の指揮官は変態さんだったのかしら♡?」

 

「寝取られに興奮はしてねぇよ。あくまで他のオスに染められた自分のメスを、自分の色に染め直そうってだけだ」

 

ここから先はご想像にお任せするが、恐らく過去一激しい夜戦が繰り広げられたのは間違いない。

 

 

 

翌朝 06:30 長嶺自室

「結局一睡も出来ず、か」

 

月は沈み、朝日が顔を出していて、部屋にも朝日の赤い光が差し込んでいる。横には裸のオイゲンが眠っていて、朝日に白い肌が照らされて何だか神秘的である。

 

「.......」

 

長嶺はバスローブを着てリビングルームへと向かう。夜にオイゲンが気にしていた写真立てを手に取って、ひっくり返す。そして後ろのパネルを外した。中には全く同じ場所で撮られた写真が入っているのだが、さらに3人の子供が写っている。長嶺と同じ位の、まだ幼さの残る少年達。さらに写真の下には、3枚のドッグタグも入っている。それを手に取り、朝日へと翳す。

 

「.......まだ、そっちに逝くには早いとさ。..............なぁ、お前達は今何してるんだ?正直もう、疲れたのかもしれないな。テメェらが生きていれば、世界はもっと輝いて見えただろう。

だが最早、それは叶わず。何をしても楽しくない。何もかも終わりにして、そっちに逝きたいよ.......」

 

昨日の夜戦でも、正直満たされた気がしなかった。いつもなら欲望の他に何かが、恐らく愛とかそういう類いの物が満たされていた。だが昨日のは欲望しか満たされた気がしない。

だがその理由は分かりきった事だ。長嶺は常に、皆の先頭を歩いてきた。どんなに苦しくとも、どんなに辛くても、それを無視して歩き続けた。いつしか慣れたのか、何も感じなくなった。だがそれは、苦痛から解放される為の防衛本能で感じなくしていた(・・・・)にすぎない。

昔は隣を歩いてくれる友達がいた。だが、その友達は皆死んだ。長嶺自身、自分でも気付かない内に限界が来ていたのだ。若干18歳にして、余りにも失いすぎていたのだ。

 

「総隊長殿、失礼致します」

 

「グリム、か。どうした?」

 

「あ、いえ。諸々の報告に参ったのですが、出直した方が宜しいですか?」

 

「いや、いい。報告を聞こう」

 

執務室はボロボロだが、幸い長嶺の自室は生き残った。当面はここで仕事になるだろう。

さて、取り敢えずグリムからの報告だが、まず被害状況は以下の通り。

 

人的損害

・一般職員130名中、53名死亡、16名重症、8名軽症。

・警備の自衛隊員及び海軍軍人400名、全員殉職

・艦娘は矢矧、暁、響、雷、電、浜風、磯風、浦風。KAN-SENはローン、ワシントン、リットリオ、土佐、シェフィールドを除き、全員治療中。

 

物的損害

・第一、第四格納庫、大破

・滑走路、使用不能

・倉庫群80棟中、34棟全壊ないし全焼。22棟半焼。

・食堂、大破

・艦娘とKAN-SENの宿舎区画、ほぼ全壊

・出撃ドック、大破

・入渠ドック、全焼

・執務室、全焼

・防衛システム、ダウン

 

といった具合である。幸い地下にある霞桜の本部拠点は生き残っているし、元より緊急時には地下に艦娘とKAN-SENを収容する手筈になっているので問題はない。

だが出撃ドックと入渠ドックが使用不可能な以上、少なくとも江ノ島鎮守府の鎮守府としての機能は喪失したと言える。

 

「何分余りに被害が大きく、取り敢えずの大まかな物ですが被害はこういう感じです」

 

「.......そうか。で、収穫はあったのか?」

 

「はい。襲撃した拠点より発見された物品によりますと、簡単なシリウス戦闘団の組織図が分かりました。シリウス戦闘団には3つのランクがあり3rd、2nd、1stと呼ばれているそうです。

3rdは一般の兵士や例のバーサーカーとかいう生物兵器で構成されており、2ndに髑髏兵が在籍し、1stには『将軍』と呼ばれる3人の人物がいるそうです。またシリウス戦闘団自体の規模こそ不明ですが、何処かの組織の傘下組織である事も新たに分かりました。そして何より重要なのは、その上位組織はURと繋がっている事も判明致しました」

 

ここに来てシリウス戦闘団の影が、漸くはっきりと見えて来る。これまでシリウス戦闘団はあくまで影の影位しか見えておらず、雲を掴む様な状況であった。上位組織がいて、URにつながってるのが分かっただけでも大進歩といえよう。

 

「それから例の音声ファイルですが、それに関しても完全版を発見致しました。これがその音声になります」

 

例によって音声はオール中国語だったので、翻訳したのを載せておこう。どういう事が言われていたかというと『総武高校に暗殺者ドッペルゲンガーを潜ませ、海軍要人を始末する陽動暗殺計画は間も無く始動する。戦闘員は帝国海軍の提督、河本山海の元に集結せよ』という物であった。

計画書の方には、この計画の流れまで書かれていた。まずシリウス戦闘団の戦闘員が佐世保鎮守府に潜伏し、ドッペルゲンガーが総武高校の相模に成り代わる。機を見て海軍の要人の誰かを殺害し、長嶺雷蔵を操作で外に誘き出し、江ノ島鎮守府から長嶺を離した隙に襲撃するという計画であった。

何故相模が選ばれたかはドッペルゲンガーが望んだからとしか書かれてなかったので、ドッペルゲンガーが死んだ今は分からないが恐らく搬送しやすかったのかもしれない。

 

「総隊長殿、隠さないで言ってください。あなたは何を知っておられるのですか?」

 

「.......俺自身、何も知らねーよ。これには嘘も偽りもない。シリウス戦闘団?俺を狙う理由?そんなの知るか。まあ理由は、ある程度予想はつく。俺が邪魔か、昔何かを俺に邪魔されたか、そんな所だろう。

それか俺の能力や過去の事か。それはまた、近い内に話そう。今はそれよりも、鎮守府を復旧させる事だ。そうだ、河本は今どうしてる?」

 

「拘束し地下牢に閉じ込めてあります」

 

あの後、河本は拘束されて地下牢で尋問を受けている。だが自白剤を投与しようが、痛みを与えようが、「向こうから協力の申し出があっただけだ!」としか言わず、何も知らないらしい。

 

「痛ぶり続けろ。最悪、胸と頭が生き残って、喋りさえ出来ればそれで良い」

 

「了解しました。では、私はこれで」

 

そう言って、グリムは下がった。1人部屋に残った長嶺はシャワーを浴びて、簡単に着替えだけ済まして、マーリンにメールで指示を出す。今後の事も鑑みて、この辺りで彼らを正式にスカウトしておいた方がいいかもしれない。

 

 

 

数時間後 千葉市内ホテル

「これ、いつまで続くんだ.......」

 

比企ヶ谷を含む、総武高校の全校生徒と教職員は千葉市内のホテルに軟禁状態にある。ニュースではテロリストが総武高校に乱入したものの、何故か姿を眩ました謎の事件として報道されている。

名目上は「再びテロリストが襲撃してくる可能性もあるので、一塊になってもらう」という物らしい。だが全員が外部からの連絡を遮断され、スマホ含む電子機器は没収。家族と連絡を取りたい際やスマホを使いたい場合は、ラウンジなどで警察か何かの監視下で使う事になる。一応各部屋にはパソコンとタブレットがあるが、SNSにはロックが掛けられている状況だ。

 

「取り敢えず、ゲームでもするか.......」

 

比企ヶ谷がベッドからむくりと起き上がり、部屋の外へと出ようとした時だった。呼び鈴が鳴った。

 

「はい?」

 

「比企ヶ谷八幡様、会議室にお越しください。お客様がお待ちです」

 

「お客様?」

 

ホテルマンに連れられて、会議室へと向かう。会議室には生徒会のメンバーが揃っており、それとは別にもう1人、スーツを着た中年の男性が座っていた。

 

「比企ヶ谷くんも呼ばれたんだべ?」

 

「あ、あぁ」

 

「全員揃いましたね。まずは自己紹介を。と言いたいのですが、ここは人の目がある。私の事は適当に、おじさんとでも呼んでください。まずは、場所を変えましょう」

 

自称「おじさん」に連れられて、ホテルを出る。そのままマイクロバスに乗って、何故か高速に乗り東京へと走る。

 

「えっと、おじさん?俺達を何処に連れて行くんですか?」

 

「そうですねぇ。まあ、君の家ですよ」

 

比企ヶ谷の質問に答えた瞬間、おじさんの顔が黒いゴム製の皮膜に覆われた物になる。

 

「!?」

 

「この辺りなら、もう良いでしょう」

 

おじさんはその顔のまま立ち上がる。比企ヶ谷も含めて、全員が見覚えがあった。つい昨日、桑田が装着していたマスクと全く同じゴムの様な材質で顔と頭を覆うマスクだったのだ。

おじさんはマスクを引っ掴み、少し荒めに引き剥がす。中から出てきたのも中年男性なのだが、その見た目はさっきの何処にでもいるおじさんではなく、より紳士的で所謂『イケオジ』というヤツの顔であった。

 

「私の名はマーリン。桑田真也、いえ。長嶺雷蔵の部下です」

 

「ま、マーリンさん!?」

 

「驚かせてしまったかな?比企ヶ谷くん」

 

「八幡!貴様、その御仁と知り合いかぁ!?」

 

材木座の叫びにも似た質問に、比企ヶ谷はこれまでの事を答えた。修学旅行での一件とか諸々の出来事の裏で起きていた長嶺の暗躍と、今自分がどういう経緯で何処に住んでいるのかを。全てを聞いた時、車内は一気に静まり返った。

 

「アンタ、そんな経験をしてたんだね.......」

 

「ヒキオ、本当にごめん.......」

 

「三浦が謝る事ないだろ?悪いのは俺の家族とかアイツらだ」

 

三浦の謝罪に比企ヶ谷はあっけらかんと答えるが、三浦自身は気にしてるらしい。こんな空気になってしまった以上、早々変わる事もない。

暫くすると、江ノ島鎮守府が見えてきた。だが…

 

「あ、アレが鎮守府ですか?」

 

「ボロボロっしょ.......」

 

「昨日まであんな風じゃなかったのに、一体何が!?」

 

皆驚いている。特に比企ヶ谷は昨日の朝、学校に登校する時は普通のあの堂々とした建物があった。なのに今はまるで、廃墟の様に見える。

 

「その辺りも全て、総隊長が教えてくださいますよ。さぁ、もう着きますよ」

 

マイクロバスが鎮守府の敷地に入ると、更に奥の方へと進んで止まった。そこは校庭のような広い場所なのだが、周囲にはテントが無数に並び、中から車椅子やストレッチャーで艦娘と思しき女性達が運ばれてきたり、何処かへ運ばれていったりしている。まるで、映画に出てくる野戦病院の様だ。

 

「戦闘があったんですか.......?」

 

「まあ、そんな所かな。だけど彼女達の傷は、戦闘で負った物ではないよ」

 

比企ヶ谷の質問にマーリンはそう答える。少しの間テントを眺めていると、その中の1つから白衣を着た長嶺が出てきた。

 

「総隊長!」

 

「.......マーリンか。アイツらを連れてきたんだな?」

 

「はい」

 

「分かった。後は引き継ぐ。この後は部隊を率いて、バルクの哨戒任務を引き継いでくれ」

 

「了解」

 

マーリンと長嶺が入れ替わり、比企ヶ谷達を自室へと連れて行く。初めて見る鎮守府の施設を眺めながら、廃墟となった鎮守府の中を進む。

 

「ここが俺の部屋だ。好きに座ってくれ」

 

適当に座らせて、冷蔵庫で冷やしてあるジュースと適当な菓子類を出す。

 

「さーて、それじゃあ本題に入るか。お前達をここに呼んだ理由だが、お前ら俺の部下にならないか?」

 

長嶺の思いもよらない発言に、全員が驚いた。比企ヶ谷もまさかここにいる全員がスカウトされるとは思ってなかった様で、同じ様に驚いている。

 

「ちょ、ちょっと待つし!!一体何がどうなってる訳!?!?」

 

「正直、僕も話がよく分からないよ.......」

 

「桑田くん、話の順序が飛んでるべ!」

 

「そうですよ先輩!!」

 

「アンタ、馬鹿なの?」

 

「そうであるぞ桑田よ!!」

 

みんなからボロクソに言われる長嶺。まあ確かに話が飛びすぎているが、長嶺自身、何処から話せばいいか分からないのだ。

 

「そうは言うがなぁ。俺自身、どっから話せば良いやら。取り敢えず、俺が何故総武高校にいるかを話しておくか。

比企ヶ谷には前にも話したが、俺の仕事は知っているか?」

 

「聨合艦隊の司令であるな!」

 

「その通り。だが、俺にはもう1つの顔がある。海上機動歩兵軍団『霞桜』と呼ばれる、極秘特殊部隊のリーダーをやっている。昨日、銃持った一団が来ただろ?アイツらとか、今日ここまで案内しねきたマーリンも霞桜の大隊長だ。

今回俺は、ある任務で総武高校に潜入したんだ。これを聞いてみてくれ」

 

そう言って長嶺はあの音声ではなく、朝にグリムから提出されたデータを聴かせた。勿論中国語なので、翻訳文も口頭で伝えている。

 

「これは昨日手に入った物で、最初は辛うじて単語がいくつか聞き取れる状態だった。だが何かしらの問題が起きると考え、俺は総武高校に生徒として潜入したんだ。

とは言え相手が何を目的に何処でどの規模の事をしでかそうとしているのか。そもそも相手が何者なのか。全くのノーヒントでな。取り敢えず普通に学校生活を送っていた訳だ」

 

「ならもしかして、昨日のテロリストの襲撃も関係があるのか?」

 

比企ヶ谷の問いに、長嶺は静かに頷いた。それを見て皆、息を呑む。

 

「襲撃だけじゃない。この鎮守府がこんな廃墟になったのも、俺の大事な仲間達があんな状態になったのも、全部今回の事が原因だ。この鎮守府のありようは深海棲艦による仕業、という風に表向きというか記録にはそう記載される。だが、真実は違う。今回の事は佐世保鎮守府提督、河本山海が仕組んだ事だ。簡単に言えば、一種のクーデターだ。

奴はシリウス戦闘団と呼ばれる謎の武装組織、ないしその上位組織と手を組み、まずは相模南に変装したドッペルゲンガーという殺し屋を使って舞鶴鎮守府提督の山本権三を襲撃した。そして昨日、艦娘とそれに似た存在であるKAN-SENを拉致。さらに鎮守府を破壊した。同時に総武高校では何故か雇ったドッペルゲンガーを排除し、エミリアを攫ったわけだ」

 

「ちょっと待ってよ。なら、本物の相模は何処にいるわけ?」

 

「本物は既に殺されていたよ。それも死体を細かく裁断して、下水に流してな。記録上は昨日のテロ事件による哀れな被害者、という事になるがな」

 

全員の血の気がサーッと引いていった。何せこれまで『殺す』という単語を聞いたことがあっても、間近に感じた事はなかったのだ。それに縁遠い物だとも考えていた。

だが蓋を開けてみれば、その死という概念や殺しという世界は自分のすぐ近くで起こっていたのだ。恐怖もする。

 

「この事件は俺達でも謎が多い。シリウス戦闘団、雇った筈のドッペルゲンガーをあのタイミングでの排除、河本がシリウス戦闘団と繋がっていた理由、そもそもの目的。基本的に根幹の部分が分かってない。というか情報が無さすぎて、推理する材料に乏しいというのが現状だ」

 

「それ、僕達が聞いてもいいの?」

 

戸塚の問いに、長嶺は豪快に笑いながら答えた。「別に問題ない」と。

 

「確かに一般人なら問題だが、お前達はスカウトしようとしてるんだ。別に聞いたっていい。

それじゃ、スカウトの話をしようか。まず俺が率いる霞桜という組織だが、簡単に言えば日本という『国家』を護る組織だ。自衛隊や海軍の様に国民の生命と財産ではなく、国家という規範を護る。だから簡単言えば少々の国民の犠牲で国が存続するなら、国民の犠牲を選ぶ組織だ。だから任務の内容も汚れ仕事が多い。暗殺、誘拐、拉致、監禁、拷問、爆破、その他諸々etc。

だが霞桜本来の目的は、あくまで深海棲艦と戦うことと各鎮守府への憲兵任務だ。そこに何だかんだで国家を護る組織へと形態が変化していったにすぎない。お前達には、俺の直下でこの憲兵業務や深海棲艦との戦闘に従事して貰いたい」

 

「あの、それって私達に拒否権はあるんですか?」

 

「勿論あるぞ。別にやりたく無いのに強制はさせない。裏で工作して、こっちに入らざるを得ない状況に持っていったりとかもしない。あくまで個人的に、お前達に来て欲しいってだけだ。

2年生は前、ここに見学に来ただろ?その時にお前達の才能を見極めさせてもらった。その結果、お前達には類い稀なる才能がある事が分かった」

 

全員が顔を見合わせる。長嶺はタブレットを起動して、あの見学の時に記録したデータを呼び出す。

 

「比企ヶ谷は射撃、諜報、ネットに於ける知識に強い。三浦は飛行のテクニックがある。戸塚はスナイパー、戸部はマシンガンナー、川崎には格闘、材木座には格闘、正確には剣の才能がある。そして一色にはデータ分析に秀でていると、俺がこの目で判断した。

お前達は充分に、ここでもやっていけるだろう。とは言え、だ。こんな特殊部隊なんて、恐らく怖いと思う筈だ。だからここからは、金やここだから出来る話をしよう」

 

今度は全員にタブレットを配り、資料を使って説明していく。さながら、保険の勧誘である。

 

「基本給は月収で80万だな。幹部になればランクアップもするし、ボーナスも年二回ある。更にここから色々な手当がつくし、引かれる税金も少なくなるようになるから、大体手取りが100万位だろう。無論、変なカラクリは無しだ。そこから天引きとかな。

住居は寮というか、ここの地下に住んでもらうが部屋は快適な物になっている。後で見ていくといい。鎮守府では様々な飯がタダで食えるし、そもそも色々と施設が充実してるから楽しめる筈だ。その辺も見ていけ」

 

「くわ、長嶺さん?これって入っても、ぶっちゃけ退職ってできる感じなん?」

 

戸部の質問に、神谷はニッコリ笑って「勿論」と答えた。

 

「一応秘密組織だから、ここの情報を喋れなくなる特殊な薬品を飲んでもらった上で退職して貰う事にはなるが自由だ。それに仮に任務で負傷しての病気除隊の場合は、色々手当を付けて出て行けるぞ。

少なくとも、映画とかである様な「お前は知りすぎたんだ。じゃあな?」とか言われて殺される、なんて事はない」

 

それ以外にも色々説明していると、急に電話が鳴った。レーダーサイトからの報告で、どうやらこちらに深海棲艦の偵察機が向かっているらしい。

今のこの状況を知られでもしたら、まず間違いなく好機と言わんばかりに攻め込んでくるだろう。それを防ぐ為にも撃墜したいのだが、防衛システムがダウンし滑走路も破壊された現状では、迎撃の手法が限られる。そこで長嶺の射撃能力を使う事にしたのだ。

 

「了解した。こちらで片付ける」

 

すぐ長嶺は桜吹雪SRを持ってきて、狙撃の準備に入る。流石に距離があるので、八咫烏にスポッターを任せて窓を開けて構える。

 

「どうしたんだべ桑田くん!?」

 

「敵が来た」

 

部屋からスナイパーライフルを引っ張り出してきた姿を見て、皆驚いているし戸部は呼び方が「桑田くん」に戻っている。

 

「そ、それは大丈夫なわけ!?!?」

 

「偵察機だ。今すぐ攻撃はしてこない。だが、放っておくと厄介だ。迎撃する」

 

さっきから長嶺は、窓に桜吹雪を固定させてピタリと動かない。まるで像になってしまったようだ。

しかも纏っている雰囲気も全くの別物であった。皆『オーラ』というのを間近で見たことが無いので、それがオーラとは分からない。だが恐らく、そうである事を本能で理解したのだ。

 

「距離11,000。方位95。風向き、問題ない」

 

スコープ上でも最早点にしか見えない距離の偵察機を正確に捉えて、タイミングを見極める。必ず当たるコースに機体が入った瞬間、トリガーを引いた。

 

ズドォォン!!

 

巨大な爆音が鳴り響き、大きな薬莢が地面へと転がる。放たれた20mm徹甲弾は正確に偵察機に命中し、火だるまになって海へと墜落したと八咫烏から報告があった。

 

「クリア」

 

そうあっさり言うが、普通に考えて化け物である。11km先の相手を捉えて、射程限界の10kmで狙撃して倒す。そもそも10kmなんて、狙撃できる距離じゃない。

無論そんな事を知る由もない比企ヶ谷達だが、少なくとも長嶺が人間離れている事だけは何故か理解できた。

 

「まあ、これが俺達の仕事だ。どうだ、やってみないか?」

 

そう勧誘したが答えは全員『保留』であった。長嶺の姿を見て恐怖を感じたが、一方でかっこいいとも思った。だが同時に、自分達に務まるとも思わなかったのだ。

 

「そうか。なら、週一や暇な時、ストレスが溜まった時に来い。訓練代わりに銃撃ったり、兵器に乗せてやる。そこから自分がどうしたいか決めたら良いさ。

高校卒業後に来るもよし、大学や専門学校に進学してから来るもよしだ。無論、そのまま就職して普通に生きる道を選んで貰っても構わない」

 

長嶺としては正直来て欲しいが、彼らがどんな道を選んでも強制はしない。それは自分が出来ない特権なのだから、思う存分それを味わって欲しいのだ。

この後、簡単に施設を見学してホテルへと帰っていった。そのままオイゲンの検査もしたが特段異常もなく、艦娘とKAN-SEN達も無事に治療が完了し、随時復興作業の手伝いをしていた。

 

 

 

その日の夜 長嶺自室

「総隊長殿、失礼します」

 

1人海を眺めていた長嶺の元に、グリムがオイゲンを連れてやってきた。

 

「何の用だ?」

 

「総隊長殿、どうか私達に教えてください。昔、何があったのかを」

 

グリムはこれまで気になっていた事を、艦娘とKAN-SENの代表を連れて聞きにきたのだ。長嶺は深くため息を吐くと、3人に向き直って言った。

 

「.......いいだろう。俺が何者で、何を成し、何を経験したのか。俺の全てを」

 

今宵語られるのは、表の記録には残らない世界の歴史。今の長嶺が作られた原点でもある。だがそれは、次回に語るとしよう。

 



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第六十三話東川蔵茂

先に言っておきます。今回、かなり閲覧注意です。見る際は相当の覚悟を持ってご覧ください。グロはありませんが、思想や長嶺が過去に仕出かした事がかなりエグいです。覚悟してください。




















佐世保鎮守府への襲撃を終えた翌日の夜。グリムとオイゲンが部屋にやって来た。2人の目的は長嶺の過去を聞く事。そろそろ話しても、良いだろう。そう考えた長嶺は2人を自室の中にある応接スペースへと座らせ、自分はその前の1人掛けソファに深く腰を下ろす。

 

「さて、何処から語った物か。あぁ、そうだ。まずは俺の本当の名前から語るとするか」

 

「え、ちょっと待って!?」

 

「本名、長嶺雷蔵じゃないんですか!?!?」

 

開始早々、かなりの爆弾が投下された。なんとこれまで散々語られてきた名前である『長嶺雷蔵』は、本名でないと言うのだ。いきなり驚きのピークになりそうな話題が話の頭に持って来られている辺り、今後は更なる爆弾が投下されるのだろう。

 

「いや。本名っちゃ本名だし、正直昔の俺は既に死んだ。戸籍上は勿論、人格としても。今日話す俺と、現在の俺は全くの別人と言っても良い。物の考え方も違うしな。

俺の本当の名前は蔵茂。東川蔵茂(あずまがわくらしげ)という。名字の示す通り、現防衛大臣である東川宗一郎の息子だ。義理ではあるがな」

 

「あ、だからあの時、大臣を「親父」と呼んでおられたのですね」

 

グリムは佐世保鎮守府で長嶺が自殺しようとして、東川が助けた時に親父と言っていた事を思い出した。あの時は目の前で長嶺が自殺しようとしていたのもあって、全く気にはしてなかったが今になって思えば確かに違和感がある。

 

「ならこれからは、本当の名前の方が良いかしら?」

 

「いや。さっきも言った通り、東川蔵茂は俺の中で死んでいる。今生きているのは、お前達KAN-SENと艦娘の司令官であり、霞桜の総隊長である『長嶺雷蔵』だ。それが俺であり、それこそが俺なんだ。だからこれまで通りでいい」

 

長嶺、いや。東川蔵茂に取っては、長嶺雷蔵こそが自分だと思っている。故に今の蔵茂に取っては、本名である筈の東川蔵茂の名は他人の様に聞こえてしまうのだ。

 

「では、由来は何なのですか?」

 

「長嶺雷蔵とは、彼らから取ったんだ」

 

「彼ら?」

 

「あぁ。俺の戦友にして親友、そして俺と同じ存在であった奴らだ」

 

長嶺はソファから立ち上がり、あの写真立てを取ってきた。その写真立てわ、2人の前に差し出す。

 

「いつも執務机の後ろの本棚に飾ってある写真ですね.......」

 

「そうだ。この写真は本来、俺以外にも人が居た。これを見ろ」

 

写真立てをひっくり返し、後ろのカバーを外す。中には全く同じ場所で撮られた、もう1枚の写真と3枚のドッグタグが入っていた。

 

「4人の少年?この右から2番目は指揮官かしら?」

 

「その通りだ。右の十文字槍が『極雷の覇者ナルカミ・ミツ』俺の左の大太刀の奴が『冥府の王イザナミ・ヒデ』。一番左の棍棒持ちが『烈風の貴公子シナツヒコ・ノブ』だ。

長嶺雷蔵ってのは、4人の名前を組み合わせた物だ。長はミツの本名である『長義』、嶺はヒデの本名『仁嶺』、雷はノブの『兜雷』から取った。蔵は勿論、俺の『蔵茂』からだ。俺達4人は天皇直下に極秘に存在する秘密結社『八咫烏』の実動部隊。通称『鴉天狗』の人間として育てられ、戦っていたんだ」

 

「まさか指揮官の『鴉天狗』って」

 

「.......オイゲンの言う通りだ。俺は常に3人の影を求め、ずっと独りで彷徨い歩いていた。『長嶺雷蔵』も『鴉天狗』も、全てはアイツらの影を少しでも感じたい。せめて少しでも近くにいたい。そう思って名付けた」

 

オイゲンの気づきに答えた長嶺の声は、何処か震えていて寂しさを感じる物であった。オイゲンは勿論、付き合いの長いグリムだって初めて聞いた声色である。

 

「あの、総隊長殿。その『八咫烏』や『鴉天狗』について、聞いてもよろしいですか?」

 

「良いぞ。八咫烏の歴史は古い。初代天皇の神武天皇即位後に組織された世界最古の秘密結社だ。結成以来、この日本の闇の中で暗躍し続けて来た。八咫烏ってのはかなりデカい上に、組織の全容は俺も全く分からない。元々は神道や陰陽道の儀式をしつつ、今の宮内庁の様に天皇及び宮城に住まう皇族の身の回り世話をしていた。一方で皇宮警察の様に宮城の警備を行い、有事の際には各地の神社や寺をセーフハウスとして活用して吉野へと逃すのが仕事だったらしい。

だが明治時代に於ける政治体制の変化で危うく滅びかけるも首の皮一枚で生き残るが、今度は第二次大戦後のGHQ統治で影響力の殆どは失われた。という風に表向きはされている。実際の所は今も権力を残してるし、天皇直属の組織として存続している」

 

「なんかその話、前にテレビの都市伝説特集で見たわ」

 

「偶に取り上げられる八咫烏と、俺の所属していたヤツは同じだ。情報はちょいちょい違うがな」

 

気になった読者諸氏は、そのままGoogleとかで「八咫烏 秘密結社」と検索しよう。過去に大体どんな事をしていたのかは、それで分かる。

 

「そして鴉天狗は『神授才』と呼ばれる、特別な能力を持つ者だけが所属する組織だ。この能力を持つ者は『神童』と呼ばれ、この能力を持つ者だけが入る事を許される。この神授才ってのが、俺のあの能力って訳だ。

神授才ってのは、正直俺自身よく分かってない。数十年或いは数百年に一度産まれてくる謎の存在で、何が出来るかも分からない。俺と俺の仲間達は戦闘向けだったが、全部が全部そうだった訳じゃないらしい。記録によれば植物を手から生やす事しか出来ない奴とか、謎の悪臭放つ事しか出来ない奴とか、他よりちょっと頭が良くてスポーツ出来る位の奴しか居ないなんてのもあったそうだ」

 

「その神授才の能力って、完全なランダムな訳?」

 

「まあな。神授才の解釈は八咫烏の中でも割れてるが、要は『神々の気まぐれ』って発想らしい。その気まぐれに振り回されるのが俺達で、俺達はどうやら気まぐれの中でも相当の大当たりを引き当てたらしい。だから中には相当のハズレを引いた奴も居て、それがさっき言った連中だ」

 

因みに他には飲むと力が少し湧く代わりに翌日筋肉痛になる謎の水を生成する能力だったり、砂を生成する能力もあったらしい。結構バラエティ豊かな才能があったのだ。

 

「ついでだ、俺と他の仲間達の能力も教えておこう。まず俺は見た通り炎系統を操る。炎は勿論、溶岩なんかも操れる。ミツは雷系統、ノブは風系統だ。ヒデはちょっと特殊で、死者や怪物を操る」

 

「怪物、ですか?」

 

「妖怪、幽霊の類いだ。よくファンタジーにネクロマンサーって、死霊魔法使いがいるだろ?アレに近い」

 

簡単に解説してくれた訳だが、グリムはある事に気付いた。なら、あの能力を使った時に出てきた謎の鬼は何なのだと。

 

「なら、あの鬼は何なのですか?」

 

「分からん。アレこそ一番分からん。記録にも記載がないし、あの鬼と会話できるんだが聞いても答えてくれなかった。俺は勝手に炎の根源とか炎の大精霊的な謎の鬼っぽい何か、という事にしている」

 

思ってたよりもアバウトすぎる回答に、グリムは苦笑した。つまり目の前の男は何が何やら分からない謎の能力を、何が何やら分からないまま行使していたという事なのだ。元々ぶっ飛んでいると思っていたが、思ってたよりもぶっ飛んでいた。

 

「よく使おうと思ったわね.......」

 

「使う使わないの意思決定は俺に無かったからな。鴉天狗の連中曰く「神授才があるなら、必ず使わなければならない」だそうで。使わなかったら殺す、らしい。

それに由来とか鬼とかは分からずとも、能力は使いこなせる。例えば今の普通の状態でも能力は使えるが威力は落ちるし、発動と再発動には時間が掛かる。発動にはMP的な数値が存在し、使用時にはそれを代価として支払う。数値が底を尽きる、もしくは保有量以上の代価が必要な能力は行使できない。MP的な何かは時間経過で回復する。

これら全てのデメリット無しで扱うには、あのアーマーがいる。しかしアーマーを使うには時間制限が存在し、それを超えると一時的に能力は基本的に使用できなくなる。とまあこんな具合に、しっかり能力を把握してるから問題ない」

 

こんな風に言っているが、実情は結構な賭けであったのは間違いない。というのも能力の全容は、長嶺自身が戦場や訓練の中で知っていた事なのだ。無論、最初は右も左も分からないまま、いきなり訓練に放り込まれてるので死にかけた事も何度もある。

 

「それじゃそろそろ、話すとするか。俺の過去を」

 

 

 

11年前 東京 宮内庁

「おいテメェ!俺のポテチ返せよ!!」

 

「あ、あれテメェの?もう腹の中だ返せないよーん」

 

「んだとテメェ!?!?」

「やんのか、あぁん!?」

 

「ふ、2人とも喧嘩はやめなよ」

 

「そうだよ!喧嘩は良くないよ!!」

 

——あの頃の鴉天狗はチームワークなんざ、在って無い様な物だった。仲間ってより、共犯の単独犯四人衆って感じでな。ミツとヒデが大体バトって、俺かノブが毎回止めてた。ミツは良くヒデの菓子を盗んでたし、逆にヒデは良くミツのお宝であるエロ本を隠したり破り捨てたりしていたよ。何度か俺とノブも巻き込まれてな、四つ巴の戦争もしていた。

毎日訓練で結構な頻度で何処かの紛争地帯で勢力とか関係無しに、武装した奴らを襲って、時には少年兵に扮して戦闘もしていた。偶に国内で暗殺をしたりもして、世間一般から見れば歪も歪、というか犯罪なんだが、それが日常だった。なんだかんだ言って楽しかったし、ずっと4人で一緒に居ると思っていたさ。だが、運命とやらは残酷だった。

 

「お前達、仕事だ」

 

——声が聞こえた瞬間、ミツとヒデは喧嘩をピタリと止めた。そりゃそうだ。部屋のドアの前に、俺達の飼い主(・・・)が現れたんだからな

 

「き、気を付け!」

 

「本来であれば懲罰を課す所であったが、今回はそれどころでは無い。天皇陛下が暗殺されかけた」

 

「「「「ッ!?!?」」」」

 

——八咫烏の統括を務める虎杖高弥からの報せの衝撃は、今でも鮮明に覚えてる。この数時間前、天皇は毒を盛られたらしい。毒味役の侍従が飲んで、すぐに倒れて逝ったんだと。

だが何より驚いたのは、この暗殺の絵を描いたのが韓国政府の連中だった事だ。そんなのすれば宣戦布告だ。本来なら俺達ではなく、自衛隊辺りに話が行く。にも関わらず、初っ端で俺達だ。この辺りで全員察していたが、虎杖から下された命令は驚きの物だったよ。

 

「この事件の裏にいるのは韓国だ。お前達、韓国を滅ぼせ。ついでだ、隣の北朝鮮も滅ぼせ」

 

——本当に軽かった。国一つ滅ぼすってのに、この言い様だぞ。信じられるか?しかもこの後に続く命令、というか指示は「やり方はお前達が勝手に考えろ。ただし、この国には迷惑を掛けるな」だった。考えてもみろ。たかだか小学1年か2年のガキに、いきなり「国滅ぼす算段を考えろ」って言われて、考えつくか?無理だろ。だがやるしか無かった。

俺たちは直ぐに韓国へと潜入し、作戦を色々練った。幸い語学は全員鍛えられてたからな、ハングルも余裕で読めた。顔も近いから変に目立たない上に、小学生のガキだ。まさかそんなガキが本気で国を滅ぼす策を練ってるなんて、誰が思う。そして生まれた策って言うのが『全面戦争作戦』だ。俺発案の作戦なんだが、今思えばトチ狂ってるとしか思えない作戦だった。簡単に言えば北朝鮮の核ミサイルを奪って、韓国の都市部に向けてミサイルを発射。そのまま戦争状態に移行させて、互いを疲弊させるって作戦だ。

 

 

 

作戦決行日 北朝鮮 ユサンニ・ミサイル作戦基地

「お前達、作戦を始めるぞ」

 

「なら、嵐を起こそう。ミツ、合わせろ」

 

「言われなくても合わせてやる。行くぞ!」

 

「迅雷!!」

「風魔!!」

 

——作戦開始の号砲は、ミツとノブの融合技だった。ノブが近くの水源から水を巻き上げて基地中に雨を降らし、ミツが雷を落として兵士達をパニックにさせた。

 

「それじゃ、やりますか。焔波!!」

 

——俺も焔波って技で意図的に太陽フレアを生成し、一体の電子システムをダウンさせた。通信はこれで遮断できる。ここからは、文字通りの蹂躙だった。

 

「オールビット、ビーム!!」

 

「オールビット、ソード!!」

 

「死群!!」

 

「土柱!!」

 

——もうビームとソードは飛び交うわ、ゾンビで溢れかえるわ、土の柱が地面から出てくるわ、無茶苦茶だった。ものの5分程度で敵を殲滅し、ミサイルサイロを手に入れた。だがな、ここで問題が発生した。

 

「あ、おい!」

 

「どうした変態ドスケベ野郎」

 

「本当ならテメェの顔面を焦がしてやりたいが、それどころじゃねえ。シン、お前の技は電子機器を全部使えなくさせるんだよな?」

 

「そうだよ?」

 

「なら、ミサイルサイロのシステムも使えないんじゃないか?」

 

——ノブとヒデの視線が、同時に俺に刺さったのを覚えてる。多分、あん時の顔は凄かっただろうな。

今なら言うまでもなく分かることだが、あの時はミサイルが無事かを考える発想は無かった。敵を殲滅し、敵の通信インフラを麻痺させる事しか考えてなかった。焔波でミサイルシステムごと破壊するなんて、思考の隅に浮かびもしなかったさ。あの時は、マジで焦った。人生で1番焦ったかもしれん。

 

「ヤベェ、どうしよう.......」

 

「シン、間違いは誰にでもあると思う。だから気にしなくていいよ」

 

「そうだ。そこの変態ドスケベ野郎なら殺しているが、シンなら許せる」

 

「んだとノブ!?だがまあ、許せるの部分だけは同意だ。それ以外は聞き捨てならんがな」

 

——仲間からの許しは得たが、それで事態が好転する訳じゃない。一縷の望みを持ってサイロのコントロールルームに行ったんだが、まあ案の定発射できなくなっていた。

 

「さて、どうするリーダー?」

 

「どうしよう.......。流石に壊れたテレビみたく、叩く訳には」

 

ガンッ!ゴンッ!

 

「うん、ダメだな」

 

「ミーツー!内部の回線がやられてるのに、叩いて治るわけないよ」

 

——無駄とは分かっていたが、念には念を入れて制御版のスイッチを片っ端から押してみたり、レバーを引いてみたり、適当にぶん殴って蹴り飛ばしてと、考えられる事はやり尽くしたがやっぱりダメだった。

だが収穫もあった。たまたまヒデの回したハンドルで、サイロの発射口ハッチを開く事には成功したんだ。

 

「凄いよヒデ!!」

 

「なんか回したらできたよ。もしかしたら、ミサイルも何とかできるかもしれない!」

 

「いや、無理だと思うぜ」

 

「ノブ?」

 

「さっき、制御板のパネルを外してみた。中の回路とか配線、全部焼き切れてた」

 

「オマケに焦げ臭ぇのなんのって。アレじゃ叩こうがスイッチ押しまくろうが、全く反応しない訳だ」

 

——一応ノブとミツが他に辛うじて生き残ってる配線がないか見てくれたが、無かったらしい。ハッチが開いても、ミサイルが撃てないんじゃ意味がない。また振り出しに戻り、4人で考えた。

だが所詮はガキの浅知恵。何か思い浮かぶ訳でもなく、時だけが過ぎていった。

 

「いっそ花火みたいに導火線でも付いててくれりゃ楽なのに」

 

「変態ドスケベ野郎は頭まで馬鹿になったのか?」

 

「んだとぉ!?!?」

 

「いや!その手があった!!」

 

——ヒデの考えた発射方法は、中々にぶっ飛んだ物だったさ。今でも何で成功したのか、全然分からん。奇跡ってヤツだった。奴の考えた策は、俺の能力で直接燃料に点火させる方法だった。狂ってるだろ?だがそれしか無いなら、やるしか無い。

 

「シン、お前が今考えた事を代弁してやるよ。これ、成功すんのかよ」

 

「今回ばかりは、俺もミツに同意だ」

 

「.......ごめん、僕も怖くなってきた。弾頭に引火して、俺達ごと爆発とか無いよね?」

 

——あの時の雰囲気は、多分もう味わう事は無いだろうな。尤も、味わいたいとも思わないがな。

 

「それじゃ、いくよ!!焔槍!!!!」

 

長嶺の投げた焔槍が、正確に点火玉に当たった。次の瞬間、ノズルから炎と煙が巻き上がり長嶺を吹き飛ばす。

 

「うおぉぉ!?!?」

 

「シーン!!!!!!!!」

 

「シンが死んだ!!!!」

 

「勝手に殺すな!!神童が簡単に死ぬか!!!!」

 

——あんな飛び方は二度とごめんだ。世界が真っ白になったと思ったら、熱風が身体中に纏わりつきやがる。クソ熱いし、気付けば空の上だ。マジで死んだかと思ったが、無事にミサイルは打ち上がった。

だが、あくまで飛んだだけ。誘導はできない。そこで、ミツとノブが能力を駆使して無理矢理進路を捻じ曲げたんだ。

 

「電磁!!!!」

 

「風壁!!!!」

 

——ミツは雷系の能力だから、電磁力も操れる。ミサイルは金属で出来てるから、磁石にも反応する訳で、電磁力で大まかにミサイルの進路を決定させる。微調整は風系の能力を持つノブが、あちこちに風を当て続けて合わせた。そんな事をやって数分、目標の釜山までミサイルが飛んだ。後は起爆させれば、終わりだ。

 

「起爆させるぞ!!」

 

「オッケー!!こっちで起爆させる!!ノブは離れろ!!!!」

 

——その日、釜山は核の炎に包まれた。世に言う『第二次朝鮮戦争』の勃発だ。釜山攻撃後、俺達は二手に分かれた。ミツと俺、ヒデとノブがそれぞれ北朝鮮の平壌、韓国のソウルへと向かったんだ。目的は指導者層の抹殺。これで一気に、戦争は泥沼化するからな。俺の考えた作戦は、勝手に潰しあって貰おうって作戦だ。なら泥沼化するのは、俺としても好都合だった。と思ってたんだが、別れる段になってヒデが面白い策を思い付いた。

 

「俺達はソウル」

 

「俺達は平壌だ。終わったら、また会おう」

 

「いや、ちょっと待って。ここは僕の能力を使わない?」

 

「おいおいヒデ、何か思い付いちゃったか?」

 

「茶化すなミツ。ヒデ、言ってみろ」

 

「うん。僕の能力で、指導者層を僕の傀儡に入れ替えるんだ。そうすれば、自在に戦争を操れるでしょ?」

 

——ヒデの提案に、俺達は二つ返事でOKした。ついでに他にも傀儡を作って、裏組織連中にも忍ばせてカオスになる様に仕向ける事も決まった。

あぁ、そうだ。今の朝鮮半島の地獄の原因は、俺達、いや。正確に言えば俺が考えた作戦の成れの果てだ。あの時も今も罪悪感が無い訳じゃない。だが正直、もうどうでも良いような気がしてる。あの頃は「任務の為の必要な犠牲なんだ。それが国家の、日本のためなんだ」って言い聞かせてた。ぶっちゃけ、地獄を作るのを楽しいと感じたこともあった。だがアイツらが居なくなってからは、なんかもう心底どうでも良くなった。精々、偶にふとした時に自己嫌悪に陥って終わりだ。ガキが黒歴史を唐突に思い出して、ベッドをバシバシやるのと同じ様な感じ位にしか感じてない。

 

「それじゃ、地獄を作ろう」

 

「ならまずは、韓国に行った方が良いな。あそこはシビリアンコントロールがあるから、意思統一に時間がかかる」

 

「それなぁ。でもあそこ、ぶっちゃけ大統領抑えれば何とかなるだろ」

 

「それもそうだね。行こう!」

 

4人が韓国の首都、ソウルへと飛び立つ。空は既に夕焼けで、もうすぐ夜になろうとしている時間帯。地獄を作り出す4人は、空を飛ぶ。

一方その頃、韓国の大統領が閣僚達を集めて地下で会議を行っていた。

 

「諸君!!我々は今、国家存亡の危機に直面している。知っての通り、先程、釜山に北朝鮮のノドンと思しき核ミサイルが飛来。釜山を瓦礫の山に変えた。外務大臣、北朝鮮からの声明は?」

 

「向こうからは何の声明も出ておらず、先程ふざけた事に「あの爆発は何なのだ?」という質問が非公式ではありますが、送られてきました」

 

「国防大臣、軍の状況は?」

 

「釜山近郊の部隊には救援に向かってもらっています。米軍からも支援の申し出が出ております。

他の部隊に関しましては臨戦態勢を取らせており、いつでも出動可能です」

 

いつもは賄賂だ何だと汚職やスキャンダルの多い閣僚達も、今回ばかりは自分の職務を全うしている。色々対策を練っていた時、突然地下指令室のドアが開いた。

 

「な、なんだ君達は!!」

 

「あの、皆さんは韓国の首脳陣であってますか?」

 

「それがどうしたと言うのだ!警備兵!!」

 

国防大臣が叫ぶが、このドアの前や他にも沢山いる筈の警備兵が誰もいない。それどころか、錆びた鉄の様な生臭い臭いまでする。

 

「あ、無駄だぜ?アンタらの警備兵は全員、死んでるから」

 

「我々が殺した。助けは来ない」

 

「そんな訳なんで、おっさん達さ操り人形になってよ。ヒデー!」

 

「何をふざけ」

「屍人」

 

——ヒデの能力は、さっき死者や怪物を操ると言ったな。だが、厳密には少し違う。ヒデの能力は正確には死者を怪物にして操ったり、生者を殺して操ったり、怪物を呼び出して操ったりするんだ。この『屍人』も、生者を殺して精神を奪う技の1つだ。

 

「あ.......が.......」

 

「いけた?」

 

「いけた。これで僕の支配下だ。それじゃ、頑張って戦争してね、大統領閣下?」

 

「はイ。諸諸諸君!せせ戦争をヲを、始zじメよゥ」

 

——我が友の能力ながら、気持ち悪いと思ったよ。人間がいきなり目も虚になって、口の端から涎を垂らして、段々と目の動きもおかしくなるんだよ。眼球が別々に動き出すんだ。カメレオンみたいに。マジでキモかった。

 

「なぁこれ、ホントに大丈夫なの?」

 

「いやこれで大丈夫じゃなかったら、色々ヤバいぞ」

 

「ノブ、驚いたな。これも同意見だわ」

 

「変態ドスケベ野郎と同じなのは癪だが、やはりそうだよな」

 

「ホントに大丈夫だって!さっ、今度は平壌だ。行こ行こ」

 

大統領を筆頭とする韓国首脳陣は、完全なる傀儡へと姿を変えた。北朝鮮でも全く同じ事をやって、4人は一度済州島へと向かった。ここで戦争を指揮する為である。

 

「それじゃ、やりますか。取り敢えず、北緯38度線に両軍集結させて戦争開始っと」

 

「そういや、裏社会系はどうするんだ?リーダー、作戦でもあんの?」

 

「あれはもっと後にやるつもりだよ。その内、軍が瓦解して軍閥だらけになる。そこに裏社会系の人間を投入して、更に泥沼化させるんだ。そうすれば、後は勝手に崩壊する。

それに崩壊後は如何なる国も立ち入らない場所になる筈だから、俺達も何かあったら使えると思うよ」

 

「シン、お前.......」

 

「末恐ろしいな.......」

 

ノブとミツは、引き気味の声でそう言った。小学生でここまで考えられる辺り、末恐ろしすぎる。というか将来が危ぶまれるだろう。

実際、現在に至るまでマトモな人生を歩んでない。世界の影に生き、闇と闇を自在に飛び越えて進む。そんな人生しか歩んでないのだから。

 

「なぁなぁ、俺一個面白い事思いついた!」

 

「特別に聞いてやる、話せ」

 

「いや、ノブに決定権ないだろ。まあいいや。この際、俺達もここで経験を積めばいいんじゃね?」

 

——またミツが適当な事を抜かしたかと思ったが、聞いてみれば結構理に適ってる物だった。曰く「どうせなら、俺達も戦場に出て戦争に参加しようぜ。そうすりゃ、能力に磨きが掛かるだろ」だと。一理あるので、俺達の韓国滞在は延びた。

戦争の方も1週間もすれば両軍共に軍隊としては壊滅状態に陥り、敗残兵があちこちで略奪やら各個に戦闘して泥沼化し、軍閥も生まれてカオスになった。ここいらで裏社会の連中も解き放ち、今の地獄が完成した訳だ。俺達はそこから1ヶ月くらい残って、神授才を使った戦闘も含めた実戦を積んでスキルアップして祖国に帰還した。だが帰還寸前でヒデが偶然、傀儡を通してヤバいものを見つけたんだ。

 

「え、何これ.......」

 

「どしたよヒデ」

 

「ミツ、ちょっとみんなを呼んできて。これ、本気でヤバいよ」

 

——アレは帰還を翌日に控えた朝だった。朝早くにミツの馬鹿でかい声に叩き起こされて、拠点にしてる部屋の一室に全員が集められた。

 

「ねぇ、みんな。僕達の任務、覚えてる?」

 

「勿論だ。天皇陛下を暗殺しようとした韓国を滅ぼし、ついでに隣の北朝鮮も滅ぼす、だろ?」

 

「それなんだけど、どうやら天皇暗殺を目論んだのは韓国じゃないんだ。実行は韓国だけど、大元の計画を練ったのは中国だ!」

 

——あの時は、最初「コイツ頭やられたか?」って思ったな。いきなり脈略もなく言われたからな。だが奴は傀儡を通して、極秘文書を見つけたらしい。その極秘文書には、例の暗殺作戦の概要やら何やらがビッシリ書かれていたんだ。流石に拠点に持って来てもらう訳にもいかないので、航空便で日本に届けて貰う事にした。

 

「なぁ、どうするリーダー?」

 

「どうするって?」

 

「俺達の任務は天皇暗殺未遂を企てた韓国を滅ぼす事だ。だがその首謀国は、韓国ではなく中国だった。目標を変えるか?」

 

「.......いや、一度帰還する。虎杖の判断を仰ごう」

 

——流石にこんな大事になっては、俺達の独断でどうこう出来る問題じゃない。ここは大人の判断に任せるべきと、あの時判断した。もしあそこで攻め込んでいれば、未来は変わったかもしれないがな。

 

 

 

 

「—————とまぁ、これが俺の過去話だ」

 

「なんというか.......」

 

「すごく壮絶よね.......」

 

もう凄すぎて、2人とも理解が追いついてない。だがそれでも目の前の男が正真正銘の化け物である事と、明らかに常人では耐えられない状況を生き抜いて来たという事は分かった。

 

「帰還後、俺達を待っていたのは凱旋ではなく懲罰だった。虎杖の奴は「やりすぎだ」と、俺達に懲罰と称して暴力を振るおうとしてきた。だが戦場で鍛えてスキルアップし、更に奴には日頃の恨みもあったのでボコボコにして返り討ちにしてやった。

だがこの一件も含めて、俺達の運命は最悪へと突き進んで行ったんだ。さぁ、続きを話そうか。10年前の、あの忌々しい作戦について」

 

夜はまだ続く。韓国での一件はあくまで、歴史の序章なのだ。今から話される作戦こそ、鴉天狗の親友達と東川蔵茂が死に、長嶺雷蔵が始まった話なのだから。

 

 



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第六十四話長嶺雷蔵

約一年続いた、この『やはり最強提督の青春ラブコメはまちがいまくっている。』も本日最終回です。次回からは新章が始まります!!


10年前 あの写真の場所

「にしてもまぁ、まさか俺達が出るハメになるなんてな」

 

「僕は公安とかその辺が行くかと思ってたよ」

 

「俺は特戦群」

 

「俺も公安だな」

 

——あの時の景色は今でもよく覚えてる。夕陽が綺麗な場所で、あそこで4人、今回の任務に対する愚痴を言い合った。無論、この任務が八咫烏としての最後の任務になるなんて思いもよらなかったさ。

 

「さーてみんな!アレを渡すよ」

 

そう言いながらヒデが、大きなケースを持ってきた。まるでロケットランチャーでも入ってそうな細長い形状のケースだったり、なんか明らかに3m近くあるケースだったり、様々なタイプがある。

 

「まずはミツ。ミツには十文字槍ね。名前は『桜吹雪』。刃長30cm、柄の長さは150cmあるよ」

 

「おぉ!!!良いじゃねぇか!!!!!!イメージ通り、いい槍だ!!!」

 

次にヒデがケースから出したのは、明らかに人の身長よりも長い超大型の日本刀だった。それをノブに渡す。

 

「ノブのは大太刀。名前は『月華』。刃渡り348cm、重量87kgのスーパーヘビー級だけど…」

 

「あぁ。俺なら問題なく、頑張れば片手でも振り回せる。ありがとう」

 

「次はリーダー。リーダーのは日本刀。こっちの蒼白いのが『幻月』で、こっちのが『閻魔』ね」

 

——初めて愛刀を手にした、あの時の感覚は今でも鮮明に覚えてる。手に取った瞬間に、まるで自分と刀の神経とか感覚とか血管とか、そういうのが繋がった気がするんだ。文字通り、刀と自分が一体化したような感覚、と言えばイメージしやすいと思う。

 

「で、最後は僕。僕のはこの『土蜘蛛』。棍棒だけど、スイッチで棘を出したり刃を出したり出来て、極め付けは大砲にもなるんだ」

 

「マジでヒデの能力は汎用性が高いのな」

 

「確か戦車なんかの兵器も操れるんだよな?敵に回したら1番厄介だな」

 

——俺の愛刀も、仲間達の持つ十文字槍、大太刀、棍棒も全てヒデが能力を使って作った物だ。いや、正確には作らせたという方が正しいか。ヒデの能力はさっきも言った通り、死者もしくは化け物を操り、死者を化け物に変えたりする能力だ。化け物の中には、そういうのが得意な職人系の化け物が居たらしい。ソイツらに頼んで作ってもらったのが、俺達の使う武器だ。

俺たちが使う武器ってのは、自身に宿る鬼達を元にしている。お前達も見た筈だ。オロチとの戦闘の時、それから俺が佐世保に襲撃を仕掛けた時に、刀を持った炎の鬼を見ただろ?アレだ。俺が纏うアーマーも、言うなれば鬼の身を纏ってる事になるらしい。この辺も詳しい所は分からないし、理解するつもりはないがな。

 

「武器も持ったし、そろそろ行くか」

 

「そうだな!」

 

「行こう!」

 

「行っちゃいましょうかねぇ!」

 

4人はそれぞれの黒い札を取り出す。長嶺は赤黒、ミツは白金、ノブは緑銀、ヒデは至極で文字や紋様が描かれている。

 

「我願うは、大和民族の火焔なり。この身は火焔と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が火焔は止められず。この火焔は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを焼き尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、火焔と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

「我願うは、大和民族の雷光なり。この身は雷光と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が雷光は止められず。この雷光は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを貫き通す。我、眼前敵を排するその時まで、稲妻と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

「我願うは、大和民族の烈風なり。この身は烈風と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が烈風は止められず。この烈風は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを飛ばし尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、猛風と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

「我願うは、大和民族の冥界の軍勢なり。この身は軍勢と一体となり、冥界全てを支配せし王となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が軍勢は止められず。この軍勢は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを破壊の限りを尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、死霊と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

札が空に舞い上がると、それぞれ東西南北から巨大な鬼が現れる。その鬼達は4人の身体に吸い込まれるようにして消えると、4人は空中に浮かび上がり、長嶺は炎、ミツは稲妻、ノブは風、ヒデはドス黒い何かに包まれて、それが晴れるとアーマーを纏った姿となった。

 

「行くぞ野郎共!!あの政権をぶっ潰そう!!!!」

 

——今回の俺達の任務は『国』ではなく『国家』を滅ぼす事だった。つまりあの頃の共産党政権を潰せ、という事だな。流石に世界の韓国と北朝鮮はやり過ぎだったからな。上でも結構揉めて、なんか大変だったらしい。こっちは完全に独立して、命令には従うが気に入らない相手は適当に潰してたからな。あの頃の上層部は、胃が痛くなっただろうよ。

話を戻そう。共産党政権を潰すとなると、流石に4人じゃ埒が開かない。というのも中国共産党ってのは、とにかく組織としてはデカい。何せ末端の党員まで含めりゃ、9200万人。その家族も含めると日本の総人口クラスの人数がいる。これだけの大所帯となると、トップ及びその周りを殺して「はい終わり」とはならねぇ。そこで今回の任務では、反乱軍に一構成員として加わる事になった。それも日本からの非公式とは言え、正式な支援としてな。

 

 

 

数時間後 中華人民共和国 上海

「ここが上海だな」

 

「なぁなぁ!ならさ、先に腹拵えしようぜ!!」

 

——上海に到着して街に到着した瞬間、ミツは速攻でこう言った。ノブは安定で突っ掛かったが、俺とヒデも腹は減ってたからな。適当な店で小籠包とか五目炒飯とか豚の角煮とかを食べた。丁度食べ終わったタイミングで、その店に武装警察が入って来やがった。

 

「全員動くな!!」

 

「な、何だ?何だ?」

 

「来て早々に武装警察かよ.......」

 

盾と警棒で完全武装状態の警官隊が10人ばかし店に押し入った。てっきり片っ端からボコボコにするのかと思いきや、隊長格の男が店主と話をしている。

 

「い、一体何の御用でしょうか?まさかお食事に来たわけではない、ですよね?」

 

「勿論だ。この店に反乱軍の構成員ないし、その協力者がいるという情報が入った。店を改めさせてもらう」

 

「は、はいぃ!」

 

——あの状況は非常に不味かった、なんて言うシーン何だろうが備えはあったんだなこれが。あの頃は丁度、上海やら香港やらがゴタゴタしててな。各地で小規模のデモが散発的に発生してた物だから、入り込みやすかったんだ。入り込んだら込んだで、色々あるだろうが入っちまえばこっちの物。子供という身分を最大限利用するまでって発想で、回避方法は既に策定済みだった。

 

「次は君達だ」

 

「僕達、旅行者」

 

「旅行者?」

 

「旅行者!3人、中国語、話せない。僕、話せる」

 

——本当は3人ともペラペラだが、会話する者を1人だけに絞ることで話の矛盾が生まれにくくなる。リーダーだった俺がこの演技をする事になったが、かなり面倒だったのを覚えてる。

 

「何処から来たんだい?親は?」

 

「日本!親、いない。僕達、パパの仕事場、見に行く」

 

「パパは上海にいるんだね?連絡は取れる?」

 

「取ったらダメ。これ、サプライズ」

 

武装警察の1人は頭を掻くと、隊長格の男に報告した。どうやらどうしようか、話し合ってるらしい。今度は隊長が来て、こちらに話しかけて来た。

 

「僕達、おじさんと話そうか。パスポート、持ってるかい?」

 

「パスポート?これ?」

 

「そうそう!えっと.......特段問題はない、な」

 

「僕達、捕まる?」

 

「大丈夫大丈夫!おじさん達のお仕事は、ここにいるかもしれない悪い人達の仲間を捕まえる事。君達は捕まえないよ。でも、もし悪い人とか変な人を見つけたら、すぐにお巡りさんとか近くの大人に伝えてね。これは返すよ。それじゃ、楽しい旅行をね」

 

——隊長格の男はすぐに店を去って行った。だが、隊長格の男はこちら側(・・・・)の男だったらしい。奴は俺に返したパスポートの中に、メモを仕込んでいたんだ。その通りの場所に行くと、例の隊長が待っていた。

 

「メモを読んで来たって事は、君達は日本の賛同者だね?」

 

「だとしたら?」

 

「いやいや、捕まえはしないよ。歓迎しよう、小さな同志達。私は革命軍第二行動隊、隊長の李王芳だ」

 

「鴉天狗、それが俺達の部隊名だ。俺はリーダーの、そうだな。煉獄とでも呼んでくれ」

 

——とまあ、こんな感じで革命軍と合流したんだ。すぐに本拠地に連れてかれて、そこで劉雨江と張趙雲と会った。劉のじいさんは今の中華民国首相、張のおっちゃんは中華民国軍総司令だ。

 

「君達が日本からの同志じゃな?歓迎しよう。私はこの中華民族解放戦線の司令官、劉雨江じゃ。こっちは行動総隊長、つまりここのナンバー2である…」

 

「張趙雲だ」

 

「早速じゃが、君達には明日の作戦に参加して貰う。この上海にある政府施設、警察署、軍事基地を襲撃。同時にこちら側についている部隊が蜂起し、中国全土で革命の狼煙が上がる寸法じゃ。君達には沿岸部に作られている、海軍の秘密基地を奪取してもらいたい。詳しくは趙雲に聞いとくれ」

 

——この後、張のおっちゃんから簡単に基地の全容を聞いた。どうやら、094型核搭載型原潜の秘密ドックらしい。この基地を奪取し潜水艦を潰す訳だが、普通に俺達だけでやれる規模だった。勿論、神授才に頼らずにな。だがまあ流石に却下されて、おっちゃんと俺達の混成部隊で突っ込む事になった。

 

 

 

翌日深夜 上海秘密地下ドック

「ここが、ドックへの入り口だ」

 

「いやいや。これどう見ても、単なるショッピングモールじゃん」

 

「この地下にあるのか?」

 

「あぁ、そうだ。付いてこい、こっちだ」

 

——中国軍もかなりぶっ飛んでいてな、単なる普通のショッピングモールが秘密基地への入り口だった。驚いたよ。スタッフ専用の出入り口から商品倉庫へと向かい、その一画の壁が入り口だった。その入り口の中に入ると、階段が続いていて、下り切ると潜水艦のドックが眼下に広がっていた。

 

「それじゃ手筈通r」

「あのー、ここは僕達がやっても良いですか?」

 

「え?」

 

「いや、なので、僕達だけで制圧してみても良いですか?その方がそちらも、僕達の力が分かるし」

 

ヒデの提案には一理あるが、それ以上に子供が戦ってる時点で思う所もある。だが無言を肯定と受け取った鴉天狗は、勝手に攻撃をおっ始めたのだった。

 

「行くぞ野郎共!!」

 

「っしゃぁ!!!!」

 

「暴れるとしよう」

 

「さーて、まずは誰から殺そうかな?」

 

——扉を蹴破って、中に有りったけの鉛玉を流し込んだ。この頃から、俺の戦闘スタイルは確立していたからな。今と似たような火力で捩じ伏せる戦法を好んで使ってた。というか、それは他のみんなも同じだったがな。

 

「お、おい!警報を鳴らせ!!」

 

「お、何々?警報鳴らしてくれんの!?」

 

「あぁ!!鳴らしてやるとも!!!!」

 

中国兵が警報器のスイッチを押して、警報が作動した瞬間、ミツは警報を押した奴を撃った。

 

「なら、アンタ用済み」

 

「コイツら子供だぞ!?!?」

 

「子供だからと、侮っては足元を掬われるぞ。こんな風に」

 

「コイツ、ショットガンを持ってる!!近くによるn」

 

ノブはノブでショットガンを両手に、子供故の身軽さを武器にして敵の懐から至近距離の散弾を警備兵共に食らわせていく。お陰でノブの通った道は、肉片が散らばってグロい。

 

「ねぇ、おじさん。死んで?」

 

「が、ガキが調子こいてんじゃねぇぞ!!!!」

 

「そう言うのは三下って、相場が決まってるんだよ?」

 

ヒデは虫も殺さなそうな顔をしながら、至近距離でサブマシンガンの弾丸をばら撒き手数で敵を圧倒していく。では、長嶺はというと…

 

「ヒャッハー!!!!皆殺しだぁ!!!!!!」

 

「こ、コイツが1番やばいぞ!!」、

 

「素早く死ぬ中国兵は雑魚の中国兵だ!!!!ちょっと抵抗するのは、ちょっと勇敢かと思いきややっぱり雑魚な中国兵だ!!!!」

 

軽機関銃を両手に持って、あっちこっち飛び回りながらフルサイズのライフル弾をばら撒き続ける殺戮装置と化していた。いつの間にやら中国兵は大多数が死に絶え、抵抗も散発的になり始めた。

 

「おーいシン!これ、使おうぜ!!」

 

「魚雷とクレーン、成る程!面白そうじゃん!!」

 

「そんじゃ行くぜ?えーっと、ここをこうして。おぉ、動いた動いた」

 

ミツは魚雷積載用のクレーンを動かして、魚雷を潜水艦の上まで運んだ。そこを長嶺がマシンガンで撃ち、クレーンと魚雷の接続を無理矢理分離。魚雷は潜水艦に命中し、大爆発を起こした。

 

「フッ、汚ねぇ花火だぜ」

 

「ミツにしては良い考えだね。ノブ、僕達も」

 

「あぁ。だが、アイツと一緒では芸がない。魚雷を水面に落とし、船首を破壊して沈めよう」

 

「あ、それ面白そう。ならクレーンは僕が動かすから、接続解除は頼むね」

 

「任せろ」

 

ノブとヒデは魚雷を一度水中に落とし、その後起爆させて潜水艦の船首を破壊。浸水させて沈めた。だが、それを見たミツは対抗意識を燃やす。

 

「野郎!!おいシン!!ならこっちは、魚雷を撃つぞ!!!!」

 

「は!?撃つって、どうすんだよ!!」

 

「1番最後尾のヤツの魚雷を、真ん中のにぶち込むんだよ!!!!」

 

「ここまで来たら付き合うよ。どうすりゃいい、キャプテン・ミツ」

 

どうやら『キャプテン・ミツ』がお気に召したのか、更にテンションの上がるミツ。艦長っぽい手振りで、シンに指示を出す。

 

「よーし、シン水兵!!これより、敵潜水艦を撃沈する。潜水艦に乗り込み、魚雷を装填するのだ」

 

「アイアイ・サー。キャプテン」

 

2人は潜水艦に乗り込んだのだが、勿論魚雷発射のやり方なんて知らない。気合いであれこれボタンを押すと、どうやら成功したらしい。船首の方から炭酸が抜けるような「ボシュッ」という音がなると、すぐに爆発が起きた。

 

「キャプテーン、戦果の程は如何ですか?」

 

「うーむ.......。む!敵潜水艦は火山の如し!!よくやったぞ、シン水兵。君を水兵から、鬼軍曹に昇格してやる」

 

「鬼軍曹って階級なのか?」

 

「.......なら軍曹に昇格だ!!」

 

この一部始終を見ていたノブは、今度はミツに対抗心を燃やして別の手段で潜水艦を潰した。こっちは潜水艦を前の炎上中の潜水艦にぶつけて沈めるという、結構な脳筋作戦であった。

 

「てっめぇ!俺の作戦をパクりやがって!!」

 

「パクってなどいない。言い掛かりも大概にしてもらおう」

 

「んだと、やんのかゴラァ!?!?」

 

「やってやろうじゃないか変態ドスケベ野郎!!!!」

 

——こんな敵陣のど真ん中で言い争いを、それもしょうもない内容でやってるなら敵からも突っ込まれるのがお約束というヤツだ。ここでもお約束が適用されて、すぐに兵士達が集まって来た。

 

「動くな!!」

 

「銃を捨てろ!!」

 

「人が話してるのか分からないのか?目玉ついてるのか?」

 

「テメェら、人の話を遮るなって習わなかったのか!?皆殺しだ!!!!」

 

「俺達もー」

「手伝うよー」

 

——まあ、それで兵士達が来ても即刻この世から永久退場させるがな。その後生き残った潜水艦2隻を、ハッチ開けたまま急速潜航させて水没させて、使える情報と物資は根こそぎ頂いて、秘密ドックを完全に制圧したんだ。張のおっちゃん?ずっと異次元の戦闘に見惚れてたぞ。

その後、2週間くらい上海の各地で戦い続けて、更に3週間くらい他の地方でも戦った。その頃になると、中国が北と南で完全に分断されてな。南は民主派、北は従来通りの共産党の支配地域って感じになった。この頃、俺達は中国軍の生物兵器研究施設に行ったんだ。そこで、俺はアイツと出会った。

 

 

 

革命開始より5週間後 中国人民解放軍 秘密研究所

「それで、ここが例の秘密研究所なんですか?」

 

「そうだ。と言っても今は放棄されてるから、問題は無いんだがな」

 

「.......あー、その割には歩哨いるけど?」

 

——俺達、鴉天狗と中華人民解放戦線、もう長いから今後はCNLFでいいや。そのCNLFからは張のおっちゃんと李のおっちゃん、それから元学者のCNLF構成員を数人で秘密研究所に向かった。

放棄されたって話だったんだが、歩哨が居たんだ。普通にな。しかもその内1人は、どういう訳か施設の方から逃げ出してきたのか血相変えて走ってきたんだ。取り敢えず、ソイツをとっ捕まえて情報を聞き出すことになった。

 

「あ、アンタらCNLFか?」

 

「だとしたら?助けを呼ぶか?」

 

「トンデモない!!寧ろ、俺を仲間にして欲しいくらいだ。俺は傭兵で、つい2日前にここに来たんだ。そこで俺は知っちまったんだよ.......。この研究所、単なる研究所なんかじゃねぇ。ここで行われてるのは、身の毛もよだつ極悪非道の研究だ.......」

 

「お、おいみんな。コイツ、何処かで見た事あると思ったら、あのガルム隊の2番機、ピクシーのラリー・フォルクだぞ!!」

 

——あぁ、そうか。オイゲンはそう言われても分からないよな。ラリー・フォルク。EU内乱という、ヨーロッパでの戦争に参加した凄腕の傭兵パイロットだ。右主翼が大破した状態で基地に生還した事と、TAGネームの『ピクシー』から取って『片翼の妖精』って呼ばれてる。今は1番機だったサイファーこと『円卓の鬼神』と共に、呉鎮守府に所属しているぞ。

 

「あぁ!ホントだ!!」

 

「煉獄、よく気付いたな」

 

「元々、飛行機に興味があったから雑誌を見てただけだ」

 

——まさか目の前の捕虜にした歩哨が、あのEU内乱で名を挙げたガルム隊の2番機様だったなんて誰も思っちゃいなかった。だが捕虜として、ここまで有益なことはない。傭兵ってのは、金で自分を売り込む兵士。金を積めば寝返る奴だっているし、主人が余りに非道を重ねたらこんな具合に裏切る。国への忠義なんて元から無い兵士は、情報も簡単に喋ってくれる。さらに言えば『片翼の妖精』だの『ガルム隊2番機』だのと、色々名声もあるから余計に嘘はつかない。

ピクシーからの情報によると、この施設はまだ稼働している事。中には新種の生物兵器が開発されていて、既に実戦投入間近まで迫っている事。その生物兵器はバイオハザードのゾンビウイルスみたく、人に感染させると突然変異を引き起こして様々な能力を発現させる事。このウイルスを劣化させた物もある事。後は警備の配置とか施設の構造とか、その辺も教えてくれた。このウイルスってのが例の髑髏兵で、劣化版がバーサーカーだ。

 

「それじゃ、行くぞ野郎共」

 

「俺達も行こう!」

 

張と李を筆頭とするCNLFに続き、鴉天狗達も研究所の中へと入る。研究所の中自体は警備も少ない上にピクシーがいるので、誰とも会わずにすんなりとサーバールームへと入ることが出来た。

 

「では、データ回収を開始します」

 

「頼む」

 

「趙雲、一応データを見てもいいか?何かあるかもしれない」

 

「いいだろう」

 

——CNLFのメンバーがサーバーからデータを抜き取ってる間、俺達とピクシー、張のおっちゃんは警戒に当たっていた。まあ「多分警備は来ない」とピクシーは言っていたが、念には念を入れて警戒していた。暫くすると李のおっちゃんが、俺達を呼んできた。「ヤベェのが出てきた」ってな。

 

「この記録、どうやらウイルス研究所はここだけじゃないらしい。他にも中国全土に4箇所ある上に、ここが1番小規模だ」

 

「なんて事だ.......」

 

「む?おい李!またメールが来たぞ」

 

ノブがメールに気付き、サーバーに直結しているPCを操作している李に伝える。すぐにメールを開いたのだが、そこには更に最悪の文章が綴られていた。

 

「.............おい趙雲、どうやら他の研究所のウイルスは既にロールアウトしてるっぽいぞ」

 

「なんて事だ.......。ならせめて、ここを破壊するぞ。念の為、爆薬を持ってきて良かった」

 

——今更だが、俺達の任務は研究所の調査が目的だった。と言っても、どんな研究を行なわれていたのかと、何か使える物や利用価値のある物は眠ってないかを調査するって物なんだがな。だがこうなった以上、ここを破壊してしまった方が良い。と思ってたんだが、基地の警報が鳴ってな。俺達は取り敢えず、出口目指して逃げた。

 

「こっちだ!!」

 

「おっちゃん上!!!!」

 

「ッ!?」

 

ミツが叫んだ瞬間、張の真上から灰色のボディスーツを着た男、髑髏兵がマチェットを構えながら振ってきた。どうにか張も背中に背負っている青龍刀を抜いて、間一髪の所でマチェットを防ぐ。

髑髏兵は攻撃が通らない事を悟ると、黒い霧に紛れてこちらの進路を塞ぐ形でワープ。さらに周囲に別の髑髏兵もワープしてきて、完全に進路を塞がれてしまった。

 

「コイツらが、例のウイルスに感染した連中か?」

 

「ワープするとか、どんなチートだ.......」

 

「だがやるしか無いだろ、お前達!!」

 

——初めて髑髏兵とエンカウントした時の戦闘は、とにかく大変だった。今みたいに経験がないから、動きの法則とか予備動作とかも分からなくてな。常に後手後手の攻撃か、どうにか間一髪の防御しかできなかった。その内、CNLFのメンバーが全員喰われて、李のおっちゃんも呆気なくやられた。生き残ったのは俺達と、ピクシー、張のおっちゃんだけになったな。

 

「クソッ!!奴等、何なんだよ!!!!」

 

「ワープするとか、どんな技術なんだ」

 

「リーダー、もうアレを使おうよ」

 

「俺も思ってた。お前達、アレを使うぞ!!!!おっちゃん、ピクシー!!30秒時間を稼いでくれ!!!!」

 

「ウィルコ!!!!」

「どうにか持たせる!!!!」

 

ピクシーと張に戦闘を任せてる間に、鴉天狗の面々は懐から札を取り出して呪文を唱える。そして鬼を呼び出しアーマーを纏い、あの武器を構えた。

 

「なんだそりゃ!?!?」

 

「お前達一体何者なんだ.......」

 

「話は後!!下がって!!!!」

 

驚く張とピクシーを尻目に、鴉天狗達が2人と入れ替わるように前衛に出る。何も知らない髑髏兵達は、無謀にも鴉天狗に戦いを挑むが神授才の前には無力だ。

 

「冥口!!!!」

 

「龍雷!!!!」

 

「鎌鼬!!!!」

 

「焔槌!!!!」

 

四者四様の能力を使い、一撃で全ての髑髏兵を殲滅してみせた。さっきまであんなに手こずり、殆ど全滅という被害を出した髑髏兵相手にである。

 

「お前達、本当に何者なんだ.......」

 

「「「「我ら四人、日出る皇国の盾にして、矛なり。我ら身命を燃やして、この皇国の権化とならん。我ら、ここに誓いて、古より続きし盟約に従いて、その力の全てを継承せん。それこそが我ら鴉天狗の使命なり」」」」

 

かつて鴉天狗に入った時に言わされた、祝詞に近い何か。これこそが鴉天狗の真髄にして、元々の使命。2人にそう語ると、どうやら深く詮索しない方が良い事を分かってくれたのか、それ以上聞こうとはしなかった。

 

「.......お前達、同志達の遺体の回収を手伝ってくれ」

 

「それなら心配すんな。電磁!!」

 

——ミツの能力で死体を手早く回収し、ついでに髑髏兵の死体も回収して俺達は拠点に帰還した。ここからさらに1ヶ月、各戦線で俺達は時にバラバラに、時に一緒に戦闘を続けた。ピクシーもCNLFに入って、一緒に戦闘機に乗ってドッグ・ファイトした事もあったな。

だが早い物で、遂に北京への大規模攻勢を行う事となった。俺達はこれの囮として、天津と唐山の境にある万里と呼ばれる要塞を攻めることになった。この戦闘が、俺達にとっての最後の戦闘となる。

 

 

 

研究所襲撃より1ヶ月後 大要塞『万里』 上空

「あれが万里か。にしても安直だよなぁ、ネーミング」

 

「ふん、シンプル・イズ・ベストという事を知らんのか」

 

「ほぉ。なら、そう言うノブはなんでつけるんだ」

 

「.......劉備曹操孔明関羽張飛呂布」

 

「有名な三国志キャラの名前全部並べただけじゃねぇか!!!!万里よりネーミングセンスねーわ!!!!」

 

「う、うるさい!!!!」

 

どうやらノブのネーミングセンスは、壊滅的に無いらしい。因みにミツの場合は「万里長城」という名前にする、とか言ってた。いずれにしろネーミングセンス皆無である。

 

「はいはい、お前達。仕事の時間ですよー」

 

——手始めに、比較的威力の強い技を放った。それで要塞の砲台とか機関銃陣地とかを破壊して、ついでにヒデの技で警備兵も殲滅してくれた。だがこの要塞、中が1番厄介でな。中に入ったは良いが、迷路みたく路が入り組んでてすぐに迷った。

 

「なぁこれ.......」

 

「完全に迷ったな.......」

 

「どうする?」

 

「.......焦ったい。全部破壊しちまえ!!!!」

 

——流石にこの意見はヤベェと思う。ノブは勿論、俺とヒデも普通なら止める。だけど、この時の俺達には時間が無かった。神授才のタイムリミットが迫ってたんだ。神授才はさっきも言った通り、アーマーを纏うと威力とかは上がるが、時間制限がある。その制限が来たらアーマーを再度使うまで時間が掛かる上に、神授才自体使えなくなる。どの程度の人数がいるか分からない以上、今は出来るだけ敵の頭数を減らしておきたい。それが俺達の本音だった。だから、使った。

 

「大光空斬!!!!」

 

「闇夜乱れ打ち!!!!」

 

「彗星斬撃群!!!!」

 

「千本突き!!!!」

 

——念の為、威力は高いがMP消費の少ない、武器の技を出した。そうそう、俺が使う奥義って言うのも、この神授才を用いた技の劣化版だ。彗星以外にも色々ある。

 

「壁もろいね」

 

「これがチャイナクオリティってか?」

 

「チャイナクオリティというより、こっちの技が強いんじゃないのか?」

 

「俺もノブの意見に賛成だ。にしてもまあ、大穴が空いた上に大半の兵士を消したくさいな」

 

——大方、火薬庫にでも技が命中したんだろう。大爆発を起こしてクレーターが出来上がった。当然、大半というか恐らく守備兵は全滅。消し飛ばした。もうここに用は無いんで、俺達は上に上がった。

上に上がった俺達を出迎えたのは、大きな満月と奴だった。

 

「中々に暴れてくれるじゃ無いか八咫烏。これは報酬上乗せして貰わなくてはな」

 

「誰だテメェ.......」

 

「ふふふ、ははは。我こそ死神、極東の死神だ!!」

 

——極東の死神と名乗った男は、ジェットパックか何かで空に浮いていた。手にはミニガンとロケットランチャーを装備し、背中には日本の刀を持っていた。一目で分かった、コイツはヤバいと。

 

「時間もないしな。始めようぜ?」

 

そう極東の死神が言った瞬間、奴はミニガンを乱射してきた。長嶺がすぐにシールドビットで弾丸を防ぎ、その間に3人が同時に極東の死神に襲い掛かる。

 

「甘いねぇ」

 

「ッ!?」

 

「嘘ぉ!?!?」

 

「マジか!!」

 

だが攻撃が当たる寸前に極東の死神は避けて、危うく3人の攻撃がお互いに当たりそうになった。

 

「まだまだ!!ヒデ、動きを抑えるぞ!!!焔槌!!!!」

 

「大蛇!!!!」

 

——俺達は戦った。とにかく戦った。全員が持てる全ての神授才を用いてな。だが段々とタイムリミットが近づいて来て、アレは確かヒデが『冥軍』を使った時だったか?丁度その時、アーマーの時間制限がきた。タイムアップだ。

 

「このタイミングかよクソッ!!」

 

「頼みのアーマーも時間切れでは、何の役にも立たないのでは無いかね?」

 

「あぁ、そうさ。だがな、俺達はまだ諦めちゃいねーんだわ!!」

 

——神童には神授才とは別にもう1つ、特殊な能力がある。能力って程パッとしちゃいないが、頭脳とフィジカルが他の一般人より格段に上になるんだ。俺が120mmの大砲とか、25mmとかの大口径拳銃を扱えるのも、ハーバード大学行く超天才的な頭脳を持ってるのも、それが理由なんだ。

この能力があるから、他の一般兵よりも善戦できると思ってた。だが現実はそう甘くなくてな、奴には一向に攻撃が当たらない。逆に向こうは的確にこっちの動きを防いでくる。

 

「おいリーダー!どうするよ、このままじゃジリ貧だ!!」

 

「わかってる!!だけど、気合いで戦うしかねぇだろ!!神授才が使えるまで、頑張って耐えるぞ」

 

「やるしかないか!」

 

「早く神授才が使いたいよ!」

 

神授才が使えずとも、近くの武器を手に取って戦い続ける4人。それを見て何を思ったのかは知らないが、極東の死神が徐に話し出した。

 

「君達も憐れだねぇ。まさか、飼い主に裏切られるなんて」

 

「.......極東の死神さんよぉ、ちょっとそれ詳しく話せ」

 

「君達は君達の上に裏切られたのだよ。私がここにいるのだって、君達の上層部からの依頼さ。確か虎杖高弥、とか言ったかな?君達はその辺の人間に疎まれているのさ。

おっと、どうやら時間切れのようだね。今の話は冥土の土産とでも、思ってくれたまえ。ここからは、彼らに任せよう」

 

——奴は俺達にそう言い残すと、忽然と姿を消した。その代わりに、今度は見た事も無い超大型の戦車が出て来た。SF映画とかに出て来そうな、大口径マシンガンなんかも付けた巨大戦車だ。こちらの手持ちは、マシンガンとかの対歩兵装備。対戦車兵器はおろか、グレネード類も持ってない。どう足掻いても、勝てない相手だ。

だから俺は1番に、前に飛び出した。

 

「俺がアイツを引き受ける!!みんな逃げろ!!!!」

 

——アーマー使用後の神授才が使えなくなる間でも、1つだけ例外的に使える技がある。MPを暴走させて、自爆する技だ。それなら戦車であっても吹っ飛ばせるからな。だがそれをしようとした時、ミツが俺にタグを投げ渡して前に飛び出した。

 

「シン!!お前は日本に必要な野郎だ!生きろ!!!!」

 

ミツは戦車に牽制射撃を加えながら飛びつき、能力を解放してMPを暴走させて戦車諸共自爆した。戦車は跡形もなく爆発し、ミツも遺体や遺留品すら残ってなかった。

3人は呆気に取られていたが、長嶺はこちらに接近してくるヘッドライトの群れを見つけて、一足先に現実に戻った。

 

「クソッ!!!!逃げるぞ!!!!!!」

 

——そこからは地獄だ。とにかく逃げた。田畑を越え、山を越え、森を越えた。とっくに神授才が使えるようになる筈なのに、何故か使えなくなっていたしな。俺達は東へ東へと逃げた。途中、大規模な戦闘に巻き込まれて残った俺達も被弾して、俺は確か足と腕、それから肩にも食らった。ノブも両腕と太腿と脇腹をやられて、ヒデは腹に派手に食らって生きてるのが不思議なくらいだった。

どうにか港まで出て来れて、そのまま適当な漁船をパクって日本を目指したんだ。だが海に出て数時間、ヒデの限界が来た。

 

「ごめん、僕は.......ここまでみたい.......。じゃあね、シン、ノブ」

 

——ヒデはタグを外して、止める間も無く海へと身を投げた。しかも態々、適当な工具箱か何かを抱えてな。飛び込もうとも思ったが、俺達も怪我で動けなかった。それから数日が経つと、ノブの太腿の傷が壊死し出したんだ。

 

「おいノブ!!大丈夫か!!!!」

 

「いや.......多分これダメなヤツだ.......。頼む、やってくれ」

 

「分かった.......。行くぞ!!」

 

長嶺は船の奥から持ってきた、魚解体用のナタを壊死してる部分と生き残って部分の境界辺りに刃を押し当てる。そしてそれを、引いていった。

 

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!いでぇ、いでぇよぉぉぉ!!!!!!」

 

——普段冷静でクールなノブが、痛い痛いって言いながら泣き叫ぶんだ。俺もナタを引きながら泣いた。泣きながら、ナタを引き続けた。切り落とした脚を海に投げ捨てて、傷口はすぐに布とロープで止血した。だがな、その翌日、俺達の乗る漁船はサメに襲われた。

武器はもう、ノブの脚を切り落としたナタ位しか無くてな。銃はそれまでの戦闘で弾切れになったり、弾詰まり起こしたりで捨ててんだ。俺達は危うくサメに食われそうになったんだが、今度はノブがタグを置いてサメのいる方に身を投げた。

 

「お前は生きろ!生きて、日本を守ってくれ!!」

 

——そう言って自爆したんだ。俺はそれからずっと泣いた。3人が遺したタグを見ては、懺悔するかのように泣いた。だがいつしか、哀しみは怒りに変わっていった。

 

(そうか.......。悪いのは、弱い俺じゃねぇか。もし俺がもっと強ければ、もっと知識があれば、もっと勇気があれば、みんな救えたかもしれない。そうか、そうだったんだ。ならもう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東川蔵茂なんて殺してしまおう

 

 

 

 

「—————そこからの事は、俺もよく覚えていない。気付くと俺は日本の病院にいた。親父の話によれば、俺は偶々、訓練中だった海上自衛隊のUS2に拾われて日本に帰還。生きてるのが不思議な位の状態で、実際ほぼ死にかけだったらしい。もう普通の方法じゃ生き返らないらしくて、僅かな希望に掛けるべく第603号計画の被験者に登録。実験は成功し、俺は艦娘の力を手に入れたんだ」

 

全ての話を終えた時、グリムとオイゲンはただ黙っていた。いや、オイゲンは声を押し殺して泣いている。

 

「それが総隊長殿の過去なのですね.......」

 

「あぁ、そうだ。復活後は取り敢えず、裏切り者全員を血祭りに挙げてビジネスを始めて、提督になったり霞桜を作ったりして今に至る。

さーて、それじゃグリム。後は頼むぞ」

 

「頼むって、どういう事ですか.......?」

 

「俺は暫く、ここから離れる。恐らく今回の一件、真に狙われているのは艦娘やKAN-SENではなく俺だ。俺はこのまま世界中を旅しながら情報を集める」

 

長嶺がそう言った瞬間、グリムは勢いよく立ち上がり長嶺の胸ぐらを掴んで壁に叩きつけた。

 

「またそうやって1人で戦うんですかッ!!!!貴方に取って私達は!!霞桜!!艦娘!!KAN-SENは!!邪魔者なんですか!?!?共に戦う価値もないんですかッ!!!!何故、共に戦えと仰ってくれないのですかッ!!!!!!!!」

 

「.......俺が今日、こうして話したのは決別の為だ。別に死にに行くわけじゃない。別ルートを進むってだけで、目指す目的地は同じだ。だから離せ」

 

「嫌ですッ!!!!!」

 

即答するグリム。それを聞いた長嶺は「そうか」と短く返すと、無理矢理腕を解いて部屋を出ようとした。だがそれを、八咫烏と犬神が止める。

 

「どうした、行くぞ」

 

「嫌だ!!ねぇ主様、考え直そうよ!!」

 

「我が主、我々はこれまで命令に逆らった事はない筈だ。だが今回のこの命令ばかりは、承服しかねるぞ」

 

「いいから!」

 

「怖いのだろう?また家族が、目の前で殺されるのが」

 

八咫烏の言葉に、長嶺は黙った。

 

「主は佐世保鎮守府の一件で艦娘とKAN-SENが攫われて、あの時の事がフラッシュバックした。また殺されるかもしれない。また守れないかもしれない。そう考えてしまっているのだろ?また殺されてしまう所や、死んでいく様を見たくないのだろう?だから、情報収集を口実に逃げようとしている。

我が主よ、主の家族は強い。主が思う以上にな。だから、家族達を信じてやろうではないか。主は家族にとっての大黒柱であり灯台。主が消えれば忽ち、家族は崩壊し散り散りとなる。一方の主も、家族が必要な筈。故に、ここに残るべきだ」

 

「そうだよ主様。主様が思ってる以上に、主様の家族は主様を必要としているんだよ。これまで何度も、家族のピンチを救ってきたのは誰?主様でしょ?それが無ければ、少なからず数が減っている筈だよ。だから、残ろう?」

 

八咫烏と犬神がそう説得すると、長嶺は少し考えてから溜め息を吐いた。こうなった以上、逃げるのは骨だ。ここに残った方がリスクあるが、家族がいるのは心強い。

 

「.......ねぇ、指揮官。外を見て」

 

「は?外?」

 

オイゲンにそう言われたので、カーテンを開けて外を見る。そこに居たのは艦娘とKAN-SEN、そして霞桜の隊員達が居たのだ。

 

「実はさっきまでの話、これで全部放送してたのよ」

 

そう言ってオイゲンは、犬神の顎の下に仕込んであった小型マイクを外して長嶺に見せる。つまり、長嶺の過去話は全部聞かれていたらしい。

 

「それに、これ見て」

 

「こちらのも、どうぞ見てください」

 

2人が見せたスマホの画面には、爆速でメッセージが投稿されている。その全てが簡潔にいうと「この鎮守府にいて欲しい」という物だった。これが、ここにいる自慢の家族達の総意なのだ。

 

「.......どうやら、ここを出て行くには全員をボコボコにするか殺すかしないといけないようだな。やめやめ。おう、オイゲン。それ貸せ」

 

「えぇ、どうぞ」

 

「おう、聞こえてるな。我が親愛なる仲間達。これが、これこそが俺の過去であり、俺を俺たらしめる物だ。幻滅した者、嫌悪感を抱いた者、色々いるだろう。去りたければ去っていい。止めはしない。生活も保障しよう。

だがもし、俺の過去を知っても尚、俺について来るというのなら、今までと同じように付いてこい。俺がお前達の先頭で道を照らし続け、お前達が集う灯台になってやる」

 

次の瞬間、外から様々な声が響いた。何を言ってるのかは、正直声が重なりすぎて分からない。だが聞いている感じ、どうやら長嶺に付いていくと決めたらしい。

 

「総隊長殿、これが答えなのでは?」

 

「指揮官。私達、これ位であんたを見限る程、諦めの良い連中じゃないわよ?少なくとも、私は指揮官が行き着く先までついて行くから」

 

2人の家族からそう言われた時、長嶺は目頭が熱くなるのを感じた。咄嗟に顔を上げて、空を見る。いつの間にか月は沈み、朝日が東の空を染め始めている。

 

(.......お前達、どうやら俺はまだそっちには行けそうにないらしいよ。でも、俺は、最高の家族が出来た。コイツらと生きてみるわ。だからまあ、死ぬその時まで、少し待ってくれ)

 

「さーて、野郎共!!仕事はまだまだ山積みだ。鎮守府を再建しねーと、深海棲艦やその他大勢の敵を出迎えてやれないからな。今日も江ノ島鎮守府、お仕事開始だ!!!!」

 

長嶺は漸く、真の意味での家族を得た。それも1,000人以上の大所帯。ある意味、ここが彼らの物語のスタートラインなのかもしれない。

 

 



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第五章誇り高き叛逆者達編
第六十五話オクタニトロキュバン


長嶺の過去公表の翌日 江ノ島鎮守府 執務室

「.......なんで?」

 

あの長嶺の壮絶なる過去を語ってから長嶺は、仮眠を取るためにベッドに飛び込んで眠った。仮眠のつもりがガッツリ寝てしまい、目が覚めたのは昼前。なのだが、妙に体が重い。一瞬、久しぶりのトラウマ追体験で体調でも崩したかと思ったが、明らかに物理的に重い。何かが身体に覆いかぶさっている時の重さだ。

どうにか意識を覚醒させて布団を捲ると、何故かKAN-SENの赤城、大鳳、隼鷹、愛宕、鈴谷、ローンというヤベンジャーズが居たのだ。それもガッチリ腕とか足とかに身体を乗せて眠っているので、全然身動きが取れない。

流石にこの状況では、身体の柔らかさとかそういうのを楽しむ余裕なんてない。

 

「あー、クソ。全然動かん」

 

無理矢理引っ剥がすのは全然簡単である。だがそれをやると、流石に怪我する可能性が高いので論外。助けを呼びたいが、携帯も取れない以上、打つ手無しである。

 

「.......しゃーない。誰か来るまで二度寝するか」

 

と思っていたら、ベルファストが部屋に入ってきた。タイミングバッチリである。

 

「お目覚めのようですね、ご主人様」

 

「あー、その声ベルファストか?悪い、大鳳が邪魔で全く見えん」

 

「はい、ベルファストで御座います。それにしても、どうやらしっかり固められておられるようですね」

 

「早いとこ引っ張り出してくれないか?流石に力付くじゃ、コイツらが怪我する」

 

「承りました。それでは、失礼致します」

 

そう言ってベルファストは長嶺を引っ張り出す……のではなく、何故かベッドの上に登り膝枕してきた。

 

「あー、ベルファストさん?なーんで膝枕をしてるんでしょうか?」

 

「ご主人様を甘やかす為に御座います」

 

「俺そんな事オーダーしてないんだが?」

 

「ご主人様がお休みの間、私共で決まった事があります。私共は今後、全力でご主人様に好意を伝える事に致しました。昨日、いえ、本日の深夜、ご主人様が語られた過去を受け、私共も変わる事にしたのです」

 

流石の長嶺も、何言ってるか全く分からなかった。つまり、今後は艦娘とKAN-SENからアタックされまくるという事だろう。四六時中そうされては、こちらも色々キツイ。というか母数が多い上に、こちらは1人。全員を捌く事が出来ないだろう。

 

「あのさ、取り敢えず俺を早急に救出してくれるとありがたいんだけど.......」

 

「拒否致します」

 

多分、ベルファストはこの状況を楽しんでいる。なんか顔が母親みたいになっているし、長嶺の頭を撫で始めている。こうなったら、色々試してみる他ない。

 

「そうか。なら、このままベルファストのおっぱいでも眺めているとしよう」

 

作戦1。奇襲セクハラ発言。いきなりセクハラ発言をされれば、もしかすると恥ずかしさとか諸々で正気に戻るかもしれない。

 

「ご主人様が望まれるのでしたら/////」

 

(あっれー????アンタそういうキャラでしたっけ?どっちかって言うと、そのキャラはシリアスじゃね?だってアイツ、初対面で「夜伽をご所望ですか?」とか言う爆弾ぶっ込んで来たからなぁ)

 

どうやらベルファスト的には満更ではないらしい。顔を赤らめつつも、妖艶な笑みでコチラを誘惑してきている。別にここでおっ始めても構わないのだが、流石にヤベンジャーズいる目の前でやったら鎮守府が全壊する。もしくは性的に喰われる。となるとやはり、回避する他ない。

 

「あーもー、これ使いたくなかったんだけど。飛焔」

 

疲れるので使いたくはないのだが、もうこうなったら神授才を使う。この技は空を飛ぶ技で、アイアンマンのように四肢に推力を集めて飛ぶ。これを使えば無理矢理、ヤベンジャーズを引っ剥がして脱出できるのだ。それも安全に、怪我をさせる事なく。

 

「ご、ご主人様!?!?」

 

「神授才ってのは、基本何でもアリなんだわ!」

 

身体を浮かび上がらせ、上体を起こし、重力の力でヤベンジャーズを落とす。下はベッドなので、怪我をする恐れはない。ヤベンジャーズもいきなり体が浮いて落ちたので、目を覚まして周りをキョロキョロ見ている。

 

「ほーら、テメェら!仕事に戻れ戻れ」

 

手をパンパンと叩いて、全員を外へと追い出す。だがベルファストだけは、今日の当番らしいので部屋に残した。

 

「それではご主人様、本日のご予定を」

 

「完璧に寝ちまったからな。執務で急ぎのは無いから、先に霞桜の仕事を片付ける。その後はまだダウンしてる艦娘&KAN-SENの回診だ」

 

「承りました。お食事は如何なされますか?」

 

「飯は昼に朝も兼用で食べる。俺はシャワー浴びてくるよ」

 

長嶺は堂々とその場で、上半身裸となった。引き締まった筋肉質の美しい、ローマの彫刻のような完璧な身体が露わとなる。本来ならセクハラなんだと言われるかもしれないが、膝枕されたお返しである。

 

「ご、ご主人様/////」

 

「あ、服は後で自分で片すから」

 

そう言い残して、長嶺は風呂場へと姿を消した。完全に長嶺の姿が消えたのを確認すると、ベルファストは即座に服を掠め取るかのように素早く手に取り、自身の顔を埋めた。

 

「すぅぅぅぅぅぅぅぅ.......はぁ」

 

そして、匂いを嗅いだ。安心できる香りで、いつまでも嗅いでいたくなる様な麻薬じみた魅力がある。だが、今自分がしている事はメイド以前に人として不味い事である。少なくともこんな姿を誰かに見られれでもしたら、社会的地位は消え去るだろう。だがやめられない。何ならこれで、軽ーく達している。下着も怪しい。

 

「あんな姿を見せられては、我慢できません..........」

 

ベルファストとて、メイド長という肩書きがあり、普段は真面目とは言えど、やはりそこは乙女なのだ。なんか行動が変態感あるが、そこは気にしてはいけない。

 

「あー、目が覚めたわ」

 

「ごしゅ、人様////。あの、その、お召し物は///////?」

 

「俺とした事が、用意せずに入っちまってな。タンスはこっちにあるんだ」

 

何と長嶺、まさかのタオルを腰に巻いた姿で出てきたのだ。これは本当に服の準備を忘れてしまった事故なのだが、ベルファストのHPはギャンギャン削られている。上半身を見せられて、服の匂いを嗅いで、今の少し濡れた姿を見せられては発情待った無しである。しかしなけなしの理性とロイヤルのメイド長としてのプライドで、どうにか無理矢理自分を抑え込んでいた。

 

「ほい、着替え完了と。まあ今日は多分、ベルファストがついてくる場面は少ないから、適当に頼む」

 

「承知いたしました」

 

いつものファスナー式の作業着に着替え、まずは執務室へと向かう。途中で何人かのKAN-SENから抱きつかれたり、艦娘、というか金剛からバーニングラブを食らって、それを一旦受け止めたりと、いつもより賑やかな道中を経て、会議室へと入った。中には既にグリムが居て、タブレットを弄っている。

 

「すまんなグリム。遅れた」

 

「いえ。お恥ずかしい話ですが、その私も、実は寝坊しまして.......」

 

「なんだ、グリムもか!なら俺達、仲間だ仲間」

 

そう言いながら2人で笑い合う。だがすぐに2人とも、いつもの仕事モードの真剣な顔に戻り、今回の一件の総まとめ及び考察をする事となった。

 

「まずは約1年、何があったか振り返ろう。事の始まりは約1年半前、内調が傍受した無線だったな」

 

「えぇ。あの中国語の無線、最初は何が何だか分かりませんでしたね。今でも覚えてますよ。いきなり総隊長殿が「高校に入学しまーす!」と、声高に宣言した時の衝撃は」

 

「俺もクソ親父にそう言われた時は、マジで返品してやりたかったよ。翌年の4月からオイゲンと学校に入ったが、まあ何も分からなくて、ヒントも何も無かった。結局、収穫らしい収穫といえば新たな仲間候補を大量に発見できた事位だったしな。それどころか葉山とか奉仕部とか平塚とかで面倒事は起きるし.......」

 

「なんか、毎回目が死んでましたもんね」

 

グリム含め、霞桜の面々で長嶺と多く話す機会があれば総武高校での色々は知っている。そして皆一様に、長嶺に同情してくれていたのだ。特に第五大隊の隊員なんかは、酒を差し入れてくれたり、ヤケ酒の宴会を開いてくれていたりしてくれた。

 

「結局、事態が大きく動いたのは山本提督襲撃だったな」

 

「そうでしたね。暗殺者ドッペルゲンガーの存在、総武高校の生徒である相模南との入れ替わり、ドッペルゲンガー謎の死、総武高校襲撃と鎮守府襲撃、河本の裏切り、そして総隊長殿、いえ。煉獄の主人による粛清。

山本提督の暗殺未遂から、ここまで怒涛でしたね。ところで山本提督のご容態は?」

 

「回復に向かっているそうだ。時期に目を覚ます、っと。クソ親父からだ」

 

東川からのLINEを確認すると、山本が無事に目を覚ましたと一報が送られていた。

 

「目、覚ましたとよ」

 

「良かったです」

 

「今度、謝罪とお見舞いに行ってくるかな。

さて。じゃあ話を戻して、最終的な報告を頼む」

 

グリムから今回の被害の纏めと、グリムが考えた事を言って貰う。考えは長嶺も概ね同じだったので、問題はないだろう。だが例のCIA工作員やハーリングなんかの情報も今後入ってくるので、恐らく考察は変わってくるだろうが。

 

「早いとこ入渠施設とかを復帰させんとな」

 

「急ピッチで入渠施設と出撃ドックは再建させてますが、確実に2、3週間は掛かりますよ」

 

「それまでは、近隣鎮守府に頼むか。アイツら的には休みが増えてラッキーだろうがな」

 

軽く適当に雑談していると、食事の時間となった。本来なら食堂に行きたいところだが、こちらも見事に全壊しているので外のテントに仮設されている食堂に向かう。

 

「あ、提督!」

 

「おう間宮。適当に手早く食えるのを見繕ってくれ」

 

「はい!」

 

間宮に頼んで出てきたのは鮭、かしわ、豚の角煮のおにぎり、カップヌードルBIGであった。これなら手早く食べられる。

 

「あの提督。食堂は、いつ頃再建できますか?」

 

「結構色々やられてるからなぁ。まだ何とも言えん。取り敢えず今はドックと入渠施設を最優先で再建させてるから、その後に作るだろうな。宿舎は霞桜の拠点があるが、やはり食堂は早めに再建してやりたい。いつまでも野晒しで青空レストランやる訳にもいかんし、何より飯の良し悪しは士気に直結する。なるべく早く再建させると約束しよう」

 

手早くカップヌードルを作り、ササッと胃に流し込む。この後はハーリングとのテレビ会談である。

 

 

「おーい、これ繋がってる?」

 

『ん?あれ、全く映らないぞ。おーい、あ、映った映った。やあ、雷蔵くん。この間の女王と遊びに行った時以来だね』

 

「そうだな。さーて、ハーリングのおっちゃん。なんで俺がいきなり会談を申し込んだか、それは分かるかい?」

 

『.......あぁ。今から話す事は、私が君を信頼しているから話す。それを念頭に置いて、聞いて欲しい』

 

「心配すんな、俺だってアンタを脅すつもりはねーよ。まあ、利用はするがな」

 

ハーリングの口から語られたのは、この世界の闇とでも言うべき事であった。まずハーリングは別にドッペルゲンガーとか、URとか、シリウス戦闘団とかの、霞桜が抱える事情云々に関しては知らなかったらしい。ハーリングが総武高校にCIAのエージェントを発見したのは、相模を確保する事にあった。現在CIAはハーリング派閥と、CIA長官ウォットシャー・ブラスデンの派閥に別れて内部抗争をしている。抗争の末、ハーリング派閥はブラスデン派閥がアメリカを裏切っている疑いがある事に気付き、そこからの調査で相模が何かしらの情報を持っている事が分かった。それを知るために、相模を拘束する事にしたのである。

だが蓋を開けてみればテロリストによって相模は死に、派遣したエージェントはバックアップ班と突入班の1人を残して全滅し、かと思えば河本が反乱軍率いて突っ込んでくるしで、てんやわんやの事態になったのだ。

 

「おっちゃん、これは俺の勝手な想像だが、もしかしたら俺、その裏切りのヒントを持っているかもしれねぇ」

 

『何ッ!?』

 

「今、俺達はシリウス戦闘団と呼ばれる連中を追っている。例の河本の反乱の背後には、この組織がいることが分かった。だがこの組織、俺が提督になった直後に活動が確認されてから今に至るまで実態が全く掴めてない。漸く河本の一件で少し情報が集まって、組織の全体像の影が見え始めたような段階だ。

ここまでの隠蔽というか、秘密行動が出来る組織なんて少ない。確実に国家が関わっている。しかも大国だ。となると考えられるのは中華民国、ロシア、イギリス、そしてアメリカ。この内、イギリスは基本的に友好的だし中華民国は俺と敵対する事の恐ろしさを知っているから有り得ない。残るロシアとアメリカだと、ロシアは国内ガタガタでそれどころじゃない。とするとアメリカなんだが、おっちゃんがいるから無いだろうと考えていたが、CIAが一人歩きしてるとなると話は別だ。実際CIAと俺達は、何度も鉄火を交えてる。有り得なくはない」

 

『ブラスデンの背後にシリウス戦闘団がいるのか?』

 

「いや。恐らくシリウス戦闘団の上位組織、それが背後にいる。どうやらシリウス戦闘団自体が『戦闘団』とあるように、戦闘を重きに置いている。そういう類のは恐らく別部署、ないし上位組織だろうよ」

 

ハーリングは考える素振りを少し見せると、すぐに長嶺へと向き直った。

 

『長嶺雷蔵くん。私、アメリカ合衆国第五十代大統領ビンセント・ハーリングは、その名において長嶺雷蔵くんとの同盟を結びたい』

 

「同盟ときたか。それは俺とアメリカが同盟関係になる、って事で間違いないな?」

 

『あぁ。これは私の勝手な独断だし何より非公式なものだが、どうやら君と私の目指す場所は同じらしい。共に手を組もう』

 

「いいぜ、そういうのは好きだ。大好きだ!」

 

なんとコイツ、アメリカと単独で同盟関係を築きやがったのである。アメリカ以前に、どこかの国と同盟関係になる個人なんて聞いた事ない。しかも相手は世界の警察アメリカ。有り得ないが、コイツなら有り得てしまうのだ。

 

『ありがとう雷蔵くん。では、そろそろ会議があるので失礼するよ』

 

「オーライ。またいつか、遊びに来るといい」

 

『いつか行かせて貰うよ』

 

そう言うと、ハーリングは通信を切った。長嶺は軽く伸びをして会議室の外に出ると、艦娘の吹雪が血相を変えてこちらに走ってきた。

 

「て、提督!!」

 

「うおぉ!ど、どうした吹雪?」

 

「大変ですッ!!哨戒に出ていた第六駆逐隊が、港湾棲姫と戦艦棲姫を捕縛したと連絡が!!」

 

「吹雪、それは確かなのか?『遭遇』や『発見』ではなく『捕縛』、つまり捕まえたって認識で相違ないか?」

 

「私も信じられないんですけど、大淀さんも一度、暁ちゃんに確認してます。でも返答は『捕縛』だったそうで」

 

港湾棲姫と戦艦棲姫と言えば、深海棲艦のボス級。霞桜が保有する対深海徹甲弾を持ってしても、大多数で装甲を削りまくる相手のキャパオーバーを狙う攻撃か、長嶺の様に正確な急所攻撃するかでない倒せない存在である。

更にどちらも艦娘と相対した場合でも、そのスペックは最上位クラスの存在。少なくとも駆逐艦4隻からなる第六駆逐隊では荷が重すぎる。というかまず、相手が本気なら1分持たずに轟沈である。この2つを倒すには戦艦や空母の様な、こちらの主力級をぶつけなくてはならない。

 

「とにかく状況が分からない。だが事態は一刻を争うかもしれん。現時刻をもって、江ノ島鎮守府全域にコードレッドを発令する。吹雪、お前は多くのみんなにこの事を伝えてくれ」

 

「はい!」

 

吹雪は人が多くいる広場に向かって走り出す。それを見送ってから長嶺は無線でグリムを呼び出し、事の次第を伝達。すぐに黒鮫を出せるように指示を出す。

 

「大淀!全域放送を準備しろ!!」

 

「準備できてます!」

 

やはり流石、艦娘の大淀である。既に長嶺が次に打つ手を予測し、その準備を整えていてくれたのだ。

長嶺はマイクを受け取り、マイクのスイッチを入れる。

 

『総員に継ぐ。現在近海の哨戒に出ていた第六駆逐隊より、戦艦棲姫と港湾棲姫を捕縛したとの報告が入った。これを受け鎮守府全域に、コードレッドを発令する。

霞桜は黒鮫の出撃準備を整え、各大隊長直下の精鋭は出撃準備。艦娘の大和、長門、陸奥、赤城、加賀、雲竜、天城、翔鶴、瑞鶴、矢矧、大井、北上、秋月、涼月、島風、吹雪、浜風、磯風、浦風。KAN-SENの武蔵、ニュージャージー、ヴァンガード、ロドニー、ネルソン、ビスマルク、グローセ、ヴェネト、ジャンバール、リシュリュー、ロシア、赤城、加賀、翔鶴、瑞鶴、信濃、大鳳、エンタープライズ、イラストリアス、インプラカブル、グラーフ、吾妻、オイゲン、ハインリヒ、エーギル、ローンは出撃準備の上、飛行場にて待機せよ。他の艦娘、KAN-SEN、霞桜は全艦出撃し、近海の防備を固めろ。敵が攻めてくる可能性がある。但し本部大隊は受け入れ準備のため、これを外す。以降、残留組の指揮権はグリムに移譲する。総員、何が起きてもおかしくない。気を引き締めろ!!』

 

艦娘とKAN-SENの編成を見て貰えば分かると思うが、超ガチガチ編成である。戦艦と空母はいずれも高い練度を誇る艦か、或いはエース級の実戦経験豊富な者が選ばれている。オイゲンとハインリヒはスキルによる支援が可能なので、完璧な布陣と言えるだろう。

 

 

「総隊長。派遣部隊総員、出撃準備完了しました」

 

「よし。俺達の任務は帰還中の第六駆逐隊に合流し、深海棲艦を確保することにある。駆逐艦に捕縛されてる時点で、恐らく奴らは何か狙いがある。最悪、お前達には死んで貰うかもしれない。

だが!この鎮守府でも指折りの練度と、実戦経験を積んだお前達なら必ずや帰還できるはずだ。では出撃!!」

 

全員が黒鮫に乗り込み、最後に長嶺が乗り込む。本来ハッチは閉めるが、今回は即応性を考えて解放したまま飛行する。

 

『全員、シートベルトを締めろ!!』

 

「大丈夫。機長、このまま行って!」

 

『うっしゃぁ!飛ばしますよ!!!!!』

 

マーリンの返事を合図に機長はエンジン角度を水平飛行に変更し、同時にスクラムジェットエンジンに切り替えて最大推力を叩き出す。中に乗っている者も強烈な加速Gで、身体がシートに抑えつけれる感覚がする。だがそんな中であっても、長嶺はただ踏ん張るだけでそれを耐える。

 

「このまま第六駆逐隊の元へ迎え!!」

 

『了解!!到達まで凡そ2分!!!!』

 

このまま順調に行くかと思っていたが、そうは行かないらしい。機体のレーダーが、接近する深海棲艦艦載機を捉えたのだ。

 

『総隊長、どうします?』

 

「このままローリングヘリボーンで俺達を降ろした後、この機体は上空援護に当たれ。接近する敵あらば、全部ぶっ潰せ」

 

『そういう命令、だーい好きですよ総隊長。ならこのまま高度下げます!』

 

機体を海面スレスレにまで下げると、ランプが赤から青に切り替わる。これが意味する所はつまり『降下準備完了』である。

 

「お前達、行くぞ!!」

 

長嶺を先頭に全員が海面に飛び降り着水し、すぐに集結する。全員を降ろし終えると黒鮫は高度を上げて、集結した隊員達の上空でホバリング。機体に装備された機関砲を向けて、敵の警戒に移る。

 

「我が主!4時の方向、敵機だ!!例の第六駆逐隊の娘共が追われている!!!!」

 

「聞いたな野郎共!!空母、戦闘機を出せ!!!!水雷戦隊は空母を守れ!!他は俺についてこい!!!」

 

空母艦娘とKAN-SENが、自身の艦載機を出撃させて敵編隊に向かわせる。烈風改二戊型(一航戦/熟練)、震電改、シーファングT3、FR-1 Fireball、Me-155A艦上戦闘機。どれも高性能な機体である。

対する深海棲艦の艦載機は『深海猫艦戦』と呼称されている機体で、機動性と速度が旧型の黒い艦載機よりも高く、武装の威力こそ変わらないが発射レートが上がった物が装備されている。だがそうであっても、常日頃から長嶺相手に演習してる江ノ島艦隊の艦載機が負ける訳ない。

 

『制空権、確保ですわ』

 

「そのまま護衛にあたらせろ。こっちは間も無く第六駆逐隊と合流する」

 

KAN-SENの赤城から、制空権確保との報告が上がる。圧倒的練度差に物量による数の暴力も加えてるので、この結果は必然だろう。

 

「司令官!!」

 

「暁!!よくここま.......で.......」

 

「ドウモ、コンニチハ」

 

「争ウ気ナイ。我々ヲ信ジロ」

 

暁と合流したのだが、長嶺の目の前には何とも言えない光景が広がっていた。なんと響と雷が、普通に戦艦棲姫の艤装の肩に乗っていたのだ。というか普通に港湾棲姫と戦艦棲姫が、艦娘と陣形を組んでいる。

 

「あの、止めたのですけど.......」

 

「乗っちゃったかぁ」

 

「あ、司令官!あのねあのね、この艤装、すごく力持ちなのよ!」

 

「あぁ。中々、乗り心地も悪くない」

 

結構2人とも馴染んでる。だが今は乗り心地とか力持ちとか、そういう類の話をしているべきではない。だが今、目の前にいるのは敵のボス級。本来、こういう風に馴れ合う存在ではない。

だがまあ、普通に第六駆逐隊と行動を共にしてた辺り、少なくとも現状は敵対行動を取ってない。仮に敵対的なら第六駆逐隊との接敵と同時に殺しているだろう。

 

「総隊長、どうされますか?」

 

「流石にここで一思いに殺るよりかは、せめて話位は聞いてみよう。もしかしたら、深海棲艦の正体や戦争の終わらせ方が分かるかもしれない」

 

なんか腑に落ちないが、取り敢えずの暫定処置として鎮守府に案内する事にした。勿論外で話すし、緊急時にすぐに吹き飛ばせるように周りには完全武装の艦娘、KAN-SEN、霞桜の隊員が取り囲んでいる。

 

「さーて。まずは互いに自己紹介するとしよう。江ノ島鎮守府司令にして、連合艦隊司令長官。そして海上機動歩兵軍団『霞桜』総隊長、長嶺雷蔵だ。俺はアンタらを何て呼べば良い?」

 

「我々ニ固有ノ名前ハ無イ。名前ガ無クトモ、本能デ個人ヲ判別デキル」

 

戦艦棲姫から衝撃のカミングアウトである。だが個人名が無いんじゃ、こちるがコミュニケーションが取れない。流石に港湾棲姫、戦艦棲姫と呼ぶ訳にもいかないというか、長ったらしくて呼び辛い。

 

「それじゃあ、あー、もう安直だが取り敢えず戦艦棲姫は黒子、港湾棲姫は白子と呼ぶとしよう」

 

「良イダロウ。聞カレル前ニ、先ニ答エヨウ。我々ハ君達ニ協力シテ貰イタイノダ」

 

「協力だと?共に世界を乗っ取ろうってか?」

 

「ソウデハナイ。寧ロ逆ダ。我々ハ深海棲艦ヲ、解放シタイノダ」

 

2人の話を纏めるとこうだ。どうやら深海棲艦にも過激派と穏健派の様に派閥があるらしく、2人はその穏健派に所属する者らしい。基本的に深海棲艦には本能的に人を滅ぼす様に出来てるらしく、本来であれば2人も人を滅ぼす為に艤装を使う。というか、実際に使っていたらしい。だがある時に自我というか、何故自分達が戦争をしているのかを考え始め、自分の本能を抑える事に成功したのだという。

そこから同志を集め始め、小さいながらも派閥もできたそうだ。そして他の深海棲艦もこの派閥に引き込もうと色々調べ回った結果、深海棲艦の本能は書き換える事が出来る可能性がある事を知り、深海棲艦を本能から解放する為にここに来たのだと言う。

 

「にわかには信じられない。それでその、本能を変えれば攻撃は止むのか?」

 

「恐ラクハ」

 

「さっきの深海棲艦、あれは何なんだ?」

 

「我々ヲ追ッテキタノダロウ。我々ハ深海棲艦ノ拠点カラ逃ゲテ来タ、言ワバ脱走兵ナノダ」

 

という事はつまり、この2人は文字通りの火薬庫である。それも2つの意味で。1つは深海棲艦にとって、江ノ島鎮守府は脱走兵が逃げ込んだ先。故に大規模攻撃を仕掛けてくる可能性がある事。2つ目はここに2人がいる事を知られれば、最悪の場合、内部で色々ゴタつくという意味である。

現状、この2人は人類が初めて手に入れた深海棲艦のモルモット。国内外問わず軍事組織や研究機関からしてみれば、喉から手が出る程欲しい存在だろう。日本が実権を握りすぎている以上、強硬手段に出てこられる可能性もあり得る。そればかりか海軍内に裏切り者がいれば、ここに攻め込んでくるかもしれない。

 

「そう言えば、何でお前達はウチに来たんだ?」

 

「コノ世界デ我々ノ話ヲ聞イテクレルノハ、貴様シカイナイと判断シタカラダ。コレマデ貴様ラノ艦隊ハ、何度モ我ラト戦イ、常ニ煮湯ヲ飲マサレテキタ。故ニ、信頼デキル」

 

「敵に信用されるとは何とも皮肉だな。だがそれで戦争が終わるかもしれないってなら、俺としては協力したい。

だが、今のお前達は俺達に取っては疫病神も同然。何がどうなるかも分かった物じゃないし、そもそも俺の一存でどうこうできる訳じゃない。だから今ここで答えを出せない。だけど悪い様にはしないから、安心して欲しい。それからこっちは完全に信頼してる訳じゃないから、身柄位は拘束させてもらうぞ。拷問とかは無しだから心配すんな」

 

「感謝スル」

 

この日、港湾棲姫と戦艦棲姫は秘密裏に江ノ島鎮守府で拘束された。この2人の存在が単なる希望で終わるのか、或いは最悪を撒き散らす疫病神で終わるか、はたまたパンドラの箱なのか。それはまだ誰にもわからない。

だが少なくとも、この一件が江ノ島鎮守府にとっての大きな分岐点である事は間違いないのだ。

 

 

 

 



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第六十六話日本本土同時攻撃

港湾棲姫と戦艦棲姫の合流より1ヶ月後 江ノ島鎮守府 執務室

『全く、お前の所には何でそう厄介事が降り掛かるのだか…』

 

「それは俺が聞きてぇよ。ホント、ウチの鎮守府はどこを目指してんだか。のっけから極秘の特殊部隊が常駐する異端中の異端だったってのに、気付けば別世界の艦娘というか、何か数百隻単位の大艦隊を率いて、今度は人類の敵まで味方になる。もうこれ、カオス通り越した何かだぞ」

 

この日、長嶺は東川に例の深海棲艦が仲間になった件を報告していた。流石に驚かれたが、少し経てば「まあ、雷蔵だから仕方ない」で片付けられてしまった。

 

『それで、各鎮守府への説明は?』

 

「その事なんだが、敢えてしない事にした」

 

『何?』

 

「親父、落ち着いて聞いてくれ。人類にはどうやら、裏切り者がいるらしい。彼女達も誰が裏切ってるのかは知らないらしいが、人類側に深海棲艦の協力者がいるのは確実だ」

 

東川もこれには驚いた。確かにこれまで深海棲艦との戦闘は、稀に腑に落ちない事があった。何より長嶺からも深海棲艦の襲来と同時に、バーサーカーが襲撃してきたという報告も上がった事がある。偶然とも言えるが、もし協力関係にあったのなら証明にもなる。

 

『.......お前は疑ってるのか?海軍の、あの提督達を』

 

「流石に疑ってる訳じゃない。だがこの問題は、ご承知の通りデリケートすぎる問題だ。ちょっとの衝撃で爆発する不安定な水爆も同然。だが同時に希望でもあるんだ。もしそれを逃してしまえば、この戦争は闇に真っ逆さま逆戻りする。ならば爆発の可能性は少しでも遠ざけたい」

 

『確かにな。それに幸いにして、拿捕されたのはお前の江ノ島鎮守府だ。そこは霞桜やKAN-SENの特性上、機密性が高い。隠すにはお誂え向きかもしれん』

 

もしこれが他の鎮守府なら、こうはならなかっただろう。『邪魔者』や『人類の敵』というレッテルを貼って、すぐに殺してしまっていたかもしれない。だが長嶺の場合、深海棲艦に対してそういった感情を募らせてる訳ではない。敵は敵だが長嶺は例え相手を憎んでいようと、価値があれば冷静に物事を見極める冷静さを持っている。なので長嶺の場合はレッテル貼りをせず、人類の敵だろうが親の仇だろうが相手を知る所から始める。故に東川としては安心なのだ。

 

「取り敢えず、今は親父も知らない事にしておいてくれ。最悪は俺に罪をおっ被せていい」

 

『お前をスケープゴートにしていいと?』

 

「あぁ。それで罪に問われても、どうにかしてアンタが無実にしてくれるだろ?」

 

『.......分かった。いつものように、お前の好きなようにやれ』

 

「了解、大臣閣下」

 

そう言って電話を切った。そしてソファーで寛ぐ、珍客に向き直る。

 

「でさ、なーに寛いでくれちゃってんの?」

 

「オ構イナク」

 

「そうはならんわ!いや、あのね、お前一応捕虜だよ?分かる?深海棲艦の捕虜とか聞いた事ないし、条約もないから捕虜と定義していいか微妙だけど捕虜みたいな物だぞ?それが何で最高指揮官の執務室で、ソファーの上でゴロゴロしてくれてんの。しかも相方は…」

 

「スー.......スー.......」

 

「めっちゃ寝てるし」

 

そう。なんと戦艦棲姫と港湾棲姫が執務室に来襲し、2人してソファーでゴロゴロしてくれてるのだ。しかも港湾棲姫は普通に寝てる始末。完全に馴染んでいる。

檻に閉じ込めるとかはせずに自由にさせているのは、この方が心を開いてくれるかもしれないからという考えだったのだが、開きすぎてる気がする。

 

「ソレニシテモ、オ前、コウシテ見ルト、イケメンダナ」

 

「敵に褒められる日が来るとは思わなかったよ.......。アンタも美人なんじゃないの?」

 

「子供、作ル?」

 

「アホか」

 

この1ヶ月で2人の性格も、ある程度分かってきた。まず戦艦棲姫は小悪魔みたいな性格で、他人を揶揄うのが好きらしい。悪の女幹部らしい性格で、最近は長嶺を誘惑するのがマイブームらしい。オイゲンと近いだろう。なので意外と対応は楽。

一方の港湾棲姫は見た目の割にお淑やかというか、余り感情を表に出さない。駆逐艦に人気で、元気の良い奴、例えばダブル夕立とかKAN-SENの雪風とかに絡まれるとオドオドしたりしている。逆に電やユニコーンなんかとは、結構一緒にいる事が多い。

 

「子供、嫌イ?」

 

「あのね、好き嫌いの話じゃないの。分かる?」

 

そんな話をしていた時、鎮守府中にサイレンが鳴り響いた。このサイレンは敵の襲撃時に流れるサイレンである。

 

「何ノサイレンダ?」

 

「アンタらのお仲間が来た事を知らせるサイレンだ」

 

この時はいつもの様に散発的な襲撃の1つで、ちょっとした艦隊が攻めて来るだけかと思っていた。だが、このサイレンは長い一日の幕開けを告げるサイレンだったのだ。

 

「提督!!!!」

 

「どしたよ長門」

 

扉をぶち破る勢いで入ってきたのは、艦娘の長門である。長門どころか、ここの艦娘、KAN-SENは長嶺の下にいるだけあって並大抵の事では動じない。だがこの焦り様、何かある。のだが、長嶺はそんなこと思いもしていない。

 

「何故そんなにまったりしているのだ!!」

 

「いやそりゃ、これまで何度もある恒例の威力偵察だろ?別に慢心はしちゃいないが、いつもの様にお前達の方でサクッと倒せるんだ。今更大騒ぎするほどでも無い」

 

「これを見ろ!!」

 

長門が見せて来たのは敵の位置や編成などの情報が表示されるタブレット端末なのだが、表示されてる物が明らかに可笑しかった。何せいつもなら基点となる鎮守府から、赤い矢印で進路が表され、その周囲に編成が表示される。縮尺も鎮守府の近海しか表示されない。

だが今回の縮尺は日本全土が見えてる状態で、敵の進路を示す赤い矢印が日本列島を取り囲まん勢いでグルリと張り巡らされていた。

 

「なんじゃこりゃ!?!?!?!?同時侵攻、いや!そんな行儀のいい代物じゃねぇ!!日本という国家その物を攻め滅ぼす気か!?!?!?」

 

恐らくこの規模、深海棲艦との最初期の戦いすらも軽く凌駕する大戦力。これまで相対して来た凡ゆる艦隊が可愛く思えるほどの大物量である。

 

「提督、指示を!!!!」

 

「んなもん決まってる。おう、テメェら2人。外に出ろ。これから外部とテレビ通信する。テメェらがいるんじゃ、余計なゴタゴタが起きる」

 

「良イダロウ。オイ港湾、来イ」

 

案外すんなり2人は従ってくれて、戦艦棲姫が港湾棲姫を起こしてすぐに部屋を出て行った。それを確認すると長嶺は自身のデスクの机に隠されている装置に指紋をスキャンさせ、声紋とパスワードを入力し緊急用通信装置の電源を入れる。

 

『長嶺!!』

 

「大臣。先程、深海棲艦の大艦隊を捕捉しました。その規模は集計不可能であり、これは日本全土への同時侵攻です。いえ、同時侵攻なんて生易しい物じゃない。この国を殺しにかかってます」

 

『わかった。現時刻を持って長嶺司令長官に、緊急時指揮権を譲渡する。以降、深海棲艦の迎撃に全力を尽くせ』

 

「了解」

 

この『緊急時指揮権』とは連合艦隊司令長官にのみ特別に許された、国内法と国際法で定められた特権である。深海棲艦の大規模襲撃時に連合艦隊司令長官が凡ゆる軍事組織と公的機関を強制的に指揮下に加える事ができ、必要に応じた対応を柔軟に取ることが出来る。これが国内法で定められており、国際法では『深海棲艦襲撃時に支援要請を受けた場合は、最大限の支援を行う義務がある』と明記されている。つまり事実上、世界中の凡ゆる組織を支配下に置けるチートなのだ。

東川との通信を切ると、今度は各省庁の大臣、長官クラスと自衛隊各方面群の指揮官、在日米軍の各指揮官、海軍基地の司令への回線へと切り替える。

 

「諸君!既に知っている者も多いだろうが、先ほど、深海棲艦による超大規模侵攻が確認された。正確な規模は今も分かっていないが、少なくとも最初期の戦いと同規模かそれ以上の規模だ。奴らは日本自体を消し飛ばさん勢いで迫って来ている。ここに緊急時指揮権の発令を宣言し、事態解決までは現在通信が繋がってる組織は私の指揮下に入って貰う。

各海軍基地は直ちに所属艦娘を出撃させ、迎撃行動を開始せよ。資源もケチケチせず、存分に使って欲しい。空自、海自、米軍についても部隊を出撃。深海棲艦の前線基地及び駆逐艦などの軽装甲目標の撃退をお願いしたい。陸自は万が一敵が上陸した際に食い止めて欲しい。

警察、消防は対象地域の住民の避難をお願いしたい。国交省、総務省も全力で支援に当たってもらいたい。また総務省は防衛省と協力し、インフラの維持をお願いしたい。

厚労省は後方にて野戦病院を展開。緊急時については、自衛隊などを最優先で治療して貰いたい。

以上だ。絶対に日本を、ひいては世界を守るぞ!!!!」

 

この回線での指示は終わった。次は我が江ノ島鎮守府への指示出しが待っている。回線を鎮守府内一斉放送に切り替えて、命令を伝達する。

 

『江ノ島にいる家族達よ。どうやら深海に住まう鉄屑の出来損ない共は、まーた自分が何処に居るべきなのか忘れて大軍勢を率いて侵攻してきている。しかも恐らく過去最高レベル。というか多過ぎて正確な数が掴み切れて無いと来たもんだ。オマケにマップを見た感じ、どうやら深海共は我々の熱烈なファンらしい。ファンクラブの数は他方面よりも頭3つは多いな。

だが、俺の家族はたかが数百や数千の敵に臆するか?いや違う。その程度では止まらない。何より国堕としだのBIG CATASTROPHEだのと言われた、煉獄の主様がいるんだ。止まるわけがない。さぁさぁ!楽しい楽しい戦争の時間だ。碇を上げ、魚雷を装填し、航空隊を青空に羽ばたかせ、砲を構えろ。ミサイルのピンを外し、エンジンの火を入れ、花火の中目掛けて飛び立て。マガジンを差し込み、スライドを引き、銃を構えろ。俺達の前に立ちはだかる障害は、何であろうと破壊と死を持って排除する。殺ろうぜ野郎共!!!!!!思う存分暴れるぞ!!!!!!!!!!』

 

既にデータリンクで全員に今の状況は伝わっている。艦娘、KAN-SEN、霞桜の隊員達は緊急時の出撃を想定した訓練の通りに戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』に乗り込み、敵艦隊目指して順次離陸していく。更に江ノ島鎮守府に所属しているメビウス中隊、グレイア隊、フォーミュラー隊、カメーロ隊、レジェンド隊も離陸。迎撃の準備を整える。

 

 

 

数十分後 江ノ島鎮守府近海

「間も無くです」

 

「よーし、そんじゃ行くぞ。降下開始!!!!」

 

横一列に並んだ『黒鮫』から続々と艦娘、KAN-SEN、隊員達が飛び降り、ついでに水上装甲艇『陣風』と水上バイクも投下し隊員達が乗り込む。

 

「機動部隊、直掩機を上げろ。攻撃隊は後回しでいい。戦艦と重巡で前衛を固め、取り敢えず後衛は水雷戦隊だ。側面は霞桜で固めろ!バイカーは偵察に出るんだ!!」

 

「おい指揮官!」

 

「なんだ白龍?何か問題か?」

 

「この白龍が問題を抱える訳が無かろう!我のように近接特化の者は、お前の横に付いた方が良いだろ?」

 

KAN-SENなら白龍、瑞鶴、三笠、高雄、愛宕、綾波、その他諸々。艦娘なら天龍、龍田、木曽、実は最近改二になって改二戊と改二護の両方の特性を得た赤城と加賀なんかは刀や槍などの近接兵装を持っている。他にも格闘が得意な者なんかもいる。そういう連中を横につけろと、そう言っているのだ。

 

「それもそうだな。機を見て殴り込むし、俺の周りに付かせるか。よし。艦娘は長門、天龍、龍田、木曽。KAN-SENはウォースパイト、ウェールズ、ヨーク、シリアス、モナーク、ヴァンガード、ジョージ、三笠、出雲、伊勢、日向、白龍、瑞鶴、三笠、高雄、愛宕、綾波、江風、ザラ、ポーラ、ヴェネト、Z46、ダンケルク、アルジェリー、ジャンヌ、サン・ルイは俺の近くにいろ。機を見て突っ込む」

 

今名前の上がった30人は艦娘とKAN-SENの中でも、特に近接攻撃に優れた者である。勿論他にも近接特化はいるが、その中でも特に強いのがこの30人だ。

 

「ボス!居るわ」

 

「釣り上げて、おろしてやれ」

 

「ふふっ、了解よ」

 

次の瞬間、カルファンが無数のワイヤーを海中に入れていく。そして腕を上げると、ワイヤーに絡まったヨ級éliteが釣り上がった。それも1隻ではなく、8隻もである。

 

「ハァッ!!」

 

そのままワイヤーを細くして、艤装ごと肉を切り裂いてしまった。カルファンのワイヤーは、こんな感じに対潜兵器にも早替わりするのである。どうやら他にも居るらしく、駆逐艦による対潜攻撃と一部隊員による対潜グレネード弾による潜水艦狩りが行われた。

 

「おーい、その辺でいいぞ。流石にこんだけ叩き込まれたら、潜水艦も逃げる他ないだろ。ってか何か、残骸浮かんで来たし」

 

「うわっ、マジだ」

 

「.......グロい」

 

「回収班、回収してくれ」

 

因みに戦闘で発生した深海棲艦の残骸はこの様に回収され、戦闘後に対深海棲艦用徹甲弾や装甲服へと加工が施される。霞桜の隊員が本来なら被弾すれば肉片になってしまう深海棲艦の攻撃でも、多少は耐えられるのは深海棲艦の装甲を流用しているからなのだ。

 

『提督。制空隊が敵航空隊と接敵、空中戦に移りました』

 

「よーし、良いぞ。そのまま制空権を確保するようにしろ。この間に攻撃隊発艦だ。護衛はこっちの戦闘機を使うから、そっちからの護衛は要らない」

 

『了解しました』

 

機動部隊の旗艦である艦娘の赤城からの報告を受け、長嶺の脳内の戦場も駒が動く。そのまま敵の動きを予想しつつ、小鴉を使って久し振りに空中超戦艦『鴉天狗』を呼び出して身に纏う。

 

「総隊長殿、偵察に出していたバイカーから報告。その、敵艦隊の編成は…」

 

「どうした?勿体ぶらず教えてくれ」

 

「戦艦棲姫10、戦艦レ級flagship23、戦艦タ級flagship45、戦艦ル級flagship56、空母棲姫15、装甲空母姫25、空母ヲ級flagship37、重巡棲姫43、軽巡棲姫61、駆逐棲姫83、その他重巡、軽巡、駆逐のflagshipとéliteを確認しましたが、数が多過ぎて集計不可能だと」

 

思ってた規模よりも遥かに質量共に上であった。既に判明している艦の数の合計だけでも400隻近くあり恐らく集計不可能ということは、1000隻にも到達する勢いなのかもしれない。

 

「おいおいおいおい、聞いてねぇよ。なんだその数.......」

 

「総隊長殿、どうしますか?」

 

グリムは流石にこの数では無理だと、そう考えてしまっていた。何せ今いる現有戦力の頭数では、こちらの方が圧倒的に上。何せ霞桜は六個大隊、約3000人。これに艦娘とKAN-SENが500人いかない位いる。

だが頭数で勝っていようと、姫級の相手は霞桜でも数十人しか相手にできない。雑魚相手でも出来なくは無いが、やはり1対1ではキツい。正直、不利ではある。実際、今の話を聞いて士気は一瞬の内に下がった。てっきり長嶺もそうかと思ったが、コイツの場合は違った。

 

「そいつは、そいつは良いじゃないか。やはりパーティーはこうでないと!!ここ1年近く、深海棲艦相手に暴れてなかった。復活戦でこんなにも大所帯で来てくれるとは、嬉しい限りだ」

 

「え、総隊長殿?まさか、楽しみになってたりしま」

「楽しみに決まってるだろ!?」

 

(あー、そうでした。この人、頭の思考回路がぶっ飛びまくってましたね.......)

 

まさかの長嶺、クソ楽しみにしていた。普通なら絶望でしか無いが、コイツの場合は楽しみで楽しみで仕方がない。思考回路が普通の狂人をも困惑するレベルで狂っているのだ。

 

「そんじゃま、深海共に挨拶に行くとするか。行くぞ、前進!!」

 

「よっしゃ野郎共!!総長に続け!!!!」

 

空母の一部と護衛に水雷戦隊、霞桜一個小隊を残して、残りは敵艦隊に向けて前進を開始する。戦闘は勿論長嶺。そのすぐ後ろには近接特化の突撃隊が続き、戦艦、重巡、水雷戦隊が続く。右翼には第四、第二大隊。左翼には第五、第三大隊。背後には第一大隊が展開し、周囲を完全に固める。更に上空には多数の『黒鮫』もおり、鉄壁の布陣であった。

 

「そんじゃ1発決めるぞ。各戦艦、砲撃用意!!この速度を維持しつつ、砲撃開始!!!!弾種は任せる!兎に角奴等にプレッシャーを与えろ!!!!撃てぇ!!!!!!!」

 

「全主砲薙ぎ払え!」

「全砲門、開けっ!」

「行くぞ、主砲一斉射!て――ッ!!」

「選り取り見取りね、撃て!」

「バアァァァニングゥ、ラアァァァァァァブ!!!!!」

「榛名!全力で参ります!」

 

「時は来たれり!」

「ファイアコントロール、頼むわよっ!」

「勇気による成功のため.......全艦、撃て!」

「虚無の交響とともに、跡形もなく消え去るがいい――!」

「アリーヴェデルチ!!」

「天の裁きを受けよ!」

「兵装起動、火力全開」

「吹っ飛べ!」

 

長嶺の『鴉天狗』を除けば、最大なら大和型の51cm、最小でもネルソン級の283mmの砲弾が一斉に発射される。それも江ノ島鎮守府には戦艦が何だかんだで、100隻以上も所属している。100隻の戦艦から放たれる砲弾は「砲弾の雨」なんて物ではない。単純に各戦艦が4基の連装砲を装備していると仮定しても、800門という数が敵に向けられているのだ。

しかも艦娘、KAN-SENというのは基本的に360°、あらゆる方角に砲撃ができる。艦艇の様に敵にデカい腹を見せつけながら撃つ事をせずに、素早く全門斉射という最大火力の攻撃に移れる利点がある。故に基本的に攻撃する時は、全砲門で相手を狙えるのだ。

 

「いいぞお前達!!さぁ、もっともっと撃て!!!!兎に角撃て!!!!」

 

幾ら全艦flagshipで大量の姫級がいても、雑魚艦は所詮雑魚艦にすぎない。確かに普通よりも性能は上だが駆逐艦は駆逐艦であり、戦艦も戦艦なのだ。éliteだろうがflagshipだろうが、軽巡、駆逐、空母は戦艦の砲弾はまず防ぎ切れない。重巡と戦艦だって無事では済まない。

長嶺は狂っているし戦争を楽しむが、戦場に立っている時は常に冷静で戦局をしっかり見極める。確かに今回数は多いが、恐らく半数は駆逐と軽巡で構成されてる。確かに全隻がflag shipという精鋭かつ性能も高いが、戦艦の砲撃の前には無力である事を瞬時に見抜いたのだ。

 

「敵艦発見!!!!」

 

「目視圏内に入りましたね。指示を、総隊長殿!」

 

「このまま突っ込むぞ!!戦艦、重巡は目標を姫級に変更し砲撃を続行!霞桜と水雷戦隊は残ってる雑魚を一掃しろ!!!!掛かれ!!!!!!!!」

 

「総隊長殿、私もそちらに行っても宜しいですか?」

 

そう声を掛けてきたのは、珍しい事にグリムだった。グリムは基本的に裏方担当であり、長嶺の右腕。そしてその能力は元伝説のハッカーという経歴でも分かるように、ハッキングや兵器のソフトウェア開発といったネット関連の物なのはご承知の通りである。

その為、戦闘力は大隊長としては最弱であり、霞桜の隊員達と比べても戦闘力は下から数えた方が早いレベル。勿論並みの兵士よりも強いが、少なくとも前線に立ってどうこうする事は緊急時と初期の人数が少なかった頃を除けば無かった。その彼が前に出るというのは、中々に珍しい。

 

『総隊長、心配はありませんよ』

 

「マーリン?」

 

『グリムはずっと隠してましたが、裏でコッソリ新たな戦闘術を会得してるんですよ。腕の方も我々と同格になってますのでご心配なく』

 

「という訳です。総隊長殿、どうか」

 

「なら、お手並み拝見だ。取り敢えずそこら辺の人型、それを2、3人殺してみせろ」

 

この返答にグリムは大きく頷いて、腰に装備してあった拳銃を抜いた。だがその拳銃は、普通の物とは毛色が違う。大きさは普通の一般的な拳銃と大差ないが、トリガーの位置がP90のように前に来ている。フォルムとしては中々に特異である。

 

「行きます」

 

まずはある程度の距離から銃撃を加えて怯ませ、一気に懐まで飛び込んだ。そして銃を押し当てると、リ級が空高く打ち上げられた。てっきり散弾でも仕込んでいたのかと思ったが、銃声はしなかった。代わりに重い「ドゴッ!」という鈍い音がしたので、多分銃以外の何かで相手を吹き飛ばしている。

次にグリムは背中に背負っていた、細長い箱状の物に銃を差し込んだ。どうやら箱状の物体はスコープとバレルの付いた物らしく、そのままスナイパーライフルとしても使えるらしい。銃声とレールガンの発射音のような「バシュン」という静かな音共に、600m先のタ級の頭を撃ち抜いた。

 

「クリア」

 

「おいおい、マジか」

 

元よりグリムはハッカーでも異色で、現場型のハッカーだった。家からパソコンをカタカタ操作してハックするのではなく、実際に現場に赴いてハッキングするタイプで、ウォッチドッグスシリーズのハッカーを想像して貰えれば1番分かりやすいと思う。その為、霞桜でもやっていける身体能力があったのだが、まさかここまで化けるとは思わなかった。

 

「どうですか総隊長殿。これなら、私も戦闘でお役に立てるでしょうか?」

 

「お役に立つどころか、いやもう、マジで驚いたぞ。そんじゃその調子で殺しまくれ」

 

「了解!」

 

そのままグリムは攻撃を続ける。一方、他の霞桜だって深海棲艦を狩りまくっていた。

 

「久し振りに大暴れだ!!」

 

「うっしゃぁ!!!!親父に続け野郎共!!!!!!!」

 

第五大隊は大隊長のベアキブルを先頭に、深海棲艦へ近接戦闘を仕掛けていた。戦闘の仕方も無茶苦茶で、使える物はなんでも使えのタイプであり沈んだ深海棲艦の破片を目に押し込んだりとか、生きてる奴だろうが死んでる奴だろうが深海棲艦の攻撃を深海棲艦で防いだりと、何処か長嶺に近い戦い方を繰り広げていた。

 

「死んどけワリャ!!!!」

 

「あぁん!?タマ付いてんのかゴラァ!!!!」

 

「コイツら女だからタマ付いてちゃ、ふたなりっすよ兄貴!!」

 

元構成員の隊員達も大暴れである。ナイフで内臓かき出したり、至近距離で竜宮ARのフルオート射撃喰らわせたり、果ては無理矢理口を開けさせてグレネードを捩じ込み、そのまま別の深海棲艦に蹴り渡したりしている。

 

「舐メルナ!!!!」

 

「おっと!はっ、その程度かよ戦艦様よぉ!!」

 

レ級がベアキブルに殴りかかるが、基本的に砲撃戦などの遠距離でしか戦わない深海棲艦。かたや相手はステゴロ最強の男。パワーこそ深海棲艦が遥かに勝るとは言え、格闘初心者の拳が当たる訳ない。

 

「これが本物のパンチじゃ!!!!」

 

「グフゥ!!」

 

そう言いながら、しっかり顔面に右ストレートを叩き込む。だが、レ級もタダでは終わらない。中隊長にして、かつて組の若頭だったクザンを人質に取った。

 

「オ前、ソノママ死ネ。デナイト、コイツ殺シチャウヨ?」

 

「おいバカ!」

「はあぁぁぁぁぁぁ、セイッ!!!!ヤァっ!!!!!!!」

 

クザンは自らを拘束しているレ級に対してまず肘で腹を殴り、スルリと腕から抜け出した。そして振り向きざまにゼロインチパンチをお見舞いし、距離をとった。

 

「ソイツさぁ、空手と柔道と截拳道と少林寺拳法と古武術の有段者なんだよね」

 

「アハハ、強イ。デモ、コッチノ方ガ上ナンダ!!!!」

 

「ジャグ!!」

 

殴り掛かるレ級をジャンプで回避しつつ、レ級の頭を掴んで固定し軸にしつつ背後にグルリと回転して着地。そのまま元若頭補佐のジャグが、レ級の顔面目掛けて巨大ハンマーを叩きつける。

 

「パワァー!!!!!」

 

なかやまきんに君の声真似をしながらハンマーを空中で振り下ろし、完全にレ級の顔面をぺったんこにした。ベアキブルもエゲつなすぎて少し引いてる。

一方、カルファン率いる第四大隊はこんな感じに戦っていた。

 

「姉さん!!レ級とル級の群れですぜ!!!!」

 

「あらそう?それなら、狩りを始めましょう」

 

「野郎共、一斉撃ち方!!」

 

カルファンの周りにいた隊員達がスモークグレネード弾を装填した、ダネルMGLを撃ちまくる。着弾すれば深海棲艦の周りは濃霧の中にいるかのように、視界が全く効かなくなる。そこをカルファンがワイヤーで絡め取って、全く身動き取れなくさせて少し持ち上げる。

 

「今よ」

 

「撃て!!」

 

後は的と化した深海棲艦に、対深海徹甲弾を叩き込むだけだ。とても楽ちんなお仕事と言える。

 

「ふぅ、やっぱりこれいいわね」

 

「我々も仕事がやり易くて助かりますよ」

 

「あら、上司に仕事させといて自分達は楽するなんて悪い部下ね」

 

「そうイジメんでください」

 

中隊長のホプキンスと軽口を叩く。だがここは戦場で、敵はまだまだいる。すぐにまたカルファンが絡め取ったり、他の隊員達が狩りまくる。

 

「オラオラオラオラァ!!!!撃って撃って撃ちまくれ!!!!

Barrage junkie(弾幕ジャンキーこそ)!?!?」

 

「「「「「「is the messenger of peace(平和の使者なり)!!!!!!」」」」」」

 

一方第三大隊は、なんかもう凄かった。バルクが専用武器のハウンドで弾幕を貼り、隊員達が横一列になって竜宮ARやら軽機関銃やらを撃ちまくる。

 

「弾幕はパワー!!!!!」

 

「弾幕こそ至高!!!!!」

 

「火力は正義!!!!!」

 

「火力こそ救い!!!!!」

 

もう無茶苦茶である。コイツら何言ってんだと思うかもしれないが、多分コイツらも特に分かってないので問題はない。取り敢えず「弾幕はパワーで至高であり、火力は正義であり救いである」と思ってくれれば大丈夫である。

まあこんな謎発言の割に、敵水雷戦隊を蜂の巣にして倒しまくっているので仕事はしている。その姿を見ていたマーリンは、もういつもの事なので平常運転であった。

 

「皆さん暴れてますね」

 

「特に第三大隊ですね。アレなんです?」

 

「仕事はしていますから、我々がとやかく言わずとも良いでしょう。それにああやって周りを巻き込んでバカやって、笑ってやれる輩が組織には必要です。我々も我々の仕事をしますよ」

 

スナイパーのマーリンとスポッターのビーゲンという、いつも通りのコンビが狙撃準備に入る。狙うは敵艦隊から孤立とまで言わずとも、少し離れてしまっている重巡リ級三姉妹。

 

「目標、60。重巡リ級、3体」

 

「センターに捉えた」

 

「aim、Fire!」

 

ズドォン!ズドォン!ズドォン!

 

素早くリロードを行い、ほぼ同時に3体を倒た。第一大隊の隊員達も竜宮に高倍率のスコープを取り付けて、艦載機や戦っている味方の背後を取ろうとする水雷戦隊を中心に援護射撃を行っていた。第一大隊の隊員はマーリンがシゴきまくっているので、他の大隊の中でも射撃能力が高い者が多い。故に全軍出撃の時などは、後方からマークスマンによる集団戦法の様な戦闘スタイルを好む。

 

「やはり、敵は背後を取りたい様だな」

 

「挟撃、奇襲、背後に回り込む。これ戦闘の基本ですからねー」

 

「だがそれを防ぐのが我々だ。ここに我々が布陣している限り、味方の背中は取らせはせん」

 

後方からの絶妙な支援射撃を受けつつ、第二大隊は重巡リ級とネ級を中心とした打撃部隊の相手をしていた。

 

「コイツら中に入り込まれたら面倒。通すな」

 

「勿論です大隊長!!」

 

「バーリはあっちを頼む。俺はこっち」

 

レリックは隊を二つに分け、挟み込む様にして迎撃する様に指示を出した。その動きに気づいた第一大隊が、展開するまでの時間を稼ぐべく適当に殺して牽制する。

「撃ちまくれ」

 

その間に展開したレリックとバーリの部隊が射撃を開始。弾幕を貼りつつ、ジワジワと深海棲艦を削っていく。

 

「良いぞ、敵が減っていってる。これな、うおっ!」

 

「気は抜くなよ?」

 

第二大隊の隊員、ナートゥの背中をバーリが引っ張る。次の瞬間、ナートゥの前には水柱が上がった。もし引っ張られなかったら、砲弾が直撃していただろう。

 

「ありがとうございます!バーリ中隊長!」

 

「気にするな。さっ、もっと撃て撃て」

 

霞桜が雑魚艦であるflag shipを蹴散らしまくっている間、艦娘とKAN-SEN、そして長嶺は姫級相手に戦闘を繰り広げていた。

 

「大和!艦娘武蔵!!戦艦棲姫の動きを止めたら砲撃よろしく!!」

 

「はい!」

 

「心得た!!」

 

基本は長嶺が先頭に立ち全てを指揮している。目まぐるしく変わり続ける状況を五感全てで感じ取り、素早く脳内で変換して動かし続ける。常人ならまず出来ないが、長嶺には神授才による知能アップの恩恵がある。この程度、造作もない。

 

「近接部隊、切り込め!!!!」

 

「釣瓶縄井桁を断ち、雨垂れ石を穿つ。鍛錬を我が剣に、斬れぬ物などない!!」

 

「高雄ちゃん!右から来るわよ!!」

 

「ぱんぱかぱーん!吹き飛ばしますから、高雄ちゃんはそのまま突撃してくださ〜い」

 

「流石よ愛宕ちゃん!」

 

切り込みと同時に我先にと飛び出したKAN-SENの高雄。その右から重巡棲姫が攻撃しようとしたが、それをしっかり艦娘の愛宕が妨害。艦娘とKAN-SENと言えど、同じ高雄型。そのコンビネーションはしっかりしている。

 

「ナンドデモ.......シズメテ.......アゲル.......」

 

「そのセリフ、そっくりそのままお返しするわ。ティルピッツ!」

 

「えぇ、姉さん」

 

「「主砲発射!!」」

 

規模的に姉妹で攻撃する事が多いが、この七人衆の様にバラバラの艦級で組む者もいる。

 

「やっぱり敵が多いなぁ。しかも相手」

 

「駆逐棲姫、強い」

 

「でも、私達ならやれるっぽい!」

 

「そうだよ!私達の連携なら倒せるよ!!」

 

「みんな一緒なら、どうにかなります!」

 

「綾波達は最強、です!」

 

「うん!!みんな、やろう!!!!」

 

アニメ版艦これの主人公格である吹雪、睦月、夕立。そして同じくアニメ版アズールレーンの主人公格であるジャベリン、ラフィー、綾波、ニーミの7人である。この7人は駆逐艦の中でもトップクラスの実力を誇り、駆逐棲姫であっても遅れは取らない。

 

「ヤラセハ.......シナイ.......ヨ..............ッ!」

 

「そんなこと言うキャラは雑魚って、ゲームではお決まりパターンなのです!!」

 

そう言いながら綾波が斬り掛かる。だが正面から正直に攻め込んでるので、避けられてしまう。だがそれで終わりではない。

 

「甘いのですっ!!」

 

「ナニ!?」

 

「瑞鶴と高雄にならった燕返し、受けてみろです!!」

 

「チィ!?!?」

 

まさかの第二撃に堪らず後ろへ下がった。だがそこには、既にコイツらが回り込んでいる。

 

「パーティ始めよ?」

 

「当たれっ!」

 

夕立とニーミである。更に右には吹雪と睦月、左にはラフィーとジャベリンがいる。

 

「誘イ込マレタカナ?デモ、私ノ方ガ強イ!!」

 

「重装形態!」

「殲滅形態!」

「強襲形態!」

「鬼神演舞!」

 

そう駆逐棲姫が意気込むと、返答代わりにアズールレーン4人はスキルを発動。艤装を変化させて攻撃に備える。

 

「甘イナ。後ロヲ見テミロ」

 

「吹雪ちゃんアレ!!」

 

「そうだった!まだ駆逐棲姫はたくさんいたっぽい!!」

 

なんと他の駆逐棲姫がいて、逆に囲まれてしまった。この状況、結構ヤバい。

 

「形勢逆転、ダナ?」

 

そう勝ち誇る駆逐棲姫だが、次の瞬間、周りを取り囲んでいた駆逐棲姫が爆撃と雷撃の餌食になった。

 

『大丈夫、みなさん!?』

 

『怪我はない?』

 

「赤城先輩!!加賀先輩!!」

 

『ちょっとアンタ達、弛んでるんじゃないかしら?』

 

『そうだぞ、お前達』

 

「赤城さんに加賀さん!」

 

なんと艦娘とKAN-SENの一航戦が助けてくれたのだ。駆逐棲姫と言えど、開戦当初に無敵と言われた最高練度を誇る一航戦が相手では堪らない。

 

『だけじゃないぜ!!』

 

『対艦ミサイルのデリバリーです。お代はアンタらの命で着払いしやがりくださいコノヤロー!!』

 

江ノ島鎮守府の基地航空隊、カメーロ隊とレジェンド隊によるASM3の攻撃も加えられる。駆逐棲姫も中破相当の被害を受け、さてここからどう動くかと思っていたが、なんと撤退を始めたのだ。しかも駆逐棲姫だけではない。他の艦も引き上げていった。

 

「指揮官!アレ見て!!」

 

「どうした瑞鶴って、あれ?なんか深海共、撤退してね?」

 

KAN-SENの瑞鶴に言われて長嶺も気付いたが、一斉に敵が引き上げていく。この状況での撤退はよく分からない。確かに深海棲艦自体は結構な数倒しているが、それはあくまで雑魚艦。幾らflagshipの量産が難しくとも、姫級は沈んでないどころか大きなダメージも与えられてない。精々中破止まりであった。まだ撤退を決断するには早過ぎる。

 

「どういうことでしょうか指揮官様.......」

 

「サディアの総旗艦として、何か意見はあるか?」

 

「いえ、検討もつきません。撤退するには被害が少なすぎます」

 

全員が困惑していると、インカムに東川からの無線が入った。

 

『雷蔵!やられた!!』

 

「どうした親父!」

 

『深海棲艦が千葉県に上陸した!!たった今、衛星でも確認した。奴ら、房総半島を前線基地にするつもりだぞ!!』

 

「そういう事か.......。恐らく、奴らの狙いはそれだ。この大規模侵攻も、千葉への侵攻を誤魔化すフェイク。上陸を果たした今、戦力を失うリスクを犯す理由もないからな」

 

全てが繋がった。だが深海棲艦は、一つだけ犯してはならないミスを犯した。江ノ島艦隊を釘付けにしてないのだ。

 

「全部隊、これより千葉県に向かえ。艦娘とKAN-SENについては霞桜と共に、千葉に上陸した深海棲艦を掃討する。それから親父」

 

『なんだ!?』

 

「千葉県を滅菌室にしてくれ。適当な理由つけて、中に人を入れるな」

 

『分かってる!そっちは任せるぞ!!』

 

この襲撃はまだ終わらない。次の戦場は千葉である。

 

 

 

 




プライマス

新たにグリム専用に開発された、可変拳銃という特殊な銃である。素体はSIG SAUER P226で、そこにSRU P320 PDWコンバージョンキットの様なパーツを組み合わせている。だがストックが存在せず、更にトリガーガード前面にスタンガン機能と相手に衝撃を与える小型のパワフルパンチマシン装置が搭載されている。
この銃をレールガンの加速レールと多機能光学スコープがセットになっている専用装備に差し込む事で、マークスマンライフルとして使用できる様になっている。電磁加速により、拳銃弾だも安定した弾道と強力な威力を手に入れている。


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第六十七話ハンティング

もう知っている方もいるかもしれませんが、今週は最強国家の方も投稿しております。良ければぜひ、ご覧ください。


同時刻 総武高校 体育館

「開始早々でこれとか、この学校は呪われてんのか.......」

 

「長嶺さん達、今も戦ってるのかな?」

 

「多分そうっしょ。きっと、あの人達なら守ってくれる筈っしょ!」

 

昨日、総武高校は再び開校した。襲撃で色々壊されたが、幸いそれは体育館のみであり、残りは精々ガラス割れたとか、血糊で汚れたとか、その程度だったので再建工事は案外早く終わったのだ。さらに娘の雪乃によるやらかしで権威が失墜した雪ノ下家が、全面協力して再建工事に取り組んでくれたのもあって予定より早かった。

生徒と教職員は襲撃後、1週間程はホテル軟禁であったが以降は自宅待機となった。だがその間も事情聴取は続けられており、更には公安等による機密保持の講習なんかも受けさせられており、ようやく昨日、マトモに外を出歩ける様になったのだ。だが、このザマなのである。

取り敢えず今は学校の体育館に全校生徒が待機している状態であり、今後、ここに近隣住民が避難してくる事になっている。

 

「みんな!大丈夫!!きっと自衛隊が助けに来てくれるさ!!」

 

みんなの王子様(笑)の葉山が、みんなを元気付けようとそう叫ぶ。だが知っての通り、普通の兵器では深海棲艦はどうにもできない。駆逐艦や航空機なら頑張れば倒せるのだが、巡洋艦以上の艦級は恐らく核でも使わなければ倒せない。故に艦娘がいる。これは全世界の国民レベルの共通認識であり、それを知っている以上、葉山の意見に耳を貸す馬鹿はいない。

 

「ねぇ、何か聞こえない?」

 

誰かが、そう呟いた瞬間だった。体育館に爆弾が落下し、爆発したのだ。この爆発で生徒が一気に30人は吹き飛び、負傷者も出た。勿論、体育館の中は大パニックである。

 

「爆弾が降ってきたぞ!!!!」

 

「逃げろ!!逃げるんだ!!!!!!」

 

一斉に体育館のドアへと殺到し、我先に出ようと殴ったり叩いたりして、終いにはドミノ倒しになるわで大惨事である。

 

「やべーっしょ!逃げるしか無いっしょこれ!!」

 

「待て戸部!!」

 

「何!?さっさと逃げないと、みんな死ぬっしょ!!」

 

比企ヶ谷はこのホテル軟禁の間も、実はちゃっかり鎮守府にいた。その時、興味本位で長嶺に聞いていた事を思い出したのだ。

 

 

「なぁ長嶺?」

 

「どしたよ比企ヶ谷」

 

「学校の体育館とかにみんなが避難してる所に爆弾降って来たら、一体どうなるんだ?」

 

「おぉ、いきなりだな。そうだなぁ、多分みんな大慌てで逃げようとする。死の恐怖の前に冷静な判断なんざ、まず無理だろうよ。戦場を知らん奴は特にだ。だから多分、落ちて何十人か吹き飛んだ瞬間、一斉に我先に出口を目指す。そこで混乱が起きて、乱闘になったりもするだろう。

だからそんな時は落ち着いて、別の出口を探せ。初動で冷静じゃ無い大人数について行くのは、逆に危険だ。どうせ死が間近に迫ってるなら、自分の意思で道を切り拓いたほうが良い。死んだ時も胸張って死ねる。それに案外、そういう時に働く勘ってのは案外当たるからな。

『戦場では冷静さを欠いた者から死ぬ』これは戦場での絶対ルールだ。爆弾なり砲弾なり、そんなのが落ちて来た瞬間、いつもの平和で楽しい日常は終いだ。落ちた瞬間、そこは既に戦場。常に冷静に、例えどんな屈辱を味わおうと、血の海の中を進もうと、生を諦めなかった者達が生き残る世界。命を全ベットして、全力のギャンブルをする場所だ」

 

 

「『戦場では冷静さを欠いた者から死ぬ』いいか、ここはもう戦場なんだ!落ち着け!!あそこに飛び込んでも死ぬだけだ!!」

 

比企ヶ谷は落ち着いて周りを見渡し、自分の記憶と体育館を照らし合わせた。ふと、1つの扉が目に入った。あそこは体育館倉庫で、主にボールだとか得点表だとかの小物が入っている。そしてその奥に、そのまま教室棟に続く通路があるのだ。しかも、あそこの鍵は掛けないことになっていた筈。

 

「みんな、こっちだ!!」

 

いつの間にか集まって行った生徒会の面々や一部の生徒を引き連れて、教室棟へと逃げ込む。その道中、街の姿が見えたのだが既に大惨事だった。あちこちから煙が上がり、爆発音が鳴り響き、サイレンがそこら中で鳴り響いている。まるで映画の紛争地域の様であった。

 

「アンタ、宛はある訳!?」

 

「鎮守府だ。三浦も分かるだろ?あそこなら、きっとどうにかなる」

 

僅かな希望だが、今のこの状況では賭けるには十分である。生徒会のメンバーを先頭に、駐車場のマイクロバスまで走る。ここの学校は警備がザルなので、マイクロバスもキーが差し込みっぱなしなのだ。因みにこれは遠征にも行くサッカー部だった、戸部からの情報なので信憑性は高い。

 

「みんな乗るんだ!早く!!」

 

「みんなー!急いでー!!」

 

こういう時の葉山と由比ヶ浜は、サクッと人を纏められるので案外有能らしい。比企ヶ谷達がどうやって動かすか試行錯誤してる間に、葉山と由比ヶ浜がその辺にいた生徒をバスに乗せていた。

 

「先輩、どいてください!」

 

「うおっ!?」

 

「あ、アンタ運転できんの?」

 

「俺の家、車の修理工なんで!」

 

顔も名前も知らない一年生が運転席に滑り込み、素早くバスを動かす。

 

「行きますよ!!」

 

アクセルを踏み込み、バスを急発進させ校門を目指す。車用の門は引き戸ではなく、前後に稼働するタイプのヤツなので多分車でも突破できるだろう。

 

「何かに掴まるんだ!!!!」

 

葉山が叫び、全員が椅子の前についてる手摺りを掴んで、衝撃に備える。バスは門を突破し、市街地へと出て行く。

 

「所で、行き先は?」

 

「避難所だ!!」

 

「葉山先輩、避難所って何処にあるんですかぁ?」

 

「そ、それは.......」

 

一色の指摘に黙る葉山。一応の避難所は今さっき門をぶち破って逃げて来た総武高校なのだが、バスの中にいる生徒達は誰1人として覚えちゃいない。

 

「お前、江ノ島は分かるか?」

 

「江ノ島っすか?分からなくは無いっすけど」

 

「取り敢えず、東京方面に向かってくれ。東京経由で神奈川に入り、江ノ島を目指す。長嶺提督なら、多分どうにかしてくれんだろ」

 

他の者達は希望である避難場所の候補が見つかったことで安堵しているが、葉山だけはその限りでは無かった。

 

「ふざけるな!!あんな、あんな奴を頼るなんて!!」

 

「そうね。それに関しては私も同感よ」

 

「そうだよ!!クワタンの手は借りたく無い!!!!」

 

自業自得なのだが自身の中では「桑田が悪い」になってる雪ノ下と由比ヶ浜もそれに同調し、バスの中が一気に凍り付く。

 

「あんさぁ、アンタ達何言ってるのか分かってんの?今の状況で、確実に助かるのは江ノ島しかないっしょ?」

 

「アンタらの個人的怨恨で、私達の命まで危険に晒すの辞めてくれる?アタシもさ、妹と弟の安否わからなくてピリピリしてんの。マジでそういうのイラつくんだけど」

 

三浦と川崎が反発するが、却って火に油を注ぐ結果となり車内は大荒れである。その後もヒートアップして大喧嘩になるが、バスが急停車した事でそれも止まった。

 

「あー、先輩先輩。これ、どうしましょう.......?」

 

「なっ.......」

 

目の前に真っ黒な女性が居たのだ。しかも周りには黒い魚みたいのもあるし、女性自体、腕が大砲の様になっている。初めて見るが、恐らく深海棲艦なのだろう。

 

「に、逃げろ.......。逃げるんだ!!」

 

「はい!!!!」

 

バスを急いでバックさせるが、すぐに気付かれて砲弾が近くに命中してバスが何回転かして、最終的に横転して止まった。シートベルトを締めていなかった者は、何人かが車外に放り出されてしまった。

 

「い.......イテェ.......」

 

比企ヶ谷を鈍い痛みが襲う。どうにかシートベルトを外そうと奮闘していると、窓枠の外にさっきの深海棲艦が飛び乗って来た。

 

「死ネ。人間」

 

砲を向けて、こちらを覗き込む。もうダメだと思ったその時、その深海棲艦の頭が青い血を撒き散らしながら消し飛んだ。

 

「おいおい。生徒会長を筆頭に学校のバスをパクって集団脱走とは、全く恐れ入るな。しかもこんなタイミングで。なんで呼ばないかな、そんな面白い事するなら喜んで力貸すぞ?それとも何か?桑田真也は、いつの間にか生徒会クビになったってか?」

 

深海棲艦が居たその場所には、不適な笑みを浮かべる男が立っていた。長嶺雷蔵である。

 

「長嶺?なんでここに.......」

 

「説明は後だ。さっさと逃げねぇと、奴らが来る。今出してやる」

 

長嶺は愛刀の幻月と閻魔を抜き、バスの屋根をぶった斬る。そのままシートベルトを外し、取り敢えず出せる奴から順に引っぱり出して行く。

 

「むむ!?おぉい長嶺よ!!!!また敵が迫っておるぞ!!!!!!」

 

「心配すんな材木座。敵の動き、装備、戦術、全て感じ取ってる。それに、アイツらに出番をやらないと俺がシバかれちまう。

と、いう訳で。野郎共、やーっておしまい!!」

 

次の瞬間、上空を霞桜の隊員達が竜宮ARを乱射しながら通り過ぎて行く。それだけではない。各大隊長達もビルの屋上から降って来た。

 

「プライマスの試し撃ちにはもってこいです!!」

 

「落下中だとはいえど、狙撃はできるのだよ諸君!」

 

「素材一杯。狩る」

 

「ハウンドも唸るぜ!!!!」

 

「ワイヤーって、便利なのよ、ね!!」

 

「オラオラオラオラァ!!!!紫電一閃じゃ!!!!!!!」

 

それぞれの獲物を使いながら攻撃を加え、下にいたイ級éliteを殲滅。豪快に着地する。その後方にいるハ級だって、コイツらが狩る。

 

「吹雪の術!!」

 

「翼扇!!」

 

犬神と八咫烏だって、何だかんだ久しぶりの戦闘だ。大暴れである。

 

「あら。私達の分、取られちゃった」

 

「え、エミリアちゃん!!」

 

生徒達が戦闘を見ている間に、いつの間にかオイゲンが後ろにいた。オイゲンだけではない。長嶺の部下である艦娘とKAN-SENの一部もいた。

 

「心配すんな。まだいっぱい後方にいるさ。これから嫌って程戦わせてやるから、今位はアイツらに譲ってやってくれ」

 

「ふぅん。楽しめそうじゃない」

 

「あぁ。楽しめるとも。よーし、野郎共傾注!これより状況を説明する。現在房総半島の沿岸部、取り分け東京湾側から深海棲艦が大量に上陸してきている。俺達の任務は、全部狩る事だ。間も無く千葉県一帯は、無菌室状態になる。そうなれば、もう俺達の世界だ。自衛隊の偵察隊によれば、姫級の存在も多数確認されている。いつもの様に霞桜はハウンド(猟犬)、艦娘とKAN-SENはハンター(狩人)として動け。

輸送隊は一度帰還し、車両を持ってこい。霞桜は艦娘とKAN-SENの各隊と協力し、狩りを開始しろ。艦娘とKAN-SENは各隊旗艦が、自身の仲間を纏めろ。あ、そうだ。一個分隊ばかり俺に付いてくれ。では行くぞ、出撃!!」

 

この命令が出ると霞桜の面々はグラップリングフックかジェットパックで飛び上がり、後ろの艦娘とKAN-SENの面々も動き出した。

 

「総長、うちの分隊を使ってくだせぇ」

 

「あぁ。ありがとう」

 

バルクの第三大隊から第八分隊を借り受け、指揮権を譲渡して貰う。まだバスに挟まってる連中を引っ張り出して貰う様頼み、長嶺は一帯の偵察にでも出ようかと思っていた時だった。

 

「指揮官。私もそっちに行っていいかしら?」

 

「俺は構わんが、ヒッパーはなんて言ってる?」

 

『そっちで引き取ってちょうだい。こっちじゃ面倒見きれそうにないわ』

 

「あー.......。大変ね、そっちも」

 

ヒッパーから悲痛そうな声で許可も出たので、オイゲンはこちらについて貰う。

 

「総長!!」

 

「メタルバック、どうした?」

 

「あの、この子どうっすかね?」

 

第八分隊の分隊長であるメタルバックに連れてこられたのは、バスの運転席であった。横転した時にでも刺さったのだろう。無数の釘が右胸に刺さっていたのだ。

 

「うっ.......あ.......」

 

「無理だなコイツは」

 

「無理って、なにが無理なんだ?」

 

比企ヶ谷がそう聞いて来た。血もあんまり出てないし、素人目にはそこまでの大事には見えないのだろう。だが、この後輩はもう助からない。

 

「そのまんまさ。おう兄ちゃん、首は動かせるな」

 

コクリと頷く後輩。だが声は出さないらしい。

 

「悪いが、お前さんは助けられそうにない。胸に刺さった釘が、肺に穴を開けている。既に息苦しいと思うが、今後更に苦しくなっていく。恐らく最終的には窒息か、血圧低下によるショックで死ぬ事になる。悪いが助けられそうにない。

だが幸い、楽にはしてやれる。もうこれ以上、苦しまなくてもいい。お前が選べ。楽になりたいのなら、2回首を振れ」

 

そう言うと後輩は静かに、2回、確かに首を振った。もう楽になりない、そう願った。

 

「よし。メタルバック、銃を。俺の銃じゃ威力デカくて、頭を消し飛ばす。お前ので撃たせてくれ」

 

「へい」

 

「.......お前、名前は」

 

「.......えな.......み..............か.......ける.......」

 

「江南翔。いい名前だ。お前は、あそこにいるだけの人を生かした。お前は英雄だ。歴史には名は残らないが、俺達はその名前、覚えておくぞ。23名の生徒を救った、若き英雄の名を。ご苦労だった」

 

パン!

 

頭に9mm弾を撃ち込んだ。すぐに衛生兵のギャラワンが脈を確認する。

 

「.......死亡確認」

 

「お、お前今、殺したのか.......。後輩くんを殺したのか!?」

 

葉山が背後から掴み掛かってくるが、反射的に素早く別方向に投げ飛ばす。だが葉山すぐに起き上がり、長嶺に対して色々文句を言ってくる。

 

「人殺し!!!!この悪魔!!!!」

 

「そうさ。俺が殺した。それの何が悪い?俺は死を提案し、江南翔は死を望み、それを叶えた。何も悪かねぇーよ。

それに、悪いがここはもう戦場だ。ここでは甘ったれた事言った瞬間、死ぬぞ」

 

「医者でもないのに人の生き死にを認めるなんて間違ってる!!!!」

 

「あ、なに。そんな事?それなら問題ねーよ。偽造身分だったし公式記録にも残っちゃいないが、一応これでもハーバードの医学部卒業してるし。証拠は何もないがな」

 

長嶺の場合、大体の反論は全て正攻法で捩じ伏せれるだけの経験がある。さっきの診断も、医者としての判断なのだから文句言われる筋合いはない。

 

「に、日本では安楽死は認められてない!!それに君がやったのは、委託殺人だ!!!」

 

「葉山ー、お前俺の言った事忘れてんのか?俺達は法律が適用されないんだわ。別にこの場でテメェら纏めてぶっ殺そうが、銀行で金を盗もうが、国会議事堂に爆弾投げ込もうが、ホコ天に車で突っ込んで機関銃乱射しようが、全く罪にならねーの」

 

「そんなの間違ってる!!!!」

 

「それは俺じゃなくて、国に言ってくれ。俺達は国に存在されて欲しいと願われたから、今こうして存在してる。まあとにかくアレだ。俺達の邪魔はするな。

テメェら、いいか!別に俺達はお前ら一般国民が30人死のうが、30兆人死のうが知ったこっちゃない!!だが目の前で死なれるのも目覚め悪いから助けてやる。ただし、俺達の言う事は絶対服従だ!!別に自分で好きに逃げて貰っても構いはしない。付いてくる付いてこないかは、好きに決めろ。だが付いてくるなら命令に従え!!」

 

長嶺が声高に叫ぶ。だがどうやら、全員が長嶺に従うしか道しか無いと理解していた。葉山、雪ノ下、由比ヶ浜も何だかんだ言っているが、これしか道が無いと分かっている。この状況で1人逃げても、すぐに死ぬ。ならまだ、固まった群れで動いた方がマシだということだ。

 

「.......良いだろう。付いてこい。それじゃ移動開始、と言いたいが敵が来た」

 

長嶺は素早く阿修羅HGを引き抜き、構える。オイゲンもすぐに艤装を構えた。

 

「総長、敵は?」

 

「.......おぉっと、コイツは姫級が混じってる。いきなり猟犬の出番、お預けだ」

 

「なら俺達は、ガキ共の肉壁でもやってますよ」

 

生徒達を路地の奥に連れ込み、その前を隊員達が平泉を展開して固める。今、通りには長嶺とオイゲンしかいない。

 

「そういや、俺達がガチの共闘って初めてだな」

 

「ふふふ。愛の共同作業、ってヤツかしら?」

 

「戦闘でか?愛の共同作業ってなら、ケーキ入刀だろ普通」

 

「あら、なら敵に入刀すれば良いわ」

 

「グロいわ!」

 

一応今、戦闘前なのだがこの緩さ、流石としか言いようが無い。こんなバカ話をしていると、敵が目視範囲に到達した。編成は駆逐棲姫2、リ級élite4、イ級élite8。取り敢えず、半々で分ければちょうど良い。

 

「それじゃま、好きに暴れてくださいな。鉄血のエリートさん」

 

「そうさせて貰うわ」

 

次の瞬間、長嶺は飛び出して、オイゲンは反重力装置で空を飛ぶ。オイゲンは上空から、203mmSKC連装砲を乱射し弾幕を展開。敵を釘付けにして周りの取り巻きを削る。

 

「火力全開!Feuer!」

 

一方の長嶺は八咫烏から風神HMGと雷神雷神HCを受け取り、弾を避けつつビルの壁を走る。

 

「悪いな!陸は俺のホームグラウンドなんだわ!!」

 

そして走りながら、風神の弾幕を浴びせてこちらも雑魚を優先して削り取る。

 

「ヤラセハ.......シナイ.......ヨ..............ッ!」

 

そう言って駆逐棲姫の1人が、オイゲンに魚雷を投げた。まるでミサイルかの様に飛んでいく魚雷に、オイゲンは気付くのが遅れた。

 

「ッ!?」

 

「そのまま」

 

だが勿論、自らの愛する女を目の前で傷付けさせる事なんて許さない長嶺が、しっかり風神の弾幕で魚雷を迎撃する。

 

「ありがと、指揮官」

 

「ははっ、良いってことよ!」

 

その後も着実に敵の数を減らし続けていくのだが、生徒達、正確には葉山が飛び出そうとして大変だった。

 

「エミリアちゃんが危ない!!助けなきゃ!!!!」

 

「はーい、坊主。ストーップ」

 

「止めないでください!!でないとエミリアちゃんが!!!!」

 

隊員のナバラが葉山を羽交締めにして動きを止めるが、それでも尚どうにか抜け出そうと踠く。

 

「兄ちゃん、心配せんでも愛しのエミリアちゃんは死なねーよ」

 

「深海棲艦相手に1人で戦ってるんですよ!!!!しかも長嶺のヤツ、エミリアちゃんの足を引っ張るに決まってる!!!!」

 

それを聞いた分隊の隊員達は思わず吹き出し、そのまま大笑いした。ある物は壁や地面を叩いて、またある者は笑い転げ、終いには笑いすぎて軽く呼吸困難になってる者までいた。

 

「な、何が可笑しいんですか!!!!」

 

「いや、だってねぇwww」

「長嶺がエミリアちゃんの足を引っ張るってwww」

「は、腹痛ぇwww」

 

「はいはいお前達www。その、あったwwwりにwww」

 

「分隊長もダメじゃ無いっすかwww」

 

「あーwww、ごめん無理止まらんwww」

 

顔を真っ赤にして必死に訴えかけてくる葉山が、余計に笑いを誘ってくるのだ。流石に周りの生徒達も困惑している。

 

「はぁー、笑った笑った。久しぶりにここまで笑った。

それでえっと、総長がエミリアちゃんの足を引っ張るだっけ?まずエミリアちゃん、オイゲンちゃんの強さから言っておこうか。あんな可愛らしい形の美女だが、その強さは彼女の陣営である鉄血でも指折りで、江ノ島にいる重巡の中でも単純な個体性能こそ中の上だが、その練度はトップ10に食い込む。姫級相手に1人でも立ち回れる、数少ない存在だ。

さて、それで我らの総長だが、あの人はもう強い弱いの次元が烏滸がましいレベルの方だ。例え江ノ島にいる全員、艦娘と我々が全力で襲い掛かろうとも、余裕で打ち負かす。君達が楽しい人生を歩んでいる間、総長は常に戦場にいた。そう、冗談抜きで文字通り国を滅ぼしたお方だ。練度云々で考えるなら、足引っ張るとしたら寧ろエミリアちゃんの方だ」

 

「そんなバカな.......」

 

「だったら見てみるかい?エンプティ!」

 

「ドローン、行きまーす!」

 

地味に1年ぶりの登場、ドローンの『サイレント』を使って2人の戦闘を撮影する。詳しくは第三十六話『二足の草鞋』を見よう。

サイレントが2人の上空に差し掛かった時、ちょうど戦闘は駆逐棲姫との対決であった。まずはオイゲンの方から見てみよう。

 

「オチロ!オチロッ!」

 

「効かないわよ、そんな攻撃」

 

オイゲンはスキル『破られぬ盾』を使い、敵弾を完全に無効化する。逆に至近距離で魚雷を撃ち込み、ついでに艤装で齧ってもらう。

 

「ウグゥ!!!!」

 

「これでチェックメイトね」

 

最後は至近距離で203mmSKC連装砲の一斉射で絶命した。一方の長嶺は、いつも通りであった。

 

「化ケ物メ!!!!」

 

「化け物舐めんな!!」

 

空中から風神を乱射して弾幕を張り、雷神でダメージを与える。そして最後、着地した瞬間に刀を抜く。

 

「終わりだ」

 

そのまま刀で首を刈り取り、一刀で仕留めた。刀を勢いよく振ると、綺麗に青い血が地面へと飛び散る。その姿は、美しいとすら思える。

 

「相変わらず、恐ろしい戦い方ね」

 

「いつもの事だろ?」

 

2人や隊員達は涼しそうだが、生徒達はそうではなかった。目の前で繰り広げられた戦闘に、恐怖した。だが、唯一この7人は違った。

 

(これが長嶺の戦い方.......スゲェ.......)

 

(長嶺くん、怖い筈なのにカッコいいっしょ!)

 

(何だろう、戦い方が綺麗.......)

 

(これが、これこそ我の求めていた侍だぞ!!よし、これから長嶺は師匠と呼ぶぞ!!!!)

 

(長嶺のヤツ強すぎだし。でも、何だろう。怖くない。寧ろ、何か憧れるっつーか、うぅー分かんないし!!)

 

(これが長嶺の本気。ふぅん、良いじゃん。確かにコイツになら命預けられるわ)

 

(先輩の戦い方、ぶっ飛んでるのに、怖いのに、美しいです.......)

 

そう。比企ヶ谷を筆頭とした、生徒会の面々である。彼らは「怖い」や「恐ろしい」ではなく「美しい」や「かっこいい」という、真反対の感想を抱いた。これだけでも、霞桜の隊員に迎えるだけの素質がある。

 

「お前達、もう大丈夫.......って盗み見してたのかよ」

 

自身の上空を飛ぶサイレントを見て、初めて盗み見されてた事に気付いた。別に見られて減る物でもないし、構いはしないが生徒に何かあったら面倒である。

 

「いやー、すみません。この金髪兄ちゃん、葉山とかいう奴がエミリアちゃんエミリアちゃんとうるさくてねぇ。黙らす為に見せた次第です」

 

「あら、王子様ったら、まだ私の事を気にしてくれてたの?」

 

「ぼ、僕はあの時に君に言った筈だよ。君が俺を好きというまで、自分を磨き続けるって」

 

「.......そう。嬉しいわ」

 

勿論このオイゲンの発言は、あくまで社交辞令。身も心もしっかり長嶺がゲッチュしてるので、付け入る隙はない。のだが、哀れな王子様は本気でオイゲンが肯定してくれていると思ってしまったらしく舞い上がってる。

 

「お前達、そろそろ行くぞ」

 

「あのー先輩?」

 

「ん?どうした一色」

 

「行くって、どこに行くんですか?」

 

「流石に陸をタラタラ歩いて行く訳にもいかないし、何より俺達は特性上、他の公僕に見つかるのは避けたい。そこで、空路でお前達を安全な場所まで輸送する。

だが生憎と、この辺り一帯は攻撃でボロボロになっちまってLlanding Zone、つまり着陸場所が少ない。だが幸い、3500m前方のホテル『ROYAL OKURA』の屋上にヘリポートがあるから、そこまで行くぞ。無論歩きだが、頑張れ」

 

一応他にも色々公園なんかはあったりするのだが、遊具が邪魔だったりで降下できないのだ。更に今は輸送機が鎮守府に帰還して、色々装備を輸送して貰っている最中なので呼んでもすぐには来られない。何処かに籠城するより、移動した方が安全なのだ。本来なら移動は逆に危険かもしれないが、今回は戦の玄人が大量にいるので移動しても問題ない。

という訳で戦場と化した都市を、一団はホテル目指して歩く。途中、何度か深海棲艦の偵察機に遭遇したが上手くやり過ごし、また動き出す。

 

『指揮官!』

 

「エンタープライズ、どうした?」

 

『敵の数が予想よりも多い!飛行場姫が2体いる!応援をこっちに回せないか?』

 

「少し待て。赤城、聞こえるか?」

 

『こちら赤城!提督、どうされました?』

 

「エンプラが焦げ付いた。恐らくその海域の敵は、後3分も攻撃を続ければ撤退する筈だ。撤退が確認され次第、一航戦は直ちにエンプラの応援に迎え」

 

『わかりました』

 

移動の最中であっても、無線で戦場の様々な情報が飛び込んでくる。その全てを素早く判断し、指示を出して行く。何なら音だけで戦場の状況を把握したりと、人間離れのチート技を繰り出していた。

 

「ねぇ、あれ何してるの?」

 

「あー、多分遠隔地の味方と交信して戦闘の指揮してるわね」

 

「え、そんな事できるん?」

 

「指揮自体は私でも出来るとは思うけど、指揮官は異なる場所の戦闘を並行して同時に何十も指揮してるわ。そんな事できるのなんて、AIか指揮官位の物よ。戦場ってね、川の水みたいに常に動き続けてるの。

普通なら何十個も同時に指揮なんてしたら、すぐに情報が混じって機能不全を起こすわ。でも指揮官はそれをやってのける。それに今、そうやって指揮をしながらも周囲に気を配って、進路を監視してるわ」

 

そんな事を川崎と三浦に話していると、急に長嶺が拳を掲げた。「止まれ」のハンドサインである。そのままハンドサインで指示を出す。

ハンドサインの意味は「敵と思われる。数10。この先20m。指揮官は捕らえる。残りは静かに殺す。続け」である。

 

اللعنة في أعماق البحار| ، (深海のクソ共め) لماذا يحدث هذا」(何でこうなるんだよ)

 

(アラビア語?)

 

.لا تكن قاتما جدا(そうボヤくな)فقدان تشيبا يؤلم ،(千葉を失うのは痛いが、)ونتيجة لهذا(これが原因では) لن يتم لومك(お咎め無しだろう) أسرع - بسرعة!(それより先を急ぐぞ!)

 

URの本拠地があるアフリカの北東部では、主にアラビア語が話されている。それに武装もAK47と、URの末端に配備されている銃。というか幾ら今が世紀末状態とは言え、アフリカ系の男が集団で軍用アサルトライフル担いでる時点で明らかに異常である。

 

「殺れ」

 

影から素早く飛び出し、指揮官と思われる戦闘の男以外は全員頸動脈を切って殺す。指揮官だけは平泉の電気色機能でビリビリして貰った。

 

「クリア」

 

「奴らを漁れ。何か情報があるかもしれん」

 

隊員達に死体漁りして貰ってる間に生徒達は前進。死体とご対面する事となった。

 

「し、死体だ!!」

 

「うわぁぁぁ!!!!!」

 

「人間の死体だぞ!!!!」

 

初めてみる戦場の死体なので、それは騒ぐ騒ぐ。中には祖父母とか親戚の葬式で棺桶に入った死体は見た事がある奴もいるかもしれないが、首から血を流す死体なんざ見た事ないだろう。

 

「ねぇ、貴方達が殺したの?」

 

「そうだが?」

 

「人殺し。人間のクズね」

 

雪ノ下が蔑みの目を持って、そう言ってきた。由比ヶ浜もそれに同調している。

 

「そうさ、俺達はクズだ。戦争屋さ。だがな、それはコイツらも同じ。手元をよく見ろ。その銃はAK47っていう、歴とした軍用アサルトライフルだ。コイツらはレジャー目的の、アフリカからやってきた観光客なんかじゃねぇ。URの末端構成員、ないし末端組織の使いっ走りだ。

コイツらは観光地に金を落とす代わりに、ヤクやら何やら危険な物をばら撒く害虫。害虫を駆除して何が悪い」

 

「この人達にも家族がいるのに!!!!」

 

「おう嬢ちゃん、まだ道徳の授業続けるか?俺達は一応アンタらが総長の知り合いだから、こうやって大人しくしてんだ。あんまりイラつく事言ってると、テメェのマンコを脳天に増やす事になるぞ」

 

「抑えろガット」

 

今にも由比ヶ浜に襲い掛からんとする隊員のガットを、上司であるメタルバックが止める。

 

「由比ヶ浜、それに雪ノ下と葉山。俺達はお前達がこれまで出会ってきた奴らとは、根本から違う。俺達は戦争屋、戦う事でのみテメェの存在価値を見出すロクでなしだ。

部隊の中には元は表の職だった者もいるが、中には暗殺者やテロリストだった奴だっている。そんな狂犬をあくまで俺は抑えてるだけで、支配はしていない。狂犬が収まる檻の目の前で高級肉振られたら、その内飛び掛かるぞ」

 

霞桜の隊員は誰もが、経歴に何かしらの傷を持っている者が殆どだ。長嶺とて、それを完全に支配している訳ではない。寧ろある程度自由にやらせて、不味いところだけ止める様な感じだ。

故にこういう輩がいると、止め切れる自信がない。いや、この3人に限っては止める気も起きない。

 

「総長、奴ら、こんな物を隠し持ってました」

 

「.......避難プランと、拠点の位置か。よし、お前達はこのまま前進。この拠点を探ってくれ」

 

メタルバックと隊員達10名にそう命じ、生徒達は長嶺とオイゲンの他、ガット、ナバラ、エンプティ、ジャーロの6人で護衛する事になった。生徒達の旅は、まだまだ続く。

 

 



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第六十八話ホテルの死闘

数十分後 ホテル『ROYAL OKURA』

「ここで待機しろ。俺は黒鮫を呼んでくる」

 

長嶺が連絡すると、どうやらまだ積載に手間取ってるらしく時間がかかるらしい。

 

「どうします?」

 

「それなら先に、例の捕虜の尋問でもやるか。取り敢えず、そこの部屋でやるぞ。あ、そうだ。お前達は、絶対入ってくんなよ?見たら多分、一生物のトラウマになるぞ」

 

捕虜を適当な空き部屋の中に入れ、椅子に縛り上げる。そのまま叩き起こして、話を聞く。

 

「日本語、喋れるな?」

 

「何者だ!?!?」

 

「俺たちが誰だろうと、何であろうと、お前には関係ない。お前の生殺与奪は今、我々が握っている。死ぬか、生きるか、選べ」

 

ジャーロの問いに、案の定捕虜は吠える。「ふざけるな」とか「違法だろ」とか色々言うが、いつものパターンなので対処法も分かってる。

 

「おいジャーロ、やるぜ?」

 

「あぁ。頼むよエンプティ」

 

エンプティがナイフを爪の間に突き刺して、まずは右手の親指の爪を剥がす。そこから小指まで、じわじわ剥がしていく。想像を絶する痛みに、捕虜は泣き叫びながら顔から出せる汁を全部出しながら踠いている。

 

「まあ、言うこと聞かなければこうなる。それで、お前は何者だ?」

 

「URの戦士だ.......」

 

「そうか。で、お前達は何が目的でここに来た?どのくらいの人数で、どのくらいの装備を日本に配備している?」

 

「人数は関東のしか知らないんだ!他の地区にもいるが、その辺の連中と関わる事はねーんだよ.......。それはもっと上の、パラディン長階級じゃないと関わらない」

 

「では関東圏の人数と装備、それからエルダーについて話せ」

 

最初の爪剥ぎが効いたのか、そこからはペラペラ喋ってくれた。まずURの勢力は大きく9つの地方に別れている。九州、中国、四国、関西、中部、関東、東北、北海道北部、南部と別れている。各県に支部があり、この男は東京支部の長らしい。パラディン長とは各地方の長であり、東京はパラディン長の代わりにセンチネルという役職の者がいるらしい。

目的は分かっていたが、薬をバラ撒いて日本の裏社会を支配し、ゆくゆくは日本自体を支配すること。URの思想自体、URによる世界統治が目標なので案の定ではある。因みに東京のセンチネルは、アフリカに一時帰還してるらしく今は留守だという。

 

「総隊長、どうします?」

 

「吐く物吐いたし、殺せ」

 

「了解」

 

捕虜はもう用済みなので、殺して死体袋に収納。そのまま生徒達と一緒に、江ノ島に送って処分する。

そうこうしていると連絡が入ったので、生徒達をヘリポートに上げる。丁度そのタイミングで戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』が、着陸体制に入っていた。

だがその時、砲弾が命中し姿勢が崩れた。

 

「敵襲ー!!!!!!!!」

『退避する!!』

 

「安全確保!!前進!!!!」

 

ガットの命令に従い、ナバラとジャーロが生徒達を階段に押し戻す。そしてガットとエンプティ、それから長嶺がヘリポートの淵まで前進して警戒に当たる。

 

(我が主、敵は防空棲姫だ。防空棲姫以下、レ級3、タ級élite2、リ級15、ネ級23、イ級45の編成だ。そちらに前進している)

 

(一度帰還しろ)

 

(心得た)

 

一度、最上階のバーまで生徒も含め全員後退し、そのまま状況説明と作戦を練る。

 

「ヤバいですねコイツは」

 

「俺達の装備で姫級は無理だってのに、雑魚艦もこの数。幾らオイゲンの嬢ちゃんがいるって言ってもな」

 

「分かっている。お前達の任務はあくまで時間稼ぎ。恐らく、他戦区の戦闘も後30分程で肩が付く場所が出てくる。その部隊を当てる」

 

迎撃作戦は決まった。第八分隊全員が最前線に立ち、それをオイゲン、犬神、八咫烏が援護。長嶺がここから狙撃による支援を行い、味方部隊の到達を待つ。要は遅滞戦闘だ。

長嶺が前線に行っても良いのだが、流石にこれだけの人間の前で能力を見せるのは避けたい。何より要注意人物3人のお守りをするハメにもなるので、ここは長嶺1人で受け持つ。

 

「お前達、くれぐれも無茶はするな。行け!」

 

長嶺は彼らを送り出し、自分は八咫烏から降ろした全ての武器を狙撃ポイントに運び込んで待機する。

 

「長嶺よ、お主の部下やオイゲン女史は何処に行ったのだ?」

 

「そうだな、テメェらにも説明しないと。

テメェらよく聞け。今、ここに深海棲艦の、それも防空に特化した個体が前進してきている。これを排除しない事には、輸送機を降ろせない。さっきの砲撃で輸送機は一度、鎮守府に帰還した。よって、今から俺達は遅滞戦闘を展開する。具体的には時間を稼ぎ、他部隊の合流を待つ。それまで、決して俺の邪魔をするな。邪魔した瞬間に、問答無用で排除する」

 

戦闘モードに入った長嶺を前に、全員が気後れする。殺気を纏うという表現が1番近い、そんな状態の人間を見た事なんて無いのだ。無理もない。

 

「ゴールドフォックスより各員。配置に着いた、いつでも行ける」

 

『ゴールドフォックス、ショーを始めます。援護、頼んますよ』

 

「了解だ、任せてくれ」

 

桜吹雪SRにマガジンを込めてスライドを引き、初弾を薬室に装填。スコープには攻撃位置に前進する隊員達を捉えている。

 

『攻撃開始!!』

 

ガット、エンプティ、ナバラがセミオートで攻撃を開始。ジャーロは軽機関銃での弾幕射撃を開始する。これに合わせてオイゲンら支援組も攻撃を開始し、深海棲艦にも隙が生まれてしまう。隙を見せてしまえば、コイツが刈り取る。

 

「スゥ.......ハァ.......」

 

ズドォン!ズドォン!ズドォン!

 

正確な狙撃で相手の指揮役を潰せる限り潰し、混乱をさらに助長させる。それだけでは無い。狙撃以外でも大蛇GLによるグレネード投射や、龍雷RGによる狙撃も交える事で攻撃に種類が生まれる。相手はどれだけの狙撃手がいるのか、全くわからなくなるのだ。

 

「な、なぁ!僕にも何か手伝わせてくれないか?一応ゲームで狙撃はやったことがある」

 

「素人が出しゃばるな。本物の狙撃は湿度、気温、風向き、戦場の状況等の諸々を考慮して撃つ。ゲームみたくスコープの真ん中にターゲットを捉えて撃つなんて、そんな簡単なモンじゃ無い。引っ込んでろ!」

 

葉山に邪魔されつつも攻撃を続けていると、下に深海棲艦の別働隊が回り込んでいる事を察知した。外壁を登って来られるのも面倒なので、対処する他ない。

 

「下にも客が来やがった。一時的に支援を中止、対処に回る」

 

『なる早で頼んますよ!!』

 

「任せろ」

 

長嶺はそのまま、狙撃位置を離れ迎撃に向かってしまった。これがいけなかった。今ここには生徒達しかおらず、銃はそのまま。セーフティは掛けているが、解除さえしてしまえば誰でも撃ててしまう。

なんと葉山、そのまま桜吹雪を構えて勝手に攻撃を始めやがったのだ。

 

「ここから先に行かせるな!!撃て!!!!」

 

パシュン!!

 

「な、なんだ!?」

 

なんとエンプティの進もうとした位置に、桜吹雪の20mm弾が飛んできたのだ。後1秒行動が早ければ、頭を撃ち抜かれている所だった。

後方からの攻撃に現場は混乱。さっき長嶺は離れると言っていたのに、大口径の弾丸が飛んでくる。しかも仮に長嶺なら、間違えてもこんな狙撃はしない。だが位置的に、恐らく長嶺の居た位置なのだ。何がどうなってるのか色々考えていたら、更に何発も等間隔に飛んで来た。そのどれもが、隊員達を撃ち抜かん物ばかりで身動きが取れなくなってしまった。

 

「クソッ!!総長は俺達に恨みでもあんのか!?」

 

「ガット、ここはまず連絡しましょう!なんか嫌な予感がします」

 

ナバラに促され、一応長嶺に通信をかける。だが勿論、長嶺は下で戦ってるので「何だと!?」という答えが返ってくる。流石にこんな話を聞いては嫌な予感しかしないので、すぐに上へと駆け戻る。

 

「クソッ!クソッ!なんで当たらないんだ!!」

 

「葉山やめなよ!!!!」

 

「マジでやめろよ隼人くん!!!!!」

 

「すぐやめろ!!!!!」

 

こんな具合に他の生徒達の制止も虚しく、葉山は撃ち続けた。その時、扉を破ってレ級が入ってきた。生徒達は逃げ惑うが、比企ヶ谷だけは違った。たまたま逃げた先に、竜宮ARが転がっていたのだ。

 

「やるしか.......ない!!」

 

映画で見た様にコッキングレバーを弾いて、初弾を装填する。どうやら既に入っていたらしく、弾薬が排出される。ストックを肩にピッタリと押し当て、セレクターをフルオートにし、レ級に銃口を向けて、トリガーを引く。

 

「うおぉぉぉぉ!!!!!」

 

ズドドドドドドドドドドドド!!

 

フルオート射撃をレ級に見舞うが、弾が全く当たらない。反動制御が全くできておらず、弾が明後日の弾道を描いてしまっているのだ。しかもすぐに1マガジン使い切ってしまって、トリガーを引いても「カチッカチッ」としか言わない。

 

「強イカト思ッタケド、弱インダネ。ジャア、死ノウカ?」

 

「やっぱりダメか.......」

 

「いいや、ダメじゃないさ」

 

次の瞬間、レ級の背中に何かがタックルした。レ級は前のめりにずっこけて、床に顔面をぶつけている。その前に立っていたのは、長嶺だった。

 

「まさか竜宮で時間稼ぐとはな。良くやるわ。良い機会だ、本当の撃ち方を見せてやる」

 

長嶺は竜宮を受け取ると、素早くマガジンを込めてコッキングレバーを引く。準備に掛ける時間も短く、構え方も一目で玄人と分かる。

 

「オ前—」

ズドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 

二の句を言わせる前にトリガーを引いて、全弾キッチリ叩き込む。だがそれでも、レ級は倒れない。

 

「ク、クソガ.......」

 

「はいはい。クソでもウンコでもいいから、さっさと死ね」

 

刀を抜いて、そのまま踏み込み素早く切り捨てる。格の違いに全員が驚き、長嶺は涼しい顔で刀を鞘に納める。だが、その中でも射撃を続ける馬鹿が居た。葉山である。

今の今まで葉山はずっと桜吹雪を撃ち続けていたのだ。その状況を見るなり、長嶺は即葉山の頭を掴んで壁へと叩きつける。

 

「グッ!!!!」

 

「テメ——」

 

長嶺が怒鳴ろうとした時、隊員達のいる位置で爆発が起きた。葉山が放った弾丸が、弾薬を入れたカバンに命中し爆発。破片をジャーロが浴びて、負傷してしまったのだ。

 

『エマージェンシー!!ジャーロが負傷した!!!!!』

 

「ケガの具合は!?!?」

 

『.......右半身に破片が大量に刺さってます』

 

「了解した。すぐにその場を離れ、ここまで退け。もう逃げ隠れして、ここで狙撃するのも飽きてきた。アイツら、全部俺が倒す」

 

そう言うと、長嶺は御札を取り出した。艦娘化ではなく、神授才を使う気なのだ。

 

「我願うは、大和民族の火焔なり。この身は火焔と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が火焔は止められず。この火焔は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを焼き尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、火焔と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

あのアーマーを装着し、窓から外へ飛び出す。まずは雑魚敵の掃討からだ。

 

「焔舞」

 

佐世保鎮守府襲撃の時、地下オークション会場で使った技を覚えているだろうか?あの炎が踊り狂う、あの技。その技を使う。炎舞は単一目標にも使えるが、その真価は対多数戦闘でこそだ。逃げ惑う深海棲艦を炎の波が追いかけ回し、追いつかれた瞬間に炎に飲み込まれて行く。

そればかりか炎で壁を形成して、意図的に進路を誘導したりと使い方は様々で、さっきまで手こずっていた雑魚をたった3分で殲滅してみせた。

 

「ヤッタナァ.......オマエモ イタクシテヤル!!」

 

「そうかい。俺の部下をなんだかんだ可愛がってくれてんだ。テメェはもっと痛くしてやるから、心配しなくていいぞ。あぁ、お礼はいらない。それじゃ、ソードビット」

 

素早く後方のソードビットが群れを成して防空棲姫の艤装に襲い掛かり、艤装をズタズタに引き裂きつつ切り離す。

 

「これでお前はもう、単なる女だな。艤装無しじゃ、もうどうにもなるまい?」

 

防空棲姫の頭を掴み、そのまま地面に擦り付けながらホテル目掛けて突進。そのまま屋上まで、フロアの天井と床を防空棲姫を押し当てながらテッペンまで飛ぶ。

 

「モウ、ヤメ」

 

「飛びやがれ!!!!!」

 

そして仕上げと言わんばかりに明後日の方向に放り投げ、ビームビットの弾幕で穴だらけにする。防空棲姫はそのまま、地面へと堕ちていった。

これで一先ずは戦闘が終わったわけだが、次はジャーロの治療しなくてはならない。

 

「ガット、ジャーロの状態は?」

 

「大半が装甲服で止まっててくれましたんで、ほぼ擦り傷程度です。なんですが、コイツだけは流石にヤバいっすね」

 

ジャーロの右脇腹に、破片が深々と突き刺さっている。恐らく内臓にまで届いてる可能性があるが、付着している材質が問題だった。

 

「これ、鉛じゃないか?」

 

「やっぱ、そうですよね。これ中毒になったら.......」

 

「あぁ。流石に摘出しないと不味い。ガット、エンプティ、ナバラ、後は材木座と戸部!ジャーロの四肢を抑えろ。オイゲン、40°くらいのお湯を沸かして、ナイフを火で炙ってくれ。残りの生徒は綺麗な布をありったけ持ってこい!!」

 

その間に長嶺はベッド代わりのテーブルを準備し、そこにジャーロを寝かせる。更に縫合用に、銃の火薬を抜いて準備しておく。

 

「そ、総長.......俺、たす.......かり.......ますか?」

 

「あぁ。必ず助けてやる。だが、これからお前はこれまで味わった痛みを超える、想像を絶する痛みを味わう。先輩として、1つアドバイスだ。気絶しそうになったら、迷わずしていい。寧ろ積極的に気絶しろ。無理はするな」

 

「頼.......み.......ま」

 

「もう喋るな。少しでも体力を温存するんだ。正直、テメェの体力でどうにかしてもらう部分もある。いいな?」

 

暫くすると、頼んでいた物が全部揃った。5人にそれぞれ四肢を抑えてもらい、ジャーロが暴れないように固定。まずはお湯で濡らした布で傷口を拭き、血と汚れを軽く落とす。

 

「始めるぞ、ジャーロ踏ん張れ!!」

 

熱したナイフで傷口を切り開く。勿論、麻酔なんて物はないのだから痛みはダイレクトに伝わる。幾ら訓練を積み重ねた猛者と言えど、身体を切り開かれる痛みは想像を絶する痛みだ。その痛みから逃れようと、叫びながら身体をバタつかせる。

 

「ジャーロ頑張れ!!!!!!!」

 

「負けるなジャーロ!!!!!!!」

 

「今日、飲みにくい約束だったろ!!!!!!酒だ!!宴会を思い出せ!!!!!!!」

 

「ジャーロ殿、辛抱だ!!!!!!」

 

「ジャーロさん、頑張ってください!!!!!!」

 

仲間達が声を掛け続け、それに釣られて材木座と戸部も声を掛ける。

 

「よし!!摘出成功だ!縫合に入る!!」

 

火薬を傷口にセットし、着火。シューという音と、肉が焼けるような匂いが立ち込め、今までで1番の叫びを上げる。火薬の燃焼が終わる数秒後、ジャーロは静かになった。

 

「取り敢えずはOKだ、よく頑張ったなジャーロ」

 

後は鎮守府で検査の上、手術が必要であれば新たに手術をすれば良い。あくまでこれは応急処置だが、恐らく破片の刺さり具合から見て内臓までは届いてないだろう。

数分後、別の『黒鮫』が飛来し、生徒達と捕虜、ジャーロと付き添いのエンプティが乗り込んで半島を離脱。一時的に江ノ島鎮守府で保護する事になった。そして約9時間後、千葉に上陸した深海棲艦の殲滅が完了した。

 

 

 

10時間後 江ノ島鎮守府 地下 格納庫

「任務で疲れているのに、皆を集めてすまないな」

 

長嶺は任務から帰還した隊員達を、よく宴会とかでも使う巨大な格納庫に全員を集めた。

 

「知っている者も居るかもしれないが、今日の戦闘でジャーロが負傷した!この負傷は奴がミスした訳でも、敵にやられた訳でも無い!!コイツの放った弾丸が、弾薬を積めたバックパックに命中し爆発。その破片を諸に受けた!!

コイツの名は葉山隼人!!総武高校の潜入中に何度も厄介事を増やし、常に俺にイチャモンを付けてきた馬鹿だ。この馬鹿が勝手に俺の銃を使い、下手くそな狙撃に巻き込まれてジャーロは負傷した!!葉山、何か反論は?」

 

「ぼ、僕はただ、エミリアちゃんを守りたかっただけだ!!それにお前だってアレだけ強いのに、先頭で戦ってない卑怯者じゃないか!!!!エミリアちゃんを戦わせるなんて!!そりゃ僕だってあんな事になるなんて思わなかったし、それを狙った訳じゃ無い!!初めてだったんだ、仕方ないだろ!?!?」

 

葉山は開き直り、トンデモ理論による反論で抵抗してくる。こんな事を言われては、どんなに温厚な者でもキレるだろう。

 

「もう黙れ。あー、言わすんじゃなかったわ。

とまあ、コイツのバカな妄言理論は以上だ。知っての通り、我々に法は適用されない。従って、法は存在しない。馬鹿やらかした不始末、どう付ける?」

 

次の瞬間、全員が口々にこう叫んだ。

 

「殺せ!!!!」

「そうだ殺せ!!!!!!」

「殺せぇ!!!」

「死ね!!!!!」

 

「「「「「殺せ!!殺せ!!殺せ!!殺せ!!」」」」」

 

わかりきっている事であるが、やはり全員がこう言った。とは言え、葉山は腐っても表の人間で微妙に親が権力者なので、殺すと後が面倒になる。

 

「お前達の気持ちは良く分かった!!!!!だがな、コイツは表の人間だ!それにジャーロは死んでない上、意識も取り戻している。ジャーロからは「殺さなくて良い」とも言われている。だがお咎め無しでは、俺含め皆の気持ちは収まらんだろう?だから、コイツには地獄を見て貰う!!!!オイゲン!!!!!!!!!!」

 

「え、エミリアちゃん!!」

 

「プリンツ・オイゲン!!俺達の仲間である彼女はエミリア・フォン・ヒッパーとして、総武高校にいた。この馬鹿はエミリアに恋している。まずは、その恋の結果を見ようじゃないか。

葉山、今ここでオイゲンに告白しろ。そうだなぁ、もしOKだったら、ここから何もせずに出してやるよ。それにオイゲンも付けよう。オイゲンをエミリア・フォン・ヒッパーとしての戸籍にしてやるから、結婚でもSEXでも何でもすりゃ良い」

 

葉山はいきなりの告白チャンスに困惑するも、女が絡むと判断力が低下して馬鹿になるのか知らないが、この見え見えの罠に引っ掛かり告白する事にした。

 

「えっと、エミリアちゃん。こんな状況で締まらないけど、貴女の事が好きです。貴女の事だけを愛します。僕と、付き合ってください」

 

まあこの答えなんて、決まりきってる。だが、その振られた方は中々に痛烈な物だった。まず葉山をビンタする。そしてボロクソに貶したのだ。

 

「まず私、何度も指揮官とかが言ってる通りエミリア・フォン・ヒッパーじゃなくてプリンツ・オイゲンなの。それを何度も何度もエミリアちゃんなんて呼ばれちゃ、溜まった物じゃないわ。それにね、アンタ臭いのよ。常に香水包まれてて、香害よ香害。後、私に初めて告白した時も断ったのに「私に似合う人になる」とか言ってて、正直気持ち悪いわ。よくあんな事言えたわね。もしかして厨二病なの?

それに学校で何度も何度も私と指揮官の邪魔をして、ストーカーみたいに付き纏ってみたり、何かやっても後始末は他に押し付けて、それに私達も巻き込んで、何より指揮官を貶して、なんでそんな人と付き合わないといけない訳?ホント、目の前から消えてくれる?目障りなんだけど?」

 

もう雪ノ下ばりの罵倒である。ここまでボコボコに振られては、隊員達も笑ってしまう。格納庫中は笑い声に包まれた。

 

「.......が..............しい」

 

「なんだって?」

 

「何がそんなに可笑しいんだッ!!!!!!!!」

 

そう言って長嶺に殴り掛かる。だがそれを普通に回避して、そのまま固める。

 

「おーおー、フラれた八つ当たりか?ダセェな王子様」

 

なんか面白くなりそうなので、自力で抜けられる程度に力を弱めてやると葉山はすぐに抜け出した。そして、文句を言いまくる。

 

「僕はオイゲンちゃんを愛してるんだ!!!!なのに何でお前みたいな、顔と権力位しか魅力のない奴に惹かれるんだ!!!!!!僕は、スポーツも勉強も顔も良くて、オイゲンちゃんの事を1番に考えてる!!!!!なのに何故、君は身を引かないんだ!!!!!!!!身の程を、弁えろよ!!!!!!!!!!!!!!」

 

あまりの言いように、全員がポカーンとしていた。こんな事言われても、すんなり理解はできない。

 

「.......愛してる、ねぇ。それ単なるお前の独り善がりじゃん。確かに恋愛なんざ独り善がりが基本だろうが、少なくとも周囲にフラれた理由を付けるのは間違ってるだろ。別に理由付けて自分を誤魔化すだけなら誰も構いはしないがな、それを言い分に女の前でそう言うのは男としてダセェ。

それに身の程云々言うなら、そのセリフ吐くべきは俺だ。お前は高校の中じゃキングでも、一歩外に出れば単なる一般人。平民だ。にも関わらず、さも自分中心で事が回ると思ってんのは馬鹿のする事だろうよ」

 

「う、うるさいうるさい!!!!というか何でお前が提督なんだ!!どうせ色んな奴に手を出したり、権力濫用したりしてんだろ!?!?その地位になったのも、どうせ親のコネだ!!!!!!」

 

凄いぞ葉山、その通りだ。これまでこの作品を見てくださっている読者諸氏なら知っていると思うが、今回ばかりは葉山の言ってる事は間違ってはいない。東川のコネで提督と長官になり、所属艦娘&KAN-SENにケッコン宣言して、権力も濫用してるのは確かだ。

だが根本的な部分が違う。私利私欲ではなく、あくまで仲間、いや。江ノ島にいる家族の為にやった事。それをこんな風に言われれば、全員黙っていない。次の瞬間には、全員が反射的に銃を構えていた。

 

「お前達」

 

「総隊長殿、止めないでください。今回ばかりは私も、みんなに同意見です」

 

「隊員の皆さんだけじゃないですよ提督!」

 

「私達だって同じ思いだ」

 

振り返れば隊員達の背後に、大和とエンタープライズを先頭に、艦娘とKAN-SEN達が艤装を装備した状態でいるではないか。しかも全員、武器を構えてピッタリ葉山に狙いを定めている。

 

「なんで、なんでお前の周りにはそんなに人がいるんだよ.......」

 

「葉山、とか言いましたね。提督は常に己の事を顧みず、仲間の為に尽くします。ここに所属する艦娘の半数以上が、提督に絶望の中から救い出して貰った者達なんです」

 

「私達だって、指揮官には借りがある。本来この世界には、私達の居場所は無い筈だったんだ。指揮官はそんな私達全員を受け入れてくれて、ここに置いてくれている。仲間として、家族として、日々を過ごしてくれるんだ」

 

「我々だってそうです。我々は全員が表に居場所を無くした、世界のはみ出し者達。野垂れ死んで地獄に堕ちるしか無いような連中です。生まれてからずっと戦火の中で過ごした者も、元は敵同士だった者もいます。

ですが総隊長殿がその全てを受け入れてくださり、私達が何かやらかしてくれても笑って一緒に混じってくださって火消しをしてくださり、我々1人1人を気に掛けて常に見守ってくださっている。まだ18のガキですよ、総隊長殿は。でもね、私達は長嶺雷蔵という男に命賭けてるんですよ!!!それを馬鹿にする者は、誰であろうと容赦しない」

 

全員が撃とうとした時だった。長嶺が天井に銃を撃った。

 

「あのね、お前達。何か忘れてないか?今回はジャーロに対する不始末を処理すべきであって、アイツの意思を汲むべきだろう?お前達が俺の事を思って怒り狂ってくれるのは嬉しい限りなんだかな、流石に殺すと面倒なのよ。

それにさ、お前達ホント肝心な所で抜けてるよな。俺なら殺さず、ゆっーくり時間をかけて痛ぶるぜ?」

 

この後、長嶺が葉山に言い渡した罰はトンデモない物だった。葉山を何日もかけてリンチするという物だったのだ。だが1番タチが悪いのは、衛生兵の指示に従ってリンチすると言う点だ。簡単に言うとリンチでボコボコにするのだが、その度に治療してヤバい時はストップを掛けて、生かさず殺さずで精神を殺していくスタイルにしたのだ。

翌日から葉山の地獄が始まるかと思ったのだが、それよりも先に最もヤバい拷問が始まったのだ。

 

 

「ねぇ、カルファン」

 

「オイゲンちゃん、どうかしたの?」

 

「私、面白い事思い付いちゃったんだけど協力してくれないかしら?」

 

オイゲンが考え付いた事、それはベッドインの写真を撮るという物である。自分の顔は良い感じに隠しつつ、さも葉山が女2人と寝たかの様な写真を撮影し葉山が今後、女性と恋愛関係になる度に相手に送りつけるのだ。

この案を書いたカルファンは、もうノリノリだった。ベッドメイクからカメラの位置は勿論、服やベッドの乱れまで精巧に調節し、更にAV撮影なんかで使われる擬似精液まで準備して、それをコンドームに詰めたり身体に掛けたりして、写真を撮った。

 

「こんな感じでどうかしら?」

 

「流石ねカルファン!これで相手をボコボコにできるわ」

 

「あ、そうそう。なら、こんなサービスを使うと良いわよ」

 

最近のネットには何でもあるというが、こんなサービスまである。そのサービスというのが特定の人間の周囲を監視し、その情報を元に相手が最も困る事をしてくれるサービスだ。今回の場合なら葉山の周りを監視し、恋愛関係に発展すると写真が相手の方に郵送される。そういう代行サービスもあるのだ。

 

「最近のネットって、凄いのね.......」

 

「何度かこういうのを利用して情報集めたし、ここのリーダーは私の古い知り合いで信頼も出来るわ。それにビジネスの立ち上げ時は私も手伝ったから、私が頼めば無料なの」

 

こういう時のカルファンは本当に恐ろしい。この後、更に何パターンかウィッグを付けて撮影して、それも送られる様にしたので、これで葉山は「不特定多数の女性と行為に及ぶ変態ヤリチン野郎」というレッテルが貼られるだろう。

撮影が終わると、その足でオイゲンは長嶺の元に行った。

 

「ねぇ指揮官」

 

「どうしたよオイゲン。まさかお前、今からシようなんて言わないよな?」

 

「んー、まあ近いわね。私ね、1つ面白い拷問考え付いたの。協力してくれないかしら?」

 

「.......詳しく話せ」

 

オイゲンが考え付いたもう一つの拷問。その案の詳細を聞いた長嶺は、ニヤリと笑うとこう言った。

 

「お前も恐いわ。だが、おもしれぇ。確かにアイツには俺も少なからず恨みがあるし、あくまで聞こえたり見ちまうのは、たまたま(・・・・)だもんな。事故だ事故。

そうだ、どうせやるなら徹底的に行こうや」

 

オイゲンの考えた拷問。それは視点を葉山に切り替えて、その全貌を見て頂こう。因みに葉山は現在、地下の牢屋に拘束されている。牢屋自体は幾つもあるが、この階には葉山しかいない。そしてこれは、あれから3日後の話である。

 

「俺.......出られるのかな.......」

 

長嶺のクズによって、俺は全てを失った。愛するオイゲンちゃんも、僕の王国だってアイツが壊した。もしアイツが居なければ、俺は今もきっと高校生活を満喫しているだろう。俺の俺による俺の為だけの王国で。

アイツが来て良かった事なんて、オイゲンちゃんと会えたことくらいだ。

それにもう身体もボロボロで、鈍痛がずっと抜けない。長嶺の部下は悪魔だらけだ。みんな、嬉々として俺を殴ってくる。殴るどころか蹴りを入れてくる場合もあるし、一度銃で撃たれそうになった事もある。

 

「出ろ」

 

「また.......殴られるのか.......」

 

「それがお前への罰だ。だが、今回は違う。檻を別の場所に移す」

 

そう言って連れてこられたのは、海が綺麗な場所だった。隣には白を基調とした建物があって、檻さえ無ければリゾート地にいる気分を味わえるだろう。檻さえ、無ければ。

 

「お前、良かったな。ここで過ごせるのは、総隊長意外にはいない。隣の建物は総隊長の住む部屋だ。オーシャンビューの監獄とは、お前さんも贅沢だな。

そうだ、コイツをやろう」

 

そう言って目の前の男は、高倍率の双眼鏡を渡してきた。何故かイヤフォンも付いている。

 

「それは集音器付きの双眼鏡だ。それで海を眺めるなり、波のせせらぎを聞くなり、自由にするが良い」

 

試しに使ってみると倍率も結構ある上に音もよく聞き取れて、良い暇つぶしになると思う。双眼鏡を渡すと、男はさっさと帰っていく。折角こんな綺麗な場所にいるのだから、あんな邪魔者、さっさと消えてもらいたい。

俺はそのまま、適当に双眼鏡であちこち眺めていた。その時、間違えて長嶺の家を画角に入れてしまった。移るのは当然、真っ白な壁。だが、集音器が妙な音を拾った。水が滴るかの様なピチャピチャという、小さな音だ。多分、長嶺のバカが蛇口を閉めきれてないだけだ。でも、何だかそれが気になって、更に音を拾ってみる。すると今度は、より明瞭に聞こえてきた。

 

『んっ.......はぁ.......❤️❤️。ふふ、どう指揮官。私のキスの味は?』

 

気が狂いそうになった。俺の、俺だけのオイゲンちゃんが、他の奴とキスしてたんだ。

しかも相手は、あのクソ野郎の長嶺だ。こんな事、あっていい筈がない。彼女は俺の物なのに!!

 

『にしてもお前、キスが上手になったな』

 

『そう言ってくれるなんて嬉しいわ❤️さぁ、夜は長いわよ?だ・ん・な・さ・ま❤️』

 

こんな甘ったるいオイゲンちゃんの声は聞いたことが無い。まるで砂糖と蜂蜜に、練乳をかけた様な甘い声だ。その時、チラリと部屋の中が見えた。少し身体の位置を動かすと、カーテンか何かの隙間から部屋が見えたんだ。

心の何処かで今部屋にいるのはオイゲンちゃんの声に良く似たデリヘル嬢か何かで長嶺はその人と行為に及んでると、そう考えていた。いや、そう考えていたかったんだ。部屋の中には人が2人いるのは分かるが、女の方は相手が分からない。男の方は長嶺だ。

 

『暑くなってきたな』

 

そう言うと長嶺は、服を脱ぎ始めた。上半身が露わになったが、その身体付きは彫刻そのもの。筋肉がついて引き締まった、彫刻の様に美しい身体。同じ男でも、振り返ってしまう様な完璧な身体だった。

そして少しだが、アッチの方も見えてしまった。明らかに自分のを遥かに凌駕する大きさで、何だか見ていて悲しくなってきた。さらにその奥で、長嶺のソレをうっとりと見つめて膝立ちになっているオイゲンちゃんがいた。

 

「や、やめろ.......。やめろやめろやめろ!!!!!!!!」

 

そのまま長嶺はオイゲンちゃんの顔の前で、腰を勢いよく突き出した。マイクからは何かを吸い出す様な音もなっているし、所々の荒い息遣いも甘ったるい物だった。

奪われたのだ、長嶺に。オイゲンちゃんは穢されたんだ.......。

 

『ホント.......、デカ.......すぎよ.......❤️』

 

『まあな。まさかここまで、神授才で強化されてんのかな?知らねーし、知るつもりもねーが。それより、ホラ。初手はお前が好きなヤツでキメてやるよ』

 

『は、はい❤️』

 

命じられるままに、ふらふらと立ち上がるオイゲンちゃん。そしてあのエロい服を脱ぎ捨てて、黒い下着も外すと、長嶺の首にその細くて雪の様に白い腕を絡ませた。

 

『優しくしてね❤️?』

 

『OK、いつもの様に激しくいくぞー』

 

そこからは地獄だった。何度も何度もオイゲンちゃんは長嶺に蹂躙されて、その度に「好き」とか「愛してる」と耳元で囁いて、キスをしまくって、それが長い事続けられていたんだ。

何でアイツはオイゲンちゃんを選び、オイゲンちゃんは長嶺を選んだんだ.......。あの2人はいつから、こんな事をしていたんだ。そんな事を考えていると、気が付けば朝になっていてまた殴られる1日がくる。そして夜はまた、2人の情事を見せられる。

 

「俺は.......ただ.......オイゲンちゃんを愛してただけなのに.......」

 

この日、葉山は壊れた。殴られてる間も、常時を見ている時も、ただぼーっと殆ど反応を示さない肉人形になっていたのだ。

 

 

「うへぇ、エゲつな.......」

 

「でも、燃えるでしょ?」

 

「やめて。人様に迷惑かけかねん変な方向に性癖が向かうから」

 

オイゲンが考えた拷問というのが、自分と長嶺の情事を葉山に見せるという物だった。それも監獄の前でやるのではなく、たまたま見られてしまうという体の物。

簡単に言うと寝取るみたいな物だ。知っての通り寝取るのは、相手を裏切る事。流石にこれはフィクションの世界や当人が望むのなら良しとして、ふざけ半分でやっていい所業では無い。危うく長嶺は、そっち方面の『寝取られる』ではなく『寝取る』方向の性癖を開花する所だったのだ。

 

「私は興奮したわ。きっと魔王から救い出される姫って、こんな気持ちなのね。これで漸く、葉山の臭いを全てアナタの匂いに染められた気がするわ。いいえ、雷蔵って呼んだ方がいいかしら?」

 

「それはお前の好きに呼べば良い。公では指揮官で呼んでもらわないと困るが、別にプライベートでは雷蔵でも良いぞ」

 

「ふふふ、ならこれからは雷蔵って呼ぶわ。よろしくね、雷蔵?」

 

「こちらこそ、オイゲン」

 

因みに寝取りの方法を考えたのはオイゲンだが、当初は監獄の前で堂々とやるつもりだった。だが流石にそれは後に色々面倒というか、誰かに見られでもしたら不味いので、長嶺発案のチラ見せ作戦にしたのだ。

この初寝取りから約2週間後、ジャーロが退院したのもあって葉山は解放される事となった。

 

「葉山隼人。現時刻を持って貴様を解放する。ここからは、今後についての契約や宣誓、それからこれを破った場合の我々の対処について説明する。マーリン、後任せた」

 

「はい、お任せください」

 

今日はグリムも長嶺も忙しいので、代わりにマーリンが色々と担当する。

 

「.......俺はどうなるんですか?」

 

「多分、今日中には解放されると思うよ。別に解放した後に、ここで見聞きした事を口外したりしなければ『霞桜』の名義でどうこうは無い。勿論君がここの事をネットでも直接でも口外すれば、その瞬間に君に飲ませた薬で死ぬ事になる」

 

今回葉山には、ここで見聞きした事を外へ漏らさない様に特殊な毒を飲ませてある。この毒は脳に作用し、言おうと思考した瞬間に神経を刺激して身体全体に痛みが走る様になっている。連続して3回、思考した場合は尋問されてるとして毒が機能して心臓発作を誘発させる仕組みになっている。

 

「.......2つ、教えてください。オイゲンちゃんはいつから付き合っているんですか?」

 

「あの2人は確か、そっちの学校の生徒会選挙後に付き合い始めた筈だよ。総隊長は「超絶鈍感朴念仁男」とか「下手なラノベ主人公より鈍感」とか言われてたんだけどね、見事にオイゲンさんが射とめたんだよ。

まあ、あの人の過去を知ってからは気持ちも分からなくも無いがね」

 

「もう1つ、アイツはどの位強くて僕には何が足りなかったんですか?」

 

「そうだねぇ。全てが君を凌駕しているよ。あの人は凡ゆる兵器を易々と使いこなし、戦場では頭脳として指揮をとる事も、最前線で戦う事も、前線の後方で衛生兵や工兵としても活躍できる。ワンマンアーミーとして1人で戦況をひっくり返す事ができる一方で、仲間との連携を取りながらの戦闘もできる。例えワンマンアーミーやっている最中でも意識は常に戦場を巡り、敵と味方の動きを完璧に把握して戦闘を有利に進める事ができる。

そして人間性も天下一品だ。我々の様なはみ出しモノを纏め上げるカリスマ性は勿論、基本的に仲間を最優先で動く。口では見捨てる発言はするが、口では見捨てても実際は個人で動いて問題を解決してしまう。何より私利私欲で適度に権力を使いつつも、基本は誰かの為に使う事ができる男だよ。性格も優しく仲間に対しては甘すぎる程に甘く、何かあればすぐに「宴会だー」って騒ぐ。誰かがバカをやってれば自分も混じる、少年の様なお人だ。でも何か仲間を傷付ける様な事態があれば、身命を賭して戦う。例え果てようと、それを厭わずに助け出す。それこそ君の言うオイゲンちゃんが連行された時に、あの人はたった1人で全員を救い出したんだ。1人の死傷者も出さず、逆に相手には死の報復をしてね。きみにそんな事、できるかい?」

 

これは所謂「いい警官と悪い警官作戦」である。これまでリンチという鞭を与えられ、今は飴となるマーリンの優しさを与えた。こうする事によりオイゲンを呪縛から解放しようと思ったんだが、果たして…

 

「そうか。なら俺は国を滅ぼして、人を殺せば良いのか」

 

「え、はい?」

 

「ありがとうございます、お陰で道が見えた気がします」

 

「ちょ!待って、そっちの方向に進んではダ——」

「親っさん、時間です。お前を千葉まで送る」

 

「待って!もう少し話を!!」

 

なんかまた、ここに物凄い嵐を持ってきそうな気がするのだがどうなるのやら。だがまあ、取り敢えずこれで葉山は当分はここに近付く事はないだろう。因みにこの後、マーリンからの報告を受けた長嶺とオイゲンはというと…

 

「「アレで懲りないってヤバイだろ(わね).......」」

 

本気で葉山に恐怖を抱いた。目の前で寝取られて尚、ここまでの事を言えるのだ。恐ろしい以外の何者でも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六十九話襲撃後の江ノ島

千葉襲撃より1週間後 江ノ島鎮守府 執務室

「にしてもまあ、結構コテンパンにやられた物だなぁ」

 

長嶺の手には、今回の深海棲艦のよる襲撃で受けた被害の報告書が握られていた。なにせこれまで、被害という被害を殆ど受けなかった霞桜にも久しぶりに負傷者を出した。艦娘とKAN-SENにも轟沈した者こそ居ないが、大破や中破も大量に出ている。無傷だった者なんて、全体の15%程度だ。45%が小破、20%が中破、30%が大破といったところだろう。実際問題として、他の鎮守府では戦艦や空母といった主力艦級の轟沈者を出しているし、自衛隊と米軍艦にも戦没した艦が出ている。江ノ島鎮守府が異常なだけで、全く無視できない被害が出ているのだ。

話を戻して、長嶺が何の被害報告書を読んでいるかと言うと、今回の戦闘で受けた官民問わずの被害報告である。その量は膨大で百科事典並みの厚さで、それが8個くらいある。被害の詳しい内訳は書かないが、海自はタダでさえ深海棲艦が現れた最初期の戦いで保有艦艇の半数が沈んでいたというのに、今回出撃した艦の半数はダメージを受けて、残りは沈没か沈没寸前という有様。米第七艦隊も旗艦のジェレラル・R・フォード級の『ミッドウェイ』こそ生き残ったが、護衛の艦艇は軒並みやられて全滅こそしてないが瀕死の壊滅状態。他にも沿岸部にて迎撃に当たっていた陸自の部隊、防空に当たった空自にも相当数の死者が出ているし、一般人や警察、消防にも死者が出ている。

特に千葉は知っての通り、実際に深海棲艦が乗り込んできたので房総半島は殆ど壊滅状態。北部は辛うじて避難ができていたりしたが、南部は避難前に来ているので避難もへったくれも無く、逃げ遅れた市民が爆撃や砲撃の巻き添えになって、他地方の死者数を全部足した倍位の死者が出ている。勿論都市機能は崩壊し、完全なる廃墟と化した。総武高校も折角直したのに、殆ど廃墟みたいになってしまっている。

 

「提督、新たな被害報告が上がりました」

 

「へいへーい、その辺置いといて」

 

流石に被害の詳細は鎮守府内なら良しとして、他の基地同士でネット回線を使っての伝達ができない。その為、防衛省を筆頭とした関係各所から郵送されてくる。その為、大淀や他の秘書艦艦娘、KAN-SENが運んでくれている。

 

「その、被害はどのくらいなのですか?」

 

「どの位も何も、酷い物よ。海自も第七艦隊も撃沈艦出てるし、他の鎮守府じゃ轟沈艦まで出る始末。警察、消防、陸&空自の現場でも相当数の死傷者が出てる。というか攻撃があった地域の警察と消防は、殆ど機能してないに等しい。

千葉というか房総半島は見事なまでに都市機能が壊滅して、南部はもう瓦礫の山だ。これだけの大攻勢で日本が国家として生き残れたのは、マジで奇跡以外の言い様しかねーよ」

 

「そうですか.......」

 

やはり「艦娘が沈んでる」というのは、例えこの江ノ島鎮守府の者では無いにしても堪えるらしい。見るからに顔が暗くなる。

 

「.......にしてもまあ、奴ら仕事をどんだけ増やしゃ気が済む。アイツらが襲撃してくれやがったお陰で、見たくもねぇ被害報告を見る羽目になるわ、書類仕事が馬鹿みたいに増えるわ、そもそもの元からある仕事は止まるわ、資材がどんどん溶けるかの如く消えていくわ。

あー、クソ。自分で言ってて悲しくなってきたわ」

 

「提督も大変ですね.......」

 

「そういや佐世保鎮守府の後任も決めにゃならんし、この後に及んで何か厄介事が持ち込まれねーといいがな。

あー、そうだ。提督共を集めて、今後に関する会議も開かねぇと」

 

そろそろ休みたいが、やるべき仕事はまだまだ山積み。休めるのはもっと後だろう。そしてこれより数日後、久しぶりに全提督と司令官を集めた会議が江ノ島鎮守府にて開かれた。

 

「皆さん、このクソ忙しい上に色々あった中で集まって頂き、ありがとうございます」

 

「あのー、長嶺提督?」

 

「何でしょう、小清水司令」

 

「佐世保鎮守府の河本提督がまだ来てない様ですが.......」

 

小清水は元は河本派閥だったが、既にこちら側の派閥に鞍替えしており、河本の事は何も知らない。それに今や河本派閥は傘下の者が悉く汚職しまくったので、生き残ってるのは海道しかいない。

 

「まずはその件から話しましょうか。先日、山本提督が負傷したのはご存知ですね?」

 

「確か深海棲艦の攻撃に巻き込まれた.......でしたよね?」

 

「山本提督、よくぞご無事で」

 

「影谷に白鵬、よう覚えておったな。だがあれは、深海棲艦の仕業じゃないよ」

 

山本が静かにそう言った。事情を全て知る長嶺と被害者である山本を除いて、全員が驚きの声をあげる。

 

「山本提督は深海棲艦ではなく、シリウス戦闘団と呼ばれる組織に暗殺されかけたのです。今から約2年前、防衛省、海軍、自衛隊の関係者が連続して殺害された事件があったのを覚えていますか?あの事件を皮切りに、『霞桜』は彼らとの戦争を行なっております。

既に実行犯は殺害、いえ。シリウス戦闘団によって既に口封じに殺されたので、襲われる心配はありません。しかしどうやらこの作戦はかなり前から動いていたらしく、私もこの1年、とある場所に潜入していました。尤も尻尾も掴めず、結果的に山本提督への暗殺未遂で飛躍的に分かったんですけどね」

 

「ふーむ、でも繋がらないなぁ。長嶺提督の口ぶりだと河本提督が来ないのは、今の話に関係あるって事なんだろうけど.......」

 

「風間提督、これだけの事を仕出かすのって普通に考えて出来ると思います?」

 

「まあ映画とかなら協力者がいるよねぇ。うん?.......まさか」

 

風間は気付いてしまった。艦娘を従える提督と司令は、ある意味国家元首以上に重要である。国家元首というのは例え死のうと、代わりがいる。例え王族であっても、その子供が即位して摂政でも付ければ問題ない。大統領、首相もさっさと選挙してしまえば良いだけだ。

だが提督と司令は、成り手がそもそも少ない。艦娘と同程度で重要なポジションであり、鎮守府の外に行くにも護衛か艦娘が必ず付く事が義務付けられている。にも関わらず、山本提督は襲われた。もし仮にそれが鎮守府内部なら、それこそ大要塞で暗殺されたも同然。部外者が出来る芸当ではない。

 

「お察しの通りです。佐世保鎮守府提督、河本山海海軍大将はシリウス戦闘団と密かに通じていました。事もあろうに、この江ノ島鎮守府にシリウス戦闘団の部隊を差し向けて所属艦娘とKAN-SENを全員連れ去りましたよ。しかも河本一族含む、様々な上流階級に売ろうとしてましたからね。勿論、ソイツら共々、即刻この世から消しましたがね」

 

「か、河本提督が死んだ.......」

 

「はいはい、とりあえず死んだ粗大ゴミの話はここまで。死人に、それも国を裏切り俺の可愛い可愛い仲間を傷つけやがったゴミクズを気にしてやるより、仕事の話をしましょうよ」

 

海道は特に愕然としているが、周りの提督達は結構涼しい顔をしている。というか何なら、白鵬と影谷に至っては「よくそれで連合艦隊司令になろうとしてたね」とか言われてる。

 

「仕事の話とは言うが、新たな作戦でも決まっておるのですか?」

 

「えぇ。現在、各基地の活躍によって南方海域の深海棲艦の主要基地は壊滅しています。そこで今後は、インド洋を超えて欧州方面と北方方面への解放作戦を実施しようと思っています。

恐らく先の襲撃の戦力は、各戦区の戦力を抽出して編成しているでしょうが、幾ら何でもあの量が全てそうとは思えません。恐らく北方方面からの基幹部隊が動いていた筈です」

 

「確かにこれまで、北方方面は敵の量が多く、威力偵察が限界でしたからね」

 

いつか痴漢冤罪でしょっ引かれかけた川沢の言葉に、周りの司令達も頷いている。

 

「分担はどうしますか?」

 

「まあそう焦るな、白鵬。今回は初となる、全基地との合同作戦を展開します。白鵬の新潟基地、影谷の下関基地、風間提督の呉鎮守府は俺の江ノ島鎮守府の艦隊と共に北方方面を攻撃。海道司令を除く、他の基地は欧州方面を奪還するに当たって重要となるスエズ運河の攻略を任せたい。指揮官は、山本提督。お願いします」

 

「あい分かった」

 

これまでの作戦によって取り敢えず南西諸島や南シナ海、南太平洋方面は開放してある。そろそろ更に奥へ踏み込んでもいいだろう。この考えと先の本土への大攻勢を仕掛けた艦隊の進路を洗った結果から、今回の作戦が決まったのだ。

 

「演習や編成など、その辺りはこれから決めるが、取り敢えず編成に関しては本日より1週間以内に決定の上、私の方に送ってください。ダブり艦などに付いては当該鎮守府同士で協議の上、結果は私にも報せてください。

鎮守府合同の演習などに着いては、また追って連絡しますので、本日はこれにて終了となります。あー、そうだ。山本提督と風間提督。2人は残ってください」

 

山本と風間を残し、他の提督達は会議室を出ていく。1番最後の川沢が出て行ったのを確認すると、長嶺は部屋に鍵を掛けて外から誰も入れないようにした。

 

「それで、我々をここに留めてどうしたのだね?」

 

「何か僕達だけに特別な任務でもあるのかい?」

 

「まあ、ある意味特別っちゃ特別ですよ。ただこれ、他の提督達に聞かれると要らん誤解や変な事に利用されかねないんでね。

単刀直入に言います。現在この江ノ島鎮守府で、深海棲艦の、それも姫級を鹵獲しています。勿論、生きた状態で」

 

2人の顔が一瞬にして強張った。確かにそんな情報、同じ提督と言えど下手に流せられない。と言うか自分達ですら、軽く混乱している始末なのだ。そうそう「はいそうですか」では受け入れられない。

 

「そ、それはどういう事かな?」

 

「言った通りです。先の同時襲撃より1ヶ月前、遠征に出ていた第六駆逐隊が戦艦棲姫と港湾棲姫に接触。こちらに協力を申し出て来ました」

 

「協力だと?」

 

「彼女達曰く、深海棲艦にも過激派と穏健派があり、彼女達はその穏健派らしいのです。深海棲艦は本能的に戦争する様になっているようなのですが、彼女達穏健派はその中で自我と言っていいのか微妙ですが、そういう類の考えが生まれた者達で構成された派閥らしく、この本能も書き換えられるそうで、全ての深海棲艦の本能を書き換えてこの戦争を終わらせたいと考えているそうです」

 

「.......それを君は信じるのかい?あの我々を敵である、深海棲艦の言葉を」

 

風間の声には珍しく怒気が孕まれていた。今回、風間の艦隊は3隻の轟沈艦を出している。その横の山本も、声こそ上げてないが顔には怒りが滲み出ている。山本は開戦当初からの猛者。目の前で死んでいった同僚の数は計り知れない。

 

「信じる信じないはこの際、どうでも良いです。まあ取り敢えず、体裁上は信じてる事にしてますけどね。俺だって別にアイツらにそっち程恨みを持っちゃいないが、敵である以上は信じられない。

だが一方で、これはチャンスでもある。2人の言が本当であれば戦争の終わりに近づく訳だし、例えそうでなくとも姫級が少なくとも現段階では敵対せずに友好的なだけでも使いようによっては切り札だ」

 

「.......長嶺。一つ、聞かせてくれ。何故それを我々にだけ話した?さっきの、あの会議で話せば良かったのではないか?」

 

「簡単な話ですよ。あんな場でおいそれと「姫級拿捕っちゃいました!」なんて言えば、それはもう大惨事でしょ。多分収拾つかなくなるんじゃねぇかな?だから敢えて、伝える人間を絞ったんです。お二人であれば、少なくとも「今すぐ殺せ」とか何とか面倒な事には発展しないでしょうから」

 

口ではこう言っているが、結構な博打である。先述の通り、2人は既に深海棲艦の恐ろしさを痛い程知っている。長嶺程の場数を踏んで、尚且つ別れもたくさん経験していれば、余程のことが無い限りはどんなに怨みを持っていても激情に駆られる一方で冷静に物事を俯瞰し、どの選択が1番最良かを天秤に掛けきるが、2人の場合がどうなるかは未知数だ。

いつもの2人なら問題ないだろうが、今回は深海棲艦という怨みの対象が相手。時に感情は人間から理性や合理性を奪い去り、化け物にさせる。それを殺し切れるか否か。それは出たとか勝負なのだ。

 

「.......その深海棲艦が我々に敵対したらどうするんだい?」

 

「殺して、素材剥ぎ取って、我々の使う対深海徹甲弾に加工するだけですよ」

 

「良いのでは無いか風間。長嶺の仕事ぶりと信頼さは折り紙付きだろう?」

 

「.......確かに長嶺くんなら、任せられますね」

 

どうやら2人とも、取り敢えずは納得してくれたらしい。だがここで、もう一押ししておきたい。

 

「ありがとうございます。あぁ、そうだ。どうせここに来たんです、裏切り者の末路。見てみませんか?」

 

「裏切り者の末路だと?」

 

「河本提督ですよ。アイツはまだ生きてます」

 

この一言に2人は驚いた。てっきりもう殺されていたと思っていたのだが、生きているというのだ。本来なら喜ぶべきなのかもしれないが、そこ知れぬ嫌な予感もした。だが、何だかんだで見る事になり2人を地下の本部へと連れて行く。

 

「地下にこんな空間があったのか.......」

 

「ここが我々『霞桜』の本部ですからね。河本はこの先の特別監獄にて、拘束されています」

 

暫く歩くと鋼鉄の頑丈そうな扉があった。長嶺がキーカードを通して、その厳重に封印された扉を開ける。重苦しい音共に扉が開くと、中には無数の穴が空いた壁があった。

 

「これは.......銃口かな?」

 

「えぇ。もし奴が逃げれば、ここで蜂の巣にされます。その後に火炎放射器で炙って、液体窒素を撒いて、最後に毒ガスを散布します」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!え、もう一度言ってくれるか?」

 

「なので対象が逃げるとするでしょ?そしたらまず、ここのフロアで銃撃されて、その後に火炎放射器で焼かれて、液体窒素でカチンコチンに冷凍されて、仕上げに毒ガスを撒くんですよ。

二重三重に死の罠を仕掛けておけば、例え逃げ出して行く先々や元々の収監中に何かしらの対策を立てていたとしても、これ全てに耐える事は出来ませんからね」

 

2人は開いた口が塞がらなさった。仮にここに収監されてるのが白石の様な脱獄のプロでも、ルパン三世や怪盗キッドの様な凄腕の大怪盗でも、ここは突破できないだろう。

因みに銃は全て12.7mm弾を使うM2で、火炎放射器は数千℃で燃える炎を吐き出し、毒ガスはサリン等の神経ガスを混合した物をばら撒く。

 

「まあでも、この仕掛けは最終防衛ラインです。第三防衛ラインは、この区画になります」

 

「.......特に変な所は無いようだが?」

 

「この出っ張り位かな?」

 

「そうです。その出っ張りが仕掛けです。それ全て、マイクロ波発生装置なんですよ。つまりこの廊下一帯が全て、巨大な電子レンジになるんですね」

 

電子レンジに人を突っ込むと眼球に数秒で激痛が走り、脳へのダメージも予想されている。かつて事故で腕を5秒ほど作動中のレンジに突っ込んだ女性は、数年間に渡り焼けるような痛みを発する後遺症を負っている。一説では卵のように爆発するとまで言われているので、多分ここで死ぬだろう。

 

「他にも第二防衛ラインでは数百万ボルトの電流発するトラップが仕掛けてありますし、第一防衛ラインでは古典的ですが虎鋏なんかを仕掛けてありますよ」

 

「.......風間くん。この男、恐ろしいな」

 

「えぇ。なんかもう、一周回って尊敬できますよ」

 

ガチガチの脱獄防止トラップ、いやもう一種の処刑トラップを抜けると、ありふれた鉄格子のある部屋に出た。薄暗くて酷い臭いで、思わず2人とも鼻を覆った。というか吐きそうである。

 

「刺激が強かったかなぁ。でもこれが、私の生きた世界ですよ。さぁ、よくご覧ください。私利私欲の限りを尽くし、私の大切な者を穢してくれやがった男の末路です」

 

暗闇に慣れてきた2人の目に飛び込んできたのは、もう人間とは言えない姿となった肉の塊であった。

 

「あ、アイツが河本なのか!?!?!?」

 

「ウッ、オエェェェェェ!!!」

 

風間は耐え切れず、戻してしまった。無理もない。今の河本の姿は脚は太腿、腕は二の腕までしかなく、目は片目が抉られて、歯も全部折られていて鼻も裂けているあり様。とても人とは思えない。

 

「あの男にはまず金玉を潰してから、チンコを擦り潰す拷問を加えました。その後は歯を全部あって、足と指の爪を剥がした後、関節を一つ一つ丁寧に外して、腕や足の骨を砕きました。更に肉もすり潰してミンチにし、奴に食わせましたよ。それから麻薬を注入したりとかして、軽く中毒で幻覚も見てます。

今やあの男に、河本山海という自我は残ってないでしょう。殆んど死んだも同然で、幻覚を見てはパニックなり、幻肢痛に苛まれ、ランダムで痛みが増えて行く。地獄ですよ」

 

「な、なぜこんな事を?殺せば良いんじゃないのかい?」

 

「殺す?そんなの、優しすぎますよ。奴は俺の家族たる艦娘とKAN-SENを連れ去り、ここの職員を殺し、薬漬けにして、更にはオイゲンを穢した。そんな事をした奴を殺す?そんなの甘い。奴には1秒でも長く、1ミリでも多く苦しんで貰わないと」

 

風間はその言葉に生まれて初めて感じるタイプの恐怖を感じ、山本はかつて、東川に言われていた事を思い出した。

 

『ウチの息子は、かなりの化け物だ』

 

『化け物だと?どういう事だ』

 

『アイツには、そうだな。なんて言えば良いんだ?ブレーキが無いんだよ。アイツがこうだと決めたらアクセル全開で突き進む。頑固な一辺倒ではなく、常に周囲を見ているからヤバくなれば回避するが、本気で怒った時はヤバい物を排除して突き進む。しかもそこに理性が働かず、人を人として見ないんだ。つまり拷問、殺人、何でもやる』

 

『化け物だな。それは確かに』

 

あの時は正直、そこまでイメージはできなかった。だがこれを見て、漸く具体的なイメージが見えた。そして理解した。この男、本気でヤバいと。

 

「き、君はこれを見て、何も感じないのかい?」

 

「まあ特には。正直俺って、ガキの頃から色々やってましてね。万単位で人を殺してますから、今や人殺しに何も感じないし、こういう拷問もクズがそうなってるのなら「いいぞもっとやれー」位にしか思いません。

強いて言えば、死ぬその直前まで苦しみ続けて死ね、位しか頭には思い浮かびませんね」

 

「何だか、凄いね.......」

 

「敵には容赦ありませんから。例えそれが元仲間だろうが、部下だろうが、上司だろうが」

 

この念押しで、多分深海棲艦が裏切ったとしても処理してくれるだろうと確信した。その代償が、長嶺のヤバさにドン引かれるという物なのだが。

2人が帰還した後、今度は『霞桜』と艦娘、KAN-SENの代表者による会議開かれた。今後の方針を決める為である。参加者は以下の通り。

 

・長嶺雷蔵

・グリム

・マーリン

・レリック

・バルク

・カルファン

・ベアキブル

・大和(艦娘代表)

・エンタープライズ(ユニオン代表)

・プリンス・オブ・ウェールズ(ロイヤル代表)

・赤城(KAN-SEN)(重桜代表)

・プリンツ・オイゲン(鉄血代表代理。本来はビスマルク)

・ハルピン(東煌代表)

・ヴィットリオ・ヴェネト(サディア代表)

・ソビエツカヤ・ロシア(北方連合代表)

・リシュシュー(アイリス代表)

・ジャン・バール(ヴィシア代表)

 

見てわかる通り、かなりの大人数である。

 

「よーし、全員揃ったな。今回、お前達を招集したのは他でも無い。今後の流れの伝達と、色々と対策を練る為だ。

まずは戦略関連の話だが、近々、北方海域とスエズ運河への攻略作戦が行われる事になった。この内、我々江ノ島艦隊は新潟、下関、呉と合同で北方海域の攻略を担当する。これを受け、合同演習等も行う予定だ。北方海域は我々にとっては、未だ手付かずの敵の領域。激戦が予想される。ロシアを筆頭とした、北方連合には恐らく色々世話になるから宜しく頼む」

 

「任せるがいい、同志指揮官。我々は貴様らと革命の障害を取り除くために、全力で動くぞ」

 

「そう言ってくれて助かるよ。これで一つ目の議題は終わった訳だが、次からが本番だ。1ヶ月前、知っての通りここは敵の襲撃を受けた。建物の修復も終わり、特段問題はないが、今度は日本本土が攻撃に晒されて各地はボロボロ。自衛隊も手酷くやられた。今後、またこんな事が起きるかもしれない。

深海棲艦の攻撃か、はたまた裏切り者による襲撃か。どんな理由であれ、この江ノ島鎮守府自体が占領されたり破壊される可能性がある事が今回の一連の事件で分かった。ここの長たる俺には、お前達の衣食住を保証する義務がある訳で、この義務を果たす為のアイデアを募集したい」

 

いきなりのアイデア募集に、全員反応が出来ない。というかサラリと言われたので、アイデア募集である事に気付いていないのだ。

 

「ちょっとボス?アイデア募集って言うけど、確か『霞桜』は拠点があるんじゃなかったの?何かあれば、一旦そこに逃げて体勢を立て直したら良いんじゃない?」

 

「確かにカルファンの言う通りだ。俺の経営するダミーカンパニーとか隊員達の偽造身分を使って、日本どころか世界中に隠れ家やセーフハウスを保有している。数人しか入れない物から、大隊規模で使える物もある。

だがこれはあくまで、作戦の前線基地や緊急時の避難場所程度あって、もしここを放棄するような事態になった時、本部機能を丸々移転できる様な代物じゃないんだよ」

 

これに加えて、長嶺自身の人脈をフル活用すれば更に隠れ場所を確保する事が出来る。だがそれでも、例えば『霞桜』が保有する兵器群を収容したりする事は出来ない。自律稼働型武装車とか稼働本部車みたいな兵器なら出来るだろうが、戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』を筆頭としたデカ物兵器は流石に隠せないだろう。まあ頑張れば少しは隠せるかもしれないが、全機隠すとかはまず無理である。

 

「指揮官。その隠れ家とやらは、私達が使えるのか?」

 

「いや。流石に艦娘、KAN-SENの使用は元から想定していない。単純に寝泊まりするなら出来るが、例えばそこで艤装の整備するとか入渠させるとかは無理だな。

まあ、ハルピンの趣味である筋トレは出来るだろうがな」

 

「私の趣味ができても、それじゃ意味がないなぁ」

 

ハルピンの言う通り、筋トレが出来ても意味がない。確かに『霞桜』のセーフハウスである以上、普通ではない。壁にはRPG7の直撃にも耐える装甲板が入ってるし、ガラスも防弾仕様で、室内には武器、弾薬も隠してあるし、銃の整備位なら出来る。勿論キッチンや風呂、トイレも、どんな秘境の拠点でも完備してある。

だがこの拠点はあくまでも、『霞桜』という人間が使う事が大前提。艦娘、KAN-SENの使用は不可能である。入渠設備なんて物はなく、部屋にあるのは普通の何の変哲もない何処の家庭にもある風呂である。

 

「一番手早いのは、ここの要塞化でしょうか?」

 

「と、赤城が言ってる訳だが、レリックどうなの?」

 

「出来なくはない。やる価値もある。だけど、速射砲とか足りない」

 

「あ、その辺は大丈夫。オート・メラーラとかの兵器製造会社の社長とか幹部と知り合いだから、こっちに製造機械を流してもらえる」

 

長嶺の人脈の前に不可能はない。その気になればISSに乗り込んだり、世界遺産を引っ張ってこれるし、弾丸から核弾頭、大昔のオンボロ骨董品兵器から最新鋭の試作兵器まで、何でも調達できる。その能力はマッコイ爺さん並みである。

 

「分かった。なら問題ない」

 

「全く。本来なら驚くべきなんだろうが.......」

 

「指揮官ならやりかねないの一言で片付くのが恐ろしいですね.......」

 

何だかんだ付き合いの長い『霞桜』の面々と、大和は涼しい顔である。だがまだKAN-SENの皆は慣れきれてないのか、ちょっと驚いている。それ故にジャン・バールとリシュシューの言葉に、全員が頷いている。勘違いしないでほしいが、これが普通の反応である。大和や『霞桜』の頭可笑しいだけだ。

 

「あの、提督。凄く荒唐無稽なのは承知ですけど、良いですか?」

 

「なんだなんだ大和。なんか良いアイデアがあるのか?」

 

「正直、夢物語だとは思うんですけど.......」

 

「心配すんな。こういう時は常識とか、予算とか、そんな小さい事は気にするな。まずはその辺度外視で、めちゃくちゃスケールをデカくしろ。後からそれを、実現可能レベルまでダウングレードしていくだけだ」

 

これが長嶺流のアイデア募集法である。先ずは面倒な事を度外視して、やりたい事を取り敢えず並び立て、それをダウングレードして現実に即した物に落とし込む。こうすれば案外、面白い物が出来上がるのだ。

 

「.......わかりました。私が考えたのは、第二の江ノ島を作る事です」

 

「第二の江ノ島を作る?どういう事かしら?」

 

「赤城さんが言う様にここを要塞化するのも良いとは思うんですけど、もしここが落ちた時の事も考えるべきではないでしょうか」

 

「確かに予備を持つのは戦術の基本だ。艦も艦長が負傷しても、副長が代わりを務めるからな。良いかもしれない」

 

ウェールズも賛成らしい。KAN-SEN達からもチラホラと意見が肯定意見が出ているが、エンタープライズとヴェネトがそれを現実に戻した。

 

「大和、一つ良いか?」

 

「何でしょう、エンタープライズさん」

 

「大和の意見は素晴らしいと思う。だが、何処にそれを作るんだ?」

 

「確かにそうですね。霞桜の皆さんに、私達KAN-SENと艦娘を合わせれば1000人以上の大所帯です。それを収容できるだけの規模の基地を作るのは至難の業でしょう。因みに指揮官。これは正規の物はではなく、秘密裏に作るのですか?」

 

「そうなるな。今回の防衛力強化は対深海棲艦の他、シリウス戦闘団や今後現れるかもしれない裏切り者を意識している。赤城の様な単なる防衛設備の拡張だけなら普通にやるが、流石に第二の拠点制作は極秘裏にやる必要がある」

 

「であれば、余計に難しいですね.......」

 

エンタープライズとヴェネトの言う通りで、大和もそこを気にしていたのだ。これだけの規模の基地を秘密裏に作るのは、かなり難しい。

 

「レリック。ぶっちゃけ、場所さえあれば作れるのか?」

 

「作れる。けど、場所による」

 

「作れはするのか。なんか良い場所ねーかな?」

 

そう言いながら、長嶺は外を見た。遠くに東京のビルが微かに見える。それを見た時、長嶺の頭にはとある場所がフラッシュバックした。

 

「.......あぁ!!!!あるじゃん!!!!!!」

 

「あるって、親父?」

 

「総長どうされました?」

 

「まさか、あるんですかい!?」

 

「ちょっとお前ら待ってろ!!」

 

長嶺は部屋を飛び出し、自分の執務室へと走る。執務室に着くや否やパソコンの前に滑り込み、素早く電源を入れて、とあるデータを『霞桜』の記録から呼び出す。

 

「確かアレは、1年前の.......南方海域。太平洋方面......あった!」

 

長嶺が呼び出したのは、戦場となったとある島の事後記録。そこにあったのは『公式記録 抹消 備考:現在は深海棲艦が散布した瘴気が蔓延している為、健康被害等の簡単から半径25海里は官民問わず立ち入り禁止区域』という文章。これこそが長嶺の求めていた答えだ。

すぐにUSBにコピーして、また会議室へと戻る。

 

「あったぞ。建物云々の強度は別として、少なくとも誰にもバレずに拠点化できて、尚且つ俺達全員が収容できるであろう場所!!」

 

「ど、何処ですかそれ!!」

 

「焦るなよグリム。コイツを見ろ!!」

 

「これですか!!!!」

 

「お前達も覚えてるだろ?まあハルピンとかヴェネトみたいな、後からこっちに来た組は知らないだろうが、他の者なら分かるはずだ。

 

プロジェクターに投影されたのは、かつて『霞桜』、アズールレーン、レッドアクシズが戦った戦場。あの廃墟ビルで形成された島である。

 

「現在この島は、表向きには深海棲艦が生成した瘴気が原因で官民問わず、半径25海里以内は立ち入り禁止な上に、公式記録ではこの島は無かったことになっている。更に衛星にも国がジャミングを掛けて、自動的にここの映像がKAN-SEN達が来る前の映像に書き換えられているから問題ない。

しかもこれだけのビル群なら、余裕で俺達を収容できる上に兵器群の収容も、整備拠点の設置だって出来るはずだ」

 

「確かにこれなら!」

 

「よく見つけたわね」

 

まずはこのビルの強度とかを見なくてはならないので分からないが、取り敢えずの候補地は決まった。この保険が後に、江ノ島鎮守府最大の危機を乗り越える鍵になるとは、まだ誰も思わなかった。

 

 

 

 



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第七十話ちびっ子現象

「なぁ、グリム?俺、現実逃避がてらハワイ行ってくるわ」

 

「やめてください!!この状況下で貴方が現実逃避したら、誰が収拾つけるんですかこれ!!!!」

 

「知るかよ!!そもそも何だよこの状況!!!!こんなカオスのごった煮、何をどうやって収拾つけんだよ!?!?!?予測以前に思考が追いつかんわ!!!!!!」

 

「それをどうにかするのが総隊長殿でしょう!?」

 

「どうにか出来るか!!!!」

 

長嶺とグリムがギャーギャー言っているのも仕方がない。事は、本日の朝にまで遡る。

 

 

 

朝 江ノ島鎮守府 長嶺自室

「ふわぁ.......。あー、今日は1日休みだし、望月とか綾波とか信濃とか、あの辺のゲーマー&ヒッキー共を誘ってゲーム大会でもするか?いや、W夕立とかフォックスハウンド辺りを誘って外遊びもいいな。あー、そういやビスマルクといつか技術関連の談義するとか約束もしてたっけな。やべー、どうしよ」

 

会議やの翌日、今日は非番で特にやる事もない。いつもなら朝方に起きて忍者走を筆頭としたトレーニングをしたりするが、今日は無しだ。偶にはゆったりするのも良い。

多分そろそろ、ベルファストが起こしにやってくるのでそれまではゴロゴロしている。因みに最近は、艦娘とKAN-SENの夜這いモドキも鳴りを潜め、たまーに数人布団の中に居たりする位で済んでいる。そのまま抱いてみたりする事もあれば、スルーして寝る事もある。尚、今日は居ない。

 

コンコン

 

「失礼します、誇らしきご主人様。起床のお時間です」

 

「あれ、シリアス?今日の当番はベルじゃなかった?」

 

「それが、メイド長から当番を代わってほしいと連絡が入りまして。ご不満でしたか?」

 

「いや、ご不満は無いぞ?ただ、あのベルが仕事を休むとは中々に珍しいからな?」

 

あのベルファストが仕事を休むのは本当に珍しい。知っての通りベルファストはロイヤルメイド隊のメイド長であり、とても真面目な性格で仕事や任務にはストイックである。ストイック通り越して、一種の完璧主義の様にすら思える位にキッチリやる。そのベルファストが仕事を休む辺り、何かあったのかもしれない。今日1番にやる事は決まった。

 

「指揮官様大変です!!」

 

「今度はダイドーか。どうしたどうした?」

 

「め、メイド長に隠し子が居ました!!!!!」

 

「.......ごめん、もう一回言おうか?」

 

「メイド長に隠し子が居ました!!!!!」

 

「.......」

 

長嶺は両手で顔を覆った。さよなら、楽しい休暇。こんにちは、クソ傍迷惑な厄介事。だが、明らかに聞き捨てならない。ベルファストに隠し子とは、一体何がどうなっているのやら。

 

「ダイドー姉様。あの、本当にメイド長にお子様が?」

 

「そうですよシリアス!!メイド長と瓜二つな、子供が居たんです!!!!」

 

一瞬、長嶺は自分とベルファストの子かと思った。一応、2人は関係を持っている。何度か致してはいるが、それは全てここ一月前後の事であり、明らかに違う。では、一体誰の子なのだろう?

 

「取り敢えず、本人に会うぞ。もう着替えるのも面倒だ、いくぞ」

 

まあ何を言っても始まらないので、まずはベルファスト本人に話を聞くのが手っ取り早い。シリアスとダイドーを引き連れて、ベルファストの自室へと行く。で、行った結果…

 

「あー、てっきり赤ちゃんかと思ってたんだけど.......」

 

最初は赤ちゃんがいきなり居たのかと思っていた。いや、この時点で可笑しいのだが。とにかく、イメージとは違っていた。ベルファストの部屋に居たのは、メイド服を着た少女。それも多分、小学校ていがくねんとか幼稚園レベルの所謂幼女枠である。

 

「私はメイドのベルファスト、よろしくお願いします」

 

「あ、カーテシーはしっかり決めれるのね。ベールこれどうなってんの?」

 

「申し訳ありませんご主人様。私としましても、全く持って判りかねます。朝目を覚ますと、隣にこの子が眠っていまして.......」

 

「にしても、こうもそっくりな物かねぇ。なんか娘とか隠し子ってより、ベルをそのまんまちっちゃくした感じだし」

 

この謎の少女の見た目は、割とベルファストと瓜二つである。「多分ベルファストに子供時代があれば、こんな感じだったんだろうな」という見た目で、どちらかというとコナンよろしく幼児化した感じである。

 

ピコピコ

 

「あ、オイゲンからLINEだ。.......What fack」

 

オイゲンからのLINEにはこうあった。『私、娘が出来ちゃったみたいよ;)』である。しかも写真付き。しかもしかも、またベルファストみたいな幼児化タイプである。

 

「頭痛くなってきた.......」

 

「あ、あの指揮官様?他のメイド達から、何人かのKAN-SENの方々にも同じ様な事が起きていると報告が.......」

 

「聞きたくねぇ。その報告はマジで聞きたくねぇ。なぁ、俺今から聴覚遮断すっから。もう俺、今日部屋に引き篭もるから。いやだー、絶対これ処理面倒なヤツじゃん!あーーあーーあーーあーー、やりたくなーーーーい!!!!休みたーい!!!!」

 

心無しか、今度は長嶺の精神が幼児化しかけている。だが、こればかりは仕方ないだろう。ゆっくりしたかった筈が。また待っていた休日が。見事なまでに厄介事が始まり、もう対処法すら思い付かないレベルの事態になってしまっているのだ。無理もない。

 

「誇らしきご主人様。どうか、私共にご指示を」

 

「ご命令を指揮官様!」

 

シリアスとダイドーはそう聞いてくるが、長嶺とて何をどうすりゃ良いのか皆目検討付かない。これが戦闘ならいざ知らず、いきなり複数人に妊娠課程無しで子供というか幼児化というか、とにかくそういう現象が起きるとか予想もした事ないし、そもそも何がどうなってるのか。何をどうすれば良いのか。それすら分からないというのに、指示出しもへったくれもない。

 

「あのねぇ、お二人さん。俺は別に完全無欠、全知全能の人間じゃないのよ。この状況下でどうすれば良いのかなんざ、それこそ神位しか分からんだろ?電話一本で神に繋がるなら良いが、そんか事はできないし。

そもそも生物学的に妊娠期間ゼロで子供できるとか、遺伝子バグりまくってるからな?一応これでも医学知識あるが、聞いたことないぞ」

 

「しかし!」

 

「しかしも何もなぁ。あー、取り敢えずその幼児化した奴と幼児化したちびっ子を1カ所に集めておけ。後、ビスマルクとヴェスタル、パーシュース、チカロフ、W明石、艦娘の夕張を連れて来い。そうだ。グリムとレリック、ついでに大和も連れてくるか」

 

もうこうなったら『三人寄れば文殊の知恵』理論で、いつもの様に頼れる仲間を呼ぶしかない。で、会議室には呼ばれた連中が全員揃った。揃ったのだ。長嶺は当初、精々4、5人位しか居ないだろうと思っていた。のだが蓋を開けてみれば、まさかの15人も居たのだ。

そして、話は冒頭に戻る。

 

「はぁーぁ。分かった分かった。正直言って聞きたくないし、速攻で現実逃避かましてエスケープしたいが、全員に聞く。心当たりも無いし、朝起きたら居たって事でいいな?」

 

ちびっ子を連れている者、全員が頷いた。今回この謎のちびっ子が居たのは全員KAN-SENであり、ベルファストとオイゲンの他、グラーフ・ツェッペリン、比叡、赤城、天城、アドミラル・グラーフ・シュペー、サンディエゴ、ヘレナ、クリーブランド、レナウン、イラストリアス、エンタープライズ、チェシャー、フォーミダブルである。

 

「あの、ビスマルクさん。そもそもKAN-SENは、子供を宿す事は可能なのですか?」

 

「.......造られた存在とは言え、一応KAN-SENも生物学の分類では哺乳類のメスに当たるし、子宮等の生殖機能は備えているわ。だけどどういう訳か、機能は常に不活性だから機能してないも同然。子供は宿さない筈よ。勿論、体外受精とかなら可能性はあるけれど。

でも、何でそんな事を聞くのかしら?」

 

「艦娘も子供、作れない。提督の素質ある者と行為に臨めば理論上、できる。けど確率、天文学的確率で実質ない」

 

ついでに言うと、この中には長嶺と関係を持つ者も持ってない者も含まれている。オイゲンは知っての通り、ベルファストも先述の通りだが、他にもこの中なら赤城、イラストリアス、エンタープライズとは関係を持っている。

だが一方で、関係を持っているにも関わらず子供が居ない者もいる。例えば愛宕、大鳳、隼鷹、鈴谷、ローンに代表されるヤベンジャーズ、セントルイス、ボルチモア、ブレマートン、ダイドー、シリアス、インプラカブル、熊野、加賀、翔鶴、瑞鶴、エムデン、プリンツ・ハインリヒ、エーギル、ザラ、ポーラ、ヴィットリオ・ヴェネト、チャパエフとは関係を持っている。こんなに居るにも関わらず、子供が出来たのはたった5人。恐らく少なくとも長嶺との子では無いだろう。そもそも誰かしら、男性の遺伝子が入ってるのかも怪しい。

 

「お前達、正直セクハラ紛いの事を聞くぞ。お前達、ぶっちゃけ心当たりあるか?ちびっ子共の年齢から見て、大体5〜7年前後。誰かと関係を持ったとかは無い、よな?」

 

「それは全員ない筈だぞ指揮官」

 

「そうですわ!指揮官様以外の男性には、行為どころか肌に指一本触れさせません!!」

 

エンタープライズと赤城の否定を筆頭に、他の面々からも否定の声が上がる。もし仮に眠ってる間とかに行為に及ばれてたとしても、受精後にはお腹が大きくなるし、何より出産すれば記憶喪失にでもならない限り確実に覚えてる。

それにこの江ノ島鎮守府に来て、彼女達は丁度2年程度。彼女達を迎えた時にちびっ子共はいなかったのは確認済みだし、仮にこっちに来てから作ったにしても先述の理由の他、人間の成長速度ではこの域まで到達できない。

 

「まあ、分かっちゃいたよ。うん。だが、いよいよ持って訳がわからんな。聖母マリアよろしく、処女受胎でもしたか?それも集団で。キリスト教の中では最大の奇跡であり、そもそも生物学的にはあり得ない現象が、こんな大量に起きるとか、もうこれ奇跡超えだぞ。

ぶっちゃけ、誰か父親が居たら話は簡単なんだが。マジで訳わからん」

 

「託児所、作る?」

 

「託児所、ねぇ」

 

もしかしなくても、この施設に1番似合わない設備である。ここは深海棲艦という世界滅ぼしそうな存在に唯一対抗できる存在の本拠地であり、同時にこの世界の闇を生き闇から闇へ、影から影へ赴くアンダーグラウンダーの巣窟。世界の光と影が共存する不思議な場所。そんな所に託児施設とか、もう絶望的に似合わない。

 

「指揮官、まずは検査でもしてみたらどうかしら?」

 

「あー、DNA鑑定な。それじゃ、準備を…」

 

多分、チカロフの『検査』という言葉にでも反応したのだろう。ちびっ子どもが一斉に立ち上がり、外へ逃げ出した。

 

「ちょっと!」

 

「待ちなさい!!」

 

「.......総隊長殿、これどうします?」

 

「どうやら、かなり楽しそうな休日になるな。鎮守府全域で隠れんぼだ!!」

 

てっきりまたブルーというか面倒臭そうにするかと思っていたが、どうやら長嶺的には逃亡は有りだったらしい。

 

「今度はハンティングですか?全く、忙しい人

「いやっほおぉぉぉぉ!!!!!!」

「なんだからって、居ませんし」

 

「ここ、一応5階なんですけどね.......」

 

「天城さん、指揮官様ですから」

 

「ダンナさまだからで片付くダンナさまも、結構アレだにゃ」

 

「今更気にするだけ無駄、ってヤツかな?」

 

長嶺はまさかの5階から飛び降りて、下まで一気に降る。それを見て他の皆は、もういつもの事なので気にしてない。多分、長嶺ならエレベストとかISSから飛び降りても生還する。生命力は両津勘吉並みなのだから。

因みにちびっ子達は、玄関から出ると目の前に先回りした長嶺が居たことで、敢え無く御用となった。そのまま研究室に連れて行き、サクッと口内の粘膜を採取したり、簡単に血液検査やレントゲンなんかを撮って手早く終わらせた。

 

 

 

数時間後 ビスマルクの研究室

「指揮官、これ見て」

 

「どした?」

 

「これ、サンディエゴとその幼体のDNAなんだけと.......」

 

パソコンの画面にはよく映画とかで見るDNAの図が2つ映っており、2つの図がすすーっとピッタリ重なった。これが意味する所はつまり…

 

「丸っ切り一緒だ.......」

 

「ならこれ、子供じゃなくてクローンになるんですかね?」

 

「でもクローンなら、これの説明がつかないわよ?」

 

ヴェスタルの仮説に、パーシュースが待ったをかけた。パーシュースの手には、体内の血管図と指紋のデータが映されたタブレットを握っている。

 

「これを見て。もし仮にクローンなら、発生生物学的にこんな事あり得ないわ」

 

今度は2人の指紋と幼体の成長シュミレートした血管配列が一致しているのが図で分かったのだが、確かにこれは可笑しい。何が可笑しいかというと、発生生物学上に於いては血管の配置構造や指紋は後天的な影響で形成される為、例えクローンだとしても同じになる事はない。

よく映画なんかでは「クローンを使って、生体認証を突破してやる」とかのシーンがあるが、アレは現実的には不可能な芸当なのだ。だが2人はそれが一致している。これはかなり可笑しい。

 

「こうなってくると、KAN-SEN特有の原因だろうな」

 

「そうね。チカロフ達のアプローチに期待しましょう」

 

「なら、今からどうします?」

 

「よし、コーヒーでも淹れるか」

 

やる事もないし、何よりビスマルク、パーシュース、ヴェスタルという面子が揃うのも中々に珍しいので、どうせ暇ならこの時間を楽しんだってバチは当たらない。それに昨日、知り合いからコーヒー豆が届いたので丁度良い。

長嶺は一度部屋に戻り、部屋からコーヒー豆とサイフォン等の淹れる為の道具一式を持ってきた。

 

「し、指揮官!これ、ブルーマウンテンの最上位物かしら?」

 

「おぉ、よく知ってるな」

 

「ビスマルクさんって、コーヒー好きなんですか?」

 

「あ、いや、ちが/////」

 

「鉄血宰相も好きな物の前には目がないのかしら?」

 

いつものクールな顔が崩れたビスマルクを、パーシュースがここぞとばかりに弄る。見ていて微笑ましい。

 

「んっんん!指揮官、それで何でそんな物を?」

 

「.......」

 

「指揮官、どうかしたのかしら?」

 

「いや、ねぇ?」

 

「クールな顔が崩れたのに」

 

「そのスタンスを押し通すのはちょっと無理かなぁと.......」

 

更に攻撃を仕掛ける3人。ビスマルクがこんな感じにキャラが壊れる事ないのだから、逃す手はない。

 

「〜〜〜〜〜/////////」

 

何か声が出てるんだか出てないんだか、よく分からん悲鳴を上げて顔を真っ赤にしてやる。なんかこれ以上やると、いよいよビスマルクが可哀想なのでこの辺りで弄りはやめてあげよう。

 

「とまあ戯れはこの辺にしといて、サクッとコーヒーを淹れちまおう」

 

「にしてもこれ、何処から仕入れたの?それにこれ、英語じゃないわよね?」

 

「ポルトガル語だ。俺の知り合いに、南米全土にシマを持つ、カラーギャングのボスをしている奴がいてな。ソイツが贈ってくれたんだ」

 

「カラーギャングですか?」

 

「ギャングを自称しちゃいるが、実質はカルテルだ。メキシコ、ブラジル、コロンビア、チリ、ペルー、ボリビア。南米の麻薬、売春、誘拐、暗殺、賭博等々、あの辺りの組織的な違法な行為にはソイツの組織が関与してる」

 

普通に考えて、こういう行為をしている者とは関わりを断つべきだろう。それが極一般的な感性だ。だが長嶺他、霞桜の面々は「自分達が安全ならそれで良い」という考えであり、別に見ず知らずの奴がどんな目にあおうが知った事ではない、というスタンスを取っている。勿論仲間にその危害が及ぶなら全力で止めるし、目の前で事が起きれば少しどうにかしようとしたりするかもしれない。だがそれだけで、積極介入はしない。

特に長嶺の場合、世界中の人間とのコネを持っているが普通に犯罪者とも繋がっている。というか大半が脛に傷を持つ者ばかりで、普通の人間の方が割合的には少ない。因みにこのコーヒーを贈ってきたのは、いつかのドッペルゲンガーを探す時に名前が出て来た『ボス・ラーチ』の事である。

 

「そ、それ法的には問題ないの?」

 

「いや、普通にあるよ?でもまあ、常時超法規的措置適用されてる俺達がどうこう言われる筋合いはないだろ?」

 

「(ここぞとばかりに権力使うわね)」

 

「(これが指揮官ですから)」

 

「与えられた権力を使って何が悪い?」

 

これである。正直、このくらいの図太さがなければ個性とはみ出し物の巣窟の秘密特殊部隊の長なんて務まらないのだが、にしてもかなりぶっ飛んでいる。

 

「ほーれ、出来たぞ」

 

そうこうしている内にコーヒーが淹れ終わり、4人は少し早いティータイムとなった。適当に雑談していると艦娘の明石が、報告の為に入ってきた。尚、その時にコーヒーをせがまれたのは別の話。

 

「検査の結果、幼体の艤装は問題なく運用できる事がわかりました。また固有スキルについても、基本的には元となっているであろうKAN-SENの物と一致しています」

 

今更だが、KAN-SENには固有スキルというのが艤装に宿っている。例えば浮遊する盾を出して自身の周りを堅めたり、全自動で弾幕を展開してくれたり、一時的に攻撃力を上げたり、逆に敵の防御力や攻撃力をダウンさせたりと様々である。

現在は艦娘にも適用できるように研究しているが、中々結果は芳しくない。

 

「スキルまで使えるのか。原因の方は?」

 

「これといった物は何も。ですが少し、気になる点が見つかりました」

 

「気になる点?」

 

「KAN-SENにはキューブと呼ばれる核があるでしょう?あの核に本来無いはずの乱れがあり、幼体と幼体化現象を起こしたKAN-SENには同じ乱れがありました。

今はこの原因を探っていますが、明石やチカロフさんにも初めての事だったらしく、正直お手上げ状態です」

 

これで完全に八方塞がりに逆戻りだ。生物学でも、工学でもわからなければ原因究明は無理だ。となれば、取るべき手段は一つ。

 

「よし、もう放置だ」

 

「「「「え?」」」」

 

「いやだって、原因不明かつそのアプローチ方法から分からない。それ以前にキューブとかいう俺達の世界じゃ預かり知らぬ、超技術の問題である可能性が高いんだろ?ならもう、放置しかねーじゃん」

 

そう、放置である。別にとって食われる訳でもなければ、鎮守府の機能に問題が生じる訳でも無い。これが何かしらの敵の攻撃である可能性があるならまだしも、今回はそれが考えられる出来事もそういう兆候も無かった。であれば、放置しても問題にはならないだろう。

 

「て、提督!正気ですか!?」

 

「あぁ、正気だ。取り敢えずその波長とやらに関しては調査を続けつつ、残りはもう通常業務に戻す。別に敵の攻撃じゃないんだから、そう身構える必要も無かろうよ」

 

それに仮にあのちびっ子達が敵の手先であるのなら、それが分かった瞬間に殺すまで。今更「相手が子供だから」とか「仲間に姿形が似てるから」程度で殺すのを臆する思考回路じゃないし、霞桜の面々だって同様だ。というかアフリカとかで少年兵相手に戦った事も、テロリストを倒した後に武器を持って攻撃しようとしてきた子供を殺した事だって何度もある。問題ない。

 

「提督がそう仰るなら、分かりました。提督の判断に従います」

 

「本当に大丈夫でしょうか.......」

 

「私も個人的には心配ね.......」

 

「指揮官らしいとは思うけど.......」

 

ヴェスタル、パーシュース、ビスマルクも心配ではある。だが心のどこかで「指揮官が言うのなら間違いない」という、安心感もあったので指示には従った。

長嶺は明石を見送ると、せめてなけなしに残った休みを有意義に使うべく自室へ戻ろうとする。だが廊下を出てすぐ、赤城以外のヤベンジャーズに捕まった。

 

「「「「「指揮官(くん)(様)?」」」」」

 

「.......いつからここは重力特異点になりやがった。で、何だお前達?」

 

「どうした、じゃないわよね指揮官くん。お姉さん、とってもとっても悲しいわ」

 

「指揮官様。私という者がありながら、よりにもよってあんな女狐と子供を作るなんて!私の何がいけなかったんですの!!」

 

「指揮官。私にあれだけシセンを送っていながら、何故赤城さんとだけ子供を作ったんですか?」

 

「冗談じゃないわ!指揮官、思い出して!私たちは『ずっと前から」一緒にいたのよ!?」

 

「指揮官.......許さないッ!!!!」

 

もう地獄である。この空間だけ空気が地面に押し潰されているかの如く息苦しく身体も重い。そして何より瞬間冷凍できそうなくらい、超極寒気温かの様に空気が寒い。流石の長嶺を持ってしても少したじろいでしまうが、すぐに堂々と胸を張りいつもの様に持ち直す。

 

「あー、あれは赤城と俺の子供じゃないぞ?原因不明かつ、何でちびっ子ができたかは知らんが一種のクローンだと思ってくれ」

 

「そんな事でお姉さん達は騙せないわよ?」

 

「なら証拠を見せてやる」

 

タブレットで赤城と赤城の幼体のDNA、指紋、血管構造なんかを見せてわかりやすい様に噛み砕いて説明しながら、どうにか理解得てもらう様に語りかける。

 

「…という感じで、俺とあのちびっ子どもには血縁関係はない。というかそもそも、元ネタのKAN-SENとも血縁というのが存在しない」

 

「血縁が無いのは分かりました。なら、そういう行為はしてたんですか?」

 

ここで鈴谷、爆弾をぶっ込みやがった。さっきまで取り敢えずは落ち着いて、この話も終わりそうな空気感だったのに、この「ヤッたんですか?」発言により、空気感はさっきまでの極寒地獄へと逆戻りしてしまった。それどころか他の4人の目が、完全に獲物を狙う肉食獣のソレになっていて、余計に事態が悪化している。

 

「いや、お前ら考えてみろ。ヤッてたの知ってるだろ?テメェらが集団で襲ってきてんだから」

 

だが、それも回避できる。何せ赤城に限り、今いる5人と一緒に襲われた事がある。そのまま同時に相手したので、実は赤城の方は見ていたりする。

 

「お姉さん達が聞きたいのは、赤城以外との話よ?答えなさい?」

 

「何が悲しくて俺の性事情を暴露しなきゃならん。黙秘だ黙秘」

 

次の瞬間、5人の目の色が更に怖い物になった。普通の男なら、この時点でなす術なく食われるだろう。だがコイツの場合、そんな状況でも問題ない。

一先ず目の前にいる愛宕の肩に手を置き、そのまま全力で自分の方に引き寄せる。引き寄せつつ自分は横に避けて、逃走経路を構築。愛宕が前に少しでもバランスを崩せば、その隙に包囲を突破できる。

 

「はいはい、俺はゆっくりしたいから帰るぞー」

 

「お待ちになって〜!!」

 

「私から逃げるなんて、許さない!!」

 

「指揮官?どうして、逃げるの?オサナナジミから逃げるって、犯罪よ?」

 

愛宕と鈴谷は動けないが、残る大鳳、ローン、隼鷹は動ける。追いかけてはくるが、もうここまでくれば捕まることはない。窓から飛び降りて、近くにあった木を使って減速。そのまま着地して雲隠れだ。

 

「はい、いっちょ上がりと」

 

そのまま遠回りで部屋へと戻っていると、例のちびっ子達が遊んでいるのが見えた。しかも、珍しくバルクがいる。

 

「おじちゃんすごーい!!!!」

 

「おじちゃんはハルクだからな!!そーら、4人まとめて持ち上げてやる!!!!!」

 

バルクは知っての通り、部隊内一の力持ち。重機関銃をぶん回す怪力を誇るのだから、子供4,5人を同時に持ち上げる位造作もない。

しかもその周りにはイラストリアスとフリードリヒ・デア・グローセ、艦娘からは大和、天龍、第6駆逐隊が一緒に遊んでいる。まるで保育園だ。

 

「なんかまあ、あんな感じで受け入れられているのなら良いか。いざとなりゃ戦えるらしいし」

 

と思っていたのだが、翌朝、ちびっ子達は突如として消えた。そして、その代わりに…

 

「いやなんで俺!?!?!?」

 

朝起きると、今度は長嶺が幼児化してました。まあ何故か5分後には元に戻ったのだが。とにかくこの、よく分からない原因不明の幼児化現象はこうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 



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第七十一話新たな仲間達

数週間後 江ノ島鎮守府 執務室

「よく来たな、お前達。歓迎しよう」

 

この日、執務室には彼らが来た。総武高校の生徒会メンバーである比企ヶ谷、三浦、戸部、川崎、戸塚、材木座、一色の7人である。あの深海棲艦による日本同時侵攻後、懸命に口説き続けこの間、全員からOKが出たのだ。因みに各家の家族にも、あれこれ説明して了承してもらっている。

 

「よろしく頼む、長嶺」

 

「まあ、適当によろしくだし」

 

「よろしく」

 

「よろしくっしょ!」

 

「よろしくね!」

 

「うむ!我らを頼むぞ」

 

「先輩、よろしくお願いします!」

 

全員、元気がいい。早速7人をこれからの自分達の憩いの空間となる、自室へ連れて行く。場所や間取りは比企ヶ谷と同じなので、今回は割愛しよう。

簡単に部屋紹介が終わった後、今度は小会議室にて今後のカリキュラムや規則を教えていく。

 

「さて、じゃあ改めて。長嶺雷蔵、海軍元帥だ。君達の最上位の上司であり、まあ組織のトップだ。だが敬語はいらん。いつもの様に話せ。

では今後のカリキュラムだが、半年でお前達を立派な戦士へと鍛え上げる。結構スパルタだが頑張れ。これが日程だ!」

 

そう言って長嶺がホワイトボードにカリキュラム表を叩きつけて、磁石で止める。そこには案外少なめに予定が描かれていた。予定表はこんな感じ。

 

05:00 起床

05:30〜06:45 体力錬成トレーニング

07:00 朝食

08:00〜12:00 訓練 

12:00 昼食

13:00〜19:00 訓練

19:00 夕食

20:00〜21:00 体力錬成トレーニング

21:00〜05:00 自由

 

まあ見て分かる通り、結構ハードである。

 

「05:00に起床後、簡単な体力錬成トレーニングを行う。メニューは個別で変えていくが、まあわかりやすく言えばジョギングや筋トレ等の有酸素運動だ。07:00に朝食。これは朝昼晩全てで言える事だが、食事は無料かつ常に多種多様な食事が楽しめる。好きに食うといい。

08:00から12:00までは訓練だ。これは日によって変わる。戦略や戦術を教える座学だったり、操縦や射撃、後は格闘なんかの実戦だったりと様々だ。12:00から13:00までは休み時間で、13:00から19:00まではまた訓練。

夕食後、20:00から21:00までは、またトレーニングを行う。21:00から翌朝の05:00までは自由だ。寝るも遊ぶも、好きにするがいい。これが取り敢えずのカリキュラムだが、状況や訓練の内容によっては変わる場合がある。その辺りは臨機応変にやってくれ。次はそうだな、お前達にこれを配ろう」

 

そう言って長嶺は7人にスマホ、タブレット、ノートパソコン等のIT機器を配り出した。

 

「まずはそのスマホ。そのスマホには通常のスマホの機能の他、ここのセキュリティカードキー、電子マネー、クレジットカード機能が標準搭載されている。電子マネーには世界各地の電子マネーアプリが入っていて、取り敢えず限度額一杯まで入れてある。クレジットカードの方はブラックにしてあるぞ」

 

これを聞いた比企ヶ谷が噴き出して、それを見た6人が比企ヶ谷を不思議そうな顔で見ている。

 

「お前、俺達を富豪にでもしたいのか?それとも押し売りして、その方に俺達を売り飛ばすつもりか?」

 

「どういうこと?」

 

「ブラックカードってのは、クレジットカードの最高ランクだ。高い年会費を払わないといけないし、何より審査が厳しい。富裕層向けのカードだ」

 

「つまりこれは詐欺、ということか!?」

 

「え、それやばくね?」

 

「解約ってできんの?」

 

「先輩信じてたのに!!」

 

「はいはい、取り敢えず詐欺方向に進むのやめようか」

 

これは長嶺が悪い。いきなりブラックカード相当のクレカを発行している時点で、本来ならあり得ない事だ。そもそもブラックカードになるには、会社側からオファーがないとなれない。そのオファーが来るのも「数百万以上の使用履歴がある」とか「支払いがちゃんと遅延なく行われている」とか、かなり面倒なのだ。

しかも今回はアメックス・センチュリオンカード、ラグジュアリーカード、JCBザ・クラス、ダイナースクラブ・プレミアムカード、JP Morgan Chase Palladium Card という世界最高峰の5枚を作っている。どれもこれも入会金で何十万とか100万とか掛かる、化け物カードである。

 

「そもそもこれは、お前達がここに入った見返りだ。今後、お前達は非合法な行為を重ねていくことになるだろう。我々に法律は適用されない。だがこれは殺人や強盗で罪に問われないというメリットだけでなく、法律の庇護を受けられないというデメリットも孕んでいる。

お前達を護るのは、究極的には自分自身しかない。時に仲間も敵になるからな。となれば、権力や金がいる。これはその第一歩なんだ。別に売り払いもしないし、ここを去る時でもない限り後から返せという事もない。だから安心しろ。あ、そうそう。銀行のアプリってある?」

 

「あ、これ?」

 

「そうそれ。取り敢えず日本、スイス、アメリカ、中国、イギリス、フランスの銀行に5,000万。スペイン、メキシコ、カナダ、ブラジル、チリに3,000万。各銀行の口座にそれぞれ入れてあるぞ」

 

この長嶺の説明に全員が吹き出した。つまり現在、1人頭4億5000万円入っている事になる。県とか市の年間予算並みだ。

 

「あ、そうそう。それ単位が円じゃなくてドルだから、間違えんなよ?」

 

再び全員吹き出した。ということは1人頭が為替レートもあるとは言えど、最低450億円である。小国の国家予算並みだ。

 

「ちょ、ちょっと待つし!!もう怖いんだけど!!!!ってかアンタ、幾ら持ってる訳!?!?!?」

 

「ん?あー、今いくらだったかな?俺色んな戸籍持ってるから、多分全部ひっくるめると10兆ドルとか、多分そんくらいじゃね?」

 

あくまでこれは不動産とか持ち株とか、その辺りの物もひっくるめてではある。因みに参考までにアメリカの2024年予算編成方針は、6兆8830億ドルである。

 

「(ね、ねぇ材木座くん。アレってどの位の額なの?)」

 

「(う、うむ。に、日本が、2、3個買えるぞ.......)」

 

「「.......」」

 

ザ・規格外である。まあでもこれカラクリがあって、複数の戸籍を使って株式市場とかを自由自在に操っており、それを使って額を増やしまくっているのである。後は非合法な手段とか、結構色々やった結果である。

最近では貯蓄用に戸籍を作るという、もう何言ってるのかよく分からない理由で戸籍を作ったりしていたりする。

 

「一応言っとくが、これは霞桜の入隊と同時に全員が一律で貰う額だからな?」

 

「.......先輩。それって、大体何人くらいいるんですか?」

 

「現状、3093人だな」

 

「それだけの人数、全員にもれなく配ってるって化け物ですか.......」

 

「ん?あー、もしかしてこの金、俺の資産からだと思った?この金は俺の資産じゃなくて、霞桜の運用資金の方から抽出してるから」

 

全員が勘違いしていたのだ。4億5000万ドルは、あくまで霞桜の予算から持ってきている。というか『予算』というのも烏滸がましい、ぶっ飛んだ手段で金を得ていたりする。

 

「じゃ、じゃあその予算ってどのくらいなの?」

 

「戸塚よ、それを聞いちゃうか?」

 

「う、うん」

 

「霞桜の予算。それは無限大だ」

 

「「「「「「「.......はい?」」」」」」」

 

読者諸氏もこれまで疑問に思わなかっただろうか?「いくら何でも、霞桜とか江ノ島鎮守府って装備とか設備が良すぎじゃね」と。当初は長嶺のポケットマネーも使っていたりしていたが、ここ一年半位で霞桜の資金力は劇的に改善した。その禁断の秘術とも言える、最強の秘密をお教えしよう。悪用厳禁である。

 

「お前達さ、仮想通貨とか暗号通貨って聞いたことあるだろ?ほら、ビットコインとかリップルとか。あの手の通貨って、言ってしまえば単なるデータにすぎない。

じゃあそのデータ、作ればいいじゃない。その発想でウチのスーパーハッカーと、スーパーメカニックがタッグを組んで、本当に仮想通貨を量産してしまう装置を作っちゃったのよ。後はそれを現金化すれば良いだけで、実質無制限に金が湧き出る訳よ」

 

これに加えて、現在世界では暗号通貨は信用度が高い国際貨幣でもある。深海棲艦の出現により様々な影響が出たが、世界の為替レートもそれはそれは大きな被害が出ている。「金が紙屑と金属の塊になった」なんて、出現当初は珍しい話でもなかった。

そこで国連を筆頭に、様々な国家が暗号通貨に目をつけた。今や国際貿易の代金は暗号通貨で行うのがマストになりつつあり、それ故に信用度は高い。お陰で霞桜の資金は実質無限大なのだ。

 

「な、なぁ比企ヶ谷くん!ぶっちゃけ霞桜の隊員って、全員ぶっ飛んじゃってる感じ?」

 

「ぶっ飛んでるぶっ飛んでる。この前なんて、深海棲艦は食べれるか食べれないかの議論とかしてたぞ」

 

この一言で全員が、自分達のいる場所がかなりヤバいと知ったのである。流石に長嶺が「まあ全員ぶっ飛んでるけど、味方には優しいから。敵には容赦ないけど」とフォローを入れた。少しは印象が好転.......する訳ないな、うん。

 

「そう言えば金の話で話がズレていたな。話を戻そう。そのスマホはお前達の普段使いで、好きにアプリを入れてもらって良いぞ。ゲームしようが、インスタやろうが、ググろうが、何したって良い。しかもそのスマホにはネット接続の経路が分からなくなるシステムが搭載されていて、簡単にいうとハッキングとかウイルスを受け付けないシステムになっている」

 

「ふむ、さっぱり分からぬぞ!」

 

「OK。少し詳しく説明しよう。ネットは使うと、足跡とかの痕跡が残る。ログイン履歴とかIPアドレスとかな。こういった痕跡がつながらない、要は使ったそばから経路が全部ぐしゃぐしゃの迷路になる訳だ。本来一直線の線が、右に左にあっちこっちに行くんだ。

これをされると相手は個人を特定することが不可能になるし、コンピューターウイルスとかも入れられなくなる。最強のネット防犯システムを搭載している訳だ」

 

どうやらこれでわかってくれたのか、全員が一応頷いた。因みにこのスマホを使えばダークウェブにも入れるし、何処かの国の機密ファイルを見ても追い掛けられない。世界一のハッカー、グリムが作った逸品なのだ。この位、朝飯前である。

 

「カメラは最大30倍までの高倍率で、3億画素を誇る。無論手ブレ補正、ToFセンサー、色味、撮影モードも豊富だ。ppiは1000で、メモリは3TB。生体認証は指紋と顔、両方使える様になっている。Dolby Atmosにも対応しているぞ。バッテリーもフルで24時間使える。防水、防塵、耐衝撃も軍用モデルと同じだ。海の中で使おうが、砂漠に埋めようが、ビルの3階から落とそうが一切問題ない。

次にタブレットだが基本的にはスマホと大差ないが、メモリは8TBだ。好きに使え」

 

勿論このスペックは全て、普通のiPhoneとかAndroidを遥かに凌駕する、超スーパー高スペックである。制作がグリム&レリックの時点でお察しだ。

 

「さてさて、次はPC。こっちも良い感じに改造してある。CPUは1億4568pt。16TB、フル充電で連続48時間の使用が可能だ。軍や国営の機密サーバー相当のプロテクトとセキュリティが施されているし、さっきの足跡を辿られないシステムも常時作動しているから心配するな。

後はえーと、俺からのプレゼントを渡して無かったな。俺の作った高感度マイク内蔵式ノイキャン&外音取り込み機能付きのハイエンドワイヤレスイヤフォンと、ゲーミングマウス、それからポケットWi-Fiと、充電ポートに差し込んで使える外付けのイリジウム電話デバイス。これだけあれば問題ないだろ。あ、そうだ。イリジウム電話は各国の政府回線や軍用回線含めた、凡ゆる衛星に割り込んで使える仕様だ。好きに使え」

 

完全に頭が追いついてない。スマホに関しては三浦が。ノートパソコンとタブレットは比企ヶ谷と材木座がすぐにその凄さを理解した。どれもこれも、一般人が持てる物を遥かに超える超一流品。それを調達、もしくは自作できる技術に驚いていた。

 

「最後に今後お前達を世話する連中を紹介しよう。入れ!」

 

ゾロゾロと霞桜の隊員達、それから数名の艦娘とKAN-SENも入ってくる。

 

「まずは各教科の担任から。まずは座学。戦略学、本部大隊第二中隊、中隊長ナイル。戦術学、本部大隊第一中隊、ケッサル。陸戦学、第一大隊第四中隊、ヤサラ。情報工学、本部大隊、グリム副隊長。艦隊指揮学、艦娘、長門砲撃戦学、艦娘、大和。航空攻撃学、艦娘、赤城。海中戦学、艦娘、龍鳳。対潜戦闘学、艦娘、神通。夜戦学、艦娘、川内。

実技。体力トレーニング、陸上行動、第三大隊第四中隊、中隊長カプリと第五大隊第六中隊、ワーモ。射撃、第一大隊、マーリン大隊長と第三大隊、バルク大隊長。格闘術、第五大隊、ベアキブル大隊長。暗殺術、第四大隊、カルファン大隊長。水上行動、第二大隊、レリック大隊長。以上の17人だ。

そしてこれとは別に、お前達の特性を伸ばす特別訓練教官として、比企ヶ谷は俺、戸部はバルク、戸塚はマーリン、川崎はベアキブルとカルファン、材木座はKAN-SENの高雄と瑞鶴、たまに俺、三浦は基地航空隊であるメビウス中隊のメビウス1、一色はグリムがそれぞれ面倒を見る。今の内に挨拶しとけ」

 

大隊長達は自分が受け持つ新米達の元に歩み寄り、思い思いの挨拶を行う。実に個性豊かだ。

 

「よろしくな坊主!!」

 

「は、はい!よろしくお願いします!!」

 

「ガハハ!固くなんな!!」

 

 

「私がマーリンです。バスの時以来ですね。よろしくお願いしますよ、戸塚くん?」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

「えぇ。私も本格的に人に物を教えるのは初めてですが、君を必ず立派なスナイパーにしますよ!」

 

 

「あなたが紗希ちゃんね。カルファンよ、よろしくね」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「姉貴が怖いとさ」

 

「べーくん?オモテ出ろ」

 

「.......新入り、言葉ミスるとこうなギャァァァァァァァ!!!」

 

 

「あなたが材木座くんね!私は瑞鶴!こっちは…」

 

「高雄型重巡、高雄だ。ビシバシいかせてもらうぞ」

 

「う、うむ!望むところであるわ!!」

 

 

「三浦さん、だね。メビウス中隊の一番機、メビウス1だ。メビウスと呼んでくれ」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「自然体で大丈夫だよ。やりづらいでしょ?今は緊張してるかもしれないけど、青空の王国に入ればそんな気持ちはすぐに吹っ飛ぶよ」

 

 

「一色いろはさん、ですね。私が君を担当する、副長のグリムです。君は情報系に強いと、総隊長殿より伺っております。君の能力、この私が伸ばしてみせましょう」

 

「はい!よろしくお願いしまーす!」

 

「良い返事ですね。一緒に頑張って行きましょう」

 

 

「まあ、よろしくお願いします。長嶺教官」

 

「OK、気持ち悪いから普通にやってくれ」

 

「八幡泣いちゃうぞ」

 

「じゃあもっと泣かせるか」

 

取り敢えずの顔合わせも済んだので、今度は演習場に連れて行く。これから師事する者の、戦闘スタイルを見てもらおうと言う訳だ。

 

 

「では、これより訓練見学に移る。まずは今後、お前達の教官となる者からだ。グリムは.......あー、そうだ!グリムどうしよ」

 

「私のって、正直パッとはしませんからね」

 

「というか絵面が左腕の上で、右指をカタカタ動かしてるだけですしね。しかもハッキングって映画みたいな、そんな派手な物でもないですし」

 

そうなのだ。なんか映画とかドラマだとカッコよく見えるが、アレは単なる演出に過ぎない。実際の所は、キーボードを無言でカタカタしてるだけである。グリムの場合、現場型ハッカーであるので場所によってはアグレッシブに動く。

だがいざハッキングの段になれば、左腕に装備したウェアラブルコンピューターのキーボードをカタカタしてるだけである。他の大隊長が派手なのに、1人だけパソコンでは何か締まらない。

 

「単純にプライマスで戦闘すれば?」

 

「格闘したって親父のは異次元だし、俺はドス使うから、銃使っての格闘ならネタ被りもしねーしな」

 

「ネタ被りとか一番やだもんなー」

 

「.......俺、帰っていい?装備作り、したい」

 

「いやあの、いてください。お願いします」

 

なんか地味に帰ろうとしてるレリックを長嶺が引き止めてる間に、グリムが準備に入る。その間にカルファンが簡単に、共通装備の説明をしていた。

 

「今後、みんなが戦闘する時にはこの、強化外骨格を装備してもらう事になるわ。この装甲服はグラップリングフック、ジェットパック、水上航行機能、マッスルスーツ機能が付いていて、深海棲艦の通常型戦艦、まあ詳しくは今度教えて貰うと思うけど、簡単に言うと普通の深海棲艦の攻撃が直撃しても多少は耐えられる様になってるの。

それからもし深海棲艦と戦う時は、この対深海徹甲弾を使って戦うわ。普通の弾丸じゃ、傷つける事すら不可能なのは知って通り。でもこれなら、艤装の防御能力を無視して本体に攻撃を与えられる仕組みになってるのよ」

 

「質問」

 

「はい、優美子ちゃん!」

 

「なんで深海棲艦相手に戦える訳?あ、じゃなくて、戦えるんですか?」

 

「ふふ。シラフで良いわよ。それと質問の答えは私じゃなくて、専門家にお願いするわ。レーくん」

 

「..............スーツの装甲、深海棲艦の物。銃弾も、装甲材、削って作る。理論上、艦娘にも使える」

 

極度の人見知りを発動し、いつも以上に口数が少なくなる。これでは説明不足なので、ベアキブルがもう少し説明を加える。

 

「後、アレな。その深海徹甲弾は、普通の弾丸なんて目じゃねぇ。人に向けて撃とう物なら、死体は原型を留めずにミンチ肉になっちまう。というかなんなら、戦車とかも壊せるからな。間違っても、人に向けるなよ?それ、作るのに相当時間と金がかかる。ついでに素材も少ねぇからな。

あぁ。勿論、余程のクズになら、撃ってもいいぞ?」

 

「べーくん、みんなドン引きしてる」

 

「あら?この感じ、ダメなヤツだった?」

 

「みんな、このバカ弟がごめんね?コイツ馬鹿で、学もなくて、荒くれ者で、脳みそまで筋肉だから」

 

「姉貴よぉ、俺の扱いが酷くなってない?泣くよ?弟、泣いちゃうよ?」

 

カルファン、無言でワイヤーをベアキブルの首に巻き付ける。流石にこれ以上は大惨事になりそうなので、長嶺がそっと2人の肩に手を置いた。

 

「「ヒッ!」」

 

「お二人さん?そろそろ、やめようか。みんなドン引きしてるから、な?」

 

長嶺は笑顔である。間違いなく、誰がどう見ても笑顔である。だが、目が笑ってない。見てはいけないタイプの、ドス黒い笑顔である。全員ドン引きを通り越して、逃げたくなったのは言うまでもない。だが逃げたら何されるかわかった物じゃないので、逃げるに逃げられないジレンマに襲われていた。

そうこうしていると、グリムの準備が終わったらしい。グリムはそのまま海へと出て行く。

 

「それじゃ行きますよー」

 

「あーい」

 

数秒後、グリムの周囲に数体の戦艦レ級が現れる。勿論本物ではなく、立体映像なので害はない。

 

「それでは、始めましょうか」

 

まずは手近のレ級の頭に弾丸を喰らわせ、そのまま隣のレ級にハイキックを喰らわせる。今度は牽制射撃を加えながら接近し、スタンガンで動きを封じ、その隙に別のレ級の胸に弾丸を叩き込む。

さっきまでビリビリしていたレ級には、パンチマシンで後方にまで吹き飛ばす。そして落着した瞬間、スナイパーモードのプライマスでトドメを刺した。その間、僅か1分。

 

「グリムの本業はハッカーだが、奴は部屋に篭ってパソコンをカタカタするタイプのハッカーじゃない。奴のスタイルは、現場に赴いて実際のマシンに直接ハッキングするスタイルを取っていた。お陰であんな感じに戦闘が出来る。

次、マーリン!」

 

「はい」

 

マーリンは海に出ることなく、その場でバーゲストを構える。今度はグリムの時より遠く、大体800m位の位置に駆逐艦イ級が現れた。

 

「マーリンは霞桜、いや。世界屈指かつ近代に於けるスナイパー達でもレジェンド級の連中とも肩を並べる、超凄腕のスナイパーだ。専用銃のバーゲストを持ってすれば、位置にもよるが最大で8kmの狙撃すらやってのける。

尤も普段は精々、2〜3km。最大でも4〜5kmが限度だがな」

 

マーリンは立ったまま、イ級に照準を合わせる。イ級には回避運動する様にプログラミングしてあるので、そのプログラムに従って右に左にジグザグ航行して狙撃させない様に立ち回る。

ジグザグ航行して狙撃させない様に立ち回る。

だが、マーリンの前にそれは意味をなさない。相手の予測位置を勘で導き出し、素早く狙撃していく。物の30秒で10体のイ級を血祭りにあげた。

 

「次はレリックだ」

 

「.......面倒。帰りたい」

 

「分かった分かった。ならレ級1体にするから」

 

「許す」

 

レリックが早く帰りたいらしいので、素早くレ級を投影し登場の1.5秒後には、マニュピレータに装備させたMk.19 自動擲弾銃の擲弾が降り注ぎ、撃沈された。

 

「あー、うん。レリックの本職は技術屋でな、単純な素の戦闘力は弱い。だが奴の装備するマニュピレータアームは重火器を軽々と扱うし、爆弾の設置、解体なんかも出来る。戦闘工兵ってヤツだな。

次、バルク」

 

「うっしゃぁ!!」

 

バルクは意気揚々とハウンドを担ぎ、構える。今度は今までで一番多い、重巡リ級40体が現れた。

 

「バルクは霞桜一の怪力を誇る。奴は主に部隊の火力支援を担当していて、本来なら固定して使うべき重機関銃をぶん回し、タレットとして機能する。そしてアイツの武器の制圧力は…」

 

キュィィィン、ブオォォォォォォォォォォ!!!!!!!

 

「ヒーハー!!!!!!」

 

耳を覆いたくなる爆音。というかもう、なんか既に耳がおかしい。ハウンドが敵をなぞる度、1秒後には溶けているかの様に消えて行く。弾丸の壁とでも言うべき濃密な弾幕は、見る者全てを圧倒する。

 

「次、カルファン」

 

「さぁ、遊びましょ?あ、私は潜水艦の相手がいいわ」

 

「だそうだ。ソ級辺りを頼む」

 

当初は戦艦リ級辺りを出すつもりだったが、リクエストがあるならそれに従う。すぐにコンソールを操作する隊員に命令して、映像を変えて貰う。

 

「カルファンは裏世界ではその名を知らぬ者は居ないとまで言われた、伝説級の殺し屋だ。獲物は鋼鉄製の糸。攻撃も防御も自由自在だが、最大の見せ場は対潜戦闘だ」

 

カルファンは演習が始まるや否や、無数の糸を海中に突っ込む。糸を動かすこと数分、ソ級を海中で全て切り刻んでしまった。

 

「終わったわ」

 

「え、もう終わったの!?」

 

「ただ糸を動かしただけだったような.......」

 

「そう言われると反論できないけど、これ立体映像だから釣れないのよね」

 

そう言って肩をすくめるカルファンだが、全員それよりも『釣る』という単語の方に関心が向いていた。釣るって、どう言うことだ?と。

 

「カルファンは糸で潜水艦ぐるぐる巻にして、それを引っ張り出せるんだよ。今回は立体映像だからそういう芸当できない訳で。ってか、それならリ級にしときゃ良かったのに」

 

「あはは。やってから気付いたのよ」

 

「親父、仕方ねぇよ。姉貴って、偶にこういう天然ボケが入るから」

 

そう言いながら、今度はベアキブルが演習海域に進む。ベアキブルはドスを抜くと、即座にリ級へと襲いかかった。ゼロ距離でドスを捻り上げ、腹を掻っ捌き、喉を掻き切って、顔に突き立てる。

 

「ベアキブルは元・武闘派極道だった。アイツはドスでの近距離戦を得意とするが、拳銃の腕もある。今の霞桜切込隊長って訳だ。

次は高雄と瑞鶴、言ってこい」

 

今度は材木座の専属となる、高雄と瑞鶴が海へと出た。霞桜の隊員は陸の方がホームグラウンドになるが、KAN-SENである2人は海がホームグラウンド。動きが滑らかで、全く無駄がない。

 

「高雄!いつもの感じいくよ!!」

 

「あぁ!」

 

まず初手で瑞鶴が艦載機を飛ばし、制海権と先制攻撃を得る。敵がそっちに気を取られている間に、高雄が肉薄して場をかき乱す。

 

「す、スゲー。高雄さんって武闘派なんだな.......」

 

「戸部ー。ここの鎮守府、全員武闘派みたいな物だぞ」

 

「後アレな、全員一癖も二癖もある」

 

後ろからベアキブルがやってきて、戸部と比企ヶ谷の2人に簡単な霞桜のヤバい面を教えて行く。

 

「例えば副長のグリム。あの人は手先が不器用だ。前、妖怪ウォッチか何かのプラモデルを作っていたが、謎のキメラになった。マーリンは紅茶にうるさいし、レリックは言わずもがな。バルクの兄貴は料理音痴、姉貴は暴力装置だし、親父はもう、うん」

 

「長嶺さんってそんなヤバいん?」

 

「ヤバい。超ヤバい」

 

「俺も長い事、裏社会にいたが親父は常軌を逸してるとか、もうそんなレベルじゃねぇ。そのうち、分かってくるさ」

 

そうこうしていると、瑞鶴による戦闘機からの飛び降り斬撃が決め手となって、最後のレ級を打ち倒した。

 

「これで終わりだ。全員一騎当千の猛者達だ。お前ら気を引き締めろよー」

 

「むむっ!長嶺お主、自分だけ戦わないつもりか!?」

 

「そーだそーだ。長嶺も戦うし!」

 

「先輩ぃ。わたし、先輩が戦ってる所みたいですぅ」

 

別に戦うのは構わないのだが、立体映像だと戦ってて楽しくない。長嶺の戦闘スタイル上、実態がないのはどうもやり辛い。なら答えは決まってる。

 

「え、やだ」

 

断る。これに限る。

 

「えー、なんでですかー」

 

「もしかしてアンタ、怖いの?」

 

「はいはい、そんな見え透いた挑発には乗りませんよーだ。俺の戦闘スタイルじゃ、立体映像だと張り合いがない。やってて楽しくないから、致しません」

 

なんかブーブー言われてるが、そんな事気にしない。この後、簡単な施設巡りを行って本日の訓練は終わった。今後の訓練や鎮守府での生活を通して、彼らは長嶺の恐ろしさを知ることになって行くのである。

因みに後で他の大隊長とかに、長嶺の戦闘スタイルを聞いてみた。その答えがこちら。

 

「怪物」byグリム

 

「悪魔」byマーリン

 

「.......モンスター」byレリック

 

「大魔王」byバルク

 

「人間がしちゃいけないスタイル」byカルファン

 

「化け物」byベアキブル

 

「敵に回したくないわね」by瑞鶴

 

「一言で言い表せぬが、絶対に敵に回してはならないのは確かだ」by高雄

 

軒並み酷いが、全部事実なので仕方ない。というか瑞鶴と高雄に至っては、実際に敵として相対しているのだから重みが違う。全員が長嶺に恐怖し、軽く震えていたとかなかったとか。

 

 

 



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第七十二話江ノ島祭

翌日 江ノ島鎮守府 執務室

「なぁ長嶺?」

 

「なんだ?」

 

「これって訓練なのか?」

 

「書類仕事の訓練だ」

 

翌日から早速訓練が始まったのだが、比企ヶ谷は訓練の名目で長嶺に書類仕事を手伝わされている。他は戦闘訓練や基礎訓練を行っているのに、なんか自分だけ疎外感があった。

 

「心配すんな。これが終わりゃ、すぐに訓練に移る」

 

「へーへー」

 

 

(あ?なんだこれ)

 

暫くして比企ヶ谷の目に、小さい小人の様なセーラー服姿の女の子が映った。こんな少女趣味の置物なんてない筈だし、疲れで幻覚が見えたのかと思ってしまう。だが何だか嫌な予感がしたので、長嶺に聞いてみる事にした。

 

「長嶺ー」

 

「なんだ?」

 

「この置物って、いつから置いてたんだ?」

 

「置物?」

 

「ほら、このセーラー服の小人」

 

それを聞いた瞬間、サッと長嶺の表情が真剣な物に変わった。

 

「お前には、それが視えるのか?」

 

「なんだよ、幽霊とか言うのか?」

 

「その小人は妖精と言って、艦娘にしか本来視えない。だが極稀に、日本人で視える者が存在する。その素質を持つ者のみ、帝国海軍で提督として働くことになる」

 

つまり今の比企ヶ谷は、半ば提督もしくは司令官として艦娘を率いて戦う事を運命付けられたも同然なのである。だが基本的に比企ヶ谷は、極度の面倒臭がり。「専業主夫になりたい」と豪語する程だ。霞桜に入ったのも、あくまで長嶺の神がかかったまでの空気演出と長嶺という人物に惹かれたからにすぎない。

 

「.......なぁ、それって絶対なのか?」

 

「絶対だ」

 

「いやでも、基地司令ってもういるだろ?新たに作るのか?」

 

「2カ所。現状で鎮守府と基地が一つずつ、合計2カ所も提督、司令官が居ない状況だ」

 

現在、横山冬夜の指揮していた釧路基地、河本山海の指揮していた佐世保鎮守府には指揮官が居ない。というのも妖精が視える人間は、兎に角少ない。原因も分からないし、視える様になるタイミングもまちまちで、言うなれば目が覚醒して視える様になる。だが覚醒のタイミングも不明な以上「取り敢えず視える奴を片っ端から提督or司令官に」というのが、現在の帝国海軍の方針なのだ。

この方針の結果、河本とか横山とか酒虫とか安倍川餅とかのクソ提督が生まれたのだが、こうしないと成り手がいない以上はどうしようもなかったのだ。霞桜が設立されたのも上記4人の様に権力を傘に私利私欲に走り、やりたい放題する者が出てくる事が予測されたからである。何せ大半が元・一般人だったのだ。いきなり絶大な権力を与えられれば、その権力に酔いしれる者も出てくる。死を持って報復するのも、正直、見せしめの要素が大きい。

因みに何故他の非正規作戦もやっているかというと、任務の特性上、秘匿性が高くなるので「どうせなら、秘密特殊部隊らしくブラックオプスにも従事可能な物にしよう」となったからである。

 

「それなら、俺はどうしたら良いんだよ」

 

「そうだなぁ、まずは親父に会いに行くか。行くぞ付いてこい!」

 

「ちょ、おま!」

 

いきなり出て来た『親父』ワードに驚きつつも、比企ヶ谷は長嶺の後に付いていく。外であったベルファストに頼んで執務を代行して貰い、駐車場に置いてあるフェラーリSF90に乗り込んで防衛省を目指す。

 

「で、親父って誰だ?」

 

「防衛大臣」

 

「はぁ!?」

 

「現職の防衛大臣、東川宗一郎は俺の義理の父親、養父ってヤツだ。あのクソ親父が防衛大臣になりやがったから、半強制的に今のポストに座らされたんだよ。あー、今思い出しただけでも腹立つ。俺を過労死にでもさせたいんか」

 

比企ヶ谷自身、コネ入社とかを気にするタチではない。寧ろ楽できるなら良いじゃない位に思っているが、こういう嫌なコネ入社というか親の七光りもあるのかと思った。そして、自分もそういうのに巻き込まれ.......いや、現在進行形で巻き込まれているか。

まあ何はともあれ、1時間ほどで市ヶ谷の防衛省に到着。顔パスで中に入り、大臣室の扉を蹴破って中に入る。

 

「いつになく豪快な入り方だな、雷蔵よ」

 

「こんな嬉しい自体が起きたんだ、豪快にもなるさ」

 

「なんだ、嬉しいことって?」

 

「新たな提督の卵を持ってきたぞ。比企ヶ谷八幡。例の総武高校の生徒だ」

 

長嶺が隣に立つ比企ヶ谷を指差す。今の比企ヶ谷は前までの死んだ魚の様な腐った目ではなく、普通の目になっている。更に服装もカルファンとか一部のギャル系KAN-SENとか、オシャレ好きの艦娘によって魔改造を施されており、髪型もしっかり整えられていて、普通にかっこよくなっている。

 

「え、えっと、比企ヶ谷八幡、です」

 

「これはまた、かなりイケメンだな。防衛大臣の東川宗一郎だ。そこにいる雷蔵の父親でもある。早速だが君は、妖精が見えるという事で良いのかね?」

 

「は、はい。多分その妖精?が視えるらしいです」

 

「そうか。では君には、すぐにでも任を渡したいが、まずは雷蔵の元で仕事を覚えるといい。雷蔵の仕事は我が息子ながら、かなり優秀だ。後の事は雷蔵に丸投げするから、任せたぞ」

 

「またそれかよ。特別ボーナス位用意しやがれ」

 

「はいはい」

 

明らかに防衛大臣と連合艦隊司令長官の会話ではなく、普通のダメ親父としっかり者の息子の会話なのに、中身は紛う事なき前者の会話。違和感ありまくりだが、一つ分かったのは長嶺も自分も苦労が増える事だ。

 

「あ、そうそう」

 

「比企ヶ谷ー、なんか面倒になりそうだから帰るぞー」

 

「待て待て!仕事が増える話だけど、お前が好きな部類だから!!」

 

「.......はぁ。で、どんな仕事が増えるんだ?」

 

「最近、どっかのバカ河本とか横山とかが色々やったじゃん?アレのお陰で海軍のイメージに、また陰りが見えてきている。そこで、基地祭をお前の所で開いてくれ!」

 

長嶺含め、霞桜の面々は祭り好き。特に第四、第五大隊は元が極道の割合が高く、テキ屋系の連中も多い。その為、屋台出したりするのは問題ない。

だが一方で、問題もある。現在江ノ島には戦艦棲姫と港湾棲姫という歴とした、深海棲艦の大ボスがいる。KAN-SENは艦娘という事で誤魔化せるが、こっちは誤魔化しようがない。地下とかに閉じ込めれば良いだけかもしれないが、戦艦棲姫辺りは嬉々として参加したがるだろうし、それを止めるのも一苦労。かなり面倒なのだ。

 

「俺以外でやりゃ良いだろ。それにウチ、爆弾抱えてるからな?霞桜、KAN-SEN。それに深海棲艦だっている」

 

「深海棲艦がいるぅ!?」

 

「あ、言ってなかった?ウチの鎮守府、深海棲艦が2隻いるぞ。しかも姫級が」

 

今目の前の男は、人類が憎んで憎んで仕方がない、世界共通の敵である深海棲艦の、それもボス級である姫級の深海棲艦がいると言った。言われてみれば病的なまでに白い肌を持ち、ツノが生えたのが食堂にいた気がする。てっきり艦娘かKAN-SENかと思ったが、多分アレが深海棲艦なのだろう。

 

「そうなんだけどな、お前ってほら、対外的イメージが良いじゃん?帝国海軍の顔じゃん?だからさぁ、頼むよ。この通り!」

 

「別にやるのは良いよ?個人的にはそういうの大好きだから。でも、だからといって起爆したら核爆弾並みの被害をもたらす爆弾抱えてまで参加する道理は無い」

 

「わ、分かった!ならこうしよう!!お前がやりたい様に基地祭をやり、その費用は全て防衛省が持つ」

 

「それだけじゃま」

「さらに!ここにかかった費用の総額10%と同額の特別ボーナスを支給する!!これならどうだ!!!!」

 

「.......乗った!!」

 

東川と長嶺の2人はガッシリと握手を交わして、完全に2人だけの世界に突入している。それを見ていた比企ヶ谷はこう呟いた。

 

「ナニコレ」

 

 

 

翌日 江ノ島鎮守府 会議室

「ってな訳で、今度基地祭やる事になりました!」

 

翌日、例によっていつもの代表者組が会議室に集められた。勿論議題は、昨日決まった基地祭についてである。

 

「提督、そうは言いますけど、いつ頃開催するのですか?」

 

「分からん。クソ親父に聞いても「別に日程とかも決めてない。お前達の好きにやれ」だそうだ。だがまあ、早いに越した事はない。2〜3ヶ月を目処にやろうと思う。勿論、状況や要望があれば早めたり遅くしたりするがな」

 

「なら予算も自由な感じかしら?」

 

「フッフッフッ、いい質問ですねぇオイゲン君。なんと!今回の基地祭に掛かる予算は全て、防衛省持ちなのであーる!!!しかもしかも、かかった費用の10%がボーナスという形でキャッシュバックしてくる!!」

 

「つまり?」

 

「金は糸目つけず、じゃんじゃん湯水の如く使え野郎共!!使えば使うだけ、俺のボーナスが増えるんだ!!!!増えた分だけ、お前達にも何らかの形で還元してやる!!!!!!」

 

長嶺からこの言葉が出た瞬間、会議室にいた全員の目つきが変わった。長嶺に毒されたからか、はたまた元からの性格かは分からないが、長嶺の家族は全員祭り好きかつ、こういう時の協力は惜しまない。この基地祭、良い意味で大荒れとなるだろう。

 

「なら早速、中身を決めますか?」

 

「そうだな。なら言い出しっぺのグリム、書記よろしく」

 

「あちゃー、言うんじゃありませんでした。みなさん、字が汚くても許してくださいよ?」

 

一応の保険を掛けて、グリムがホワイトボードの前に立つ。因みにグリムは字は綺麗なのだが、黒板とかホワイトボードに文字を書くと何故か急に下手くそになる。

 

「はい、それじゃやりたい事ある人ー、挙手!!」

 

ズバババと一斉に手が上がる。しかも全員が手を挙げたので、もうマーリンから順番に言って貰ったほうが早いだろう。で、出た意見というのがこちら。

 

「射的なら老若男女楽しめますよ!」byマーリン

 

「.......物作り体験講座」byレリック

 

「銃乱射講座!!弾幕・オブ・パワー!!火力・オブ・ジャスティス!!」byバルク

 

「キャバクラ!男共の財布を搾り取りましょう♡?」byカルファン

 

「我が大隊の十八番、屋台!!」byベアキブル

 

「レストランを開いて、ここのご飯を振る舞いましょう!」by大和

 

「何かみんなで盛り上がれるのはどうだ?ビンゴゲームとか」byエンタープライズ

 

「ティータイムが味わえる様、カフェをやってみないか?インスタ映えもする筈だ」byウェールズ

 

「お化け屋敷なんて如何ですか指揮官様?」by赤城

 

「またレースするのも良いんじゃない?」byオイゲン

 

「中華街を作ってみたいな。華やかで見ていて楽しいぞ!」byハルピン

 

「テルマエ風の温泉なんてどうでしょう?日本の皆さんもお風呂好きですから、きっと楽しんでくれますよ!」byヴェネト

 

「ライブとかはどうだ?」

 

「芸術作品を飾るのはどうかしら?アートは心を豊かにしますよ」byリシュリュー

 

「宝探しとかどうだ?」byジャン・バール

 

とまあ、中々に個性豊かな案が出た。なんか二つ程、採用したら大変な事になりそうなのがあるが。

 

「さーて、それじゃ今度は意見の統廃合をしていこう。まずマーリンの射的、カフェ、お化け屋敷、大和のレストランは、あーまあ微妙だが取り敢えずベアキブルの屋台に纏めよう。ハルピンの中華街の案は、デザインのコンセプトとして屋台に入れる。物作り体験講座、宝探しは子供向けになりそうだから、ここも纏める。残りは完全に独立してるから、そのまんまで。

で、問題は銃乱射講座とキャバクラだよ。これどうすんの?」

 

そう。このふたつだけ、明らかに基地祭でやる内容じゃない。銃乱射講座なんてテロリスト養成課程のある学校じゃ無いと出来ないし、というかそもそもテロリスト養成課程のある学校なんざある訳ない。そしてキャバクラなんてやろう物なら各方面からお叱りを受ける事になる。

 

「何言ってるんですかい総長!!銃乱射講座を開き、火力と弾幕を布教すれば、世界中で弾丸の雨が降るんですよ!!!!」

 

「お前は世界中の人間をテロリスト予備軍にするつもりか.......」

 

「ねぇボス?お金、欲しいでしょ?なら馬鹿な男、そう。チンポと脳が直結してる連中から巻き上げれば良いのよ!」

 

「カルファン、風営法って知ってるか?」

 

この後、カルファンからは代案としてカジノというのが出てきたが、これも普通に法律違反なので却下された。結果的にどうにかコンセプトカフェという事で落ち着いたが、ここに落着するまで結構苦労した。

 

 

 

2ヶ月後 江ノ島鎮守府 大ホール

「にしてもまあ、我ながら大規模な物になったな」

 

「雷蔵らしくて良いじゃない。あなた、こういうの好きでしょう?」

 

「あぁ。超大好きだ。この空気感、吸ってるだけで楽しめる」

 

あの会議から2ヶ月、この『江ノ島祭』の名前が付いた基地祭は史上類を見ない、大規模な祭りへと変貌を遂げた。この祭りは2日間開催され、鎮守府内で行われる前夜祭も含めれば3日間もある。

常設展示として各種屋台及び中華街、イタリア、フランス、イギリス等の各国をイメージした屋台、基地警備隊の装備展示及び防弾チョッキの試着、車両の試乗会、バニーガールカフェ、メイドカフェ、食堂の解放、艦娘、KAN-SENのレストラン、艦娘とKAN-SENのアート&フォト展、簡単なペーパークラフト講座なんかが行われる。

これとは別に特別展示としてメビウス中隊による航空ショーが2日間で4回予定されており、1日目は艦娘、KAN-SENによるライブと豪華賞品を賭けたビンゴゲーム、2日目は芽ヶ崎、藤沢、鎌倉の三市でプロレーサーを招き、公道をクローズしてのレースが行われる。勿論ここにはレースクイーンとして艦娘とKAN-SENが参加する。

 

「そろそろ出番なんじゃない?」

 

「ん?あー、じゃあ行くか」

 

「しっかり決めなさいよ?」

 

「俺を誰だと思ってる?この鎮守府の大黒柱、長嶺雷蔵様だぜ。こんな挨拶、ビシッと決めてやる」

 

オイゲンに見送られ、長嶺は大ホールのステージに立つ。今夜は前夜祭。明日から2日間の祭りに来る人を楽しませるために、楽しませる側の気持ちを祭りが楽しめる様にする為の祭りだ。

 

『楽しむ準備は良いか野郎共!!!!!明日から2日間、お前達は来る奴ら以上に楽しまなくちゃならん!!この基地祭は何だかんだ、物凄くデカいものになった。楽しむ場はある!!テメェらはどうだ!!!!!!!』

 

次の瞬間、全員がワッと声を挙げる。どうやら楽しむ準備は出来ているらしい。

 

『だったら俺から命じる事はただ一つ!!楽しめ!!!!!そして多いに盛り上がれ!!!!!!さぁ、楽しい楽しい祭りの時間だ!!!!!!!!!』

 

「「「「「ウオォォォォ!!!!!」」」」」

 

『グラスを持て!!この楽しき祭りの輝かしい前夜と、我が最高の仲間達と開ける祭りの成功を祈って、乾杯!!!!!』

 

「「「「「かんぱーーーい!!!!!」」」」」

 

シャンパン、ワイン、ビール、日本酒、或いはソフトドリンク。各自思い思いの飲み物、と言っても大半は酒だが、それを掲げて乾杯に応える。因みに長嶺は取り敢えず、シャンパンを選んだ。

 

「指揮官様〜❤️」

 

「あれ、大鳳。どうした?」

 

「大鳳もレースクイーンに出ても、よろしいですかぁ❤️?」

 

「あ、あぁ。向こうは美女が増えるのに、NOとは言わんだろうよ。衣装も確か、前回のがあるよな?」

 

「はい!所で指揮官様は、当日は如何なさるのですか?」

 

「レース当日は、一応ゲストとして放送席に座る予定だ。特等席からレースを観覧させてもらうよ」

 

前回の呉でのレースとは違い、今回は最初からプロのガチンコ勝負。そこにアマチュアが入る訳にもいかないので、長嶺はゲストとして放送席に入る事になったのだ。実はオファーもあったのだが、面倒なので断っている。

まあレースのスポンサーからは「気が向いたら飛び入りでも参加させてあげられるから、気が変わったらスタートまでに連絡してね」とも言われてるので、もし気分が変われば参加するかもしれない、というのは内緒。

 

「そ・れ・な・ら、大鳳とそれまで一緒にいませんかぁ❤️?」

 

「魅力的だが、生憎と始まる前は色々やる事が多くてな。各レースチームへの挨拶回りとか、プロトカーを展示する各社への挨拶回りとか、まあ面倒臭いけどやらないとならない仕事が多くて、正直、誰かと回るなんて暇なんて、とてもとても」

 

「むぅ.......」

 

「むくれてもダメな物はダメ。それよりも俺は、お前が車の宣伝して、ここに来る哀れな男どもを手玉に取ってる姿が見たいよ」

 

最近、ヤベンジャーズを上手くかわす手段も会得してきた。基本的にこっちが何かを望めば、後は向こうが勝手にやってくれる。唯一、ローンは要求が通らない場合、破壊衝動にスライドする可能性があるので適度に破壊させて、ガス抜きさせれば案外自由に使える。

 

「そういう事なら、男どもの視線を釘付けにしてやりますわ」

 

あ、そうそう。レースクイーンとして活躍するKAN-SEN&艦娘、それからステージでアイドル系で攻める予定のKAN-SEN&艦娘は、漏れなく全員カルファンの指導を受けている。世界有数のハニートラップマスターである彼女のテクニックは、一撃で会場の男どもを手玉に取れるだろう。

因みにその様子を見ていた長嶺曰く、「このまま暗殺者として送り出しても、相手がホモじゃない限りベッドまで誘導できる」らしい。そこから先、殺せるかどうかは分からん、とも言っていた。

 

「あ、提督じゃん。ちーっす」

 

「お、鈴谷か。どうだ、パーティー楽しんでるか?」

 

「もっちろん!それよりさ、明日か明後日、空いてる時に大和さんのレストラン来てよ!」

 

「なんだ、なんか面白い物でも作ったか?」

 

「それは来てからのお楽しみ〜!」

 

そうは言うが、長嶺は知っている。ここ最近、鈴谷もそうだが第六駆逐隊のみんな、ユニコーン、ラフィー、綾波、ニーミ等の一部の子達が、夜な夜なキッチンで何やら試作をしていた。恐らく、何かスイーツでも作ったのだろう。これでまた一つ、楽しみが増えた。

 

 

 

翌日 特設大ステージ

『ご来場の皆さん、長らくお待たせしました。これより開演です』

 

アナウンスの直後、ステージの中心から白煙が勢いよく上がる。その中から出てきたのは、白地に黒い文字で正面に「江ノ島」と書かれ、背中には旭日旗がデザインされたTシャツを着た長嶺だった。このライブのMCは、長嶺が担当するのである。

 

『レディィィィィィィス、エンド、ジェントルメェェェン!!!!さぁ、始まりました江ノ島祭!!本日は1日目!!!!盛り上がる準備できてるかぁぁぁ!?!?!?!?』

 

観客席から「おぉぉぉ!!!!」という、大きな声が響いてくる。しかも手に持つタオルを振り回してアピールする者もチラホラ。盛り上がりは充分だろう。

 

『まずは一曲、派手に盛り上がりましょう!!!!我が鎮守府のヤベェ奴、大鳳と、破壊の女神ローンがタッグが組んじゃいました!!曲名は『艦上LOYALITY』!!』

 

本来ならライブの様子をお送りしたいのだが、著作権の兼ね合いで不可能なので適当に妄想で補完していただきたい。因みに歌う順番は2人の後から順に

・ル・マラン『祈りノウタ』

・那珂『恋の2-4-11』

・サンディエゴ『私はNo.1』

・サラトガ『壮絶激昂』

・島風『自由の暁』

・駿河『海へ捧げるレミニセンス』

・ベルファスト『Pro Tanto Quid Retribuamus』『クラダリングの誓い』

・加賀『加賀岬』

・エンタープライズ『Pledge of liberation』『Phantom 9』

・赤城『クリムゾン・ブルーミング』

・加賀『愛し桜花よ散るなかれ』

・クリーブランド『コンプレックス・シューティング』『BRIGHT BATTLE STARS』

・ユニコーン『エール・フォー・オール』『My Night』

・第六駆逐隊『鎮守府の朝』

・Z23『Wissen ist Macht!!』

・綾波『ニアー・ユアー・サイド』

・ジャベリン『じゃすと・べりー・くいっくりー!』

・赤城、翔鶴『暁の水平線に』

・ラフィー『スリーピング・ワンダーランド』

・エンタープライズ、赤城『Re:frain』

・霞桜の有志一同30人(大隊長&長嶺含む)『インドダンス立ち上がリーヨ』『ナートゥ』

・愛宕、高雄『逆転乱舞!!』

・川内、神通、那珂『華の二水戦』

・クイーン・エリザベス、ウォースパイト『ウェルカム トゥ ブリリアントパーティ☆』

・クリーブランド、コロンビア、モントピリア、デンバー『ALL 4 SISTER!!!!』

・オイゲン、ウェールズ『Dance In The Naval Engagement 〜運命の舞踏海〜』

・綾波、ジャベリン、ラフィー、Z23『WISHNESS』

・ガスコーニュ、赤城、シェフィールド、クリーブランド、ヒッパー『cœur』

・ラフィー、ユニコーン、Z23、シュペー『Standing By You』

・イラストリアス、ボルチモア、ダイドー、タシュケント、アルバコア『Blue Sprit』

・オイゲン、長嶺『アスノヨゾラ哨戒班』『ロキ』『KING』

 

『さぁ、最後はMCたるこの私と、鉄血のエース、プリンツ・オイゲン!!!!』

 

次の瞬間、長嶺はシャツを龍脱ぎの様に脱ぎ捨てた。下には黒地に金の刺繍が入った改造甚兵衛を着ていて、奥から出てきたオイゲンも改造和服、イメージ的にはFGOの武蔵、霊基再臨3の服装で色が赤と黒に置き換わった物を着ていた。尚、ここからは台本形式である。ただし、アスノヨゾラとロキは既に文化祭にてやっているので、今回は割愛させて頂く。N00913753

 

長嶺『幽閉、利口、逝く前に。ユーヘイじゃ利口に、難儀ダーリン』

 

オイゲン『幽閉、ストップ。知ってないし。勘弁にしといて、なんて惨忍』

 

長嶺『人様願う欠片のアイロニ。だれもが願う、無機質なような。一足先に始めてたいような、先が見えない ヴァージン ハッピー ショー』

 

オイゲン『無いの新たにお願い一つ。愛も変わらずおまけにワーニング ワーニング、無いのあなたにお願い一つ。張り詰めた思い込め…』

 

『『レフトサイド、ライトサイド、歯をむき出してパッ パッ パッ 照れくさいね。レフトサイド、ライトサイド、歯を突き出してパッ パッ パッ HAHA。YOU ARE KING!YOU ARE KING!』』

 

長嶺『無邪気に遊ぶ、期待期待のダーリン ダーリン。健気に笑う、痛い痛いの消える。無様に〇ねる、苦い思いもなくなってラ ラ ラ ブウ ラッ タッ タ嫌い嫌いの最低泣いてダウン』

 

オイゲン『毎度新たにお願い一つ、愛も変わらずピックアップのワーニングワーニング。無いのあなたにお願い一つ、張り詰めた思い込め…』

 

『『レフトサイド、ライトサイド、歯をむき出してパッ パッ パッ 邪魔くさいね。レフトサイド、ライトサイド、歯を突き出してパッ パッ パッ HAHA。YOU ARE KING』』

 

長嶺『YOU ARE KING』

 

オイゲン『YOU ARE KING』

 

まあ、安定の上手さであった。長嶺の低音ボイスにオイゲンの絶妙な高音ボイスが合わさって、耳に心地よい物になっている。更にダンスは常にオイゲンの肢体、特に胸を強調する物になっていた。オマケに媚薬をキメてんのかと思えるくらいに常に潤んだ瞳で踊っているので、なんかまあ一言で言うとエロに拍車が掛かっていた。

 

『さぁ皆さん!ぶっ通し240分ライブ、お疲れ様でした!!!!楽しかった?』

 

長嶺の問いに、全員がまたワッと声を挙げる。もうクライマックスなのには変わらないが、更に爆弾を仕掛けてある。最後に今回歌を歌った奴ら全員で『悠久のカタルシス』を歌う事で、このライブは終わるのだ。

 

『では最後、皆さんにこの曲をお送りして終わりにしましょう!!曲名は『悠久のカタルシス』!それでは、どうぞ!!』

 

最後に合唱という形で悠久のカタルシスを歌い終え、ライブは大興奮のまま幕を下ろした。だがこれはまだ、1日目の前半戦。まだまだ終わらない。

この後、長嶺は1人プラプラ屋台巡りをして、鈴谷の言う面白い物こと巨大パフェを1人で平らげたり、射的で子供に銃の撃ち方を教えたりと色々やっていた。

 

 

 

翌日 江ノ島鎮守府 滑走路

「おぉ、すげー眺め」

 

2日目になると、基地祭と言いつつ一種のモーターショーの様相を呈していた。というのも前回の呉レースの宣伝効果が凄まじかったらしく、前回はあくまで国内車の一部だけだったのだが、今回は国内車全車+ベンツ、フェラーリ、ランボルギーニ、アウディ、BMW、マクラーレン、シボレー等の主要な外国車メーカーまで参加しているのだ。

これを受けてレースクイーンも艦娘からは扶桑、山城、アイオワ、サラトガ。KAN-SENからはアクィラ、エーギル、ヴィットリオ、リットリオ、信濃、武蔵、ホーネット、ヴァシーロフ、サン・ルイ、ハルピン、プリマス、ヨークタウン、インドミダブルが追加参加している。

 

「提督。それは車ですか?それとも、私たちに対してですか?」

 

ジトーとした目で大和が聞いてくる。正直意味合い的には両方なのだが、多分これどっちに転んでも地獄見るのは明らか。さてどうしたものか。

 

「なぁ、大和。それ、俺はどちらに転んでも地獄なのよね。だから俺は言うぞ。女の子に見惚れてました」

 

「.......てっきり、はぐらかすかと思ってました」

 

「まあ前までの俺ならそうしてただろうが、今の俺は違う。今の俺はアイツら全員を嫁として受け入れる覚悟を持ってるからな。好きなだけ誘惑なり何なりするが良い。仕事モードとかじゃなければ、真正面から受けるさ」

 

「奇襲はズルいです/////」

 

そう言いながら照れる大和を横目に、長嶺は車の方に近付く。プロトタイプカーから、既製品の改造車、今では見ることも無くなった名車まで幅広く展示されている。

お陰で車の周りには車好きとレースクイーンを撮りにきたカメコでごった返していて、正直お目当ての車はよく見えない。

 

「またあんなエロい身体を見れるなんて、生きてて良かったですなゴエゴエチャンプ氏!!」

 

「全くでござるコポォ!」

 

「ハァ.......ハァ.......お姉ちゃん達、エロすぎるよ.......」

 

「お兄ちゃん?なんで顔が赤いの?」

 

なんか呉で見た事ある奴ら数人が居た気がするが、多分気のせいだろう。うん。それにしても、我が仲間ながら末恐ろしい。全員、自分の身体の魅せ方を熟知していて、太陽光や車の反射、パーツの影、周りのカメコ達の位置や影すらも利用して、艶かしく美しく魅せている。流石カルファン直伝、と言った所だろう。

 

「どう、雷蔵。楽しんでる?」

 

「あぁ。楽しんでるよ。オイゲンの担当は確か…」

 

「私はレース場の担当よ。会場で、レーサー達の接待とでも言うのかしら?レーサー達の周りで、彩を添える華担当よ」

 

「ならその華とやらは、ここで油売ってていいのか?」

 

もうすぐ予選が始まる。多分そろそろオイゲンも移動しないといけない筈だ。こんな所で油売ってる暇はない。

 

「それもそうね。なら、一緒に行きましょ?」

 

「いや、俺はもう少し車を見たいんだが.......」

 

「しっかり私の手綱を握ってないと、他の男に取られるわよ?」

 

明らかな安い挑発。だが生憎と、この間の河本の一件があった以上、長嶺にはよく効く。その一方で、一種の自信もあった。

 

「無いな。オイゲン、君は俺に惚れている。それは絶対にあり得ない」

 

「偶には口直しや趣向を変えるわ。もしかしたら、ね?」

 

「お前の言う通り好きな物ばっかりでは、いずれ飽きが来るだろう。だがな、本物ってのは麻薬みたいな物だ。一度味わったが最後、その事しか考えられなくなる。

俺との日々、及びソッチの方は、お前にとっては正にこれだった筈だ。もし仮に他の男と遊んだとしても、どうせ不完全燃焼で終わるだけだろ?」

 

オイゲンは長嶺に惚れていて、長嶺もオイゲンに愛を注いでいる。故にそれが崩れることはないのだ。加えてオイゲンは、なんだかんだ誘惑してくる魔性の女だが身持ちは意外と固いし、何より一途なのだ。浮気、不倫、絶対にあり得ない。

 

「私のこと、よく見てるのね」

 

「そりゃ一応、色んな意味で初めての相手なんだ。お前の事はお前の姉妹と同等か、それ以上に知っているさ」

 

「全く、その素直さをもっと早くに出してくれたら良かったのに」

 

「でも、そっちの方が楽しかったんだろ?」

 

返事の代わりに、脇腹にパンチが飛んできた。地味に痛い。こんな馬鹿話をしていると、ピットに着いた。現在ここにはレースに参加するドライバーとそのクルーで溢れている。

 

「それじゃ俺は放送席に行くわ。そっちも適当に頑張れ」

 

「はいはい。男どもの視線を独占してやるわよ」

 

オイゲン本人もノリノリらしく、ウィンクしながら舌をペロリと出している。予選レースを特等席で観覧しつつ、適当に司会者に相槌を打っているとすぐに終わった。

また少し時間が空いたので、ピットの方を視察に行ってみる。そんな中、長嶺は見てしまった。それはオイゲンが決勝進出を決めた、ある1人のレーサーに声を掛けた時だった。そのレーサー、事もあろうにオイゲンを口説き始めたのだ。

 

「ヘイガール、お前、よほど退屈な人生を過ごしてきたらしいな。目を見れば分かる。真の熱狂を忘れ、カビ臭い日常に嫌気がさしてるんじゃ無いか?」

 

「.......あら、言ってくれるじゃない。それならあなたの目には私が何を欲している様に見えるのかしら?」

 

「熱い夜だろ?」

 

「レースを終えたばかりなのにずいぶんと元気が有り余ってるみたいね。この調子なら次のレースにも期待できそう」

 

「ちょうどエンジンが温まってきたところだ。試してみるか?」

 

下半身を指さして笑うチャンピオン。臨戦状態の膨らみを見てオイゲンの目の色が変わった。あの目、完全に軽蔑の目である。だがあくまで、それは一瞬。適当にこのノリに合わせる気らしい。

 

「興味はあるけど、期待し過ぎてガッカリするのは嫌よ。私を乗りこなせる男なんてめったにいないから」

 

「あの男のようにか?」

 

不意にレーサーの視線が、こちらを向いた。オイゲンもそれに釣られて、こちらを見る。オイゲンの顔にはバツの悪そうな顔色だったが、すぐに何かを思いついたかの様にレーサーに向き直る。

 

「残念、勘が外れたわね。私を楽しませることにかけて彼の右に出る者はいないわ。それに彼、とっても情熱的よ?」

 

「本気でそう考えているなら向こうでよろしくやっていればいい。違うか?」

 

「あくまでこれは仕事。プライベートは彼だけよ」

 

「そうか。ならお前にはトロフィーになってもらうぜ!」

 

そう言いながら、レーサーはオイゲンの唇を奪いやがった。しかもその、大きな双丘を揉みしだきながら。

だが次の瞬間には、レーサーの側頭部は壁に衝突していた。

 

「おいレイプ魔、よく聞けよ?ソイツは俺の物だ。スラム街の浮浪者如きが、俺だけの宝石に唾つけてんじゃねーよ」

 

「.......へいへい、スマートじゃないな。ここは神聖なサーキット。暴力を最も嫌う。お前、俺と一騎打ちでレースしろ。勝った方が、あの女を好きにする。どうだ?」

 

本来なら乗るわけない。というか神聖なサーキットでレイプ紛いのことをやりやがった奴に言われたくないが、こうなった以上は後に引きたくない。

 

「良いだろう。すぐに運営に電話する」

 

すぐに運営に連絡し、まずこのまま普通に決勝をして貰う。そしてもし決勝で目の前のレーサーが勝った時、一騎打ちで長嶺とレースする運びとなった。

 

「表彰台で待ってろよ、仔猫ちゃん!」

 

そう言いながら、レーサーは黒のランボルギーニに乗ってピットを出ていく。オイゲンはそれを見送ると、すぐにトイレに駆け込んで口を濯ぎまくった。

 

「.......はぁ、最悪」

 

「大丈夫かオイゲン」

 

「えぇ。キスされて、胸を揉まれただけだから。ただ…」

 

「ただ?」

 

「アイツ、タバコ吸ってるのか知らないけど、息が臭くて仕方が無かったわ。正直、今にも吐きそう.......」

 

こんな事言えるなら、多分大丈夫だろう。だがオイゲンは長嶺に抱き付いて来て、耳元でこう囁いた。

 

auf jeden Fall gewinnen. mein einziger geliebter Prinz

 

意味は「絶対に勝って。私のたった1人の最愛の王子様」という物。こんな事言われては、ますます負けられない。

 

「あぁ。任せろ」

 

すぐにグリムに連絡し、今回はガチの車とクルーを用意して貰う。車はマスターシロン、ピットクルーにはレリックを筆頭とする技術陣を呼んだ。これで問題ない。

こうして長嶺が車の準備をしていると、どうやら決勝が終わったらしい。勝ったのは、あのレイプ魔レーサー。

 

「ははっ。ヘイ、イエローモンキー!車は乳母車か?」

 

「どうしたレイプ魔。テメェはレイプ魔にしちゃ、立派な車乗ってるな。てっきりパトカーのリアシートに乗ってるのかと思ったぜ?」

 

「.......テメェ、俺を侮辱するのか?イエローモンキーの分際で」

 

「そういうお前は、たかがレーサーだろ?お前がどんなレーサーだろうと、お前はさっき、江ノ島鎮守府司令にして連合艦隊司令長官である俺に喧嘩売ったんだ。その意味が分かるか?」

 

ピット上で喧嘩していると、レースの時間となってしまった。車をスタートラインに移動させるべく、運転席に滑り込む。

 

「雷蔵」

 

「ん?なん」

 

チュッ❤️

 

「頑張りなさい」

 

「.......あぁ。よし出すぞ!」

 

マスターシロンに火が灯る。レイプ魔レーサーの乗るアヴェンタドール以上に攻撃的で、何処か軽やかだが重厚感のあるエキゾヒートがレース会場に鳴り響く。

 

『3、2、1、GO!!!!!』

 

一瞬だった。互いに同じタイミングでスタートしたにも関わらず、車がアヴェンタドールだったにも関わらず、まるで止まってるかの様な錯覚を覚えさせるほどの加速を持ってマスターシロンは飛び出した。

マスターシロンはシロンの皮を被った、正真正銘の化け物マシン。エンジンからボディに至るまで、長嶺とレリックが調整や組立を行った機体。その最高時速は620kmを叩き出すのだから、アヴェンタドールと言えど太刀打ちできない。マスターシロンはそのままコースを2周し、レイプ魔レーサーのアヴェンタドールが2周目の半分位で追い越されるという屈辱も味合わせた上でゴールした。

 

「まあ、ざっとこんなもんよ」

 

「流石ね雷蔵!」

 

「お前の為なら何処までも、ってな」

 

暫くすると周回遅れのアヴェンタドールがゴールし、そのまま表彰となった。トロフィーはオイゲンによって渡されたのだが、レイプ魔レーサーは勝負に納得が行かないと喚き出し、オイゲンごとトロフィーをひったくろうとした。だが…

 

「俺に対して暴力で訴えるのは、最も無意味な行動だっての!」

 

そのまま足を引っ掛けて、地面にキスさせて固めた。現役特殊部隊の総隊長に暴力で訴えるのは、一番の自爆行為である。

 

「所でさアンタ、さっきオイゲンに無理矢理キスしたよな?暴行罪って事で、警察に通報したから。後、レースの委員会?ちょっと名前忘れたけど、まあその委員会っつうか協会っつうか、そこにも連絡したから、多分お前、ライセンス剥奪されるぞ」

 

「う、ウソ!?」

 

「おめでとうレイプ魔。これで君はスラム街の浮浪者に晴れて仲間入りだ」

 

この後、本当に警察が来て連行されていき、余罪もゴロゴロ出て来た結果、しっかり実刑判決頂いた上にライセンスも剥奪されて、完全に無価値な人間になった。

 

 

 

数時間後 江ノ島鎮守府 グランド

『二日間お疲れ様!!長い挨拶は抜きだ、ここからは俺達だけで楽しむぞかんぱーーーい!!!!!!!』

 

江ノ島祭が終わった今、次にすべきことなんて決まってる。後夜祭だ。残った食い物を肴に、酒を飲み干し、踊って歌って、ちょっと季節的に早いが花火も上げて。そんなドンちゃん騒ぎの幕が開く。

 

「竜神チャレーーンジ!!!!」

 

「「「「「ウェーーイ!!!!」」」」」

 

「一番、ガーラン。入りました!!」

 

「「「「「発射ぁ!!!!!」」」」

 

ボオォォォォォォ!!!!

 

こういう時の霞桜の隊員は、大体狂う。この竜神チャレンジというのも、度数の高いカクテルを口一杯に含んで吹き出し、着火して火遁の術の様に炎を吐くという中々に危険な代物。他にも…

 

「ナートゥ、ナートゥナートゥナートゥ、ナートゥ」

 

「「「「「「「ナートゥ、ナートゥナートゥナートゥ、ナートゥ」」」」」」」

 

歌詞がわからないから無理矢理「ナートゥ」という言葉だけで歌詞を形成し、そのまま踊り出す馬鹿80人。初日にライブやってた組に頼み込んでライブをして貰い、全力オタゲーを披露してるアホ2、300人。平和的にとっとこハム太郎で円陣組みながら、歌い踊るアレをやってる集団。余物の食材でツマミや追加を作る第四第五大隊の元テキ屋隊員と、即席賭博場で酒、ツマミ、余りのおもちゃを掛けて遊び出す元博徒系の隊員&駆逐艦s。酒呑み共は艦娘もKAN-SENも隊員も関係なく呑み明かし、既に出来上がって潰れてる者もいる。

一言で言うなら、かなりのカオスである。

 

「賑やかですね〜。総隊長殿」

 

「あぁ。こうやって見てると、常々思う。俺はアイツらを守らねーとってな」

 

「.......若いのに背負い込みすぎですよ。偶には私達にも、大人らしい事、させてくださいよ。あなたはまだ、20にみたないガキなんですから」

 

「そのガキに好き好んで付いてくるお前達も、かなりの傾奇者だがな」

 

「それ言われちゃ、私達は何も言えませんよ」

 

こんな風にみんなで飲んで食って、歌って踊って、ドンちゃん騒ぎできるのはこれが最後かもしれない。彼らの生きる世界は明日生きているのが奇跡という、そんな歪な世界。もし明日、戦闘が発生したら、この中の半分が死ぬかもしれない。だからこそ、みんな一様に心の底から楽しんでいるのだ。なんかちょいちょい教育に悪い事をしてる、悪い隊員もいるが気にするだけ野暮という物だろう。

このドンちゃん騒ぎは朝まで続き、いつの間にか雑魚寝で寝ていた。尚次の日、二日酔いやら腰やら背中やらを痛める者が続出したのは言うまでもない。

 

 

 

 



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第七十三話New face

江ノ島祭より1週間後 江ノ島鎮守府 執務室

「Hi〜指揮官。本日の秘書艦は私、タイコンデロガが担当するわよ?」

 

「あれ?今日の担当、イントレピッドじゃなかったっけ?」

 

「そうだったんだけどねぇ、イントレピッド、昨日の夜に艦娘の隼鷹とか那智に捕まっちゃって.......」

 

皆まで言わずとも、もうその後の展開は決まっている。そのまま朝まで酒宴コースに巻き込まれて、酒を呑まされまくったのだろう。しかもここの呑兵衛共は、霞桜の呑兵衛、特に第四、第五大隊と連携してるので強力なのをゴロゴロ入手してくる。『越後武士』とか『二千年の夢』とか『里の曙』とかを呑んでたりする事も珍しくなく、大体こういう名酒が入ると高確率で布教がてらその辺の艦娘&KAN-SENを拉致って部屋に連れ込み、飲み会という名の魔窟で朝まで相手をさせられる。

因みに上記3つ、どれも度数が40度越えのヤベェ日本酒と焼酎である。

 

「あ、うん。全てを察した。取り敢えず、後でウコン差し入れてこい」

 

「そういえば指揮官もお酒、好きだったわよね?みんなと飲んだりするの?」

 

「あー、いや、俺は強すぎて行きたくない」

 

「はい?」

 

この鎮守府での酒の強さの序列はトップが艦娘だと隼鷹、那智、千歳、武蔵の四天王、KAN-SENだと伊勢、日向、リットリオ、チャパエフとかガングートの北方連合勢の辺りで、霞桜だとバルク&ベアキブル。その次の階級に艦娘だと大和、鳳翔、足柄、アイオワ、サラトガ辺りで、KAN-SENなら愛宕、高雄、加賀、三笠、オイゲン、ビスマルク、セントルイス、ヴェネト、ザラ、ポーラ、エンタープライズ、ニュージャージー、ベルファスト、フォーミダブルとか。霞桜ならカルファンとマーリンである。

大体この辺りまでの階級に属す連中の一部が飲み会をやるのだが、この更に上を行くのが我らが長嶺である。長嶺は序列で言うと、最早「番外席次」とか「殿堂入り」みたいな物なのだ。

 

「まだ最初期の頃、KAN-SENが合流する前の頃に飲み会をやってたんだが、いかんせん俺が入ると酒が物凄い速度で消えていき、最終的に全員が酔い潰れても1人黙々と飲んでてな」

 

「えーと、どういうことかしら?」

 

「見せた方が早いか」

 

そう言いながら、長嶺は後ろの棚から黒い一升瓶を取り出す。ラベルの文字は『越後武士』とある。

 

「えちごぶし?」

 

「武士とあるが、コイツはさむらいと読む。正しくは『えちごさむらい』だ」

 

そう言いながら蓋を開けつつ、普通のグラスとショットグラスの2つ用意して酒を注ぐ。タイコンデロガにショットグラスの方を差し出し、「飲んでみろ」と言った。言われた通り飲んでみると、タイコンデロガの喉が溶けた金属を流し込まれたかのように熱くなる。

 

「ケホッ!ケホッ!な、なにこれ!!」

 

「度数46。日本酒としちゃ、最強の度数を誇る」

 

「それもうウイスキーじゃない!!」

 

ウイスキーの度数は大体42〜49%とされるので、実質ウイスキーをそのまんまストレートで飲まされた様な物である。流石にこれを普通のグラスで飲ませたら、確実にタイコンデロガが機能不全を起こすのでショットグラスにしたのだ。

 

「その通り。しかもこれ、普通の日本酒と同じ醸造酒だからな?」

 

「.......それがどうしたの?」

 

「ウイスキーとかの洋酒は、大体が蒸留酒だ。本来醸造酒ならそこまでの度数いかないんだが、何をとち狂ったのか作っちゃったんだわ。

因みにロシア人って、酒強いよな?ソイツならロシア人を潰せる。ってかこの間、調子こいてガングートが一気してぶっ倒れた」

 

それを聞いてタイコンデロガは驚愕した。ガングート含め北方連合艦は総じて酒に強く、普通に部屋に行けば酒が酒屋の如く大量にある。それもビールとかではなく、ウイスキーとかバーボンみたいな強力なのが大量に。

というか何なら偶に出撃時も懐に酒を忍ばせてる事もあるし、それを飲みながら戦う事もある。でも本人達はケロッとしており、普通に素面と同じ素振りである。その位強いガングートが、一気して潰れるってヤバい。マジでヤバイ。

 

「ガングートが倒れるって、かなりヤバイわね」

 

「そう。かなーりヤバイ」

 

と言いながら、グラスを一気する長嶺。隣に一升瓶が無ければ水を飲んでる様にしか思えない位、超普通に自然に飲んでいる。

 

「し、指揮官!?」

 

「な?」

 

「えっと、その、大丈夫?」

 

「あぁ、全然普通だ。まあ車運転すりゃ1発ムショ行きだがな。それより、分かったろ?俺はこの位酒が強い。その結果、あの呑兵衛共の後始末をするハメになるんだわ」

 

 

 

大体2年前の長嶺着任当初 江ノ島鎮守府 艦娘寮舎 談話室

「「「「「かんぱーーーい!!!!」」」」」

 

———かつてこの江ノ島鎮守府は、ブラック鎮守府と言われていてな。簡単に言えば地獄、クソの掃き溜めだった。なんだかんだで俺が前任を殺し、ここの提督に着任した。だが鎮守府にしちゃ艦娘も少なくて、急遽、四方八方手を尽くして人手を増やした。

その頃に隼鷹と飛鷹もやって来て、今の呑兵衛初期メンバーが形成されたんだ。当時は隼鷹、那智、武蔵だったな。まああの日は他にも大和とか足柄とかも居たんだが。

 

「いやー、まさか提督が来るなんて思わなかったよ!さぁ、呑んで呑んで!!」

 

「はいはい」

 

早速隼鷹の持つ一升瓶が傾けられ、長嶺のグラスに2杯目の日本酒が注がれる。注がれるや否や、グイッと長嶺はグラスを飲み干した。

 

「おぉ!提督いい呑みっぷりじゃん!!」

 

「ははは!これでも酒は好きだからな」

 

「だが提督よ、貴様は確か未成年じゃなかったか?」

 

「.......武蔵、君の様に勘のいい艦娘は嫌いだよ」

 

「そうだぞ武蔵。こういう時位、司令官だってハメを外したって問題あるまい?」

 

那智からの指摘に、武蔵は笑いながら答える。別に武蔵とて、飲酒を止めたい訳ではない。というか止めるタチでもない。

 

「それもそうだな!なら提督よ、私秘蔵の麦焼酎は呑まないか?」

 

「おう、それで呑まないと答えると思うか?すぐに寄越せ!!」

 

「私も欲しい!」

 

「では私も貰えるか?」

 

———こんな感じで楽しい楽しい飲み会は1時間、2時間と経って行き、3時間も経てば全員の顔が赤くなっていて、中には呂律が回ってない者も居た。俺を除いてな。

 

「ていとく〜!なんでペースが落ちてないのさぁ!!ずっと水みたいにグビグビ呑んでんじゃん!!」

 

「俺は鍛え方が違うんだよ。こちとら酒を呑みまくって、相手酔わせてから殺したりするからな?強くなくちゃ、そんなのやってらんねぇよ」

 

「ていとく〜、わらし、よっはらっちゃいまひた〜」

 

「おぉおぉ、大和が今まで見た事ない位蕩けてる」

 

———さらに2、3時間経てば、もう周りも酔い潰れ始めてな。最終的に俺が残ったんだが、ここで1つ問題が発生した。

 

「あれまー、全員潰れちまったよ」

 

長嶺の周りには酔い潰れて夢の世界に旅立った艦娘達が転がっており、床には空の一升瓶やらグラスやら升が散乱し、机には残ったツマミと食い掛けと汚れた皿が積み上がってタワーになっている。

 

「あれぇ?この始末、誰がつけんだよ.......」

 

 

 

「———この場で唯一生き残ってるのは俺1人で、残りは全員潰れて戦力外。このまま放置して帰る訳にもいかないとなると、もう片付けは俺がやるしかない。飲み会に参加してない艦娘も、流石に寝静まってるしな。ってな訳で1人で何十人前の皿を片付けるハメになる訳よ。艦娘と言い、KAN-SENといい、食事量が常人のそれを遥かに上回る。駆逐艦ですら大盛りクラスを平然と平らげるんだから、それが戦艦空母になれば量は物凄い。それを1人で片付けるハメになった俺の気持ちが、お前に分かるか?」

 

「えっと、その、何というかお疲れ様?」

 

「因みにこれが後、4、5回あった。ついでに霞桜の連中も巻き込んでの飲みがあった」

 

「.......それは確かに飲みたくなくなるわね」

 

この過去を語る長嶺の目は、完全に目のハイライトが消えて目が死んでいた。多分、かなり大変だったのだろう。本当なら気の利いた事を言いたいが、生憎と「お疲れ様」以外出てこなかったのだ。

 

「あぁ、そうだ。今日、新たに艦娘が着任することになっている。イントレピッドから聞いて.......あ、その顔は聞いてないな」

 

「ごめんない」

 

「謝る事はねーよ。知らなければ、知ればいいだけだろ?

今日着任するのは、海外艦艇を中心とした、というか確か大半が海外艦艇だったな。戦艦5、空母1、軽空母1、重巡3、軽巡6、駆逐4、補給艦1、揚陸艦2、潜水母艦2の25隻が新たに着任する。この艦隊は次に予定されている、北方海域攻略の為の艦隊と名を打っているが.......」

 

「何か他に理由でもあるの?」

 

「ほら最近、佐世保とか釧路とか佐世保の馬鹿とかがやらかして、軒並み鎮守府と基地が無くなっただろ?アレのお陰で再配置とか戦力の分散があってな、俺の所にこの艦隊が来るわけだ」

 

流石にこれだけの艦隊を確保するのは並大抵の事じゃなかったが、無理矢理これまで積み上げた恩と功績という名の脅しネタと、「いやー、ウチのKAN-SENが消えたらヤバいんだよなー。暴走したら国に被害あるかもなー(棒)」という、最強の決まり文句でゴリ押しで超平和的(・・・・)に掻っ攫った。

 

「佐世保2回出てこなかった?」

 

「ウチの家族に手を出したのと、オイゲン穢しやがったので2回だ」

 

「指揮官って一途というか、愛が深いわよねぇ」

 

なんて言っていると、部屋の電話が鳴った。艦隊の出迎えに行っている、艦娘の浜風と浦風からの報告である。

 

「はいはーい」

 

『提督さん!例の新入りさんと合流できたけぇ!』

 

『欠員なしです。後20分程で到着します』

 

「了解了解。まあ、深海のクソ共に襲われる事はないだろうが気を付けてな」

 

2人からの連絡が入った30分後、執務室に浜風と浦風が入ってくる。その後ろからゾロゾロと、今回配属となった艦娘達も入ってきた。

 

「提督。浜風、他1名。本日付けで着任する艦娘を連れて参りました」

 

「はいご苦労さん。休みだってのに、迎えに行かせて悪かったな。ほい、これ報酬の間宮券」

 

「ありがとね提督さん!浜風、はよ行かんとパフェが売り切れるけぇ!!」

 

「ちょ、待って浦風!」

 

引ったくるかのように間宮券を受け取った浦風は、嵐のように執務室を去っていく。それを追いかけて浜風も出て行った。それを見ていた新人艦娘達は、目を白黒させている。

 

「.......もしかして、規律がなってないとか思っているのかな?この鎮守府は、基本的に規則という規則が無いから。お前達も好きにやると良い。取り敢えず、お前達の名前から聞かせて貰おうかな」

 

「Hi! 私がステイツのBig7、Colorado級戦艦一番艦、USS Coloradoよ!貴方がAdmiralアドミラル?悪くないわね。私にしっかりついてきなさい! 返事は?」

 

「Nice meeting you.My name is South Dakota. 提督、よろしくな」

 

「North Carolina class. USS Battleship Washington、着任。貴方が私の提督って訳か.......。しっかりした指揮をお願いね」

 

「余がNelsonだ。貴様が余のAdmiralアドミラルという訳か。フッ.......。なるほどな。……いいだろう。見せてもらおう、貴様の采配を、な。愉しみだ」

 

「Buon giorno!Mi chiamo Conte di Cavourあんたが提督?

ふーん。ジャ、よろしく頼むわ!」

 

「Hi! Essex class航空母艦、5番艦。Intrepidよ!貴方がAdmiralアドミラルなのね?素敵ね。さァ、一緒にいきましょう?いいかナ?」

 

「It's a pleasure to meet you.My name is Gambier Bay…ふわぁ! う、撃たないで!ふぅ…よ、よかった!」

 

「Nice meeting you.Northampton級1番艦、Northampton、ここに。あなたがAdmiral? ご一緒にまいりましょう!」

 

「私の名前は、Houston。太平洋方面の戦力の要石として、アジア艦隊の旗艦も務めたわ。提督、よろしく頼むわねれ

 

「Hi!Good to see you. あたしが、そうさ。重巡Tuscaloosa!ン、New Orleans classだ。よろしく!」

 

「How is everything?あたしは、Atlanta級防空巡洋艦、Atlanta。Brooklyn生まれ。貴方、提督さん?よろしくね」

 

「It's lovely to meet you.あたしが、Brooklyn級のnameship、Brooklynよ! 何? 文句.......ないよね!」

 

「Aloha、提督!あたしが、ニューヨーク生まれ、ハワイ育ちのHonoluluだ!よろしく頼むよっ!」

 

「Buongiorno!イタリア生まれの新鋭軽巡洋艦ルイージ・ディ・サヴォイア・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィです。長いですよね?私、アブルッツィで構いません。提督、妹共々、どうぞよろしくご指導ください」

 

「Buongiorno!イタリア生まれの最新鋭軽巡Giuseppe Garibaldiだ。長いって?そうだな。Garibaldiでいいよ。よろしくな!」

 

「How are you?私は、Perth級軽巡洋艦Perth。HMAS Perth!イギリス生まれ、オーストラリア育ちよ」

 

「北欧スウェーデンから参りました。航空巡洋艦ゴトランドです。提督、どうぞよろしくお願い致します!偵察任務に水上戦闘.......私、自分なりに頑張ってみますね!」

 

「お疲れさまです。Fletcher級駆逐艦ネームシップ、Fletcher、着任しました。マザー、ですか?いえいえそんな.......。皆さんのお役に立てるよう、頑張ります!」

 

「Hi! あたしがフレッチャー級、USS ジョンストンよ!I'm going to be a fighting ship!文字通り弾が尽きるまで守ってみせる!今度もね!」

 

「My name iis Heywood L.Edwards.着任します。そうね。提督、共に頑張りましょう?」

 

「提督、お疲れさまです。水上機母艦、瑞穂、推参致しました。どうぞよろしくお願い申し上げます」

 

「水上機母艦、秋津洲よ!この大艇ちゃんと一緒に覚えてよね!」

 

「給油艦、神威と申します。はい、北海道神威岬由来の名前を頂いてます。できる限り、頑張りますね。」

 

「私、迅鯨型潜水母艦一番艦、迅鯨と申します。提督、貴方に会えて.......良かった。一緒に頑張っていきましょう!」

 

「提督、迅鯨型潜水母艦二番艦、長鯨です!いつも姉が大変お世話になっています!はいっ!潜水艦のお世話はあたしにお任せですよ?」

 

「自分、あきつ丸であります。艦隊にお世話になります」

 

「陸軍特種船「神州丸」です。統合的な上陸戦力を投射できる本格的な強襲揚陸艦の先駆けとして建造されました。揚陸作戦はお任せください」

 

今回新たに着任したのはコロラド、サウスダコタ、ワシントン、ネルソン、カブール、イントレピッド、ガンビアベイ、ノーザンプトン、タスカルーサ、ヒューストン、アトランタ、ブルックリン、アブルッツィ、ガルバルディ、パース、ホノルル、ジョンストン、フレッチャー、ヘイウッド、瑞穂、秋津洲、迅鯨、長鯨、あきつ丸、神州丸である。

 

「そうか。鎮守府を代表して、君達を歓迎しよ」

 

「キャーーー!?!?!?」

 

「うおぉ!?!?」

 

突如、アブルッツィとガルバルディが悲鳴を上げた。見れば2人の後ろに、何か巨大な黒い物体が倒れている。

 

「れ、レリック!?おーい、どうしたー!」

 

「.......ネムイ」

 

蚊の鳴くような声でボソリと答える。というか多分、蚊とかハエの羽音の方がデカい。

 

「参考までに何徹?」

 

「.......ゴ」

 

「風呂入った?」

 

「ネムイ......」

 

そう言い残して、レリックはそのまんま長嶺の腕の中で眠ってしまった。このまま出入り口の前で寝られては多分高確率で誰かに踏まれるし、何より邪魔でしかない。

 

「あ、バーーリ!!!!」

 

「ん、総隊長?」

 

「レリック回収してってくんない?」

 

「あーあー、また連続で徹夜して、そのまんま旅立ちやがりましたね?全く、この人目離す、いや、離さずともすぐこれだ。何徹したんです?」

 

「5らしい」

 

中隊長のバーリはバカ上司の所業というか、バカさ加減にがっかり肩を落とし、担ぎ上げてそのまま部屋を出て行った。

 

「て、提督殿。今の方々は一体.......」

 

「お前達は特殊部隊X、或いは秘匿部隊Xという名前を聞いたことがあるか?」

 

特殊部隊Xと秘匿部隊X。海軍内、及び防衛省や自衛隊内にて都市伝説として語られる特殊部隊であり、つまり『霞桜』の事である。だが流石に、大半が知らないらしい。だが神州丸は知っていた。

 

「聞いたことがあります。たしか海軍内に存在する極秘部隊で、全員が鬼や悪魔で形成され、深海棲艦を打ち倒す腕力を持ち、不死身で、海を駆け、空を飛び、深海棲艦の生き血を啜る部隊だと。まあ、嘘であると思いますが。しかし、なぜそんな事を聞いたのでありますか?」

 

「その秘匿部隊Xは実在する。ここはその本拠地であり、俺はその部隊の総隊長でもある。後、その鬼だの悪魔だの、不死身だ何だは大体合ってる」

 

全員頭に『?』を浮かべている。だがタイミング良く、深海棲艦来襲の警報が鳴った。

 

「指揮官、どうする?いつもみたいに当直部隊をスクランブルかしら?」

 

「いや、どうせなら実地試験がてらに彼女らに行ってもらおう。それに…」

 

直後、腰から阿修羅を高速で抜いて構えた。その顔には悪魔の様な笑みが浮かんでいる。

 

「俺も暴れてぇんだよ!!!!」

 

完全に戦闘狂モードのソレである。すぐに懐から無線機を取り出して、各所に指示を出していく。

 

「俺だ。当直艦隊は現状待機!その艦隊は俺の獲物だ。手を出すな?」

 

『提督!?え、いや、構いませんけど.......。了解しました、高雄以下、当直艦隊は待機します』

 

「グリム!黒鮫を準備させろ!!後、車も表に回してくれ!!」

 

『了解しました。暴れるんですね?』

 

「勿論だ。ついでに、新入りの実地試験も兼ねる」

 

こうなる事を見越していたグリムは、無線機越しにニヤリと笑って答える。

 

『ふっふっふっ、総隊長殿。お喜びください。既に表にトラック、飛行場には黒鮫を準備してあります』

 

「お、マジで!?」

 

『そろそろ暴れる頃合いかと思いましてね。敵の進行速度は一般的ですが、お早く』

 

「おう。すぐに行く!よし、お前達。付いてこい。タイコンデロガはここで待機し、情報をまとめてくれ」

 

「了解よ」

 

と言う訳で長鯨、迅鯨、神威、あきつ丸、神州丸を除く新入り21人を引き連れて、執務室のある棟の表にある車寄せまで急ぐ。表にはグリムの言う通り、既にホロのない73式大型トラックが止まっていた。

 

「指揮官。行くんでしょ?」

 

「オイゲン!お前、なんでここに」

 

「愛の力よ。それに、私も暴れたいわ。どうせあなたも暴れるんだし、混ぜなさいよ」

 

「.......乗れ!行くぞ!!」

 

オイゲンは助手席、長嶺は運転席横にしがみ付き、他は荷台に乗り込む。トラックが走り出して2分ほど経つと、長嶺が指笛を吹いた。「ピュー」という音が鳴り響くと、長嶺は片腕を肩と水平に伸ばす。十数秒後、バサバサという音共に腕に黒いカラスが舞い降りる。そしてトラックの荷台にも、白い塊が降ってきた。

 

「What!?!?」

 

「提督!白い犬?が降ってきましたよ!!」

 

「問題ない。俺が呼び寄せた」

 

5分程で駐機スペースに到着し、戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』へと乗り込み、そのまま飛び立った。

 

「Admiral。こんな機体、見た事がないわ。オスプレイとも違うし」

 

「イントレピッド、と言ったかな?コイツは俺が設計し、さっき執務室でぶっ倒れた馬鹿が居ただろ?アイツが作った霞桜の専用輸送機。戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』だ。

多数の重火器と深海棲艦の攻撃をも防御する装甲施した、空飛ぶ戦艦みたいな機体だ。しかもコイツは最高時速、マッハ6を叩き出す。そろそろ来るぞ」

 

次の瞬間、シートに押し付けられる感覚と共に、機体が一気に加速したのが分かった。普通なら立ってられない筈だが、長嶺は平然と立ちながら機体を歩き回っている。

 

「パイロット、到着までどのくらいだ?」

 

『5、6分って所です』

 

「よし。総員傾注!現在、鎮守府近海海域にル級2、ヲ級élite1、ヌ級3、ネ級4、チ級3、ホ級5、イ級後期型24の航空打撃艦隊が接近中だ。俺達の仕事は、これの撃破。勝利条件は殲滅、もしくは敵が撤退すること。

こちらは航空支援はこの黒鮫を除き無いが、まあ大丈夫だろう。どうにかなる。以上、全員死ぬ気で頑張れ」

 

敢えて航空支援を黒鮫限定にする事により、彼女達を追い込める。航空支援なしの恐怖の中でも自らを律し、落ち着いて冷静に対処する。これが出来なくては、江ノ島の艦娘、KAN-SEN、隊員達と轡を並べて戦うなんてまず不可能だ。

それに長嶺とオイゲンの練度と装備を持ってすれば、万が一にも撃ち漏らす事はないだろう。それに例え撃ち漏らしたとしても、後方には艦娘の高雄、愛宕、隼鷹、飛鷹、KAN-SENのサンディエゴ、エムデン、ビルデング、夕立、時雨、雪風、秋月、涼月が手ぐすね引いて待ち構えている。もしもの場合は鎮守府全体にスクランブルを掛ければ、大和を筆頭とした艦娘達、エンタープライズ、赤城、ビスマルク、クイーン・エリザベスなんかを筆頭としたKAN-SEN達、メビウス1を筆頭とする戦闘機隊、そして安心と信頼の霞桜が出撃するのだ。どう転んでも、まず勝てる。

 

「ワシらをいきなり死地に追い込むつもりか?」

 

「ん?弩級戦艦のカブールさんは怖いのかな?」

 

「何を言うのかしら!あなた、指揮官としての才覚が無いって言ってんのよ!!」

 

「そうかい?」

 

『ポイントに到達!!』

 

この位の跳ねっ返り、想定の範囲内だ。しかもタイミング良く目標ポイントにも到着したようだし、とっとと片付ける事としよう。

 

「ハッチ開放。先に行って、ゾーンを確保する」

 

『ウィルコ!後部ハッチ、開放!!』

 

「オイゲン、先頭は俺が切る。お前は降下後、陣形の誘導を頼む」

 

「はいはい、あなたがいる時点で先手は譲るつもりだったわよ」

 

「そんじゃ、また後で」

 

そう言うと長嶺は後部ハッチに向かって走り、そのまま飛び出した。その後を犬神と八咫烏も追い掛ける。だが、ここでホノルル、ヤバイ事に気付く。

 

「お、オイゲンさん!?Admiral、パラシュート無しで飛び降りたよ!?!?」

 

「そんな!?」

 

「飛び降り自殺かよ!!」

 

そう、長嶺は強化外骨格の下に着るいつものファスナー式の服しか着てないのだ。その状態で飛び降りてるのでジェットパックも無ければ、パラシュートなんて物も勿論装備していない。

 

「はいはい、心配しなくていいわ。後ろから犬と烏が飛び降りたでしょう?あの2匹に装備を持たせてるから、空中で着替えて安全に着地、いえ。着水できるわ」

 

『オイゲン嬢さん、こっちも降下するぜ?』

 

『しっかり捕まってろよ!』

 

「フフ、ウィルコって言えばいいのかしら?」

 

『お、分かってんじゃん!』

 

パイロット、もとい機長と副機長の2人も心なしかテンションが上がっている。普段あまりそう言う事を言わないオイゲンが、こちらのノリというかルールというか、そういうのに合わせてくれたのは嬉しい限りなのだ。

1分程で機体が揺れ、後部ハッチのスロープの途中まで海水で見えなくなっている。無事に着水できたらしい。

 

「それじゃみんな、海上に移動するわよ。ついてきなさい」

 

オイゲンを先頭に黒鮫からほかの艦娘を降ろし、そのまま陣形を組ませる。取り敢えず第四警戒航行序列を組ませて、先頭を長嶺。最後尾にオイゲンを入れれば、多分どうにかなるだろう。

 

(我が主、敵艦載機がそちらに向かっている。大体、130機程度だ。会敵まで5分)

 

「対空戦闘用意!!5分以内に敵艦載機群が来るぞ!!!!」

 

「来ちゃったか。仕方ない、始めるよ」

 

この指示に即座に反応したのはアトランタ。種別が軽巡枠ではあるが、防空巡洋艦扱いとなっている彼女。対空戦闘は十八番のホームグラウンドなのだ。これに合わせてフレッチャー、ジョンストン、ヘイウッドも動き出す。

 

(お手並み拝見、ってところだな)

「幻月、閻魔、朧影!!」

 

愛刀の幻月と閻魔、そして朧影SMGを八咫烏に落としてもらい装備する。ついでに犬神と八咫烏にも念話で、緊急時は術で海を凍らせるなり、氷柱で攻撃するなり、竜巻を起こすなり、好きな様にして思う存分暴れる様に指示も出しておく。

 

(分かったー、いっぱい暴れる!)

(うむ、任せておけ。本来なら我々は暴れぬほうが良いのだろうが、我個人としては暴れたい。暴れられる事を祈っておこう)

 

(それでこそ、我が相棒達だ。頼むぞ)

 

暫くすると航空隊が射程圏内に到達し、対空戦闘を開始する。弾幕の砲煙が空を黒く染め上げるが、それを物ともせずに深海棲艦の艦載機は果敢に突っ込んでくる。

 

「総員、復唱はいらないから、俺の指示通りに動け!!いいな!!!!」

 

そう言って、長嶺は迫り来る艦載機に意識を集中させて、動きを読み予測する。まず1番に狙われたのは、最外縁部のフレッチャー、ジョンストン、ヘイウッドの3人。急降下爆撃機が迫ってくる。

 

「フレッチャー面舵5、ジョンストン取舵10、ヘイウッド増速5ノット!!」

 

長嶺の指示通り動くと、爆弾を全てスレスレで回避できた。長嶺の指示は更に続く。

 

「コロラド右30、高角45に弾幕集中!!アブルッツィ、左353、高角75に弾幕!!ガルバルディ増速一杯!!13秒後、二戦速!!アトランタ右左そのまま、高角85に弾幕!!ネルソン右砲戦、俯角5!!サウスダコタ左砲戦、俯角8!!ガンビア・ベイ、イントレピッド、艦載機発艦準備!!編成任せる!!カブール、強速!!ゴトランド、取舵30で回避しつつ牽制弾幕射撃!!タスカルーサ、ヒューストン面舵5!四戦速!!ホノルル、三戦速!そのままの方向に牽制弾幕!!オイゲン、右45に魚雷全弾発射!!ブルックリン、ホノルル、右砲戦!!ブルックリン35、ホノルル60、俯角3!!」

 

全員がどうにか指示通りに動いていると、魚雷も爆弾も全てギリギリで回避する事ができて、水飛沫こそ死ぬほど被っているがダメージは一切無かった。

 

「第一次攻撃は凌いだ。艦載機発艦!!攻撃位置、北方に500km!!」

 

「Squadron, attack!!」

 

「じゃあ始めましょう!Intrepid航空隊各隊、発艦はじめて!」

 

2隻の空母からワイルドキャット、ドーントレス、アヴェンジャーといったアメリカの艦載機が飛び立つ。発艦が完了すると、アトランタとフレッチャー、ジョンストン、ヘイウッドの駆逐3隻を護衛に残してイントレピッドとガンビア・ベイを後方に下げた。

代わりに他の艦は更に距離を詰めるべく増速し、砲撃戦を仕掛ける方向に持っていく。

 

「提督、アトランタさん達を下げて本当に良かったんですか?」

 

「問題ない。以降の対空戦は、俺がやる」

 

「あなたねぇ、人間如きで深海棲艦に勝てる訳ないじゃない!!」

 

「コロラド、俺をそんじょそこらの人間と同列にするな。こっちはテメェらが生まれる以前、それもまだ鋼鉄の塊にすぎない艦艇だった頃の天寿も含めて、それ以上に人を殺している。年季が違うし、そもそもの物が違う」

 

これまで感じた事がない圧を無線越しに感じ、流石のコロラドも黙る。幸か不幸か、これより15分後、第二次攻撃隊と思われる航空隊が艦隊に殺到した。だがしかし…

 

「犬神、右は頼む。八咫烏は左だ。暴れろ!!!!」

 

「ワオォォォォォォン!!!!!!!」

 

「カアァァァァ!!!!カアァァァァ!!!!」

 

まずは犬神と八咫烏が巨大化し、航空隊に攻撃を仕掛ける。今回は最初から本気モードだ。

 

「氷柱拡散弾!!!!」

 

「翼扇!!!!」

 

氷柱拡散弾を食らった機体は氷柱に貫かれて穴だらけとなり、翼扇に煽られた機体は制御を失って衝突するか墜落するかの二つに一つ。とは言え、数が数なので抜けてくる機体もチラホラいる。となれば、コイツの出番だ。

 

「ヒャッホーーーーーーー!!!!!」

 

グラップリングフックで手近の機体に飛びつき、真下に朧影を乱射。機体が穴だらけになると別の機体に飛び移り、同じく乱射。時には更に手近の機体の外付けされてる爆弾か魚雷に鉛玉をぶち込んで誘爆させたりもしていて、完全に長嶺と八咫烏と犬神の独壇場だった。

 

「なんなんだ、あの戦闘.......」

 

「付いていけないわ.......」

 

ネルソンとブルックリンの呟きに、オイゲンを除く他の者も多いに同意した。だがそんな状況を知らぬ長嶺から、さらに指示が飛んでくる。

 

『何をボサっと突っ立てる。お前達も撃て撃て!全兵器使用自由!!自由射撃!!撃ちまくれ!!!!ほら見ろ、艦隊も来やがったぞ!!!!!』

 

見れば深海棲艦がこちらに接近してきているのが見える。恐らく、もう間も無く砲弾の雨が降り注ぐだろう。

 

「Enemy ship is in sight!各々方、さあ、始めるぞ!」

 

「捉えたわ、Fire!」

 

「敵艦発見! いい、あんたたち、シメていくわ! 砲撃戦、用意。さあ、やるわよ!」

 

「さあ始めるぞ!Open fire!」

 

「Enemy in sight。さあ、始めます。蹴散らせ!」

 

まずは戦艦が砲撃を開始し、次いで重巡と軽巡も攻撃を開始する。深海棲艦だって負けじと応射を開始し、砲弾が次々に落着する。

 

「カブールさん、直上!!!!」

 

「しまっ…」

 

カブールの直上から3機の艦載機が投弾体制に入っていた。多分、もう避けられない。だが次の瞬間、カブールは前に押し出されて被害範囲から脱出できた。だが代わりに、長嶺が爆弾を浴びる事になる。

 

「Admiral!!」

 

「提督!!!!」

 

「落ち着きなさい。大丈夫、雷蔵はあの程度で死なないわ」

 

「.......全く。俺に爆弾降らせるとか、アイツら全員死にたいらしい。よーし、全員手を出すな。アレ全部、俺が殺す」

 

爆炎から出てきた長嶺は傷一つ無く、代わりに2本の愛刀を抜いて逆手で構える、いつものスタイルで立っていた。一呼吸置いて、長嶺は素早く海を駆ける。深海棲艦も長嶺に集中砲火を浴びせるが、全く意に返さず、避けるか避けられない弾は刀で切り裂くかして、懐へと入り込む。そこからはいつもの様に、長嶺の無双状態だった。

 

「おらぁ!!!!」

 

「化ケ物!!江ノ島ノ化ケ物ダ!!!!」

 

「ヤラレタ仲間ノ仇、ココデ討ツ!!!!」

 

闘志に燃える深海棲艦達だが、そんな事を言っている間に腹を切り裂かれて内臓を引き摺り出される。もう現場は大混乱だ。深海棲艦の悲鳴が木霊し、その度に長嶺の身体は深海棲艦の青い血で真っ青に染め上がる。

 

「さぁ、次はどいつだ?」

 

「逃ゲロ!!逃ゲルンダ!!!!」

 

そう言ってヲ級éliteが生き残った艦を逃そうとするが、そうは問屋がおろさない。撤退を開始するとなると、どうしても長嶺に背中を向ける事になる。しかも深海棲艦は基本的に正面にしか攻撃できない。撤退中に牽制射撃は出来ない以上、もう好き勝手し放題なのだ。

長嶺は刀を鞘に納め、代わりに八咫烏から月華LMGと風神HMGを落としてもらう。

 

「ショーのフィナーレだ。ド派手に踊れ!!!!」

 

ドカカカカカカカカカカ!!!!!!

 

後ろから一方的に弾幕を浴びせ、深海棲艦を薙ぎ払った。一切の容赦なく。その姿に新入りの艦娘達はただただ、恐怖した。なにせ長嶺はこの時、笑っていたのだから。

 

 

 



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第七十四話受験資格

戦闘終結より数時間後 江ノ島鎮守府 パーティーホール

『はーい、野郎共!!!!という訳で!!!!!!』

 

長嶺が壇上でシャンパングラスを掲げると、下にいる仲間達から「かんぱーーい!!!!」という声が上がる。何をしてるのかって?そりゃ勿論、新入り艦娘と何だかんだで開催できてなかった比企ヶ谷達の歓迎会である。

というのは建前で、実際はただ単にうまい飯&うまい酒を楽しむ口実の山車に、歓迎会を使っているにすぎない。理由は不純でも、楽しけりゃそれでいい。

 

「あの、提督」

 

「どしたよ大和?」

 

「この経費、一体どこから落とすんです?」

 

「あー、それ。これ経費じゃなくて、例の江ノ島祭。親父からぶん獲った臨時ボーナスを使ってるから問題ねーよ」

 

今回のパーティーは経費ではなく、江ノ島祭で使った予算の10%を用いている。因みにあの祭りとその他諸々で、20億円の予算が使われた。その為、こちらの長嶺のボーナスは2億円である。

 

「竜神チャレーーーーーンジ!!!!!!」

 

「いきなり行くのかよ!!!!!」

 

「そりゃ火も吹きたい時間ですからねぇ!!!!」

 

「んな時間あってたまるかよー!!!!!」

 

「「「「「HAHAHAHA!!!!」」」」」

 

開始5分で既にドンチャン騒ぎである。この騒ぎに新人艦娘、全員置いてけぼりだった。だがそうなったとしても、しっかりそれを見つけて対応する良心がいる。問題はない。

 

「こんなドンチャン騒ぎ、多分初めてなんじゃないか?」

 

「私達も最初はビックリしましたもんね」

 

そう言いながら新人達に近付いたのは江ノ島鎮守府でも指折りのエース、艦娘の大和とKAN-SENのエンタープライズであった。

 

「あの、あなた方は?」

 

「あぁ、自己紹介がまだだったな。ヨークタウン型の二番艦、エンタープライズだ。そしてこっちが…」

 

「大和型戦艦一番艦、大和です。よろしくお願いしますね、皆さん」

 

エンタープライズと大和。どちらも海軍関係者なら必ず知っていると言っても過言でもないくらい、超ビッグネームだ。野球界ならイチロー、芸能界なら志村けんみたいな物だろう。

特にアメリカ出身のコロラド、サウスダコタ、ワシントン、ガンビア・ベイ、イントレピッド、ノーザンプトン、タスカルーサ、ヒューストン、アトランタ、ブルックリン、ノーザンプトン、タスカルーサ、ヒューストン、アトランタ、ブルックリン、ホノルル、ジョンストン、フレッチャー、ヘイウッドは驚いていた。

 

「エンタープライズ。同じ故郷の艦として、質問させてくれないかしら?」

 

「確か、コロラドだったな。いいぞ、何でも聞いてくれ」

 

「正直、私達の中にはあのAdmiralについて行くか迷ってる者もいるわ。私もその1人よ。だから、あなたから見たAdmiralを教えてくれない?」

 

現状、ついて行きたいかどうかは、かなり別れている。例えばコロラド、ワシントン、カブール、ブルックリンは付いて行きたくないと考え、逆にサウスダコタ、タスカルーサ、ホノルル、アブルッツィ、ガルバルディ、秋津洲はついて行きたいと考え、あきつ丸と神州丸は単純に「命令なので」でついて行こうとしており、残りは決めあぐねていたのだ。

 

「そうだなぁ.......。私から見て指揮官は命の恩人であり、英雄であり、大切な人だな」

 

「具体的には?」

 

「.......さっき同じ故郷だと、コロラドは言ったな?でも私は、正確にはユニオンという別世界のアメリカに所属していた。そもそも艦娘ではなくKAN-SENという存在で、艦娘とは似て非なる物だ。本来、この世界に私の居場所はなかった。

でも指揮官は、私や私の仲間達、更には敵だった者にまで居場所を作ったんだ。そして1人1人を家族だと言って接してくれているし、一度戦場に出れば私達のために命を賭けてくれる。そんな人だ」

 

その答えにコロラド含めた、ついて行きたく無い勢は少し訝しんだ。多分、エンタープライズは既に長嶺に心酔していると。ならばと、今度は大和に聞いた。

 

「私に取ってもエンタープライズさんと同じですよ。あの人はいつも、私達の隣に居てくれるんです。何か困った時は、すぐに助けてくれる。もし死にそうになった時も、きっと助けてくれる。だから私達、あの人の事を信頼しているんです。

多分、皆さんは今日の戦闘を見て怖かったんじゃないですか?」

 

「そ、そうよ。ワシ達は見てて怖かったわ!」

 

「それが普通ですよ。もしあの戦闘を初めて見て恐怖を感じなければ、その人はきっと狂人です。私も初めてあの人の戦闘を見た時は怖かったですし、恐ろしく感じました。特にKAN-SENのレッドアクシズだった人達は出会った時は敵だった訳ですから、余計に怖かったでしょうね。

でもあの狂気が、私たちに向く事はありません。あの人は自分の事を差し置いて、仲間を何が何でも助け出す。そんなお人です。例えば…」

 

そう言いながら大和が指差したのは、机に並べられた料理達。どれも一流ホテルで出されそうな位美味しく、食材自体も恐らく一流品が使われているのは素人舌にも分かるくらい美味しい。

 

「この料理がどうかしたでありますか?」

 

「その料理は全て、提督が手配していますよ。正確には食材を。曰く「衣食住は出来る限り最高グレードの物を使わせたい」という意向で、常に世界各国の最高級品が仕入れられています。食堂のメニューも何百種類もあって、それが24時間いつでも食べる事が出来るようになっていますよ。勿論、スイーツなんかもありますし。そういう仕組みや食材の調達ルートは全て、提督が切り拓いた物です」

 

因みに食堂のメニューは基本、言えば何でも出てくる。それも日本だけでなく中華、フレンチ、イタリアン、トルコ、イギリス、ドイツ、ロシア、アメリカ、インド、フィリピン、ベトナム等々、世界各国の余程時間のかかる物でなければ出て来る。

更に週替わりと次替わりのセットと日替わり定食もあり、食堂全メニュー制覇にはかなりの時間を要する。しかも例えば味噌汁の味噌や、うどんなんかの出汁も好みに合わせて変える事もでき、個人個人に添った味付けが出来る。

 

「でもぶっちゃけ、それって予算不味いんじゃない?」

 

そう言い放ったのはホノルルである。ホノルルの言う通り、普通の鎮守府の予算ではまず間違いなく、早晩に財政が破綻する。というかそもそも、コストがバカみたいに上がって艦娘に充分な食事が行き渡らない可能性すら出てくる。

 

「あー、そういえば鎮守府の予算自体は常に大赤字を越えし何かだな」

 

「はぁ!?!?」

 

「何そんなあっさり言ってるのよ!!!!」

 

新人達から困惑とツッコミの嵐を喰らう2人。でもこれだけの大人数を食わせつつ、最高グレードの食材と、超絶豊富なメニューを支えるには鎮守府だけの予算ではまず足らない。

 

「驚かせてすまないな。でも、心配する事はない。指揮官はここの予算の大半をポケットマネーで賄っているし、そのポケットマネーも半永久的に無限大に増やせる。私も詳しくは知らないが、投資だとか貿易だとかで稼いでいるそうだ」

 

「ポケットマネーって.......」

 

「提督は提督でもあり、大富豪という訳ね」

 

「しかし、それは軍規違反にならないのですか?」

 

神州丸の問いに、大和とエンタープライズは答えられなかった。正直この行為自体、かなり黒い。だがそこは長嶺、抜かりはない。

 

「軍規違反も何も、俺達は既に法律やら憲法やらを反故にしてる存在だ。今更、軍規程度で一々ワタワタ言えるかよ」

 

「司令官!?」

 

「提督殿、それはどういう意味でありますか?」

 

「そのまんまさ。日本は軍隊を持たず、自衛のための軍備しか持たない。にも関わらず、この『霞桜』というキチガイ戦闘狂の軍団を組織している。お陰でここの予算、基本的に後ろ暗い代物が当てがわれてる。更にいえば隊員達は全員、戸籍が存在しない。持っていても、それは偽装戸籍だ。

こんな法律違反のオンパレードな部隊に、今更、軍規もへったくれもねぇ。ここの法律は3つだ。一つ、仁義を重んじよ。二つ、仲間を愛し守れ。三つ、常に明日は亡き者と思え。これだけだ」

 

細かい裏ルールとか暗黙の了解とかはあるが、一応のルールはこんなところである。裏ルールとしては、例えば「バルクとレリックをキッチンに入れるべからず。というかそもそも、料理をさせるべからず」とか「マジギレモードの長嶺雷蔵は大災厄なり」とか、色々である。どれもこれも、ここに住むなら必要な物ばかりである。

 

「へぇー。ならここ、かなり自由な感じ?」

 

「だろうな。ある意味、ホノルル、お前のようなタイプからすりゃ天国だろうよ。ここには学校でいう部活とかサークルみたいなもんもあるから、興味があれば入ってみると良い」

 

「どんなのどんなの!?」

 

「運動系なら柔道、剣道、銃剣道、空手、合気道、少林寺拳法、相撲、居合、弓道、テコンドー、太極拳、ムエタイ、シラット、ボクシング、レスリング、プロレス、ジークンドー、CQC、フェンシング、バスケ、バレー、ビーチバレー、硬式野球、軟式野球、ラグビー、アメリカンフットボール、サッカー、卓球、陸上、馬術、流鏑馬、射撃、水泳、水球、ホッケー、スケート、ボート、ヨット、グライダー、パラシュート

、新体操、チアリーディング、応援団とか。

文化系なら放送、パソコン、吹奏楽、バンド系、アイドル系、美術、茶道、囲碁、将棋、チェス、テーブルゲーム、eスポーツの皮被ったゲーム部、ダンス、演劇、自動車とかだな」

 

この部活とかサークルにあたる活動、江ノ島の中では特に呼び名は決まってなくサークルだったり部だったり同好会だったりするが、取り敢えず便宜上はサークルとさせてもらう。

このサークルには強制参加ではないにしろ、かなりの人数が参加しており一例を挙げるならグリムはパソコン、マーリンは射撃、レリックは自動車、バルクはプロレス、カルファンは新体操とチアリーディング、ベアキブルは柔道、剣道、銃剣道、空手、合気道、居合に参加している。因みに全ての運動部に参加している、ボルチモアという化け物助っ人がいたりするが、これは本当に特異例中の特異例である。

 

「まあ、詳しくは明日以降、色々教えていくから今はこのパーティーを楽しめ」

 

長嶺はそう言い残すと、パーティーの人混みの中に消えていった。このパーティーはなんだかんだ、翌朝まで続きその日の業務がストップしたのは言うまでもない。

 

 

 

翌々日 江ノ島鎮守府 道場

「せやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「甘いぞ!!」

 

「ほらまた動きが単調になってる!!もっとしっかり動きを考えて!!!!」

 

「まだまだぁぁぁぁ!!!!!!」

 

この日、長嶺は執務を休み訓練中の比企ヶ谷達を見てまわっていた。というのも、そろそろ彼らは学校にいかなくてはならない。そうなると今後の訓練は今のように集中して出来なくなるし、こちらも現在進行中の北方方面への攻勢作戦が本格化するので訓練を付ける暇が無くなる。

そこでこの辺りで、一旦試験を挟む事にしたのだ。もしこれで長嶺の見込み違いであれば霞桜から外すし、場合によっては一兵士として実戦を経験させる事も視野に入れている。だがまずは、長嶺と戦えるか軽く見定めているのだ。

 

「焦りは禁物だと、何度言えば分かる!!!!」

 

「もう5回は言ってるんだけど!!」

 

材木座は高雄と瑞鶴相手に、善戦こそすれど余りに荒削りすぎる。これでは戦場に出た時に、すぐやられるだろう。だがしかし、材木座は笑っていた。さっきまで焦りか何かで動きが単調で、力の入り方にもムラがあったにも関わらず、笑みを浮かべた瞬間、動きが一気に洗練された物に切り替わった。そしてそのまま、2人から一本取ったのだ。

 

「一本、取ったぞ!」

 

「.......あぁ。よくやったな、材木座。だが、ここで終わってはダメだ。もっと精進せよ」

 

「凄いじゃん材木座くん!私達、結構手練れのつもりだったけど、しっかり取れたね!!あの攻撃、もしかして狙ってた?」

 

「当然!師匠達の動きは、これまでの修練の中で予測が立った故、それを逆手にこちらの懐に引き込んでみたのだ!」

 

戦場というのは冷静な判断を失わせる。FPSなんかでも経験がないだろうか?敵を倒す事に執着しすぎて、敵陣奥深くまで入り込んでしまったりだとか、逆に軽く無双した時に周囲の敵やトラップに気付かずに殺されたりした事が。ゲームでこれなら、リアルはもっと凄い。麻薬のように作用する。

しかも接近戦は相手の命を刈り取る感覚、相手の呼吸、表情や息遣い、そういった全てを五感で鋭敏に感じ取る。お互いの間合いの中で戦うのだから、これは当然の事である。とはいえ、だからこそ接近戦では視野狭窄や恐怖に呑まれやすくなるのだ。そんな中でそこまで考えを纏めて行動に移し、しっかり勝利を収めた事は成長が見てとれる。今度は隣のスペースで格闘訓練中の、川崎の方を見ていこう。

 

「フッ!!!!」

 

「良いキックだな」

 

「沙希ちゃんはキックボクシングの才能があるわね」

 

「あんがと」

 

どうやらウォーミングアップ中らしく、サンドバッグに蹴りを打ち込んでいる。ムチの様にしなるキックの威力は凄まじく、良い音が鳴っていた。

 

「じゃあ次は近接格闘戦、いってみようか」

 

「わかった」

 

そう言うと川崎はホルスターから、二挺の銃を取り出した。特になんの変哲もない、普通のベレッタ92。だがそこから更に、銃身下に銃剣を取り付けたのだ。

 

「野郎共!!」

 

「「「「「「おう!!!!」」」」」」

 

ベアキブルの声に屈強なヤクザ十数人が応じ、訓練用の鉄パイプやらドスやらチャカやらを取り出して構える。

 

「それじゃ、始め!」

 

カルファンの合図と同時に、川崎はヤクザ達目掛けて飛び出した。ヤクザ達をそれを知っていたのか、チャカ持ちが弾幕を牽制で張りつつ、ドス鉄パイプ持ちが川崎を待ち構える。

 

「怪我するぜ嬢ちゃん!!!!」

 

「邪魔!」

 

1番恰幅のいいヤクザの腹に蹴りをお見舞いし、その衝撃で2、3人巻き込んで倒れた。すかさず銃を撃ち、更に敵陣の奥深くへ入り込む。蹴り、斬撃、銃撃を駆使して更に攻め込んでいった。

 

「おーおー、恐ろしいバーサーカーに育っちまった」

 

余りに型破りな戦法に、流石の長嶺も少し驚いている。しかも川崎、しっかりグラップリングフックを駆使して、ワイヤーをムチの様にしならせて攻撃したりしてもしている。

更に敵を殲滅していき、最後の1人となった時、川崎はミスを犯した。残弾がなかったのだ。この隙をついて残った1人が懐に入り込もうとするが、川崎も銃剣を投げつけて迎撃する。だが時は既に遅く、腹部にドスを受けていた。

 

「あらら、残念だったわね」

 

「沙希嬢ちゃん、最後の銃剣、痺れたぜ。あれもう少し早けりゃ、俺がやられとった」

 

「あり.......がと.......」

 

「おーい沙希、生きてるかー?」

 

少し息が切れている。恐らく、肉体的な疲れというより精神的に疲れたのだろう。水を少し飲むと復活したのか、また訓練を続け出した。これなら問題ないだろう。

 

「材木座、川崎、試験資格ありと。さて次はと」

 

道場に後にし、今度はマーリンと戸塚のスナイパーコンビのいる射撃場を目指す。運良くバルクと材木座の機関銃コンビもいたので、こちらもついでに見ていく。

 

「さぁ戸塚くん、撃ってみなさい」

 

「はい!」

 

戸塚が使うのはM24SWS。スナイパーライフルではなくマークスマンライフルではあるが、それでもかなりの精度を誇る。戸塚はしっかりスコープのセンターに目標を捉え、トリガーを引く。

 

「ふむ、悪くありません。狙撃は目標に命中していますが、しかし連射が遅い。後0.3秒縮められます」

 

「まだダメですか.......」

 

「ダメ、ではありませんよ。君は強い。アメリカだろうと自衛隊だろうと、どこの国の正規軍でやっていけます。とはいえ、それは正規軍ならです。我々の求める次元、君はそこにまだ後一歩及びません。ですが着実に、君は我々のステージに近づいていますよ」

 

マーリンの言う通り、まだ霞桜でやっていくのに不安は残る。だが及第点は与えられる程度には、しっかり撃てている。

 

「もう一度!」

 

「はい。じゃあ、どうぞ」

 

もう一度戸塚が撃つ。今度は連射が素早いが、銃身が微かにブレている。これでは当たらないだろう。

 

「うーん、今度は少し着弾点がズレていますね。君のレベルになると、私が教えると言うより、自ら経験を積むしかありません。根気よくいきましょう」

 

「頑張ります!」

 

「その意気ですよ」

 

「戸塚、問題なし」

 

戸塚の次は戸部だ。使用武器はMk48。バルクが教えると機関銃弾ばら撒くだけと思うかもしれないが、バルク曰く「分隊支援は奥が深い」らしい。実際その通りではあるが、ただいつも乱射しまくってるトリガーハッピー野郎の言葉となると、何故だが一気に信憑性が低くなる。

 

「どうですバルクさん!?」

 

「いい感じじゃねーか翔!だが、まだ甘い。俺達機関銃手ってのは、味方を援護するのが仕事だ。あの的を見てみろ。当たり弾が少ない。まだまだ濃密な弾幕がいるって事だ」

 

「チクショー、まだダメとか難しすぎっしょ」

 

「まあそんな悲観しなさんな!お前含め、これまで総長に見入られた奴等は優秀だ。もっと練習し、もっと技術を磨け」

 

バルクはそう言っているが、少なくとも普通の兵士としてはやっていける技術を持っている。これなら試験をさせても問題ない。

この後、三浦と一色の方も見て来たが、充分に戦力として扱える程度には錬成されている。これなら問題なく、試験に臨めるだろう。後は最後に、比企ヶ谷のを見るだけだ。

 

「長嶺。今日はなんの訓練なんだ?」

 

「比企ヶ谷、お前、俺を倒してみろ」

 

「は?」

 

「今言った通りだ。お前の持てる、凡ゆる手段(・・・・・)を持って俺を倒せ」

 

比企ヶ谷の訓練は、他の生徒会メンバーとは一線を画す。他の生徒会メンバーは言うなれば、一点特化のプロフェッショナル。汎用性よりも各々の長所を研ぎ澄ました、尖った性能を出せる様に訓練した。

一方の比企ヶ谷は指揮官としての思考を叩き込みつつ、格闘や射撃にも対応できる様に長嶺直々に鍛え上げた。言うなれば性能が超劣化し超人レベルで収まる、長嶺雷蔵2号である。

 

「凡ゆる手段、使って良いんだな?」

 

「あぁ。格闘、銃撃、爆破、何でも良い。2時間後、演習海域でやるぞ。準備しとけー」

 

 

 

2時間後 演習海域 海上

「来たな比企ヶ谷」

 

「あぁ」

 

「じゃあ、始めるか」

 

見た所、比企ヶ谷の装備は普通だった。メインウェポンにクリス ヴェクター、サブにVP9。後は胸にナイフを持っている。何か隠し玉は、本人自身にはないだろう。

因みに長嶺の装備は幻月と閻魔、それに鎌鼬SG、竜宮AR、大蛇GL、これに朧影SMG二挺と阿修羅HG二挺を装備している。

 

「あぁ、始めよう」

 

そう言うと比企ヶ谷は長嶺にヴェクターの9mm弾を撒き散らし、長嶺の動きを封じる。

 

「弾幕の張り方は悪くないが、まだまだ甘いぞ」

 

「知ってるよ!」

 

比企ヶ谷は弾幕を張りつつ、そのまま別方向に走り出す。このまま持久戦を取るつもりだろう。ならばこちらも、それに乗るまで。

 

「なんだ、追いかけっこか?なら、それに乗るとしようか!!」

 

比企ヶ谷の後ろを追いつつ、こちらも適当に銃を撃つ。比企ヶ谷なら、恐らく何かを仕掛けてくる筈。現に弾幕もあくまで長嶺の行手を阻まず、こちらを自分の後ろを付いてくるように誘導する撃ち方だ。

 

「この辺りか.......。今だ」

 

比企ヶ谷を追い掛けていると、今度は長嶺の耳に砲弾が降って来る風切り音が入ってきた。すぐに阿修羅を構えて、迎撃に移る。

 

「やったか!?」

 

「やってねーよ、コノヤロー」

 

どうやら比企ヶ谷、しっかり策略を練ってきていたのだ。この砲撃音や砲弾の水柱を見るからにコロラド、ワシントン、カブール、ネルソンだろう。ネルソン以外は長嶺について行くかどうか、迷っている連中だ。

 

「やっぱりこれだけじゃ、やりきれないか.......」

 

「あぁ。だが、悪くない手だったな」

 

「ありがとう、長嶺。でも、まだ終わりじゃない!!」

 

「んだとぉ!?」

 

今度は魚雷が長嶺の方に向かってきた。たまらずジャンプしたり、朧影を足元に撃ちまくって魚雷を迎撃して行く。

 

「これでもダメなのかよ!」

 

「まあ、肝は冷やしたがな」

 

「ならこうだ!!」

 

次はドーントレスやF4Fワイルドキャットが飛んで来た。どうやらイントレピッドとガンビア・ベイも、あっち側についているらしい。更に巡洋艦と駆逐艦による、水雷戦隊まで接近してきているらしい。

 

「成長したな比企ヶ谷。いいぞ、実にいい。俺の見込んだ通りだ。でもな、師匠ってのはそう簡単に越えられないものなんだぜ?」

 

「そうか?でも師匠を超えてこその、弟子なんじゃないか?」

 

「そうかな?」

 

次の瞬間、ガンビア・ベイとイントレピッドの航空隊が撃墜されていった。上空をF3心神とF22ラプターが飛んでいく。

 

「お前の戦略、俺が気付いてないとでも?昨日のパーティーで俺に反感を抱いていたカブールとかを引き込むのは予測していたし、そこからお前は中立層にも協力させているな?これは俺の予測を超えているが、まあ対応できる。

それに俺も、実は同じ手段をとっているんでね。それもお前の様なノーマルではなく、こっちはエースだがな」

 

「何?」

 

比企ヶ谷が手駒にしたのはコロラド、ワシントン、ネルソン、カブール、イントレピッド、ガンビアベイ、ノーザンプトン、ヒューストン、アトランタ、ブルックリン、パース、ジョンストン、フレッチャー、ヘイウッド。

一方の長嶺が協力を要請したのは世界最強の航空隊メビウス中隊、グレイア隊、フォーミュラー隊。艦娘の大和、武蔵、赤城、加賀、阿賀野、矢矧、能代、浜風、磯風、浦風、吹雪、叢雲。KAN-SENからはヤベンジャーズの赤城、愛宕、隼鷹、大鳳、鈴谷、ローンの他、オイゲンとエンタープライズとヴェネトである。

 

「これだけの火力、そして練度。たかが来たばかりの新参供に、対応しきれるかな?」

 

「まさか.......同じ手を使っていたなんてな.......」

 

「ほー、俺もみくびられたものだな。この程度で終わっているなら、俺はもう死んでいるさ。さぁ、いっちょビリビリっといきましょう!」

 

長嶺は懐から出したスイッチを押した。その瞬間、比企ヶ谷の持つヴェクターから電気が流れ思わず手を離してしまう。

 

「な、なんで!」

 

「お前の銃、正確にはマガジンに悪いが細工させてもらった。今ヴェクターに挿してるマガジン、その中に電気を発生させるシールを仕込ませて貰った。痺れるだろ?」

 

「まさか、これを選ぶと分かって.......」

 

「お前がいつか試射した時、それをお気に召してたからな。今回のお前の戦法は、艦娘からの攻撃が主軸。あくまでお前は餌に徹する、という考えだっただろ?なら取り回しのきくSMGをつかう。本来ならUZIとかM10みたいなのが良かったんだろうが、俺を相手にするなら使い易いのを選ぶ。となれば使う銃はヴェクターだ。

後は使うであろうマガジンに目星をつけて、予めシールを貼っておく。銃本体は確認するだろうが、マガジンまでは気が向かない。というか普通の兵士や特殊部隊員ですら、中々気が向かないだろう。この盲点を突かせてもらった。しかも一回撃てば普通に撃てる訳だから、もうトラップの事なんざ頭からさっぱり抜けているだろうしな。以上、お前はゲームオーバーだ」

 

阿修羅の引き金を引き、比企ヶ谷の頭にペイント弾を撃ち込む。勝負は長嶺の勝ちだ。勝ったとはいえ長嶺の想定を超える戦術を用いただけでなく、たった2時間であれだけの艦娘を動員させるだけの手腕、賞賛に値する行動である。となれば、受験資格は当然ある。

 

「さぁ。アイツら、どんな戦闘を見せてくれるかな」

 

今から試験が楽しみで仕方がない。長嶺はまるでプレゼントを待つ子供のようにワクワクした気持ちで、試験日を待っていた。

 

 



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第七十五話卒業の試練

翌日 江ノ島鎮守府 執務棟

「あれ?はちまーん!」

 

「おー、戸塚。どうしたんだ、こんな所で。訓練は?」

 

「そういう八幡こそ。今日は提督になる為の講義じゃなくて、霞桜の訓練でしょ?」

 

「俺は朝起きたら、執務室に来る様にってメッセージが入ってたからな」

 

「実は僕もなんだ。マーリンさんの所に行ったら「今日は総隊長の元に行きなさい」って。何か知ってる?」

 

「いや、知らん」

 

てっきりこの2人にだけ、何か特別な任務でもあるのかと思っていたが、そうでもないらしい。執務室に近付くに連れて材木座、一色、川崎と三浦、戸部と全員揃ってしまった。

 

「おぉ、来たな。入れ入れ」

 

部屋に着くと、執務机のモニターからひょっこり顔を出した長嶺がいる。取り敢えず中に入ると、長嶺も席を立ち机の前に立った。多分これ、何かある。

 

「ケプコンケプコン。それで長嶺よ、何故我らを参集したのだ?」

 

「お前達を今日ここに呼んだのは、他でもない。そろそろお前達がシャバに出る日が近づいて来た今、お前達にこれまでの訓練の成果を見せて欲しい」

 

「具体的にはどうするんですか?」

 

「試験は2つ。最初の試験は、俺と戦う事だ。勝つ必要はない。あくまで戦闘の中で、お前達がどう成長したのか。どんな素質をどの程度まで開花させられているか。そういった点を、直接見せて貰いたい」

 

「それはまた、昨日みたいにあらゆる手段(・・・・・・・)を使っていいのか?」

 

比企ヶ谷は昨日、長嶺と模擬戦を行なっている。その際、新入りの艦娘を仲間に引き込んで戦わせたのだ。流石に同じ物は使わず、今回は今回で別手段を考えるつもりだが、一応言質は取っておきたい。

 

「それはもちろん、と言いたいが、今回はあくまで純粋な戦闘力やお前達のチームワークなんかもみたい。今回ばかりはお前達6人で、どうにかして貰いたい」

 

「分かった」

 

「それで、試験は何時から始めるわけ?」

 

「そうだなぁ、14:00から始めるとしよう。それまでに腹拵えも含めて、しっかり準備してこい。では解散」

 

これだけ伝達し終えると、長嶺はまた自分の作業に戻った。比企ヶ谷達は早速武器庫に足を運び、装備を選ぶ。そんな中、川崎が比企ヶ谷に質問してきた。

 

「ねぇ。アンタもしかして、長嶺と戦った事があんの?」

 

「昨日戦った」

 

「負けたん?」

 

「あぁ。俺は例の新たに入ってきた艦娘を動員してみたんだが、長嶺は更にその上を行っていた。鎮守府内でも高いレベルを誇る精鋭の艦娘とKAN-SENを動員し、更には基地航空隊まで動かしたんだ。オマケに俺が使う銃を予測された上で、そこにトラップまで仕掛けられていた」

 

「え、エゲツないね」

 

一応、これまで2ヶ月間訓練はしてきた。その中で戦闘技術を叩き込まれ、ある程度の戦術立案も出来るようにはなっている。とは言えど、流石に長嶺は別格だ。何せ自分よりも遥か高みにいる他の隊員達、そしてそれを取りまとめる大隊長クラスの人間が、口を揃えて「俺たちが束になっても絶対に勝てない」と豪語させる存在なのだから。

さらに言えば、無知故の恐怖もここに合わさっていた。実は長嶺、これまで本気で戦った場面というのを見せたことがない。何なら殆ど戦っている姿も見せてないのだ。総武高校襲撃時、それから日本本土攻撃時に見せてはいるが、しっかり見れたわけでは無かったのだ。現状の長嶺には、戦闘時に幾つかの顔がある。連合艦隊司令長官や提督という『司令官』や『戦略家』としての顔。霞桜の総隊長として前線で直接指揮を執る『現場指揮官』としての顔。単純に戦場で暴れ回る『兵士』としての顔。第603号計画で手に入れた『艦娘』としての顔。そして唯一無二の能力を秘め本気モードである『煉獄の主 アマテラス・シン』としての顔である。いずれも強力であり、完璧に近い。とは言え、それを見せてない以上、イメージがつかないのだ。

これがもし仮に葉山とかなら、楽観的に考えて「大丈夫に決まってる!きっと僕達なら勝てる!!」とかほざきそうだが、比企ヶ谷達は違う。未知の存在や能力が推し量れない敵には、細心の注意を持って観察し、弱点を見付けなくてはならないと習っているのだ。その教えをガン無視することは無い。

 

「作戦とかないんですか?」

 

「情報が少なすぎる。俺達は長嶺雷蔵という男を知らなさすぎる。俺達の上官であり、ここの主。それ以外に知っている事、お前達にあるか?無いだろ?」

 

「でもさー比企ヶ谷くん。戦ったらなんか、少しでもなんかあるっしょ?例えば、武器がどんなのとか」

 

「あの時は刀2本とSMG、拳銃、グレネードランチャー、アサルトライフル、ショットガンだった。だが使ってたのはSMGと拳銃位で、それも牽制程度にばら撒いてただけだ」

 

これでは作戦の立てようが無い。ならばもう、戦いながら作戦を決めていく他ない。となれば武器はなるべく、使い慣れた物を使う方が良いだろう。

という訳で武器は比企ヶ谷がHK416とVP9、材木座が日本刀とM1911、戸塚がHK417とM9、戸部がMk48とMk23、川崎がVz61スコーピオン、一色がMP5とグロック26である。三浦は戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』を操縦するので、今回は武器なしである。この他、各種グレネード等の装備も準備し、食事もしっかり摂って訓練に備える。訓練開始2時間前には、グリムが比企ヶ谷達に訓練の説明を始め、いよいよ最終試験が開かれようとしていた。

 

「皆さん、これからの訓練について簡単に私の方から説明しますね。今回の訓練は君達の訓練の成果、訓練の結果発現させられた才能を確認する物です。ですので勝ち負けよりも、自分の全力を出す事に注力してください。勝利すれば無条件で合格ですが、負けたからといって余程変な負け方をしない限り、ペナルティ等が与えられる事はありませんのでご心配なく。

訓練はまず、『黒鮫』によるヘリボーンから始めます。ヘリボーン終了後、『黒鮫』は部隊の援護に入ってください。訓練で使われる砲弾薬は全て、ペイント弾を用いています。ですので好きに撃ってもらって構いませんよ。それでは、準備に入ってください」

 

言われた通りすぐに準備して、『黒鮫』に乗り込む。三浦はそれを確認すると、訓練海域に向けて動かし出した。

 

「こちらグリム。演習、開始」

 

飛行し出して数分。いきなりコックピット内に、ミサイルアラートが鳴り響く。だがこの『黒鮫』、最高時速マッハ6を誇る高性能機。故にフルスロットル掛ければ、そのまま振り切る事はできる。

 

「あれ?」

 

だが普通のジェットエンジンからスクラムジェットへの切り替えスイッチを何度押しても、全然加速が起きない。その代わり、HUDに「スクラムジェット無しでミサイルを避けてみろ。勿論、被弾すればそれでアウトだ。頑張れ。by長嶺」という文字が出てきた。

 

「あーもー.......。カーゴ聞こえる?多分、今から凄い揺れるから覚悟するし!!」

 

三浦のこの宣言に、貨物スペースにいる比企ヶ谷達は身構える。もう一度シートベルトを確認し、そのまま座席の手すりにしがみ付いていた。三浦はその間に呼吸を整えて落ち着き、操縦桿を握り直す。

 

「メビウス1の言ってた事、飛び方、全てしっかり思い出すし.......」

 

なんて事を言っていると、すぐに直撃コースに入ってしまう。しかし着弾直前で機体をロールさせて回避し、そのままやり過ごす。だがそれで終わるはずもなく、更に多数のミサイルが飛来。三浦への試験が本格的に開始された。

 

「多すぎだし.......。でも、燃えるじゃん!」

 

そこからはまあ凄かった。『黒鮫』には4つのエンジンがあるのだが、それぞれが独立して回転させられる。例えば右ロールするなら左側エンジンを上に、右側エンジンを下に回転させる。これにより高い機動性を確保しているのだが、これを利用して全弾手動で避けたのだ。

 

「うわぁぁぁぁ!!!???」

 

「ちょーーーー!!!!!」

 

「丁寧に操縦しなよぉぉぉ!?!?!?」

 

「アピャーーーーーー!!!!!」

 

「優美子先輩荒すぎですぅ!!!!!!」

 

「酔うわ!!!!!」

 

当然貨物スペースにいる比企ヶ谷達は、シートベルトしているとは言え避ける度に生じるGで体に負荷がかかる。常人が乗ったらかなりの確率で酔いそうな物だが、比企ヶ谷達はそれですら酔わない。とは言えど、かなりキツイ。

 

『ミサイルは全弾避け終わった。多分もう、大丈夫だと思う』

 

「うっ、酔いそうだった.......」

 

「俺も。割とマジで、後数分長ければキラキラ放出するとこだった.......」

 

酔ってはないにしても、気分がいい物でもなかった。死にかけなのをどうにか気合いで押し込んでいたにすぎず、気分は悪い。だが、次の一言でスイッチが入った。

 

『長嶺をレーダーで捉えたし!!』

 

「戸塚!!」

 

「任せて八幡!!!!」

 

この報告を受けて、まずは戸塚を下ろす。すぐ後に残りも降り立ち、長嶺の前に立ちはだかった。

 

「しっかりミサイルは避けられてたみたいだな。それじゃ、始めようか」

 

今の長嶺の武器はロケットランチャー、拳銃、それから刀のみ。互いに睨み合うが、まずは比企ヶ谷達が先に動いた。川崎と材木座が近接戦を挑み、その後方から戸部と比企ヶ谷が援護。戸塚は狙撃よりも長嶺の観察に注力し、一色はロケットランチャーのハッキングを開始する。

 

「ハァッ!!!!!!」

 

「甘い甘い!!」

 

「こっちがお留守だよ!!!!」

 

「見えてるわ!!!!!」

 

左では材木座による上段からの斬りつけを否しつつ、右では腕で川崎の蹴り技を防ぐ。だがこのままだと戸部とか比企ヶ谷あたりから撃たれそうなので、1秒経たないうちに2人をそのまま捌く。

 

「おー、危ないねぇ」

 

「やはりまだ余裕、か。まだまだゆくぞ長嶺!!!!」

 

ここで材木座、連続技に入る。下からの切り上げからの、左右や斜めからの斬撃を合わせて、威力よりスピードで長嶺を攻撃し続ける。

 

「私も忘れてもらっちゃ困るんだけど!」

 

川崎もスピードタイプの格闘術に切り替えて、威力は落ちるがスピードを上げる、ラッシュ攻撃で長嶺を削るつもりらしい。だが…

 

「まあ悪くない手だが、そんなんじゃ俺には勝てんよ」

 

刀は刀、格闘は素手でいなして、更に敢えて変則的にオーバーな動きをする事で銃撃させる暇も与えない。2ヶ月訓練したとは言え、軍人として遥か高みに到達している訳ではない。恐らく普通の兵士とかなら互角の戦闘を見せるだろうが、長嶺どころか霞桜の一般隊員が相手なら負けてしまうだろう。

 

「セイッ!!!!!!ヤァっ!!!!!!!」

 

(材木座、刀の動き自体は悪くないな。だが少し、動きが単調だ。今回は高速連撃だから良しとして、威力が小さい以上は強敵相手には通用しない。初撃は悪くなかったがな)

 

「エヤッ!!!!オリャッ!!!!!」

 

(川崎は格闘の重心が少しブレてるな。3回に1回は良い重心だが、それでもまだまだなのは変わりない。だが恐らくこれは、ラッシュ攻撃特有だな。普通の格闘なら、まあ悪くない重心で攻撃できている。だがそれでも、まだ意外性や変則的な攻撃が欲しいな。今の攻撃なら、時間が経てば経つほど対処しやすくなる)

 

こんな感じで戦闘中ではあるが、しっかり2人の動きを観察し今後の訓練内容なんかも練っていく。

そんな中、後方で司令塔として動いていた比企ヶ谷は、多分このままだと勝てない事を理解した。

 

「比企ヶ谷くん、これ、やばいっしょ!」

 

「戸塚、何か弱点は見つかったか?」

 

『いや、わからない!ずっと狙撃のタイミングを見計ってるけど、一向に来ないよ!!』

 

「一色、ハッキングの方は?」

 

「もう少し待ってくださいよ.......。やった!できました!!」

 

現状では弱点という弱点がなく、強いて言えば一色が封じたロケットランチャー位しかない。しかし既に材木座と川崎にも疲れが見え始めている以上、取り敢えずの打てる手を打つしかない。

 

「戸部、一色、戸塚。射撃準備だ。一旦、2人を離脱させる」

 

「「『了解!』」」

 

「川崎、材木座。任意のタイミングで同時に離脱しろ」

 

『『了解!!』』

 

「三浦、そっちは待機だ。指示を出し次第、すぐに弾幕を張ってくれ」

 

『了解』

 

指揮官として比企ヶ谷が仲間達に指示を伝達し、作戦に備える。数秒後、材木座と川崎が後方に飛び退いた。

 

「今だ撃て!!」

 

すかさず比企ヶ谷が叫び、4人は一斉に射撃を始める。だが、その動きは既に長嶺が見切っている。全弾避けるのは簡単だが、それでは意味がない。敢えて食らってみる。勿論、平泉でガードするので問題ない。

 

(この弾幕、戸部が大まかにしっかり貼りつつ、一色と比企ヶ谷がしっかり細かい部分をカバーしている。理想的な拘束射撃だ。でもって頭を少しでも出すと…)

 

ガキュン!!

 

(戸塚がしっかり決めに来る。いい仕上がりだな。さらにこの配置、そして各員を有機的に活用した戦術。比企ヶ谷の指揮能力も、しっかり育っているな。そろそろ、三浦を動かすか?)

 

案の定、比企ヶ谷は三浦に指示を出し攻撃が始まった。『黒鮫』自体、多数の機関砲を装備した強襲機。流石にキツい。

 

「まぁ、評価項目も終わったしな。遊びますか」

 

そう呟くと、長嶺は平泉を捨てた。ここからは防御ではなく、ただ攻めるのみ。盾なんざ邪魔で仕方ない。

まずは『黒鮫』からだ。『黒鮫』の機関砲は門数も多ければ口径も大きいが、所謂ガトリング砲とかバルカン砲と呼ばれる多重身機関砲。銃身の束を高速回転させて、銃身の加熱を防ぐ仕組みだ。だがこの回転は、もし軸を壊されると途端に止まる。しかも銃身の間は装甲が薄く、阿修羅HGであれば十分に貫徹可能なのだ。

 

「機関砲にエラー?なんで?」

 

貫通した弾丸はそのまま基部の破壊判定を取り、少しずつ機関砲を破壊して行く。ある程度破壊が完了すれば、いよいよ仕上げに入って行く。

 

「な、長嶺ぇ!?!?!?」

 

『よぉ三浦!!取り敢えず、いっぺん死んどこうか!!!!!』

 

なんと長嶺、上空の『黒鮫』のフロントガラスにへばり付き、そのまま拳でガラスを割って操縦桿を奪ったのだ。

 

「し、死ぬって!!!!マジやめろし!!!!!!!」

 

「心配すんな、死ぬ時は俺も諸共だ!!!!!」

 

「答えになってないし!!!!!」

 

そのまま『黒鮫』はバランスを崩していき、海面に豪快に不時着。普通ならそのまま沈むが、この機体の場合、水上機としても運用できるので水に浮かぶ。沈みはしない。だがそれでも、三浦はしっかり戦死判定だ。

 

「はーい、三浦キル。あー、そういやまだ、お前達に俺が暴れてる所、まだしっかりは見せた事は無かったな。良い機会だ、今日見せてやる。さぁ、何処からでもかかって来い」

 

瞬間、6人の前に立ちはだかる長嶺の纏う雰囲気が変わった。それと同時に演習場全域の空気も一変する。まるで真上からプレス機で押し潰されているかの様な、そんな感覚が5人を襲った。

 

「は、ははは、八幡よ!!にゃ、にゃんにゃのだこれは!!!!!」

 

「俺にも分かるかよ。ただ、一個だけ分かるのは……」

 

「多分、確実に俺達を殺しにくるっしょ.......」

 

「あんな漫画みたいな事、ほんとに出来んだね.......」

 

「人間業じゃないですよアレ.......」

 

『取り敢えず、後ろは任せて。牽制くらいは、してみせるから.......』

 

恐らく長嶺には勝てない。どうやったって、絶対に勝てない。それはまだ戦場を知らない、ズブの素人たる自分達でも良く分かる。だがそれでも、立ち向かわなければならない。

次の瞬間、全員が一斉に動き出した。戸部が援護射撃の為に弾幕を貼り、その援護を受けながら川崎と材木座が前進。さらに2人の背後に、一色と比企ヶ谷が付いて、直掩に周る。

 

「ほぉ、おもしれーな。その陣形、かなり難しいんだけど良くやるわ。だけどまあ、まだまだだな」

 

長嶺は風神HMGと雷神HCを呼び出し、構える。風神で戸部の弾幕を迎撃するという、常人離れしたスキルを用いて初手とする。

 

「はぁぁ!?!?バルクさんでも無理な芸当っしょ!!!!!」

 

『というかそもそも、弾丸を弾丸で迎撃するって人間技じゃないよ!!!!』

 

「悪いが俺は、世界最強なんでな!!」

 

そう言いながら、今度は雷神を接近する4人に対して砲撃。しかし当てずに進路上の水面に撃ち込んで、巨大な水柱を形成させる。その時できる死角に飛び込み、一旦身を隠す。

 

「何も見えないんだけど!!」

 

「気配も感じぬ!!!」

 

「これが霞桜総隊長、長嶺雷蔵か.......」

 

「まるで戦場を操っているみたい.......」

 

「いいねぇ!差し詰め、戦場の指揮者。Battlefield Conductorって所か!!!!」

 

いつの間にか長嶺は一色の目の前に居た。しかも武器が鎌鼬SGに切り替わっている。長嶺はそのまま銃口を一色の腹に押し当て、ゼロ距離で連射。幾らペイント弾の非殺傷弾とは言えど、実銃から放たれる弾丸の威力はガスガンよりもある。それを腹の、正確には鳩尾に連続して、おまけに12ゲージという大きめの弾丸が当たれば、流石にキツい。

 

「カハッ.......ケホッケホッ!」

 

「まずは1人」

 

「横がガラ空きだよ!!!!」

 

そう叫びながら、川崎の蹴りが側頭部目掛けて飛んでくる。だがそれを左腕で掴み取り、そのまま握り込む。

 

「あ、あれ?ふぬぬぬぬぬぬ!.......ぬ、抜けない!!」

 

「チェーーーーストーーーーー!!!!!」

 

川崎を助ける為か、材木座が上から斬り掛かってくる。確かに上からなら、川崎を使ってガードできない。よく考えている。だがそれは、長嶺以外の話だ。

 

「甘ちゃんだでぇ!!!!」

 

なんと長嶺、左腕で軽々と川崎を材木座目掛けてぶん投げた。確かに空中から斬りかかるのは悪くないのだが、元来空中では何も身動きが取れない。例え振り下ろすのをやめても、重力で勝手に降りて行く以上、高確率で川崎に当たる。案の定、材木座は川崎を避けきれず川崎ごと長嶺を斬ることとなってしまった。

まあ、腕甲代わりのグラップリングフックでガードしているので、攻撃として当たる事は無かったが。

 

「あらー、仲間切るとか剣豪将軍的にどうなんすか?」

 

「戯け!!!!貴様が我にそうさせたのではないか!!!!!!!」

 

「まあ、あの状況ならそのまんま振り下ろし続けるが吉だ。良い判断だった、よ!!!!」

 

「のわぁ!?!?!?」

 

材木座はシールドバッシュの要領で、後方に飛ばされてしまう。ここで戸部が援護射撃を開始し、前衛に取り残された2人を下げる為に奮闘する。

 

「弾幕はっから、今の内に下がるべ!!!!!」

 

「見事だ。だが、まだまだ周りが見えてないな」

 

弾幕が張られてる以上、本来なら遮蔽物に身を隠すのが定石。だがここは海上。身を隠せる遮蔽物は、そうそうあるものではない。ではどうするか。死体を盾にすれば良い。

という訳で、さっき材木座のフレンドリーファイアで戦死判定になった川崎を利用させてもらう。

 

「川崎、悪いが盾になってもらうぞ」

 

「は?」

 

「ちょっと失礼」

 

川崎を前屈みに倒し、鳩尾辺りを支えて盾にする。長嶺はその前でしゃがみ込み、攻撃の準備に掛かる。

 

「は、恥ずかしいんだけど//////」

 

「死体に羞恥心は無い」

 

あくまで川崎は死体。羞恥心なんざ、死んだ時点で魂と一緒に浄土に渡る。普通ならセクハラだろうが、当の長嶺は完全なる戦闘モードなので冷酷に利用できるものを利用しているに過ぎない。

 

「きったねぇ!!!!!!!」

 

「川崎さん盾にするとかヤバイっしょ!!!!」

 

「アレ、アリなのかな?」

 

「戦場ではアリなのであろうな.......」

 

なんて言っていると、長嶺が川崎の太腿辺りから阿修羅を二挺拳銃で撃った。放たれた弾丸は戸部と比企ヶ谷の銃に命中し、そのまま銃を破壊。弾丸は跳弾し、戸部の方の弾丸は比企ヶ谷に。比企ヶ谷の方の弾丸は戸部に進路を変え、綺麗に頭を撃ち抜いた。

 

「は?え?」

 

「な、何が起きた.......」

 

「何今の.......」

 

「跳弾させて、八幡らを倒した.......?」

 

「アンタ、マジで何者なの.......」

 

撃たれた戸部と比企ヶ谷は何が起きたか理解できず、川崎からも困惑とも怯えとも取れる質問が出てくる。だが長嶺はそれを無視し、次なる目標の材木座を狩る為に動く。

だが材木座は目の前で起きた事態に目を奪われて、まだ現実に戻ってきてない。その隙を突かれてしまい、反応が遅れた。

 

「ぬおぉぉぉ!!!!!」

 

だが、それでもしっかり対応は出来ていた。ガードできる姿勢は取っていたのだが、相手が悪すぎだ。今回、長嶺も材木座も刀は模造刀。頑張れば撲殺で人を殺せるかもしれないが、斬撃で人を殺すことは不可能に近い。にも関わらず、ガードした材木座の刀を破壊し、そのまま材木座の首を切ったのだ。

 

「な、何故.......」

 

「目に入れてやれば、大抵の物は案外簡単に壊せる。さーて、じゃあ最後の戸塚を狩ろうか」

 

残るは戸塚。それは戸塚本人も分かっている。HK417をフルオートにして弾をばら撒くが、全く当たらない。そればかりか一色が無力化したはずの薫風を肩に担ぎ、照準を此方に合わせてきた。

 

「あれ壊れてなかったの!?」

 

壊れてはいる。ハッキングにより、照準装置は使い物にならない。だが単純なロケットランチャーとしての機能は生き残っているので、トリガーを引いてやれば無誘導ではあるがしっかり撃てる。それを水面に撃ち込んで水飛沫を作り出し、状況を一気に変える。

 

(また同じ手!?どこ!?!?)

 

戸塚は後方から援護していた為、他の6人の戦闘を後方から全部見ていた。この水飛沫攻撃は、さっきも一色に対して行なっている。また何処かから長嶺が襲いかかってくると、そう思っていた。

 

「ッ!!!」

 

結論として、長嶺は襲いかかって来なかった。だが代わりに、長嶺の刀が飛んでくる。それをギリギリのところでHK417で弾き、どうにか攻撃は防御できた。

 

「や、やった!」

 

『油断大敵だぜ?』

 

次の瞬間、刀の柄の部分が爆発した。柄の先に手榴弾が結ばれていたのだ。

 

「戸塚もキル完了と。はーい、演習終わりー。さっさと鎮守府に帰るぞー」

 

そのまま全員を『黒鮫』に押し込み、帰りは長嶺が操縦して鎮守府に帰還する。今更だが長嶺は車の他、飛行機、ヘリコプター、船舶と大体の乗り物は操縦できる。

ものの数分で鎮守府に帰還し、7人を降ろす。7人が降りるとそこには、霞桜の面々が立っていた。それも口々に「おめでとう」と言いながら、拍手している。

 

「お前達。第一の試験、全員突破だ。まずはおめでとうと言っておこう。この後、夕食と風呂の後、20:00までに第8会議室に集合。以降の事はグリムに任せてるから、まあ頑張れ」

 

とはいうが、まだ時間は17時にすらなってない。流石に夕食には早い。だが装備の整備とかしていると、何だかんだでその20:00前にになった。第8会議室には、既にグリムがいてプロジェクターの準備をしている。

 

「さて、皆さん。まずは第一の試験、お疲れ様でした。そして、突破おめでとうございます。早速ですが、第二の試験について話しましょう。第二の試験は、今からあるビデオを見てもらいます。このビデオを見る事が、最後の試験です」

 

そう言うとグリムは部屋の電気を消し、プロジェクターでビデオを再生しだした。そのビデオの内容は、この間の長嶺が自らの過去を語ってる時の映像である。数時間にも及ぶ大長編であったが、彼らは全員、それを最後まで見た。

 

「.......あのー、グリムさん?」

 

「何でしょう、三浦さん」

 

「えっと、つまり、長嶺って何者なんですか?」

 

「総隊長殿は我々、霞桜のトップであり、ここの鎮守府の提督であり、連合艦隊司令長官であり、KAN-SEN達の指揮官です。そしてそれと同時に、今の大陸の混乱を招いた張本人であり、その身に神授才というチート能力と艦娘の力を宿した、正真正銘の『怪物』という事ですよ。

ここまで試験を受けるくらいには成長してきた君達ですが、今後君達が上官として仰ぐのは、その怪物たる総隊長殿です。君達がこの映像を見ても尚、総隊長殿を信じられるのなら、また我々と共に世界を股に暴れたいのなら、正式に我々の仲間となれるでしょう。しかしもし、今の考えに少しでも思うところがあるのなら、悪い事は言いません。入るのはおやめなさい」

 

第二の試験は試験というより、ここまでやってきた彼らを仲間と認める為の通過儀礼の様な物なのだ。霞桜の任務は死が隣にある任務だ。幾ら長嶺雷蔵という戦場の申し子が居たとしても、死ぬ時は死ぬ。ここ数年くらいは戦死者も劇的に減っているが、それでも0ではない。死んだ者もいれば、兵士として戦えない者もいた。

そういう世界に生きる以上、一番重要になるのは信頼なのだ。もし少しでも信頼に揺らぎがあれば、それは個人は勿論、部隊としても弱点となる。故に敢えて現実を見せ、長嶺への信頼度を推し量るのだ。

 

「もし辞めると言うのなら、どうぞ部屋から出て行ってください。止めはしません。殺しは勿論、危害は一切加えない事はお約束しますよ」

 

そう言われるが、全員その場から動こうとはしない。怖く、恐ろしい。だがそれでも、一応彼らは約一年間、共に学校生活を送っていた。いくら『桑田真也』という偽物だったとしても、常に『長嶺雷蔵』と別人だった訳では無い。どこかで本音っぽい部分も出していた。だからこそわかる。長嶺雷蔵は無茶苦茶で破天荒で、何より敵に回したら最悪の存在。でも一方で、仲間思いの優しい男である。ならばもう、答えは決まっている。

 

「俺は、アイツに付いていく。そもそもここに住んでるんだ、YESと言うまで追い掛けられそうだ」

 

「私も付いて行くね。ここにいるの結構気に入ってるし」

 

「無論、我もだ!我はもっと剣を修行し、いつか極めたい!!」

 

「俺も!ぶっちゃけ艦娘とKAN-SENのみんな可愛いし、ここは天国っしょ!!!!」

 

「僕もここの生活は嫌いじゃないし、隊員の人達も面白い人ばかりだから、ここに残るかな」

 

「私も残りまーす!今度、ダンケルクさんとお菓子作りしますし!!」

 

「アタシも残る。正直、こっちの世界の方が気が楽だし」

 

全員が残ると答えた。翌日、正式に7名は霞桜に入隊。ただ戦闘能力が他よりも劣っているのと、霞桜では初となる表社会の住人、つまり高校生としての生活がある事も考慮して、本部大隊隷下に『独立遊撃隊』として部隊を設立。ここに全員放り込んで、長嶺や各大隊長が運用する事になった。

そしてこの1週間後、比企ヶ谷は提督としての試験をパスし、晴れて新・大日本帝国海軍大佐の地位を得たのである。

 

 

 



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第七十六話恐怖の江ノ島鎮守府(前編)

『こ、ここまで来れば大丈夫な筈だ.......。なぁ、キャシー?』

 

『ゥゥゥゥ.......』

 

『おい、キャシー?キャシー!』

 

『ウガァァァァ!!!!!!!』

 

「「「「キャーーーーー!!!!!!!」」」」

 

卒業試験を終えて早1ヶ月。比企ヶ谷達は総武高校の再建が終わった事で日常に戻ったものの、比企ヶ谷は釧路基地の司令官に任命され高校生をしながら基地司令をやる日々を送っている。今や学校が終わればすぐに釧路基地へと飛び、翌朝にはまた飛行機で千葉に戻る生活をしている。一方の江ノ島では来る北方海域攻略作戦の為の演習が日夜行われており、それと同時に第二次装備改修・艤装改造計画が行われ、更に霞桜の新装備の制作も進んでおり、こちらもこちらで忙しい日々である。

そんな日々の中、今夜はどういう訳か数人の艦娘とKAN-SENが長嶺の自室に集まりDVDを見ていた。その理由は数時間前に遡る。

 

 

 

数時間前 江ノ島鎮守府 執務室

「やっほー指揮官」

 

「おう、どうしたブレマートン?」

 

「ふっふっふっ、アタシ遂に手に入れたよ.......。じゃじゃーーん!!」

 

そう言いながらブレマートンは背中に隠していたDVDのパッケージを勢いよく取り出し、勢いそのまま長嶺に見せてくる。DVDのパッケージには『ザ・ハウス 暗黒森の館 』とある。

 

「おぉ、最新のヤツか!」

 

「先行予約でポチッとね!」

 

「お前、ザ・ハウスシリーズ好きだもんな」

 

「1人で見られないくらい怖いんだけど、なんか見ちゃうんだよねぇ」

 

ブレマートンと言えば艦船通信のお悩み相談をやっていたり、テニス部のキャプテンをやっていたりと、今時のギャルといった感じである。だがその一方で、大のオカルト好きでもあるのだ。都市伝説系も好きだし、単純なホラーも好きで、映画やドラマのみならずゲームも好きだったりする。実際、艦娘なら望月とか川内、KAN-SENなら綾波とかロングアイランドがゲーマーなのだが、この辺りを唸らせる腕前を持つ位にはやり込んでいる。

 

「じゃあ何だ。今日もリノとかボルチモア辺り呼んで、部屋で見る.......いや見れないか」

 

「そうなんだよねぇ。2人とも今度の作戦の為の遠征で、帰ってくるの3日後でさ」

 

「それまで待て.......そうにないな。うん」

 

「という訳で指揮官!一緒に見ない?他の子も誘っていいから」

 

「よし、見ちゃうか!」

 

という事で、急遽、ホラー映画視聴会の開催が決まったのである。この呼び掛けに集まったのが艦娘からは大和、五十鈴、長波。KAN-SENからは高雄、愛宕、ブレマートン、エンタープライズ、オイゲン、ヴィットリオ・ヴェネトである。

最初はブレマートンの部屋で見ようと言っていた。艦娘、KAN-SEN、霞桜の人員には必ず個室が割り振られる。とは言え流石に10人も収容する事は不可能であり、寮には各部隊や姉妹で使える大部屋もあるのだが、これも結構ギリギリである。という訳で鎮守府内のプライベートルームとしては最大級の面積を誇る、長嶺の自室で見る事になった。

 

「何これ何これ!」

 

「スゲーだろ。110インチの巨大テレビモニターに、一流のアーティストや映画なんかの音響担当が太鼓判を押す最高級のオーディオ設備だ。本来は過去の作戦や偵察情報の映像ログの分析で使う為に用意したんだが、最近はもっぱらテレビやらゲームやら映画鑑賞やらに使っている」

 

「こんな凄いの持ってたの!?」

 

「あぁ。昔、任務とかじゃなくて単純に変装技術や演技のスキルを伸ばす為に、ハリウッドに入ってた事がある。といってもバイト感覚だし、偽造身分だがな。その中で世界的に有名な製作陣とか監督とかプロデューサーとか俳優、女優と仲良くなってな。その伝手で教えてもらったのさ」

 

現在の長嶺が有する変装技術は、3から4割はハリウッドの中で会得した物なのだ。芸能界というのは様々な業界と結び付きやすいのは、ニュースを見れば分かると思う。それがハリウッドともなれば、その規模は世界中にもなる。今持っている伝手の表の部分は、この頃に下地を築き上げたのだ。

 

「ホント、指揮官って規格外だよね」

 

「そりゃ俺だもの」

 

「う〜ん、それで片付けちゃっていいのかにゃ?」

 

「いいんじゃないのかにゃ?だって俺だし」

 

そういってお互い笑い合う。因みにブレマートンと長嶺は、結構仲良しである。恐らくギャル系との相性がいいのか、ブレマートン以外にも艦娘なら鈴谷とか、KAN-SENなら熊野とかマーブルヘッドとかと仲が良い。

 

「あー、夜が楽しみー!!」

 

「おいおいブレマートン、まさかこれで終わりだと思っているのか?」

 

「え?」

 

「最高のテレビモニター、最高のオーディオ機器、そしてお前のBlu-rayに収まっている最新のホラー映画、更には世界でもトップクラスの美女までもが揃っているな。だがしかーし!映画を見る上で最も重要な物が欠落しているだろ!!」

 

「最も重要な物?」

 

「ここを映画館だと思え。さすれば見えて来る.......」

 

ブレマートン、考える。映画館ならスクリーンとプロジェクターだが、今回は110インチの巨大テレビモニターがあるし、音響も最高級の物がある。映画の本編映像もある。座席だって見るからに高そうで、尚且つ座り心地抜群そうな巨大ソファーがある。他に足りない物なんて…

 

「あ!!」

 

「気付いた?」

 

「コーラとポップコーン!!」

 

「That's right」

 

そう。映画館といえばコーラとポップコーンがお共に付いてくるというのは、万国共通の事である。読者諸氏の中で映画館に行ってポップコーンとコーラを買わなかったなんて者は、まず間違い無くいないだろう。まあ主の様にコーラというか炭酸がダメという者なら、代わりにオレンジジュースだったりはするが。

でもって最近の映画館というのは、ポップコーン以外にも色々ある。というかそもそも、ポップコーン自体にも色んな味がある。しかも本日は大和、五十鈴、高雄、愛宕、エンタープライズ、オイゲン、ヴェネトといった大人の女性、レディの皆様もやってくる。それも夜に。となればコーラ以上に必要なのが、酒である。酒があるならツマミもいる。流石にポップコーンだけがツマミでは、余りに味気ない。

という訳で急遽買い出し決定である。どうやらブレマートンもこの後は暇らしいので、一緒に街に繰り出して材料を買い込んでいく。ポップコーンは業務用の大容量のヤツを買い、ついでにキャラメルソースとストロベリーミルクのも買っておく。それから業務用のフライドポテトも。他にも色々買い込み、帰って速攻で仕込んでいると、いつの間にか約束の10:00になろうとしていた。

 

 

 

10:00 長嶺自室

「提督ー、来てやったぜー!」

 

「お、一番乗りは長波か」

 

この後に数分間隔で他の参加者もゾロゾロとやってきたのだが、全員部屋に入ると目の前の料理の数々に驚かされていた。ではここで、長嶺による宴の品々をご紹介しよう。

 

料理

・ポップコーン(塩、キャラメル、ストロベリーミルク)

・ホットドッグ(高級パン屋のコッペパンと肉屋のソーセージ使用)

・上州地鶏のフライドチキン

・伊達鶏の唐揚げ(塩、醤油、油淋鶏風、南蛮風)

・フライドポテト

・マックナゲット風の手作りナゲット(バーベキュー、マスタードソース)

・ピザ(マルゲリータ、カルボナーラ、ベーコン、サラミ)

・ソーセージ(ホットドッグの余り)

・生ハムのカプレェーゼ

・各種焼き鳥

・舟盛り

 

酒(大半が長嶺の酒蔵から持ってきた一級品)

・ビール(ドイツ、日本、アメリカの主要な物は揃えた)

・日本酒

・焼酎

・ワイン(ドイツ、イタリア)

・ウィスキー

・各種ソフトドリンク(勿論最上級品)

 

そして、話は冒頭に戻る。女性陣は常時叫び、何なら阿賀野と長波に限って言えばクッションに頭突っ込んで現実逃避する始末。結構阿鼻叫喚である。

 

「はぁ〜怖かった.......」

 

「ブレマートンさん、結構叫んでましたもんね」

 

「大和だって負けてないじゃん。特にタケーシが食べられた時とか、拷問のシーンとか一番叫び散らかしてたじゃん!」

 

「うっ.......」

 

「これ、夜中にトイレ行きたくなったら地獄ね.......」

 

「うふふ、そういう時はお姉さんに任せなさい」

 

「いや、めっちゃ声震えてるわよ?」

 

そう五十鈴に突っ込まれる愛宕。何せ愛宕、普段は余裕かましてるお姉さんキャラだが、ホラー系に耐性がない。今も普段の性格とかプライドとかで無理矢理平静を保っているが、声はガックガクに震えている。足も生まれたての子鹿並みに震えている。

 

「みんな、これは映画。現実にモンスターやお化けがいるわけないだろ?」

 

「いや、いるぜ?」

 

「ちょっと指揮官!?このタイミングでみんなを更に怖がらせる気!?!?」

 

「ならオイゲン。犬神と八咫烏はどう説明つける?犬神は妖怪、八咫烏は導きの神。それに、ほらコレ」

 

そういって差し出した長嶺の手のひらに、ラグビーボール位の大きさの火の玉が形成される。これは神授才による物だ。

 

「妖怪、神、謎能力。これだけ揃ってるんだ、幽霊位いたって可笑しくはない」

 

そう、そうなのだ。お化けやモンスターがいないというのなら、犬神、八咫烏、神授才の説明はつかない。そればかりかいつか高速で襲撃してきたURのシャーマンとか、髑髏兵とバーサーカーの説明も付かない。まあ髑髏兵とバーサーカーは化学でそうなってるらしいので、厳密にはスピリチュアル系とは違うかもしれないが。

お陰で部屋の空気は一気に下がり、全員震え上がる。長波と阿賀野は半泣き、大和、高雄、エンタープライズ、ヴェネト、オイゲンは真っ青、愛宕は笑顔のままフリーズし、ブレマートンは苦笑しているが震えている。

 

「あ、ヤッベ。怖がらせすぎたか?」

 

さぁどうしたものかと考えようとした瞬間、電気が急に消えた。お陰でまた悲鳴が上がる。

 

「「「「「「きゃーーーー!?!?!?」」」」」」

 

「落ち着け!すぐに自家発電に切り替わる」

 

ものの数秒で部屋が赤いランプに切り替わり、薄暗くなる。なんか、逆に怖い。

 

「タイミング良すぎだろおい。どっか架線でもやられたか?」

 

悪態を吐きながら長嶺は携帯を取り出し、取り敢えずグリムに電話をかける。コール音が鳴り、暫くすると繋がった。だが雑音しか聞こえない。

 

「あれ?もしもし?もしもーし!.......チッ、声が聞こえねぇ」

 

「て、ててて提督さん!!!アレ見てアレ!!!!!!」

 

「今度は何だ」

 

阿賀野から袖を引っ張られ、窓の方に連れて行かれる。窓から外を見ると、見るからに可笑しな事になっていた。今は深夜0時。本来、空は真っ暗闇の筈。だが今の空は、真っ赤に染まっていた。夕焼けとかではなく、文字通り真っ赤に。それに月も赤い。まるで異世界とか魔界的な場所の空である。

 

「こりゃ深海棲艦の攻撃かもな」

 

深海棲艦の取り分け姫級が旗艦となり支配する海域は、どういう訳か空が赤く変色したり黒い雲が常時滞空する様になる。とはいえ日本の鼻先にそんな大物を配置すれば、ほぼ確実に殲滅されるのは目に見えている。あんまり考えにくいが、恐らく反攻作戦に出たと考えるべきだろう。それに付随する電波障害なら、携帯の不通も説明がつく。

 

(八咫烏、周辺海域を偵察しろ)

 

(.......)

 

(八咫烏?)

 

八咫烏に念話で話しかけるも、反応がない。念話、テレパシーは対象同士を結んで念じる事で会話する。妨害電波は勿論、EMP環境下でも通じる。両方寝ていたら繋がらないが、片方でも起きていれば繋がる。繋がらないとすれば、どちらかが死んだ場合だ。

だがここで、長嶺は気付いた。今、八咫烏と犬神とも繋がりを感じないのだ。八咫烏と犬神とは、どんなに離れていても繋がっている感覚が常時ある。仮に両方死んだのなら、自分の所にも報せが来ると聞いている。それが無いとなると、何処か別空間に飛ばされたと考えるべきだろう。実際、長嶺が自らの内にいる神授才を司る炎の鬼。あの鬼と会話する為に、その鬼の住う世界に入ると2匹との繋がりは途絶える。今の感覚はそれに近い。

 

「指揮官、何か分かったのか?」

 

「.......なんとも言えんな。だがまあ、取り敢えずやるべき事をやろう。まずは仲間との合流だ」

 

流石に今、異世界に迷い込んだとか言えば全員がパニックになるだろう。ここは隠しておき、確証を得てから話すしかない。というか長嶺自身、未だわからないのだ。自分で考えてながら、普通に混乱もしている。

 

「あのー、お姉さん凄く混乱してるんだけど.......」

 

「拙者もだ。指揮官殿、一体どうなっているのだ?」

 

「それが分からんから調査するんだ。取り敢えず他の連中と合流して、情報を集めねぇと」

 

そう言っていると、ドアが破壊され中に黒いタコの巨大な触手みたいなのが飛び込んできた。触手はビチビチ言いながら壁やら何やらを破壊していく。

 

「テメェこのやろ!!お邪魔します言わずに破壊かよ!!!!」

 

「指揮官!これを使って!!!!」

 

さっきまでビクついていたのは何処へやら。即座に愛宕が愛刀の軍刀をこちらに投げ渡してくれた。空中でキャッチして抜刀し、そのまま触手に突き立てる。

 

ブシュッ!!!!

 

途端に嫌な音がして、そのまま青い血を吹き出した。恐らく痛がってるのか、バチバチと床に叩き付けて廊下へと戻って行った。

 

「なんだ今の.......」

 

「提督!アレ何!?!?」

 

「俺が知るか!」

 

歴戦の猛者たる長嶺を持ってしても、今の状況には動揺を隠せない。だが冷静さだけは維持している。仮にここが異世界だと仮定して、あの触手がここの生物だと言うのなら、少なくとも攻撃は通用する。これは確かだ。なら、武器が有れば気休めにはなる。

 

「エンタープライズ、ブレマートン!ちょっと手伝ってくれ!!他は部屋に異常がないか確認しろ!!」

 

長嶺はエンタープライズをブレマートンをベッドルームに連れ込む。実は長嶺のベッドルームには緊急時に備えて、隠し武器庫があるのだ。

 

「アタシ達は何をすればいい?」

 

「ブレマートンはそこの本棚を下に押し込め。エンタープライズは俺と一緒に、このマットレスをどかしてくれ」

 

「はぇ?本棚を下に押し込むって、えっと、こう?」

 

言われた通り、明らかに難しそうな本の並ぶ本棚を下に押してみると、本棚はそのまま下に潜っていき、代わりに奥から鍵付きのガンラックがせり出てきた。

 

「こんな仕掛けあったの!?」

 

「おもしれーだろ?エンタープライズ、そっち持って」

 

「あ、あぁ。よいしょ」

 

2人で巨大マットレスを退けると、下には緑色の布が貼られた板が出てきた。それを開けてみると武器が出てくるのかと思ったが、更に板があるだけで下には何もない。

 

「てっきり武器があるのかと思ったんだが.......」

 

「二重底だ。この辺りを押してやると…」

 

いたの一部を軽く押すと、くるりとひっくり返り裏面にタッチパネルが設置されていた。そこにパスワードを打ち込むと、板がスライドし中に大量の銃が収められていた。

 

「結構な量があるんだな.......」

 

「俺のコレクションだ。だが全て、しっかり手入れしてある。性能は折り紙付きだ」

 

長嶺はこれまで、世界中の戦場を渡り歩いてきた。その中で鹵獲という名の強奪で、現代戦用の銃は大体持っている。長嶺が銃の設計、整備ができるのも有り合わせで銃を改造して戦っていた経験があったからである。

 

「こっちのも凄いよ。えーと、機関銃っぽいのもあるし」

 

「これだけ武器があれば、一先ずは安心だろ?他にも、こんなご機嫌な物もあるからな」

 

そう言って長嶺が取り出したのは、大量のグレネードだった。そればかりではない。C4、クレイモア地雷、スタングレネード、スモークグレネード、白リン手榴弾もある。

 

「これ、爆弾?」

 

「こんな事もあろうかと、かなり用意している」

 

「よくこれの上で眠れるな.......」

 

「このベット自体が装甲で覆われてる。例えこれ全部一度に爆破したとしても、ベットの上には何の影響もない。精々、爆音が襲うだけだ。

まあ上蓋はスイッチ一つで穴を開けられるから、やろうと思えばブービートラップにもなるがな」

 

因みに装甲板は1トン爆弾の爆発にも耐える。ぶっちゃけ戦車並みである。

 

「よーし、そんじゃコイツとコイツと、あとコイツは運んでくれ。他にも、あー…」

 

何度かベッドルームとリビングを往復し、武器を持ち出した。いろんな武器があるとは言え、長嶺以外で実戦での射撃経験があるのはオイゲン位である。そのオイゲンとて練度は比企ヶ谷達にも劣る。彼女達の基本戦闘スタイルとは、知っての通り洋上で艤装を纏っての戦闘。銃撃戦は専門外なのは仕方がない。

 

「よーしお前達、今から武器を配っていくぞ。と言っても、今回は基本的にサブマシンガンだがな」

 

「あの機関銃とかは使わないの?」

 

「幾ら軽機関銃とは言っても、アレかなり反動あるからな?フィクションなら立ち撃ちでぶっ放してるが、あんな芸当ができるのは俺とか霞桜の連中みたいな鍛えてる奴らだけだ。お前達も、まあ撃つだけなら出来るだろうが、肩が死ぬぞ。冗談抜きで」

 

ゲームとかなら普通に立ってぶっ放す軽機関銃だが、本物でアレをやるのは実はかなりキツい。昔の機関銃、例えばショーシャとかBARは元々の装弾数が現代のアサルトライフル並みであるが、現代の軽機関銃は平気で100発とか装填してる。それを撃ちまくるとなると、その分リコイルが大変な事になるのだ。

 

「あ、これは映画で見た事がありますよ。確かUMP45ですよね!」

 

「おー、よく知ってるな。だがヴェネト、ソイツはUMP9だ。UMP45はコイツの45口径仕様だな」

 

「あ、提督!私、これがいいわ。P90!」

 

「あー、そういや五十鈴はGGO好きだったな。そりゃピーちゃん選ぶわ」

 

この後、なんだかんだ言いながら自分の好きな銃を選び出し、弾薬と最低限の装備も渡し、準備は整った。

 

「よーしお前達!現状、我々は恐らく異世界に迷い込んだ物と思われる。さっきの触手が意味する様に、今後何が起こるかは全く予想がつかない。場合によっては仲間が変わり果てた姿で見つかるかもしれない。敵として、目の前に立ちはだかるかもしれない。だがそれでも、生き残りたくば躊躇するな。躊躇は己を殺すぞ。それじゃぁ、いくぞ!!!!」

 

部屋を飛び出して左右を確認し、誰もいない事を確かめてからハンドサインで「クリア」と伝える。そのまま一行は、艦娘とKAN-SENの宿舎区画を目指す。

 

「赤灯がついてるって事は、非常用の発電機は正常って証拠ですね」

 

「あぁ。尤も、俺が敵ならそもそも非常用の発電機は落とさない。少人数かつ小規模ならいざ知らず、こんな大規模基地を落とすなら襲撃者が少人数だったとしても、非常電源は攻撃しない。トラップ仕掛けるのが関の山だ」

 

鎮守府内の廊下は全て、赤いライトで照らされている。これは非常用発電機に切り替わった時に灯る様になっており、一眼で鎮守府が本格的にヤバいとわかる様になっているのだ。

 

「指揮官殿なら、どんなトラップを仕掛けるつもりなのだ?」

 

「あー、そうだなぁ。1人でやるなら発電機からケーブル引っ張って、レバーとかドアとかに触れたら高電圧で攻撃したりとかだな。レリック辺りがいれば、クラッキングしてシステム書き換えたりとかも面白そうだ」

 

「全く、提督が考えるのは毎回毎回エゲツないな」

 

「いい長波ちゃん、あんな大人になったらダメよ?」

 

「おいこらそこー、人を悪人みたいに言うんじゃありません」

 

そう突っ込んだ長嶺だったが、逆に全員から総ツッコミを喰らう羽目になった。

 

「何を今更。指揮官殿はどちらかと言えば、悪よりだろう?」

 

「そうよねぇ。お姉さん達がレッドアクシズだった時なんて、何度ボコボコにされたことか.......」

 

「提督、敵には容赦しませんからね」

 

「そうよ!この間なんて、新人の艦娘相手に模擬戦ふっかけてボコボコにしてたわ」

 

「えー、何それ。弱い者いじめ?」

 

「提督引くわー」

 

「指揮官?」

 

「指揮官さまの事、信じてましたのに.......」

 

「指揮官、見損なったぞ.......」

 

「あはは、かなりの悪者っぷりね?」

 

「お前ら好き放題言いやがって.......。というか新入りとの演習は、俺は吹っ掛けられた側だからな!?しかもそれ、アイツら巻き込んだの比企ヶ谷だし!!俺悪くねーから!!悪くねーから!!!!」

 

「でもボコボコにしたんでしょ?」

 

「..............YES」

 

「ほらみなさい」

 

オイゲンからの鋭い指摘に、長嶺は蚊の鳴くような声に小さい声でそう呟いた。どういう経緯にしろ、ボコボコにしたのは事実である。正確にはボコボコにしたのは、他の艦娘とKAN-SEN……

 

「って、エンタープライにヴェネト!!お前ら当事者!!こっち側じゃねーか!!!!」

 

「あ、そういえば」

 

「そうだったな」

 

「何が信じてたに見損なっただよ。ってかお前ら、かなりノリノリで倒しに行ってたじゃねーか」

 

「そんな事もありましたわねー」

 

「偶には悪役側もいいものだな」

 

こんな馬鹿話をしていると、いつの間にか宿舎の前に到着した。ここからはチームに別れて行動する事になる。チームはそれぞれ大和、阿賀野、ブレマートンのチーム。エンタープライズ、愛宕、高雄のチーム。長嶺、長波、ヴェネトのチームである。

 

「チーム分けは済んだな。ここから先は兎に角しらみ潰しだ。片っ端にドアをノックしろ。基本は別れてもいいが、無人の部屋の中に入る時や何かしらの危険が予測される時は、3人一組で入れ。最悪の場合は他のチームを呼んで対処しろ。いいな」

 

最低限の指示だけ飛ばし、すぐにドアノックに当たらせる。とは言え一棟につき10階建のマンションみたいなサイズなので、かなり骨が折れる。だが長嶺がこの指示を出したのには、ある仮説を確かめたいからであった。

 

「なぁ提督。なんで部屋を一つ一つ調べさせるんだ?」

 

「それは私も疑問に思っていました。態々調べずとも、警報を鳴らせば良いのでは?」

 

「お前達、さっきから何か可笑しいと思わないか?今の時間は深夜0時。寝てる奴もいるが、起きてる奴もまあまあいる。少なくとも部屋の電気が全部消えてるってのは、まずありえないだろ?だがさっき、渡り廊下から見えたこの建物は、部屋が全部真っ暗。ロビーと廊下以外、電気はついてなかった」

 

「まさか、誰もいない?」

 

「恐らくな。仮に誰か居たと仮定して、もし警報鳴らせば向こうに居場所を教える事になる。出入り口で出待ちとか、かなり面倒だからな。取り敢えず、俺たちも行こう」

 

これが長嶺の建てた仮説である。最初はかつてアズールレーンとレッドアクシズが転移してきた様に、今度は江ノ島が異空間に転移し、自分達が巻き込まれたという仮説である。だがこれは、部屋の電気で違う事が証明された。仮にそうなら、何故電気が消えているのか。宿舎は例え電源が落ちて電力がカットされたとしても、鎮守府内のとは別の自家発電により問題なく電気は使える。にも関わらず、電気は全て消えていた。家主を置いて転移したとして、態々電気を消して転移するとは考えにくい。となれば、恐らく第三者による介入があったとみるのが自然だろう。

そんな事を色々考えながら、片っ端から扉を叩いていると、ブレマートンが血相を変えて飛んできた。

 

「指揮官!ヤバい事になったんだけど!!!!」

 

「何があった!!」

 

「リットリオの部屋から、骨が出てきた!!」

 

明らかに大事件の文言に、3人とも大急ぎでリットリオの部屋に走った。特に姉妹であるヴェネトは、一番大急ぎで向かっている。リットリオの部屋の前には、既にエンタープライズチームの3人も居た。

 

「指揮官.......」

 

「指揮官殿.......」

 

「ヴェネト、気をしっかり持って、ね?」

 

「はい.......。あの、指揮官さま。私も見てもよろしいでしょうか」

 

「勿論だ。だが、覚悟はしておけ。それから長波!お前は見ない方が良いかもしれん」

 

「分かった.......」

 

長嶺とヴェネトはリットリオの部屋に入る。部屋のベットの上には、布団を被った状態の骸骨が横たわっていた。これだけでは分からないが、ヴェネトは服を見てすぐに分かった。

 

「指揮官さま.......これ、リットリオの服です.......。間違い.......ありま.......」

 

ここでヴェネトは耐えられなかった。リットリオの骸骨に縋りつき、涙を流し始めてしまった。長嶺も壁に拳を叩きつける。

 

「クソ!!!!リットリオ、仇は取ってやるからな」

 

そう言いながら、長嶺はリットリオの骸骨を見た。だが、何か違和感がある。リットリオの服装は恐らく寝巻きなのだろう。白のキャミソールを着用しており、肩から胸元にかけて露出している。その肩がおかしかったのだ。

 

「なぁヴェネト、大事な事だ。答えてくれ。この服はリットリオのもので間違いないんだな?」

 

「ヒッグ間違い、ないです.......」

 

「オーライ。ちょっとどいてくれ」

 

ヴェネトを少し後ろに下げて、布団を引っ剥がす。下には白のショートパンツを着用しており、それもついでに脱がす。その下から出てきた骨盤を見て、長嶺は確信した。この骨はリットリオの物ではない。

 

「ヴェネト、多分これリットリオのじゃないぞ」

 

「.......へ?」

 

「まずは肩。鎖骨が逆ハの字になっているし、胸骨も広く、外側に広がっている。骨盤も角張っている。これは男性の骨の特徴だ。アイツ、ナルシストっぽい貴公子みたいな言動をしてはいたが、胸も並以上にある正真正銘の女だった。にも関わらず、骨が男なのはあり得ない」

 

「つまり、どういう事ですか.......?」

 

「なんでかは知らんが、リットリオのベットの上に態々人1人分の骨をセットした奴がいるって事だよ。死んだ死んでないは別にして、少なくともこの骨はリットリオじゃない。全く、危うく騙される所だった」

 

これでいよいよもって、長嶺の仮説が現実味を帯びてきた。恐らくこれは第三者が意図的に仕向けた、明確な攻撃行為。何が理由で何が目的なのか。そもそも一体どこのどいつが、こんなふざけた真似をしているのかは分からない。だが幽霊なんだの仕業じゃないというのなら、お礼参りのやり方はあるというものだ。

 

「喧嘩売る相手、間違えやがったな。まだ見ぬゴーストマスターくん?さぁ、戦争の時間だ」

 

 

 



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第七十七話恐怖の江ノ島鎮守府(後編)

数分後 江ノ島鎮守府 宿舎 玄関ホール

「よーし、状況を整理する。当初俺達はてっきりオカルト的な、神隠しとか異空間への転移という風に考えていた。だがリットリオの部屋から見つかった人骨から察するに、これは何者かによる攻撃である可能性が浮上した。ここまではいいな?」

 

全員が頷く。取り敢えずリットリオの白骨死体と思われていた物は、偽物だとわかって皆、内心ホッとしている。

 

「となればここからの行動指針は脱出ではなく、この謎の人物を突き止めて可能ならば排除する方向になる。これに必要なのは武器と情報な訳だが、深海棲艦や最近というか年単位で姿を見せてないセイレーンの可能性も考慮して、お前達には艤装を持ってきてもらおうと思う。という訳で、出撃ドックに行こうと思うが、何か意見はあるか?」

 

「あの…」

 

「どうした、大和?」

 

「もし、万が一、この異空間に艤装が無かったり、或いは装備できなかった場合はどうするのですか?」

 

「あー.......。まあ、それはその時にでも考えよう」

 

正直、長嶺としては艤装が使えて欲しい。艤装が使えれば向かう所敵なし。例え一個艦隊相当であっても、迎撃できる。陸上部隊なら戦車を有する機甲師団だとしても、艦娘とKAN-SENの火力の前では勝ち目はない。これが使えないとなると、いよいよもって打つ手がない。

 

「さーて、そんじゃ移動.......」

 

「ん?どうしたんだ指揮官」

 

「エンプラー。確かお前、目が良かったよな?」

 

「あ、あぁ。それがどうかしたのか?」

 

「あそこの街灯の近く。なんか一つ目のちっちゃいドラゴンみたいなグロイ生物いるくね?」

 

エンタープライズが目を凝らして見てみると、確かに長嶺の言う通りの生物がいた。全長は30cm程だろうか。顔がまるまる巨大な一つ目で、首が長く、鉤爪のついた足が4本あり、尻尾もついている。そしてコウモリの様な翼を持っていて、全体的に気色の悪い見た目だ。そしてそれが、何十匹といる。

 

「な、なぁ指揮官。あれは生物なのか?」

 

「悪いな。俺は生物学は専門外だ。だが、そんなズブの素人たる俺でも分かる。アレ、ヤバいヤツだ」

 

全員が顔を見合わせる。次の瞬間、全員が一斉に動き出した。ドアを閉めて鍵をかけ、窓の防弾シャッターも降ろす。

 

「取り敢えず防御は固めましたよ!!」

 

「よーし!取り敢えず、向こうの出方を見るとしよう」

 

長嶺はそのまま管理室へと向かう。この管理室にはこの建物のブレーカー等の制御基盤の他、監視カメラの映像を確認する設備もある。これを使い、外の監視カメラで様子を探るのだ。

 

「だいたいこの辺に.......。お、みっけ」

 

さっき場所を見たのですぐに見つけられたが、なんか数が増えていた。いつの間にか数百匹にまで増えている。しかもどうやら、こっちに向かってるらしい。

 

「ヤバいヤバい!!」

 

「指揮官、なんか分かったの!?」

 

「ブレマートン!!すぐに全員に武器を準備させろッ!!!!あの化け物が来るぞ!!!!!」

 

「う、うん!分かった!!!!」

 

ブレマートンがすぐに伝達し、全員が銃を構える。とは言え、オイゲンを除けば殆どが銃をまともに扱った事はない。あくまで彼女達の本業は、艤装を用いての戦闘。銃を片手に戦う事は、元より全く考慮に入っていない。

 

「指揮官殿、どうする?ここに立て篭もるか?」

 

「立て籠もってもいいが、おそらく何処かのタイミングで突破される。そもそも救援も打開策も無い状況下では、籠城は単なる破滅の先延ばしだ」

 

「何か手はあるの!?」

 

「それを考える!!その為の籠城戦!!その為の時間稼ぎだ!!!!」

 

とは言え、愛宕の言う通り手はない。何せ正面は謎の敵に囲まれた以上、艤装も確保に向かえない。かと言って打って出ても、突破できるかは未知数。そもそも敵の強さや戦い方が分からない以上、突破する手段も出てこない。

 

「て、提督!!上です!!!!上から来ます!!!!」

 

「何!?」

 

大和がそう叫んだ瞬間、二階の方から物凄い音が響いた。おそらくドアか何かを破られている。だが、長嶺も打開策を考え付いた。

 

「お前達!!すぐに管理室に走れ!!!そこの点検ハッチを降りれば、そのままドックにも繋がってる!!!!急げ!!!!」

 

管理室には電源ケーブルや水道管を点検する為の地下通路的な場所に降るハシゴがあり、この地下通路はアリの巣状になってるとは言え鎮守府内であれば何処にでも行ける。それにマップも管理室にあった。問題はない。

 

「みんな急いで!!!!」

 

「指揮官さま!階段から来ます!!!!」

 

「先に行け!!!!殿は引き受けた!!!!!!」

 

長嶺は背中に担いでいたM250を右手に持ち、左手に先代の愛銃である土蜘蛛HGを持つ。長嶺は狙いを定める事なく、そのまま入ってきた謎の飛行生物に向けて乱射し始めた。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

低レート高威力の土蜘蛛、高レート低威力のM250を上手く使い分け、的確に弾幕を張っていく。ただ弾幕を張るのではなく、しっかり残弾や敵の状態を見ながらの連射というのは、実は結構難しい。それを未知の敵相手にやってのけれるのは、世界中に数多いる兵士達の中でも一握りだ。

 

(とは言え、これかなりヤバいな!)

 

ここは現実。ゲームよろしく、弾薬は無限ではない。幾ら機関銃とは言えど、弾薬は200発が限度。流石にそろそろ弾薬の底が見えてくる上に、そもそも銃身の方が熱で限界を迎えそうである。

 

ドカカカカカ!!!!カチッ

 

「ってジャムかよクソッ!!!!」

 

言ってる側からジャムり、そのまま投げ捨てる。こうなったら爆弾系統と土蜘蛛で戦うしかない。愛刀や愛銃達は八咫烏がいない以上使えないし、神授才も『鴉天狗』も呼び出す暇がない。ぶっちゃけ、かなり詰みである。

 

「まさか深海共でもシリウスでもテロリストでもなく、得体の知れない化け物に殺されるとか思ってなかったわ.......。だが、まだ死ぬ気はねえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 

そう叫びながら、長嶺は階段付近の敵集団に突っ込んだ。

一方その頃、別れた艦娘とKAN-SEN達は心細いながらもドックへと歩みを進めていた。

 

「提督がいないとなんか.......」

 

「こうも心細いんだな.......」

 

五十鈴と長波の呟きに、他の者は何も答えられなかった。これまで何度か死地を潜り抜けて来たが、それは常に長嶺という存在が居ての事だった。先頭を切っている事もあれば、後方にいた事だってある。彼女達にとっては『そこに長嶺がいる』という事実だけで、勇気を振り絞り敵に立ち向かえたのだ。その言うなれば根源が居なくなった現状では、士気は駄々下がりなのだ。

 

「何を落ち込んでるのよ」

 

「.......オイゲンさん?」

 

「だって、あの雷蔵よ?あの雷蔵が、あんな気色悪い化け物程度に負けるもんですか。きっと私達をすぐに追いかけに決まってるわ。もしかしたら、案外ドックに先回りしてるかもしれないわよ?

それに大和。アンタは確か、この中で付き合い長いでしょ?そんなアンタが雷蔵を信じないでどうするのよ」

 

「それも、そうですよね。きっと大丈夫ですよね!」

 

大和を皮切りに、他のみんなも口々に「指揮官なら大丈夫」「あの提督なら大丈夫」という声が上がった。だがそんな中でもオイゲンは、1人心配を募らせていた。

あんな風には言ったが、それが出来るのは長嶺の専用装備があって始めてできる事だ。確かにこれまで不可能を可能にして来たとは言えど、その場面には必ず専用の武器や愛銃達があった。それが無い今、長嶺自身、何処まで本気を出せるかが未知数なのだ。あんなふざけた戦い方が出来るのも、それに耐えうる武器や戦闘についていける装備があって初めて出来る代物。少なくともいつもの様には戦えないだろう、というのがオイゲンの結論なのだ。加えて未知の敵という、何が起こるかが分からない相手。必ず生還すると、そう断言もできないのである。

 

(雷蔵みたいに絶望から救い上げるのは私のキャラじゃないんだから、さっさと戻って来なさいよね.......。無事でいなさいよ..............)

 

一行は道に迷いながらも、どうにかドックに辿り着くことができた。幸いドックの中には敵は居らず、赤い光でぼんやり照らされているだけだった。

 

「よし、私達KAN-SENは地下ドックに。大和達はここで大丈夫か?」

 

「えぇ。私たちはこのまま、艦娘用のドックに向かいます。確認が済んだら、エンタープライズさん達に合流しますね」

 

「あぁ。くれぐれも気をつけてな」

 

「そちらこそ」

 

ここで一度別れ、各々のドックへと向かう。艦娘の艤装は一応人間が運びそうなサイズ感であるが、KAN-SENの場合は艤装を使わない時は元々の艦艇の見た目に戻る性質を持っている。その為、KAN-SENの艤装は出撃ドック下にある地下ドックに格納されているのだ。

 

「無いわね.......。長波、そっちは!?」

 

「ダメだ。アタシは勿論、他のもねぇな。大和!」

 

「.......ダメね。戦艦のも空母のも無いです」

 

艦娘の艤装は保管スペースに無かった。恐らくKAN-SENの方も無い可能性が高いが、向こうの場合は物が巨大だ。仮にこれも人為的に後から持ち去られたのなら、KAN-SENの方は無理な筈である。

 

「大和、早いとこエンタープライズ達の所に行きましょ!」

 

「えぇ!急ぎましょう!!」

 

4人はエレベーターに乗り込み、地下へと降る。地下ドックには案の定と言うべきか、1隻たりと艦艇はいなかった。

 

「大和さん!.......何も装備していない、という事はそちらもだめでしたか?」

 

「えぇ。状況はこちらと同じく、自分達のも含めて何もありませんでした.......」

 

「ブレマートン殿。お主は確か、ホラーに明るいのだったな?」

 

「ホラーって言ってもフィクションの話だよ?降霊術とか霊感とか、そっち系の知識は都市伝説程度しか知らないからね?」

 

「でも、現状ではそういう知識でも判断材料よ。ブレマートンちゃん、お願い。なんでもいいから、何かない?」

 

高雄と愛宕からそう言われるが、生憎とあくまで好きというだけでオタクとかマニアの域まではいかない。そこまでの知識はないのだが、取り敢えず自分の考えを言ってみて損は無いだろう。

 

「う〜ん。一応考えというか何というか、ホラー系のあるあるは言っておくよ?まずパニック物だと、よく集団から1人離れるキャラっているじゃん?」

 

「もしかして「こんな所に居られない」とか言って、部屋から出て行ったりする方ですか?」

 

「そうそれ。大体、というかほぼ確定で死ぬよ。若しくは裏切り者として現れたり、敵に操られてたりね。後は油断したのから死んでいくのも、かなりお約束かな?ゾンビ映画とかで物音がしたのを気のせいとか言ったキャラって、その直後にゾンビの大群で襲われたりする」

 

「なら、この艤装がない状況も分かったりするか?」

 

「う〜ん.......。強いて言えば、アタシ達以外は異物として残されたとかかな。後はコピーできるのが建物だけだったとか?」

 

ブレマートンの考察、とまでは行かずともホラー映画あるあるに則った考えを並べていると、奥から物音がした。全員が武器をその方向に構える。

 

「誰!!!!」

 

「その声、五十鈴か?」

 

柱の影から現れたのは、寮舎で別れた長嶺だった。全員が武器を下げて、安心する。

 

「指揮官殿、無事だったのだな」

 

「おう!お前達を地下道に逃した後、どうにか玄関方向に突っ込んで突破したんだ。で、そのまま奴等を巻いたり遠回りしたりで、今着いた訳よ。いやー、死ぬかと思ったわ。HAHAHAHA!」

 

「提督、ご無事で何よりです。オイゲンさんの言う通りですね」

 

「なに?」

 

「オイゲンさん、私達を励ましてくれたんですよ。「雷蔵ならあの位大丈夫」って」

 

「そうだったのか。よくやったな」

 

そう言いながらオイゲンの頭を撫でた。このままもう少し再会を祝したいとは言えど、今はそれどころではない。艤装が使えない事を知ると、長嶺は次なる作戦に移る。

 

「実は逃げてる途中でな、監視カメラ映像を見て来た。どうやら執務室に、元凶があるっぽいぞ」

 

「何でわかるんだ?」

 

「例の触手。あれみたいなシルエットが窓枠に無数に浮いてた。多分、執務室がその触手持ちの拠点だ。そこで、危険だがここに全員で突っ込もうと思う」

 

全員の顔が一気に強張った。態々死地に行くというのだ。それも艤装無しで。幾ら長嶺が居るとしても、恐怖が先行してしまう。

 

「危険よそんなの!!」

 

「五十鈴の言う通りだ。だがな、俺は奴の触手を斬った。やろうと思えば、恐らく通常火力で押し切れるはずだ。やる価値は、ある!」

 

長嶺の力強い一言に、皆何も言えなかった。さっきまでは長嶺は居なかったが、今度は長嶺が先頭に立って戦う。それならば勝てるかもしれないと、そう思ったのだ。

という訳でドックを出て執務室へと歩き出したのだが、いかんせん執務室までの道のりは長い。一行は適当に雑談しながら歩いていると、長嶺が立ち止まった。

 

「おい、誰だお前は」

 

「どうしたんですか指揮官.......さ.......ま.......」

 

「ど、どうなってんだこれ!!!!」

 

「提督が.......」

 

「指揮官が.......」

 

「「「「「2人いる!?!?!?」」」」」

 

なんと目の前にいたのは長嶺であった。どういう訳か、今目の前に2人の長嶺が居るのである。どう考えてもどっちかが偽物なのだが、見た目は瓜二つで見分けはつかない。

違いと言えばドックに現れた指揮官はフル装備で、目の前の方の指揮官は機関銃を装備してない位だろう。

 

「し、指揮官殿?」

 

「「なんだ高雄!」」

 

「高雄ちゃん、ダメよ。こういう時は、落ち着いて相手を観察するの」

 

愛宕はホラーとかは苦手だが、謎解き系は案外得意な口なのだ。特にこういう、探偵みたいなのは大好きである。

 

「ねぇ、そっちの新しく出て来た指揮官。機関銃はどうしたのかしら?」

 

「ん?あぁ。さっきの気色悪い生命体との戦闘で、ジャムったから捨てた」

 

「そう。ねぇ、そっちの指揮官。普通ならどうするのかしら?」

 

「そりゃまあ、重にしろ軽にしろ機関銃は銃身を換えれば問題ない。そもそも機関銃のコンセプト的に、そういう設計になるからな」

 

機関銃は100発単位で弾丸をばら撒く特性上、銃身の過熱が問題となる。これを見越して、機関銃は銃身が取り替えられる様になっているのだ。

 

「じゃあ私からの質問、というかお願いよ。まずは新しい指揮官。拳銃を出してくれるかしら?」

 

「あ、あぁ」

 

2人目の長嶺が拳銃を抜いた。出て来たのは土蜘蛛である。次にオイゲンは1人目の方にも、拳銃を出す様に頼んだ。だがそれを回避しようと、1人目は言い訳を並べ始める。

 

「そんな御託はいいわ。そのホルスター、普通よりも大きいわよね?」

 

「そ、それが何だっていうんだオイゲン!!」

 

「確か指揮官がいつも使う銃って、弾倉がトリガーの前にあるから普通のより大きいのよね?」

 

「その通りだ。いつものは口径をデカくしすぎて、グリップに収められなくなったな」

 

そう2人目の長嶺が答える。『いつもの』というのは、勿論、二代目の愛銃である阿修羅HGの事である。

 

「みんな覚えてる?指揮官の愛銃は、いつも八咫烏に格納しているわ。でも今は、その八咫烏が居ない。だから雷蔵は、先代の土蜘蛛を持って来た。なら何故、そっちの指揮官は阿修羅を持ってるのかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待てよオイゲン!!!!俺を疑ってるのかッ!?!?」

 

「何もそれだけじゃないわ。アンタは歩き方が、いつもの雷蔵とは違うわよ?」

 

勿論、両方の長嶺も怪我はしていない。足を引きずったりだとか、そういう類いの話ではない。というかこれ、鎌掛けである。普通、歩き方で人を見分けるなんて出来ない。だが長嶺は、それが出来る。もし偽物なら、何かしらのアクションがある筈だ。

 

「な、何を言っているんだ!!歩き方で人を判別できる訳ないだろ!!!!!」

 

この一言で、全員が理解した。最初のドックで合流した指揮官は偽物であり、もう1人の長嶺こそが本物の長嶺雷蔵だと。となれば、動きは決まっている。全員が偽物に対して、銃を向けた。

 

「上官に銃を向けるな!!!!!!そもそも俺が偽物だって証拠、ないだろ!?!?」

 

「あら、まだ足りない?なら何でアンタは、左手の薬指に指輪がないのかしら?ねぇ雷蔵。おかしいわよね?」

 

「俺にとって指輪は、ありきたりだが家族としての信頼や永久不変の絆の証だ。基本的に外さないぜ?あ、これ俺の指輪な」

 

そう言いながら左手を見せる。その薬指には、オイゲンとお揃いの銀のリングが輝いていた。

 

「それに偽物さん。アンタ、臭いのよ。指揮官はね、すごく暖かくて安心する匂いがするの。でもアンタ、単純に臭い。ニンニクとか生ゴミとか納豆の腐った、なんかこう、世界の激臭を発する存在をかき集めたみたいな臭いがするわ」

 

「ん?なんか、そんな奴を知ってる様な.......。誰だっけ?」

 

長嶺の脳内に、なんか遠い昔にそんな奴と会った様な会ってない様な、そんな記憶がありそうな気がした。だが思い出すよりも先に、偽物が動く。偽物は触手で周りを囲んでいる皆を弾き飛ばし、変装を解除した。

 

「あーー!!!!!お、お前は!!!!」

 

「なんで、なんでアンタがここにいるのよッ!!!!!!」

 

長嶺は思い出した。ソイツは、特に五十鈴は絶対に忘れられない男だ。先代の江ノ島鎮守府提督、安倍川餅部論部論流界(べろんべろんりゅうかい)である。

 

「デュフフフフフ、久しぶりだねぇ五十鈴たん。あの時よりもおっぱいが大きくなったなぁ。それに、他にも巨乳、いや爆乳のオンパレード!!デュフフフフフ!!!!」

 

「テメェは死んだだろ!!!大人しく死んでろ!!!!」

 

長嶺が土蜘蛛を乱射するが、それを軽々と安倍川餅は避ける。しかも一々、デュフフフフフと気色の悪い笑い声を挙げながら避けやがるので、なんか腹立つ。

 

「後輩、感謝して遣わすぞ。デュフ、こ、こんな美女をたくさん連れて来たのだからなぁ。我は戻って、ベッドを準備せねば。確かここにはエロエロな下着もあるだろうから、それを着せて連れからが良い!!デュフフフフフコポォ」

 

なんかよく分からない要求を突きつけるだけ突きつけて、ご本人はさっさと何処かに消えた。まあ言わなくてもお察しだろうが、全員ドン引きである。

 

「し、指揮官さま?あの変た、いえ。性犯罪者は何方ですか?」

 

「これは言い直して酷くなった事に突っ込むべきか?」

 

「いや、エンタープライズ殿。あの変、いや、穢らわしい存在には充分であろう」

 

「なんというか、まあ、先代の江ノ島鎮守府提督だ。安定のブラック鎮守府だったんで、俺がこの手でぶっ殺して死体はミンチにして海に放流したんだけど。普通に考えて魚の栄養となり、フンとなって、今頃は海底でおねんねの筈なんだが」

 

この安倍川餅部論部論流界が誰なのか、忘れている者もいるだろう。この男はかつて、江ノ島鎮守府の提督だった男である。この男がクズであり、艦娘に対して強姦こそしなくとも、それに近しい事させていた。他にも色々やらかしまくった結果、長嶺にお仕置き(あの世送りに)されたのだ。

 

「い、五十鈴?大丈夫か?」

 

「.......えぇ、大丈夫よ。ありがとう、長波.......」

 

「そういや五十鈴、お前は」

 

「そうよ。あのクズの元にいた艦娘の1人。今思い出すだけでも、かなりキツいわ.......」

 

これまでさせられて来た事といえば、かなり酷かったという。胸やお尻を触られるなんてのは序の口で、身体中を舐められたり、体液を飲もうとしてきたり、飲ませようとしてきたり、変態の度合いを超えた奴だったそうな。

一度、トイレに隠れて小便を飲もうとしてきた事もあったらしく、これがキッカケとなって通報されたらしい。

 

「お、おしっこ飲むの.......」

 

「拙者、その考えがわからぬぞ.......」

 

「変態、超えてるわね.......」

 

「何故かしら、セクハラがまだマシに思えるわ.......」

 

「うわぁ.......」

 

「ちょっと警察に電話してきます」

 

「ヴェネト、気持ちはわかるが、そこは自衛隊にしておけ」

 

「エンタープライズさんがバグりましたね.......」

 

「五十鈴、よく耐えたな.......」

 

余計にドン引きする艦娘&KAN-SENの皆さん。普通に考えて自分の小便を飲まれるとか、かなりキツい。というか安倍川餅の変態っぷりが、別ベクトルに突き抜けているのでショックが大きい。

因みに長嶺の場合、その手の変態も知っているので驚きこそすれど、そこまでびっくりはしなかった。まだ小便なだけマシである。これまで長嶺が見てきたワールドクラスの変態には、動物やら虫、果ては死体に興奮する奴とか、糞を自分に塗りたくって興奮覚える奴とか、車とヤッてる奴とかといた。

 

「ショックを受けるのはいいが、今は俺たちのすべき事を考えるぞ。この感じだと艤装は無理だったんだろうから、このまま地下に行くぞ」

 

「地下ですか?」

 

「なんだヴェネト、忘れたか?お前さっき警察とか言ってたが、この鎮守府には警察とか憲兵とか自衛隊よりも頼りになる組織がいるだろ?」

 

「あ、霞桜」

 

「そう。我が最強の特殊部隊、霞桜の拠点でもある。本来は立ち入り禁止だが、この際仕方ない。そこで装備を整えるぞ」

 

霞桜の地下施設へ降る場所は幾つかあるが、一番近いのはドックである。ドックの専用エレベーターで、霞桜の本部へと降りられるのだ。

 

「そういえばさ指揮官。なんで霞桜の地下施設は、アタシ達が入れないわけ?」

 

「.......霞桜が秘匿されているのは裏の仕事をこなす為とされているが、実際は違う。俺達が元々創設されていた理由は、艦娘への首輪だ」

 

「首輪?」

 

「艦娘反対派の人間への折衷案さ。もし艦娘が裏切れば俺達が殺す、という手筈になっていた。最初期はそういう名目だったが、俺と親父で形骸化させて別任務、つまり裏仕事や反乱者への粛清、深海棲艦を倒す方向に切り替えさせた。今も立ち入りを禁じてるのは、その名残だ。

それに曲がりなりにも非正規特殊部隊である以上、入れる人間は制限しておきたいというのもある。後、単純に危ない」

 

ブレマートンの疑問に答えてるうちに、またドックへと戻って来れた。さっきは通常のエレベーターに乗ったが、今度は別の場所にある専用のエレベーターに乗り込み、地下の霞桜本部へと降る。

 

「ようこそ、霞桜本部へ」

 

「こ、ここが霞桜の本部ですか?」

 

エレベーターを降りると、黒と赤のまるで鉄血の様な厳かな雰囲気のロビーが広がっていた。地下なのに、意外と天井は高く広々している。

 

「見惚れているところ悪いが、今は一刻を争う。さっさと行くぞ」

 

ロビー抜けて、武器庫のある区画へと歩いていく。3分ほど歩き続けると、如何にも厳重そうな扉が前に現れた。この奥が、武器庫である。

 

「これが武器庫なのか?」

 

「あぁ。カードキー、網膜、指紋、パスワードで開く」

 

長嶺は手早く認証を済ませ、武器庫の扉を開ける。扉の奥には一目で武器庫と分かる重厚感のある部屋に、無数の銃や爆弾が所狭しと並んでいた。長嶺の部屋にあった武器庫とは、雲泥の差である。

 

「いつも霞桜の隊員達が使ってる銃ね。それがこんなに.......」

 

「しかし指揮官殿。何故、わざわざ武器を変えるのだ?これではダメなのか?」

 

「多分いいとは思うんだけど、まあここは念には念をという事でな」

 

そう言いながら長嶺は、真っ黒な弾薬ケースを蹴って皆の所に滑らせた。箱には赤黒い血の様な色で『caution』と書かれていて、なんか物々しい見た目である。

 

「何よこれ」

 

「開けてみな」

 

五十鈴が訝しみながらも、ケースのピンを外して中を開ける。中には無数のマガジンが入っていたのだが、そのマガジン内の弾丸が普通じゃなかった。普通の弾丸なら黄土色っぽい、真鍮の様な色をしている。だがこの弾丸は、弾頭から薬莢まで禍々しい迄に真っ黒なのだ。

 

「これって、まさか.......」

 

「流石大和、気が付いた様だな。答えをどうぞ?」

 

「対深海徹甲弾ですか?」

 

「イェーース。ソイツが俺達人類が生み出すも、作るのに相当手間のかかる代物。対深海徹甲弾だ」

 

説明不要の霞桜が誇る通常秘密兵器。対深海徹甲弾である。たしかにこの弾丸であれば、たとえ相手が深海棲艦の能力を有していようと戦える。

 

「な、なぁ。これ、艦娘が弾頭に触ったら溶けるとかないよな?」

 

「大丈夫大丈夫。あくまで弾丸として艦娘とか深海棲艦に撃ち込んだら普通の弾と同じ様な効果があるってだけで、なにもそんな危険な代物じゃない。弾丸な時点で危険ではあるが、そこまで身構えなくても大丈夫だ」

 

「.......でも正直、長波の言う通りちょっと怖いわね」

 

「愛宕、本当に大丈夫だろうな?拙者、少し怖いぞ」

 

「私に聞かれてもねぇ.......」

 

皆、これまでの戦闘の中で霞桜がこの弾丸をぶっ放している所は何度も見てきた。その威力は知っているが、対深海棲艦兵器でありながら対艦娘兵器でもある弾丸に、ちょっとした拒絶感を抱いてしまう。仕方がないだろうが、今回はそこを曲げてもらわなければならない。

 

「お前達、見てろ」

 

そう言って長嶺は、マガジンから対深海徹甲弾を一発抜いて自分の素肌にグリグリと押し付けた。

 

「な?何もなってないだろ。俺だって一応、半分は艦娘だ。その証拠に高速修復材が通用する。だが見てみろ。さっき弾丸押し当てた所は、別に何もなっちゃいない。お前達も安心して使え」

 

流石にここまでされれば、100%大丈夫だということが分かる。そこから先は早かった。全員にそれぞれの銃に対応するマガジンを大量に渡し、ついでに監視カメラの映像で偵察も行って、最終決戦に挑む事になった。

 

「よーし、最終確認だ。これより俺達は敵の本拠地と化した、執務室へと突入を敢行する。周囲には例の空飛ぶキショい化け物の他、なんかカタツムリと人間が合わさったみたいなよく分からん生命体がいる。お前達の任務は、これを倒す事だ。

だが無理はしなくていい。基本は俺が削るから、お前達は端から取りこぼしを掃討してくれれば良い。配置についたら合図してくれ。俺も動く。では、行動開始!」

 

艦娘とKAN-SEN達を先行させ、長嶺はこの場に残り準備する。今回の敵は何をしてくるか分からない上に、こちらは陸戦に不慣れの艦娘とKAN-SENが大量にいる。となればもう、切り札を最初から使うしかない。長嶺の切り札は2つあるわけだが、艤装が使えないのなら使えるのは唯一つ。神授才である。

 

「我願うは、大和民族の火焔なり。この身は火焔と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が火焔は止められず。この火焔は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを焼き尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、火炎と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

神授才は長嶺の体内に宿る物。艤装とは違い、格納場所は長嶺自身。故にこの様な状況下であろうと、何の問題なく神授才は行使できる。

佐世保と千葉の時と同じ様に巨大な炎の鬼が現れて、長嶺に乗り移る様に消えると、長嶺自身から炎が溢れ自らを包みこむ。炎が消えればそこには、鬼の面と装甲服を見に纏った長嶺の姿があった。煉獄の主人、降臨である。

 

「オイゲンさん!アレを!!」

 

「雷蔵、本気みたいね。それじゃ、私達も急ぐわよ」

 

オイゲン達も背後に立つ、炎の鬼がよく見えた。あの鬼が出てきたということは、長嶺雷蔵が本気を出すということ。味方として、これほど心強い事はない。

 

『配置についたわよ』

 

「了解した」

 

オイゲンからの報告を受けたのと同時だった。長嶺は、静かに背後に控えるビットに命令を飛ばす。

 

「オールビット、ビーム。撃て」

 

レーザーの雨の様な攻撃が、いきなり真上から降り注ぐ。化け物共は何が起きたかを理解する前に、綺麗さっぱり消滅していった。だが母数が多いせいか、数百匹は生き残っている。

 

『お前達、攻撃開始だ。撃ちまくれ』

 

「みんな聞いたわね!?Foya!!!!」

 

今度は無数の対深海徹甲弾による弾幕が化け物共を襲う。実を言えばこの化け物は全て、通常兵器でどうにかできる相手なのだ。故にオーバースペックの対深海徹甲弾を前に、みるみる数を減らしていく。だが化け物も数に任せて弾幕を掻い潜るが、それをコイツが許すわけない。

 

「焔槍!!焔柱!!焔槌!!」

 

無数の術を同時並行で使いつつ、腕部のマシンガンでも弾幕を張って寄せ付けない。

 

「アレが指揮官の本気なわけ!?」

 

「初めて見ますけど、多分そうなんでしょう!!」

 

「あんな能力があれば、確かに佐世保の惨劇も納得だな」

 

「マジで化け物だな、うちの提督」

 

艦娘もKAN-SENも、オイゲンとイラストリアス辺りを除けば、神授才を用いた戦闘は一度も見たことがない。佐世保鎮守府で見たのは神授才を行使した後の死体と瓦礫の山と、鬼の面にスーツを着けた今の姿だけなのだ。

暫くすると、どうやら化け物は殲滅できたのか、めっきり静かになった。そして化け物の代わりに、今度は安倍川餅が現れる。

 

「な、何だこれは!!あの方の能力を持ってしても、出来なかったんでござるかッ!?!?こんなこと、ゆるさ」

「焔龍!!!!」

 

まだ話してる途中だったのに、安倍川餅は焔龍に飲み込まれてしまった。

 

「焔…ちょっと待て、アイツどこいった?」

 

次の術を準備した時、長嶺は安倍川餅がいない事に気が付いた。流石に焔龍如きで死ぬ筈ないと、そう思っていた。だが安倍川餅、しっかりさっきの攻撃で死んでいる。

 

「指揮官殿!!あの変態性犯罪者なら、さっきの攻撃で黒焦げになってしまったぞ!!!!」

 

「は!?えっ、うそぉ!?!?」

 

まさかの事実に長嶺、困惑である。あまりに弱すぎると。とはいえど、いくら化け物でも数万℃の炎の龍に喰われればアウトである。これは長嶺が悪い。

 

「みんな見て!!!!」

 

「空が砕けて…」

 

「夜空が!!」

 

あの赤い空がガラスが砕ける様に消えていき、段々と見慣れた綺麗な夜空に戻っていく。どうやら無事に戻れたらしい。艦娘もKAN-SENも、抱き合って喜び合っている。

だがそんな姿を見る影が2つ、長嶺も気付かない所にあった。

 

「プロトタイプじゃ、流石に無理か」

 

「そもそもアイツがよわいんでしょ?アイツ、なんかキモイし臭いし」

 

「それでも役に立ったわ。一応、ね。この世界は元いた世界よりも残酷な運命が待っているけど、あの男はそれを撃ち砕く。それを陰ながら、あらゆる手段でサポートし誘導するのが今の仕事。きっと楽しいわよ」

 

「にしてもあの長嶺雷蔵って、マジで強すぎだろ。戦いたくないわー」

 

「大丈夫。彼との戦闘は、まだもう少し先よ。私達は仕込みをしないと。また会いましょ、煉獄の主人。さぁ、行くわよピュリファイヤー」

 

これまで静かだったセイレーン。彼女達がいよいよ動き出す。彼女達の目的は不明だが、一つ言えるのは碌でもない事を考えてるのは確かだろう。

 

 



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第七十八話海の覇者

安倍川餅の襲撃より2週間後 江ノ島鎮守府 執務室

「にしてもまぁ、アレなんだったんだか.......」

 

「どうしたのだ相棒?」

 

「ん?あー、いや。こっちの話だ」

 

あの恐怖体験から2週間経ったわけだが、あれ以来何事も起きなかった。一応、長嶺が個人的に知り合いであり、古巣の大元である秘密結社『八咫烏』の伝手で神職者を呼んでお祓いもしてもらい、監視カメラの映像や当時の状況をそれとなく色んな奴に聞いてみたが、あの夜は江ノ島鎮守府自体には特に何もなく、極々普通の日常的な一夜だったそうだ。

あの現象が何かしらの攻撃か、はたまた突発的な所謂『神隠し』に準ずる事象だったのか。そもそも安倍川餅は何処から復活してきたのか。全て謎のままである。とは言え、いつまでもこの事にかまけている訳にもいかない。そろそろ兼ねてより計画していた、北方地域の攻略が始まろうとしているのだ。

 

「そういや武蔵。向こうさんから連絡は来たか?」

 

「あぁ。間も無く到着する頃だと思うが.......」

 

「提督、失礼致します」

 

「大淀が来たって事は」

 

「はい。比企ヶ谷提督が到着されました」

 

そして今日より1週間、北方海域攻略に向けた演習が江ノ島鎮守府で行われるのだ。この北方海域攻略作戦は、初の各鎮守府合同の作戦となる。これまで何度も協力作戦は行ってきており、例えば本攻撃の前の偵察や陽動の攻撃を別々の鎮守府が行ったり、本攻撃時のバックアップとして他鎮守府が動く場合なんかはあった。

だが今回の場合はそもそもの艦隊が合同となる。各戦隊は鎮守府別なのが多いが、それら戦隊が1つの艦隊として動く様になっているのだ。この試みは、今回が初である。その為、北方海域攻略作戦、作戦名『ペルーン』には江ノ島鎮守府を筆頭に、呉鎮守府、新潟基地、下関基地、そして前線拠点として釧路基地が参加する。

 

「おっ、一番乗りは比企ヶ谷か」

 

「失礼します!比企ヶ谷大佐、ただいま到着しました!!」

 

そう言って比企ヶ谷が敬礼する。白の第二種軍装であり、敬礼も見事な物だ。それは認めよう。だが、何故だろう。全く似合わない。笑ってしまう。良くて仮装パーティーのコスプレである。

 

「.......なんだよ」

 

「いや、あー、何というか、ちょっと笑えてきて」

 

「どーせコスプレだよ」

 

「いやいや、すまんすまん!似合ってる、似合ってるんだよ!凛々しいぞー。かっこいいぞー。ただ、素のお前を知ってるからどうしても」

 

やはり自堕落で適当な比企ヶ谷の素を知っている者としては、どんなに頑張ってもパリッとした制服姿に違和感が出てくる。それに総武高校の制服もブレザーであり、中学は学ランかもしれないが見た事はないので、やはり違和感が存分に仕事するのだ。

 

「うるせー」

 

「そう言うなって」

 

「.......で、俺はどうすれば良いんだ?」

 

「さっきも言った通り、まだお前以外来てない。とは言え1人寂しく会議室で待たす訳にも、かと言って霞桜の訓練に放り込む訳にもいかない。さて、どうしよう」

 

長嶺、全く考えてなかった。正直、比企ヶ谷は想定より早く着いているのだ。別にそれで迷惑だとかは思わないが、かと言ってそれで1人応接室とか会議室に放り込むのも、なんか悲しいというか侘しいというか。ぶっちゃけ他の提督が来るまで、後1時間はかかる。

 

「応接室でも会議室でも、何処でもいいぞ。どうせ仕事したかったし」

 

「そうか。なら、応接室を準備させよう。シラ」

 

「はい。シラをお呼びですか、ご主人さま♪」

 

「比企ヶ谷を応接室に案内してやってくれ」

 

「はい♪」

 

最近は秘書艦の他に、ロイヤルメイド隊の面々も常駐する様になった。長嶺不在時の代理は艦娘からは大和、長門。KAN-SENからは赤城、エンタープライズ、ウェールズ、ベルファスト、オイゲン 、ビスマルク、ヴェネト。そして霞桜からグリムとマーリンが担当するが、秘書艦は艦娘から1人、KAN-SENからは2人から3人が毎日ローテションを組んでいる。だが仕事量が多すぎて、これとは別にロイヤルメイド隊の手空きの者が、雑用係として1名常駐するようになったのだ。

因みにロイヤルメイド隊からは、秘書艦が選ばれない様になっている。こうなったのは他の艦娘&KAN-SENからの、それはそれは強い申し出があったからである。

 

「そうだ指揮官。他の提督達はいつ来るんだい?」

 

「1時間後には来るだろう。さぁ、それまでは仕事だ」

 

尚、本日の秘書艦は艦娘より武蔵、KAN-SENからはリットリオ、ニュージャージー、ダンケルクである。

これより約1時間後、残る3提督とその所属艦娘達が江ノ島鎮守府に到着。長嶺も4人が待つ会議室へと向かった。

 

「お、久しぶりだね長嶺長官」

 

「えぇ、風間提督。と言っても前回の会議から2ヶ月程度ですがね」

 

「僕達は会う機会がないからね〜。あ、そうだ。今晩飲みに行こうよ!」

 

「ふっ、そんな事せずとも私が用意しますとも。確か風間提督、広島の出でしたね?雨後の月、ありますよ」

 

その瞬間、風間は長嶺の手を両手で握った。何を隠そう、風間は数ある日本酒の中で一番好きなのが、この『雨後の月』なのだ。恐らくこの感じから見るに、今夜は飲みまくる事になるだろう。

 

「あ!雷兄に風間提督!こんにちは!!」

 

「ご無沙汰しております」

 

「おぉ、影ちゃん白ちゃん!」

 

「長嶺くん、言い方がカトちゃんケンちゃんだよ?」

 

今度は影谷と白鵬の2人が声を掛けてきた。恐らく、トイレにでも行ってきたのだろう。因みに最近、というか例の傷顔の商人(スカートレイダー)の一件以来、影谷からは雷兄(らいにい)と呼ばれるようになった。白鵬からは雷蔵兄さんと呼ばれている。

 

「2人とも元気でやってたか?」

 

「はい!」

 

「雷蔵兄さんもお変わり無いようで」

 

「HAHAHAHA!!そうだとも、俺も元気だったぞ!!!!」

 

長嶺自身も2人を弟の様に可愛がっており、実は何度かここに遊びに来た事もある。というか何なら、昨日とか夜にオンラインゲームで遊び倒している。

 

「えっと、部屋間違えた?」

 

「ん?おいおい、合ってるよ。入れ入れ」

 

応接室からやってきた比企ヶ谷も部屋の中に入れ、会議参加メンバーもとい、ペルーン作戦に参加する指揮官が全員揃った。

 

「ではこれより、鎮守府合同演習の直前会議を行う。本題に入る前に、新たに釧路基地司令に着任した者を紹介しておく。比企ヶ谷」

 

「はい、比企ヶ谷八幡大佐です。この間まで高校生をやっていましたので、まだ軍隊生活にも慣れていない新米ですが、精一杯頑張りますので、どうか宜しくお願いします!」

 

「知っての通り、今回のペルーン作戦に於いて、比企ヶ谷の管理する釧路基地は重要な拠点となる。攻略海域には補給と簡単な修理のできる拠点は設置するが、海域から最短の入渠施設は釧路基地となるし、ここは陸軍航空隊と基地航空隊の拠点にもなる。是非とも親交を深めておいてほしい。

では本題に戻ろう。各鎮守府、今回の演習に参加する艦隊の報告を」

 

「それじゃ、まずは僕から。呉からは戦艦扶桑、山城。重巡最上、足柄、那智。軽空母龍鳳、鳳翔。軽巡矢矧、阿武隈。駆逐艦時雨、朝雲、山雲、満潮、霞、朝霜、清霜、磯風、浜風、雪風、涼月、冬月。それから航空隊として、サイファーとピクシーのガルム隊も連れてきているよ」

 

これは会いに行かなくてはならない。なんだかんだで2人とは着任してすぐの演習の時以来、何だかんだで会ってないのだ。

 

「下関基地からは戦艦アイオワ、ウォースパイト。空母サラトガ。重巡青葉、利根。軽巡能代、大淀。駆逐艦潮、曙、朧、漣です!」

 

「新潟基地からは空母葛城、レンジャー。重巡衣笠、三隈。駆逐艦陽炎、不知火、黒潮、朝潮です」

 

「釧路基地からは戦艦ビスマルク。空母グラーフ・ツェッペリン。重巡青葉、加古。軽巡由良。駆逐艦白露、春雨、五月雨、山風、卯月が参加します」

 

「そんじゃ、最後にウチの艦隊についても説明しておくか。参加するのは戦艦大和、武蔵、長門、陸奥、金剛、比叡、榛名、霧島。カブール、サウスダコタ、ワシントン、ネルソン。空母赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴、ガンビアベイ。軽空母千歳、千代田、鈴谷、熊野、イントレピッド。重巡高雄、愛宕、ノーザンプトン、タスカルーサ、ヒューストン。軽巡球磨、多摩、北上、大井、天龍、龍田、五十鈴、名取、川内、神通、那珂。駆逐艦吹雪、叢雲、睦月、如月、望月、弥生、暁、雷、電、ヴェールヌイ、村雨、夕立、海風、天津風、浦風、萩風、夕雲、長波、早霜、照月、島風、ジョンストン、フレッチャー、ヘイウッド。潜水艦伊19、伊58、伊26、伊8、伊58。それからメビウス中隊が参加する。これに加えウチのKAN-SEN部隊も参加するんで、よろしく」

 

江ノ島の艦娘とKAN-SENは全員漏れなく霞桜と長嶺によるトレーニングにより全員が最高位の練度を誇り、装備も最上級、そして全艦改、改二等になっているのはご承知の通りであるが、他鎮守府の艦隊もその鎮守府に於ける精鋭達である。

艦娘はダブりと呼ばれる現象があり、同一存在の艦娘が同時に存在する場合がある。例えば江ノ島にも扶桑と山城はいるが、呉にも同様に扶桑と山城がいる。基本的に問題はないが、一定範囲内に同一存在がいると、何故か艦娘はその能力を行使できなくなる。水上に浮かび動く事こそ出来るが、艤装を動かして戦う事はできなくなるのだ。その為、今回の作戦ではダブり艦に関しては、鎮守府の警護に回る事になっている。

 

「KAN-SENというと、いつか僕に紅茶を出してくれた銀髪のメイドさんも来るのかい?」

 

「あー、ベルですか?アイツも、アイツの指揮するメイド隊も出ますよ。結構強いんで頑張ってください」

 

「失礼致します」

 

ベルファストの話をしていたら、まさかのベルファスト御本人が登場した。どうやら、合同演習の開幕式典の準備ができたらしい。それを知らせに来てくれたのだが、影谷&白鵬、完璧に見惚れている。いやまあ、思春期真っ盛りの14歳。艦娘にもちょくちょく際どい格好の奴、例えば島風とか長門型とかアイオワとかいるが、ベルファストのはある意味、それの上を行く。

 

「ん?あー、そういや影ちゃん白ちゃんは初対面か」

 

「お初にお目に掛かります。メイドのベルファストと申します。以後、お見知り置きくださいませ」

 

流石はロイヤルメイドのトップ。カーテシーを決める所作は、優雅かつ美しく洗練されている。だが、14歳の思春期ボーイには攻撃力がデカすぎた。ベルファストのメイド服は通常のメイド服とは違う。胸元がガッツリオープンになっており、普通に谷間丸見え。上から手を突っ込めば、そのまま直に揉めるデザインである。カーテシーを決めると、その胸の谷間が全部拝めてしまうのだ。

 

「「......./////」」

 

「(影谷くんともかく、冷静沈着を絵に描いたような白鵬くんまでも照れるか。ベルファスト、恐ろしいね)」

 

「(能力自体は優秀すぎる位なんですけど、たまにあんな感じで子供の性癖を歪ませちまうんですよ。しかもKAN-SENは、そんな奴がワンサカといます。性に目覚めさせ、性癖を歪ませる。見方変えりゃ、ある意味で最強の兵器ですよ。傾国の美女軍団って奴ですかね?)」

 

「(なにそれ。何処のおねショタ物エロ漫画?)」

 

「(割とマジで否定できねーからタチが悪い)」

 

「(KAN-SENってこえー)」

 

これまで、と言ってもまだKAN-SENが直に一般人と密接に関わったのは呉でのレース、総武高校の職業見学、江ノ島祭の3つしかないのだが、それを持ってしても、かなりの数の被害を出している。特に総武高校の場合は、あの後に男子トイレに行けば、やれ「あの黒髪爆乳(多分大鳳)がやばかった!」だの「ピンク髪のエロい先生(多分レンジャー)とハメたい」だの「今日あった艦娘は俺のオナペットだ」だのと言っていた。

しかも学校に帰還してからも、普通にこの手の話題はちょくちょく出てきていたし、オイゲンに至ってはエミリア・フォン・ヒッパーとして潜入しているので、よくトイレとかで「エミリアをどう言うシチュで犯して抜いた」云々の話で盛り上がっていたり、非公式にファンクラブまで出来ていた始末である。ぶっちゃけ普通に長嶺も男なので性欲あるというか、一度スイッチ入れば男優以上にハッスルする歴とした男。しかも何より大事な家族である彼女達がそういう目で見られるのは、怒りたくなる反面「俺はそんなエロい奴らと暮らしてるんだぜ?」という優越感は味わえるという、物凄い感情であった。

 

「どうかされましたか?」

 

「あー、いや。うん。ベル、取り敢えず先行っててくれる?」

 

「かしこまりました」

 

とまあベルファストには下がってもらったのだが、下がっても尚、2人は現世に戻らない。頬を叩いたり、顔の前で手を振ってみたり、頭揺らしたり、色々やっても夢の世界から中々帰還しない。

 

「ねぇ、これ死んでないよね?」

 

「いやー、流石に無いでしょ。美女見て死ぬって、聞いたことないですよ?」

 

「それとも彼女、なんかサキュバス的な能力あったりする?」

 

「アイツにそんな能力ないです」

 

「でも、それっぽいのはいるよな。インプラカブルとかレーゲンスブルクとか。後、単純に悪魔っぽい奴ってならエーギルとか。というか鉄血の艤装は総じて、悪魔とかサメみたいな刺々しい見た目だし」

 

今更だが、結構KAN-SENって見た目のバリエーションが豊富なのだ。重桜勢にありがちなケモ耳&鬼っぽいツノに、セントーとかヨークみたいなエルフ耳、鉄血勢にいる悪魔っぽいツノと、見た目というか種族的特徴というか、そういうタイプの見た目が艦娘より多い。というか艦娘には、その手の特徴はない。

こんな事を考えたり、あれこれ現世に戻す方法を試していると、どうやら魂が夢想世界から帰還したらしい。

 

「あ、帰ってきた」

 

「取り敢えず、僕達も行こっか。時間推してるし」

 

「そうっすね」

 

まだなんか半分現世に帰ってきてない気がしなくもないが、そろそろ行かないと時間がまずい。他の4人は最悪遅刻してもコソッと入って、そのまましれーっと並んでしまえば問題ないが、長嶺は連合艦隊司令長官としての挨拶も控えているので遅刻する訳にはいかない。

なんとか滑り込みセーフで会場であるグランドに到着し、5分前にしっかり所定位置に着くことができた。これが江ノ島だけの式典とかなら「ごっめーん、遅れたー!」で済むが、流石に他鎮守府の艦娘の前でそれでは示しが付かない。

 

『これより、江ノ島、呉鎮守府、釧路、新潟、下関基地、合同演習開会式を挙行する。国旗掲揚、気を付け』

 

君ヶ代がスピーカーから流れ、正面のポールに国旗が掲げられる。その様子はまるで、学校の運動会である。

 

『連合艦隊司令長官訓示。長嶺雷蔵元帥、登壇』

 

「行ってらっしゃい雷蔵くん」

 

「俺、そういうキャラじゃ無いんすけど。まあ、給料分はやりますか」

 

風間に見送られ、正面の朝礼台に登る。登った瞬間、江ノ島以外の艦娘達からザワザワと声が上がる。どうやら長嶺の評価が影響してるらしい。

 

「アレが軍神の長嶺司令?」

 

「すっごいイケメン」

 

「でも、若いわよね」

 

「大丈夫なのかしら?」

 

ヒソヒソ言ってるつもりらしいが、案外長嶺には聞こえてしまう。司会役の士官がそれを咎めようとするが、それを長嶺が目配せで止める。

 

『あー、俺が長嶺雷蔵だ。一応、連合艦隊司令長官をやってる。とは言え、そもそも俺はこういう堅苦しいのは大っ嫌いだ。だから挨拶をキッチリやるつもりはない。やった所で意味ないし、別に俺が言わんでもこれが重要なのは分かるだろ?

という訳で、まあ、あれだ。ウチの江ノ島鎮守府はかなり自由でな、お前達も自由にやって欲しい。ここにいる間、訓練中はこっちの指示に従って貰うがそれが終われば、何やろうが自由だ。寝ようが遊ぼうが好きにやれ。軍規?規範?んなもん知るか。法と道理に外れず、人様に迷惑かけなきゃ全てはノープロブレムだ。

それから最後に、俺の愛しの家族ども。多分さ、他の鎮守府から艦娘達はカチコチになるだろうから、うまい事ほぐしてやれよ。そんじゃ、俺の挨拶終わり。ついでに何か他のプログラムもすっ飛ばして、そのまま今後の流れの説明に行け』

 

本来の予定であれば宣誓とか、江ノ島側の代表挨拶(担当は大和)とか色々あったのだが、まさかの全カットである。江ノ島の愛する仲間達は普通に「またやったよ」位で笑っているが、他鎮守府の艦娘は口を開けてポカーンとしていた。

 

『え、あ、そ、それではこれより、1週間の簡単なスケジュール説明に移る。この後は……』

 

詳しくは長くなるので、こちらで簡単に説明しよう。と言っても初日たる本日は訓練中に専属の整備士となる江ノ島の工廠妖精との引き継ぎ、艤装の点検、夜には恒例の歓迎パーティーがあって、翌日からが訓練開始である。

2日目から3日目は各鎮守府ごとにKAN-SENとの艦隊行動、及び砲撃演習。4日目から7日目は鎮守府同士+KAN-SENを含めた艦隊行動演習、及び艦隊対抗演習である。この間、提督達は図上演習や実際に指揮を取って演習に参加する事になっている。因みに当然だが、霞桜の連中は今回不参加である。流石に法律どころか憲法違反の存在は、例え艦娘でも他鎮守府にはおいそれと見せられないのだ。

 

 

 

翌日 江ノ島鎮守府 執務室

「総隊長、いる?」

 

「ん?おぉ、レリックか。どうした?」

 

「例の兵器、できた。来い」

 

実を言うと、江ノ島鎮守府では現在、4つの計画が動いている。その1つが霞桜内部で動く『新型強化外骨格開発計画』であり、新たに艦娘から明石、夕張。KAN-SENからチカロフ、ビスマルク、明石を加えて製造している。

この際なので、他のも説明しておこう。2つ目がペルーン作戦に合わせて行われている『第二次艦娘・KAN-SEN改装、装備増強計画』。3つ目と4つ目は実質セットの計画で『江ノ島鎮守府強化計画』と『アウター・ヘイブン計画』である。河本による江ノ島基地襲撃を受けて、江ノ島鎮守府自体を要塞化するのと、大和発案の「もう一つの江ノ島鎮守府を作ろう」という物を実現させる計画である。

 

「それで、どんな感じになったんだ?」

 

「化け物性能。今の強化外骨格より出力、運動性、機動性、防御力、汎用性が格段に上。水上に限り」

 

「まあそこはな。陸戦では、これまで通りの強化外骨格を使うさ」

 

「その事だけど、これを見て」

 

そう言って、レリックは机に何かの図面を広げ出した。見たところ、これまで霞桜で採用していた強化外骨格である。

 

「陸戦に、水上滑走機能はいらない。だから、オミット。整備性、上がる」

 

「てことは、全部改造すると?」

 

「改造は簡単。取るだけ。それに新型の強化外骨格は、これの上に着ける。試作した段階で、要求スペックの動きは出来なかった。だったら主機関を増やせば良い」

 

「.......つまり強化外骨格用の強化外骨格?」

 

「それで合ってる」

 

色々詳しく聞くと、どうやら新型の強化外骨格はかなりトップヘビーらしい。一応新型だけでも水上滑走とかは出来るが、霞桜の隊員達が普段行う戦闘機動には付いていけないらしい。そこで現在使用中の強化外骨格の上から重ね着するという、ハルクバスター的な発想でこれをクリアしたのだ。

 

「なんともまぁ、かなり無茶したな」

 

「これがその強化外骨格。正式名称は海戦型特殊装甲服シービクター」

 

「海の覇者か。良い名前だ」

 

シービクターと名付けられた強化外骨格は黒と赤茶色のツートンカラーであり、まるで軍艦のようなカラーリングである。見た目としてはこれまでの強化外骨格とは違い、全体的にゴツい見た目をしている。メットは完全密閉型で、口元にチューブもある。恐らく水中でも作戦行動ができるのだろう。

全体的にゴツいとは言えど、動き易い様に関節部分などは装甲が別に施され余り不自由なく動かせるだろう。だが足周りはこれまでとは違って、かなり色々付いている。特に目を引くのは、まるで戦闘機の後部を持ってきたかの様な構造をした2つのパーツである。

 

「シービクターは、これまで腰にあったジェットパックを外して、全部太腿に持ってきた。このパーツが、ジェットパックの代わり」

 

「まるで戦闘機だな」

 

「ラプターを元にした。間違いじゃない」

 

じっくりとシービクターを見てみるが、中々に強そうである。これがあれば深海棲艦と渡り合えるというのが、誰の目にもわかるくらいには強そうな雰囲気を醸し出している。

 

「専用武器とか装備も作ってある。見ていけ」

 

「へいへい」

 

シービクターの置かれている区画の更に奥に行くと、チカロフが椅子に腰掛けてタブレットをつついていた。恐らく、何かしらの研究か設計でもしているのだろう。

 

「あら指揮官。来たのね」

 

「あぁ。にしても凄いな、あのシービクターは」

 

「勿論よ。あの子は私達KAN-SENと、あなた達霞桜と艦娘の合作にして自信作よ?物凄く強力よ」

 

「そうだろうな。俺も工学を齧ってるから良くわかる。あれは、あのシービクターは優れた兵器だ」

 

「チカロフ。専用のも見せておきたい」

 

「はいはい、少し待ってて」

 

チカロフは少し奥に引っ込むと、大量の武器を抱えて持ってきた。どう見ても女性どころか人間が生身で持つ重さじゃないであろう兵器を、複数一気に持ってきている。流石KAN-SENと言ったところだろう。

 

「これがシービクター専用の装備よ」

 

「アサルトライフルに、スナイパーライフル、盾にナイフに、ミニガン風の分隊支援火器。で、何だこりゃ?パイルバンカー?」

 

「そうよ。威力は保証するけど、使い勝手はあんまり良くないわね。でも追加ブースターと水中スクーター機能もあるから、移動用には使えるわ」

 

この後、この専用装備達やシービクター本体の説明を受けた。そして最後に、レリックからの要望が出てくる。

 

「総隊長。これを、この演習中に試験できないか?」

 

「艦娘相手にやれと?」

 

「無理か?」

 

「.......お前、俺の性格知ってんだろ?流石に隊伍を組んで行ったら誤魔化せないが、俺1人ならどうにかなんだろ。5日目でやるぞ」

 

本来なら断るべきなんだろうが、こんな面白そうなおもちゃを前に我慢できるほど、長嶺は大人ではない。最初見た時から、早く戦場でぶん回してみたいと思っていたのだ。

という訳で艦隊対抗演習が始まる5日目で、急遽シービクターの実地試験が行われる事になった。相手をするのは呉艦隊より扶桑、山城、最上、矢矧、時雨、浜風、磯風である。因みに彼女達には、長嶺が出るなんて一言も伝えられてない。

 

「ねぇ山城。ここが、指定ポイントだよね?」

 

「.......その筈よ」

 

「周り、誰もいないね。遅刻かな?」

 

「演習に遅刻って、そうそうありますかね?」

 

「というか今回の演習相手、事前に伝えられていなかったはずだ。提督も詳しくは知らぬ様子だったし、何か行き違いが起きたのではないか?」

 

誰もいない事に艦娘達は首を傾げているが、いち早く矢矧が気付いた。目の前の上空に、何かいたのだ。

 

「正面!上空に何かいる!!」

 

「どこ!?」

 

次の瞬間、空の一部が剥がれ落ちる様にして装甲服を纏った人間が出てきた。手にはライフルを持っており、一目で今回の相手が目の前に浮いている奴だと分かる。

 

「諸君、君達の相手は私だ。好きにかかってこい」

 

「アンタ、艦娘でも例のKAN-SENでもないわよね?誰!」

 

「誰も何も、君達の敵役だ。それ以上でも、それ以下でもないよ山城。さぁ、好きな様に掛かってこい。願わくば、良い実戦データとならん事を」

 

「ぬかせぇぇぇぇ!!!!!」

 

まずは山城が装備している対空砲で弾幕を貼り、それに遅れて他の艦娘達も同様に弾幕を張る。だが、そんな適当な弾幕では長嶺は倒せない。

 

(う〜ん、分かっちゃいたけどウチのに比べりゃ、余りに弾幕の張り方がお粗末だ。なんか、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるってーか、取り敢えず適当に撃っとけ感が凄い)

 

「最上!!戦闘機隊を上げなさい!!!!」

 

「うん!強風隊、発艦始め!!!!」

 

最上から水上戦闘機たる強風が飛び立つ。流石に空母の様に一気に発艦はできないが、それでもまあまあ早いスパンで8機上げてきた。

 

(お、戦闘機が来ましたねー。はーいそんじゃま、ポチポチッとな)

 

早速このシービクターの機能を試す。背中にマニュピレーターを簡素化した装置が標準搭載されており、後部に銃を乱射できる様になっているのだ。

 

「後ろ向きにも銃が撃てるのか!?」

 

「撃ち続けて!!弾幕を貼り続けなさい!!!!」

 

(精度も悪くないな。そんじゃ次は、全開戦闘でアイツらを沈めるか)

 

強風を落とした次は、お待ちかね艦隊への攻撃である。一気に高度を落とし、水上滑走に移る。

 

「浜風!磯風!時雨!防ぐぞ!!!!」

 

「僕も援護するよ!!」

 

「いい砲撃だが、こちらの速度に対応できていないな」

 

矢矧率いる水雷戦隊と最上が砲撃でこちらを牽制してくるが、シービクターの速力に対応できていない。だがそれは、長嶺も同じだった。

 

「おぉ!?はや!!」

 

結構速力に振り回されている。思ってたよりも早く、まだ慣れていないので動きがワンテンポ遅れてしまうのだ。だがそれでも、性能自体はかなり良い。訓練さえ積めば、霞桜の面々でも充分動かせるだろう。

 

「こっのーー!!!!」

 

「時雨!!早まってはダメよ!!!!」

 

「姉様!!」

 

「そう。焦りは禁物、常にクールにいかないと。でないと、こうなる」

 

速力に物を言わせて時雨の懐に飛び込み、そのまま首先にナイフを突き立てる。無論寸止めだが、これで時雨は脱落だ。

 

「次は君達、沈んでもらおうか」

 

今度は両腕に装備したシールドに内蔵された連装ミサイルランチャーから対艦ミサイルを発射し、残る水雷戦隊と最上に食らわせる。軽巡相当であれば一撃で倒せるが、流石に重巡の最上までは倒しきれない。

 

「くっ.......いったいなぁ.......」

 

「なら退場して医務室へどうぞ」

 

ライフルで頭に1発、綺麗に叩き込む。残るは扶桑と山城なのだが、ここで江ノ島鎮守府から通報が入った。曰く、深海棲艦の一団が近海に現れたらしい。数は少なく、ヲ級と重巡戦隊、水雷戦隊程度だそうだ。

 

「これは、テストどころじゃないか。山城、命令だ。指揮権をこちらに譲渡してもらうぞ」

 

「はぁ!?何処の馬の骨とも知れない奴に渡す訳ないでしょ!!!!そもそもアンタ何者よ!!」

 

「山城、すこし落ち着きなさい。しかし、あなたは一体.......」

 

「悪いな機密事項に付きお答えできない。まあそうだな、後で風間提督にこう言ってみろ。『霞深き桜を見た』と」

 

「霞深き桜?」

 

この場でシービクター脱ぎ捨てられたら、どんなに楽だろうか。一応これでも秘匿部隊である以上、おいそれと素顔を晒したり正体を明かす訳にはいかない。

 

「山城!アレ!!」

 

時雨が指差す方向には、30機ばかしの艦載機が飛来していた。

 

「あっちゃー、もう来ちゃったか。最上ー、さっきの強風出せるか?」

 

「う、うん!出せるよ!!」

 

「よーし、なら出しちゃってくれ。それから最上、扶桑、山城は三式弾装填。合図したら撃て。それから適当に撃って、空を賑やかに彩れ。

矢矧指揮の水雷戦隊は、俺の言う通りに撃て。大丈夫だ、お前達が対深海棲艦戦闘のプロなら、俺は戦争の王者だ。勝てる」

 

全員訝しんではいるが、問題はない。例え訝しんでいようと、この程度の命令であれば提督は艦娘の意思に関係なく強制的に従わせられる。提督が妖精が見える者でなければならないというのは、この能力に関係しているのだ。艦娘は妖精と意思疎通し、艤装を動かさせたり航空機のパイロットとして使う事ができる。

これは提督も同じであり、艦娘を飛び越えて妖精に命令する事ができるのだ。ただし艦娘でなければ十二分に妖精の能力は引き出せないので、基本的には日頃の業務、例えば工廠とか入渠とか補給とかの職務中にしか使わない。だが戦闘中、緊急時にも使えたりする。なのでこういう風に艦娘が従わずとも、提督であれば艦娘をコントロールできるのだ。これが妖精が見える者しか提督になれない理由である。まあ見ての通り厳密には普通の一般人でもやろうと思えば出来るのだが、流石に反乱でもされた時に抑えられなくては国が滅びかねない以上、この手の安全策を設けるのは当然だろう。因みに長嶺の場合、反乱したら力尽くで捩じ伏せるタイプなので、戦場でこの能力使ったの何気に初めてである。

 

「艤装が勝手に!」

 

「もしかして、提督なのか!?」

 

「でも何処の提督ですか?」

 

「来るぞー」

 

次の瞬間、艦載機達が一気に高度を下げてきた。どうやら勝負は初手で決めたいらしい。

 

「水雷戦隊、投弾前の雷撃機を狙え!!水面を撃ち、水飛沫も利用するんだ!!扶桑、山城、最上は爆撃機の真ん中を狙え!!投弾タイミングをズラす!!!!それから回避行動は各自、自由に取れ!!!!攻撃開始!!!!!!!」

 

長嶺の指示は平々凡々な物であり、別に艦娘だけでも下すであろう指示だった。だが、この後が違った。

 

「堕ちろ!!!」

 

「磯風!弾道をずらす、その諸元をキープ!!」

 

「矢矧、仰角+0.6、方位まま!!時雨、仰角まま、方位039!!」

 

撃った砲弾に自らのライフル弾を当てて弾道をずらして敵に当て、指定された方角に撃てば機体に砲弾が跳弾したり破片が別の機体に当たって、ダブルキルやトリプルキルが出来ていた。こんな人間業から離れた指揮を受けていると、いつの間にか航空隊は殲滅できていた。

 

「あんなの、人間業じゃない.......」

 

「山城、気持ちはわかるけど、今は敵艦隊の迎撃が先決よ。落ち着きなさい」

 

「.......はい、姉様」

 

「よーしお前達、よく耐えた。撤収だ」

 

まさかの発言に全員が驚いた。てっきりこのまま迎撃に行くのかと、そう考えていたのだ。だが長嶺はこう続けた。

 

「現在こちらに、江ノ島の艦娘とKAN-SENが急行している。彼女達に任せる。こっちはそもそも演習中だったんだ、実弾の携行数的に、流石に敵陣に突っ込むわけにはいかんよ」

 

「でも、それじゃ深海棲艦が.......」

 

「あんまり江ノ島を舐めてもらっちゃ困る。アイツらは1人1人が、文字通りの精鋭だ。駆逐艦1隻で一個駆逐隊、軽巡なら水雷戦隊、重巡なら一個戦隊、戦艦と空母にもなれば一個艦隊も同義。たかが深海棲艦一個艦隊如き、瞬く間に殲滅する」

 

江ノ島鎮守府は初の深海棲艦への反攻作戦を行った部隊である以上、その象徴として精鋭である必要がある。元はそれだけだったが、いつの間にか世界最強の軍団を目指すようになっていった。生まれてこの方、常に戦場に身を置いていた挙句に実質神からの祝福も受けている長嶺が演習を観察し、個人にあった訓練メニューの作成やアドバイスを続ける事により、いつの間にか全員が一介の艦娘やKAN-SENという枠を逸脱しているのだ。

 

『こちらイラストリアス。敵艦隊は殲滅、全て倒しましたわ。周囲に敵影なし、帰還いたします』

 

「ほらな?」

 

流石にこうなると、もう何も言えない。全員、江ノ島へと帰還した。帰還後、山城は例の『霞深き桜』の事を、風間に伝えてみた。

 

「霞深き桜というのをご存知ですか?」

 

「霞深き桜?.......かすみ.......さくら?.......あぁ、そういうことか。うん、一応知ってるよ」

 

「何者なんですか?」

 

「何者ねぇ。何者なんだろうね彼は。文字通りの化け物で、でも優しくて、でも苛烈で。無茶苦茶でチグハグだけど、良い奴さ。それに、味方だよ。大丈夫、心配しなくていい」

 

あまりに答えがフワフワしすぎていて、更に聞いてみるがのらりくらりと躱されてしまい、結局答えは聞けなかったという。

 

 

 

 

 

 



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第七十九話作戦前夜

演習終了より1ヶ月後 江ノ島鎮守府 パーティーホール

『マイクチェック音量大丈夫?チェック1、2。それではこれより北方海域攻略作戦『ペルーン作戦』の、決起集会を開会致します。提督、登壇!』

 

あの演習から早い物で1ヶ月が経った。明日には作戦がいよいよ始動し、参加する艦娘とKAN-SEN達は明後日の08:00に抜錨予定である。参加航空隊も明日には釧路基地へと、長嶺と共に向かう予定だ。

 

『おーい霧島ー。もうちょい気楽な感じでいいぞー』

 

『あ、そうですか?』

 

『決起集会なんて大層に名を打っちゃいるが、今日は実質の所はパーティーだぜ?硬いの無し、気楽に行こう。とは言え、今からはちょっと真面目に行くからしっかり聞いとけお前達。

本作戦は知っての通り北方海域への反攻作戦であり、初の鎮守府合同で行われる。その為、いつもの江ノ島鎮守府のみでやるのとは訳が違う。例えば通常は戦場を共に駆け回る霞桜は、この作戦では極秘戦力として緊急時と決戦時にしか投入できない。理由は勿論、接触を最低限に抑える事で要らぬリスクを負わない為だ。KAN-SENについては、最早『特殊な艦娘。通称KAN-SEN』が既成事実と化している。こちらは普通にやってもらって構わん。

またいつもなら最前線で大暴れする俺も、今回ばかりは連合司令長官として釧路基地に詰めなくてはならない。という訳で今回は安全な遥か後方から、フカフカの椅子にふんぞり返って顎でお前達をコキ使う。おぉっと、狡いとかウザいとか言って俺に砲弾撃ち込んでくれるなよ?特に艦娘の瑞鶴&天龍!!』

 

「はぁ!?」

 

「何でオレたち名指しなんだよ!!」

 

『えー。だってお前達、普通に爆撃とかぶん殴るとか言うじゃん。俺嫌だよー、吹っ飛ばされるの』

 

思わぬタイミングで思わぬ所に飛んでいった矛先に当たった、憐れな瑞鶴と天龍は文句タラタラである。だが周りは大笑いしていて、翔鶴と龍田から更にイジられる始末。掴みはこれでいいだろう。

 

『さーて、話を続けるぞ。この作戦は大きく分けて四段階だ。第一段階、遊撃艦隊による陽動攻撃。第二段階、海上自衛隊、航空自衛隊によるミサイル飽和攻撃。第三段階、我々江ノ島艦隊による敵陣への切り込み。第四段階、陸上自衛隊による島嶼部解放作戦。まあ四段階とは言ったが、最後の第四段階に関しては基本はノータッチだ。あきつ丸等の一部が関わるが、基本は別艦隊が対応する事になっている。

艦隊各艦の割り振りについては既に知っての通りだ。あ、そうそう。作戦中は距離にもよるが、航空支援が受けれる様にはなっている。もしヤバくなったら、積極的に使ってくれ。以上、後は騒げ野郎共!!!!!!!!』

 

待ってましたと言わんばかりに、全員が一斉に酒や料理に手をつけ始める。開始15分もすれば艦娘の赤城と加賀の爆速大食いショーが始まり、更に30分経てば霞桜の宴会芸が始まる。最初は皿回し、ジャグリング、ブレイクダンス等の軽めだが、2、3時間もすれば竜神チャレンジを筆頭とする常人には危険すぎる余興が始まる。

この頃になると元テキ屋系のおっさん共が輪投げやら射的やらのセットを手早く設置して即席縁日で駆逐艦達を喜ばせ、もう少し大人向けの遊戯として勝手にポーカー台やら雀卓やらルーレット台やらを設置してゲームが始まる。と言っても、参加者にチップを一定数配分して誰が一番多くチップを入手するか競うだけで金は一切絡んでいない為、賭博ではない。

かなり危険というか特殊というか少なくとも普通なら警察とかの介入案件だが、ここはアウトサイダー共が集う江ノ島鎮守府。今更である。

 

「提督、貴様もやって行くか?」

 

「丁半博打か。やるか長門!」

 

「ふっ、望む所だ!!」

 

本当なら見るだけのつもりだったが、誘われたらやるしかない。という訳で長嶺、ギャンブル大会参戦である。

 

「お、大オヤジが参戦ですかい?」

 

「振りはワーモ、胴元はチャンプで中盆はクザンか。中隊長勢揃いだな」

 

チャンプにチップを渡して木札に替えてもらい、座布団の上に座る。参加者は長門と長嶺の他、艦娘から那智と隼鷹。KAN-SENからは伊勢と日向である。

 

「ピンゾロで入ります.......」

 

ワーモがツボと賽を持ち、勢いよく賽をツボに投げ入れて畳の上に叩き置く。少し揺らして真ん中に置くと、即座にクザンが声を上げる。

 

「さぁ張った張った!!!!丁方ないか丁方ないか!!半方ないか半方ないか!!」

 

「丁」

「半」

「半」

「丁」

「丁」

「半」

 

長門、那智、伊勢が丁。長嶺、隼鷹、日向が半である。因みに今更ではあるが、簡単に丁半賭博のルールを説明しよう。2つのサイコロを振って、出た目を足した数が偶数か奇数か当てるゲームである。偶数が丁、奇数が半と言われている。

 

「丁半出揃いました.......。勝負、ハッ!!」

 

出ていた賽は4と5。足して9、奇数である。

 

「グシの半!!!!」

 

「お、幸先いいな」

 

「ちぇっ、指揮官の勝ちかよ」

 

「司令官の勝負運は強いらしいな」

 

ここから長嶺の無双が始ま.......らなかった。実は長嶺、意外と弱いのだ。戦争とかのギャンブルは大勝ちするが、逆に普通のギャンブルは普通か、それよりも弱い。今の所10連敗中で、逆の意味でGACKT様化してしまっている。

 

「お、驚いたな。まさか提督がここまで弱いとは.......」

 

「まあな。俺の強さはイカサマにこそ発揮される」

 

「は?」

 

「別にギャンブルに勝つ(・・)っていうのは、俺はそれこそ戦闘と同じ様に負け無しの最強だ。だが正々堂々の運ゲーギャンブルは、普通に弱い訳よ。例えばそうだな、客同士のポーカーとかなら勝てるが、こういうのは無理だ」

 

勝ち方さえ拘らない、つまりイカサマ有りなら長嶺は勝ちも負けも勝ち方も勝たせ方も負けさせ方も全て思い通りに操れる。だがあくまでこれは、みんなで楽しくやろうというゲーム。ズルをする訳にはいかない。

 

「そうだな、面白いのを見せてやろう。ワーモ、賽とツボを貸してくれ」

 

「?えぇ、どうぞ」

 

「それじゃ、お前達。今から俺は、ピンゾロの半をだしてやる。見てろよ」

 

長嶺は普通に賽をツボの中に投げ入れて、勢いよく畳の上に叩き付ける。さっきまでのワーモのやり方と、なんら変わらない普通のツボ振りだ。だがツボを開けてみると、賽は2つとも1を出していた。

 

「す、スゲー!!」

 

「こんな事ができるのか!?」

 

「マジっすか大オヤジ!!!!」

 

「サイコロ自体に細工をする事もあるが、振り方とツボの置き方で中を操れる。これは単純に俺の技術だから、イカサマという訳でもない。面白いだろ?」

 

その後も同じ様にやって見せた。宣言通りの賽の目を出し続け、ゲームを意のままに操れる事を証明してしまったのだ。相変わらずのチートっぷりである。

 

「こりゃ大オヤジをツボ振りにした日には、賭博が成立しなくなるな」

 

ツボ振りの気分次第で勝ちも負けも自由自在だと言うのなら、掛け手と振り手がグルになれば幾らでも儲けられる。というかそもそも、ギャンブルでこの手のイカサマはゲーム性そのものが崩壊する。

 

「はいはい成立しようがしまいが、今日はもうお開きだ。明日は早いんだから、もうそろそろ片付けろー」

 

「えー!!そりゃないっすよ!!!」

 

「そうだよ提督!!夜はまだまだこれからだよ!!!!!」

 

「オーライ夜戦ニンジャ、時計を見ようか」

 

「23時!!!!まだ夕方だね!!!!!!」

 

「な訳あるか!!夜!!!!Night!!!!!!Evening!!!!!!!」

 

流石、夜戦ニンジャの川内。時間感覚がバグりまくっている。いくら生活習慣が乱れに乱れ、ニートやって昼夜逆転してる様な奴でも23時を夕方呼ばわりする者はいない。

 

「もう姉さん!!!!提督を困らさないでください!!!!!」

 

「えー!!」

 

「川内、明日からの作戦で夜戦は幾らでも出来る。今は一度休むんだ。明日からの夜戦、好きなだけ暴れるためにな?」

 

「そういう事なら大人しくしてるよ!」

 

幸いなことに、川内は意外とチョロい。こういう風にメリットを言えば、大体従う。暴走はするが、手綱は握りやすい方なのだ。

 

「あー、オイゲン!」

 

「何かしら?」

 

「後で部屋に来てくれ。話がある」

 

「はいはい、分かったわ」

 

長嶺はオイゲンに用件を伝えると、そのまま自室へと戻った。普通なら風呂なりシャワーを浴びるだろうが、今夜の長嶺は少し違った。今夜は満月なのだ。今日は眠らない。眠ってしまえば、悪夢を見てしまうから。

 

「来たわよ雷蔵。それで、何の用かしら?」

 

「あぁ。お前にコイツを、預けておきたくてな」

 

「これって.......」

 

「俺なりの保険だ。使わなければそれで良し。だが何かあった時の為に、こういう風に対策しても問題はないだろ」

 

「でも指揮官。今回は江ノ島以外の鎮守府が一線級の艦娘を出しての合同攻略作戦で、それを見られるのはヤバいんじゃないの?」

 

長嶺は静かにタブレットのロックを解除し、とあるデータをオイゲンに見せた。画面には何かの波形が映っており、右側に行くに連れて波形の振れ幅が大きくなっているのが分かる。

 

「これは?」

 

「今回の作戦海域周辺で観測された、海底の振動を計測した物だ。コイツを見て欲しい」

 

今度は複数の波形を見せられたが、まず上のグラフが左から右に波形のピークが移動して行っている。右まで行き着くと、今度はその下のが同じ様に動いている。まるで何かが移動している様だ。

 

「分かるだろ?恐らく深海で、俺達の知らない何かが動いている。この波形は地震や海底火山の爆発といった、自然現象による振動ではない。確実に人為的な物だ。質量は原子力潜水艦以上で、速力は凡そ80ノット程度と推測されている。当然だが、人類に80ノットを出せる原子力潜水艦以上の潜水物は存在しない。恐らく深海棲艦だ」

 

「深海棲艦と呼ばれる理由は、確か深海から出てくるのよね?」

 

「あぁ。深海の奥底、人類が手を出せない程の海底に深海棲艦の本拠地があると姫級2人からも聞いている」

 

深海棲艦は不思議な物で、海の中、深海で住むことは出来るが水中から攻撃はできない。例え姫級でも潜水艦タイプでなければ、水中から攻撃は仕掛けられないのだ。精々、触手を海中に突っ込んで潜水艦を直接攻撃したりである。

 

「その謎の深海棲艦が出てくるかもしれないって訳ね?」

 

「あぁ。それにその謎の深海棲艦、俺は心当たりがある」

 

「なんですって?」

 

「お前達と出会う前、江ノ島鎮守府が一度襲撃された事がある。その時に俺は深海棲姫と呼ばれる、深海棲艦を束ねる存在と戦って負けた。恐らく、その深海棲姫様がお出ましになられたのだろうよ」

 

深海棲姫とかいう存在よりも、長嶺がその深海棲姫に負けた事にオイゲンは衝撃が隠せなかった。オイゲンの中での長嶺とは、世界最強の凡ゆる戦闘に対応する戦闘マシーン。そんな風に考えており、実際そうである。故に負けるという想像ができないのだ。

 

「あ、負けたっ言ってもそれは人間としてだ。当時は神授才はおろか、艦娘の力も大っぴらに使えない時でな。その前に実は神授才を久しぶりにこっそり使ったんだが、アーマー無しで威力高い技を放った後でヘロヘロだった。そこに現れたもんだから、殆どもてなさず一方的にやられたんだよ」

 

「にしたって驚きよ。分かったわ。一応その深海棲姫って存在のことは、頭の片隅にでも入れて置くわ」

 

「あぁ、それで良い。もしかしたら何もせずだったり、或いはそもそも波形自体が別の物の可能性すらある。用心はして欲しいが、余り気にしなくてもいい」

 

オイゲンは長嶺からの預かり物を受け取ると、そのまま長嶺のベッドへと飛び込んだ。

 

「.......何してるの?寝るわよ」

 

きょとん顔でそう言ってくるオイゲン。だが流石に今夜ばかりは「はい寝ましょう」とはならない。先述の通り、今宵は満月。長嶺にとっては悪夢の夜なのだ。

 

「あ。もしかして、決戦の前に火照りを鎮めたいのかしら❤️?」

 

そう言いながらオイゲンは、自身のショーツを少しずつ脱ぎ出す。「違うそうじゃない」とツッコむと、ようやく長嶺が寝れない理由を察してくれたらしい。

 

「.......まだ満月は苦手なのね」

 

「流石にな。もう割り切れてはいるし、アイツらが死んだのも受け入れている。だがそれでも満月の夜は嫌いだし、寝れば悪夢を見る。少し前に俺の過去を話したが、あの後に眠ってみてもやっぱり悪夢を見て終わった。多分、これは一生治らんな」

 

「そう。なら、私が一緒に寝てあげるって言ったら?」

 

「なに?」

 

オイゲンが言うにはこうだ。これまで長嶺はずっと1人ぼっちで満月の夜に眠っており、添い寝をすれば大丈夫なんじゃないかと、そう提案してきたのだ。

 

「.......ダメで元々、試してみるか。よし、シャワー浴びてくる」

 

手早くシャワーを浴びて、いつもの部屋着に着替えるとベッドに寝転んだ。いつもの様にフカフカのベッドなのだが、何処か恐ろしさを感じてしまう。

 

「それで、私はどういう風にしたらいいかしら?何もせず横にいたら良いか、それとも後ろから抱き着いて欲しいか。他に要望があれば、好きにしてくれて構わないわ」

 

「.......なぁ、オイゲン。俺はこれまで、お前含め江ノ島の家族の前では常に堂々としていた。お前の前でも常にそうだったと思ってる。だが今夜だけは、お前に存分に甘えても良いか?」

 

「え、えぇ。勿論よ!」

 

オイゲン、平静を装っているが心臓バックバクである。いつも「立てば皆の灯台、座れば最強要塞、歩く姿は誰もが慕う英雄のソレ」と言わんばかりの完璧超人で皆が頼りにする男が、自分の目の前で弱気で塩らしい姿を見せている上に上目遣いまでセットと来た。心臓が鳴りすぎて心停止しそうである。

 

「俺と向き合う形で、お前を抱きしめながら眠りたい.......」

 

「えぇ、分かったわ。.......えっと、こんな感じかしら?」

 

オイゲンは長嶺と向き合い、そのままぎゅっと抱きしめたい。長嶺も同じ様に抱きしめる。

 

「なんか、まるでお互いを抱き枕にしているみたいね」

 

「抱き枕は睡眠効率を上げるらしい。お前が俺の抱き枕なら、安眠間違いなしだろうな。尤も、今夜だけはその限りじゃないかもしれないがな」

 

オイゲンは気付いた。長嶺が少し、震えているのだ。これまで弱った姿なんて一度も見せず、不測の事態が起きてもアタフタする事はあっても常に堂々としてして、どんな事が起きても笑顔を浮かべ、常に皆の先頭を歩いている長嶺が、震えているのだ。

その姿にオイゲンも、なんとも言えない哀しみが襲ってくる。何に対したかは分からない。長嶺への同情か、或いは何もできない自分への悔しさか。それは分からないが、どういう訳か哀しかったのだ。

 

「おやすみ、オイゲン」

 

「えぇ、おやすみなさい雷蔵」

 

まず第一関門の眠れるかどうか。取り敢えず、眠れはした。安心できたのか、ものの15分で意識は落ちた。だが第一関門を突破しても、問題はその後。悪夢を見なくて済むかどうかだ。

 

 

 

翌朝 江ノ島鎮守府 長嶺自室

「.......んぅ」

 

翌朝の07:00、長嶺は目が覚めた。いつも通りの自室の天井。周りを見渡せば大きな窓から朝日が差し込んでいて、反対側を向けばオイゲンの白銀の艶々とした髪が輝いている。あの寝起き独特な感覚である、夢の中にいる様な夢を見ていた様なという不思議な感覚はあるが、少なくとも夢を見ていた記憶は今回ない。

 

「..............添い寝パワー、効果あった」

 

「らいぞう.......?」

 

「おぉ、オイゲン。スゲーよ、添い寝パワー効果あったわ。悪夢見てない。ベッドインしてから今起きるまで、俺記憶ねーもん」

 

「よかったじゃない。愛の力ってヤツかしらね?」

 

「あぁ。スゲー、スゲーよ!」

 

もうなんだかんだ10年以上悩んできた、あの悩みから解放されたのだ。今回はたまたまだったのかもしれないが、それでも長嶺にとっては大きな前進なのだ。何せ、これまで常に戦い続けていた長い戦いに終わりが見えたのだから。

これまで月に1回は、悪夢を見ていた。あの戦場で命を落としていく親友達の姿と、その断末魔、或いは彼らからの呪詛を見聞きさせられ続けられるのだ。霞桜や艦娘とKAN-SENと出会ってから、大事な家族達が死んでいく姿も見ている。火に飲まれ、砲撃でバラバラになり、切り刻まれ、目の前で死んでいく。断末魔の悲鳴や長嶺の名前の叫びを聞き、例え耳を塞いでも貫通して聞こえてくる。文字通り、地獄なのだ。

 

「ふふ、また一緒に寝ましょ?」

 

「あぁ。というか、お前と寝たら寝られなくなる気がするんだが.......」

 

「あら、もしかしたら遅刻かもしれないわよ?」

 

朝になると男は大きくなる物だ。そこを指差してジェスチャーをしてくるが、生憎と今日は釧路基地への移動がある日。おっ始めるわけにはいかない。

 

「それ、今日以外で言って欲しかったわ」

 

「今日は大変だものね。まあ良いわ。残念だけど、朝食にしましょ?」

 

本日の朝食はオイゲンの作った卵サンドとコーヒーという、朝食としては極々普通の一般的な物である。そして味も普通に美味い。だが1つ問題がある。

 

「なぁオイゲン」

 

「何かしら?」

 

「このサンドイッチは美味いし、コーヒーも豆から淹れた本格派で極めて美味。天気も晴れていて、おまけに食卓を愛する美女と囲めるというのはな、男の描く理想像としてはこの上なく完璧な朝だ。だがな、1つだけ欠点がある。お前、なんで裸エプロンなんだよ!!しかも裾丈の短いヤツ!!!!!!」

 

そう、今のオイゲン の姿は裸エプロンなのだ。しかも裾丈が短いので太腿見えるし、というか捲れば普通に見える。でもって胸も大きすぎて結構ギチギチに詰まっており、なんかもう普通に溢れてる。さっき朝からおっ始めると不味いと言ったのに、おっ始めたくなる格好をしているのだ。もう目に毒を通り越して、猛毒とか硫酸レベルのダメージである。

 

「えー?良いじゃない。だってこれ、かわいいんだもの」

 

「確かにかわいいデザインよ!?黒に赤いラインでお前のイメージカラーで、似合ってもいるよ!!でもな、我慢するこっちの身にもなってくんない!?!?」

 

「あら、解放しちゃえば?」

 

「それができねーからキツイんだよ!!!!!!!」

 

朝っぱらから夫婦漫才開幕だ。恐らくオイゲンとしてははもっと煽りたいのだろうが、本当におっ始めて遅刻するのはプロとしての矜持が許さない。おふざけはこの位にして、さっさと朝食を食べ終えるとオイゲンも最後の準備に入るべく部屋へと戻っていった。

 

「さて.......」

 

長嶺も同じく準備に入る。そんな時、不意にあの写真が目に入った。かつて親友達と撮った最後の写真。写真立ての写真には自分しか写ってないが、裏っ返せば3人の親友達も写っている写真と、彼らのドッグタグが入っている。

 

「.......お前達はなんだかんだ言って、懐が広かったよな。その懐の広さを見込んで、どうか頼む。彼女達を。俺の家族達を。護ってやってくれないか?」

 

返事が返ってくる訳がない。だが、きっとこの願いが聞こえたのなら彼らは、長嶺が「親友」と呼んだ彼らなら必ず護ってくれる。

長嶺は写真立てを所定の位置に戻すと、自室を出て飛行場へと歩き出す。飛行場には既に、釧路基地へ向かう為に10機のC2輸送機が待機していた。

 

「お前達、留守は任せるぞ」

 

「はい、お任せください。提督、どうかお気を付けて」

 

「あぁ。そうだ、勝利を収めて凱旋する時、大量の飯と酒で出迎えてくれ」

 

「ふふふ、分かりましたよ提督。腕によりをかけて、用意しておきますね」

 

この作戦中、例えばアイオワやサラトガ、扶桑&山城の様に他鎮守府とダブる艦娘は江ノ島の守護を命じている。例え攻略作戦中の戦闘の真っ只中、江ノ島が別動隊に襲われても距離がここまで離れていたら、あの艦娘の力が使えなくなる現象も発生しない。

 

「提督、準備完了しました」

 

「よーし!では江ノ島艦隊、出撃するぞ!!!!!」

 

まず飛び上がったのはメビウス中隊のF22ラプター8機。その後にグレイア隊のF3心神とカメーロ隊のF3Aストライク心神が続き、最後に艦娘とKAN-SEN、それから艤装の類いを載せた10機のC2が飛び立つ。

各機は編隊を組んで釧路基地を目指すのだが、その隣に彼らがやってきた。留守番組のグレイア隊とレジェンド隊の戦闘機である。見送りにやってきたのだ。

 

「提督殿!」

 

「なんだパイロットさん」

 

「アレ、そちらのお仲間じゃありませんか?」

 

「あ、ホントだ。見送りとは粋な事をしてくれる」

 

見送りの機体は編隊に横付けすると宙返りやロールを繰り返し、思い思いの見送り方で見送ってくれた。ならばこちらも、何か返さなくてはならない。

 

「う〜ん.......。あ、そうだ」

 

「何か思いつかれたので?」

 

「お構いなく〜」

 

空自のパイロット2人に適当な事を言って、長嶺は貨物区画に降りた。そしてこの機体に載せている、江ノ島鎮守府の巨大旗を持ち出す。

 

「提督、どうかしたの?」

 

「うん?まあ、そうだな。手を振りに行ってくる」

 

艦娘の鈴谷の質問に答えながら、長嶺は機体横のスライドドアを開けて屋根に攀じ登った。まさかの出来事に、後続の輸送機パイロット達から長嶺座乗の機体に無線が飛ぶ。

 

『1号機!!そっちの機体、提督が屋根に攀じ登ってるぞ!!!!』

 

「はい?いやいや、攀じ登ってる訳ないよ。物理的に不可能だろ?映画じゃあるまいし」

 

一応副機長が貨物区画に確認に行くと、案の定鈴谷から「提督なら屋根に登ったよー」という答えが返ってきて2人は大慌てである。だが長嶺はそんな事はつゆ知らず、屋根に登り切ると旗を広げた。

大空に江ノ島鎮守府の旗が翻る。本来なら霞桜の旗とかアズールレーンの旗とかも掲げておきたいところだが、流石に部外者たる空自のパイロットがいる目の前でやるのは色々不味い。というかもう既に屋根に攀じ登ってる事がヤバいのだが、もうそこは後から誤魔化すので問題ない。まあぶっちゃけ、物理的に全部の旗を掲げるのは無理があるのでやるつもりはなかったが。

 

「おいアレ!!!!」

 

「提督だぞ!!!!!」

 

「俺達の見送りに答えてくれてんだ!!!!」

 

カメーロ、レジェンド両隊は長嶺の周りで再度編隊を組み直すと、翼を一斉に翻して鎮守府へと帰還していった。それから1時間ほどして、C2の編隊は釧路基地へと着陸。艦娘とKAN-SENは艤装搬入作業に入り、長嶺は基地の会議室へと向かった。

 

「失礼、長嶺長官でありますか?」

 

「えぇ、そうですよ」

 

移動の最中、長嶺は陸自の士官に声をかけられた。階級章は大佐を示しており、胸には空挺とレンジャーの徽章が輝いている。しかもこの士官、顔を目出し帽で覆っている。十中八九、特殊作戦群の人間だ。

 

「私、本作戦の特殊作戦群に於ける隊長を務めます、本郷大佐であります。軍神、長嶺長官と共に戦場をかけるのは我が隊の誇りであります」

 

「それはどうも。にしても、特戦群を引っ張り出すとは」

 

「やはり意外でしたか?」

 

「そりゃそうでしょ。幾らレンジャーと空挺を超える精鋭と言えど、そちらの本業は対テロ戦闘。こんな作戦に出張ってくるとは思いませんでしたよ」

 

「長官の仰る通りです。しかし我が隊、遅れを取るつもりはありません!深海棲艦であろうと、勝利をご覧に入れましょう」

 

本郷と名乗る男、決して悪くない男だろう。熱血漢ではあるが、意外とこういうタイプの方が人が付いてくる。しかし一方で、深海棲艦との戦闘には少々舐めている部分がある様だ。

 

「では、本郷大佐。対深海棲艦戦闘のプロとして、1つアドバイスしておきましょう。もしヤバいと思う存在に遭遇した際は、すぐにお逃げなさい」

 

「そんな敵がいると?」

 

「無論です。それにさっきも言った通り、そちらの任務は対テロ任務。こういう類は、専門家達(・・・・)にお任せなさい」

 

「ご注告、肝に銘じておきましょう」

 

本郷は専門家達というのを艦娘だと思っているが、長嶺の言う専門家達とは霞桜の面々である。彼らは既に、今回の作戦で江ノ島の補給拠点が設営される無人島に拠点を設営しているのだ。

 

「.......今回ばかりは、何も起きない事を祈るばかりだな」

 

長嶺は会議室へと歩き出す。では最後に今回参加する江ノ島艦隊の陣容を、簡単にご紹介しよう。

 

《戦艦》

大和、武蔵、長門、陸奥、金剛、比叡、榛名、霧島、Conte di Cavour nuovo、Colorado、Maryland、South Dakota、Massachusetts、Washington、Nelson、Rodney

《空母》

赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴、雲竜、天城、Intrepid

《軽空母》

千歳、千代田、鈴谷、熊野、隼鷹、飛鷹、Gambier Bay Mk.II

《重巡》

高雄、愛宕、妙高、羽黒、筑摩、Northampton、Tuscaloosa、Houston

《軽巡》

球磨、多摩、北上、大井、天龍、龍田、五十鈴、名取、川内、神通、那珂、Abruzzi、Garibaldi、Brooklyn、Honolulu、Atlanta、Gotland andra、Perth

《駆逐艦》

吹雪、叢雲、睦月、如月、望月、弥生、皐月、文月、長月、菊月、神風、春風、旗風、暁、雷、電、ヴェールヌイ、夕暮、村雨、夕立、海風、峯雲、天津風、浦風、萩風、夕雲、長波、早霜、照月、島風、Johnston、Fletcher Mk.II、Heywood

《潜水艦》

伊19、伊58、伊26、伊8、伊58

《水上機母艦》

瑞穂、秋津洲

《補給艦》

神威

《揚陸艦》

神州丸、あきつ丸

《潜水母艦》

迅鯨、長鯨

《工作艦》

明石

 

《航空隊》

メビウス中隊、グレイア隊、カメーロ隊

 

《KAN-SEN》

全艦艇

 

《霞桜》

全部隊

 



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第八十話ペルーン作戦

数分後 釧路基地 会議室

「よう比企ヶ谷」

 

「長嶺提督、お疲れ様です」

 

「別に今くらい普通でいい。ってか、お前から敬語使われたら気持ち悪い」

 

「.......俺に対するパワハラって事で、防衛省の相談窓口に通報するか」

 

「俺がそんな事で止まるわけないだろ?」

 

目の前の男なら、国が立ち塞がっても普通に止まらないだろう。国連の様な国家の連合体を持ってしても、おそらく堂々と我が道を行くタイプだ。

 

「お前、ホントブレないな」

 

「伊達に軍人やってないんでな」

 

「にしても今回は、自衛隊の人間もいるんだな」

 

「あぁ。特戦群もいるからな」

 

「特戦群?」

 

どうやら比企ヶ谷、特戦群を知らないらしい。一応これでも海軍の指揮官に名を連ねる、歴とした高級将校なのだから知っていて欲しかったが、研修も基本的に海軍のことと簡単な自衛隊との協働任務についてしか話さなかった。仕方がない。

 

「特殊作戦群。自衛隊の特殊部隊だ」

 

「自衛隊に特殊部隊っていたのか!?」

 

「あぁ。特殊作戦群はその中でも特に機密性が高い部隊で、装備も人員も任務も非公開だ。一応表向きは対テロ任務部隊って事になってるが、海外に極秘裏に派遣されることもしょっちゅうだ。偶に紛争地域からの引き上げとかで、自衛隊が法人保護に出動するだろ?アレにもついて行ってる」

 

聞く人が聞いたら憲法違反だなんだと騒ぎそうな話だが、ここで1つ疑問が浮かんだ。何故、特殊作戦群という特殊部隊とは言え対テロとかの任務を担当する部隊が、この北方海域制圧に投入されるのだろうと。

 

「本作戦に於いて、彼らには陸上型深海棲艦との戦闘を担当してもらう。お前も戦車型の話は知ってるだろ?」

 

「.......あぁ。千葉の戦いで初確認された、新種の深海棲艦だろ?」

 

「その戦車型の調査が彼らの目的だ。空自と海自は、まあいつも通りだ。彼方さんの持つ通常兵器戦力も、無駄に数の多い雑魚艦掃討には一定の効果が得られる。流石に姫級とか重巡以上ともなると無効武力だがな」

 

暫く雑談していると、会議の時間となり色々と今作戦に於ける確認が行われた。

 

『それでは会議の方に移らさせて貰います。本作戦の第一段階、艦娘部隊による陽動攻撃については以下の艦隊にて行われます。お手元の資料にてご確認ください』

 

資料には第一遊撃部隊、第二遊撃部隊、第三遊撃部隊の陣容が書かれていた。

 

第一遊撃部隊第一部隊

戦艦『伊勢』『日向』

重巡『三隈』

駆逐艦『岸波』『沖波』『藤波』『浜波』

同・第二部隊

重巡『足柄』『那智』

軽巡『阿武隈』

駆逐艦『春雨』『五月雨』『山風』『潮』『曙』『朧』『漣』

同・第三部隊

戦艦『扶桑』『山城』

重巡『最上』

駆逐艦『時雨』『朝雲』『山雲』『満潮』

 

第二遊撃部隊第一部隊

戦艦『金剛』『榛名』

重巡『高雄』『愛宕』『雲仙』『鈴谷K』『熊野K』

同・第二部隊

戦艦『比叡』『霧島』

重巡『愛宕K』『高雄K』

軽巡『川内』『神通』『那珂』

駆逐艦『吹雪』『夕立』『睦月』

同・第三部隊

戦艦『South Dakota』『Washington』

重巡『Northampton』『Tuscaloosa』『Houston』

軽巡『クリーブランド』『コロンビア』『モントピリア』『デンバー』

 

第三遊撃部隊第一部隊

戦艦『ネルソン』『ロドニー』『プリンス・オブ・ウェールズ』『デューク・オブ・ヨーク』

重巡『エクセター』『サセックス』

同・第二部隊

戦艦『長門』『陸奥』

重巡『利根』『筑摩』

軽巡『阿賀野』『能代』

駆逐艦『村雨』『早霜』『島風』『天津風』

同・第三部隊

戦艦『ヴィットリオ・ヴェネト』『リットリオ』『ローマ』

重巡『ザラ』『ポーラ』『ゴリツィア』

 

こんな感じである。因みに『高雄K』のKとは、KAN-SENのKである。重桜のKAN-SENと艦娘は名前が同じである為、公式文書の中ではこういう風に見分けるのだ。一方海外艦で名前がダブってる場合、例えばビスマルクならKAN-SENは片仮名、艦娘は英字表記となる。

 

「(雷兄、このネルソンとかエクセターっていうのは、もしかしてKAN-SENですか?)」

 

「(あぁ。現状、うちの鎮守府は世界最大規模の艦艇を持つ部隊と言って良い。大半がKAN-SENだがな。今回は互いに経験積ませる意味も含めて、半数近くをKAN-SENにしてある)」

 

江ノ島鎮守府は知っての通り、艦娘よりもKAN-SENの方が圧倒的に多い。更に言えば日本が保有する艦娘の総数ととKAN-SENは、ほぼどっこい。これに加えて長嶺と霞桜もいるので、実はパワーバランス的にはかなりバグっているのだ。

 

『次に第二段階。当初は海上自衛隊よりDD5隻、DDG2隻、FFM12隻、DDA1隻の20隻が参加予定でしたが、新たにアメリカ第7艦隊とサンディエゴ海軍基地より第3艦隊の派遣が決定しました。これにより参加艦隊はアメリカ海軍は第7艦隊旗艦、空母『ミッドウェイ』以下、巡洋艦1、駆逐艦8、潜水艦3。海上自衛隊は第5護衛隊群旗艦、空母『いぶき』以下、DD5隻、DDG2隻、FFM12隻が参加します。

また航空隊に関しましてもアラスカのエルメンドルフ空軍基地より、10個戦闘飛行隊が作戦に参加します。無線周波数等は変わりませんので、各部隊への伝達をお願いします。第三段階の……』

 

会議後にそのまま図上演習に移ったりと、かなりの時間を会議室で過ごした後、長嶺は比企ヶ谷指揮下の独立遊撃隊、旧総武高校生徒会メンバーを呼び出してもらった。

 

「やっほーお前らー」

 

「むむ、長嶺ではないか!!!!」

 

「久しぶりだべ!!!!」

 

「そっか!会議に出てたんだね!」

 

「あぁ!!先輩が来てる!!!!」

 

「久しぶりだね長嶺」

 

「めっちゃ久しぶりじゃん。っていっても、まだ2、3ヶ月しか経ってないけど」

 

本来なら上官への態度がなってないとか何とか言われそうな光景だが、長嶺が今まで通りに接して欲しいと命令しているので問題ない。長嶺個人としても、気兼ねなく話せる同年代の存在が欲しいのだ。

 

「なんだろうな、数ヶ月しか経ってないのに妙に懐かしく感じるよな。これなんて現象なんだろな?

まあ思い出話は置いといてだ。俺がここに来たのは、お前達の顔を見に来たのもあるが、本作戦に於ける命令を伝えに来た」

 

「もしや我らも戦場か!?!?」

 

「だとしたら腕がなるっしょ!!!!」

 

「いや、今回はお前達も含め、霞桜自体には出番がない。緊急時と決戦時の、それも戦局が焦げついた時に出撃するが、基本は秘匿拠点か空中にて待機する。お前達はここで待機だ。あ、比企ヶ谷は釧路基地司令として働いてもらうぞ」

 

何やら残念そうな顔をしているが、こればかりは仕方がない。長嶺だって今回は総隊長と鎮守府で普段見せる長嶺提督としてではなく、対外的な江ノ島鎮守府提督兼連合艦隊司令長官として動く。

 

「てことはウチらは出番なしなわけ?」

 

「そうだ、とも言い切れない。無いとは思うが、戦局が最悪の最悪になった時。それこそ展開する部隊の大半が戦闘不能や被害甚大と判断した時は、俺が出張るつもりだ。その時はお前達も俺と共に来てもらう。無論、比企ヶ谷も含めてな。作戦中、お前達は黒鮫にて待機。いつでも出撃できる体制を整えて置いて欲しい」

 

流石に何も無いと思いたいが、例の深海棲姫と思しき反応もある。流石に保険の1つや2つは欲しい。

この後、久しぶりに集まった学友であり戦友である彼らと、適当にトランプとかウノとか人狼ゲームをし始め、そこに一部の江ノ島の艦娘とKAN-SENが混ざり、謎のゲーム大会がスタートしたのであった。

 

 

 

翌08:00 釧路基地 グラウンド

『これよりペルーン作戦、出陣式を挙行する。各司令官は、1人ずつ壇上に上がり訓示をお願いします』

 

本来なら長嶺からスタートしそうだが、今回は白鵬、影谷、比企ヶ谷、風間、長嶺の順となった。四者四様の訓示で、どれも個性豊かである。例えば白鵬なら子供らしからぬ大人びた訓示だが、一方で何処か大人になりきれてないあどけなさが残っているし、影谷なら逆にあどけなさ全開だがしっかり決めるところは決めているし、比企ヶ谷はもう比企ヶ谷らしさ全開というか遺憾無く捻くれを発揮していた。風間は大人の風格を醸し出しながらも、しっかり艦娘達への心遣いを忘れない訓示であった。だが最後、長嶺が全てをぶち壊した。

 

『最後に江ノ島鎮守府提督、長嶺元帥、お願いいたします』

 

訓示が始まるまで、しっかり第二種軍装を着ていた筈だった。にも関わらずいつの間にか制帽脱いでいるし、ジャケットは肩掛け、中に着ている筈の白シャツは普段着用している強化外骨格用のインナーな上に、脇下に阿修羅HGを納めた巨大なホルスターを装備し、軍刀は幻月と閻魔の二刀吊り。更に肩にはカラスを止まらせ、自らの横には真っ白な犬を連れるという明らかに壇上で今から訓示を行う高級将校らしからぬ格好であった。

 

『よう、お前達。昨日はよく眠れたか?いよいよ作戦開始となった。だが、俺からの命令はいつも通りだ。邪魔する奴らは全部殺せ。障害は全部破壊して突き進め。昨日とか一昨日は「いつもと違う」と言ったがな、状況は違ってもやる事は変わらない。これまで俺が鍛えてきたお前達なら、早々敵に遅れは取らない。それはこの俺が保証しよう。

もしやられそうになった時は仲間を頼れ!それでも無理なら俺を頼れ!俺は常にお前達と共にある!!カギ(・・)だって、常にお前達と共にあるのだ!!臆する事は何一つない。深海棲艦どもに自分達がどこにいるべきだったのか、それを教育してやれ!!!!テングとシンジュ(・・・・・・・・)は常にお前達と共に。さぁ、碇を上げろ!!魚雷を装填しろ!!!航空隊を青空に羽ばたかせろ!!!!砲を構えろ!!!!!!好きなだけ暴れてこい!!!!!!!!』

 

これまでの訓示とは明らかに違う、狂気すら感じる内容に他鎮守府の艦娘もこの場にいる士官達も、完全に気後れしていた。だが江ノ島鎮守府の艦娘とKAN-SEN達は。長嶺が家族と呼ぶ最高の仲間達は、長嶺が言っている事を完璧に理解した。

側から見れば将校らしからぬ見た目ではあるが、江ノ島の者からすれば、一眼で長嶺の闘志に揺るぎない事が分かる。愛刀に愛銃。強化外骨格用のインナー。肩の八咫烏に隣に控える犬神。その全てが、長嶺が戦場で使う相棒だ。更に言葉の中にも「俺を頼れ」「常にお前達と共にある」とある。オマケに「テングとシンジュ」という単語もあった。よもや天狗でも、真珠なわけがない。これは『鴉天狗』と神授才の事に他ならない。長嶺は訓示の中に、しっかりと「もしもの時は俺が出る」というメッセージを入れ込んであるのだ。

 

『以上で出陣式を終わる。各艦娘は、出撃準備に入れ』

 

艦娘達は出撃ドックへと向かい、提督達は基地内の指令室へと向かう。出撃ドックでは準備が完了した艦娘達が飛行場へと向かい、C2輸送機に乗って敵支配海域ギリギリまで空路で向かう。そして10:00、北方海域解放作戦『ペルーン作戦』は開始された。

同じ頃、遠く離れたアリューシャン列島近くの秘匿拠点もまた慌ただしく動いていた。

 

「急げ!!艦娘の嬢ちゃんに遅れるんじゃねーぞ!!!!」

 

「女の遅刻は許されても、男の遅刻は許されねぇって相場が決まってんだ!!」

 

『こちらドクターペッパー小隊。これより離水、艦隊援護に向かう』

 

「こちら管制。ドクター小隊、出撃を許可。続けてアンビュラー小隊、出撃準備に入れ」

 

艦娘の出撃と同時に、霞桜も出撃態勢に入っていたのだ。今回は表立って行動こそしないとは言え、常に影から彼女達を守るべく行動はする。その一環が艦娘、KAN-SENの治療に特化した黒鮫を保有するドクター小隊とアンビュラー小隊である。この機体のカーゴスペースは艦娘の修理に必須となる入渠ドックをKAN-SENにも使えるようにした、特殊な入渠ドックが搭載されている。

更に艦娘もKAN-SENも人間も使える応急処置ルームもあるので、前線で戦う各員の生存性を大幅に高めるのだ。

 

「何故、オ前達ハ艦娘ト共ニ戦ウノダ?我々ノ力ノ前ニハ、人間ハ矮小ナル存在ダト言ウノニ。恐ロシクハ無イノカ?」

 

「やはり不思議ですか」

 

「アァ。愚カトスラ言エル」

 

尚、この秘匿拠点には因数外戦力である戦艦棲姫と港湾棲姫もいる。彼女達も今回は共に戦うと、自ら願い出てきたのだ。特に港湾棲姫には陸上機の配備ができるというのもあって、こちらとしても願ったり叶ったりである。

 

「とても簡単な事ですよ。艦娘もKAN-SENも、私達より強い。それは横で見てきてますから、今更そこに疑いようもありません。でもですね、彼女達は女の子でしかも若いんですよ」

 

「女ダカラ共ニ戦ウノカ?」

 

「身も蓋もありませんけどね。あんな可愛らしい女の子、それも年端も行かない少女ですら戦っているというのに、大の大人が後方でぬくぬくやっている。なんとも格好の悪い話でしょ?

彼女達と同等に戦えずとも、せめて彼女達の盾や露払い位はしたい。何より『艦娘』と『KAN-SEN』という存在は、中々代えが効きません。戦略面でみても、我々のような身代わりは必要なんですよ」

 

グリムの答えは、霞桜の総意であった。無論、個人個人の戦闘理由はある。単純に戦闘狂で戦いたい奴や、長嶺という存在に惚れて隣で戦いたいという奴、これしか生きる道がない奴もいる。だがどんな理由であれ、どこかにこの考えは存在している。押し付けがましいとかお節介なのも承知の上で、自己満足なのも承知の上で、霞桜の面々はそれに命を賭けるのだ。

 

 

 

作戦開始より6時間後 釧路基地 地下指令室

「まもなく偵察機が目標上空へと入ります」

 

「さぁ、鬼が出るか蛇が出るか」

 

艦隊に先んじて、航空自衛隊のMQ47が空域へと侵入。偵察を開始するのだが、予想よりも敵艦隊の数が多かった。

 

「概算出ます。敵魚雷艇978隻!何層にも渡って防衛ラインを構築中!!」

 

「魚雷艇がそんなに.......」

 

「雷兄、これってヤバい、ですよね?」

 

「あぁ。アリューシャン列島という地形では、外海はともかく島近くでは魚雷艇の様な小回り効くのは有利だ。しかも母数が多いとなると、Hit and Awayの反復攻撃でこられたらジリ貧だ」

 

これだけの規模、恐らく列島内には輸送船団もいる筈だ。となれば向こうは魚雷艇部隊と輸送船団をセットで運用し、こちらを攻撃する戦法を取るだろう。しかもこれだけの母数となると、確実に超高スパンでの波状攻撃を仕掛けられる事になる。

 

「戦艦や空母は機動力じゃ負ける。オマケに敵は数が多い。こりゃかなり面倒だな」

 

「戦艦の方がデカいし、強いんじゃないのか?」

 

「事はそう単純じゃないんだよ比企ヶ谷くん。確かに君の言うとおり、サイズで言えば戦艦の方が大きい。だが戦艦の砲塔旋回はかなり遅い上に、照準はすぐつけられる物じゃない。対する魚雷艇は、とにかく速度と機動性を追求した艦種。1隻2隻なら敵じゃないが、集団で攻められると戦艦でも捌き切れないんだよ」

 

例えこれが駆逐艦でも、魚雷艇は油断ならない相手だ。だが唯一、対魚雷艇には無敵とまで言える存在がいる。それが我らが霞桜である。霞桜の主要装備は知ってのとおり、対深海徹甲弾を用いてはいるが武器自体の特性は通常の歩兵と変わらない。

更にシービクターの採用により、強化外骨格装着時以上の三次元機動が可能となった。魚雷艇のメインウェポンは魚雷艇の名にある通り、対水上目標に対してのジョーカーたる魚雷。シービクターは空中でも運用できる為、一方的にこちらが攻撃できる。しかも連射力でも単純な攻撃力でも、こちらに軍配が上がる。恐らく道中における霞桜の主任務は、この魚雷艇群への対処になってくることだろう。

 

「続けて敵艦編成、出ます!!戦艦196、空母183、重巡245、軽巡331、駆逐481!!更に防空棲姫4、装甲空母姫2、重巡棲姫6、北方棲姫1を確認!!!!」

 

「なんて数だ.......」

 

「ふえぇぇ.......」

 

「奴ら、どれだけの物量を持ってるんだよ.......」

 

「これはちょっと不味いかもね.......」

 

流石にこれには長嶺も文字通り言葉を失った。だが同時に、長嶺は頭をフル回転させて今とるべき選択を考える。幾ら二鎮守府と三基地合同かつ自衛隊と米軍の総力を上げた作戦とは言えど、これだけの数には流石に正面からぶつかれば多数の被害が出る。壊滅する艦隊が出てきたって可笑しくない。撤退の2文字が頭をよぎるが、それを即座に打ち消す。

 

「.......なぁ長嶺。ここは撤退すべきなんじゃないのか?」

 

「雷蔵兄さん。僕も比企ヶ谷司令に賛成です」

 

「俺もそう思ったが、それは出来ない。確かに撤退こそが、俺が取るべき選択だとも思う。というか俺も今、その考えがよぎった」

 

「なら!」

 

「だがな、普通に考えてこの数は異常だ。風間提督なら、分かりますよね。俺の言いたい事が」

 

風間も神妙な面持ちで、長嶺を見つめてくる。風間も撤退が選択として正しい事を知りながら、それが同時に最悪の悪手である事を見抜いているのだ。

 

「もしここで退いたら、恐らくここの深海棲艦は溢れ出す。これだけの数をたった1つの拠点に集めているのは、明らかに戦略的に見て通常なら非合理的だ。となれば攻勢前、或いは製造拠点があると見るのが妥当だろうね」

 

「一応、防衛の為に集めたとか偶然とかの可能性もあるが、流石にこれだけの数が日本に攻め込んできたら、先の大攻勢を超える被害をもたらす。あの規模の攻勢を弾き返すだけの力は、最早、日本にはもう無い。

もし攻勢が開始されたと仮定すれば、戦況は2020年5月18日*1以上の最悪な状況に逆戻りだ。しかも日本が占領される様な事があれば、艦娘の運用にも大きな支障が出てくる。それは世界の破滅を意味するも同義。であれば俺達は、敵の頭数を減らす為にも撤退を決断するべきではない」

 

「雷兄.......。みんなは、帰ってこれますかね?」

 

「影ちゃん、指揮官が部下の前で弱音を吐くもんじゃ無い。俺達指揮官はな、常に堂々としなきゃならん。それにこの戦い、まだ始まってすらいない。であれば俺達がすべきは、少しでも勝利に近づき、尚且つ彼女達が帰還できる作戦を練る事だ。それが俺達の戦争だ。

お前達!!!!今、彼女達は最前線にいる!!!!敵の砲火に晒され、海水と硝煙に塗れ、傷付いているだろう!!だが我々もまた、最前線にいるのだ!!!!オペレーター諸君は目の前のコンソールや画面が。我々司令官は作戦盤とスクリーンが戦場と心得よ!!!!我々は我々の戦場に立ち、最前線の彼女達と共に戦うのだ!!!!さぁ戦士達よ、共に戦え!!!!!!そして深海のクソどもに、しっかり勝とうぜ!!!!!!」

 

一瞬うわつきかけた空気感が引き締まるばかりか、さっきまでより強固な団結と士気をもたらした。長嶺本人は気付いてないが、これこそが僅か19歳で世界最強格の特殊部隊と多数の艦娘とKAN-SENを従えられる所以である。

これより数時間後、遂に魚雷艇部隊のトラップに艦隊が引っかかる。まず最初に引っかかったのは、山城が旗艦を務める第一遊撃艦隊第三部隊。しかもその数、他艦隊よりも遥かに多い60余隻。

 

「山城!PTの群れだ!!か、囲まれる!!!!」

 

「時雨増速!迎撃するのよ!!砲戦開始!!!!」

 

「僕達もやるよ!!朝雲、山雲は右舷を!!僕と満潮は左をやる!!各艦各個に撃ち方始め!!蹴散らせ!!!!!!」

 

艦隊は対空砲も用いた全砲戦火力を持って、魚雷艇部隊の迎撃に入る。だが数が多い上に、機動性が高すぎて中々当たらない。

 

「ヤバいヤバい!!」

 

「裁ききれませ〜ん!」

 

「こんの!!」

 

だかそれでも、着実に数は減らしている。とはいえ焼石に水程度の効果な上に、敵の数に迎撃速度が追い付いていない。

 

「雷跡視認!!2時方向より15本!!!!」

 

「ッ!?四駆、回避行動!!!!」

 

「マジで!?回避!!!!」

 

「.......右?姉様ッ!!!!」

 

山城が後方に続く扶桑を見た瞬間、扶桑が爆炎に包まれた。魚雷が命中し、大破一歩手前の中破にまで追い込まれた。

 

「1GF3H扶桑、中破!!!!」

 

「扶桑が!?」

 

釧路の指令室にもナノマシンの身体情報が送られ、扶桑のアイコンが中破を示すオレンジに変わる。因みに小破はイエロー、大破は赤、轟沈は赤黒い色で轟沈地点にて点滅する。

特に扶桑の上官たる風間は、即座に反応した。自身の部下がやられたとなれば、心配にもなる。

 

「オペレーター、通信できるかい!?」

 

「繋げます!!こちら釧路HQ!山城、応答願います!!」

 

『こっちは戦闘中なんだけど何!?!?』

 

「扶桑の状況を報告してください!」

 

『.......姉様は右の主砲と右足の推力系がやられたわ』

 

スピーカーから流れてくる山城の声の後ろから、砲撃音と他の艦娘達の叫び声が聞こえてくる。未だ戦闘中なのだ。風間は拳を机に叩きつけ、敵に対してか、或いは何もできない自分自身かに怒りをぶつけていた。

 

「こうなったら、動かすか」

 

「.......雷蔵兄さん?」

 

長嶺は机の上に置いてあったヘッドフォンを手に取ると、上空にいる彼らに指示を出す。

 

「ゴールドフォックスよりデッドボックス。聞こえるか?」

 

『ハローハロー!こちらはデッドボックス!!何ですか総隊長?』

 

「現在、1GF3Hが敵と接敵。戦闘中だ。既に扶桑が中破している上に、数が多すぎる。艦種は魚雷艇だそうだ。すぐにアンビュラー小隊と共に現場へ急行。魚雷艇群へフルコースでのもてなしの上、扶桑を救出してこい!!!!」

 

『よしきた任せてくれ!!』

 

流石にこれは霞桜を動かす案件だ。指示を出せば3分以内に、敵部隊上空に迎える。間に合う筈だ。だが一応、向こうにも連絡しておかないと要らぬ心配事が増えることになる。

 

「風間提督。180秒、彼女達を耐えさせてください」

 

「君が言うんなら、何かあるんだね。分かった!」

 

風間もヘッドフォンを手に取り山城達、第一遊撃艦隊第三部隊へ無線のチャンネルを合わせる。

 

「みんな、僕だ。聞こえるかい?」

 

『提督!?』

 

「いいか、よく聞いてくれ。たった今、長嶺長官が動いた。後180秒耐えれば、戦況が変わる。今は僕を信じてくれ。180秒、君達なら持たせられる筈だよ」

 

風間の励まし、彼女達はすぐに答えた。まずは山城が他のみんなを鼓舞する。

 

「聞いたわね!!3分間、何が何でも持たせるわよ!!!!」

 

「オッケー!!みんなやろう!!!!」

 

全員が被弾した扶桑を起点に陣形を組み直し、扶桑を守るかの様に魚雷艇群に攻撃を加える。釧路基地の指令室には所属不明機として戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』が映るなどの事態はあったが、現場の山城達はそんな事は知る由もなく攻撃を続けた。

3分というのは意外にも早く、体感では1分程でその時は来た。突如、魚雷艇群を空中から探照灯で照らし出す機体がやって来たのだ。

 

「なにあれ!!」

 

「輸送機かしらぁ?」

 

輸送機は輸送機でも、その前に『戦域殲滅』という物騒な名前が入っている。黒鮫は機体を装甲板で覆い、各所に機関砲を搭載した機体。こういうソフトスキン相手や面制圧には大活躍の兵器である。

 

「ねぇ山城!!アレって演習の時の兵器じゃない!?」

 

「あの男の.......」

 

時雨の指差す方向には、シービクターを装備した60名の隊員が海面ギリギリの超低空飛行でこちらに向かってきていた。

 

「お客さんを出迎える。攻撃開始だ野郎共!!食い散らかせ!!!!!」

 

「「「「「了解!!!!!」」」」」

 

デッドボックス小隊の面々は艦隊の周囲に散らばり、四方八方から接近を試みる魚雷艇群に攻撃を敢行。12.7mmの対深海徹甲弾をばら撒き、全く寄せ付けさせない。

 

「おーおー!敵が溶けてくな!!!!」

 

「ぎもぢぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

「12.7mm最高!!!!」

 

正面には最大で4挺のライフルを指向できる上に、そもそものライフルが12.7mm弾と凄まじい威力を持つ。その制圧力は凄まじく、上空からの援護もあるとはいえ、ものの数分の内に敵を全て殲滅してみせた。

 

「.......ていうか、アンタ達誰よ!!!!」

 

まず最初に噛みついたのは満潮だった。いつも風間に対してやっているように、力一杯言葉で噛み付く。

 

『我々は味方だお嬢さん。助けに来た。秘匿部隊Xの名を聞いた事はあるか?』

 

「あ、僕知ってる。確か対鎮守府向けに組織された、極秘の内部監査執行機関。日本が持つ闇の特殊部隊.......」

 

最上の言葉に、艦娘達は凍りついた。聞くからにヤバい連中である。というかそもそも現時点で得体が知れない連中なのに、そこに明らかに関わり合いになるべきでない存在だという情報が来れば、恐怖が勝ってしまうものだ。

 

『こちら風間。秘匿部隊Xとは合流できたかい?』

 

「て、提督!!なんなんですか、この胡散臭い集団は!!!!」

 

「えー、俺達は胡散臭くないよ山城ちゃーん」

「僕達、平和主義者だしー」

「戦争とか怖くてできないタイプなんですけどー」

 

「うっさい!!アンタらちょっと黙ってて!!!!!!」

 

早速デッドボックスの面々が山城をいじり出し、山城からキレられる。その声を聞いて長嶺以外のHQの空気は氷漬けになった。

 

『一応その人達、しっかりとした戦争のプロだから。大丈夫、胡散臭いかもしれないけど敵ではないからね』

 

「そもそも何者ですかコイツら!!!!」

 

『海上機動歩兵軍団『霞桜』という部隊さ。国家機関への強制執行機関であり、世界唯一の人間によるカウンター深海棲艦部隊であり、長嶺長官子飼いの最強の集団でもある』

 

山城の背後で「俺達最強!!!!」「「「「ウィー!!!!!!」」」」と言いながら謎のポーズをしてる馬鹿共が、世界最強の特殊部隊と言われても現実味がない。

 

「はいはい、お前達。ポーズはいいから、とっとと扶桑を運び込むぞ」

 

「え、ちょ、ちょっと!姉様をどうする気よ!!!!」

 

「あれ聞いてない?扶桑が中破したろ?それを修復して、また前線に戻すのも俺達のミッションなんだけど.......」

 

『あ、うん。その人の言う通りだよ』

 

山城達の前にアンビュラー小隊の黒鮫が着水し、扶桑を艤装装備のまま収容。そのまま空中で治療と、艤装の応急処置に入らせる。

 

「これで一安心だね、山城」

 

「だといいけどね.......」

 

どうやらまだ完全には信じてくれていないようだ。だがまあ、別に信じようと信じてなかろうと、所詮はこの作戦で終わる関係。別にどうだっていい。ブラッドボックス小隊はまた上空にて警戒に戻り、艦娘達を陰ながら見守るのだ。

*1
深海棲艦の存在が確認され、各地の海で同時攻勢が始まった日



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艦娘・KAN-SEN・霞桜の装備解説Phase2

《戦艦、航空戦艦、巡洋戦艦》

大和改二、武蔵改二

・試製51cm三連装砲

・15.5cm三連装副砲改二

・10cm連装高角砲群 集中配備

武蔵

・46cm三連装改二

・試作型四連装152mm砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

長門改二、陸奥改二

・41cm三連装砲改二

・15.5cm三連装副砲改二

・10cm連装高角砲+増設機銃

長門、陸奥、出雲

・試作型457mm連装砲MKA

・15.5cm三連装副砲改二

・10cm連装高角砲+増設機銃

 

金剛改二丙、比叡改二丙、榛名改二丙、霧島改二

・35.6cm連装砲改四

・15.5cm三連装副砲改二

・10cm連装高角砲+増設機銃

金剛、榛名、比叡、霧島

・41cm連装砲改

・15.5cm三連装副砲改二

・10cm連装高角砲+増設機銃

 

扶桑型、伊勢型

・41cm三連装砲改二

・10cm連装高角砲+増設機銃

・強風改二

・瑞雲改二(六三四空/熟練)

・試製 夜間瑞雲(攻撃装備)

 

三笠

・試製381mm三連装砲

・10cm連装高角砲+増設機銃

・15.5cm三連装副砲改二

・Z旗

 

天城、駿河、シャルンホルスト級、プリンツ・ループレヒト、テューリンゲン

・試作型406mmSKC連装砲

・10cm連装高角砲+増設機銃

・15.5cm三連装副砲改二

 

紀伊、土佐、尾張、ザイドリッツ、リュッツォウ

・試作型457mm連装砲MKA

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・10cm連装高角砲+増設機銃

 

 

クイーンエリザベス、マルコ・ポーロ

・16inch三連装砲 Mk.7+GFCS

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ウォースパイト

・試作型457mm連装砲MKA

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ヴァリアント、ソビエツカヤ・ロシア、シャンパーニュ、ローマ

・試作型457mm連装砲MKA

・試作型三連装152mm両用砲Mk1

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

キング・ジョージ5世、テネシー級

・356mm四連装砲

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

プリンス・オブ・ウェールズ

・46cm三連装砲改

・10cm連装高角砲+増設機銃

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

デューク・オブ・ヨーク

・試作型406mm/50三連装砲

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ハウ

・試製381mm三連装砲

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

Nelson改、Rodney改 

・16inch Mk.I三連装砲改+FCR type284

・15.5cm三連装副砲改二

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ネルソン級

・試作型406mmSKC連装砲

・15.5cm三連装副砲改二

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

フッド

・試作型457mm連装砲MKA

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

レナウン、レパルス

・16inch三連装砲 Mk.7+GFCS

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

リヴェンジ、アルハンゲリスク

・30.5cm三連装砲改

・試作型三連装152mm両用砲Mk1

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ロイヤル・オーク、ヴァンガード

・試作型457mm連装砲MKA

・試作型四連装152mm砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

モナーク

・41cm三連装砲改二

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

ブリュンヒルデ

・試作型406mm/50三連装砲

・15.5cm三連装砲改二

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

オーディン

・試作型457mm連装砲MKA

・試製61cm六連装(酸素)魚雷

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ビスマルクZwei、ウルリッヒ・フォン・フッテン、クレマンソー

・試作型457mm連装砲MKA

・試作型四連装152mm砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ティルピッツ

・41cm三連装砲改二

・15.5cm三連装砲改二

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

フリードリヒ・デア・グローセ

・16inch三連装砲 Mk.7+GFCS

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

ネバダ級、ペンシルベニア級、サウスダコタ級、South Dakota改、Washington改

・16inch三連装砲 Mk.6 mod.2

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

コロラド級

・16inch Mk.I三連装砲改+FCR type284

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

Washington改

・16inch Mk.I三連装砲改+FCR type284

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ノースカロライナ

・41cm三連装砲改二

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ワシントン

・試製381mm三連装砲

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ジョージア

・試作型457mm連装砲MKA

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

Iowa改、ニュージャージー

・16inch三連装砲 Mk.7+GFCS

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

キアサージ

・試作型457mm連装砲MKA

・F6Fヘルキャット(HVAR搭載型)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

ソビエツカヤ・ベラルーシア、セヴァストポリ

・38.1cm Mk.I/N連装砲改

・15.5cm三連装副砲改二

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ガングート

・305mm三連装砲Model1907

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

リシュリュー級

・38cm四連装砲改 deux

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

ガスコーニュ

・41cm連装砲改二

・15.5cm三連装砲改二

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ヴィットリオ・ヴェネト

・試作型457mm連装砲MKA

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

リットリオ

・381mm/50 三連装砲改

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

Conte di Cavour nuovo

・320mm/44三連装砲

・65mm/64単装速射砲改

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

コンテ・ディ・カブール級

・41cm三連装砲改二

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

共通装備

・96式150cm探照灯

・サイン・オブ・ビクトリー

・零式水上偵察機11型乙(熟練)

・零式水上偵察機11型乙改(夜偵)

・プリエーゼ式水中防御隔壁

・艦本新設計 増設バルジ(大型艦)

・134mm連装高角砲(対空砲)

・127mm連装高角砲改(時限信管)

・二連装57mm/L60ボフォース対空機関砲Mle1951

・六連装ボフォース40mm対空砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

・QF 2ポンド八連装ポンポン砲

・25mm九六式三連装機銃(爆風避盾装備)

・12cm30連装噴進砲改二

・20連装7inch UP Rocket Launchers

・22号対水上電探改四(後期調整型)

・SGレーダー(後期型)

・15m二重測距儀改+21号電探改二+熟練射撃指揮所

・32号対水上電探改

・42号対空電探改二

・FuMO 25

・アドミラルティ射撃統制システム

・SHS

・6CRH徹甲弾

・九一式徹甲弾

・一式徹甲弾改

・三式弾改二

・九八式発砲遅延装置

・寒冷地装備&甲板要員

 

 

 

《航空母艦》

赤城改二戊、加賀改二戊

・流星改(一航戦/熟練)

・試製南山

・烈風改二戊型(一航戦/熟練)

赤城、加賀、フォーミダブル、インプラカブル、シーシュース、アルビオン、ヴォルガ、アクィラ、インペロ

・ワイヴァーン

・試作型天雷(特別計画艦仕様)

・紫電改四

 

飛龍改二、飛龍

・天山一二型(友永隊)

・試製南山

・震電改

 

蒼龍改二、蒼龍

・天山(村田隊)

・彗星(江草隊)

・震電改

 

翔鶴改二甲、瑞鶴改二甲

・噴式景雲改

・菊花改

・震電改

翔鶴

・天山一二型甲改(熟練/空六号電探改装備機)

・彗星二二型(六三四空/熟練)

・零式艦戦64型(熟練爆戦)

瑞鶴

・流星改(熟練)

・彗星二二型(六三四空/熟練)

・零戦62型(爆戦/岩井隊)

 

雲竜

・TBM-3W+3S

・F4U-7

・震電改

葛城

・流星改(熟練)

・彗星一ニ型(三一号光電管爆弾搭載機)

・F7Fタイガーキャット

 

大鳳

・流星改(熟練)

・BTD-1デストロイヤーT3

・震電改

 

白龍

・ワイヴァーン

・試作型天雷(特別計画艦仕様)

・零式艦戦53型(岩本隊)

 

信濃

・ワイヴァーン

・BTD-1デストロイヤー

・シーホーネット

 

鈴谷航改二、熊野航改二

・ワイヴァーン

・試作型天雷(特別計画艦仕様)

・震電改

 

隼鷹改二、飛鷹改二

・バラクーダ

・BTD-1デストロイヤー

・シーファング

隼鷹、飛鷹

・バラクーダ

・BTD-1デストロイヤー

・シーファング

 

祥鳳

・ワイヴァーン

・フルマー

龍鳳改二戊

・流星改(熟練)

・試製南山

・震電改

龍鳳

・バラクーダ

・F6Fヘルキャット

 

鳳翔改二戦

・TBM-3W+3S

・試製南山

・震電改

鳳翔

・ワイヴァーン

・Me-155A艦上戦闘機

・15.5cm三連装砲改

 

龍驤

・バラクーダ

・Me-155A艦上戦闘機

 

千歳改二、千歳改二

・試製南山

・試製 陣風

・震電改

千歳

・流星改(熟練)

・烈風改二戊型

千代田、アーガス

・流星改(熟練)

・シーホーネット

 

 

イラストリアス

・ワイヴァーン

・シーホーネット

・試作型BF-109G(特別計画艦仕様)

ヴィクトリアス

・ワイヴァーン

・ファイアフライ

・シーホーネット

インドミダブル

・ワイヴァーン

・試作型BF-109G(特別計画艦仕様)

・F7Fタイガーキャット

 

アーク・ロイヤル

・ワイヴァーン

・流星改(熟練)

・試制南山

 

ユニコーン、カサブランカ、インディペンデンス、

・ワイヴァーン

・F7Fタイガーキャット

 

イーグル

・流星改(熟練)

・シーホーネット

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

 

グロリアス

・シーホーネット

・ワイヴァーン

・バラクーダ

 

ハーミーズ

・ワイヴァーン

・流星改(熟練)

 

セントー

・ワイヴァーン

・流星改(熟練)

・シーホーネット

 

チェイサー

・流星改(熟練)

・スカイロケット

 

パーシュース

・ワイヴァーン

・シーホーネット

 

グラーフ・ツェッペリン、アウグスト・フォン・パーセヴァル

・ワイヴァーン

・Ju87C改二(KMX搭載機/熟練)

・Me-155A艦上戦闘機

ペーター・シュトラッサー

・ワイヴァーン

・実験型XSB3C-1

・シーホーネット

 

ヴェーザー

・BTD-1デストロイヤー

・Me-155A艦上戦闘機

 

エルベ、ヤーデ

・BTD-1デストロイヤー

・Me-155A艦上戦闘機

 

 

ヨークタウンII、エンタープライズ、ホーネットII、エセックス、イントレピッド、シャングリラ

・ワイヴァーン

・AD-1スカイレーダー

・紫電改四

 

タイコンデロガ、バンカー・ヒル

・バラクーダ

・ファイアフライ

・シーフューリー

Intrepid改

・TBM-3D

・F4U-7

・F6F-5

 

レキシントン

・BTD-1デストロイヤー

・ワイヴァーン

・烈風改二戊型

SaratogaMkII Mod.2

・TBM-3W+3S

・F4U-7

・XF5U

サラトガ

・BTD-1デストロイヤー

・ワイヴァーン

・F7Fタイガーキャット

 

ワスプ

・バラクーダ

・ファイアフライ

・シーフューリー

 

ラングレーII

・ワイヴァーン

・F6Fヘルキャット(HVAR搭載型)

 

レンジャー

・ワイヴァーン

・実験型XSB3C-1

・BTD-1デストロイヤー

 

プリンストン

・流星改(熟練)

・紫電改四

 

バターン

・流星改(熟練)

・F6Fヘルキャット

 

Gambier BayMk2

・TBM-3D

・SB2C-5

・Corsair Mk.II(Ace)

 

 

チカロフ

・ワイヴァーン

・ファイアフライ

・彗星二二型(六三四空/熟練)

 

 

ベアルン

・流星改(熟練)

・シーホーネット

・15.5cm三連装砲改

 

パンルヴェ

・ワイヴァーン

・試製南山

・F7Fタイガーキャット

 

 

ジョッフル

・ワイヴァーン

・彗星二二型(六三四空/熟練)

・F7Fタイガーキャット

 

 

共通装備

・試製景雲(艦偵型)

・プリエーゼ式水中防御隔壁(空母のみ)

・艦本新設計 増設バルジ(大型艦)(空母のみ)

・艦本新設計 増設バルジ(中型艦)(軽空母のみ)

・127mm連装高角砲改(時限信管)

・10cm連装高角砲群 集中配備

・二連装57mm/L60ボフォース対空機関砲Mle1951

・六連装ボフォース40mm対空砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

・QF 2ポンド八連装ポンポン砲

・25mm九六式三連装機銃(爆風避盾装備)

・12cm30連装噴進砲改二

・20連装7inch UP Rocket Launchers

・夜間作戦航空要員+熟練甲板員

・熟練艦載機整備員

・寒冷地装備&甲板要員

・油圧カタパルトT3

・空母燃料タンクT3

・ホーミングビーコンT0

・100/150航空燃料T0

 

 

 

《重巡洋艦、航空巡洋艦、装甲巡洋艦》

最上改二

・15.2cm連装砲改二

・10cm連装高角砲群 集中配備

・瑞雲改二(六三四空/熟練)

・強風改二

最上、三隈

・試作203mmSKC三連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

鈴谷

・試製203mm三連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

熊野

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

古鷹改二、加古改二

・15.2cm連装砲改二

・10cm連装高角砲群 集中配備

古鷹、加古

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

青葉改二、衣笠改二、青葉、衣笠

・15.2cm連装砲改二

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

妙高改二、那智改二、足柄改二、羽黒改二

・15.2cm連装砲改二

・10cm連装高角砲群 集中配備

妙高、那智、足柄、羽黒

・試作型234mm三連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

高雄改二、愛宕改二

・15.2cm連装砲改二

・10cm連装高角砲群 集中配備

高雄、愛宕

・203mm連装砲Mle1931

・10cm連装高角砲群 集中配備

摩耶

・試製203mm三連装砲

・127mm連装高角砲改【斬空万夜】

鳥海

・SKC34 20.3cm連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

利根改二、筑摩改二

・15.2cm連装砲改二

・10cm連装高角砲群 集中配備

・瑞雲改二(六三四空/熟練)

筑摩、ニューオリンズ級

・試製203mm三連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

伊吹、プリンツ・オイゲン、ヒンデンブルク

・試作203mmSKC三連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

吾妻

・試作型三連装305mmSKC39主砲(超巡)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

雲仙

・試作型203mm/55三連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

ケント、ペンサコーラ級

・20.3cm(3号)連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

サフォーク、ウィチタ、ボルチモア、サン・ルイ

・試製203mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ロンドン級

・試作型234mm三連装砲

・138.6mm単装砲Mle1929

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ノーフォーク級

・試作203mmSKC三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ヨーク、シュフラン

・試製203mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

エクセター、アドミラル・ヒッパー、タリン、ローン、インディアナポリス、フォッシュ

・試作203mmSKC三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

チェシャー、ブレマートン、アンカレッジ、ボルツァーノ

・試作型234mm連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ドレイク、ヨルク

・試作型234mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

ブリュッヒャー

・203mmSKC連装砲改

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

ドイッチュラント級、プリンツ・ハインリヒ級

・283mmSKC28三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

エーギル

・試作型三連装305mmSKC39主砲(超巡)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

Northampton改、Tuscaloosa改、Houston改

・8inch三連装砲 Mk.9 mod.2

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

ノーザンプトンII、シカゴ、ヒューストン

・20.3cm(3号)連装砲

・12.7cm連装砲D型改三

 

 

ポートランド、トレント級、ザラ級

・203mm連装砲Model1927

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

クルスク

・試作型240mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

クロンシュタット

・B-50 305mm三連装砲Mk-15

・試作型四連装152mm砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

アルジェリー

・203mm連装砲Mle1931

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

ブレスト

・試作型四連装330mm砲Mle1931(超巡用)

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

 

 

共通装備

・発煙装置改(煙幕)

・照明弾

・艦本新設計 増設バルジ(中型艦)

・試製61cm六連装(酸素)魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・九三式酸素魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・533mm磁気魚雷(水上艦用)(魚雷非搭載艦は除く)

・零式水上偵察機11型乙(熟練)

・105mmSKC高角連装砲改修型

・試作型90mm連装高角砲Model1939

・二連装57mm/L60ボフォース対空機関砲Mle1951

・六連装ボフォース40mm対空砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

・12cm30連装噴進砲改二

・北方迷彩(+北方装備)

・SK+SGレーダー

・32号対水上電探改

・42号対空電探改二

・FuMO 25

・SHST0

・一式徹甲弾T0

・九八式発砲遅延装置T0

 

 

 

《軽巡洋艦》

球磨改二丁、多摩改二

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・甲標的 丁型改(蛟龍改)

北上改二、大井改二、木曽改二

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・対潜短魚雷(試作初期型)

・甲標的 丁型改(蛟龍改)

阿武隈、由良、鬼怒

・15.5cm三連装砲改

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・甲標的 丁型改(蛟龍改)

 

天龍改二、龍田改二

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・RUR-4A Weapon Alpha改

・甲標的 丁型改(蛟龍改)

 

名取改

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・Hedgehog(初期型)

・対潜短魚雷(試作初期型)

五十鈴改二

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・10cm連装高角砲群 集中配備

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・対潜短魚雷(試作初期型)

長良、名取

・試製152mm三連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・Hedgehog(初期型)

・対潜短魚雷(試作初期型)

五十鈴、香取型

・10cm高角砲+高射装置

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

川内改二、神通改二、那珂改二

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・対潜短魚雷(試作初期型)

川内、神通、那珂

・試製152mm三連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

大淀改

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・零式水上偵察機11型乙改(熟練)

・零式水上偵察機11型乙改(夜偵)

 

阿賀野改、能代改二、矢矧改二乙

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

阿賀野

・試製152mm三連装砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

酒匂、能代

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・10cm連装高角砲群 集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

夕張改二丁

・20.3cm(3号)連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・甲標的 丁型改(蛟龍改)

夕張

・試製152mm三連装砲

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・甲標的 丁型改(蛟龍改)

 

四万十

・試作型150mm三連装五式高角砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・RUR-4A Weapon Alpha改

 

 

Gotland andra

・Bofors 15cm連装速射砲 Mk.9改+単装速射砲Mk.10改 Model1938

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・試製15cm9連装対潜噴進砲

・強風改二

 

Perth改

・6inch 連装速射砲 Mk.XXI

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

 

 

エムデン

・試作型四連装152mm砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

 

エルビング、グロスター、マンチェスター、スウィフトシア、ボイシ

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

ケーニヒスベルク、カールスルーエ

・150mmTbtsKC/36連装砲T3

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

ケルン

・150mmTbtsKC/36連装砲T3

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・FI282

 

ラプツィヒ級、ニューカッスル、グラスゴー、シェフィールド、

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

レーゲンスブルク、ネプチューン、ギシャン

・試作型四連装152mm砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

マインツ、リアンダー、リッチモンド、エイジャックス、アキリーズ、マクデブルク、クリーブランド級 ジャンヌ・ダルク

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

 

アリシューザ、ガラディア、フィジー級

・15.5cm三連装砲改

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

ペネロピ、オーロラ、ラ・ガリソニエール

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

 

エディンバラ、アヴローラ、エミール・ベルタン、ジャンヌ・ダルク

・試製152mm三連装砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・Hedgehog(初期型)

ベルファスト、セントルイス級、

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・Hedgehog(初期型)

 

プリマス

・試作型四連装152mm砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・Hedgehog(初期型)

 

ダイドー級、C級、オマハ級、ムルマンスク

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・RUR-4A Weapon Alpha改

・Hedgehog(初期型)

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

 

Brooklyn改、Honolulu改

・6inch三連装速射砲 Mk.16 mod.2

・10cm高角砲+高射装置

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・対潜短魚雷(試作初期型)

ブルックリン、フェニックス、ホノルル

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・10cm高角砲+高射装置

・Hedgehog(初期型)

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

アトランタ級、Atolanta改

・GFCS Mk.37+5inch連装両用砲(集中配備)

・10cm高角砲+高射装置

・RUR-4A Weapon Alpha改

・Hedgehog(初期型)

 

 

キーロフ

・152mm三連装砲B-38 MK5

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

ヴァシーロフ

・試作型四連装152mm砲

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

 

チャパエフ級

・152mm三連装砲B-38 MK5

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

Luigi di Savoia Duca degli Abruzzi級

・152mm/55 三連装速射砲改

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ

・15.5cm三連装砲改

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

ジュゼッペ・ガリバルディ

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・5inch連装砲(副砲配置)集中配備

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

 

肇和級

・15.5cm三連装砲改

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・138.6mm単装砲Mle1929

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

寧海級

・150mmTbtsKC/36連装砲T3

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

 

海天級

・試製203mm三連装砲

・114mm連装両用砲MarkIV

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

逸仙

・試作型三連装152mm両用砲Mk17

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・Hedgehog(初期型)

・試製15cm9連装対潜噴進砲

 

ハルピン

・試作型130mm連装砲Model 1936

・10cm連装高角砲改+増設機銃

・RUR-4A Weapon Alpha改

・対潜短魚雷(試作初期型)

 

 

共通装備

・水雷戦隊 熟練見張員

・照明弾

・発煙装置改(煙幕)

・照明弾

・試製61cm六連装(酸素)魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・HF/DF+Type144/147

・九三式酸素魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・533mm磁気魚雷(水上艦用)(魚雷非搭載艦は除く)

・105mmSKC高角連装砲改修型

・試作型90mm連装高角砲Model1939

・二連装57mm/L60ボフォース対空機関砲Mle1951

・六連装ボフォース40mm機関砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

・SGレーダー(後期型)

・22号対水上電探改四(後期調整型)

 

 

 

《駆逐艦》

神風型、睦月型、吹雪型、綾波型、暁型、初春型、白露型、陽炎型、夕雲型、秋月型、島風改、梅改

・試製 長12.7cm連装砲A型改四

 

睦月型、神風型、綾波型、白露型、暁、雷、電

・76㎜単装砲

 

吹雪型、初春型、朝潮型、陽炎型、夕雲型、秋月型、響、島風、北風、C級、J級、G級、アレン・M・サムナー級

・10cm高角砲+高射装置

 

 

Z1級

・138.6mm単装砲Mle1929

 

オットー・フォン・アルフェンスレーベン、フィリックス・シュルツ

・試作型四連装152mm砲

 

 

Fletcher Mk.II、Johnston改、Heywood L.E.改

・5inch単装砲Mk.30改+GFCS Mk.37

アマゾン、A級、E級、F級、M級、B級、V級、ファラガット級、マハン級、グリッドレイ級、ベンソン級、フレッチャー級、ハムマンII、カラビニエーレ、ナヴィガトーリ級、マエストラーレ級、アルフレード・オリアーニ級、ポンペオ・マーニョ

・127mm連装両用砲MK12

 

 

ル・ファンタスク級、ルピニャート、ヴォークラン級

・138.6mm単装砲Mle1929

 

 

グネフヌイ級、レニングラード級、ソオブラジーテリヌイ、タシュケント

・B-13 130mm連装砲B-2LM

 

 

鞍山級

・138.6mm単装砲Mle1929

・SY-1ミサイル

 

 

共通装備

・水雷戦隊熟練見張員

・試製61cm六連装(酸素)魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・Hedgehog(初期型)

・三式爆雷投射機 集中配備

・二式爆雷改二

・HF/DF+Type144/147

・九三式酸素魚雷(魚雷非搭載艦は除く)

・533mm磁気魚雷(水上艦用)(魚雷非搭載艦は除く)

・試作型90mm連装高角砲Model1939

・二連装57mm/L60ボフォース対空機関砲Mle1951

・六連装ボフォース40mm対空砲

・連装ボフォース40mm機関砲STAAG

・SGレーダー(後期型)

・22号対水上電探改四(後期調整型)

 

 

《水上戦闘艦共通装備》

・戦闘糧食(特別なおにぎり)

・応急修理女神

・高性能火器管制レーダー

・電気式揚弾機T3

・高性能対空レーダーT0

・94式高射装置T0

・強化油圧舵

・燃料フィルターT3

・応急修理装置T3

・消火装置T3

・自動装填機構T3

・ジャイロスコープT3

・VH装甲鋼板T0

 

 

《潜水艦》

巡潜乙型、巡潜3型

・強風改二

 

共通装備

・後期型53cm艦首魚雷(8門)

・潜水艦後部魚雷発射管4門(後期型)

・試製FaT仕様九五式酸素魚雷改

・強化耐圧殻設計案

・改良型蓄電池群

・圧縮酸素ボンベ

・後期型電探&逆探+シュノーケル装備

 

 

 

《潜水母艦》

迅鯨型

・強風改二

・Swordfish Mk.III改(水上機型/熟練)

・Ro.44水上戦闘機bis

・六連装ボフォース40mm機関砲

 

 

《水上機母艦》

秋津洲

・二式大艇

・PBY-5A Catalina

・試製 長12.7cm連装砲A型改四

・六連装ボフォース40mm機関砲

 

瑞穂改

・強風改二

・晴嵐(六三一空)

・Swordfish Mk.III改(水上機型/熟練)

・六連装ボフォース40mm機関砲

 

 

 

《工作艦》

・12.7cm連装砲B型改四(戦時改修)+高射装置

・六連装ボフォース40mm機関砲

・艦艇修理施設T3

 

 

 

《運送艦》

・130mm連装砲B-2LMT3

・134mm連装高角砲(対空砲)T0

・九四式四十糎砲(積載)T0

・航空戦資材(積載)T0

・小口径主砲砲戦資材(積載)T0

・雷撃戦資材(積載)

 

 

 

《補給艦》

・強風改二

・Ro.44水上戦闘機bis

・洋上補給

・六連装ボフォース40mm機関砲

 

 

 

《揚陸艦》

あきつ丸改

・一式戦 隼III型改(熟練/20戦隊)

・S-51J改

・陸軍歩兵部隊+チハ改

・特大発動艇+戦車第11連隊

・特二式内火艇

 

神州丸改

・特大発動艇(III号戦車/北アフリカ仕様)

・特大発動艇+一式砲戦車

・特大発動艇+チハ改

・武装大発

・四式20cm対地噴進砲 集中配備

 

 

 

《深海棲艦》

戦艦棲姫

・試製51cm連装砲

・試作型四連装152mm砲

・10cm連装高角砲群 集中配備

 

港湾棲姫

・銀河(熟練)

・四式重爆 飛龍(熟練)+イ号一型甲 誘導弾

・キ102乙

 

 

 

《霞桜専用装備》

・海戦型特殊装甲服シービクター

全高 2.5m

固定武装 肩部ラック 1基

     背部多目的兵装担架システム 2基

     腕部ナイフコンテナ 2基

最高速力 マッハ1.5

新たに開発された霞桜専用の強化外骨格用の強化外骨格である。簡単に言えば、増加装甲とか強化装備というヤツである。カラーリングは黒を基調とし、赤のラインが入る。見た目はアズールレーンの2023年エイプリルフールのPVに出てきた、指揮官専用海戦型特殊装甲服の様な見た目である。しかし新たに尻から腰の辺りに、Muv-Luvの戦術機の様なジェットパック装備されており、これにより高速飛行と高速移動が可能となった。ジェットパックの見た目は戦術機F22ラプターである。背部多目的兵装担架システムには後述の銃器をマウントでき、腕と胴体の間から正面に向けて弾幕を張る事も、後方に向けて射撃する事もできる。

強化外骨格からグラップリングフック、ステルス迷彩、オクトカム迷彩は引き継いでおり、強化外骨格の正統進化系と言えるだろう。これに加えて潜水機能と、その機密性の高さからNCS兵器環境下でも活動ができる。

 

・対深海棲艦用突撃銃エリミネーター

銃身長 483.9mm

作動方式 ガス圧作動方式、セミオートマチック

使用弾薬 12.7mm対深海徹甲弾、40mm対深海グレネード弾

シービクター装着時の専用アサルトライフルとして開発された、超大型バトルライフルである。ご覧の通り12.7mm弾を連射するため、幾ら霞桜の兵士でも生身や強化外骨格装備時でも満足に扱えない。また下部にはセミオートマチックのグレネードランチャーを装備しており、40mmグレネードランチャーを発射可能である。

スコープには新たに開発された特別なスコープが標準搭載されており、最大6倍まで望遠できる他、レーザー測距装置と誘導装置が搭載されており、ミサイルの終末誘導にも対応できる。

 

・対深海棲艦用狙撃銃オーバーロード

銃身長 969.4mm

作動方式 ボルトアクション電磁投射システム

使用弾薬 20mm対深海徹甲弾

シービクター装着時の専用スナイパーライフルとして開発された、個人携行型レールガンである。長嶺の龍雷RGを元に、量産できる様に性能を落とし汎用性を高めた物であり、威力は龍雷に劣る。しかし装弾数では勝っており、使い易さではこちらに軍配が上がる。

 

・対深海棲艦用歩兵機関銃イシス

銃身長 623.1mm

作動方式 電気回転ドライブ方式

使用弾薬 5.56mm対深海徹甲弾

シービクター装着時の専用分隊支援火器として開発され、長嶺の使う風神HMGを元にしている。マクロスのガンポッドの様な構造をしており、ミニガンをライフル状にしていると考えて欲しい。三銃身であり、長嶺の雷神やミニガンよりも連射性は劣るが、それでも歩兵が展開しうる弾幕を超えた濃密な弾幕を1挺で賄える。

 

・対深海棲艦用パイルバンカー

銃身長 1463mm

作動方式 爆圧ボルト

シービクター装着時専用兵装の、名前通りパイルバンカーである。火薬の力で作動し、単機で姫級を撃破せしめる威力を秘める。とは言えどそもそも射程が短いし、人数使って袋叩きにすれば姫級でも倒せるので、完全ロマン兵装である。

しかし尾部に小型ジェットエンジンとスクリュープロペラを装着しているので、追加ブースターや水中での足として使える。因みにパイルバンカーの打ち出す部分は、槍状の物と先端が平べったいタイプの2種類がある。

 

・バトルシールド

シービクター専用のシールドであり、戦艦級の砲撃をも防ぐ。シールド内部には二連装のミサイルポッドが装備されており、対艦ミサイルや魚雷を装填する事ができる。

更にこのシールドは腕に追加装甲として装備する事もでき、内部のミサイルポッドは状況に応じてガトリング砲やパイルバンカーにも換装できる。

 

・バトルナイフ

普段はシービクターの腕部ナイフコンテナに格納されている、シーコンカー専用コンバットナイフ。コンバットナイフではあるが通常の物より大型であり、高周波ブレード機能とスタンガン機能を有している。

 

・六連装小型多目的ミサイル発射機

肩部ラックにマウントする為の兵装であり、様々な弾種の小型ミサイルを6発まで装填できる。現状では対空、対潜、煙幕の3種類であり、2個ずつ装填する事もできる。

 

・小型レーザー砲

肩部ラックにマウントする為の兵装であり、高出力のレーザーを照射する事ができる。航空機を容易く溶断し、数秒間当て続ければ民間の大型船も貫通することができる。

 

 

 

艦娘一覧

◯戦艦、航空戦艦

・大和型

大和改二、武蔵改二

・長門型

長門改二、陸奥改二

・伊勢型

伊勢改二、日向改二

・扶桑型

扶桑改二、山城改二

・金剛型

金剛改二丙、比叡改二丙、榛名改二丙、霧島改二

・Iowa級

Iowa改

・Nelson級

Nelson改

・South Dakota級

South Dakota改

・North Carolina級

Washington改

・Conte di Cavour級

Cavour nouvo

 

◯航空母艦、軽空母

・鳳翔型

鳳翔改二戦

・飛鷹型

飛鷹改、隼鷹改二

・千歳型

千歳改二、千代田改二

・最上型

鈴谷改二、熊野改二

・Casablanca級

Gambier Bay Mk.II

・赤城型

赤城改二戊

・加賀型

加賀改二戊

・蒼龍型

蒼龍改二

・飛龍型

飛龍改二

・翔鶴型

翔鶴改二甲、瑞鶴改二甲

・雲龍型

雲龍改、天城改

・Lexington級

Saratoga Mk.II Mod.2

・Essex級

Intrepid改

 

◯重巡洋艦

・最上型

最上改二

・古鷹型

古鷹改二、加古改二

・青葉型

青葉改二、衣笠改二

・妙高型

妙高改二、那智改二、足柄改二、羽黒改二

・高雄型

高雄改、愛宕改

・利根型

利根改二、筑摩改二

・Northampton級

Northampton改、Houston改

・New Orleans級

New Orleans改

 

◯軽巡洋艦

・球磨型

球磨改二丁、多摩改二、北上改二、大井改二

・天龍型

天龍改二、龍田改二

・長良型

五十鈴改二、名取改

・川内型

川内改二、神通改二、那珂改二

・夕張型

夕張改二丁

・阿賀野型

阿賀野改、能代改二、矢矧改二

・大淀型

大淀改

・香取型

香取改、鹿島改

・Gotland級

Gotland andra

・L.d.S.D.d.Abruzzi級

Abruzzi改、G.Garibaldi改

・Perth級

Perth改

・Atlanta級

Atlanta改

・Brooklyn級

Brooklyn改、Honolulu改

 

◯水上機母艦

・秋津洲型

秋津洲改

・瑞穂型

瑞穂改

 

◯補給艦

・神威型

神威

 

◯揚陸艦

・特種船丙型

あきつ丸改

・陸軍特殊船(R1)

 

◯工作艦

・明石型

明石改

 

◯潜水母艦

・迅鯨型

迅鯨、長鯨

 

◯駆逐艦

・神風型

神風改、春風改、旗風改

・睦月型

睦月改二、如月改二、弥生改、卯月改、皐月改二、水無月改、文月改二、長月改、菊月改、三日月改、望月改

・吹雪型

吹雪改二、叢雲改二

・綾波型

潮改二

・暁型

暁改二、Верный、雷改、電改

・初春型

有明、夕暮

・白露型

村雨改二、夕立改二、海風改二、山風改二丁、江風改二

・朝潮型

峯雲改

・陽炎型

天津風改二、浦風丁改、磯風乙改、浜風乙改、萩風改、秋雲改二

・夕雲型

夕雲改二、長波改二、早霜改

・秋月型

照月改、涼月改、冬月改

・島風型

島風改

・松型

梅改

・Fletcher級

Fletcher Mk2、Johnston改、HeywoodL.E.改

 

◯潜水艦

・巡潜乙型

伊19、伊58、伊26

・海大VI型

伊168

・巡潜3型

伊8

 

 



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第八十一話前路掃討戦

数時間後 釧路基地 地下指令室

「各艦隊、射程海域にまで進出完了」

 

「後方の日米合同艦隊、攻撃準備完了とのこと」

 

第一遊撃艦隊第三部隊の戦闘より数時間が経ち、いよいよこの作戦も大詰めを迎えようとしていた。当初想定された敵艦隊による迎撃は呆気ないまでに突破でき、殆どが小破で留まっている。第一遊撃艦隊第三部隊並みの苛烈な攻撃を加えられたのは、ぶっちゃけここだけである。多分、不幸型の能力が発動してしまったのだろう。

だがこれは同時に、この最後の作戦では敵の抵抗が今まで以上に苛烈である可能性が高いという事である。いや。最早、それは確定した未来と言って差し支えないだろう。

 

「航空隊は?」

 

「AWACSスカイアイより入電!突入進路確保済み、指示を待つとのこと!!」

 

「日米合同軍全部隊、攻撃開始だ。艦娘の突入を援護しろ!!!!」

 

命令を受けた日米合同軍は攻撃を開始する。艦隊からは無数の17式対艦誘導弾とハープーン、トマホークが一斉に発射され、さらに航空隊からもASM3とLRASMが発射され、のべ300発以上の対艦ミサイルが北方棲姫を守る護衛艦隊に襲い掛かる。

 

「ミサイル第一陣、敵艦隊に突入!」

 

暫くして、ミサイルの第一陣が敵艦隊へと突っ込んだ。着弾と同時にレーダー上でも次々に深海棲艦を示す赤い点が消えていき、一目である一定の戦果が挙げられた事が分かる。

 

「続けて第二陣、第三陣、飛来!!」

 

「驚いた。本当に通常兵器でも倒せるんだな.......」

 

「まあ国民のイメージは「深海棲艦に従来の兵器は通じない」だからね。でも実際は大量の火力を一点集中で投射する飽和攻撃を持ってすれば、さしもの深海棲艦でも撃退はできる。

でもあくまでそれが通用するのは雑魚だけだし、費用対効果も悪いしで、こういう大規模作戦時の露払いか本土とか重要拠点の防衛でもなければ使わないけどね」

 

深海棲艦はどういう訳か、その装備自体は第二次世界大戦当時の物に近い。ミサイルも保有していなければ、対空砲もバルカン砲の様な類は装備していない。故に深海棲艦であっても、ミサイルは迎撃できない。

だがそれでも、素の耐久力で阻まれるので結局は雑魚艦にしか通用しないのだ。因みに弾頭に対深海徹甲弾を用いれば、普通に通用する。

 

「ミサイル攻撃、所定のスケジュールが完了しました」

 

「効果は?」

 

「前衛敵艦隊、82.5%の無力化に成功。防衛ラインに穴が空きました」

 

防衛線に綻びが生じたとなれば、次のオーダーは突入一択。戦艦、超巡、重巡を先頭に支配海域へと侵攻していく。

、張巡、重巡を先頭に支配海域へと侵攻していく。

 

「敵が出てこないなんて、なんだか不気味ね......」

 

「敵は手薬煉引いて、我らを待っておるのだろう。いつ攻撃を仕掛けられても不思議はない」

 

前衛艦隊の大半は駆逐艦と軽巡からなる水雷戦隊であった為、ミサイル攻撃での殲滅は容易ではあった。故に残敵掃討もかなり楽であり、駆逐艦達が好き勝手に追いかけ回している。

だが先述の通り、想定よりも迎撃に出てきた数が少なすぎる。恐らく、そろそろ何かしらのアクションがあるはずなのだ。それを見抜いた江ノ島艦隊の艦娘とKAN-SENは、独自に警戒ラインを艦隊前方に構築。残敵掃討を他艦隊に任せて、足の速い物を斥候に出し、重巡と超巡で艦隊周囲を固めていた。

 

『こちら島風!吹雪さん!戦艦15隻からなる敵艦隊が現れました!!』

 

「分かりました。皆さん、斥候の島風さんから通報が入りました!!迎撃の準備を!!!!」

 

「あらぁ?吹雪、どうやら2時の方向からも敵機よ。艦載機、かなりの数ね」

 

KAN-SENの島風と赤城から報告が上がる。やはり、かなりの数が出張ってきている。だが、この程度で長嶺の鍛えた艦隊は臆する事はない。

 

「皆さん!敵を迎え撃ちます!!愛宕さんは三水戦を率いて接近中の邀撃、比叡さんと霧島さんは私と共に援護を!!赤城さん達は直掩機の発艦をお願いします!!!!」

 

「吹雪さんも旗艦が板につきましたね」

 

「そーそー。私達の所に初めて来た時なんか、碌に水上に浮かべなかったのに」

 

「それで特訓したよねー」

 

「茶化さないでくださいよぉ!!」

 

第二遊撃艦隊第二部隊は比叡と霧島という戦艦を有していながら、その旗艦は駆逐艦である吹雪が担っている。彼女は知っての通り、ミッドウェー攻略時に第五遊撃部隊の旗艦を務め勝利に導いた特別な艦娘である。故に江ノ島鎮守府内では、駆逐艦でありながら旗艦として運用されることがあるのだ。特に今回の様な特異なケースでは、彼女が旗艦になる場合が多い。

 

「でも吹雪ちゃん、結構頑張ってたっぽい!」

 

「あれは凄い努力だったよね。何度こけても立ち上がってさ」

 

「はいはいみんな!もうすぐ敵が見えるわよ」

 

一応KAN-SEN愛宕がそう注意はするが、それはあくまで形だけ。今回の作戦の為に復活させた旧三水戦ではあるが、KAN-SENが江ノ島にやって来た頃には川内は三水戦、神通は二水戦、那珂は四水戦と言った具合に江ノ島の中でもトップクラスの実力を誇る戦隊を率いていた上に、個としても3人は強い。

更に隷下の吹雪は言わずもがな、夕立は艦娘の駆逐艦ではトップクラスの攻撃力を持ち、睦月は燃費がいい位しかポテンシャルの優位性はないが部隊内の空気や関係の調整者、あるいは参謀や周囲の監視役として優秀な人材である。江ノ島でも指折りの精鋭達の前では、こんな注意は言われずとも分かっている。

 

「見えたぞ!戦艦ル級14、ツ級19、ナ級24だ!!!!」

 

「思ったよりも多いね.......」

 

「どうする吹雪ちゃん?」

 

「.......川内さん、高雄さん、愛宕さんは突撃してください。近接戦で敵を減らします。夕立ちゃんと睦月ちゃんは左翼、私と神通さんは右翼から回り込んで遊撃。比叡さん、霧島さん、那珂ちゃんは援護をお願いします!!」

 

『吹雪、私達も忘れないでくれるかしら?フフ』

 

無線から聞こえてきた上品だが、何処か冷ややかで恐ろしさを感じる声の正体は、吹雪達の背後に構えているKAN-SENの赤城であった。現在赤城の指揮下には妹分の加賀、そして赤城とは長嶺がらみだと犬猿の仲だが、それ以外は意外に仲の良い大鳳がいる。第二の一航戦みたいなものだ。

 

「赤城さん!援護、お願いできますか?」

 

『お安い御用だわ。ねぇ、加賀?』

 

『はい姉様。元より我らの任務は、艦隊の支援ですから』

 

『ようやく私たちにお鉢が回って来ましたね』

 

重桜という別の国家とは言えど、一航戦の名を冠する2人にKAN-SENの中でも新型の部類に入る大鳳。援軍としてこれほどに頼りになる存在も早々いない。

 

「では赤城さん達は、防空と攻撃隊による艦隊への撹乱攻撃をお願いします!」

 

『分かったわ。そっちに合わせるから、そちらは好きになさい』

 

「はい!」

 

無線を切ったのと同時に、赤城達も行動を開始する。飛行甲板には無数の艦載機が現れ、発艦の刻を待つ。

 

「加賀、大鳳!」

 

「さぁ、喰ろうてやるぞ!!!!」

 

「幸せそうに逝っちゃって、ふふふ…」

 

赤城達の艦載機には、戦闘機は局地戦闘機としては恐らく最も有名な紫電改の改修版を艦載機にした紫電改四。爆撃機には強力な大型爆弾を懸架可能な試作型天雷(特別計画艦仕様)。攻撃機にはロケット弾と魚雷を搭載できるワイヴァーンを採用しており、一航戦の名に恥じない編成となっている。

これに加え無敵と称えられた最強世代の一航戦に加え、事実上最後の一航戦となった大鳳が加わるのだ。その練度の高さも合わされば、鬼に金棒どころではない。

 

「さぁ、待ちに待った夜戦だ!!!!!!」

 

「最強の名、伊達ではないぞ!!!!!!」

 

「オイタをする子はお仕置きよ?」

 

艦娘に於ける突撃隊長たる川内に、サムライ気質の高雄と突撃要員としてはこれ以上ない厄介な連中だ。それに加えパワーこそないが繊細かついやらしい剣術を操るKAN-SENの愛宕が合わされば、もう敵は混乱の真っ只中だろう。

実際、この3人が突っ込んだのは攻撃隊形を組み終える寸前の、周囲への警戒が一瞬緩む瞬間であった。そこに突っ込まれるが最後、敵は何もできず指を咥えて崩壊する部隊を見るしかない。

 

「撃ちます!当たってぇ!」

 

「さぁ、砲撃戦、開始するわよー。主砲、敵を追尾して!…撃て!」

 

敵の隊列が乱れれば、逃げ惑う方向に向けて砲撃を加える。水柱と砲弾の雨で、言うなれば檻を作り上げるのだ。こうすれば敵は余計に混乱する上に、無駄に数の多い駆逐艦には至近弾でも脅威となりうる。

 

「パーティー、始めよっ!!」

 

「この勝負、改装強化された睦月がもらったのです!」

 

「各艦、突撃用意…行きましょう!」

 

「撃ち方始め!いっけぇー!」

 

隊列が完全に乱れ、指揮統制が通じなくなったところで右翼と左翼から一気に駆逐艦と巡洋艦を食い散らかす。試製61cm六連装(酸素)魚雷が四方八方から襲い掛かり、上からは砲弾の雨で深海棲艦は手も足も出ない。ある程度削り切れば、あとは上空の航空隊が戦艦達を一掃してくれる。奇襲の上に奇襲という、二段構えの戦法の前には戦艦であろうと太刀打ちできない。

だがこれはあくまでも江ノ島艦隊という、艦娘の中でもトップクラスの実力と装備を誇る上に、KAN-SENという存在による戦力の底上げが行われているからこそ出来る、言うなれば贅沢な戦術。これが他の艦隊であれば、こうは言っていない。

 

「くっ、敵が多すぎる!捌ききれん!!」

 

「ッ!那智さん、直上!!!!」

 

例えば足柄が率いる第一遊撃艦隊第二部隊。配下に那智、阿武隈、春雨、五月雨、山風、潮、曙、朧、漣がいる艦隊は、敵機と水雷戦隊の奇襲を受け、かなり追い詰められていた。

 

「那智さん大丈夫ですか!?

 

「.......これくらいの、なんてことは、ない」

 

「その傷でそのセリフは無理があるわよ!!」

 

爆撃の黒煙の中から出て来た那智はボロボロであった。頭から血を流し、腕からも血が大量に流れ、下に着ているシャツは血で真っ赤に染まっている。艤装の方も一目で、ギリギリ戦えるか戦えないかの瀬戸際だと素人目でわかるくらいには、満身創痍の状態であった。

流石にこの見た目での「大丈夫」は当てにならない。お陰でいつもは提督を「クソ提督」呼ばわりしている位には口の悪い曙ですら、いつものツンを忘れて本気で心配している。

 

「ちょっと那智!大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だ.......」

 

「敵機直上!急降下!!!!!!」

 

漣がそう叫んだ。見れば大破し落伍しかけている那智に向けて、5機の敵艦載機が突っ込んで来ている。だが投弾直前、2機の敵機が爆発。残る3機にもオレンジ色の火線が襲い掛かり、すぐに火だるまになって海へと落ちていった。

 

『よぉ、嬢ちゃん達。生きてるか?』

 

「ピクシーさんだ!!」

 

『上空援護は任せろ。一度退いて、態勢を立て直せ』

 

「いや、どうやら退けそうにないわね。敵水雷戦隊、高速接近中!みんな!迎撃準備よ!!」

 

見れば艦隊の2時方向より、チ級éliteを中心とした敵水雷戦隊が接近してきている。被弾し大破した那智を連れてでは、確実に背後から狙い撃ちにされてしまうのは目に見えている。

 

「足柄.......。私を置いて行け」

 

「そんな、出来るわけないじゃない!」

 

「いいか足柄!他を生かすために、私を棄てろ!!」

 

那智の言う事は、指揮官としてはこの上なく合理的かつ正しい事を言っている。1を助ける為に100を犠牲にするのか、100を生かす為に1を犠牲にするか。合理的に考えるのなら、明らかに後者だ。だがそれでも、仲間を、それも姉妹を見捨てる事はできない。足柄も、他の第七駆逐隊や阿武隈達もそうだ。

 

「絶対に見捨てないわ!!」

 

「そうです那智さん!!一緒に呉に帰るんです!!!!」

 

「絶対見捨てないわ!!」

 

「帰ったら麻婆春雨作りますから!絶対生きて帰りましょう!!」

 

「私まだ、恩返しできてないんですよ!!那智さんに沈まれたら困ります!!!」

 

「ぜったい、死なせない!!」

 

「漣的には、その選択肢はないんですよ!!」

 

「だから、やらせないって言ったでしょ!!」

 

「仲間は、沈ませません!!」

 

全員が那智を中心に円陣を組み、絶対防御の姿勢を取った。絶対に死なせないと、その意志を胸に全員が1つの戦闘マシーンの様に動く。その頑張りによって稼いだ時間により、彼女達の救援が間に合ったのだ。

 

「全艦、戦闘陣形、Tiro(ティーロ)!」

 

「雑魚は身の程を知らないわね」

 

「こっちから当ててやるわ!」

 

第二遊撃艦隊第三部隊。江ノ島鎮守府のサディアのKAN-SENで構成された艦隊であり、所属艦が戦艦と重巡のみという重装甲突撃部隊である。

 

「アリーヴェデルチ!!」

 

「ローマの威光の前に砕かれるがいい!」

 

「サディア帝国の力を見よ!」

 

前衛を務めるザラ、ポーラ、ゴリツィアのザラ級三姉妹の後方から、同じく三姉妹のリットリオ、ローマ、ヴィットリオ・ヴェネトから無数の砲弾が降り注ぐ。

 

「あなた達、ボロボロじゃない!」

 

「ここは私達が食い止めるから、すぐに後方に撤退しなさいな!」

 

「助かるわ!那智、ほら、行くわよ」

 

那智も含め、さっきの防御円陣のお陰で他の艦娘達もまあまあ無視できない被害を被っている。流石にこれ以上の継戦は、轟沈の可能性すら出てくる。その為、皆すぐに退いてくれた。

 

「敵艦隊損耗率31%」

 

「第六十一戦隊、大破3、中破1。第五○戦隊、全艦中破!」

 

「スケルトン1、ガーゴイル6、トランキーロ隊、ロスト!」

 

「戦線が膠着し始めた.......」

 

「長期戦は不利だよ!」

 

白鵬と影谷の言う通り、長期戦となるとこちらの分は悪い。幾ら同時進行で別鎮守府が欧州方面で攻勢を展開しているとは言えど、流石に長引けば長引くほど相手のホームグラウンドで戦うのは荷が重い。一応、江ノ島艦隊が獅子奮迅の動きを見せてくれているが、それでも遊撃と濃密な砲撃で敵を寄せ付けないというだけであり、防戦一方であるのは変わりない。

 

「被害もどんどん増えてきてる。早急に手を打たないと、こっちが食い尽くされてしまうね.......」

 

「長嶺.......長官。ここは霞桜を投入すべきでは?」

 

「.......仕方がないか。霞桜全大隊に告ぐ!総員、攻略艦隊前面に展開し各艦娘の援護を開始せよ!!全兵器使用自由、暴れてこい!!!!」

 

長嶺の命令に、霞桜の面々は「待ってました」と言わんばかりに行動を即座に開始した。最大推力で急行し、翼を翻して行動をグングン下げていく。

レーダー上には無数のアンノウンとして表示され、一時騒然となるがすぐに情報が更新され味方として表示する様に設定し、味方からの誤射もなく艦隊前面に到達した。

 

「目標ポイント上空!!」

 

「カーゴを開けろ!」

 

「後部ハッチ開放する!!」

 

徐々に後部の貨物ハッチが開いていき、隊員達の眼下に真っ赤な、まるで赤錆のような色の変わり果てた海面が広がる。これは深海棲艦のテリトリーを示す様な物なのだが、普段は真っ青な海を赤くされたの屈辱の極み。隊員達の胸中にも怒りの炎がメラメラと静かに燃え上がる。

 

「降下降下降下!!」

 

直後、頭上のランプが『降下スタンバイ』を意味する赤から、『降下開始』の緑に切り替わる。それを確認すると隊員達は我先にと戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』から飛び降りていき、分隊ごとに変態を組んで各々の目標へと飛んでいく。

無論、一部を除いて全員が新兵装のシービクターと専用の各種武装を装備している。因みにこのシービクターを装着していないのは、水上バイクや水上装甲艇を操縦するドライバーと、各大隊の大隊長である。ドライバー達にはシービクターは大きすぎる上に装備自体が無用の長物であり、大隊長達は逆にシービクターが戦法を減らしてしまう。5人の大隊長は知っての通り、全員が人間離れした自身のスキルを用いて戦う。そういう存在にとってシービクターは寧ろ、自分の好きな戦法を取れなくさせる鎖になってしまう。そこで各大隊長達は従来の強化外骨格に、いつもの専用兵装という状態で戦闘に参加している。

 

「本部大隊は後方にて前線拠点を構築!被弾した艦娘とKAN-SENを回収し、補給と整備を行います!第二大隊はこれの援護と直掩にあたってください!!第三、第五大隊は艦隊前面に展開!接近する敵艦隊の迎撃を!!第一大隊はこれを援護してください!!第四大隊は遊撃戦闘を行い、場を掻き乱してください!!」

 

グリムが現場で指示を飛ばし、その動きをレーダーで見ていた長嶺が各艦隊に指示を飛ばす。

 

「全艦隊に告ぐ。後方に臨時の拠点を構築している。被弾した者は遠慮なく退がり、整備を受けて前線に戻れ。補給に関してはこちらに申告の上で行動されたい。

また諸君らが撤退している間の穴は、霞桜の面々が埋める。戦線に穴は開かないから、安心して退がれ」

 

霞桜は所詮人間。艦娘に比べれば、深海棲艦への攻撃力は低い。だが使い様によっては、逆に最強の兵種にもなる。例えば軽装甲目標の迎撃。魚雷艇の様な軽装甲の高速小型目標には、艦娘以上の制圧力がある。そしてもう一つが、この戦闘支援だ。傷付いた艦娘を即座に修理し、その間は霞桜の隊員が空いた穴を埋め、修復が完了次第また入れ替える。これにより高い継戦能力を得る事ができ、艦娘の生存性も上がる。

難点と言えば機密保持とか色々な制約がある為、基本的には江ノ島鎮守府でしか運用できない位だろう。だが逆に江ノ島の長嶺家族(ファミリー)共と共闘すれば、フルにそのポテンシャルを発揮できる。

 

「敵が来たぞー!!!!」

 

「っしゃぁ!!!野郎共、物理的マジカル弾幕パワーで撃退するぞ!!!!!」

 

霞桜の展開後、最初に接敵したのはバルク率いる第三大隊。この大隊はご承知の通り、弾幕教信者の弾幕狂共が多くいる。しかも今回9割以上の隊員が装備しているシービクターの背部には、他の銃器を二挺装備できる背部多目的兵装懸架システムが搭載されている。他の大隊の隊員はこの背部多目的兵装懸架システムことマニュピレータに、対深海棲艦用突撃銃エリミネーターとか対深海棲艦用パイルバンカー辺りを装備している。

だがこの大隊の大半の隊員達は、本来なら分隊支援火器である筈の対深海棲艦用歩兵機関銃イシスを手持ちで装備し、マニュピレータにもこれを装備する超弾幕仕様になっている。しかもこのイシス、長嶺の風神HMGを元に製作したライフルっぽい見た目の三連装バルカン砲なのだ。その弾幕は、もう一歩兵が展開できる弾幕を超える。オマケに両上腕に追加装甲代わりにバトルシールドを装備しており、シールド内部には2基のガトリング砲を装備してあるので、イシスが両腕+マニュピレータ×2+バトルシールド内のガトリング砲×4、つまり合計8つのバルカン砲を装備している事になる。これには弾幕教信者は崇め奉るだろうし、火力ジャンキーは過去最高のトリップを味わえるだろう。

 

「オラオラオラオラァ!!!!撃って撃って撃ちまくれ!!!!我ら汝等に問う!汝らは何ぞや!!!!!」

 

「「「「「「我ら弾幕信者!!地獄の神の代理人なり!!!!!!」」」」」」

 

どうやら本日はHELLSINGのイスカリオテ機関被れらしい。一応第三大隊は自称『弾幕教 濃密弾幕宗の総本山』らしいが、この辺の祈りの言葉というか名乗りというかは結構コロコロ変わる。

 

「弾幕はパワー!!!!!」

 

「弾幕こそ至高!!!!!」

 

「火力は正義!!!!!」

 

「火力こそ救い!!!!!」

 

「濃密弾幕は愛!!!!!!」

 

「聞かせてあげよう、弾幕による救済の鎮魂歌(レクイエム)を!!!!」

 

第三大隊の弾幕教信者達が救済のレクイエム(物理)を捧げている中、第五大隊の方も敵と接敵。交戦を開始していた。

 

「うらぁ!!!!!」

 

「せいやぁ!!!!」

 

「野郎共!!オヤジに続け!!!!!」

 

安定のヤクザらしい、近接特化の戦い方である。折角シービクターという、最強のパワードスーツを手に入れたにも関わらず、未だに銃ではなく鉄パイプ、バッド、刀剣類、トンファー、メリケンサックなんかの近接武器で相手をボコボコにしている。しかも全て対深海徹甲弾と同じ加工がしてあるので、しっかりダメージが通るという徹底っぷりである。

 

「舐メルナ!!」

 

「っとぉ!俺達喧嘩屋を舐めんじゃねーよ!!」

 

深海棲艦の中には殴りかかってくる奴もいるが、しっかりカウンターを食らわせて返り討ちにし、何なら殴りかかってきた奴を捕まえて他の敵に投げつけたりもしている。もう無茶苦茶だ。

 

「あら?ベーくん達かなり暴れてるわね」

 

「援護しますか姐さん?」

 

「う〜ん。周り、敵来なさそうだしねぇ。よーしみんな!私達もあの中に突っ込むわよ!!」

 

カオスが更にカオスになった瞬間であった。第四大隊と第五大隊。ある意味、混ぜれば危険な大隊だ。何せ大隊を構成する隊員の殆どが、元はベアキブルの部下たる極道で大隊長2人は姉弟。コンビネーションは他の大隊よりも頭ひとつ飛び抜けている。

 

「姉貴!!」

 

「べーくん、私達も混ぜて?」

 

「はいはい、姉貴の頼みは断れませんよぉっと。よーし野郎共!!いつも通りの共闘だ!!!!深海棲艦のクソ売女共を血祭りに上げてやれ!!!!!」

 

「「「「「「「「「「おう!!!!!!」」」」」」」」」

 

ベアキブルが前衛で場を掻き乱し、それをカルファンが後方からワイヤーで援護。逆にカルファンに接近する奴は、ベアキブルが拳銃で迎撃。シンプルだが強固な連携で、次々に向かってくる敵を撃退していく。

一般の隊員達もコンビネーションに拍車がかかり、仲間を抱えて、シービクターのジェットパックを利用してその場で高速回転しながら周囲に弾丸ばら撒いたり、刀で切り裂いたりする変態戦法を編み出してみたり、果てはジェットパックのジェット噴射を相手の顔面の前でやって火傷させてみたりと、かなりエゲツない戦法を使い始めていた。

 

「うわぁ.......。第四と第五の奴ら、ヒートアップしすぎて惨い戦法使い始めたぞ」

 

「うへぇ、マジだ」

 

「アイツら元ヤクザだし、顔怖いし、やる事怖いし、顔怖いんだよな」

 

「顔しか言ってねーじゃん!」

 

前面で大立ち回りをする第四、第五大隊と弾幕貼って好き勝手に暴れてる第三大隊とは違い、第一大隊の面々は後方から微動だにせず戦場を俯瞰していた。

 

『大隊諸君。お仕事の時間ですよ』

 

「おやっさんからのご指示も出たし、こちらも仕事を始めますかね」

 

超凄腕のスナイパー、マーリンが率いる第一大隊は霞桜面々の中で一番、射撃精度が高い隊員が集まっている。第二大隊なら爆薬や破壊などの工兵としての能力が強い者、第三大隊はパワー系と銃火器の扱いが上手い者、第四大隊は隠密行動や偵察の上手い者、第五大隊は超至近距離での近接戦闘特化といった具合に、各大隊には得意とする物がある。

第一大隊は射撃精度が高い者が多いことから、参謀やマークスマンやスナイパーとして支援する立場の者が多い。

それはシービクターの装備にも表れていて、マニュピレータに装備するのは何も対深海棲艦用狙撃銃オーバーロードである。このライフルは火薬による撃発後、電磁力で加速するハイブリッドな銃であり、通常ライフルの徹甲弾以上の貫徹力を通常弾で得る事ができる。

 

「ターゲットマーク。ファイア」

 

その為、戦場において彼らは高速移動可能なスナイパータレットとして行動する。因みに大隊長であるマーリンは…

 

「目標、90。戦艦レ級、3体」

 

「センターに捉えた」

 

「aim、Fire!」

 

ズドォン!ズドォン!ズドォン!

 

スポッターのビーゲンを連れて、遥か後方から愛銃のバーゲストを片手にスナイパーとして行動する。

艦娘とKAN-SENだって負けていない。特にオイゲンが旗艦を務める部隊は、かなりの大暴れを見せていた。

 

「Foyer!!」

 

ズドドドドドドォン!!!!

 

Z1(レーベ)、そのまま相手の頭を抑えて。チャパエフ、ハルピン!!」

 

「蹂躙する!」

 

「これでも食らいな!!」

 

江ノ島にも『精鋭』は数多くいる。だがその中でも、全体を見て指揮まで熟るのは数少ない。ちょっとした指揮なら大体誰でもできるが、目まぐるしく変わる戦況に合わせて戦術を適度に変えたり選べたりできるのは、艦娘なら大和、長門、金剛、赤城、鳳翔、古鷹、妙高、那智、川内、神通、吹雪位なものだ。KAN-SENも含めれば更に増えるが、それでも500人以上いる中で、20人から30人くらいなものだ。

オイゲンはそんな希少な、ある程度の規模の艦隊を旗艦として取りまとめられる存在の1人なのだ。

 

「姉さん、ブリュッヒャー。左の迎撃、お願いできるかしら?」

 

「ひ、左?」

 

「敵なんていないわよ?」

 

「いいえ。もうすぐ来るわ」

 

オイゲンはこれまで、長嶺と行動を共にしてきた。そして様々な場面で長嶺と接し、長嶺が持つスキルを少しだけ再現する事ができたのだ。今のもその一つである。元々オイゲンは本心を隠したり、別の人格を演じたりする事が得意だった。これには演技力の他に、相手の事を見極める観察眼が重要となってくる。

この観察眼を戦場で発揮させ、そこに長嶺がこれまで培ってきた人間の行動パターンを使えば、精度は低いが未来予知に近しい事ができる。目線の動き、敵の挙動等から数手先を読む事ができる訳で、これは戦場においては少ししか分からず確定じゃなくとも高いアドバンテージとなる。

 

「ほ、ホントに来た!!」

 

「ブリュッヒャー、やるわよ!!」

 

「う、うん!」

 

スキルを用いて接近してきた二個水雷戦隊を殲滅し、この辺り一帯の敵は掃討できたと言っていいだろう。となれば、次の手も打たなくてはならない。

 

「グラーフ、聞こえる?」

 

『どうしたのだオイゲン?』

 

「こっちの掃討はあらかた完了したんだけど、多分奥に敵がまだ残ってる。そっちで確認してくれないかしら?」

 

『ふむ、いいだろう』

 

ここまででかなりの敵を倒してきた訳だが、未だにボスたる北方棲姫は見えない。この作戦はまだまだ続く。

 

 



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第八十二話北方決戦

数十分後 釧路基地 地下指令室

「敵艦隊、56.8%の殲滅に成功」

 

「艦娘艦隊、全艦の補給と整備完了まで凡そ600秒」

 

「霞桜、損害軽微。戦闘継続」

 

オペレーター達の報告に、長嶺以外の提督達は驚いた顔をしながらモニターを見つめている。さっきまで焦げ付いていた戦局が、明らかにこちら側有利になりつつあるのだ。当然である。

 

「これが霞桜.......凄まじいな.......」

 

「初めて戦ってるのは見たけど、こんなにも強かったんだね」

 

「いやー、雷蔵くんには驚かされるよ。全く、文字通りゲームチェンジャーだね」

 

「えぇ。私が厳選した世界に名だたる精鋭、戦士、猛者達です。この位は造作もありません」

 

霞桜の練度と装備を持ってすれば、長嶺を含めない単独での通常規模の海域解放すら可能である。尤もこの場合、まず間違いなく霞桜側にも相当数の損害が出る。シービクターを持ってしても、恐らくは半数以上が帰ってこない。やるつもりはないが、その位の練度は持っているのだ。

 

「長官。江ノ島鎮守府所属のグラーフ・ツェッペリンから入電です」

 

「すぐに繋げてくれ」

 

『指揮官、聞こえているか?』

 

「あぁ。感度良好だ」

 

『オイゲンからの要請で偵察機を上げたんだが、どうやら敵艦隊の殆どは潰せている様だ』

 

報告では現在の敵損耗率は丁度半分。まだ大量に敵は残っている筈だ。それに正面の巨大モニターに映っているレーダー画面にも、敵を表す赤い光点が無数に光っている。

 

「レーダー上では敵がいる事になっているが?」

 

『すまない、言い方が悪かった。正確には敵の大半が輸送艦なのだ』

 

「なんだと?だが衛星画像では確かに敵がいるんだが.......」

 

『その敵は偽装だ。そこに映っている大半は、人型では無い筈だ。輸送艦が上から、まるで着ぐるみのように他の深海棲艦の外郭を纏っていた。現在は、その偽装を外している最中の様だな』

 

という事はつまり、今のこの攻撃による被害は深海棲艦側に取っても予想外の出来事だと考えていいだろう。恐らくは予想外の被害に、少しでも多くの艦艇を温存するという方針だと思われる。もしそうじゃ無いとすれば、何かしらの策があり準備に入っているか囮として動き出したのだろう。

 

「雷兄、どうするんですか?」

 

「.......前衛の艦娘に通達。無線の回線を開き、周囲の音を拾わせろ」

 

「周囲の音、ですか?」

 

「あぁ。それから、ヘッドフォンを取ってくれ」

 

謎すぎる指示に困惑しながらも、とりあえず従うオペレーターと艦娘達。こればかりは江ノ島の者でも、微妙に困惑していた。

 

「さぁ。戦場よ、俺に教えてくれよ」

 

長嶺は耳にヘッドフォンを当てると、そのまま深く椅子に座って静かに目を閉じた。聞こえてくるのは風の音、波の音、場所によっては誰かはわからないが、艦娘やKAN-SENの声らしき物、鳥の鳴き声が聞こえてくる。だが正直、雑音といった所だろう。

 

「雷蔵くんには、何が聞こえているんだ?」

 

「雷蔵兄さんって、これがノーマルなのですか比企ヶ谷提督?」

 

「俺も長嶺の事は詳しくねーよ。でも、基本よく分からんことをしているからなぁ.......」

 

他の者には単なる雑音でも、長嶺に掛かれば意味のある事なのだ。今回、自らは戦場に立てない。それ故にいつもの様に五感全てで戦場を読み取り、敵味方の状況や環境に合わせた戦術を取ることが出来ないでいる。

だがそれでも、こういう風に少しでも戦場にいるかの様に自らを錯覚させれば少しは何かが分かるかもしれない。いつもの様にはいかずとも、何かを見つけ出せるかもしれないとやってみたのだ。ぶっちゃけ長嶺自身、望み薄の無意味かもしれない行為だという認識である。

 

(何を感じる。俺は今、何を感じている.......)

 

聴覚を研ぎ澄まし、視覚は遮断し、とにかく音に集中する。すると不思議な物で、何かが迫ってきていることがわかった。数は少ないが、一つ一つの音は大きい。

 

「.......エンタープライズ、聞こえるか?」

 

『指揮官、何か問題か?』

 

「何か見えないか?大型の、恐らく戦艦空母クラスか姫級の深海棲艦が」

 

『そんな筈は.......』

 

エンタープライズが水平線の方に目を凝らして見てみると、何か小さな黒い物体が見えた。

 

『エンタープライズ先輩敵です!!!!正面、装甲空母姫2、重巡棲姫6!!』

 

『指揮官!!!!』

 

無線からエセックスとエンタープライズの叫び声が聞こえてくる。敵が来た。であれば、こちらが命じるのは一つしかない。

 

「全艦隊に告ぐ!!敵の親衛隊のお出ましだ。姫級が来やがったぞ。アメリカ、空自の航空隊は一時退避。代わりに空母艦娘は艦載機を上げろ。さぁ、いよいよ最終局面だ。最後にいっちょ暴れてやれ!!!!」

 

この指示を受けた艦娘達の行動は早かった。すぐに隊列を整え出す。だが、やはり江ノ島艦隊はその中でも抜きん出て早かった。艦娘の大和、武蔵、長門、赤城、吹雪。それからKAN-SENの赤城、エンタープライズ、プリンス・オブ・ウェールズ、ビスマルク、オイゲン、ソビエツカヤ・ロシア、リシュリュー、ジャン・バールと言った旗艦級の面々がエセックスの報告直後に、長嶺の命令を待たずに指示を出し、他の者もそう来ることを見越していたので素早く行動に移せていたのだ。

 

「第三大隊!前に出るぞ!!!!」

 

「第四大隊!突っ込むぞ!!カチコミじゃぁ!!!!!」

 

「第五大隊、第四大隊の援護にまわるわよ」

 

「第一大隊、艦隊の皆さんと合流しますよ。援護に入ります」

 

「第二大隊、後衛で待機。敵が来たら倒して」

 

「本部大隊、後方支援に入りますよ。負傷した者を運び込み、治療を行なってください。エンジニア、ドクターは後方待機。メディックは戦闘員と行動を共にし、前線での応急手当てをお願いします。行動開始!」

 

霞桜の面々の行動も早い。いくら頭数が増えていようと、艦娘とKAN-SENが共に戦う時にやる事は変わらない。彼女達が少しでも戦いやすく、戦闘を継続できる様に支援する事が霞桜の任務。霞桜を持ってしても、流石に最強の対深海棲艦兵器は艦娘かKAN-SENである事は変わらない。

であれば我々は少しでも戦いやすくし、犠牲や疲労を最小限に抑える。それが彼ら霞桜の任務なのだ。

 

「一航戦赤城」

「同じく一航戦、加賀」

 

「二航戦蒼龍」

「二航戦飛龍」

 

「五航戦、翔鶴」

「同じく瑞鶴!」

 

「「「「「「第一次攻撃隊発艦!!」」」」」」

 

「一航戦、赤城」

「一航戦、加賀」

 

「「推して参る!!」」

 

「終わりだ!」

 

「終わりだ……Funebre!」

 

「聖なる光よ、私に力を!」

 

「うんうん、きっとこんな感じで……艦載機、飛べ!」

 

「これでどう?」

 

「汝、罪ありき…!」

 

「この行いはすなわち、アイリスの願い」

 

次々に艦娘とKAN-SENから艦載機が上がる。他の鎮守府や基地の空母艦娘は精々が紫電改二か、零戦52型の熟練位であり、一部F4F-4が使われていたりはするがその程度だ。

だが江ノ島の場合、装備は次元が全く違う。最新鋭の設備、長嶺の資金とコネ、マッドサイエンティスト(明石、夕張、レリックetc)共が揃っており、新兵器の開発や改造はお手の物。その為装備が烈風改二戊、紫電改四、震電改、試製 陣風、シーファング、シーホーネット、Me-155A艦上戦闘機、F7Fタイガーキャットといった化け物ばかりが揃っている。

 

「我が国の興廃、この一戦にあり!」

 

「戦に情けなど無用…伊吹、参ります!」

 

「我らが神よ、等しく愛憎をくれ給え」

 

「目障りだ。消えろ」

 

「ふはははは!巻き込め!エーギルのアギトよ!」

 

「全主砲、撃ち続けなさい!」

 

「パーティー始めよっ!!」

 

「五十鈴には丸見えよ?」

 

「見えてる!Fire!」

 

空母が直掩機を上げる中、他の戦艦、重巡、軽巡、駆逐といった艦種は対空戦闘を開始。空は対空砲火の爆炎が覆い、機関砲の火線が空を裂く。江ノ島の場合、最近は港湾棲姫という敵方の大物が味方についたこともあり、姫級相手の訓練で培った戦闘技術が存分に発揮できる。しかも元々、何処の鎮守府の艦娘も対空戦闘演習では、UAVとか空母が持つ演習用の艦載機を使うので対空戦闘は結構得意なのだ。

 

「各艦、戦闘を開始しました」

 

「後方より大型機接近中!恐らく、北方棲姫保有の爆撃機と思われます!!」

 

「比企ヶ谷!!」

 

「釧路基地航空隊に伝達!上空待機中の航空隊は迎撃を開始せよ!」

 

比企ヶ谷の命令を受けた雷電と陸軍の三式戦 飛燕一型丁、キ96が爆撃機に襲い掛かる。爆撃機とて対爆撃機としても有効な20mmバルカン砲を持ってすれば、迎撃は可能である。

しかも今回参加している部隊は釧路基地に配属される前に江ノ島に短期間だが配属され、そこで霞桜の面々や江ノ島の精鋭艦娘&KAN-SEN、航空隊からシゴキを受けた猛者。そんじょそこらの航空隊よりも強い。

 

「釧路基地航空隊、交戦開始!」

 

「いよいよ作戦も大詰め、ってところかな?」

 

「でしょうねぇ。このまま、終わってくれれば良いんですけど」

 

「装甲空母姫1、撃沈!!」

 

「このまま終わりそうですけどね」

 

指令室全体では既に、この海戦に勝った気でいる。確かにこの物量と江ノ島の練度を持ってすれば、勝利は容易い。だが戦争はいつ何が起こるか分からない。故に、終わるまでは気を抜いてはならないのだ。

 

「そっちに3機行くぞ!!!!」

 

「1機でも多く倒せ!!後ろの嬢ちゃん達の負担を軽くするんだッ!!!!!!」

 

「堕ちろ堕ちろ堕ちろ堕ちろ!!ひゃっっっはぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

一方の現場はというと、結構順調に戦闘を継続していた。直掩機が初動の攻撃を行い、第四、第五大隊が敵陣へと突入しつつ二段目の迎撃を行う。更に第三大隊の面々が薄く広く展開して、対深海棲艦用歩兵機関銃イシスの圧倒的弾幕で艦隊への侵入を阻む。

この対空網を潜り抜ければ多数の艦娘とKAN-SENによる迎撃網が待っており、少しでもそちらに気を取られたり別の所に意識が行けば、対深海棲艦用狙撃銃オーバーロードを装備した第一大隊に狙い撃ちにされる。深海棲艦にとっては、単なる悪夢でしかない。仮にこれを抜けれても、最後部に位置する空母を守る様に布陣している第二大隊がこれを阻む。鉄壁の対空迎撃網だ。

 

「対空はリノに任せて!」

 

「リノ嬢ちゃんに続け野郎共!!!!」

 

「ファッッッキュゥゥゥゥ!!!!!!」

 

弾幕を張る中でも特に酷いのが、艦娘とKAN-SENの中で対空に秀でている者。例えば艦娘なら摩耶、五十鈴、アトランタ、秋月型駆逐艦。KAN-SENならモントピリア、リノ、サンディエゴ、五十鈴といった者に、霞桜の面々、特に第一大隊か第三大隊が加わった時だ。

 

「私達が弾幕を貼ります!!」

 

「叩き落とせ。Fire、Fire!」

 

例えば第一大隊との連携を見てみよう。まずは対空に強い艦が弾幕を張って、敵の数を適当に減らしつつ弾幕で進路を固定させてしまう。

 

「ッ!今よ!!」

 

「任せておけ!」

 

「俺達も相手してくれないと、おじさん達泣いちゃうぞ深海棲艦ちゃん!!!!」

 

「無視はダメだと学校で習わなかったかい!?!?」

 

後は用意された道を通らざるを得ない哀れな艦載機達を、オーバーロードを用いた超精密狙撃で撃破するというシンプルな戦法だ。シンプルだが、これが面白い程に当たる。

恐らく深海棲艦にとっての最優先攻撃目標となっているのは艦娘とKAN-SENなのだろう。霞桜の面々は攻撃すれば喰らい付くが、積極的に砲火を交えようという意図は感じられない。つまり深海棲艦にとって、今の霞桜は取るに足らない雑兵という認識なのだろう。であれば、これを最大限活かすまで。目をつけられてないのなら、目をつける存在が気を引いてる間に背後から奇襲すればいい。

 

「敵艦載機、残り20%!!」

 

「このまま押し切ります。第一大隊、もう少し耐えなさい!!!!」

 

「第三大隊!まだまだ祭りは終わってねぇぞ!!!!!!撃ちまくれ!!!!!!」

 

2人の大隊長の鼓舞に、隊員達は雄叫びを上げながらトリガーを引いて答える。後方で対空戦闘が行われている中、第四、第五大隊と水雷戦隊は敵艦隊への突撃を敢行していた。

 

「全く、姫級相手にこの編成って、かなりヤバいよね!!」

 

「北上さんがいれば最強です!!」

 

「そうだぜ北上の嬢ちゃん!大井の嬢ちゃんとのコンビは、最強の重雷装コンビだろ?姫級だろうが何だろうが、相手が水上目標なら勝てる!!」

 

「進路は俺達が切り拓く!!できた華道を駆け抜けろ!!」

 

「全く。おじさん達ってば、かなり武闘派だねぇ〜」

 

第四、第五大隊の多くは元が武闘派極道。こういう時、そう。絶望的な状況での命の取り合いや、そもそも修羅場という物を愛するタチの連中だ。「武闘派」と言われるのは、彼らにとっての栄誉に他ならない。

 

「テメェら!!武闘派の威厳魅せたれや!!!!!」

 

「ッシャァァァァ!!!!!!」

 

「やったんでゴルァァァァァ!!!!」

 

第四、第五大隊が重巡棲姫2隻に突貫。接近戦を仕掛ける。だが戦法自体は正々堂々とは程遠い、多数で囲んでよってたかってボコボコにする戦法である。深海棲艦と人間の差を考えれば、こうなるのは仕方がないことだろう。

 

「オラァ!!!!!!」

 

「これもオマケで貰っとけ!!!!」

 

「グハッ.......キサマラ、覚エテイロ.......」

 

「いーや。覚える必要はないな。そうだろ、お嬢さん方!!!!」

 

何かの合図の如く霞桜の隊員達は一斉に空へと飛び上がり、重巡棲姫への射線を確保。飛び上がった際の水飛沫で目隠しを作り出し、その背後で北上と大井の率いる水雷戦隊が一斉に魚雷を撃ち込む。

 

「海の藻屑と!!」

 

「なりなよ〜」

 

「面白いように当たるわね」

 

「服を切らせて、骨を断つのよ!」

 

「かかってらっしゃい! 一網打尽です!

 

「突撃よ!Open fire!」

 

一斉に避ける場所もないほどの数の魚雷を撃たれて、重巡棲姫ら回避行動も取ることなく沈没した。残る重巡棲姫4隻は艦娘達が倒す。だが装甲空母姫だけは、このコンビが対応していた。

 

「第五大隊大隊長ベアキブル、舐めんじゃねぇぞ!!!!」

 

「第四大隊大隊長カルファン。悪いけど、その命貰うわね?」

 

「愚カダナ」

 

装甲空母姫はそう言いながら、艦載機を即座に発艦させる。だが発艦口前方で、カルファンのワイヤーが空中に散らばっていた。艦載機は漏れなくカルファンのワイヤーに切り刻まれ、大空に羽ばたいていくことなく海に落ちていく。

 

「何ダト!?!?」

 

「この位で驚いてちゃタマ獲れんぞ!!!!」

 

ベアキブルはそう叫びながら、装甲空母姫の左脇腹から腹の中心の方へ深く抉り込ませながら上へと切り上げた。青い鮮血が飛び散るが、それでも装甲空母姫はまだ倒せていなかった。

 

「マダ.......死ナヌ.......死ナヌゾ!」

 

装甲空母姫は何とか立ちあがろうと力を振り絞る。だが次の瞬間、その重巡棲姫の背後には対深海棲艦様の手榴弾が爆発した。カルファンがワイヤーで海中を潜らせて、背後に配置して置いたのだ。

 

「往生せぇぇぇやぁぁぁぁ!!!!!!」

 

爆発で瀕死になりながらも何とか生きていた装甲空母姫を、ベアキブルがドスで首を切ってトドメを刺す。青い血が噴水のように吹き出しながら、装甲空母姫はその場に倒れて沈んでいった。

 

「敵艦隊殲滅に成功!!」

 

「全艦娘に伝達!!全艦、突撃せよ!!!!ここが決戦だ。後方の日米連合艦隊、上空の航空隊も攻撃を開始!!北方棲姫を倒せ!!!!!」

 

オペレーターの報告に、すかさず長嶺が指示を飛ばす。いよいよこの作戦も、最終局面を迎えようとしている。

 

「機体上げるぞ!」

 

「フラップ、ラダー、兵装、すべて異常なし」

 

「射出後、方位230に向かえ。高度400で編隊を組む」

 

「射出まで3、2、1。射出!」

 

一時的に空母へと帰還していた日米の空母航空団は、再度装備を整えて発艦。エルメンドルフ航空基地からもF15EXを有する航空隊が飛来し、北方棲姫への攻撃を仕掛けに行く。

 

『ここまでようやく漕ぎ着けたな、グレイア1』

 

『そうだなカメーロ1。江ノ島のみんなには、被害がそこまでなくてよかった。まあ、他の艦隊はそうも言えんがな』

 

『あぁ。轟沈艦も出てる。だが、それももう終わりだ』

 

グレイア隊とカメーロ隊。影こそ薄いが、江ノ島鎮守府の基地航空隊である。彼らは空自きってのエースであり、メビウス中隊には劣るがそれでも世界的に見れば最強格のエース部隊だ。これまで幾度となく江ノ島の面々と肩を並べて戦ってきたが、1人の戦死者も出さずにここまできている。少なくとも並の飛行隊なら、全滅せずとも何処かで戦死による人員の入れ替わりが必ず起こるものだ。

 

『ところでカメーロ隊は、どのくらいの弾数が残っているんだ?』

 

『さっき補給がてら、釧路まで帰還してきた所だからな。まだたんまりある。そっちは?』

 

『こっちも殆ど霞桜と下の艦隊がやってくれたんでな、余り弾薬に減りはない。燃料も補給してきたからな』

 

こんな話をしていると、他の飛行隊が合流し、更に艦娘の空母艦載機の編隊とも合流した。眼下には艦娘とKAN-SEN、そして江ノ島の者には見慣れた霞桜の面々が隊列を組んで突き進んでいる。

 

『敵が見えたぞ!』

 

『全機、ミサイルのロックを解除!!撃ち尽くせぇ!!!!』

 

『『『『『イェッサー!!!!』』』』』

 

最初に仕掛けたのはアメリカ軍だった。本来なら長射程を誇るAGM158だが、深海棲艦のそれも姫級相手だと接近してから放たなければ高確率で外れるか迎撃されてしまう。遥か彼方から撃てれば楽なのだろうが、仕方がない。

 

『グァァ!!』

 

『ベイルアウガッ』

 

だがその弊害で、北方棲姫にとっては最後の盾たる防空棲姫の射程圏に入ってしまう。姫級の場合、全てが通常の深海棲艦を凌ぐ。例えば通常の深海棲艦であれば、その実はただ硬いだけ。通常兵器でも大量に投入すれば倒せなくはないし、対空戦闘も基本が艦娘相手のレシプロ機への対抗策なので、ミサイルへの防御はそこまで得意という訳ではない。

だが姫級はまずECMでも搭載されているのか、ミサイルは接近してから撃たないと当たらない。一定のラインを超えると、勝手に水面にダイブしてしまう。しかも接近したとしても、通常のそれとは比較にならない猛烈な弾幕を張ってくる。これには現代の戦闘機やミサイルでも、なかなか太刀打ちできる物ではない。極め付けは、通常の兵装で姫級を倒すことは出来ない。周囲に展開する『小鬼』という取り巻きや、一部の装備程度で姫本体には基本通らない。一度、戦略核兵器を用いた攻撃も過去に行われたが、周囲の護衛や小鬼は倒せたが、姫級にはダメージを殆ど与えられてなかった。ついでに言えば、霞桜の対深海徹甲弾を持ってしても、姫級には数の暴力を使うか弱点を正確に撃ち抜くかでないと倒せない。

 

「グリズリー09、13、ロスト!!」

 

「続いてアンジェロ8、6、3、いえ。アンジェロ隊ロスト!!ラックベル隊、04を残して全滅!!」

 

「姫級ともなれば、流石に航空隊の被害が凄まじいね.......」

 

「こればかりは、どうしても避けられませんね」

 

レーダー画面の味方を示す光点は、次々に消えていく。仕方がないとは言えど、やはり見ていて苦しいものがある。だが、主力たる水上の戦力の方はまだ失われてはいない。

 

「全主砲、薙ぎ払え!!!!」

 

「全砲門、開けっ!」

 

しかも先陣を切っているのは、大和と武蔵という戦艦の二大巨頭。否が応でも士気が上がる。霞桜の面々はアイドルの様な存在である艦娘とKAN-SEN達なら、例え誰が先頭でも大盛り上がりするだろう。

だが大和と武蔵は、霞桜の古参メンバーとしては同期である。2人は長嶺の江ノ島鎮守府着任と一緒にやってきた。戦場を共に駆け抜けた数、鎮守府での日常を送った期間は最も多い。そして何よりブラック鎮守府だった江ノ島を建て直し、長嶺政権の江ノ島鎮守府の創成期から今日に至るまで共に見守ってきた存在でもある。そんな2人が先頭を切れば、霞桜の面々も込み上げてくる物がある。

 

「良い女達だよな」

 

「あぁ。俺達みてーな荒くれ者がご一緒するのが、畏れ多いくらいにな」

 

「そーら、まずは防空棲姫だ。俺達の攻撃、耐えられるか!?」

 

防空棲姫に苛烈な攻撃が集中する。弾幕を張って戦うタイプの防空棲姫が、逆に弾幕を張られて攻撃されている。しかも今回はシービクターを装備している為、いつもの数倍の火力が投射できる。反撃や回避はできない。

 

「アレ…ウゴカナイ…? …アハハハ……ウミト ソラガ、綺麗…」

 

「防空棲姫を倒した!!」

 

「皆さん!!お願いしますよ!!!!」

 

「てえぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

大和の号令の下、全艦が一斉に主砲を放った。更に上空からは航空隊が、攻撃を同時に仕掛ける。瞬間的に多数の砲弾を浴びた北方棲姫は、断末魔を上げる間もなく吹き飛んだ。

 

「北方棲姫、反応.......消失!!」

 

オペレーターの報告に、指令室にいた全員の時間が止まった。数秒後、大歓声が上がる。ある者は手に持っていた書類を空高く放り投げ、ある者は隣に座る同僚と肩を組んでみたり、背中を叩き合っていたりする。2階部分に座る提督達も例外ではない。喜びの声を上げて、手を握り合っていたりと、こちらも同じ様に喜んでいた。

 

「やった!やったよ雷兄!!」

 

「これで沈んでいった艦娘達の仇が取れました!!」

 

「ザマァ見ろ!!」

 

「風間提督ってそんなキャラでしたっけ?」

 

「比企ヶ谷、今位はいいだろ?はいはい諸君!喜ぶのもいいが、まだ残敵掃討が残っているぞ!!神州丸とあきつ丸に上陸部隊を出させろ。それから特戦群の皆様も出撃だ。以降、艦娘とKAN-SEN、霞桜は周辺海域の索敵に当たり、敵との遭遇時はこれの撃破に移れ」

 

まだ仕事は終わっていない。残敵掃討をしなくてはならないし、今回は特殊作戦群の支援も場合によっては考えられる。とは言え、ここから先はかなり楽ではある。残敵掃討必要ないくらいに殲滅したし、特殊作戦群の方は霞桜の面々を支援に向かわせる予定だ。これでようやく、肩の荷が下ろせる。そう考えていた。

だが事態は思いもよらない方向へと突き進んでいく。北方棲姫撃破から約1時間後、戦艦棲姫からの無線が始まりだった。

 

『提督。聞コエルカ?』

 

「おー、どしたの?」

 

因みにだが、流石に普通の無線ではない。霞桜でも使う、高度な暗号化がなされた特殊な回線だ。普通の今、他の艦娘やKAN-SENと話す回線では確実に混乱が起きる。当然だが、回線を分けたのだ。

 

『マダ艦隊ハ作戦海域ニイルノカ?』

 

「そりゃまあ、まだ一応作戦中だし」

 

『スグニ逃ゲロ!!深海棲姫ガ来ル!!!!』

 

瞬間、長嶺の脳裏に例の地震計が観測した謎の振動の事が浮かんだ。深海棲姫。当時、神授才と『鴉天狗』を用いなかったとは言え、親友達を殺した極東の死神以来、初めて負けた相手だ。今の艦隊には荷が重い。すぐに命令を飛ばそうとした時には、もう遅かった。

 

「な、なにこれ!何かが海中を高速で進んでいます!!米駆逐艦『ニッツェ』『ベインブリッジ』『キッド』轟沈!!巡洋艦『シャイロー』駆逐艦『ウィリアム・シャレット』大破!!護衛艦『きりしま』『しらぬい』『すずつき』『もがみ』『くまの』『みくま』『によど』轟沈!!空母『いぶき』『のしろ』『やはぎ』大破!!」

 

「一体なにが起きたんだい!?」

 

「分かりません!!情報が錯綜し、何が何だか.......」

 

さっきまでの落差もあって、オペレーター達も提督達も浮き足だってしまう。当然だ。彼らは軍人であっても、その本分は後方から前線で戦う者達を支援すること。こういう不測の事態への耐性は、基本的にない。

長嶺は前に出ると、閻魔の鐺を勢いよく地面に叩きつけた。鈍い金属同士のぶつかる大きな音が指令室に木霊し、オペレーター達の動きが止まる。

 

「喚くな。焦るな。悲しむな。今、俺達後方の人間がすべきは慌てる事じゃねぇ。前線でまだ生き残っている仲間の安全を、1人でも多く確保する事だ。死者に構ってる暇があるのなら、1人でも多くの生者を救う努力をしろ。いいな!!!!」

 

「「「「「「「了解!!!!!」」」」」」」

 

「流石、雷蔵兄さん。全く動じてない」

 

「雷兄だもん。当然だよ」

 

「あの冷静さは僕も見習いたいね。まぁ、できる未来は見えないがね」

 

艦隊の壊滅は直ちに前線にも伝えられ、艦隊は即座に動き出した。まずは潜水艦と霞桜の選抜メンバーが、海中に潜り状況を偵察。その間に水上では、間隔をあけて探知網を構築しアンノウンを待ち構える。

 

「大和、聞こえる?」

 

『オイゲンさん。どうしたんですか?』

 

「これ多分、例の深海棲姫よね?」

 

『......えぇ。確証はありませんが、恐らくはそうでしょう。それがなにか?』

 

「いいえ。ただちょっと、気になっただけよ.......」

 

オイゲンはポケットの中に忍ばせている、今回限りのお守りに触れる。これさえあれば、どうにかできる。例え相手が深海棲姫であっても、きっとどうにかしてくれる。

 

(私達を護ってよね。雷蔵!)

 

オイゲンは軽く叩くと、艤装を構えた。だがその瞬間、グリムの叫びが無線から聞こえてきた。

 

『総員回避!!!!海中から来ます!!!!!』

 

その叫びとほぼ同時に、海中から無数の黒い触手が飛び出してきて無差別に襲い出した。

 

「うおっ!!!」

 

「ガハッ.......」

 

「退避!!退避ぃ!!!!」

 

特に霞桜が展開していた場所が酷く、触手に身体を貫かれており、まず助からないだろう。触手の先端の方で力無く、手足をぶらりと揺らしている。

 

「お前達!!!!」

 

「チッ!やりやがったな!!!!」

 

「撃ちまくれ!!!!!」

 

触手に攻撃を集中させるが、殆ど意味はない。逆に触手が鞭のように撓って、周りにいる者を弾き飛ばす。霞桜の隊員はシービクターのおかげで、とりあえず脳震盪位で済んでいた。だが艦娘の方は、一部には手足を吹き飛ばされる者もおり、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 

「痛い!痛いよぉ!!!!」

 

「足。足が!!」

 

「本部大隊!!すぐに救助を!!!!」

 

だが艦娘の場合、例え足や腕を失おうと入渠ドックと高速修復材を用いれば完治する。とは言え、後送する余裕はない。取り敢えずは水上装甲艇『陣風』にでも押し込む他ない。

 

「痛いよぉ!!!」

 

「痛いな。好きなだけ叫べ。それから、もし気絶できるならしておいた方がいい。その方が痛みを感じなくて済む」

 

艦娘達を後ろへと担ぎ、その間に戦える者で攻撃を加え続ける。少しでも負傷者を後ろへ下げ、生還率を上げるのだ。

 

「愚カダナ。貴様ラモ」

 

瞬間、海中から普通の深海棲艦や姫級よりも禍々しい見た目の艤装を装備した、深海棲艦が姿を表した。病的なまでに真っ白な髪と肌、それに赤い目と角。間違いようがない。深海棲姫だ。

 

「現地艦娘より報告!!深海棲姫が出現しました!!!!!」

 

「艦隊の被害甚大!!大破、轟沈者も出ています!!霞桜、戦死者多数とのこと!!!!」

 

「.......やりやがったな」

 

この報告を聞いた時、長嶺の考えは決まった。もうこうなった以上、国家機密とか連合艦隊司令長官の肩書とか、もうどうでもいい。家族たる仲間達を護るのに、そんな鎖は邪魔でしかない。

 

「現時刻を持って、進行中の全作戦を中止する。現在展開中の全部隊は、深海棲姫撃退に全力を当てよ。また本指令室の指揮権は、風間提督に一任する」

 

「え!?ちょ、雷蔵くん!!君はどうするだい!?!?」

 

「俺が為すべき事を為す。それだけですよ。比企ヶ谷!アイツらを使う!!付いてこい!!!!」

 

「お、おう」

 

長嶺は着ていた軍服を脱ぎ捨てて、強化外骨格の姿になってハンガーへと走り出す。冷静を装ってはいるが、その脳内は今も戦っている家族のことで一杯だった。

一方の戦場はというと、まさに地獄であった。

 

「きゃぁぁぁ!!!!」

 

「大和!!」

 

「ま、まだ、やれるわ.......」

 

「勝手は榛名が許しません!!!!!!」

 

「ヤマート!Are you OK?」

 

既に傷ついていない艦なんてのは居ない。全ての艦が被弾し、江ノ島艦隊ですら大半が中破ないし大破。空母に関しては殆ど機能喪失といった具合で、かなり不味い状況であった。

霞桜も同じである。既にシービクターが使い物にならなくなり、泣く泣く投棄した隊員や、装備こそしているが腕とかエンジンとかが壊れた者もいる。この位ならまだいいが、中には艦娘を守る為に身を挺して庇った結果、満足な抵抗すらできずに死んでいった者もいる。

 

「これは、不味いですね.......」

 

「グリム。何か策はありますか?」

 

「そういうマーリンは?」

 

「迫り来る触手を攻撃して怯ませつつ、攻撃を回避。その間に艦娘とKAN-SENで叩く位しか思いつきませんよ」

 

対深海徹甲弾やパイルバンカーを持ってしても、深海棲姫には歯が立たなかった。精々が攻撃を怯ませたり、当たった衝撃で照準をズラすといった攻撃としては殆ど無意味な事しかできなかったのだ。

 

「かなりヤバいわね.......。こうなったら、やるしかないわね」

 

「オイゲン!何か策でもあるの!?」

 

「ビスマルク!少しの間、持たせて!!!」

 

「わかったわ!」

 

ビスマルクを筆頭とした鉄血艦隊が、オイゲンの前に立ちはだかり攻撃を阻む。触手攻撃もあったが、そこはビスマルクの防御力と戦艦としての馬力で防ぎ切った。

 

「お願い、届いて。小鴉!!!!!!」

 

オイゲンはポケットから取り出した真っ暗な式神を投げた。長嶺が作戦前にオイゲンに持たせていたのは『鴉天狗』を呼ぶ鍵となる、小鴉の式神だったのだ。

小鴉は炎を纏ってF27スーパーフェニックスへと姿を変え、編隊を組んで後ろから炎を出して上空に旭日旗を描く。その旭日旗の中から空中超戦艦『鴉天狗』が姿を現し、艦隊上空にその巨艦を浮かばせた。

 

「な、なにあれ!!!!」

 

「戦艦!?」

 

「敵かしら?それとも、味方?」

 

他の鎮守府の艦娘、そしてオペレーターや提督達は何が何だか分からなかった。何せいきなり宇宙戦艦ヤマトみたいに、巨大な戦艦が空に現れたのだ。常識に当て嵌めればあり得ない出来事だ。

だが江ノ島の者であれば、その姿を見るや否や士気は否が応でも上がる。

 

「指揮官が、来る!!」

 

「テートクが来マース!!!!」

 

「野郎共!!総隊長が来るぞ!!!!踏ん張れぇ!!!!!!!」

 

取り敢えず長嶺が来るまでは『鴉天狗』が、戦艦の状態で砲撃を開始する。この砲撃で深海棲姫の注意を惹きつけ、その間に態勢を艦隊は立て直す。そして再度、攻撃を仕掛けに行く。その様子を長嶺は、上空から見ていた。

 

「お前達、行くぞ」

 

比企ヶ谷らはいきなり飛び出していった長嶺を、大慌てで追い掛ける。今の長嶺は、明らかにいつもの長嶺ではない。戦闘モードなのは間違いないが、明らかに何かが違う。

 

『もう見えなくなった』

 

『多分アレ、かなり怒ってますよね?』

 

『長嶺ってば、アレでかなり仲間思いだべ。多分、かなりキテるっしょ』

 

『些か、敵に回したくない状態であるな』

 

『敵じゃないのに、なんかビリビリくるもんね』

 

『敵には同情するよ』

 

長嶺は仲間を置いて、降下中でありながら速度を上げるためにジェットパックをフルスロットルで吹かしながら降下する。常人なら精神的に耐えられない速さだが、それでも長嶺突き進む。そして数分の降下の後、体制を立て直して『鴉天狗』を装着した。

眼下では『鴉天狗』が炎の玉に包まれるのを見て、長嶺が来たことに気付いた江ノ島の家族達が目を輝かしていた。

 

「空中超戦艦『鴉天狗』ここに見参!!!!!!」

 

続けて犬神と八咫烏も巨大化して着水し、ここにいつもの江ノ島メンバーが揃った。この事実だけで、江ノ島の家族達の士気は作戦開始時よりも遥かに上がっていく。

 

「待たせたな、お前達。本来ならお前らの奮戦を讃えたい所だが、今はそれどころじゃねぇ。グリム!状況を説明しろ!!!!」

 

「既に霞桜では28名の戦死者を出しておりますが、戦闘は継続可能です。しかしながら、弾薬が.......」

 

「問題ない。三浦!!」

 

『任せといて!!』

 

上空にいる三浦が、空から補給物資を投下した。中には多数の対深海徹甲弾が入っており、これで補給の問題は解決した。更に新しいシービクターも詰めてきたので、これで壊れたり投棄した者も問題ない。

 

「艦娘とKAN-SENは!!」

 

「私含め、艦娘の全員が中破ないし大破しています.......。しかし、戦闘継続は可能です!!」

 

「こっちもよ。艤装もボロボロ、身体は傷だらけ。でも、まだやれるわよ!」

 

大和とオイゲンの報告に、長嶺は不敵な笑みを浮かべた。要は全員が力を使い尽くす戦い方をすれば良いだけで、なにも難しいことはないのだ。必ず勝てる。

 

「この戦場にいる全ての戦士に告ぐ!!!!我々はこれより、最後の突撃を敢行する!!!!我が魂に残りを持つ者よ、我と共に進め!!!!!!旗が貴様らの目印ぞ!!!!!!!!」

 

長嶺が指差す先には霞桜の旗、アズールレーンの旗、そして各鎮守府の旗を比企ヶ谷達が掲げていた。その戦闘に、長嶺が立つ。

 

「貴様ハ確カ、前ニ倒シタ男」

 

「はっ!あの程度で勝っているような気じゃ困るな。あん時の俺は万全じゃなかった。来いよ、遊んでやる」

 

深海棲姫は無数の触手で攻撃してくるが、まずはコイツらが止めにかかる。

 

「吹雪の術!!」

 

「翼旋!!」

 

犬神が凍らせて、八咫烏が風系の術で破壊。幾ら深海棲艦の親玉たる深海棲姫と言えども、妖怪と神の力には太刀打ちできない。

 

「邪魔だ」

 

一方の長嶺も、残る触手を全て切り落としてしまう。これまで全く太刀打ちできなかった触手を、1人で易々と捌き切ってしまった事に、江ノ島以外の艦娘達は呆然としていた。だが江ノ島の家族共は、長嶺の戦闘で更に闘志を燃やす。

 

「野郎共!総長に続け!!!!」

 

「まだまだ倒れる時じゃねぇぞ、テメェらぁぁ!!!!!!」

 

「「「「「「「おおぉぉぉ!!!!!!」」」」」」」

 

「全艦、提督に続け!!!!」

 

さっきまで防戦一方だったが、今度は防御的ではあるが、それでも一歩前に出て恐れる事なく攻撃を集中させて各自が触手を確実に撃退していく。

 

「貴様、何者ダ?何故、貴様ガ出テ来タダケデ、コウモ変ワルノダ?」

 

「そりゃお前、こちとら世界最強だ。この位できなくて、何が最強だ」

 

「ナラバ、貴様ヲ倒セバ良イ」

 

深海棲姫は航空隊を発艦させる。その数は飛行場姫並みで、雲霞の如く空を埋め尽くして艦隊に迫る。だが、その程度では長嶺は止まらない。

 

「主砲砲撃戦、弾種、超多重力弾。ぶちかませぇ!!!!!」

 

長嶺は対航空機としては最強の砲弾である超多重力弾を放つ。超多重力弾は起爆後、様々な重力点を形成する事で機体を引き裂いてしまうのだ。

それだけではない。艦載機達も真上から襲い掛かり、敵機への攻撃を敢行。更に対空戦闘も開始され、みるみるその数を減らしていく。

 

「ナラバ!!!!」

 

深海棲姫は海中から、多数の深海棲艦を呼び出す。通常の雑魚艦ではあるが、その全てがflag shipだ。スペックは高い。だが、数の暴力の撃退こそ長嶺の真骨頂だ。

 

「数出しゃ勝てると思ってんのか?舐められたもんだなぁ。第一大隊、本部大隊!!」

 

「「ハッ!!」」

 

「全軍の援護だ!!後方に行け!!第三大隊、第五大隊!!」

 

「「おう!!」」

 

「お前達の大好きな突撃だ!!第五大隊を先頭に、第三大隊がこれを援護!!敵防衛線を喰い敗れ!!!!第二大隊、第四大隊」

 

「ん」

「私達は?」

 

「遊撃だ!近付く敵、片っ端から片付けてこい!!!!続いて水雷戦隊及び各駆逐隊、それから超巡!!お前達も第三、第五大隊と共に突っ込め!!!!重巡戦隊、これを援護だ!!!!戦艦は後方からの砲撃を行いつつ、機を見て突撃!!防衛線を食い破る!!!!空母は艦載機を絶やすな!!!!上空援護、及び火力支援を実施!!突撃部隊を守れ!!!!!暴れろ野郎共!!!!!!」

 

長嶺が指示を出し、それを江ノ島の家族達が実行する。最初の方こそ他鎮守府の面々は動けなかったが、江ノ島艦隊が戦っているのを見ると、こちらも動き出した。それを確認すると、長嶺も暴れ出す。

 

「行くぞ!!!!」

 

接近してくる敵に突っ込んで砲弾を周囲にばら撒き、敵を盾にして敵弾から身を守り、死体をぶん投げて敵を怯ませる。これを繰り返す。

 

「まるで化け物ね.......」

 

「山城。滅多な事を.......。いえ、アレは確かにそうかも.......」

 

「扶桑!山城!直上!!!!」

 

長嶺の戦闘に気を取られていた扶桑と山城は、真上から迫る爆撃機に気付かなかった。時雨が叫んだが、もう遅い。

 

「しまっ……」

 

爆弾が投下される。そう思った瞬間、何か黒い物体が扶桑と山城の頭上を横切った。よく見ればそれは、ナ級IIであった。なんと長嶺、ナ級IIをぶん投げて爆撃機の横っ腹にぶつけ、無理矢理撃墜したのである。

 

「扶桑!山城!!大丈夫!?」

 

「最上、私達は無事よ。大丈夫」

 

「あの長官、凄まじいわね.......」

 

「いや、あの長官もそうだが、江ノ島艦隊と例の霞桜とやらも鬼気迫る戦い方だぞ」

 

矢矧は今も最前線で敵と戦っている艦娘とKAN-SEN達を見ながら、まるで何か化け物でも見るかのように険しい顔で見ていた。江ノ島艦隊の戦闘は、他の艦隊とは一線を画す。艦種によっては文字通り殴り合っていたり、近接攻撃を仕掛けて斬りかかるのは当たり前。駆逐艦から戦艦に至るまで高い練度を誇っており、艦隊運動は一糸乱れず、単艦でも魚雷をジャンプしたりステップで避けて、カウンター代わりに砲撃を当てる。

極め付けは霞桜だ。こちらは今も仲間が倒れていっているにも関わらず、全くそんなことは気にせずにただ前を向いて戦っている。それどころか本来なら当たれば一撃アウトの筈の深海棲姫の攻撃を、機動力で撹乱しながらギリギリの所で惹きつけている。中には運悪く被弾する隊員もいるが、そんな隊員の事なんて知らんと言わんばかりに更に攻撃を仕掛けている。

 

「私はあっちもすごいと思うけど?」

 

今度は霞が、八咫烏と犬神を見ながらそう言った。デカい三つ足の烏と、デカい犬が大暴れする。こっちはかなりファンタジー或いは怪獣映画のようだが、その戦闘模様はファンタジーとは程遠い。謎の術が技で風やら氷やらを生み出しては深海棲艦にぶつけ、犬の方に至ってはバリボリと食らい出す始末。正直、かなりトラウマものである。

 

「何ナノダ。何ナノダ貴様ハ!!!!」

 

「俺は俺だ!!さぁ深海棲姫、俺はテメェに左半身持ってかれた。そして負けという屈辱を味合わせてくれたな?お礼参りだ。行くぞ!!!!!」

 

長嶺は右の艤装に搭載した、素粒子砲のチャージを始める。だがその間も、今回は全開戦闘だ。砲弾をばら撒き、刀で邪魔物を排除し、全速で四方八方に動き続ける。

 

「受け取れ!!!!素粒子砲、発射ァァァァァァ!!!!!」

 

ギュゴォォォォォォォォォ!!!!!

 

紫色の巨大なビームが、深海棲姫を包み込む。対抗することもできず、深海棲姫は消滅した。次の瞬間、海と空が見慣れた青いものへと変わっていく。

 

「海が!!」

 

「変わっていくぞ!!!!」

 

「俺たちの勝利だ!!!!!!!!!」

 

長嶺は空高く、幻月を掲げる。北方棲姫と深海棲姫のいた場所で刀を掲げるその姿は、正に英雄そのもの。その場にいた者は全員が声を上げた。北方海域、これにて開放である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石煉獄の主人、と言ったところかしら?でも、こっちはもっと凄いんだから」

 

「いつか僕が倒す.......」

 

「そう。その意気よ、ハヤ…。いいえ、今はこういうべきかしら?アベンジャー」

 

この海戦、思わぬ所で傍観者が居たのだ。オブザーバー。セイレーンの1人であり、彼女は何かの目的を持ってもう1人のセイレーンと行く末を見守っていた。アベンジャーと呼ばれた金髪の男。彼こそ、江ノ島に混乱をもたらす疫病神である。

そしてもう1人、長嶺への報復を望む者が1人。海中からその怨嗟の炎に、薪をくべ出していた。

 

「殺シテヤル.......。殺シテヤル.......。殺シテヤル.......。殺シテヤル、長嶺.......雷蔵!!」

 

 



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第八十三話江ノ島包囲網

北方海域攻略の翌日 江ノ島鎮守府 執務室

「失礼します、総隊長殿」

 

帰還してからもう24時間が経ったが、長嶺の仕事に終わりは見えない。何せ、今回の戦いはかなりの地獄だった。グリムの顔から察するに、今回持ってきた報告は恐らく死者の報告だろう。

 

「グリム、何人だ。最終的に何人死んだ?」

 

「本部大隊6名、第一大隊7名、第二大隊13名、第三大隊21名、第四大隊16名、第五大隊23名の86名です。これに加えて負傷により、除隊せざるを得ない者が12名います」

 

「.......明日、亡骸を見送る。葬り方は各々のやり方に従う。準備を頼む」

 

「了解しました」

 

グリムが退室すると、長嶺は椅子に深く腰掛けた。今回の戦闘で死んでいった86名は、何も弱かったわけでも油断していたわけでもない。ギリギリの戦闘の中で仲間や艦娘達を護り、身代わりとなって死んでいった。霞桜としては、本懐を遂げたと言っていい。死に方としても、彼らは何も悔いはないはずだ。

それにこの部隊は元々、全員が表では死んだ人間。常にゴーストであり、死ぬ事も覚悟している。とは言えど、やはり仲間であり家族と呼んだ者達の死は悲しい。だが彼らのおかげで、またも江ノ島鎮守府の艦娘とKAN-SENに轟沈者及び、生き残ったが艦娘としては戦えなくなった者への措置である退役もいなかった。

 

「約一個中隊か。痛いな」

 

個人としても、指揮官としても、この数は辛い。個人としては先述の通りだが、指揮官としての立場から見れば霞桜という非合法の特殊部隊員になれる人材は、基本的に物凄く限られる。比企ヶ谷達、元総武高校の連中みたいに表から引っ張ってくる事もできるが、それは正直なところ特例中の特例。そう何度もできる訳ではない。基本は元から裏にいるか、犯罪者や死刑囚、テロリストといった連中から集める。

実際、今の霞桜は大半が前科者や表に出てないだけで、犯罪を犯してた奴というのが多い。普通なら艦娘とかKAN-SENに霞桜の隊員が襲いかかってレイプする、なんて事案が起きかねない位にはヤベェ連中の吹き溜まりなのだ。これが起きないのは一重に長嶺のカリスマ性と、徹底的な規則を恐怖と共に叩き込んでいるからだ。

 

「入るわよAdmiral!」

 

「どした、アイオワ?」

 

「Damage reportの提出に来たわ。轟沈、退役こそいないけど、Fleatのみんなは、かなりやられるわね」

 

ザッと目を通すが、まあ酷い。よくこれで轟沈、退役が出なかったものだ。そんな感想が出てくるくらい、かなり手酷くやられてる。例の深海棲姫戦で、見事に全艦ボコボコにされている。大破中破は当たり前、中には轟沈一歩手前まで行っている者までいる。ついでに言えば、他の鎮守府では轟沈も退役も続出している。

 

「ホントまあ、よくこれだけやられて、轟沈と退役が出なかった物だ。入渠状況は?」

 

「みんな風呂に入ってるわね。覗いちゃNOよ?」

 

「覗こうにも仕事に忙殺されて、それどころじゃねぇよ」

 

余談だが、まだ霞桜の隊員が死んでいる事については伏せている。無論付近にいた者は別だが、敢えて公表はしていない。今は回復に専念してもらって、回復してから改めて合同葬を執り行う予定だ。遺体については腐るので、手早く埋葬する。霞桜はその性質上、世界中から人員を集めている。その為、宗教宗派の見本市な上に一癖も二癖もある連中なので、かなり無茶苦茶な埋葬方法を生前に頼まれているのもある。

土葬、水槽、散骨、火葬といったポピュラーな物から、植物とか自然が好きだった者は自らを堆肥にして好きだった植物を育ててほしいとか、サバンナとか海岸に遺体を放置して、獣とかに食べ尽くして貰いたいという者もいる。一番ぶっ飛んでるのは、火薬で爆破してくれという物だろう。尚、第三大隊の人間である。

 

「.......Admiral、なにかあった?」

 

「どうしてだ?」

 

「元気がないわよ」

 

「そりゃな。流石にこの量は疲れる」

 

アイオワは長嶺が何かを隠している事に気付いたが、敢えて追求せずに放置した。長嶺は気付いていないが、今の長嶺の声には悲しみが含まれている。いつか長嶺が自身の過去を打ち明けていた時の様な、深い悲しみだ。

 

「そう。でも無理はしたらダメよ?」

 

「わかってんよ」

 

これより一週間後、鎮守府のポールには半旗が翻る。霞桜には格式ばった葬儀だとか、式典というのは存在しない。霞桜で死人が出た場合、葬儀とかそういうのをしない代わりに、宴を開く。死んでいった者の死に様を語り、その者との思い出を語り、心に刻み込む。それが霞桜流の死者の送り方なのだ。

だがその中に、長嶺の姿はなかった。長嶺は1人、死者の写真が安置される『英雄の間』と呼ばれる場所に居たのだ。

 

「総隊長、こちらにおられたのですか」

 

「マーリンか」

 

「.......やはり、慣れませんな。こんな風に仲間が死んでいくのは」

 

「あぁ」

 

霞桜の隊員は基本異常者、狂人、変人、奇人の集まりだが、それでも人の死を悼む心はある。とは言え死が隣にある世界である以上、常人よりも慣れてはいる。だがそれが仲間の死なら、慣れるという事はない。

 

「総隊長、ご自分を責めないでください」

 

「いや、そんな事はない。分かっている。俺が最初から前線で暴れなかったのは、俺が国家機密であり人目を機にする必要があり、本作戦では人の目が多すぎたこと。それで死んだからといって、この事について責めるほど心が狭い奴らでもないこと。そんな事は分かっちゃいるが、それでもなぁ、考えるさ。もし最初から俺が動けば、もしかしたらってな。

今更何言おうが、コイツらが戻る事もない。過去も変わらない。無駄であり、そもそもそんなこと考える必要もないとは分かっていても、やはり考えちまう」

 

「.......それがお分かりなら、私から何も言うことはありません。私はもう行きます、どうか無理だけはなさらないように」、

 

マーリンはそう言い残すと、英雄の間から出て行った。だがその日、長嶺はついにそこから動くことはなかった。

 

 

 

 

1ヶ月後 江ノ島鎮守府 執務室

「…で、こりゃどういう状況だ?」

 

「増ヤシタダケダ」

 

「増やすなよ!!!!」

 

現在執務室には戦艦棲姫と港湾棲姫がいるのだが、その後ろには更に大量の深海棲艦がいる。それも全部姫級。なぜこうなったのかと言うと、今朝方にいきなり戦艦棲姫がコイツらを連れ帰って来て「仲間ダ。仲間ニシロ」的な事を言ってきて、取り敢えず長嶺の元に連れてきたのだ。

 

「不満カ?」

 

「普通に考えて一応お前ら俺達の敵!!人類滅ぼし軍の幹部!!それがなんで人類反抗の砦に来るのよ!!」

 

「提督。ダメ.......ナノカ.......?」

 

「港湾!涙目上目遣い&胸を寄せてもダメ!!ってか、その手の話じゃないの!!」

 

ぶっちゃけ長嶺自身、今の状況がぶっ飛びすぎて何が何だか分かってない。ただ仲間が増える分には一向に構わない。仲間の経歴その他も不問にする。だがこれは、それ以前の問題だ。流石の長嶺とて、現在進行形で人類の敵である彼女達を二つ返事でOKはできない。

 

「で、なんでこんなに連れてきたの仲間。ってか安全な訳?」

 

「ドウイウ意味ダ?」

 

「コイツらは深海棲艦。人類の敵だ。早い話、お前達は俺達に危害を加えるつもりか?」

 

「ソレハナイ。私ガ保証スル」

 

港湾棲姫がそう言うが、一応敵が敵の推薦をしている状況なので信じられる訳ではない。だが港湾棲姫も戦艦棲姫も、何度か戦闘に出ておりその中でもしっかり働いてくれている。

 

「.......取り敢えず、自己紹介しろ」

 

「空母棲姫。何度デモ、何度デモ沈メテアゲル.......」

 

「装甲空母姫!アハハ、アンタニ私達ヲ束ネラレル?」

 

「泊地棲姫。壊シテヤルゾ」

 

「集積地棲姫。修理、改造、資源採集ハ任セロ」

 

「超重爆飛行場姫。飛行機ナラ任セテ」

 

「中間棲姫。何デモデキル」

 

「バタビア沖棲姫デスゥ。ヨロシクネェ」

 

「欧州装甲空母棲姫ダ。コノマスクガ気ニナルカ?」

 

「北方棲姫。オ姉チャンガオ世話ニナッテマス」

 

11人。戦艦棲姫と港湾棲姫を含めれば、敵の幹部級が11人もいる。既に頭とか胃とか、色んなところが痛い。

 

「失礼します、総隊長殿」

 

「グリムー。これ、どうしよう?」

 

「その件ですが、我々の総意を持って参りました」

 

そう言ってグリムは、スマホに書かれた書き込みを長嶺に見せる。江ノ島鎮守府専用掲示板なので、こういう時には便利だ。見たところ、面白い事に仲間にしようという声しか無かった。艦娘、霞桜、KAN-SEN共にである。

 

「これが我々の総意です」

 

「.......はぁ、取り敢えず親父に連絡だ」

 

流石にこれを1人で決済するわけにはいかない。一応、形式的にでも上にお伺いを立てるべきだろう。

 

『おー、雷蔵!どうした?』

 

「なぁ親父。深海棲艦、増えた」

 

『はい?』

 

「深海棲艦、増えちゃった。ウチに置いていい?」

 

『そんな捨て猫拾ってきたみたいなノリで言うな!!!!!』

 

もう長嶺、ヤケクソである。長嶺だってどう説明すりゃいいのか分かんない。だっていきなり敵だったけど味方になった奴が、一応敵を大量に呼んできた。で、仲間になりたいと言っている。これ、どういうテンション報告すりゃいいんだろうか。

 

「俺だってな、色々ツッコミてぇよ!!」

 

『知るか!!!!あーもー、お前の判断に任せる!!!!!』

 

「あいあいさー。という訳だ、お前達。ようこそ江ノ島鎮守府へ。歓迎しよう」

 

東川のお墨付きも出た訳で、無事仲間に迎える事となった。なんか色々複雑だが、この際どうでもいい。なんかもう、考えたくない。

 

『あ、そうそう。おーい雷蔵?』

 

「あ?なに、親父?」

 

『佐世保鎮守府の件だがな、新たな提督が見つかった。詳細は後からメールで情報を送るから、精査を頼む』

 

「了解」

 

正直今すぐ脳死モードで、オイゲンとかのケッコン艦とイチャコラしたい。何も考えたくない。だが、そうも言ってられないのが連合艦隊司令長官というものだ。

 

「では総隊長殿、私は彼女達を案内してきます」

 

「よろしくー」

 

グリムと入れ違える様に、今度はレリックが入ってきた。手にはノートPCを持っており、多分何かしらのデータでも見せられるのだろう。

 

「総隊長。これ、見ろ」

 

「穏やかじゃないな。なんかあったか?」

 

「物凄くヤバい。マジヤバイ。ので、見ろ」

 

半ばノートPCを押し付けるかの如く見せられた。中に入っていたデータは、どうやらペルーン作戦中の鎮守府内の監視カメラ映像のログらしい。

 

「何か問題があるのか?」

 

「さっき、サーバールームのハードな点検をしてたら、こんなのを見つけた」

 

そう言ってレリックが取り出したのは、1つのUSBだった。だが普通のUSBとは違い、後ろにアンテナの様な物が伸びている。

 

「コイツは.......ハッキング用のヤツか!?」

 

「霞桜のサーバールーム、というよりここのシステムは全て、スタンドアローン。表の江ノ島鎮守府は防衛省とかと繋がっていても、霞桜と江ノ島はローカルネットでしか繋がっていない。グリムみたいな現場型ハッカーでないと、ハッキングできない」

 

「しかもサーバールームへのデータアクセスは、基本的に中からか専用の部屋じゃないと出来ないからな」

 

霞桜のサーバールームは、かなり強固なプロテクトが敷かれている。それをネットから越えるのは、ほぼ不可能と言っていい。さらに内部、つまり江ノ島鎮守府や地下の霞桜本部からデータを取り出すとしても、サーバーへのアクセスが可能なのはサーバールーム、長嶺と各大隊長の執務室、そして長嶺の自室のみなのだ。

 

「奪われたデータは分かるか?」

 

「グリムが必要」

 

「案内に行かせるんじゃなかったな」

 

すぐにグリムを呼び戻し、案内にはマーリンを付けた。事情を話すと、すぐにデータを呼び出してくれたのだが、ここで問題が発生した。

 

「うわぁ、マジですか.......」

 

「どうした!?」

 

「データがクラッシュしてますね。どうやらデータを抜き取ると同時に元データを破壊しつつ、それを隠蔽するウイルスを流し込んだみたいです。発見が今の今まで遅れたのも頷けます」

 

「どうにかなるか?」

 

「ちょっと時間が延びますが、データをサルベージして修復すれば問題ありません。全部は無理でも、一部はいけます」

 

「どの位だ?」

 

「15分、いえ!10分で!!!!」

 

そう言うとグリムは長嶺の執務机に座り、物凄いスピードでキーボードを叩いていく。なんかブツブツ言いながらやっているが、あまりに専門的すぎて何が何だか分からない。

だが10分後、本当にサルベージと修復を完了させてしまった。しかも「全部は無理」とか言っていたのに、ちゃっかり全部修復している。やはりハッキング関連で、右に出る者はいないらしい。

 

「早速再生しますよ.......」

 

まず初めに再生されたのは、江ノ島鎮守府内の映像だった。普通の江ノ島鎮守府の映像である。指令室やドックといった重要区画ではなく、普通の艦娘とKAN-SEN達が日常を送っている、その一コマが適当に切り取られているだけだ。

これが例えば重要区画ならスパイだと分かるし、風呂やトイレ、或いは艦娘とKAN-SENの自室とかなら変態だろうが、その辺は全くの手付かず。ついでに言えば盗まれている日は特段何もなく、いつも通りの日常が送られている、ありふれた平和な日だった。

 

「これ、何の意味ある?」

 

「言っちまえばホームビデオだもんな」

 

「これに価値、ありませんよね?」

 

なんて言っていたが、3人共この映像の価値に気付いてしまった。映っているのだ。港湾棲姫と戦艦棲姫が長嶺と歩いている所が。

 

「総隊長、これヤバい?」

 

「ヤバくない訳がないでしょ.......」

 

「すぐに盗人を特定しろぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

もしこれが表に出れば、確実に長嶺の表の人生が終わる。人類の敵である深海棲艦の幹部たる姫級2人と、人類の希望たる艦娘艦隊のトップが仲良く一緒に歩いている姿とか世間に出れば、確実に大炎上待ったなしだ。

大炎上するだけならまだしも、至る所に飛び火する。恐らくこれまでの戦果もマッチポンプだとか何だと騒がれ、江ノ島鎮守府はおろか帝国海軍の地位自体が地に落ちる。更には江ノ島鎮守府の家族達にも、確実に色んな被害が出るだろう。

 

「このデータ!!恐らく泥棒の入った時刻の本部内のログです!!!!」

 

「回せぇ!!!!」

 

消された本部内の映像には、何やら紫色のタコの触手みたいなの纏った白い肌の少女が映っていた。グリムとレリックは誰か分からないが、長嶺は一眼で分かった。

 

「確かコイツは.......オブザーバーだ」

 

「誰?」

 

「セイレーンだ。とは言え、何で今になってセイレーンが?」

 

「ここは、関わりのあった者に聞いてみませんか?」

 

「赤城か。よし、呼び出そう」

 

知っての通りKAN-SENの赤城、というか重桜と鉄血は元々アズールレーンとは違う道を進んだ事でレッドアクシズを作り、その中でも赤城はオロチ計画という計画でセイレーンと深く関わっている。装備や技術なら鉄血のビスマルクとかが適任だろうが、内情云々なら赤城だ。

 

「お呼びですか指揮官様♡?」

 

「お呼びだとも。とは言え、ちょっと今回は真剣に頼む」

 

「.......どうされましたか?」

 

入ってきた時こそ指揮官LOVE、重桜のやべー奴としての赤城だったが、そこは流石、長年摂政を務めてきただけはある。すぐに空気感が変わった。

 

「赤城。俺とお前がオロチが眠っていたドックで出会った、オブザーバーというセイレーンを覚えているか?」

 

「はい。というより、私は彼女以外のセイレーンと接触したことがありませんわ」

 

「オーケー。ならオロチ計画におけるオブザーバー、或いはセイレーンの目的について教えて欲しい」

 

「実験だと言っていましたわ。これは大いなる計画の一歩にすぎないと、何度も言っていました。しかし、何故それを今になって?」

 

「それがだな…」

 

赤城のさっきの映像を見せつつ、事情を話した。赤城としても寝耳に水らしく、かなり驚いている。だが、いずれにしろオブザーバーの目的がわからない。確かに盗まれた映像は痛いが、かといってセイレーンであるオブザーバーが動画をリークしても余り意味を為さない。やり様によっては、長嶺の権力を持ってすれば握り潰す事もできる。

 

「赤城、何かこういう行為に心当たりはあるか?」

 

「分かりかねますわ。しかしこの行為に意味があるのかは、少し疑問が残ります」

 

「だよなぁ。ぶっちゃけ労力に似合ってないもんな。しかも相手はおそらく、この手の謀略とかに長けていそうときた。なんか逆に不気味だ」

 

4人して暗い表情を浮かべる。何がしたいのかわからない割に、やっている事は物凄い労力がかかる事な上に、その労力と似合う成果を得られない。不気味でしかないだろう。

4人が頭を抱えていると、長嶺の携帯が鳴った。相手は再び東川である。

 

『浩三。何度もすまんな』

 

「いや、構わない。俺もそっちに報告しておきたい事がある」

 

『なんだ?』

 

「俺と深海棲艦とのツーショット映像が、外部に盗み出された。しかも相手がセイレーンだ」

 

『はぁ!?!?』

 

東川も驚きである。だが取り敢えず、現状では目的が不明な上にネットへのリーク等も確認されてない上に、恐らくネットへのリークは早々行われない事を伝えた事で、少しはマシになったらしい。

 

『.......その件の後で伝えるのもアレなんだが、例の新人提督。海道や反海軍、反艦娘の政治家と接触している事がわかった。念の為、探っておいてほしい』

 

「分かった。こっちでも両件共に探るから、そっちも何か掴んだら教えてくれ」

 

『わかった』

 

長嶺は電話を切るとすぐに、東川から送られてきている新人提督のデータを確認した。名前は隼人・レグネヴァという、アメリカ人とのハーフ。20歳で、提督になる前は都内の大学に通っていたとある。

 

「コイツか.......。レリック、すぐにコイツとその周囲を探らせてくれ。グリム、オブザーバーの足取りをカメラで出来る限り追ってくれ」

 

「了解しました」

「わかった」

 

「赤城、取り敢えずこの事は他言無用で頼む」

 

「承知しました、指揮官様」

 

3人を帰らせた後、長嶺自身も動き出す。長嶺派閥であり、深海棲艦が居る事を知っている風間、山本、比企ヶ谷の3人であれば何か力になってくれるかもしれない。少なくとも何か向こうからアクションを起こした時、それを察知したり中身を知る可能性は上がる。

 

「網は張ったし、ローラーも掛ける。これで何か分かればいいが.......」

 

 

 

数日後 江ノ島鎮守府地下霞桜本部 幹部会議室

「さて、取り敢えずの情報説明を頼む」

 

「はい。調査の結果、隼人・レグネヴァは反艦娘派、反海軍派の議員や有力者と数多く接触しており、海軍内でも反長嶺派の人間、元河本派閥だった士官を中心に接触しています。会話の内容の詳細こそ分かりませんが、どうやら何かしらの弱味を握っている様ですね。恐らく、オブザーバーと繋がっていると見て間違いないでしょう」

 

確証こそないが、タイミングが良すぎている。重桜の様に、協力関係があると見ていいだろう。しかも提督という立場の者がリークすれば、確実に信用されるだろう。実際本物な訳だが、事実無根だ何だとは言えなくなる。

 

「消すか、そのレグネヴァとかいう奴。姉貴なら余裕だろ?」

 

「勿論!久しぶりに、ハニートラップでも仕掛けましょうか?」

 

「カルファンなら鬼に金棒だわな」

 

「いえ、ここは慎重になるべきでしょう。私がレグネヴァの立場なら、何かしらの策を用意しておきます。少なくとも英雄たる総隊長を蹴落とそうと考え、しかもそのフィールドが相手のホームベースたる海軍となれば備えはするでしょう」

 

「マーリンの言う通りだ。現段階でオブザーバーとの関わりが証明された訳ではない以上、消すわけにもいかない。それに相手は曲がりなりにも、艦娘を率いる提督だ。河本を筆頭としたクズなら殺しても大義名分が立つが、今回の場合は悪者はこっち。正義が向こうにある上に、例え外部では事故として決着しても内部では禍根が残る。そうなれば後々、こちらの首を絞める事になるだろう。

今回はこれまで以上に、慎重に事を運ぶ必要がある。取り敢えず今後も、殺しは絶対に控えてくれ」

 

今回は本当に相手が悪い。これが一般人なら長嶺も「お前は知り過ぎたんだよ」的なノリでサクッと殺すが、相手は候補生とは言え提督。人類の英雄だ。そう簡単に殺す訳にもいかないし、そもそも殺せない。

 

「なら総隊長。どうする?」

 

「どうしようか」

 

とは言えど、長嶺だって何かしらの策がある訳ではない。そもそも情報が少ない以上、どうしようもない。長嶺も頭を抱えていると、不意に電話が鳴った。山本からである。

 

『.......長嶺、今いいか?』

 

「えぇ、構いませんが」

 

『単刀直入に言おう。川沢くんと小清水くんに、例の深海棲艦の事がバレた。さっき、私の所へ相談に来たぞ』

 

「.......マジか」

 

最悪の知らせはまだ終わらない。今度は霞桜の隊員が会議中であるが、大急ぎで入ってきた。

 

「新たな調査結果です!レグネヴァが総理大臣と非公式ながら接触が確認されました!!」

 

「総隊長殿.......」

 

「山本提督。現在こちらも、その件で大忙しです。今はとにかく時間が惜しい。また後ほど、詳しく聞きます」

 

長嶺はそう言って電話を切った。そして今度は、トドメと言わんばかりに東川との秘匿直通回線が鳴る。もしかしなくても、総理大臣との接触についてだろう。

 

『雷蔵、落ち着いて聞いてくれ。総理はお前に深海棲艦の件で外患誘致罪とテロ等準備罪の容疑で、お前を逮捕する命令が出た。いや、実質的な殺害命令と言っていい。更に逮捕と並行して、江ノ島鎮守府への家宅捜索も行われるそうだ。実行日は恐らく、1週間後だろう。雷蔵、今すぐ逃げろ!!』

 

「少し考えさせてくれ」

 

状況を纏めるとこうだ。当初敵はレグネヴァと反海軍、反艦娘、反長嶺だと思っていたら、まさかの事態である。事情を知らない日本という国全体が敵になってしまったという訳だ。

長嶺単身であれば、日本という国自体を破壊し尽くす事もできる。艦娘、KAN-SEN、霞桜も動員すれば余裕だろう。だがそれをしてしまったら、いよいよ持って世界を敵に回すことになる。戦闘で勝てても、持久戦となれば世界の方が上だ。

そもそも日本相手に、そんな正面切って大戦争をしでかすつもりはない。被害が大きすぎる上に、メリットよりもデメリットの方が勝つ。

 

「.......総隊長殿。ご命令を」

 

「私はあなたに救われた。他の隊員だって救われるか見出されてきた者達です。あなたの為なら、何処まででもお供しますよ」

 

「総隊長、メカニックは大事。ついていく」

 

「総長と一緒なら、世界が見れる。その世界で俺の弾幕教を広めるのも楽しそうだ!!」

 

「優秀な暗殺者は、諜報員としても使えるのよ?」

 

「親父。俺達、元極道組はアンタの子。極道の世界では白かろうが黒かろうが、親であるアンタの言った色がその物の色となる。ただ一言「付いてこい」と命じてください」

 

流石、長嶺の腹心達。多くを語らずとも、既に察してくれていた。そして彼らの返答も、長嶺の予想通りだった。彼らは頭が良い。だが、馬鹿でもある。こういう時、何故か勝ち負けではなく楽しそうな方につく。平たく言えば、戦闘狂なのだ。そして現在、彼らにとっての「この世で最もついて行って楽しそうな陣営」というのが長嶺雷蔵だ。

 

「お前達ならそう言うだろうと思っていたよ。とは言え、だ。俺達は今後、日本、或いは世界を相手に戦う事となる。しっかり準備しなければならない。

まず本部機能、燃料、武器、弾薬等、全ての機能を江ノ島から、例の場所に移す。レリック、廃墟島の状況は?」

 

「問題ない。すぐにでも使える」

 

「ではすぐにでも始めてくれ。くれぐれも秘密裏にな」

 

「了解」

 

「他の者は引き続き、各自の任務を行え。いいな!」

 

霞桜の方はこれで良しとして、次の問題は艦娘とKAN-SEN達だ。こちらにも説明しなくてはならない。

 

「あ、提督。お疲れ様です」

 

「大淀、丁度いいところに来た。悪いが、代表達を俺の部屋に集めてくれ」

 

「会議室ではなく、ですか?」

 

「あぁ。頼む」

 

「分かりました」

 

念には念を入れて、霞桜本部をのぞいて最も防諜性の高い長嶺の自室で会議を行う事にした。この部屋は高い防音性を誇り、妨害電波が様々な周波数帯で飛ばされている。これにより、遠隔での盗聴はできない仕組みになっている。録音による盗聴は可能だが、場所が鎮守府最奥であり構造上、そう簡単に入り込めない作りになっている為、潜入も容易ではない。

数十分後、いつもの代表艦娘&KAN-SEN達が集まった。場所が会議室ではなく、長嶺の自室だというのもあって皆少し浮ついている、

 

「お前達、よく集まってくれた。まあ、適当に座ってくれ」

 

因みに自室である為、本来こういう大人数の収容は元より想定していない。その為、みんなには適当に床やベッドとかに座ってもらっている。

 

「提督、一体どうされたのですか?」

 

「.......今日、霞桜本部よりセイレーンのオブザーバーの手によって俺と深海棲艦2人とのツーショット映像が盗まれていた事が発覚した。そしてこの映像を根拠に新たに提督の任に着く隼人・レグネヴァが、総理に俺を告発。現在俺は外患誘致とテロ等準備の容疑で逮捕命令、といえかまあ実質の殺害命令が降ったそうだ。

これを受け俺は、この国を脱出しようと思う。そこでだ。まずはお前達に、今後どうするかを聞きたい。あくまで今回問題になっているのは俺だけだから、お前達の身の安全はどうにかする。江ノ島を出て別鎮守府に行くも良し、一度死んで一般人として生きるも良し、俺と共に日本や或いは世界を相手に戦うも良しだ」

 

「提督、愚問ですよ、それは。私達は何処までも、提督と共に歩んで行きますよ。あなたの艦隊ですからね」

 

「指揮官様の為なら、たとえ火の中水の中ですわ♡」

 

「指揮官は私達に居場所をくれた。これからも、あなたの航路が終わるその時まで付いて行こう」

 

「我々は女王の艦隊だが、それと同時に貴方の艦隊でもある。艦がAdmiralに付き従うのは自然な事だ」

 

「私は何が何でも付いて行くわよ。あなたの初めての女よ?付いて来ないと話にならないわよ」

 

「旅をするにも戦うにも、傍らに相方が居ないと楽しくないぞ?」

 

「指揮官様への恩返し、まだ終わっていませんもの。それに世界相手にサディアの威光を示すというのも、悪くありませんわ」

 

「貴様の様な男、世界広しと言えど同志指揮官のみだ。私は同志指揮官と共に歩もう」

 

「貴方程、自由な人はいません。私達はあなたに付いていきます」

 

「オレもだ。お前みたいな組んでて楽しい奴、これまで会ったことが無い。オレとお前なら、世界相手にでも遅れはとらねぇ」

 

薄々分かってはいた。きっと彼女達もこう決断してくれるとは分かってはいたが、やはりとても嬉しかった。だが同時に心配でもあった。彼女達自らの意思とはいえ、今から歩む道は修羅の道。苦しい事もあるだろう。それに巻き込んでしまったのは、やはり考える物がある。

 

「お前達の気持ちは嬉しい。ありがとう。とは言え、お前達以外の意見がどうかは分からない。お前達の方からみんなに伝えてくれ。今度、全体で結論を聞く。もし江ノ島から去る者がいても、俺は止めないしお前達も共に来ることを強要するな。自由意志の下、好きにさせてやって欲しい」

 

彼女達の決断がどうなるかはまだ分からないが、これで一先ず艦娘とKAN-SENの方も済んだ。次はレグネヴァ対策を考えなくてはならないし、書類関連も移す必要がある。やる事は山積みだ。

 

 

 

 



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第八十四話失墜する楽園(フォールンヘブン)

1週間後 江ノ島鎮守府 執務室

『雷蔵。今日、閣議決定された事を話す。3日後に行われる、防衛省での会議中にてお前を逮捕する。その前に逃げるんだ、いいな?』

 

「親父。その事なんだが、俺は決めた。悪いが、この国を出るつもりだ。霞桜と、多分江ノ島にいる人員の大半を連れて」

 

『何だと!?!?』

 

「他国の軍の傘下には入らず、適当な所で独立武装国家でも作るさ。現状、俺達は深海悽艦の他、シリウス戦闘団やURといったテロ組織共とも敵対している。流石に連合艦隊司令長官という肩書き上、動きづらい状況になってきているのも確かだ。

今回の一件、良い機会だ。敵となって日本を出ていくよ。もしこっちから離反者が出たら、そっちに預ける」

 

『.......はぁ。ならばもう、止めるまい。親として、子を送り出そう。だが私も、ポーズくらいは付けさせてもらう。場合によってはお前達に銃を向けるが、悪く思わんでくれ。離反者に関しても、その時は私がどうにかしよう』

 

東川も、こうなった時の長嶺はテコでも動かない事を知っている。例え謀反人となろうと、犯罪者の汚名を着ようと、己が信じた道を突き進む。

 

「そうしてくれ。じゃあな、親父」

 

『あぁ。死ぬんじゃないぞ、雷蔵。いや.......蔵茂』

 

「.......その名前、何年振りに聞いたかな」

 

長嶺がまだ東川だった頃。かつて組織の犬として、組織が定めた敵を滅ぼす戦闘マシーンだった頃の名前。本来なら聞きたくないが、今回ばかりはその名を聞いて温かい気持ちになる。

 

「これで親父への筋は通した。こちら派閥の鎮守府には、流れに乗れとだけメールを送ってある。後は、あいつらの意思を問うか」

 

長嶺は大淀に頼んで、江ノ島にいる全ての艦娘、KAN-SEN、霞桜、航空隊の面々を大講堂に集めた。皆、それぞれが上の者から話を聞いているので、薄々、この招集の意味も分かっている。

 

『お前達。既に薄々勘付いているのが殆どだと思うが、敢えて俺の口から事の経緯を説明させてくれ。先日、霞桜本部よりセイレーンのオブザーバーの手によって俺と深海棲艦2人とのツーショット映像が盗まれていた事が発覚した。そしてこの映像を根拠に新たに提督の任に着く隼人・レグネヴァが、総理に俺を告発。現在俺は外患誘致とテロ等準備の容疑で逮捕命令、という名の実質の殺害命令が降っている。逮捕は3日後、俺が防衛省に行った際の会議内で行われるそうだ。

これを受け俺は、この国を脱出しようと考えている。そこでだ。お前達に、今後どうするかを聞きたい。例え鎮守府を離れる決断をしていたとしても、誰も咎めはしない。俺がやろうとしているのは、立派な国家への反逆。軍規違反どころか死刑コース確定の、マジの犯罪だ。捕まれば最後、例え霞桜の隊員だろうと、艦娘やKAN-SENだろうと、みんな仲良く処刑台の上へと登ることになる。仮にここから逃げ仰たとしても、まあまず間違いなく良くて国際指名手配。世界を敵に回して、世界中の軍事組織から追われる可能性も充分にある。ここから離れたとしても、親父が残留組を守ってくれる。残ったとしても、問題はない。

だがもし、この話を聞いても尚、俺についてきてくれるのなら。俺といつもの様に、世界を股に大暴れがしたいのなら。俺についてこい。以上だ』

 

長嶺の演説が終わった数秒後、まずはグリムと、グリム指揮下の本部大隊の隊員達が立ち上がった。

 

「霞桜本部大隊総員、総隊長殿と共に何処までも駆け抜けます」

 

「霞桜第一大隊。総隊長に全員付いていきます」

 

「霞桜第二大隊。全員、行く」

 

「霞桜第三大隊!総長、お供しますぜ!!」

 

「霞桜第四大隊。ボス、みんな付いていくわ」

 

「霞桜第五大隊!親父ぃ!我ら西條会組員、何処までも付いて行きますぜぇ!!渡世の親守るは、子の務めじゃ!!!」

 

霞桜の面々は戦闘時に見せる狂気に染まった笑顔と共に、全員が立ち上がった。続いて、大和が立ち上がる。

 

「江ノ島鎮守府、全戦艦艦娘。提督と共に参ります!」

 

「江ノ島鎮守府、全空母艦娘。提督、みんなあなたに付いて行きますよ」

 

「江ノ島鎮守府、全重巡艦娘。提督の行く道を共に歩みます!」

 

「江ノ島鎮守府、全軽巡艦娘。提督、何処までもお供します」

 

「江ノ島鎮守府、全駆逐艦娘。司令官!私たちは司令官の艦隊です!いつまでもついて行きます!!」

 

「江ノ島鎮守府、全潜水艦娘。司令官に付いていくわ」

 

「江ノ島鎮守府、全補助艦娘。提督。私たちが必要なくなるまで、私たちは何処までも行きますよ!!」

 

「重桜全KAN-SEN、指揮官様と共に参りますわ。うふふ」

 

「ユニオンもだ、指揮官。指揮官の為なら、喜んで行こう」

 

「ロイヤルもよ下僕!感謝なさい!!」

 

「主人に付き従うはメイドの務め。ご主人様。我々ロイヤルメイド隊、お暇を頂くまでお使えします」

 

「指揮官、鉄血には破滅願望者が多いわ。こういう話、みんなノリノリで乗るわ」

 

「北方連合は革命に生きる。同志指揮官と共に、世界相手に革命するのもいいだろう」

 

「サディア帝国の威光は指揮官様と共に。我々もお供しますわ」

 

「東煌も付いていく。どうせなら、派手に暴れる方に行くさ」

 

「時に神の思し召しは気まぐれな物です。それが悪に見えても、時には善行なのです。故に今回の謀反、自由アイリス教国は指揮官様と共に行きますわ」

 

「オレ達ヴィシアは元より、国とか堅っ苦しいのが嫌いな連中だ。首輪が外れるのは万々歳ってヤツさ」

 

「我々、江ノ島鎮守府航空隊も付いて行きます。これまで何度も提督には命を救われてきた。今度は、俺達が返す番です」

 

講堂にいた全員が立ち上がった。つまり、全員が長嶺と共に日本を脱出し、新たな戦場へと旅立つと言うのだ。指揮官として、ここまで嬉しい事はない。

 

『.......やっぱりお前達は馬鹿だな。だが、それでこそ俺の家族だ。愛してるぞ野郎共!!ではこれより、当日までの予定を発表する。江ノ島鎮守府脱出計画を『オペレーション・失墜する楽園(フォールンヘブン)』とし、48時間以内に各私物の搬出と、同時に各種設備の持ち出しを行え!!3日後の俺の逮捕作戦日をエンドデイと呼称し、それまでの間に脱出作業を行え!!

エンドデイ当日は、会議の迎えが来る前にとっととトンズラするぞ!!!!総員、これまでで一番困難な任務だが、お前達ならやれる筈だ。人生で一番慌てず、急いで、正確に仕事しろ!!!!』

 

講堂にいた全員が一斉にワッと声をあげる。既に霞桜の本部機能、燃料武器弾薬や予備のパーツといった物資類、食料、水、重要なアレコレは全部新たな拠点に運び込んである。後は鎮守府機能な訳だが、この辺りも新拠点には元から揃ってある物もあるので、書類とか重要なデータが入ってるサーバーとか各種資源を持っていくだけで済む。

とは言えど、かなりの量があるので48時間でもギリギリだ。取り敢えずその辺は手空きの霞桜の人間に任せて、長嶺は未だ大量に残る私物の搬出作業へと戻った。因みに長嶺の場合、酒とか衣類とかかなり大量にある為、霞桜の人間に手伝ってもらっている。

 

「うおっ!何じゃこりゃ!!」

 

「ブラジャー?なんでこんなのが」

 

隊員の1人が手に取ったのは、レースのふりふりがついたセクシーなブラジャーであった。明らかに勝負下着と言われるヤツである。

 

「(バカッ!それは勿論、艦娘かKAN-SENの嬢ちゃんのに決まってんだろ!!)」

 

「(そういや、よくギシあんしてますもんねぇ)」

 

「(総隊長いいよなぁ)」

 

「ご歓談の所悪いが、なる早で頼みたいんだが?」

 

背後からいきなり聞こえてきた長嶺の声に、手伝いに来てた隊員の男3人は揃って凄い声をあげる。

 

「あ、あはは!そ、そうですよね!」

 

「よーし、とっととやろう!」

 

「何も変な物は持ってませんよ!」

 

「ん?これは.......」

 

「バッ!!」

「あちゃー」

 

長嶺はさっきのブラジャーを手に取る。絶対気まずい空気になりそうだが、長嶺は逆に大笑いし始めた。3人とも、何が何だか分からない。

 

「そういうことか。お前ら、これを艦娘かKAN-SENの忘れ物だと思ってたな?コイツは俺の変装道具だよ」

 

「変装道具?」

 

「コイツをだな、普通につけるだろ?そんでもって、スマホの専用アプリで操作してやると.......」

 

長嶺がスマホを弄ると、いきなりブラジャーの後ろが膨らみだし、見事なおっぱいが長嶺の胸に現れた。服の上からだし、目の前にいるのは男だしで偽物だと分かるが、これがもし素肌に面していたり長嶺が女装していたら、本物と見紛う出来栄えだ。

 

「す、すげー」

 

「大きさは勿論、柔らかさなんかの感触も自由自在だ。流石に裸になっちまったら意味がないが、服の上とかなら普通に効果がある」

 

「じゃ、じゃあこれは!?」

 

「それは.......あー」

 

まさかの物を目の前に出されてしまった。目の前の隊員が持つのは、コンドームの箱。何か仕掛けがあるのなら良かったが、コイツの仕掛けは精子を子宮内に入るのを防ぐという物。つまり、極めて普通のコンドームである。

 

「コンドームだ」

 

「どんな仕掛けが!?」

 

「ない!!」

 

「え?」

 

「普通の、何の変哲もない、ただのコンドームだ.......」

 

一気に気まずい空気が流れ出す。2人の隊員がコンドームを持ってきた隊員に、目で「何つう物を持って来やがった」という目で見ている。

 

「に、にしても、総隊長もするんすね。ゴム」

 

「避妊できねぇ奴は挨拶できねぇ奴と同じだからな」

 

「あー、いや。俺基本、生だぞ?それは何かの時に買っといたヤツで、一度も開けてない」

 

今度は長嶺が原因で凍り付く。なんか生々しすぎて、逆に笑うな笑えなかった。この後、どうにか搬出作業を終え、いよいよエンドデイ討伐当日となった。

のだが、ここで一つ問題が発生した。非常にまずい事に、搬出作業が遅延して間に合わなくなったのだ。というわけで急遽、作戦を変更。長嶺がオイゲンを連れて、時間稼ぎのために防衛省に乗り込む事になった。

 

「入るわよ、指揮官」

 

「あぁ」

 

「ねぇ、雷蔵。なんで、私を選んだのかしら?武闘派っていうなら私よりも適任、たくさんいるんじゃない?」

 

今回のお供にオイゲンが選ばれたのは、オイゲン本人としても謎だった。何せオイゲンは地上戦での強さは、たかが知れている。今回は身分を隠して、何処かに潜入する訳ではない。江ノ島鎮守府提督、長嶺雷蔵連合艦隊司令長官として防衛省に真正面から入る。人員は選り取り見取りな上、何なら霞桜の人間を秘書とか適当な理由を付けて連れて行ったって問題にはならないだろう。

 

「.......確かにお前の言う通り、単純な戦闘力だけで言えばお前以上のはたくさんいる。だがな、俺はお前についてきて欲しいんだ。お前は俺の正妻、なんだろ?なら、俺を横で支えてくれ」

 

そう言いながら長嶺が差し出したのは、総武高校潜入時に長嶺が作ったオイゲン専用の拳銃、グロック26だ。だが前とは違い、今回は塗装が黒一色から赤と黒の鉄血カラーになっている。

 

「少し変えたのね」

 

「いや、カラーだけじゃない。中身も変えてある。サイレンサー機能をキャンセルして、代わりに銃身を対深海徹甲弾に耐えられる物に換装して、弾丸にも小型とはいえ徹甲榴弾を装填している。例え相手が完全武装の兵士であっても、余裕で殺せる性能だ。言うなれば、グロック26Prinz-Eugen-Ausgabeだな」

 

「気に入った。ありがたく使わせて貰うわ」

 

「オーライ。なら、作戦会議と行こうか。今回俺達は、正面から堂々と防衛省本庁へと入る。まずは普通に、迎えの車に乗って会議室へと行く。

そして会議中、必ずレグネヴァが来るから、そこで恐らく俺が確保されるだろう。俺はこの時に、レグネヴァとの対話で情報収集を試みる。そして場合によっては殺害、離脱する。離脱には一般車に偽装した、俺のマスターシロンを使う予定だ。質問は?」

 

「邪魔者は殺していいのよね?」

 

「あぁ。指示はその場で出すから、臨機応変に頼むぞ」

 

オイゲンは妖艶ながらも、何処か戦闘狂を思わせる笑みを浮かべながら舌舐めずりをした。どうやら、オイゲンも良い感じに狂って来たらしい。

 

 

 

数時間後 東京都市ヶ谷 防衛省本庁舎

「オイゲン、気づいているか?」

 

「なにが?」

 

「フロア、廊下、至る所に私服警官がいる。それに来る途中、何台もパトカーが隠れていた。それも覆面、刑事課仕様だ」

 

「つまりここはもう、罠のど真ん中って訳ね」

 

「そういうことだ。気を引き締めていけ」

 

2人は重厚感ある会議室の扉を開けて、会議に臨む。だが最初は、いつも通りの和やかな雰囲気だ。

 

「雷兄!」

「雷蔵兄さん、ご無沙汰してます」

 

「おう影ちゃん、いつも通りだな。そして白ちゃんは硬い」

 

「長嶺、久しいな」

 

「ええ、山本長官」

 

「(後で、時間を作ってくれるな?)」

「(無論です)」

 

今は極々普通の時間だ。いつものように提督達と談笑しつつ、その流れで会議がスタートする。今回の議題はこの間の北方方面と、欧州方面の報告。そしてレグネヴァの紹介だ。因みに、長嶺とレグネヴァはここで初対面となる。

北方方面に於けるペルーン作戦は、知っての通り多大な犠牲こそ出したが戦略的には充分成功と言える。一方の欧州方面も戦略目標だったスエズ運河と地中海の解放に成功し、アジアと欧州方面を結ぶ航路の奪還に成功した。後は残敵掃討を残すばかりである。

 

「さて、では最後に新たに提督に着任する者を紹介します。隼人・レグネヴァくんです」

 

長嶺がそう言って、外に待つレグネヴァが入って来た。だが、その姿に長嶺、オイゲン、そして比企ヶ谷が目を見開いて驚く。

 

「やぁ、桑田くん。いや、長嶺雷蔵、と言った方がいいかな?」

 

「.......おいおいおいおい、こりゃ何の冗談だ。なぁ、葉山ぁぁぁ!!!!!!!」

 

そこに立っていたのは、隼人・レグネヴァではなかった。総武高校に於いて比企ヶ谷に全てを押し付けたり、長嶺とオイゲンに迷惑をかけまくった結果、最終的にはオイゲンを長嶺に寝取られた(?)葉山隼人だったのだ。

 

「僕は葉山を捨てた。君のおかげで、我が家は全てを失ったよ。君の下劣極まる行動のおかげで、僕の精神は病んでしまった。だから僕は、君に正義を持って報復しよう」

 

「テメェのどの口が正義を語るか!!!!」

 

「エミリア、いや。オイゲン!君をすぐに迎えに行くからね!!」

 

「来なくていいから今すぐ視界から消えてくれる?」

 

オイゲンさん辛辣である。目は勿論、口も全く笑っちゃいない。不快感と怒気が同居して、なんか物凄い迫力だ。オイゲンみたいなクール美女って、怒ると結構怖い顔になる。

 

「長嶺!今ならオイゲンを差し出すだけで、僕は君の全てを許そう!!オイゲンもそれを望んでいる!!!!」

 

「耳、大丈夫?それとも脳みその方か?」

 

「っていうか、呼び捨てにするのやめてくれない?」

 

数ヶ月ぶりだが、この葉山劇場は中々にイラつく。聞いていると耳が腐りそうな上に、話が飛びすぎて理解が追いつかない。ついでにオイゲンの事もちゃっかり呼び捨てにしやがってくれている辺り、かなーり不快だ。

 

「おい葉山!お前、何しに来たんだ!!」

 

「ヒキタニ。今、君とは話していない。僕は長嶺と話している」

 

「君!仮にも上官である、長嶺長官にその物言いはなんだ!!例え知り合いでも、ここでは弁える場面だぞ!!」

 

珍しく川沢が声を荒げて、葉山に食って掛かる。それに合わせて、周りの提督達も葉山に対して色々言い始めた。だがそれを葉山は半笑いで聞き流すと、「次はこっちのターンだ」と言わんばかりに話し始める。

 

「英雄ですか。コイツが?確かにそうかもしれませんが、果たしてこれを見ても英雄と言えますかね?」

 

「な、何だと?」

 

葉山はそう言うと、例の写真を見せた。それだけではない。霞桜の本質、つまり拷問の記録映像や証拠写真なんかも提示し、ついでにでっちあげの横領の記録なんかも見せ始める。

 

「.......葉山、何のつもりだ?」

 

「これを持って英雄と名乗れるなら、名乗るがいい。ご覧の皆さん!これが英雄の真実です!!コイツは敵である深海棲艦と接触し、八百長をして今の地位を築き上げた売国奴!!いや、世界を売り渡したと言っていい!!!!そんな男を野放しにはできない!!!!」

 

「なにが「ご覧の皆さん」だ。まるで、国民にでも語りかけてるみてーだな」

 

「その通り!これは今、YouTubeで全世界に発信している。この会話も全て!!これで隠し通せなくなった。さぁ、正義の名の下に全てを受け入れるんだ!!!!」

 

いやーもう凄い。ここまで来たら、一周回って清々しい。普通にでっちあげも含まれているが、これが国民にもバレてるのが痛い。この演出のおかげで、真偽はどうあれ葉山が正義となってしまった。今や長嶺は悪。ここで何を言っても、全部逆効果になるだろう。

ラッキーな事に、他の提督達も呆気に取られて殆ど何も言葉を発せていない。これはこちらとしても好都合。このまま長嶺が悪者としての空気感を保ってくれれば、こちらとしても思惑通りだろう。

 

「それで、俺をどうするんだ?世界の裏切り者の末路っていうのは、一体どんな物なのかね?」

 

「へぇー。余裕だね、長嶺。でも、これでどうかな?」

 

葉山が指をパチンと鳴らすと、中に大量の陸上自衛隊員が入ってきた。だが装備が明らかに、通常の隊員の物ではない。アメリカ軍に採用されているFASTヘルメットに、バラクラバ、18式防弾ベスト。その下にはコンバットシャツを着用し、手に持つ銃は20式小銃ではなく、SIG MPXかM5カービンを装備している。

 

「雷蔵.......この隊員達って.......」

 

「陸上自衛隊陸上総隊隷下、特殊作戦群。自衛隊が誇る最強の特殊部隊だな。で、どうするんだ?」

 

「動かないでください!」

 

「その声、本.......いや。ブック1佐だな?」

 

長嶺は真横で銃を突き付けてくる隊員の声に聞き覚えがあった。ペルーン作戦にて、新型深海棲艦の調査に投入された特殊作戦群部隊の指揮官、本郷1佐だ。

とは言え普通に本郷と言えば、特殊作戦群としても不味いだろう。取り敢えずブック1佐と言えば、分かってくれるはずだ。

 

「覚えておいででしたか。残念です、私は個人的に軍神・長嶺雷蔵のファンでしたし、まさかこんな形で再会するなんて.......」

 

「俺としても残念だが、俺にも俺で事情があってね。さーて、ブック1佐以下、この部屋にいる一個分隊の特戦群の戦士達よ。いきなりで悪いが、最後通告だ。武器を下ろし、部屋から退室しろ。信じないかもしれないが、俺はこの状況下であっても君達を殲滅する事ができる。

君達が日本、いや、世界でも有数の精兵であることは俺も理解している。だが今、君達が銃を突き付けている相手は精兵だとか世界最強だとかを超越した、一種の戦闘マシーンである事をご理解頂きたい。俺としても無用な争いや犠牲は望む物ではないし、ここはお互いハッピーエンドといかないか?」

 

「.......閣下。我々もこれが任務なのです。そしてあなたは、世界を裏切った大罪人だ。本来なら警告なしで射殺するところを、最後の慈悲で生かしているに過ぎません。あなたは人類に必要な人だ。お願いです、どうか抵抗する事なく大人しく我々の指示に従ってください!!!!」

 

「ブック1佐、それが君達の答えの様だな。そうか残念だよ、実に残念だ.......」

 

長嶺はこっそりと靴に仕込んでいる小型EMPグレネードを葉山の下まで転がして、そのまま起爆させた。これで奴のカメラは使い物にならない。

そうなれば、こちらのターンだ。本来なら殺したくないが、もう仕方がない。

 

「焔柱」

 

次の瞬間、隊員達の足元から炎の柱が飛び出し、隊員達を貫通して天井に突き刺さった。炎をセンサーが感知し、火災警報とスプリンクラーが作動。水は降るわ、サイレンは鳴るわ、ついでに提督達も叫び出すはで一気に騒がしくなる。

 

「雷兄!!」

「雷蔵兄さんなんて事を!!!!」

「長嶺、貴様.......」

「雷蔵くん、落ち着こう、ほら、ね?」

「長嶺閣下何を.......」

「長嶺長官!それでよろしいのですか!?」

「何だよこれ.......長嶺!なんて事を!!」

「あ...あ.......」

 

「長嶺お前、一体なんなんだよ.......。ふざけるなよ!!」

 

「お集まりの諸君に、改めてご挨拶申し上げよう。俺こそが、かつて朝鮮半島を壊滅に追い込み、中華人民共和国を崩壊させた張本人。鴉天狗四柱が筆頭、煉獄の主人アマテラス・シンその人である」

 

長嶺の名乗りを聞いても、誰もピンとは来てないようだ。だが唯一、山本だけは違った。その名を聞いた瞬間、顔を青くし出したのだ。

 

「やはり、山本さんはご存知ですか」

 

「フーファイターの類いか都市伝説としか思っていなかったが、実在していたのか.......。ははは、ハハハハハ!!!!アハハハハハハハハハハ!!!!!!!」

 

山本は狂った様に笑い出し、周りの提督達の恐怖をさらに掻き立てる。だが葉山は、そんな中でも拳銃を長嶺に向けた。

 

「お前はただの裏切り者だろ!!!!!!」

 

「オイゲン!!」

 

この状況下でも銃を向けれる勇気は評価するが、長嶺とオイゲンの方が経験や練度は上だ。葉山が照準を定めるよりも先に、2人がホルスターから抜いて照準を合わせる方が早い。1マガジン、つまり長嶺は2挺の阿修羅HGの12発、オイゲンはグロック26の10発を即座に叩き込む。

 

「出会った時にこうすればよかったかしら?」

 

「かもな」

 

「.......オイゲェェェェン!!!!僕はまだ死なないよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

なんと葉山、まだ生きてやがる。身体中から蒸気を出しながら、普通に堂々と立ち上がった。

 

「一応これ、25mm弾なんだがな。オイゲンのも9mmとはいえ、徹甲榴弾だぞ.......」

 

「ハァ!!」

 

あれだけ弾丸を食らい、そもそもの威力も普通なら1発即死クラスの弾丸にも関わらず生きているので驚いていたが、今度は葉山、2本の黒い触手を走らせてくる。

即座に長嶺が迎撃するが、いよいよ持って葉山が人間を辞めたことがこれで分かった。なんか背中の辺りに、まるでセイレーンの艤装の様な禍々しい触手とか翼とか砲身を装備している。

 

「僕の新たな力で、オイゲンを手にしてやる!!」

 

「オイゲンは俺の女だぞ。タコは蛸壺に入ってたこ焼きにでもなってろよ!!焔舞!!!!」

 

長嶺は焔舞で2本の太い炎の塊を生み出し、それを操って葉山の周りを取り囲み目隠しを作る。その間にオイゲンに合図して葉山の後ろにあるドアに向かって走らせ、長嶺自身も机の上を走って葉山に肉薄する。

 

「この程度、僕には効かない!!!!」

 

葉山は触手で炎を打ち払い、視界が戻る。だがその時にはもう、長嶺が眼前に迫っていた。

 

「幾ら無敵でも、痛みくらいはあんだろ!!長官からのお祝いだ、取っときな!!!!」

 

そのまま葉山の顎目掛けて、全力の膝蹴りをお見舞いし顎を砕きに掛かる。骨を破砕する時独特の感触と「ゴキャァ!!」とかいう、聞くからに鳴っちゃいけないヤバい鈍い音が鳴ったので多分、顎をかち割っている。

長嶺は蹴った勢いのまま、ドアの真ん中にあるラッチ部分に弾丸を叩き込んで破壊。そのまま蹴破って、廊下に着地し会議室から離脱した。

 

「脱出!?」

 

「YES!!だが階段とエレベーターは論外だ!階段は登るか降るか、エレベーターは個室!退路がない!!!!」

 

「撃退しながら進めば!?」

 

「時間が掛かる!面を固められたら面倒だ!!」

 

「ならどうするのよ!!」

 

「飛び降りる!!」

 

長嶺は走りながら阿修羅を構え、正面のガラスを撃つ。強化ガラスとは言え、所詮はビル用のガラス。25mm弾の破壊力の前には無力だ。すぐに粉々に割れて、長嶺が考える脱出路が出来上がった。

 

「行くぞ!!」

 

「分かったわよ!!!」

 

勢いそのままに長嶺は飛び降りて、オイゲンは少し迷ったが長嶺を信じて飛び降りた。長嶺は空中でオイゲンをキャッチし、自分の胸の中にオイゲンを左腕でしっかりホールド。空いている右腕で、装備しているグラップリングフックをビルの外壁に打ち込み制動させて着地する。

 

「ま、まるでハリウッド映画ね」

 

「これで今年の主演女優賞、主演男優賞は決定だ」

 

そんな馬鹿話をしていると、1台の真っ黒なハイパーカーがターンして止まり、ドアが開く。長嶺の愛車、マスターシロンだ。

 

「脱出カプセルも来たことだし、とっとと逃げるぞ」

 

「オッケー!」

 

幾らモンスターマシンとは言えど、元は日本円にして2億7000万円もする超高級なハイパーカー。内装はとても豪華であり、黒と赤を基調とした本革製である。シートもセミバケットシートでありながら、高いクッション性を持っており座り心地はマイバッハやロールスロイスのシートにも引けを取らない。

 

「いいわよ!!」

 

「よっしゃぁ!!!!」

 

長嶺はアクセルを一気に踏み込む。1秒で300kmまで到達するパワフルなエンジンにより急加速したマスターシロンは、白煙を撒き散らしながら正門を突破。都内に飛び出す。

茨の道は、今この時から始まるのだ。

 

 

 

 



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第八十五話叛逆者達

マスターシロンは江ノ島目指して、真っ昼間の東京を走り抜ける。しかも一発免停とかのレベルを超越した、時速300kmという速度を出しながらの爆走である。

 

「こ、これは結構怖いわね」

 

「悪いが全開ドライブで行く。しっかり捕まってろよ!」

 

この速度で交差点に突っ込むので、グリップではまず曲がりきらない。そこでドリフトを用いて無理矢理曲げるのだが、お陰で車内はジェットコースター以上の強烈な横Gが掛かる。

 

「所で、撃って良かったわけ?」

 

「良かったって?」

 

「自衛隊よ。これであなた、完璧なテロリスト。国賊の犯罪者よ?」

 

「知るかよ。どうせおさらばする国だし、俺の優先順位的に江ノ島の連中のが上だ。そもそも霞桜は、味方だろうが邪魔者は排除する。それに従ったまでだ」

 

本郷1佐以下、銃を向けてきた特殊作戦群の隊員達に恨みや怒りは覚えていない。寧ろ、多少の申し訳なさすら覚える。彼らは職務を忠実に全うし、任務に就いた。

だが生憎と、戦場は職務に忠実でも報われる場所ではない。任務中に死ぬなんて、日常茶飯事だ。彼らは国家の為に長嶺へ銃を向け、長嶺は家族を守る為に殺した。それだけであり、これが戦場のスタンダードなのだ。

 

「.......無理してない?」

 

「悪いがこっちは親友を殺した男だぞ?たかだか任務で一度共闘した奴には、申し訳なく思わないって言えば嘘だが、別に何も思っちゃいない。化けて出てこないことを祈るだけだ」

 

そんな事を話していると、パトカーのサイレンが聞こえてきた。イカついおっさんの声で「止まれ」と怒鳴られている。

 

「めっちゃ怒鳴られてるけど?」

 

「止まるかバーカ。三十六計逃げるに如かずだ!」

 

ミラーでチラッと見えたが、普通のクラウンのパトカーだ。マスターシロンに追いつけない。と言うかそもそも、マスターシロンと対等に殴り合えるパトカーはGTRとかレクサスLFA位だろう。

 

「このまま逃げ切れる?」

 

「さぁ、どうだろう。ここは警察無線を聞いて考えよう」

 

マスターシロンは武装やアフターバーナー等の機能も搭載しているが、この他、各種無線や電話の傍受、都市システムへの自動ハッキング、交通情報への自動ハッキング等ができる。これにより信号や高速情報を操り、こちらに都合の良い状況を作る事もできる。

 

『至急至急、警視庁から各局、警視庁から各局。本日10時47分頃に、防衛省本庁舎にて銃器、爆発物を使用したテロ事件が発生した。本件につき、11時1分、特別緊急配備を発令する。人員体制は甲号とし、各警戒員は配置につかれたい。

現在マル被車両は、国道20号を半蔵門方面に東進中。進路上の各PCは、直ちにマル被車両を捕捉せよ。尚、マル被車両については黒のスポーツカー、ブガッティ・シロンに酷似してるとの情報あり。以上警視庁』

 

「.......これ、どういう意味?」

 

「都内の警察が、血眼になって俺達を捕まえに来るとさ」

 

「ヤバいじゃない!」

 

「そりゃ国賊だもの。ヤバくない訳があるかよ!!」

 

マスターシロンはそのまま、高速に突入する。例えパトカーが何台こようと、こちらの敵ではない。いざとなれば、機関銃でボコボコにすれば良いだけだ。

 

『警視庁から各局、警視庁から各局。マル被の逃走先は、神奈川県江ノ島、江ノ島鎮守府である事が分かった。各PCは先回りの上、マル被車両を停車させよ』

 

警察無線からは、さらに様々な情報が入ってくる。どうやら既に湾岸署の水上警察の警備艇や、ヘリコプターも動員しているらしい。だがどれだけ動員しようと、問題はない。

 

ピーピーピー

 

「オイゲン!ちょっと無線出て!!」

 

「はいはい。こちらオイゲン、誰かしら?」

 

『オイゲンの嬢ちゃんか!そこに総隊長は居られるな?』

 

無線の相手は霞桜の隊員で、本部大隊に所属するオペレーターからの無線だった。何やら、嫌な予感がする。

 

「えぇ、勿論よ。今運転中で手が離せないけどね」

 

『そうか。でだ!総隊長、それにオイゲンの嬢ちゃん。江ノ島鎮守府が、セイレーンの攻撃を受けて現在応戦中です。陸上には謎の武装集団が展開しています』

 

「オイゲン、俺の口元に近づけてくれ」

 

「え、えぇ!」

 

「俺だ!詳細を伝えろ!!」

 

オペレーターの報告によると、江ノ島近海に突如、セイレーンの雑魚艦が大量に現れたらしい。すぐにグリムが当直艦隊を出撃させて迎撃に当たったらしいが、数が多すぎて当直艦隊の物量では抑えきれなかったそうだ。

しかも陸上からは謎の武装集団が攻めて来ており、こちらはイタリアのチェンタウロ戦闘偵察車やポーランドのPL01を装備し、兵士の格好もパワードスーツらしき装甲服を見に纏い、RM277を装備している。明らかに何処かの正規軍並みの装備であり、アメリカでも自衛隊でもない。こちらは取り敢えず睨み合いで、何もしてはないが時間の問題だろう。

 

『ご指示を、総隊長!』

 

「判断はそっちに任せるが、こっちは江ノ島を捨てられるまでの時間稼ぎ。要は遅滞戦闘だ。殲滅する必要はねぇ!!全員の生還を最優先に、好きに暴れさせろ!!」

 

『了解!!』

 

こんな時の為に、江ノ島鎮守府は要塞化してある。元々鎮守府の建物の外壁には、戦車の攻撃に耐えられる程度の装甲板を忍ばせてあるし、内部に関しても基本、ライフル弾を防ぐ装甲板は貼ってあるし、ガラスは全て防弾な上に防弾シャッターも付いている。戦闘時にはこれが自動で下がるので、ある程度の戦闘には耐えられる。

更に江ノ島全域の至る所に、武器も隠されている。戦闘状態に入れば地下から数万セルものVLS、レールガン、荷電粒子砲、レーザー砲、長、中、近、短の対空ミサイル発射機、対艦ミサイル発射機、速射砲、機関砲が大量に出てくる。しかも鎮守府内部にも自律式のM250、AA12、対戦車ミサイル、Mk47自動擲弾銃がが至る所に隠されているので、例え中に入られた所で問題はない。

 

「ッ!掴まれ!!」

 

「へ?きゃぁぁぁ!!!!」

 

長嶺はブレーキを踏み込んだ結果、マスターシロンは白煙を上げながら急減速し、身体が前に押し付けられる。

 

「ど、どうしたの!?」

 

「どうやらこっちにも追手らしい」

 

見れば目の前のシボレーサバーバンの屋根から、男がこちらにM134ミニガンを向けている。それだけではない。周りのSUVの屋根には重火器が装備され、ミニバンは重武装の兵士がこちらにライフルを向けている。しかも完全に囲まれて、退路がない。

 

「所でオイゲン。お前、グロ耐性ってあるか?」

 

「いきなり何!?」

 

「いいから!答えろ!!」

 

「一応あるわよ!これで満足!?」

 

「あぁ、大満足だ。戦闘モード起動!!」

 

マスターシロンの車体が変形し、各種武器が出てくる。たかだかサバーバン如きSUV、こちらの敵ではない。例え防弾プレートを装備していようと、手数でゴリ押し耐久勝負に持ち込めば問題はない。

 

「まず1台!!」

 

ドカカカカカ!!

 

防弾プレートは装備していたらしいが、やはり手数でゴリ押せば多少は粘ったが問題なく撃退できた。次は右のミニバン、ステップワゴンからLMGを乱射しまくる奴だ。

 

「オイゲン。今、右は見るなよ?グロいから」

 

「は?」

 

マスターシロンを幅寄せして、右についてる丸鋸をステップワゴン車内に突っ込み、ギュィィンと断ち切る。高速回転する丸鋸が人間を切断すれば、肉やら血やら臓物やらが飛び散る訳で、かなりグロい。ぶっちゃけ死体を飽きるほど見て来た霞桜の面々でも、ちょっと引いたりするレベルだ。

 

「ね、ねぇ雷蔵。この赤いベッタリしたのって.......」

 

「ちょっと新鮮な生のミートソースだ」

 

「それオブラートに包めてないわよ!?」

 

ミートソースに使うミートはミンチ肉。お察しである。因みに窓には血の他にも、なんかブニブニした塊もくっ付いている。これ以上は敢えて語るまい。

因みにこんな会話の中で、左サイドのステップワゴンにも同じ攻撃をしでかしていたりする。

 

「これで前と横はやったが、後ろはどうするかな」

 

後ろから3台のサンバーが、前のサンバーと同じ様にミニガンを撃ちまくっている。流石に7.62mmではマスターシロンを破壊できないが、何やら1台だけ様子が変だ。ミニガンを撃たずに、何かでこちらを狙っている。

次の瞬間、射手が身を乗り出してランチャーを構えた。

 

「掴まれ!!!!」

 

長嶺は反射的にアクセルを踏んだ。敵が使ったのは、携行式対戦車ミサイル。恐らく形状からして、ジャベリンだろう。流石にそれはヤバい。取り敢えずアクセル全開で距離を離しつつ、トップアタックモードならミサイルで撃墜し、ダイレクトアタックなら気合いで避けるしかない。

 

「今度はなに!!!!」

 

「対戦車ミサイルだ!!!!」

 

どうやらダイレクトアタックだったらしく、ジャベリンは外れて正面のカーブの外壁に命中し、大穴が開いた。

 

「追っ手をこのまま撃退する。マキビシ散布!!」

 

車体下部のケースが開き、マキビシがばら撒かれて3台のタイヤがバースト。火花が散る。

 

「続けてオイル散布!」

 

更にオイルをばら撒いた事で、3台のステアリングとブレーキは機能不全を起こす。3台は何も出来ず、そのままカーブをオーバランして自分達が開けた大穴から下の一般道に落ちていった。

 

「撒いた?」

 

「多分!このまま江ノ島まで突っ走る!!」

 

もうこれで追っ手はパトカーだけかと思いきや、まだ追っ手はいた。しかも長嶺も予測できない、空からの刺客である。UAVのXQ-58ヴァルキリーが、視界の遥か外から空対地ミサイルであるブリームストーンを放ったのだ。

とは言えマスターシロンにはレーダー波探知機能もあるので、ロックオンされた時点でアラートはなる。

 

「ミサイルアラートってマジかよ!?」

 

「それかなりヤバいんじゃないの!?」

 

「ヤバいもヤバい、マジでヤバいわ!!相手物持ち良すぎだろ!!何処の軍隊だよ!?」

 

流石の長嶺でも、この物量は予想外すぎた。単なる武装勢力にしては物持ちが良すぎる上に、明らかに何処かの国家の後ろ盾がある様なレベルだ。いくらなんでも、これだけの兵器群を日本に突っ込めるのはかなり無茶である。戦車や装甲車、更には航空機とは個人や一組織には無理がありすぎる。確実に何か大きな権力が動かなければ、こんな事は実現不可能だ。

 

「どうするの!?」

 

「目には目、歯には歯、ミサイルにはミサイルだ!!!!近SAM発射!!!!!」

 

マスターシロン後部の、多目的ミサイルランチャーからスティンガーを発射。ブリームストーンの迎撃を行う。だがレーダーの動きを見る限り、ミサイルはそれたらしい。

 

「オイゲン!この先にトンネルはあるか!?」

 

「1km先にあるわよ!」

 

「アフターバーナー点火!!トンネルに突っ込むぞ!!!!!」

 

アフターバーナーの点火で一気に加速し、身体がシートに押し付けられる。だがこれだけ加速すれば、ミサイルの接触時間を延ばすことはできる。接触前にこちらがトンネル内に突入できれば、ミサイルはトンネルの屋根や外壁に当たって撃退できるはずだ。

 

「ねぇ、ミサイルがトンネルに当たったらどうなるの?」

 

「そりゃ外壁が壊れて終わりだろ」

 

「それ、生き埋めになったりしない?」

 

「それよりも先に突破するだけだ」

 

マスターシロンがトンネルに突入した数秒後、後ろから爆音が鳴り響いた。爆音に続けて、ガラガラという何かが崩れる音も聞こえる。ミラーで見れば、外壁が崩れて完全に入り口が瓦礫で塞がれてしまっている。これで東京方面からの追っ手は、物理的に追い付くのは不可能になった。

 

『至急至急、本部から各局。本部から各局。新保土ヶ谷料金所出口に、バリケードを設置した。各車、バリケードまでマル被車両を誘導願いたい』

 

『こちら警視08。トンネル入り口が瓦礫で塞がれており、これ以上の追跡は不可能。神奈川県警に引き継がれたい』

 

『本部了解』

 

「バリケード突破できる?」

 

「愚問!」

 

何をバリケード代わりに置いてるかは知らないが、こっちは重武装かつ戦車並みの装甲を施したモンスターマシン。たかだか日本警察のバリケード、突破できずして何がモンスターマシンであろうか。

 

「見えた!装甲車4両と、バリケード!!」

 

「どうするの?」

 

「フロントミサイルで吹っ飛ばす!!フロントミサイル、発射!!」

 

ミサイルがバリケードに降り注ぎ、警察車両を警官ごと破壊。残骸を無理矢理突破し、江ノ島へ直走する。無論これ以降も警察からの妨害はあったが基本的に速度でぶっちぎり、全てを無力化したので問題はない。数十分後には江ノ島へと到着したのだが、案の定、江ノ島の周囲には戦車が数多く展開しており突破の仕様がなかった。

だが、そこは頼れる副官のグリムが手を回してくれている。すぐにF3Aストライク心神を運用するカメーロ、レジェンド両隊による爆撃とシービクターによる支援が行われる。

 

『アロガリアより総長!!進路はクリア!!!!』

 

「ナイスだアロガリア!そのまま援護頼む!!」

 

『おまかせあれ!!!!』

 

残骸と化した戦車と兵士達の死体の横を高速ですり抜けて、そのまま橋を渡り江ノ島鎮守府の敷地に突っ込む。何処が司令部になっているかは分からないが、司令部庁舎に行けば何かわかるだろう。という訳で取り敢えず、中心部にある司令部庁舎前の車寄せにマスターシロンを滑り込ませる。

 

「到着だ。オイゲン、生きてるか?」

 

「もう一生乗りたくないわね.......」

 

「そりゃ残念」

 

どうやら吐いたりまではないが、それでもかなりキツかったらしい。とは言えこの状況では、例え気分が悪かろうが吐いていようが戦って貰うしかない。

 

「総隊長殿!!」

 

「グリム!状況はどうなっている?」

 

「.......状況はかなり面倒ですよ。敵の配置は中で詳しく話します。こちらへ」

 

グリムが言うにはこうだ。現在江ノ島が海からはセイレーン艦隊、陸からは謎の武装勢力から攻められているのはご承知の通りだが、その規模はかなりの物だった。

海はセイレーンが倒しても倒しても一向に減る気配が無く、倒した側から新しい艦が現れる始末らしい。幸い雑魚ではあるので対処はできているが、何分数の暴力で膠着状態だという。陸の方は陸の方でチェンタウロ戦闘偵察車、PL01の他、後方には対空戦車ツングースカ、LAR160自走多連装ロケット砲、カエサル自走砲までいるらしく、こちらの状況は芳しくない。籠城でどうにか持ち堪えているという状況だそうだ。

 

「提督、お帰りなさい。申し訳ありません、敵の侵攻を許してしまいました」

 

「気にすんな大和。こうなったら、こっちも暴れるだけよ。戦力配置は?」

 

「はい。この様に」

 

地図上に示された戦力図は、江ノ島艦隊が最も得意とする水雷戦隊を重巡を先頭に突入させつつ、それを戦艦と空母が全力支援する戦法だ。アクティブディフェンスは悪くない手だが、この状況下では破滅へフルスロットルする様な物になりかねない。

 

「撤収までどのくらい掛かる?」

 

「凡そ30分です」

 

「.......よし!大和、W武蔵、ニュージャージーをセイレーン迎撃から外す。4人は敵砲撃陣地への艦砲射撃を実施しろ。その後、航空隊は空爆を開始。沿岸地区に展開する戦車部隊を蹴散らせ。残ったのは、シービクターで掃討させろ。

艦隊各艦は引き続き迎撃戦闘を行いつつ、徐々に戦線を江ノ島付近まで縮小させろ。素早く撤退出来る様にする」

 

「総隊長殿、あなたは最前線にお向かいください。ここは私が」

 

「頼む!八咫烏、犬神!!暴れるぞ!!!!!!」

 

長嶺は犬神と八咫烏を引き連れて、表へと出る。つまらない逃亡も、息が苦しくなる防衛戦もこれで終わり。ここからはこっちのターンだ。

 

「さぁ、やるわ。砲雷撃戦、用意!」

 

「遠慮はしない、撃てぇ!」

 

「ファイアコントロール、頼むわよっ!」

 

「時は来たれり!」

 

攻勢の号砲を切るのは、江ノ島の誇る最強の戦艦達。たった一撃で砲撃陣地は吹き飛び、間髪入れず航空隊が沿岸部に展開する機甲部隊に攻撃を開始。敵の損耗率は加速度的に上がる。

 

「総長!」

 

「バルク!!暴れてこいや!!!!!!」

 

「うおっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!!野郎共!!総長からのオーダーだ、暴れるぞ!!!!!!!!」

 

最前線に展開し弾幕で敵を拘束していた第三大隊が、前へと飛び出す。本来なら混乱の1つや2つ起こりそうな物だが、敵は全く動じる気配を見せない。いや、恐らく驚きはしている。だがそれに順応し、カウンターを合わせてきているのだ。

 

「奴ら、かなりやり手だ。こりゃ面倒だぞ」

 

「思えば私の部下達が、君達と正面切ってぶつかるのは初めてだったねぇ、長嶺雷蔵くん?」

 

真後ろからバサバサという、細かい紙が靡くような音が聞こえた。この上品でエレガントなトーンをした男の声。聞き間違いようがない。

 

「なんでまたお前が出てくるんだよトバルカイン!」

 

「久しぶりだねぇ、総隊長。いやはや、この間の出会い方は本意ではなかったよ。仕事とは言え、あんなクズと共に居たのは私としても屈辱の極みだ」

 

「団長だろう?嫌なら、蹴ればいいだろ」

 

「我が戦闘団とて、所詮は飼い犬。上の駒でしかない。君達の様に、自由気ままにする訳にはいかないのだよ。さて、宣戦布告よりかなり時間が経っているが、本格的に戦争を始めようか」

 

どういう仕組みかは分からないが、トバルカインが右腕を広げると大量のトランプが落ちてきて、そのトランプ達はトバルカインの背中で円を描いている。恐らく、トバルカインは本気で来る。こちらも相応の準備をすべきだろう。

 

「あぁ。お互い楽しもうぜ!!」

 

そう言ったのと同時に、長嶺は朧影SMGで弾幕を展開。無数の弾丸がトバルカイン目掛けて飛んで行くが、やはりと言うべきか、これでは倒せないらしい。トランプは円環を描きながら、弾丸を全て弾いてしまう。

 

「ダメか」

 

「今度はこっちのターンだ!!」

 

突如、トランプが長嶺を取り囲む様に円状に展開し、長嶺はその真ん中に囚われてしまう。何が起こるか検討もつかないが、明らかにここから出なければならないのは確かだ。

 

「我が主!!」

 

八咫烏が長嶺を持ち上げて、そのまま外へと連れ出した。案の定、外へ連れ出された直後、トランプが対角線上のトランプに向かって電撃が走った。流石に何Vとかは分からないが、死ぬか良くて失神程度のダメージは入る強さなのは間違いないだろう。

 

「今のを避けるか。お見事お見事」

 

「どんな手品だ?アレをマジックってことで世界に売り出せば、忽ち今世紀最大の奇術師となるだろうな」

 

「フフフ。あの程度で全てだと思われたら、とてつもなく心外だよ。まだまだ技はある。是非ご賞味あれ」

 

「それはごめん被るね!!」

 

長嶺はジェットパックを最大推力で吹かし、バックステップの様に後方に飛ぶ。トバルカインの獲物は一応、トランプという紙の武器。距離を取れば恐らくは安全だろう。

 

「つれ」

 

「ない」

 

「じゃ」

 

「ない」

 

「か」

 

「総」

 

「隊」

 

「長」

 

どういう仕組みかは分からないが、行く先々にトランプが舞い、そこにワープしてくる。だが言葉が飛び飛びになるのでぶっちゃけかなり聞き取りにくい上に、ぷつりぷつりと細切れになるので違和感がすごい。

 

「だぁーもー!!止まってやるから普通に喋れ!!」

 

「き、君、年長者はもっと.......敬ったら.......どう.......なんだい.......?」

 

取り敢えず止まってみたが、なんか凄い息切れしてゼーハーゼーハー行ってるトバルカイン。コイツ、そんなにジジィなのだろうか?

 

「あれ結構、体力、使うんだよ」

 

「お、おぉ、そうか」

 

この姿に、長嶺は一瞬気が抜けてしまった。トバルカインはそれを突いて、炎を纏ったトランプを投げる。

 

「ッ!?」

 

寸前で避けたが、脇腹の辺りを掠った。強化外骨格が壊れた訳でも、体に傷も負ってはいないが、避けなければ普通に直撃コースだったので当たっていたらどうなったかは分からない。

 

「惜しい。今のを避けるか。流石、というべきかな?やはり絡め手ではなく、真正面からぶつかるべきか」

 

「トバルカイン。アンタ、ハリウッドに行った方がいいわ。アカデミー賞物の演技だぜ、全く」

 

「あんなポリコレに支配された世界に飛び込むなんて、身の毛が弥立つねぇ。昔のハリウッドはいいが、今のはダメだ」

 

「そうだな!!」

 

長嶺はトバルカインの懐に飛び込んで、最も得意とする刀での攻撃を仕掛ける。これまでの相手なら初撃か、2撃目、3撃目で倒せていたが、この男、やはりそれだけでは倒れないらしい。人間でここまでやれる者は、久しく会っていない。長嶺は自分でも気付かぬうちに、口角が上がっていた。

 

「楽しそうだな総隊長」

 

「あぁ!こんなに楽しいのは久しぶりだ!!」

 

「そうか。では、もっと楽しもう!!」

 

後ろに転がっているトバルカインが捨てたトランプが、突如爆発した。それもトランプのサイズ感には不釣り合いな、手榴弾並みのまあまあ大きな爆発である。

 

「物騒なトランプだなおい!」

 

「これでも倒せないか。人のみならず、装備も良いようだ。だが、それもいつまで持つかな?」

 

「知らねーよ!!」

 

次の瞬間、トバルカインの背後から犬神が襲い掛かる。足音も息遣いもない、完全な奇襲攻撃。並の相手なら、気付く間も無く殺せる一撃だ。だがトバルカインは、まるで見えていたかのようにカードで防いで見せた。

 

「えー?今の防げるの?」

 

「犬を使うなんて、少し無粋ではないかね?エレガントに欠ける」

 

「戦争にエレガントも何もあるかよ!!!!」

 

「そうかい?では、まずは修行してくるといい!!」

 

トバルカインは強烈な蹴りを長嶺に加え、長嶺はガードするも威力を殺しきれず吹っ飛ばされる。しかもその威力は壁すらもぶち破り、庁舎の外壁を突き破って建物内まで押し込まれてしまった。

全身がバラバラにならそうな位痛い上に、頭がクラクラする。恐らく軽く脳震盪を起こしているのだろう。だがそれでも、今はトバルカインを倒さなくてはならない。

 

「レッスン1。プレゼントを贈ろう」

 

土煙をトランプが突き破って飛んでくる。咄嗟に身体を倒して避け、トランプは壁に突き刺さった。今更だが、爆発したり燃えたり電気が流れたり、これは本当にトランプなのだろうか?

 

「レッスン2。プレゼントはセンスの良い物を」

 

次の瞬間、トランプが爆発した。咄嗟に腕に格納していた平泉を展開し、爆発から身を守る。

 

「レッスン3。情熱的に振る舞おう」

 

トバルカインがトランプを持って、長嶺目掛けて突進してくる。長嶺も阿修羅HGで応戦するが、トバルカインはそれをまたもトランプで防ぐ。だが、おかげで動きは止まった。少しはマシだ。

 

「レッスン4。熱くなりすぎず、時には冷静に」

 

トバルカインは銃弾を防ぎながら、土煙に紛れて外へと撤退した。長嶺としても、これは好機だ。こちらとしても、体勢は立て直したい。長嶺は廊下を走り、とにかくトバルカインから距離を取る。

 

「レッスン5」

 

長嶺の目の前に、トランプが舞った。

 

「常に優雅にエレガントに振る舞い、紳士の名に恥じぬ振る舞いを」

 

トバルカインが優雅に礼をしながら、トランプの中から現れる。この男、ふざけた言動ではあるが、かなり強い。長嶺としても、久しぶりに血がたぎってたぎって仕方がない。だが今は、死闘に興じるタイミングでもない。トバルカインと殺し合うよりも、家族達を逃すことの方が遥かに重要だ。

 

『総隊長殿!機材の運び出しが完了しました!』

 

「了解した」

 

長嶺は考える。トバルカインを倒す方法を。犬神、八咫烏による奇襲は恐らく意味を為さない。こちらの銃はトランプに防がれる上に、対深海徹甲弾の待ち合わせはない。かと言って接近戦を仕掛けても、互角かつ相手の獲物が未知数で対応しきれない可能性が高い。切り札たる『鴉天狗』も呼び出しから装着までは無防備になりやすい上に、時間がかかる。神授才なら余計にだ。神授才の場合、小出しで使えなくもないがアーマー無しは連発するとこっちの身がもたない。

だが一方で、可能性がある戦力は『鴉天狗』か神授才であるのも事実。となれば考えるべきは、どのようにして発動させる時間を稼ぐかである。幸い、ここは戦場のど真ん中。しかも戦場は、隅から隅まで知っている江ノ島鎮守府。地の利はこちらが圧倒的にある。

 

「そろそろ策は練れたかな?」

 

「あぁ。練れたぜ!!犬神、八咫烏!!」

 

「吹雪の術!!」

「翼旋!!」

 

八咫烏の巻き起こした旋風に、犬神の生み出した氷が入って、擬似的なブリザードを生み出し、視界を奪う。その隙に長嶺はバックステップでその場を離れ、反転して最大推力で廊下を飛ぶ。今度は直線的ではなく、グラップリングフックを用いて角を曲がったり、上の階に登ったりしてランダムに逃げる。

 

「また鬼ごっこかね!?」

 

正面に現れて進路を塞がれれば、真横の壁をぶち破って無理矢理逃げ道を構築し、トランプが飛んでくれば阿修羅で撃ったり近くの残骸を投げて迎撃する。

 

「これはこれは。本気を出してきたのかな?では、こうしてみよう!!」

 

長嶺が隣の建物に繋がる渡り廊下に差し掛かった時、トバルカインが爆弾トランプを真上から投げてきた。結合部に当て、そのまま爆破。支えを失った渡り廊下は、地面に落下する。更に追い討ちをかけ、真上から無数のトランプが降り注ぐ。燃えるカード、爆発するカード、電撃が流れるカードと大盤振る舞いだ。

 

「流石にこの攻撃には耐えられるまい。全く、この程度で死ぬとは拍子抜けだ。是非、煉獄の主人と戦いたかったのだがな」

 

1人勝った気でいるトバルカインの真後ろから、炎の槍が飛んで来た。間一髪で避けるが、今度は真下から炎の柱が襲う。更に頭上からも、炎の柱が降ってきて、避けれられない。

 

「チィッ!!!!」

 

トランプで球体を作り、自らはその中に入って防御する。柱はトランプこそ破壊したが、トバルカイン本体までは倒せなかった。

 

「いやぁ、危ない危ない。だがお陰で、神授才を使う時間ができた。災い転じて福となる。この為にあるような言葉だ」

 

「くふ、ふふふふ。ハハハハハハ!!いい!良いぞ総隊長!!!!やはり君は面白い!!さぁ、第二ラウンドと行こうじゃないか!!!!!!」

 

「あぁ。付き合ってやるよ!!」

 

だが生憎と、長嶺の脳裏には『正々堂々』とか『フェア』とかそういう考えは浮かんでいない。今長嶺がすべきなのは、敵を倒すのではなく時間を稼ぐこと。できれば殺しておきたいのは確かだが、かと言って積極的に殺しに行く必要もない。という訳で、ここはとにかく非道に行くまで。

 

「翼刃!!」

 

「氷柱の術!!」

 

まずは八咫烏が羽で斬りかかり、犬神が氷柱を飛ばして撹乱する。そっちに気が向いてる隙に、長嶺が突っ込む。

 

「焔槍!!」

 

「このタイミングでくるのかい!?」

 

とか言いつつ、しっかりトランプで防ぐトバルカイン。だが、それでは終わらない。防ごうと、それごと吹き飛ばす。建物を壊しながら地面に堕ちたトバルカインに、更に追い討ちを欠ける。

 

「オールビットビーム!!」

 

後方に控えるビットのビームを浴びせ、トバルカインを焼いてみる。更に他の術も併用してみるが、トバルカインはどうやったのかその場から逃げ仰せていた。

 

「いきなりすぎるよ、総隊長。やはりこの装備では、君の本気は相手にできないようだね。ここは一度退こう。彼が来たことだしねぇ」

 

「彼?」

 

「平たく言えば、今の雇い主みたいな物だ。ほら、佐世保の河本だったかな?あの者と関係性は近い。アレだって、本当はお嬢さん達を攫うなんて蛮族行為はしたくなかった。だから君の邪魔は、基本的にはしなかった筈だよ?」

 

次の瞬間、海の東京とか千葉のある方向に真っ黒な稲妻が堕ちた。閃光で目がやられたりはなかったが、明らかに嫌な予感がする。

 

「おい今の雷はなん.......」

 

その場にトバルカインの姿はなかった。代わりに無数のトランプが宙に舞っているだけで、多分逃げられたのだろう。犬神と八咫烏も逃げた瞬間は見ていなかったらしいので、もうどこにいったのかは検討もつかない。

 

『指揮官様!指揮官様!』

 

「赤城か!どうした?」

 

『オロチです。オロチが現れましたわ!』

 

「はあぁ!?!?」

 

オロチといえば、かつて重桜が、正確には赤城と加賀がセイレーンと協力して作り出した大型航空戦艦である。知っての通りアズールレーンとレッドアクシズ、更に長嶺率いる江ノ島艦隊と霞桜が協力して倒し、それ以降、今日に至るまで残骸は回収されていない筈だ。

しかもアレはセイレーンの技術を用いているとはいえ、レッドアクシズの研究成果や人類側の技術を取り入れたワンオフ艦。量産はされていないと、赤城達は語っていた。2隻目が現れる筈は無い。

 

『兎に角、こちらにお越しください。あの船は、そう簡単に倒せる物ではありませんわ!!』

 

「すぐに向かう!取り敢えず、合流までの間に時間を稼いでくれ!!」

 

『承知しました!』

 

赤城との通信を切ると同時にグリムに連絡を取り、霞桜の人員も総動員で当たらせる。幸い、沿岸の敵は粗方倒していたので、取り敢えず橋を落として来てもらう。橋さえ落ちていれば、江ノ島に部隊を送り込めなくなるし、例え第二波が来ても迎撃までの時間を稼げる。

 

「オロチじゃん。しっかりオロチじゃん!」

 

「Wow!なんてbigな戦艦なの!?!?」

 

「アイオワ、アレそんなノリノリになれるヤツじゃないわよ?かなり面倒なヤツよ」

 

来て見て分かったが、しっかりオロチである。マジオロチである。横でアイオワが目をキラキラさせているが、陸奥がそれに突っ込んでいるし、周りも驚きはしているが臆している者は少ない。いい傾向だ。

 

「指揮官様!」

 

「赤城!状況はどうだ?」

 

「未だ動きはありません。しかしあのオロチ、どうやら私達が作っていたオロチよりも強化されているようですわ」

 

「は?」

 

「オロチは三胴船で、真ん中が戦艦機能を有し、両サイドの船体は空母機能をメインにしていました。16インチ三連装砲10基、600mmレールガン2基、四連装砲ビーム機関砲80基、大型ミサイル発射管2基、特ミサイル発射台1基、艦載機60機を武装として備えています。

しかしどうやら中心に置いていた船体と同サイズの物が両サイドに繋がっており、中心の船体は更に巨大な物になっています。ですので16インチ三連装砲14基、16インチ四連装砲17基、600mmレールガン4基、600mm連装レールガン2基、四連装ビーム機関砲多数と、かなり毛色が異なります」

 

写真も見せられたが、確かに巨大化してる上に禍々しさも増している。威圧感も半端ない。これは倒すのに骨が折れそうだが、幸いにして今の江ノ島艦隊は更に火力が上がっている。艦娘の数もKAN-SENの数も、倍以上に増えている。霞桜の装備だってシービクターが装備され、更に上がっている。長嶺自身も神授才を解禁しているので、打てる手数は前とは比較にならない。

 

「総隊長殿!霞桜全大隊、集結いたしました!!」

 

「江ノ島艦隊、全艦娘動けます!!」

 

「KAN-SENも同様だ!!」

 

「よーし野郎共!!これより作戦もへったくれも無いが、今後の行動を説明する!!!!兎に角奴をぶん殴れ!!!!!!!撤退まで、奴の相手をしてやるんだ!!!!!倒さなくていい!!!!!生き残るために、奴をぶん殴ってやれ!!!!!!!!」

 

このまま居座られては、撤退中に背中を撃たれてしまう危険もある。ここは倒さなくていいから、せめて搭載兵器、取り分け対空火器を無力化しておきたい。鴨撃ちは好きだが鴨撃ちの鴨になるドM趣味は長嶺には無いし、他の江ノ島の家族共も無い筈だ。

 

「テメェら!!シービクターの力を見せつけてやれ!!!!!弾幕は救いなり!!!!!!」

 

「第一大隊、攻撃を集中させます。HUDに送った場所を正確に撃ちなさい。私自慢の部下である貴方達ならできる筈だ。撃て!!」

 

「第二大隊、突撃。撃ちまくれ」

 

「野郎共!!カチコミじゃぁ!!!!!」

 

「みんな!ベーくんに続くよ!!!!」

 

霞桜の面々も艦娘とKAN-SEN達も、一斉に持てる全火力をオロチに撃ち込む。その間にグリムがシールドを解析する。前回倒した時はシールドの弱い結合部を、同時にピンポイントで破壊しシールドを引っ剥がした。今回もそれをやろうとしたのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。

 

「ダメです!!今回は完璧に繋がっています!!!!」

 

「マジかよ!?」

 

「しかし攻撃を当て続ければ、シールドの耐久が限界を迎えるかもしれません。賭けですが、どうしますか!?」

 

「やるに決まってんだろ!!総員、全力でシールドを破壊しろ!!!!なりふり構わず、攻撃し続けるんだ!!!!!!!!!」

 

そういう訳で、長嶺も持ち合わせる全力を持ってオロチに攻撃を仕掛け続けた。だが一向に、シールドが破れる気配はない。しかも応戦までして来ているので、一筋縄ではいかない。

 

「硬っ!」

 

「どうする相棒!?このままではジリ貧だぞ!!」

 

「面倒だな、鴉天狗の素粒子砲でも使ってみるか!」

 

艦娘の武蔵の問いに、長嶺は懐から7枚の式神を取り出しながら答えた。正直、素粒子砲もダメだったら、いよいよ持って神授才の本気モードを使うしかない。しかしそれを使えば最後、神授才の効果が切れる。また一定時間置けば使えるが、できれば使いたくはない。その術は長嶺の持つ神授才を使う魔力的なエネルギー全てと引き換えで撃つ最強の技であり、足りない分は体力とかの生命力から補填される。

なので例えば神授才のエネルギーが底をついた状態で発動すれば、もはや発動すらせず長嶺が死ぬ。残量25%位ならなんとか自らの死と引き換えに使える位で、30〜35%であれば運が良ければ生き残れる位。50%なら行動不能にはなるが、生還するくらいの生命力を持っていかれる。威力絶大だが、引き換えに死にかねない切り札中の切り札。それを切る時は、本当に追い詰められた時だけである。

 

「子鴉共!!!!」

 

いつもの様に子鴉達がF27スーパーフェニックスに代わり、スーパーフェニックスの先導を受けて空中超戦艦『鴉天狗』が現れる。そしてそのままいつもの様に、その身に『鴉天狗』を纏わせるのだが、ここでいつもと違う事が起きた。

今回は神授才を解除せずに『鴉天狗』を纏わせた為か、火球が2つに増えている。しかもその2つはやがてぶつかり、そのまま更に巨大な火球を作り上げた。火球が晴れると、そこに立っていたのは長嶺なのだが、明らかにいつもの鴉天狗ではない。何もかもが違う。武装も、その配置も、装備もだ。例えば主砲は86cmの四連装砲が9基の筈だが、12基に増えている。副砲も46cmの三連装砲13基の筈だが、3倍の39基にまで増えている。それだけではない。艤装も全長が増し大型化して、足回りもエンジンのノズルが増設され、ここにも副砲が搭載される様になっている。全身が文字通り武器だらけとなり、極め付けは背後にビットを備えていて、神授才使用時の面影が残っている。

 

「空中超戦艦『鴉天狗』.......いや!!空中超戦艦『鴉焔天狗』見参!!!!!

 

オロチは『鴉焔天狗』に攻撃を集中し始め、無数の砲弾が長嶺を掠める。だが、一切臆さない。

 

「舐めるなよ。シールド展開!!!!」

 

ビットがシールドモードに切り替わるが、いつもの様に3つとか4つくらい集まってシールドを展開するのではなく、その場で変形して長嶺をスッポリとシールドで覆う。

 

「指揮官!!!!」

 

例のレッドアクシズとアズールレーンの本部があった島を一撃で破壊した、超強力なミサイルが直撃してもシールドはビクともしていない。その姿に皆、希望を見出す。さっきまで軽く心が折れかけていたが、再度攻撃を再開する。

 

「お返しだ、受け取りな!!!!全シールド、左舷艦首に集中!!!!!!」

 

さっきまで全身を覆っていたシールドが、左の艤装へと集中していく。その艤装を左腕に構えて、そのまま最大推力でオロチへと突っ込んだ。途中でオロチのシールドに阻まれるも、シールド同士の耐久勝負になった結果、長嶺の方に軍配が上がり艤装が貫通。刺すことができた。

 

「撃て!!!!!!!」

 

左舷に搭載している全火器でオロチを攻撃し、前部の武装を破壊。更にシールドのシステムか何かも破壊できたのか、シールドが外れた。その決定的な瞬間を、皆、見逃す事はない。全火力をオロチに投射し、程なくしてオロチは轟沈した。

海に沈んでいくオロチの姿に歓声が上がるが、長嶺はそれを黙らせる。まだ作戦は終わっていない。

 

「テメェらオロチ倒して終わりじゃねーぞ!!!!!!喜ぶ暇があれば撤退準備に入れ!!!!!!!!」

 

そう。これはあくまで時間稼ぎとかの為の戦闘であって、オロチを倒すことが目的では無い。江ノ島艦隊の勝利とは、ここから逃げ切れた時である。まだ勝利では無い。

 

「輸送機到着しました!!みなさん、撤退を!!!!」

 

タイミングが良いことに、戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』が帰還し、皆を乗せ始める。そもそも混乱なく素早く乗ってくれているが、各艦隊、各部隊の長がしっかり取りまとめてくれるので素早く撤退が進んでいる。

長嶺も輸送機に乗ろうかとしたその時、頭上から3人の人間が攻撃を仕掛けて来た。

 

「うおっとぉ!?!?」

 

間一髪で避けたが、直撃したら確実に持っていかれていたであろう強い一撃であった。というか空中から攻撃仕掛けてくる時点で、一体何者なのか見当も付かない。

 

「親父!!!!」

 

「いい!!俺に構わず退け!!!!」

 

「クッソ!!向こうで待ってますよ!!!!」

 

助けに来そうだったベアキブルを帰し、長嶺は降って来た3人に向き直る。武器はそれぞれ戦斧、大剣、ハルバードと近接特化。重装甲のパワードスーツと思われる装備を身につけ、顔も隠されていて分からない。

 

「で、アンタら何者だ?空中からいきなり現れるなんざ、早々ない登場だぞ」

 

「僕が答えるよ長嶺」

 

3人の後ろから、思いもよらない声が聞こえた。3人の後ろから現れたのは、なんと葉山であったのだ。しかも多分オロチの物と思われる、艦娘タイプの艤装を装備している。

 

「いやもう、なんなのお前。なんでここにいるんだよ!!!!」

 

「僕は君から全てを奪われた。地位も名誉も金も女も産まれも家族も!!君があんな事をしてくれたお陰で、僕は全てを失った。でもね、女神達は僕に微笑んだ。セイレーンという美女達がね」

 

「あー.......」

 

取り敢えずその一言だけで、コイツが何でオロチを身に宿したのかが分かった。傷心状態の葉山に何が目的かは知らないが、まあ何かしら利用するために近付いて、力を与えられたのだろう。目的が何かは知らないが、確かにコイツはハマれば一番操りやすいタイプではある。何処まで気の毒なのだコイツは。

 

「しかもそれだけではない。女神達は僕に、前とは比べ物にならない権力を与えてくれた。僕は学校から、この世界の裏の支配者に名を連ねたんだ!!トーラス・トバルカイン率いる、シリウス戦闘団を僕の私兵として動かせる!!!!更にセイレーンの技術を応用した人に移植可能な艤装で、僕は更に強くなった。そしてセイレーンの量産艦を持ってすれば、僕はこの世界を救った救世主となれる!!」

 

聞けば聞くほど、バカらしくて仕方がない。なんかもう、ここまで来たら一周回って哀れみすら覚えてくる。

 

「それで未来の救世主殿。テメェは何しにここに来た?まさか俺にそれを宣言するがためだけに、態々ノコノコと来た訳でも無いだろ?」

 

「あぁ!僕の力で、君の大事な物を奪ってあげるよ!!!!」

 

「はぁ?」

 

葉山は艤装を撤退する黒鮫へと向け、迎撃体制を取った。だがこの近距離で、長嶺がそれを許す訳ない。葉山が照準を定めるよりも先に、長嶺が魚雷を叩き込む。

 

「この間合いで俺を出し抜くなんざ、できるわけがないだろ?テメェは力を得て強くなったのかもしらねぇが、こっちは元から最強やってんだよ。たかだかポッと出の貴様が、こっちの経験に勝られてたまるか。場数が違うんだよ!!!!!」

 

そう叫びながら長嶺が吶喊する。だがそれを葉山の前に控えていた内の大剣持ちが防ぎ、戦斧とハルバードの2人が両サイドから攻撃を仕掛けてくる。

 

「クソッ!!」

 

流石に3つの別方向からの攻撃を同時に防げない以上、どうにかして全力で回避する他ない。大剣を勢いよく蹴って後方に飛びつつ、腕に装備した速射砲とか機関砲で牽制しつつ距離を取る。

 

「おいおいマジかよ。こりゃ、こっちも本気を出さねぇとな」

 

平静を保ってはいるが、長嶺の右脇腹には激痛が走っている。さっき回避した時、ハルバードが地味に掠っていたのだ。しかも掠っていたという表現ではちょっと足りないくらいには、ザックリとやられている。

 

「我が主!」

 

「八咫烏、犬神を連れて退け。ちょっと本気で暴れるから、少しここから離れろ」

 

「.......心得た!」

 

いつもの八咫烏なら無理矢理にでも共に戦いそうだが、今回は長嶺の覚悟か何かが伝わったのだろう。すんなりと退いてくれた。家族達も恐らく、そろそろ搭乗が終わって飛び立ち始める頃だろう。もう少しだけ、コイツらをこっちで引き付ければ勝利だ。

 

「さぁて、始めようぜ」

 

長嶺の攻撃に3人はしっかり連携して対応し、攻撃を無力化していく。本来長嶺ともなれば大多数戦闘であっても余裕でこなせるが、この3人は別格だった。まるで互いの考えをテレパシーか何かで読み合っているかのように完璧に連携し、長嶺の攻撃全てを的確に無力化していく。初見だろうと無かろうと大抵の敵は一撃で終わっていた長嶺の攻撃が、全く通用しないどころか初見でカウンターすら撃ってくる事もあった。

 

「何をしてる!早くやれ!!」

 

(可笑しい。明らかにコイツら、俺の動きを知っている。まるでずっと俺を見て来たかのようだ。これまで全開戦闘で、ここまで俺が追い詰められた事があったか?)

 

葉山がヤジを後ろから飛ばす中、長嶺は言い得ない不安感に駆られていた。ここまでの相手、逝った親友達を除けば初めてだ。こうなったら、出し惜しみなしで神授才もバンバン使うしかない。

 

「焔倫!!」

 

炎の戦倫を飛ばし、3人を撹乱しつつ更に技を繰り出していく。炎の煙を生み出し吸ったものの体内から燃やし尽くす『焔煙』。超高温の火の玉を生み出す『焔球』。いつも通りの焔槍、焔柱、焔槌、焔龍、焔舞などなど、持てる技は兎に角出しまくり、艤装も使って攻撃を加え続ける。

 

「下がれ将軍共!!僕がやってやる!!!!」

 

中々決着が付かない事に痺れを切らしたのか、葉山が攻撃に加わる。だがその攻撃というのが、セイレーンの量産艦を大量に出すという物。こんなの拍子抜けも良いところである。

 

「焔雨!!」

 

これだけの雑魚を片付けるなら、焔雨はかなり楽だ。炎の雨を降らせてくれるので、楽にお掃除ができる。尤も家でやろう物なら、その家ごとお掃除する羽目になるが。だがこういう相手なら、別に本体が消えたって問題はない。

 

「その程度か葉山!!!!」

 

「いや、これからさ」

 

葉山は艤装を艦船形態へと変化させ、またあの巨大戦艦を顕現させる。流石に驚きはするが、さっきと同じようにシールドを一部に貼って、そのまま突っ込む戦法をとった。

 

「取ったぁぁぁぁ!!!!!!」

 

シールドに左側の艤装をぶつけたが、貫通には至らない。一応ダメ元でミサイルと砲弾をぶつけてみるが、やはりダメだった。

 

『甘い甘い。この超戦艦『レグネヴァ』の性能は、僕の憎悪に比例する。今僕は、君に激しい憎悪を持っている。その炎はこの船の原動力となる。さっきのように仲間がいれば可能性もあったが、君1人では貫通できないよ?』

 

「何をする気だ!!!!」

 

『そこで見ているがいい!!ノイ・フリッツで、貴様の家族を滅ぼしてやる!!!!!」

 

オロチ、いや。『レグネヴァ』は例の超大型ミサイルの発射シーケンスに入ったようで、艦後部のミサイル発射管が組み立てられていく。発射されてしまっては迎撃できるかは分からないし、かといって素粒子砲はチャージする前に撃たれてしまうだろう。

 

「腹ァ括るか」

 

『なんだ?何か言ったか?」

 

「天に輝きし旭陽よ!その天界に縛られし楔を解き放ちて、我が眼前に跪き、その姿を顕現せよ!!

堕天旭陽失墜焔(だてんきょくようしっついえん)!!!!!!!」

 

堕天旭陽失墜焔。長嶺が使う神授才最強の技にして、己の身を滅ぼしかねない秘奥義でもある。この技は直系数百メートルの火球を産み出すだけなのだが、その温度は太陽の中心核以上なのだ。太陽の中心核は約1600万℃とされているが、こちらは約1億℃。更に数兆気圧を誇る。全てを焼き尽くすどころか、灰すら残さず消滅させる。これを用いればありとあらゆる物体を、この世から抹消できるのだ。

ただしこの技は、先述の通り神授才に使うエネルギー100%と引き換えである。足りない分は生命力から補填されるが、今の長嶺の残量と体力的に生き残るか微妙なラインであり、かなりの賭けでもある。

 

『な、なんだアレは!!!!!!』

 

「チェックメイト、ゲームセットだ.......」

 

強大な火球が海水に触れると、即座に蒸発しそれが水蒸気爆発を起こす。下からは水蒸気爆発の圧力と衝撃が加わり、上からは気圧と熱が加わる。いくら『レグネヴァ』でも、耐えきれず轟沈。長嶺も吹き飛ばされてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは.......。俺の勝ちだぜ。これで俺達の勝ち.......だ.......」

 

どの位の時間が経っただろうか。長嶺は海に放り出され、漂っていた。長嶺の脳裏に浮かぶのは、家族達の顔だった。死んだら悲しむだろう。荒むだろう。仮に死んだら、前を向いて欲しい。そうあって欲しくないが、やはり1人の人間として少しは死んでも気にして欲しい物だ。

まだやりたい事がある。死にたくはない。だが、身体が言う事聞かない。それにこう言う死に方なら、満足である。

 

「いた!いたわよ大和!!指揮官!!!!!!」

 

「提督!!提督!!!!」

 

「おいげ.......ん?やま.......と.......?」

 

「そうよオイゲンよ!助けに来たわ!!」

 

「ひどい怪我.......。提督!!気をしっかり持ってください!!!!すぐ運びますから!!!!」

 

オイゲンと大和は半ば引き摺るように、長嶺を連れ出した。実はこの2人、撤退する時にこっそり抜け出して途中の海に降下したのだ。他の者に「長嶺と合流して連れ帰る」と言って押し切り、戦闘の一部始終は大和の零式観測機が捉えており、長嶺が飛ばされたのを確認して救出にやって来たのだ。

 

「全く、なんて無茶をしたのよ!!」

 

「あーす.......しか.......な.......った.......」

 

「帰ったら一杯怒りますから今は気をしっかり持ってください!!」

 

長嶺は薄れゆく意識の中で、2人をしっかりと感じていた。なんだか走馬灯みたいになっているが、それは長嶺が受け入れない。必ず復活してやると固く決意した。だが、現実問題として意識は飛びそうなのを無理矢理気合いで抑えている状態だ。今できるのは生き残れるように願掛けするくらいであろう。

 

「おーいこっちだ!!」

 

暫くすると、聞き覚えのある声が聞こえた。霞桜の医官隊員の声だ。2人は長嶺を医官隊員に預けたのだが、その医官隊員も絶句した。

 

「なんて怪我だ。とにかく運ぼう。早くここを離れるんだ!!」

 

医官のその言葉を最後に、長嶺は意識を手放した。この日、世界中のトップニュースはこの見出しが踊った。『新・大日本帝國海軍連合艦隊司令長官 長嶺雷蔵元帥、謀叛により江ノ島鎮守府の艦娘と消える』である。

この行動が後に世界の命運を左右するのだが、それをまだ誰も知らない。

 

 

 



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2024お正月スペシャルphase I

長嶺「新年あけましておめ」
オイゲン「あけましておめでとう」
グリム「今年もどうぞ、よろしくお願いします!」
マーリン「鬼武者作品は」
レリック「もっと頑張る。ので」
バルク「もっと応援しやがれ!!!!」
カルファン「もうこれセリフ残ってないんだけど?」
ベアキブル「俺もだ。まあ、えっと、何だっけ?お控えなすって?」

長嶺「なんかもう、はい。今年もこんな感じでいきますので、どうぞよろしくお願いします。*1こらそこ!最後持って行ったとか言わない!」


という訳で、新年1発目行ってみようか!!


*1
オイゲン「最後だけ持っていたわね」

「いやー、なんで雪」

 

「何処ですかね、ここ」

 

神谷達、神谷戦闘団の面々の目の前に広がるのは、広大な雪が積もった森林だった。別に北海道とか東北とかに旅行に来た訳でも、どこかの北国に行った訳でもない。例によって、なんかまたよく分からん世界にやって来てしまったのだ。

 

「どうします長官?」

 

「あ、繋がりました!状況を報告します!!」

 

「GPS!」

 

「一応繋がってんですけど、マップの表示じゃここは海のど真ん中ですよ?」

 

神谷戦闘団が何故こんなところにいるのか。というのも本日神谷戦闘団は、来るパガンダ、イルネティア両島解放作戦の為の演習の為、一時的に千葉演習場に向かう途中だったのだ。

所がどういう訳か、いきなり何の前触れもなく雪が積もった広大な雪原にやってきてしまっていたのだ。本当に何か雷が落ちたとかではなく、普通に飛んでたらいきなり風景がスイッチで切り替えたみたいに雪の大地に早替わりし、撤収しようにも来た方向も森林だったのだ。取り敢えず着陸して、今に至る。

 

「どうするこれ?」

 

「どうしましょうか.......」

 

本国に撤退したいが、あくまで通信が繋がってるってだけで帰り方は分からない。見たところ、一面全部木と雪で出入り口は勿論、何かしらの境界線やガラリと変わってる場所もない。

 

「浩三様、私達が周囲の偵察に行きましょうか?」

 

「その心は?」

 

「私達はハイエルフ。知っての通り、森で生活する民族よ。だからこういう森とか山って、私達にとっては最も動きやすい、えっとふぉーるあうと?なの」

 

「ミーナミーナ。多分それ、フィールドだよ。フォールアウトは核戦争後の世界が舞台のゲーム」

 

レイチェルに突っ込まれて見事に台無しだが、ミーナの言っている事は一理ある。エルフはその長い耳により聴覚に優れ、魔法の素質も高い。更に彼女達はハイエルフという、エルフの上位種。エルフ以上の聴覚の他、並外れた高い身体能力も併せ持ち、魔法の才能は最上位の部類になる。

加えて彼女達の故郷、ナゴ村は山奥にある集落で幼少期の頃では日頃から遊び、大人になってからは狩りで毎日の様に出入りしていた。しかも数百年単位でである。実際、白亜衆と森林で模擬戦をした時も圧倒していた。悪くない手である。

 

「よし、白亜のワルキューレは半径1km圏内を偵察。ドローン出撃。飛行ログから航路を割り出し、それを辿らせろ。他は周囲を偵察。情報を集めろ。行動開始!」

 

神谷戦闘団の面々は行動を開始する。さて、数十分もしない内に早速ミーシャから連絡が入った。

 

『浩三さん、あの、ロボットが目の前にあります』

 

「ロボット?」

 

『は、はい。今映像で送ります』

 

ミーシャから送られた映像には、確かに巨大な人型ロボットが膝を付いていた。ただ、全く見たことがない。そもそも二足歩行兵器は基本的に、旧世界でも皇国でしか運用されていなかった。皇国とて二足歩行兵器ではあるが、完全な人型ではない。だが映像の兵器はまるで、ガンダムのMS並みに洗練された二足歩行人型兵器である。

 

「ラヴァナールとかいう、古の魔法帝国とやらの遺産か?」

 

「にしてはなんか、ザ・ロボットだよな」

 

「なんか異世界感がないというか、こっちと似た様な匂いがするというか、なんで言えば良いんだ?」

 

「いや、言わんとしてる事はわかるぞ。言葉にはしにくいが」

 

幹部達も映像に見入っている。だがこの世界特有の魔法とか、古の傍迷惑国家ことラヴァナール帝国の遺物という訳でもなさそうだ。勝手なイメージだが、古の魔法帝国の兵器はどっちかというとシュッとしていて、流線型というか何処かスタイリッシュさを感じる。対して目の前のロボットは、武骨で角ばっていて、尚且つ何処か古臭さを感じる。いやまあ、確実に皇国と同等かそれ以上の技術な訳だが、なんだか旧世代機とか量産機とかその手のロボットから感じる雰囲気なのだ。

 

「周囲にパイロットとかもなし、か?」

 

「あ、いや!長官、ここ!誰かいますよ」

 

映像の端に、赤髪の青年が映っていた。学校からして、恐らくこのロボットのパイロットなのだろう。リスキーだが、ここは接触しておきたい。

 

「ミーシャ、接触しろ。できればこっちに連れて来てくれ。無理そうなら全力で逃げろ」

 

『わかりました!』

 

赤髪の青年こと、テオドール・エーベルバッハは1人、愛機の前でコーヒーを飲んでいた。テオドールの所属するドイツ民主共和国陸軍第666戦術機中隊の本拠地がある、ベーバーゼー基地を同じくドイツ民主共和国国家保安省、通称シュタージの武装警察軍によって占領された。何故占領されたのかというとかなり長くなるのだが、簡単に言うと中隊全員が国家反逆とかの嫌疑があり、それを口実に武装警察軍が攻めて来たのだ。しかも中隊にスパイがいて、そのスパイがテオドールの義理の妹(肉体関係構築済み)とかいうオマケ付きである。

それでこの国家反逆の嫌疑の方は本当にクーデターを考えており、今はそのクーデターを起こすの同志と共に基地の奪還と中隊の仲間達を助けるべく動いているのだ。

 

「リィズ.......」

 

「あのー.......」

 

「誰だ!」

 

テオドールは即座に声のした方に銃を向けた。そこには金髪ショートのスタイル抜群の女がいた。だが格好が、まるでおとぎ話のワルキューレの様な格好である。こんな雪積もる森の奥でする格好ではないし、そもそも女1人な時点で怪しい。

 

「えっと、私はミーシャ・ナゴ・神谷と言います。怪しい者ではないです。その、私と一緒に来てくれませんか?」

 

「お前、シュタージの手先か!?」

 

「しゅたーじ?」

 

ミーシャは初めて聞く単語にハテナを浮かべていたが、テオドールも顔にこそ出さないが驚いていた。東ドイツ国民で「シュタージ」の名前を知らぬ者はいない。東ドイツの秘密警察であり、何の罪を犯しておらずとも「疑わしきは罰せよ」の考えで捕まり、拷問&処刑されるのはよくある話だ。亡命者狩りや反体制派狩り、果ては権力闘争&内部抗争と悪名高き組織だ。

 

「あの、せめてお名前は教えてもらえませんか?」

 

「.......テオドール・エーベルバッハ。少尉だ」

 

「エーベルバッハさんですね。私はミーシャと呼んでください」

 

「それでミーシャ。君は何者だ?シュタージか?ヴァアヴォルフ大隊の人間か?」

 

「私は神谷戦闘団、白亜のワルキューレの隊員です」

 

「カミヤ戦闘団?」

 

そんな部隊、聞いたこともない。そもそも『戦闘団』という部隊規模は、東ドイツ軍には存在しない筈だ。ますます怪しい。

テオドールが訝しんでいると、ミーシャは神谷からの無線に応答し出す。その内容とは、もう1人恐らく同じ所属のロボットを発見し、黒髪ロングにメガネの女性パイロットと接触したと言う物だった。

 

「エーベルバッハさん。あなたの仲間に、長い黒髪にメガネを掛けた女性はいますか?」

 

「中尉に何をした!!」

 

「何もしてませんよ!ただあなたと同じ様に、私の仲間がこんな風に接触しただけです。とにかく、状況を説明する為にも、私について来てくださいませんか?」

 

「いいだろう。だが、機体をそのままにする訳にはいかない。機体ごと動かすが、構わないな?」

 

「構いませんよ。ただ、できればその機体に私も乗せて貰えるとありがたいのですが」

 

「わかった」

 

何とか神谷戦闘団の仮拠点まで引っ張る事に成功したミーシャは、早速仮拠点へと向かう。どうやらもう1人のパイロットも呼ぶ事が出来たらしく、向こうも仮拠点にやって来た所だった。

 

「中尉!」

 

「テオドール!コイツらは何者なんだ?」

 

「わからない。だが、それを知る為にもここに来た。賭けだがな」

 

「私も同じだ。見た所、シュタージでも軍でもソ連軍でも西側でもない。そもそも何処の国かも検討も付かないからな。だから付いてくる事にした」

 

周りにいた兵士達は、ソ連だとかシュタージという言葉に首を傾げていた。西側というのは旧世界でも使われていたが、ソ連は1991年には崩壊し、ロシア連邦になっている。シュタージというのは、そもそも聞き馴染みがない。

 

「お二方、こちらへどうぞ。団長がお待ちです」

 

柿田を先頭に、2人は神谷のいる天幕に入った。2人はその道すがらで、兵士達の装備を見たが明らかに今のどの国の装備よりも数段先を行くものばかりで、まるでSFの軍隊である。お陰で余計に怪しさが深まる。

 

「柿田大尉、入ります!」

 

「入れ」

 

天幕の中に入ると、コーヒー片手にタブレットを操作する神谷が座っていた。その後ろには、向上が直立不動で控えている。

 

「ドイツ民主共和国陸軍第666戦術機中隊所属、政治将校グレーテル・イェッケルン中尉です!」

 

「同じく第666戦術機中隊所属、テオドール・エーベルバッハ少尉です!」

 

「大日本皇国統合軍総司令長官兼、神谷戦闘団団長、神谷浩三元帥だ。後ろに控えているのは、俺の秘書官にして戦闘団の副長兼赤衣鉄砲隊隊長の」

 

「向上六郎大佐です」

 

まさかの高階級2人に、見事に冷や水をぶっかけられてしまった。てっきり大佐とか少将位の階級と、少佐とか大尉位の階級の2人かと思いきや、全軍の総指揮官たる元帥と大佐という、もう何が何だか分からない2人組だったのだ。お陰で顔をピクピクさせている。

 

「取り敢えず出入り口でフリーズしないで座ったらどうだ?なにもとって食うつもりもないし、君達の国の元帥ではない。別に無礼も何も言わないから」

 

そうは言われても、流石に「はいそうですか」とはならない。軍隊とは階級が全て。一階級の上下であっても、礼儀はしっかりしなければならない組織だ。取り敢えず座って出されたコーヒーを啜るが、味も何も分かったものじゃない。

 

「さーて、それで君達はドイツ民主共和国、所謂東ドイツの軍隊、でいいんだな?」

 

「はい。そうであります、元帥殿」

 

「念の為に聞くが、いまは西暦何年だ?」

 

「1983年ですが.......」

 

神谷と向上は顔を見合わせると、また溜め息をついた。「あぁ、またこのパターンですか」と。また安定の、世界線ごちゃ混ぜ事件が起きたのだ。頭が痛い。

 

「OK、ありがとう中尉。お陰で状況が理解できた。まず我々は、この世界の住民ではない」

 

「はい?」

 

「元帥閣下、それは一体どういう意味なのですか?」

 

「少尉、あのロボット。確か戦術機、というのだったな?あんなSFロマン兵器、我々は知らない。そもそも我々の時間軸では、今は2059年だ。1983年、ざっと半世紀前であんな兵器があるのだ。もしアレが最重要国家機密級の兵器であったとしても、何かしらの情報は出ているだろうし、それを基幹とした進化系の兵器や装置が開発されている筈だ。だがそんな兵器、我が皇国を含め世界中何処にも存在しない。

つまり我々は君達とは異なる世界線、つまり戦術機が生まれなかった世界線の、君達の世界線から見れば半世紀後からやって来たのだ」

 

2人とも頭がパンクし殆ど理解できていないが、そんなのお構いなしに神谷は話を続ける。

 

「荒唐無稽だと思うだろう。俺が頭可笑しいと思うだろう。だがな、この手の話は初めてじゃないんだよ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「この世界線スリップとでも言うべき現象は、これで4度目だ。最初は我が国、皇国。皇国はさっき言った世界にいたのだが、3年前に国土ごと突如異世界に転移した。その後も年一回、同じ日本だが異なる世界線の日本と邂逅している。恐らく今回は、君たちがそれに巻き込まれたのだろう」

 

いずれにしろ「はいそうですか」で信じれる訳がない。物的証拠がいる。それを分かっている神谷は、2人にとある魔法を掛けた。

 

飛行(フライ)

 

「お?おぉぉ!?!?」

 

「な、なんだこれは!!」

 

飛行(フライ)。第3位階魔法であり、対象に飛行能力を付与する事ができる魔法だ。その転移後の世界には魔法があって、俺はなんか知らんが使える様になった。

これで少しは信じて貰えるといいんだが、どうだ?」

 

「し、信じる!!信じるから!!」

 

「降ろしてくれ!!」

 

「はいはい」

 

物凄い絶叫で「降ろせ」と言われたので、そのまま地面にゆっくり降ろした。さて、これで取り敢えずはクリアだ。ここからのミッションは、協力を取り付ける事である。現状下では、何も情報がない。その為、少しでも情報が欲しい。仲間とまでは行かずとも、友好的な関係は構築しておきたい所だ。

 

「それで君達は何故、こんなところにたった2人で?中隊がどの程度の規模かは知らないが、少なくとも君達2機ではエレメントとか分隊規模だろ?」

 

「そ、それは.......」

 

「基地を襲撃する為です」

 

「エーベルバッハ少尉!!」

 

基地を襲撃とは、中々聞き捨てならない。一体何処の基地を襲撃するのやら。

 

「中尉、大丈夫。心配するな。別に我々は君達が、どの様な計画を実行しようとしていても邪魔するつもりはない。我々の兵器をかっぱらおうとか、我が軍と一戦交えたいとかなら全力で殲滅するが、その手の話でないなら止めるつもりも道理もない。

もし君達が我々を党の回し者、例えば秘密警察とかその手のものだと思ってるなら、それも違う。どうか信じてほしい」

 

「.......」

 

「なら、コイツを渡そう。おい。銃を彼らに渡せ」

 

「よろしいのですか?」

 

「銃ってお守りがありゃ、少しはこっちを信じてくれるかもしれん。持ってこい」

 

向上に指示を出し、43式小銃を持って来させる。それを2人に渡し、更に他の団員に武装を解除させる様に指示も出した。

 

「これで、信じてもらえたかな」

 

「.......良いでしょう」

 

2人が話したのは、これまでに起こった全てだった。中隊が反体制派の嫌疑で基地ごとシュタージに襲われ、現在占領下にあること。グレーテルは偶々別動中で難を逃れ、テオドールは仲間のカティアという少女と共にどうにか逃げられたこと。現在は反体制派の部隊やレジスタンスと共に、ベーバーゼー基地の奪還と仲間の救出の為に作戦行動中であること。全てを語り終えた時、1人の兵士が入ってきた。

 

「会談中に失礼致します!先程、アナスタシア少尉より報告が上がりました!茶髪の少女を保護したとの事で、カティア・ヴァルトハイムと名乗っているそうです!」

 

2人が勢いよく報告しにきた兵士の方を向いた。さっき言っていた、共に脱出した仲間だろう。

 

「すぐにこっちに連れてこい」

 

「了解!」

 

暫くすると、カティアという少女が天幕にやって来た。テオドールとグレーテルを見ると、駆け寄ってくる。

 

「テオドールさん!中尉!」

 

「カティア!」

 

「ヴァルトハイム少尉、何故ここにいる?」

 

「分かりません。気付いたら、ここに居ました。私、お手洗いに行ったんですけど、トイレから出たら森の中で、しかもドアも消えちゃって。すぐにここが基地の近くと分かったので、近かったテオドールさんの方に向かっていたら、アナスタシアさんに保護してもらいました」

 

いよいよ持って、転移の件が現実味を帯びて来た事に気づいた2人。一方の神谷も、なんだか嫌な予感がして来たので、テオドールに無線で味方と交信できるか頼んでみた所、やはり繋がらなかった。

つまり今この森は、元いた東ドイツのあるユーラシア大陸から、皇国の正確には海上にあるという事である。その証拠に先程、偵察に出したドローンから周囲10km圏内より外は全て、海上に出たと報告が上がって来た。

 

「状況を整理する。現在地は太平洋側、皇国より西に40kmの海上だ。ここら一帯はドイツ民主共和国の領土であるが、どういう訳か海上に転移している。しかし周囲からは姿形は見えず、こちらも見渡す限りの森林だが、ここより10km圏内より外は皇国に繋がっている。現在、ドイツ民主共和国とは通信がつながらず、物理的に遮断した物と思われる。

でだ、どうする666中隊?」

 

テオドールとグレーテルは偵察の意味も込めて本体よりも先に出撃しており、本隊や西方方面軍とは連絡も取れない。つまり孤立状態な訳だが、ベーバーゼー基地には恐らくまだ仲間とシュタージがいる。それは助けたい。だが、たった2機では、失敗するのは目に見えている。

 

「あの、神谷閣下」

 

「なんだ、ヴァルトハイム少尉。トイレは天幕出て右、コーヒーと紅茶や茶菓子はそこから、自由に取ってもらって構わないぞ?」

 

「いえ、そうではなくて。その、私達に力を貸して頂けませんか?」

 

まさかの提案に、天幕内にいた戦闘団の幕僚達もテオドールとグレテールも驚いた。だが神谷だけは、カティアの次の言葉を待つ。

 

「666中隊は私に居場所をくれました。お世話になった人もいます。だから、助けたいんです!でも私達だけじゃ、何もできない。お願いです、力を貸してください!シュタージを倒すのを手伝ってください!!」

 

「カティア、お前そんなことができる訳ないだろ!」

 

「そうだぞ少尉!閣下の国は大日本皇国。私達やシュタージは東ドイツ!2つの国が武力を用いて戦闘を行えば、それは戦争だ!!」

 

そうなのだ。大日本皇国とドイツ民主共和国の武装勢力が争えば、それは戦争に他ならない。普通の将軍ならそんな事に協力する訳がない。だが神谷は、普通ではない。常な法の抜け道を使って、不可能を無理矢理にでも可能にして来た。今回もそうするまで。

 

「向上。シュタージ、武装警察軍、ベーバーゼー基地、東ドイツまたはドイツ民主共和国なんて国、この世界にあったか?」

 

「は?い、いえ。ッ!長官、まさか!!」

 

「ここは法的には大日本皇国の領海上だ。そこに完全武装の軍隊がいて、拉致監禁している。本来警察が出張るべき案件だが、そのシュタージは例のロボットを保有しているんだろ?」

 

「そ、その通りだが.......」

 

テオドールの回答に、神谷は不敵な笑みを浮かべ、軽く拍手をしながら「それは良い。実に良い」と言う。もう最初の方で幕僚達も分かってはいたが、これで確信に変わった。

 

「あんなロボット兵器を警察じゃ相手できないし、そもそも軍隊並みの武装しているんだろ?そんなテロリストを放置していては、我が国の安全保障問題に直結する」

 

「あ、あの元帥閣下?」

 

「喜ぶが良い諸君。君達は我が国の保護下に置かれた。そして、これより我が神谷戦闘団は総力を上げて、誘拐罪、監禁罪、国家転覆罪、テロ等準備罪等々の罪により、武装組織『シュタージ』を殲滅する!!向上!全部隊に戦闘態勢を下令しろ!!!!本件は統合軍法第78条第3項、緊急治安出動に於ける案件とする。全兵器使用自由、シュタージを血祭りにあげるぞ!!!!!!!!」

 

神谷の考えというのが、治安出動である。本来であれば総理や都道県知事の要請が必要な治安出動であるが、転移後に少し改定され新たに『国家的非常時に直結する場合は、師団長、艦隊司令、基地司令以上の役職者の判断により出動を許可する』という物も追加されている。まあ色々と後が面倒だったりはするが、流石に未知の人型二足歩行兵器を持っているとなれば問題はないだろう。

 

「え?えっと、つまり?」

 

「ヴァルトハイム少尉、分からんか?要はウチの敷地に武装した上で土足で上がり込んだ挙句、戦術機とかいうヤベェ物まで持ち込みやがったシュタージってテロリストを殲滅して、ついでにシュタージが拉致って監禁した被害者を助けようって言ったんだ」

 

「き、詭弁だ」

 

「大佐殿。我々としては願ってもないのですが、その、よろしいのですか?」

 

「イェッケルン中尉。神谷戦闘団に入りなさい。そしたら、慣れますから」

 

向上は遠い目をしながら、薄っすら乾いた笑みを浮かべながらそう言った。苦労人立ち位置気取っているが、コイツも普通に神谷側である。人の事は言えない。

 

「偵察隊を出せ!ドローン出撃!」

 

「各員、雪上迷彩に換装の上、戦闘配置のまま待機!」

 

「展開中の偵察隊の一部を、そのまま本陣警戒に当たらせろ!」

 

幕僚達から指示が飛び、兵士達はそれに従って動き出す。ベーバーゼー基地の戦力や、666中隊の仲間の安否も分からない以上、まずは偵察からだ。

数時間もしない内に、ベーバーゼー基地の現状は分かった。一個大隊、凡そ700名。更にシュタージの協力者になってる物も含めれば、更にます。これに加えてMiG-23チボラシュカなるシュタージの戦術機とMiG-21バラライカもいるらしい。

歩兵だけならこちらも歩兵だけでいけるが、流石に戦術機とかいう機甲戦力にはこちらも戦車をぶつけたい。となれば全部隊で切り込むのが良いだろう。

 

「これより、ベーバーゼー基地強襲作戦の概要を説明する。耳かっぽじってよく聞け!

今回の戦闘で最も厄介かつジョーカーとなる存在は、例の戦術機とかいうロボットだ。これを歩兵だけでどうこうできないし、こちらの保有するのは3機で向こうは30機持っている。となればこちらも、それ相応の準備をしなくてはならない。51式をここと、ここに配置し支援砲撃を行わせつつ、戦車を先頭に機甲部隊を陸路で突っ込ませ、空から歩兵を降下させる。後は安定の陽動と撹乱で、適当に足止めしつつ各個に鎮圧する。相手に戦術機がいようと臆する事はない!彼らシュタージの武装警察軍は、言うなればアインザッツグルッペン。無抵抗な民間人とかを殺すのがお仕事な連中だ。奴らブリキの兵隊に、本物の戦争と真の兵士の戦闘を教育してやれ!!!!!!!」

 

次の瞬間、兵士達が銃を空高く掲げ鬨の声を上げる。士気は十分だ。

 

「神谷戦闘団、出撃!!!!!」

 

神谷の指示を受け、最強の猛者達が動き出す。まず突っ込んだのは46式を先頭とした、機甲部隊である。フェンスを突き破り、基地内に突入。そのままこちらに銃を向けてくるものを容赦なく射殺し、建物には砲撃を食らわせる。

 

「クソッ!何処の所属だ!?!?」

 

「戦車を呼べ!ミサイルも持ってこい!!」

 

シュタージ側にもT72が配備されていたらしく、46式の前に8両が現れた。だが46式を、そこらの戦車と一緒にされては困る。

 

「APFSDS装填!目標、前方の超大型戦車!!撃て!!!!」

 

ズドォン!!

 

基本、APFSDSを使えば正面装甲でもある程度の可能性はある。側面や背面なら、ほぼ確実に貫通せしめるだろう。だが目の前にいる46式は、たかだか125mm程度、簡単に弾く。

 

「効いてません!!」

 

「斉射だ!撃て!!!!」

 

8門の斉射に普通の戦車なら一撃だろうが、46式はそれすらも耐える。それどころかお返しに、主砲をお見舞いして2両一気に蹴散らす始末だ。

 

「隊長!だめです!!硬すぎる!!!!」

 

「後退だ。後退しろ!!」

 

「了解!!」

 

ギアをバックに入れ後進を始めるが、それを許すほど甘くはない。後方には34式戦車改が既に回り込んでおり、逆に砲弾を食らわす。残る6両も倒し、機甲部隊は基地内の掃討に当たる。

 

「そろそろ頃合いか。突入しろ!!」

 

テオドールとグレーテルを戦闘に、突空の編隊も基地に突入。そのまま牽制射撃を四方八方に行いながら、神谷戦闘団の兵士達を展開していく。

 

「全軍突撃!!テロリスト共をぶっ殺せ!!!!!!」

 

「閣下に続け!!」

 

「突っ込めぇ!!!!!」

 

格納庫前に降り立った戦闘団は、神谷を先頭に各所に雪崩れ込む。中は整備兵組がシュタージをボコボコにしたりと乱戦状態だったが、後方にはしっかりシュタージがいる。そっちを神谷戦闘団は対応するべきだろう。

 

「侵入者だ!!」

 

「応戦しろ!!!」

 

「テメェらに言われたくはねーよこの野郎!!!!」

 

侵入者にして現在進行形で不法占拠している奴らに、侵入者呼ばわりはされたくはない。ツッコミの弾丸がシュタージを襲い、シュタージの方が倒されてしまう。

 

「アンタら、何処の所属だ?」

 

「神谷戦闘団だ!それより、中隊の人間は何処にいる!?」

 

「地下にある独房だ」

 

「衛生兵、付いてこい!!他はここを死守!!!!!!」

 

神谷は衛生兵を引き連れ、地下に下る。地下にもシュタージはいるが、閉所での接近戦では神谷に叶う訳がない。

 

「こいつ何者だ!!」

 

「邪魔じゃぁぁぁぁ!!!!!!」

 

「ゴフッ」

 

「閣下を援護しろ!」

 

神谷が切り捨ててつつ、後方から衛生兵組なんかが援護射撃しながら突き進む。暫くすると、独房区画と思われる厳重な扉が等間隔に置かれた場所についた。

 

「片っ端からドアを壊せ!!中を確認しろ!!シュタージはぶっ殺せ!!!!!」

 

扉は勿論鍵かかっていて開かないが、鍵を銃でぶっ壊せば問題ない。無理矢理こじ開けて、中にいる人々を次々に救出していく。そのうち第666中隊の隊員と思われる格好の者達も発見され、そのままストレッチャーに乗せて運び出す。

 

「残るはここだけですが、扉がガッチリしてて銃では無理です」

 

「チッ。テルミットだ!」

 

「誰か!テルミットを持ってこい!!」

 

ドアブリーチ用の爆薬であるテルミットは、3000℃の熱で凡ゆる妨害を焼き切ってしまう。その上で爆破すれば、扉は木っ端微塵だ。中には金髪のスタイルのいい女性が捉えられていて、隣にはシュタージ将校の格好をした男がいた。

 

「貴様ら、何処の者だ!?」

 

「姉ちゃん。アンタ、第666中隊のアイリスディーナ・ベルンハルト大尉か?」

 

「そうだ.......」

 

「おい聞いているのか!」

「エーベルバッハ少尉の使いだ。すぐに助けてやる」

 

神谷は縮地の要領で、将校の懐に一気に入り込む。そのままの勢いで、さっきからギャーギャーうるさい将校の首を一瞬で切り落とした。血を勢いよく吐き出させながら、首がゴロリと転がる。

 

「貴様、何処の所属だ.......」

 

「詳しくは後だ。あぁ、エーベルバッハ、カティア両少尉、それからイェッケルン中尉は既に仲間だ。上にいる。とりあえずアンタらは、すぐに病院に担ぎ込まねーと」

 

アイリスディーナを下に下ろし、そのままストレッチャーに乗せて上まで運ぶ。格納庫に戻ると、戦闘は既に終わっていた。戦術機の方も格納庫から出てくるや否や、51式をはじめとする砲兵隊が破壊してくれて、中に引き篭もればエイティシックスとか46式が集中砲火してたらしく、すぐに殲滅されたそうだ。更にテオドールの方が、1人捕虜を取ったらしく、そちらも確保済みだ。

 

「仕事は終わった。撤収するぞ!!」

 

「長官!」

 

「どうした向上?」

 

「皇国本土にて、深海棲艦に酷似したアンノウンが現れ、所属不明の部隊が交戦中とのこと!無線傍受によると、霞桜という単語が出ていたそうです!」

 

神谷はこの報告を聞くとニヤリと笑い、神谷戦闘団の面々も狂った笑みを浮かべた。彼らもこちらに来たのだ。こんな報告、嬉しい限りである。

 

「野郎共もうひと暴れだ!!一部はコイツらを病院と基地に運び込むが、残りは俺と一緒に戦争だ。行くぞ!!!!!!」

 

兵士達は嬉々として突空に乗り込み、ベーバーゼー基地から離脱して皇国へと帰還する。そしてそのまま、共に転移してきた横浜基地で戦闘を開始するのだが、それはまた別の機会に記そう。何はともあれ、新年1発目はこれにて終了だ。

 

 

 



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2024お正月スペシャルphase II

新年早々、能登半島地震が出て死傷者まで出る大惨事となった訳ですが、読者の皆様はご無事でしょうか?亡くなられた方々のご冥福を祈ると共に、被災された方々にお見舞いを申し上げます。また被害が未だ判然としていない状況ではありますが、1日も早い復興をお祈り致します。


「ここ、どこ?」

 

「わからぬな」

 

「僕たちって、どこかでバカンス中だったっけ?」

 

本来なら江ノ島で朝を迎える筈だった。一応時系列的には、日本脱出の前日で今日はその当日なのだが、目が覚めたら砂浜でしかも周りは海、後ろには密林である。

 

「しかもご丁寧に装備は一式揃ってる上に、強化外骨格を着ていると」

 

「主様、寝る時その格好だった?」

 

「まさか。普通に寝巻きだ」

 

流石に訓練でもないのに、強化外骨格装備の上で眠りはしない。というか寝心地悪くて、寝れたものじゃない。

 

「取り敢えずここじゃ埒が開かない。中に入って、何処か拠点を探す。八咫烏、空から探せ。犬神、左を頼む。俺は右側だ」

 

「心得た」

「はーい」

 

それぞれがそれぞれのルートに突き進むが、何も無い。木と虫位である。だが植物から見るに、ジャングルというよりこれはヤシの木みたいで、どっちかというと南国系だろう。

暫く歩くと開けた道に出て、奥に洞窟があった。しかも微かに焦げ臭い。恐らく、誰かいる。

 

(お前達、集合しろ。人がいる痕跡を発見した)

 

(心得た。すぐに向かう)

 

(オッケー。ちょっと待っててね)

 

数分後、合流した長嶺と2匹は洞窟の中へと突入した。中に入っていく程、何かの焼ける臭いは強くなり、微かに明るくもなっていく。恐らく人が居るはずだ。

 

「これからどうするかなぁ」

 

「基地との連絡手段が無い以上、無闇に動くべきでは無いだろう」

 

「SOSとヘルプマークは描いてある。それを見つけてくれることを祈るしか無いな」

 

「わたしたち、帰れるよね?」

 

「大丈夫よ、イーニァ.......」

 

中に居たのはアジア系、恐らく日本人の男1人と同じく日本人と思われる女性、それから多分スラブ系と思われる女性とその妹と思われる女の子がいた。話を聞く感じ、こちらと同じ事象に巻き込まれたのだろう。

 

「よぉ。アンタらも気付いたらここに居た感じか?」

 

いきなり声をかけた結果、4人ともバネ仕掛けのおもちゃの様に飛び上がり、こちらに銃を向けてくる。反応から見るに軍人だろう。それに格好からして、恐らくはパイロットと思われる。

 

「おい待て待て!争う気はねーよ」

 

「ならアンタ、なんで武器を持ってるんだ?」

 

「そりゃ中にいるのか誰か分からなかったんだ。護身用に持つに決まってるだろ。もし中に化け物でも居たら、こっちが食い殺されちまうからな。ほら、これでいいだろ?」

 

長嶺は手に持っていた阿修羅HGを地面に置き、刀も下ろして、両手を上げる。まあ素手でも普通に殺せるが、流石にこの状況下ではまだ殺せない。

 

「いいだろう、手荒な真似をして済まなかった」

 

日本人と思われる女性が銃を下げた事で、男とスラブ系っぽい女も銃を下ろした。妹の方は、姉の後ろから顔だけを出してこちらを伺っている。

 

「見たところ、そちらも軍人と思われるが、どこの所属だ?」

 

「怪しさ満点だろうが、一応特殊部隊扱いで所属は答えられない。だが、俺は自衛隊員だ」

 

「自衛隊?その様な隊は聞いたことがないぞ?」

 

「お姉さん日本人じゃないのか?」

 

「私は日本人だ。今は国連軍所属だが、元は帝国斯衛軍の所属だ」

 

いきなり訳が分からない単語が出てきた。まず日本人なのに自衛隊を知らない。更には国連軍に、帝国斯衛軍なんて軍隊は存在しない。よくフィクションで出てくる国連軍だが、実際は国連憲章41条の定める非軍事的措置が不十分であると安保理が判定した場合、同42条に基づいて使用される軍隊、つまりは国連の安全保障理事会が指揮する軍隊である。アメリカとかが指揮をする多国籍軍こそあったが、今日に至るまで国連軍は存在しない。深海棲艦との初期の戦闘、日本海反攻作戦と太平洋反攻作戦に於いても指揮を取ったのは、日米の幕僚達であり種別は多国籍軍となる。

そして帝国斯衛軍というのは、そもそも聞いたことが無い。近衛師団はかつて存在していたが、現在は解体され、その任務は皇宮警察等に引き継がれている。一応、陸上自衛隊の第32普通科連隊は『近衛連隊』を自称しているが、帝国は付かないし現状、帝国がつくのは海軍と陸軍だけである。

 

「アンタ、本当に日本人か?」

 

「あ、あぁ。そういうアンタは?見たところ、日本人と思うが」

 

「俺は日系アメリカ人だ。所属も今は国連だが、元は陸軍にいた」

 

「それよりも貴様、本当に日本人かどうか怪しいぞ。場合によっては、ここで捕縛する!」

 

「お、おい唯衣!」

 

なんか本当に今にもロープで縛ってきそうな勢いなので、長嶺の方も身構えるが、1つ思い出したことがある。なんか大体こういうよく分からん事態が発生した時、これまで出会ってきたのは別世界の住民達だった。となれば、さっきの国連軍どうこうも辻褄が合うのは合う。

 

「.......新・大日本帝国海軍連合艦隊司令長官兼江ノ島鎮守府提督、そして非正規特殊部隊、海上機動歩兵軍団『霞桜』総隊長、長嶺雷蔵海軍元帥。これが俺の所属だ」

 

全員が固まった。次の瞬間、全員が勢いよく立ち上がり直立不動の敬礼をする。特にさっき疑っていた日本人女性は、顔面蒼白であった。

 

「失礼しました元帥閣下!!」

 

「先ほどのご無礼、どうかお許しください!!」

 

「お、おぉ、落ち着こうか。そして座ろう。というか、俺が今心停止でポックリ逝かなかったのは奇跡だぞ」

 

流石にいきなり立ち上がられて、敬礼されては、こっちもビックリする。しかも声が洞窟で反響して増幅されるので、余計に心臓に悪い。

 

「あー、それから固いの嫌いだから普通に話せ。あ、これ命令な。そして名前と所属を教えろ」

 

「篁唯衣中尉です。アルゴス試験小隊にて、新型戦術機を開発しています」

 

「ユウヤ・ブリジッス少尉だ。アルゴス試験小隊でテストパイロットをしている」

 

「ソビエト連邦軍クリスカ・ビャーチャノア少尉だ。現在はイーダル試験小隊のテストパイロットをしている」

 

「ソビエト連邦軍イーニァ・シェスチナ少尉だよ。よろしくね、お兄さん」

 

もう驚かない。だが、これで別世界の住人説確定だ。今やソビエト連邦は、歴史の中の国である。

 

「ソ連に国連軍に斯衛軍。もう無茶苦茶だ.......」

 

「元帥閣下、1つ聞きたい。大日本帝国とはなんだ?日本帝国ではないのか?」

 

「明治維新後から1945年の敗戦までの日本の国名だ」

 

「明治維新以降、我が国はずっと日本帝国ですよ?それに終戦も1944年です」

 

篁が言うには、日本はずっと日本帝国を名乗っており、歴史に関してもこちらとはかなり差異があった。第二次世界大戦までは基本同じだが、例えば原爆は2発とも広島と長崎ではなく、ドイツのベルリンに落とされたらしい。さらに終戦も1944年らしく、そのまま東西の宇宙開発競争に突き進み、所謂冷戦が行われたそうだ。

 

「なぁ、アンタなんか可笑しいぞ?いくら歴史が苦手でも、それは余りにも間違いすぎてないか?」

 

「なぁ、お前らは異世界転移って信じるか?」

 

ユウヤの問いの答えが余りに突拍子も無さすぎて、大人組は「コイツ何を言ってるんだ」という顔をし、唯一イーニァだけが不思議そうな顔をする。

 

「俺はこれまで2度、別の世界にいる日本と接触した。恐らく今回も、それ関連なんだろう。悪いが俺の知る限りの、俺の記憶にある今日までの歴史を言わせてくれ」

 

長嶺が語ったのは、長嶺の生きた世界の歴史だった。原爆が1945年8月6日に広島、9日に長崎に投下され、1945年8月15日に終戦を迎え、それ以降の数々の戦争や、1969年のアポロ11号の月面着陸、1989年のベルリンの壁崩壊、といった大きな出来事。阪神淡路大震災や9.11テロ、東日本大震災やチェルノブイリ事故といった、事件や災害。そして2020年の深海棲艦の出現。だがその殆どが、向こうは知らなかったそうだ。

 

「ありえない。我が祖国が無くなるなんて.......」

 

「クリスカ.......」

 

「元帥閣下。BETAは、いないのですか?」

 

「BETA?なんだそりゃ。アルファ、ベータ、ガンマのベータか?」

 

長嶺の答えに4人は信じられないという顔で、こちらを見てきた。そのままその、BETAなる謎の存在の講義にシフトしていく。

 

「これがBETAです。閣下」

 

「え、何この気色悪い生物。新手のバイオハザード?」

 

篁から渡されたタブレットには、BETAという存在が映っていた。そのBETAの見た目を一言で表すなら、生理的嫌悪しか抱かないクソキモい生物である。しかもまあまあ種類がいて、しかもしかも一種類ずつがしっかりキモい。これをデザインした奴は、かなり趣味が悪いだろう。

 

「これがBETAです、閣下」

 

「これ、殺せるのか?」

 

「戦術機っていうロボットを使って戦うんだ。兵士(ソルジャー)級、闘士(ウォリアー)級は歩兵でも倒せるが、それ以上になるとかなり難しい」

 

「ならまあ、まだマシか。ん?」

 

「どうしたのお兄さん?」

 

「静かに」

 

長嶺は地面に耳を押し当て、音を聞く。何か引き摺られる様な音を出しながら、複数こちらにやって来るのが分かる。しかもかなり速い。

 

「なんか奥から来るぞ。下がれ」

 

「閣下こそ、お下がりください」

 

「アホ。お前みたいなパイロットは、空で戦うのが仕事だろ。こういうのは、プロに任せておけ」

 

篁から止められはするが、長嶺は阿修羅を抜きながら前へと進む。セーフティーを外し、こっちに来る何かに向けて銃を構える。

 

「誰だ!!姿を見せろ!!!!」

 

暗がりから現れたのは、例の兵士級とかいう白い気持ち悪い見た目のデカい人間の様な化け物だった。パイロット組は反射的に後ずさるが、長嶺は逆に一歩前に出る。

 

「よう。テメェ、言葉喋れんのか?」

 

兵士級は代わりに長嶺を捕まえ様と手を伸ばし、その大きな口を開ける。長嶺は素早くバックステップで回避し、逆にトリガーを引き、兵士級の胴体を吹き飛ばす。

 

「へぇ。いくら化け物でも、23mm弾には耐えられんか」

 

「お兄さん後ろにまだ一杯いる!!」

 

イーニァが叫ぶと同時に、奥からワラワラとゴキブリの様に這い出て来る兵士級達。流石にこの数を捌くのは、できなくはないがそれよりも後ろから逃げた方が早い。

 

「はーい、回れ右&ダッシュ!!」

 

「逃げるのか!?」

 

「そうだ!戦略的撤退って言葉はソ連にもあるだろ!!」

 

そのまま入り口まで走ったが、今度はその入り口に要撃(グラップラー)級とかいう蟹みたいな奴がいて、しかも穴を掘って中に入ろうとしてきている。

 

「クソッ!」

 

「ブリジッス撃つな!!撃ったところで、デカ物が塞ぐのは変わりない!!!!」

 

「じゃあどうするんだ!」

 

「簡単だ。兵士級、だったか?アレ全部、ぶっ殺すだけだ」

 

長嶺はホルスターに阿修羅をしまった代わりに、愛刀の幻月と閻魔を抜いて、いつもの様に逆手で構える。

 

「無茶です閣下!!」

 

「篁中尉の言う通りだ元帥閣下!せめて銃を!!」

 

「お兄さん死んじゃうよ!!」

 

「早まるな元帥!!」

 

「ガタガタ騒ぐな。なーに、心配すんな。さっきので、ある程度コイツらの戦法は分かった。要は捕まらず、噛みつかれなければ良いだけだ。簡単だろ?

さぁ、この煉獄の主人を楽しませてくれ。楽しい楽しいショーの開演だ。BETA共、足掻いて見せろよ!!!!!」

 

長嶺は前に飛び出すと、そのまま兵士級の群れの中に突っ込んだ。普通に考えて、捕まってグチャグチャに噛み殺されるのが運命の筈だ。特に篁は、かつて仲間がBETAが人を食べるのを見ている。

確かに普通の一般兵であれば、その末路を辿るだろう。だが今突っ込んだのは、かつて2つの国を世紀末状態の地獄に変え、1つの国を滅ぼし、更には世界中の裏で常に戦争を繰り広げていた正真正銘の化け物。ぶっちゃけBETAが可愛く思える程の、真の化け物である。負けるはずがない。

 

「な、なぁ唯衣。あれ、兵士級を倒してないか?」

 

「そんな事があり得る.......のか?」

 

「いや.......。私も何度もBETAと戦ったが、生身であんな事をしているのは見た事がない」

 

断末魔こそ聞こえないが岩肌には兵士級の血が飛び散り、長嶺が通った後には動かなくなった兵士級が転がる。余りの惨状に全員が言葉を失った。だが、イーニァは更に恐怖に怯えた顔でクリスカの服の袖を引っ張る。

 

「ね、ねぇクリスカ。変だよ。お兄さん、変!」

 

「ッ!?どうしたのイーニァ!!何が変なの!?」

 

「あのね、お兄さん、よろこんでる。BETAを倒して、戦ってるのをすごくすごくよろこんでるの!」

 

「喜んでいる?シェスチナ少尉、それはどういう事だ?」

 

「わかんないよ.......。でも、すごく喜んでる。普通のよろこびとは違って、ものすごく濃い色.......」

 

篁はイーニァの言ってる意味が、少し分かる気がした。篁の実家は譜代武家の本家であり、篁はその当主。故に小さい頃から武芸も嗜んでいたが、長嶺の動きは剣術を習ってる者からすれば歪であり野蛮そのものであった。明らかに人を一瞬で殺し、他者を圧倒し、とにかく勝つ為に、生き残る為に作られた独学の剣。そしてその端々に、どこか狂気を孕んでいる。その狂気さが野蛮性を添加し、余計に酷く見える。恐らく今、長嶺は戦闘に狂気している。

 

「唯衣。あれは、やっぱり凄い剣なのか?」

 

「明らかに実戦で編み出され、戦闘に、もっと言えば相手を殺す為だけに作られた剣だ。あれを術には落とし込めないだろう」

 

最近ユウヤは、剣術に興味が出てきた。というのもユウヤがテストパイロットを務める94式不知火・弍型は、接近戦に高いアドバンテージがある。日本機なだけあって、侍のように刀で戦えるのだ。それをテストする上で自分も剣術について知りたいと思っており、正直言うと長嶺の剣に見惚れていたのだ。

一方の長嶺は、ただ我武者羅に前を見て戦っていたのだが、段々と退屈になってきた。何せこの兵士級、動きが単調すぎる上に武器もないので、戦闘に張り合いがない。向こうは掴むか噛み付くかしかしないので、全くと言っていい程、脅威にならない。お陰で暇で暇で仕方がない。しかも数が多すぎて、向こうは身動きが取れないので基本されるがまま。最初こそ未知の敵に狂喜したが、今や単なる面倒な作業と化している。

 

(主様ー。助けいる?)

 

(いらねぇ。ってか弱ぇ。取り敢えず、外のキモい蟹モドキ。あれ冷凍しといて。流石に、ケツから来られたら面倒だし)

 

(はーい)

 

そのまま数分位は兵士級と遊んでいたのだが、いよいよ持って飽きてきた。長嶺は完全にお遊びというか、実験モードに入る。こんな未知の存在を、ただ殺すのでは勿体ない。肉体にどの程度のポテンシャルがあるのか。はたまた身体の構造はどうなってるのか。その辺りが気になって来る。

 

「よーし、遊びましょうかね兵士級さん」

 

長嶺は刀を仕舞うと、そのまま兵士級に肉薄する。そのまま捕まえようと伸ばした腕を掴み、力一杯引きちぎってそれを口の中に放り込ませたり、こちらに齧りつこうと開けた口に手を突っ込んで、そのまま頬肉を引きちぎりながら180度開いてみたり、目と思われる四つの器官を潰したり、下腹部に空いてる謎の開口部に引きちぎった腕を突っ込んでみたり、貫手でなどを突き破ったり、プロレス技みたいな事をしてみたり、無理矢理共食いさせてみたりと、いよいよ持って悪魔じみた所業をし始めた。

後ろからやってきた4人は、まさかの惨状にドン引きである。なにせ明らかに兵士級が、弄ばされて嬲り殺しされたのが分かる状態で転がっているのだ。これまでは首が飛んでたり、一刀両断されてたり、袈裟斬りにされてたりと、刀で斬られたのが分かる死体だった。対してこっちは、明らかに色々された状態で転がっているのだ。中には腕を口に縦で突っ込まれ、脚部を半分切られた、所謂ダルマに近い状態で放置されてる物もあった。しかも生きてるという。

 

「こ、これはかなり酷いな.......」

 

「ホラー映画のマッドサイエンティストでも、もうちょっとマシだぞ.......」

 

「お兄さん、凄い、ね.......」

 

「.......ユウヤ、それに篁中尉。元帥閣下は、本当に人間なのだろうか?」

 

「「.......」」

 

クリスカがボソリと発した言葉に、2人は答える事が出来なかった。だがまあ確実に言えるのは、間違いなく人間を超えた化け物であるというだけだ。因みに長嶺は人間ではあるが、艦娘の力とか神授才とか持ってるので、厳密に人間とは言えないのだが、それは気にしてはいけない。

更にもうしばらく兵士級と遊んでいると、遂に外に出た。だが外はどういう訳か見渡す限りの荒野で、開けている。周り建物も何もないが、代わりに車が置いてあった。三菱のランサーエボリューションXである。

 

「そんじゃま、これで逃げるか」

 

ダメ元でドアを引いたが、なんと普通に開いた。しかも霞桜が使う無線機もあり、一目でこれが霞桜仕様のランエボだと分かる。霞桜仕様だと他と何が違うのか。まずエンジン、足回り、吸排気等々、全てに手が入りフルチューンされており、車体も戦車砲を防げる程度の装甲を持つ。更に内部に武装を搭載しており、ボンドカーの様に振り回す事もできるのだ。

 

「閣下!その車は?」

 

「いいから早く乗れ!ブリジッス!お前は前な」

 

(八咫烏。犬神を連れて上空からの援護に備えろ)

 

(心得た)

 

4人が乗ったのを確認すると、そのまま車を発進させ荒野を爆走する。ラリーカーとしての信頼性もあるので、荒野での走行にも問題はない。まあ少し乗り心地は悪いが、そこは仕方がないだろう。

 

「これ、お兄さんが用意してたの?」

 

「いや。何故かは分からんが、ウチの部隊の特別仕様車が止まってたんだ。ウチの車は特別性だ。ちょっと乗り心地は悪いかもしれないが、この車にいれば大抵の事はどうにかなる」

 

「だがこれは、普通の車なんじゃないか?ちょっとチューンされてるっぽいが」

 

「そりゃパッと見じゃ分からない様に、しっかりと隠してあるからな。では、お見せしよう。戦闘モード起動」

 

長嶺がそう言った瞬間、車が変形し出した。屋根には30mm機関砲1門が展開され、フロント部分からは素早くM2重機関銃2基が組み立てられ、フロントフェンダーからは左右から計4挺のMINIMIが飛び出す。

 

「変形した!?」

 

「スゲェ。マジのボンドカーだ.......」

 

「すごいすごーい!」

 

全員驚いてるし、イーニァとユウヤは大興奮である。特にイーニァはキラキラした目でこちらを見るのがルームミラーでも見えるし、子供心的にもやはりこういうのは大好きなんだろう。

 

「しかし、態々車を変形させる必要はないだろ?戦車や装甲車を持っていけばいい」

 

「確かに、それは言うとおりだ。だがビャーチャノア少尉。その戦車やら装甲車を、一般市民が何も気にせずいつもの日常を送っている市街地に入れたら、どうなると思う?」

 

「目立ってしまうか.......」

 

「俺達の部隊は、一応、市街地でも戦闘するからな。こういう世を偲ぶ戦闘車がいるんだ。さて、それじゃ騎兵隊を呼びますかね」

 

長嶺は無線のスイッチを入れ、周波数を霞桜のチャンネルに合わせ江ノ島との通信を試みる。意外にも通信は繋がり、普通にオペレーターと会話できた。

 

「こちらゴールドフォックス。聞こえるか?」

 

『総隊長!?よかった、ご無事だったんですね!!』

 

「あぁ。ご無事ついでに、ちょっと回収を頼めるか?」

 

『お待ちを。GPSで位置を確認します。..............見つけました。直ちに回収部隊を送ります』

 

「よろしく頼む」

 

無線切った直後、またBETAが現れた。しかも今度は要撃級を筆頭に戦車(タンク)級と突撃(デストロイヤー)級まで、大量にである。

 

「なんか一杯来たんですけどぉ!?!?」

 

「閣下、スピード上げてください!追いつかれます!!」

 

「オッケー。コイツ、アフターバーナー.......クソッ!付いてないタイプかよ!!だったらアクセル全開だ!!!!」

 

アクセルベタ踏みで加速するが、それでも不整地なので車道よりも速度は落ちる。一応牽制射撃で、30mm機関砲を撃ってみるが何か全く効いてない。

 

「元帥閣下、あれに30mmは効かないぞ!あのBETAは突撃級と言って、あの衝角は120mm砲弾でも弾く。後方に回り込むのが一番だ!」

 

「それは無理な相談だ!そうだ、足!足は!?」

 

「前に試した事がある!足は36mmでも破壊できた!!」

 

「だったら、足を狙うのみ!!」

 

機関砲で足を狙うが、やっぱりそれでも無理があった。突撃級の足は地味に狙いにくい位置にあり、射角的に足の前の地面に着弾している。最早、焼け石に水にすらなっていない。

 

「ダメだわ。全然当たらん」

 

「他に手は!?」

 

「心配すんな。まだまだ手札は残ってる」

 

長嶺は念話で相棒達に指示を出す。その指示を聞いた2匹は、BETAの集団に急降下して突っ込んだ。

 

「ワオォォォォン!!!!!」

 

「カアァァ!!!!カアァァ!!!!」

 

犬神と八咫烏が巨大化し、BETAの目の前に立ちはだかる。2匹は妖術を用いて、BETAを瞬く間に殲滅していった。

 

「何だあれは!!」

 

「あの烏、もしや八咫烏?」

 

「おぉ、さすが日本人。そう。あれは八咫烏だ」

 

「八咫烏を使役しているのですか!?」

 

「なんか使役しちゃった。あ、犬の方は犬神な」

 

もう無茶苦茶だ。普通に考えて、神とか妖怪とかは使役できない。にも関わらず、それを当然かの様に使役してるあたりぶっ飛んでいる。

 

「ねぇねぇ唯衣。やたがらすってなーに?」

 

「.......日本帝国初代天皇、神武天皇を導いたとされる神様だ。神話にしか存在しない、御伽話の筈なんだがな」

 

「お兄さん凄いね!ね、クリスカ!!」

 

「え、えぇ。そうね」

 

「神を使役する人間って、あんた本当に人間か?」

 

「俺はどっちかっていうと、化け物だろうな」

 

なんて話していると、長嶺は急ブレーキを踏んだ。車はそのままドリフトの要領で滑らせて止まり、みんな頭ぶつけたりと地味に痛い思いをする。

 

「ど、どうしたのですか閣下?」

 

「最悪だ。道がない」

 

窓の外を見れば、巨大な渓谷が広がっており、恐らく100mはある大きな溝が地平線の奥まで続いている。しかも幅も50mはあり、まず飛び越えるのは不可能だ。しかもBETAはこっちに迫ってきており、何か手を早々に打たなくては死ぬだろう。

 

「回収部隊が到達するまで、後10分。それまでにコイツらを抑えるだけか。よし、お前ら全員降りろ!」

 

「何か策があるのか!?」

 

「あぁ。戦って時間を稼ぐ。オートモード起動、戦闘モードで接近する敵を殲滅しろ!!」

 

ランエボは即座に飛び出し、突撃の群れへと攻撃を仕掛ける。シュミレーター何千億通りの戦闘を経験させたAIだ。この程度の敵であれば、容易に対応できる。いざとなれば自爆する事になっているし、これで時間は稼げるだろう。

 

「オールウェポンズ!!」

 

長嶺は全ての武器を装備して、BETAの集団に突貫。攻撃を開始する。特に長嶺にとって、こういう1対多の戦闘は最も得意とする戦闘だ。敵の優先度を素早く判別し、それと同時に叩く。

 

「テメェらが幾ら頑丈に守ろうと、対深海徹甲弾を持ってすれば、大抵はどうにかなんだよ!!!!!!」

 

ジェットパックで地面をスケートの様に滑り、四方八方に弾丸をばら撒く。更に人間サイズという小ささを活かし、突撃級や要撃級の下に潜り込み、下から銃撃を加え、戦車級は真正面から素早く倒す。長嶺が参戦しただけで、BETAの群れは一部崩壊状態になり進軍速度が落ちていく。

 

「な、何だよあれ!」

 

「ありえない。あんな、あんな事が人間にできるのか.......」

 

「あんな動き、見た事がない.......」

 

「BETAって、あんなに簡単にたおせないよね?」

 

そのまま10分程遊び、BETA集団が半壊状態になった頃、戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』が飛来。ユウヤ達の前に着陸し、中から霞桜の隊員達が降りてくる。

 

「ここか。あ、アンタら!ここに総隊長殿、あー、いや。長嶺雷蔵って方はいなかったか?」

 

「閣下ならあちらで戦闘を繰り広げているぞ」

 

「あー、やっぱりか。取り敢えずアンタらは、先に機体に乗ってくれ」

 

「俺も忘れられては困るぞ」

 

いつの間にか帰ってきていた長嶺も合流し、全員とランエボを『黒鮫』に乗せて現場を離脱。そのまま江ノ島に戻るつもりだったのだが…

 

「おわっ!?」

 

パイロットがいきなり機体を横倒しにして、何かを避けた。次の瞬間、真横をレーザーが通り抜けていく。

 

光線(レーザー)級!!」

 

「なんだそりゃ!?」

 

「BETAです!レーザーを撃って、飛行目標を全て落とす厄介な存在です!!380㎞離れた高度1万mの飛翔体を的確に捕捉可能で、基本的に狙われれば最後。堕とされます!!!!」

 

流石の長嶺も一瞬顔が強張るが、しかしすぐに篁に聞き返した。まだ長嶺は、諦めてはない。

 

「その光線級の強度は!!」

 

「装甲はそれほどではぁぁ!?」

 

「よし。パイロット!!高度を上げまくれ!!!!コークスクリューだ!!!!レーザーに貫かれんなよ!!!!!!」

 

『このままじゃジリ貧ですからね!!やったりましょう!!!!!!』

 

確かにその光線級というのは、厄介なのかもしれない。だがこのまま放置していては、その内貫かれるだろう。だったら先に、光線級とやらを撃退すればいい。

 

「かなり揺れるぞ!!何かに捕まれ!!!!」

 

パイロットは『黒鮫』をブンブン振り回し、高度を上げまくる。お陰で貨物室では、悲鳴と絶叫の嵐だ。唯一長嶺とイーニァだけは笑っているあたり、子供は怖いもの知らずなのだろう。長嶺は、まあ、単純に狂ってるだけだ。

 

『高度1万5,000!!!!』

 

「カーゴドア開放!!」

 

長嶺は開いた扉から飛び降り、そのまま一気に降下していく。手には桜吹雪SR、背中には龍雷RGを装備している。降下状態のまま姿勢を立て直し、桜吹雪を構えて撃った。光線級は全部で16体、桜吹雪の装弾数は8発。7発撃って、8発目を撃ちながらマガジンを変更し、更に撃つ。そして最後に、確か重光線(レーザー)級とかいうゴツい奴2体も見えたので、龍雷を2発撃ち込む。

 

「死んどけレーザー野郎!!!!」

 

確かに光線級は、飛行目標に対して最強の天敵かもしれない。だがそれが、弾丸にまでは及ばない。それに賭けてみた訳だが、レーザーはずっと『黒鮫』にばかり向けてられており、こちらには見向きしないし、弾丸にも気付いてないらしい。18発の弾丸は全て、正確に光線級を撃ち抜き光線級の撃退に成功した。それを確認すると長嶺は最も速度の遅い体勢に変更し、『黒鮫』の方も長嶺回収のためにこちらに向かってくる。長嶺の下を『黒鮫』が通過する瞬間、ワイヤーを撃ち込んでそのまま機体の中へと入る。

 

「クリアだ。全速離脱!!江ノ島に帰還する!!!!」

 

『ラジャー!』

 

パイロットはスロットルを目一杯上げて、機体を最高速のマッハ6にまで加速させ、江ノ島を目指す。どうやら江ノ島でもゴタゴタがあったらしく、大隊長達が消えていたらしい。だが帰還途中で通信が回復し連絡がついたのだが、聞けば深海棲艦に襲われているらしい。

 

「総隊長、どうされます?」

 

「無論応援に向かうぞ。さぁ、戦争の時間だ!!」

 



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2024お正月スペシャルphase III

2001年10月29日 神奈川県 国連軍横浜基地

「紹介しよう、新たに207小隊に配属される訓練兵だ」

 

この日、国連軍横浜基地の207衛士訓練小隊に新たに6名が配属された。その新人というのが…

 

「栗武なおと訓練兵です!」

 

「魔戒けんと訓練兵です。よろしくお願いしますね」

 

「魂魄たけお。よろしく」

 

「剛田バール!!よろしくな!!!!」

 

「西條香織。よろしくね?」

 

「西條大吾だ。よろしく頼む」

 

いや、いきなり誰やねんと突っ込みたくなるだろう。コイツら6人、上から順にグリム、マーリン、レリック、バルク、カルファン、ベアキブルと霞桜の大隊長達である。

 

「見ての通り年は離れているが、今回とある事情によりここに配属された。小隊各員も自己紹介!」

 

「分隊長の榊千鶴です」

 

「御剣冥夜と申します」

 

「白銀武です」

 

「鎧衣美琴です」

 

「彩峰慧」

 

「珠瀬壬姫です」

 

「そして私が教官の神宮司まりもだ。では、これより訓練を開始する!」

 

さてさて、何故霞桜の大隊長がここにいるのか。これが謎である。皆、普通に夜に寝たのだが、なんか朝起きたらここの訓練兵宿舎に居た。しかも居たのは大隊長達だけで、他の部下や艦娘&KAN-SEN、長嶺もどこにも居ない。

取り敢えずグリムがハッキングで情報を盗んでみた結果、自分達は昨日付で配属された訓練兵ということになっていて、今日から訓練兵として活動する事だけは分かった。ここで変に動くより、そのまま訓練兵として動いた方が楽だろうという結論から、全員訓練兵として参加し、今に至るのである。

 

「午前中は行軍だ。装備を持て」

 

渡された装備は背嚢と鉄帽だけで、正直拍子抜けである。背嚢も軽いし、銃もない。これでは訓練にならないだろう。というかぶっちゃけ、フル装備であっても霞桜の訓練の方が重い。とは言え、楽に越した事はない。

 

「肩落とすな!顎上げろ!!」

 

神宮司から檄が飛び、訓練兵達はヒーコラ言いながら歩く。だが勿論、大隊長達は涼しい顔で風景を見ながら散歩でもしているかのように歩いている。無論ここで喋りでもしたら、キツくなりそうなので私語は慎んでいる。

 

「(ねぇ、グリちゃん。この世界のこと、何か分かった?)」

 

「(どうやら我々は、並行世界の日本に迷い込んだようですね。この世界ではBeings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race、通称BETAというエイリアンと戦争を繰り広げているようです。1967年から、今日に至るまで世界各地で戦闘を繰り広げ、月面から始まり現在ではユーラシア大陸の大半は支配されてしまったようですね)」

 

「(なんだその、BETA?ってのは)」

 

「(見てもらった方が早いですね)」

 

霞桜の隊員には、任務に応じてARコンタクトを装備する。こういう時に画像や映像で説明ができるので、とても便利だ。しかも自分にしか見えないので、周りの心配もいらない。

 

「(気持ち悪!!)」

 

「(これは何というか、生理的嫌悪感が凄いですね.......)」

 

「(私、吐きそうだわ.......)」

 

「(しかもこれ、基本的にかなり大きいですよ。この兵士(ソルジャー)級と闘士(ウォリアー)級というのは人間サイズですが、残りは車並み。下手をすればマンション並みの大きさだってあります)」

 

「(こりゃ倒せなくはねぇが、倒すのに骨が折れるぞ。艦娘とKAN-SEN、ここを総動員だな)」

 

続いてBETAに代わり、我々人類側の矛が紹介された。戦術機と呼ばれる、人型ロボットである。衛士というのも、このロボット兵器のパイロットの事らしい。

 

「(なんだこりゃ。ガンダムみたいだな)」

 

「(ふむ。やはり、ロボットは男心が擽られますね!)」

 

「(マーちゃんってそんなキャラだっけ?)」

 

「(マーリンの親っさんが壊れた.......)」

 

「(ロボットは浪漫!!マーリンに同意!!!!)」

 

ロボットの出現にレリックが壊れかけ、それを抑えている間に行軍はいつの間にか終わっていた。昼食を挟み、午後からは座学となったのだが、ここで最強特殊部隊の片鱗が垣間見えた。

 

「想定は作戦前の後方撹乱な訳だが、この様なレーダー施設をどの様に無力化する事が望ましい?前回、白銀が送電線の破壊と言っていたが、これ以外の方法でだ」

 

どうやら前にも似た様な問題が出たらしく、送電線の破壊という答えを出したらしい。正直、現場を知る人間としてはどの様に破壊するかで話は変わってくるが、目の付け所は悪くないだろう。

 

「.......教官殿、質問よろしいですか?」

 

「栗武、なんだ。言ってみろ」

 

「レーダー施設の種別をお教えください。レーダーのみか。管制室の有無。周囲の地形。警備状況、若しくは最短距離にある敵部隊の有無や戦力。敵支配域と味方支配域との距離」

 

「かなり細かく聞くんだな」

 

「当然です。教官殿もかつて戦場で戦われていたのなら、痛い程ご存知でしょう?情報はあって困る物ではありません」

 

グリムの問いに神宮司が出した想定は、次の通り。レーダーのみであり、周囲には小高い岡がある。警備は最低限であり、敵部隊の応援が到着するのは10分以内。敵支配域だが、味方支配域とは近い。こんな感じである。

 

「では、白銀訓練兵と同じ様に、破壊工作後の使用を考慮しましょうか。私なら付近に必ずある、点検用ハッチから内部に潜入。そのままハッキングして、情報を奪取しシステムにウイルスを流し込みます。こうしておけば、後から色々と利用できるでしょう?」

 

「.......栗武訓練兵、映画の見過ぎだぞ。そんなエリートエージェントみたいな兵士、いる訳が」

「ここにいるぜ?」

 

神宮司が顔を右に向けると、さっきまで机に向かっていた筈のベアキブルが真横に立っていた。しかもご丁寧に、指銃で神宮司のこめかみを撃ち抜いている。

 

「西條大吾!お前、何故そこにいる!!」

 

「だって教官殿が、そんな兵士居ねぇって言うだろうと思ったからさ。ここにいるぜ、そのエリートエージェントとやらは。しかも2人」

 

「1人だろ!」

 

「あら、私を忘れないでくれるかしら」

 

今度は反対側にカルファンが立っている。神宮司も白銀達も、全員目が点になっていた。神宮司は元は地獄と呼ばれた大陸戦線を。白銀はタイムリープしているので、この先の未来の激戦をそれぞれ潜り抜けている。その2人を持ってしても、霞桜大隊長の行動は驚愕の行動だったのだ。

 

「お、お前達、席に戻れ。というかそもそも!レーダーをハッキングってできる訳ないでしょう!!」

 

「現行レーダーは第四世代型ですからねぇ。アレ、バイパスを2、3個通せば一時的ですけど侵入に検知されないんですよ」

 

「そもそもレーダー装置が古い。こんなの無駄。破壊すべき。バル、じゃなさった。バール。破壊」

 

「そうさなぁ。手っ取り早く行くなら、基部の破壊だろうな。こういう即席軍事施設ってのは、案外構造脆いし。あーでも、警備があるんだよなぁ。とりま連絡網遮断して、皆殺しでいっか」

 

「EMPグレネード。後、変電設備の破壊」

 

「だったらよ、バールの兄貴。暗闇に紛れて、俺と姉貴でステルスキルするぜ?」

 

「では私は、岡から狙撃で援護しましょうか。そうですねぇ、1.5〜2km位でしょくからイージースナイピングですよ。そうだなぁ、どうせならAWMとかブレイザーR93を使いましょうか。バレットは大きいですが、7.62mmよりもストッピングパワーは欲しいですし。やはり長距離狙撃における.338ラプア・マグナムは使いやすいですからね」

 

もう無茶苦茶である。一応衛士とは言え、軍人である神宮司もある程度は分かる。が、グリムの発言は大半がわからないし、他の連中もある意味分かりたくない内容ばかりである。

 

「お前達、ふざけているのか?そんな事ができたら苦労する訳ないだろう!!!!」

 

「できるわよ、まりもちゃん」

 

「誰がまりもちゃんだ!!貴様ら、この後の格闘訓練覚悟してろよ.......」

 

神宮司、敗北である。生憎とコイツらは、生きてる次元が違うのだ。衛士としての土俵なら、確実に神宮司に軍配が上がる。だが、大隊長達は各々がその分野や戦闘スタイルに於いては、世界でも一、二を争う最強の戦士達なのだ。

副隊長兼本部大隊大隊長グリムはハッキングや電脳関連。第一大隊大隊長マーリンは狙撃。第二大隊大隊長レリックはメカ。第三大隊大隊長バルクは怪力と機関銃による分隊支援。第四大隊大隊長カルファンは隠密。第五大隊大隊長ベアキブルは近接格闘と、尖りまくった性能ではあるが適切な状況下であれば、たった1人で戦況をひっくり返すなんざ造作も無い化け物である。そんな存在に一衛士が勝てる訳ない。

 

「そ、其方ら仮にも教官に恐れはないのか.......」

 

「そもそも、あの受け答えは何ですか!あんな荒唐無稽な事、できる訳ないでしょう!!」

 

「榊分隊長、でしたね。我々はあんなの、いとも簡単にやってみせますよ。正直、アレよりAL攻略の時とか、房総半島防衛戦とかの方がキツかったですし」

 

「あーアレ、マジ地獄だったよな。ALの方は総長が途中まで居なかったし、本土戦の時は数多かったしな。何時間ぶっ通しだっけ?」

 

「確か12〜3時間では?」

 

「あら、15時間じゃなかったかしら?」

 

最強国家のみをご覧頂いてる読者の方々には、何を言っているのか分からないだろう。ALというのはミッドウェー攻略作戦の事であり、この時は作戦前に本拠地たる江ノ島が襲撃され、一時的に最強戦力にして最高指揮官である長嶺雷蔵が戦線離脱していたのだ。

そして本土戦というのは比較的最近起きたのだが、読んで字の如く日本本土同時襲撃防衛戦の事である。少し前、日本本土に深海棲艦が同時に来襲し、房総半島への上陸を許してしまう。幸い霞桜と江ノ島艦隊による迎撃で占領こそ免れたが、半島は壊滅状態。特に南部は逃げ遅れた一般市民が大量に犠牲になり、都市機能も崩壊。オマケに迎撃にあたった各鎮守府、基地の艦娘達、陸海空自衛隊、在日アメリカ軍でも、かなりの被害を出す大惨事となった。

 

「武さん以上の存在です」

 

「おいおい、俺を引き合いに出すなよ」

 

「いや、武も十分おかしいからね?」

 

「新人は規格外」

 

確かに彩峰の言う通り、コイツら揃いも揃って規格外である。だがコイツらというか、江ノ島の人間は総じて長嶺雷蔵とかいうヤベー奴によって、その辺りのハードルが上がりに上がりまくっており、自分達が規格外の異常者である事を理解していないのだ。

さてさて、今度は格闘訓練を行う事になったのだが、ここで神宮司、報復に出た。訓練教官として舐められない為にも、この場所で好き勝手させない為にも、ちょっとお灸を据えなくてはならない。そこで207小隊では一応先輩となる榊、御剣、鎧衣、綾峰、珠瀬、白銀対各大隊長1名ずつで戦う事になった。まず選ばれたのは、バルクである。因みに6人は、模擬戦用の武器を持っている。

 

「神宮司の嬢ちゃん。こりゃちょっと、アンフェアじゃないか?」

 

「戦場でそんな事を宣う暇はないぞ?」

 

「まあ、それもそうか。で、そのナイフ。偽物だろうけど強度は?」

 

「本物と遜色ないが?」

 

「そりゃいいや。じゃぁ、始めようぜ」

 

幾ら武装した6人が相手とはいえど、所詮は素人。この程度、お話にもならない。神宮司が笛を鳴らし、訓練が始まる。だがしかし…

 

「うおらぁ!!!!!」

 

なんとバルク、御剣の模造刀をパンチでへし折った。しかも勢いそのままに白銀を持ち上げて適当に投げ捨て、そのままタックルの要領で猪の様に他の女子5人を追いかけ回す。

 

「おらおらどうしたぁぁ!!!!!!」

 

「何なのアイツ!!!!」

 

「笑ってます!!怖いですぅぅぅ!!!!!」

 

「武は!?」

 

「あそこで伸びてる!!」

 

「流石の私でも、刀無しでは切れんぞ!!!!」

 

神宮司もまさかの展開に唖然としているが、大隊長達は完全に絵面が女を追いかけ回す変態のソレすぎて、腹抱えて笑ったりスマホで動画撮ったりして遊んでいた。

 

「そ、そこまで!!全員戻ってこい!!」

 

「えー。もう終わりかよ。もうちょい追いかけっ子したかったのによぉ」

 

「た、助かりましたぁー.......」

 

次に指名されたのはベアキブル。正直、格闘戦で言えば霞桜内でも最強の存在である。何せコイツは元極道で、接近戦に関しては右に出る者はいない。リアル桐生一馬である。あ、長嶺とか神谷は殿堂入りみたいな物なのでノーカウントだがあしからず。

 

「教官さんよぉ。悪いが本気で行かせてもらうぜ?」

 

「ほう。大した自信だな」

 

「あぁ。さぁ、相手してやるガキ共。本物のタマの取り合いってのを教えてやるよ!!!!!」

 

ベアキブルは勢いよく上着を脱ぎ捨てた。まあ元極道なので、しっかり刺青も入っている。しかもその柄というのが、背中には虎と不動明王。胸には般若。右腕に応龍、左腕に黄竜と超豪華な刺青である。

タダでさえ刺青自体イカついのに、その刺青が5種類も入っている辺り威圧感はカンストである。

 

「なんだ、来ないのか?なら、俺から行ってやるよ!!!!!!」

 

まず狙いを付けたのは、最も小柄な珠瀬。珠瀬からサバイバルナイフを奪い取り、ついでに一本取って無力化しておく。後は作業だ。元々ベアキブルは、ドスで深海棲艦とやり合う度胸と技術を持った狂人である。ちょっと武道の心があろうと、正面からそれをねじ伏せる。

 

「死に晒せぇぇぇ!!!!!!」

 

「いってぇぇぇぇ!!!!!!」

 

「腹掻っ捌いてやんよ!!!!!」

 

「は、速い!」

 

開始から僅か30秒で、全員の死亡判定を取ったベアキブル。完全なる独壇場である。続くカルファン、マーリン、グリムも流石にここまでの超圧倒的とは行かぬが、それでも1分程度で制圧してみせた。

てっきりこの行為で孤立するかと思いきや、207小隊の反応は意外にも好意的でどうにかして技術を盗もうとしてくる程であった。いい傾向である。

 

「凄いです大吾さん!!あんな動き、初めて見ました!!」

 

「そりゃ鉄火場を渡り歩いたからな。あれ位は当然だ。特にお前さんは小柄だ。コンプレックスに感じているのかもしれないが、その分俊敏性は他よりも高い。やりようによっちゃ、格闘センスが上がるかもしれんぞ」

 

「そ、そうですかぁ////?」

 

 

「バール、お前変態みたいだったぞ」

 

「ひでぇな坊主。コレでも一応、慈愛に満ちたナイスガイだぞ?」

 

「いや、どっちかっていうと悪役だろ」

 

 

「香織さんって、大吾さんと兄弟なの?」

 

「そうよ。私が姉で、あっちが弟。全然似てないけどね」

 

「でも雰囲気は似てるよ?」

 

「あらそう?嬉しいわ」

 

 

「これ、あげる。ここのおにぎりは美味しい」

 

「ん。.......うまい」

 

「良かった」

 

 

「なおとさんは、格闘の経験があるの?」

 

「基礎的なCQCはやっていましたが、基本は実戦で身につけた独学ですよ」

 

「独学であんな、1分で制圧できる物なのか?」

 

「えぇ。尤も、冥夜さんの様な剣士は相手にしたくありませんが。それに私は個人的に、剣士が苦手でして」

 

「何かあったのか?」

 

「我々6人が総隊長殿と仰ぐ、君達と同じくらいの歳の男性が居ましてね。何度も模擬戦をしましたが、一向に勝てないんですよ。何年もね」

 

グリムは御剣と榊に、長嶺の事を語った。流石に全部が全部話せる訳ではないので、適当にかいつまんで時折フェイクで繋いで矛盾がない様に。長嶺の人となりを聞いた2人の反応は、言うまでもないが軽く引いていた。

さて、場所は変わって基地内のラウンジ。ここでは神宮司とマーリンが、2人でお茶をしていた。

 

「私は教官の才能が無いのだろうか.......」

 

「いえいえ、教官殿は職務を忠実に全うしていますとも。ただ我々が、少々おかしいだけです」

 

「全く、君達は何者なんだ。こんな規格外な連中、初めて見たぞ?」

 

「あなた、いえ。衛士が対BETA戦闘でのプロフェッショナルなら、我々6人は戦争のプロフェッショナルなのですよ」

 

「戦争のプロフェッショナル?」

 

神宮司はマーリンの言うことが理解できなかった。戦争のプロフェッショナルとは、一体どういう意味なのかと。何せこの世界では、BETA襲来以来、人類同士での戦争というのが起きていない。そんな人間同士で仲間割れしてる暇はないのだ。まあ裏とか政治で起きる事はあるが、少なくとも国が全面衝突する戦争はなかった。

 

「どういう事かは、明日の訓練でお見せしましょう。確か1週間後には、白兵戦の訓練でここの警備兵との銃を用いた模擬戦闘だった筈。我々が存在意義とする物を、ぜひご覧ください」

 

マーリンはそう言い残すと、ラウンジを去っていった。翌日からの訓練でも、大隊長達はその異常性を遺憾なく発揮していった。本来50秒位掛かる銃の組み立てをレリックが15秒でやってのけたり、副司令の香月とグリムがコンピューターに関するハイレベルな談義を始めたかと思ったらスーパーコンピュターを組み出したり、マーリンが狙撃で全く同じ場所に5発全弾命中させて伝説化したり、かなり色々やった。

そして迎えた1週間後。この日の訓練内容は先述の通り、ここの警備兵との模擬戦である。だがこの模擬戦は、大群に押し潰される恐怖を体験するための物であり、負けイベントなのだ。そのため、6対600とかいう馬鹿げた数で戦う羽目になる。しかも固定機銃やら装甲車やら何でもかんでも出してくるので、どう足掻いても勝ち用がないのだ。実際、先に訓練を受けた白銀らは物の5分で殲滅されている。

 

「負けたな。完膚なきまでに」

 

「あぁ.......」

 

「あんなの勝てっこないよ!!」

 

「これは負けイベントよ。仕方ないわ」

 

「にしても、あの数は異常」

 

「うぅ.......」

 

完全にお通夜モードの6人の背後に、大隊長達が完全装備がやってきた。大隊長達からしてみれば、警備兵とて物の数ではない。寧ろ、歯応えがありそうで楽しみですらある。

 

「そう落ち込まないでください、皆さん」

 

「我々が仇を取りますよ。大丈夫、おじさん達に任せてください」

 

「そうだぜガキ共。俺達、ちょっと本気出すからよ。楽しみに待ってな」

 

「しっかり仇は取ってきてあげるからね」

 

「うっしゃぁ!!やるか!!!!」

 

「戦争。楽しみ」

 

グリムはマークスマンライフル仕様のAR10、マーリンはM24、レリックはFA-MAS、バルクはM249を3挺、カルファンはUZIを2挺、ベアキブルはガバメントと短ダス&長ドスを装備している。本来なら専用武装を使いたい所だが、この際仕方がないだろう。

白銀達は大隊長達を何も言えずに見送り、白銀達は観覧スペースへ。大隊長達は演習場へと向かう。

 

『模擬戦、始め!!!!』

 

神宮司の号令と共にブザーが鳴り、一気に警備兵達が動き出す。だがそれよりも先に、いきなりマーリンが先手を取った。開始直後から、指揮官クラスを立て続けに狙撃でキル判定を取っていったのだ。

 

「思ったとおり。彼ら、実戦には慣れていませんね」

 

実を言うと訓練前からグリムは監視カメラ映像を入手し、カルファンは詰め所へ実際に赴いて相手となる兵士達の階級や、練度を洗っていたのだ。そのデータから導き出されたのは、彼らは対人戦闘の経験が圧倒的に少ないという物であった。

というのも、基本的にこの世界の歩兵は対BETA戦の取り分け戦術機が相手する敵ではない、兵士級と闘士級であり、稀に対戦車ミサイルなんかで戦車(タンク)級と戦う。そのため、歩兵との戦闘経験が圧倒的に足りないのだ。対する霞桜は、深海棲艦を艦娘、KAN-SENと協力して狩り立てる部隊。更には戦争、戦闘のプロフェッショナルという名の狂人共が集まる最強にして最恐の最狂の軍団である。どうやらここの基地もオルタネイティブ4とかいう極秘計画の本部であるため、他の基地よりかはエリートが集まっているらしいがそれでも、大隊長達には物の数ではない。

 

『グリム、指揮官クラスは半分は潰せたでしょう。このまま援護に入ります』

 

「了解しました。そのまま援護をお願いします。皆さん、いつも通りです。マーリンが狙撃で援護、バルクが弾幕で敵を拘束、カルファンは遊撃、ベアキブルが突撃、レリックが撹乱。私はここから指揮を取ります。

バルク、あそこのコンテナまで前進。援護に入ってください。ベアキブルは左、カルファンは右から回り込んで備えてください。レリック、装甲車が来るまでに例の物を。総隊長殿はいらっしゃいませんが、この程度なら我々でもできる筈です。いつもの様に、楽しんでいきましょう!!」

 

大隊長が動き出す。マーリンとグリムが手分けして、指揮官クラスや分隊支援火器を装備する兵士を優先的に排除し、なるべく通常の歩兵のみが残る様に仕向けていく。

指揮を取る者と打撃力を司る兵士が急速に減っていけば、装甲車を出さざるを得ない。大隊長達に取って厄介な存在は、その装甲車のみ。だが逆に言えば、その装甲車さえどうにかしてしまえば後は単純作業に過ぎない。

 

「クソッ、第一、第三大隊、大隊長及び中隊、小隊長全滅!!」

 

「第二大隊も大隊長、第一第三中隊長がやられました!!」

 

「くっ.......装甲車を出せ!!」

 

第三大隊の大隊長が苦虫を噛み潰したかの様な声で、そう命じた。大隊長の命令で動き出したののは、リモート操作の12.7mm機銃を装備した82式指揮通信装甲車である。

 

「おっ、出てきた出てきた。グリム、装甲車が出てきましたよ」

 

『了解しました。レリックを動かします』

 

グリムのハンドサインで、レリックが準備しておいた秘密兵器を準備する。今回この演習場内に予めEODボットを作れるジャンクパーツを、各所の訓練用デブリの中に配置しておいたのだ。ついでに即席の電気トラップも作れる様なジャンクも、同様に配置してある。

後はジャンクパーツをレリックが現地で組み合わせて、即席のEODボットと電気トラップを作成するという手筈なのだ。これを使って装甲車を無力化する。

 

「行け」

 

操作プログラムは予め情報端末内にインストールしてあるので、それで操作ができる。電波も演習場全域に届く様に、レリックとグリムで調整してある徹底っぷりだ。

 

「取り付いた」

 

「起爆」

 

「ポチっとな」

 

装甲車にEODボットが接触すると同時に、電気トラップが起爆。一瞬だが装甲車の回路に高電圧が掛かり、全ての回線がショートする。そうすればもう、装甲車は単なる遮蔽物だ。

 

「成功」

 

「一斉攻撃開始!敵を殲滅します!!」

 

グリムの指示に、全員の攻撃パターンが切り替わった。まず真っ先に動いたのは、ベアキブルとカルファン。遮蔽物に隠れながらのステルス行動だったわけだが、この命令が出るや否や一気に飛び出して攻撃を開始する。

 

「死に晒せやゴルァァァァァァ!!!!!!!」

 

「こ、コイツ何者だ!!」

 

「うおらぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

ベアキブルは敵陣に殴り込みドスで腹を抉り上げ、ガバメントを連射し、首筋を長ドスで掻き切り、相手の持つ銃を撃ったりぶん投げたりして、相手を乱戦の渦中に巻き込み瞬殺していく。

 

「こっちにも来るぞ!!撃て!!!!」

 

「甘いわ、よ!!」

 

「と、飛んだぁ!?!?」

 

「上がガラ空きね。キスしてあげるわ♡」

 

兵士達の頭上に、9mm弾の嵐が襲いかかる。本来なら鋼糸を用いた変則的な戦闘を繰り広げるカルファンであるが、今回はデュアルUZIである。カルファン自身、霞桜内での機動性というかアクロバット能力は随一であり、グラップリングフック無しでもパルクールなどの技術を用いて、三次元的な機動ができる。それを使った戦法は、基本的に初見で見切る事はまず不可能だ。

 

「オラオラオラオラ!!弾幕は救い!!!!!!」

 

次に動いたのはバルク。これまでは足止め及び殺せそうな奴を刈り取る射撃だったが、今はとにかく乱射しまくる戦闘狂モードになった。だがそんな撃ち方では、すぐに弾が尽きてしまう。

 

「弾切れだ!!撃ち返せ!!」

 

「よっしゃ!!!!」

 

兵士達が今まで動けなかった鬱憤を晴らすべく撃ち返そうと身を乗り出した瞬間、バルクは今まで握っていたM249をハンマー投げの要領でぶん投げて兵士の1人の脳天に直撃させた。当たった兵士は脳震盪でぶっ倒れる。

 

「弾幕のレクイエムは、まだまだ序章だ。第二楽章、真なる弾幕の救い。開演だ!!」

 

バルクは背中に背負っていた2つのM249を取り出し、デュアル軽機関銃とかいうフィクションでも早々お目にかかれない装備で暴れ出す。一応模擬弾とはいえ、銃の重さや反動は実銃と遜色ない。しかも本来軽機関銃は、バイポッドを立てて撃つ物だ。それを2挺同時とか、人間業ではない。

 

「カモカモカモン!!!!!」

 

圧倒的な弾幕に、兵士達は1人、また1人と倒れていく。マーリン、グリムも援護を続け敵陣に深く食い込んでいる仲間を背後から守っている。

そんな中レリックはこっそりと前進し、敵のM2重機関銃を奪取。トリガー部分に改造を施して、通常タイプのトリガーに直結させる。

 

「バルク。これ使え」

 

「M2!!しかもトリガーを変えてあるな?感謝するぜ!!!!!」

 

丁度弾切れになったM249を捨て、改造したM2を装備する。あくまで改造したのはトリガーだけであり、その目的は手持ちで撃ちやすくする為で反動とかは全く軽減されない。にも関わらずバルクは、普通に振り回して見せる。

兵士達は初めて感じる圧倒的なまでの練度差に、ただただ恐怖し満足な抵抗もできずに倒されて、遂には1人残らず全滅してしまった。

 

「そ、それまで!勝者、207小隊B分隊!!」

 

神宮司も信じられない様子で、そう審判を出した。あれだけの戦力差を。100倍もの戦力差を、たった7人でひっくり返し、あまつさえ殲滅してみせるなど、人間の成せる技ではない。この日、基地中の話題がこの事で持ちきりになったのは言うまでもない。

さてさて時は早い物で、数日後にはシュミレーターでの訓練が始まった。最初は大隊長達も戸惑いはしたが、操作系統はちがうが感覚が海戦型特殊装甲服シービクターに近いのもあって、意外とすぐに感覚を掴めていた。そしてそして、とんとん拍子で訓練が進んだ結果、早くも実機訓練へと移行する事になった。だが、その訓練を前日に控えた夜、横浜基地を地震が襲った。単なる地震ではない。震度3位だが、10分以上も揺れているのだ。

 

「これ、なんか経験ありますね」

 

「あ!アレだグリム!!ほら、異世界の日本に転移したヤツ!!」

 

「あぁ!!」

 

「グリム!と、それにバルクも!!私達の専用装備が、なんか各々の自室にありましたよ!!」

 

マーリンの報告に2人が部屋に急いで戻ると、そこには自分の専用装備と強化外骨格を始めとした装備一式が揃っていた。恐らく横浜基地は何処かしらに転移し、その影響で装備も転移してきたのだろう。そう考えたグリムはすぐに、江ノ島鎮守府に連絡を取る。

 

『グリムさんですか!?』

 

「大和さん!良かった。皆さん無事ですか?総隊長殿はいらっしゃいますか?」

 

『みんな無事ですが、提督は鎮守府を留守にしています。しかし先程、連絡が取れました。こっちに向かっているそうです』

 

「わかりました。では、我々も回収を…」

 

グリムが回収を頼もうとした時、基地のサイレンが鳴り「所属不明武装勢力が侵入した。総員戦闘配置」とのアナウンスが流れる。流石にただ回収してもらうだけでは済まなくなりそうになった以上、何かしらの保険はかけなくてはならない。

 

「やはり回収と、霞桜の派遣もお願いします」

 

『わかりました』

 

BETAならコード991が発令されるが『所属不明』と来た以上、BETA以外の存在であると見てまず間違いないだろう。となれば、こちらもそれ相応のもてなしが出来る。それに既に江ノ島と通信できた以上、もう訓練兵を演じる必要はない。海上機動歩兵軍団『霞桜』大隊長として、対処すればいい。

 

「皆さん完全武装!念の為、対深海徹甲弾も装備してください!!」

 

素早く強化外骨格を身に纏い、武器を装備して廊下に飛び出す。やはり訓練兵で色々力に制約があるよりも、こっちの大隊長として自由に動いた方が楽だし楽しい。

一方の白銀達は、戦術機格納庫で所属不明の武装勢力という名の深海棲艦に襲われていた。

 

「こ、コイツらBETAじゃないぞ!?」

 

「一体なんなのよコイツら!!」

 

「冥夜様をお守りしろ!!」

 

偶々基地に来ていた月詠中尉ら、帝国斯衛軍第19独立警備小隊の面々が御剣を守ろうと剣を抜く。

 

「冥夜様に近づくな化け物!!!!」

 

「人間ガ、アタシニ叶ウトデモ?」

 

「.......やってみなければ、分からぬだろう?

 

「馬鹿ハ早死ニスル。死ネ、人間」

 

「死ぬのはテメェだ」

 

月詠らを殺そうとしていたタ級の背後から、ベアキブルがドスを深々と突き刺した。一度抉り込む様に刺したのち、もう一度、別角度が抉り込む様に刺して完全に絶命させる。

 

「大吾!?」

 

「よう嬢ちゃん。っと、そっちの侍さん方は初めましてだな」

 

「何者だ貴様は.......」

 

月詠とその部下達は刀を切先を、ベアキブルに向ける。恐らくちょっとでも動けば、ザクっと斬られる事だろう。だが斬られるよりも先に、御剣が止めに入る。

 

「こやつは、私と同じ207小隊の訓練兵、西條大吾だ。敵ではない!剣を納めぬか」

 

「あ、冥夜嬢ちゃん。それ、違う」

 

「だ、大吾は訓練兵だろう!?」

 

「あー、それね。本当は違うんだ。俺は海上機動歩兵軍団『霞桜』第五大隊大隊長ベアキブル。この深海棲艦をぶっ殺す為の、特殊部隊の隊員だ!!」

 

次の瞬間、格納庫の扉が轟音と共に吹き飛ばされた。中に大量の深海棲艦が入ってくる。しかも基本的に、全部戦艦とか重巡である。

 

「バルクの兄貴!!出番ですよー!!!!!」

 

「おうよ!!!!」

 

バルクの声が聞こえると思ったら、天井からバルクが降って来る。物凄い轟音が格納庫内に響き、キャットウォークの上もグラグラ揺れる。

 

「そぉら深海共!!歓迎してやる。派手に踊れ!!!!!!」

 

ハウンドを装備したバルクが、弾幕を展開して深海棲艦の軍勢に向かって撃ちまくる。深海棲艦達の動きが止まれば、ベアキブルが敵陣深く切り込み格闘戦で殲滅していく。

 

「御剣!無事か!?」

 

「教官!」

 

「あの者達は一体.......」

 

「剛田と西條です」

 

「なんだと!?」

 

神宮司もまさか戦っているのが、自分の受け持つ訓練兵とは思っていなかったらしい。そんな中にグリムが強化外骨格装備でやってきたのだから、余計にややこしくなる。

 

「教官殿。よかった、ご無事ですね?」

 

「栗武訓練兵!貴様、この事態はなんだ!!」

 

「さぁ。私にも分かりかねます。しかし、敵が来て、我々は我々の為すべきを為している。それだけですよ。あ、そうそう。それから私は栗武ではありません。海上機動歩兵軍団『霞桜』副隊長兼、本部大隊大隊長グリムです。ここは危険です、付いてきてください」

 

まだ何が何やら分からないが、取り敢えずグリムについて行く一行達。途中で白銀や榊といった、その場にいなかった訓練兵とか香月みたいな基地要員も拾って行き、ついでに他の大隊長共合流して取り敢えず例の演習を行った演習場に出た。

 

「ここで仲間が来るまで待機します」

 

「仲間って、バールとか香織の事か?」

 

「まあ確かに彼らも仲間ですが、もっと他にもいるんですよ」

 

「敵機来襲!!!!!」

 

ベアキブルがそう叫んだ。ベアキブルの指差す方向を見れば、深海棲艦の艦載機が飛んで来ている。とは言えここは遮蔽物がなく撃たれれば最後、蜂の巣にされて見るも無惨な死体が転がる事だろう。

 

「バルク、レリック弾幕射撃!私とマーリンは狙撃で敵を減らします!!カルファンは糸で防御網を作ってください!!攻撃開始!!!!!!」

 

グリムの命令で、即座に動き出す大隊長達。グリムとレリックは人間CIWSとなり、グリムとマーリンが狙撃で正確に艦載機達を撃ち抜いて行く。数十機はいた航空機は1機、また1機と落ちて行くが、その後方から更に数百機の航空機が迫る。

 

「マージですか。グリム、後方から更に来ます。機数、凡そ300」

 

「流石に皆さん引き連れて戦っては、確実に守り切れませんね。少し引きます」

 

一団を少し遠ざけようとしたその時、上空から無数の弾丸が敵編隊に降り注いだ。そして演習場を強力なライトで照らされる。

 

「間に合いましたか」

 

「ば、バール!これが仲間なのか!?」

 

「そうだぜ坊主。コイツらが俺達、霞桜の隊員達だ!!!!」

 

演習場内に飛来したのは、数百機の戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』だった。中には霞桜の隊員達と艦娘達まで乗って来ており、降下後は即座に陣形を組んで基地要員達を守る様に布陣する。

 

「あー、栗武訓練兵。君達は、一体何者なんだね?我々の敵か?味方なのか?」

 

「ラダノビット司令。我々は敵ではありませんが、味方でもありません。我々は本来、表には出ない存在。しかしここの皆さんにはお世話になりましたので、そのお返しついでに職務も果たすだけです」

 

ラダノビットの問いにそう返した直後、基地中に不思議な女の絶叫が響き渡った。耳というより、脳に直接響き渡り頭蓋骨で反響している様な錯覚を覚える大絶叫である。

だが霞桜や江ノ島艦隊の人間は、この絶叫よりもその後に待ち受ける事態に警戒していた。

 

「コリナイ.......コタチ.......」

 

「ベーくん。アレって.......」

 

「姫級だな.......」

 

「離島。戦艦も8隻」

 

「おいおいおいおい!ありゃなんの冗談だ!!向こうにも飛行場姫とか戦艦棲姫がいるぞ!!!!」

 

「囲まれてますねこれは.......」

 

無論それで終わるはずもない。姫級の周囲には、姫を護る臣下の如く雑魚艦が大量にいる。ただ戦うだけなら問題はないが、基地要員を守りながらとなると、かなり難しい。しかも今回、長嶺が不在と来ればかなり不安だ。

いつもはどんな状況であっても、背後か戦闘に長嶺雷蔵という最強の戦力がいるからこそ、何も余計なことを考えずに戦えられた。先頭に立っているなら我武者羅に背中に付いて行き、背後にいるなら後ろを振り返ることなく前だけ見て戦える。言うなれば、最強を最強たらしめる為の支柱の様な存在なのだ。柱が折れた訳では無いので問題はないが、支柱が折れたままでは崩れやすくなる。

 

「やるしかないですね.......。総員、戦闘配置!!敵を迎撃しつつ、パッケージを逃します!!全兵器使用自由!!!!攻撃始め!!!!!!」

 

「定めが.......観える――」

 

「この力で、未来を切り開く…!」

 

「さぁ、決めますヨー!全主砲、Target!」

 

「艦隊前進、迎撃戦に移行します!サラに続いて!」

 

全員が迎撃を始める。艦娘、KAN-SENが砲撃で援護しつつ、霞桜の隊員達は前進。敵陣に突っ込んで敵を各個に迎撃して行く。しかもここで、予想にもしない増援がやって来た。

 

「おいおい、皇国の地を今年は深海棲艦が汚すのかよ。まあいいか。野郎共、やるぞ!!!!!」

 

真っ黒のAVC1突空が、真っ白と真っ赤な突空を引き連れて横浜基地上空に飛来した。神谷戦闘団の来援である。

 

「向上、降下後は好きに暴れろ。こんな事もあろうかと、いつかの余ってた対深海徹甲弾を装備していてよかった」

 

「お任せください」

 

「ワルキューレは試しに魔法を行使してくれ。倒せそうになかったら、そのまま援護に回れ。さぁーて、暴れるぞ!!!!!」

 

2022年の際に霞桜と共に戦ったあの時に使い、なんだかんだで余っていた対深海徹甲弾を神谷戦闘団は装備している。これがあれば、取り敢えずの戦闘は可能だ。神谷戦闘団は周囲に部隊を戦車や自走砲を含む全戦力降下させ、攻勢を開始する。

 

「まさか人間みたいな奴に、戦車砲をお見舞いする時が来るとはな。撃て!!」

 

「てぇっ!!!!」

 

因みに46式戦車の46式350mm滑降砲クラスともなれば、深海棲艦とて雑魚艦であれば問題なく吹き飛ばせる。霞桜の面々も予想外の来援に驚きこそすれ、去年は銀河帝国軍相手に共同戦線を構築しただけあったすぐに行動を合わせられた。

 

「お、グリム副長!!」

 

「あ、貴方は神谷閣下!?どうしてここに」

 

「多分アレだろ。例の世界線が一緒にやるヤツ。またそれらしい」

 

「ではここは、皇国ですか?」

 

「あぁ。皇国の土地を穢す化け物を撃退するんだ、俺達も協力する」

 

「ありがとうございます!」

 

共同戦線の構築が行われている中、もう1機の『黒鮫』が現場に飛来した。その中から1人と2匹が、パラシュートもなく降りて来る。1人と2匹は着地ついでに、手近の深海棲艦数体を倒す。

 

「なんたってまぁ、またこんな大所帯で来るんだよ」

 

「主様、どうする?」

 

「当然皆殺しだ。お前達、暴れろ!!!!!」

 

2匹は巨大化し、数十mの八咫烏と銀白の狼となって深海棲艦達を食い散らかす。もう誰が来たかは、お分かりだろう。

 

「また会ったな、雷蔵くん」

 

「おう!元気だった神谷さん?なんて、再会を祝してる場合じゃないな」

 

「あぁ。ここに2つの日本を護る存在が集ったんだ。やる事は1つだろう?」

 

2人の英雄は固く握手を交わすと、其々の部下達の方へと向き直り武器を抜きながら指示を出す。

 

「新・大日本帝国海軍、海上機動歩兵軍団『霞桜』及び、江ノ島鎮守府全艦隊!!」

 

「大日本皇国統合軍、神谷戦闘団全兵士!!」

 

「「攻撃開始!!!!!!!!」」

 

皇国最強の盾にして世界最強の最精鋭部隊たる『神谷戦闘団』と、世界最狂の影の最強特殊部隊たる『霞桜』及び人類最後の希望にして最高練度を誇る『江ノ島艦隊』がここに揃い、タッグを組んだ。神谷と長嶺の命令に、各員が雄叫びを上げて果敢に攻め込む。もうこの勢いは止まらない。

 

「テメェら!!親父に続け!!!!!!」

 

「野郎共!!第五を援護するぞ!!Barrage junkie(弾幕ジャンキーこそ)!?!?」

 

「「「「「「is the messenger of peace(平和の使者なり)!!!!!!」」」」」」

 

「第一大隊、空中援護!空から支援しますよ!!」

 

霞桜は第五大隊が中央突破を行い、その背後から第三大隊が援護しつつ、第一大隊が後方から戦場全体を見渡して支援射撃を開始する。いつものお決まりパターンだ。

 

「ワルキューレ!!俺に付いてこい!!!!向上!赤衣で援護しろ!!他はいつもの様に戦線を構築!!!!各個に鎮圧しつつ前進しろ!!!!!」

 

「浩三様!後ろは任せて!!」

 

「ポイズンヒュドラ!!」

 

「爆裂矢、行くよ!!」

 

「剣山で退路を塞ぐわよ!ハァッ!!!!」

 

「アイスランススコール!!!!」

 

「援護開始!!撃ちまくれ!!!!」

 

神谷戦闘団もいつも通りだ。神谷とワルキューレが前に立ち、その後方から赤衣鉄砲隊が援護を行う。その間に白亜衆と一般隊員は装甲歩兵で戦線を構築し、弾幕を張って敵を近づけさせない。さらにその前衛に戦車が展開し、最前線で敵を踏み潰す。

 

『戦隊各員、前進!敵を殲滅しつつ、戦況に応じて歩兵の援護を!!!!』

 

「スピアヘッド戦隊、各個撃破開始。ラフィングフォックス、上から回り込め。スノウウィッチは敵後方に展開中の、確か戦艦?それを叩いてくれ。ヴァアヴォルフは側面から回り込め。ガンスリンガー、援護射撃」

 

『シン、俺たちはどうする?』

 

『ブラックドックはヴァアヴォルフに付いていけ。兄さん、手伝ってくれるか?』

 

『いいよ。中央突破でしょ?俺が背中を守る。前だけ向いて気にせず突っ込め!』

 

エイティシックスも遊撃を開始。それに合わせてカルファンの第四大隊、レリックの第二大隊も動き出す。

 

「リ級ちゃん!お遊戯の時間よ!!」

 

「ヲ級。殺す!」

 

カルファンはリ級の体内にワイヤーを差し込んでいき、そのまま体内を這わせて即席の操り人形を作成。それを巧みに操り、半ば同士討ちをさせる。そしてレリックはマニュピレータに装備した重火器やチェーンソーで、ヲ級等の比較的装甲が薄い敵を狩る。特にチェーンソーは肉を掻き出しながら切るので、悲鳴と血飛沫が派手に上がり、軽くトラウマ物だ。

 

「本部大隊!パッケージを護ります!!近づいてくる機体は容赦なく落としてください!!!!」

 

本部大隊はパッケージこと、横浜基地の人員を守る様に展開する。陸は接近することはないが、空からは普通にやってくる。そこで本部大隊の出番だ。弾幕を張って、最終防衛ラインとなる。

雑魚敵を霞桜と神谷戦闘団が殲滅している中、戦艦やélite、flag shipと行った精鋭は、彼女達が相手する。

 

「ソロモンの悪夢、見せてあげる!」

 

「私が敵を侮ると思ったら大間違いよ!」

 

「主砲、撃てぇーいっ♪」

 

「阿賀野の本領、発揮するからね!」

 

「噛み砕け!あはははは!」

 

新・大日本帝国海軍最強の最精鋭艦隊。江ノ島艦隊の艦娘とKAN-SEN達が、精鋭達を相手取る。本来海上での戦闘が主な任務であるが、霞桜がいる特性上、艤装を用いた陸戦もできる様に訓練はしてある。その結果、駆逐艦、軽巡の様な魚雷を装備する連中は、こんなヤベェ技を会得してしまった。

 

「海の藻屑、いえ!陸の塵と!!」

 

「なりなよ〜」

 

大井と北上。クレイジーサイコレズビアンだの何だの、毎回ネタにされてる大井&北上のコンビ。だがこの2人、知っての通り重雷装巡洋艦という魚雷満載艦である。魚雷は水中航走式の爆弾であり、陸では使えない。なので彼女達は撃った瞬間に、蹴り飛ばして一種の砲弾として使い出す技を作ったのだ。

しかも技はそれだけではない。単純にぶん殴る鈍器にしたり、手榴弾みたいに投げつけたり、転がして足元に行ったところを狙撃したりもする。だが一番ヤバいのは、鉄血の許不和超巡ローンだ。

 

「HA☆NA☆SE!」

 

「ふふ、私のことを見て逃げようとするなんて、まさか逃げられるとでも思っているんですかぁ〜?」

 

「ヤメロー!シニタクナーイ!」

 

ローンさん、とっ捕まえたリ級flagshipを片手で保持しつつ、魚雷を1本抜いて弾頭ではなく、後ろのスクリューの方を顔に向ける。そして魚雷を起動して…

 

「ギャァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

「ふふふ。あら、もう終わっちゃいましたか?」

 

「ろ、ローンさん怖い!」

「か、返り血浴びて笑ってるとかホラーです!」

「ヤバいヤツ!アレはヤバいヤツにゃしぃ!!!」

「ろ、ろろローンさん!?」

「ヒエェェェ.......」

 

「ジャベリンちゃん綾波ちゃん睦月ちゃん吹雪ちゃん!アレは見たらダメよ!!!!比叡お姉様も見ないでください!!!!ビスマルクさん!!あれどうにかしてください!味方にダメージ与えてますよ!!!!」

 

「すまない霧島。私でもアレは止められない.......」

 

ローンの必殺、彼女曰く『魚雷スムージー攻撃』は味方の精神をも攻撃する。まああの狂気は基本味方には向かない筈なので問題はないが、それでも駆逐艦にはかなりショッキングである。だがそれでもドン引くだけで済んでるのは、長嶺がそれ以上に色々ヤバいあれやこれやをしてるからなので、割と駆逐艦達も壊れているのかもしれない。

因みにあの技を知った長嶺は、ローンを止めるでもなく「指巻き込んだりすんなよ?後、相手苦しめたいなら逆に足とか腕とか、男ならチンコ、女ならおっぱい辺りをやると良い拷問になる。あ、俺も今度やろう。それ、俺も借りて良い?」とか言ってたらしい。

 

「ローンったら、全くブレないわね」

 

「いや、アレはブレてほしいわ。流石にあれ、アタシでも軽く恐怖よ?」

 

「姉さん、グロいのとかホラー苦手だものね。この間も1人で見て」

「オイゲーン!!!!」

 

「あら、言ったらダメかしら?」

 

尚、ある程度の大人組や鉄血組に関しては、あまりにも平常運転すぎて少し引くが、それでも基本はどこ吹く風で流している。

さて、精鋭といえど基本は数だけの雑魚。その雑魚を撃退している間に、2人の英雄は本丸を目指す。

 

「ナンドデモ…ミナゾコニ…シズンデ…イキナサイ……」

 

「悪いが、そうも行かない。だが、一撃で終わらせてやるよ。超位魔法!!!!!」

 

神谷が両手を上げた瞬間、神谷を起点に無数の青白い魔法陣が形成され、それは数十mもの高さの巨大魔法陣となる。

 

天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)!!!!!!!!」

 

天上の剣(ソード・オブ・ダモクレス)は、超巨大な聖剣の様な物体を召喚する魔法である。剣といっても手に持てるサイズではなく、数百mの大剣で言うなれば東京タワーサイズの剣が空から降ってくる魔法だ。本来は建物をぶっ壊す役目で使われるが、こういう強大な目標を倒すのにも向いている。単純な質量攻撃であれば、姫級とて倒せる筈だ。その仮説は正しく、飛行場姫とお供の戦艦棲姫は一撃跡形もなく消し飛んだ。

 

「さて、プロのお手前拝見と行こうか」

 

一方の長嶺も離島棲姫と相対していた。こちらは戦艦棲姫8隻に守られていて、かなり厄介だ。

 

「ココマデ……。クルトワ…ネ…………。」

 

「来てやったぞ。歓迎しろや」

 

「フフフ。矮小ナニンゲン、何モデキナイ」

 

「そうかい?舐められんのも癪だ、本気で相手してやるよ」

 

本当なら神授才のアーマーか空中超戦艦『鴉天狗』を使いたい。だが少し時間が掛かる。そこで燃費は悪いが、普通に神授才を使う事にした。神授才の生み出す炎は、深海棲艦でも余裕で焼き尽くす。

因みに神授才とは、長嶺がその身に宿す一種の超能力の様な物である。古来より数十年或いは数百年に一度、特殊能力を持って生まれてくる。一応「神がその力をお授けになった」という話らしいので、神授才と言われている。長嶺には炎を自在に生み出し操る能力が備わっている。

 

「まずは掃除だな。焔柱!焔槌!」

 

8隻の戦艦棲姫の足元から炎の柱が勢いよく飛び出して串刺しにし、上からは焔の槌が振り下ろされて押し潰される。たった一撃で単なる炭の塊となり、しかもサイズも平たく延ばされた事で元が人の形をなしていたとは思えない。

 

「ナッ!?」

 

「お前は龍の腹の中で焼き尽くされるがいい。焔龍!!!!」

 

長嶺が右手の親指、人差し指、中指の3本で龍の口の様な形を作り、それを前に押し出す。その動きに合わせるかの様に、長嶺の後ろから巨大な炎の龍が現れて離島棲姫を飲み込んだ。離島棲姫は龍の腹の真ん中の辺りで焼かれ、塵1つ残らず消え失せた。攻撃開始の宣言から30分もしないうちに、姫級含め数百隻単位でいた深海棲艦は血祭りに挙げられたのである。

 

 




因みに次回は、おそらく三連休から来週中に投稿すると思います。


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2024お正月スペシャルphase IV

半年後 ユーコン基地 日本帝国格納庫

「おぉ、これが59式戦術歩行戦闘機、通称『浄龍』か。カッケェな」

 

神谷の目の前に佇む、2機の戦術機。浄龍の名を与えられた、皇国と霞桜の技術によって製作された初の戦術機である。この機体、皇国の技術と霞桜の技術屋ことレリック、更に地味に工学も齧ってる長嶺が参戦し、そして戦術機での戦闘が豊富な衛士達の意見を判断に取り入れつつも、既存技術で全て再現し量産性も高い化け物みたいな性能を誇るヤベェ機体である。

因みにあの転移後、ちゃっかり北海道の近くにアラスカのユーコン基地も転移しており、そこでユウヤらユーコン基地組は再会を果たした。更に都合のいい事に、このユーコン基地は他の基地とは違い、先進戦術機技術開発計画、通称『プロミネンス計画』と呼ばれる多国間で技術交流を図り、新たな戦術機を開発する為の国連軍基地であった。この計画の中で各国が独自の戦術機開発を進めており、例えばユウヤと篁の所属するアルゴス試験小隊は日本帝国の不知火という戦術機のアップグレードを行う『XFJ計画』というのを進めている。

とはいえ実情はかなりややこしく、東西冷戦はあくまで停戦であって未だにいざこざは残っているわ、海外への技術流入の危険やら、BETA大戦後の資源争奪戦の為の政治介入は起きるわ、ついでに企業の利権絡みで駆け引きは行われるわで、元々のお題目からはかなり逸れている。だが土壌にそういうお題目があれば、後は川山と一色が上手い事やってくれる訳で、実際転移から1週間で各国の協同歩調を取る事に成功している。その成果がこの浄龍だ。

 

「気に入ってくれたかい神谷の旦那?俺達メカニックも、この機体には惚れ惚れする」

 

「おぉ!ヴィセント!!それにオットーの親父さん!!」

 

「よおサムライ坊主」

 

やって来たのは今回の浄龍開発計画『龍が如くプロジェクト』に於いて中心的役割を果たした、不知火・弍型の主任整備士たるヴィンセント・ローウェルと、第666中隊の整備班長オットー・シュトラウスだった。

 

「ありがとう。こんな素晴らしい機体を作ってくれて」

 

「俺達技術屋、言うなればメカニックが、0から戦術機を作り上げるのは1つの夢であり、浪漫だ」

 

「その夢が、しかも最強の形で組み上がるのは嬉しい限りだよ。しかもインペリアルロイヤルガードのtype00に我がアメリカのラプターにもシュミレーター上とは言え勝ったとくれば、もう言うことないね!!」

 

この浄龍は単なる戦術機ではない。その性能は帝国斯衛軍向けに配備されている超高性能戦術機の武御雷、対戦術機を想定したアメリカ最強のF22ラプター。この2機を凌ぐ結果を叩き出している。

 

「浄龍、いい機体だぜ.......。なあ雷蔵!浄龍って言うのに、何か意味があるのか?」

 

下で2人の整備士と話していた神谷の上で、長嶺とユウヤはキャットウォークから浄龍を眺めていた。

 

「あー。あれば、よかったんだけどね.......」

 

「無いのか?」

 

「詳しくはイーフェイに聞けば.......あー、いや。それだと分からんか」

 

「浄龍というのは、確か特に意味はなかった筈だ」

 

「それに私も浄龍なんて、よく知らないわよ?」

 

「唯衣!それにイーフェイも」

 

キャットウォークの奥から篁と、統一中華戦線の衛士、崔 亦菲(ツィ イーフェイ)がやって来た。尚、2人ともユウヤを狙う恋敵だったりする。

 

「それで、どう言うことかしら元帥殿?」

 

「麟・鳳・亀・龍」

 

「麒麟、鳳凰、霊亀、応龍。四霊ね」

 

「そう。その内の応龍が進化というか、姿を隠した結果が浄龍だ」

 

だがイーフェイは、首を傾げる。読者諸氏は案外これでピンと来たかもしれないが、四霊などの伝説通りに行くのなら応龍が転じるのは黄龍とされる。物によっては四霊の長が応龍、神の精が黄龍ともされるが、いずれにしろ浄龍というのは出てこない。

 

「.......唯衣、どういうことだ?」

 

「すまんが、私もよくわからない。麒麟や鳳凰は分かるが、中国の神話は流石に専門外だ」

 

「一応伝説の一説では、応龍が老いて黄龍となったとされる。だがな、今回はゲームを持って来たんだ」

 

「げ、ゲーム?」

 

まさかの斜め上発言にイーフェイは、素っ頓狂な声を上げる。長嶺はスマホを懐から取り出し、Googleを開いて検索をかける。

 

「ユウヤー。プロジェクト・龍が如く、英語名は?」

 

「確か『project Yakuza: Like a Dragon』だったか?」

 

「ヤクザ!?」

 

「なんだ唯衣、知らなかったのか?」

 

篁もまさかの単語に驚きである。もうここまで来たら、浄龍の元ネタは分かっていただけただろう。

 

「因みにヤクザってのは、日本のギャングとかマフィアな」

 

「そんな意味だったのか!?」

 

「はいこれ」

 

3人の前に差し出したスマホの画面には、大人気アクションゲーム『龍が如く』のパッケージが映っていた。

 

「この真ん中の男、主人公で桐生一馬って言うんだが、コイツには刺青が入ってる。その刺青が応龍であり、浄龍ってのは桐生一馬が表向き死んだ後に使われたコードネームだ。黄龍は既にライバルが入れている。

でまあ神谷さんが言うには、皇国には元からメタルギアっていう二足歩行兵器があって龍の名が多いく、この戦術機にも龍を入れるつもりで、どうせ最強の機体には最強の名を冠したい。そこで応龍を使おうとしたが、既に皇国に応龍の名を冠する兵器があるらしくてダブる。で、どうせなら浄龍っていう最強から取ろうぜってなったんだと」

 

「なんか、あんまり凄くない理由だな.......」

 

「そうねぇ。ダーリンの言う通り、そこまで深い意味は無かったわね」

 

「まあ、名前こそふざけ切ってるかもしれないが、その性能はかなりの物だぞ。それこそ既存の戦術機を超えるレベルだ」

 

この浄龍は戦術機開発時には無かった発想を取り入れたことで、オールラウンダーに活動できる機体に仕上がっている。ここでまた最強機体たる、武御雷とラプターに登場してもらおう。まず武御雷。御武雷は全身にスーパーカーボン製ブレードエッジ装甲という特殊な装甲を装備しており、物凄く平たく言うと全身が刀なのだ。更に主機の出力やらセンサー系やら関節強度等が著しく向上しており、接近戦最強の機体に仕上がっている。

一方のラプターは高いステルス性、というか戦術機の基幹技術がアメリカ製なのを利用してレーダーシステム等にバックドアから侵入して映らない様にしているチート機体であり、更には各部のパーツも一級品かつ、機体形状もステルスを意識した物になっており、高い性能を誇る機体かつレーダーに映らないステルス性が合わさって、対戦術機戦闘では最強の機体となっているのだ。

 

「確か、シュミレーター上では武御雷とラプターに勝ったんでしょ?」

 

「そうだ。まあ、実戦でぶん回してどうかは分からないがな。だがシュミレーターで倒したって事は、単純なマシンスペックで言えば最強なのは確かだ。さぁーて、明日は暴れるぞー!」

 

因みにこの2機は、それぞれ長嶺と神谷の乗機となる。お互い機体カラーは漆黒だが、長嶺は金色のラインが入り、右肩には霞桜、左肩には江ノ島鎮守府の紋章が入れられている。神谷の機体は至極色ほラインが入り、背中には金で『皇国剣聖』の文字、右肩に真っ赤な『修羅』の文字が書かれ、胸部には神谷家の家紋、左肩には白で神谷戦闘団の紋章が描かれている。何れにしろ戦場ではよく目立つカラーリングだ。

 

「なぁ、雷蔵。この後って暇か?」

 

「まあ特に予定はないな。それがどうした?」

 

「俺に剣を教えてくれないか?頼む!」

 

「なんで剣を知りたいんだ?」

 

「今後、アルゴスは不知火を完成形に近づけさせる為にも近接戦闘のデータを中心に取る予定だ。その為にも日本の剣術を身につけて置きたい。不知火含め、日本の戦術機は長刀での戦闘を重視している。だから、何が何でも長刀のスキルはいるんだ。頼む!!」

 

そう言って頭を下げるユウヤだが、正直長嶺的には教えたくないというか、そういう理由なら絶対他を当たるべきという考えだ。何せ長嶺の剣術は、剣術ではなく戦闘術とか殺人術。そんな上品な物ではない。

 

「悪いが俺の剣は、あくまで闘争の中で俺が勝手に作り上げた物だ。お前が単純に強くなりたいって理由なら教えても良いが、そういう理由なら俺の剣はやめた方が良い。俺の剣はぶっちゃけ、唯衣みたいな純粋な剣士からすれば邪道も邪道。人によっちゃ忌避するレベルだ。悪い事は言わん、やめておけ」

 

「だ、だったらせめて心構えでも教えてくれ!剣術の精神とか考えとか、そういうので良い!頼む!!」

 

「いや、それこそ参考にならんぞ。俺が剣を振るってるというか、戦場で考えているのは仲間の位置、敵の位置、攻撃手段、戦況、地形、風向き、その他五感から得られる全て、第六感などの勘とかそういうのに至るまで、そういう事しか考えてない。なんかフィクションにありがちな、心頭滅却とかその手のことは一切考えてないぞ。

.......って言っても、理解してないって顔だなぁ。なんか手っ取り早く、俺の戦場で考えてることが分かる方法は.....................あ、そうだ」

 

「なにかあるのか!!」

 

「まあ心構えとか技とまではいかないが、戦場で戦う戦士や兵士として、最上位の部類入る者が出来る技を1つ見せよう。という訳で3人とも、俺の身体、どこでも良いから攻撃してみろ。チョップでもパンチでもキックでも、なんでも良いぞ」

 

長嶺は手を大きく広げて、堂々と3人の前に立ってみた。一応腰に阿修羅HGとかを装備してはいるが、基本的に丸腰だ。しかも手は大きく広げているから、防いだりとかもできない。3人は言われるがまま攻撃しようとするが、出来なかった。身体が全く動かないのだ。それどころか妙に悪寒と、震えが出始めるし、心臓の鼓動も早まる。

 

「まさかこれは、殺気なのか.......?」

 

「そうだ。殺気だ」

 

長嶺がそう言った瞬間、身体は自由に動いた。だがそれでも、まだ少し震えは残っている。篁は少し分かったっぽいが、ユウヤもイーフェイも何が起きたかは分からなかった。

 

「俺の殺気は特別性でね、弱い奴や耐性の無い奴に浴びせると、動きを止められる。さらに強めれば、心臓に負荷が掛かって相手を殺すことだって出来る。まあ、流石にそれはキツいから実戦じゃ殆ど使った事がないがな。

だが動きを止めるというのは、接近戦においては物凄いアドバンテージになる。もし今のが実戦なら、お前達は死んでただろう。どうだユウヤ、人間同士の戦争で培った一種の必殺技は?」

 

「心地いい物じゃないな.......。雷蔵はいつもこんな感じなのか?」

 

「.......あぁ。俺はもう見なくていいもん大量に見ちまって、とっくの昔に壊れてんだよ。お陰でこの感覚がスタンダードになっちまってる」

 

長嶺はこれまで10年以上、戦場に身を置いていた。それも普通の戦場ではなく、その裏に居たのだ。既に億単位の人間を殺した、恐らくギネス級の殺戮者。それ故に幾度となくこの世の地獄を見て来た。兵士(ソルジャー)級で遊ぶような真似が出来たり、戦場のど真ん中で狂ったように笑いながら戦闘できるのもそれが理由である。

 

「上がうるさいと思ったら、居たのかお前達」

 

いつの間にか上がって来ていた神谷に、4人は適当に挨拶を交わす。少し雑談をしていると、神谷が何かを思い出した様に長嶺にある提案をして来た。

 

「俺と模擬戦やらね?」

 

「はぁ?」

 

「いやさぁ。対等に渡り合えるマトモな相手がいないし、1人の戦士として俺が知る中でも最も強いお前と勝負がしたいんだよ」

 

丁度さっき、ユウヤに「剣術を教えろ」と言われてた訳だし、実際に戦ってるところを見せるのもいい訓練になるかもしれない。それに長嶺としても、本気でぶつかり合えるのは神谷位なものだ。敵方のトバルカインもいるが、あれは変則的すぎて戦い辛い。同じ様な戦闘スタイルを持つ神谷との戦闘は、こちらとしても利がある。

 

「いいだろう。レギュレーションは?」

 

「なんでもありだ。剣、銃、爆薬、魔法、何でもござれ。だが直接攻撃ありの魔法とか艦娘の力は、流石に勝敗以前に色々ヤバいから無し。強化とかで使うのはアリだ。これでどうだ?」

 

「勝利条件はキル判定か、降伏のいずれかって所か。良いだろう、乗った」

 

という訳で最強と最狂の決闘が行われる運びとなった。最初は千葉特別演習場でやるつもりだったが、考えてみればユーコン基地には戦術機の評価試験に使う演習場が大量にある。どれもこれも戦術機を基準にしているので、敷地面積は十二分すぎる位には広大だ。その中で2人が選んだのは、廃墟と化した都市の物である。ここであればお互いジェットパックとグラップリングフックを用いた三次元の戦闘ができる訳で、お誂え向きという訳なのだ。

さてさてこの演習、なんかいつの間にか関係各所に広まっており霞桜と神谷戦闘団の隊員達は勿論、転移して来た基地の幕僚、衛士などなど、とにかく大量の関係者が見学に詰めかけており、ドローンと目線カメラで戦闘模様を中継することになった。更に戦闘を盛り上げるために、各所に武器、弾薬を配置しており、それを用いての戦闘も行う。最初のスタート時はお互い愛刀と拳銃と選んだ好きな銃1挺からのスタートだ。

 

「あー。乗っちまったが、あんまりこういうガチモードの試合って、俺の趣味じゃねーんだけどなぁ」

 

演習開始を待つ中、長嶺はボソリと呟いた。長嶺は死合は好きだが、こういう試合はイマイチ燃えない。基本的に憂さ晴らしが目的になる。とは言え、今回の敵は神谷浩三という自分と同格の戦士。いつもの一方的な作業ではないはずだが、それでもやはり今はまだ気乗りはしない。

 

「長嶺雷蔵。これまで味方として戦ったが、敵となったらどんなものかね?」

 

一方の神谷は、この試合が楽しみで仕方がなかった。神谷の認識では長嶺は同格ではなく、単純な戦闘センスやバトルIQならば向こうが遥かに上だとなっている。恐らく接近戦ではこちらに分があるが、少なくとも銃撃戦では逆立ちしたって勝てない。だがそれ以上に、興味があるのだ。1人の戦士や剣士として、その頂を見てみたいと考える。その為にも楽しみで仕方がないのだ。

やがて演習場全体に、ブザーの音が鳴り響く。演習開始の合図だ。音が聞こえた瞬間、お互いすぐに動いた。

 

「なぁステラ。どっちが勝つかな?」

 

「ユウヤと篁中尉の話じゃ、例の長嶺って人、かなり強いらしいじゃない。BETAの軍団に生身で突っ込んで、生還どころか壊滅させたんでしょ?」

 

「マジで化け物だよなぁ。でもよでもよ、シュヴァルツェスマーケン の連中が言うには、神谷ってのも相当強いらしいじゃねぇか。賭けの方も白熱してるぜ?」

 

アルゴス試験小隊の面々が語っている様に、今回はお互いが最強すぎて賭けの方もかなり大荒れとなっている。因みに胴元は霞桜よりベアキブル、国連からは広報部隊の指揮官をやってるオルソン大尉、それから整備士の代表と化しているヴィンセント、江ノ島艦隊からはKAN-SENの明石が担当している。

観覧室ではあちこちで予想がなされていたが、演習場では早速動きがあった。開始から凡そ10分後の事である。

 

「ッ!?」

 

神谷は何か嫌な予感がし、咄嗟にバックステップで建物の影に飛び退いた。その瞬間、神谷の元いた地面のコンクリートに大きな穴が開く。その形状からして、確実に弾痕だ。それも単なる弾丸ではなく、大口径の代物ライフルサイズの物である。

 

(このサイズ12、いや、20mmクラスだ。だとしても、音が聞こえなかった。サプレッサーをしたのか?サプレッサーはその構造上、射程が短くなり狙撃には向かない。となるとまさか、想像もつかない距離から撃ってきたのか?)

 

神谷の予測は正しかった。長嶺はビルの屋上から撃ったのだが、その距離は10kmも離れている。一般的に狙撃の最長距離は3500〜4000mであるが、この域に到達する狙撃手はまずいない。だが長嶺は位置関係等も考慮する必要があるとは言え、弾さえ届けば10kmまでは狙える。

流石に10kmも先からでは、流石の神谷でも避け切る事はできない。だが早速神谷は行動に出た。取り敢えず即席の物でデコイを作り、粗方の距離を掴もうと考えたのだ。

 

「.......囮だな。撃ったらバレる」

 

たが長嶺も冷静だった。囮だと即座に見抜き、敢えて撃たない。どんな人間でも予測が外れれば多かれ少なかれ動揺するし、それが積み重なればどんなに冷静でもいつかはボロを出す。それを待てばいい。

 

「撃ってはくれないか。ならばまずは、偵察だな」

 

神谷は囮をそのまま放置し、建物中から周囲にある建物を軽く偵察する。音がなかった事から、かなり距離は離れているだろう。だがそれでも、ある程度の高さがなければ当たらない。弾丸とて重力の影響を受ける為、段々と下がっていき最終的には地面に突き刺さる。と

なると迫撃砲の様に弧を描く様に撃てばいいが、これでは狙撃は不可能だ。それに出来上がった弾痕も、真上から降ってる来るのではなく斜め方向に突き刺さっていた。つまり長嶺がいる位置は、かなり高い建物の上階から撃ってきた事になる。しかも跳弾の可能性も考慮しないとなれば、自ずと場所は絞れてくる。

 

「あぁ、そこか」

 

神谷はある程度の検討をつけると、第7位階魔法である上位転移(グレーターテレポーテーション)で転移し、長嶺の潜伏するビルの真下に移動した。

 

「魔法で転移とか、かなりズルいな」

 

だが長嶺は転移した瞬間、それに勘付いた。スナイパーにとって最も回避すべきなのは、背後に立たれる事である。見つからないのが1番なのだが、これは最悪場所を変えればいい。だが背後に忍び寄られるのは、基本的に気付かない事が多い。ターゲットに集中し、視界も塞がれる以上、後ろからの奇襲は通常の歩兵以上に脆弱だ。

だが長嶺の場合、気配が読める。少しでも何か起これば、ある程度はそれを察する事もできる。後はその勘に従って、逃げるなり逆に奇襲するなりすればいい。

 

(さぁ、奇襲される覚悟はできているか?)

 

長嶺はビルから飛び降りた。そのまま神谷の上を取り、持っている桜吹雪SRの残弾を神谷にバラ撒く。

 

ズドォン!ズドォン!ズドォン!ズドォン!

 

「いきなりか!!」

 

神谷も即座に刀を抜き、弾丸を斬って回避しつつジェットパックで空を飛ぶ。空中で長嶺を迎え撃つのだ。お互い刀を抜き、空中で鍔迫り合いを行う。明らかに刀がへし折れる勢いでぶつかったが、どちらの刀も刃こぼれ一つなく鍔迫り合いで張り合えている。この時点で日本人の刀扱える組は、信じられない物を見る目で画面を見ていたらしい。

 

「見事!!」

 

「そっちもな!!だが、これは戦争だ!!!!!」

 

長嶺が一瞬のうちに、空いている手で阿修羅HG抜き神谷に向ける。神谷は即座にジェットパックを逆方向に吹かせつつ、ワイヤーを壁に撃ち込み回避する。

 

「おぉ凄い。今の避けるか」

 

「調子に乗るな!!」

 

神谷は飛びながらも43式小銃で長嶺を狙うが、長嶺も刀で迎撃しつつ三次元的に動いてそもそも照準を合わせさせない。だが逆に長嶺は神谷がどう動こうと、ほとんどの弾丸は直撃コースを捉えている。

 

浮遊盾(フローティングシールド)!!!!」

 

尤も直撃コースの弾丸も魔法で防がれてしまい、全く通用しない。更に神谷は、そのまま攻勢に出た。

 

「津波!!!!!」

 

周囲の建物に津波を起こさせて水圧で建物を破壊しつつ、こちらに倒れる様に仕向ける事で建物が長嶺を襲う。だが長嶺だってタダではやられない。

 

「焔舞!!」

 

長嶺が生み出した炎は長嶺に操られ、神谷の前に飛び出す。たまらず神谷は避けるが、避けきれずに炎にジェットパックが焼かれてしまい、オーバーヒートを起こした。長嶺も瓦礫にジェットパックを壊されて、片方が使い物にならなくなる。

共に地面に墜落するが、どうにか着地し刀を抜く。お互いが共に得意とする獲物で、勝敗を決めると阿吽の呼吸で理解したのだ。

 

「行くぞ!!!!」

 

「来い!!!!」

 

刀同士がぶつかるが、今度は鍔迫り合いではない。長嶺は得意とする連撃で神谷に手数で攻撃し、逆に神谷は長嶺に対してカウンターを合わせつつ体術も合わせた攻撃を仕掛ける。

相手が斬ればカウンターで返し、少しでもチャンスがあれば蹴りやら頭突きが飛び、果ては噛みつこうとすらする。獣同士の喧嘩に近かった。

 

「そぉら!!」

 

「おんどりぁ!!!!」

 

数分の戦闘の末、お互いの刀が空を飛んだ。長嶺は閻魔を、神谷は天夜叉神断丸を弾き飛ばされたのだ。

 

「まだまだ!!」

 

「終わってねぇぞ!!!!!」

 

互いにジャンプしてお互いの刀を奪い取り、そのまま突き刺す。神谷は逆手持ちにして上段から振り下ろし、長嶺は普通に順手で下段から突き上げる。数秒後、ブザーが鳴り響く。死亡判定はほぼ同時で、判別はつかなかった。VTR審査とか色々やったが、結局は相打ちの引き分けとなった。お陰で賭けの方もかなり面倒だったらしく、なんだかんだで全額払い戻しで終わったらしい。

このまま平和に終わるかと思っていたが、観覧室に皇国の士官が血相を変えて飛び込んできた。明らかにただ事ではない。

 

「こ、向上大佐!!向上大佐はどちらに!!!!」

 

「ここだ。何があった?」

 

「は、ハッ!先程、民間航空機がレーザーにより撃墜されました!発射地点を衛星で確認したところ、こんな物が海上に」

 

時間の差し出してきたタブレットの画面には、明らかに人に手による物ではない歪な建造物が5つあった。それを横目に見ていた香月が、ボソリと「ハイヴ..............」と呟いた。その瞬間、衛士達の顔付きが変わる。

 

「香月副司令、これが例のBETAの巣、ハイヴなのですか?」

 

「そうですわ向上大佐。それもこれは通常のハイヴではなく、真ん中にあるのはオリジナルハイヴと呼ばれる、言うなればハイヴの大元です。それに本来ハイヴは一地域に1つしか出来ないというのに、このハイヴは大型のハイヴを4つも有しています。恐らくフェイズ4〜5でしょう」

 

「総隊長殿!!急ぎお戻りを!!!!ハイヴが出現しました!!!!!!」

 

この報告を受けた神谷はすぐにユーコン基地に戻り、そのまま情報の精査、被害状況の確認等々、すぐに行動を開始した。一方の長嶺は一度、江ノ島に帰還し戦闘準備に入る。

 

『…状況は理解した。浩三、単刀直入に聞くが勝算はあるか?』

 

「全く分からん。このBETAって存在、当然だが皇国は戦ったことがない。だがいくら半世紀前の世界とはいえ、国連軍を組織して戦闘してもジワリジワリと追い詰められているのを見ると、かなり厳しいだろう。そこでだ、お前達に頼みがある」

 

『俺達の力がいるのか?』

 

「国連軍、帝国斯衛軍、東ドイツ、帝国海軍に応援を要請する。その為に慎太郎は各国との交渉、健太郎は天皇陛下から一筆貰ってきて欲しい。それも可及的速やかにだ」

 

流石に今回の戦争、最強国家とはいえ単独で戦うには余りに難しい。慎重に慎重をきして、万全の態勢で挑まなければ食われるだろう。初撃で全てを決する勢いでなければ、待つ未来は世界の崩壊だ。

 

『わかった、すぐに動こう。皇居に乗り込んでくる!』

 

『まずはドイツを動かさないとな。その後は国連、アメリカ、日本、最後に雷蔵くんだ』

 

三英傑は即座に動き出す。3人とも本物のBETAは見たことはないが、BETAが滅ぼした国や都市の写真は見たし、戦った話も衛士達から聞いている。その恐ろしさは、少しは理解しているつもりだ。既に国連軍協力の下、対BETAに関する戦術も構築してある。だがそれでも、応援が欲しいのが本音だ。

天皇陛下直筆メッセージ付き、BETA戦闘への協力要請に各国はほぼ二つ返事でOKを出してくれた。というかどうやら、要請が来る前から出撃するつもりだったらしく、準備はかなり進んでいた。お陰で出撃までの時間を大幅に短縮することができる。

 

 

 

翌々日 ユーコン基地 大会議室

『これより、BETA迎撃作戦『ワールドセイバー作戦』の最終確認を行う。今回のハイヴはオリジナル級のハイヴを中心に、四つのフェーズ4ハイヴが連結されている事が判明した。これによりBETAの数は推計数億体に登ると予測されている』

 

神谷の説明に、既に会議室内は響めき合っている。あの人類の敵が数億体というのは、どの衛士達でも経験したことのない数だ。全く予想がつかない。

 

『知っての通り、ハイヴは地下に伸びている。そこでまずは、この島の地表から上を全て吹き飛ばす!!我が軍の戦艦に搭載されている決戦兵器、収束プラズマ粒子波動砲の一斉発射を持ってすれば充分にハイヴ構造物諸共、地表を破壊できる。

更に伊邪那美弾頭搭載のSLEMを有りったけ叩き込み、地表を更地にした上でメタルギア水虎が上陸地点を確保。然る後、戦術機部隊で強襲。江ノ島艦隊も上陸する。以降はハイヴ内部に突入し、核とされる存在を破壊。不可能な場合は同海域を封鎖した上で、伊邪那美弾頭と核による飽和攻撃を持ってハイヴを地表より完全に消滅させる』

 

これが皇国の導き出した結論である。今回ハイヴが出現した地点は、公海上かつ海流や魚の動き的にも日本側に来る事がない海域。どれだけ汚染しても、影響は最小限なのだ。それ故に取れる超強硬策である。

この後も質問や説明は続いたが、数十分もすれば会議も終わり出撃態勢に移る。では最後に、今回の迎撃作戦に参加する戦略をご紹介して終わろう。

 

 

国連軍

◎横浜基地

 ◯特殊任務部隊A01『伊隅乙女戦隊(イスミ・ヴァルキリーズ)

  ・94式不知火弍型フェイズ2 12機

  ・00式武御雷R型 1機

  ・F4J撃震 1機

 ◯第一機甲戦術機大隊

  ・F4J撃震 36機

 ◯第二機甲戦術機大隊

  ・F4J撃震 36機 

 ◯第三機甲戦術機大隊

  ・F4J撃震 36機

 ◯第四機甲戦術機大隊

  ・F4J撃震 36機

 ◯第五機甲戦術機大隊

  ・F4J撃震 36機

 ◯第六機甲戦術機大隊

  ・F15J陽炎 36機

 ◯第七機甲戦術機大隊

  ・F15J陽炎 36機

 

◎ユーコン基地

 ◯アルゴス試験小隊

  ・94式不知火弍型フェイズ3 2機

  ・F15ACTV 2機

 ◯イーダル試験小隊

  ・Su37UB 1機

  ・Su37M2 3機

 ◯暴風(バオフェン)試験小隊

  ・近接戦強化試験型殲撃(ジャンジ)10型 4機

 ◯ドゥーマ試験小隊

  ・高速砲撃戦強化試験型ミラージュ2000改

 ◯アズライール試験小隊

  ・F14Ex 4機

 ◯ガルーダ実験小隊

  ・F18E 4機

 ◯グラーフ実験小隊

  ・MiG-29OVT 4機

 ◯スレイブニル実験小隊

  ・JAS39 4機

 ◯ガルム実験小隊

  ・F5E ADV 4機

 ◯ウォークライ実験小隊

  ・F18 4機

 ◯ 第37施設警備部隊アストライアス

  ・F16C 36機

 ◯第11施設警備部隊フェーニクス

  ・MiG-29 36機

 

 

日本帝国斯衛軍

 ◯第19独立警備小隊

  ・00式武御雷F型 1機

  ・00式武御雷C型 3機

 ◯白い牙中隊(ホワイトファングス)

  ・00式武御雷F型 1機

 

 

アメリカ合衆国陸軍

 ◯第65戦闘教導部隊インフィニティーズ

  ・F22A先行量産型 4機

 

 

ドイツ民主共和国国家人民地上軍

 ◯第666戦術機中隊シュヴァルツェスマーケン

  ・Su37M2 10機

 

 

大日本皇国統合軍

◎聨合艦隊

 ◯主力艦隊

  ・究極超戦艦『日ノ本』(総旗艦)

  ・熱田型超戦艦 8隻

  ・大和型戦艦 64隻

 ◯連合機動艦隊

  ・伊吹型 24隻

  ・赤城型要塞空母 16隻

  ・鳳翔型空母 80隻

  ・龍驤型軽空母 24隻

 ◯機動強襲艦隊

  ・出雲型強襲揚陸艦 16隻

  ・日向型揚陸艦 64隻

  ・摩耶型重巡 192隻

  ・阿武隈型突撃巡洋艦 160隻

  ・磯風型突撃駆逐艦 320隻

  ・LCAC 1260隻

  ・LCU 256隻

 ◯連合支援艦隊

  ・摩耶型重巡 192隻

  ・浦風型 432隻

  ・神風型 416隻

  ・潜水艦 282

 ◯航空隊

  ・艦上戦闘機 20,856機

  ・早期警戒機 514機

  ・輸送機 278機

  ・輸送ヘリコプター 160機

  ・哨戒ヘリコプター 2,569機

  ・ティルトローター攻撃機 1,648機

  ・攻撃ヘリコプター 146機

  ・無人機 800機

 

◎空軍

 ◯富嶽爆撃隊

  ・超重爆撃機富嶽II 750機

 ◯第五◯一〜第五一一航空隊

  ・A10彗星II 200機

 ◯第一〜第八機甲戦術機連隊

  ・59式浄龍 816機

 ◯超長距離戦略打撃群

  ・第366飛行隊『ガルム』

  ・第408飛行隊『ガルーダ』

  ・第18戦闘飛行隊『スカーフェイス』

  ・第206戦術戦闘飛行隊『ラーズグリーズ』

  ・第118戦術飛行隊『メビウス中隊』

  ・第156戦術飛行隊『アクィラ黄色中隊』

  ・第123戦術飛行隊第1小隊『ストライダー』

  ・第123戦術飛行隊第2小隊『サイクロプス』

 

◎神谷戦闘団

 ◯基幹部隊

  ・三個歩兵師団『ファランクス』

  ・二個重装歩兵師団『オーレンファング』

  ・二個戦車師団『アサルトタイガー』

  ・二個砲兵連隊『グラディエイターヴィーナ

   ス』

  ・三個対戦車ヘリコプター隊『ブラックス

   ター』

  ・特別輸送航空隊『トランサー』

  ・第86独立機動打撃群(エイティシックス)

 ◯白亜衆 

  ・試製56式浄龍タイプ・ザ・オーバーロード

  ・歩兵連隊『ラグナロク』

  ・重装歩兵連隊『アルマゲドン』

  ・機甲戦術機大隊『インペリアルドラゴンズ』

  ・特殊戦闘隊『白亜の戦乙女(ワルキューレ)

  ・赤衣鉄砲隊

 ◯陸軍

  ・第一〜第六十師団

  ・飛行強襲群

  ・特殊作戦群

 ◯海軍陸戦隊

  ・第一〜第七海兵師団

  ・先遣陸戦隊

 

◎特殊戦術打撃隊

 ◯空中艦隊

  ・空中空母『白鯨』 10隻

  ・支援プラットフォーム『黒鯨』 20隻

  ・空中母機『白鳳』 10機

  ・機動空中要塞『鳳凰』 30機

 ◯ADF

  ・ADF1妖精 600機

  ・ADF2大鷹 3000機

  ・ADF3渡鴉 3000機

 ◯メタルギア

  ・メタルギア水虎 800機

  ・メタルギア応龍 5000機

  ・メタルギア零 800機

  ・メタルギア龍王 800機

  ・メタルギア狼 2000機

 

 

新・大日本帝国海軍江ノ島鎮守府

◎江ノ島艦隊(艦娘)

 ◯戦艦、航空戦艦

  ・大和改二、武蔵改二

  ・長門改二、陸奥改二

  ・伊勢改二、日向改二

  ・扶桑改二、山城改二

  ・金剛改二丙、比叡改二丙、榛名改二丙、

   霧島改二

  ・Colorado改

  ・Iowa改

  ・Nelson改

  ・South Dakota改

  ・Washington改

  ・Cavour nouvo

 ◯航空母艦、軽空母

  ・鳳翔改二戦

  ・飛鷹改、隼鷹改二

  ・千歳改二、千代田改二

  ・鈴谷改二、熊野改二

  ・Gambier Bay Mk.II

  ・赤城改二戊

  ・加賀改二戊

  ・蒼龍改二

  ・飛龍改二

  ・翔鶴改二甲、瑞鶴改二甲

  ・雲龍改、天城改

  ・Saratoga Mk.II Mod.2

  ・Intrepid改

 ◯重巡洋艦

  ・最上改二

  ・古鷹改二、加古改二

  ・青葉改二、衣笠改二

  ・妙高改二、那智改二、足柄改二、羽黒改二

  ・高雄改、愛宕改

  ・利根改二、筑摩改二

  ・Northampton改、Houston改

  ・New Orleans改

 ◯軽巡洋艦

  ・球磨改二丁、多摩改二、北上改二、大井改二

  ・天龍改二、龍田改二

  ・五十鈴改二、名取改

  ・川内改二、神通改二、那珂改二

  ・夕張改二丁

  ・阿賀野改、能代改二、矢矧改二

  ・大淀改

  ・香取改、鹿島改

  ・Gotland andra

  ・Abruzzi改、G.Garibaldi改

  ・Perth改

  ・Atlanta改

  ・Brooklyn改、Honolulu改

 ◯水上機母艦

  ・秋津洲改

  ・瑞穂改

 ◯駆逐艦

  ・神風改、春風改、旗風改

  ・睦月改二、如月改二、弥生改、卯月改、

   皐月改二、水無月改、文月改二、

   長月改、菊月改、三日月改、望月改

  ・吹雪改二、叢雲改二

  ・潮改二

  ・暁改二、Верный、雷改、電改

  ・有明改、夕暮改

  ・村雨改二、夕立改二、海風改二、

   山風改二丁、江風改二

  ・峯雲改

  ・天津風改二、浦風丁改、磯風乙改、浜風乙改、

   萩風改、秋雲改二

  ・夕雲改二、長波改二、早霜改

  ・照月改、涼月改、冬月改

  ・島風改

  ・梅改

  ・Fletcher Mk2、Johnston改、

   HeywoodL.E.改

 ◯潜水艦

  ・伊19改、伊58改、伊26改

  ・伊168改

  ・伊8改

 ◯その他支援艦

  ・神威改

  ・あきつ丸改

  ・神州丸改

  ・明石改

  ・迅鯨改、長鯨改

 

◎重桜

 ◯戦艦

  ・武蔵

  ・紀伊、尾張、駿河、土佐

  ・天城

  ・長門、陸奥

  ・伊勢、日向、扶桑、山城

  ・三笠

  ・金剛、比叡、榛名、霧島

  ・出雲

 ◯航空母艦、軽空母

  ・赤城、加賀

  ・蒼龍、飛龍

  ・大鳳

  ・白龍、信濃

  ・翔鶴、瑞鶴

  ・葛城 

  ・鳳翔

  ・龍驤

  ・龍鳳、祥鳳

  ・飛鷹、隼鷹

  ・千歳、千代田

 ◯重巡、超巡

  ・伊吹

  ・古鷹、加古

  ・青葉、衣笠

  ・妙高、那智、足柄、羽黒

  ・高雄、愛宕、摩耶、鳥海

  ・鈴谷、熊野

  ・筑摩

  ・雲仙

  ・吾妻

 ◯軽巡洋艦

  ・四万十  

  ・夕張

  ・長良、五十鈴、名取、由良、鬼怒

  ・阿武隈

  ・川内、神通、那珂

  ・最上、三隈   

  ・阿賀野、能代、酒匂

 ◯駆逐艦

  ・北風

  ・島風

  ・神風、松風、旗風、追風、朝凪

  ・睦月、如月、卯月、水無月、文月、長月、

   三日月

  ・吹雪、白雪、深雪、浦波

  ・綾波改

  ・暁、響、雷、電

  ・初春、若葉、初霜、有明、夕暮

  ・白露、時雨改、夕立改、海風、山風、江風

  ・朝潮、大潮、満潮、荒潮、霞

  ・陽炎、不知火、黒潮、親潮、雪風、浦風、

   磯風、浜風、谷風、野分

  ・風雲、巻波、清波、長波

  ・涼月、初月、新月、若月、春月、宵月、花月

 ◯潜水艦

  ・伊19、伊25、伊26

  ・伊168

  ・伊56、伊58

 ◯その他

  ・明石

  ・樫野

 

◎ユニオン

 ◯戦艦、航空戦艦

  ・キアサージ

  ・ニュージャージー

  ・ジョージア

  ・ペンシルベニア、アリゾナ

  ・テネシー、カリフォルニア、

  ・コロラド、メリーランド、

   ウェストバージニア

  ・ノースカロライナ、ワシントン

  ・サウスダコタ、マサチューセッツ、

   アラバマ

 ◯航空母艦、軽空母

  ・ヨークタウンII、エンタープライズ

   ホーネットII

  ・ワスプ

  ・レキシントン、サラトガ

  ・エセックス、イントレピッド、

   タイコンデロガ、バンカー・ヒル、

   シャングリラ

  ・レンジャー

  ・ロングアイランド

  ・ボーグ

  ・カサブランカ

  ・インディペンデンス、プリンストン、

   ラングレーII、バターン

 ◯重巡、超巡

  ・アンカレッジ

  ・ウィチタ

  ・ペンサコーラ、ソルトレイクシティ

  ・ルイビル、シカゴ、ヒューストン

  ・ポートランド・インディアナポリス

  ・ニューオリンズ、アストリア、

   ミネアポリス、サンフランシスコ、

   クインシー、ヴィンセンス

  ・ボルチモア、ブレマートン

  ・ノーザンプトンII

  ・グアム

 ◯軽巡洋艦

  ・シアトル

  ・オマハ、ローリー、リッチモンド、

   コンコード、マーブルヘッド、メンフィス

  ・ブルックリン、フェニックス、ボイシ、

   ホノルル、セントルイス、ヘレナ

  ・アトランタ、ジュノー、サンディエゴ、リノ

  ・クリーブランド、コロンビア、

   モントピリア、デンバー、バーミンガム、

   ビロクシ、ヒューストンII

 ◯駆逐艦

  ・デューイ、エールウィン、

  ・カッシン、ダウンズ改、

  ・グリッドレイ、クレイヴン、マッコール、

   モーリー

  ・シムス、ハムマンII

  ・ベンソン、ラフィーII、ベイリー、ホビー、

   カーク

  ・フレッチャー、ラドフォード、

   ジェンキンス、ニコラス、バッチ、

   スタンリー、フート、スペンス、

   サッチャー、キンバリー、マラニー、

   ブッシュ、ヘイゼルウッド、

   ステフェン・ポッター、モリソン、

   スモーリー、オーリック、

   ハルゼー・パウエル

  ・アレン・M・サムナー、

   イングラハム、クーパー、ブリストル

  ・エルドリッジ

 ◯潜水艦

  ・ノーチラス

  ・アルバコア、ブルーギル、カヴァラ、

   デイス、フラッシャー

  ・アーチャーフィッシュ

 ◯その他

  ・ヴェスタル

 

◎ロイヤル

 ◯戦艦

  ・レナウン、レパルス

  ・フッド

  ・モナーク

  ・ヴァンガード

  ・クイーン・エリザベス、ウォースパイト、

   ヴァリアント

  ・リヴェンジ、ロイヤル・オーク

  ・ネルソン、ロドニー

  ・キング・ジョージ5世、

   プリンス・オブ・ウェールズ、

   デューク・オブ・ヨーク、ハウ

 ◯航空母艦、軽空母

  ・アーク・ロイヤル

  ・イーグル

  ・グロリアス

  ・イラストリアス、ヴィクトリアス、

   フォーミダブル、インドミタブル

  ・インプラカブル

  ・アーガス

  ・ハーミーズ

  ・ユニコーン

  ・チェイサー

  ・パーシュース、シージュース

  ・セントー、アルビオン

 ◯重巡洋艦

  ・チェシャー、ドレイク

  ・ケント、サフォーク

  ・ロンドン、シュロップシャー、サセックス

  ・ノーフォーク、ドーセットシャー

  ・ヨーク、エクセター

 ◯軽巡洋艦

  ・ネプチューン、プリマス

  ・キュラソー、カーリュー

  ・エンタープライズ

  ・リアンダー、アキリーズ、エイジャックス

  ・アリシューザ、ガラティア、ペネロピ、

   オーロラ

  ・サウサンプトン、ニューカッスル、

   シェフィールド、グラスゴー

  ・グラスター、マンチェスター

  ・エディンバラ、ベルファスト

  ・ダイドー、ハーマイオニー、シリアス、

   カリブディス、シラ

  ・ベローナ、ブラック・プリンス

  ・フィジー、ジャマイカ

  ・スウィフトシュア

 ◯駆逐艦

  ・アマゾン

  ・ヴァンパイア

  ・アカスタ、アーデント

  ・ビーグル、ブルドッグ

  ・クレセント、コメット、シグニット

  ・エコー

  ・フォックスハウンド、フォーチュン

  ・グレンヴィル、グローウォーム

  ・ハーディ、ヒーロー、ハンター

  ・イカルス

  ・エスキモー

  ・ジャーヴィス、ジェーナス、ジュノー、

   ジャベリン、ジャージー、ジュピター

  ・マッチレス、マスケティーア

 ◯砲艦

  ・エレバス、テラー

  ・アバークロンビー

 

◎鉄血

 ◯戦艦

  ・フリードリヒ・デア・グローセ

  ・テューリンゲン

  ・ビスマルクZwei、ティルピッツ

  ・ウルリッヒ・フォン・フッテン

 ◯航空母艦、軽空母

  ・アウグスト・フォン・パーセヴァル

  ・グラーフ・ツェッペリン、

   ペーター・シュトラッサー

  ・ヴェーザー

  ・ヤーデ、エルベ

 ◯重巡、超巡

  ・ローン、ヒンデンブルク

  ・ヨルク

  ・ドイッチュラント、

   アドミラル・グラーフ・シュペー

  ・アドミラル・ヒッパー、ブリュッヒャー、

   プリンツ・オイゲン

  ・プリンツ・ハインリヒ、

   プリンツ・アーダルベルト

  ・エーギル

 ◯軽巡洋艦

  ・マインツ

  ・エムデン

  ・エルビング

  ・ケーニヒスベルク、カールスルーエ、ケルン

  ・ライプツィヒ、ニュルンベルク

  ・マクデブルク、レーゲンスブルク

 ◯駆逐艦

  ・フィリックス・シュルツ

  ・Z1、Z2

  ・Z16

  ・Z18、Z19、Z20、Z21

  ・Z23、Z24、Z25、Z26、Z28

  ・Z35、Z36

  ・Z46

  ・オットー・フォン・アルフェンスレーベン

 ◯潜水艦

  ・U47、U73、U101、

  ・U81、U96、U410、U556、U557、

   U1206

  ・U37

  ・U110

  ・U522

 

◎東煌

 ◯軽空母

  ・鎮海、華甲

 ◯軽巡洋艦

  ・ハルビン

  ・逸仙

  ・海天、海折

  ・肇和、応瑞

  ・寧海、平海

 ◯駆逐艦

  ・鞍山、撫順、長春、太原

 ◯その他

  ・定安

 

◎サディア

 ◯戦艦

  ・マルコ・ポーロ

  ・コンテ・ディ・カブール、

   ジュリオ・チェザーレ

  ・アンドレア・ドーリア

  ・ヴィットリオ・ヴェネト、リットリオ、

   ローマ

 ◯航空母艦

  ・アクィラ

  ・インペロ

 ◯重巡洋艦

  ・トレント、トリエステ、ボルツァーノ

  ・ザラ、ポーラ、ゴリツィア

 ◯軽巡洋艦

  ・ドゥーカ・デッリ・アブルッツィ、

   ジュゼッペ・ガリバルディ

 ◯駆逐艦

  ・ニコロソ・ダ・レッコ、

   エマヌエーレ・ペッサーニョ

  ・マエストラーレ、リベッチオ

  ・アルフレード・オリアーニ、

   ヴィンチェンツォ・ジョベルティ

  ・カラビニエーレ

  ・アッティリオ・レゴロ、ポンペオ・マーニョ

 ◯潜水艦

  ・トリチェリ

  ・レオナルド・ダ・ヴィンチ

 

◎北方連合

 ◯戦艦

  ・ガングート、セヴァストポリ

  ・ソビエツカヤ・ベラルーシア、

   ソビエツカヤ・ロシア

  ・アルハンゲリスク

 ◯航空母艦

  ・チカロフ

  ・ヴォルガ

 ◯重巡、超巡

  ・タリン

  ・クルスク

  ・クロンシュタット

 ◯軽巡洋艦

  ・アヴローラ

  ・パーミャチ・メルクーリヤ

  ・チャパエフ、クイビシェフ

  ・キーロフ、ヴァシーロフ

  ・ムルマンスク

 ◯駆逐艦

  ・グロズヌイ、ストレミテルヌイ、

   グロームキィ、グレミャーシュチ

  ・ミンスク

  ・タシュケント

  ・ソオブラジーテリヌイ

  ・キエフ

 

◎アイリス、ヴィシア

 ◯戦艦

  ・ダンケルク

  ・ガスコーニュ、フランドル

  ・リヨン

  ・リシュリュー、ジャン・バール

 ◯航空母艦

  ・ベアルン

  ・ジョッフル、パンルヴェ

 ◯重巡、超巡

  ・サン・ルイ

  ・アルジェリー

  ・シュフラン、フォッシュ

  ・ブレスト

 ◯軽巡洋艦

  ・ジャンヌ・ダルク

  ・エミール・ベルタン

  ・ラ・ガリソニエール、マルセイエーズ

  ・ギシャン

 ◯駆逐艦

  ・ル・マルス、フォルバン

  ・ル・テメレール、ルピニャート

  ・ヴォークラン、ケルサン、タルテュ、

   マイレ・ブレゼ

  ・ル・トリオンファン、ル・マラン、

   ル・テリブル、ランドンターブル

 ◯潜水艦

  ・シュルクーフ

 

◎テンペスタ

  ・ロイヤル・フォーチュン

  ・メアリー・セレスト

  ・ウィダー

  ・ゴールデン・ハインド、

  ・アドヴァンチャー・ギャレー

  ・サン・マルチーニョ

 

◎深海棲艦

 ◯戦艦

  ・戦艦棲姫

 ◯航空母艦

  ・空母棲姫

  ・装甲空母姫

  ・欧州装甲空母棲姫

 ◯巡洋艦

  ・バタビア沖棲姫

 ◯拠点型

  ・港湾棲姫

  ・泊地棲姫

  ・超重爆飛行場姫

  ・集積地棲姫

  ・中間棲姫

  ・北方棲姫

 

◎江ノ島鎮守府基地航空隊

  ・メビウス中隊

  ・フォーミュラー隊

  ・レジェンド隊

  ・カメーロ隊

  ・グレイア隊

  

◎海上機動歩兵軍団『霞桜』

  ・試製56式浄龍タイプ・ザ・エンペラー

  ・本部大隊

  ・第一大隊

  ・第二大隊

  ・第三大隊

  ・第四大隊

  ・第五大隊




次回は今週中に投稿します


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2024お正月スペシャルfinal phase

さてさて、今回はかなーり長いですよ。文字数、33,000字越えですw。ですがまずは、こちらからご覧いただきましょう。

59式戦術歩行戦闘機『浄龍』
全高 25m
固定武装 頭部30mmPLSL 2基
     肩部全方位多目的ミサイルランチャー
     2基
     背部兵装担架システム 2基
     腕部60mm機関砲 2基
     腕部格納型近接格闘用戦闘爪 4本
     格納式格闘用サック 2基
     腕部TLS 2基
     腕部APS発生装置 2基
     脚部Sマイン 16基
     脚部全方位多目的ミサイルランチャー
     2基
皇国が開発した初の戦術機.......の筈なのだが、技術陣がはっちゃけてしまった結果できあがったヤベェ代物。通常の戦術機は基本的に固定兵装というのは、かなり少ない。ナイフとかチェーンソー位な物で、基本的に後付けで装備する。なのだが浄龍の場合は武装が全て使えなくなった状況でも継戦できる様、これまでのメタルギア開発で培った技術をふんだんに使用している。頭部兵装はマクロスシリーズのヴァルキリー、腕部兵装の武装はマクロスΔのVF31ジークフリードの様になっている。サックはトランスフォーマーダークサイドムーンで、ショックウェーブをぶん殴るのに使ったオプティマスの棘付きの拳である。
更にそもそもの機体自体も、元の戦術機とはかなり異なる。戦術機には電磁伸縮炭素帯(カーボニック・アクチュエーター)と呼ばれる素材が機体の中核であり、この素材が靭帯も兼ねる。これの周りにスターライト樹脂と呼ばれる素材で機体を組み上げていくのだ。だが浄龍の場合はカーボニック・アクチュエーターの代わりに、人工筋肉とカーボンナノチューブを採用し、外装にも熱田型や『日ノ本』の装甲に採用されている特殊合金を使用しており、既存の戦術機以上の高機動と重光線級によるレーザーも少しは耐えうる程度には強化されている。オマケにステルス性能もちゃっかり持っており、ラプターには負けるが通常の戦術機にはしっかり機能はする。しかもハッキングではなく、機体形状だとか素材でステルスを獲得している。OSにはXM3の強化回収型のXM4を採用しており、操作性も上がっている。

試製59式戦術歩行戦闘機『浄龍』タイプ・オーバーロード&エンペラー
全高 25m
固定武装 頭部連装40mmPLSL 2基
     肩部全方位多目的ミサイルランチャー
     2基
     胸部高出力TLS 2基
     背部兵装担架システム 4基
     腕部連装60mm機関砲 4基
     腕部格納型近接格闘用戦闘爪 4本
     格納式格闘用サック 2基
     腕部四連装TLS 2基
     腕部APS発生装置 2基
     脚部Sマイン 16基
     脚部60mm機関砲 4基
     脚部全方位多目的ミサイルランチャー
     2基
試作型の浄龍であるが、試作機だったが為に量産型浄龍よりもアレコレ武装が増えている。1番の特徴は胸部の高出力TLSだろう。通常のTLSも20倍の出力を誇り、一斉射で駆逐艦を消滅させてみせる威力を持つ。しかしコストが高すぎるので、量産型ではオミットされた。更に単純な出力もかなり上がっており、エンジン自体の出力は量産型浄龍の3倍、間接強度もそれに合わせて強化されている。指揮通信システムも通常よりも強化されている。またセンサーシステムも変更されており、量産型浄龍はバイザー型の頭部だが、こちらは二つ目の威圧感ある物に仕上がっている。
オーバーロードは神谷、エンペラーは長嶺の専用機となっている。オーバーロードの方は神谷専用機である事から、魔法の効果を増幅させる機能を有しており、機体登場状態からでも魔法を行使可能である。エンペラーの方は長嶺が降りて戦闘する事も考慮される事から、より高初速のイジェクトシステムと自動戦闘システム様のAIを搭載している。また量産型は基本的に機体カラーが灰色なのに対し、両機共に漆黒であり、エンペラーの方は金色のラインが入り、右肩には霞桜、左肩には江ノ島鎮守府の紋章が描かれている。オーバーロードの方は至極色のラインが入り、背中には金で『皇国剣聖』の文字、右肩に真っ赤な『修羅』の文字が書かれ、胸部には神谷家の家紋、左肩には白で神谷戦闘団の紋章が描かれている。

59式戦術突撃砲
使用弾薬 40mm
     200mm
給弾方式 マガジンコンベア式給弾
発射方式 火薬
装弾数 500発
    50発
浄龍向けに開発された戦術突撃砲。国連や各国で使われている36mmと120mmではなく、皇国が運用するAH32薩摩の40mmチェーンガンと主力戦車の200mm砲から流用する為、こちらに変更となった。銃本体にFCSを導入し、レーザー測距の他、高倍率でのマークスマンライフルの様に扱う事もできる。
下部には銃剣を装着可能な上、更にストックも可変する為、縮めて取り回しをよくし接近戦に対応する事も伸ばしてしっかり構える事も出来る。底部の200mmはモジュール化しているので、40mm機関砲を増設したり、ロングバレルパックで本格的なマークスマンにする事も出来る。

59式戦術狙撃砲
使用弾薬 250mm
給弾方式 マガジンコンベア式給弾
発射方式 火薬、電磁投射両用システム
装弾数 20発
国連の突撃砲、支援砲とは全く異なる、初の超長距離狙撃専用砲である。砲身に海軍の火薬、電磁投射両用砲の設計を流用した事で、火薬式とレールガンモードの2つを変更でき、レールガンモードであれば突撃(デストロイヤー)級5体を貫通せしめる威力を持つ。但しかなり巨大である為、両手で操作する必要があり取り回しは非常に悪い。

59式戦術機関砲
使用弾薬 40mm
給弾方式 ハイスピードベルトコンベア給弾方式
発射方式 電気ドライブ
装弾数 10万発
火力支援用の兵装であり、八銃身バルカン砲型の機関砲である。これを2つ並列で連結しており、取り回しこそ劣悪だが最強の正面火力を誇る。ただこちらも両手で操作する必要がある為、兵装ベイを圧迫する。

59式戦術近接装備
刀身 特殊合金
日本機という事で作った、戦術機用の侍の魂を筆頭とする装備群である。バリエーションは日本刀をモチーフにした長刀『泰平』、青龍刀をモチーフにした重刀『玄武』、ハルバードをモチーフにした『ゼノン』、バルディッシュをモチーフにした『ティターニア』、グレートソードをモチーフにした『エクスカリバー』、レイピアをモチーフにした『ランバントライト』、西洋剣をモチーフにした『ダークリパルサー』がある。
形状こそ違えど、全てにしっかりロマンをこれでもかと詰め込んである。まず刀身が特殊合金製であり、柄内部にヒートブレード様のエンジンを組み込んである為、突撃級を正面からバターの様に両断する化け物性能を誇る。更にはAPSシステムを応用した装置で、刀に何処ぞのライトセイバーの様なビームを纏わせて切る事も出来る。この状態であれば、突撃級が触れた側から蒸発する。

59式多目的追加装甲
追加装甲と名を打っているが、要は戦術機用のシールドである。内部に格闘用の3本のスパイクを隠しており、盾をそのまま槍の様に相手に突き刺すことも可能である。

59式ハングドマン
使用弾薬 伊邪那美弾頭
給弾方式 マガジンコンベア給弾方式
発射方式 多薬室加速電磁投射システム
装弾数 3発
兵装担架2つと左右いずれかの腕を犠牲に使える、究極威力の兵装。この武器は兵装担架に発電用のタービンエンジン、電磁投射システム付きの折りたたみ式バレルを装備し、腕にはマガジンと多薬室付きのチャンバーを装備する。戦場でこれらを組み立てて連結し、そのまま発射する化け物装備である。そしてこれを撃った人間に、何故か『愛してるんだ君達をぉぉぉ!!!!ギャハハ!!』とか言った奴が居たとか居なかったとか。

59式グラインドブレード
兵装担架2つを犠牲に装備する兵装であり、その見た目は12本の超大型チェーンソーである。使用時は片腕にチェーンソーを装備し、そのまま腕をぶん回して使用する。更にこれをドリル形態と呼ばれる、チェーンソー全てを円状に配置し直す状態になれば、ビルだろうが岩盤だろうが余裕で貫く、最強の近接兵装となる。


追加装備パック
これまでの戦術機を見てきて、技術者達は汎用性が絶望的に足りない事に思い至った。そこで機体自体の装備をその場で変更し、様々な任務や局面に対応できる圧倒的汎用性を獲得させる為に開発された、新型システムである。この装備と機体との接続には、可動兵装担架システム用のコネクターを使用する為、戦術機自体の背部兵装担架は使用不可能となる。

スーパーパック
装備 大型追加ブースターエンジン 4基
   胸部全方位多目的ミサイルランチャー
   2基
   背部兵装担架システム 4基
開発陣に居たマクロスF及びΔファンが考案した、戦術機の追加装備。戦術機のエンジン部分に、マクロスΔのスーパーパックに装備されるエンジンを追加搭載する。更に胸部にもランチャーを追加搭載することにより、戦闘力と機動性を上げる事が出来る。尚、後述のトルネードパック、アーマードパック、ヴァンガードパックは他の浄龍以外の戦術機以外にも装着可能である。またこれらパックは、戦闘中に要らなくなればパージ可能である。

トルネードパック
装備 全方位多目的ミサイルランチャー付き脚部
   追加ブースターエンジン 2基
   背部45口径460mm連装火薬、電磁投射両用
   砲 1基
   背部兵装担架システム 2基
こちらも同じ技術者が言い出した追加装備。こちらは支援用装備であり、遠距離から250mm砲弾を降らせる事ができ、戦艦の火力が届かない場所、例えばハイヴ内部等でも絶大な火力支援ができる。弾種も徹甲弾、徹甲榴弾、榴弾、フレシェット弾等々、海軍の砲弾をそのまま流用できるのでかなり便利である。

アーマードパック
装備 特大型追加ブースターエンジン 2基
   肩部全方位多目的ミサイルランチャー
   12基
   肩部MPBM用パイロン 6基
   胸部全方位多目的ミサイルランチャー
   2基
   胸部60mm機関砲 2基
   背部兵装担架システム 4基
   腕部50口径130mm連装砲 2基
   腕部49式35mmバルカン砲 4基
   脚部全方位多目的ミサイルランチャー
   2基
全身武装テンコ盛り。マクロスシリーズのアーマードパックにも劣らぬ重武装を施しており、対多数戦闘では高い戦闘力を誇る。またパックに装備される武装にはAPS発生装置が組み込まれている為、アーマードの名に恥じないタンク的役割も果たせられる。

ハンターパック
装備 大型追加ブースター 4基
   頭部偵察ユニット 1基
   背部大型レドーム 1基
   背部兵装担架システム 2基
   背部通信アンテナ 2基
   肩部偵察ユニット 2基
   脚部偵察ユニット 4基
武装を搭載しない代わりに、情報収集と通信に特化したパック。超高倍率カメラ、各種音紋探知、地上用ソーナーシステム、スキャンシステム、各種レーダーシステム等々、戦場に於いては偵察から観測まで、その他の活動は行える。

ヴァンガードパック
装備 背部大型ロケットエンジン 4基
   背部ロケットエンジン 8基 
   腕部ロケットエンジン 10基
   大型APS発生装置 1基
こちらはアーマードコアシリーズの追加装備、ヴァンガード・オーバー・ブーストに影響された装備。武装は搭載されない代わりに、極限までの加速性と高速性を付与する。元が宇宙ロケットのエンジンなので、普通に宇宙から弾道飛行で降下する事も可能であり、APSを用いて大気圏再突入や空気抵抗軽減もできる。因みに最高時速は脅威のマッハ24を叩き出す。しかしこのパック、スーパーパックとハンターパックに限り併用が可能となっている。

アルティメットパック
装備 全方位多目的ミサイルランチャー付き
   特大型追加ブースター 6基
   全方位多目的ミサイルランチャー付き脚部
   追加ブースターエンジン 2基
   肩部全方位多目的ミサイルランチャー
   16基
   肩部MPBM用パイロン 12基
   胸部全方位多目的ミサイルランチャー
   2基
   胸部三連装60mm機関砲 2基
   背部45口径460mm連装火薬、電磁投射両用
   砲 1基
   背部兵装担架システム 6基
   腕部50口径130mm連装砲 2基
   腕部49式35mmバルカン砲 4基
   脚部全方位多目的ミサイルランチャー
   2基
アーマードパックを超えし、武装全部乗せ追加パックである。こちらは試製56式でのみ運用可能であり、通常の戦術機や浄龍では著しく機体への負荷がかかるばかりか、そもそもマトモに活動できない代物である。シュミレーター上の話ではあるが、機体によっては足回りが搭載した瞬間に崩壊したり、載せても動かなかったり、動けても戦闘機動は行えなかった。だがこれを振り回せた時の威力は凄まじく、単騎で四個戦術機連隊を殲滅できる。アルティメットの名前に恥じないパックである。

◎装備
 ◯突撃前衛(ストーム・バンガード)
  ・アーマードパック
  ・59式戦術突撃砲 1挺、背部2挺
  ・59式戦術近接装備 背部2本
  ・59式多目的追加装甲 1個
 ◯強襲前衛(ストライク・バンガード)
  ・アーマードパック
  ・59式戦術突撃砲 2挺、背部2挺
  ・59式戦術近接装備 背部2本
 ◯強襲掃討(ガン・スイーパー)
  ・アーマードパック
  ・59式戦術機関砲 背部4挺
  ・59式戦術突撃砲 2挺
 ◯砲撃支援(インパクト・バンガード)
  ・トルネードパック
  ・59式戦術狙撃砲 1挺
  ・59式戦術突撃砲支援砲タイプ 背部1挺
  ・59式戦術近接装備 背部1本
 ◯制圧支援(ブラスト・ガード)
  ・トルネードパック
  ・59式戦術狙撃砲 1挺
  ・59式戦術機関砲 背部2挺
 ◯打撃支援(ラッシュ・ガード)
  ・トルネードパック
  ・59式突撃砲支援砲タイプ 1挺
  ・59式突撃砲 背部2挺
 ◯ 迎撃後衛(ガン・インターセプター)
  ・スーパーパック
  ・59式突撃砲 1挺
  ・59式戦術近接装備 背部1本
  ・59式ハングドマン 背部1セット
  ・59式多目的追加装甲 1個
 ◯打撃支援(ラッシュ・ガード)
  ・スーパーパック
  ・59式戦術突撃砲支援砲タイプ 1挺
  ・59式戦術突撃砲 背部2挺
  ・59式グラインドブレード 背部1セット


翌日 ハイヴ周辺海域40km地点

朝霧に紛れる様に、数十隻の巨艦が姿を現す。聨合艦隊の主力艦隊、究極超戦艦『日ノ本』が直接指揮を取る最強の海上打撃艦隊が、皇国からBETAへの宣戦布告の号砲を発さんと準備に入る。

 

『BETA、動き認められず』

『ハイヴからの動き、なし!作戦に支障は認められるず!』

『各艦配置良し』

『現在全艦回頭中』

 

無線から上がってくる報告に、神谷は1人コックピット内で笑みを浮かべる。この調子でいけば、予定よりも早く攻撃が可能な筈だ。本来なら宣戦布告の合法を撃ちたいところだが、今回は艦隊ではなく神谷戦闘団を率いて陸で戦う。故に発射のトリガーは『日ノ本』の副長、宗谷が引く事になっている。

 

「ジェネラルマスターより、全作戦要員に次ぐ。間も無く、BETAへの宣戦布告の号砲が鳴り響く。総員、戦闘に備えよ!」

 

やがて各部隊からの準備完了との報告が上がると、神谷は無線を『日ノ本』に合わせて宗谷に発射の指示を出す。その命令を受けた宗谷は、基本的には座れない艦長席へと腰を下ろした。

 

「まさか、私が引き金を引く事になろうとは.......。全艦、統制波動砲戦用意。波動砲への回路開けッ!!!!!」

 

「アイ・サー。プラズマ粒子波動砲への回路開きます。非常弁、全閉鎖。強制注入機作動」

 

「艦首解放、プラズマ粒子波動砲展開」

 

統制波動砲戦とは、波動砲を搭載する各艦艇が一斉射撃を行う砲撃方式である。小回りは効かないが、広い面積を一撃の下に消滅させられる利点は大きい。

 

「安全装置解除」

 

「セーフティーロック解除。強制注入機の作動を確認。最終セーフティー解除。トリガー、艦長に回します」

 

「艦長、受け取った」

 

「薬室内、プラズマ化粒子圧力、上昇中。86、97、100。エネルギー充填、120%!!」

 

「波動砲、発射用意。対ショック、対閃光防御」

 

艦橋のガラスに防護シャッターが展開され、外の様子はシャッターに搭載されてるディスプレイに表示される。

 

「電影クロスゲージ、明度20。照準固定!」

 

スコープ内に表示される各艦艇とのリンクも『接続』から『同期』という文字に変わり、全艦が同期し射撃準備完了の合図であるブザーも鳴り響く。

 

「プラズマ粒子波動砲、発射ァァァァ!!!!」

 

ギュゴォォォォォォ!!!!!!

 

『日ノ本』以下、熱田型、赤城型、大和型、伊勢型が放たれた波動砲の水色のビームは、そのままハイヴのある島、作戦呼称『鬼ヶ島』を吹き飛ばす。それもただ吹き飛ばすのではない。地形とそこに展開するBETA群ごと東西南のハイヴを吹き飛ばし、オリジナルハイヴ級も半壊させる威力を見せた。

 

「オリジナル級半壊!ハイヴ1〜3、消滅を確認!!」

 

「BETA十個軍団以上の殲滅を確認!集計不能なれど、BETA損耗率は飛躍しています!」

 

「この機を逃すな。艦隊各艦は回頭しつつ行動開始!オリジナル級周辺に効力射!!」

 

「アイ・サー!全艦、撃ちー方始めぇ!!」

 

ここで艦隊各艦は、所定の行動に移る。現海域に大和型と伊勢型のみを残し、東部ハイヴと西部ハイヴには熱田型4隻ずつ、北部ハイヴには『日ノ本』が向かう。一時砲撃の手は弱まるが、そこはSLBMと潜水艦隊が全力で支援してくれる。

 

「鳳凰IIより通報!!北部及びオリジナルハイヴ級より、未確認のBETA確認!!飛行タイプと思われる!!!!」

 

「艦長!今の聞きましたか!?」

 

『あぁ。面倒だな』

 

こっちの世界にやってきた衛士組は、飛行型BETAに焦っている。だが皇国と江ノ島の人間は、全く焦りは見せない。何せ相手が化け物である以上、予測不可能なのが来るのは分かりきっていた。面倒ではあるが、問題はない。

 

「アウトレンジ部隊、君達に任務を与える。我々、突入隊を護れ」

 

神谷の命令に、アウトレンジ部隊は誰も答えない。だがその代わりに、彼らは行動を起こす。

 

『全機、トリガーの元に集まれ!編隊飛行だ』

『さっさと片付けるぞトリガー』

 

『行くぞ、ガルーダ2!』

『金色の王の微笑みが共に在らんことを』

 

『ガルム隊へ、撤退は許可できない。迎撃せよ』

『だろうな。報酬上乗せだ。生き残るぞ、ガルム2』

『あぁ。相棒、花火の中へ突っ込むぞ!』

 

『聞いていたな。スカーフェイス隊、BETAを迎撃しろ』

『オーライ、オヤジ!スラッシュ、エンゲージ!!』

『フェニックス、エンゲージ』

『エッジ、エンゲージ』

 

『ラーズグリーズ隊、俺に続け』

『ラーズグリーズの名を轟かせるぞ!!』

 

(イエロー)13より全機、飛行型BETAを始末しろ』

『了解、撃墜します』

 

メビウス中隊、状況を報告せよ(All Mobius aircraft, report in.)

こちらメビウス2。スタンバイ(Mobius 2 on standby.)

メビウス3から7、スタンバイ(Mobius 3 through 7 on standby.)

メビウス8、スタンバイ(Mobius 8 on standby.)

攻撃準備完了。(Preparations are complete.)攻撃を開始する( Ready for battle.)全機メビウス1に続け!(All aircraft, follow Mobius 1!)

 

彼らは世界最強にして、単騎で戦局をひっくり返す生ける伝説達。例えBETAが相手であろうと、全く臆する事はない。彼らは銀翼を翻して、レーザーなんざお構いなしに一気に高度を取る。

 

「ゴールドフォックスより、各機へ。機体をそのまま編隊真上に置け。戦術機の盾にするんだ!艦娘運送中の機体は、その中間に入れろ!戦闘機隊は前方に展開!撃ち漏らしたBETAに対応しろ!!」

 

長嶺もすぐに指示を出し、戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』の群れが、その指示に従って蠢く。アウトレンジ部隊が飛行型BETAの相手をしてる間に、こちらは鬼ヶ島へと近付かなければならない。

 

『あの、神谷閣下。よろしいでしょうか?』

 

「どうした白銀少尉。何か質問か?」

 

『その、戦闘機隊を向かわせて良かったのでしょうか。BETAのレーザーに対して、航空機は無力です。いくら同士討ちをしないと言っても、狙撃されたら一溜りも』

 

「心配するな。今向かったアウトレンジ部隊の連中は、単騎で戦局をひっくり返すウルトラスーパーエース級の集団だ。リボン付きの死神メビウス1、黄色の13、伝説のベイルアウターオメガ11ことメビウス8、円卓の鬼神ガルム1、片翼の妖精ガルム2、ラーズグリーズの悪魔、皇国の不死鳥フェニックス、皇国の神鳥ガルーダ、偽伯爵の詐欺師(イリュージョニスト)カウント、3本線の大馬鹿野郎トリガー。彼らが空にある限り、皇国の敗北はあり得ない。それに、レーダーを見てみろ」

 

データリンクで送られてくるレーダー情報では、予想外の出来事が起きていた。数百体規模の飛行型BETAが、会敵して1分も経っていないのに、既に10体以上堕とされている。そればかりか、その数はどんどん増えていく。明らかに異常だ。

 

「な?」

 

『ま、マジかよ.......』

 

「白銀少尉。心配すんな。伊達に皇国は、世界最強の国家やってねーよ。それにな、今目の前にいる男は大東亜戦争時代にアメリカの首都を占領した英雄の末裔にして、皇国剣聖として戦う最強無敵の司令長官閣下だぞ?勝とうぜ」

 

『.......ハッ!了解しました元帥殿!!』

 

白銀との会話の中で、神谷は少なからず兵士達に不安があることを察した。指揮官としてやるべき事は、彼らを勇気づける事だ。まずは長嶺に連絡を取り、軽く打ち合わせるとそのまま、この辺りにいる各部隊にチャンネルを開く。

 

「よぉ、野郎共。空の旅はどうだ?まぁ、ぶっちゃけ地獄への片道切符だ。楽しめる奴はいねぇだろう。だが、それがどうした。地獄への片道切符なんざ、俺達は何度も受け取っては普通に改札通って地獄に通い詰め、事が済めば現世に帰ってきた。今日もそうするだけだ。臆するな!俺達は死にに行くんじゃない。BETAとかいう摩訶不思議な化け物をぶっ殺し、その屍を積み上げて宇宙にいるであろうコイツらを作ってんだか操ってんだか知らんが、そういうご主人様に見える様にしてやれ。そして宇宙の彼方まで届く様な大声で言ってやるんだ。「地球に喧嘩売ったらこうなるぞ」ってな。

命令はいつも通りだ。生き残れ!!そして勝とうぜ!!!!」

 

次の瞬間、衛士達から雄叫びの声が上がる。それだけではない。AVC1突空の中には機体をロールさせる者や、衛士の中にはアームを動かす者もいた。

 

「これ、もう俺の必要ねーじゃん」

 

『まあまあ。そう言わずに』

 

「はぁあ。江ノ島の家族共は知っての通り、俺はこういうのは嫌いだ。こんな格式ばったのは大嫌い。だがまあ、アレだ。相手がBETAだかエイリアンだか知らねぇけどな、俺達に喧嘩売りやがったんだ。そのツケは払ってもらわなきゃならねぇ。しかも今回はまた異世界から、同じ戦士の同胞達が来たんだ。怖い物はねぇだろ?

俺が知る江ノ島の家族は、こんな状況に部屋の隅でガタガタ震えて命乞いをする様な連中じゃない。こんな状況だろうが狂った笑みで敵陣に斬り込み、更にはそのまま本陣まで攻め上がる戦闘狂の集団の筈だ。そして今ここにいる戦士達も、小便ちびって逃げ帰る様な臆病者じゃない筈だ。だったら俺から命じることはただ一つ。いつも通りだ。眼前敵を殲滅しろ!邪魔する物はぶっ殺しぶっ壊せ!さぁ碇を上げろ!!マガジンを刺せ!!魚雷を装填しろ!!チャージングハンドルを引け!!航空隊を青空に羽ばたかせろ!!砲を構えろ!!相手が深海棲艦からBETAになっただけだ!!いつもの様に敵を殲滅し、俺達の邪魔する全てをぶち壊してやれ!!!!!!」

 

神谷の演説が勇気を引き出させる物であるならば、長嶺の演説は闘争心を煽り兵士を戦闘狂にさせる演説であった。新人衛士によく行われる暗示とか薬物投与なんかよりも、2人の言葉はよっぽど効き目がある。

 

『ねぇ、お兄さん。今いい?』

 

「イーニァ?どうした、腹でも減ったか?」

 

『ううん、ちがうよ。あのね、すごくイヤな予感がするの。この戦い、何かくるよ』

 

「.......そうか。何か来るんだな?備えておこう。だがな、心配するな。何が来ようと、俺が全部ぶっ潰す。俺の本気、見せてやるよ」

 

これまでの戦闘の中で、長嶺の真の本気にして最強の切り札たる神授才の本格使用と艦娘の力は、まだ一度たりとも見せていない。その為イーニァも、その後ろに移るクリスカの顔も心配そうではある。だがもう、そんな事も言ってられない。いよいよ分離地点が来た。ここで白亜衆、霞桜、江ノ島艦隊、各戦術機部隊は分かれる事になる。

神谷&白亜衆、第19独立警備小隊、国連軍の第五、第六戦術機甲大隊、霞桜第一大隊が東部ハイヴ。国連軍の第三、第四戦術機大隊、フェーニクス、シュヴァルツェスマーケン 、霞桜第三大隊が西部ハイヴ。伊隅ヴァルキリーズ、国連軍の第一、第二戦術機甲大隊、アストライアス、霞桜第二大隊が南部ハイヴ。長嶺&霞桜第四、第五大隊、アルゴス&ホワイトファングス、イーダル、バオフェン、インフィニティーズ、国連軍の第七戦術機中隊が北部ハイヴを担当する。これに加えて皇国の戦術機連隊が各地方に2隊ずつ付き、江ノ島艦隊も均等に割り振られている。まずは南部戦域から見て行こう。

 

『そーらヴァルキリーの姐さん!目的地に着いたぜ!!』

 

「ありがとう。輸送に感謝する!」

 

『へっ!これが俺達の仕事ってあぶね!!』

 

「ぐっ!!」

 

伊隅の乗る不知火を吊り下げたメタルギア応龍が横にロールする。見れば真横を、レーザーが掠めていった。流石にこの状況では、狙い撃ちにされるだろう。

 

『悪いがハードランディングだ。構わないか!?』

 

「構わない!下ろしてくれ!!」

 

『おっしゃぁ!いってらっしゃい!!』

 

応龍は不知火を切り離し、そのまま周囲の掃討に移る。応龍は本来、敵支配域にメタルギアを突入させる為の兵器。こういう敵に方位された状況下で投下しつつ、周りの敵を掃討するのだって通常戦闘の範疇だ。

 

『オラオラァ!!邪魔じゃ邪魔じゃBETA共!!!!!!!』

 

「危険だ離れろ!!」

 

『心配すんな!レーザーだってな!!』

 

更に応龍は、特殊なエンジンにより空中を素早くスライドできる。その為、レーザー照射を受けようが、素早く横滑りして避ける事ができるのだ。

 

『避けられんだよ!!とはいえ、俺の仕事はここまでだ。後は任せるぜ!!』

 

応龍が各戦術機を投下したのと同時に、霞桜の『黒鮫』からも続々と部隊が降下してくる。第二大隊は戦術機の前方150m地点に布陣。艦娘とKAN-SENは、最後尾に展開した。

 

『こちらは江ノ島艦隊、南部ハイヴ攻略艦隊旗艦、長門だ。ヴァルキリー1、応答願う』

 

「こちらヴァルキリー1。ビッグ7の1隻と行動が共にできるのは光栄だ」

 

『あぁ。今回の艦隊には、ビッグ7が全員揃っている。任せておけ。現在こちらは、艦載機を上げてエアカバーを行う予定だ。そちらの戦術は?』

 

「このまま上陸地点を確保しつつ前進し、ハイヴより10kmの地点で戦線を構築。後続部隊の進出を待つ」

 

『了解した』

 

今回、各ハイヴの攻略支援艦隊を臨時で編成しており、各々が各隊の旗艦を務めている。南部ハイヴの旗艦は艦娘の長門、北部ハイヴは大和、東部ハイヴはエンタープライズ、西部ハイヴはKAN-SENの赤城がそれぞれ担当しており、各旗艦の下には各艦種の代表が補佐官を務めている。

南部ハイブの場合は戦艦組は長門が兼任し、空母組からイラストリアス、重巡組からはザラ、軽巡組からはクリーブランド、駆逐艦は叢雲が務めている。

 

『A01、総員傾注!これより我々は戦線を押し上げつつ、後続の機甲戦力を待つ。決戦はまだ始まったばかりだ。あの世への先駆けは許さんぞ!!』

 

『『『『『『『了解!!』』』』』』』

 

『コマンドポストよりA01。BETA三個師団規模がそちらに侵攻中。幸い光線級は含まれてはいないが、突撃(デストロイヤー)級主体で侵攻速度が速い。直ちに対処せよ』

 

まだ着上陸して、たったの数分しか経っていない。しかも最初の波動砲、砲撃、SLBM、それからメタルギア水虎による海岸線掃討によって、かなりの数は削れていた。にも関わらず、いきなりこの数。流石BETAとしか言えない。

 

「ヴァルキリー1、こちらレリック。BETAの一番槍貰う。構わない?」

 

『レリック!危険過ぎる!!』

 

「問題ない。この為に、対深海徹甲弾と自慢のチェーンソー持ってきた。突撃級の装甲、切れる。それに、議論の暇ない。出る」

 

レリックは伊隅の静止を振り切り、第二大隊の隊員達を引き連れて前に出る。A01と国連及び皇国の第一第二戦術機甲大隊も、それを大慌てで追い掛ける。

 

「ナガト。これ、どうするの?」

 

「こうなったら、やるしかないなだろ。砲撃用意!!これより第二大隊、戦術機部隊の援護を開始する!!」

 

今回の編成には艦娘の長門、陸奥、コロラド、ネルソン、KAN-SENのネルソン、ロドニー、コロラド、メリーランド、ウェストバージニアが揃っており、かつてビッグ7の異名で恐れられた最強の戦艦が一堂に介している。これに加えて、イラストリアス級空母とユニコーン、飛鷹改、隼鷹改二、千歳改二、千代田改二もいる訳で、かなり重装備な艦隊なのだ。オマケに装備系も最強格。援護の人材として、これ以上ない布陣だ。

 

「行くぞ、主砲一斉射!て――ッ!!」

「長門、いい?行くわよ!第一戦隊、一斉射!てーっ!」

「Enemy ship is in sight…. 各々方…、さあ、始めるぞ!」

「Enemy in sight。さあ、始めます。蹴散らせ!」

「私が敵を侮ると思ったら大間違いよ!」

「敵に情けをかける必要がありませんね」

「今こそ見せてやる、ビッグセブンの真の力を!」

「おい、向こうの!あたしを失望させんなよ!」

「16インチ砲弾の重さを思い知れ!」

 

戦艦9隻、それもビッグ7の砲撃ともなれば、かなりの被害がBETAには発生する。しかもちゃっかり長門と陸奥は41cm三連装砲改二だったりとかするし、一部装備が変更されている艦もいる。他にも口径こそ変わらずだが強化されていたいたりするので、単純なビッグ7という訳でもない。

オマケに艦娘の艤装にはKAN-SENの艤装並みの連射力を付与し、KAN-SENの艤装には艦娘の艤装並みの威力を付与する改造を施してある。お陰で各艦共に「巡洋艦をワンパンする威力の砲弾を、マシンガンの如く発射する」という、あまりにカオスな装備を持っているのだ。お陰でBETAの前衛は、既にその砲撃で壊滅状態。砲撃でできたクレーターを突破して侵攻してくる為、進軍速度は一気に落ちていく。その間に第二大隊が到着し、更に攻撃を仕掛けていく。

 

「突撃級は硬い。が、後ろは柔い」

 

『だそうだ。つまり回り込めって事だ!!』

 

第二大隊第一中隊長兼副長のバーリがそう言ったことで、隊員達は即座に動く。レリックは圧倒的にコミュ力が低い。技術屋モードになれば超饒舌にハキハキ喋るが、基本的にコミュニケーションを取るのは慣れが必要である。だがバーリがいれば、全部補足してくれるので問題はない。

お陰で裏と言いつつ、軽く表でも「翻訳機」とか「レリックの声帯」とか言われてる始末である。

 

『あらぁ綺麗なお尻!』

 

『プリプリして可愛いなぁ。カマ掘ったれ野郎共!!!!』

 

『ヤ・ラ・ナ・イ・カ。ハッ!』

 

動けなくなっているところや、動きが遅くなっているところを第二大隊の連中が尻を撃ち抜き、素早く殲滅していく。突撃級を粗方殲滅し、戦車(タンク)級や後方の要撃(グラップラー)級が現れ始めた頃、A01が到着。そのまま戦闘に加わる。

 

『戦場でよく会うお友達だ!第一小隊、歓迎してやるぞ続け!!!!』

 

『第二小隊は右翼のを倒す!!付いてこい!!』

 

『第三は左翼だ!突撃前衛(ストーム・バンガード)の意地を見せろ!!!!』

 

今回、A01含めた各隊は砲撃支援(インパクト・バンガード)制圧支援(ブラスト・ガード)打撃支援(ラッシュ・ガード)はトルネードパックを装備し唯一珠瀬が59式ハングドマンを装備している。ストーム・バンガード、強襲前衛(ストライク・バンガード)強襲掃討(ガン・スイーパー)と隊長機はアーマードパックに各自の兵装、迎撃後衛(ガン・インターセプター)打撃支援(ラッシュ・ガード)はスーパーパックを装備している。実戦での使用は初だが、その効果はかなりの物であった。

 

「こ、これがアーマードパック!!」

 

『すごい性能。BETAが溶ける』

 

『BETAが全く近付いて来れぬぞ!!』

 

アーマードパックは、文字通り超重武装の装備パックである。各所に全方位多目的ミサイルランチャーが装備されていることで、無数のBETAを一挙に殲滅が可能なのだ。BETAは数に物を言わせて集団で戦術機の取りついたりするが、そんなことをする前に機関砲で排除できる。特に胸部の機関砲はオートモードがあるので、自動迎撃でセットしておき近付いてくるヤツをCIWSのように殲滅する事ができる。これだけでもかなり生存性が上がる。

 

『流石460mm!BETAの一団が1発で吹き飛びました!!』

 

『しかもこれ、電磁投射砲モードにしたら要撃級の集団を数十体貫通したんだけど.......。恐ろしい威力だよ全く』

 

トルネードパックは装備こそ数少ないが、唯一無二の460mm砲を装備している。伊勢型航空戦艦と同じ物を装備したいる為、言うなれば戦場のど真ん中に戦艦が現れた様な物だ。しっかり電磁投射砲も撃てるので、重装甲単一目標にも対応できる。無論、大多数の数を一撃で吹き飛ばす事だって可能だ。

 

『当然』

 

『レリック。どうしたの?』

 

『俺と総隊長と皇国が作った。性能は保証する』

 

『レリックなら信じられる』

 

(あ、綾峰がデレた?)

 

白銀、なんか驚きのものを見た気がした。一方のレリックがサムズアップで答えており、全く気にしてない模様。さてさて、そんな強力な追加装備パックだが、何も無敵という訳ではない。

A01は掃討を後続の戦術機大隊に任せ、BETA集団の最後尾にいる要塞(フォート)級の攻撃に移った。しかし見た限り5、60体はいる。オマケに光線級まで出てくる始末だ。

 

『光線級も遂に出たか.......。要塞級が運んだな』

 

『こちらで要塞級抑える。そっちは光線級をやるべき。こっち人間、レーザー喰らったらまず無理』

 

「大尉!自分も要塞級の迎撃にあたります!!」

 

『.......レリック、白銀を付ける!要塞級は任せる!!』

 

『要塞級、殺す!』

 

一応後方の艦隊から砲撃は飛んでくるが、やはりレーザーで迎撃されてしまう。だが少なくとも、囮にはなるはずだ。A01は光線級への攻撃を開始し、第二大隊と白銀は連携して要塞級を倒す。

 

「この!!」

 

『おおっと!いい感じだぜ武の坊主!!』

 

『こっちも負けてらんないな!!』

 

『霞桜の戦闘狂っぷりをみせてやるぜぇ!!!!』

 

白銀は単騎で要塞級と渡り合っている。だが、第二大隊の面々も負けてはいない。連携して翻弄し、隙を見せた瞬間に側面や背後などの死角から攻撃し殲滅する。特に要塞級の下にぶら下がっている触手は、なにかに触れると強酸を吐き出す。いくらシービクターとて、当たれば最後。死体も残らない。

それは戦術機であっても変わらず、本来は要塞級とは会いたくない。要塞と名の付くだけあって、基本全身硬い。120mmを使う必要があるくらいには硬いのだ。要撃級も突撃級も一部が硬いだけで、そこさえ外せば問題なく楽に倒せる。戦車級も数は多いが単体での脅威度はたかが知れている。だが要塞級は、かなり硬いので面倒なのだ。

 

『俺を殺せるものなら、殺してみろ!!俺はまだ、死なないんだぁぁぁぁ!!!!!!!』

 

「まるで総隊長並み。俺も、負けてらない」

 

白銀の攻撃を見て、レリックも闘争心を露わにする。要塞級に肉薄し、触手を敢えて撃たせて別の要塞級にぶつけたり、そのままぐるぐる巻きにしてやったり、何なら撃たせずに背後からチェーンソーで肉を掻き出す。コイツもかなりの者だ。

 

「くうぅ!!」

 

『武後ろだ避けろ!!!!』

 

「しまっ…」

 

武が着地した背後に、要撃級が居たのだ。しかも誰も援護が間に合わない位置で、武の機体も明らかに反応するには遅すぎた。だが、問題はない。

 

ドカカカカカ!!

 

武の背後上空から、ワイヴァーンとシーホネットが突っ込み要撃級を排除。更にそのまま爆弾を落とし、周囲の戦車級も掃討した。

 

『ご無事ですか白銀様?』

 

「い、イラスト、リアスさん?」

 

『よかった。ご無事で何よりですわ。ここからは、私達が引き受けます。前にお進みください』

 

見ればレーダーに、無数の光点があった。江ノ島艦隊の艦載機部隊が、レーザーも撃てない超低空からBETAを片付けている。プラモデルサイズで、武器の威力は実機並み。江ノ島艦隊の艦載機は、BETA相手には非常に有用だ。A01はオリジナルハイヴ級を目指し前進を続ける。

さて次は、シュヴァルツェスマーケンのいる西部ハイヴの方を見てみよう。

 

『さあ、野郎共。仕事の時間だ。光線級、戦車級、要撃級その他諸々目に付くもの全部ぶっ壊せ!!』

 

こちらの戦線は、メタルギア水虎の上陸戦から始まった。水虎は水陸両用メタルギアにして、各所に様々な武装を持つ。本来こういうBETA支配域への着上陸には、A6イントルーダーの様な機体が先遣隊として上陸し、一帯を確保する事になっている。だが今回イントルーダーは居ない上に、浄龍の開発で手一杯だった為、水陸両用メタルギアであり近いコンセプトを持っていた水虎が、その役目を務めているのだ。

更に海軍陸戦隊の先遣陸戦隊も共に上陸しており、そのまま観測拠点の設営に移る予定だ。

 

『BETA共掛かってこいや!!!!』

 

『近づけるものならな!!!!!!』

 

『ぎもぢぃぃぃ!!!』

 

瞬く間に地上を制圧すると、続々と後続部隊が上陸を開始。戦線も素早く構築される。

 

「指揮官様。西部ハイヴ攻略支援艦隊、展開完了しましたわ。これより前進し、BETAの排除を開始します」

 

『了解!気を付けろよ!』

 

「姉様、ご指示を」

 

「まずは一帯のBETAを掃討し、安全を確保するわ。後続の皇国軍は、輸送中は無力。加賀、いつも以上に気を引き締めなさないな」

 

西部ハイヴ攻略支援艦隊の旗艦はKAN-SENの赤城、戦艦組はアイオワ、重巡組はローン、軽巡組は矢矧、駆逐艦はZ23が務めている。

 

『こちらは海上機動歩兵軍団『霞桜』副長兼本部大隊大隊長グリム!現在鬼ヶ島に展開中の全軍に通達します。前線より後方50km地点に、補給陣地を構築しました。損傷の激しい機体、負傷者は直ちに撤退。補給と整備を受けてください』

 

この拠点には本部大隊と江ノ島鎮守府より数十人の警護艦隊が護衛しており、緊急時には拠点を収納し撤収できる。何せこの拠点、江ノ島に来た拠点型の深海棲艦なのだ。お陰で展開も撤収も移動も、物の数分で完了する最強の移動拠点なのだ。

 

「よお!赤城の嬢ちゃん!!」

 

「バルク様。そちらも到着なされたのですね」

 

「おうよ。今回も頼むぜ。お前達がいてくれるお陰で、俺達ジャンキー共は前だけ見てられる」

 

「えぇ。後ろはお任せください」

 

バルク達第三大隊が前線に向かうのと入れ違うように、シュヴァルツェスマーケンもやってきた。東ドイツ最強にして、対光線級戦術である光線級吶喊(レーザーヤークト)を行える精鋭集団である。

 

『こちらは東ドイツ軍、第666戦術機中隊シュヴァルツェスマーケン。私は中隊長のアイリスディーナ・ベルンハルト大尉だ』

 

「お会いできて光栄ですわ大尉。私は本艦隊の旗艦を務める江ノ島艦隊所属、重桜一航戦、航空母艦『赤城』です。以後お見知り置きを」

 

『無敵の空母だと聞いている。こちらも共に戦えて光栄だ』

 

「早速ですが、現状を説明致しますわ。既に周辺地域は皇国軍によって掃討されており、現在は霞桜第三大隊が数キロ前進し戦線を構築しています。貴中隊も、そちらの支援に向かわれてください」

 

『了解した』

 

シュヴァルツェスマーケンは直ちに、戦線構築のためにBETAの迎撃に移る。A01よりも数は少ないが、それでも東ドイツ最強と言わしめる精鋭部隊。数的劣性を一切感じさせない勇猛果敢な戦いっぷりである。

 

「カティア!ファム姉!そっちに行くぞ!!」

 

『任せて!カティアちゃん!!』

 

『はい!援護に入ります!!』

 

『要撃級が来る!シュヴァルツ03、シュヴァルツ05!右翼から回り込んで、迎撃にあたれ!!』

 

アイリスディーナが指揮官として戦況を俯瞰し、各機がしっかりとした連携で確実にBETAを殲滅していく。更にアイオワからの支援砲撃や、皇国海軍からの砲撃も加わり比較的速く殲滅されていった。

 

『テオドール君!後ろ危ない!!』

 

「チッ!」

 

『お兄ちゃんはやらせない!!!!』

 

「リィズ!!」

 

因みに皇国との初接触時にシュヴァルツェスマーケンを裏切っていたリィズ・ハーウェンシュタインだが、裏切っていた理由が例のシュタージに幼少期に筆舌にしがたいアレコレで洗脳されており、その後もハニートラップ要員とか高官の性接待要員として働かされ、かなりハードでディープな人生を送っており、完璧に心が崩壊していたのだ。

その話を聞いた神谷&シュヴァルツェスマーケンの全員は、流石にそのまま裏切り者の烙印を押して牢屋にポイする訳にはいかないという結論に至り、神谷が「もう『衛士』って事で、恩赦させよう。衛士って貴重だし、文句出ねーだろ」という理由をつけて無理矢理無罪放免で解放し、晴れて中隊の真の意味での一員となった。

しかも元々の衛士としてのセンスも高く、シュタージでもここ数年はヴァアヴォルフ大隊という戦術機部隊に配属されていたこともあって、操縦スキルが高かった為、しっかりと戦力強化にも繋がるというオマケまで付いてきた。

 

『邪魔!!お兄ちゃんを取らないで!!!!』

 

だがどうやらヤンデレ気質だったのか、義理の兄たるテオドールが絡むと一気にヤバくなる。特に戦闘中であれば、もうなんか味方がドン引きしてBETAに同情したくなる戦い方をする様になる。例えば盾でBETAを穿ったり、蹴り飛ばしたり、ナイフでズタズタにしたり、かなり酷い。

 

『ふぅ。お兄ちゃん、無事?』

 

「あ、あぁ。助かったよリィズ」

 

『えへへ、もっと褒めて褒めて!』

 

BETAの返り血というか、赤い体液に塗れたゴツい戦術機が可愛い動きするの、普通に恐怖である。だがここは戦場。そんな浮ついた空気があれば、大体面倒事が起きる物だ。

 

「ッ!?アカーギ!砲弾が堕とされ始めたわ!!」

 

「何ですって!?」

 

「赤城先ぱーい。私の艦載機、例の光線級に堕とされましたぁ!」

 

「加賀先輩!私のもダメでした!!」

 

「私のもだ。例の光線級のレーザー、艦載機どころか砲弾も迎撃するのか.......」

 

光線級の出現である。光線級はミサイルや航空機は勿論、砲弾も迎撃してくる。お陰で一度光線級が出張ってくると、支援砲撃の効力はかなり落ちるのだ。

 

「アイオワ!あなたの砲弾でも堕とされたの!?」

 

「No!私のはno problemよ!でも、皇国のは堕とされてるわ!!」

 

「.......姉様。どうやら光線級とてあまり近づきすぎなければ、こちらの艦載機は小さすぎて堕とせない様です」

 

「すぐに皇国軍の本部に連絡するわ。ローン、矢矧、ニーミ!レーザーヤークトの準備をなさい!!」

 

援護に入っていた艦隊からも、同様の報告が上がり始めていた。この事態を見て、司令部はシュヴァルツェスマーケンにある指示を出す。

 

『司令部より、第666戦術機中隊へ。貴隊の状況を報告されたし』

 

「我が隊は損傷機なし。コンディション、隊員の士気も良好だ」

 

『了解した。現在BETA支配域15km地点に、光線級及び重光線級が確認されている。これにより支援砲撃が迎撃されており、同光線級集団の掃討を要請したい。可能であるか?』

 

「問題ない。これよりレーザーヤークトを敢行する」

 

『感謝する。そちらの援護に霞桜第二大隊、及び江ノ島の西部ハイヴ攻略支援艦隊より突撃チームが投入される。シュヴァルツェスマーケン、武運を祈る』

 

シュヴァルツェスマーケンは機体をBETA集団に向けて、レーザーヤークトに向かう。

 

「総員傾注。これより我が隊は、レーザーヤークトを敢行する。相討ち覚悟の特攻作戦だ!準備整った、これで我々は一蓮托生だな」

 

『全く、同志大尉の指揮下にいればいつもこれだ』

 

「どうしたテオドール?怖気付いたか?」

 

『まさか。いつも通りにこなしてみせるさ』

 

『もし生き残ったら、みんなの前でお兄ちゃんのベッドの下の秘蔵本を見せてあげるからね!』

 

『あぁ。俺の秘蔵——って、ちょっと待てリィズ!お前どこでそれを!!』

 

テオドール、男の誇りと意地と名誉とプライドに賭けてその本は死守しなくてはない。何せその本、要はエロ本なのだ。しっかりベッドの奥底に色んな偽装用の箱を敷き詰めて、その内の1つに二重底までして隠していたのに、何故かバレている。軽く恐怖だ。

というかこれ、生き残ろうが戦死しようが何れにしろ待ち受けるのは地獄である。

 

『ねぇリィズ?その本の題名は、何だったのかなぁ?』

 

『えっと、確か題名は『金髪爆乳美女〜真夏のドキ♡ドキ♡水着特集〜』と『ブロンド爆乳全集〜イケナイあの子のセーラー服〜』ですよアネットさん!』

 

『おんやぁテオドールゥ?一体何でそんな本があるのかなぁ?』

 

『あ、アネット!落ち着け!!』

 

『テオドールさん.......』

 

『カティア!?そんな目で俺を見るな!!』

 

だが助かった。バレたのはまだその2冊だけだったのだ。前にリィズが来たばかりの頃、ブロンド爆乳物はバレている。つまりこれはノーダメージなのだ。

 

『あ、後他にも『アジアンビューティー 巨乳お姉さんの谷間 』っていうのと、『シルバー爆乳美女のイケないオフィス』っていうのもあって』

 

『やめろおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!』

 

『あら!』

『テオドール。いっぺん死ね!』

 

『若いな、テオドール』

 

『どうにか助けてくれよ!同じ男だろアンタ!!』

 

テオドール処刑ショーにより、戦闘前にしてテオドールの精神はゴリッゴリに削られる。ぶっちゃけ今のテオドールは、リィズがシュタージの犬と露呈した時並みのショックを受けている。かなりやばい。

 

『同志少尉。そのいかがわしい本については、後で私がきっちり処分してやる。ホーウェンシュタイン少尉、帰還後協力してくれるな?』

 

『ラジャー!』

 

「同志諸君、そこまでにしておけ。あぁ、エーベルバッハ少尉。基地に帰ったら、その『金髪爆乳美女〜真夏のドキ♡ドキ♡水着特集〜』と『ブロンド爆乳全集〜イケナイあの子のセーラー服〜』について、詳しく聞かせて貰うぞ」

 

『お姉さんもアジアンビューティーについて、詳しく知りたいかなぁ?』

 

『.......殺す』

 

『へぇー、日本の市外局番は0120なのか.......』

 

テオドールが壊れた。それにその番号、市外局番ではなくフリーダイヤルである。というかそもそも、その電話番号はどこから現れたのやら。

 

「オープンチャンネルで何話してやがるよ666!!」

 

『済まない、作戦前に浮ついていた』

 

「怒っちゃいねーよ!!こちらは霞桜第三大隊、大隊長のバルクだ!!とりあえずテオドールだかエーベルバッハだか知らんが、エロ本バレた奴!ご愁傷様」

 

バルクは合唱すると、他の大隊の隊員達も敬礼してテオドールを慰めた。同じ男として、その気持ちは良く分かる。そしてバレてしまった今、どんな思いかも良く知っている。

 

「今時エロ本って古風なのな。今度もっとバレねぇ方法を教えてやるさ。っと、話が逸れたな。ベルンハルト大尉だったな!光線級までの道は、俺達が必ず切り拓いてやる。光線級は頼んだぞ」

 

『あぁ。任せておけ!』

 

「いいねぇ、その返事。そーら野郎共!!姫君達と騎士殿達をお連れする!!我らは汝等に問う。汝らは何ぞや!!!!!!」

 

「「「「「「我ら弾幕信者!!地獄の神の代理人なり!!!!!!」」」」」」

 

因みに第三大隊は弾幕教 濃密弾幕宗の総本山である。彼らにとって弾幕とは、神聖な儀式らしい。無論これはおふざけ100%のネタであって、本当にそんな謎宗教を作ったわけではない。

だが実際かなりの弾幕信者であり、第三大隊の装備は大半のものが手に対深海棲艦用歩兵機関銃イシス2挺と、後ろの兵器担架にも2挺、そんでもって両肩に付けている追加のバトルシールドの内側にも連装ミニガンが装備されている。ぶっちゃけ、かなりヤバい連中だ。

 

『後方から友軍艦接近!江ノ島艦隊です!!』

 

『江ノ島鎮守府所属、鉄血のローンと申します。私達が道を切り拓きますから、光線級をお願いしますね』

 

ここで西部ハイヴ攻略支援艦隊より、ローン率いる援護艦隊が到着した。艦娘とKAN-SENの艤装には、水上と同等の速度が出せる様に調節してある。よって戦術機の素早い挙動にも追い付いていけるのだ。

因みに編成はローン以下、艦娘の高雄、愛宕、矢矧、阿賀野、能代、KAN-SENのハインリヒ、タリン、レーゲンスブルク、チャパエフがやって来ている。

 

「よし総員、続けぇ!!!!」

 

各隊が陣形を組み、BETAの集団に突っ込む。まず初めに接敵したのは、第三大隊の面々。

 

「オラオラオラオラァ!!!!撃って撃って撃ちまくれ!!!!

Barrage junkie(弾幕ジャンキーこそ)!?!?」

 

「「「「「「is the messenger of peace(平和の使者なり)!!!!!!」」」」」」

 

「弾幕はパワー!!!!!」

「弾幕こそ至高!!!!!」

「火力は正義!!!!!」

「火力こそ救い!!!!!」

「濃密弾幕は愛!!!!!!」

 

「聞かせてあげよう、弾幕による救済の鎮魂歌(レクイエム)を!!!!」

 

もう無茶苦茶である。片っ端から弾幕はって、とにかく敵をやっつける。しかも対深海徹甲弾装備な上に、使ってる銃が全部バルカン砲タイプなので、敵が倒れるというよりも溶けていくのだ。

ヤバいのは彼らだけではない。

 

「私を…舐めるなっ!!」

「大人しくなさい!!」

「全員かかれー!Los! Los!」

「ぱんぱかぱーん♪!」

「矢矧、突撃する!」

「馬鹿め!無駄な抵抗をするんじゃないわ!」

「阿賀野の本領、発揮するからね!」

「蹂躙する!」

「残念ね…捕捉済みよ!撃てっ」

「吼えろ!レジーナ!!」

 

艦娘とKAN-SEN達も暴れる暴れる。ゼロ距離で主砲を喰らわせ、遠目の敵には魚雷をぶん投げ、場合によっては艤装自体がバリボリとBETAを食い始める。

彼らが作り上げた突破口を突き進み、遂に光線級の姿を捉えた。ここでシュヴァルツェスマーケン、というよりアイリスディーナ、テオドール、リィズ、カティアが持って来た秘密兵器が放たれる。

 

「行けシュヴァルツェスマーケン!!!!」

 

「援護に感謝する!全機、MPBM一斉発射!撃ち尽くせぇ!!!!」

 

『『『了解!!!!』』』

 

放たれたMPBMは数本は迎撃されるが、キャパ以上の攻撃に抗戦級でも捌ききれない。重光線級に至っては、威力は大きいが連射は効かない為、こういう近接戦での対空戦には不向きだ。MPBMは起爆後、周囲を綺麗に焼き払う。数千℃の火球が地表に形成され、光線級を跡形もなく溶かした。

 

『やった!』

 

「まだ仕事は終わっていないぞ!補給を順次行い、前進に備えよ!!」

 

ところ変わって東部ハイヴでは、神谷戦闘団の面々が戦術機部隊と同時に上陸しようとしていた。空中からは戦術機、海岸線からはLCACとLCUに分譲した各部隊が上陸する。更には西部ハイヴと同じ様に、水虎による上陸支援も行われていた。

 

「応龍、ここまででいい。切り離せ」

 

『先行するんですね?ウィルコ!パージします!!ご武運を!!!!』

 

応龍から切り離された浄龍オーバーロードは、スロットルを全開に吹かして高度を取る。普通ならレーザーに晒される、新人でもやらない行為であるが、元からある2基と追加の6基、計8基のエンジンを持ってすればレーザーの回避など造作もない。

そもそも皇国には元々TLSや自由電子レーザーという、自前のレーザー兵装が普通に配備されていた。その為パイロットにはレーザー回避の訓練もパイロット養成課程の後半で行うし、機体自体のOSにもレーザー回避に関連するプログラムが搭載されている。戦術機と衛士に取ってのレーザーは、実は少しだけ脅威度が下がっているのだ。

 

「やっぱりレーザーは撃ってくるか!しかも太いのもあるし!!」

 

神谷はまるで空中で踊る様に、華麗にレーザーを避けていく。ある程度のレーザー級の位置を把握すると、高度を落として応龍の編隊に戻る。

 

「ジェネラルマスターより、インペリアルドラゴンズ各機へ。光線級の一団を確認した。我々の当面の目標は、この光線級の排除である。だがまずは、陸地のお掃除からだ。全機、フォーメーション、ウィングダブル5で我に続け」

 

神谷戦闘団白亜衆に作られた、機甲戦術機大隊『インペリアルドラゴンズ』は皇国の精鋭戦術機部隊である。機体カラーが通常の灰色から、濃い紺色に変更されており、全機がアーマードパックを装備した重装甲部隊であり、今回の様なBETA支配域への先行突入や膠着した戦線の打開の為に投入する為に作った最強の機甲戦力である。

インペリアルドラゴンズ各機は応龍から切り離されたと同時に、エンジンの推力を最大にして編隊を構築。東部ハイヴの上陸予定地点に先行していく。その後ろ、神谷の直掩には第19独立警備小隊がつく。

 

『神谷殿、我ら斯衛もお供します』

 

「帝国最強のエースが援護についてくれるとはな。俺もVIPになったもんだ。それじゃ援護頼むぜ、先輩殿」

 

ご承知の通り、神谷の実家及びその一族は1500年以上前から脈々と血が受け継がれてきた、天皇家並みに由緒正しき家柄である。しかも当初は武を誇りとする豪族であり、それからは武士の一家でもある。それを知った斯衛軍組、特にこの第19独立警備小隊の面々は御剣に向ける並の敬意を払ってくれているのだ。

 

『長官!前方に獲物です!!』

 

「このまま着上陸だ。派手に決めるぞ!!」

 

インペリアルドラゴンズと第19独立警備小隊は、海岸線に切り込む様に着地。それと同時に、一切砲撃を開始する。

 

「近づける物なら近づいて見ろや!!!!!」

 

神谷の装備するアルティメットパックと通常のアーマードパック装備の浄龍の恐ろしいところは、棒立ちでもかなりの威力となる事にある。単純計算で腕を前に広げてあげるだけで、130mm速射砲2門、60mm機関砲4門、35mmバルカン砲2門、30mmPLSL2門、TLS2基が指向されるのだ。これに手持ちと背部兵装担架の兵装も合わさる。

浄龍オーバーロードとエンペラーともなれば、その数は更に跳ね上がる。これに加えて全方位多目的ミサイルランチャーもあるとなれば、数分で一帯を殲滅し終えてしまうのだ。

   

『前方より要塞級!来ます!!』

 

「46cmを喰らわしてる!!」

 

ズドォン!!!!!

 

本来その巨体と装甲、そして尻尾というか尾の触手でかなり厄介な筈の要塞級であるが、アルティメットパックの前には無力だ。何せコイツの場合、背中にトルネードパックの460mm火薬、電磁投射両用砲を搭載している。いくら要塞級でも当たれば最後、弾け飛ぶ。

 

『エンタープライズよりジェネラルマスター。こちらの上陸は完了した。霞桜第一大隊も展開完了している』

 

「ジェネラルマスター了解。ユニオンの英雄、Big Eの加護があれば安心だ。我々はこれより、レーザーヤークトを敢行し一帯の制空権確保に移る。そちらには援護を頼みたい」

 

『了解した。艦載機によるエアカバーを実施する』

 

神谷戦闘団と白亜衆も共に降下し、戦線を構築。BETA相手ではあるが、いつもの様に暴れ回る。

 

「BETAって、普通に切れるのね!!」

 

「あぁ。毒もよく効く!」

 

「ライトニングサンダー!!魔法も効きますよ」

 

「いやぁ、爆裂矢も毒矢も火矢も、全部しっかり効くのは有難いよ」

 

「剣山!!物理攻撃は勿論効くわ!」

 

最前線で暴れ回るのはワルキューレこと、エルフ五等分の花嫁である。彼女達はエルフの上位種たるハイエルフであり、身体能力や魔力が通常のエルフよりも上なのだ。通常のエルフですら人間を軽く凌駕するというのに、ハイエルフともなれば忍者の様に屋根から屋根へ飛び移ったり、明らかに常人の反応速度ではない速さで反応する事もできる。その為、BETAが相手であっても、BETAの攻撃を貰う前に素早く離脱できるのだ。

しかも使う武器には毒とかの機能がついているが、BETAも一応人間と同じ肉体を持つ生命体(?)ではあるので、しっかり毒も通用すれば燃やしたりも出来る。お陰でいつも通りに戦えている。とは言え超至近距離での近接戦は、流石にリスクが高い。そこで、彼らがその背中を守る。

 

「ワルキューレ達突っ込みすぎだろ!」

 

「ぼやいてないで撃て撃て!」

 

「だぁーもー、邪魔なんだよBETA共!!!!」

 

「俺達が奥方様方の背中を守るんだよ!!!!」

 

赤衣鉄砲隊である。赤衣鉄砲隊は、こういう風にワルキューレと神谷を援護する為に作られた射撃の精鋭部隊。ワルキューレの動きに合わせて、正確にBETAを排除していく。しかも今回は分隊火力を単一目標に絞って射撃している上、使用するのが12.7mm弾を放つ32式戦闘銃である。BETAの前衛に多い戦車級位なら、余裕で排除可能だ。

ワルキューレ達が前衛たる戦車級を相手にするなら、もう1種類の突撃番長も倒す必要がある。だがそれは、コイツらがやってくれる。

 

「ヒャッハーーーーー!!!!!!!!やっぱり突撃は俺達の出番だぜ!!!!!!!!!!!突撃級をデストロイするぜヒャッハーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

 

「俺たちゃ泣く子がもっと泣き叫ぶ!!!!!神谷戦闘団の突撃隊長だぜ!!!!!!!!突撃級なんざ目じゃねぇ!!!!!!!!!!」

 

「テメェなんざ突っ込むしか能がねぇ馬鹿どもだ!!!!!!!!そして俺達は突っ込んで敵を殺すことしか能がねぇ阿呆どもだ!!!!!!!!魂バリバリ!!!!!!!」

 

神谷戦闘団の最狂突撃部隊、ヒャッハー装甲車の3台である。コイツらの戦法かなり狂っていて、突撃級が基本的に直線番長であり急には曲がらないことに目を付けて、なんと時速170kmの速さで突き進んでくる突撃級の群れに自ら突っ込み、装甲がない背中や尻を機関銃で撃ちまくるという狂いきった戦法を編み出したのだ。

無論何かちょっと失敗やズレが生じれば、何の抵抗もできず突撃級に引かれるか空中へ吹っ飛ばされて見事二階級特進コースである。だがコイツら、それをやりのけやがった。

 

「ヒャッハーーーー!!!!スリル満点だぜ!!!!!!」

 

「俺たちなら余裕だぜ!!!!!!」

 

「魂バリバリ!!!!!!」

 

ドリフトやら何やらで無理矢理曲がり、突撃級の間を縫って通り過ぎると同時に攻撃。その攻撃で突撃級の足を無理矢理止めて、後方から江ノ島艦隊の砲撃が襲う。かなり無茶苦茶かつ狂っているが、なぜか戦法として確立できてしまっていた。無論、他部隊では無理である。

そして、もう1匹。コイツがいる。

 

「その程度で、我は止まらぬわ!!」

 

ゴオォォォォォ!!!!!!

 

『やはり焼き尽くすのは気分が良い!!!!』

 

竜神皇帝『極帝』さんである。安定の魔力ビームの前には、BETA自慢の装甲も氷の様に溶ける。ついでになんだったら、バリボリ食べ始める始末だ。因みに要塞級の酸は「ピリリとして美味」らしい。

 

『光線級、目視にて確認!』

 

「TLSを使う。各機、俺の後ろに下がれ!」

 

浄龍オーバーロードは着陸すると、足を肩幅まで広げてチャージを開始する。数秒でゲージが溜まり、両腕を胸の前でクロスさせて解放。極太のレーザーが発射される。たった一掃射で大半の光線級と重光線級を破壊。間髪入れずに、インペリアルドラゴンズと第19独立警備小隊が残党を狩る。

 

『こちら西部ハイヴ!光線級の排除を確認!!』

 

「空中空母に連絡!降下開始させろ!!」

 

東部と西部の光線級が一時的にでも撃退された今、このタイミングで最強の機甲戦力を展開する。今回空中空母艦隊には、艦載機の代わりに有りったけの46式戦車、51式510mm自走砲を搭載してもらっている。この2つの機甲戦力は、輸送艦を横付けして下ろすか、大型機からの空中投下しか展開する方法がない。

だが肝心の鬼ヶ島の周囲は結構浅瀬で、輸送艦は座礁する可能性が高い。となると空中から落とすしかないわけで、それには光線級の掃討が絶対条件なのだ。無論、レーザーに備えて空中母機『白鳳』が護衛についているので、もしもの場合は盾として空中空母を守る。

 

「艦長!鬼ヶ島の空域に到着しました!!」

 

「よし!ではこれより、予定通り機甲部隊の投下を開始する!投下準備を成せ!!」

 

「アイ・サー!」

 

艦長の指示に、乗員達は慌ただしく動き出す。甲板に並ぶ投下装置に繋がれた46式と51式も最終チェックが行われ、戦士兵達は自らの愛機に乗り込む。

 

「下方よりレーザー来ます!!」

 

「舵そのまま、両舷増速!!」

 

「戦闘、撃ち方始め!!!!弾幕を貼り撹乱しろ!!!!!!」

 

レーザー掃射を受けるが、その程度では空中空母艦隊は止まらない。弾幕を展開し、更に『白鳳』達がAPSを起動した上で下に潜り込み盾となる。

地上に展開している各部隊も、残党光線級への攻撃を敢行。援護に回る。

 

「投下ポイント上空!」

 

「降ろし方、始めぇぃ!!」

 

艦長の号令と共に、パレットが次々に投下。地面に向かって自由落下でおちていく。本来ならパラシュートとかがあるのだろうが、このパレットには代わりにスラスターが搭載されている。本来は対空砲に照準をつけさせない為の措置なのだが、期せずしてレーザー対策になった。お陰で光線級の死角に素早く潜り込める。

ある一定の高度に到達すると、スラスターが点火。減速し、パラシュート投下時よりも少し強い位の衝撃で着地し、着地すると同時に即座に移動を開始。友軍との合流を図る。今、皇国陸軍最強の機甲戦力が、鬼ヶ島に降り立ったのだ。

さて、最後に北部ハイヴだが、こちらはかなり毛色が違った。というのも北部ハイヴの指揮官は長嶺であり、その長嶺の戦闘はかなり他の戦区とは違うのだ。なんとこちらは、支援艦隊を前面に出して最前線でBETAと殴り合わせているのである。

 

「オラオラァ!!どうしたどうした!!!!」

 

無論、先頭に立つのは長嶺。浄龍エンペラーを駆り、最前線に1人で切り込んでBETAを殺し回っている。テストパイロットを務められる程に強いはずの歴戦達の衛士達ですら、長嶺には付いて行けていない。

 

『おいおい。単騎で突っ込んでBETAを片っ端から血祭りに上げてるぞ』

 

『す、凄まじい闘争本能ね.......』

 

『なぁユウヤ。アレが例の元帥閣下だよな?』

 

『あ、あぁ。戦術機でも殆ど変わらないって、どんだけ化け物なんだよ.......』

 

アルゴス試験小隊の面々もこの反応である。だがそれでもしっかり仕事はこなしており、BETAを殲滅し続けている。一方、北部ハイヴ攻略支援艦隊はというと…

 

「全主砲、薙ぎ払え!!!!」

「この武蔵の主砲は…伊達ではない!いくぞ…!!」

「撃ちます!Fire!!!!」

「気合い!入れて!撃ちます!!」

「勝手は榛名が許しません!!」

「距離、速度、よし!全門斉射!!」

「武蔵ならここにいる。怯みも焦りも不要、粛々と進むが良い――」

「ファイアコントロール、頼むわよっ!」

「凍れ、そして爆ぜろ!」

「我の射程内に真理あり」

「チェックメイトよ!」

「騎士の剣さばきを!」

「女王陛下に、栄光あれ!!」

「砲撃開始!押しつぶせ!」

「サディア帝国の力を見よ!」

「遊びはここまでだ!」

「天の裁きを受けよ!」

 

もう大暴れである。というのも長嶺、この北部ハイヴ攻略支援艦隊は各陣営の旗艦級&精鋭を集中運用しているのだ。今回の相手には小細工は通用しない。だが逆に正面切っての戦闘なら、こちらにも勝機はある。となれば各戦線に満遍なく配置すべきかもしれないが、精鋭をこちらにまとめる事で何か不足の事態が起こった際に遊軍として動かしたり、或いは事態の打開を図れると考えてこの配置にしたのである。

その恩恵として、最前線に艦隊を殴り込ませて砲弾の嵐で敵を掃討できているのだ。

 

「いい感じだお前達!!そのまま頼むぞ!!!!っと、オイゲン!水雷戦隊連れて右翼から回り込め!!吹雪!お前は大井&北上と二水戦連れて左翼だ!!機動部隊!!上空援護を絶やすな!!!!更に敵が来るぞ!!!!

ベアキブル!カルファン!部隊率いて吶喊!!正面に穴を開けろ!!!!全試験部隊!!俺に付いてこい!!!!戦術機部隊は戦線を維持だ!!!!!!」

 

初めての戦術機での戦闘だが、全く問題ない。既に新米衛士が乗り越えられないという死の8分を乗り越えているし、その8分間に数千体のBETAを殲滅している。その傍らで指揮を継続しているのだから、その化け物っぷりは伝わるだろう。

 

『インフィニティ3より、ゴールドフォックス!』

 

「どうしたレオン!」

 

『俺とインフィニティ4で左、インフィニティ1、2で右から先行し、BETAの気を引きます!その間に、閣下は部隊を率いて光線級に向かってください!』

 

「任せるぞインフィニティーズ!教導部隊の精強さを見せて貰う!!!!」

 

『ラジャー!!』

 

ラプターは一列から一気に左右に広がり、そのまま圧倒的なまでの機動性でBETAを翻弄し殲滅していく。本来は対人戦闘、つまり対戦術機を想定した機体なのだが、その機動性は対BETA戦でも光る。

インフィニティーズが派手に暴れている間に、長嶺を先頭にレーザーヤークトを敢行。素早く光線級を撃破し、ついでに残党光線級も撃破したのだが、ここでヤベェ物と出くわしてしまった。

 

『な、なんだアレは!?ゴールドフォックス!未確認BETAを発見!恐らく光線級の一種と思われる!!』

 

「このタイミングかよ!唯衣!映像回せ!!」

 

篁の武御雷から送られてきた映像には、要塞級の様な脚を持ち、多分重光線級かそれ以上のレーザー発射口3つを束ねたレーザー砲を3本持つ、明らかに最強の光線級が映っていた。

 

「全機!一度離脱する!!退避しろ!!!!」

 

流石に突っ込もう物なら、こっちがやられかねない。ここは下がるしかない。だが撤退を開始した瞬間、例の最強の光線級、こいつが極太の波動砲並みのレーザーを洋上の『日ノ本』に向けて放った。

 

『なぁ!?『日ノ本』被弾!!!!』

 

幸いAPSが間に合ったらしく、数秒の掃射後に表したその姿には傷一つ付いていない。だがあんなのを地上目標に向けられよう物なら、まず間違いなくこの世から消え去ることになるだろう。

 

「イーニァ。もしかして、お前の言ってたのってコレか?」

 

『多分?でも、こんなの倒せないよ.......』

 

『大丈夫よイーニァ。落ち着いて』

 

『ゴールドフォックス、よろしいですか?』

 

イーニァとクリスカと話していると、思いもよらない人間から無線が入った。本土にある統合参謀本部にいるイーダル小隊の隊長、イェージー・サンダーク中尉と、アルゴス試験小隊の隊長、イブラヒム・ドゥール中尉。それから横浜基地の副司令である香月夕呼からである。

 

「3人が雁首揃えて、どうしたんだ?」

 

『現在、他の東西南北ハイヴにもこの未確認の光線属種、差し詰め超重光線級が現れました』

 

『艦隊には被害が出ていませんが、それは恐らく時間の問題でしょう』

 

『一色総理は、核ミサイルの使用に舵を切り始めましたわ。直ちに撤退の指示をお出しください』

 

「まだ諦めんには早ぇよ。こっちはまだ、本気を出しちゃいないんだ。それにあんなヤベェの、なんの情報もないのは1番ヤベェ事になる近道だ。倒せずとも、情報はいる」

 

長嶺はそこまでいうと、一方的に通信を切り戦術機の外に出た。いきなり開いた浄龍のコックピット部分に、隣にいたクリスカとイーニァは驚いている。

 

『どこに行くのだ?』

 

「あれ。ちょっくら殺してくる」

 

長嶺は戦術機から飛び降りて着地し、1人超重光線級に向かって歩き出す。それを止めるクリスカとイーニァ。それを聞いた他の小隊からも、制止の声が上がるが江ノ島の家族共だけは、長嶺の後ろを黙ってついて行くだけだった。

 

「お前達、ここで待機だ。俺が指示したら突っ込め。

この無線が聞こえる全ての兵士に告げる!俺は江ノ島鎮守府司令、長嶺雷蔵だ!!これより例の超重光線級とかいう無駄に図体のでかい肉塊の注意を引いてやる!!!!その隙に有りったけの火力を叩き込め!!!!」

 

長嶺は稜線の影から飛び出すと、まずは7枚の式神を取り出して投げる。その式神は戦闘機となり、編隊を組んでエンジンのとは別の炎を後ろから吐きながら、炎の軌跡を残しながら半円を描く様に飛ぶ。その炎は残り続け段々と巨大な旭日旗の形を成す。そして旗に向けて回り込んだ7機が、炎の旭日旗をぶち破って突き進む。すると後ろから巨艦が姿を現し、完全に出て来ると炎は消え、戦闘機も高度を上げた。

次の瞬間、戦艦は炎に包まれて長嶺の元に集まる。炎が晴れればそこに居たのは、艦娘とKAN-SENの様に艤装を纏った長嶺の姿であった。

 

「今回はこれだけじゃねーぞ」

 

そして次は、懐から真っ黒な所々破れた御札を取り出した。紋様や文字は白や金ではなく、赤黒い溶岩の様な色で描かれている。

それを指で挟みながら、顔の前で呪文の様な事を喋り出した。

 

「我願うは、大和民族の火焔なり。この身は火焔と一体となり、全てを破壊し尽くす破壊者となり、全てを滅さん。八百万の神々とて、我が火焔は止められず。この火焔は天に、地に、海に、山に巡りて、全てを焼き尽くす。我、眼前敵を排するその時まで、火炎と成り、例え果てようと悔いは無し」

 

そう言うと、黒い御札が空高く飛んでいった。風も何も無いし、別に長嶺がぶん投げた訳でも無い。だが飛び上がった御札は少し移動すると、急に大きな火炎となった。そしてその中から、巨大な炎を纏った巨大な鬼が現れたのである。いつもの様に炎に包まれたのだが、炎から晴れると予想とは違う姿になっていた。

艤装が主砲は四連装86cm火薬、電磁投射両用砲12基、三連装46cm火薬、電磁投射両用砲39基となり、各所の機関砲や両用砲群は増え、更にはPLSLも搭載されている。艤装も全長が増し大型化して、足回りもエンジンのノズルが増設され、ここにも副砲が搭載される様になっている。全身が文字通り武器だらけとなり、服装も神授才の時のアーマーと艤装を合わせた物になっており、極め付けは背後にビットを備えていて神授才使用時の面影が残っている。

 

「へぇー?神授才と艦娘の力同時併用すると、こんな事になるのか。差し詰め空中超戦艦『鴉焔天狗』か」

 

長嶺雷蔵は単純な最強の存在ではない。長嶺は生まれ付き『神授才』と呼ばれる、謎の超能力の様なものが備わっており、これにより炎を操ることができる。アーマーとビットというのも、その神授才による物だ。

そしてもう一つが、人工的な艦娘なのである。長嶺はかつて中国でのミッションに成功するも重傷を負い、その時に長嶺の義理の父である東川宗一郎が助けるために人口艦娘の実験に参加させ、その結果としてその身に艦娘の艤装、空中超戦艦『鴉天狗』を宿すこととなったのだ。

 

「それじゃ、始めようか!!」

 

長嶺は推力全開で垂直上昇。ついでに砲撃を喰らわせて、こちらに気を引いて貰う。案の定、4体いる超重光線級はしっかりこっちにレーザーを連続して掃射してきた。

 

「連射もできるなんて便利だねぇ。まあ効かないけど」

 

だが長嶺は空中を縦横無尽に動き回って、レーザーを全て回避していく。どんなに強力だろうと、当たらなければどうということは無い。

 

「今だ突っ込め!!!!!!」

 

「親父のお達しだ行くぞ野郎共!!!!」

「ベーくんに続くよ!!!!!!」

 

「艦隊、大和に続いてください!!!」

「雷蔵ったら、エイリアン相手にもいつも通りなのね。みんな、行くわよ!!!!」

 

無線でそう叫んだ瞬間、北部ハイヴ攻略支援艦隊全艦と霞桜第四、第五大隊が動き出す。苛烈な砲撃を加え、光線級の死角から航空攻撃を行い、雑魚敵には格闘戦で蹴りを付けていく。

 

「成る程、そういう作戦か。全く、やる事が派手だな!!」

 

「クリスカ!ユウヤが行っちゃう!!」

 

「なら私達も行こうか、イーニァ」

 

「ホワイトファングより全戦術機部隊!!艦隊に続けぇ!!!!」

 

江ノ島の家族共が動けば、北部ハイヴに展開するすべての戦術機も続く。

 

『伊隅!戦況が動いたわよ!!』

「教官!すぐに部隊を率いて突撃準備を!!A01各機、超重光線級に攻撃を仕掛ける!!全機続けぇ!!!!!」

 

「666中隊、レーザーヤークトの時間だ。いつもより大きいが、やる事は変わらない!全機、我に続け!!」

 

「野郎共!!雷蔵くんが戦況を動かしたぞ!!!!俺達もこれに続く!!最大推力で突っ込め!!!!!!!」

 

他戦区は戦術機が先陣を切り、その背後から霞桜の各大隊と攻略支援艦隊が続く。それだけではない。洋上に控える各艦にも、その動きは伝わっていた。

 

「全艦砲撃用意!!皇国海軍砲術の誉れを見せてみろ!!!!!」

 

「アイ・サー!!全艦、撃ちー方ー始め!!!!」

 

「神☆仏☆照☆覧!!!!」

 

レーザーにやられようがお構いなしに、大量の支援砲撃を開始したのだ。なんなら迎撃されるの前提で敢えて対空用の時雨弾を装填し、対空ミサイルでレーザー級に攻撃を敢行している。流石にこれだけの物量と、長嶺の攻撃を受けてはキャパオーバーで全てを迎撃はできない。

数分の攻防の末、各戦区の戦術機が超重光線級に辿り着いた。東部ハイヴは白銀、西部ハイヴは神谷、南部ハイヴはテオドール、北部ハイヴはユウヤが取りついた。4人はゼロ距離からありったけの多目的ミサイルと各種機関砲群を浴びせる。

 

『超重光線級、沈黙!!!!』

 

先遣陸戦隊からの報告に、全員が歓喜した。だが、まだ仕事は終わっていない。ハイヴの攻略は済んでいないのだ。千葉特別演習場では、即席のカタパルトからハイヴ突入班に選ばれた試験小隊の各機が、スーパーパックかハンターパックを装備した上で、ヴァンガードパックを装備した上で射出されていく。

一方の上陸チームは、集結ポイントに集結し態勢を一度立て直す。各攻略支援艦隊も江ノ島艦隊に統合され長嶺直轄で動く事になるし、神谷戦闘団に参加している各皇国軍部隊も神谷配下に戻る。そんな中、オリジナルハイヴからアレが出てきてしまった。

 

「総員対空戦闘用意!!航空(エアリアル)級だ!!!!!」

 

航空級と名付けられたそれは、空を飛ぶBETAである。速度はあまり速く無い上に装甲も薄いらしいが、光線級のレーザー照射粘膜を搭載している。かなり厄介な相手だ。

 

『弾がないものは補給急げ!!弾に余裕ある者は、弾幕を張って近づけさせるな!!!!』

 

「一航戦赤城」

「同じく一航戦、加賀」

「二航戦蒼龍」

「二航戦飛龍」

「五航戦、翔鶴」

「同じく瑞鶴!」

「「「「「「戦闘機隊発艦!!」」」」」」

「行ける?よし、稼働全機、発艦始め」

「第六〇一航空隊、発艦、始め!―さあ、始めます」

「航空隊発艦! ……ひひっ、てかいいね、いいじゃーん!」

「熊野航空隊、発艦、お始めなさい!」

 

「一航戦、赤城」

「一航戦、加賀」

「「推して参る!!」」

「終わりだ!」

「終わりだ……Funebre!」

「聖なる光よ、私に力を!」

「うんうん、きっとこんな感じで……艦載機、飛べ!」

「これでどう?」

「汝、罪ありき…!」

「この行いはすなわち、アイリスの願い」

 

これが通常の戦術機と地上部隊だけなら、恐らくこの航空級の投入だけで全てが終わっていただろう。だが、今回は違う。戦術機には全方位多目的ミサイルランチャーが満載な上、江ノ島艦隊がいるのだ。対空戦闘なんてお手のものである。

しかもまだある。護衛でついていてきたアウトレンジ部隊、それから特殊戦術打撃隊のADFシリーズが飛来。更にこれに江ノ島鎮守府基地航空隊もついて来ているので、綺麗なまでの形成逆転となる。

 

「みんな暴れてるねぇ。俺も暴れねぇとバランス取れねぇよなぁぁ!!!!!!超多重力弾装填、撃て!!!!!!!でもってオールビットソード!!!!!!行ってこいや!!!!!!!!!!!」

 

オマケに長嶺が暴走した。超多重力弾は起爆後に、重力フィールドを形成して内部に引き込み、フィールド内部にある無数の重力点でバラバラにするというヤベェ代物である。つまりどういうことかと言うと、フィールド内部に入ると重力が四方八方に存在しており、対象物があちこちの方向に引っ張られるのだ。

そしてビット。長嶺の背後に控えるビットは、剣型とビーム発射機型とシールド形成機型に形状が変わる。このビットを用いれば遠近の攻撃と防御を、たった一兵装で行えるのだ。

 

「ジェネラルマスターより富嶽爆撃隊!!出番だぜ!!!!」

 

『了解した。これより突撃する!!』

 

南の空から、富嶽爆撃隊の富嶽IIが大編隊を成してオリジナルハイヴに接近する。今回富嶽爆撃隊にはハイヴ攻略用に、地中貫通爆弾を搭載している。富嶽爆撃隊の火力投射量は鬼ヶ島程度のサイズ感なら、余裕で全てを破壊せしめる量だ。それだけの量を使えば、いかなハイヴとて無傷では済まない。

 

『ハイヴ突入チーム飛来!!』

 

更に千葉特別演習場から飛び立ったハイヴ突入チームも飛来し、東西南北の各ハイヴに突入。中心部にいる頭脳(ブレイン)級の破壊を試みる。

暫くするとオリジナルハイヴへの爆撃は完了したのだが、それはもう見るも無惨な姿であった。見事に大穴が開いており、多分かなりの深さまで掘り進められているだろう。

 

「これよりオリジナルハイヴに突入する。突入班は俺、ゴールドフォックス、ヴァルキリー10と11、シュヴァルツ01、08、アルゴス小隊、ホワイトファング、イーダル1、霞桜各大隊長とする。武器の最終チェック急げ!!」

 

突入班には漏れなくアーマードパックを装備して貰う。流石に他のパックでは、何かあった時の生存性が下がる。装備パックの換装と、武器の換装が終わるといよいよハイヴに突入する。

 

『しかし、いくらバンカーバスター使ったとはいえ下まで届いてるのかねぇ?』

 

『確かにバンカーバスターとは言え、着弾はバラけるものね。さーて、どうしようかしら?』

 

「心配すんなお2人さん。このビット、こんな使い方もできるんだわ」

 

長嶺は穴に飛び込むと、ビットを全てビームにして自身の周りで高速回転させる。

 

「必殺ビームビットストームって所だ!こうすれば穴を掘り進められる!!」

 

『やれやれ、恐れ入るね』

『あはは!VGのグラインドブレード無駄になっちまったな』

『タリサ〜、それあなたも装備してるの忘れてないかしら?』

『うげっ!それは言うなよステラぁ』

『さっき「こいつは絶対いる!これで掘ったら楽だろ!」とか言ってたのにな』

『VGぃぃぃぃ!!!!』

 

『篁中尉。その、アルゴスはいつもあんな感じなのか?』

『あ、あぁ。大体あんな感じだ』

『イーダルとは違うな.......』

『でもみんな、あったかい色だよ』

『そう。ならいいわね、イーニァ』

 

『前に長嶺閣下の事は其方らから聞いていたが.......』

『なんか、突っ込むのも烏滸がましい位の化け物だよなぁ.......』

『総隊長殿はアレがデフォですから』

『悪い人ではないんですけどねぇ』

『総隊長、化け物』

『総長について行ったら楽しいんだが、命のストックはいるよなぁ』

『でもすごく優しいわよ?』

『敵にはドン引きするレベルで恐ろしい上に容赦ないけどな』

 

各隊、結構緩い感じで雑談を楽しんでいる。だが数分もすれば、何やらだだっ広い空間に出た。恐らく天井まで数百mはあるであろう、物凄く広い空間である。

 

「なんだこりゃ」

 

『戦術機でも余裕だな。普通に戦闘機動が取れるぞ』

 

『ハイヴの中というのは、こういう風になっているのか.......』

 

周囲をライトを照らしてみるが、BETAもいない巨大な広間である。周りは岩で覆われていて、特段これといった特殊な物はない。だが1つ、岩ではない何かがあった。

 

『アイリス!』

 

『どうしたテオドール!』

 

『コイツだけ岩と違わないか?』

 

『シュヴァルツ01より各機、こっちに来てくれ!謎の物体を発見した!!』

 

アイリスディーナの報告に、広間内に散らばっていた各部隊が集まる。テオドールが見つけた謎の物体というのは、まるで門や隔壁のような物であった。しかもかなり巨大である。

 

『なんだこれは.......』

 

『恐らくこの奥に、このハイヴの核的なヤツがいるんだろ。大体ゲームとかSFじゃ、こういうのはお約束だ。おーい霞桜の皆さん!周りに何かないか?』

 

「ないわよこーちゃん!」

 

「こっちもだ!」

 

「何かある。ここだけ、違う」

 

レリックは地面に何かを見つけた。ライトで照らすと、そこだけが岩ではなく目の前の隔壁のような物の素材とよく似ている。恐らくこれが鍵とかそういう物なのだろう。

 

「ちょっと見せてくださいねぇ.......」

 

「どうだグリム?」

 

「流石にエイリアンのシステムは専門外ですよ。ですが構造とか配置が地球のものと同じプロセスであるならば、恐らくこれが鍵の役目をしているだと思います。これをどうにかすれば、隔壁は開けるかもしれません」

 

「でも危険。これ、かなりの高電圧。破壊すれば最後、戦術機でも死ぬ」

 

グリムは元天才ハッカーであり、グリムは霞桜の技術屋。こういう時に頼りになる。どう破壊したものかと考えていると、いきなり地面が揺れ出した。地震かと思ったら、壁からなんか気持ち悪い巨大ミミズみたいのが顔を出し、口を開くと大量のBETAが現れる。しかもご丁寧に要塞級までいる。

 

「BETAかよ!!」

 

『戦闘配置!!距離に注意しろ!!!!』

 

幸い光線級はいないらしいが、それでもかなりの数だ。恐らく万単位はいる。しかもこれだけ狭いと、流石に戦い辛い。だが長嶺&霞桜の人間からすれば、こういう戦いは大の得意だ。

 

「ベアキブル突っ込め!!カルファン遊撃!!グリム!!2人を援護しろ!!マーリン後方援護!!バルク火力拘束!!レリックは固めた奴を片端から殺せぇ!!!!!!」

 

「うっしゃぁぁぁぁぉ!!!!!!!」

 

「ふふ。逝っちゃえ。ザーコ❤️」

 

「2人の邪魔はさせませんよ?」

 

「全く。ウチの部隊は血の気が多くて、困りますね!」

 

「レクイエムはまだ始まったばかりだぜ?一緒に歌おうやBETA共!!!!」

 

「上ガラ空き。殺す。素材一杯。万歳」

 

大暴れする霞桜の大隊長達。普通ならBETA1体でも逃げ出したくなるというのに、それをたった7人で数万倍の数と戦い、その上善戦するという訳の分からない状況に衛士達も気を取られるが、コイツらの後ろには更なる上が嫌がりました。

 

「たしかアレ、強酸性の触手だよな。しかも伸びる。よし、ぶった斬って鞭にしよう!!」

 

なんと長嶺、頭のおかしい事に要塞級の尻尾みたいな部分を切り落とし、それを掴んでぶん回して鞭のようにしてBETAと戦い始めたのである。

 

「思った通り!!ぶん回して当たれば酸が出て溶けるし、そもそも先が硬いから単純な打撃にも使える!!!!」

 

『要塞級の尾を武器にして暴れてる.......』

 

『なっ.......』

 

『こ、こえぇ.......』

 

『あんな事、できるのね.......』

 

『本当に人間がどうか怪しくなってきたぞ.......』

 

もう皆さんドン引きである。しかも長嶺、それだけでは終わりません。まだ生きてる要塞級を掴んで持ち上げて、そのまま地面に叩き落としてBETAを串刺しにしたり、要撃級の爪を切り落として、それをぶん投げて要塞級の脳天貫いたり、あるいは爪を持ってブルドーザーのようにBETAに突っ込んで轢き殺したりと、かなりヤベェ戦い方をしていた。お陰で周囲のBETAは相当できたが、なんか何とも言えない雰囲気となる。

 

『げ、元帥閣下?そ、その、あの戦い方は.......』

 

「ん?良い戦い方だろ。やはり戦場で有り合わせのものを組み合わせて戦うことも、兵士には大事なのだよ。うんうん」

 

『あぁ、はい.......』

 

『諦めるなアイリス.......。アンタの言わんとしてる事は正しい』

 

『そうですよ大尉殿!アレはあっちがおかしいんですから』

 

『流石、グリム達の上官というべきか.......』

 

衛士達は声を大にして言いたい「そういう次元じゃねぇ!!!!」と。というかあんな人類滅ぼし軍の、それも現在進行形で世界を滅ぼしにかかってる連中に、あんなヤベェ戦い方で勝たれたら、色々複雑である。

 

『さーて、この隔壁をどうにかしねぇとな。雷蔵くん、何か方法はあるか?』

 

「うーん?とりあえず、殴るか」

 

『殴るっt』

「ドラアァァァァ!!!!!!」

 

普通に隔壁をぶん殴る雷蔵。それで開いたら苦労はしないが、なんと普通に凹んでしまっている。多分これいけると確信した長嶺は、2、3発殴って蹴りも入れてみると、本当に突破できてしまった。

 

「なんか開いたわ」

 

『えぇ!?』

 

『もう、突っ込むのも疲れて来たな.......』

 

『お兄さんすごーい!!』

 

とりあえず中に進んでみると、中は気色悪く光る空間で、真ん中になんかいる。レーザー照射粘膜みたいな目を6つ持ち、無数の触手を生やした、明らかなボス的な奴がいた。

 

『取り敢えず全員に魔法をかける。翻訳(トランスレーション)!』

 

神谷が魔法を掛けた直後、触手がこちらに飛んできた。即座に各機が応戦し撃退すると、例のボスが話し始めた。口はないのだが、声が聞こえる。

 

「災害、排除する」

 

『こちらは大日本皇国統合軍、統合軍総司令長官神谷浩三元帥。直ちに戦闘行動をやめられたい!』

 

「大日本、該当ない。皇国、該当ない。統合軍、該当ない。総司令長官、該当ない。神谷浩三該当ない。元帥、該当ない。戦闘行動、該当ない」

 

『これまで散々やって来た事だろうが侵略者!!』

 

「戦闘、認識。侵略、該当ない。我々の目的は資源回収。重大災害に対処する」

 

ラスボス野郎は触手を勢いよく伸ばし、Su37UBの左腕に触手を突き刺す。その左腕はモーターブレードを起動させ、自らのコックピットブロックに腕を刺そうとする。

 

『何してるクリスカ!!』

 

『制御を受け付けない!!!!』

 

『助けてユウヤ!!!!』

 

「何が災害だ」

 

次の瞬間、長嶺が素早く触手を切り裂いた。そのままラスボスの目の前に突っ込み、愛刀の弦月と閻魔を突きつける。

 

「おい、よく見ろ。俺は煉獄の主人、アマテラス・シン。テメェらがこれ以上、俺の家族や仲間に手ェ出すってならぶっ殺す」

 

ラスボスは何も言わずに、触手を長嶺に突き刺そうとしてくる。だがその前に艤装で触手を全部撃退し、無力化する。

 

「そうか。これがテメェの答えか。テメェらの飼い主につたえやがれ!!お前らが何億何兆のBETAを送り込もうがな、俺達人類は全てを殲滅する!!!!人類を舐めるなよ!!!!戦士を舐めるなよ!!!!!!有象無象の区別なく、俺達の道を邪魔するものは殺すのみ!!!!!!!!」

 

長嶺はゼロ距離で指向できる全ての砲塔で、ラスボスを撃った。ラスボスは跡形もなく消し飛び、地上にいたBETA達も動かなくなる。作戦は成功した。地上でも司令部でも、全員が喜んでいた。

だが、まだ終わりではないらしい。鳳凰が隕石を見つけたのだ。それもBETAのエントリーシップと思われる、BETAの母船である。この事は未だ地下にいる神谷の元にも連絡が入った。

 

『みんな、まだ終わりじゃないらしい!BETAの母船、およそ200隻が接近中だ!!!!』

 

「はあぁ!?!?」

 

『まだ終わってないのかよ!!』

 

『BETAさんよぉ、空気読んでくれよ!今のは大団円って流れだったろうが!!!』

 

取り敢えず全員を魔法で地表に戻すと、地表は既に地獄であった。活動再開したBETAが群れをなして、こちらに接近中だったのだ。恐らくその数、億単位はくだらない。

 

「どうするよ神谷さん!!」

 

『雷蔵くんは宇宙の方をどうにかしてくれ!他は全力でBETAを撃退するぞ!!』

 

長嶺は地上に戻るや否や、59式ハングドマンを展開。チャージを開始する。他にもハングドマンを装備している物はそれを構え、チャージを開始する。

 

『一斉撃ち方、撃てぇぇ!!!!』

 

物凄い轟音と共に放たれた伊邪那美弾が、BETA先頭集団を殲滅。だがそれでも、焼け石に水である。母数が多すぎて、大した被害になっていないのだ。

それでも各機が応戦を続ける。ミサイル、MPBM、大砲、機関砲、使える武器全てを使って攻撃を続けとにかく削りまくる。海軍の支援砲撃、そして皇国空軍のA10彗星IIによる近接航空支援を使い、さらには極帝と八咫烏&犬神も暴れるが、あまり効いていない。

 

『超位魔法!黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)!!!!』

 

超位魔法も連発するが、効果は薄い。だがそれでも、召喚された黒い仔山羊たちが暴れてくれる。それで数は減るはずだ。

その間長嶺はとにかく上に上がりまくる。色々な情報が来るが、どうやら一隻だけ一際大きなヤツがあるらしく、これが所謂旗艦であると推測できるのだという。恐らく、これを撃退すればBETAも止まるだろうと予測されているらしい。一応、既に機動空中要塞『鳳凰』とストーンヘンジなんかが迎撃を開始しているらしいが、数が多すぎて地上と同様に焼け石に水らしい。

 

「素粒子砲、射撃準備!エネルギー充填開始、バイパス接続。エネルギー正常に伝達中」

 

右側の艤装に搭載された巨大な砲身が変形し、正面と左右の砲口がせり出す。エネルギーが充填されている証拠である紫色の光が、段々と砲口に宿り出す。

 

「スコープ解放。ターゲティング開始」

 

長嶺の顔の前に、水色の水晶体の様な半透明のディスプレイが現れる。画面には様々な素粒子砲に関する情報、例えばエネルギーの充填率とか各部の破損状況とか様々な情報が列挙されていた。真ん中には照準を定めるためのスコープ画面が映されており、それを旗艦に合わせる。

 

「ターゲットロック。オールビット、ビーム!!」

 

ビームビットを射線に配置し、素粒子砲のビームをさらに加速させるべくビームを掃射させるのだ。

 

「素粒子砲、発射!!!!!」

 

ギュゴォォォォォォォォォ!!!!!

 

紫色の15本のビームは一本に纏まり、さらにビームビットによって威力と速力が加速度的に上昇。最強の一撃、言うなれば『真・素粒子砲』となって旗艦級目掛けて飛んで行く。だが、ダメだった。

 

「クソ、そんなのありかよ!!!!」

 

鴉天狗の素粒子砲の照準は完璧だったのだが、命中直前に周りの母艦級が盾になってしまい、旗艦の仮称司令船級に届かなかったのだ。今の一撃で母艦級も片手で数えるほどしか残らない程度に殲滅したが、これ以上接近されると迎撃困難になる。しかも最悪なことに、この船団の目的地は日本。それも東京だと言う。かなりヤバい。

 

『こちらゴールドフォックス!!周りのに阻まれた!!!!攻撃に失敗!!!!!』

 

「くっ.......。そうだ長官!極帝を使いましょう!!」

 

「極帝、いけるか!?」

 

「あの高度、流石の我とて無理だ!!」

 

「クソッ!!!!」

 

『総員、対ショック、対閃光防御!!』

 

「え!?」

 

その時無線から聞いたことがないはずなのに、どこか聞き覚えのある声が聞こえて来た。そして、神谷も知っているとあるアニメ作品でそのまま使われていた口上。

 

『3、2、1!』

 

長嶺の脳裏に、電撃的に見た事も聞いたことも無い風景がフラッシュバックする。彼、いや。彼らが来たのだと、そう分かった。今から何をしようというのも含めて、全てが分かった気がした。

 

「スタングレネード!全員目を覆え!」

 

色々間に合わず無線にそれだけ怒鳴るのが精一杯だったが、白亜衆もエルフ五等分の嫁も衛士達も即座に動いた。長嶺もずば抜けた反射神経でとっさに目を覆っている。

 

『発射!』

 

強烈な閃光と轟音。そして一筋の青白い極太ビームが空を駆けた。稲妻を纏ったそれは一直線に大気を切り裂き、BETAの群れへと突進する。

今度もまた、母艦級が司令船級の盾になろうと前に出たが、その極太ビームは母艦級を一撃で真っ二つにし、そのまま司令船級へと直撃した。

言葉にできない凄まじい悲鳴のような音が響く。そして青白い閃光の中で、司令船級の身体がまるで紙か布が破れるようにボロボロに崩れ、その形を失っていった。司令船級をぶち抜いたビームは、後ろにいた1体の母艦級すらも貫通し、そのまま虚空の彼方へと飛んでいく。

地上には眩しい閃光と凄まじい爆風が吹き荒れており、流石の長嶺といえども両手を顔の前にかざして目を守るのが精一杯だった。だが、これだけの好機、見逃すはずがない。

 

「誰だが知らんが、良い一撃だ!!!!真・素粒子砲、発射ァァァァァァ!!!!!!!!!」

 

ギュゴォォォォォォォォォ!!!!!

 

残る敵全てを焼き払う。誰かは知らないが、援護してくれたまだ見ぬ友軍が作った一瞬。無駄にはしない。放たれた一撃は、残る全ての母船を破壊し尽くす。

 

「全目標の破壊確認!!!!」

 

次の瞬間、地上は大歓声に包まれた。

さてさて、さっきの謎の友軍は誰であろう。その戦艦は『鳳凰』が展開するのとは別の空域に浮かんでいた。全長265メートルの巨体を持つそれは、一見すると大和型戦艦を空中に浮かべたように見える。だが所々異なる艤装の形状、艦底部から突き出た第三艦橋、そして艦首に開いた巨大な穴が、それが大和型戦艦とは全くの別物だということを物語る。

 

「敵超大型船の撃沈を確認!さらに周囲にいた大型船も2隻撃沈しました!」

 

オペレーターからの報告を受けて、ゴーグルを外した若い男性……堺 修一は頷いた。そして静かに命令を下す。

 

任務完了(ミッションオーヴァー)これより帰還する(RTB)

 

それを聞いて、艦長席に座っていた長身の女性…艦娘の大和に戦闘班カラーの森船務長のボディースーツを着せたような女性が尋ねた。

 

「え、これだけで良いんですか?」

 

どうせなら会いに行ったりすれば良いのに、という考えであったが、ヤマトの質問に堺提督は両手を後頭部で組み合わせながら答えた。

 

「これ以上できることなんてないよ。主役の方々の出番奪っちゃ駄目でしょ、読者の皆様に悪い」

 

「何訳わかんないこと言ってるんですか提督」

 

ジト目のヤマトの質問を華麗にスルーして、堺は声を張り上げた。

 

「さて、帰ろう!あいつらがウチに侵攻してきたら洒落ならないし、戻って守りを固める」

 

実はハイヴとの戦闘の最中、またしてもタウイタウイ泊地が転移してきていたのだ。だが戦闘のどさくさに紛れる結果になってしまい、大日本皇国側でも観測できなかったのである。

転移が発覚してすぐ、堺は周辺の状況調査を命令。その中で電波情報に耳を傾けていたヤマトが、多数の無線交信を拾ったのだ。それらは強度の弱い暗号文であり、片っ端から解読していくとそれがなんと大日本皇国のものであることが判明。そしてどうやら、宇宙から飛来する敵と交戦しているらしいことが分かったのだ。

堺はすぐに「この敵がタウイタウイに侵攻してくる可能性が否定できない。先手を打ち、できれば大気圏外でこの敵を叩く」と決め、泊地を艦娘たちに任せて単身ヤマトで出撃してきたのである。そして司令船級と母艦級からなる部隊を発見し、神谷が指令のため使っている無線チャンネルを電波ジャックして警告を発した後に波動砲をぶっ放した、というわけであった。

 

「にしても、なんでさk——————」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.......ん?」

 

長嶺は江ノ島鎮守府の自室で目を覚ます。心地よい潮風と、朝日の温かい日差しが差し込むいつも通りの部屋だ。結構な頻度でベッドにはもう1人いるが、今日はいないらしい。

スマホを確認するとLINE上に『龍が如く計画』と書かれたルームがあり、開いてみると浄龍を筆頭とする武装をシービクターサイズに落とし込んだ物が入っていた。

 

「作れる物なら作ってみても良いかもな。最も、余裕があればだが」

 

長嶺は今日、防衛省に乗り込む。そして恐らく高確率で、この鎮守府で戦闘になるだろう。長嶺達は今日、祖国を捨てるのだ。長嶺を部屋を出て廊下を歩き出す。自身の道が茨の道だろうと、狂った笑みを浮かべて歩き続けることだろう。

 

「「さぁーて、戦争の時間だ」」

 




はい、というわけで終わりましたお正月スペシャル!超大長編となりましたが、ここまでお付き合いくださりありがとうございます!
さて、ここで1つお知らせなのですが、マジでこれ書くのに疲れたので来週分は休ませてください。再来週より投稿を再開致します。次回は最強国家の方を更新するので、どうぞお楽しみに!因みに最強提督は、次回より新章開幕となります!


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第六章堕ちた英雄達編
第八十六話英雄譚のフィナーレ


長嶺収容より数十分後 戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』医療支援型 カーゴスペース

「ねぇ、雷蔵は大丈夫なの.......?」

 

「正直、かなりヤバいな。いつもの総隊長なら、高速修復材でサクッと治る傷だ。だが何故か、今回はそれが使えない。注射で投与しようが、掛けようが、塗ろうがダメだ。取り敢えず応急手当てで出血を止めにかかってるが、これで拠点まで持ってくれるかも怪しいもんだ」

 

現在の長嶺は右腕及び、右小指と人差し指、左手首、胸骨を骨折しており、左大腿骨にまで到達する大きな破片が突き刺さっている。背中には大きな切り傷を負っており、更に腹部にもは何かの破片が刺さっている上、こちらは臓器にまで達している可能性がある。これに全身の打撲と、多少の熱傷も負っており、満身創痍という状態だ。

各所の傷から出血しており、かなり予断を許さない状況だった。艤装を装備していなければ、恐らく死んでいただろう。正直今だって、呼吸は浅いし心拍数も死なないギリギリを攻めている。

 

「医務長!急変しました!!血圧低下、心室細動です!!」

 

奥から看護師資格を持った隊員が飛び込んでくる。すぐに医務長は立ち上がり、手早く準備しながら指示を出す。

 

「VFA準備!300でチャージだ!」

 

「了解!」

 

「2人とも、総隊長の手を握っててあげてくれ」

 

「手を、ですか?」

 

「精神論ってのは、存外的外れでもなくてね。どんなに治療を施しても、患者自身に生きる意思がなければ死ぬ。それを呼び覚ます為にも、手を握っててあげて、声をかけ続けて上げてくれ。こればっかりは、俺達むさ苦しい野郎には務まらん。君達だからこそ、効果があるんだ」

 

大和とオイゲンの答えはもう決まっている。2人は医務長の後ろを付いて行き、処置室に入った。既に長嶺は色んなチューブが色んな機械に繋がっていて、まるでサイボーグか何かの様になっている。

 

「O-を4単位追加。強心剤投与」

 

「挿管準備」

 

「血圧さらに低下!」

 

「心電図乱れてる!!」

 

よくわからない単語が飛び交っている中、医療ドラマでよく聞くアラーム音が心電図から鳴り響き、モニターのランプが赤く点滅し出す。

 

「心肺停止!!」

 

医療に疎くても、その意味は分かる。心臓が止まったという事だ。数秒もしない内に、医務長の横に台車のついた機械が持ってこられた。見るからに電気ショックをする、AEDの病院版である。

 

「離れて!クリア!!」

 

2枚のパネルが長嶺の胸に当てられた瞬間、バチンという音共に長嶺の上半身が仰け反る。

 

「心拍数戻りません!」

 

「500でチャージ!!圧迫再開!」

 

チャージしてる間には、心臓マッサージが繰り返される。オイゲンと大和もより強く手を握りしめ、とにかく祈り続ける。

 

(提と…いえ、雷蔵さん。どうか戻って来て.......。まだみんな、あなたの事が必要なんです!)

 

(雷蔵。先に逝くなんて許さないから!何が何でも戻って来て、またみんなで騒ぐわよ。あなたが逝ったら、私寂しくて自殺しちゃうわよ)

 

「チャージ完了!離れて!!」

 

再びバチンという音共に、長嶺の上半身が仰け反る。どうやら今度は成功したらしく、すぐにアラームの音は消えて通常の心電図が心音を刻む音に変わった。

 

「心拍、戻りました」

 

「呼吸異常なし」

 

「このまま拠点まで急ぐ!パイロットにもっと飛ばすように伝えてくれ!!」

 

更に加速した『黒鮫』は十数分後、新拠点となる『セカンド・エノ』に到着。長嶺はそのままストレッチャーでオペ室に担ぎ込まれ、そこから述べ28時間39分に及ぶ大手術の末、無事に一命を取り留めた。

 

 

 

1週間後 セカンド・エノ 医務棟 ICU

「ぁ.......」

 

知らない天井に、心電図モニターの心音。そして全くと言っていいほど動かぬ上に、地味に痛い身体。どうやらまだ、三途の川を渡らずに済んだらしい。

取り敢えず目を動かして周囲を確認すると、左手の近くにはオイゲンがベッドに顎を乗せて眠っており、右側では大和らしき焦げ茶色のポニーテールが少しだけ見える。

 

「ふぅ.......。あっ!」

 

目があった。てっきりこのまま、どうやって大和に起きたことを伝えようか作戦を考える方にシフトするかと思ったが、そうはならないらしい。

 

「.......よぉ。ただいま..............」

 

「お帰り.......なさい.......!」

 

大和はオイゲンを起こすと、足早に医務官を呼びに走る。オイゲンもすぐに目を覚ますと、長嶺に抱きついて来た。力一杯抱きしめたい所だが、そんなことをすれば長嶺が痛みで死にかねないので優しくソフトにである。

 

「心配かけすぎよ!」

 

「さーせん.......」

 

「でも、よかった。もし、雷蔵が死んでたら、みんなバラバラになってたわよ.......」

 

それに関してはオイゲンに同意である。何せ元から癖が強い所の話ではない霞桜の面々に、元は敵同士だったKAN-SEN達の陣営と、艦娘&深海棲艦。まあまず間違いなく、多かれ少なかれ血は流れるだろう。その上で纏まれば良し、崩壊したっておかしくは無い。

 

「総長、お目覚めですか。取り敢えず、まずは検査を」

 

改めて医務官から言われた傷は、まあ酷い物だった。上から中度の脳挫傷、心停止による軽度の脳へのダメージ、肋骨8本が骨折ないしヒビ、右上腕、右小指、人差し指、左手首の骨折、左尺骨にヒビ、脾臓が中度の損傷、右大腸に届く切創、右足首骨折、左大腿骨貫通、その他23箇所に裂傷&切創、5箇所に弾痕、及び全身に打撲痕というボロボロな状態であった。

 

「なぁ.......」

 

「はい」

 

「普通この傷って死ぬか重度の後遺症コースだよな.......?」

 

「はい。艦娘及び例の神授才の能力なしで、この回復力は明らかに化け物です。人外です。ゾンビとかキョンシーレベルです。アンタは異常です」

 

ボロクソに言われてるが、明らかに普通じゃない。これだけの傷ならかなりの期間は昏睡するだろうし、そもそも意識取り戻してもマトモに口が効けない。なのにコイツ、普通に喋ってる。明らかに化け物である。その後も色々説明されたが、最終的には今日はこのままICUで過ごし、明日、高速修復剤を投与してみるとの事となった。

翌日、高速修復剤を注射で打ってみると、やはり傷が全て綺麗に消え失せた。念の為レントゲン、MRI、血液検査等々の各種検査も行ったが、完全復活のお墨付きが出た。

 

「完☆全☆復☆活!!!!」

 

「おめでとうございます、総隊長殿!!」

 

「いやー、艦娘やってて良かったわ。これでまた、敵をぶっ殺せる!!で、だ。グリム、この戦いでの被害は?」

 

「中破が若干、小破がまあまあ艦隊に出てますが、概ね問題はないでしょう。霞桜にも装備が壊れたりはありましたが、その分負傷者は皆無!唯一総隊長殿が、重傷を負われ一時生死の境を彷徨いましたが、完全回復された現在では全く問題無しと言えるでしょう」

 

「よーし。ではグリム、早速大隊長達と代表者達を俺の部屋に集めてくれ」

 

「了解!」

 

長嶺は足早に自室に戻ると、パソコンからとあるファイルを印刷し会議に参加する人数分コピーする。コピーを終えると、そのままコーヒーと紅茶とお茶菓子の準備に取り掛かり会議の準備を整える。

しばらくすると会議に参加する者達が集まった。会議に参加するメンバーは以下の通り。

 

・艦娘代表 大和、長門

・重桜代表 赤城、加賀

・ユニオン代表 エンタープライズ、ニュージャージー

・鉄血代表 ビスマルクZwei、プリンツ・オイゲン

・ロイヤル代表 プリンス・オブ・ウェールズ、イラストリアス

・サディア帝国代表 ヴィットリオ・ヴェネト

・北方連合代表 ソビエツカヤ・ロシア

・東煌代表 ハルピン

・自由アイリス教国代表 リシュリュー

・ヴィシア聖座代表 ジャン・バール

・ロイヤルメイド隊メイド長 ベルファスト

・深海棲艦代表 戦艦棲姫

・基地航空部隊代表 メビウス1

・霞桜副長兼本部大隊大隊長 グリム

・霞桜第一大隊大隊長 マーリン

・霞桜第二大隊大隊長 レリック

・霞桜第三大隊大隊長 バルク

・霞桜第四大隊大隊長 カルファン

・霞桜第五大隊大隊長 ベアキブル

 

これまでは各陣営トップと大隊長達だけだったが、今後は在籍数の多い旧四大陣営と艦娘はトップとナンバー2の他、新たにロイヤルメイド隊代表としてベルファスト、航空隊の代表としてメビウス1、さらに深海棲艦の代表として戦艦棲姫が参加する。これまでは機密等もあった為、必要最低限の人員に抑えていた。しかし叛乱し軍隊や国家のくびきから解き放たれた今、もう機密も何も存在しない。今後は代表として、仲間として、全てを話す。

 

「さーて、野郎共!8日ぶりだな。長嶺雷蔵、完全復活だ。でまあ普通なら盛大にパーティーでもやって、そこで登場してやりたいんだがな、一応俺達は国を出た反乱軍。言っちまえばテロリストだ」

 

「ラプターに心神、更には特殊部隊と艦娘艦隊を従えるテロリストは、果たしてテロリストの枠組みになるんですかね?」

 

「まあブラックリストに歴代史上最悪のぶっち切り1位で、堂々ランクインを遂げるだろうな」

 

メビウス1と長嶺の言葉に、参加者達も思わず笑みを浮かべる。最強の第五世代機F22ラプターとF3心神及びF3Aストライク心神、最強にして最狂の精鋭特殊部隊たる霞桜、かつて最精鋭として数々の困難な作戦を1人の犠牲者なく突破して来た無敵の江ノ島艦隊。控えめに言って他のテロリスト集団はガキのお遊びである。

 

「だがお前達。俺達が最強のテロリストグループなのは知って通りだが、お前達にはこれも見てもらわないとならない」

 

長嶺はさっき印刷とコピーをしていた、例のリストを全員に配る。表題には『支援者リスト』とある。

 

「支援者.......。まさか指揮官様。この反乱行動に賛同者がいると?」

 

「協力者だがな。まあリストを見て貰えれば分かるが、かなりの大物達だ」

 

流石に全ては載せられないが、一部抜粋の上で記しておこう。

 

・日本国第126代天皇 

・日本国防衛大臣 東川宗一郎

・新・大日本帝国海軍呉鎮守府提督 風間傑

・新・大日本帝国海軍舞鶴鎮守府提督 山本権蔵

・新・大日本帝国海軍釧路基地司令 比企ヶ谷八幡

・新・中華民国首相 李浩然

・新・中華民国陸軍総司令長官 張趙雲

・新・中華民国海軍提督 習梓豪

・新・中華民国航空宇宙軍総司令長官 黄飛龍

・新・中華民国海兵隊総司令 王雲嵐

・ロシア連邦極東軍管区司令官 ヤーコフ・ラトロワ

・ロシアンマフィア『レニングラード』ボス ビッグボーイ

・中東民族独立解放戦線総指導者 ムージャ・トゥルキスターニー・ジブリール

・チェコギャング『パフルスキ』ボス ボス・アブラハムチーク

・ドイツ連邦共和国首相 ケーニッヒ・ベルノハルト

・イタリア共和国首相 マッテオ・ペネルティーモ

・フランス共和国大統領 フライド・コパカバーナ

・フランス共和国首相 ガブリエラ・ポタージュ

・イギリス王女 エリザベス・アレクサンドラ・メアリー

・イギリス王立海軍第一海軍卿 サー・ジョン・アーバスノット・テラブレンテ・マクレガー

・MI5 G Branch(国際テロ対策)部長 ハワード・アンダーソン

・MI6局長 サー・チャック・アーノルド・カイオス・ベナンウッド

・アメリカ合衆国大統領 ビンセント・ハーリング

・アメリカ合衆国国防長官 ドーベック・S・フライゼンハワー

・アメリカ合衆国陸軍参謀総長兼参謀長 アーサー・D・マースティン

・アメリカ合衆国海軍作戦部長 ジョージア・デル・トロ 

・アメリカ合衆国空軍参謀総長 シモンズ・ケビン

・アメリカ合衆国海兵隊総司令官 マックス・ブラティオン

・アメリカ合衆国宇宙軍作戦部長 ライトニング・S・ナーファン

・アメリカンマフィア『コロンビアン』ボス ザ・トニー

・南米カラーギャング『シカリオ』首領 ボス・ラーチ

 

見ての通り世界の主要国家の国家元首、もしくは軍のトップ達の他、裏社会において絶大な権力を持つマフィアのボスまでもが、こちらに手を貸してくれるのだ。しかもこれに加えて一部の兵器メーカーの社長や設計者、運送会社、製薬会社、金融機関、傭兵組織の他、各国の裏社会の情報屋、殺し屋、商人といったヤベェ連中も大量にあった。

 

「おいおい、コイツは.......」

 

「世界の表裏社会の支配者揃い踏みね.......」

 

「戦争起こせますよこれ」

 

「親父こえぇ.......」

 

「総隊長殿、あなたは世界征服でもする気ですか?」

 

流石の霞桜大隊長達でも、この交友関係の広さは想定していなかったらしい。これだけの人脈があれば世界を裏から支配する事も、世界征服して世界の覇者になる事も出来るだろう。

 

「ここに名前が書かれてるのは、俺が軍高官か霞桜総隊長の長嶺雷蔵、あるいは東川蔵茂として関わりがあった者達だ。まあ後者に関しては、中国組とフライゼンハワーのおっちゃん位しかいないがな。

この他、俺の偽造身分やら個人で関わっていた者も世界中にいる。いざとなれば味方になってくれそうな奴もな。俺達は日本という、国家の後ろ盾を失ってはいる。だがその分、俺達は俺達の裁量で、俺達がやりたい事、正しいと思える事を好き勝手に出来る上、こういう世界中のお友達が力を貸してくれる。俺達は孤独であって孤独ではない。安心しろ」

 

長嶺としては全員が喜んでくれると、安心してくれると思ったし、そういう反応をしてくれるものだろうと勝手に考えていた。しかし実際は全員が無表情な上に、リストを見て固まっている。

 

「あ、あれぇ?どうしたお前達。ここ、喜ぶというか安心するところじゃね?」

 

「あのね総隊長、これ見て安心できる奴、多分霞桜にも早々いないと思うんですよ」

 

「へぇぁ?」

 

「普通に考えて恐ろしいでしょ!!アメリカ現職大統領に陸海空海兵隊に宇宙軍のトップ、イギリス王室、ロシア極東軍、ヨーロッパ主要国のトップと友達って、反応に困りますよ!!」

 

マーリンの魂の叫びとも言うべきツッコミに、会議に参加している全員が深く頷いている。長嶺が何処ぞの国家元首とか王族とかなら、この交友関係も理解できる。だが長嶺雷蔵とは、朝鮮半島を世紀末にしたり中国滅ぼしたり非正規特殊部隊のトップやったり人類の英雄たる提督をやったり提督達のトップをやったりはしていたが、所詮は軍の高官に過ぎない。

まだアメリカ軍のトップ連中、ロシア極東軍は分かる。ここら辺は所謂同業者。個人的親交があったって、リーマンが取引先のリーマンと仲良くなったようなものだ。だがそれ以外の国家元首とかは、本当に訳がわからない。ギリギリ天皇及び中華民国は長嶺の過去的に分かるが、それ以外は本当に分からない。

 

「だって友達なんだもん。そこに理由もへったくれもねぇよ」

 

正論ではあるが、違うそうじゃないと言いたい。とは言え正論は正論。ぐうの音も出ない。

 

「なんか可笑しな空気感ですが、もう話を戻しましょう。それで総隊長殿、何故我々を参集したのですか?まさか復活を発表したくて、態々集めた訳でもないでしょう?」

 

「一言で言えば、現状の確認と今後の方針を決めたい。知っての通り、俺達は少なからず敵を抱えている。まずは深海棲艦。これはもう言わずもがな、人類はこの深海棲艦と戦争中だ。総旗艦たる深海棲姫は倒したが、残党は残っている。俺達が最大級の功績を挙げ続けていた以上、向こうも復讐がてらに攻めてくる可能性はある訳だ」

 

「提督ノ言ウ通リダ。深海棲姫ハ倒シタガ、他ニモ指揮ヲ取レル者ハ無数ニイル。ダガ総旗艦ガ倒サレタ以上、今ハマダ混乱ガ治ッテイナイ筈ダ。今スグ大艦隊ガ襲ッテクル事ハナイダロウ」

 

「取り敢えずこれで一先ず深海棲艦の事は考えなくてよくなったが、まだ敵はいる。シリウス戦闘団だ。未だ謎が多いが、これまでの動きからして何処かの組織の実働部隊である事が分かっている。しかもアレだけの装備と実力者を集めているんだ。俺はアメリカが怪しいと思ってた訳だが、襲撃時の装備を見た限りじゃアメリカどころか国を跨いでる可能性すら出てきた。映画の中の秘密結社みてぇにな」

 

「指揮官様。参考までに、何故アメリカを疑い、今は国を跨いだ組織だと考えたのか教えては貰えませんか?」

 

リシュリューからの質問に、周りもかなり興味津々だ。霞桜の面々や政治に明るい者。例えばビスマルクや大和辺りは理由がわかってるっぽいが、生憎と意外と事はそう単純ではない。

 

「アメリカを疑った理由だが、そもそも最初はアメリカというより国を疑っていた。霞桜に関しては矢面に立っていたから分かるだろうが、シリウス戦闘団の装備や練度、そして隠蔽などの情報操作能力は明らかにテロリストのソレを凌駕する。霞桜の様な、何処かの国家ないし国家機関の秘密部隊だと考えていた。それも大国級の、超大物のな。となるとアメリカ、イギリス、ロシア、中華民国、日本だ。

まず日本は霞桜の拠点な上、国内ならこっちの監視網がある。幾らなんでも分かるはずなので除外。中華民国も現政権及び軍内部には、俺が味方の時の心強さと敵になった時の恐ろしさを香港革命の時に嫌ってほど味わっているので除外。ロシアは国内ガッタガタでこっちに構う余裕なしなので除外。イギリスは基本仲良い上に、あっちは東欧が世紀末で忙しいので構う余裕なし。残るはアメリカで、こっちはハーリングのおっちゃんがいるから違うかとも思ってたんだが、そのハーリングのおっちゃんから情報が手に入ってな。なんでもCIA内部の派閥抗争がかなり大事らしくて、ぶっちゃけおっちゃんでも操作できてないらしい。CIA局長が敵対派閥にいるおかげで、独り歩きしてる始末だ。となれば怪しいのはここだろ?

だがいざ、本格的にぶつかってみたらどうだ。相手の装備は世界各国の様々な装備があって、まるで多国籍軍だ。かといってテロリストみたいな型落ち品ではなく、最新鋭ないし現役、もしくは予備役や第二線級とは言え稼動兵器の勘定に入ってる物ばかり。そうなってくると、何か秘密結社みたいな世界に股をかける組織の子飼いという結論になる訳だ」

 

「そこまで複雑な話だったとは.......」

 

「ますます謎ね、シリウス戦闘団.......」

 

「そんな謎のシリウス集団だが、なんと新人提督隼人・レグネヴァ君の下についてましたとさ。しかもその隼人・レグネヴァ、本名は葉山隼人という.......」

 

その言葉を聞いた瞬間、コーヒーを吹き出したマーリン。霞桜の面々と大和、エンタープライズは一気に怒りに染まった憤怒の顔となり、他のKAN-SEN達は驚いた顔をしている。唯一戦艦棲姫だけは「誰それ?」という顔であるが、それは仕方ないだろう。

 

「そっちの方向に行くなって言ったのに.......」

 

「総隊長殿、ちょっと殺してくるので暫しお待ちを」

 

「グリくん、甘いわ。殺すなんてダメよ。苦しませなきゃ」

 

「よーし、ちょっと待ってろ。キーラに連絡して、拷問の準備してもらうわ」

 

「俺の怪力で痛ぶってもいいぜ?」

 

「実験材料。モルモットにすべき」

 

「皆さん、私もお手伝いしますよ?」

 

「私もだ。指揮官にあんな戯言を吐いた上に私達の家を奪ったんだ、痛ぶらなくては」

 

マーリン以外見事に闇モード入ってる状況に、他のKAN-SEN達はオロオロしている。すかさず大和とエンタープライズが葉山が長嶺にどの様な発言をし、どの様な事をしたかを説明すると、全員がそっち側に行った。

因みにこれまでの葉山の悪行を纏めると、大体こんな感じ。

 

・比企ヶ谷をヒキタニ呼ばわり。

・自分が王様になるために周りを切り捨て利用し、綺麗な部分を持っていく。

・汚い部分は適当な奴にポイ。

・オイゲンに執拗に絡む。

・何度か長嶺を襲ったり邪魔したりする。

・霞桜の隊員、ジャーロを殺し掛ける。

・それを謝罪しないどころか、むしろ長嶺に暴言を吐く。

・長嶺を引き摺り下ろし、江ノ島鎮守府を壊滅させる。

・というか今回の一件、基本コイツのせい。

 

流石にこれを聞いたら、確実に怒るだろう。自分の夫ないし愛する人を馬鹿にされた挙句、大事な仲間を殺されかけられ、ストーカー的な行為もされ、最終的には自分達の家を滅ぼされる。完璧な報復対象だ。

 

「大恩ある提督を愚弄するとは、命知らずだな」

 

「指揮官様を馬鹿にするなんて.......。フフフ、ソウジしなきゃね。そんな愚物は、この世に居てはならないもの」

 

「指揮官を愚弄した罪、万死に値する行為だ。姉様、今すぐ攻め込みましょう」

 

「指揮官を馬鹿にするなんて、いい度胸だ。そんなにロイヤルと戦争したいのか.......」

 

「このイラストリアスでも、とてもそんな闇は照らせませんよ。故にこの世から消すべきです」

 

「ご主人様を馬鹿にし、オイゲン様をストーキングした挙句、ジャーロ様を害した上、江ノ島を奪うとは.......。どうやら一切の手加減は不要な御仁の様ですね」

 

「へぇー。ハニーを馬鹿にする人っているんだぁ。死んじゃえばいいのに」

 

「直ちに殺すべきね。指揮官にそんな事をして、あまつさえ仲間にまで手を出す。殺すべきね」

 

「まあ、殺すのは当然よね」

 

「サディア帝国の威光をもってしても、愚か者の考えは分かりませんね。何故そんなにも死にたがるでしょうか?」

 

「同志を愚弄し害したばかりか、我らが拠点を奪うとは.......。直ちに粛清するべきだろうな」

 

「オレの仲間に手を出したんだ。死罪しかないだろうよ」

 

「神の怒りは当然として、今回ばかりは私情も含むでしょうね。それでも神は許してくださるでしょう」

 

「相方を貶して仲間傷つけて家を奪う。そんなに死にたいなら、望み通りにしてやろうじゃん」

 

「オモシロイ。コンナニモ黒イノカ!!」

 

「ちょ、ちょっとみんな落ち着いて!!提督どうにかしてください!!そして戦艦棲姫は楽しまないで止めて!!そしてマーリンさんも、落ち込んでないで止めるの手伝ってください!!」

 

ものの見事にドス黒いオーラを撒き散らす会議の参加者達に、唯一マトモなメビウス1がどうにか止めようとするが、長嶺をそれを見て笑っていた。だが流石に止めないと、このまま日本を焦土にしそうなので一応止めに入る。

 

「はいはいお前達。悪いが葉山には死以上の末路を持って報復するから、心配しなくていいぞ。それに今の話は報復とかじゃなくて、今の俺達の敵は誰だって話だ。一旦落ち着け」

 

流石長嶺。一言でしっかり落ち着かせ、全員が元に戻った。なんか不穏な言葉が見え隠れした気がするが、それは気にしてはいけない。

 

「お前らが大変お怒りなのは分かったが、話を進めるぞ。一応の敵としては大枠ではこの2つだ。本当なら今すぐにでも報復に出るべきだろうが、流石に今回はちょっとやり過ぎた。今は日本もピリついてる。ここは大人しくしておきたいんだが、一つだけ問題がある」

 

「何か問題があるのか?」

 

「金が、ありません」

 

エンタープライズの問いにそう答えた長嶺。次の瞬間、全員が大声を上げた。さっきの葉山の時よりも、かなりの阿鼻叫喚である。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!!アレはどうしたんですか!!私が作った無限仮想通貨製造機!!!!」

 

「そうだよ!グリムの無限仮想通貨製造機があるでしょ親父!!アレで実質、資金無限じゃん!!」

 

「あー、すまんすまん。言い方が悪かった。金自体はあるんだよ。問題なのは、今すぐに使える外貨が圧倒的に足りないんだ」

 

「ど、どういう事ですか指揮官様?」

 

全員頭に?が浮かんでいる。今どういう状態なのかというと、平たく言えば金はあるのに使える金がないという、言うなれば絵に描いた餅のような状態なのだ。

 

「霞桜には無限仮想通貨製造機という、文字通り仮想通貨を無限に製造し続けるシステムがある。仮想通貨とはいえデータの塊だからな。実質本物の仮想通貨データを製造できるんだが、鎮守府にしろ霞桜にしろ表沙汰にできない裏取引系統はここから出していた。今後もその方針でいくから、何も金庫がカツカツって訳ではない。

問題なのは外貨及び現金だ。この製造機の仮想通貨を現金化するのは、まあまあ面倒な手順を踏む必要がある。お陰で今すぐ現金化はできないし、俺の偽造身分に毎月入る金の方も引き出しがかなり難しい。お陰で外貨及び現金がマジで足りないんだ」

 

「提督。一つ質問なのだが、この拠点を運営する上での資金は問題ないのか?」

 

「あぁ。ここの拠点を運営する基礎的な部分は全て、仮想通貨を使って支払っている。必要最低限の衣食住と作戦行動は可能だ。だが物によっては買いにくいのもある」

 

「では当面の課題は、現金確保ですかねぇ。また私とレリックでどうにかしないといけませんね」

 

「頑張る.......」

 

この手の事はグリムとレリックが何とかしてくれる。天才ハッカーと天才メカニックが組めば、大抵のことはどうにかできるというのが現代社会というものだ。

だがここで、原始的かつ江ノ島の連中にとっては最も得意とするデンジャラスでワイルドな方法を思いついた奴がいた。

 

「指揮官。一つ、妙案があるのだが」

 

「どんな妙案だ加賀?」

 

「足りぬのなら、奪えばよいだろう?」

 

「あら、銀行強盗でもするのかしら?」

 

「いや赤城。カジノかもしれないぞ」

 

「姉様もグレイゴーストも違います。奪うべき相手はそう。いつか我らが防衛省を訪れた時に攻め込んできた、URとかいう組織。あそこには金がたんまりあるのではないか?」

 

この案を聞いた瞬間、長嶺の目の色が変わった。URことUnstoppable Revolutionはアフリカを拠点に世界中に麻薬をばら撒いている組織であり、麻薬の他にも様々な違法ビジネスに手を染めている。麻薬を筆頭に人身売買、賭博、海賊・山賊行為、ダイヤモンドを筆頭とした宝石採掘、石油を筆頭とした各種資源採掘、傭兵業、密輸等々、かなり荒稼ぎしている筈だ。

特に深海棲艦の出現以降、世界の物流は大打撃を受け輸送にかかるコストは莫大な物になっている。先進国でもヒーヒー言っているのに、資金の乏しいアフリカ諸国や独裁、テロ国家は資源をこういう所から買い付ける。その結果、URの資金力はかなりの物で外貨獲得には好条件だろう。しかも相手の装備は正規軍規模とはいえ、戦闘員の練度や戦略はたかだかテロリスト並み。対してこちらは最新鋭兵器以上の兵器群に加え、艦娘とKAN-SENという地上戦では化け物格の存在がいる。彼女達は自身が軍艦なのだ。つまり、軍艦が陸で暴れるということになる。そして霞桜の練度は、全員が精鋭や特殊部隊かそれ以上の練度を誇る化け物集団。余裕で勝てる。

 

「加賀。お前天才だ。そうだ、そうだとも!俺達は非正規特殊部隊、泣く子がショック死する最狂の海上機動歩兵軍団『霞桜』と、世界最強の精鋭艦隊である江ノ島艦隊だ。そして今やお尋ね者の最強のテロリスト。つまりあくまでも、テロリストとテロリストの抗争だ。

野郎共、今後の方針は決まった。URを攻め滅ぼし、その全てを略奪しろ。金、資源、武器、市場、顧客、全てだ。全てを奪え!!俺達が正しく使ってやろうなんて言うつもりはないが、少なくとも俺達の方が有意義に使える筈だ。さぁ、楽しい楽しい一方的な戦争の時間だ!!!!!」

 

狂人連中である大隊長達は当然として、清らかだった艦娘とKAN-SEN達も長嶺と霞桜というカオス狂人共に毒された結果、今やものの見事に狂人グループの仲間入りを果たしている。この意見に嬉々として乗ってきた。

 

「あの、提督。一つ、提案があります」

 

「なんだ言ってみろ、大和」

 

「この際、私達の呼び名を変えませんか?これまで私達は江ノ島艦隊でした。しかし今や日本から離反し、単なる武装組織、テロリストです。それに江ノ島艦隊を使い続けるのは何かと、不便も出てきませんか?」

 

分からなくもない。大和の言う通り、既にこの集団は軍隊ではない。軍隊とは国家に帰属する武装組織。今の江ノ島艦隊、霞桜には、その依代たる国家は存在しない。今までとは正反対の立場になり、環境もガラリと変わったのだ。名前を変えるのもアリかもしれない。

だがこの意見が出ると、さらに色々変えようと言う意見が出てきた。この集団の名前をどうするのか。この集団のアイコンないし、国旗に相当する様な紋章を作りたい。各部隊、各陣営の色を出してみたい。かなりある。

 

「おうおう、かなり出たな。お前達の気持ちはよく分かった。だが流石にこの話を、いくら代表者とは言え俺達だけで決めるのもアレだ。取り敢えず名前と紋章は、全員に通達した上で公募しよう。各部隊、各陣営の色に関しては、具体的にどの様な色を出すのかをその隊ごとで意見を纏めて貰って報告してくれ。集約したのち、共有するからそれに沿って決めてくれ。そんじゃ、取り敢えず解散!」

 

正直長嶺としても、こんな事態になって少なからず不安があるのではないかと考えていた。霞桜の連中はあんまり今も前も状況が変わらないが、艦娘とKAN-SENにとっては環境が違いすぎる。心配だったが、今のを見る感じであれば杞憂だったらしい。少なくとも代表者達は、意外にあっけらかんとしている。一安心だ。

 

 

 

 



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第八十七話ドバイ旅

数日後 セカンド・エノ 執務室

「ほんで、これが例のヤツか」

 

「はい。まず我々の、言うなれば国旗はこうなりました」

 

大和が持ってきた紙には、この軍団のアイコンとなるデザインが描かれていた。艦娘達は旭日旗、KAN-SEN達は自分達の陣営のマーク、霞桜は逆手持ちの刀を持った鎧武者の腕が左にあり、刀の峰から長嶺の持つ銃器達が飛び出し、八咫烏と犬がその下にいるという物であった。

今回のアイコンでは、その全てが融合している。中心には犬神をモチーフにした雄々しい犬がおり、右にはロイヤルの王冠を被ったライオン左には北方連合の吠える熊がおり、ライオンの右側の背中にはユニオンの鷲の翼、熊の左側の背中には八咫烏の翼が生え、犬神には東煌の龍の角が生えている。犬神は首に重桜の桜を吊り下げ鉄血の十字架モチーフの盾を持ち、ライオンはサディアの盾を握り、熊はアイリスのハルバードを持ち、胸にはヴィシアのアイコンをぶら下げている。この3体の背後には旭日旗をモチーフにしたマークがあり、中心の円からは放射状に長嶺の武器と大隊長達の使う武器が飛び出している。そして1番下には、持ち手が上に切先が下に向く様にクロスさせた刀のマークがある。これは長嶺の愛刀だ。

 

「各陣営のアイコンを合わせたのか。良いデザインだ」

 

「ありがとうございます。そして呼び名ですが、KAN-SENの皆さんは『アズールレーン』、艦娘艦隊はフリーダムフリート『自由なる艦隊』と名乗ります。霞桜の皆さんはそのままです。そしてこの軍団ですが、今後『ワールドディザスター』と名乗ります」

 

アズールレーンと霞桜はそのままではあるが、フリーダムフリートもワールドディザスターも悪くない響きではある。特に今後、この勢力は確実にアングラな事ばかりやるだろう。ディザスター、災害というのは間違いではない。

 

「悪くない響きだな。気に入った」

 

「ふふっ」

 

「おぉ、どうした大和?やけに嬉しそうだな」

 

「いえ。何だかようやく、みんなが貴方の隣に立てた気がするんです。これまででも充分まとまっていましたけど、あんな形ではあったとは言え結果的に国家のしがらみからも解放されて、私達はようやく一つになった気がして。提督は常にお一人で先頭に立ち、常に私達を導いてくれていました。でも今度からは、一緒にとまでは言えずとも、すぐ横を歩いてられる気がするんです」

 

正直、大和の言葉に面食らった。だが確かに、彼女の言う通りかもしれない。これまで長嶺は1人だった。正確にはあの日、親友を失ってからワンマンアーミーをやってきた。霞桜の連中だろうと、艦娘だろうと、KAN-SENだろうと、家族と呼んだ連中居ても何処か気持ち的には一線を引いていた気がする。それに秘密も持っていたし、格差もしていた。

だがこれからは、そんな事をしなくてもいいのだ。みんなで考えて、納得いくまで話し合って、実行に移して答えを見つけられる。こんなにも嬉しい事はない。

 

「そうだな。それじゃ、頼むぞ筆頭さん」

 

「はい!」

 

大和がそう言って出ていくと、長嶺は軽くデスクで作業を開始する。連合艦隊司令長官と江ノ島鎮守府提督と海上機動歩兵軍団『霞桜』総隊長から解放されたとしても、長嶺はこのワールドディザスターの長であることは変わらない訳で普通に執務はある。

適当に執務を行なっていると、長嶺のスマホが鳴った。普段使いではなく、衛生携帯機能を持った特別性の方である。

 

「はいはい」

 

『同志よ、私だ』

 

「ムージャか!!どうしたよいきなり!!」

 

電話の相手はアフガニスタン等を拠点に活動している、中東民族独立解放戦線の総指導者ムージャ・トゥルキスターニー・ジブリールからであった。因みに中東のこういう組織と聞くと、なんかヤバそうなテロリストのイメージはあるが、実際の所はリベラル主義者の集まりで今の時代に即した戒律の解釈をしており、イスラム原理主義系の敵である。

とは言えアメリカとかと仲がいい訳でもなく、流石に指名手配はないがブラックリスト入りは果たしている。だがイスラム圏では話せる組織ではあるので、お互い近すぎず遠すぎずで関わっている。というかそういう風に長嶺が仲立ちをした。

 

『どうしたではない。同志が頼んでいた情報、それが分かったのだ』

 

「仕事早いな。データは転送したのか?」

 

『いや、色々積もる話もある。出来れば直接会いたい。そっちも国を飛び出したのだ、会おうと思えば会えるだろう?』

 

「そうだなぁ。こっちもちょっとばかり金が欲しいし、ドバイの裏カジノ行って巻き上げて、そのままそっち行くわ」

 

『ドバイにカジノだと?』

 

謎にカジノがあるイメージが根強いドバイだが、あそこもがっつりイスラム教の国なのでカジノというより賭博行為自体が法律で禁止されている。唯一競馬と宝くじはあるらしいが、ラスベガスみたいなカジノはない。

 

「知らないのも無理はない。場所は言えないが、とある施設の地下にある。と言うかデカすぎて施設跨ってるし、何なら出入り口は幾つかある」

 

『そんな物があったのか』

 

「あの辺の超上流階級の一部が運営してるらしくてな。まあ当然っちゃ当然だが、黒い噂の絶えない連中だ。どうせ後ろ暗〜い金が元手だし、潰す勢いで荒稼ぎしてくるわ」

 

『まさかインチキか?』

 

「ムージャくん。日本にはだね、バレなければ犯罪ではないという言葉があるのだよ」

 

『同志が言うと、本当にそう聞こえてならん。まあ、同志がコチラに迷惑さえ掛けなければ何をしようと自由だ。いつ会える?』

 

長嶺はチラリと予定表を確認する。だがそれは提督時代の癖であり、今となっては予定も何もない。

 

「1週間後だ。場所は追って連絡してくれ」

 

『あぁ。会える事を楽しみにしているぞ』

 

電話を切ると、早速軍資金の調達に移る。ドバイの銀行に金を送金し、当面のホテルとドバイからアフガニスタン行きのチケットも予約しておく。だがこの時、長嶺に電撃が走った。「これ1人で行くの勿体なくね?」と。

実を言うと現在の霞桜には、ハニートラップ要員がカルファンを除いて殆ど居ないのだ。ハニートラップといっても本番とかまでは行かせないが、単純な女という武器で相手の油断を誘う人材が全く居ない。だがここには艦娘とKAN-SENという、そこらの美女が普通に見える絶世の美女が大量にいる。これを使わない手はない。

 

(取り敢えずオイゲンは確定。ヤベンジャーズ.......は俺以外に触られた瞬間に、機嫌が良くて睨み、デフォで罵倒、最悪殺す。うん、ダメだな。重桜、及び一部の鉄血艦も見た目的にアウト。ツノやらケモ耳は誤魔化せない。駆逐艦、軽巡は倫理的にアウト。

条件はまず第一にスタイル、というか爆乳が1番だ。もしくはロリだが、これはアウトなので除外。それから好みの差はあれど、妖艶、もっと言えばエロい雰囲気の奴に弱い。特に上流階級は普通に女を取っ替え引っ替え出来るしな。となると……)

 

長嶺はリストを開く。リストには名前の他、性格や特性なんかが書かれており、長嶺自身全て暗記している。だがそれでも、念の為見ながらやりたい。

 

(メンバーは艦娘からは愛宕と鈴谷、KAN-SENからはオイゲン、ブレマートン、セントルイス、インプラカブル、ザラ、ポーラ辺りか。流石にこれ以上は連れて行けないし)

 

という訳で早速、この8人を執務室に呼び出した。かなり異色な面子であり、集まった側から結構驚いていた。

 

「さてお前達。ここに集まってもらった訳だが、何故か分かるか?」

 

「えー?うーん、全員提督と結婚済み?」

 

「まあそれもあるが、ごめん全く関係ない」

 

「性格のタイプが一緒、って訳でもないよね?」

 

「YES」

 

「何かしら?」

 

「わかったわ。指揮官ったら、こ・れでしょ?」

 

インプラカブルが自身の胸を両手で寄せて、上下にぷるんぷるん揺らす。恐らく本人は冗談なのだが、ぶっちゃけ殆ど正解である。

 

「インプラカブル、それほぼ正解」

 

「あら冗だ——え?」

 

「指揮官もお盛んね。そういうの、すごく燃えるわ」

 

「んもう、ハーレムプレイするんですか♪」

 

「あー違う違う。そうじゃなくてだな」

 

地味に嬉しそうな愛宕のブレーキを掛けて、例のハニートラップ要員の説明をした。納得はしてくれたが、ポーラから質問が出た。

 

「ねぇ。それって私達が男を引っ掛けないと行けない訳?」

 

「いや。流石にそこまでは求めてない、というかむしろ止めろ。今回行くのはさっきも言った通り裏カジノ。それもドバイだ。金で何でもかんでもどうにかなると考えてる、倫理観欠如組が多い。更に言えばイスラム教に於いては、男尊女卑の考え方がある。ぶっちゃけ奴隷の売買なんかもあるんだ。

裏カジノである以上、そういう所にはそういう連中も大量にいる。そこで変に引っ掛けようとしてみろ。耐性もスキルもないのに、普通に食われるぞ。無論性的に。しかも今回は任務とは名ばかり、殆どバカンスだ。仮に売られても助けられるだろうが、期間がどうなるかは分からない。だからまあ、今回は俺の周りで雰囲気慣れ感覚と普通にカジノで遊べ」

 

ドバイは確かに良い場所である。だが光がある所には闇がある訳で、人身売買が横行しているのも事実だ。しかも今回は闇カジノという、その手の連中の溜まり場。どんな事が起こるかも未知数だ。向こうから来たのを遇らうならいざ知らず、こっちから絡んでいかれては流石に対処しきれない可能性が高い。

 

「はいはーい!じゃあさじゃあさ、今から新しい服買いに行こうよ!どうせなら新しいので旅行したいじゃん!」

 

「ねぇ、指揮官くん。その闇カジノ、ドレスコードはあるかしら?」

 

「勿論だ。ドレス系は3〜4着持って行くといい。とは言え、恐らく滞在するのは5日間程度だ。その間には観光もするつもりだし、普段着と、あとは念の為、水着も持って行け。あそこのビーチとかプール、豪華だぞ」

 

「指揮官。お金、どうするの?」

 

「スポンサーがここにいます。オイゲンさん」

 

最早、愚問である。こっちは実質金は無限にあるのだ。文字通り、湯水の如くジャブジャブ使える。この日は女性陣はショッピングに行き、新たな服を仕入れて来たらしい。

翌日、一行はプライベートジェット機に偽装した実質戦闘機に乗り込む。戦域殲滅VTOL輸送機『黒鮫』にエンジンをスペックダウンさせた物を搭載し、チャフとフレア、20mmバルカン砲4基を装備している。最高速度はマッハ5を叩き出す。数時間後にドバイだ。

 

 

 

数時間後 ドバイ国際空港 プライベート区画

「これがドバイ!綺麗〜!!」

 

「ホント!マジ綺麗!!」

 

「文字通り、砂漠のオアシスね」

 

「みんなはしゃいでますね〜」

 

「あら。そういう愛宕も、目がキラキラしてるわよ?」

 

見事にはしゃぐ女性陣。初めての海外に加えて、こういう以下にもなVIP待遇の旅行も初めてである。この反応も仕方ないだろう。

さてさて、こんな大興奮な彼女らであるが、服装もかなり気合が入っている。愛宕は黒のキャミソールに下が透ける半袖服、水色のミニスカートにストッキング、ミント色のハイヒール。鈴谷は白の肩&ヘソだしのシャツに、デニムショートパンツに黒のサンダル。オイゲンは上から黒のサングラス、ヘソと背中は隠れてるのに腰だけは素肌が見えている赤い半袖ニットに、黒のタイトスカート、黒のハイヒール。ブレマートンは白のブラトップ、黒のショートパンツ、右は網タイツ左は靴下で、紺色のバスケシューズ。セントルイスは黒の肩出しシャツに青いスカート、靴には黒のハイヒール。インプラカブルは白のヘソ出しチューブトップに白のサマージャケット、下には淡いデニム色のパンツスカート、ザラとポーラはお揃いコーデで、ザラの方は薄い緑色の胸元の開いたミニスカワンピースに白の帽子、ポーラは胸元の開いた淡い紫色のミニスカワンピースに麦わら帽子を合わせている。

で、最後に長嶺だが、こっちは結構普通である。女性陣が見事にセクシーな服を着こなしているが、こちらはザ・シンプル・イズ・ベスト。上から白の帽子、グラサン、黒の半袖シャツ、カーキー色の七分丈短パンに、黒のサンダルである。

 

「やっぱり指揮官くんは大人ねぇ。全く動じてないわ」

 

「ルイス。これはな、擬態だ。あくまでそう演じてるだけだ」

 

「なら実際のところは?」

 

「それは…」

 

長嶺がタラップが掛けられてドアが開くや否や、飛行場に飛び出してそのまま豪快に着地を決める。

 

「うっしゃぁぁぁぁ!!!!!遊び倒すぞぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

そう。1番楽しんでいるのは、他の誰でもない。長嶺雷蔵その人である。長嶺はサクッと入国手続きを終わらせると、外に待機させていたロールス・ロイスPHANTOM EXTENDEDのリムジン仕様車に乗り込む。

 

「あっ、そうだ。お前達にこれ渡しとかないと」

 

長嶺はバックの中からスマホと、カードを取り出して全員に配り出した。スマホはわかるが、カードの方は得体が知れない。

 

「そのスマホにはドバイとアフガンで使える決済アプリを突っ込んである。それを翳せば公共交通機関は勿論、買い物だってできる。

カードの方は俺の方で手配したアメックスセンチュリオンだ。限度額とかも無いから、じゃんじゃん使ってくれて構わないぞ」

 

ドバイには多数の富豪がいるが、このカードを持っている者はそこまでいない。だが霞桜の隊員は、このカードを必ず持っている。因みにこれ、入るには向こうからオファーがないと入れない特別仕様である。

 

「ねぇ指揮官。このカード、鉄製?」

 

「そうだ。正確には鉄ではなく、チタン製だ。そのカードを持っていれば、ドバイでは何でも出来る。基本、大体の店でそれ見せれば信用状代わりになる」

 

「じゃあ指揮官もやっぱり持ってる訳?」

 

「俺のはこっちな」

 

長嶺が取り出したのは同じ金属製のアメックスセンチュリオンではあるが、何処かチタンよりも色が薄い。黒というより、白に近い。

 

「これは?」

 

「アメックスセンチュリオンを超える、アメックスマスターセンチュリオンカードだ。コイツはこのカードを運営している社長に頼んで作ってもらった、世界に数枚のカードだ」

 

「え、どういう事?」

 

「このカードはアメリカンエキスプレスってアメリカの会社が運営しているんだが、ここの会長と社長とは知り合いでな。ここの会社の株も保有してて、一応非公式だが役員もやっている。それでこのカードは、その役員とか社長一家の親族しか持っていないカードって訳だ」

 

「(ねぇ、ポーラ。指揮官って)」

 

「(いつものことながら、規格外ね.......)」

 

KAN-SEN組は勿論、艦娘組も霞桜組も、何なら父親たる東川も、長嶺の底は未だ知れない。ただ1つ言えるのは、コイツが完璧超人を越えてる事だけである。

 

「あら。何かしら、あの横浜のホテルみたいな建物は?」

 

「お?もう見えて来たのか。あれがブルジュ アル アラブ ジュメイラ。今回泊まる、ドバイどころか世界一のホテルだ。今回は最上階のロイヤルスイートを取っている。一応、バックアップとして下のスイートも2室とった」

 

「.......それ、一体いくらしたのかしら?」

 

「全部でえっと、あー、350だか400だか。どっちだっけ?」

 

オイゲンの問いにそんな、まるで数百円の話かのように答える長嶺。普通に考えて西成でもなければ、格安だろうと宿泊料金は4桁台後半から。その為、数百円なわけない。となればこの額は、0が後ろに3つばかし付けなくてはならない。お陰でもう全員、驚くのを通り越して軽く呆れている。

間も無くしてリムジンはホテル前のロータリーに泊まり、一行はホテルの中へと入っていく。中は豪華絢爛の一言であり、金やら宝石やらで煌びやかだ。

 

「すごいわね.......」

 

「ねぇ提督。アレってもしかして、全部純金製?」

 

「あー、あの柱は流石に違う。とは言え、高純度の金を延ばした金箔だった筈だ。多分、あれをぶった斬って売っただけで普通にスポーツカー買えるだろ」

 

「早速チェックインをしないと。指揮官、早くカウンターに行きましょう?」

 

「インプラカブル。ここはな、チェックインが部屋で行われるんだ」

 

「?どういう事かしら?」

 

「まあ付いてこい」

 

インプラカブル含め女性陣は何が何やらわかってないらしいが、ここは最高級ホテル。そもそもチェックインなんて、些末な事はしない。

一行はエレベーターに乗り込み、最上階のロイヤルスイートに登る。最上階はロイヤルスイートのみであり、エレベーターを降りるとすぐに両開きの扉があって、扉の前には燕尾服を着た男が立っていた。

 

「当ホテルへようこそ長嶺御一行様。私、宿泊中に身の回りのお世話を担当させて頂きます。バトラーのファーフーリーと申します」

 

「え、指揮官。これ、どうなってるの?」

 

「超高級ホテルともなると、各部屋に1人専属の執事が着くんだ。バトラーにお願いすれば、大抵のことはやって貰える」

 

「はい。お風呂、ベッドの用意は勿論、観光の案内や耳寄りな情報、ルームサービス、お風呂上がりのマッサージも担当致しますよ。女性陣の皆様には、女性のマッサージ師を手配させて頂きますのでご安心を」

 

そう言って一礼するファーフーリー。その所作はベルファスト並みであり、改めてここが普通では無い超上流階級の生きる世界だというのを感じさせられた。

部屋に入るとファーフーリーからの部屋の説明があり、一通り説明が終わったタイミングで長嶺が動いた。

 

「では、私はこれにて」

 

「バトラー。早速、頼まれてくれないか?」

 

「はい。なんなりと、長嶺様」

 

「アラブの塔は2塔あり。陽の光、常闇の影は等しく常在なり」

 

まるで何かの呪文のように唱えると、ファーフーリーの顔付きがスッと変わった。さっきまではにこやかな笑みだったが、この言葉を出した瞬間、笑顔が消えた。

 

「はて、何のことやら分かりませんな」

 

「コイツが通行証だ」

 

長嶺はポケットから金色のメダルを取り出した。表には天板を動かす悪魔、裏には山羊の頭蓋骨を持った悪魔が描かれている。

 

「.......これは失礼致しました、長嶺様。承知致しました。ですが本日はメンテナスのため、終日休業しております。明日の夜20:00よりオープンしますので、それまでは普通の観光をお楽しみくださいませ。では、失礼致しました」

 

「指揮官。今のメダルって、一体何なの?」

 

「文字通り通行証さ。あの合言葉とメダルを見せれば、入場権利を借りれるんだ」

 

「借りる?」

 

「何せ秘匿性の高い、というか120%違法のカジノだからな。コイツは今はまだ単なる金貨に過ぎない。中にICチップが入ってて、それを有効化してやらないと入る前に弾かれるんだ。で、帰る時は無効化する。チップは生体認証式で他人が連続して触れたり、長期間持ち主以外が触れ続けると、内部チップは自戒。単なる高価な金貨になる」

 

「ま、まるでスパイ映画ね」

 

違法な上に世界有数のVIPを顧客にする以上、これ位のセキュリティや隠れ家的システムは必須である。何よりこういうロマン溢れるヤツは、例えVIPだろうと大好きなのだ。ロマンに興味なくとも、特別待遇というのは麻薬の様に作用する。

 

「さーて。そんじゃ、観光にでも行こうか」

 

「でも雷蔵。プランはあるのかしら?」

 

「ない!!」

 

「そんな自信満々に言わなくても.......」

 

「まあでも、ほら。そこから景色を見てみろ」

 

長嶺の指差した窓から外を見てみると、向こうのほうに何か人工的な巨大島が見える。SFのコロニーの様な、円形の中に枝分かれした細長い島が何本もある、そんな不思議な形をした島だ。

 

「パーム・ジュメイラ。世界最大の人工島であり、ドバイの工業拠点でもある。あそこにはドバイ1デカいショッピングセンターがある。あそこに行けば、すぐにでも観光気分を味わえるさ。それが終わったら、下で泳ぐとしよう。水着持ってきてる事だし」

 

長嶺はニヤリと笑いながらそう言った。今回の長嶺、カジノもそうだが、それと同じくらい楽しみにしてることが2つある。1つはこの美女軍団と何処かを練り歩き、惨めで可哀想な性欲に支配された男共の上を行って最高の優越感に浸る事。そして2つ目は、水着姿を拝む事である。

これまでは戦闘とそれに付随する事と、自分のためだと偽って誰かの為に動く事が多かった。だがゆっくりと時間をかけて家族達との出会いやら佐世保での一件を経て吹っ切れた今の長嶺は、これまでの反動か自らの欲望願望が全面に押し出される事が多くなった。水着姿を拝みたいのは、ぶっちゃけ性欲に支配された男共と同じ発想である。もっと言おう、夜戦するつもりである。

まあそんなお色気回(?)は次回に持ち越しである。今回はいつもよりは短いが、代わりにセカンド・エノの概要を説明して終わろう。

 

 

大和発案の第二の江ノ島建造計画から生まれた拠点であり、第二の江ノ島である。これまでの霞桜秘密拠点とは違い、初の本部機能を代行できる大規模拠点となる。アニメアズールレーン第五話、本編では第十七話『廃墟ビル群での戦闘』にて登場した廃墟ビルが立ち並ぶ、通称『廃墟島』が場所に選定された。当初は上のビル群を改装、修復する予定だったが調査すると海底下に江ノ島の2.5倍もの広大な空間がある事が判明し、そっちに拠点を移す事となる。上のビルにも施設はあるが、基幹施設は地下に納めている。

地下空間にはソーラーパネルから取り込んだ太陽光を使って明るくしており、昼と夜の区別、温度調節が行える。また各所に植物や川、滝等も設置してある為、息苦しさは勿論、窮屈さも感じさせない様になっている。

 

地上施設

・大規模滑走路

C5ギャラクシー2機が同時に離陸できる程の面積を誇る巨大滑走路があり、普段は海中にその姿を隠している。管制塔には半壊していたビルを改装し、自動管制システムを設置している。

機体は滑走路横の廃墟が格納庫となっており、ここで保管できる。床がエレベーターにもなっているので、そのまま地下に降ろして分解整備や修理も可能である。

 

・UAVカタパルト

固定翼機型UAV用のカタパルトであり、島内に計42ヶ所隠されている。緊急時にはここから航空機が飛び出し、防衛の初動や偵察を行う。

 

・ドライドック

一応大型船を隠せるのが2つと、中型艦様のが20個ある。廃墟の中に隠されており、整備なんかもしっかりできる。大型艦は今のところないが、中型艦用には防衛用の無人戦闘艦が格納されている。

 

・演習施設

ビル内部や近海を改装して作られた演習施設であり、ARによる敵を出現させられる。特に廃墟だらけなこの島では、グラップリングフックやゲリラ戦の演習がやり易く、艦娘とKAN-SEN対しても最近ではこういった演習を繰り返している。

 

・娯楽施設

廃墟ビルの屋上を改造し芝生を植えて完成したテニスコートや、ビルに芝生をしき、各種ギミックを搭載させたゴルフコート、野球場、サッカーコート、アメフトコート、バンジージャンプ、ウォータースライダー、アスレチックなんかがある。この辺は未だ色々と増改築を繰り返しているので、要望次第で順次増やしていく予定である。

 

・エノビーチ

気合いで作り出したビーチ風のプール。コンクリで固めて高さを調整しつつも、砂を敷いたり岩を置いたりしてしっかりとしたビーチを作り出した。更衣室、海の家、コテージも完備している。

 

・パーティービル

先述のエノビーチをの目の前にあるビルで、見た目こそ半壊した廃墟だが、それはホログラムであり内部はしっかり改装して豪華なパーティールームになっている。更に各階には高級ホテルの客室の様な部屋もあるので、最悪飲み過ぎた時なんかはここに行けば問題ない。

 

・長嶺別荘

長嶺がちゃっかり自分で作った部屋。地下にも部屋はあるが、しんみりしたい時の為に作り出した。自分で作ったと言いつつ、なんだかんだで部下の手も借りているので、かなり豪華な物に仕上がっている。島内で3番目に高いビルの最上階とその下の階を流用しており、1階部分は主にリビングダイニングとキッチン、ゲーム部屋、露天風呂とジャグジー付きの風呂なんかがある。2階部分には普通に大人数でバーベキューとかも出来そうな巨大テラスと、大型ベッドルームがある。

 

・長嶺秘密基地

こっちは本当に1人で居たいとき用に作った、誰も知らない秘密基地である。他と違い殆ど手を加えずに廃墟を流用しているので、ミニ冷蔵庫、ハンモック、元からある壊れた小型のソファ、ミニライト、ミニコンロと本当に秘密基地である。その為制作時間、脅威の5分である。

 

 

海中施設

・空中超戦艦『鴉天狗』専用ドック

海中に作った専用ドックであり、普段はサブ発電機兼サブコントロールルームとしてセカンド・エノを動かしている。もしセカンド・エノを放棄する様な事態になった場合は、脱出船としても機能する。その場合は後述のセントラルタワーからドック内に全人員を移動させ、そのまま出港する手筈となっている。

 

・海流発電装置

セカンド・エノ周辺の海流をエネルギーに換える画期的な発電システムであり、セカンド・エノ4つ分のエネルギーを生産できる。余剰分は蓄電池に貯められ、非常動力となる。

 

 

地下施設

・セントラルタワー

中心部に聳え立つ巨大ビルであり、霞桜と鎮守府として機能がここに収まっている。内部には射撃訓練場、VR、AR、シュミレーター訓練場、大中小の各会議室、全員が一堂に介する超大型の講堂、資料保管庫、超大型のデータサーバー、長嶺や各セクションの代表の執務室がある。

 

・大食堂

セントラルタワーの1階にあり、ここで基本的には食事を摂る。流石にオーシャンビューの食堂とは行かないが、それでも緑豊かな庭園が見えるしキッチンの設備面は江ノ島を凌駕している。自動の調理施設や補助設備が増え、かなりの面を自動化してある。しかし拘りの部分だけは手作業工程を残しているので、味は落とさず効率を上げる理想的な物に仕上がっている。

 

・格納庫

北西部にある大型格納庫。霞桜の各車両は勿論、戦闘機なんかもここに格納する。大規模滑走路の格納庫のエレベーターが行き着く先はここであり、分解整備なんかもここで出来る。

 

・霞桜、パイロット用宿舎

北部から北東部にかけて建てられている霞桜とパイロット達、要は男性用の宿舎である。宿舎と聞くとなんだか大部屋な気がしなくもないが、1人一部屋の個室が与えられている。一般兵クラスなら4LDKクラスの程度の部屋、パイロット及び中隊長クラスなら2階付き6LDK相当の部屋が与えられ、大隊長達は3階付き8LDK相当の部屋が与えられている。

とは言え、中には修学旅行気分を味わいたい者もいる為、一応大部屋も完備されており、申請さえすれば大部屋で仲間と寝ることもできる。二段ベッドがある部屋や、単純な畳の大部屋だったり意外とバリエーションは豊か。

 

・艦娘、KAN-SEN用宿舎

こちらは東部にある艦娘とKAN-SEN用のビルであり、こちらは全員に5LDK相当の部屋を与えられる。部屋の設備は霞桜の物と変わらないが、こちらの場合は姉妹艦や部隊で一緒に過ごせる部屋が規模に合わせて与えられている。

 

・メガリゾート

南東部から南部にかけて作られたデパート兼、たまたま見つかった温泉を用いたスパリゾートが併設されている。内部には艦娘とKAN-SEN用の入渠ドックも入っている為、文字通りの湯治が行える。また内部には水耕農園施設も併設されており、様々な野菜を育てている。

 

・長嶺邸宅

メガリゾートと艦娘、KAN-SEN用宿舎の間に作られた特別棟で、下層階の殆どは長嶺の愛車達が眠るガレージと、専用の各種研究設備、工作設備が備わっており、居住区画は6階層に別れており、1階には各代表者が集まって会議ができる会議室というか東城会の幹部室の様な部屋がある。2階には小規模のパーティールーム、シアタールーム、オーディオルーム、カラオケ部屋があり、3階には川付きの庭園と小さな和室小屋があり、4階にはリビングルーム、キッチン、書斎、サーバールームがあり、5階には例の温泉を使った豪華な風呂とサウナがあり、6階にはゲーム部屋と寝室、それからバルコニーがある。

 

・工廠

南西部と西部にある巨大工廠。内部には日用品を作る工場から、各種兵器の整備、開発、製造ができる設備が整っている。更に倉庫も兼ねており、様々な物資が格納されている。

 

・モノレール

拠点内を走るモノレールであり、これを使って各ビルを回る事ができる。駅はビル内に入っており、24時間365日運行している。

 

 

防衛兵器

・無人戦闘艇『オッゴ』

全長 120m

幅 20m

最高速力 65ノット

機関 ウォータージェットポンプ

武装 127mm単装速射砲 2基

   75mm機関砲 8基

   25mm機関砲 6基

   20mmバルカン砲 4基

   垂直ミサイル発射装置 128セル

   四連装艦対艦ミサイル発射筒 2基

   連装短距離艦隊空ミサイル発射筒 8基

   Mk32短魚雷発射管 2基

セカンド・エノ防衛用に作られた無人戦闘艦。普通に現代型駆逐艦を相手取ろうと勝てる装備であり、人が乗らないのをいいことに高速性と高機動を獲得している。尚名前は何処ぞのジオンが運用している、空を飛ぶ棺桶から取ってきた。

 

・無人偵察艇『ストーカー』

全長 20m

幅 3m

機関 ウォータージェットポンプ

最高速力 90ノット

武装 なし

セカンド・エノ防衛用の早期警戒艇であり、武装は一切搭載していない。その代わりに各種レーダー装備と電子戦装備を満載しており、潜水機能も有している。

 

・A160ハミングバード攻撃機型

ボーイング社のA160ハミングバードのエンジンをより高性能な物に換装し、AH64Eアパッチ・ガーディアンの武装とレーダーシステムを実装した機体。

 

・MQ58改ハイパーヴァルキリー

ステルスUCAVのXQ58ヴァルキリーに、F22のシステムと『黒鮫』のエンジンを実装し、M61バルカン砲1基、ASM3を装備可能なウェポンベイ4つと、2発のサイドワインダーを装備可能なウェポンベイ2つを装備している。エンジンの換装によりマッハ8を叩き出しつつ、各所の姿勢制御スラスターによりぐりぐり動く化け物機に仕上がった。

 

・RQ20アベンジャー

ウェポンベイを無くした代わりに、早期警戒機兼電子戦機として運用できる様に各種レーダーと電子戦装備を装備した機体。常時この機体を周辺に展開する事で、空からの目となっている。

 

・アサルトドローン

ウォッチドッグスレギオンの鎮圧ドローンを元にして製作した、拠点付近や拠点内部に侵攻を許した場合に対処するドローンである。武装にはM134ミニガン2基、AA12ショットガン1挺、Mk47グレネードランチャー1基を搭載している。

 

・チェエイサードローン

ウォッチドッグスレギオンのCTドローンを元に制作した、アサルトドローンと同じ任務を帯びる機体である。ただしこちらはアサルトドローンよりも機動性が上がっている為、追跡に特化している。武装はGAU19バルカン砲1基、スティンガーミサイル10発、ハイドラロケット弾16発ポッド2基である。

 

 

防衛設備

・Ram 3800門

・VLS 4900セル

・227mmロケット弾12連装発射機 180基

・127mm速射砲 800門

・76mm速射砲 900門

・ボフォース57mm機関砲 1200門

・ボフォース40mm機関砲 2300門

・エリコン35mm機関砲 3100門

・ファランクス20mmバルカン砲 5800門

・GAU19バルカン砲 8900基

・M2重機関銃 10,000挺

・MG14z 15,890挺

・M134 26,000挺

・無人戦闘艇『オッゴ』 30隻

・無人偵察艇『ストーカー』 80隻

・A160ハミングバード攻撃機型 180機

・MQ58改ハイパーヴァルキリー 230機

・RQ-20アベンジャー 130機

・アサルトドローン 3500機

・チェイサードローン 1200機

 

 

 

 



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第八十八話ドバイ満喫観光

数十分後 パーム・ジュメイラ 大型ショッピングモール

「おい!あれ見ろよ」

 

「なんだよあの胸。デカすぎんだろ.......」

 

「どこかの女優か?」

 

「ねぇねぇ!あの人、かっこよくない!?」

 

「ホントだ!声かけようかな?」

 

ホテルからリムジンで移動して、楽しい楽しいショッピングのお時間である。実を言うとホテルの中にアクセサリーを筆頭とした免税店は併設されているのだが、やはりそこは本格的な商店街的なショッピングモールには劣る。こっちの方がショッピングモールである以上、品揃えは遥かに上だ。ついでにショッピング以外にも色々あるので、単純な暇つぶしにも丁度いい。

という理由で来たのだが、見事に目立っている。その原因は言わずもがな、長嶺&お供の嫁艦である。格好は空港に降り立った時から変わらないのだが、そのプロポーションが男共の目を引く。女性陣は全員が全員、揃いも揃って爆乳&爆尻とかいう世の男のイメージする「ぼくのかんがえたエロい女!」をそのまんま具現化したかのような見た目な訳で、若い男共はズボンにテントが出来上がっている。一方の長嶺も軍人故の程よく引き締まった、筋肉質な身体に高身長。サングラスで顔の全体像こそ分からないとはいえ、雰囲気や所作はイケメンのソレであり、こちらは道行く女性を振り向かせる。

 

「ねぇねぇていと、じゃなくてらいぞー。なんでみんな道を開けてくんだろ?」

 

「胸に手を当てて考えてみろ」

 

「.......ちょっと大きくなったかな?」

 

「悪いがお前のおっぱい事情は分かんないのよ」

 

仕事柄その日の体調の良し悪し位は知っているが、流石にバストサイズの推移までは知らない。というか知ってたらそれはそれで、逆にキモいと思う。

 

「ぶー、そんなガチで返さなくていいじゃん。おっぱい揉む?」

 

「揉む!って言うと思うか?」

 

「らいぞーっておっぱい星人だし、揉みたいんじゃないの?」

 

「ホテルならYESだろうなぁ」

 

そんな馬鹿話をしていると、最初の目的の店に着いた。なんでもアクセサリーが見たいそうで、ジュエリーショップが多く立ち並ぶ区画にやって来た。

 

「いらっしゃいませ。どの様な品をお探しですか?」

 

「あっ、えっと.......」

 

「取り敢えず彼女達に似合いそうなヤツ、適当に見繕ってくれ。金に糸目は付けないから、高かろうが何だろうが気にしなくていい」

 

「承知しました」

 

店員にいきなり話しかけられて困っていたブレマートンに、すかさずフォローに入る長嶺。流石にこういう高級店では、さしものブレマートンのコミュ力を持ってしても緊張が勝ってしまうらしい。

 

「ふぅ。ありがとね、雷蔵」

 

「礼には及ばん」

 

「にしても、よくあんなスッと対応できるよね。何かコツでもあるの?」

 

「コツって程でもないが、まあ、そうだな。こういう店では、基本的に店員が色々世話を焼いてくれる。お任せでって言えば、適当に見繕ってくれるさ。もちろん、予算があるんなら予算も伝えてな」

 

海外では客も店員も基本的に対等となるが、こういう高級店では日本でいう所の「おもてなし精神」に近い物がある。店員は基本的にその道のプロであったり、商品の事には詳しい。店員に任せておけば、大体どうにかしてくれるのだ。尚、高級と大衆の間位の店とかでやると、ぼったくりに遭う場合もある。

 

「お待たせしました。こちらにどうぞ」

 

店員に奥の部屋に通されると、様々な宝石類が並べられていた。ネックレスや指輪、イヤリング等々、その形態は様々であるが素人目に見ても高い事だけはよく分かる。

 

「それではまずは、赤髪のお客様に。こちらは如何でしょうか?」

 

ザラの前に差し出されたのは、赤い筋の入った水晶が付いているイヤリングである。周りにも何か宝石が散りばめられており、キラキラ輝いている。

 

「綺麗な水晶ね.......」

 

「こちらはストロベリークォーツと言いまして、マダガスカル等で採掘される希少な物となっております。周りにはダイヤモンドを散りばめており、とても高貴なデザインとなっております」

 

「ザラ。宝石にも花言葉の様に、宝石ごとにあった言葉がある。そのストロベリークォーツは、愛と美を司るとされている。お前にピッタリじゃないか?」

 

「えぇ。これにするわ」

 

ザラに続いて、他の宝石も紹介されていく。愛宕には愛の石の別名を持つトルマリンのネックレス、鈴谷には成功や挑戦の意味を持つスピネルの指輪、ブレマートンには絆の象徴とされるアパタイトのイヤリング、セントルイスには高貴や幸運の象徴とされるラピスラズリのネックレス、インプラカブルには愛や優しさの意味を持つローズクォーツの指輪、ポーラには情熱や独立の意味を持つアレキサンドライトのイヤリング、そしてオイゲンには信頼と一途な恋の意味を持つパパラチアサファイアの指輪を勝った。

 

「では、こちらがお会計になります」

 

「おー、すげー。0だらけ」

 

「私としましても、一度にこんな金額までお買い上げ頂いたのは始めてでございます」

 

ちなみにどの位の額になったかと言うと5000万ディルハム、日本円に直すと約2億円である。流石ドバイの一流宝石店と言うべきか、今回勧められた商品はどれも家1軒普通に立つ値段であり、それが掛ける8ともなれば、まあ妥当な額ではある。

 

「一括で」

 

「失礼ながら、限度額の方は問題ないでしょうか?」

 

「大丈夫大丈夫。俺のカード、特別製だから落とせるよ」

 

普通なら限度額余裕で超えているし、アメックスの様なカードも限度額は存在する。あれらは限度額を顧客ごとの信頼度でフレキシブルに変わっており、長嶺の場合は特別製なので限度額がそもそも存在しない。

 

「.......確かに。お買い上げ、ありがとうございました」

 

無事に決済が完了し、店を後にする。もっと色々見たい所だが、丁度時間帯的には11時過ぎ。多分、考える事は他も同じで昼時には多くなる。早めの昼食を摂ってもいいだろう。

 

「よーしお前らー!飯行こうぜー」

 

「あら、何処に行くのかしら?」

 

「えー、例によって何も決めてません!」

 

「まあ、雷蔵ならそう言うと思ったわ。なら、私から提案させてもらうわ。アレ、どうかしら?」

 

そう言ってオイゲンが指さしたのは、外にあるキッチンカー。芳醇なスパイスの香りと、食欲を掻き立てるジューシーな肉の匂いから察するに、ケバブである。

 

「よし行こう。今すぐ行こう!」

 

「あー、この匂い好きなヤツだわー」

 

「やっぱブレマートンも?このジャンク感は、もう確定じゃん!」

 

「そうねぇ。私もこの匂いは好きよ」

 

「この香り。悪くないわね」

 

やっぱり肉は万国共通で最強の食材な様で、心なしか全員目がキラキラしている様に見える。いや、長嶺はキラキラしている。コイツは肉大好物なのだ、仕方ない。

さて、早速注文しようとした訳だが、問題があった。読めないのだ、メニューが。何せレストランではなくキッチンカーなので、見事にオールアラビア語。デパート内には英語版の説明もあったりするのでどうにかなったが、流石にキッチンカーにまで英語表記はなかった。ぶっちゃけミミズが這っている様にしか見えない。一応写真があるので、少しは分かる。とは言え、流石に詳細が分からないと怖い。

 

「そっか。お前ら、メニュー読めねぇか」

 

「雷蔵さんは読めるんですか?」

 

「レストランのメニューとかなら読めるぞ」

 

だが長嶺であれば問題はない。長嶺は英語、中国語、スペイン語、ポルトガル語を自在に操り、ロシア語、ヒンドゥー語、アラビア語は日常会話程度ならどうにかできる。更には霞桜のガジェットを用いれば、凡ゆる言語を同時翻訳可能である為、実質全ての言語を操る事すらできるのだ。

 

「あらぁ、イケメンなお兄さんね。いらっしゃい」

 

「おばちゃん、悪いが俺以外8人共、こっちの言葉が無理なんだ。俺が通訳するから、それで注文いいかい?」

 

「勿論!待ってて、そっち行くから」

 

キッチンカーの中から50代のおばちゃんが出てくる。恐らく雰囲気的には、下町の夫婦経営やってる定食屋のおばちゃんというのが1番近い。つまり、めっちゃ話しやすいタイプだ。

 

「で、どれが食いたい?」

 

「雷蔵?私達、そもそも何が挟まってるのか分からないわ。私はどうにか、そのメニューがトルティーヤなのは分かるけど、何が挟まってるのかさっぱりよ」

 

「そうか。そうだな。まあ、有体に言えば牛肉、鶏肉、もしくはミックスのサンドイッチだ。パンはスタンダードのピタパン、トルティーヤ、バーガーのバンズみたいなの、ナンの4種類。トッピングはチーズ、トマト、アンチョビ、ハラペーニョ、卵サラダ。ソースはチリ、グリーンカレー、ジャンジャン、スイートチリ、サウザン、シーザー、ジンジャークリーム、ヨーグルト。ドリンクはオレンジ、りんご、ブドウ、ココナッツ、コーヒー、コーラ。サイドメニューはポテト、ナゲット、フライドチキン、ナゲット、サラダだそうだ」

 

取り敢えずポテトは頼むのが即決で決定した。だが中々、ソースとかトッピングが決まらず、みんなうんうん悩んでいる。

 

「兄ちゃん兄ちゃん。ここにはな、全メニュー半分のサイズもあるんだわ。それを頼むってのはどうだい?」

 

「おーい、おっちゃんがミニサイズあるとよー」

 

「ミニサイズ.......」

 

「それなら色んなのを試して、みんなでシェアしましょうよ!」

 

「さんせー!」

 

愛宕の案が採用され、各々が別々のソースを選んで、3つずつ頼んだ。3つずつになったのは、パンが3種類あるからである。飲み物は各自が好きなものを適当に頼んでおり、結構な量を一気に注文した為、ちょっと待つ事になった。

 

「ところでおばちゃん。この辺で、なんかいいデートスポットはあるかい?」

 

「おや、まさか無計画だったのかい?」

 

「まあな。本当は予定があったんだが、生憎と臨時休業で全部パァよ。それで何かあるだろって、ここに繰り出してな」

 

「だったら、そうさね。水族館とかどうだい?」

 

「水族館?」

 

おばちゃんの話によると、どうやらこのモール内に水族館があるらしく、かなり広いらしい。結構有名なスポットだそうで、デートにも最適なんだとか。

 

「なんだい兄ちゃん、水族館行くのか?」

 

「まあ目的もないからな。現地人がおすすめだって言うなら、行かないと」

 

「だったら俺から支配人に連絡して、パスを予約してやるよ。あそこのオーナー、俺の友達でな」

 

「いいのか!?」

 

「おうよ。ここで会ったも、何かの縁ってな。日本って国には「オモテナシ」とか言うのがあるんだ。これはドバイのオモテナシさ」

 

こういう珍事があるから、旅はおもしろい。店主のおっちゃんはケバブを作りながらスマホで連絡し、恐らく支配人と話している。通話はものの30秒で終わり、こちらに向いて笑顔でサムズアップして来た。どうやらチケット確保できたらしい。

 

「フロントで「ケバブドネル」って言えばOKだ。さっ、できたぞ」

 

「うおぉ!ありがとよおっちゃん!」

 

出来上がったケバブをテーブルに持っていき、早速食べてみる。一口頬張れば、もう止まらない。肉汁と共に肉の旨みが広がり、それを野菜とパンが優しく包み込んでくれて、全く脂っこくなくて食べやすい。

 

「めっちゃうめぇ」

 

「ホント、美味しいわね」

 

「チーズとアンチョビとトマトも合うわよ。雷蔵、試してみる?」

 

「ポーラのお墨付きだ、無論もらう」

 

サディア、というかイタリア人にトマトとチーズの料理を任せて外れる事はない。それはイタリア人の誇りだと、昔訪れたレストランのイタリア人シェフは言っていた。であれば、そのイタリア人、もといサディアのKAN-SENたるポーラが言っているのだ。間違いない。

という訳で食べてみたが、しっかりうまい。チーズとトマトとアンチョビがいい感じにケバブに調和して、ソースもチーズがまろやかにしてくれて、かなり食べやすい。

 

「あー、美味かったー!」

 

「これ、今度ウチでも作れないかしら?」

 

「間宮さんに聞いてみる?」

 

「そもそもあんな巨大な肉の塊、どうやって作ればいいのかしら?」

 

ケバブの肉は普通の鶏肉や牛肉を鉄の棒に突き刺していき、間ごとに脂を敷いて、更に肉を重ねて、最終的にあの巨大な肉塊に整形している。個人でも出来なくはないが、流石に採算が取れない。まあ何かしらのイベント時に、屋台とかで組み込むのはアリだろう。

 

「どうだった、ウチのケバブは?」

 

「おいしかったよ。何度かケバブは食べた事があるが、ここのがダントツだった」

 

「だってさ、あんた」

 

「そりゃぁ良かった!じゃ、ドバイを楽しんで行ってくれ!!」

 

「ありがとう。だがその前に、コイツを受け取って欲しい」

 

長嶺は財布から2000ディルハム取り出して、2人に渡した。夫婦共にビックリしているが、長嶺は続ける。

 

「これはチップなんかじゃない。あくまでも楽しいランチタイムになった事と、今からのデート先を確保してくれた事への報酬だ。ぜひ受け取ってもらいたい」

 

「そういう事なら遠慮なく貰うぜ兄ちゃん」

 

「お兄さん、きっとお金に好かれるよ。こういう金の使い方は、金も好きなのさ。いつか巡り巡って、帰って来てくれるよ」

 

「そうだな。それから、これも渡しておこう」

 

長嶺は更に、数字の羅列が書かれた紙を渡した。恐らく電話番号だとは思うが、どこの電話かは分からない。

 

「もし今後、何か困った事。例えばそうだな、強盗にあって全部盗られたとか何処かに連れ去られたとか警察に捕まったとか、そういう人生に関わる様な事態に直面した時、この番号にかけてくれ。どうにか出来るかもしれない」

 

「へぇ、そりゃいい」

 

「おっちゃん信じてないな?俺達日本人は、義理っていうのを大切にする。受けた恩には、それ相応かそれ以上の恩を返すんだ。これは俺からの細やかな気持ちだ。

それに案外、人生とか世間ってのは可笑しな物だ。変な所で変な立場の変な奴と繋がるもんさ。もしかしたらここが変な所で、俺が変な立場の変な奴なのかもしれねぇな」

 

「らいぞー。行くよー」

 

「おーう。それじゃ、またいつか食べに来るぜ」

 

長嶺が渡した電話番号は、霞桜のフロント企業が運営するペーパーカンパニーの電話番号である。ここに電話を掛ければ、その話はすぐに長嶺に行き、そこから色々便宜を図る事ができる。

ドバイには知り合いが殆どいない為、こういう風に縁を作っておきたいのだ。こういう所で縁を作れば、今までの経験上、予想だにしない繋がりを齎してくれる。

 

「と、いう訳で!水族館に行きます!!」

 

「ここ水族館なんてあるんですねぇ」

 

「そもそもショッピングモールに水族館って、かなりぶっ飛んだ構造だよねー。日本で言うと、イオンの中に水族館って感じ?」

 

「.......想像できないわね」

 

一応巨大水槽がある商業施設も国内にあるらしいが、これから行く水族館はレベルが違う。受け付けで「ケバブドネル」の合言葉を使い入ってみたのだが、まずいきなりシロナガスクジラの骨格標本が天井に吊るされており、かなりビックリした。

 

「デカっ!!」

 

「これ、何の骨かしら?」

 

「あ、ポーラ。そこに説明文があるわよ。でも.......」

 

「まあ、わかりきってたけど読めないわね。しき、じゃなくて雷蔵。翻訳お願いするわ」

 

「はいはい。えーと、何々?この骨格標本は、ペルシャ湾にて発見されたシロナガスクジラの骨格標本って、シロナガスクジラ!?」

 

長嶺は説明文をもう一度読み直してみたが、やはり間違いなくアラビア文字と英語で「ペルシャ湾で発見されたシロナガスクジラの骨格標本」と書いてある。

 

「あー、そういや6、7年前にペルシャ湾でシロナガスクジラの死体が見つかったとか何とかってニュースになってたな。あん時のか」

 

「ちょっと雷蔵?私達、何の事か分からないんだけど?」

 

「簡単に言うとシロナガスクジラってのは、もっと寒い所にいるんだよ。生息域が違いすぎる。イメージで言えば、九州にシロクマが出たみたいなもんだ」

 

「それにしても大きいわね。こんな巨大な生物が海を泳いでるなんて、生命の神秘ね.......」

 

インプラカブルの言葉に、女性陣はうんうんと頷いている。彼女達は海で戦うのが仕事であり、生活の中に海は大きく関わっている。それ故にこういう海の話というのは、総じて興味があるし関心が高い。

特にインプラカブルは見た目はアレとは言えど、一応シスター。特に信じている神なんかは無いらしいが、それでも慈愛とか生物への慈しみというのは凄く、今もまるで聖母の様な雰囲気を醸し出している。まあ周りの男共はそんな聖母よりも、下卑た視線を母性の象徴たる巨大な胸の方に送っているのだが気にしてはいけない。

 

「みんなみんな!水槽の中にも大きいのがいるよ」

 

「あら、ホントね。何かしら?」

 

「ジンベエザメじゃないかな?テレビで見たことあるよ」

 

そのまま少し進むと、巨大水槽があり、中にはジンベエザメの他、かなりの種類の魚が泳いでいた。エイ、ウミガメ、イワシ、クラゲ、よく分からない普通サイズの魚、下の方にはカニもいる。

 

「へぇ、かなり大規模だな」

 

「ねぇ雷蔵くん。あれ、もしかして水中トンネルかしら?」

 

「ホントだ。後で行ってみるとしよう」

 

どうやらここは水族館であると同時に、海の歴史についても触れているらしい。その証拠に水槽の反対側にはアンモナイトの化石や、俗に言う水竜の化石なんかが展示されている。

 

「これは化石、かしら?ハンマーの様にも見えるけど.......」

 

「どうやら原始人の石器の化石らしい。そっちのは銛だそうだ」

 

「案外現代と変わらない部分も多いのね」

 

「その分、道具がより丈夫かつ強力な物に進化してるがな」

 

魚を見ながらも様々な展示品を見て回る。アラブ伝統の船舶であるダウ船という帆船があったり、海賊の使ってた弾痕付きのボートがあったりと、かなり楽しめた。

ここで3時間ほど時間を潰し、その後はまたショッピングに戻る。女性陣は新たに服や水着を購入しており、最終的にホテルに戻ったのは5時を回っていた。

 

「お帰りなさいませ。そのご様子ですと、お楽しみ頂けたようですね」

 

「あぁ。特に彼女達は楽しんでいたよ」

 

「それは何よりでございます。ご夕食は予定通り、19時からでよろしいですか?」

 

「それで頼む」

 

「承知しました。それでは、10分前にお迎えにあがります」

 

今は17:18であり、まだ余裕はある。取り敢えず手分けして買った物を分け、その間に交代でシャワーを浴びて、女性陣はイブニングドレス、長嶺もスーツに着替える。そんな事をしていると、ファーフーリーが部屋に迎えに来てディナーとなった。

 

「お席はこちらでございます」

 

「美しい夜景ね」

 

「アラジンの世界みたい!」

 

女性陣は夜景にうっとりしている。ブレマートンと鈴谷は素早く写真を撮って、即座にKAN-SEN通信にアップしている辺り流石だ。その後はフレンチとイタリアンのフルコースだったのだが、味もかなり美味しく、食べるたびに女性陣の表情が蕩けていて、かなり面白かった。

 

「イタリア人的には、ここのイタリアンはどうだ?」

 

あっち(サディア)にも負けないわ」

 

「もしかしたらそれ以上かも。とっても美味しいもの」

 

「その反応だと、リシュリューさん辺りにも試してほしいですね。フランス人の感想も聞きたいですし」

 

愛宕の言う通り、そこは確かに気になる。恐らくジャン・バールはこういう雰囲気がダメで「味も何もわかったもんじゃねぇ!」とか言いそうだが、リシュリューなら問題ないだろう。

 

「失礼します。私、総料理長のフサインと申します。本日のお料理は如何でしたでしょうか?」

 

「おかげで良いディナーが楽しめたよ。炎の魔術師の料理を楽しめたのはとても貴重な経験だったよ、ありがとう」

 

「その名をご存知でしたか。何と言いましょうか、かなり恥ずかしいんですがねその二つ名。しかしお客様に覚えて貰えることは、料理人として嬉しい限りでございます」

 

「あなたのYouTubeはいつも拝見させてもらっているよ。私も料理を嗜むが、アレはかなり為になる」

 

このフサインという男、YouTubeの料理系チャンネルで369万人の登録者を誇るYouTuberでもある。メインは勿論このレストランのコックなのだが、休日はYouTubeで家庭で作れる物や家庭の味をプロに近づける裏技の紹介、偶にガチのプロ料理を作ったりしており、かなり面白い。

料理人としても優秀であり、海外からの要人や賓客の料理を担当したり、世界大会で何度か優勝した実績もあるプロなのだ。

 

「視聴者さんでしたか。どうもありがとうございます。良ければまた次の動画もご覧ください」

 

「楽しみにさせてもらうよ」

 

「あのー雷蔵?もしかしてその人、前に見せてくれた料理系の人?」

 

「そうだよ。料理系YouTuber、フサインフサインさんだ」

 

尚、フサインのチャンネルはブレマートンと鈴谷も見た事があり、実際に作ったこともある。中身はオールアラビア語ではあるが、英語字幕があるのでブレマートンがそれを即座に翻訳し、W鈴谷、マーブルヘッド、尾張で一緒に作ったのだ。

 

「ねぇ雷蔵!お願い、写真撮らせてってフサインフサインさんに伝えて!!」

 

「フサインさん。一緒に写真を撮らせて欲しいと言っているのだが、構わないか?」

 

「えぇ。美しいお嬢さんとのツーショットは、男冥利に付きますとも」

 

ブレマートンと鈴谷はフサインを挟む様に陣取り、そのまま写真を撮る。結構楽しそうなので、もうこの際みんなで記念写真撮っちゃおうとなり、ファーフーリーに頼んで集合写真を撮ってもらう。

 

「フサインさん、ありがとう」

 

「いえ。では、私はこれにて」

 

フサインを見送ると、長嶺達も部屋に戻った。とは言え、まだ時間は20時。流石にもう寝る、という訳にもいかない。何かしたいというのが本音だ。

 

「おや。まるで「遊び足りない」というお顔ですね」

 

「分かるか?」

 

「はい。流石にいくら大人数とは言え、お風呂に入られてゆっくりなさるには些か早いでしょう。そこで、こんなのは如何ですかな?」

 

ファーフーリーはタブレットで、とある画像を見せてくれた。所謂ナイトプールというヤツで、かなり豪華な作りになっている。

 

「当ホテルではナイトプールもご用意しておりまして、一定グレード以上のお部屋にご宿泊のお客様にはVIPルームの使用権が貸与されております。今回の場合ですと、最上位のVIPルームをご用意できます」

 

ファーフーリーのタブレットに、その最上位VIPルームの画像が映る。かなり大きな部屋で、中は大人15人が寛げそうな広さであり、ソファーや机は勿論、カラオケセットとベッドもある。更に反対側にはバルコニーがついており、星と海を一望できる様にもなっている。

 

「カラオケセットがある観点から防音となっており、中で大声で熱唱しようと、外に声が漏れる事はありません。またプール自体にバーカウンターが併設されており、中でお酒とお料理を楽しむ事もできますよ」

 

「よし。すぐに用意を頼む」

 

「かしこまりました」

 

部屋に戻ってナイトプールの話を伝えると、みんな二つ返事でノリノリで準備を始めた。のだが、オイゲンが女性陣を集めて何やらヒソヒソ作戦会議をしている。

 

「雷蔵。先に言ってて貰えるかしら?」

 

「いや、まあ、それは構わないが、どうした?」

 

「女の子には色々あるの!ほらさっさと行った行った」

 

半ば部屋から追い出される形で外に出され、取り敢えずそのままプールに向かう。プール横には更衣室があるので、そこで手早く着替えてプールに向かう。

 

「お待ちしておりました、長嶺様」

 

「ファーフーリー。もしかして、ずっとここに居るのか?」

 

「いえ。部屋の案内が終わりましたら、私はお暇いたします。勿論、呼び出されればすぐに参りますがね」

 

ファーフーリーに案内された部屋は思ってたよりも広く、普通にここで宿泊できそうなくらい広かった。しかも内装も金ピカで、流石ドバイという感じでもある。というかそもそも、外観からして下手な家よりも装飾されてるのだ。中もお察しというところだろう。

 

「こちらのタブレットで各種サービスをオーダーできます。私を呼び出す事も、お料理やお酒を頼む事もできます。こちらのアイコンは空調、その隣は照明のスイッチでございます」

 

「あぁ。ありがとう」

 

「では、私はこれにて。ごゆっくりお寛ぎください。あぁ、そうでした。このプールは1時で閉まりますので、それまでにはお部屋にお戻りください」

 

「わかったよ」

 

ファーフーリーは一礼して、部屋から出ていく。さて、これからどうしたものか。ただポケーッと待つのも、何だか性に合わない。バーにでも行って、酒の品定めでもしておくべきかと部屋から出る。

 

「ねぇ、お兄さん。私達と遊ばない?」

 

「お兄さんかっこいいなぁ」

 

出た瞬間、どういう訳か逆ナンされてしまった。白人の女性2人で、まあ普通なら美女と言うのだろう。顔立ちは可愛いと美人、2人とも背は高くスタイルもいい。来ている水着とアクセサリーも、センスがいい物だ。

だが生憎と、長嶺は美女判定というかその辺のカウンターが既にバグってしまっている。艦娘とKAN-SENという、テレビで見る様なアイドルや女優よりも可愛く美しい上、基本的に全員スタイル抜群であり、ぶっちゃけこの2人を持ってしても敵わない。普通の一般男性からしたら「美女に逆ナンされるーというご褒美展開でも、長嶺の場合は「さして可愛くもない女に逆ナンという名のダル絡みされてる」という展開に他ならないのだ。

 

「そうか、ありがとう。俺も君達の様な美しい女性に声をかけてもらえて光栄だ。でも今日は他に相手がいるんだ、申し訳ない」

 

「えー。硬い事言わないでさ。ほら」

 

2人は長嶺の腕を掴み、そのまま自分の胸に押し当てる。誘惑してるらしいが、その感触すらも彼女達には遠く及ばない。

 

「.......なぁ、俺はどう反応すればいい?童貞よろしく顔面を真っ赤にすればいいのか、それとも襲えばいいのか。どっちなんだ?」

 

「は、え?」

 

「そんな顔されても困る。俺は既に君達以上に美しい女と来ているんだ。そういう悪ふざけは、別の相手とやってくれ。迷惑だ」

 

流石にこんな場面を誰かに見られたら、要らぬ誤解を招く。いくら観光地のドバイとは言え、国柄自体はイスラム教信者、ムスリムが圧倒的多数を占める国だ。イスラム教の戒律では、セックスその他の淫らな行為というのは色々と規定が多い。少なくともこういう公衆の面前での行為は、普通にアウトである。というかムスリムとか以前に、大体どこの国でも痴漢行為は犯罪だろう。

そんな事をしていると、女性用更衣室からオイゲン達が出てきた。どうやら着替え終わったらしい。長嶺は何も言わず、オイゲン達の方に向かって歩く。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

「オイゲン!みんな!こっちだ」

 

8人はプールにいた全員を瞬時に魅了した。同じ女だろうと、彼女達の美貌は眩しいらしい。野郎共は完全に視線が胸と尻に集中しているのが分かる。何せ今の格好、かなりすごい。

オイゲンはいつものビキニではなく、さらに布面積の小さい黒のマイクロビキニと黒のTバック、鈴谷はセーラー服風のビキニトップとスカート型のパンツ、愛宕は水色のVネック水着に琥珀色のサングラス、ブレマートンは黒のスリングショット、セントルイスは青のブラジリアンビキニ、インプラカブルはいつもの格好のベールとか裾とかが無いバージョン、ザラは赤のモノキニ、ポーラは白のザラと同じデザインのモノキニという格好であり、超攻めまくった格好をしている。既に周りの男性陣は股間がもっこりしている。

 

「な、なぁお姉さん達!」

 

「俺達とそこのVIPルームで飲まないか?」

 

5人の以下にも成金、もしくはボンボンという感じの男4人が声を掛けた。更衣室から出てきた10秒後にはナンパされるとは、もし「ナンパ最速選手権」とかあれば優勝間違いなしの素早さである。まあ、それくらいエロい、もとい美しいので仕方がない。

 

「(お前誰行く?)」

 

「(僕は赤髪と紫髪の、多分姉妹っぽい2人)」

 

「(じゃあ俺は銀髪のクールおっぱいちゃんと、青髪のおっぱい姉ちゃんだな)」

 

恐らく一団のリーダーと副リーダー的ポジションであろう2人がナンパしている間、後ろの男2人は品定めをしている。このまま飛び込んでもいいが、この際、一応の旅の目的であるハナトラ要員の訓練をして貰ってもいいだろう。こういう手合いのナンパを掻い潜るのもまた、ハニートラップには重要であったりする。

もし無理そうなら、割って助けに入ればいい。別にそのまま殴りかかってこようが銃とかナイフを持っていようが、4人くらい余裕で殲滅できる。問題はない。

 

「悪いけど、私達みんな相手がいるわ」

 

「冷たいなぁ。どうせならみんなでハッピーに行こうよ」

 

「それにそんなチンケな相手より、オレ達の方がお得だぜ?オレは石油王の次男、コイツは王位継承権持ちの王族、そっちのはロシアのIT会社の御曹司、その横は証券会社の跡取りだ。金はあるし、ビジュアルだって悪くない。それに、こっちの方もな」

 

そう言いながら指差すのは、海パンの中でパンパンになってる己達のイチモツ。まあ大きさ太さ共に悪くないが、気にするべきはそこじゃない。完全に全員引いている。普通の真っ当な感性を持っていれば、初対面でチンコ見せつけられたら引く。一歩間違えれば、普通に犯罪行為だ。

だが引くのが収まっていくの同時に8人全員、思ってしまったことがある。「ちっさ」と。

 

「(何あれ。ちっさ)」

 

「(鈴谷ちゃん言い過ぎですよー。まあ、所謂『粗チン』とか『短小』ですけど)」

 

「(あれ、一応アピールのつもりかしらね、ポーラ?)」

 

「(雷蔵の足元にも及ばないわ。あれでアピールのつもりなら、恥ずかしいわよ)」

 

「(あはは。みんな結構ボロクソに言ってるねぇ。まあ、気持ちはわかるけどさ)」

 

「(本当ねぇ。でも、アレはないわよ)」

 

「(あらぁ、アホな坊や達ね)」

 

「(この手の男って、やっぱりバカなのね)」

 

そう。ここにいる全員、既に長嶺と致しちゃってる組なのだ。でまあ長嶺さんのは「デカい・太い・長持ち・連射・大量」という、全ての男というか生物のオスの夢を具現化した様な物をぶら下げている。そのお陰で、こっちもこっちで世間一般とはシモの方の認識がズレているのだ。

 

「で、どうだ?俺達と来ないか?」

 

「悪いけど、やっぱりお姉さん達には雷蔵くんがいるから」

 

「そうね。早く行きましょう」

 

「雷蔵さんを待たせるのも悪いですしね〜」

 

うまいこと突破しようとするが、その進路を4人は塞ぐ形に移動して意地でも行かせないつもりらしい。そのままお目当ての女達に移動して、素早く胸や尻を揉み、或いは腰や肩に手を回す。

 

「そう言わずにさ?」

 

「オレ達と気持ちいい夜にしようぜ」

 

「うひょぉ、柔らけぇ」

 

「今日は眠らせないから覚悟してよ?」

 

流石にここまでされたら、対応は無理だろう。長嶺は素早く人混みを避けて、4人の前に立ちはだかる。

 

「よぉ、ヤリチンのハエ野郎共。俺だけの華達になに汚い手で触れてやがる。穢れるだろうが」

 

ちなみに長嶺、かなり激おこである。長嶺が家族とか仲間に執着するのは知っての通りだが、最近では良い感じに人間らしくなっており、新たに『俺の女』項目が追加された。こういう人の物に唾付けようとする輩にも、長嶺は容赦しなくなったのだ。え?前からだろうって?動機が違う上に、沸点が低くなっているので、ぶっちゃけ悪化してます。

 

「美しくないなぁお兄さん。こんな可憐で美しい女性には、相応の相手というのがいるのだよ。君では役不足だ。ほら、金をあげるから娼館にでも行って女を買うと良い」

 

「粗チン野郎は娼婦でも抱いてろや」

 

最初は舌戦でどうにかしようと思ったが、気が変わったらしく、縮地の要領でリーダーと副リーダー格の2人の前に移動し、そのままアイアンクローで無理矢理引っ剥がす。

 

「イデデデデデ!!!!」

 

「このっ!!放せ!!!!」

 

そのまま持ち上げると、ずっと「放せ放せ」とうるさいので、勢いよく下に腕を振り下ろしながら放す。次は奥の2人だが、コイツらはちょっとだけ加減をしてやろう。リーダーと副リーダーは胸とか尻を揉んでいたが、コイツらは肩とか腰に手を回しているだけだ。少しだけ加減しても良い。

とは言うが、長嶺がやったのは関節技。それもかなり強烈なヤツで、何ならリーダーと副リーダーよりも凄い悲鳴を上げている。

 

「おうテメェら。俺の女に手を出してそれで済んだんだ。ありがたく思え。お前ら如き粗チン野郎は、娼婦様を抱く価値すらない。そうだなぁ。部屋に戻って、俺の女の感触が手に残ってる間に1人寂しくシコシコしてろ。俺は寛大だからな。一夜のお供に使うくらいなら、幾らでも許してやるさ」

 

長嶺はさらに畳み掛けるべく、4人に顔を近づけて、お得意の殺気を4人に対して撒き散らしながらドスを効かせた声で脅しをかける。

 

「とっとと失せろ。殺すぞ」

 

さっきまで元気いっぱいだった自慢のイチモツは縮こまり、何なら1人は小便を漏らす始末。これ以上ないくらいに男としての尊厳を辱められた4人は、そのまま逃げる様に部屋へと走って行った。

 

「さーてと」

 

長嶺はさっきの出来事で怯え切っている他の客達に向き直る。面白いもので国籍も人種も違う人間が皆一様に、長嶺が振り向いただけで肩をビクリと震わせた。

 

「お楽しみのところをすまなかったな。迷惑料がわりだ。今から先、ここの酒その他で発生した諸君の追加料金、その全てを俺が持とう。思う存分楽しむがいい!!」

 

次の瞬間、プール中に歓喜の声が上がる。これで空気も元通りになったし、心置きなくナイトプールを満喫できるだろう。

 

「あんな事言っちゃって、良かったのかしら?」

 

「なんだ、今更金の心配か?」

 

「まあね。私達にアレだけ使ったのに、大丈夫なの?」

 

「まっ、それについては作戦があるから心配すんな」

 

心配するオイゲンを他所に、長嶺は飄々とした様子でVIPルームへと入る。部屋に入ったのと同時に、長嶺はスマホである人物に連絡を取る。

 

『総隊長殿、どうされました?』

 

「グリム。俺が泊まってるホテルの、そうだな。今から5分前後のナイトプールの監視カメラ映像、それをコピーできるか?」

 

『お安い御用です。他には何か?』

 

「恐らく映像中にオイゲン達に手を出そうとしたアホ共4人がいるから、そいつらの身元を割ってくれ。あと出来ればスキャンダルも」

 

『了解しました』

 

グリムにかかれば、いくら最高級ホテルのセキュリティでも突破は容易だ。さらに霞桜のメインコンピューターとサポートAI、これに各国のサーバーや監視装置を並列してやれば身元を割ったり追跡したりはお手のものである。

 

「もう雷蔵さん。こんな時まで仕事しなくても良いじゃないですか」

 

「ふっふっふっ。愛宕よ、まさか仕事をするわけをないだろう?俺がやるのは、そうだな。報いを受けさせるのさ。おっ、噂をすれば何とやら」

 

長嶺の携帯に、グリムからのメールが着信する。メールにはファイルが添付されており、中にはさっきの4人の男の様々なデータが入っていた。

 

「ほら。見てみろ」

 

「これは.......さっきの変態達ね」

 

「その通り。さーて、ではザラ。さらによく読んでみな」

 

言われた通り読み進めていくと、かなり色々な事が書かれていた。それも彼らの表にしたくないだろう、様々な悪行や恥ずかしい事がズラリと。やれ「大麻パーティーをした」だの「乱交パーティーをした」だの、他にも強姦、窃盗、イジメ、暴力、傷害といった犯罪歴もある。しかもそのどれもが、写真や映像がついているというオマケ付き。

 

「それで、これをどうするの?」

 

「なーに、簡単な事さ。まずここでじゃんじゃん飲み食いして、サービスもバンバン使え。金を大量に使うんだ。その請求は後で俺に来る訳だが、それを4人に請求するのよ」

 

「でもそれって絶対ゴネる.......あっ。それでこのデータって事?」

 

「その通りだ。これを盾に脅せば、アイツらもイエスとしか言えんだろう。という訳だお前達、まずは高い物を大量に片っ端から頼むぞ!!!!」

 

長嶺達の豪遊が始まった。まずはタブレットで高い酒を頼めるだけ頼み、さらにフルーツの盛り合わせ等の高い料理も頼む。余れば他の客に押し付ければ良いって事で、とにかく頼みまくった。

 

「はーい。では、哀れな粗チン共に乾杯!!」

 

「「「「「「「「かんぱ〜い!!」」」」」」」」

 

「やっぱりワインは最高ね!」

 

「私はスコッチウイスキーが好きよ」

 

「ビールもっと飲むわよぉ!」

 

「愛宕はなに飲む?」

 

「私は取り敢えずウイスキーでいいですよぉ」

 

「ザラー。そこのフルーツ取ってよ」

 

「分かったわ」

 

「このビール、とってもフルーティーで美味しいわぁ」

 

流石に艦娘の武蔵や足柄、或いは霞桜の連中の様な呑兵衛には負けるが、それでも彼女達はどういう訳か酒にかなり耐性がある。お陰で強い酒を飲んでも、すぐには酔っ払わない。

 

「ねぇねぇ雷蔵!スライダー行こうよ!!」

 

「よっしゃ、行っちゃいますか!」

 

「鈴谷も行くー!!」

 

飲みの途中でも、誘われれば遊びに行ったりもする。まずはギャルコンビの2人に連れられ、プール内にあるスライダーへと向かう。流石にレジャー施設とは違って、ホテル内のナイトプールなので殆ど並ばずにスライダーに来れた。

 

「誰から行く?」

 

「じゃぁ、鈴谷から行くよ!!」

 

鈴谷は勢いよくスライダーに飛び込み、滑り出す。数十秒で下から「バシャーン!」という音が聞こえたので、恐らく着水したのだろう。

 

「じゃあ、次はアタシ!」

 

ブレマートンが次に飛び込み、スライダーのチューブに反響して楽しそうな悲鳴が木霊してくる。数十秒後にはまた「バシャーン!」と聞こえたので、長嶺も飛び込む。

 

「ひゃっほーー!!!!!」

 

流水で加速して滑り台よりも加速していき、スピードがぐんぐん上がる。カーブで身体が傾き、Gが掛かる。さらに加速していき、最後にはホテルの明かりと綺麗な星空が見えた。

だがその時にはもうスライダーのゴールであり、視界が満点の星空を捉えながら水中に沈んでいった。どうやら勢い余って、背中から着水したらしい。

 

「っはぁー!!あー、楽しい!!!!」

 

「らいぞー良い滑りっぷりだったよ」

 

「でも背中から行ったのは面白かったなぁ。雷蔵ったら、一瞬なにが起きたか分かってなさそうだったもん」

 

「いやー、考えるよりも楽しさが勝ってたわ。よーし次は.......」

 

何をしようかと考えているが、ザラとポーラがボールを5つ、いや。1つ持ってやってきた。

 

「雷蔵。今度は水球でもしましょ?」

 

「私達とも遊んでよね」

 

「よっしゃ、じゃあそれで行こうか。チーム分けは、あー。2対3か?」

 

「そうねぇ。ならブレマートンと指揮官、私達と鈴谷でいいかしら?」

 

ちなみに水球とは簡単に言えば、プールでやるバレーみたいな競技である。面倒なので、水に浸かりながらやるバレーだという認識で問題ない。

 

「それじゃ、いくわ、よ!!」

 

ザラのレシーブで始まり、ボールがこちらに飛んでくる。ブレマートンが前衛、長嶺が後衛なので、1番近いブレマートンが動いた。

 

「それ!」

 

「えい!」

 

ブレマートンがトスしたボールをポーラが打ち上げる。バールはそのまま、長嶺の方に降ってきた。

 

「雷蔵!」

 

「おう!」

 

まるで銃声の様な凄い音の割には意外と遅い、だがバレーでは普通に豪速球の球が相手の陣地に突っ込んでいく。余りの速さに対応できず、先制点をゲットできた。

 

「はーい1点」

 

「ちょっと雷蔵!手加減してよ!!」

 

「ははっ、嫌だね」

 

長嶺の答えに、鈴谷がすかさず「作戦ターイム」と叫んで作戦会議が唐突に始まった。1分もしないうちに終わったらしく、また試合が始まる。

 

「よーし、じゃあ、行くよ」

 

「はーい」

 

「来いやぁ!って、ん?」

 

なんと鈴谷の声と共に、何故かザラとポーラがこちらにやってくる。そしてブレマートンの両腕を掴み、そのまま引きずる様にして鈴谷達の方に連れて行かれた。

 

「あー、もしかして。これって俺1人?」

 

「そーれっ!」

 

「無視ですか!」

 

まあ、多分、そうなのだろう。3対2が4対1になったのである。しかと姑息というか何というか、女子グループは敢えて胸を揺らす様なオーバーな動きを入れて長嶺の動揺を誘う方向に戦略を変えたらしい。

シラフであったり戦闘モードの長嶺であれば効かずとも、今のリラックスモードではまあ多少は効く。ちょいちょいブルンブルン揺れるおっぱいに目が入ったりし始めてしまう。だって男だもの。

 

「(いやー、眼福ですわ〜)」

 

「行くわよ!」

 

ポーラがアタックした時、水着がずれて何かピンク色のポッチが見えた。すぐに周りがガードし、長嶺も一応側による。

 

「.......なぁ、これやめね?」

 

「そうね」

 

流石にこれ以上やると、こちらとしては万々歳でも女性陣の羞恥心が限界突破しかねないので、これ以上はやめた。この後も流水プールでまったり流れたり、水鉄砲で遊んだりして、ナイトプールを兎に角満喫したのであった。

 

 

 

 



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第八十九話イカサマギャンブル

翌日 ホテル近くのビーチ

「昨日の夜は散々プール遊びした訳だが、今日は海水浴だぁ!!!!」

 

「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」

 

昨日かなり遊んだ結果、プールから帰り風呂から上がるとそのまま全員泥の様にベッドに倒れ込んで眠った。本来なら今日も観光する所なのだろうが、ブレマートンと鈴谷の「どうせ海があるなら泳ごうよ」という意見に全員ノリッノリで賛同し、結果としてこうなったのだ。ちなみに現在時刻は10:14である。

 

「それにしても、変えたんだな。水着」

 

「あら、昨日のセクシーな方が良かったかしら?」

 

「.......インプラカブルさん?一旦鏡で自分の姿見てから、もう一度考えてみようか?」

 

確かに水着は普通の水着ではある。ちょくちょく攻めたデザインの物もあるが、まあ常識範囲内には収まるだろう。だがしかし、考えて貰いたい。今回のメンツは艦娘より愛宕、鈴谷。KAN-SENからはオイゲン、セントルイス、ブレマートン、インプラカブル、ザラ、ポーラの8名。散々言っている通り、全員がスタイル抜群とか超えたプロポーションを誇る美女軍団である。

その為、普通の服を着ていても。そう、そこら辺の街中やスーパーを歩いている一般人の極めて普通の服を着ていてもエロく見える。それが体のラインやら肌やらが見える水着ともなれば、普通のデザインの水着であっても一々エロいのだ。お陰で周りにいる男性陣はチラチラ見ている。そして例によって、もっこりさせてる者もチラホラいる始末。

因みに水着の方は愛宕がアニメ版のビキニ、鈴谷は一番くじフィギュアにある紫ビキニ、オイゲン、ザラ、ポーラは水着スキン、セントルイスは青のビキニ、ブレマートンがピンクと黒のヒョウ柄ビキニ、インプラカブルが白のモノキニである。

 

「あれ、らいぞー。その後ろのリュックは何なの?」

 

「ん?あぁ、いや。どうせ海で遊ぶなら、色々小道具あった方が良いだろと思ってな。浮き輪とか、水鉄砲とか、ビーチバレー用のボールとか色々持ってきた。取り敢えず、お前達は先に行ってていいぞ。俺、浮き輪膨らませっから」

 

そう言いながら長嶺はリュックを漁り、電動ポンプを5台取り出して膨らませに掛かる。今回は普通の浮き輪5個に、ボートタイプ、サメ、貝型、戦車型を持ってきている。流石に1個では時間がかかりすぎるので、電動5個に手動1個で膨らませるのだ。

 

「えーと、こことここを膨らませて.......。あっ、ここもか」

 

結構色んな場所を膨らませる必要があり、かなり面倒臭い。だがいつもの戦場の海とはではなく、平和な海を見ながら作業するのは中々気持ちがいい。波の音、鳥の鳴き声、楽しそうにはしゃぐ他の客達。子供はもちろん、その親であろう男や、他の場所にいるカップルも楽しそうにしている。こういう姿を見れるのは、これまで帝国海軍の軍人として戦ってきたからでもある。そう考えるとやはり、何処か感慨深い。

 

「平和なのはいいねぇ」

 

「あら。私達を差し置いて、他の女の品定めかしら?」

 

「あーれ、オイゲン。お前、あっちで遊んでたんじゃないの?」

 

「考えてみたら、最近あんまり話す時間も無かったじゃない?だからちょっと来たのよ。喉も乾いたし」

 

オイゲンはクーラーボックスを漁り、偶々手に触れたコーラを取り出してキャップを外して飲む。ただキャップを外して、普通に飲んでるだけなのに、なんか色っぽい。

 

「.......雷蔵も飲む?」

 

「貰おうかな」

 

長嶺もグビッと飲む。コーラ独特の甘さと、炭酸のシュワシュワ感が喉を通り抜けていく。やはり暑い時の冷たい飲み物は、言い表せない快感がある。

 

「間接キス」

 

「今更間接キスどうこうで騒ぐか?間接キスどころか、ガチのキスから下のキスまでやってんだろ。それも何十回と」

 

「それもそうね。それにしても雷蔵、最近変わったわね」

 

「そうか?」

 

「そうよ。最近の雷蔵は、前よりも人間らしくなったわ」

 

実際のところ当たってはいる。これまで馬鹿をやるのはどちらかというと場を盛り上げる為の場合が多かったが、最近は自分の為にやる事が増えてきた。他の事でもそうである。日常生活でも結構、自分の欲に忠実になりつつある。

のだが、何故だろうか。まるでこれまで人の心がなかったような言いようである。ぶっちゃけ戦闘モードの時は人の心がない、文字通りのモンスターと化しているのは気にしてはいけない。

 

「そうか?俺はこれまでも、これからも一応は人間のつもりだぞ?」

 

「まるで人間じゃないみたいな物言いね」

 

「炎を操って、戦艦身に宿して、敵陣に突っ込んで、敵を遊びながら殺して笑ってる野郎は、果たして人間といえるのかねぇ?」

 

「.......そういえばそうだったわね。そう思うとあまり変わってない、のかしら?」

 

「変わってねーだろうなー」

 

長嶺は足でポンプを踏みながら答える。踏む時になるキュポキュポという音が何か、雰囲気をぶち壊していきムードは台無しである。本来ならイチャつく感じに持っていきたかったが、もうそんな空気ではない。

 

「これ、持っていていいのかしら?」

 

「その3つはいいぞ」

 

オイゲンは膨らんだ浮き輪を回収し、また女性陣の元に戻っていく。程なくして全部の浮き輪が膨らみ、長嶺も合流。楽しい海遊びが始まった。

 

「遅かったじゃない雷蔵くん?」

 

「いやー、流石に9個同時膨らませはキツいわ。でも、かなり面白いのも持ってきたぞ」

 

「面白いの?」

 

「戦車浮き輪です!」

 

そう言って長嶺が指差したのは、緑色の戦車の柄が入った浮き輪だった。だが正直、見た目も相まって子供っぽい物ではある。

 

「こらそこー。子供っぽいとか思ってんだろ?」

 

「いやだって、ねぇ?」

 

「なんかいかにも、子供っぽいし.......」

 

「まあ見た目はそうだろうよ。だがしかーし、海に出れば分かる」

 

と長嶺が言うので、半信半疑ながら海へと入る。ある程度の深さがいるので、大体岸から数十mの位置まで動いた。

 

「そんじゃ行くぞー。ファイアー」

 

そう言いながら、長嶺が浮き輪についてるボタンを押す。次の瞬間モーターの音が鳴り、内蔵されていた水鉄砲から結構な勢いで水が飛び出す。しかもその銃口は2つも付いているらしく、マシンガンのように水を次々と打ち出す。

 

「さらにぃ、はいドカーン!」

 

更には真ん中の主砲部分から水風船が撃ち出され、海面にぶつかるとパシャっと破裂する。文字通りの戦車であった。

 

「手が込んでるわね」

 

「へぇー。最近はこういうのも売ってるんですねぇ」

 

「まさか。コイツはレリックが作った、正真正銘のワンオフ浮き輪だ。隊員連中がリクエストしたらしくてな。以来、これで水上サバゲーとかやってるんだと」

 

因みに霞桜タイプのは威力が上がっている上に、航行用のモーターまで搭載されている為、この浮き輪とはかなり違う。今回持ってきた浮き輪は、駆逐艦辺りが「欲しい」とか「やりたい」とのリクエストが来た際の為に製作したダウングレードモデルのプロトタイプらしい。

 

「それちょっと貸してよ雷蔵!」

 

「おういいぞ。ほれっ」

 

一度浮き輪を外し、そのままブレマートンに渡す。大の大人というか、霞桜の大男連中が動かせる様なサイズなので、直径もかなり広めな為、難なくスッポリと被せられた。

 

「で、えーと.......」

 

「両サイドの持ち手に付いてるボタンが水鉄砲、左の持ち手に付いてるレバーが主砲のトリガーだ」

 

「ん?えっと、あっ」

 

間違えて主砲のトリガーを引いてしまったブレマートン。発射された水風船は、そのまま長嶺の顔面に命中し「ぶっ!」とか言いながら顔中水浸しになった。普段の姿からは想像できない姿に、全員が笑いだす。

 

「ぶって!ぶって言った!!らいぞーぶって言った!!!」

 

「ふふふ、雷蔵くんもそんな一面があるのね。ふふっ」

 

「雷蔵さん、ちょっと間抜けですよ。ぷふっ」

 

「いやー、流石に予想外だったわ!ハハハ!ブレマートン、覚悟しとけよ?」

 

「ごめん!ごめんって!許して雷蔵〜」

 

「かわいいから許す!」

 

その後もシュノーケルを楽しんだり、長嶺が8人に日焼け止めクリームを塗ったり、ビーチバレーをしたり、水鉄砲合戦したりして、かなり楽しめた。昼過ぎには一度ホテルへと戻り仮眠を取って夜に備える。

 

 

 

18:00 自室 

「それじゃ着替えますかね」

 

基本的にカジノには意外かもしれないが、ドレスコードというのは存在しない。ラスベガスとかでもそうで、一部の超一流店なんかでは存在したりはする。精々、防犯上の理由から入場時にサングラスを掛けるのがダメとか、帽子を目深に被ってはダメとか、その程度の物である。

だがこれから行くのは、裏世界のカジノ。裏カジノ含めこういう裏世界の違法な場所は、下品か上品かの二択となる。表の一般人やグレーゾーンの人間にも門戸を開いてる場合は中流があったりはするのだが、これから行くのは表裏社会の特権階級が集まる場所。つまり上品な空間な訳で、ドレスコードがしっかり存在する。とは言え余りにガチガチなフォーマルスーツは、あまりに固すぎる。そこで今回はビジネスカジュアル系の物を選んできた。青のジャケットに、薄手の黒シャツ、青のズボン、それに黒の革靴である。

 

「後は腕時計を付ければ、OKだ」

 

「雷蔵。こっちは準備できたわよ。あら、似合ってるわね」

 

「ザラのお墨付きが出たなら、ドレスコードも突破できるな」

 

「あら。私のセンスをそんなに信用してくれるのね」

 

「そりゃウチの艦隊でも、指折りのオシャレさんだろ?」

 

江ノ島、いや。自由なる艦隊の面々は知っての通り全員女性であり、基本的に全員身嗜みには気を使う。しかしその中でも、特にオシャレに気を使いトレンドにも敏感な者達がいる。艦娘では大和、陸奥、鈴谷、熊野。KAN-SENでは尾張、鈴谷、熊野、ブレマートン、ザラ、リットリオ、フォッシュ辺りである。これに加えて、霞桜よりカルファンも仕事柄入っており、基本トレンドやコーディネートはここに聞けば良いという暗黙の了解すら存在していたりするのだ。

 

「そんな風に言ってくれるのね。嬉しいわ」

 

「俺としても、お前達のお陰でトレンドを知っている部分がある。色々と大助かりだよ」

 

「ならこれからも、オシャレを追求しなくちゃね」

 

そう言いながらザラは笑う。着ている赤のミニワンピース型ドレスもあって、かなり妖艶な雰囲気がある。これだけで、男は言い寄ってくる事だろう。

 

「さぁーて。それじゃぁ、行こうか」

 

内戦でファーフーリーを呼び出し、カジノへの案内を頼む。どうやらそう来ると思っていたらしく、前もってパスを用意してくれていた。

 

「何これ指輪?」

 

「ポーラ様、それがパスなのですよ」

 

「入り口に駅の改札みたいなセキュリティゲートがあるから、それにその指輪をスキャンすればいい。後、その中にクレジットカードを紐付けしてあるから、それで金のやり取りもできる。チップの交換、施設内にあるスパの利用、食事、その他各種有料サービスの利用は、全てこれで完結する訳だ」

 

「飲み物も買えるの?」

 

「まあ買えはするが、別に買う必要はない。ほら、よく映画とかでトレーを持ったバニーガールとかいるだろ?実際にカジノの中にもバニーガールかは別として、トレー持った女性が歩いてるから、その人に頼めば無料で貰えるぞ」

 

「但しそれは、ソフトドリンクに限った話です。お酒は有料となりますよ」

 

ファーフーリーが補足する。どうやら長嶺が前に来た時とは、若干サービスが変わっているらしい。昔は酒類も貰えたはずなのだが、まあそんなことはどうでも良いだろう。

 

「それから皆様。会場ではこちらを着け、決して外す事がない様に」

 

そう言いながらファーフーリーは、タキシード仮面が付けてそうな目の周りを覆うタイプの豪華な装飾が施された仮面を渡してきた。

 

「か、仮面?」

 

「左様でございます。当ホテルのカジノは完全な非合法な場所ですが、世界各地より会員のVIPの皆様が訪れております。その為、お互いの素性を隠す為に仮面を着けてもらっているのです」

 

「マジな話。ここの会員はテレビで見た事がある様有名なハリウッド俳優とか、みんな知ってる大企業の社長とか、国家元首とか、王族とか、そういう連中もゴロゴロいるんだ。そんなのがバレてみろ。翌日の世界経済は崩壊するだろうさ」

 

「長嶺様がおっしゃている事が下手な冗談で済むのでしたら当方としても安心なのですが、生憎と本当にそうなりかねません。断言できますよ」

 

遠い目をするファーフーリーから察するに、多分過去にバレ掛けた事があったのだろう。とは言え全員がこの非合法な裏カジノにいる時点で、お互いが同じ弱みを等しく掴み、等しく見せている。あんまりバレる事はない。

 

「まあ、余計なトラブル起こさない為にも仮面はトイレの個室みたいな、完全なプライベート空間でない限りは外さない事だ。さぁーて、ゲームの時間だ。案内しろ、ファーフーリー!」

 

「承知しました。ではこちらへ」

 

長嶺達はファーフーリーの後をついていく。部屋を出て、普通にエレベーターに乗り込んだ。だが階数ボタンを押さずに、ファーフーリーが手を鏡に押し当てると、エレベーターがボタンを押してないにも関わらず下に下がり始めた。

 

「ま、まるでスパイ映画ね」

 

「確かキングスマンだっけ?なんかこういうシーンあったよね」

 

「スパイ、というのは間違ってないかもしれませんね。セキュリティもありますが、これも演出なのですよ。やはりSFや秘密施設というのは、金持ちから貧民に至るまで、特に男性には刺さりますからね」

 

程なくしてエレベーターは地下のカジノ区画に到着する。ドアが開けばそこはもう、これまでのホテルの内観とは全く違った。壁や柱は金色に塗装され、床は赤い絨毯が敷き詰められ、仮面を付けた人間がたくさんいた。

 

「ようこそ、地下の楽園へ。心行くまでお楽しみください」

 

ファーフーリーはそう言って、また上へと戻って行った。早速指輪を使ってゲートを通り、お待ちかねのカジノエリアに入る。

 

「す、すごいわね」

 

「なんか眩しくてクラクラするわ.......」

 

「おいおいインプラカブル。こんなのでふらついてたら、この先やべーぞ。ここはかなりハードな場所だからな」

 

長嶺はまずカウンターに向かい、有りったけのチップを交換する。その額、いきなり1.5億円である。普通ならチップの量がおかしな事になるだろうが、ここはチップが100ドルが最低額である為、量的にはそこまで多くはない。

 

「お前達も交換しとけ」

 

「雷蔵くん。あの、私の感覚がおかしいのかもしれないのだけど、これ額が高すぎないかしら?」

 

「心配すんな。セントルイス、君の金銭感覚は間違っていない。ぶっちゃけここの単価は、かなり頭がおかしい」

 

通常のカジノではピンキリとは言え、最低賭け金が1ドルなんてのもザラにある。つまりゲーセンのゲーム一回分の値段だ。対してここのカジノは、最低賭け金が100ドルからとなっている。ゲームによっては100ドル以上なんて物もあるので、ここの金銭感覚はバグっていると言えるだろう。

しかも客として居る人間も総じて、一般人の生涯年収を1日で稼げるような連中がゴロゴロいる。お陰でここは、1日で国家予算クラスの金が動くカジノでもある。

 

「じゃあ、ここからは好きに遊んでこい。俺は俺でガチ勝負してくるわ」

 

「ガチ勝負?」

 

「そっ。文字通り、勝ちにいくのさ」

 

既に神に二物どころか、五、六個はチートを授かって産まれた長嶺であるが、こういうカジノとかギャンブルで無双する運は持ち合わせていない。普通にギャンブルをすれば、普通に終わるだろう。結果は一般人と変わらない。大負けするかもしれないし、反応に困る程度の勝ちを得るかもしれない。

だがその一方で、長嶺はギャンブル最強でもある。戦場で鍛えた各種スキルを筆頭に知識、金、技術、人脈、経験を総動員したイカサマを用いれば、勝つも負けるも思うがままだ。

 

「まずはスロットで増やすかな」

 

例えばスロット。パチンコ店やゲームセンターにあるスロットと、基本的には変わらない。ここで言えば指輪で入金し、レバーなりボタンを押せばスロットが回転し始め、あとはリール下のボタンを押して回転を止め、止まった絵柄で役が決まる何ともシンプルな物だ。

だがここのカジノに置いているマシンは、他のマシンよりも回転が速い。そして賭け金もかなり持っていかれる。普通なら殆ど運なのだが、コイツの場合は戦場で鍛えた目と反射神経で正確に絵を捉える。

 

「それじゃ30分位で稼がさせて貰うぜ」

 

そこからは単純作業だ。狙いの絵で揃えていくだけで、敢えて外したり、少額の当たりを出したりしてイカサマがバレない演技をするが、それでも的確に金を増やしていく。その後30分で初期の賭け金の1.5倍の額を手に入れて、マシンから離れた。

 

「あっ雷蔵!」

 

「ブレマートン。それに鈴谷と愛宕もか。どうだ、勝てたか?」

 

「いや全然」

 

「ブレマートンも鈴谷も負け続きだよ。でも、愛宕は勝ったよねー?」

 

「そうなんですよ雷蔵さん!私、早速儲けちゃいました!!っていても、賭け金回収して+3万位なんですけどね」

 

普通のカジノなら喜べる額だろうが、このカジノでは3万円では誤差である。普通に切り捨てられる位の雀の涙とも言える額ではあるが、それでも勝ちは勝ちだ。

 

「負けたよりかは良いだろ?勝ったし儲けではあるんだから」

 

「でも雷蔵さんはかなり儲けたんでしょ?」

 

「まさか。元値の1.5倍、合計75万って所だ」

 

無論やろうと思えば、一度も外す事なく一撃で最高額を当てる位はできる。だが今は、普通にカジノを楽しみたい。別に1.5倍程度では単なるラッキーの範囲であり、特段目をつけられる事もない。

 

「それでも凄いですよ!何のゲームで稼いだんですか?」

 

「スロットだよ。あんなの、俺にかかれば作業ゲーだろ」

 

「にしては安いよね」

 

「流石にイカサマ疑われたら面倒だからな.......」

 

「「「あー.......」」」

 

3人とも微妙な顔をして、しみじみと頷く。長嶺の場合、最早存在自体がイカサマなので仕方がないだろう。この後、軽く4人でバカラをして遊び、またホールをぶらついていると、ザラとポーラのコンビと出会った。

 

「ザラ!ポーラ!」

 

「あっ雷蔵。どう、勝ててる?」

 

「良い感じにな。さっきバカラで300万稼いできた所だ」

 

「へぇ。なら、今度は私達とルーレットでもしない?」

 

ザラの誘いで早速、3人でルーレットの台に向かう。既にルーレットでは、かなり白熱した賭け争いが勃発しており、良い感じに場の金も動いている。

 

「ここ、狙い目だわ」

 

「そうなの?」

 

「あぁ。所謂ローリスク・ハイリターンってヤツ」

 

早速台に座ってみたわけだが、やはり目立つ。何せ一目で姉妹か双子だと分かる爆乳美女2人を連れた男が来た時点で、台に居た男達は良いところを見せてやろうと掛け金をどんどん上げていく。

 

「(2人とも。取り敢えず、まずは堅実に行っとけ。コイツら勝手に自爆するから)」

 

長嶺の言葉に2人はよく分からないという様子だったが、ゲームが始まれば長嶺の言ってる事がよく分かった。3人は偶数と奇数、後は縦横で賭けている。ザ・堅実の戦法だ。対して…

 

「0!!」

 

「赤の16」

 

「黒の24!!」

 

こんな感じで他の男どもは一点賭けを繰り返している。数字指定はハイリスクではあるが、その分リターンは大きい。しかもコイツら、バンバン金を入れてくるので稼ぎやすい。お陰で1時間もすれば、3人とも早くも利益が3000万を突破した。

 

「すごい稼げるわね」

 

「えぇ。これでまた、色々楽しめるわ」

 

ザラとポーラはホクホク顔ではあるが、そろそろ鴨と化した男達も財布の限界が近いらしい。だが長嶺は、この時を待っていた。コイツらから金を完全に搾り取る時が来たのだ。

 

「諸君、ひとつ勝負といかないか?」

 

「お客様?」

 

「ここに今日の軍資金と利益、その全てがある」

 

長嶺は持っている全てのチップを場に出し、そのまま黒の35に置いた。一点賭けである。

 

「総額、大体100万ドルってところか。俺は全額ベットした。どうする?コールするかね!?」

 

長嶺の問いに、男達は火が付いた様で狂った様に金を場に出した。お陰でテーブルはチップのタワーで、数字がよく見えない。ザラとポーラも、この際なので長嶺と同じ黒の35に1万ドルずつ賭けてみた。

本来ならこういう勝負、みんな負けるか言い出しっぺが負けるものだろう。だが今回、長嶺は試運転がてらイカサマを発動させた。このカジノの全てのルーレット台で使われる弾は、全てレリックの作った特殊な玉にすり替えられている。この玉は内部機構によって自由に速度を調節でき、狙った位置に玉を落とせる様になっているのだ。

ディーラーは何の疑いもなく、ルーレットを回して玉を入れる。遠心力で縁を高速で周回していくが、その最中に玉の内部の機構が起動して速度をコントロール。黒の35に入る様に調節していき、1分後、玉は黒の35に転がり込んだ。

 

「俺、いや。俺達の勝ちだ」

 

この一点賭けは賭け金の36倍が返ってくる。つまりザラとポーラには36万ドルずつ、つまり約5,500万円。長嶺の場合は3600万ドル、約55億円手に入れた事になる。

 

「やったやった!」

 

「すごい額ねポーラ!!」

 

「失礼致します、お客様。払い戻しの件なのですが.......」

 

横で喜びあってるザラとポーラを見ていると、ホールスタッフの男がやってきた。どうやら流石に額が額なので、このままチップに替えるか、それとも口座に振り込んだり現金で回収していくか、それを聞いてきたのだ。

 

「取り敢えず100万ドル分チップに替えて、残りは口座に入れておこう。ここが俺の口座番号だ。後で入れておいてくれ」

 

「かしこまりました」

 

初日でかなりの額を巻き上げた長嶺であるが、翌日は可もなく不可もなくの平々凡々の結果で終わらせ、さらに翌日は敢えて2000万ドル近くスってきた。

この結果に女性陣は驚いているが、これも長嶺の作戦の内だ。最終日となる3日目。この日は長嶺が本気で暴れるのだ。

 

「ねぇ雷蔵さん。流石に負けすぎじゃなですか?やめましょうよ」

 

「なんだ愛宕。俺がただ負けたと思ってるのか?」

 

「へ?」

 

「これは仕込みだ。今日は文字通り、ここをひっくり返してやるさ。お前達にも言っておく。今日は、俺の周りに居ない方がいいぞ。金巻き上げるから」

 

今日まで長嶺はイカサマを殆どしていない。試運転がてらで動かした事はあれど、基本は普通に勝負していた。唯一スロットだけは、デフォルトの反射神経と観察眼で無双していたが、これは単純なスキルなので例外にしてもらいたい。

 

「さぁ、ワンサイドゲームを始めよう」

 

カジノに入場した瞬間、まずはスロットマシンに向かう。ここで1時間、とにかく当てまくって1万ドルを一気に4000万ドルにまで増やす。これを他ゲームの軍資金に当て、他のゲームでも無双を始める。

 

「ここ、いいか?」

 

「えぇ、どうぞ」

 

まずはブラックジャック。簡単に言えばカードの合計を21に近付け、オーバーしたら負けというゲームだ。だがこれ、長嶺からしてみれば単なる退屈な運ゲーである。

このテーブルにある全てのトランプカードは、どれがどの柄のどの数字かまで解析してある。監視カメラ映像を解析し、全てのカードは数が分かり次第、タグ付けされコンピューターで追跡する仕掛けだ。後は長嶺の目に入れてあるARコンタクトレンズに表示すれば、次に出てくるのが何かまで分かる。後はそれに合わせて賭け金を調節したり、勝負から降りたりすれば良いだけだ。

 

(この順番だと。おっ、ブラックジャックが来るな)

 

「1万ドル」

 

「1.5万」

 

「1万!」

 

「9000」

 

「オールインだ」

 

こんな感じで狙い目が来たらオールインして、そのままがっぽり稼ぐ。こういったことを繰り返し、更にちょくちょく敢えて負けて豪運で片付けられる様なフェイクを混ぜつつ、2時間で席をたった。

同じ要領でバカラでも無双し、次はポーカー台に座る。偶々この席にはインプラカブル、オイゲン、セントルイスもおり、期せずして両手に華状態でのプレイとなった。

 

「どう、勝ってる?」

 

「あぁ。かなりな」

 

長嶺はオイゲンにそう返すと、早速ゲームを始めた。と言っても、ただ見るだけである。この感じであれば、恐らく負ける。ならばここは、賭け金を低く設定しダメージを抑えればいい。

 

「あら。雷蔵くん、負けたのね」

 

「そっちはラッキー・ルーの面目躍如だな。いくら儲けた?」

 

「大体600万ドル位かしら?」

 

「.......末恐ろしいな」

 

見たところ、オイゲンとインプラカブルは大体250万ドルくらいだろう。その倍以上稼いでいる辺り、軽く恐ろしい。

 

「そのラッキーを分けて貰いたいね」

 

「いいわよ?」

 

「はい?」

 

次の瞬間、セントルイスは長嶺にキスをした。長嶺含め、まさかの行動にフリーズする。だがセントルイスは妖艶な笑みを浮かべたまま、長嶺にウィンクしてくる。

 

「ラッキー・ルーのお裾分けよ」

 

「.......こりゃ、負けられねぇな」

 

まあこんな事をして貰えたのだ。恐らく運も回ってくるだろうと思っていたが、このキスは幸か不幸かトンデモない事になってしまう。

 

「おいお前。俺と勝負しろ」

 

「いきなり何だ」

 

何の脈絡もなく、同じテーブルに座っていた客の1人が立ち上がって長嶺の胸倉を掴んできた。しかもその客は、仮面を外し素顔を見せてくる。

 

「ナイトプールの野郎か。なんだ、何の用だ?」

 

「覚えていたか。なら話は早い。俺と彼女達を賭けて、ルーレットで勝負しろ」

 

「はぁ?」

 

名前は知らない、というか覚えてないが、この因縁ふっかけている男は初日のナイトプールで8人をナンパしようとしていた粗チン野郎の1人である。だがしかし、そんな事はどうでもいい。この勝負に長嶺側のメリットが一切ない。

 

「勝負だ!」

 

「いやいやちょっと待て。俺のメリットは?」

 

「女を守れる」

 

「アホか。んなもん、そもそも勝負受けなけりゃいい。実力行使でゴリ押すなら、俺がそれを殲滅するだけだ」

 

粗チン野郎は少し悩むと、しっかりメリットを出してきた。自分が持っている資産500億ドルをチップに替え、それを負ければ全部渡すと言ってきた。それならまあ、悪くない。

 

「良いだろう。であればルールはこうだ。こちらは彼女達、そっちは500億ドルを賭ける。ルーレット台では、そうだな。このカジノで稼いだ全額をベットするとしようか」

 

「吠え面掻かせてやる!!!!」

 

なんて粗チン野郎は言っているが、内心では長嶺は大笑いしていた。何せ何もしないで500億ドル、つまり約8兆円近く手に入るのだ。嬉しい限りである。

 

「ねぇ、大丈夫なの!?」

 

「なーに、心配すんな。巻き上げてくるさ」

 

「インプラカブル、大丈夫よ。だって雷蔵がそう言ってるんだもの。こういう時の雷蔵は、絶対勝つわ」

 

「そうだとも。それに、さっきラッキー・ルーから幸運のお裾分けもあったしな」

 

長嶺は指定のルーレット台へと向かう。どうやら粗チン野郎には例の仲間もいるらしく、コイツらも賭けに参加してきた。こちらにも同じ条件で参加して貰う。

 

(リーダーから500億、それから490億に485億、503億と。こりゃボロ儲けだ)

 

「ディーラー!俺達は黒の28賭けるぜ!!」

 

「承知しました」

 

「では、こっちは赤の1番だ」

 

「では、参ります!」

 

粗チン野郎共は、勝利を確信した。何せディーラーはこちら側の人間である。実はルーレットは投げ方で、自由自在に狙う場所を調整できるのだ。

だが長嶺は既にイカサマ発動済みだ。玉は回転数を調節し、赤の1番へと入った。

 

「と、いう訳だ。残念だったな粗チン野郎共」

 

長嶺は嫌な笑みを浮かべながら、4人の前に立ちはだかる。その姿に資産を失った4人は恐怖する事も出来ず、ただ放心状態で床にヘナヘナと座り込んだ。

 

「あっ、ディーラー!ちょっとこれ、換金してくれないか?」

 

「はっ、はい!」

 

ディーラー20人がかりで換金作業が始まる。そもそもチップを運ぶだけでも、かなりの重労働だ。ドル、ユーロ、フラン、マルク、シリング、ポンド、円と主要な単位に替えて行き、それをそのまま部屋に持っていって貰う。

 

「え、何これ」

 

「なんか凄い事になってるんですけど」

 

「なんですかこの騒ぎ?」

 

「3人も戻ったのね。雷蔵が例のナンパしてきた男達から、ギャンブルで金を巻き上げたのよ」

 

ブレマートン達がやって来たのだが、あまりの惨状に理解が追いついていない様だ。まだポカーンとしている。まあ黒服達が長嶺の指示でチップを運ばされ、ルーレット台の前には真っ白に燃え尽きた4人がへたり込んでいる。カオスである。

 

「目的完了。帰ろうぜ〜」

 

長嶺のいつもの声で現実に戻って来た3人。目的通りカジノで荒稼ぎもできて、当初の目的である外貨獲得も大成功と言えるだろう。ただこの額となると、輸送用のジェット機も呼ばなくてはならないが。

では最後に、このカジノで儲けた額を発表したいと思う。

 

長嶺 1億6,800万ドル(巻き上げ1,978億ドル)

鈴谷 4100万ドル

愛宕 4250万ドル

オイゲン 6120万ドル

セントルイス 9450万ドル

ブレマートン 4890万ドル

インプラカブル 5300万ドル

ザラ 5430万ドル

ポーラ 5370万ドル

 

 

 



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第九十話総指導者ムージャと影の英雄

カジノでの夜から十数時間後 アフガニスタン カーブル国際空港

「はーい、到着と」

 

あのカジノでの大勝利の後、部屋に戻った長嶺達。そのまま盛り上がりすぎて、色々致して泥の様に眠り、起きて着替えてチェックアウトして、空港からまたプライベートジェットに乗り込んで、ここカーブル国際空港にやって来たのだ。

因みに儲けて現金化した資金は、全て別の機体に載せて一足先に帰還させている。あんな大金、持って来ても邪魔なだけだ。

 

「これ、意外と涼しいわね」

 

「てっきり暑いかと思ったけどねー」

 

現在彼女達8人は、イスラム圏の取り分けこの辺りでは最もポピュラーなニカーブというのを着ている。よくニュースとかであの辺の国に住んでいる女性が来ている、目以外全部スッポリと覆っているあの服である。名前は知らずとも、一度は見たことがある筈だ。

今回は無用なゴタゴタを避ける為、イスラム教の教え通り肌を隠して貰っている。それにこういう所だと、一周回ってこっちの方が涼しかったりするのだ。

 

「っとぉ、時間が押してる。急ぐぞ」

 

手早く入国審査を済ませると、そのままロビーから外に出る。流石に空港の周りだけあって、この辺りは普通に整備されているらしい。コンクリートも普通にある。

 

「お前、長嶺?」

 

「アンタは?」

 

「ムージャ使い。迎え来タ。乗レ」

 

片言の日本語で話しかけて来た男の後について、車に乗り込む。無論悪路を想定した、ピックアップトラックとSUVだ。しかも土でかなり汚れている。だが状態は悪くない。

 

「トヨタか」

 

「トヨタ最高。頑丈ネ」

 

「そりゃテロリストがマシンガン載せたりするだけあって、かなり頑丈にできてるからな」

 

よく紛争地帯で武装したゲリラと共に写り込むの事の多い、大口径重機関銃や対空機銃。所謂テクニカルトラックと呼ばれる即席兵器であるが、実は結構トヨタの車が多かったりする。何せ悪路を踏破できる上に、信頼性が凄く高い。お誂え向きなのだ。

 

「それじゃ、行くヨ」

 

車列は走り出す。数十分も走ればあっという間に未舗装の道へ突入して車内もガタガタと揺れだし、正直快適には程遠い。だがそこは流石、艦娘とKAN-SEN。時には荒波でも戦うだけあって、この手の揺れには強いらしく酔う気配はない。

 

「みんな強いネー。アンタはともかく、女の子すぐ普通酔うヨ」

 

「私達、ちょっと特殊なのよ」

 

「それはすごいネー」

 

更に1時間も走れば、もうそこは見渡す限りの荒野。人家はなく、まるで火星のように赤茶色の砂が一面を支配する場所だ。所々、大きな木があったりはするが、基本的に変わり映えはしない。稀に野生動物が見えるが、それ以外は何もない。

オマケに車から流れてくるラジオも、当然だがこっちの言葉である。長嶺は兎も角、他は全く分からないので正直暇だ。

 

「何もないから暇ネ。でも、もう少しの辛抱ヨ」

 

「ありがとよ」

 

次の瞬間、先頭を走ってるピックアップトラックが突如爆発した。下から爆炎が襲いかかり、そのまま車体を吹き飛ばした辺り、恐らくIEDか地雷でも仕掛けられていたのだろう。オマケに最後尾の爆発し、退路も塞がれてしまった。これはかなり不味い状況だ。

 

「みんな伏せルー!!!!」

 

ドライバーの男が叫んだのと同時、無数の弾丸が飛んできた。所詮は普通の街中を走る一般車と変わらない以上、流石に弾丸には耐えられない。さっきから嫌な音が聞こえてくる。

 

「お前ら、車から降りろ!!」

 

「茂みに逃げ込む!?」

 

「ダメだ!!地雷仕掛けられてるかもしれん!!!!」

 

この感じを見るに、典型的な狩猟パターンだ。前と後ろの車を爆破し、真ん中の車両を拘束する。仮にこちらを完全に殺すなら、態々退路を塞ぐ様なやり方をせずとも地雷を大量に仕掛けるなり、ロケット弾を叩き込むなりしてしまう方が早い。

だがそれをしてこない辺り、完全なる狩り。となれば茂みにブービートラップの一つや二つ、仕掛けるのが当然だろう。

 

「みんな茂みに隠れロー!!!!」

 

AK片手に車から飛び出したドライバーは、そのまま茂みへと入って行く。他の戦闘員達も同様に茂みへとズンズン入って行く。

 

「おい馬鹿!!ブービ」

 

もう遅かった。ブービートラップが次々に爆発し、戦闘員達は吹き飛ばされていく。しかも普通の地雷ではなく、完全に命を奪うタイプの殺傷力が強い地雷だ。

 

「ートラップあるから気を付けろ、って遅いか…」

 

さらば名も知らないドライバー。君は、まあ、うん。悪い奴ではなかったよ。

同乗しているオイゲンとブレマートンはショックを受けているらしいが、この程度で顔色を悪くされていてはまだまだだ。

 

「そのまま車から這い出るぞ。そのまま後ろのみんなを引き摺り出す!」

 

「何か手は無い訳!?」

 

「手以前に武器がない!!まずはそこからだ!!!!」

 

長嶺達は芋虫の様に車から這い出ると、そのまま後ろの車に乗っている他の面々の所まで匍匐前進で進む。江ノ島にいた頃から、日頃から基礎的な動きは教え込んでいたのは正解だった。

 

「なんでこうなるのよ!!」

 

「もー最悪!!」

 

「おーおー。そんだけ言えるなら安心だ」

 

女性陣からは文句タラタラではあるが、本当に苦しかったら悪態吐く余裕すら無いはずだ。文句言っている限り、まだ安心できるだろう。他のみんなを引き摺り出した所で、銃撃が止んだ。どうやら接近してくるつもりらしい。

 

「車の影に隠れるぞ」

 

マトモに隠れられるのが車の影だけなので、取り敢えずそこに全員で隠れる。だが流石に、ちょっとキツい。

 

「あっ、雷蔵くん。これ、使えるかしら?」

 

「M1911か。流石に拳銃は心許ないが、まあ、無いよりマシか」

 

セントルイスが持っていたM1911A1を受け取り、長嶺は匍匐前進で車の下に回り込む。こちらが一切反撃しないのを見て、向こうはもう勝利ムードになっている可能性が高い。それ故に慢心しているだろう。

正面切って戦えば即刻あの世行きでも、奇襲であれば逆に効果的な攻撃になる。幸い、こっちにも8人もの爆乳美女がいる。もし見つかっても、取り敢えずいきなり撃つことはないだろう。というか殺さず拠点に持ち帰って、そのままお楽しみコースに突入する。そこに付け入る隙が生まれる。

 

(敵は20人。約1個分隊規模か。よーし、もうちょっとこっちへおいでー)

 

車の下で息を潜め、襲撃者が通り過ぎるのを待つ。こっちに来ているのは5人なら、2人目で奇襲を仕掛ける。向こうの獲物は恐らくライフル。となれば、超至近距離での取り回しはピストルであるM1911A1の方が有利だ。

2人目が通り過ぎた瞬間、長嶺は素早く車の下から這い出して仕掛ける。まずは1人を射殺。そのまま先頭の襲撃者を射殺し、ライフルを奪って攻撃を開始。素早く5人を片付ける。

 

「やろっ!まだ生き残りがいやがった!!」

 

「殺せ!!!」

 

再び襲撃者達は攻撃してくる。だが今度はこっちにもぶんどって来たAK74がある。見るからに正規品では無い、現地生産モデルである以上、精度はまず期待できない。いつも使っている愛銃達や霞桜の銃とは、明らかに雲泥の差だろう。

だがそれでも、何度か撃てば癖は分かってくる。後はその癖に合わせた撃ち方に変えていけば、自ずと弾は当たるものだ。

 

「はいはい。掃除しちゃいましょうね」

 

アイアンサイトでありながら、普通にマークスマンの様な戦い方をしている辺り、流石の化け物っぷりである。襲撃者達はみるみると数を減らしていき、ムキになって動きが単調になりだす。

 

「クソッ!クソッ!!なんであんな男1人に手も足も出ないんだ!!!!」

 

「ふざけんなよチクショー!!!!!」

 

「撃ちまくれ!!!!」

 

苛烈な攻撃にはなるが、それは見た目だけ。照準もバラバラである。長嶺クラスともなれば、何とも思わないどころか「無駄弾を使ってくれてありがとう」なんて感謝が生まれるくらいなのだが、彼女達へのストレスは相当な物だ。耳を塞いで、縮こまっている。

まあ長嶺自身も、こういう空間が心地よい訳でも無い。早いとこ終わらせようと思ったのだが、急に弾丸が来なくなった。代わりにコチラとは反対方向に乱射し始め、暫くすると銃声が止んだ。

 

「.......なんだ?」

 

「ら、雷蔵?終わった?」

 

「いや、分からん。なんか急に止まりやがった。取り敢えず、警戒だけはしておけ」

 

長嶺も車の影からライフルを構えたまま様子を伺うが、次の瞬間、イスラム圏に於ける伝説の剣、ズルフィカールをモチーフにした黒地の旗が翻った。

 

「おーーーい!!!!!助けに来たぞー!!!!!!!」

 

「ふぅ。お前達、安心しろ。どうやら騎兵隊が来たらしい」

 

「き、騎兵隊って誰なんですか?」

 

「中東民族独立解放戦線の総指導者、ムージャ・トゥルキスターニー・ジブリールだよ。俺の友人にして、この旅本来の目的だ」

 

指揮車両型のBTR60から身体を乗り出す、筋肉ムキムキマッチョマンな髭面の男。この男こそ、この中東で最も強い影響力を持つ英雄。ムージャ・トゥルキスターニー・ジブリールである。

 

「同志よ、久しぶりだな」

 

「おう。ムージャも元気そうで何よりだ」

 

お互いに固い握手を交わす。彼女達は見事にポカーンとしているし、何ならムージャの部下達もポカーンである。だが側近の何人かは長嶺を知っており「我らが影の英雄」と跪かれている。

 

「所でこのお嬢さん達は?」

 

「俺の戦友であり、部下であり、家族であり、嫁達だ」

 

「!ってことは、例の艦娘とKAN-SENってヤツか」

 

「あぁ。お前達、改めて紹介しよう。俺の友人、ムージャだ」

 

「ムージャ・トゥルキスターニー・ジブリールだ。長いから、ムージャと呼んでくれ。君達の来訪、心から歓迎しよう。さっ、すぐにここを離れる。乗ってくれ」

 

全員で装甲車に乗り込み、そのまま彼らの拠点へと向かう。さっきのピックアップトラックよりも頑丈とは言え、さすがは軍用車。乗り心地は最悪の一言である。

 

「所で、えっと、ムージャさん?」

 

「何だね、赤髪のお嬢さん」

 

「その、雷蔵とはどんな関係なんですか?」

 

「私も気になるわ」

 

ザラとポーラに続き、皆口々に「気になる」と言ってきた。ムージャはニヤリと笑うと、暇つぶしがてらに話してくれた。

 

「今から、大体7、8年前だったか。同志が私に連絡を取ってきたのは。当時はまだ、私の勢力もイスラム過激派の一派閥にすぎなかった。私の組織は元が自警団だったのもあって、イスラム過激派のテロリスト扱いではあったが、自爆テロを起こしたりとかはしていない。お陰でワールドニュースにも出てこなければ、多国籍軍と事を構える事もない、イスラム教信者数十人の武装コミュニティだった。

そんな時、同志は私と接触してきたのだ。当時、私の組織は別組織からちょっかいを掛けられていた。その組織に同志の、怨みを買った者が居たのだ。そこを落とすために、我々に協力を要請してきたのだ」

 

「そのらいぞーの恨みを買った人っていうのは、一体誰なの?」

 

「.......鴉天狗を裏切った連中の1人だよ。何のツテかは知らんが、こんな場所にまで逃げてやがった」

 

「今でも覚えているぞ。挨拶代わりに向こうの戦闘員63人と、幹部2人の首を文字通り引っ提げてキャンプにやって来たのは」

 

「あれ位しないと、信じてくれないだろうからな。だから殺った」

 

無論そんな怪しさ満点の少年を信じる訳なく、最初ムージャ含め、その場にいた戦闘員達は長嶺を始末しようとライフルを向けた。当然の流れではある。だが、長嶺はその位で折れてくれる男ではない。

 

「我々は銃を向けた。だが同志は、凄まじかったぞ。10人は居た戦闘員を前に、素早く懐からマチェートを引き抜き、そのままライフルだけを切断して無理矢理無力化したのだ」

 

「あの頃は今より機動力があったからな」

 

「いやいや雷蔵?普通にサラッと言ってるけど、それ以上だかんね?」

 

「ブレマートンよ。俺だから仕方がない」

 

ブレマートンは苦虫を噛み潰した様な顔で項垂れる。コイツの場合、大体のことは「まあ、長嶺だから」で片付く。中々に異常ではあるが、最早今更である。

 

「どこに行っても同志は同志である様だな。まあそれでだ、我々にはもこんな悪魔の様な少年ならやらかしかねんという事で、基本は軟禁及び監視付きという形で信じたのだ。

だが我々がそれを伝えるや否や、同志はいつの間にか仕入れていた相手勢力の拠点の場所や戦力を教えてきた。しかもその中には、我々が知らない情報もあった。その上、その拠点を1人で落とすと言ったのだ。半信半疑だが、試しにやらせてみたら、小規模とは言え一晩で3つも1人で落としてきたのだ」

 

「テロリストなんざ楽な物よ。統制もクソもないから、1人適当な奴を残虐に殺せば勝手に逃げる」

 

「(愛宕ー。なんかもう、今更だけどさ)」

 

「(雷蔵さんは変わらないんですね。今も昔も)」

 

一応まだランドセル背負って小学校に通う年頃の筈なのだが、その年でテロリストの小規模拠点とは言え、単独で滅ぼしてくる辺り化け物である。とは言え、やはり例によって仕方がないで片付く。特に鈴谷と愛宕は初期からいるだけあって、もう慣れてしまっているらしい。

 

「我々はこの成果を受けて、彼を同志と認めた。そこからの2ヶ月はあっという間だったよ。たった2ヶ月でその勢力を倒し、我々の勢力も一気に成長した。私は英雄として祭り上げられたが、当時を知る者達は同志を「影の英雄」と呼ぶのだよ」

 

「まあ、まさかまたこうやって力を借りるとはな」

 

「なに、我が中東民族独立開放戦線、いや!その大元であるイスラム義勇兵の集いは、同志に大きな借りがある。それを返すためだ」

 

ムージャはそう言って笑う。どうやら長嶺は、どこに行ってもぶっ飛んでいるが、その一方で英雄でもあるらしい。

暫くして車列はベースキャンプに到着し、長嶺とムージャはムージャの部屋へと案内され、彼女達はベースキャプ内の子供達と遊ぶ事になった。

 

「それじゃ、聞こうか。そっちで調べ上げた、URの情報をな」

 

「あぁ。URことUnstoppable Revolution。アフリカに本拠地を持つ、世界最大にして史上最大規模のテロリスト集団だ。彼らの資金源は多岐に渡るが麻薬を筆頭に誘拐、人身売買、賭博、海賊・山賊行為、ダイヤモンドを筆頭とした宝石採掘、石油を筆頭とした各種資源採掘、我々の様な他テロリストへの傭兵業、密輸の他にも、採掘した資源をテロ国家やテロ組織へ提供したりもしている。

だがそれ以上に厄介なのは、彼らはテロ国家以外の国家とも繋がっている事だ。URは世界最悪のテロリストであると同時に、救世主でもあるんだ」

 

「どういう事だ?」

 

「深海棲艦だよ。その辺は、同志の方が詳しいんじゃないか?深海棲艦の出現で、世界はどうなった?」

 

「そりゃまあ.......。最初はバラバラの抵抗をするもボロ負けして、各国共に制海権を喪失。望みを託した国連軍もボロ負けだ。一応、太平洋反抗作戦とか日本海反抗作戦で勝利したし、艦娘も出現した事で日本は持ち直したが、大国は軒並み崩壊だ何だと忙しく.......ッ!?」

 

長嶺は気付いた。それを察したのか、ムージャはニヤリと笑う。深海棲艦の出現で、世界は大きく変わってしまった。かつての超大国は力を失い、パワーバランスは崩壊した。だが超大国以外の小国は、さらに酷い。元々発展が遅れている国が多い南半球であるが、深海棲艦出現の海路遮断は更に打撃を与えた。EU内乱やパワーバランスの崩壊で起きた政治不信、経済危機で隠れがちだが、その影では崩壊した国、滅亡した国は何十ヶ国もある。

だが本当の問題はここからだ。大国の経済危機は、まず無駄のカットから始まる。となれば最初期に切り捨てられるのは、他国への援助だ。その援助先は小国や発展途上国であり、この援助が財源を占めるなんてザラだ。これが打ち切られた上、海路での貿易はできない上に空路と陸路では物理的限界もあって、費用は海運の比ではない位に嵩む。この結果、更に多くの国が滅亡、崩壊し、今もその憂き目にあう国もある。

所がそこに、割安で物資を送る組織があればどうだろうか?それが合法非合法関係なく、国がヤバければ藁にもすがる思いで縋るだろう。例えそれが、世界最大規模かつ史上最大のテロリスト集団であったとしても。

 

「確かに、国がヤバい所で格安で資源を渡す組織は、テロリストでも救世主だろうな」

 

「そうだ。この貿易で資金を得て、人と武器を増やした。国のバックアップで更に様々な場所を占拠し、資源を得る。その資源を売って、金を得てのループだ。これでURは大きくなった。

だがまあ、これは案外すぐに分かるもんだ。問題というか、本当の意味で同志が気にするべきは他にある」

 

「核爆弾でも隠し持ってたか?」

 

「核爆弾級、という意味では間違いないかもしれん。URを作った人間、というか現在のトップ。人呼んで『ファーストキング』と呼ばれる男だ。この男、どうやらCIAの工作員らしい」

 

「おいおいマジか.......」

 

ここまでの話で、薄々とCIAの目的も見えなくはない。だが、だとしたらかなり派手に立ち回った物である。バレれば大炎上どころの騒ぎではない。というか何より、あのハーリングがやる手段とは思えない。

 

「URとはつまり、CIAの作り出した偶像だ。アメリカは地位を失った。これを良しとしない権力者が、URという明確な敵を偶像として作り上げた。事実、アフリカへの派遣部隊は戦時の中東を除き、通常の駐屯兵力とは雲泥の差だ。恐らく、軍産複合体のマッチポンプだろう。

だがどうやら、これはCIA長官のウォットシャー・ブラスデンとその一派が勝手にやっているらしい。ハーリング大統領は知らないんだろう」

 

「なぁ。なんでそのCIAの裏話まで知っている?幾ら何でも、海の果てまで分かることか?」

 

「簡単だ。私もあちらへのチャンネルは持ち合わせているというだけだ。それに今のURは、アフリカの敵対勢力は殆ど取り込んでしまった。その中に、俺の知り合いが紛れ込んでいるんだよ」

 

こちらとしてもCIAの名前が出ている以上、対策を立てる必要がある。それに何より、これまでは確証が持てていない為に誰にも伝えていなかったが、ブラスデンはシリウス戦闘団との関わりもハーリングにより示唆されている。

どうやらURとの抗争は、こちらとしても予想外の出来事が起こるかもしれない。だがブラスデンの影がある以上、何かシリウス戦闘団について分かる可能性もある。その為にも、URは滅ぼす必要がありそうだ。

 

「ムージャ、ありがとう。助かる」

 

「助かりついでに、コイツも渡しておこう」

 

ムージャは長嶺にUSBメモリを渡してくる。曰く、URの兵力や装備、そして世界中にある拠点の一部が記載されているそうだ。裏取りはするが、それでもかなり有用な情報である。

 

「同志よ。君は、また戦争を起こすのか?」

 

「あぁ。これまでは猫被って首輪を付けられていたが、今やその首輪もなければ猫被る必要もない。俺達がやるべき事、近道だろうが獣道だろうが通っていける。

俺達は戦争が手っ取り早いと、少なくとも現状では判断している。まあ、何か見返りは用意するさ」

 

「期待していよう。それにしても、猫をかぶっていた割には暴れていたようだが?」

 

それを言われると、こっちとしてはちょっと言い返せない。そんなお互い何処か懐かしさを感じるやり取りをしていると、外から爆発音が聞こえてきた。

 

「敵襲か!!」

 

「同志よ待っていろ!状況を確認してくる!!」

 

「偉大なるムージャ!!敵襲です!!!!」

 

ムージャが出る前に、若い部下の1人が血相を変えてやって来た。その顔から見るに、どうやらかなり本格的な襲撃らしい。

 

「数は!?」

 

「不明!しかし奥深くまで侵入されています!既に監視所、倉庫、サブサーバールームを抑えられました!!UAVも確認されましたが、ECMもロックされており妨害できません!!」

 

この拠点は城のような作りになっている。1番外側には監視塔を有する監視所、その次に倉庫区画、その地下にサブサーバールーム、少し離れて中心部に今いる応接室や戦士達の宿舎、そしてその家族なんかが住まう家が集まっている。

だが既に倉庫区画までやられてるとなると、ここに敵が押し寄せてくるのも時間の問題だろう。

 

「すぐに現場に行く!戦士達を集めよ!!!!」

 

「ハッ!!」

 

「同志よ。また共に、戦ってくれるか?」

 

「愚問!俺の友達に手を出した時点で、俺が関わる理由は出来上がっている!!」

 

「では武器を貸そう!準備させる故、好きなのを持っていくがいい!!」

 

2人は玄関口の方へと走る。途中、避難誘導に当たっているオイゲン達とも合流し、そのまま戦闘員達が非常時に集結する場所まで走った。

 

「偉大なる総指導者、ムージャ様にご報告致します!!我ら解放の戦士、揃いまして御座います!!!!」

 

「ご苦労!我が解放の戦士達よ。敵の数、装備、全て不明だが、我らの拠点に攻め入った蛮行、到底許してはおけぬ!!故に、我らは打ち倒さねばならない!!君達の奮闘に、私は期待する所である。

そして此度の闘争、極東からやって来た古き同志も共に戦う。私の友であり、この戦線の基盤を共に作った者だ。紹介しよう。影の英雄、雷蔵だ!!」

 

「おう。よろしく頼むぞ」

 

戦闘員達は余りにも若すぎる見た目に、大半の者が狐につままれた様な顔をしている。だがムージャの側近や最古参組の戦闘員達は、跪き長嶺を崇めた。本来この行為は、ムージャに対してしか行われない。それをしたというだけで、他の戦闘員達も長嶺がムージャと同等の存在であると理解できた。

 

「お前達も、もうそれ外せ。今回はお前達も戦闘に参加してもらう」

 

「え、いいの?」

 

「あぁ。コイツらはムスリム以前に戦士だ。何もコイツらの目の前で豚肉を食べようって訳じゃない。肌を見せる程度で、ギャーギャー言う連中じゃねぇよ」

 

長嶺の言葉に訝しみながらも、彼女達はニカーブを脱いだ。一応ここは治安が良いとは言えない為、念には念を入れて艤装を装備できる様に、下にはいつもの服を着てもらっていたのだ。

個性豊かすぎる服装に、戦士達も何ならムージャも混乱しているが、この際そんなことはどうでもいい。今は敵を殲滅する事が最優先だ。

 

「これより作戦を伝える。インプラカブルと鈴谷は艦載機を発艦させ、敵を殲滅。取り敢えず目に付く敵は片っ端から倒していい。愛宕、ザラ、ポーラはここから支援砲撃。オイゲンとセントルイスは俺と一緒に来い!」

 

長嶺は武器ケースからデザートイーグル二挺とPKM二挺、それからRPG7を担ぐ。これにロープをくくり付けたマチェット4本と普通のマチェット2本を持ち出す。

 

「ムージャ!車借りるぞ!!」

 

「好きなのを持っていくが良い!!」

 

「行くぞ!!!!」

 

長嶺はピックアップトラックの運転席に乗り込み、オイゲンとセントルイスは後ろの荷台に飛び乗る。乗ったのを確認するや否や、長嶺はアクセルベタ踏みで一気に駆け抜けていく。

 

「戦士達よ!同志に続け!!!!」

 

ムージャの号令で、戦闘員達も生き残った車やバイクに分乗し、長嶺の後を追いかける。鈴谷とインプラカブルはそれを見送ると、艤装を展開して航空隊を上げる。

 

「攻撃隊発艦! ……ひひっ、てかいいね、いいじゃーん!」

 

「指揮官の名において、立ちはだかる者に破滅を授けん」

 

鈴谷にもインプラカブルにもワイヴァーンと試作型天雷(特別計画艦仕様)が装備されており、鈴谷の場合は震電改、インプラカブルは紫電改四がそれぞれ搭載されている。いずれもレシプロ機かつ第二次世界大戦時の機体であるとはいえ、機関砲と爆弾の雨は碌な対空兵装を持たないテロリストからしてみれば、かなり厄介な相手となる。

しかもそれを操るのは、つい最近まで深海棲艦と激闘を繰り広げながら1隻の撃沈艦を出さなかった、最強の精鋭艦隊たる江ノ島艦隊の機体。そもそもの練度もかなりの物がある。

 

「なんだアレは!?」

 

「プロペラの戦闘機!?ありゃ、確か零戦とか言う日本の大昔の戦闘機だぞ!?」

 

「なんでそんなのがいるんだよ!!!!!」

 

無論、テロリストが零戦と呼ぶのは紫電改四である。全く違う見た目ではあるが、まあ知らなければ見分けもつかないだろう。まして日本とは縁遠い、アフガンの砂漠地帯のど真ん中だ。仕方ない。

下でワタワタしている内に航空隊はテロリストの上空に差し掛かり、車両には爆弾を。歩兵には機銃掃射を加えて、そのまま殲滅してみせた。どうやら1箇所に全戦力を投入していたらしく、この攻撃で全て終わってしまい、長嶺達が到着した頃には死体と残骸の山だったという。

 

「なぁ同志よ。これ、やりすぎなんじゃないのか?」

 

「.......よくよく考えてみりゃ、たかだかテロリストの一勢力に空母2隻の全力攻撃はやりすぎか?でも、もうちょい強いだろ普通」

 

「いやいや。ベトナム戦争でも、もうちょっと品があるぞ」

 

まるでなろう系の「また何かやっちゃいました?」的な顔をしている長嶺に、ムージャは頭を抱えた。ムージャとしては犠牲を最小限にできた点は喜ばしいとはいえ、色々複雑ではある。

 

「同志よ。こうなってしまった以上、色々面倒になるかもしれん。情報も渡した事だ、早いとこ立ち去った方がいいだろう。恐らく、暫くすれば政府軍なり治安維持部隊が押し掛けてくる。なにより同志は逃げないと不味いだろう?」

 

「それもそうだなぁ。じゃあ、早いが帰るわ」

 

「車を用意しよう。達者でな」

 

長嶺とオイゲン達は尻尾を巻いて逃げる様に、さっさと拠点を後にし、そのまま夜にはカーブル国際空港に到着。迎えのプライベートジェットに飛び乗って、セカンド・エノへと帰還した。

余談だが、例の襲撃者達は解放戦線の敵対派閥であり、最初に車列を襲撃した者達と同じ組織だったらしい。

 

 

 



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第九十一話戦力拡充計画始動

長嶺一行の帰還より1週間後 セカンド・エノ 執務室

「失礼します、総隊長殿。UR拠点のご報告に参りました」

 

ドバイの旅から帰還して早1週間。判明したURの拠点を調査の為、世界各国に隊員を派遣した訳だが、その結果が今日、返ってきたのだ。

 

「裏取れたか?」

 

「バッチリです。ロンドン、ベルリン、パリ、ベネチア、バルセロナ、モスクワ、ウィーン、シドニー、上海、東京、ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコ等々。世界各地の拠点を調べましたが、かなりの情報が手に入りましたよ」

 

「これで色々できるぞ」

 

ムージャから提供された情報は、世界各地のURの拠点が網羅されていた。どうやらかなり色々と暗躍しているらしく、違法薬物等の製造、加工、貯蔵拠点、カジノ、それから集積所に警戒部隊を配置する拠点まであった。

そこで長嶺、考え付いてしまった。現在の霞桜の既定路線は、URの殲滅と利権の乗っ取り。URの利権はその大半が違法な訳だが、霞桜が特に必要とするのは宝石や資源の採掘と売買だけだ。資源は霞桜が使うし、宝石は何かあった時の貯えになる。売買経路は最悪、怪しまれない程度に残ればいい。他の麻薬の密造と販売やら違法賭博やら人身売買やらは、ぶっちゃけ利権が取れなくても困らない。まあこういうのは末端だろうが中堅だろうが、お互いの顔と名前を知らないなんてのはザラだ。幹部も基本はメールなどで連絡する為、実際に顔を合わせる事も少ない。不労所得代わりに残せる物なら残したいが、取れないからといって作戦を切り替える程でもない。

とは言え、それでもこの辺りで彼らが巻き上げて搾り取った収入を奪っておきたいし、何より彼らに宣戦布告をしてあげる必要がある。そこで長嶺は、世界各国の拠点の内、金の集結地となる裏カジノ、その近くにある警備部隊の詰め所、それからハワイにあるURの大金庫を同時に襲う事にしたのだ。

 

「ご存知の通り彼らの商売で得たのも予算も含めて、金という金は全て各地にある裏カジノに集約されます。裏カジノは睨んでいた通り、支部の中でも司令部的立ち位置に当たる様です。ここを抑えれば、かなりの大打撃を与えられるかと。

ハワイの大金庫の方も調べましたが、なんだかんだ全部ひっくるめますと何十兆ドルにも渡るそうです」

 

「まあ、想像通りと言えば想像通りか」

 

これはあくまで、そこに納められている物の価値を現金換算した総資産の額である。流石に現金でとなると、何兆ドルクラスだろう。とは言えそれでも、アメリカの年間国家予算並みに匹敵する。世界各国の裏ビジネスを牛耳っているのなら、まあ可笑しくはない額だろう。

 

「作戦や襲撃メンバーはこれから策定予定ですが、霞桜としても類を見ない作戦でしょうね」

 

「世界各国で同時に襲撃するからな。だが、まさか相手も全く同じ時間に世界各国の拠点が、同じ組織によって攻撃されるとは思ってないだろ。だからこそ面白い」

 

「やっぱり総隊長殿は、そういう悪い顔をしてる時が1番楽しそうですね」

 

「俺は生まれついての狂人よ。こういう悪巧み、大好きで大好きで堪らない」

 

「では、その悪巧みに巻き込まれる前に戦略的撤退させて頂きます」

 

そう肩をすくめながら、グリムは執務室から出ていった。それと入れ替わる様に、今度はビスマルクが入ってきた。

 

「失礼するわよ指揮官。指揮官が依頼してきた、例の件。取り敢えずの目処が付いたわ」

 

「おっ!これでかなり戦略の幅が広がるな」

 

「レリックが工廠で説明したい事があるらしいから、歩きながら話したいのだけれど.......」

 

「今の俺は仕事がない!いやー、無職っていいわ」

 

「そうね。今のあなたに、明確な仕事という仕事は無かったわね。なら、行きましょうか?」

 

ビスマルクに連れられ、執務室のあるセントラルタワーから技術者連中の溜まり場と化している工廠区画へ渡る渡り廊下へと向かう。今回長嶺はビスマルク、というよりW明石や艦娘の夕張、KAN-SENだとビスマルクやチカロフといった、いつもの技術メンバーに艤装の改装を依頼したのだ。

 

「それにしても、よくあんな手段を思いついたわね。オイゲンの艤装から反重力装置の基幹部分を取り除き、高速修復剤で取り除いた部分を修復して複製するなんて」

 

「だって、あんな反重力装置とかSFじゃねーか。流石に理解は無理だろ」

 

その艤装の改装というのが、大きく分けて2つ。足回りの陸上対応と、反重力装置の実装である。艦娘にしろKAN-SENにしろ、水上を船の様に航行できる能力を持つ。ただこれは艤装による能力であり、艦娘とKAN-SEN自体の能力ではない。あくまでも艤装を操れるというだけであり、艤装が無ければ普通に溺れる。俗に言う轟沈というのも、名前だけ聞くと人間らしくない言い回しだが、要は艤装が戦闘中に大破するなり航行中に故障して、水上に浮かぶ機能が喪失し、そのまま溺れ死ぬというだけで、夏休みに頻発する水難事故と何ら変わらない。

艦娘もKAN-SENも水上では船舶並みの速力と、人間サイズ故の高い機動性を併せ持つ最強の海上戦力なのは知っての通りだ。だが陸上では火力も防御力も戦車以上だが、その機動性は普通の人間と変わらない。しかし今後は、陸上での戦闘も増えるだろう。そこで陸上でも海上と同等の機動性を実装するべく、足回りの改造とオイゲン等の一部KAN-SENの艤装に搭載されている反重力装置を搭載させる事にしたのだ。

 

「にしたって、あの方法かなりズルいわよ?というか、なんであんな手段を思いついたのかしら?」

 

「この間の戦闘で、アイツは反重力装置部分を破壊されていた。だが高速修復剤で普通に治っただろ?なら艤装から反重力装置の基幹部分を取り除いても、高速修復剤を使えば治る。コピーしまくりだ。

それにコイツは、俺としてもちょっとした使い道があるんだ。もしかしたら、更に強くなるかもしれん」

 

「反重力装置は確かに魅力的だけど、一体何をするつもり?」

 

「あー違う違う。そっちじゃなくて、高速修復剤の方だ」

 

「一体何を企んでいるの?」

 

「さーてね。それは、出来てからのお楽しみだ」

 

この1週間、長嶺も暇で仕方がなかったので、少しばかり自らの強化について考えていたのだ。その中の1つが神授才の可能性である。神授才の燃料は、伝承では血液と共に身体を巡るとある。また燃料を血液に込めるのは、心臓がその役目を担うらしい。その為、真なる臓器と書いて『真臓』とか言う。

そこで長嶺は体外に心臓を取り出し血液を循環させても、神授才は発動するのかという狂気的な実験をしようと考え付いたのだ。現代では人工心臓がある為、しっかりとした環境下であれば一時的に心臓を取り出してもすぐには死なない。更に長嶺の場合は艦娘の能力により、中枢神経が破壊されていなければ腕やら内臓がなくなってようと復活する。問題はない。

 

「総隊長、遅い!さぁ、早く入った!入った!早く俺の作品達を早く見てくれ!!」

 

「分かった分かった!落ち着け!!」

 

技術屋モードのレリックに半ば無理矢理中に押し込められ、そのまま設計図を見せられた。いや。設計図というよりは、AR技術を用いた完成図である。

 

「まずこれ。名付けて、ターボリックガスチャージャー!」

 

「見た感じ、銃内部の機関パーツか?」

 

「そう!これを使えば反動吸収、威力、射程が向上する!!しかも重量据え置き!!」

 

「なんだそりゃ。願ったり叶ったりじゃねーか」

 

「この機構は簡単にいうと、発射ガスを増幅させる機構だ。この空気取り入れ口から発砲の瞬間に酸素が送り込まれ、爆発力が向上!このエネルギーを反動吸収機構、バレル内部の加速機構に回す!!機関部を1から作らないといけない上に、値段はかかるけど、霞桜なら問題ない!!」

 

基本的に銃にしろ大砲にしろ、その威力は弾と砲身長に依存する。5.56mm弾と7.62mm弾なら後者の方が威力が上だが、5.56mm弾仕様の銃のバレルを延ばせば、初速と射程は伸びる。

だがこの機構は、言うなれば第3の選択肢とも言えるだろう。高威力、低反動、長射程の三拍子は大きい。

 

「それを搭載したのが、この新型銃!アサルトライフルのグリフィス、アサルトショットガンのヘビィシュート、ライトマシンガンのアイアンストーム、サブマシンガンのナイトメア、スナイパーライフルの桜舞II、対物ライフルのタイガーバスターだ!!」

 

「こりゃまた、かなりデザインも凝ってるな」

 

「カッコイイは浪漫!!」

 

レリックがフンスと得意そうに胸を張る。どの銃も近代感があり、かなりカッコいい。しっかり高性能かつロマン溢れつつも機能性の高そうなデザインを持ってくる辺り、流石レリックと言った所だろう。

 

「それから拳銃も新しくした!山蜘蛛!!」

 

「こいつ、土蜘蛛を元にしたのか?」

 

「イェース!!総隊長の愛銃はどれも素晴らしい。その中でも土蜘蛛は別格!そのダウングレード版を量産した!!」

 

かつての愛銃だった土蜘蛛HGは、長嶺が初めて本格的に作り上げた銃だった。URとの戦闘で破壊され今の阿修羅HGに切り替えた訳だが、それでもあの銃はは思い入れがある。今では部屋に飾るだけの土蜘蛛が、別の形で戦うのは嬉しいものだ。

 

「次はこれ!強化外骨格Mk2!!」

 

「なんか、前のよりシュッとしてるな。性能は?

 

「出力、防御力共に向上!大体、水上を60ノットで駆け抜ける!防御力は姫級にも耐えられる性能にした!さらに近接格闘用に、アサンシンクリードのアサシンブレードにヒントを得て、腕部に格納式のモーターブレードを搭載してある!近接格闘戦もこなせる!!」

 

見た所、水上走行機能は取り外し可能になっている。その分他の部分に回せるリソースが増え、整備性も上がるだろう。

 

「後は車両系も全部新しくした!!まだできてないのもあるけど、取り敢えずはこれ!!!!」

 

「コイツは.......黒鮫か!?」

 

「黒鮫弍型!エンジン、武装、装甲、居住性、バリエーション、その全てをアップグレード!!速度も上げた!!」

 

これまでの黒鮫と黒鮫弍型の比較図が表示されたが、かなり強化されているのが分かる。全体的になんか大きくなり、ついでに武装系統も増えてゴツくなっている。だがそれでも、黒鮫の面影はしっかりと残っている。正に『弍型』というのに相応しい、正統進化機体だろう。

 

「次は私達のを見てもらおうかしら」

 

「見せてくれ」

 

ビスマルクに連れられ、奥の艦娘、KAN-SEN専用兵器の開発室に入る。ここはその名の通り艦娘とKAN-SEN専用の兵装、つまり艤装なんかを設計開発する部屋だ。とどのつまり、技術系艦娘&KAN-SEN連中の溜まり場である。

 

「あっ、ビスマルクさんに提督!遅いですよ」

 

「ごめんなさい明石。レリックに指揮官が捕まっていたのよ」

 

「あー。そう言えば、レリックも新兵器を作ってたにゃんね」

 

よく仕事柄絡むことの多い技術組は、レリックのイカれっぷりをよく知っている。普段のレリックは知っての通り、重度のコミュ障だ。副官のバーリが声帯呼ばわりされるくらいに、壊滅的なコミュ障である。

だがこういう技術系統の話になると、一気にテンションがぶち上がってさっきの様にキャラが変わる。

他にもなんか謎の物を産み出したり、それを改造したり、かなり色々やっている。それを間近で見て来た彼女達は、最早レリックを一種の災害と考えており、これに捕まったら大体同情の目を向けられる。何せ捕まれば実験台にされそうになったり、延々と技術談義をする事になる。というか後者は知識を持ってるだけに、話していて楽しすぎてお互い時間を忘れる為であり、ぶっちゃけレリックが悪い訳ではない。

 

「さぁ指揮官。私達の力作、見て貰うわよ」

 

「見せて貰おうか」

 

ビスマルクがチカロフと夕張に合図すると、2人は艤装を展開。パッと見はいつも通りの艤装を纏った姿なのだが、踵の部分に拍車の様に車輪が追加されている。

 

「拍車からインスピレーションを受けて、新たに踵部分に車輪を追加したわ。靴の下にも格納式のを搭載してあるの。艤装の機関部分に繋がっているから、陸上であっても水上と変わらない速力を出せるわ」

 

「操作感とかはどうなんだ?余り違うようなら、訓練とかのカリキュラムも多めに組む必要があるからな」

 

「そこは私から説明しますよ」

 

長嶺の質問に答えてくれたのは、こういう兵器の実験には欠かせない艦娘の夕張であった。技術者としての腕もあるが、夕張の才能は専らテストパイロットである。何せ凡ゆる兵器を、すぐにコツを掴んで物にしてみせる。テストパイロットとして、ここまでの人材も中々いない。

 

「使ってみた操作感ですが、水上を滑走するのと殆ど違いはありませんよ。ただ水上と違って陸では摩擦とかが諸に掛かりますから、そういう時は少し感覚がズレますね。こればかりは慣れてもらうしかないでしょう。

しかし直進時の挙動は陸上故の揺れがあるとは言え、基本的には水上航行と遜色ありませんから案外すぐに物にすると思いますよ。潜水艦の娘達とかは、ちょっと分かりませんけどね」

 

「流石に次元潜航艦よろしく、地中に潜る訳にもいかんからな」

 

「それするには反重力装置じゃなくて、多分次元を変えるマシンとかがいるにゃ」

 

流石のKAN-SENにも、次元の壁を超えていく装置は未実装だ。というかそもそも、反重力装置があっただけでも驚きである。何も現代科学では妄想や夢想の中にしか存在しない、オーバーテクノロジーというヤツなのだ。

 

「次は反重力装置ね。一部KAN-SENに搭載されてるのは知っての通りなんだけど、その中で最も高出力かつ安定しているのは、オイゲンの艤装に付いてる物だったわ。それを指揮官の考えた方法で大量に複製したのは知っての通りだけど、この反重力装置には思わぬ副産物があったの」

 

「副産物?」

 

「反重力装置の搭載によって、装備できる容量増えたのよ。オマケに艤装自体も反重力装置で軽くなるから、速力も上がったわ。1.5から2倍って所ね。

当初の予定通り、ジェットパックなしでの飛行も可能になったわ。尤も、そんな大立ち回りとかはできないから気を付けてね?精々、空中を水上を走るのと同じ位の速さで移動できる程度よ。それから、艦娘にスキルを付けられる可能性が出てきたのよ」

 

チカロフの説明に、長嶺は心の昂りが抑えるので必死だった。反重力装置のお陰で、色々と戦略の幅が広がるのだ。当初は「現状の低い高度からヘリボーンさせるのを、空挺と同レベルの高度から行える」というのと「空中での一定の機動性の確保」の2つの観点により、反重力装置の搭載を決めていた。ところが蓋を開けてみれば、まず速力アップと搭載量の増加というオマケが付いてきた。この搭載量に様々な装備を載せれば、より汎用性を上げることができる。燃料弾薬を積めば継戦能力の向上が見込めるし、機関を搭載すれば速力を上げることもできる。他にも色々、やりようはある。

そして何より嬉しいのは、スキル獲得の可能性だ。スキルというのはKAN-SENが艤装に宿している、言ってしまえば固有能力の様な物だ。オイゲンのシールドの様な物もあれば、味方にバフの様な形で艤装の能力を引き上げる物もある。このスキルというのはピンキリかつ状況を選ぶ物もあるのだが、総じて戦術を間違わなければ強力な切り札となる。

 

「流石に本格的なスキルは無理そうよ。でも恐らく、弾幕スキルなら発動できるかもしれないわ」

 

「原因は十中八九反重力装置なんだろうが、その仕組み分かるのか?」

 

「それについては、私が答えるわよ。って言っても、正直殆ど謎よ。あくまで仮説だけれど、反重力装置っていう艤装のコアの様な存在を移植したから、でしょうね」

 

弾幕スキルとは文字通り、弾幕を展開するスキルだ。艤装のリミッターを一時的に解除し、任意の方向に30秒程度の濃密な弾幕を展開する。リミッターを解除する為、通常よりも発射レートが格段に上がり航空機は勿論、艦船に対しても有効なスキルである。欲を言えば固有スキルが欲しい所だが、流石に欲張りだろう。

 

「量産にはどの位かかる?」

 

「量産は簡単よ。この工廠にある工場設備、かなりの物だから1ヶ月もあれば改修できるわ。訓練にもう1ヶ月位かしらね?」

 

「大体2ヶ月か。では直ちに製造と改修に入ってくれ。なぁ、所でキューブはあるか?」

 

「キューブって、あのキューブ?あるにはあるけど.......」

 

「ちょっと貰って行くぞ」

 

「?えぇ、良いわよ」

 

ビスマルクからキューブを1個貰い、長嶺はそのまま廃墟島とセカンド・エノの中間層にある空中超戦艦『鴉天狗』の極秘ドックに向かう。普段は立ち入り禁止だが、長嶺は別だ。これは言うなれば長嶺の身体の一部。どこの世界に、自らの身体を動かすのに許可を求める者がいるだろうか。

長嶺はドックのタラップから艦内に入り、そのまま艦橋まで上がる。当然だが人は誰1人として乗っておらず、俗に言う妖精さんも何処かに隠れているのか姿が見えない。普通なら恐怖を覚えるだろうが、長嶺からすれば身体の一部。怖いどころか、安心感を覚える程だ。

 

「なぁ、『鴉天狗』よ。お前は、ここで終わりなのか?お前は最初、単なる海を駆ける戦艦だった。だがお前は空の覇者となり、この前は遂に恐らく世界を滅ぼせるだけの力を手に入れた。だが本当に、お前はそれで終わりなのか?俺にはまだまだ、進化の余地が残っている様に思えてならない」

 

次の瞬間、これまで暗かった鴉天狗の艦内に灯りが灯った。それだけではない。エンジンに火が入り、モニターの明かりも付く。そして大きな船笛がドック内を木霊した。

この『鴉天狗』は長嶺の身体の一部でありながら、それ自体が意思を持った存在でもある。言葉こそ交わさないが、その考えや意思は分かるのだ。

 

「そうか。お前はやはり、まだあるんだな。ならばこれを、受け取るがいい。艦娘とKAN-SENの能力、それを合わせようではないか」

 

長嶺がキューブを掲げると、そのまま砂粒の様にバラバラになる形でキューブ消えた。だがその瞬間、長嶺の脳内にKAN-SENが使うスキルが浮かんできた。

 

スキル1 絶対支配者

敵対的な凡ゆる存在は鴉天狗を発見した場合、回避、火力、命中が45%低下する。指揮下の艦娘、KAN-SENは回避、火力、命中が60%増加する。

 

スキル2 煉獄の祝福

指揮下の艦娘、KAN-SENの耐久力、運が55%増加する。また指揮下の艦娘、KAN-SENがダメージを受けた場合、90%の確率で対象者の受けたダメージが半減し、周囲に15秒間シールドが展開される。

 

スキル3 最狂にして最強

①300秒間、耐久力、運、回避、火力、雷装、対潜、対空、航空、装填、命中が80%上昇し、耐久が5秒につき15%回復する。②スキルの効果が切れると、再度自動的に発動する。

②上記スキルが解除されると30秒間火力、雷装、対潜、対空、装填、命中が150%上昇する。

 

スキル4 弾幕乱舞

一時的に武装のリミッターを解除し、高レートで120秒間射撃可能になる。発動後、自身の命中、装填、航空が20%上昇する。

 

 

EXスキル1 殲滅あるのみ

①600秒間、敵の回避、火力、雷装、対潜、対空、航空、装填、命中が80%低下し、自身の耐久力、運、回避、火力、雷装、対潜、対空、航空、装填、命中が150%上昇し、耐久が6秒につき30%回復する。③スキルの効果が切れると、再度自動的に発動する。

②上記のスキル発動中、周囲に弾幕を展開し敵を自動で攻撃する。命中した敵に対し50%の確率で回避が20%低下する。

③上記2つのスキルが解除されると10秒間、10秒間火力、雷装、対潜、対空、装填、命中が300%上昇する。

 

EXスキル2 国堕としの再臨

神授才の発動に消費するエネルギーが50%カットされ、威力が30%上昇する。10%の確率で、更に威力が70%上昇する。

 

EXスキル3 堕ちた英雄の背中

①900秒間、敵対的な凡ゆる存在は鴉天狗を発見した場合、回避、火力、雷装、対潜、対空、航空、装填、命中が80%低下し、任意のタイミングで動きを止められる。

②1020秒間、指揮下の艦娘、KAN-SENは回避、火力、雷装、対潜、対空、航空、装填、命中が100%増加する。

③上記スキルの発動中、指揮下の艦娘、KAN-SENにはあらゆる攻撃を防ぐ盾12枚が周囲を浮遊し、耐久力が毎秒5%回復する。

 

EXスキル4 真・弾幕乱舞

一時的に武装のリミッターを解除し、高レートで400秒間射撃可能になる。発動後、自身と指揮下の艦娘、KAN-SENの命中、装填、航空が60%上昇する。

 

 

「成る程。どうやら通常が『鴉天狗』であり、EXスキルとかいうのは『鴉焔天狗』専用のスキルということか。それにしても、なんともまあ.......」

 

明らかにチートである。例えばバフスキル。これは通常、ユニオンならユニオン、重桜なら重桜にのみ発動する場合が多い。だが長嶺の場合は恐らく、フリーダムフリートの全員が対象だろう。100歩譲って範囲の広さは良しとしても、そのバフの%がおかしい。恐らくこれを、特にEXスキルを戦場で使えば、まあまず負ける事は無いだろう。相手の動きを止められる上に大幅なデバフを掛けられて、こっちは単純に2倍のステータスで戦えるとか、チート以外の何物でもない。

 

「このスキルの有用性は、今後色々試してみるとしようか。取り敢えず今は、例の手術をやってみるとするかな」

 

長嶺はドックから出ると、そのままセントラルタワー内の病院区画に向かった。既にここには、心臓を取り出すための設備が備わっている。無論、医者も含めてだ。

 

「総隊長。本当によろしいので?」

 

「あぁ。取り敢えず、10個は取り出してくれ。君達の腕に期待する」

 

「んな事言われても、流石に怖いっすよ?まあ、やるだけやりますけど」

 

一応霞桜に所属する医者達は、基本的に全員がマッドサイエンティストか闇医者だった者が多い。そんな彼らでも、こんな心臓を量産するために心臓を摘出するなんて、いくらなんでも流石に経験がない。全員少し恐怖を抱いているのが現状だ。

だがそれでも、この実験には価値がある。もしかすれば、隼人・レグネヴァのオロチ擬きを叩く時に使えるかもしれない。それに心臓を貫かれた状態での復活は何度か経験があるので、摘出後の回復も問題はない。摘出された心臓がどうなるかは謎だが、取り敢えず死ぬことは無いだろう。

 

「はーい。という訳でよろしく」

 

「そんな嬉々として全身麻酔を受ける人間は初めてですよ.......」

 

さも当然かの様に全身麻酔のマスクを口に押し当て、そのまま堂々と横になる長嶺に医者達も困惑であった。どんなに成功率が高い手術でも、基本的に患者は怖がるものだ。だが目の前の男はそんなのお構いなしに、安らかに目を閉じたいる。はっきり言って、異常でしかない。

 

「それではこれより、長嶺雷蔵の心臓摘出手術を開始する。メス」

 

数時間後、長嶺は麻酔から覚醒。しっかり現世に戻ってきた。結果としては、心臓の摘出には成功した。無論、複製にも。今は特殊なケースにて保存され、ドクドクと脈打っている。

この結果を知った長嶺は、まるでその結果が分かっていたかの様に「ここからが大変だ」と次の事を考える始末で、医者達を大いに困惑させたらしい。

 

 

 

 



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