デイジィとアベル(三)アッサラームの盗賊 (江崎栄一)
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一 アッサラームにて

登場人物
デイジィ 女剣士
アベル  勇者
サマンサ 豪商の令嬢
ローラ  謎の女
マイク  謎の剣士
カナック ターバンの男
ダナック 油断ならない男
ジョージ アッサラームを牛耳る豪商


 十三歳の頃から世界中を旅して来たあたしにとっても、アッサラームの街並みは新鮮だった。

 様々な国から人々が訪れ、彼らの持ち寄った文化がこの地で融合する。夜の街路には赤や青の派手な照明が林立し、うるさいほど眩しい。でも、街に張り巡らされた水路を進む遊覧船からの眺めは美しい。

 あたしたちはカザーブを起ち、アッサラームにやって来ていた。そこで最初に興味を持ったのがこの遊覧船だ。宿を抑えると早速アベルはあたしの手を取った。

「早くあれに乗ろうよ」

 田舎育ちのアベルは、バラモス討伐の世界旅を終えたというのに、都会に来るとはしゃいでしまうようだった。

「ああ」

 あたしは笑顔で答えた。

 遊覧船に乗り込み、窓を向いて二人並んで座った。あたしたちはぶどう酒で口を濡らし、肩を寄せ合った。

「アッサラームも凄いところなんだな。オイラ、ドランの都を思い出すよ」

「そうだろうな。ここもドランと同じで、世界でも五本の指に入るほど発展している町だからさ」

「賑やかで明るくて、こっちの方が好きかもしれないよ」

 言われてみれば、ドランの都にいたような怪しげな連中は見当たらないし、周りで騒いでいる奴らも底抜けに楽しそうだ。

「オイラたちがバラモスをやっつけたことが、もう伝わってるのかな?」

 そう言って、アベルは歯を見せて笑った。

「あれから一月経ってる。これだけ人の出入りの多い町なら、もうアリアハンから噂が届いてるだろうな。やっと恐怖から解放されたんだ、楽しく騒ぎたくもなるだろうな」

 アベルがあたしの肩を引き寄せた。

「一緒だな。オイラもデイジィと楽しく旅がしたいよ」

 船は水路を進み、一時間かけて繁華街を一周する。その間あたしたちは食事をしながら静かに夜景を眺めていた。アベルにもたれ掛かっていると、身体が火照り、頭がぼぉっとした。

 あたしたちは宿に戻った。今回は豪華な宿を抑えた。スイートルーム。値段は張るが、懐の暖かいあたしたちには問題ない。ドランの都では安宿しか取れなかった。あの時はヤナックもモコモコも一緒の大所帯で町も旅人でごった返していたから宿が取れただけ助かった。でも、今回はアベルと二人きりの滞在なんだから、贅沢をしたい。

 そういえば、あたしが弟を探して旅をしていることをアベルに告げたのドランの都でだった。人買いがドランで商売をしているという情報を掴んで、漸くその地に辿り着いたというのに、いくら探しても弟に似た男の手がかりは探し出せなかった。

 港で悔しさに打ちひしがれている時にアベルに声をかけられ、初めてあたしの旅の目的を打ち明けた。アベルは、自暴自棄になりかけていたあたしを優しく励ましてくれた。

 あのときは明確に意識していなかったが、はじめて異性に心惹かれた瞬間だった。そして今、その人と想いが通じ、アッサラームの宿で二人過ごしている。

 次の日、あたしたちは街を散策した。アベルはあたしを気遣って洋服屋や宝石屋、カジノに連れて行ってくれた。意外にもアベルはギャンブルが得意なようで、ルーレットを楽しんでいた。

「また当たりだ。やるじゃないか」

「オイラがこれだと思うと、なぜか当たるんだよ」

「へぇ、でもそんな小金を稼いでどうするつもりだ?」

「何もないさ。デイジィが隣にいてくれたら、それでいいよ」

「馬鹿……。でも、いずれは馬車なんか買って、もっとゆったりと旅するのもいいかもな」

 あたしたちは笑い合って、ルーレットを続けた。

 その日は街並みを一通り見たので、次の日は別行動を取ってみることにした。昼過ぎに宿屋を発って、夕方に戻る。何を見て来たかを肴に、二人でしっぽりと飲むつもりだ。

 アッサラームの町には様々な店が立ち並ぶ 。珍しい装飾品や服、食器など。ただ、どうしても眼が行ってしまうのは武器だった。 バスタードソードやドラゴンキラー。どれも一級品だが、あたしの隼の剣に勝るものは見つからない。

 武器屋から出ると、その向かいには黒幕を垂らした怪しげな店があった。

「何だぁ、この店は?」

 毒や魔法の薬を扱う闇の道具屋だろうか。興味をそそられ、黒幕をくぐってみると、そこは煌びやかな服を扱う店だった。ブレスレットやネックレス、ナイトローブなんかが置いてある。なんでこんな怪しげな店構えしているんだろうか。

 店の奥に進むと、女物の下着が多数飾られていた。赤や青の原色に染められた、派手でかわいいパンティやブラジャーが並んでいた。

「何かお探しですか?」

 店員に声をかけられた。

「ちょっと気になってね。何かお勧めのものはあるのかい?」

 せっかくだから、色々と聞いてみたい気になっていた。

「どのようなものがお好きでしょうか。かわいいもの、セクシーなもの、男性がお喜びになるものなど、多数取り揃えておりますよ」

「お、男が悦ぶものぉ?」

 いきなり飛び出た卑猥な言葉に、つい反応してしまった。

「はい。この店には女性の身体をより魅力的に見せるためのアイテムを取り揃えております」

 そうか、ここは夜の営みのためのグッズを扱う店だったんだ。だから入り口から中が見えないように黒幕を垂らしていたんだ。

「そ、そうだなぁ……」

 声がうわずった。

 よく考えてみたら、下着のデザインなんて気にしたことがなかった。そもそも人に見せることなんて想定してなかったし、世の中にどういう下着があるかも判らない。だから、白い布で出来た簡単な作りのパンティとブラジャーしか持っていない。

 でも、今では毎朝毎晩アベルに下着姿を見せている。アベルだって女の身体に欲望を持つのだから、少しは目で楽しませてあげることも考えた方がいいのではないか。

「今日はとても良い物が入って来たんですよ」

 あたしが逡巡していると、店員の女が口火を切った。

「今、世界で大人気の有名デザイナーであるエンデ氏がデザインした下着の上下セットです」

「エンデって、あの?」

 その名は聞いたことがある。元々は鎧や兜の鍛冶で財を成した男だ。そこで得た資金をもとに、装飾品まで商材を拡げ世界で大儲けしているという話だ。いつの間に下着にまで食指を伸ばしたのか。

「はい。こちらでございます」

 そう言って女が見せたのは、黒い布で編まれたパンティとブラジャーだった。生地が薄い。パンティの後ろに、女の顔が透けて見えていた。

「な……こ、これは……」

 言葉が出てこなかった。

 こんな布では局部を隠すことはできない。これを着てアベルの前に出たら、布の裏を見透かされてしまう。ほとんど裸も同然だ。

 こんなのを身につけた自分の姿を想像すると、耳まで熱くなった。いったいエンデというのは、どんなスケベジジイなんだ。

 恥ずかしさのあまり、下着を突き返そうとした時だった。

「とてもエッチな下着ですので、これを着てあげるとどんな淡白な男性でもお喜びになって、激しく求めてくると評判なんですよぉ!」

 聞き捨てならないセリフだった。

 アベルは淡白などころか、ベッドの上では凶悪なモンスターのように激しい。そんな男が更に凶暴になったらどうなるのか。

「男性は、女性の頼りない部分に欲情するようです。こんな薄手の生地なら、あなたのような意志の強そうな女性も、頼りなく見せてあげられますよ」

「そ、そうなのか……」

 確かにあたしは、どちらかと言えば弱そうに見える女ではない。幼少期から剣ばかり振って、賞金首やモンスター相手に闘ってきたから、身体は筋肉質になり眼つきも鋭くなってしまった。そんなあたしを守れるほどの強さを持っているのはアベルくらいだが、もしかしてあたしでは物足りなかったりするのだろうか。

 そう言えば、コナンベリーではか細いパフパフ娘相手に鼻の下を伸ばしていたし……。

「これを着れば、もっと魅力的に……?」

 あたしに向けて獰猛な視線を浴びせるアベルの顔を想像した。

「このエッチな下着ですが、今ならお安くなって……」

 固唾を呑んで待った。 あたしの耳元で、女の口から驚くべき価格が飛び出していた。

「四百ゴールドだとぉ!」

 あたしは憤慨した。バカバカしいにも程がある。ドランの都では銅の剣がたったの二十ゴールドで売られているというのに、こんな薄っぺらい布切れにそんな金など出せるはずがない。

「はい。でも効果はてきめんだと評判です。お客様のような綺麗な方なら、どんな下着でも男性はお悦びになりますけど、これを着ていただけたらきっと……」

 これ以上聞く必要はない。女の口を遮り、あたしは店を出ることにした。

 バッグには四百ゴールドの代わりにエッチな下着が収まっていた。

 

 

 

 

 

 

 



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二 銀髪の青年

 宿屋に帰る途中。アッサラームの中央広場を横切る時だった。

「デイジィ!」

 雑踏の向こうから、アベルが手を振って走り寄って来た。空は薄暗くなり始めていた。

「アベル……」

 あたしは持っていたバッグを胸元に抱えた。さっき買った下着をいつ着ようかずっと逡巡していたから、アベルの接近に気がつかなかった。

「ちょうど良かった」

「どうしたんだよ」

「あっちに美味しそうなステーキ屋があってさ。食べに行こうよ」

 そう言うや否や、アベルはあたしの手を取ってレストラン街へ引っ張って行った。入った店は、特段豪勢なわけでもお洒落なわけでもない。至って普通の大衆食堂だった。とはいえ、アッサラームには食堂が無数にあって競争が激しいから、どの店も味は申し分ないはず。

 配膳されたステーキを一口食べてみた。

「うまいな」

 特大のステーキにがっつくアベルに言ったが、あたしの声なんて上の空で夢中に食べ続けている。美味いのだろう。それとも毎朝毎晩張り切り過ぎたせいで、身体が栄養を欲しているのだろうか。

 あたしは、ナイフとフォークを動かすアベルの太腕を眺めながら、ステーキを食べ続けた。

「はぁ……うまかったよ。じゃあ、宿屋に帰ろうか」

「もう帰るのか? 一言も話さないで、食べただけじゃないか」

「そうだけどさ。話なら宿屋でもできるだろ。それに、オイラ早くデイジィと二人きりになりたいよ」

 あたしは目を伏せて、真っ直ぐに見つめるアベルの視線から逃げた。

「わかった……帰ろう」

 あたしは席を立った。

 ステーキ屋から出て少し歩くと、怒鳴り声が聞こえた。中央広場のど真ん中に人だかりができている。そこから何人かが逃げ去っていく。

「なにコラ! たこコラァ!」

 喉が潰れたように滑舌の悪い罵声が響いた。十人ほどの荒くれ者たちが向かい合っている。どうやら血の気の多い団体同士が揉めているようだ。

 いくつかのテーブルがひっくり返され、ぶどう酒の瓶やグラスが地面で砕けている。こういった喧嘩はアッサラームのような人の出入りの多い街では日常茶飯事だが、周りへの迷惑が多くて目に余る。

 その時、小さな女の子が走り出て来て、あたしにぶつかって転んだ。

「うわーん!」

「おい、大丈夫か?」

 五歳にも満たない幼児だ。親とはぐれてしまったのか? 時刻はまだ夕方の六時くらい。小さな子どもも食事をしている時間だ。

「大丈夫か?」

 あたしが声をかけても、女の子は泣き叫ぶばかりだ。

「アベル、この子を頼む!」

「あ、おい。デイジィ!」

 あたしは駆け出して、荒くれ者たちが向かい合う間に割って入った。

「お前たち、いいかげんにしな! 周りの迷惑も考えろ!」

 颯爽と現れた美女の姿を前に、荒くれ者たちは一瞬驚いた顔をした。しかし、驚きにかっぴらいた目が、すぐに下卑た細めに変わる。

「なんだぁ、姉ちゃん! 俺たちは忙しいんだ。すっこんでろ!」

 不細工面が唾を飛ばしながら怒鳴った。そして目を細めながら、ワンピースから覗くあたしの脚を眺めると、顔を更に汚く歪めた。

「へへへ。いい女じゃねぇか。姉ちゃんが俺たち全員の相手をしてくれるってんなら、この場は納まるかもしれねえなぁ……」

「へぇ、何の相手だ?」

「決まってんだろぉが! この場で俺たち全員で輪姦してやるんだよ!」

 そう言って不細工面が両手を広げて突進して来た。赤ら顔を歪め、口の周りが唾液で汚れている。

「たぁっ!」

 正面から顔面を蹴り上げてやろうかと思ったが、靴が汚れるのが嫌だった。あたしは跳躍して不細工面の頭上に舞い、後頭部を靴底で蹴った。

 不細工面は棒のように脚の動きを止め、顔面から地面に突っ伏した。

「て、てめぇ!」

 周りの荒くれ者どもが後退りした。

「女一人に何を臆病風吹かしてるんだ? まとめてかかってきな!」

「構うことねぇ! とっとと叩き潰して後で楽しませてもらおうじゃねぇか!」

 でくのぼうが汚い言葉を吐いてから、さっきの不細工面と同じようにあたしに向かって突進した。この手の連中は、下品な言葉をわざわざ吐かないと行動できないのだろうか。

 スローモーションのような突進を軽くいなす。すれ違いざまに、脇腹へ肘を打ち付けた。

「ぐぅっ!」

 でくのぼうは悶絶し、地面に転がった。 そのまま呻いてのたうち回る。

「あぐぅ……あぁ!」

「悪いな。顎に一発入れてやれば、気持ちよく眠れたんだろうけどねぇ。お前の脂ぎった顔には触りたくなかったんだよ……」

「てめぇ……」

 太った男もあたしに向かって突進した。間合いに入る直前に右の拳を振り上げ、見え見えの軌道で乱暴に振り回す。向かってくる右の拳をかわして、太った男の懐に潜り込んだ。左手で男の右手首の袖を取った。そして右手で左襟を掴み、肘を男の右脇に入れた。一瞬脱力した後、右前方へ身体を捻る。太った男の身体があたしの背中で浮き、腰から地面に落ちた。

「ぐふぅ!」

 太った男は受け身も取れず、その全体重の衝撃を腰で受けた。直後に白目を剥いてピクリとも動かなくなった。

「おいおい……少しは骨のある奴はいないのかい?」

「このクソ女! やりやがったな」

「女だと思って優しくしてりゃ、付け上がりやがって!」

「もう許さねぇぞ!」

 優しくされた覚えはないが、どうやら連中も本気になったようだ。お決まりの罵声を上げて、鋭い眼つきで睨んだ。まだ十人程は残っている荒くれ者から殺気が放たれた。相手は素手だ。あたし一人でも、一分はかからないだろう。

 その時、背後に人の気配があった。

 アベルか?

「お嬢さん、さすがに多勢に無勢だ。オレが助太刀しよう」

 一人の男が、あたしと荒くれ者集団の間に割って入った。

 タイトな黒装束に身を包んだ銀髪の青年。筋骨隆々で、背格好はアベルと同じくらい。鋭い眼光と立ち居ぶるまいからは、只者ではないことをうかがわせた。

「おいおい、兄ちゃんよぉ……。俺たちは仲間を三人もそのクソ女にやられてるんだ。邪魔するもんじゃねぇぜ。なんなら、てめぇから先にぶっ潰してやってもいいんだぞ!」

 荒くれ者の大男が叫んだ。こいつがどちらかのグループのボスなのだろうか。

 銀髪の青年は、クスクスと笑い出した。

「何がおかしい!」

「いや、なに。やられたのは仲間だったとはな。てっきり集団同士で喧嘩でもしているかと思ったのだが……」

「てめぇ……」

「おおかた、周りの連中に絡んで金でも巻き上げようと、争い事を仕組んだんだろう」

「舐めやがって……。覚悟はできてるんだろうな」

「ああ」

「おい、てめぇら! こいつは殺していいぞ! 畳んじまえ!」

 その声を聞いた周囲の男たちは、一斉に懐からナイフを抜いた。

「そんなもの、何の足しにもならないさ」

 銀髪の青年が剣を抜いた。

 刀身が妖しい青に輝いた。そんじょそこらの剣ではない。古代エスターク人の作った代物だろうか?

「おらぁ!」

 三人の男が一斉に青年に向かって斬りかかった。青年は移動することもなく、剣を振って三人のナイフを叩き落とした。続け様に三人の腹部に平打ちにした。

 続けて飛び掛かる残りの連中も同じだった。素人の荒くれ者集団はナイフを振ることもできない間に素早い平打ちを受けて失神した。

 気がつけば、十人ほどの荒くれ者たちが、銀髪の青年の前に転がっていた。全員気を失っているだけだ。

「なかなかやるじゃないか」

 銀髪の青年は無表情にあたしを振り返り、剣を腰の鞘に収めた。

「危ないところだったな。女子供はケンカに首を突っ込まない方がいい」

「別に、この程度の連中なんて、あんたの助けはいらなかったさ」

 銀髪の青年は無言で背を向けて歩き出した。

 その瞬間、倒れていた荒くれ者の一人が立ち上がり、背後から銀髪の青年に向かってナイフを振り上げた。

 危ない。

 あたしは近くのテーブルに置いてあったフォークを掴み、荒くれ者に向かって投げつけた。

 そのフォークは、ナイフを掴む荒くれ者の手に突き刺さった。それと同時に、銀髪の青年は振り向きざまに荒くれ者を蹴り飛ばしてた。

「ぐふっ」

 荒くれ者は腹に足刀蹴りを受け、身体をくの字に曲げて倒れた。その手からナイフがこぼれ落ちた。

「助けはいらなかったみたいだな」

 銀髪の青年はあたしを一瞥した。その表情には、さっきまでの人を舐めた態度はなかった。

 その後、銀髪の青年はあたしの後方に視線を送った。

 そこには、痩身の長身で、ターバンを巻いた男がいた。髭はないが、どこかヤナックに似ている気がした。不思議な男だった。

「マイク、遊んでいる時間はない。行くぞ」

 ターバンの男が低い声で言い、あたしに鋭い視線を送ると、マイクと呼ばれた銀髪の青年と一緒に夜の闇に消えて行った。あのターバンの男も只者ではないようだった。

「デイジィ、大丈夫か?」

 背後からアベルの声がした。

「ああ。あの銀髪の奴が片付けてくれたからな」

 世の中にはまだ見ぬ強い剣士がいるのかもしれない。

 あたしはアベルと一緒に宿屋へ帰った。

「アベル……」

 あたしは仰向けに寝そべるアベルの右腕を枕に、脚を絡めて横から抱き着いていた。

 呼吸の落ち着いてきたアベルは、あたしの肩を抱いて引き寄せた。

「デイジィ、あんまり無茶なことするなよ……」

「あのマイクってやつ、中々の男だった。剣の心得があるようだ」

「格好つけてて、いけ好かない奴だったけどな。剣術の腕はあるみたいだ。あいつも剣で金を稼ぐような、賞金稼ぎか傭兵でもしているのかもしれないな。昔のあたしみたいに」

「そうだな。初めて出会った時のデイジィに少し似てたかもしれない」

「一緒にいたターバンの男はどう思う?」

「不思議な感じだったよ。ヤナックによく似た格好をしていた。もしかしてあいつは……」

 アベルは少し言い淀んだ。

「魔法使いかもしれない」

「ああ、でも世界中を旅してきたあたしですら、魔法を使いこなす人間はヤナック以外にほとんど見たことがないんだ」

「そうだな。魔法は古代エスターク人と、奴らが作り出したモンスター、そして古代エスターク人の末裔であるザナック様が直々に指導した一部の人間にしか使えないはずだ」

 だったらあの男はヤナックの同門の一人なのだろうか? ザナックはヤナックのことを出来の悪い弟子だと言っていたから、他の弟子もいるのだろう。だが、他の弟子達はバラモス討伐の戦いには加わらなかった。

 あたしは言い知れぬ不気味さを感じていた。

 

 

 

 

 

 



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三 サマンサ

「なぁアベル、あの宝石を換金してみないか」

 あたしは皮の鎧を、アベルは勇者の服を身に纏い、いかにもといった旅人姿で歩いている。

 アッサラームに滞在して四日目。ある程度街の雰囲気は掴め、現金を預かり所に入れた後だった。

 カザーブで暴れ猿やキラーエイプを倒して手に入れた宝石を換金してみようと思った。預かり所の店員に聞いたところ、ジョージという豪商が原宝石の買い付けを一手に担っているということだった。

 このジョージという男は、アッサラームの市場を牛耳る商工会の会長らしい。道具屋、酒場、宿屋なんかの表の商売はもちろんのこと、闇の武器や毒なんかも手広く扱っているらしい。

 高い身分にある男だが、金儲けの話なら一見さんの旅人でも会ってくれるようだった。

 あたしはアベルを連れて、さっそくジョージ邸へ向かったのだった。

「わぁ、これはずいぶん大きな邸宅だな!」

 ジョージ邸は町の中心部にあった。大きな門があり、重厚な鎧を纏った門番がいる。一見お城のように見えるほど立派な作りだった。

「アベル、キョロキョロするんじゃないよ。田舎者だと思われたら、足元を見られるじゃないか」

 あたしはアベルの耳を掴んで引き寄せ、その耳元に囁いた後、門番に 声をかけた。

「あたし達は旅の者だ。モンスターから手に入れた宝石を、ジョージさんに買い取ってもらおうと思ってね」

「なにぃ?」

 門番の男は、あたしのことを舐めるように爪先から顔に向けて徐々に視線を上げた。

「確かに旅人みたいだが……何者だ?」

 そう言われて、あたしはハッとした。賞金稼ぎのデイジィという名なら、アッサラームにも伝わっているかもしれないから都合が良いが、もしかしたらアリアハンから捜索願が出ているかもしれない。それはアベルも同じだ。

「オイラ、アぶっ!」

 アベルが口を滑らせそうになったので、鳩尾に肘を入れて止めた。

「ルナ。あたしは賞金稼ぎのルナっていうんだ。こっちの男はトビー。あたしの相棒だ」

 あたしたちの仮の名として、妹と弟の名を借りることにした。

「ルナにトビー? 聞いたことがねぇな……。まぁいい。本当に売るほどの宝石があるっていうなら、話は繋いでやるよ」

「疑うのかい? 証拠は見せてやるよ」

 あたしは、ジョージに売り捌く物をまとめた宝石袋の口を開いて、門番に見せた。

「おお! こ、これは」

 そこにはサファイアやルビーなどの宝石が大量に詰め込まれている。町の中で門番をしている人間には中々お目にかかれない量だ。

「頼んだよ」

 その中の小ぶりな物を渡すと、門番は一度奥に引っ込んで、身なりの良い初老の男を連れてきた。

 この男はジョージではなく、買い付けを専門にやっている担当者だということだった。この男にも宝石を見せた。

「これだけの宝石をどうやって手に入れたのですか?」

「モンスターを倒してね」

「モンスター狩りを生業にする旅人の方ですか。確か、ルナさんとトビーさんだそうで。これだけの量と大きさの宝石を手に入れるには、たいそう手強いモンスターも倒さなければならないでしょう」

「まぁね」

「かなりの腕前とお見受けしました」

「あたしたちはプロの賞金稼ぎさ。モンスター専門ってわけじゃない、人間の賞金首だって何人も引っ捕らえてるんだ。この剣だけを頼りにね」

 あたしは隼の剣を抜いて、男の眼前で四度素振りをして見せた。

「おお……」

 男は微動だにしなかった。

「あたし達は世界中を旅して回ってるんだ。宝石の換金をするのも一度や二度じゃない。正当な鑑定を頼むよ」

「わ、わかりました」

 男は慌てたように身体の前で手を振り、宝石の品定めに取り掛かった。

 灯りにかざしたり、ルーペを覗いたりと、じっくりと鑑定を続ける。

「この袋に入ってい物全てを併せて、一万ゴールドで買わせてもらいましょう」

「ほぅ……」

 袋の中には二十三個の宝石が入っていた。平均すると一つ当たり四◯◯ゴールド以上。相場よりも高い気がするくらいの良い値だった。

 アッサラームには一月くらい滞在する予定なので、一晩十二ゴールドの宿屋代で三百六十ゴールド。暴れ猿一頭が一月分の生活費になるのなら十分だ。

「……これからも頼むよ」

 あたしは笑顔で現金を受け取った。

「また宝石が入ったら、ぜひお願いしますよ……」

 宝石商の目が光った。

「ご両人は、用心棒なんかの仕事もしなさるんで?」

「あいにくと、あたしたちは気ままな旅を楽しんでるんでね。肩っ苦しい仕事は控えてるんだ。まぁ、報酬次第だけどねぇ……」

「良い仕事が出てきましたら、紹介しますよ」

「その時は頼むよ」

 あたしたちはジョージ邸の出口へ向かった。長い廊下を歩いていると、誰かの話し声が聞こえた。若い女と中年の女のようだ。

「ダメですよサマンサ様!」

「いいじゃないの、メアリー! 四◯◯ゴールドくらい!」

 サマンサと呼ばれた少女は、十五歳くらいだろうか。敬称を付けられているし、身なりもいい。ここの主人であるジョージの御令嬢だろうか? 手には大きな袋が握られている。

「金額の問題じゃありません! 繁華街で遊んだらダメだとジョージ様にきつく言われてるじゃありませんか!」

 メアリーと呼ばれた中年の女は召使いか何かだろうか? 邸宅の出口で、サマンサの前に立ちはだかっている。

「私が無理やり奪って行ったってお父様に言っておきなさい!」

 サマンサは怒鳴った直後、背後に立つあたしたちの気配を感じたのか、振り返った。

 興奮気味にしかめられていた顔が徐々に緩められていく。

「あなたたち、誰?」

「ああ、そちらの方々はルナ様とトビー様。プロの冒険家だと聞いています、今日は宝石の取引に参られました 」

「冒険家?」

「そうです。お客様の前ではしたない真似はいけませんよ。さぁ、お部屋に戻りましょう」

 サマンサはあたしたちの顔を見て、にっこりと笑った。

「へぇ、あなたたち二人とも若いのに凄いんだね」

「まぁね」

「どんなところを冒険してきたのかしら?」

 サマンサは不躾に言った。

「知りたければ話してやるけど、金次第かな」

 あたしは挑みかかるように笑い返した。

「冒険家だけあって気が強いのね。そんなんじゃ、隣の彼に愛想を尽かされるわよ」

「なっ!」

 次の瞬間、サマンサは駆け出していた。メアリーの脇を擦り抜け、外へ出て行った。

「サマンサ様!」

 あたしは、走り去るサマンサの背中を呆然と見送った。

 



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四 サマンサとカジノ

 私はアッサラームの町を駆け抜けた。豪奢な作りのドレスを身につけたままでは動き難いが、こうやって邸宅からの脱走を繰り返したお陰で随分と鍛えられて、慣れてきた。

 本当ならこんなドレスは脱ぎ捨てて、町中の娘たちのように動きやすい軽装になりたかった。派手な服ばかり着せられてきた私にとっては、質素な平民の服の方が余程魅力的だった。

 豪商ジョージの一人娘に生まれたばかりに、毎日お嬢様として過ごさなければならない運命に嫌気がさす。

 召使のメアリーは、お父様の命令とはいえいつもうるさいし、まわりの人たちも皆お父様の顔色ばかりうかがって、誰もあたしとは対等に付き合ってくれない。もう十五歳にもなるのに、恋人どころか友達の一人もいなかった。

 そんな憂さを晴らすために、時折私はカジノでギャンブルに興じていた。ポーカー、スロット、スライムレースの刺激が欲しかった。

 アッサラームにカジノが開店したのは一年前のことだった。お父様が会長を務めるアッサラーム商工会が手掛けた一大プロジェクト。数多くの娯楽を取り揃え、特にギャンブルが楽しめるように整備した。

 計画通りこのカジノによって、世界中から多くの人々が一獲千金を狙ってアッサラームを訪れるようになった。いまやアッサラームの名物として、街に富みをもたらしている。 アッサラームは今後も人口が増え続け、更に発展していくだろう。

 お父様の手腕は優れたものだが、まさか自分の一人娘までカジノに入り浸ってしまうとは想定外だっただろう。

 私は手持ちの四〇〇ゴールドを、二十ゴールドだけ残して全てメダルに換えた。ちびちびと掛ければ一晩楽しめる。

 娯楽場を歩いていると、中央に人だかりができている。

「さあさあ! 皆さんお待ちかね! 今からルーレットが始まるよぉ!」

 髭面で細身の男が呼び込むと、男の隣にいるバニーガールたちが紙吹雪を上げる。周囲から歓声があがり、更に人が集まってきた。

 そうか。今日は週に二度のルーレットの日だったんだ。五メートル程もある巨大な円盤の周囲に様々な図柄を描き、低い敷居で区切る。円盤を回して玉を入れると、それが図柄の上を移動し、止まったところが当たりとなる。

 図柄や色を指定して掛けるだけの単純なゲームだが、演出が派手で楽しい。

 白の鷲、青の鼠、黒の犬と次々に掛けていったが当たらない。一点張りでは中々当たらないものだが、この方がレートが高いのでスリルがある。

 そうは言っても負けてばかりでは面白くない。一◯◯ゴールド 程すった頃だった。

「はぁ、今日は勝てないなぁ……」

 私はため息をついた。

「もっと根気よくやらないと楽しめないよ」

 不意に隣の女から声をかけられた。

「え?」

 金髪のスレンダーな人だった。身体にフィットした黒い装束を身に纏い、金の指輪や耳飾りを着けている。

 その人のテーブルには大量のメダルが積み上げられている。そんな大勝ちしてる人はいなかった気がするが。

「ああ、これね」

 私がテーブルの上のメダルを凝視していると、その人は話し始めた。

「ケチな賭け方をしてるのよ。あなたみたいに大穴は狙わないで、特定の色に賭けて勝率をあげてるの。勝ったり負けたりだけど、うまくやれば少しは稼げるのよ」

 その人のメダルを換金すれば一千ゴールドくらいになりそう。私なら三日で使い切ってしまうけど、普通の人ならアッサラームで二ヶ月は生活できる。

「へえぇ。それだけ稼げれば十分だわ。大したものねぇ」

 その人はにっこりと笑った。余裕のある大人の雰囲気。だけどまだ二十歳くらいだろうか。

「随分と余裕があるのね。あなた、名前は?」

「私は……サマンサだけど」

 一瞬、自分の名前を言っていいか迷ったが、こんなところに一人で来ておいて今さら臆することはないだろう。

「そう。あなたのこと気に入ったよ。私はローラ。休憩がてら一杯やらない?」

 私はローラという人を一瞬で気に入っていた。あけすけで嫌味がない。それでいてお洒落で格好いい自立した大人の女性。まさしく私の憧れる女性像。

「いいわ。飲みましょう」

「酒はイケるの?」

「ええ、いつもここで飲んでるわ」

 私たちが適当なテーブルに着くと、早速ウェイターが注文を取りに来た。紳士的で、馴れ馴れしくない対応。さすがによく教育されている。

 私はウォッカをオレンジジュースで割ったカクテルを頼んだ。ローラはアリアハンという田舎にある酒造で作られたウィスキーのロック。

「アリアハンは標高四千メートル近くもある高原にある城下町なの。涼しい気候で、空気も水も綺麗だから、美味しいお酒が作れるんだってさ」

「ローラはお酒に詳しいの?」

「いいえ。アッサラームには世界中から美味しいものが入ってくるでしょう。そのお陰で知っただけ」

 アッサラームは貿易で栄えた町。世界中を旅してきたと言うローラにとっても、やはり魅力的な町なのだろうか。

「ねぇ、ローラは今までにどんなところ行ったの? さっき言ってたアリアハンってところも?」

「アリアハンには行ったことがない。私が行くのは、都会ばかりさ。ドラン、サマンオサ、ポルトガ、ロマリアやラダトームなんかさ」

「一人で旅してきたの?」

「仲間たちと。私の仕事はトレジャーハンターって言ってね。未踏のダンジョンから古代の秘宝を探し出して、金持ちに売るのさ。同じ生業の連中を集めて一緒に行動するのさ。ここにも仲間たちと来たけど、夜は別行動してる」

「ローラが羨ましいわぁ。私なんてアッサラームから一歩も出たことがないのよ。だから私にとっての世界はここだけ。ねぇ、他の町と比べてアッサラームはどう?」

 他の町のことは一応お父様から聞かされてはいたが、いつも自分のアッサラームが一番だと言っているので、ローラのような中立的な視点の意見を聞いてみたい。

「アッサラームはいいところだ。今、世界で一番勢いのある町かもしれない」

「どうして?」

「さっき私が挙げた町は、全て個々の国王に統治されてる。町の運営も商業も人の出入りも、何もかも全てね。だけどこのアッハラームに王様はいないだろう? ここに来たい人は誰でも来れるし、商売を始めるのも自由だ。私みたいな風来坊には過ごしやすいよ」

「へぇ」

 私はアッサラームに退屈していたが、慣れ親しんだ唯一の町だ。そこまで褒められると悪い気はしない。

「ところで、サマンサはどうして一人でカジノに来てるの? 随分と綺麗な身なりをしてるから、良いところのお嬢様なんじゃないかな?」

「うん。家を抜け出してきた身だから詳しくは言えないけど、それなりにお金のある家の者なの。家の人はいつも私に厳しくて、決まり事も多くて、家からもあまり出させてもらえなくて。もう退屈しちゃって、こうして遊びまわってみたくなったのよ」

「何不自由なく暮らせるのなら、それもいいじゃないの」

「そんなのつまらないわよ。だったらローラは十分なお金を貯めたら、もう旅をやめるの?」

「わからない……。でも、トレジャーハンターで一攫千金を手に入れた奴らの中には、足を洗うのもいたかな」

 その返答には少しがっかりしたが、そんなものだろうか。

「そう言えば、今日は他の旅人にも会ったわ。私の店にたくさん宝石を売りに来てた」

「宝石?」

「ええ。随分と大きな宝石をたくさん持ってきたみたい」

 ローラはウィスキーを一口飲んで、考え込むように顎に手を当てた。

「モンスターハンターかな? どんな人だった?」

 私はさっき邸宅で会った二人のことを思い返した。特徴的な二人だった。

「若い男女の二人組だったわ。女の方は確かルナという名で、特徴的な赤茶色のロングヘアー。青い軽装の鎧を着てた。男の方はトビーだったかしら。背が高くて良く日に焼けていたわ」

「ルナとトビーね……」

「知ってるの?」

「いいえ、聞いたことのない名前。でも、赤茶色の髪に青い鎧の女なら、どこかで聞いた記憶がある」

 

 

 



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五 修行

「デイジィ、もう少しで森を抜けるよ」

 一週間かけてアッサラームの町を散策し終えたあたしたちは、町の東にあるノルド山を登ってみることにした。

 港湾都市であるアッサラームからの移動は基本的に船を使うので、険しいノルド山の道はあまり使われていない。坂は急で、道も荒れていたが、遥かに厳しい冒険を続けてきたあたしたちには大した問題ではなかった。

「あれ、道が塞がれてるな」

 少し先の道に大きな落石があった。

「はっ!」

 アベルは岩に駆け上がり、見上げるあたしに向けて手を差し伸べた。

「デイジィも来なよ」

「ああ」

 飛び上がってその手を掴むと、アベルに引き上げられた。岩の上に降り立つ時、アベルはあたしの腰に手を回して支えてくれた。

 こんな風にしてもらわなくても、あたしの身軽さなら一人で岩の上に飛び乗ることができたが、甘えさせてもらうことにした。あたしはアベルの腰に手を回し、胸板に頬を付けた。

「一眺めだな。アリアハンより標高は低いと思うけど、遠くまで良く見える」

 今日は快晴でカラッとした空気。地平線が良く見える。あたしたちは岩の上に腰を降ろし、持ってきたパンと水で腹ごなしをした。

 冷たくて強い風が吹く。あたしがアベルに身を寄せると、アベルは肩を抱いて優しく包み込んでくれた。

「凄い景色だ」

 山の麓に小さな集落が見える。

「あの村みたいのは何だ?」

「なんだろう……。アッサラームに戻ったらさ、地図を買って調べてみようよ。場合によっては次の目的地にしてもいいし」

 アベルは歯を見せて笑った。あたしもつられて笑った。こうやって、アベルと二人で宛もなく旅するのが楽しかった。

「あんなところに滞在する場所なんてあるか?」

「あるさ。人がいる以上は」

「でも、今さら馬小屋みたいなところに寝泊まりするなんて、あたしは嫌だぞ」

 実際に嫌なのだが、あたしは冗談ぽく笑ってアベルを見上げた。

「そ、それもそうだな…伝説」

 アベルは顔を赤らめて、そっぽを向いた。

 あたしたちはノルド山を降りた。アッサラームに戻る道すがら、森を抜けると広い野原があった。

「デイジィ、ちょうどいい原っぱがあるよ。鈍った身体をほぐしていかないか?」

「鈍った身体であたしの相手をするつもりか? 容赦しないよ」

 久しぶりに剣の稽古をすることにした。あたしたちはいつものように剣を向け合って構えた。あたしは隼の剣、アベルは稲妻の剣を持つ。

「たぁっ!」

 あたしから斬りかかった。アベルは剣で斬撃を弾く。だが羽のように軽い隼の剣にはほとんど衝撃がない。あたしは矢継ぎ早に斬撃を繰り出し続けた。

「はぁっ! でやぁ!」

 アベルはタイミングを合わせ、あたしの斬撃を受けるのと同時に押し返した。

「わっ!」

 後ろに跳ね飛ばされたあたしに向かってアベルが突進する。あたしはステップを踏んで衝撃を緩和させながら着地した。そして、剣を振りかぶろうとするアベルの喉元に向けて隼の剣を突きつけた。

「くっ……」

「まだまだだな、アベル」

 組み手をすると、簡単にアベルに勝ててしまう。モンスターやエスターク人相手には無敵の強さを見せるアベルも、人間相手ではそこまでの強さではないようだ。もちろん生半可な人間ではアベルにはとても敵わないが、剣の達人であればアベルを倒すこともできる。

「さすがだなデイジィ……」

 アベルは悔しそうに眉間に皺を寄せた。

「今度は対人用の剣術も修行すればいいさ。あんたならすぐに強くなれる」

「そういうものかな?」

「人間には、モンスターやエスターク人に扱えないような技があるんだ。人間同士での戦いだって多いんだから、そういう技術も発展してきた」

 座り込んで項垂れるアベルの元に歩み寄って、頭の上に手を置いた。

「心配することはない。また、あたしが教えてやるよ……」

「ありがとう、デイジィ。でもオイラ、今までずっとモンスターたちを相手に剣を振るってきたからさ、人間を倒すための剣術なんて何だか上手くイメージできなくて……」

「気持ちはわかるけどさ、人間だって良い奴ばかりじゃない。悪人だっているんだ。町中には荒くれ者が溢れているし、人買いだっているんだ。もしもそんな悪党どもの中に一流の剣術使いなんかがいたら、アベルだって負けてしまうかもしれないんだぞ」

「そうか、そうだな。悪かったよデイジィ……」

 アベルは立ち上がり、あたしの両肩に手を置いた。

「バラモスが倒れたとはいっても悪が滅びたわけじゃない。オイラたちが旅を続ける中でも、悪人たちに出くわすかもしれないものな」

 アベルは自重気味に笑った。

 その時、あたしは遠くからの視線を感じ、周囲を見渡した。

「アベル……」

 あたしたちは剣の柄に手をかけた。

「ああ、殺気を感じるな。モンスターか?」

「わからない。だが、凄く狡猾そうな気配だ」

 背後から空気を切る音がした。何かが高速で迫って来た。

 あたしは振り返って剣を抜いた。

「なにっ!」

 炎。

 それは閃光のように直進する炎の塊だった。

「デイジィ、避けろ!」

「くっ!」

 あたしは跳躍して躱した。これは下位の閃光系呪文、ギラだ。呪文の威力自体は大したことないが、あたしの露出した太腿にでも受けてしまったら、乙女の柔肌に傷がついてしまう。

 標的を見失った閃光は虚空へと消えたいった。

「上等じゃないか。行くよ、アベル!」

 あたしたちはギラの飛んできた方角に向かって駆け出した。攻撃した奴が誰なのか突き止めてやる。

 モンスターか、それとも人間の魔法使いか。まさかヤナックの仕業じゃないだろうな。

 また、背後から風を切る高い音が聞こえた。さっきよりも高い音。

「あれは、バギ!」

 走り続けるあたしたちに向かって、下位の空烈系呪文が襲いかかる。ギラよりも速い。

「はあっ!」

 あたしは隼の剣を振るってバギを掻き消した。

「どういうことだ? ギラとバギ。違う方向から飛んできたぞ!」

 立ち止まったあたしと背中合わせにアベルついた。

「デイジィ、オイラはこっちを見張るよ。そっちも頼む!」

 アベルに背中を預け、前方を見渡した。しかし何の気配も感じられない。

 まさか本当にヤナックの仕業なのか? あたしがアベルと男女の仲かになってしまったことを知って、ヤケクソになって力付くであたしを手籠にしようとしたんじゃ?

 しかしヤナックであれば、この一連の所業を一人でできる。まず草むらに潜み、あたしに向かってギラを放つ。それと同時にルーラで背後に回りバギを放つ。

 馬鹿馬鹿しい。あたしは頭を振って悪い考えを振り切った。

 いくらあのスケベ魔法使いとはいえ、かつての仲間に奇襲をかけるなんてことはないだろう。きっとモンスターの仕業だ。

 あたしたちは周囲を見張り続けたが、一向に何も起こらなかった。

 

 

 



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