スーダンif (野生に還りたい)
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Chapter0 修学旅行へと向かう乗り物の中のような1
続けばの話ですが…
「ねえ、聞こえる……?」
ザザン……と海鳴りが聞こえる。辺りには磯の香りが満ちており、身じろぎすると、ジャリジャリと音が鳴った。
どうやら、ここはどこかの海のようだ。
皮膚を撫でる風は優しくも熱く、何より閉じた瞼の向こう側から強烈な光を感じた。時間帯は昼間らしい。
ズキズキと痛む頭を無視して瞳を開く。そこには予想通りの青い空と太陽、そして、逆光の中こちらを覗き込む一人の男がいた。
男は人当たりの良さそうな笑みを浮かべつつ、困ったように眉を下げた。僕が何も言葉を発さずに見つめ返す様子が奇異に見えたようで、心配そうな表情を浮かべて見せる。
「どうやら、だいぶ参ってるみたいだね?」
「……」
男の言葉を無視して上体を起こす。今はこのどうしようもなく終わっている男よりも、優先すべきことがある。
周囲を見渡す。一面の白い海と白い砂浜。遠くには複数の離島がありそれぞれ橋で繋がっているようだ。その特徴的な地形や植生、遠くに見える大型施設の外観から、ここが想定通り過去のジャバウォック島であることを把握する。
見下ろした先には白いシャツを着た己の体、確かめるように頭に手をやると、そこにはごく一般的な長さに短く整えられた毛髪が存在する。そこに、あるはずの手術痕はない。
なるほど。
自らの現状は全て理解できた。ただ、この状況に至る可能性は非常に低くく、起こり得ないだろうと想定していただけに、その予想を裏切ったこの結果に少し興奮を覚えた。
想定外、未知は素晴らしい。
何故ならツマラナクナイからだ。
「えーと、君……、本当に大丈夫かい?具合が悪いなら罪木さん、えっと医療に詳しそうな人を呼んでくるけど……」
隣から困惑した様子で男が話しかけてくる。
さて、差し当たってはこの後僕がどう行動を取るかだ。その方針によって、この男との接し方も変わってくる。
僕は想定しうるあらゆる可能性をシミュレートし、一番僕の目的を達成する確率が高い道を選択した。
ありとあらゆる才能の中から、超高校級の俳優、役者、詐欺師のソレをアウトプットする。
「あ、ああ……、すまない。酷く混乱してて……」
「まあ、そうだよね。実を言うと、ボクもそうなんだ。無理もないよ、いきなりこんな非常識な展開が起こったんだもの」
「非常識、……あ、あれが非常識なんてレベルなものかよッ!俺は希望ヶ峰学園に入学したはずなのに、いきなりこんな訳のわからない場所に連れてこられて、修学旅行がどうこうとか無人島とか……、あり得なさすぎるだろ」
「あ、あはは。ほんと、そうだよね」
「の割にはお前、落ち着いてんだな……」
「まあボクはこう言った非常識には慣れてるからね」
「な、慣れてるって……」
『日向創』がとるであろう感情と思考をシミュレートし、それを言葉や表情、リアクションに変換して表現し続ける。
昔あの学園で『日向創』の資料を読んだことで、その人物像は完全に理解している。それを模倣して再現することなど雑作もなかった。
目の前の男は案の定何も疑っていない。僕を日向創として違和感なく認識して受け入れているようだ。
「そういやお前、名前はなんて言うんだ?」
僕であれば既に知っている名前だが、『日向創』はこの男の名前を知らない。
「ボク?ボクの名前は狛枝凪斗だよ。君みたいに才能溢れる人と知り合えて本当に嬉しいよ」
「お、大袈裟だな……」
「ところで、君の名前を聞いてもいいかな?」
「ああ。俺の名前は日向創。よろしくな、狛枝」
「うん、よろしくね、日向クン」
狛枝に引っ張り上げられつつ立ち上がる。差し出されたソレは彼本来のもので、当然ながら現実世界の江ノ島盾子の腕とは異なっていた。
「まあ、これからどうするかは一旦置いておいて、とりあえず皆に挨拶に行かない?日向クンずっと茫然自失って感じでダンマリだったから、顔合わせも済んでないよね」
「うっ……、そ、そうだな」
狛枝に連れられて歩き出す。どうやら、僕と一緒に行くつもりらしい。
『日向創』の持つ、希望ヶ峰学園、ひいては才能への異常な執着に感づいているようだ。親近感と同族意識を持たれて懐かれたらしい。
この男は色々な意味で厄介な為、あまり親しくすることは得策ではない。しかし、『日向創』の行動パターンとして、ここで狛枝凪斗を遠ざけるのはありえない。大人しく着いていくことにする。
さて、当初の予定からは少し狂ったが、まだまだ続行の目は残されている。
今度は僕がアイツを利用する番だ。
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