アンチエンジェルス  (N-SUGAR)
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プロローグ
雨粒と爆発と千切れた鎖


感想お待ちしております。


 薄暗い曇り空から、ぽつりぽつりと小さな雨粒が溢れ出す。まばらな雨粒は次第に勢いを増していき、直ぐに土を抉るような大きな粒がザアザアと音を立てて宙を埋めつくす。

 

 まばらに街を歩いていた人々はみな一様に頭を庇いながら、急いで屋内へと駆け込んでいく。土のむき出した街道はあっという間にぬかるんで、あちこちに水溜まりができていた。歩けばぐちゃりと泥が跳ねる。往来を歩いていた人々は、運が悪いと眉をひそめ、仕方が無いと肩を落とす。大粒の雨空の下ではしゃいで喜んでいるのは、小さな子どもくらいなものである。

 

 そんな泥まみれの街道を、一人の少女が歩いていた。フラフラとおぼつかない足取りで、何かで雨を防ぐこともせず、ずるずると足を引きずるようにして歩いていた。

 

 じゃらりじゃらりと、少女の歩調に合わせて金属の擦れる音が鳴る。ボロ切れのような服を着た少女の両手両足には、細身の身体にまるで似合わない無骨な手枷と足枷が嵌められていた。左右の枷を繋いでいたと思われる鎖は途中で無理やり壊されたかのようにちぎれていたが、足を地面に擦るようにして歩いている様子を見る限り、引きちぎられた鎖に意味があるようには思えなかった。

 

 少女は顔を曇天へと仰ぎ、整った相貌を雨に打たれるままに笑っていた。甲高い声で、哄笑のように。慟哭のように。

 

 突如、少女の後方、街道の奥に建つ巨大な商館が炎上し、爆発する。雨粒が煽られ弾け、爆風が街道を吹き抜け、道行く人々が悲鳴を上げる。

 

 ガラガラと豪快な音を立てて崩れ落ちる商館は、この街1番の商業施設であった。食料品、日用品、雑貨、嗜好品、貴重品、ペット、人間。およそ売れるものならなんでも売っている。街の住人からすれば、生活に欠かせない唯一無二の建物だ。そんな、街の住人ならば誰もが知る建造物がいきなり爆音を立てて焔と共に崩壊したというのだから、住人達のショックは計り知れない。

 

 建物の窓から顔を出す者、逃げる者、呆然と立ちつくす者、近くに寄って何が起きたのか確かめようとする者。街の人間が各人各様の反応を示す中、少女だけは後方の火事など一切気にとめず、ただひたすらに笑い続けた。

 

 少女の甲高い声は、雨と爆煙、人々の喧騒に掻き消され誰の耳に届くことも無い。叫び声を上げながら慌ただしく駆け回る群衆の中を、少女はただ足を引き摺り前へと進む。

 

 やがて少女は、強まる雨の中、蛇のように蛇行した足跡をぬかるんだ土に残し、どこへともなく消えていった。残った足跡も、商館へと駆け寄る群衆に踏み荒らされて直ぐに消えた。

 

 その後の少女の行方を知るものは、誰もいない。

 

 



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第一章 アミィ=エンシエルの事件簿
第1話 魔術士の魔獣駆除


 冒険者という職業ほど、リスクとリターンの見合わない仕事を私は知らない。

 

「ゾーヤ! 魔獣、そっちに行った!」

 

 私の注意喚起と同時に、重戦士のゾーヤが盾を構える。次の瞬間、ゾーヤの構えた盾に小柄な影が勢いよく衝突し、グワンと鐘を突いたような音が草原に響く。

 

「……っ! 重いな……! 小動物のくせに!」

 

 ゾーヤの持つ鋼鉄製の盾に深々と角が突き刺さり、宙ぶらりんになった手足をじたばたと振り回しているのは一匹のウサギ。ホーンラビットと呼ばれる魔獣の一種だ。体長60センチメートル前後と、一般的なウサギと比べてただでさえ大きいのに、その上自身の半分ほどもある長い一本角を頭に持つ凶暴な草食動物である。

 

 魔獣。魔素と呼ばれる物質を操り、様々な魔法現象を引き起こす生態を持つ獣の総称。この世界に存在する生物のおよそ四割が魔獣に分類されると言われており、厳密にいえば私たち人類種も、同様の魔法生物に分類されるといわれている。まあ、私たちのような冒険者が魔獣に対抗するために魔法技能は欠かせないので、そうでなければ困るわけだが。

 

 ホーンラビットは身体強化系や物体硬化系の魔法を扱う魔獣だ。魔力で底上げした脚力で地面を跳ね敵に突進し、硬度を鋼鉄並に高めた角であらゆる障害を貫通する。捕食者に対抗するために遂げた進化だと言われているが、草食動物のくせに進化の方向性がいささか攻撃的すぎると常々思う。実際、ホーンラビットは草食動物では有り得ないくらい攻撃的な気性をしている。進行方向に他種族が迷い込んだだけで攻撃してくるというのだからよっぽどだ。勘弁して欲しい。

 

「シンカー。今の内にホーンラビットの首を切断して。ライラは周囲を警戒。繁殖期のホーンラビットは二匹のつがいで行動するケースが多いよ!」

 

 私は剣士のシンカーと観測士のライラに指示を飛ばす。魔術士の私は不測の事態にいつでも魔法で対抗できるように呪文を詠唱し、手に持つ魔術増強用の杖に魔力をこめる。魔力をこめながら、なんで私はこんなことをやってるんだろうと少し憂鬱になった。

 

 冒険者という職業と魔獣との戦いは切っても切り離せない間柄にある。それもそのはず。冒険者とは、言うなれば何でも屋だ。所属地域の冒険者ギルドに寄せられた様々な人々、企業、国からの依頼をなんでもこなす、街の便利屋。依頼の内容は、指定された薬草の採取だったり、特定指定害獣の駆除だったり、要人の護衛だったりと様々。そんな依頼の数々を掲示板に貼ったり、登録された冒険者に依頼を斡旋したりするのが冒険者ギルドであり、その依頼を受けて日銭を稼ぐために依頼をこなすのが冒険者。要は日雇い労働の派遣会社と派遣職員というのが、冒険者ギルドと冒険者の関係を表す実態である。一攫千金も夢じゃないだとか、大冒険の末に億万長者になった冒険者もいるだとか夢のような謳い文句でギルドは若者を次々と引き込んじゃいるけれど、所詮はその日暮らしの安定しない職業だ。一流と呼ばれるようになった冒険者も、そのほとんどは生活の安定を求めて憲兵団や企業の用心棒といった定職に就く。一生を冒険者として過ごす「冒険家」なんて連中は本当に稀だし、そこまで行くともはや道楽の領域になるだろう。

 

 どんな依頼を受けるにせよ、それは依頼主本人が行うのが難しいと判断したから依頼を出すのだ。片手間でできるような簡単な依頼がそうやすやすとある筈がない。薬草採取依頼一つとってみたとしても、それは、「道中危険な魔獣に出くわす恐れがあるから他人に採って来てほしい薬草」の採取依頼だ。冒険者が基本的には戦闘職であるという事実に異論を挟む者なんて、当代のどこにだっていやしないだろう。

 

 私、魔術士アミィ=エンシエルもまた、ギルドに冒険者登録を行っている冒険者である。だけど私は、冒険者という職業を自分の魔術の腕を上げるための訓練と、齢15という若い身空で効率よくお金を稼ぐ手段の一つとして割り切って活動している。それに、もし早いうちから冒険者として名を上げることができればそれを一つのキャリアとして定職に就きやすくもなる。そういう意味では冒険者という踏み台も悪いものではない。

 

 とはいえ何度も言う通り、冒険者という職でお金を稼ごうと思ったら、それは命がけの大仕事になる。採取にしろ探索にしろ駆除にしろ護衛にしろ、お金になる依頼の中には絶対と言っていいほどに戦闘が含まれる。その相手は盗賊だったり魔獣だったりと様々だが、何が相手であるにせよ、余程実力を伴っていなければ、どんなに小さな依頼でも常に命の危険が付きまとうことになる。

 

 私が今回受けている依頼もその一つだった。いや、今回ばかりはそんなことはないと思っていたのにそうはならなかった言った方が正しいか? 私が受けた依頼には、魔獣との戦闘なんて内容はただの一言も入ってはいなかった。だと言うのに、何故なのか、私はこうして魔獣相手に戦闘を繰り広げてしまっている。

 

 冒険者は基本的に三~六人のパーティで行動する。命がけの仕事だ。しっかりと役割分担をして自分の得意な役割に従事するのは当然の戦略と言えるだろう。現在草原の馬車道でホーンラビット相手にあたふたしている私達パーティのメンバー構成は、剣士と重戦士と観測士と魔術士。役職的にはそれなりにバランスの取れたパーティだ。魔術士の私が元々パーティに含まれていない員数外であるという事実に目をつむればの話だけど。

 

 そもそも私がこの依頼を受けたのは、この依頼が自分の持つ技能と知識を活かせる依頼で、かつ依頼主に一定の信用があり、しかも自分は戦わなくても良さそうな依頼だったからだ。何しろ依頼内容は奴隷商館爆破だか何だかの事件の捜査助言依頼という、見るからに戦闘目的ではない内容で、依頼主は国営機関。その上道中の護衛は別途で別の冒険者に依頼しているという話だった。事件とやらの現場であるイラクサの街は私の住むエイデンの街から馬車で半日ほどと離れてはいるが、ちょっと現場を検分して魔術士として意見を言うだけで報酬が20万カーク(20万円相当)は中々割が良い。久しぶりに旨い依頼が入り込んだものだと鼻歌気分で依頼を受け、悠々と道中の馬車旅を楽しもうと思っていたら、この現在である。憲兵団め、護衛の料金をケチりやがったな……。私と同い年くらいの新人冒険者のパーティーなんぞ護衛にあてやがって。出発するときの顔合わせの時点で若干不安ではあったが、まさかホーンラビット程度の魔獣にあたふたするような新人パーティだとは思わなかった……。こんな護衛に自分のかよわい身体を預けていられるわけがない! 仕方なく私は客用の駅馬車から降りて、新人冒険者たちに後ろから指示を飛ばしていたというわけだ。

 

 ザクッと、シンカーが両手剣で盾に突き刺さったホーンラビットの首を切断する。するとほぼ同時に、周囲を警戒していたライラが草むらに向かって指を差した。

 

「……あ、いました! 正面二時の草陰に一匹! ホーンラビットが魔力を溜めてます!」

 

 ライラの声に、私とシンカーの二人が杖と剣を構え、ゾーヤがホーンラビットの頭をぶら下げたままの盾を持ってライラの前に出る。観測士のライラには戦闘能力が無いため、盾持ちのゾーヤは基本的に彼女を守れる位置に陣取らなければならないのだ。

 

 観測士という役職は冒険者パーティーの中で最も重要なポジションの1つだ。鍛えさえすればいくらでも代わりが利く剣士や重戦士と違って、観測士は生来の資質がものを言うため代わりが利きづらい。

 

 周囲の警戒や罠の発見が主な仕事である観測士には、魔素視と呼ばれる魔力を観測する眼が必要不可欠だ。魔力の源である魔素は通常目に見える物質ではない。そのためほとんどの人間は、魔法を扱う者でさえ、魔力を肌で感じることはあっても、直接目視することは叶わない。魔術士である私だって、魔素をそのまま目で見ることはできないのだ。しかし、千人に一人くらいの割合で、ライラのような魔素視の魔眼を持つ人間が生まれることがあり、その眼を持つ者は魔素をある程度観測することが可能になる。壁の向こうの魔素であろうと観測可能であることから、魔素を介した部分的な透視すらできる者がいることもある。そのため魔素視の魔眼は、冒険者にとってまさに命綱足り得る才能であるわけだ。

 

 とはいうものの、そういった才能を持つ人間は魔術師などの研究職や国家憲兵団の捜査部隊などに重宝され、就職先に困ることが無いために冒険者を志す者自体がそもそも少ない。魔素視の可能な観測士がいれば、目視では見えない遮蔽物の向こうにいる魔獣が観測出来たり魔法による罠を先んじて見つけることができたりと有用さを数えれば限がないが、当然、そんな才能を持った人間のほとんどは冒険者なんかよりもよっぽど安定した別の職業にさっさと就いてしまうのが道理である。そういう意味では、この三人パーティは新人の中では比較的マシな部類に入るパーティだと言えるかもしれない。

 

 そうはいってもあくまで「マシ」レベルなので、このままだと全然役に立たないことに変わりはないのだけれど。

 

 ライラの魔素視はどうもかなり弱いもののようで、薄い魔力や何か遮蔽物に遮られた魔力だと、意識的に目を凝らさないと見えないらしい。観測士の魔素視持ちにはそういう「出来損ない」の魔素視持ちがよくいる。なんならどれだけ目を凝らしても遮蔽物の向こう側の魔力が見えない観測士が圧倒的多数を占めているくらいなので、ライラの魔眼はそれでも冒険者の中では優秀な方だ。冒険者として慣れてくれば、目を凝らすべき要所が分かってくるので、今回のように道中魔獣に遭遇することすら稀になってくるだろう。まあ、今回は、そういった基礎がまだ身についていなかったせいで、こうして魔獣と戦う羽目になってしまっているが……。

 

 とはいえ、ないものねだりをしたところで事態は好転しない。経験なんてものは生きてさえいれば後からいくらでも付いてくる。この新人パーティも、学ぶ気概があるのなら、今回の護衛依頼から色々と学び取ってくれるだろう。できればこの依頼を受ける前に学び取っていて欲しかったが、そんな文句を言っても空しいだけである。度量の広い先輩冒険者としては、後輩の今後に期待していきたい。

 

 取り合えず、先ず彼らには、優秀な魔術士の有用性でも学び取ってもらいますとしますかね。まあ、「優秀な魔術士」なんていう、観測士よりも輪をかけて少ない存在のことを学んだところで、このパーティの現状はそれこそすぐには好転しないだろうけれど。

 

 私は杖に込めた魔力を正面二時の方向にある草むらに向け、最後の呪文を詠唱して魔術を発動させる。

 

起動(コール)炸裂魔術(バンマジク)』」

 

 その瞬間、草むらは爆発炎上し、草むらの中に隠れていたホーンラビットだったものの肉片が飛び散る。二匹のウサギの狩りは、こうして無事に終了した。最後は実にあっけない幕切れだったが、ホーンラビット程度ならこんなものだ。新人ど素人の三人ならばともかく、中堅以上の冒険者ならば、一瞬で片が付いてしまうような弱っちい低級魔獣である。私が一仕事終えて息をつくと、三人の新人冒険者たちはまだ、炸裂した草むらを唖然とした表情で眺めていた。

 

「こ……これが、一ツ星冒険者の魔術か」

 

「すごい……」

 

 シンカーとライラの会話を聞いて、私は耳が熱くなる。やめてよね。あんな小技でそんなこと言われると、恥ずかしくてしょうがない。

 

 一ツ星冒険者というのは、冒険者の階級のようなものだ。冒険者は一定の業績を挙げると、一ツ星二ツ星三ツ星と、冒険者ギルドから星が与えられる。与えられる星の数に上限は設定されていないが、ほとんどの冒険者は三ツ星以上の星を得ることなく一生を終える。三ツ星以上となると、それこそ国家存亡の危機を救うレベルの業績でも挙げないと星が取得されないからだ。通常なら、一つでも星が与えられれば、冒険者の業績としては十分ベテラン扱い。特定分野での就職がまず確実になる程度の資格にはなる。

 

 私の場合、そもそも冒険者の中に魔術を専門に扱う『魔術士』という役職が少ないのと、私の得意魔術が特別戦闘に特化していることとが合わさって、一ツ星相当の依頼を一件単独達成しただけで星を貰うことができた。本来なら一ツ星相当の依頼や業績を五つ以上達成した上で、適性検査をクリアしなければ貰えないものなので、私は実に運が良いと言える。

 

 いや、やっぱり運とかじゃくて、私の実力がそれ相応に高いだけだな。 

 

「いやぁ、流石ですアミィさん! 噂には聞いていましたが、指示の的確さとさっきの魔法! 一ツ星の階級は伊達ではありませんね! 尊敬です!」

 

 私が心の中で自画自賛していると、ゾーヤが私を褒めたたえながら盾を持つ手と反対の手でハイタッチを求めてきた。冒険者の間の作法のようなもので、依頼が上手くいった時などは、こうしてハイタッチをして互いの頑張りを称え合うのだ。三人の冒険者パーティのリーダー格はどうやらゾーヤのようなので、代表してお礼を言いに来たというところだろうか。うん。

 

 君は先ず、盾に突き刺さってるウサギの頭を取った方がいいね。

 

「どうも。君達も、私の急な指示に従ってくれてありがとうね」

 

「いえいえ! こちらの方こそ、護衛任務なのに護衛対象の手を煩わせてしまいまして本当に申し訳ない! 御協力、本当にいくら感謝してもしきれません!」

 

 心の中で思ったことを心の中にしまい、私が素直にハイタッチに応じると、ゾーヤはこちらの手が痛くなるくらい勢いよくハイタッチして、ニコニコと謝辞を述べた。世間では珍しい魔術士の魔法を見て興奮してるのは分かるけど、君、申し訳ないって気持ち、本当にある? 

 

「いやあ、わるいね。お客様にまで戦って貰っちゃって」

 

 三人の新人冒険者が目を輝かせて今にも私に話しかけたそうにしている気配をなんとなく察して、早く馬車に戻りたいなぁどうしようかなぁと考えていると、その馬車から小柄なおっさんが降りて来た。

 

 そうだコイツ……。依頼主のくせについぞ一度も戦闘中、馬車から顔を出しやがらなかったな……。

 

「ベリィさん。あなた、憲兵隊の兵士でしょう? 少しは市民を助けようとか思わなかったわけ?」

 

 私は嫌味を存分に含ませた声音で馬車から降りてきた男、ベリィ=アールグレイに声を掛ける。ベリィさんは、胡散臭い顔を歪めながら首をすくめ、「勘弁してくださいよ」と苦笑いする。

 

「そういうのは、護衛に雇った冒険者方に任せとりますんでね。それに憲兵っつっても、僕は刑事部の一捜査官ですぜ。専門は頭脳労働だもんで戦闘なんて参加したら足手まといになるだけですわ」

 

 嘘つけ。憲兵と言えども軍人である以上、基本的な戦闘訓練は受けているはずだし、あんたの目ん玉がライラのそれよりよっぽど優秀な魔素視の魔眼だってことくらい、こっちは知ってるんだからな。

 

 私の住むイスカーク王国は、軍隊の一部所である国家憲兵団が警察機関としての役割をになっている。今回の依頼における依頼主の軍人、ベリィ=アールグレイ少尉は国家憲兵団刑事部所属の警察官だ。イラクサの街のベリィ少尉と言えば、優秀な元一ツ星冒険者として冒険者界隈ではそこそこ名が知れている。私と同じ一ツ星止まりとはいえ、戦闘技能に優れた観測士は一般魔術士よりもさらに希少な存在だ。ベリィが憲兵団に引き抜かれたのは今からおよそ10年前という話だが、10年経った今尚、彼の存在を惜しむベテラン冒険者が絶えないというのだから、当時の彼は余程優秀だったのだろう。そんな人間が、こんな若手連中相手に足手まといだとか何をほざいているのかという話である。

 

「それよりも、さあ、アミィさん。馬車にお戻り下せえな。護衛の方たちも護衛馬車にお戻りなさい。イラクサの街まであと少しなんですから。仕事は早く終わらせてしまいましょう」

 

 ベリィはへらへらと笑ったまま私の背中を押してゾーヤと私を引き離し、二台並んでいる馬車の内、後方の駅馬車へと私を押し込むと、その後から自分も馬車の中に乗り込んだ。そして、私と向かい合わせの席に座って一息つくと、すぐに二台の馬車それぞれの御者台に座る御者たちに声をかける。

 

「ささ、あともう少しですんで。運転よろしくお願いしますね」

 

 その声を聞いて、冒険者三人組は慌てて前方に進み出すもう一台の幌馬車の荷台に乗り込み、無事、イラクサ行きの馬車はその運行が再開された。

 

 私は進み始めた馬車の中で、目の前の胡散臭い依頼主に文句を言ってやろうと口を開く。

 

「ベリィさん。私、知ってるんですからね。あなたが昔、優秀な観測士だったってこと」

 

「はて。ああ。昔そんなこともしてましたかな」

 

「とぼけないでくださいよ。ネタは上がってるんですから。貴方の魔素視があればさっきのホーンラビットくらい、余裕で回避できたんじゃないですか?」

 

 私が問い詰めても、ベリィはへらへら笑いの表情のまま、「はあ」と、気のない相槌を打つ。

 

「まあ、そうかもしれませんがね。ほら、護衛の方もいることですし、僕が口を出すほどのことでもないかなと」

 

 ムカ! 私は少しだけ頭に血が昇る。魔獣との戦いはどんなに小さなものでも命がけで、避けられるなら避けるに越したことはないなんてのは冒険者の間じゃ常識だ。曲がりなりにも元冒険者であるなら、その常識を知らないなんてことはあるはずもない。避けられる戦いを避けないのは、元だろうが何だろうが冒険者として怠慢である。

 

 そんな私の内心を知ってか知らずか、ベリィはほんの少しへらへら笑いを強めて言った。

 

「いやぁ。お若いですなぁ」

 

「あ?」

 

 おっと、つい雇い主に対して尋常じゃない怒気をにじませてしまった。いや、でもまあそれも仕方ないだろう。このおっさん、仮にもお金を出してまで意見を仰ごうって相手に対してなんだそのなめ腐った態度。確かに私は若いが、だから何だというのか。

 

「まあまあ、そうお怒りなさらず。いえね。あなたも冒険者だから同じ冒険者の方たちについつい同情的になってしまうのは分かりますがね。雇い主には雇い主なりの考えっちゅうもんがあるんですわ」

 

 雇い主の考え? この何も考えてなさそうなへらへら笑いのおっさんが、何か考えてるって? 

 

「考えって……何」

 

 私がつっけんどんに訊くと、ベリィはねっとりとした声で答えてくる。

 

「ほら、冒険者の方々は依頼を受ける時、依頼内容を吟味するでしょう? この難易度の依頼なら自分は受けられるかとか、この報酬は果たして妥当なのか、依頼主は果たして信用できるのかとかね? それと同じで、依頼主側も、依頼を受けてくれる冒険者はなるべく吟味したいというのが心情なんですわ。この報酬を払うのに満足できる仕事を、果たしてこの冒険者はしてくれるのかとね。だから、それを確認する機会があるのならば、できる限りは確認しておきたいというのが本音なんですわ」

 

 むう。予想に反してかなりまっとうな意見が飛び出してきてしまい、私は小さく唸る。私の目線からしてみれば、例え依頼主だろうが何だろうが、危険な道中にできることをしないのは怠慢だと思ってしまう心情がどうしても残る。しかし依頼主側からしてみれば、これくらいのことはしてほしいと思いながら護衛を雇い入れているんだから、自分にたとえできることがあったとしても、そんなことをわざわざする必要はないという判断になってしまうのか。そう言われれば、確かにそれは当然の意見で、納得するしか他に方法が無い。

 

 いや、それにしたって、ベリィさんは国民を守る兵士なんだから、一般の依頼主と違って少しは協力してくれてもいいと思うのだが……。まあ、テストのつもりだったと言われてしまえば、雇われ側としてはそれも文句のつけようがない。私だって、護衛の三人組に協力しながらも、内心で新人冒険者の経験不足に文句を付けていたことに変わりはないのだ。

 

「それで。確認の結果はどうだったの?」

 

 私の質問に、ベリィさんはほんの少しだけ間を置いてから、すらすらと答え始める。

 

「護衛の三人組は全くダメ。新人と聞いていたとはいえ、観測士を含むパーティだったから期待を込めて雇い入れましたけど、ホーンラビット程度すらも事前に見つけられない観測士と、ホーンラビット程度も満足に倒せない戦闘職のパーティでは、いささか実力不足過ぎましたね。この草原には稀にですが、ホーンラビットを捕食する魔獣も出現するんです。彼らではそいつらを相手にはできますまい。予定では帰りの馬車も彼らに護衛してもらう手筈でしたが、残念ながら帰りは別のパーティを雇うことになりますわ」

 

 まあ、それは妥当な判断だ。私は非協力的な依頼主に対してブチ切れこそすれ、使えない冒険者を解雇することに不当だと文句をつけるほど常識外れではない。そもそもこの依頼における護衛対象は私なのだ。にも拘らず、私自身が戦闘の矢面に立って彼らを手助けするなんて本末転倒である。彼ら三人にはかわいそうだが、まだ年若い新人冒険者の彼らの彼らのことだ。身の丈に合った依頼をきっちり選んでこなしていけば、自然と実力も上がっていくことだろう。今回の依頼も、彼らにとってはいい経験になったはずである。

 

「……私は?」

 

 だから私は、哀れな新人冒険者たちの評価に対しては早々に見切りをつけ、肝心の、私にとって一番重要となる核心を突く。するとベリィさんは、今日私と出会ってから初めて、にっこりと何の裏もない笑顔を浮かべた。

 

「もちろん合格ですとも。先ほどの炸裂魔術、小さいながらも見事な精密さでした。魔力の流れも実に滑らかだった。一流の魔術師と比べても遜色ない魔力操作。さすがは、マルバさんが直々に推薦された爆炎魔術の使い手だけのことはありますわ」

 

「おじいちゃんが?」

 

 マルバ=エンシエル。私のおじいちゃんで、育ての親で、魔術の師匠。変身魔術の第一人者で、魔術開発分野においては国内でも五指に入ると言われている、大魔導士。今回の依頼はギルドから斡旋された依頼だと思っていたけれど、それが実は、おじいちゃんの推薦だったっていうの? 

 

「ええ。もともと僕等、事件の捜査協力依頼はマルバさんに依頼していたんですわ。マルバさんは様々な魔術に精通していますからね。今回に限らず何度か捜査依頼を受けてもらっていたんです。けど、今回マルバさんが、この事件ならばアミィさんの方が適任だろうと推薦されましてな。それで、ギルドを通じてアミィさんに繋げてもらったという次第なんですわ」

 

 ベリィさんの話を聞いて、私は少し頬が熱くなるのを感じた。そっか。おじいちゃんが……。

 

「……分かりました。そういうことでしたらこの依頼、爆炎の魔術士アミィ=エンシエルが、私の持つ叡智の全てでもって、見事完遂してご覧に入れましょう!」

 

「おや。急にやる気になられましたな。突然どうなされました?」

 

 私が胸を拳で叩きつけて気合を入れ直している様子を見て取って、ベリィさんが不思議そうに首をひねる。そりゃあそうだろう。赤の他人であるベリィさんに、私の今の歓喜の感情が理解できるはずもない。

 

 世界で一番尊敬し、世界で一番敬愛し、世界で一番執着している相手に認められることほど嬉しいことが他にあるのかなんて、そんなことを理解してもらう必要はないし、してもらいたくもない。

 

 だから私はただ行動で示すのだ。おじいちゃんから任された仕事を完遂することで、何ならそれ以上の成果を挙げることで、おじいちゃんから褒めてもらうために。

 

 馬車道の向こうにイラクサの街が見えてきた。三日前の早朝、あの街一番の商館が、何らかの魔法によって爆発炎上するという事件が起きたそうだ。被害者の総数は確認されただけでも百人以上とされ、そのほとんどが商館の従業員と、商館の奴隷販売スペースで売り物として保管されていた奴隷達なのだという。

 

 巨大建造物を一撃で全壊させるような爆炎魔術を扱える魔術士は世界という単位で見てもそう多くは存在しない。私たちの暮らすイスカーク王国内ならば、その数は十本の指にも満たないだろう。

 

 そんな数少ない爆炎魔術を操れる爆炎魔術の専門家が事件現場や事件当時の状況を検分し助言すれば、新しく見えてくる真相の一つでもあるかもしれない。そのために提出された、イラクサの街の事件捜査協力依頼。

 

 収入が美味しいという理由から受けた依頼だったが、マルバおじいちゃんからの推薦もあったと言うなら話は大きく変わってくる。

 

 ちょっと現場を確認してそれっぽい助言を適当にでっちあげて、貰えるもんだけもらってとっととおさらばしようと思っていたが、その計画は取りやめだ。

 

 おじいちゃんの信頼に応えるため、この事件、硝煙一つ残さず完膚なきまでに解き明かして御覧に入れてやろう。犯人がいるなら、そいつも私手ずからふん縛って御覧に入れてしまってもいい。

 

 なんだかよくわからんがやる気を出してくれて何よりだという風に、目の前でへらへらと愛想笑いを浮かべているおっさん。たぶん彼は私にそんなことまでやれとは全然全くこれっぽっちも求めていないと思う。私に求めているのは助言であって、事件解決や犯人逮捕は我々憲兵側の領分だと、職掌区分には厳格っぽい目の前の小男ならば言うだろう。だけどそんな席の向こう側の事情など知ったことじゃない。おじいちゃんの名前を出して、私の中に隠されていた余計なプライドを煽ったのはお前だ。

 

 私の爆炎魔術を前に、真相を覆い隠せる霧などありはしない。事件が解決したら、この決め台詞で新聞の一面に載ってやろう。そして、その記事を一緒に見ながら、おじいちゃんにえらいすごいと、頭を撫でてもらうのだ。

 

 一瞬のうちに脳内を駆け巡ったその未来予想図を手に入れるために選ぶ手段を、私は持ち合わせていない。

 

 

 




プロローグと第1話。どうでしたでしょうか?楽しめる文章ならば幸いです。掴みとしてはOK?分からない…。何も分からない…。次の話も投稿してから考えよう…。


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第2話 魔術士の現場検証

 マルバおじいちゃんは高名な魔術師だ。変身魔術の分野で魔術界を揺るがす素晴らしい功績を挙げ、国から『大魔導師』の称号を得た魔術研究の第一人者。魔術を実践に使うだけの私達魔術士と違い、実践に使う魔術を生み出すことに心血を注ぐ魔術の創造者。魔法を扱うあらゆる人間の中でも頂点に位置する一人だと言ってしまっても過言ではない。私の魔術の才能も、おじいちゃんに見出してもらわなかったらここまで成長することは決してなかっただろう。むしろ、おじいちゃんがいなかったら、私は魔術なんてものに触れることもせずに一生を終えていたかもしれない。それほどまでに、魔術士としての私の中でのおじいちゃんの存在は大きい。

 

「自分で稼いだお金は、自分のために使いなさい」

 

 一年と少し前、私が冒険者になって初めての依頼を成功させた後、成功報酬をおじいちゃんにプレゼントしようとウキウキ気分で帰ったら、おじいちゃんは優しい声でそう言った。

 

「でも、おじいちゃんの研究費の足しになればと思って稼いできたんだよ? 私、お金使うことなんてないもん」

 

 日々の暮らしに必要な衣食住は、おじいちゃんとの暮らしで充分以上に事足りている。おじいちゃんは自分の研究で稼いだお金をまず全て家族のためにつぎ込んで、それでも余ったお金を自分の魔術研究に仕方なく使っているからだ。そんなことをしているから、おじいちゃんの研究が遅々として進まないのに。

 

 おじいちゃんの頭脳と腕なら十分な研究資金があれば世紀の発見なんて幾らでもできるだろう。にも拘らず研究がめったに成果を挙げないのは、自分のためのお金を自分のことに優先的に使っていないからだ。おじいちゃんがそんなんだから、少しでもおじいちゃんの助けになればいいなと思って、私は魔術を覚えたその足で冒険者ギルドに名前の登録を行ったのだ。だというのにおじいちゃんの第一声がこれじゃあ、私が稼いできた甲斐がない。

 

 私が不満を垂れるとおじいちゃんは困ったように笑って、

 

「それなら、明日一緒にイラクサの街に行こう。買いたいものがあるんだ」

 

 と言った。おじいちゃんが私のわがままを聞いてくれる上に、いつも研究で忙しそうにしているおじいちゃんが明日一日デートしてくれる。イラクサの街には移動だけで半日かかるから、ひょっとすると二日間はおじいちゃんを独占できるかも? 私は二つ返事で頷いて、その夜中々眠れなかったのを覚えている。

 

 そして次の日。おじいちゃんに連れられて初めて行ったイラクサの街。そこで最初に訪れたのが、その近辺でも有数の巨大商業施設として有名だった『クイーンズストアーズ』だった。様々なお店の入った複合商業施設であるそこに足を踏み入れるや、おじいちゃんはまっすぐに魔術具専門店に向かった。そして、その店をろくに見回すこともなく迷いのない手で一本の杖を手に取ると、おじいちゃんは私の稼いだお金でその杖を購入し、私に手渡した。

 

 マホガニー製のつややかな支柱に、アメジストパープルの魔石が取り付けられたグリップ。それは、高純度の魔石を使った魔術増強用の魔法杖だった。手に持ったそれは、私の身長にぴったりのサイズで、はめられた魔石は、まるで私の身体の一部かのように、私の魔力にしっくりと良く馴染んだ。

 

 そしておじいちゃんは「うん。思ったとおりだ。この杖はアミィによく似合う」と、さわやかな笑顔でぬけぬけと言い放った。しまった! 騙された! そう思った頃には、もう私達は既に店の外だった。

 

 私は当然、焦っておじいちゃんに抗議した。

 

「買いたいものって、私のためのものなの!? 駄目だよ! ちゃんとおじいちゃんのために使ってくれなきゃ!」

 

 私の文句に、おじいちゃんは小さく微笑んだまま、私の頭の上に手を置いて応えた。

 

「何を言う。それが、僕の買いたい僕のためのものさ。娘の健やかな成長こそ、老い先短いジジイの数少ない喜びだからね。……受け取ってくれるかい? アミィ」

 

 私が思ってるお金の使い道はそういう使い道じゃないのに! あふれ出す文句も、おじいちゃんに頭をなでられてしまったことで喉の奥でごろごろ唸るだけに留まってしまう。結局その後、私とおじいちゃんはおしゃれなカフェでスイーツを食べて、高そうなレストランで初めてのお仕事達成記念を祝って、貴族様御用達の温泉付きホテルで一泊して、お肌をつやつやさせて笑顔で帰路に着いた。後でこっそり調べたら、買ってもらった杖の値段は私の依頼達成報酬の約20倍もする一級品だったし、スイーツ代も食事代もホテル代も、全部おじいちゃんの研究費から賄われていた。

 

 コノヤロウおじいちゃんめ。よくも私の善意を踏みにじって私のために盛大にお金を使ってくれやがったな。絶対に有り金そろえて返済してやるんだから! 

 

 その後、私が一層お金稼ぎに精を出したのは言うまでもないし、買ってもらった杖は今も常に手放すことなく小脇に抱えている。

 

「そっか、ここって、私とおじいちゃんがデートした場所だったんだよね……」

 

 かつての記憶をふと思い出しながら、私は変わり果ててしまった思い出の地を踏みしめる。

 

 砂利と大小さまざまな瓦礫の散乱する、ところどころに焼け焦げた跡のあるだだっ広い空き地。イラクサの街の巨大商業施設跡を率直に表現するなら、そんな感じの跡形のなさだった。

 

 朝の内にエイデンの街を出発したにもかかわらず、イラクサの街につく頃にはすでに日は沈む方向へと傾いていた。馬車を降り、護衛の三人組と別れを告げた私とベリィさんは、早速その足でイラクサの街の南大通りを歩き、事件現場である『クイーンズストアーズ』跡地へと向かった。街の中心まで歩き、ようやく事件現場である跡地に到着した私たちは、現場で待機していた憲兵の皆さんに挨拶して、急ごしらえの柵で囲われた現場の中へと入っていく。

 

 イラクサの街の中心地、その三百メートル四方の土地に建てられた四階建ての複合商業施設。それが、イラクサの街が誇る超巨大デパート『クイーンズストアーズ』だ。女王様もお忍びで訪れるような高級商業施設であるという触れ込みの建物には、日用品から超高級嗜好品までありとあらゆる専門販売店が軒を連ねていた。

 

 吹き抜けになっている広い中庭にはカラフルな巨大テントが常設してあり、その中でサーカスショーや演劇などのアミューズメントが定期的に行われていた。で、そのテントで一か月に一度行われていたのが、奴隷売買のオークションである。一般奴隷は普通にそれ用の専門店で一般販売されているが、高い値段のつく高級奴隷は、専らそのオークションで競売されるのが常であった。私はそんなものには興味がないので訪れたことは一度もないが、売りに出される奴隷によっては王侯貴族が訪れることもざらにあり、一か月に一度のそれは、非常に盛況を博していたのだという。

 

 事件が起こったのは、そんな奴隷オークジョンの開かれる日の早朝のこと。商業施設が突如爆発し、巨大な建物が丸ごと吹っ飛んだのだという。爆風や吹き飛ばされた瓦礫によって周囲の建物や近隣住民などにも被害が及び、合計で百人以上もの犠牲者と数十人の行方不明者が出た。行方不明者とは言ったが、それもあくまで死体が確認できていないというだけなので、その数十人もまず間違いなく死んでいるだろう。なにせその行方不明者の大半は、爆心地のすぐそばで保管されていたオークション用の奴隷達だったのだから。

 

「ここが、爆発が起こったとされるオークション会場のテント跡ですわ」

 

 べリィさんが指差す先には、雨風よけの小さな簡易テントが設置されている。位置的には、立地全体のほぼ中央、それより少し北にずれているといったところだろうか。中に入ってみると、流石にテントの中は薄暗い。あまり中の様子が見えないのでベリィさんの方に向き直ると、丁度ベリィさんが懐からランタンを取り出し、マッチで火を付けていた。ランタンの明かりが灯り、中の様子がよく見えるようになると、成程。確かここが爆心地であるということが一瞬で理解できた。事件現場は全体的に中心に向かって軽くクレーター状に抉れていたのだが、テント跡のクレーターは一際抉れて地面がまっ黒に焼け焦げていた。保全されたテント内はまだ事件直後の惨状が色濃く残っており、三日経った今も、焦げ臭いにおいが簡易テント内に薄く充満しているような気がした。

 

「当日の雨のせいで大分流されっちまってますがね、火薬反応が全く出ませんで魔素痕だけがあっちこっちから出ましてな。こりゃあ魔法事件だってなった次第なんですわ。ほら、今もこうして反応液を吹きかけますと……」

 

 事件状況を説明しながら、ベリィさんは霧吹きでそこら辺の瓦礫に薬品を吹きかける。そして、吹きかけた箇所にランタンの灯を近づけると、飛沫状の跡が緑の蛍光色に輝き出した。

 

「わ。マナノール反応。初めて見た」

 

「ははは。そうですか。しかしマナノール反応をご存じとは、流石マルバさんの教え子は博識でいらっしゃる」

 

 私の素直な反応を愉快そうに笑いながら、ベリィさんは私の知識量を褒め称えた。そりゃそうだ。魔素に反応して蛍光を発するマナノール溶液を使った事件捜査の方法があることを知っている一般市民なんて普通いるはずもない。ベリィさんの言った通りこれは、私のおじいちゃんの教えのたまものである。だから、いくらでもじゃんじゃん褒めてくれて構わないんだよ? なにせ、おじいちゃんの教えなんだからね。

 

 心の中で調子に乗りつつ、私はベリィさんに質問する。

 

「爆発は、本当にここの一か所だけなんだよね?」

 

「ええ。調べた限りでは、そうなります。詳しいことは捜査資料にも書いてありますがね」

 

 ベリィさんの返答を聞きながら、私は行きの馬車の中でもらった捜査資料を見直す。一通りの内容は既に馬車の中で確認していたが、そこに書かれていた内容の中で一番信じ難かったのが、この事件現場の爆発箇所がオークション会場の一か所のみという記述だった。資料にある魔素反応の広がり方や目撃者の証言、それに現場で実際に見た爆発跡の様子から見ても、全ての状況証拠がこの爆発はたった一発の魔法によって引き起こされたことを示している。三百メートル四方の巨大建造物が一発の魔法で跡形もなく全壊? 爆炎魔術のプロを自認している私でさえ、こんなことできるかちょっと不安を覚えるレベルだぞ? 

 

「専門家の目から見てどうですかい? 今回の事件。少なくともどんな魔術が使われているのかが分かれば、容疑者絞りが格段に楽になるんですがね」

 

 ベリィさんの質問に、私はそりゃそうだと内心頷く。まずこの規模の破壊を伴う魔法を行使できる人物や現象という時点で容疑者が絞られるのに、種類まで絞ったらほぼ確実に真相は一つまで絞られるだろう。もし容疑者とやらがいて、その人物の現場不在証明さえなければ、そのまま裁判にかけてしまっていいレベルである。しかし、しかしだ。

 

 ここまでの規模の魔法現象は、そもそも前例が極めて少ない。果たして、私の知識でどこまで原因を絞れるものか……。

 

 ベリィさんは質問の内容からして、今回の事件を何者かによる人為的犯行だとほとんど決めてかかっているようだ。無理もない。ただの事故でここまでの破壊現象は、そうそう起きることはない。『クイーンズストアーズ』は魔術具専門店など魔法的なアイテムを各種取り揃えている店もそれなりにあっただろうが、だからと言ってそこにある商品の組み合わせでこんな事故が起きるとは思えないし、そもそも爆心地と魔術具専門店は百メートルほど距離が離れている。火薬や爆薬を取り扱う武器屋もあったようだが、今回の事件は魔素による爆破現象であって、火薬や爆薬は関係が無い。一応武器屋跡から火薬痕や爆薬痕も検出されているので誘爆はしたのだろうが、それは爆発のほんの一部に過ぎない。

 

 そもそも、爆発の中心点はオークション会場。奴隷オークションが行われる日に現場にあるものなど商品の奴隷達くらいのものである。

 

「我々憲兵隊で争点になっているのは、この爆発が特定の誰かの魔術でしか起こせないのか、それとも魔術具を用いれば誰でも起こせるのかという点でしてな。そこらへんはどう思われます?」

 

 私が考え込んでいるのを見て取って、ベリィさんが質問の内容を絞ってきた。この爆発現象を、魔術具で起こせるか否か……か。

 

「例えば、マジックスクロール」

 

「それは……」

 

 ベリィさんの挙げた魔術具、マジックスクロールは封印魔術が施された巻物状の魔術具だ。この魔術具を使うと魔力を巻物に流すだけで様々な魔法を使用することができる。

 

 魔術という技術は、適正に大きく左右される技術体系だ。誰がどんな魔術でも完璧に使えるようになるなんてことはほとんど有りえない。どんなに高性能な魔術補助具を使用したとしても、自分の適性外の魔術はそう易々と使用することができないのだ。そのため、自分に合った魔術の適性を探り、その才能に沿った魔術を極めていくというのが魔術の基本的な伸ばし方になる。

 

 例えば私の場合、爆炎系の魔術なら爆炎の規模や距離や形を自在に操れるし、爆炎に限らず火炎系の魔術はある程度使いこなすことができるが、逆に水系魔術や土系魔術などの他の系統の魔術はほとんど使えない。魔術の仕様に沿って正しく発動すれば何も起こらないということはないが、適性のある魔術士と比べるとその結果には雲泥の差が出てしまう。

 

 昔、私がちょろちょろと如雨露で庭の花に水やりをするような流水魔術を必死に発動していた時に、まったく同じ魔力操作で庭ごと花を押し流しやがった魔術士を見てしまい、ああ、私に水系魔術は向いてないんだなということを心底実感することができた。しかし同様に、その魔術士がいくら頑張って爆炎魔術を使用したところで、焚火の火種程の爆炎しか起こせなかったことも確認済みだ。それ故に私は誇りを持って爆炎魔術を私の魔術として使っているし、こればっかりは誰にも負けたくないとも思っている。

 

 だけどマジックスクロールを用いれば、場合によっては私でも簡単に庭を水で押し流すことができるし、私以外の魔術士でも私並みの爆炎魔術を操ることができる。そのため、マジックスクロールは初めて市場に卸された一年前から半年ほどの間、魔法使いの間でそれなりにもてはやされた。

 

 だが、すぐにマジックスクロールはその使いにくさから廃れていくことになる。そのため個人的にマジックスクロールによる爆発なんて考えもしていなかったのだが、よく考えてみれば確かに、マジックスクロールならば誰でも今回の事件のような爆発を引き起こせる可能性があるにはある。非常に現実的ではないという点に目を瞑ればの話だけれど。

 

 マジックスクロールの仕組みはこうだ。マジックスクロールとはそもそも、「魔法現象を封印する魔術式が記述された巻物」のことを指す。例えば使用者がマジックスクロールの封印式を起動して、そこに私が爆炎魔術をぶつけると、発動した爆炎魔術がマジックスクロールに封印される。すると、そのマジックスクロールは「爆炎魔術を封印したマジックスクロール」となり、使用者が再びそのマジックスクロールに魔力を通してその封印を解くことで、封印されていた爆炎魔術が発動した状態で出現するというわけだ。

 

 一度封印解除をしてしまうと、そのマジックスクロールに記された魔術式が消滅してしまうので、マジックスクロールはその効力を失ってしまう。そのため使い捨てではあるが、様々な魔術を封印したマジックスクロールを大量に持っておけば様々な状況に対応できるとして、一時期この魔術具は主に冒険者や軍隊の間で重宝された。私も強力な爆炎魔術の使い手として、マジックスクロールに爆炎魔術を封じ込めてほしいという依頼を何度か受けたことがある。そこそこのお金になったので、あれは実にいい商売だった。

 

 全く使えないということはないのでマジックスクロールは現在でもそこそこの需要を持ってはいるが、残念ながら発売されてから半年ほどでそのブームを終えてしまった。なにしろ値段の割に使いにくくて仕方がないのだ。

 

 まず最初の魔術を封印するという工程だが、これは封印系魔術に適性のある魔術士がやらないと規模の大きな魔法を封印することができない。魔法を封印するには、その魔法と同じ規模の封印魔術が必要だからだ。私がいくら頑張って水魔法を封印しようとしたところで、如雨露の水やり以上の水魔法の封印はできないのだ。

 

 まあそこらへんはマジックスクロールの開発者兼販売元である封印魔術師も考えていたようで、あらかじめ開発者本人が魔術を封印したマジックスクロールを販売することでその利便性を高めていた(その分料金が割高になったが)。販売元が封印した特定の魔術しか使えなくなったとはいえ、それでも自分の適性外だったり分不相応に強力な魔術だったりを封印解除のわずかな魔力操作で扱えるというのは魅力的だった。しかし、仮にマジックスクロールに好きな魔術を封印できたところで、今度はその魔術の操作性の悪さが問題になった。

 

 当然の話ではあるが、マジックスクロールはあくまで事前に発動した誰かの魔術をそのまま使用するという仕組みなので、威力や効果は封印時そのままの据え置きとなる。そうすると、例えば私の爆炎魔術を封印したスクロールをそのままの状態で解除すると、スクロールがその場で爆発してしまうなんていう事故が起こってしまう。勿論そんなことになったら困るので、対策として「封印解除のされ方」にはひと工夫が凝らされている。

 

 スクロールの封印が解除される際、そのスクロールに封印された魔術の性質に合わせて、「どの方向に」「スクロールからどの程度離れた距離で」「どの程度の時間差で」封印が解除されるのかをあらかじめ封印の魔術式に記述しておけば、使用者の手元で爆炎魔術が炸裂するなんて不幸な事故を起こさないで済む。そういった工夫を施すことで、マジックスクロールは様々な魔法を安全に封印解除することには成功した。しかし、そうした工夫を凝らされたマジックスクロールは「決まった方向に」「決まった距離に」「決まった時間差」でしか発動できないのだ。しかも、封印魔術の限界なのかそういう仕様なのか知らないが、マジックスクロールによって発動された魔術は大して飛距離が出ない。一番飛距離の長い巻物でもせいぜい5メートル前方でしか発動しないのである。そのため、決まった距離でしか魔術を発動できないマジックスクロールは、使用場面が非常に限定的になってしまった。中には「発動した場所から直線上に20メートルほどの火炎放射を出す魔術」のように、発動してから飛距離を伸ばせるタイプの魔術もあるにはあったが、こと爆発系の魔術に限定すると、スクロールと発動場所までの距離が5メートル以上の巻物にお目にかかったためしがない。

 

 冒険者目線だと、奥の手に何か一つ持っておくのはいいかもしれないが、あまり多く持っていても荷物になるだけだし、わざわざ高い金を払って常用するほどの利便性は無いように写ってしまう。魔術士目線だと、自分の魔術を活用した方が応用が利くと判断できてしまうし、軍人目線だと、最近開発が進められている銃とか爆弾とかの科学兵器の方が安価だし嵩張らないし利便性が高いと見做されてしまう。そんなこんなで、マジックスクロールの売り上げは一瞬にして下火になってしまったのだった。

 

 で、そんなマジックスクロールを今回の事件に使用するとなると……。

 

「まず、マジックスクロールにこの規模の魔法を封印することが難しい。例えば私がこの爆発を起こそうと思ったら、魔力増強用のマジックアイテムを複数用意して、一時間くらい呪文の詠唱と魔力操作に全神経を集中させて発動することになると思うけど、それでも成功するかは怪しい。爆発はするだろうけど、扱う魔力が膨大過ぎてうまく任意の場所に発動できるか分からないから。もし仮に成功したとして、それと同レベルの封印魔術をこなせる封印魔術師がまずこの国に多分一人もいない。以前、爆炎魔術のマジックスクロールを作成するためにマジックスクロールの開発者に会ったことがあるけど、あいつにそんな芸当ができるとはとても思えなかったし……」

 

「マジックスクロールの開発者と言うと、確か、アダン=ハイデン氏でしたな」

 

「そう。そいつ。私のおじいちゃんと同類の魔術開発者だけあって、それなりにイカれた魔術師ではあったけど、正直おじいちゃんと比べたら全然大したことなかったんだよね。私のちょっと本気を出しただけの爆炎魔術を封印するのにもヒイヒイ言ってたし。私が五秒で発動できる爆炎を完全封印するのに三十分かかってたから、あいつの魔術の才能確実に私以下だし」

 

「この場に本人がいないとはいえ、ひどい言われ様ですな。お会いしたこともない彼に同情してしまいますわ」

 

 別に、事実を言っているだけだし……。それに魔術開発はほとんど頭脳労働だから、魔術の才能の多寡は必ずしも魔術師としての才能の多寡を左右しないと思う。そこら辺は、魔術の才能に大きく左右される魔術士との大きな違いだろう。だから、彼はたぶんあれでいいんじゃないかな。心の中でアダン氏にそっとフォローを入れる私だったが、もしかしてこれって、言わないと意味なかったりする? 

 

 ……まあ、どうでもいいや。

 

「ですが、確かマジックスクロールは、魔術封入前の魔術式のみのバージョンも一定数出回ってましたよね? その上で、封印魔術の腕がアダン氏以上の魔術師がいれば、この規模の爆炎魔術も封印可能だと思うのですが」

 

 こだわるなー。まあ確かに、あらゆる可能性を検証していかないと真相にはたどり着けないとは思うけど、マジックスクロール説って、憲兵隊の間でそんなに有力な説なわけ? 

 

「えっと、まず前者の場合、マジックスクロールは巻物に魔術式を記入した時点でそこに封印できる魔術の規模は決まっちゃってるから、少なくとも私の知る限り市場に出回っているマジックスクロールにこの規模の爆発を封印できるようなものは存在しない。仮に封印できる巻物を作ったとしたらその巻物はたぶんちょっとした大砲の筒並みのでかさになると思う」

 

 これは魔術式の問題ではなく魔術に使用される内包魔素量の問題だ。マジックスクロールには魔素の浸透率が高い魔獣の皮を用いた羊皮紙が使用されるが、そこに含有できる魔素量の問題で、どんなに魔術式を短く整えても巻物の大きさはちょっとした大砲並みじゃないといけなくなるのだ。

 

「成程。それを誰の目にも触れずに秘密裏に持ち込むのはあまり現実的とは言えませんな。では──」

 

「あの、そもそもの話をするとさ」

 

 ベリィさんが更に別の仮説を検証しようと口を開きかけたのを遮って、私は言う。

 

「爆発系の魔法って、ほとんど例外なく発動場所が爆心地になるんだよね。で、魔術士が自分の力で発動するときは発動場所をそれなりにコントロールできるんだけど、マジックスクロールで発動する爆発系の魔法って、どんなに頑張ってもスクロールと発動場所までの距離が五メートル以上伸びないんだよ。あと、スクロールの封印を解除してから発動までの時間差もどんなに頑張っても10秒以上伸びない。しかも爆発の規模が大きければ大きいほどこの時間差は短くなっちゃうのね。その上スクロールの封印解除って、使用者が魔力を流さないといけないから直接触れてないといけないし……。えっと、つまり……」

 

「……スクロールから爆発系の魔法を発動しようと思っても、爆発の規模が大きすぎると使用者が爆発に巻き込まれてしまうということですな」

 

 そう。それ。私が今回の事件において、マジックスクロール使用説に否定的な一番の理由がそれなのだ。

 

 どんなに頑張っても10メートル先の位置が爆心地になってしまうマジックスクロールでは今回のような事件だと自爆特攻以外の行動が起こせない。仮に犯人がいたとしても、それでは犯人死亡で事件は終わりだ。それが真相だと言うなら別にいいけれど、多分絶対に違うし、万が一本当だとしたら真相は闇の中ならぬ爆炎の中である。後の祭りだと言うほかない。

 

 封印解除から発動までのわずかな時間差を利用して爆発範囲の外からマジックスクロールを投擲するという手段も一瞬考えたが、ちょっとした大砲並みの大きさの巻物を最大でも10秒以内に三百メートル四方の建造物の中心に正確に投げ入れる手段はちょっと想像がつかない。仮にそれをやってのけたとしても、それで目撃者が出ないのは流石におかしいだろう。事件発生時間が幾ら早朝だと言っても、資料によると少なからず往来に人は歩いていたらしいし、目撃者ゼロはどうにも無理がある。

 

 天才的な爆発系魔術の使い手が使用する大規模爆発魔術を天才的な封印魔術の使い手が巨大マジックスクロールに封印し、そのスクロールを手に入れた何者かが偶然隠密系ないし物質移動系魔術の使い手で、巨大商業施設のど真ん中に向かって誰にも気づかれずに巻物を投擲する? 

 

 ないない。いくら魔法の話とは言っても妄想が過ぎる。それをもし可能にするとしたら、百年前の勇者伝説に登場する魔導王とやらがかつて使用したとかいう、『空間転移魔術』くらいのものだろう。だが、残念ながら今を生きる魔術士達にそんなトンデモ魔術は継承されていない。

 

 そんな面倒な手順を踏むくらいなら、最初から爆発系魔術の天才が敷地の外から建物を爆破した方が百万倍手っ取り早いに決まっているのだ。

 

 私の思ったことをベリィさんも思ったのか、彼はううむと短く唸り、

 

「……分かりました。マジックスクロール説は一旦取り下げるとしましょう」

 

 と、しぶしぶと言った様子で引き下がった。

 

 いや、にしてもめちゃくちゃ渋るじゃん。どんだけマジックスクロール説を引き摺りたいんだこの男は。

 

 私がそう思っているのを表情で察したのか、ベリィさんは苦笑いを浮かべる。

 

「いや、できればマジックスクロール説が真相であることに越したことはないと思ってしまいましてな。ついつい固執してしまうんですわ。なにせ手段が魔術具によるものではなく、更に事故でもないと仮定すると、その、犯人がですな……」

 

「……まあ、これだけの規模の爆発魔術を操れる魔術士が犯人ってことになっちゃうと、確かに厄介ではあるかもねー。捕まえるのが大変って意味で」

 

 ベリィさんの気持ちも分からないではない。ていうか、大いに分かる。これだけの規模の魔術を操るとなると、まずそれだけでこの国のトップレベルの魔術士ということになる。有り得ないとは思うが、この規模の爆発を実戦レベルで使用できるような魔術士だったとしたらさすがの私にも手が負えない。事件を見事解決してやりたいという気概はあるが、そんな化け物を前にしたら流石に命の天秤が振り切れて、迷いなく敵前逃亡を選択することになるだろう。

 

「そう。それでですね……」

 

 そんなことを思っていると、ベリィさんが苦々しい顔でおずおずと私に話しかけてきた。

 

 なんだろう。なんだかとても嫌な予感がする。

 

「事件捜査協力の一環として、アミィさんにぜひ会っていただきたい筆頭容疑者の方がいまして……」

 

 ……この話の流れで出てくる筆頭容疑者ってさぁ。どう考えてもやばい奴でしかない気がするんだよね。うん。絶対爆発系魔術のプロフェッショナルの誰かでしょう? 

 

 私の知ってる人だろうか、万が一大捕り物なんてことになったとして勝てる相手だろうか……。

 

 あの人とあの人だったら大丈夫だけど、あの人とあの人だったらまだ私には早いかな……。頭の中で人物検索を行いながら、私は不安の気持ちを募らせる。

 

 無理かな? 犯人逮捕までするのは流石に諦めた方がいいかな? 心の中で否定的な言葉があふれてくるのを感じる。だけど、一度請け負ってしまった仕事とやりたいと思ったことを、できれば途中で投げ出したくはないという妙なプライドが、私の口に封をして否定の言葉を紡がせない。

 

 冷静に考えて。アミィ=エンシエル。自分の手に負えない魔獣に出会うかもしれない依頼なんてどう考えても受けるべきじゃないでしょ。それと同じだよアミィ。命の危険がある依頼なんて、受けないにこしたことないでしょ? 常識的に考えて。

 

 頭が最適解をここでの即時撤退だと訴えている。元々依頼内容はただの助言なんだから、逃げるなら今だと思ってる。なのにどうしたことか、身体が動こうとしない。

 

 ……万が一戦闘があったとして、爆炎魔術でこの私が負けるはずないでしょ? おじいちゃんに才能を見出されたこの私がだよ? 多少経験不足でも、才能と若さと勢いに任せたら大抵のことはなんとかなるでしょ? そもそもこの規模の爆発を起こした犯人だよ? 爆炎魔術の第一人者として知りたいと思わないの? 

 

 余計なプライドと知識欲が、私の逃避を阻害する。

 

 そうして私が中々反応できないでいるうちに、ベリィさんはさっさと話を最後まで進めてしまう。

 

「容疑者の方は、サイハ=クルミザワという方でして、ええ。三年前に魔王を打倒した五人の天使様の一人で、自称『爆弾勇者』を名乗っておられる、世界一の爆破使いなんですわ」

 

 面会の約束は、部下に言ってすでに取り付けてありますので。

 

 そう申し出るベリィさんの前で私は、サッと頭から血の気が引いていくのを感じた。

 

 サイハ=クルミザワ。または胡桃沢彩葉(クルミザワ サイハ)。神エノクから使われし天界からの救世主。『五代天使』の一柱。

 

 知ってる。私その人知ってるよ。新聞で何回も見たもん! 記事に顔の写真も載ってたもん! 

 

 魔術士という印象で認識していなかったせいで私の人物検索には該当しなかった人物だったが、その人物は、私の検索履歴の中の誰よりもヤバイ。

 

 四年前に世界侵略を企んでたとかいう魔王を打倒して、エノク教会の偉い人から世界救済への道を一歩前進させたとかなんとか持て囃されていた五人の勇者の一人! 

 

 最近この国にやってきて、山賊だの盗賊だの魔獣だの悪徳奴隷商だのを片っ端から爆破して、連日新聞を賑わせていた、イカれた正義の爆弾勇者! 

 

 私は思った。

 

 いいよもう。犯人そいつだよ。会わなくてもわかるもん! 

 

 凄いね! こんなに容疑者として完璧な人って居るもんなんだね! 聞いた話じゃ、天界から来た天使様たちは全員揃って奴隷制に批判的って噂だから、動機面もバッチリじゃん! やったよ。これもう決まったよ。

 

 じゃあそういうことで、その勇者もう逮捕してくれていいよ。じゃあね。私は帰ります。報酬はギルドの口座に振り込んどいてね。

 

 しかし悲しいかな。喉まで出かかったその思いは結局言葉になることはなく──

 

 ──翌日、私の目の前には、爆弾勇者が立っていた。

 




勇者…。勇者とは何ぞや。


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第3話 勇者の事情聴取①

「待っていたわ!」

 

 翌日、街の安宿に寝泊まりした私がベリィさんに連れられてやって来たのは、ご貴族様御用達の温泉宿『ロイヤルスプリング』だった。うん。前にも来たことあるなーここ。おじいちゃんと一夜を過ごした思い出のホテルじゃん。懐かしい。

 

 目的の人物はロビーの待合スペースの前で、何故か腕を組んだ仁王立ちの状態で立っていた。いや、後ろに待合席があるんだから座って待ってなさいよ。席スッカスカじゃねえか。そんな風に堂々と待ち構えられるとこっちが委縮するんですけど。

 

 まあ、多分、そういうのを狙って立ってるんだろうなと予想はできる。何しろ相手は、『クイーンズストアーズ』爆破事件の筆頭容疑者。向こうから見れば、こっちは自分を犯罪者として疑っている敵対者だ。警戒と牽制は、彼女にとって当然の行為であると言えるだろう。本人にその自覚があるかどうかはさて置き。

 

 私は今日初めて会う目の前の彼女の姿を、新聞記事で何度か見たことがある。で、そういう状況によくある話として、写真で見た姿と実際に会って見た姿で印象が違うというような話はよく聞くだろう。だけど彼女、サイハ=クルミザワに関して言えば、そういうことは全くなかった。むしろ、新聞記事の写真で見た時に抱いた印象は、実物を見ることで更に強まった。

 

 強い。彼女の姿が現す印象はその一言に尽きる。まっすぐに伸びた立ち姿、引き締まった体のラインを強調するようなぴっちりとしたパンツスーツとシャツ。そして何より、きりりと引き締まった眉と切れ長の瞳から放たれる挑戦的な笑顔。人間として見たら、年齢は十代後半と言ったところだろうか。体型的には小柄な部類に入る背格好なのに、姿勢と表情の全てが、その存在感を何倍にも増幅させていた。

 

 どこか威嚇的な雰囲気すら覚える威圧的な歓迎の声を前に、私はすでに若干腰が引けて来ている。ちらりと隣を確認すると、ベリィさんは雰囲気に飲まれたのか、息を吞んでピクリとも動き出せずにいた。おい最年長。昨日の胡散臭さとふてぶてしさはどこに行った。ここで私まで躊躇してたら、出会ったばかりなのに既に負けたような気分なりそうだったので、私は何とか威圧感に堪えて、挨拶を返す。

 

「どうも、お初にお目にかかります。サイハ=クルミザワ。私は、本日貴女からお話を伺わさせていただきますアミィ=エンシエルと申します」

 

「ええ! 初めましてアミィ! あなたが私の無実を晴らしてくれるっていう専門家の魔術士さんね?」

 

 にっこりと強気な笑みを浮かべたままつかつかと歩み寄り、両手で私の右手を掴んでぶんぶんと上下に振り回すサイハ=クルミザワ。なんだなんだ? なんで彼女は私の手を振り回すんだ? 神の御使いの挨拶か何かか? 宗教的儀式か? いきなりの出来事に疑問符があふれて思考停止する。まさかやはり、私が委縮して思考がまとまらないように狙ってやっているのか? 

 

「あと、名前についてちょっと訂正させて。私は胡桃沢彩葉。ファーストネームとファミリーネームが逆だけど、私はこっちの方がしっくりくるの。名前を呼ぶときは彩葉でいいわ!」

 

「え、ええ。よろしくサイハ……」

 

 あ……圧がすごい。めちゃくちゃフレンドリーにぐいぐい来るなこの天使。本当に神の御使いか? ただのフレンドリーな外国人じゃないのか? 伝説や聖書で伝えられる神聖な存在だと聞いていたが、強いというイメージは抱けても、神聖なオーラは今のところ全くと言っていいほど感じられなかった。

 

『人類に七度の災厄有り、主は七度天使を地上に使わせ、人類を救済せしむる』

 

 この世界の最大宗教派閥、エノク教。全人類の凡そ八割が信仰しているとまで言われる超巨大宗教であるエノク教の聖書、『エノク預言書』には前述のような一文が記述されている。エノク教の始まりは今から約400年以上前のこと。預言者マーチル=マーチハントがある晩神エノクからの天啓を受け、一晩で現在の聖書となる預言書を書き上げたところからその歴史は始まった。彼はその預言書を元にエノク教の布教活動を行い、徐々にその宗派の拡大ていった。順調に信者を増やして行ったエノク教は、しかしやがて、当時存在したクリミアナという軍事帝国からの弾圧を受けることになる。ここまでなら、単なる一宗教の繁栄と弾圧の歴史だったのだが、事の様相が変わったのはその後だった。

 

 弾圧が強まりいよいよ窮地に立たされた彼は、今こそが一度目の災厄の時だと宣言し、預言書の通りに天使招来の儀を行った。天使招来の儀の手順は、その儀式を行う前日にやはり神から啓示を受けたのだそうだ。なんとも胡散臭い妄想話に聞こえてしまうが、しかし、その妄想話は信じ難いことに現実となった。天使招来の儀は成功した。招来の儀式によって天から遣わされた一柱の天使、コウヘイ=シノダ。彼は自らを救世の勇者と名乗り、人類を遥かに超越した怪力乱神を持ってエノク教の信者達と共にクリミアナの王、『竜王バーヴァンジルデ』を打倒したのだそうだ。

 

 その後も、およそ百年周期でエノク教世界における「災厄」が訪れ、その度に天啓を受けたらしいエノク教徒たちの手によって、天使招来の儀は行われた。一度目は一柱の、二度目は二柱の、三度目は三柱の天使が天から遣わされ、時の「災厄」を打倒したと記録に残されている。四度目の災厄の時は、何故か公式の記録に残っている天使が一柱しか確認されていないが、歴史家の間では、天使は確かに四柱召喚されていたという説が有力だ。そして五度目の儀式が行われたのが今から約五年前。召喚された五柱の天使、『五代天使』と呼ばれる彼らは、たった一年の内に、秘密裏に人類を支配しようと画策していた魔王を打倒したのだそうだ。当時の私は世間の情勢に疎くて、魔王だの天使だのと聞かされてもなんのこっちゃでさっぱり意味が分からなかったが、年を重ね学を修める内にだんだんとその内容が理解できるようになって、だいぶヤバイ事件が私の預かり知らぬところで過ぎ去っていたんだなと薄ら寒く思ったものだ。

 

 最初にエノク教徒は人類の八割を占めると話したが、かくいう私もそのエノク教徒の一人だ。そもそもおじいちゃんがエノク教の牧師様の仕事をしているので、私も13歳になった時にエノク教の教会で成人洗礼の儀を行った。その際に信仰告白を行う場面があり、そこで自分が神エノクの御子であると宣言することで、私は正式にエノク教の一員となった。食事の際はエノク教式の感謝を欠かさず行っているし、土曜日のミサの日にはおじいちゃんと一緒に教会に行ってお祈りを捧げている。実に見本的なエノク教徒の鑑と言えるだろう。神様の存在についてだって、歴史の要所で天啓を下したり天使を送ったりしてるんだから、そりゃ実際に神様はいるんだろうと思ってもいる。

 

 まあ、私の一番の信仰対象は、出会ったこともない神エノクじゃなくて実際に私を救ってくれているおじいちゃんなんだけどね。

 

 とはいえ神の存在を否定する理由もないので、神はいるんだろうし、目の前のサイハ氏が神の御使いであることも疑ってはいない。疑ってはいないが、意外だった。

 

 案外天使なんて生き物も人間と変わらないんだな。

 

 悪党や悪魔を例外なく爆砕する『爆弾天使』などと噂され、自分でも『爆弾勇者』などと嬉々として名乗っているらしいと風の便りに聞いていたから、一体どんな人外イカれポンチ天使が登場するのかと心臓をバクバク鳴らして緊張していたのだが、今のところ、話が通じない人外ウェーブをかまされるというほどのことはない。まだ挨拶しかしてないのにいかほどのことが分かるのかという話だが、案外挨拶だけでもそれなりに分かるものだ。

 

「それじゃあ、私の無実を晴らすための事情聴取ってやつをしましょうか。どこでやるのがいいとかある? 人に聞かれたくない内容とかあるなら私の部屋に案内するけど」

 

 おい。聞かれてるぞおっさん。これはお前が判断するところだろ憲兵隊。

 

 未だに呆然としているベリィさんの小脇を肘で小突くと、ベリィさんははっと我に返って私の方に耳打ちする。

 

「捜査機密や個人情報を含みますので、できれば部屋の方でお話させていただくと助かりますとお伝えください」

 

「なんで私に耳打ちするの。自分で伝えりゃいいでしょうが」

 

 私がベリィさんに文句を言うと、ベリィさんは怯える子羊のように震えながらぶるぶると首を横に振る。可愛くないぞおっさん。自分の齢を考えて欲しい。……じゃなくて。

 

「さっきからどうし……」

 

 ベリィさんの尋常じゃない怯えぶりに流石に違和感を覚え、直接尋ねようとして、思い至る。

 

『魔素視の魔眼』。彼はその目を通して他者の内包魔素量を観測することができる。もしかすると、私には何となく威圧感としか感じないようなモノが、彼の眼にははっきり見えてしまうのではないか? 

 

「……そんなに凄いの? あの人の魔素量」

 

「凄いなんてもんじゃありません!」

 

 私が小声で尋ねると、ベリィさんは冷や汗を流し、目ん玉をひん剥いて、やはり小声で返答する。

 

「……化け物です。こんな爆発的な魔力、生まれてこの方見たことも感じたことも無い。いくらなんでもあんまりだ。今まで彼女のことは部下に対応させてましたが、こんなだと分かっていたら今日も部下に任せてましたわ。早く逃げるべきだ。特定指定災害魔獣の百倍危険だと本能が訴えてますわ……」

 

 いや、そんなこと言われてもな……。私をここに連れてきたのも、この人に会わせたのも全部あんたなんだが……。

 

 まぁ、しかし、歴戦の観測士の言うことだ。彼の言っていることは寸分違わず事実ではあるのだろう。魔獣と遭遇した際、その魔力量を推し量り、戦うべきか否かを判断するのも立派な観測士の仕事である。特定指定災害魔獣といったら、人里に現れたら一都市を壊滅させてしまう可能性がある危険魔獣のことだ。それと比べ物にならないなんて評価を下されたら、そりゃ冒険者なら逃げる以外の選択肢はない。

 

 だけど、今のベリィさんは観測士ではなく国家憲兵で、目の前の災害相手にやるべき事は戦闘ではなく事情聴取である。平和な話し合いだ。相手が話の通じる文化人である限り、相手の物理的な危険度はあまり関係がない。はずである。

 

「ちょっとー。何二人でコソコソ話してるの? ていうか、私、そう言えばそっちのおじさんからまだ挨拶してもらってないんですけど?」

 

 あーほらもー。サイハから怪しまれちゃってるじゃん。円滑に事情聴取するなら、ある程度彼女の好感度は稼いでおきたいのに。

 

「や、すいません。どうも彼、あなたの魔力に驚いてしまったみたいでして。彼、魔素視の魔眼持ちで人の魔力が見えてしまうんですよ」

 

「ん? あー。成程。そういう事ね」

 

 どうやらサイハは魔眼のことはご存知だったらしい。納得したように頷くと、キュッと目を瞑り、全身を軽く強ばらせる。

 

 すると、彼女の周囲に漂っていた威圧感のようなものが弱まった。

 

「や、ごめんね驚かせちゃって。私、魔力の扱いってのがあんまりよくわかんなくてさ。ちょっと気を抜くと直ぐに魔力がダダ漏れになっちゃうんだよねー。それでよく人から怖がられちゃって。困ったもんだよねー。ま、それでもそっちの人の怖がり方は異常だけど」

 

 勝気な笑みを浮かべながらも、サイハは申し訳なさそうに頭を搔く。どうやら、彼女にとって今回のような経験は初めてってわけじゃないらしい。でも、そっか。威嚇されているのかと思っていたが、どうやら、ただ自分の膨大な魔力を上手く扱いきれていなかっただけだったようだ。

 

 いや、だとしたらそれはそれで危険だと思うのだが……。

 

 とはいえ、彼女が魔力のオーラを抑えたことで、どうやらギリギリ会話するだけの余裕が生まれたらしいベリィさんが、やっとサイハに向き直る。

 

「こ、こちらこそ、失礼しました。私、憲兵団刑事部特殊犯罪捜査専任少尉のベリィ=アールグレイといいます。本日は、我々の捜査に協力していただきありがとうございます」

 

 未だに怖気づいたままらしく、顔面を引きつらせたままやっとといった様子で挨拶をするベリィさん。

 

 サイハはそんなベリィさんを見て仕方ないという風に肩を竦めると、「よろしく。で? どうするの?」とベリィさんに尋ねた。

 

 対してベリィさんは「えーと、そのですね……」と蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまい、受け答えの歯切れが何とも悪い。

 

 ……うーん。これは、私が主導で進めた方が話が早いな。

 

「本日の聴取は捜査上の秘匿情報も含んでいますので、できればお部屋の方でお話を伺えればと思っているのですが……」

 

 仕方なく私が会話を引き取ると、サイハはこちらに向き直って、にこりと笑う。

 

「そ? じゃあ、行きましょうか」

 

 魔導エレベーターでホテルの最上階まで昇り、自分の泊まる個室へと足を進めるサイハの背中を追って歩いていると、ベリィさんがまた小声でこちらに耳打ちしてくる。

 

「アミィさん、よく彼女の前に平然としてられますね。あんな魔力垂れ流されたら、魔素が見えなくても威圧感で押し潰されそうなものですが」

 

「えー。ああ、まあ確かに威圧感はあるけど……」

 

 成程。もしかすると、私は「私」だから、この程度で済んでいるという面もあるのかもしれない。そういえば、ホテルの待合スペースも人っ子一人いなかったけど、あれは、サイハの周りに留まることにホテルの客や従業員が耐えられなかった結果だったのかもしれない。

 

「私を含めてある程度魔力の扱いが上手い人は、無意識に自分の魔力で保護膜作ってるからねー。言っちゃえば、外の魔力にある程度耐性があるんだよ」

 

「え、あ! よく見たら確かにそれっぽいのがある! なにそれずるい!」

 

 ベリィさん、元一ツ星冒険者だったくせに魔力保護のこと知らなかったのか。対魔法防御にそれなりに有用だから、一定以上の、それこそ星が付くような難易度の冒険依頼には必須の技能だと思っていたのだが……。少なくとも私はおじいちゃんからそう聞かされて、魔術を教えてもらうときに基礎訓練の一環として練習させられた。私の知っているベテラン冒険者の何人かも、別に魔術士じゃなくても魔力保護の技能は使ってた筈だ。

 

 ……でも、そういえば、魔力保護を日常的に使ってるって言ってた先輩冒険者は、二ツ星の魔法剣士だったな……。

 

 あれ、もしかして、魔力保護って割と世間に知られていない高等技能なのか? 

 

「こ……こうですか?」

 

 私が物思いに耽っていると、ボウっと、一瞬ベリィさんの周囲に魔力光がきらめいた。どうって言われても、私には魔素視の魔眼が無いから、今ベリィさんが魔力保護の保護膜貼れてるかどうかなんて分からないんだけど。

 

 だけどどうやら多少の成果はあったらしく、ベリィさんは「あ、確かに! すごい楽になりましたわ!」と興奮した口調ではしゃいでいる。あー。まあ、喜んでもらえて何よりだ。

 

「ついたよー。この部屋」

 

 そんなことをやっているうちに、サイハが自分の泊まっている部屋にたどり着いたらしく、ガチャリとサムターンキーを回す。

 

「ささ、入って入って!」

 

「お邪魔します」

 

 サイハに促され、私とベリィさんは部屋の中に足を踏み入れる。こういった高級宿は入り口すぐの部屋が応接室や客間になっており、その後ろの部屋がプライベートスペースになっている。ホテル最上階のこの部屋も、その例に漏れず、入った先には広々とした客間が広がっていた。

 

「そこのテーブルに座って待っててね。今、お茶を用意させるから」

 

 サイハは私達を応接用のテーブルソファに案内すると、入り口の脇に備え付けられているベルを三回鳴らした。高級ホテルによく備え付けられている魔導ベルは、ホテルカウンターのベルと連動していて、鳴らしたベルの回数でホテルマンに用事を伝えることができる。三回は、確かルームサービスの使用人を呼び出す合図だった筈だ。

 

「ま、すぐに来るでしょ。お話、早速始めちゃう?」

 

 サイハはベルを鳴らした後、私達の向かいのソファにどっかりと座り、腕を組んでふてぶてしく構える。

 

「ええ。そうですな。あまりお時間を取らせたくもありませんし、始めてしまいましょうか」

 

 そして、こちらはこちらで持ち前のふてぶてしさを取り戻したらしいベリィさんが、さっきの怯えようが嘘かのように胡散臭い敬語で話し出す。

 

 こうして、爆破事件の筆頭容疑者、爆弾勇者のクルミザワ=サイハへの事情聴取が始まった。

 

 




取り敢えず、今日はここまで。次の話は暫くお待ちください。感想、お待ちしております。


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