剣士(?)と魔女っ子(?) (小宅 夕焼)
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1. 穴と森

 就活失敗ニート生活。自堕落に過ごしていた俺は、今日も性癖であるTSモノWeb小説を読み漁っていた。

 

「ああ、美少女にでもなって人生やり直したい」

 

 そう呟いた瞬間、世界が光り輝いた。眩しい。呆然とする俺の耳元で、女性の声が聞こえる。

 

「あなた、女の子になりたいんですね? ならばその夢、叶えて差し上げましょう。ただし異世界でね」

「あなたの大好きな異世界転生ですよ、少女化というオマケ付きです。良かったですね。ではご機嫌よう」

 

 光が止んだら、今度は暗闇だった。

 

「うわあっ!! ……え?」

 

 明暗差に驚いて飛び出た俺の叫び声は、俺の知らない高音だった。その困惑が俺に冷静さを取り戻させてくれた。

 さっきの女性の言葉は。ここは、一体。

 

 まさかと思い頬を撫でる。スベスベだ。身体に手を伸ばす。有ったモノは無くなっており、無かった膨らみは無いままだ。

 その後も俺は身体の各部を確かめたり、跳ねたり踊ったりしてみて、どうやら本当に少女の身体になってしまったのだと確信した。俺は突然異世界に飛ばされた挙句、TSまでしてしまったのか。

 

 やったぜ。……違う、そうじゃない。

 非現実的すぎる、これは明晰夢というやつだ。いやいや、やはり本当の異世界転生かもしれない。

 二つの思いが交錯しつつ、ようやく暗闇に慣れてきた目で辺りを見渡す。ここは洞窟だろうか。あの遠くに光る白丸は出口だろうか。

 俺は期待と不安を胸に、出口と思しき光の方へと歩みだした。

 

 

 

 うおっ眩しっ。やっと脱出できた。そして、ここは森だろうか。木々が生茂っている。

 陽の下で改めて自分の姿を確認する。手の小ささが既に少女だ。顔を確認したいがあいにく鏡は持っていない、美少女だといいなあ。服はゴスロリだな、いいね。

 靴は……あ、木の棒が落ちてる! 身体が少女になっても心は男。いい感じの木の棒にロマンを感じ、つい拾ってしまう。

 

 で、俺は後ろのあの穴から出てきて……ん? 隣にもう一つ穴があるな。

 そう思ってその穴を眺めていると、何者かが出てきた。

 

 大剣を背負った男だ。男はキョロキョロと辺りを見回している。俺に気付いたらしく、男がこちらに顔を向けた。目が合う。

 デカッ! 目付き怖っ! 首筋のそのタトゥーは何!

 こんなのに襲われたら少女の身体ではひとたまりもないだろう。俺は蛇に睨まれた蛙のように、目を見開き硬直してしまう。

 にしてもこの男、デカい。かなり見上げる形になって首が痛い。俺が小さいのもあるだろうが。

 

 無表情だが何かを見定めているような目線を俺に向け、暫く黙りこんでいた男が声をかけてきた。

 

「……おう」

 

 厳つい見た目相応の無愛想な声色だ。

 

「あんた誰?」

 

 思わず俺はそう返す。率直な感想だ。「あなたはどちら様でしょうか?」と言うつもりが俺も無愛想な言葉になってしまったが。

 

「っ……俺達は仲間じゃなかったのか……!」

 

 すごい悲しそうにそう言われた。

 もしや俺は、現地人であるこの少女に憑依しちゃったパターンか。そっち系ね、確かにそういう作品もあるよね、新たに身体ごと神様に創って貰える系じゃなくて。

 そして俺が憑依してしまったこの少女と、目の前の剣士は仲間だったということか。こんな強面の筋肉剣士と仲間とは、一体この少女は何者なのだろう。

 

 俺は内心冷や汗をかく。正直に転生憑依したことを打ち明けたら「俺の仲間をどこへやった……!」と激昂の末、何をされるかわかったもんじゃない。

 なんとしてもこの少女のフリをせねば。とりあえず先の発言を取り消そう。

 

「冗談よ」

「心臓に悪い冗談はよせ……」

 

 はあ、と男は安堵の溜息をつく。冗談でも仲間から赤の他人扱いされたら悲しいわな。

 それとも、過去に仲間に裏切られたりした経験でもあるのだろうか。見るからに歴戦の戦士って感じだもんな。悲しい過去の一つや二つあるんだろう。

 男は言葉を続ける。

 

「……それで、そっちの穴はどうだった」

 

 どうだった、って何がよ。俺はまだこの世界のことがサッパリなのだ。そんなフワッとした質問は止めてくれ!

 ここで的外れな回答をした場合「偽物め!」と斬り捨てられ、俺のTSライフは即終了だ。どうする、俺。

 

 

 ――そのとき俺に電流走る。閃いた、そっちがその気なら俺もフワッとした返答だ!

 

「見ればわかるでしょう?」

 

 『必殺・相手の解釈に委ねる』。さあどう出る、剣士の男よ。

 そう言って俺は胸を張り両手を広げる。堂々としていた方が怪しまれるリスクは低いだろう。

 

「フッ……流石だな」

 

 そう男は鼻で笑いながら言う。

 何が流石だというのか。俺の機転の利いた切り返しがか? もしかして中身が変わっていることを疑われている……?

 少女になって初めての闘いが心理戦とは一体どういうことだ。闘うにしても俺はメス堕ちとの葛藤とか、そういう闘いがしたいんだ。

 

 ともかく、疲れた。早く宿にでも泊まって、鏡でじっくり俺を鑑賞したい。

 

「街へ戻りましょうか」

 

 俺がそう提案してみると男はコクリと頷く。やった、街へ連れてってくれる!

 そういえば俺の口調に対するツッコミとか無かったし、俺TS少女の才能あるのかな。さあ早く街まで案内なさい、騎士様♪……なんてな。

 俺がまだ見ぬ美少女の俺を想像してワクワクしていると、男がポツリと呟いた。

 

「街は……どっちだ」

 

 俺も知らねえよ。まさかこの剣士くん、方向音痴か?

 ああ、言い出しっぺの法則とは残酷だ。

 

「仕方ないわね、着いてきなさい。あっちよ」

 

 俺はヤケクソ気味に木の棒で方向を指し示した。

 

 

 

 

 洞窟の水溜りに映る俺は強面のあんちゃんだった。首筋には何かの紋章らしき刺青がある。目を擦り再度水溜りを見やるも、そこに元の俺の顔はない。

 身体は筋骨隆々、立ち上がってみると目線も俺の馴染んだものより20cmは高くなっていた。

 背には大剣、全身に鎧、そして、マント。剣士三種の神器を身に纏いし俺は、先ほど夢のような場所で出会った『自称・神』の言葉を思い返す。

 

 

「チンピラに撃たれて死んでしまうとは、キミも哀れよのう」

「気がついたかの、ワシゃ神じゃ。突然じゃが異世界で第二の人生を歩んでくれんかの。剣と魔法のファンタジー世界じゃ」

「ほら、ワシからの依頼だと思って、頼むの。キミには強い身体をやるからの」

「そいでは、強く生きるんじゃぞ~」

 

 おおよそこんな感じだった。

 

 まずは現状を整理しよう。

 俺は駆け出しの探偵。とある依頼を受けて、反社会的組織の調査をしていた。俺は自慢の推理力を活かし、奴らの尻尾を捕まえて事務所への潜入を決行したが……俺が覚えているのはここまでだ。神の言う通り俺は殺されたのだろう。

 そして異世界とやらに住む、剣士の男に憑依したと。信じがたいことだが、受け入れるしか無いのだろう。

 

 幸いこの身体は屈強そうだ。この世界では構成員に殺されるなんて同じ轍は踏むまい。この身体の本来の持ち主の兄ちゃんには悪いが、第二の人生とやらを楽しんでやろう。

 そんな感じで俺は受け入れがたい現実にも、案外楽観的に臨めていた。あの光刺す穴がこの洞窟の出口だろう。俺は颯爽と光へと歩を進めた。

 

 

 

 外に出ると、そこは森だった。振り返ると、俺が出てきた洞窟だ。丘の斜面に掘られた横穴だったのか。

 ん、振り返るときに一瞬視界に人影が映った気がする。俺が90度首を捻ると、少女がこちらを見つめていた。

 

 状況整理だ。

 白髪で、フリルのついた黒いドレスを着た女の子だ。手には長ネギくらいの長さの木の棒を持っている。首筋には、水溜りで見た俺と同じ紋章がある。

 そして俺が出てきた横穴の隣には、もう一つ横穴がある。彼女のすぐそばだ。

 

 これらから導かれる俺の推理はこうだ。

 

 まず、この少女は魔法使いだ。ここは剣と魔法のなんちゃらだとか神も言っていたし、あれは単なる木の棒ではなく魔法の杖なのだろう。

 以降、この少女を魔女っ子と呼ぶ。

 

 次に、俺にも付いている首筋の紋章。何だろうかこれ。

 そういえば俺が追っていた組織にも、仲間内で特徴的な刺青を掘る習わしがあったな。それから類推するに、剣士の兄ちゃんと魔女っ子は仲間、所属を同じくする者、といったところか。

 

 最後にもう一つの横穴。剣士の兄ちゃんのように、魔女っ子はあっちの穴に入っていたのだろうか。状況的にもそう考えるのが自然か。

 

 以上の断片からストーリーを仕立てるならば、こうだな。

 

 同僚である剣士と魔女っ子は、何らかの理由でこの森に来た。二つの横穴を見つけた彼らは、手分けして調査を始めた。

 そして神の気まぐれにより、剣士には俺が憑依してしまい、魔女っ子は何事もなく先に調査を終えて、剣士を待っていた。

 そして今に至る。

 

 状況整理完了。

 しかし思いもよらぬハプニングだ。さっそく剣士の兄ちゃんの同僚と出くわすとは……。

 つまり、俺は人柄を知らない剣士の兄ちゃんを演じつつ、この魔女っ子とも旧知の体で自然に接する必要がある。

 

 それとも正直に告白してしまうか、剣士の兄ちゃんの中身が俺だと。いや、無いな。

 この幼い少女が、同僚が姿だけ同じの別人だと知ったら、きっと悲しむ。子供を悲しませるなんて探偵の風上にも置けん。

 記憶喪失のフリも同様の理由で却下だ。そもそもこの筋骨隆々な剣士が、こんな穏やかな森で記憶喪失なんてするわけがない。

 

 

 少女も未だ口を開かず、目を見開いて俺を見つめたままだ。別人が憑依していることを勘付かれているのかもな。これ以上不信が募る前にこちらから話しかけるとするか。

 探偵という職業柄、色んな生業の人間を相手にしてきた。剣士のフリもお茶の子さいさいよ。

 

「……おう」

 

 まずは強面らしい無愛想な挨拶だ。

 

「あんた誰?」

「っ……俺達は仲間じゃないのか……!」

 

 俺の推理が外れた!?……泣きそうだ。まさか赤の他人なのか。

 

「冗談よ」

「心臓に悪い冗談はよせ……」

 

 はあ冗談か。まあそりゃそうか、俺の推理は完璧だ。

 そして俺の口調に指摘が無いということは、剣士の兄ちゃんはやはり無愛想キャラで合っていたようだ。

 おっと、心の探偵ノートに『魔女っ子はジョークがお好き』とメモメモ。

 

「……それで、そっちの穴はどうだった」

 

 次に業務連絡を交わし合いつつ、情報を集めよう。この森に来た目的、我々の所属や立場、この世界の常識など、知るべき情報は山程ある。

 

「見ればわかるでしょ?」

 

 そう言って彼女は両腕を広げる。

 「見ればわかる」か。特におかしな点は無い。傷や服の汚れもない、綺麗な少女だが……なるほど。

 彼女は「私は無傷で戻ってきたわ」と言いたいんだ。つまり何者かと交戦はあったが魔法一振りで倒してやったと。かなりの実力者のようだな。

 にしてもあまりヒントが得られなかった。彼女も無愛想で、口数の少ないタイプのようだ。だからこそこの剣士の兄ちゃんと馬が合い、行動を共にしていたということか。

 

「フッ……流石だな」

 

 わからないことだらけだが、とりあえず褒めておこう。褒められて悪い気はしないというのは全世界共通だろう。

 しかし、困ったな。多くを語らない彼女から、どうやって情報を引き出すか……

 

「街へ戻りましょうか」

 

 うん、いいねそれ。街での聞き込みは情報収集における定石だ、行こう行こう。……ん? 街?

 

「街は……どっちだ」

 

 情報を得るための情報が無い。そんなダメ探偵を「仕方ないわね」と言いつつ先導してくれる魔女っ子の背中が逞しい。君のことは助手くんと呼ばせて貰おう。

 



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2. 草原と戦闘

 直進すればそのうち出られるでしょ。

 俺の道案内とも呼べない何かによって、森は案外すぐに抜けられた。

 

 途中、なんでまだこれ持ってるんだろう、と手に持ったままの木の棒を放り捨てた。しかし剣士が木の棒を拾って「忘れ物だ」と言って手渡してくる。

 別に俺は回収を忘れていた訳じゃない、捨てたいのだ。とりあえず礼は述べたが、俺は彼の行動の意図がわからず、目が泳いでいたかもしれない。

 

 それにしても君、イヌか何か?

 そう思うとちょっと可愛げがあるな。名前でも付けるか。

 

 ……よし、君は剣士だからケンちゃんだ!

 

 何度捨てても忠犬が拾ってくるので、俺は棒の投棄を諦めた。

 

 

 森を抜けると、見渡す限りの大草原が広がっていた。俺はガックリうなだれるが、足を休める選択肢はない。

 しかし、いつまで歩いても街らしき影は遠目にも確認できず。低身長ゆえの歩幅の狭さも相まってヘトヘトだ。

 

 

 無心で必死に草原を進んでいたときのこと、野盗の集団に遭遇した。

 先導していた俺がヘルプを求め振り返ると、目が合ったケンちゃんはコクリと頷き、俺の横を通り過ぎて野盗らに相対する。

 

 守ってくれるの……? はえ〜背中おっきい……キュンときちゃう。

 おっとメス堕ちはまだ早い。俺はTS異世界メス堕ちRTAの記録樹立を狙ってはいない。

 

 俺がアホなことを考えていると、野盗の頭らしき男の声が聞こえてきた。何やら部下に指示をしているようだ。

 数の不利こそあれど、流石にこの筋肉剣士のケンちゃんが野盗相手に遅れをとるとも思えないが……。

 未だ戦意の欠片も無さそうに棒立ちしているケンちゃんに「大丈夫?」と声をかけようとした瞬間、野盗達が動いた!

 急接近する野盗、ようやく大剣の柄に手をかけるケンちゃん、後ずさる俺。

 

 

 ――横薙ぎ一閃。

 

 

 大剣により巻き起こされた突風は、接近した野盗たちを、悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばした。戦いの幕切れはすぐに訪れた。

 ケンちゃん、強すぎる。ギリギリまで余裕ぶっこいていたのにも納得だ。

 ちなみに背後にいた俺も突風により前に吹き飛んだので、今はケンちゃんの背中に張り付いている。

 鎧冷たい。ほっぺ痛い。

 

「力こそ全てか……」

 

 ケンちゃんの呟きは、ここの世界観を端的に言い表したものなのだろう。

 弱肉強食。そんな異世界で、か弱き少女の俺は果たして生き残れるのだろうか。

 

 野盗たちは悲鳴を上げ、武器や持ち物を放り捨てて逃げていった。

 ……まさか幼子の俺を気遣って、血を流さない戦闘法を選んだのか? 手段こそ化け物染みているが、この男に確かな心のぬくもりを感じる。

 

 だがその優しさは、俺ではなく、この少女に向けられたものだ。

 絶対この男に敵意を向けられてはならない。死んでも少女ロールプレイを貫いてやる。俺は固く決心した。

 

 

 グエッ! あ痛たた……。

 

 

 

 

 助手くんこと魔女っ子による先導のもと、木々しか見当たらない、特に目印の無い森を迷うことなく脱出できた。

 野生動物の襲撃を警戒していたが、全く出会わなかった。運が良かったのか、魔女っ子が獣避けの魔法でも張っていたのか。

 

 道中、魔女っ子が何度か杖を放り投げていた。

 大切な魔法の杖を投げるという行為について最初は疑問を持ったが、彼女の軽快な足取りを踏まえて、合点がいった。

 おそらくあれは街への方角を調べていたのだろう。棒が倒れた方向に進むという、俺の世界でもあった迷信的な経路決定法だが、ここは魔法の世界。あれで本当に目的地の方向がわかるのだ。

 彼女は杖を忘れて先を急いでいたが、恐らく経路探索魔法による魔力消費で、集中力を欠いていたのだろう。毎度拾い届ける俺に向ける視線も、焦点が定まっておらず疲労の色が見えた。

 確かにそんな便利な魔法、相応の対価があってもおかしくない。同時に、やはり彼女は高等魔法をも連発できる実力者なのだと再認識した。

 

 

 そして今、俺達は辺り一面の草原を征く。

 所どころ背の高い草むらがあるので地平線まで見えるわけではないが、少なくとも視界に人工物は確認できない。

 振り返れば俺達がいた森。だだっ広い平野にポツンとあるそれは、不自然というか、作為的・人工的な印象を受ける。

 そもそもこんな人里離れた場所にある森に、剣士の兄ちゃんと魔女っ子は何の用があったのか。

 

 

 そんなことを考えつつ歩いていると、ある草陰から男の集団が現れた。

 短剣を構え「金目の物を置いていけ」などとまくし立ててくる。

 野盗の類か。大剣を背負う俺自身からも察していたが、どうやら治安の悪い世界のようだ。

 

 魔女っ子と目が合う。彼女は怯えた顔で俺を見ていた。

 無理もない、今の彼女は魔力不足の身。ここは俺が矢面に立つ必要がありそうだ。

 そう思い、俺は彼女を庇うように前に出る。しかし俺に剣術の心得などない。

 

 何とか対話で戦闘を回避できないものか……。

 俺が顎に手をやり思案していたその時、野党らの数名が飛びかかってきた。

 

 速っ! 殺られる!

 俺はビビり散らかして咄嗟に背の大剣を抜き、力任せに振りかぶる。

 

 

 ――大剣ってこんなに軽いのか。

 

 

 扱い慣れなさゆえ、俺は大剣の平で仰ぐようにフルスイングしてしまった。

 巨大団扇と化した大剣が発した強風は、一斉に仕掛けてきた野党らを吹き飛ばした。

 

 なんだこのパワー……。俺は手をグーパーさせつつ、己の馬鹿力にドン引きする。

 

「力こそ全てか……」

 

 戦線離脱する野盗らを見送り、嘆息する。

 日頃、銭形平次の投銭のような小手先の戦闘法を練習していた俺は悲しくなった。技術もへったくれもない素人剣術でも、筋力によるゴリ押しで戦闘が成立するのだ。

 

 俺は野盗らの置き土産を物色しようと歩を進める。

 すると背後からグエ、と聞こえてきた。いつの間にか背中にくっついていた魔女っ子が、俺が急に動いたせいで転んでいた。怖くても剣を振るう人間の背中に抱きついちゃ危ないだろう……。

 

 気を取り直して。

 ふむ、短剣は流石に持てないか。こっちは財布だ、結構入ってるな。ありがたく頂戴しておこう。

 

 

 

 

 今日の獲物候補を見つけた。

 

 俺達は草陰に身を潜め、標的を見定める。

 能天気そうに木の棒を振って歩く、高級そうなドレスを纏った少女。

 そして大剣を背負い、鎧に身を包む大男。

 

 観察を続ける。

 男は一見手強そうだが、立ち振る舞いが素人そのものだ。周囲を警戒する様子もなく、常に何か考え事に気を取られているようにボンヤリしている。恐らく装備と体格だけ一級品のデクの坊だろう。

 少女はひ弱そうだが、相当な上玉だ。裏商人を通じて高く売れるな。

 

 こんな草原にいることに違和感を覚える組み合わせだが、恐らくこんなところだろう。

 

 少女は貴族のお転婆お嬢様。従者である大男の「危険だからやめましょう」という静止も聞かず、俺達のような賊が点在する草原の大冒険に来た。秘宝の綺麗な木の棒も見つけて少女は満足げ。

 従者の男は、精一杯装備を整えてはきたが、我儘お嬢様を連れ出してしまって「ご主人に何と言い訳しよう」とでも考えているのだろう。

 

 いける。

 脅すだけでも十分成果が得られそうだ。手下を駒に男の実力を測り、俺の想像通りならそのまま襲えばいい。

 貴族の少女は人質に取るか、そのまま売り捌くか。いずれにしても大金が舞い込む。

 俺はほくそ笑んで、手下達に合図を飛ばす。

 

「行くぞ野郎ども! 今夜は祝杯だ!」

 

 

 

 取らぬ狸の皮算用。

 

 焦りを隠すように顎に手を当て、虚空を見上げる男を見たときは、勝利を確信した。

 やはり素人だ! 手下数名に指示を出し男を襲撃させる。

 

 しかし次の瞬間、目にも止まらぬ速度で男が何かしたかと思うと、俺の全身を疾風が撫でた。遅れて手下達が吹き飛ばされてきた。

 

 抜き身の大剣を地面に突き刺し、手応えを確かめるかのように手を開閉している大男。

 今のも奴にすると、準備運動に過ぎないということか。

 

 これは最後通牒だ。次は、殺られる。

 

 俺達は逃走に邪魔な荷物を投げ捨て、一目散に逃げた。幸い奴は追ってこなかったが、生きた心地がしなかった。

 

 あの化物は何者だ。そして男を目配せ一つで前線へ送り出したあの少女も一体……。

 未だ震える手下達に檄を飛ばす俺の声も、酷く弱々しいものだった。

 



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3. 荷馬車と街とレストラン

 草原を邁進し、ついに街道らしき踏みならされた道に辿り着いた俺達は今、馬車に揺られていた。

 

 魔女っ子が限界だったのだ。途中から俺が抱えていたとはいえ、魔力不足のなか飲まず食わずの強行軍は辛かろう。

 日が暮れる前に隊商の列に遭遇できて助かった。行き先も偶然魔女っ子の言う街だったようだ。

 最初は警戒されていたが、野盗から拝借した臨時収入の半分を手渡すと快く乗せてくれた。俺にこの世界の相場感は無いが、かなりの高額だったのだろう。街に着いてからも残りの半分で暫く安泰だろうか。

 

 行商人から買った食料で腹を満たして間もなく、魔女っ子は気絶したように眠りに落ちた。

 さて、半日振りの状況整理だ。

 

 まず一つ大きな収穫、俺の名前が発覚した。

 俺が魔女っ子を抱えたとき、彼女が俺のことを『ケンちゃん』と、愛称で呼んだのだ。つまり、剣士の兄ちゃんの本名は『ケン』だ。

 この魔女っ子にしては、ちゃん付けという可愛らしい呼び方で意外だったが、相当疲弊していたのだろう。うわ言も呟いていたし、素が漏れたというところか。

 野盗に怯えて抱きついてきたことといい、普段は口数少なく無愛想だが歳相応の面も持っているようだ。

 以降、剣士の兄ちゃんを『ケン』と呼ぶ。

 

 そして、俺の所有物内訳。

 着ている鎧とインナー・下着を除くと、大剣と、野盗達の財布のみ。

 つまりケンは、俺が憑依した時点で路銀を持ち合わせていなかった。今の俺の全財産は野盗から拝借した分で全てということだ。

 魔女っ子も抱えた感じ、服の中に貨幣を隠しているような重量・感触はなかった。

 二人して金も持たず何故あの森にいたのか、そもそもどういう生活を営んでいたのか。略奪でも繰り返してその日暮らしをしていたのか? 悪い想像はしたくないが……。

 

 最後にこの世界について。

 街道の舗装具合、馬車という交通手段、御者の服装など、この世界は俺の世界でいう中世ヨーロッパ辺りと似ている。ただ魔法という存在が違う点か。

 俺は漫画やゲーム等の創作物に疎いが、ことの発端が既に異世界転生というおとぎ話のような現象だ。

 見聞きした非常識は常識として捉えるのが肝要だろう。今後未知の生物や文化に遭遇しても驚いてはいけない。もし魔女っ子が不可解な言動を説いても素直に信じるべきだ。

 

 

 ……俺も眠たくなってきたな。流石に今日は疲れた。

 謎だらけの異世界で探偵冥利に尽きるが、推理を進展させられる材料が少なすぎる。

 自称・神は『ワシからの依頼だと思ってくれ』と言っていたが、俺にこの世界で何をさせようとしているのだろう。

 依頼内容は『第二の人生を歩んでくれ』のみ。依頼の体を成しておらずとも、せめてもう少し情報を提示して欲しかった。

 依頼というのは単なる名分で、深い意味なんて無いのかも。……そんな適当な神様は嫌だな。

 

 まあ、この魔女っ子と一緒なら案外楽しく過ごせるかもしれない。

 

 

 

 

 おはよう。この世界で初めての起床だ。

 一晩あけても女の子、やはりここは夢じゃないのか。日付を跨ぐ明晰夢という可能性もあるが。

 夜行バスですら中々寝付けない俺でも、馬車の振動が揺りかごのように感じられた。

 それだけ疲れていたのだ、主に精神的に。肉体的疲労は思いのほかマシだ。途中からケンちゃんに抱えられていたからね。

 

 人生初のお姫様抱っこ!?!?

 と密かにときめいていたが、消防士搬送とは恐れ入った。この男マジないわー。

 思わず「ケンちゃん、ちゃうねん、そうじゃないねん」と心の声を口走ってしまった俺を、誰が責められようか。

 

 ケンちゃんは「ゆっくり休め」と言うのみで、ケンちゃん呼びへのツッコミはなかった。マジでケンちゃんだったのか、何たる幸運だ、と驚いたが、名前が本当に『ケン』だと把握できたのは僥倖だ。

 早く俺の名前も知りたいな。というか知らないと今後絶対に困る。

 

 

 今朝到着したのはレンガ造の建物と石畳の街。

 典型的な異世界ヨーロッパ風の街並にちょっと感動した。これから俺のTS異世界ライフが本格始動するのだ。

 何も言わないケンちゃんの様子から察するに、ケンちゃんと少女の目的地はこの街で合っていたようだ。

 仮にここが二人の拠点だとすると、あの森を訪れていた理由はギルドによる調査依頼とかかな。

 あるいは我々は単なる流浪の旅人で、別に行き先はどこでもよかったパターンも有り得る。俺としてはそちらのが気楽で助かる。

 

 

 とりあえず当てもなく街を歩く。早朝といえど人通りは多い。栄えている街なのかな。

 街を観察していて気付いた。すれ違う町人の言葉は問題なく理解できるが、店の看板等の文字が全く読めない。

 転生特典の言語処理能力は聴覚情報に限るということか。まあよくある設定だな。苦労しそうだが、のらりくらり対処する他ないだろう。

 

 うーん、いつまでもブラついてる訳にもいかない。何かアクションを起こさねばケンちゃんに不審がられる。

 しかし俺達が何者かわからないし、何処へ行けばいいんだ……。

 

 

 俺が悩んでいると、近くの店からのいい匂いが鼻腔を刺激した。ここは、飲食店か。

 仮に俺達が依頼帰りでギルドに報告する必要があったとしても、あるいはここが単なる旅の経由地だとしても、ひとまず腹ごしらえといくのは自然な選択肢だろう。

 

 「お腹が空いたわ」という俺の声にケンちゃんはコクリと頷き、俺達は入店した。

 

 

 

 文字が読めずとも、「同じのをちょうだい」と他の客を指差せば注文できた。曖昧会話のコツが掴めてきたな。憑依系転生者の必須技能だよコレ。

 

 うん、よくあるファミレスみたいな洋食で、味も悪くない。フォークとナイフの使い方合ってたっけ……。淑女たるもの品行方正を心がけねば。

 ん、ウエイトレスさんが来た。ケンちゃんが追加注文を取っている。食いしん坊だなあ。でも野菜も食べるんだな、意外だ。わんころケンちゃんは肉しか食べないのかと思ってた。

 

 

 俺が異世界レストランの料理に舌鼓を打っていると、ケンちゃんから肩を叩かれ「魔女よ」と話しかけられた。

 

 ま、魔女? 俺魔女だったの……? 今まで魔女要素あったっけ。

 それとも魔性の女と言いたいのか? 惚れちゃったのかな? 美少女は罪ね♪

 

 ……ニヤけるな、TS乙女を発動させるな、落ち着け。落ち着いて「何かしら」とでも返せば事なきを得るのだ。

 俺は口を開こうとするが、いや、待てよ?

 

 これはチャンスだ。

 俺は少女こと俺自身の名前を知らない。今までお互い「おい」「ねえ」といったガサツな呼びかけや、アイコンタクトで会話を始めていた。

 二人の信頼関係を示す証左だが、さっそく俺の名前を知れる絶好の好機。この機を逃す手はない。本名で呼ぶように促そう。

 

「その呼び方はやめてくれる?」

「……すまない。それで、相棒よ」

 

 ケンちゃんは逡巡の後そう言った。違うそうじゃない、俺が聞きたいのは。

 ストレートに「名前で呼んでよ」と言うべきだったか……? でもそれ、先輩後輩や上司部下カップルの付き合いたてみたいで恥ずかしいじゃん。

 

 しかし『相棒』という親愛の籠もった呼び方を否定して怒らせてもまずい。仕方なく「何?」と返すと、ケンちゃんが質問をよこす。

 

「この後、どうする」

 

 知らん。君はどうしたい?

 俺は必死にその場しのぎの返答を考えた。

 

 

 

 

 俺達は魔女っ子の提案のもとレストランに入った。

 この世界の文明レベルが気になっていたが、店内は綺麗で、料理も良い水を使っていそうだ。一応火の通した肉を注文したが、衛生面はさほど心配無用かもな。生野菜もいけるかも。

 

 そして知りたいのは今後の活動について。

 これがわかれば自ずと我々の社会的立場であったり、職業、目的など、多くのヒントが得られる。

 幸い俺達の行動方針の主導権は彼女が握っているようだ。此度の飯のタイミングも彼女提案だし、「今日の予定は」とでも訊けば何か答えてくれるだろう。

 俺は向かいに座る魔女っ子に声をかける。

 

「おい」

「はい、ご注文でしょうか?」

 

 ウエイトレスが勘違いして寄ってきた。

 「お前じゃない」と追い払うのも気が引けたのでサラダを注文する。この身体、やたら腹が減るしまあいいか。

 

 魔女っ子はフォークとナイフを巧みに操り無言で食事に集中している。育ちの良いお嬢様なのだろうか。どこで無骨な剣士である『ケン』と接点があったのだろう。

 実は『ケン』も高貴な身分なのかも知れん、振舞いに気をつけるか。

 

 しかし、未だ名を知らない彼女を何と呼ぼう。

 俺が知る彼女は、見かけによらぬ大魔法使いということくらいだが、うーん。

 

「魔女よ」

 

 意を決して言葉をかけるが、素知らぬ顔で食事を続ける彼女。少し店内がざわついた気がする。

 次は机に身を乗り出し、彼女の肩を叩いてもう一度呼びかける。

 すると彼女は訝しげに俺を見つめ、皮肉げに口角を上げたあと、「その呼び方はやめてくれる?」と返してきた。

 

 もしや、禁句だったか。

 店内のざわつきも踏まえるに、魔女がタブー扱いされている世界なのかもしれん。迂闊だった。

 

「……すまない。それで、相棒よ」

 

 謝罪し、無難な呼び名に切り替える。同僚に対する二人称にしては距離が近すぎたかな。

 まあいい。店内の居心地も悪くなったし、さっさと本題を切ろう。

 

「この後、どうする」

 

「いつもの所に行きましょうか」

 

 なるほど、いつもの所ね。

 彼女が案内してくれるだろうし、こういうとき後手に回れる立場は楽だな。

 

 

 

 

『探偵くんは転生特典で危機を切り抜けたようじゃの。あの草原を抜けてくれん転生者も多いから良かったわい』

『身体面の調整が雑すぎたかもしれんが、まあええじゃろ』

『ふむ、ちいちゃくてよく見えんが、さっそく現地の女の子と仲良くなったようじゃな』

『それにしても亡者の魂を使った入植は、色々手続きや説明を省いてよいから楽じゃの』

『そういえば女神くんに頼んどいた、生者の魂の入植作業は進んでおるかのう。まあ仕事の早い彼女のことじゃし心配ないかの』

 



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4. いつものところ

 街を一心不乱に歩き続ける俺。無言でついてくるケンちゃん。

 『いつもの所』に向かうのに迷子のフリはできない。迷子のフリができないから、引き返せない。引き返せないから、どんどん入り組み細くなる道に厭わず前進するしかない。

 存在しないいつもの所に辿り着くため、もう結構歩いている。

 

 なあケンちゃん、実は気づいてるんだろう? 俺が少女に乗り移った偽物だって。こんな治安の悪そうな裏通りにいつもの所なんてあるわけないじゃん。

 基本お前が受動的なのも、俺を先行させて不審な行動をしないか試してるんだろう?

 俺が話しかけるだけで思案げな顔になったり、時折一人で頷いてたりするのも、俺を見定めてるんだろう?

 

 

 自然と足取りも早くなる。怖い。背後の男から1mmでも遠く離れたい。

 とっくにおかしいことに気付いているだろうに何も指摘しないのは、俺を路地深くの人目につかない場所に追い込むためのように思えてならない。

 

 

 もう打ち明けて、楽になろうか。

 半ば諦念に達し、足を止め振り返ってケンちゃんを見やろうとするその最中、視界の端を人影が掠めた。

 

 路地端の商店の窓。店内は薄暗いためよく反射している。

 映るは、白髪の美少女。服装は黒いドレス。

 

 もしやこの美少女が、俺?……っひょ〜〜kawaii! 可愛い! たまらん!!

 あくまでガラスの反射、細部まで確認できないが、最期に良いもん見れたぜ。

 今ならケンちゃんに斬り捨てられても悔いはない。ほら、殺るなら一思いに頼むよ。

 

 

 俺が今際の際まで俺を目に焼きつけようと、ガラスに映る俺を見つめながら沙汰を待っていると、何故かケンちゃんが店内に入っていった。

 

 見逃された? 何で?

 一瞬この隙に逃げようかとも迷ったが、逃げて頼れるアテもない。俺はケンちゃんの背を追った。

 

 

 

 

 いつもの所、と言うだけあって魔女っ子の足取りは早い。通い慣れているのだろう。

 俺はゆっくり街を観察して情報を集めたいが、細い路地をもスイスイと突き進む彼女に着いていくので精一杯だ。なにか焦っているようにも見えるし、よほど重要な用事なのか。

 

 先程のレストランのある街中心部からもう随分離れている。道は狭くなり、賑わいは遠くに消えていく。

 浮浪者や、ゴロツキのような風貌の者どもがたむろする裏通りを抜ける。賭場らしき施設や、謎の薬品の販売店などで、違う意味賑わっている場所だ。まだ奥に行くのか?

 

 

 ついに人っ子一人いないような裏通りも奥の奥地にやってきた。

 ふと魔女っ子が立ち止まり、俺を一瞥した。何かの商店の前だ。ここが目的地だろうか。

 

 彼女は窓から店内を眺め始めた。俺もつられて窓を見やる。強面の兄ちゃんと目が合い驚いたが、こいつは俺だ。一日しか経っていないので当然だが、未だ自身の姿に慣れない。

 窓に近づいて店内を覗き込むと、禍々しい装飾のアクセサリーや未開の部族の人形のような、見るからに怪しい商品が並んでいた。

 

 ……なるほど、呪術専門店とかそういった類か。こんな辺鄙な場所にあることにも頷ける。

 確かに少女のミステリアスな雰囲気からして、単なる魔法使いでなく黒魔術師といった線もあるか。

 

 しかし、呪術か。

 俺は先の野盗との戦闘経験から、もし彼女に憑依者とバレて不都合があっても切り抜けられるだろうと慢心していたが、黒魔術・呪術となれば話は別だろう。

 あくまで俺の貧しいフィクション知識由来の想像だが、普通の魔法ならばまだ火・水・風・土のように、多少物理法則に則っているものだと思われる。

 しかし、呪いは精神にダメージを与えてきそうだ。この屈強な肉体も役に立つまい。彼女の機嫌は損ねぬようにせねば。

 

 ともかく、慢心はよくない。

 俺はこの身体の膂力に気持ちまで大きくなっていたようだ。外見は性格を作るとも聞いたことがある。女装して過ごしていると言動まで女らしくなる、とかな。

 そういえば魔女っ子を勝手に女性だと決めつけていたが、実は男の子だったりして。『魔女』という呼び名を嫌がったのも中性的な見た目がコンプレックスなのかもな。いや、だとすると女装はおかしいし、無いか。

 

 

 それにしても、店内には入らないのだろうか。ここが目的地なら早く入ればいいのに。

 と俺が魔女っ子に目をやると、彼女は鼻息荒くニヤニヤしながら趣味の悪い商品を見つめ続けていた。

 

 年端も行かぬ女の子がしていい顔じゃなかった。見てはいけないものを見た気分だ。

 ……先に店に入っておくか。探偵紳士の俺は少女の秘め事に首を突っ込まないのだ。

 

 

 

 

 ケンちゃんに続き入店した俺は店内を見渡す。本とか置物とか人形とかアクセサリー等々、てんこ盛りだ。一体何の店だろう。

 ふと土偶っぽい妙に目力のある人形と目が合った。……マジで何の店だ。焼き物屋さん? いや、アンティークショップかな。

 

 ケンちゃんが何も言わず入っていく辺り、ここが『いつもの場所』なのだろうが、少女とケンちゃんは骨董オタクだったのだろうか。だとすると俺に鑑定眼なんて無いので非常に困る。

 にしても偶然立ち止まった場所が目的地とは、奇跡だ。俺の強運に神への感謝を捧げる。俺が死なずに、そしてケンちゃんの手を汚さずに済んだ。思わず涙が出ちゃう、女の子だもん。

 他の棚も見てみよう。

 

「これは」

 

 ネックレスだ。ウネウネした生物が棒に巻きついたペンダントがぶら下がっている。

 

 

 ……わかった、ここはお土産屋さんだ!

 

 この無性に見覚えがあるデザイン、よく観光地で売ってるドラゴンのキーホルダーだ。俺が持ってたのは剣に巻きついてたけど、おそらく魔法の存在するここじゃ杖なんだな。

 小さいころ家族旅行先でよく買ってもらった。当時はランドセルに付けて友達に自慢してたそれらも大人になったらガラクタだけどね。

 『もっとご当地感ある土産を選べよ』という親からの視線にガキンチョが気付けるわけがないのだ。

 

 ……親か。家族は、友人はどうしてるだろう。向こうの俺はどうなっているんだろう。

 俺は急死してしまったのか。それとも俺は寝落ちして、ここは単なる長い夢の世界なのか。

 正直本来の俺の未来に希望はなかった。でも、早く定職に就け、とまくし立てつつも親は俺を責めずに、俺の代わりに将来を案じていた。

 もし本当に死んでしまったのなら、せめて親に「ダメ息子は元気でやってるよ」とでも伝えたい。異世界に魂を転送できるなら、手紙くらい向こうに送れてもいいんじゃないの、神様?

 

 

 ……今考えても仕方のないことだ。切り替えよう。

 

 ともかく、ここはお土産屋さんだ。

 さっきの土人形もこの街の名産品なのだろう。キモカワいさ加減がいかにもご当地マスコットキャラといった貫禄だった。

 『いつもの所』というのは、いつも新しい街に到着するなり土産物店を物色していたということかな。つまり俺達は旅人だ!

 俺が一人納得していると、ケンちゃんが近寄ってきた。

 

「……これか」

 

 そう言って、ドラゴンのネックレスを持ってレジに向かった。え、欲しいの? それ。ケンちゃん、まだそういうの好きなの? 男子っていくつになってもお子様ね♪

 そう思い俺がニコニコしていると、戻ってきたケンちゃんがネックレスを俺の首に通してきた。

 

 ……俺が欲しがっているように見えたのか。ケンちゃんからのプレゼント、無下にしづらいが、これ一人でつけて歩くのはかなり恥ずかしいぞ。

 

「もう一つ買ってよ」

 

 赤信号、皆で渡れば何とやら。

 レジまでもう一往復してくれたケンちゃんに、俺が「かがんで」と頼みネックレスをかけてあげると、微笑みながら「……感謝する」と呟いた。初めて知るケンちゃんの表情だ。

 

 

なになに? 俺とお揃いで嬉しいの?

 

 

 

 

 店内の棚には、魔導書と思しき本を始め、用途不明の品々が所狭しと並んでいる。全て魔法に関わる物だろうから、俺にはサッパリだ。

 ここがいつもの所、ということは、彼女は普段からここで魔法の装備を整えているのだろう。

 『ケン』にも行きつけの店があったりするのだろうか。街を見回る際、めぼしい武具・防具店に当たりをつけておこう。文字が読めずとも、幸いその手の店は看板の絵でわかる。

 

 俺に遅れて入ってきた魔女っ子が、遮光器土偶のような禍々しい人形の前で祈祷らしきポーズを取って、涙を流していた。

 あの人形に祈りを捧げているのか? あれは……邪神像、なのだろうか。

 俺は首筋の刺青をどこかへの所属の証だと推測しているが、もしかしたら俺達は邪教団の信徒なのかも知れない。決定的ではないので、可能性の一つとして頭に留めておこう。

 

 次に彼女は、興味深げにネックレスを見ていた。

 蛇の装飾品が付いたネックレス。俺の世界の西洋では、蛇は死と再生の象徴。いかにも黒魔術といった品だ。

 よく店内を観察すると、蛇がデザインされた品が多い。そういえば昔大流行した魔法学校が舞台の映画でも、蛇が悪役サイドで登場していたな。

 

 

 しばらく考え込んでいた魔女っ子が、納得したように頷いた。今日の買い物はあの品に決めたようだ。

 

 さて、これまで常に俺が財布を出している。「彼女の機嫌を損ねない」という先程の決意通り、駄々をこねられる前に買ってやろう。

 俺がネックレスを取って会計に向かおうとすると、どうやらご満悦の彼女の顔が伺えた。やはり彼女が求めれば即行動、という方針は正解かな。

 

 さっそく購入した品を彼女の首にかける。するともう一つねだってきて、今度は俺の首へと収まった。

 俺は剣士だ。魔法のアイテムを持って何の意味があるのだろう。

 

 

 ……この、杖に蛇が巻き付いた意匠。これは、アスクレピオスの杖、なのだろうか。俺の元いた世界では医学の象徴、鑑みるに回復アイテムといった線が濃厚か。だとすれば俺が身につけることにも納得がいく。

 

 彼女の俺への気遣い・優しさが垣間見れた。

 その厚意は、今の俺ではなく『ケン』に向けていると解っていても嬉しいものだな。自然と笑みがこぼれる。

 

 彼女に礼を述べ、俺達は店を後にした。

 行きつけの店、つまり顔馴染みであるはずの店主からの視線が気になったが、おそらく彼も黒魔術師、変人なのだろう。

 

 ちなみに邪神像も購入しておいた。彼女の祈り様を見るにかなり信仰してそうだったし、いざというとき俺達を守ってくれるかもしれない。

 

 

 

 

「声をかけるべきだったか……」

 

 私はカウンターで後悔に駆られていた。

 先程、竜神を模したアクセサリーと、竜神の降臨地とされる場所から出土した人形のレプリカを購入し去っていった二人組に思いを馳せる。

 

 彼らの首筋にあった紋章。

 あの紋章を宿し者は、地上に降臨した竜であると言われている。つまり彼らは竜本人か、あやかって紋章を彫った同志ということだ。

 もしも彼らが前者であったなら、竜神様と接触する千載一遇のチャンスを逃したことになる。

 

 竜神信仰。

 この世の万物は、天から光り輝く竜が降り立ち、生み出したとする教義の宗教だ。

国教では『神の雷』と呼ばれ不吉の象徴とされているが、実際に竜が降臨した場所に山や湖や森が現れたという記録もある。

 つい昨日も、この街の北に位置する森に二頭の竜が立て続けに降り立ったという目撃情報が入った。二頭同時というのはかなり稀なことだ。あの森自体も竜が創ったものという謂われがある。今頃同志達がこぞって調査に向かっている頃だろう。

 

 ここは竜神信仰の聖典や、竜神をかたどったアクセサリー、降臨地からの出土品のレプリカなどを販売する店だが、あくまで新興宗教。国教の教義とは対立するため、こんな街外れに店を構えている。そのため、普段は殆ど客足が無い。

 だからこそ彼らが訪れたときは驚いた。街でも他の紋章持ちに出会ったことはあるが、竜神の話をするとすぐ逃げられる。店内に滞在する今が絶好のチャンスだ!

 

 

 機を見計らって話しかけようとした私は、お揃いのネックレスの掛け合いっことかいうイチャイチャを見せつけられ意気消沈した。

 二人してニマニマしやがって。神や同志だとしても癪に障る。

 

 ああ、あの人形に爆弾が混入してればいいのに。

 



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5. 別行動とチェックイン

 俺達は街外れの裏路地から、街中心部の市場街に向かっている。今朝方のレストランのある通りだ。

 さっきのお土産屋さんには二度と行ける自信は無いが、逆は簡単だ。人通りの多い道を選んで進んでいけば自ずと街中心部に辿り着く。

 

 ケンちゃんはご当地マスコットの土偶くんを、一緒に買った麻袋に入れて大事そうに抱えている。

 ふと思ったが、俺達が各地の名産品を集める旅人だとするならば、今まで購入した品はどこにあるんだろう。俺は言わずもがな、ケンちゃんも大剣以外持ち物はなさそうだ。

 鎧の下にキーホルダーでも隠しているのかな? それとも実家にでも送っているのか。謎のオブジェに囲まれる筋肉剣士という絵面はちょっとシュールだな。

 

 

 そうこう考えているうちに、市場街にたどり着いた。ケンちゃんに提案する。

 

「街を散策しましょう」

「……ああ」

 

 そうだ、俺達は旅人だとわかったのだ。これからは伸び伸びと街を散歩できる。

 仮に俺達がギルド所属の冒険家とかだったのなら、森から帰ってきた俺達はギルドに報告に行くというのが必然の流れだった。だが既にその心配はない。

 適当にぶらついて、異世界の町並みを堪能しようじゃないか。

 

 にしても、窓ガラスに映る俺は超絶美少女だったな。早くホテルに置かれているであろう立派な姿見でゆっくり俺を鑑賞したいが、生憎まだ昼下がり。今晩が楽しみだ。

 

 

 

 

「街を散策しましょう」

 

 魔女っ子の提案は渡りに船だった。俺もゆっくりこの世界の把握がしたかったのだ。

 この市場街は人通りが多く、賑わっている。道行く人や、脇に並ぶ商店・露店を観察するだけでも良い情報が得られるだろう。

 

 

 こっちは青果店、あっちは肉屋、さらにあっちは……ふむ、この市場で大体の生活必需品は揃いそうだ。

 このカップの絵の看板は、茶葉の香りもするし喫茶店だろうか。あっちは武器屋、そして防具屋か。

 

 道幅はこの街では広いと言えるのかも知れないが、現代日本に住んでいた俺からすれば狭く感じる。そのため結構混み合っている。

 基本は魔女っ子が先導し、俺が後をついていく形だが、今ははぐれないように横並びで手を繋いでいる。なんだか親子みたいだな。

 

 そしてすれ違う通行人らも観察する。買い物中であろう一般住民や、大きな籠を背負いせわしなく行き交う商人が大多数。他には、俺と同じように剣や鎧で武装した者が散見される。

 

 

 俺が観察を続ける中、魔女っ子は目を回していた。どうやら気分が悪そうだ。

 やむを得まい、この人混みは背の低い彼女には辛かろう。次からは肩車でもしてやるか。

 俺は彼女を抱えて、先程見かけた喫茶店で彼女を休ませることにした。

 俺も席に着こうとすると、彼女は申し訳無さそうに、

 

「行ってきていいわよ」

 

と言うので、俺はお言葉に甘えて喧騒の中に戻ることにした。

 この世界に来て初めての単独行動だ。フットワークの軽さを活かして、街の各施設でも巡ってみようか。

 

 

 

 

 ふう……温かいお茶を飲んでようやく気分が落ち着いてきた。

 酷い目に遭った。昼間の市場街は人が多すぎる。そして俺の身長が低すぎる。さらに体力もなさすぎる。

 ケンちゃんとの心理戦といい、俺の異世界転生、ハードモードすぎないか?

 

 彼に俺が転生憑依者だとバレてはいけない。しかし彼がいないと、この身体では何もできない。そもそも一人だったら草原で野盗に遭遇した時点で詰んでいた。

 突然転生させるならチート能力の一つでも用意しといてくれよ神様……。

 

 せめて頭脳面でもあれば、と考えながら喫茶店のメニューブックを開く。

 やはり全く読めない。商品名であることはわかるのだが……。

 

 

 そうだ、適当に注文して読み方を知れば、読み書きくらいは勉強できるんじゃないか? ケンちゃんからおかわり用のお金を預かってるし、色々頼んでみるか。お腹を壊さない程度に。

 俺は店員を呼んで、適当な項目を指差す。

 

「これは何?」

「それは『小春日和(こはるびより)』です。oo産茶葉の香りと、xx産茶葉のスッキリした後味が合わさった当店自慢のブレンドティーですよ。いかがですか?」

「『小春日和』……。美味しそうね、頂くわ」

 

 一杯注文する。

 はえ~オシャレな名前だ、これで小春日和と読むんだな。さっそく練習しよう。

 

 空を指でなぞって、これで、小春日和! 書けた!

 三文字で画数も少ない。すぐ覚えられそうだ。

 

 そして一文字ずつ、音と対応付けしよう。

 一つ目の文字が『こ』、二文字目のが『は』、『る』……

 あれ? 小、春、日……

 k、o、h……

 

 困った。文字数が合わない。メニューに書かれてるのは三文字なのに。

 

 

 ……そりゃあそうか。転生特典の翻訳機能で、この世界の言葉がいい感じに日本語に変換されてるだけだ。

 つまり店員さんは、実際は『小春日和』を意味する全然違う音を発音していたんだ。だから発音と文字を結びつけるなんて不可能なのだ。

 

 日常で絶対使うことのない『小春日和』という単語だけ書けて何の役に立つんだ。バカか俺は。体力も頭脳もダメダメじゃないか……っグスン。

 

「お待たせしました……っていかがされましたかお客様!?」

 

 この店自慢のブレンドティーは妙にしょっぱかった。

 

 

 

 

 この街に魔女っ子の行きつけの店があるということは、俺達はここを拠点にしていて、つまり俺を知る者もこの街にいるということだ。『ケン』の顔見知りに会うことができれば、大きな進展が得られそうだ。

 

 そう考え、武器屋など、『ケン』が利用していただろう施設をしらみつぶしに回った。俺の風貌は目立つ。以前に訪れたことがあるなら、店員から俺に声をかけてくるだろう。

 しかし期待は裏切られる。『ケン』を知る者は誰一人としていなかった。

 

 

 ギルドと呼ばれる施設にも訪れ、受付の者から説明を受ける。

 ここは危険な仕事の斡旋を行っている施設らしい。そして斡旋を受ける者を冒険者と呼ぶとも聞いた。派遣会社と派遣職員という理解でいいだろう。

 そしてやはりというか俺達は、このギルド所属の冒険者でもないようだ。

 

 受付嬢から「あなた腕が立ちそうですね、登録していかれますか?」と勧誘を受けた。

 今の手持ちは野盗から拝借した分が全てだ。今後の生計を考えると、冒険者になるのもいいな。今度魔女っ子と一緒に登録しに来よう。

 

 

 ふむ、めぼしい場所は大方回ったが……。思案にふける。

 謎は深まる一方だ。この街を拠点としている筈なのに、『ケン』の痕跡が皆無だ。

 

 もう一つ気になるのは首筋の刺青。『ケン』と魔女っ子の境遇にも深く関係するであろうこの刺青。現在俺は、この刺青は『所属』を示すものだと推測している。しかし街中には、それらしきマークを掲げた施設は見当たらなかった。

 

 もしや表に出られないような所属・身分なのだろうか。

 可能性の一つとして考えていた邪教の信徒という線が頭をよぎる。

 それとも、前世で俺が追っていたような反社会的組織のメンバー……、あるいは、被差別階級の烙印……。

 同じ刺青を持つ他の人間とコンタクトを取られれば、何かわかりそうだが……。

 

 

 

 噂をすれば影。

 次はどの施設を調査しようか、と考え街を歩いていると、首筋に例の刺青を持つ女性に話しかけられた。

 

「初めまして、ちょっといいですか?」

 

 『ケン』とは初対面のようだ。都合がいい。

 

「何の用だ」

「あの、その紋章って……えっと」

 

 何やら言い淀んでいる。やはり往来で口にし辛いことなのだろうか。レストランでも『魔女』という言葉に忌避的な周囲の反応もあった。

 構わん。言葉にするのが憚られるなら、俺には手札がある。

 俺は邪神像を麻袋から出し、彼女に突き出した。

 

「これに見覚えは」

「え、な、なにそれ……土偶……?」

 

 ふむ、邪教徒の紋章説は違ったか。となると……。

 

「ご、ごめんなさい。人違いだったみたいです! もう行きますね!」

 

 ……女性は逃げるように去っていった。もっと色々訊きたかったのだが。選択肢の一つを潰せたし良しとするか。

 

 気づけば日も暮れつつある。今日は切り上げよう。

 

 

 

 俺が魔女っ子の待つ喫茶店に到着すると、彼女は目を赤くしていた。

 泣いていたのか? 舌でも火傷したのだろうか。

 

「子供か……」

 

 思わず呟いてしまった。いや子供なんだけど。どうもこのチビっ子が黒魔術で戦う姿を想像できない。

 経路探索魔法は便利で見事だが、せっかくなら火の玉を飛ばしたりなど、目に見えて派手なやつを拝んでみたいな。

 

 

 

 

 街を歩いていたら、同郷かもしれない人を見かけた。

 声をかけたら、気持ち悪い土偶を見せつけられた。

 怖くなって逃げた。

 

「私と同じ紋章ってことは、あの剣士さんもきっと転生者だよね……」

 

 同郷は同郷だけどさ。

 神様って縄文時代からも転生者募集してたんだね……。

 

 

 

 

 俺は喫茶店に戻ってきたケンちゃんとともに、今晩の宿を探した。

 見た目は美少女、中身はモヤシっ子現代人の俺は迷わず高そうなホテルを選んだ。

 

 ケンちゃんに泣き顔を見られたのは失敗だった。

 レディーを子供扱いとは、絶対寂しくて泣いてたと思われてるよ。君は保護者か? 俺は自分のオツムの弱さを呪っていただけなのに。

 

 

 そして今はケンちゃんがホテルのフロントで手続きを行ってくれている。やっぱり保護者なのかもしれない。

 

「――でありまして、現在空室は1室のみとなっております。それでもよろしければ、こちらにサインをお願いします」

 

 1室しか空いてないのか。部屋数は多そうだが、繁盛しているようだ。

 他人とお泊りなんて、修学旅行や部活の合宿を思い出すな~。夜通し友達と遊ぶのが楽しいんだよな。

 ここには消灯時間にうるさい風紀委員はいないし、ケンちゃんと朝まではしゃぎ明かすか! 部屋にトランプとか置いてるかな? 枕投げは勝てる見込みがないので却下だ。

 

 俺がケンちゃんとの夜遊びに思いを馳せていると、ケンちゃんがチラチラこちらを見てくる。

 何を悩んでるんだろう。早くサインして泊まろうよ。それとも、俺に何かを促しているのか?

 

 

 ……まさか名前を書けない? 確かに武道以外は何も知らなさそうな脳筋剣士だ。文盲なのかも。こういうとき元々は少女がサインをしていたのだろうが、俺は少女の名前を知らないし書けないぞ……。

 

 どうしようか。ケンちゃんは未だ悩ましげな表情をしている。俺が出るしかないのか。

 

 

 そこで名案を思いつく。

 

「下がりなさい」

 

 俺はケンちゃんと場所を入れ替わると、宿帳に『小春日和』とサインした。

 俺が唯一書けるこの世界の言葉だが、お茶の名前だし、女の子っぽい響きの言葉だ。きっと女性名として通用するはず。偽名でチェックインすることになるが、仕方ない。

 

 フロントスタッフに宿帳を渡して……。

 

「398様、ですか……?」

 

 おいバカ音読するな! 適当書いたことがケンちゃんにバレるだろ!

 ……って、さんきゅーはち? さんきゅっぱ?

 

 

 俺はとんでもない過ちに気付いた。俺が覚えたのは商品名じゃなくて値段だった。

 

 

 ……ケンちゃんからのツッコミは無い。正しい名前だったようだ。奇跡すぎる。

 名前が数字という珍しさかつ、勘違いにより唯一書ける数字の羅列が自分の名前ってどんな偶然だよ、ラック値がカンストしているにも程がある。

 

 

 いや、そういうことか。わかったぞ。

 

 俺の転生特典は『超・強運』なんだ!

 俺の脳内ニックネームがケンちゃんの本名だったことといい、適当に歩き回った先が目当ての土産物店だったことといい、こうも連続してラッキーが続くとそう確信せざるをえない。

 最強のチート能力じゃないか! 体力も頭脳も無くても余裕で生きていけそうだ。

 思わず高笑いが漏れる。

 

「素敵な名前でしょ?」

 

 まあ日本にも『一二三さん』とかいるし、数字のみで構成された名前もあるっちゃあるんだろう。

 大変失礼致しました、と頭を下げ続けるフロントスタッフを後に、鍵を受け取った俺達は部屋へと向かった。

 

 

 

 

 俺達は夕暮れを背に宿屋に到着した。

 魔女っ子が「ここにしましょう」と言うので入ったが、高級そうな装いで金銭面が不安になる。まだ財布は重いが、連泊でも続ければすぐ資金が底をつきそうだ。ギルドに入会する等、早々に収入源を確保せねば。

 

 

 さて、金が関わることには俺が率先して行動するというのがお約束だったな。

 魔女っ子を下がらせ、俺はカウンターの前に立ち、笑顔で佇むスタッフから説明を受ける。

 

「――でありまして、現在空室は1室のみとなっております。それでもよろしければ、こちらにサインをお願いします」

 

 宿泊台帳を求めるか。代表者のみで良いみたいだが。

 治安面から考慮するに法整備が未熟そうなこの世界だが、ここは高級ホテル、しっかりしてるな。

 

 俺は『ケン』という名前の文字を書けない。魔女っ子にサインしてもらうか。……いや、俺が対応を申し出ておいて、サインだけ頼むというのは不自然だ。

 何とかこの宿を出て、その辺りがザルそうな安宿に移動する手を考えるか。

 

 

 『1室しか空きがない』。これを利用しよう。

 魔女っ子は少女といえど女性だ。男の俺と同室というのはアレじゃないのか。

 そこを彼女に問うてみて、他所を当たろうという流れに持っていこう。

 

 しかし「男女で同室だがいいのか?」とストレートに尋ねるのは、そういう対象として意識しているみたいで嫌だ。逆に、元々『ケン』と魔女っ子がそういう関係だったのなら、同室を拒絶というのも不自然になる。

 ここは間接的に、かつ単に魔女っ子に決定権を委ねる感じの言葉をかけるべきだ。しかし、うまい表現が思い浮かばない。なんと彼女に伝えようか……。

 

 

 俺が頭を悩ませながら肩越しに魔女っ子を見ていると、彼女は何か得心したように頷き、カウンターにいる俺と交代して、スラスラとサインを始めた。

 相部屋を気にしないあたり本当に実は男なのだろうか。思っていた展開とは違ったが、まあ彼女がサインしてくれたのならそれでいいか。

 

 

 そう思っていると、常に営業スマイルを崩さなかったスタッフから動揺の声が漏れた。

 

「398様、ですか……?」

 

 魔女っ子の名前がわかった。わかったが、名前が数字なのか。スタッフの困惑ぶりから察するに、この世界でもかなり特殊な名前のようだ。

 あるいは、番号で呼ばれるような生活を送っていたのか。

 囚人番号……、奴隷の管理番号? それとも……。悪い想像しか浮かばない。

 

 素敵な名前でしょ、と笑って部屋へ向かう彼女の後を、俺は無言で着いていくことしかできなかった。

 



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6. はじめてのお泊まり

 ついにゆっくり休めるんだ……!

 

 異世界生活二日目にして初めてのホテル、俺達の今夜のねぐらとなる部屋に入り、内装を見渡す。

 二つ並んだ綺麗なふかふかベッド、オシャレな照明やいい感じの花瓶、そしてバスルーム等々。さすが高級ホテルだ。

 

 トランプは……、うーん、遊び道具はなさそうだ。当然ながら枕はあるが……。枕投げ以外で寝具の遊び方ってあったっけ。

 女の子の体重ならベッドでトランポリンできるかな? でも一人で遊んでもつまらないよな。

 外泊の謎テンションで大はしゃぎするケンちゃんを見たかったが、残念。せっかく消灯に口うるさい先生も風紀委員もいないお泊まりなのに。

 いやでも、俺達が旅人なら外泊には慣れてるか。

 

 建物の外装通り、室内も快適そうで良かった。ドヤ街の安宿を選ばなくて正解だ。

 道中しきりに財布を気にしていたケンちゃんは今も物憂げな顔をしているけど……。

 か弱き美少女の俺が、安宿の雑魚寝部屋になんて泊まってみろ。それはもう大変なことになるぞ。

 男はすべからく狼なのよ? ケンちゃんはワンコなのでセーフかな。

 

 

 さてさて、次はお待ちかね、美少女とご対面の時間だ!

 俺は化粧台の前に行き、鏡を覗き込む。

 

「人形ね」

 

 思わず率直な感想がこぼれる。まるでお人形さんのような造形の美少女が鏡の中にいた。

 白いボブヘアーの髪、際立つ赤い瞳、パッチリお目々と長いまつ毛、小さいながら筋の通った鼻、小ぶりな口と顎、絹のようにスベスベのお肌、そして首筋に、幾何学的な紋章。

 

 

 何か混ざった。紋章……? 俺もタトゥーしてたの……?

 顎を上げて紋章を触ったり、首の皮を引っ張ったりしてみる。やはりタトゥーだ。こんな皮膚の薄い所に掘るなんて痛くないのかな。

 もしやタトゥーじゃなくてスタンプだったり? 俺達は旅人だし、観光地のスタンプラリーで用紙を持っておらず、仕方なく首に押した。……無いか。

 にしても可愛くないなあこれ。賛否両論あると思うが、俺的にタトゥーは不良っぽくて嫌だ。思わず顔を顰める。

 

 そういえばケンちゃんの首のタトゥーとそっくり、というかまるっきり同じな気がする。

 それを確認しようとケンちゃんの方を向くと目が合い、彼が口を開いた。

 

「俺は……いくつだ?」

 

 全く予想だにしない質問が飛んできた。

 『私、何歳に見える?』というクイズは女性の特権だろう。今この質問が飛び出た経緯や文脈は知らんが、当てずっぽうでもいい、何か答えねば。

 

「……三十五?」

「……そうだったな」

 

 見たまんまを答えたら、またも奇跡的に正解した。『転生特典・強運』は健在だ。

 ケンちゃんは悲しそうに俯いた。ゴメンね、パッシブスキルのせいで鯖を読めないんだ。

 

 

 まあいいや、ひとっ風呂浴びようかな。

 洞窟→森→草原→馬車→人混み、と通って、結構ホコリっぽいし汗ばんでいる。

 着替えは……。贅沢は言えない、同じのを着よう。

 

 そう思いバスルームに向かう。洗面台の鏡で再び首のタトゥーが目に入った。

 やっぱり俺とケンちゃんは同じ場所に同じタトゥーをしてるな。強い絆のような何かを感じる。

 

 強い絆。

 ん? 男女の強い絆って……。

 

 そもそも、男女で相部屋ってアレじゃない? もしやケンちゃんが受付で悩んでいたのはそういう……。

 そしてオーケーサインを出した俺。

 

 

 察した。今晩シャワーを浴びたら負けだ。

 バスルームまであと一歩の所で引き返した俺は、ベッドに不時着した。

 おやすみ。君に撃墜されるにはまだ早いのだ。

 

 うん、犬も狼も同じイヌ科だったね。

 

 

 

 

 魔女っ子は部屋を見渡してまもなく、化粧台の前に移動した。

 宿泊施設でまず姿見を確認とは、女性ならではの行動なのかな、などと感じつつ、俺は彼女の名前について考察していた。まだ推理を進展させるにはピースが足りない。あと少し埋まれば、全体像が掴めそうなのだが……。

 そう考えていたとき、彼女のつぶやきが聞こえた。

 

「人形ね」

 

 目をやると、彼女は顔をしかめながら首筋の刺青を観察していた。見慣れたものだろうに、何故今更そんなに気にしているのか。

 そして、人形、とは。

 

 俺は宿に着いてからの出来事を思い出す。

 明かされる彼女の名前。彼女の名前を見て困惑するフロントスタッフ。そんな彼に自嘲気味に言葉を返す彼女。

 そして今の、人形発言と、刺青を気にする行動。

 

 

 最後のピースが埋まり、俺の脳内でパズルがカチャリカチャリと揃っていく。

 

 彼女が名乗った数字について俺は、囚人や奴隷のように、番号管理されるような立場だったのかと想像した。

 しかし、囚人や奴隷なら本来の名前があるはずだ。つまり彼女は、名付けられたときから398番だったということだ。

 そして先の人形発言。人のカタチに創られたもの。

 一つの結論が頭をよぎる。

 

 

 ――人造人間。

 

 

 彼女の名は、製造番号か。

 フロントでのやり取りで自身の名前の不自然さを再確認し、忌々しげに見つめるは、首筋の刺青。

 あれは単なる刺青じゃない。刻印だ。

 

 この世界の常識は知らないが、生命の創造という冒涜的行為が合法だとは思えない。おそらく違法な黒魔術組織の研究所で彼女は創られたのだ。

 刻印の意味は……組織のマークか何かだろうか。刺青が宗教的意味を持つかもと考えてはいたが、想像の斜め上だ。

 

 

 そして。俺にも同じ刻印が印されているということは、つまり。

 目が合った魔女っ子に、思わず問いかける。

 

「俺は……いくつだ?」

「35」

「……そうだったな」

 

 ケン、お前も、人造人間なのか。

 俺は俯き、頭を抱えた。異世界の人間にしてもこの馬鹿力はおかしいと思っていた。納得だ、創られた強さだったのだ。

 

 昼間会った女性は、邪神像を見るなり逃げるように去っていった。彼女にとって恐怖の対象だったということか。この邪神は俺達を創った黒魔術組織の信仰対象なのだろう。

 あの女性は邪神像を見て、組織から受けた辛い記憶を思い出して恐慌に陥った、あるいは俺を組織の手先だと勘違いしたのか。

 

 

 ああ、なんたる皮肉か。

 

 黒魔術によって生み出された少女・398番が、同じく黒魔術を志す。

 己を産んだ邪教の神を、涙を流しながら崇める。

 

 35番は名前を授かった。おそらく398番による命名だろう。

 

「あなたは剣士だから、今日からケンよ」

 

 組織による度重なる非人道的な扱いによって、『創』られた心を『壊』された少女。

 そんな愛想を失った少女が精一杯の道化を演じて、仲間に付けた優しい名前。

 

 

 でも肝心の君は、創られた運命を、番号呼びを受け入れているのか?

 ケンよ、お前は少女のことを何と呼んでいたんだ?

 

 

 

 

 ケンちゃんが俺のベッドの横に立って、頭を撫でてきたときは悟った。転生メス堕ちRTAは一日半足らずでタイマーストップだと。

 ケンちゃんは苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

 

「こんなに小さい子が……作られた、命……」

 

 作られた命って何だ。子作りのことか! ガチでヤる気なんだ……。

 ケンちゃんは《黒丸単眼妖怪(バッ●ベアード様)》と格闘しているようだ。ロリコンのレッテルはこの世界でも不名誉なものらしい。

 正直怖い。でも、俺から誘った形だ。俺は覚悟を決め、頬に涙を伝わせながら言う。

 

「いいのよ」

「起きていたのか。よくないだろう……」

 

 よくないのはわかる。三十五のオッサンが少女に手を出すのは。

 

「……受け入れているのか」

「どうせ敵わないもの」

「……そんなに強いのか」

 

 俺がどう足掻こうと無理やりされたら受け入れるしかないのよ。性別以前に体格が違いすぎる。

 で、何を驚いてるんだ。強いだろ、君は。もしかして無自覚系なのか? 野盗を追い払って手をニギニギしてたのはそういうこと? 何かやっちゃいましたか感を演出してたの?

 

「ケンは強いから」

「っ……相棒は、俺達を生んだ奴らが憎くはないのか」

 

 俺達を生んだ奴ら? 俺達の親のこと、だろうか。この会話になぜ親が関係するんだろう……?

 もしや、少女とケンちゃんは家庭の事情とかで嫌々交際しているカップルなのかな。そして、好きでもない大男と否応無しにまぐわうことになる少女。それを気遣っての発言だろうか。

 話が噛み合ってない気もするが、そうと仮定して返事をしよう。

 

「怖くはあるけど、信じてるわ。いつか()ちるときが来るのよ」

 

 怖い。でも、ケンちゃんならきっと優しくしてくれると信じてる。短い付き合いだけど彼の所作の節々から、俺もとい少女への気遣いを感じている。

 そして少女の身体に乗り移った以上、いつかメス堕ちするんだ。早かれ遅かれ。

 

「……」

 

 ケンちゃんは無言でバスルームへと向かった。彼も据え膳を食う覚悟ができたみたいだ。

 ケンちゃん、剣士なのに手が柔らかかったな。とか考えつつ、俺は女にされるのを待っていた。

 

 

 結論を述べると、俺とケンちゃんは夜遊びしなかった。

 枕を交わして俺はベッドでトランポリン、ケンちゃん大はしゃぎ。そんな結末は訪れなかった。

 九時消灯で自分のベッドに入りいびきをかく彼は、風紀委員の鑑だった。

 

 

 

 

 おはよう。

 ぐっすり眠れて超早起きした俺。折角の高級ホテルだ、俺は朝シャワーを浴びた。

 

 朗報か悲報かわからないが、初めて見た己の裸体に性的興奮は覚えなかった。

 おお〜可愛え〜と、鏡の前でまじまじ眺めたり、ペタペタ触ってみたりはしたが、それだけだ。

 TS未経験の男子諸君にわかりやすく伝えるならば、

 

『筋トレ初心者が運動を始めて二週間後くらいに、うっすら割れた腹筋やちょっと逞しくなった二の腕を見たときの感動』

 

だ。「お! 締まってきたねえ!」とテンションが上がり、鏡の前でポージングする。

 決してハアハアしたりはしない。その程度だ。「これが今の俺の身体なんだな」以上の感想が浮かばなかった。

 

 

 洗濯機なんてないので仕方ないが、ちょっと汚れた一張羅のドレスに袖を通す。

 せめて下着くらいは替えが欲しい。俺が憑依する前はどうしてたんだろう……? 早急に買いに行こう。

 ドライヤーもないのでタオルで丁寧に髪を拭く。

 魔法が存在してそうな世界観だから、この手のことは便利な魔法でどうにかできるんだろうが、生憎俺は使えない。ケンちゃんも使えなさそうだし、本当に今までどうやって生活してたんだろう。

 そしてこのいい感じの木の棒を持って、俺の完成。こいつから魔法弾でも発射できないかなー、なんてね。当たり前だが、素振りをしても何も出ない。

 

 俺達の生活感の無さの原因について、ふと気付いたが、俺達は家から勘当を受け、逃避行に走るカップルなのではないか。

 ケンちゃんの『親を憎んでいないのか』という発言もあるし、これなら俺達が着の身着のままの装備で人里離れた森にいたことにも説明がつくんじゃないか?

 かなり妥当な線だと思う。早起きは三文の徳、俺ってば冴えてるね!

 

 

 そうだ、ケンちゃんが起きる前に、やりたかったことを済ませておこう。この世界の数字を覚えることだ。

 このホテルのフロア当たりの部屋数は十を超える。そして俺は既に3、9、8を知っている。つまり部屋の位置とドアの番号表示から、残りの穴埋めも可能ということだ。

 

 俺はこの階の部屋のドアを見て回った。

 期待通り8、9が隣り合っており、そこから辿って既知の3。そしてこれが2、1か。この丸っこいのが0かな。俺の世界の0と似てるね。

 たった十個の記号、おバカな俺でもこれくらいは気合で覚えないと。

 

 と思い、俺がとある部屋の前で必死に数字を覚えていると、突然ドアが開いて宿泊客に驚かれた。

 気まずい、そろそろ切り上げようか……。

 

 

 俺が部屋に戻った頃、ケンちゃんは起きて身支度を済ませていた。

 下の階の食堂で朝食が用意されてるらしい。俺達は食堂へと向かった。

 

 

 

 

 朝食を摂りながら考える。魔女っ子とケンの境遇について。

 

 人造人間、即ち不幸だと判断するのは早計だ。

 早計だが、『フランケンシュタインの怪物』のように、悪い末路を辿ることが多いように思う。

 そのことから昨夜、気が昂ぶった俺は、つい魔女っ子の頭を撫でつつ、哀れみ・同情の呟きを漏らしてしまった。

 それがきっかけでいくつか言葉を交わし、貴重な情報を得られたが、彼女に俺の憑依を怪しまれたかもしれない。

 

 

 まず彼女は涙を流し、「いいのよ」と運命を受け入れていた。いや、享受ではなく、諦観と言ったほうが正しいだろう。

 事実、彼女は件の組織を『敵わない』と評した。ケンと魔女っ子の力では、巨悪の組織を相手取るには力不足らしい。

 

 『ケンは強い』というのは文脈的に、精神的強さを指すのだろう。

 つまり魔女っ子は組織に屈していたが、ケンは対抗しようとした。

 あの森にいたのも、組織が座すこの街から逃げようとしていたのではないか。しかし魔女っ子は街に戻る選択をした。組織の追手からは逃れられないとでも判断したのか。

 

 他に魔女っ子は、組織は『怖い』、しかし『信じている』。そして『()ちるときが来る』と述べた。

 やはり組織自体には良い印象は無いらしい。そして『落ちる』とは地獄に、だろうか。

 幼少の頃から、組織に洗脳まがいの宗教教育を受け、『邪教を信仰しないと地獄に落ちる』といった刷り込みが彼女の中にあるのだろう。

 だから邪神像に涙してまで、信心せざるを得ない、と。

 

 余談だが次に、黒魔術組織が崇拝する邪神および、それを偶像化したこの邪神像について。

 この邪神像は日本の遮光器土偶に酷似している。土偶とは、女性を象ったものが多いと聞いたことがある。

 そして、『魔女』というワードにざわついたレストラン客。魔女が忌避の対象だということ。

 これらから、邪神すなわち魔女、彼奴らは魔女信仰を行う組織ではないだろうか?

 土偶女性説がこの世界でも同様かは定かでないので、心に留めておく程度だが。

 

 

 はあ、前世で反社会的組織に殺された俺は、転生先の異世界でも反社会的組織を追うのか。運命とは不思議なものだ。

 それとも、自称・神の爺さんの言う『依頼』とは、この世界で黒魔術組織の悪行をどうにかしろ、ということなのか。あるいは、398番および35番を救ってくれ、という意味か。

 

 組織の糾弾・壊滅なのか、俺達が逃げおおせることなのか、何を以って依頼完了とするのか不明だが、何か目標があったほうが第二の人生にも張り合いが出るかな。

 

 そう考えながら、俺は紅茶の最後の一口をすすり、朝食を締めた。

 さて、この難件、今日は何処から手を付けようか。

 




此度の投稿に伴い、過去投稿話の加筆・修正を行いました(段落字下げ等)。物語には影響ございません。


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7. 裏通りと転生特典……?と裏話

 念のためチップをベッドに置いて、俺達は宿を後にした。……この世界の文化面の知識も付けねばならんな。

 

 俺達が悪の黒魔術組織に創られた人造人間だと発覚しようが、問題解決に向かいすぐにどうこうできるわけではない。組織の打倒・組織からの逃亡、いずれを選択しても生活基盤の構築は必要不可欠だ。

 魔女っ子とも意見が合致したため、俺達は日用品を揃えに市場街を巡った。

 今までほぼ身一つであったことを思えば、俺達は組織から脱出して間もないのだろう。街中でも組織の追手を警戒する必要はあるが、幸いケンの身体は屈強だ。最悪俺が盾となり魔女っ子を守る。

 大きめの肩掛け鞄から始まり、替えの衣服類、保存食等々。薬品は……値段が張りそうだが買っておくべきだろうか……。重い鞄はもちろん俺が持ち、邪神像の入った麻袋は魔女っ子に持ってもらった。

 

 

 さて、無事平穏に買い物を済ませられた。そして魔女っ子は、今日の今後の予定は特に考えていないらしい。つまり今、行動の決定権が俺に渡っている。よし。

 陽も高く昇ってきた頃、俺はネックレスを片手で持ち上げ、魔女っ子に切り出した。率直に『黒魔術専門店』とは往来で口にできない。ぼかして伝える。

 

「これを買った店に連れて行ってくれ」

 

 

 

 

 朝からケンちゃんと仲良くショッピングだ。愛の逃避行、手持ちが大剣と木の棒と土偶だけじゃ心もとないよね。彼も同じ考えだったみたいだ。

 俺達はあれやこれやと、これまでよりお喋りしながら市場街を回った。昨晩のやり取りから、ケンちゃんと話しやすくなった。やや彼の態度が軟化した気がする。昨日までは探るような視線ばかり俺に向けていた彼だが、今は何か腑に落ちたかのように目の色が優しく変化している。

 少女の中身が俺に変わっていることへの疑いが晴れたのだろうか? まあ仲良くなれたのなら何でもいいか。

 

 

 買い物を終え、次はどこへ足を運ぼうかと考えていると、珍しくケンちゃんから行き先の提案をしてきた。

 おお、打ち解けられてきた証拠だ! と俺は喜んだが、彼から告げられた行き先とは、昨日のお土産屋さんだった。ああ、あそこか……。

 

「道を忘れたわ」

「……嘘はよくない」

 

 嘘じゃないよ! 駆け落ち中の旅路で一度立ち寄っただけの土産物店、覚えているわけがなかろう。事実ケンちゃんも覚えてないんでしょ? そもそもが入り組んだ裏通りで覚えづらいのに。

 

 そして俺には、もうあの店には行きたくない理由がある。これ以上お揃いのアクセサリーは増やしたくないのだ。すでに同じタトゥーを彫り、小中学生が喜びそうなドラゴンのネックレスをする二人組。厨二病ペアルックはイタすぎる。次はブレスレット? 眼帯? 恥の上塗りは勘弁だぞ。

 

「ケン。もう厨二病は卒業なさい」

 

 そう俺が呆れ顔で毒づくと、ケンちゃんは何故か考え込んでしまった。そんなに行きたいの……?

 あるいは、厨二病が伝わらなかった? 厨二病はかなり市民権を得ている言葉だと思っていたが、ネットやサブカルに触れてないと知らないものなのかな。いやそもそも、インターネットなんて存在しないだろうこの世界には厨二病という言葉が無いのかな。

 でも転生特典の翻訳機能ならば、この世界の住人であるケンちゃんの耳には『格好つけたがり』みたいに変換されてるはずだ。つまり何かしら伝わってはいるだろう。

 結論、ケンちゃんは真性の厨二病だ。手に負えないな……。

 

 

 ……えっちょっと、わっ!

 ふふ、ケンちゃんもわかってきたのね……♪

 

 

 

 

 魔女っ子からもたらされた黒魔術組織の情報、それだけではまだまだ不充分だ。

 そこで俺は、あの黒魔術専門店の店主からなら、新たな、詳細な情報を引き出せるのではと考えた。

 この邪神像を販売しているということは、あの店は組織に関係していると考えて間違いない。それに昨日は、組織の施設から脱走中であろう俺達を見逃したことから、店主は俺達の協力者という線もある。

 昨日はそんなこと露知らず、店主からの謎の視線にも押され早々に退散してしまったが、今日は実りある対話ができそうだ。

 

 そう目論んで魔女っ子に打診したが、突っぱねられた。

 「道を忘れたわ」という有り得ない言い訳。昨日の軽快な足取りが通い慣れた店であることを証明しているし、本当に忘れていても経路探索魔法を使用すれば済む話だ。

 ……やはり昨夜の踏み入った会話で、ケンが別人に成り代わっている、あるいはケンのスタンスが変化したことを悟られたのかもしれない。『仮題・黒魔術組織事件』の解決を図る俺の意図にも気付いているのだろう。嘘をついてみて、俺を揺さぶっているのか。

 そういえば買い物中も彼女は比較的口数が多かった。探りを入れられていたわけだ。ここにきて彼女との関係悪化は困るな……。

 

 次に魔女っ子は「チューニビョーは卒業しろ」と俺に言った。

 『チューニビョー』……。まさか『厨二病』なのか。創作物・フィクションに疎い俺でも聞いたことがあるネットスラングだが……。

 

 ……文脈が読めない。今回の俺の目的である『反社会的組織に関する情報収集』と、『思春期児童が陥りがちな自己陶酔』がどう関係するのか。

 『強大な闇組織に立ち向かうような蛮勇は捨てろ』と言いたいのか? これなら意味は通じる。通じるが、こちらの世界に来てから働いている異世界語翻訳能力ならば、俺がすんなり理解できる表現に換言される筈だ。ネットスラングに変換されるという点でも違和感がある。

 

 ……もしや、『チューニビョー』というこの世界の固有名詞なのだろうか。ならば変換が行われないことにも納得がいく。

 『卒業なさい』……脱退? 『チューニビョー』という名の、黒魔術組織の対抗組織から足を洗え、という意味だろうか。

 俺が過去『チューニビョー』に所属していて、その頃のような真似はやめろ、と。……流石に無理があるか。こじつけが過ぎる。

 

 まあ、呪術専門店を訪れる理由がより増したとも言える。組織に関係するワードならば、あの店の店主に尋ねれば何か判明するだろう。彼女の道案内は望めないが、構わん。

 

「道を忘れたのなら、通行人に訊けばいい。行くぞ」

 

 俺は半ば強引に彼女を持ち上げ、裏通りへと歩を進めた。

 ご機嫌取りがてら丁重にお姫様抱っこだ。うん? 急に大人しくなったぞ。

 ……なんだ、遠い街外れまで歩きたくなかっただけか?

 

 

 

 しばらく歩き続け、呪術専門店に到着した。

 魔女っ子は店外で待っているらしい。好都合だ、『チューニビョー』はこの世界の常識的な固有名詞かもしれないし、彼女不在の場なら無知を晒しても安心だ。これ以上彼女からの疑念を募らせるわけにはいかない。

 また、魔女っ子に「アクセサリーは買わないで」と言われたが、俺は魔術具の知識を持たないため、もとよりそのつもりは無い。余計な出費もしていられないしな。

 

 一人入店した俺は、カウンターに座る店主の男を見やる。他に客はおらず、暇そうにウトウトしている。じっくり話し合える好機だ。

 まずは直近の疑問から潰そうか。さっそく俺は店主に「『チューニビョー』を知っているか」と尋ねた。

 

 しかし、何故か見る見るうちに店主の顔が怒りに染まり、大量の邪神像を投げつけられ追い返されてしまった。

 

 何が彼の気に障ったのか……。買い物の意志が無いことを見抜かれ、冷やかしだと思われたのか? それにしても邪神像を手荒に投げるという罰当たりな行動、やはり彼は反・黒魔術組織派の一員なのだろうか。奇跡的に一つも落とさずキャッチできた俺のほうが敬虔な信徒なのかもしれない。

 

 ともかく、魔女っ子の行きつけの店かつ、彼が協力者の可能性もあるのに、立ち寄りづらくなってしまった。大失敗だ……。

 

 

 

 

 プリンセスごっこは終わりを告げた。お土産屋さんの前で俺は地面に足を降ろす。ケンちゃんの腕の中は快適だった。やっぱ男は筋肉だね!

 裏通りのゴロツキ達に土偶くんを見せて「これを売っている店は」と尋ねれば、案外親切に道を教えてくれた。無法地帯の裏通りで美少女を運ぶケンちゃんが犯罪者仲間だと思われたのかな。これから俺は売られるのか。……売られないよね? 他の男に捧げるくらいなら、やっぱり昨晩……。いや何でもない。

 

 俺は店内に用事は無い。外から窓の反射で俺を鑑賞していたほうが有意義だ。

 

「私は外で待ってるから。アクセサリーは買わないでね」

「……了解した。どの道俺にはわからん」

 

 俺は入店するケンちゃんを見送る。よし、釘は刺しておいた。無骨な体育会系男子の彼は、アクセの見立てはできないようだ。

 ……ケンちゃん、審美眼は磨いたほうがいいよ? 昨日みたいに女の子への贈り物を本人に選ばせているようじゃモテないぞ。まあ俺は、不器用なキミも可愛いと思うけどね!

 

 

 そんなことを考えつつ外で待っていたときのこと、突然店内からけたたましい音と怒声が鳴り響いた。直後ケンちゃんが店から飛び出てきて、俺の手を引き店から遠ざかった。

 

「……土産だ」

 

 一呼吸置いてケンちゃんが手渡してきたのは、土偶くん大家族。これを買いに来たの……? もしかして、俺へのプレゼントとして……?

 そしてさっきの騒ぎ。ケンちゃんが強盗に及んだ……わけは無いとして、「彼女に贈るプレゼントのセンスが悪い!」と店主さんに叱られたのだろうか。うん、俺も同感だよ店主さん。やっぱこの男ないわ。

 

 大所帯となった土偶ファミリーを入れた麻袋は地味に重い。肩に紐が喰い込んで痛い……。まあケンちゃんには更に大荷物を持って貰ってるから文句は言えない。か弱い少女と言えど、これくらいは俺が持たねば。

 パートナーならば、ずっと単なる庇護対象に甘んじているわけにはいかない。他に俺が役立てることはあるだろうか……。

 

 

 

 

 昼下がり、私がカウンター奥に腰掛け、船を漕いでいたとき、今日もあの紋章持ちの男が来店した。

 おお、再びチャンスが舞い降りた! 昨夜遅くまで聖典を読み耽り、祈りを捧げていた甲斐があった! 昨日は私情を挟んでしまったが、今日こそは冷静に、神との邂逅を堪能するのだ。

 そう決心し、寝ぼけた思考に活を入れていると、男は開口一番にこう尋ねてきた。

 

「店主、『思春期に患いがちな病』を知っているか」

 

 

 は? 思春期?

 

 ……恋の病?

 

 ああ、どうやらこの男、今日は恋愛話に来たらしい。

 ネックレス付け合いっこなどという乳繰り合いを見せつけるだけでは飽き足らず、恋バナとは、やるじゃないか。私が甘酸っぱい青春の一つも知らぬカタブツ宗教家だとでも言いたいのか。ああその通りだよ。

 

「二度と来るな!」

 

 私は手当たり次第に『特製土人形』を投げつけた。

 全て上手い具合にキャッチされたが、計画通りだ。それには仕掛けがある。昨日の教訓を活かし急遽こしらえておいたのだ。

 せいぜい彼女と二人仲良く爆発しやがれ!

 

 

 その後、私は再び後悔に暮れた。寝不足は駄目だ、思考を狂わせる。

 

 

 

 

 俺達が街中心部に戻るため、裏通りを引き返していた道すがら、ある施設が俺の目に止まった。ちなみに帰りは自分で歩いている。

 

 カジノだ……。

 ふとひらめく。

 

 これは、ケンちゃんの助けになれるんじゃないか。

 ケンちゃんはしばしば懐事情を心配している。現在のように高級ホテルへの宿泊や、現代日本でも通用しそうなレストランを利用していては、近いうちに破産してしまう。とはいえ少女の身体では、まともな肉体労働には就けないだろう。中身の俺がバカだから、頭脳労働も無理だ。

 

 しかし賭け事ならば、俺にも勝算がある。

 博打で稼ごうとは馬鹿らしいと思われるだろうが、そう、今こそ転生特典『超・強運』を活かすときだ。

 前世でパチンコすらやったことのない俺でも、このチート能力があればギャンブルにおいて最強なのだ。

 

「財布を貸して?」

 

 俺はケンちゃんから財布を借りて、意気揚々とカジノに乗り込んだ。

 ゲームは……何でもいいか、必勝だもん。よし、ルールが単純そうな、サイコロを使ったあれにしようかな。

 

 

 

 

 黒魔術専門店からの帰り道、今度は魔女っ子の提案で賭場に寄った。……賭博が趣味なのか? 幼子の見てくれからは想像できない。

 それとも魔法によるイカサマで、路銀を増やそうとしているのか。そうならばありがたいが、魔法がこの世界で一般的なものならば、対策も施されていそうだが……。いや、違法組織仕込みの黒魔術なら通用するのかもな。

 

 俺は期待と不安を抱えながら彼女の様子を見守る。ダイスらしき立方体の駒を使ったゲームだ。単純ゆえに、実力の介入余地がない、ほぼ運次第のゲームだが大丈夫だろうか。

 

 初戦、魔女っ子は安そうな銅貨を胴元に差し出した。

 そして結果は……勝利だ。これくらいは確率のゆらぎ・単なる幸運でも説明が付くが。

 魔女っ子は「しめた!」といった表情をしている。一戦目で黒魔術の手応えを試したのか? なるほどな。

 

 そして次のゲームが始まり。

 うわ、大きく張ったな……。よほど自信があるようだ。これは期待できるか?

 

 賽が投げられて。

 

 

 

 次の予定が埋まった。……大至急、ギルドに入会して収入の確保だ。

 

 

 

 

「さあて、今日は何を放り込んでみるかのう」

 

 

「おはようございます、お義父(とう)様。朝から『仮想世界キット』のお世話ですか? うちの娘がすみませんね」

 

「おお、女神君! 可愛い孫娘のためじゃし、女神君にも手伝って貰っとるし、何のことはないわい。して、新たな生者の魂の入植は済んだかの?」

 

「ええ、滞りなく。転生させて以来確認はしていませんが、……ほら、この少女です。どうやら他の入植者と行動を共にしているようですね」

 

「ようすぐに見つけられるのう……。む? 探偵君と歩いとるこの女の子、入植者じゃったの? てっきり現地人だと思っておったのじゃが」

 

「……首に入植者追跡マーカーが付いているではありませんか。このマーカーでデータとの連携などもできるのですから、使いこなしてくださいな」

 

「はあ、ついていけんわい。ワシの若い頃は不便で――」

 

「いいです、いいです昔話は。……なるほど、どうやらお義父様が送り込んだ彼と同じ入植ポイントに降ろされたようですね」

 

「やむを得んわい。入植現場を現地人に見られるのはまずいのに、近頃は奇特な輩が入植ポイントにうろついておるでの。じゃから、同じ時間・場所に転生完了するのも致し方ない。一応、入植ポイントは現地の生物が近寄りがたく感じるように設定しておるのに……」

 

「それにしてもこの探偵さん? 強そうですね。特に取り柄のない二十代青年を少女の姿で入植させたときはどうなることかと思いましたが、この方が同伴なら安心です」

 

「身体能力上不利な女体化・少女化を望む生者の魂は一定数おるが、運の無い子じゃの。ちょいと過去なら安全かつ未開の入植スポットも残っておったのに。探偵くんと出会ったことは幸運じゃがの」

 

「ちょっと探偵さんの行動履歴を読ませてもらってもよいですか?」

 

「ほい、これ」

 

 

「えっと、ふむ……。この方、強すぎはしませんか? 初日に、明らかに人外の所業で盗賊を追い払っているのですが」

 

「探偵君は筋骨隆々といっても、人間の範疇は脱しておらんぞ。プロスポーツマン程度の身体能力はあるがの。だから万能ではない。生き残っとるのも相手が良かっただけじゃ」

 

「相手が良かった? 筋力だけで説明がつかないなら、一体どんな強力な転生特典を与えたのですか」

 

「ああ、女神君も知っとるじゃろ? 亡者の魂の転生特典は機械的に決定される。ほら、これが彼の前世の死因じゃよ」

 

「『20xx-xx-xx: 指定暴力団○○組構成員により殺害』……ああ、そういうことですか」

 



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8. ギルド入会

 どこへ行ったの? 俺の転生特典……。

 俺は一気に軽くなった財布を片手に、呆然とケンちゃんの元へと戻った。

 

 初戦、一応『超・強運』が発動するか試した。そして確かに手応えを感じた。

 にもかかわらず、二戦目、調子に乗った俺は盛大に爆死した。

 もしやクールタイムが必要なのか? だから連続では使用できないと。無意識のうちにでも発動してしまう性質上、この能力、かなり使い勝手が悪いのでは……?

 

「神様なんて信じない……」

 

 俺を転生させたあの女神っぽいお姉さんも今ごろ俺を見て腹を抱えていることだろう。プクク、人生イージーモードだと思った? 残念でした! ってな具合に。

 

 

 金の切れ目が縁の切れ目。

 とはならず、ケンちゃんは生活費の大部分を溶かした俺を咎めず、「ギルドに行くぞ」とだけ言い、現在はその道中だ。

 ケンちゃんはポツリと俺に問いかける。

 

「魔法は使わなかったのか」

「……」

 

 衝撃の事実。俺、魔法を使えたんだ。少女は魔法少女だったのか。

 そして魔法でインチキしてカジノで荒稼ぎすると思われていた、と。だとすればすんなり財布を貸してくれたのにも納得できる。

 

「調子が悪かったのよ」

「そうか」

 

 嘘をついた。なんとか誤魔化せたようだ。

 もちろん少女に俺が乗り移ってからは魔法など使った覚えがない。

 何故このタイミングで俺の魔法の能力について疑ってきたのだろう。この三日間でも、魔法を使うべきタイミングは他にも有ったはずだ。

 例えば、かの野盗との戦闘のときとか「お前も魔法で手伝えよ」くらい愚痴られていてもおかしくない。

 もしや実は、俺が転生憑依者だとバレていて、転生特典を魔法だと皮肉ってそう呼んでいるのか?

 先の彼の発言は「お得意の強運はどうした? ほら、早く尻尾を出せよ」という意味か。

 

 ……いや、ネガティブシンキングは止めよう。

 ともかく彼が未だ、俺が魔法を使えて当然だと考えているあたり、やはり彼には少女の中身が俺であることは悟られていない。これは朗報だ。

 今後も完璧に少女ムーヴを貫くならば、魔法を覚える必要ができてしまったが、幸い、中身が俺だといっても身体が元の魔法少女ということは、体質的には俺は魔法を使えるはず。つまり学べば習得できる可能性が高い。

 ケンちゃんの目を盗み、なんとか他の魔法使いを見つけて教えを乞う。この方針で行こう。

 七転び八起き、俺は挫けないぞ!

 

 

 

 

 そもそもが野盗から拝借したあぶく銭。先送りしていた収入源確保が早まっただけだ。

 そう自分に言い聞かせ、俺は憤りを鎮めた。

 終始申し訳無さそうにしている魔女っ子を責めるのが忍びなかったのもある。

 

 

 なぜ魔女っ子は賭場で資金を溶かすような真似をしたのか。俺はギルドへの道中、考えていた。

 念のため魔法について尋ねたが、調子が悪かったらしい。

 この発言を信じるならば、やはり我々の懐事情を憂い、手助けしてくれようとしたのだろう。

 考えたくない説としては、調子が悪いというのは嘘で、彼女は俺の計画を妨害しようとした。そのために無理やり活動費を消し去った。

 何やら返答に間があったし、「調子が悪い」という口説は万能な言い訳のように感じる。また、呪術専門店の調査を嫌がっていた彼女の態度を鑑みても筋が立つ。

 そしておもむろに彼女がこぼした「神なんて信じない」という発言。神とは例の邪神ではなく、それに対立する正教の神を指すのだろう。

 「ケンも邪教に屈しなさい。(かな)いっこないのだから」という彼女からのメッセージだろうか……?

 

 駄目だ、悲観的な想像ばかり繰り広げてしまう。職業病なのかもしれない。

 まあ、異世界転生など経験してもなお脳天気でいられる奴が居れば、是非とも拝見したいものだが。

 

 

 

 ギルドに到着し現在、受付で入会手続きをしている。

 俺の入会は無事済んだ。受付嬢に年齢を訊かれたときは悩んだが、魔女っ子から「好きに答えればよい」と言われ、ハッとした。

 そうだ、ケンは人造人間。製造からの年数と外見年齢の間に乖離があるのだろう。

 俺は前世の年齢、もとい享年である三十四だと答えておいた。ケンの外見年齢ともそう差異は無いはずだ。

 

 受付嬢は年齢詐称について何も言わない。そもそも犯罪組織の人造人間であるため、身元を証明する方法を何一つ持たないのだが良いのだろうか、という不安は杞憂に終わった。

 それとなく訊ねると、どうやらギルド会員証が一種の身分証明証となるらしい。……それでいいのか? よくわからん世界だ。

 もう一つ、ギルドに登録して初めて冒険者となる、と昨日も聞いたが、冒険者の組合が冒険者ギルドなのだから、因果が逆なのでは? という疑問もある。まあそういうものなのだと納得すべきか。

 なんだか取って付けたような組織だな……。魔法の有無でこうも社会のシステムが変わるものか? まあおそらく、この世界自体が神様の爺さんの掌の上ということなのだろう。

 

 

 次に魔女っ子の手続きが始まった。

 彼女は名前、年齢、性別等のプロフィールを受付に伝えている。

 やはり398という名前に戸惑われている。年齢は九歳という設定。

 そして性別も外見通り女で確定。一時期、女装説を考慮していたことに心中で詫びを入れる。

 

 次の質問は技能・特技について。俺のときは大剣を見せるだけでパスした質問だ。

 そこで魔女っ子は振り返り、俺をかがませ、耳打ちしてきた。

 

「魔法のことは隠しておきたいのだけど」

 

 ……なるほど。

 確かに、違法な黒魔術のことを正直に述べるのは不味かろう。曖昧に魔法、とだけ答えるのも、掘り下げられた場合困る。

 しかし齢九つにして技能無しでは、まともな依頼など受けられないだろうし、そもそも入会できるか怪しい。

 つまり魔法には言及せず、うまく彼女の能力を伝える必要がある。

 

 魔女っ子は右手で俺の腕を掴み、左手を握り拳から人差し指のみ軽く開いた状態で下唇に当て、小首をかしげ上目遣いで俺を見つめている。

 ……その仕草は、俺に『お願い』しているのか……? 工数が多いな。はっきり「対応を頼む」と言葉で言えばいいのに。

 

「任せろ。魔法のことは黙っておく」

 

 まあいい、やってやろうじゃないか。俺は魔女っ子に代わり再び受付嬢と対面する。

 さて、今まで彼女が行使した魔法といえば、経路探索魔法。GPSなんて無いであろう中世ヨーロッパもどきのこの世界、冒険者として役立つ技能だ。

 しかし単に「道案内が得意だ」と言うのも、魔女っ子の年齢相まって子供のお遊びだと捉えられかねない。案内人を果たせる技能……、これだろうか。

 

「彼女には航法の心得がある」

「航法、ですか……? 天文学などを修めている、ということでしょうか」

「……そうだ」

「その年齢で、素晴らしいですね……。では、未開の地への依頼も安心して頼めそうですね」

 

 よし、いい感じに解釈してくれた。

 これで無事登録手続きは済み、晴れて冒険者だ。初仕事といこうか。

 依頼掲示板を見ても読めないので俺は受付嬢に、ビギナー向けの依頼が無いか尋ねた。

 

 

 

 

 ここが冒険者ギルドか。

 一刻前の俺ならば「異世界ファンタジーっぽい!」と喜んでいただろうが、愚かな俺のおかげで生活費を失った手前、うかれていられない。

 働かざる者食うべからず、つまるところ、これは就活なのである。

 

 でも、少女の俺にこなせる依頼なんてあるのだろうか。

 俺の想像が正しければ、魔物の討伐とかでしょ? 依頼って。戦闘力を有しない俺が活躍できるとは思えないが……。

 とりあえず冒険者になって、働きながらスキルを磨こうか。就職において、若いうちはスキルよりやる気が重視されるのだ。流石に若すぎるけども。

 

 

 まずはケンちゃんの手続きだ。ケンちゃんは以前にもギルドを訪れたことがあるようで、受付のお姉さんから「うちに入ってくださるのですね!」と歓迎されていた。

 そのため、手続きはスムーズに進むかと思われたが、何故か年齢を言い淀んでいる。

 

 呆れた。

 三十五歳でしょ、早く答えなよ。そんなにもアラフォーだと名乗るのが嫌か。

 ……俺も三十路になると年齢を言いたくなくなるのかな?

 

「もう、好きに答えたらいいんじゃない」

 

 俺の投げやりなアドバイスを素直に聞き入れたケンちゃんは、超微妙に鯖を読んだ。四捨五入は重要らしい。

 

 

 そうこうして、今度は俺の手続きが始まった。俺は受付さんを見上げる。

 まずはプロフィールを聞かれる。名前と性別は無問題、既知だ。

 問題は少女の年齢だが、今更クールタイムが回復したおかげで強運を発動し、見事言い当てる。九歳か、見た目まんまだ。

 

 そして次は、俺のスキルについて。

 俺は魔法と答えようとするが、踏みとどまった。

 現状俺は魔法を使えない。それに魔法使いであることを明かすと、能力に見合った危険な依頼が舞い込むリスクが上がりそうだ。それは堪らない。

 

しかし、魔法を隠すことにもリスクがある。ケンちゃんに怪しまれてしまう。

彼は俺が魔法使いだと知っている。そして採用面接において、わざわざスキルを隠す意味は皆無。

まだケンちゃんは俺が魔法少女だと信じているのだ。この状況を手放すのは惜しい。

 

 決めた。

 理屈抜きに、とにかく「魔法は隠したいの!」とケンちゃんにお願いしよう。

 俺は思いつく限りの飛びっきり可愛いポーズを取り、ケンちゃんを見つめる。

 

 ケンちゃんは眉をひそめた後、「任せろ」と言って前に出た。俺の代わりに俺をアピールしてくれるようだ。

 悩殺完了。流石はロリコンのケンちゃん、ちょろいね。

 最悪『特技:無し』で入会できなくても仕方ないか、とも考えていたが、魔法以外にも少女はスキルを持っていたのか。

 

 ……まさか「この子は魅了スキルを持っている」なんて言わないよね?

 そっち方面なら確かに稼げそうだが、フィアンセがそんな職に就いていいの? 駄目だよね。ね……?

 

「彼女には『こうほう』の心得がある」

 

 俺の心配をよそに、ケンちゃんは受付さんに伝える。少女の他の能力について。

 でも『こうほう』って何だろう……? 工法……エンジニア? 違うか。

 広報かな? マーケティング的な。でもそれは、冒険者というより商人のスキルだ。

 コーホー……残虐超人……? いや俺はベアークローを装備していないし、普段の二倍ジャンプして三倍回転するような身体能力も無い。

 

 あっわかった、後方か! 後方彼女面、じゃなくて魔法による後方支援。これだ!

 でもそれ、魔法が使えるのを仄めかしてない……?

 

「『こうほう』ですか……? 天文学などを修めている、ということでしょうか」

「そうだ」

 

 違った。どうやら少女は天文学者でもあったらしい。

 後方支援って、内助の功みたいな意味かな? 夫は外回り。妻はお家で家事をこなし、お空の観察。

 これなら仕事もデスクワークが中心だろう。必然的に肉体派のケンちゃんとは別行動になるが、帰りを待つのも勤めの一種だ。

 でも天文学者って何から学べばよいのだろう。ボロが出ないよう、早急に知識をつけねば。

 

「その年齢で、素晴らしいですね。では、未開の地への依頼も安心して頼めそうですね」

 

 うん、素晴らしいね。九歳で学者さん、飛び級かな? 俺へのハードルも天体観測できそうな高さになってるけどね。

 で、何で学者が未開の地へ……? フィールドワークにしては厳しくない? 冒険者という職業柄、命の危険からは逃れられぬ運命なのか。

 ともかく、学ぶべき順序が決まった。多分、空を拝んでの道案内役ということだろう。まずは北極星を探そう……! 太陽が昇るのはこの世界では……東? 西? 昇った方を東と呼べばいいか。

 

 

 ようやく入会手続きが終わった。ケンちゃんは続けて、受付さんに初心者向けの依頼がないか尋ねている。

 受付さんが出してきたのは、狼の群れの討伐依頼。他の冒険者たちとチームを組み、一緒の馬車で現場へと向かうらしい。つまり道案内役である俺は不要だ。戦闘面でも俺に出る幕は無い。

 なのでケンちゃんに「言ったでしょ、魔法の調子が悪いの」と伝え、俺はお留守番させてもらう。初仕事からサボるのは心苦しいが、下手に同行して足手まといになるよりマシだろう。

 他の冒険者もいるし、なにせ野盗を追い払ったケンちゃんのあのパワーなら、狼もイチコロだろうしね。

 

 

 

 

 夜。昨日とは打って変わった簡素な造りの宿で大剣を見つめ、物思いに耽る。

 俺の初依頼は、狼の群れの討伐に決まった。

 他の冒険者との共同依頼であるため、最悪助けてもらえるという意味で、初心者向けらしい。

 

 不安だ。

 受付嬢は俺の見てくれから判断してこの依頼をよこしたのだろうが、中身の俺はズブの素人である。

 狼は俺の世界でも存在する動物だが、俺に狩猟の経験は無い。翻訳能力上オオカミと訳されているだけで、俺が知る狼とは勝手が違う可能性もある。そもそも知るといっても現物は知らず、あくまで写真や映像でしか見たことがないが。

 出立は明朝で、準備に取れる時間も無い。ケンの怪力でどうにかなるだろうか……。

 さらに憂慮しているのは、魔女っ子の同行が無いこと。魔法の調子が悪いとの言を信じれば妥当ではあるが、心細い。

 大の大人が幼き少女を心の支えにするとは情けないが、この世界での唯一の仲間なのだ。

 

 ともかく、明日は早い。俺は大剣、見た目相応の重量を持ったそれを鞘へと収め、ベッドに倒れ込んだ。

 

 

 

 

 今日は安宿に宿泊だ。なんとか個室は確保してもらった。

 ギルドに紹介してもらった宿なので、他の宿泊客も冒険者が多いようだ。

 ちなみに一階は酒場になっている。夕飯を摂る最中、魔法使いと接点を持ちたい俺はそれらしき人物がいないか探したが、ケンちゃんみたいな厳つい武闘派だらけだった。

 

 部屋に入る。昨日の高級ホテルとは違い、ボロくて殺風景である。暗く、どこか湿気臭い。しかし贅沢は言えない。むしろこの質素さに慣れねばならない。

 ケンちゃんに今日の午前中のような柔和な雰囲気は無く、神妙な顔つきをしていた。俺のせいで一日にして生活難に陥ったのだから当然である。

 蝋燭の明かりで刃を照らし、己が獲物を見つめる彼の様子は、まさに歴戦の戦士のそれである。

 ケンちゃんは朝早くから出発なので、俺も見送りくらいはせねば。早起きするため、もう寝よう。

 予定では、明日ケンちゃんが帰ってくるのは夕暮れ時になるらしい。俺は留守番の間、何をしようか。

 



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