ロクでなし魔術講師と糸使いの少年 (ネコ耳パーカー)
しおりを挟む

本編
学院テロ編1話


初めまして。そしてSAOから来てくれた方はどうも。
ネコ耳パーカーです。
さて、SAOとは違って原作を、メインストーリーはアニメの続きから最新刊までは読んでます。アニメも何回か見直してます。
つまり、ある程度はマシだと思います。ある程度は。
それではよろしくお願いします。


side???

 

「…ねぇ、これを見て」

 

同い年くらいの黒髪の少年は赤い手袋から糸を取り出した。

どれだけでも出る糸を使って、色んな模様を空に描いていた。

私はそれを最初はただぼんやりと、最後の方にはワクワクしながら見ていた。

最後にその少年は星型のネックレスを作ってくれて、それを私にくれた。

その後突然糸を振ったと思ったら、壁がまるでバターのように切れた。

 

「そのお守りが、きっと君を守ってくれる。速く行って」

 

そうして彼は私を逃がしてくれた。

その後別の黒髪の青年に出会い、私は助けられる。

お守りをくれた彼は無事だろうか。

そう思いながら、私はお世話になっている家、フィーベル家へと無事に返された。

 

…何か懐かしい夢を見た。

とても辛く、優しく、冷たく、暖かい夢だ。

私は机の引き出しにしまってある、赤いお守りを取り出した。

あの時と変わらずそこにあるそれは、きっと私にいい事をもたらしてくれる。

そう信じて強く、祈るように握った。

さて珍しく早起きしたのだ、家族を驚かせてやろう。

そう思い手早く支度を終わらせ、彼女が起きるであろう時間に、部屋に突撃した。

 

「システィ!おはよーー!」

 

「きゃあ!?ルミア!?何でもう起きてるの!?」

 

姉妹同然に過ごした彼女、システィーナ=フィーベルへのイタズラを成功させ、賑やかな日常の始まりを感じた私、ルミア=ティンジェルなのだった。

 

 

 

初めまして、俺はアルタイル=エステレラ。

みんなからはアイルって呼ばれてる。

突然こんな事言い出して、怖いだろうがすまない、俺の現実逃避に付き合ってくれ。

何故なら

 

「…」

 

「システィ…機嫌直して?ね?」

 

俺の左隣でいかにも不機嫌なフィーベルと、それを右隣から宥めるティンジェルに挟まれてるからだ。

 

「なあ、何があったんだ…?」

 

「アハハ…実は…」

 

乾いた笑いを浮かべながら、事情を説明してくれるティンジェル。

フィーベルへの配慮が耳元で話してくるが、ぶっちゃけ言おう。

柔らかいモノが当たるは、いい匂いがするは、可愛い顔が近いわでドッキドキの俺。

さて、そんなキモイ俺は置いといて、話を進めよう。

要は朝からマナーのなってない男に出会い、それで不機嫌なんだとか。

世の中、そんな男もいるもんだ。

そう思ってると

 

「わり〜わり〜…遅れたわ〜…」

 

何ともやる気のない声が聞こえてきた。

 

「やっと来たわね!貴方、この学院の講師としての…ってあ〜〜〜〜〜!?」

 

「何?今朝のやつ?」

 

「そうなの、でもビックリ。まさかうちの担当だったなんて」

 

「…違います。人違いです」

 

「なわけないでしょ!?」

 

すごいな、相も変わらずフィーベルのツッコミはキレが違う。

ついつい、ボケ倒したくなる。

 

「あ〜…グレン=レーダスです。これから皆さんと「自己紹介はいいので早く授業を始めてください」

 

フィーベルが強引に話を切って、授業を催促する。

それもそうだな…等と言いながら黒板に書いたのは

『自習』

 

「今日の授業は自習にします…眠たいから」

 

…おっとマジか?そう来るか。

ここまでのロクでなしは中々いないだろう。

 

「…ち、ちょっと待てーーー!」

 

「「システィ(フィーベル)がちょっと待って(待て)!」」

 

突貫するフィーベルを俺達は慌てて止める。

こうして俺のドタバタ学園生活は始まりを告げたのだ。




という訳でありがとうございました。
ここからはアニメの知識を活かしつつ、やっていきたいと思います。よろしくお願いします。

名前:アルタイル=エステレラ
性別:男
身長・体重:174・60kg
家族構成:妹、下宿先の老夫婦
好きな物:甘い物
苦手なもの:ゆで卵、虫
得意分野:徒手空拳、???、???
武器:???


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学院テロ編2話

主人公の名前を何回も間違えるという凡ミス。そんな僕ですがどうかお付き合いください。
はい、ある程度その言葉を過信しすぎないようにしてくださいね。
それではよろしくお願いします。


グレン先生が来て数日後

 

「いい加減にして下さい!!」

 

フィーベルがブチ切れていた。

まあ、あの『真銀(ミスリル)の妖精』とさえ言われるほどの堅物だ。

いつかキレると思っていたが、むしろもった方だろう。

 

「またお前か?だからいい加減にやってるだろう」

 

「そういう意味ではありません!私は魔術の名門フィーベル家の娘です!私が父に進言すれば、貴方の進退を決する事も出来るんですよ!!」

 

いや、それはマズイだろ。そんな話をしたら…

 

「…え?マジで?」

 

「本当はこんな手段に訴えたくはありませんが、これ以上講義に対する態度を改めないのなら…」

 

「お父様にぜひ期待してますとお伝えください」

 

「…え?」

 

ほらやっぱり。

やる気の無い人にそんな話したら、絶対こうなるに決まってる。

むしろ、丁度いい口実を与えただけだろうに。

 

「いや〜!これで1ヶ月もやらずに辞められる!」

 

ここまでやる気がないとむしろ清々しいなこの人。

そんな先生に遂に本当の意味で我慢の限界を迎えたフィーベルは左手の手袋を投げつけた。

周りはその事に動揺する。

 

「貴方にそれを受けられますか?」

 

「ダメ!システィ!すぐに謝って!」

 

ティンジェルも慌ててそれを辞めさせようとする。

魔術師にとって左手の手袋を投げるという行為は、相手に決闘を申し込むという意味がある。

更にタチが悪いのが、条件は受けた側が決められるという事だ。

つまりこの場合、グレン先生が決めるという事であり、フィーベルはかなりまずい事になったのだ。

 

「こんなカビ臭い風習、忘れてたぜ…。で?まさか本気なのかお前」

 

「全て承知の上です」

 

決闘である以上、相手の要求を飲まなくてはならない。

それがどんな非道な要求だったとしても。

 

「…ハハ!安心しろ。俺の要求は説教の禁止だ…じゃあ、場所を変えて始めようか。」

 

予想外にこの決闘を受けるらしい先生。

ハッキリ言ってこの闘いの行く末は決まってる。

だから俺は見る価値無しと判断し、寝ることにした。

 

「アイル君は見ないの?」

 

ティンジェルが不思議そうに首を傾げながら聞いてきたので、俺はコインを1枚投げ渡しティンジェルに言い放った。

 

「賭けてもいい。この闘い、間違えなくフィーベルの勝ちだ。もし違ったらそのコイン、お前にやるよ」

 

そう言って俺は寝に入った。

結果は予想通り、フィーベルの圧勝だったらしい。

 

 

その数日後、事件は起きた。

 

「魔術ってそんなに偉大で崇高かねぇ…」

 

「…おや?」

 

何時もならあっさりとスルーするグレン先生が珍しく、フィーベルの一言に噛み付いた。

これは面白い事が起こるかも、そう思いこっそりと聞く体勢を取った。

 

「フン…何を言い出すかと思えば。魔術とは世界の真理を探究し、人をより高次元の存在に近づける。いわば神に近づく尊い学問なのよ」

 

まあ、なんて教科書通りの回答なんだろう。

あまりの模範解答に拍手を送りたくなる。

 

「ふぅん…で?()()()()()()()()()()()()人をより高次元の存在に近づける?そんな事して一体どうするんだ?」

 

「…え?」

 

それは俺もそう思う。

そんな事のために命を懸けるとか、バカバカしいにも程がある。

 

「例えば医術は人を病から救うよな?農耕技術、建築術… 人の為に役立つ技術は多い。だが魔術は?まともに生きてれば、一般人には見ることさえない代物だ。」

 

「ま、魔術は!?…人の役に立つとか、立たないとか…そういう低次元のものじゃ…!?」

 

ああ、今のはいただけないな。

人を救うって意味を理解してないなアイツ。

俺は少しムスッとしながら、成り行きを見守る。

 

「悪ぃ悪ぃ、ウソだよ。魔術はちゃんと人の役に立ってるさ…()()()()()()

 

グレン先生の顔はまるで憎むように、苦しむように言い放った。

あれは、嘘とか演技じゃないな。

恐らく、本気で思ってるんだ。

そしてその言葉を受けたみんなは、顔を青くする。

 

「剣で1人殺す間に、魔術なら何十人と殺せる。これ程人殺しに長けた術はない!」

 

「ち、違!?魔術はそんなんじゃ!?」

 

「違わねぇよ。なんでこの国は魔術大国と呼ばれている?なんで帝国宮廷魔導師団なんて物騒な連中がいる?魔術はな、人殺しと共に発展してきた技術なんだよ!!お前らの気が知れねぇぜ!こんなろくでもない術に人生を費やッ!」

 

途中でグレン先生の言葉が止まった。

俺もこれにはビックリした。

フィーベルが泣きながらにビンタからだ。

 

「テメ!?」

 

グレン先生が文句を言おうとしたが、涙を見て口を噤んだ。

 

「…最低!」

 

「システィ!待って!」

 

フィーベルが教室を飛び出す。

それにティンジェルは追いかけていく。

 

「…はぁ…。今日は自習だ…」

 

グレン先生も頭を掻きながら教室を出る。

みんなが呆然とする中、ただ1人立ち尽くす少女

リン=ティティスに俺は声をかけた。

 

「とりあえず、席に座れば?後、お前に非は無いぞ」

 

「…ありがとう、アイル君」

 

それから少しして、ティンジェルが帰ってきた。

フィーベルはそのまま早退する事になったらしい。

 

「…ねぇ、アイル君。アイル君はどう思う?さっきの話」

 

そこで俺に聞くか〜。

俺に聞かれると、あまりご期待通りの答えは返せないぞ。

 

「ハッキリ言ってしまえば…どうでもいい。興味無い」

 

「…え?」

 

ほらやっぱり、そういう顔するよな。

みんなもそういう顔してるんだろうな〜。

見なくても分かるよ。

 

「俺の魔術を学ぶ理由を聞いて、お前らに一体何の役に立つ?何で魔術を学ぶか、なんで魔術を使うのか、それは俺達自身が、一人一人決めなくちゃいけない。【汝望まば、他者の望みを炉にくべよ】…自分の望みすら他人に任せては、そいつに生きる価値はない。ましてや人の望みを踏み躙るなんて言語道断だ」

 

そこまで言って俺は、机に伏した。

寝ようと思ったが視線が、気になってそれどころではなかった。

 

 

「は?魔力円環陣の練習に付き合ってくれ?」

 

「うん。どうしても分からなくて…アイル君、方陣とか結界とか得意だよね?…ダメかな?」

 

ティンジェルよ、その上目遣いは男にはクリティカルだぞ?

まさか狙ってるのか?

そう思いながら、俺は他の問題を聞く。

 

「生徒の無断使用は禁止だろ?それに鍵はどうするんだ?」

 

「…てへっ」

 

「おい、マジか?マジかお前!?」

 

それ鍵だよね?まさか盗んだの?

 

「盗んでないよ!ただこっそり借りただけ!」

 

「それは盗んだって言うんだよ!…はぁ。速く行くぞ」

 

「あ、待って!アイル君!」

 

こうなったらヤケクソだ。

確か呉越同舟、一蓮托生、死なば諸共か?

まあ、何にせよ頼られたからには、付き合うか。

バイトも夜からだし、問題ない。

 

「う〜ん…何でだろう…」

 

さて、方陣を組み呪文を唱えても起動しない方陣。

最初に聞かれた時、とりあえず自分で考えろと言ったのが5分前の話だ。

そろそろかと声をかけようとした時

 

バン!

 

「うひゃあ!?」「うお!?」

 

「実技室の生徒の無断使用は禁止だぞ〜」

 

「「グレン先生!?」」

 

突然のグレン先生の襲来。

やべぇ、とりあえず謝っとこ。

 

「すんません、鍵は俺がパクリました」

 

「アイル君!?違います!私が無理を言ったんです!アイル君は何も悪くありません!」

 

俺達はお互いを庇いあったが、どっちにしろアウトだ。

でも先生はそんな事お構い無しだったらしい。

 

「そんな事より、速く完成させちまえ。後は1歩だろうが」

 

なんだ、気にしないんだ。

だったら遠慮なくそうさせてもらおう。

 

「でも何故か起動しないんです…」

 

「タイムアップ。正解は水銀不足だ。ほらあそこ、切れてるだろ?」

 

そう言いながら、俺は水銀の入った水瓶を持ち、どんどん足していく。

 

「あ、本当だ。気づかなかった…」

 

「おお、エステレラは気づいてたか。お前達は目に目えないものには神経質になりやすいのに対し、目に見えるものを疎かにしがちだ。魔術を必要以上に神聖視してる証拠だな。…よし、エス…言い難いな、アルタイル、もういいぞ。ルミア、やってみろ。省略するなよ。教科書通り、5節でな」

 

「はい…【廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ】」

 

その瞬間、目の前にオーロラが出てきた。

仕組みはただ魔力が光っているだけだ。

そういうのを、分かりやすくする為の方陣だ。

でも余りにもその光景が美しくて

 

「「綺麗…」」

 

俺とルミアは同時に呟いていた。

ふとグレン先生の方を見ると、俺達を見て薄らとだが、確かに笑っていた。

 

「2人とも、今日はありがとうございました!」

 

「別に俺は何もしてねぇよ」

 

「どういたしまして。お陰で、いいもん見せて貰ったし」

 

夕暮れの中、俺達はルミアを送り届けていた。

 

「先生って教師になる前は何してたんすか?」

 

俺が間を取り持とうと、適当な話題を触れる。

 

「1年間はセリカのところで穀潰しをしていた!」

 

セリカ…セリカ…確かその名は…

 

「アルフォネア教授ですか?」

 

「そうそう、あいつは俺の師匠で親代わりみたいなもんだからな」

 

「…あれ?じゃあ、それより前は何を?」

 

ルミアが不思議に思ったのかそう尋ねた。

確かにそうだ、1年間はって事は、それ以前は違うわけだし。

 

「…ああ!やめやめ!逆に俺からお前達に聞くぞ。お前達は何故魔術を学ぶ?」

 

どうやら触れられたくない過去があるらしい。

まあ、人なら1つや2つそういうものがあるか。

俺の魔術を学ぶ理由…言うべきかと考えてると

 

「私がシスティの家で居候させてもらいだしてすぐの頃、魔術師に誘拐されて、殺されそうになったんです」

 

おっと…いきなりヘビーだなこいつの人生。

…しかし、居候か。

名家フィーベル家に居候となると、かなりの出か?

まあ、邪推というやつか。

「…だけど。そんな私を助けてくれたのも2人の魔術師でした。1人は私を助けるために次々と、人を殺していきました。幼い私はその姿に怯えて、お礼も言えなかったけど、その人はきっと優しい人なんだと思います。だってすごく辛そうな顔をしながら、戦っていたから…」

 

ほ〜。そりゃ、すごいな!

まさに白馬の王子様だな〜。

 

「お前、まさか…?いや…それで?もう1人の方はなんか無かったのか?」

 

「はい。もう一人の人は同い年ぐらいの男の子です。私が捕まってた小屋にいた子で私を小屋から逃がしてくれたんです。紐で空に色んな模様を描いてくれて、まるで絵本が飛び出してきたみたいな…。その時絶望に染まっていた私の心を助けてくれた、癒してくれたのがその人なんです。最後に彼がくれたお守りは今でも持ってます。」

 

そう言ってルミアは、赤い糸で出来た星型のネックレスを取り出した。

…いや、待て、それは…まさか!?

 

「だから今度は私があの人たちを助けたい。人が魔術で、道を踏み外さない様に、導いてあげられる人になりたい。そう思ったんです…変でしょうか?」

 

「…いいんじゃねぇの?そんなの人それぞれだろ。で、お前は?」

 

「…妹の足が動かなくてさ、養育費とかには魔術関係が1番なんすよ。ちょうど素養もありましたし」

 

嘘を着く必要もないから、素直に話した。

 

「そうか…てかそれなら大丈夫なのか!?早く帰らなくて!」

 

「いや、大丈夫ですよ?下宿先の人が見てくれてますから…ただ何時までもそのままって訳には行かないでしょ?」

 

「…ならいいけどよ…」

 

「…あの、システィにお昼の事、ちゃんと謝ってあげてください。あの子にとって魔術は亡き祖父との絆の証なんです…それでは私はここで」

 

「おう。また明日な〜」

 

「…俺ももうちょい考えているかね…」




実は妹がいるアルタイル君です。でもあまり出番はありません。
それでは今日はここまで。ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学院テロ編3話

どうも、3話です。
やっと主人公がタイトルらしい姿を見せます。 そして以外な優秀さを発揮しますよ?
それではよろしくお願いします。


「すまなかった」

 

…おい、マジかよ。

ただでさえ、始業前にいただけでも驚きなのに、まさかの謝罪かよ。

 

「昨日の事は…俺の価値観を押し付けすぎたっていうか…とにかく、その…すまなかった」

 

みんなその光景に唖然としていた。

いや、俺も唖然としてるけど。

その時、ふとティンジェルと目が合って、ウインクされた。

何あれ、可愛い。

等と考えてると

 

「それでは授業を始める」

 

また驚かせてくれるなあの人。

何にせよ楽しみだ。

 

「その前にお前達に言っておくことがある…お前らって本っ当に馬鹿だよな〜」

 

「「「「「「「ハァァ!?」」」」」」」

 

…相変わらず爆弾を落とすなこの人。

 

「お前らの授業態度見てて分かったよ。お前ら魔術の事なーんも分かってないってな」

 

その言葉に更にヤジが飛ぶ。

その中には【ショック・ボルト】の3節詠唱が出来ないことが混じってる。

 

「まあ、それを言われちゃ耳が痛い。俺は略式詠唱とかのセンスがなくてな…だが()()()()()()()()()()()()とか言ったか?やっぱお前ら馬鹿だわ」

 

その言葉に今度はみんな黙り込んだ。

 

「じゃあ、今日はその【ショック・ボルト】について教えてやる。基本的な詠唱はこうだ。【雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ】」

 

「やっぱり3節詠唱…」

 

「とっくに究めてますわそんなの」

 

そんな生徒の呆れた声を無視して授業を進める先生。

 

「ご存知の通り、大抵の奴なら【雷精の紫電よ】の1節で発動可能だが…じゃあ、ここで問題な。【雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ】3()()()()()()4()()()()()()()()()()()

 

クラス中が沈黙する。

え?こんな簡単な質問に?

逆に俺はその事に驚いて黙ってしまった。

 

「そんな術式は発動しませんよ。何らかの形で失敗します」

 

我がクラスのブレーン、ギイブル=ウィズダンが答える。

いや、それは問題に対する答えにはなってねぇだろ。

 

「そんな事分かってんだよバーカ。俺はその失敗がどういう形で現れるかを聞いてるんだ」

 

「そんなのランダムに決まってますわ!」

 

今度はドジっ子姫、ウィンディ=ナーブレスが机を叩きながら答える。

だがら、それも問題の答えにはなってねぇって。

 

「ランダムwwお前究めたんじゃねーのかよwww」

 

あれは酷い。

腹立つぞあれは。

なんだ全滅かよ、しょうがないな。

 

「なんだ?全滅かよ。ならもういい、答えは…」

 

「「右に曲がる、だ」」

 

「…なんだ分かる奴いるじゃん。なあアルタイル」

 

そう今同時に答えたのは俺だ。

誰か答えると思い黙っていたが、全滅だったのでつい答えてしまった。

 

「じゃあ、アルタイル。実演してもらおうか」

 

マジかよ、面倒臭いな。

 

「俺かよ…『雷精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ』」

 

その【ショック・ボルト】は数メートル先進んだ後、右に折れ曲がった。

 

「馬鹿な!?」

 

「有り得ませんわ!?」

 

そんな驚きの声を上げながら、俺を睨んでくるなウィズダン、ナーブレス。

むしろ、分かっとけこれくらい。

 

「アルタイル、ちなみに聞くぞ『雷・精よ・紫電の・衝撃以て・撃ち倒せ』こうして5節にすると?」

 

「射程が落ちる」

 

「次。『雷精よ・紫電の・以て・撃ち倒せ』一部を消すと?」

 

「大幅なパワーダウン」

 

「…ま、究めたっつーならこれくらいできないとな」

 

ドヤ顔で決めるグレン先生。

今ほどドヤ顔の似合う事はないだろう。

俺が針のむしろに晒されるはキツいが。

 

「いいか?魔術ってのは超高度な自己暗示だ。呪文を唱える時に使うルーン語ってのは、それを行う時に最も効率良く行える言語で、人の深層意識を変革させ、世界の法則に介入する。『魔術は世界の真理を追い求める物』なんてお前らは言うけどな、そいつは間違えだ。魔術はな、『人の心を突き詰めるもの』なんだよ」

 

人の心を突き詰める…。

あいつの、妹の力はまさにそこだ。

『汝望まば、他者の望みを炉にくべよ』っか…。

まさに魔術師の基本だな。

 

「たかが言葉如きにそんな力があるとは思えんとでも言いたげだな…。おい白猫」

 

突然フィーベルに話しかける先生。

白猫っていいセンスだな。

俺も使おう。

 

「し、白猫!?白猫って私の事!?私にはシスティーナって名前が」

 

「愛してる。実は一目見たとから、お前に惚れていた」

 

「ふにゃあ!?///」

 

わお、顔真っ赤。

白猫から赤猫か?

 

「はいちゅうもーく。白猫の顔が真っ赤になりましたね。見事、言葉如きがあいつの意識に影響を与えました〜。言葉1つで世界に影響を与える。これが魔術のきほ!?ちょバカ!?教科書投げんな!!」

 

いや、釘で黒板に打ち付けてた奴の台詞かそれ?

 

「バカはあんたよ!?バカバカバカー!!」

 

なんて夫婦漫才を繰り広げつつも、授業を進める先生。

 

「と、とにかくだ。魔術にも文法と公式があるんだよ。深層意識を自分の望む形に変革させる為のな。それが分かれば例えば…『まあ・とにかく・痺れろ』」

 

おお、【ショック・ボルト】があんな適当な呪文で発動するんか。

俺も出来るかな。

要するに連想ゲームだろ。だから…

 

「深層意識に覚え込ませた術式を有効にするキーワード、それが呪文だ。要は連想ゲームさ。例えば白猫の名前を聞いて、何を連想するか。ほれ、アルタイル。考えてねぇでやってみろ」

 

どうやらお見通しだったらしい。

言われたままに手を伸ばし

 

「『ビリビリ』」

 

お、出た。

我ながらかなりふざけたワードを考えたが、案外行けるもんだな。

…なんか正規より強くないか?これ。

 

「お前!?普通にやるより強くないか!?てか略式詠唱を更に切り詰めたか!?」

 

どうやら先生的にもそうだったらしい。

なら間違えないのだろう。

 

「いや、どうせやるならって…」

 

「はぁ…まあいい。呪文と術式も一緒だ。だが、その基本をすっ飛ばし、このクソ教科書でとにかく覚えろと言わんばかりに術式の書き取りだの、翻訳だの…それが今までお前らのやってたお勉強とわかりやすい授業ってやつだ。…はっアホかと」

 

あ、結局自分も投げてるじゃん教科書。

 

「今のお前らは単に魔術が使えるだけの魔術使いにすぎん。魔術師を名乗りたいのなら、自分に足りないものが何かよく考えとけ。今からそのド基礎を教えてやる。…興味無いやつは寝てな」

 

何を言うやら。

今この場において、俺を含め寝る奴なんているわけない。

こんな面白い授業、受けない奴なんているわけない。

 

ダメ講師グレン、覚醒。

そんなニュースが学院を駆け抜けること数日。

授業は今や大盛況で立ち見の生徒はおろか、若手の教師ですら聞きに来るほどの人気っぷりだ。

そんなこんなの忙しくも充実した数日だったが…

 

「やっべぇ…完全に遅刻だ…」

 

はい、俺は今裏路地を全力疾走中です。

俺達2組は担任不在の時期があり、+グレン先生のボイコットならぬサボりのせいで遅れていたりするのだ。

その影響で今日から数日土曜日にも講義があるのだ。

俺はその事をすっかり忘れており、妹に起こされるまで爆睡していたのだ。

 

「この道も久しぶりだな…」

 

この道は俺とアルフォネア教授しか知らない、秘密の抜け道だ。

学院の裏に出るこの道は結界の力こそ働いているものの、監視はない。

前にも1度遅刻しかけた時、この道を使ったらちょうどばったり出くわしてしまったのだ。

それ以降、ここはいざっという時の為に秘密にしておけと言われたのだ。

もちろん、遅刻なのでペナルティは受けた。

そんな思い出に浸りながら、学院に忍び込むと一瞬、結界が揺らいだ気がした。

 

「今のは…?ッ!?今度はなんだ!?」

 

空間の揺らぎに気を取られていると、轟音と共に細い光が外に飛び出してきた。

 

「あれは…【ライトニング・ピアス】!軍用魔術だと!?」

 

何で?この学院で中から軍用魔術がブッパなされるなんて有り得ない。

しかもあの辺は…

 

「教室辺りか…?」

 

俺はすぐにポッケから赤い手袋を取り出し

 

「『……』」

 

呪文を唱えてから全身に巻き付けた。

 

「…よし。行くぞ」

 

そう呟いて俺は校内に飛び込んだ。




解説…『』で括った言葉は何らかの呪文だったり、格言、名言的な?ものです。要は言葉ですね。
【】で括ったものは名称です。主に魔術名に使うつもりです。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学院テロ編4話

ネコ耳パーカーです。
アルタイル君やっと糸を本格的に使います。
名前はアリアドネ。
理由は調べれば多分分かります。
それではよろしくお願いします。


ハァハァ…全力で教室まで走る。

巻いた糸で身体強化しつつ、走ってきたので結構疲れた。

そんな事を思いながら、俺は教室のドアを開けた。

 

「みんな!…大丈夫そうだな。一応」

 

「「「「アイル!?」」」」

 

「アイル!?お前何で!?」

 

クラスのムードメーカーカッシュ=ウィンガーが尋ねてくるが、呑気に答えてる暇はない。

 

「ただ遅刻しだけだ!それよりウィンガー!ティンジェルとフィーベルは!?」

 

そう、2人だけいないのだ。

なぜいないのかウィンガーに聞いてみたら

 

「あいつらはテロリスト共に…」

 

「は?テロリスト?攫われたのか!?」

 

頷くウィンガー。

テロリストって何で?

ティンジェルとフィーベルなんだ?

フィーベルは分からんでもないが、ティンジェルは?

嫌な予感がしつつも俺は、ウィズダンとナーブレスの封印式を破壊する。

 

「ウィズダン、ナーブレス。みんなを頼む」

 

「頼むって…」

 

「待て!どこに行く気だ!?」

 

ウィズダンが俺を止める。

でも、悪いけど止まってる時間が無い。

 

「2人を助ける。それだけだ」

 

「それだけって!?相手は誰か分かってるのか!?こんな事やるやつら、【天の知恵研究会】しかない!」

 

…天の知恵研究会。

それは帝国有史以来、ずっと暗躍し続ける連中だ。

まあ、そうだろうな。

あいつら以外に有り得ない。

だからどうした?

 

「そんな事より日常を守る方が大事だ」

 

それだけ呟いて、俺は教室をとびだした。

 

 

当てはないが、じっとしてられず走っているとガチャガチャ音が聞こえてくる。

 

「こっちか!」

 

音の方へ走ると骨が、グレン先生とフィーベルを追いかけ回していた。

 

「クッソ!数が多すぎる!白猫、急げ!もっと速く!」

 

「そう言っても疲れて…」

 

フィーベルが体力の限界が近いのか、スピードが落ちてきており、追いつかれそうだ。

 

「間に合え!」

 

俺は全力で走りながら紐を投げつけた。

その時1体がフィーベルを射程に捉え、剣を振りかざした。

 

「ッ!?クソ!」

 

「先生!?」

 

咄嗟にフィーベルを突き飛ばした先生は、自身の体を盾に庇う。

マズイ…間に合うか?

俺は一気に他の糸も投げつける。

その結果…

 

「何だこれ…」

 

そこには雁字搦めにされた骸骨の群れがあった。

よし、間に合った!

俺は三角飛びの要領で、群れを飛び越し先生達の前に着地すると

 

「フッ!」

 

一気に糸を引き、骸骨をバラバラに引きちぎった。

この糸はある効果があり、その副次作用的なもので【絶対に切れない】、という効果がある。

 

「先生!フィーベル!大丈夫!?」

 

「アルタイル!?すまん!助かった!」

 

「アイル!?貴方どこから!?」

 

どうやら2人とも無事らしく、ほっと一息つく。

とはいえ、休む暇は無く後ろから、ガチャガチャ音が聞こえる。

 

「話は後!まだ来る!」

 

「白猫!俺達はここで食い止める!お前は得意の【ゲイル・ブロウ】を広範囲に長く持続出来るように改変しろ!生意気だが優秀なお前なら出来るはずだ!…生意気だが」

 

「何回も生意気って言わないでください!」

 

「俺のこれまでの授業を理解してれば出来るはずだ。…でなけりゃ、単位落としてやる」

 

「そんな横暴な〜!?…分かりました!やってみます!」

 

フィーベルの方の指示は終わりらしい。

優秀なフィーベルだ。

きっとやりきってくれる。

 

「頼んだぞ…白猫。さて、アルタイル。お前はこっちだ。いくつが聞くぞ。何が出来る?その糸の限界は?」

 

グレン先生はこの糸の性能を知りたいらしい。

 

「これは幾らでも出せます。使い方は糸を巻き付けたり、糸で切ったり、編んで武器に変えたり、打ち出したり、体に巻けば外付けの身体強化になります。強度は…古代遺跡並ですね」

 

そう言いながら俺はグレン先生の体に巻き付け、身体強化を施す。

さらに拳と足に多く巻き、武器として使えるようにする。

自分にも同様の事を施し、さらに武器を編み上げる。

 

「へぇ…これは重畳。ていうか、古代遺跡並ってすげぇなこれ!?…まあいい。行くぞ!アルタイル!」

 

そう言って俺達は骸骨の群れに飛びだした。

俺は鞭の要領で糸を振るい、骸骨を砕く。

そのまま隣のヤツな首に巻き付け、近くまで引き寄せ、頭を蹴り砕く。

一方グレン先生は俺以上の暴れっぷりだ。

殴る、蹴る、踏み潰す。

その動きはとても洗練していて、相当の実力者だという感じである。

ていうかあれ、帝国式軍隊格闘術じゃね?

てことはあの人、元軍人?

そう考えながらも腕を止めない俺は、指を先生の方…具体的には先生の後ろに向けて、数発糸の弾を打ち出す。

 

「!?すまねぇ!助かった!それにしてもすげぇなこれ!めちゃ硬ぇから、武器としても防具としても優秀だぜ!」

 

「そりゃこれ、【魔法遺産(アーティファクト)】なんでね!」

 

「【魔法遺産(アーティファクト)】だと!?マジか!?」

 

魔法遺産(アーティファクト)】とは簡単に言うと、使い方だけが分かってる昔からの武具の事を指す。

俺は実家にこれがあり、これの使い手として選ばれたのだ。

 

「先生!アイル!出来ました!あとそれ、後で見せて!」

 

「こんな時にガッツくな考古オタク!」

 

俺達は一気に敵を蹴散らすと、そのままフィーベルの所までさがる。

 

「よし!ぶっぱなせ白猫!」

 

「『拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを』!」

 

その風は細く、されど長時間骸骨達にまとわりついていた。

名付けるなら黒魔改【ストーム・ウォール】だろうか。

でも、弱いのか、ジリジリと少しずつ前に歩き出していた。

 

「ダメ…完全には…ごめんなさい!先生!」

 

「いや、上出来だ。続けろ」

 

そう言いながら先生が出したのは…赤結晶?予備の魔力タンクか。そんなものまで持ち出して何を?

 

「『我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・素は摂理の円環へと帰還せよ・五素成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁はこ乖離すべし・いざ森羅の万象は須くここに斬滅せよ・遥かな虚無の果てに』…ええい!ぶっ飛べ有象無象!黒魔改【イクスティンクション・レイ】!」

 

そう叫びながら放たれる極光が全てを薙ぎ払う。

その後には瓦礫の山と化した廊下しか残っていかった。

【イクスティンクション・レイ】…噂には聞いていたけどここまでだとは。

 

「すごい…あんな高等呪文を使えるなんて…」

 

「オーバーキルだが…俺には…これしか無くてな…ガバッ!」

 

「「先生!」」

 

突然血を吐いて倒れるグレン先生に、俺達は駆け寄る。

冷たい…これは…

 

「マナ欠乏症!?」

 

簡単に言うと、体内の魔力が極端に減っている状況の事だ。

放っておくと最悪、死に至るのですぐに手当が必要だ。

 

「クソ!フィーベル!【ライフ・アップ】を頼む!俺は先生を担ぐから!」

 

「わ、分かった!『天使の施しあれ』」

 

俺達は出来るだけ速くその場を去ろうとしたのだが…

 

「まさか【イクスティンクション・レイ】まで使えるとはな…三流魔術師と侮っていた」

 

黒いダークコートを着た男が、5本の剣を空中に浮かせながら現れた。

そいつは如何にも強者の風格があり、全く隙がなかった。

逃げられない、そう確信した俺はそっと壁際に先生を寝かせ、防御と回復の結界を糸で紡いだ。

内からは出られるが、外からは入れない、そういう仕組みの結界だ。

 

「アイル…今のは…?」

 

「フィーベル、あれディスペル出来る?」

 

「…多分、残りの魔力的にギリギリ出来ないかも。それ以前に…隙がない…」

 

だよな〜…しょうがない。

 

「分かった…よっと」

 

そう言いながら俺はフィーベルを横穴から落とした。

もちろん糸を巻き付けておいてあるが。

 

「貴様は逃げないのか?学院生」

 

「逃げても何も無いからな」

 

「フッ…肝が据わってるな。だが無駄死と知れ!」

 

「うるせぇ!勝手に決めんな!『未来を紡げ・アリアドネ』!!行くぞこの野郎!」

 

 

俺は走りながらその辺の瓦礫に糸を巻き付け、高く飛ぶ。

空中で体を捻りながら遠心力を加えて、叩きつける。

その攻撃は躱され、剣が襲いかかってくる。

俺はそれを簡易的な結界で防ぎながら、バラバラになった瓦礫の一部を蹴り飛ばす。

身体強化を施してあるので、その勢いは軍用魔術と変わらない。

瓦礫が先に崩れたが、勢いだけは残って男にぶつかる。

その直前、剣を戻して防いでるそいつの隙を、俺は高速移動で背後を取り、殴りかかる。

しかしそれも、防がれてしまい、俺は距離をとった。

 

「ちっ…思ったより硬いなその剣。何で出来てるんだよ」

 

「それはこちらの台詞だ学院生。たかが糸と思っていたが、その糸一体何で出来ている?」

 

「は…知るかよ!」

 

俺は糸の弾を打ちながら糸を振るう。

男はそれらを全て叩き落とし、剣で襲ってくる。

俺はそれらを躱すと、突然男が

 

「『吠えよ炎獅子』」

 

「げ!?今それ使うの!?」

 

軍用魔術【ブレイズ・バースト】。

炎のC級軍用魔術だ。

俺は焦りながら火除けの結界をはる。

 

「こんの…『霧散せよ』!」

 

対抗魔術【トライ・バニッシュ】。

炎熱、電撃、冷気の基本3属性を打ち消す魔術だ。

結界で威力を落とした【ブレイズ・バースト】程度なら打ち消せる。

だが打ち消した瞬間

 

「…え?」

 

目の前に剣が迫っていた。

爆炎で目隠しさせ、こっちが本命だったのだろう。

打ち消させる前提で放たれたそれは見事に俺の隙をついて

 

「…ッ!?」

 

俺は糸で網を編みながらギリギリで躱した。

 

「ッ!?何!?」

 

あちらも必勝を確信していたのだろう。

俺の行動が想定外で固まっている。

 

「だあぁぁぁぁぁ!!」

 

網で捉えた剣をそいつに叩きつける。

慌ててそいつは飛んで躱したが、俺としてはむしろそれが狙いだ。

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

軍用魔術【ライトニング・ピアス】。

雷のC級軍用魔術だ。

【ブレイズ・バースト】とは違い範囲は狭い分、速さと射程、貫通力が売りだ。

そのまま男目掛けて飛んでいく雷光。

 

「ッ!?『霧散せよ』」

 

それも【トライ・バニッシュ】で打ち消させる。クソ…効かないか…。

それより、マズイ…左目に血が入って見えない。

しかも、ずっとこいつを展開してたから、そろそろ魔力が切れる。

体力もそろそろ限界かも。

つい膝をついてしまう。

 

「まさか軍用魔術を使ってくるとは、思いも寄らなかった。しかも先の一撃を躱すとは大した反応速度だ。しかし…完全とは言えないようだな」

 

「ハァ…ハァ…うるせぇ。まだやれるぞ」

 

「貴様は強い。間違えなくな。条件次第では帝国宮廷魔導師団に匹敵するかもしれん。…ただ、経験が足りない。私と貴様の明確で絶対の差はそこだ。さて、そろそろ終わらせよう」

 

クソ…万事休すか…。

そう思い諦めかけたその時

 

「『刺し穿て』!」

 

「何!?」

 

突然俺の後ろから【ライトニング・ピアス】が飛んでいき、男に直撃した。

と思いきや、剣で塞がれてる。

まさか【トライ・レジスト】が付けられてるのか?

 

「チッ…最悪1本はとれると思ったんだがな…まあいい、ここまでよく1人で持たせたな。ここからは選手交代だ」

 

「…グレン先生…」

 

いつの間にか復帰したグレン先生が俺の前に立つ。

でも、先生だけじゃ荷が重い。

そう思い立ち上がり構えると

 

「馬鹿野郎。今のお前じゃ足でまといだ。結界でじっとしてろ」

 

「…すんません、よろしくお願いします」

 

そう言われ、大人しく引き下がることにした。

そのまま結界に入り、俺は回復に専念した。

気づいたら意識が落ちており、丁度決着が着いた頃だった。

いつの間にかフィーベルが来ており、こっちも顔色が悪い。

 

「フィーベル…俺の意図に気づいたのか」

 

「アイル!?大丈夫なの!?」

 

「俺は休めたから問題ない。それより先生、何であんなズタボロに?」

 

あの剣を無力化させる為にワザとね…いやアホなの?

幾らなんでも無茶苦茶だな!?

 

「…思い…出したぞ…つい最近まで、帝国宮廷魔導師団に…凄腕の魔術師殺しがいたと聞く…コードネームは…」

 

ここまで言って、男は事切れた。

俺達3人がかりで何とかなったぐらい、強敵だった。

そして、俺の力不足を感じた。

もっと…もっと強くならないと…。

 

「先生!?」

 

顔を上げると、先生が血だらけで倒れていた。

 

「フィーベル!さっき出来なかったことやるぞ!頼む!」

 

「分かったわ!『天使の施しあれ』!」

 

俺達はそのまま医務室まで運び、フィーベルごとまとめて結界に入れた。

 

「さて、ここは任せたぞ」

 

「どこに行くの!?」

どこって決まってる。

 

「あとはティンジェルだろ?助けに行く」

 

「待って!貴方も限界じゃない!私も!」

 

「いや、お前にはここで先生を守って欲しい。何が起きるか分からないからな」

 

「でも!」

 

「でもじゃない!」

 

そんな言い合いをしていると、妙に甲高い音がなる。

 

「これは…先生の通信機だわ!」

 

俺がそれに魔力を流して出る。

 

「グレン!?無事か!?」

 

「「わぁ!?」」

 

突然の大声に俺達は驚く。

その声に凄んで脅してくる電話の主は

 

「誰だお前達!?」

 

「アルフォネア教授!?アルタイル=エステレラとシスティーナ=フィーベルです!」

 

「…アルタイルとシスティーナか。お前達無事なんだな?」

 

「ええ、グレン先生も重傷ですが、何とか…それより外部から応援は来ないんですか?」

 

「それなんだが…」

 

アルフォネア教授が言うには、どうやら結界が書き換えられ、外に出られない上、外からも入れないとの事。

しかも転移門も壊されてるらく、外部からは打つ手がないらしい。

()()()()()()()()()()

 

「ちょっと待ってください。それじゃテロリストはどうやってここから出る予定なんですか?」

 

フィーベルが最もな疑問を口にする。

そう、出られないのなら攫う意味なんてないでないか。

そう思い、ふとある可能性がよぎった。

 

「壊されたんじゃなくて…書き換えられた?でも、そんな事…いや、出来る。1人だけいる!アルフォネア教授!あの人は本当に一身上の都合なんですか!?」

 

俺はある可能性を確信に変えるべく、アルフォネア教授に質問した。

 

「あの人って…まさかあいつの事か!?確かにこの手の専門家だが…」

 

「いいから答えてください!」

 

「…お前達にはそう伝えたが、正確には突如失踪したんだ。だが、幾らあいつでも半日は…」

 

「今がちょうど半日くらいですよ!」

 

そう言って通信を切り、俺はそのまま飛び出した。

俺の目的地は…転移塔だ。




本当は一気に行きたかったのですが、文字数が凄いことになりそうなので分けました。
この主人公、傷だらけにはあまりなりませんが、その代わり、スタミナ切れをよく起こします。
なのでオリ主ツエーーーーーにはならないようにしていきます。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

学院テロ編5話

これで学院テロ編は終わりです。
少し彼の過去か見え隠れします。
それではよろしくお願いします。


「着いたけど…すげぇゴーレムの数だったな…」

 

俺はめちゃくちゃいるゴーレムをやり過ごし、何とか転移塔まで来た。

一応糸でトラップの類がないか確認して一息ついたから

 

「…よし!」

 

一気に駆け上がった。

その勢いのまま、最上階のドアを強引に蹴り飛ばした。

 

「おらぁ!」

 

「!?アイル君!」

 

変な結界陣の中にティンジェルが閉じ込められていた。

 

「ティンジェル!無事か!?」

 

「彼女には一切の危害は加えてませんよ」

 

ティンジェルの安否に答えたのは、男の声だった。

俺はゆっくりその方を見て、ため息をついた。

 

「本当にあんただとは思わないませんでしたよ…ヒューイ先生」

 

そこにいたのは、俺達の前担任のヒューイ=ルイセンだった。

 

「あんたに結界術の基礎を学んだ時、嬉しかったし、すげぇ勉強になったんだけどな」

 

「そう面と向かって言われとは、照れますね」

 

「ヒューイ先生!辞めてください!」

 

ティンジェルの声を無視してヒューイが話を続ける。

 

「さて、アルタイル君、これがなにか分かりますか?」

 

そう聞かれ俺は結界を観察する。

この結界は…いや、まさか…!?

 

「白魔儀【サクリファイス】!?」

 

「その通りです。この結界は、あと15分後に私達の潜伏先に飛ぶように設定し直しました。それと同時に私の魂を触媒に、白魔儀【サクリファイス】が発動。この学院を吹き飛ばします」

 

ちょっと待て、今なんて言った。

魂を触媒?

学院を吹き飛ばす?

つまりこいつらの目的は

 

「自爆テロって事かよ!?」

 

「そうですね。然るべき時に、何年も前から仕掛けられていた人間爆弾…それが私です。私としては、もう少し講師を続けたかったんですけどね」

 

どうする?

どうやってティンジェルを助ける?

考えろ…考えろ…考えろ!

 

「逃げて!アイル君!」

 

…は?何言ってるんだ?

 

「私は大丈夫だから…せめてアイル君だけでも逃げて?」

 

大丈夫?

何が?

逃げる?

何から?

またあの時みたいに?

全部に目を背けるのか?

…ふざけるな。

もう、あんな思いはゴメンだ。

 

「断る」

 

「な、なんで!?」

 

「…嫌なんだよ。もう逃げるのは…大切なものに目を背けて!失うのは嫌なんだよ!あの絶望はもう味わいたくないんだよ!みんなと…ティンジェルやフィーベル達と出会って、すげぇ楽しかったんだよ!」

 

そうだ、楽しかった。

学校での日々は、楽しかった。

知らない事を沢山学んだ。

バイトであまり遊べなかったけど、その分学校でみんなと会うのは好きだった。

その日常は1人でも欠けたらダメなんだ。

 

「なのにこんな、こんな事認めるか!ティンジェル!俺にとってお前も大切なものの一部なんだよ!何とでも言え!俺は死んでもお前を助けるぞ!お前はどうなんだよ!?あの日常は嫌だったのか!?また戻りたくないのかよ!?」

 

ティンジェルは俯いたまま動かない。

やがて上げた顔には涙が流れてた。

 

「私も…私も!あの日常が好き!大好き!だから戻りたい!戻りたいよぉ!!」

 

その言葉を聞けて俺は、満足だ。

 

「だったら言うセリフが違うだろ!ティンジェル!そういう時なんて言うんだよ!」

 

「…ッ!私を助けて!アイル君!!」

 

俺はその言葉を受けて、強く頷いた。

舞台は整った。

俺に任せろ。

 

「水を差すようで心苦しいのですが、残り10分です。一体どうするおつもりで?」

 

うるせぇな。

今から奇跡起こしてみせるから、黙って見てろ。

 

「ティンジェル、あのお守り持ってるか?」

 

「!?…うん、持ってるよ」

 

OK、これで手間も省ける。

 

「ヒューイ先生、最後に教えてやるよ。この手袋は【アリアドネ】と呼ばれる魔法遺産(アーティファクト)だ。使い道は色々あるが、こいつにはある逸話があってね」

 

「逸話?」

 

「ああ、かつてとある勇者が、ある踏破不可能の迷宮に挑む事になった。その勇者を愛する1人の女性は勇者が帰って来れる様に、1本の赤い糸を彼に授けた。その結果その勇者は、赤い糸を頼りに無事帰ってきたんだそうだ」

 

「それは…とても良い話ですね。それがどうしんですか?」

 

ここまで話してまだ分からないんだ。

ふーん、意外に鈍いんだな。

 

「つまり…こういう事だ!」

 

そう言って指をパチン!と鳴らす。

突然、ティンジェルのお守りが光り出した。

次の瞬間

 

「…え!?」

 

「…な!?」

 

ティンジェルが結界の中から、俺達の前に突然現れた。

俺はそのままティンジェルを抱きとめて、笑いかけた。

 

「おかえり、ティンジェル」

 

「…ただいま、アイル君」

 

「な、何が起こって…!?」

 

さて、そろそろタネ明かしをしよう。

 

「この糸はさっきも言った通り、迷宮から勇者を助ける為の物だ。その逸話から2つの力が生まれた。1つは、2人の愛の絆の象徴として、この糸は【絶対に切れない】という特徴が生まれた。そしてもう1つは一定条件で、いつでも、どこからでも俺の元に呼び寄せることが出来る、というこいつの本質的な能力…【次元跳躍】だ」

 

そう、この糸の1番の力は【次元跳躍】にある。

条件というのは幾つかあって、その内の1つが俺の糸を何らかの形で持っていること。

ティンジェルの場合、俺が昔あげた星型のネックレスがそれだ。

もちろん、デメリットもある。

 

「クッ…」

 

「アイル君!?どうしたの!?しっかり!」

 

「どうやら相応のマナを消費するらしいですね…」

 

そう、ガッツリとマナを持っていくという事だ。

全快の俺で1回が限界なのだ。

お世辞にも本調子では無い俺では、あっという間にマナ欠乏症に陥る。

そんな俺の手を優しくティンジェルが握る。

 

「…ありがとう。私を助けてくれて。今度は私が助けるね」

 

ティンジェルがそう言った瞬間、突然体中に力が湧き出した。

これはまさか…聞いたことがある。

触れたものの力を何倍にも膨れ上がらせる異能。

 

「感応増幅者…!!」

 

ティンジェルは異能者だったのか。

知らなかった。

とは言え、俺にとってはクラスメイトだ。

そんな事は何でもいい。

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 

力を貰い、立ち上がる。

目の前の男に拳を握りこみ

 

「覚悟しろ」

 

そのまま全力の右ストレートを打ち込んだ所で、そのまま意識を失った。

 

 

俺は極度の疲労から意識を失い、気づいたら病院にいた。

隣を見ると先生が寝ていて、俺達は日常に帰ってこられたんだと自覚した。

ちなみに俺の容態は全身の筋肉疲労、及び一部疲労骨折だった。

糸での身体強化はただの外付けなので、本体である俺の体がまだ、酷使に追いついてないのだ。

最長10分が限界なのをかなり無茶して使ったからな〜。

 

「いや…マジかよ…」

 

先生が目を覚ましてから数時間後、国のお偉いさんに聞いた話に衝撃を受けていた。

何と我らが2組の天使、ルミア=ティンジェルは、アルザーノ帝国のトップ、アリシア女王陛下の次女で第2王女なんだとか。

異能のせいで存在を消す以外に道はなく、病で亡くなった事にしているらしい。

フィーベル家はそれを承知で、ティンジェルを受け入れたんだとか。

ただ、この話はフィーベル自身は知らされておらず、彼女の祖父とご両親しか知らないらしい。

という話は、そのご両親から直接話を聞いたから、間違えないだろう。

相当の親バカでどうしてもお礼をとの事だったので、治療費を払ってもらう事にした。

 

「ビックリしちゃった…?」

 

「そりゃそうだろ?…あの時もそれが理由?」

 

「ううん、あの時はフィーベル家を狙った賊だったから。システィと間違えられたの。…アイル君は?」

 

「お前ェ…。俺は元々あそこは俺の秘密基地だったんだよ。遊んでたらお前らが来ただけ」

 

「あ、アイル君…」

 

なんという不幸か…

こいつはそういう星の下に生まれたのだろうか?

え?俺もだって?

うるせぇ、自覚あらァ。

 

「あのね、あの時のことお礼言わせて。あの時は私の事を助けてくれてありがとうございました!」

 

「実際に助けたのはグレン先生だろ?」

 

「!?知ってるの!?」

 

まあ、見てたしなその現場。

俺の糸がしっかりと導いてくてたから、それ以降は見てなかったけど。

 

「それでも、あの時逃がしてくれなかったら、あの幻想を見せてくれなかったら、きっと死んでたから。だから、ありがとう!」

 

「…どういたしまして」

 

これ以上ゴネるのはダサいな。

まあ、悪い気はしないし、ありがたく受けておこう。

 

「あ、あのね?1つお願いがあるんだけど…」

 

お願い?

突然だな、何事?

 

「おう、なんだ?」

 

「あ、あのね…その…ね?な、名前で呼んで欲しいな!///」

 

なんだ、そういう事か。

本人がいいならそう呼ぶか。

俺は手を差し出しながらティン…ルミアを名前で呼ぶ。

 

「本人がいいって言うんなら…これらかもよろしくな?ルミア」

 

「…ッ!!///…うん!!よろしくねアイル君!!」

 

ルミアは顔をキラキラさせながら嬉しそうに俺の手を握り返す。

これからルミアを巡って色々大変なことが起こるだろう。

それらから守る為に、もっと強くならなくては。

そう決意を胸に、ルミアと共にグレン先生の元へと歩いていった。

 

 

 

 

「…へぇ、エステレラ家。あの言祝ぎの家系ね」

 

「…へぇ、エステレラ家。あの縁紡ぎの家系か」

 

「面白そうな坊やじゃない」

 

「面白そうな少年のようだ」




これにて学院テロ編終了です。
最後の2人は誰なのか!?
言祝ぎ!?縁紡ぎ!?
何も考えてません。
前にも言った通り、俺TUEEEEにはしません。
強いのは強いですが当然、格上には勝てません。ダークコートの男戦も、グレンの復活がなければそのうち殺されてます。
そんな感じを目指して行けたらな、と思ってます。
それではありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話1

お久しぶりです。
仕事が忙しくって…なかなか…。
今回はオリジナル話をひとつ。
ゆったりとした話をどうぞ。


おはようございます、ルミア=ティンジェルです。

今日は休日なのでシスティとお買い物です。

 

「うーん!いい買い物した!」

 

「そうだね!ついつい買っちゃった!」

 

私とシスティはウキウキで買い物を終え、フィジテの街をブラブラしていました。

さて、今はお昼時少しすぎたくらい。つまり

 

「お腹ペコペコだよ〜」

 

「ルミアって意外に食べるものね…」

 

「もう!システィ!それじゃあ、私が食いしん坊みたいじゃん!」

 

「朝、お代わりしてたじゃない」

 

「ウッ…だってお母様のご飯美味しいんだもん…」

 

そう、お母様はすごく料理上手でいつも食べすぎちゃうんです…。

私は不器用だから、あまり料理は得意ではありません。

やっぱり今からでもお母様に習おうかな…。

アイル君だってきっと料理上手の方が…。

って何でアイル君の事考えてるの!?///

関係ない!関係ないよ!///

 

「あれ?」

 

「ど、どうしたのシスティ?」

 

「今そこの路地裏から私達より少し上くらいの女性が…」

 

2人でその路地裏を見ると、何の変哲もない路地って感じ。

こんな路地裏から若い人が?

気になるな〜…行ってみたい!

 

「システィ!行ってみない?」

 

「えぇ?ここに?大丈夫かしら」

 

「ほらほら、速く!」

 

「ちょっと!?ルミア待って!」

 

私達はドンドンと奥に進んでいくと、何やら開けた道に出てきちゃった。

ここってもしかして…

 

「ねぇシスティ、ここって旧道?」

 

「そう見たいね、このフィジテはドンドン開発していって出来た街だから…」

 

ここは元々片田舎で学院と共に発展してきた街。

だから何回も区画整理や、上下水道整備されてきたんです。

そのため、たまにこういう場所があったりするんです!

…私は誰に対して説明してるんだろ?

そんな事を考えてると、いい匂いがしてきました。

 

「システィあっちからいい匂いがするよ!」

 

「本当ね!行ってみましょう!」

 

私達は旧道を歩いて数分後、レトロな見た目のお店が出てきました。

 

「あそこね〜!レトロそうでオシャレなお店ね!」

 

「早く行こ!お腹ペコペコだよ〜」

 

「ハイハイ…行きましょ?」

 

私達は中に入ると、少し閑散とした店内。

外見同様、レトロな置物が置いてある落ち着いた雰囲気の店内。

静かなジャズミュージックが流れていてゆったりとした空間。

私こういう感じ好きかも!

 

「ピーク過ぎちゃってるからかな?」

 

「多分そうじゃないかしら?ほら、奥でお皿をいっぱい洗ってるわよ」

 

「いらっしゃませ。2名様でよろ…」

 

店員さんが私達を案内しようとしてるけど、何で止まっちゃったんだろう?

顔を見てみよ。

メガネをかけたイケメン。

黒髪は右側をかきあげられた感じで整えられている。

スラッとした手足…待って。

この人見た事ある気がする。

しかもつい最近…というか、一昨日…学校で…

 

「まさか、アイル君!?」

 

「え!?嘘!アイルなの!?」

 

「ルミア、フィーベル…なんでこんな所に…」

 

「アイルこそ何で!?バイト?」

 

「バイトっていうか、ここが下宿先だから手伝いだよ」

 

「なるほどね…ていうか、何でメガネ?」

 

「雰囲気?どうよ?」

 

「似合ってるのが腹立つわね…そのドヤ顔…」

 

やっぱりアイル君だった!

いつも全然違って分からなかった!

いつも着崩した制服に見苦しくない程度に整えた髪だったから、今みたいなしっかり整えた姿初めて見た。

待って…さっき、アイル君の事何て評価した?

()()()()()()()()()()()()…っ!///

 

「ルミア!?顔真っ赤だけど大丈夫か!?」

 

近い!顔が近い!

何か男の子なのにいい匂いする!!///

 

「だ、大丈夫!///大丈夫だから!///」

 

「お、おう…本当か?」

 

「あ〜…アイル?大丈夫だから席に案内してくれる?」

 

システィが助け舟を出してくれた!

ありがとうシスティ!

そろそろ心臓がどうにかなりそう!

 

「了解…それでは、お客様、こちらの席へどうぞ」

 

あ、営業スマイル…カッコイイ…///

 

「アイル!普通にして!ルミアがポンコツになる!」

 

「普通にやってるだろ!?はぁ…それではお客様、こちらお水とメニューになります。お決まり次第、そちらの紐を下へお引き下さい。それでは失礼します」

 

アイル君は水とメニューを置いて、席を離れちゃった。

お話したかったのに…。

 

「ルミア、あっちも仕事なんだから。そんな顔してもダメよ」

 

そんな顔!?

どんな顔してるの私!?

 

「お腹ペコペコなんでしょう?早く決めましょ」

 

た、確かに…よし気を取り直して!

 

「何にし良いかな〜?どれも美味しそう!」

 

「そうね…迷っちゃうわね…」

 

システィは1度迷い出すと中々、決まらないから私もゆっくり考えよ。

あ、これ美味しそう。値段もお得だし決めた!

 

「よし!決めた!」

 

「私もこれにしよ」

 

あれ?システィにしては速い。

 

「システィ珍しく速かったね」

 

「迷うから目をつぶって勘で決めたわ」

 

システィ…何でこういう時は思い切りがいいのかな?

 

「じゃ、引くわよ」

 

そう言ってシスティは紐を引いた。

すると、厨房の方からベルの音が鳴った。

 

「なるほど…そういう仕組みなのね」

 

「見たいだね。表に見せないようにするのは大変かもね」

 

「お待たせしました。ご注文を承ります。」

 

「ランチセットでオムライス・ストレート・チーズタルト!」

 

「ランチセットでビーフシチュー・ストレート・ティラミスで」

 

「畏まりました。ビーフシチューのセットは何になさいますか?」

 

「パンで」

 

「畏まりました。お飲み物は、デザートと同じタイミングでよろしいでしょうか?」

 

「そうね。そのタイミングで」

 

「お願いします!」

 

「畏まりました。それでは失礼致します」

 

そう言ってアイル君は厨房まで引っ込んでいってしまいました。

その後ろ姿をぼぉ〜と見ていると、ふと周りに声が聞こえてきました。

 

やっぱりカッコイイよね…ウェイターさん

 

だよねだよね!彼女いるのかな?

 

大人っぽく余裕を持って話しかけるべきかしら?

 

私達は年下だし、甘えにいけば…

 

もしかして…ここの女性客って…

 

「大人気みたいね。アイル…ルミア!ここでアピっておかないとマズイわよ!」

 

「し、システィ!?アピるって何を!?」

 

「決まってるでしょ!自分自身の事よ!幸い、他の客よりは私達は近い立場なのよ!このアドバンテージは活かさないと!」

 

システィ!?

何を暴走してるの!?

 

「システィ!?落ち着いて!?ね?」

 

「私は十分落ち着いてるわよ!ルミア!ファイト!」

 

な、なんか私だって言うのは癪だな〜!

そっちそう来るならこっちは…

 

「そういうシスティこそ、グレン先生に素直にならないと!」

 

「はぁ!?なんであんなロクでなしが出てくるのよ!?」

 

システィ…本人がいない場所でも…

 

「先生だって人気なんだから、早めに素直になってアピールしておかないと!」

 

「だから私は!」

 

「何してるんだ2人とも?」

 

「「わぁ!?」」

 

アイル君!いつの間にいたの!?

 

「アイル貴方、いつから!?」

 

「今だよ。それよりも…お待たせしました。こちらオムライスと…ビーフシチューです。こちらセットのパンです。それではごゆっくり」

 

わあ〜!

トロトロ卵とデミグラスソースが美味しそう!

システィのビーフシチューも美味しそう!

盛り付けもすごく綺麗!

 

「「いただきます!」」

 

「あ、そうだ2人とも。」

 

ん?どうしたんだろう?

私達はスプーンを持つ手を止めて、アイル君を見る。

その顔はさっきまでの営業スマイルではなく、穏やかな優しい笑みだった。

 

「その服装、よく似合ってるよ」

 

「「〜ッ!///あ、ありがとう…///」」

 

ズルい!反則!

あんな笑顔反則!

 

「た、食べましょうルミア!美味しそうね!」

 

「そ、そうだねシスティ!美味しそうだね!あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「手紙かな?」

 

そこには

 

『2人にこれから予定がなければ頼みたいことがある。』

 

アイル君の字だ。

 

「アイル君から頼み事だって」

 

「何かしら?」

 

「まあ、後で聞こ?先に食べちゃおう!」

 

冷めない内に、私達はスプーンを動かした。

 

「「っ!美味しい!」」

 

「フワフワトロトロ!しかもソースの味も濃すぎず、薄すぎず!ご飯もベタついてないし! 美味しすぎるよこれ!」

 

「ビーフシチューも美味しいわよ!濃厚でお肉とホロホロ!パンもフカフカモチモチ!」

 

「〜!システィ!」

 

「ハイハイ、そっちもね!」

 

私達は一口ずつ交換しました。

感想?

もちろん

 

「「美味しい!」」

 

デザートまでしっかり堪能した私達は、お会計中にアイル君に手紙の事を聞いた。

 

「アイル君。手紙の事なんだけど…」

 

「それなら少し場所を変えよう。こっち来て」

 

そう言ってアイル君は私達を、お店の奥に案内してくれました。

そこには車椅子に乗った、私たちより5つぐらい離れてそうな、女の子がいました。

 

「この子は妹のベガ。ベガ、俺の友達のルミア=ティンジェルとシスティーナ=フィーベルだ」

 

「初めまして、ルミアです。よろしくね!」

 

「システィーナよ。よろしく」

 

「べ、ベガ=エステレラです。いつも兄様がお世話になっています…」

 

「ベガ…余計な事は言わない…」

 

妹のベガちゃんか。

儚げな雰囲気は深窓の令嬢って感じかな?

それでこの子と何が関係するのかな?

 

「実は…その…この子の下着類を見繕ってやって欲しいんだ…」

 

え?し、下着類!?

あ、あ〜…そういう事…

 

「こういう事はあまり人に頼む事ではないことは承知なんだけど…ここの婆さんも歳だし、店で手一杯でな。この子は1人では難しいんだ…」

 

「確かに…そうね…」

 

「本当にすまない!頼れるのがお前達以外いないんだ!頼む!」

 

そう言って頭を下げてくるアイル君。

確かに女性物の下着を買うのは周りの目がキツイのだろう。

 

「分かったよ!私達に任せて!」

 

「そうね、借りもあるし引き受けるわ」

 

私達は素直に引き受けることにしました。

だって困ってるんだもん。

放っておけないよ!

 

「「!ありがとう(ございます)!」」

 

2人とも頭を下げてくれる。

私達は慌てて頭を上げさせてから、アイル君から情報を引き継ぐ私達。

 

「じゃあ、頼む。いつも決まった場所で買うんだけど、店員は常連だからわかると思う。後ベガ、ちゃんと案内するんだよ」

 

「分かってます!任せて下さい!兄様!」

 

「それじゃあ、3人とも。気をつけてな」

 

「「「行ってきます!」」」

 

私達はベガちゃんを押しながらお店に向かった。

 

「あ、あの、すみません…私がこんな足で…」

 

「ううん、気にしないで!」

 

「その…失礼だけど何かあったの?」

 

大体の事は魔術で治るのでよっぽどの事があったのかな?

 

「実は、先天的なもので…内界マナを貯める場所が足の神経を圧迫してしまってるらしくて…」

 

そんな…つまり、魔術師としては素質は持っていても、体が追いついていかないという事?

 

「…ごめんなさい。答えずらい事を聞いてしまって…」

 

「いえいえ!気にしないでください!兄様も信用してるみたいですし、私もお2人を、信じてますから!」

 

そう言ってホワホワした笑顔を向けてくれるベガちゃん。

 

「〜っ!可愛い!」

 

思わず抱きしめちゃいました!

だって健気で可愛いんだもん♪

 

「はわ!?ルミアさん!?」

 

「そうね、こんな可愛い妹がいたなんて!私も欲しい!」

 

「システィーナさんまで!?」

 

2人で可愛がってから、また歩きだしました。

そんな時

 

「あの…お2人は兄様が好きなのですか!?」

 

何か爆弾発言落としてきたよこの子!?

 

「私はあくまで友人としてよ。私は!」

 

「システィーナさんは…ですか…」

 

「システィ!?何言ってるの!?私もあくまでゆ、友人として…して…///」

 

「ああ、そういう事ですか…」

 

「ええ、そういう事よ」

 

「どういう事!?」

 

 

その後私達は3人で買い物をしました。

途中かなりアダルティな下着を、勧められて恥ずかしかった…///

でも、とても楽しかったです!

名残惜しいけどそろそろ時間だし、返してあげないと。

そう思いレストランまで連れていくと

 

「!おかえり3人とも」

 

少しほっとしたような顔で私達を出迎えてくれるアイル君でした。

 

「ただいま戻りました!兄様!」

 

「おかえりベガ。手を洗っておいで」

 

ベガちゃんは奥に行く前に、私たちに手を振ってくれました。

私達も振り返してると、アイル君は安心したような顔で笑っていました。

 

「ありがとうな、2人とも。2人に任せて正解だったよ」

 

「気にしないで!これからも付き合うよ!」

 

「…!ありがとう。そうだ、今日の昼飯どうだった?」

 

「凄く美味しかった!これからも通っちゃおっかな〜!」

 

「美味しかったわ。マスターさんに伝えといて」

 

私達はそれぞれの感想を伝えると

 

「そうか。()()()()甲斐があったってもんだな」

 

…ちょっと待って。

今何やら、不穏な事を言わなかった?

 

「…()()()()ってどういう事?」

 

システィも同じ事を思ったらしい。

…まさか…

 

「ん?今日お前達に出した料理は全部、1から10まで俺が作ったやつだからな」

 

「…オムライスも?」

 

「おう」

 

「…ビーフシチューとパンも?」

 

「おう」

 

「…チーズタルトも?」

 

「おう」

 

「…ティラミスも?」

 

「おう」

 

「「…紅茶も?」」

 

「だから全部って言ってんだろうが!!」

 

…負けた。

女子力で負けてる。

あんな美味しい料理から紅茶、デザートまで作るなんて。

圧倒的女子力…!!

 

「システィ…」

 

「習いましょう…ルミア!」

 

思春期女子として!

やっぱり負けられない!

 

「ふ、2人とも?」

 

「なんでもないよ!すごく美味しかったよ!」

 

「ええ!また来させもらうわ!あと私の事も名前でいいわよ!」

 

「…お、おう?それでは…ありがとうございました。お客様。またのご来店をお待ちしております。」

 

そう言って恭しく一例しながら、中へ戻っていくアイル君。

私達は真っ直ぐ早歩きで家に帰って

 

「「お母様!私達に料理教えて(下さい)!!」」

 

こうして、お母様のスパルタ料理教室は定期的に、開催される運びとなりました。




ありがとうございました。
妹ちゃん初登場です。
兄っ子ですね、妹は。
そして、意外な女子力を発揮するアルタイル。
それではありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術競技祭編1話

今回から新章です。よろしいお願いします。


「飛行競争に出たい人ー?」

 

シーン。

フィー…システィーナの声だけが響く。

 

「じゃあ、変身の種目はー?」

 

シーン。

またもやシスティーナの声だけが響く。

 

「困ったなぁ…来週には、魔術競技祭始まっちゃうのに」

 

そう、来週に迫った魔術競技祭の選手決めをしているのだ。

そう、来週からなのだ。

それなのに未だに決まってないなんて、ヤバイよなうち。

 

「ねぇみんな!せっかくだし思い切って頑張ってみようよ!」

 

「まったく…お情けをかけるからこうなるんだ」

 

ルミアの必死なお願いに、ウィズダンがストップをかける。

 

「今回はわざわざ女王陛下がご来賓なさるんだ。そんな場所で無様を晒す必要もないだろう?」

 

「ギイブル、貴方本気で言ってるの?」

 

「もちろん本気さ」

 

システィーナとウィズダンが一触即発の中、突然ドアがドン!と開くと

 

「話は聞かせてもらった!俺に任せろ!このグレン=レーダス大先生に!」

 

すげぇめんどくさそうな登場の仕方で、グレン先生が現れた。

 

「ややこしいのが来た…」

 

システィーナが頭を抑えながら呟く。

 

「おら白猫、リスト貸せ。遊びは無しだ。俺がお前らを優勝させてやる」

 

そう言いながら、教卓の上で胡座をかく。

暫くして采配を始めた。

 

「よし、1番配点の高い【決闘戦】は白猫・ギイブル…あとカッシュだ」

 

おや?ナーブレスではなくウィンガーが?

…ああ、そういう事か。

 

「【暗号解読】はウィンディ、【飛行競争】はロットとカイ、【変身】はリンに頼む。【精神防御】はルミア以外ありえん…」

 

そう言ってドンドンと決めていくグレン先生。

しかも全員参加しているうえ、それぞれの得意分野で選んでいるのだろう。

確かにこれなら勝算は高い。

 

「最後、新種目の【ハイド&ファイア】はアルタイル一択だ。頼むぞ。よし!これで決まりだ!」

 

おお、俺も参加か。

しかも新種目の【ハイド&ファイア】とはな。

これは責任重大だぞ〜。

 

「待ってくださいまし!なぜ私が【決闘戦】から外されてるんですの!?」

 

納得いかなかったナーブレスが反論した。

 

「確かにお前は知識も詠唱速度も大したもんだが、ドジだからな〜。だから運動神経と状況判断力の高いカッシュって訳だ。その代わりリードランゲージならお前はピカ一だ。ぜひ【暗号解読】で点を稼いでくれ」

 

「そ、そう言う事なら…」

 

「他にも説明しとくぞ」

 

そう言って先生は、人選の理由を一人一人教えていく。

 

「アルタイルは見た感じ、この競技は魔術あり、武器ありのバトルロワイヤルだ。だから戦闘経験のあるお前なら余裕だろ」

 

「OK。やってやりますよ」

 

やるからには勝つ。

それが俺のモットーだ。

 

「先生!いい加減にしてください!」

 

ウィズダンが声を上げる。

これ以上になにか良案があるか?

 

「なんだよギイブル。これ以上いい案があるのか?言ってみろ」

 

「決まっているでしょう!成績優秀者で全種目を固めるんです!それが伝統でどのクラスもやってる戦略です!」

 

「…え?」

 

あ、あれは知らなかった口だな。

手の平返される前に、先手を打たないとな。

 

「何言ってるのギイブル!先生の采配にケチつける気!?見てよこれ!みんなの得手不得手を考えて決めてくれたのよ!大体、成績上位者だけの勝利なんて、なんの意味があるの!?先生は勝ちに行くって、俺が優勝させてやるって言ってくれたわ! それは、皆でやるからこそ意味があるのよ!そうでしょ!?先生?」

 

おやシスティーナが熱弁した。

じゃあ、援護射撃だ。

 

「システィーナの精神論は置いといて、他のクラスと違ってうちは1つの競技に全力を注げる。それだけでも他より勝率が上がるってもんさ」

 

「分かった分かったよ。それがクラスの総意なら好きにすればいいさ」

 

ウィズダンの撤退したところで先生の采配が決定する。

クラスが沸き立つ中、先生だけは顔を引き攣らせている。

 

「…何か…噛み合ってないような…」

 

安心しろルミア。

間違えなく噛み合ってないから。

 

 

「それで?一体何を考えていんですか?」

 

俺は練習を始める前に、先生を掴まえて事情を聞く。

どうせロクでもない事なんだろうけど。

 

「フ…未来への投資をした結果さ…」

 

「ああ。要はスったんだな。だから特別賞与狙いと」

 

「な、何故それを!?」

 

「考えればわかるわこのダメ教師」

 

予想通りすぎて1周回って呆れる。

そんなくだらない事を話していると

 

「いい加減にしろよ!」

 

「「ん?」」

 

外からウィンガーの怒鳴り声が聞こえた。

2人で向かうと、1組の連中と揉めている最中だった。

 

「はいはいストップ〜。何してんだお前ら」

 

先生が仲裁しようとした時

 

「何をしているクライス! さっさと場所を取っておけと言っただろう! まだ空かないのか!?」

 

1組の…確か…ハーゲー先生がやってきた。

 

「あれ〜?先輩講師のハーレム先輩じゃないっすか〜!先輩も競技祭の練習っすか〜?」

 

あ、間違えた、ハーレム先生か。

けしからん名前だなこの人。

 

「ハーレイだ!ハーレイ=アストレイ!貴様覚える気ないだろう!?…まあいい、勿論、そうだとも。優勝し、女王陛下から栄誉を賜わうのは我々1組だ。私が指導する以上、優勝以外有り得ないからな」

 

何だ、ハーレイ先生か。

グレン先生も間違ってたじゃん。

 

「ワ〜スゴ〜イ!ガンバッテ〜!」

 

先生、めっちゃ棒読みじゃん。

 

「それよりもグレン=レーダス。早く場所を空けろ!」

 

「ああ〜…じゃあ、あの辺まで開ければいいですか?」

 

「何を言っている?この中庭から出ていけと言ったんだ」

 

…はぃ?何言ってんだこのハーゲー。

 

「…先輩、いくらなんでもちょっと横暴すぎません?」

 

「横暴なものか!フィーベル達のような成績優秀者を遊ばせ、成績下位者の様な者達を出場させるようなやつにやる気なぞ感じられないのでな!」

 

なるほど…笑えるくらいダサいなこの人。

自分の毛根とプライドの無さをさらけ出しちゃってまあ…

 

「貴様…何を笑っている。アルタイル=エステレラ」

 

おや、顔に出てたようだ。

まあいいか、別に。

 

「陶器って知ってます?」

 

「とうき?何だそれは」

 

「東洋の器っすね。粘土質の泥を何回も形を整えて、乾かして、焼いて、色を塗って…そういう手間を何回も重ねて作り上げるんすけど、そういうのを作る人を時に人間国宝、人でありながら国の宝と呼ぶこともあるんすよ。そういう人が作るやつには宝石を上回る価値がつくんすよ」

 

何でこんな知識があるのか?

爺さんの趣味だよ。

 

「一方で宝石ってさ、ただ削って、さらに削って、磨いてるだけじゃないですか?だから、言い換えれば、慣れれば馬鹿でもできると俺は思うんすよ」

 

「な…」

 

本当は違うかもしれないけど、あくまで俺の持論。

目を瞑ってくれると助かる。

それはさておき、絶句してるハーゲー先生。

そう、ここからが俺の言いたい事の本質。

 

「ただ馬鹿でも出来そうな事をひけらかしてるあんたと、人間国宝になろうとしてるグレン先生。どっちについて行きたいかって言ったら、グレン先生だよね〜」

 

ここでさらに煽るように笑う。

 

「きさま…!」

 

「そこまでだ、アルタイル。やりすぎだぞ」

 

俺とバチバチになる前にグレン先生が止めに入ってきた。

 

「ハーレイ先生、うちの生徒が失礼しました。ですがお言葉ですが、うちはこれが最強の布陣なんすよ。もちろんうちは、優勝を狙ってますよ。油断して寝首をかかれないことっすね!」

 

「フン…口だなんとでも…」

 

「3ヶ月分だ」

 

…何?

 

「…何?」

 

「俺のクラスが優勝するのに給料3ヶ月分だ!この賭け、乗ります?先輩」

 

マジか!?

ただでさえ、金食い虫の魔術師家業だぞ!?

金欠のくせに何見栄張ってんの!?

 

「クッ…いいだろう!私も私のクラスが優勝するのに給料3ヶ月分だ!」

 

今、一瞬の間にめっちゃ葛藤したなこの人…。

きっと1組の連中の視線に耐えきれなかったのだろう…。

哀れな大人のプライドか…。

 

「そこまでです!」

 

ここでシスティーナの登場か!

きっと悪い方に転がるぞ〜!

 

「ハーレイ先生!先生の主張になんの正当性も見受けられません!これ以上見苦しい真似を続けるのなら、学院上層部で問題にしますがよろしいですか?」

 

ここで必殺、親の権限を発動。

この学院において発言力のあるフィーベル家が相手では、流石のハーゲー先生も黙る他なしって事か。

 

「クッ…!親の七光りが…!」

 

これは思ったより丸く収まるか…?

 

「それにグレン先生は逃げも隠れもしません!」

 

「え?」

 

あ、無理だったわこれ。

 

「私達は魔術競技祭で正々堂々戦い、優勝します!ですよね、先生?」

 

「お、おう!」

 

声めっちゃ震えてるけど大丈夫か?あの人。

 

「いいだろう!私に楯突いたこと、後悔させてやる!」

 

そう言って中庭から去っていくハーゲー先生。

 

「先生がここまで信じてくれたんだもの。絶対に負けないんだから!」

 

「「「「「「おーー!」」」」」」

 

「やっぱり、何か噛み合ってない気が…」

 

だから大丈夫、しっかり噛み合ってないから。

しかし、これはある意味俺の責任でもあるか…。

 

「…しょうがない。飯くらい用意してやるか…」

 

まずは、店の残りの食材を見てみて、そこから何を作るか決めるか。

 

 

次の日、昼前に先生を呼び止めた。

 

「あ、グレン先生。ちょっといいっすか?」

 

「何だ戦犯」

 

「いや、戦犯って…」

 

そりゃ、喧嘩ふっかけたのは俺だけどさ…。

 

「まあいい、それよりどうした?金以外なら概ね相談に乗ってやるぞ」

 

さて、本命と行こうかね。

 

「相談じゃなくて、罪滅ぼし兼施しですよ。はいこれ」

 

そう言って俺はバスケットを渡した。

 

「こ、これは!?」

 

「俺の下宿先レストランだから、そこの余った材料で作ったんですよ。競技祭までなら作ってあげますよ昼だけでも」

 

そう、店の営業終了後、俺の料理の修行ついでに作る事にしたのだ。

 

「内容は偏ると思うけど、そこは我慢して…」

 

「ありがとうございます!アルタイル様!このご恩は一生忘れません!」

 

「いや、キモイな!いいから早く食っちまえよ!」

 

そう言ってグレン先生がバスケットを開けると、何やら固まってる。

何事かと思ったけど…ただ驚いているだけっぽい?

 

「何?」

 

「いや、美味そうだなって…」

 

「そりゃ、レストランで下宿させてもらってるし、その分店の手伝いしてるんだから、本来金とるんすよ」

 

「マジか!?」

 

「マジっすよ。じゃあ、バスケットは洗って返してくださいね」

 

そう言って離れようとすると

 

「ちょっと待て、ちょうどいい機会だ。聞きたいた事がある。ツラ貸せ」

 

そう言う先生の顔が随分と真剣だったため、俺も了解してしまった。

 

「話ってなんですか?」

 

昼飯をつつきながら、先生の話を促す。

 

「この間の事だ。【アリアドネ】の事は分かった。だが、俺とってそれよりも…どこで軍用魔術を習ったか、ここが重要だ」

 

なるほど、やはり真面目な内容だったらしい。

だって俺の後ろに厄介な人がいるもん。

 

「…アルフォネア教授、こっち来たらいかがでしょうか?」

 

「…何だ、気づいていたのかアルタイル=エステレラ」

 

「あれだけ魔術で見られた流石に…。さて、習った相手ですよね。隠す必要も無いので言いますよ。下宿先の爺さんです。元帝国宮廷魔導師団特務分室ですので」

 

「「な!?」」

 

2人ともめちゃくちゃ驚く。

そりゃ、そうだろう。

帝国宮廷魔導師団内でも特に尖った連中の集まりが特務分室だ。

と、爺さんから聞いている。

 

「元特務分室だと!?マジか!?」

 

「ええ、先代の【隠者】とかなんとか…」

 

「先代【隠者】…もしかしてトワイスのじーさん、エンダース=トワイスか!?」

 

あれ?知ってるんだ。

 

「そうですよ。知ってるんですね?」

 

「セリカ?知ってるのか?」

 

「バーナードの師匠だ」

 

「バーナードの!?マジか!?…まあ、習った先がわかったでも良しとするか…」

 

グレン先生は何処かホッとしたように呟いた。

そんなに俺が軍用魔術を使った事が心配だったのか?

 

「グレンも元軍人だからな。力というものに敏感なのさ」

 

そういう事か…。

 

「まあ、競技祭で使うことは無いでしょうし、俺が使える軍用魔術はC級3種類と少しですから。そんな事よりグレン先生、魔術競技祭勝ちますよ」

 

「…ああ、やるぞ」

 

そう言って俺たちは昼飯を再開した。

そしてその光景を優しく見るアルフォネア教授がいた。




という訳でありがとうございました。
この新キャラ、ほとんど名前だけ出すつもりです。
名前も適当に考えて決めました。
ほとんど思いつきです。
話には今のところ関わらない予定です。
直接的に知ってるのはセリカ、バーナード、ゼーロスぐらいのつもりです。
陛下すら名前だけです。
本当は特務分室の誰かにする予定だったのです。クリストフとか結界繋がりで。
でもそれだと何かなって感じだったので、下宿先の爺さんにしておきました。ちなみに婆さんは軍医です。
それではこれにて失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術競技祭編2話

さあ、魔術競技祭開催です。
2組の快進撃をご覧下さい。
よろしくお願いします。


賭けが成立してから1週間がたった今日、遂に魔術競技祭が始まった。

 

「女王陛下の御成りー!」

 

その瞬間、みんなが拍手喝采を送る。

そんなみんなに優しく笑いながら手を振るう陛下。

相変わらずこの国は女王の人気が凄いな。

爺さんも婆さんもそう言ってたし。

 

「これより、魔術競技祭を開催します。皆さんの活躍を期待しています」

 

女王陛下のお言葉に会場が沸き立つ。

そんな陛下を複雑そうな気持ちで見ているルミア。

俺はなんて言葉をかけていいかわからず、頭をグシャグシャに掻き回す。

 

「わわっ!?アイル君!?」

 

「辛気くせぇ顔すんなよ!せっかくの祭りだぜ!色々と置いといて、楽しもうぜ!」

 

「…うん!楽しもう!」

 

ルミアに少し笑顔が戻る。

色んな思いが渦巻く中、今回の魔術競技祭が開催された。

 

「そして差し掛かった最終コーナー!2組のカイ君からバトンを受け取った2のロット君がそのまま3位でフィニッシュー!なんと【飛行競争】はなんとあの2組が3位でゴール!この展開を誰が予想したのかー!?」

 

「うっそ〜ん…」

 

「おい、ダメ教師。何言ってんすか」

 

自分のクラスが活躍してるのにその反応はあかんやろ。

 

「やりましたね!先生!」

 

「これも先生の作戦なの?」

 

ルミアとシスティーナが興奮したがら先生に詰め寄る。

 

「お、おう…今回の【飛行競争】は長丁場になるからな。俺が2人の消費魔力量をちょっと計算して、そのペースを維持するよう徹底させたのさ」

 

「す、すげぇ…俺たちこれなら…!」

 

「ああ、勝てる!勝てるぞ!」

 

先生の話を聞いてさらに沸き立つ2組。

そしてさらに胃が痛くなるグレン先生。

 

「ちっ…マグレで上位に入ったからっていい気になりやがって」

 

「マグレじゃねえ!これは先生の実力だ!」

 

「そうだ!お前らは所詮、先生の掌の上で踊ってるに過ぎないんだよ!」

 

「な、なんだと!?おのれ二組…次からはお前らを率先して狙ってやる!」

 

「へっ!返り討ちにしてやるぜ!俺達とグレン先生でな!」

 

あらら、胃痛が加速してくねグレン先生。

脂汗すっげぇなおい。

 

「せ、先生…大丈夫ですか…?」

 

「ルミア、今はそっとしていてやれ」

 

やれやれ…これじゃあ、1食だけじゃ厳しかったか?

まあ、今日の昼飯当番は俺じゃないしな。

…今日くらい、素直に頑張れよシスティーナ。

 

「2組のセシル君!【魔術狙撃】4位以内確定だ!」

 

「やった!先生の言う通りだった…!」

 

「2組のウィンディ選手!【暗号解読】圧勝だー!」

 

「先生のアドバイス通りでしたわ…!」

 

この後もうちの快進撃は続き、午前中は残り【精神防御】と新種目の【ハイド&ファイア】の2つ。

その段階でうちは3位になっていた。

でも、1位は1組で、地力の差が少しずつ出始めていた。

 

「先生、この調子だと…」

 

「分かってる。今はまだ勢いでどうにかなってるがそろそろ順位をあげておきたい。ルミア、アルタイル。お前たちが要だ」

 

そう言って俺達の肩を叩くグレン先生。

 

「まずはルミア、お前の【精神防御】だ。さっきはああ言ったがこれは危険な競技だ。無理はせず、しんどかったらギブするんだぞ?」

 

「大丈夫です先生。勝ってきます!」

 

そう言って真っ直ぐに会場へ向かうルミア。

その背中に不安を感じた俺は先生に声をかけた。

 

「先生、念の為タオルを」

 

「そうだな、投げる用意はしておくか」

 

俺達の不安を他所に遂に始まる【精神防御】。

担当するのは精神魔術の権威、ツェスト男爵だ。

こいつがまたとんでもない変態野郎だった。

 

「…吊るす」

 

「どこをだ!?なにをだ!?やめろ!落ち着け!」

 

「落ち着いてアイル!お願いだから落ち着いて!」

 

グレン先生とシスティーナが必死に俺を止める、というハプニングを起こしながらも競技が進む。

正直余裕かと思っていたが、5組のジャイル=ウルファート、パンパねぇんだあいつ。

意外に思われるがウルファートとは仲がいい。

実は去年1度だけ、理由は忘れたがマジ喧嘩したのだ。

多分喧嘩を売った買ったではなく、強そうだからだったと思う。

それ以来、たまにつるんでるのだ。

その時、現生徒会長のリゼ=フィルマー先輩に、しこたま怒られた。

今ではその時の事をエサにたまにこき使われている。

そんな関係ない事を考えてると、気づいたらルミアとウルファートの一騎打ちになっていた。

 

「おおー。あいつ相変わらずタフだな」

 

「知ってたのか?ジャイルとかいう奴の事」

 

「アイルは意外にジャイルとは仲良いですよ」

 

「見た目ほど悪い奴ではないからな」

 

そんな話をしてると、男爵が【マインド・ブレイク】を使うと宣言した。

【マインド・ブレイク】は対象の思考を破壊し、喪心状態にしてしまう、最も危険で高度な魔術の1つだ。

そんな魔術を30回も耐え抜く2人。

しかし31回目を耐えた時、ルミアが耐えたものの、膝を着いてしまう。

それを見た俺達は

 

「先生!」

 

「分かってる!棄権だ!2組はここで棄権する!」

 

先生がルミアの身を案じ、棄権を宣言する。

 

「先生!アイル君!私はまだ!」

 

やっぱりこういうと思った。

 

「ルミア、言ったろ?これは祭りなんだぜ?楽しまねぇと損だろ?」

 

「アイル君でも!?」

 

「それにお前に何かあったら俺は祭りを楽しめないぜ?もちろん、お前もな。だから…な?」

 

そう言いながらルミアの頭にタオルをかけ、優しく汗を拭いてやる。

 

「…分かった…///」

 

何故か耳を赤くしながら頷くルミア。

俺は不思議に思いながらもウルファートに声をかける。

 

「ウルファートは流石だな。お前は相変わらずというか、なんと言うか…?ウルファート?」

 

反応がないウルファートの様子を見てみると

 

「…え?あれ?立ったまま気絶してる!?」

 

俺の言葉に実況が確認し、ツェスト男爵に勝敗を尋ねる。

その結果

 

「ルミア君の勝ちだろうねぇ。棄権したとはいえ、直前の【マインド・ブレイク】はクリアした訳だし」

 

という訳で、一転、ルミアの優勝が決まった。

その結果、俺達は2位に浮上した。

 

「ルミア!やったな!」

 

「アイル君!やったよ!」

 

俺達はハイタッチした後、ルミアが興奮のあまり抱きついてくる。

ビックリしながらも何とか受け止める。

 

「アイル君!私…っ!///」

 

状況に気づいたのか慌てて離れるルミア。

 

「おーい!早く戻るぞ!」

 

「「あ!待って先生!?」」

 

慌てて俺達は先生をおう。

その間にこっそりと

 

「今のは忘れて…!///」

 

「ごめん、無理」

 

「アイル君〜!///」

 

そうして戻ると、

 

「「「「「「アイル貴様〜!」」」」」」

 

「「「「「ルミアはこっち!」」」」」」

 

男女それぞれに連行されました。

なんでさ。

 

 

オハナシが終わった俺はそのまま会場に向かった。

 

「アルタイル。ルミアが作ったこの流れ、切るなよ」

 

先生がプレッシャーをかけてくる。

もちろん、分かってるって。

 

「当然、やるからには勝つ」

 

この競技は最後の1人にしか点が入らない。

それ故に決闘戦に次ぐ高得点なのだ。

勝てば1位浮上、負ければ優勝に大きく遠のく。

いや〜我ながら、ヒリヒリするな〜。

 

「アイル、無茶するんじゃないわよ」

 

「OK。頑張るさ」

 

「アイル君…勝ってきて!」

 

「ルミア!?」

 

システィーナが驚きの声を上げる。

俺も驚いたけど。

だってそうだろ、あのルミアが心配ではなく、勝ってこいって言ったんだから。

その言葉を聞き、俺は無意識に笑みを浮かべていた。

 

「OK。任せろ!」

 

そう言いながら俺は何時もの赤い手袋を装着しながら会場に向かった。

 

「さあ!午前の部の最後は、今年からの新競技【ハイド&ファイア】!起伏に富んだ地形で魔術あり、武器ありのバトルロワイヤルです!最後に立っていた選手だけに得点が入る、まさに午前の部最大の目玉です!」

 

あの実況煽るのが上手いよな〜。

なんてぼんやり考えているとやたら視線を感じる。

視線の方を向くと、俺を除く各クラスの代表9人全員が俺を睨んでいた。

…まあ、なんて分かりやすい事。

 

「それではカウントダウンスタート!」

 

10秒前からカウントが始まる。

それぞれ、武器を構え、詠唱を始めれるようにしている。

俺もポケットから手を出し、糸を垂らす。

そしてカウントが0になった瞬間、

 

「『雷精の紫電よ!』」

 

「『大いなる風よ!』」

 

「『白き冬の嵐よ!』」

 

「『紅蓮の炎陣よ!』」

 

一斉に襲いかかってくる。

ほらやっぱり

 

「バカだろお前ら」

 

俺はすぐに糸を使い結界を張る。

全てを反射する結界をだ。

何が起こるかって?当然

 

「「「「な!?」」」」

 

自分たちが放った魔術が、全部跳ね返るだけの事。

ついでに威力を増幅させて。

そのまま半数が吹き飛び、残り半数がギリギリで回避する。

残りは7人、仕掛けるか。

 

「『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』」

 

その間に俺はこの一週間の間に作った【固有魔術(オリジナル)】を展開した。

固有魔術(オリジナル)】とは、自身の【魂のあり方(パーソナリティ)】を元に、既存の汎用魔術を何らかの点で超えなくてはならない、キチガイの領域に足を突っ込まないと出来ないものだ。

グレン先生の【愚者の世界】がそれになる。

俺の固有魔術(オリジナル)【グラビティ・タクト】は【グラビティ・コントロール】の重くするやつと軽くするやつを両方を自在に使う魔術だ。

俺のパーソナリティは【万象の観測・干渉】。

俺は重力という自然現象を観測し、それに干渉しているのだ。

重力には引力と斥力がある。

俺はそれをすぐに切り替えられるように調整したのがこれである。

つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()

それが【グラビティ・タクト】だ。

 

「そら、耐えろよ」

 

俺は重力を横向きに放つ。

何が起きてるか分からないまま、吹き飛ばれる3人の選手。

残りは4人。

俺の背後から、剣を振り下ろそうとする選手の剣を斥力でへし折り、地面にめり込ませる。

 

「残念、まだまだだな」

 

そう言いながら外に吹き飛ばす。

残りは3人。

 

「『雷精の紫電よ!』」

 

「『大いなる風よ!』」

 

【ショック・ボルト】と【ゲイル・ブロウ】を、斥力で弾き飛ばす。

 

「そら、お返しだ!」

 

糸を適当な大きさに編み、紐状にして鞭の要領で吹き飛ばす。

あっという間に残り1人になったので最後に重力を一気に叩きつけて場外にたたき出す。

チェックメイト。

 

「し、終了ー!勝者は2組のアルタイル選手だー!まさに圧倒!圧倒的な勝利だー!そしてここで!なんと2組がトップに躍り出ます!」

 

その瞬間、会場が沸き立つ。

俺はそれらを一切無視しながら先生たちの元へ戻っていく。

 

「「「「「アイル!」」」」」

 

戻った瞬間、みんなに揉みくちゃにさせる。

 

「お前、いつの間にあんな固有魔術(オリジナル)を?」

 

「これですか?実は前々からやってたんですよ。この1週間で完成しただけです」

 

グレン先生曰く、まだ荒削りだが中々の完成度だとか。

そんな話をしてると

 

「アイル君!」

 

ルミアが走って駆け寄ってくる。

 

「ルミア。約束通り、勝ってきたぜ」

 

「うん!おめでとう!」

 

俺達はハイタッチする。

こうして午前の部は、俺達の優勢で幕を閉じたのだった。

 

 

午前の部が終わり、午後の部に入る前に昼休憩に入る。

俺は森に入り静かに1人で、妹のベガが作ってくれた、少し不器用なお弁当を食べようと、ベンチを探していた。

 

「ここでいいか…。いただきます!?」

 

突然、木の枝を折りながら何かがそばに落ちてきた。

ビックリした〜!

危うく弁当を落とすところだった…。

俺はそれを何か確認すると…。

 

「何してんだよ…グレン先生…」

 

「痛って〜…白猫のやつ、マジでぶっ飛ばしやがって…おう、アルタイルか。何してんだこんな所で?」

 

「いや、それ俺のセリフですから」

 

本当に何してんの?

何で空から落ちてきたの?

 

「いや〜、リンの特別講義でルミアの格好してたら、タイミング悪く白猫が来ちまって…。弁明する前に本人の登場でな…。キレた白猫に【ゲイル・ブロウ】でぶっ飛ばされたんだよ」

 

「はぁ…あの駄猫…」

 

何してんだよあいつ。

せっかく作ったものを台無しにしやがって…。

 

「先生〜!あれ?アイル君!何でこんなところに?」

 

「ルミアこそどうしたんだよ?」

 

そんなでかい包みを2つも持って何だ?

 

「あ、こっちは先生に。ある女生徒がとある男の人に作ったんですけど、喧嘩して渡しそびれてしまって…。捨てようとしてた所を貰ってきたんです」

 

そう言って包みを開けるルミア。

あれ?それはシスティーナと作ったサンドイッチじゃん。

実は前日にシスティーナは、俺に料理を教わりに来たのだ。

俺は弁当という事、素人という事、この2点からベーシックなサンドイッチを提案したのだ。

それすらも怪しい女子力に唖然としながらも、何とか完成させた品が、今包みに入って現れた。

…まあ、不幸中の幸いってやつか。

 

「ありがとうございます!大天使ルミア様!」

 

「キモ」

 

グレン先生は泣きながら、ルミアの手を握る。

思わず素の気持ちが出てしまい、本音をポロッと言ってしまう。

それに気にもとめず、サンドイッチをがっつくグレン先生を他所に、俺はもう1つの包みを指さす。

 

「ルミア、そっちは?」

 

「えっと…これは…///あれ?アイル君、それは?」

 

ルミアは俺の手にある弁当を指さす。

 

「妹が今日の為に、作ってくれたんだよ」

 

「そ、そうなんだ…」

 

そう言って暗い顔をしながら、そっと包みを隠すルミア。

その仕草に何となく察した俺は

 

「ルミア、それってお前が食べるの?」

 

「え?いや…食べないけど…」

 

「じゃあ、俺貰っていい?これだけじゃ足りなくて…」

 

ルミアの包みも貰うことにした。

ちなみに嘘はついていない。

ベガが作ってくれたのは嬉しいが、これだけじゃ少し足りないのは事実だ。

だから、ちょうど良かったのだ。

 

「!!いいよ!はいどうぞ!!」

 

途端にルミアの顔がパァァァっと明るくなる。

どうやら、読みは当たりらしい。

ルミアが開けてくれたお弁当は、中身はサンドイッチだった。

見た目は少し歪つだが、一生懸命作ったのがよく分かるものだった。

 

「「いただきます」」

 

俺達は手を合わせて早速ルミアのお弁当から手をつける。

うん、美味しい。

 

「うん、美味い」

 

「ほんと!?」

 

「ああ、本当だよ。美味しい」

 

ただ、少しマスタードが多い気がするから、若干辛い。

俺は大丈夫なので気にはしないが。

あと誤算だったのが、量が多かった事だ。

これは2人用だよな?

 

「アイル君!好きなだけ食べていいからね?」

 

はい?好きなだけ?

 

「え?ルミアは?」

 

「私はシスティと食べたから!」

 

「あ、ありがとう…」

 

腹を括るか…。

そう覚悟を決め、俺はこの弁当達と格闘を始めた。

 

「ふぅ〜…腹いっぱい…まじ入らん…」

 

「お前…よく入ったな…」

 

いや、あんな顔されてら残せんでしょ。

そんな腹ごなしをしている俺達に誰が近づいてきた。

 

「あなた、グレン=レーダスですよね?少しよろしいですか?」

 

ん?こんなところに誰だ?

しかも先生を知っている?

 

「はいはい、全然よろしくありませ〜ん。今飯食ったばっかりで滅茶苦茶忙し…ってえぇーーー!?女王陛下〜!?」

 

「「っ!?」」

 

本当じゃん!

女王陛下じゃん!

何でこんな所に!?




ありがとうございました。
たまには魔術でもすごいところを見せないと、ただの脳筋になりそうなアルタイルですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術競技祭編3話

事件が動き出します。
それではよろしくお願いします。


俺とルミアは唖然としたまま固まっており、グレン先生は慌てて片膝をつき、頭を垂れていた。

 

「1年ぶりですね。お元気でしたか?」

 

「はい、そりゃあ、もう…」

 

「どうか面をあげてください。貴方にはずっと謝りたいと思っていました。…この国の為に尽くしてくれた貴方を、あのような形で宮廷魔導師団から除隊させる事になってしまって…」

 

そう言って、先生に対して頭を下げる陛下。

マジかよ…幾ら公の場じゃないからって一国民に頭下げるのかよ。

 

「いやいやいや!?俺、仕事が嫌になって辞めただけですから!俺みたいな社会不適合者に、女王陛下が頭下げちゃダメですって!」

 

グレン先生が慌てて陛下に頭を挙げさせようとする。

 

「そ、それより陛下。護衛もつけずにどういったご用向きで?」

 

グレン先生がそう聞くと、陛下はこっちを…正確にはルミアを見ている。

 

「久しぶり…ですね。エルミアナ。元気…でしたか?」

 

そう言いながらルミアに近づく陛下。

俺はそっと道を開けながら、2人から離れる。

3年ぶりの再会なのだ、積もる話でもあるのだろう。

 

「随分背が伸びましたね!フィーベル家の皆様との生活はどうですか?あぁ…夢見たい!またこうして貴女と…!」

 

その時だった。

 

「あ、あの!お言葉ですが、陛下は人違いをされております」

 

ルミアは陛下を拒絶し、一歩下がって頭を下げる。

 

「ルミア?何言って…」

 

「アルタイル」

 

俺はルミアに近づこうとするも、グレン先生が肩を掴んで止める。

 

「私はルミア。ルミア=ティンジェルと申します。恐れ多くも陛下は、ご崩御なさったエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ王女殿下と混同なされてるかと」

 

「そう…でしたね…。エルミアナ…。あの子は3年前に流行り病で亡くなったのでしたね…」

 

そう言いながら悲しそうに手を下げる陛下。

 

「不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。ルミアさん」

 

「滅相もございません。では、失礼致します」

 

そう言いながら走り去っていくルミアは…泣いていた。

 

「やっぱり認めてくれませんよね…今更、母親だなんて…。貴方はアルタイル=エステレラですね?」

 

突然話しかられたから、ビックリした。

 

「は、はい!アルタイル=エステレラです。お初にお目にかかれて光栄に存じます!」

 

「アリシア=イェル=ケル=アルザーノです。どうかグレンと共にあの子を頼みます。それでは戻りますね、グレン」

 

「「はっ!」」

 

俺達は何も言わずに歩き出した。

森をぬけたところで、いてもたってもいられなくなってしまった。

 

「先生。俺ルミアを探してきます。みんなでワイワイしてた方が気が紛れるかもですし…」

 

「…かもなぁ。悪いが頼めるか?」

 

「行ってきます!」

 

走り回る事、約15分。

見慣れた金髪が見えたので声をかける。

 

「よ、ルミア。何見てんだ?…ロケットかそれ?」

 

「…変だよね?これ、何も入ってないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

そう言いながらルミアは、悲しそうな顔でロケットを閉じて制服の中にしまう。

 

「さっきの私、どうすれば良かったのかな?悪魔の生まれ変わり、呪われし禁忌の存在、異能者。そんな存在として産まれてしまった私は、王家の威信を壊しかねない爆弾。だから…」

 

「仕方ないってか?バーカ」

 

悲しそうに話し出すから、真面目に聞いてれば。

そんな定型文は聞いてない。

 

「お前は、ルミアは、エルミアナはどうしたいんだよ?何を思ってるんだよ?」

 

結局そこだ。

どれだけ言っても、根底は変えられない。

俺はそこが知りたかった。

 

「私は…心のどこかで陛下を許せないかった。怒ってるんだと思う。でも…同時にお母さんって呼びたがってる自分もいるの。でも、それだとしスティのご両親を裏切っちゃう気がして…。どうすれば良かったの?…分からないよ…」

 

…ああ、ルミアは本当に分からないんだな。

 

「だったらそのまま伝えるしかないな!思ってる事全部ぶつけちまえ!どうせ人間なんて何しても、絶対に後悔するんだ。だったらやってから後悔した方がマシだ」

 

分かんない事を何時までも考えたって、分かんないままだ。

だったら今出来る事、分かる事をやっていけばいい。

そうすれば勝手に結果は出てるものだ。

 

「私…怖いよ…。またあの冷たい目を向けられると思うと…。だから、一緒に付いて来てくれないかな?アイル君」

 

おっとまさかの俺をご指名とは。

ま、けしかけたのは俺だし、責任は取るか。

 

「しょうがないな。ついて行ってやるよ!」

 

「!ありがとう!」

 

そんな話をしていると、向こうから集団がやってくる。

あれは…王室親衛隊?

こんな所に…いや、俺たちに何の用だ?

嫌な予感がした俺は手袋をつけて身構える。

 

「ルミア=ティンジェルだな?」

 

「は、はい、そうですが…」

 

ルミアが返事した瞬間、突然抜剣する騎士たち。

俺はすぐにルミアの前に出て庇う。

 

「貴様。なんのつもりだ?」

 

「それはこっちのセリフだ。何のつもり?」

 

「恐れ多くも、女王陛下暗殺の企てたその罪、弁明の余地なし!貴殿を不敬罪及び、国家反逆罪の容疑により処刑する!」

 

「「…え?」」

 

何言ってんだこいつら?

気でもおかしくなったか?

…いや、本気だな。

 

「…証拠はあるのか?何の根拠も無しにって、そんな無茶苦茶な話が通るわけないだろ」

 

「これは重要な国家機密である!貴様のような小僧に話すことなど無い!」

 

…もういいや、相手にするだけ馬鹿馬鹿しい。

 

「もういい、お前らの戯言に付き合う義理はない。行くぞルミア」

 

「小僧!邪魔だてする気か!?」

 

「上等だ!喧嘩売ったのはそっちだ!文句言うんじゃ…」

 

「仰せの通りに致します」

 

突然ルミアが立ち膝を着いて、頭を下げる。

 

「ルミア!?何言ってんだ!!」

 

「恐れ多くも陛下に仇なそうとした罪、この命をもって償います。ですからアイル君は!」

 

「ルミア!てめぇふざけんじゃ…ガッ!?」

 

「アイル君!」

 

「来い!」

 

突然後頭部に衝撃が走る。

柄で殴られたか…。

 

「ル…ミア…」

 

俺はただ、連れていかれるルミアに手を伸ばすことしか出来なかった。

 

 

 

「目を閉じ、動かぬ事だ。急所を外せば長く苦しむ事になる」

 

「…はい」

 

私は木に縛り付けられじっとその時を待った。

いつか来るとは思っていた。

私を処分すると決まる日が。

…ああ、きっと最後だから会いに来てくれたんだ。

あの日死ぬはずだった私が、3年も生きられたんだ。

素敵な思い出が沢山出来たし…だからこれで…。

でも…彼ともう会えないのは…やだな…。

 

「言ったろ。ふざけんなって」

 

え?聞こえないはずの彼の声がした。

その後、何かを殴る音が数回響いて、気づいたら縛っていた紐が切られていた。

恐る恐る目を開けると…

 

「…どう…して…」

 

「決まってんだろ。助けるためだ」

 

そこには親衛隊の人達を倒したアイル君が居た。

 

「何してるの?何したのか分かってるの!?」

 

私は自分でも珍しいと思うほど怒鳴った。

こんな事したら…アイル君は!?

 

「国家反逆罪だな。それが?」

 

「それがって!?」

 

「言ったろ?大切なものを失うのは嫌だって。ルミアもその1つなんだって」

 

そう言いながら、真っ直ぐ私を見る。

そうだ、この間もそうだった。

彼は自分の大切なものを守りたいから、戦った。

その中に私も入ってるんだって言ってくれた。

 

「アイル君…!」

 

ああ…嬉しいな…。

こんな状況、こんな事をさせてしまったアイル君に失礼かもしれないけど、それでも私は嬉しかった。

私なんかの事を大切に思ってくれている人がいる事が、嬉しくてたまらなかった。

 

「さてと、さっさとトンズラするか!」

 

「きゃあ!?」

 

突然私は彼にお姫様抱っこされた。

待って!これは恥ずかしい!///

 

「『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』」

 

【グラビティ・タクト】を唱えてから一気に飛んで、市街地に逃げ込む。

屋根伝いに走りながら距離をとり、そのまま入り組んだ路地を駆け抜ける。

その間ずっと、私はお姫様抱っこされっぱなしだった。

 

「あ、アイル君?重くない?」

 

「全然。今魔術解いてるけど、全く重くないぞ?」

 

そう言いながら、笑顔を向けてくれるアイル君。

うぅ〜…やっぱり恥ずかしい///

私は思わず赤くなる顔を隠すために、首筋に抱きついてしまった。

っ!?お店の時と同じ、いい匂いがして余計ドキドキしてきちゃった…!///

 

「!?おいおい。甘えん坊か?困ったちゃんだな〜」

 

 

俺達はしばらく走って距離をとった。

 

「よし、この辺でいいか…降ろすぞ」

 

そう声をかけ、ルミアを優しく地面に降ろす。

 

「大丈夫?酔ったりしてないな?」

 

「だ、大丈夫だよ!?問題なし!…それよりここからどうしよう?」

 

「とりあえず、グレン先生に合流しよう。何か知ってるかもしれない…!?」

 

俺は気配がした方に振り返る。

そこには眠たそうな表情をした、小柄な女の子がいた。

いや、それよりあの服はまさか!?

 

「クソ!親衛隊の次は帝国宮廷魔導師団かよ!?」

 

しかもあれは爺さんと同じ特務分室!?

だとしたらまず勝てない!

ここは逃げる!

 

「ルミア!逃げるぞ!」

 

「アイル君!?後ろ!」

 

慌てて振り返ると、身の丈に合わないだろうデカさの大剣を構えている女の子がいた。

マジかよ!?慌てて結界を張り、防ぐ。

糸を織り交ぜて作った結界なので、仮に結界を破っても、糸そのものに防がれる。

 

「!?『万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を』」

 

糸の強度に押し負けて砕けた大剣を捨てて、すぐに新しい大剣を作っていた。

何て錬金術の使い方だ!?

ウィズダンが泣くぞ!?

その時、視界の端で何かが見えた。

そこには同じ服を着た青年がもう1人いた。

 

「!?マジかよ!?」

 

ただでさえ、女の子1人でもキッツイのに!?

これ以上は無理だぞ!?

そして、その動揺が命取りとなる。

 

「アイル君!?」

 

その隙を着いて、懐に入り込まれたのだ。

しかも同時に青年の指がこっちに指を向ける。

これはダメだと…思った瞬間

 

「待て!!リィエル!!」

 

グレン先生の声がしたのと同時に、青年の指が光り、女の子の後頭部に命中する。

 

「「…はい?」」

 

 

「何考えてんだこのおバカー!!」

 

「…グレン、痛い」

 

先生が女の子をグリグリしてる。

 

「あいつらは死ぬところだったんだ!」

 

「あの…先生?」

 

「状況は?ていうか、誰ですか?この人達は」

 

全くをもって状況が理解出来ん。

なんでもいいから説明してくれ。

 

「あ、ああ…すまん。こいつらは俺の帝国軍時代の同僚だ。宮廷魔導師団特務分室執行官、NO.17【星】のアルベルトと、No.7【戦車】のリィエル」

 

あの制服…やっぱり特務分室だったんだ…。

よく生きてるな俺。

 

「信頼出来るヤツらだから安心…出来るはずねぇか?」

 

「うん、アルベルト迂闊。街中で軍用魔術使うなんて」

 

「お前もだよ!お前も!」

 

またもや始まるグリグリ。

 

「どちらかと言うと、君の方が安心出来ないから…」

 

「遊んでる場合ではないぞ、お前達。アルタイルと言ったな、簡潔に現状を教えよう。親衛隊は現状女王陛下を監視下に置き、そこの元王女を暗殺する為、独断で行動している」

 

やっぱり裏があったか。

 

「何でそんな事に…。アルフォネア教授は?」

 

グレン先生に尋ねる。

アルフォネア教授がいれば大概のことは何とかなりそうだが、動いてないのか?

 

「そのセリカだが、『何としても女王陛下の前まで来い』それ一点張りだ。全くわからん」

 

先生が女王陛下の前に立つ事…。

先生の特徴、特技、その他諸々…。

 

「【愚者の世界】?」

 

「アルタイル、【愚者の世界】がどうした?」

 

ボソッと言ったな一言を、どうやらアルベルトさんには聞こえたらしい。

 

「いや、先生って言えば【愚者の世界】かなって…」

 

そう、先生の特技と言えば【愚者の世界】だ。

一定効果領域における魔術起動の完全封殺。

それは魔術師戦に置いて、絶大なアドバンテージを得ることになる。

そもそも起動できなくしてしまうなんて、使い所を間違えなければ、かなり強い…いや待て。

そうじゃない、そこじゃない。

1番見るべきは…魔術起動の完全封殺だ。

 

「先生。先生の【愚者の世界】ってどこまで効くんです?」

 

「は?何だ突然」

 

「例えば、【魔術罠(マジック·トラップ)】とか見たいな、条件とかあるやつだと適応されるんですか??」

 

「魔術罠は起動済みにカウントされるから無理だ。条件起動式なら…!!そうか!そういう事か!!」

 

「…なるほど。それなら納得が行く」

 

「?」

 

「えっと…どういう事でしょうか?」

 

…まさか本当にそういう事なの?

 

「そうなると、一つだけ必須条件があるぞ、グレン」

 

「分かってる。…2組の優勝だな?」

 

「んー、でも囮も必要ですよね?」

 

「それは俺とリィエルで引きつけよう。グレンと王女は俺達と入れ替わりだ」

 

「え?俺じゃないの?」

 

「おそらく、お前よりグレンの方に注意が向いている可能性は高い」

 

「要はまだ舐められてると…腹立つけど今はそれを利用してやりますよ」

 

「その意気だアルタイル。お前は俺達とあいつらの橋渡しを頼むぞ」

 

「了解」

 

こうして俺達の反撃作戦が始まった。

これが吉と出るか凶と出るか。

それは蓋を開けてみないと分からない。

言える事は、既に賽は投げられたという事だ。




ありがとうございました。
アルタイルは結構短気です。
怒ると口は悪くなり、手も早いです 。
それでは失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術競技祭編4話

そろそろ魔術競技祭編が終わります。
少しアルタイルとベガの過去が見え隠れします。
それではよろしくお願いします。



俺達が会場に着くと、ちょうど競技の一つが終わったらしく、1組の勝利らしい。

あ〜あ、落ち込んでるな。

 

「行けるね?アルベルトさん、リィエル」

 

「無論だ」

 

「問題ない」

 

2人に確認をとってから俺達は2組に近づく。

 

「みんな!待たせてごめん!」

 

「アイル!?今までど…こ…に?」

 

俺の言葉にみんなが一斉に振り返る。

でもその視線は俺の後ろにある。

 

「お前達が2組の連中だな。俺の名はアルベルト、グレン=レーダスの古い友人だ。こっちはリィエルだ。やつがこの学校の講師になったと聞き見に来たのだが、グレンのやつ急用で手が離せなくなったらしい」

 

「「「え!?」」」

 

「そこで先生からの伝言。『お前たちの指示は、ここにいるアルベルトに任せる。そして…優勝してくれ、頼む』だって」

 

「優勝してくれって…」

 

「見ず知らずの人にそんな事言われても…」

 

システィーナ達の動揺も最もだ。

いきなり訳分からん奴に指示を任せようとは思わないだろうしな。

そんな時、リィエルがシスティーナの手を取った。

 

「お願い、信じて」

 

「…!?貴女…」

 

システィーナはその手に何か感じたのか2人をハッとした顔で見る。

これは…勘づいたか?

最後の俺の顔を見てくる。

その顔はほぼ確信している顔だったので、ウインクだけ返しておいた。

 

「…分かったわ。クラスの指揮をお願いします。アルベルトさん」

 

「「「「システィーナ!?」」」」

 

クラスの皆がシスティーナに判断に驚く。

 

「大丈夫なの?この人達…」

 

ティティスの不安も最もだが、今はなりふり構ってる暇はない。

 

「大丈夫も何も、やるしかないだろ?ていうか、もしこの状況で負けてみろ。グレン先生、調子乗ってバカにしてくるぞ。『お前らって俺がいないと全っ然ダメダメなんだな〜!ごめんね〜!途中で僕が抜け出したせいで負けちゃって〜!』って感じか?」

 

我ながら会心のモノマネだった。

 

「言いそう…」

 

「ウザイですわ。とてつもなくウザイですわ!」

 

「あのバカ講師にそんな事言われるのだけは断じて我慢ならないね」

 

「くそぉ!やるよ!やってやる!」

 

どうやら、マジで似てたのかクリーンヒットしたらしい。

おかげでみんなにまた火がついた。

…一部煽りすぎた気がしなくもないが…。

 

「…やりすぎだろお前」

 

「なんの事だか…」

 

さあ、こっちも反撃開始だ。

 

おお、1組の…セタだっけ?

結構リアルな龍だな。

始まった【変身】の競技、さっき実況も言ってたがここで落とせば、俺達の優勝は絶望的だ。

そんな競技に…

 

「む、むりだよ〜…」

 

1番気の弱いティティスが挑む。

あ〜あ、顔は真っ青、目も涙目だな。

しょうがない、一肌脱ぐか。

 

「弱い気の虫がついてる…ぞ!」

 

「ひゃあぁぁぁぁ!!」

 

肩を叩いたら物凄くビックリされた。

いや、逆に俺がビビったわ…。

 

「あ、アイル君!!な、何するの!?」

 

「いや、気を抜いてやろうかと」

 

「むしろ腰が抜けそうだよ!?」

 

おやおや、ティティスがこんなツッコミを入れるとは…。

 

「ちゃんとイメトレはしたんだろ?それに特別講義も」

 

「う、うん…でも…」

 

「どうせ祭りなんだ。気楽にやれって!こういうのは楽しんだ者勝ちだ!もし変な事言ってくるやつがいたら俺に言え!渾身の右ストレートをお見舞いしてやる!」

 

俺は元気づけるためにわざと明るく、シャドーを打つ。

その様子を見てたティティスは突然笑い出す。

 

「?なんだよ?」

 

「だって…グレン先生と同じような事言うんだもん!2人って少し似てるよね」

 

「心外だな!あんなロクでなしと一緒にすんな」

 

いやいや、絶対似てないし。

似てないったら似てない。

 

「ふふ!行ってきます!」

 

「おい!ティティス!はぁ…行ってこい!」

 

そう言ってティティスは会場に向かっていく。

その背中はさっきまでとは違い、落ち着きと自信に満ちていた。

 

「さあ!続いて2組のリンちゃんの登場だ!どんな変身を見せてくれるのか!」

 

「『刮目せよ・我が幻想の戯曲・演者は我也』」

 

そうしてティティスが変身したのは時の天使【ラ・ティリカ】だった。

会場の誰もが息を飲むその神々しい姿。

まるで聖画集から飛び出してきた様な変身に

 

「…すげぇ…綺麗だ…」

 

思わず呟いてしまう。

俺に出来るかって言ったら100%出来ない。

きっとティティスだからこそ出来たことだろう。

 

「天使様だ!聖画から飛び出してきたような時の天使【ラ・ティリカ】様の降臨だー!得点は…10点、10点、10点、10点!40点満点!パーフェクトだー!」

 

【変身】は文句なしのティティスの勝利だ。

 

「ティティス!おめでとう!」

 

「ありがとう!アイル君!後、私の事名前で呼んでいいんだよ?最近、ルミア達の事は名前で呼んでるでしょ?」

 

「そういう事なら。おめでとう!リン!」

 

「うん!ありがとう!アイル君!」

 

そう言って俺たちはハイタッチをした。

そのままクラスの所に戻るのをアルベルトさん達と見守っていた。

 

「リンの奴…強くなりましたね」

 

「ああ…立派になった」

 

「ところで…リィエル?なんで怒ってるの?」

 

「…知らない。アイル君のバカ…」

 

そんな裏のやり取りを交えつつ、進んでいく競技祭。

 

「続いて【グランツィア】も、難易度の高い【サイレント・フィールド・カウンター】で勝利!ここで2組が1組に並びました!この混戦の中、勝負の行方は最終種目【決闘戦】に委ねられます!」

 

お、ウィンガーの負けをウィズダンが取り返した。

これは中々熱い展開だなー!

 

「最終種目【決闘戦】!先鋒戦を1組が、中堅戦を2組がとり、1対1になったー!そして大将戦、1組はハインケル選手!2組はシスティーナ選手だ!学年を代表する2人の対決だー!」

 

「いよいよ私の番ね!」

 

「折角、僕が場を盛り上げてあげたんだ。無駄にはして欲しくないね」

 

「そこは『後は任せた』って言うところでしょう」

 

お、やる気十分だなシスティーナ。

ならさらに燃料を投下しますか。

 

「ここで先生からの伝言その2。『もし優勝出来たら、お前らに好きなだけ飲み食いさせてやる!』だってね?アルベルトさん」

 

「…ああ、確かにそう言っていた。期待、しているぞ」

 

「期待!していて下さい!」

 

そう言って、ハインケルに真っ直ぐ向かうシスティーナの背中を見ていると、アルベルトさんが小声で話してくる。

 

「おい!何勝手なことを…!?」

 

「別にいいでしょ?特別賞与に給料3ヶ月分なんだから」

 

その言葉に黙り込むアルベルトさん。

さてと、大将戦しっかり観戦しますか。

 

 

「グッ!?」

 

思ったより火力が強い!

 

「おおっとハインケル選手の【ファイア・ウォール】にシスティーナ選手思わず後退!」

 

さてと、どうしようか?

みんなの声援が背中を押す。

あの時のアルベルトさんの言葉、リィエルの手、アイルの目。

きっとそういう事なのだろう。

私の分からない所で戦ってるんだあの3人は。

でも応戦してくれている。

それだけで私は戦える!

 

「『拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを』!」

 

私の切り札を切る。

黒魔改【ストーム・ウォール】は私だけの魔術。

だから、ハインケルは当然知らないし、動揺する。

 

「なんだこれは!?改変呪文!?『雷精の…』」

 

今更遅いわ!

これで終わりよ!

 

「遅い!『大いなる風よ』!」

 

すぐに切り替えて【ゲイル・ブロウ】を放つ。

 

「決まったー!システィーナ選手の【ゲイル・ブロウ】がハインケル選手を場外に吹き飛ばした!これで優勝は2組だー!」

 

 

もみくちゃにされるシスティーナ。

俺達はそれ見ながら、次の用意をする。

 

「アルベルトさん、リィエル」

 

「ああ、ここからだな」

 

「うん、行ける」

 

「それでは2組にはアリシア七世女王陛下より勲章が授与されます!」

 

そう言われ、アルベルトさんとリィエルが壇上に上がる。

俺は糸を体に巻き、いつでも動けるようにしておく。

 

「…今年の魔術競技祭の優勝クラスの代表と担任講師は、女王陛下から直々に勲章を賜る栄誉を得る…。待ってたぜこのタイミングを」

 

そして、アルベルトさんとリィエルの姿が変わり、グレン先生とルミアが現れる。

 

「グレン先生とルミア!?」

 

「馬鹿な!?お前達は逃走中のはず!?」

 

「入れ替わったのさ!協力者とな」

 

壇上で種明かしをする先生。

その姿を見てシスティーナは呟く。

 

「やっぱり…あれは…!アイル!知ってたの!?」

 

「ん?まあね〜。ただ言えないだろ?色々と」

 

そう答えながら準備運動をする俺。

そのまま一気に走り出す。

 

「ええい!賊を捕えよ!」

 

「『すっこんでろ』」

 

部下が壇上に上がる前にアルフォネア教授が結界を張る。

これは…【断絶結界】か。

俺は滑り込みセーフで潜り込んだ。

 

「へぇ、【断絶結界】か。気が利くなセリカ。後、お前。入って来たってことは最後まで付き合うんだよな?」

 

「当たり前」

 

そう答えながら、俺は糸を編み上げる。

 

「僭越ながら、陛下。そこのおっさんと部下は陛下の名を騙り、罪の無い少女を殺そうとした。どうか辞めるように勅命を」

 

「黙れ!逆賊が!」

 

おっさんがグレン先生を恫喝するが、黙るのはそっちだろ。

 

「うるせぇ、あんたが黙れよ。こっちには誰も傷つけずに済ませる方法と、その用意があるって言ってんだよ。いいから引っ込んでろおっさん」

 

俺は冷たく睨みつけながら、威嚇する。

おっさんはそんな俺の威嚇など気にもとめない。

 

「それではダメなのだ。この騒動が終われば、どんな罰でも受ける。腹も切ろう。だが陛下だけは…何としても、陛下だけはお守りせねばならんのだ!陛下!時間がありません。ご決断を!」

 

「だから!その前提をぶっ壊す用意があるって言ってんだよ、この石頭!斬る以外脳がないなら、すっこんでろ!!」

 

「おい!アルタイル!それ以上は!?」

 

「勅命です」

 

俺とおっさんが言い争ってる時、陛下が口を開く。

 

「その娘を…ルミア=ティンジェルを討ち果たしなさい」

 

「「な!?陛下!?」」

 

なんで!?なんでだ!?

ここまで来れば解決じゃないのかよ!?

クッソが!!これだから大人は!

 

「ご英断、感謝致します!陛下!」

 

そう言いながら、剣を抜くおっさん。

英断?何処がだ?

 

「はぁ…期待はずれだな陛下。何が誰もを愛し、誰もに愛されるお方だよ?結局、我が身可愛さでぶりっ子してるだけじゃん…爺さんの嘘つき」

 

「貴様!陛下への侮辱、今すぐ撤回しろ!」

 

「…アルタイル?」

 

「いいや!やめねぇ!どんな事情があれ、どんな秘密があれ、テメェの娘を殺せなんて言う奴、クソッタレ以外の何物でもない!」

 

「…アイル君…?」

 

俺達の親は…一族は、俺達を守る為に犠牲になった。

たった2人の子供を守る為に、その身を盾にして逃がしてくれた。

俺はそんな人達が好きで、憧れた。

だから強くなろうとした。

 

「きさまぁ!!」

 

「何が英断だ!自分の子供を守る決断もしない!存在を隠し、追放した!挙句に殺すだと!?ふざけんな!!己が身をかけて、命を懸けて、子供守るのが親じゃねぇのかよ!!それが!!本当の英断ってやつなんじゃねぇのかよ!!」

 

家族を殺すなんて英断じゃない。

本当に大切ならば意地でも守るべきだ。

それを選ばなかった、ただの臆病者だ。

そんな人に大切なものを奪われてたまるか。

だったら俺は…魔術師の道理に従う。

 

「『汝望まば、他者の望みを炉にくべよ』…俺の望みは、ルミアや他のみんなとの日常を守ることだ。もし、それを阻むのなら…陛下、例えあんたがルミアの親でも、俺はあんたを殺す」

 

「「「「な!?」」」」

 

みんなが驚く、そりゃそうか。

堂々と国のトップを殺すと言ったんだから。

 

「やめろアルタイル!今すぐ訂正しろ!」

 

グレン先生が流石に慌てて止めるけど、引く気は無い。

自分で吐いた唾は飲む気は無い。

 

「…もう遅い。本気か小僧」

 

「…本気だおっさん」

 

「ならば容赦はしない」

 

「上等だ。いざ、尋常に…」

 

「「勝負!!」」

 

そう言って俺達は一気に踏み込んだ。

 

「シッ!!」

 

「ぬるい!っ!?切れんだと!?」

 

俺は糸の弾を撃ちながら、同時に剣を編む。

おっさんは切ろうするも、切れずに弾くに止まる。

そのまま斬り掛かるが、やはり古強者。

接近戦では話にならず、弾き飛ばされてしまう。

 

「隙だらけだぞ!小僧!」

 

全身を切り刻まれるが、糸を巻いてるので切れない。

切れないが…衝撃は重い。

実は糸の防御には欠点がある。

斬る、貫くには強いが、一定の衝撃にはあまり効果が無いことだ。

テロリストの時はそれ程の重さはなく、防げた。

だがおっさんの剣戟は、確かに防げるが、衝撃は止められず、確実にダメージは増えていく。

 

「うっざい!!『吠えよ炎獅子』!」

 

「何!?軍用魔術だと!?」

 

咄嗟に【ブレイブ・バースト】で距離をとる。

ダメージは与えられてないが、何とか体勢は直せた。

炎が消えるのと同時に姿を消すおっさん。

俺は結界を張り、全方位を守る。

その瞬間、結界に衝撃が走る。

 

「守ってばかりでは倒せんぞ!」

 

そう言いながら、結界全体を切り刻もうとしている。

そんな中、俺は結界内で魔術を唱える。

 

「『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』」

 

重力で一気に押しつぶす。

 

「グハ!?こ、これはなんだ!?」

 

「重力だよ」

 

俺は結界を解き、地面にめり込んでるおっさんの顔面を、足を糸で強化して、全力で蹴り飛ばす。

そのまま飛んでいくおっさんを引力で引き寄せ、追撃を図ろうとする。

 

「ガバ…!おのれ…!フッ!」

 

「何!?グボッ!?」

 

あいつ、引力を利用して剣を投げやがった!?

俺の引力とおっさんの膂力で、想定外の勢いで腹に刺さる。

まずい…骨が何本か逝った…!

衝撃は半端なく、引力が止まる。

 

「フン!」

 

「ガハ…ッ!!クッソが…!」

 

更に今度は慣性を利用して勢いを乗せて攻撃してくるおっさん。

その衝撃も滅茶苦茶重い。

また、骨が逝った…。

今度は俺が転がされ、剣を突きつけられる。

 

「終わりだ、小僧」

 

クソが…!まだだ…終われるかよ…!

 

「…ガァァァァァァァ!!」

 

地面に重力を叩きつけて割る。

足場を崩されたおっさんは体勢を崩しよろける。

その隙にタックルして転がす。

重力でおっさんを釘付けにしつつ、更に瓦礫に糸を巻きつける。

 

「おのれ!小僧…!?」

 

「墓標をくれてやる…潰れろ!!」

 

重力で持ち上げて、一気に落とす。

重力で勢いをつけ、更に糸で強度を底上げする。

幾らおっさんでもこれで…!

 

「『そこまでだ!』」

 

突然アルフォネア教授が瓦礫を全て消し飛ばす。

気づいたら、陛下はネックレスを外してグレン先生に投げ渡していた。

先生も【愚者の世界】を発動、事なきを得ていた。

 

「アイル君!?大丈夫!?」

 

ルミアが駆け寄って、そのまま治癒魔術をかけてくれる。

 

「へ、陛下!?何故!?」

 

「こいつだよ」

 

そう言いながらグレン先生は、愚者のタロットカードをチラつかせる。

 

「愚者のアルカナ…!?一定効果領域における魔術起動の完全封殺!貴公まさか!?」

 

「さてとまずは…この大バカ野郎!!」

 

「痛ってぇ!何すんだよ!」

 

なんで突然の拳骨!?滅茶苦茶痛てぇんだけど!?

 

「当たり前だろうが!!こっちはタネが割れてんのにあんな無茶苦茶しやがって!?相手は誰だか分かってんのか!?お前のとこの爺さん、エンダース・トワイスと同じ、40年前の封神戦争の英雄だそ!!」

 

マシか…道理でバカ強い訳だ。

 

「知らないっすよ、そんな事。どうでもいい」

 

「しかも!陛下を殺す!?お前本気だったろ!いつからお前はテロリストになった!?」

 

「ここまでしないと、このおっさんは釣れないでしょ?…まあ、本音もあったけど」

 

「お前な〜…」

 

「どういう…?」

 

ルミアは呆然としながら、呟く。

ルミアは気づいてなかったか。

俺?一応気づいてたぞ?

それでも言いたかったから、散々言ったけど。

 

「…陛下。もういいんじゃない?呪殺具はないんだし」

 

「…エルミアナ!」

 

涙を流しながら、ルミアを抱きしめる。

呆然とするルミアにグレン先生が解説する。

 

「『外したら殺す。』『一定時間経過で殺す。』『呪いの存在を言っても殺す。』解呪条件は『ルミアを殺すこと。』って所だろうな。つまり下手な事を言えば、呪殺具が起動しちまう。だからああするしか無かったんだよ」

 

「ごめんなさい!あなたをまた傷つけて…本当にごめんなさい!…無事で良かった…」

 

「お母さん…お母さん!」

 

そう言って泣きながら抱きしめ返すルミア。

その光景はただの親子だ。

そこで気が抜けたのか、急に意識が遠のいてきて、

 

「…い!アイ…!」

 

「しっ…ル…ん!」

 

そのまま気を失った。




糸をまきつけてのガードを考えた時、これではあまりにも無敵過ぎると思い、防弾チョッキの話を思い出し、衝撃に弱いということにしました。
後、あくまで物理防御なだけであり、身体的頑丈さは上がりますが、魔術耐性はあがりません。
そんな感じでデメリットもちゃんとありますよ!
それではありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術競技祭編5話

エステレラ兄妹の過去がハッキリします。
そして、アルタイルのヒロイン競争が激化してくるか!?
それではよろしくお願いします。


あの後、割と直ぐに目を覚まし俺は、陛下とおっさん…ゼーロス・ドラグハートと対面していた。

 

「ます、先の発言の数々、謝罪申し上げます。大変申し訳ありませんでした。いかなる処分も受ける所存です」

 

「顔をあげてください、アルタイル。貴方の言葉に間違いは何一つありません。むしろ、こちらからお礼を言いたいのです」

 

そう言って陛下は俺に頭を下げてきた。

 

「私の間違えをハッキリ糾弾してくださいありがとうございます。そして娘を、エルミアナを守ってくださり、本当にありがとうございます!」

 

ちょ!?マジかよ!?

流石に滅茶苦茶焦るなこれ!

 

「陛下!?何をなさってるのです!?頭をおあげ下さい!」

 

「そうですよ!俺みたいなクソ生意気なやつにそんな事したらダメですって!」

 

俺とゼーロスさんは慌てて頭を上げさせる。

心臓に悪いな全く。

 

「陛下…もう少しお立場というものを…」

 

「ゼーロス。今はいいではないですか。ここにいるのは大人と子供ですよ」

 

こういうの茶目っ気はルミアに似てるな。

やっぱり親子なんだあの二人。

 

「はぁ…全く。時にアルタイル。君に聞きたいことが1つと、言いたい事が1つある」

 

今度はゼーロスさんからか。何なんだろう?

 

「何でしょうか、総隊長殿?」

 

「殺しあった仲なのだ。敬語は入らん。あの方は、エンダース殿はお元気か?」

 

「バリバリに元気だよ。今度ウチくる?」

 

そう言って俺はうちの場所教えた。

入り組んでる為、分かりにくいが何とかしてもらう。

 

「感謝する。次に言いたい事だが…君はもっと強くなれ。ただ敵に突っ込むだけが、戦いではない。今のままではいつか死ぬ。もっと冷静に周りを見て、敵を知り、己を知りなさい。君が死んで悲しむ人がいる事を忘れるな」

 

「…肝に銘じます。ご忠告痛み入ります」

 

戦闘の先駆者である彼の言葉だ。

重くないはずがない。

その言葉を俺はしっかりと受け止める。

 

「アルタイル、私からと1つよろしいですか?」

 

今度は陛下から?

俺そんなにやらかしてる?

何故にそんなに笑顔なの?

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

「貴方は…あの子の、()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「…え?」

 

惚れた?誰が?誰に?

俺が?ルミアに?惚れてる?

 

「一体どこなのでしょう?やっぱりルックスかしら。あの子私似の美人だから〜!それともスタイル?あの子あの年にしてはスタイルをいいから!ああ、性格?あの子優しいし気が利くものね〜!でもちょっと不器用だけどそこがまたギャップで…」

 

「陛下、そこまでに。アルタイルが混乱しておりますので」

 

「あ、あらあら…」

 

マシンガントークが終わり、やっと正気を取り戻した俺。

 

「お、俺がルミアに惚れてる…いやいや…落ち着けアルタイル。落ち着け…」

 

訂正、まだ混乱している。

 

「貴方…まさか…。アルタイル」

 

陛下に呼ばれ、反射的に陛下を見ると、陛下は俺の頬を優しく触れる。

 

「ごめんなさいね。少し気が早ってしまったわ。貴方は貴方のペースでいいのよ。でも出来るだけ早く自分の心に気づいてあげて。そして、ルミアの事をよろしく頼むわね」

 

その目はさっきでの女王陛下ではなく。

ただの母親のような顔をしていた。

 

「…分かりました」

 

「ええ、頼みました。さて最後にもう一度ルミアに会いたいのですが…アルタイル、お願い出来ませんか?」

 

「かしこまりました。それでは」

 

そう言って俺は2人の元を去る。

歩きながら、先程の発言を考える。

俺がルミアに惚れてる?

俺はただ、自分の日常を守りたいだけ。

だから…あ、居た。

声をかけようとして、グレン先生の姿も一緒に見えた時、ヅキッ…モヤ…

 

「ヅキッ…モヤ…?」

 

何だか変な感じがした。

その変な感じを引きづりながら、ルミアを呼ぶ。

 

「ルミア!!」

 

「あ、アイル君?どうしたの?」

 

「…陛下が会いたいって。この廊下を真っ直ぐ突き当たり部屋」

 

「…?ありがとう!行ってくるね」

 

「どうしたんだよアイル?」

 

「…何でもない。アルベルトさん、リィエル。お疲れ様です」

 

「ああ、お前もご苦労だった。あのゼーロスと殺りあって生きているとは驚きだ。しかもあのエンダース=トワイスの愛弟子とはな」

 

「そんなに凄いんですか?爺さん。さっきもゼーロスさんが聞いてきたけど…」

 

うちでは寡黙な、俺に厳しく、ベカに甘い孫バカの頑固爺さんのイメージしかない。

 

「封神戦争随一の英雄だ。彼のお陰で戦争に決着がついたと言われているほどだ」

 

マジかあの爺さん。

そんな人に教わってたのか俺は。

なのに…まだ弱い。

もっと…もっと強くならないと。

 

「さて、我々も行く。帰るぞリィエル」

 

「ん。グレン、次こそ決着」

 

「つけねぇよ!」

 

最後までマイペースだなあいつ。

 

「はぁ…アルタイル。何故あそこまでした?」

 

突然真面目に話を切り出すグレン先生。

 

「何の話ですか?」

 

「何故、ルミアにそこまで関わる。いや、前回もだ。殺されるかもしれなかったんだぞ。どうしてそこまでする?」

 

…なんでルミアに関わるのか…か。

これもきっと陛下の問いかけの1つの答えになるのだろうか。

 

「俺…怖いんです。失うのが…無くなるのが…。大切なものが壊れていく様を見続けるのは…もう嫌なんだ。失う恐怖と死ぬ恐怖…どっちが大きいかっていてば、失う恐怖です」

 

「お前…そういう事か」

 

「そういう事…のはずだったんですが…」

 

「え?」

 

「本当にそれだけかなって…。大切だからだけじゃなくて、ルミアだからなのかって思ったりして…よく分かんなくなってきました…」

 

「お前…まさかまだ?」

 

「まだって何が?」

 

「お前の気持ちだよ!お前は!…いや、自分で気づくべきだな」

 

突然言葉を止めるグレン先生。

そんな事を話してると、ルミアが帰ってくる。

 

「戻りましたー!どうしたんですか?2人とも」

 

「「いや、何でもない」」

 

俺達は慌てて誤魔化す。

 

「?それより!速くみんなの所に行こ!アイル君!」

 

今はまだ分からない。

いつか分かる時は来るのか?

まあ、なるようになるか。

だから俺は今を楽しもう。

 

「分かったから!手を離せって!引っ張るな!」

 

そんな2人の後ろ姿を見ながら

 

「やれやれ…青春だな〜」

 

何て呟きながらグレンはゆっくり2人を追いかけた。

 

 

「そういや、みんなどこでやってんの?」

 

「えっとね…あそこだよ!」

 

そこはフィジテで有名なレストランだった。

主にお高いって意味で。

 

「おいおい、ここって高級レストランだろ?先生大丈夫っすか?」

 

「ま、報奨金と給料3ヶ月分も入った事だし労ってやるとするか」

 

そう話しながら扉を開けると

 

「「「「先生!待ってましたー!!!」」」」

 

「あ〜!遅かったじゃないの〜!えへへ〜」

 

全員出来上がってる…。

あとシスティーナ、お前、記憶が残らない方に賭けろよ。

 

「ど、どうしたの!?システィ!?」

 

「完璧に酔ってんな…」

 

「デザートのブランデーケーキを食べすぎちゃったみたいですの〜」

 

「それだけで!?ていうか、それはナーブレスを始めとする全員だろ!」

 

「ん〜!アイル君!め!」

 

今度は俺が絡まれた。

てか怒られてるの?

 

「て、ティティス?」

 

「リン!」

 

「り、リン?どうしたんだよ?」

 

「その苗字呼び!みんな仲良くなりたいのにアイル君だけ苗字呼びなんだもん!なのにルミアとシスティだけずるいよ!」

 

「お、おう…?」

 

「だから!今から!皆のことも!名前で呼ぶの!分かった!?アイル君!」

 

「分かった!分かったから離れろリン!」

 

「んふふ〜!よろしい!」

 

そう言って離れるリン。

はぁ…リンってああなるんだな。

 

「アルタイル〜!いつもルミアちゃんと一緒だなー!しかも次はリンかよ〜!」

 

「ウィ…カッシュ、お前も絡み酒か?あとウザイ」

 

そうやって酔っぱらいの相手をしていると、支配人が領収書を持ってきた。

その額を見て俺は…絶句した。

幾らかって?…知らなくていい事もあるよ。

 

「報奨金と給料3ヶ月分が一晩でお星様に〜!…!!てめぇらそこになおりやがれ!全員【イクスティンクション・レイ】だ!!!」

 

「「「「「わぁ〜!!」」」」」

 

「ダメだこりゃ…」

 

「あ、アハハ…」

 

俺とルミアは乾いた笑いしか出せなくなってしまった。

 

「はぁ…マスター。フライドポテトとサンドイッチと…オレンジジュース。ルミアは?奢るぜ?」

 

俺は自腹で何か頼むことにした。

 

「そんな!いいよ!」

 

「仲直り記念だよ。気にすんな」

 

「じゃあ…紅茶を」

 

そう頼んで2人でカウンターに座る。

 

「アイル君って前から思ってたんだけど、リンには弱いよね?」

 

「え?そうか?全然意識してなかったけど…あいつはあれだろ?小動物的な?」

 

そう言われると確かにリンの扱いには、気をつけてた気がする。

まあ、小動物的な感じの扱いをしてた気がする。

あと…何となく妹に似ている気がする。

 

「ふ〜ん…ならいいけど?」

 

「【変身】の時もそうだけど、何を拗ねてるのかな?」

 

「何でもないよ!」

 

「勘弁してくれよ…。そうだルミア。本人には謝ったけど、お前の母親にあんな事言ったりしてごめん」

 

俺は結界内での事を謝った。

どれだけ言っても自分の親だ。

あそこまで言われていい気分では無いはずだ。

 

「…私も気になってたの。アイル君何があったの?」

 

…ルミアになら話してもいいかな。

 

「昔から、俺達の一族には【言祝ぎの巫女】と【継人】という役職?みたいなのがあったらしいんだ。それが何を意味するのかは知らないけどな。そして今代は俺達兄妹がその立場なんだ。ベガの足が動かないのもこの巫女としての力のせいだ。何でも歴代最高らしいぞ…。まあそれはいいんだが、ある時何者かがうちを襲撃してきた。そいつに一族郎党、全て皆殺しにされたんだよ。しかも一族は、俺達兄妹を守る為に犠牲になったんだ」

 

あの時の光景は今でも覚えてる。

何もかもが真っ赤になりながら、それでも俺はまだ幼い妹を抱えて、秘密の抜け道から逃げ続けたんだ。

そして、母親が残したあの言葉。

 

『自分の未来は自分で決めなさい。決して委ねては行けないわ。それをよく覚えておいて』

 

「その後、爺さんに助けられて今がある。って感じかな」

 

「それで…お母さんに…」

 

「そういう事。ま、要するに頭に血が登ったってだけだよ」

 

そう、どんなけ言葉を並べても結果は、カッとなった。

それだけだ。

 

「戦う理由も…強くなろうとする理由もそれ?」

 

「そういう事。さ、しみったれた話はここまで!」

 

話していると、丁度出来たらしく美味そうな料理が出てきた。

 

「よし!それじゃあ!」

 

「2組の優勝を祝して!」

 

「そして親子関係の修復を祝って!」

 

「「乾杯!!」」

 

チンッと小気味いい音が鳴る。

俺達の夜はこうして更けていった。

この時間が長く続くように…祈りながら。




ありがとうございました。
襲ってきた相手は誰だったのでしょうか?
一応考えてはあります。
ちゃんと伏線は回収しないとね。
かなり後にはなりますが、長い目で見てください。
それでは失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話2

連続投稿です。
今回の小話はシリアスです。
もう一度いいますどシリアスです。
よろしくお願いします。


目の前には糸で吊るされた3人の男。

全員、天の知恵研究会の外道魔術師だ。

俺はその3人を冷たく見上げながら

 

「…」

 

トドメの一撃を躊躇っていた。

 

事の発端は偶然だった。

いつもの日課のランニング中に、気になって少し遠いが、フィーベル邸まで走りに来たのだ。

このフィーベル邸には頑丈な結界が張ってあり、そんじゃそこらのやつには崩せない。

だからよっぽどの事が無い限り、ほぼ安全と言って差し支えないのだ。

 

「まあ、問題なしだよなそりゃ」

 

杞憂に終わったと思い、グルっと回って引き返そう。

まさにそう思った直後、見つけてしまった。

 

「…?あいつら…!?」

 

3人組の男だ。

黒づくめの格好をした連中だった。

その内の1人が袖をまくっており、その腕には、天の知恵研究会の紋章が刻み込まれていた。

 

「…『疾』!」

 

咄嗟に【ラピッド・ストリーム】を発動し、手袋をつけながら一気に近づく。

こちらに気づいたが、お構い無しに首に糸を巻き付け、引き摺る。

そのまま【疾風脚(シュトロム)】という技術で一気に路地裏を駆け抜ける。

ちなみに昔爺さんに教わって、使用歴の長い俺より、最近グレン先生に習ったシスティーナの方が上手かったりする。

 

「オラッ!!」

 

ある程度距離を取ってから、俺は3人を纏めて、地面に叩きつける。

結構な勢いで叩きつけたが、頑丈な3人なのか、フラつきながらも立ち上がってきた。

 

「貴様…何者だ!?」

 

「我々の崇高な使命を邪魔する気か小僧!」

 

怒りながら聞いてくる連中に俺も言い返す。

 

「当たり前だろ。手は出させねぇ」

 

とはいえ、多勢に無勢。

実力は…どうだ?

1人当たりは俺と差程変わらないだろうが、3人となるとヤバい。

 

「ならば…覚悟はいいな?」

 

そう言って身構える3人に対し俺は先手を取る。

 

「『吠えよ炎獅子』!」

 

【ブレイブ・バースト】を発動する。

それを目くらましに利用し、結界の構築と【グラビティ・タクト】を発動する準備をする。

 

「ぬるい!『霧散せよ』」

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

「『冴えよ風神・剣振るいて・天駆けよ』」

 

1人に【トライ・バニッシュ】で打ち消され、残り2人にそれぞれ【ライトニング・ピアス】と【エア・ブレード】で攻撃してくる。

俺は【ライトニング・ピアス】を打ち消し、【エア・ブレード】は結界で防ぎ、反撃する。

 

「『集え暴風・散弾となりて・打ち据えろ』!」

 

【ブラスト・ブロウ】で纏めて吹き飛ばす。

そんな雑な攻撃は当然防がれるが、ここで俺の下準備は完了した。

 

「『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』」

 

【フォース・シールド】で防いでる3人をその上から纏めて吹き飛ばす。

 

「ガハッ!」

 

「何!?」

 

「これは…!?」

 

吹っ飛んでいく3人を俺は引力で引き寄せながら、糸の弾で撃ち抜く。

更に射程に入った3人を纏めて、糸を使い鞭の要領で薙ぎ払う。

 

「「「ガハァ!?」」」

 

壁に叩きつけ、動けない3人を俺は糸で縛りあげて吊るした。

俺は槍を編んで貫こうとして

 

「…」

 

躊躇っていた。

理由は簡単だ。

()()()()()()()()()()()

今までは成り行きで戦っていた。

テロリストの時は恐怖と焦りから。

競技祭の時は頭に血が登っていた。

だが今は違う。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハァ…ハァ…ハァ…!」

 

どんどん息が荒くなる。

心臓が張り裂けそうだ。

そんな様子の俺を見て、チャンスと思ったのか。

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

1人が俺に向かって攻撃してくる。

 

「ッ!?」

 

俺は咄嗟に雷避けの結界を張り防ぎながら

 

「…あ」

 

反撃に槍で心臓を突き刺していた。

赤い糸で作った槍が、更に赫くなる。

刺された奴は血を吐き出し、項垂れる。

あ…死んだ、俺が…殺した。

 

「あ、あぁ…」

 

殺した…殺した…殺したころしたころしたころしたコロシタコロシタコロシタ…

 

「『雷槍よ』」

 

俺の意識が飛びかける瞬間、誰かが【ライトニング・ピアス】で残りを纏めて殺した。

後ろを振り向き、誰かを確認した。

 

「無事か?エステレラ」

 

「アル…ベルトさん…」

 

それはアルベルトさんだった。

味方である事を確認した俺はそのまま気を失った。

 

「…遅れてしまい、すまなかった…」

 

最後に聞こえたのは、アルベルトさんの謝罪だった。

 

 

俺は【疾風脚(シュトロム)】を使い、駆け抜けていた。

理由は1つ、ある少年を助けるためだ。

 

「間に合ってくれ…」

 

俺は王女護衛の任を受け、このフィーベル邸の周囲を監視していた。

そこに天の知恵研究会が襲う準備をしており、俺は奇襲かけた。

難なく殲滅した後、残党の確認をしていると少し離れた所で、爆煙が見えた。

俺は建物の上に駆け上がり、それを確認する。

 

「あれは…アルタイル=エステレラか?」

 

グレンの教え子が、外道共と戦っていた。

一応優勢みたいだかエステレラは素人だ。

何が起こるか分からないので、助けに向かった。

俺は即座に【ラピッド・ストリーム】を発動、彼の元へ急いだ。

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

丁度追いついた時、外道共の1人が攻撃していた。

俺は直ぐに打ち消そうとしたが、それより速く、

結界で防ぎ、槍で貫いてしまった。

 

「…あ」

 

間の抜けた声が聞こえ、その赤い槍は更に赫くなっていた。

膝が崩れ落ち、意識が飛かける前に

 

「『雷槍よ』」

 

残りを始末する。

その声に俺の存在を認識したのか、それとも限界を迎えたのか。

こちらを見て、そのまま意識を失ってしまう。

 

「…遅れてしまい、すまなかった…」

 

俺に出来るのは殺めさせてしまった謝罪だけだ。

手早く後処理を済ませ、俺はグレンに連絡をとった。

 

「…俺だ。今から話がある。まだ家だろう、そこにいろ」

 

 

「…俺だ。今から話がある。まだ家だろう、そこにいろ」

 

突然、アルベルトから連絡が来たと思えば、ここに来る?

何しにだよ。

今日は休みだからダラケようと思ってたんだか…

 

「セリカ、これからアルベルトが来るってよ」

 

「アルベルト…ああ、【星】か。分かった」

 

俺はアルベルトが来る事を伝える。

連絡が来てから10分後、ノックがする。

 

「グレン、出てくれ」

 

「はいよ、アルベルトだろ」

 

そう言いながら、出ると案の定アルベルトだ。

だが、そこにいるのはアルベルトだけでなく

 

「アルベルト、朝っぱらから…!?アルタイル!?何があった!?」

 

アルベルトはアルタイルを背負っており、その顔は真っ青だった。

 

「話は後だ。それよりベッドを」

 

「あ、ああ!こっちだ!セリカ!手伝ってくれ!」

 

俺はセリカを呼びながら、アルタイルを寝かせる用意をした。

 

「…それで?何があった?」

 

アルタイルを寝かした俺達はアルベルトから事情聴取を行った。

 

「現在、帝国政府は正式に王女護衛の任を決定した。編入生を隠れ蓑に魔導兵を送り、俺はその補佐を行う事になっていた。その最中に、フィーベル邸に天の知恵研究会が襲う算段を立てていた。俺はその連中を始末したが、別働隊の存在に遅れて気づいたのだ。その時には既にエステレラが交戦中だった。駆けつけた時には丁度…エステレラが1人殺した直後だったのだ」

 

「「なっ…!?」」

 

殺した…アルタイルが?

人を殺しちまったのか…?

 

「これは弁解の余地もなく、俺の落ち度だ。お前の教え子に余計な危険を負わせただけでなく、あまつさえ人を殺させてしまった。グレン、本当に済まなかった」

 

アルベルトが頭を下げる。

その様子にやっと理解が追いついてきて、俺はアルベルトの胸ぐらを掴みあげていた。

 

「アルベルトてめぇ!!何してやがった!!あいつはまだガキなんだぞ!?人を殺す事の意味もわかってないガキなんだぞ!?それをてめぇ!!」

 

「グレン!やめろ!」

 

セリカが強引に俺を引き離す。

 

「離せセリカ!!この野郎には1発入れねぇと気がすまねぇ!!」

 

「お前は教師だろ!」

 

その言葉に俺は止まる。

 

「お前は…あいつの苦しみに唯一寄り添ってやれる教師だろ?今はそっちを優先すべきじゃないか?」

 

「…クソが!!」

 

思はず拳をテーブルに叩きつける。

そうだ、何よりアルタイルが優先だ。

俺はあいつの教師なんだ。

俺がしっかりしねぇと…!

 

「今回の件、軍がアルタイルに目をつけないように最善を尽くす。格上の外道魔術師3人を纏めて相手取り、無力化していたあいつの力を軍は必ず目をつける。そうならないように俺の方で改竄しておく」

 

「…頼むぞ【星】」

 

「言われずともだ【世界】よ。最後に…すまなかったと伝えてくれ」

 

そう言ってアルベルトは家を出る。

俺は項垂れたまま、どうするか考えていた。

 

「…まず、家に連絡を入れなくてはな」

 

「…頼む。俺はアルタイルの様子を見てくる」

 

俺はどうするか悩んでいた。

まず、白猫達には絶対にバレちゃならねぇ。

あいつらなら間違えなく自分を責めちまう。

 

「今度の遠征学習で、吹っ切れてくれるキッカケがあるといいんだが…」

 

こうなるとサイネリア島の【白金魔導研究所】はまずかったかもしれねぇな…。

先行きが全く読めない不安を抱えながら、俺は拳を握りしめる事しか出来なかった。




そしてこのシリアスを抱えたまま遠征学習編に突入します。
この辺りからアルタイルの様子が少しづつおかしくないります。
なんの覚悟もなく、いきなり人を殺せるかって言ったら無理ですよね。
この遠征学習で命について何を掴むのか、気にしてやってください。
それではありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征学習編1話

さあ、前回のシリアスを引きずりつつの遠征学習編スタートです。
少しささくれています。
それではよろしくお願いします。


次の日、俺は普通に登校していた。

でも昨日の事で頭がいっぱいで、夜も眠れず食欲と無い。

 

「よお、おはようさん、アルタイル」

 

噴水広場に差し掛かった時、声をかけられた。

そこにはグレン先生が頬杖しながら座っていた。

 

「おはようございます先生。昨日はありがとうございました」

 

「そんな事気にしなくていい、それより…大丈夫か?」

 

「大丈夫です。家族にもはぐらかしてくれて助かりました…。まあ、爺さんには気づかれましたけど」

 

昨日、気がついたらアルフォネア邸にいた俺は、アルフォネア教授が理由をでっち上げてくれたのだ。

 

「…すまなかった。俺がもっとしっかりしていれば…」

 

「先生、俺は大丈夫だから…ね?」

 

その言葉を受けて、先生は顔を顰める。

ああ、俺のせいだ。

俺が弱いから…!

 

「「先生!アイル(君)!おはようございます!」」

 

そこにルミアとシスティーナがやってきた。

俺達は2人を守る為に、いつもここで待っていた。

 

「…うん、おはよう2人とも」

 

「お〜す…」

 

俺達は2人に悟られないように芝居をうつ。

 

「2人とも、私の為にごめんなさい…」

 

ルミアが申し訳なさそうにする。

 

「気にするなよ、好きでやってんだし」

 

「たまたま同じ時間に、同じ通学路ってだけだし〜」

 

相変わらずこういうのは下手だなこの人。

2人もその事に気づきてるのか、苦笑いを浮かべながら俺達は登校しようとした。

その時、突然何かの陰が俺達を覆った。

 

「「っ!?」」

 

俺はルミアとシスティーナを纏めて抱え、距離をとる。

先生はというと

 

「どおぉわ!?」

 

大剣を真剣白刃取りしていた。

すげぇ…リアル真剣白刃取り、初めて見た…。

ていうかあれ?こいつって…

 

「会いたかった。グレン」

 

「り、り、リィエル!いきなり何しやがんだ!!殺す気か!?」

 

そうだ特務分室のリィエルだ。

何故に斬りかかった?

 

「…あいさつ?」

 

「「「え?」」」

 

思わず俺達は固まった。

いや無理も無いだろ。

いきなり斬り掛かる挨拶があるか?普通。

 

「これのどこが挨拶だ!?」

 

「でもアルベルトが久々に会う戦友にはこうしろって…」

 

「あいつの仕業か!?あの時のしおらしさはどこ行きやがった!?そんなに俺が嫌いかこんちくしょう!!」

 

それは無いだろ…とは言えない気がしなくもない。

 

「あれ?その子って…競技祭の時の!」

 

「リィエルだよね?それにその格好…」

 

そういえばうちの女子制服だな…。

まさか!?

 

「編入生ってお前か!?」

 

あちゃ〜…。

人選ミスだろこれ。

 

「どういう事ですか?」

 

「帝国政府が正式にルミアに護衛をつける事を決めてな。編入生を隠れ蓑に魔導師を送るって話だったんだが…」

 

「…大丈夫なんすか?」

 

「多分大丈夫じゃない」

 

だよね〜…。

いきなり不安だよ、これじゃあ。

 

「私なんかの為に心強いです。これからよろしくお願いしますね」

 

すごく丁寧に挨拶するルミア。

それに対しリィエルは無表情に

 

「うん、任せて。グレンは私が守る」

 

「「「…え?」」」

 

何言ってんのこいつ?

 

「俺じゃねぇ!守るのはルミアだ!この金髪の可愛い可愛いルミアちゃんだ!OK!?」

 

「よくわかんないけど私はルミア?よりグレンを守りたい」

 

「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」

 

そう言いながら、グレン先生はリィエルをグリグリする。

こいつで本当に大丈夫なのか?

何か騒いでる2人を無視して俺は思考に沈んでいった。

 

「あ〜、という訳で今日から同じクラスになるリィエル=レイフォードだ。ほれ、挨拶しろ」

 

クラスはリィエルの見た目でザワついてる。

まあ、見た目はいいからなあいつ。

小柄さと見た目が相まって、まるで人形みたいだ。

 

「リィエル=レイフォード」

 

「「「「「…」」」」」

 

違う、そうじゃない。

それは既にグレン先生が言っただろ。

 

「バカ、名前は俺が言っただろ。趣味とかそういうの話せよ」

 

「分かった。…リィエル=レイフォード。帝国軍が一翼、帝国宮廷ま」

 

「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

こいつアホか!

俺もビックリしたわ今!

それ1番言っちゃいけないやつだから!

横でグレン先生が耳打ちしたことを棒読みしてるし。

何やってんだが…。

 

「質問してもよろしいでしょうか?」

 

突然ウィンディが手を上げる。

 

「イテリア地方から来たと仰ってましたが、御家族とは離れて暮らしてるんですの?」

 

その瞬間、初めてリィエルに感情が見えた。

最も、いいものでは無さそうだが。

 

「…兄さんが…いた…けど…」

 

「あ〜、今訳あって身寄りがないんだ。それで察してくれ」

 

「す、すみません!?」

 

ふーん…嘘って感じじゃなさそうだな。

ウィンディが素直に謝ったところで湿っぽい空気になりかけてしまった。

それを払拭すべくカッシュが果敢に質問する。

 

「先生とリィエルちゃんて仲良さげだけど知り合いなの?」

 

「あ〜と、それはだな…」

 

中々答えにくいところをついたなカッシュ。

 

「グレンは私の全て。グレンがいないと始まらない」

 

…はい、爆弾投下。

起爆まで3,2,1…

 

「「「「「キャーーー!!だいたーーーーん!!」」」」」

 

「「「「「もう失恋だーーーーー!!」」」」」

 

ドッカーン!

好きだよね〜女子は。

こういう背徳的なやつ。

そしておめでとう、男子諸君。

世界最短失恋記録更新だな。

もうクラスはメッチャクチャ。

こんな感じでクラスの連中とリィエルのファーストインパクトは最高になった。

めでたしめでたし。

 

「『雷精の紫電よ』!」

 

「すごいシスティ!全弾命中だよ!最近調子いいね!」

 

「この距離で全弾命中は普通にすげぇぞ!白猫」

 

みんなの賞賛を受け、恥ずかしがるシスティーナ。

確かにすげぇなあれは。

俺は…できるか?あれ。

 

「次は…アルタイル。お前だ」

 

俺は定位置にたって構える。

意識するのは銃だ。

5本の指、全てが銃身、弾は【ショック・ボルト】が1発ずつ。

最初の1発だけは掌からのイメージで…。

必要な情報を整理、処理して放つ。

 

「『雷精の紫電よ』…『1,2,3,4,5』」

 

イメージ通りに最初は掌から、その後は5本の指から連続で【ショック・ボルト】を発動する。

結果は…4発命中した。

…まだまだ、温いな。

この結果に周りはざわめいている。

 

「お、お前!【連続呪文(ラピッド·ファイア)】なんていつの間に!?」

 

そんなに驚くことかこれ?

2発も外してるんだ、まだダメだ。

 

「頑張ったらできました。でも2発も外してますよ」

 

「いや、学生であんな速度の【連続呪文(ラピッド·ファイア)】出来る奴いねぇからな?」

 

そう言われても、まだ納得が行かない。

ついでにシスティーナの恨めしい視線も納得いかない。

その俺の様子に察したのか、先生は溜息をつく。

 

「あんまり気負いすぎるなよ。次、リィエルお前だ」

 

次は現役軍人のリィエルだった。

軍人だし余裕だろと思いたいが、あのリィエルだ。

筋金入りの脳筋のこいつがどこまで出来るのか。

クラス中が注目する中、リィエルが動き出す。

 

「『雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ』」

 

結果は恐れてた通り散々だった。

5発目を外した時にリィエルはグレン先生に質問していた。

 

「グレン、【ショック・ボルト】じゃなきゃダメなの?」

 

「ダメって言うか、あそこまで届く学生用の呪文だと、これしかないだろ」

 

「つまり何でもいい?」

 

おい、ちょっと待て。

なんだその不穏な会話。

 

「軍用魔術は使うなよ!」

 

「『万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を』いやぁぁぁぁー!」

 

あちゃ〜…ぶん投げちゃったか〜…。

確かに攻性呪文(アサルト·スペル)だけどさ〜。

 

「ん…6分の6」

 

「そういう問題じゃねぇ!」

 

こうしてセカンドインパクトは最悪に終わった。

ちゃんちゃん。

そして昼休み、リィエルはと言うと、

 

「…」

 

見事に孤立していた。

いや、何黄昏てんだよ。

護衛だろ、意地でもルミアのそばにいろよ。

 

「リィエル。学食行こう?」

 

いや、ルミアから近寄ってどうすんのさ。

 

「学食?」

 

「学生がご飯食べる場所だよ」

 

「お昼ご飯?必要ない」

 

「でも食べておかないとお仕事に差し支えるんじゃないかな?」

 

「…一理ある」

 

おお〜、すげぇなルミア。

ネゴシエーションの素質あるんじゃね?

そのままシスティーナもつれて3人で学食に向かう。

まあ、あんなんでも実力は確かだ。

そばにいればとりあえず、ルミアとシスティーナは無事だろ。

別にリィエルの事はどうでもいいが、しっかりしてくれないと俺が困る。

俺は食欲が無かった為、そのまま屋上に行き、昼寝をする事にした。

…何かやる気出ねぇな…、このままサボろ。

こうして俺は惰眠を貪る事にした。

まあ、悪夢のせいで寝れる事はなかった訳だが。

 

「白金魔導研究所か…」

 

数日後、俺は明日に迫った遠征学習の用意をしていた。

【白金術】とは、【白魔術】と【錬金術】を掛け合わせて、命に関する事を研究する学問だ。

こんな時に命の話題とか随分と皮肉の聞いたタイムリーな事だ。

そんな事を考えながら、俺は最後の荷物のチェックをしていた。

 

「…よし。後は明日の朝用意するものだな」

 

その時、誰かが俺の部屋をノックする。

 

「兄様、ベガです。入っていいですか?」

 

「ベガ?開けるぞー」

 

ドアを開けると室内用の小型車椅子に乗ったベガがいた。

 

「どうした?」

 

「明日から遠征学習ですよね?だから荷物のチェックのお手伝いに来ました!」

 

胸張ってできる妹アピールをするベガだが、

 

「すまん、今終わった所だ」

 

「む〜!!」

 

いや、むくれられても、理不尽な。

そんなベガも可愛いんだが。

 

「…まあいいです。本命は別ですので。入りますね」

 

「お、おう。本命って?」

 

一体何かあったか?

 

「兄様、なにか隠してますよね?」

 

「!?」

 

ベガの鋭い目が、俺の心を的確に貫く。

こういう時のベガの勘は鋭い。

それでも俺はこの子には教えたくなかった。

 

「ねぇよ。何も」

 

その言葉に目付きが鋭くなる。

俺も譲れないのでそのまま睨み返す。

3分程だろうか、突然溜息をつく、ベガ。

 

「…分かりました。こういう時の兄様は強情ですから、もう何も言いません」

 

そう言って出口に向かうと最後にもう一度振り返ってから

 

「兄様、最後に一言だけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言って、部屋から出ていった。

表と裏、か…。

俺が殺したという事実の裏はなんなんだろうか?  

何があるのだろうか。

色んな葛藤が俺の中で渦巻く中、遠征学習当日を迎えることとなった。




リィエルに対して冷たいというか、無関心になっています。
普段ならもうちょい気にかけていますが、今は心が荒れているので、かなりドライです。
気にかけているのはあくまでルミアとシスティーナを守る上で、駒として使えるかどうか、そこを気にしてるだけ。
優しさは0です。
そんな彼が命というものにどんな価値観を得るのか。
…実はこれからしばらく投稿出来ないかもです。
リアルが繁忙期に突入してしまったので…。
それでは失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征学習編2話

お久しぶりです。
やっと仕事が一区切りです。
よろしくお願いします。


「あ〜あ、どうせならカンターレの軍事魔導研究所が良かったぜ」

 

「僕も他のところが良かったよ」

 

俺達は馬車に揺られながら港まで目指していた。

カッシュとセシルは不満そうにしている。

俺はというと、特に何も言わずただ外を見ていた。

 

「フッ…お前らは間違えなく幸運だ」

 

「「「「「え?」」」」」

 

突然何言い出すんだこの人。

カンターレには行きたくないし別にいいんだが。

 

「白金魔導研究所はどこにある?」

 

「…は!?ビーチリゾートとして有名なサイネリア島!」

 

「そう!1年を通して温暖な気候なあそこは、多少早いが充分に海水浴が可能だ!」

 

「「「「「か、海水浴!!」」」」」

 

「そして!うちの女子は総じてレベルが高い!!…後は分かるな?黙って俺についてこーい!」

 

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」

 

「うるさ…」

 

本当にテンション高いなこいつら。

こんな所でそんな話したら…ほら見ろ。

女子が絶対零度の視線を送ってるぞ。

 

「…アルタイル」

 

「見るなギイブル。見たら巻き込まれるぞ」

 

俺とギイブルは静かにそれぞれの事に没頭した。

お互い冷や汗ダラダラなのは、見ぬ振りをした。

 

 

アイル君…」

 

この間から様子が変。

いつの間にか居なくなったり、ボンヤリしたり、まるでいつの間にか消えてしまいそうな。

そんな不安に駆られる。

 

「ルミア?…アイルが心配?」

 

「システィ…うん。この間から様子が変だし…」

 

「そうね。確かに心配ね」

 

システィも気づいてたみたい。

 

「遠征学習で元気出してくれるといいんだけど…」

 

「そうね…。案外ルミアの水着姿見たら元気になるかもね!」

 

「し、システィ!!///」

 

何言い出すの!

 

「あれだけ真剣に選んだんだし大丈夫よ!!」

 

「〜〜〜ッ!!///システィ!!!///」

 

 

 

「お嬢ちゃんたち!可愛いからこの特別品とかどうだい!?」

 

…何やってんだあいつ。

 

「そういう怪しいもんを、うちの生徒に売りつけないでくれますかね?ほれ行った行った」

 

俺は女生徒たちをさっさと別の場所に追いやると

 

「…アルベルトがいるってことは、やっぱリィエルは当て馬か」

 

「…ああ。本命は俺の遠距離からの護衛だ」

 

やっぱりな。

こいつ程の奴が補佐な訳が無い。

 

「で?そんなお前が俺に、わざわざ接触してきた理由はなんだ?」

 

「…リィエルに気をつけろ。あの女は危険だ」

 

はぁ?何言ってんだこいつ。

 

「笑えねぇ冗談だな」

 

「知ってるはずだ。俺とお前だけは」

 

それは…そうだが…。

 

「…あれはもう昔の事だ」

 

「相変わらず甘いな。警告はしたぞ。…それとエステレラの様子は?」

 

…こいつもかなり気にしてたんだな…。

 

「だいぶヤバい。今は何とか普段通りを保ってはいるが、かなりメンタルはやられてる。これ以上何かあったら…壊れる」

 

「…そうか。グレン。本当に済まない。エステレラを頼む」

 

そう言ってアルベルトは去っていく。

その背中はいつもの凛々しさと少しの後悔があるように見えた。

 

「…んな事はわあってるよ」

 

俺もそうしたいのだが、気づくといなくなっているのだ。

そして集合時間には、またふらっと現れる。

まるで亡霊だ。

そこにいる筈なのに、いないように思えてくる。

このままいなくなるのでは…

 

「馬鹿野郎!しっかりしろグレン=レーダス!」

 

俺がしっかりしないと。

あいつの行き着く先は、地獄だぞ。

 

「絶対に救ってみせる」

 

そう決意を新たに俺は集合地点へと足を進めた。

 

 

「ここがサイネリア島…」

 

船に乗り、無事島へたどり着いた俺達は、船の上で街を見ていた。

フィジテとは違った趣のある街に俺は少しワクワクしていた。

そんな気持ちを

 

「うおえぇぇぇぇ…」

 

「台無しだよ。ロクデナシ講師」

 

グレン先生の船酔いが全てを攫って行った。

 

「もう、苦手なら他の場所にすれば良かったのに」

 

システィーナも同意見らしい。

少し眉間に皺を寄せながら言う。

 

「フッ…美少女達の水着はあらゆるものに優先する。決まっているだろ?たとえここが戦場のど真ん中だったとしても俺はここを選んださ」

 

うわ、キメ顔でめっちゃ下らんこと言ってる。

 

「「「「「先生!一生ついて行きます!」」」」」

 

アホか、この人。

…アホだったわこの人。

 

「…私達を軍用魔術から遠ざけたいから。だからここなんですよね?」

 

ルミアよ、この人そんな殊勝なこと考えてるかな〜?

まあ、この人なら考えそうではあるか。

 

「そんなんじゃねーし。俺はただ水着姿を拝みたかっただけだし」

 

「うわ、嘘ヘッタクソ」

 

「嘘じゃねえよ!」

 

つい本音が出てしまったら、聞かれた。

 

 

「やっほ〜!システィもリィエルも速くおいでよ〜!」

 

「今行く〜!リィエル!一緒に遊びましょ!」

 

「うん」

 

なるほど、これは確かに絶景だ。

分かったから男子諸君。

泣くほど喜ぶな、キモイぞ。

 

「だから最初に言ったろ?『黙って俺に着いてこい』って!夜までは自由時間だ!好きなだけ遊んでこい!」

 

「「「「「はい!!イヤッフーーー!!」」」」」

 

「お前達は行かなくていいのか?」

 

先生は木陰にいる俺とギイブルに聞く。

 

「僕達は遊びに来てる訳ではないんですよ?」

 

「とはいえ、制服姿はさすがに暑くね?せめて水着にぐらいは着替えたら?どうせ持ってんだろ?」

 

「そういう君こそこういう時は、率先して楽しむ方じゃないか。水着にまで着替えて、ここにいるのかい?」

 

おっと、そこをつかれると痛い。

確かに念の為って事で着替えてはいるが、そういう気分では無いのだ。

 

「今はそういう気分じゃねぇの」

 

「お前達は…」

 

先生、そこでこいつと一括りにするなよ。

あんたならわかってんだろ。

 

「先生!アイル君!どうです?似合ってる?」

 

ルミア達3人組が俺達に感想を求めてくる。

 

「おおー!ちょー似合ってる!すげー可愛い!」

 

珍しい、先生が素直に褒めるなんて。

 

「ありがとうございます!アイル君的にはどう?」

 

「よく似合ってる。ルミアの活発さと可愛さにベストマッチって感じ。可愛いよ」

 

「ッ!あ、ありがとう…!///あ、アイル君も似合ってるよ!髪結ってるんだね!」

 

「ありがとう。まあ、暑いから鬱陶しいし。それより何で赤くなってる?熱中症か?ちゃんと水分と休憩は取れよ?」

 

「う、うん!大丈夫だよ!ありがとうね!」

 

なんか納得いかないが、本人が大丈夫って言うなら、それ以上は追求しない。

 

「アイル…あんたって本当にそういう所、天然ね」

 

「どういう意味だよシスティーナ。後システィーナも似合ってる。高貴な感じっていうか、エレガントさがする」

 

「確かにな!白猫、お前も中々センスいいじゃねぇか!眼福眼福」

 

だから先生にしては本当に素直に褒めるのな。

さては浮かれてる?

 

「あ、ありがとう…///ていうかジロジロ見ないでよ!///」

 

ウンウン、と1人頷く先生。

ん?リィエルが先生の前に立って…。

ああ、そういう事。

 

ルミア…あれって…

 

うん。そういう事だと思う…

 

先生はどう返すか…?

 

俺達3人は動向を見守る。

 

「どうしたリィエル?」

 

「…何にもない…」

 

「「「あちゃ〜…それはダメ」」」

 

思わず、俺達は同じ感想を抱いてしまう。

いくらなんでもそれはダメだろ。

流れで察しろよ。

 

「何やってんだお前らは?ていうか、お前ら向こうで遊んでたんじゃなかったのか?」

 

「ビーチバレーしようって話になって…それで先生達を誘いに来たんです」

 

「先生もどうです?アイル君とギイブル君も!」

 

「僕は控えさせてもらうよ」

 

ビーチバレーか。

正直気分は乗らないが、これ以上先生に心配かけるのもな。

 

「なら俺は付き合うかね。先生は?」

 

「ビーチバレーか〜?でもお肌焼けちゃうし〜…」

 

 

「しゃあ!こいオラァ!!どうした!」

 

「いや!1番ノリノリ!?てか暑苦しいわ!!」

 

「そして何故僕は巻き込まれてるんだ!?」

 

数分前のノリはどうした!?この人?

本当に面倒な人だなこの人!!

後ギイブル、諦めろ。

俺達に目をつけられたからだ。

 

「覚悟!アルタイル=エステレラ!!」

 

ロッドからいきなりボールで襲われる俺。

 

「なんのだよ!?」

 

意味がわからないまま、とりあえず先生の打点めがけてレシーブする。

 

「お前、去年から先輩達に人気だったくせに!今年からは後輩からも人気出てやがるし!更にいつもルミアちゃん達と一緒じゃねぇか!」

 

「「「「「「この妬み、ここで晴らさでおくべきか!」」」」」」

 

知るか!そんなもん!

それとは別にその話初耳なんだが!?

 

「知らねぇよ!そんなもん!勝手にどこぞで晴らしてろ!後、ロッド!その話、後で詳しく!!」

 

「アイル君?」

 

…何故だろう?

このビーチで寒いぞ?

俺達はそんなこんなで順調に勝ち進み、決勝戦に突入した。

 

「さて、最後の難敵だな」

 

「そうですね、運動神経バツグンのカッシュに、脳筋リィエル、そして遠隔系の白魔術が得意のテレサですからね」

 

「何よりあいつがスパイク打つ時、全員の動きが止まるような気がするんだが?アレは精神攻撃なのか?もしくは時間操作系なのか?」

 

「それはみんな、テレサのある一部分を見るのに集中してたからだろ…」

 

全く…俺も男だし、気持ちは分かる。

分かるけどガン見しすぎだろう。

もっと配慮しなよ全く。

俺はそう思いながら、上着を脱ぐとそのままテレサの肩にかけた。

 

「テレサ、やるなら貸すからこれ着たら?思春期男子には、少し刺激が強すぎるからな」

 

出来るだけ、下心を与えないように接客モードで対応する。

 

「ッ!///え、えぇ…借りるわ…ありがとう、アルタイル///それに…凄い筋肉ね…カッコイイ///」

 

「ありがとう。テレサもよく似合ってる。綺麗だ」

 

素直に借りてくれて、とりあえずほっとする。

何故かテレサは真っ赤だか。

そんな事をしてると複数の視線を感じる。

何事かと振り返ると、グレン先生を含めた男子諸君に睨まれていた。

カッシュが何やら呟く。

 

「なるほど…こうやって女子をオトすのか」

 

いや、何の話だよ。

何で頷いてるんだよ。

当たり前の配慮だろが。

 

「る、ルミア?落ち着いて?顔が怖いわよ?」

 

「大丈夫だよ?システィ。私はオチツイテルヨ」

 

「「「「ルミア!?お願いだから落ち着いて!?」」」」

 

何やら女性陣は女性陣で大モメしてる。

ところで何時になったら始めるんだよ、決勝戦。

 

 

「さあ!キリキリ吐いてもいますわよルミア!ズバリ!アルタイルとはどういう関係ですの!?」

 

夜なり、ご飯お風呂も済ませてもう寝るだけ。

なのにウィンディがすごく、熱くなってる。

後ろから炎が見えるくらい、熱くなってる。

 

「確かに私も気になるわ?教えてルミア」

 

テレサまで何言ってるの?

それより私が気になるのは…

 

「その前にテレサはその上着、いつまで持ってるの?私から返しておこうか?」

 

テレサがいつまでも、アイル君の上着を抱えてる事。

速く返さないとアイル君が困るもの。

 

「いいえ、私が借りたんですもの。私が責任持って返しますわ」

 

「…」

 

「…」

 

「な、何やら火花が散ってる気が…」

 

「気にしてはダメですわよ。システィーナ」

 

まあ、今はいいか。

私は無意識にネックレスを撫でながら呟く。

 

「私とアイル君の関係だけど…別にウィンディが勘ぐる様な関係では…」

 

私は何とか沈静化させようと誤魔化すも、それが返って悪い方に進ませちゃったらしい。

 

「そんなありきたりの答えを、聞きたいのではありませんの!?昼にロッドも言ってましたが、1年の時から先輩に人気あったんですのよ!彼は!」

 

そう、それは聞きたかった。

そんな話、初めて聞いたから気になってた。

 

「それって本当なの?あまり先輩といる所って見た事ないけど」

 

「多分リゼ先輩の影響ね。先輩アイルの事、結構かってるから。なんやかんや言って言う事聞くし、ルックスもいいから可愛がられてるみたいよ」

 

意外にもシスティからの意外な情報。

そんな事をシスティが知ってるとは思わなかった。

 

「後輩っていうのは?」

 

「彼、年下には優しいらしくて、人気みたいよ。今日もあんな風に上着を貸してくれたり…///」

 

「確かに…優しい所もあるよね…。私も一緒にいると落ち着くし…。何か、お兄ちゃんみたいな?」

 

「アイルは実際に妹いるしね」

 

今度はテレサが教えてくれる。

確かに妹がいる彼は、そのせいか年下や、そういう印象を与える子には甘い。

リンへの態度がその典型的だよね。

それにしても…アイル君、少し節操がないと思うよ?

 

「そういう事で、いつまでも有耶無耶にしてると横から掠め取られますわよ!だから速く教えなさいな!」

 

「貴女が明らかに気があるのは分かってますわ」

 

「ウィンディ!テレサ!///」

 

何言ってるのこの2人!?

 

「ほらほら!いい加減観念しなさいルミア!早く自分の心に素直になりなさいよ!」

 

「「「「…」」」」

 

「「…?」」

 

((((いや、貴女が言うの?))))

 

今私達の思いが1つになった気がした。

あんなに分かりやすい、システィにだけは言われたくない。

 

「まあ、ツッコミ所もありますが、システィーナの言う通りですわ!いつから彼の事を慕っているのか教えなさいな!」

 

ウィンディ!?まだ言ってるの!?

 

「だから!///そういうのじゃ!?///」

 

「時期的に半年くらいまえじゃないかしら?ほらほら早くしなさいよ!」

 

システィ〜!!///

確かにシスティの言う通り、気になりだしたのは半年くらい前のあの時だ。

実際に会っていたのは誘拐された時だけど、その時はまだ気づいてなかった。

いつあの時の彼だと気づいたんだっけ?

まあ、それは置いといて、当時の歴史の講師は異能者排斥派だった。

ちょうど異能者関係の話だったので先生もヒートアップしていたのを覚えてる。

私はその先生の意見を聞きながら、辛くなってきていた。

でも違うとも言えず、ただ何とか耐えるしかなかった。

 

「エステレラ、聞いてるのか!?」

 

いつの間にか隣で寝ていたアイル君に先生は怒っていた。

当時はアルタイル君って呼んでたっけ。

当の本人は眠そうに欠伸をしていた。

 

「聞いてますよ。異能者がどうのこうのでしょ?」

 

ビックリした事にちゃんと聞いてたらしい。

 

「ならエステレラ!お前の意見は何だ!?」

 

クラスメイトにまで否定されたら…やだなぁ…。

その時はそんな事を思っていた。

 

「そんな大きな問題ですか?それ」

 

「…は?」

 

そんな彼のやる気のない声を聞くまでは。

 

「足が速い、喧嘩が強い、絵が上手い、料理が上手い、楽器の演奏が上手い…。それらと何が違うの?人の才能を妬んでグダグダと…ダサい人。というか、あんたは産まれ方を選べたのかよ?出来る訳ねぇだろ。誰だって自分が望んだ形で産まれるわけねぇだろ。結局、自分がどうやって生きていくのか、それが1番大事なんじゃねぇの?はぁ…本当にダサい人」

 

あまりの発言に誰もが固まった。

私は嬉しかった。

彼の言うとおりだった。

私だって異能者として産まれたい訳じゃなかった。

それを誰も分かってくれなかった…。

でも、アルタイル君は違った、彼は分かってくれた。

先生は怒ってアイル君を指導室まで来るように命じたが、彼は行かなかった。

理由を聞いたら

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを怒られる筋合いは無い」

 

思わず笑っちゃった。

昔から彼は確固たる自分を持っていた。

その先生は何処からか聞いたらしい、お父様によって学院をやめさせられたらしい。

それはともかくそんな彼が気になって、気づいたらずっと一緒にいた。

 

それが事の経緯なのだか、それを話すにはまず、自分が異能者である事を話さなくてはならない。

私はここにいるみんなにどう誤魔化そうかと必死に考えていた。




また明日から仕事でしばらく投稿出来ません。
年明けまで無理かな〜…
それでは良いお年を


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征学習編3話

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


「リン?大丈夫か?顔真っ青だぞ」

 

「だ、大丈夫…」

 

「じゃないな絶対に。ほら。背負ってやるから荷物貸せ」

 

俺達は【白金魔導研究所】をめざして山道を登っていた。

道自体は舗装されているものの、その坂のキツさにみんな音を上げている。

かくゆう俺も結構堪えている。

その途中、今にもぶっ倒れそうなリンを見つけ、声をかけたのだ。

 

「…ご、ごめんね…ルミア」

 

「は?何でルミアが?」

 

「何でもない…」

 

そう言いながら、俺はリンの荷物を預かり、リンを背負い、坂を登る。

 

「アイル君って結構体力あるよね…」

 

「まあ、鍛えてるしな」

 

昔から鍛錬してたから、結構鍛えていた。

特にこの所は余計に鍛えている。

 

「確かに昨日も凄い筋肉してた…触っていい?」

 

…リンって実は筋肉フェチ?

 

「そんな元気があるなら降ろしていい?」

 

「ごめんなさい」

 

最近、リンがたまにキャラ崩壊する時あるけど、大丈夫か?

そんな事を考えていると

 

「うるさい!!みんな大嫌い!!!」

 

突然リィエルが騒ぎ出して、走り抜けてった。

 

「…何があったんだ?」

 

「わ、分かんない…」

 

俺達はそのまま先を進むことにした。

事情説明は後でしてもらおう。

 

「さ、流石に堪えた…」

 

「ご、ごめんね…!ほら…お水貰おう?」

 

そう言ってリンは流れる水を水筒にいれてくれる。

 

「…プハァ。助かる」

 

美味いなこの水。

すごく綺麗で冷たい。

 

「じゃあ、ゆっくり休んでね」

 

そう言ってテレサ達の所に向かうリン。

俺は先生の元へ先程の事を聞きに行った。

 

「先生、リィエルの事だけど」

 

「ああ、実は…」

 

何やら昨晩、先生がリィエルの機嫌を損ねたらしい。

曰くリィエルは特殊な環境で育ってきた故に、精神的に幼く、今は癇癪を起こしてるとか何とか。

 

「…バカかあいつは。それを理由に護衛対象から離れてどうすんだよ」

 

リィエルの事はどうでもいいが、ルミアに万が一があっては大変だ。

仮にも軍人ならしっかりして欲しいところだ。

 

「アルタイル…すまねぇがあいつに愛想を尽くさないでやってくれないか?」

 

先生がこんなにしおらしい姿見せるの初めてかも。

でも…ごめん。

 

「愛想尽くすも何も、俺は端から気にもかけてないですよ。…ていうか、すんません。俺もちょっと人の事を気にしてる余裕が…」

 

「っ!?そうだよな…すまん。顔色悪いがちゃんと寝てるのか?」

 

「…寝てません。寝ると悪夢を見るから寝れない」

 

グレン先生は俺の話を聞いて、歯を食いしばっていた。

先生が責任感じる必要なんてないのに。

 

「俺は大丈夫ですよ、先生。自分で踏ん切りつけるから。それさえ、出来れば大丈夫です」

 

出来るだけ明るく言う。

そんな湿っぽい空気になった時

 

「ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院の皆さん」

 

誰かが出てきた。

その人を見た先生は早足でその人の元へ向かっていく。

 

「私がここの所長バークス=ブラウモンです。」

 

「どうも、2年次2組担任のグレン=レーダスです。うちの遠征学習への協力感謝します」

 

そう言いながら、2人は握手を交わす。

こうして俺達の遠征学習は始まった。

 

所長が白金術について説明しながら、施設を案内してくれている。

途中でルミアを見た時、()()()()()()()()は気のせいか?

でも、とてつもなく嫌な予感がした俺は、無意識にルミアを庇っていた。

 

「…大丈夫か?ルミア」

 

「うん…。ありがとうアイル君」

 

ルミアも感じていたのか顔色は悪い。

リィエルは論外、先生も多分気づいてない。

俺がしっかりしないとマズイな。

 

「ここでは複数の動植物を掛け合わせて、キメラの研究を行っています」

 

キメラね…。

今の俺には耳が痛いな。

命を弄んで、その行き着く先には?

命に手を伸ばしたその末路は?

そんな事をぐるぐる頭が回り出す。

 

「将来、魔導考古学を専攻するつもりだったけどちょっと心が揺れ動いちゃうわね!ルミアはどう?」

 

システィーナの声が聞こえたのはそんな時だった。

 

「私は魔導官僚志望だから。それに…ここを見ていると何かちょっと…」

 

どうやらルミアはここにあまりいい印象は受けていないらしい。

 

「え?」

 

「なんて言うか、人が命をこんな風に好き勝手していいのかなって…」

 

「まあ、いい訳がないわな」

 

「「アイル(君)」」

 

俺は2人の話に参加する。

 

「こういう研究の全てが悪い訳じゃない。でもこういう事にのめり込んでいくと、命の価値観があやふやになっていく気がする。そうなっちまうと…あとは堕ちるだけだ」

 

人1人殺しただけで、色々と雁字搦めになっている自覚がある俺だ。

もしこんな研究していたら発狂してるかもな。

 

「でもやっぱり、あの研究はここでもしてなさそうね」

 

「「あの研究?」」

 

システィーナが話題を強引に変えようと話を振ってきた。

あの研究とは一体なんだろうか?

 

「【死者蘇生】復活に関する研究よ。かつて帝国が大々的に立ち上げた計画。その名も」

 

「【Project:ReviveLife】。よく勉強していらっしゃる。学生さんからその言葉を聞けるとは」

 

俺達の話に入ってきたのは所長さんだった。

 

「いえ!?そんな!?ですが、授業では死者蘇生は理論的に不可能だったと…」

 

「その通り。よく勉強してらっしゃる。ルーン語の機能限界ですね。今のところこの理論を覆す魔術は見つかっておりません。従ってこの【Project:ReviveLife】通称」

 

「要するに【Project:ReviveLife】ってのは、復活させたい人間の遺伝子情報【ジーン・コード】を基に錬成させた肉体と、記憶情報を変換した【アストラル・コード】、そして他者の霊魂に初期化処置を施した【アルター・エーテル】その3つを合成させる。そんな術式だ」

 

次はグレン先生が突然割り込んできた。

とても分かりやすい説明ありがたいんだが…

 

「って先生!説明はありがたんですけど、横から割り込みなんて!?」

 

所長さんの出番を取っちゃったね〜!

 

「おっと失礼!興味深い話をしていたのでつい」

 

「いえ、流石教職者です。私よりよっぽど分かりやすい。要するにコピーとコピーをかけあわせて、コピー人間を作るということです」

 

「でもそれって復活って言えるんでしょうか?」

 

「確かに厳密に復活とは言えないでしょう。寸分違わないものを作るに過ぎない」

 

ものね…、この人もだいぶイッてるな。

 

「さっきルーン語の機能限界って言ってましたけど、それ以上に【等価交換の原則】に引っかかるんじゃないですか?」

 

「…そうだ。それがこの計画が頓挫した最大の理由だ」

 

やっぱりな。

そんな事だろうと思ったよ。

 

「どういう…?等価交換って?」

 

どうやらシスティーナ達は気づいてないらしい。

 

「何事にもリスクとリターンがあるだろ?例えばリンゴを買う時に、俺達は金を払う。その金と引き換えにリンゴを貰う。これが等価交換だ。魔術も同じ。魔術を発動するのに魔力を使う。そこで問題です。()()()()()()()()()()()()1()()()()でしょうか?」

 

「…それって…」

 

「まさか…!?」

 

やっとルミアとシスティーナも気づいたか。

 

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()になるんだよ」

 

「しかも複数な。こんな実験許されるはずがねぇ」

 

先生が吐き捨てるように呟く。

 

「しかし、あの天の知恵研究会がこの実験を盗み出し、成功に漕ぎ着けたのか…」

 

「…あくまで都市伝説だ」

 

そのまま時間が来てしまい、この話はここまでになってしまった。

もしあんな連中が成功させてたら…一大事だな。

 

 

夜になり部屋のベランダに出て夜風を浴びてると、何が夜の森に走り去ってった。

 

「あっちは…ルミア達の部屋?…まさか!?」

 

俺は部屋を出て走ってルミア達の部屋に向かう。

部屋はボロボロになっており、システィーナが蹲っていた。

 

「システィーナ!?何があった!?」

 

「アイル…ルミアが…ルミアがリィエルに攫われて!?」

 

はあ?レイフォードがルミアを攫った?

どういう事だ?

いや、今はそれより追いかけないと。

そう思い走り出そうとした瞬間、後ろから足跡が聞こえた。

振り返るとそこにはグレン先生を担いだアルベルトさんがいた。

 

「邪魔するぞ」

 

「アルベルトさん!?グレン先生!?どうしたんだよ!?」

 

よく見たら血だらけじゃん!

何があったんだよ!?

 

「すぐに治癒魔術を!?」

 

「無駄だ。既に死神の鎌に捕まった状態だ」

 

「クソッタレがぁ!!」

 

治癒魔術は一定の限界がある。

それを超えると逆に体を壊してしまうのだ。

それを死神の鎌に捕まった状態と表現するのだ。

 

「今から白魔儀【リヴァイバー】を行う。フィーベル、仮サーヴァント契約でお前のマナを貸せ。エステレラ、お前は【リヴァイバー】の方陣の手伝いだ。形は」

 

「知ってます!それよりシスティーナの説得を!」

 

うだうだしてるシスティーナをアルベルトさんに任せて俺は、方陣の構築に全力を注ぐ。

その結果、先生は首の皮一枚の所で踏みとどまったらしい。

システィーナはマナ欠乏症で気を失い、俺もかなりマナを持ってかれた。

持って来ていた虚量石(ホローツ)で、マナを回復させる。

これはベガが余剰魔力を処理しきれなかった時、作っているものだ。

学院テロの時は持っていなかったがそれ以降は、何があっても対応できるように、複数持ち歩いている。

 

「ん…ここは…」

 

どうやらグレン先生が目を覚ましたらしい。

 

「先生、大丈夫ですか?」

 

「アルタイル…俺は…?」

 

「ふん、相も変わらず悪運だけは強い男だ」

 

「アルベルト…これはお前が?」

 

「礼ならフィーベルとエステレラに言え。すざましい魔力量だ。フィーベルがいなくては、不可能だっだろう。エステレラの方陣構築の腕前も、かなりのものだ。ただでさえ複雑な、従来の方陣にマナ効率を上がるように改変するその腕前、賞賛に値する」

 

そんなに褒められると何か変な気分だな…。

 

「ど、どうも…」

 

「そうかよ…。アルベルト、状況を説明してくれ」




前に兄の様だと言われているアルタイルが、リィエルの事を気にかけないはずがない。
でも、どんどん他人への関心が薄れている彼がリィエルの事をどうでもいいように扱うという事自体が、かなり重症である事の証拠です。
前の話の印象と今のアルタイルの印象が全く噛み合ってませんね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征学習編4話

同じ話を投稿してしまいすみませんでした。よろしくお願いします。


「たく…リィエルの奴…!」

 

「言ったはずだ。あの女は危険だと」

 

「お前もしかして、天の知恵研究会がなにか仕掛けてくると知っていたって事か」

 

「【白金魔導研究所】の資金に不透明な所があると報告を受けていた。その流れ徹底的に洗った結果…」

 

「バークス=ブラウモンも奴らの繋がりが発覚したっていう事ですね」

 

「だったら何で俺と接触した時に言わなかった!?初めからルミアを囮に使うつもりだったんだろ!?」

 

は?ちょっと待てよ。

何だよそれ。

 

「どういう事ですか?アルベルトさん」

 

「…こんな命令を下す上層部も、それに黙って従う俺もクズだ。否定はしない。だがグレン、お前なら分かるはずだ」

 

「何がですか!?」

 

「…もし反対すれば、リィエルの素性を明かす事になるって事か」

 

は?レイフォードの素性?

それが何の取引材料になるんだよ。

 

「…先生。レイフォードは何者なんですか?」

 

「…【Project:ReviveLife】通称【R()e()=()L()()()】」

 

「【R()e()=()L()()()】?…まさかあいつ!?」

 

「そうだ。あの女は【Project:ReviveLife】の唯一の成功例だ」

 

…マジかよ。

あまりの衝撃に言葉が出ない。

本当に死者蘇生なんて成功してたのか?

 

「…天の知恵研究会なのか?成功させたのは」

 

「そうだ。組織にいた、とある錬金術師のオリジナルだったんだ。その錬金術師は裏切り者として殺されたがな」

 

確かにそんなヤバい爆弾、迂闊に外に出せない。

とはいえ、それとこれは別問題だ。

 

「最優先事項は王女の救出だ。もしリィエルが行く手を阻むのなら、俺は容赦しない」

 

アルベルトさんはレイフォードの排除もやむなしという。

 

「いや、まずはあいつの勘違いを正す。その上で連れ戻す。2年前あいつを拾ってきた俺の責任だ」

 

グレン先生は、意地でもレイフォードも助けようとする。

一体どっちが正しいのだろう?

多分どっちも正解なんだ。

任務か、それとも命か。

何を優先するかで、話が変わってくるんだ。

 

「兄が現れたと言ったな。お前の言うことを聞くのか?」

 

「聞かせる!拳骨入れて無理矢理でも聞かせるんだよ!」

 

「よくそんな事を言えるな。お前は逃げた。仲間から、あいつから。そんなお前がリィエルを救う資格があるのか?答えろ!グレン=レーダス」

 

「全くのド正論だよコンチクショウ!けどな…俺はあいつらの教師だ。リィエルも今は俺の生徒なんだ!!」

 

「…変わらんな。だから俺はお前に期待するのかもしれないな」

 

ため息を一つついた途端、思いっきり先生を殴るアルベルトさん。

痛そう…。

 

「ぐぁ…痛ってぇな…!何しやがる!?」

 

「黙って消えた事はこれでチャラにしてやる」

 

そう言いながら懐から銃を取り出し、投げ渡す。

 

「これは…俺の…」

 

「王女救出が最優先だ。もしリィエル排除を余儀なくされた場合…文句は受けつけん」

 

「けっ…相変わらず面倒くさい野郎だ…。アルタイル、【次元跳躍】はできないのか?」

 

俺は首を横に振った。

 

「…どうやら何処かに落としたみたいですね。試したんですが、無理でした」

 

「そうか…なら仕方ねぇ。アルタイル、お前は」

 

「行きますよ。ここには結界だけ貼っていきます」

 

当然のように置いてかれかけるのを拒否する。

 

「ダメだ。エステレラお前は残れ」

 

アルベルトさんにまで止められる。

でも俺だって譲れない。

 

「2人には悪いけど、俺も助けに行く。例え…何を犠牲にしてでも」

 

俺は絶対に引かない、と睨みつけて言った。

 

「…ならば、自分の命は自分で守れ。いいな」

 

「アルベルト!?何言って!?」

 

「最初からそのつもりです」

 

「お前もノリ気で行く気になるな!!」

 

アルベルトさんは折れたらしいけど、グレン先生は中々認めなかったが、最後には認めてくれた。

 

 

俺達はアルベルトさんが仕掛けた魔力信号を頼りに、地下下水道から研究所内に侵入した。

道中キメラが何体か出てきたが、それも難なく撃退していた。

その終着点が…()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

水槽にはそれぞれ、異能の種類が刻まれていた。

 

「クソったれ野郎が…!!何で…何でこんな事が!?」

 

「まさか、全部異能者か!?」

 

「異能者嫌いとは聞いていたがこれ程だとはな…」

 

俺たちはこのビーカーを片っ端からぶっ壊していた。

俺には分からなかった、何でこんな事が出来るのか。

その時

 

「貴様ら!?貴重な()()()()に何て事をしてくれたんだ!!」

 

バークス=ブラウモンが入ってくる。

今、なんて言った?

 

()()()()だと…?お前、なんでこんな事が出来る!?人の命をなんだと思ってる!!」

 

「このわしの偉大なる魔術研究の礎になれたのだ!感謝して欲しいくらいだわい!」

 

「…お前は何故そこまで出来る?人の命にまで手を伸ばして、何がしたい?」

 

「アルタイル?何を言ってる?」

 

俺には分からなかった。

何故人を殺して何も思わないのか。

こいつのその原動力が知りたかった。

 

「ふん…何を聞き出すかと思えば…。いいか!わしはな、偉大なる魔術師になのだよ!将来わしの研究は、必ずや大きなものになる!その為の異能者!その為のあの娘!それを邪魔する貴様らを排除するのだ!!」

 

偉大なる魔術師…?

そんなもんの為に、こいつらは…!!

怒りで頭が茹で上がりそうになる。

今すぐにこいつを…!そう思った瞬間

 

『どんな事にも必ず表と裏があります。それを忘れないでください』

 

ベガの言葉が頭をよぎった。

表と…裏…等価交換…。

それを思い出した俺は、思いっきり息を吐き出して、最後の質問をぶつけた。

 

「最後に一つ聞きたい。命を奪ったお前は、一体誰かの命を救ったのか?」

 

「何?何言うかと思えば…。わしが何故人助けなどしなくてはならないのだ!?」

 

ああ…そういう事か。

こいつはただのクズ以下の畜生だ。

 

「…どんな物事にも表と裏がある。無くちゃ行けないんだ。なのにお前は命を奪うばかりで、救う事をしなかった。」

 

「なんじゃと?」

 

「等価交換と一緒だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。なのにお前は、今までいたずらに命を奪っただけ。…そのツケは、支払ってもらうぞ。覚悟はいいか?バークス=ブラウモン!!俺はルミアを救う!!だからここで、お前を殺す!!!」

 

 

「アルタイル…」

 

その目には確かな光があり、その声は絶望に染まってはいなかった。

 

(この僅かの間で何があったのか…?)

 

何故かは分からないが、今アルタイルは成長した。

 

「ふん!小僧が!やれるものなやってみるがよい!」

 

そう言いながらバークスは首筋に何か打ち込む。

その瞬間、姿が異形に変わる。

まさか、ドラッグか!?

 

「チ…ヤク中め。切り刻んでやる」

 

アルタイルが糸を作り出しながら、1歩踏み込む。

その前にアルベルトが、立って止める。

 

「グレン、エステレラ。お前達は先に行け」

 

「でも、こいつは!?」

 

「くどいぞ」

 

食い下がるアルタイルをアルベルトが一言で切って捨てる。

その不器用な優しさに俺は、思わず苦笑いしてしまう。

 

「アルタイル行くぞ。アルベルト頼む」

 

「…分かりました」

 

アルタイルは俺と自分に糸を巻き付け、強化する。

 

「行くぞ!」

 

俺とアルタイルは一気に走り出す。

 

「行かせんぞぉ!!」

 

「『雷槍よ』」

 

アルベルトがバークスを足止めする間に、俺は足下を滑り抜け、アルタイルは三角飛びのよう要領で上から飛び越える。

俺達はそのままその場を走り去った。

 

「アルタイル、何があった?」

 

俺はアルタイルの決意が気になって、走りながら尋ねた。

 

「…遠征学習の前にベガに言われたんです。『どんな事にも必ず表と裏があります。それを忘れないでください』って。どうやら俺の悩みは筒抜けだったみたいです。…その言葉がよぎって、冷静になれました」

 

なるほどな、妹の言葉がこいつを守ったのか。

…家族ってのはいいものだな。

 

「もちろん、殺しは悪です。それを認める事はしません。あくまで手の打ちようが無い時にしか、殺りません。ただ俺は、相手に命に手を伸ばすだけの理由を、見つけただけです。だから…安心して下さい。俺はあいつらみたいに堕ちません」

 

「…ああ、分かってんだよ、んな事は」

 

分かってるよ、お前がそんな奴じゃない事は。

大切な人達を守ろうと必死になってるお前を、悪に堕ちるとは思ってねぇよ。

ただな…

 

「ただな、たまには周りを頼れよ。俺はお前らの教師なんだからな」

 

「…!ありがとうございます。先生、俺さ、今はこんな状況だけど、ここに来て良かったかも」

 

「…!そうかよ」

 

こいつの中で何があったかは分からない。

だが、一つだけ分かったのは、生徒に感謝される事の嬉しさだ。

自分の決断が、生徒にとって大切な何かになる。

これが、教師の喜びってやつかもしれないな。

 

「あとアルベルトの事だがな、あいつはこれ以上お前の手を血で汚したくねぇんだ。そこは分かってやってくれ」

 

その言葉に何も返さなかったが、しっかりその言葉を受け止めてくれているのは分かった。

 

「ここですね」

 

「ここだな。一気に行くぞ!3,2,1!!」

 

俺達は最奥の部屋のドアを蹴りあけた。




妹の言葉と等価交換。
この2つがアルタイルに闇と向き合う覚悟を与えてくれました。
今までただ闇雲に戦うだけの彼が本当の意味で戦う、魔術師の端くれになりました。
そんな彼を見ていってください。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遠征学習編5話

アルタイルもいるので、リィエルだけじゃなくて、キメラ達にも参戦してもらいました。
よろしくお願いします。


「「ルミア!」」

 

「アイル君!先生!」

 

鎖で吊るされ、痛々しいその姿に怒りを覚えるが、今はそれを抑える。

 

「ごめんルミア。すぐに助けるから」

 

「うん…待ってたよ。アイル君。先生も、無事で良かったです…」

 

俺は出来るだけルミアに安心させるように笑ってから、目線を下に下げて睨みつける。

 

「こんな時まで人の心配かよ…。おいリィエル!お前も黙って見てんじゃねえよ!ルミアがこんな目にあってんのに何とも思わねぇのか!?」

 

「おい、そこの変態野郎。よくも俺のダチに好き勝手してくれたな。腹は括ってあるんだろうな!?」

 

俺達のそんな圧力に息を漏らして後ずさる男と、それを庇うレイフォード。

 

「グレン、そこの貴方も。これ以上兄さんに近づかないで」

 

「流石僕の妹だ。リィエル、そいつらに僕の邪魔をさせるな。ついでに増援も用意しておいたよ」

 

「分かった。『万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を』」

 

そう言いながら指を鳴らすと、何処からとなくキメラがワラワラと出てきた。

 

「「チッ!!」」

 

俺達はすぐに背中合わせになって構える。

 

「先生、レイフォードをよろしく」

 

「キメラは任せたぞアルタイル」

 

こうして俺達の戦いが始まった。

 

「喰らえ!」

 

巻き付けっぱなしだった糸に魔力を流し、身体能力を向上させる。

俺は一番近くにいたやつを糸で真っ二つにする。

そのまま横に振って、2体まとめて切る。

もう片方の手で糸の弾を作り、打ち出して何匹か撃ち抜く。

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

ライオン型のキメラに【ライトニング・ピアス】を放つも、魔術耐性が高いのか弾かれる。

前足を振り下ろしてくるのを、逆にその足を編んだ剣で、切り落とす。

倒れた所を心臓貫いて殺す。

その隙に亀型のキメラが炎を吐いてくるので、火除けの結界で防ぎつつ、突進してくるやつの頭を殴ってかち割る。

糸を首まきつけ、思いっきりぶん回しながら、先生の方を確認する。

元々、戦闘スタイル的にレイフォードは天敵なのだ。

俺は何体かに当てて吹き飛ばしながら、先生に方に投げ飛ばしつつ、首を跳ね飛ばす。

先生とリィエルの間に落としたその死体を利用し、体勢を整えさせる。

 

「先生!大丈夫ですか!?」

 

「すまん!助かった!けどグロい!!」

 

「無茶言わないで!後…」

 

俺は出来るだけ早く先生に作戦を伝える。

ぶっちゃけ俺の負担がかなり大きいが、そこは我慢する。

 

「…分かった!やるぞ!」

 

作戦を確認しあった俺達は、それぞれの敵に再度立ち向かう。

躱したりしながら少しずつ数を削りながら、フロア全体に糸を張り巡らせていく。

とはいえ、数が多すぎる。

全てを防ぎ、避けきるのは不可能だっだ。

攻撃を躱した場所にもう一体おり、そいつの尻尾に吹き飛ばされてしまった。

 

「ガ…!?いっつぅ…!」

 

「アルタイル!?無事うわっと!?」

 

「先生…は…じ…ぶん…にしゅ…中!」

 

結構衝撃が重く、防御を貫いてくる。

また、骨折れたかなこれ。

それでも何とか、糸を張り終えた俺は、先生に合図を送る。

その瞬間、先生は詠唱するふりをしながら、銃を上に投げる。

レイフォードはそれにつられて防御体勢をとるも、それはフェイク。

放り投げられた銃に気づかず、頭にあたる。

想定外の衝撃に怯んだ隙に、先生が【グラビティ・コントロール】でリィエルを止める。

その隙に俺も仕込んでおいたトラップを発動する。

 

「せーの!!オラァ!!!」

 

糸を一気に引く。

仕掛け続けたトラップがキメラ達の足に絡まり、宙に浮かせる。

 

「先生!退いて!」

 

俺はすぐさま先生に声をかける。

先生が退いた瞬間、キメラ達をレイフォードに叩きつける。

 

「この…邪魔!!」

 

「お前でも無理だぜレイフォード!それはキメラの重さだけじゃねえからな!」

 

俺はキメラの足を絡めるだけじゃなくて、この部屋の柱などに引っ掛け、この部屋自体が重りになる様に糸を通してるのだ。

その分俺の強化した腕力でも、結構ギリギリだった。

 

「先生!今!」

 

「任せろ!おぉぉぉぉ!!」

 

「や、やめろ!やめろォ!」

 

その隙に先生が銃で制御装置を壊しながら、変態野郎へ走り、その勢いも乗せて、思いっきり殴る。

 

「うるせぇ!!あいつの事をリィエルって呼んでる時点で手前は偽物なんだよ!!」

 

「思い出した…。【Project:ReviveLife】…通称【Re=L計画】」

 

いつの間にか這い出てきたレイフォードも、自身が何者か思い出したらしい。

 

「…2年前、裏切り者のシオンが密告した事で、帝国宮廷魔導師団に俺達の研究所を強制捜査された」

 

「ああ、知ってる。その時連絡を取っていたのは俺だからな。連絡が途絶え、研究所を襲撃したが、すでにシオンは死んでいた…重症だったイルシアも。そして彼女の【アストラル・コード】、つまり死ぬ瞬間までの記憶を受け継いだ少女を、俺は保護した」

 

「それが…私」

 

そう、それがリィエル=レイフォードという少女の正体だった。

 

「ちっ…逃げ出す時、お前の記憶をこちらの都合のいい方に改竄したつもりなんだが。結局ガラクタはガラクタだ」

 

「…ガラクタだぁ?」

 

よくわかった。

こいつはバークス以上…いや以下か、のクソだ。

あいつはあいつなりの理想があった。

こいつはそれすらない。

本当にクソ以下のクソ中のクソだ。

 

「ガラクタ?てめぇ、いい加減にしろよ」

 

「ガラクタはガラクタだ。もう要らない」

 

「てめぇ!『猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て』!!」

 

「その首、跳ね飛ばす!!」

 

俺達はこの男…ライネルを殺そうとした。

したのだが、なにかに阻まれる。

 

「!?何だ!?」

 

「…嘘だろ。あれは…!?」

 

煙の奥から現れたのは、レイフォードによく似た3人の女の子だった。

 

「…そう。この子達がいるからね」

 

「まさか、成功したのか!?」

 

クソ、厄介なことに!!

マズイ、腕の感覚がほとんど…!

 

「この子達は完璧だよ。なんせ面倒くさい感情は最初から消したあるからね。やれ!そいつらを始末しろ!」

 

こうして俺達に襲いかかってくる彼女達。

一人一人が足止めされる間に、残った1人に抜かれ、レイフォードに襲いかかる。

先生は手早く1人を蹴り飛ばし、レイフォードの方に行く奴を追いかける。

 

「先生の方には行かせるかよ!」

 

俺は自分の相手の剣を糸で縛り、先生の後ろを追いかけるやつにぶつける。

そのまま、飛び蹴りで2人纏めて蹴り飛ばす。

負傷してる腹が痛むが、それは無視し俺はすぐに先生に合流する。

 

「アルタイル!無事か!?」

 

「ッ!?こっちは!先生こそ大丈夫?」

 

「は!誰に言ってんだ!?」

 

「どうして…私には、なにも無いのに…」

 

レイフォードは泣きながらこっちを見上げる。

 

「うっせぇバーカ。何も無い奴をこの俺が守るかよ!」

 

「お前に何かあれば、ルミア達が悲しむ。俺はそれを見たくないだけ!」

 

俺が糸を使った遠距離攻撃で牽制し、先生が格闘術で接近戦。

気づけばこういう形で戦闘を続行していた。

 

「私は…人形なのに…」

 

「ああ!?人形はな、そんな顔して泣かないんだよ!というか、アルタイル!重力で止められないのか!?」

 

「無理!先生巻き込むし、それに速い!それ以上に詠唱してる暇ない!…後レイフォード、ルミアも、システィーナも、クラスの連中も、誰もお前を人形とは思ってねぇよ!…一応、俺もな」

 

「でも、グレンに酷いことした。システィーナやルミア、皆にも…!」

 

「だったら、謝りゃいいだけだろうよ。土下座でも何でもして、どんな罵詈雑言受けても、ひたすら頭下げ続けろ!」

 

「ちなみに俺は許さんからな!覚えとけよ!ってしまった!アルタイル!!」

 

一体が俺達のの攻撃をすり抜け、俺に迫ってくる。

 

「ちっ!」

 

俺はレイフォードに結界を張り、距離を取りながら迫ってきたやつに糸を巻き付ける。

 

「しゃがんで!」

 

そのまま、残りの2人にぶつける。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「お前、マナ欠乏症か!?無理すんな!」

 

それもあるが、それ以上に身体強化による、肉体の限界が近い。

腕もほとんど上がらない。

…なのに俺は無意識にレイフォードの頭を撫でていた。

 

「…レイフォード…自分の…大切なものの為に…命を懸けろ。義務だとか使命だとか何だとか…お前みたいなバカが…無い知恵振り絞っても、たかが知れてるだろうが…」

 

「私の大切なもの…」

 

そう、大切なもの。

俺もそうやって探して…見つけた。

煌めく一等星、それも沢山。

 

「もう…分かってるだろ?」

 

するとレイフォードは剣を強く握り、立ち上がる。

 

「ごめん、私の妹たち。勝手だけど貴女達の分まで生きるから…さようなら!!」

 

その剣技はあまりに美しく、歴然とした差があった。

 

「さてと…」

 

「終わらせましょうか…」

 

俺達はゆっくりとライネルに近づく。

 

「ふ、ふざけるな!『猛き雷帝よ』ぎゃああああ!!!!?」

 

「遅い、うるさい」

 

俺はすぐに向けられた左腕を、糸で切り落とす。

糸が赫く染まるが、もう俺は気にとめない。

 

「ごめん、ルミア。少し目を瞑ってて。…すぐに終わる」

 

「アイル君…?ダメ!アイル君!?」

 

俺はルミアの制止の声を無視して、手刀を横に振る。

その先の糸が切ったのはライネルの首…ではなくルミアを縛る鎖だった。

俺は自然落下するルミアを糸で巻き付け、こっちに手繰り寄せて、抱きとめる。

 

「…ふぇ?」

 

「殺らねぇよこんな奴。そのまま無様に壊れやがれ、三下が」

 

ライネルは痛みと恐怖のあまり、失禁しながら気を失っていた。

 

「アイル君…アイル君!!」

 

「待たせてごめん、ルミア。もう大丈夫だからな」

 

俺は抱きついてくるルミアを、優しく抱き締め返しながら、頭を撫でた。

こうして俺達の、ルミア奪還作戦は成功に終わった。




この度お気に入りが100件到達しました。
皆様の応援のおかげです。
ありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話3

これで遠征学習編終了です。
ここである意味急展開です。
よろしくお願いします。


その後、俺達は後始末をアルベルトさんに任せ、リィエルとルミアを連れて、泊まっているホテルに帰った。

当然遠征学習は中止になったが、まだ期間があった為、ここサイネリア島に2日ほど泊まってから帰る手筈になった。

そんな俺達は今、再びビーチバレーをしていた。

 

「行くわよ!ハァ!」

 

「うわぁ!?」

 

システィーナのスパイクに驚きながらレシーブするギイブルだがその腰は引けてるし、ボールも見れてないので、あらぬ方に飛んでいく。

俺はそんな様子を日陰で見ていた。

 

「はあ…退屈」

 

今までみたく、乗り気にならなかったではなく、

昨晩の腹に受けた攻撃が、結構酷かったからだ。

安静を言い渡され、ビーチバレーに参加出来ないのだ。

 

「…まあ、いっか」

 

俺は目の前に広がる平和な光景に笑みを浮かべながら、微睡んでいた。

 

「アルタイル。体は大丈夫?」

 

テレサが話しかけてきたのはそんな時だった。

 

「テレサ?俺は大丈夫だけど…テレサはどうした?」

 

「ふふ、ただの休憩よ。遊び疲れちゃって」

 

そう言いながら俺の隣に座るテレサ。

この間貸した俺の上着を着ているが、それでも隠しきれないスタイルの良さ。

ルミアもスタイルがいいが、テレサのそれはルミアすら超えている。

そんな彼女が隣にいると流石に男として緊張する。

しかも、貸した上着の袖や裾が長いらしく、まるで彼シャツみたいになっているのも、結構グッとくる。

以外にこういうテンプレ展開に弱いのだ。

 

「アルタイル、上着ありがとう。洗って返すわね」

 

「いや、別にいいぞ?そのままでも」

 

「あら、ダメよ。女の子として気になるのよ///」

 

そう言いながら、少し顔を赤くするテレサ。

どうやら女の子的に本当に恥ずかしいらしい。

まあ、これだけ暑ければ汗もかくか。

確かに異性にたとえ不可抗力でも、匂いを嗅がれるのは、女の子的に嫌なのだろう。

 

「…まあ、そういうことなら。そっちに任せるよ」

 

「ええ、責任をもって洗わせてもらうわ。…それはそうと、少し歩きましょう?」

 

…確かにこのままボサっとしててもあれだしな。

向こうには先生とアルベルトさんがいる。

余程の事がない限り大丈夫だろ。

 

「OK。行こうか」

 

そして俺はテレサとビーチ散歩をする事にした。

さっきまで木陰にいたから、少し涼しかったが一度出てしまえば、まさに炎天下だった。

 

「アッチィ…」

 

「アルタイルは暑いのは苦手?」

 

「まあな。寒さの方が強い。寒いのは着込めばいいんだけど、暑いのはな〜。どれだけ脱いでも暑いし」

 

「ふふ。確かにそうね。でも、波打ち際は気持ちいいわよ?海が冷たくて」

 

そう言われて俺は、ここに来て一度も、海に近づいてない事を思い出す。

 

「折角だし波打ち際まで行こうぜ。海を感じたい」

 

「そうね!行きましょうか」

 

俺達は波打ち際まで近づいて、海を感じていた。

 

「おお…気持ちいい」

 

「そうね〜…あら?」

 

「ん?どうした?」

 

突然テレサがしゃがみこんで、何かを拾った。

それは綺麗な貝殻だった。

 

「まあ!すごく綺麗!」

 

「そうだな。すごく綺麗だ」

 

俺も足元を探すと、よく見ると同じ柄の貝殻を見つけた。

 

「テレサ、同じ柄だぞこれ」

 

「ホントね!…これ記念に持って帰らない?」

 

「…ちょっと貸して。加工する」

 

そう言って俺はアリアドネを取りだし、貝殻の周りを包む。

出来るだけ大袈裟になりすぎないように、貝殻を目立たせるように包む。

包んだらそこに糸を通してネックレスにする。

 

「ほら。こんな感じでどう?」

 

「…ありがとう。アルタイル。宝物にするわ!!」

 

「…どういたしまして」

 

俺達はそのまま歩く。

テレサはずっとニコニコしながら貝殻を触ってる。

大人びてる印象があったが、その様子を見ているとやっぱり年相応の女の子だ。

ふと前を見ると少し崖になっている場所を見つける。

 

「テレサ、あそこ登るか?眺め良さそうだぞ」

 

「いいわね。行ってみましょう」

 

俺達は崖を登ることにした。

崖といっても大したことないから、俺は手も使わずに登れる。

でもテレサには少し不安だったので手を貸しながら登る。

 

「テレサほら。手を掴め」

 

「…ありがとう///」

 

何故顔を赤くするのか分からないまま登っていく。

5分くらいして、てっぺんに着くとそこには

 

「わぁ…!」

 

「すげぇ…」

 

太陽で煌めくエメラルドグリーンの海と、どこまでも広がる澄み渡った青空。

遥か彼方まで広がるそれは、まるで世界の大きさを表現してるかのようで、それに対して少しワクワクする自分がいた。

この広い世界には一体何があるのだろうか、そういう思いに馳せれていると

 

「アルタイル」

 

突然名前を呼ばれ振り返る。

その瞬間、頬に何か柔かいものが当たる。

 

「…へ?」

 

目に前にテレサの顔があった。

その顔は真っ赤で、その目は何か決意した目をしていた。

 

「…貴方がルミアを見てるのはわかってるわ。でも、負けない。必ず振り向かせてみせるわ。…さ、そろそろ戻りましょう?」

 

「お、おう…///」

 

思わず頬に触りながら、間抜けた返事をする。

そのまま俺達は特に会話しないまま、みんなの元に戻る。

戻った俺達に向けられるのは、みんなのニヤニヤした顔だった。

それを見た時、俺は悟った。

こいつら、()()()()()()()

 

「アイル君」

 

ルミアがこっちを見ながら近づいてくる。

何故かやましい事は無いのに、浮気現場を見られたような気持ちになる。

 

「いや、ルミア!?これは…」

 

「ルミア」

 

突然、テレサが俺達の会話に割って入る。

 

「…テレサ?」

 

「私は貴女に負けないわ。今は貴女がリードしてるかもしれないけど、それでも負けないわ。いつまでも、素直じゃないと…私がアイルを貰うわ」

 

「!?テレサ…いつの間に?」

 

「そんなこと関係ないわ」

 

バチバチ!!!

何やらすごい火花が散っている。

 

「それじゃあ、今日はありがとうアイル。これ、宝物にするわね」

 

そう言ってテレサは、俺がその場で作ったネックレスを掲げながら俺達の前から去っていく。

 

「…アイル君。あれは?」

 

「…記念に?」

 

何故浮気がバレた男みたいな事してるんだ俺?

それでもルミアの無表情を見てると、冷や汗が止まらない。

 

「ふ〜ん…。アイル君明日私と買い物ね」

 

「へ?いや明日は…」

 

「ね?」

 

「…仰せの通りに」

 

こうして、俺の残りの日程が決まった。

楽しかったかと言えば、凄く楽しかった。

ただ、ルミアとテレサの仲が大丈夫だろうかと心配になった。

 

「…ねぇ」

 

「ん?どうしたレイフォード」

 

心配していると突然、レイフォードが話しかけてきた。

 

「えっと…あの時はありがとう。…アルタイル」

 

「お、おう…」

 

俺の名前を覚えてるなんて意外だ。

そんな失礼な事を考えながら、俺はレイフォード…リィエルの頭を撫でた。

 

「まあ、なんかあったら相談してくれよ、リィエル。可能な範囲で力になるから」

 

頷いてからルミア達の元へ向かうリィエル。

どうやら、少し関係は前進したらしい。

俺はこのクラスの仲間との日常の大切さを改めて噛み締めながら、みんなの元に向かった。

こうして俺達の遠征学習は終了し、いつもの日常へと向かっていった。




という訳で何と!
テレサが恋愛レースに参戦です!
その都合上、タグを追加しました。
最初リンにしようかと思ったのですが、リンだと少し弱い気がしたのでテレサにしました。
色んな意味でインパクトありますからね彼女。
ええ…どこがとは言いませんけど。
そういうのがある方が、ルミアとの関係が盛り上がるかなっと思い、出来心でつい…。
ルミア以上に積極的なテレサを見てあげてください。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使の塵編1話

遂にアニメ最終章天使の塵編スタートです。
いや、天使の塵編なのかは分からないですけど、大事な要素なので、勝手に章タイトルにしちゃいました。
よろしくお願いします。


「あ、いた。あれ?グレン先生も一緒じゃん」

 

本を返しに行くと言ったっきり、戻ってこないシスティーナを探していた俺達は、先生と何やら話しているシスティーナを発見する。

しかし、システィーナの顔は耳まで真っ赤で、顔を手で覆っていた。

 

「システィ?どうかしたの?」

 

ルミアが心配そうに近づくが、俺は何となくその理由を察していた。

 

(さては【リヴァイバー】の時の事を思い出したな。いや、お礼を言われて思い出したのか)

 

ただその姿勢はまるで泣いてるように見えてしまい

 

「グレンが泣かしたの?システィーナとルミアは…私が守る。『万象に希う・我が腕に・剛毅なる刃を』」

 

あちゃー、新しい依存先を見つけちゃったから、少し敏感だったかな?

何がともあれ、これは少しマズイ。

慌てて俺も糸を展開して捉えようとするも間に合わず。

先生の制止も聞かずに暴れ出すリィエル。

 

「待て!?人の!?話を!?どわぁーー!?」

 

吹き飛ばされる先生。

ここでさらにマズイ展開に。

 

「いぃぃ!?」

 

なんと馬車の目の前に飛ばされたのだ。

 

「先生!?」

 

「危ない!!」

 

「間に合え!!」

 

ルミアとシスティーナが悲鳴をあげる隣で俺は糸を放つ。

だが遠すぎて間に言わないって思った瞬間、

 

『豪壮なる・風の流れよ』

 

突然先生が風で浮かされる。

恐らく中にいた人が魔術を使ったのだろうが、凄い制御だ。

その魔術制御に感心していると中から本人が出てくる。

 

「あはは!まさかこの学院に着いて真っ先に君に会えるなんてね。システィーナ」

 

「あ、貴方は!?」

 

ん?システィーナの知り合いか?

フィーベル家は名門だし知り合いがここに来てもおかしくはないが…?

 

「ん?何だ?この空気」

 

グレン先生もその2人の反応に疑問を抱いたらしく、疑いの目を向ける。

 

「私はレオス、【レオス=クライトス】。この度この学院に招かれた特別講師で…そこにいる()()()()()()()()()()()()

 

「「「「…え?ええええええええええええ!!!!????」」」」

 

婚約者って…マジ!?

 

「ちょ!?ちょっとレオス!?貴方何言ってるの!?」

 

おや、システィーナもこれには大慌てか。

 

「あはは!私達はかつて将来を誓い合った仲じゃないですか」

 

「それは子供の頃の冗談というか…」

 

なるほど…それかなり痛々しくね?

 

「お前それマジで言ってんの?止めとけって、こいつくっつくなんて人生の墓場入りってレベルじゃねぇぞ?」

 

「どう意味よそれ!?」

 

いやあんたがマジで何言ってんの?

そこで茶々入れるか!?普通。

 

「私の将来の伴侶を侮辱する様な言葉は、慎んで頂けますか」

 

おお〜、男らしい〜!

これには流石のグレン先生も黙らざるを得ない。

 

「待ってレオス。グレン先生はその…冗談というか…」

 

「グレン先生…?なるほど貴方がグレン=レーダスさんですか」

 

「ん?なんで俺の事知ってるんだよ?」

 

「私が講師を務める【クライトス魔術学院】でも、貴方の事は噂になってますので。【アルザーノ帝国魔術学院】に突如現れた、期待の新人講師。呪文の数を競う、昨今の詰め込み魔術教育に反し、呪文を根本から理解し、実践に活かす事を旨とする中々珍しいタイプの講師だとか…。貴方の講義、是非一度拝聴してみたいと思っていました」

 

すげぇじゃんグレン先生!

こりゃ人間国宝も夢じゃないな!!

 

「そんな大層なものじゃないんだかな」

 

「そうですか。…システィーナ、私は今でも本気です。貴方を心から愛しています」

 

「やったじゃねぇか白猫!お前みたいな生意気な奴にお熱とか、普通有り得ねぇからな〜!いや〜【蓼食う虫も好き好き】とはよく言ったものだ!」

 

あちゃー、恥ずかしさからか、怒りからかプルプルしてるぞシスティーナ。

そろそろ限界か?

 

「あ、そうだ。この話上手くまとまったら俺が祝辞を述べてやっても」

 

「『このバカー』!!」

 

あ、遂に我慢の限界が来たか。

高々とぶっ飛んでったな。

 

「システィーナ…かなり怒ってる。なんで?」

 

「アハハ…何か大変な事になって来ちゃったな…」

 

「胃と頭が痛い…」

 

リィエルは訳が分からず、首を傾げている。

そして俺とルミアは、思わず頭を抱える。

そんな話をしているとふと、視線を感じた。

正確には俺じゃなくて()()()()()()()()()だ。

その先には馬車の御者がいて…。

急に寒気というか嫌な感じがした。

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような…。

俺はすぐに目を逸らして、この事態の収拾を図る事にした。

 

 

 

「これまでこの【ツァイザーの魔力効率変換式】を解説してきましたが…」

 

レオスの講義が続く。

その内容はとても分かりやすく、上手だった。

 

(…完璧だ)

 

思わずそう評価した俺は、同時に焦りも覚える。

 

(軍の一般魔導兵の半分以上がいまいち理解していないマテリアルフォースを、ペーペーの学生達に完璧に理解させやがった。しかしいくら何でも、この内容は早すぎるだろ。)

 

そう思いながらすぐ下にいるアルタイルを見る。

恐らくこいつは気づいたのだろう。

途中から落ち着きがなくなって、顔色も悪い。

 

(出来のいい生徒なら、【ショック・ボルト】ですら、やり方次第で人を殺せる事に気づいちまったはずだ。だがこいつらの殆どは大きな力の意味も、それがもたらす結果も、知識として知ってるだけで、何一つ実感が伴ってない)

 

「やっぱりこういう授業はあまり認めたくあれませんか?」

 

突然、ルミアがこっちを振り向きながら話しかけてくる。

隣に座るアルタイルもこっちを見ている。

 

「…まあな」

 

「先生は常日頃、『力の意味と使い方を考えろ。力に使われるな』って仰いますけど、今ならその意味がわかる気がします」

 

「…」

 

「大丈夫っすよ。少なくとも先生の教えを受けた奴で、間違うやつはいませんよ。俺を筆頭に」

 

思わず2人を凝視してしまう。

そんな笑う2人を見ていると無性にむず痒くなり

 

「…別に?何かあのイケメンが思った以上にやるから嫉妬してるだけだし。良かったな白猫。マジでいい買い物したな!」

 

適当に白猫を弄って標的をそらすことにした。

 

「…しつこい」

 

少し怒ったように席を立つ白猫に

 

「システィーナ!どうでしたか?忌憚のない意見が聞きたいですね」

 

レオスが話しかける。

白猫は困った顔をしながら

 

「そ、その…とても素晴らしかったわ!」

 

「それは良かった!何せ貴女は講師泣かせとして有名らしいですから」

 

「いや、それは…」

 

その噂、あいつまで聞いてるのかよ…。

 

「貴女の将来の夫として、まずは第1関門突破、と言ったところでしょうか」

 

「だからそういう事を人前で言うのは…!」

 

そんな中、カッシュとセシルが冷やかす。

 

「システィーナ、少し外を一緒に歩きませんか?貴女と話したい事があります」

 

「…それは今でなくちゃダメなの?」

 

「今でなくても構いませんが、何れ話さなくてはならない重要な事です」

 

「…ルミアごめん!ちょっと行ってくるね」

 

「う、うん…」

 

そのままレオスと一緒に出ていく白猫。

それを心配そうに見るルミアと、気に入らなそうに見るアルタイル。

 

「先生、アイル君。お願いがあるんですが…」

 

 

 

「な〜んで俺が他人の恋路を覗き見せにゃならんのだ?俺こういうの興味ねぇんだよな〜…」

 

「ごめんなさい先生」

 

「ダウト。絶対先生こういうの好きでしょ?あと顔がニヤけてる」

 

「嘘じゃねえよ!」

 

「シー!声でかい!結界の意味が無くなる!」

 

グレン先生の言葉に俺とルミアは苦笑いするしかない。

俺達は今、システィーナとクライトス先生を追いかけている。

 

「システィーナ、私と結婚してください」

 

お!いきなり告ったぞ!

 

「おお!あの男いきなり結婚申し込みやがった!さぁ〜て!面白くなってきました〜!」

 

やっぱり嘘じゃん!あとうるさい!

 

「だから静かに!…で?ルミアは何が不安なんだ」

 

俺は先生に釘を刺しつつ、ルミアに質問した。

 

「アハハ…バレちゃってたか。よく分からないんだけど、何か嫌な予感が…アイル君もでしょ?」

 

どうやら、俺の方もバレてたらしい。

 

「ルミアもか…。俺も嫌な予感がする…。まるで蜘蛛の巣に引っかかったような…ベタつく感じ」

 

俺も言いようのない違和感を感じていた。

まるで()()()()()()()()みたいな感じがする。

そんな話をしていても話は進んでおり、システィーナの顔色がどんどん悪くなっていく。

断片的に聞こえる話を繋いでいくと、どうやらシスティーナの夢を全否定しているらしい。

婚約者を名乗るなら、応援しろよ。

クソ野郎が。

 

「詭弁抜かしてんじゃねぇぞ!!」

 

「先生!?」

 

とうとう我慢できなかったかこの人。

まあ、気持ちは分かる。

あの鼻っ柱へし折ってやりたい。

 

「お前はお前の信じる道をいけ!お前の人生の主人公は、お前だってことを忘れるな!」

 

何格好つけてんだよこの人は。

 

「また貴方ですか。しかも覗き見とは。悪いが貴方には関係ない事だ。口出しは無用に願いたい」

 

丁寧に言ってるけど、すごい拒絶だな。

 

「いいえ、関係あるわ」

 

「…白猫?」

 

システィーナ?何覚悟決めた顔してるの?

 

「システィーナ?どういう事です?」

 

「それは…だって…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

「「…え?」」

 

「「「えぇぇぇぇ!!!?」」」

 

唖然とする講師陣と、驚愕する俺達。

マジか〜!?そう来るか〜!?

 

「だから!貴方とは結婚できない!!」

 

そう言いながらチラチラと先生を見るシスティーナ。

そのアイコンタクトを理解したのか

 

「そういう事だぜ!レオスさん!」

 

クソ腹立つ笑顔を浮かべながら、高笑いするグレン先生。

 

「嘘だ!?私のシスティーナが貴方のような下品な男と!?」

 

『私の』はともかく『下品な』には同意しかない。

 

「嘘じゃねぇぜ!なんて言ったってこの可愛い白猫ちゃんは、昨日も俺のベッドの上で」

 

「『このバカ〜!』」

 

ナイス即興改変。

やっぱセンス半端ねぇなあいつ。

 

「幾ら何でもやりすぎよ!大体私達まだキスしか」

 

「キス!?キスとはどういう事です!?」

 

「いや!?それは…!?その〜!?」

 

いや、あれを1カウントしちゃダメだろ!?

一応隣のルミアに聞いてみた。

 

「…人工呼吸をキスの1カウントはアリ?ナシ?」

 

「…アリで///」

 

女性的にはアリらしい。

男にはよくわからんな。

顔が赤いのも含めて。

 

「という訳で!白猫は俺の嫁だ!諦めてくれ」

 

華麗な着地を決めながら、ドヤ顔も決めるグレン先生。

ナチュラルに肩に手を回してるし。

 

「ダメですね!システィーナを思うからこそ、早く現実を教えるべきでしょう!貴方はシスティーナに相応しくない!」

 

「つっても〜!この白猫ちゃんが選んだのは〜!この俺な訳だし〜!」

 

一体いつまであのクソ腹立つドヤ顔するんだ?

 

「覚悟しろグレン=レーダス!私を敵に回した事を後悔させてやる!」

 

…ふーん、あれが素か。

こいつの底はしれてるな。

 

「ふーん、それがお前の本性か。俺もよーく分かった…やっぱ白猫は渡せんわ」

 

グレン先生も何かを感じ取ったらしい。

顔つきがさっきまでとは一転、真剣な顔になる。

 

「白黒はっきり付けなきゃいけねぇようだな!」

 

そう言いながら、左手袋を外して投げつけた。

 

「決闘だ!お前に受けられるか?」

 

何とグレン先生が決闘を申し出たのだ。

 

「…むしろ臨むところだ」

 

それをクライトス先生が受諾、システィーナの進退をかけて、2人が決闘をすることになったのだ。

 

「決闘の日時と方法は、後ほど話し合おう。失礼する」

 

そう言って去っていくクライトス先生の背中を見ながら、俺はグレン先生に話しかけた。

 

「思い切りがいいですね」

 

「…やっちゃったぜ☆」

 

「『やっちゃったぜ☆』じゃないでしょう!!?何してるんですか!!?」

 

 

 

「だが考えてみればこれはチャンス!という訳でお前ら、俺の逆玉作戦のために、お前達に【魔導兵団戦】の特別授業を行ってやる!」

 

「「「「「「はぁ?」」」」」」

 

話し合いの結果、決闘の方法と結果は【魔導兵団戦】に委ねられたのだった。

 

「ホント…なんでこうなるかな?」




幼なじみいいですね〜!
自分にはいないので、同性でも欲しかったです。
この勘の良さが果たして吉と出るか、凶と出るか。
それではありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使の塵編2話

ここで主人公が新技を身につけます。
あ、最初に言っておくと、この章ではあまりボロボロにはなりません。
だってメインの戦闘はグレン1人ですから。
それではよろしくお願いします。


明け方の公園にハープの音色が響く。

そのハープは少し変わっており、赤い糸で編み上げられたような、デザインをしていた。

軽やかに、自由にそれを引くのは1人の少年。

その少年が旋律を奏でる度に、周囲に小さい光の玉が浮いたり電撃が走ったりと、まるでミニパレードの様な派手さと煌びやかさがあった。

演奏もラスサビ。

一気に激しく、周囲に電撃が走り、演奏が終わるのと同時に一気に弾けた。

 

 

 

「…ふぅ、こんなもんかな」

 

そう言って演奏していた俺、アルタイル=エステレラは汗を拭った。

 

「いや…こんなもんかなって…」

 

「貴方…本当に凄いことしたわよ…?」

 

それを呆然と見守るグレン先生ととシスティーナ。

 

「まあ、今日ではガチるつもりはないけど、できて損はないでしょ」

 

そんな2人の反応には気にもとめずに、俺は片付けを始める。

 

「…先生。本当に俺はあれでいいんです?」

 

「ああ、お前の実力は、あいつらの中ではずば抜けてる。そんなお前が無理に足並みを揃える必要は無い。…ま、要するに集団行動出来ないアウトローって事だな!」

 

「そう言われるとあんまり嬉しくない!」

 

「先生!アイル!速く帰りましょう!」

 

俺達はだべりながら重いものを片付ける間に、システィーナが軽いものを片付け終わったらしい。

 

「じゃあ、まあ噴水前で」

 

「おう」

 

俺はシスティーナ達と別れて、帰り道を歩きながら、この間の授業を思い出していた。

 

「【魔導兵団戦】…【三人一組・一戦術単位(スリーマンセル·ワンユニット)】ね…」

 

 

「私が皆さんに教えるのは、近代戦争において最も重要な、魔導兵の戦い方です」

 

そう言いながら、3色の円とそれぞれの説明を書きながら教えてくれるクライトス先生。

相変わらずの丁寧でわかりやすい説明。

前も思ったけど、講師の腕自体は、グレン先生と同じくらいのいい先生だよなこの人。

 

「攻撃前衛は攻撃、防御前衛は防御、そして支援後衛は状況に応じて前2人を補佐。この【三人一組・一戦術単位(スリーマンセル・ワンユニット)】が現代の魔導兵戦術の基礎中の基礎なのです」

 

「3つの役割にそれぞれ専念させた方が、同じ頭数でも圧倒的に強く立ち回れる…。という事ですね」

 

そういう事だギイブル。

ただし…それが実現出来るならな。

 

「その通りだ。1人の行動に3人の命が関わってる」

 

そう言って話の続きをしたのは、聞いていたグレン先生だった。

 

「つまり我が強くて、他者と足並みを揃えられない奴は皆の命を危険に晒すってことだ」

 

そう言って意地悪そうにギイブルを見ると、ギイブルは恥ずかしそうにそっぽ向く。

 

「『魔術師の戦場に英雄はいない』よく覚えておくんだな」

 

 

 

「【魔導兵団戦】とは、その名の通り魔導師による集団戦闘である」

 

朝になり、登校してから演習場へと移動した俺達は、ハー…ハーゲー先生の説明を聞いていた。

 

「生徒諸君は、指揮官である講師の指示に従い進軍。学生呪文を軍用呪文とみなし、戦死とみなされた生徒は、戦場から退場とする。…指揮官が何処へ、どのタイミングで、どれだけの戦力を投入するかが戦局の鍵となるだろう。演習時間は3時間、敵の本拠地の制圧、もしくは指揮官である担任講師を撃破すれば勝利だ」

 

「いやー懇切丁寧な説明、ありがとうございます!ハーベスト先輩」

 

礼を言うならもっとそれっぽくしようよ…。

 

「崇高な学院の授業を、女子生徒を賭けた決闘に使うなど…!恥を知れ!グレン=レーダス!レオス先生!期待してますぞ!この最低男に一泡吹かせてやってください!」

 

いや、この方法を指定したのはクライトス先生なんですけど?

 

「もちろんです」

 

そのままシスティーナに話しかけるクライトス先生。

本当にこの人は…空気読まねぇな。

システィーナの顔を見ろよ。

恥ずかしくて堪らないって顔だぞ?

 

「よーし!!お前ら!俺が逆玉に乗れるように力貸してくれるよな!!」

 

「よしわかった!あんたは本当に一回黙れ!!」

 

あまりにも恥ずかしい事を平然と宣うこのアホ講師に、思わずツッコミを入れてしまう。

負けた方がいい気がしなくもない…。

 

「で?システィーナ?本当に勝った方と結婚する気ですの?」

 

ウィンディがシスティーナを肘でつつきながら、からかうように聞いている。

よく見ると周りの女子も期待十分みたいな目で見てる。

 

「結婚!?する訳ないじゃない!?私まだやりたい事いっぱいあるし…」

 

おや?何やら黙り込んだぞ?

これは…さてはグレン先生が勝った時のこと想像してるな。

 

「わぁぁぁぁ!?何考えてるのよ!?何で私があんな奴とぉ!?」

 

突然喚き散らすシスティーナ。

それを見て驚くクラスメイトと、不思議そうにするリィエル。

そして呆れる俺とルミア。

 

「システィーナ、なんか変。顔が赤くなったり怒ったり叫んだり…病気?」

 

「ある意味そうかもな…」

 

「じゃあ医者にみせないと」

 

「この病気は、お医者さんじゃ治せないんじゃないかな?」

 

そんな色々と混沌とした中、【魔導兵団戦】が始まった。

 

相手は武闘派の4組。

頭数、各生徒の練度など、あらゆる要素で俺達を上回ってる。

それでも俺達は

 

「「『大気の壁よ』!」」

 

「クソ!どうなってるんだ!?戦力ではこっちが上回ってるはずなのに!?」

 

そう、拮抗していた。

数も、個々の力も勝っている4組にだ。

 

「ふん、当然だろ」

 

 

 

「『魔術師の戦場に英雄はいない』…つまり、我を捨て、三人一組を組めってことですね?」

 

ギイブルが意を得たりと言わんばかりに言うが

 

「はあ?お前らに三人一組なんて無理に決まってるだろ」

 

「「「え?」」」

 

グレン先生が全否定し、みんなが惚ける。

やっぱり気づいてなかったか。

 

「【三人一組·一戦術単位(スリーマンセル・ワンユニット)】なんて、プロの軍人が十分な訓練を積んで、初めて実用できる。そういう事でしょ?」

 

俺は後ろから先生の言葉をかっさらった。

 

「その通りだ。気づいてたか」

 

「じゃあ、どうしろってんだよ!?」

 

カッシュが食いつくが、先生はそれをニヤリと笑いながら返した。

 

「なぁに、簡単な事さ…」

 

 

 

「『雷精の紫電よ』!」

 

「『大気の壁よ』!」

 

そう俺達の作戦は【二人一組・一戦術単位(ツーマンセル·ワンユニット)】だ。

3人が難しいなら、2人でやればいい。

単純だか、効果的だ。

なんせ攻めるか守るか、ハッキリしているからな。

素人でも十分に戦力になる。

4組が丘にシフトしようとするが、そっちはリィエルが抑えてる。

攻撃は出来ないが、いるだけで狙撃は封じられる。

こうなると残りは…

 

「アルタイル、森に移動を始めたぞ」

 

グレン先生から通信が届く。

やっと俺の番か。

退屈すぎて待ちくたびれたぜ。

 

「了解。手筈通り、出来るだけ多く誘い込んで下さい」

 

「任せとけって!」

 

そうして、俺はそばに置いておいたハープを手に取り、演奏準備を整えた。

 

「さてと…やりますか」

 

 

先生が自ら囮となって、4組を誘い込む。

こんな露骨な手に引っかかるなんてまだまだ青いな。

 

「…アルタイル!今だ!」

 

その通信を受けて、俺は森に張っておいた結界を発動した。

 

「な!?これは!?」

 

俺が張った結界は一定の手順を踏めば、外に出られる簡単な迷路だ。

落ち着けばきっと分かるだろうが、突然の事にパニック状態の彼らには無理だろう。

ちなみにゴールには、システィーナらを初めとするうちの主力が控えてる為、そう簡単には落とせない。

そんな事を考えながら、俺は落ち着く隙を与えない。

ハープの弦を弾く。

弾かれた弦が森中に張り巡らされた糸と連動し

 

「!?がァァ!?」

 

【ショック・ボルト】を発動させ、4組の1人を倒す。

 

「な!?今のは!?」

 

「どこからぁ!?」

 

今度は【ゲイル・ブロウ】で吹き飛ばす。

さっきとは違う角度で。

 

「またやられた!?」

 

「クソォ!?一体何がどうなってるんだぁ!?」

 

そして恐慌状態になった4組を淡々と殲滅させていく俺。

 

『いいか?魔術ってのは超高度な自己暗示だ。呪文を唱える時に使うルーン語ってのは、それを行う時に最も効率良く行える言語で、人の深層意識を変革させ、世界の法則に介入する』

 

先生が初めてまともに授業してくれた時に教えてくれた事。

ルーン語とはあくまで()()()()()()()()()()()()

つまり、そこを無視すれば()()()()()()()()()()()()という事。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だから俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだった。

名付けるなら【フェイルノート】。

こうして森に入ってきた十数人の内、殆ど仕留めた時、突然銅鑼の音が聞こえた。

 

「双方そこまで!時間内に決着がつかなかった為、この勝負引き分けとする。以上!」

 

どうやら終わったらしい。

先生の目的から見たら、やりすぎた感はあったが、まあ大丈夫だったらしい。

俺は結界を解いて皆の元に向かう。

どうやら俺が最後だったらしい。

 

「おつかれ〜」

 

「アイルこそお疲れ様。カッコよかったわよ!」

 

1番近くにいたテレサから、労いとお褒めの言葉が来る。

 

「…おう、ありがとう」

 

ストレートな好意に照れくさくなり、顔を背けると

 

「いぃ!?」

 

背けた先には無表情なルミアがいた。

 

「お疲れ様アイル君。良かったね、カッコイイって言って貰えて」

 

「お、おう…ルミアもお疲れ様」

 

「ルミア、顔が怖いわよ。労うなら笑顔じゃないと!」

 

そう言いながらテレサが左腕を組んで来る。

俺の腕にテレサの規格外の柔らかいものが当たり、流石に嬉しさより恥ずかしさで慌ててしまう。

 

「お、おいテレサ!?何してんの!?」

 

「何って腕組んでるだけよ?それがどうしたの?」

 

「どうしたのって…!?」

 

「テレサ!?何して!?」

 

「何ですか!?あの無様な戦い方は!?」

 

突然クライトス先生の怒りに満ちた声が聞こえてくる。

俺達は何事かとそっちを見る。

 

「貴方達が私の指示をちゃんと聞いていれば、勝てたのですよ」

 

4組の連中は意気消沈と言った具合に、顔を下げている。

 

「感じ悪いわね…」

 

「うん…」

 

皆がクライトス先生の事を冷たい目で見る。

 

「今のあんたの方が無様だろ」

 

俺は思わず反論する。

 

「何ですか?貴方には関係ないでしょう」

 

「今まで一緒だったんだから無関係ではないだろ。それに、そんな姿を愛しい婚約者(自称)に見せていいのかよ?ダッセェ」

 

ていうか、何か顔色悪くねぇか?

 

「おいおい、筋が違うんじゃねぇか?兵士の失態は指揮官の責任だろ?」

 

グレン先生も参戦してくる。

 

「貴方ごときが、私に指示しないで頂きたい」

 

「?随分と顔色が悪いな?だい」

 

先生の言葉が止まる。

クライトス先生が手袋を投げつけたのだ。

 

「グレン=レーダス。勝負はまだついていたせん。再戦です。今度は私が貴方に決闘を申し込む」

 

おいおいマジかよ。

 

「いくら何でもしつこすぎ。そういう奴は好かれないぞ」

 

「全くだ。まだ諦めないのか白猫の事」

 

俺とグレン先生は呆れた様に、クライトス先生を止める。

 

「当然です。システィーナに魔導考古学を諦めさせ、私の妻とするまでは」

 

「おい待てよ。何勝手に盛り上がってんだよ。システィーナの意思はどうなるんだ?」

 

「君や彼女は関係ありません。これは私と彼の問題です」

 

その瞬間、何かが切れた音がした。

いや、まあ俺がブチ切れたんだけど。

気づいたら、全力でその面を殴り飛ばしてた。

 

「アイル君!?」

 

ルミアの驚いた声が聞こえてきたが、それは無視。

そのまま胸ぐらを掴み上げ、至近距離で睨みつける。

 

「てめぇ、ふざけんなよ。システィーナはてめぇのモノじゃねんだぞ!?人の人生勝手に賭けといて何が関係ねぇだ!?…それ以上ふざけた事言うなら、決闘もクソもねぇ。このままてめえの鼻っ柱潰すぞ」

 

「アルタイル、離せ!やめろ!!」

 

「アイル落ち着いて!?」

 

そのまま決闘も有耶無耶になり、俺達は解散した。

その後俺は、3日間の停学になった。

本来、1週間くらいだったらしいが、一連の流れを見ていたハー…ハーレイ先生の口利きがあり、3日になったらしい。

そして3日後、久しぶりに登校した俺が聞いたのは

 

「は?システィーナがクライトス先生と結婚?」

 

寝耳に水っていうか…何でそうなった?




という訳で、新技【フェイルノート】です。
ぶっちゃけ、これは絶対にやらせたかった技です。
なぜって…カッコイイから。
それではありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使の塵編3話

最近走り出して、筋肉痛が凄いです。
今回アルタイル君が、結構頑張って格好つけてます。
それではよろしくお願いします。



「システィーナ。少しいいか?」

 

俺は放課後、直ぐにシスティーナを捕まえて、問いただした。

 

「…何?時間が無いのだけど」

 

そう、なら遠慮なく。

 

「何でクライトス先生の求婚を受けた?」

 

「…それが現実的だからよ。レオスの言う通りだわ。魔法考古学はかなり厳しい道。お爺様ですら出来なかった事を私になんて…」

 

全く、嘘が下手なやつだな。

そんな面してよく言えるよ。

 

「ここにはクライトス先生はおろか、ルミア達だって来ない。かなり強力な結界を張ってるからな。来れるのは、予め言っておいたアルフォネア教授くらいだ」

 

そう、わざわざ俺が無計画に誘うわけない。

ちゃんと結界を張った場所に連れてきたのだ。

バレたら困るので先に、アルフォネア教授に説明しておいたが。

 

「だから、ここでそんな見え透いた嘘を着く必要は無い」

 

「アイル…私…私!!」

 

そう言って泣き崩れるシスティーナ。

俺は優しく背中を擦りながら、宥めることにした。

落ち着いたシスティーナから、事情を聞くことにした。

俺は直ぐに呼び出された為知らなかったが、学院に着いてすぐ、決闘の再戦が決まったらしい。

しかし、お互い取り決めより速く会ってしまい、なし崩し的に始まってしまったのだとか。

結果、グレン先生の敗北、その後

 

「ルミア達のことで脅された?」

 

「ええ、それを盾に…」

 

クソッタレが。

あのクズ、やっぱあの鼻潰してやるべきだった。

 

「…まさか、天の知恵研究会と?」

 

「それは…違うわ。多分」

 

「違う?どういう事だ?」

 

今ルミアとリィエルの事を知ってるのはあいつらぐらいのものだ。

それか帝国上層部…。

でも、上層部がそれをわざわざ一講師に教えるとは思えない。

しかも、リィエルの事は上層部すら知らないと言っていた。

 

「私も最初はそれを疑ったんだけど、凄い剣幕で否定されて…。あれは嘘をついてる感じじゃないわ。本気で拒絶してたもの」

 

そうなると、本当に違うのだろう。

じゃあ、一体…?

 

「それと…」

 

「それと?」

 

「あの時のレオスはまるで別人みたいで…」

 

別人みたいか…。

そういえば、最後に会った時顔色が…。

 

「なあ、システィーナ。あいつ顔色悪くなかったか?」

 

「え?暗かったからあまり分からなかったけど…体調悪そうには見えなかったわよ?」

 

あれだけ顔色悪くて、その日の夜には治ってる?

そんなのおかしくないか?

 

「…システィーナ、明日俺休むから。ルミア達から離れるなよ」

 

「休むって…どうして?」

 

「少し調べ事だ。ほら、今日は送る。行くぞ」

 

そう言って俺は結界を解き、システィーナを家まで送り届けた。

問題はその帰り道だった。

暗くなってしまい、俺は近道するため裏路地を走っていた。

 

「…ん?」

 

なんだアイツ?

様子が変だな。

酔っ払いか?

 

「おい、あんた大丈夫か?」

 

声をかけて瞬間、

 

「ガァァァァァァァ!!」

 

突然奇声を上げながら、襲いかかってきたのだ。

慌てて避けながら、体勢を整える。

 

「な、なんだよいきなり!?『雷精の紫電よ』!」

 

直ぐに【ショック・ボルト】を発動し、無力化する。

幸い魔術は使えないらしく、1発で倒すことは出来たが、

 

「!?こいつまだ動けるのか!?」

 

【ショック・ボルト】は初歩的な呪文ではあるが、実力差によるが、意識を刈り取るまではいかなくとも、動けなくする事は出来る。

ましてや相手は素人だ。

意識を刈り取るぐらいなら出来る。

それをまともに受けて、意識を保っているなど異常だ。

直ぐに糸で縛り上げて、動けなくする。

 

「…爺さんに連絡するか」

 

俺は直ぐに爺さんに連絡し、来てもらうことにした。

その時、誰かの気配がして、咄嗟に身構えた。

 

「!?誰だ!?」

 

「落ち着け、俺だ」

 

暗闇から現れたのは

 

「あ、アルベルトさん!?」

 

「久しぶりだな、エステレラ」

 

特務分室の制服を着たアルベルトさんだった。

後ろには初めて見た髭を生やした男と、品の良さそうなと少年。

多分、同い年か少し上か?

同じ服を着てるため、特務分室のメンバーなのだろう。

 

「おう、小僧。無駄のない動き見事じゃったぞ」

 

「見事な手際でした。アルベルトさんが目をかけるのも納得です」

 

「はぁ…どうも。えっと…?」

 

突然話しかけられて困っていると

 

「俺の仲間だ。執行官NO.9【隠者】の【バーナード=ジェスター】と、執行官NO.5【法王】の【クリストフ=フラウル】だ」

 

「フラウル…。結界術のフラウル家!?」

 

その名前を聞いて、俺は驚いた。

フラウル家は結界術の第一人者みたいなものだ。

同じく結界を扱う者として、一度会いたかったのだ。

 

「アルベルトさんから聞いています。糸を使って結界を使うのだとか。僕も会いたかったです」

 

「いや、俺…自分の方こそ一度お会いしたかったので…」

 

その爽やかな笑顔を向けられると、何ともむず痒くなる。

 

「もし良かったらタメ口で大丈夫ですよ?歳もそれほど変わりませんし」

 

「そういう事なら…俺の方もタメ口でいいよ。俺の方が年下だろうし。あと名前でいい」

 

「そういう事なら、よろしくアルタイル。僕も名前でいいよ」

 

「よろしくクリストフ」

 

俺達はそのまま握手を交わした。

やばい…結構嬉しい…!

 

「おいおい!ワシは無視かいな!」

 

突然肩を組んでくるジェスターさん。

 

「随分と老けたな…バーナード」

 

爺さんの声が聞こえたのはその時だった。

 

「!?まさか…トワイスの爺さんか!?懐かしいの〜!そっちも老けたのぉ!」

 

「あれが…エンダース=トワイス…」

 

「すみませんアルベルトさん。呼んだ直後に気づいて…」

 

「構わない」

 

「…取り敢えず、うちに来い。バーナード、それを担げ」

 

「相変わらず人使いが荒いの〜」

 

そう言いながら、俺達は店まで移動した。

 

「バーナードこっちじゃ。アルタイル、茶を入れといてくれ」

 

「はいよ。アルベルトさん、クリストフ。どうぞいらっしゃい」

 

俺は2人を店内に招き入れた。

 

「お邪魔する」

 

「お邪魔します」

 

「適当に座っててください。直ぐにお茶入れますね」

 

俺は直ぐに荷物を置きに行く為、部屋に向かった。

 

「兄様!おかえりなさい!お客様?」

 

「ベガ、ただいま。そうだよ今から爺さん含めて、話をするから」

 

あまりベガには聞かれたくない類の話なので、部屋から出ないように遠回しに言う。

 

「分かりました。お茶は?」

 

「俺が入れるよ。おやすみ」

 

「おやすみなさい、兄様」

 

俺は直ぐに皆の元に向かい、お茶の用意をした。

 

「…それであいつは何なんですか?」

 

俺は一息入れた皆を見て、早速本題に踏み込んだ。

 

「あれは【天使の塵(エンジェル・ダスト)】と呼ばれる、ドラッグの末期中毒症状者だ」

 

天使の塵(エンジェル・ダスト)?」

 

「ええ、嘗て私達の仲間だった執行官NO.11【正義】の【ジャティス=ロウファン】という男が作った違法ドラッグだよ」

 

「そいつは1年前、それを使って帝都で、高位の魔術師や帝国重役を、殺しまくる事件を起こしたんじゃ」

 

「そしてその事件で仲間を失ったグレンは、ジャティスを倒した後、軍を除隊したのだ」

 

「グレン先生…」

 

そういう事だったんだ。

道理で、ルミアと3人で帰った時、口を噤んだんだ。

爺さんが話をまとめる。

 

「倒した筈の男が、戻ってきたという事じゃな」

 

「そういう事になるの〜」

 

「いつ頃あれが広まり出したんですか?」

 

「学院にレオス=クライトスが来た頃からだ」

 

あいつが来た時から…?

その瞬間、あと時の寒気がぶり返した。

その様子に疑問を抱いたのか、じいさんが聞いてくる。

 

「アルタイル、何かあったか?」

 

俺は初めて会った時に感じた事を全部話した。

それと、魔導兵団戦の時の顔色の事も話した。

 

「馬車の御者が…」

 

「ゼロでは無さそうですね。そちらは僕達が調べます」

 

「でもその場合、目的は?」

 

「分からんが、ひとつにグレ坊への復讐…いや挑戦があるかもしれんの」

 

「どういう事ですか?」

 

「あいつの行動原理は正義の執行だからだ。それを嘗て阻んだグレンに再戦を挑もうとしていても不思議ではない」

 

正義の執行…、正義ね…。

正義は人それぞれだから否定はしないけど、かなり野蛮だな。

こんなのは悪とそう大差ない。

 

「取り敢えず、今日は泊まるが良い。アルタイル。部屋の用意してやれ」

 

そのまま話し込んでいた為、遅くなってしまいこのまま泊まってもらうことにした。

明後日は結婚式だ。

大荒れになるだろうと思いながら俺は就寝した。

2日後、遂に結婚式当日が来た。

俺はシスティーナに会うために、待合室まで来た。

 

「システィーナ、アルタイルだけど」

 

ノックしてから呼びかける。

 

「アイル?どうぞ」

 

許可えを得たのでドアを開けると、そこには見事に着飾ったシスティーナがいた。

いつも下ろされてる銀髪は、後ろがかきあげられており、いつもより色っぽい印象を受けた。

 

「おお〜…綺麗だな…これが真っ当な結婚式なら手放しで喜べたんだが…」

 

「ありがとう。それで?何か用?」

 

おっと、うっかり忘れるとこだった。

 

「システィーナ、これ。見えないところに身につけといて」

 

そう言って渡したのは、【アリアドネ】で編んだものだ。

とりあえず、隠せるように小さいものにしてある。

 

「これは?」

 

「お守り。念の為の」

 

そう言って半ば強引に押し付ける。

不思議そうにしながらも、とりあせず受け取ってくれた。

 

「ありがとう。ちゃんと持っておくわ」

 

「おう、そうしてくれ。じゃあな」

 

「…アイル!」

 

部屋を出ようとすると、突然システィーナに、呼び止められた。

振り返ると心配そうな、不安そうな目でこっちを見ていた。

 

「…信じていいのよね?」

 

そういう事か。

なら返事は決まってる。

 

「信じろ。俺達を」

 

俺はそう即答して、部屋を出る。

用意は出来てる、後は時が来るのを待つだけ。

こんな茶番は直ぐにフィナーレにしてやる。

 

「『アドリブは舞台のスパイス』…なんつって」




ありがとうございました。
という訳でバーナードとクリストフが初登場です。
そして本編には出す予定なかった爺さんを出してしまいました。
宣言通りに行かず、すみません。
それでは、失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天使の塵編4話

これでアニメまでは終了です。
これ以降はオリジナルと原作を中心に頑張っていきます。
それではよろしくお願いします。


結婚式が始まる。

新婦側には俺達2年2組生がいるが、新郎側には誰もいない。

その光景に不気味さを思いながらも、式は遂にキスまで来た、正にその時

 

「ちょっと待ったーーー!!!」

 

「…おっせぇよ。ヒヤヒヤしたぜ」

 

教会のドアを思いっきり開けて、グレン先生が現れる。

システィーナの顔は驚愕に染まり、クラスの皆は嬉しそうにする。

 

「俺はこの婚儀に異議ありだ!この結婚に大反対!レオス!お前如きに白猫は渡さねぇ!!!」

 

先生は煙幕弾を投げながら一気に走りよって、システィーナを回収、トンズラする。

 

「アルタイル!リィエル!ルミア達を頼む!」

 

「「任せて!!」」

 

そのまま先生はシスティーナを連れて外へ走っていった。

煙幕が晴れた時、そこには先生とシスティーナ、そしてクライトスがいなくなっていた。

 

「…アルベルトさん。予定通り、先生がシスティーナを保護のち逃走。クライトスもそれを追った模様です」

 

「エステレラ、すまない。こっちが想定より多い。少しの間、そっちを頼む」

 

そのまま通信が切れる。

頼むって…なにを…まさか!?

 

「な、なんだあれ?」

 

誰かの驚愕する声に反応すると、一昨日の晩襲ってきた奴と似た顔色をした奴らが大挙に押し寄せていた。

 

「!?クソ!リィエル!結界を張る!少し持たせてくれ!!」

 

「わかった!やぁぁぁぁ!!」

 

リィエルが群れに突っ込む間に、俺は教会の奥の方に結界を張る。

狭い範囲を強力に守る結界を張り終えた俺は、直ぐにリィエルと交代する。

 

「リィエル変われ!そのまま裏の安全を確保!裏口から皆を逃がせ!ルミア!この地図を渡しとく!皆でそこまで逃げろ!そこにアルベルトさん達がいるはずだ!!」

 

「アイル君は!?」

 

「俺は突っ込む!!」

 

そのまま一気に糸の弾を打ちながら走り出す。

糸を振るって纏めて首をはねとばす。

飛びかかってくるやつの腕を縛り、ぶん回して周りのヤツらも吹き飛ばす。

その隙に刺されるも、巻いてある糸で防げるので問題ない。

そのまま思いっきり蹴り飛ばす。

 

「『雷帝の閃槍よ』!!」

 

【ライトニング・ピアス】で纏めて貫く。

 

「『吠えよ炎獅子』!!」

 

【ブレイズ・バースト】で焼き払う。

 

「『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』」

 

【グラビティ・タクト】で全力で押し潰す。

 

「シッ!フッ!ハァ!」

 

【アリアドネ】で斬り付ける。

自分が持ちうる手札、その全てを使って戦う。

気づけば、殆ど倒して残り数体。

だがまだ奥からワラワラとやってくる。

 

「…チッ。ゴキブリかよ」

 

「ここまでよく持たせたのぉ」

 

いつの間にかアルベルトさん達が合流していた。

 

「おまたせアルタイル。ここは僕達に任せて」

 

「クラスの者達は保護した。リィエルもついてる。速くグレンの所に行け」

 

「はい。頼みます!」

 

俺はそのまま路地に向かって走り出す。

システィーナに渡したお守りの反応を頼りに、路地を駆け抜ける。

 

「見つけた。…大丈夫かシスティーナ?」

 

そこには泣きじゃくりながら、座り込むシスティーナ。

 

「アイル…!?その血は!?大丈夫なの!?」

 

「血?…ああ、返り血だ。問題ない」

 

どうやら返り血で汚れてたらしい。

…よく見たらすごい血だらけだな。

 

「返り血…アイルもあの人達と戦ったの?…殺したの?」

 

「まあ…な…。言い訳がましいが、あっちもイカれてたし、殺そうとしてきた。自分の命を…大切な人を守る為には仕方ない」

 

システィーナの言葉が心に刺さる。

自分の言葉に頭痛と吐き気がする。

それでも逃げない、向き合う。

あの時そう決めた。

 

「強いわねアイルは。…私には無理、無理だったわ。所詮私は、何も知らないお嬢様だった!なんの覚悟もない、ただの子供だった!どれだけ先生に師事を仰いでも結局これよ!私には何も出来ないのよ!!」

 

路地裏にシスティーナの慟哭と懺悔が響き渡る。

何を見たかは、何となく察した。

魔術の現実に心が追いつかなかったんだろう。

 

「…俺だって命のやり取りは怖い。何よりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺の心の奥底にだって、いつも恐怖がある。

覚悟だの何だの取り繕ったって、やってのは殺しだ。

 

「いつか自分が外道に堕ちるんじゃないか、怖くてしょうがない。でも、だから戦うんだ。怖いから、恐れるような事態にならない様に戦うんだ。目の前の敵もそうだし…何より自分自身の心と」

 

「怖いから…戦う…」

 

白金魔導研究所で、俺は向き合うだけの覚悟を見つけた。

でも、覚悟だけじゃ足りないって思った。

 

「システィーナ、お前はどうする?ここで蹲ってじっとしてるか?怖くても、歯食いしばって進むか?」

 

俺はこれ以上の励ましはしない。

これはシスティーナ自身の戦いだ。

 

「…怖い。これが本当の気持ち。でも…先生が居なくなるのも嫌。だがら…戦う」

 

顔を上げるシスティーナ。

その目はさっきまでの弱さはない。

 

「…なら速く行くぞ。どっちだ」

 

「こっちよ。ついてきて!」

 

システィーナは立ち上がって、ドレスの裾を破り捨てた。

それはまるで、自分の弱さを切り捨てる様だった。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

「今回は僕の勝ちようだね、グレン」

 

俺はレオスに【セルフ・イリュージョン】で化けていた、元同僚のジャティス=ロウファンと戦っていた。

そして奴の使う【タルパ】に負けて、蹲っていた。

 

「安心してくれ。苦しませずに一瞬で殺す。それが君への最大限の敬意と礼儀だ」

 

「クソ…!」

 

「あの世でセラによろしく伝えてくれ」

 

ジャティスの【タルパ】が俺にトドメを刺そうとした時、突然【ゲイル・ブロウ】がジャティスに放たれ、見慣れた赤い糸が【タルパ】をバラバラに切り裂いた。

 

「…間に合った…」

 

「何とかな。ギリギリだったけど」

 

「…お前ら、何で…」

 

俺の目の前には白猫とアルタイルがいた。

 

「何でって…助けに?」

 

「馬鹿野郎!白猫!なんで戻ってきた!?アルタイルも!ここはお前らのいていい世界じゃない!!」

 

思わず怒鳴ってしまう。

こいつらは俺が…俺が守らねぇといけねぇのに!!

 

「そう。そして、先生のいていい世界でもないわ!」

 

「俺達は、あんたを連れ戻しに来たんすよ」

 

それを2人は、はっきり否定してきた。

 

「先生言いましたよね?『ルミアを守る為に、力が必要だ』って。ルミアは私にとって大切な人。それに…貴方もそう!」

 

「な!?」

 

「怖い貴方も、普段のロクデナシの貴方も、どちらも貴方という人間。かけがえのない人である事に間違いない!だから…()()()()()()()()!()!()!()()()()()()()()()()!()!()!()

 

闇が晴れた気がした。

白猫…システィーナのその涙を流しながらも、目の奥の強い光が、俺を照らしてくれた気がした。

 

「いやはや…少々不覚をとった」

 

瓦礫の中から、優雅に汚れを払いながら、ジャティスが現れる。

 

「もう、先生に関わらないでください!」

 

「…ウザイね君。性格までセラに似てるんだな」

 

ジャティスがシスティーナを睨みつける。

 

「あんたがジャティス=ロウファン?だったら聞きたいことがある」

 

その視線をアルタイルが前に出て遮る。

聞きたいこと…?

 

「ん?何だい?少しばかり機嫌が悪いんだが」

 

「何故こんなことをする?お前の正義は何だ?」

 

「この世全ての悪への正義の執行だよ。その為に【禁忌教典(アカシックレコード)】を手に入れる」

 

まただ…【禁忌教典(アカシックレコード)】って何だ?

 

「なんだそれ?」

 

「この世の全ての理を支配する力の存在。故にかつて、僕の正義に勝ったグレンを倒さなくてはならない。それが僕の行動の理由だよ」

 

「…つまり、自分の正義を打倒したグレン先生の正義への再戦?」

 

「そうだよ。これで満足したかい坊や?」

 

アルタイルは黙り込む。

一体何を…?

 

「すまないが、まだ2つほど、聞きたいことがある。お前は自分の正義を、絶対善だと信じてるのか?」

 

「何を言うかと思えば…当然だとも」

 

「では、グレン先生の正義は?」

 

「グレンの正義もまた、善だ。故に僕を倒してのだから」

 

「そうか…ならはっきり言うぞ。()()()()()()()()()()()

 

ハッキリと、アルタイルはジャティスの正義を否定する。

それはただ否定するのではなく、何かしらの根拠があるように聞こえた。

 

「何…?どういう事だ?」

 

「正義ってのは千差万別。一人一人あるものだ。故に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()沿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのにお前は心の底から、グレン先生の正義を認めている。そんなのは間違いだ。矛盾している。そしてそんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!?きさまぁ…!!」

 

確かにそうだ。

あいつは自分の正義を本気で信じながら、俺の正義も認めていた。

それは本来有り得ない…いや、有り得てはいけない事だ。

何故ならそれは自分自身への否定に繋がるからだ。

 

「故に…ジャティス=ロウファン。俺がハッキリ宣言してやる。お前のそれは…()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

「貴様ァ!!!」

 

ジャティスが激昂する。

自身のアイデンティティを穢されたのだから、怒り狂って仕方ないのだろう。

そんなジャティスを見て身構える2人。

 

「…やれやれ。俺もヤキが回ったぜ。こいつは要らねぇな!」

 

俺は来ていたローブとナイフを捨てた。

 

「白猫!アルタイル!スリーマンセルだ!俺が前衛。お前達は後衛と補助だ。行けるな!」

 

「…OKです。ほらよっと」

 

アルタイルの【アリアドネ】が、俺を外側から強化してくれる。

正直、これはかなりありがたい。

 

「約束するぜ。刺し違えてもあいつは倒して、お前達だけでも皆の」

 

「おっと、その約束はお断りですよ」

 

「3人で皆の所に戻るの!そういう約束なら、喜んで受けるわ!!」

 

2人の笑顔に俺もつい笑ってしまう。

…成長したなこいつら。

 

「…頼りにしてるぜ、アルタイル。システィーナ」

 

「幾らでも頼って下さいよ!」

 

「やっと、初めて私の名前をまともに呼んでくれたわね」

 

「…行くぞ!!」

 

俺達は一気にジャティスに向かって走り出す。

 

「何という堕落!!システィーナ=フィーベル!アルタイル=エステレラ!君達のせいで!」

 

そう怒りながら、【タルパ】を大量に生み出す。

 

「邪魔だ!!」

 

「『集え暴風・散弾となりて・撃ち据えろ』!!」

 

アルタイルが糸で瓦礫を釣り上げ、叩きつける。

システィーナが【ブラスト・ブロウ】で纏めて吹き飛ばす。

 

「僕とグレンの戦いの邪魔をするなー!!」

 

デカい【タルパ】が火を放つ。

 

「『大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ』!!」

 

これは!?即興改変!!

システィーナのやつ、いつの間に!?

 

「即興改変!?」

 

「『颪の風狼よ・我をその背に・疾く烈しく駆けよ』!!」

 

「『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』!!先生!決めろぉ!!」

 

ジャティスが動揺したのをチャンスと見たか、システィーナとアルタイルが、俺を高く飛ばす。

拳には【アリアドネ】の糸が巻きついている。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

落下の速度を加えた俺の全力の一撃を、顔面に叩きつけた。

奥の壁まで吹き飛んでいくジャティス。

 

「…グッ。彼女達は…これほどの技量だったとは。計算違いだったか…。」

 

そう呟きながら、立ち上がる。

何をするか警戒していると

 

「来い!僕の奥底に眠る、正義の具現!僕だけの神よ!正義の神よ!僕の正義に牙を剥く、邪悪を駆逐せよ!【レディ・ジャスティス・ユースティア】!!」

 

今まで見た事ない【タルパ】。

これがジャティスの最後の切り札。

だが、それを見ても恐怖はない。

 

「『大いなる息吹よ』!」

 

システィーナの魔術が、【タルパ】を構成する【疑似霊素粒子(パラ·エテリオン)】ごと吹き飛ばす。

 

「!?何!?コール!コール!」

 

ジャティスがすぐに構築し直す。

 

「ジャティス!!!」

 

その隙に一気に近づくも、先に再構築が終わってしまう。

巨大な剣が振り下ろされた時、赤い糸がそれを縛り上げ、動きを止めさせる。

 

「やらせない!!」

 

「貴様ァ!!」

 

ジャティスがアルタイルに気を取られている瞬間に、射程圏内に入る。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

ジャティスが気づくも、既に射程圏内。

そのまま拳を振り切って、殴り飛ばした。

 

「…ケリをつけるぞ」

 

俺はそのまま倒れ伏しているジャティスに、宣言する。

 

「ハハハ…自惚れるなよグレン。君の優勢は彼女達のお陰だろう?」

 

その時、倒れる音が聞こえた。

反射的に振り向くと、システィーナとアルタイルが片膝ついて、荒く呼吸をしていた。

 

「大丈夫か!?」

 

俺は直ぐに2人の元に走り出す。

 

「…マナ欠乏症。2人とも限界のようだね。まあ、ここは撤退させてもらうよ」

 

「先生…速く…あいつを…」

 

「喋るな、アルタイル!」

 

アルタイルが必死に動こうとするも、体が動かないのだろう。

もがくので精一杯らしい。

 

「グレン、君は知らないだろうが、この国はね、滅びなくてはいけないのだよ。何故なら邪悪な意思の元、作られた国だからね。それではグレン、また会おう」

 

そう言ってやつは【タルパ】の肩に乗って消えていく。

 

 

 

「先生…逃がしてよかったんですか?」

 

俺は先生に歩きながら聞く。

 

「お前らの命の方が大切だ」

 

システィーナを背負いながら、呑気に言う。

皆の元に戻ると、皆大喜びしながらグレン先生達に走りよる。

 

「ルミア。無事か?」

 

「アイル君!怪我はしてない!?」

 

「おう、大丈夫。マナ欠乏症なだけだから」

 

笑いかけながら、ルミアに大丈夫だと告げる。

俺はそのまま近くにいたテレサに話しかける。

 

「テレサ。大丈夫か?」

 

「え、えぇ…大丈夫よ」

 

少し様子が変だな…。

ふと視線に気づくと、幾人かの生徒が俺を見ている。

その目は…()()()()()()

ああ…あれだけ暴れたからな…無理もないか。

そう、アイツらとの戦いを見ていた彼らには、俺がアイツら以上の怪物に見えるのだろう。

 

「…大丈夫ならいい」

 

そう言って俺はその場から離れる。

分かっていた。

分かっていた事なんだ。

でも…これは…

 

「キッついな〜…」

 

この事件を機に、俺はクラスで浮いた存在となってしまった。




アルタイルの戦場はどうしようかと悩みました。
皆の前で戦うか、システィーナと共にジャティスと戦うか。
結果は両方に欲張りました。
前回、アルベルト達と会っていたので、彼らが来るまでの繋ぎの戦闘を行ってから合流という形が出来ました。
それはさておき、皆の前で戦い、皆から避けられてしまうようになったアルタイル君。
果たして彼の心を守れるのか…。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話4

事件後、クラスで浮いた存在になってしまったアルタイル君です。
九を助ける為に一を切り捨てるのでは無く、一に大切な人がいたら、九を切り捨てる覚悟。
それを持っているアルタイル君です。
よろしくお願いします。


「シッ!」

 

左ジャブを2発。

当然躱される、なら…!

 

「フッ!」

 

右ストレートを1発。

それを防がれる。

そのまま防いだ腕を掴んで飛び膝蹴りを、くらわせる。

 

「オラ!」

 

「チッ!」

 

ガードが開く、今だ!

 

「そこ!」

 

全力の右ストレートを打ち込む。

決まった確信があった。

 

「なんてな」

 

「な!?」

 

開いたガードのまま、懐に入り込まれる。

締められかけるが、かろうじて左腕を噛ませて、極まるのを防ぐ。

俺は右手で後ろ髪を掴んで引っ張る。

 

「イテテテ!」

 

痛がる相手の腹に膝蹴を入れて、体勢を崩させる。

そのまま突き飛ばして、ハイキックを叩き込む。

 

「ハッ!」

 

辛うじてガードが間に合ったが、直撃はしなかったもののダメージは入ったのか、ふらついている。

その隙を逃さない。

 

「ここだ…!」

 

俺はがら空きの胴に回し蹴りを放つ。

勝ちを確信したその瞬間

 

「よっと」

 

突然、腰を切ってこっちの蹴りを正面から受け止める。

 

「何!?」

 

更にその体勢のままタックルしてくる。

蹴りの体勢のままだったため、踏ん張りが利かず、よろける俺に左フックが飛んでくる。

 

「グッ!」

 

かなり重いのが直撃。

さらに右ボディー。

抉り込むような一撃が、さらに腹に響く。

 

「フッ!」

 

体がくの字になる俺の顔面に、膝蹴りが来る。

辛うじてそれは防いだが、反動で上半身が持ち上がる。

 

「…あ」

 

顔が上がった先には、右ストレートが飛んできていた。

ノーガードで真正面から食らってしまい、吹き飛ばされる。

 

「ガハ!!」

 

「1本!そこまで!勝者、グレン先生!」

 

俺達の実戦組手を見ていたシスティーナが勝敗を告げる。

 

「いや〜、強くなったなお前!ヒヤヒヤしたぜ!」

 

「勝っておいてよく言いますよ…」

 

グレン先生が右腕を振るいながら、俺に左手を差し出す。

その手を掴んで俺も立ち上がる。

 

「ま、これでも元本職だしな。まだまだ負ける訳にはいかねぇよ。実際いい線いってたぜ。後は経験だな。経験を積めば、駆け引きの選択肢が広がる。俺とお前の差はそこだ。体術自体はそれほど大きな差はねぇよ」

 

「それにしても…遠すぎますよ…」

 

「当たり前だ。お前達の師匠だぞ、俺は」

 

「2人とも動かないで。『天使の施しあれ』」

 

システィーナが【ライフ・アップ】で、俺達の怪我を癒してくれる。

 

「凄い戦いでした。私じゃまだまだ…」

 

「そりゃあ、俺とシスティーナじゃ下地が違う。それにお前は、魔術戦の方が得意だろ?適材適所ってやつさ」

 

「その魔術戦だってまだ、アイルに勝てた事ないし…」

 

「それこそ経験の差、だろ」

 

俺は爺さんに昔から鍛えられてきた。

だからシスティーナ以上に、体術は得意だ。

だが魔術戦なら、最近のシスティーナの成長はめざましい。

このペースならいつか抜かれる。

そういう危機感もあって、今回グレン先生にガチの組手をお願いしたのだ。

 

「さて、そろそろ時間っすね。じゃあ、俺はこれで」

 

そう言って俺は軽くストレッチしていると、

 

「アルタイル…大丈夫か?」

 

先生が、心配そうにこっちを見ている。

 

「…大丈夫ですよ。先生達がいるし。じゃあ、お疲れ様です。また学校で」

 

そう言って俺は、ランニングしながら家に戻った。

汗を流し、朝飯を食べてから家を出て、いつもの噴水広場まで向かう。

 

「あ、おはようルミア、リィエル」

 

「おはよう、アイル君!」

 

「ん。おはよう」

 

ルミア達と合流して、先生を待つ。

 

「アイル君、大丈夫?無理してない?」

 

「今日グレン先生にも言われたけど、俺は大丈夫。ルミア達いるし」

 

そう答えるも、ルミアの顔は心配そうな顔から変わらない。

どうやら相当心配かけてるらしい。

少しして、グレン先生と合流、そのまま学校に向かった。

ルミア達が何を心配してるかというと…

 

「おはよう」

 

「「「「「「…」」」」」」

 

この沈黙である。

簡単に言うと、俺はクラスで半孤立状態にある。

ルミア達がいるから、完全に孤立してる訳ではないが、その3人以外との交流が無くなった。

何故かというと、先日のジャティス=ロウファン襲撃事件である。

その時に放ってきた、末期中毒症状者との戦いで、俺が一方的に虐殺したのを、見られていたからだ。

皆、俺が怖くなって近寄らないのだ。

覚悟していた。

覚悟していた事なんだけど、堪えるものがある。

でもそれは、おくびにも出さない。

だって出してしまえば、ルミアやシスティーナ、グレン先生達が、責任を感じてしまうから。

これは自分で選んだ道だがら、それは避けたい。

だから表には出さない。

出してはいけない。

そう思いながら、俺は日常を送る。

 

 

「テレサ、少しいい?」

 

私はお昼休みに、テレサを人気のない場所に連れてきた。

 

「…何?ルミア」

 

「どうしてアイル君を避けるの?」

 

「それは…」

 

私は早速本題に入る。

時間もないし、今は世間話をする気分でもない。

 

「テレサはアイル君の事好きなんだよね?だったら何で避けるの?」

 

「…」

 

何も言えずに、黙り込むテレサ。

それが私の苛立ちを余計煽る。

 

「アイル君は皆を守る為に戦ったんだよ?その結果どうなるか、分かった上で戦ったんだよ。あのに、あんな態度。そんなの許せない」

 

私は怒ってる。

テレサに、クラスの皆に。

たった1人で全てを背負おうとしている、アイル君に。

 

「本当に好きなら!何で支えようとしないの!?何で寄り添おうとしないの!?何で避け続けるの!?…アイル君がどんな思いで、今生活してると思う?心が張り裂けそう、悔しい、悲しい。でもそれを出してはいけない。そうやって全部抱え込んで、隠そうとしてるの。グレン先生も、システィも気づいてる」

 

言葉にすればするほど、悲しくなる。

私じゃ足りないのかなって、悔しくなる。

 

「私は!アイル君が好き!だから側にいたいし、支えたい!側にいて欲しいし、支えて欲しい!貴女は!?貴女はどうなのテレサ!!」

 

それでもテレサは何も言わない。

ただ俯くだけ。

 

「…もし、まだ向き合わないなら。これ以上、アイル君に関わらないで。これ以上、彼を傷つけないで」

 

…狡いな、私は。

こうさせたのは、()()()()()()()

この状況すら、利用してる。

それでもアイル君を守る為なら、何だってする。

アイル君がそうしたように、私も覚悟を決める。

何時までも、守られてばかりのお姫様は…嫌だ。

だけど、私に直接戦う力は無い。

だから…こうするしかない。

チャイムが鳴る。

午後の授業が始まる5分前だ。

 

「じゃあ、そろそろ戻ろっか」

 

そう言って私は、空き教室を出る。

テレサは…俯いたまま、動けなかった。

 

 

 

「何で皆アイルを避けるの?」

 

放課後、バイトがあると言って先に帰ったアイルがいない教室に、リィエルの素朴な疑問が響く。

 

「リィエル…?」

 

「それは…その…」

 

「あの時の事が…」

 

「あいつの顔が…怖くてさ…」

 

皆がそれぞれの気持ちをポツリポツリと呟く。

皆の怖がる気持ちは痛いほど分かる。

私もあの時、グレン先生が怖くて拒絶してしまった。

逃げ出してしまった。

だから強く否定できない。

 

「?私にはよく分からないけど…アイルも怖がってる」

 

「!?」

 

リィエルも気づいてたんだ…。

野性的な勘かしら?

 

「怖がってるって…どういう事ですの?」

 

「アイルは何かに怖がってる。でもそれを隠して戦ってた。何となく分かる」

 

「何となくって…」

 

リィエルの言葉に皆が困惑している。

リィエルなりに、アイルを助けようとしているんだ。

だったら…私もやらないと。

 

「『俺だって命のやり取りは怖い。何よりも、なんの躊躇いなく殺せるようになった、俺自身が1番怖い』…アイルはそう言ってたわ」

 

私はあの時のことを思い出しながら皆に教える。

本当は、誰よりも怖がっていたのは、彼自身なんだって。

 

「システィーナ…?」

 

「『でも、だから戦うんだ。怖いから、恐れるような事態にならない様に戦うんだ。』こうも言ってたわ。…アイルは歯を食いしばって、必死に戦った。自分の弱さと…恐怖と!きっとこうなる事も分かってたはずよ。それでも戦う道を選んだ!自分の望みの為に!私達の誰よりも、魔術師らしく!」

 

私はクラスの皆に向かって叫んだ。

 

「皆の怖がる気持ちは、痛いぐらい分かる。私も1度逃げ出したから。でも、それでも向き合って欲しいの!怖いままでいい!でもアイルを避けたりしないで欲しいの!私達を守る為に、体も心もボロボロになって、そのままなんて…そんなのダメよ」

 

私は泣きそうになる。

だってあまりにも救われなさすぎる。

誰かの為に戦ってるのだから、救いがないと惨すぎる。

 

「…アイル君は本当に優しい人なの。何時も自分より、皆の事を考えてる人なの」

 

今まで黙っていたルミアが初めて口を開く。

 

「だから、お願い。アイル君を怖がらないで。逃げないであげて!」

 

そう言ってルミアは頭を下げる。

その行動に、皆が驚く。

私も隣に立って、一緒に頭を下げる。

 

「どうして…そこまでするの?」

 

リンが呆然と尋ねてくる。

 

「…助けてくれたから。ずっと助けられてきたから。だから今度は、私がアイル君を助ける番だと思ったの」

 

「勇気をくれたから。現実と向き合う勇気をくれたから。だからその勇気を、アイルのために使ってるだけ」

 

私達はそれぞれの理由を皆に教える。

 

「「「「「…」」」」」

 

でも、誰も何も言わない。

 

「…じゃあ、私達はこれで…」

 

「皆、また明日…」

 

私達は落ち込みながら、教室を出る。

今日は無理でも明日…1週間後…半月後…そうやって、いつかアイルの事を認めてくれる日が来ることを祈りながら、帰路についた。




恐怖に勝つ為に戦うのでは無く、負けない為に戦う。
強くある為に戦うではなく、弱さに負けない為に戦う。
全てを救うのではなく、大切な人を守る強さを求める。
その結果、何が起きても受け入れる。
例えそれが、自分にとって不利益でも。
アルタイル君はそういう子です。
今回、その精神性が、ちょっと悪い方に向かってしまいました。
そんな彼をルミア達は守ろうと必死です。
次の【タウムの天文神殿】編では、大人が一肌脱ぎます。
それではありがとうございました。
失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タウムの天文神殿編1話

それではタウムの天文神殿編スタートです。
物語が進み出す章だと僕さ思ってます。
よろしくお願いします


「はぁ~~~…」

 

「ったく、いつまで落ち込んでだよ。次だ次!」

 

「そうだよシスティ。きっと、またチャンスはあるから…」

 

「うん。分かってる…分かってるんだけど…ヘコむなぁ…」

 

俺とルミアは落ち込むシスティーナを、何とか元気づけようと励ましている。

 

「ルミア、アイル。…システィーナどうしたの?」

 

「実は…」

 

今回学院教授である【フォーゲル=ルフォイ】が帝国の東部に新しく見つかった、古代遺跡の調査隊の先行に立候補したのだが、あえなく落選。

そのショックが大きく、中々立ち直れていないのだ。

若い、位階が低い、女、生意気など…とにかくまあ、難癖つけられまくったのだ。

 

「何よ…魔術師に男も女もないじゃない…ていうか生意気ってなによ…。はぁ、これで4回目か…流石にヘコむなぁ…」

 

「怒るのか、落ち込むのかどっちかにしろよ…」

 

「でもシスティに足りないものがあるのも事実だよ?システィはまだ、【第二階梯(デュオデ)】なんだし…。調査員って慣例的に【第三階梯(トレデ)】以上なんでしょ?」

 

「むぅ…それは…そうだけど…」

 

「性別云々はともかく、実力は流石に否定しきれんぞ?それに…今回の【予想探索危険度】って確かB++だろ?」

 

【予想探索危険度】とは、文字通り遺跡の探索の危険具合を表すものだ。

S〜Fの7段階を更に2つに細分化し、計21段階評価で示されるのだ。

今回のB++は入念な準備をした調査隊でも、偶に死人が出るレベルだ。

正直、今のシスティーナには荷が重い。

 

「そんな危険な場所には、まだ行かないで欲しいな…私…心配だよ…」

 

「むむむ…」

 

俺達の心配や指摘に少しむくれるシスティーナ。

 

 

「…まあ、お前も実力はメキメキ着いてきてるわけだし、その内何とかなるだろ」

 

「そうだよ、システィは頑張ってるんだもん。いつか認められて、実力で探索に行ける日が来るよ」

 

「…2人とも。ありがとう」

 

やっと宥め終わったか…。

疲れるなこれ。

そう思って安堵のため息をついていると

 

「おはよう諸君!」

 

何やら様子がおかしいグレン先生が現れる。

 

「さて…授業を始める!だがその前に…お前達に聞きたい事がある。毎日教室にこもり、教科書の知識をだけを求めて…本当にそれでいいのか?」

 

何言い出したんだこの人?

周り見ろよ、あのルミアすらポカーンとしてるぞ。

それでもなお話は続く。

 

「確かに本で得られる知識も大切だ。しかし、この世界は広い!お前達はもっと世界を知るべきだ!己の知らない世界に行き、見聞を広め、自身を高めるべきだ!」

 

ここまで言って先生は、1回言葉を切る。

俺達の反応を見て、何か満足したのか続きを話し出した。

 

「今回、俺は学院側からある遺跡の調査依頼を受けた。特別にそれにお前達を同行させようと思う!!その場所は…【タウムの天文神殿】だ!!」

 

突然の発言に誰もが驚く。

かくいう俺もだが、この時ある予感がした。

 

(あ〜…まさか…そういう事か?さてはヤラかしたなこの人)

 

「【タウムの天文神殿】ですって!?」

 

「ん?どうした白猫?」

 

「急に立ち上がるなよ!?ビックリしたろ!」

 

「ご、ごめんなさい…何でもないです…」

 

何やら様子はおかしいが、これはチャンス。

東洋の言葉を使うなら、渡りに船ってやつだ。

 

「だが、俺が見てやれるのは、8,9人ぐらいだ。我こそはって奴はいるか!」

 

募集枠は意外に小さい。

 

「おいシスティーナ!これはチャンスだぞ!」

 

「そうだよ!あそこは危険度も低いし、探索初心者のシスティにはピッタリだよ!」

 

俺とルミアがシスティーナに発破をかける。

それに応えて、手をあげようとした時

 

「やれやれ、相変わらずおかしな人ですね、先生は」

 

呆れたようにギイブルの声を上げる。

タイミングが悪い奴だな、あいつは。

 

「普通、調査員の募集は【第三階梯(トレデ)】以上ですよね?何故ヒラの学生である僕達に声をかけたんですか?」

 

「そりゃ、そこから募集かけたら雇用費が発生…じゃなくて!これはお前達の見聞広めてもらう為の事だ!いわばこれは遺跡探索の特別講義だ!」

 

もうちょい本音を上手く隠そうよ。

変な汗ダラダラ流しながらじゃ、隠しきれてないだろ。

 

「…はぁ。どうやら噂は本当のようですね」

 

「噂?なんだよそれ」

 

ギイブルの言葉にカッシュが反応する。

 

「我らがグレン大先生様は、契約更新に必要な魔術研究の論文を執筆してなくて、クビになるギリギリなのさ」

 

「く、クビ!?今の話本当なんですか!?本当に執筆してないんですか!?」

 

ルミアが顔を真っ青にしながら、先生に詰め寄る。

 

「やっぱりか…」

 

「あ、アイルは知ってたの!?」

 

隣にいるシスティーナも動揺してるのか、俺に問い詰めてくる。

 

「噂は今朝聞いたんだけどな。それに、そんな事してる様子も余裕も、なさそうだったし」

 

「た、確かに…!?」

 

まあ、事情は察するが、同情はできない。

どうせ、忙しかったよりも、知らなかったの方が大きいのだろう。

職務規定書とか読んで無さそうだし。

 

「…だァー!もう!この哀れでゴミクズな俺に力を貸してください!お願いします!!!」

 

「あれが【ジャンピング・ムーンソルト・土下座】…」

 

なんて綺麗で哀れな土下座だろうか。

クラスの誰もが呆れ果ててた、その時

 

「顔を上げてください、先生。私にその調査、お手伝いさせて下さい」

 

大天使ルミア様、降臨。

その神々しさにシスティーナが思わず上げかけた手を下げてしまう。

コラコラ、下げんな。

 

「…フッ!お前なら着いてきてくれると思ってたぜ!」

 

突然ふてぶてしい態度をとる先生。

いや、感謝しろよ。

 

「ルミアとグレンが行くなら私も行く」

 

そこにリィエルも参加が確定。

更にそこから畳み掛けるように、ギイブル・カッシュ・セシル・リン・テレサの5人が参加を表明。

そんな中、システィーナは色んな葛藤で、立候補出来ないでいた。

流石にここは俺も手伝う気は無い。

自分の夢の為なら、自力でどうにかして欲しい。

願わくば、グレン先生に気づいて欲しい。

この複雑な乙女心に。

 

「さて、これで7人なんだが…実は後2人、俺が頭下げてでも、お願いしたい奴がいる。1人目が…」

 

そう言って俺達の方に来る。

何だよ、美味しい所は最後に取っとくタイプだったのか。

そう思い一安心していると、システィーナの前を通り過ぎてしまい、向かったのは

 

「ウィンディ、頼む。同行してくれないか?」

 

((そっちかーい!!))

 

思わず、2人揃ってズッコケる俺とシスティーナ。

いや、理屈は分かるよ?

確かに今回遺跡調査なら、ウィンディは是非にも欲しい奴だ。

しかし、ここにフリークスがいるじゃん。

専門家に足突っ込んだ奴がいるじゃん!

そんな葛藤を抱えてる間に、ウィンディが承諾。

 

「よし!そして2人目だが…」

 

そう言って降りてきて、俺達の前に出てくる。

やっぱり、先生は分かって…

 

「アルタイル、力を貸してほしい頼む」

 

「ないやないかーい!!!」

 

思わず、大声でツッコミを入れてしまった俺。

だって隣見ろよ。真っ白になって灰になってるぞあいつ。

 

「な、何言ってるんだ…?」

 

「いえ…気にしないで下さい…で?なんで俺?」

 

「純粋に戦力兼、緊急事態の時の為だ。リィエルだけじゃなくて、ちゃんと考えて、皆を守れる奴が欲しい。それに…」

 

その先の言葉は何となく分かる。

先生なりに考えた結果なのだろう。

 

「…分かりました。でも、こっちもバイトの調整をしなくちゃなので、明日正式に返答します。まあ、最近は日雇いばっかりなので、大丈夫だと思いますけど」

 

「すまない。助かる。さて!これでメンバーは決定した!詳しい説明は放課後、ミーティング…で?どうした白猫?」

 

フラフラと、夢遊病みたいに先生に歩み寄るシスティーナ。

 

「な、なんだよ…?」

 

「あう…あう…!むぅ〜!ふぅ〜!むぅ〜!!」

 

「いや、本当に何だよ?ちょっと怖いぞ…?」

 

その様子を見ていた俺とルミアは、お互い見て、それぞれの方法でフォローする事にした。

全く…する気は無かったが、仕方ない…。

 

「で?先生。行くのはいいですけど、専門家もなしに行って分かるんですか?」

 

俺の言葉と、システィーナから死角になる位置で、手話(魔術師の必須技能の1つ)で、上手く誘導させる。

 

「…ああ。そういう事?…いや専門家ならここにいるだろ?そういう訳で、こいつらのまとめ役頼むぞ?白猫」

 

「…へ?私?」

 

「当たり前だろ?素人の俺達だけじゃ、訳分からんだろ?お前は強制参加だ。拒否れば単位落としてやる…」

 

ニヤリと悪い笑みを浮かべるグレン先生。

その様子に、やっと本調子を取り戻したシスティーナは

 

「な、なんて人なの!?し、仕方ないわね!今回だけですよ!!大体…」

 

こうして先生への説教が始まった訳だが、その様子は遺跡調査に行けるウキウキを隠しきれておらず、嬉しくて仕方ないって感じだった。

 

(((((やれやれ、面倒臭い子だな〜…)))))

 

全員の心境が一致した瞬間だった。

 

 

「まあ…これだ何とかなるだろ…」

 

「お疲れ様です、グレン先生。…まあ、自業自得だけど」

 

「うるせぇ」

 

そう言いながら、俺の頭を、軽く小突くグレン先生。

この一週間、用意やレクチャーに忙殺されており、やっと全ての用意が整ったのだ。

 

「まだあいつらの、ピクニック気分が抜けてねぇのが気になるが…ま、そこは俺がフォローしたやりゃいいか。お前も頼むぜ、アルタイル」

 

「了解…ていうか遅いですね、アルベルトさん」

 

「逆だ。俺が早く来すぎたんだよ。こっちの方に用があったからな」

 

今日はグレン先生とアルベルトさんの、定期の情報交換の日だ。

ここに来て以来、ここでやっていくのだ。

まあ爺さんもいるし、気が抜けるのだろう。

それにしても暇だ…ん?

 

「何読んでるんですか?」

 

「これか?【タウムの天文神殿】の研究論文の写本だ」

 

「ふーん、後で貸してください」

 

そう言いながら、俺は明日の用意を続けつつ、酒のつまみの追加を作っていく。

気配がしたので顔を上げると、入口にアルベルトさんがいた。

声を掛けようとしたら、静かに、とジェスチャーされたので、そのまま放っておく事にした。

 

「…ふぅ。思わず読み耽っちまったな」

 

いつの間にか、読み終えたのか一息つくグレン先生。

 

「どうでした?」

 

「ああ、すげぇいい論文だ。お前もしっかり読んでみろ、これは一度は読むべき論文だぞ。誰が書いたんだこれ?」

 

珍しい、この人がこんなにべた褒めするなんて。

余程なんだな。

 

「【()()()()=()()()()()()】…()()()()()?何処かで…?」

 

「システィーナの苗字でしょ。生徒のフルネームくらいちゃんと把握してください。あとその人は実の祖父ですよ」

 

「う、うるせぇ…分かってらぁ…」

 

「そうですか…。後もう一点。後ろ」

 

「は?」

 

グレン先生が後ろを振り向くと、そこにはアルベルトさんがいた。

 

「うぉわぁぁ!?アルベルト!?お、脅かすな!?」

 

「気を抜きすぎだ。俺が暗殺者なら3回は殺してるぞ」

 

全く気づきてなかったアルベルトさんに、凄い驚き方をするグレン先生。

その様子に笑いながら、俺はつまみと酒を出しておく。

 

「はいこれ。酒はボトルごと置いておきます。おつまみも用意してあります。お好きにしてください。皿とかはそこに置いといて下さい」

 

「おう、毎度ありがとうな。アルタイル」

 

「迷惑をかける、エステレラ」

 

「お気になさらず。俺の調理や目利きの練習も、兼ねてますので。なので酒とおつまみの感想を言ってくれると、嬉しいです。それでは俺は、これ読んでから寝ますね。おやすみなさい」

 

「明日は早いぞ。早めに寝ろよ」

 

「はーい」

 

そう言って俺は論文とコーヒーを片手に、自室に戻る。

用意は終わってるので、後は当日の用意分だけだ。

そのまま俺は椅子に座って、論文を読み進める。

正直、基礎知識すらない為訳分からんが、それでも筆者の熱が伝わってくる。

俺はその論文をコーヒーを飲みながら、夜が更けるまで読み続けていった。

 

翌日、まだ夜が明けたばかりの早朝、俺達は二階建ての大型貸し馬車に乗り、神殿に向かって出発した。

朝はやはり冷えるので、俺はかけるものを取り出して、同じく2階にいたルミアとシスティーナ、そしてリィエルに貸した。

 

「おい、冷えるぞ。これなら3人纏めて入れるから、被っとけ」

 

「ええ、ありがとうアイル。そういうところが貴方のモテるところね」

 

「そりゃどうも」

 

「アイル君は?」

 

「俺は大丈夫。ほら、リンとウィンディも。数少ないし、固まってくれると助かる」

 

「あ、ありがとう…アイル君」

 

「え、えぇ…。そういう気の利くところ、高評価ですわよ」

 

2人も思ったより、素直に受け取ってくれて助かる。

何と言うか…この一週間、一部のメンツからはあまり避けられてないのだ。

距離は感じるが、前ほどの壁を感じることはない。

それはさておき、俺がここにいるのは、空気がいいとかもあるが、何かあった時、少しでも見晴らしが良い方がいい為だ。

だというのに、担任講師と来たら…

 

「くっそぉぉぉぉぉ!!」

 

「何でここでポーカーしてるんだよ?しかもボロ負け」

 

そう、さっきから男子+テレサの5人で、ポーカーに熱中している。

しかも時々上から覗いてみると、イカサマしてさえ、テレサに勝てず、テレサの一強である。

 

「…あらあら?ロイヤルストレートフラッシュが出来てますわね」

 

「ふっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「…いや、マジですげーな。初めて見たぞ、ロイヤルストレートフラッシュなんて」

 

「あの子の豪運、天運は本物ですわ。小細工程度じゃ止められませんわよ」

 

その様子を聞いていたウィンディが、ご愁傷さまとでも言いたげに言い捨てる。

 

「それにしても…本当に遺跡が多いですわね?これは何ですの?」

 

ウィンディにつられ外を見る。

そこには、石版や古墳など、大なり小なり遺跡が点々と存在している。

 

「アルザーノ帝国がある場所って…超魔法文明っていう古代文明が栄えた場所なんだよね…」

 

「らしいな」

 

リンの言葉に俺が肯定すると

 

「そうね!じゃあ、ここで古代文明の話をしない!?」

 

鼻息荒く、システィーナが参戦してきた。

自分の土俵の話になり、興奮しているのだろう。

 

「まあ、ついでに講義よろしく。分かりやすく、簡潔に纏めてくれよ?」

 

止められないと悟った俺は、さっさと終わらせろと言わんばかりに、話を促した。

ついでに基礎知識の勉強をしようとも考えた。

そこからは、システィーナがエンドレスに喋りだし、止まらなかった。

 

「き、来ましたわ…古代文明警備官が…」

 

「ご、ごめんねウィンディ。この手の話なると、システィ止まらないから」

 

「適当に煽ったのが間違いだったか…?」

 

そのままシスティーナが喋り倒してる中、ウィンディが質問をぶつける。

 

「1つよろしいですの?何故、超()()文明ではなく超()()文明なんですの?確か辞書的には…」

 

ウィンディが辞書からの引用を述べる。

簡単に言うと、超常現象を生み出す魔術ですら、説明出来ない奇跡、それが魔法だ。

例えるならポケットを叩いて、中からクッキーを出すのが魔法、材料を用意して、それを錬成して、クッキーを作るのが魔術だ。

 

「まさにその通りよ、ウィンディ。その摩訶不思議な力を以て築かれた文明、だから超()()文明なのよ」

 

何とも安直なネーミングである。

その時、リンが話し合いに参戦する。

 

「聞いた事があるよ…。遺跡から出土する遺品、魔法遺産(アーティファクト)。その機能が何なのか、どうやって使うのかは判明できるけど、その理論と仕組みは全く分からないって…」

 

「そうね…それに関しては、実際に使ってる人に聞くのが一番ね。その辺どうなのアイル?」

 

「「…え?」」

 

リンとウィンディが俺の方を向く。

そう言えば、こいつらには言ってなかったか。

 

「最初に言っておく。俺の使ってるこの【アリアドネ】も、魔法遺産(アーティファクト)の一つだ。確かにこれの使い方しか俺も分からないし、恐らく一族誰も知らなかったと思う。使い方も本来の用途では無いだろう。だから何だって話だけどな。要はこの力をどう使うかだぜ?」

 

俺はそう言ってから、深く凭れて寝る事にした。

 

 

 

「…寝ちゃいましたわね」

 

ウィンディが、ポツリとアイル君を見ながら呟く。

隈が凄かったし、寝不足なのかな?

そんな時、ブルっと少し彼が震えた。

そのまま体を丸める。

 

「…あれ?()()()()()

 

その様子を見ていたリンが、毛布を探すけど無いらしい。

もしかして、知ってて、私達に貸してくれたの?

…何処までお人好しなの?

 

「はぁ…リン。よろしいですわね?」

 

「うん。…私は大丈夫だよ」

 

そう話すとウィンディは、自分達の被っていた毛布を、アイル君にそっと被せる。

 

「全く…ここまでお人好しが過ぎると、逆に呆れますわ」

 

そう言いながら、その顔は柔らかい笑みを浮かべていた。

 

「ウィンディ、それなら私達の…」

 

「ルミア…こっち見て」

 

リンに言われて振り向くと、リィエルも寝てた。

 

「だから…私達のでいいよ」

 

「そもそも女子の制服には、空調調整の術式が付与されてるのを、お忘れなのかしら?…まあ、それが貴女達の言う、彼の優しさなのでしょうね」

 

「ウィンディ…!」

 

「いつも…私達のこと気にしてくれてたしね…」

 

「リンも…!」

 

私とシスティは嬉しさのあまり、泣きそうになった。

このあの時からずっと、彼とクラスメイトの関係が気になって仕方なかった。

その不安が1つ解消された気がした。

 

「後でアルタイルには、謝らなくては…あら?この馬車はどこに向かってるんですの?」




この1週間ほど、アルタイルは省いてはありますが、かなり皆のために働いてます。
何故そうするかは、次で判明させます。
ありがとうございました。
それでは失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タウムの天文神殿編2話

あの方登場です。
それではよろしくお願いします。


「そんなの【タウムの天文神殿】に決まって…って!ここ街道から外れてるじゃない!」

 

システィーナの声で目を覚ます。

うっすら目を開け、周りを確認すると、どうやら森に入ったらしい。

 

「ちょっと御者さん!こんな道予定してません!こんな森に入っちゃったら…!」

 

…残念だが、手遅れだな。

森の奥から獣の群れがやってくる。

しかもただの獣ではなく

 

「シャ、【シャドウ・ウルフ】!?」

 

黒い体毛に覆われた、大型の狼の姿をした魔獣だ。

ただ、そこらの狼とは違う感覚を持っている。

その名も【恐怖察知】。

 

「皆怖がっちゃダメ!怖がったら…」

 

システィーナの警告も虚しく

 

「あ…あぅ…魔物が…あんなに沢山…!?」

 

「うぅ…何で私が…こんな目に…!?」

 

ダメだなこりゃ。

こいつらは恐怖に敏感で、一度獲物と認識したら、何処までも追いかけてくる、クソ面倒な奴らなんだよな。

俺はこっそりと結界を張りながら、数を確認する。

 

「アイル君!?起きて!アイル君!!」

 

「ルミア!アイルとリィエルは!?」

 

「ダメ!?2人とも起きないよ!?」

 

「こんな時に…!」

 

悪いな、俺は起きてるんだ。

 

「待てぇい!てめぇら!俺の生徒に手を出すとは、いい度胸じゃねぇか!俺が成敗してくれる!とぉう!!」

 

グレン先生が華麗なジャンプを決めながら、着地する。

グギッ!って音を鳴らしながら。

 

「ぎゃああああ!!足くじいたぁぁぁぁぁぁぁ!!痛ァーーーーーーー!!」

 

「馬鹿なんですか!?」

 

(バカなのか)

 

俺とシスティーナの感想が一致する。

そしてそんな寸劇をしてる間にも、【シャドウ・ウルフ】が、先生に狙いを定め、襲いかかる。

 

「先生!?」

 

馬車の誰もが最悪のイメージをしたその時、何かしらの壁が、【シャドウ・ウルフ】を弾く。

 

「…へ?結界?」

 

いつの間にか、銃を取り出してたグレン先生が唖然としている。

そろそろかな。

 

「全く…こっちがせっせと結界張ってるのに、余計な手間を取らせないでください」

 

俺はゆっくりと立ち上がり、アホ面の先生を見下ろす。

 

「「あ、アイル(君)!?」」

 

「おう、ちゃんと起きてたぞ。最初から」

 

「最初からって…じゃあ何ですぐに対応しなかったのよ!?」

 

「だからしてたじゃん」

 

そう言いながら、俺は結界を可視化する。

赤い光が、馬車とグレン先生を守るように光っている。

 

「これ…結界?」

 

「範囲指定に時間かかったんだよ。それに…あの人が何とかすると思ってたからな」

 

俺がそう呟きながら、御者を見ると姿が消え、いつの間にか、何体かの【シャドウ・ウルフ】の首がはね飛ばされた。

 

「…ん?何だ、いたのかお前。じゃあ、後は任せたぞ?」

 

そう言いながら、何にもなさげに立ち上がり、銃をしまう。

そのまま御者は、美しい片手半剣(バスタードソード)でどんどん薙ぎ払っていく。

 

「すげぇな…あの剣技。しかもあれって真銀(ミスリル)ですよね?」

 

「ああ、白魔改【ロード・エクスペリエンス】。物品に蓄積された思念や記憶情報を読み取り、自分に一時的に憑依させる魔術だ。あの剣はかつて、帝国最強と云われた剣士の愛剣だ。だから一時的にあいつは、その剣士の技を借り受けてるのさ」

 

「【ロード・エクスペリエンス】は知ってますけど…あれは白魔()でしょ?やっぱりつくづく規格外ですね…あの人」

 

そう、本来のこの魔術は()()魔術だ。

膨大な時間と手順を以て、初めて成立するものだ。

俺は糸を使い、それを簡略化出来るけど、それでは精度が落ちる。

 

「あの御者さん…一体何者なの…?」

 

おや?システィーナはまだ気づいてないのか。

 

「あんなバカげた事出来るやつなんて決まってるだろ?」

 

その時、最後の1匹との決着が着いた。

無論、御者の勝ちだが、外套に爪が掠めたらしい。

その下から出てきたのは、黄昏に燃え上がる麦穂のような燦然と輝く金髪。

黒いゴシックドレスに包まれた、艶美で優美な曲線美。

ニヤリと笑う、その女性の正体は

 

「やれやれ、バレちゃったか…失敗失敗。予定では、もう少し満を持しての登場だったんだが…」

 

「あ、アルフォネア教授!?どうしてここに!?」

 

「や、皆。元気かなー?」

 

大陸最高峰の魔術師【第七階梯(セプテンデ)】、セリカ=アルフォネア教授だった。

 

 

「有り得ねぇ…あいつ、何企んでやがる…?」

 

「そ、そんなに疑わなくても…」

 

教授に変わり、御者を務めるグレン先生。

そして俺とルミアはその補佐を務めている。

 

「きっと親心ってやつでしょ?」

 

「いーや!有り得ないね!あいつは俺以上の物ぐさっていうか、ワガママでフリーダムな奴だぞ?気が向かない事は、たとえ世界が滅んでも、絶対にやらないぞ」

 

そこまでかよ…。

愕然としながら、そっと小窓を覗く。

そこから見える馬車内の雰囲気は、はっきり言って最悪だ。

まあ、中はシスティーナに任せよう、そう思い俺は、深く腰掛け寝る姿勢にはいる。

 

「アイル君。流石にここでは寝ない方がいいと思うよ?」

 

「おいおい、ここで寝たら落ちるぞ?」

 

そう言われればそうかもしれないな。

そう思い、俺は姿勢を直す。

 

「…感謝してるんだ」

 

ふと、アルフォネア教授の声が聞こえたので、また小窓から覗いてみる。

その雰囲気はさっきまでとは、まるで違う。

多少のぎこちなさは残っているが、それでもかなりいい雰囲気になっていた。

 

「先生、雰囲気かなり良くなりましたよ」

 

「ふーん…まあ…別にどうでもいいけどよ…」

 

ツンデレかよ。

ビックリするわ、気持ち悪いわ。

 

「確かにあいつは傍若無人で、破天荒で、我が儘で、破天荒で、悪ふざけが好きで、破天荒で、嘘か本当かわからん噂放ったらかしにして、破天荒で、しかもそれ利用して人の反応楽しむわ、しょーもねえ破天荒な奴だけどな!…偶に優しい一面もあるし…なんだかんだで、赤の他人の俺をここまで、女手一つで面倒見てくれたし…魔術師の誇り高さも力も…一応は認めてるっつーか…一目置いてるつーか…」

 

めっちゃ喋るじゃんこの人。

どんなけ気にしてんだよ。

 

「フフ…先生は本当にアルフォネア教授の事を大切に思われてるんですね」

 

「ながっ…!?」

 

WOW、ルミア選手の笑顔がクリティカルヒット!

これは先生も何も言えず、絶句する。

 

「大切な人が拒絶されるのは辛いですもんね。だから先生は教授の事、心配だったんですよね。だから…」

 

「な、何言ってんだよ!?知らん知らんそんな事!大体あいつがそんな事気にするタマか!?大体…」

 

「ハイハイ。ツンデレマザコン乙」

 

これ以上は聞くに耐えんので、ぶった斬ることにした。

 

「誰がツンデレでマザコンだ!?たたき落とすぞ!!」

 

「ちょっと!?手綱手綱!?離すなって!!危ないだろ!」

 

「先生!落ち着いて!速く手綱握ってください!」

 

俺とルミアが必死に馬の制御をする中、何時までも喚き散らす先生だった。

 

石で造られた、巨大な半球状の本殿。

周囲には並び立つ無数の柱。

渦を巻くような不思議な幾何学模様が、壁面にびっしりと刻まれていた。

 

「ここが…【タウムの天文神殿】…」

 

俺を含めた生徒組が、呆然とその存在感に圧倒されていると

 

「おいおい、お前ら。ぼぉ〜っとしてる暇はないぞ?」

 

グレン先生が、手を鳴らし、テキパキと指示を出す。

 

「アルタイル以外の男子は、テントを張れ。アルタイルとリンとテレサは、アルタイル中心に料理の用意だ。セリカ、一応野営地の周囲に守護結界を頼む。白猫、ウィンディはその補佐だ。ルミアは馬の世話、リィエルは周囲の哨戒だ。危険な魔獣とかいたら、遠慮なくやっちまえ。俺は…疲れたから寝るわ。夕飯出来たらよろしく。おやすみ〜…」

 

すごいな、自分のサボりまでしっかり計算し尽くしてやがる。

勿論、システィーナに制裁されてるが。

それはさておき、こっちは飯の用意だ。

 

「テレサ、火を起こしておいてくれ。リンは材料を均等に切っておいてくれ。俺は少し、野草とかキノコ探してくる」

 

「え、えぇ…」

 

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

2人の返事を聞いて、俺は茂みに入っていく。

迷わないように、糸を入った場所の木に括りつけて、それをどんどん伸ばしていく。

手付かずだったからか、順調に集めていると、()()()()()()()()()()()()

それに()()()()()()()()()()()

 

「…え?こんな所に?」

 

全くの想定外だったが、とりあえずここまでのマーキングをしてから、俺は野営地に引き返した。

ついでに野ウサギがいたので、捕まえて〆ておいた。

 

「おまたせ。これ頼むわ。そこの箱の中に調味料入ってるから、今日はカレーにしよう。そっちの箱に保存用のパンあるから」

 

「わかったわ…お肉はこれ?」

 

「そうそれ。一応食べれるヤツだから。…何の肉かは知らない方がいいと思うけど」

 

「何の肉取ってきたのよ!?」

 

テレサがびっくりしたような声で言う。

いや〜知ったら多分、食べれないよ?

俺はその質問を黙殺し、2人と共に夕飯の用意をした。

テレサとは最初はぎこちなかったが、やっていく内に、前のような感じに戻って来た。

きっと先生も、これが狙いだったんだろう。

これには流石に感謝だな。

そうして出来たカレーは、全員に大好評で、ついでに下宿先のレストランもアピールしておいた。

うさぎの肉を使ったのは、グレン先生とアルフォネア教授以外には気づかれなかった。

 

次の日、一部生徒を残し、俺達は早速遺跡調査を始めた。

そこで待ってたのは、手荒い歓迎だった。

 

「こ、こんなの聞いてませんわ!?ここは安全な遺跡では…!?」

 

「いいから撃て!ほら来たぞ!!」

 

「ああもう!今回はこんなのばっかりですの!」

 

様々な形をした、実体を持たない霊体が襲ってきた。

 

俺は一気に飛び出し、糸で編んだ大型ナイフを逆手に持って斬り掛かる。

 

「フッ!」

 

通り過ぎざまに、ナイフで首を切る。

そのまま、次のやつの心臓目掛けて、貫く。

そのまま順手に持ち替え、引き裂く。

 

「『気弾(ファイア)』!『続く第二射(リロード)』!『更なる第三射』(リロード)!」

 

「『気弾(アインツ)』!『続く第二射(ツヴァイ)』!『更なる第三射(ドライ)』!」

 

「『気弾』!」

 

「『我は射手・原初の力よ・我が指先に集え』!」

 

俺とシスティーナで、奥から来るやつを【マジック・バレット】で、撃ち抜く。

他の皆も俺達に続いて、【マジック・バレット】を放つ。

こうして道をこじ開けてから、

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

リィエルが突貫し、俺達がその撃ち漏らしを狩っていく。

そんな感じで、俺達は比較的に順調に進めていく。

最後の1匹を斬り払った俺は、ゆっくりと息を吐き、周囲の索敵を行った。

 

「…異常なし。状況終了」

 

この言葉に皆の気が抜ける。

 

「やるじゃないか!上出来上出来!」

 

「これだけの数の狂霊を、こいつらだけでやらせるなんて…お前な…無茶言うよなぁ…」

 

上機嫌に褒めるアルフォネア教授と、ほっと気を抜いているグレン先生。

狂霊とは、精霊や妖精が、霊脈(レイライン)の影響で、狂化してしまったものだ。

 

「貴重な戦闘経験の機会だぞ?お前は過保護すぎるんだ。しかし…良かったな、私がいて。いなかったらとんぼ返りだぞ?」

 

「うるせぇ…」

 

何でもグレン先生はこの手の魔術が特に苦手らしい。

俺はそんな話を思い出していると、不意にカッシュに話しかけられる。

 

「システィーナに…アイルも。強くなったよな」

 

「へ?そ、そうかしら…?」

 

「まあ…何かと経験してるしな」

 

2人揃って適当にはぐらかしていると、何やら嫉妬の目を向けられる。

それには気づいていたが、それよりもまた狂霊の群れがやってくる。

 

「ほら、また来るぞ。全員構えろよ」

 

「お!また団体さんのお出ましか!?」

 

「今度こそシスティーナや、アルタイルには負けませんわよ!」

 

…マズイな、どんどん熱中しすぎてる。

結構の連戦をしてるから、そろそろ限界なはずだが、そこに気付いてないなこいつら。

 

「まあ待て。お前達は結構連戦してるから1回休みな。このままだと、マナ欠乏症になるぞ」

 

良かった。

アルフォネア教授が絶妙なタイミングで、ストップをかけてくれる。

 

「それじゃあ、遠慮なく」

 

「おいアイル!へばったのかよ!?」

 

これに乗って俺は休む事にした。

カッシュが何やら挑発してくるが、乗る気は無い。

 

「勇猛と蛮勇は別モンだぜ?カッシュ」

 

そう言いながら、俺は下がる。

カッシュも渋々それに従うが、

 

「おっと…?」

 

フラついてコケかける。

慌てて俺は支える。

 

「言わんこっちゃない。これが本物の戦場なら、この瞬間死んでるぜ?これがスリーマンセルなら、他の2人も死んだな。『敵を知り、己を知れば、百戦危うからず』だ。自分の限界も知っておく事だな」

 

「…悪ぃ」

 

「気にすんな」

 

そんな話をしてると、突然アルフォネア教授の周りに、大量の【マジック・バレット】が出現し、一気に襲いかかった。

 

「…あれも無理だかんな?」

 

「それはやらなくても分かる」

 

俺達はその規格外に思わず、ため息をついてしまった。

 

「…何か、意外に普通だな」

 

道中突然、カッシュが訳分からん事を言う。

 

「はあ?何だよ急に」

 

「だって、助けてくれたし、アドバイスはくれるし、飯は美味いし」

 

飯が美味いは、何の関係があるか?

 

「…そりゃあ、俺だって人間だ」

 

「だよな…人間で、俺らのクラスメイトだもんな。…このところごめんな、何か避けちゃったりして」

 

ああ、そういう事…。

別に気にしてねぇのに。

 

「…別に、気にしてねぇよ。それだけの事をした訳だし」

 

「俺が気にすんだよ。ダチを避けちまって…情けねぇ」

 

…どれだけ言っても、納得しないだろうな。

だから俺は軽く頭を小突く。

 

「…じゃあ、許す。これでいいだろ?」

 

「…ありがとう」

 

こうして、カッシュとも無事仲直り出来た俺は、心が軽くなった気がした。

前の方では、何やら考古学講座が開かれている。

その中に、霊素皮膜処理(エテリオ·コーティング)の話があった。

これは、物理的・魔術的干渉及び、破壊を防ぐ作用を持つ。

この説明には、少し例外がある。

 

「それ、少し説明が足りませんよ」

 

後ろから俺が口を挟んだ事に、皆が驚く。

 

「…ほぉ、アルタイル、どういう事だ?」

 

アルフォネア教授も興味深そうに尋ねてくる。

 

古代魔術(エンシャント)に傷をつける方法はあります。同じ古代魔術(エンシャント)のものをぶつける事です。例えば、この手袋【アリアドネ】は、魔法遺産(アーティファクト)です。こいつの糸なら、壊すのは無理でも、多少傷をつける程度なら可能です」

 

「ほう、その原理は?」

 

「恐らく存在の大きさです」

 

「存在の大きさ?」

 

「そのまんまです。具体的に分かるものではないですが…。ただ、唯一説明できるのは、物理的な大きさではなく、もっと、概念的な大きさです。すみません、具体的に説明する事は出来ませんが、感覚で分かるんです」

 

そう、本当にフィーリングの世界なのだ。

これを使いだしてから、何となくそういうのが分かるようになったのだ。

 

「なるほどな…【魔法遺産(アーティファクト)】を長く使ってきたからか、特有な感覚があるようだな。まだ、何も分からない魔導考古学だ。そういうのもあるだろう。ほら着いたぞ」

 

そんな話をしていると、今回の調査場所である第一祭儀場についた。

 

「さて、何もねぇとは思うが…一応、俺が先に入って、安全を確認してくる」

 

先生が、パーカッション式リボルバーを、確認しつつ言う。

 

「ふふ、生徒の為に体を張る…中々格好いいじゃないかグレン」

 

「こんくらいはやらんと、マジで俺が一番の役立たずだからな…」

 

「1人で大丈夫か?怖いなら私も着いていってやろうか?」

 

「うっさいわ!ガキ扱いすな!」

 

グレン先生はそう言い残して、入り口をくぐり抜けた。それから十数分は経つが、いまだに帰ってこない。

 

「…遅くないっすか?」

 

「そうだな…ちょっと様子見てくるか」

 

アルフォネア教授が見に行って暫くしてから、安全が確認され、俺達は調査を始めた。

狂霊を祓っては、調査、祓っては調査…。

そんな事を繰り返す事、3日目の夜、俺は1人で森を散策していた。

あるものを探して、フラフラしてる訳だが、中々見つからない。

臭いはこっちから来てるので、方向は合ってるはず。

 

「ん〜…こっちであってはずなんだが…」

 

「何が合ってるんだ?」

 

「うぉわぁぁ!!!?」

 

急に声が聞こえ、慌てて振り返るとそこには、アルフォネア教授がいた。

 

「き、教授!?どうして!?」

 

「お前がこの2日間、深夜徘徊してるからだ。何してるんだ、こんな所で?」

 

気配は消していたはずなんだが…気付かれていたらしい。

これは隠しきれないか…。

まあ、隠さなくちゃいけない事でもないしな。

 

「…この辺は、妙に地面も温かいし、硫黄みたいな匂いもします。多分温泉、あるいは泉源があるかと思って…」

 

「…ほう、よく気づいたな。その通りだ」

 

「…へ?」

 

「確かにここは霊脈的には旧火山帯だから、探せばあるだろうな。まあ、私も探していたのだが」

 

「…マジであるんすね。半分勘だったんですけど?」

 

「なら、その勘は正解だ。方向も合ってるだろう。そら、行くぞ」

 

そう促され、俺はアルフォネア教授と先を進んだ。

流石にサシで話すのは初めてだから、何を話していいか分からない。

 

「…何で探そうと思ったんだ?」

 

突然、アルフォネア教授がそんな事を聞いてきた。

何でか…か、それは…

 

「俺も入りたかったからですよ。これでも風呂好きですよ?俺」

 

おどけたようにはぐらかした。

こんな女々しい理由、話したくないし。

認めたくないけど、1番に思いついたから、きっとこれが理由だろうな。

 

「そんな見え透いた嘘が通ると思うか?」

 

そう言われ、思わず顔を向けると、紅い瞳が真っ直ぐ、こっちを射抜いていた。

 

「…認めて欲しいから…かな…?」

 

そんな目で見られ、ついポロッと本音が出てしまった。

やっぱり、皆にあんな風に避けられるのは嫌だった、寂しかった。

だから、まあ…得点稼ぎとでも、言えばいいだろうか。

 

「…実際、リンやウィンディ、カッシュとは戻って来たし、このまま行けば…!」

 

「すまなかった」

 

気付くと、アルフォネア教授が俺の頭を撫でていた。

 

「子供のお前に、余計な荷物を背負わせた事。それに、気付いてやれなかった事。本当にすまなかった」

 

「…別に教授が謝る事じゃ…」

 

「いや、大人として、大事な時にいてやれなかったんだ。すまなかったな」

 

何だろう、この感じ久しぶりだ。

まるで母親のような、温かさ。

ていうか、グレン先生の母親代わりか。

気が緩みそうになるのを、何とか堪える。

ふと、温かい風が頬を撫でる。

 

「教授!こっちですよ!」

 

俺は強引に話を切ろうとして、風の方に向けて走っていった。

温泉を見つけ、無事目的を達成した俺達を待っていたのは

 

「「「「「「「「アイル(君)(アルタイル)!!!」」」」」」」」

 

「どぅわぁ!!?な、なんだぁ!!?」

 

クラスメイトからの抱擁という名の、タックルだった。

よく見ると、皆泣いていた。

訳が分からず、助けを求めるようにグレン先生を見ると、赤い宝石の着いたブレスレットを見せてきた。

あれは…通信用結晶…やられた。

アルフォネア教授を見ると、同じものを見せつけてくる。

どうやら、筒抜けだったらしい。

俺はため息をつきながら、その顔は、泣きそうながらも、笑みが浮かんでいた。

 

「お前ら…いいから離れろー!!」




という訳で、無事仲直りさせました。
ええ、バットエンドとか嫌いですから。
そして次から…話が動き出します。
アルタイルの言っていた存在云々の話ですが、10巻のあるシーンを参考にしました。
はっきりいって独自解釈です。
ありがとうございました。
それでは失礼します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タウムの天文神殿編3話

最近目尻に職場で使う強い洗剤が垂れた来て、目尻がヒリヒリしてます。
皆さんも洗剤を使う時は気をつけてくださいね。
後…ロクアカばっか進んでSAOが、筆が全く進まない…。
困ったな…。
そしてアルタイル君はお約束のあの回です。
それではよろしくお願いします。


「はぁ〜…いい湯ですね…」

 

「全くだな〜…ってアルタイル!?いつの間に!?」

 

「さっきですよ?途中でアルフォネア教授とすれ違いましたし」

 

皆からの愛のタックルを受け、皆と無事よりを戻してから2日後、調査開始日から5日たったこの日、温泉が出来上がった。

アルフォネア教授が水質と温度をチェック、俺が覗き及び獣避けの結界を張り、更に上からアルフォネア教授の結界の二段重ねで、安全を確立したこの風呂は女子から大好評で、頑張った甲斐があったものだ。

 

「…先生、ありがとうございます。今回メンバーに俺を入れたのは、この為ですよね?」

 

そう、俺は先生に礼を言いたくて態々、このタイミングで来たのだ。

裸の付き合いってやつか?

 

「…別に、当たり前の事をしただけだ。俺はお前らの教師なんだから」

 

こういう時、照れ隠しなのはすぐ分かる。

本当に分かりやすい人。

 

「俺、先生が担任で良かったかも…」

 

微睡んでる俺は結構恥ずいこと言った気がする。

風呂の熱以外で、顔が赤くなってくるのに気づく。

咄嗟に誤魔化そうとした時、

 

「システィ、早く早く〜」

 

「もう…急かさないでよ〜」

 

「「…な!?」」

 

この声…まさか、ルミアにシスティーナ!?

一気に目が覚めた気がした。

悪い意味で。

 

「この温泉、本当に良いお湯加減ですからね…何度でも入りたくなりますわ。美容にも、良さそうですし」

 

「ええ、この温泉を見つけてくれた、アイルと教授に感謝ですね…」

 

げ!?ウィンディにテレサまでいるのか!?

となると…リンとリィエルも確実か!?

 

「こ、これどうしよう!?」

 

「と、とにかく隠れるぞ!?じゃなきゃ一巻の終わりだ!?」

 

そう言って俺達は、水中に潜る。

 

「(しまった!?そもそも声かければ良かったんじゃねぇか!?)」

 

「(今更かよ!?)」

 

俺達はジェスチャーしながら、自分達の咄嗟の行動に呆れている。

 

「ところで…本当に大丈夫ですの?カッシュさんが、また覗きに来るんじゃ…」

 

「あ、大丈夫よ、ウインディ。カッシュなら縛って吊るしてきたから」

 

「それなら安心ですわね。ついでに火炙りにしていただければよろしかったのに♪」

 

「あはは」

 

((お、恐ろしい!?鬼かこいつら!?))

 

温泉の中で震えるという器用なことをする俺達。

そのまま話は女子の胸トークに変わる。

 

「ぐぅ…ルミア…相変わらず…順調に育ってるわね…!」

 

「そ、そうかな…アルフォネア教授やテレサの方が…」

 

「確かにアルフォネア教授のプロポーションは完璧ですね…まるで古典彫刻の様に芸術的ですし…ふふ…憧れますわ…」

 

「テレサ…何て贅沢な…!私から見たら、どっちも同じよ!」

 

「おーっほっほっほ!それにしても、相変わらず貧相ですわねシスティーナ!こればっかりは私の完全勝利…あ、あら?そういえばリン…貴女小柄な割には意外と…?ひょっとして…わ、私よりも…!?まさか、着痩せするタイプ!?」

 

「ふふ…リンはルミアと、同じぐらいかしら」

 

「わ、わぁ…そ、そんなに見ないでぇ…!」

 

「ねぇルミア、何で皆丸いの?私は平たいのに」

 

「え、えぇっと…」

 

「あと、システィーナも結構平たい」

 

「むぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

(ふむふむつまり…セリカ≧テレサ>ルミア≒リン>ウィンディ>システィーナ>リィエル…ふっ当たりだろ!)

 

(いや知らねぇよ!そこ今はいいよ!?)

 

器用にツッコミを入れる俺。

それ以上にそろそろ限界だ…!

 

「だっばぁぁぁぁぁぁぁ!!!ゲホッゲホッ!!ヴォエ!!ゲボッゲボッ!!」

 

我慢の限界が来た俺は、遂に皆の前に出てしまった。

だが、この時の俺は逆上せたのと、酸欠状態だったのと、ダブルパンチの状態で、意識が朦朧としていた。

 

「…ここに…グレン先生も…いる…。説教は…後…に…」

 

そのまま俺は気を失った。

 

朝日で目を覚ました俺は、自分の寝袋に転がっていた。

何か…昨晩の記憶が…かなり…曖昧…。

あ、ルミアだ、少し確認したいことあるし、話しかけよう。

 

「ルミア、おはよう」

 

「お、おはよう!?アイル君!!」

 

おや?様子が…?

 

「ん?なんでそんな反応?」

 

「な、何でもないよ!?」

 

いや、何でも無くない反応だけど?

 

「?…まあいいけどさ、昨日の夜、俺って何してたか知ってる?風呂入ったところまでは思い出せるんだけど、それ以降が全く…」

 

「…思い出せないの?本当に?」

 

え?何でそんなダメ押しの反応?

 

「思い出せたら聞いてないぞ?」

 

「そ、そうなんだ…。アイル君、きっと思い出さない方がいいと思うよ?きっとそういうものもあるよ!さ、今日が最後だよ!頑張ろうね!!」

 

「お、おう…?」

 

妙に張り切ってるが…何なんだ?

他の男子に聞いたら、逆上せてたのを女子組が発見、救助してくれたらしい。

何だ…隠すことないじゃんか。

戻ったらお礼にお菓子でも作るか。

そんな事を考えていると、遂に最深部である大天象儀(プラネタリウム)場に着く。

俺が部屋をぐるっと見て回っていると、突然世界が変わる。

 

「ッ!?」

 

俺は天井を見て…言葉を失った。

星雲が、流星が、惑星が、圧倒的臨場感と迫力を以て顕現していた。

震える魂を捉える満天の星、美しき幻想宇宙空間。

そんな光景に感動していると、機械が止められ、アルフォネア教授の音頭で先が促されられる。

皆が、それぞれの役目を果たそうとした時、

 

「アルフォネア教授!」

 

「うん?どうしたシスティーナ?私に用か?」

 

「お願いがあります…あの大天象儀(プラネタリウム)、アルフォネア教授が解析して下さい!お願いします!」

 

システィーナ…そうか、ここの有用性を説いたのは、あいつの爺さんだ。

今この時が、一番の好機。

そう思ったのだろう。

アルフォネア教授もこれに快諾。

調べ尽くしてくれたが、結果は…

 

「ダメだな。私もできる限り隅々まで調べたが、今の機能以上のものは、見つからなかったよ」

 

「そう…ですか…」

 

すっかり落ち込むシスティーナ。

ルミアも必死に励ますが、顔色は変わらない。

そう思ってた時、突然顔を上げて、ルミアと何かを話すシスティーナ。

 

(…何だ?猛烈に嫌な予感が…!?)

 

「システィーナ、ちょっと待て。お前何する気だ?」

 

「何よ…あんたには関係ないわ!」

 

「おい待てシスティーナ!」

 

俺の静止を振り切って、システィーナはルミアの力を借りて、解析を始めてしまう。

 

「嘘…()()()()()()()()()()…?」

 

「「え?」」

 

思わず耳を疑った。

()()()()()()()()()()()()<()b()r()>()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その動揺が、いけなかった。

俺が固まってる間に、システィーナも動揺したのだろう。

うっかり起動させてしまったのだ。

 

「バカ野郎!」

 

止めた時には既に遅すぎた。

操作した機能に沿って、何やら扉が出来ていた。

それを見た瞬間。

 

「ばか…な…!?あれ…は!?星の…回廊…そうだ【星の回廊】だ!そうだ、私は!」

 

突然アルフォネア教授が、扉目掛けて走り出したのだ。

 

「アルフォネア教授!?何してるすか!?」

 

「セリカ!?馬鹿!?何やってるんだ!!無謀すぎる!!戻れ!!!」

 

グレン先生の静止も聞かず、俺も糸を放つも間に合わず、アルフォネア教授は扉の中に入ってしまい

 

「セリカ!?セリカァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

扉も消えてしまった。

 

 

 

「アルタイル。音声遮断の結界を張ってくれ」

 

「もう張りました」

 

「…サンキュな。さて、何があったか話してもらうぞ」

 

俺達は一度、野営地まで戻ってきて、各自テント内に入れてから、グレン先生はいつもの4人を、自分のテント内に招いた。

それから、システィーナから、大まかな事情を聞いた。

 

「…やっぱりな」

 

「先生…やっぱりとは…?」

 

「ルミア、お前の【感応増幅能力】…前から何か違うとは思ってたんだ」

 

「…え?」

 

俺もそこには違和感を持っていた。

でも、この件で確信した。

 

「…感応増幅は極論、力を底上げするだけのもの。なのに【Project:ReviveLife】を成功させた。ルミアの異能の本質は、不可能を可能にする何かって事ですよね」

 

「そういう事だ」

 

恐らく、それこそ天の知恵研究会の狙い。

でも、今はそれよりも、アルフォネア教授の救出の方が優先である。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい!先生…!私が…勝手にあんな事しなければ…!」

 

「そうだな。今回は全面的なシスティーナが悪い」

 

俺はシスティーナの謝罪をバッサリと切り捨てる。

 

「アイル君!!」

 

ルミアはそんな俺を責めるように怒るが、俺はそれを否定する。

 

「ルミア、優しくするばかりが友情じゃない。間違ったなら、ぶん殴って止めてやるのも友情だ。…だから、お前のせいではあるが、お前だけのせいじゃない。お前をぶん殴ってでも止めなかった、俺の責任でもある」

 

そう、時には厳しくするのもまた友情だ。

だから俺は、システィーナに厳しい事を言う。

そしてそれは、俺自身にも戒めるように。

 

「…だったら、不用意に力を使った私も同罪。それも友情でしょ?」

 

ルミアがイタズラげに笑いながら、俺達に言う。

 

「…フッ。違いない」

 

「ばーか。お前達は悪くねぇよ。悪いのは…」

 

そこで言葉を切って、思いっきり机を殴りつける。

 

「あの耄碌ババァだ!!一体何考えてやがるんだ!!1人で突っ走りやがって…!!」

 

「…グレン、どうするの?」

 

「無論、連れ戻しに行く。様子がおかしかったんだ…!放っておける訳がねぇ…!お前達は朝、昼、夜の1時間ずつ、扉を開閉してくれ。それでも俺達が帰ってこなかったら…学院に戻って、応援を呼んできてくれ」

 

そう言いながら、色んな用意をしていくグレン先生。

 

「…だったら俺も行きますよ。こっちから開けれるって事は、あっちからも開けれるって事でしょ?だったら中に最低でも2人は行った方が確実だ。そうでしょう?」

 

「それは…そうだが…」

 

更に他の3人も、立候補するも…

 

「ダメだ。やっぱりお前達は残れ」

 

「「「先生!!」」」

 

「俺がいない間、誰が他の連中を守る?誰が仕切る?」

 

「グッ…」

 

そこを突かれると確かに痛い。

勿論、対応策は用意しているが、納得はしないだろうな。

先生がテントを出ると、そこにはカッシュ達がいた。

 

「先生、1人で行く気かよ?」

 

「…フッ、当然だろ?こんな楽勝ミッション、俺1人で十分だっつーの」

 

まだほざくか、この人は。

 

「おい!勝手に決めんなよ!」

 

「先生!まだそんなこと言って…!」

 

「そうですよ!私達…」

 

「ええい!お子様は黙らっしゃい!」

 

その様子を見ていたカッシュが、何かを悟ったらしい。

 

「なるほどね。なあ、先生よぉ…バッキャローーーー!!」

 

突然、飛び蹴りをぶちかましたのだ。

中々、いい蹴りだ。

なんて感心してると

 

「あんたの事だ。アイル達を案じてくれたんだろうが…今はそんな意地張ってる場合じゃねぇだろ!?俺が言うのもなんだけどな、あんたはメチャ強いけど、魔術師としちゃド3流だろうが!」

 

「そ、それは…」

 

もっと言ってやれ〜!

先生は狂霊一体すら、手間取るんだがら意地はるなよな。

 

「確かに俺達じゃ足手まといだ。だけどな、ルミアのプロ顔負けの法医呪文(ヒーラー·スペル)、システィーナの魔術と知識、リィエルの剣、アイルの戦闘技術や糸は間違えなく、先生の力になるはずだぜ?」

 

カッシュが笑顔で言う。

 

「これでも貴方に鍛えられてますからね。まあ、アルフォネア教授の結界がある以上、下手な行動をしなければ、問題ありません」

 

「教授は先生の大切な御方でしょう?形振り構うなんてらしくありませんわ」

 

ギイブルとウィンディが顔を背けながら言う。

 

「おひとりでなんて…そんな…無謀な真似…やめてください…」

 

「いくら先生でも、1人じゃ、教授は助けられませんよ…」

 

「ふふ、先生とアイルなら、全員一緒に帰ってきてくれるって信じてますから」

 

リンとセシルとテレサが、心配そうに言う。

 

「お前ら…どうして?」

 

はあ?間抜け化のこの人は。

カッシュが腰に手を当てながら、笑顔で言う。

 

「だって、()()()()()()()()!な、皆?」

 

皆が一様に頷く。

その様子を、間抜けな顔で見ていた先生の、肩の力が抜けた。

もう…大丈夫かな。

先生はこっちを見ながら、やっと意地を張るのを辞めた。

 

「…頼む。お前ら、力を貸してくれ」

 

「「「「当然(です)!!!」」」」




はい、お約束の回で気を失うアルタイル君でした。
ぶっ飛ばされようかどうしようか迷いましたが、彼にはぶっ倒れて、記憶が飛んでもらった方が楽でした(笑)
そして、どこかへ行ってしまったセリカ。
それを追いかける彼らが目にしたものとは。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タウムの天文神殿編4話

SAOが、全然貯まらん…。
原作が手元にあるってだけで、参考資料として役立つから、かなりロクアカばっか進んでいく。
それでは、よろしくお願いします。


【星の回廊】と呼ばれたそれは、まさにその名の通り、満天の星空のような道だった。

その幻想的な空間を抜けた先に、俺達を待っていたのは

 

「これは…!?」

 

まるで地獄の様な風景だった。

全員が息を飲んでいたが、無理もない。

そこら中にミイラ化した遺体が転がっており、その顔は苦悶に満ちていた。

先生が、恐る恐る検分した結果

 

「こいつら…魔術師か…?しかも…全員?」

 

全員魔術師である事が判明。

しかもそのミイラや周りを見た限り

 

「これ…殺されてますよね?相当激しい戦闘があったみたいですけど…」

 

そう、どれもこれも一部欠損があったりしたのだ。

周りの状況も、ほとんどが風化してしまっているが、破壊の痕跡が残っていた。

 

「みたいだな…さて!早く行くぞ!さっさと見つけて、こんな辛気くせぇ場所、オサラバしようぜ!」

 

先生の空元気で、少し活力が出てきたところで、何かが、動く音がした。

そっちを向くと、金髪の女性が這い出てきていた。

 

「セリカ!?大丈夫か!?何が…」

 

「バカ!!よく見て!違うでしょうが!!」

 

先生が駆け出そうとするので、慌てて止める。

その事に驚くも、マジマジと見て、固まる。

その女には、上半身と右腕しか無かった。

内臓を引きずり、恨めしそうに見上げるその目は、何処までと深い、闇を孕んでいた。

 

「キャァァァァァァァァ!!!」

 

その光景に、堪らずシスティーナが悲鳴をあげたその瞬間、突然動きが速くなり、グレン先生に掴みかかる。

 

「ガァッ!?」

 

〖憎イ…憎イ…憎イ!!アノ女サエ居ナケレバ…!!アノ裏切リ者サエイナケレバ!!〗

 

その様子にいち早く反応したリィエルは、直ぐにゾンビに斬りかかった。

 

「グレンから離れて!ッ!?痛い…!?離して…!」

 

「先生!?リィエル!?『光在れ・穢れを祓い』…キャァァァァァァァァ!!!」

 

しかし、飛び出したリィエルも、祓おうとしたシスティーナも捕まってしまった。

 

「システィーナ!下手に動くなよ!!」

 

俺は直ぐに糸で腕を切り落としてやろうとした時、腕を何かに掴まれた。

そのあまりにも強い握力に、俺の腕が潰されそうになる。

 

「グッ…!?ガァァ!?」

 

ヤバい…いきなり全滅か…!?

焦りだしたその時

 

「『光在れ・穢れを祓い給え・清め給え』」

 

ルミアが祓魔の浄化呪文である、白魔【ピュアリファイ・ライト】を唱える。

そのルミアも全身をゾンビに掴まれながらも、凛と高らかに謳いあげる。

 

「…マジか…」

 

その胆力に俺は唖然としてしまう。

そんな俺に

 

「アイル君!」

 

ルミアが俺を呼ぶ。

その手に持つビンを見て、何がしたいか悟った俺は、糸をゾンビ全員に巻き付け、そのままルミアの元まで走る。

その糸にルミアがビンの中にある物を垂らしてから、呪文を唱える。

 

「『送り火よ・彼等を黄泉に導け・その旅路を照らし賜え』」

 

俺の糸を伝い、明るい橙色の炎が、死者だけを焼き尽くす。

この隙に俺は糸で方陣を作り、俺も祝詞を謳う。

 

「『祓い給ひ清め給(はらえたまいきよめたまえ)·守り給ひ幸へ給へ(まもりたまいさきわえたまえ)』『オン・マリシエイ・ソワカ』」

 

爺さんに教わった祝詞だが、最初のは祓う為のものだが、後半のは祓うというより、寄り付かせない為のものだ。

最後に柏手という、ちょっと特殊な手の叩き方で、悪いものを祓う。

 

「皆、大丈夫?」

 

「一応、お祓いもやっておいたけど…無事か?」

 

俺達は皆に手を貸し、立たせる。

 

「え、ええ…ありがとうルミア、アイル」

 

「ん。助かった」

 

「白魔『セイント・ファイア』…ルミア、お前そんな高位司祭が使う高等浄化呪文が使えたのか…?」

 

すごい勢いだったが、やっぱりすごい呪文だったらしい。

 

「昔、王室教育の一環として…まあ、私じゃこの触媒がないと、とても唱えられませんけど…」

 

ビンに入っているのは、アレンシアの香油と呼ばれる、白い葬送花から精製される貴重品だ。

 

「ルミア…それって女王陛下…貴女の本当のお母さんからの贈り物だったんでしょう?それを…」

 

「いいの。皆の為だもの。それにお母さんもきっと、こういう時の為にくれたんだもの」

 

システィーナとルミアが何か話している。

そっちを気にしていると

 

「アルタイル。さっきの祝詞は何だ?聞いたことないが…?」

 

「爺さんから教わりました。なんでも東洋で使われる陰陽術の祓魔の呪文の1つだとか。バーナードさん曰く、陰陽術を武器の1つにしてたらしいので。今の趣味もそれが転じてってところでしょうね」

 

「お前が妙に東洋の知識に詳しいのはそういう事か…」

 

まあ、あそこまで行ったら、大したもんだよ。

好きな物こそ上手なれってやつかな。

 

「まあ、そんな事より…もう大丈夫っすか?」

 

グレン先生は苦笑いしながら、俺の頭を撫でつつ、立ち上がる。

 

「頼ましいな。…すまない。雰囲気に呑まれちゃったみたいだ。…だがもう無様は晒さねぇ。安心してくれ」

 

そのまま俺達は先に進む。

幸い、真新しいアルフォネア教授の足跡のお陰で、道には迷わないし、入口のモノリスに糸を括りつけて、伸ばしながら来てるので、糸を辿れば、無事着くって寸法だ。

道中、ここの異様さに不思議に思っていると、突然前の方から激しい戦闘音が聞こえる。

 

「先生!これって…!?」

 

「ああ、セリカだ!行くぞ!」

 

俺達が音の方へ走っていくと、闘技場のような円形のフィールドが広がっており、そこには無数の亡者・亡霊に対し、たった1人で蹂躙してるアルフォネア教授がいた。

銀の剣閃が舞い、大火力の魔術で蹴散らし、最後には漆黒の虚無が、全てを飲み込んだ。

亡者・亡霊の怨嗟を、見向きもしないその姿は、まさに【灰燼の魔女】そのものだ。

 

「セリカ!」

 

静寂に包まれた闘技場に俺達は降りていく。

 

「グレン…?お前達まで…。どうしてここに?」

 

「俺は心配してねーけど、生徒達が心配してるんだろ!俺は心配しねーけど!?」

 

何でそこでツンデレしてるかな〜?

 

「に、2回言わなくても…」

 

「素直じゃないわね〜…」

 

(いや、お前が(システィは)言うな(言えないよ))

 

恐らく俺とルミアは同じ事を思ったんだろうな。

同じジト目をしてる。

 

「グレン!やっと…やっと見つけたんだ!」

 

アルフォネア教授が、何やら嬉しそうに話している。

こんな場所で、なに嬉しくなる事あったかな?

 

「はぁ?見つけたって…何をだよ?」

 

「私の失われた過去のについての手がかりだ!」

 

「…なんだと?」

 

俺達が息を呑むのも無理はない。

400年、永遠者(イモータリスト)として生きていて、己の過去の手がかりがこんな所にあったなんて、誰も思わないだろう。

何でも【星の回廊】を見て、少し思い出したらしい。

 

「お前…ここが何処か分かるか!?」

 

「何処って…何処かの塔って事ぐらいしか…」

 

俺達も同じ認識だ。

ここが何処かなんて、全く分からない。

 

「ここはな…()()()()()()()()()()()()()()()()なんだよ!!」

 

「…は?」

 

俺達は言葉を失った。

地下迷宮?学院の?

俺達は【タウムの天文神殿】にいたんだぞ?

なのに何で…?

それにこれが…地下?

星だってあるじゃないか。

 

「そうだ…あそこ、あの門だ。…あの門の先に、私の全てが…!」

 

「ダメだ」

 

そんな俺達の混乱をを他所に、アルフォネア教授が、闘技場の奥にある門に行こうとするのを、グレン先生が止める。

 

「…グレン?」

 

「…帰るぞ、セリカ」

 

「な、何でだよ…?やっと…私が何者なのか、分かるかもしれないんだぞ?」

 

「何であの門の向こうに、お前の過去があると思うか、俺にはわからん。だが…ハッキリ言ってやる。お前の失った過去ってやつは…多分、()()()()()()()()()()()()()()()

 

先生は一瞬迷った顔をしたが、それでもハッキリ告げた。

 

「ここまで来た時、連中は誰かを憎んでいた。いったい誰かと思ったが、ここでお前と闘っている姿を見て確信した。連中が恨んでいたのは、()()()()()()()

 

「…ッ!」

 

「一体何をどうしたらこんなに恨まれるんだよ?俺には想像出来ねぇぞ…。まあ、んなことはどうだっていい。クソ亡霊共が、いくらお前を憎もうが、恨もうが、俺の知ったこっちゃねぇ。お前は俺の…師匠だ。それ以外の何者でもねぇ」

 

「で、でも…グレン!私は…!?」

 

「なあ、セリカ?帰ろうぜ。忘れちまえよ、お前の過去なんて。お前が何者でも、俺は……」

 

「いやだ…嫌だ!だって、それじゃあ、私はいつまでも…1人…ッ!」

 

グレン先生の言葉も聞かず、アルフォネア教授が何かに取り憑かれるように門へ向かう。

 

「おい、セリカ!」

 

そのままグレン先生の静止を振り切って、門に向かって【イクスティンクション・レイ】を放つも、その門には傷一つ付けられなかった。

それでも何か騒いで、グレン先生が止めてるが、俺はそれどころじゃなかった。

さっきから、背中に猛烈な寒気を、感じているからだ。

無意識に体が震える。

根拠はない、理由も分からない、でも一つだけ分かる事がある。

俺は、背中に感じる何かに、かつてない恐怖を感じているという事だ。

 

「アイル君?どうし…!?アイル君!?大丈夫!?」

 

ルミアが俺の様子に気付いて、心配してくれるが、それに答える余裕すら今の俺には無い。

そして、恐怖が最高潮に達した瞬間、

 

「!!!?ルミア!!!」

 

俺はルミアを突き飛ばしながら、深く腰を落とした。

その瞬間、首があった場所に剣閃が光る。

そのまま切り降ろされるのを、バク転しながら躱して、追撃の一撃も高く飛んで、躱した。

ルミアの前に着地し、ルミアを庇うように、構える。

 

「ハッ…ハッ…ハッ!!」

 

「アイル君!大丈夫!?アイル君!!」

 

〖…ほう、今のを良く躱した愚者の子よ。しかし…その尊き門に触れるな、下郎共。愚者や門番がこの門、潜る事、能わず。地の民と天人のみが能う…。汝らに資格なし〗

 

それは、黒いモヤに覆われたなにかだった。

よく見ると、2本の刀を握っており、その気配は今までのどれよりも大きく、強く、怖かった。

 

「ひっ…!?」

 

「あ、アイル君…!?せ、先生…!?あの人…は…!?」

 

「ハァー…ハァー!?」

 

システィーナだけではなく、ルミアやリィエルすら、恐怖から身体を震わせ、顔を真っ青にしていた。

 

「お、おい!?大丈夫かお前ら!?」

 

「お、俺は…何とか…」

 

そういう俺だって、膝が笑いっぱなしで、産まれたての子鹿みたいになっている。

 

「よし、なら俺が隙を作」

 

「はっ!誰だ、お前?」

 

グレン先生と作戦を考えようとしている時、不用心にアルフォネア教授が、その影に近づいていく。

 

「ば!セリカ!!」

 

「アルフォネア教授!?ダメです!」

 

「まあいい。話が分かりそうなやつで、ちょうどいい。お前、この門の開け方知ってるか?知ってるなら教えろ。じゃないと消し飛ばすぞ」

 

アルフォネア教授は俺達の事など、眼中に無いのか、声すら全く聞こえてない感じだった。

 

〖貴女は…ついに戻られたか(セリカ)よ。我が主に相応しき者よ。だが…かつての貴女とは想像もつかないほどのその凋落ぶり…今の貴女に、門を潜る資格無し。故にお引き取り願おう〗

 

コイツ…アルフォネア教授を知ってる!?

 

「は…?お、お前、私の事を知ってるのか!?」

 

〖去れ。今の汝に用は無し〗

 

そう言ってそいつは、俺達の方を見ると、左に紅の魔刀、右に漆黒の魔刀。

2振りの刀を握り、構えていた。

 

〖愚者の民よ。この聖域に足を踏み入れ、生きて帰れると思わぬ事だ…。汝等はただ、我が愛刀の錆となれ。亡者と化し、この【嘆きの塔】を彷徨うがいい…〗

 

その圧倒的存在感は、あっという間に俺達を呑み込む。

システィーナは、グレン先生にしがみついて立ってるのがやっと。

ルミアも俺に隠れ、それでも肩を震るわせている。

リィエルは剣を構えてはいるが、顔色は悪く、過呼吸気味だ。

 

「…もういい。話す気がないなら、強引に聞き出す!『くたばれ』!」

 

黒魔【プロミネンス・ピラー】。

真紅に輝く超高熱の紅炎が、全てを焼き尽くす、B級軍用魔術だ。

それを

 

〖…まるで児戯。そのような愚者の牙に頼るとは…なんという惰弱。汝が誇る、王者の剣はどうした?〗

 

「…今、何した?あいつ」

 

呆然と呟いてしまう。

今の魔術はB級軍用魔術だ。

近代魔術において、B級は打ち消す事は出来ないのだ。

 

「…はっ!カウンターは中々見たいだな!!」

 

「違うぞセリカ!あれはそういうのじゃないぞ!!」

 

グレン先生が、慌てて止めようとするが、アルフォネア教授はそこに気付いていないのか、そのまま真銀(ミスリル)の剣で斬りかかる。

 

〖借り物の技と剣で粋がるか…恥を知れ〗

 

お互い一合打ち合う。

それだけなのに…決定的な事が起きた気がした。

 

「…な、なんで…私の術が…ディスペルされて…?」

 

突然、アルフォネア教授が纏っていた、剣士としての圧力が消えたのだ。

 

〖我が赤き魔刀【魔術師殺し(ウィ·ザイヤ)】。そのような小細工は通用せぬ。しかし…その剣の真なる主には、敬意を表する。よくぞこの領域まで練り上げた。…故に許せぬ…セリカよ!何処まで堕ちた…!我は失望と憤怒を抑えきれぬ!〗

 

そう言って、瞬時に背後をとったそいつは、雷光の如く、右の魔刀を振り下ろす。

 

「…チッ!」

 

辛うじて、回避が間に合ったのか、微かなかすり傷程度で済んだのだが

 

「…あっ…!?」

 

突然、膝から崩れ落ちるアルフォネア教授。

 

〖我が黒き愛刀【魂喰らい(ル·ソート)】。これの刃に触れた貴様はもう終わりだ。…見込み違いだったか。…今の汝に我が主たる資格無し…神妙に逝ね〗

 

そう言いながら、首に刀を突きつける。

その瞬間

 

「ざっけんなクソがァァァァァァァァァ!!!」

 

「ぶっ飛ばす!!!」

 

先生が早撃ち(クイック·ドロウ)からの、6連発の連続射撃(ファニング)で、1発を心臓に当てる。

俺は重力を纏いながら、全力で顔面を殴り飛ばした。

その衝撃を利用し、俺達から大きく距離をとる。

どうやら、アルフォネア教授は気絶してしまったらしい。

 

〖何だ…その妙な武器は?()()()()()()()()()()()()()()()()…?〗

 

(コイツ…銃を知らない?)

 

「心臓ぶち抜いたやったってのに、どうして生きてやがるんだ!?」

 

〖いいだろう…愚者の牙で何処まで抗えるか、試すがいい!〗

 

先生のリロードをさせまいとするコイツに思いっきり、糸をぶつける。

 

「させねぇよ!!」

 

〖その糸は…!面白い!そのような使い道があったとはな!いいだろう!!かかってくるがいい!〗

 

コイツ…この糸も知ってるのか!?

いや、今はそれより…生き残ることが優先!

俺は糸を鞭のようにぶつけながら、剣や槍を編み上げ、思いっきりぶつける。

 

〖下らん…使われてこそ意味があると知れ!!〗

 

しかし、全て弾かれる。

ふん、計算通り!

 

「うっせぇ!!こういう使い方もあるんだよ!!」

 

俺は弾かれる直前で、解いて糸状にする。

そのまま、コイツの体に巻き付けて、動きを封じる。

 

〖ぬ…これは…!!〗

 

「今だ!システィーナ!!」

 

「『吠えよ炎獅子』!!」

 

俺の合図に合わせて、ルミアの力を上乗せしたシスティーナの【ブレイズ・バースト】で、焼き払う。

一応、警戒していると、突然糸が引っ張られ、振り回させる。

 

「何!?こ、この…ガァ!?」

 

〖面白い…中々やる〗

 

炎の中から、元気いっぱいのそいつが出てくる。

 

「…くっそ!舐めんな!!」

 

俺はたまたま近くにあった真銀(ミスリル)の剣を持ち、斬りかかるも、あっという間に弾き飛ばされる。

 

「アイル君!!」

 

〖まずは貴様からだ…逝ね〗

 

漆黒の魔刀が振り下ろされる。

ああ…間に合わない…お前の防御がな。

その漆黒の魔刀は、俺の体を傷つけるには至らなかった。

 

〖何!?〗

 

「この糸の強度を、なめんなよ!」

 

糸1本を極限まで固く練り上げたのだ。

 

〖猪口才な!!〗

 

「そして…遅い!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

隙を見て、グレン先生によって、空高く放り投げられたリィエルが、ミスリルの剣をもって、斬り落ちてきた。

その速さ、まさに落雷の如く。

地面にヒビを入れるほどの一撃を喰らったそいつは、少し動かなかったが、突然動き出し、俺を蹴り飛ばしたのだ。

 

「グッ!」

 

〖…見事なり。まさか愚者の民草らに2つ持ってかれるとは…我もまだ未熟という事か…行くぞ、愚者の子らよ。我が攻勢捌いてみせよ〗

 

そう言って何かを唱えた瞬間、太陽のような球体が生成される。

それは俺の知る炎熱系魔術とは、比べ物にならないの炎熱系魔術だった。

俺は自分の持ち手札の中で、最硬の守りを発動しようとした。

しかし、それもギリギリ間に合わない。

諦めかけた瞬間…()()()()()()()()()()b()r()&()g()t();()()()()()()()()()()()()()()

 

「な、なんだよこれ…?」

 

「先生…?何がどうなって…?」

 

思わず、先生に聞くが、先生も訳が分かってはい顔をしていた。

 

〖貴方達、こっちよ。早く来なさい〗

 

突然後ろから声が聞こえてきた。

慌てて振り返るとそこには

 

「…ルミア?」

 

背中に変な翼を生やした、ルミアのそっくりさんがいた。

 

〖この状態も長くは持たない。早く離れるわよ〗

 

 

こうして、俺達は無事、危機は乗り越えた訳だが

 

〖私は…そうね、【ナムルス】とでも名乗るわ〗

 

名無し(ナムルス)…ね」

 

隠しのない露骨な偽名に、ため息が出る。

なんでも霊脈に縋り付く残留思念だとか何とか。

うん、訳分からん。

 

「ナムルスさん、私達を助けて下さいありがとうございます!」

 

〖…私はね…貴女が大嫌いよルミア。貴女だけさっき死ねばよかったのに…!貴女さえ…いなければ…!〗

 

突然のヘイトに流石のルミアも動揺していたが、持ち前のタフさで乗り切っていた。

 

〖…本題に入るわよ。単刀直入に言うわ。このままだと、追いつかれて全滅よ。誰か殿がいるわ〗

 

その言葉に皆が黙り込む。

あれを相手に殿…、つまり死ねという事だ。

 

「なら俺が残る。アルタイル、セリカを」

 

〖ダメよ。絶対ダメ。グレンとセリカは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

まさかのナムルスの全否定が入る。

生きてもらわないと困る…ね。

 

「だったら俺がやる。1番まともに攻撃できるの俺だけだし」

 

俺が立候補する。

俺なら多少はやり過ごせるだろう。

 

「ダメだ!!!残せる訳ないだろう!!」

 

「アイル君!ダメ!!絶対にダメ!!!」

 

「そうよ!いくら何でも無茶だわ!!!」

 

「あいつ…強すぎる…」

 

皆が猛反対するが、

 

「じゃあ、仲良く全滅か?それの方がよっぽど馬鹿らしいだろ。先生は相性最悪、システィーナとルミアはそもそも相手にならない、リィエルでも微妙。だったら消去法で、俺しかないでしょ」

 

〖…決まりね〗

 

ナムルスが、俺の提案に賛同してくれる。

 

「おい!勝手に決めるな!!」

 

「甘ったれんな!!!もうこれしか無いんだよ!!!あんたの肩には、他の奴らの命乗ってるのを忘れるな!!!」

 

何時までもグダグダ言うグレン先生に、喝を入れる。

そう、これしかないんだ。

 

「…大丈夫、逃げ切る時間は作ってみせるから。その後、俺もとっととトンズラするよ」

 

「…わかった。死ぬなよ。絶対に!!戻ってこいよ!!!」

 

「了解です。これ持ってて。それがきっと導いてくれるから」

 

俺は入った入口のモニュメントにひっつけた糸を先生に渡した。

 

「待って!先生!いくらなんでも!!!」

 

「少しでも生き残るにはこれしかない!!あいつの心意気を無駄にするな!!」

 

「…リィエル、ルミアを頼む」

 

そうして、皆とは反対方向に俺は歩き出した。

最後まで俺の名前を呼び続ける彼女に、顔を向ける事無く、前だけ見て歩き続けた。

 

「…やってやる」

 

そうして俺は、直ぐに仕込みに取り掛かった。

 

 

〖…何のつもりだ、愚者の子よ〗

 

そいつが来たのは、仕込みを始めて約20分たった頃だった。

 

「何のって…お前を倒すためだよ」

 

〖愚かなり…貴様如きで殺れるとでも?〗

 

「ほざいてろ」

 

こうして、俺はたった1人でこの怪物との戦いを始めた。




最近、無理やり纏めてるからか、字数が倍近くに増えてきてる。
やたら、東洋の事に詳しい爺さん、その理由の1つが、判明。
まさかの陰陽術使い。
ちゃんと原作にも出てるし…いいよね?
そして、ロクアカ版ヘラクレス、アール=カーン登場。
こんな強いやつ…どう倒すのか…?
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

タウムの天文神殿編5話

タウムの天文神殿編最終話です。
今回は糸を使った色んな新技が出てきますよ。
ちょっと…無理矢理感はありましたが、これくらいしないと、彼ではアール=カーンには勝てません。
それではよろしくお願いします。


「シッ!」

 

俺は糸を振るいながら、糸の弾を撃ち出した。

 

〖ぬるいわ!〗

 

簡単に撃ち落とされるも、俺も負けじと、弾幕を張る。

基本的にコイツに近づかれたら負けだ。

だがら、徹底的にアウトレンジで決めたい。

 

〖下らん。大口を叩いた割には…逃げてばかりか!〗

 

「ああ!?捕まえてみてから言いやがれ!」

 

俺は挑発には乗らず、あくまで時間稼ぎ、アウトレンジを徹底する。

しかし、相手も怪物。

一瞬消えたと思えば、直ぐに背後に立たれていた。

咄嗟に距離をとるが

 

〖遅い〗

 

その一言と共に、【魂喰らい(ル·ソート)】の一撃を喰らってしまう。

その瞬間、膝から力が抜けてしまう。

 

「ガバァ…!これは…マズイ…!」

 

〖終わりだ、逝ね〗

 

そのまま俺は…首を跳ね飛ばされた…。

その瞬間、体が糸に変わり、コイツの体に巻き付く。

 

〖これは!?〗

 

「悪いけど、最初から本物は別のところさ」

 

首だけになった俺は、そのまましゃべり続ける。

 

〖貴様…どうやって!?〗

 

「それを教える必要はないな。ほら術式が完成したぜ?『真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ』!!」

 

黒魔【インフェルノ・フレア】。

超高熱の灼熱業火の津波を以て、全てを飲み込み、焼き尽くすB級軍用魔術だ。

俺は体の糸を使い、拘束しつつ、方陣を組む事で発動を可能にしたのだ。

 

〖無駄だ〗

 

しかし、その拘束も力技で抜けられ、【魔術師殺し(ウィ·ザイヤ)】でかき消される。

 

〖なるほど…どうやら小細工は得意なようだな。コソコソと…まるでネズミのようではないか〗

 

そう言って、頭だけになった俺を貫く。

 

「…【マリオネット】が殺られたか」

 

【マリオネット】とは、俺が糸で編んだ人形で、他人なら言動だけ、自分なら魔術の行使すら可能な、操り人形だ。

そのうちの一体が殺られた。

既に次のトラップは用意済みだ。

 

「ネズミ上等。勝ちゃいいんだよ、勝ちゃ。ネズミ舐めんなよ?」

 

それに…窮鼠猫を噛むってね。

次は、あいつの通る道にトラップだらけにした。

あいつが最初の糸を踏んだ途端、両脇からデカい壁が推し潰そうと迫る。

 

〖下らん〗

 

バターみたいにアッサリと切りやがって。

次のトラップを切ったか。

でも次はそうじゃないぜ?

プツンって音がした途端、【ライトニング・ピアス】が、後ろから迫るも、それにも対応する。

 

〖無駄だと分からぬか!〗

 

ここの結界は、魔導兵団戦の時に使った【フェイルノート】の、広域版だ。

手に持つハープを鳴らして意図的に発動させたり、即興でトラップを増やしたり、上から編んでおいた剣や槍を無数に降らせたり、兎に角、色んなトラップを仕掛けておいた。

しかし、その全てを制覇され、遂に接近を許してしまった。

 

〖よくここまで粘ったものだ。…覚悟は良いな愚者の子よ〗

 

そう言って、斬りかかってくるそいつに俺も、剣で対応せざるを得なくなる。

必死に食らいつくも、やはり2度目も一緒。

あっという間に弾かれる。

そのまま、心臓を貫かれるも、それも【マリオネット】。

あっという間に、糸に変わり拘束しようとする。

 

〖この…愚か者!!この我に、同じ手が2度通ずると思ったか!!〗

 

そう言いながら、糸を切り払い距離をとる。

そして…足を止めた瞬間、思いっきり足を絡めて引っ張り上げる。

 

〖何!?〗

 

ずっこけるそいつに対して、俺は糸で縛り上げ、身動きを取れなくする。

 

「…捕縛成功。しっかり2度目も通じてるじゃん」

 

こうして、本体の俺が現れる。

俺はコイツが踏破したトラップ地帯の1つに、隠れていたのだ。

 

〖おのれ…!!ぬ、これは…!?〗

 

「無駄だぜ。そいつはこのフロア全体の重さだ。いくらお前でも、力づくでの脱出は無理だ」

 

俺はリィエルの時のように、このフロアそのものを重りに変えるように、糸を組み、縛りつけているのだ。

俺はトドメを刺すために、少し近づく。

その瞬間

 

「これで…!?」

 

何か呟いた途端、さっきの魔術を使ってきたのだ。

慌てて避けるが、その狙いは

 

「…何!?()()!?」

 

何とあろう事か、アイツは自爆しやがったのだ。

何を考えて…!?しまった!!!

 

〖侮っていた…よもや愚者の子如きに、1つとられるとはな〗

 

「何て…無茶苦茶な…!?」

 

コイツは地面を爆発させる事で、拘束に隙を作り、そこから抜け出してきたのだ。

 

「この…!『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』!!」

 

〖児戯!無駄と知れい!!〗

 

俺は直ぐに【グラビティ・タクト】を発動し、動きを止めようとするも、それより速く動き出し、【魔術師殺し(ウィ·ザイヤ)】で斬りかかってくる。

辛うじて躱して、蹴り飛ばそうとするがそれを防がれる。

コイツの動きは止められない…だったら!!

魂喰らい(ル·ソート)】の一撃を、全力に斥力で防ぐ。

 

〖またか…ならば!〗

 

俺に剣を向けたまま、【魔術師殺し(ウィ·ザイヤ)】が振り下ろされる。

 

「こんのぉぉぉ!!これで…どうだ!!」

 

俺は引力で地面を持ち上げて、強引に体勢を崩させる。

 

〖ぬっ…!〗

 

剣閃がズレて、その隙に体をねじ込んで躱す。

右腕を掴みあげ、全力で背負い投げをする。

 

〖ガッ…!!〗

 

そのまま、俺は全力で右拳を振り下ろした。

 

「喰らえぇぇぇぇ!!!」

 

〖ガバァ!!!〗

 

地面がひび割れる程の一撃を打ち込んで、沈める。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

やっと…倒した…。

その気の緩みが行けなかったのだろう。

突然足が切られ、【グラビティ・タクト】が解かれた。

 

「…は?」

 

〖見事…実に見事なり。よもや2つも取られるとは思わなんだ〗

 

ソイツはゆっくりと立ち上がる。

巫山戯んなよ…何で…立ち上がれる…!?

しかも…アキレス腱を切られて、動けない。

 

「…クソが」

 

〖よくここまで足掻いた。最後に名を聞こう、愚者の子よ。…いや、若き戦士よ〗

 

「…アルタイル=エステレラ」

 

〖若き戦士、アルタイルよ…。我は永遠に、汝を記憶の片隅に、留めておこう。さらば!!〗

 

ああ…これはダメだ、逃げられない。

クラスのみんな、先生、システィーナ、リィエル…そしてルミア。

ごめん、先に逝くわ。

 

〖ぬぅ…!?〗

 

その時突然、極太の極光がアイツに迫った。

それをアイツは、【魔術師殺し(ウィ·ザイヤ)】を振って、打ち消す。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

更に青い弾丸が、真っ直ぐにソイツに突撃していく。

それは…

 

「り、リィエル!?」

 

「ん。おまたせアイル」

 

撤退したはずのリィエルだった。

 

「アルタイル!待たせたな!!」

 

「アイル!しっかりして!直ぐにルミアの所まで連れてくわ!!」

 

「アイル君!!大丈夫!!直ぐに治療するね!!」

 

リィエルだけじゃなくて、先生に、システィーナに、ルミアまでいた。

 

「みんな…何で…ここに…?」

 

「何でもなにも…生徒見捨てて逃げる教師がいるかよ。それに…みんなで帰るって約束したしな」

 

「バカ野郎…!!そんな事言ってる場合じゃ!?」

 

「大丈夫よ。アイツの正体も不死性も分かったわ」

 

「…何?」

 

何でも童話の【メリガリウスの魔法使い】に出てくる、【アール=カーン】という魔人と、特徴が一緒だとか。

そして、奴は13の命を持っているらしい。

かつてに7回、さっきグレン先生とリィエルが2回計9回殺してるので、残り…4つ。

 

「なら朗報…俺が2回殺った。まあ、1回は自殺だけど。だから残り2回」

 

「自殺って…まあいい。数が少ないのはラッキーだ!お前はそのままルミアに治療して貰えよ!」

 

「ここは私達に任せて!」

 

ルミアのサポートを受けた2人が、アイツ…アール=カーンに、挑んでいく。

 

「アイル君。この傷は…」

 

「赤い方だ。問題ない…ありがとう」

 

如何にルミアの法医呪文(ヒーラー·スペル)がプロ並でも、どうやら、アキレス腱は少し時間が掛かるらしい。

目の前でシスティーナが、必死に戦ってるのを見てるだけってのは、焦りを覚えるな。

 

「…落ち着いて、アイル君」

 

いつの間にか握りこまれていた拳を、ルミアは優しく包みこんでくれた。

 

「アイル君はここまで1人で戦ってきたんだから、今くらいは休んで?…私達を信じて」

 

その目に怯えは無く、ただ優しさと慈愛が込められていた。

 

「はい、これで終わり。立てる?」

 

俺はその場で立ち上がって、ジャンプしたり、ハイキックしたりと、足の調子を確かめた。

 

「…OK。問題無し。サンキュー!ルミア!」

 

俺は直ぐに、上から戦況を確認する。

グレン先生がが、右の【魂喰らい(ル·ソート)】を抑え、リィエルが左の【魔術師殺し(ウィ·ザイヤ)】を弾いている。

 

「役割分担してるのか?確かに効果的だが…持ち替えられたら…」

 

「大丈夫、アール=カーンが【夜天の乙女】から授かった2本の魔刀は、決まった手で持たないと能力を発揮できないのよ。だから、途中で持ち変える事はしないわ!」

 

俺の疑問に答えたのはシスティーナだった。

根拠は分からんが、考えがあるなら…!

先生が蹴られ、リィエルが柄で殴られた!

俺は直ぐに【グラビティ・タクト】を起動して、

飛び降りる。

 

「『猛き雷帝よ・極光の閃槍を以て・刺し穿て』!『穿て(ツヴァイ)』!『穿て(ドライ)』!」

 

〖小賢しい!〗

 

システィーナの【ライトニング・ピアス】をあっさりと弾く隙に俺は、糸で巨大なハンマーを作り出し、思いっきり叩きつける。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

〖ぬん!!〗

 

真っ向からの力比べでは、俺の方が不利だ。

だから、たとえ解除されても、糸で身体強化してあるので、そのパワーも上乗せして攻撃した。

しかしそれでも弾かれるとか、どんな膂力してやがる。

 

「『慈悲の天使よ・遠き彼の地に・汝の威光を』!」

 

その隙にルミアが【ライフ・ウェイブ】という、遠距離治癒魔術で2人を回復させる。

 

「悪ぃ、助かった!」

 

「ん、行ける」

 

「よし…行くぞ!」

 

先生とリィエルが、それぞれの方へ攻撃を仕掛け、俺は何時でも狙えるようにしつつも、両方のバックアップに行う。

グレン先生に攻撃が当たりそうなら、重力で制御して、リィエルに当たりそうなら、糸で牽制する。

そんな中、突然立ち位置が交代した。

 

「は!?」

 

想定にない行動に、思わず声を出してしまう。

だが、とりあえず邪魔しないように、距離を取っている間に左の刀で先生の銃を弾くアール=カーン。

それを見た時、何となく悟った。

先生の様子をまともに確認せずに、リィエルに向かったアール=カーンの右手に、先生の超絶技巧【トリプルファニング】が炸裂。

魂喰らい(ル·ソート)】を弾き飛ばす。

そうだ、アール=カーンは、銃を知らない。

魔術的なものと勘違いしていたが、あれは科学的な物だ。

つまり【魔術師殺し(ウィ·ザイヤ)】の力は効かない。

直ぐに拾いに行こうとする、刀自体を俺は糸で弾き飛ばし、更に重力で思いっきり吹き飛ばした。

 

〖おのれ…!!〗

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「おらぁ!!!」

 

そんな隙だらけの姿にリィエルが、突っ込んで行く。

辛うじて防御か間に合ったが、更に俺がダメ押しのハイキックを叩き込む。

そんな状況にピンチだと感じたのか、魔術を発動させる。

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!!」

 

その様子を見た先生が、【愚者の世界】を発動。

 

〖…な!?〗

 

自分の魔術が発動しない事に驚愕している隙に

 

「『猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て』!!」

 

システィーナの【ライトニング・ピアス】が、心臓を貫いた。

これで残り1つ、これなら…!

 

〖…良かろう。汝等を我が障害と、そしてアルタイル、汝を我が好敵手と認めよう〗

 

一気に体が冷めた気がした。

ヤバイ…これはヤバイ!!!

こうして、戦いは更に激化していった。

 

 

〖よくぞ、我に此処まで喰らいついた。誇るといい〗

 

ストックをラスイチにしてから、どれだけ経った?

まるで分からないが、分かってるのは1つ。

依然、追い詰められているのは、俺達の方だと言う事だ。

 

「はぁ…はぁ…」

 

俺は糸で作った槍を片手に、限界が近い。

 

「…チィ…!」

 

先生は片膝ついてボロボロ。

 

「…ぅ…」

 

リィエルは先程キツい一撃を貰って気を失った。

更に俺達は、治癒限界にさしかかってきた。

 

「「ゴホッ…ゴホッ…!」」

 

システィーナとルミアはマナ欠乏症寸前だ。

比較的まともに動けるのは俺だけだ。

 

〖そして流石は我が好敵手。未だ立ち、構えるとは…そうでなくてはな!〗

 

「ウルッせぇ!」

 

俺は一気に踏み込み、槍を突く。

当然躱され、首を狙われる。

咄嗟に引き、ガードしつつ、勢いに任せて後ろに飛ぶ。

 

「これで!」

 

空中で糸を叩きてけるも、難なく躱される。

俺はそのまま瓦礫に巻き付けぶつけるも、バターみたいに、半分に切り裂かれる。

 

〖ぬん!〗

 

「なんの!」

 

その半分を投げつけてくるので、糸を括りつけてから、槍を投擲してぶち抜く。

その隙に一気に接近され、切られそうになる。

 

「この!」

 

〖これは…槍に付いている糸か!?〗

 

槍に括りつけた糸で、腕を絡め取り、思いっきり蹴り落とす。

 

〖ふん!〗

 

「何!?ッ!ガバァ!!!」

 

しかし蹴り飛ばされる直前、俺の足を掴んで、投げ飛ばしてくる。

まともに受け身も取れずに、モロに地面に叩きつけられてしまい、身動きが取れなくなる。

そして、アール=カーンは何事も無かったように立ち上がり、突然上を見る。

 

〖…成程、そういう事か…。まんまと騙されたぞ…〗

 

そのまま、テラスに駆け上がり…【愚者の世界】の有効範囲外に出てしまう。

 

「!?」

 

グレン先生の顔に焦りの色が浮かぶ。

そんな露骨な反応したら…!

 

〖顔色が変わったぞ愚者よ…。やはりそうであったか〗

 

そりゃ…俺達は1回も魔術使ってないもんな、気付かれるか。

 

〖小細工と虚言でよくぞ我とここまで抗えた…。褒めてやろう、汝等は愚者ではあるが、間違えなく強者だった!その褒美に…そして!我が好敵手には、尊敬を以て、苦痛なき死を!いざ神妙に…逝ねい!!〗

 

三度現れる太陽が如き炎の魔術。

あれは今度こそ、俺達を焼き払うだろうな。

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!!」

 

グレン先生がヤケクソ気味に突撃するも、明らかに間に合わない。

 

〖いと往生際悪し!晩節を汚すな愚者よ!〗

 

左の魔刀を、超高速で投げるアール=カーン。

 

「な!?」

 

「「先生!?」」

 

グレン先生は当然、俺も、ルミアも、システィーナも間に合わない。

 

「あ…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

それでも、強引に体を、意識を、全てを動かした。

動け…!動け…!!動け…!!!

その時、全てが真っ白に…でも、何か赤い線が見えた。

俺はそれに沿って…全力で槍を突いた。

 

「『抉り刺し・突き穿て・必滅の槍』!!!」

 

気付いたら…剣を叩き落としただけではなく、アール=カーンの心臓を貫いていた。

 

〖ガハ…!フフ…流石は我が好敵手。まさか、あそこから我が最後の命、貫くとは思わなんだ…!本体の影に過ぎぬとはいえ…見事だ、愚者の民草の子らよ!よくぞ我を殺しきった!汝等に最大限の賛辞を送ろう!!いずれまた、剣を交えようぞ、強き愚者の子らよ!!尊き門の向こう側にて、我は汝等を待つ…さらばだ!!!〗

 

こうして俺達は魔煌刃将アール=カーンを撃破した。

 

「…終わったのか…?」

 

俺は貫いた姿勢のまま、最後の言葉を聞き、それでも動けなかった。

やがて、力が抜け、槍が手から落ち、糸が解けていくのを、ぼんやりと見つめる。

そして、俺は倒れ込んだ。

 

「…イル!」

 

「…っかりして!」

 

「…君!…きて!…ル君!」

 

ルミア達が俺を呼ぶ声が聞こえるが、俺はそのまま、気を失ってしまったのだった。




無事倒しましたが…あの技は!?
ちゃんと糸の力に基づいた力で使っています。
実は、1番最初に考えていたものなんですが、忘れてまして…。
今回お披露目になりました。
彼がちゃんと使いこなせるようになった時、原理を説明しようと思います。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話5

タウムの天文神殿編のエピローグ兼、次の社交舞踏会編のプロローグです。
そして、皆大好きあの人の登場です。
それではよろしくお願いします。


「…ん…ん?ここは…?」

 

「あ!アイル君!目は覚めた!?大丈夫!?」

 

眩しくて目が覚めた。

どうやら、無事に外に出てきたらしい。

ここは…馬車の中か?

ていうか、、やけに顔が近いな…!?

頭の下柔らかいし…もしかして膝枕されてる!?

 

「…悪い、すぐにどく///」

 

「ダメだよ!?無理しちゃ!?」

 

「そうよ、今までずっと気を失ってなんだから」

 

隣にはシスティーナがいた。

システィーナの膝にはリィエルが眠っている。

周りを見渡せば、クラスの皆も疲れているのか、眠ってしまっている。

 

「…先生達は?」

 

周りを見渡しても、先生達の姿だけが見当たらない。

ルミアは静かに外を指さす。

指した先は、御者台だった。

 

「…ああ、なるほど…。システィーナ、今は我慢だぞ?」

 

「アイルまで何言ってるのよ!?私が何を我慢するって言うのよ!?///」

 

なるほど、既にルミアに弄られたばっかだったか。

そのままふて寝してたシスティーナも、本当に眠ってしまった。

 

「ルミアも寝ろよ。俺でよかった枕替わりにはなるぜ?」

 

「…じゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

そう言いながら、俺の肩に頭を預けるルミア。

 

「…私、すごく怖かった。二度と会えないかもって思ったんだよ…」

 

「…すまん」

 

「もう…あんな…無茶はしないで…!」

 

「…すまん」

 

俺は肩にしがみついて泣きじゃくるルミアの頭を撫でながら、よく妹に歌っていた子守唄を歌う。

その歌を聞いたからか、泣き疲れたからか、眠くなってきたらしいルミアをそっと膝に乗せてやり、優しく肩をリズミカルに叩いていると、ゆっくりと寝落ちしていった。

 

「…随分と心配かけたみたいだな」

 

俺は今回の戦いを振り返ってみた。

見事に綱渡りばっかりで、自分の力不足を痛感させられ続けた。

まあ、敵が敵だったからとは思うが…。

ふと俺は、空を見上げた。

そこにはいつものあれが浮かんでいた。

 

「【メルガリウスの天空城】か…」

 

あれはなんだ?

地下迷宮はなんだ?

【メルガリウスと魔法使い】とはなんだ?

【アリアドネ】はなんなんだ?

そもそもロラン=エルトリアとは何者だ?

魔煌刃将アール=カーン…アイツは何者だ?

それに…恐らくあいつだけじゃない。

あいつがいるなら他の魔将星もいるはずだ。

 

「…システィーナから借りるか」

 

メルガリアンになる気はないが、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』ってやつだ。

それに…

 

「あの時のあれは一体…?」

 

グレン先生を助ける時の、あの光景…あの技。

あんなの俺は知らない。

気付いたらやっていたし、初めて見えた光景だ。

…まあ、今はいいか。

 

「今は…平和を享受しよう」

 

こうして、俺達はそれぞれの帰路についたのだった。

 

 

家に帰り、ベガの相手もそこそこに、まだ体のダルさが残っていた俺は、早々にベッドに寝転がっていた。

ただぼんやりとしていた時、ふと何か気配がした。

 

「…誰だ?」

 

静かに、しかし、しっかりとした警戒心を持って窓に向かって構えた。

 

「へぇ…思ったより敏感じゃない。それに…隙も少ない。悪くないわ、貴方」

 

窓から現れたのは、赤髪の綺麗なお姉さんだった。

真紅の髪、アメジストの瞳、メリハリのある体、そして何より感じる、圧倒的魔術師としての格の違い。

この人…強い。

 

「人の質問に答えろよ。誰だって言ってんの」

 

俺は出来るだけ動揺を悟られないように、冷静を装う。

しかし、そんな見栄、見切られてるのだろうか、意地悪そうな笑みで見られる。

 

「そんな気を張らなくてもいいわよ、アルタイル=エステレラ君。私はイヴ、【イヴ=イグナイト】。帝国宮廷魔導師団特務分室室長にして、執行官NO.1【魔術師】よ。要するに…アルベルト達の上司よ」

 

「特務分室…室長…!?」

 

あのアルベルトさん達のリーダー…。

この風格も納得だが、違和感もある。

 

「でも、室長さんが知りたがる情報は持ってないですよ。秘密は守ってるし、これは全くわかんないですし」

 

俺は心当たりはなかった。

ルミアの事は話してないし、【アリアドネ】はよく分かってない。

 

「ええ、わかってるわ。私はそういう為に来た訳じゃないし。ただお話に来ただけよ。例えば…ルミア=ティンジェル暗殺事件とか」

 

どうやら、俺の日常はまだまだ、バイオレンスらしい。

 

「…で?状況は?」

 

「あら?思ったよりあっさりしてるわね。実は戦闘狂(バトル·ジャンキー)?」

 

「そんな訳ないでしょう。余計な火種はさっさと消したいんですよ」

 

そう、それだけだ。

当たり前の日常を取り戻したい、それだけだ。

 

「…そう、なら教えてあげる。まず下手人は【天の知恵研究会】よ」

 

久しぶりに聞いたなその名前。

 

「今回手を出してきたのは、その中の【急進派】と呼ばれる連中よ」

 

「【急進派】?アイツらに派閥があったんですか?」

 

一枚岩では無いだろうとは思っていたが、それでも似た者同士の集まりとは思ってたから意外だ。

 

「【白金魔導研究所】の一件から、アイツらは2つの派閥に分かれたのよ。1つが大多数を占める【肯定派】、そしてもう1つが【急進派】って訳。ここまではいいかしら?」

 

あの時から…つまりアイツらは

 

「ただ、ダシに使われたってだけって事か…」

 

「あら、いい所に気づくわね。今回襲ってくるのは【第二団・地位(アデプタス·オーダー)】という、要するに幹部クラスの奴よ。そいつらから内部情報を手に入れないと行けないのよ。何時までも、後手に回る訳には行かないわ」

 

「…で?その為にルミアを餌にする、という事ですか?」

 

「女王陛下の承認も頂いてるわよ。それと…これはトップシークレット、国家最高機密よ。決して外部に漏らさない事。肝に銘じなさい」

 

…なるほど、そう来るか。

つまり、ここからが本題って訳ね。

 

「それで、態々それを教えて、何がしたいんですか?」

 

「そうね…前置きが長くなったけど、貴方、私の部下になりなさい」

 

やっぱりか。

何で俺なのか意味わからんが。

 

「『なりなさい』って『ならない?』じゃないんですね。それになぜ俺なんです?」

 

「貴方の事を調べたわ。アルベルトの隠蔽は完璧だったけど、少し派手に動きすぎたわね。違和感が浮き彫りになってたわよ?それで調べた結果…純粋に貴方は駒として、それなりに有用だと判断したのよ。経験は浅いけど、それはいくらでも積めるわ」

 

「駒って…勧誘してる本人の対して、随分ですね…。それで?断ったらどうするんです?」

 

「あら?断るの?困ったわね…国家最高機密を教えてしまった訳だし、どうしましょう?」

 

「そっちが勝手に言っただけでしょ?」

 

そう言いながら、俺はある結晶を取り出す。

それは録音用の結晶で、勝手にペラペラ話してる様子が録音されている。

 

「コレ1個ではありませんが…どうしますか?ま、先送りがベストだと思いますが?」

 

嘘だ、これ1個しかない。

まあ、他の手段で記録には残してあるが、そこは黙っておく。

 

「あら、まさかその程度で、私がどうかなるとでも?」

 

「思ってませんよ?ただ、多少なりとも気にはなるでしょ?エリートコースを歩み続けるイグナイト公爵家の1人が、ただの学生にペラペラ国家最高機密を話したって事実は残りますよ?」

 

「その程度の秘密握り潰せないとでも?」

 

「『壁に耳あり障子に目あり』ですよ?ここがどこだか、忘れました?」

 

先代【隠者】が営む店だ。

偶に特務分室の方や、なんならこの間はゼーロスも来た。

それに、爺さん自身も聞いている。

 

「…思ってたより入念なのね、坊や。いいわ、ここは引いてあげる。…後、今度作戦会議するから。場所教えるあげるから、来なさい」

 

「了解。それには行きますよ」

 

とりあえず引くらしいイヴさんに、ほっとしながら、提案を飲む俺。

こういう腹の探り合いは面倒だから嫌いなんだ。

…そういや、いつ、どのタイミングなのか、聞き忘れたな…。

そのまま、気を失う様に眠ってしまったのだった。

 

 

目を覚ますと、いつも起きる時間だった。

 

「習慣って怖いな…」

 

まあ、いつも通り朝練に行くか。

俺はいつもの公園に向かって、いつも通りランニングした。

そう、いつも通りランニングしたのだ。

なのに…いつもより、15分も早く着いた。

 

「あれ?」

 

疑問に思いつつも、いつも通りのメニューでトレーニングをする。

外周、筋トレ、シャドー、魔力の鍛錬…。

いつもなら、かなりのスタミナを消耗し、汗も凄いのだが、今はあまり汗をかいてない。

スタミナもまだ多少余裕がある。

 

「…どうなってるんだ?」

 

「おーす…何してるんだ…お前?」

 

現れたグレン先生に、自分の事を説明する。

 

「…ちょっと手合わせしてみるか。本気でこい」

 

 

「フッ!」

 

左ジャブを躱す。

 

「シッ!」

 

右ミドルを防ぎつつ、左ジャブで牽制する。

 

「くっ!」

 

「フッ!」

 

蹴った体勢に攻撃したので、体勢を崩している。

そこに右ストレートを打ち込む。

 

「このっ…!」

 

組もうとしてくるので、右を縮めて肘で迎撃する。

 

「…逃がさない」

 

体を回転させながら、肘で追撃する。

それと同時に、膝裏を狙って、ローキックする。

 

「なっ!?」

 

予定通り落ちてきたので、左アッパーを放つ。

上がる顎をハイキックで追撃する。

 

「ガッ!?」

 

そのまま倒れ込む相手に右ストレートを寸止めする。

 

「…参った。俺の負けだ」

 

「ハァ…ハァ…!」

 

「…すごい」

 

こうして俺は、初めてグレン先生に勝った。

気付いたらシスティーナもいるし。

 

「アイル…いつの間にかそんなに強くなったの?」

 

「いや…俺も分からない…?」

 

「アイツと殺りあったからだろ」

 

システィーナの質問に呆然と答える俺に、グレン先生が立ち上がりながら、疑問に答えを出す。

 

「よく言うだろ?『強敵との戦いこそ、成長に近道』って。つまりそういう事だ」

 

アール=カーンとの戦いが…俺の糧になったって事か?

確かに今までみたいに、振り回される感じは無かった。

 

「ま、だからって調子乗るなよ?こういう時こそ、気を引き締めて、しっかり律しないといけないんだからな?」

 

「…はい!」

 

そうだ、前より強くなっただけなのだから、調子乗るなよ。

しっかり気をつけないと…!

俺はそう思いながら、槍を作り出し、少しでも昨日の感覚を取り戻そうと、素振りを始めた。

 

「おはよう、アルタイル」

 

「ん?リゼ先輩?おはようございます。何でここに?」

 

朝、登校すると3年生のリゼ先輩が来た。

 

「実は放課後、手伝って欲しい事があって…大丈夫かしら?」

 

「別にいいっすけど…何の手伝いです?」

 

「【社交舞踏会】の設営準備よ」

 

「…【社交舞踏会】?」

 

「ええ、【社交舞踏会】」

 

あ、このタイミングだ。

ほんと…空気読めよクソッタレ共。




という訳で、イヴ=イグナイト登場です。
そして…アルタイル君、強化しました。
とは言っても、あくまで基礎身体能力の向上。
戦闘技術は上がってません。
なので、俺TUEEEEにはなりません。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

社交舞踏会編第1話

社交舞踏会編開始です。
今回、ルミアちゃんを照れさせまくります。
バレンタインデー?知らない子ですね…


それはまだ、私がほんの小さな女の子だった頃。

お母さん…アリシア七世女王陛下に連れられ、定期巡幸の視察先の1つ、アルザーノ帝国魔術学院に来た時の事です。

 

「ふわぁぁ…!!」

 

天井や壁を飾る、眩く輝くシャンデリア達。

白いテーブルに並ぶ、色とりどりの美味しそうな料理の数々。

燕尾服に身を包んだ楽奏団が、優雅で楽しげな曲を奏でていて。

思い思いの服に身を包んだ学生達が、カップルを組み、曲に合わせて踊っている。

壁際では、老若男女が楽しげに話をしていて、皆笑顔で、楽しそうで。

まるで夢のような光景が広がっていました。

 

「ふふっ驚いたエルミアナ?【社交舞踏会】っていの。学院で毎年行われている伝統行事なのよ。私も学生時代は立場を忘れてはしゃいだものだわ…ふふっ、懐かしい」

 

お母さんも参加したらしいこの行事を見学していた時、一際すごい歓声と拍手が上がり、舞台に1組のカップルが現れました。

私はその女の子が来ていたドレスに、見蕩れていました。

ふわりと広がるスカートは、まるで天使の羽衣。

くるりと翻る腕のフロートは、まるで妖精の羽。

きらりとドレスを飾る宝石の装飾は、まるで夜空に輝く満天の星。

あまりの幻想的な美しさに…私は一瞬で、魂を吸い込まれてしまいました。

 

「…ふふっあのドレスが気に入りましたか?エルミアナ。貴女が心を奪われるのも、無理はありません。あれは【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】。この【社交舞踏会】の伝統的衣装であり…同時に行われる【ダンス・コンペ】の優勝カップルの女性が着ることが出来る魔法のドレス…。つまりその年1番の淑女の証なのです」

 

お母さんの説明を聞きつつも、その目はドレスにしか向いてませんでした。

 

「実は…()()()()()()()()()()()?あのドレス」

 

「え!?お母さんも!?」

 

「ええ、貴女のお父さんと参加して優勝した時に…」

 

在りし日に思いを馳せるお母さんの顔は…とても穏やかでした。

 

「私も着たいです!」

 

完全に目的を履き違えたお子様の私。

 

「あら?だったら…もうちょっと大人になって、もっともっとダンスが上手になって、この学院に入学して…貴女の手を取るに相応しい殿方を見つけませんとね?」

 

私はお母さんの不思議な言葉に首を傾げました。

 

「殿方…?」

 

「ふふっ、実はねエルミアナ。あのドレスにはこんな謂れがあるんです…」

 

それはね…あのドレスをして一緒に踊った男女は…

 

 

「ルーミーア!!」

 

突然名前を呼ばれた私は、遠くに行っていた意識が戻ってきた。

 

「どうしたの?作業の手が止まってるわよ?疲れちゃった?」

 

「大丈夫だよ。ちょっと考え事してただけだから」

 

心配そうに私を見るシスティに、私は笑顔で返した。

今私達は、敷地内南西部にある学院会館、その中の多目的ホールにいる。

【社交舞踏会】の準備に忙殺されている、生徒会長のリゼ先輩のお手伝いをしているのだ。

本来システィが、有志で手伝っていたのだが、その様子を見ていた私とリィエルも、手伝う事にしたのだ。

 

「失礼、ルミアさん。ちょっとお話いいかな?」

 

そんな時、1人の男子生徒が話しかけてきた。

 

「…はい?」

 

「ハァ…まただわ…」

 

システィのため息が聞こえる。

 

「ルミアさん。今度の【ダンス・コンペ】…パートナーとして、僕と一緒に」

 

「あ、ごめんなさい。せっかくですけどお断りしますね」

 

「…うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!ちくしょーーーー!!」

 

走り去っていく男子生徒。

 

「全くどいつもこいつも下心まる見えなんだから…本来このイベントは、軟派なイベントじゃないってのに…」

 

そう言いながら、ブツブツと怒るシスティ。

こうなるとしばらく止まらないので、そのままにしておこう。

 

「それにしても…ルミアは本当にモテるわよね」

 

「そ、そうかな…?」

 

システィの少し羨ましそうな目線に、目を逸らしてしまう。

 

「…ねぇルミア。誰かと参加する気は無いの?」

 

「!」

 

システィの言葉に思わず手が止まる。

 

「ルミアったら去年、不参加だったでしょ?それに…【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】、昔は随分と着たがってたじゃない」

 

私は、なんて言おうか迷ってしまう。

本音を探るように黙り込んで…

 

「う〜ん…あのドレスは着てみたいんだけど、やっぱり言い伝えがね…」

 

言い伝えを思い出し、一瞬、ある人の顔が過ぎったけど。

でも結局、いつもの理由を言ってしまう。

だって…ただでさえ、彼を巻き込んでるのに…これ以上巻き込んでは…

 

「『【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】を勝ち取った男女は、将来幸せに結ばれる』…そっかぁ…ルミアは気にするタイプなんだぁ〜…乙女なんだから!だったら適任がいるじゃない!」

 

「適任?」

 

何だろう…この名案閃いたみたいな顔。

大体、爆弾落としてくる時の顔だよね、これ。

 

「アイルよ!アイルを誘えばいいじゃない!」

 

そう言われた瞬間、顔が熱くなった。

 

「し、システィ!!///何言ってるの!?///」

 

やっぱり爆弾落としてきた!

 

「だからアイルと出れば、全部片付くじゃない!アイツ、去年リゼ先輩と出て、最後まで残ったんだから、いい線行けるわよ!」

 

そう、アイル君は去年、リゼ先輩と参加していた。

2人ともすごく上手だったので、よく覚えてる。

今年はリゼ先輩が忙しいので出ないらしいが、そもそも今年は断る気だったと、アイル君本人が言っていた。

 

「だ、だからって…!?」

 

「いい!?今年のアイツは、【学院人気ランキング男子の部】1位なのよ!しかもフリーなんだから、みんな狙ってるのよ!積極的な人は既にアタックしてるんだから!テレサも仕掛けるって言ってたし!」

 

「で、でも…!?」

 

システィから言われて、強い危機感を感じてしまう。

【学院人気ランキング】とは、この時期の女子の間に流れるものだ。

確かに、彼は去年以上に人気者になった。

同学年から上級生、果ては下級生まで彼のファンは多い。

本人は知らない話だが、ファンクラブまで出来ているくらい。

そんな彼が、他の誰かと踊ってる姿を想像すると…胸がモヤってする。

逆に自分が彼と踊ってる姿を想像すると…幸せな気持ちで一杯になる。

そんな夢のような事があったら…とつい思ってしまう。

でも、そんな幸せな夢はダメ。

私には許されない。

だって私は…【廃棄王女】なんだから。

 

「だから今がチャンスなのよ!!今しかないのよ!」

 

「し、システィ!?少し…!」

 

この時、心の中の葛藤と、あまりのシスティの熱量に、気付かなかった。

 

「何がチャンスなんだ?」

 

「「あ、アイル(君)!!!?」」

 

真後ろにアイル君がいた事に。

 

 

 

「これでいいっすかリゼ先輩?」

 

「ええ、ありがとう。アルタイル」

 

俺は先日から、生徒会長であるリゼ=フィルマー先輩を手伝っている。

【社交舞踏会】の設営で忙殺されている先輩の助手として、駆り出されたのだ。

それはさておき、ひとつ疑問なのだが

 

「何故グレン先生までいるんですか?」

 

「フフ…自業自得という事よ」

 

さては…とうとう給料を学院に支払うぐらいまで減給されたか?

まあそれはともかく

 

「ところで先輩。今年は出ないんですよね?」

 

「そうね、こっちが忙しいから…もしかして、私と出たかったのかしら?」

 

去年俺は、先輩のパートナーとして【ダンス・コンペ】に参加したのだが、決勝で負けてしまったのだ。

 

「いや、出ないならそれでいいんです。今年は俺も誘いたい人がいるので」

 

「まあ!あの【学院人気ランキング男子の部】1位の貴方が!?一体誰なの!?」

 

「ちょっと待って。今なんて?初耳ですよ」

 

今何やら聞きなれない言葉が出なかった?

 

「この時期になると、女子の間で密かに出回るランキングよ。去年は貴方は4位。で今年はダントツの1位よ」

 

なんだそのミーハーなランキング。

男からしたら怖いわそれ。

 

「通りで、やたらお誘いが多い訳です。知らない人ばっかりですけど」

 

「まあ、積極的な子もいるのね…で?誰なの?」

 

まるで親戚のお姉さんみたいな食い付きだな。

 

「それは成立したらわかりますよ。他にやる事あります?」

 

「それは残念ね…ええと、今日は無いわ。明日もよろしく」

 

「了解。じゃあ、お疲れ様です」

 

俺は挨拶だけして、そのまま正門に向かう。

その時、ルミアとシスティーナの声が聞こえたので

 

「お前ら何やってんだ?システィーナは知ってたけど、ルミアも手伝ってたのか?」

 

近寄ってみたが…何してんだ?

システィーナは有志の生徒の代表として、俺は生徒会側のメッセンジャーとして、よく話していたので知っていたが、ルミアまでいたとは。

まあ、そんな事より…何をそんなに驚いてんの?

 

「う、うん…成り行きで…ってそんな事より!?」

 

「ど、何処から聞いてたのよ!?」

 

「?『チャンスなのよ!』からだな。だから何がチャンスなんだ?」

 

「「な、何でもない!?気にしないで!」」

 

2人揃って何してんだが…。

まあ、確かに…チャンスだな。

…覚悟を決めろ。

 

「ルミア」

 

「な、何かな?アイル…君!?」

 

俺はズンズンとルミアに近づき、距離を詰める。

 

「…あ」

 

俺の圧に押し負けて、後ずさるルミアの背中に壁が当たった瞬間、俺は壁に手をつきルミアの動きを止める。

お互いに息遣いすら感じとれるくらい顔を近づけて、出来るだけ優しく笑いかけ、出来るだけ優しい声で囁いた。

 

「ルミア、今回の【ダンス・コンペ】…()()()()()()()

 

「…え!?///」

 

ルミアは顔を真っ赤にさせながら、驚く。

周りの生徒もかなり驚いている。

俺はそんな皆の動揺を見ぬ振りをしながら、優しく手を握る。

 

「ルミアが色んな奴らに声をかけられてるのは知ってる…でも関係ない。ルミアの隣は俺だ。俺だけの場所だ」

 

「ふぇ!?///あ、アイル君!?///」

 

「だから…逃がさない」

 

俺はそっと逃げようとするルミアの手を引き、胸元に抱き寄せる。

そのまま腰に手を当て、逃がさないようにする。

そして、至近距離で、愛を囁くような甘い声で

 

「最高の夜にしてみせる…【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】は俺が着させてみせる。だから…な?」

 

「…うん///」

 

ここまでやって、遂にルミアを、頷かせることに成功した。

 

「「「「キャーーーー!!!///」」」」

 

女子の黄色い歓声と

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!壁ドンか〜!!!」

 

「ルミアちゃん、そういうのに弱かったのか〜!!!」

 

男子の怨嗟の声が響く。

その様はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図。

半分狙っていただけに、その気分は爽快だった。

 

「…いい子だ。My fair lady」

 

「!!!?///」

 

取っていた手の甲に優しくキスを落とす。

更に燃料を投下して、炎上させてやった…ルミアがだけど。

 

「ルミア!?大丈夫!?煙吹いてるぞ!?」

 

「ってやりすぎよ!あんたのせいでしょうが!!」

 

システィーナに鋭いツッコミを入れられながら、俺達は彼女を医務室に運び込んだ。

 

 

「鬱陶しい…」

 

次の日、俺は学年問わず、男子生徒から決闘を受けさせられた。

最初は拒否ってたが、どんどんエスカレートしてくので、最終的にただの喧嘩になってしまっていた。

全く…いつの間にこの学院はこんなにバイオレンスになったのやら…。

中でも特にしつこかったのは、意外にもグレン先生だった。

大方の想像が着くが…悪いが、尚更譲る気は無い。

 

「アルタイル、少しいいか」

 

その顔は今までの巫山戯たものではなく、至って真剣なグレン先生だった。

だから、俺も真剣に向き合う事にした。

 

「…なんですか?」

 

「頼む、今からでもいい。ルミアのパートナーを交代してくれ!」

 

そう言って頭を下げるグレン先生。

ああ、そんな事されるとやりにくいな。

 

「お前の気持ちは分かってる!後でどんな事でも聞く!だから頼む!今だけは何も言わずに、交代してくれ!」

 

「…なんの説明も無しなんて、納得いくと思います?筋が通らんでしょう」

 

嫌らしい言い方だな、俺も。

でもごめん、俺にも意地がある。

他の奴らに誘われてるのを見て、思ったんだ。

たとえ、あれがただの口説き文句でも…ルミアの隣は譲れない、譲りたくない。

そう思ってしまったんだ。

 

「…すまない。話せないんだ。俺をどれだけ恨んでくれてもいい、だから…頼む…!」

 

何時までも頭を上げないグレン先生。

きっと俺が了承するまで、上げる気は無いんだうな。

 

「…はぁ。そこまでして、俺を危険から遠ざけたいの?例えば…()()()()()()()()()()()()()()()

 

俺は遂に物事の本質に踏み込んだ。

 

「な!?ど、どうしてお前がそれを!?」

 

「【魔術師】から聞きました」

 

「魔術師…?まさかイヴか!?どうしてアイツが!?」

 

誰か理解したのだろう。

この間話した事を説明した。

それにしても、すごい慌てようだな。

 

「さあ?本人は勧誘って言ってましたが…とりあえず、やり過ごしました」

 

「やり過ごすって…アイツ相手にか!?」

 

そんなに驚く?

 

「2割の真実と8割のブラフで乗り切りました…まあ、あっちも手加減したと思いますけど」

 

「アイツは最低最悪の冷血女だが、権謀術数だけはとんでもねぇんだ!今回の件もきっと陛下を頷かせざるを得ない状況にしたに決まってる!」

 

あの人、そんなに凄いんだ。

 

「…まあ、あの人の事はどうでもいいです。それより…俺は引きませんよ。絶対にルミアを守る為に…俺の意地の為に」

 

俺はグレン先生を睨んだ。

絶対に引かない…そういう意志を込めて。

その様子に、やっとグレン先生も折れてくれた。

 

「…ハァ…。仕方ねぇ。2人でやるぞ。俺はどうやって参加しようかねぇ…」

 

「システィーナにお願いしたら?」

 

俺達は歩きながら、打ち合わせをした。

 

 

「ルミア、こっちこっち」

 

「ま、待って…!アイル君!///」

 

俺は放課後、先生達と合同練習する為に、ルミアを連れて中庭まで来た。

 

「ん?どうした?早く練習しようぜ?」

 

「で、でも…!」

 

「…ごめんな、わがまま勝手で。でも…俺はルミアの【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】姿が見たいんだ。俺が…着させてあげたいんだ。…ダメ?」

 

「だ、ダメじゃ…ない…けど…///」

 

顔を真っ赤にしながらも、しっかりと俺の手を握っているルミアを、俺は優しく連れ出す。

 

「おい…あれみろよ…」

 

「あ、ああ…あの噂…本当だったのか…!」

 

「うわぁぁぁ!羨ましい!!」

 

「またアイツかよ…!!」

 

その途端、一気に注目が俺達に向く。

パートナーのいない、憐れな男どもの視線が刺さるが、俺にとっては逆に好都合。

こうやってアピールしまくれば、声をかける男も減るだろうし、護衛も格段やりやすくなるだろうという、目論見だった。

 

「うぅ…!///」

 

ただ、ルミアは純粋に恥ずかしいだろうな。

そこはすまない、我慢してくれ。

 

「って先生?聞いてるの!?」

 

システィーナの声がした方へ向くと、何やら揉めてる。

というより噛み付いてる?

 

「何してんの?」

 

「あ、ルミアにアイル!聞いてよ!先生ったら、私が説明してあげてるのに、ぼんやりしてて聞かないのよ!」

 

先生の態度に、システィーナがむくれてるらしい。

 

「…もう分かってるの?【シルフ・ワルツ】なのよ?【ノーブル・ワルツ】や【ファスト・ステップ】より、格段に難しいのよ?」

 

「へいへーい。知ってますよ」

 

「ド素人の先生のために、手取り足取り教えてあげてるんだから、もっと真面目に…な、何がおかしいのよ?」

 

突然、先生が含みのある笑いを浮かべる。

 

「いや、今回ばかりは、お前の小生意気な鼻を明かせそうだなって。【シルフ・ワルツ】だろ?本格的な舞踏大会ならともかく、学生レベルのお遊びコンペなら負けねぇよ」

 

その顔はすごいドヤ顔だか、意外なのは結構自信が、漲っているところだ。

 

「一応、去年決勝まで行った身として言いますけど、この【ダンス・コンペ】は学生のお遊びレベルじゃないですよ?割とガチでやらないと、本気でヤバいです」

 

「言ってくれるじゃない!そんなに言うなら、実力のほど、見せてもらうじゃない。試しに私をエスコートしてもらおうかしら」

 

俺が忠告する横で、システィーナがムキになって実力を見せろという。

先生も引っ込みがつかなくなったのだろう、面倒くさそうに手を取り、お互いに踊る体勢を整えた。

 

「それじゃあ、始めますよ〜」

 

ルミアが、レコードをセットして針を落とす。

流れ出す1番に合わせて踊り出した途端、周りがこっちを見だした。

無理もない、その動きは決して貴族用の優雅なものでない。

しかし、独特のエスニックさ、生命力に溢れたような動きは、上辺だけでなく、魂にまで響くような気がした。

そして、呆気に取られる俺達の前で堂々とフィニッシュを決めるグレン先生と、終始なされるがままだったシスティーナ。

そんなシスティーナを見て

 

「俺も中々やるだろ」

 

「〜!!!?///」

 

耳元で得意げに囁く先生。

慌てて距離をとるシスティーナだが、その耳は運動以外の理由で赤くなっていた。

 

「昔の同僚に相当仕込まれてな。ダンスは自信あるんだぜ?」

 

最も、グレン先生は自信たっぷりの様子で、システィーナの事には気付いていなかったが。

 

「その方って南原出身の方ですか?」

 

ルミアがそう尋ねる。

 

「お、よく気付いたな」

 

「はい、貴族用というより、その原型…民族舞踊に近い感じだったので」

 

「正解だルミア。【大いなる風霊の舞(バイレ·デル·ヴィエント)】をガチでやってた俺からしたら、余裕だな。…で、アルタイル?どうだ?」

 

俺はさっきの動きを頭の中でトレースして…

 

「…とりあえず、それは覚えた」

 

「…は?」

 

「先生、音楽よろしく。ルミア、お手をどうぞ」

 

「う、うん…///」

 

ルミアをエスコートする。

先生が音楽を流し出した途端、俺達は動き出した。

型破りなカウントにシャッセ、緩急激しいクイックステップ。

有り得ない角度のスウェイに、激しいライズアンドフォール、リバースロール。

俺では先生みたいな力強さは出せない。

だから、メリハリをはっきりつけてそれを補う。

先生にはなかった、貴族的な細やかなテクニックも加え、エレガントさも出していく。

最初はルミアもビックリしていたが、すぐにそれに着いてきてくれる。

先生達のとはまた違ったそれに、周りも見とれている。

そして、2人でしっかりとフィニッシュを決める。

 

「フゥ…フゥ…!」

 

「ハァ…ハァ…!」

 

そんな俺達に拍手喝采が巻き起こる。

とはいえ、1曲踊っただけなのに、息が上がっていた。

やっぱり見様見真似じゃ、まだまだか…。

 

「お、お前…踊れたのか?しかもいい感じで、アレンジ加えてるし…」

 

「いや?【シルフ・ワルツ】もだけど、これも初めて。先生の踊ってくれたとおりにやっただけですよ?まあ、多少アレンジしましたけど、まだ荒削りです」

 

「ルミアも…よくついていけたわね…」

 

「そうかな…。何となくこうするだろうなって分かったから」

 

こうして俺達の練習は続いた。

この日以来、俺達は優勝候補の仲間入りを果たすのだった。




という訳で新章開始です。
いきなり素人がチャレンジというより、齧ったことはある奴が、レベルアップして再登場、という形にしてくて、こんな感じにしました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

社交舞踏会編第2話

さっき今までとストックを見てきて気付きた…。
アルタイルは、独力撃破はほぼないな…。
今回はみんな大好き、あの人が登場しますよ?
よろしくお願いします。


「…ここ?」

 

「ああ、こんな辺鄙な場所にしやがって…」

 

夜も更けた頃、俺達は南地区郊外の、倉庫街に来ていた。

先生が血でルーン鍵を描くと、倉庫の扉が開く。

 

「ようグレ坊!アル坊!ひっさしぶりじゃのう!元気にしとったか!?」

 

中には【隠者】のバーナードさんがいた。

 

「ジジイ…あんたは相変わらずそうだな…」

 

「お久しぶりです。バーナードさん」

 

奥には

 

「ご健勝のようで何よりですグレン先輩。アルタイルも、元気そうで良かったよ」

 

【法皇】のクリストフがいた。

 

「クリストフ!久しぶり。そっちこそ元気そうじゃん!」

 

「クリストフ…お前も来てたのか。ていうか…仲良いなお前」

 

グレン先生は俺達の仲の良さに驚いていた。

 

「そりゃあ俺達」

 

「友達ですから」

 

そう言って俺達は拳をぶつけ合う。

ジャティスの件以降、度々会い、仲良くなったのだ。

 

「2人とも遅い」

 

ちょこんと座る、【戦車】のリィエル。

その隣で黙って立っている、【星】のアルベルトさん。

そして、奥に腰かける【魔術師】のイヴさん。

先生含めて、特務分室のメンバーが6人が揃うと、圧巻だ。

 

「先輩、アルタイル。この度は本当にすみません」

 

「全くだ。上は何考えてるんじゃ…」

 

クリフトフとバーナードさんが申し訳なさそうに顔を歪ませる。

 

「既に軍属ではない先輩だけじゃなくて、アルタイルまで巻き込むなんて…ですが、今僕達は人手が足りないのも事実なんです」

 

「今回だけはお主らの力、貸してくれんか!?」

 

そう言って頼み込んでくるバーナードさん。

 

「お前達は…俺に…怒ってないのかよ…?」

 

グレン先生は呆然と呟いていた。

俺は口を挟むべきではないと黙り込む事にした。

 

「…聞けば、アル坊がケジメつけてくれたんじゃろ?まあ、強いて言うなら…一言でも愚痴って欲しかったかのう」

 

「正直、先輩には物申したいことはあります。でも…誰よりも身を粉にして、誰かの為に戦ってきた…そんな先輩を信じています」

 

2人の優しい言葉に先生は、罪悪感を覚えたのだろう。

 

「そう…か…。今更だが…本当に…すまなかった…」

 

俯きながら謝罪していた。

 

「さて…旧交を温めるのはそれくらいにして、本題に入るわよ」

 

そんな空気をぶった切って、イヴさんが話し始める。

 

「…何をするの?イヴ」

 

「ふふっ、貴女は何も考えなくていいのよリィエル。ただ私の言う事を聞いてればいいわ。分かった?」

 

「…ん。分かったイブの言う通りにする」

 

リィエルへの態度にムカつきはするが、ここは堪える。

 

「端的に確認するわ。今回、【社交舞踏会】に乗じて王女の暗殺を狙う、組織の企てを阻止及び、首謀者の生け捕り…以上よ。何か質問は?」

 

「大アリだ。連中がなりふり構わなくなったらどうする?やはり俺は、中止させる事を提案する」

 

早速グレン先生が、反論する。

 

「それは大丈夫よ。今回の一件は【急進派】の先走りよ。下手に手を打てば、逆に粛清対象に成りかねないわ」

 

なるほど…つまり

 

「…証拠を残さずにやる必要がある。故に暗殺しかない。ってことですか?」

 

「その通りよ。賢い子は嫌いじゃないわ」

 

そう言いながら、俺に妖しく笑いかけるイヴさん。

いや、何で?

 

「…で?戦力は?」

 

「【第二団・地位(アデプタス·オーダー)】が1人、【第一団・門(ポータルス·オーダー)】が3人の、計4人よ」

 

「確証は?」

 

「私の情報は正確よ?ね、グレン?」

 

「…ッ!」

 

グレン先生は何も言わない。

どうやら、マジらしい。

 

「【第二団・地位(アデプタス·オーダー)】の奴はみんな知ってる奴よ。下手人は…【魔の右手】の【ザイード】よ」

 

名前を言った途端、皆の顔が強ばった。

 

「…誰ですかそれ?」

 

何でもパレード等の大人数集まる場所での、暗殺を得意とする、魔術師らしい。

目撃証言なし、その殺害方法、バラバラ。

あらゆる護衛をつけても、尽く破られているらしい。

それ故に、名前以外の何もかもが不明らしい。

 

「厄介ですね…」

 

「そうね、確かに厄介よ。でも私にはこれがある」

 

イヴさんは不敵に笑いながら、不思議な炎を生み出した。

 

眷属秘術(シークレット)【イーラの炎】。一定領域ないの人間の負の感情を、炎の揺らめきで視覚化出来る魔術よ。人の感情も所詮、生体内化学反応の産物と見るならば…これがある限り、私の目は欺けない」

 

眷属秘術(シークレット)?」

 

初めて聞いた言葉に、俺は首を傾げる。

 

眷属秘術(シークレット)っていうのは、固有魔術(オリジナル)の一種だ。簡単に説明すると、固有魔術(オリジナル)が魔術師一人一人なのに対して、眷属秘術(シークレット)はその家に代々伝わる固有魔術(オリジナル)だ。つまり、その家の者にしか扱えない魔術って事だ」

 

なるほど、イグナイト家専用魔術って事だ。

 

「これともう1つの眷属秘術(シークレット)【第七園】なら、会場ぐらい余裕でカバー出来るわ」

 

「けっ…本当にそんなこと出来るのかよ」

 

「それに、その感情が本物の、ザイードの根拠は?それって無差別に識別してるんですよね?囮とか使われたら、本人はノーマークですよね?」

 

「関係ないわ。単独でも複数でも…それこそ囮でも、王女を殺そうとすれば、必ず心境の変化が生じる。私の【イーラの炎】からは逃れられない」

 

俺達の反論も即答で否定される。

 

「故に、領域内にいる限り、ルミアの安全は保証されてると?」

 

「ええ、そうよ。とはいえ、敵も馬鹿ではないわ。私がいる以上、外から攻める手を用意してるはず。だから…」

 

こうして、どんどん作戦が練られていく。

この魔術に加え、傍では俺と先生とリィエル、外にはアルベルトさん、バーナードさん、イヴさん、クリストフ。

この頑丈な布陣を抜ける人間のは、ちょっと思いつかない。

 

「どうかしら?暗殺しかないって分かっていれば、案外簡単なのよ?私達の状況は最早、多少のリスクは背負ってでも、動かなくてはいけないのよ。東洋では確か…なんて言ったかしら?」

 

「『虎穴に入らずんば虎子を得ず』…ですか?」

 

「そう、それよ」

 

俺達の葛藤を察してか、挑発するように言うイヴさん。

 

「…お前達の不安はよく分かる」

 

そして、アルベルトさんもまた、俺達の心境を悟ってくれたのか、突然話し出した。

 

「しかし、既に賽は投げられた。お前達からしたら、この作戦は不本意極まりないだろう。だか後戻りは出来ん。後は手持ちのカードで如何に戦うか、だ。だから…ここに誓おう。この作戦に安易な妥協はせず、最善を尽くすと。お前達の守りたいものを俺も守ってみせると。…この命を懸けてでも」

 

この人が、こんなに饒舌だった事なんて、今まであっただろうか。

それだけ…本気でそう思ってくれてるんだ。

そう思うと、嬉しくて、力が溢れてきた気がした。

 

「アルベルトさん…ありがとうございます!」

 

「ケッ…今更お前が言える立場かよ?ああ?」

 

「ないな」

 

「分かってんなら御託はいらねぇ。精々気張りな。覚えとけよ?もしアイツらに何かあったら、イヴの次はテメェだかんな!」

 

「いいだろう、好きにしろ」

 

そんなアルベルトさんに、食ってかかるグレン先生。

 

「ち、ちょっと…!?先生!?」

 

「大丈夫だよ。2人はいつもああだから」

 

俺が慌てて止めようとすると、逆にクリストフに止められた。

 

「いつもって…大丈夫なの?」

 

「まあ、『喧嘩するほど仲がいい』ってやつじゃよ。それと…ワシらも、お主らに誓おう。絶対に守ってみせると」

 

「うん、僕も誓うよ。決して、危険な目には合わせない」

 

「2人とも…ありがとうございます」

 

2人にも力は貰った。

そうだ、もう逃げられない。

だったら…出来る事を、出来る以上にやるしかない。

とりあえず、当面は

 

「ダンスの練習…しないとな…」

 

 

 

そして、水面下で既に戦いは、始まっていた。

 

「…【魔術師】のイヴを出し抜く手段はある。なにせ、僕らの後ろには…」

 

「…この私を出し抜くのは不可能だわ。【魔の右手】のザイード…貴方の裏にはもう一人いる。ええ、見抜いてるわ」

 

「…とはいえ、相手はあの【魔術師】。裏に潜む真の黒幕に気付いているでしょう…」

 

「…すでに気付いている以上、彼らが私を出し抜く事は出来ない」

 

「…気付いているからこそ、彼女は僕達には届かない」

 

「…アイツらの力なんて要らない。私は絶対に裏で糸を引く真の黒幕の尻尾を掴んでみせる。…全てはイグナイト家の為に」

 

「…いくらイグナイト家でも…【魔術師】のイヴでも…僕の裏で糸を引く存在には届かない…」

 

奇しくも、敵対する者同士、場所だけを異なって、全く同じ事を確信し…呟いていた。

 

「勝つのは我々…帝国宮廷魔導師団よ」

 

「勝つのは我々…天の知恵研究会だ」

 

怪物同士の駆け引き、という戦いが、だ。

 

 

 

「…見つけた。コイツが犯人だ」

 

そして、また違う場所。

1人の少年が、ダーツの矢である場所を投げ刺した。

 

「確証はない。証拠もない。でも、これしかない。そんな気がする。だったら…やるしかない。敵も味方も…全て出し抜いてやる」

 

月明かりに照らされるその瞳には

 

「…ルミアは俺が守る」

 

決して消えない、仄昏い業火が浮かんでいた。




という訳で少し短めですが、ここまでです。
アルタイルが何かに気付きました。
一体何に気づいたのか…
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

社交舞踏会編第3話

何故か同じ話が2回投稿される時があるんですが…。
誰か、ご存知だったりしません?
それではよろしくお願いします。


「ったく、どいつもこいつも…人の気も知らないで…」

 

「まあまあ、仕方ないでしょ?」

 

俺達は会場の窓で賓客を見下ろしていた。

この中に敵がいるかもって思うと、気疲れしそうになる。

 

「先生…アレ、持ってますか?」

「ああ、持ってるぞ。アルタイル…あの話、本気なんだな?」

 

「…確証も証拠もないから、信じるかは任せます」

 

「俺の生徒の話だ。信じるに決まってんだろ。イヴよりよっぽど信頼してるぜ。…だからアイツも乗ったんだろうよ」

 

「…だといいですけど」

 

そう言いながら、俺は落ち着かず、何度か女子更衣室の方へ、足が向かいかけた。

一応設営しながら結界は張ってあるし、反応だけならルミアに渡したお守りがある。

それに傍でリィエルが、遠隔でイヴさんが、見ている。

だから大丈夫…そう言い聞かせていると

 

「お、おまたせアイル君。ど…どうかな…?」

 

声を掛けられ振り返ると…ルミアがいた。

 

「ごめんね…着付けに手間取っちゃって…」

 

「…」

 

俺は言葉が紡げなかった。

淡い桃色のそれなりに華やかな…それだけの普通のドレスだ。

だが、丁寧に結われた髪、薄く施された化粧、控えめに飾られたアクセサリー。

その全てが完璧なチョイスとバランスで仕上がっていた。

普段幼く見えなくもない彼女が、今はどこの社交界に出してもおかしくない、立派な淑女になっていた。

 

「あ、アイル君?」

 

そんな不安そうなルミアの声にハッとする。

彼女を不安にさせるなんて、パートナーとしてダメだろ。

俺は直ぐに彼女を褒める。

 

「…すごく似合ってる。本当に綺麗だよルミア」

 

下手な評価は、却ってチープに聞こえてしまう。

ただ綺麗、この一言で十二分。

そう思わせるほど、綺麗だった。

 

「あ、ありがとう…!アイル君も…すごく似合ってるよ!」

 

「ああ、ありがとう」

 

今の俺はバイト中の時のように、右側の髪をかきあげて、それを止めている。

唯一違うのはメガネをかけてない事ぐらいかな。

 

「おーおー。お熱いなお前ら」

 

「「せ、先生!?///」」

 

しまった…忘れてた…!

一気に恥ずかしくなって、2人揃って顔を真っ赤にする。

 

「お前ら、先に行っとけ。俺はここにいるから」

 

そう言って、そのまま窓の縁に寄り添った体勢をとる。

俺達はその言葉に甘えて、先に会場入りする事にした。

 

 

「うわ〜…相変わらず、圧巻だな…」

 

俺は去年も見た光景に唖然として見ていた。

俺はあまり堅苦しいのは得意では無いので、ちょっと落ち着かない。

 

「ふふっ、アイル君は、あまりこういうの得意じゃないでしょ?」

 

「まあな…さて、とりあえず準備運動がてら、俺らも踊るか?」

 

「じゃあ、行こっか。何組か踊ってるし…アイル君もきっと驚くよ?」

 

ん?驚く?なんの事だ?

 

「よう!アイル!」

 

「ん?カッシュ?」

 

誰かと思ったら、何とカッシュだった。

 

「本当にルミアと踊るんだな!気を付けろよ?お前、【夜、背後から刺すべき男ランキング】1位だったぜ」

 

「本当に、ロクでもないランキングばっかあるなこの学院は」

 

何だその意味不明なランキングは。

 

「そりゃお前、学院で人気の天使ちゃんの隣を勝ち取ったんだから、恨み妬みなんて掃いて捨てるほどだぞ?ま、気をつける事だな!」

 

「ああ…本当に気を付けるよ…」

 

本気で気を付けてないと、洒落にならんからな…今日の場合。

 

「全く…格式高いパーティーだというのに、男どもの品がなってませんわ!レディの扱いを心得てから来て欲しいですの!」

 

そんな怒ったような口調で、現れたのはウィンディだ。

赤を基調としたそのドレスは、確かにウィンディならば、着こなせるだろう。

 

「ウィンディもいたのか。よく似合ってるぞ。まさに1輪のバラって感じだな」

 

「あら、お口がお上手のようですわね。ですが、その言葉謹んでお受けしますわ。アルタイルも何時もとは違って、しっかり整えてますわね。良くお似合いですわよ、お2人とも」

 

俺はウィンディのドレス姿を褒めつつ、宥めといた。

ルミアは少し不機嫌そうにしてたが、ウィンディの言葉で機嫌が戻ったらしい。

 

「他の男にもアルタイルぐらいの品が欲しいですわ…。それはともかく、私も【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】に挑戦致しますわ!オーホッホッホ!!」

 

すげぇ…ここまで高笑いが似合う奴、初めて見た…。

 

「あ、ウィンディのパートナー俺な。くじ引きで決まった」

 

「…終わりましたわ」

 

「ヒッデェな!?」

 

ウィンディも出るのか…

申し訳ないが、ウィンディへの警戒は要らないな。

だって…ウィンディだし。

 

「なんか珍しい組み合わせだな?」

 

「そりゃ()()()()()()()だしな」

 

「…何?」

 

今なんて言った?

 

「名付けて【先生を金銭的に干そうぜ&アイルに赤っ恥かかせようぜ作戦inダンスパーティ】だ!」

 

「バッ!?」

 

思わず声に出そうになるのを、辛うじて防ぐ。

余計な真似をしてくれたとしか思えない。

帝国式社交舞踏会には、独特なルールがあるのだ。

それは、『誰かにダンスの誘いを受けたら、最低1回は受けなくてはならない』、というのルールだ。

もちろん強引に断る事は出来るが、その代わり追い出されてしまうのだ。

だが【ダンス・コンペ】中であるなら、断り続けても許されるのだ。

つまり、コイツらのやってる事は余計なお世話っていうやつだ。

思わず頭を抱えると、突然黄色い歓声が響く。

何事かと振り向くと、そこには銀色の少女と、()()()()()()がいた。

 

「アイツらは…システィーナ?それと…誰だ?」

 

「ふふっ、分からない?」

 

ルミアが面白そうに話しかけてくる。

曲が終わり、2人がこっちに来る。

 

「ふふん!どうだったかしらアイル?」

 

「あ、ああ…よく似合ってるぞ。まさに銀細工って感じだな。ていうか…ただの考古オタクとしか思ってなかったが…こう見ると、やっぱご令嬢なんだよな…お前…」

 

「ドレス姿の評価はありがとう。でも貴方が私をどう思ってるか、一度話し合う必要があるみたいね…。ていうかそうじゃなくて、こっちよ」

 

こっちって…そっちの男の事?

…いや?男か?コイツ…何処かで…

 

「ま…まさか!?()()()()()()か!?」

 

「ん」

 

「大正解〜♪」

 

ルミアがイタズラ成功と言わんばかりの声で言うが、それどころじゃない。

 

「私ピンと来たのよね!この子、磨けば間違えなく男装の麗人になるって!私の目に狂いはなかったわ!!」

 

「あ、ああ…今、リィエルが出なくって、ちょっと…ホッとしてる…」

 

こんな奴出られたら、逆にヤバい。

自信が無くなる…。

 

「白猫、もう居たのか。誰と踊って…って!?リィエルか!?」

 

後ろから先生もやって来る。

そしてリィエルを見て、驚愕している。

 

「どうよ!私の渾身のプロデュースは!?」

 

「…じゃあ、あれはどうするんだ?」

 

「え?」

 

俺が指さした方へ、システィーナが目を向ける。

そこには

 

「グレン…私もダンス?一生懸命…覚えた。だから…後で私と踊って?」

 

「踊ってって…お前が覚えたの男パートだろ?」

 

「え?」

 

初めて知ったと言わんばかりに目を見開くリィエル。

 

「…で?あれはどうするんだ?」

 

わざと同じ言葉を使って尋ねる俺。

 

「…ごめんなさい」

 

思いっきり目を逸らして、汗を流すシスティーナ。

というか、リィエルは何してんだよ。

護衛だろうが…まあ、今更かアイツの場合。

 

「ふふっ…ドキドキするね?」

 

ルミアがそんな事を呟いた。

 

「私…今日がずっと楽しみだったの。【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】を着て、素敵な殿方の踊るのが、私の子供の頃からの夢だったの…。でも、私は普通じゃないから…。普通じゃない私と親しくなったら、その人まで巻き込んじゃうから…。どうしても、あのジンクスが怖くて…」

 

そう言いながら、俺を見る。

その透き通った笑みは、まるで聖女みたいで…少し怖かった。

 

「バーカ。言ったろ?『最高の夜にしてみせる。【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】は俺が着させてみせる。』って。もう一度言うぞ。俺は…最高に綺麗なルミアに、最高に綺麗なドレスを、着させてみせる」

 

そう言いながら俺は膝をついて、彼女の甲にキスをした。

周りから見たその姿は、まるで女王に忠誠を誓う騎士のようだったとか。

 

「…!///ふふっ!よろしくね。My gentleman」

 

「もちろん、お任せを。My lady」

 

こうして【社交舞踏会】恒例行事【ダンス・コンペ】が始まった。

 

 

「と、格好つけたはいいが…なんと言うか…」

 

余裕の予選突破だ。

仮にも昨年準優勝カップルの片割れと、ガチの王家のお嬢様だ。

この程度なら問題ない。

ちなみに同じブロックで当たったウィンディ達は、最後の最後にウィンディが、ドレスの裾を踏んでズッコケるという、いつものオチが待っていた。

 

「やっぱりお前はすげぇな。余裕で優勝候補筆頭だぞ」

 

「まあな…あっちもそうだろ?何せ今大会、最高得点だ」

 

あっちとは先生・システィーナカップルだ。

思わぬダークホースとして、注目度も高いコンビだ。

 

「ふふ…燃えてきたねアイル君!」

 

「お、おう…そうだな…」

 

そして何故か熱くなってるルミアよ。

お前はそんな熱血キャラだったか?

 

「失礼、先程の予選、拝見させて頂きました。

とても素晴らしいダンスでした。ぼくの名前は【カイト=エイリース】。クライトス魔術学院から招かれました」

 

レオス=クライトスのいた所からか…。

内心ため息をこぼす。

さっきから、この手の輩が多いのだ。

こっちとしては気が気じゃないのでやめて欲しい。

その時、アレにグレン先生からの連絡が入る。

 

⦅気を付けろ。そいつが【魔の右手】のザイードらしい。まあ十中八九、偽物だろうけどな⦆

 

その言葉に、思わず反応しかけるのをギリギリで、止める。

 

⦅どうします?捕まえますか?⦆

 

⦅それは言ったが却下された。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

⦅…そんな話ありました?⦆

 

協力者なんて聞いてない。

そんな話、1度もしてないよな。

 

⦅自分の手柄欲しさに、隠してやがったんだよ。…絶対にしばく⦆

 

俺はため息をつきそうになった。

俺にならともかく、先生はアルベルトさん達にすら、そういう事すんのかよ。

まあ…他人の事は言えんか。

 

「なるほど、彼は昨年準優勝カップルの1人なのですね。それは納得です。それにしても…貴女のようなお美しい方と、踊れるなんては羨ましい限りですね。コンペ終了後、1曲お相手してただけないでしょうか」

 

「普通に踊るだけでしたら」

 

「ありがとうございます。それではご健闘を祈っています。…キミも、頑張ってね」

 

恭しく一礼した後、俺に握手を求める。

その手は、右手だった。

俺は一瞬躊躇ったが…そのまま握り返す事にした。

 

「応援ありがとう。…()()()()()()()()殿()

 

最後だけルミアには聞こえないように、小さく言った。

 

「…へぇ。分かっていながら、僕の右手を握りますか」

 

「伝えておいてくれ。()()()()()()()()()()()()

 

その瞬間、奴の顔色が変わった。

…ビンゴ。

だが、止められない。

何故なら、止めれば暗殺失敗だから。

そして失敗すれば…粛清されるから。

 

「…ええ、しっかりと」

 

そう言って、離れていくエイリース。

さて、ここから…どうなるかな。

 

 

それからしばらくして、本戦出場枠が決まった。

俺達と先生達は、余裕の出場確定だった。

 

「やったよ!アイル君!」

 

「まだこっからだぞ、ルミア」

 

喜ぶルミアを、俺は軽く窘める。

実際ここからは、強敵も多い。

 

「おやおや〜!?誰かと思えば、キザったらしいアルタイル君じゃねぇか?お前も本戦出場決定したらしいな〜?だが…残念!金一封を手に入れるのは、この俺様じゃあ!」

 

ほんと…こういうの似合う人だよ、アンタは。

 

「これはこれは、遂に学院に金払なくちゃいけなるほど、減給されたグレン=レーダス大先生じゃないですか!金一封…なるほど。それがあれば、うちのツケ、耳揃えて払ってくれるんですよね?ああ、安心してください…負けても払って貰いますから」

 

俺は最大限笑顔で、言い返した。

ツケというのは、アルベルトさんとかと話し合う時の料金の事である。

アルベルトさんが払ってるのに対し、グレン先生はツケという形になっているのだ。

それを持ち出された先生の顔は、真っ青だった。

 

「本当に、何で私はこんなのと…。まあいいわ。ルミア、貴女の思いは知ってるわ。でも、私は譲らないからね!」

 

「もちろん、私だって譲らないよ。それに…アイル君も約束してくれたしね。ね?アイル君?」

 

「…当然、約束は違わないさ。ルミア」

 

そう言って、俺達はお互いにいい意味で、火花を散らした。

 

「それにしても…腹減ったな」

 

「ずっと動いてるからね…何か食べようか」

 

「そうだな。腹に残らないものを探そう」

 

そう言って俺達は自然と手を繋ぎながら、食べ物を探し出したのだった。




始まりました。
ダンスコンペ。
アルタイルのカッコつけはかなり頑張ったやってます。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

社交舞踏会編第4話

ロクアカのストックが、かなりあるので投稿していきます。
それでは、よろしくお願いします。


俺達はテーブルに並ぶ数々の料理に、目移りしていた。

 

「んー、どれにする?」

 

「どれにしよう…。どれも美味しそう…!」

 

キラキラした目で料理を見てるルミアに、俺は微笑ましくなり、つい笑ってしまう。

 

「む〜!アイル君!何で笑ってるの!?」

 

「いや、ごめん。前から思ってたけど、ルミアって食べるの好きだよな」

 

そう言うと、顔を真っ赤にしながら、捲し立てる。

 

「わ、私は別に!食い意地張ってる訳じゃ!ないからね!!///」

 

「知ってるよ。ルミアは美味しいに食べてくれるし、作る側としたら作りがいのある奴だよ。それに…ルミアが嬉しそうにしてるのは、俺も嬉しい」

 

そう言いながら頭を撫でてやると、さっきとは違う理由で顔が赤くなる。

 

「う…うぅ〜!///ズルい!ほら早く!先生の分も選ばないと!」

 

「ハイハイ…ん?先生?」

 

今、何で先生の分を取ろうとした?

 

「先生、始まる前にかなり食ってたよな」

 

「え?…そういえば?何でそう思ったんだろう?」

 

俺は直ぐに、アレの反応を追う。

どうやら、視認できる範囲にいるらしく、そっちを確認する。

そこには、黒髪の女性と踊るグレン先生がいた。

その女性を見た時、無性に嫌な気配を感じた俺は

 

⦅グレン先生!⦆

 

アレを使って通信を送る。

その声に反応したのか、直ぐに突き飛ばして、距離をとる。

突き飛ばされた女性は、そのまま人混みに紛れて消えて行ってしまった。

 

「アルタイル!ルミア!無事か!?」

 

「え?私達ですか?何ともないですよ?」

 

「少し疲れたくらいですけど」

 

「そうか…」

 

俺はそう言いつつも、外で話すよう通信を送る。

 

「先生!これ!お腹すいてるかと思って、持ってきたわよ」

 

ちょうどいい所にシスティーナ達も来たので、さりげなく、護衛をリィエルに任せ、外に出た。

 

「…で?あれは誰?」

 

「【エレノア=シャーロット】。天の知恵研究会のスパイだ」

 

「は!?どうしてそんな奴が!?」

 

「…『目で見れば概ね五つの階段があり、目を瞑れば概ね八つの階段であります。沿って走れば、その幽玄なる威容に、人は大きく感情を揺さぶられることでしょう』…だとよ。これは…多分…」

 

「ビンゴですね。俺の予想は当たってたっていう事です」

 

これで確信した。

俺の勘は当たっていた事を。

 

「直ぐに皆に報告しましょう。…ああ、あの人以外」

 

そうして、アレを直ぐに連絡をとろうとするも、誰も返事がなかった。

 

「返事がない…?まさか…!?」

 

「来やがったか…!」

 

俺と先生はつい外を見てしまう。

この暗闇の中、皆が戦っている。

だから…俺も戦わないと。

 

「先生、気をしっかり持たないと…ですね」

 

「ああ、やるぞ」

 

そう言って俺達はお互いに拳をぶつけながら、会場に戻って行った。

 

 

そのまま本戦も進み、遂に決勝。

カードは俺達VS先生達だった。

共に優勝候補筆頭だったためか、その注目度はかつて無いものだった。

俺達は中央に立って、始まりの時を待っていた。

 

「…アイル君。本当にありがとう。アイル君のおかげで、今夜はすごく楽しい【社交舞踏会】だったよ」

 

「…ルミア?何言ってんだ?」

 

突然そんな、訳分からん事を言い出したルミアに、思わず動揺してしまう。

 

「勝っても負けても…私は後悔しない。今夜の事は…私の一生の宝物…」

 

「ルミア…」

 

まさか…お前、気づいてたのか…?

 

「私…今夜だけは…精一杯、本気で、頑張るよ。だからお願い…観客の皆さんに…審査員の皆さんに…私達の全てを、余す事無く見てもらおう?」

 

その顔は…最初の聖女みたいな笑みで、俺は、その笑顔が…嫌いだ。

 

「…言っただろ?『約束は違わない』って。それに…『見てもらおう?』何て、受け身じゃダメだぜ?『見せつける!』ぐらい言わないとな」

 

だから俺は、ちょっと茶目っ気を出しつつ、本気だやると答える。

 

「…!うん!やるよ!!」

 

こうして決勝戦は始まった。

 

 

 

(ごめんね…システィ。もう少しだけ…もう少しだけ、ワガママを許して。後何度、こうして思い出を作れるかなんて、分からないから。これだけは…【妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】だけは、譲れない。だから、本気で来て、システィ!本気の貴女から勝ち取る…その事に意味があると思うから!!)

 

(本気で…私に勝つ為に…真剣に踊ってるのね、ルミア。貴女はいつも…私にさりげなく、譲ってくれてたよね。知ってるよ?家族だもの。ごめんねルミア。貴女の本気を邪魔しちゃって…本当にごめん。だから…私も全力を尽くすわ!でも私、貴女の事…心の底から、応援してるから!)

 

そんな2人の思いが当てられたか、パートナー達も徐々に熱が増してくる。

激しく、荒々しく、優雅に、穏やかに…。

そんな似て非なる踊りが舞っている。

そして…二組のカップルは最後のフィニッシュを、同時に決めるのだった。

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ふぅ…ふぅ…」

 

俺達2人は、お互い肩で息をしながら、スコアボードを見ていた。

周りでは未だに拍手喝采が起きているが、正直それどころじゃない。

そして遂に、結果が出る。

それは…ごく僅かな僅差、1人でも変えてたらひっくり返った差で…()()()()()()

勝敗がついた瞬間、一瞬静寂が包んだが、それも直ぐにそれまで以上の、拍手喝采が響く。

 

「…勝ったの?」

 

呆然とつぶやくルミアの肩を、俺は優しく抱き寄せる。

 

「…言ったろ?着せてみせるって。ルミア、俺達の…勝ちだ!!」

 

「…や…やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

勢い余って抱きついてくるルミアを、俺はしっかり抱き締める。

 

「やっと…夢が叶うな」

 

「うん…うん…!!」

 

ルミアの涙を見ながら、俺は嬉しさと同時に、やるせなさが込み上げる。

 

(…こっからだ。こっからが、正念場なんだ。ルミアの夢を叶えるって決めたんだろ。絶対にしくじれないぞ俺)

 

そう、真の戦いはここからだという事を、俺は理解していた。

 

 

クラスメイトが、誰のドレス姿を見たいかで、盛り上がってるのを、ドリンク片手にぼんやりと聞いていると、不意にどよめきが聞こえる。

その方をむくと

 

「おまたせ…アイル君…」

 

妖精の羽衣(ローベ·デ·ラ·フェ)】を見に纏ったルミアが、リィエルにエスコートされてやってきた。

 

「…綺麗だ」

 

そのあまりにも幻想的な光景に、呼吸すら忘れた俺が、絞り出したかのように呟いたのがそれだった。

そうして…最後の踊りが始まる。

今迄の葛藤やらなんやらが全て…どうでも良くなってきて…。

このまま…ルミアと…一緒に…永遠に…。

 

(ザッけんなよ!!!しくじれないって決めたばかりだろうが!!!)

 

俺は自分自身に叱責する。

もうほとんど飲まれかけてる。

体も言う事を聞かない。

それでも、どうにかしないと…!

そう思っていると、ふと何か違和感を覚える。

1組だけ違う踊りをしていたのだ。

あれは…先生達!?

 

「アルタイル!!聞こえるか!?」

 

「何とか…!」

 

「だったら今すぐに動きを真似ろ!ルミアも強引に動かせ!」

 

強引にって…無茶苦茶な…!

 

「こ、こんのぉぉぉぉ!!」

 

俺は全体重をかけて、ルミアの動きに反発した。

その甲斐あってか、ルミアも正気を取り戻した。

 

「!?あ、アイル君!?何が!?」

 

「ルミア!何でもいい!適当に俺に合わせて!」

 

こうして俺達は強引に全く違う動きして、フィニッシュに漕ぎ着けた。

疲れた俺は、つい膝をついてしまう。

 

「…はぁ…はぁ…ヤバかった…!」

 

「アルタイル!大丈夫か!?」

 

「ルミア!大丈夫!?正気!?」

 

「皆…何が…!?」

 

すっかり動揺して、パニック状態のルミアの頭を撫でながら、立ち上がる。

 

「…正直、あまりにも突拍子もないって思ったよ。我ながら、無理やりすぎるって…でも、それが正解だった。そりゃそうだ。誰にもばらずに殺る…だったら、皆催眠させちまえばいい…!そうだよな?【魔の右手】のザイードさんよぉ!!」

 

そう言いながら、俺が睨んだ先にいたのは、右手で指揮棒を持った指揮者だった。

 

「…よくぞ、我が【右手】から逃れた。その舞は【大いなる風霊の舞(バイレ·デル·ヴィエント)】の【第八演舞(エル·オクターヴァ)】。まさか踊り手がいたとはな…」

 

「とある遊牧民族の魔を祓い、己が心を守る精霊舞踊だ。特に有効だろと思ってな…」

 

それを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

「これを懸念して、わざと外したのだがね…しかし、いつから気付いていた?君達2人は特に、かかりが悪かったが…?」

 

「最初からだよ。始まる前から気付いてたさ。だから…こんなものも用意しておいた」

 

そう言いながら、俺はあるものを取り出した。

それは、精神防御が施されたお守りだ。

俺が、グレン先生達に渡した、アレの正体だ。

 

「【フェイルノート】。楽器の旋律だけで魔術を発動させる、俺が編み出したテクニックだ。俺はそれを真っ先に思い出した。でも、楽器1つじゃ、到底無理だ。なら、どうしよう…?」

 

「答えは簡単。()()()()()()()()()()()。でもこれだけの数、どうやってすればいいか。だったら、自分が編集した楽曲を、自分で指揮すればいい」

 

俺とグレン先生で種明かしをする。

これが、この男の暗殺術の全てだ。

本来なら…これがわかった段階で止めるべきだった。

だが、元々イヴさんが話をしたのが、止めてどうにかなるギリギリのタイミングだったのだ。

あのタイミングを逃した俺達に出来たのは、本番で少しでも、ルミアを守りきる可能性を、あげるようにする事だけだったんだ。

 

「ただ1つ、これだけ大規模な魔術行使がどうして気付かれなかったのか?これだけが分からなかった。でも、白猫のおかげで分かったぜ」

 

「【魔曲】…よね?音楽に変換した魔術式を読み取る事で、他人の心を支配する…。実態は無いけど、立派な【魔法遺産(アーティファクト)】の1つだわ!」

 

魔法遺産(アーティファクト)】…なるほど、それなら筋は通る。

 

「…私の家にはね、代々密かに【魔曲】の秘儀が、受け継がれていてね。その運用方法だけは研究され尽くしていた。わたしは7つの【魔曲】を奏で聞かせる事で、その場に居合わせる全ての人間を掌握できる!これ程暗殺に長けたものは無い!そうだろう!」

 

遂に全て白状したザイード。

もうこの場で、聞くべき事は無い。

 

「だがタネは割れた。覚悟はいいな?」

 

俺すぐに、魔術を起動できるように身構えた。

 

「…バカめ」

 

その瞬間、右手を振り上げ、固まっていた楽団に音楽を奏でさせる。

 

「『雷帝の閃そ…』!?」

 

俺は【ライトニング・ピアス】を唱えようとして、直ぐに取り消す。

…やられた。

 

「アルタイル!?なんで止めた!?」

 

「…魔術の支配権を取られました。今魔術を使ったら…何が起こるか分からない」

 

「な!?」

 

「ほう…少年、勘がいいな。君達が何か策を弄していても、ある程度は捉えている。つまり…無駄なのだよ!この我がオリジナル、【呪われし夜の楽奏団(ペリオーデン·オーケストラ)】からは、逃れられん!!」

 

そして、周りの人間を操って、俺達を捕まえにかかるザイード。

 

「あ…あぁ…」

 

その光景を見て、顔を真っ青にしながら膝から崩れ落ちるルミア。

 

「気をしっかり!ルミア!…先生」

 

「ああ、取り敢えず逃げるぞ!」

 

そう言って先生が、柄に笛が付いた投げナイフを、上に投げる。

 

「あの辺じゃのう…そら行くぞ!」

 

バーナードさんの声がする。

その瞬間、突然俺達の体が重くなる。

 

「ハッハー!どうじゃ!わしの【重力結界弾】は!?」

 

「いや作ったの僕なんですが…」

 

「全員撤退するぞ。こっちだ」

 

上からバーナードさん、クリストフ、アルベルトさん、リィエルが落ちてくる。

俺はそれを見て、直ぐにルミアを抱えて、強引に突破する。

そして俺達は、何とか包囲網を突破したのだった。




最近、仕事へのメンタルが…持たない…。
何にもやりたくなりですね…。
そんな無気力な社会人ですが…これは頑張っていきますよ!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

社交舞踏会編第5話

社交舞踏会編は、終了です。
少し、オリジナル要素を加えました。
あとオリジナルの詠唱が出てきますが、そういう事だと思ってスルーして下さいね。
それではよろしくお願いします。


「グズッ…ヒグ…ウゥ…」

 

「ルミア…泣かないで…」

 

「そうだぜ…落ち着けって…」

 

何とか逃げ出して、近くの森に隠れている俺達だが、ルミアが中々泣き止まない。

 

「そりゃ、せっかくの舞台を台無しにされて、悔しいのは分かるが…」

 

「違うんです…私の…私のせいなんです…」

 

「はぁ?」

 

先生が励まそうしたが、どうやら思い違いらしい。

 

「本当は…分かってたんです…アイル君や先生が…【社交舞踏会】の裏で…何か為そうとしてたのは…。でも…アイル君に甘えていました…」

 

やっぱり気付かれてたか…。

コイツはその辺勘がいいからな。

 

「だって!」

 

そう言って、顔を上げて、俺を見上げる。

そんなルミアを、俺は黙って見下ろす。

 

「今日が…楽しみだったんだよ?最初は…アイル君の強引な誘いだったけど…楽しみにだったの!子供の頃からの夢が…諦めきれなかったの!きっとアイル君達が何とかしてくれる…そう思いたかった…!」

 

俺はただ、その告解を唇を噛み締めながら、受け止める。

 

「私は…捨てられた王女だから…いつ切り捨てられても、可笑しくない。いつ殺されても、可笑しくない。だから思い出が欲しかった…。先生と、システィと、リィエルと、クラスの皆と…そして、アイル君と。宝物のような思い出が欲しかったの…」

 

誰も、何も言えなかった。

16歳の少女が、抱える覚悟じゃないから。

 

「私には…そんな事すら、望んじゃいけなかった…!皆…ごめんなさい…。私のワガママのせいで皆を…!ぐずっ…ひぐっ…!」

 

「それは違う」

 

俺にこんな事言う資格は無いのだろう。

でも、我慢ならなかった。

 

「どんな生まれであれ、どんな奴であれ…夢や理想を求めるのは…自由だ。どんなものであれ、それ自体は自由なんだ。その求める夢や理想に善悪はあれど…それ自体は、誰にだって権利はあるんだ。だから…そんな事言うなよ。俺は…お前の夢を叶えようと本気だったんだぜ?」

 

そう言いながら、俺は優しく抱きしめた。

 

「ごめん…強引な手を使わなくて…。ルミアの命を守りたい。ルミアの夢も守りたい。そうやって2つを欲張った結果がこれだ。ほんと…ごめん」

 

「アイル君…アイル君…!!!」

 

ルミアは俺にしがみついて、泣き続ける。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

俺の腕の中で、泣きじゃくるその姿は、まさにただの少女だった。

天使だのなんだの言われても、根底は本当にその辺にいる、1人の女の子なんだ。

俺は…そんなルミア=ティンジェルが…好きだ。

 

 

「おいジジイ。あいつの背中、蹴り飛ばしていいか?」

 

「奇遇じゃのう…。わしもそう思っとったところじゃ」

 

「2人共…空気読みましょうよ…」

 

何やら物騒な話が聞こえてきたので、ゆっくりと離して、振り返る。

 

「さてと…ぶっちゃけノープランです。何か意見ある人」

 

「全部台無しだわバカ野郎」

 

グレン先生から軽い拳骨が落ちる。

そうは言っても、タネを明かすので精一杯だったし。

用意してても、想定以上に厄介だし。

そう思っていると、突然、人ならざる雄叫びが聞こえる。

俺とクリストフは直ぐに、探索陣を張る。

 

「せ、先生!?今のなんですか!?」

 

「この反応…魔獣の類じゃない!?」

 

「悪魔です!下級ではありますが、数は…10体!」

 

「悪魔じゃと!?おぬしが始末したはずじゃろ!?」

 

「俺達が逃げ出した時の保険…というところだろう」

 

マズイ…!

この状況にさらに悪魔なんて…俺の糸なら…やれるか?

いや…保証は…!?

 

「クソ!もう時間がねぇ!アルベルト!やれるな!?」

 

「誰に言っている。是非もない。…フィーベルを借りるぞ。いいな」

 

「わかった!おい、白猫!お前はアルベルトに着いて行け!それと…何があっても、俺を見ろ!!!」

 

「せ、先生!?一体何を言って」

 

「いいから行け!」

 

こうして俺達は二手に別れて、逃走を始めた。

 

「すまんな若人よ」

 

「ん、邪魔」

 

バーナードさんとリィエルを前衛に、俺がルミアを抱え、隣をグレン先生、後ろをクリストフが守っている。

 

「!先生!気付かれた!」

 

「ええ!こっちに向かってます!それに…先程の刺客もこっちに来てます!」

 

「おお、来よったか!スマンの嬢ちゃん!わしらさここまでじゃ!」

 

「2人共!グレン先輩は土壇場の土壇場には頼りになります!アルタイル!無理しないようにね!」

 

「グレン、アイル。ルミアをお願い」

 

そんな応援を背中に受けて、俺達はさらに走り出す。

 

「先生!俺達は何処に!?」

 

「いいから走れ!手筈が整えば、アルベルト達が何とかしてくれる!」

 

アルベルトさんが?どうやって?

俺はアルベルトさんの進む方に目を向ける。

眼科に広がる夜のフィジテ。

その先には一際デカい時計塔…。

 

「…まさか…?」

 

いやいや…ないだろ。

流石にそれは…ねぇ…?

その時、結界に反応が来る。

 

「ザイード接近!悪魔も確認!」

 

「クソ!まだここじゃダメだ!どうする…!?」

 

…仕方ねぇな。

 

「先生、俺が食い止めます。ルミアをよろしく」

 

「な!?無理言うな!相手は悪魔だぞ!?」

 

「アール=カーンよりはマシでしょ?それに…このまま全滅するよりはマシ」

 

「だからって…!」

 

「ダメ!!!」

 

突然、俺に抱えられているルミアが、大声で俺の作戦を否定する。

 

「そんなのダメ!やるなら一緒にやるの!!」

 

「でも!こうしないと!」

 

「アイル君がいないと意味ないの!!!」

 

その言葉に俺は、思わず足を止めてしまう。

 

「…私の夢にはアイル君がいないとダメなの!私の夢を叶えてくれるんでしょ!?だったら…()()()()()()()()()()!()!()()()()()()()()()()()!()!()!()

 

目に涙を溜めながら、俺に怒るルミア。

初めてルミアに怒られたな…。

それに…なんか、同じ事グレン先生が、言われてた気がするな…。

 

「…グレン先生。プランBで行きます」

 

「…で?それは何だ?」

 

俺はマリオネットを作ってから、【セルフ・イリュージョン】で、ルミアに化けさせる。

 

「先生はマリオネットを連れて逃げて。俺は…本物と一緒に迎撃します。マジで確率の低い賭けですけど…」

 

「「わかった」」

 

「…即答かよ」

 

「今までのやつより余っ程マシだからな」

 

「アイル君と一緒に戦えるなら、何でもするよ」

 

はぁ…この人達は…全く。

そう呆れながらも、不思議と笑顔を浮かべていた。

 

「よし…やるぞ!」

 

「「おう!(うん!)」」

 

俺達はそれぞれの行動を開始した。

 

 

「…何のつもりかね?」

 

ザイードがやってくる。

傍には、見るも醜い悪魔が10体。

 

「何のつもりって…そりゃ勝つ為?」

 

「それで…彼女をここに?…どうやら、あちらにもいるようだが…そんな簡単な事に引っかかるとでも?」

 

「引っかかるさ…だって…どっちが本物か、分からないだろ?」

 

そう言うと、顔を顰める。

だが、直ぐに表情を戻し、指揮棒を振る。

 

「ふん、十中八九こちらが偽物だろうが、念の為だ。彼らに君達を始末させよう。それでは」

 

そう言って俺達をスルーして、行こうとするザイードに攻撃しようとするも、それより速く、悪魔からの攻撃が来たので、まず防御した。

 

⦅想定通り、そっちに行きました。ご武運を⦆

 

⦅了解。そっちこそ無理すんじゃねぇぞ⦆

 

そう通信してから、戦闘に備える。

俺の武装は糸のみ。

まず戦力不足ではあるが、不思議と負ける気はしない。

 

「やるぞ…ルミア」

 

「やるよ…アイル君」

 

こうして俺達は悪魔祓いを始めた。

 

 

複数の悪魔が、それぞれ火・雷・氷・風を吹き出す。

俺は難なく避けて、一体に糸を振り抜く。

その一撃で死ぬ事は無かったが、どうやら傷はつけられたらしい。

だが、それもすぐに再生する。

このペースだと…死ぬな、間違いなく。

 

「おっと!」

 

「アイル君!?」

 

作戦を考えてたら、ギリギリになってしまった。

 

「大丈夫!それよりルミア!用意は!?」

 

「ごめん!もう少し!」

 

これは…マズイか?

ルミアの周りには結界が二重に用意してある。

外側は守る為の結界だが、本命の内側の結界は、守る為のでは無い。

だから、外側が破られるとその瞬間、負けが確定する。

だけど…不思議だ。

焦りがない。

死ぬ予感はある、マズいという自覚もある。

なのに…思考がクリアだ。

 

「そらよ!」

 

俺は防御の結界で攻撃を防ぐ。

こいつら、動物みたいだな。

守りに徹してると、標的をルミアに変えようとするので

 

「よそ見…してんじゃねえよ!!」

 

思いっきり殴り飛ばす。

ダメージはなくても、物理的に距離は稼げる。

だが、1ヶ所には立ち止まってはいられない。

何故なら

 

「アイル君!」

 

「チッ!」

 

止まった瞬間、囲まれるから。

こいつら、動物みたいなくせに、地味に知恵が回る。

隙を見て囲ってきたり、時間差で攻撃したりしてくるのだ。

俺は上に飛んで、ギリギリ躱す。

ふと影が被さる。

上を見ると、飛んできた悪魔が急降下してきていた。

 

「…読んでんだよ」

 

俺は空中で身を翻して、逆に蹴り落とす。

これで10体全部が1ヶ所に集まった。

 

「ルミア!行けるか!」

 

「うん!『我らを守りし天の使いよ、願わくは御名を我に貸し与えたまえ』」

 

ルミアが高々と詠い始める。

その瞬間、方陣が赤く輝き出す。

 

「『我【戦天使イシェル】の名をここに借り受ける。昏らき世界の者よ、その身を在るべき場所へと帰さん』…真にかくあれかし(ファー·ラン)

 

その瞬間、悪魔達が苦しみ出した。

悪魔祓いには、大きく2種類ある。

1つは、悪魔の名を聞き出し、それ以上の上位の悪魔の力を以て祓う。

そしてもう1つは、上位の天使の名を使って祓う方法だ。

ルミアが今やってるのは後者である。

だが、本来の司祭ではないルミアには、些か荷が重いので、俺も加勢する。

糸で、囲い込み、五芒星を描く。

 

「『東方の神、名は阿明(あめい)。西海の神、名は祝良(しゅくら)。南海の神、名は巨乗(きょじょう)。北海の神、名は寓強(ぐきょう)。四海の海神、百鬼を退け凶災を祓わん』急急如律令!」

 

東方のもので、【百鬼夜行】という異形の集団を祓う為のものらしい。

これも本物より余っ程弱いだろう。

だが、2つを合わされば、それなりに強くなったのだろう。

悪魔達が祓われ始め、少しずつ減り出てきた。

そして…最後の一体が雄叫び共に、消え失せた。




という訳で、アルタイルがやっと自分の気持ちに気づきました。
それと、アルタイルを止める為に、ルミアにはシスティーナと似たようなセリフを言ってもらいました。
ルミアの場合、盛大なブーメランなんですけどね。
まあ、書いた後に気付いたんですけどね…。
この陰陽術の言葉は実在するらしいですね。
遠慮なく使わせてもらいました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話6

今回の小話も、エピローグ兼プロローグです。
連続投稿です。
それでは、よろしくお願いします。


「はぁ…はぁ…」

 

「…やったな…」

 

俺達はお互いに、背中を預けながら、座り込んでいた。

 

⦅アルタイル!聞こえるか!?アルタイル!!⦆

 

ちょうどその時、グレン先生から、通信が入る。

 

⦅聞こえてます。そっちは片付きました?⦆

 

⦅ああ!そっちは!?無事なんだろうな!?⦆

 

⦅どっちも無事。だけど…疲れた⦆

 

そう言って通信を切る。

 

「…ルミア、本当にごめん。結局俺がしたのは…ルミアを危険な目にあわせただけだった」

 

「…そんな事ないよ。アイル君は私と一緒にダンス踊って、どうだった?」

 

「…すげー楽しかった」

 

「私も。だから大丈夫。それに…私の夢、叶えてくれるんでしょ?」

 

「…!当然!さてと、早く皆と合流するか!」

 

「そうだね!アイル君の燕尾服、早く綺麗にしないと!」

 

そう言って俺達は立ち上がって、グレン先生達のいる方へ足を進めた。

その足取りは、さっきよりかなり軽やかなものになっていた。

 

 

合流地点に行くと、俺達が最後だったらしく、そこでは

 

「てっめぇふざけんなよ!?お前の狙撃が俺の頬を掠めただろうが!一歩間違えたら俺、死んでたじゃねぇか!?」

 

「死んだだろうな」

 

「はぁ!?なんじゃそりゃ!?てめぇ、何そうあっさり言ってんだよ!?」

 

「そもそも、不用意に射線に入ったお前が悪い」

 

「んだとぉ!?」

 

「第一、何故あんな場所におびき寄せた?あの山にはもっと適した場所が、無数にあったはずだ。狙撃する身にもなって欲しいのだが」

 

「かぁ〜!てめぇは昔っから…このド畜生め!やっぱお前は嫌いだ!」

 

「奇遇だな。俺もだ」

 

グレン先生とアルベルトさんが言い争っていた。

 

「何してんだよ…」

 

「アハハ…」

 

もう、2人揃って苦笑いしかない。

それはさておき、どうやら皆、俺達優勝カップルを待っているらしい。

どうやら、催眠が解除されても一種の酔った状態らしい。

有り体に言えば浮かれてるのだ。

そして、システィーナの判断のおかげで、無事だったリゼ先輩の計らいにより、再開の運びとなったのだ。

 

「どうなるかと思ったよな…」

 

俺はルミアと一緒に踊ながら、呟いた。

 

「ありがとう、アイル君。私の事…いつも守ってくれて。私なんかの為に…必死になってくれて…大切にしてくれて…」

 

「そりゃ、当然だろ?俺にとってルミアは、大切なやつだからな…」

 

俺達は囁くように話しながら、踊り続ける。

 

「そうだとしても…私の味方でいてくれる事…守ってくれる事に、変わりはないよ。だから…ありがとう、アイル君。色々あったけど、今夜の事は…一生の宝物だよ」

 

 

 

(やっぱり… 私は、ここにいるべきじゃないのかもしれない…)

 

今回はアイル君達の尽力があったから、どうにかなった。

でも次は?さらにその次は?

こんな結末、約束されてるの?

そんな訳ない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

廃嫡された王女であり、忌むべき異能者。

そんな厄災の呼び水となる者。

アイル君は、そんな私をきっと守ってくれる。

それこそ身を挺して。

辞めてと言っても辞めないだろう。

 

(でも…私が好きになったのは、そういう人だから…)

 

それ故、もしアイル君が倒れたら?

先生が、システィが、リィエルが、皆が倒れたら?

もし、私のせいで…!

ふと、わたしのそっくりの誰かの声が聞こえる。

 

(〖 貴女さえいなければ…!〗)

 

(やっぱり…私は…ここにいてはいけない人間なんだね…)

 

でも。

それでも。

全てを失って、やっと手に入れた、自分の居場所を…本当に捨てられるだろうか…?

ああ…なんて嫌な子なんだろう…。

なんてワガママな子なのだろう…。

いずれ、自分が、皆に災いをもたらすと理解してても…!

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!())

 

 

 

「そりゃ、何よりだ…?ルミア?…泣いてるのか?」

 

気付くと、ルミアは泣いていた。

ルミアは、少し目尻に涙を浮かべ…それでも、精一杯の笑みを浮かべてこう返した。

 

「すごく…嬉しくて…幸せで…!」

 

そうして、フィニッシュまで踊りきった俺達。

拍手喝采の中、俺の腕にしがみつきながら、涙をを流すルミア。

この時俺は、ルミアの気持ちに、全く気付いてきなかった。

ルミアの抱える、迷いと葛藤に…。

こうして、大波乱の【社交舞踏会】は終了したのだった。

 

 

数日後、俺達は何時ものメンバーで登校していた。

とはいえ、朝からやる事があるらしいグレン先生はおらず、俺、ルミア、システィーナ、リィエルの4人だったが。

それはさておき、俺達の教室に行く途中に、校内掲示板がある。

そこには大抵、生徒会を始めとする各委員会からの案内や、学院からの報告だったりが貼ってある。

何時もなら、歩きながら流し読みするだけ。

今回もそうしていて、スルーしようとしたのだが

 

「…ん?」

 

…今、何かとんでもない事…書いてなかったか?

俺はバックして、掲示板まで戻る。

そして…固まった。

 

「アイル君?どうした…の…?」

 

ルミアも固まった。

 

「2人共、どうしたの?予鈴鳴っちゃう…わ…よ…?」

 

システィーナも固まった。

 

「?3人共?どうした…の?…私の名前?」

 

リィエルがその紙を見て、自分の名前だと、認識する。

ゆっくりと頬をつねるが…どうやら、夢ではないらしい。

 

「…システィーナ。大至急先生呼んできて。そのまま学院長室まで直行。ルミア、リィエル。先に学院長室行くよ」

 

「「…わかった!!」」

 

俺達は直ぐに行動を開始した。

優等生のシスティーナが、らしくなく廊下を走り抜ける。

俺はルミアとリィエルを抱えて、全力疾走する。

そのまま、ノックもなしに学院長室に入り込み、

 

「学院長!!()()()()()退()()ってどういう事ですか!?」

 

紙に書いてあった内容を問い詰める。

本当に…何時になったら、日常が戻ってくるのやら…?

本当に…トラブルしかないな〜おい!!!




さて、リィエルの退学って一体何が!?
という感じで終わらせます。
それではちょっと短いけど、失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短期留学編第1話

お久しぶりです。
早速新章スタートです。
それでは、よろしくお願いします。


「ど、どど、どういうことっすか、学院長ーー!?」

 

白猫から話を聞いた俺は、速攻で学院長室に乗り込んだ。

 

「そろそろ君も来る頃合いと思っておったよ…」

 

学院長は俺のそんな姿を見慣れなのか、冷静に対応する。

 

「確かにコイツはマジモンのバカですよ!?でも、一番成績に響く、全期末試験がまだなんすよ!?なのにいきなり落第退学なんて…絶対おかしいっすよ!!」

 

「むう…バカって言う方がバカ」

 

襟首掴まれて、ぶうたれるリィエルは無視だ。

落第退学ってのは、成績不振者に下される処分の1つだ。

基本、富国強兵が帝国の指針であるが為に、公的機関である学院は、完全実力主義だ。

それ故に、成績不振に陥っている生徒に対し、教育委員会が下すことも無くはない。

だが、指導も、補習も、追試も、留年も、一切をすっ飛ばしてってのは幾ら何でも、急すぎる。

 

「最低限、納得のいく理由や根拠の説明は、欲しいですね」

 

「絶対何かおかしいに決まってます!」

 

「学院長…お願いします。もう一度確認して下さい」

 

アルタイル達も納得してないらしく、学院長に詰め寄っている。

ふと、学院長は周りにを見渡してから、話し始めた。

 

「間違い…確かにそうと言えばそうなんじゃが…少々特殊でのう。…リィエルちゃんは、元王女のルミアちゃんの護衛として、特務分室から派遣された…そうじゃの?」

 

学院長も事情を知る人間の1人だ。

さっき確認したのは、関係者だけかどうか、という点なのだろう。

 

「そのために帝国軍…正確には国軍省総合参謀本部が、強引にねじ込んだ訳じゃが…知っておろう?この学院が、各機関の利権や思惑、縄張り争いが複雑に絡み合う混沌の魔窟じゃという事を…」

 

…ああ、そういう事か!

 

「そうっすね。ざっと考えただけ国軍省、魔導省、行政省、教導省…。最高意思決定機関である、学院理事会は、各省の息がかかった奴が日夜、水面下でしのぎを削っている」

 

そう、この国は決して一枚岩では無い。

圧倒的カリスマを誇る王室があって初めて、この薄い均衡が成り立っているのだ。

 

「つまりなんですか?国軍省の事が気に入らない奴が、リィエルを排除しようとしてるって事ですか?王女の護衛っていう利権を求めて、女王に取り入るために、邪魔してるって事ですか?」

 

どうやら察したらしいアルタイルが、不機嫌そうに言う。

その推理に、学院長も頷く。

 

「概ねその通りじゃ。恐らく、魔導省と、教導省じゃろう。一時的に手を組み、国軍省の息のかかるリィエルちゃんの排除に、動き出したんじゃ」

 

俺がついていながら…なんてザマだ…!

俺は思わず、机に手をついて、詰め寄る。

 

「…何とかならないんすか、学院長」

 

「…ねぇ、ルミア、システィーナ、アイル。ラクダイタイガクって何?美味しいの?」

 

的外れな事は言ってるが、状況のヤバさをやっと理解しだしたリィエルが、ルミア達に質問してる。

 

「食べ物じゃねぇよ…。敢えて例えるなら…二度と食べたくない味だな」

 

「ええと…それは…」

 

言いにくそうにする3人だったが、決心したルミアが、説明する。

 

「落ち着いて聞いてね、リィエル。落第退学っていうのはね…強制的にこの学院を辞めさせられる事なの」

 

「…え?それって…グレンやルミア、システィーナやアイル…クラスの皆と、もう一緒にいれないって事…?なんで…?そんなのやだ…」

 

この時ばかりは、いつも眠そうなリィエルの顔が、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

そんな顔を見てしまったら…形振りなんて構ってられない。

 

「…お願いします!学院長!」

 

そんな俺を、ニヤリと笑ってみる学院長。

 

「それにしても…つくづく毎回思うが、いつも君は運がいいのう…」

 

「それって…!?」

 

「実はのう…【聖リリィ魔術女学院】から、リィエルちゃんに名指しで、短期留学のオファーが来てるんじゃ」

 

「【聖リリィ魔術女学院】!?」

 

「…何処それ?」

 

「帝都の北西にあるリリタニア地方にある、お嬢様校よ」

 

アルタイルと白猫の会話が聞こえるが、それは無視。

 

「他校への留学は、総合成績に大きく影響する。成功させれば、誰も文句は言えねぇ!」

 

これだ!これしかない!

 

「リィエル!希望が見えてきたぞ!お前は短期留学に行くんだ!いいな!?」

 

「タンキリューガクって何?美味しいの?」

 

「ええと…それはね…」

 

今度はアルタイルが説明する。

 

「短期留学も食い物じゃねぇよ…。少しの間、違う学校に通うってことだ」

 

「…え?違う…学校?」

 

「もちろん、ずっとじゃない。2週間くらいかな?もちろんそこでちゃんと勉強しないと」

 

「…やだ」

 

アルタイルの話を遮って、リィエルが拒絶する。

 

「わたし、リューガク?…したくない」

 

この顔は僅かに眉間に皺を寄せているので、本気で嫌なのだろう。

 

「あのなぁ…状況わかってるのか!?このままだと、この学院辞めなきゃ行けなくなるんだぞ!?お前も、そんなの嫌だろ?」

 

「だったら大人しく、短期留学をだな…」

 

「それも…いやだ…」

 

リィエルは俯いて、拳を固く握り、かすかに震えていたが、この時の俺は気付いていなかった。

 

「いい加減にしろ!あれも嫌だ、これも嫌だは通じないんだよ!」

 

つい怒鳴ってしまう。

 

「先生、ちょっと落ち着いて…!」

 

見かねたのか、アルタイルが割って入るが、

 

「うるさい…。タイガク?…も。リューガク?…も。絶対やだ!グレンのバカ!大嫌い!!」

 

「「「「リィエル!?」」」」

 

俺達が慌てて止めるも、間に合わず。

そのまま部屋を出ていってしまう。

 

「あのバカ…!学院長!留学の件、前向きに検討します!お前ら!アイツを追うぞ!とっ捕まえてお尻ペンペンの刑じゃあァァァァァァァァ!!」

 

 

 

「リィエル、どこ行ったんだろう…?」

 

「学院内にいてくれるといいんだけど…」

 

「外に出られるとマズイな…。あいつ3日はサバイバル出来るし…」

 

俺達は、飛び出して行ったリィエルを、探しに出てきた。

ウロウロしていると、反応を見つけた。

 

「いた、こっちだ」

 

「本当か!?分かるのか!?」

 

「すり抜けられる時に、糸引っ掛けておいたんで」

 

「本当に何でもありだな…その糸」

 

俺はそんな呆れた声を無視して、反応のある方に、歩く。

辿り着きた先は

 

「教会?こんな所に?」

 

敷地内にある教会だった。

こんな所に、こんなのがあるなんて。

 

「信心深い人の為の場所だからね」

 

「ふーん。…それはそうと先生。確かにリィエルは、ワガママ言ってる場合では無いけど、ちゃんと話聞いてあげてね」

 

「それってどういう…?」

 

俺は答えずに扉を開ける。

先生が不思議そうに首を傾げながら、後に続く。

奥にいる神父さんに近づきながら、話しかける。

 

「すみません。ここに青髪の小柄な女の子来ませんでしたか…ん?」

 

この人…見覚えが…?

 

「!?お前、アルベルトか!?」

 

「「「え!?」」」

 

「…久しいな。いや、それほどでもないか」

 

バサッと脱ぎ捨てたその姿は、特務分室の制服を着たアルベルトさんだった。

 

「流石元司祭、違和感無かったな…。ていうか、お前役者として食っていけるんじゃ…」

 

確かに、間違えなくいけるなこの人なら。

そんなグレン先生の言葉を無視して、アルベルトは先生を咎める。

 

「グレン、今回のリィエルの件、お前がいてなんてザマだ」

 

「クッ…!知ってたのかよ…!」

 

もう情報が行ってるのか…早いな。

そんな俺達の驚愕を無視して、講壇にある神像の裏に手を伸ばす。

そこから、手足を縛られたリィエルが現れた。

 

「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

「…マジかよ…」

 

「お前…いつの間に!?…ていうか、何処に隠してんだよ…罰当たりだな」

 

「ふん、信仰などとっくに捨てた」

 

リィエルは、逃げられないと悟ったか、ブスっとしながらも、膝を抱えながら座り、丸まっていた。

 

「アルベルト、上層部で何とかならねぇのかよ。元とはいえ、王女の護衛だぞ」

 

「無理だ。建前上、王位を剥奪された平民だ。そもそもの目的が、自分達の息のかかった奴を護衛として、つけることだ。故に交渉で取り下げる事はないだろう」

 

「かぁ〜!!流石政治屋共だ!クソうぜぇ!!そういうのは、地獄でやってろ!!」

 

「つまり…正攻法で突っぱねるしかないって事?」

 

「そういう事だ」

 

逆に厄介だ。

搦手を使ってきたなら、こっちも搦手を使えばいいのだが、正攻法には下手な小細工は通用しない。

それに今回は、こっちには小細工する余地がない。

 

「おいリィエル。話は聞いてたな 。お前がここに残るには、少しの間、我慢するしか…」

 

「…やだ…」

 

はぁ…だから話を聞けって…。

しょうがないな…。

 

「あのなぁ…だがらワガママ言ってる」

 

「先生。ちょっと待って」

 

俺は先生の言葉を途中で遮る。

そのまま、リィエルと目線を合わせて、話しかける。

 

「なぁ、リィエル。どうしてそんなに嫌なんだ?俺らに分かるように教えてくれないか?」

 

今のリィエルはただをこねてる子供と一緒だ。

だからきっと…

 

「私は…グレンや、システィーナ…ルミアやアイル…皆と…離れたくない…また…1人には…なりたくない…」

 

「「「…!!」」」

 

やっぱりな。

俺はリィエルの頭を優しく撫でてやる。

 

「そうなんだな。ありがとう、教えてくれて。…先生、リィエルはまだ幼いんですよね?なんも知らない環境にたった1人で放り込まれる…。それってすごい怖い事だと思いますよ?やらなきゃいけない事でも…ちょっと、酷ってもんじゃないですか?」

 

「リィエルは見た目こそ、周りと変わらない14,5歳だが、精神はそうでは無い。今までは亡き兄を拠り所としてきたが、今はお前や王女、フィーベルや、エステレラなどクラスメイトが、拠り所だ。今のこいつからそれらを一時的とはいえ、引き離すのは…幼子から母親を奪うに等しい行為だ…。察してやれ」

 

グレンは、あまりにも不甲斐ない自分に、歯噛みする。

 

(アルベルトはともかく…まだ付き合いの浅いアルタイルすら気付いたってのに俺は…!)

 

そんな後悔しているであろう先生を見ながら、

 

「で?アルベルトさんがここにいるって事は、上層部も何か手を打ったって事ですよね?」

 

俺は気になっていた事を言う。

この人が出てきたって事は、状況が動いたいう事だろう。

この言葉に、ハッと顔を上げる。

 

「その通りだ。上層部としても、王女の護衛というカードは切りたくない。故に、王女とフィーベルにもオファーの案内が来るように、翁が工作に動いている。まもなく来るだろう。俺はそれを伝えに来た」

 

その言葉にルミアは嬉しそうに手を叩く。

 

「確かにそれならいいですね!リィエルも安心出来ますし!」

 

システィーナは苦笑いしながら、首を傾げていた。

 

「それ…思いっきり間違ってるような…」

 

「相変わらず仕事はえーな!?そういう事は先に言えって!!やったなリィエル!これなら寂しくねぇぞ!」

 

「…グレンは?」

 

「「え?」」

 

俺と先生が、ホッとしているとリィエルがそんなことを言い出した。

 

「グレンも一緒じゃないと…いや…」

 

「いや…俺は流石に…男子禁制の女子校だぞ…?」

 

こればっかりは俺もどうとも言えない。

流石に、男が入るのは…無理だろ。

 

「いや、今回は短期留学に伴った臨時講師の派遣という形で、お前にも行ってもらう」

 

ん?今すごいこと言ったなこの人。

 

「はぁ!?何言ってんだよ!?俺男だぞ!無理に決まってんだろ!」

 

「案ずるな…既に手は打ってある」

 

手は打ってある…か。

猛烈に嫌な予感が…。

そう思った瞬間、豪快な破壊音と共に、教会の壁が吹き飛ぶ。

その空いた大穴から現れたのは、つい先日学院に復帰したアルフォネア教授、その人だった。

 

「セリカ!?復帰早々何やってんだ!?神様に喧嘩売るのが最近の流行りなのか!?」

 

混乱して訳分からん事を言うグレン先生。

…なるほど、流行りなのか。

 

「俺も乗るべきか?喧嘩売るの得意だぞ?」

 

「アイル君?」

 

「…サーセン。冗談です」

 

ルミア…そんな怖い笑顔はやめてくれ…。

 

「話は聞いたぞ!私に任せとけ!」

 

そう言って、胸の谷間に手を突っ込んで、小瓶を取り出す。

いや、何処にしまってんの!?

そんな事に驚いていると、突然中身を口に含み、なんの躊躇いもなく、グレン先生にディープキスをした。

 

「「「な!?」」」

 

驚く俺達を無視して、濃厚なキスを続ける2人。

システィーナ…怒るか恥ずかしがるか、どっちかにしろよ。

ルミア…顔隠してても、開いた指の隙間から覗いてるの、気づいてるぞ?

 

「て、てめぇ!いこなりなにしやがる!?今何飲ませた!?」

 

我に返ったグレン先生が、強引に引き剥がす。

 

「大丈夫、大丈夫!痛くはしないさ!『陰陽の理は我に在り・万物の創造主に弓引きて・其の躰を造り替えん』!」

 

指を鳴らしながら、得意げに魔術を発動する教授。

その瞬間、異変が起こった。

 

「ぐぉぉ…!?な、なんだ…?体が…熱い…!がァ…!があぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

膝をついて苦しみだすグレン先生。

その体からは、煙が立ち上りだし、明らかに鳴ったらまずい音が聞こえる。

 

「せ、先生!?大丈夫ですか!?」

 

「まあ、待て。大丈夫だから離れてろ」

 

慌てて近づこうとするシスティーナを教授は止める。

やがて苦しむ声と煙が収まり、現れた先生の姿に、俺達は絶句した。

あのリィエルすら、目を見開いて固まっていた。

 

「ゲホッ…ゲホッ…ったく、セリカ。妙なイタズラはやめろよ…?なんだお前ら?俺の顔に何かついてるのか?ていうか…さっきから声が甲高いな…風邪でも引いたか?髪も妙に長いし…なんか変だな」

 

「えっと…グレン先生…ですよね?」

 

俺は思わず、確認を取ってしまう。

いや、無理ないって。

だって…

 

「はぁ?何言ってんだお前?俺以外の誰に…ぽひゅん?」

 

そう言いながら、自分の胸を叩くと、慣れない感触気づいたのか、下を向く。

 

「ふむ、俺の固有魔術(オリジナル)戦力測定眼(O·スカウター)】の計測によれば…戦闘力はルミアとほぼ互角…87ってところか…。いや、我ながら中々…って何ぃぃぃ!!!?なんじゃこりゃあ!?おぱーい!?」

 

あ、本物のグレン先生だ、あれは。

そう、グレン先生の胸には中々のサイズ感を誇る胸があったのだ。

それはつまり…

 

「ぎゃー!!本来ないべきがあって、あるべきものがなーい!!」

 

つまり、()()()()()()()()()()()

しかも中々の美人。

 

「ちょ!?先生!女性の胸を無遠慮に揉むなんて…あれ!?この場合は!?どうなるの!?」

 

「いや、とりあえずお前は落ち着け」

 

そして一緒くらい混乱するシスティーナ。

何故お前まで混乱する…?

 

「セリカてめぇ!!俺に何しやがった〜!!」

 

「【セルフ・ポリモルフ】でお前を女にした!」

 

なんとも即答かよ。

 

「協力感謝する。元【世界】のセリカ=アルフォネア」

 

「てめぇの差し金か!?」

 

アルベルトさんに食ってかかるグレン先生。

そんな叫びを一蹴するアルベルトさん。

 

「吠えるな。お前を女性に変身させ、リィエル共に編入させる。それが上層部の作戦だ」

 

「ざっけんな!!勝手に人を巻き込むな!!」

 

掴みかかろうとするので、慌てて止める。

これは…肉体に引きずられてるのか、力も少し弱い。

 

「ま、まあまあグレン先生…。短期留学の間だけですって…ここは、ね?」

 

「他人事のように言っているが、エステレラ。お前も同様に、女性に変身させ、聖リリィ魔術女学院に行ってもらうぞ」

 

「ちょっと待て!?なぜ俺まで!?」

 

速攻で掌返して、アルベルさんに食いつく俺。

 

「王女の護衛だ。現状、グレン達だけでは無理がある。お前の補助が必要なのだ」

 

「…一応聞きますけど…この作戦、考えたの誰?」

 

「【魔術師】のイヴ=イグナイトだ」

 

「「あのアマァァァァァァァァ!!!」」

 

思わず叫ぶ俺達。

あの女…覚えとけとよ?

 

「ともかく、これで一緒に行ける算段を立てられる。これでいいな、リィエル」

 

「ん。2人も来てくれるなら問題ない」

 

「「問題大ありだ!!」」

 

「そ、そ、そうですよ!?問題大ありです!だって…せ、先生が女性になったらわ、私困ります!早く戻してください!だ、だいたい許せませんよ!私より胸…が…!」

 

「し、システィ?ちょっと落ち着こう?ね?」

 

システィーナが、自分の言葉にダメージを受けて沈みこんだ結果、場が更に混沌と化す。

 

「全く…少しは察しろ。俺が嫌がらせだけでお前を女に変えたと思うのか?」

 

その真剣な目に、思わず後ずさりする俺達。

 

「それは…」

 

「まあ、半分は嫌がらせだが」

 

「うぉぉぉい!お前、段々いい性格してきやがったな!?」

 

「その嫌がらせに俺を巻き込むな!」

 

俺もツッコンでしまう。

この人…こんな性格だった?

 

「落第退学処分…これ自体はあっても不思議ではない…だが、狙い済ました様はタイミングで、聖リリィ魔術女学院からのオファー…妙だとは思わないか?」

 

「…確かに、それは俺も思いました」

 

そう、あまりにも出来すぎた話なのだ。

しかも、システィーナのような優等生ならまだしも、問題児のリィエルだ。

本当なら絶対にありえない。

 

「…【Project:ReviveLife】か」

 

「かつて帝国魔術界再暗部にして、奴等すら関わった禁呪。…俺には上層部以外の思惑があるとしか思えんのだ」

 

「…はぁ、んな事言われたら、行くしかねぇだろうが」

 

「頼む、俺達は連中の足取りを追うのに手一杯なのだ」

 

「ああ…この間の一件で、進展があったんですよね。お疲れ様です」

 

先日の【社交舞踏会】の一件で、幹部クラスを捕まえた帝国軍は、今躍起になって、天の知恵研究会を追っているのだ。

 

「はぁ…しゃーねーな。可愛い妹分の為に、一肌脱いでやるよ」

 

肩を竦めながら、リィエルの頭を雑に撫でるグレン先生。

さてと…それじゃまず俺は…

 

「聖リリィ魔術女学院とやらを調べますか」

 

「その前に…」

 

ルミアの声に振り返る。

何かあったか?

 

「アイル君も女の子にならないとね。男の子は行けないから」

 

「…」

 

Jesus、忘れてた。

俺はそっと逃げようとするも、それより速く、ルミアが俺の背後をとる。

こいつ!?いつの間に!?

 

「アルフォネア教授…お願いします♪」

 

「おう任せろ!」

 

意気揚々と近づくアルフォネア教授に、言いようのない恐怖を感じる。

食べられる前のエサってこんな感じ…?

 

「ちょ!?待て待て待て!離せルミア!わかった!わかったからせめて自分でんんー!?」

 

こうして俺も女の子になってしまった。

我ながら美人になったとは思う…。

かなり複雑だが…。

身長は160ぐらいに縮み、艶のある黒髪は腰くらい長い。

スタイルはずば抜けた点はなく、バランスは整っている。

女子的には黄金比なんだとか…よくわからんが。

その結果、システィーナにだけではなく、ルミアにまで、すごく睨まれた。

…解せぬ。

こうして、アルタイル=エステレラ改め、【アイベル=エスティア】が誕生した。




女子バージョンの名前は結構苦労しました。
どうやったら、女の子っぽくかつ略したらアイルになるか、悩みましたね〜。
それにしても、新刊読みました。
…イヴさん!カッコよぎるでしょ!!!
もうね、惚れたねイヴさんに。
Yes!Your Excellency!!!
…失礼、取り乱しました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短期留学編第2話

連続投稿です。
女性口調が迷子になってますね〜。
それではよろしくお願いします。


女体化事件から、やや経ち、移動を開始してから4日目の朝。

この数日色んなことがあった。

ベガがパニックを起こすし、爺さんがアルフォネア教授を呪い出すし、婆さんがノリノリで着せ替え人形にしようとするし。

そんな事もあったが、俺達は無事に、朝霧に包まれるアルザーノ帝国首都、【帝都オルランド】に着いた。

その威容は、とても雄々しく、美しい。

俺達は、早速【ライツェル・クロス鉄道駅】で、切符を人数分買い、ホームで電車が来るのを待っていた。

 

「ここが五番線ホーム。電車は11時発。今は…10:50。よし!問題なしね!」

 

細かい確認はシスティーナに任せ、俺は周りを見ていた。

鉄と油と石炭の匂いの中に、美しい花壇があった。

それは…俺達と同じく、聖リリィ魔術女学院の制服に身を包んだお嬢様達が、姦しくたむろしていたからだ。

 

「ふふ、驚いたかしら、アイル…じゃなかった。()()()()!」

 

「…だから、辞めてくれって…」

 

「でも今から読んでおかないと慣れないんだもん。ね?アイル君…じゃなかった。()()()()さん!」

 

「お前らワザとだろ!?だがらアイルでいいって!」

 

思わずため息をつく俺、アルタイル=エステレラ。

改め、アイベル=エスティア。

得意げに説明し出そうと、システィーナが口を開いた瞬間、ブオォォォォォォォォ!!

と、蒸気機関車がなる。

その威容に、俺達は揃って目を見開いていた。

 

「魔術も無しに…こんな鉄の塊が地を走るなんて…」

 

「これが、魔術を使えない人達の叡智の結晶か…。尊敬するぜ、本気で」

 

「うん…。人は魔術に頼らなくたってここまで出来るんだよね…」

 

いつか、魔術すら必要なくなるかもな…。

そんなありもしない未来に思いを馳せていると

 

「クソー…うるせぇ…誰だ、こんなうるせぇモン発明したアホは…近所迷惑だろうがチクショウ…」

 

「台無しだよバカ講師」

 

俺は思わず、真顔でツッコミを入れてしまう。

蹴らなかっただけマシだ。

 

「うるせぇ!いいから乗り込むぞ!忘れ物すんなよ!?」

 

先生の号令で乗り込もうとして、一応忘れ物がないか確認する為に、周りを見回したら…。

 

「…()()()()()()()()()()()()()()!()?()

 

「「「…え?」」」

 

「…Jesus」

 

思わず呟いてしまった。

蒸気機関車に感動してる暇なんて、無かった。

 

「おいおい!マジかよ!?あのバカ!離れるなって言ったのに!?」

 

「どど、どうしましょう!?もう出ちゃいますよ!?」

 

「とりあえず俺が探してくるから、お前らはここにいろ!!あのクソガギャ!!どこ行きやがったー!!」

 

そのまま、爆走していくグレン先生を俺達は見守るしか無かった。

 

「…アイルさん?糸は?」

 

「着けてない」

 

ルミアの縋るような言葉に俺は、即答する。

それから数分後、同じ制服を着て、眼鏡をかけた小柄な女の子と一緒にリィエルが来た。

 

「リィエル!貴女どこにいたの!?心配したんだからね!」

 

「よかった…」

 

システィーナとルミアがホッとしたように、リィエルに近づく。

俺は一緒にいた女子生徒に少し躊躇いながらも、お礼を言う。

 

「私の友達がご迷惑をおかけしたようで…申し訳ございません。ありがとうございました」

 

「い、いえいえ!?そんなご丁寧に!?気にしないでください!」

 

出来るだけ丁寧に対応したら、慌てて、手を振られる。

 

「ゆっくりお礼をしたいのですが…時間が…。先に乗ってしまいましょうか」

 

「そ、そうですね!早く乗りましょう!」

 

そう言って俺達は慌てて乗車する。

…しっかり、グレン先生の荷物は忘れずに。

 

「…女性口調、上手だね」

 

「…言うな。ほっとけ。適当だこんなの」

 

ボソッとからかってくるルミアに、ボソッと言い返す俺。

恥ずいんだから…言うな…!

 

「何とか…ギリギリだったわね…」

 

「うん…これで5()()()()…」

 

()5()()…?」

 

俺はルミアの言葉に思わず確認する。

俺、ルミア、システィーナ、リィエル、恩人…あ。

 

「…Jesus」

 

「どうしたの?」

 

「先生…リィエル捜索中」

 

「「…あ」」

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!ちくしょーー!!!」

 

女らしさの欠片もない姿で、先生が爆走してくる。

俺は前に渡したたまんまのお守りを使う。

 

⦅先生!お守りに魔力通して!速く!⦆

 

⦅わかったから速くしろ!!!⦆

 

魔力の反応を検知、そのまま【アリアドネ】の次元跳躍を使って、グレン先生を車内に飛ばした。

 

「はぁ…はぁ…間に合った…」

 

「はぁ…はぁ…久しぶりが…こんな使い方なんて…」

 

俺達はそれぞれの理由で、息を荒くしている。

 

「二人とも大丈夫ですか!?」

 

ルミアが、すぐに駆け寄ってきてくれる。

俺はポケットから、予備魔力の石を取り出して砕く。

 

「ん、迷子になったグレンが悪い」

 

「「テメェの所為だろうが、ボケェェェェェェ!!!」」

 

つい素が出てしまったが、無理もない。

グレン先生ばグリグリ、俺はゲンコツを落とした。

 

「あ、あの…とりあえず、席に座りませんか…?」

 

「ん?誰だお前?」

 

そういえば、自己紹介すらしてないな。

 

「自己紹介してないわ!私はシスティーナ=フィーベル!」

 

「ルミア=ティンジェルです」

 

「アル…アイベル=エスティアです。よろしくお願いしますね。アイルで構いませんよ」

 

「レーン=グレダスだ。よろしくな」

 

先生の名前は数秒で思いついた、もじりだ。

 

「は、はい…私は【エルザ=ヴィーリフ】です。エルザで結構です」

 

こうして、やっと自己紹介をした俺達はそのまま席を探す。

 

「なるほど…リィエルさんの落第退学を取り消す為に…大変ですね」

 

「いや〜こいつの自業自得だから…」

 

「あれ?でもさっきグレンって…」

 

「あ、あはは…あだ名みたいなもんだ…コラ」

 

まだグリグリされてる…。

やっぱり分かってなかったか。

自由席の号車に来たら、そこは想像を絶する豪華さだった。

 

「おお…すげぇ…」

 

「何て空間と調度品の無駄使い…」

 

席が左側しかなく、右側にはカフェテーブルやその他の調度品等が並んでおり、如何にもお嬢様御用達電車って感じ。

 

「まあ、いいか。よしお前ら!とにかく座って休もうぜ!」

 

その一言でやっと休めると、俺達は息を吐く中、エルザだけは違った。

 

「あ、あのレーン先生…この号車は使えないんです…ごめんなさい…」

 

「?エルザ?それってどういう?」

 

「お待ちなさい!そこの方々!」

 

理由を聞こうとした時、女子生徒の集団が現れ、取り囲まれる。

先頭に立つ女子は如何にもお嬢様っ感じの金髪縦ロールに、豪華な装飾が施されたレイピアを腰に差していた。

 

「見かけない顔ですわね…貴女達、【黒百合会】…ではなさそうですわね。立ち振る舞いに田舎臭さが滲み出てますが…今は不問にして差し上げましょう」

 

いきなり随分な言い草だな。

まあ、そもそも男な訳だし、何でもいいが。

 

「それよりも…貴女達!ここはわたくし達【白百合会】のものだと知っているのかしら?」

 

「…はい?白百合会?」

 

いきなり何言ってんだこの女。

 

「いや…ここって自由席の車両だよな?間違ったか?」

 

「いえ、あってますよ」

 

「だよな…俺達間違ってないよな…」

 

俺達は切符を見て確認するが、間違えはない。

 

「…俺?…殿方みたいな話し方をするのですわね…下品な。ここは私達白百合会の場所です。即刻この車両から立ち去りなさい!全く…ルールは守るべきでしょう」

 

「いやいやいや!待て待て待て!!ルール破ってるのはどっちだ!?」

 

グレン先生がツッコミを入れる。

俺達は思わず唖然として、見てるだけだった。

こいつ…今、すげーブーメラン投げたな?

しかも気付いてない?

 

「ここは公共機関だろ!だったら切符さえ買ってあれば自由席は自由に座っていいだろうが!?」

 

「はぁ…いるんですわよね…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…」

 

なんという事でしょう。

あまりの言い分に、俺もコメントのしようが、ありません。

 

()()()()()()()()()()!?いい加減しろテメェ!?」

 

「フランシーヌ様!お下がりください!」

 

「この者は私達がしっかり教育致しますゆえ!」

 

…何だこの茶番、というかおままごとか?

呆れてものも言えん。

なのに、無駄に気迫だけは本物だ。

 

「はっ!相変わらずダセェことしてんな!白百合会の連中はよォ!」

 

今度はなんだ…?

声の方を向くと、着崩したヤンキー崩れの女子生徒がいた。

 

「コレット!黒百合会の貴女が何故ここに!?ここは白百合会の!?」

 

「は!そんなテメェらが勝手に作ったルールなんて知るかよ!あたしは何処だろうと座るね!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「いや!それはそれで、ダメだからな!?」

 

…本当に何なの?

俺達は幼稚園に向かってるの?

そのまま喧々諤々と、続いていく言い争いに、疲れてきたその時

 

「あの…2人とも…今日はここまでに…してくれないかな…?」

 

「なんですって!?」

 

「今なんか言ったかコラァ!?」

 

エルザがまさかの止めに入ってしまった。

 

「お、おい!?」

 

「エルザ!待って!?」

 

慌てて俺達が止めようとするも

 

「フランシーヌさん…この方達はアルザーノ帝国魔術学院から来た…留学生と臨時講師の方で…長旅で疲れてるだろうから…何とか使わさて…貰えないかな…?もちろん、私はいいから…。コレットさん…今日は喧嘩は…辞めてくれないかな…?留学生さん達が…迷惑するから…」

 

意外にも、しっかり目を見て話す。

話し方自体はオドオドしてるが、芯はしっかり持ってる。

思ったより心が強いのかもしれない。

 

「うっせぇ!どっちつかずが指図すんな!」

 

「これはわたくし達の問題ですの!部外者は引っ込んでいて下さいまし!」

 

しかし、そんな言葉もこのバカ共には響かず、逆上する始末。

挙句の果てに突き飛ばしやがった。

そのまま体勢を崩し、後ろにコケかけるエルザ。

しかも後ろには…ちょうど後頭部にあたるだろう場所に手すりがある。

皆が息を飲む中、俺とリィエルがギリギリ間に合った。

リィエルが後ろから支え、俺が前から手を掴む。

この手…けんだこか?意外にもしっかりしてる手だな。

 

「大丈夫?…エルザ…だっけ?」

 

「う、うん…ありがとう。リィエル。アイルさんも…ありがとう」

 

「ん。ならいい」

 

「ええ、無事でよかったわ」

 

そう言ってゆっくり起こす。

2人もやりすぎた自覚はあったのだろう、少しホッとしてる。

…お前らにホッとする資格はない。

そのまま気まずさを隠すように、喧嘩を続けようとするが、そうはさせない。

 

「待ちなさい、貴女達」

 

「おい!」

 

悪いけど、止める気は無い。

 

「おい…お前こそマジで部外者だろうが。今からこいつブチのめすんだ、どけよ」

 

「癪ですが、コレットと同意見ですわ。お引き取り下さらないかしら?」

 

「そんなくだらない喧嘩好きにしなさい。ただその前に通すべき筋は通してもらうわよ。…()()()()()()()()()

 

「「…は?」」

 

は?じゃねぇよ糞ガキ共。

 

「貴女達の身勝手で怪我しそうになった人がいるのよ。それに謝罪の1つもないなんて、有り得ないわ」

 

俺はまず、金髪の方を見る。

 

「そちらの金髪の方、それが貴方の言う伝統とやらかしら?随分と品の無い伝統なのね」

 

「ぐ!?」

 

次に黒髪の方を見る。

 

「そちらの黒髪の方、自分のやりたい事だけをやるのは自由とは言わないわ。履き違えないで」

 

「な!?」

 

唸るだけで、謝る気もなし…。

いや、プライドが邪魔してるだけか…。

俺はため息をつく。

 

「もういいわ。皆行きましょう。ええ、好きだけ喧嘩でも何でもしてなさい。でも…もし、私達を巻き込んだら…全員潰すぞ」

 

俺は最後に、全力の殺気をぶつける。

お嬢様方は全員顔を真っ青にしていたが、知った事では無い。

視界の端で一瞬、エルザが身構えた?

…こいつ、やっぱ出来るな。

 

「どうも」

 

車両を出た俺達に後ろから声がかかる。

そこには長い灰色の髪をお下げにした、無表情な少女がいた。

 

「私、金髪縦ロールのフランシーヌお嬢様の侍女をしている【ジニー=キサラギ】と申します。以後お見知りおきを」

 

「ど、どうも…?」

 

ついさっき豪快に脅した相手に、気にも止めてない様に挨拶され、つい変な反応になる。

 

「皆さん短期留学生と、臨時講師ですよね。すみません。初めての方にはさぞ面食らったでしょう」

 

「…いつも…ああなのか…?」

 

グレン先生が疲れたように言う。

 

「うちの世間知らずのお嬢と、なんちゃって不良娘がご迷惑をお掛けしまして…。実はああいう女子グループ同士の派閥争い(笑)を、ず〜〜と続けてるのが、我が校の伝統でして…」

 

「は、はぁ…?」

 

ポカーンとした顔で言うグレン先生。

この子…すげー毒吐かなかった…?

 

「笑えますよね…所詮大人達に守られたあんな狭っ苦しい環境で支配者気取りしちゃって…思春期乙」

 

ここまで言っていて、ずっと無表情のままだ。

 

「それはさておき、後方は派閥フリーなので、そっちに行くのをオススメしますよ」

 

「お、おう…ありがとうな…」

 

グレン先生がお礼を言った直後、

 

「ジニー何してますの!?早くわたくしのフォローに、入りなさい!」

 

「はっ!この不肖ジニー!お嬢様には指一本触れさせません!」

 

金髪がジニーを呼び、すぐにそのそばに向かう。

なんという…変わり身だろうか。

人格が別人じゃん。

それはともかく

 

「先生…どうする?」

 

「…一時撤退じゃあ〜!!」

 

こうして、グレン先生がリィエルとシスティーナを、俺がルミアとエルザを抱えて、大慌てで撤退する。

金属音と爆発音を背後にしながら…。

 

 

それからしばらく電車に揺られ続け…遂に、聖リリィ魔術女学院に、到着した。

駅前の寄宿舎で一晩しっかり休んでから、俺達は朝早めに出て、学院敷地内に入った。

 

「これが…学院の一部なのか?」

 

「わぁ…すごいね。こんな街があるんだ」

 

俺達は驚きを隠せなかった。

書店や飲食店、花屋、オープンカフェ、ヘアサロンなど、学生に必要なお店が並んでいた。

もちろん、店員は全員女性だ。

どれもこれもが、華やかで綺麗に整えられている。

まるで()()()()()()()()()()()()()()()だな。

昔、ベガも欲しがったっけ…。

…ああ、そういう事。

俺はこの光景の意図を理解した瞬間、綺麗だった景色が、一気に薄汚れたような景色に変わった気がした。

 

「小さいけど、綺麗な街並みね〜!雰囲気もすごくいい…。私もこんな学校通ってみたいな〜…」

 

お嬢様のシスティーナはお気に召したらしいが、

 

「けっ…息が詰まりそうだぜ…帰りてぇ…」

 

グレン先生は不機嫌そうに言い放った。

多分先生も、気付いてるよな。

 

「すぐこれなんだから…。まあ、確かに先生には合わない雰囲気ですけど…」

 

「バカ。そんなんじゃねーよ。お前ら気付かなかったか?」

 

珍しく真面目なグレン先生に、システィーナも不思議そうにする。

 

「周囲は深い森、湖、川…。あの鉄道無しじゃここから出られないぐらい辺鄙な場所…。まるで()()()()ですね」

 

その言葉に、システィーナとルミアはハッとする。

 

「その通りだ。辺境の地に作られたお嬢様学校。病的なまでに世俗の穢れを排除した、無菌培養の温室世界…まるで鳥籠だ。どれだけお洒落に飾っても、俺には籠の中の小鳥さん達への、配慮にしか見えねぇな」

 

そう、俺が思ったのもそれだ。

まるで大人の欲にまみれた、汚らしいものに見えて仕方なかったのだ。

 

「それに、これだけの閉鎖空間…リィエルに何か仕掛けるなら、絶好の場所ですね」

 

「ああ、用心するに超したことねぇな…」

 

ふと、エルザが脳裏を過ぎった。

あの殺気に当てられて、身構えれたあいつ。

少し、警戒しとくべきか?

これは…厄介な事になりそうだな…。

俺は今後の事を憂い、ため息をついた。




僕のイメージでは、学園都市の学び舎の園ですが、アイル君のイメージは、シルバニアファミリー的なおもちゃを考えています。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短期留学編第3話

もう、短期留学編は一気に投稿しようかな。
溜まりすぎて、ネタ帳が訳わかんなくなってきたし。
それではよろしくお願いします。


「ようこそ、遠路はるばる我が校においで下さいました。皆さん」

 

学院長室で俺達を出迎えたのは、学園長の【マリアンヌ】さんだ。

 

「皆様が我が校に、新しい風を吹かせて下さる事を期待しております」

 

「そんな期待されても困るんだが…。なんでリィエルにオファーなんて出したんだ?」

 

先生が、割とストレートに尋ねる。

俺もそこは気になっていた。

少し調べれば、こんな学校にリィエルがまるで合わないのは、すぐに分かるだろうに。

 

「え?それは、事前調査でリィエルさんが我が校に相応しい生徒だと、判断したからですが?」

 

(胡散臭ぇ〜…)

 

思わず口にしそうになった。

ここまで見え透いた事言われたら、逆に困るな。

グレン先生も同意見なのか、すごい顔してる。

というか…本当に顔に出やすい人だな。

 

「それよりも…申し訳ありません、レーン先生。今回皆さんを受け入れ、かつ先生に受け持っていただくクラスなんですが…」

 

「ん?何か問題でも?」

 

突然申し訳なさそうにするマリアンヌさんに、グレン先生も、困惑気味に聞き返す。

 

「はい、実は貴女が受け持つクラスは少々問題がありまして…」

 

「問題?」

 

 

「…こういう事かよ…」

 

「うわ〜…先が思いやられる…」

 

この学院は、嫁入り前の令嬢が、その地位に相応しい作法や教養を、身につけさせる事を基本としている。

その為の閉鎖的空間、厳格な規律、硬いカリキュラムなど、そして全ての生徒が上流階級の出身…などの様々な要因により、【派閥】が形成されてしまった。

元々は、お互いを励まし合う為のものだったはずが、気付けば学院の運営にまで、口を挟めるようになったのだとか。

その派閥の中でも特に有力なのが、最も古い歴史を持つ伝統派閥の【白百合会】、近年急成長してきた新興派閥の【黒百合会】である。

そしてそれぞれのトップが、金髪縦ロールの【フランシーヌ=エカティーナ】と、黒髪ヤンキーの【コレット=フリーダ】である。

そして

 

「アイツらとクラスメイトとか…問題しか起きない」

 

という事だ。

この2年次月組には、その2人と取り巻き、そしてエルザがいたのだ。

まあこのクラス、本当に最悪。

自己紹介は無反応、授業も聞かない、挙句には止めようとしたグレン先生にも、歯向かう。

 

「アイツらがいかに真面目で、教師にとってありがたい生徒か、身に染みてきたぜ…」

 

「生徒が真面目に聞かくて困る…その逆もまた然り、だったんですよ?…今更ですけど」

 

「…マジすみませんでした…」

 

グッたりする先生に、システィーナが呆れたように言う。

しかし、システィーナ本人も、かなり頭にきてるのか、さっきから拳がプルプルしている。

 

「…産業廃棄物を一括りにして、被害を減らそうとしてんですかね?」

 

「ア、アハハ…産業廃棄物って…」

 

俺の嫌味満載の毒に、ルミアが苦笑いするがフォローは無い。

ルミアもそれなりに、思うところはあるらしい。

 

「あ、あの…すみません。せっかく遠くから来てくださってるのに…」

 

「いーよいーよ。お前が謝ってもしゃーねーし。ていうか、お前はこんな呑気に受けてていいのか?俺が言うのなんだが、こういうのって付き合いがあるんじゃねぇの?」

 

申し訳なさそうに謝るエルザに、グレン先生が宥めつつ、気になった事を尋ねる。

 

「私は無所属なので…。それに魔術師としては落ちこぼれなので…」

 

それは意外だな。

いや…あのけんだこがあれば、そっちに比重がいってるのは明白か。

 

「へぇ?そうなのね。ところで、ジニー。貴女はいいの?白百合会でしょう?」

 

俺はエルザ以上に気になっていた、ジニーに尋ねる。

 

「だって勿体ないじゃないですか。うちのクラスの連中、私達以外誰も聞いちゃいないですけど…レーン先生の授業すごいレベル高いですし。ぶっちゃけ、アホお嬢達が囲んでる家庭教師連中なんて、比べ物になりませんし…聞かなきゃ損です」

 

「本当にそうですよね!私ビックリしちゃいました!」

 

ジニーの評価が思った以上に高評価なのと、エルザの反応の良さに、つい嬉しくなる。

 

「しかし…どうするかねこれ…?」

 

このままでは、リィエルの落第退学は免れない。

 

「「先生…」」

 

ルミアとシスティーナが、今後を憂いて呟く。

そんな2人を見て、不敵に笑った先生。

 

「俺にいい考えがある!」

 

「あ、即効でダメなフラグ立ちましたね」

 

ドヤ顔決める先生、システィーナもジト目でツッこむ。

同じく同意見、これは…ヤバいぞ。

 

「フッ…安心しろ。セリカ直伝だぞ?」

 

「あ、アルフォネア教授の?」

 

「余計アウトね。ルミア、閉店のお知らせよ」

 

「何が閉店したの!?」

 

アルフォネア教授の直伝とか…。

あれしかないじゃん。

 

「それは…」

 

「それは…?」

 

「強制執行じゃーーー!!!」

 

ほらやっぱり、こうなった。

そうして、お茶をしていた白百合会のティーセットと、黒百合会の賭け道具を、全て窓から捨てた先生。

 

「授業中は静かにね☆」

 

そんな事を言って、教卓に戻ってくる。

 

「ま、これがセリカ=アルフォネアだよな…」

 

「分かってた…分かってたわよ…」

 

「ア、アハハ…」

 

俺とシスティーナは頭を抱え、ルミアは苦笑いしか出来なかった。

 

「あ、貴女!?これは一体どういうつもりですの!?」

 

「おう、先生よぉ。これはどうやって落とし前つける気だ…あぁ?」

 

「ええ…つまり、この構文を分解整理とな、呪文の各基礎属性値の変動は…」

 

「「人の話を聞きなさぁーい(聞けぇー)!!!」」

 

いや、さっきまでそっちが人の話聞いてなかったじゃん。

今更聞いて貰える訳ないだろ。

 

「全く…アルザーノ帝国魔術学院から来たか何か知りませんが、まず先に貴方には教育が必要なようですわね…!」

 

「おい先生よぉ…教えてやろうか?ここでは誰が支配者か。余所者がデカい顔してんじゃねぇぞ、あぁ?」

 

そうすごんで、コレットが先生胸ぐらを掴みあげ、フランシーヌが、レイピアを首筋に当てる。

 

「大体アルザーノ帝国魔術学院ってあれだろ?軟弱なガリ勉ヤロー共の集まりだろ?所詮お前らの魔術ってのは卓上のオママゴトなんだろ?」

 

「わたくし達は【高貴なる者の義務(ノブレス・オブリージュ)】として、力ある魔術を学んでるんですの。邪魔しないで頂きたいものですわね」

 

おうおう…好き勝手言ってくれちゃって…

笑える。

 

「フフ…」

 

「…おい、てめぇ。何が可笑しいんだ、あぁ?」

 

コレットが俺を睨み付けてくる。

どうやら、笑いが漏れていたらしい。

 

「あら、ごめんなさい。コンコンコンコンと、随分と可愛らしく鳴く狐さんだと思ったのよ」

 

「…どういう意味かしら?」

 

フランシーヌも俺を睨み付けてくる。

 

「お父様か、お母様か、お爺様か、お祖母様か…誰か知らないけど、自分じゃない誰かの力を偉そうにひけらかして、さも自分の力みたいに誇示しちゃって…。そういうのを東洋では、『虎の威を借る狐』って言うのよ。覚えておきなさい」

 

「「…!!?」」

 

俺の言葉に、皆一様に何か思うところがあったのか、目を見開く。

 

「…貴女達貴族のご令嬢に、どんなしがらみがあるかは知らない。けど、同じ決められたレールの上を歩くにしても、自分で決めたかどうかで、全く意味が違う。…自分で何も選んでこなかった連中が、偉そうな事、口にしてんじゃねぇぞ」

 

最後は思わず素の口調が出たが、気にしない事にした。

俺は冷たく彼女達を見る。

そりゃ、彼女達だって色々あるんだろうよ。

だからと言って、バカにされて黙っられるほど、大人しくない。

 

「て、てめぇ!このクソ女が!」

 

「何も知らないくせに…!」

 

コレットとフランシーヌが、俺に襲いかかろうとする。

 

「おいアイベル。そこまでだ」

 

しかしグレン先生に止められたため、それは叶わなかった。

 

「ったく…教師の前でおっ始めようとしやがって…まあいい。ちょうどこの後は【魔導戦教練】だ。そこでケリつければいい。今回はパーティ戦…白猫、ルミア、アイベルの3人で行く。いいな」

 

「ちょっと!先生、何言って…」

 

慌ててシスティーナが止めようとするも、間に合わず

 

「いいでしょう!ここまで言われては貴族の恥ですわ!」

 

「後悔すんじゃねぇぞ!」

 

こうして、このケジメは魔導戦教練でつけることになった。

 

「どうしてこうなるのよ…」

 

すまんなシスティーナ。

反省はしてない、後悔もしてない。

 

 

「それでは、ルールを確認しますわ」

 

・3対3のパーティ戦

・非殺傷系魔術によるサブスト方式

・模造刀や徒手空拳はあり

・敗北条件は降参、気絶、場外退場、致死判定

 

「それと…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()ですの」

 

「炎熱系?」

 

髪や肌が焼けて欲しくないのか?

それにしては…妙に真剣な…。

 

「まあいいぜ。それとこっちもルールの追加だ。まず…アイベル。お前は魔術禁止な。カウンター以外の徒手空拳も禁止だ。当然、アレもだぞ?ルミアはサポート魔術に専念、以上だ」

 

「ち、ちょっと待ってください!先生!」

 

システィーナが、先生が提示した条件に、待ったをかける。

 

「いくら何でも厳しすぎます!もし私が負けたら…」

 

「何言ってんだよ?お前が負けるはずねぇだろ」

 

俺はシスティーナの懸念をあっさりと否定する。

 

「ま、あの修羅場を潜ってきたお前らがあんな連中に負けるはずねぇだろ。…さてと、そっちのメンバーだが、フランシーヌ、コレット、ジニーで頼むわ」

 

指名されたリーダー2人は、不満タラタラだった。

 

「けっ…なんで白百合会の奴らと組まなきゃいけねぇんだよ…」

 

「こちらのセリフですわ」

 

「…はん!おい先生よぉ。偉そうに仕切ってるが、まさか不和を狙ってるとか小さいこと考えてねぇだろうな!?」

 

「んな訳ねぇだろ。()()()()()()()1()()()()からだよ」

 

先生はコレットの疑念を、あっさりと否定する。

 

「へ、へぇ…何だよ、あんた見る目が…」

 

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

上げて落とした。

しかもかなりの落差で。

ほら、両派閥が手をとりあっちゃったよ。

 

「…おいフランシーヌ。一旦派閥云々は無しだ。まずはあのお登り共と、先公を黙らせるぞ」

 

「今回ばかりは同意しますわ、コレット」

 

俺達は三角形、フランシーヌ達は逆三角形の陣形をとる。

 

「さあジニー!まずは先陣を切りなさい!」

 

「はっ!援護よろしくお願いします!お嬢様!」

 

そう言って切り込んでくるジニーを俺も迎え撃つ。

 

「なんかすみませんね。アイベルさん」

 

「いえ、先にけしかけたのはこちらですから」

 

「実は私達、東方の【シノビ】の技を伝える里の出身でして…。若輩ではありますが、技量に関してはかなりの使い手と…。あ、無理」

 

何やら察したのか、突然無理と言い出した。

 

「貴女…一体何者ですか…?」

 

「何者と言われましても…アイベル=エスティアですが?」

 

「そうじゃないです。…先生が色々と制限かけた意味が、分かりました…。それでは、本気を出せない内に、胸を借ります!」

 

こんな偽物でよければ…ねっと。

一瞬で消えたと思えば、上から下から…右から左から…まさに縦横無尽。

これが…シノビの技か。

速いけど…遅い。

 

「…今の間に、何回殺られましたか?私」

 

「…最低1回は」

 

「…やれやれ。少しでも貴女をその気にさせられればいいのです…が!」

 

再び斬りかかってくるジニーを俺は、最小限の動きで躱しつつ、システィーナ達を見る。

向こうでは、システィーナ達とフランシーヌ達が撃ち合っているが、まるで話にならず、システィーナに、全て見切られている。

なんだアレ、わざとかってくらい分かりやすい。

挙句の果てには、お情けまでかけられてるし。

あ、コレットが痺れを切らして接近戦に出た。

狙いは…俺か。

あ〜あ〜…本当にバカだなコイツ。

 

「…やっちゃって?」

 

システィーナの声が聞こえた瞬間、

 

「うおぉぉぉぉ!!?」

 

コレットは【スタン・フロア】で吹き飛ばされてる。

ルミアが俺の後ろに仕掛けてたのを知ってたのでそこに来るように誘導したのだが、まんまと引っかかった。

【スタン・フロア】はサブスト的に【バーン・フロア】。

問答無用の致死判定だ。

 

「コレット!?」

 

あ〜あ〜、こっちを見たら

 

「『大いなる風よ』!」

 

「きゃああああああ!!?」

 

フランシーヌが場外に吹き飛ばされる。

 

「…で?貴女はどうする?」

 

俺はジニーに、無言の勝利宣言を突きつける。

 

「…降参です」

 

魔導戦教練は俺達の勝ちとなった。

 

「さてと…どうしようかしら?」

 

俺は静かに、打ちひしがれる2人を見下ろす。

 

「ひっ!」

 

「あ、あたし達が悪かった!悪かったから!」

 

「だから何?そんな事聞いてないわ。敗者は黙って勝者に服従しなさい」

 

顔を真っ青にして助けを求める2人を俺は切り捨てる。

 

「あわわわ…!」

 

「あ、あたし達に何かすれば、パ、パパが黙ってないぞ!」

 

はぁ、ぶってても結局それかよ。

 

「…呆れた。だから『虎の威を借る狐』だって言ったのよ。貴女達のお父様の事なんて知らないわ。本当に関係ないし。…という訳で、これからレーン先生の言う事を聞くように。…返事は?」

 

「「はぃぃぃぃ!!!」」

 

「よろしい。それではレーン先生。よろしくお願いします」

 

俺はニコリと笑ってから、先生にバトンタッチする。

 

「お、おう…。お前、最近違和感無さすぎて怖いな…」

 

「やかましい」

 

ボソッと言い返して、俺は下がる。

それからしてグレン先生よる、ダメ出し講座が始まった。

 

「…で、ジニーだが。アイベル…どうだった?」

 

俺か…俺は先生ほど、上手く言えないからな…。

 

「戦況判断が悪すぎ。今回のルールなら、私は無視しても大丈夫だったはず。無理だと思ったならすぐに退きなさい」

 

想定外の言葉に、言葉を詰まらせるジニー。

 

「…貴女には分からないかと思いますが、私にもシノビの技を継ぐ者としての誇りが…」

 

「下らない。そんなものそこいらの犬にでも、食わなさい。ここにいる以上、貴女も魔術師の端くれでしょう。実力が上の者に叶わないのはいい。ただ、それなのに何もしない事。それこそが恥と知りなさい」

 

「…忠告…痛み入ります」

 

バッサリと切り捨てられた事に唖然としながらも、一理あると思ったのか、素直に言うことを聞くジニー。

 

「…私からは以上です」

 

俺再び、グレン先生にバトンタッチする。

 

「さて…お前達は俺に教わる事なんてない、そう言ったな。断言してやる。俺ならお前達を魔術師にしてやれる。ま、興味無いなら参加しなくてもいい。ただし、他所でやれ。だが、もし…少しでも興味あるなら参加してもいいぜ?本当の魔術ってやつを教えてやる」

 

「…な、なんというお方…あんな不遜だったわたくし達を許して…?」

 

「今までの先公は皆、媚びへつらうか、無視するか高圧的になるか…そんなんばっかだったのに…」

 

「「「「「「せ、先生…」」」」」」

 

うわ〜…チョロいな〜…

 

「チョロいな〜…流石世間知らずのお嬢様共…」

 

ジニーは相変わらずらしくて、ホッとする。

 

「せ、先生…アイベルさん…どうかお願いがありますわ。わたくし達にどうか教えを…」

 

「ああ…どうかまだ未熟なあたし達を指導してくれ…」

 

「わたくしの派閥、白百合会で!」

 

「あたしの派閥、黒百合会で!」

 

「「…ん?」」

 

はて、このままハッピーエンドに向かう予定のはずが…?

俺とグレン先生は思わず首を傾げる。

 

「…あら、コレット。…今…何て仰いましたか?」

 

「…今、妙な事を言わなかったか?…フランシーヌ…」

 

さっきまで仲良くブルってたのに、今度は睨み合ってるよ。

そうじゃん…コイツら犬猿の仲だったじゃん…。

静かに、先生を犠牲にする。

そのまま両腕をそれぞれに引っ張られ、引き裂かれそうになるグレン先生。

 

「あ、『貴女達・いい加減に・しなさーい』!!!」

 

そんな集団を、先生ごと【ゲイル・ブロウ】で吹き飛ばすシスティーナ。

…アイツ、即興改変を、自在に使いすぎじゃない?

こうして俺達の最初の授業は終わった。

 

「まだ終わってねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」




さてさて…単純すぎるお嬢様方を手懐けた彼らは、一体どうなるのか!?
それはともかく、ジニーへの一言は、ある弓兵の言葉を借りました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短期留学編第4話

一気に駆け抜けて投稿しますよー!
さてと、今回緊急事態が発生します!
それではよろしくお願いします。


魔導戦教練から数日後のお昼時。

 

「オホホホ!最初からこうして、皆さんで一緒に食べれば良かったんですのよ!」

 

「あっはっは!しゃーねーな!今日はそれで勘弁してやるよ!」

 

「そうよね!やっぱり皆で食べた方が、美味しいもんね!」

 

「一緒に食べると、距離が縮まった気がするね」

 

ゴゴゴゴゴ…。

何故か昼食時には聞こえない音が聞こえた気がした。

だって皆目が笑ってないもん。

 

「…何でこうなった…」

 

「胃が痛くなってきた…」

 

昼前に起きた何回目かになる鬼ごっこ兼、魔術戦では結局ケリがつかず、こうして折衷案として、皆でお昼って事になったのだが…

 

「大変ですね、人気者は(棒)」

 

「「他人事か、おい」」

 

「他人事、ですもん」

 

ジニーの一言にツッコミを入れるが、逆に返させてしまう。

俺はため息つきながら、黙々と飯を食べる。

そんな時、ふとあることに気付いた。

 

「あれ?リィエルは?気付いたらいないけど」

 

「そういえば…どこ行っちゃったんだろう?せっかく皆で食べてるのに…」

 

どうやらルミアも気付きたらしく、周りをキョロキョロしている。

 

「リィエルってあのチビっこい青髪か?だったら…ほらあそこ」

 

コレットが指さしたところには、リィエルとエルザが一緒にいた。

アイツら…いつの間にあんなに仲良くなったんだ?

そう思っていると

 

「おいフランシーヌ…見ろよ…」

 

「エルザ…貴女…そんな風に笑えたのですね…」

 

どこか安堵したように呟くフランシーヌ。

 

「そういえば…あの子っていつも独りよね。…何?ハブ?引くわ〜」

 

「そういうの…よくないと思うよ」

 

ジト目で2人を睨むシスティーナとルミア。

 

「ち、違いますわ!そんな事してません!」

 

「誰もハブってねぇよ!アイツから避けてんだよ」

 

「…どういう事?」

 

話を聞くと、1年の途中から編入してきたらしい。

彼女達も戦力強化の名目で、派閥に誘ったのだが断われたらしい。

それに何やら問題があるらしく、それも彼女が引け目を感じてる理由だと思われるとか。

…心優しい一匹狼ってところか?

 

「…はっ!単純にお前らがしつこいだけじゃねぇか?」

 

先生が重くなった空気を変えようと、冗談を言う。

その言葉に、2人は言葉を詰まらせるも

 

「…ま、お前らもとんだ不良娘だと思ったが…根はそうでもないんだな。案外嫌いじゃねえぜ、そういうの」

 

先生の一言に、フランシーヌとコレットの雰囲気が変わる。

 

「そ、そんな…!?わたくしの事を好きだなんて!!?」

 

「ま、待ってくれ…!?まだ…心の準備か…!!?」

 

「だからお前らは重いんじゃーーーーー!!」

 

「…お花畑か。こいつらの頭は」

 

そんな姦しい雰囲気の中、昼食の時間が終わる。

だが、事件はこの日の夜に起きた。

 

「「はぁ〜…極楽極楽…」」

 

俺とグレン先生は、この大浴場に来ていた。

この時間は講師用の時間で、俺は表向きには、体に傷があるとして、学院側に許可を貰って、グレン先生と入ってるのだ。

そんな憩いの時間に

 

「先生!アイル!わたくし達もご一緒させてくださいな!」

 

「あたし達が背中を流してやるぜ!」

 

「ぶっ!?何して!?」

 

慌てて背を向ける。

なんで来たんだよ!?

なんで先生は余裕…いや楽しんでるのか!?

 

「アイル!いらっしゃいな!」

 

「ちょっ!?貴女達!?引っ張らな!?」

 

強引に引っ張りだされた俺の体を見て、驚く皆。

そりゃそうだ、これまでの戦いで、少しずつだが、傷が残っているのだ。

男に見せるなら全く気にしないが、流石に年頃の女の子…しかも生粋のお嬢様方には少しばかり、見苦しいってもんだ。

 

「アハハ…ごめんなさいね。見苦しい姿で」

 

そう言って静かに体を隠そうとすると、突然フランシーヌが、腕を掴んで、こっちを向かせる。

 

「…貴女の強さはこれですのね。これだけの事をしてきたこその強さですのね…さあ!早く座ってくださいまし!」

 

「…見苦しく思わないの?」

 

「…今までならそう思ったでしょう。でも、貴女達と共にいて、そういう事が魔術だと学びました。ならば、それは例え名誉ではなくても、貴女の歴史。…だったらそれを否定は出来ませんわ」

 

…なんとまあ、単純というか…なんと言うか。

やっぱりタフだな、こいつらは。

そう思った時、ピキリッと、体に違和感が走った。

その感覚は…体が変わった時の!?

 

(まさか…!?()()()!()?()()()()()()()()()()!?)

 

一気に脂汗が出始める俺。

よく見ると、グレン先生も同様だ。

この類の変身には、定期的に維持薬を投与しなくてはならないが、まだその期間じゃないはず。

とはいえ、流石にマズイ…!

 

「すみません、逆上せてしまったので…」

 

「2人共!まだ終わりじゃないぜ!」

 

「もっとゆっくりしていってくださいな!」

 

そう言って俺と先生は出ようとするが、阻まれる。

どんどん強まっていく違和感にもうダメだ、と諦めた俺と先生。

そうして…ついに戻ってしまった。

 

「せ、先生…?」

 

「その…お体は…一体…?」

 

そりゃそうだよね、手どころか思考も止まるよね。

俺達は一周まわって、堂々と立っていると、

 

「貴女達やっぱり!背中でも流そうって魂胆でしょ!そんなの羨ま…規則的、倫理的…に…」

 

「そうだよ!2人の背中を流すのは、寧ろ…」

 

システィーナとルミアまで来ちゃったか…。

痛いくらいの静寂が包み込み

 

「「『きゃあァァァァァァァァァ』!!!」」

 

過去一の強風が俺達を壁まで吹き飛ばした。

意識が飛ぶ直前、俺が思ったのは

 

(今…ルミアも撃たなかった?)

 

だった。

 

 

「ったく…酷い目にあったぜ…」

 

「一時はどうなるかと…」

 

俺達は『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』というかなり苦しい言い訳で押し通した。

偽装とはいえ、公的書類はキチンと名乗った名前と女性だった事、お嬢様方が単純にだった事により、何とかなった。

…ジニー以外は、だが。

ちなみに俺の口調は、男ばかりの環境にいた為、こっちが素である、という事にした。

所々漏れたいた男口調が、その理由の後押しになっていた。

今後の制服は、適当なスラックスとシャツで通うことになった。

 

「しかし…2人ともどうしたんだ?最近」

 

俺は後ろにいるルミアとシスティーナに尋ねる。

 

「うっ…それは…」

 

「アハハ…ごめんね?2人が私達以外と仲良くしてたから…つい妬けちゃって…」

 

「る、ルミア!?何言って!?」

 

「白猫、夜も遅いんだぞ。静かにしろ」

 

ルミアの可愛い言い訳に、システィーナが慌てるが、先生のお小言に、むぅ、と黙り込む。

確かに…最近あまり構ってなかったな。

少し申し訳なくなり、頭を撫でてやる。

 

「悪いな…構ってやれなくて」

 

「あ、アイル君!?///何して!?///」

 

久しぶりに顔を真っ赤にさせたルミアを見た。

そんなルミアに笑いかけながら、今度はシスティーナの顎を撫でてやる。

 

「ほうら、システィーナ〜。ゴロゴロ〜」

 

「ゴロゴロ〜…って!何してんのよ!?何やらせてんのよ!!」

 

「おいシスティーナ、静かにしろって」

 

「誰のせいよ!?」

 

ていうか…まじで猫みたいなことしたなこいつ。

思わず笑うと、それにつられてルミアも笑う。

 

「ルミアまで〜!」

 

「お前ら、いい加減にしろ。…それにしても放っておきすぎたな」

 

先生に怒られた。

おふざけはここまでにして

 

「ですね…。目的忘れてました」

 

「この学校の空気に流されてたわ…」

 

「でも、起きてるかな?」

 

「そこは叩き起すしか…?」

 

俺達がリィエルについて話していると、ふと部屋からあかりが漏れていた。

 

「先生、あれって…」

 

「まだ起きてるのか?」

 

そう言って俺達は部屋を覗き込むと…

 

「ん……つまり……この呪文……この魔術関数で戻り値を出せばいいの?」

 

「うん、そうそう……リィエル、だいぶわかるようになってきたね」

 

「そう? ……じゃあ、こっちの問題は……?」

 

部屋の中では、リィエルが机に向かって問題用紙を、眉を潜めながら解いていき、その傍でエルザが時折解説しながら、リィエルをサポートしてくれていた。

 

「嘘…!?」

 

「マジかよ…!?」

 

俺とシスティーナは思わず、声を漏らす。

何時もなら、俺達がどうにかこうにか説得して、初めて勉強させるのだか、今は自分から率先してる。

しかも…エルザにお願いしてまで。

 

「…先生?どうします?」

 

ルミアの穏やかな問いに

 

「…今はそってしてやろう。兄貴分としては寂しいが…俺らの出る幕じゃないらしい」

 

そう言って俺達はそっと部屋から離れた。

 

「…頑張れよ、リィエル」

 

先生の小さな応援を残して。

 

 

それから時間は流れ、あっという間に14日目。

授業は残り2日、明後日には帰る。

各生徒が己の成績に喜ぶ中、リィエルがトコトコと、先生に近づく。

 

「…グレン。ほめて」

 

点数は65点。

決して褒められた数字ではないが、今までのリィエルと比べたら、かなりの高得点だ。

 

「ああ、よくやった」

 

先生が乱暴に頭を撫でるのを、気持ちよさそうに受けるリィエル。

 

「…勉強頑張った」

 

「知ってる」

 

「エルザのおかげ」

 

「だな…あんがとな、エルザ。お前がいなきゃこうはならなかったさ。はぁ…教師の自信なくすぜ」

 

先生がエルザと話しだすと、今度は俺達のところに来る。

 

「ルミア、システィーナ、アイル…ほめて」

 

「リィエル…!本当によく頑張ったわ!」

 

「うん!すごいよリィエル!」

 

「…ああ、大したもんだ」

 

ルミアとシスティーナがリィエルに抱きつき、俺はリィエルの頭を撫でてやる。

 

「させと…今日は終わりにするか。少しクサイ言い方だが、思い出の1つでも作るか。という訳で、残りの時間はマグス・バレーでもやるか!」

 

要は魔術有りのバレーボールで、割とポピュラーな遊びだ。

 

「さっすが先生っ! 話がわかるぜ!」

 

「それは結構な事ですわ! 黒百合の皆さんをボコボコにして差し上げましょう!」

 

「しゃあ、お前ら! 白百合の連中なんかに絶対負けんじゃねえぞ!」

 

「いや、何でお前らはその二派で競う事前提なんだよ…」

 

何で派閥対抗が前提何だよ…こいつらときたら。

 

「おっと、何処行くんだ?」

 

呆れてると、コレットがこっそり集団から離れようとしたエルザを捕まえていた。

 

「そうですわ。まさか、この期に及んで抜けるなど……無粋な事は仰いませんよね?」

 

「あ…」

 

「今日くらいはいいじゃないですかエルザさん」

 

「ええ、偶にはみんなで遊びましょう?」

 

みんながエルザに呼びかけるが、彼女はまだ遠慮がちに、ボソボソと呟く。

 

「でも…私は…貴女達の輪に入れる資格なんて…」

 

「あのですね、エルザさん。今まで何度も言い続けてきましたが…誰も気にしてませんよ。貴女の問題なんて」

 

ちゃっかりフランシーヌの隣まで移動していたジニーがエルザに言い聞かせる。

 

「気にして遠慮してるのは、お前自身だけだぜ?まあ、事情を知らない俺達には、何か言えた義理じゃねえけど…。それに何より…アイツが一緒に遊びたがってるぞ?」

 

ある方向を指差しながら言ってやると、リィエルがトコトコとエルザへと駆け寄ってくる。

 

「エルザ…行かないの?」

 

「え、その…私は…」

 

「わたし、エルザと一緒に遊びたい…ダメ?」

 

「リィエル…」

 

エルザが困惑して助けを求めるように周りを見やるが、俺を含めて全員笑って事を見守るだけだった。

 

「…そうですね…わかりました。今日くらいは…」

 

こうして、エルザを巻き込みつつ、残りの時間を、マグス・バレーで遊び倒したのだった。

 

 

「「「「「「カンパーイ!!!」」」」」」

 

次の日、最終日を迎えた俺達は、街のオープンカフェを貸し切って、お別れ会をしていた。

 

「リィエルの件、どうなりました?」

 

俺は隣にいるグレン先生に尋ねる。

 

「ああ、速達で結果を送ったが、落第退学は取り消しだとよ」

 

「「「良かった〜…」」」

 

俺達はすっかり肩の力が抜けてしまった。

 

「セリカのやつ…連中の悔しそうな間抜け面をそれはそれは大層大笑いしてたそうな…」

 

容易に想像つくなそれ。

システィーナは呆れてるし、ルミアも苦笑い、俺もジト目で、想像のアルフォネア教授を見ていた。

 

「それはそうと…リィエルのやつどこ行った?」

 

先生に言われて、初めてリィエルが、いないことに気付く。

 

「そういえば…エルザもいないですね」

 

「2人なら、さっき散歩に行ったわよ」

 

俺とグレン先生の疑問に、システィーナが答える。

 

「2人で?」

 

「ええ?まあ、エルザさんはリィエルと特に仲良かったし、積もる話でもあるんじゃない?」

 

まあ、あの2人仲良かったし別にいいか。

なんやかんか色んな事が起きたけど、まあ最終的には、何とかなったし…、終わりよければ…。

()()()()()()()()()

急に、何か不安が過ぎる。

何か…何か忘れてる気が…。

思い出せ…思い出せ…!

この10数日の記憶を、ずっと振り返ってくる。

 

『狙い済ました様はタイミングで、聖リリィ魔術女学院からのオファー…妙だとは思わないか?』

 

『かつて帝国魔術界再暗部にして、奴等すら関わった禁呪。…俺には上層部以外の思惑があるとしか思えんのだ』

 

「…しまった!」

 

「ど、どうしたの!?」

 

突然俺が立ち上がった事に、ルミアが驚く。

 

「ヤバい…今が絶好にチャンスだ!」

 

「ち、チャンスって?」

 

「それはルミアあれよ!私の鋭敏で精度抜群の恋愛センサーでも…」

 

…何言ってんだこの色ボケした駄猫は?

 

「そんなザルなスイーツ脳なセンサーの話をしてんじゃねぇよバカ!!元々、()()()()()()()()()ってアルベルトさんの話だったろうが!!」

 

俺の声を聞いてたか、フランシーヌ達を相手していた先生が、こっちを見る。

 

「…やっべぇな…完全に忘れてた…!今がチャンスじゃねえか!」

 

「〜ッ!先生!ルミア!システィーナ!これを持ってて!ルミアは俺と!システィーナは先生と!2手別れて探そう!」

 

俺は3人に適当に作ったお守りを渡してから、ルミアを連れて店を飛び出す。

それから数分、ルミアを抱えながらあっちこっち走り回ったが、見つからない。

 

「クソ…どこに…!?」

 

「こっちもいないよ…!」

 

⦅アルタイル!聞こえるか!⦆

 

グレン先生からお守り越しに通信が入る。

 

⦅先生!見つかった!?⦆

 

⦅まだだ…だが、ジニーが手がかりを見つけてくれた!それと怪我が酷い!すぐに店まで戻ってきてくれ!⦆

 

「ルミア!ジニーが大怪我した!すぐに戻るぞ!」

 

「わかった!」

 

俺達はすぐに店に引き返した。

 

「先生!」

 

「ジニーさん!すぐに手当てをします!」

 

着いてすぐにルミアが法医呪文を施す。

その間に、話を聞くと…

 

「は?【蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)】?」

 

突然都市伝説レベルの組織がでてきて、訳分からんくなる。

しかもマリアンヌ学長とエルザが、一部の生徒を連れて、リィエルを誘拐した。

蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)とは、帝国魔導省の極秘魔導研究機関と噂される組織だ。

その存在は都市伝説程度でしかなく、しかも天の知恵研究会とも繋がっているなど、まあ黒い噂しか聞かないのだ。

そこまで考えて、ふと思う。

世界有数の国力を誇るこの国がどうして、たかが一テロ組織に、翻弄され続けているのか。

 

(まさか…そういう事…なのか…!?)

 

そこまで考えて、強引に思考を変える。

 

「列車で移動してるとなると、かなりヤバいですよ。どうします?」

 

「白百合会!協力して下さいますわよね!」

 

「黒百合会!アイツらを見捨てる訳ねぇよな!」

 

「「「もちろんですわ!」」」

 

その場にいた月組の生徒達が突然協力すると言い出した。

 

「お、お前ら…」

 

「どうして…」

 

呆気に取られる俺達に

 

「さあ先生!一緒に!」

 

「助けに行こうぜ!」

 

フランシーヌとコレットが、手を差し伸べた。




という訳で、無事に(?)男に戻ったアイル君達でした。
グレンだけにしようかと思いましたが、今後のストーリー展開上、男に戻しておいたほうが良さそうだったので、そうする事にしました。
男口調については、かなり強引に設定しました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

短期留学編第5話

ついにマリアンヌ戦突入です。
エルザの奥義、カッコイイですよね。
それではよろしくお願いします。


ダカカッ!ダカカッ!ダカカッ!

夜の森に、フランシーヌとコレットが操る、馬の蹄の音が響く。

 

「…イッテ!舌噛んだ〜!」

 

「も、もっとゆっくり!?」

 

その後ろには俺とグレン先生が乗っているが、2人共吐きそう。

 

その時【フラッシュ・ライト】が光る。

 

「あそこですわね!」

 

「2人共!準備いいか!」

 

「「また!?」」

 

俺達は次の馬に飛び乗って、再び走り出す。

俺達は今、森の中を馬リレーで、駆け抜けている。

何でこんな道でやってるかというと

 

「…出ますわ!」

 

森を抜けた先の眼前に、列車が走っていた。

 

「追いついた…!」

 

「…そうか!ここは自然がそのままだった!」

 

そう、ここは手付かずの自然が多く、道も真っ直ぐじゃないし、徐行しないと通れない場所もある。

それらを全部スルーして、最短ルートを通れば、列車にだって追いつける。

 

「そういう事さ!」

 

「地形を熟知して、十分な乗馬の技術、上質な馬があれば、この程度問題ありませんわ!」

 

もちろんそれも大事だが、1番は派閥を超えたこの協力だろう。

 

「よし!2人共!あと一息頼む!」

 

「任せな!しっかり掴まってろよ!」

 

こうして威勢のいい返事をしたコレットの声と共に、俺達は列車まで一気に近づいた。

 

「アルタイル!行くぞ!」

 

「了解!…ありがとうな」

 

列車の屋根に飛び乗る直前、フランシーヌにお礼を言いながら、飛び乗る。

 

「フゥ…何とか追いついた。先生、システィーナを…」

 

今後の話をしようとした時、ダンっ!と誰が飛び乗る音が聞こえる。

音の方に顔を向けると

 

「フランシーヌ!コレット!お前らまで!?危険だぞ!」

 

何と2人もこっちに飛び移ってきたのだ。

 

「危ないのはそっちもだろ!それに…水臭いこと言うなよ!」

 

「うちの生徒もいるのでしょう?だったら露払いが必要ではなくて?」

 

確かにそうなのだが…。

俺は先生に、判断を任せる事にした。

先生は少し考えてから、真剣な顔で2人に問いかけた。

 

「…お前達は何だ?フランシーヌ、コレット。お前達は何者だ?【魔術使い】か?それとも…【魔術師】か?」

 

2人は顔を見合わせてから、ハッキリと答えた。

 

「「魔術師ですわ(だ)!」」

 

「…よし!なら頼むぞ!2人共!」

 

 

俺達は車両の1つを占拠してから、システィーナを呼ぶ。

その後二手に別れてから、再び屋根伝いに先頭車両を目指す。

 

「無茶苦茶な…」

 

「これしかねぇんだから仕方ねえだろ?」

 

システィーナの愚痴に俺は返しながら、索敵も行う。

 

「…!先生!そこから2人出てくる!」

 

俺の言葉に皆が戦闘態勢に入ると、出てきたのはリィエルとエルザだった。

 

「お前ら!無事だったか!?」

 

「ん、グレン。問題ない」

 

「無さそうでは無さそうだが…?まあいいか」

 

そんなアホな会話をしていると、エルザが申し訳なさそうな顔をしていたので、肩を叩く。

 

「…話は後だ。今はケジメつけるぞ」

 

「…はい!」

 

こうして合流した俺達は、そのまま先頭車両に向かい、窓をぶち破って侵入した。

 

「…全部、貴方達のせいよ…!グレン=レーダス!!!アルタイル=エステレラ!!!」

 

「バカ騒ぎは終いにしようぜ!!ババアー!!」

 

「覚悟は出来んだろうなぁ!!」

 

俺達は戦闘態勢を整える。

 

「さて…5対1だぜ?投降しろ」

 

先生が勝利宣言をすると、突然マリアンヌが笑い出す。

 

「ふふふ…エルザへの牽制の為に用意したのだけど…まさか本当に役立つとはね!」

 

腰に差した剣を引き抜いた瞬間、突然炎が出現した。

 

「今の魔術を起動した気配がなかったぞ!?」

 

俺はそれを見た時、確信した。

 

「あれは…【魔法遺産(アーティファクト)】だ!」

 

「まさか【炎の剣(フレイ·ブード)】!?魔将星の一人、【ヴィーア=ドォル】が振るったとされる【百の炎】の1つ!!どうしてそんなものが!?」

 

「あら?随分とマニアな子がいたようね…。まあ説明が省けたわ」

 

またそれかよ…!

じゃあなんだ!あれは実話だって言うことかよ!?

 

「研究員時代にちょっとね。戦闘技術の再現とかも出来ないか、ていうのもやってたのよ」

 

「白魔儀【ロード・エクスペリエンス】の応用か!?」

 

あれの応用とか…アホかこいつら!?

 

「勿論、セリカ=アルフォネアみたいな完璧には出来なかったけど…それでも不完全ながら、半永久的に持続させる事は、出来るようになったわ。こんな風に…!」

 

「…!?下がれ!」

 

俺は咄嗟に結界を張って防ぐ。

斬撃と同時に、剣から溢れ出す炎も纏めて防ぐ。

 

「野郎!?」

 

先生が無防備な背中にトリプルファニングで、銃を撃つも、それも躱されるどころか、剣の腹に乗せるなんて芸当を、やってみせる。

 

「あら?その糸…【魔法遺産(アーティファクト)】かしら?まあそれはともかく、どうかしら?中々のものでしょう?」

 

そのまま炎で弾丸を溶かしてから、俺達の退路を塞いだ。

それに追い討ちをかけるように

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!?」

 

「…チラッとは聞いてたが、これ程とはな…」

 

エルザがトラウマで過呼吸を起こしているのだ。

エルザには期待できない。

 

「チッ…俺達だけでやるぞ!」

 

「「了解!」」

 

「ん」

 

 

 

「アハハハハハハハハ!!!」

 

響き渡るマリアンヌの狂ったく笑い声。

その声と共に炎が走る。

 

「クッソ!」

 

俺は結界を張って炎を塞き止める。

 

「『守人よ・遍く弎の災禍より・我を守り給え』おぉぉぉぉ!!!」

 

先生が【トライ・レジスト】も発動しながら、マリアンヌに特攻する。

しかし、その超越した剣技で躱される。

 

「させない!」

 

リィエルが突撃して何とか防ぐが、また炎が溢れ出る。

 

「『大気の壁よ』!」

 

システィーナの【エア・スクリーン】がそれを防ぐが、その壁を今度は剣で切り裂く。

 

「『雷帝の閃槍よ』!喰らえ!」

 

俺は【ライトニング・ピアス】で牽制してから、糸を鞭みたいにして、剣の上から吹き飛ばす。

アール=カーンみたいに、糸を斬ることは出来ないらしい。

それでもまだ炎を出してくるので、先生とリィエルを、糸で手繰り寄せて、結界を張る。

 

「あちちち!アルタイル!白猫!熱が遮れてないぞ!サボんな!」

 

「そんな暇あるわけねぇだろ!!文句言うなら自分でやれ!!」

 

「あの剣の炎の出力が異常なんですって!!これが限界です!!」

 

「クソ…!【フォース・シールド】は万能で強固だが、足が止まる。【エア・スクリーン】は万能で自由に動けるが、物理的に弱い。【トライ・レジスト】は自由に動けてで永久的に使えるが、軽減させるだけ。その全ての短所を見事に突いてきやがる!!オマケにアルタイルの結界を、突き抜ける程の火力かよ!厄介だな!炎だけなのに!」

 

「逆ですよ…ただ1つだからこそ、こういう究極の一は厄介なんです。下手な小細工が通用しない。通用する余地がないんだ」

 

俺は舌打ちを撃つ。

このままだとジリ貧だ。

しかも…列車がもたない。

 

「アハハ!!燃えろ!燃えろーーーーー!!!」

 

「お、おい…どうなってんだ?」

 

「…剣の記憶に、精神が持ってかれてる?」

 

もし、話が本当なら、魔将星が振るった剣だ。

ただの人間が、マトモでいられるはずがない。

 

「システィーナ!かつての使い手はどうやって倒された!?」

 

「確か…『炎を切り裂く風の刃』!」

 

「だったら【エア・ブレード】だ!この間教えただろ!」

 

「無理よ!私とアイルは防御で手一杯よ!」

 

「ここを守るならともかく、突撃されたらフォローより先に、丸焦げになるだろうな!」

 

「モエローーーーー!!!」

 

作戦会議してるうちに、襲ってくる炎。

慌てて回避した先には…エルザがいた。

 

「しまった…!エルザ!」

 

しかしトラウマで動けない彼女では、回避は間に合わず…

 

「!?リィエル!?」

 

リィエルが身を盾にしなかったら間に合わなかっだったらだろう。

 

「クソが!」

 

俺はその後リィエルに結界を張って、防ぐ。

すぐにリィエルに手当てを施す。

 

「リィエル!?大丈夫か!?」

 

「ん、平気」

 

「なわけねぇだろ…!『天使の施しあれ』!」

 

「どうして…」

 

呆然と呟くエルザに、リィエルは当たり前のように言う。

 

「だって守るって決めたから」

 

「…ッ!?」

 

「…これがイケメン女子。流石は【一夜の王子様】」

 

社交舞踏会の後、リィエルにつけられた渾名だ。

女子には相当、インパクトがあったらしい。

 

「…?何の話?」

 

「何でもない、行けるか?」

 

「問題ない」

 

そのままグレン先生と突っ込むリィエルを見送りながら、俺はエルザに話しかける。

 

「…怖いのがあるのは、しょうがない。俺も一時期はあの夜を夢見る度に泣いていた」

 

「…アイルさん?」

 

「でも、それでも世界は回る。時は進む。残酷に、冷酷に。何時までもそのままではいられない。だったらどうする?…()()()()()()()()。例え膝が震えても、歯が噛み合わなくても、涙流してでも、前に進むしか道はない。お前はどうするエルザ?また…()()()()()()()()()()()()

 

俺はそこまで言って、先生達のフォローに戻る。

俺とシスティーナは、結界の作用でマナが増大しているが、そろそろ限界だ。

予備タンクの石ももうない。

2人共、マナ欠乏症になるだろう。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突然、エルザが叫んだのはそんな時だ。

 

「はぁー…!はぁー…!この…ッ!」

 

何と自分の刀の刃を左手で握りこんだ。

そんな事すれば、当然左手は深く切れる。

だがそれが良かったのか…少し顔色が良くなる。

 

「皆さん…最後の一手…私が…請け負います…」

 

「馬鹿野郎!分かってるのか!?お前の顔色は…!?」

 

俺は先生の言葉を止める。

 

「本当にいいんだな、エルザ」

 

「私が…やらないと…いけないんです…!」

 

その言葉に先生も、覚悟を決める。

 

「わかった…任せるぞ」

 

「…はい…!!」

 

こうして俺達は最後の特攻を開始する。

 

「これが…最後だ!!」

 

俺はマリアンヌの周りに結界を張り、炎を内側に押し込める。

だが、この結界すらぶち破って、炎が溢れ出る。

自分自身も焼けてるのに、全く気にしてない。

しかも俺のマナが尽きる。

 

「クソ…システィーナ…頼む…」

 

「アイル!はァァ!!」

 

システィーナが最後のマナを振り絞って、2人を守る。

それが幸いしたか

 

「ハアァァァァァァァァァァ!!!」

 

ついにエルザが、その一撃を放つ。

左足で踏み込む神速の瞬発力、腰骨の超速横回転。

それらを纏めあげ、右腕に伝える背骨のしなり。

そしてその力を右腕に伝え、立てるように構えていた刀の刃を抜き放ち、重力に従って撃ち落とした。

【打刀】と呼ばれる刀だからこそ、成せた技。

その名も【春風一刀流奥義:神風】。

その一撃は炎の壁を真っ二つにして

 

「あ、がァァァァァァ!!」

 

マリアンヌを斬り裂いた。

まさに『炎を切り裂く風の刃』。

そして、その道が出来た瞬間、一気に駆けだす先生とリィエル。

 

「させない!」

 

迎撃しようとするマリアンヌの剣を、リィエルがはじき飛ばし

 

「寝てろぉぉぉぉ!!!」

 

グレン先生が、胸ぐらを掴んでそのままぶん投げた。

2人分の体重を受けて、気絶するマリアンヌ。

こうして、俺達は勝利した。




はい、本編終了です。
リィエルの2つ名は、適当です。
それにしても…相変わらず、あと一手が足りないアイル君ですね。
彼はボスクラスの敵を1人で撃破する日が来るのだろうか?
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話7

はい、オリジナルを加えての、エピローグ兼プロローグです。
それではよろしくお願いします。


2人の男女が向かい合っている。

そこに甘酸っぱい空気はなく、寧ろ冬の風を思わせる寒さを感じる。

お互いの手には、槍と打刀。

 

「「…シッ!」」

 

それぞれ油断なく睨み合い、全く同じタイミングで動き出した。

少年が槍を突き出すと同時に、少女も刀を抜き放つ。

武器同士が衝突して、少女が弾かせる。

 

「ッ!?」

 

驚きつつも、すぐに体勢を直し、斬りかかろうとする足元を突き崩される。

完全に出鼻をくじかれた少女は距離を取らざるを得なくなり、苦い顔をしながら、下がる。

そんな少女に追撃する少年。

 

「フッ!」

 

連続で突きを放ち、近付けさせないようにする。

しかし、それが読まれてきたのか、徐々に空振りが目立ち出す。

そして、足場を狙った突きを、少女はフェイクで誘い出し、その槍を足場にする。

 

「ッ!?」

 

驚愕する少年に対し、それをフェイクで誘い出し、その槍を足場にする。

 

「シッ!」

 

驚愕する少年に対し、遂に神速の居合が開帳させる。

しかし、その一撃は止められる。

 

「ッ!?」

 

少年が1歩踏み込み、その手を腕でガードしたのだ。

力比べでは、少女に勝ち目はなく、刀を振り抜けない。

その隙に足場を崩され、ふらつく少女。

その隙に槍を引き、突く少年。

 

「フッ!」

 

「シッ!」

 

それを攻撃をもって迎え撃つ少女。

その反動を利用して、大きく距離をとる。

 

((…強い!))

 

その2人…アルタイルとエルザは、全く同じ事を思っていた。

 

(なんて速さ!剣速が速すぎて見えない!それに…なんて鋭さ!さっきからギリギリで防ぐのが精一杯だ!これが居合…!ゼーロスとは違う方向性の武の完成系!)

 

(なんて重さ!どれだけ鍛えてるの!?それに…武器の性能が違いすぎる!硬いし重いし…防いだら武器がへし折れる!それを十全に扱ってる!体術ばかりだと油断した!)

 

(膂力と武器の性能はこっちが上。技の速さと冴えはあっちが上。反応速度はほぼ互角。…なら)

 

(技の速さと冴えはこっちが上。膂力と武器の性能はあっちが上。反応速度はほぼ同等。…なら)

 

(力で一気に押し潰す!)

 

(技で一気に攻め倒す!)

 

少女が一気に斬りかかってくる。

その一撃の速さは、少年の目には追えず、ギリギリで防ぐのが精一杯だった。

そしていつの間にか、拾っていた鞘に刀を戻して、すぐに斬りかかってくる。

間合いに踏み込まれた少年は、そのままその怒涛の連撃に抑え込まていた。

放たれた刃は、気付けば既に鞘に仕舞われており、認識した頃には既に次の技が放たれている。

 

「クソ…!?」

 

(まだあがるのか!?)

 

アルタイルは、焦りそうになる心を鎮めながら、攻撃を防ぐ。

しかし少しずつ、間に合わず、小さい傷ができ始める。

 

「はァァ!」

 

エルザは好機と捉えたか、一気に攻め倒す。

縦横無尽に斬り続けながら、足と腕を止めない。

その時ふと、目が合う。

 

(目が合った…?)

 

その事に一瞬疑問を抱きた瞬間、

 

「イッ!?」

 

突然、目元に痛みが走る。

眼球には当たってないが、どうやら目尻に何かが当たったらしい。

しかし、攻撃の手が止む。

その時、嫌な予感がしたので、本能的に避けると、上から槍が振り下ろされていた。

 

「おぉぉぉ!」

 

そこからは、アルタイルが攻めた。

エルザ程の速さはないが、それ以上の破壊力があった。

薙ぎ払い、振り下ろし、突きを放ち…。

そんなあらゆる攻撃が濁流のように襲いかかる。

 

「クッ!?」

 

まともに防げば、刀ごと吹き飛ばされるので、何とか避けるしかないエルザ。

しかし片目が機能せず、避けるのすらおぼつかない。

そして、遂に槍がエルザを捉えた。

 

「ガハッ!?」

 

吹き飛ばされるエルザ。

すぐに体勢を整えたが、その頃には槍が喉元に突きつけられていた。

 

「…参りました」

 

「そこまで!勝者!アルタイル!」

 

その模擬戦を見守っていたグレンが、勝敗を知らせる。

 

 

「お前ら…すげぇ戦いだったぜ」

 

「何とかなった…」

 

俺は思わず、深い息を吐き、へたり込む。

最近動きが良くなったとは思ってたが、まだまだ動きに意識が追いつかない。

まだまだ修行不足だな。

 

「アイル君すごいね。…腕がまだ痺れてるよ」

 

エルザが立ち上がって、腕をフルフルさせてる。

 

「エルザこそ…マジで細切れになるかと思った…」

 

俺は自分の体を見下ろす。

服の胴体の部分は、ボロボロに切り刻まれていた。

 

「でも、突然どうしたんだ?エルザと戦いたいって?」

 

そう、この模擬戦は俺が誘ったのだ。

 

「あの時のエルザの技を見て、何か掴めるかなって…」

 

理由はあの時の技を身に付けたかった。

もしくは何かヒントが欲しかったのだ。

 

「そうか…。で?何か得れたか?」

 

「もちろん。得た物はある」

 

「えっと…何の話?」

 

エルザが不思議そうにしたので、俺は掻い摘んで話た。

 

「なるほど…で、何が得れたの?」

 

「あれは身体的なものでは無く、技術的なものでも無いって事かな」

 

今回戦って思ったのは、あの時のような感じは無かった事。

つまりあれは俺の問題ではなく

 

「この糸になにかあったって事だな」

 

俺は手に着けた【アリアドネ】を見る。

俺はあの時…何をしたんだろう…?

こいつは一体…?

そう思いつつも、俺はエルザに礼を言う。

 

「疲れてるのに、わがままに付き合ってくれてありがとう」

 

「こっちこそ。自分の新しい課題も見えたし、ありがとう!」

 

そう言って俺達はお互いの健闘を称えながら握手した。

 

 

そして、俺達が帰る時間。

駅のホームで、それぞれ挨拶していると、コレットが突然

 

「なあ?今度はあたしが…そっち行っていいか?」

 

そんな事を言い出した。

 

「まあ!それはいいですわね!ジニーも一緒に!」

 

「ふへぇ…面倒臭いな…」

 

フランシーヌがそれに乗り、ジニーは面倒臭そうに言う。

 

「アハハ!それいいわね!」

 

「その時は皆で歓迎するね!」

 

システィーナとルミアは、楽しそうに笑いながら言う。

 

「そ、それに…ほら…あれだ…」

 

コレットが先生に組み付き

 

「そちらに行けば…アイル達とも会えますし…」

 

フランシーヌが俺に組み付く。

俺とグレン先生が顔をひきつらせてると、

 

「アハハ!やっぱ来なくてもいいかも!」

 

「その時は皆で塩を撒くね!」

 

システィーナとルミアは、楽しそうに笑いながら言う。

…それが余計に怖い。

 

「「と、とにかく!」」

 

俺と先生は、強引に引き剥がしながら、話もぶった切る。

 

「お前達のお陰で、何とかなった。ありがとうな!」

 

「俺からも。ありがとう皆」

 

「ん…みんな…ありがとう…」

 

いつも間にいたのか、グレン先生越しにリィエルも、お礼を言っている。

そんなリィエルの頭を、俺とグレン先生で撫でいると、

 

「むむむ…」

 

エルザが頬を膨らませながら、リィエルを強引に引き剥がす。

 

「…?エルザ?どうしたの?」

 

「…何でもない…」

 

「「…?」」

 

そんなエルザの様子を不思議そうにするグレン先生とリィエル。

 

「「「「「「「…」」」」」」」

 

そして、その様子をニマニマと見ている俺を含めた女子生徒。

そんなこんなで、電車の時間が来た。

俺達が乗車していると、

 

「リィエル!私…強くなるから!もっともっと強くなって…何時か貴女と肩を並べるくらい…誰かを守れるくらい強くなるから…!だから!!」

 

そんなエルザにリィエルは少し笑って

 

「待ってる。…また…何時か、会おう…エルザ」

 

「…ッ!!うん!!!」

 

その優しい約束は、そう遠くないうちに実現する事はこの時、誰も知らなかった。

そして…

 

「やぁアルタイル=エステレラ。久しぶりだねぇ」

 

「てめぇ…何の用だ!!」

 

これから、とんでもない事件が巻き起こる事も、まだ知る由もなかった。




この時、公式百合設定が出てきましたね。
エルザとリィエル…美しい百合が咲き誇る事を、期待してます。
エルザは新刊でも出てきましたね。
いや〜、成長しましたね、彼女も。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第1話

という訳で、9巻、10巻まとめて行きますよ。
それではよろしくお願いします。


「疲れた〜…」

 

今日も色々あったな。

黒魔術学の授業が、いきなりドッチボールに変わるし。

そのせいでルミアVSテレサという、男子必見のキャットファイトが始まるし。

そのせいで俺が、グレン先生とクラスの男子に狙われ…いや、何でグレン先生にまで狙われなきゃいけなかった?

リィエルがボールで、先生ぶっ飛ばすし。

まあ、やらせたの俺なんだけど。

このところ勉強ばかりで、いい息抜きになった。

さて…そろそろ寝るか…。

そう思った瞬間、殺気を感じた。

 

「〜ッ!!誰だ!!!」

 

俺はすぐに【アリアドネ】を装着して、窓から飛び降りる。

ふと、なにか光った気がしたので、俺は糸を張り、その上に立つ。

 

「…クックック…良く気付いたねぇ〜…」

 

この声は…!?

聞き覚えのある、ねっとりした声の方を向く。

 

「ジャティス=ロウファン…!!!」

 

「やぁアルタイル=エステレラ。久しぶりだねぇ」

 

「てめぇ…何の用だ!!」

 

そこにいたのはかつて、俺達を苦しめた狂人、ジャティス=ロウファンだった。

 

「そうだねぇ〜…君に僕の計画を手伝って欲しくてね…」

 

「テメェの計画を手伝えだぁ?頭湧いてんのか?」

 

俺はすぐに足元の何かを壊し、着地する。

そして何時でも戦えるように、身構える。

 

「勿論、本気だとも。そして君も、乗るに決まってる。でないと…このフィジテが滅んでしまうからね。そして何より…ルミア=ティンジェルの身の安全」

 

その瞬間、一気に頭に血が上った。

こいつ…!!!

 

「ぶちのめす!!!」

 

俺は糸で身体能力を強化してから、一気に踏み込んで殴りかかる。

 

「やれやれ…()()()()()()

 

そう呟きが聞こえた瞬間、悪寒が走り、俺は咄嗟に膝を折って地面をスライディングする。

その時、髪の毛が見えない何かに切られる。

 

「…ッ!?」

 

俺はそのまま、一気に姿勢を起こしながら、飛び上がって街灯の上に立ち、ジャティスの頭上を取る。

 

「…今のは?タルパか?」

 

「…へぇ、思ったより冷静…いや、勘がいいね。その野生じみた勘、まるでリィエルだね」

 

すました野郎が…!

でもおかげで冷静さを取り戻した。

フィーベル邸には、強力な結界とリィエルがいる。

それなのにルミアを交渉のテーブルに乗せたって事は…

 

「ルミアは既にお前の手の内…そしてリィエルの戦線離脱か…」

 

「その通りだよ。ああ、安心してくれ、リィエルは命に別状はないからね」

 

「誰が…ッ!?今度は何だ!?」

 

突然、爆発音が響く。

その方向には…アルフォネア邸がある。

 

「…先生!!教授!!」

 

「安心してくれ。グレンは無事だよ。あそこに行った、システィーナもね」

 

まるで事も無さげにそんな事を言うジャティスを、睨みつける。

しかし何時までもそのままでは、埒が明かない。

…仕方ねぇ、背に腹はかえられないか。

 

「…で?事情は?」

 

「おや?乗っくれるのかい?」

 

「白々しい。端からそれしか道はねぇだろうが。とっとと説明しろ」

 

「ククク…ああ、いいとも!実はだね…」

 

そこからジャティスから聞かされた話は、あまりにも荒唐無稽な話だった。

 

「【Project:Frame of megiddo】、【メギドの火】?…天の知恵研究会【第三団:天位(ヘブンス·オーダー)】?…ちょっと待て。整理する」

 

「手短に頼むよ」

 

話はこうだ。

【魔の右手】ザイードが捕縛され、急進派は一気に追い詰められた。

もう本当に後がなくなった連中は、【第三団:天位(ヘブンス·オーダー)】を中心に、行動を開始。

【メギドの火】を使い、このフィジテごと、ルミアを殺す選択をしたって事か…!?

 

「そもそも【メギドの火】って何だ?」

 

「正式名称、錬金【連鎖分裂核熱式(アトミック·フレア)】。原始崩壊の際に生じる質量欠損が莫大なエネルギーを生み、全てを滅ぼす禁断の錬金術だよ。その破壊力はA級軍用呪文の比じゃない。起動すれば、フィジテなんて一瞬で灰さ」

 

どうしてそんなものが…ここに?

 

「この魔術の起動には、潤沢なマナが流れる霊脈と、【マナ活性供給式(ブーストサプライザー)】と、【核熱点火式(イグニッション·プラグ)】の三要素が必要なのさ」

 

霊脈ってのは、フィジテに流れてるやつだろう。

 

「…【マナ活性供給式(ブーストサプライザー)】?」

 

「霊脈にある霊点(レイスポット)と直接接続して、霊脈(レイライン)に流れる外界マナを臨界点まで励起活性化させ、霊脈(レイライン)を通じて、臨界励起させたマナを【核熱点火式(イグニッション·プラグ)】に送る術式さ」

 

「【核熱点火式(イグニッション·プラグ)】ってのは…【メギドの火】ってやつを起動させる為の術式って事か…」

 

「そうだとも。そして【核熱点火式(イグニッション·プラグ)】には3段階あるんだ。タイムリミットは日没。それを過ぎれば…フィジテは滅びる」

 

なるほどな…つまり…

 

「ルミアを欲したのは【マナ活性供給式(ブーストサプライザー)】を解呪する為か」

 

「ああ、正解だよ。さて…ここまでで、なにか質問は?」

 

俺は気になる事があるので、聞いてみた。

 

「何で俺を巻き込んだ?」

 

そう、ぶっちゃけルミアさえいれば、回るだろう。

コイツなら、刺客に遅れをとることもないだろう。

 

「簡単さ…少しでも楽するためだよ」

 

思ったよりクソな理由だった。

 

「死ねクソ野郎。それともう1つ…何故フィジテを救う?お前の正義は悪の根絶だろ?だったら、天の知恵研究会を殺し回ればいい。これじゃあ、遠回りだろ。ハッキリ言って…らしくない気がするが」

 

そう、気になったのはそこだ。

こいつは自分の正義以外に全く関心がない。

つまり、どこかの誰かがあぜ道に転がろうが、気にしないのだ。

 

「わざわざ、被害を減らそうとしやがって…。本当は【メギドの火】って、そういう術式じゃないんじゃないか?もっと、ヤバいものなんじゃねぇのか?」

 

俺には他の目的があるとしか、思えない。

俺はジャティスを睨みつける。

その視線を受けても、まるで気にも止めない。

そのままたった一言

 

「Trust me」

 

私を信じてって…どの口が…。

 

「はぁ…まあいい。さっさとやるぞ」

 

「ククク…そうでなくてはね…さあ、用意してきたまえ」

 

俺は用意を整える為に、1度戻る。

 

「行くのか」

 

「ッ!爺さん…」

 

店に戻ると、ドアのすぐ側に爺さんがいた。

アイツの殺気で目を覚ましたのだろう。

 

「…フィジテ云々より、ルミアの事が放っておけない」

 

ルミアを守る…そう決めたのは俺自身だ。

だから…それを貫く。

例え…何を利用してでも、守ってみせる。

 

「…ここに帰って来い。いいな」

 

その時初めて俺は、爺さんの目を見た。

その目は、俺を心配する優しい目をしていた。

そんな目を見て、自分がかなり危うい思考をしていた事を、自覚した。

 

「…約束する。ちゃんと、ベガや爺さんや婆さんのいる、ここに帰ってくる」

 

俺の返事を聞いて満足したのか、爺さんは部屋に戻っていく。

俺は一度深呼吸して、心を鎮める。

 

(殺意に呑まれるな…自分を忘れるな…)

 

「…よし!」

 

一度顔を叩いて、気合を入れ直す。

こうして俺は、かつて無い程の闇に向かって、歩きだした。

向かった先には、やはりルミアがいた。

 

「…ルミア!」

 

「アイル君!?」

 

ルミアが俺がいるとは思わなかったのだろう、ここに来た事に、すごく驚いていた。

 

「…無事だな。怪我はないな?」

 

「私よりシスティ達は!無事なの!?」

 

「…アイツいわくな」

 

そう言いながら、俺はジャティスを睨む。

その視線に気付いてるくせに、素知らぬ振りをしている。

 

「…アイル君。ごめんね。私のせいで…」

 

「…バーカ」

 

俺は泣きそうになりながら謝る、ルミアの頭を軽く小突く。

 

「俺は…俺の意思でここにいるんだ。だから…気に病むな」

 

そう言って優しく頭を撫でてやる。

 

「さて…それじゃあ、早速始めようか」

 

そんな俺達を無視して、手を叩いて注目を集めさせるジャティス。

 

「まずは中央区にある【フィジテ行政庁市庁舎】ある、【マナ活性供給式(ブーストサプライザー)】からだ。さあ…正義の執行を始めよう」

 

そう言って狂った笑みを浮かべる、ジャティスについて行く。

俺達にはそれしか道がないから。

今は踊らされてやる。

だが…覚悟しておけよ。

何時か絶対…その鼻っ柱を…

 

「へし折ってやる」

小さく、誰にも聞こえないようにボソッと呟きながら、歩き出した。

 

 

「それじゃあ、行ってくるよ。帰りはよろしくね」

 

「…」

 

俺は黙ってジャティスとルミアを見送る。

念の為に、転移用の糸とは別に、断絶結界を張ることが出来るお守りを、ルミアに渡した。

ジャティスが相手でも、少しは守れるはずだ。

俺の役目はほぼ異界となっている【マナ活性供給式(ブーストサプライザー)】のある部屋から、2人を脱出させる事。

ジャティスの野郎は置いていこうかと思うが、どうせ無駄だと直ぐに思い直す。

15分ほどすぎた頃、ルミアに持たせた糸の方から反応がある。

俺はすぐに【アリアドネ】を起動して、ルミアを連れ出す。

 

「大丈夫か?何もされなかったか?」

 

「うん。ビックリするぐらい見向きもされなかった。…本当に、フィジテを救う気なのかな?」

 

「…分からない。けど、裏があるとしか思えない」

 

俺はとりあえず、ルミアの安全にホッとしつつ、ジャティスを連れ出す事に一瞬迷って、連れ出した。

 

「…おや。置いてかれると、思ったけどねぇ」

 

「どうせ、置いてっても自力で出てくるだろ。…で、次は?」

 

俺は目も合わせずに、ジャティスに次を促す。

 

「次だが…君にはある倉庫に、これを持って行って欲しい」

 

そう言って渡してきたのは、やけに重いボストンバッグだった。

 

「僕はこれからグレンをそこに誘導する。…ああ、中身は見ても構わないよ。君にもグレンにも必要なものだしね」

 

俺がバッグの中身を見分がてら、確認すると…

 

「これは…戦闘道具?それと、資料?」

 

俺は資料を流し読みする。

 

「その資料をしっかり読み込んでおくんだ。知ってる事と知らない事では、余りにも対応速度が違う。だから読んでおくんだ。…生き残りたければね」

 

 

 

⦅さあグレン。その倉庫に入りたまえ⦆

 

ルミアを人質の取られた俺は、ジャティスの言葉通りに、この倉庫に来た。

何かの罠を警戒し、ゆっくりと扉を開けると…

 

「…先生…」

 

「お前…!?アルタイル!?どうしてここに!?」

 

中にはアルタイルがいた。

アルタイルは俺の方へ歩み寄り、ボストンバッグを押し付けてくる。

 

「…ジャティスからです。大至急これに着替えて下さい…。お願いします…!速く…!」

 

何かに耐えるような、何処か悔しそうな顔をしながら、俺に突きつけてくるバッグの中身を見た時、一気に血が沸騰した気がした。

その中身は…俺が現役時代に使っていた装備一式だった。

 

「これは…どういう…事だ…?」

 

⦅分かるよグレン!よ〜く分かるとも!今の君にとって、一番目を背けたい、見たくないものだろう!ごめんよグレン。分かってはいたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あまりの怒りに怒鳴る事すら出来ないぐらい程だったが、その直後、沸騰した血が一気に冷める程の、悪寒が走る。

俺は弾かれるように、中身を引っ張り出し、用意する。

 

⦅それでいいグレン。本当は僕だって、今の君に彼を押し付けるのは、不本意じゃないんだ。でも、そんな甘い事を言ってられる相手じゃない。アルタイルを寄越したのは、少しでも生き残る確率をあげるためだ⦆

 

こんな修羅場に、コイツを巻き込むな…!!

そう怒鳴りたいが、そんな余裕もない。

 

⦅前回、君が彼に勝てたのは、アルタイルというイレギュラー、君の初見殺しと悪運、そして彼の準備不足が、奇跡的に噛み合ったおかげだ。今の彼とまともに戦えるのは、アルベルトぐらいじゃないか?僕でさえ、まともに相手をしたくない。…さて、最後の試練だ。心しろよ、グレン⦆

 

俺がギリギリで用意を整えるのと同時に、扉が開く。

その男は黒いダークコートを身にまとっていた。

あの事件の後、そいつの素性の報告書を読んだ時、冷や汗が止まらなかった。

あの時…学院テロ事件の時に、殺したはずの、その男の名は…

 

「【竜帝】…【レイク=フォーエンハイム】!!!」

 

⦅…()()()()()()()()()()()()

 

頂すら見えぬ存在感を前に。

珍しく、緊張しているようなジャティスの声は、全く聞こえていなかった。




ここはまだプロローグみたいなもの。
ここから、戦闘が激化していきます。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第2話

レイク戦で、1話丸ごと使いました。
ええ、切ろうと思ったら、変な感じになったので。
初めて、三人称視点で書いた場所もあります。
それではよろしくお願いします。


「何でだ…なんでテメェが生きてやがる!?テメェはあの時、確かに死んだ!俺がこの目で確認したんだ!間違える筈がねぇ!!」

 

先生がそう叫びながら、銃口をレイクに向ける。

その手は震えており、脂汗は滝のように流れている。

 

「…【Project:ReviveLife】」

 

「ッ!?」

 

俺の呟きに、先生が何か思考する。

 

「そんな些細な事はどうでもいい。私は黄泉から舞い戻ってきた。そして…今貴様達を殺す為に、ここにいる。それが今、貴様達が直視するべき現実だ」

 

しかし、そんな事すらさせない、と言わんばかりに、レイクが睨み付けてくる。

 

「…正論どうも。とっとと、黄泉の国に戻りやがれ」

 

俺は睨みながら構えるも、その手は…震えてる。

俺はさっきまで読んでいた、レイクに関する報告書を思い出す。

フォーエンハイム家は、禁呪によって古き竜の血を入れることに成功した。

その代わりに、【竜化の呪い(ドラゴナイズド)】と呼ばれる、何時か人としての姿と理性を失い、身も心も竜へと変貌してしまう呪いを受けた。

 

「お前…今回は封印を解いてきたんだな?【竜化の呪い(ドラゴナイズド)】の…」

 

グレン先生が、確信しながら言う。

 

「…察しがいいな、魔術講師。我々の一族には、呪いの進行を防ぐため、【竜鎖封印式】を一号から三号まで施される。普段は人と変わらないが…一度封印を解けば、竜の力が顕現するのだ。今回は一号を解呪してきた。…貴様達と戦う為に」

 

そんな話を聞いた俺達は、一周まわって呆れるしか無かった。

 

「まだ後2段階あんの…ざけんなよ…」

 

「へっ…いいのかよ?それは解呪と封印を繰り返せば、呪いの進行が早まるんだろ?精神的寿命に響くぜ?」

 

「構わん、それに値する敵だ…。構えろ、グレン=レーダス。アルタイル=エステレラ。貴様達との戦いは、一体何を見せてくれる?」

 

「「チィ!!」」

 

俺達はすぐに、先手を取ろうと攻撃する。

しかし

 

「『■■■』」

 

レイクが、獣じみた何らかの言語を話した途端。

倉庫が爆光と共に、空へ吹き飛んだ。

 

 

 

「くぅ…!!」

 

アルタイルの結界が、ギリギリで間に合った。

 

「アルタイル!…おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

グレンがアルタイルの糸と、【フィジカル・ブースト】で、身体能力を限界まで強化して、駆け抜ける。

瞬時に高速ファニング、特製の魔術火薬【灰色火薬(アッシュパウダー)】で炸裂強装弾を全弾掃射する。

並の人間なら、身体が引き千切れる程の威力に、グレンの体が後方に吹っ飛ぶ程だ。

 

「遅い」

 

しかし、そんな銃撃もレイクには通用せず。

一瞬で、全て掴み取られてしまう。

その手には傷1つついてなかった。

 

((化け物か…!?))

 

奇しくも同じ事を思うが2人だが、それでも止まれない。

アルタイルは糸を高速で放つ。

空気すら切り裂く程の勢いで迫る糸を、片腕で弾きながら

 

「『■■■』」

 

何かを言う。

 

「先生!あれ何!?」

 

「【竜言語魔術(ドラゴイッシュ)】だ!自然そのものに作用するチートだ!!」

 

そしてその説明を証明するかのように、不意に嵐が巻き起こる。

ハンマーのように雨が叩きつけ、稲妻が乱舞するように、アルタイル達に襲いかかる。

 

「クッソ!!洒落にならねぇぞ!!」

 

「先生!」

 

アルタイルは自分を守りつつ、高速で動くグレンに合わせて、簡易的な結界を張り続ける。

直接やり合うグレンとそうだが、その動きに合わせて守るアルタイルも、かなりの集中力が必要なのだ。

 

「…ほう、素晴らしい。あの時は何も知らない猪武者のようだと思ったが…あの時とは段違いに成長したようだな。学院生」

 

「うるっさい!!」

 

レイクは、アルタイルの成長ぶりに感心していたが、アルタイルは、その言葉がカンに触ったか、守りつつも糸の弾や糸の鞭を使って、遠距離攻撃を仕掛ける。

その隙に、方陣をこっそりと張り

 

「『金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ』!」

 

B級軍用魔術【プラズマ・フィールド】で、薙ぎ払おうとする。

雨によって濡れた地面や、降りしきる雨そのものにすら、感電していき、通常以上の威力を以て、焼き払おうとする。

 

「お前!?いつの間にB級軍用魔術なんて!?」

 

グレンはそんな高等魔術をいつの間にか使える、アルタイルに驚愕する。

それはレイクも同じだが

 

「!?これは…!?見事だ。だが『■■■』」

 

竜言語魔術(ドラゴイッシュ)でそれすら防いでしまう。

それどころか、周囲の瓦礫や倉庫を竜巻で吸い上げ、それを薪に今度は炎で襲いかかってくる。

 

「今度は山火事かよぉぉぉぉ!!!?」

 

「この…!『我が手に星の天秤を』!」

 

アルタイルは略式詠唱で発動した【グラビティ・タクト】で、燃えている瓦礫を、レイクにぶつける。

 

「何!?」

 

想定外だったのか、反応が遅れ瓦礫に潰されるレイク。

そのまま、一気に推し潰そうとするアルタイルだったが

 

「脆い」

 

先に瓦礫が崩されてしまい、レイクが逃げ出してしまう。

最初からレイク自身は有効範囲外なので、彼自身に重力は仕掛けられない。

しかし、それが隙にはなった。

 

「これでどうだ!!」

 

グレンが、愚者のアルカナを掲げる。

その位置は既に半径50メトラ以内。

固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】、発動。

 

「…やはりそう来るか」

 

「何が竜言語だ!こっちは肉体言語で、片をつけてやるよ!」

 

忌々しく呟くレイクに、突貫するグレン。

その後ろから、一気に近づくアルタイル。

アルタイルの【グラビティ・タクト】は、既に起動済み。

つまり、グレンの【愚者の世界】の影響は、受けない。

 

「良いだろう。手合わせ願おうか」

 

しかし、レイクも落ち着いて剣を抜く。

その剣は真銀や【日緋色金(オリハルコン)】と並ぶと謂われる、【竜鱗の剣】だ。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

気合一閃。

その一撃はとてつもない衝撃波を生み、倉庫街を文字通り2つに割った。

グレンは最初から躱すつもりだったか、横に飛んで躱したが、アルタイルは重力で受け止めようとして

 

「な!?マジ…かよ!?うおぉぉぉぉ!」

 

受け止めきれず、逆に吹き飛ばされてしまう。

 

「な…!?アルタイル!!」

 

グレンはそちらに気を取られてしまい

 

「気にしている場合か?魔術講師」

 

「チィ!?」

 

レイクに背後をとる隙を許してしまう。

 

(避けきれない…!?)

 

グレンが、諦めかけたその時

 

「…うおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「!?何!?グボォ!!!?」

 

アルタイルが、大砲のような勢いで戻ってきて、レイクの横腹に飛び蹴りをかました。

アルタイルは飛ばされながら、柱に糸を引っ掛け、それをゴムのように使い、プラスで重力で速度を上乗せして戻ってきたのだ。

想定外の速さと威力に、反応出来ず吹き飛ばされるレイクに、糸を巻きつけておく。

その威力は先程の竜鱗の剣とほぼ同等。

しかし吹き飛んでいくレイクは、気付いたら元の場所に戻ってきていた。

 

「ッ!?」

 

その正体は【アリアドネ】を使った【次元跳躍】だ。

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

驚愕するレイクを他所に、グレンとアルタイルは渾身の一撃をレイクに叩きつけた。

 

「がはぁ!!!」

 

その威力に流石のレイクもひとたまりもなく、倒れふす。

しかし、竜の力を持つレイクを本当の意味で倒すには、些か弱かった。

それを知っているのか、2人が追撃を叩き込もうとしようとした瞬間

 

「ガアァァァァァァア!!」

 

竜鱗の剣を振るい、2人を散らける。

咄嗟に躱し、挟み込むように構える2人。

アルタイルの【グラビティ・タクト】も、効果が切れる。

直ぐに再起動は簡単だが、ここは【愚者の世界】の範囲内。

それは出来ない。

 

「ちっ…切れたか。下がりたいけど…隙がないな〜…」

 

「あれをまともに受けて…まだ動けるのか…!?」

 

「いや…貴様達の攻撃は、中々に効いたぞ」

 

レイクは悠然と立ち上がり、2人を睨みつける。

それぞれ身構えた所で、レイクも剣を構える。

 

「…来い」

 

「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

そのまま2人は拳を振り上げ、レイクに突進するのだった。

 

 

 

「シッ!」

 

「温い」

 

俺は糸を放って剣を叩き落とそうとする。

しかし、勢いが足りず、簡単に防がれてしまう。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

先生が背中から、殴り掛かる。

拳には既に、俺の糸が巻かれている。

しかし、レイクの体の前では、拳を守る用途にしか使えなかった。

 

「遅いぞ、魔術講師」

 

レイクが剣を振り上げるのを見てた俺は、後ろから剣に糸を巻き付ける。

 

「させ…ない!」

 

俺は振り下ろさせないように、思いっきり引っ張るが、膂力が違いすぎたのか、まるでビクともしない。

 

「…この程度か?学院生!」

 

そのまま力ずくで振り下ろされた反動で、俺の体は宙に放り出させる。

その浮いている俺をレイクは斬ろうと狙ってくる。

 

「アルタイル!」

 

「!先生!」

 

先生の声に応じて、俺は糸を先生に伸ばす。

その糸を掴んだ先生が、思いっきり引っ張り下ろしてくれる。

その瞬間、いた場所に衝撃が飛んできて、倉庫が、斬られる。

受身を取った俺は、すぐに体勢を立て直す。

 

「無事か!?」

 

「何とか!」

 

俺達はそれぞれ調子を確認しあい構えていると、愚者のアルカナの輝きが消える。

 

「…どうやら【愚者の世界】の効果は切れたようだな。では行くぞ『■■■』」

 

そして顕現する、氷原地獄。

息をするだけで喉の肺がやられるであろう冷気に

 

「走れぇ!!止まれば死ぬぞ!!」

 

先生の叱責が響く。

俺は直ぐに走り出し、そのまま攻撃を続ける。

 

「『雷槍よ(1発)』!『雷槍よ(2発)』!『雷槍よ(3発)』!」

 

俺は【ライトニング・ピアス】を3連発で撃つが、それは肌に当たった瞬間霧散する。

 

「全く手応えなしか…!」

 

「無駄だ…逝け!」

 

レイクの言葉と共に、巨大な氷塊が降り注ぐ。

俺は糸を使って、切り払うが全く手が足りない。

 

「アルタイル!糸を巻き付けて、寄越せ!」

 

先生が、何やらそう指示を出してくるので、言葉通りにする。

降り注ぐ氷塊に糸を巻き付け、それを先生に渡す。

 

「よし!『紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え』!」

 

先生の【ブレイズ・バースト】が、糸を伝って氷を破壊する。

 

「へっ!威力がクソでもこうすれば段違いだぜ!」

 

「本当に…戦い方の上手い人…!」

 

思わず感心する。

こういう所が、型破りなんだよな、この人。

 

「あの手この手で、よく凌ぐ。しかし、お前達の攻撃は先程の打撃以外、通ってないぞ!」

 

そう言いながら、今度は氷の礫を乱れ打ちしてくる。

咄嗟に身を隠し、やり過ごそうとすると、徐々に、壁が崩れてきている。

 

「マジでどうするか…!?」

 

「先生…俺が少し時間を稼ぎます。何とか思いついて下さい」

 

俺は結界を張りつつ、そう提案する。

 

「バカ野郎!!こんな奴1人で…」

 

「当たり前です。1人で戦う気はありません。でもこのままここにいても、嬲り殺しされるだけ」

 

そう、これは何も決死の無謀な特攻ではない。

生き残る為の戦略、ただの時間稼ぎだ。

 

「だったら知識量の多い先生が、何か作戦を立てた方がマシです。その間の時間稼ぎは…何とかしてみせます」

 

その言葉に先生が黙り込み

 

「…わかった。無理はすんな。死ぬんじゃねぇぞ」

 

「当然!」

 

俺は結界を何重にも張り直し、突撃する。

 

「何のつもりだ…学院生!」

 

「時間稼ぎだよ!バーカ!」

 

俺は再び、この強敵を前にサシで戦う。

しかしその難易度は、あの時とは…桁違いだった。

 

「あぁぁぁぁぁ!『真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ』!」

 

俺は【インフェルノ・フレア】で、一気に氷礫を、焼き尽くす。

そのまま水蒸気を隠れ蓑に突撃して、一気に糸で斬り掛かる。

 

「『我が手に星の天秤を』!おぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「遅い!」

 

当然反応され、防がれるが【グラビティ・タクト】で、動きを牽制する。

 

「ぬ…!これは…!」

 

「重力だよ!幾らお前でも、重力からは逃げられねぇ!」

 

俺は動きが制限されているレイクに、一気に畳み掛ける。

その一撃事に、重力を乗せているからか、レイクにもそれなりのダメージは蓄積されていく。

しかし

 

「〜ッ!!舐めるな!『■■■』」

 

至近距離の竜言語魔術(ドラゴイッシュ)に、咄嗟に重力で逃げれたが巻き込まれ、余波だけで吹き飛ばされる。

 

「ガ!?くっそぉ…」

 

そのまま、落雷が降り注ぐが、咄嗟に結界で何とか防ぐ。

 

「チッ!このぉ…!」

 

俺はその辺の瓦礫を浮かせて、糸を巻き付けてから、一気に放つ。

 

「ぬん!」

 

しかし、そんな一撃もレイクの膂力の前では石ころ同然だった。

 

「まだだ!」

 

俺は糸を放つも、それはあっさり落とされる。

 

「無駄な事を…」

 

「そうかな!?」

 

俺は落とされた糸を張り詰めて、弾く。

その瞬間、超至近距離の【ブレイズ・バースト】と【ライトニング・ピアス】が炸裂。

 

「何!?」

 

レイクを吹き飛ばしたが、やはり体に傷は付けられず、よろけさせる程度だった。

その瞬間、1発の銃声が聞こえる。

いくつかの跳弾の音の後、レイクの背後から銃弾が迫るが、あっさりと躱す。

 

(躱した?あの程度の銃弾を?)

 

後ろを振り向いて、撃ったグレン先生を確認する。

 

「今更そんな豆鉄砲が、何の役に立つ?」

 

「だが躱したよなぁ?見たぜ?全身のお肌が、竜鱗並のレイクさんよぉ。…何でこんな豆鉄砲を、躱したんだ?」

 

グレン先生はゆっくりと俺も元に近づきながら、言い放つ。

 

「テメェにもあるんだろ?ドラゴン唯一の弱点、【逆鱗】がよォ!!お前は万が一を恐れた、そうだろう!?そいつを撃ち抜けばあら不思議、一発逆転、俺らの勝利だ!どうだ?勝負はこれから…そうだろう?」

 

(そうだったっけ?)

 

逆鱗とは竜の身体構造上、発生するもののはず。

人間であるレイクには無いかもしれないが…?

でも【竜化の呪い】は体にも作用する訳だし…?

その吹雪の奥のレイクの顔は…一瞬強ばった。

 

(どっちだ!?今のはどっちの反応だ!?)

 

「まだやれるか?アルタイル」

 

とりあえず、まだ止まれない。

 

「…大丈夫。まだ行けます!」

 

そう答えてから、先生は予備のシリンダーに何かしら、魔術を付与する。

 

「させん!『■■■』」

 

今度は大洪水が襲いかかる。

俺達は咄嗟に瓦礫に飛び乗り逃れると

 

「「おぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

何度目かの特攻を仕掛けるのだった。

 

 

 

「…くそぉ…」

 

「…はぁ…はぁ…はぁ…」

 

片や全身ボロボロ、立ってるのすら困難なグレンと、壁に凭れてしゃがみこみ、動けなくなっているアルタイル。

 

「…見事だ。グレン=レーダス。アルタイル=エステレラ」

 

片やまるで無傷で、最初の存在感を纏ったままのレイク。

事ここに至って、勝敗が今、着きそうになっていた。

 

「アルタイル=エステレラ。この戦いによく最後まで着いてきた。それどころか、今の私に攻撃を何回も入れられる程の強さ、見事だ。そしてグレン=レーダス。様々な手練手管の数々で、よくこの戦力差を埋めた。…しかし、私の方が一枚上手だったな」

 

「…何だと?」

 

素直に賞賛するような口ぶりだったが、最後に不穏な空気を残す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あれは竜の身体的構造によって生じるものだ。私には関係ない。貴様達の目論見など、最初からお見通しであり、それを利用させて貰った」

 

「…な…に…?」

 

思わず呟くアルタイル。

 

(やっぱり…無かった…?)

 

「だが私は貴様達に敬意を表する。貴様達は、私の見たかった、世界の一端を垣間見さ…」

 

「…()()()()

 

「…何?」

 

「…せ、先生…?」

 

突然グレンが、そう呟いた。

その事にレイクとアルタイルは、驚いた様にグレンを見る。

その顔は…不敵な笑みだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()テメェの呪いの出処を考えりゃあな…」

 

そのままアルタイルにニヤリと笑いかけながら、話し出す。

 

「【Project:ReviveLife】。お前はそれを使って復活してきた。それしかねぇよな?そこでだ…魂と肉体は別物なお前に、どうして【竜化の呪い(ドラゴナイズド)】が残ってるんだ?もし肉体か魂に根ざしたものなら、復活した時に消えてる筈だ。なのに残っている…。アルタイル。答えは何だと思う?」

 

突然アルタイルに話を振るグレン。

アルタイルは呆気に取られながらも、必死に頭を回転させる。

 

「…そうか!精神!【アストラル・コード】!」

 

「正解だ。お前の呪いは精神に根ざしたものだったんだ。知ってるか?東方の【鬼】ってやつは、元は人間らしい。そいつの歪んだ精神性が、肉体をも作り替えてしまうらしいが…お前のもその類なんだろ?」

 

「…だからどうした?少ない情報で我が一族の秘儀を見破ったのは見事だ。しかし、それが分かってどうする?」

 

その答えにグレンは、愚者のアルカナを掲げる事で答えた。

固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】、再度発動。

 

(ここに来て…【愚者の世界】?…まさか!?)

 

アルタイルは狙いを悟り、こっそりと最後の力を振り絞る。

 

「ここに来て【愚者の世界】だと…!?まさか!?」

 

レイクもグレンの狙いを悟った。

 

「来な。どっちが速ぇか…勝負だ」

 

その声に応じるように、駆け出すレイク。

手には竜鱗の剣。

あらゆるものを切り裂くそれが、人外の速度を以て、グレンに肉薄する。

対するグレンも、身を翻して、構える。

手には魔銃ペネトレイター。

その銃口が、人外の速度で迫るレイクを捉える。

そして、指を構え、息を潜めるアルタイル。

その手には魔法遺産(アーティファクト)【アリアドネ】。

しっかりと狙いを定め、その一撃のタイミングを、今かと待ち続ける。

刹那、空間を切り裂く孤月の斬光。

刹那、空間を引き裂く炸裂の銃声。

刹那、空間を撃ち抜く真紅の閃光。

そして…交差するグレンとレイク。

その結末は…

 

 

 

「貴様達の勝ちだ…グレン=レーダス。アルタイル=エステレラ」

 

レイクが手放した竜鱗の剣は…半ば折れており、交差する2人の間に折れた剣先が刺さっていた。

 

「白魔【マインド・アップ】を付与した弾か…。これを撃って俺の精神力を上げるとはな…」

 

フゥ…、と軽く息を吐くグレンは振り返る。

 

「テメェの呪いが精神に宿るものなら、()()()()()()()()()()()()()()()、【竜化の呪い(ドラゴナイズド)】は()()()…そこを狙えばいいって事だ。簡単な理屈だろ?」

 

「…戯けが…」

 

(何て…無茶苦茶な…!?)

 

俺は絶句した。

確かに理屈は簡単だ。

しかしそんな隙、コンマ数秒の世界だ。

『言うは易く行うは難し』と言うように、そんな事、分かっていても出来ない。

しかし先生の銃技術が、それを可能にした。

三連掃射(トリプル·ショット)】。

1発撃った後、左親指と左薬指を使って瞬時にリロード、3発分の音が1発分に聞こえる程の速度で放つ高等技術だ。

どんな状況でも、諦めない精神性。

99.9%負けるであろう戦いでも、0.1%の勝利を掴み取る。

 

(これが…グレン=レーダス!!!)

 

俺は目を見開いて、凝視している。

 

(…やっぱりすげぇな…この人は…それに比べて…)

 

俺は自分の体たらくと見比べてしまう。

諦めてはいなかったが、それでも全く届かなかった。

気持ちばかりが先行して…力が追いついていない。

 

(もっと…もっと…!!)

 

強くならないと。

そう思っていると…

 

「貴様もだ…アルタイル=エステレラ…。よく私の竜鱗の剣を…砕いた…」

 

レイクが、俺を見ながら言う。

 

「…大した事じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでも、罅を入れただけだった。結局は、お前の力による自壊だよ」

 

俺は事もなさげに言う。

先生に比べれば…

 

「…阿呆か…この2人は…」

 

(こいつ…マジかよ…!?)

 

しかしグレンもまた、同様に絶句した。

レイクの剣速は、銃弾なんて比じゃない。

それを最も勢いが乗る瞬間、つまり間合いに入ったタイミングで、あの頑丈な剣の構造上弱い部分なんて、見える筈がない。

見えた所でそれを撃ち抜くのは、ほぼ不可能だ。

【心眼】。

多くの強者と出会い、傷つきながらも、諦めずに戦い続け、鍛えられた戦闘IQ。

その蓄積された経験値が、不可能を可能にした。

どんな状況でも、諦めない精神性。

0.1%の可能性でも、それを100%可能にする。

 

(これが…アルタイル=エステレラ!!!)

 

グレンはアルタイルを凝視する。

 

(こいつ…ここまで…成長してたのか…)

 

グレンは自分の戦いを省みる。

常に余裕なんてない。

アルタイル程、緻密な計算もしていない。

いつも身を削り、分の悪い賭けばかりだ。

図体ばかりで…精神がまるで子供だ。

 

(もっと…強くならないとな…)

 

「フッ…阿呆共が。こんな芸当、貴様らにしか出来ないだろうに…」

 

レイクは2人の葛藤に気づいたのか、皮肉げに笑うが、2人は気づいていない。

 

「…【イヴ・カイズルの玉薬】を、持ってこい。グレン=レーダス」

 

「ッ!?」

 

(【イヴ=カイズルの玉薬】?)

 

俺ははなんの事だが分からなかったが、先生の顔色は真っ青になっていた

 

「帝国宮廷魔導師団特務分室執行官NO.0【愚者】…彼の者を語るには、【愚者の世界】ともうひとつ。【イヴ=カイズルの玉薬】こそ貴様の最後の切り札だろう…」

 

「…」

 

グレンは無表情に…しかし何処か苦々しい、複雑な表情をしていた。

 

「この私は終わりだが…次の私には…更なる世界を見せてみろ…!」

 

そうして遂に…レイクは力尽き、絶命した。

 

「…好き勝手いいやがって…」

 

「3回目は…勘弁してくれ…」

 

そう呟いた俺達の顔は、きっと酷く疲れきっていてただろう。




常に一番最初に勝つ可能性を引っ張ってくるグレンと、ここ一番で、勝率を100%にするアルタイル君。
お互い主人公補正バリバリですが、アルタイル君は、1人だと、負けてます。
誰かと一緒に戦って初めて、対等に戦える子なのです。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第3話

皆大好きイヴさん登場です。
この時のこの人は、どこまでも痛々しかったです。
イグナイト父…マジ許すまじ。
それではよろしくお願いします。


「アルタイル…何でジャティスといる?」

 

先生からの質問に俺は答えられず、唇を噛むだけだった。

 

「…ルミアか?」

 

「…」

 

俺は黙って頷いた。

先生もそれで理解したのか、ゆっくりと立ち上がって、俺の頭を撫でてきた。

 

「そうか…。成長したな、お前」

 

「…先生は、相変わらず凄いですね…」

 

「俺なんてまだまだだ。さてと…」

 

システィーナに連絡を取る先生。

しかし、その顔色はドンドンと青くなっていく。

 

「おい!白猫!返事しろ!白猫!…ちくしょう!!」

 

「せ、先生!?」

 

叫びながら飛び出す先生を、俺も慌てて追いかける。

察するに、システィーナの方にも何かトラブルが…!?

 

「安心しなよ、グレン。君は少し過保護がすぎる。システィーナならあの程度の試練、乗り越えられる。…そう読んでいたよ…」

 

その時ジャティスの声がする。

声の方へ向くと、一緒に泣きそうな顔をしているルミアもいた。

 

「アイル君…。先生…。無事で、良かった…」

 

「「ジャティスゥゥゥゥゥゥ!!!」」

 

俺と先生は、同時に動き出す。

先生がジャティスに殴り掛かり、俺がルミアを抱き寄せる。

 

「おっと。いきなり随分な挨拶じゃないか、グレン。システィーナといい、アルタイルといい、これがフィジテの流行りなのかい?それに、アルタイル。君は何故殴りかかってきたのかな?」

 

「…うるせぇ。反射だ」

 

ここでジャティスを倒す訳には行かないのだが、ついやってしまった。

 

「何が目的だ…!?ルミアを攫い、俺を利用し、アルタイルまで巻き込みやがって!!一体何を企んでやがる!?」

 

「無論…正義の執行さ。グレン、これは事実だ。今このフィジテは、滅びの危機に瀕している。今はその瀬戸際なんだよ」

 

いきなりそんな事を言われた先生は、呆然としている。

 

「は?フィジテが…滅びの危機?」

 

「グレン。君の手を貸してくれないか?」

 

その奈落色の瞳からは、奴の真意は何一つ、読み取れなかった。

 

「…先生、お願い。今は言う事を聞いて」

 

「お願いします。…本当に危険な状況なんです」

 

俺とルミアが何とか説得して、先生も仕方なさげに応じる。

ジャティスが、次の場所に向かう道中、情報のやり取りが行われていた。

どうやらシスティーナは超一流の外道魔術師を、単独撃破したらしい。

その後はイヴさんによって保護、命に別状はなく、警邏庁の医務室で寝ているらしい。

 

「つまり…システィーナまで巻き込んだって事か…!!」

 

先生が、烈火のような怒りを見せる。

それにもジャティスは動じない。

 

「そこまで彼女が大切かい?所詮セラの代用品だろ?」

 

「ジャティス」

 

セラって誰の事だ?

先生に聞こうとしたが…未だかつて見た事無いくらい冷たく、殺意に満ちた目に、思わず震える。

 

「それ以上言ったら…フィジテがどうなろうが知った事じゃねぇ…今、ここで…お前を殺す」

 

余りにも異質な底冷えする声に、流石のジャティスも臆しこそせずとも、押し黙った後、真面目に謝罪した。

 

「…失礼。失言だった。君と彼女…そして、セラの名誉を貶めるような真似をしてすまなかった。…心から謝罪しよう。申し訳ない」

 

(まさか…1年前の死んだ仲間って…)

 

天使の塵の時、アルベルトさん達から聞いた話を思い出した。

それが…セラって人なんだろう。

その人はきっと先生にとって…とても大切な人だったのだろう。

 

「アイル君?」

 

ルミアの声に俺は、無意識にルミアの手を握っているのに気付いた。

その手を俺はじっと見てから、ルミアに改めて約束した。

 

「…俺が守るから」

 

「…うん」

 

 

辿り着いたのは、南地区の古びた商館だ。

その中には…まさに屍山血河が築かれていた。

 

「…ジャティスゥゥゥ!!」

 

俺は抑えが効かずに、胸ぐらを掴み上げて壁まで引き摺る。

 

「おいおい。落ち着きなよ、アルタイル。ここにいるのは全員、天の知恵研究会野の人間さ」

 

「だったらあの子供はなんだ!?」

 

俺はある一点を指さす。

そこにはまだ、年端もいかない子供の死体があった。

 

「大いなる正義の前には必要経費さ」

 

その言葉に俺は、ブチ切れた。

 

「だったらお前の命も必要経費だ!!!」

 

そうして、俺は糸で首をはねようとしたが

 

「アルタイル…落ち着け」

 

先生に痛いぐらい強く手首を掴まれ、正気を取り戻す。

 

「…クソが!!」

 

俺はジャティスを思いっきり投げ捨てる。

そのままニヤケ顔のジャテイスに、殺気をぶつける。

 

「…いつか…マジで殺す」

 

隣にいる、先生も同様に殺気をとばす。

その殺気にニヤリと笑ってから

 

「…こっちだよ」

 

何事も無いように先に進み出した。

そうして辿り着いた部屋には、恐ろしく高度な方陣が組まれていた。

 

「これが…【 マナ活性供給式(ブーストサプライザー)】」

 

「そうだよ…【終えよ天鎖・静寂の基底・理の頸木は此処に解放すべし】」

 

ルミアのアシストを受けたジャティスが、黒魔儀【イレイズ】によって、解呪する。

 

「…ジャティス。説明しろ。一体何が起こってる?」

 

その光景を黙って見ていた先生が、ジャティスに向かって口を開く。

 

「やれやれ…よく見てみるんだ。君ほどの博識なら分かるはずだよ」

 

そう言われその方陣を見た先生は、驚愕したように、声を絞り出す。

 

「馬鹿な…!?【Project:Frame of megiddo】…!?【メギドの火】だと…!?」

 

 

ジャティスは俺にした説明と、ほぼ同じ内容を先生にもした。

強いて言うならより細かいって事か。

 

「…で?その【核熱点火式(イグニッション·プラグ)】は何処にある?」

 

そう言えば、そこを聞き忘れた気がする。

 

「あぁ…それは、アルザーノ帝国魔術学院だよ」

 

「「「ッ!?」」」

 

俺達3人は、息を呑んだ。

学院に、そんなものがあったのか!?

こうして俺達は直ぐに、移動を始めたのた。

 

俺達は、ジャティスのタルパで作った馬車で裏路地を駆け抜けていた。

俺達の眼前に広がる空は、下から立ち上る紅の閃光によって、紅蓮に染め上げられていた。

核熱点火式(イグニッション·プラグ)】の【二次起動(セミ·ブースト)】が、始まったのだ。

 

「…!?先生!何かが接近中!速い!」

 

しかし、先を急ぐ俺達の背後から何かが、高速接近していた。

 

「ルミア!下がってろ!アルタイル!ルミアの傍にいろ!」

 

先生の指示が飛んだ瞬間、多種多様な武器を持った何かが、襲いかかってきた。

 

「チィ!しつけぇんだよ!【掃除屋(スイーパー)】共が!!」

 

掃除屋(スイーパー)】とは、天の知恵研究会の暗殺部隊の事らしい。

隠す爪(ハイドゥン·クロウ)】を武器に、機械的に襲いかかってくる廃人集団だ。

リィエルの素、イルシアが数少ない例外なのだ。

 

「邪魔すんじゃねえよ!!」

 

先生が、流れるように右から来た3人を撃ち落とす。

 

「シィ!」

 

更に、左から来た2人も撃ち落とす。

しかし、同時に後ろから襲いかかった奴に襲われそうになるのを、糸の弾で撃ち抜く。

 

「た、助かった!…アルタイル!?後ろだ!」

 

「な!?しまっ!?」

 

今度は俺の後ろから来ていた掃除屋(スイーパー)に気付かず、咄嗟にルミアを庇いながら、糸で防いだ。

 

「アイル君!?」

 

「後ろにいろ!」

 

強引に弾こうとした時、そいつの後ろを何かが通り過ぎ、そいつを切り裂いた。

 

「クク…後ろに気をつけたまえよ、アルタイル」

 

「…ジャティス」

 

やったのは、ジャティスのタルパだろう。

そのニヤケ顔にイライラしてると、銃声が響き、ジャティスの後ろにいた掃除屋(スイーパー)を、先生が撃ち抜いていた。

 

「…テメェもだ、クソ野郎」

 

「クク…。読んでいたよ」

 

その後も俺達は、睨み合いながらも機械的に敵を殲滅していった。

俺と先生の連携は問題無いが、ジャティスととれるはずは無かったが

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

「ヒャハハハハハハ!!!」

 

俺達は一切討ち漏らすこと無く、根こそぎ殲滅していく。

先生とジャティスが蹴散らし、その隙をついて入ってきたやつは俺が、叩き落とした。

それを繰り返す事5セット。

 

「これでラスト!」

 

先生が最後の1人を撃ち落として、やっと全て撃破した。

 

「はぁ…はぁ…」

 

「流石に…この連戦はキツい…」

 

「2人共!直ぐに治療します!」

 

俺と先生が、へばっているとルミアが、直ぐに治療してくれる。

こういう時、ルミアの存在はありがたい。

 

「さてと、ここまで来たらあと一息…なんだけどね。相変わらず無粋な女だよ」

 

そう呟いた瞬間、突然俺達に向かって、爆煙が上がる。

 

「「チィ!」」

 

俺と先生はルミアを連れて、飛び出す。

地面を削りながら、周囲を探すと

 

「やっと追い詰めたわ!ジャティス=ロウファン!」

 

そこにいたのは、イヴ=イグナイトだった。

 

「イヴ!?何でここに!?」

 

「煩いわよグレン」

 

そう言いながら、何かをチラつかせる。

あれは…通信器?

 

「チッ…白猫のやつから逆探知したのか…」

 

なるほど、それなら話は速い。

 

「おいイヴ!お前、状況は分かってるのか!?」

 

「ええ、当然よ」

 

「よし!なら…」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

「…は?」

 

今…なんて言った…?

ジャティスを…捕まえる?

今、このタイミングで?

 

「お前…本当に状況が分かってるのか!?【メギドの火】が、稼働するまで時間が無いんだぞ!?」

 

「そんな事どうでもいいわ。今最優先すべきは、裏切り者の【正義】の確保、もしくは抹殺。【メギドの火】なんて、二の次よ」

 

「「「…」」」

 

俺達はあまりに意味不明な発言に、唖然とした。

そして、その後

 

「…お前?マジで言ってんの?本当に状況分かってんのか?まさか、この期に及んで、クソくだらねぇ手柄に固執してるのか?俺はお前が大嫌いだ。だが…超えちゃいけねぇ一線は超えねぇ…そんな奴だって思ってた」

 

そういうグレン先生の声は、心底失望したような、呆れたような声だった。

その声を聞いたイヴさんが、突然慌てたように弁明を始めた。

 

「も、もちろんこのままにする気は無いわ!でもジャティスが優先よ!ここは【第七園】の中!既に、私の勝ちは確定してるわ!」

 

「馬鹿野郎!現実を見ろ!コイツの強さは、単純な戦闘能力じゃねぇ!今、コイツに構ってる暇はない!」

 

「煩い!!私はイグナイトなのよ!!どっちも出来る!!そうに決まってるの!!だから命令よグレン!!アルタイル!!貴方もよ!!今ここで、ジャティスを…倒すのよ!!優先すべきは【メギドの火】ですって…!?そんなの分かってるのよ!!それでも…私は…!?」

 

その目は、混沌色に燃えて、どこか常軌を逸していた。

まるで子供の癇癪と言うよりは…強迫観念に駆られているような。

 

「…諦めろ、イヴ。今は【メギドの火】を優先しようぜ?」

 

その様子に先生も、少し毒気抜かれたか、優しく話しかける。

しかしその言葉も、今のイヴさんには届かない。

 

「どうして!?貴方は私と同じくらい、ソイツが憎いはずよ!なのに、何故…!?」

 

「ああ、憎いさ。すぐにでもぶち殺してぇ。でもな…」

 

それがグレンの本心。

しかし、それでも。

思い出されるは、銀髪の少女の笑顔。

 

(そっちに行っちゃダメ…行かないで。私の、私たちの知っている先生は、そんな人じゃないです。戦うなら…いつもの様に、誰かを助ける為に、戦って下さい…)

 

その言葉がある限り、あの温もりがある限り、グレンは道を間違えない。

 

「…関係ねぇんだよ。今は生徒達の方が大事だ」

 

「…!?」

 

「…ルミア、アルタイル。行くぞ」

 

「あっ…その…はい…」

 

ルミアは戸惑ったように2人を見比べて、イヴさんに一礼してから、先生について行く。

 

「イヴさん。…ご武運を」

 

俺もそう言い残して、2人を追いかけたのだった。

 

 

「『我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・素は摂理の円環へと帰還せよ・五素成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁はこ乖離すべし・いざ森羅の万象は須くここに斬滅せよ・遥かな虚無の果てに』!」

 

「な!?【イクスティンクション・レイ】だと!?」

 

盾を持った騎士が、それを防ぎ切る。

 

「な!?防いだのかよ!?マジか!?…まあ、いいや」

 

妙に締りが悪い登場の仕方をしたのは

 

「「「「「グレン先生!!!?」」」」」

 

「「「「「ルミア!?」」」」」

 

「「「「「アイルまで!?」」」」」

 

グレン=レーダスと、アルタイル=エステレラと、ルミア=ティンジェルだった。




この時もそうですが、初対面から一貫して、アルタイル君はイヴに対しての、嫌悪感とかはありません。
痛々しい…哀れ…そんな感情で彼は見てます。
描写はしてないんですけどね。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第4話

ここで9巻の話は終わります。
それではよろしくお願いします。


ようやく辿り着いた俺達の前には、学院を埋め尽くすような巨大な魔術方陣と、その中央で陣どる1人の銀騎士だった。

 

「単刀直入に聞くぜ?お前が黒幕だな…!?」

 

「いかにも。天の知恵研究会【第三団:天位(ヘブンス·オーダー)】、【鋼の聖騎士】ラザールだ。この名を冥土に持っていくといい、グレン=レーダスよ」

 

威風堂々と名乗るその姿と名前に、俺は絶句した。

 

「ラザール…!?【六英雄】の1人、【鋼の聖騎士】、【ラザール=アスティール】!!!?」

 

唐突だが、この世界には【六英雄】と呼ばれる者達がいる。

200年前の外宇宙の邪神の眷属達との戦いで、人類側の切り札だった者達だ。

・【灰燼の魔女】セリカ=アルフォネア。

・【剣の姫】エリエーテ=ヘイヴン。

・【聖賢】ロイド=ホルスタイン。

・【戦天使】イシェル=クロイツ。

・【銀狼】サラス=シルヴァース。

そしてもう1人、それがこの男。

・【鋼の聖騎士】ラザール=アスティール。

 

「先生!!コイツは…ヤバい!!アルフォネア教授と、同格だ!!」

 

「あ、アイル君…!?先生…!?」

 

ルミアが、焦る様に俺達の服の裾を掴む。

俺は優しく頭を撫でながら、気休め程度に励ます。

 

「大丈夫…下がってて」

 

「クソ…!?こんなのが出てくるなんてな…!?アルタイル!!俺達で何とかぶっ倒すぞ!!」

 

俺達が、半ばヤケクソ気味に仕掛けようとした時

 

「待て!お前達!」

 

全身ボロボロで、片膝をついてるハーレイ先生が止める。

 

「事情は知っているようだな!なら、話は早い!奴はこの【核熱点火式(イグニッション·プラグ)】の番人だ!我々が何とか抑える!その隙に、お前達は【核熱点火式(イグニッション·プラグ)】を解呪しろ!」

 

「その通りだ!ここは我々に任せたまえ!」

 

「ハーレイ先生…ツェスト男爵…!」

 

若き【第五階梯(クインテ)】と、名高き【第六階梯(セーデ)】の2人が、手を貸してくれるなら心強い。

しかし、グレン先生は不安があるのか、一瞬迷いを見せた。

 

「迷っている暇があると思うか?」

 

その声と共に、ラザールが目の前に現れた。

 

「ッな!?」

 

あまりに突然過ぎて、反応が遅れる先生。

その隙に、先生に槍が振り下ろさせる。

 

(跳躍も詠唱も、間に合わない…!なら!!)

 

俺は強引に割り込んで、その槍を真正面から受け止める。

 

「ッ!?アルタイル!!!」

 

ドンッ!!!!!!

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!!?」

 

声が出せない程の衝撃。

糸を何重にも巻き付けているのにも関わらず、その衝撃は、五臓六腑に響いた。

両腕の骨が折れた。

両足の骨も折れた。

内臓にまでダメージがいった。

それでも…死ぬ訳には…行かない!!!

 

「…アァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

「ほう…我が槍をよく受け止めた。では…貴様から逝け!!」

 

「「アルタイル(アイル君)!!!」」

 

先生とルミアの悲鳴じみた声が聞こえる。

上から何やら分からない力を感じる。

その力が俺を押し潰そうとした瞬間、蒼銀の閃光が槍を弾き飛ばした。

そして

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「何!?」

 

蒼の衝撃が、全てを圧殺しようとする。

しかしそれは、7色の光を放つ盾によって阻まれる。

俺が呆然と見るその姿は、燦然と輝く黄金色の髪を靡かせていた。

 

「全く…揃いも揃って、子供に助けられるなよ。良くやったな、アルタイル」

 

そう言いながら、俺も前に立つその人は

 

「さてと…第2ラウンドだ。行こうか、リィエル」

 

「ん!」

 

剣を担いだアルフォネア教授と、リィエルだった。

 

「セリカ!?生きてたのか!?」

 

「リィエル!?無事だったの!?」

 

先生とルミアが、驚く。

 

「はっ!私があれくらいで死ぬと思ったのか?」

 

その様子に時計を見せながら、呆れたように言う教授と

 

「ん!なんか寝たら治った!」

 

実にいつも通りのリィエル。

 

「さてと…とりあえず、ツェスト男爵。アルタイルを頼む」

 

「よかろう」

 

そう言って男爵がステッキを振るった瞬間、景色が急に変わった。

短距離の転送魔術か…ただの変態じゃねぇんだな、あのエロ男爵。

倒れている大人達。

よく見ると、学院の講師のローブを着ている。

その様子はさながら野戦病院だが、見覚えのある場所だった。

 

「…医務室?」

 

そこは学院の医務室だった。

 

「新しい急患!?大丈夫ですか!?ってエステレラ君!?しかもかなり重症!?」

 

「セシリア先生…」

 

そこに走ってきたのは、保健医のセシリア先生だ。

ルミアかそれ以上に、法医呪文を得意とする、凄腕だ。

…まあ、直ぐに血を吐く超虚弱体質なのが欠点だが。

今日は、この人にしてはよく持っているのだろう。

 

「待ってて!直ぐに手当しますからね!!」

 

そう言いながら治癒してくれるが、俺自身に治癒限界が近く、中々治りが悪い。

 

「もう限界が…!?一体何をしてたの!?」

 

「アハハ…ちょっと…」

 

何とか、骨は繋がった。

 

「…ありがとう、セシリア先生」

 

お礼を言いながら、俺は立ち上がった。

 

「!?ダメです!?まだ行っちゃダメです!絶対安静!!」

 

セシリア先生が、俺を強引に寝かせようとするも、力では叶う訳もなく。

 

「でも!皆が戦ってるんだ!俺も行かないと…!?」

 

「今の君が行って何が出来るんです…!?」

 

押し問答を繰り返していると、突然マナが溢れ出した。

俺達は直ぐに窓から外を覗いた。

 

「え!?何が起こってるの!?」

 

「【臨界活性マナ】?…まさか、【マナ堰堤式(ダム)】だったのか!?」

 

ジャティスめ…やっぱり騙してやがったな!!

しかし、問題はその後だった。

 

「な、何だ…あれ…?」

 

空に突然、赤い稲妻が走る。

その稲妻は徐々に輪郭を形作っていく。

少しづつ収まっていきやがて…1隻の箱舟が浮かんでいた。

その姿は…最近見たある物に酷似していた。

その名は…

 

「バカな…あれは…【()()()】!?」

 

魔将星が1人、【鉄騎剛将】、【アセロ=イエロ】が乗っていたとされる、3日で国を焼き払うと言われる()()()()だった。

 

 

俺は未だ呆然としているセシリア先生の隙を見て、こっそりと医務室を出る。

 

「ッ!?まだ…走れないか…!?」

 

俺は出来るだけ速く、しかしゆっくりと皆の元に向かった。

 

「速く…速く…!」

 

そうして、やっと辿り着いたそこには

 

「…え?」

 

絶望が広がっていた。

教授が、リィエルが、男爵が、ハーレイ先生が、いつの間にか来ていたシスティーナが、バーナードさんが、クリストフが、 皆倒れていた。

幸い死んではないが、ある者は肉体の限界が、ある者はマナ欠乏症、ある者はダメージを受け、力尽きていた。

唯一立っていたのは、グレン先生と、アルベルトさん、そして守られていたルミアだった。

そして悠然と立っているのは、黒い鎧に身を包んだ、人型の闇そのものだった。

 

「『我が手に星の天秤を』!!」

 

俺は重力を一気に叩きつける。

そんじゃそこらの奴なら、吹き飛ばされるが、微動だにしない。

 

〖ほう、まだいたか。…しかし無駄だ。我が【神鉄(アダマンタイト)】は、砕けない〗

 

「アイル君!?どうして!?」

 

「アルタイル!?馬鹿野郎!なんで戻ってきた!?」

 

「ルミア放っておける訳無いでしょ…。しかし【神鉄(アダマンタイト)】か…!?」

 

神鉄(アダマンタイト)】。

超魔法文明の技術が編み出したとされる、究極の魔法金属。

闇のような黒い光沢のそれは、不滅の物質であり、水銀のような流動性と、龍鱗よりも堅いという矛盾を内包する金属である。

一説によれば、真銀(ミスリル)日緋色金(オリハルコン)はこれの失敗作だとか。

文献などにしか表記はなく、幻の金属と呼ばれていたのだ。

 

「実在したんだあれ…。という事は、アイツやっぱりアセロ=イエロって事?」

 

「ああ、そう名乗ってたぞ…。アルベルト!アルタイル!動けるな!?」

 

「無論だ」

 

「行ける」

 

「ならやるぞ!俺達しか動けねぇんだ!何がなんでも、やるしかねぇ!!」

 

俺達は身構える。

しかし、先生は右手を、アルベルトさんは左手を、俺は両腕足を痛めている。

 

「…ここまで勝算がない戦いは久しぶりだな…」

 

「これ以上にヤバい状況あります…?」

 

「吹いてんじゃねえ…初めての間違えだろうが」

 

俺達は何故か知らないが、軽口を叩いていた。

ほんの一縷の望みを見つけ出す…!

そう思い、全身全霊を懸けようとしたその時

 

〖待ちなさい。アセロ=イエロ〗

 

そんな絶望的な状況で現れたのは…ナムルスだった。

 

〖む…貴女は…!?〗

 

〖ナムルスよ。今はそう名乗ってるわ…今は退きなさい〗

 

〖今は退け…?交渉とは、同等の者同士で行う者だぞ…〗

 

ナムルスの言葉を受け、殺気を膨れさせるアセロ=イエロだ。

 

〖舐めないで。坊や〗

 

だがそれ以上の殺気で黙らせるナムルス。

その手には…黄金の鍵が握られていた。

 

〖 バカな…それは…!?〗

 

〖今の私でも、貴方と刺し違える事くらい出来るわ…たかが人間辞めた程度で、イキがらないで〗

 

黄金の鍵を見て、恐れるアセロ=イエロ。

 

〖…よかろう。『■■■』〗

 

何か呟いた途端、突然世界が真っ赤に染る。

 

「何しやがったテメェ!?」

 

「…フィジテが結界に覆われた…!?」

 

俺達は、突然の事に驚きながらアセロ=イエロを睨みつける。

 

〖さらばだ愚者の民草共よ。精々、残り少ない生を謳歌するがいい〗

 

そう言って、姿を消したアセロ=イエロ。

 

「逃げやがったか、アイツ…!?」

 

〖行ったわね…。ふん、こんなハリボテでも役に立つわね〗

 

「ハリボテ!?え!?ハッタリだったのか!?」

 

〖当然じゃない〗

 

知るか、そんな当然。

 

「フィジテを囲って一体何を…!?」

 

〖簡単よ。【メギドの火】を使ってこの街を焼き払うのよ〗

 

「「【メギドの火】!?」」

 

ナムルス曰く、俺達が追っていた【メギドの火】は、劣化レプリカであり、オリジナルの【メギドの火】は、空にある【炎の船】の主砲らしい。

【炎の船】とは、街を囲ってその中を焼き払う、対国家用制圧戦略兵器らしい。

そして…それを放つまで、あと2日半。

つまり明後日の正午までは猶予がある。

それまでに、倒す算段をつけなければならない。

そして…唯一倒せる手段を持っているのは、グレン先生だけだとの事。

 

「は?俺だけ?どういう事だ?」

 

〖そんなの私が聞きたいわよ。一体どうしたら、あのアセロ=イエロを倒せるのよ?〗

 

「また訳わかんねぇ事を…いい加減にしろよ、偽ルミア」

 

先生が疲れたように呟く。

しかし、ナムルスは態度を変える事は無く、

 

〖言ったでしょう?…これは試練よ、グレン。貴方はこれから起こる災厄を生き延びなければならない。未来と…そして過去の為に〗

 

そう言い残して、ナムルスも消えた。

過去の為に…か。

相変わらず訳分からないが、生き延びる事は出来たらしい。

残された俺達に残ったのは…疲労感と絶望感だけだった。




どこにアルタイル君挟もうかなって思ったんですが、ラザール戦も、核熱点火式の解呪も、アセロ=イエロ戦も、どれにも参加させないという、荒業を使いました。
ここから10巻に突入しますよ!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第5話

さあ、ここから10巻です。
それではよろしくお願いします。


ラザールとの戦いが一時収束した。

日は沈み、この国特有の肌寒い夜が来る。

しかし、緊急待機命令により、俺達学生は校内で夜を明かすことになった彼らの不安は、冷めることさない。

そして、俺達は2年2組の教室にいた。

 

「…話して…くれるよな…?」

 

「そろそろ…知るべき頃だと思うんですの」

 

カッシュやウインディらを初め、クラス全員が、俺達5人を見る。

先生は明後日を向き、ルミアは沈痛に押し黙る。

そんな2人を俺とシスティーナは、見守る事しか出来なかった。

 

「先生やルミア達は…一体何者なんですか?」

 

恐る恐る聞くセシルの言葉は、ここにいる者の気持ちの代弁だ。

 

「…はぁ…流石に誤魔化しきれないよな。まず俺は…退役軍人だ。セリカの斡旋を受けて、ここで魔術講師をしてる…それだけだ」

 

「まあ、何となく分かってたよ」

 

カッシュを初め、クラス全員がそれに関しては、察してたらしい。

 

「じゃあ、リィエルも…?」

 

「ああ。リィエルは、俺が所属してた部隊…帝国宮廷魔導師団特務分室のメンバーだ。ルミアの護衛の為、この学院に編入生として派遣されたんだ」

 

恐らく本人は何も分かってないのか、キョトンとしてる。

流石に、あの事は言えないしな。

 

「更に言えば、白猫の家…フィーベル家はルミアの預かり先だ。話によると白猫の親御さんと、ルミアの本当の親御さんは、若い頃、深い親交があったらしい。そしてアルタイルは…まあ、巻き込まれただけの一般人だな。最近は、自分で首をつっこんでる気がするが…。こいつに関しては、特別お前達に教えなきゃいけない事は無い」

 

まあ俺に関しては、本当に教える事は無い。

先生が慎重に、言葉を選びながら話していくが、皆バカじゃない。

 

「…肝心な事が抜けてますが?先生達のことは何となく察しがつきます。まあ、アルタイルは少し予想外でしたが。…知りたいのは、そこじゃない」

 

ギイブルが、核心を突く。

そう、みんなが聞きたいのは…ルミアの事だ。

 

「ルミア=ティンジェル。…君は一体、何者なんだ?」

 

ギイブルの言葉が、俺達を緊張させる。

 

「…私は…」

 

そうしてルミア自身の口から、真実が語られる。

自分が、王家の人間で、王位継承権第2位の王女である事。

異能者であるが故に、王室籍を剥奪され、左野に下った事。

そして天の知恵研究会が、自分を狙っている事。

今回の一件も、それが原因である事。

 

「これが全部…かな…」

 

ルミアの話を聞いた皆は…無言。

あまりにも衝撃的な内容に、押し黙る他ないのだ。

 

「皆…ごめんね…。全部…私のせいなの。アイル君が、先生が、システィが、リィエルが、みんなが危険か目にあうのは…全部…!私…ずっと思ってたの…ここに居ちゃいけないって…!なのに…皆に甘えてた…!本当に…ごめんなさい…!」

 

最後にそう言って…頭を深く下げた。

ルミアの悲痛な吐露に、俺とシスティーナは、拳を握りしてる事しか出来なかった。

状況は分かっていないであろうリィエルも、その目は潤んでいた。

 

「…どうして?…どうして今になって、そんな事を言うんですの?」

 

そう呟いたウィンディの声は、どこか固く、怒りが籠ったような声だった。

 

「ああ、全くだ…本当に今更だ…」

 

それにカッシュが追随する。

 

「ちょっと!そんな言い方…!?アイル?先生?」

 

思わず反論するシスティーナの気持ちは分かるが、ここは見守るべきだと思い、止める。

 

「ごめんなさい…私は…もっと早く、皆の前から消えるべき…」

 

ただただ悲しそうに、辛そうに謝るルミアの言葉を

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()?()

 

激しく机を叩きながら、立ち上がったウィンディの顔は、真剣そのものだった。

 

「え?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

「…え?」

 

あまりにも意外な反応に、呆然とするルミア。

 

「確かに俺達は先生達みたいには出来ないけどさ、小さい事なら出来たかもしれねぇだろ?」

 

「そうだよ?僕達だって、先生の生徒なんだよ?」

 

「そんなに重たいものを背負って…きっと私達には…想像もつかないくらい…大変だったよね…?」

 

「私は違う事で色々聞きたいけど…それ以上に貴女の苦しみを1つも分かってあげられなかったわ。…ごめんなさい」

 

ウィンディをきっかけに、カッシュ、セシル、リン、テレサと続き、クラスの面々が次々と声を上げる。

しかしその声には、ルミアへの批判は何一つ無く、強いて言えば、言わなかったという事に対しての、不満くらいだった。

まあ、一部悲しい男子の声が混じってたが、そこは割愛していいだろう。

俺達もかなり困惑したが、それ以上に困惑したのは、やはりルミア本人だろう。

 

「どうして…私…異能者なんだよ?悪魔の…生まれ変わりなんだよ…?皆を…危険な目に巻き込んじゃったんだよ…?」

 

「むしろ禁忌の力を持った薄幸の美少女…。僕のとってはむしろご褒美…ハァ…ハァ…」

 

「「「「「「「ルーゼルゥゥゥゥ!!!黙ってろォォォォ!!!」」」」」」」

 

「…あの変態、ぶち殺す」

 

「「アルタイル(アイル)!!!落ち着け(いて)!!!」」

 

1人の変態生徒を皆がロッカーに叩き込み、先生とシスティーナが、俺の暴走を止める。

 

「異能者がなんだよ?異能者差別とか、そんなの時代遅れの考えだぜ?」

 

「今までずっと一緒だったんですいない方がいいなんて、有り得ませんわ!」

 

「あまり僕達を舐めるなよ。僕達は魔術師だ。大なり小なりこういう事には巻き込まれるのが常だ。降りかかる火の粉は、自分達で払うさ」

 

その言葉を聞いて、ふとある事を思い出した。

異能者保護法…異能者の差別を無くすために、打ち出された政策の数々。

女王陛下の努力の結晶。

あらゆる誹謗中傷を受けながらも、押し切り続けた結果が、この絆だ。

あの人はやっぱり…良い母親だったんだ。

あの時の事…またあの人には謝らないとな。

 

「皆…ありがとう…。本当に…ありがとう…!」

 

そんな優しい言葉の数々に、ルミアもついに泣き出した。

その涙は…とても優しい綺麗な涙だった。

 

 

 

 

更に夜が更け日を跨いだ頃、俺達は対【炎の船】対策作戦会議を行っていた。

参加者は、リック学院長、ハーレイ先生、ツェスト男爵、アルフォネア教授を始めとする、軽傷の教師陣。

イヴさんを除く、特務分室の面々。

騒動の中心にいた俺達5人。

そして生徒代表として、リゼ先輩だ。

分かっている事は

・外からの援軍も脱出も不可能。

・街の人々や生徒の不安もいつ爆発するか不明。

・アセロ=イエロを倒せば【炎の船】も消える。

・しかし、対空戦力が豊富である。

・船内は、解析も解呪も出来ない空間歪曲有り。

そんなところだ。

 

「…乗り込む事は出来る。空戦力を突破しつつ、ついでに何人かは送り込める」

 

アルフォネア教授が、そんな事を言い出す。

この人なら…本当に何とかしそうだよな。

 

「ただ準備をする時間がいる。そうだな…明日の正午くらいには終わる」

 

「「「「「「「ダメじゃん!?」」」」」」」

 

思わず俺までツッコミを入れてしまった。

だってほら、ねぇ?

 

「だから誰かが時間を稼いでくれないとなぁ?ハーレイ?そういや、心当たりがあるんだが、何か知らないかハーレイ?」

 

「クソ…女狐め…!」

 

忌々しそうに教授を睨みながら、ハーレイ先生が懐から何かを取り出す。

 

「これは、ラザールが使っていた【力天使の盾】の欠片だ。奴自身が砕いたおかげで、何とか解析に成功した。…これを使えば、条件付きでだが、【メギドの火】を防げるかもしれん。しかし私では、結界魔導技術が足りん…」

 

ハーレイ先生が、1度話を区切って、俺とクリストフを見る。

 

「貴様、クリストフ=フラウルと言ったな。フラウル家は、結界魔術の世界的権威だったな。協力しろ。そうすればこの天才、ハーレイ=アストレイの名に懸けて、防いでみせる。エステレラ、お前もだ。お前の結界術も、身を見張るものがある。お前も手伝え、いいな」

 

クリストフは分かるが、俺までご指名とはな。

そこまで言われたら、引くに引けない。

 

「ええ、ぜひ協力させて下さい。アルタイル、やろう」

 

「了解です。出来る事はします。クリストフ、やるぞ」

 

俺達は拳をぶつけ合って、宣言する。

 

「次は、船内の空間歪曲についてだが…」

 

〖あんなもの簡単よ。ルミアの真の力を使えばね〗

 

突然のナムルスの登場に、皆が戦闘態勢を整えるが、俺と先生が慌てて止める。

 

「…ナムルス。ルミアの力って何だよ?」

 

〖貴方達が言ってる…カンノーゾーフク?だっけ?…なんか卑猥ね。…まあいいわ、とにかくそれは、ルミアの力のほんの一部分よ〗

 

やっぱりただの感応増幅じゃないのか。

 

「じゃあ、その本質は?」

 

〖その説明が必要かしら?今大事なのは、突破する事が出来る、この事実じゃないかしら?〗

 

そう言いきって、また消えるナムルス。

皆がそれぞれ、何か言いたげな空気の中、先生が切り込む。

 

「まあ、そいつの事はもういい。最後に一番の問題を考えようぜ。…アイツをどう倒すかをな」

 

そう言った瞬間、より一層空気が重くなった。

そんな空気の中、先生が口を開く。

 

「白猫…ここにいる中で、一番詳しい専門家として聞くぞ?アイツは、アセロ=イエロはどうやって倒された?」

 

それを受けて、システィーナが、恐る恐る答える。

 

「アセロ=イエロは…正義の魔法使いにも倒せませんでした。ですが…その弟子が、アセロ=イエロを倒す描写があるんです」

 

「何!?どうやって倒したんだ!?」

 

先生が、詳しく聞こうと、前のめりになる。

 

「…エステレラ。何の話だ?」

 

「実は…」

 

俺はアルベルトさん達に、この間の話をする。

 

「【メルガリウスの天空城】の魔将星が…」

 

「マジかいな?」

 

「嘘ついても仕方ないでしょう?」

 

当然疑われるが、嘘は言ってない。

なんなら俺達の方がそうであって欲しいと思う。

ちなみに、アセロ=イエロは弟子が小さい枝で胸をこずいて、倒したとされている。

随分とご都合主義(デウス・エクス・マキナ)だ。

 

「所詮童話だ。現実を見ろ、グレン。俺にはアイツを倒す心当たりがあるんだが?」

 

アルベルトさんのその一言に、皆の視線が集まる。

皆に視線を受けて、深呼吸を一つすると

 

「進言が遅れてすんません。奴を倒す手段は…ある。多分、俺にしか…出来ねー事だ」

 

その瞬間、場がどよめく。

この現状を打破するピースが全部揃ったのだから、無理はない。

 

「…グレン先生…?」

 

しかし、そんな先生の顔色は、酷いものだった。

 

 

早朝、俺達は学院にある地下迷宮の入口にいた。

 

「よし、そろそろ行くか」

 

「はいっ!」

 

先生がそう言いながら、扉に鍵をかけているモノリス型魔導演算器に操作している。

 

「システィ…先生…どうか気をつけて」

 

「システィーナ、無理すんじゃねぇぞ。先生も、気をつけてください」

 

「2人共、心配しすぎよ!深層まで行く事はないんだから!地下1階から9階の【覚醒の旅程】をほんの少し超えて、地下10階から49階の【愚者への試練】にある、地下13階【愚者の墓場】という部屋にサッと行ってくるだけ。ですよね?先生!」

 

「ああ、俺の最後の切り札、【イヴ=カイズルの玉薬】に必要な素材は、多分そこでしか手に入らないからな」

 

そう言ってお互い確認しあっているが、俺は何とも言えない不安があった。

 

なあ、ルミア。システィーナの奴…だいぶ浮かれてないか?

 

うん…かなり浮かれてる。遺跡に潜れるからか…先生と二人きりだからかな…?

 

多分3:7位で後者

 

俺とルミアは、先生達がリィエルと話してる間に、ボソボソと話し合う。

これから危険な場所に行くのに…あの浮かれっぷりは、ヤバい気がする。

 

「先生…本当に大丈夫ですか?」

 

ルミアが、先生に不安そうに呟く。

俺もつい、先生の顔を見てしまう。

 

「全く…心配しすぎだぜ?」

 

先生が、お茶を濁そうとするので、畳み掛ける。

 

「いや、先生その薬の話になる度に、顔色悪いですよ?」

 

「…ッ!?」

 

隣のルミアも頷くと、分かりやすく黙り込む先生。

システィーナとリィエルが確認する中、俺とルミアは先生をじっと見つめる。

 

「…大丈夫だ。昔とは違う。今はお前達がいるしな。それに…これもある」

 

俺達の頭を撫でてから、俺が渡したお守りを見せてくる。

 

「…それ、肌身離さず持ってて下さいよ?」

 

「分かってるぜ」

 

「分かってるわ。それじゃあ、行ってくる!」

 

そう言って2人は、地下迷宮へと潜って行った。

俺達の胸中は…不安で一杯だった。

それでも、時間は止まってくれない。

俺はすぐに振り返る。

 

「俺はハーレイ先生達と結界を組んでくる。リィエル、ルミアを頼むぞ」

 

「任せて」

 

「アイル君…無理はしないでね」

 

ルミアは不安そうに俺を見る。

 

「何言ってんだよ?俺はこの学院にいるんだぜ?2人以上に安全な場所だぞ?それよりも…ルミアこそ気をつけろよ。他のクラスの奴らに、因縁付けられるかもしれないんだからな?何かあったらすぐに呼べよ?」

 

そう言い残して、俺も研究室に向かう。

残り1日半。

出来る事は全てやりきる。

そう胸に誓って、歩き出した。

 

 

⦅アルタイル!アルタイル!!聞こえるか!?アルタイル!!!⦆

 

半日がすぎた頃、疲れがピークに達していた俺は、船を漕ぎかけていたが、その意識が一気に浮上した。

 

⦅先生!?どうしたんですか!?⦆

 

お守りを渡しておいたグレン先生からの、通信が来たのだ。

 

⦅白猫が14層に落ちちまった!今探してるが…ここはヤバい!【ゼロマナ地帯】だ!⦆

 

(【ゼロマナ地帯】!?しかも、よりによってシスティーナが!?)

 

ゼロマナ地帯とは、空間内包マナが0の地域であり、もの凄い勢いでマナが体から抜けてしまうのだ。

しかも、魔力容量が多いほど、その影響も大きくなるのだ。

 

⦅アイツ、お守りは!?⦆

 

⦅ダメだ!今使わせれば、あっという間にマナが枯渇する!ただでさえ、影響が大きいんだぞ!⦆

 

クソ…!どうする…!?

 

⦅何とか合流してください!した後、先生のを使って、まとめて飛ばします!⦆

 

⦅出来るのか!?⦆

 

⦅やるしかないでしょう!!⦆

 

俺はすぐに方陣を描いて、必要マナの計算をする。

予め結晶を砕き、空間内包マナを上げておく。

 

⦅合流したぞ!⦆

 

先生からの通信が入る。

 

⦅こっちも準備出来ました!行きます!!⦆

 

俺はありったけのマナを使って、何とか強引に2人を呼び戻した。

しかしやはり無茶だったか、指定した場所には来ず、全く違う場所に飛んでしまった。

 

⦅先生!?システィーナ!?何処!?⦆

 

⦅ここは…地下迷宮の入口だ!すまねぇ、助かった!⦆

 

何とか危険は脱出したらしい。

ホッとした瞬間、一気に力が抜けて、そのまま気を失ってしまったのだった。

 

次に目を覚ましたのは、1時間後だった。

 

「あ、気がついた!?アイル君!大丈夫!?」

 

「ルミアか…。ああ、俺は…。先生達は?」

 

「無事だよ。今、調合してるみたい」

 

その言葉を受けて、俺はホッとした。

結晶を砕いて、マナを回復させながら、体調を確認する。

 

「…皮肉なもんだな。マナ不足でぶっ倒れて寝たら、体調も戻ってやがる」

 

疲労感や倦怠感が、無くなっていた。

寝たからだろうが、なんか損した気分。

さてと…あれやるか。

俺はベッドから出て、外に出ようとする。

 

「ど、どこに行くの!?ダメだよ!?寝てないと!」

 

ルミアが慌てて止めてくるが、本当に問題ないのだ。

 

「いや、ちょっとどうしてもやりたい事がな。もう少しで、掴めそうな気がするんだ」

 

俺はあの日以降、ずっと続けてきた鍛錬が、やっと成果をみせそうな気がしていた。

それに…本当に体が軽いんだ。

 

「ま、軽く汗流すくらいだよ。気にすんな。それじゃ、ルミアも寝ちまえよ〜」

 

そう言って俺は、ルミアをゆっくりと離して、外に出る。

開けた場所に出た俺はゆっくりと槍を構えて、じっと意識を沈める。

 

(深く…深く…どんどん沈めていけ…)

 

意識をどんどんと沈めていくと、バカでかい門が現れる。

俺はそれを力ずくでこじ開ける。

これが…【ゾーン】状態ってやつか。

そこから先は、水の中だ。

更に沈んでいき、やがて水底に辿り着く。

そして辿り着いた瞬間、目を開くと、赤い線が見えた。

 

「『抉り刺し・突き穿て・必滅の槍』!!!」

 

そう詠唱して、槍を突き出す。

その先にあった木は…不自然に抉られていた。

まるで…()()()()()()()()()()()()

 

「…出来た…!」

 

やっと…やっとだ…!!

アール=カーンを、倒したあの技をやっと会得した。

これならきっと…!!

 

「アセロ=イエロにも…勝てるはず…!」

 

確かな手応えに、拳を握りしめている俺。

ちょうどその頃、魔術薬調合室では

 

「…『以上3と3と3の工程を以て、【イヴ=カイズルの玉薬】の完成とす』…ふぅ、出来たぜ…」

 

「…お疲れ様でした、先生」

 

グレン先生が、システィーナの助けを得て、【イヴ=カイズルの玉薬】を完成させた。

そして、別の場所では、ルミアとナムルスが

 

〖人間を辞める覚悟は決めた?〗

 

「はい」

 

〖自分の命を、皆の為に捧げる覚悟は出来た?〗

 

「…はい」

 

〖そう…なら…〗

 

ルミアが、覚悟を決めていた。

そうして夜が明ける。

それぞれの思いを胸に、遂に最終決戦へと向かいだしたのだった。




遂に、アルタイル君が、あの技を無事会得しました。
今回の話で使いますし、解説も入れます。
まあ、結構無理筋なんですけどね…。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第6話

改めて、読み直した時、ちゃんとルミアの気持ちの事への、伏線があったんだなって思いました。
それではよろしくお願いします。


宵闇のベールが上がり、静寂の夜が遂に明けた。

フィジテ中が異様な緊張感に包まれる中、それはこの学院も例外では無い。

俺は各校舎に配置された魔術方陣の最終チェックを行っていた。

 

「北は問題なし…次は東だな…」

 

「アイル!」

 

呼ばれて振り返ると、カッシュ達が俺を見ていた。

 

「絶対全員で、生きて帰ってこいよ!」

 

「…お前らこそ!死ぬんじゃねぇぞ!」

 

カッシュの優しい激励に、俺はしっかりと目を見て返す。

そのまま次の東棟に向かった。

そこでは…何やら漫才が繰り広げられていた。

…よし、無視しよう。

俺はさっさとチェックを終えて、南館に向かった。

南館に着くと、そこは何とも言えない不安感が包まれていた。

理由は…ジャティスに一杯食わされただけじゃなく、左腕を切り落とされ、絶賛絶不調中のイヴさんだ。

 

「はぁ…何やってんですか!!」

 

俺は思いっきりその背中を叩く。

 

「痛っ!?何するのよ貴方!?」

 

「やかましい!あんたがボサっとしてるからだろ!?いい!あんたがここの指揮官なの!そんなあんたがこの体たらくじゃ、何も守れんでしょが!」

 

そう言われたイヴさんは、何の反論もせずに、顔を俯かせるだけだった。

 

「…はぁ。いいですか?イヴさん。『大事の前の小事』です。小事が成せない人に、大事は成せません。貴女が何を抱えて、何に苦しんでるかは知りません。ですが…今はそんな葛藤、放っておいて下さい。今貴女が最優先すべきは…ここの防衛及び、ここにいる人達を守る事です。出来る出来ないじゃなくて、やるんです。…きっとそれが、軍人の務めってやつでしょ?」

 

俺はそれだけ言って、離れる。

さっさとチェックを終えようとした時

 

「アイル」

 

テレサが俺の裾を掴み、呼び止める。

 

「…何?」

 

俺は振り返って、顔を見る。

その顔は、不安げで、泣きそうな顔をしていた。

 

「…行かないで。…私の側にいて!」

 

テレサの思いがけない一言に、言葉が詰まる。

 

「…ごめん」

 

やっと絞り出した一言を呟いてから、ゆっくりと手を解き、背を向ける。

 

「…行ってくる。死ぬなよ?」

 

「…うん。アイルこそ、生きて帰ってきて」

 

そのまま俺は西に向かう。

その後ろでは

 

「…ッ!!」

 

「…よく頑張りましたわ、テレサ」

 

黙って泣きじゃくるテレサと。

そんなテレサの背中を、ウィンディが優しく撫でていた。

それを振り切って西館に辿り着くと、そこは程よい緊張感に包まれていた。

 

「アルタイル。どうしたの?」

 

俺に気付いたリゼ先輩が、不思議そうに尋ねる。

 

「方陣のチェックに来たんすけど…ここはハーレイ先生の管轄でしたね」

 

「ふん、私がいるのだ。なんの問題もあるまい」

 

その自信満々な発言は、確かな根拠が裏付けされたものだと知っているので、何も言わない。

 

「ジャイル…死ぬなよ」

 

「ハッ…誰に言ってやがる…。テメェこそ、くたばんじゃねぇぞ」

 

俺とジャイルはそれだけ言い合って、背を向ける。

俺達の関係なら、これで十分だ。

 

「アルタイル…ご武運を」

 

「先輩こそ…ご武運を」

 

俺は先輩と握手してから、中央に戻った。

 

「先輩は、土壇場には強いんです。…というか、そうならないと、強くないんですけどね」

 

「いや、それただの悪口じゃん」

 

戻ると、ちょうどクリストフが何か言っていたが、最後だけ聞くと、ただの悪口だ。

 

「先〜生に〜言ってやろ〜♪」

 

「ちょ!?待って!?アルタイル!?」

 

「ハッハッハ!おおいいぞ!言ってやれアル坊!」

 

「バーナードさん!」

 

俺達はひとしきりクリストフをイジると、そのまま報告に入る。

 

「各方陣問題なし。それじゃあ…行ってくる」

 

「グレ坊にも伝えてくれ。頼むぞ、と」

 

「皆さん、お気をつけて」

 

「了解です。そっちも気をつけて」

 

そう言い残して、俺は5人の元に向かった。

そして遂に、その時が来た。

【炎の船】の船底に溜まるエネルギー。

それはやがて、太陽のような輝きをもった真紅の光に変わる。

そして、白熱した。

全てを飲み込む光を、蒼く輝く魔力場がその全てを阻んでいた。

 

「よし…!!」

 

これが徹夜して、俺達が作り上げた防御用方陣【ルシエルの聖域】だ。

響き渡る歓喜の声を背に受け、俺は集合場合まで急いでいた。

 

 

〖グレン…ルミアをお願いね〗

 

「それは保証出来ねぇな。なんせルミアには、既にナイト様がいるからな」

 

「そんなキザったらしいものになった覚えは無いですよ」

 

やれやれ間一髪で間に合ったか。

それにしてもドラゴンとか…本当に何でもアリだな、あの人は。

 

「お、来たか。早く乗れ!」

 

そう急かされた俺は、ルミアの後ろに乗り込む。

 

⦅よし!しっかり掴まってろよ…行くぞ!!⦆

 

そう言ったアルフォネア教授の言葉と同時に、一気に飛び出すドラゴン。

ぐんぐんと突き抜け、乱気流すら突き抜けたその先は

 

「…」

 

言葉を失うほどの、絶景が拡がっていた。

どこまでも広がる蒼穹の空。

雲の絨毯と、遥か彼方の地平線。

そして太陽の光で輝く幻想の浮遊城。

大パノラマの空の世界が、そこにはあった。

その光景に圧倒されていると、突然大きな魔力反応を検知した。

 

「前方から魔力反応有!対空砲火来ます!」

 

⦅掴まってろよ!⦆

 

急旋回するアルフォネア教授のすぐ側を、熱線が通り過ぎる。

その込められた魔力に冷や汗を流していると、更なる反応を検知した。

 

「…!魔力反応多数!?これは…飛行型ゴーレム!」

 

「クッソ!団体さんかよ!?」

 

先生の焦った声に反応したのは、リィエルだった。

 

「グレンうるさい。システィーナを見習って」

 

そう言われて、システィーナをよく見ると

 

「うーん、大きなお星様が…見れる…」

 

「いやそれ気絶してないか!?」

 

「起きろーー!!白猫ーー!!!」

 

「システィ!?しっかり!!」

 

こんな時に何してんだよ、この猫娘!?

 

「来るぞ…!やるしかねぇ!!」

 

こうして俺達は、壮絶な空中戦(ドッグ·ファイト)を始めたのだった。

 

 

⦅カッ!⦆

 

アルフォネア教授のブレスが

 

「『猛き雷帝よ・極光の閃槍を以て・刺し穿て』」

 

システィーナの【ライトニング・ピアス】が

 

「『白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ』」

 

先生の【アイス・ブリザード】が

 

「えい。攻撃魔法」

 

リィエルが雲を触媒に、高速錬成した大剣をぶん投げ

 

「『吠えよ炎獅子』」

 

俺の【ブレイズ・バースト】が、敵を蹴散らす。

ゴーレムは問題なく、片付けているのだが、対空砲火が止まらず、近づけないのだ。

 

「クソ…!ジリ貧だ…!どうする!?」

 

そう俺が呟いた途端、下から一筋の閃光が上がる。

 

「あれは…【ライトニング・ピアス】?」

 

俺達が疑問に思っている中、

 

「セリカ…頼みがある」

 

グレン先生だけは、理解したらしい。

 

 

「ちょ!?追いつかれるぞ先生!?もっと速く!?」

 

「ダメだ!このまま維持しろセリカ!」

 

いやそうは言っても、目の前だし!?掠めてるし!?

そんな時、すぐ真隣の砲門が開く。

あ、終わった。

そう思った瞬間、一筋の閃光が、髪を掠めながら、砲門をぶっ壊した。

 

「は?…ま…まさか!!?」

 

俺は思わず下を見る。

一つだけ心当たりがあったからだ。

その心当たりに、ゾッとした。

 

「イカれてる…!!!」

 

 

 

(一定速度での飛行により、一斉掃射を確認。開門から発射までのラグ、彼我の距離、角度、着弾までの時間、全てに見切った。ならば…)

 

容易(イージー)だ」

 

アルベルトが掲げる杖。

名を【蒼の雷閃(ブルー·ライトニング)】。

効果は単純、これを通して放つ魔術の威力を、極限まで増幅させる、それだけ。

それと、神がかった狙撃技術を以て、砲門を壊してるのだ。

 

 

 

「何あれ…?よくあれだけで通じるわね…」

 

言葉すら交わしてない2人の連携。

その信頼の深さに、呆れ半分、悔しさ半分でシスティーナが呟く。

こうして、対空砲火を全て無力化した俺達は

 

「突撃ーーーー!!」

 

先生の意気揚々とした号令の元、最後の突貫を行ったのだった。

 

「ここが…【炎の船】か!」

 

甲板に着いた俺達は、ドラゴンから飛び降り、周りを見渡した。

その見た目はマストの代わりに、奇妙なオブジェクトがある、巨大な戦列艦だ。

 

「これ、どうやって空に浮かんでるんだ?」

 

「今はその議論に意味は無いわよ、先生。…興味はあるけど」

 

だろうな。

ここで興味無いって言ったら、間違えなく偽物認定だよ。

体力も魔力も限界なアルフォネア教授には休んでもらい、先に進む。

船内への入口と思しき場所に辿り着くと、何かが陰に隠れていた。

その正体は

 

「…ッ!?先生!あれは…!?」

 

「ッ!?ジャティスか!?」

 

ジャティスの遺体だった。

先生が慎重に検分した結果、()()()()()された。

どこか呆然とする先生に

 

「先生。今は気にする暇は無いですよ」

 

「そうですよ!いくら極悪人でも死体に鞭打ちたくは無いけど…これで良かったんですよ!こんな人に関わる必要はないんですから!」

 

珍しくシスティーナが、先生以外にトゲを吐く。

まあ、あんな事があればな。

そうして俺達は、先に進む事にした。

扉を開けたその先は、明らかに空間が歪んでいた。

 

「ルミア…大丈夫なのか?」

 

「うん、任せて」

 

ルミアが俺達の一歩前に立つ。

 

「『門より生まれ出づりて・空より来たりし我・第一の鎖を引き千切らん』」

 

不思議な響きを持つ、呪文を唱えた途端。

月明かりのような白銀の輝きが、煌々と照らし始めた。

 

 

 

〖いい?私達は与える者。…私達に与えられた者は、一時的に人間の限界を大きく超えた、桁外れの魔術演算処理能力を得るわ。これが私達の力の1つ、【王者の法(アルス·マグナ)】よ。簡単に言うと、人を魔導演算器に例えると、それを100年先の性能まで、アップグレードするようなものとでも思いなさい。…でも、それはただのオマケよ〗

 

「お、オマケ…?」

 

〖貴女の真の力…それは【鍵】よ〗

 

「…鍵?」

 

昨夜、みんなが寝静まった頃、わたしはナムルスさんといた。

そこで私の力を教えて貰っていた。

まあ、スケールが大きすぎて、よく分からないんだけど…。

 

〖そう。貴女はその【鍵】そのものだと言ってもいいわ…〗

 

そう言うと突然、私の胸の辺りが、輝き出した。

その白銀の光が、夜闇を切り裂く。

 

〖一つ。貴女が、貴女自信がその【鍵】を心から与えたいと思える男が、いずれ現れるかもしれない。…いい?()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()貴女が貴女自身の意思と覚悟をもって、その【鍵】を使うのよ…!!〗

 

ナムルスさんは、少しずつその輝きを体から引きずり出し始める。

 

〖それともう一つ。その【鍵】は魔術よりも、もっと旧い力。魔術が、人の純粋たる願いを叶えるだけだった頃の…【原初の力】。理性と理屈で操る魔術とは違うわ。()()()()()()()()()()よ。だから…〗

 

「【銀の鍵】よ!私の願いと思いに応えて!!」

 

私は【銀の鍵】を前に出して、くるりと捻る。

すると、ガラスが砕けるような音と共に、空間に亀裂が入り、ごくごく普通の廊下に変貌する。

 

 

 

あまりの現象に、誰も言葉を発せずにいた。

 

「この【銀の鍵】。ナムルスさんが、一日だけ使えるようにしてくれました。これが私の本来の力なんだそうです。この【銀の鍵】には、空間を操り、支配する力があります」

 

そう言うルミアは、愛おしそうに鍵を撫でる。

 

「不思議と馴染むんです。まるで長く共になった…そんな感じがするんです。私は…この力で皆を守る!例え…()()()()()()()()()!()!()

 

そう宣言するルミアは、今までになく頼もしく見えるが、俺には言いようのない不安があった。

しかしそんな暇も与えてくれず、ゴーレム達が押し寄せる。

 

「皆の為に…フィジテの為に…あなた達に邪魔はさせません…」

 

そう呟きながら、鍵を前に向けるルミアの手を、俺は優しくそっと包んだ。

そのまま耳元で囁く。

 

「…ダメだよ、ルミア」

 

「あ、アイル君!!!?///」

 

ルミアが顔を真っ赤にしながら、耳を抑えて距離をとる。

その顔は、この糸と同じくらい真っ赤だった。

うん…そっちの方がいい。

 

「あんまり俺らの仕事取るなよ。行けるよな、リィエル?」

 

「ん。任せて。…ルミア。私には分からないけど…それは、あまり良くないもの…な気がする。お願い…もっと自分を大切にして?」

 

そう言ってから突貫するリィエル。

俺はリィエルの道を開けるために、

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

音速を超える勢いで、糸を放つ。

その力は、ゴーレムの波を真っ二つに切り裂き

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

リィエルが、いつも以上の気迫を以て、その間を突き抜けて一気に薙ぎ払う。

しかし、その波が引くことはなく、俺達はなし崩し的に、戦い続ける他なかった。

 

「クソ!キリがない!」

 

俺達は目の前の敵の集団を何とか倒した。

すぐに後ろを対処しようとした時、

 

「ルミア!?今すぐ…」

 

その先の言葉が出なかった。

何故なら、ルミアが鍵を回して瞬間、空間が切り取られ、そこにいたゴーレム達が消えていたからだ。

 

「…何が…起こって…?」

 

思わず唖然としながらルミアに尋ねる。

 

「彼らを異次元に追放したの。ああいう非生物は、力は強くてもこの世界との縁が弱いから、送りやすいの。…アイル君が言ってた存在の大きさってやつなのかな?…どんどん使い方が分かってきた。ううん、私の中の誰かが教えてくれるの。だから…行こう、アイル君。私も戦う。そして、皆を守る、()()()()()()()()…。それが、私の使命だから」

 

もう、取り繕えないくらいの、危うさがある。

コイツは…自分の事を極端に後回しにする…それが、悪い方に浮き彫りになっている。

人間っていうのは、自分という天秤を持って、どちらが自分にとって有益かを、測る生き物だ。

それが当たり前であり、滅私奉公などあってはならない。

それこそジャティスとは違う方向性のイカレだ。

だが下手に得た力と、この状況が、ルミアの中の何かのタガを外させてしまった。

もうダメだ、見てられない。

 

「ルミア…もうそれは使うな。危険すぎる」

 

「…ダメ。それじゃあダメだよ」

 

俺とルミアは、お互い一歩も譲らないと言わんばかりに、睨み合う。

 

「アイル…時間が…」

 

システィーナが、苦渋の顔で俺を止める。

 

「クソ…。いいか、これだけは言うぞ。『()()()()()()』なんて、言い聞かせないと出来ない使命なら、そんなもの捨てちまえ」

 

そう言って俺は先に進む。

それ以降は特に何も起こらず、順調に来ていた。

 

「せ、先生!?気を付けてください!!」

 

「「どうした!?」」

 

俺と先生が同時に、システィーナを見る。

 

「今思い出しました!アセロ=イエロは船内の空間を自由に操れるんです!」

 

「「何!?」」

 

俺はすぐにルミアの手を繋ごうとした。

したのだが…その時には、既にいなかった。

 

「…ルミア?おい!?ルミアはどこいった!?」

 

そこで皆も初めて、ルミアがいない事に気付いた。

 

「クッソォ!ルミア!!!」

 

「落ち着けアルタイル!!」

 

駆け出そうとする俺を、先生が強引に止める。

 

「【アリアドネ】なら分かるだろう!!」

 

そう言われ、やっと思い出した俺は、すぐに反応を探る。

しかしその結果は…何も拾えなかった。

 

「え?」

 

こんな事初めてだ。

俺は他の人、アルベルトさんやクリストフ等を探すが、それ拾えない。

ここでやっと俺は、現状を理解した。

 

「アルタイル?」

 

「…違う。ルミアがいなくなったんじゃない」

 

俺は視線の先にいるゴーレムの大軍を見ながら、苦々しく結果を口にする。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

 

 

正直、ホッとしてる。

グレン先生、システィ、リィエル、アイル君。

皆私の大切な人、愛しい人。

だから…人間を辞めた化け物は、同じく人間を辞めた化け物の私が相手する。

やがて、半楕円状の大広間に着いた。

そしてそこにある玉座に

 

〖ようこそ、ルミア=ティンジェル〗

 

アセロ=イエロがいた。

私は無言で歩み寄る。

 

〖なるほど、現状維持派が完成だと大騒ぎする筈だ…まさか【銀の鍵】が目覚めているとは…しかし、まだ不十分。もっと完成された貴女が必要なのだ〗

 

彼が何を言いたいかは分からないけど

 

「ごめんなさい。貴方達の都合は知りません。私は貴方を倒します。…()()()()()()()()

 

そう言い返しながら、しっかりと見据える。

不思議とフードで隠れているはずなのに、目が合っていたような気がする。

 

〖なるほど…やはり、あの方によく似ている。器として生まれたのだから、当然か…〗

 

何の事かまるで分からなかったが、立ち上がったのを見て、こっちも構える。

 

〖それの使い方は分かるな?〗

 

「分かります。気を付けてください。今の私は多分、システィよりも、リィエルよりも、先生よりも…そして、アイル君よりも、強いです」

 

〖…いいだろう。ルミア=ティンジェル。我が悲願のため…そして、その命貰い受ける!〗

 

「アセロ=イエロ。私の愛する人たちの為…私が貴方を滅ぼします!()()()()()()()()!」

 

彼の闇のオーラを纏った手刀と、私の白銀に輝く【銀の鍵】が、衝突した。

さあ、ここに化け物同士の戦いを始めましょう。




ここで、静かにテレサの事を振ってしまうアルタイル君。
そして、アルタイル君がルミアに言った言葉は、自分がそう思った事を言いました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第7話

遂に!アルタイル君の一撃がお披露目です!
名前、滅茶苦茶考えましたよ!
カッコイイやつ!
本当に疲れましたよ…技名。
それではよろしくお願いします。


〖心底呆れたわ。まあ、どうでもいいけど。そこでウジウジしてるくらいなら、せめて、この戦いの行く末を見届けなさい。それが、せめてもの貴方達の義務よ〗

 

学院の地下迷宮、そこに避難している生徒達に、ナムルスが見せたものは…

 

 

 

 

「フッ!」

 

私は頭上に鍵を掲げ、ぐるりと捻る。

同位相高次元領域から無限エネルギーを放出する。

その勢いは、局地的に【メギドの火】にも匹敵するのだが

 

〖フハハハハハ!〗

 

アセロ=イエロは手刀で切り裂きながら、接近してくる。

 

「クッ!」

 

私は斜めに【銀の鍵】を振るう。

そうすると、剣閃に沿って、空間が裂ける。

空間ごと切り裂く、空間断絶攻撃だ。

流石のアセロ=イエロもそれは躱し

 

〖『■■■』〗

 

代わりに、古代魔術(エンシャント)を唱える。

闇で作られた数十本の剣が、私の頭上に殺到する。

 

「まだです」

 

私は【銀の鍵】を頭上に掲げて、捻る。

そこの出来た穴に、剣が吸収されて行く。

しかしその隙を狙われ、アセロ=イエロに背後を取られる。

私はすぐに鍵を捻る。

そうすると、私とアセロ=イエロの立ち位置が逆になる。

今度は私が背後を取った。

その隙に空間断絶攻撃を仕掛けるも、あっという間に離脱される。

だったら…!

 

「貴方を異次元に追放します!堕ちて!!」

 

私は床を突いて捻る。

そうすると、空間の全てがひび割れ、虚無の穴へと落ちていく。

しかし、アセロ=イエロ自身は、落ちなかった。

 

「ッ!?存在が大き過ぎる…!?」

 

そもそも【銀の鍵】は、物理的に作用してるのではなく、肉体・霊魂・精神をこの世界の縁から切り離して、別次元に追放している。

だから当然、意思と力があれば抵抗出来る。

それでも、全力だったのに…!?

 

〖ふっ…。気付いているのか?その見るも悍ましいその姿を…〗

 

私はこの時まだ気付いていなかった。

背中に、ナムルスさんと同じ羽が、生えてきてきた事に。

 

〖理解しているのか?その【銀の鍵】を振るう度に、人間を離れていくのだ。1度、己の魂と向き合うがいい…!〗

 

気付くとそこは、何も無い場所に立っていた。

私は直感的に、ここが私の精神世界だと認識した。

そして目の前には…()()1()()()()()

無数の鎖に縛られた自分は、まるで十字架に磔された聖女のようで…。

不意に、1本の鎖が千切れ、自分が目を覚ます。

 

〖ようやく会えたね…もう1人の私。でも、貴女の役目はもうおしまい。…後は私に任せて?〗

 

ほんの僅かの、阿頼耶の時の出来事。

でも、確かに私は、忌まわしい自分の出会った。

 

〖理解しただろう?その鍵を使い続けると、貴女という存在が消える。例え私を滅ぼしたとしても、その時には、自分は存在しない。己が身を犠牲にして、他者の幸福を願う事に、何の意味がある?それで本当に満足なのか?〗

 

私の中の何かが、ヒビ割れそうになる。

それでも、それには目をくれず、私は…!

 

「いいんです。私のせいで皆が傷ついた。…だから、私という存在1つで、皆が救われるなら…この身を捧げます。…それが私の真の願いです」

 

そう宣言しながら、私は【銀の鍵】を掲げる。

それでいいんだよ、って誰かが囁いた気がした。

更に【銀の鍵】の輝きが増す。

同時に、私自身が希薄になっていく喪失感。

それでも…私は…!

 

(「ダメだよ、ルミア」)

 

(「『()()()()()()』って言い聞かせないと出来ない使命なら、そんなもの捨てちまえ」)

 

愛する誰かの声が聞こえた気がするが、気のせいかな。

 

〖 フハハハハ!〗

 

アセロ=イエロが、手をクロスさせて刃を放つ。

私は其れを吸い込もうとして…出来なかった。

処理しきれなかった分が、私を切り裂く。

 

「くぅ…!」

 

〖どうした?その程度か?偽りの空の巫女よ!〗

 

「まだまだ…!」

 

私はアセロ=イエロの周りの空間を一気に圧縮しようとするも、それも叶わず。

私の空間圧縮を力ずくで破られる。

 

「ゴホッ!?」

 

その反動で、壁まで吹き飛ばされる。

 

〖やはりその程度か。気付いているか?お前の【銀の鍵】だが、時が経つほどに、ちからが弱まっているぞ?〗

 

「どうして…!?」

 

気づいてはいた。

その輝きが、どんどんと弱まっていた事には。

どれだけ願っても答えてくれない。

 

「うぁ…あぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

私は最後の力を振り絞って振り下ろす。

だが…その輝きは遂に失われてしまった。

 

〖終わりだ〗

 

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!」

 

アセロ=イエロは無数の剣を放ち、私の手足と羽を貫き、磔にした。

 

「どう…して…」

 

頑張ったのに…禁忌の力にまで手を出したのに。

どうして…誰も守れないの…!?

悲嘆にくれていると

 

〖ふむ、地上もようやく決着か〗

 

その言葉に思わず顔を上げる。

そこに映っていたのは

 

「あ、あぁ…そんな…」

 

学院が崩壊していく光景だった。

 

〖さて、終幕だ〗

 

アセロ=イエロがモノリスを操作した途端、突然【炎の船】全体が震える。

 

「まさか…!?」

 

〖そうだ。あの忌々しい【ルシエルの聖域】は消えた。故に【メギドの火】を以て、フィジテを灰燼に帰すのだ。…貴女はそこで己の無力さを噛み締めるがいい〗

 

「い…嫌ァァァァァァァァァ!!!やめてぇェェェェェェェ!!!」

 

私の懇願も虚しく、遂に【メギドの火】が放たれてしまった。

私の中の何かが砕けた気がした。

 

「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

あまりの絶望感、あまりの喪失感に…もう何も分からない。

何やらアセロ=イエロが呟いてるし、近づいてくるけど…もういい。

しかし、そんな私の目に

 

「…!?」

 

信じられないものが映っていた。

 

〖ん?…バ!?馬鹿な!?何故だ!?あの忌まわしき【ルシエルの聖域】は、崩壊したはず!なのに何故残っている!?何故滅びずにいられるぅぅぅ!!〗

 

灰燼に帰したはずのフィジテは、無傷だった。

 

〖人間だったくせに…人間を舐めすぎなのよ、貴方。そして、その傲慢さと愚かさが…貴方を敗北させる〗

 

何時の間にか、そこにはナムルスさんがいた。

 

「な、ナムルスさん…!?」

 

〖耳を澄ましなさい、ルミア。聞こえるはずよ。彼らの声が〗

 

「え?…!?」

 

 

「ルミアって奴は、こんな情けない俺達の為に…命を捧げる覚悟で戦って…!」

 

「私達を救おうと必死になってる…!あんな悲しそうな顔で!!!」

 

「あの子は心から望んで、全てを捧げられる聖人じゃない!普通だった!聖人でも狂人でもない!ただ、人とは違う力を持っただけの…普通の子だったの!!!」

 

「そんな子に全部背負わせて、のうのうと生きるなんて…情けなさすぎて、死んだって出来ない!!」

 

「だから…もう遅いかもしれないけど…私達も戦うわ!」

 

1組のクライス君とエナさんの声が聞こえる。

 

 

「ルミアァァァァァ!!!頑張れぇぇぇぇぇ!!!」

 

「負けるなぁぁぁぁぁ!!!」

 

「俺達だって頑張るからさぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「異能者!?それがどうした!?クソくらえだ!!!」

 

「また皆で、一緒に通いましょう!!!」

 

2組の皆の声が聞こえる。

心に…魂に…皆の思いが響く。

 

 

「あ、あぁ…」

 

涙がこぼれる。

その時、いつもとは違う、慈愛に満ちたナムルスさんの声が聞こえる。

 

〖いい加減素直になりなさい、ルミア。()()()()()()()()()()

 

(「『()()()()()()』って言い聞かせないと出来ない使命なら、そんなもの捨てちまえ」)

 

また、大好きなあの人の声が聞こえる。

もう、誤魔化せない。

だって…強烈に思ってしまったのだから。

とうとう…泣きじゃくりながら、言ってしまう。

 

「…嫌だ!そんなの嫌だ!自分を失いたくない!皆と一緒に居られないなんて嫌!帰りたい…帰りたいよぉ!!アイル君と、先生と、システィと、リィエルと…そして皆と!!あの大好きな学院で!!ずっと一緒にいたいよぉ!!!」

 

それこそが…私自身の歪みだった。

私は生まれてきてはいけなかった。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思ってきた。

私は聖女でなくちゃいけない…なるべきなんだ。

そう思っては来たが…本当に滅私奉公の聖女様だったか?

答えは…否だ。

()()()()()()()()()()()()()()()()

人並みの幸せなんて諦めないといけない…そう思っても無理だった。

だって…これまでの生活で、それは滲み出てたんだから。

ダラダラと生徒を続け、決断を先延ばしにして、去る事が出来なかった学院。

幸せは諦めないと、そう思いながら、何時までもアイル君に甘えていた自分。

どこまでも、自分の幸せを諦めきれない、醜い自分。

だからせめて、いざと言う時は、この身を犠牲にして、聖女になろう…そう思ってても、結局出来なかった。

もう認めよう、私はいい子でも強い子でも無い。

私は…()()()()()()だ。

自分の醜さから逃げ続けた、普通の女の子だ。

向き合おう、戦おう。

自分の弱さ、醜さと。

そして探すんだ、私が幸せになる方法を。

考えて、立ち向かって、戦って…勝ち取るんだ。

 

〖それでいいのよ…。貴女はあの子とは違うんだから…。さあ、ルミア。言ってみて、本当の願いを〗

 

「…え?」

 

〖言ったでしょう?その【鍵】は魔術よりも、もっと旧い力。魔術が、人の純粋たる願いを叶えるだけだった頃の…【原初の力】。理性と理屈で操る魔術がとは違うわ。願いと本能で操る魔法よ。今の貴女なら、大丈夫よ〗

 

私はゆっくりと鍵を抱きしめ、心の底からの願いを口にする。

 

「『皆と一緒に生きたい…大好きな、この優しい世界で』…」

 

その輝きは今までで一番の輝きで

 

(ああ、残念。結局私は貴女になれなかったのね。さようなら。またいつか)

 

誰かの声が聞こえた瞬間、【銀の鍵】が砕け散った。

静寂が包む中、アセロ=イエロの低い嗤い声が響いた。

 

〖ククク…消えたぞ?【銀の鍵】が。一体私とどうやって戦う気だ?〗

 

その言葉に反論したのは、ナムルスさんだ。

 

〖バカね、もういいのよ。…だって必要ないから〗

 

その時、私の頭上に巨大な門が現れ、開かれる。

彼方と此方を繋ぐ一本道を、駆け抜ける赤き彗星。

 

「…だあぁぁぁぁぁぁらあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

その気迫は、全てをねじ伏せ。

その速さは、全てを置き去り。

その全てを以て、アセロ=イエロという理不尽を、全力で吹き飛ばした。

 

「ルミアァァァァァ!!!」

 

「遅れてごめん!!!」

 

「ん!後は任せて!!!」

 

先生が、システィが、リィエルが駆けつけてくれて。

そして、最初に落ちてきた彗星は、

 

「…ッ!!!」

 

直ぐにこっちに振り向いたと思った時には、抱きしめられていた。

 

「…『何処にも行かないで』なんて言いながら、お前がいなくなるなよ…馬鹿野郎」

 

そんな彼の声はすごく優しく、暖かくて、頼もしかった。

ああ…私が一番聞きたかった声。

一番、感じたかった温もり。

一番、大好きな匂い。

一番、会いたかった人。

一番…心から愛してる人。

 

「まあいい…助けに来たぜ、ルミア」

 

「アイル君…!!!」

 

彗星の正体は、アルタイル=エステレラだった。

 

 

 

〖何故だ…!?お前達は、次元の狭間に追放したはず!?一体何故だぁぁぁ!?〗

 

さっきの不意打ちを食らっても、何事もなく立ち上がったアセロ=イエロが、慌てている。

うるせぇな、何でもいいだろうが。

そんな事よりも…

 

「テメェ、覚悟出来てんだろうなぁ?…ぶち殺す」

 

全力で殺気を叩きつけながら、睨む。

俺の殺気に当てられてか、僅かに後ずさるアセロ=イエロ。

 

「ルミアは休んでろ!アルタイル、白猫、リィエル!行けるな!」

 

俺達は先生の号令の元、戦闘態勢に入る。

 

「私も一緒に…!私の力、受け取って!!」

 

ルミアの両手から、黄金の光が溢れ出し、俺達に降り注ぎ、宿っていく。

 

「これは…!?」

 

「【王者の法(アルス·マグナ)】!今の私は、触れなくても皆に付与できるの!」

 

〖バカな!!?何故その力をぉ!!?〗

 

何やら騒いでるが、無視をする。

 

「よく分かんねぇけど…!」

 

「ああ、力が漲ってくる!うおぉぉぉぉ!!」

 

そのまま先生が、拳を振り上げ

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

リィエルが、大剣を錬成して突撃し

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

俺は槍を生成して、突撃する。

 

先陣を切った先生の拳と、アセロ=イエロの拳が衝突。

空間を歪ませるほどの衝撃を撒き散らして

 

〖なん…だとぉ…!!?〗

 

「…へっ…」

 

アセロ=イエロと拮抗していた。

 

「「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

俺とリィエルが同時に、それぞれ顔面とボディに、全力の一撃を叩き込む。

空間をバラバラに破壊するような、衝撃波と衝撃音を撒き散らしながら、アセロ=イエロを吹き飛ばす。

 

〖ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?〗

 

「『集え暴風・戦鎚となりて・撃ち据えよ』!『撃て(ツヴァイ)』!!『撃て(ドライ)』!!!」

 

システィーナの追撃で放つ風の破城槌が、周りのモノリスごと、アセロ=イエロを吹き飛ばす。

 

〖何故!?何故だぁ!?何故我が神鉄の身体をぉ!!?〗

 

「うるせぇ!!とっとと、くたばりやがれぇ!!!」

 

俺の槍が、先生の拳が、リィエルの大剣が、システィーナの呪文が、狼狽えるアセロ=イエロに、容赦なく叩き付けられる。

 

〖オノレェェェェェ!!〗

 

アセロ=イエロは、手刀の斬撃で俺達を追い払う。

 

〖人間共め!!何故貴様ら如きが食い下がれる!?私は…人間を超越したのだぞ!!なのに何故…!?私には【禁忌教典(アカシックレコード)】を、大導師様に捧げる使命があるのだ!!その崇高な使命の、邪魔をするなァァ!!!〗

 

また出てきたな、禁忌教典(アカシックレコード)

だけど…関係ねぇ。

 

「【禁忌教典(アカシックレコード)】だが、何だが知らねぇがな…」

 

「…バカ騒ぎは、これで終いだ…『0の専心(セット)』」

 

先生が銃を頭上に掲げ、俺はゾーンに入る。

 

〖何だそれは…?貴様の切り札か?〗

 

「ああ…お前を倒す、魔法の弾丸さ」

 

その言葉と漂わせる不穏な魔力が、狼狽えていたアセロ=イエロを、正気にさせる。

極限まで張り詰めた緊張が、大気を震わせる。

 

「…ッ!シッ!!!」

 

その緊張を破ったのは俺だった。

全力の踏み込みと刺突。

それはまさに閃光の如く速さだったが、見切られて躱される。

しかしそれは…織り込み済み。

 

「『抉り刺し・突き穿て・必滅の槍』」

 

その場で、すぐに振り向き、詠唱して構える。

赤い線が目に映る。

先生が銃弾を放つも、神鉄に弾かれる。

しかし、先生は余裕の笑み。

それもそのはず

 

「かかったな…『0の専心(セット)』!」

 

〖なッ!!!?〗

 

先生はわざと一発目は弾かせたのだ。

今だ、踏み込め!

俺は一気に踏み込み、その魔槍を解放する。

 

「「固有魔術(オリジナル)…」」

 

「【愚者の一刺し(ペネトレイター)ァァァァァァァァ】!!!!!!」

 

「【果てへと手向ける彼岸の槍(アリアドネ·リコリス)ゥゥゥゥゥゥゥゥ】!!!!!!」

 

俺達の切り札が、アセロ=イエロに炸裂した。




ルミアの本当の気持ちに、アルタイル君は気付いていた訳ではありません。
ただ、無理してるっていうのには気付いていました。
だからこそ、『命を代えても』と言って、無理矢理自分に言い聞かせていたルミアを止める為に言いました。
それが、彼女の最後の楔のなるように願いながら。
そして何気なくゾーンに入っているアルタイル君。
黒バスの火神みたいなものです。
ゾーンに入らないと、使えない必殺技です。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最悪の3日間編第8話

ここで解説が入ります。
型月の青タイツの兄さんとは、違う法則でどうしようと考えた結果、こうなりました。
ええ、かなり無理筋ですとも。
どうか広い心で読んでください。
それではよろしくお願いします。


「…ふぅ…」

 

沈黙を破ったのは、俺だった。

残心を解き、回り込んで先生の隣に立つ。

次に先生が、静かに息を吐き、銃を下ろす。

 

〖馬鹿な…馬鹿な…。貴様らの攻撃は…この私に傷をつけなれなかった…!〗

 

そう、俺達の攻撃は、アセロ=イエロの言う通り、その神鉄の身体に傷をつけるどころか、凹みすらつけていない。

俺達の攻撃は、ただすり抜けただけ。

 

〖なのに…何故…!?何故、私が滅びる!?滅びねばならんのだァ!?グレン=レーダス!アルタイル=エステレラ!一体何をしたァァァァァ!!!?〗

 

信じられないとばかりに叫ぶ、アセロ=イエロの肉体は…黒く光る粒子となって崩れだしていた。

 

「別に大した事はしてねぇよ。【イヴ=カイズルの玉薬】。それによって起動させる固有魔術【愚者の一刺し(ペネトレイター)】。…俺の魔術特性(パーソナリティ)【変化の停滞・停止】を弾丸に乗せて、放つ術だ」

 

先生が、指先で銃を回転させながら、タネ明かしを始める。

 

「この魔術火薬で放たれる弾丸は、【あらゆる物理エネルギーの変化が停止】し、同時に【あらゆる霊的要素に破滅の停滞】をもたらす。…つまり、お前がいくら神鉄で出来ていて、不滅の肉体だろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただ、この弾は1度外界に晒されると、急速に力を失うんだ。…分かるな?()()()()()()()()()()するしかねぇんだ」

 

なるほど…俺の槍とほぼ同じだな。

じゃあ、次は俺か。

 

「この槍の大元は【アリアドネ】だ。そして【アリアドネ】の1番の力は【次元跳躍】だ」

 

俺は槍を弄びながら、説明する。

 

「あらゆる空間を飛び越える…だったら、お前の肉体の内側に入れても可笑しくないだろ?つまり…俺の槍は、お前という存在の内側を貫いたのさ。どれだけ強かろうが、硬かろうが関係ねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

勿論、それだけじゃない。

俺の魔術特性(パーソナリティ)【万象の観測・干渉】もまた、重要なファクターだ。

アセロ=イエロの霊的事象を観測、槍を介して干渉する事で初めて、直接魂を貫けるのだから。

【アリアドネ】の【次元跳躍】と、俺の魔術特性(パーソナリティ)【万象の観測・干渉】。

このふたつがあってこその【果てへ手向ける彼岸の槍(アリアドネ·リコリス)】だ。

 

〖バカな…!?こんな…ことが…!?〗

 

〖何度でも言うけどね…貴方、人間を舐めすぎなのよ〗

 

愕然としながら消滅していくアセロ=イエロに、ナムルスが冷ややかに告げる。

 

〖バカな…この私が…!?滅びるとは…!思い出したぞ…グレン=レーダス…!()()()()()()()()()()()()()()!()?()う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!〗

 

断末魔をあげ、何か意味わからない事を呟きながら、黒い爆光に包まれ 、そのまま呆気なく消滅したのだった。

 

 

本当に終わったのか…、未だ信じられず、緊張したまま沈黙していると、不意に先生が口を開く。

 

「この【愚者の一刺し(ペネトレイター)】は、暗殺の際、予め起動させといて、【愚者の世界】で相手の魔術を封じた後、相手がどれだけ魔術的防御を固めてきても、必ず撃ち殺す…俺の悪意と殺意の塊なんだ」

 

考えみれば、随分と皮肉の効いたネーミングだ。

愚者の考え無しの一撃は、時に賢者のあらゆる知恵を持ってしても、防げない。

魔術師という賢者を殺す為の…術。

そんな事を考えてると、突然背伸びしながら俺達に振り返る。

 

「でもな!ルミアを…お前達を守れた!もうそれでいいよな!?」

 

「…ええ、それでいいんじゃないですか?」

 

その顔は完全に吹っ切れたのか、実に清々しい笑顔だった。

さてと、先生はこれで良し、次は…

 

「このおバカ」

 

「あてっ!?」

 

ルミアの頭を軽く小突く。

 

「全く…人の忠告散々無視しやがって…挙句に死にかけてるし…。ヒヤヒヤさせてくれるよ…」

 

「あう、うぅ…」

 

申し訳なさそうに、呻くルミアの頭を優しく撫でやる。

 

「でも…ごめん。ルミアの気持ちに全然気付いてなかった。思えば社交舞踏会の時から変だったのに…。ごめんな。何時も気丈に振舞って、精一杯背伸びして、無理をして、我慢してたんだよな。…1人で全部背負って、諦めて、悩んで、苦しんでたんだよな…」

 

「うぅ…うん…」

 

俺は既に涙が溢れ出してるルミアの目尻を、優しく撫でながら、目を合わせる。

 

「だから、もういいんだ。いい子でいる必要なんてない。もっと我儘でいいんだ。…帰ろう?俺達の学院に。そして皆で一緒に考えよ?ルミアを受け入れてくれる世界は、絶対にある。だから…帰ろう?」

 

「アイル…君…!!グズッ…ヒック…うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

そして遂に、涙腺と我慢が限界に来たルミアは、俺に抱きつき、子供のように泣きじゃくった。

やっと…ルミアの心の呪縛も解放されたんだ。

しかし、そうこうしてる内に、タイムリミットが迫っていた。

 

「な!?何だ!?」

 

突然【炎の船】が揺れだし、周りが光の粒子となって消えだした。

 

「…!?そうか!アセロ=イエロがいなくなったから、保てなくなって来たのか…!ここでお約束展開かよ!?」

 

「先生!アイル!急いで!」

 

「ん。グレン、アイル。遅い」

 

「「っておいぃぃぃ!!俺らを置いてくな、薄情もんがぁぁぁぁ!!」」

 

とっくに出口に走り出したシスティーナとリィエルを追いかけるように、先生は走り出し、俺はルミアを抱えて、駆け出した。

 

「あ、アイル君!!?///」

 

「こっちの方が速い!」

 

そんな顔真っ赤のルミアを見ながら、追いかける。

周りから死角になるタイミングで、俺は…ルミアの額にキスを落とした。

 

「…今はこっちで。そっちは予約って事で」

 

「〜ッ!!!?///」

 

俺は胸をポカポカと殴るルミアを無視しながら、アルフォネア教授の所まで急いだのだった。

 

 

何とか脱出した俺達を待っていたのは

 

「「「先生ーーーーーー!!!」」」

 

「「「アイルーーーーーー!!!」」」

 

「「「ルミアーーーーーー!!!」」」

 

「「「システィーナーーーーーー!!!」」」

 

「「「リィエルーーーーーー!!!」」」

 

学院の生徒達からの大歓声だった。

耳をつんざくような熱狂と歓声は、留まる事無く。

やがて、中庭に辿り着くと、一気に大挙してやってくる。

 

「先生!ついにやったな!!」

 

「アイル!お疲れ様!!」

 

「ルミア!ありがとう!!」

 

「システィーナ!リィエル!よく頑張ったね!!」

 

「先生達のおかげで僕達…」

 

「バカ!違うだろう!?俺達の…皆の勝利だろ!!」

 

「そうだ!俺達で…皆で勝ったんだ!!」

 

「「「「「ばんざぁぁぁぁぁぁい!!!!!!」」」」」

 

カッシュも、セシルも、ウィンディも、テレサも、リンも、カイも、ロッドも、アルフも、ビックスも、シーサーも、ルーゼルも、アネットも、ベラも、キャシーも、今回ばかりはギイブルも。

2年2組生が、総出で取り囲んで大騒ぎしている。

 

「…ま、こういう事だ」

 

「…うん!」

 

そんな様子を指さしながら、ルミアに笑いかけると、嬉しそうにルミアも返す。

ふと、たまたまルミアの奥にクリストフ達、特務分室の面々が見える。

あ、クリストフと目が合った。

俺達はエアで拳をぶつけ合い、健闘を讃えあった。

ルミアも女子達に連れてかれ、あっちこっちで大騒ぎしてる中、俺は木陰でゆっくりとその光景を眺めていた。

あ、先生がめっちゃくちゃ高く胴上げされてる。

 

「アハハハハハハハハ!!!」

 

思わず大爆笑しちゃった。

いや、だって…お星様になっちゃったし!

 

 

 

「…ねぇ、システィ」

 

「ん?どうしたの?」

 

私は先生が思いっきり胴上げされてる姿を見て。

そしてそれを大爆笑してるアイル君を見て。

 

「…ありがとう、システィ」

 

思わずお礼を言っていた。

 

「バカね、お礼なんて要らないわよ。私達、家族なんだから」

 

そう言って、優しく笑いかけてくれるシスティ。

 

「私…もう少し自分の気持ちに素直になる事にした。だから…アイル君と一緒になりたい!…手伝ってくれる?」

 

私はある一大決心をシスティに報告した。

そう…今までは諦めようとしてきたこの気持ち…やっぱり諦めきれない…。

だから、自分の願いを叶える事にした。

 

「手伝ってね?システィ!」

 

「勿論よ!鋭敏で精度抜群の恋愛センサーを持つ、この私に任せなさい!」

 

前から思ってたんだけど…この子は何でこんなにも、自信満々なんだろう?

 

「うん!ありがとう!だからシスティも…頑張ってね!私も手伝うから!」

 

そろそろ自覚させないといけない気がする。

何やら嫌な予感が…。

 

「が、頑張るって何を!?何を手伝うのよ!?///」

 

ほら、直ぐにそうやってツンツンしちゃうんだから。

その鋭敏で精度抜群の恋愛センサーは、自分には使えないものね。

うん、わかるよ?

 

「もう…仕方ないな〜!システィは!私に任せなさい!」

 

「だ、だから何を一体何の話なのよ、もう!?///って!?こらルミア!まちなさーーーい!!」

 

私は慌てふためくシスティの置いて、先生の方に歩み寄る。

 

「ほら!!アイル君!!こっちこっち!!」

 

勿論、アイル君を呼ぶのも忘れない。

驚いた顔をしてるけど、少し笑ってから、仕方なさげに立ち上がって、こっちに歩み寄る。

 

「やれやれ…俺は疲れてるんだが?」

 

「皆で!騒がないと!ね?」

 

私はアイル君と腕を組んで、皆の元に向かう。

その先に、暖かい陽だまりがある事を信じて。




ルミアへの気持ちを自覚している彼は、結構攻めます。
すぐに行動に出すので、大抵ルミアを照れさせます。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話8

小話と言いながら、結構な文字数。
今回はオリジナルですよ。
それではよろしくお願いします。


アセロ=イエロが起こした事件は、【フィジテ最悪の3日間】と言われるようになり、帝国全土に知れ渡った。

そしてそれが解決して3日たった今日、俺は妹と共に、買い出しに出ていた。

 

「兄様は明日から学校なんですよね?」

 

「ああ、明日は通常授業で、明後日からはテストだな。…ダリィけど」

 

あれだけの事件が起きたのに、テストは変わらない。

しかも明後日とか、時間が足りなさすぎる。

ちなみにもっと忙しいのは、講師陣であり、グレン先生も、テストの作成に追われてるとか。

ったく…無しにすればいいのに…。

 

「兄様は日頃からしっかり勉強なさってるんですから、大丈夫です!」

 

可愛い妹の応援に、俺は優しく頭を撫でてやる。

そんなこんなで買い物を進めていると、ある人を見かける。

あれは…ギイブルか。

 

「ギイブル、おっす」

 

「ん?ああ、アルタイルか。おはよう。…そちらは確か…妹さんか?」

 

「ああ、妹だよ。ベガ=エステレラ。ベガ、こいつはクラスメイトのギイブル=ウィズダンだ」

 

「は、初めまして…よろしく…お願い…します…」

 

人見知りのベガは、俺の服の裾を掴みながら、おずおずと挨拶する。

 

「や、やあ…よろしく。…アルタイル…僕って怖いか…?」

 

「いや〜…人見知りなんだ…許してくれ…」

 

流石のギイブルも、これだけ年下の子に怯えられては、堪えるものがあったらしい。

ボソボソと、話しかけてくる。

 

「さてと…少し早いが来るか?初めてだから、多分店わからんだろうし」

 

「ああ、すまないが、ここでカッシュとセシルを待っているんだ。もう少しで時間だから…やっと来たか…」

 

視線の先を追いかけると、カッシュとセシルが手を振って駆け寄ってくる。

 

「おうギイブル!待たせたな!アイルも一緒とは…ん?誰だこの子?」

 

「ごめんギイブル!僕が用意に手間取って…?どちら様?」

 

2人はベガを見るなり、不思議そうに首を傾げる。

そんなベガは、慣れない人3人、しかも男という事もあり、俺の裾を離さない。

 

「あー、妹だよ。ベガ=エステレラ。ベガ、こっちの元気なのがカッシュ=ウィンガー。大人しいのが、セシル=クレイトンだ」

 

「よ…よろしく…お願い…します…」

 

「おお!そういや、授業参観の時いたな!アイルの妹さんか!俺はカッシュ!よろしくな!」

 

カッシュが気にせずグイッと近づくが、それにビックリしたベガは、車椅子ごと、下がってしまう。

その事にビックリしたカッシュは、驚いた後、申し訳なさそうにする。

 

「あ…ごめん…。ビックリさせたか…?」

 

「すまんな、人見知りなんだ。少し手加減してやってくれ」

 

「全く…君はただでさえ騒がしいんだ。少し考えたらどうだい?」

 

「んだとぉ!?どうせギイブルだって、同じ反応されただろうが!?」

 

「な!?君よりはマシだったね!」

 

「2人共!ベガちゃんびっくりしちゃうから!」

 

「おいおい。こんな往来でやめろって」

 

毎度恒例のギイブルとカッシュの言い争いを、俺とセシルで止める。

男子4人でやいのやいのとしてると、突然ベガの笑い声が聞こえる。

 

「フフ…兄様のそんな姿初めて見ました」

 

「おいベガ…何言ってんだよ。はぁ、まあいい、速く行くぞ。おら男子共、荷物持て。これから1番重いもの買うんだからな」

 

「おう!荷物持ちなら任せてくれ!」

 

「まあ、今日は世話になるからね…」

 

「うん。出来る事なら手伝うよ」

 

こうして新たなお供を引き連れて、俺達は買い物を済ませた。

男手が増えると、かなり楽だ。

しかし問題は、店に近づいた時だった。

何やら騒がしく、そっちの方を見ると、

 

「ねぇねぇ、可愛い子ちゃん達!暇なの?」

 

「お兄さん達に付き合ってくれね?」

 

「そんなにビビらなくても、怖い事しないって!」

 

ナンパかよ、くだらねぇ。

同じくその光景を見たカッシュが、ある事に気付く。

 

「ナンパかよ…!?おい!あれって…ウィンディ達じゃねえか!?」

 

「「「え!?」」」

 

よく見ると…本当にウィンディ、テレサ、リンだった。

はあ、流石に放っとけないな。

 

「ベガ。やっちまえ」

 

「分かりました」

 

そう言ってベガは息を吸うと、

 

「『離れなさい』」

 

そう呟いた瞬間、ナンパ野郎共が、突然その場から弾かれる。

 

「うおぉ!?」

 

「な、何だ!?」

 

「ぎゃあ!?」

 

突然の事にキョロキョロしている野郎共を無視して、テレサ達に近づく。

 

「よう、大丈夫か?」

 

「「「アイル(君)(アルタイル)!?」」」

 

そんなに驚かなくても…。

 

「今のは…貴方が?」

 

「いや?妹」

 

テレサの疑問に、後ろを指さしながら答える。

その先にいた車椅子の子供を見て、驚いた顔をする3人。

 

「あんな子供が…」

 

「すごい…」

 

「おいクソガキ!」

 

話していると、ナンパ野郎の1人がベガを睨みつけていた。

 

「テメェが…」

 

「『黙りなさい』」

 

その一言で、何も言えなくなる。

 

「おーい、これ以上はやめとけよー」

 

「ああ!?関係ねぇ奴は黙ってろよ!」

 

「テメェからやるぞアァ!?」

 

ふーん…そう、俺が何も感じてないと…?

 

「…おい。俺は2度も3度も同じ事言いたくねぇぞ。…やめとけ、そして失せろ」

 

俺が放つ殺気に怖気付いたか、ガクガク震え、慌てて立ち去るナンパ野郎共。

ふん、軟弱な。

 

「…さてと、行きますか」

 

「「「やけにあっさり!?」」」

 

いや、ナイスツッコミだな、お前ら。

そんなツッコミを無視しつつ、俺達は合流すると、自己紹介もそこそこに歩き出す。

 

「なあなあ!ベガちゃん!さっきのは!?」

 

「こらカッシュ!ベガちゃんがビックリしてしまうでしょう!?」

 

興奮して話しかけるカッシュを、ウィンディが叱り、

 

「だ、大丈夫だよ…。カッシュ君は…怖く…ないからね…」

 

「はい…ありがとうございます。リンさん」

 

リンとベガが、ほんわか空気を生み出し

 

「やれやれ…騒がしいな…」

 

「アハハ…でも、これが何時もって感じだよね」

 

ギイブルとセシルが、その様子を呆れつつも、楽しげに眺めて

 

「…変わらねぇな〜、俺達」

 

「そうね〜」

 

俺とテレサがそれを後ろから、眺めていた。

そんなこんなで、店の前の裏路地に通じる道に来た時

 

「あれ?皆?」

 

「システィーナ!ルミアにリィエルも!」

 

システィーナとルミアとリィエルが、やって来る。

 

「皆どうして?」

 

「たまたま一緒だったんだよ」

 

「ルミアさん!システィーナさん!お久しぶりです!」

 

「ベガ!久しぶりね」

 

「ベガちゃん!久しぶり!」

 

ルミアがベガに抱きつく。

最近はベガも慣れたのか、そんなルミアに嬉しそうに抱き返す。

 

「ルミア達には慣れてるのね」

 

「まあ、うちの常連だからなコイツら」

 

それはそうとして、いい加減速く帰りたい。

 

「おーい。お前ら、そろそろ行くぞ」

 

「「「「「「はーい」」」」」」

 

そう言って裏路地を進み、辿り着いた先は、俺の下宿先のレストラン。

今日は定休日なので、CLOSEの看板がかけてある。

その扉をお構いなく開けて、皆を招き入れる。

 

「まあ、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

 

出迎えたのは婆さんだった。

 

「婆さん?体は大丈夫かよ?」

 

「そうですよお婆様!」

 

「フフ、今日は調子がいいのよ。気にしないで」

 

そう言ってゆっくりと店の奥へと消えていく。

やれやれ…体調良くないくせに、張り切っちゃって…。

 

「…ベガ。後で頼むわ」

 

「分かりました。それでは私はここで。皆様…ごゆっくり」

 

そう言って一足先に中へ入っていくベガ。

 

「それでは…ようこそ、レストラン【サザンクロス】へ」

 

そう言って俺は、扉を開けて恭しく一礼する。

 

「「「「「「「「「お邪魔しまーす!」」」」」」」」」

 

そう言って各自カウンター席に着く。

 

「じゃあ、俺は用意してくるから。システィーナ、頼むわ」

 

「了解!それじゃあ、始めるわよ!勉強会!!」

 

そう、今日は、明後日に迫ったテストの勉強会をするのだ。

 

 

「…そろそろ昼時か」

 

俺は時計を見て、時間を確認すると、12時を過ぎていた。

周りを見ると、それぞれ勉強に集中しているが、一部その集中が切れかかっている。

まあ、約2時間ぶっつけだったしな。

この勉強会は、成績優秀者であるシスティーナ、ギイブル、ウィンディを中心に、超問題児のリィエルと、少し怪しいカッシュを、集中的に叩き込む会だ。

勿論、俺やルミアなど大体中の上くらいの生徒も、教え合ったりしながら、勉強している。

それはともかく、立ち上がると、1度手を叩いて、注目を集めさせる。

 

「そろそろ飯にするか。何か食べれないものがある人!」

 

俺が尋ねると、特に無いらしく俺は買ってきた食材と在庫を適当にあさり、何を作るか考える。

晩飯はカレーと決まってるので、昼は…

 

「…あれにしよ」

 

最近覚えた、東洋の料理を作る事にした。

 

「何か手伝おうか?」

 

ルミアとテレサとリンが、手伝いを申し出てした。

 

「ありがたい。それじゃあ…」

 

そう言って俺は各自に役割分担してから、調理に取り掛かった。

俺は最近特産品を取り扱ってる出店で買った、かつお節と干ししいたけを取り出す。

 

「アイル君…それ…何?」

 

リンが興味津々で聞いてくる。

 

「かつお節と干ししいたけ。東洋の特産品?らしい」

 

気付いたら、ルミアとテレサまで見てるし。

そう言いながら、丁寧に出汁をとる。

そこに醤油という、東洋由来の調味料を加える。

本当は、時間かけるらしいが今回は割愛。

 

「…ん。美味い。味見する?」

 

そう言って俺は3人に小皿に入れて、渡す。

 

「…ん!美味しい!」

 

「本当だ…優しい味…」

 

「なのに奥深い…」

 

全員に絶賛される。

どうやら、成功したらしい。

 

「さてと…そっちは大丈夫?」

 

「うん。用意できたよ」

 

「これどうするの?」

 

「揚げる。跳ねるから俺やるわ」

 

そう言って、俺は隣の鍋で温めている油を指さす。

そのままドンドンと揚げていき、かき揚げを作る。

 

「ほい!かき揚げ完成!ほれアーン。熱いぞ」

 

1番近くにいたリンにアーンしてやる。

 

「ふぇ!?///あ、アーン…///」

 

わざと味見用に用意したかき揚げを、食わせる。

 

「どう?」

 

「あ、甘い…///」

 

「それは良かった。ルミアとテレサも。アーン」

 

「「あ、アーン…///」」

 

3人共、顔が真っ赤だけど…暑いのか?

油使ってたし…。

さてと、最後の仕上げだ。

俺は少し太めの白い麺を茹でて、器に移す。

そこにつゆを入れて、別皿でかき揚げを出す。

 

「はい、お待ちどうさま。東洋の食べ物、うどんとかき揚げの完成だぞっと!」

 

「「「「「「「「「いただきます!!」」」」」」」」」

 

勿論、好評だったが…女子の視線が、少し痛かったです…。

なんでさ。

ふと視線を感じると、ベガが覗いていた。

 

「…ベガ。食うか?」

 

「ッ!はい!」

 

嬉しそうに近寄るベガの頭を撫でてから、相手を任せて、作り出す。

 

「なあ、ベガちゃん。あれは何だったんだ?」

 

恐らくナンパの時の事だろう。

 

「あれは…【言霊】です。陰陽術の1つです」

 

珍しくベガが、話し出した。

 

「言霊?」

 

「言葉に魔力を乗せて、相手に強制させるんです」

 

「ベガは昔から、そういうのが得意でな。爺さんに習って習得したのさ。…最初は制御出来なくて、大変だったよ」

 

俺はベガの説明に、補足する。

美味しそうに食べてるベガの頭を撫でてやる。

 

「もしかして、前に言ってたのって…」

 

「はい…そういう事です」

 

システィーナがベガと何やら話してる。

さては足の理由を話したのか。

 

「さてと…ほら!休憩終わり!ルミア、リィエル叩き起して!ベガ、ここにいてもいいけど、俺達勉強しなきゃだから、あまり構ってやれないぞ?」

 

「…ッ!はい!ここにいたいです!」

 

構ってやれなくて、寂しがってないかと、声をかけたが、やっぱりそうだったらしい。

嬉しそうに笑って、俺のそばに来る。

 

「「「「「〜ッ!かわいい〜!!」」」」」

 

そのキラキラした笑顔が、余程女子の琴線に触れたか、皆がこぞって可愛がり出す。

まあ、いいか。

俺はそれを放っておき、自分の勉強に取り掛かるのだった。

 

 

それから夜まで続いた勉強会は、晩飯のカレーを食べて、解散になった。

ベガも晩飯時には、ある程度慣れたのか、男子達とも話していた。

我が家のカレーは変わっており、店に残った食材をぶち込むという、ある意味斬新なものだ。

その分カレー自体は、スパイスから作るという、本格派だ。

晩飯を食べてから、俺達は解散した。

俺は女性陣を送り届けた後、片付けをしていると、突然ノック音が聞こえる。

 

「ん?『こんな時間に誰だ?』っと…イヴさん?」

 

俺は遠見の魔術を即興改変して、扉の向こうを覗くと、そこにはイヴさんがいた。

 

「…こんな時間にごめんなさい。不躾なお願いがあるんだけど…」

 

「…妙にしおらしいですね?どうしたんです?…とりあえず、どうぞ」

 

余りにもキャラ変が激しすぎて、つい口に出てしまう。

いやだって…こんなしおらしい人じゃないし。

 

「…ご飯…頂けないかしら?勿論、お金は払うわ」

 

「…別にいいですけど…。元々定休日ですし。皆で食べた余りで良ければ…」

 

「何でもいいわ。ありがとう」

 

そうして俺は、イヴさんを招き入れ、カレーの余りを差し出した。

食べ終わったのを見計らって、尋ねる。

 

「それで?どうしたんですか?」

 

「私…特務分室をクビになったのよ。ついでにイグナイト家も勘当されたわ。今の私は…ただのイヴ。イヴ=ディストーレよ」

 

「は?…はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

突然のカミングアウトに、思わず叫び声を上げる。

クビって…しかも勘当!?

何やらかせば…!?

 

「…何があった?」

 

「うおぉ!?爺さん!?」

 

いつの間にかいた、爺さんが冷静に話を進める。俺は、必死に頭を冷やしながら、その話を聞く。

先の事件において、上層部…というか、イヴさんの父から受けた命令は、ジャティスの確保、もしくは殺害だったらしい。

しかし、それに失敗。

その事に激怒した父親はイヴさんをクビ、しかも家から追い出したとか。

 

「…ふざけやがって…!」

 

思わず、拳を握りこみながら、吐き捨てるように呟く。

イグナイト家…そんなにクソだったのか…!

 

「アゼルめ…相も変わらず…」

 

爺さんも静かだが、怒っているらしい。

俺は何とかならないか、爺さんに懇願しようとした時

 

「バカみたい…私…覚悟はしてたのよ…でも…」

 

「イヴさん…?」

 

イヴさんが、乾いた笑みを浮かべながら、話し出す。

 

「…私は…父上に…一族に認められたくて…!そのために…たった1人の友達も…セラさえも…犠牲にして…!それなのに…!なのに…!」

 

その姿は…まるで今にも消えてなくなってしまいそうで…俺は何も言わず、来ていたパーカーを、イヴさんを隠すように掛けてあげる。

 

「…ここには俺達しかいないよ?だから…いいんだよ?」

 

「〜〜〜〜ッ!!!」

 

遂に限界を迎えたイヴさんが、声を出さずに泣き叫ぶ。

聞こえないはずの声が、聞こえた気がした。

聞こえた幻聴は、それはまるで…助けを求める幼子の様な気がした。

数分後、目を真っ赤にしたイヴさんに俺は尋ねる。

 

「これからどうするんです?」

 

「…これからは、魔術学院の臨時講師よ」

 

「…へ?」

 

これは…予想外な…就職先ですね…。

何でも国の政策として、軍事教練が授業に追加されたらしい。

それは後期からの話なのだが、その担当がイヴさんだとか。

 

「ていうか、言っていいんですか?それ」

 

「その内、分かる事よ」

 

事もなさげに言うが、きっとそれまだ社外秘ってやつじゃ?

 

「住む場所は?」

 

「ここの近くのボロアパートよ」

 

ここ近くって…あんな場所!?

 

「ダメですよ!軍人だって言っても、女性なんですよ!?」

 

「…働き口はあるのだな?」

 

爺さんが突然口を開く。

 

「…ええ。一応」

 

「なら…家賃は収める事。家事の分担をする事。それが飲めるなら、ここに住むといい」

 

爺さんがそんな提案をした。

ここは爺さんと婆さんの家だ。

2人がいいなら、それでいい。

それに、あんな場所より余っ程いい。

 

「…!いいんですか?」

 

「構わん」

 

「…勿論、収めます。ありがとうございます」

 

無事、居候が決まったイヴさん。

正直…ホッとした。

 

「ふん…。色々勝手は違うだろうが、慣れる事だ。アルタイル、空いてる部屋を片付けておけ」

 

「ハイハイ…でも流石に間に合わないしな…。イヴさん、今日は俺の部屋で寝てください。俺は適当にソファーでいいんで」

 

「悪いわね…」

 

「いやいや、これから公私共々よろしく。イヴ先生!」

 

こうしてこれから、予想外の人と予想外の共同生活が始まった。

後日、イヴさんの家事当番は、洗濯とベガのお風呂担当になった。

だって…料理が趣味と言いながら、アレだったしな。

それはともかく…よく考えると、保護者付きとはいえ、教師と生徒が一つ屋根の下は…かなりマズイのでは?




と、言う訳でイヴさんと同居生活が始まりました。
教師と1つ屋根の下って…やばいですね。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏学院編第1話

という訳で、裏学院編スタートです。
この話、イヴの扱いがかなり高待遇になっています。
ええ、全ては20巻の良さのせいです。
それではよろしくお願いします。


「このタイミングで集会なんて…唐突よね?」

 

「そうだよね。前期試験中なのに…何をやるんだろうね?」

 

システィーナとルミアの話を聞きながら、俺はぼんやり考え事をする。

それは…この間から同居してるイヴさん…イヴ先生から、つい昨日聞いた事だ。

 

(あれは、本当なのか…?)

 

中々ショッキングな内容だった為、半信半疑だが…そんな事を考えてると、見慣れない男が壇上に上がっていた。

いかにも上流階級です、と言わんばかりの風体だが、気に入らない面してる。

周りも見慣れない人物の登場に、ザワついていると

 

「静粛に。…唐突だが、学院長、リック=ウォーケンは、昨日更迭処分となった。本日からはこの【マキシム=ティラーノ】が、本学院の学院長である。心するように」

 

周りが余りにも唐突な話に、沈黙する。

 

(マジだったのか…!)

 

俺がイヴ先生から聞いた話とは、これの事だ。

そして、一気に混乱と動揺が爆発する。

 

「黙りたまえ!!!」

 

そんな生徒達を一喝して黙らせると、更に畳み掛けてきた。

 

「君達に一言言おう。先の騒動で、この学院をこれ程までに損壊させたのは、ひとえに諸君らが根本的に、無能なせいだ。今の有様は、君達の怠惰と惰弱さが招いたのだよ」

 

…へぇ…言ってくれる。

その後も朗々と、ウザったらしく語る自分の改革案。

簡単にまとめると、戦闘に直結しないコマを減らし、直結するコマを大幅に増やす、という事らしい。

挙句の果てには、自分の私塾の生徒を【模範クラス】と称して、ここを目指す事を規範とし、全面的服従を強要してきた。

…ハッ、笑える。

その内容に、生徒だけでは無く、教師陣まで猛反論する始末。

 

「…納得出来ません。マキシム学院長。一体何の権利があって、根本から破壊する様なコトが、出来るのですか?このような横暴が、本当に許されるとでも?」

 

「君が音に聞くリゼ=フィルマーだな?言っておくが、今の理事会は全会一致で私を支持している。君の糾弾なぞ痛くも痒くもないのだよ。覚悟しておきたまえ。私が学院長になった以上、生徒会執行部なぞ、即刻叩き潰してしんぜよう」

 

「…ッ!?」

 

マキシムは、噛み付いたリゼ先輩の糾弾を一蹴して、混沌とする場をほくそ笑む。

 

「ちょっと待ったーーーー!!!」

 

そんな中、ついにあの男が動き出す。

…妙にカクカクした動きだな。

もしかして…あれ、【複製人形(コピー·ドール)】だな!?

相変わらずロクでなしだな!

…まあ、本物でもああするか。

決闘申し込んでるし…あ、ズラだったんだ。

なるほど…ここは…煽る!!!

 

「ククク…アハハハハハハハハハ!!!ズラかよ!!!そりゃ脳みそ腐ってあんな事言うわな!!!あんなもん被ってりゃあよぉ!!!ズラ外せば、少しは風通し良くなるんじゃねぇか〜!!!」

 

俺の徹底的な煽りをキッカケに、会場中が笑いに包まれる。

Yes…計画通り。

とりあえず、隣でアルカイックスマイルを浮かべるルミアは、無視しよう。

そのとんでもない羞恥プレイに、顔を真っ赤にして怒るマキシム。

しかし、何を思ったか、逆に冷静になった。

 

「いいだろう…この行く末、お望み通り、決闘で決めようではないか!」

 

「ほう、具体的には?」

 

「ここで少々話は変わるが聞きたまえ。実はな…改革の一環で、【裏学院】を開放するつもりなんだよ」

 

【裏学院】…それは、この学院の関係者なら、誰もが知っている言葉だろう。

次元の壁を越えた異空間に作られたもう一つの学院校舎。

それが【裏学院】だ。

初代学院長である、アリシア3世が作ったはいいが、その直後に崩御、そこに至る鍵は永遠に失われた…筈だった。

しかしこの男は…幻の24冊目の【アリシア3世の手記】を入手、それこそが鍵あると言ったのだ。

 

「内容は【生存戦】。私の模範クラスと、君の指導したクラスでどうかな?日時はそうだな…前期試験が終わる2週間後にしようか。もし君が勝てば、君の態度は不問とし、改革案も取り下げよう。だが私が勝てば…君には辞職してもらう」

 

皆が固唾を飲んで見守る中、突然煙が立ち上る。

何事かと動揺していると、煙の中からグレン先生が、現れる。

…足元のガラクタはきっと、さっきまでの複製人形なのだろう。

という事は…本物か。

先生は俺達を見る。

何かを葛藤してるのだろう。

最後に俺と目が合う。

 

(お好きにどうぞ)

 

そう思い、肩をすくめる。

別に先生が降りようが、俺が乗るだけだ。

それでも…きっと先生なら。

 

「いいぜ…俺のクビ、お前らに預けた!!」

 

そう言って左手袋を外すと、マキシムの顔面に叩きつけた。

 

「へっ、後悔するぜ(俺が)!?覚悟しておくんだな(主に俺が)!!テメェは、この俺が…いや、俺達がぶっ潰してやるぜ!!!(願望)」

 

…いらんルビが聞こえた気がしたが、気の所為だろう。

そうしておこう。

だって…学院中が沸き立ってるし。

ふと、反対側の壁に、最近見慣れた人が見えた。

 

(あの人にも…応援頼んでおくか)

 

そう思いつつ、俺はご機嫌をとるために、今日の晩飯の献立を考えるのだった。

ちなみにその後、煽った件について、ルミアにクソ叱られました。

 

 

集会後、グレン先生がクラスに連れてきたのは、イヴ先生だった。

 

「と、言う訳で来期からの【軍事教練】の戦術教官講師として、軍から派遣されたイヴだ」

 

「帝国宮廷魔導師団第8魔導兵団所属、イヴ=ディストーレ従騎士長よ。来期から【軍事教練】を、担当させて頂くわ。どうかよろしく」

 

そう挨拶した瞬間

 

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

沸き立つ男子。

流石うちのクラス、ノリは最高だ。

 

「うっひょー!どんなゴリラが来るかの思ったけど、滅茶苦茶美人じゃんかよー!!」

 

「物憂げでアンニュイな雰囲気と表情が、いいよなぁー!?」

 

「酸いも甘いも噛み締めた大人って感じ…!」

 

「だが待て!?相手は美人でも軍人だぞ!」

 

「酷く罵倒されたり、血反吐吐くまで、しごかれたり…」

 

「「「「「それはそれで、興奮するからよし!!!」」」」」

 

お前ら、キモイぞ。

まあ、ご機嫌とりは要らなくなったな。

 

「…グレン…アルタイル…このクラス…」

 

「うちのクラスメイトがサーセン…」

 

「諦めろ。…いつもこんな感じだ」

 

最早何をしても、野郎共にとってご褒美にしかならないので、諦めて欲しいところである。

 

「ちょっと男子!イヴさんに変な目を、向けないでくださいまし!」

 

「そうよ!イヴさんは私達の大恩人なんだから!」

 

おや?ウィンディとテレサが、守ってる?

ああ、南の担当だったか。

そこで、皆思い出してきたのか、徐々に尊敬の眼差しを向けられ、居心地悪そうに顔をひきつらせる。

 

「な、何よその目?勘違いしない事ね。あの時は無能な私には、それしか出来なかっただけよ」

 

うわぁ…。

卑屈+ツンデレとか、すげー高等テクニックだ。

 

「おぉ…誇らず、恩に着せず、なんて奥ゆかしい…!」

 

「ヤベェ…惚れそう…」

 

「これが…真の帝国軍人…!」

 

そんな事したら余計にこうなるに決まってるのに。

不器用な人。

この人、間違えなく褒められ慣れてない。

そんな状況を変えようと、咳払いをして、本題に切り込む。

 

「さてと、本題に入るわよ。貴方達、マキシムの模範クラスと生存戦するらしいけど…ハッキリ言うわ。()()()()()()()()()()()()

 

「「「「「「…ッ!!!?」」」」」」

 

ま、だろうな。

自惚れてるし、コイツら。

 

「今の顔を見てれば、分かるわ。明らかに勝算の無い戦いをするっていうのに、緊張感が足りない。先の戦いを生き残った自負?頼れるグレン先生がいる?断言するわ、()()()()()

 

さっきまで賑やかだったクラスが、シーンと静まり返る。

 

「だから、私がここにいる。グレン1人で回しきれない。だから教官として、力を貸してあげるわ。今日から泊まり込みで、強化合宿するわ。寝る間も惜しんで、死ぬ気でついてこればあるいは…」

 

それから先の言葉を紡ぐ前に、

 

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

皆が立ち上がって、頭を下げる。

そんなに予想外のリアクションに驚いてると、グレン先生が話しかける。

 

「勝たせたくなるだろ?」

 

「知らないわよ。まあ、物好きだとは思うけど」

 

あらあら、ツンツンしちゃて。

 

「ったく、軍時代から相変わらず可愛くねぇ女だな!だから、行き遅れんだよ!」

 

「はぁ!?余計なお世話よ!?ていうか、わたしはまだ19だし!?」

 

って気付いたら喧嘩始まってるし!?

はぁ…やっぱり始まった。

講師になるって聞いてから、こうなる気はしたんだよな…。

容姿褒めながら罵倒するとか、器用だな2人揃って。

仕方ない、グレン先生の弟子であり、イヴ先生の同居人である俺が、止めるしかないか。

 

「ハイハイ!2人共、そこまで!皆の前でしょ!褒めるのか貶すのか、どっちかにしなって!!」

 

 

 

(あ、あれ…?)

 

システィーナは妙な違和感を感じた。

基本的飄々としてるグレンだけど、イヴにだけは、素で真っ向からぶつかってる。

クールで硬派なイヴも、グレンにだけは遠慮が無い。

あの2人…何故かヤバい予感がする。

 

(何だろう…!?何かを切っ掛けにコロッと何かが、ひっくり返りそうな…そんな予感がする!?何かはよく分かんないけど!分かんないけど!)

 

 

一方、ルミアも同様な予感があった。

正確には若干違って、イヴとアルタイルの距離感の近さだった。

 

(な、何か…2人の距離感近くない?)

 

そう、この数日の同居生活で、精神的距離が少し縮まったせいか、この2人の距離感が近くなっているのだ。

具体的な事を言えば、今まであった互いへの配慮が少し、薄れているのだ。

アルタイルのグレンへの物言いに、遠慮がないのは前からだが、それが少しずつイヴにも遠慮が無くなってきている。

 

「…システィ、お互いにとって、手強いライバル登場かも…」

 

「ら、ライバルって何よ!?私はぜ、全然関係ないし!?そもそも、ライバルって言われても、意味わかんないし!」

 

ルミアがボソリと呟くと、システィーナはしどろもどろになりながら、慌て始める。

そんな2人を不思議そうに見ているリィエルだった。




という訳でね、何かとイヴと仲良しなアイル君です。
色々思うところはあるものの、別にグレンみたいに憎い訳では無いので、まあそんなもんですよね。
彼のイヴへのヘイトは一過性のものです。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏学院編第2話

アルタイルが初めて、魔術の打ち合いをしてる気がする。
それではよろしくお願いします。


夕方頃、各自の用意と施設の申請が終了し、動きやすい格好で、校庭に集合していた。

 

「とりあえず、それぞれの実力を見るわ。サブストルールで、1体1よ。適当に組んで始めなさい」

 

そう言われ始めた稽古だが、ハッキリ言って張合いが無い。

多分…実践系の練習が追いついてないので、皆の実力の割には、弱いのだ。

ふと周りを見ると、丁度システィーナが空いた。

俺はゆっくりと指先を向けて

 

「『雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ』」

 

わざと三節詠唱で【ショック・ボルト】を撃つ。

それに気付きたシスティーナは、慌てて避ける。

その隙に近づいて畳み掛ける。

 

「『大いなる風よ』!」

 

「『大気の壁よ』!『大いなる風よ』!」

 

「『白き冬の嵐よ』!」

 

システィーナの【ゲイル・ブロウ】と、俺の【ホワイト・アウト】が、ぶつかる。

辺りに冷気が立ち込め、見えなくなる。

俺はその中を走り抜け、一気に畳み掛ける。

しかし

 

(ッ!?読まれた!?)

 

システィーナが俺に向かって、指を向けていて

 

「『雷精の…』」

 

【ショック・ボルト】の詠唱を始めていた。

でも…

 

「『散れ』!」

 

【トライ・バニッシュ】で、先手を取る。

こっちだって、読まれる前提だっつーの!

 

「『紅蓮の炎陣よ』!」

 

「ッ!?『霧散せよ』!『白き冬の嵐よ』!」

 

「『散れ』!『雷精よ』!」

 

「『霧散せよ』!『大いなる風よ』!」

 

「『消えろ』!『風よ』!」

 

「『力よ無に帰せ』!『雷精の紫電よ』!」

 

俺とシスティーナはお互い、立ち位置を変えながら、お互いに魔術を打ち続ける。

しかし、一節詠唱を更に切り詰めてる俺の方が、起動は速く、少しずつ追い詰めつつある。

 

「『紅蓮の炎陣よ』!」

 

「『虚空に叫べ・残響為るは・風霊の咆哮』!」

 

「…え?」

 

(今のは、【トライ・バニッシュ】?次は、【ゲイル・ブロウ】?()()()()()()()()()()()()()()じゃないの?)

 

システィーナは、予想外の魔術に驚きながらも、無意識に躱す。

しかしその躱した先には、【フリーズ・ショット】の凍気弾が迫っていた。

 

「しまッ!?キャアアア!!」

 

システィーナは無防備にその攻撃をくらってしまい、吹き飛ばされる。

俺は直ぐに近づいて、目の前に立つと、指を突きつける。

 

「…降参よ」

 

俺とシスティーナの戦いは、俺の勝ちだ。

 

「す、すげぇーー!!何だよ今の!?」

 

「なんて…ハイレベルな…」

 

「キィ〜!!悔しいですわ〜!」

 

「クッ…僕もまだまだか…!?」

 

何やら周りが騒がしい。

どうやら俺達の戦いを見ていたらしい。

 

 

 

そんな周りの外では、グレンとイヴが話していた。

 

「…随分と器用ね、彼。あんな芸当私でも怪しいわよ」

 

「…そうだな。アイツは発想が柔軟ていうかなんて言うか…」

 

(ていうか、普通やるか?【トライ・バニッシュ】、【ゲイル・ブロウ】、【フリーズ・ショット】の一節詠唱を、【スタン・ボール】の三節詠唱に変換するとか?)

 

そう、アルタイルがやったのはそれぞれの呪文の一節詠唱を、別の呪文の三節詠唱で唱える事で、相手に読めなくさせたのだ。

それにより、何が来るか分からなくなったシスティーナは、無意識に避けたはいいが、最後の一撃に対応出来ず、負けたのだった。

 

「彼ら、貴方が教えてる?立ち回りが貴方に似てるけど」

 

「まあな」

 

「そう。…分かってると思うけど、システィーナの方はそろそろ頭打ちよ」

 

「…んな事は分かってる」

 

そんな話をしていると

 

「ちぃ〜す」

 

軽薄そうな声が聞こえた。

 

 

 

現れたのは、模範クラスの連中だった。

何事かと思ったが、練習を手伝うと言い出したのだ。

ぜってー、裏がある。

ていうか、ボロクソにして見下す気満々じゃん。

暇な連中だな…。

それをイヴ先生は承諾しちゃったし。

幾ら何でもコイツらじゃ、まだ勝てんだろうに。

形式は俺を抜きにした、個人戦を20回。

そんなこんなで始まったそれは…ただの公開処刑だった。

案の定、全敗。

システィーナが負けるのは想定外だが、あのメイベルって奴…半端ねぇな。

しかし、問題はその後だった。

 

「や、止めてくださいまし!!」

 

「堅い事言うなよ、可愛い子ちゃん?俺、カッコよかったろ?これからお茶どう?」

 

「ねぇ?君もどう?」

 

模範クラスの連中が、女子に手を出し始めたのだ。

…ふーん、それがお望み…ブチコロス。

俺はテレサに絡んでた奴の顔面を、殴り飛ばそうとする。

 

「そこまでよ」

 

しかし、その直前イヴ先生に帝国式軍隊格闘術で、投げ飛ばされる。

空中で体を捻って、上手く着地する。

 

「…何すんだよ。コイツらぶちのめすって決めたんだけど」

 

「教師の目の前で、喧嘩しようとしてんじゃないわよ」

 

「喧嘩じゃねぇし。蹂躙だし」

 

「もっとダメじゃない。…はぁ。まあいいわ、それより貴方達。今は私が管轄する授業よ。協力は感謝するけど、それ以上の好き勝手は許さないわ。解散しなさい」

 

そう言われても、連中はニンマリ笑ってるだけだった。

 

「え〜と、イヴ先生でしたっけ?」

 

「確か…先の戦いで左腕使えなくなったんでしょ?」

 

「しかも、イグナイト家から勘当。百騎長から従騎士長に降格…ププ」

 

「長いものには巻かれときなよ〜」

 

…はぁ、怒る気すら失せた。

寧ろ、これから先を見たくない。

 

「はぁ〜〜〜…」

 

「ねぇ、グレン。あの人達…バカなの?」

 

「察してやれ…」

 

「俺はこれから先が見たくない…」

 

そこから先は、見るも無惨な地獄だった。

イヴ先生は、舐められるのは癪だったのか、超ハンデをつけて、模範クラスを相手取り、見事に全員〆たのだった。

 

「あら、ごめんあそばせ。アルベルト程じゃないけど、私も早撃ちは結構得意なの」

 

誇る訳でもなく、ドヤ顔を決める訳でも無い。

淡々と当たり前に言うその姿。

寧ろどっちかだった方がマシだったろうに。

 

「さてと…貴方達。やり合ってどうだった?」

 

「正直…勝てる気がしねぇっす…」

 

カッシュが自信なせげに呟く。

そうかな…俺にはそれ程差があるとは思えない。

 

「あら、そうかしら?私にはそれ程差があるとは、思えなかったけど?…アルタイル、頭は冷えたでしょ?どう見えたかしら?」

 

そこで、俺に振るか。

 

「ぶっちゃけ、差は無いと思います。後…アイツらはもう、頭打ちでしょ?」

 

「正解よ。よく見てたじゃない」

 

そんな話をしていると、ギイブルが俺に噛み付く。

 

「君は何を見てそう言ってるんだ!?」

 

「逆に聞くが、お前はどうやって負けたんだ?」

 

「そんなの決まって!…?いや、待てよ…?」

 

その一言に、皆それぞれある事に気付き出した。

 

「そ、お前らの手札のカードの強さに差はない。では何故負けたか?答えは簡単」

 

「貴方達は手札の出す速度。つまり、次の一手を打つ判断の速さで負けたのよ。…例えばシスティーナ。さっきアルタイルと戦ってたけど、確かに切り詰めてるアルタイルの方が、詠唱は速い。でもそれ以上に、アルタイルは次の一手を決断する判断が速いのよ」

 

「た、確かに…!」

 

確かにアルタイルの詠唱は短い分、速い。

でもそれはちゃんと無効化出来ていた。

なのに負けた…、それはつまり、後手に回り続けてたという事。

その事に今気付いたシスティーナは、愕然としながら、アルタイルを見る。

 

(同じ人に師事を仰いでるのに…これほどの差があるなんて…!?)

 

最近追いついてきたと思っていただけあって、ショックは大きい。

 

(絶対に負けない…!)

 

しかしその分、勝ちたい気持ちも大きくなる。

 

「彼らはある程度手札を作ったら、ひたすら切る速度を上げてきた。だから判断が速い。一方貴方達は、グレンの指導の元、手札を増やし続けた。つまり…()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。違いはそこよ」

 

イヴ先生はハッキリと言い切る。

皆が納得仕掛けるが、ギイブルがまだ噛み付く。

 

「…だから何なんですか?アイツらが強いことには…」

 

「アルタイルが言ったでしょ?彼らはもう頭打ち。これ以上強くはならないわ。でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。逆に彼らの土台は脆いわ。脆弱な土台で乗せられるものは、限られてる」

 

ギイブルの言葉を無視して、続けるイヴ先生。

 

「…グレンに感謝する事ね。魔術師にとって、土台作りは時間がかかる上に、成長が実感できないから、かなり苦になる作業なのよ。でもグレンは三流だから、上に積む所まで手が回らなかった。…だから、そこを私がやってあげる。断言するわ、2週間あれば、段違いに伸びるわよ。貴方達」

 

皆呆然とイヴ先生を見つめる。

 

「まあ?こんな左遷された軍人に出しゃばられたくないなら…」

 

「「「「「「よろしくお願いします!!!」」」」」」

 

皆揃ってイヴ先生に頭を下げる。

まあ、こうなるわな。

皆にわちゃわちゃされるイヴ先生に、グレン先生が近づき、何か話してる。

おや、少し雰囲気が…あ、キレた。

肩振るってるし…、我慢してるのか?

また何を言ったんだよあの人は。

 

「『死ね』!!」

 

とうとう、限界を迎えたな。

爆破されてお空に飛んでったな。

 

「何しやがる!?この冷血ヒス女!」

 

「何ですって!?このデリカシー死滅男!」

 

「ちょっと見直してやったら、すぐこれだ!この行き遅れ女!」

 

「少し認めてやったら、やっぱりこれよ!この最低男!」

 

はぁ…世話がやけるな〜。

 

「だ〜か〜ら〜!皆の前でやるなって!ガキかあんたら!!」

 

「「アルタイル!お前(貴方)はどう思う!?」」

 

「どっちもどっちだ阿呆ども!!!」

 

 

 

(ま、マズイわ…!?将来的に敵になる予感しかない!!何の敵かは分かんないけど!?分かんないけど!?)

 

(マズイ…どんどん距離感が縮まってきてる!このペースだと、いつ転がるか分からないかも…!)

 

システィーナが、背中を焼くような焦燥感に駆らていると、同じく焦っていたルミア、深刻そうな顔で話しかける。

 

「システィ…共同戦線を張ろう?多分私達のペースじゃマズイ気がする 」

 

「き、共同戦線って何よ!?意味わかんないな〜!!!」

 

相変わらずの蚊帳の外であるリィエルは、不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

 

(私…自惚れてた…まだまだよね…)

 

次の日の朝、私は久しぶりに行われるグレン先生との稽古に向かっていた。

父からは、知らず知らずの内に天狗になってしまう、と言われていたがその通りだった。

 

(もっと気を引き締めて、強くならないと!)

 

しっかりと気合いを入れ直し、指定された場所に向かうと、既に先生とアイルがいた。

 

「すみません!遅く…?」

 

いや、よく見ると、もう1人いる。

 

「よう」

 

「おっす、システィーナ」

 

「おはよう、システィーナ。ご機嫌いかがかしら」

 

そこにいたのは、イヴ先生だった。

 

「い、イヴさん…?どうして…?」

 

急に紛れ込んだ異物…そう感じてしまった。

どうしてここに?

そもそも2人の関係性が分からない。

相当の確執があったらしいけど…?

そんな困惑する私に、先生がキッパリハッキリ言い切った。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「…へ?」

 

 

 

空気がB級軍用魔術もびっくりなくらい凍った。

イヴ先生すら、唖然としている。

そのまま、グレン先生とシスティーナの話し合いが続く。

とうとうシスティーナが涙を浮かべ出した瞬間

 

「「…ッ!」」

 

スパァァン!!!

ドゴォン!!!

イヴ先生の鞭のようなローキックと、俺のハンマーみたいなボディブローが、炸裂した。

 

「うぎゃぁぁぁぁああああ!!!」

 

「バカなの!?ねぇバカなの!!?」

 

「本当にデリカシー無いわね!!わざとやってる!?」

 

「そんな物言いじゃあ、勘違いするだろうが!!」

 

「何で貴方は女心が分かんないのよ!!」

 

俺とイヴ先生で、ひたすら罵倒する。

本当に世話がやける…!!

 

「え?誤解…?」

 

システィーナが、目をパチパチさせる。

 

「勘違いすんなよ?愛想尽かしたわけじゃないからな?次のステップに進める為に、イヴ先生に託しただけだからな?」

 

俺は優しく涙を拭ってやりながら、話す。

それを聞いて、イヴ先生が話を繋ぐ。

 

「単純に言うとね。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

そう、これはシスティーナでは無く、グレン先生の方が限界なのだ。

先生はあくまで邪道タイプの魔術師。

一方のシスティーナは、正統派魔術師だ。

つまり真反対なのだが、今までどうにかこうにか教えてきたのだが、ついに限界を迎えてしまった。

そこで白羽の矢が立ったのが、イヴ先生だった。

彼女はシスティーナと同タイプの正統派魔術師。

スタイルは違うか、根っこの所は同じ。

ある程度教わったら、それを中心にグレン先生が、また鍛え直す。

そういう風にシフトしていくのだ。

ちなみに俺は、足して2で割った感じ。

つまり俺の今後のメニューは

 

「アルタイルは私とガチめの模擬戦。その後、グレンと訓練よ」

 

…地獄の方がマシなメニューである。

朝から、イヴ先生とガチのタイマン。

一応サブストルールだが、ルールはそれだけ。

当然ボロボロにやられ、その後グレン先生とのハードな訓練。

文字通り、精も根も尽き果ててから学校。

そして放課後には、俺だけまたサシで模擬戦。

そんなルーティンで行くらしい。

なるほど…いや、殺す気かよ。

そう抗議すると、2人揃って

 

「「いけるだろ(いけるでしょ)」」

 

「こんな時ばかり仲良くしてんじゃねーよ!このバカップル!!」

 

「「誰がバカップルだ(よ)!?」」

 

「テメェらだよ!!!」

 

そんなこんなで始まる朝練だが、本当にめんどくさい人だよ、イヴ先生は。

だって、1度は突っぱねないと気が済まない、とんだ天邪鬼なんだよ。

その気は無いくせに突っぱねて、それでもなんやかんや面倒見がいい。

しかし…本気で容赦が無い。

1回の模擬戦に何度死を覚悟した事か。

とにかく必死に食らいつく。

それでも…ハンデを抱えていても強い。

俺は地面に転がらされ、肩で息するのが一杯だった。

 

「ハッ…ハッ…ハッ…」

 

「…ここまでね。思ったよりやるわね。学生相手に、私が汗かいたわ。今日はここまで。システィーナは私についてきて。クラスの子達を起こして、朝練開始よ。グレン、アルタイルは任せたわ」

 

そう言ってさっさと歩いていく、イヴ先生とシスティーナ。

 

「…よく頑張ったな。イヴ相手にあそこまでやるとはな」

 

「結局…1発も…当たってないけど…」

 

「相手は【紅焔公(ロード·スカーレッド)】だ。当然だな。…さてと、とりあえずお前は今のスタイルのまま、強くなれ。これがイヴと俺の見解だ」

 

それってつまり…

 

「このまま暫くはボロ雑巾になれって事?」

 

「そういう事だ。勿論、反省点はある」

 

そう言って、先生との反省会が続く。

なるほど…気付かなかった。

まだ伸びしろがある…それだけで、十分だ。

気合を入れて立ち上がる。

 

「よし!やるぞ!!」

 

「おう、始めるか」

 

こうして俺と先生の訓練が始まる。

当然、ここでもボロボロにされました。

それからの日々は、まさに地獄。

朝はイヴ先生とのタイマンと、グレン先生との訓練。

昼は休み、放課後はまたタイマン。

俺以外の皆は、朝の2組vsイヴ先生の地稽古、その後グレン先生との反省会。

昼は徹底的な反復練習した後、放課後は朝と同じメニュー。

皆の方は知らないが、俺の方のタイマンは、実は徒手空拳も有りの、最早喧嘩だ。

放課後のタイマンを見たクラスメイトからは、同情の顔を向けられた。

最初は全員死に体で、テストも散々。

お通夜もかくやと言わんばかりの、重苦しい空気だったが、周りの応援や、不器用ながら感じる、イヴ先生の優しさ気付いていた事もあり、誰も泣き言1つ言わずに、ついてきた。

それに人間、3日もすれば慣れるものだ。

最初は飯も入らなかったのに、今では飢えた獣みたいにガッツいてる。

そして俺に変化が起きたのは、1週間たった頃だった。

 

「『雷精よ』!」

 

「『霧散せよ』!『雷精よ』!」

 

「『散れ』!『吹雪よ』!」

 

「『大いなる風よ』!」

 

「『雷精よ(1発)』!『雷精よ(2発)』!『雷精よ(3発)』!」

 

「『雷精よ(アインツ)』!『雷精よ(ツヴァイ)』!『雷精よ(ドライ)』!」

 

2発の【ショック・ボルト】が衝突し、最後の【ショック・ボルト】が、お互いの頬を掠める。

 

「すごい…!互角…!!」

 

システィーナが、思わず呟く。

そう、今ハッキリと拮抗している。

とはいえ、今のイヴ先生は全快時とは程遠い。

これだけのハンデを積まれた状態で互角って、余りに嬉しくない。

息を整えて、作戦を立てる。

 

「休ませないわよ。『大いなる風よ』!」

 

「チッ!『大気の壁よ』!『雷精よ』!」

 

「『霧散せよ』!『紅蓮の炎陣よ』!」

 

「『散れ』!『風よ』!」

 

俺は更に、その影に隠れて【フィジカル・ブースト】をかけて、走り出す。

 

「チッ!『大気の壁』!」

 

イヴ先生も舌打ちを打ちつつ、格闘戦で対応する。

この1週間、俺が戦ってきて分かった事が1つ。

それは、体術ならそう大差はないという事。

 

「オラァ!」

 

「グッ!」

 

思いっきり、ハイキックで蹴り飛ばす。

ガードした左腕がイッたな。

 

「こっの!」

 

「ツッ!」

 

鞭みたいなハイキックが俺の腕を打つ。

すげぇ痺れる…超痛い。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「フゥ…フゥ…」

 

そろそろキツイな…イヴ先生はまだ、少し余裕がありそうだけど。

流石に現役軍人、クソ強ぇ。

そろそろ…仕掛けるか。

 

「『氷弾!』」

 

「『霧散せよ』!『白き冬の嵐よ』!」

 

「『紅蓮の炎陣よ』!」

 

俺はイヴ先生の【ホワイト・アウト】を、【ファイア・ウォール】で防いで、水蒸気を生み出す。

その隙に俺は、カードを切る。

 

「『拒み阻めよ・嵐の壁よ・その下肢に安らぎを』!」

 

「なっ!?何よこれ!?」

 

知らないだろうな、これは。

何故ならこれは

 

「【ストーム・ウォール】!?何でアイルがそれを!?」

 

そう、これは()()()()()()()()()()()()()()だ。

当然、イヴ先生が知るはずが無い。

俺がこれを使った理由は2つ。

 

「ッ!?砂が…!?」

 

1つは砂を巻いあげ、視界を奪う。

そしてもう1つ、それは…

 

「『紅蓮の炎陣よ』」

 

「…ッ!?」

 

【ファイア・ウォール】を被せることで、火力を跳ね上げさせる事だ。

その跳ね上がった火力が、イヴ先生を焼き払う。

 

「『光の障壁よ』!」

 

当然それを使うだろうな。

【トライ・バニッシュ】も【ディスペル・フォース】も、どっちも使わないとこれは防げない。

しかし、【エア・スクリーン】では心許ない。

だから、1番強い守りを選ぶはず。

故に俺は…【トライ・レジスト】を何重にもかけて、爆煙の中に突っ込んだ。

【フォース・シールド】の欠点は動けない事だ。

 

「な!?」

 

光の壁をそのまま乗り越え、首を掴み、そのまま馬乗りになる。

そして左手の指をイヴ先生の眉間に、突きつける。

 

「…降参よ」

 

苦節1週間、やっとイヴ先生から勝利をもぎ取った。




…よく考えると、彼相当脳筋でしたね。
糸を使った接近戦ばかりで、殆ど魔術戦してないので、これからさせていこうと思います。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏学院編第3話

いつもここ書く事が無さすぎて、毎回悩みます。
本当に…どうしよう?
それではよろしくお願いします。


それからの俺は、ある程度は訓練に参加してから、グレン先生の補佐をする事になった。

と言っても俺に出来るのは、生徒の弱点を洗い出して、メニューを考えるグレン先生の紙を整理したり、資料を取りやすくしたり、俺なりの意見を言うくらいだ。

そんな事を夜遅くまでしていると、イヴ先生がやってきた。

()()()()()()()()()()()()()()()

ローブは肩に羽織ってるだけ。

はだけたうなじが、胸元が、太ももが、ルミアやテレサには無い、大人の色気が醸し出してる。

ハッキリ言って…かなりエロい。

 

「ッ!?///」

 

思わず体ごと顔を背ける。

その事を不審に思ったグレン先生が、イヴ先生の姿を確認して、ため息をつく。

 

「イヴ…お前なんて格好してんだよ…?思春期男子がいる事を忘れんなよ…?」

 

「はぁ?…あぁ、ごめんなさいね。坊やには、刺激的すぎたかしら?」

 

イヴ先生は、わざとらしく艶かしいポーズを取る。

 

「ちょっ!?///」

 

「おいイヴ!いい加減にしろ!」

 

先生が、呆れながら止めてくれる。

 

「ハイハイ、少しやりすぎたかしら。それにしても…もう少し、慣れてもらわないと困るわ。()()()()()()()()()

 

「…おい、ちょっと待て。…今、なんて言った?」

 

「はぁ?だから一緒に…あ」

 

「…バカ」

 

何言っちゃてんのさ、この人は。

グレン先生が、凄い怖い顔で、こっちを見る。

 

「…おい、アルタイル。説明しろ」

 

逃げれませんよね、分かります。

 

「…はぁ。実は…イヴ先生の経緯を聞いた爺さんが、家に住むようにって…。俺も居候だし、爺さんと婆さんが許可しちゃったら、反論出来ないし」

 

俺の言い草が悪かったか、イヴ先生が、怒ったように言う。

 

「な、何よ!?いない方がいいって言うの!?」

 

「そうじゃなくてですね…。普通に教師と生徒が一つ屋根の下ってのは、世間体がねって話です」

 

俺達の話を聞いて、グレン先生もある程度の理解はしたのか、特に深くは聞かずにいてくれた。

 

「その事、学院長には…言ってないよな」

 

「俺は話してません。イヴ先生は?」

 

「…前学院長には、話したわ」

 

リック学院長なら問題ないか。

それでも、黙ってるのが賢明だろうな。

そろそろ話を変えたくて、強引に話題を変える。

 

「それはそうと、イヴ先生はどうしたんですか?」

 

そう聞くと、机の端を指さす。

よく見ると、ティーカップと、ポット…そして、マグカップが置いてあった。

 

「…紅茶?」

 

「それと、貴方用のコーヒーよ。苦手でしょ?紅茶。…命令よ。2人共一息入れなさい」

 

「…ありがとう…」

 

「今のお前の軍階、俺より下だろうが…」

 

そう言いながら、受け取る俺達。

うん、インスタントか…これなら安心した。

何故なら…

 

「…どうなのよ。感想くらい言いなさいよ」

 

「クッソマズイ。渋いし苦いし酷い味だ。紅茶に恨みでもあるのか?」

 

「う、うるさいわね…」

 

そう、この人()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「ったく、少しはセラを見習えよ。アイツは…」

 

そこまで言って口を閉じるも、手遅れ。

明らかに地雷を踏んでしまい、2人揃って黙りこむ。

俺は何も言わずに、ただ2人がポツポツと話すのを聞いてるだけだ。

ただ…この人が悪ぶってるのを聞くと、落ち着かない。

だってこの人は…進んでベガの世話をしてくれた。

面倒くさがって当たり前なのに、何も言わずに慣れないながらも、一生懸命に世話をしてくれた。

だから、きっとこの人の根っこは…。

それでも関与できない。

だって、俺は部外者だから。

それが…妙に歯痒かった。

 

「キャ!?」

 

その時、部屋を出ようとしたイヴ先生が、床に積んであった本に躓く。

 

「イヴ先生!?ッうお!?」

 

慌てて支えたまではいいが、俺も本に躓いてしまい、後ろ向きに倒れてしまう。

 

「痛たた…あ。わ、悪かったわね…アルタイル」

 

「…あ、うぅ…///」

 

「アルタイル?…どうしたのよ?熱でもあるの?」

 

「…おいイヴ。何でもいいから早くどいてやれ」

 

「…え?」

 

グレン先生に指摘され、やっとイヴ先生も自分の体勢がヤバい事を理解する。

肩に羽織っていたローブはずり落ち、シャツの胸部は大きく開き、裾も捲り上がり、中の黒い下着が見えてる。

どう見ても…()()()()()()()()()()()()()()()

俺は余りにも情報過多過ぎて、処理しきれずに固まってしまう。

しかも運が悪い事に

 

「先生ー!アイルー!お夜食作ってきた…わよ?」

 

「3人で作ってきたんで…すよ?」

 

「ん。食べて…?」

 

いつもの3人娘が唐突に入室してきたのだ。

 

「イヴとアイル…何してるの?組手の練習?」

 

この一言を皮切りに

 

「い、イヴ先生ーーー!!!な、何をして…!?」

 

「うわぁ…そんな風に押し倒すんだ…!うわぁ…」

 

顔を真っ赤にして叫ぶルミアと、顔を隠しつつ、指の隙間からしっかりガン見するシスティーナ。

 

「こ、これが…大人の女性の…攻め方…!」

 

「うわぁ…大胆…!」

 

「…もう。どうしてこうなるのよ…」

 

それは俺のセリフだよ、全く。

その後グレン先生による弁明が行われた結果、無事に誤解は解けたが…

 

「何なのよこのポジション…」

 

「いや〜…特に深い意味は…」

 

「ムムム…」

 

皆で夜食を食べようとなったはいいが、俺とグレン先生が隣同士、それを挟むようにルミアとシスティーナが座り、斜向かいにイヴ先生、その隣にリィエルが座っている。

それにしても…

 

「パンに苺タルトって…随分と斬新な…」

 

「新食感だな…」

 

俺とグレン先生は、妙な息苦しさを感じながら、摘んでいた。

腹は減っていたので有難いが、変な緊張感のせいか、味がしない。

 

「ん?何だこれ?」

 

「どうしました?」

 

グレン先生が、何かのメモ書きを見てる。

そこには…

 

『裏学院は罠。■■■だ。足を踏み入れ■■■。火を使うな。■されて、■■される。絶対に使うな。アリシア3世に気をつけろ。彼女の正体は■■■。』

 

「…何だよ…それ…?」

 

余りの気味の悪さに、思わず声が震える。

グレン先生もそうなのか、顔色がさっきとは違う意味で悪い。

それを見て、グレン先生がイヴ先生と、相談を始める。

…一体何があるのか…?

漠然とした、気味の悪い不安が、俺の胸の中に、ずっと残っていた。

 

 

遂に、決闘当日がやってくる。

今回の内容は【生存戦】。

生存戦とは、広大なフィールドにバラバラの場所に配置され、そこからスタート。

魔術戦をしかけ勝ち残るもあり、隠れてやり過ごすもあり、要は生き残ればいいのだ。

最後の一人に残れば勝ち、若しくは複数でた場合は撃破数の多い者が勝ち。

今回は団体戦故に、生き残った数が多い方が勝ち。

魔導兵団戦と違うのは、全体を俯瞰する指揮官がいない事。

つまり各々自分の判断で、戦わなくてはならない。

ルールの確認をしていると、マキシムがイヴ先生をナンパしてる。

このところよく会うな〜、ナンパ野郎。

 

「…女口説く前に、毛根口説いてこいよ…」

 

思わず呟くと、思ったより声がデカかったか、皆吹き出していた。

マキシムは顔を真っ赤にして怒っていたが。

 

「貴様…口には気をつけたまえよ…!」

 

俺はそれを無視して、そっぽ向く。

 

「グググ…。まあいい、それでだが、サブストルールなぞ温いと思わんかね?どうかな、今回の致死判定は…気絶という事にするのは。なに、学生用呪文しか使えないのだ。死ぬ事はない」

 

嬲る気満々のルールの追加に、グレン先生も炎熱系魔術の禁止を要請する。

 

「炎熱系魔術の禁止?…なるほど、そういう事か…?あの下らんメモ書きは、貴様の仕業か。グレン=レーダス」

 

(アイツの方にも行っていたのか?て事は…もしかして、マジでヤバい?)

 

その事実に背中に冷たい汗が流れる。

当然良しとはしなかったが、

 

「もし条件を飲んでくれるなら、貴方が勝った暁には、私が景品になってあげる。秘書でも愛人でも何でもいいわよ?」

 

イヴ先生がとんでもない事を言い出した。

それは、ダメだろ。

グレン先生も止めるが、何かヒソヒソと話している。

恐らく、あのメモの危険性が跳ね上がった事についてだろう。

そうして、条件が承認され、遂に裏学院が解放された。

その異様に、呼び出したマキシム自身すらも呑まれている。

 

「…」

 

そんな中、メイベルとか言う奴だけは、冷静だった。

まあ、全体を俯瞰できてる俺もなんだろうが。

 

「この門を潜ると、各自ランダムにワープされる。全員のワープが確認できた時点で、開始の合図を流す。これでどうかな?」

 

「アンタが不正しない根拠は?」

 

「私が魔術で確認するわ。それ以前に仕掛けた生徒は強制失格。これでどう?」

 

諸々の細かい内容を確認して、各自用意をする。

俺も門を潜ると、気付いたら廊下の真ん中に立っていた。

 

「…これは?」

 

壁になにか貼ってある。

 

『校舎内の火遊び厳禁。これを犯した者は【裁断の刑】に処す。…アリシア3世』

 

「【裁断の刑】ね…。随分と穏やかじゃないな…ん?」

 

何やら気配を感じ振り返ると、すぐ後ろに、模範クラスの生徒が、ワープされてきた。

 

「ッ!?…へ、いきなり獲物見っけ!」

 

そう言ってすぐ身構えるソイツを、俺は淡々と見ていた。

…隙だらけな奴。

 

『…何やら()()()()()()()()()()()けど。それが生存戦って事よ。という訳で各自配置に着いた事を確認。マキシム学院長による宣言後、試合開始よ』

 

イヴ先生の魔術による、アナウンスが聞こえる。

 

『それではこれより生存戦を開始する。始め!』

 

「行くぜ!『雷」

 

「『遅い』」

 

改変した【ショック・ボルト】を1発。

それだけで、ノックダウンさせる。

 

「…まず1人。次」

 

あっさりと1人仕留めた俺は、そのままフラフラと散歩を始めた。

 

 

 

「…早速1人、模範クラスが落ちたわよ。偶然にも、アルタイルと同じ場所に飛んだらしいわ。…哀れね」

 

「…なんて不幸な奴」

 

思わずグレンが顔を覆い、同情する。

イヴすら同情してしまった。

よりもよってアルタイルと被るとか、不幸以外の何物でもない。

 

「な、何故そんな事が!?」

 

「だから言ったじゃない。()()()()()()()()()()()って。…そんな事より盤面が動き出したわよ。…あ、アルタイルの被害者2人目よ。しかも…ルミアに粉かけてるわ」

 

「…ソイツ殺されねぇよな?大丈夫だよな?」

 

3人の目に映っていたのは、2組生が、模範クラスの生徒を圧倒している光景だった。

 

 

 

「俺が強くてかっこいいところ、今から見せてあげるからさ!」

 

ん、声が聞こえたな…こっちか。

そこにはルミアと、確か…ディーン?とかいう奴がいた。

 

「えーと…お付き合いはお断りしますね?」

 

「いいからいいから。女は黙って強い奴に従ってればいいんだって。という訳で…」

 

「『雷精よ』」

 

「ッ!?」

 

お、今の躱したか。

やるなぁ〜。

 

「アイル君!?」

 

「おっすルミア。無事?」

 

俺は一切気にも止めずに、ルミアに話しかける。

 

「おいテメェ!雑魚が邪魔してんじゃねぇよ!」

 

はぁ…うるさいな。

 

「…アイル君、見てて。私が戦うから」

 

そう言ってルミアが、1歩前に出る。

いつも穏やかなその顔は、凛と引き締められていた。

 

「私もちゃんと戦えるんだよ!」

 

「…じゃあ、任せた」

 

そう言って俺は壁にもたれて、成り行きを見守る事にした。

 

「ハッ!何だよ!女に守られてダサくねぇのか!?」

 

「…残念だけど、私が守ったのは貴方だよ?だって…アイル君が相手しちゃったら、ただの弱い者イジメだよ?」

 

ルミア…それってわざと?

 

「アハハ!言ってくれるね、可愛い子ちゃん!まあ、目の前でやるのも一興かな?じゃあ、早速…『雷精よ』!」

 

「『霧散せよ』!『雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ』!」

 

「遅いよ!『霧散…』」

 

あ、今のは【ショック・ボルト】じゃなくて、【スリープ・サウンド】か。

俺と一緒の事やってるじゃん。

 

「ごめんね。でも…私達も負けられないから」

 

「…お疲れさん、ルミア」

 

「ありがとう、アイル君。行こっか」

 

そうして、俺とルミアは行動を開始した。

 

 

「…無事ね。危うく殺人事件が、発生するところだったわ」

 

「本当に…寿命が縮むぞ…」

 

グレン達の心配をアルタイルは知らなかった。

その後も2組の快進撃が続く。

システィーナが、3対1なのに圧倒する。

ギイブルが、先日の借りを返している。

テレサとウィンディが、上手く罠に誘導している。

そんな2組が模範クラスを圧倒する光景を見てしまった、マキシムが叫ぶ。

 

「ど、どういう事なのだ!?これはー!?」

 

「あれま…これは想像以上に成長してるわ…コイツら…」

 

「イヴ君!君は一体、何をした!?」

 

「別に?変わった事はしてないわよ?貴方が普段やってる事を、高水準でやらせただけ」

 

イヴの淡々とした言葉に、愕然とするマキシム。

 

「バカな…!?それだけでこれほど…!?」

 

「元々それだけの実力があったって話よ。まだ上手く使いこなせてなかった…それだけ」

 

「嘘だ…!?こんな間違った方針の教育を受けてした者たちに…!?」

 

そんなマキシムにイヴが、冷たく言い放つ。

 

「簡単な話よ。土台作りを無駄と切り捨てた者。効率度外視で、土台作りを続けた者。最終的にどっちが上になるか?考えなくても分かるわ。…いい加減認めたら?自分の教育方針は間違ってたって」

 

そう言いながら、イヴは画面を見続ける。

 

「やっぱり1番強ぇのはアイツか…」

 

「ええ…アルタイル。撃破数もナンバーワンね」

 

趨勢は火を見るより明らかだった。

 

 

 

「…!いた!ルミア、こっちだ!」

 

俺達は索敵の反応があった方へ走った。

そこには、必死に恐怖を抑えながら、戦うリンの姿があった。

リンは守りは教わったが、攻撃は教わってない。

しかし、運が悪い事に噛んでしまい、次の防御が間に合わなかった。

しかし、その直前に…

 

「『光の障壁よ』!」

 

ルミアの【フォース・シールド】が、間に合った。

 

「あっぶね〜。よう、よく頑張ったなリン」

 

「リン、大丈夫!?私達に任せて!」

 

「アイル君…!ルミア…!」

 

俺達はリンの前に立ち、庇うように戦う。

 

「『虚空に叫べ…」

 

「やらせるかよ!『雷精の紫電よ』!」

 

「『白き冬の嵐よ』!」

 

模範クラスの奴らは、詠唱を始めたルミアを狙うも、その程度じゃ、一切動じない。

 

「アイツ…!?正気か!?」

 

「何で止めないの!?」

 

まさに当たる直前

 

「『光の壁よ』」

 

俺は【フォース・シールド】で守る。

 

「「な!?」」

 

「残響為すは・風霊の咆哮』!」

 

「「うわぁぁぁ!?」」

 

慌てて【スタン・ボール】を躱す、その無防備な姿を

 

「『雷精よ』『雷精よ(もう一回)』」

 

改変した【ショック・ボルト】で撃ち抜く。

そのまま気絶するのを確認して、俺達はリンに休みつつ隠れるように指示をし、次の戦場を急いだ。

 

 

 

「メイベルゥゥゥ!!どこに行ったぁぁぁ!?」

 

「メイベル…あの女子生徒か」

 

「ええ、彼女とやり合えるのは、アルタイルかシスティーナよ」

 

「ああ、だろうな…ん?何だ…あれは…!?」




ここの話を書いていて思ったこと。
…イヴ、エロ!!!です。
ええ、イヴさん、エロすぎますとも。
そりゃいくらアルタイルでも、照れますわ。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

裏学院編第4話

これで11巻終わらせます。
ええ、結局イヴさんも、主人公みたいなんでよね。
勝手にそう思ってます。
それではよろしくお願いします。


突然悲鳴が聞こえた。

それは余りにも不気味で、恐怖に染まった声だった。

 

「…アイル君?今のは…?」

 

「…俺の後ろにいろ。あと離れるな」

 

俺も嫌な予感がしたので、ルミアを庇うように立つ。

そうして暗闇から現れたのは、人型の何かだった。

 

「「…ッ!?」」

 

余りにも気味が悪いソレに、俺達は固まる。

 

「『雷槍よ』」

 

直ぐに俺はルール全無視の【ライトニング・ピアス】を放つも、意味は無かった。

 

「クソッ!?何だよコイツら…!?」

 

「どうしよう!?この先に誰かいるのに…!?」

 

「『我が手に星の天秤よ』!ルミア、飛ぶぞ!」

 

俺は直ぐに【グラビティ・タクト】を発動して、ルミアを抱えて、飛ぶ。

そのまま重力を操り、反応の先まで飛ぶと、そこにいたのはシスティーナだった。

あれは…煤…!?

まさか、誰か炎熱系を使ったのか!?

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

違う方からリィエルが来る。

 

「『大いなる息吹よ』!」

 

道を強引に開けて、システィーナの元まで駆けつける。

 

「シャキってしろ!!」

 

「しっかり!気を確かにして!!」

 

「…はっ!ごめんなさい!な、何なのよ、あれ!?」

 

「知らねぇよ…とにかく此処を出る!1度皆と…!?」

 

そんな時、システィーナが持つグレン先生と繋がってる宝石が鳴る。

 

⦅白猫!ルミア!リィエル!アルタイル!無事だな!⦆

 

「何とかね!それよりコレなんだよ!?」

 

⦅こっちもわからん!とにかく1度集まってくれ!2階の大講義室に集まれ!そこからは…⦆

 

先生の指示を冷静に聞く俺達。

 

⦅いいか!?無理はすんなよ!?後、絶対に炎熱系は使いな!何かルールがあるぞ!!⦆

 

そう言って通信が切れる。

 

「…話は聞いてたわね。行くわよ」

 

システィーナの号令の元、俺達は行動を開始した。

 

「俺達が最後か…」

 

「間に合ったね…」

 

周りを見ると、トータルは30人弱。

うちのクラスは大多数が残ってるが、模範クラスは半数以下になってる。

 

「…システィーナ。炎熱系を使った奴がいたな。どうなった?」

 

それを聞くと、顔を真っ青にしながら答えた。

 

「本にされて…ハサミで切り刻まれた…!」

 

余りのショッキングな内容に、ルミアが口を手で隠してしまう。

 

「なるほどな…まさに【裁断の刑】だな」

 

思わず舌打ちをしながら、先生達に近づく。

 

「グレン先生、イヴ先生、状況は?」

 

「それは私が説明します」

 

そう言い出したのは、メイベルだった。

彼女曰く、マキシムは偽の手記を握らされ、メイベル自身が本物の手記らしい。

アリシア三世はある真実を知った時、二重人格になってしまい、この裏学院を作ったのがイカれたアリシア三世らしい。

 

「その真実ってのは何だ?」

 

「分かりません。ただ…【禁忌教典(アカシックレコード)】という名前しか…」

 

(またそれか…)

 

いい加減、【禁忌教典(アカシックレコード)】とやらが何なのか知りたい。

 

「…続けますね」

 

その【禁忌教典(アカシックレコード)】に近づく為に、【Aの奥義書】とやらを作ろうとしたらしい。

それを作るのに、必要なのは…人間の人格と記憶。

それを正気のアリシア三世が止め、自殺したらしい。

そして【Aの奥義書】は裏学院に封印されたが、先の戦いで校舎が壊れた事で、封印も壊れてしまったらしい。

それによって生まれた隙間に、【Aの奥義書】は自身の断片を送り込んだ。

それが…マキシムが持ってきた【アリシア三世の手記】らしい。

そして、ここから脱出するには、彼女を倒さなくてはいけない。

同時に、本になった奴らも助けられるらしい。

倒す方法は、本としての体裁を壊す事。

その手段が、彼女の持つフロントリックピストルしかない。

炎熱系の魔術も有効だが、その場合は、【裁断の刑】に処され、完全に死ぬ。

 

「さてと、古本回収と洒落込む訳だが…」

 

「当然、俺達は行きますよ?」

 

俺+いつもの3人娘に、カッシュ・ギイブル・ウィンディ・テレサといった一部の2組の生徒、そしてイヴ先生で行く事になった。

マキシム達は…まあ、評判倒れもいい所だ。

 

「わ、私は行かないぞ!どうかしてる!」

 

「おいテメェ!シャキッとしやがれ!ンな情けねぇ事言ってる場合か!?」

 

先生が苛立ちげにマキシムの襟首を掴み上げる。

 

「う、うるさい!そういう君こそ何故戦える!?」

 

「うるせぇな!そりゃ、俺が教師だからだよ!!」

 

マキシムの情けない質問に、ハッキリとグレン先生が答える。

 

「俺だってあんな怪物と戦いたくねぇよ!けどなぁ!俺はアイツらの教師だ!生徒を守る義務があるし…何より!アイツらが俺の背中を見てんだよ!!その背中に、真の魔術師とは何たるやと、その目で問いかけてんだよ!!!…だったらここで、みっともねぇ真似なんて出来るか。…面倒せぇ」

 

そう言い捨てて、マキシムも捨てる。

…知ってますよ、グレン先生の背中が、誰よりも魔術師然としてる事を。

俺達は…アンタの背中を、ずっと追いかけてるんだから。

そして、もう1人、尊敬に値する先生の事も。

 

「…イヴ先生、準備はいいですか?」

 

「あら、誰にモノ言ってるのよ?」

 

「…頼もしい限り。グレン先生、俺達の準備は整いました」

 

そう言って、俺達は【Aの奥義書】がいる図書室まで移動した。

その中には…大量の本の化け物がいた。

 

「行くぞぉ!!!」

 

怪物の波の中を、ひたすら駆け抜ける。

左右から押し寄せる荒波を

 

「『我が手に星の天秤を』!」

 

俺の【グラビティ・タクト】が弾き飛ばし、

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

「いやぁぁぁ!!」

 

【ウェポン・エンチャント】を施したグレン先生の拳と、リィエルの大剣が薙ぎ払い、

 

「システィ!」

 

「ありがとうルミア!『集え暴風・戦鎚となりて・撃ち据えろ』!」

 

ルミアのアシストを受けたシスティーナが、魔術で吹き飛ばし、

 

「「『大いなる風よ』!」」

 

ウィンディやテレサといった面々が、弾幕を張り押し返し、

 

「『寄りて集え・土塊で作られし・白痴の巨人』」

 

ギイブルが唱えた【コール・エレメンタル】によって召喚された、土の巨人が堰き止め、

 

「『蒼銀の氷精よ・冬のワルツを奏で・静寂を捧げよ』」

 

イヴ先生の【アイシクル・コフィン】が、氷柱に閉じ込める。

しかし倒す事が出来ず、増えてく一方の敵に、辟易してきた。

 

「畜生…まじウザイ。何とかならないのかよ」

 

「先生の【イクスティンクション・レイ】はダメなんですか?」

 

「…試してみるか」

 

バ、バカか!?

俺は慌ててホローツを取り出したグレン先生の手を弾く。

 

「バカかアンタは!?試していい訳ないだろ!!」

 

そこにイヴ先生も畳み掛ける。

 

「その呪文は3属性複合でしょ!?火遊び厳禁のルールに引っかかるかもしれないし、効く保証もない!特異法則結界空間を舐めないで!!今は貴方の銃技とインク弾だけが頼りなのよ!!それを忘れないで!!」

 

「チッ…厄介な…」

 

忌々しげにホローツを仕舞う。

まだまだ先が見えないその道を走り続ける中、不意にグレン先生が何かに躓く。

 

「「「「先生!」」」」

 

俺も慌てて糸を投げるが…間に合わない!

そう思った瞬間、

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!」

 

カッシュが割って入り、怪物達に体当たりした。

 

「「カッシュ!?」」

 

「へへっ…俺はここまで見たいっす…」

 

「待ってろ!今助け…」

 

「バカ!」

 

助けに行こうとするグレン先生をイヴ先生が、襟首掴んで強引に投げる。

 

「あの子を心意気に報いるには…助けたいなら…この戦いに勝つしかないの!!」

 

「…ッ!!」

 

グレン先生が、この言葉に顔を歪ませる。

 

「先生ー!俺は信じてるぜ!何とかしてくれるって!イヴ先生!アイル!グレン先…」

 

それ以降の言葉は聞こえなかった。

 

「…メイベルゥゥゥ!!まだなのか!!?」

 

「ごめんなさい…!まだ先です…!」

 

「…クソッタレがァ!!!」

 

「…ッ…」

 

そして、それを皮切りに…次々と脱落していくクラスメイト達。

気付けば、何時もの5人+イヴ先生とメイベルの7人だけになっていた。

心が欠けそうになりながら、それでも走り続ける。

皆グレン先生を送り出す為に…俺達に望みを託す為に…!

 

「…アイル君。大丈夫だよ」

 

「…ッ!!ルミア…」

 

隣を走るルミアが、俺の手を握ってくれる。

気付けば、自分の握力で拳が壊れそうになるくらい、強く握りこまれていた。

 

「絶対に勝とう。勝って皆を取り戻そう。だから…落ち着いて?」

 

ルミアの声が、瞳が…笑顔が…怒りに呑まれている俺を、引き戻してくれる。

 

「…そうだな。ありがとう…」

 

「うん!」

 

前を走るイヴ先生の手も、強く握り締められており、その虚空を睨む瞳は、地獄の釜のように煮えたぎっていた。

 

 

そして遂に最奥に着く。

着いた瞬間、メイベルが腕を引きちぎって、結界を張る。

グレン先生がその事に動揺しているが、見向きもしない。

何故なら…目の前に諸悪の根源がいたからだ。

一人の女性が、羽根ペンで書き物をしている。

不意に眼鏡を外し、ゆっくりとこっちを振り向く。

コイツが…【Aの奥義書】の本体。

 

「ようこそ、我がアルザー…随分と手荒ですのね」

 

俺は糸で攻撃するも、それは案の定、意味がなかった。

 

「…うるさい。死ね。じゃなきゃ、自殺しろ」

 

「フフフ…それは出来ませんわ。安心して下さい…!皆、私の資料にしてあげますから…!アハッアハハハハハハハハ!!!」

 

彼女を守る様に、怪物達が現れる。

 

「クソ!こんなにいるのか…!やるぞ!」

 

「全員、戦闘用意!グレンの援護よ!」

 

イヴ先生の号令により、システィーナとルミアも詠唱を始め、俺とリィエルが突進した。

今、最後の戦いの火蓋が、切って落とされた。

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

俺とリィエルが、密集陣形の怪物達を纏めて吹き飛ばす。

この程度の敵なら、文字通り相手にならない。

 

「『集え暴風・戦鎚となりて・撃ち据えろ』!」

 

「『悪辣なる鬼女よ・其の呪われし腕で・彼の者を抱擁せよ』!」

 

「『蒼銀の氷精よ・冬のワルツを奏で・静寂を捧げよ』!」

 

システィーナの風の戦鎚が、ルミアの念動場が、イヴ先生の冷凍レーザーが、蹴散らす。

 

「おぉぉぉぉ!!」

 

その隙をついた、グレン先生のクイックドロウ。

これ程のチャンス、逃すはずがないのだが、

 

「あらあら…また本を汚しちゃって…マナーのなってない子達ですね…」

 

その辺から飛んできた本で、そのインク弾を防いでしまう。

さっきから一体何回繰り返したのだろうか。

何度も守りを引き剥がしてるのに、決まらない。

この大図書室の全ての本が、コイツの盾であり、矛なのだ。

 

「ッ!?グレン先生!」

 

その証拠に、今度は本の津波がグレン先生を飲み込もうとしたので、ギリギリで糸を巻き付け、手繰り寄せる。

 

「すまねぇ!助かった!」

 

「大丈夫!それより…マジウゼェ!!どうにかならねぇのか!?」

 

「落ち着きなさい!絶対にチャンスは来るわ!焦らずに耐え凌ぐのよ!」

 

苛立ち任せに叫ぶ俺を、イヴ先生が怒る。

 

「クッソがぁ!」

 

俺の糸と重力が、グレン先生の拳が、リィエルの大剣が、イヴ先生達の魔術が、あらゆる手段を以て対抗する。

手を替え品を替え、意表を突いても、圧倒的物量には意味が無く、ただイタズラにインクと時間を浪費してしまう。

 

「これで…!」

 

グレン先生が【グラビティ・コントロール】で空高く飛び、

 

「先生!『大いなる風よ』!」

 

システィーナが【ゲイル・ブロウ】で、更に打ち上げ、頭上を取る。

アリシア三世が上に気を取られた隙に、一気に走り寄り、眼前まで近づく。

 

「ッ!?あら…」

 

「隙あり!」

 

俺は【次元跳躍】で、上にいたグレン先生をすぐ側に呼ぶ。

一気にマナが持ってかれるが、それと引き換えに、今までで1番接近する。

 

「これで…ガハッ!?」

 

「何ッ!?っうお!?」

 

突然グレン先生の体が、俺の方に押し出される。

 

「嘘…!?先生が外した!?」

 

「違う!外されたのよ!」

 

よく見ると、グレン先生の脇腹に本がめり込み、そのまま俺ごと本の津波に飲まれてしまう。

 

「先生!アイル君!『見えざる手よ』!」

 

ルミアの【サイ・テレキネシス】が、俺達を引っ張りだす。

俺は何とか結晶を取り出し、マナを回復する。

 

「グレン先生…ワタ…し…ソロソロ…限界…デす…」

 

よく見ると、身体中ボロボロに引きちぎったメイベルが、掠れた声で話している。

メイベルもそうだが、それよりも弾切れになりそうだ。

 

「そうだわ!インクで汚した人も【裁断の刑】の対象にしましょう!」

 

さもいい事を思いついたように、とんでもない事言うアリシア三世。

 

「させるか…!」

 

俺は超高速で糸を放つも、それは本に阻まれる。

 

「クソ…!どうする…!手の施しようが…!」

 

いや、厳密には1つだけある。

何せ、わざわざ禁止にするほどだ。

…背に腹はかえられない…か…!

 

「ルミア…香油持ってる?」

 

「…持ってるけど…どうするの?」

 

その目は鋭く俺を睨んでる。

どうやら…俺が何がしたいか、分かったらしい。

 

「…聞くって事は、分かってるんだろ?」

 

「だったら、私が貸す訳ない事も分かってるよね」

 

「じゃあ、どうするんだ?もう希望に縋ってる暇は無いぞ?」

 

「そんな言い訳は聞いてないよ!絶対にダメ!」

 

俺とルミアの話し合いは完全に平行線だ。

…これはダメか。

だったら…他の…!

 

「…グレン先生、銃は大丈夫だったんですよね?」

 

「…それがどうした?」

 

「ここの法則って…当時のルールにしか則ってないんじゃないですか?だから銃は大丈夫だった。…その当時、銃なんて無かったから」

 

そう、俺はそこが気になっていた。

もしかして…この法則は、魔術ないし、当時あった技術にしか対応してないんじゃないのか?

 

「…!?確かに…そういう事なら説明がつく。だがどうやって…」

 

「俺の糸にルミアの香油を染み込ませる。そこに先生の弾丸に入ってる火薬を【ショック・ボルト】で引火させる。これなら…ワンチャンいけるんじゃない?」

 

「確かに…だが、1つだけ欠点があるぞ。…時間がかかる事だ。多分…間に合わない」

 

そう、そこがネックなのだ。

この作戦は一見リスクが低い様で高い。

なんせ、時間がかかりすぎるのだ。

誰かが足止めしなくちゃいけないから、はっきり言って無謀な賭けだ。

そう考えてると、突然グレン先生が、イヴ先生に話しかける。

 

「おいイヴ、銃は使えたよな?」

 

「…使えるけど、それが?」

 

「なら後は頼む。…俺が炎熱系魔術を使う」

 

「「「ダメ!!」」」

 

俺達が止めるが、先生は聞く耳を持たずに銃を、イヴ先生に押し付けた。

 

「イヴ!後は任せた!生徒達を頼む!」

 

 

 

「…ええ、いいわよ?」

 

この時、私の脳裏を過ったのは、

 

(イヴ先生!アイル!グレン先…)

 

(グレン先生…イヴ先生…どうか…)

 

(そうだね、グレン先生!イヴ先生!後はよろしくお願いしま…)

 

「ええ、私はイグナイトだもの。上手くやるわ…」

 

この2週間共に過ごした、2組の子達だった。

 

(よ、よろしくお願いします!イヴ先生!)

 

(やったぁ!俺達強くなってるよ!)

 

(グレン先生とイヴ先生のおかぜだよな!)

 

(ありがとうございます!イヴ先生!)

 

そして、居候先の兄妹だった。

 

(これから公私共々よろしく。イヴ先生!)

 

(あ、ありがとうございます…イヴ様!)

 

「安心して任せない。ただし…こっちの方をね」

 

私は銃を差し出すグレンの手を無視して。

私は…()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「…え?イヴ…先生…?」

 

「バカ!?お前、何してる!?」

 

イヴ先生は銃を受け取らず、代わりに炎を生み出した。

そんな事したら…イヴ先生が…!

 

「貴方の炎で何が出来るのよ?強力な炎熱系は、私かアルタイルしか撃てないでしょう?…はぁ、私もヤキが回ったものね」

 

「何言ってんだよ!?だったら俺が!?」

 

「バカね。それこそ何言ってるのよ?アルタイル。…教師が生徒を犠牲にする訳には…いかないでしょう?」

 

…ギルティ。

何処からかそんな声が聞こえる。

その時には手遅れで、既に手足の本化が始まっていた。

 

「グレン、あの子達には貴方が必要よ。アルタイル、ベガに謝っておいて?買い物行けなくてごめんって」

 

「「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

俺達の制止も聞かず

 

「『真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ』!!!」

 

俺のとは比べ物にならないほど気高く美しい、【インフェルノ・フレア】が、全てを焼き尽くす。

 

 

 

イヴは、切り刻まれながら、この2週間と少しの事を思い出す。

こんな自分に、懐いてくれた生徒達。

今まさに、涙を流してくれる3人娘。

居候先の老夫婦と、何だかんだ可愛がった兄妹。

そして…元同僚のドヤ顔。

 

(ああ…何だか…悪くない。悪くないって…そう思ったの。…アルタイル…ベガ…実は私…貴方達の事…弟妹みたいに想ってたのよ?…グレン…これでも私…本当は…)

 

「イヴ先生…実は俺…」

 

「イヴ…これでも俺…」

 

アルタイルは喚き散らすアリシア三世を縛りあげ、グレンの前に転がす。

グレンはそんなアリシア三世の額に、銃口を突きつけ、

 

(貴方の事…嫌いじゃ…なかった…わよ…)

 

「…貴女の事、姉貴みたいって想ってたよ」

 

「…本当はお前の事、嫌いじゃなかったよ」

 

無慈悲に、引き金を引いた。

 

 

 

俺達は呆然と、さっきまでイヴ先生だった、紙くずを見つめていた。

システィーナとルミアが静かに泣き、リィエルが涙を流し、グレン先生が銃のグリップを握り締め、俺は…唇を噛み締めて、拳を握り込む。

 

「…おーい!!!」

 

声の方を向くと、カッシュ達が走りよってくる。

 

「グレン先生!皆!やったんだな!!」

 

「信じてましたわ!!」

 

それぞれが俺らを激励してくれるが、誰も答えない。

こんなのが…勝利と…言えるのか…?

 

「で?イヴ先生は?」

 

「その…紙くずは?」

 

「「「「「ーッ!!!?」」」」」

 

俺達は核心を突かれ、何も言えない。

何も言わない俺達に、嫌な予感がしたのか、カッシュが震える声で、俺達に聞く。

 

「…おいアイル。グレン先生…冗談だよな?…何かのドッキリなんだよな…!?なぁ!?何か言えよ!!!?」

 

肩を掴まれ揺さぶられる俺は、ボソボソと呟く。

 

「イヴ先生は…どうしようも無い状況を…覆すために…炎熱系魔術を使って…ッ!俺達は…何とか…!!」

 

「嘘…だろ…!」

 

「そんな…!」

 

皆現状が追いついたのか、足元の紙くずを見て、涙を流す。

 

「…皆さん…」

 

「黙ってろ。…お前に言っても仕方ねぇ事だってのは、分かってる。だけど…黙っててくれ」

 

グレン先生が、メイベルの言葉を止める。

 

「…私は、皆さんのお陰で、アリシア三世となれました。故に最後の償いをさせて下さい。…『アリシア三世の名において、貴方達を不問と処し、赦します』」

 

そう言った途端、突然紙くずが光だし、独りでに動き出す。

それはやがて、人の形を形成し…イヴ先生が元の姿に戻った。

 

「…?あれ…私…確か…?貴方達…何で泣いて…」

 

「「「「「「「…イヴ先生〜〜〜〜!!!」」」」」」」

 

皆が一気に抱き着く。

そうか、この学院はアリシア三世によって、支配されている。

今回はそれをいい方に利用して…恩赦を与えたのか。

 

「キャアアア!!!?ちょっと貴方達!?いきなり何よ!?」

 

「「「「「「「良かったよ〜〜〜〜!!!」」」」」」」

 

「ちょっと…離しなさ〜い!!!」




ここで、イヴとアルタイルの距離感が近い理由が、分かりました。
ええ、ヒロインではありません、姉です。
姉ビームなんです。
こんな姉なら欲しかった…。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話9

20巻で、意外な繋がりが見えたりしたので、ここでも意外な繋がりを匂わせて見ました。
それではよろしくお願いします。


その後マキシムは退職し、模範クラスもいなくなった。

というのも、武断派の官僚、理事会有力者、そしてマキシム本人との間に、多額の賄賂があったのだ。

その証拠を掴んだのは、何処からか情報を掴んだリゼ先輩から依頼を受けた、アルフォネア教授だった。

まあ、俺は情報筋に心当たりがある訳だが、そこは触れないでおくが吉、というものだ。

リック前学院長も復職、全てが元通り…とはならなかった。

何故なら【軍事教練】は国が定めた立派な政策。

公的機関であるこの学院が、逆らえる道理は無く、カリキュラムに加えられる事になった。

しかし、生徒からの不満はほとんど出なかった。

何故なら、帝国軍から派遣された担当教官は、不機嫌そうで、不満げな顔ながら、手取り足取り教えてくれる、とびっきりの美人女教師だったからだ。

そして、そんなとびっきりの美人女教師はというと

 

「イヴ姉様!これはどうでしょうか?」

 

「そうね。確かにベガに似合いそうだわ。これと合わせたらいいんじゃない?」

 

「…あんなにベガが、懐くとはな〜…」

 

ベガと仲良くショッピングを、楽しんでいる。

 

 

今日は休日、俺はバイトも休みにし部屋でダラケようと思ったのだが、

 

「今からベガと買い物行くから、着いてきなさい。荷物持ち」

 

「…横暴だぞ、イヴ姉様」

 

「貴方にはそう呼ばれたくないわね…寒気がしたわ」

 

「安心して、俺もだ」

 

ノックも無しに、部屋に乗り込んできたイヴ先生によって、強制連行されたのだった。

 

 

「…ま、こんな感じです。今の所上手くやってますよ?話しかけないんですか?」

 

「…今、俺から話しかける必要は、無いからな」

 

そう呟くと、建物の影から返事が返ってくる。

ここまで近付かれないと、気配すら感じ取れないこの人は

 

「…アルベルトさんは、任務ですか?」

 

「ああ、王女の護衛だ」

 

そう、元イヴ先生の部下である、アルベルトさんだ。

 

「あの人、多分気付いてますよ?」

 

「この程度気付けなくては、特務分室の室長は務まらん」

 

「な〜る…今の室長さんはどんな人なんですか?」

 

「…色々、怪しい奴だ。お前も気を付けておけ」

 

そう言って、静かにいなくなる。

怪しい奴…か…。

アルベルトさんがそう言うって事は…本当に怪しいんだろうな…。

 

「兄様!お待たせしました!」

 

「はいこれ、よろしく」

 

思考に深けていると、2人が帰ってくる。

というか、さっきから荷物すげぇんだけど?

半分は、ベガのセンスとは違うんですけど?

このセンス…本当にベガのか?

 

「これベガのですか?俺には貴女のにしか、見えないんですが?」

 

「あら?そうに決まってるじゃない」

 

「決まってるんかい!」

 

「兄様、イヴ姉様。私お腹減っちゃいました…」

 

「あら、そうね。じゃあ休みましょうか」

 

「聞けよ!」

 

ベガがそう言ったので、適当なオープンテラスのカフェで、一休みする。

女子トークに必要以上の干渉はせず、聞きに徹していると、随分と豪華な馬車がやってくる。

 

「ーッ!?あれは…!?」

 

イヴ先生が、何やらすごく驚くが…あのエンブレムって…まさか…

 

「カッカッカ!誰かと思えば、アルタイルの坊主に、ベガのお嬢ちゃんじゃあねぇか!久しぶりじゃのう!」

 

「ルチアーノ様!ごきげんよう」

 

「ルチアーノの爺様じゃん。何してんの?」

 

その馬車に乗っていたのは、【エイブラム=ルチアーノ】卿。

こんなざっくりとした挨拶してるが、彼はれっきとした権力者。

帝国の事実上の最高意思決定機関【円卓会】の1席に座る、老舗マフィア【西ハマード会社】を牛耳るボスだ。

何故こんな大物と知り合いかというと

 

「うちは、今は休み時間だよ。夜に出直したら?それとも…お孫さん?」

 

「おうよ、うちの可愛い孫の顔を見に来たのさ!って…うん?お前さんは?見ない顔だな」

 

イヴ先生の顔を見ると、イヴ先生は慌てて、頭を垂れる。

 

「た、大変失礼致しました!私は帝国宮廷魔導師団第8魔導兵団所属、イヴ=ディストーレ従騎士長です!来期からアルザーノ帝国魔術学院で行われる【軍事教練】を、担当させて頂いております!ルチアーノ卿とお会い出来た事、大変光栄に存じます!」

 

「イヴ…その赤い髪…おお!お前さん、イグナイト卿の娘かいな!そうかそうか!よろしくなぁ!」

 

何を白々しい。

知ってたくせに、この好々爺が。

 

「いいから速く行きなよ。目立って仕方ない。お孫さんにまた明日って言っておいて」

 

「こ、こら!アルタイル!申し訳ございません!」

 

イヴ先生が俺の頭を、強引に下げさせるが、俺も爺様も全く気にしない。

 

「相変わらず可愛げないのぉ〜、この坊主は。まあ、そろそろ行くかいな」

 

「ルチアーノ様。お気をつけて」

 

「おう!あんがとなお嬢ちゃん!それじゃあな!坊主もこれくらいの可愛げは持てよ!」

 

「余計なお世話。気を付けて」

 

そう言って、馬車は進み出す。

よく見ると、幾人かの護衛がしっかりと着いている。

これならまあ、安心か。

 

「…ふぅ。貴方ねぇ。寿命が縮んだわよ」

 

その顔は、酷く疲れ切っており、冷や汗もかいていた。

 

「ルチアーノ様は、お爺様の知り合いなんです。そのお陰か、昔から良くして頂いていて…」

 

「それに俺は、お孫さんとも縁があるしね」

 

イヴ先生は、その事に不思議そうに首を傾げている。

 

「さっきから気になってたんだけど、そのお孫さんって誰なのよ?」

 

「生徒会長のリゼ=フィルマー先輩。あの人、ルチアーノの爺様の孫だから」

 

「…そうだったのね。道理で、アイツらの情報が…」

 

「多分そういう事」

 

俺の情報源の心当たりは、まさにあの人の事だ。

【円卓会】の1人、しかもマフィアのボスであるあの人が、知らないはずが無い。

 

「ま、そんな事よりのんびりしよう。…余計疲れたし」

 

「そうね…どっと疲れたわ…。ベガ、一口頂戴。私のもあげるわ」

 

「はい!イヴ姉様!アーン」

 

「アーン。…フフ、美味しいわね。はいベガ。アーン」

 

さてと、かねてより疑問だった事を、聞いてみよう。

 

「…ところでベガ?いつの間にイヴ先生の事、姉呼びになったんだ?」

 

そう、気づいたらそう呼んでおり、俺はかなり驚いた。

昨日からそうだったのだが、突っ込むタイミングを逃していたのだ。

 

「ふふ!秘密です!ねぇ〜!イヴ姉様?」

 

「ええ、女同士の秘密よ」

 

「…さいでっか。まあ、仲良しで何よりだからいいけど。後ベガ、頬にクリーム付いてる」

 

そう言ってから拭ってやると、突然イヴ先生に笑われる。

 

「なんすか?」

 

「フフ…アルタイル…!貴方も付いてるわよ!」

 

そう言いながら、俺の頬に付いてたクリームを拭う、イヴ先生。

 

「なっ!?///先に言ってください!!///」

 

そのまま俺は、自分の分を食べきり、再び荷物持ちの任を全うするのだった。

その日の夜、疲れきった体を伸ばしていると、ノック音がする。

 

「はい?」

 

「私よ。今いいかしら」

 

「イヴ先生?どうぞー」

 

こんな時間の一体なんの用なんだろうか?

 

「貴方、昼にアルベルトと話してたわね。何の話をしてたの?」

 

なんだ、やっぱり気付いてたんだ。

流石は、元特務分室の室長。

 

「…今の室長さんは、色々怪しいらしいですよ」

 

そう言うと、目を見開いて驚くイヴ先生。

 

「…アルベルトがそう言ったの?」

 

「ん?そうですけど?」

 

「そう…サイラスの奴、そんなに…」

 

おや?知ってるのか?

 

「後釜の人の事、知ってるんですか?」

 

「ええ。一応、僅かだけど情報網は残ってるから。【サイラス=シュマッハ】。『神の頭脳の持ち主』とまで言われた、天才魔術師よ。元々東の国境付近で戦い続けた武闘派にして、元【魔導技術開発室】室長よ」

 

「魔導技術開発室?それって確か…後方支援部署の一つだった気が…」

 

軍志望として、色々調べたので、朧気ながらに残る知識を引っ張り出す。

 

「そうよ、よく知ってるわね。そして…白金魔導研究所の魔導技術派遣武官でもあったわ」

 

「…どブラックじゃんその人。大丈夫なの?」

 

「さあ…?流石の私も、そこまでは首を突っ込めないわ」

 

白金魔導研究所か…。

【Project:ReviveLife】の実験をしていたあの研究所…。

確か聖リリィ魔術女学院のマリアンヌも、確かそれについて研究を…そういえば

 

蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)…」

 

「は?何ですって?」

 

思わず呟いた言葉をイヴ先生に聞かれたらしい。

 

「いや、聖リリィ魔術女学院のマリアンヌは、確か蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)で、【Project:ReviveLife】関連の研究をしてたって…そう言えば、あの事件ってどうなったんです?」

 

「…マリアンヌは行方知れず。蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)との繋がりを疑われたバードレイ卿は、約1ヶ月前、イグナイト卿に殺されたわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だわ。何せ、殺されたバードレイ卿は、()()()()()()だったんだもの」

 

何やら衝撃的な情報が多すぎだが…。

()()()()()()()()()()()()()

本当に繋がってたとしても、タイミングがおかしい。

約1ヶ月前って言えば、あの3日間の間か、その直前だ。

つまり、マリアンヌの件で、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)が悪目立ちしかけたその時だ。

幾ら何でも…対応が早すぎる。

それに相手が文治派の筆頭だったって…武断派のイグナイト卿にとって、都合が良すぎるシナリオだ。

そして例えば、その全てがただの偶然と真実だったとして、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)はどうなった?

もし壊滅させたのなら、手柄大好きイグナイト卿は、ここぞとばかりにアピールするはずだ。

何せ、天の知恵研究会と繋がりがあるとされる、曰くつきの組織なんだから。

手柄としては、これ以上にない戦果だ。

それをしないって事は、恐らく潰れてない。

そうなると1番可能性が高いのは…

 

「手中に収めた?…あるいは収めたかった?」

 

「…何の話よ」

 

蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)ですよ。手柄大好きイグナイト卿が、何も言わないって事は、まだ残ってるって事ですよね?そうなると1番可能性が高いのは、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)を手中に収めたかもしれない、って事です」

 

「なっ!?」

 

イヴ先生の驚愕を他所に俺は更に思考を続ける。

 

「特務分室の室長について、軍のトップたるイグナイト卿が知らないはずが無い。というか、自分が決めれますよね?代々、イグナイト家が務めてきたんだから。そうなると、イグナイト家でもないのに、抜擢された理由…」

 

「…サイラスが、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)のメンバーだって言いたいの?そして、今は父上が蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)を率いていると?」

 

恐る恐る呟くイヴ先生に、俺は頷く。

そして、その目的は…

 

「イヴ先生が掴めた情報なら、当然イグナイト卿も掴めた筈。だからリィエルの事は、知ってた筈だ。【Project:ReviveLife】のデータと、成功例であるリィエルの確保。あるいは…彼女の魂、つまり【アルターエーテル】。厳密には…その設計図である、【霊域図版(セフイラ·マップ)】が欲しかった…?」

 

「確かに、あいつはあの事件の資料、【シオン・ライブラリー】を手にしてないと分からないような、魔術理論を幾つも発表している…!?」

 

(だからって…たったこれだけの情報で、ここまで導けるの!?)

 

イヴは余りの事に、驚愕を通り超えて唖然とする。

【Project:ReviveLife】、たった一つのピースを見て、パズル全体を連想してみせた。

彼の推理は、極論全て机上の空論だ。

何一つ確証はなく、全て状況証拠だけだ。

なのに、あまりにもリアルな推理の数々に、納得せざるを得ない。

 

(この子…探偵になった方がいいんじゃない?)

 

「…例えば、貴方の推理が合ってたとして、イグナイト卿…父上は何を望んでると思う?」

 

イヴ先生の質問に、俺は更に考える。

 

「…マリアンヌは研究の一貫で、かつての英雄の武器から、戦闘経験とか技術の再現を狙っていた…。そのデータも持ってるとすると、それの実験版…()()()()()()()()()?」

 

「…【Project:ReviveLife】の始まりは…とある神殿にある、死者の復活の機能を、再現するための実験だって聞いた事があるわ…」

 

それって…決まりじゃねぇか?

 

「その遺跡って何処にあるか分かりますか?」

 

「東部カンターレにある、遺跡都市【マレス】よ」

 

「…確かそこは、レザリアとよく揉める地域でしたね。それにサイラスも、元は東部の戦線にいたんですよね。…ビンゴかな」

 

遺跡都市【マレス】。

隣国のレザリア王国との国境付近にあり、それ故に、国境問題でしょっちゅう揉める場所だ。

あと遺跡都市と言われだけあって、辺鄙すぎて、人が住むには向いてない。

東にいたサイラスがその事を、当然知らないはずが無い。

 

「…イヴ先生、出来るだけ早くお願い出来ますか?」

 

「…多分手遅れよ。さっきも言ったけど、あの事件の資料がないと分からない魔術理論を、幾つも発表してるわ」

 

「…クソッ…端から周回遅れって事かよ…!」

 

思わず舌打ちを打つ。

ここまで読めて、手の打ちようがないのは、歯痒いな…!

いや、そもそも合ってる可能性すら、無いんだけども!

 

「…個人的に話す位は、出来るんじゃない?アルベルトが今、フィジテにいるんでしょ?それに…グレンだっているじゃない」

 

「ッ!そうじゃん!」

 

グレン先生に連絡を取ろうとして、手が止まる。

もし連絡したら…きっとそれに首を突っ込むだろう。

それは…かなり危険だ。

何の確証も無いのに、巻き込めない。

結局俺はグレン先生では無く、アルベルトさんに連絡を取る。

とはいえ、1つだけ分からない事がある。

それは、仮に全て正解だったとして、英雄を復活させて何がしたいのか。

これだけは、検討がつかなかった。

そして後に、この行動が大きな波乱を呼ぶ訳だが、俺はまだ知らなかった。

それはともかく

 

「アルタイル!!何のつもり事か説明しなさい!!!」

 

「聖リリィの時の仕返しだよ!!ボケェ!!!」

 

「イヴ姉様が…イヴ兄様に…!!?」

 

翌日聖リリィの時の事を思い出した俺は、あの時の仕返しをキッチリとしておいた。

1日異性として過ごしたイヴ先生は、俺と計画犯であるグレン先生を、徹底的に追い回し、炭にしました。

…解せぬ。




アルタイル君…君、脳筋だろ…!?
と書いてる方もビックリするほど、冴えてました。
ついでに、男体化もさせるというかなりの荒業。
薬は使わず、儀式を以て肉体を作り替えたので、気づかなかったのですよ。
技術提供は、もちろんグレンです。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スノリア編第1話

という訳で、12巻に突入です。
本当はもっと早く投稿したかったんですが、色々ありまして…。
それではよろしくお願いします。


「アイル君!一緒に旅行行かない!?」

 

「へっ?旅行?」

 

俺はあまりにも唐突すぎるルミアの発言に、思わず変な声が出てしまった。

 

「旅行って…俺達(2人)で行くのか?」

 

「へ?う、うん!私達(いつもの5人)だよ!」

 

また随分と大胆な…。

いや、何時までもチンタラしてる俺が悪いか。

ルミアが誘ってくれた訳だし、漢見せないとな!

 

「…いつ頃?バイトの調整もあるから、日取りが決まってるなら、教えて貰えると助かる」

 

「い、いいの!?やったぁ!!えっとね…」

 

嬉しそうにするルミアを見ながら、俺はフィーベル家の親御さんを思い出す。

 

「それにしても、よくレナードさん達が許したよな。あの親バカ夫婦…いや親父さんが」

 

俺は授業参観の時の事を思い出す。

あれほどの親バカは、そうそういないだろう。

 

「…へ?許す?お父様が?」

 

「ん?だってそうだろ?2人きりなんて、絶対に…あれ?」

 

もしかして…俺達、全力で食い違ってる?

その証拠に、どんどんとルミアの顔が、赤くなっていく。

 

「い、いや!?ち、違うよ!?私達っていうのは、い、いつものメンバーで!!///」

 

…やっぱり。

くっそ恥ずい。

 

「…殺してくれ…///」

 

思わず、顔を手で隠しながら、そう呻く。

だって…まるで俺だけ自意識過剰じゃん…!///

 

「そ、その〜…アイル君は…2人きりが、良かったの?///」

 

「…頼む…今は掘り下げないでくれ…!///そ、それよりも!こ、今度は違う意味でOKしたな?ほら、保護者無しってことになるだろ?」

 

旅行に行く以上、遠くに行く事になる。

そこに俺達だけってのは、いいとこのお嬢様達を、行かせる訳にはいかんだろうに。

 

「それなら…あそこ。システィが、グレン先生を誘ってるよ」

 

「なるほどね…あれなら納得だわ。…うん?」

 

何やら廊下が騒がしいな…。

そう思っていると、何者かが、グレン先生に飛びついたのだ。

 

「ぐぅ〜れぇ〜ん!!」

 

「あ、アルフォネア教授!?」

 

そう、最近まで姿を見せなかった、セリカ=アルフォネア教授だった。

そのまま、強引に旅行にグレン先生を誘うアルフォネア教授を見ながら、

 

(しまった…)

 

(何で私達…)

 

(気づかなかったんだろう…!?)

 

(((目下最大最強のライバルは…あの人じゃん!!)))

 

奇しくも、俺とルミアとシスティーナの考えが一致した瞬間だった。

システィーナの気持ちに、気づいている俺とルミアは、何とか2人を引っつけようとしている。

今回の旅行の件も、その一環なのだろう。

しかし、俺達はすっかり失念していた。

アルフォネア教授という、システィーナの完全上位互換の存在を…!

 

(ルミア!)

 

(アイル君!)

 

「あ、アルフォネア教授!いいですね旅行!羨ましいです〜!」

 

「俺達も着いて行っていいですか!?ほら!『旅は道連れ』ってやつ(使い方はおそらく違う)ですよ!」

 

すまないシスティーナ…!

俺達に打てる手はこれだけだ…!

 

「お!お前達も来るのか!いいぞいいぞ〜!この子も喜ぶしな!」

 

「だ〜か〜ら〜!離せってぇの!!」

 

全く意識すらしていないであろう、アルフォネア教授は快諾。

こうして俺達はいつものメンツ+アルフォネア教授の6名で旅行に行く事になった。

 

 

その場所とは…【スノリア】だ。

スノリアは、以前行った聖リリィ魔術女学院を擁する、リリタニア地方の東にある、8割以上を【永久雪山】と呼ばれる【シルヴァスノ山脈】を擁する場所だ。

要するに、滅茶苦茶寒い。

俺は慌てて、ガチめの防寒服を引っ張り出した。

そんな俺達は、今電車に揺られている。

 

「それにしても…何でスノリアなんだ?グレン先生じゃないけど、あそこ寒いだけだろ?」

 

「あれ?アイルは知らなかった?特に今回の目的地の【ホワイトタウン】。あそこは今、人気の観光名所なのよ?レジャーだけじゃなく、今はちょうど【銀竜祭】とよばれる、伝統的なお祭りもやってるはずよ。だからこの休暇に、スノリアに行くのは、いい選択だと思うわ」

 

なるほどね。

道理で、ベガかお土産がどうのうるさい訳だ。

そう思いつつ、俺は俺と先生が使う、防寒用マフラーを編んでいる。

 

「…で?いつの間にか、グレン先生もアルフォネア教授もいないけど、どこ行った?」

 

「…アルフォネア教授はサロン。グレン先生も防寒対策の相談をしに、追いかけたわ」

 

なるほどね…確かに死活問題だもんな…本気で。

 

「イジけんなよ、システィーナ。チャンスはこれからだぜ?」

 

そう言うと、システィーナは顔を真っ赤にさせながら、慌てて否定する。

 

「な!?い、一体何のチャンスなのよ!?意味が分からないわ!?///…それより、アイルは何してるのよ!?」

 

「これ?先生用の防寒対策のマフラー。空調調整魔術も付与してるから、無いよりマシだとは思うが…」

 

「ほ、本当に女子力高すぎない…!?」

 

俺の女子力の高さに、愕然とするシスティーナ。

そう思うなら、自分磨きをしなさい。

まずは…素直になるところからだな。

 

「で?ルミアは何を必死に読んでるんだ?」

 

「あ、アイル君!?これは…その…!?」

 

俺はルミアが読み込んでる、雑誌と思しきものを覗き込む。

 

「…?観光雑誌か?それに、随分と書き込んであるな」

 

「…うぅ…///」

 

よく見ると、大人数で楽しむというより、カップルや夫婦にオススメな場所が多かった。

俺はそれを見て、気になった場所を指さす。

 

「…俺はここが気になる。ルミア的にはここか?」

 

「う、うん!折角だし、一緒に行こうね!///」

 

「ああ、そうだな。一緒に行くか」

 

ルミアの嬉しそうな顔に、俺もつられて微笑む。

このままルミアが笑顔であり続けれられるように…そう祈りながら。

 

「…目の前でイチャついてんじゃないわよ。惚気んなら他所でやってよ」

 

システィーナが、ジト目で睨んでくる。

悔しいなら、お前はもっと素直になりなさい。

そんなこんなで辿り着いた、スノリアのホワイトタウン。

一面銀世界のその光景に、俺ですら柄にもなく、ワクワクしていた。

 

「うわぁ!ここがホワイトタウンなのね!?素敵!」

 

「ねえ見て!あそこで大道芸やってるよ!」

 

俺は、はしゃぎ倒す2人に苦笑いを浮かべながらも、注意を促す。

 

「おーい!お前ら!あんまはしゃぎ過ぎんなよ!迷子になるぞ!」

 

「「はーい!」」

 

本当に分かってるのかね、あの金銀姉妹は?

まあ、気持ちはよく分かる。

俺だってそうしたいくらいだ。

周りにある建物は煉瓦造りで、鋭角的な三角屋根に大きな煙突がある。

遠くを見れば、凍てつく純白の連峰は威圧的で圧倒的だが、その畏怖を超えた美しさがある。

駅前広場やメインストリートには、所狭しと屋台が出ており、軒先、看板、店頭など街のあらゆる場所に、色とりどりのロウソクや、着飾った雪だるまがある。

降りしきる雪に、ロウソクの火に写し出され、儚げな雰囲気を醸し出す。

そんなフィジテでは、絶対に見る事が叶わない光景に、テンションが上がるのは致し方ない。

 

「この時期のスノリアは、見所が多いぞ?」

 

「苺タルトの屋台…どこ…?」

 

そんなコアな屋台は無いだろう…。

あってもケーキ屋とかだろうな。

そんな感動気味の、俺達の後ろで

 

「さっむぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「相変わらず台無しだよ、先生」

 

こういう時、絶対に雰囲気を台無しにする事に定評のある、グレン先生。

ていうか、そんな薄着だからだろうが。

何時もの格好に、講師用ローブを羽織って、申し訳程度の俺が作ったマフラー。

ほら見ろ、システィーナの視線が、この寒さに負けず劣らずの冷たさだぞ?

 

「先生…そんな薄着なんて…死ぬ気ですか?」

 

「うるせぇ!!宿無しの俺に、そんないい服ある訳ねぇだろ!アルタイル!セリカ!お前達の【エア・コンディション】も、突き抜けてるわ!!」

 

むぅ…確かに俺の想定に無い寒さだからな。

少し弱かったか…?

 

「ていうか、あれにも限度があるって事くらい、知ってるでしょうが」

 

「ハハハ!流石に無理だったか!まあ、後でちゃんとしたやつ買ってやるよ。ついでにもっと強いやつ付与してやる。そら!まずはチェックインに行くぞ!」

 

そんなグレン先生を、強引に引っ張っていくアルフォネア教授。

いつもに増して、積極的なアルフォネア教授に、二重の意味で、嫌な予感がする。

システィーナ的な意味でも…、何やらタウムの天文神殿の時みたいな感じでも…。

そう思いつつも、辿り着いたのは、この近辺で最高級のホテルだった。

 

「…は?ここ?…え?ここに泊まるの?」

 

「俺達みたいな下賎な平民どこきが…?」

 

俺とグレン先生は、あまりにもすごい建物に、思わず唖然としてしまい、

 

「流石にこんなにすごい宿泊施設…初めてかも…」

 

さしものシスティーナすら、緊張を隠せない。

 

「…あの…本当に私達まで良かったんですか?」

 

流石は元王女のルミアに変化はなく

 

「むぅ。でもルミア。私、皆、一緒がいい」

 

どこでも寝泊まりできるリィエルはいつも通り。

 

「ハハハ!気にするな!今回の旅行の経費は、私が持つさ。グレンが楽しむなら、お前達は必須だろう?だったら必要経費さ、遠慮するなよ!」

 

そんな俺達を豪快に笑い飛ばした、アルフォネア教授。

そのまま連れられていくと、何やら入口が騒がしかった。

 

「何事だ…?」

 

そう呟きながら、さり気なくルミアを庇いながら、ホテルに向かうと

 

「このホテルは、我々【銀竜教団(S.D.K)】が占拠した!」

 

はぁ?いきなり何だよ?

全身白のローブに身を包み、白い頭巾を被った連中が、入口を陣取っていた。

 

「このスノリアは、白銀竜様が護る神聖なる聖域!」

 

「貴様ら余所者が足を踏み入れ、享楽を貪るなぞ言語道断!」

 

「余所者はこの土地から去れ!偽りの【銀竜祭】を即刻中止せよ!」

 

「欺瞞に満ちた銀竜祭を奉る者達に、竜罰を!」

 

「「「「「「S.D.K!!S.D.K!!」」」」」」

 

そんな連中は、変なプラカードを掲げ、バリケードで囲むスノリアの警備官隊と、一触即発の睨み合いをしていた。

 

「…な、何なのこれ?」

 

システィーナが呆れたように呟くと、その答えは先生から帰ってきた。

 

「まさかここで銀竜教団の登場とはな…」

 

「何ですかアイツら?」

 

銀竜教団(Silver.Dragon.Clan)。略してS.D.K。【白銀竜信仰】っていう、土着の新興宗教を極端に拗らせた連中が作った、宗教系秘密結社だ。だが、こういう怪しげな非公認非営利団体は、常に監視の対象になってるはずなんだが…よし!これは無理そうだな!帰るか!」

 

どれだけ帰りたいんだよ…。

まあ、手遅れなんだけどさ。

 

「ちょっと先生!あれを放っておくんですか!?」

 

「いやシスティーナ。かえって手を出す方が、マズイんじゃないか?」

 

俺は乗り込もうとするシスティーナを、止める。

何より…コイツの身が危険だ。

 

「そうだな。これはここの警備官の仕事だ。それにコイツらは、テロリストっていうよりは、市民団体みたいなものだ。絶対に滅ぼさなくちゃいけない邪悪じゃない」

 

確かにやってる事は、ただのシュプレヒコールだけだしな。

最も…あの人の前じゃ、何をしても、同じだろうがな。

そろそろ、教えておくか。

 

「まあ、帰る気満々なのはいいけどさ?既に手遅れだよ?だってほら…」

 

そう言って俺が指さす先には

 

「アルフォネア教授、周りの状況一切気にせず、行っちゃったし」

 

「「何してるの!!?」」

 

その後?決まってるだろ?

警備官隊も銀竜教団も、全部吹き飛ばしたよ。

ついでにホテルも、地図上から消したよ。

死者0人だったのが、唯一の救いだったなぁ…。

 

 

「いやぁ、まさか貴女が名高き【第七階梯(セプテンデ)】のセリカ=アルフォネアさんだったとは」

 

そう話すのは、御歳35歳になる、この街の若き市長である【ジョン=マイヤール】氏だ。

ホテル事件の後、俺達は彼の家に招待され、晩餐の歓待を受けたのだ。

 

「貴女のおかげで、銀竜教団とのイザコザを早期解決出来ましたし、軟禁された方々も無事に解放されました。何とか銀竜祭を開催出来そうです」

 

「フッ、そうか。それは良かった…」

 

何か言ったのだろが、ここからでは聞こえなかった。

でも、グレン先生の顔色を見ればわかる。

間違えなく、ロクでもない事だろう。

その後もギリギリのグレン先生のフォローにより、何とか崩壊させた犯人を隠し通せた。

…相当の良心の呵責と引き替えに。

 

「あの、1つ聞きたいんですが…そもそも銀竜祭って何ですか?」

 

「銀竜祭とは、遥か大昔、この地方一帯には、白銀竜という竜の神様の加護があったと、されていました。その白銀竜信仰にあやかった儀式なのですよ」

 

なるほど、簡潔で分かりやすい。

そして、銀竜教団はその信仰の、最右翼集団なんだとか。

思ってたより根が深い問題らしい。

それはともかくとして、こっちでの必要経費は全て、市長さんが出してくれるらしい。

本当に良心の呵責がハンパない。

挙げ句の果てに、部屋まで用意してくれた。

アルフォネア教授、グレン先生、俺には個室。

ルミア達3人娘は、大部屋を用意してくれた。

もちろん、俺の部屋が1番狭く、1番質素だ。

それでも貴族の家なので、かなり立派だ。

風呂にも入り、のんびりしていると、ノック音がする。

 

「ん?はい?」

 

ドアを開けると、そこにはルミアがいた。




珍しくアルタイル君を赤面させました。
というか、ルミアとアルタイルの絡みが、書いてて1番楽しいです。
青春っていうかそういうのが、楽しいです。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スノリア編第2話

こういう青春送りたかったな…。
それではよろしくお願いします。


ネグリジェ姿のその格好に、妙な緊張感を抱いてしまった。

 

「アイル君。これからシスティ達と談話室で、課題するんだけど、どうかな?」

 

課題って…秋休みの課題か?

 

「お前ら、持ってきてのか!?俺は普通に置いてきたのに…」

 

とはいえ暇だしな、付き合うか。

 

「OK。上着着てくるから、ちょっと待ってて」

 

そう言って直ぐに上着を着て、廊下に出る。

そういえば、ルミアの服の事、触れてないな。

 

「ルミア…そのネグリジェ、似合ってる」

 

「ッ!!?///もう!そういうところ!!///」

 

「どういうところ!?」

 

顔を赤くしながら、俺の腕をポカポカと殴ってくる。

いや、褒めただけじゃん?何でさ。

そのまま俺達は談話室で、課題を進める。

 

「おいお前達。何してんだ?」

 

風呂上がりのグレン先生がやってきた。

その突然の登場に、ルミアとシスティーナの2人が、前を隠す。

俺は苦笑いをしながら、ルミアに上着を被せる。

 

「あ〜と、秋休みの課題を…。まあ、俺は付き合ってるだけなんですけど」

 

「お前ら…真面目だなぁ。まあいいが、明日は銀竜祭だ。早めに寝ろよ?」

 

そう言って部屋を出ようとするグレン先生を、システィーナ達が引き止める。

 

「先生。ここなんですけど、どうしてこうなるのかが、分からなくて…」

 

それはリィエルを除いた3人で散々悩んでも、分からなかった問題だった。

しかし聞かれたグレン先生も、珍しくド忘れしたらしく、参考書片手に、アルフォネア教授の部屋に突撃しに行ってしまった。

恐らく、なけなしの教師のプライドが、傷付いたのだろう。

それしても…

 

「…だいぶ待ったけど来ないな。お前達は先に寝てていいぞ?俺は、もうちょい待っとくから」

 

そう言って3人を返したのだが、15分くらいしても戻らず、結局寝落ちしかけた俺も、部屋に戻ってしまったのだった。

 

 

翌日、早朝から行われた銀竜祭開催セレモニーが、無事終了し、本格的に始まったお祭りを、俺達は楽しんでいた、のだが…

 

「負けてられないわ!!」

 

とうとうシスティーナの、堪忍袋の緒が切れた。

 

「確かに教授は、先生にとってかけがえのない家族…。でも、いくら何でも、これじゃ完全にお邪魔虫じゃない…!これじゃ、女の子扱いどころか、いた事すら忘れらるわ!」

 

「そうだよシスティ!その意気だよ!」

 

「よく分からないけど…セリカばかり、ずるい」

 

「おーおー。このクソ寒いのにクソ暑いな〜」

 

システィーナの宣言に、ルミアが更に煽り、それにリィエルが、賛同する。

とはいえ、どうするか…?

 

「アルフォネア教授、ちょっと速すぎ。もうちょい俺らも楽しませて下さい」

 

俺はまず搦手に出た。

 

「ん?そうだったか?」

 

「当たり前だろうが。ったく…俺らだけじゃねぇんだぞ?悪ぃなアルタイル。白猫達も大変だったろ?おいセリカ、俺達はこいつらの保護者代理でもあるんだぞ。あんまお前だけ、はしゃぐんじゃねぇ」

 

「む…。そう言われると、確かにそうだな。すまなかったな。お前達」

 

「いえ、こっちは家族水入らずをお邪魔してるので、言いずらかったのですが…折角ですので、楽しみたいので」

 

よし、これでペースは掴んだ。

掌握はともかく、少なくても射程圏内に入れた。

それにしても、常々思ってたが、アルフォネア教授は権謀術数とか、弱いわけじゃないんだろうけど、苦手そうだな。

なんでもゴリ押しの人だし。

 

「す、すごい…」

 

「あのアルフォネア教授を、言葉だけで制した…」

 

「何驚いてんだよ?ほれ、チャンスだぞ。行ってこい」

 

そう言ってシスティーナとリィエルを、送り出した俺は、ルミアと一緒にそれを後ろから眺める。

 

「それにしても…どうしたんだろう?アルフォネア教授」

 

突然、ルミアが少し怖い顔をしながら呟く。

 

「…そうだな。一見楽しげだけど…空回ってるっていうか…」

 

「すごく焦ってるって言うか…」

 

俺とルミアは、そんなアルフォネア教授の様子に、嫌な予感がしていると

 

「「ああーーーーーー!!貴女達は(お前達は)!!?」」

 

後ろから、すごいでかい声が聞こえたので振り返ると、3人の少女がいた。

それぞれ、金髪縦ロール、黒髪の男前女子、灰色の無表情女子。

その濃いメンツに、顔が青くなるのを、自覚する。

 

「…やっばぁ…」

 

「…!フランシーヌ!コレットに!ジニーも!」

 

その声にシスティーナ達も気付いたのか

 

「え!?どうして貴女達まで!?」

 

こっちを振り向いて、近寄ってくる。

 

「久しぶりだなぁ!お前ら!」

 

「お元気そうで何よりですわ!私達も、バカンスですの!」

 

何でも、白百合黒百合の有志計40名弱で、ここに来ているらしい。

今の両会は、いい意味でいがみ合ってるらしく、お互いに切磋琢磨し合ってるらしい。

 

「それにしても…まだ男のままなのですのね、アイル」

 

「アハハハ…えっと…まあ…」

 

フランシーヌの追求に、曖昧に返事をしてしまう。

むしろこれがスタンダードなんだけのな…。

 

「れ、レーン先生は…?」

 

「…あそこ」

 

俺が指さした先には、男のままのグレン先生と、腕を組んでるアルフォネア教授の姿があった。

2人でアクセサリー店を冷やかしている。

 

「レーン先生も、まだ男性のままなのね」

 

「ていうか誰だよあの金髪。馴れ馴れしいな」

 

俺は心労が耐えきれず、ついシスティーナに任せてしまう。

 

「…システィーナ、頼む」

 

「面倒くさいわね…どこから説明しようかしら…」

 

説明後、あまりの衝撃に、完全に固まってしまう皆。

 

「「レーン先生とアイルが実は男性!?うそぉ!!!?」」

 

あまりの予想通りの反応に、頭が痛くなる。

そう思いつつも、罪悪感からかつい目を逸らす。

 

「先生とアイルが男ってことは…!?」

 

「マジでワンチャンあるって事か…!?」

 

本当にタフだなコイツら。

感心するわ、そこだけは本当に。

気付けば、ルミア達が何やら作戦会議をしていた。

 

「アイル君。ちょっと…」

 

そう言って俺に耳打ちにてくるルミア。

なるほど…それは何とも…

 

「面白そうじゃん。乗った!」

 

グレン先生が俺達の飯を買いにってる間に、システィーナが切り出す。

 

「ねぇ、アルフォネア教授…私達と勝負しませんか?」

 

「ほう?突然どうしたんだ?」

 

あまりに突然すぎたのか、一瞬驚いた顔をした教授だったが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

俺は1枚のチラシを見せる。

 

「何々…【ホワイトタウン最強決定大雪合戦大会】?東の【リーネ雑木林】にて?」

 

そう、俺達が考えた作戦は、この大会を利用する事だ。

 

「色んな景品があるらしいんですが…私達は別の景品を要求します。それは…明日1日グレン先生と、銀竜祭を見て回るっていうのは、どうでしょうか?…まあ、私とアイル君は別ですけど」

 

「ん。セリカ、勝負」

 

ルミアが補足説明をする。

俺とルミアは、別にその景品はいらない。

ルミアはシスティーナの応援だが、俺は面白そうだからだし。

そんな俺達を見て、何か寂しげな顔で呟いたが、聞こえなかった。

 

「…いいぞ、その勝負受けてやる。ただし!やるからには全力だ。言っておくが、どんな勝負でも、私は強いぞ?お前達も全てを尽くせ。それこそ助っ人でも、久しぶりに会ったお友達でもな」

 

どこで情報を仕入れたのやら…。

まあいい、そういう事なら。

 

「それじゃ、遠慮なく。やるぞ」

 

俺の言葉に、3人とも頷いて、エントリー会場に向かう。

…グレン先生を忘れて。

 

そうして無事エントリーを終えた俺達は、ルール説明を聞いていた。

・雪玉を当てられると、次第に重くなる魔術的仕組みを利用した、ゼッケンを着用。

・無断でゼッケンを外した場合、失格。

・フィールドは雑木林全体、もちろんフィールドの外に出ても失格。

・時間経過毎にフィールドを、規制線で縮小していくので、エリア外にいても失格。

・攻撃手段は雪玉オンリー、それ以外は失格。

・以上を守れば何でもOK、最後に立っていた者が勝者。

…結構ハードな内容だな。

そして、宣言後、俺達は一気に走り抜ける。

 

「さてとまずは…邪魔者から排除だな…」

 

そうして俺達は目的の為ならば、手段を選ばずに、ひたすら敵を殲滅していく。

奇襲、隠密、狙撃…何でもござれだ。

勝てばよかろうなのだよ。

 

「アイル君…すごく悪い顔してるよ…?」

 

「あんなにイキイキした悪い笑み、初めて見た」

 

うるせぇ、誰の為にやってやってんだよ。

こうして、粗方片付けた俺達はついに、本命を堕としにかかった。

とはいえ、俺達は混戦のさなか、他のメンツとはぐれてしまい、探しつつも、合流を計っていたのだが、

 

「あ、ジニーがいた…よ!?」

 

しまった!アルフォネア教授もだ!

俺達は慌てて身を隠したが、ジニーのバカ、何堂々と名乗りあげてんだよ!?

ん?アルフォネア教授が何かを取り出して

 

「『罪深き我・逢魔の黄昏に独り・汝を偲ぶ』」

 

「は?【ロード・エクスペリエンス】…!?」

 

風に乗って聞こえた詠唱は、まさかの【ロード・エクスペリエンス】。

てことは、取り出したのはエリエーテの剣の欠片か!?

バカか!?あんなの勝ち目あるかよ!?

 

「ッ!撤退!今は退くぞ!」

 

「逃がさないぞ、お前達」

 

その声と共に、一気に襲いかかる雪玉の暴風雨。

げ!?もうバレて…いや、索敵魔術で最初からか!?

俺はすぐに【アリアドネ】を装着、結界を張り同時に、ルミアを抱える。

 

「わっ『我が手に星の天秤を』ッ!」

 

「しっ『疾風よ』ぉぉぉ!」

 

俺とシスティーナが直ぐに、それぞれの方法で逃げる。

 

「だあぁぁぁぁ!!こうなりゃヤケクソだァァァァァァァ!!!」

 

「上等よォォォ!!世界最強にどれだけやれるか…試してやるぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

そうして俺達は何とか振り切り、他のメンツと合流、戦略もへったくれもない、ガチンコバトルを始めたのだ。

 

「『集い戯れよ・雪より生まれし・白き姫達』行って!」

 

フランシーヌの【コール・ファミリア】によって、生み出された妖精達が、アルフォネア教授に襲いかかるも

 

「『温いぜ』」

 

【フォーム・エレメント】によって形質変換された雪が、氷の槍となって、一匹残らず貫いていく。

 

「これならどうだ!」

 

コレットが【フィジカル・ブースト】で強化された膂力で、思いっきりぶん投げる。

 

「『見えざる手よ』!」

 

それを【サイ・テレネキシス】で、軌道を滅茶苦茶にするも

 

「バーカ、そんなの割り込んでくれって言ってるようなものだ」

 

そう呟いた途端、突然雪玉が動きを止め、逆にコレットに襲いかかる。

 

「まさか、【詠唱割込(スペル·インターセプト)】!?」

 

詠唱割込(スペル·インターセプト)】。

相手の魔術を利用し、逆に魔術を起動させ、相手ごと掌握する、とんでもない技術。

超が3つほど付く、とんでもない激ムズテクニックだ。

何せ相手の口の動きから、魔術を先読みしなくてはならないからだ。

恐らくは、アルフォネア教授にしか、出来ないだろう。

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

今度はリィエルが、超巨大雪玉を力技で投げ飛ばす。

 

「流石にこれは、念動力では無理だな」

 

何かしらの方法で迎撃される前に

 

「…フッ!!」

 

俺はアルフォネア教授を狙撃する。

アルフォネア教授が、【コール・エレメンタル】で、雪の巨人を召喚し砕く前に、俺の豪速球が、リィエルの雪玉を貫き、アルフォネア教授の頭に当たる…しかしその直前、躱される。

あれを躱すのか…!?

 

「ッ!?ほう…?やるじゃないか、アルタイル!」

 

今のでどこにいるのか、見当がついたのか俺の方を睨むアルフォネア教授。

しかし、よそ見は禁物だぜ?

 

「教授!ごめんなさい!」

 

「ほう?これは…黒魔【フリーズ・フロア】か」

 

そう、全てはこの布石。

アルフォネア教授の足元を封じる為に、わざと大振りな技で誤魔化したのだ。

 

「今だ!一気に押し切れ!」

 

「教授!お覚悟!」

 

俺達は一気に雪玉を投げつける。

四方八方、360°全てを埋め尽くす。

これなら…!

 

「まあ、読んでたけどな」

 

カチッ!!

時計の針の音が聞こえた途端、アルフォネア教授の姿が無くなる。

 

「…は?」

 

俺達は唖然としていると

 

「ハッハッハ!惜しかったなお前達!」

 

「…バカかよ」

 

俺の真後ろから、聞こえる高笑いに、思わず呟く。

振り向くとそこには、古びた懐中時計を弄ぶアルフォネア教授がいた。

グレン先生に聞いた事がある。

この人は

 

「【私の世界】に、ようこそ」

 

時間停止魔術を使えるのだと。

 

「ち、ちょっと大人気なさ過ぎません!!?こんなお遊びに、そんな貴重な魔術触媒使います!!?」

 

思わず頭を抱えながら、叫ぶシスティーナ。

 

「何言ってる?言っただろ、全力だって。それよりほら、まだ終わってないぞ?お楽しみはこれからじゃないか?」

 

ああ…ドンドン1人でに雪玉が練られていく。

 

「構えろよ。…息を整えろ、雪玉を作れ、魔力を練り上げろ、叡智を絞れ。…『汝、望まば、他者の望みを炉にくべよ』。それこそが魔術師だろ?クックック…さあ、その望みで雪玉を固め、叡智を捻り出し、私の喉元に届かせてみせろ、魔術師!!命を燃やせ、人間!!私は!!【灰燼の魔女】は!!お前達の倒すべき仇敵はここにいるぞぉぉ!!!ハハハハハハハハ!!!」

 

両腕を広げ、俺達を睥睨するアルフォネア教授。

ノリノリな悪の魔王ムーブが似合いすぎて、笑えない。

 

「アイル君!!絶対に助けるからね!!」

 

う〜ん、ルミア。

ありがたいけど、それはちょっと…俺が恥ずかしいかな。

後、それ俺が言うべきセリフ。

そしてこの状況で言うと…リアリティが増す。

まるで平和な【メルガリウスの魔法使い】だな。

こうして俺達は、最後の足掻きをした。

 

「ま、こうなるわな」

 

「分かりきった結末よね…」

 

結果は言うに及ばず、俺達は敗北した。

そして何故か、首から下だけ雪だるまにされた。

 

「アハハハ!お前達中々いい線行ってたぞ!だがまだまだだな!」

 

そんな俺達を高笑いしながら、見下ろすアルフォネア教授。

そんな彼女に、運営の人が近づく。

 

「えっと…ゼッケン番号135番のセリカさん?」

 

「お!そうか!私が優勝だもんな!どうしようかな〜!?グレンのやつ、大喜び…」

 

「貴女、失格」

 

「ですよね〜♪」

 

当然のジャッジに、教授はテヘペロってしてる。

流石は絶世の美人、何しても良く似合う。

 

「もちろん、君達も失格」

 

「「「「「「ですよね〜♪」」」」」」

 

当然のジャッジに、俺達もテヘペロ。

こうして今大会は、盛大な徒労に終わった。

これを機に、来年以降から『あらゆる魔術の使用禁止』が、ルールに明文化された事となったとか何とか。




こんな雪合戦は嫌だ。
チート過ぎるやろ、セリカ。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スノリア編第3話

ここでオリジナル要素を加えました。
それではよろしくお願いします。


そんなこんなで銀竜祭1日目が終了。

 

「いやー!遊んだ遊んだ!」

 

「つ、疲れた…お風呂入りたい…」

 

意気揚々としているアルフォネア教授と、対照的に酷く疲れた様子のシスティーナ。

 

「…何だよ、俺をほっぽってって、随分と楽しそうな事しやがって…ふーんだ」

 

「あはは…ご、ごめんなさい…先生…」

 

「拗ねないで下さいよ…ね?」

 

俺とルミアが、拗ねる先生を宥める。

ちなみにリィエルは、疲れたのか先生の背中でぐっすりだ。

そんな俺達が帰ると、何やら屋敷が騒がしい。

 

「ん?どうしたんだ?市長さん」

 

「あ、グレンさんお帰りなさい。実は…」

 

何でも、3日目に行われる銀竜降臨演舞でダンサーの1人が、他のスタッフや、バックダンサー達と共に急遽抜けてしまったらしい。

しかもそのダンサーは、メインの白銀竜役を、やる予定ね人だった。

 

「え!?どうしてそんな事が!?」

 

「恐らく銀竜教団の仕業でしょう。脅迫か、買収か…。いずれにせよ、このままでは…」

 

「おいおい、大丈夫かよ?アレ目当ての客だって相当いるはずじゃ…」

 

「はい、その通りです。今回の奉納演舞は、メインイベントとして相応しいものにすべく、あの【マリー=アクトレス】を、白銀竜役として招いたのです」

 

全然知らない人の名前に、首を傾げていると先生が、ギョッとしていた。

 

「おいおい、マリー=アクトレスって、今帝都で超有名な超一流バレリーナじゃねぇか!?舞台を舞うだけで世界が変わるとか…」

 

へぇ、そんなにすごい人なのか…。

しかも、大々的に告知をし続けてしまったらしく、後にも引けない状況なのだとか。

座長曰く、彼女の代役に必要なのは

・他者の追随を許さない圧倒的美貌

・持って生まれた華

・立っているだけで滲み出る大スターのオーラ

確かにこんな好都合な人物…すぐには…

 

「いたわ。すぐそこに」

 

「「「「え?」」」」

 

皆が俺を見つめる。

俺はその視線を無視し、後ろにいた女性陣を見つめた。

 

「わ、私がマリーの代役!?ちょ、ちょっと…!?///」

 

「そ、その…私、舞踊なんてとても…///」

 

「よく分からないけど…照れる…///」

 

「ほら、アルフォネア教授がいるじゃん」

 

俺が推薦したのは、名高き【第七階梯(セプテンデ)】セリカ=アルフォネアだった。

ぶっちゃけこれ以上の人選は、思いつか…ん?

 

「どうした3人とも?」

 

「「ア・イ・ル(君)〜!!!///」」

 

「ムゥ…ちょっと残念…」

 

「ちょっ!?何なんだよ!?」

 

顔を真っ赤にしながら詰め寄ってくる、ルミアとシスティーナ。

そして少し残念そうなリィエル。

いや…まさかお前ら…

 

「自分達だと思ったのか…?」

 

「「「うぅ…」」」

 

「図星かよ…。いや、お前達は確かにすごく綺麗だし可愛いよ?本気で。ただ…お前ら踊れる?」

 

そう、コイツらには華は十二分にある。

システィーナには、凛とした綺麗さが。

ルミアには、華やかな可愛さが。

リィエルには、人形じみた美しさが。

それぞれの可愛さと美しさがあるが…ただ、それとこれは別問題だ。

 

「う、それは…」

 

「可愛いって!可愛いって!///」

 

「ルミア、変」

 

「…まあ、暴走してるルミアは置いといて、そういう事さ」

 

…すまん、本当は検討の余地すら無かった。

そうは言えないので、黙っておく。

結果ある条件の元、アルフォネア教授は同意。

その条件というのは…相手役の魔法使いの役を、グレン先生にやらせるというものだった。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

結果として、その条件で成立してしまったので、急遽、アルフォネア教授とグレン先生が、舞台に上がる事になったのだ。

そして俺達も補助要因、及びバックダンサーとして、手伝う事になってしまった。

 

 

翌日、舞台の練習をしていた。

アルフォネア教授は、相変わらずのチートっぷりで、劇団の座長曰く、マリーなんて目じゃない位すごいらしい。

 

「よし、これで全部だな」

 

「早く戻らないとね」

 

俺とルミアは、必要な小道具の買い出しに出ていた。

周りを見ると祭りを楽しむ人達で、あっちこっちで、賑わっている。

俺達もつい昨日まで、あっち側だったんだよな。

それが気付いたら、運営側とはな…。

 

「何か、信じらんねぇな」

 

「だね〜…。えっと、テントはあっちだね」

 

俺の言いたい事を理解したのか、ルミアが特に聞き返す事無く、同意する。

サクサクと雪を踏み締めながら、進んでいると

 

「やあ、そこのお2人さん。ちょっといいかな?」

 

不意に声をかけられた。

横をむくと、敷物を広げ、箱のような台と共に座る、1人の少年がいた。

俺達より少し年上だろうか。

民俗的な紋様が刺繍されたローブを、ゆったりと被っている。

フードから零れる銀髪に、何となく既視感を感じた。

…ああ、システィーナに似てるのか?

いや…違う、それだけじゃない…。

何故か、頭痛がする。

 

「僕の芸を見ていかないかい?お暇があるなら」

 

よく見るとその箱は、人形劇のセットのようだ。

 

「え、ええと…貴方は…?」

 

「【フェロード・ベリフ】。しがない旅人だよ。ルミア、アルタイル」

 

…?俺達名乗ったか?

そう思ったのだが、何故かその疑問が霧散していく。

ドンドンと話に流れに飲まれていくルミアに、俺も黙って従っていたが…さっきから頭痛が酷い。

気付くと人形劇が始まっていたが、それどころでは無い。

 

「どうだい?少しは退屈しのぎになったかい?」

 

フードの下から覗くその笑顔と、瞳を見た瞬間、心臓がドクンッ!!と高なった。

頭痛が激しくなり…あの記憶がフラッシュバックした。

一族の悲鳴、燃える家、殺される両親。

そして…銀髪の男の優しい笑顔。

ああ…思い出した…。

()()()()()()()()()()!()!()!()

「お前は…オマエハァァァァァァァァァ!!!」

 

俺は【アリアドネ】を起動させ、糸で一気に切り裂く。

しかしその直前、ヒラリと躱されてしまう。

 

「アイル君!!!?」

 

「…へぇ…もしかして…覚えていたのかい?」

 

驚くルミアを無視して、俺は目の前の男を睨みつけ、殺気を叩きつける。

しかし相変わらずの笑顔が、その優しげな翡翠色の瞳が、余計に殺意を煽ってくる。

 

「当たり前だろうが!!!テメェはここでぶっ殺す!!!」

 

そのまま一気に詰め寄り、本気で殺そうと首を狙う。

しかしその一撃は…蜃気楼のように消えた男に当たっただけだった。

 

「…へぇ。その糸を上手く使いこなしてるようだね。まあ、本来の用途では無いんだけどね」

 

何処からか響くその声の主を探す。

気配はするのに…何処からがまるで分からない。

 

「うるせぇ!!!何処にいやがる!!!?」

 

「フフフ…本当の意味でそれを使いこなしたいなら…()()()()()()()()()。それじゃあね、ルミア、アルタイル。また会おう」

 

その言葉と共に、気配すら消えてしまう。

 

「待て!!!…待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

俺の怒りの叫びは、街の賑やかな声にかき消されただけだった。

 

 

 

「アイルはどうしたのよ?」

 

「分からない…」

 

買った小道具をテントに持って帰ってから、アイル君は何処かに行ってしまった。

今は…1人にした方がいいのかも。

 

「…まあ、アイルは裏方だしいいか。ルミア、今は合わせましょう?」

 

「うん…」

 

あの人と一体何があったのかな?

私は…なんとも言えない不安を抱えながら、システィ達と踊りの合わせの練習をした。

そして、慌ただしく2日目が終わり、今は決起集会みたいな事をやっていた。

 

「明日の成功を祈って!乾杯!!」

 

「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」

 

皆が楽しげに歓談する中、アイル君だけは、壁の花になっていた。

何も語らず、食べ物も飲み物も口にしない。

ただ黙り込んで、虚空を呆然と見つめるだけだった。

 

「ルミア。…アイツ、何があった?」

 

私に尋ねる先生の顔は、すごく心配そうだった。

 

「それが私にも…ってシスティ!?」

 

「もう!アイル!なに黙り込んでるのよ!」

 

そんな話をしていると、システィがアイル君の所に行ってしまう。

 

「こういう時こそ…」

 

「うるせぇ」

 

しかし、アイル君はすごく怖い目でシスティを睨んでいた。

その目は、酷く濁った目をしていて、とてつもない殺気を孕んでいた。

 

「ッ!?ア…イル…?」

 

その目にすっかり萎縮してしまったシスティだったけど、不意に突然驚いた顔をするアイル君。

 

「…システィーナ。お前、自分によく似た、近い歳の男の親戚いるか?」

 

「…へ?いな…い…けど…?」

 

「…そうか…。ゴメン。ビビらせた。少し1人にしてくれ」

 

突然どうしたんだろう?

そう思っていると、そのままアイル君は、会場を出ていってしまった。

それを見送ったシスティは、膝をついて体を震わせていた。

 

「システィ!大丈夫!?」

 

「私…あんなに怖い…アイル…初めてで…」

 

ここから見てるだけで怖かったんだ。

きっと直接睨まれたシスティはもっと…。

 

「アイツ…何してんだよ…!?」

 

そんな先生の声は、さっきの顔同様、心配そうな感じだった。

 

 

 

そうして、翌日ついに銀竜降臨演舞が始まった。

演武用の衣装に身を包んだアルフォネア教授は、まるでこの世のものとは思えない、美しさがあった。

そしてその舞もまた、とても美しく、この世全てを魅了すると言っても、過言ではないだろう。

これの相手とか…グレン先生、ドンマイ。

骨は拾ってやるよ。

そう思いながら、ボンヤリと舞台を見ていると、突然アルフォネア教授の動きが止まった。

慌ててグレン先生が舞台にあがり、アルフォネア教授を舞台袖へと連れていこうとした瞬間、突然何かの咆哮が響き渡った。

その咆哮は、天を裂き、地を震わせるような恐ろしさを感じた。

 

「…なんだ?」

 

俺はすぐに【アリアドネ】を装着し、ルミアの側まで駆け寄る。

その時、不意に吹雪出した。

ドンドンと勢いが増すその吹雪の奥から、何かが飛んでくる。

その姿を見た時、俺達は呆然としてしまう。

山の如き巨体に、大樹の如き手足。

その鋭い翼は天を覆い隠さんが如く、その蒼眼はこの凍てつく空気よりも、なお冷たく鋭い。

それは絶対的強者にして、食物連鎖の頂点。

竜、即ち

 

「「「「「白銀竜!!!?」」」」」

 

伝説の白銀竜が、目の前に現れた。

そんな俺達の事など一切気にせず、そのデカい顎を広げて、何かしようのする。

 

「ヤバい!?お前達!!今すぐ精神防御を固めろォ!!!?」

 

先生がそう叫んだ途端、竜も叫んだ。

その咆哮を聞いた途端、観客やダンサー達が一斉に気を失った。

竜の咆哮(ドラゴン·シャウト)打ちのめす叫び(スタン·スローター)】。

あらゆる感覚を奪いとる、竜言語魔術(ドラゴイッシュ)の一種だ。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!クッソがァァァァァ!!!」

 

「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「だあぁぁぁぁぁぁ!!!うるせぇぇぇぇぇ!!!」

 

俺と先生とリィエルは意地と気迫で、何とか乗り切る。

 

「はぁ…!?はぁ…!?」

 

システィーナはギリギリで、精神防御の魔術の発動に成功。

それでも、かなりギリギリの状態だ。

 

「こ、これは…!?どういう事!?」

 

何もしてないのに、平然としているルミア。

本当に…メンタル強すぎるだろ。

 

「「「…」」」

 

フランシーヌ、コレット、ジニーは耐えきれず、失神こそしてないが、呆然としている。

 

〖久しいな…(セリカ)よ〗

 

何?コイツは…アルフォネア教授を知っている?

 

〖さあ!貴様が我が身に刻んだ、罪の精算の時だ!我が積年の憎悪を、無念を!晴らす時が来たのだ!!〗

 

そんなアルフォネア教授は、愕然としながら叫ぶ。

 

「知らない…!私はお前なんて、知らないぞ!」

 

〖知らぬなら…忘れたと言うなら、今一度我が名を、その身魂に刻め!我が名は【ル=シルバ】!!白銀竜将ル=シルバ!!!〗

 

「何!?ル=シルバだと!?」

 

また…【メルガリウスの魔法使い】かよ!!

あれは…やっぱりただの童話じゃないのか!!

 

〖決着をつけよう(セリカ)よ!貴女との約束の地にて待つ!!〗

 

そう言って、再び飛び去っていく白銀竜。

 

「ま、待てよ!?お前は…私は、なんなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

そんなアルフォネア教授の声は、吹雪にかき消されたのだった。

 

 

それから一夜が過ぎ、状況は最悪のままだ。

謎の大寒波は留まること無く、今なお吹雪き続けている。

間違えなく白銀竜将の仕業だろう。

古代竜(エンシャント·ドラゴン)であるアイツならば、気候を操るなど造作もない。

この状況を打開する方法は1つ。

白銀竜将を倒す事だ。

しかし今そんな事出来るのは、アルフォネア教授ただ1人。

なのにその教授は、あの後気を失い、眠ったままだ。

結果俺達と女学院組、及びアルフォネア教授で、竜討伐に行く事になったのだが…

 

「いない!?何してんだよ!?あの人は!」

 

「どこ行っちゃったんですか!?」

 

その時、急に地響きがした。

 

「今度はなんだよ!?」

 

そう言いながら、飛び出すと何か明かりが見えた。

 

「あれは…アヴェスタ山峰の麓の方ですね」

 

市長さんのその言葉に俺達は、ハッとする。

 

「まさかあの人…!?」

 

「1人でケリつけに行きやがった…!」

 

「大変だぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ああもう!次から次に!今度は何!?」

 

やって来たのは警備団や自警団の人達だ。

 

「化け物たちが…アヴェスタ山峰の方から…!」

 

「何ですって!」

 

俺達はすぐに街の方に駆け出した。

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

俺と槍とグレン先生の拳とリィエルの大剣が、敵を貫き、砕き、吹き飛ばす。

 

「『紅蓮の獅子よ・正しき怒りのままに・吼え狂え』!」

 

「『聖なる送り火よ・彼等を黄泉へ導け・その旅路を照らし賜え』!」

 

システィーナの黒魔改【セイクリッド・バースト】と、ルミアの【セイント・ファイア】が焼き尽くす。

一体一体は弱いが、いかんせん数が多い。

それにこの環境だ、すぐに俺達の限界が来る。

そんな焦りを感じていると

 

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 

コレットがその手に炎を灯し、【魔闘術(ブラック·アーツ)】で、敵を粉砕する。

 

「シッ!」

 

ジニーがルーンを刻んだクナイで、正確に眉間を貫き、消滅させる。

 

「『鏡除くは我・映るは汝・我等表裏に在りて・真理目指す輩』」

 

フランシーヌが【コール・エゴ・エドヴェント】によって呼び出した【白い天使(アルマハ)】で、粉々に切り裂く。

 

「ここは私達に!」

 

「先生達はアルフォネア教授を、助けに行ってくれ!」

 

「このまま死なれても、寝覚めが悪いので」

 

フランシーヌ達の力強い応援に、グレン先生が笑う。

 

「分かった!頼むぞお前達!白猫、ルミア、リィエル、アルタイル!行くぞ!」

 

その声と共に、俺達はその場を後にする。

 

 

「さてと…ここからだな」

 

市長さんが用意してくれた、最低限の装備を背に、俺達は登山口に着いた。

 

「準備はいいか、お前達。【エア・コンディション】は切らすなよ?だが、気張りすぎもダメだ。魔力が枯渇しちまうからな。ここは霊脈(レイライン)の影響で、マナの大気中濃度が非常に濃いから、慎重に呼吸法でマナを取り込め。そうすれば、枯渇しないはずだが、大きく吸えば肺が凍るから、気をつけろ。俺が先頭、リィエルが殿だ。ルミア、ヒーラーのお前は、極力温存してくれ。白猫、お前は【スペーシャル・パーセプション】で、常に空間を把握してくれ。お前が俺達の頼みの綱だ、頼むぞ。アルタイルは、臨機応変にフォローを頼む。後…戦闘もお前に任せる」

 

「ん」

 

「分かりました」

 

「ま、任せて下さい」

 

「OK。任せて」

 

「…よし、行くぞ」

 

こうして俺達の、雪山登頂が始まった。

 

 

戦闘自体は少なかった。

道中の殆どの敵を、アルフォネア教授が片付けていたからだ。

それでも、慣れない環境での戦闘はいつも以上に、疲れる。

道中、リィエルが作ったかまくらで、一休みしたりしながら、登っていく。

そして遂に

 

「追い付いた…!」

 

しかしそこに居たのはバカでかい亡霊だった。

 

「デッカ!」

 

「あれは…集合体だ!ここら一帯の奴らが、集まったんだ!」

 

そのデカさを見て、俺達は慌てて加勢しようとするが

 

「『くたばれ』ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「うそーん」

 

なんと流石は我らがアルフォネア教授、力技で消し飛ばしたのだ。

ズッコケるグレン先生。

なんとも言えない空気が漂っていると、不意にアルフォネア教授が倒れた。

 

「ッ!?セリカ!?」

 

慌てて俺達が駆け寄ると、顔は真っ青で呼吸も荒い。

 

「まさか…マナ欠乏症!?」

 

「それだけじゃねぇ!低体温症まで起こしたやがる!このままだと…!?」

 

不意に先生の言葉が止まる。

何事かと思うと、()()()()()()()()

 

「…まさか…?」

 

上を見ると、()()()()()()()()

 

「クソ!セリカのバカが遠慮なしに、バカスカ撃つからだ!!」

 

先生が周りをキョロキョロして、何かを見つける。

 

「お前達はあそこの尾根に向かえ!俺はセリカを何とかする!」

 

俺は糸を先生に渡す。

 

「これをアルフォネア教授と結んで!着いたらまとめて飛ばします!」

 

「頼む!」

 

俺達はすぐに行動を開始した。

 

「『我が手に星の天秤を』!」

 

「『疾風よ』!」

 

俺がルミアを抱え、一気に尾根まで目指した。

途中ふらつくシスティーナを重力で支えながら、何とか辿り着く。

 

⦅先生!すぐに…!⦆

 

すぐに通信を試みたが、その時には既に、目の前まで雪崩が迫っていた。

 

「先生!!」

 

「ダメ!システィ、ダメ!!」

 

「バカ野郎!!」

 

駆けつけようとするシスティーナを、ルミアと2人で慌てて止めていた隙に

 

「先生!先生ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

グレン先生とアルフォネア教授は、そのまま雪崩に飲まれてしまった。




彼らの一族を滅ぼしたのは…フェロードでした。
どうしようかと思ったけど、彼に決定しました。
仇を前に、アルタイルがどうなるか…見物です。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

スノリア編第4話

これで12巻は、これで終了です。
それではよろしくお願いします。


「ったく…あれほど無くすなって言ったのに…」

 

まああの雪崩だ、仕方ないか。

あの後、続けざまにホワイトアウト状態を受けた俺達は、すぐにリィエルの作ったかまくらに避難して、何とかやり過ごした。

本当に、サバイバルに長けたリィエル様々だ。

その後、俺はルミア達をかまくらに残して、1人で捜索を始めた。

渡してあったお守りを頼りに、ここまで来たが、そこにはグレン先生達の姿はなかった。

 

「まあ… あの人だから大丈夫だとは思うけど…?」

 

語尾が変な感じになる。

というもの、ポケットに何か入って…あ!

 

「そうじゃん!宝石型通信機あるじゃん!」

 

俺達はお守りの他に、二重で連絡手段を用意してきたのだ。

普段使わないから、忘れてた…。

俺はイヴ先生がやったみたいに、逆探知で場所を割り出したのだが…

 

「…アイツら連れてこなくて、本当によかった」

 

「どう見ても事後です。本当にありがとうございました」

 

「まあ、ある意味事後でしょうけど…」

 

そこでは、グレン先生アルフォネア教授が裸…より正確には、上半身だけ裸で抱き合ってきた。

低体温症を併発していたアルフォネア教授の体温を上げるための、苦肉の策ってやつだろう。

さて、まずは現状を報告しよう。

 

⦅ルミア、聞こえるか?⦆

 

⦅アイル君!?無事!?⦆

 

⦅ああ、無事だ。グレン先生と、アルフォネア教授も見つけた。教授も峠は越えて、意識もハッキリしてる⦆

 

⦅良かった…!⦆

 

⦅とりあえず、こっちに呼ぶから、手筈は整えてあるか?⦆

 

⦅大丈夫!行けるよ!⦆

 

⦅よし…!行くぞ!⦆

 

俺は後ろの2人がちゃんと服を着てるか、確認する。

じゃなきゃ、隠す意味ないからな…。

俺は3人を、一気に【次元跳躍】させる。

今回は成功したらしい。

洞穴の入口に3人が来たのを視認する。

 

「「先生!教授!」」

 

「2人とも…大丈夫?」

 

こうして俺達は何とか全員、合流を果たしたのだった。

しかし問題は山積み。

大幅なタイムロスである事、ここがどの辺なのか、具体的には分からない事、体力が限界の事。

そんな議論をしていると

 

「ここは…まさか…!?私は…ここを…知っている!?」

 

「おい!セリカ!?」

 

そう呟いて、フラフラと奥へ進んでいくアルフォネア教授。

俺達も慌てて追いかけるとそこには、何やら開けた場所に出た。

そこは古代遺跡のようだったが、それより俺が気になったのは

 

「…酷いな、これは」

 

ミイラ化した遺体の数々だった。

よく見ると、どの遺体も、見覚えのあるローブを身にまとっていた。

 

「これは…銀竜教団の連中か?」

 

グレン先生もそこが気になったようだが、アルフォネア教授はそれにすら目をくれず、最奥まで行ってしまう。

奥にある何かをジーッと見つめながら、何かを思っているのだろうか。

すると突然

 

「…グレン、私は少し思い出したよ」

 

「「「!?」」」

 

また、何か思い出したのか…!?

 

「しっかし…参ったなぁ…。私はどうも思った以上に、ロクでもない存在だったらしいが…関係ないね」

 

振り返ったその顔は、いつもの自信に満ちた不敵な笑みだった。

 

「私は私。何者であってもお前の家族。そうなんだろ?それに…お前は私に正義の魔法使いになって欲しいんだっけ?いいぜ、ガラでもないが、なってなるよ。だから…私の事を最後まで見ていてくれ。たとえ、何があっても」

 

しかしグレンには、今にも泣き出しそうな笑顔に見えた。

 

「…大丈夫っすか?」

 

「ああ…さてと、お前達、準備しろ。早速だが、竜退治だ」

 

は?いきなり何言って…!?

 

「過去、因縁、怨恨、罪…そんなものはもう知らん。今を生きるお前達の為に、私は戦おう。それが…私の正義の魔法使いのしての初仕事だ。だから…力を貸してくれ」

 

「あ、当たり前だぜ!」

 

当然俺達も頷く。

やってやる、何が相手でも…!

 

 

俺達はアルフォネア教授が召喚した、古びた箒で、山頂まで飛んだ。

まあ俺は、【グラビティ・タクト】で、自力で飛んだ訳だが。

そんなこんなで何とか辿り着いた山頂で、ついに白銀竜と対面した。

 

「よう、白銀竜…いや、白銀竜将ル=シルバ。…決着を付けに来たぜ」

 

その姿は、どこまでも勇壮で、凛々しく、偉大だった。

 

(これが…セリカ=アルフォネアか…!)

 

高みは遥か高い…そう、思わざるを得ない。

 

〖来たか(セリカ)よ…!待っていたぞ!さあ、我が積年の怨嗟、身をもって知るがいい!!〗

 

凄まじい程の呪いを吐き捨てる竜。

しかし

 

「…あ?うっさいな。黙れよ、トカゲ風情が」

 

〖な…〗

 

アルフォネア教授には、なんの意味のなく

 

「ぶっちゃけ、お前に何したかなんて、なんも覚えてないんだ。なんかお前に色々迷惑かけたみたいでごめんね!それはそれとして…とっととくたばれ、ドラゴン」

 

逆に煽られるという、呆れ果てるしかない状況になってしまった。

 

「…はぁ…どうすんだよ…これ…」

 

俺は目の前で怒り狂うドラゴンを見て、ため息をつく。

そうして俺達とドラゴンの戦いが始まった。

 

 

「『『『吹き飛べ』』』!!」

 

たった一節で、【プラズマ・カノン】【インフェルノ・フレア】【フリージング・ヘル】の、3種類のB級軍用魔術を発動するアルフォネア教授。

これが教授を象徴する絶技【三重唱(トリプル·スペル)】だ。

 

〖カッ!!〗

 

白銀竜の一撃に散ってしまう。

 

「ほう?ならこれなら…!」

 

そうして次に発動したのは、【イクスティンクション・レイ】。

本家本元の神殺しの技だ。

しかしそれすら、打ち消される。

それはあらゆる運動を停止させ、結果として、攻性魔術(アサルト·スペル)を無効化する竜の咆哮(ドラゴン·シャウト)凍てつく吐息(バニシング·フォース)】。

 

〖『■■■』〗

 

次に白銀竜が発動したのは、竜言語魔術(ドラゴイッシュ)だ。

 

「フッ!」

 

それは俺が、結界で防ぐ。

 

「ほう…多重装甲結界とはやるな。で?あれはどうする?アルタイル」

 

俺の結界を褒めた直後、顎で促す先には、こちらに直接襲いかかろうとしている白銀竜の姿。

もちろん、予測済だ。

結界を張ると同時に、俺が持つ最硬の結界を発動する準備を、整えてある。

 

「『七色煌めく光の華よ・その輝きを以て・ 我らに華の加護を与え・その道行を照らし護り給え』!」

 

固有魔術【アイギス・ブローディア】。

簡単な話、【フォース・シールド】の【多重詠唱(マルチ·キャスト)】だが、俺の糸を混ぜ、更に1枚1枚に特化した効果を与える事で、全体的に防御力を底上げしてある。

今回は氷結効果と物理効果に極振りしてある。

そこに更に、【グラビティ・タクト】の斥力を加えてあるので、従来よりかなり頑丈だ。

 

ゴォォォォォォォン!!!

 

激しい衝撃と共に、白銀竜のチャージを防ぎきったが…かなりマナも持ってかれた。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

「アルタイル!大丈夫か!?」

 

「よく防いだな。大したもんだ、本当に」

 

そう褒めながらも、アルフォネア教授は【イクスティンクション・レイ】を、剣状に変え、胴を切り裂く。

 

〖ギャアァァァァァァァア!!!おのれ…(セリカ)ァァァァァァァァ!!!〗

 

「させ…ねぇ!『我が手に星の天秤を』!」

 

俺は降り注ぐ氷の刃を、最低限の分だけ重力で砕く。

その隙に、アルフォネア教授が隕石をふらせ、叩きつける。

この戦い、一見するとアルフォネア教授が優勢だが、ふとした時に趨勢は転がる。

というのも、今の教授はルミアのアシストを受けたシスティーナが、片っ端からマナを送り込んでいるから、初めて戦闘が成り立つ。

俺は少しでも負担を減らすために、防御を引き受けてるが、かなりギリギリだ。

相手は古代竜(エンシャント·ドラゴン)

俺はおろか、アルフォネア教授すらそこに全神経を集中させている。

当然、ワラワラと湧いてくる亡霊などには対応出来ないので、そこはグレン先生とリィエルが対応する。

このまでして初めて、成立している拮抗だ。

恐らく最初に崩れるのは…俺だ。

 

〖オォォォォォォォォ!!(セリカ)ァァァァァァァァ!!!〗

 

「『しゃらくせぇ』!!」

 

「こっのぉ!!」

 

白銀竜が降らす落雷をアルフォネア教授は、同じく落雷を放ち迎撃し、俺は雷避けの結界で防ぐ。

 

「どうした?雷の扱いが下手だぜ?」

 

〖たわけ!そのような荷物がいてよく吠える!〗

 

そう言って骸骨達を呼び出して…狙いは俺か!?

クソ…!?迎撃が、間に合わねぇ!

俺は、そのまま持っていた剣で腹を貫かれる。

 

「しまった!?アルタイル!」

 

「ガハァ!?…こんのぉぉぉぉぉ!!!」

 

アルフォネア教授もグレン先生も、俺が狙われるとは思っていなかったらしく、反応が遅れる。

俺は結界を維持しながら、思いっきり蹴り飛ばす。

そのまま、糸を振るって切り刻む。

腹に刺さったままの剣を、糸で剣ごと縛って、出血を出来るだけ抑える。

 

「ボサってしないで!!早く倒して下さい!!!」

 

「ッ!!グレン!やれぇ!」

 

「ク…うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

グレン先生が走りより、改変した【愚者の世界】を発動する。

上方向に改変されたそれは、竜言語魔術(ドラゴイッシュ)を無効化し

 

「『■■■』」

 

「…え?」

 

今、アルフォネア教授…なんて…?

まるで理解できなかったそれは…古代魔術(エンシャント)

それが冗談でない事を証明するように、とてつもない高温の炎の槍が生み出され、

 

「穿て!【クトガの牙】!!!」

 

その槍は…白銀竜の心臓を貫いた。

 

〖ギャアァァァァァァァァァ!!!〗

 

「やったのか…?」

 

その雄叫びを最後に、白銀竜は消え、それと同時に、吹雪も止んだのだった。

 

 

その後、ルミアから治療を受けていた俺が見たのは、白い幼女を抱いたアルフォネア教授だった。

何でも白銀竜が消えた場所にいて、アルフォネア教授が、引き取るらしい。

そんなこんなで、無事危機を脱した俺達はというと

 

「んー?どっちがいいと思う?」

 

「そっちのヘヤピンじゃないかな?」

 

ベガへのお土産選びをしていた。

本当はイヴ先生にもなのだが、そこはコソッと買おう。

 

「ていうか…なんでアイツはこう…ペアルックとか好きなんだか…」

 

ベガはペアルックとか好きで、よくお揃いのものを買っている。

流石にベガの趣味では、俺に似合うものがないのが難点だ。

 

「でもこれなら、男の人でも大丈夫そうだよ?」

 

そう言ってルミアが見せてくれたのは、シルバーアクセサリーだ。

確かにこれなら、シンプルで俺にも合うデザインがある。

 

「んー…そうだな。この紫の石が入ってるのは?」

 

「あ、いいかも。アイル君は…赤かな?」

 

「それ、手袋だけだろ」

 

「かもね!」

 

お互いそんな軽い事を話しながら、実は内心バクバクだったりする。

 

(考えなくても…初デートだよな?これ)

 

そう思うと妙に緊張して…?

あ、これは…。

俺はそっとそれを手に取り、他のお土産を買い漁ることにした。

 

「よし!終了!満足!」

 

「良かった!帰ろっか!」

 

こうして皆に合流した俺達は、電車に乗り込み、出発する。

俺は1人、サロンでのんびりする事にした。

 

「アルタイル。少しいいか?」

 

「ん?なんですか、グレン先生?」

 

そこへやってきたのはグレン先生とルミア。

他のみんなは別々らしい。

 

「…お前、2日目から何があった?」

 

その言葉に押し黙る。

グレン先生には、俺達の事をそれとなく話してある。

なので隠す必要は無いのだが…

 

「アイル君…あの人と何があったの?」

 

ルミアには、相当心配かけたな。

はぁ…仕方ないか。

 

「…親の、一族の仇にあった。それだけ」

 

「「!!!?」」

 

ルミアと先生は、目を見開いて驚く。

 

「仇って…あの人が!?」

 

「ああ、あの顔…忘れたくても忘れねぇ。フェロード=ベリフ…!」

 

俺は無意識に拳を握りしめる。

アイツは…必ず…!

 

「そうか…。とりあえずは体を休めろ。後…すまなかった。お前を守れなかった」

 

「…それは大丈夫です。あの状況じゃ、1番の足手まといは俺ですし」

 

そう言って立ち去るグレン先生を見送ってから、俺はあるものをルミアの前に置く。

 

「ん?これは?」

 

「いいから開けてみろ」

 

不思議そうに開けるルミア。

中身を開けるとそこには

 

「…イヤリングだ。綺麗…」

 

ピンク色の雪の結晶を模した、イヤリングだ。

先程買い物中に見つけ、似合うと思い買ったのだ。

ルミアは早速イヤリングを着けて、見せてくれる。

 

「…どう?///」

 

「よく似合ってる。可愛い」

 

「かわっ!?///」

 

顔を真っ赤にしてるルミアを眺めながら、俺はある事を考えていた。

 

「…『歴史を遡れ』か…」

 

あの野郎の言う事を聞くなんて癪だが、調べてみるか。

そう思いつつ、俺はすっかり冷めたコーヒーを啜るのだった。




アルタイルの新呪文炸裂しました。
今までとは違う、守りの一手です。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話10

小話と言いながらも、これは実質13巻です。
正確にはその裏では、アルタイル君が何をしてたかです。
それではよろしくお願いします。


「クソ!なんの情報も無い…!」

 

俺は学院の図書室で、静かに呻いていた。

今は長期休暇も残り4日だ。

課題をさっさと片付けて、俺はあの憎き仇が残した一言をヒントに、ひたすら古い文献を漁っていた。

ここ以上に、文献が揃っている場所は無い。

 

「マジで何も出てこねぇ…。やっぱデマか…?」

 

思わず天井を仰いでぼうっとする。

 

「いや…遡ってる歴史が違う…?」

 

本当に普通の歴史の事だろうか…?

そう、例えば

 

「エステレラ家の歴史を遡れって事か…?」

 

しかし、どの歴史書にもエステレラの文字は無い。

それも違うのか?

なら…行ってみるか、あそこに。

そうなると色々用意がいるな…。

俺はすぐに家に帰り、爺さんに相談した。

 

「爺さん、話がある」

 

「…何だ」

 

「あそこに…故郷に1度、帰ろうと思う」

 

「!?…何故だ」

 

珍しく、爺さんが目を見開いた。

それだけ意外な言葉だったのだろう。

 

「…自分の過去を知る為に」

 

「…分かった。早馬を用意してやろう。3日後だ」

 

3日か…学校には行けないな。

 

「ありがとう」

 

俺は直ぐに用意をして、イヴ先生経由で、休む旨を伝えてもらう事にした。

そうして俺は3日目の夜遅く、故郷に向かう為、東に向けて出発した。

だから知らなかった。

…4日目の朝、つまり始業式の日、リィエルが生死を彷徨っていた事を。

 

 

 

「おいイヴ!どういう事か説明しろ!」

 

リィエルが【エーテル解離症】で倒れてから1週間後、突然現れた特務分室の現室長である、サイラス=シュマッハとの取引を行い、女王陛下を狙ったアルベルトの討伐に参加する事となった。

そこでイヴが参戦、参加する見返りに、リィエルの【霊域図版(セフイラ·マップ)】を要求。

その交渉が成立したところだ。

 

「うるさいわね。ちゃんと話すわよ。…貴方達がこの一週間、正攻法で調べてる間に、私はツテを使って、【霊域図版(セフイラ·マップ)】の行方を探していたのよ。リィエルの魂を設計したのはシオンよ。だったらあの事件の資料の中に、リィエルの【霊域図版(セフイラ·マップ)】があると踏んだのよ」

 

「あ…あぁぁぁぁぁぁ!!」

 

しまった!すっかり失念してた!

そうだ、あの事件の資料、【シオン・ライブラリー】に、あったはずなんだ!

俺とした事が…!

 

「…まあ、愛しの妹分が倒れて、気が動転してた事にしたあげるわ。それに今の貴方じゃ、閲覧出来ないし。それでそれを探したんだけど…案の定、消えてたわ」

 

「…案の定?」

 

妙な言い方をするイヴに、俺は聞き返した。

 

「…ここからは、私じゃなくて、アルタイルの推理よ。あくまで全て状況証拠、机上の空論よ」

 

それから語られたアルタイルの推理は、無茶苦茶だが、現実味がある推理だった。

ただ、気になったのは

 

「…アルタイルはどうやって、ここまで推理を立てられたんだ?」

 

「私が聞きたいくらいよ。セリカ=アルフォネアじゃないけど、ピース1つでパズル全体を想像したようなものよ」

 

もう、アイツ何なの?

ロザリーよりよっぽど探偵に向いてるぞ。

それはともかくとして…

 

「アルベルトの件は…事実なのか?」

 

イヴは言いにくそうな顔で、呟く。

 

「…ええ、事実よ。アルベルトは、女王陛下を暗殺しようとした後逃亡、追跡してきたバーナードとクリストフを…殺したわ」

 

俺は思わず頭を抱えてしまう。

 

(出来るのか…俺に?アルベルトの奴の戦えるのか…?本当に爺たちを殺しちまったのか?)

 

「…はぁ。貴方、まだ視野が狭くなってるわね」

 

「…?どういう事だよ」

 

俺はイヴの言葉に思わず顔を上げる。

 

「さっきアルタイルの推理を、言ったでしょう?リィエルが狙いか、魂が狙いか…。【霊域図版(セフイラ·マップ)】を持っているサイラスが、リィエルが倒れる時期を知れたとするなら?その上で、リィエルを連れていこうとする訳は?アルベルトがこのタイミングで、事件を起こした訳は?…以上を踏まえて、今貴方がすべき事は?」

 

イヴの言葉を一つ一つ噛み締め、俺は…覚悟を決める。

 

「…真実を見極める。何にしても、事の真相に迫るしかない。…やってやる!」

 

そうだ、いつも通り手探りでやっていくしかない!

アルタイルなら…こういう時、なんの躊躇いもなく飛び込んでいく。

だったら俺も…やってみせる!

そう決意を胸にするのだった。

 

 

 

 

「早馬で4日…あの時の俺、よくベガを背負って歩けたな」

 

まさかここまで時間がかかるとは…。

俺は4日かけて、ある廃村に来ていた。

ここは地図にも載っていない…厳密には、消された村だ。

あの日、全てがこの村から無くなった。

…奪われた…!

 

「…よし。暫くはここで調べ事だな」

 

俺は村の入口で馬を停め、村の奥まで進み、かつての自分の家を目指した。

 

「…あった。ここだ。」

 

俺は焼け跡となっている自分の家のある部分を持ち上げる。

 

「…よし、魔術で保護されてるから、問題ないな」

 

そこは地下蔵の入口であり、俺はゆっくりと黒魔【トーチ・ライト】の灯りを頼りに、地下に進んでいく。

ひとまずそこを拠点に、俺は適当な食い物でも調理しようと、外に出て、丘を登る。

 

「遺跡都市マレスか…」

 

この間話に上がったマレスの近くにあるこの村は、ここからだとマレスを一望できるのだ。

 

「…ん?反応がある?」

 

俺は遠見の魔術でそれを確認すると…

 

「は?アルベルトさん?」

 

なんとそこに居たのはアルベルトさんだった。

 

⦅アルベルトさん。聞こえますか?⦆

 

お守りで通信を送ってみると、すぐに返事が来る。

 

⦅…エステレラか?どうしてこんな場所にいる?⦆

 

⦅いや…どうしてもここ用があって…。後、ここは俺の故郷なので⦆

 

⦅そうか…⦆

 

⦅アルベルトさんは、どうしてここに?軍務っすか?⦆

 

⦅…そんなところだ⦆

 

⦅そうですか。それでは頑張って下さい⦆

 

そう言って俺は通信を切る。

 

「さてと…やりますか」

 

一休み入れた俺は、地下に眠る蔵書の数々を漁ることにしたのだった。

 

 

ここに来て5日、やっと手がかりみたいなものが出てきた。

見つけたのは、古ぼけた日記が数十冊と、1枚の何かが書かれた布切れだ。

本の方は、恐らく研究日誌みたいなものか…?

 

「何か書いてあるかな…」

 

表紙をめくった見開きに書いてあったのは

 

『汝、正位置の愚者たらんことを』

 

「…なんの事だ?」

 

俺は訳分からずに、ページをめくる。

全く読めない言葉で綴れたそれを見て、俺は解析魔術を使った。

 

「『賢者の瞳よ・万の理を見定めよ・我が前にその大いなる智慧を示せ』」

 

こうして初めて読めるようになったそこには

 

『彼の魔王はあまりにも強力だ。【天空の双生児(タウム)】の1人、空の天使【レ=ファリア】様がついておられるからだ。それに魔王自身もまた、強力だ。故に、まず魔王から、空の天使を引き離さなくてはならない』

 

そこから始まるそれには、何代にもわたる空の天使【レ=ファリア】の事が、研究され尽くしていた。

空間に作用する力、【王者の法(アルス·マグナ)】という力。

その多くがこと細やかに記述されている。

 

「【王者の法(アルス·マグナ)】…銀の鍵…空間に作用する力…」

 

つまり、ルミアは…そういう事なのだろう。

そこは深く考えずに、話を進める。

 

『遂に彼の魔王に目をつけられた。この研究を知られ訳にはいかない。故に、私は魔王に取り入りつつ、機会を伺う事にした。これから子孫達には、多くの葛藤と苦悩を背負わせる事になるが…どうか、強く生きてくれ』

 

さらに話は進む。

先祖が手を貸してきた実験に、それ以降続いた何人もの先祖が、イカれそうになりながらも、必死に繋いできた。

残念だが、その内容は記載されていない。

しかしその実験の過程で、先祖達が開発してきた【アリアドネ】が、遂に完成したらしい。

それから時は進み、約400年前。

アリシア三世や、ロラン=エルトリアなどが、生きた時代だ。

 

「そう言えば、アリシア三世は何かを知ってイカれたんだよな。…一体何を知ったんだ?」

 

恐らくそれが、俺達の先祖が関わった実験なのだろう。

一体何をしたんだか…?

 

『我らが繋いできた歴史と、ロラン=エルトリアなる者の研究、これら2つを合わせた結果、ある答えに辿り着いた。それは…()()()()()()()()()()()()()()。そして…あの()()()使()()()()()()。そうなっては今の世界では、彼には勝てない。正義の魔法使いはいないのだから。故に…私は、この【アリアドネ】をあの者達への対抗手段として、改良を重ねていこうと思う。子孫達よ、どうか…私の意思を継いでくれ』

 

それからの手記は、この【アリアドネ】を如何に上手く使うかなどの研究が、書かれている。

ふと思えば、この手袋を継承した時、何故か知らないはずの戦い方を知っていた。

つまり…この手袋自体に、それが蓄積されていたという事だろう。

遂に最後の一冊、比較的新しいそれは、数ページしか使わていなかった。

 

『遂に、彼の魔王に気付かれた。グスタの村が、魔王の尖兵に滅ぼされた。そう遠くないうちに、我々も滅ぼされるだろう。まだ【アリアドネ】は未完成だが、我が息子、アルタイル。我が娘、ベガ。どうか…強く生きて。そして何時か…この忌まわしき歴史を断ち切って。…矛盾しているけれど、どうか幸せに。愛してるわ、私の子供達』

 

この文字は…お袋だ…!

 

「お袋…!」

 

思わず涙が零れる。

この【アリアドネ】は今も尚、俺の経験を学習して、強くなっている。

実際、俺が使いだしてから、最初の頃より魔力の消費量が抑えられたり、糸の強度や性能も向上している。

その本を俺はしっかりと抱きして、そして1番最後の見開きに書かれた呪文を読み上げる。

それは…あの布切れの言葉を解読する為の鍵だ。

 

「『開けよ・開け・真実の扉・我が前に・真理を示せ』」

 

その呪文を唱えてみた。

すると布切れの字が変わっていく。

やがて…

 

「『告げる・汝が身は我が元に・我が命運は汝の鍵に・追憶の縁より答えよ・汝外より来たりし空の器・されどその身は人の子なれば・その名をここに呼び示さん・汝の名は ・我と共にあれ・星辰の導きよ・なればこの命運・汝の鍵に預けよう』…か」

 

きっと何か、魔王に対する切り札なのだろう。

この空枠のところは、相手の人しての名前を、呼ぶのだろう。

俺達の場合は…ルミアだろうな。

400年前から…いや、まだ魔王がいた時から、俺達の一族は、戦ってきたんだ。

何代も何代も…時に煮え湯を飲まされながらも、時にいつ来るか変わらない、そんな恐怖と戦いながらも、耐えてきた。

その時が俺の代になって、遂に来たんだ。

本来ベガが継ぐべきなのか、俺が継ぐべきなのか…分からないけど、俺が…この意志を背負う。

俺にとって…彼らこそ、真の正義の魔法使いだ。

俺はこの血を…俺達の歴史を、誇りに思う。

 

「この連綿と続いてきた覚悟と決意…しっかり受け取った。だから…後は任せろ!」

 

ふと、外が騒がしい気がする。

何事かと登ってみると、村の入口に意外なものがいた。

 

「【神鳳(フレスベルグ)】…?」

 

神鳳(フレズベルグ)】とは、帝国軍が飼い慣らしている鳥の魔獣だ。

その速さは、あらゆる魔獣の中でも最速で、帝国の軍の空戦力として重宝されている。

 

「なんでこんな所に…?」

 

「イヴさん!薪を集めてきまし…た…?」

 

後ろからやけに聞きなれた声がする。

振り返るとそこには

 

「システィーナ!?」

 

「アイル!?」

 

何故かシスティーナがいた。

いや…本当に何で?

 

 

「まさか…リィエルが…!?」

 

俺はシスティーナとルミアとイヴ先生の4人から、いない間に起こった事件の話を聞いていた。

 

「しかもアルベルトさんが…!?あの人そんな事…!?」

 

「待ちなさい。貴方アルベルトと話したの!?」

 

「え、うん。だってそこの丘、登ると一望できますし。遠見の魔術使えば視認できますよ?」

 

「…はぁ。間が悪いと言うか、なんと言うか…」

 

何故かため息をつかれる。

 

「アイル君はどうしてここに?」

 

ルミアが薪をくべながら、俺に聞く。

 

「ここが俺の故郷だから。というか、そっちこそ何でここに?」

 

「偶然、空から良さげな廃村を見つけたのよ。地図にも載ってなかったし」

 

代わりに答えたのはイヴ先生だった。

なるほど、つまり本当に偶然、ここで再会したわけか。

 

「それで?探し物は見つかったわけ?」

 

「…お陰様で。色々と、ね」

 

そう言って木の枝を投げ入れる。

 

「…さてと、時間でしょ?俺も付き合うよ」

 

「そうね。…貴女達準備はいいわね?」

 

イヴ先生の言葉に神妙に頷く2人。

 

「よろしい…やるわよ」




実際に書いてる時に感じたより、文字数が少なかった…。
今回、13巻はワザと端折ります。
13巻目玉である、グレンVSアルベルトの構図を、崩したくなかったからです。
アルタイルをグレンと一緒に同行させると、どうしても終盤に、主人公のアルタイルが邪魔です。
かといって最初から、イヴ達に同行させると、話が難しくなります。
ですので今回こういう形で、エステレラ家の事に触れました。
完全には明かしません。
だって…今全部明かすのは、つまらないですから。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

マレス編

これでマレス編は終わりです。
それではよろしくお願いします。


「はぁ…!はぁ…!はぁ…!」

 

(お前はその神殿から動けない…!そこに勝機がある!裏路地を駆け抜けて、近付く!)

 

俺は神殿の屋上に佇むアルベルトを睨む。

 

(俺とお前の戦いは、距離の奪い合いって事だ!)

 

 

 

(…と、お前は考えてるのだろうな)

 

「フッ…流石だ。これでは俺でも狙えない。しかし…」

 

そう呟いた途端、向かって2時の方向に上がる爆煙。

 

(お前の使うルートには、既に無数の魔術罠が仕掛けてある。位置は捉えた。これで…!?)

 

しかし、俺の視界にグレンの姿は見えなかった。

 

 

 

(…へっ。そう来るだろう事は…読んでたぜ?)

 

俺は右手に持った拳大の石を投げる。

そのままあるポイントを通り過ぎた途端、爆煙が上がる。

 

(最も長くお前と破壊工作してきたのは、誰だと思ってやがる!張り方、隠し方、手口、傾向…全てお見通しだぜ!)

 

このまま一気に…!

その時、不意に背筋に極寒の刃が駆け上る。

その直感のままに俺は身をかわすと、今いた場所に、雷の閃光が数閃降り注ぐ。

 

「嘘だろ!?捉えられたのか、俺!?」

 

 

 

(ふん、最も長くお前の戦いを援護してきたのは、誰だと思っている?立ち回り、発送、逃げ方、身体能力、癖…全てお見通しだ)

 

そんな俺は、目を閉じていた。

例え見えずとも…

 

「お前はそこに、居るのだろう?」

 

 

 

「クソッ!アホかあいつ…!?」

 

流石に予測だけで撃つのは無理があったか、途中で追撃はやんだ。

だったら…!

 

「へへっ…即席の使い魔だぜ…行け」

 

俺は適当に使い魔を作り、出し抜こうとした時

 

「ん?なんだありゃ?…鏡か?」

 

割と高い建物の壁の一部が、鏡に変わっていた。

 

(鏡…?)

 

「…ッ!?やっべぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

俺は慌てて来た道を引き返すと、それと同時に雷閃が、俺を追撃する。

 

 

 

「目が一つだけだと思ったか?」

 

俺は【形質変化法(フォーム·エレメンタル)】と【根源素配列変換(オリジン·リアレンジメント)】で、彼方此方の壁面を鏡に変換しておいたのだ。

 

「とはいえ…流石に対応が早いな、グレン」

 

俺の耳には、鏡が割れる小さい音が聞こえた。

 

 

 

「『沈黙せよ・静寂せよ・汝は音無き妖精』」

 

【ノイズ・カット】、音声遮断魔術だ。

これで銃声は漏れない。

俺は【ブレイン・アバカス】で、弾道を計算して、鏡を割っていく。

 

「へっ。どうよ…。凡人舐めんな」

 

 

 

(こうなるのは分かっていたんだ。なのにあの時、お前を仕留められなかった。それは…感傷、そして偽善。俺もまだまだ甘いという事か。…来いグレン。俺は9を助ける為に1を切る。それに異を唱えるのなら、倒してみせろ。グレン、この戦いは…)

 

(どうせ何時もみたいに9を助ける為に1を切るとか、罪も痛みも全部自分で背負うとか、そう思ってんだろ?あのバカ野郎。これだけの力がありながら…なんで傷つくのも厭わずに、1を切り捨てる!たまには欲張れよ!俺は欲張りなんでな…お前もリィエルも守る!アルベルト、この戦いは…)

 

((俺とお前の意地の張り合いだ))

 

 

 

静かで冷たく、苛烈で熱い夜だ。

これが魔術戦だ、これでも…魔術戦なのだ。

 

「すげぇ…!」

 

俺もルミアもシスティーナも、思わず見とれている。

これ程までに、洗練された魔術戦初めて見たからだ。

使われてる魔術は全て、俺達でも使える魔術ばかりだ。

ただ、それを超高次元で使われてる。

俺達が使っても…こんな凄い魔術戦は出来ない。

 

「貴方達、見とれてる暇はないわよ。手筈通り、遅すぎず、早過ぎず。タイミングが肝心よ。絶対に私の指示に従って頂戴。いい?」

 

「「はい!」」

 

「了解です。…こっちが近道です」

 

俺達も神殿に向けて行動を開始する。

途中アルベルトさんが、派手に建物をぶっ壊していたようだが、それは気にしない。

 

「…来た」

 

俺達が密かに隠れている祭壇に、男女が入ってくる。

 

(あれが…サイラス=シュマッハ)

 

初めて見るがなんというか、胡散臭い奴だな。

あれ、女にモテないタイプの奴だろう。

ソイツが遂に、リィエルの【霊域図版(セフイラ·マップ)】を出した。

 

(…今!)

 

それと同時に、イヴ先生が炎の結界を張る。

 

「そこまでよ。やっと出したわね、リィエルの【霊域図版(セフイラ·マップ)】を。…なるほど、そうやって自分の魂魄を鍵にして隠していたのね」

 

「御用改だ、神妙にお縄につきな」

 

「リィエルを好き勝手にはさせない!」

 

「リィエルを返して下さい!」

 

俺達もイヴ先生に続いて、飛び出す。

そこへ、後ろから見知らぬ女が入ってくる。

 

「イヴさん!?どうして!?」

 

「イリア?」

 

ん?知り合いか?

あの制服…特務分室か。

 

「サイラス室長!一体なんのつもりですか!?」

 

「いいのよイリア。…もう、茶番はいいの」

 

「え?」

 

「そもそも…貴女誰よ?」

 

は?何言ってんの?

そう思った瞬間、イリアとやらはイヴ先生に、燃やされていた。

 

「キャアァァァァァァァァ!!!」

 

耳を劈くような悲鳴をあげるその人影は、不意にぐにゃりとまがり、消えたのだ。

 

「は!?何事!?」

 

「落ち着きなさい。…思い出したの。【月】のイリヤ。そんな奴、いなかった。空席だったのよ。…貴女の仕業ね」

 

「…フッ。まさか見破られるとはな」

 

そう答えたのは、サイラスのそばにいた女だった。

 

「ご名答だ。これが我が固有魔術(オリジナル)月読ノ揺リ籠(ムーン·クレイドル)】。月の光を触媒にする事で、人ではなく世界を騙す究極の幻術だ」

 

「なっ…!?世界を…騙す…!?」

 

無茶苦茶だ…!?

そんな事出来るはずが…!?

 

「ふん、見破ったのは私じゃない。グレンよ」

 

「何…?あの愚者だと?」

 

グレン先生が見破ったという事実が、相当気に食わないのか、顔がすごく歪む。

 

「貴女達、グレンの事を舐めすぎよ。それとね…アイツにとって、セラとの記憶は神聖不可侵のものなのよ。それを貴女達は土足で踏み荒らした」

 

そういう事か…。

グレン先生にとって、軍時代の唯一の希望だった人の事だ。

それを踏み荒らした…!

 

「もう、茶番は終わりよ。とっととそれ、渡してちょうだい。…蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)のサイラス=シュマッハさん」

 

「「え!?」」

 

「「ッ!?」」

 

イヴ先生の一言に、空気が固まる。

 

「…何故それを?」

 

「…だそうよ、アルタイル」

 

そこで俺に振るのかよ。

 

「アンタはイヴ先生が左遷されてから、室長になった。そしてその前、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)と繋がっていると言われていた、バードレイ卿が殺害。やったのはイグナイト卿だ。なのに蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)を潰したって話は聞かない。手柄大好きイグナイト卿が、公表しない筈がないのに。という事は、まだ潰れていないって事だ。そうなると、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)はどうなっているのか?」

 

俺はここで話を切る。

 

「答えは簡単。イグナイト卿自身が掌握している。そんな所にアンタが室長になった。…凄い偶然だね?今まではイグナイトが率いていた、特務分室に別のやつが頭になったんだから。後は1つずつ紐解いていけば、あら不思議。あんたの素性が、推測されるって訳だ」

 

俺の推理もあながち間違ってないようだ。

その証拠に、サイラスの顔が歪んでいる。

 

「図星か?余裕ぶっこいてた笑みが、無くなったぜ?」

 

「…はぁ。これは想定外でした。まさか私の素性だけじゃなくて、後ろ盾まで見破られるとは。改めまして、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)団長、サイラス=シュマッハです。しかし…貴女達は不思議に思いませんか?何故私が、こんな無駄話に付き合ったか」

 

「「…ッ!?まさか!」」

 

「ええ、そのまさかです!」

 

その時ガラスが砕けるような音と共に、世界が砕け…再構成される。

 

「しまった!これは世界じゃなくて、私達…!」

 

不意に…目の前が…真っ暗になった…。

起きろ…!起きろ…!!起きろ!!!

一気に目が覚める。

視界の端で、システィーナ達も目が覚めたのを確認する。

俺達は予め、ルミアの力で超強化された、【マインド・アップ】で、精神を底上げしたあったのだ。

 

「『唸れ暴風の戦鎚』!!」

 

システィーナが先に呪文を唱える。

しかしそれはギリギリで躱される。

 

「『雷帝の…』」

 

させるか!

 

「『散れ!』」

 

俺は直ぐに【トライ・バニッシュ】で、無効化するのと同時に

 

「これで…!!!」

 

俺は予め詠唱しておいた【ライトニング・ピアス】を、今発動する。

 

「寝てろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

システィーナの2発目の魔術が、詠唱無しで発動される。

 

「何!?【時間差詠唱(ディレイ·ブースト)】!?それに【二反響唱(ダブル·キャスト)】だとぉ!?」

 

時間差詠唱(ディレイ·ブースト)】とは、予め【予唱呪文(ストック)】しておいた魔術を時間差で発動する高等技術だ。

二反響唱(ダブル·キャスト)】も、高等技術で、1つの呪文の詠唱で、2発分の魔術を発動するものだ。

そんな想定外の一撃に対応出来なかったイリヤは、そのまま吹き飛ばされ、気を失った。

 

「システィーナ!急げ!」

 

「えっとこのタイプは…大丈夫!論文で読んだことある!ルミア!貴女の力を貸して!」

 

「うん!リィエルの方は私に任せて!アイル君!手伝って!」

 

「OK!何すればいい!」

 

(あの子達…優秀すぎない?)

 

「ま、教えが良かったからかしらね…上出来よ」

 

そんなテキパキと分担する様子を、イヴは頼もしげに見つめるのだった。

 

 

事件後、俺はグレン先生と情報共有をしていた。

どうやら事の発端は、俺が不用意にアルベルトさんに、相談した事らしい。

それを元に独自で調査、その結果疑い有りと判断。

女王陛下の勅命の下、蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)の掃討作戦が計画された。

アルベルトさんは、サイラス達を引き剥がす為に、わざと女王陛下暗殺未遂という、狂言を起こした

 

「しかしそこに【Project:ReviveLife】の件が、発覚したと」

 

「そうだ。サイラスが実験を完成させようとしている、という情報が入ったらしい」

 

蒼天十字団(ヘブンス·クロイツ)も潰したいが、当然サイラスの思惑も潰さなくてはならない。

マレスはまさにその両方を一気にやるのに、最適な場所だったのだ。

 

「つまりあの人は、仲間の命と国の未来、両方を背負ってたって事?」

 

「ああ。ったく…あのバカが」

 

その様子は、まるで兄に頼ってもらいなくて、拗ねてる弟みたいだった。

 

「クククッ…!」

 

「何笑ってんだよ!…で?成果はあったのか?」

 

俺の事を軽く小突いてから、俺の成果を聞いてくる。

 

「…『汝、正位置の愚者たらんことを』」

 

「は?」

 

「要するに…最後まで足掻き続けるって事です。この体に流れる血と誇りにかけて」

 

俺は空を見上げながら、太陽に手を伸ばした。

 

「…そうかよ。ま、頑張れよ」

 

そういうグレン先生の顔は、眩しそうなものを見たような顔だった。

俺は帰ってから、体を休めて、ベガに今回分かった事を教えた。

 

「兄様…!私…!涙が…!止まりません…!」

 

俯くベガの目には、たっぷりの涙が溜まっていた。

 

「辛いはずなのに…!悲しいはずなのに…!それ以上に…嬉しいんです…!」

 

「そうだな。俺も嬉しかった」

 

「私…この動かない足に、この力に、なんの意味があるのか…ずっと思ってたんです…!」

 

そう言って、顔を上げるベガの目には、今まで見た事ないくらい、強い光があった。

その握りこまれた手には、俺が渡した布切れがある。

 

「私…強くなります!先代のお歴々に恥じない…そんな、立派な巫女になります!」

 

「ああ、やるぞ!ベガ!」

 

「はい!兄様!」

 

そう言って俺達は、拳の甲をぶつけ合う。

俺達はやっと、スタートラインに立ったんだ。

一族の悲願…成し遂げてみせる!

この血と誇りにかけて…!




今回の話は、個人的に胸熱な話なので、かなり好きです。
ですのであまり弄りなくなかったので、こういう形になりました。
…え?そういう割には、グレンVSアルベルトの構図がないですか?
それは…是非、原作を読んでください。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

代表選考会編第1話

14巻突入です!
結構書き進めてきましたね…。
まだ頑張りますよ!
それではよろしくお願いします。


「先生!先生!!先生ったら!!!」

 

「ん…ん〜?…」

 

眠りこけるグレン先生を、システィーナが無理矢理起こす。

少し心苦しいが、確かにそろそろ起きないと時間だ。

 

「グレン先生。しんどいのは察するけど、そろそろ時間ですよ」

 

「何だよ…白猫。アルタイルも…俺が超忙しかったの…知ってるだろう…?」

 

たしかに、あっち行ってこっち行ってだったもんな。

でも申し訳ないけど、もうすぐ他校の連中が来る。

「もう!だからって少しだらけすぎです!」

 

「まあまあシスティ。これから大変なんだから…」

 

「ん。グレン、可哀想」

 

それでもまだお小言を言おうとするシスティーナを、ルミアとリィエルが止める。

何故こうなったかと言うと、約10日前の話だ。

 

 

「【魔術祭典】?」

 

「そうよ。貴方にはその選考会に出てもらうわ」

 

【魔術祭典】とは、かつてアルザーノ帝国を有する、ここ北セルフォード大陸の諸国の間で行われていた、世界的魔術競技大会だ。

本来、魔術は他国に晒していいものでは無い。

だが、だからこそ行う意味がある。

手の内を晒してでも、恒久的平和と安寧を願う『平和の祭典』なのだ。

しかし、レザリアと揉めた以降、1度も実現していないこの大会を開催するなんて…。

なにか進展があったのだろうが、窺い知る余地はない。

 

「それで、そんな事勝手に言っていいんですか?イヴ先生」

 

そう、これは本来、今日の朝の職員会議で発表されるのだとか。

ハーレイ先生とイヴ先生は、その雛形作りの為、先に教えられたらしい。

 

「構わないわ。貴方とシスティーナは、満場一致で参加が決まってるから。それに代表になるかどうかは、貴方の頑張り次第よ」

 

ふーん、まあ、妥当か。

帝国代表はうちから20人、聖リリィから20人、クライトスから20人の、計60人の中から、10人だけ選ばれる。

その中でも、俺とシスティーナは筆頭らしい。

なんの筆頭かと言うと

 

「俺、【メイン・ウィザード】とか興味無いんだけどな…」

 

【メイン・ウィザード】とは、代表10人の中の更に代表、リーダーの事だ。

当然、魔術師として最も優秀な者が務める。

そして、それ以外の9人を【サブ・ウィザード】と呼び、リーダーの補佐をする。

つまり【魔術祭典】とは、【メイン・ウィザード】同士の、戦いでもあるのだ。

そんな立場であるが故に、国を背負うと言っても過言ではない。

そんなクソ面倒臭い立場、喜んで捨ててやる。

 

「やる気が無いのはいいけど、参加してもらうから。アルタイルだって、女王陛下の顔に、泥は塗りたくないでしょう?」

 

むぅ…それを言われると、弱い。

 

「仕方ない…まあ、システィーナとガチでバトれると思えばいいか」

 

 

 

そういう10日前の、朝の食卓での会話を思い出しつつ、俺は様子のおかしいシスティーナを見る。

 

「ルミア。システィーナの奴、何で肩肘張ってるんだ?アイツなら問題無いだろうに」

 

「えっとね。システィのお爺様…レドルフ=フィーベル様も、魔術祭典に出場してたんだって。しかも私達と同じ歳にメイン・ウィザードで」

 

そういう事かと、納得した。

 

「なるほどね…。祖父に追いつきたい一心のシスティーナにとって、ここは外せない訳か。…健気だねぇ…。それがもうちょい先生に向けば…」

 

「いいんだけどねぇ〜…」

 

俺達は現在進行形で、先生にツンツンしてるシスティーナに、軽くため息をつく。

このクラスの通過儀礼であるとは言え、こう()()()()()()()()()()()()()

そんなこんなで、他校の生徒の到着を告げるアナウンスが聞こえる。

 

「ほら!2人共!他校の連中来たぞ!」

 

「先生!早く行きますよ!」

 

「ったく…お前ら、元気だな〜…」

 

クライトスは誰が来るかまるで分からないが、聖リリィから誰が来るかは、想像がつく。

ほら、大きく手を振ってるのは

 

「お前達!久しぶりだな!」

 

「お元気ですか!皆さん!」

 

フランシーヌ、ジニー、コレットを筆頭とする連中だ。

まあ、アイツらが選ばれない訳が無い。

 

「エルザは?…エルザ…いる?」

 

リィエルがぴょんぴょん跳ねながら、エルザを探す。

そんなリィエルが微笑ましくて、つい頭を撫でてやる。

 

「ここからじゃあ、分からねぇな…。後で確認しとくよ。さてと…ルミア、格好に問題なし?」

 

「うん。バッチリ!」

 

「よし。じゃあ、行きますか」

 

そう言って俺はルミアを抱えて、飛び降りる。

何故あんなことを確認したかと言うと

 

「聖リリィ女学院の皆様。長旅ご苦労様でした。ようこそ、アルザーノ帝国魔術学院へ。本日皆様の対応をさせて頂きます、アルタイル=エステレラです。よろしくお願い致します」

 

「同じくルミア=ティンジェルです。よろしくお願い致します」

 

()()()()()口上を述べながら、一礼する。

今回ここに来る2校のうち、聖リリィの方の応対を、命じられたのだ。

ただ、相手が女性である事を考慮して、ルミアに手伝いをお願いしたのだ。

 

「まあ、これはご丁寧に。ありがとうございます」

 

そう返事をするのは、新しい学長さんだ。

まあそれはいいとして、その後ろにいる生徒達は、何故か皆顔を真っ赤にしていた。

俺は1番近くにいたジニーに確認する。

 

「ジニー?皆どうしたんだ?」

 

「…意外に罪作りな方ですね…」

 

「アイルクン?」

 

「ルミアさん…!?怖いぞ…!?」

 

後ろから来る超高密度のプレッシャーから逃げたくて、俺はすぐに話を切りかえた。

 

「それでは皆様、こちらへどうぞ」

 

そう促して、宿泊する場所へと先導していく。

まあ、それはともかく…。

さっきから何で『()()()』とか、『()()()()()』とか、思ってるんだ?

 

 

彼女達を宿泊施設へ案内した後、俺達は少し休憩してから、交流歓迎会の会場に案内した。

 

「それではこちらでお待ちください。もうじきエドワルド卿の訓示がございますので」

 

そう言って俺達は一礼した後、皆の元に戻ったのだった。

 

「ふぅ…。疲れた。こういう堅苦しいのは、苦手だぜ。まあ、それ以外でも疲れたけど」

 

「お疲れ様アイル君。…色々大変だったね…」

 

というのも、道中やたらと質問責めされたのだ。

そんなに男が珍しいのかね?

 

多分、アイル君がカッコイイからだよ…

 

「ん?何か言った?」

 

「な、何でもないよ!?///」

 

…ごめん、実は聞こえてた。

恥ずいから、聞こえないふりしてたけど。

そして始まるエドワルド卿の訓示。

()()()()()クッソ長ぇ、そしてクッソつまらねぇ。

半分寝ながら、聞き流していると

 

「それでは皆様。今夜はゆるりとご歓談ください。よい一時を」

 

リゼ先輩の手短な締めの一言で、交流歓迎会は始まったのだった。

 

「それでは、システィーナ、アルタイル、ギイブル、ウィンディ…以上5名の代表選手候補入りを祝しまして…かんぱ〜い!!」

 

「「「「「かんぱ〜い!!」」」」」

 

会場に集まった俺達2組の生徒は、候補入りした俺達5人の祝賀会をしていた。

 

「候補に入っただけなんだがな…」

 

「堅苦しい事はなしだぞ、アイル!」

 

「そうそう、あの落ちこぼれクラスって言われた、僕達のクラスから5人も出たんだからね!」

 

やれやれ、呑気というかなんというか…。

それでも祝ってくれる嬉しさを、隠しきれないのも事実だ。

 

「でも俺って聞くところによると、21番目の候補の奴が、病欠で繰り上がっただけらしいんだよな…。もちろん全力でやるけど俺みたいな田舎者じゃあな…。タハハ…」

 

おいおい、随分とらしくないじゃんか。

 

「アホだとは思ってたけど、ここまでとはな」

 

「なっ!?」

 

驚くカッシュを無視して、話し続ける。

 

「どんな理由があるかなんてどうでもいいだろ。大事なのは、お前が候補に入った…それだけだ。後は死ぬ気でやるだけだ。結果なんてやってみねぇと分かんねぇよ。グレン先生見てみろよ。あんな魔術師として三流でも、特務分室の軍人として、生き抜いたんだぜ?大事なのは、技量以上に覚悟だぜ」

 

俺はわざとグレン先生を矢面にあげ、揶揄う。

軽く睨まれるが、スルーする。

 

「ま、君は出自的に魔術の勉強が遅かっただけだ。ここまで来るだけの、センスはある」

 

「そうよね。私達みたいに、子供の頃から勉強してた訳じゃないし…イヴさんも言ってたわよ。本当に惜しいって」

 

ギイブルとシスティーナも、そう言って励ます。

俺にはギイブルみたいな、ハングリー精神は無い。

システィーナみたいな、追い求める夢や理想も無い。

ウィンディみたいな、貴族としての誇りも無い。

いや、厳密には誇りはあるが、ここに求めるものでは無い。

 

「なあ!アイルはどう思ってるんだよ?」

 

それぞれの気持ちを聞いたカッシュが、俺にも尋ねる。

 

「そうだな…。メイン・ウィザードとか、正直興味は無い。でも…やるからには勝つ。それだけ」

 

そう、ただの負けず嫌い…それだけだ。

その顔を浮かぶ笑みは、不敵で、獰猛な笑みだった。

俺は周りを見渡して、代表候補を見渡しながら、考え事をする。

 

(リゼ先輩は当然。ジャイルやハインケルも妥当だろう。ていうか、リィエルはいつの間にジャイルと仲良くなったんだ?他の3年はよく分からないけど…そういえば、アイツも候補入りしたんだっけ?)

 

「「「「「「「「戦争じゃあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」」」」

 

「うぉわ!!!?何事!!?」

 

凄い爆弾発言に、ビックリした俺は慌てて振り返る。

そこには、アルザーノ帝国魔術学院生VS聖リリィ女学院生による、乱闘が始まっていた。

よく見ると、システィーナとルミアも混ざってる。

 

「…は?何事?」

 

「あはは…何事かしら?」

 

いつの間にか隣に来ていた、リゼ先輩がそう返すが、その顔は微妙に引き攣っていた。

その時、不意に何か予感が走る。

 

「失礼、リゼ先輩」

 

「アルタイル!?」

 

俺はすぐにリゼ先輩を抱き寄せ、そのまま上に飛んで、シャンデリアに捕まる。

その瞬間

 

「『お静かに』」

 

一節詠唱で何かが詠唱され、魔法陣が形成される。

そこから伸びる蔦が、乱闘騒ぎをしていた生徒達のほとんどを、雁字搦めにする。

 

「皆さん、折角の歓迎会です。今宵はもっと、穏やかに交流しましょう。何せ…貴方達が楽しめるのは、今宵が最後なのですから」

 

(何あの2枚目?スゲェカッコつけてるけど)

 

(彼は…【レヴィン=クライトス】)

 

クライトスね…。

あのレオスの親戚かなんかか。

 

「正直…ガッカリです。こんな小技で気圧されるなんて。ここに来れば、ライバルに会えると思ったんですが…」

 

「うわっ!くっさ!臭すぎでしょそれ!」

 

「ちょっ!?アルタイル!?」

 

思わず声に出てしまった正直な感想。

いやだって…ねぇ?

俺の声が聞こえたのか、こっちを見上げるレヴィン。

どうやら気づいていなかったようだ。

 

「おや…まさか逃げている者がいたとは…」

 

「いや、自分で出した魔術だろ。しっかり把握しとけよ。魔術は、おもちゃじゃねえんだぞ」

 

そう言いながら、俺はシャンデリアから手を離し、降り立つ。

 

「で?イキがってるところ悪いけど…調子乗んなよ、クソガキ」

 

そう言った瞬間、レヴィンの後ろで、風が舞い上がる。

それは…ルミアを横抱きにしたシスティーナだ。

疾風脚(シュトロム)】で、逃れた唯一の生徒だ。

 

「まさか…【疾風脚(シュトロム)】?それも、人を抱えて…貴女達…一体?」

 

「システィーナ=フィーベルよ」

 

「アルタイル=エステレラ」

 

その名前に…特にシスティーナに覚えがあったのか、妙に納得した顔をする。

 

「なるほど…貴女が従兄弟の婚約者だった…」

 

「まあ、そこはいいんだけど…正直、ガッカリだよ。こんな雑な小技でイキがるなんて」

 

「ッ!?」

 

その煽りに、顔を赤くしながら睨みつけてくるレヴィン。

 

「アイル、煽らない。それとレヴィンさん。つい気分が高揚して、大人気なくはしゃいじゃってごめんなさい。もう落ち着いたから、そろそろ解いてあげてくれませんか?」

 

そう言いながら、俺とシスティーナは同時に、踵を鳴らす。

その瞬間、皆を縛っていた蔦が、嘘のように消える。

その光景に、流石のレヴィンも、目を剥くしかない。

 

「なッ!!これは…【術式介入(スキル·インタベンション)】…!?」

 

術式介入(スペル・インタベンション)】。

駐在型魔術式に干渉して、制御を奪う高等魔術技巧だ。

もちろん、【詠唱割込(スペル・インターセプト)】には劣るが。

それを俺達は分担してやった。

本来一人でやった方が安全だ。

別々の魔力を流すと、干渉し合って何が起こるか分からないのだ。

しかしそこは、一緒に戦ってきた戦友だ。

お互いの事は、手に取るように分かる。

知識も理解も問題なし。

プロテクトを破る魔力は、レヴィンのいる位置を境界に分担。

そうする事で、お互いの魔力が干渉し合うことなく、成立させる事が出来たのだ。

ここまで、一切の打ち合わせなし。

ただのアイコンタクトだ。

 

「フフ。まだ交流会は始まったばかりです。精一杯楽しみましょう?レヴィン」

 

「…貴女達がいてくれてよかった。どうやら退屈せずに済みそうだ。アルタイル。君も油断しないように。この程度が僕の実力だと思っていると…寝首を掻かれますよ?」

 

「ふ〜ん…。面白ぇじゃん。やれるもんならやってみな」

 

睨み合った後、レヴィンがお仲間の所に戻っていくのを、見送るとシスティーナが額の汗を拭いながら、脱力していた。

 

「おいおい、あの程度に気張りすぎなんだよ」

 

「あの程度って…」

 

「あれの底は見えた。敵じゃねぇよ」

 

悪いが、これは慢心でも油断でもない。

純然たる事実だ。

というか、あの程度に臆してる暇も、手こずる暇も俺には無い。

 

 

円もたけなわとなり、交流会は終了。

俺達は帰り道を歩いていた。

 

「それにしても、アルタイルはともかく。白猫があんな真似するとは意外だったな」

 

突然グレン先生が、そんな事を言い出した。

 

「あんな事?」

 

「レヴィン相手に実力を見せつける様な真似だよ」

 

なるほど、それは確かにそうかも。

俺は煽る為にやる事がたまにあるからな。

 

「う…やっぱり私…傲慢だったんでしょうか…」

 

どうやら、少し身に覚えがあるらしいシスティーナが、バツの悪そうな顔で俯く。

 

「バーカ。傲慢じゃねぇ魔術師はいねぇよ。そもそも神が創りたもうたこの世界の法則に介入しようってのが魔術だ。何かを掴もうとするから、魔術を志すんだ。空を飛べる翼に憧れない人間はいない。人生っていう大きな空を飛ぶ為に、魔術はあるんだよ」

 

へぇ…なんか意外…。

 

「先生が、先生してる…」

 

「初めから先生だっつーの!」

 

だから殴るなよ、痛いな〜!

 

「そうよね…貴女は誰よりも高く飛ぶ子だったわ。システィーナ」

 

暗闇から誰かの声がする。

俺はルミアを隠しながら、身構える。

そこから現れたのは、金髪の美少女だった。

 

「貴女は…エレン!?」

 

システィーナは目を見開きながら、驚く。

 

「…白猫、知り合いか?」

 

それに答えたのは、彼女自身だった。

 

「私の名前はエレン。【エレン=クライトス】。貴方達には、こう言った方がいいかしら。クライトス家主家筋、レオス=クライトスの実の妹よ」

 

こりゃまた、面倒くさそうなのが来たな。

ネチネチとシスティーナに僻みばっかり…。

()()()()()()()()()()()()()

呆れていると、気づいたら終わっていた。

 

「…アホらし」

 

それにしても…妙な違和感があった。

()()()』、『()()()()()』、『()()()()()』…。

何か、何かおかしい。

そんな気がしてならなかった。




何かに気付いているアルタイル。
一体何が気になるのか…!?
それは自覚してないので、まだ分かってません。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

代表選考会編第2話

アルタイル君のステータスに、かなり悩みました。
システィーナがかなり規格外だったので、それに張り合おうとするなら、やっぱり規格外にしないと…!
そう思い、こうなりました。
それではよろしくお願いします。


俺は今、学院の北東にある魔術競技場にいる。

他にも参加者は皆、それぞれ準備運動をしている。

俺は特に何もしない為、ぼうっと空を見ている。

何の準備運動かと言うと、第1の試験【魔力測定】の為のものだ。

あ、先生が来た。

 

「さて…今日、お前達にやってもらうのは、魔力測定だ」

 

変な液体と結晶が入った3本のガラス円筒と、それらと繋がったモノリス型魔導演算器がある。

 

「やる前に、この【マウザー式魔力測定器】の使い方と仕組みを復習するぞ」

 

マウザー式魔力測定器とは、帝国で最も使われている、標準規格魔力測定装置だ。

これを使って、【魔力容量(キャパシティ)】と【魔力濃度(デンシティ)】を測る。

魔力容量(キャパシティ)とは、体内に保有出来る魔力の量を指す。

魔力濃度(デンシティ)とは、その魔力の濃さを指す。

簡単に言うと、魔力容量(キャパシティ)が大きければ、大量に呪文が撃てる。

魔力濃度(デンシティ)が高いと、一撃の威力が高くなる。

一般的に男は魔力濃度(デンシティ)に長け、女は魔力容量(キャパシティ)に長けている。

グレン先生が試しにやってみたが…あまりに反応に困る数値だった。

 

「一流と呼ばれる連中の魔力容量(キャパシティ)は約3000、魔力濃度(デンシティ)は約150だ。…あれ?なんか涙が出てきたぞぉ?ボク…」

 

「せ、先生!泣かないでください!?その〜…ほら!先生は、知識とか、格闘術とか!?すごいですから!だから…!」

 

震え始める先生を、必死に励ますルミア。

仕方ないので俺も参戦して、なんとか泣き止ませた。

ちなみに俺達ぐらいの歳の平均は、魔力容量(キャパシティ)は1300〜1400、魔力濃度(デンシティ)は50〜60とされている。

流石に代表候補に選ばれるだけある面子だ。

それぞれ、好成績を叩きだしている中、やはりイレギュラーというのは、いるものだ。

場が荒れたのは、システィーナの時だった。

 

「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」」」」」

 

システィーナの結果が出てきた瞬間、そのあまりにぶっ飛んだ数値に、皆が驚いたのだ。

 

魔力容量(キャパシティ):10820、魔力濃度(デンシティ):195…!?」

 

おいおい、システィーナ本人が1番唖然もしているじゃねぇか。

 

「…え?この次に俺がやるの?絶対やりたくないんだけど!?」

 

「…が、頑張って。アイル君」

 

はぁ…仕方ねぇ。

まあ、人様なんて何でもいいか。

そう思い、意識を切りかえて計測した結果

 

「「「「「はあぁぁぁぁぁぁ!!!?」」」」」

 

魔力容量(キャパシティ):6809、魔力濃度(デンシティ):438…!?」

 

とりあえず、場がシラケる様な事には、ならなかったな。

まあ結構な修羅場を潜ってきたしな。

否が応でも鍛えられたんだろう。

それに、ゾーンに入れるようになってから、魔力の流れとか、そういうのがよく分かるようになった。

最近、【アリアドネ】の魔力効率がいいのも、俺の魔力濃度(デンシティ)が上がってたからか?

同じ量でも質が段違いだから、きっとこれまで以上の力を発動出来ていたのだろう。

 

「あれってアルザーノ校のシスティーナと、アルタイルだろ!?」

 

「流石、候補筆頭だな…!?」

 

各校、というかうちの生徒もかなり驚いてる。

そんな中、3人目のイレギュラーが現れる。

それは思わぬダークホース…エレンだった。

 

魔力容量(キャパシティ):9640、魔力濃度(デンシティ):186!?」

 

へぇ…システィーナに匹敵するじゃねぇか。

こうして大荒れの中、魔力測定の試験が終わった。

 

「第2の試験は、【筆記試験】だ」

 

次の日に行われたのは、筆記試験だ。

ここが1番嫌だ。

ほとんどの生徒がいい顔をしない。

フランシーヌとコレットなんて、死んでる。

人の事は置いといて、俺はと言うと、まあ真面目にはやった。

1000点満点中850は固いだろう。

ていうか、最後のなんだよ。

何度考えても、分からん。

あんなの誰が解けるんだよ…?

このテストはMAX950ってところだな。

結果は870点で6位と、まあ予想通りに収まった。

 

「あっぶね〜…ギリでギイブルに勝ったぜ」

 

「クッ…!」

 

しかしここで、ありえない事態が起こる。

1位はシスティーナだと思ってたが、そうではなく、1位を取ったのは、なんとエレンだった。

しかも1000点…満点だ。

よくあのふざけた問題が解けたな〜…。

 

「へ〜。お前、頭脳派だったんだな。スゲェじゃん」

 

「…スゴい?私が?」

 

俺はたまたま隣にいたエレンに声をかける。

うわ〜、相変わらず顔色悪そうな顔してるな…。

というか、ちゃんと寝てるのか?

 

「だって最後の問題も解いたんだろ?なあ、あれどうやって解いたの?」

 

「…」

 

俺の質問には何も答えず、スタスタと何処かへ行ってしまう。

 

「相変わらず、感じ悪ぃな…。そんなに何を生き急いでるやら」

 

 

「ふ〜…しっかしムズすぎんだろ…あれ…」

 

俺は頭の切り替えの為、屋上で新鮮な空気でも吸おうかとここまで来たのだが、突然フェンスを殴るような音が聞こえてきた。

 

「…何事だ?」

 

俺は駆け足で階段を上ると、何故かグレン先生がいた。

 

「…は?グレン先生?」

 

「バッ!?シッ!」

 

俺が強引に引き込まれた瞬間、屋上のドアが乱暴に開かれる。

 

「「うぉ!?」」

 

「キャア!?」

 

全員が驚く中、屋上から来た少女、エレンが尻もちをつく。

 

「あ…ごめん!大丈夫?」

 

俺は慌ててエレンに手を貸す。

 

「ありがとう…。貴方…どうして?」

 

「ん?新鮮な空気を吸いに?」

 

「なんでお前は疑問形なんだよ…?それよりほら、これ落としたぞエレン」

 

そう言って先生が渡したのは、古びた懐中時計だった。

変なデザインしてるな。

そこには、古代語で何か書かれていたが、生憎と俺には読めなかった。

まあそれよりも…()()()()()竜頭がないのな。

 

「ん?【ル=キル】…?変わった名前だな」

 

「返してください!」

 

そんな懐中時計を、エレンはひったくる。

 

(そんなに大事なのか…?)

 

「失礼します」

 

「ちょっと待てよ。お前、よく最後の問題解けたな。よっぽど勉強したんだな?」

 

ん?突然何言い出したんだ?

 

「…質問の意味が分かりませんが。ええ、凄く勉強しました」

 

「そうかそうか。それは凄い。…お前、大陸最高峰【第七階梯(セプテンデ)()()()=()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…そんな訳ねぇよな?」

 

やっぱりあの底意地悪い問題、あの人なのか…。

いや、今はそこじゃない。

 

「あの問題、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()。…お前、どうやって解答を手に入れた?こうなると、全部が疑わしいぞ」

 

「私が不正をした証拠は?」

 

「ねぇよ。だから…あらゆる手段を使って調べる。セリカの問題を解いたとなりゃ、上も納得するはずだ」

 

2人の沈黙の間を、風が吹く。

ここは屋上、風が吹くのは当たり前だ。

なのに…今、ものすごい寒気がした。

 

「…はぁ。完全にアウトです」

 

何を言ってるコイツは?

そう言いたくても、口が開かない、開けない。

 

「一応善意の忠告です。…これ以上私に関わらないで下さい。でないと…死にますよ?」

 

「ッ!?先生!!!」

 

俺はエレンの最後通牒のような言葉に、やっと体が動いた。

先生を突き飛ばした途端、妙に胸がスースーした。

喉から何かがせり上がってきて、つい噎せた。

 

「ゴホッ!ゴホッ!…あ?」

 

吐き出したのは…血だ。

その時初めて気付いた。

俺の胸に大穴が空いて、ドーナツみたいになっている事に。

 

「…マジかよ…?」

 

最後に見たのは、泣き出しそうなグレン先生の顔と、半身を機械みたいにされている、変な羽を生やした少女だった。

その羽は、なんとなく

 

「ナム…ルス…?」

 

そのまま俺の意識は暗転していき…

 

 

ふと気付くと、俺は空を見上げていた。

屋上からではなく、教室の窓から。

 

「…あ?何だ?今の」

 

夢か…?それにしては妙にリアルな…?

ていうか、()()魔力測定するのか…?

 

()()…?」

 

…そうだ。

()()()()()()()()()

俺は隣に座るルミアに日付を聞いた。

 

「…ルミア。今日って何日だっけ?」

 

「え?今日は…」

 

ルミアが言った日付は…

 

 

 

5()0()4()5()()

 

「…は?」

 

〖だから、5045回。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

突然訳分からん事を言い出したナムルスに、俺は頭が痛くなった。

 

「お前、何言ってるんだ?」

 

〖うるさい。黙って話を聞きなさい!やっと接触出来たんだから…!この機は逃さないんだから…!!〗

 

そう言ってナムルスが俺に見せたのは、何十回と死ぬ俺自身だった。

1番最後に見たのは、アルタイルと共に死んだところだ。

 

「う…うおぉ…えぇ…」

 

あまりの経験に、思わず吐いてしまう。

これは…何なんだよ…!?

 

〖どう?やっと理解できた?〗

 

「一体…どういう事だよ!?」

 

〖前回の貴方達の死体を見つけた時の皆の反応ときたら!傑作だったわよ!特にシスティーナとルミアとリィエルときたら!後はイヴだったかしら?あの女も顔を真っ青にして!本当に可笑しいったら無いわ!!どうせすぐに…!?〗

 

「おい、やめろ」

 

思わず殺気を飛ばしながら、ナムルスを睨みつける。

その視線を受けて、ナムルスも冷静になったのか、俯いて、謝罪する。

 

〖…ごめんなさい。少し正気じゃなかったわ。でも、私視点で100年も同じ光景を見てきたんだもの。何故か、全く干渉できなかったし…寂しかったし…〗

 

拗ねたように言うその姿は、なんと言うか子供っぽかった。

 

「…とにかく、このクソッタレな状況は分かった。だが何故もっと早く教えてくれなかった?」

 

〖だから干渉出来なかったんだって…。この一週間だけ、通常の時間軸から外れてんだもの…〗

 

「どういう事だ?」

 

説明が長いので、俺なりにまとめる。

ナムルスの本体は、外宇宙にあるらしく、存在の一部を霊脈を通じて、こっちに干渉してるらしい。

何故こんな面倒臭い方法を、取っているかというと、コイツの本質を人間が理解しようとすると、イカれるらしい。

概念存在の分霊に近い存在らしい。

本来その外にいるコイツは、時間軸から外れたここに、干渉出来なかったのだが

 

〖何故か今はうっすらと繋がりが出来た。理由は私が知りたいくらいだわ。それと…前回ループで例外中の例外が発生したわ。それがアルタイルの干渉。今まで彼はこの舞台には上がってなかった…なのに、前回は上がってきた。それと、貴方達が死んだ時、犯人の姿が私には見えなかった。…何をしたの?〗

 

何をしたって…んな事言われたって

 

「俺も知らねぇよ。ただ、黒幕は分かるぞ。エレンだ」

 

〖エレン…。ああ、あの負け犬ね〗

 

あまりのナムルスの言い方に、呆れてしまうが、そこはいい。

アイツだけは、この一週間を知覚してる。

魔力の鍛錬の基本は、知覚してるか否かだ。

そりゃ100年近くやってりゃあ、あの急成長も納得がいく。

そう思っていると、突然ナムルスの体が透け出す。

 

〖チッ…時間ね。いいグレン、よく聞いて。繰り返される時間のループに、世界はもう限界が近いわ。早くこの一週間を抜け出しなさい。未来と過去の為に。そして何より…貴方自身の為に〗

 

そう言い残して、ナムルスが消えてしまう。

過去とか未来とか、よくわかんねぇけど…。

俺の脳裏に浮かぶのは、生徒達の笑顔。

 

「アイツらの未来を閉ざす訳にはいかねぇよな」

 

そう決意して、俺は踵を返すのだった。

 

 

 

「アルタイル、少しいいか?」

 

魔力測定を始める前に、先生が俺に話しかける。

 

「何ですか?」

 

「お前、変な夢見なかったか?例えば…死ぬ夢とか」

 

は?何言って…!?

それってつまり!?

 

「あれは…夢じゃないって事!?一体どういう事ですか!?」

 

「落ち着け!」

 

俺はつい先生にくってかかるも、先生に力ずくで離せる。

すぐに気持ちを落ち着かせる。

感情のコントロールは、魔術師の基本だ。

 

「!?ごめんなさい…。よし、大丈夫です」

 

「いいか、よく聞け…」

 

それから先生は、ナムルスから聞いたのだという話をしてくれる。

今まで感じていた違和感の正体はこれか…!

俺は無意識に、ほんの僅かの違和感を感じていたらしい。

 

「これから、エレンを抑える。お前は背後に回り込め」

 

「了解」

 

そのまま静かに俺はエレンの背後を取る。

先生に問い詰められたエレンは、逃走を図るもその前に俺に捕えられる。

 

「確保だ。話は署で聞こうか」

 

「ダメ!離して!その行為は完全にアウトなの!!」

 

何がアウトなのか聞こうとした瞬間、胸がスースーする。

ああ…見なくてもわかる。

死んだな、俺。

糸で守ってあったんだけどなぁ…。

よく見ると、グレン先生も同じく胸に大穴が空いてる。

皆が慌てて駆け付けてくる。

その顔は、皆泣きそうな顔だった。

ああ…胸が…痛いな…。




アルタイル君が、ループを自覚しました。
そして早い段階で、2回も死ぬアルタイル君。
ループを自覚した彼が一体どういう行動をとるのか。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

代表選考会編第3話

こういう時、彼はすごく頭が回ります。
僅かな情報から、真実に辿り着く…。
どっかの探偵より、よっぽど向いてますね。
それではよろしくお願いします。


ふと気付くと、俺は教室の窓から、空を見上げていた。

 

「…今度は覚えてるぞ」

 

さてと…新たに分かった事は直接干渉はダメって事か。

ていうか、殺されてんのに、なんで俺はこんなに冷静なの?

我ながら、呆れ返るわ。

ただ…俺は先生の顔を見る。

顔色を見る限り、俺が認識していないループも存在するみたいだな。

多分だけど、俺が認識してるループは、俺が関わった時…つまり、死んだ時しか認識出来ていない。

そして、俺があそこで死んで以降、先生が俺を遠ざけるようになった。

 

「とりあえず、俺に出来る事を整理しよう」

 

まずは分かってる事からだ。

・相手は時間を巻き戻している

・相手の攻撃は、あらゆる守りを貫通する

・エレンは懐中時計を持っている

・ル=キルという、謎の古代語

時を巻き戻すという事は…

 

「時の天使【ラ=ティリカ】の関係者か?」

 

俺はそこから調べる事にした。

とりあえず、この魔力測定は適当に終わらせて、すぐに図書室に向かった。

関連書籍を一気に引っ張り出し、俺は手当り次第に調べる事にした。

 

「?これは…時計か?」

 

それは、ガチの写本に載っていた図解だ。

古代語で書かれてるため、全く読めないが、絵を見る限り、細部までほぼ同じだ。

変なデザインしていたから、よく覚えてる。

 

「これ…竜頭がついてるんだな…」

 

そもそも竜頭とは、時計の調整に使われる、なくてはならないパーツだ。

当たり前と言えば、そうなのだが…。

いや、だからか?

こんなイカれた所業、バカ正直にやってるのは、そういう事か?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あれ?アイル?こんな所で…ってあー!貴方が借りてたのね!?」

 

「システィーナ?うるさい。ここ図書室だぞ」

 

俺は突然現れたシスティーナに、黙るように口に指を当てる。

 

「あ、ごめんなさい。…貴方は何調べてたの?」

 

「ちょっとな…。システィーナ、これって読める?」

 

俺は写本をシスティーナに見せる。

 

「これって古代語?流石に無理よ」

 

「ですよね〜…。グレン先生に相談するか」

 

「多分先生でも無理よ。それならフォーゼル先生がいるわ!」

 

げ、あの人がいるのか…。

苦手なんだよな…。

 

「仕方ない…腹を括るか。どこ?」

 

「こっちよ」

 

俺達は手早くいらない本を片付けて、フォーゼル先生の元へ急いだ。

 

「あれ?グレン先生もいるの?」

 

「おう…コイツらに連行されてな…。お前は?」

 

「どっかの誰かさんがやさぐれてるから、代わりに調べ物。フォーゼル先生、これ読める?」

 

「当然だ。ところでエステレラよ」

 

「貸さねぇよ。割とマジで」

 

この人、すぐに俺の【アリアドネ】を取ろうとするから、厄介なんだよな…。

今となっては、本気で貸す気の無い代物だし。

 

「むう。…ふむ。【滅びをもたらす風の翼(ル=キル)】これか?」

 

何でも、このル=キルはラ=ティリカの眷属の中では最強らしく、限定的に時間を操れるらしい。

クリュトゥーユ地方…今のクライトスが治める地では、よく伝わっている伝承らしい。

しかし、賢王に逆らった罪で、時間を巻き戻す時計に変えられたとか。

 

「頼む。この【ル=キル時計】を解析してくれ」

 

グレン先生がフォーゼル先生に頭を下げるも

 

「断る」

 

案の定、クズすぎる程の清々しさで、それを断る。

 

「…フォーゼル先生、俺からも頼む」

 

「私からもお願いします」

 

俺とシスティーナも、揃って頭を下げる。

もう…なりふり構ってる暇は無い。

 

「エステレラ家に伝わってた手記。…そこには、古代文明の事がかなり記されてます。それに…ロラン=エルトリアが調べていた事も。それを貸すから、どうか」

 

「私の祖父が、書いていた論文。そこにはまだ未発表の論文もあります。それの閲覧権利と引き換えに」

 

俺達はそれぞれの交渉カードを提示する。

俺の方はともかく、システィーナの方は…ヤバいだろ。

 

「お、おい!お前達!はやまるな!」

 

先生が慌てて俺達を止めるが、俺達も引き下がる気は無い。

 

「もう時間が無いんでしょ!だったらなりふり構ってられるか!」

 

「それに先生にとって、それだけ大事な事なんですよね?多分…アイルにとっても」

 

「僕を見くびるなよ。システィーナ=フィーベル、アルタイル=エステレラ」

 

フォーゼル先生が口を開いたのは、その時だった。

 

「僕が他者からの施しを受けると思うか?それに、人の研究を奪うような真似、僕自身が認めない。それは()()()()()だ」

 

「「ッ!?」」

 

「…とはいえ、君達の覚悟と心粋は気に入った。今回は、タダでやってやる」

 

それからは分かった事は

・この時計の機能は全て、竜頭に集約されている

・主の命令を機械的にこなすしか出来ない

つまり、竜頭さえ押さえれば、なんとでもなるってことだ。

ここまで分かれば、犯人は自ずと見えてくる。

 

「システィーナ…話がある…」

 

再び世界が回り出す。

ああ、またループが始まる。

だけど…既に仕込みは済んだ。

次で最後だ、覚悟してとけよ。

 

「【ゲルソン=ル=クライトス】」

 

 

 

気付けば、草原にいた。

全く見覚えのない場所だ。

ふと右手をフサフサした何かが撫でる。

見下ろすと、立派な毛並みをした大型の黒い狼が、こっちを見上げている。

その眼差しに、何故かあの()()()()()()()がチラついた。

狼が目線を下げた先には、俺達の足元にじゃれつく、金色の子犬がいる。

今度は()()()()()()()がチラついた。

不意に視界の端に、青い何かが動く。

よく見ると、俺の肩に青い子リスが乗っていた。

次に、チラついたのは、()()()()()だ。

最後に見えたのは、綺麗な銀色の猫だ。

少し先にいるソイツは、こっちをちらっと見た後、直ぐにそっぽ向く。

まるで、()()()だな。

 

〖ここは貴方の精神世界よ。夢と現、意識と無意識の狭間にある場所よ。とはいえ、少し違う意識も混ざってるみたいだけど〗

 

後ろから声をかけてくるのは、ナムルスだ。

その視線の先には、狼と猫がいる。

猫はじっとこっちを見て、狼は知らぬ存ぜぬと言わんばかりに、腹ばいに寝ている。

 

「お前本当に何でもありだよな…。で?見てたのか?」

 

〖ええ。ル=キル。…あの子が元凶だったのね〗

 

ナムルスの変な言い回しに、首を捻っていると、ナムルスから切り出される。

 

〖今のル=キルに理性は無いわ。ただ与えれた命令を元に、その延長線上の事をこなすしか出来ないわ。つまり…〗

 

「ただ1週間を繰り返すだけの存在って事か」

 

〖そうよ。…ル=キルを倒すのよグレン。貴方なら出来るわ〗

 

いや、出来たら苦労しんわ。

思わずため息が出る。

 

「それが出来ないから、困ってるんだが?時間操作?滅びの風?アホかよ」

 

〖今のあの子にかつての権能は無いわ。厄介なのは、あの翼が起こす【滅びの風】だけよ〗

 

「だからそれが絶望的なんだが?」

 

あの風は、あらゆる防御系呪文の矛盾を突いてくる。

いかなる障壁も付与も基本は遮断と強化。

つまり防御そのものが攻撃に触れてしまうのは、避けられないのだ。

この風はそこを見事に突いている最強の攻撃なのだ。

 

〖…そうね。グレン、貴方は時間には滅びの概念があるのを知ってる?〗

 

当たり前だ。

どんなものでも、劣化していくものだ。

 

〖あの風は、その概念を極微小の根源素粒子…第三虚数質量物質【時素(ルイン)】として物質化。それを風に乗せて飛ばしてるだけよ。しかもその概念故に、この物質は直ぐに消えるわ〗

 

「…つまり、出始めの風に当たらきゃいいって事か?」

 

俺は辛うじて理解できたナムルスの解説を、できるだけ分かりやすくまとめる。

 

〖そういう事よ。グレン、貴方なら出来るわ。私が出てきた理由は…分かるわね〗

 

「もう、限界か」

 

〖ええ、恐らく次が最後よ。それに、アルタイルも次に全てを懸けて仕掛けるわ。お願いグレン。…あの子を楽にしてあげて〗

 

「…善処はする」

 

そう言って全ての光景が遠ざかっていく。

俺が最後に聞いたのは、狼の遠吠えだった。

 

 

 

ふと気付くと、俺は教室の窓から、空を見上げていた。

 

「…ここで終わらせる」

 

そう呟いて立ち上がると

 

「アイル、少しいい?」

 

システィーナに呼び止められる。

 

「…どうした?」

 

「あれって…何なの?現実なの?」

 

どうやら、俺は賭けに勝ったらしい。

 

「…現実だ。おめでとう、これでお前も役者だ。ここからはアドリブ合戦だぜ」

 

「…上等よ。やってやるわ」

 

とりあえずいつも通り、起こしに行きますか。

 

「先生、ちょっといいですか?」

 

「俺達とお話、しようぜ」

 

俺達は先生を強引に、裏庭まで連れてきた。

 

「ったく、何の用だよ…?俺は忙しい…」

 

「システィーナを巻き込んだから」

 

「…は?」

 

先生に話をさせないようにする為、一気に畳み掛ける。

時間が無い、だったらもう要件だけ告げる。

 

「先生、私…夢を見たんです。その中に古い友人がいて、先生が助けようと、何か恐ろしい怪物と戦っていたんですが…力及ばず…その…すごく、リアルな夢でした。夢とは思えないくらい、真に迫った…。あの異形の怪物を放ってはいけない。そう、己の深い所で確信できるくらい」

 

「お前…」

 

「…先生、俺は自分が関わった時しか分からない。だけど俺の知らないループがあったんだよね?でも、助けを求めない…。それはつまり、第三者に言ったらその人が死ぬんじゃない?だから俺は前回、わざとシスティーナをあそこに行かせた。当事者にする為に」

 

そう、前回のループの時、俺は自分が認識しているループについて、考えた。

分かったのは、自分が巻き込まれた時しか覚えてない、という事だ。

だったら、他の奴もそうなんじゃないのか?

そう思い、俺はシスティーナに賭けた。

もし成功したら、システィーナ程の頼れる奴はいない。

 

「だから、巻き込んだのか?アルタイル!!!」

 

先生は俺の胸ぐらをつかみあげ、壁に叩きつける。

 

「先生!?」

 

「お前は分かってるだろ!!アイツがどれだけ強いのか!?あんな危険な奴と殺り合うのに、どうしてシスティーナを巻き込んだ!!?」

 

分かってる…。

そんなのは言われなくても分かってる。

それでも…!

 

「じゃあ、どうするだよ!!!」

 

俺は逆に掴まれる腕を握りしめる。

 

「どう足掻いても、俺達じゃ叶わない!!目には目を!風には風を!!アイツに勝つには、風しかない!!でも俺達じゃ力不足だ!!システィーナ以外に、誰が出来るんだ!!?」

 

俺だって巻き込みたくなかった。

でも、こうするしか無かったんだ。

 

「…こうするしか、無かったんだよ…」

 

唇を噛み締める。

血が出てくるが、気にしてる余裕は無い。

…悔しい。

守るといいながら、危険に巻き込んでる自分が、悔しい…!

 

「グレン先生。何が起きてるのか、もう言わなくてもいいです。だから…何をすべきなのか、教えて下さい。だって…先生は、言わないんじゃなくて、言えないんでしょう?」

 

その言葉に先生がハッとする。

そのまま俺から手を離す。

 

「私だってその…それくらいは、…先生の事、信頼してるって事なんですから!?///言わせないでください!!///」

 

やれやれ、どいつもこいつも素直じゃない…。

システィーナの言葉を受け、やっと先生も腹を括ったのか

 

「システィーナ。アルタイルも。…選抜会を辞退してくれ」

 

「「…はい。分かりました」」

 

そうアッサリと了承すると、それが大層意外だったのか、ズッコケるグレン先生。

 

「なっ!?おい、いいのかよ!?アルタイルはともかく、システィーナ!お前はメイン・ウィザードを目指してたんだろ!?爺さんに追いつきたいんだろ!?」

 

「なんでその事を知ってるのか不思議ですが…先生だから。これだけで十分でしょう?」

 

「…」

 

あまりにも眩しいその笑顔に、思わず黙ってしまうグレン先生。

システィーナ…それはまるで…告白だぞ?

こうして俺達は、揃って参加辞退を叩きつけたのだった。




どうやってシスティーナが巻き込まれたのか…。
それを考えた時、ふと思ったのがアルタイルみたいに、死んだ時とかかなって思いました。
グレンが死んだ時とかは、システィーナ達は認識してませんでした。
でも、ループ前にシスティーナが屋上に来て、そしてうっすらと自覚したシスティーナ。
だったらアルタイルみたいに、死んだら自覚出来るのでは?
そう思い、アルタイルは嘘をついて、システィーナを屋上に行かせました。
無事システィーナを巻き込んだアルタイル達。
ついに、新魔術お披露目です。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

代表選考会編第4話

これで14巻終わりです。
システィーナも主人公何だよなぁ…。
ヒロインなんだけど、ヒーローなんだよなぁ。
それではよろしくお願いします。


それなら1週間後、ついにこの時が来た。

 

「久しぶりね、エレン。助けに来たわ」

 

「…なんで?なんでここに来たのシスティーナ!貴女は出場してるはず!この大会は、貴女にとって大切なもののはず!?なのにどうして!?…あんなに酷い事言ってきたのに…どうして?」

 

エレンはまるで、システィーナに訴えかけるように悲痛な叫ぶ。

そんな叫びを受けてもなお、その心に一点の曇りもなく。

 

「正直貴女が何言ってるかは、まるで分からないわ。だって本当に久しぶりなんだもの。だから、『貴女がピンチ』。それだけで十二分よ」

 

「だからどうして!?」

 

「だって友達でしょ?私達」

 

「…あ」

 

そのたった一言が、エレンを縛り付ける全てを引きちぎる。

気付けば、その顔は辛さと後悔で泣きじゃくる、1人の女の子の顔になっていた。

 

「システィ…グスッ…システィ…!」

 

「待っててエレン!すぐに助けるから!先生!アイル!好きに暴れて!!私が支えてみせる!!」

 

「へっ、言うようになったじゃねぇか!頼りにしてるぜ、相棒!」

 

「OK。お前に全て託した。頼んだぜ!」

 

俺達はそれぞれ、銃と槍を手に、1歩前に出る。

そんな俺達を見て、ル=キルが翼をはためかせ、【滅びの風】を発動する。

それを見たシスティーナが朗々と、新たな魔術の詠唱を詠みあげる。

 

「『我に従え・風の民よ・我は風総べる姫なり』!!!」

 

その瞬間、システィーナを中心に、周囲の風が舞い上がる。

その風を以て、ル=キルが巻き起こす滅びの風を見事に防ぎ切る。

その姿はまさに、風を統べる姫の如く。

これがこの一週間の研鑽、黒魔改弐【ストーム・グラスパー】。

黒魔改【ストーム・ウォール】をさらに改良したこれの効果は、その場における、風の完全支配。

それを見たル=キルが更に爆風を巻き起こすも、それすらシスティーナは支配。

しかし、校舎までは守れずに、俺達の足場が崩れ落ちる。

 

「フッ!」

 

しかし、システィーナはそれを下から突き上げる突風で俺達を支える。

 

〖ギ…〗

 

ル=キルはエレンを抱き抱えて、上に飛ぶ。

そのまま俺達の頭上を取り、上から【滅びの風】で狙おうとする。

 

「させるか!」

 

俺はすぐに糸を放ち、強引に縛り上げる。

 

「『剣の乙女よ・空に刃振るいて・大地に踊れ』!」

 

そこに【エア・ブレード】の改変呪文【ブレード・ダンサー】が、切り刻む。

システィーナの完璧な制御により、エレンは一切傷つけず、ル=キルだけを切り刻む。

 

「シス…ああ!長い!システィ!!一気に決める!!」

 

「白猫!俺達で引きつけるぞ!」

 

「分かってます!」

 

俺を一気に、上まで飛ばして先生達は牽制している。

俺は槍をしっかりと構えて、

 

「『抉り刺し・突き穿て・必滅の槍』」

 

俺の目に、赤い線が浮かぶ。

 

「…貴女はいいなぁ、システィ。…ねぇ、私に空はないの?」

 

そんな呟きが聞こえる。

思わずポロッと出た本音なのだろう。

 

「バーカ。何言ってんだよ?お前にもあるに決まってるだろ?…未来って空が」

 

「ッ!?」

 

「だからまずは、この籠をぶっ壊さねぇとな。行くぞ、ル=キル。この一撃、手向けと受け取れ!!」

 

…ここだ!

 

「【果てへと手向ける彼岸の槍(アリアドネ·リコリス)】!!!」

 

その一撃に気付いた時には、ル=キルの魂は、貫かれていた。

 

〖ァ…〗

 

力を失ったように、エレンを手放すル=キルは、そのまま墜落。

光の粒子となって消えていったのだった。

そうして再び回り出す世界。

それはきっと、元通りになってく為の最後の調整なのだろう。

これで全て…終わった。

 

 

「先生!先生!!先生ったら!!!」

 

「ん…ん〜?…」

 

眠りこけるグレン先生を、システィが無理矢理起こす。

少し心苦しいが、確かにそろそろ起きないと時間だ。

 

「グレン先生、しんどいのは察するけど、そろそろ時間ですよ」

 

「何だよ…白猫。アルタイルも…俺が超忙しかったの…知ってるだろう…?」

 

たしかに、アレやって、コレやってだったもんな。

申し訳ないけど、もうすぐ他校の連中が来る。

「もう!だからって少しだらけすぎです!」

 

「まあまあシスティ。これから大変なんだから…」

 

「ん。グレン、可哀想」

 

それでもまだお小言を、言おうとするシスティを、ルミアとリィエルが止める。

 

「ルミア。システィの奴、何で肩肘張ってるんだ?アイツなら問題無いだろうに」

 

「えっとね。システィのお爺様…レドルフ=フィーベル様も、魔術祭典に出場してたんだって。しかも私達と同じ歳にメイン・ウィザードで」

 

そういや、そういうだったな。

 

「なるほどね…。祖父に追いつきたい一心のシスティにとって、ここは外せない訳か。…健気だねぇ…。それがもうちょい先生に向けば…」

 

「いいんだけどねぇ〜…ってあれ?アイル君、いつの間にシスティ呼びになったの?」

 

「まあな」

 

俺達は現在進行形で、先生にツンツンしてるシスティに、軽くため息をつく。

このクラスの通過儀礼であるが、こう、ホッとする。

俺の突然のシスティ呼びに、不思議そうにするルミアを、俺はスルーする。

そんなこんなで、他校の生徒の到着を告げる、アナウンスが聞こえる。

 

「ほら!2人共!他校の連中来たぞ!…俺達、覚えてるから」

 

「先生!早く行きますよ!…相棒」

 

「ったく…お前ら、元気だな〜…って、え?」

 

唖然とする先生の顔を見て、俺達はニヤリと笑う。

 

「行くぞ、システィ。絶対に勝つ」

 

「行くわよ、アイル。絶対に勝つ」

 

お互い睨み合いながら、拳をぶつける俺達の姿を呆然と見るグレン先生だった。

その後は今まで通りの、流れと選考会だった。

違うのは、エレンがずば抜けてる訳でなかった事。

クライトス学院長が、変に焦っていた事。

後々、レナード氏に釘を刺してもらうらしい。

ちなみに、エレンはこれまでの事を覚えてないらしい。

まあ、忘れておく方がいい事もある。

エレンの周りからの評価は最悪だったが、それも模擬戦まで。

俺はレヴィンとやり合ってから戦ったが、確かに実力こそ低いが最後まで諦めず、隙あらば食らいついてくるコイツに、何度も冷や汗を流させられた。

 

「ふぅ…。お前、レヴィンよりよっぽど面倒臭い。すげぇじゃん。エレン」

 

自身が持つあらゆる手札を、必死に切って戦うその姿は、俺の憧れる魔術師そのものだった。

そしてついに

 

「…さてと、行くか」

 

俺は最後の対戦相手、システィとの戦いに赴く。

会場に着くと、既にシスティが待っていた。

 

「…よぉ、おまたせ」

 

「女子を待たせるものじゃないわよ」

 

「ヘーヘー。…そんじゃまあ」

 

「ええ。…始めましょうか!」

 

「「『大いなる風よ』!」」

 

同時に放った【ゲイル・ブロウ】が、中央で衝突して、爆発的な風を巻き起こす。

俺はそれを無視して、一気に突貫。

しかしそれはシスティに読まれていた。

 

「『魔弾よ(一つ)』!『魔弾よ(二つ)』!『魔弾よ(三つ)』!『魔弾よ(四つ)』!『魔弾よ(五つ)』!」

 

【マジック・バレット】の5連続発射。

俺はそれを

 

「『幻影の剣よ』!」

 

【マジック・バレット】を剣状に作り替え、全て斬り捨てる。

 

「なっ!?『疾ッ』!」

 

すぐに【疾風脚(シュトロム)】で逃げるシスティ。

接近戦なら俺の方が有利な為、システィ的には絶対に間合いに入られたくないだろう。

 

「逃がすか!『雷精よ(1発)』!『雷精よ(2発)』!『雷精よ(3発)』!」

 

「この!『霧散せよ』!『疾ッ』!」

 

追撃の【ショック・ボルト】を放つも、それも振り切られるが、その逃走経路を魔術罠(マジック·トラップ)へ誘導したが、着地と同時に【術式介入(スキル·インタベンション)】で、無効化される。

まあ、それを狙ってたんだけどな!

 

「『雷精よ(がら空きだ)』!」

 

「『雷精よ(そっちこそ)』!」

 

お互い狙いすましたような【ショック・ボルト】で、狙い撃つと、それは躱すし、躱される。

 

「フー…フー…」

 

「ハァ…ハァ…」

 

(…やっぱり強い。コイツには…負けたくない!)

 

(アイル…やっぱり強い!でも、絶対に勝つ!)

 

俺達の接戦に場が、ものすごく盛り上がる。

そんな割れんばかりの歓声を、ただの効果音として処理しながら、

 

「『吹雪よ』!」

 

「『霧散せよ』!『大いなる風よ』!」

 

「『大気の壁よ』!『吠えよ風霊』!」

 

「『疾ッ』!『紅蓮の炎陣よ』!」

 

「『散れ』!『雷精よ』!」

 

「『霧散せよ』!『氷弾よ』!」

 

延々と続く魔術の応酬。

痺れを切らしたか、システィが手札を切り出した。

 

「『雷精の紫電よ』!」

 

「『散れ』!ッ!?『もう1回』!」

 

ここで【二重反響(ダブル·キャスト)】!?

クソ、崩された…!?

 

「そこ!『大いなる風よ』!」

 

「舐めんな!『疾ッ』!」

 

俺だって【疾風脚(シュトロム)】は使える。

ただ、システィと比べるには、あまりにもお粗末なので、使わないだけ。

ただここで、俺の【マナ・バイオリズム】が崩れる。

これが崩れると、一気に魔術が使えなくなる。

強引に使ったせいで、【カオス状態】が酷くなってしまった。

 

「『秩序在れ(キャンセル)』!」

 

それを治すのが【リズム・キャンセル】だ。

負担はでかい分、一気に魔術が発動可能になる【ロウ状態】まで持っていく。

 

「『雷精よ』!」

 

「なんの!ッ!?『霧散せよ』!」

 

(【ショック・ボルト】だけじゃない!【ホワイト・アウト】の【時間差詠唱(ディレイ·ブースト)】!?いつの間に【予唱呪文(ストック)】してたの!?)

 

お互いの切り札を切ってから、もう一度睨み合う。

…いや、もう1つ俺には切り札がある。

仕方ない…切るか。

深呼吸してから、俺はゾーンに入った。

 

「ッ!?『疾ッ』!」

 

俺がゾーンに入った事に気づいたのだろう、システィが、すぐに【疾風脚(シュトロム)】を発動する。

 

「『逃がすか』」

 

俺は改変した【フィジカル・ブースト】で強化して、すぐに追いかける。

 

「『雷精よ(アインツ)』!『雷精よ(ツヴァイ)』!『雷精よ(ドライ)』!」

 

「遅い」

 

俺は3連射の【ショック・ボルト】を躱して、そのまま走り続ける。

 

「『雷精よ(1発)』『雷精よ(2発)』『雷精よ(3発)』」

 

「この…ッ!『霧散せよ』!」

 

そのままシスティは、躱しながら、最後の1発を打ち消す。

 

「こんのぉ!!」

 

「逃がすか!!」

 

俺とシスティのデットヒートは、まだ続く。

システィはとにかく疾い。

この【疾風脚(シュトロム)】、基本的に一直線にしか動けない。

それ故、曲がる時に必ず減速するのだ。

なのにコイツは、その減速がほぼ無い。

とても滑らかに、自由に動き回るのだ。

 

「『雷精よ』!」

 

「『散れ』!『氷弾よ』!」

 

「『霧散せよ』!『疾ッ』!」

 

クソ…!

速度はほぼ変わらん。

なのに…追いつけない!

このままだと…ジリ貧だ!

 

 

 

私はアイルの動きをしっかり見切ってる。

なのに…気づいたら、そこまで迫って来てる。

位置取りと、仕掛けるタイミングが上手いんだ。

 

「『紅蓮の炎陣よ』!」

 

だから、少しでも牽制する。

そして体力を消耗させる。

走りながら、タイミングと場所を考え…!?

 

「嘘!?この炎を突っ込んできたの!?」

 

やられた!

まさか突っ込んでくるなんて!?

私はそのまま、アイルのタックルを受けて、馬乗りになられる。

 

 

 

「ようやっと捕まえたぞ。コイツめ」

 

強引な手に出てよかった。

おかけでシスティを

 

「限界いっぱいまで…」

 

「は?」

 

突然何言い出したんだ?

 

「限界いっぱいまで、勝ちを追求して。そして私は…()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

何言ってんのか、訳分からん。

そう思った時には、空高く飛ばされていた。

 

「…は?これは…!?」

 

まさか【スタン・フロア】!?

コイツ、まさか自分ごと魔術罠(マジック·トラップ)で吹き飛ばしたのか!?

追いつく事を優先して、そこまで強固な魔術防御は張ってない。

これが…仇になった。

 

「バカ…かよ…!?」

 

「ええ、自分でもそう思うわ」

 

後ろから声が聞こえる。

振り返ると、こっちに指を向けるシスティ。

コイツ、始めから、めちゃくちゃ魔術防御を固めてたのか…!?

 

「だから…『肉を切らせて骨を断つ』。これしか無かったのよ!」

 

こうして俺は、空中で【ショック・ボルト】で撃ち抜かれたのだった。

こうして、模擬戦の勝者はシスティとなり、俺達のメイン・ウィザードも、システィに決定したのだった。




1番書きたかった話。
それがアルタイルVSシスティーナです。
ライバル関係でもある2人の、ガチンコバトル。
この2人は、グレンとアルベルトみたいな関係性を目指してます。
同じ理由で、同じ師匠に弟子入りし、それぞれ違う方向性に成長した2人。
ずっと何処かで戦わせたかった2人を、ここで戦わせました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話11

完全オリジナル話です。
気軽に楽しんでください。
それではよろしくお願いします。


魔術祭典の代表選考会が、終わった直後の話。

フィジテの裏路地を静かに移動する、1人の男。

 

「…少し遅れたか」

 

その名は、アルベルト=フレイザー。

本日は、旧知の仲であるグレンと情報交換の日なのだが、今日はそれは不可能だろう。

 

「クリフトフと、翁は既にいるのか…」

 

彼がドアを開けた先には

 

「おう!待っとったぞ!アルベルト!」

 

「アルベルトさん、お疲れ様です」

 

「いらっしゃい、アルベルトさん」

 

カウンターに、何時もの面々がいた。

ここはレストラン【サザンクロス】。

閉店後は、彼ら特務分室の、プライベートバーとなっている。

 

「グレンはどうした?」

 

「先生達は、もうすぐじゃないですかね?魔術祭典の用意で、かなりバタついてますし」

 

(なるほど…遅刻ではあるが、仕事なのか。それならば…ん?少し待て)

 

アルベルトは、アルタイルの言葉に疑問を抱く。

 

「先生『達』だと?どういう事だ?」

 

その言葉に頷くクリストフとバーナード。

どうやら、3人共同じ事に引っかかったらしい。

 

「え?だって…」

 

その時、レストランのドアが開き

 

「アルタイル〜!腹減った〜!」

 

「グレン!みっともないわよ!」

 

外から、グレンとイヴが入ってくる。

2人が身に纏うのは、講師用のローブだ。

そこまではいい。

だが何故、イヴがここにいるのか?

そういう疑問が3人に浮かぶ中

 

「イヴ先生、ここに居候してますし」

 

アルタイルが、とんでもない爆弾を落としたのだった。

 

 

 

「…何この空気?なんかマズっちゃいました?」

 

「思いっきりな、このおバカ」

 

俺はグレン先生に軽く小突かれる。

いやだって…今日はみんな来るって言ってたし、何とかなるかなって…。

 

「…イヴ、なんでここにいる?」

 

アルベルトさんの簡潔な質問が、固まっている空気を切り裂く。

その簡潔すぎる物言いに、バーナードさんがフォローを入れる。

 

「おい、その言い方じゃと…。イヴちゃん、これは…」

 

「分かってるわよ。文字通りの意味でしょ。別に特に深い意味は無いわよ。ここのマスターが、許可出しただけだし」

 

イヴ先生は分かってたのか、あっさりとそう言い返す。

その言葉に、アルベルトさんが事実確認をするように、俺を見る。

 

「…エステレラ」

 

「事実です。本来ここの近くのアパートに住むつもりだったらしいんですが…」

 

「ッ!?イヴさん。失礼ですが、女性がそんな場所で一人暮らしは…」

 

クリストフは、心配そうにイヴ先生を見る。

そりゃ、普通そういう反応するわな。

 

「クリストフ…。貴方までアルタイルみたいな反応やめて」

 

「だから、誰でもそう言うんだって」

 

露骨に嫌そうな反応するイヴ先生に、俺は釘を刺す。

 

「分かったわよ。というか私も聞きたいんだけど?ねぇ、アルタイル…」

 

「ん?何です?」

 

真面目な顔でそう聞くと、グラスを手に取り一気に煽ってから

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

「自分の酒癖の悪さを考えてください」

 

何ともアホな事を言い出した。

この人、すぐ酔うくせに泣き上戸なんだよな。

いや、普段溜め込む人だから、爺さん達が定期的に吐き出させる為に、飲ませてるらしいんだけど…。

それに巻き込まれると、すごく面倒くさい。

 

「しかも、絡み方がすごくウザい」

 

「ウザいって何よ!?」

 

いやだって…ねぇ?

 

「ねぇ?()()()()()()()、クリストフ君?」

 

「…クリストフ?」

 

「え!?いや…その…」

 

お前、この角度で俺が見逃すとでも?

こんな面倒くさい事、しっかり巻き込むに決まってるだろ?

それはそうと瞳孔開きすぎ、怖いから。

 

「そもそも場の空気で酔えるんだから、お酒は要らないでしょう?」

 

「そういう問題じゃないわよ!」

 

じゃあ、どういう問題なんだよ?

そう思うと、ずっと大爆笑しているグレン先生を、ビシッ!っと指刺して言い放つ。

 

「グレンが飲めて、私が飲めないのが、気に入らない!!」

 

「はぁ!?何だとぉ!!?」

 

「思ったより子供っぽい!?」

 

どんな理由だよ!?

もう少し、何か無かったのかよ!

突然名指しされた上に、遠回しにバカにされたグレン先生は、怒ろうとしたが、何を思ったか、突然自分のグラスを持つと、テーブルの上のおつまみを食べて、口に少しお酒を含ませる。

 

「カ〜!仕事終わりの1杯は格別だな〜!それにこのツマミにもよく合う!腕上げたじゃねぇか、アルタイル!いや〜、この美味さが分からんとは、可哀想だな〜!お子様舌のイヴお嬢様!」

 

うわ〜絵に書いたような、煽り方だな。

是非、教科書に載せたい程だ。

当然これだけ綺麗に煽られたら…

 

「何ですってぇぇぇぇ!!」

 

乗るよねぇ…。

 

「だあぁぁぁぁぁぁ!アンタらはぁぁぁぁぁ!!」

 

またもや喧嘩を始めた2人を宥めようと、割ってはいる。

そんな様子を懐かしむように、アルベルト達は眺める。

 

「フフ、ここにセラさんがいたらどうだったんでしょうか?」

 

「そうじゃのう…大喜びじゃったろうて」

 

そう静かに笑って目を向けた先には、1輪の百合の花があった。

その姿…色合いはまるで…

 

「ちょっ!待て、イヴ!本当に待て!?」

 

「だ〜か〜ら〜!本当に貴女はダメだって!」

 

「うるさいわね!いいから飲ませなさい!」

 

「そこ3人!何時までも見てないで手伝って!!」

 

「…はぁ。何時までやってるんだ、お前達は」

 

結局、アルベルトが仲裁するまで、この喧嘩が止まることは無かった。

 

「さて、突然ですが、ババ抜きを始めましょう」

 

「「「「は?」」」」

 

「いや、本当に突然だな!?」

 

もちろん、意味も無く言い出した訳では無い。

 

「折角だし、皆仲良くなって貰いたいので…。ちなみに1回勝負、罰ゲームアリです」

 

「罰ゲーム?」

 

「はい。その罰は…これです」

 

そう言って、俺がカウンターの下から取り出したのは、紫色のシフォンケーキ。

 

「【イヴ印のチョコバナナシフォンケーキ】です」

 

「「「「何ぃ!!?」」」」

 

「ちょっと待ちなさい!何で私のケーキが罰ゲームなのよ!!?」

 

「うるせぇ!【エステレラ家バイオハザード事件】を、忘れたのか!!?」

 

【エステレラ家バイオハザード事件】とは、来て次の日、イヴ先生が作ったケーキで、エステレラ家が崩壊しかけた、後にイヴ先生のキッチン出禁令が出された大事件だ。

 

「グッ…!?」

 

「いやちょっと待て!チョコバナナなんだろ!?何で紫色になるんだよ!?」

 

「知らないわよ!私が聞きたいくらいよ!」

 

「イヴさん!?作った本人ですよね!?」

 

あのクリストフがツッコミに回るほど、衝撃的な色合いをしている。

あのアルベルトさんが、目を見開くほど、凄い雰囲気を醸し出している。

あのバーナードさんが、黙り込むほどエグい匂いがする。

 

「これを器用に魔術を使ってまで隠したよね?しかも冷蔵庫の奥の方に。ちなみに、これをお忍びで来た、ある高貴な御方に間違って出した結果、『マッズ!!!』って普段からは想像出来ないくらい、凄い顔をしてたらしいよ」

 

「それ誰に出したの!?ねぇ!?誰に出したの!?」

 

「『…イヴ…貴女…』」

 

「やめろ!お前のモノマネは、すごいリアル何だよ!それは冗談だよな!?だよな!?」

 

「…(ニコッ)」

 

「黙るな!にこやかに笑うな!」

 

さてと、冗談はここまでしよう。

 

「まあ、モノマネは嘘だけど、お忍びで来たルチアーノ卿に振舞ったら、ぶっ倒れたらしいよ」

 

「待てイヴちゃん!どこに行く気じゃ!?」

 

「離してバーナード!今すぐ謝罪に行って、腹を切りに行くのよ!」

 

「落ち着け、イヴ。今は夜が遅い。朝にしろ」

 

「アルベルト!そこじゃねぇだろ!?」

 

イヴ先生が立ち上がった瞬間、慌てて止めるバーナードさん。

それを見て、冷静に見当違いなアドバイスをするアルベルトさんと、それにツッコムグレン先生。

 

「まあ、それは置いといて」

 

「「置いとかない(くな)!!」」

 

「お、ナイスハモリ!あのルチアーノ卿をノックダウンさせた逸品。どう処理するか?…そう、仲間達に処理してもらおうじゃないか…。という事で、皆!頑張って!」

 

「「「「「…負けられない!」」」」」

 

普通に、逃げればいいんだけどねぇ…。

随分と、真面目というか何と言うか…。

 

「それではまず、不正が無いことを確認してもらいます」

 

俺は半円を描くように山を崩して、1枚ずつ見えるように並べる。

 

「…大丈夫ですね。じゃあ、ジョーカーを抜きます」

 

俺はジョーカーを抜き、パーフェクトシャッフルで、弾く。

 

「順に皆にシャッフルして貰います。まずは…アルベルトさん」

 

そのまま順に、山を回していき、シャッフルをして貰う。

最後にもう一度俺がパーフェクトシャッフルをして、皆に配る。

これで俺すら誰がジョーカーを持ってるか、分からない。

 

「1番手札の多い、グレン先生から時計回りですね。それでは…始め!」

 

仁義なき戦いが始まった…。

 

「よし!揃った!」

 

「…む、まだですね」

 

「ほう…揃わんのぉ」

 

「ふん」

 

「あら揃ったわ」

 

それぞれが安定に数を減らして、3周目に突入。

…そろそろだな。

俺は手元にあるベルを鳴らす。

 

「シャッフルタ〜イム!」

 

「「「「「はぁ?」」」」」

 

「皆さんの手札は、俺が魔術で監視してました。ジョーカーが動かない時、俺の任意でこれを発令します。まずはこれ。コイントスで右か左を決めます。表が右、裏が左」

 

ピンッとコインを弾く。

手の甲で受け止めて、確認する。

出たのは…裏。

 

「出たのは裏。左回りです。次はこのダイス。ここからが肝です。皆さんには、出る目を多数決で予想してもらいます。奇数か偶数か。もし予想と同じなら、シャッフル成立。左に1つずらします。外れた場合、シャッフル不成立です。さあ?どうぞ」

 

途端に話し合うグレン先生達。

話し合った結果…

 

「俺達は奇数にかける」

 

「分かりました。それでは…」

 

結果は…3の目。

 

「奇数ですね。シャッフル成立です。それでは手札を伏せたまま、交換してください」

 

それぞれが交換する中、明らかにホッとするグレン先生と、少し顔が引き攣るクリストフ。

クリストフはほぼ無反応に対し、グレン先生がしっかり反応したせいで

 

(((ジョーカーは、クリストフ)))

 

しっかり皆にバレてしまうクリストフ。

そのまま再スタートしたゲームは、俺のシャッフルタイムが不定期なので、混沌化。

直ぐに終わらせないように、引っ掻き回した。

そして、最初にあがったのは

 

「1抜けです」

 

「クリストフゥゥゥゥゥゥ!!」

 

クリストフが1抜け。

そこから芋づる式にバーナードさん、アルベルトさんが抜け、残ったのは

 

「おら!どっちだよ!そんな判断が遅ぇから行き遅れんだよ!」

 

「やかましい!朴念仁は黙ってなさい!」

 

安定のグレン先生とイヴ先生だった。

まあ、こうなる気はしたんだよな。

 

「どっちが勝つと思います?」

 

「ん〜、イヴちゃんかのぉ」

 

「じゃあ、グレン先輩で」

 

「…イヴだな」

 

「俺はグレン先生で」

 

それぞれで勝手に予想し合う俺達。

しかしお互いがジョーカーを引き合うという、泥試合を演出する。

 

「こうなったら…!【イーラの炎】!」

 

「ピー!魔術禁止!」

 

「ふっ!甘いぜ!【愚者の世界】!」

 

「だから、禁止!」

 

引き合う事10周、ついに決着がつく。

 

「勝っ…た…!!」

 

「ありえない…!」

 

「勝者、グレン先生〜!」

 

最後の最後に、見事ジョーカーを避けたグレン先生の勝ちだった。

これにより敗者たるイヴ先生には

 

「この【イヴ印のチョコバナナシフォンケーキ】をどうぞ。…結果、自分で処理してるだけじゃん」

 

「そこはツッこまない方が…」

 

クリストフが苦笑いしてながら言う。

イヴ先生は、苦い顔した後一思いに齧り付く。

その結果

 

「〜〜〜〜ッ!!!?」

 

赤くなったり、青くなったり、緑くなったり、黄色くなったり…。

まあ色んな顔色になって悶絶するイヴ先生。

自業自得だな…。

 

「イヴちゃん、ほれ。これ飲め」

 

「ッ!?おい待てジジィ!?それはお前の…!」

 

「あ!?」

 

バーナードさんが飲み物を渡すが、それは()()

タダでさえ弱いのに、今そんなの飲んだら…!

 

「う…うぉぇぇぇぇ…」

 

「「「ぎゃあァァァァァァァァ!!!」」」

 

結局イヴ先生が全て吐き出し、俺達は必死に掃除する羽目になった。

…なんでこんな目に?

窓際に飾ってある百合の花が、呆れたように揺れた気がした。




今回は、珍しくアルタイルがボケに回るという話でした。
そしてキャラが崩れる人もいましたが、そこはそういうものとして扱ってください。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術祭典編第1話

はい、という訳で魔術祭典が始まります。
最近、本編終わるまでは手を出さないと決めていた、追想日誌に手を出してしまいました。
時系列はよく分かりませんが、面白いですね。
それではよろしくお願いします。


「あぁぁぁ!!面倒臭ぇ!!」

 

ここは学院の魔術競技場だ。

ここでは魔術祭典帝国代表選手団が、それぞれ特訓と最終調整に入っていた。

なのだが…

 

「何で!俺が!コイツらの総監督を務めなきゃならんのだ!!!?」

 

そう、グレンは上層部らの推薦により、選手団の総監督を務める事になったのだ。

 

「あはは…私もマネージャーの1人として、一生懸命頑張りますから!」

 

その隣では、選手達の為に、飲み物など献身的に用意をしているルミアがいる。

 

(はぁ…。そろそろ腹の括り時か?ルミアばっかりなのは、かっこ悪ぃし…ていうか)

 

「馴染みすぎたろ、アイツ」

 

グレンの視線の先には

 

「ほらそこ!貴方達、とにかく判断が遅い!」

 

今回、インストラクターに任命されたイヴがいる。

軍時代の彼女からは考えられないくらい、生き生きとしている。

 

「それはともかくとして…。本当に凄いメンツが揃ったな」

 

グレンは順に視線を向けていく。

まず目に付いたのは、

 

「行くぜ!フランシーヌ!」

 

「おーほほほ!かかって来いですの!」

 

魔闘術(マジック·アーツ)】を主体とするコレットと、精霊召喚を得意とするフランシーヌが、模擬戦をしていた。

次に視線を向けたのは

 

「フッ!」

 

様々な障害物のあるコースを自在に駆け抜けるジニーだ。

手裏剣や忍法なる術を使って、次々に障害物を乗り越えていく。

次に視線を向けたのは

 

「ジャイル君!私が崩します!合わせて!」

 

「ふん」

 

練習用のゴーレムと戦うリゼとジャイルだ。

リゼは、まさに万能型のオールラウンダー。

攻撃力こそ低いが、全てを高水準でこなす。

一方のジャイルは、完全接近戦型。

持ち前のタフネスを、身体強化魔術で強化して、力でねじふせる。

次に視線を向けたのは

 

「なっ!?【二反響唱(ダブル·キャスト)】!?だったら…!」

 

「ッ!?【時間差詠唱(ディレイ·ブースト)】!?やりますね!」

 

最早学生の域を超えている、システィーナとレヴィンが模擬戦をしていた。

ただでさえ、段違いの実力をもつレヴィンと、更にその上を行くシスティーナ。

そして、もう1人の規格外、アルタイルは

 

「…」

 

周りから離れた場所で、皆に背を向け、空を睨み続ける。

何が飛び出した瞬間

 

「『雷槍』!」

 

【ライトニング・ピアス】で撃ち抜く。

 

「780メトラ、クリア!」

 

「…ふぅ」

 

長距離射撃の練習をしていた。

このメンバーで唯一欠点があるとするなら、狙撃手の不在だ。

一応システィーナや、リゼでも可能なのだが、いざと言う時の為に前衛に欲しい2人だ。

それに1番成功率が高いのが、アルタイルだったのだ。

故に急ピッチで狙撃訓練を行っているのだが、

 

「アイツ、本当になんでも出来るのな…」

 

よく考えれば、あの状況でレイクの龍鱗の剣に、攻撃出来た訳だしな。

観測手なしで、780メトラか。

このままだと1000メトラ行くかもな。

 

「先生、用意出来ました」

 

「おう、そろそろ休憩するか。…ってあれ?あの問題児は…」

 

「ひゃあぁぁぁぁぁ!無理です無理です無理です〜!!」

 

はぁ…またかよ。

そう思った時には、腰に衝撃が来る。

呆れながら見下ろすと、そこには小柄な女子生徒がいた。

首元の緑のリボンは、1年生だ。

色素の薄い桃色の髪と、首元にかけられた十字架を揺らしながら、助けを求めるコイツは

 

「今度はなんだよ、マリア!」

 

1年ながら選ばれた【マリア=ルーテル】だ。

優れた魔力容量(キャパシティ)などを誇り、特に白魔術を得意とする奴だが、如何せん実戦経験が足りない。

故にかなりハードで、かなり地味な訓練をさせている。

 

「身体強化しながら、グラウンド100周とか無理ですよ〜!」

 

「だったら何で、代表に志願したんだよ!」

 

「だってだって〜!」

 

駄々こねるマリアに呆れていると、ルミアが申し訳なさげに

 

「あの、先生…私…」

 

「ああ、行ってやれ。アイツ、熱くなりすぎるからな」

 

「あ、ルミア先輩!アルタイル先輩の所に行くんですか!私も行きます!」

 

アルタイルの所に行こうとするルミアを、マリアが追いかけていく。

というか、追い抜く。

 

「ま、待って!?マリア!」

 

それを慌てて追いかけるルミアを見ながら、俺はため息をつく。

 

「はぁ…どうなるやら…」

 

その言葉は、この大きな青空に吸い込まれるのだった。

 

 

 

「…ふぅ…」

 

だいぶ当たるようになってきたな。

ただ、これがクレーと人ではだいぶ違うだろう。

流石に人を狙い撃つ訳には行かねぇしな…。

 

「アルタイル先輩〜!!」

 

「どぉわぁ!!?」

 

腰に来る凄い衝撃と、甘ったるい声。

それだけで誰が来たか、もうよく分かる。

 

「はぁ…マリア。突撃してくんなっていつも言ってるだろ?」

 

「えへへ〜」

 

こいつは…反省してねぇな。

そう思い俺は、アイアンクローで頭を、握り潰す。

 

「痛たたたた!!?痛いです〜!!」

 

「あ、アハハ…アイル君、そこまでにしてあげて?」

 

マリアの後ろから現れたのはルミアだ。

手には色々持っている。

 

「ルミア。どうした?」

 

「そろそろ休憩しないかなって」

 

持っているのは水の入ったケトルだ。

確かにだいぶ疲れてる。

そろそろ休もうかと思ってたので、ちょうどいい。

 

「お、ありがとう!助かる!」

 

俺は補助してくれていた生徒に合図を送り、休憩を促す。

腰を下ろすと、隣にルミアが座り、水となにか四角い容器を渡してくれる。

 

「ルミア、これは?」

 

そう聞きながら蓋を開けると、そこには輪切りにされたレモンが入っていた。

 

「え〜と…作ってみたんだ、レモンの蜂蜜つけ。冷たくしてあるから、暑くなってるだろうし、どうかなって…///」

 

「ありがとう!頂きます!」

 

俺はお礼を言って早速1枚頂く。

程よい甘さとレモンの酸味。

それにプラスして、レモンそのものを冷やしてあるらしく、冷たさが火照った体に染み渡る。

 

「う、うめぇ…!」

 

思わず感嘆の声が漏れる。

いや、これ…マジでうめぇ!!

 

「ほ、本当に!?」

 

「ああ!最高!毎回食べたいくらい…!」

 

「ッ!あ、ありがとう…!///」

 

穏やかな空気が俺達を包む。

しかし、ここにそれをぶち壊す者がいた。

 

「むぅー!ズルいです!先輩ばっかり!私もルミア先輩の蜂蜜つけ、食べたいです!」

 

そう、マリアである。

コイツとは、まあひょんな事から縁があり、後輩によく話しかけれるのは、主にコイツのせいである。

 

「はぁ…その言い方だと、色々マズイだろ。というか、それはルミアに聞け」

 

「ルミア先輩!?食べてもいいですか!?」

 

「え!?えぇ〜と…!?少しなら?」

 

その返事に大喜びするマリアを他所に、俺はもう1枚食べる。

うん、やっぱ美味い。

 

「やったぁ!先輩!ア〜ン!」

 

「ア、ア〜ン!?」

 

「はぁ…ほらよ」

 

もう面倒くさくなった俺は、さっさと黙らせようと、口に放り込んでやる。

というか…我ながら、コイツに甘い気がする。

 

「うーん!美味しい!ルミア先輩、すごく美味しいです!!」

 

「あ、ありがとう…。でもマリア?少し甘えすぎじゃないかな?」

 

「ふぇ?」

 

謎の(ルミアしか分かってない)女同士のバトルを聞きながら、俺は寝っ転がる。

 

「…嵐の前の静けさってやつかね〜…」

 

とりあえず俺は、そのバトルに不干渉を決め込む事にしたのだった。

それから日は進み、俺達はついに魔術祭典の会場である、自由都市【ミラーノ】に向けて出発する日が来たのだった。

さて、そんな当日に俺は早朝の公園にいる。

何故かというと

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

「もうちょい!ファイト!」

 

マリアの走り込みに付き合っているからだ。

普段のお茶目な姿からは、想像出来ないくらいの真剣さ。

可愛いオシャレ好きのコイツからしたら、今の姿は酷く泥臭いだろう。

しかし、それを全く気にも止めず、走り続けるその姿は、惹き付けるものがある。

 

「67…68…69…」

 

ルミアが懐中時計を片手に、タイムを計る。

そしてついに

 

「ゲボッ!ゴホッ!」

 

咳込みながら、ルミアの隣に倒れ込みそうになる。

俺はそれを支えながら、ゆっくりと座らせる。

 

「うん、新記録。これで先生のノルマ達成だね!よく頑張ったね、マリア」

 

「お!本当か!やったじゃねぇか!!」

 

俺はルミアの言葉を聞いて、マリアの頭を撫で回してやる。

 

「ほ…本当…ですか!?やったぁぁぁ!ついにやりました!!ルミア先輩!アルタイル先輩!」

 

疲れてるはずなのに、大はしゃぎするマリアに俺達は、つい笑ってしまう。

 

「それもこれも、ルミア先輩とアルタイル先輩のおかげです!ありがとうございます!」

 

「あはは…ちょっとコツを教えただけだから…」

 

「俺に至っては、一緒に走っただけだしな」

 

照れくさそうに笑うルミアだが、俺に関してはいたたまれない。

こういう正統派の身体強化魔術は、実はシスティより、ルミアの方が上手い。

先生のは変則的だし、俺はそもそも糸で強化してしまう。

リィエルは直感だし。

そんな話をしていると、グレン先生がやってくる。

 

「あ、おはようございます、先生」

 

「おはようございます、先生」

 

「お〜す、お前ら。マリアは無理すんな…」

 

振り返ると、無理に挨拶しようとしたのか、かなり無理やりな息の仕方をしている。

そのまま、先生とマリアの漫才を見ていたいが、そろそろ時間だ。

 

「マリア、お前そろそろ時間だぞ」

 

「へ?…あぁぁぁ!!まだ用意終わってない!!」

 

「いや、終わってないのかよ!?」

 

アホか、コイツは!?

…いや、アホだったわ、コイツは。

そう叫んで駆け出したマリアだったか、突然止まったかと思えば、振り返りながら敬礼している。

 

「グレン先生!ルミア先輩!アルタイル先輩!ご指導ご鞭撻ありがとうございました!私!精一杯頑張ります!」

 

言うだけ言って走り去っていくマリアを見送り、俺達も帰路に着いた。

 

「…よし。全部OK」

 

家に帰り、汗を流して全ての用意を整える。

 

「アルタイル、準備はいい?」

 

「うん、大丈夫です。じゃあ、行ってくる!」

 

「行ってらっしゃい!兄様!イヴ姉様!」

 

「2人とも、気をつけるのよ」

 

「…頑張ってこい」

 

家族の声援を背に、俺達はミラーノヘ出発したのだった。

数日かけてたどり着いた街、ミラーノ。

道中、俺かグレン先生がマリアの頭をアイアンクローしながらも、美しい街並みを見ながらやってきたのは、拠点となるホテルだ。

今回この魔術祭典に参加する各国事に、建物丸々一つ貸切なのだが、

 

「…え?ここ?ここ貸切ってるの?」

 

思わず唖然としてる俺とグレン先生とジャイル。

ジャイルは没落貴族の三男坊。

俺達2人はごく普通の平民だ。

それ故、こういう場所の免疫が無い。

 

「うぅ〜!ルミア先輩!アルタイル先輩!本当にいいんですか!?私達!」

 

ああ、そういえば

 

「マリアは俺と似てて、修道院で下宿してるんだよな」

 

「え?マリアのご家庭って…」

 

「ルミア」

 

俺は本人から話は聞いているが、それをおいそれと言う気は無いし、他人が立ち入っていい話でもない。

 

「おーい!お前ら!俺『達』と行こうぜ!俺『達』と!」

 

妙に『達』を強調して呼ぶグレン先生。

ジャイルがすごく嫌そう。

 

「はぁ…はしゃがないでください!みっともない!ほら、行くぞ」

 

そう言って俺は2人を連れてグレン先生の所に急ぐのだった。

チェックインを済ませた俺達は、ゴンドラに乗り、会場となる【セリカ=エリエーテ大競技場】に来た。

各種手続きを済ませ、控え室に入ると、既に各国の選手らや監督らが集まっていて、独特の緊張感に包まれていた。

無理もない、ここにいるヤツらは極端な話、敵だ。

だから何だって話では無いが、フランシーヌ達みたいに、動揺しまくりなのは勘弁してくれ。

その様子に、ため息をつきながら振り返ると、1人の綺麗な女の子がいた。

 

「…で?俺に何か用?」

 

「…よく、お気づきになりましたね?」

 

「そんな熱い視線を向けられたらな」

 

そう言いながら、俺も彼女を観察する。

確か小袖、差込、狩衣だったか。

ということは

 

「陰陽師か」

 

「はい。日輪の国【天帝陰陽寮】のメイン・ウィザードを務めます、【サクヤ=コノハ】と言います。どうかお見知りおきを。失礼ですが、そのローブ、アルザーノ帝国の方ですよね?貴方がメイン・ウィザードですか?」

 

今俺達が着ているローブは、黒の白を基調とするコートローブで、帝国の伝統礼装らしい。

 

「国はあってるが、残念ながらメイン・ウィザードじゃないぞ。あっちがそうだ。…っと、名乗ってなかったな。俺はアルタイル=エステレラだ。よろしくな、サクヤ」

 

そう言って俺は握手を求めると、素直に応じてくれた。

 

「何してるの?」

 

お、噂をすればシスティが来た。

 

「紹介するよ。うちのメイン・ウィザード、システィーナ=フィーベルだ。システィ、こっちは日輪の国のメイン・ウィザード、サクヤ=コノハだって」

 

2人の橋渡しをしていると

 

「なるほど、そっちの銀髪の少女の方だったのか。2人とも格が違ったから、どっちか分からなかったよ」

 

突然、男が話に加わってくる。

格好を見る限り…砂漠の国か?

 

「ああ、失礼。僕は【アディル=アルハザッド】。サハラ…君達が砂漠の国と呼ぶ【占星天文塔】のメイン・ウィザードだ。ああ、自己紹介は聞こえていたから大丈夫だよ」

 

(…強いな、この2人)

 

そのまま、システィと会話はしているが、頭の中は全く違う事を考えていた。

これが世界か…いいな。

 

「…ふん、穢らわしい異端者共が」

 

そう吐き捨てられる。

穏やかじゃねぇなと思いつつ、そっちの方を見ると、詰襟型の僧服に身を包んだ男が、睨んできていた。

 

「…誰か分かる?」

 

「レザリア王国の生徒ですよ」

 

ヒソヒソとサクヤに確認を取る。

ああ、道理でヘイトが高い訳だ。

まあ、宗教論争なんて、欠片の興味も無い。

というか、いつの間にアディルとレザリアの奴が揉めてるんだ?

というか、コイツら殺る気じゃない?

仕方ない、俺達3人で止めようと動き出した時

 

「お止めなさい。…全く」

 

いつの間にか…本当にいつの間にか、1人の司祭が2人の間に割って入っていた。

 

「マルコフ…これは平和の祭典なのです。『己を愛するが如く、隣人を愛せよ』…主の教えを忘れましたか?」

 

「ファイス司教枢機卿猊下!!」

 

(枢機卿…結構なお偉いさんじゃねぇか!?)

 

俺は宗教に欠片も興味が無いのでよく分からないが、お偉いさんってのはわかる。

 

「…こちら側に非があったようですね。申し訳ありません」

 

「…いえ…こちらこそ…。つい頭に血が上ってしまって…すみません」

 

司教さんが、アディルに深々と頭を下げる。

システィや、グレン先生たちの様子を見る限り、かなり意外な事らしい。

そのままセレモニーの、説明と打ち合わせが始まったのだった。




宗教は本当に訳分かりませんね。
はい、僕は無神論者ですよ。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術祭典編第2話

マリア〜…健気だよぉ…!
それではよろしくお願いします。


そのまま始まったセレモニー。

適当にやり過ごしつつ、俺は先生達の方を伺う。

その時、何やらおかしな光景を目にする。

修道女らしき人と話す先生と、黒ずくめの格好をした男。

そいつが…ルミアに何かしている。

 

「…チッ」

 

1番後ろにいた俺は直ぐに、マリオネットを作って置いていき、【セルフ・トランスパレント】で姿を消し、客席に急ぐ。

 

「ッ!?アルタイル!?貴方どうして!?」

 

「イヴ先生!マリオネット置いてきた!」

 

道中イヴ先生と合流した俺は、2人ですぐに客席に走る。

 

「私が引き剥がすわ!貴方はルミアを!」

 

「了解!」

 

返事と同時に、イヴ先生が炎を放つ。

それを見てからお守りに魔力を流し、【次元跳躍】でルミアを飛ばす。

 

「ルミア!」

 

「アイル君!?」

 

そのまま後ろに庇って、2人組を睨みつける。

 

「…ルナ、潮時だ。これ以上は結界がもたない。観客にバレる」

 

「…分かったわ、チェイス。警告はしたわよ、監督さん?じゃあね」

 

そのまま消える2人組を最後まで睨みながら、息を吐く。

 

「…怪我はないか?ルミア」

 

「う、うん…」

 

「グレン、アイツらは何?只者じゃないのは分かるけど…」

 

「後で説明する。要するに…また厄介事って事だ。教会の連中、異端狩りの切り札まで引っ張ってきやがって。…あまりにも、きな臭ぇ」

 

異端狩りの切り札?

なんの事か分からないが、息を呑むイヴ先生を見る限り、相当ヤバいらしい。

どうやら今回も、何かが起こる気しか無い。

波乱と激動の魔術祭典が、ここに開催した。

 

 

次の日、イヴ先生以外の3人で、ある人に会っていた。

 

「結論から言いますと…いかなる脅しがあろうとも、帝国代表選手団を魔術祭典から辞退させる事は、このアルザーノ帝国女王、アリシア七世が許可しません」

 

「「「…」」」

 

席から立ち、そう言い切るのは、我らが女王陛下、アリシア七世だ。

俺達は昨日の件を、陛下に相談しに来たのだ。

あの時なら怒っただろうが、今なら陛下の気持ちはある程度は、予想がつく。

故に心の中にあったのは、仕方ないという納得だった。

 

「今回の王国との首脳会談。この場、この時の為に、莫大な予算と時間を費やしました。ですが、こちら側にも、向こう側にも反対派がいるのは事実。少しでも破談にする隙を狙っています。ですから…このような些事で失敗した、そのような事、あってはならないのです」

 

そう言い放つ陛下の目は、氷のように冷たかった。

しかしその手は、震えるほど握りこまれていた。

これが、為政者か…。

 

「今回の会談が成功すれば、少なくとも10年の戦争無き完全平和が実現するのです。故に、私は代表選手団に命じます。『たとえ、いかなる危険があろうとも、参加せよ』…と」

 

そこまで言い切って、不意に、力無く椅子に座り込み、苦悩の表情を浮かべながら、ため息をつく。

 

「…私は…地獄に落ちるのでしょうね…」

 

「そ、そんな事は…!?」

 

「陛下のご判断は何も…!?」

 

ルミアと俺は慌ててそれを否定するも、力無く首を振るだけだった。

 

「いえ…母親としても…人としても失格ですね。それでも…たとえ間違っていたとしても…やらないといけないのです…!」

 

「国を守る女王としては…何も間違ってませんよ」

 

今まで黙っていたグレン先生が、口を開く。

何気なく送っていた日常。

それは女王陛下が、心血、魂をも削って作ってくれた時間だ。

それを無為にするなんて…絶対にさせない。

 

「陛下。俺は貴女が女王陛下で良かった…心からそう思います」

 

「そうですよ、お母さん…」

 

俺とルミアが再び口を開く。

 

「…グレン、アルタイル、エルミアナ。ありがとう。そして…ごめんなさい」

 

そこまで言って、気持ちを切り替えたのか、毅然とした顔で決意を口にする。

 

「私の護衛を貴方達にも回します。どうか皆を守ってあげてください」

 

その決意に、待ったをかけたのが

 

「そりゃ、お勧めしかねるなぁ。アリシアちゃん」

 

「恐れながら、反対派にとって一番確実な手は、女王陛下の暗殺です。ただでさえ、刺激しないように数を絞ってここに来たのです」

 

特務分室のバーナードさんとクリストフだ。

そして部屋の隅には、アルベルトさんがいる。

この3人が今回の直近の護衛なのだ。

しかし、陛下も1歩も引かない。

 

「子供達に命を懸けさせてるのに、私が懸けなくてどうするのですか。それに…貴方達を信じてますから」

 

ここまで言われては3人共否定出来ず、陛下の命令に従う事になった。

 

「しかしグレン、お前は随分と厄介な相手に絡まれたな。【第十三聖伐実行隊(ラスト·クルセイダース)】…敵対するならこれ以上に最悪の敵はいない」

 

あのアルベルトさんが、そんな事言うなんて。

それはルミアも同じらしく、かなり驚いていた。

 

「あの人達、そんなに凄い人達何ですか?」

 

「その通りです。エルミアナ王女殿下」

 

恭しくその質問に答えたのは、クリストフだった。

 

「【第十三聖伐実行隊(ラスト·クルセイダース)】…聖エルサレム教会教皇庁が誇る、聖堂騎士団の中でも、最強の処刑部隊です。…たった2人からなる部隊ですけどね」

 

「は?たった2人?アイツらだけなのか?」

 

てっきり隊長クラス2人かと思ってたが…

 

「うん。たった2人だけどその強さは、何百、何千からなる他の部隊を押し退けて、そう呼ばれてるんだ。その強さは推して測るべきだよ」

 

「マジかよ…!?」

 

「教皇庁の連中に抗議すればいいだろ!?」

 

「無駄だ」

 

グレン先生の苛立ちげな発言を、アルベルトさんが冷静に否定する。

 

「『十三』…神の子を十字架刑に追いやった裏切り者【ユーダ】の数字。エルサレム教において、忌み数だ。そんな数字を冠する部隊が教会にあるなんて、認めるはずが無い。知らぬ存ぜぬで突っぱねられるだけだ」

 

故に存在しない十三(インビジブル·サーティーン)、存在しない部隊って事か…。

 

「クリストフ、あの2人…ルナとチェイスだっけか?何か情報は?」

 

「それが…帝国の情報局に緊急アクセスして調べたんだけど…確かに【ルナ=フレアー】、【チェイス=フォスター】両名の名前は確認出来たんだけど…彼ら4年前に死んでる事になってるんだ」

 

は?4年前に死んでる…?

 

「4年前と言えば、現教皇フューネラルが教皇選挙(コンクラーベ)で、奇跡的な逆転勝利した時だな」

 

「いや、そこじゃねえぞ!ちょっと待て!?アイツら、ピンピンしてたぞ!?」

 

グレン先生が、口を挟む。

 

「それともう1つ。確かにチェイスはエース級だったようなんですが…ルナの方は、落ちこぼれの三流騎士だったらしくて…」

 

「…おい、情報室の連中も当てにならねぇな。アイツの何処が、落ちこぼれだよ?プレッシャーだけで死ぬかと思ったわ!」

 

グレン先生の言葉に、重苦しくなる空気を変えるべく、陛下が口を開く。

 

「話を戻しましょう。何故彼らが出てきたのかは、分かりません。反対派が暴走して、辞退させる事で、賛成派のこちらへの心証を悪くしようとしている。…そう捉える事も出来ますが、少し決め手としては、弱いかもしれません」

 

「確かにそうじゃのう…。やり方なら他にも幾らでもあるからのう…」

 

「警告だけっていうのも不自然ですね。見敵必殺、即悪斬が彼らの教理(ドクドリン)ですから…」

 

「だったら、私達の中で参加して欲しくない人がいるとか…」

 

「だったら誰だ?1番可能性が高いのはルミア、お前なんだが、お前は選手じゃないしな…。そもそもアイツら、ルミアに無関心だったしな」

 

陛下、バーナードさん、クリストフ、ルミア、グレン先生が、どんどんと考察して行くが、どれも決め手に欠ける。

どんどん煮詰まってきた所で、1度俺は手を叩く。

 

「よし!もうやめ!」

 

「「「「「は?」」」」」

 

皆が俺の方を一斉に見る。

そんなに見られると落ち着かないんだけど…。

 

「分かんない事をどれだけ考えても、分かんないんだがら、諦めましょう!」

 

「お、お前なぁ…」

 

「分かってるのは、このまま行けば、間違えなく連中と事を構えるってだけ。だったらそれでいい。降りかかる火の粉は払うだけ。邪魔する奴は蹴散らすだけ」

 

その言葉に、1番最初に反応したのは、陛下だった。

 

「…そうですね、今考えても何も分かりません。大事なのは、この会談が終わるまで、代表選手団を守り抜く事、これだけです」

 

そう言って陛下は俺とグレン先生に頭を下げる。

 

「グレン。退役してる貴方に、こんな事を頼むのは申し訳なく…。どうか子供達を守ってあげてください。アルタイル、本来守られる側の貴方に頼むのも、大変心苦しいですが、どうかグレンと共に…」

 

「わぁぁぁぁぁ!?へ、陛下!?だからこんなクソガキに頭下げちゃダメですって!?」

 

「そ、そうですよ!?俺みたいなゴミに頭下げちゃダメですって!?」

 

俺達は必死に、陛下の頭を上げてもらうようお願いする。

本当に…心臓に悪い…!

 

「…ありがとうございます。2人共。…エルミアナ、こちらへ」

 

突然、ルミアを呼び出したと思ったら、少し話してから、急に顔を真っ赤にしだすルミア。

俺は何事かと傍による。

 

「ルミア?どうした?大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だよ!?///問題なし!!///」

 

いや大ありの顔だけど…?

その時、今度は俺に矛先が向く。

その笑顔は、酷く悪戯気な悪い笑みだった。

 

「アルタイル、丁度いい所に。以前私が言った事、覚えてる?…ちゃんと気付いてあげた?」

 

そう言われた途端、競技祭の時言われた事を、思い出す。

一気に顔が熱くなる。

 

「え!?え〜と…それは…まぁ…///」

 

恥ずかしくなって、顔を隠しながら背ける。

しかし背けた先にルミアの顔があり、ちょうど目が合ってしまう。

耳まで真っ赤にしているルミアと、そのルミアの目に映る、同じく耳まで真っ赤にした俺。

 

「「ッ!!?///」」

 

それを自覚した途端、お互い同時に顔を反対に向ける。

 

(しまった…!///)

 

(こんな事したら…!///)

 

((バレバレじゃん!!///))

 

片手で顔を隠す俺と、顔を両手で隠すルミア。

それを見た陛下は

 

「あら♪あらあら♪あらあらあら♪」

 

凄く楽しそうに、笑っている。

その甘酸っぱい光景を、穏やかに見る先生達。

俺達の謁見は、何とも変な空気で終わった。

 

 

部屋を後にし、変な髭面のおっさんとすれ違ったり、アルベルトさんから陛下の敵が多いという話を聞いたりした俺達は、とりあえず皆に合流しようと、競技場に向かったのだが、

 

「あれ?先生、アイル君。あれって…」

 

ルミアが指さす先には

 

「げ!?マリア!?」

 

何故か単独行動しているマリアがいた。

 

「あのバカ!皆と一緒にいろって言っただろうが!?」

 

「追いかけよう!」

 

そうしてマリアを追いかけ始めた俺達がたどり着いたのは、教会だった。

 

「あれは…【聖ポーリィス聖堂】だな」

 

「そういえば、聖堂巡りがしたいって…」

 

「いや、ここは確か…」

 

何となく何しに来たかは、察した。

中に入ると、両膝をつき、手を組み、頭を垂れ、一心不乱に祈るマリアの姿があった。

天井のステンドガラスから、陽光が差すその姿は、まるで1人の聖女のようで、俺達は黙って見守るしか出来なかった。

 

「…ふぅ…」

 

やがてお祈りが終わり、振り返ったマリアと

 

「「「…」」」

 

じっと見守っていた俺達の目が合う。

 

「は、はうぅぅぅぅぅぅぅ!!!?」

 

ものすごく変な奇声を上げて驚くな、コイツ。

 

「せ、先生!?先輩方まで!?ど、どうしてここに!?」

 

「それ、俺らのセリフ。勝手な行動はするな」

 

「も、もしかして!見ちゃいましたか!?」

 

「ああ、バッチリと。お前…旧教信者(カノン派)だったんだな。かなりガチめの」

 

「…はうぅぅぅ…」

 

グレン先生の言葉に、隠す事が出来ないと悟ったか、力なく項垂れるマリア。

 

「で?なんで隠してんだよ?」

 

俺達は礼拝堂の長椅子に腰掛け、事情聴取をしていた。

 

「だって…可愛くないじゃないですか?せっかく垢抜けた都会派女子を目指してたのに、実は芋臭いガチ信者なんて…。幻滅したでしょう?」

 

ん?何訳分からん事言ってるんだ?

 

「んな事ねぇよ。その目指す女子像よりも、そっちの方が大事だったから、捨てられなかったんだろ?お前はお前だ。もっと胸を張りな」

 

おぉ…、先生が先生らしい事を言ってる。

違和感しかないが、俺もフォローしてやるか。

 

「俺はそもそも知ってたしな。お前が自分から言ってたし」

 

そう言いながら肩を竦める。

 

「そういえば、アイル君っていつから仲良いんだっけ?」

 

ルミアが不思議そうに俺に聞いてくる。

 

「え〜と、2年に上がってすぐくらいかな?ナンパされたるのを助けたんだよ。そのままコイツの下宿先の修道院に連れて帰って、その時ちょうどお祈りの時間だったんだよ」

 

「修道院…?」

 

あ〜…ここからは俺からは言えないな。

そう思いマリアを見ると、どうやら話す気らしい。

 

「私…捨て子なんです…」

 

「「え?」」

 

「もっと言えば…レザリア出身なんです。私」

 

「…何?」

 

そこは俺も初耳だった。

何でも父親が神父だったらしく、こっちにいた時から、父親と一緒にお祈りをしてたらしい。

だからこのお祈りは、マリアにとって父親との繋がりみたいなものらしい。

実家も何処か覚えてないらしく、この情勢の最中の為、帰る事も諦めてるらしい。

 

「…だから私!一生懸命頑張ったんです!!」

 

突然マリアが元気一杯に立ち上がる。

 

「この魔術祭典は世界中が注目してます!もちろん、レザリア王国の人も!ひょっとしたら、お父さんも見てるかもしれません!私が舞台に上がれば、ひょっとしたら気付いてくれるかもしれません!」

 

そこまで言い切って、少し暗くなる。

 

「…ひょっとしたら…また、会えるかも…しれません…。あはは…『ひょっとしたら』ばかりで…子供みたいですね。それでも私…」

 

茶目っ気たっぷりに、でも何処か寂しげな笑みを浮かべるマリアに

 

「そんな事ないよ!!」

 

今度はルミアが立ち上がり、強くマリアの手を握る。

 

「マリアのお父さんは、きっと見てるよ。マリアを見てれば分かる。きっとお父さんはマリアを愛してたんだって。だから…きっとその祈りは届くよ」

 

言いたい事言われちゃったな。

…そうか、この2人は似てるんだ。

俺は頭を撫でながら、優しく言ってやる。

 

「神を信じる心で…親父さんを信じてやれ。そして、ここまで走り続けた自分を信じろ」

 

「先輩方…ありがとうございます!ようし!明日からの試合、頑張るぞぉ!!」

 

「…ああ、勝つぞ!」

 

俺はマリアの背中を叩きながら、皆の元に帰るのだった。

…ちなみにその後単独行動をしたマリアは、イヴ先生とシスティにこってりと絞られ、試合前とは思えないハードな練習をするハメになり

 

「助けて、死んじゃう、帰りたい、もう魔術祭典なんてコリゴリ〜」

 

などと泣きわめくのだが、そこは自業自得って事にして貰おう。




陛下に対しての好感度が、最初よりかなり爆上げされている、アルタイル。
でも、国に尽くす気は無いが陛下自信には尽くす気はあるアルタイルです。
それはともかく…一体いつくっつけようかな、この2人。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術祭典編第3話

先に言います。
今回、アルタイルが神憑ります。
それではよろしくお願いします。


次の日、ついに俺達の初戦が始まる。

先生の話を聞きながら、隣にいるシスティを見る。

その目はどこかぼんやりとしてるようにも見てるが、恐らくその逆。

 

(半端ねぇ集中力だ。多分今、俺が見てるのも気付いてるだろう)

 

「…以上が今回のルールだ。ちゃんと聞いてたか、白猫」

 

「え?うん。…はい、大丈夫です」

 

皆しっかりと聞いてはいたらしいが、かなり緊急してるの、口数が少ない。

 

「…アルタイルは冷静ね」

 

突然、リゼ先輩が話しかけてくる。

そりゃあ、まあ

 

「今まで潜ってきた修羅場に比べればね。ただ、皆に見られるってのは慣れないです…よ?」

 

ん?何やら足音が…?

突然ドアが空いたと思えば、

 

「よぉ!皆!調子はどうだ〜!」

 

なんとカッシュ達2組生が来ていた。

 

「はぁ!?お前らなんで!?」

 

「レイディ商会の伝手で…ちょっとね?」

 

恐るべしレイディ商会…。

試合前にも関わらずワイワイしていると、係の人が呼びに来る。

 

「…よし!行くか!!」

 

俺の号令で、皆が一斉に動き出す。

そのまま部屋を後にしようとすると

 

「白猫、アルタイル。頼んだぞ」

 

グレン先生から声がかけられる。

 

「「まーかせて!お師匠さん!」」

 

俺達はおどけながらも、しっかりと目を見て答えてから、会場に向かった。

 

 

「さて、ルールを確認するわよ」

 

システィーナの一言で作戦会議が始まる。

今回は至ってシンプル。

・勝利条件はメイン・ウィザードの撃破。

・フィールドは環境変化魔術で作ったこの大自然。

・中には、殺さない程度に躾られた魔獣が放し飼いされたいる。

 

「つまり、如何に上手くシスティを守りながら、相手を倒すかった訳だが…どうするよ?リーダー」

 

俺はシスティを流し見ながら、尋ねる。

 

「…二手に別れましょう。どうせ、すぐにバレるわ。だったらコソコソせずに、積極的に有利な場所を確保、速攻で仕掛けるわ。掃討班は私をリーダーに、リゼ先輩、ジャイル君、フランシーヌ、コレット、マリアの6人。索敵班はアイルをリーダーに、レヴィン、ハインケル、ジニーで行くわ」

 

その迷いのない、自信に満ちた決断に、誰もが頷き、思う。

俺達のリーダーは、帝国のメイン・ウィザードは、システィーナ=フィーベル…彼女しかいないと。

その時始まりを告げる信号弾が上がる。

 

「…始まったわ!皆!力を貸して!!」

 

「「「「「「「「「応!!!」」」」」」」」」

 

全員の気持ちが一致し、ついに初戦が始まった。

 

⦅こちらアルタイル。3つ目の拠点を確保。丘からの援護射撃可能。どうする?⦆

 

⦅アルタイル、そこからサハラは見える?⦆

 

俺はシスティからの通信に、周囲を散策するが、特に見えない。

 

⦅いや…特に姿は見えない。場所は分かるが、流石にここからじゃ⦆

 

「アイルさん」

 

突然ジニーから声がかかる。

 

「うん?どうした?」

 

「あれ」

 

ジニーが指さした先にいたのは

 

「は?アディル?」

 

俺は直ぐにシスティに通信を繋ぐ。

 

⦅システィ!アディルがそっちに向かってる!単騎だ!⦆

 

⦅な…!?⦆

 

システィの動揺が、通信越しに伝わる。

マズイ…このタイミングで単騎特攻ってことは…!

アイツ、サシでやる気か!

そうなると、あと後詰めの連中が一気に…!

 

⦅探索班!全員今すぐ掃討班の方に合流するぞ!⦆

 

⦅⦅了解!⦆⦆

 

「ジニー!行くぞ!」

 

「了解ですよっと」

 

俺達はすぐに行動を開始する。

しかしこの時、既に場は混沌としていた事に、まだ気づいてなかった。

 

 

アディルによる、帝国チームの分断。

数の利を覆す、大胆不敵なサハラの戦略。

それを押し止める、リゼの戦略。

結界内の、メイン・ウィザード同士の衝突。

救援に駆けつける、アルタイル達の獅子奮迅。

会場は大盛り上がりする中

 

「悪いが脱落してもらうよ…システィーナ=フィーベル」

 

漆黒の悪意が迫っていた。

 

 

 

「どけぇぇぇぇぇ!!!」

 

目の前の魔獣の首を糸で切り飛ばす。

最短距離を最速で駆け抜ける。

魔獣は縄張りを犯さない限り襲ってこないが、今回は無視。

邪魔するなら、蹴散らすのみ。

 

「『吠えよ炎獅子』!」

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

「フッ!」

 

レヴィンとハインケルの魔術が蹴散らし、ジニーのクナイが的確に急所を突く。

 

「よし!もうすぐだ!全員、会敵速攻!仕掛けるぞ!」

 

そう声をかけ一気に加速しようとした瞬間

 

ギャアオオオオオオオオオ!!!

 

「なんだ今のは!?」

 

ハインケルが、慌てて確認するとそこには

 

「馬鹿な!?【銀の飛竜(シルバー·ワイバーン)】!?」

 

その言葉に絶句する。

銀の飛竜(シルバー·ワイバーン)は、ここに放たれている魔獣の中で、1番厄介だとシスティと2人で判断した魔獣だ。

実は草食で、基本的には大人しいから、縄張りに入らないようすればいいだけ。

そう、縄張りに気をつければいいのだ。

 

「ここら辺はまだ、テリトリー外だろうが…!」

 

明らかに作為的な何かを感じるが、後回し。

 

「ハインケル!直ぐにシスティに連絡!俺達もすぐに向かうぞ!」

 

俺達はすぐに合流し直す。

たどり着いた瞬間、何かが迫る。

 

「ジニー!危ない!」

 

慌ててジニーを引かせて避ける。

今のは…飛竜(ワイバーン)か!

 

「アルタイル!!すぐに追って!!システィーナが!!」

 

今指揮権を持っているは、リゼ先輩だ。

その先輩からの命令なら、従う。

 

「了解!!皆無理はすんなよ!!」

 

とはいえ、アイツらの速度には、多分追いつかない。

【次元跳躍】も、魔力を温存したいので却下。

 

⦅システィ。1つ聞く。俺に…自分の命、賭けられる?⦆

 

⦅今そんな事聞く!?そんなの…とっくに賭けてるわよ馬鹿!!!⦆

 

そうかよ…だったら。

 

⦅なら今からやって欲しい事がある。…逆鱗、探してくれ⦆

 

⦅逆鱗?…まさか!?⦆

 

⦅そのまさかだ。逆鱗を撃ち抜く⦆

 

 

 

飛竜(ワイバーン)の牙が、すぐ傍に迫る。

一瞬でも捕まれば死ぬ、そんな恐怖で体が止まりそうになるのを、何度も理性で押さえつける。

 

「どこ…!?どこなの!?逆鱗!」

 

…正直な所、逆鱗を撃ち抜くなんて、不可能だと思ってる。

しかし、同時にアイルならやってのける。

そう思っている自分もいる。

だから手にアイルが渡したお守りを持ちながら、必死探している。

 

「上もない、右もない、左もない…だったら下?」

 

私は一気に減速して、飛竜(ワイバーン)の下を潜る。

勢い余って通り過ぎていく、飛竜(ワイバーン)の顎の付け根あたりに、逆鱗を見つけた。

 

「あった…!!」

 

私は直ぐに、通り過ぎざまに、そこに糸を引っ掛ける。

これでアイルは、正確に場所が分かるようになる。

 

⦅アイル!引っ掛けたわ!⦆

 

⦅よし、そのまま北西に向かえ。そこだと何故か、飛龍の動きがおかしい⦆

 

確かにそうかも。

それは私も気づいていたので、既にグレン先生に合図を送っておいた。

 

⦅分かったわ!後は任せたわよ!!⦆

 

そう言って通信を切る。

やるべき事はやった。

後は…アイルに全てを託す。

 

「『疾ッ』!」

 

私は【疾風脚(シュトロム)】を使い、北西に急いだのだった。

 

 

 

「…ありがとうシスティ。後は任せろ」

 

俺は確保した拠点の一つにいた。

指定したポイントまでは、距離約800メトラ。

ここからしか、狙えない。

 

「…来た」

 

システィと、飛竜(ワイバーン)が来るのを確認する。

その空中戦を見ながら、機を待つ。

糸の反応をしっかりと追いながら、狙いを定める。

粘って、粘って、粘り続けて…ついに見えた、絶好の隙。

 

「『天翔ろ・雷槍』」

 

射程距離と、正確さを改変した【ライトニング・ピアス】を発動し、ついに飛竜(ワイバーン)の逆鱗を射抜く。

普通に撃っても、竜鱗を貫く事は出来ない。

しかし、弱点である逆鱗なら話は別だ。

雄叫びをあげながら落ちていく飛竜(ワイバーン)に、俺は一瞥してから、すぐにシスティの安否を確認したのだった。

 

 

 

「「「「…」」」」

 

「…嘘でしょう?」

 

大歓声に湧く会場と反して、私達は何も言えなかった。

システィーナの符丁を理解したグレンが、チェイスの正体を見破り、飛龍を止めるよう指示していた時だった。

指示通りにしようと、画面に目を向けたチェイスの動きが止まる。

何事かと思い私達と確認して、絶句した。

 

「アホかよ…。飛竜(ワイバーン)を…倒しやがった…!?」

 

アルタイルが、飛竜(ワイバーン)の逆鱗を撃ち抜き、飛竜(ワイバーン)を倒した瞬間だったからだ。

あれは弱いとは言え、竜種。

しかも、学生が相手どれる様な魔獣じゃない。

ここに、新たなドラゴンスレイヤーの誕生だ。

そして、息のあったそのコンビネーションは

 

(まるで、グレンとアルベルトじゃない…!?)

 

愚者と星のコンビネーションを彷彿させる、実に息のあった連携だった。

 

「…どうやら、魔眼を解除する必要はなさそうだね」

 

そう言って霧となって消えていくチェイスを、私達は静かに見逃すしかなかった。

 

「…今はこれで良しとしなさい、グレン」

 

私はそうグレンに声をかけ、画面を見る。

次に映っていたのは、アルタイルが炎の津波を引き裂くところだった。

 

 

 

「やれやれ…君達、そろそろ諦めてくれないかな?死ぬよ?」

 

そう余裕の笑みでアディルが、帝国チームを焼き払おうとする。

チーム一丸となって、何とか防いでいるそんな最中、帝国チームのリゼが、笑った。

 

「確かにそうかもしれませんね。…ですが生憎と、うちのツートップは、諦めが悪いので!」

 

アディルの仲間が、ふと奥からなにか来るのが見つけた。

その瞬間、とんでもない寒気を感じた仲間が

 

「危ない!!」

 

アディルを突き飛ばした瞬間、炎の津波ごとアディルがいた場所を、なにかが引き裂いた。

さらに颶風が巻き上がり、アディル以外のサハラのメンバーを全員、吹き飛ばす。

 

「くぅぅぅ!!」

 

慌ててアディルが見た先には、類まれなる結界魔術で、炎を尽く防ぎ切るアルタイルと、この場の全ての風を支配するシスティーナだった。

 

 

 

「皆、おまたせ」

 

そう言って、皆の前に立った俺は、すぐに結界を張り、皆を守る。

 

「アルタイルせんぱ〜い!!!」

 

「…遅せぇよ…」

 

「おお、ジャイル。死にかけてんじゃん。マリア、頼むわ」

 

泣きつくマリアの頭を撫でながら、そう言って俺は空中にいるシスティを見る。

 

「…決めてこい!システィ!!!」

 

片や炎の支配者、イフリート。

片や風を支配する姫君、ジン。

それはまさに、神話の構図。

お互い消耗は酷く、残り一撃。

 

「『剣の乙女よ・空に刃振るいて・大地に踊れ』ぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

システィが放つ、無数の真空の刃か。

アディルが放つ、魔神の巨大な炎か。

勝者は果たして…。

 

 

「くぅぅぅ!!」

 

システィが苦痛に顔を歪めながら、地面を滑る。

その左腕は酷い火傷があり。

 

「…見事だ。…君の勝ちだ…システィーナ」

 

血を吐くアディルは、右肩から左脇腹までバッサリと切り裂かれていた。

そのまま倒れ伏すアディル。

その直後、試合終了の信号弾が上がり、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。




アルベルトぐらいでしょうね、こんな事出来るの。
ただ使わないのはあれなので、今回狙撃ネタを使いました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術祭典編第4話

初めてアイルが、1人で強敵に挑みます。
それではよろしくお願いします。


「え〜、それでは初戦突破を祝しまして」

 

「「「「「「「カンパ〜イ!!!」」」」」」」

 

ここはホテルにある談話室。

ジュースなど軽食など引っ張り出して、プチ祝賀会を開いていた。

 

「お疲れ様、アイル君」

 

「ありがとう、ルミア」

 

各々楽しんでいる光景を、ぼんやりと見ていると、ルミアが声をかけてくる。

 

「凄かったね。飛竜(ワイバーン)を倒しちゃうなんて」

 

「あれはシスティと協力出来たからできた芸当さ。単独じゃ厳しかったかも」

 

実際のところ、システィが必死に戦ってくれたから、何とかなったものだ。

 

「でも…少し妬けちゃうな〜」

 

「ルミア?」

 

「だって、もし私だったらアイル君は、前には出さないでしょ?」

 

そう言われ、思わず黙り込む。

確かにそうだ。

もしあるがルミアだったら、俺はあんな危険な真似させないだろう。

でも、だったら戦い方を変えるだけだ。

 

「その時は、ルミアの力を借りて戦うさ。どの手札をどうやって切るか、それは仲間の頼り方も同じだろ?結局そこも、魔術師としての戦い方って事だ。だから…あの時なりの頼り方を、してただろうよ」

 

「ッ!…ありがとう」

 

そう2人で話していると

 

「失礼します」

 

突然珍客がやってくる。

それは

 

「ファイス司教枢機卿!?」

 

「突然申し訳ありません。グレン=レーダス先生はいらっしゃいますか?」

 

 

ファイス司教枢機卿は、グレン先生を連れ立って、中庭に行ってしまう。

…何故かマリアが、こっそりとついて行ったが。

とりあえずそれは置いといて、皆と話を楽しんでいた時だった。

突然、すごく綺麗な歌声が聞こえてきた。

 

『眠れ、眠れ、安らかに、安寧に。眠れ、眠れ、安らかに、揺り籠の中で』

 

そう優しく言い聞かせるような。

まるで母親が歌ってくれた、子守歌のようなその声に意識が…

 

「…ッ!」

 

強引に舌を噛み、何とか堪える。

 

「アイル君!舌を!?」

 

ルミアの治療を受けていると、イヴ先生がグレン先生と、ファイス司教枢機卿を連れてくる。

マリアも一緒にいるのは謎だが。

 

「ッ!お前達!無事か!?」

 

「何とか…多分皆も、命に別状は無いと思う」

 

「先生!?これは一体…!?」

 

「【天使言語魔術(エンジェリック·オラクル)】の1つ、【子守歌】です」

 

そう答えたのは、ファイス司教枢機卿だった。

天使言語魔術(エンジェリック·オラクル)】と、竜言語魔術(ドラゴイッシュ)の天使バージョンらしい。

この子守歌は、死傷性こそないものの、時間が経つほど効果が強くなるらしい。

つまりこのまま放っておくと、魔術祭典に参加出来なくなる。

先生は、多分ギリアウトだったのを、何らかの方法で切り抜けたんだろう。

イヴ先生や、ルミアは当然として、なんでマリアは無事だったんだ?

 

「…まあ、それはいいか。先生、急いで止めないと!」

 

「ああ!このバカ騒ぎはすぐに仕舞にしてやる!!」

 

こうしてマリアと、ファイス司教枢機卿を残して、俺達は【第十三聖伐実行隊(ラスト·クルセイダース)】と戦いに行く事にしたのだった。

静けさに包まれた街を駆け抜け、たどり着いたのは、大競技場だった。

 

「…ここか」

 

「そうみたいね。確かにここなら、お互い全力で戦えるわ」

 

俺達は重力操作魔術で一気に飛び上がり、場内に侵入する。

その中央で、ルナとチェイスがいた。

俺達はそのまま歩き進め、やがて距離約15メトラの所で睨み合う。

 

「…今更だけど、貴方達を殺す気無かったの。飛竜(ワイバーン)の件もそう。適当に銀髪の子を消耗させようとしただけ。…まあ、そこの坊やっていう、想定外の戦力があったのだけど」

 

「…だろうね。アンタらなら俺らをどうこうする方法なんて幾らでもあった。なのにそれをしなかったって事は、そういう事だろ?」

 

そう、彼女らは根っからの悪人ではない。

恐らくやらざるを得ない、そんな状況だったのだろう。

それでも

 

「俺達は止まらない。止まれない。お互い曲げらんねぇなら、やる事は1つだ。…相手の覚悟へし折ってでも、自分の覚悟を貫き通すだけだ」

 

そう言って俺は戦闘態勢をとる。

それに合わせて、皆も構える。

 

「…そう。そうするしか無かったのね」

 

そうルナが言った途端、光が降り注ぎ、その背中に三対六翼の翼が生える。

その魔力は暴力的に跳ね上がり、その姿はまるで

 

「…天使!?」

 

俺は唖然とするしかない。

 

「噂には聞いてたけど、まさか…まさか!?」

 

「薄々そうじゃねぇかとは思ったがよ…これが【天使転生】か…!?」

 

これこそが聖エルサレム教皇庁の秘中の秘にして、最暗部。

死んだ人間を【戦天使】にして、復活させる。

つまり彼女は

 

「かつて六英雄の中にもいたな!?【戦天使】イシェル=クロイツ!!」

 

「彼女が今代の【戦天使】って事ね…!?」

 

俺も、先生達も、ルミアすら額に脂汗を浮かべる。

 

「そうよ。私は【戦天使】。チェイスは【吸血鬼】の真祖。貴方達に万の一つも勝ち目も無いわ。…最後の警告よ。退きなさい!」

 

相反する2つの魔力を登らせる2人が、俺達を睨みつける。

そのプレッシャーに膝が砕けそうになるのを、強引に止める。

 

「…言ったろうが!お互い曲げらんねぇって!!人間舐めんなよ!!!ルミアァァァ!!!」

 

「うん!皆、受け取って!!!」

 

ルミアが、【王者の法(アルス·マグナ)】を発動。

俺達の魔力が何倍にも膨れ上がる。

 

「へっ!()魔術祭典開催!!ってなぁ!!!」

 

「無駄口叩かない!来るわよ!!」

 

グレン先生の調子に乗った一言にイヴ先生がツッコミながら、炎を構える。

 

「はァァァァァァァァァ!!」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

俺とルナが真正面から衝突し、

 

「フッ!」

 

「舐めるな!『吠えよ炎獅子』!」

 

「そこ!」

 

チェイスがイヴ先生の懐に入ろうとするのを、イヴ先生は炎で、グレン先生が浄銀弾で迎え撃つ。

ここに、真の最強決定戦が始まった。

 

 

「『我が手に星の天秤を』!!おぉぉぉぉ!!」

 

「ふん」

 

並の魔術では、欠片程の意味もない。

だから俺は、接近戦しか道がない。

俺の糸と、ルナの聖剣がぶつかる。

糸の強度に、重力を足してるため、かなり重いはずだが、押し切れない。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

縦横無尽、正確無比な連撃で畳み掛けているのに、

 

「温いわ」

 

まるで相手にならない。

それどころか、ただの棒振り程度の一撃で

 

「クッソォ!?」

 

「アイル君!?」

 

斥力と同時に守って、やっと防げるといった程度だ。

 

「…退きなさい坊や。ここは貴方が立っていい戦場じゃないわ」

 

…クソ。

結局俺は、足手まといかよ…!

幾ら強くなっても、そんなのは数値上。

実際に戦うとこれだ。

俺にはグレン先生の様な、知識は無い。

システィやイヴ先生の様な、魔術の腕は無い。

ルミアの様な、法医呪文や異能は無い。

リィエルの様な、近接戦闘能力は無い。

リゼ先輩の様な、本物の万能型でも無い。

全部が中途半端の器用貧乏、それが俺だ。

 

「それでも…!」

 

何も無い俺でも、守りたいもの、譲れないものがある。

だから…!

 

「俺は戦う!お前に勝つ為に…何より!!お前に勝てない、そう思ってる弱気の俺に、勝つ為に!!!」

 

ゾーンを強制解放する。

魔術とは、自分の心を突き詰めるもの。

だったら、気持ちで負けるな。

たとえ体が砕けようとも、心は砕くな。

心に描くのは常に…最強の自分だ。

 

「…そう。嫌いじゃないわ、そういうの。でもね、教えてあげる…」

 

そう言うと、突然歌い始めた。

最初の時とは違う。

歌い始めた途端、さらに魔力とプレッシャーが跳ね上がり、俺を押し潰そうとする。

 

天使言語魔術(エンジェリック·オラクル)【賛美歌】。歌い続ける度に、強くなる。…圧倒的な力の前では、どんな理想も無駄と知りなさい!」

 

膝が砕けそうになるのを、理性で抑えつつ、俺は一気に踏み込む。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

糸を振り抜くも、それは抑えられる。

張り詰めた糸を弾いて、【ブレイズ・バースト】を、お見舞する。

 

「無駄よ」

 

しかしそれは、案の定欠片の意味も無く。

しかし目くらましにはなった。

 

「フッ!」

 

背後をとり、思いっきり糸を叩きつける。

 

「な!?グゥゥ!?」

 

流石に不意打ちは効いたか、痛がりながらも、踏ん張る。

 

「このまま…!」

 

俺は一気に糸を高速で撃つ。

 

「この…!つぅぅぅ!」

 

閃光のような一撃は、ルナの素手で受け止められる。

だったら…!

 

「吹き飛べ!」

 

重力を一気に叩きつける。

踏ん張って耐えてる隙に

 

「『金色の雷獣よ・地を疾く翔けよ・天に舞って踊れ』!」

 

【プラズマ・フィールド】を発動。

雷獣の遠吠えの様な音と共に、雷霆がルナを射抜かんと吠え叫んだ。

 

 

 

「アイル君…」

 

私はいい子になりたかった。

でもアイル君は言ってくれた。

もういいんだよって、もっと我儘でいいんだよって。

あの言葉で救われた…本当に救われたの。

だから私はずっと考えてきた…自分の道を。

その愛する人の背中を見て、私は思う。

なんて崇高なんだろう。

なんて気高いんだろう。

なんて……愛おしいんだろう。

『真の意味で人の役に立つ』。

その道はまだ見えないけれども、それでも!

 

「私は皆の為に…アイル君の為に、生きたい!」

 

だからお願い!答えて!!

そう思った瞬間、白い光が眩いくらい光り、一瞬、自分の内なる世界を垣間見る。

いつか見た、鎖に繋がれた少女。

 

〖ねぇ…何でそんな事言うの?考え直して。そんな我儘、許されないよ?〗

 

「…ごめんね。私は、私の為に、生きるの!!!」

 

そう彼女に背を向けて、我儘を貫き通す…!

 

「ッ!これが…()()()()!」

 

手のひらに乗っている小さい銀色の鍵。

あの時のあれとは、比べ物にもならないのは、見れば分かる。

でもこれでいい、これが私の最強なんだから…!!

 

「アイル君!今…助けるよ!!!」

 

私の意思に答えて、銀の鍵が空間を凍結させた。

 

 

 

「グッ!?この…舐めるな!!」

 

ルナの動きが止まる。

ルミアの拘束を解こうと、法力を一気に放出する。

今だ!

 

「はァァァァァァァァァ!!!」

 

「しまっ!?グハッ!?」

 

糸で強化した拳で、全力で殴る。

殴って蹴って殴って蹴って…攻め続ける。

ひたすらに…我武者羅に。

 

「ァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!」

 

言葉すら出ない。

痛みもない。

色もない。

身体機能、残り体力、魔力、その全てを出し切る。

ここで押し切れ!

じゃないと…負ける!!!

 

「あ…ァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

ルナのカウンターを食らう。

衝撃で骨が折れたが、構うな。

 

「負けられない…負けられないのよ!!!」

 

(私は守る為に…もう何も失わない為に、怪物になった!!ここで負けたら…なんの為に!!)

 

「はァァァァァァァァァ!!!」

 

ルナの渾身の一撃を受け、俺はついに限界が…

 

「アイル君!!!」

 

「〜ッ!!!」

 

まだだ…!

まだだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

ギリギリ踏ん張った俺は、ルナを最後の力を振り絞って、殴り飛ばす。

 

「ガハァァァァァァァァ!!!!?」

 

何度もバウンドしながらぶっ飛んでいくルナ。

そんなルナを受け止めたのは、全身焼け焦げているチェイスだった。

 

「この…!しぶといわね!吸血鬼!!」

 

「アルタイル!下がってろ!!」

 

すぐに先生達が俺を庇うように立つ。

俺もふらつきながらも、構え直す。

 

「…いや、僕達の負けだ。もう君達に一切手を出さないと約束しよう。だから、ここで見逃して貰えないかな?」

 

「…グレン、分かってるわよね」

 

「ああ…それに、目標も達成してるしな」

 

そういえば、【子守歌】の歌が聞こえない。

ルナが気絶してるからか。

 

「…ありがとう。それほど聞いていないだろうから、明日の試合前には目を覚ますよ」

 

そう言ってチェイスは、ルナを抱えて去っていく。

それを見届けて、倒れ込む。

 

「「「アルタイル(アイル君)!」」」

 

ああ、また気を失うのか…。

そう思いながら、俺は気を失った。




ルナはグレンに対して嫉妬していましたが、アルタイルにはそういう感情は持っていません。
だから少し余裕のある態度です。
それにしても、何時もアルタイルは気絶してますね…。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術祭典編第5話

16巻の話突入です。
それではよろしくお願いします。


「ん〜…寝たぁ…」

 

昨夜の死闘から一夜明け、俺は見事に爆睡していた。

気づいたらホテルにいた俺は、イヴ先生に、睡眠時間を凝縮する魔術をかけてもらい、実際には、3時間くらいしか寝てないが、9時間分ぐらいは寝た充実感がある。

つまり、何とか間に合ったという事だ。

 

「さてと…腹減ったな」

 

とりあえず、腹ごなしだな。

そう思い、俺は特設食堂に向かった。

 

「何にしようかな?」

 

ここは関係者の共用スペースで、俺達関係者はタダで使用出来る施設だ。

徹底的な監視の下にいるので、当然不正は不可能だ。

しかもバイキング形式なので、選びたい放題。

昨夜の件で、かなり消耗したのだろう。

とにかく腹が減って仕方ない。

そう考えながら、バクバクと食べ進めていると

 

「こんにちは、アルタイル君」

 

ふと声をかけられる。

顔を上げると、そこには日輪の国のサクヤが、トレーを持って立っていた。

 

「サクヤ?どうしたんだ?」

 

「なにかお腹に入れようと思ったのですが…。貴方はよく食べるのですね。ご一緒しても?」

 

彼女のトレーには、軽食が少しだけ乗っている。

まあ、次試合だしな…腹いっぱい過ぎるのも考えものなのだろう。

…というか、腹ぺこキャラっていうか、大食いキャラだと思われてね?

 

「どうぞ。昨日の夜、ちょっとバタついてな。さっきまで精も根も尽き果ててたから、腹減って仕方ねぇの」

 

「なるほど…普段からそうという訳では、ないのですね」

 

「普段は、普通の量だぞ?」

 

そう話しながらも、俺は食う手を止めない。

 

「ふふ、これから戦う相手を前に、態度を変えないのですね」

 

何を言うかと思えば、変な事を。

 

「別に恨み辛みで戦う訳じゃないんだから、変に構える必要もなくない?ま、お互い清く正しく戦おうか。…ご馳走様でしたっと!」

 

そう言って、俺は手を合わせる。

その時、突然ガヤガヤとした連中が入ってくる。

 

「ん?…ってうちじゃん。悪ぃな、何時でも何処でも騒がしくて」

 

「ふふ、気にしないでください。仲良さそうでいいじゃないですか」

 

そう言いながら、お互いのんびりしていると、

 

「サクヤはん…()()()()()()()()()

 

突然、とんでもないカミングアウトが聞こえた。

声の方を向くと、サクヤに似た服を着た男が、システィ達と話していた。

 

「ッ!?サクヤ…本当か?」

 

「…ええ」

 

マシかよ…やりにくいな。

もちろん手を抜く気は無いが、加減はしないと、最悪殺しちまう。

 

「…アルタイル君。もし手を抜こうとか、考えていたら…許しませんよ」

 

そう強く睨み付けてくるその目は、絶対に譲れない覚悟が見えた。

 

「もちろん、()()()()()()()()。だが、お前がどう思おうが、俺はお前を殺したくは無い。だから…()()()()()()()()()。そこは了承してくれ」

 

「…分かりました。そこは我慢します。ですから…必ず、手を抜かないでください」

 

俺は黙って頷いたのを確認してから、サクヤは男の方に向かい、強引に引っ張り出して行った。

俺はそのまま皆に近付き、声をかける。

 

「厄介な奴らだな。日輪の国は」

 

「アイル!?いつの間に!?」

 

「ずっとここで飯食ってた。さてと…分かってるな、システィ。お前は俺達を引っ張っていく立場だ。変な同情とかは捨てとけよ」

 

「う、うん!分かってるわよ!」

 

その妙な空元気に、密かにため息をつく。

 

(このバカ…この期に及んで…甘ったるい事を…。しかもあの細目、厄介なものを刺しやがったな)

 

ふと先生を見ると、先生も険しい顔をしている。

お互い懸念は同じらしい。

だが、口は挟めない。

これは…システィ自身の問題だがら。

 

 

 

「アルタイルはんは、なんて言っとんたんや?」

 

細目の少年【シグレ=ススキナ】は、サクヤにそう問いかける。

 

「…手は抜かないけど、加減はすると。私がどう思ってようが、殺したくは無いから。だそうですよ」

 

その答えを聞いて、シグレは頭に手を当てる。

 

「カ〜!それは何とも我儘な事やな〜!」

 

(やっぱりや。アルタイルはんには全く効かん)

 

シグレは内心、その精神的タフさに呆れていた。

あそこまで言われたら、気にするのは当たり前。

しかし、アルタイルは気にはしていたが、叩き潰す前提で、話を進めていた。

 

(まあええ。このわいが、一世一代の大番狂わせを演出したるわ!)

 

様々な思惑が交錯する中、ついにアルザーノ帝国VS日輪の国の試合が始まった。

 

 

 

次のステージは、深い樹林だ。

 

「さて、改めてルール確認だ。今回は【ライン攻防戦】。古い歴史を汲む方式だ」

 

・西と東に別れて、それぞれ陣取る。

・防衛ラインを超えれば、1ポイント。

・次のセットは攻守入れ替えて、同じ事をする。

・都合12セット行い、ポイントが高い方の勝ち。

・攻守関係無く、魔術、武器、素手問わず直接攻撃はあり。

・倒れても回復タイム内に、復活すれば続行可。

・復活出来ない場合、サブ・ウィザードは脱落。メイン・ウィザードは、その時点で試合終了。

 

「ざっと、こんなもんか。さてと、どうするよリーダー?」

 

システィはしばらく考え込み、尋ねてくる。

 

「アイル、レヴィン。ラインに断絶結界張れる?」

 

「んー…。出来なくはない。だが、オススメしないな」

 

「ええ、そうですね。ここは非常に魔力が分散しやすくなってるようですね。精々、軽い足止め程度。悪手かと」

 

俺達は揃ってその作戦は否定する。

 

「下手に穴熊決めるより、前に出た方がいい。常に攻めるつもりで。相手の陣地でやりあった方がいい」

 

俺は代替案を提案する。

下がりすぎて守ると、案外余裕が無くなる。

それよりも、しっかりとマージンをとり、プレッシャーを与えていった方が、相手もやりにくい。

 

「…そうね。中央、右翼、左翼の3エリアに分けて、【三人一組:一戦術単位】で行きましょう。リーダーはそれぞれ、レヴィン、リゼ先輩、アイル」

 

「ま、妥当ですね」

 

「拝命しましたわ」

 

「了解」

 

「メンバーは、ハインケルとマリアは中央、フランシーヌとコレットは右翼、ジャイル君とジニーは左翼よ。私は、全体指揮と最終防衛ラインを担当するわ」

 

作戦会議は終了し、しっかり頷きあってから、システィが宣言する。

 

「…よし、行くわよ。皆、絶対に勝とう!」

 

 

 

「『水霊爆紗』!」

 

「『雷火清浄』!」

 

「『急急如律令』!」

 

「ほう、それは我々で言う【同調詠唱(シンクロ)】の発展系ですね。ですが…分解した頂きました」

 

「『雷精の紫電よ』!『行け』!『もういっちょう』!」

 

「『紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え』!」

 

レヴィン率いる中央隊は、抜群の安定感をみせ

 

「『太乙神数・奇門遁甲・六壬神課』!」

 

「爆砕符!」

 

「出でよ、我が下僕!」

 

「させませんわ!」

 

「おぉぉぉぉぉ!」

 

「後輩達の手前、ここは通しませんわ」

 

リゼ率いる右翼隊は、戦の上手さで翻弄し

 

〖ガアァァァァァァァァァ!!!〗

 

「鬼と打ち合う…だと…!?人間か、アイツ!?」

 

「ええい!鬼式をもっと呼べ!数で圧殺だ!」

 

「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「ま、お互いテキトーにやりましょう?」

 

「ほらよ、かっ飛ばせ、ジャイル」

 

アルタイル率いる左翼隊は、力で圧倒する。

各戦場で帝国優勢で進めるそんな中、ついに日輪の国、サクヤが仕掛ける。

 

 

「ッ!?これは…俺のマリオネットみたいなものか!」

 

俺は直ぐに、相手が打ってきた手を見抜いた。

これは、自身と寸分違わない実力を持った分身。

 

⦅全員、前線を下げつつ後退!!!こんな大掛かりな術、アイルのマリオネット以外、長くは持たない!防御と回避に専念、分身体は抜かさせてもよし!そっちは私が対応する!⦆

 

システィの一喝が響く。

…いい判断だ。

 

⦅了解。ちなみに、左に本体はいないぞ。ここを抜くには、リスクがデカすぎる⦆

 

⦅分かってる。私もそこは最初から外してたから。本体は…そこよ!⦆

 

そういって少ししてから、右翼の方から、戦闘音が聞こえる。

…あっちにいたのか、サクヤ。

 

「ジャイル!ジニー!深追いしない範囲で蹴散らすぞ!」

 

「りょ〜かい〜」

 

「うおりゃァァァ!!」

 

そのまま俺達は抑えつつ、右翼後方では、システィと、サクヤの一騎打ちが始まる。

時間いっぱい何とか防ぎ切り、無事初戦は無失点で抑えた。

 

「お疲れ、システィ。よく抑えたな」

 

「ありがとう。流石に強いわよサクヤさん。世界は広いなぁ…。さて、次は私達の番よ!基本はさっきと似たような感じ。でも、中央と右翼間でギャップを作って。そこを私が一気に駆け抜けるわ!」

 

システィの作戦を聞いて、俺達は頷く。

 

「よし!行こう!」

 

こうして俺達の攻勢が始まった。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「ふっ!!」

 

ジャイルと、女子生徒が衝突する。

さっきまでとは、別の生徒だ。

それはともかく、さっきからジャイルの動きが読まれてる。

恐らくあの頭の上の変なやつだろうな。

あれが所謂【式占】とやらか。

 

「チッ…。やりにきぃな…」

 

「そういうものよ。あの女が異常なのよ」

 

恐らく、右翼側と入れ替わったのだろう。

となると…少しマズイか?

 

「このまま式神で…!」

 

おっとそれはマズイな。

 

「させませんよ」

 

「『吠えろ炎獅子』」

 

ジニーのクナイと、俺の【ブレイズ・バースト】が炸裂。

何とか均衡を保っている。

しかし右翼側では

 

 

「くぅぅぅ!?」

 

「リゼの姐さん!ウォォォォォ!!」

 

「マルアハ!行って!」

 

左翼側にいたチームの鬼の式神に苦戦していた。

全体より少しずつ、差がつき始めてしまっていた。

 

「よし!このまま…!」

 

「そうは行かないわよ!」

 

しかし、その差こそが帝国側の狙い。

その生じたギャップ差を狙って、システィーナが一気に突破する。

 

「しまった!今すぐ…!」

 

「行かませんわよ?」

 

すぐに後を追う日輪の国の生徒を、フランシーヌのマルアハが、足止めする。

 

「せっかくですもの、もっと一緒に踊りましょう?」

 

そう言ってリゼは優雅にレイピアを突きつけるのだった。

しかし、突貫したシスティーナの動きをサクヤが察知。

何重にも張られた結界に阻まれたシスティーナは、ギリギリで間に合わず、得点失敗。

 

 

次のターンでは、日輪の国側が、式神を用いた物量戦に出た。

システィーナやレヴィン達が、広域魔術で抑えている為、場が混沌と化す。

その間にサクヤが空間転移で一気に近づいたが、高台を占拠したアルタイルの1000メトラ級の魔術狙撃によって、足を撃たれたサクヤは身動きが取れず、得点失敗。

 

 

次のターンでは、帝国側が、中央突破の電撃作戦を敢行。

システィーナを筆頭に、ジャイル、リゼ、フランシーヌ、コレットら突破力に優れたメンバーで、一気に攻め入った。

しかし、サクヤによる空間操作の術が発動。

同じところを何周もさせられてたが、それを傍から見ていて気付いたアルタイルが、その隙を突いて一気にラインに接近。

【次元跳躍】で、システィーナを呼び出し、一気に攻め入ったが、咄嗟に発動された防御用の大鬼の式神、【虎熊】と【星熊】に阻まれ、得点失敗。

 

 

そのまま、一進一退の攻防が続く中、ついに第7セット前半、日輪の国の攻撃の時、試合が動いた。

 

 

魔術の打ち合いをする最中、突然サクヤが胸を抑え、膝を着く。

 

「カハッ…!ヒュー…ヒュー…!」

 

()()()()()()!()?()

 

その様子にシスティーナの手も止まってしまう。

 

(何してるの!私は魔術師…!こっちだって!)

 

システィーナが心を鬼にして、魔術を発動しようとした瞬間

 

(ねぇ…それでいいの?)

 

「え?」

 

再び手を止めてしまうシスティーナ。

 

(本当にいいの?サクヤさんを倒す大義や覚悟が、私にはなるの?何不自由なく過ごしてきた私が、家族を守る為に、病気を押して、ずっと苦労してきたサクヤさんを…倒していいの?それって本当に正しい事なの?)

 

「わ、私は…」

 

そしてその隙をついて

 

「が、『元柱固具(がんちゅうこしん)八遇八気(はちぐうはっけ)五陽五神(ごようごしん)陽動二衝厳神(おんみょうにしょうげんしん)害気を攘払し(がいきをゆずりはらいし)四柱神を鎮護し(しちゅうしんをちんごし)五神開衞(ごしんかんえい)悪鬼を逐い(あっきをはらい )鬼道霊光四隅に衝徹し(きどうれいこうよすみにしょうてつし)元柱固具(がんちゅうこしん)安鎮を得んことを(あんちんをえんことを)慎みて我(つつしみてわれ)五陽霊神に願い奉る(ごようれいじんにねがいたてまつる)!【布留部・由良由良止・布留部(ふるべ·ゆらゆらと·ふるべ)】』!!!」

 

十種神宝(とくさのかんだら)布瑠の言(ふるのこと)】。

帝国で言うところの【死霊魔術(ネクロマンシー)】のようなものだ。

死霊達がシスティーナの動きを拘束する。

 

「それでは…このセットは、頂きます」

 

そう言ってふらつきながらも、ラインを超えるサクヤ。

ついに、日輪の国が1ポイント獲得し、試合が大きく動き出した。




日輪の国の呪文難しい!
滅茶苦茶長いし複雑!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術祭典編第6話

実は16巻も好きな巻の1つです。
システィーナがすごく成長しますよね。
それではよろしくお願いします。


「クソ…!」

 

1ポイント取られたか。

まあ、最終までに取り返せば…!

ん?システィの奴、様子が…まさか!?

 

「おい、システィ」

 

周りが励ます中、俺はただ淡々と睨む。

 

「ッ!?」

 

「おい、アイル!落ち着けよ!」

 

「そうですわよ!こういう事も!」

 

コレットとフランシーヌが間に入るが、俺はそれを無視して、じっと睨む。

別に怒ってる訳では無いんだが…。

しかし…はぁ、しっかり効いてんじゃねぇか。

 

「…まあいい。切り替えてくぞ」

 

そう言って切り上げたが、現実はそうは行かなかった。

俺達は、まずは1ポイント取り返す、そう意気込んで果敢に攻めたが、中々そうはいかなかった。

理由は簡単。

システィの絶不調だ。

しかも、サクヤとやり合う時は特に、精細さに欠けていた。

理由は分かる。

それは…【呪言】だ。

【呪言】とは、絶大なリスクと引き換えに、言葉だけで相手の行動を制限する。

ベガの言霊は、これを元とする、ほぼ固有魔術(オリジナル)だ。

アイツ自身との相性もあり、かなり強力なものが使えるのだ。

おそらく、あっちの細目君の魔術だろう。

彼の実力的に、効力は大した事ないな。

彼が言った言葉を、自分の気持ちの代弁のように聞こえるようにする、といったところか?

そんな技、精神的にタフな奴…ルミアやジャイルのような奴には効かないだろう。

しかし、アイツはまだ弱いところがある。

そこを突かれたのだ。

 

『汝望まば、他者の望みを炉にくべよ』

 

アイツは、それを貫く為の覚悟を持っていない。

本来なら、手を貸してやるべきなんだろうが…

 

「どうにか出来なきゃ、その程度って事か」

 

たとえここで敗北しても、俺は手を貸さない。

 

 

 

「急成長のツケが来たわね」

 

「ツケ?」

 

イヴの言葉に、ルミアが不思議そうに首を傾げる。

その疑問に答えたのは、グレンだった。

 

「『汝望まば、他者の望みを炉にくべよ』。魔術師としての生き方を表した言葉だ」

 

「魔術師ってのはね、傲慢で我儘なの。自分の望みの為に、他者を蹴り落とせるか…そこが良くも悪くも、魔術師の本質よ。本来力と共にゆっくりと培っていく覚悟なんだけど…あの子の場合、優れた師、優れた環境、優れた戦闘経験、優れたライバル…あらゆるものが、良すぎたのよ」

 

そんなイヴの言葉に、ルミアは不思議に思う。

 

「でも、師匠や戦闘経験だったら、アイル君だって…」

 

「そこがキモなんだよ。アイツらは」

 

ルミアの話を切ったのは、グレンだった。

 

「アルタイルと白猫はちょうど()()()()()()()()()()()()()()。アルタイルは先に精神が成長した。それまで、分かってはいただけのヒヨっ子が、白金魔導研究所の件で、本当の意味で魔術師として生きる覚悟を決めた。その後、実力が追いついてきたんだ」

 

「一方のシスティーナは、先に実力が成長したのよ。彼女は、強敵には果敢に立ち向かえる覚悟と勇気を得られたけど、魔術師の陰惨な現実を受け入れるには…まだ未熟、甘いわ」

 

「システィ…」

 

グレンとイヴの言葉に、ルミアは思わず祈ってしまう。

そんな中、グレンが不意に立ち上がる。

 

「何する気?」

 

「こういう時、手を貸してやるのが、教師ってもんだろ?」

 

 

 

(私は…何やってるの…!?)

 

第12セット前半、何とか抑えて無失点にしたが、こんな事してる暇は無い。

分かってるのに、つい頭を抱えて、蹲ってしまう。

やらなきゃいけないのに…!

 

「システィーナ、話があります」

 

顔を上げると、リゼ先輩が厳しい顔で私を見ている。

 

「今の貴女はハッキリ言って、足手まといです。このままでは、祖国に合わせる顔がありません。私達は帝国の代表。そして貴女はメイン・ウィザード、私達の代表です。故に…決断しなくてはなりません。このまま貴女が指揮官を務めるか、それとも他の誰かに託すか」

 

そうだ…私はメイン・ウィザード。

皆を勝ちに導く義務がある。

指揮能力なら、アイルより…リゼ先輩…かな。

私は少し離れたところで成り行きを見ているアイルを見る。

…干渉する気は無い、って事かな。

 

「…リゼ先輩、すみませんが…」

 

後はリゼ先輩に託そうとしたその時、突然極太の閃光が、青空を切り裂いた。

 

「今のは…【イクスティンクション・レイ】…」

 

という事は…グレン先生…?

誰もが…そう、ニヤリと笑ったアイル以外の誰もが、唖然とする中

 

「システィーナァァァァァァ!!!」

 

音響増幅魔術で、すごく大きくした声で、全力で叫ぶ先生。

 

「構うなぁぁぁぁぁぁ!!!お前の好きなようにやれぇぇぇぇぇぇ!!!他人の事なんて関係ねぇぇぇぇぇぇ!!!お前がどんな選択をしようが!!!誰が何を言おうが!!!誰に恨まれようが!!!俺は!!!俺だけは!!!お前の味方だからなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!俺は、お前の教師だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

「せ、先生…!」

 

先生とは、もう長い付き合い。

だから、何が言いたいか、手に取るように分かる。

意地張って進んでも、甘ったれて退いてもいい。

どんな選択をしても…誰に何を言わても、先生だけは。

味方でいてくれる、認めてくれる。

 

「私は…」

 

ふと思い出した、私の魔術師たらんとする、原初の心。

それはもう懐かしい、幼い頃。

祖父と共に見上げた、抜けるような青空に浮かぶ、半透明の城。

それを望む祖父の眼差しが、あまりにも切なくて。

空に浮かぶ幻影の城が、あまりにも眩しく、綺麗だったから。

それらが、私の魂を捕らえたのだ。

その時、祖父の夢は、私の夢になったのだ。

 

『だったら、私がやる。いつかお爺様以上の魔術師になって…【メルガリウスの天空城】の謎を、解いてみせる』

 

「…負けられない…!」

 

途端に、魂が燃えそうなくらい、熱くなった気がした。

私には…何よりも譲れないものがあったんだ…!

 

「サクヤさんみたいな大層な理由はない。人からしたら子供っぽい理由や夢だけど…私には譲れないの!負けられないの!だから…お願いします!最後までやらせてください!」

 

私は頭を下げながら、皆にお願いする。

 

「…やっと本調子に戻ったみたいね、システィーナ」

 

リゼ先輩が優しく肩に手を置いてくれた。

顔をあげれば、皆が真っ直ぐに見つめつくれている。

 

「…ありがとう」

 

お礼を言って、私はアイルに真っ直ぐ近寄り

 

「アイル。…私にキツイの頂戴」

 

頬を指さしながら差し出す。

あ、流石にそんな事言われるとは、思って無かったみたい。

アイルがすごく驚いた顔した後、ニヤリと笑った。

 

「ッ!?そうかよ…歯ァ食いしばれ!!!」

 

そう言って、本当に全力で殴ってくるアイル。

 

「痛っっ!…本当に全力で殴るなんて」

 

「うるせぇ。お前がそうしろって言ったんだろ」

 

そのまま、背を向けるアイル。

その背中を呆然と見つめる。

…やっぱ強いな、アイルは。

その真っ直ぐとした有り様に、勇気付けられる。

 

「システィーナ!」

 

その時、リゼ先輩が、背中を思いっきり叩いてくる。

 

「システィーナ先輩!」

 

次はマリアが。

 

「「システィーナ!」」

 

次はフランシーヌとコレットが。

 

「システィーナさん」

 

「システィーナ」

 

次はジニーとハインケルが。

 

「システィーナ」

 

「チッ…システィーナ」

 

次はレヴィンとジャイル君が。

皆が…私を支えてくれる。

その痛い背中が、痛い頬が…皆の信頼の証。

皆がいてくれる証。

 

「おら、時間だぜ。ぼさっとしてんじゃねえぞ、システィ」

 

「うん!皆、行くよ!!!」

 

「「「「「「「「「応!!!」」」」」」」」」

 

泣いても笑っても、これが最後。

ここで…私が私である証を見せる。

 

 

 

「な、なんやて嘘やろ!!?」

 

シグレは、各戦場の映像を見て、愕然とする。

何故なら、今にも消えそうだった帝国側の勢いが、試合すぐの勢いを取り戻し、しかも

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

すっかり弱っていたはずのシスティーナが、息を吹き返したからだ。

 

「有り得へん!!あんな妙ちくりんな応援でか!!!?」

 

(いや、落ち着け!まだあれは効いとるんや!)

 

シグレはすぐに、気を取り直し、今度こそ完全にへし折ろうとするも…

 

「うるさぁぁぁぁぁぁい!!!」

 

システィーナが、それを気合いで跳ねのける。

 

「私はシスティーナ=フィーベル!我が祖父、レナウド=フィーベルの背中を追う者!あの日見た空と、あの日の想い…!それが、私の魔術師の全て!!あの空と祖父に誓って…もう誰にも邪魔させないわ!!自分自身にさえも!!!」

 

そのシスティーナの強い魔術師としての覚悟が、シグレが仕掛けた【呪言】の呪縛を解き放つ。

 

「ゴフッ!!」

 

(あかん…【呪詛返し】や…!完全に破られた!!!)

 

これこそ【呪言】が持つリスク、【呪詛返し】だ。

今まで掛けてきた呪詛が、全部自分にフィードバックするのだ。

掛ければ掛けるほど強力になるそれは、シグレを殺しかねない程だったが。

不意に、楽になる。

振り向くと、サクヤが何かしら施した事を悟る。

 

「…何故システィーナさんが突然調子を崩したか…分かった気がします。ですが、話は後です。今は、最高の好敵手との決着をつけに行きます」

 

そう言ってサクヤは飛び出した。

シグレの引き留めようとする呻き声を無視して。

 

 

 

最後の1戦。

後が無い俺達がとった作戦は、真正面からの正面突破。

こんな愚策、本来成立などするはずも無いが

 

「『剣の乙女よ・空に刃振るいて・大地に踊れ』!」

 

本調子を取り戻したシスティと、士気が最高潮にまで達した俺達なら、話は別だ。

どんな小細工も、罠も、物量も、全て力と勢いで押し切る。

 

「システィーナ!ここは私達に任せてくださいい!アルタイル!後は頼みました!」

 

リゼ先輩が、ジャイルが、フランシーヌが、コレットが、ジニーが、マリアが、ハインケルが、レヴィンが。

皆が、俺とシスティに託した。

 

「任せろ!システィ、行くぞ!!『我が手に星の天秤を』!!」

 

「ありがとう!【疾風脚(シュトロム)】!!」

 

そのまま俺達は、一気に駆け抜け、ラインを視認出来るところで、ついにサクヤと衝突した。

 

「【虎熊】!【星熊】!」

 

サクヤが、ここの番人を呼び出す。

それと同時に、結界を何重ににも張る。

これらを抜かない限り、ラインは超えられない。

だったら…!

 

「システィ!!」

 

俺は大きく振りかぶる。

全重力を、拳に溜める。

 

「乗れ!!!」

 

俺は一気にそれを解放し、システィごと重力をぶつける。

その余波で鬼達は吹っ飛んでいき、結界を全部ぶち壊す。

やっと1対1にすることが出来た。

 

「『我に従え・風の民よ・我は風統べる姫なり』!!!」

 

「『一二三四五六七八九十(ひとふたみ·よいつむななや·ここのたり)!【布留部・由良由良止・布留部(ふるべ·ゆらゆらと·ふるべ)】』!!!」

 

システィの【ストーム・グラスパー】と、サクヤの【十種神宝・布瑠の言(とくさのかんだら·ふるのこと)】が、衝突。

お互いの力が、否、勝利への渇望がせめぎ合う。

 

「負けられない…!弟妹達の…家族の皆の為に!!!」

 

「私にだって譲れないものがある!それに…!!!」

 

片や持病で、片やマナ欠乏症で、お互い血反吐吐きながら、ぶつかり合い…そして

 

「そんな姿を…先生に見ていて欲しいのよぉぉ!!!」

 

「…あ」

 

システィが魂の叫びと共に、サクヤを一気に吹き飛ばす。

 

「アァァァァァァァァァァ!!!」

 

そのまま残り10メトラを一気に駆け抜けて、容赦無く、日輪の国のラインを割った。

 

「『見えざる手よ』」

 

俺は【サイ・テレキネシス】で、宙を浮くサクヤをそっと支えてやり、ゆっくりと地面に下ろした。

その時は既に、サクヤは気を失っており、サドンデス突入後も、回復タイムに間に合わず、日輪の国は敗退。

俺達アルザーノ帝国は、逆転勝利を果たしたのだった。




精神だけが成長して、力が伴わないアルタイル。
実力だけが成長して、心が甘々なシスティーナ。
そんな2人が、やっと両方伴った魔術師になりました。
この2人、かなり強くなりました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術祭典編第7話

エレンは殴ったらこう言うだろうな、っていう想像して書きました。
あと本の世界に入るイメージは、Fate/EXTLACCCのあの場面を想像してください。
それではよろしくお願いします。


準決勝を逆転勝利に終え、控え室に帰ってきた俺達を待っていたのは

 

「「「「「決勝進出おめでとう!!!」」」」」

 

観戦組からのお出迎えだった。

その中には、イヴ先生やリィエルやエルザ…ん?

リィエルにエルザ?

 

「あれ?リィエルとエルザ、いつの間に?ていうか、エルザお前!その服って!」

 

「女王陛下から俺達への護衛だ。それとエルザは、特務分室の執行官だ」

 

「改めて、執行官NO.10【運命の輪】エルザ=ヴィーリフです!よろしくね、アイル君!」

 

「お、おう…よろしく」

 

マジかよ…!?

諸事情で来れなかったとは聞いていたが、まさか特務分室に!?

いや、まあ…リィエルと同等の剣技だし納得だけど…。

 

「ちょっと!アルタイル君!」

 

「ん?何だよ?エレン」

 

振り返ると、エレンが怒ったように…というか怒ってるな、これ。

 

「何でシスティ殴ったのよ!この人でなし!!」

 

「いや、そっちがキツイのくれって」

 

「だからって殴る普通!?システィになんかあったら…マジでこう、だからね?」

 

チョキを閉じたり開いたりするその仕草に、股下がヒュってする。

 

「何をだよ!?何をどうする気だよそれ!?」

 

「…」

 

「笑ってねぇで答えろ!このガチレズ2号!」

 

「何ですってぇ!?」

 

俺とエレンがいがみ合っているとふと、よく見ると、サクヤと細目君がいた。

 

「お。サクヤに細目君じゃん?元気?」

 

俺はキャンキャン吠えるエレンを無視して、サクヤ達に歩み寄る。

 

「はい、普通にしてる分には、特には」

 

「細目君って…自分にはシグレって名前があるんやけど…?」

 

あ、シグレって言うんだ。

初めて知った。

 

「で?なんの用?【呪言】の件?」

 

「なっ!?なんでそれを!?」

 

「知ってたし、ていうか気付いてたし」

 

一応、陰陽術齧ってるし、それにベガに言霊を教えるのに、一通り勉強したからな。

 

「…ほんま、アンタらには敵いませんわ」

 

そんな話をしていると、システィとサクヤが何やら話している。

 

「…ふふ、頑張って下さいね、システィーナさん」

 

「ふぇ!?なんの事!?///」

 

おや?いつも間にか楽しげだな。

というか、システィよ。

いい加減自覚出来たろう?

 

「そうだ!皆さん!実はいい物があるんです!」

 

突然マリアが、手を叩いて取り出したのは、マイ写生機だ。

アイツ、何であんなデカいものを…?

 

「いやー、このミラノにある聖堂の御姿を、写真に収めようかと…」

 

「やっぱ観光目的じゃねぇか!一体何しに来たんだお前は!?」

 

あ、マリナがグレン先生にお仕置きされてる。

結局、そのまま勢いに乗せられた俺達とサクヤ達、更にはお祝いに来たサハラのアディル達をも巻き込んで、大撮影会が行われた。

まだ、一戦あるのだが、それはともかく。

その時撮られた写真は俺らにとって、かけがえのない、一生の宝物になった。

 

 

「いい湯だった…」

 

その日の夜、俺は温泉から出て、自室に戻って来たのだが、隣が騒がしい。

その部屋はグレン先生の部屋であり、覗いてみると、イヴ先生とフォーゼル先生が何かしていた。

その先には…眠っているグレン先生。

 

「グレン先生!?何があったの!?」

 

俺は慌てて部屋に入り、駆け寄る。

 

「アルタイル!いい所に!貴方は直ぐに、この方陣を組んで!私はあの子達呼んでくる!」

 

そう言ってメモを投げ渡してくる。

それをざっと流し見て、直ぐに作業を始める。

 

「待たせたわね、アルタイル!用意は!?」

 

「出来てる!何するの!?」

 

「貴方達には今からこの本、【アリシア三世の手記】の中に入っもらうわ。ここでグレンを助け出して来て。本当は私が行きたいけど…私達は、ここで貴方達をピックアップする作業をしなくちゃいけないから」

 

なるほど、確かにそんな複雑な術式、俺達には無理だな。

 

「OK。任せて」

 

「はい!任せてください!」

 

「先生は私達が絶対に!」

 

「ん、私はグレンの剣」

 

「…フッ。頼もしい限りね。さ、準備しなさい!」

 

俺達には力強い返事を聞いて、イヴ先生が笑ってから、直ぐに術式を展開する。

 

「さあ!行ってきなさい!」

 

そのまま光に包まれて、気付いたら周りは暗くなっていた。

 

「皆!いるか!?」

 

「アイル君!いるよ!」

 

「私もいるわ!」

 

「ん、無事」

 

よし、皆いるな。

それはともかく、先生は何処にいるんだ?

徐々に降下してる感じはするが…。

 

「暗すぎて何が何だか…」

 

「アイル君、【アリアドネ】で追えないの?」

 

ルミアの質問に俺は首を横に振る。

 

「無理だ。ここでのグレン先生は、精神体か霊体だ。実体無きものに物が持てるはずは無い」

 

「しばらくは成り行きに任せるしかないって事ね…」

 

俺達はそのまま自然落下に任せて降りてゆき、やがて一番下に辿り着く。

 

「…?ここで終わり?」

 

「行き止まりだよ?」

 

俺達はしばらく周辺を調査していると、不意にグレン先生の声が聞こえた。

 

「シッ!先生の声が聞こえた!」

 

「え!?何処!?」

 

「…下からだ!」

 

それは俺達の足元から聞こえてきていた。

 

「アイル!ここ壊すわよ!」

 

「だな!リィエル!一気にやるぞ!」

 

「ん、任せて」

 

「皆、私の力、受け取って!」

 

ルミアの力で、魔力を一気にはね上げた俺達は、それぞれ構えて、

 

「「いっせーのーで!」」

 

「『我が手に星の天秤を』!!」

 

「『我に従え・風の民よ・我は風統べる姫なり』!!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

俺達の全力の一撃が、床を叩き壊して、真下にいた、影みたいな怪物を押し潰した。

 

「先生ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

システィが真っ先に駆けつけ、先生の隣に立つ。

続いて俺がルミアを抱えて降り立つ。

ん?あの奥にいる奴…何者だ?

 

「へっ。そろそろ来ると思ったぜ!お前ら!」

 

まあ、正体は後で先生に聞けばいいか。

 

「信頼どうも。とりあえず、ぶっ飛ばすよ!」

 

先生が、詠唱してる間に俺達は、守るように、黒い怪物を蹴散らす。

 

「なるほど…【黄昏の剣士】に【イターカの神官】、【愛しの我が天使】に【継人】か。それに君は…。おめでとう、グレン=レーダス。君は新たな可能性を切り開く、正位置の愚者だったようだ。しかし…目覚めるのが、遅すぎた」

 

しかし、そんな訳分からない言葉を、先生は無視してついに、呪文を完成させる。

 

「吹き飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

先生の放つ【イクスティンクション・レイ】の閃光が、全てを白く染めあげて…

 

「はっ!?」

 

気付いたら、元の部屋に戻っていた。

周りを見ると、皆同じタイミングで目を覚ましたらしく、それから少し遅れて、グレン先生も目を覚ます。

 

「良かった…」

 

「先生…」

 

「ヒヤヒヤしましたよ、全く…」

 

「ん」

 

俺達はそれぞれホッとしていると、後ろからフォーゼル先生が、グイッと近づいて

 

「それで!?一体何を見た!?何を知った!?さあ早く!」

 

「『ちょっとは・自重・しろ』!!」

 

あ、イヴ先生が、ブチ切れて燃やしてる。

まあ、いいか。

 

「で?何見たんですか?もちろん、俺達にも教えてくれるんでしょ?」

 

そう言って俺達は、じっと先生を見つめる。

そんな俺達を見て、微笑んだグレン先生は、首を鳴らしながら答えた。

 

「そうだな。この魔術祭典が終わったら、お前達には話すさ。そん時は、頼りにするぜ?」

 

そう言われた俺達は、ニッコリ笑うのだった。

 

 

翌日、ついに迎えた決勝戦。

相手はあのレザリアだ。

まあ、だからどうという訳では無い。

 

「ふん…来たな、異端者共」

 

会場に向かう廊下のT地路、そこで偶然にも、レザリアの連中と鉢合わせた。

 

「よく勝ち上がってきたね。褒めてあげるよ。そして、この巡り合わせを…そして主の思し召しを感謝しているよ。何せ…公衆の面前で堂々と、君達裏切り者に、聖伐出来るのだからね」

 

まーた訳分からんことを…ていうか、マジ興味ないし。

 

「そう、じゃあ、精々頑張ってよ。…出来るものなら」

 

「そうね、正直貴方がどう思っていようが、どうでもいいわ。私はただ、貴方の魔術がどういうものか、私がどう対応するか、それが凄く楽しみなだけ。そして私達は…貴方達に勝つ。ただそれだけ」

 

俺達は不敵に笑いながら、話かけてきた少年を流し見る。

しかし俺達の態度が、酷く気に入らなかったのだろう。

顔を真っ赤にして、怒り出す。

 

「どうでもいいだと…!君達は、僕達の信仰を無意味だと…無価値だと!そう言うのだな!!」

 

「そうじゃないわ。ただ魔術の腕を競う場に、思想や宗教は関係ないわ。それだけ」

 

「テメェが何をどう信仰するかは、知らねぇよ。勝手にやってろ。ただ、それだけ」

 

そう言って俺達はすれ違う。

その時、ふと気づいたので、それを指摘した。

 

「ところでお前…()()()()()?」

 

 

 

ついに始まった決勝戦。

今回のステージは、変化なし。

ただの競技場だ。

ルールもシンプル、真正面からのガチンコバトル。

ノックアウトで戦闘不能。

そんな掛け値なしの、本気のバトルに、柄にも無く熱くなってきたまさにその時。

突然、レザリアの選手達が、軒並み苦しみ出して、血をまき散らし、死んだ。

そんな光景に、俺達も、観客も唖然としながら見ていた。

 

「今…のは…まさか…まさか!!!?」

 

「【天使の塵(エンジェル·ダスト)】だと!!!?」

 

唯一、この光景に見覚えのあった俺とシスティだけが、ステージの上で、体を震わせながらも口を開けた。

 

「あ、アルタイル先輩…!?これ!?これって一体…!?」

 

俺にすがりつくマリアの背中をさすってやりながら、皆に怒鳴りつける。

 

「最大警戒!!!何か起こるぞ!!!ボサっとするな!!!」

 

その声で全員がハッとなり動き出した瞬間。

ヒラリと何かが舞った。

それは白い羽根…そして、見覚えのある羽だった。

 

「なんのつもりだ…ルナ!!チェイス!!」

 

そう、上からやってきたのはルナ=フレアーと、チェイス=フォスターだ。

コイツらは、あの時俺達に関わらないって…!

 

「チッ!!クソッタレが…!!」

 

俺は糸を展開して迎撃しようとした瞬間

 

「させないよ」

 

気づけばすぐ目の前に現れたチェイスに腕を捕まれ、そのまま膝を打ち込まれた。

 

「ゴフッ…!こんのぉぉぉ!!」

 

ふらつきながらも、カウンターにハイキックを叩き込む。

予想外のカウンターにふらつかせるくらいは、出来たらしい。

 

「…頑丈だね、君は。ああ、身体中にその糸を巻き付けてるのか。でも…」

 

「ッ!?」

 

俺は咄嗟に後ろに裏拳を叩き込むも、あっさりと防がれ、そして首を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。

 

「ガハッ…!ルナ…!」

 

「あの金髪の子がいないと、強化されないんでしょ?だったら勝ち目は無いわ。全く…『大会が中止になれば、大会中に手を出した事にはならないだろ?』…アイツの理屈は全く分からないわ」

 

俺を押さえつけたまま、ルナはため息をつく。

その隙に、チェイスがマリアを捕まえてしまう。

 

「さてと…来てもらうよマリア=ルーテル。いや…【無垢なる闇の巫女】、()()()()=()()()()()()

 

「…え?カー…ディス…?」

 

システィが一歩踏み込んで、マリアを助けようとするも、それはあっさりと躱される。

 

「ルナァァァァァァァァァァ!!!」

 

グレン先生達がこっちに走りよるが、それはあまりに遠く、

 

「や、やだぁ!!先生ぇ!!アルタイル先輩ぃ!!助けてください!!!」

 

「ま、マリア…!!!」

 

「マリアァァァァァァァァァァ!!!」

 

先生がその手を伸ばすも虚しく、マリアがルナとチェイスに攫われたしまったのだった。




マリア…!
まだ本編でも書かれてないので、分かりませんが無事でいて欲しいですね…。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎の一刻半編第1話

イヴの魅力的大爆発な17巻です。
それではよろしくお願いします。


どうしてこうなった。

誰が糸を引いた。

誰が…裏で仕組んだ?

マリアの悲鳴が、頭の中でリフレインする。

あまりに多くの事が起きすぎて、訳が分からなくなっていると

 

「ッ!」

 

グレン先生が、弾かれたように走り出した。

 

「「先生!」」

 

俺とシスティは慌ててそれを追いかけ、道中ルミア達と合流し、何とか先生に追いつく。

 

「先生!落ち着けって、グレン先生!!」

 

俺は強引に肩を掴んで止めさせる。

 

「あの人達は、空を飛んで行ったんですよ!走っても意味ないですって!」

 

「ん、グレン。少し落ち着くべき」

 

システィとリィエルも加わって、やっと冷静さを取り戻した先生。

 

「…悪ぃ。どうかしてた」

 

「まったく、生徒の方がしっかりしてるじゃない。失望させないでよね、先生?」

 

「うるせぇな!気が動転してたんだよ!」

 

こんな時でも、相変わらずの2人に呆れる俺。

 

「2人とも…」

 

「フフ、先生!私達もいますから」

 

「ん、グレン達の仲間なら、私も守る」

 

「お前ら…」

 

やっと落ち着いて話が出来る、そう思った時

 

「…ん?何だあれ?」

 

俺は空中に変な光の線が見つける。

それはどんどん編まれていき、1枚の布のようなものを作り出す。

空をスクリーンにして、描き出された光景は…

 

 

 

死んだと思っていたジャティスが、マリアを利用し変な儀式をして、気持ち悪い怪物を生み出した。

そして

 

「ついに辿り着いたぞ!【第三団:天位(ヘブンス·オーダー)】の【大導師(ヘブン)】にして、古代の魔王【ティトゥス=クルォー】!!!そしてその副官、教皇庁最高指導者、ヒューネラル=ハウザーにして、【第三団:天位(ヘブンス·オーダー)】の【神殿の首領(マジスタ·テンプル)】!!!」

 

「ああ、そうさ。君の言う通りだとも。僕の名はフェロード=ベリフ」

 

「【パウエル=フューネ】と申します」

 

帝国最大の闇を解き明かした。

 

 

 

「フェロード=ベリフ…!!アイツが!!天の知恵研究会のトップだと!!!?」

 

なら俺の家族は…アイツらに皆殺しにされたって事かよ…!

 

「アイル君…」

 

ルミアが不安そうに俺の手を握ってくれる。

 

「…大丈夫。大丈夫だから」

 

そう、目的を間違えるな、今はマリアの事が優先だ。

そう落ち着かせていると

 

「構えなさい!」

 

イヴ先生の鋭い声が、響き渡る。

弾かれたように構えると、そこにはさっき出てきていた、黒い怪物が出てきていた。

 

「あの野郎…!ロクでも無い事しかしながらねぇ…!」

 

「キモいんだよ!」

 

俺と先生が、それぞれ鉛玉と糸玉を放つも、それは効果は無く

 

「『剣の乙女よ・空に刃振るいて・大地に踊れ』!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

システィの【ブレード・ダンサー】とリィエルの大剣が切り裂く。

しかしシスティの方は、動きを止められず、リィエルの方は、何故か消滅させられた。

 

「なんなのよ、コイツらは!」

 

「というか、リィエルはなんで倒せるんだ?」

 

俺は不思議に思い、リィエルに尋ねるが、案の定本人も分かっていなかった。

 

「私の剣先、黄金の光が見えるから」

 

「は?黄金の光?」

 

何言ってんの?コイツ。

頭にハテナを浮かべていると、イヴ先生から声をかけられる。

 

「その子が常識の埒外にいるのは、昔からよ。考察は後にしなさい。それよりも貴方達、炎よ。炎熱系なら、消滅させられるから」

 

そう言えば、あの時。

あの男、リィエルの事を【黄昏の剣士】って…

まあ、言う通りにして、考察は後にしよう。

 

「『吠えよ炎獅子』!」

 

とりあえず、目につく奴らを片っ端から消し炭に変えてるが…明らかに追いつかない。

 

「アイル君。これって、裏学院のアレと…」

 

「ああ、似てるな。それに恐らく下から溢れ出てるんだろ」

 

周りに響き渡る怒声と悲鳴。

他の場所でも確認されているのだろうが、そこまで手は回らない。

俺達は目の前だけで精一杯だった。

だから…

 

「グレン!後ろよ!」

 

グレン先生に迫る怪物に対応出来なかった。

 

「しまっ!?」

 

「先生!?」

 

「クソ!あそこじゃ!」

 

消し飛ばせるが、そうしたらグレン先生ごと…!

その迷いが、命取りになってしまい…。

しかしそれが現実になる前に、炎が怪物だけを焼き払った。

あんな芸当イヴ先生にしか出来ない。

だけど…先生も間に合ってない。

だったら…?

 

「かかりなさい!最優先は市民の救助!終了後、各隊随時【根】の掃討!」

 

「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」

 

そこにいたのは、特務分室の制服を着た、赤色の髪をした女性だった。

20歳過ぎくらいだろうか。

その紫の瞳をした優しげなその女性は

 

「イヴ先生に…似てる?」

 

そう、よく似ていた。

まるで…姉妹のように。

 

「り、リディア姉さん…!?」

 

本当に姉なんだ。

その人は俺達に近づき、そして、声をかけるイヴ先生を無視して俺達に話しかける。

 

「貴方、元特務分室の執行官NO.0【愚者】のグレン=レーダスさんですね。ご協力ありがとうございます」

 

…は?なんだ今の?

無視なんて次元じゃない。

まるで…見えてないような感じだった。

気持ち悪い。

そういう嫌悪感が、身体中を蝕む。

 

「私は今回の随行帝国軍の司令官にして、特務分室の執行官NO.1【魔術師】の【リディア=イグナイト】です。ここからは、私達にお任せ下さい」

 

こうして俺達は、無事帝国軍に保護された。

一抹の不穏な感じと共に…。

 

 

一夜明け、各国の首相達が緊急の会議をする中、グレン先生は召喚されており、俺とイヴ先生は、その付き添いだ。

先生の報告が終わり、次に室長さんが報告をしている中

 

「イヴ先生…大丈夫?」

 

「…」

 

俺は隣にいるイヴ先生の事が、気になって仕方なかった。

嫌だって…滅茶苦茶顔色悪いし。

 

「おい、イヴ。無理すんなよ?後の報告は俺達がやるから」

 

そんなイヴ先生に、グレン先生も心配なのか、声をかける。

普段なら憎まれ口が飛び出して、そのまま口喧嘩が始まるのだが

 

「…大丈夫よ。私は大丈夫…大丈夫…だから…」

 

本当にらしくない。

あ、延々と演説してたフォーゲル先生が、摘み出された。

ほとんど聞いてなかったな、あの人の話。

 

「…さて、最後ですが、避けては通れない話をします。いいですね、ファイス=カーディス司教枢機卿?」

 

各国の首相の目が、枢機卿を射抜く。

 

「貴方の生家、カーディス家とは一体?マリア=ルーテル…いや、ミリアム=カーディスとの関係性は?」

 

枢機卿はしばらく手を組み、目を閉じていたが、やがて決心がついたのか、真実を語り出した。

 

「…あの子は、私の実の娘です。私の家カーディス家は、古代文明において、邪神召喚の儀を執り行った神官の末裔。そして、【無垢なる闇の巫女】を輩出する血統の生き残りです。聖エルサレム教会教皇庁は、いざという時の為の、軍事戦略的切り札…所謂【信仰兵器】にする為に、匿っていたのです。最も今となってはその血も薄れ、何代目かに1人産まれるかですが…しかし、()()()()()()()()()()()

 

その言葉に首相の1人がなにかに気づいたのか、声を張り上げる。

 

「じゃあ、まさか200年前の魔導大戦もか!?」

 

「…ええ。その通りです。ですが、召喚の儀の方法は、取り込まれた時には失伝しているのに、何故行われたのか…。そこは当家最大の謎だったのですが…」

 

とんだ笑い草だ。

偽物の神である唯一概念神を崇めさせ、その内側では、本物の神である外宇宙の邪神を匿ってたのか。

同時にロラン=エルトリアが、火炙りの刑にされた理由も、焚書にした理由も分かった。

自分達がひた隠しにしてきた事実を、晒されたら堪ったものじゃないからな。

 

「そしてついに恐れてきた事態が、起こりました。我が娘、ミリアムにその証が出てしまったのです。故に私は、あの子をアルザーノ帝国に、亡命させました。その際力を貸してくれたのが、ヒューネラル教皇猊下だったのですが…」

 

その人も天の知恵研究会だった…。

結局、掌の上で転がされていたって事か。

そんな告解を告げた彼に浴びせられたのは、罵詈雑言の嵐だった。

…脳天気な連中だ…!

その中に女王陛下が入ってない事が、どれだけ誇らしいとか。

そして…遂に我慢の限界が来た。

 

「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

会議場中に響き渡る俺の怒声。

皆が唖然とする中、俺はズカズカと中央に立ち、周りを睨みつける。

 

「今は責任の擦り付け合いをしてる場合か!こんな事してる暇は、一分一秒もねぇんだよ!さっき室長さんが言ってただろうが!残り1ヶ月しか無いんだろ!?ここにいるのは、各国のトップ達なんだろ!?自国の民を守るために…!民の住まう、この世界を守る為に!手を取り合い、知恵を貸し合い、物資を分け与える!!そういう話し合いをする為の会議じゃねぇのかよ!!そんな当たり前の事を、こんなぽっと出のクソガキに、言いたい放題言われてんじゃねぇよ!!!」

 

静まり返る会議場の中心で、内心頭を抱える。

いや、何してんの俺〜!

いや、ムカついたけどさ!

こんな事していい時じゃないだろ俺!

胃が!胃が潰れる〜!

 

「彼の言う通りです」

 

そんな空気を切り裂いたのは、女王陛下だった。

 

「彼の言葉は、まさに我々の民が思っている、気持ちの代弁に他なりません。そもそもこのレザリア王国が崩壊すれば、大量の難民が溢れ出します。最早、どの国も他人事では無いのです。世界の危機を前に、今は足並みを揃え、共に立ち向かわねばならないのです!皆さん!どうか力を貸してください!共に輝かしい未来の為に、戦いましょう!私達全員で、世界を救うのです!」

 

…やっぱり、違うなこの人は。

俺みたいに吠えるだけで、何も出来ないガキじゃない。

真の指導者、真のカリスマ、真の王。

この人こそ…俺達の王だ。

その証拠に、各国の首相達が、拍手を送り、陛下を支持している。

ふと陛下がこっちを見た。

その視線は俺…ではなく、後ろに行っている。

振り向くと

 

「ヒッ…!!」

 

グレン先生とイヴ先生が鬼の形相を浮かべている。

ええ、明らかに怒っていますとも。

思わず女王陛下に、助けを求めるように視線を送ると、ニッコリ笑ってるだけだ。

…ああ…俺には救ってくれる神はいないらしい。

恐る恐る2人の元に戻ると

 

「「アルタイル」」

 

「…仲が大変よろしいようで」

 

俺に待ち受けていたのは、グリグリと頬つねりだった。

 

 

 

「…忌々しい」

 

イグナイト卿は、今の会議場のこっそり抜け出し、舌打ちを打ちながら、早足で歩く。

 

(あの娘…アリシア七世を過小評価していた。あれはまさに覇王の器だったか。それにしても…)

 

あの場を見事に纏めあげた、アリシア七世のカリスマに驚愕しながらも、思い出すのはイヴとグレンに説教されていた、アルタイルだ。

 

(あの小僧…。恐らくアリシア七世の差し金…では無いな。ただの子供の我儘、何も知らない青臭さだろう)

 

しかし、アリシア七世はそれを利用して、この場を纏めあげた。

アルタイルは、ただ思った事をハッキリ言っただけ。

だからこそ、心を動かされたのだろう。

 

(しかし、どうする…!?)

 

あらゆる状況を考察し、そして…

 

「いや…今だからこそ…好機か…!」

 

そうと決めれば話は早い。

 

「イリヤ」

 

「はーい!貴方の従順な下僕、イリヤ=イルージュですよー!」

 

そこ現れたのは、かつてマレスでアルタイル達に倒されたはずのイリヤだった。

その姿は…イヴが燃やした女の姿。

 

「動くぞ」

 

この一言で全てが決した。

紅蓮の野望が、動き出した。




改めて見直していたら、最初のプロフィールで、ストーリーと齟齬があったので、訂正しました。
後、アルタイルの誕生日が明記してなかったので、ここで書いておきます。
7月7日です。
名前的にも。
ベガも同じ日です。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎の一刻半編第2話

イグナイト卿…思ってた見た目と違いましたね。
まあ、三嶋くろねさんも画集で似たような事言ってました。
それではよろしくお願いします。


四頭馬仕立ての豪華な馬車が数台、ミラーノの街道を進む。

それ中の1つは、アリシア七世用の王室馬車であり、その中には、アリシア七世と二人の男。

 

「え〜と…陛下?俺達のような男が、こんないい馬車に乗っていいんですか?」

 

「いいんですよ」

 

と言っても乗ってるのは、俺とグレン先生だ。

フォーゼル先生との相乗りが決定した瞬間のイヴ先生の顔は、何と言うか…夢に出そうだった。

 

「あの…陛下…」

 

恐る恐る俺は口を開く。

 

「はい、どうしました?」

 

「さっきは…出過ぎた真似をして、すみませんでした」

 

「担任として、俺からも謝罪を。うちの生徒が大変失礼しました」

 

そう言って俺達は頭を下げる。

うっ…、グレン先生にまで謝らせるのは…かなり心苦しい。

しかしそんな謝罪を

 

「フフ、顔をあげてください2人共」

 

陛下は優しく受け止めてくれた。

 

「むしろ、こちらから感謝を。ありがとうございます、アルタイル。貴方にしたら、とても勇気がいる行いだったでしょう。貴方の言葉で、私も勇気を貰いました」

 

「い、いや!俺はただ…こう、プッツンしたっていうか…何ていうか…」

 

ただ感情のままに叫んだだけだったので、後から胃が痛くなっただけ。

後、頭と頬も。

 

「私の方こそ謝罪を。貴方の言葉を、まるで利用したように、場をまとめてしまったので…」

 

そう言って頭を下げようとする陛下を、慌てて止める。

 

「だから頭を下げないで…!」

 

しかし、止める前に顔を上げ、俺を厳しい目で見る陛下。

 

「ですが、少し無謀がすぎます。あのような場で、あのような発言。不敬罪に問われても、否定出来なかったのですよ?そうなれば、エルミアナを始め、悲しむお友達も沢山いるでしょう。…今後はもう少し考えて行動するように。いいですね?」

 

「…はい」

 

同じ事をグレン先生達に怒られた。

陛下からのお叱りは、まるで母のような暖かさがあった。

陛下は優しく笑い、俺の頭を撫でる。

 

「よろしい。…ふぅ。しかし、本当に…大変な事になりましたね…」

 

その横顔は、先程までの凛とした女王ではなく、ただ1人の女性だった。

 

「ごめんなさい、2人共。各国首脳陣の前で、あれ程の大口叩いておきながら…。どうしても、悪い想像しか出来ないのです。良き未来が思い描けないのです。私は女王。国を、民を、世界を守る義務があります。ですが…同時に、娘達と共に世界の果てに逃げ出したい…。そう思っている自分がいます」

 

「「陛下…」」

 

本当に…この大馬鹿者が…!!

何も分かってないクソガキが、出しゃばった結果、陛下の退路を塞いだだけじゃねぇか…!!

あまりの自分の無知蒙昧さに、唇をかみ締め、拳に爪が食い込む。

 

「このような事…家臣でない貴方達にしか…話せないのです…」

 

何か言いたい…でも、何を言えば?

本当に何も知らないこんな大馬鹿者に、一体何が言える?

なんの意味がある?

また、無意味に陛下を追い詰めるだけじゃないのか?

 

「陛下」

 

そんな俺が葛藤する中、グレン先生が口を開く。

 

「軍時代、こんなどうしようもない俺の事を、覚えて下さり、良くして下さりました。今は一教師の俺ですが…必ず、俺なりのやり方で、陛下のお役に立ってみせます。ですので…」

 

先生はその先の言葉を、詰まらせた。

何時になく、畏まった口調に違和感を感じずにはいられなかったが、茶化す気にはならない。

俺も何か言わないと…!

そう思い、考えをまとめているその時、突然凄い揺れが、ここら一帯を襲った。

 

「きゃ!?」

 

「陛下!?」

 

俺は慌てて陛下を支える。

こうして間近で見ると、本当にルミアは似てるんだな。

 

「アルタイル!陛下を頼む!」

 

そう言って先生は外を確認する。

俺も小窓から外を確認すると

 

「な、何だよ…これ…!?」

 

一帯は見るも無惨に焼け焦げている。

間違えない…陛下への攻撃だ。

このタイミングで、陛下を狙う狼藉。

 

「グレン!構えなさい!陛下を守るのよ!」

 

外からイヴ先生の声が聞こえる。俺は顔だけ出して、状況を確認する。

 

「イヴ先生!敵は!?」

 

どこのバカ共かと思っていると

 

「「…は?」」

 

俺とグレン先生は、唖然とするしか無かった。

何故なら下手人は…

 

「敵は…アルザーノ帝国軍よ!!!」

 

そう言った瞬間、

 

「「「「「「「オォォォォォォォォ!!!」」」」」」」

 

そんな声を上げながら、一斉突撃してきた将兵達。

間違えない…これは、クーデターだ。

 

 

「俺達は一体…何をしてるんだァァァァ!!!?」

 

先生が、叫びながら、銃を連続掃射(ファニング)する。

瞬く間に、かつての仲間達が死んでゆく。

その少し離れた場所で、

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺は糸を振るい、数名の首を跳ね飛ばす。

そのまま糸の弾で撃ち抜き、剣で切り、槍で穿ち、殴り飛ばす。

 

「『氷狼の爪牙よ』!」

 

「『白銀の氷狼よ・吹雪纏いて・疾駆け抜けよ』!」

 

俺達の【アイス・ブリザード】が起こす氷礫が、一気に敵を吹き飛ばす。

 

「先生!気をしっかり!」

 

「しっかりしなさい、グレン!」

 

イヴ先生が近寄って、俺達の背中を守る。

 

「分かってる!分かってるが…!こんな事あってたまるかぁぁぁぁ!!」

 

…何でこんな時に!!

世界が手を取り合わなくてはいけないこの時に、その音頭を取った俺達がクーデターとか、洒落にならない。

チラリと陛下の顔色を伺う。

さっき陛下の気持ちを聞いたばかりだからか、余計辛くなる。

さっきから何度も止めるように言ってるが、聞く耳持たない。

 

「グレン殿、イヴ殿」

 

このどんづまりの中、現王室親衛隊総隊長の人が、話しかけてくる。

 

「我々が、手薄の南を一点突破します。そうすればもしくは…!」

 

「待って!貴方、死ぬつもり!?ここで貴方が死んだら、部隊は…女王陛下はどうするのよ!?」

 

イヴ先生が慌てて止める。

そうだ、こんな中突撃するなんて自殺行為だ。

それをこの人がやるなんて…!

しかし、隊長さんは、清々しく笑いながら

 

「イヴ殿、指揮権は貴女に。グレン殿…そして、アルタイル君。2人に陛下の護衛を」

 

「なっ!?」

 

護衛…俺が!?

俺みたいな奴が…!?

 

「ま、待ってくれ!なんで俺が!?」

 

「貴方だからですよ。私…ずっと貴方に憧れていたのですよ。元執行官NO.0【愚者】のグレンさん。そして…半年前の件で、アルタイル君。君にも同様の尊敬を抱いているのです」

 

尊敬…?俺に?

 

「貴方が打ち立てる武勇伝…そして、君の必死の活躍に、いつも心躍らせていました。貴方達は希望であり、憧れだったのです。英雄殿」

 

あまりの言葉に、俺達が揃って絶句していると

 

「誇りある王室親衛隊よ!今こそ我らの大恩報いる時!陛下を守らんとする勇者は、この私に続けぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「「「「「「「オォォォォォォォォ!!!」」」」」」」

 

「「「「「「「女王陛下ばんざぁぁぁぁあい!!!」」」」」」」

 

待て…ダメだ…!

やめろ…やめろ!

でも…止められない。

誰がやらないと…!

 

「先生…今のうちに出来るだけの強化をします。陛下の側に」

 

「アルタイル…何する気だ?」

 

「決まってるでしょう?…皆殺しだ」

 

 

決死の脱出戦が始まった。

イヴ先生の類まれなる指揮能力の中俺は

 

「オォォォォォォォォ!!!」

 

目に映る敵を片っ端から皆殺しにしていた。

加減もクソもない、容赦もクソもない。

とにかく…全部殺す。

ドス黒い殺意を燃やしながら、その熱で体を動かしながら。

糸で、魔術で、素手で、武器で…あらゆる手段で殺し続ける。

しかし、いくら殺そうが、いくら上手く立ち回ろうが、元の戦力差を覆す事は出来ず

 

「万事休すか…ド畜生…!」

 

遂に追い詰められてしまった。

こっちは約150に対し、あっちは約4000。

圧倒的すぎるその差に、俺も体力とマナの限界が来る。

 

「ゲホ…ゲホ…!」

 

「アルタイル!無理をしては…!」

 

そう言って陛下が、法医呪文(ヒーラー·スペル)を施してくれる。

ボロボロの体には、焼け石に水だが有難い。

その時、敵の将が姿を見せる。

その正体は

 

「父上…姉さん…!」

 

数日前にすれ違ったり髭面、アゼル=ル=イグナイト卿と、リディア=イグナイトだった。

フラフラと数歩歩み寄って、イヴ先生が慟哭する。

 

「どうして…どうして帝国を裏切ったのですか!?」

 

「黙れ。貴様はいつまでそう志が低いのだ。まだ分からないか、この趨勢が」

 

しかし、そんな言葉もイグナイト卿は、即座に一蹴する。

 

「とうとう、恐れた自体が起こったのだ。世界に未曾有の危機が訪れる。この艱難辛苦に満ちた世界には、己が手を汚してでも、前に進む決断が出来る、真の指導者が必要なのだ。そして…我らイグナイト家こそ、その立場に相応しい」

 

何を…言ってるんだ?

あの男は…本気でそう思ってるのか?

だとしたら…勘違いも甚だしい。

 

「ッ!?姉さん…!姉さんは今、自分が何をしているのか、理解なさってるのですか!!!?」

 

「イヴ!落ち着け!」

 

今にも飛び出しそうなイヴ先生を、グレン先生が止める。

 

「イグナイト家は、帝国の魔導武門の屋台骨!力持つ者の義務を背負う者!尊き魔導の灯火で暗き闇を払い、世の人々を行く先を明るく照らし導く者…!それが【紅焔公(ロード·スカーレット)】イグナイトの名が示す、誇り高き意味だったのでは!?」

 

そんなイヴ先生の叫ぶような問いかけに

 

「ええと…貴女は、誰でしょうか?私の妹はアイエス、ただ1人なのですが?」

 

「…え?」

 

こっちはこっちで、なにを言ってる?

もうコイツら、訳分からん。

脳みそ腐ってるんじゃ…。

 

「イグナイト卿。私では…ダメでしたか?」

 

今度は陛下が、厳かに尋ねる。

 

「結論を言えば、その通りだ。貴女が辛うじて国を回してこれたのは、仮初の平和があったからだ。故に、貴女程度の女でも、王が務まった」

 

『貴女程度の女でも』…だと?

 

「さて…最後の号令をかける前に、最後のチャンスをやろう。イヴ、そして…そこの小僧」

 

「ッ!?」

 

「…は?俺か?」

 

突然のご指名に、思わず間抜けた声が出る。

 

「先の指揮…とったのはお前だな?あの状況でここまで粘ったのは見事だ。褒めてやろう。そして小僧、これ程我が手駒を削ったのは、お前だな。大した強さだ、認めよう。…お前達、我が膝下に下る許可をやる、こい」

 

「は?嫌だ」

 

即答しちゃった。

いや、だって…ねぇ?

 

「…ふん、まあ良い。イヴ、お前はどうする?それとも…私に逆らうのか?イヴ」

 

 

 

(何を言ってるの…?この父は?この男は?)

 

このまま父上の望む世界の先にあるのは…ただの戦争だ。

自分を先生と、教官と呼んで慕ってくれる生徒達の殆どが徴兵され、戻ってこないだろう。

なのに…どうして…!?

 

(体が…言う事を聞かないの…!?)

 

昔からそうだ。

何故か父の言う事には、逆らえない。

まるで…呪いのように。

 

「命令だ。イヴ、戻ってこい」

 

「あ、ぁぁぁ…」

 

自分の心が折れた音が聞こえた。

もうダメだ…。

そう諦めた瞬間、不意に誰かに手を掴まれる。

振り向くとそこには

 

「ダメ…行かないで」

 

「アル…タイル…?」

 

アルタイルが、泣きそうな目で私を見ていた。

 

「行っちゃダメ。戻ってきて。…帰ろう?爺さんがいて、婆さんがいて、ベガがいる。あの暖かい家に…一緒に帰ろう?イヴ姉さん」

 

「あ…」

 

初めて、アルタイルが私を、姉さんって呼んだ。

それが何故か…すごく嬉しくて、足が止まる。

そこに

 

「あんな奴の所に行くなよ、イヴ」

 

グレンが、私達ごと手繰り寄せ、後ろに隠す。

グレンの背中と、アルタイルの手。

2つの暖かさが、私の恐怖を吹き飛ばし、私の震えを止めてくれた。

 

「おい、反逆野郎」

 

グレンは銃を突きつけて

 

「クソくらえだ、この野郎。俺達の仲間に手ぇ出してんじゃねぇよ。どうしてもって言うなら、俺達を倒してからにしやがれ」

 

 

 

「誰かと思えば…グレン=レーダスか。数日ぶりだな。それに小僧…それが姉だと?」

 

「へぇ、統合参謀本部長様にまで覚えてもらえてるとは、光栄だな」

 

「あ?別にお前には関係ねぇだろ」

 

俺とグレン先生は、凄みながら、睨みつける。

 

「しかし酷な事をする。イヴは自身の意思で、その泥船から降りようとしているのにな」

 

「あぁ!?自分の意思だァ!?ふざけんな!こんな泣きながら震えてる、コイツの何処に自分の意思があるってんだよ!!」

 

「その目、変えた方がいいんじゃない?いい法医師知ってるから紹介しようか?いや、やっぱやめた。その人が腐る。お前には勿体ない」

 

怒る先生と、バカにする俺。

そんな俺達に突然高笑いするイグナイト卿。

 

「ハハハハハハ!随分と入り込んでるな!お前達!イヴよ、どうやって誑し込んだんだ?さぞいい具合だったのだろうな!」

 

怒りのあまり、言葉を失った。

あまりにも下品、あまりにも下劣。

 

「黙れ!!それ以上口を開いたら!!」

 

グレン先生の怒りの声すら、嘲笑いながらまだ続ける。

 

「そうだろう!何故ならお前は、イヴの采配で、最愛の女を失ったのだからなぁ!」

 

その言葉に今度は、グレン先生が怒りに言葉を失う。

怒りのあまり、暴走しそうになる先生を止めようとした時、

 

「…待て?お前、()()()()()()()()()?」

 

突然、先生が素に戻った。

なにか引っかかったらしい。

 

「報告書上では、イヴの判断は強引だが、合理的だったものだったはず…なのにどうして、知っている?」

 

確かに…そうだ。

だから、グレン先生は仲間内でも、バカにされてきたんだ。

なのに何故、その事を知っている?

 

「ふん…何を言い出すかと思えば。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

コイツはどこまで…!

イヴ先生を見ると、何も言わない。

おそらく真実なのだろう。

本当に…

 

「何処までも見下げ果てた奴だな、お前は。呆れて物も言えん。本当に下らない三下だよ、お前」

 

色んな感情が湧き上がり、最後にまとまった言葉は、これだった。

 

「…何?」

 

イグナイト卿が、こっちを睨む。

もう、何も思わない。

 

「前から思ってたんだけどさ、部下を使い潰して、成功を掴み取る作戦。…ハッ!最小労力、最大戦果が基本だろ。そんな下策中の下策でいいなら、()()()()()()

 

「なッ!?」

 

「下品で、下劣で、どうしようもない男。洗脳しないと、部下の1人も確保出来ない器の小ささ。こんな火事場泥棒みたいな真似しないと、クーデターの1つも起こせない肝の小ささ。お前の一挙手一投足、一言一句、その全てに、お前の程度が滲み出てるよ。みっともないにも程がある」

 

「〜ッ!?」

 

今度は、イグナイト卿が怒りのあまり、言葉が出ない。

 

「そんな小物のお前が、『王になる』?はあ?勘違いも甚だしい。寝言は寝て言えよ、三下が。お前の言う仮初の平和は、誰が守ってきたと思ってる。その平和を守る為に、身を粉にし、魂を削り、心血を注いできたのは、誰だと思ってる?」

 

俺は陛下をチラっと見た。

陛下のお気持ちを聞いて、その苦悩を垣間見て、俺は決めた。

国にでは無く、陛下に尽くすと。

 

「お前は王の器じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉は、友軍の心に火をつけた。

消えかけていた火が、再び燃え上がる。

その熱が、ボロボロの体に、心に力を与える。

イグナイト卿は、怒りが一周まわって冷静になったのか、全軍に指示を出す。

 

「…ふん。何も理解していない青二才が。貴様こそ、寝言は寝てから言え。この現実をどうする気だ?」

 

そうして、リディアの合図で再び動き出す反乱軍だが、その時

 

「ふん。お前こそ、状況が理解出来てねぇよ。…なあ、システィ?」

 

「『我に従え・風の民よ・我は風統べる姫なり』!」

 

突然発生した大嵐が、イグナイト卿とリディア以外の反乱軍の全てを巻き込む。

その正体は

 

「先生!!準備出来ました!!」

 

「急いでください!!」

 

システィとルミアだ。

ルミアのアシストを受けたシスティの【ストーム・グラスパー】が、全てを飲み込む。

 

「ルミア!」

 

「アイル君!先生!」

 

俺は【次元跳躍】で、ルミアを呼び出し、ルミアの力を借りる。

 

「よし!行くぞ!!」

 

そう言って走り出す先生の背中に

 

「『我が手に星の天秤を』!」

 

【グラビティ・タクト】で、操作した重力で、一気に先生をイグナイト卿のところまで吹き飛ばす。

 

「させませッ!?」

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

リディアがそれを止めようした瞬間、リィエルが肉薄する。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

先生とリィエルが、力ずくで、【ストーム・グラスパー】の効果範囲まで吹き飛ばす。

その隙にリゼ先輩達が、何やら策があるのか、陛下達を逃がす。

もちろん包囲網が逃がさないようにするが、俺の【グラビティ・タクト】と、システィの【ストーム・グラスパー】が、それを許さない。

結果、俺達は何とかこの包囲網を突破し、何とか逃げ仰せたのだった。




アルタイルが言ってる事は、自分が読んで思った事です。
イグナイト卿は間違えなく、人の上に立ってはいけない人ですよね。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎の一刻半編第3話

最近気付いた…。
自分は、姉キャラ好きだなって事に…!
女兄弟いないからかな?
それではよろしくお願いします。


この異界に逃げ込んで2日間、俺は療養に務めていた。

というのも、2日前の強行軍が、かなり応えており、かなりボロボロだったのだ。

 

「…やっと動ける」

 

「でも、病み上がりなんだから、忘れないでね」

 

そう厳しく言うのは、ルミアだ。

戦況を聞いた後、無茶をした俺に対して、結構はお説教をしたのだ。

そんな俺達はというと、将校達に言われて、陛下にお茶を持ってきているのだ。

ルミアがノックする。

 

「はい?」

 

「アルタイルとルミアです」

 

「お茶をお持ちしました」

 

「ああ、ありがとうございます。どうぞ」

 

そうして入っていく。

そもそもこの異界は、俺達の拠点となっているホテルを元に、ルミアの力で作り上げたものだ。

だから、部屋の作りとかは全部、あのホテルが参考になっている。

陛下に割りあてられた部屋は、当然1番いい部屋だ。

 

「アルタイル、体は大丈夫ですか?」

 

「はい、ルミア達のおかげで、バッチリです!」

 

「そうですか。…ふふ、あの時のアルタイルは、格好良かったですよ?私が後10年は若かったら…ふふ!」

 

「あ、アハハ…」

 

え、陛下って…何歳なの?

本当に若々しいよな…この人。

正直20半ばでも納得だし、ルミアの姉ですって言っても通じるだろうな。

いやまあ、実際にルミアには姉がいるけど。

 

「アイル=クン?」

 

「ルミア=サン!?」

 

考え事してるうちに、ルミアが滅茶苦茶怖いし!

ていうか、笑ってないで助けてよ陛下!

 

「フフ、ごめんなさい、エルミアナ。少しからかってしまったわ」

 

「もう!お母さん!」

 

ここには俺達しかいないし、元々立ち入れる人も限られている。

ここ入れるのは、俺達5人+リゼ先輩とイヴ先生、後は女中さん達だ。

女性というのあり、基本的に男性は入れない。

しかし、笑っていた陛下の顔がどんどんと暗くなる。

 

「…芳しくありませんか?」

 

俺は直球で尋ねる。

 

「…ええ、何から何まで足りません。不甲斐ないばかりです」

 

「お母さん…」

 

陛下のその顔は、苦悩に満ちており、俺達では推して測る事すら出来ない。

 

「…イヴはどうですか?」

 

逆に俺がイヴ先生の事を聞かれる。

俺は首を横に振る。

 

「…ダメですね。まだ引き篭ってます」

 

「そうですか…。ところでアルタイル。貴方2日前、イヴの事を『姉さん』と呼んでいたけれども、どういう関係なのかしら?」

 

「…あ」

 

しまったァァァァァァ!!

あの時の俺のバカァァァァァァァ!!

 

「…アイル君。どういう事なのか、教えてくれないかな?」

 

いつもと変わらない笑顔が…さっき以上に怖い。

仕方ないので、同居してる事を話した。

知ってるのは、グレン先生と、リック学園長だけだ。

 

「むぅ…」

 

ふてくされてはいるが、俺の言い分に納得してくれたらしい。

 

「そうですか、事情は分かりました。…さて、また軍議です。貴方達も無理をしないようにね」

 

そう言って部屋を出ていく陛下を、俺達は黙って見つめるしか無かった。

 

「…俺、イヴ先生のところ寄っていくよ」

 

「うん。私は下で治療を手伝ってくるね」

 

法医呪文を得意とするルミアの存在は、掛け値なしに、俺達の生命線だ。

こういう時、本当に頼りになる。

俺達は別れて、それぞれの目的地に向かう。

部屋まで辿り着いた時、突然中から、イヴ先生が出てくる。

 

「!?イヴ先生!」

 

「…アルタイル」

 

そう呟くと、突然手を伸ばして、俺の頬を撫でる。

 

「…?イヴ先生?」

 

「…ねぇ、アルタイル。また姉さんって呼んでくれない?」

 

「はぁ!?何言って!?///」

 

「お願い」

 

…こんな小っ恥ずかしい事を、なんでこんなに真剣に…。

はぁ…仕方ない…。

 

「…い、イヴ姉さん…///」

 

クソ…やっぱ恥ずかしい…!///

 

「…ありがとう。私、頑張るわ」

 

「…うん。行ってらっしゃい、イヴ姉さん」

 

そのままツカツカと、陛下のいる大会議場まで歩いていく。

そして俺は、真っ暗なイヴ先生の部屋を見る。

そしてその中にいるだろう人に、声をかける。

 

「立ち直らせたんだったら、最後まで付き添ってね、グレン先生」

 

「…仕方ねぇな〜」

 

そう言ってイヴ先生の後を追う。

もう…大丈夫そうだな。

 

「さてと…力仕事でも手伝うか」

 

ルミアのいる場所まで、歩き出す。

その足は、少し軽かった。

 

 

 

 

「陛下、我がイグナイト家の行った罪、そして我が一時の迷い。我が素首を捧げて贖罪したき所存です。ですが…今はどうか、暫くの猶予を。我が父アゼル=ル=イグナイト、我が姉リディア=イグナイト。両名の誅伐を、どうかこの私にお任せ下さい」

 

「貴女は、それで良いのですか?最早、イグナイト家の改易は免れません。貴女にとって、イグナイトという家名がどれだけ大事かは、私もよく知っています。…それでも、やるのですね?」

 

「…はい。それがイグナイトの責務です」

 

「…本当に皮肉ですね。本分を忘れ、傲慢と堕落を重ね続け、ついぞ落ちるところまで落ちた時、ようやく()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて…。イヴ、私は貴女の決意と覚悟、尊い黄金の精神に、無限の感謝を」

 

「ッ!?」

 

「どうか力を貸してください、イヴ。未来の為に…そして、世界の為に」

 

「御意に。この命の最後の一滴を燃やし尽くす所存です」

 

 

 

 

そして…イヴ先生の立てた作戦は、軍事歴史上において、【イヴ=ディストーレ】の名と共に、こう語り継がれる事になる。

【炎の一刻半】と。

まあ、そんな感じではあるけれども、恋する乙女というのは、無敵なものだ。

 

「ドドドドド、どういう状況なのこれ!?」

 

「焚き付けた俺が言うのもあれだけど、落ち着けシスティ」

 

こんな戦況でも、大量の賊軍を前にした時より、恋敵の急な躍進に、危機感を感じているのだから。

 

「そ、そうだよシスティ!落ち着いて!声を落として!」

 

「ん、イヴ。なんか…ズルい」

 

「え?まさかのリィエルまで!?」

 

俺達は、たまたまグレン先生に用があって、探し回っていた。

しかしちょうど、イヴ先生との密会を目撃。

あまりの雰囲気の良さに、結界まで張って、出歯亀する羽目になったのだった。

 

なあ、ルミア。まさか…リィエルもか?

 

「う、う〜ん…。どうなんだろう?リィエルの場合は…どっちか分からないかも…

 

そうなんだよな〜。

リィエルの場合、兄貴分をとられた妹的感情なのか否か、そこが分かりにくいんだよな〜。

 

「しっかし、恐るべしグレンダービー。ここまで荒れ狂うとは…」

 

アルタイルダービーも、かなり激しいけどね…

 

ルミアが何かぼそっと呟いたが聴き取れず、

 

「ルミア?何か言っ…ってうぉ!!?エルザ!!?」

 

「「「え!?」」」

 

「皆さん、何してるんですか?」

 

ルミアの方へ振り向けば、すぐ後ろにエルザがいた。

エルザは、外で斥候として、情報収集を行っていたはずだ。

 

「いつの間に!?」

 

「『恐るべし、グレンダービー』の辺りですね」

 

ついさっきか…油断しすぎたか?

そう思っていると、エルザがルミアに耳打ちしており、ルミアの顔が一気に赤くなる。

 

「ルミア?どうした?大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫だよ!?///問題なし!!///」

 

いや大ありの顔だけど…?

ていうかこのやり取り、前にもしたよな?

 

「それにしても…アルタイルの疑いが晴れて良かったぜ…」

 

「ええ、本当にホッとしたわ」

 

ん?俺の疑い?何故に?

 

「まあ、あのタイミングで、イヴの事を姉呼びしちまったらなぁ」

 

「あの子も、それだけ切羽詰まってたって事ね」

 

…あちゃ〜…寄りにもよってその話。

これは…やらかした…!

 

「…アイル。どういう事!?」

 

ルミア以外の3人が俺を振り返る。

三者三様の反応だが…システィよ、何故にそんな鼻息荒い。

俺はため息をついて、事情を説明した。

 

「アンニュイ気な美人女教師と、学園の人気者の男子高校生…!秘密の同居生活からの禁断の恋愛話…滾ってきたわ!!!」

 

「何がだよ!落ち着けよ!!この駄作家!!」

 

「何ですってぇ!!」

 

「ふ、2人共…!そんなに騒ぐと!?」

 

「うん?…何してんだお前達」

 

「「「「「あ…」」」」」

 

思いっきりバレました。

俺達は唖然とした顔で、2人を見ている。

とりあえず誤魔化す為に、はぐらかす事にした。

 

「そ、その!俺の疑いって何?」

 

疑われる要素が全く思い浮かばない。

何やらかしたっけ?

 

「その…あれだ。お前がイヴを姉呼びするから、他の将校達が、お前もグルなんじゃねぇかって怪しんでたんだよ」

 

「でも、陛下自身が自ら説明して下さってくれたから、何とかなったのよ」

 

「ああ、なるほど…。そういう…」

 

あの質問の意図はそこだったのか。

大人って…怖ぇ…。

 

「その…イヴさんと、アイル君の関係は!?」

 

「ルミア!?説明したよな!?」

 

いきなりぶち込んできたな!

焦るわ、かなり!

 

「そうね…姉弟よ。ベガも含めて私の弟妹かしら」

 

そう言いながら、俺の頭を撫でるのは何故?

 

「頭を撫でないでください」

 

「あら?貴方は割とやってると思うけど」

 

「やるのとやられるのは別なの!」

 

「たまにはやられなさい。弟なんだから」

 

「キャラ変わりすぎじゃない!?」

 

この人なんなの?

劇的ビフォーアフターなんだけど?

…何言ってるんだ俺。

 

「そ、その!エルザさんはどうしたの!!?」

 

自分から振っておいて、動揺しまくりのルミアが、次はエルザに振る。

 

「それが…お2人に言伝が。とても重要な」

 

エルザから伝えられた2つの情報は、あまりにも衝撃的で。

しかしもう、歯車は止まらない。

既に賽は投げられた、人事も尽くした。

ならば…天命を待つのみ。

いや、掴み取るのみだ。




イヴしかり、リゼしかり…姉キャラに弱い時分ですね。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎の一刻半編第4話

今回は作戦会議の話ですね。
それではよろしくお願いします。


「「「「「「全面衝突〜!!!?」」」」」」

 

会議場中に、驚愕の声が響き渡る。

かくいう俺も、流石に唖然とした。

この戦力差で…正面衝突?

それは他の将校達も同じで、口々にイヴ先生を罵倒する。

 

「落ち着いてください、皆さん。イヴ、どういう事か、説明して下さい」

 

「恐れながら。圧倒気物量差、敵司令官の采配の上手さ…全くもって隙が無い。故には我々の活路は、敵首魁であるアゼル=ル=イグナイトと、リディア=イグナイトをいかに討つか。そこに懸かっています」

 

いや、だからそれが出来たら苦労しないし。

それが不可能なほどの戦力差があるから…。

いや、本当にそうか?

本当に戦力差があるのか?

「この戦い、単純に数を見る意味は無いわ。一見、賊軍は小規模小隊に別れて、ミラーノ中を薄く広く散開している。隙は無いわ。でも、その隙の無さこそが、唯一の隙」

 

…あ、そうか。

 

「イグナイト卿の敵は、俺達だけじゃない。今のイグナイト卿はまさに、内憂外患。内にいる俺達という敵と、外にいる他国の軍隊。その両方を警戒しなくてはいけない。だから一定数の、絶対に動かしてはいけない兵達がいる。…そういう事?」

 

俺は静かに挙手をして、イヴ先生に答え合わせをすると、満足気な笑みを浮かべる。

 

「そう、正解よ。よく分かったわね」

 

「しかし、そんなのは詭弁だ!」

 

「彼らは各国の首相を人質にとってるんだぞ!」

 

当然、反論意見も出るが、イヴ先生は真っ向から反論する。

 

「私達の常識に囚われすぎよ。もっと柔軟に考えなさい。世界は広い。その分、数多の思想や思考があるわ」

 

俺はイヴ先生が、言いそうな事を続ける。

 

「この国は絶対主君、女王陛下に絶対の忠誠を捧げている、そういう政治形態です。でも、イグナイト卿の様に、突発的に反旗を翻す輩もいます。だから、こう考えるはずです。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』…と」

 

「その通り。だったら、たとえその可能性が限りなく低くても、それに警戒をせざるを得ない。何故なら、自分自身が、その万が一の証左だから。当然、イグナイト卿からしたら、絶対に失敗出来ない。だから…外への警戒は、決して崩せない」

 

最早、誰も何も言えない。

それ程までに、イヴ先生の言い分は完璧だ。

しかし、まだ現実問題は終わってない。

 

「確かにその通りだとしても、イヴ。まだ大きな戦力差には、変わりありません。一体どうするのですか?」

 

「はい、もちろん策は用意してあります。それは…陛下御身自ら、囮になって頂きます」

 

「「「「「「はぁぁぁぁぁぁ!!!?」」」」」」

 

それはまた、大胆な…。

また口々に罵倒し出すが

 

「イヴ、続けて下さい」

 

「はい。まずはこの、戦術状況表を」

 

イヴ先生はそう言って、盤面を指さす。

 

「先程説明した通り、数値的にはそれほど差はありません。敵は耐久力・継戦力重視の部隊と、機動力・攻撃力重視の部隊。交互に配列してるわ。だからどう足掻いても…」

 

そうしてコマを動かし、ダイスを振ると、数ターンしない内に、全滅した。

 

「こうなるわ。でもこうすると…グレン。久々に、私と兵棋演習といこうじゃない。篭城した本隊と、突撃隊よ」

 

イヴ先生が打った手は、極小数を女王陛下と共に篭城させ、残りは全部敵軍へと、突撃させた。

 

「ちなみにこれ、どう采配しても、同じ結果になるわ。アルタイル、自分で考えながらよく見てなさい」

 

「う、うん…?」

 

俺なら…うん。

篭城兵は放っておくな。

どう考えてもブラフにしか見えないし。

 

「同じ結果?…ああ、そういう事か。そうだな〜。じゃあ、こうするかな〜」

 

おどけながらグレン先生が打った手は、俺の同じ突撃隊を潰す手だ。

 

「あら?じゃあ私はこうしようかしら」

 

そう言って、イヴ先生は包囲網に空いた穴を突いて、本隊をミラーノの外に脱出させた。

…あ、そうか!

 

「分かった!」

 

思わず、机を叩きながら立ち上がる。

 

「…では、アルタイル君。答えを」

 

「今のパターンとは逆、つまり陛下の方を直で狙った場合、突撃隊に本物の陛下が、混じっているかもしれない上に、包囲網を突破されるリスクが跳ね上がる。しかも今のイグナイト卿に失敗は許されない。つまり…こうするしかない」

 

俺はグレン先生の代わりに、兵を二手に割く。

それなら諸々の条件を差っ引いて、ダイスを振ると

 

「戦力差、4:6…。これなら不利でも、勝負にはなる!」

 

将校達がざわめき出す。

そう、確かにこれなら…賭けに出る価値はある!

 

「正解よ、よく出来ました。より詳しく解説すると、この作戦は、2段階の囮作戦よ。1つは、打って出る突撃隊。こっちは緻密な行動が必要になるから、私が指揮を執るわ。もう1つは、陛下の姿を晒して、囮にする篭城本隊。もちろん、強固な結界を張り、生半可な攻撃ではビクともしないようにするわ。アルタイルを始め、貴方達生徒にも協力して貰うわ。ここまでして初めて、私達に勝ち目が見えるのよ。理解した?」

 

大胆かつ繊細…まさにその言葉が、ピッタリな作戦だ。

あまりの鮮やかで見事な作戦に、誰も口を挟まない。

 

「そして、これがリディア=イグナイトだけなら、多分こうは出来ません。この間の報告を聞いてるだけでも、あの人はやり手だって言うのは、直ぐに分かります。しかしあっちにはイ…ンンっ!あの肝が豆粒みたいに小さい、イグナイト卿がいます。あのチンケな小物が、まず博打は、絶対に打てません。つまり…この指し手以外に存在しない」

 

思わず、ものすごく汚いスラングを言いそうになったが、何とか踏みとどまる。

だからグレン先生、呆れた目で見ないで。

 

「そうして拮抗すれば、間違えなく2人は出てくる。こうなっては何の憂いもなく動かせる部隊…つまり、直接指揮する部隊を前線に充てるしかない」

 

ここまで言い切って、1度イヴ先生は目を瞑る。

 

「…3時間。各戦線が、確実に支えられる猶予はそれだけよ。その間に…直接、敵大将を叩くしかない。私とグレン。…それと、アルタイル。この3人でやるわ」

 

そう、初めにイヴ先生は言っていた。

 

『我々の活路は、敵首魁であるアゼル=ル=イグナイトと、リディア=イグナイトをいかに討つか。そこに懸かっています』

 

それが一番大変である事には変わらない。

それでも…

 

「了解。絶対に勝つ!」

 

俺は迷いなく、しっかりと目を見て、宣言した。

さあ、戦争を始めよう。

 

 

翌日、深い朝霧包む夜明け前、遂に火蓋が切って落とされた。

全てが予想通りに進み、むしろ音信不通だった、アルベルトさん達の参戦によって、更に好都合に動き続ける作戦。

まあ、イヴ先生曰く、これも予想通りらしい。アルベルトさん達の活躍で、後詰の戦力がズタボロ。

戦況は、完全に泥沼化。

しかし、これこそ俺達と狙い。

イグナイト卿が止むを得ず、最終予備戦力を追加投入しようとした時。

イヴ先生の起死回生にして、華麗なる逆転の一手が決まる。

そして主戦場から少し離れたこの場所で

 

「「「…」」」

 

「「…」」

 

俺達は向かい合っていた。

 

「さてと…いよいよ、大詰めだな」

 

「ええ」

 

「はい」

 

俺達はイグナイト卿と、リディアを睨みつける。

 

「イヴめ…まさか貴様如きが、ここまでやるとはな…!この為に、友軍を、女王を囮にして指揮系統を崩し、ここに孤立させた」

 

「…ッ!ええ、そうよ。あと30分は、援護は来ない。それまでに、父上達を始末する。帝国有史以来、連綿と続いてきた誉れ高きイグナイトは終わりよ。終わらせないといけないの。…それが、イグナイトの責務だから」

 

イヴ先生が右手に炎を灯すと共に、毅然とした態度で、覚悟を示す。

しかし、それを目の当たりにしても、イグナイト卿は変わらない。

 

「貴様如き下賎な分際が、イグナイトを語るな。貴様は尊き血が果たすべき責務を、何一つ理解していない。全てはその責務を果たす為。それすら理解出来ぬとは、救えぬな、イヴ」

 

「理解していないのは貴方よ、父上。己の欲望と野望を、矜持と信念という小綺麗な言葉で、矮小な醜さを化粧し、取り繕う。…ああ、ずっと言ってやりたかった…!貴方は史上最低のゲス野郎だわ!自分が最もドス黒い邪悪である事に、微塵も気付いていない!!実に哀れでみっともない小物よ!!!」

 

「黙れ」

 

イヴ先生のスカってする口上に、見事にブチ切れたイグナイト卿。

しかし、その怒りを押さえ込み

 

「本来なら、裏切り者の貴様を、火刑に処してやりたいところだが…。私はお前を、再評価している。よくぞ、ここまで私を追い詰めた。褒めてやる。故に…戻ってこい、イヴ。我が膝下に跪け」

 

なんとも都合のいい薄ら寒い言葉をペラペラと。

しかし、イヴ先生の様子が変わる。

 

「はっ…はっ…!」

 

俺は、過呼吸を起こすイヴ先生の手を握る。

更にグレン先生が、肩を掴む。

 

「姉さん…俺達がいるから…」

 

「そうだ、イヴ。深呼吸しろ」

 

「はぁ…はぁ…ありがとう…2人共」

 

よし、何とか持ち直したな。

 

「…何故だ。やはり【楔】の効きが悪い…何故?」

 

コイツ…今なんつった?

 

「おい、小物。【楔】って何だ?あぁ?」

 

「薄々そうじゃねぇかって思ったがよ…テメェ、()()()()()()()()()()?」

 

イヴ先生に何らかの魔術的措置を行っているって事かよ…!

何処までクソなんだ…!

俺達が怒りに燃えていると

 

「…大丈夫よ、2人共。私は大丈夫」

 

そう言ってイヴ先生が、俺達を諌めてくれる。

その姿を見たイグナイト卿は、突然喚き出す。

 

「分かったぞ…!貴様は!イグナイトであるにも関わらず、我がイグナイト家に対する依存や崇敬を捨てたのだな…!新たな対象を見つけたのだな!」

 

「…は?」

 

訳分からずに、唖然としてる俺達を無視して怒り出す。

 

「失望したぞ!前言撤回だ!貴様はもう要らぬ!!髪の一本、灰の欠片すら残さぬ!!九園の業火に焼かれながら、私に逆らった無知蒙昧さを後悔するといい!!!」

 

イグナイト卿とリディアが身構える。

言いったくれ言いやがって…!

中指を立てながら、人生初のスラングを利用して罵倒する。

 

「やれるもんならやってみやがれ!この短●イ●ポ野郎!能なし、肝なし、器なしのテメェだ!だったら今更玉も要らねぇだろ!全部まとめてローストしてから、家畜の餌にしてやるよ!!」

 

「アルタイル!そんな汚い言葉を使う子に育てた覚えは、お兄さんありませんよ!」

 

「こっちもねぇよ!わざとだよ!」

 

「お姉さんもないわよ!」

 

「だから、覚えはねぇよ!」

 

こんな時にボケてんじゃねぇよ、この2人は!

大将戦が始まった。

さあ、人事は尽くたが、天命を待つ気は無い。

天命は、自力で掴み取るまでだ。




アルタイルの人生初スラング。
という訳で、内容が内容なので、伏字にしました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎の一刻半編第5話

これで17巻は終わりです。
それではよろしくお願いします。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

まず動いたのは、グレン先生。

全身に刻まれた身体強化術式と、俺の糸による、強化された身体能力で、一気に肉薄する。

 

「ふん。バカが…貴様、私誰かを忘れたのか?」

 

対するイグナイト卿は、悠然と左手に炎を灯す。

 

「【紅焔公(ロード·スカーレット)】…()()()()()()()()の、イグナイトだ!!」

 

その炎を放とうとした瞬間、ロウソクの炎のように、掻き消えた。

 

「なッ!!?」

 

「やれやれ。テメェ、俺を誰か忘れたのか?」

 

グレン先生が握るのは、1枚の大アルカナ。

一定領域内における、魔術起動の完全封殺。

固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】は起動済み。

この瞬間、あらゆる賢き魔術師は無知なる愚者と化す。

 

「俺は【愚者】。()()()()()のグレン=レーダスだぜ!!」

 

そう宣言して、右ストレートを顔面に叩き込む。

イグナイトの魔術師は、良くも悪くも正統派。

異端の極みであるグレン先生とは、相性最悪。

盛大な打撃音と共に、大きく仰け反るイグナイト卿。

その隙に、俺も踏み込み

 

「オラァ!!」

 

ボディを打ち込む。

くの字に曲がった所を、グレン先生のアッパーが飛んでくる。

再び仰け反った所を、俺が上段回し蹴りで、蹴り飛ばす。

そのまま吹っ飛んでいくイグナイト卿を見ながら、

 

「「イヴ(先生)!」」

 

「分かってるわ!」

 

その手に炎で作られた剣を握り、イヴ先生が肉薄する。

イグナイトの秘伝魔術の1つ【焔刃】。

近接魔術戦を得意とするイグナイトが珍しく持つ、近接格闘戦用魔術。

予め起動しておいたのだ。

勘違いされがちだが、イグナイトは決して近接戦に弱い訳では無い。

それは俺が身をもって知っている。

 

「や、止めろ、イヴ!」

 

イグナイト卿の言葉で、炎の刃を振るうその手が一瞬鈍る。

その隙に

 

「父上には、指1本触れさせませんわ」

 

「姉さん…!」

 

リディアが左右に【焔刃】を、1本ずつ握って現れる。

おそらく【愚者の世界】を直前に見切って、有効範囲に巻き込まれる前に、起動させたのだろう。

そのままイヴ先生を弾いて、【焔刃】から炎を出す。

 

「イヴ先生!」

 

俺が結界でイヴ先生を守る。

そのままイヴ先生とリディアが、別場所に移動する。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「舐めるな!」

 

グレン先生が、イグナイト卿のカウンターを受ける。

そのまま俺にも殴りかかってくる。

それはスウェーで躱し、先生の隣に立つ。

 

「うぉぉ!?」

 

「この若造共が!たかがラッキーパンチ1つで、調子に乗りおって!貴様らとは、年季が違うのだ!!」

 

「うるせぇ!」

 

俺は無視して、殴り掛かる。

右ストレートは躱され、左のボディブローは、肘で防ぐ。

そのまま足を踏みつけ、固定して頭突きを食らわせる。

 

「グオ!」

 

「おらァァァ!」

 

ふらついている内に、グレン先生の右ストレートがイグナイト卿の頬を捉える。

 

「へっ!生憎と俺達は、お上品には戦えねぇからな!」

 

「喧嘩殺法の容赦なさ、教えてやるよ!」

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「やりますね!!」

 

炎と炎がぶつかり合う。

イヴとリディアが、【焔刃】を交錯させ、切り結結んでいる。

そして、【愚者の世界】の有効範囲外に出た瞬間

 

「「『吠えよ炎獅子』!」」

 

【ブレイズ・バースト】が、同時に炸裂。

中心で大爆発を起こしたその結果

 

「くぅぅぅぅ!!」

 

イヴが押し負ける。

吹き飛ばされたイヴの体が、近場の建物の壁にぶつかり、壁伝いに着地する。

そんなイヴの前に、リディアが優雅に降り立つ。

 

「あらあら。貴女それなりにやるようですけど…私とやり合うには、まだまだですね」

 

「ッ!?」

 

悔しげに睨むイヴだが、それは全て事実。

近接格闘戦も、魔術戦も、全て上をいかれてる。

トドメを刺そうと、魔力を集めるリディアを見る。

 

「…哀れだわ」

 

その目は、敵を見る目でも、肉親を見る目でも無い。

その目にあるのは、ただの憐憫だ。

 

「今魔力を交えて、確信したわ。貴女は姉さん…()()()()()()()()

 

「…は?貴女…何を言って…?」

 

その言葉に、笑みを硬直させるリディア。

構わずイヴは続ける。

 

「先日、あるタレコミがあったわ。『リディアさんは既に故人。父親に殺されている。今の彼女は、【Project:ReviveLife】で作られた偽物だ』…ってね。道理で色々不自然なはずだわ。…貴女、全部父上の都合のいいように作られた人形よ。心も、体も、記憶も」

 

「なっ…!?」

 

「薄々自覚はあったんじゃない?貴女は道具よ。幾らでも増産がきく消耗品。なのにそんな貴女は、父上に絶対服従。…それを哀れと言わずになんて言うの?」

 

「だ、黙れ!!」

 

リディアは、怒ったように反論する。

しかし、やはり心当たりはあったのか…些か、顔色は悪い。

 

「わ、私はお父様の娘です!愛するお父様の為に、私は全てを捧げるの!そんな私を…お父様は愛してくれていない筈がない!!」

 

怒りのままに放たれる暴力的な炎が、イヴを容赦無く焼く。

 

「…温いわ」

 

しかし、焼かれているイヴは、そんな炎を一言で切り捨てる。

 

「…何ですって?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!()!()

 

「だ、黙れぇぇ!!」

 

イヴの炎と、リディアの炎が再び爆裂。

その場を更なる大焦熱地獄へと化していくのだった。

 

 

「喰らえぇぇぇぇ!」

 

「グハァ!」

 

俺の回し蹴りが、イグナイト卿を吹き飛ばす。

 

「そこ!」

 

「ッ!」

 

その隙に、グレン先生が、連続掃射(ファニング)するも、それは直前で躱される。

 

「オラ!」

 

「クッ!」

 

俺の糸も躱されてしまい、屋根の上に降り立ったイグナイト卿が、俺達を見下ろす。

 

「まさか貴様ら如きに、ここまで追い詰められるとはな…!」

 

「チッ…!腐っても軍を支え続けた猛者か…!」

 

本来の魔力量、身体強化術式の規格強度、何より経験値が桁違いだった。

俺達優勢に進めてきたが、最後の一手までは押し切れなかった。

 

「やむを得ないか…!」

 

そう言ってイグナイト卿が取りだしたのは、1本の赤い鍵だ。

 

「ッ!?させるかァァァァ!!」

 

グレン先生の連続掃射(ファニング)が神速の速さで放たれるが

 

「『焦熱する炎壁よ』!」

 

【フレア・クリフ】。

自分で操作できる炎の壁を発動する魔術だ。

それが俺達に迫る。

恐らく【愚者の世界】の隙を突かれた。

 

「フッ!」

 

俺は耐熱結界で、炎を防ぎ切る。

しかし、防ぎきった先に見えたのは

 

〖 ふっ…素晴らしいな、この力…!〗

 

イグナイト卿では無く、【炎魔帝将】ヴィーア=ドゥルだった。

その魔力に魂が喰われてるのか、何を言ってるが意味不明だが、そこはどうでもいい。

 

「さてと…どう近付きますか?」

 

「ああ、俺達の切り札は近距離…。挙句に俺のはゼロ距離だ」

 

まともに近付く事はおろか、仮に間合いに入ったとしても、直ぐに消し炭だ。

それでも…やるしかない!

俺達は、決意を固めて、踏み込んだ。

 

 

 

そこは冥界第七園…大焦熱地獄と化していた。

その中心にいるのは、イヴとリディア。

 

「「『真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ』!」」

 

お互いの【インフェルノ・フレア】が、お互いを飲み込もうと、衝突する。

あまりの熱量に、石材が沸騰しだす。

それでも構わず、2人は魔術戦を続ける。

 

「『吠えよ炎獅子』!『猛々しく』!」

 

「『焦熱する炎壁よ』!『天に満ちし怒りよ』!」

 

「『爆』!」

 

乱舞する紅蓮の炎が。

全てを焦がし、燃やし、融かしていく。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

顔に左半分に手酷い火傷を負い、息も荒いイヴに対して

 

「フフ…頑張り屋さんね、貴女。まるでアイエス見たい」

 

まったくの無傷、至って涼し気なリディア。

様々な、呪文や技術を駆使して、直撃だけは避けてきた。

それでも余波だけで、この始末。

 

(それでも勝たないと…!)

 

悲壮の覚悟を固めたイヴに対して、突然リディアが拍手を送った。

 

「はい、よく頑張りました。【紅焔公(ロード·スカーレット)】の名を継ぐ私に、よくここまで喰らいついたわ。貴女の炎は、本当に大したものだわ」

 

「…お褒めに預かり光栄だわ」

 

ほんの僅かな感傷に浸った瞬間

 

「でもね、もう終わりなの。私の領域が完成しましたので」

 

「は?私の領域?」

 

リディアの一言が、イヴを地獄に落とした。

その瞬間、イヴの周囲に更なる炎が発生。

一切の詠唱も無しに。

その正体は

 

「嘘…まさか…【第七園】!!!?」

 

イグナイト家に伝わる眷属秘呪(シークレット)【第七園】。

予め設定した一定効果領域内の、炎熱系呪文の起動を【五工程(クインテ·アクション)】の完全棄却。

一切ノーリスクで炎を操る、領域内における炎の完全支配。

リディアはその設定を、イヴとの戦いの片手間に行っていたのだ。

 

「さて…それではさようなら、名も知らぬ人」

 

 

「ぐわあぁぁぁぁぁ!!」

 

「先生ぇぇ!!」

 

〖フハハハハハ!!〗

 

火達磨になった先生がポッケから、魔晶石を取り出して砕く。

何かを叫んだ瞬間、火が掻き消える。

それはルミアの異能を乗せて、俺達が【トライ・レジスト】を込めた物だ。

しかし数に限りがある。

 

「先生、大丈夫!?」

 

「ああ…だがやべぇ…後2つだ」

 

あまりの炎の勢いに、俺の結界も追いつかないし、火力も半端ない。

どうするかと考えていると、突然爆炎が上がる。

 

〖ほう…あれはリディアの【第七園】か。これで貴様らも終わりだ…〗

 

言い切る前に、俺は攻撃を仕掛ける。

糸を放ったものの、その糸は叩き落とされた。

 

〖…まだ抗うか、虫けら共〗

 

「ああ、抗うね。だってまだ勝ち目がない訳じゃないからな」

 

「そうだな。行くぞ!アルタイル!!」

 

俺達は再び、地獄の業火に挑みかかった。

 

 

 

(…負けた。だって…こんなのどうしろって言うのよ)

 

私を飲み込まんとする()()()()()()()()()

その名も【無間大煉獄真紅・七園】。

全盛期の私にすら、到達出来なかった必中必殺の術式。

痛い、熱い、苦しい…。

自分は、不出来な紛い物だったな…。

そう思いながら、諦めたその時

 

『前に私は言ったよね?本当に大事なのは、どう生きるか、自分が正しいと思える道を進む事だって』

 

不意に懐かしい、馴れ馴れしい声が聞こえた。

 

『思い出して。今の貴女を、貴女たらしめるものを』

 

そう言われ思い出したのは。

アルザーノ帝国の風景であり。

自分を慕ってくれる生徒達であり。

システィーナ、ルミア、リィエルであり。

左遷された今の自分ですら仲間と認め、力を貸してくれる特務分室の仲間であり。

居候先の厳ついお爺さんと、優しいお婆さんであり。

甘えん坊の可愛い妹分と、頼りがいはあるものの、直ぐに無茶をする可愛い弟分であり。

いつでもいけ好かない、気に食わないロクでなしの顔だった。

 

(…そうだ。私には、守りたい物がある。たとえ私自身は紛い物でも…この思いは、本物だ)

 

でもどうしたら…?

どうしたら彼らに報いれるの?

 

『答えは見つかったね…。さあ、立ってイヴ。今の貴女なら出来るわ。大丈夫、たとえ家が無くなっても、その名が示す真の意味は、イヴ。貴女に受け継がれたわ。だからお願い。真のイグナイトを未来へ繋いでね。私の可愛い…』

 

結局、誰の声かは分からなかった。

でも、思いは託され、決意は残った。

だから私は声の限り…魂の限り叫びながら、左腕を掲げた。

 

「姉さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!」

 

直後、私を包まんとした炎が、二手に別れる。

この瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして私は

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

【無間大煉獄真紅・七園】で、リディアを焼き尽くしたのだった。

 

 

「アル…タイル…!」

 

「『七色煌めく光の華よ・その輝きを以て・ 我らに華の加護を与え・その道行を照らし護り給え』!」

 

【アイギス・ブローディア】で、グレン先生を守る。

魔晶石が尽き、酷い火傷だらけの先生を守るには、これしかなく。

 

「ゲホ…!」

 

しかし、マナ欠乏症になりだした俺には、これを長時間持たせるマナが残っていない。

直ぐに侵食されだした結界。

 

〖フハハハハ!無駄に足掻きおってバカ共が!これで貴様らも終わりよ!〗

 

クソ…ここまでか…!

そう思った瞬間、突然の炎が二手に別れた。

 

「…は?」

 

〖何!?…貴様は!?〗

 

「へっ。そろそろだと思ったぜ…!」

 

「あら。待たせたかしら?」

 

その声に後ろを振り向くと、左半分に酷い火傷を負い、左腕を掲げたイヴ先生がいた。

ホッとして、力が抜けてしまった。

 

「へっ。待ちくたびれたぜ」

 

「相変わらずデリカシーがないわね。普通男なら否定する所でしょう?」

 

「お前相手に男らしさ見せてもなぁ?」

 

「バカ」

 

「…ごめん、イヴ姉さん。流石に…強がってる…余裕は…」

 

「ああ、貴方はいいわアルタイル。よくここまで粘ったわね。後は私達に任せなさい。さてと…行けるわね、グレン」

 

「ああ、任せろ」

 

そう言って先生は、切り札を用意する。

しかし当然、ヴィーア=ドゥルがその隙を逃すはずは無い。

 

〖ふん、隙だらけだぞ〗

 

そう言って炎を操るが、その炎は動きを止め、グレン先生に道を譲る。

それどころか

 

〖な、何…!?グッ!?これは…!?体が動かぬ…!?〗

 

ヴィーア=ドゥルの動きが止まる。

何が…?

 

「ここは私の【第七園】の領域よ。あらゆる炎は私の支配下。そういえば父上。今の貴方…まるで()()()()()()

 

そうか…、炎を操る【第七園】の支配者たるイヴ先生は、()()()()であるヴィーア=ドゥルすら、操れるのか…!

 

〖め、命令だ!私を助けろ!イヴ!!〗

 

また【楔】とやらを使って、命令しようとするが

 

「残念だけど…私、そういうの、もういいの」

 

最早その呪術に意味は無く、そして

 

「『0の専心(セット)』」

 

無情の撃鉄の音と共に、不穏な魔力が満ちる。

 

〖ま、待て…!待…〗

 

「【愚者の一刺し(ペネトレイター)】」

 

グレン先生が引き金を引く。

【変化の停滞・停止】がもたらす必滅の銃弾。

あらゆる魔人の猛毒が、ついに火を噴いた。

 

 

その後、無事クーデター軍を鎮圧した俺達は、そのまま各国首相達など、捕虜を解放。

限られた時間の中、出来る限りの事をした。

しかし…こういう時こそ、悪い事は追い打ちをかけてくる。

いや…悪い事なんて言葉では、収まらない。

悪夢は現実を侵食する。

 

「…もう一度、報告して下さい」

 

ここは、聖堂内の臨時司令室。

青ざめた顔で口を開いた陛下の前には、赤と金という派手な髪色をした魔導兵。

宮廷魔導師団第一室【クロウ=オーガム】。

特務分室同様、実働隊としての、もう1つのエース部隊。

そこの室長を務めている男らしい。

その男がもたらした報告は

 

「申し上げます…!()()()()()()()()()()()()()()!()!()!()

 

「「…は?」」

 

俺達を唖然とさせるには十分すぎて

 

「…敵は、どこの誰ですか…?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()=()()()()()()()()()()()()!()!()!()

 

この報告が、俺達をさらに混乱の渦へと巻き込んでいく事になったのだった。




ついに、18巻まで来ましたね…!
それでは失礼します。 ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小話12

という訳で、初の追想日誌からです。
それではよろしくお願いします。


「何もかんも信じらんねぇ…。何がどうなって…」

 

ここは神鳳が牽引する、浮遊車輌の中。

グレン先生がボヤいてるが、そっちはイヴ先生に任せる。

俺はと言うと

 

「お父様…お母様…」

 

「システィ…大丈夫だよ。ね?」

 

「うん。レナードとフィリアナは強い」

 

システィの両親は魔導省の官僚だ。

今も帝都に仕事に行っていたらしい。

いくら精神的に成長しても、親の安否を心配せずには、いられないのだろう。

そしてそれは、ルミアも同じなはず。

 

「ルミア。お前も大丈夫か?確かお姉さんが…」

 

そう、ルミアは最初から第2王女。

つまり第1王女…姉がいる。

 

「…うん。不安じゃないと言ったら嘘になるかな。姉さんは今、帝国大学の学生だから…」

 

「ルミア…ごめんなさい…。私…」

 

システィは今それに気づいてハッとした顔をして謝る。

 

「バカ、謝るな。今のお前に、人様の気持ちを考える余裕はないだろ。気が回らないのは仕方ない事だ。それぞれが、それぞれの大切な人の安全を祈っておくべきだ」

 

そう言いつつ俺は、フィーベル夫妻を思い浮かべる。

あのパワフル夫婦が、そう簡単にくたばるとは思えない。

初めての邂逅は確か…授業参観の時か。

 

 

 

 

「てな訳で、明日の午後は以前からの通達通り、授業参観だ」

 

魔術競技祭が終わって間もない頃、やる気なさげな先生の声と、嫌そうな男子の声を聞きながら、俺は物思いにふける。

 

「授業参観ねぇ…縁がない話だな」

 

うちはそもそも親がいない。

親代わりの爺さん達は、お店の営業日である為、こっちには出れない。

つまり、誰も来ないので、全く縁がない話なのだ。

 

「もう!いい加減にしてください!」

 

そう言って説教を始めるシスティーナを眺めてから、ルミアと目配せ。

止めるタイミングを測る俺達なのだった。

 

 

「…そういえば、明日は授業参観なのだな」

 

帰って早々、いきなり爺さんがそう言ってくる。

 

「…何でそれを?」

 

「セリカの小娘からだ」

 

「アルフォネア教授…!」

 

勝手な事を言ったらしい。

あのはた迷惑な人は…!

 

「…すまんな。ワシ達は店があるのでな…」

 

「ハイハイ。分かってるよ。寧ろ来て欲しく…」

 

「代わりにベガが行く」

 

「な…い?…はぁぁぁぁ!?」

 

今…ベガが行くって…!?

 

「何で!?どうやって!?」

 

「ベガも将来は、あの学院に通うのだ。雰囲気でも、知っておいて損は無いだろう。ベガはセリカが迎えに来る」

 

「…先生は?」

 

「許可は取ってあるらしいぞ」

 

絶対事後報告だろ…。

勘弁してくれよ…。

誰が好き好んで、妹に授業参観されなきゃいけねぇんだ!?

 

「はぁ…マジかよ…」

 

明日の事を考えると…腹が痛い…。

次の日の昼放課中、俺は先生にお礼と謝罪をする為、話しかけようとしたのだが

 

「先生…ちょっと…!」

 

システィーナが強引に連れ出してしまったのだ。

 

「…ルミア。ついてっていい?ていうか、何かあった?」

 

「ええと…実は…」

 

ルミアの話を掻い摘むと、名門であるフィーベル家は、この学院にも口を挟めるほど大きい家らしい。

そこの当主たるシスティーナの父【レナード=フィーベル】氏は、とにかく親バカ…否、バカ親。

普段通りのグレン先生の姿じゃあ、クビにされかねないのだとか。

 

「…はぁ。何て言うか…スゲェな」

 

「アハハ…あ、アイル君は?」

 

俺はグレン先生への要件を、掻い摘んで説明する。

 

「へぇ!ベガちゃん来るんだ!」

 

「え?ベガが来るの?」

 

どうやら話は終わったらしいシスティーナが、絡んでくる。

 

「まあな…グレン先生。なんか無理言ったみたいですみません。アルフォネア教授にも、お礼を」

 

「いや、アイツが勝手にやった事だしな。気にすんな。んな事よりもお前ら、時間来るぞ。早く戻れよ」

 

そう言って、職員室に向かっていくグレン先生。

その背中を見送りながら、不安を滲ませる俺達だった。

しかし、そんな不安は直ぐに吹き飛ぶ。

 

「ククク…!」

 

「それは…反則…!」

 

「フフ…!」

 

髪はしっかりと整えられ、目元には銀縁の片眼鏡。

ローブをしっかりと着こなし、言葉使いや立ち振る舞いも洗練されている。

まるで、若き賢者を思わせるグレン先生の姿に、皆笑いをかみ殺すのに、精一杯。

その時、パシャリっと、隅から奇妙な音。

確認すると…

 

「ゲ!?」

 

(アルフォネア教授!?…それにベガ!?)

 

「兄様!」

 

「ベガ…しぃ、な?」

 

「はっ!?すみません…」

 

そこにはでかい射影機を構える、アルフォネア教授とベガが一緒にいた。

俺を見つけて声を出すベガに、優しく注意するアルフォネア教授。

そしてその様子をホッコリと見守る、周りの保護者達。

いや、たしかにベガに優しく注意してる様は、微笑ましいが…不安しかない…!

 

「それにしても…アハハハハハ!」

 

「せ、セリカ様!?しぃ、です!」

 

「おっと…失礼」

 

周りを気にせず大爆笑するアルフォネア教授に、ベガが注意する。

はぁ…大丈夫か?あの凸凹コンビ。

 

「む、どこの保護者か知らないが…はしたない。こんな保護者に監督される者なぞ、ロクでもない奴であるまい…」

 

正解です。

そのロクでもない奴は目の前にいる、好青年です。

そう思いながら、俺は頭を抱える。

 

「頭が痛い…」

 

それから始まった座学は、まあ予感的中というか。

いつも通りの分かりやすい授業なのだが…

 

「聞きました皆さん?何て見事な解説なのでしょう」

 

アルフォネア教授が事ある毎に、白々しくのたまうのだ。

しかもタチが悪いのが、普段あまりこういう話を聞かないベガが、真面目に聞いてしまうのだから、始末に負えない。

 

「先生!質問があるのですが!」

 

しかも粗探しのつもりか、レナード氏まで、保護者のくせに質問するという、珍事件まで起こるわで、収拾がつかない。

主に先生とシスティーナの許容量が、限界に近い。

そして最終的には…

 

「負けてたまるかァァァァァァ!!」

 

何処からか魔術で取り出した、でかい射影機を構えるレナード氏。

いや、張り合うのそこ!?

 

「それだけはやめてお父様ァァァァァ!!!」

 

ついにシスティーナの許容量が崩壊。

慌てて止めに入ったのだが…。

 

コキャッ!!

 

「気にせず続けて下さい♪」

 

「あ、ハイ」

 

システィーナの母親である、【フィリアナ=フィーベル】氏が、レナード氏の首を見事な関節技で締めたのだ。

とてつもない威圧感を感じる中、やっとこさ座学が終了したのだった。

 

 

「そのような時、来ないで欲しいですが、魔術師である以上、戦いは避けられないでしょう。そんな日が来る事は、残念ですが否めません」

 

後半は、実技の講座だ。

その言葉に、皆それぞれで思うところがあるのか、真剣に先生の話を聞いている。

 

「魔術と戦いは、歴史的に切っても切れない関係にあります。君達はそれをよく自覚し、いざという時、自分に何が出来るか、どこまでやれるかそれを知っておく必要があります。そこで本日は、このゴーレムを使って魔術戦訓練を行います」

 

先生が肩をポンと叩くゴーレムは3段階設定で、

・レベル1が一般的な成人男性

・レベル2が喧嘩慣れしたチンピラ

・レベル3が平均的な帝国君一般兵

となっており、今回はレベル2で行くとのこと。

 

「え〜!レベル2!?」

 

「そんなの、町のチンピラレベルらしいじゃないですか!」

 

「せめてレベル3にしてください!」

 

…はぁ、アホか。

いいとこ見せようとするのはいいけど、無謀すぎる。

 

「ダメです。確かに魔術師か否かの差は大きいものですが、ある程度の武を修めているかどうかも、歴然とした差を生みます。レベル3は、平均的な帝国軍一般兵…チンピラとは、訳が違います。ルールの無い純粋な戦いがどれほど恐ろしいものか…それを知ってもらう為にも、今日はレベル2です」

 

先生が、真剣にそれを否定する。

仮にも元魔導兵。

その恐ろしさは、1番身に染みている人の言葉だ。

その事を知らない連中も、無意識に理解したのか、黙り込んだ。

 

「コルラァァァァァ!システィーナとルミアに何かあったらどうするんだぁぁぁ!!」

 

しかし、あっちが全く黙らない。

 

「チッ…またモンペが…!」

 

「ごめんなさい…先生…」

 

「…ルミア?吊るしていい?」

 

「ダメだよ!?」

 

俺達がレナード氏の説得をしていた時

 

「先生!大変です!」

 

リンが走りよってくる。

 

「ロット君とカイ君が、勝手にゴーレムを弄っちゃって…!」

 

「何!?」

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」」

 

「「「「!?」」」」

 

慌てて振り返ると、ゴーレムが起動していた。

 

「バカ野郎!?なんで勝手に起動させた!?」

 

しかもあの動き…チンピラじゃない!?

レベル3か!?

 

「アイル君!あれ!」

 

少し目線をずらすと…そこにはベガがいた。

しかもゴーレムが、ベガに向かって走り出す。

 

「『クソが』!!」

 

【フィジカル・ブースト】で身体能力を底上げして、一気に駆け出す。

咄嗟にベガとの間に割り込んで、振り下ろされる拳を、左腕で止める。

ッ!?左腕…イッたか…!

それはそれを無視して、脇で腕を挟んでから

 

「フッ!」

 

左手を肘部分に添えて、掌ごと左膝で蹴りあげて、肘を壊す。

 

「オラ!」

 

襟首をつかみ、ボディに右膝蹴りを入れ、突き飛ばしてから

 

「シッ!」

 

右フック…トドメの

 

「ハァッ!」

 

右ハイキックをお見舞いする。

ここまでやられたら流石に、ダウン判定だったのか、ゴーレムが動きを止めて倒れる。

 

「ベガ!大丈夫か!?アルフォネア教授は!?」

 

「は、はい!急にお仕事が入ったらしくて…それより兄様は!?」

 

「俺は大丈夫。仕事は仕方ねぇか。…さてと」

 

俺はベガの頭を撫でてから、痛む腕を無視して、ロットとカイの襟首を持ち上げる。

 

「テメェら…人の妹を危険な目に合わせて…タダで済むと思うなよ」

 

「「ヒッ…!」」

 

割と本気で凄んで、睨みつける。

皆が慌てて止めるが、それも無視。

そしてそのまま、レナード氏も睨みつける。

 

「テメェもだぞ!このクソモンペ!テメェがいちいち口を挟まなかったら、先生がコイツらから目を離す事も無かったんだよ!あぁ!娘がどうのこうのってなぁ…だったら俺の妹はいいのか!?なんか言えコラァ!!」

 

カイ達を放り捨てて、レナード氏に歩み寄る。

 

「待ってアイル君!落ち着いて!」

 

「私達も謝るから!だから落ち着いて!アイル!」

 

「兄様!私は大丈夫ですから!ね!」

 

「お前達は黙ってろ!俺はこのクソモンペに用があるんだよ!!おら、なんか言えよ!!」

 

ルミア達の制止の声も振り切って、歩み寄ろうとした時

 

「そこまでだ」

 

先生が俺の左腕を掴む。

あまりの痛みに、一瞬で怒りも全部吹っ飛ぶ。

 

「痛ッ!」

 

「やっぱヒビ入ってんじゃねぇか…ルミア、手当したやれ。アルタイル、感情のコントロールは、魔術師の基本だ。たった1人の肉親が危険な目にあって怒るのも無理は無いが、アイツらだって怪我してんだ。それに妹さんは無傷だったんだろ?だから落ち着け…な?」

 

「…すんません。ルミア、頼んでいい?」

 

「うん、じっとしててね」

 

俺はルミアから手当を受けながら、先生の様子を見ている。

魔術師らしからぬ振る舞いに、魔術軽視発言、そして極めつけのローブ破り。

俺は静かにレナード氏の様子を伺うと、怒ってますって顔だった。

 

「それが貴様の本性か」

 

「…あ」

 

やっとグレン先生も気付いたらしい。

急に嫌な汗を流しまくる先生に対して

 

「貴様が粗雑な対応をするから…うちのシスティとルミアの活躍が見れなかったじゃないか!!」

 

え!?そこ!?

思わずズッコケかける俺。

 

「他にも言いたい事が色々あるが…まずは、すまなかった」

 

そう言って頭を下げるレナード氏。

 

「うちのシスティは、その才能故に、天狗になりやすいところがある。ルミアは、優しすぎる故に、それが才の成長の妨げになってしまっている。どうか導いてあげてほしい」

 

そう言ってから今度は俺とベガに対して、さっき以上に深く頭を下げた。

 

「君達にも、大変迷惑をかけた。特にそちらの少女…ベガちゃんと言ったね。本当に危険な目に合わせてすまなかった。アルタイル君、君の家族に危険な思いをさせて、本当にすまなかった」

 

「…いえ、俺…自分の方こそ、大変失礼な発言、申し訳ありませんでした」

 

「私も、兄の件を謝罪致します」

 

俺達も頭を下げてから、レナード氏は顔を上げる。

 

「もし何か困った事があったら、言ってきなさい。フィーベル家の力で何とかしよう」

 

そう言って、フィリアナ氏の元へと戻っていくレナード氏。

それを確認して、先生が皆の方を見る。

 

「『過ぎた力は身を滅ぼす』。どういう意味かは、これでよく分かったな。だからお前達は学ぶんだ。自分が何者か、どういう存在なのか、何が出来るのか。それを見誤った結果がロットとカイだ。今回はこれで済んだが…もしこれが戦争なら、自分だけじゃない、仲間も危険に晒す。そもそも、2人は死んでたかもしれん。そこを十分知ってくれ。そして…精一杯学んでくれ」

 

そう締めくくって、先生が授業を再開した。

それからは、特に何事もなく、平和な授業参観だったのだ。

 

 

 

「…フ」

 

「何笑ってるのよ」

 

「いや、授業参観の時のグレン先生の姿をね」

 

そういうと、皆が思い出したのかあっちこっちで笑いが起こる。

 

「うるせぇ!ていうかあそこまで笑う必要あったのかよ!」

 

俺はそっと、イヴ先生にその時の写真を見せる。

 

「イヴ先生…こちらを」

 

「写真?…ブハ!なにこれ!?アハハハハ!!」

 

思わず吹き出す、イヴ先生。

 

「『ようこそ、保護者の皆さん。僕がこのクラスの担当講師グレン=レーダスです』」

 

「「「「「「「アハハハハハハハ!!!」」」」」」」

 

俺の完成度の高いモノマネに、皆、抱腹絶倒。

 

「テメェら笑いすぎだ!アルタイル!無駄に上手いモノマネはやめろ!!ていうか、何で写真持ってる!?」

 

「アルフォネア教授」

 

「セリカァァァァァァァァ!!!」

 

「「「「「「「アハハハハハハハ!!!」」」」」」」

 

俺達の車輌は、こんな時でも騒がしいのだった。




これを書かないと、フィーベル夫妻との出会いが無くなってしまうので、書きました。
レナードさん、まさに残念紳士でしたね。
そして、強いなこの2人…!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒編第1話

タイトル?適当です。
今回はこれと言ったワードが無くて、これにしました。
それではよろしくお願いします。


降り立ったフィジテの街は、混沌としていた。

帝都陥落の情報がここまで伝わっており、市民は騒然としていた。

警邏隊が常に巡回しており、暴動が起こらないよに、常に気を張っている。

北の城壁門には、命からがら帝都から逃げ出した人々で、溢れかえっている。

俺達は一度解散して、各自の帰路に着く。

イヴ先生だけは、先に着いている陛下の元に馳せ参じており、着替えだけ持ってくるように言われた。

聖夜祭(ノエル)が近いこのフィジテは、毎年この時期になると賑わっているのだが、今年はそんな空気では無い。

ルミア達をフィーベル邸に送り届けてから、先生とも別れ、無事我が家に着く。

どうやら、臨時休業にしたらしい。

 

「…ただいま」

 

「…!兄様!!!」

 

ベガが、車椅子を上手く動かし、俺の傍に来る。

…ああ、ホッとする。

ついに涙腺が緩み、涙が溢れる。

 

「…ただいま、ベガ」

 

俺は強くベガを抱きしめた。

色々あった。

チームの精神的支柱として皆を引っ張り、陛下に頼まれ皆を守り、イヴ先生を守る為に、体を張って。

色々ありすぎて、もう限界だったんだ。

 

「おかえりなさい、アルタイル」

 

「よく戻ってきたな…アルタイル」

 

「婆さん、爺さん…ただいま」

 

俺は2人も抱きしめる。

2人の暖かさが、俺をホッとさせる。

でも…ゆっくりしてる暇は無い。

 

「イヴはどうした?」

 

爺さんも気付いたのか、聞いてくる。

 

「陛下の元にそのまま行ってる。俺は着替えを取りに来たんだ。ついでに俺のも。どうせ明日にも、学院生に招集がかかる」

 

「…婆さん」

 

「はいこれ、イヴちゃんのよ。こっちは貴方の」

 

「…用意がいいな」

 

既に用意してあった事に驚きつつも、納得もする。

爺さんは、元特務分室だ。

これくらいは想定出来るか。

 

「ありがとう、行ってくる」

 

「アルタイル、伝言を頼む。『よく戻ってきた。イヴよ、体に気をつけろ』と」

 

「…分かった!行ってくる!」

 

そうして俺は、走り出す。

閑散としたこの街を、守る為に。

 

 

 

〖ここが分水嶺よ、グレン。貴方がどうしたいか…。そこが世界を動かすわ〗

 

「俺が…どうしたいか…」

 

 

 

「あれ?この人…何処かで…?」

 

「嘘…嘘よ!ありえない…有り得ないわ!!」

 

俺の知らない裏側で、再び世界が動き出していた。

 

 

翌日、校内の大会議室で、帝国最終防衛会議が行われていた。

アリシア七世女王陛下を始め、エドワルド卿、ルチアーノ卿などの生き残った政府高官。

特務分室や、第一室など生き残った上級将校。

フィジテ警邏隊のロナウド警邏総監などの警邏隊高官。

学院からリック学院長やハーレイ先生などの高位魔術師。

学生代表としてリゼ先輩やシスティ、俺など。

中々な錚々たる面々だが、この顔色は一様に悪い。

 

「まずは北の…帝都の様子はどうですか?」

 

「ハッキリ申しまして、酷い状況です」

 

そう答えたのは、クリストフだ。

 

「死者の群れ【最後の鍵兵団(ウルティムス・クラーウィス)】は東の国境線を超え、イグナイト領を通りやってきた死者の数は、およそ5万。その波が帝都を飲み込み、およそ半数の50万人が一夜にして犠牲になりました。そして犠牲者がまた新たな死者となり、今や帝都は死者の坩堝なっています。それを率いているのは、エレノア=シャーロットであるという報告があります。そして辛うじて逃げ出した方々は、このフィジテを始め、地方に散り散りに逃げています」

 

あまりの惨憺たる状況に、悲嘆の声が上がる。

俺は、青ざめるシスティとルミアの肩を優しく叩き、落ち着かせる。

 

「大丈夫…そう信じるしかない」

 

「う、うん…」

 

「そうよね…」

 

そのまま俺達は、クリストフの報告を聞く。

 

「このままのペースで南下されれば…およそ5日。それまでの間に、フィジテは死者の波に飲まれます」

 

「5日…か…」

 

何をするにも、時間が圧倒的に足りない…。

どうする…!

 

「それともう1つ、悪い報告が。ミラーノにある【根】ですが、出現速度が想定より速く、周辺諸国にも出始めてるという報告があります」

 

「つまりそれは…我々の予想より早く邪神が目覚めると?」

 

「おそらくは」

 

マジかよ…!

前門の虎後門の狼ってやつか…!

 

「ぶっちゃけ、うちの対抗戦力はどんなもん?」

 

ルチアーノ卿の質問に答えたのは、第一室室長、クロウ=オーガムだ。

 

「ほとんど全滅しちまいましたしね…。何とかかき集めても、1万5000ってところでしょうか」

 

「この戦い、数に意味は無い」

 

クロウさんに返したのは、アルベルトさんだ。

その右目には今も尚、包帯が巻かれている。

 

「あちらにはエリエーテ=ヘイブンがいる。あれの前では、数など無意味。それに今のアイツらには、【神殿の首領(マジスタ·テンプル)】パウエル=フューネがいる。666の悪魔を率いる、世界最古にして最強の悪魔召喚士。あれらを倒さん限り、止まらない」

 

「つまりワシらは、エレノア=シャーロット、エリエーテ=ヘイブン、パウエル=フューネ。この3人を倒さんといかん、っちゅう事じゃな」

 

アルベルトさんの話をバーナードさんが簡潔にまとめて、アルベルトさんはそれに頷く。

どんな無理ゲーだよ…。

皆がさらに悲嘆にくれる中、陛下は毅然と言い切る。

 

「それでもこの場を、切り抜けなければなりません。この先に待つ真の戦い…第二次魔導大戦を生き残る為に。…イヴ=ディストーレ臨時千騎長」

 

「は」

 

呼ばれたイヴ先生が、頭を垂れる。

 

「今の我々を纏めあげられるのは、貴女しかいません。よって先の功績を考慮し、女王特権の元、貴女を特例昇進させます。特務分室室長【魔術師】への再任を命じると共に、元帥の軍階を、正式に任じます」

 

その宣言に一気にざわめき出す。

元帥とは、軍における最高権力。

実質的に、イグナイト卿の後釜だ。

 

「恐れながら陛下!私は反対です!その女は、先の事件において、いかに身勝手な采配をしたか!その女が上に立てば、被害が増す一方です!」

 

…何したんだよ、あの時。

流石に不安なので庇おうとすると、グレン先生に肩を掴まれ止められる。

 

「大丈夫だ。今のアイツなら、心配いらねぇよ」

 

「その節は、大変失礼致しました」

 

その言葉を証明するかのように、イヴ先生が警邏隊の人達に向き合って、深く頭を下げた。

 

「私の浅慮さ、未熟さ故に、皆さんに多大なるご迷惑をおかけした事、この場を借りて、深く謝罪致します」

 

そう言って顔を上げ、真っ直ぐに警邏隊の人を見つめる。

 

「ですが、先の件のような無様は晒しません。このイヴ=ディストーレの名にかけて、絶対に致しません。どうか…お力を貸してください。お願いします」

 

その真摯さと誠実さが伝わったのか、怒っていた警邏隊の人達は、静かに腰を下ろしたのだった。

 

「…皆さん、この戦いは総力戦になります。皆さんが力を合わせなくては、勝てません。どうかお力を貸して下さい」

 

その陛下の一言に、それぞれがそれぞれに出来る事を言い出す。

俺も出来る事をしないと…!

俺はクリストフに近付いて、ある提案をする。

 

「クリストフ。俺の糸を補給線にして、霊脈(レイライン)から直接マナを流せないか?繋ぐまでは出来るけどそこからは…ちょっと俺には難しくて」

 

「うん。それはいい案だね!分かった。やってみるよ」

 

「おい、お前達。その案自体は悪くないが、調整はどうする気だ?ただ流すだけだと、パンクするぞ」

 

ハーレイ先生に言われて、初めてそこに気づいた。

しまった…考えてなかった…。

 

「…はぁ。仕方あるまい。私か調整術式を組んでやる。設営は任せたぞ」

 

「「ッ!ありがとうございます!」」

 

この人…もしかしてツンデレ?

 

「おいおい、仲良さげじゃないか!」

 

突然、後ろから肩を組まれる。

振り返るとそこにいたのは

 

「えっと…確か…第一室の…」

 

「【ベア=フリーデン】だよ。僕の同期だ」

 

「おう!ベアでいいぞ!よろしくな、アルタイル」

 

「ああ、よろしくベア」

 

そう言って俺達は握手する。

ふと視線を先生に向ける。

 

「…先生…?」

 

その顔色は、酷いものだった。

 

 

 

「何してるんだ俺は…!?」

 

俺は頭を掻きむしりながら、校内を歩き回る。

陛下の胸中を知った。

アルベルトの覚悟を知った。

ハーレイ先輩達の努力を知った。

ここにいる皆が、己の成すべき事を成す為に、戦っている。

なのに自分は…!

 

「…ここは…」

 

気付けば俺は、中庭に来ていた。

そこでは志願して学徒兵が、リィエルとエルザの指導の元、訓練を行っていた。

ここにはいないだけで、衛生兵部隊に志願した連中もいる。

そして…

 

「よし…次。行くよ、クリストフ」

 

「うん、調整は任せて」

 

アルタイルとクリストフが、霊脈(レイライン)から、直接マナを流して、それをこっちの流用するという、とんでもなく繊細で大変な作業を行っている。

【アリアドネ】を補給線として、そこからマナを頂戴する。

俺達にとって、霊脈(レイライン)の利用という1番有効な一手をこれで簡潔にしてしまおうという、何とも大胆な作戦だ。

しかしそのおかげか、その霊脈(レイライン)を利用した魔術儀式や、物資の運搬など、色んな作業が、すごく効率的かつ、何回でも出来るようになった。

時間が足りない今、アルタイル達の功績は、かなりデカい。

 

「…よし、終了」

 

「お疲れ様。まさか、1日かからなかったなんて」

 

「まあ、時短でやったしね。調整術式もすごいし、【アリアドネ】自体は切れないから、多少雑にやっても問題ない」

 

俺は仕事を終えた2人に、声をかけた。

 

「おう、お疲れさん」

 

「グレン先輩」

 

「グレン先生」

 

2人は疲れて座り込みながら、こっちを見あげる。

 

「しかし、大胆な事したな。霊脈(レイライン)を利用するにしても、やり方ってものがあんだろ」

 

「時間が無いんです。何かためになる事があるなら、やっておかないと。クリストフ、ごめんな。ただでさえ忙しいのに…」

 

「気にしないで。僕はイヴさんに報告してくるから。休んでて」

 

アルタイルは、黙って手をヒラヒラとクリストフに振る。

 

「さてと…先生?大丈夫?」

 

「…は?」

 

突然どうしてそんな事を…?

 

「先生、嘘下手だから。何かあったって顔に書いてあります」

 

マジかよ…。

今にして思えば、コイツは不思議な奴だ。

最初はただ巻き込まれただけの、一般人。

なのに気付けば、中心に立って大暴れ。

それでいて、決して自分を崩さない。

何度打ちのめされても、立ち上がる。

それが俺には…不思議と眩しかった。

 

「…アルタイル。どうして戦う?お前の正義はどこにある?」

 

ずっと聞きたかった。

正義の魔法使いを目指して、破れた俺。

そんなもの目指してないのに、片っ端から掬い上げるアルタイル。

何か違うのか…?

 

「…正義なんて大層なもの、俺にはありませんよ。大好きな人達を守りたい。最初はそんなもんでした。でもそれだけじゃダメな事を知りました。あの時…初めて人を殺した時、それを痛感しました」

 

「アルタイル…」

 

「俺は正義の魔法使いになんて、なりたくない。そんな綺麗な飾りものに、興味なんてありません。俺は…()()()()()()()()んです。どんな現実を前にしても、諦めずに、最後まで自分の理想の為に戦う。そんな俺の憧れる魔術師に…。()()()()()みたいな、魔術師に」

 

「は?…俺みたいな…?」

 

コイツは何を言ってるんだ?

こんなしょうもない俺に、憧れてる?

 

「だって…先生はいつも前を見て、必死だった。どれだけ絶望的な状況でも、俺達を助けようと戦った。前に言ってましたよね?『その背中に、真の魔術師とは何たるやと、その目で問いかけてんだよ!!!』って。先生は魔術師です。俺の俺達の見てきた限り、1()()()()()()()()()です」

 

その目に嘘は無く、俺を真剣に射抜く。

俺は…そんな立派な魔術師なんかじゃない。

 

「俺なんかとか、そんな事言わないでください。俺達は、貴方だから、ここまで来たんです」

 

「ッ!?」

 

「だから…俺達も先生の力になりたいんです。だから…何があったか、教えて下さい」

 

 

 

 

先生が何か抱えているのは、知っている。

それは…ルミア達も、クラスの皆も気付いてる。

だから代表して、俺が切り込んだ。

小っ恥ずかしい思いをしながら、それでも踏み込んだ。

それでも…

 

「…ッ!大丈夫だ。俺は大丈夫だから」

 

そう言って背を向けるグレン先生。

 

「おい待て…よ…!」

 

追いかけようにも疲労が酷く、まだ動けない。

そのまま行ってしまう先生の背中を、見つめるしか出来なかった。

 

「…アイル、手伝って欲しいんだけど」

 

顔を上げるとシスティが、先生の背中を見ながら、話しかけてきた。

 

「…OK。このままは癪だ。やってやる」

 

人が折角小っ恥ずかしい事まで言ったのに、このスルーは気に食わない。

だったら徹底的にやってやる。

俺達は…魔術師だ。




先に報告しておきます。
19巻の過去編はわざとすっ飛ばします。
あくまでアルタイルが主人公なので、関わらないところは触れません。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒編第2話

最近、3回目のワクチンを打ちました。
2回目の時もそうでしたが、吐きました。
吐くものなくても吐きました。
…本当にツラタンでした。
それではよろしくお願いします。


「はぁ!?聖夜祭(ノエル)〜!?」

 

あら、やっぱりその反応。

まあ、想定通りだな。

 

「はい、私達で盛大に祝いませんか?」

 

「各方面には、既に話は通してあります」

 

俺達はある目的のために、この聖夜祭(ノエル)を利用する事にしたのだ。

 

「お前らなぁ…」

 

まあ、本当は別の事を祝って欲しいですが…

 

「ん?どうした白猫」

 

「な、なんでもありません!」

 

ん?…ああ、そうか。

 

…誕生日なら、来年やればいい

 

そうだよ。来年ならきっと

 

「ふ、2人共!?何言ってるのよ!?」

 

だってそんな顔されたらねぇ…?

俺はルミアと目を合わせ、クスクスと笑う。

 

「お前らなぁ。ちっとは状況考えろよ?」

 

そう言って先生がめくった裾の下には、一丁の火打ち式拳銃だ。

グリップ部分には『汝、正位置の愚者たらんことを』と、掘られている。

 

「それは確か…【アリシア三世の手記】から持ってきたやつ」

 

「そう、魔銃【クイーンキラー】。解析したから使えるぜ。それにこれ」

 

そう言ってポケットから取り出したのは、虚量石(ホローツ)

【イクスティンクション・レイ】発動用の触媒だ。

 

「へぇ…随分と作ったんですね。徹夜したんじゃないですか?」

 

「そうそう、本当に疲れたぜ…セリカが」

 

慌てて取ってつけたような、アルフォネア教授の名前。

 

「それに今晩、イヴに相談があるんだ。上手くやりゃ、エレノア辺りは暗殺出来るかもしれねぇしな」

 

「暗殺…」

 

その言葉にシスティが、項垂れる。

この人が俺達の前でそんな事言うなんてな…。

相当追い詰められてる証拠だ。

 

「…今だからだよ、先生。今だからこそ、やるの」

 

俺は先生の目をしっかりと見て言い切る。

俺の言葉に、ルミアが続く。

 

「その通りです、先生。だって…来年出来るか、分からないから」

 

そう言われたら、グレン先生も何も言えなくなる。

そんな先生の背中を、システィが軽く叩く。

 

「大丈夫ですよ!先生!私達は後ろ向きな気持ちで、やるつもりはありません。むしろ逆です!」

 

「来年も絶対、皆で揃ってパーティをやろう。そういう気持ちでやるんですよ」

 

「ま、未来への決起集会みたいなもんですよ」

 

「ん、グレン。苺タルトもいっぱい出る。だからやろう?」

 

そんな俺達にやっと折れたのか

 

「分かった分かった。俺も出るよ。仕方ねぇな〜」

 

やっと先生も出るって言っくれた。

これでファーストステップはクリア。

まあ、一度出させてしまえば

 

「うぉぉぉぉお!!食い溜めじゃあぁぁぁぁぁ!!」

 

「計画通り」

 

「アイル君…すごく悪い顔してるよ…?」

 

と、こんな感じで1番はしゃぐに決まってる。

主に飯方面で。

 

「それにしても…意外に集まったわね…」

 

「それだけ皆先生の事が、大事なんだよ」

 

ルミアとシスティの話を聞いて、俺も周りを見渡す。

ここには俺達2組生だけじゃなく、フランシーヌやコレットやジニー、ハインケルやレヴィン、ジャイルやリゼ先輩もいる。

最初この計画を話した時、一定数の反対意見もあった。

しかし、俺達の本来の目的を説明したら、皆二つ返事でOKを出したのだ。

 

「まだ来るぜ…。ほら来た」

 

俺が目線を向けた先には、イヴ先生を筆頭にバーナードさん、クリストフの姿がある。

 

「イヴさん!?どうして!?」

 

「何よ。もし仕事が片付いて、万が一余裕があったら出るって言ったでしょ」

 

そう言って不機嫌そうにそっぽ向く。

本当になんて天ノ弱なんだ…。

 

「何言ってるの?いつも以上に、コキ使ってきたくせに」

 

「クカカカ、そうじゃぞ?そんな事言ってイヴちゃん、今日は鬼気迫る勢いで仕事を…ゴフォ!?ひ、肘ぃ!」

 

イヴ先生の肘がバーナードさんの鳩尾にいい感じに刺さる。

 

「フフ、システィーナさん。今日はお招きありがとうございます。こういうのは士官学校以来です。ワクワクしますね」

 

「クリストフ、あっちに美味いもんいっぱいあるぜ。行こう!…イヴ先生に捕まる前に」

 

「あ、アルタイル!?」

 

「待ちなさい、アルタイル」

 

よし、こういう時は…

 

「三十六計逃げるに如かず!」

 

「だから僕まで巻き込まないでって!…それと、アルベルトさんから。『グレンを頼む』だって」

 

「…ま〜かせて!」

 

そんなこんなで、こんな時でも騒がしい俺達なのだった。

 

「…あ、雪」

 

誰がそう呟き、外を見ると雪が降っている。

 

「ほう…ホワイト・ノエルか。こりゃ縁起がいい」

 

その時、鐘の音が鳴る。

終了予定時刻になったのだ。

 

「…もう終わりか。何だか名残惜しいな…」

 

フッ…ここからだっつーの。

 

「何言ってるんすか!先生!」

 

そう言って俺は、アルベルトさん顔負けの変装の速さで、着替える。

俺が着替えたのは、少しパンクなサンタ服。

 

「お楽しみかここからだぜ!な、システィ!」

 

「そうですよ!」

 

先生が振り返ると、同じくサンタ服に着替えたシスティ。

 

「お前達いつの間に!?」

 

「気にしない、気にしない!」

 

そう言って俺達は一気に壇上まで走り乗る。

 

「皆さん!聖夜祭(ノエル)といえば、サンタニコラウスから、プレゼントを貰う日。そうですよね!」

 

「だが、俺達は魔術師。『汝望まば、他者の望みを炉にくべよ』。…要するに、欲しいものは、自分の力で掴み取れって事だ。そこで…」

 

俺が指をパチンと鳴らすと、同じくサンタ服に着替えたルミアと、トナカイの服に着替えたリィエルが、抽選機を持ってくる。

 

「「これより!ビンゴ大会を開催しまぁぁぁぁぁぁぁす!!!」」

 

「「「「ワアァァァァァァァァ!!!」」」」

 

「…なぁにこれ?」

 

唯一状況に着いて来れないグレン先生が、呆然としている。

まあ、そうだろうね。

あの人だけ知らないもん。

 

「ルールは簡単。ただのビンゴ大会よ!以上!」

 

「いや適当か!?最初の『自分の力で掴み取れ』はどうした!?」

 

「適当だ!」

 

「言い切った!?」

 

俺と先生の寸劇に周りは笑っている。

 

「でも、これは特別!なぜなら、この優勝プレゼントには、魔法がかかってるから!」

 

そう言ってシスティが掲げるのは、今回の景品の小箱だ。

 

「この袋には、()()()()1()()()()()()()()()()()()()

 

(はあ?魔法?何言ってんだアイツら)

 

グレン先生がそんな事を考えてるだろうなって顔している。

それを確認してから

 

「それじゃあ、始めるぞぉぉぉ!!」

 

俺が思いっきり宣言して、早速大会を始めた。

とはいえ、これは普通のビンゴ大会。

だから、特に変な仕掛けはなく

 

「お、ビンゴだ」

 

「おめでとうございます!」

 

「優勝は、グレン先生です!」

 

そう言って、先生を壇上に呼び、袋を渡す。

 

「はい、どうぞ」

 

システィが小箱を渡す。

その中に入っていたのは…

 

「ッ!?これ…は…!?」

 

先生が震える手で取り出したのは、赤魔晶石のペンダント。

その昔、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして…何故か真っ二つに割れてしまっていたのを、リィエルに直させたのだ。

 

「言ったでしょう?『欲しいものは自分の力で掴み取れ』って」

 

「先生、私達のことは気にせずに、アルフォネア教授を救いに行ってあげてください。これが私達から先生に送る聖夜祭(ノエル)の贈り物です」

 

「なっ!?一体どういう…!?」

 

皆が先生を優しく見守る中、俺はあるものを取り出す。

それは…

 

「それは…セリカの置き手紙…!?」

 

「ごめん、先生。勝手に忍び込んで、パクってきた。事情も粗方ナムルスから聞いた」

 

「本当は、先生の事で、教授に相談しようとしに行ったんですが…」

 

実は俺達4人は、アルフォネア邸の鍵を知っているのだ。

 

「行ったら誰もいないし、その石は砕けてますし…」

 

「ちなみに、直したのはリィエル」

 

そう言ってリィエルを見ると、褒めてオーラがすごい。

つまるところ、これはこの為に仕組まれた事。

このビンゴもこうなるように仕組んだ。

全部…この為に用意した舞台だ。

 

「やれやれ…お前ら暇人かよ…」

 

「そう言うって事は…やっぱり私達の為に残る気だったんですね」

 

「当たり前だろ、おめおめと逃げれるか。セリカの事は…まあ、何だ。仕方のねぇ事なんだよ…」

 

そんな風に力無く笑う先生に対して

 

「そんな訳ねぇだろ!?そんな嘘つくなよ!」

 

「そうですわ!わたくし達は見ましたのよ!先生達が本当に、家族のように仲がいいのを!」

 

「教授は、先生にとって大切な人のはず…」

 

「先生の為にも…行ってください…!」

 

「俺達の事は気にすんな!」

 

次々と、先生の背中を押す言葉が、投げかけられる。

その言葉を受け、たじろぐ先生だったが…

 

「お前らは何言ってるんだ!甘いんだよ!これから起こるのは、ガチの戦争だぞ!お前らが決意を固めたのは立派だが、戦争は英雄ごっこじゃねぇんだぞ!俺がお前らの傍にいてやらねぇでどうするんだよ!?」

 

…やっと見えてきた、先生の本音が。

つまるところ、この人は…

 

「それに俺はもう逃げねえ!昔、正義の魔法使いに憧れ、夢に破れた俺を受け入れてくれた場所が…ここなんだ!()()()()()()()()()()()!()!()だから逃げねえ!!もうあんな思いはゴメンだ!!今度こそ…」

 

「そう言いながら、今まさに逃げてるんだろうが!!!」

 

俺は先生の襟首を掴み上げ、怒鳴りつける。

 

「偉そうな綺麗事ペラペラ並べやがって!何が『逃げない』だ!自分の心から逃げてるのは、アンタだろうが!!」

 

「ッ!?」

 

そう、この人は失う事に酷く臆病なのだ。

だから…少しでも多く残そうとする。

自分の宝物を手元に取っておきたい。

そう思ってる…それこそが、逃げなんだ。

 

「『欲しいものは、自分の力で掴み取れ』…グレン=レーダス!!アンタの心は!?アンタが望むのは!?アンタが1番欲しいのは!?」

 

「…俺は…」

 

「本当に欲しいなら、欲張れよ!!俺達も!!教授も!!()()()()()()()!()!()()()()()()()()()()!()!()()()()!()!()!()()()()()()()()!()!()!()

 

俺の言葉に、かなり揺れ動く先生。

俺の言いたい事は言った。

後は、チェンジだ。

 

「先生…()()()()()()()()()()

 

「先生はアルフォネア教授を助けに行くんですよね?それは…逃げるって事なんでしょうか?」

 

「ん。グレン、何か変」

 

システィとルミアとリィエルが、それぞれの思いを言う。

 

「だが…お前達だって…」

 

「確かに、システィの両親や私の姉さんは、すぐにどうこう出来る問題ではありません。ですが…教授は、今しかありませんよね?」

 

「ッ!?」

 

「先生、もう一度それを見てください。本当にそれでいいんですか?」

 

先生がペンダントを見つめる。

今度声をかけたのは、かつての同僚達。

 

「ま〜だ、引き摺ってるんかいな。かつてお主が逃げ出してしまった事…居場所を失ってしまった事を…」

 

「大丈夫です、先輩。先輩が大切な人を守る為に、この場を離れたとしても、ここは守ってみせます」

 

「じじい…クリストフ…」

 

あと一息だな…!

 

「さあ、行ってください!グレン先生!」

 

「アルフォネア教授を助ける為に!」

 

「俺達はどれだけ離れてても1つだろ!」

 

システィが、ルミアが、2組の皆が背中を押す。

 

「まあ?セリカ=アルフォネアがいれば、戦術的にかなり楽になるし?」

 

「生徒達なら、君の代わりに僕が残ろう」

 

イヴ先生のツンデレが、フォーゼル先生の意外な申し出が胸を打つ。

 

「こんばんは、グレン。いい夜ですね。…私からもお願いします。私の友を…セリカを助けてあげてください」

 

「女王陛下!?」

 

あ、来れたんだ。

一応声はかけたんだけど、ナイスタイミング。

 

「どうして…どうして、こんな俺の為に…?」

 

何言ってんだが。

 

「決まってるでしょ?先生が、俺達のために走り続けたからですよ。だから…今度は俺達が頑張る番。さあ、グレン先生。貴方の望みは?」

 

しばらく黙り込んだ先生は、不意に思いっきり自分の頬を叩いた。

 

「そうだよな…いつも分不相応の願いを持って、十を救おうと足掻く…。それが俺だよな…。セリカも救う。フィジテも救う。でも両方は出来ない。だから…皆を頼ってもいいんだよな?」

 

その小っ恥ずかしい物言いに、俺達は思わず苦笑い。

 

「俺はセリカを救う!そんでもって皆がヤバい時に、フィジテも救う!これでいいんだろ!?いや〜!美味しいところ俺が持っていっていいのかなぁ〜!アハハハハハ!!」

 

やっと先生が本調子に戻ってくれた。

これで、もう大丈夫だろ。

 

「さてと…いよいよ締めますか。それじゃあ、グレン先生、締めの一言という事で、勝利の祈念として、乾杯の音頭を!」

 

「仕方ねぇな〜。準備はいいか?」

 

それぞれのグラスが行き渡った事を確認して

 

「俺達の、フィジテの…そして、祖国の勝利を祈って…乾杯」

 

「「「「「「「「乾杯!」」」」」」」」




アルタイルのサンタ服は、GE2RBの男版のサンタ服の着崩してる方のイメージです。
名前は忘れました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒編第3話

小話10で知ってしまった事が、ここに繋がります。
そして…実験とは…?
それではよろしくお願いします。


「…よし、これで準備OK」

 

俺は防寒用意と探索用意をしっかりと整え、玄関に向かう。

 

「…兄様」

 

振り返ると、ベガがいる。

その顔は、不安に満ちている。

 

「…行ってしまうのですね」

 

「まあな、あの人放っておけないし」

 

「…私、怖いです」

 

「…ベガ、1つお願いがある」

 

そう言って俺が渡したのは、ある仕掛けを施してあるお守りだ。

 

「もし、これで俺が話しかけた時、お前はこれであの術式を唱えるんだ。きっと使う、そんな気がする」

 

「…ッ!…分かりました!私も一緒に!」

 

「ああ、戦うぞ!一緒に!」

 

そう言って俺はベガの頭を撫でる。

そのまま立ち上がり、ドアを開けると

 

「アルタイル」

 

今度は爺さんと婆さんに呼び止められる。

 

「アルタイル、冷えるからこれ。持っていきなさい。お友達の分もあるわ」

 

水筒を4つ。

中にはコーヒーが入ってる。

 

「必ず帰ってこい。お前達が帰ってくる場所は、ワシらが守る」

 

「…ありがとう。行ってくる!」

 

そう言って俺は店を出る。

俺達は…グレン 先生と共に、【タウムの天文神殿】に向かう。

 

 

今の【タウムの天文神殿】は、危険度S級。

つまり最高危険度。

そんな中に、グレン先生1人では直ぐに死ぬ。

という訳で

 

「先生!寒い!早く行きましょう!」

 

「おはようございます!先生!」

 

「先生!」

 

「お前達!?何でここに!?」

 

リィエルを除く俺達3人は、先生について行く事になった。

もちろん、これはイヴ先生を含め、女王陛下すら許可を出した事だ。

グレン先生も、渋々同行を許可。

しかし、話はここからが本番だった。

 

「グレン、お前に話がある」

 

アルベルトさんが取り出したのは、魔晶石。

 

「【封印の地】には、帝国建国以来、あらゆる情報を蓄積する、【年代石】と呼ばれる魔導記録媒体があるという噂…知っているだろう?」

 

【封印の地】とは、国家を揺るがしかねない極秘情報から、禁忌の領域に踏み込んだ魔導書、魔導具、外道魔術師から魔獣…要するに、あらゆるヤバいものを詰め込むゴミ溜めだ。

 

「これはその【年代石】である事を調べたものだ。…ルミア=ティンジェル。お前にも関係する内容だ。辛い事実だが、よく聞け」

 

…王室に関係する秘密?

そんなもの…。

そう前置きして、アルベルトさんが見せたのは

 

「これって…王家の家系図?」

 

「そうだ。今代までの王家の家系図だ」

 

1番下には、エルミアナ…つまりルミアがいる。

その上には、陛下の名前。

その上、さらに上と…どんどん続いていく。

途中、レザリアの王様が、アルザーノ王家の家系の分家筋である事を知ったが…。

 

「…で?まさかレザリア王家の事を言いたい訳じゃねぇんだろ?」

 

「無論だ。この年代石には、魂紋も登録されている。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「はあ?何言って…」

 

先生の言葉が止まる。

それは俺達もだ。

魂紋とは、魂の形だ。

故にそれは千差万別。

1人1人違うのが当たり前だ。

なのに…

 

「嘘…だろ…?」

 

初代建国王タイタスを始め、次々に下へ下へと光り出す。

当然飛ぶ代もあったが、それのほとんどの配偶者…つまり、歴代女王陛下の旦那の名前が光り出す。

唯一救いだったのが、アリシア七世の旦那…つまり、ルミアの父親が光らなかった事だ。

あまりにも悍ましいその線に、吐き気が抑えられない。

ルミアはきっと俺以上だろう。

 

「…ッ!?」

 

「ルミア!気をしっかり!」

 

システィが慌ててルミアの背中を摩る。

 

「肉体は違うが、魂は同じ。…つまりこれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。如何なる外法で成しているかは分からないが…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ」

 

もう、何も言えない。

言葉が見つからない。

 

「そしてもう2つ、分かった事がある。1つ目は、この魂紋と一致する人物がヒットした」

 

猛烈に嫌な汗が流れる。

まさか…

 

「…魔王、()()()()()=()()()()()か」

 

グレン先生の言葉に、アルベルトさんが黙って頷く。

 

「そうだ。この国…ひいてはレザリア王国。この2つは、魔王のある思惑の元、生み出された国という事だ」

 

それよりもだ…!

 

「ま、待ってください!じゃあ、この国…いや、天の知恵研究会は…!」

 

「ええ、そうよ」

 

俺の悪い予感を肯定したのは、イヴ先生だ。

天の知恵研究会の【大導師(ヘヴン)】フェロード=ベリフは、魔王ティトゥス=クルォーと()()()()だ。

つまり…!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ハッ!まったくお笑いだわ!私達が流してきた血は、全部茶番だったって事よ!こんな事…あってたまるか…!!」

 

その悔しげなイヴ先生の顔を俺達は、悲痛な面持ちで見るしか無かった。

 

「…それで、アルベルトさん。2つ目は?」

 

「ああ、この同じ魂紋を持っているものとの婚姻、及び次の子供の出産の際、ある一族が関わっていた。それが…」

 

アルベルトさんの鷹の目が、俺を射抜く。

 

「お前達だ。()()()()()()

 

「「「「ッ!?」」」」

 

皆が驚いて俺を見る中、俺はというと

 

「…何か…そんな気はしてたんですよねぇ…」

 

ああ、やっぱりか。

そんな妙な納得があった。

 

「…実は…俺の一族、相当古いらしくて、魔王が健在だった時から、ずっと続いてきてたんですよ。それで…多分だけど、ルミアの正体分かった気がします」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

俺はいつも小さくして保存してある、日記を取り出す。

 

「俺達の一族は、昔から魔王を倒す為に、あれこれ研究してきました。そこ途中、魔王にバレそうになったらしいんです。それを隠す為に、わざと魔王に取り入って、何らかの儀式に加担してたらしいんです。そこは書いてなかったんだけど…」

 

「それがこれって事か…」

 

俺はそんなグレン先生の呟きに首を横に振る。

 

「多分これだけじゃない…。ちょうど、ロラン=エルトリアとその代の当主は、共同で古代の研究をしたらしくて、それで分かったのは、魔王がまだ生きている事と、空の天使【レ=ファリア】が甦る事らしい」

 

「空の天使【レ=ファリア】が…?」

 

システィが怪しげに口を開く。

もちろん信じるとは思って無いが…。

 

「最初の代の当主達は、皆【レ=ファリア】の事を調べてたらしい。何でも、最初は【天空の双子神】の両方と契約してたらしいんだけど、時の天使【ラ=ティリカ】が、裏切ったらしいんだ。そこで、まだ魔王に従っていた【レ=ファリア】を調べたらしいんだが…」

 

そう言って俺はルミアを見る。

 

「その研究の中に、3つのキーワードが多く使われていたんだ。それが、【王者の法(アルス·マグナ)】、【銀の鍵】、【空間に作用する力】」

 

「【王者の法(アルス·マグナ)】に…!」

 

「【銀の鍵】だと…!」

 

システィと先生が、ルミアを見る。

ルミア自身も、口に手を当て、驚いている。

 

「そう。両方ともルミアが持つ力。つまり…」

 

「私は…【レ=ファリア】の生まれ変わり…?」

 

「…もっと厳密に言うなら、そのものかも」

 

俺が告げた真実は、あまりにも重かった。

ルミアも愕然としながら、膝をつく。

俺はルミアの背中を摩りながら、謝る。

 

「…ごめん。何て伝えたらいいか、分からなくて…ずっと黙ってた…。本当にごめん…」

 

俺は不甲斐ない自分に涙を堪えながら、ルミアの背中を摩る。

 

「つまり…魔王は、【レ=ファリア】を復活させる為に、こんな事をしてるって事が言いたいのか?」

 

「…それ以外に思いつかない」

 

俺達は何も言えず、黙り込む。

目的が分かったところで、やることは1つ。

 

「とにかく今はセリカを連れ戻す!それだけだ!」

 

グレン先生が強く言い切って、空気を払拭する。

 

「…今私達にルミアを守る余裕は無い。貴方達のそばにいさせる事が、1番安全と判断したわ。グレン、アルタイル。頼むわよ」

 

俺達はしっかりと頷いて、馬車を出発させる。

出来るだけ早く、神殿に辿り着くために、最短距離を突っ走らせて。

 

 

何とか夕方には着いた俺達はそのまま強行軍。

神殿に乗り込んで、早速狂霊達と戦っていた。

 

「『魔弾…斉射』!」

 

「『幻想の剣よ』!」

 

「フッ!」

 

システィの【マジック・バレット】と、先生の銃弾が、狂霊の群れをズタズタにして、俺が一気に切り込んで、祓う。

かれこれ3回目だが…

 

「S級って聞いてたから身構えてたけど…大した事ないな」

 

「うん…どういう事だろう?」

 

俺とルミアが不思議そうにしていると、グレン先生が答えてくれる。

 

「確かに変だな。まるで何かに怯えるように見えるな。仕方なく襲ってきてる、みたいな感じだしな」

 

何かに怯えているか…。

嫌な予感がするなぁ…。

こうして俺達は順調に、先を進む。

1日目、2日目、3日目と、順調に進み、明日には、最奥に着く。

そんな時に事件が起きた。

 

「〜♪」

 

「白猫、あまり離れるなよ」

 

「ルミア、あれ取って」

 

「はい、アイル君♪」

 

俺達はここまでとした場所で、休憩を取っていた。

この寒さだ、温かいスープは身に染みるだろう。

出来るだけ温まりやすい具材を入れて、作っていた。

それはそうと

 

「…ルミア?なんか楽しげだな?」

 

「ふぇっ!?///えっと…その…一緒にお料理が楽しくて…///」

 

「そ、そうか…///」

 

な、なんという小っ恥ずかしい事を…!

 

「おおー熱いな〜!こりゃスープも要らねぇかな〜?」

 

「ッ!?///だったら先生のは無しでいいですね!」

 

「ま、待て!悪かった!俺が悪かったからぁ!!」

 

そんな風に騒いでいると、突然、神殿内の仕掛けが動き出す。

 

「ッ!?ルミア!?」

 

「白猫!こっちに来い!」

 

先生が慌ててシスティを呼ぶのと同時に、俺達の景色が変わる。

 

「ッ!?これは、転移罠!?」

 

「そんな!?罠の有無は確認したはずです!?」

 

「いや、あのタイミングはきっと…俺達以外に誰かいる」

 

調べると、システィとは結構離れていた。

合流すれば、半日はかかる。

それはあまりにもでかいロスだ。

 

「…先生、このまま進みましょう」

 

「なッ!?アルタイル!」

 

「俺達のいる場所と、システィのいる場所は、大天象儀室まで、約半日です。だったらお互い先に進んだ方が効率がいいです」

 

先生がウダウダと渋っているのに、イラつくと

 

「先生、私もアイル君に賛成です」

 

「ッ!?ルミアまで…!」

 

⦅私もです、先生⦆

 

「白猫もかよ!?」

 

そばにいたルミアと、通信機越しのシスティが、俺に賛同する。

 

「俺達は、先生の足を引っ張るために、ついてきたんじゃない」

 

「先生がアルフォネア教授と再会する為に…その力になる為に来たんです!」

 

⦅だから…私達を信じて下さい!!⦆

 

俺達をしばらく見つめた先生は、やがてため息をつくと

 

「分かった。お前達の判断を信じる。大天象室で会おう」

 

⦅はい!⦆

 

「無理しないでね、システィ」

 

「先生の事は、俺達に任せろ」

 

俺達は二手に分かれて、進む事になってしまったのだった。

そしてお互いの先で

 

「ヒャハハハハハ!!久しぶりだな!白猫ちゃん!!」

 

「久しぶりだな…お前達」

 

かつての因縁と三度、ケリを付ける事になった。




次回、初のアルタイル以外の戦闘描写があります。
理由?好きだから書きました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒編第4話

システィーナ…本当に強くてかっこいい子になりましたよね…。
彼女も立派な主人公ですよ!
それではよろしくお願いします。


目の前に立つこの男と会うのは、3回目。

東洋には、3度目の正直という言葉があるらしいけど、こんな3回目は嫌だ。

1度目の出会いは、テロ事件の時。

私に、魔術の恐怖を刻み込んだ。

2度目の出会いは、最悪の3日間の時。

私のトラウマを、見事に抉ってきた。

そして3回目が今。

この男…【ジン=ガニス】と出会うのは。

叫ぶと思った。

みっともなく泣いて、叫んで、喚くと思った。

きっとまた無様を晒すんだろうな…ってあれ?

 

「…?」

 

ここで初めて、自分が冷静にものを考えてる事に気付いた。

まだ早打ちは勝てない。

正面切っての撃ち合いは、圧倒的不利。

この石柱を利用出来ないかな?

まず私が打つべき手は?

…私どうしたんだろう。

怖いのに、恐怖してるのに、思考がフル回転している。

今もほら、アイツが何か言ってるけど、それは聞こえない。

それでも、アイツの何気ない動きにも敏感に反応している。

こういう時…アイルは何て言ってたっけ?

前に聞いた時は確か…

 

『格上とやり合う時?まあ、まずは彼我の戦力差の把握だな。だからまずは様子見。…って相手も思うだろうな、普通。だからまずは…』

 

「『雷帝の閃槍よ』」

 

「お?」

 

『相手の意表を突け!相手のペースに乗るな!自分のペースに合わさせろ!っかな?』

 

【ライトニング・ピアス】は弾かれたけど、まあ、意表はつけたかな?

 

「へぇ…やるじゃん白猫ちゃん。じゃあ…『ズドドドドドン』!」

 

これがアイツの得意技。

【ライトニング・ピアス】の詠唱を、『ズドン』まで切り詰めて、しかもそれの速射。

最速10連撃の内、今のは5連撃。

 

「『疾』!」

 

私はそのまま【疾風脚(シュトロム)】で石柱まで逃げて、アイツの死角になるところで、上に登る。

当然アイツもお得意の【疾風脚(シュトロム)】で、追いかけて来る。

ほら、やっぱり私を舐め腐ってくるから…隙だらけなのよ。

しかし、相手は歴戦の外道魔術師。

とっさの直感で、私の攻撃は躱される。

だから私は…口を歪めて、指を曲げる。

意味は単純明快。

()()()()()()()()…だ。

 

「この…くそ猫がァァァァァ!!」

 

ほら、やっぱり単純。

私は直ぐに【疾風脚(シュトロム)】で翔け出し、同時に仕込みもする。

 

「『雷帝の閃槍よ』」

 

迎撃に【ライトニング・ピアス】を放ち、誘導する。

案の定そっちに避けて、私が仕掛けた【エア・ブロック】にぶつかる。

 

「なぁ…!?まさか…最初から…!?」

 

堕ちていくアイツに笑いかけながら、直ぐに背を向けて、翔け出す。

 

「この…メスガキ…!」

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

「『ズドドドドド』!」

 

私達は、壮絶な空中戦(ドッグファイト)を始めた。

 

 

 

「…お前は…」

 

俺は目の前に立つ男を睨みつける。

3度目の正直とは言うが…勘弁して欲しい。

1度目の出会いは、テロ事件の時。

あの時は、初めて実戦を知った。

2度目の出会いは、最悪の3日間の時。

再戦したあの時は、最後まではもたなかった。

そして3回目が今。

コイツ…レイク=フォーエンハイムと出会うのは。

どうやら、封印式を全部解呪してきたらしい。

…バカなやつ。

呆れたが、同情は無い。

邪魔するのなら…蹴散らすだけ。

 

「ルミア、頼む」

 

「うん、任せて」

 

ルミアが【王者の法(アルス·マグナ)】を発動。

俺とグレン先生のマナが、一気に跳ね上がった。

 

「『我が手に星の天秤よ』!」

 

「ガアァァァァァァア!!」

 

俺とレイクが、正面切ってぶつかり合う。

俺の斥力と、龍鱗がぶつかる。

その隙を、先生が【クイーンキラー】で、撃ち抜く。

愛銃【ペネトレイター】とは、比べ物にならないその大頭弾が頭に当たり、大きく仰け反らせる。

その隙に俺は糸に斥力を乗せて、思いっきり叩きつける。

 

「フッ!」

 

「ガアァァァァァァ!!」

 

吹っ飛ぶレイクに対して

 

「行け!」

 

【クイーンキラー】の弾が追撃する。

この銃の効果は大きく分けて2つ。

・撃ち出した弾丸の弾道を、射手が自由に、操作出来る

・射手の魔力を元に弾丸を生成、1分後に再使用可能にする。

この2つだ。

かなり便利な代物だが、何故かグレン先生にしか使えない。

俺達は前衛、後衛に分かれて戦っている。

 

「『■■■』」

 

そしてレイクが発動する竜言語魔術(ドラゴイッシュ)

 

「【私の鍵】!」

 

ルミアの空間能力が、一気に消し去る。

この隙に一気に踏み込む。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「ガァァァァァァ!!!」

 

俺とレイクの右拳がぶつかり、空間をねじ曲げる程の力を生み出す。

俺達の死闘は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

(速さにも種類があり、速さに勝る捷さがある)

 

システィーナが思い出すのは、サハラのアディルだ。

彼は、華麗な体術でシスティーナを翻弄した。

 

(ありがとう、アディル。貴方のお陰で、私は強くなれた)

 

そんなシスティーナを見たジンは愕然とする。

 

(ふざけんな!何だよあの、三次元機動!あんな動き、あのセラ=シルヴァースしか…!)

 

自身を軽くあしらって翻弄した女と、システィーナを重ねて、余計苛立たせる。

 

(何にイラついてるのかしら…?)

 

まだ舐め腐っているジンに、システィーナが仕掛ける。

ちょうど一直線になったタイミングで、右にフェイントを入れてから、【疾風脚(シュトロム)】を止める。

その瞬間、ジンがシスティーナの頭上を通り過ぎて行くのを確認して、直ぐに再点火。

追いついてから

 

「『唸れ暴風の戦鎚』!」

 

一気に撃ち上げる。

 

「ガハァ…!?…ふざけるなぁァァァァ!!!」

 

ジンが抜け出して視線を下げた先には、システィーナの【シュレッド・テンペスト】。

広域殲滅魔術のこれに左右の逃げ場は無い。

天井近くまで撃ち上げたから、上にも逃げられない。

 

「…Jesus…!」

 

「チェックメイトよ」

 

そのままジンは、ズタズタに引き裂かれるしか無かった。

 

 

 

 

「【果てへと手向ける彼岸の槍(アリアドネ·リコリス)】」

 

「ガアァ…ァァァ…」

 

「…チェックメイトだ、レイク」

 

俺は槍でレイクの魂を貫いた。

これでもう終わり…もう、終わりだ。

 

「哀れな奴だ…その先には何も無い。それを分かっていた筈なのにな…」

 

そしてレイクは、光の粒子となって消えた。

 

「アイル君…!」

 

ルミアが直ぐに法医呪文(ヒーラー·スペル)で、癒してくれる。

 

「…アイツ、どうして…」

 

「意味が欲しかったんじゃねぇか?」

 

俺の呟きに答えたのは、グレン先生だった。

 

「意味…ですか?」

 

「ただ破滅を呼ぶだけの力に、意味を見いだせず、自分自身にも意味を見いだせない。…ある意味、俺とコイツは似てるのかもな。ありもしない理想を追い求めて…。もしあの時の俺に、こんな力がチラつかせられたら…」

 

俺とルミアはそんな先生の話を止める。

 

「そんなたらればの話なんて、しても意味無いですよ」

 

「それに先生は、きっとこうはなりません。私達の尊敬する先生が、こんな結果選ぶ訳ありません!」

 

そんな俺達を見て、先生は笑いながら、俺達の頭を撫でる。

 

「…ありがとうな。さて、先に進ますか!」

 

俺達は先に進んだ。

システィが来ると信じて。

 

 

 

 

「ゼヒュー…ゼヒュー…!」

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

勝敗は決した。

明らかにボロボロのアイツと、しっかり立っている私。

一応ある呪文を唱えて、備える。

 

「…ねぇ。一体なんのつもり?何を企んでるの?」

 

アイツは目の前で、唖然としている。

どうやら、何か企んでる訳では無いらしい。

 

「ヒッヒャハハ…ヒャハハハハハ!!ゲホッ…!何も…企んでねぇよ!お前が俺より…強ぇだけだぜ!ゴホ…!」

 

…これも嘘では無いようね。

 

「なら…」

 

私がトドメを刺そうと指を構えると

 

「ヒッ!?ま、待ってくれ!?頼む…殺さないでくれ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もうお前達にも近付かねぇ!だから頼むよぉ!!」

 

そう命乞いをするアイツを見て。

何て無様、何て滑稽なんだろう…そう思った。

 

「たしかに、貴方の言葉は嘘じゃないようね。…でも()()。貴方は邪悪だわ。このまま放っておいたら、私の大切な人達が、危ない目に遭う。だから…貴方は、ここで殺す」

 

「なっ!?…ッ!?その目は…【マインド・リーディング】…!? 」

 

そう、私が備えた呪文は【マインド・リーディング】。

コイツの心の中を覗いていた。

いくら口では命乞いしてようが…コイツの心の中は、()()()()()()()()()()()()

 

「ま、待て!お前本当に分かってるのか!?人殺しだぞ!?お前みたいな未来あるガキが、本気で殺るってのか!?お前みたいな中途半端なガキが、そんな事したら、お前の心に必ず、暗い影が落ちる!…今までの人生には、戻れねぇんだぞ!?」

 

そうね…コイツの言う通りだわ。

でもね…

 

「それでも私は、()()()よ。『汝望まば、他者の望みを炉にくべよ』…。自分の譲れないものの為に、あらゆる手を尽くす。たとえ他者を蹴り落としてでも。それが私達、()()()()()()

 

それに私は…サクヤさんを蹴り落としている。

このまま見逃せば、彼女に合わせる顔が無い。

だから…ここで確実に、殺す。

そしてジンは、この時やっと悟った。

自分の命運が尽きた事を。

目の前にいる少女が…()()()()()である事を。

 

「ま、待ってくれぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

そんな無様な命乞いをするコイツに私は

 

「ごめんなさい。…そして、さようなら。ジン=ガニス」

 

時間差詠唱(ディレイ·ブースト)】で発動した【ライトニング・ピアス】が、ジンの心臓を貫く。

その超高圧電流にジンの体が1度跳ねて…そして、死んだ。

 

「…ッ!」

 

思わず口元を抑えて、蹲る。

正直言って、気分が悪い。

何かとてつもない喪失感を感じる。

それでも…!

 

「先生やアイルは、これを乗り越えてきたんだ…!だったら…!」

 

私だって乗り越える。

言い訳はしない。

私が殺したこの事実と、一生戦うんだ。

だから

 

「先に進もう。皆が最深部で待ってる」

 

威風堂々たるその歩みには、子供特有の迷いや躊躇いは、最早微塵も無かった。




初期からいるキャラのジンを、ここで初めて出しといて、すぐさようならする僕。
アルタイルとレイクは、男同士の奇妙な友情があったのでしょう…、少し悲しげにお別れさせました。
次はついにアイツが出てきます…!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒編第5話

ついにドS変態マスター…フェロードと対面。
いつもながらグレンは、こういう変なあだ名のセンスが面白いですよね(笑)
それではよろしくお願いします。


【タウムの天文神殿】探索から5日目。

ついに大天象儀(プラネタリウム)室に辿り着いた。

その部屋を象徴する、天象装置は既に稼働済み。

その機械のそばに、男が立っていた。

今すぐにでも襲いかかりたいその気持ちを抑えて、静かに身構える。

 

「フェロード=ベリフ…!」

 

「やあ、【愚者】のグレン=レーダス。そして【継人】のアルタイル=エステレラ」

 

身構えてる俺達を穏やかに笑いながら、見つめるフェロード。

俺達は周囲を見渡し、アルフォネア教授がいない事を確認する。

 

「セリカはどこへやった?」

 

「まさか、僕が来た時にはいなかったよ。そもそも残られた方が厄介だ。それに癪だけど、これが歴史の正しい流れだ」

 

意味のわからねぇ事を…!

 

「フェロードさん…どうして…!?」

 

突然ルミアが口を開く。

その様子は、何かに戸惑っている様子だった。

 

「ルミア、これと話なんて無駄だ」

 

「違うの、アイル君。そうじゃなくて…」

 

「フェロード=ベリフ。スペルにするなら、【Felord Belif】かしらね?普通に考えるなら」

 

突然後ろから声がする。

振り返るとそこには、システィがいた。

 

「白猫!?」

 

「…ったく、心配かけさせやがって…!」

 

「システィ!?無事だったんだね!?」

 

再会を喜ぶ俺達だったが、当の本人は俺達をスルーして、フェロードと向き合う。

 

「この名前、()()()()()よね?並び替えると…【Redolf Fibel】。()()()()=()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…」

 

「…は?」

 

いきなり何言ってるんだ?

笑いながら、続きを促すフェロード。

呆ける俺達を無視して、システィが続ける。

 

「私思い出したの。お爺様が亡くなったあの日、私お爺様の顔を見てないのよ。普通、故人との最後のお別れがあるはずなのに。だから、お父様の日記を見て調べたわ。すると、まさに峠だってその日に、行方不明になっていたのよ」

 

ここで一度区切って、核心を突く。

 

「貴方は何者なの…?どうして、若い頃のお爺様に瓜二つなの!?貴方は、本当にお爺様なの!?」

 

「…その質問の答えは、YESであり、NOでもある」

 

フェロードが、何処か要領を得ない感じで答える。

 

「僕はレドルフであって、そうでは無い。【継魂法】とは、そういうものなのさ」

 

「【継魂法】…?」

 

先生の呟きに、フェロードが笑う。

 

「君達の事だ。僕が古代の魔王、ティトゥス=クルォーであることは、知ってるだろ?昔、ある戦いで肉体を失ってね。脆弱な人の器に収まらなくてはならなかったんだ。ところがある目的の為に、長生きしなくちゃいけなかったんだけど、君達に質問だ。1番障害となるのは、何だと思う?」

 

「…肉体ですか?老いたらどうしようも…」

 

まず、ルミアが答える。

 

「ハズレ。真の魔術を使役する僕は、肉体は自由に操れる」

 

「じゃあ、魂?」

 

次はシスティだ。

 

「それもハズレ。霊魂は【摂理の輪】を永遠に円環している。霊魂そのものは不滅さ」

 

なら、最後の1つだけだな。俺が答える。

 

「…精神だな。いくら肉体や魂がマトモでも、精神がイカれてたら、意味が無い」

 

「正解だ」

 

なるほどな、そういう事か。

 

「…この外道が。それを克服するのが【継魂法】って事か」

 

先生があまりの外道ぶりに、吐き捨てるように言う。

 

「さっきも言ったの通り、魂は不滅だ。だからここに自分の意思を刻み込む。その後、他人に継承させ、その新鮮な精神に僕の魂を上書きする。こうすれば、僕の意思を継ぐ新たな僕が誕生だ」

 

「故に、爺さんであってそうでは無いって事か」

 

ここまでタネが明かされ、システィが信じられないと、言わんばかりに叫ぶ。

 

「嘘…嘘よ!あんな人格者だったお爺様が…!」

 

「いや、事実だよ。彼は心から僕を受け入れてくれた。そもそもこの【継魂法】は、双方の合意が無いと出来ないんだ」

 

「嘘よ!!お爺様を誑かしたに…」

 

「いや、多分ソイツの言う事は事実だ」

 

システィのヒステリックを、先生が止める。

 

「アイツの意思がどれだけ強いかは知らんが、意思だけで人を思い通りにさせるのは、不可能だ。お前の爺さんは、メルガリアンだったな」

 

「…あ」

 

「きっと死の間際、メルガリウスに関する秘密を触れられる…そう思っちまったら、いくら人格者でも飛びつくかもしれない」

 

不意にシスティの脳裏を過ぎる、祖父の言葉。

確かに…否定出来ない。

 

「ハハ…君は本当に優秀だね、グレン。【愚者】と呼ぶのは惜しくなるよ。そう、人の意思は強い。だからとある条件を加えたんだ。それは…真にメルガリウスの天空城の謎に迫ろうとする者。その点、君の祖父は、最高の適格者だったよ」

 

システィが、ついに怒りを露わにする。

 

「許さない…!お爺様の夢に漬け込んだのね!」

 

「怒らないで、我が孫娘」

 

「うるさい!貴方なんかお爺様じゃない!!その口で、お爺様の夢を語るな!!!」

 

「…システィ。落ち着け」

 

俺は強くシスティの肩を握って、今にも突っ込みそうなシスティを止める。

 

「…何故そこまで?」

 

ルミアが呆然と尋ねる。

 

「全てはあの天空城に至る為。そして【禁忌教典(アカシックレコード)】を再びこの手に掴む為に。『万物の叡智を司り、創造し、掌握する。その禁忌教典を以て、人類を救済したい』。それだけだよ」

 

ッ!?今のは…ロラン=エルトリアの最後の言葉!?

後半部分が逆だけど…。

救済って何だ?

 

「そしてあの城に帰還する為に必要だったのが…ルミア、君だったんだ」

 

「…ッ!?」

 

あまりにも薄ら寒い笑みに、1歩後ずさる。

そんなルミアに感極まったような笑みを浮かべる。

 

「本当に長かった…。あの時、君が滅ぼらされたから、何とか元通りにしようとしたんだけど、その方法は1つしか無かった。それは、女しか産まれない呪いをかけた一族と、代々延々と子を成し続ける事だったんだ」

 

「「「…ッ!!?」」」

 

「…その為の【継魂法】…その為の、俺達か…」

 

あまりの悍ましさに、声を絞り出すのがやっとだった。

 

「その通り。【マグダリアの受胎儀式】と言ってね。僕でも成功させるが難しくてね、だから君達エステレラ家に力を借りたんだ。だけどね…」

 

そこで言葉を切って、俺を蔑むように睨む。

 

「君達、ずっと前から、それこそ僕の手伝いをする前から、僕を裏切る気だったんだろ?全く…飼い犬に手を噛まれた気分だったよ。だから…自らの手で滅ぼしたんだ」

 

「…クソが」

 

ここまで言われて、これ以上怒りと殺意を抱く事が出来なかった。

もう、限界いっぱいまで溜まっているんだろう。

 

「R因子統合率は【王者の法(アルス·マグナ)】付与率とイコールだ。ルミア、君の付与率は98%。ほぼ彼女自身と言っていい。…あと1回、君と子を成せば、100%の君が誕生したかもしれないね?」

 

「ぅ…ぁ…ぁぁ…」

 

流石のルミアも、生理的嫌悪にはどうしようも無い。

 

「さてと…もう辞世の句はいいだろ?覚悟出来てるよな?」

 

「テメェみたいな変態マスターはここで倒す」

 

「それ以上、お爺様の声で、悍ましい事を言わないで!」

 

俺達はもう十分だと言うように、戦闘体勢を整える。

しかし、余裕の笑みでルミアを見てから

 

「今こそ、愛しい君の心の名をここに呼ぼう!さあ、遥か悠久の時を超えて、再び僕の元へ戻ってきてくれ、愛しい君よ!君の名は…【レ=ファリア】!!」

 

 

 

 

ドクン!

 

「…え?」

 

私の中から、不穏な魔力の波長を感じた。

気付けば私は、三度この自分の世界に来ていた。

鎖に繋がれたもう1人の私。

その私の鎖が、1つずつ壊れていく。

 

「…あ…あぁ…」

 

何かとてつもなく悪い予感がするのに、見てるだけしか出来ない。

 

「ダメ!やめて!出てこないで!」

 

しかし止められず、ついに全ての鎖が外れてしまう。

 

〖私はあなた。あなたは私〗

 

「ち、違う…」

 

〖本当はもう、知ってるんだよね〗

 

「し、知らないよ…!」

 

〖私達は愛しいあの人の為にあったの。全てを愛しいあの人の為に尽くす。それが…私達の存在理由〗

 

「違う!そんなの、絶対に違う!」

 

〖これを見て…ルミア…〗

 

「…あ」

 

その手に握られていたのは、アセロ=イエロの時に振るった【銀の鍵】。

 

〖さあ、手を取って…。これは、あなたの力なんだから…〗

 

もう1人の私が、強引に握られようとしたその時

 

(『俺は戦う!お前に勝つ為に…何より!!お前に勝てない、そう思ってる弱気の俺に、勝つ為に!!!

』)

 

ルナ=フレアーと戦っているアイル君を、思い出す。

そうだ、彼は逃げない。

どんな圧倒的強者を前にしても、戦った。

目の前の敵とではなく、弱くて強い己自身と。

だから…私も…!

私は、もう1人の自分を突き飛ばして、毅然と言い放つ。

 

「出て行って。私は貴女じゃない。私の心を侵さないで。私の好きな人は…彼だけなの!」

 

彼女は、しばらく惚けたまま黙っていたけど

 

〖そう…ならもういい〗

 

私の心が冷たく凍りついた気がした。

 

〖愛しいあの人を裏切るなら…貴女なんて…もういいよ!〗

 

そう叫んだ途端、私に大量の鎖が絡みつき、最初の彼女みたいに、雁字搦めにされてしまう。

 

〖アハハ!たしかに私とあなたは別みたいね!だったら、もうあなたなんて知らない!代わりにそこでずっと、そうしてたらいいわ!〗

 

【銀の鍵】の光が増していく。

 

「ダメ…!やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

全てが白熱していく瞬間

 

⦅告げる!⦆

 

私の愛しいあの人の声が聞こえた。

 

 

 

 

「ルミア…?」

 

突然頭を抱えて、呻きながら蹲るルミアを抱える。

 

「おや?どうやら、ルミアが想定以上の抵抗をしているようだね」

 

ルミアが何かと戦っている。

だったら…ここしかない!

 

「ルミア!」

 

俺はルミアを抱えて少し後ろに下がってから、方陣を組む。

 

「何をする気かは知らないけど…させないよ!」

 

「先生!システィ!時間稼いで!お願い!」

 

「「分かった!」」

 

先生達にフェロードの足止めをお願いしつつ、ベガに渡した通信機を起動する。

 

「ベガ!行けるか!」

 

⦅兄様!はい、行けます!⦆

 

よし!ならやるぞ…ここが、正念場だ…!

 

「『告げる』!」

 

⦅汝が身は我が元に!⦆

 

「『我が命運は汝の鍵に』!」

 

 

 

「…まさか!させないよ!」

 

「『我に従え・風の民よ・我は風統べる姫なり』!」

 

「行け!【クイーンキラー】!」

 

先生達が抑えてくれている。

 

 

⦅追憶の縁より答えよ!⦆

 

「『汝外より来たりし空の器』!」

 

⦅されどその身は人の子なれば!⦆

 

「『その名をここに呼び示さん』!」

 

⦅汝の名は⦆

 

「『ルミア=ティンジェル』!」

 

⦅ルミア=ティンジェル!⦆

 

だから絶対に…成功させる!

 

⦅我と共にあれ!⦆

 

「『星辰の導きよ』!」

 

⦅なればこの命運!⦆

 

「『汝の鍵に預けよう』!戻ってこい!ルミア!!!」

 

 

 

 

⦅戻ってこい!ルミア!!!⦆

 

…ああ、そうだ。

戦うと決めたんだ、勝ち取るって決めたんだ。

だったら…こんな所で…!

 

「私…は…」

 

鎖を1本ずつ、自力で引き千切っていく。

 

〖嘘…どうして…!?どうして動けるの!?〗

 

「あ…あァァァァァァァァァァ!!!」

 

そして全ての鎖を引き千切る。

 

「私は!ルミア=ティンジェル!!!私の事は、私が決める!!!私の道は、私が決めるの!!!私は…彼と共に歩むの!!!だって…彼の事が、大好きだから!!!」

 

そうしていつも間にか手に握っていた、銀色のちっぽけな【私の鍵】を掲げて、

 

「私は私なの!!だから…出て行って!!!」

 

もう1人の私を外に追放したのだった。

 

 

 

「あァァァァァァァァァァ!!!」

 

人の声とは思えない声を発して、ルミアの胸元から、銀色の光が飛び出し、魔王の元へ飛んでいく。

そして、俺のそばには

 

「…アイル君!!!」

 

「ルミア!!!」

 

正気を取り戻したルミアが、俺に抱きつき、俺も抱き返していた。

 

「良かった…本当に…良かった…!」

 

「ありがとう…!本当にありがとう…!」

 

俺達はしばらく、お互いの存在を確かめるように、抱きしめあっていたが

 

「…やってくれたね、エステレラ家」

 

底冷えするような、フェロードの声に反射的に構える。

 

「長年、エステレラ家が何してきたか、考えてきたけど…まさか、【マグダリアの受胎儀式】で定着していた【レ=ファリア】を、引き離す術とはね。まあ、目的である彼女の魂は回収出来たしね。後は安定して力を発揮する為にも…ルミアの肉体は頂いていくよ」

 

しつこい奴だな。

 

「ふん、誰がルミアをやるかよ…!ルミア、行くぞ!」

 

「うん!行くよ!アイル君!」

 

俺とルミアがそれぞれ、【アリアドネ】と【銀の鍵】を掲げた瞬間、突然光りだし、2つが1つになった。

赤1色だった【アリアドネ】の赤がさらに深くなり、真紅になる。

そして、銀色の刺繍みたいなのが施され、その柄は、まるでルミアの鍵そのものだ。

 

「お前達…!?」

 

「それは…!?」

 

先生達が驚くが、俺達にも分からない。

そのはずなのに、何故かある名前が浮かぶ。

 

「「空天神秘【UNLIMITED CROSS RANGE】!!!」」

 

俺達はそう名付けた。

そして皮肉にもこの力は。

 

「驚いたな。…僕の空天神秘とは真逆じゃないか」

 

なにやら呟いていたが、俺達には聞こえなかった。

 

「こうなっては仕方ない。君達には、真理を見せよう」

 

「真理だと?」

 

「そうだよ。…さあ、その心で【禁忌教典(アカシックレコード)】を感じてくるといい」

 

そう言って手袋を外して見せてきた紋様を見た瞬間、気付けば、さっきまでのは違う場所に来ていた。




実は最初から、ルミア奪還するシナリオは考えていたのですが…タイミングをすごく迷いました。
完全に奪われてからか…その直前か、この2択です。
今回奪われる前にしたのは、恐らく奪われてからでは、アルタイルでは間に合わないと踏んだから。
だからルミアの意思がまだある内に、取り返す事にしました。
ベガの【言祝ぎの巫女】としての力は、この為に使いました。
そして覚醒というタイトル…その意味は、この【アリアドネ】の覚醒、及び空転神秘の獲得にあります。
この名前、すごく悩みましたね…。
この力どう使うか…滅茶苦茶悩んでます!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒編第6話

この2人、ぶっ飛んでるくらいの精神的タフです。
どれくらい?
邪神直視しても問題ないレベル。
それと戦闘描写はまだ模索中です。
拙いのはご了承ください。
それではよろしくお願いします。


「…ここは?」

 

「アイル君!?」

 

「!?…ルミアか」

 

俺達は同じ場所に出てきたらしい。

煌めく星々の夜空…いや違う。

 

「あれは…人の心?」

 

ルミアも気づいたらしい。

つまりここは…

 

「八次元…【意識の海】。集合的無意識の、第八世界」

 

これが…【禁忌教典(アカシックレコード)】。

ここには、全てがある。

全ての智がここには敷き詰まっている。

だけど、俺には…

 

「ねぇルミア。これいる?」

 

全く興味がそそられなかった。

端から全知全能なんて、全くの興味が無い。

だってそんなの…つまらないじゃん。

知らないからこそ、学ぶんだ。

届かないからこそ、挑むんだ。

 

「…アイル君は?」

 

「いらない」

 

「じゃあ、私も!さあ、帰ろう?」

 

…へぇ、面白い奴らだな…イヒヒ!

 

「「ッ!?」」

 

慌てて俺達が振り返ると、まるで闇が形になったみたいや奴がいた。

本能で理解する、コイツは…邪神だ。

 

「…アイル君」

 

「ああ…他にもいるな」

 

そう自覚した途端、色んな邪神が目に映る。

【炎王クトガ】、【金色の雷獣】、【風神イターカ】等。

そして目の前にいるのは

 

「【無垢なる闇】か」

 

イヒヒ…!姿を見ても尚、理性があるんだ…!

 

「うるせぇ、お前に用はねぇ。すっこんでろ」

 

そう言って俺達は背を向けて、走り出す。

全てを置き去って、やがて…

 

「っは!?」

 

「ここは…!?」

 

「おや?もう戻ってきたのかい?」

 

【タウムの天文神殿】だ。

そうだ、俺達はフェロードの力で…!

 

「それでは君達に聞くよ?僕と来る気は無いかい?」

 

そんなの答えは1つだ。

 

「「断る(わります)」」

 

「…即答かい?」

 

当たり前だ。

だって俺達は…魔術師だ。

 

「お前の目的と正当性は分かった。それでも関係ねぇ。ここでお前を倒す」

 

「私達の世界は、私達自身の手で守る!貴方の力なんて借りません!」

 

自分の望みは、自分の力で掴み取る。

 

「…最近勧誘に失敗してばかりだ。仕方ない。君達には…ここで消えてもらおう」

 

そう呟いた途端、あらゆるものが遠ざかる。

少し前までなら、何が起こったか分からなかっただろうが、今は直ぐに理解出来た。

 

「これは…!?距離を無限に伸ばされた!?」

 

「その通りだよ。これが君達が行き着いた神秘とは、真逆の到達点だよ」

 

真逆の到達点…つまり、これなら!

 

「フッ!」

 

俺が糸を放つと、フェロードは横に飛んで躱す。

 

「…よく気づいたね。そう、その糸でなら僕を攻撃出来る。その糸は今、あらゆる距離を消し飛ばしているからね」

 

ッ!?なんだ…!?

急に、体が動かない…!

 

「アイル君!」

 

何かが砕ける音と共に、体の自由を取り戻す。

 

「助かった…!」

 

そのまま俺は一気に肉薄して、糸を放つ。

それは躱されたので、次の糸を放つと、いつの間にか手にしていた杖で防がれる。

 

「接近戦は不利だね!」

 

「逃がすか!」

 

俺達の得物に、それぞれ銀の光が灯る。

 

「フッ!」

 

「ハァァ!」

 

お互いに放つ一撃は、空間断裂。

その力はお互いにぶつかり合い、対消滅した。

俺は逃げようとするフェロードに追いすがる。

フェロードは、追いかける俺に数々の魔術を放ってくる。

空間が俺を推し潰そうとするが、それはルミアが守ってくれる。

俺が空間を消し飛ばして踏み込めば、いつの間にか遠ざけられている。

そんなギリギリの均衡を保っていたその時

 

〖カッ!〗

 

突然、真っ白な少女が乱入して、フェロードが放った魔術を破壊した。

 

「お前は…スノリアの!?」

 

その正体は、スノリアでアルフォネア教授が保護した、女の子だった。

 

〖ルミア!合わせなさい!〗

 

振り返ると、ナムルスがルミアと合わせて何かしている。

よく見ると、いつの間にかグレン先生とシスティも起き上がっており、結界の力を弱めていた。

 

〖ここは私達で抑えるわ!〗

 

「先生達は先に行ってください!」

 

なるほど…そういう事なら…!

 

「よし!合わせろ!」

 

「そっちこそ!」

 

「「はァァァァァァァァァ!!!」」

 

俺と少女の2人がかりで、フェロードを足止めして、何とか先生達を天象装置まで連れていった。

俺は何となく先生達の方を振り返った。

ルミアも振り返っており

 

「「後は頼みます」」

 

俺達は、先生達を送り出した。

 

「ルミアァァァ!!アイルゥゥゥ!!」

 

「ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

先生達が無事に飛んだ事を確認して、フェロードに向き直る。

 

「さてと…4VS2だぜ?どうする?」

 

精一杯強がった。

俺達がまだ1番弱い。

まだ完全に制御出来てないこの力では、いいとこアイツらの半分程度の力しか出せない。

だから実質、ほぼ僅差だ。

 

「…まあ、こっちとしても【レ=ファリア】の魂を定着させないといけないから、ここは退こう。それでは、またすぐに会おう」

 

そう言って、一瞬でいなくなるフェロード。

確実にいない事を確認してから、大きく息を吐いた。

 

「はぁ…何とかなった…」

 

「アイル君!怪我は無い!?」

 

「おう、何とかな」

 

〖しかし…驚いたわ。まさかあの辛気臭いなエステレラ家が、こんな切り札持っていたなんて〗

 

ナムルスが俺達に話しかけてくる。

おい、辛気臭いとは失礼な。

田舎者なだけだろ。

 

〖それにその【アリアドネ】。これまでの間に、随分と改造を施されてきたのね。まさかあの領域にまで達するなんて…〗

 

何を言っているかは分からないが、これでやっと先に進める。

 

「よし!ルミア!先を急ごう!」

 

「うん!」

 

俺とルミアが天象装置に向かおうとすると

 

「ダメ」

 

俺の服の裾を、少女が思いっきり引っ張った。

 

「おわぁ!?」

 

つんのめった俺は、後ろにぶっ倒れる。

頭いってぇ…!

 

「あ、アイル君!?」

 

「おい…!何しやがる…!?」

 

「貴方達は行ってはダメ」

 

「はぁ!?どういう意味だよ!?」

 

イラッしながら聞き返すと、ナムルスが機械を叩きながら、説明してくれる。

 

〖このポンコツ、あと1回しか使えないのよ。そうなれば、グレン達が戻って来れなくなるわ。直そうにも、資材も時間も技術も無い〗

 

…む、それはマズイ。

帰って来れなくなるのは、さすがにダメだ。

 

〖今フィジテに戻れば、最終決戦には間に合うわよ。どうするの?〗

 

戻るか…待つか…か。

どうする…どっちの方がルミアが安全だ?

 

「戻ろう、アイル君」

 

ルミアが毅然と言い切った。

その目は、強い光が灯っていた。

 

「今の私達なら、何か力になれるはず。だから、先生達が戻る場所を、守りに行こう!」

 

…叶わねぇな、ルミアには。

こう言われては、引く訳には行かない。

 

「よし!戻るか!」

 

〖そう。なら早くしなさい。今の貴方は、空間操作に関しては、世界で2番目の実力者よ。フィジテとここを繋ぐなんて、造作も無いはずよ〗

 

「私達はここでグレン達を待つ。早く戻れ」

 

このガキ…!

とはいえ、相手は竜の化身と思しき奴。

ゆっくりと息を吐き、転移する準備をする。

 

〖ルミア〗

 

「ナムルスさん?」

 

2人の話し声が聞こえる。

 

〖貴女が抱いたその思い。決して無くしてはいけないわよ。大切にしなさい。私のもう1人の可愛い妹(ルミア)

 

「…はい!」

 

「よし!準備出来たぞ!」

 

俺達は直ぐに方陣の上に立ち、魔力を流す。

 

「こっちは任せて」

 

〖だから、そっちは任せたわ〗

 

「「了解!」」

 

こうして俺達は、フィジテに凱旋した。

 

 

 

 

「…アリア」

 

(『復讐に駆られる気持ちは分からんでもない。ただ愚かだ』)

 

何とブーメランな事か。

俺自身もまた、その復讐に駆られた鬼であるくせに、他人の事を…ん?

 

「何だ?」

 

ふと上から声がする。

ここは外だ。

つまり上には空しかなく、その空から声が…?

 

「あれは…」

 

「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!?」」

 

落ちてしたのは、1組の男女。

 

「わ、『我が手に星の天秤を』ぉぉぉぉ!?」

 

あのパニック状態から、何とか魔術を唱えて、事なきを得たらしい。

 

「あ、アイル君!?なんで空なの!?学院内に飛んだんじゃ無かったの!?」

 

「俺もそのつもりだったよ!?でも思いっきり座標間違えたんだよ!初めでだし!糸を使った【次元跳躍】とは別モンなんだよ!」

 

そんな不思議なやり取りをしている2人は、顔見知りであり、元同僚の教え子だった。

 

「エステレラ、ルミア=ティンジェル。何をしている?」

 

「「アルベルトさん!」」

 

 

 

 

「え?アルベルトさんが何でここに?」

 

「それはこちらの台詞だが」

 

まあ、そうだろうな。

【タウムの天文神殿】にいるはずの2人が、いきなり空から落ちてきたのだから。

 

「…グレン 達はどうした?」

 

当然の事を聞かれ、俺達は顔を俯かせる。

 

「それが…別行動というか、助けに行きたくても行けないっていうか…」

「色々、イヴさんに報告しなくちゃいけない事が…」

 

「…なら先を急げ。表通りは使うな。一部地域の市民別への避難勧告が出されている。それ以外の地域の市民達が、暴動1歩手前の状態だ」

 

一部地域の市民への避難勧告?

なんでそんな半端な事を?

 

「分かりました。ありがとうございます。ルミア、行こう!」

 

「うん!」

 

そうして俺達は、学院を目指して裏路地を走り抜ける。

所々で覗き込むと、たしかに警邏隊と市民がピリピリと睨み合っており、俺達は何とか誰にも見つからずに、学院にたどり着いた。

 

「疲れた…」

 

「変な緊張感だったね…」

 

俺達はぐったりとしながら、真っ暗な廊下を歩き、大会議室にある帝国軍総司令部に向かう。

早足で向かい、ノックをする。

 

「どうぞ」

 

「「失礼します」」

 

「ッ!?貴方達!」

 

イヴ先生が俺達を見て、すごく驚く。

とりあえず言う言葉は

 

「…ただいま、姉さん」

 

「…おかえりなさい、アルタイル、ルミア」

 

イヴ先生が俺達をまとめて抱きしめる。

俺達もそれを受けいれ、抱きしめ返す。

 

「…グレン達は?」

 

「その事で報告があります。出来たら女王陛下…お母さんにも」

 

ルミアが覚悟を決めた目で、イヴ先生を見る。

 

「…まだ起きてると思うわ。少し待って」

 

イヴ先生が陛下に、直通の連絡を入れ、話を通す。

それなら数分後、陛下がやってくる。

 

「…!エルミアナ!」

 

「お母さん!」

 

2人が抱きしめ合うのを確認して、俺達は話を切り出した。

 

「イヴ先生、陛下。重要な話があります。ですが…陛下にとっては大変気分が悪い話になりますが、ご容赦下さい」

 

そう前置きして、俺は2人に説明する。

あまりにも冒涜的内容に、話している俺自身が気持ち悪くなるが、陛下に比べたらマシだろう。

 

「…これが全てです」

 

「…報告…ご苦労様です…」

 

陛下が、顔を真っ青にして呟く。

ルミアも2度目とはいえ、顔色が悪い。

 

「陛下…大丈夫ですか?」

 

「ええ…大丈夫ですよ?それよりも、次は私達の状況を報告を。イヴ」

 

「はっ。いい、2人共。よく聞いて」

 

そうして話された内容に、俺達は目を見開いた。

そして思ったのが…

 

「またなんとも大胆な…」

 

でも不思議と、成功する気しかしない。

色々と不確定要素が多い中、俺達も戦線に参加する事になった。

俺達の役目は、最前線での戦闘だ。

さあ、既に賽は投げられた。

後は、勝つだけだ。




という訳で、20巻後半のフィジテ最終防衛戦に参戦させます。
イヴのカッコいいところ、いっぱい見ます!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第1話

このフィジテ防衛戦編は、2話しかありません。
そして2話を以て、本編は一旦おやすみです。
なんか…追いついちゃいましたね…。
21巻が楽しみです!
それではよろしくお願いします。


年が明け、夜が明ける。

上を見上げれば空は憎らしいほど晴天で、下を見下ろせば死肉の大海だ。

 

「…チッ。気持ち悪いな」

 

俺は学院の屋上からその光景を見つめ、イヴ先生の方に振り向く。

俺の視線には気付いているだろうが、こっちには見向きもしない。

 

「…いよいよね」

 

そう1つ呟いてから、強く宣言する。

 

「フィジテ最終防衛軍全部隊・全分隊に通達。戦術フェイズ1、状況開始」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

軍人さん達がドタバタとし出すのを見ながら、俺は昨日の話を思い出す。

 

 

 

 

「そもそも貴方達、何故フィジテで戦わないといけないと思う?」

 

「「え?」」

 

あまりにも突然な質問に2人揃ってポカーンとする。

いや、だって…

 

「それは、ここに陛下がいるから?」

 

「それは違うわ。だったらそもそも帝都じゃなくて、ミラーノを攻めればいいでしょう?」

 

「じゃあ、フィジテが2番目に栄えた街だからですか?」

 

「それも違うわ。もしそうだったら、今頃ここはとっくに落ちてるわ」

 

俺達はそれぞれ思い当たる可能性を言ってみたが、まるで分からない。

ここだから、意味のある事…?

 

「…メルガリウス?」

 

「…そうよ、正解。貴方達のこれまでの戦い、その全てに通じるメルガリウス。そこに全ての意味があったの。それは…聖杯の儀式」

 

「聖杯の儀式?」

 

「聖杯の儀式ってのは、童話【メルガリウスの魔法使い】の最終章に出てくる儀式の事だ。物語のオチとしては、正義の魔法使いに魔王が倒される事で、止められる訳だが。研究者の間では、その目的は【禁忌教典(アカシックレコード)】に至る為のものと言われてらしいが…」

 

俺はよく分かってないルミアに、出来るだけ分かりやすく説明する。

俺も最近かじった程度のにわか知識だけど。

 

「ざっくりそうね。敵の狙いはまさにそこよ。彼らはここで戦いを起こさせて、供物として血を流させること自体が目的なのよ。それが儀式の成功条件だから」

 

つまりそれは…

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…!?」

 

ルミアが震える声で呟く。

そう、戦わせる事が目的なら戦わなければいい。

でもそうしたら、ただひたすらに蹂躙されるだけ。

結果どう転がっても、アイツらの目的は…

 

「いえ、これがそうでも無いのよ」

 

「「え?」」

 

 

 

 

 

 

俺は次々と飛び交う戦況報告を聞き流しながら、状況を見守る。

 

「頃合いね。クリストフ、行ける?」

 

「はい、何時でも」

 

イヴ先生の傍らにいるクリストフが、頷く。

中庭を見下ろせば、敷設されている大型の儀式魔術方陣があり、既に【同時詠唱(シンクロ)】し始めている。

その様子を確認したイヴ先生は

 

「行くわ…女王陛下より帝国軍全権を受諾する帝国軍元帥にて、帝国最終防衛軍司令官、イヴ=ディストーレの名において、権能代行!起動承認!」

 

「了解!起動承認!」

 

「戦術儀式魔術、コードα!第一から第十方陣同時展開全解放!即時起動!」

 

「「「「「はっ!コードα!起動!」」」」」

 

イヴ先生の号令、クリストフの合図、儀式魔導兵の人達の復唱。

そして、一斉に起動する鍵呪文を唱えて

 

目標戦場全域(ターゲット·オールレンジ)!!撃て(フォイア)!!」

 

そして、方陣から一筋の光が飛び出し、その光は空に吸い込まれる。

やがて憎らしい程の青空に、雲がかぶさり、雨が降り出す。

そして…【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】の動きが()()()()

 

 

 

その頃【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】を操っていたエレノア=シャーロットと、パウエル=フゥーネは驚きで硬直していた。

 

「ほう…なんと、これは…」

 

「そんな…!?()()()()()()()!?聖儀【ピュリファイドレイン・サンクチュアリ】!?どうしてこの状況で、この術を…!?」

 

 

 

城壁で歓声が上がってるのを聞きながら、俺は思わず感嘆の声をあげる。

 

「おーおー。マジで止まった…!」

 

「当然よ。今仕掛けても意味無いもの。困るでしょう?()()()()()()()()()()()()()()()()…!」

 

 

 

 

「そうでも無いって…どういう意味ですか?」

 

「聖儀【ピュリファイドレイン・サンクチュアリ】。A級軍用魔術でありながら、一切の攻撃力を持たない、戦後処理魔術よ。その効果は、死した命や魂を浄化よ」

 

ああ、そういう事か。

 

「相手が古代の魔王だろうが何だろうが、ここの霊脈(レイライン)を利用するのが1番効率がいい。だからそれに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そういう事よ。そして…」

 

 

 

 

「そして、今戦争は起こせない。戦わせても意味が無いから。だから止まるしかない…。接敵必死のエリエーテも動かせない。そうよね?…クソ喰らえだわ!!」

 

そうほくそ笑んでから、次の号令を出した。

 

「二の矢!行くわよ!戦術儀式魔術!コードβ!起動準備開始!」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

イヴ先生が次の一手を打つ。

 

 

天を貫き、大地を震わす極太の稲妻が、死肉の海の一角に大炸裂。

雨に濡れた大地に電撃が走り、その一帯を丸焦げにする。

あまりにも想定外の状況に、思わず叫ぶエレノア。

 

「こ、この術は…戦術A級軍用魔術、黒魔儀【ストライク・ジャッジメント】!!?何なんですか、()()()()()()()()()()()()()()()!!!?」

 

 

 

 

「【ストライク・ジャッジメント】?()()()()()()()それ?」

 

()()()()()()()よ」

 

俺はあまりにも無い選択肢に、思わず唖然とするが、自信ありげに返された。

 

「アイル君?知ってるの?」

 

「ああ、【ストライク・ジャッジメント】ってのは、攻城魔術…つまり点制圧なんだ」

 

基本的にどのA級軍用魔術も、面制圧だ。

それぞれに欠点はあるものの、面制圧の対軍魔術なのに対して、【ストライク・ジャッジメント】は、点制圧の攻城魔術。

 

「つまり…今回みたいは大軍との戦いには、向かないって事?」

 

「そういう事」

 

「もちろん意味はあるわ。1つ目は、()()()()()()()()()、比較的に広範囲に攻撃が可能だわ。2つ目は、()()()。低コストで用意が出来るこの術はもってこいなのよ。そして…」

 

 

 

 

「3つ目が()()()()()()()。古代の魔王ですら、数百年と年月をかけて、数を集めてきた。しかしこのプランは、あくまで予備プラン。メインのシナリオでは無い」

 

「だったら、それほど数に余裕がある訳じゃない。ざっと計算した結果…1()0()()。それが貴方達の限界よね?…さて、天の知恵研究会。なに、余裕ぶってるのかしら?まだ分からない?()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

そう言ってイヴ先生が、次の一撃の用意の合図を送り、次に備えた。

 

 

 

そして、再び放たれる雷豪一閃。

一角を抉り飛ばされるのを、エレノアは歯噛みしながら睨む。

 

「このまま鴨撃ちはマズイ…!」

 

次弾装填までの時間、1発辺りの被害率…それらを計算すると、1()0()()

それだけ食らうと、儀式が失敗してしまう。

それまでに、この忌々しい雨が上がることも無いだろう。

 

「普通しますか…!?こんな博打みたいな作戦…!?」

 

焦るエレノアとは対照的に

 

「いや、大した将ですな、イヴ=イグナイト。…いや、ディストーレでしたかな?しかし惜しい。本来なら今頃その辣腕を【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】で発揮していたはずなのに…ままなりませんな」

 

「ッ!?」

 

穏やかに笑うパウエル。

しかし、パウエルの言葉を聞いて、硬直するエレノア。

先のミラーノでのイグナイト卿の一件。

使い魔で監視していたエレノアは知っていた。

イヴを引き留めたのが、グレンとアルタイルである事を。

 

(またあの2人…!特にグレン=レーダス!)

 

この間、ある事情で帝都である仕事をしていたのだが、それを阻む者達がいた。

その者達が崩れかけた戦線を立て直したのも、彼らの名前が出てからだ。

そして結果、その目的を果たせず逃げられてしまったのだ。

 

「どうなさいますか、パウエル様?」

 

「簡単です。彼らの出番です」

 

その声に応じて、現れる老若男女。

天の知恵研究会の構成員、総勢200名。

1人1人が、一騎当千の外道魔術師だ。

 

「この為の仕込みは既にすんでいます。そして…私も動きます」

 

 

 

 

「【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】、再進軍開始しました」

 

クリストフが報告して、俺も確認する。

このフィジテを囲うように展開する様子は、まあ定石ではある。

 

「…ねぇアルタイル?戦術と戦略の基本って何か知ってる?」

 

突然、どこか懐かしむような声で、俺に聞いてくる。

 

「…さあ?相手の手を読み切る事?」

 

俺の答えに、苦笑いしながらゆっくりと首を横に振る。

 

「違うわ。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言ってから、イヴ先生は特殊回線の通信用宝石を手に取り、全士官に伝える。

 

「全軍傾聴!ここからが真の勝負よ!我らが祖国の興亡、この一戦にあり!あえてもう一度言わせてもらうわ!貴方達、祖国の為に、女王陛下の為に死になさい!!その命…私に寄越しなさい!!!」

 

暴君みたいな物言いに、返ってきた返事は

 

⦅⦅⦅⦅⦅了解(イエス)!!!我らが閣下(ユア·エクセレンシティ)!!!⦆⦆⦆⦆⦆




イヴかっこいい!
以上!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第2話

無限に距離を伸ばすのは、防御的チート。
時間をゼロにするのと距離をゼロにするのは、攻撃的チート。
つまり、アイル君がチートを手にしました。
それではよろしくお願いします。


パウエルが用意した仕込み…フィジテ市内に忍ばせた転移門。

これから殺しができる…そう嬉々として出てきた外道魔術達の前にあったのは

 

「「「…え?」」」

 

帝国軍魔導兵達による、攻性呪文(アサルト·スペル)による雨霰だった。

結局彼は何も出来ないまま、この世から消滅したのだった。

 

 

 

各部隊からの撃破報告を聞きながら、イヴ先生はほくそ笑む。

 

「バカね。こうなったら次はこう出るに決まってるじゃない。そもそも転移方陣は霊脈(レイライン)を利用するもの。敷設出来る場所は限りてるわ。これだけ分かっていれば、予測は簡単よ」

 

でも相手も一流だ。

 

「もちろんタダって訳にはいかないか…!」

 

そう呟く俺達の耳に入るのは、いくつかの部隊の全滅報告だった。

運悪く、実力者に当たった部隊は軒並み全滅。

しかもその中には、ダンス・コンペの時に襲ってきた奴らもいるらしい。

 

「…イヴ姉さん…」

 

俺は俯いて、拳を握り締めるイヴ先生を見つめる。

静かに息を吐き

 

「私が命じて、私が殺した。…この犠牲は、無駄にはしない…!」

 

そうして、イヴ先生の脳内に蓄積される値千金の情報が、一気に組み立られていく。

イヴ先生が、各地に指示を出しながら、後ろに控える俺達…主力の面々を割り当てる。

そのメンツは、クリストフら特務分室。

クロウ=オーガム率いる、ベア達第一室。

その他2つ名持ちの精鋭魔導師達。

ハーレイ先生、ツェスト男爵ら高位階講師陣。

そして…俺とルミアだ。

本当はルミアには、下がっていて欲しいんだが…いつフェロードが来るか分からないので、俺のそばに置くのが1番安全なのだ。

 

「…本当に大丈夫か、ルミア?」

 

「…正直に言うと、すごく怖い。でも、私も戦う。それが私の選んだ道だから」

 

…ならこれ以上は何も言うまい。

俺も怖いけど、覚悟は決めた。

 

「アルタイル、ルミア。貴方達には、【精霊王】ラーヴァを倒してもらうわ」

 

俺達は黙って頷く。

精霊が相手となると、【マジック・バレット】などの無属性が効くんだが…俺達にはそれより強い武器がある。

 

「貴方達の空間操作の能力なら、十分対抗出来るはずよ。でも無理はしないで、危なかったら撤退して。分かったわね?」

 

「「了解です」」

 

「おう!死ぬんじゃねぇぞ!」

 

「お2人共、ご武運を」

 

「いいか3人共。若いのは、まず生き残るのが最優先じゃぞ?」

 

「は、はい!2人共!頑張ろう!」

 

皆が俺達に激励を送りながら、出撃する。

そして残ったのは4人。

俺達とアルベルトさんと、()()1()()

 

「…そろそろ出番よ。今ならまだ、修正も効く。本当にいいのね?」

 

()()()は黙って頷いてから、飛び出そうとする。

 

「「リィエル!!」」

 

俺達はギリギリで()()()を…()()()()を呼び止める。

 

「…?」

 

機械的な動きで振り返るリィエルは、その目も機械みたいで、初めて会った時以上に無機質だ。

 

「…大丈夫、なんだよね…?」

 

「戻ってこいよ、絶対に」

 

俺達の心配の声を聞いたリィエルは

 

「…大…丈夫…。絶対に…勝つ…」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

ほんの僅かに感情を取り戻した様な目で俺達を見て、飛び出していった。

 

「…リィエル…」

 

「…俺達も行こう」

 

リィエルに対して、一抹の不安を抱きながらも、俺達も出撃する。

街に出る時には、その感情は既に捨て去っていた。

 

 

 

 

 

「そんな…対応された…!?」

 

エレノアは独自で集めた戦況を見て、顔を青くする。

 

「半壊…!?送り込んだ外道魔術師のうち、半数が瞬時に殺られた!?しかも、相性のいい相手を瞬時に判断、相性のいい相手をぶつけてきた!!」

 

まだ半分残っているとはいえ、これでは完全敗北だ。

しかも、今フィジテにいるトップクラスの魔導将校は、決して弱くない。

その結果、今フィジテ内は完全な膠着状態になってしまった。

「なんて女何ですか…!?イヴ=イグナイト…!」

 

そもそも彼らにとっての前提条件は違った。

帝国軍VS【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】+天の知恵研究会総力戦、だったのが。

帝国軍VS天の知恵研究会総力戦、になってしまった。

こうなっては…分からないのだ。

そしてこの膠着状態の間にも、【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】は、天から降り注ぐ雷霆に焼かれている。

エリエーテも、リィエルに足止めされている。

エレノアはひたすらに、焦燥感を募らせるしか出来なかった。

そしてついに

 

「致し方ありませんわ…!」

 

エレノアは、ついに自身が潜入ことを決意した。

 

 

 

 

「つ、ついに始まりやがった…」

 

城壁から市内を見下ろすカッシュが、そうぼやく。

 

「皆様、どうかご無事で…」

 

「くっ…」

 

ウィンディやギイブルも、祈るように呟く。

ここは選出された学徒兵達が多く配属されているエリア。

アルザーノ帝国魔術学院生だけではなく、聖リリィの生徒やクライトスの生徒など、様々な者達がいる。

彼らもまた、今日この日まで戦い続けてきたのだ。

 

「クソ…歯痒いぜ。あそこで戦えない自分が…!」

 

忌々しげに吐き捨てるカッシュ。

心配はそれだけでは無い。

視覚を強化して見つめる先には、リィエルがエリエーテと戦っている。

昨晩から様子がおかしいリィエルを、戦わせていいのだろうか…?

言いようのない不安が、ここにいる皆の心境だった。

それともう1つ

 

「この中に、アイルとルミアもいるんだよなぁ…」

 

そう、昨晩夜遅くに2人を見かけたという生徒がいたのだ。

結局2人には会えずじまいなので、真偽を確かめられていない。

 

「…クソ!リィエルちゃんが、アイルが、ルミアが戦ってるこんな時に、俺達はここから見てるだけかよ…!」

 

「そうだな。僕達かこれまでにかなり位階をあげてきたが、あそこで戦うには、まだ足りない」

 

カッシュとギイブルが、悔しげに呟く。

 

「くだらねぇ」

 

ジャイルが吐き捨てたのは、その時だった。

 

「ここにいる奴らの全員が、死ぬ覚悟を決めて戦ってんだ。だったら、俺達もそうするだけだ」

 

それに続くように、リゼが笑いながら言った。

 

「『人様の事なんて関係ない。大事なのは、自分の覚悟と度胸だ』ってところでしょうか?アルタイルなら、こう言うんじゃないかしら?」

 

その言葉を受けて、皆がハッとする。

アルタイルはいつもそうだった。

怖くても、苦しくても、前に進み続けた。

ズタボロになり、死にかけて、それでも守る為に、勝つ為に戦ってきた。

グレンみたいな、元軍人じゃない。

システィーナみたいな、類まれなる才は無い。

リィエルみたいな、天性の身体能力は無い。

ルミアみたいな、異能力も無い。

ただ持っているのは、絶対の覚悟だけ。

それだけの…一般人だ。

 

「そうだ…!アイルはここまで走り続けたんだ!」

 

「だったら僕達だって、やってやる!」

 

一気に活気づく学徒兵達。

当の本人がいたらこう言うのだろう。

 

(別にそんな大層なこと、してないんだけどねぇ)

 

そう思い、小さく笑うリゼだった。

 

 

 

 

 

「…おや?」

 

紳士然とした男、【精霊王】の2つ名を持つラーヴァの前に立ち塞がる1組の男女。

2人共学院の制服を着ている。

 

「…【精霊王】ラーヴァだな」

 

「貴方に恨みはありませんが…ここで倒します」

 

1組の男女…アルタイルとルミアは、それぞれの武器を構えて立ち塞がった。

 

 

 

 

「…仕方ありませんね」

 

そう言って、召喚される精霊達。

多種多様な精霊を前にして、俺達は特に何か思うところはなく、淡々と相手する。

 

「ルミア」

 

「うん。応えて!【私の鍵】!」

 

ルミアが鍵を使い、精霊を異次元に追放する。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

【アリアドネ】で空間ごと精霊を切り裂きながら、肉薄する俺。

 

「なっ!?」

 

驚きながらも慌てて追加するが、それも俺達はあっさりと消し去り

 

「終わりだ…!」

 

「ヒッ!」

 

慌てて張られた魔術障壁ごと、俺の糸で編まれた槍が、ラーヴァの心臓を貫いた。

 

「ゴフッ…!?」

 

そのまま血を吐きながら、倒れ伏すラーヴァ。

特に苦戦すること無く、あっさり撃破した俺達はすぐ背を向けた。

 

「…終わりだ、次に行こう」

 

「うん」

 

俺達は次の戦場に向かいながら、学院を見る。

そこにはいくつかの篝火が灯っており、学院の結界が発動されている。

予想通り、侵入してきたエレノアをイヴ先生が相手取っているのだろう。

気づけば雨もあがっており、城壁からが騒がしくなる。

そこらかしこで始まる戦争。

誰もが戦っていた。

都市内、城壁、その他の場所でも。

しかしこの戦い、その全てがたった3つの要素で成り立っている。

 

(イヴ姉さん…アルベルトさん…リィエル…!)

 

それぞれが、強敵と戦っている。

俺はその戦いを支えている3人を思いながら、走り抜ける。

 

「アイル君!見つけた!」

 

「一気に仕掛けるぞ!おぉぉぉぉ!!!」

 

少しでも早く加勢するために、俺達は目の前の敵に襲いかかったのだった。




ラーヴァは、勝手にこういう感じかなって風にしました。
精霊の群れっていう描写があったので、かなりの数がいたのだと思うのですが、空間を操る2人の前では、無力にしました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第3話

21巻!読みましたか!?読みましたよ!
最高です!
次がもう楽しみで待ち遠しいです!
あのラストは衝撃だったなぁ…。
それではよろしくお願いします。


「これで…10人目!」

 

「グワァァァァァ!?」

 

アルタイルとルミアは、フィジテ中を駆け回り次々と外道魔術師達を撃破していく。

 

「アイル君!怪我は!?」

 

「大丈夫だ。それよりアイツ…フェロードの奴は、まだ仕掛け来ないのか…」

 

「みたいだね…来ないにこした事は無いけど…」

 

禁忌教典(アカシックレコード)】に固執していたフェロードが現れない事が、アルタイルとルミアにとっては不気味だった。

しかしそれでも戦争は止まらない。

 

 

外から押し寄せる、10万の死者の軍勢【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】。

転移して街に侵入してきた、【天の知恵研究会】の外道魔術師達。

そしてそれを迎撃する、帝国軍と有志の学徒兵。

それらの戦いは全て、3つの要点で守られている。

リィエル=レイフォードVSエリエーテ=ヘイブン。

アルベルト=フレイザーVSパウエル=フューネ。

イヴ=ディストーレVSエレノア=シャーロット。

イヴの采配により、一方的な蹂躙から、ギリギリの均衡状態に持ち込むことには成功した。

しかし少しずつ、確実に、流れは傾き出していたのだった。

 

 

「な、なんで…急に…剣先の…わたしの光が…弱くなった…?」

 

「何をそんなに不思議がるんだい?言ったじゃないか。『要らない』って」

 

リィエルの頼みの綱だった剣戟の極地、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】が弱まりだし。

 

 

(早く…早くエレノアを、斃さないといけないのに…!何か…何か突破口を…!?)

 

「ふふふ…流石、お強いですわイヴ様。ですが…その【第七園】は見るからに大魔術。後どれだけ持つのでしょうか?」

 

何時までも紐解けないエレノアの秘密に、イヴの心が絶望に染まりだし。

 

 

「ハァ…!ハァ…!なんだ…今のは…!?」

 

「おや?私を『覗いて』、まだ正気を保ちますか。そう、私は闇。千の貌を持ち、深淵の底に棲みつく者。その1つ。【無垢なる闇】…そのものなのですから」

 

アルベルトは己の切り札である、固有魔術(オリジナル)選理眼(リアライザー)】で、パウエルの正体に触れかけ、冷静さを欠け出した。

アルタイル達の活躍も虚しく。

戦いの趨勢は、【天の知恵研究会】に傾き出していたのだった。

 

 

 

 

「『雷帝の閃槍よ·踊れ』!」

 

「【私の鍵】!堕ちて!」

 

俺の【ライトニング·ピアス】の同時起動(シンクロノス·ブート)と、ルミアの【銀の鍵】が、外道魔術師達を葬る。

どれだけ戦ったのか、何人殺したのか、後どれだけ続くのか。

 

「「ハァ…ハァ…ハァ…」」

 

俺もルミアも精神的疲労と肉体的疲労が、積み重なっていく。

先が見えない防衛戦。

1番キツイのは、敵の強さより、自分自身の気持ちとの戦いだ。

 

「…アイル君…どうしよう?」

 

ルミアもキリがない戦いに、疲れが見えだしている。

俺は通信用のお守りを取り出す。

 

⦅イヴ先生。聞こえる?⦆

 

しかし返事はなく、ただ爆発音とイヴ先生の気迫に満ちた声が聞こえるだけだ。

イヴ先生は手が離せないか…。

だったら。

 

「俺達は少し休もう。その間に【マリオネット】を使って、情報収集だ。行け」

 

俺は複数の【マリオネット】を放ち、すぐにフィジテ中の監視をやらせる。

その間に休もうとしたのだが、すぐに一体から反応が来る。

 

「早いな…これは!?」

 

視覚を共有した俺が見たのは、血塗れになり倒れ伏すリィエルだった。

 

 

 

 

「…」

 

エリエーテは、血塗れになり倒れ伏すリィエルを、冷たい目で見下ろす。

 

「う…うぅ…あ、あぁ…」

 

初戦では、四肢を切り落とされ、肉だるまにされたリィエルだった。

それ故に、リィエルは無数のイメージトレーニングを行い、対エリエーテに特化した剣技を身につけて再戦に臨んだ。

しかしそれをもってしても、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を失ったリィエルでは、同じく【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を持つエリエーテに勝てる道理は無く。

四肢を切り落とされる事はなくても、身体中を切り刻まれ、大量出血に喘いでいた。

 

「どうして…どうしてそんなに弱いんだ!リィエル!君は、【剣天】に至った剣士だ!本当の君はもっと強い!強くないといけないんだ!」

 

苛立ち任せに地団駄するエリエーテは、まさに怒り狂っていた。

天に咆哮する姿は、まさに怒りの慟哭だった。

 

「…君は本当に()()なものを、沢山抱えてるんだね。気づいてないとでも思った?」

 

そう言いながらエリエーテは、ある方向を向く。

 

「僕の剣戟が向こうに行った時、君は躍起になって叩き落としてたよね?…つまり、()()なものはあの場所にあるんだね?」

 

ゾワリッ。

 

リィエルはほとんど見えていない目で、エリエーテの壊れた奈落のような笑みを感じる。

 

「君の弱さは、やはり【剣】として()()なものを抱え過ぎなんだよ。だから…君の代わりに削ぎ落としてきてあげるね」

 

「…ッ!」

 

そう言われたリィエルは、死に体になっている体を強引に動かして、エリエーテの足首を掴む。

 

「ゆる…さな…い。そ、それ…だけは…絶対…に…」

 

そんな様子を、変わらず壊れた笑みで見るエリエーテは、迷いなく蹴り飛ばす。

 

ガッ!

 

「かっは…!?」

 

「だからそれが()()なんだって。なんで分かんないかな?」

 

血反吐吐くリィエルを、エリエーテは襟首を掴み上げ、そのまま担ぎ上げる。

 

「う…くぅ…」

 

「手足は切らないであげるね。だってまだ戦いたいし。それじゃあ行こっか!完成した君がどうなるのか、今から楽しみだ!」

 

まるで、ピクニックにでも行くかのような軽やかさで、駆け出しそのまま跳躍する。

そして…

 

「よっと」

 

シュタッ!

 

軽やかにフィジテ城壁に着地する。

そこは学徒兵を中心とする区画であり、カッシュやウィンディ達など、2年時2組生が多く配属されている場所だった。

 

「…つ、【剣の姫】…エリエーテ…」

 

「り、リィエル…!?」

 

突如現れた、敵主力の1人とボロ雑巾に成り果てた友達。

それらを見て誰もが呆然とする中、1番に怒りに満ちた声を放ったのは、カッシュだった。

 

「テメェ…リィエルちゃんに…なにしやがったぁぁぁぁぁ!!!」

 

その声を皮切りに、全員の怒りもピークに達し、全員がエリエーテに対して詠唱を始めようとした。

しかし…

 

「あ、()()()()()

 

たった一言。

そのたった一言が、空気の抜けていくボールの様に、彼らの怒りも萎んでしまう。

その圧倒的威圧感の前では、彼らなど塵芥も同然、文字通り十把一絡げなのだ。

 

「ああ、その反応で分かったよ。君達がリィエルの()()なものだね。全く…君達がいるから、リィエルが鈍のままなんだよ。本当に度し難い。凡人風情が、天才の道の邪魔をするなよ」

 

「何を…言って…?」

 

辛うじて震える声を放ったカッシュの言葉は、ここにいる者達の、気持ちの代弁だった。

誰もがエリエーテの言葉の真意を、理解出来ないでいた。

 

「ああ、理解しなくていいよ。それと唐突で悪いんだけど…リィエルの為に、死んで?」

 

そう言って、エリエーテは鯉口を切る。

死。

そのたった一言が、全員の脳裏に強烈に刻まれる。

誰もが動けない中、放たれる【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】。

彼女の剣戟と共に放たれる、黄金色の黄昏が全てを飲み込む。

…その直前、相対するように、白銀の月光がそれを阻む。

 

ギィィィィィン!

 

「…え?」

 

その有り得ざる光景に、1番に驚いたのは、エリエーテ本人だった。

 

「バカな…!?僕の【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】が相殺された!?これ以外の方法で、相殺されたのか!?」

 

そもそも【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】とは、己自身を一振の剣として、斬るという概念に特化させ、あらゆる【可能性】を切り開く業だ。

無限にある人の可能性を、剣として斬る事に特化·昇華させたもの…それが【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】。

可能性さえあれば、それを切り開く。

故に、斬れないものは無い。

そんなあらゆるものを切り裂く光が、対消滅した。

同等のもの以外に、対応する術はない。

エリエーテがその正体に行き着く前に。

 

コツン。

 

革靴が床を叩く音が響く。

エリエーテは、慌てて振り向くも。

 

カチャン。

 

それより早く、鍵を閉めるような音が響き、何かが消える。

…否、そこに転がっていた筈の、リィエルすら消えている。

 

「…ッ!?ハァァァァァ!」

 

振り返っていたエリエーテの背筋に走る、冷たい予感。

彼女は背後に、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を発動する。

斬る為では無く、己を守る為に。

再び衝突し、対消滅する黄昏と月光。

その向こうにいたのは

 

「…ここまで良く頑張ったね、リィエル」

 

「後は、俺達に任せろ」

 

金髪を緑のリボンで結んだ少女と、黒髪に銀色の刺繍が施された、真紅の手袋をつけた少年。

 

「「「「「「「「「「「アイル!!!ルミア!!!」」」」」」」」」」」

 

アルタイル=エステレラと、ルミア=ティンジェルだった。

 

 

 

 

 

慌てて駆けつけた俺達が見たのは、砦の上でボロ雑巾と化していた、リィエルだった。

そしてそうした本人であるエリエーテが、皆に剣を抜こうとしていた。

 

「させるかよ…!」

 

俺は空間断裂でその一撃を相殺して、同時にリィエルを救出する。

 

「皆、ここを離れろ。ルミア、リィエルを頼む」

 

「…分かった。無理はしないでね」

 

「な!?ま、待てよ!俺達も…」

 

「足手まといだ引っ込んでろ。後…ここはもう持たない」

 

俺の言葉に答えるように。

 

「うわぁぁぁぁぁ!?突破されたぁぁぁ!!」

 

「し、死者達が雪崩込んで来るぞー!!」

 

ついに、防衛線が突破されてしまう。

それは1ヶ所だけでは無く、あっちこっちで、戦線が崩壊しだした。

 

「早く行け!食い殺されるか、切り殺されるかだぞ!」

 

「…全員撤退!急いでください!」

 

リゼ先輩の言葉で、やっと動き出す皆。

そんな皆を、エリエーテはぼんやりと見ながら

 

「逃がさないよ」

 

剣を振りかぶる。

俺はそれに合わせて

 

「やらせねぇよ」

 

糸を振るい、空間ごとエリエーテを切り裂こうとする。

しかしその糸は

 

「ッ!?ハァァ!」

 

エリエーテの一撃とぶつかり、相殺される。

何かは見えないが、何かが俺の光と衝突してるのは分かる。

 

「…そういう事か。流石の僕も納得いったよ」

 

エリエーテの冷たい視線が、俺を射抜く。

 

「僕の【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】は、あらゆるものを切り開く。なのに君の銀の光は切れなかった。…その理由は、君の光は物質を、空間ごと切り裂いているんだね」

 

「…」

 

「僕の光が君の光を切り開こうとして、君の光が僕の光を切り裂こうとする。同じ性質を持つもの同士がぶつかった結果、お互いを切ろうとして、対消滅してしまった。…そんな所かな?」

 

「…ま、概ねな。思ったより賢いのな。バカそうなのに」

 

「ば、バカは余計だろ!?もう!」

 

お互い軽口を叩きながらも、その隙を見逃さないように、睨み合う。

 

「まあ、話し合いはもういいでしよ」

 

「そうだな。ここからは…」

 

「「殺し合おう」」

 

エリエーテの真銀(ミスリル)の剣と、俺の【アリアドネ】が衝突する。

お互い一撃必殺を持っているもの同士、勝負はより早く一撃与えた方が勝つ。

 

「アハハハハ!」

 

「オォォォォ!」

 

怪物同士の戦いは、始まった。




それと僕、やっと多機能フォームなるものを、使えるようになりました。
使い方が分からず困っていましたが、やっと分かりました。
それに伴い、投稿した分を一部編集しました。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第4話

最近、暑すぎですよ…。
皆さん、水分補給しっかりしてくださいね。
それでは、よろしくお願いします。


そもそもの話として、俺は魔術師だ。

糸を使った接近戦を得意としてはいるが、それでも俺は生粋の武人ではない。

つまり何が言いたいかと言うと…

 

「チィィィィィ!」

 

「アハハ!そら、もっと行くよ!」

 

いくら同等の手札を持っていても、その手札を切るプレイヤーの性能が、桁違いなのだ。

だから俺は今、かなり押されているのだ。

 

「こん…のぉぉぉぉぉ!!」

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ギィィィィィィィン!!

 

俺の次元切断とエリエーテの剣から出る何かが、何度目かの対消滅を引き起こす。

空間が悲鳴をあげるような、軋む音が響く。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「うん!まあまあだね。リィエル(メインディッシュ)の前の前菜として、文句なしだよ!」

 

「ケッ…前菜かよ…」

 

クソッタレが…舐め腐りやがって。

とはいえ、正直手も足もでてないのは事実だ。

…そろそろかな。

 

「でもそろそろ終わらせないと。リィエルがこれ以上鈍になられても、あれだしね」

 

そう言ってゆっくりと、剣を構えるエリエーテ。

ゾワリッと寒気が走り、本能で理解する。

…これは、ヤバい。

俺は直ぐに全力で迎撃を選ぶ。

 

「「ハアァァァァァァァァ!!」」

 

ガギィィィィィィィィィィィン!!!

 

ここ一番の衝突音が響き、なんとか対消滅させることに成功した。

しかし衝撃までは防ぎきれず

 

「ぐぅぅぅぅぅぅ!?」

 

地面を削りながら吹き飛ばされる。

糸を巻いているからダメージはないが、だいぶ距離が空く。

 

「…へぇ。今のも防ぐんだ。だったらこれならどうだい!」

 

「ッ!?マジかよ…!」

 

アレでまだ、全力じゃなかったのか…!?

とうとうダメかと思った瞬間。

 

カチャン。

 

鍵を閉めるような音と共に、俺の目の前の景色が変わる。

 

「アイル君!?大丈夫!?」

 

「…助かったぁ…ありがとう、ルミア」

 

そう、ルミアによる空間操作で俺はなんとかエリエーテの前から、逃走することに成功したのだった。

 

「…皆は?」

 

「…実は…逃げてる途中で、外道魔術師達と鉢合わせちゃって…私が囮になって、先に逃がしたの。敵はさっき異次元に追放したから、何とか大丈夫」

 

「マジか…早く合流しねぇと…!」

 

俺とルミアが走り出そうとした途端

 

「いや、悪いけど君達の相手は僕達だよ」

 

この声は…!?

俺達がその声の正体に身構えるより早く、周囲の空間が遠ざかり出す。

 

「ルミア!」

 

「アイル君!」

 

俺達はすぐに手を取り合い、出来るだけ逆らわないように、空間を転移する。

 

 

 

 

 

 

「ここは…」

 

「フィジテの外?」

 

アルタイル達が飛ばされたのは、フィジテの外にある小さい丘だ。

眼下には、戦場と化し、死者が雪崩込んでいるフィジテの姿。

自分達のの故郷の無惨な姿に、悔しさが滲み出す。

 

「ここなら、君達も本気で戦えるだろう?」

 

あの男が耳障りな声で、耳障りなセリフを吐く。

 

「『本気で戦えるだろう?』…だと?ふざけんなよ…誰が戦いを望んだよ…誰がこんな事望んだんだよ…!テメェだろ!テメェが、フィジテを…世界を!!滅茶苦茶にしたんだろうがぁ!!!」

 

アルタイルは振り向きながらその男…フェロード=ベリフを睨みつける。

 

〖貴方、何を言ってるの?マスターはただ、世界を救う為に、戦ってきたのよ?それを…酷い人ね。ねぇ、ルミア?そう思わない?〗

 

「酷いのはレ=ファリア、貴女の性根。私はそんな人、絶対に嫌!私の大切な人は…ただ1人なの!私達の邪魔をしないで!」

 

ルミアとレ=ファリアも、お互いを否定しあうように、睨み合う。

全員の気迫が満ち溢れそうになる、その時。

 

「『虚空より来たる我·沈黙の支配者·空に至る王冠はついに摩天を掴み·その血を捧げし兎の宴に血酒を乞い捧げることだろう』」

 

(あの詠唱は…マズイ!)

 

「やらせねぇ!!」

 

「させません!!」

 

アルタイルとルミアが、同時に攻撃を仕掛ける。

 

「それはこっちのセリフよ」

 

しかしその全ては、レ=ファリアに阻まれる。

そしてついに。

 

「『汝、六天三界の支配者たらんと名乗りを上げる者ゆえに』…空天神秘【INFINITE ZERO DRIVE】」

 

フェロードの空天神秘が完成してしまう。

この世のあらゆるものが遠ざかる。

その果てには、決して辿り着かない。

故に無敵。

しかし…彼らにはそれを破る例外がある。

 

「『真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ』!」

 

アルタイルは糸で張った方陣から、【プロミネンス·フレア】を発動し、焼き払おうとする。

その炎は、周囲を焼き尽くしながら、フェロードの目前まで迫る。

 

「これは…!?『■■■』」

 

しかしその業火は、フェロードが操る古代魔術(エンシャント)で防がれる。

何人たりとも近づけない絶対的防御、それを持つフェロードが防御した。

それはつまり…

 

「なるほど…その糸を使った攻撃には、君の空天神秘の効果が上乗せされるのか」

 

アルタイル達の空天神秘【UNLIMITED CROSS RANGE】は、あらゆる距離を無効化する。

例えば時速30キロスで走る馬車が、30キロス先の地点に辿り着くのに、1時間で着く。

しかしアルタイル達の空天神秘なら、それを一瞬で到着させられるのだ。

そして、アルタイル達の空天神秘とフェロードの空天神秘は、真反対の性質な為、お互いを食い破り、無効化させるのだ。

 

「そういう事だよ!!『金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ』!」

 

次に【プラズマ·フィールド】を発動。

雷獣の遠吠えのような雷撃が、フェロードを撃ち抜こうとするも

 

「無駄だよ。『■■■』」

 

これもまた、古代魔術(エンシャント)によって防がれる。

 

(チッ…厄介だな…!)

 

「次は僕から行こうか『■■■』」

 

「ッ!?フッ!」

 

突然何も無い空から、落雷が降り注ぐ。

アルタイルはそれを結界で防御する。

 

「へぇ…結界も空間操作で守ってるんだ。器用だね君。じゃあ、これはどうだい!」

 

落雷が、業火が、吹雪が、暴風が叩きつける。

 

「『七色煌めく光の華よ・その輝きを以て・ 我らに華の加護を与え・その道行を照らし護り給え』!」

 

固有魔術【アイギス·ブローディア】で、その全てを防ぐ。

その時、レ=ファリアが動き出す。

 

〖しぶといわね…!これでどう!?〗

 

レ=ファリアが、持っている【銀の鍵】で空間を切り裂き、同位相高次元領域から無限エネルギーを放出される。

流石にこれ程の高密度は、受け止めきれないだろう。

…アルタイル1人だけだったら。

 

「させない!開いて、【私の鍵】!」

 

アルタイルには、ルミアがいる。

ルミアが自身の持つ【銀の鍵】で、そのエネルギー体を異次元に追放する。

 

「ッ!邪魔しないでよ!ルミア(もう1人の私)!!!」

 

「貴女こそ邪魔をしないで!レ=ファリア(もう1人の私)!!!」

 

ルミアとレ=ファリアの、空間の支配権を求めた戦いが始まる。

 

「フェロードォォォォォォォ!!!」

 

「アルタイルゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

空の乙女に愛された2人の魔術師。

空間を支配する最高峰の魔術師の戦いは、始まったばっかりだ。

 

 

 

 

ルミアからリィエルを託されたのは、カッシュ·ギイブル·セシル·ウィンディ·テレサ·リンの6人。

必死の思いで彼らは逃げる。

 

「アイル…ルミア…無事ですわよね…!?」

 

ウィンディは逃がしてくれたアイルとルミアを、心配しながらも周りを警戒する。

 

「リン!テレサ!リィエルちゃんは!?」

 

リィエルを背負うカッシュが、併走しながら法医呪文(ヒーラー·スペル)をかけ続けている2人に尋ねる。

しかし返事は芳しくなく。

 

「ごめんなさい…!必死にかけてるんだけど…!」

 

涙ながら謝るリンと。

 

「考えればリィエルは、手足を切り落とされてたし…元々治癒限界が近かったのかも…」

 

悲痛な面持ちで呟くテレサ。

そんな彼らに

 

「「「「「「「「ギャアァァァァァァア!!」」」」」」」」

 

死者の群れが襲いかかる。

 

「『白銀の氷狼よ·吹雪纏いて·疾駆け抜けよ』!」

 

「『紅蓮の獅子よ·憤怒のままに·吼え狂え』!」

 

そんな死者の群れを、ギイブルとウィンディの魔術が薙ぎ払う。

 

「止まるな!もうすぐ軍の防衛拠点なんだ!走るぞ!」

 

「…よし!行くぞ!」

 

6人は必死に走り抜ける。

この先に安全地帯があると信じて。

しかし彼らに待ち受けていたのは

 

「…なんだよ…これ…?」

 

「や」

 

怪物が作り出した、血の海だった。

バリケードを作り、守ろうとしていた帝国軍の一軍が、ボロボロの死体となって、築かれていた。

その中心にいて、まるで恋人と待ち合わせていたような気軽さで、6人に声をかけてきたのは

 

「…エリエーテ…ヘイブン…」

 

アルタイルが抑えているはずの、エリエーテがそこにいた。

 

「そんな…アイルは…?」

 

震える声で呟くテレサに

 

「あぁ。彼?それがさ、突然いなくなっちゃんたんだよね〜。どこいったかな〜?」

 

その言葉で、6人は少しだけホッとした。

アルタイルが生きている…それだけは、彼らにとって僥倖だった。

 

「まあそれはともかく…君達が、リィエルの1番の()()だね。だから、リィエルを完成させる為に、僕が君達を削ぎ落とす。悪く思わないでね?」

 

そう言って、エリエーテが剣を抜き、ゆっくりと近づく。

そんなエリエーテに対して、まず行動を起こしたのは、カッシュだった。

 

「お、俺が…ここを…抑える…だ、だから…に、逃げろ…!」

 

リィエルを下ろし、あえて1歩前に出た。

顔を真っ青で、滝のように冷や汗を流し、身体中は震えている。

それでも前に出たのは…ただの意地だ。

 

「…バカだな。君一人じゃ、1秒だって稼げるか」

 

そう言って隣に立つギイブルも…震えていた。

 

「アハハ…僕達…もう詰んじゃったみたいだね…」

 

乾いた笑みを疲れながら、並んだセシルも震えている。

 

「…皆一緒ですわ。最期まで」

 

「ええ、友達だものね…」

 

「…ごめんね…リィエル…貴女を助けてあげられなくて…」

 

そう言ってウィンディとテレサとリンは、リィエルを優しく抱きしめて寄り添う。

 

「…バカだなぁ…俺達も…先生やアイルなら、最期まで足掻くだろうけど…流石に俺達には…荷が重いよなぁ…」

 

「…まあ、僕達にしては、頑張った方じゃないか?」

 

「先生なら…きっと褒めてくれるよ…」

 

「アイルは…泣いて怒りそうね…」

 

一時彼らの空気が和やかになり

 

「…はぁ。全然理解できないや。君達は本当に…リィエルをサビ付かせる()()なんだね」

 

ウザったそうに吐き捨てて。

なんの感慨となく、なんの躊躇もなく。

エリエーテはその剣を振り上げて、彼女だけの黄昏の光を纏った剣を、振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

…それは、わたしが見ていた夢だ。

ひめはわたしに言った。

余分を切り落とせ、と。

そうしないとボクに…エリエーテに勝てない、と。

 

「わたしは…グレンの剣」

 

そこは…教室だ。

グレンがいて、システィーナがいて、ルミアがいて、アイルがいて、みんながいる。

グレンがシスティーナに怒られて、それをアイルとルミアが治めて、みんながそれを見て笑ってる。

なんてことの無い、いつもの光景がそこにある。

わたしは心の世界の真ん中で。

 

「グレンはわたしの全て。わたしはグレンのために生きると決めた。グレンの大切なものを守れるのなら…わたしは…」

 

そう言ってわたしは、ひめから手渡された剣を振り上げる。

ただ、ここにある余分を切り捨てるだけ。

それだけの簡単なことだ。

もう二度と、みんなに対して何も思わなくなる。

名前すら忘れるだろう。

それでも…そうすれば、わたしは強くなる。

わたしの剣先に広がる金色の剣閃【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】。

今までとは、比べ物にならないほど強くなる。

それは魂が、本能が、直感する確信だ。

 

「わたし…は…」

 

だけど…。

しばらくそのまま動けなかったわたしは。

 

「…」

 

やがて剣先を下ろし、地面に突き立てて、彼らに背を向けた。

 

「…どうしたんだい、リィエル?」

 

「斬らない」

 

「ッ!?」

 

ひめの問いかけに、わたしはそう答えた。

そうしたら次々と、想いが溢れ出した。

 

「わたしは、みんなを斬らない。…斬れるわけない…だって、わたしはみんなを守りたいから、強くなりたいのに…みんなと一緒にいたいから守るのに!なのに、なんで強くなったら、みんなを失わないといけないの!?そんなの嫌だ!!そんな事しないと手に入らない剣なんて…わたしはいらない!!!」

 

そんなわたしに、ひめは強く訴えかけてくる。

 

「でも…それじゃあボクには…エリエーテには勝てない!キミも!皆も!殺されてしまう!それでいいの!?たしかに悲しいし、辛いことだけど…皆を守る為に、君は皆を守る一振の剣になる…そうすべきだとは、思わないかい?」

 

そう言われて、わたしは自分の心を少しづつ形にするために、慎重に言葉を選んだ。

 

「…たしかに、少し思った。みんなを守れるなら…ってほんの少しおもった。でも、それをしたら、グレンとアイルはきっと怒る」

 

「…グレン先生と、アルタイル君?」

 

わたしの中で見ていたと言ってきたひめは、2人を知っている。

 

「2人は、そんな事しない。自分も、みんなも、笑っていられる方法を、一生懸命考えるし、戦う」

 

「…」

 

「それに、多分。あの黄金の光を強くしても…わたしの剣は、エリエーテに勝てない…と、思う」

 

そういうと、ひめは目を瞬かせながら、不思議そうにわたしに尋ねる。

 

「…どうして、そう思うんだい?」

 

「だって」

 

どうしてそんな簡単なことを、ひめは分からないんだろう。

 

「えーと…【孤独の(トワイライト)…なんだっけ?それ、()()()()()()()()()()。わたしが真似ても、あそこまで強くならない気がする。…勘だけど」

 

「…」

 

そう言いきったわたしを、ひめは少し呆気にとられたような顔で見て、やがて薄く微笑んだ。

 

「…そうだね…。君は正しい。君は、霊魂の一部を共有してるだけの、別人だ。君はエリエーテじゃない。リィエルだ。…ごめんね、ボクはあと少しで、キミに取り返しのつかないことをさせる所だった…」

 

「別にいい。ひめはわたしのことを、心配してくれただけだし」

 

そう言っていつもグレンやアイルがやってくれるみたいに、俯くひめの頭を優しく撫でる。

 

「…でも実際、どうするんだい?このままだと…君はエリエーテには勝てない」

 

「分かってる。だから…()()()()()()()()()()。わたしは…みんなを守る。たとえ余分だと言われても、わたしは守るために剣を振るう。生きる」

 

わたしが大剣を錬成して、そう決意した時。

 

ーーあぁ。リィエル…それでいい…それでいいんだ。

ーー…頑張って、リィエル。…私達の希望…。

ーーどうか僕達の分まで…幸せな道を…。

 

「ッ!?」

 

視界の端で、赤い髪の男女がいた…気がした。

わたしに微笑んでくれていた…気がした。

もう見えないけど、あれは…。

 

「シオン…イルシア…?」

 

「…ぶっちゃけ、剣ってさ」

 

ひめは、わたしが突き立てた剣を引き抜く。

 

「究極的には人を殺すための道具なんだよね。だから、誰かを守る…そういった想いが余分になる。…でもさ、それは使い手の都合であって、剣そのものには、なんの関係もない」

 

「…」

 

「だから…天に至る道は、色々あると思うんだ。道を選ぶのは、人の意思。ボク達は道具じゃない、人間なんだから…」

 

そう言って、ひめはわたしに剣を構えた。

 

「リィエル。君の光を探す手伝いを、僕にさせて欲しい。時間が許すギリギリまで、ここで君に稽古をつけてあげる」

 

気づけば景色は、黄昏の浜辺に戻っていた。

そうしてわたしとひめは、剣を交える。

わたしだけの光…それを探すために、没頭しだした。

そして…

 

キイィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!

 

盛大の金属音が、世界の果てまで届けと、言わんばかりに響く。

その時、エレノアと戦っていた、イヴが。

パウエルと戦っていた、アルベルトが。

フェロードとレ=ファリアと戦っていた、アルタイルとルミアが。

同時にある方角を見て、同じ名前を呟いた。

 

「「「「リィエル…?」」」」

 

 

「…な!?」

 

「嘘だろ…!?」

 

「はぁ…はぁ…ゲホッ!ゴホッ!」

 

いつの間にか、リィエルが立ち上がっていた。

そして、カッシュ達を守ろうと、死にそうな体で、血をまき散らしながら、剣を振り抜いていた。

 

「やら…せない…!みんなは…死なせない…!守る!みんなは…わたしが…守る…!わたしは…みんなのことが…大好きだから…!!」

 

リィエルのそんな姿を見たエリエーテは、心底呆れたように呟く。

 

「…だから、それが余分なんだよ。そんな…」

 

「黙って!!!わたしは言った!そんな光いらない!わたしは剣じゃない…!わたしは、リィエル=レイフォード…!!人間だ!!!」

 

「…心底失望したよ、リィエル。もう終わりにしよう」

 

そう言ってエリエーテは、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を強めていく。

 

「今度こそ終わりだよ、リィエル」

 

そう言って剣を振り下ろしたエリエーテは、違和感を覚えた。

 

(…今度こそ?今度こそって、何だ?)

 

そんなこの土壇場では、有り得ない一言が口から出たからだ。

そう、リィエルの光は既に失われている。

にもかかわらず、先程の一撃を受けきった。

何故…あの一撃を受け止められたのか…?

そのエリエーテの疑問に答えたのは、他ならぬリィエル自身だった。

 

パァァァン!!!

 

世界を染めあげる黄金の光を、一筋の銀色の光が切り裂いたのだ。

 

「ッ!?」

 

「ゲホッ!ゲホッ!…ゴホッ!」

 

予報外の事態に硬直するエリエーテと、血反吐吐きながらよろめき、それでも立ち上がるリィエル。

 

「ッ!」

 

ふとエリエーテが、ある事に気づいた。

それはリィエルの剣先。

そこに光が灯っていた。

とても小さい…しかしまるで、夜明けの黎明を思わせるような、銀色の光。

 

「〜〜〜〜ッ!?」

 

ゾクッ!

 

それを見た瞬間、エリエーテの背筋に明確な悪寒が走る。

エリエーテはそれを払拭するように、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を放つも

 

「いや…あぁぁぁぁ…!」

 

剣の重さに振り回せるように、剣を振るリィエル。

しかしその剣先が、銀色の軌跡を描き。

 

パァァァン!!!

 

再び、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を打ち消した。

衝撃で吹き飛ばされるリィエルだが、それでも生きている。

 

「なんなんだ…それは…?」

 

呆然と呟くエリエーテ。

そして、その疑問はカッシュ達も同様だった。

 

「リィエルちゃん…どうしちまったんだ…?」

 

「あんな体で動けるのも…驚異的だが…それより…」

 

「うん。小さくて弱々しいけど…とても綺麗な…銀色の光…」

 

(見えてるのか?彼らにも。だったら、あれは…【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】じゃない!だったらあれは…!?)

 

「…やっと…見えた…」

 

ボソッとリィエルが呟いた。

 

「み、見えた…?」

 

「ん。…この光を…ひめとずっと探してた…。全然見つからなかったけど…やっと…やっと見えた…」

 

要領を得ない言葉と、焦点の合わない目。

なのにその言葉はエリエーテに刺さり、その視線はエリエーテを貫く。

 

「これは…わたしの…わたしだけの光。いらないものを…切り捨ててきた…あなたでは…絶対に到達出来ない光…」

 

「なっ!?」

 

呆気にとられるエリエーテの前で、リィエルはふらつきながら、大剣を担ぎあげて。

 

「昔のわたしは…なんのために生きてるか…分からなかった。だから…誰かの剣になって…生きればいいって思ってた…何も考えなくてもいいから…楽だって…思ってた。けど…それじゃダメだって気づいた…だって…この世界には…すごくあったかいものや、大事なものがあるって…わかったから…!もう、剣になりきって…見ないふりなんて…できっこない…!」

 

「ッ!」

 

「わたしは…生きる…そんな大事なものを守って…生きる…みんなと一緒に…生きる!わたしはそのために、剣を振るうんだ…!他に誰もいない…ひとりぼっちの天の頂きなんて…いらない!生きるために…!他の誰でもない…わたし自身のために…!!」

 

 

わたしの心のどこかで、ひめが呟いた。

穏やかに見守るように言った。

 

「それが…キミの生き方なんだね、リィエル。ボクとは違う…キミの目指す剣…キミだけの光…。分かったよ。キミは…剣士じゃなかった。とても素敵な…女の子だったんだ。キミは…本当の意味で強いんだ」

 

「リィエル、キミの目指すその剣と、生き方に幸あれ。この世界に産まれた、君の光に祝福あれ。どうか、その光の名前を贈らせてほしい。きっと気に入ってくれると思う。その名は…」

 

 

「【絆の黎明(デイヴレーク·リンク)】ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」

 

 

 

 

 

「『■■■』」

 

「グウゥゥゥゥ!!!?」

 

フェロードの放つ、古代魔術(エンシャント)の炎が、アルタイルの結界を突き破りアルタイルを焼く。

咄嗟に飛び退き、何とか炎から逃れようとするアルタイルを

 

〖死になさいよ!〗

 

レ=ファリアが【銀の鍵】を片手に、突撃してくる。

アルタイルはその動きを冷静に見切り

 

「シッ!」

 

〖キャアァァァ!〗

 

カウンターに蹴りを入れる。

本来霊体であるレ=ファリアに通常攻撃は効かないのだが、ルミアの加護を持つ【アリアドネ】が、それを可能にする。

同質の魔力を持つ【アリアドネ】は、そのままレ=ファリアの霊体に、直接当てることが出来るのだ。

 

「レ=ファリア!『■■■』!」

 

フェロードが雷を放つ。

咄嗟に結界を張るも、即席の結界では当然持たない。

 

「アイル君!」

 

カチャリ。

 

しかしその一瞬の隙に、ルミアの【銀の鍵】が、アルタイルを転移させる。

 

「助かった!オォォォォォ!!」

 

すぐにアルタイルが反撃に出る。

【アリアドネ】の糸が、超高速でフェロードに迫る。

 

「クッ!」

 

フェロードの空天神秘を貫いながら放たれる糸を、フェロードは横に避ける。

地面が割れ、破片が飛び散る。

 

カチャリ。

 

鍵の音がしたと思えば、破片の1つとアルタイルが、入れ替わっており。

 

「ウォォォォォォォォォ!!!」

 

銀色に輝く【アリアドネ】を、思いっきり振り下ろしていた。

 

「ッ!?」

 

すぐにフェロードがガードしようにも、間合いが近すぎて間に合わない。

そう思った瞬間

 

〖マスター!〗

 

レ=ファリアが間に入り、【銀の鍵】で受け止める。

 

ドォォォォン!!!

 

空間がネジ曲がる程の衝撃が、レ=ファリアとフェロードを打ち据える。

 

〖がはぁ!?〗

 

「グゥゥゥ!レ=ファリア!『■■■』!」

 

フェロードの放つ絶対零度の吹雪が、アルタイルを襲う。

しかしその直前。

 

カチャン。

 

ルミアの【銀の鍵】が、アルタイルを再び救う。

睨み合う2組。

不利なのは当然、アルタイル達だ。

そもそもの魔術師としての格が違う。

現にアルタイルの体は、怪我だらけだ。

普通なら倒れて普通くらいには、怪我だらけなのだ。

それにも関わらず、フェロードは焦りを感じていた。

 

(何故だ…何故笑っている!?)

 

「なぁ、ルミア」

 

「…何、アイル君?」

 

「今やべぇじゃん?押されてるじゃん?なのにさ…楽しくてしょうがない…!」

 

ボロボロの体で、口元の血を拭いながら、それでもアルタイルは獰猛に笑った。

 

(何となく分かる。リィエルはまだ、戦っている事が)

 

リィエルと再会した時、彼女はボロボロだった。

生きてる事がいっぱいいっぱいくらいに、ボロボロだった。

だが、先程聞こえた金属音で確信する。

リィエルは戦っている。

自分が大切だと思える何かの為に。

 

(だったら…負けられねぇよなぁ…!)

 

「しゃあ!テンション上がってきたァ!!行くぞ!!ルミア!!!」

 

「うん!絶対に勝つ!!!」

 

「勝つのは、僕達だ!!」

 

〖調子に乗るなぁ!!〗

 

突撃するアルタイルと、それを支えるルミア。

そんなアルタイルを迎え撃つ、フェロードとレ=ファリア。

彼ら戦いは、さらに激化していくのだった。




凄い魔術を手に入れても、結局殴り合いに持ち込む、アルタイルなのでした。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第5話

生きてますよ。
主人公の戦いだけではもたないので、それぞれの戦いも見ていただければと、思います。
まあ、原作をざっくりとまとめてるだけなんですが。
それではよろしくお願いします。


(…やっぱりおかしいわね)

 

突破口の無い絶望に、心が押し潰れそうになりながらも、イヴは冷静に思考を続けていた。

そのおかげか、派手に魔術を使ってはいたものの、まだまだ余力を残していたのだ。

謎の無限復活再生術に、謎の無限死者召喚術。

魔術とは、法則(ルール)に則っているものである。

あまりに埒外だった為、見落としそうになっていたが、イヴはついにその法則(ルール)を見つけ出した。

 

(…()。エレノアが操る死者は()()()()()()()。エレノア自身も女。これが明確な法則(ルール)。つまりこれは()()じゃない。…明確な法則が存在す()()よ。まずは法則(ルール)が何か、そこを知る必要がある)

 

イヴは炎を振るいながら、とある呪文をこっそりと詠唱しだした。

 

「あはははは!アハハハハハハハハ!!!」

 

「ハァ!」

 

無限に湧き出る死者の密集陣形(ファランクス)を、イヴは【第七園】の炎で焼き尽くす。

そのまま死者を焼き付くし、エレノアをも焼き払う。

しかし

 

「ヒャハハハ…!アハハハハハハハ!」

 

すぐに再生して、再び死者の群れを呼び出す。

 

「チィ!」

 

負けじとイヴも炎を操る。

一見して彼女達の戦いは互角だ。

しかし、やはり不利なのはイヴ。

当たり前の話だが、彼女は優秀な魔術師ではあるが、無限の魔力容量を持っている訳では無いのだから。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…!」

 

「あらあら?どうなさいましたか、イヴ様?随分と息が荒くなってますわよ?」

 

珠のような汗をかきながら、ついにイヴの呼吸が荒くなり出す。

それでも…イヴは冷静だった。

 

「『真紅の炎帝よ』!」

 

(少しづつ見えてきたわ…エレノアの魔術の正体…)

 

気迫で炎を起こしつつも、イヴは思考を止めない。

 

(死霊術は基本、自身が契約した死体に仮初の生命を吹き込み、召喚·使役する術。だから、女以外の共通点がないか調べた。…彼女達の【ジーン·コード】を)

 

【ジーン·コード】…つまり肉体の情報は、魂紋同様、()()()()()()()()()()()()

だから同じ結果が出ることは()()()()()…のだが。

 

(()()()()()。エレノアとエレノアが操る死者達。そいつらの【ジーン·コード】が()()()()()())

 

それが示すのは、エレノアが操る死者=エレノア自身であるということ。

そしてエレノアは、何らかの方法で死んだ自分を呼び出している、という事になる。

それが発覚すれば、今度は別の問題が出てくる。

 

(この短時間にどうやって、自分の死体を作っているのか…ということ。クローンを作れば可能だが、それにはバカみたいなコストと時間がかかる)

 

無限に復活するエレノアと、無限に召喚されるエレノア。

新たに発覚した新法則(ルール)が、イヴの記憶の奥底に眠っていた記憶を呼び覚ました。

 

(そういえば…あれはたしか、250年以上前の論文だったかしら)

 

それはリィエルが【エーテル乖離症】で倒れた時。

イヴはイヴで、エーテル法医学の論文や資料を読み漁っていた時、たまたま見つけたものだ。

内容は『既死体験による、死の超越』。

簡単に言うならば、『術者自身が一度体験した死を踏み倒す』という、頓珍漢な内容だった。

 

(魔術的理論としては、差程難しい話では無いわ。例えば刺されて死ぬとすると、その事実が世界に記録され、肉体は崩壊し、魂は【摂理の輪】に帰還する。いわいるこれが、人の()()()()。しかし、仮にその魂を、この世界に繋ぎ止めたら?そして同じ人物を、同じように刺して殺したら?その人物は、()()()()()()()()()()()()。その事実は世界に記録されている。世界は矛盾を許さない。故にその死は()()()()()()()()()。それを利用すれば、様々な死因を覚えさせて、完全に死を超越する事が出来るのでは?…そういう内容だったわね)

 

当然、この理論は見向きもされなかった。

イヴ自身、この理論を一笑し、記憶の片隅に追いやったくらいだ。

 

(でも何か引っかかる。…そういえば、この理論の提唱者の名前はたしか…リヴァル。リヴァル=()()()()()())

 

シャーロットというハウスネームは、べつに珍しくない。

このアルザーノ帝国ならば、よくある名前だ。

現に軍の仲間や学院の生徒にも、多数存在する。

 

(エレノアのフルネームは…エレノア=()()()()()()。これは、ただの偶然?)

 

ゴォォ!!

 

ここまで考えながらも、イヴはずっと炎を振るい続けている。

そしてついに、イヴはある覚悟を決めた。

 

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 

イヴが放った炎は、これまでとは違い、全てを破滅させる炎ではなく。

黒魔【フレイム·バインド】。

エレノアを拘束する為の炎だった。

 

「あらあら、何をするかと思えば。無駄でございますわ」

 

「でしょうね。どうせすぐに逃げ出すでしょう。でも…」

 

そう言いながらイヴは、左手に小さい炎を灯し、その炎越しにエレノアの目を覗き込む。

 

「それは…?」

 

「秘伝【火幻術】。炎の揺らめきで相手に幻覚を見せる幻術。今からこれを…()()()()()()()()()()()()

 

「…え?」

 

「私達の精神を同調させ、貴女の心の底を覗き込む。()()()()()()()()()()()()()()

 

「な…!?」

 

本来、精神魔術においてこの手は、禁じ手中の禁じ手だ。

大変危険極まりない、自殺行為だ。

一つ間違えれば他人の深層心理という奈落に落ち、二度と戻って来れなくなる。

それでも…これしかない、イヴはそう覚悟したのだ。

 

「ふ…フザケルナァァァァァァァァ!!!」

 

ここに来て、今まで余裕な雰囲気だったエレノアが、初めて動揺した。

 

「ヤメロォォォォォォォォォォォォ!!!」

 

今日1番の抵抗を見せ、大量の死者を呼び出す。

 

「ハァァァァァァァァ!!」

 

しかしイヴも負けじと、【火幻術】の片手間に炎を操り、焼き払う。

 

「…【火幻術】!!!」

 

ついにイヴの魔術が完成する。

2人の意識を白く染めあげ、イヴはエレノアの過去を覗き込む。

それは…まさに地獄の釜の底のような過去だった。

 

 

⦅『戻ってきて!イヴ姉様!!』⦆

 

「…は!」

 

イヴの意識は聞こえてきた声に、強制的に戻される。

強引に精神を引き戻すのは、相当危険な行為だが、しかしその声が無ければ、危うくイヴは戻って来れなかった。

 

⦅姉様!姉様!ご無事ですか!?⦆

 

⦅…ええ、ありがとうベガ。本当に助かったわ⦆

 

そう、イヴに声をかけたのはベガだ。

イヴは予め、ベガにいざとなったら戻すようにと、頼んであったのだ。

【アリアドネ】の通信機で届いたベガの【言霊】が、イヴの意識を強制的に引き戻させたのだ。

 

⦅いえ…お爺様が、今戻せと教えてくださったので。後、お爺様が怒ってます…すごく⦆

 

⦅…戻ったらしっかり怒られるわ。とにかく貴女も傍から離れない事。いいわね⦆

 

そういってイヴは通信を切る。

今までイヴが見てきた、外道魔術師の数々の所業で、ダントツに最悪な光景だった。

イヴですら、寒気と吐き気が抑えきれない。

しかしそれを、意地と気迫で抑え込み、毅然とエレノアを睨みつける。

不気味なまでの静寂の末

 

「…ミタナ?」

 

地獄の底から響くような、怨嗟にまみれた声が響いた。

 

「見たなミタナミタナマタナ!!ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

相当触れられたくない逆鱗だったのだろう。

しかし、そんな様子を見るイヴは、あっさりと言い放つ。

 

「見たけど。それが?」

 

「ッ!?」

 

イヴは喚き散らすエレノアを無視して、種明かしをする。

 

「おかげで、貴女の秘密がよくわかったわ。あの拷問部屋で受けた死を無効化する。それが貴女の不死身の正体ね。そして貴女の死霊術の正体も…」

 

「ええ!えぇ、そうですとも!!私はあの部屋で受けた死を無効化出来る!そして、この子達は平行世界で死んだ私自身ですわ!!!」

 

ここまで喚き散らしたからか、幾分冷静になったエレノアが、いやったらしい笑みを浮かべる。

しかしその目には、明らかな怒りや憎しみが乗っていた。

 

「同一人物故に、ノーリスクで使役·支配出来る。これが私の固有魔術(オリジナル)死覧博物館(デス·ミュージアム)】ですわ!」

 

「ふうん?」

 

そんな視線に晒されても、イヴは顔色ひとつ変えずに受け流す。

 

「唯一例外があるとするなら、グレン様の【イクスティンクション·レイ】。あれだけは、使用者が限られてるゆえ…しかし!それ以外は全て、網羅したと自負してますわ!お分かりですか、イヴ様!貴女では勝ち目は無いのですよ!!」

 

封印や拘束が効かないのも、この応用だろう。

死んでから再び復活する…そういう体だろう。

自己死(アポトーシス)などの条件起動式も経験済みだろう。

 

「…なるほど、たしかに無敵だわ」

 

イヴはあっけらかんと言い放った。

 

「ええ…理解してくださいましたか、イヴ様。貴女はタダでは殺しませんわ。私が経験した75,662通りの死を、経験させてあげますわ…!ヒャハハ!ヒャハハハハハハハハハハ!!!」

 

戦場に響く、エレノアの狂った嗤い声。

そんな誰もが恐怖するような笑い声を受けて

 

「いい加減にしろ、サイコ女」

 

イヴは毅然と言い放つ。

堂々と、凛としたその声は、エレノアの狂気を祓うよな声。

 

「…は?」

 

呆然とするエレノアに、イヴが吐き捨てる。

 

「なに被害者ぶってる訳?…お笑いだわ。見なさいよ、このフィジテの有様を。あの悍ましい【最後の鍵兵団(ウルティムス·クラーウィス)】を!…ふざけないでよ!一体何人殺したのよ!?帝国史上、一個人で貴女以上に殺した人間、他にいるも思う!?貴女達の目的はもう、心底どうでもいい…。私は貴女を許さない…!帝国魔導武門の棟梁…尊き魔導の灯火で暗き闇を払い、世の人々の行く末を明るく照らし、導くべき者…【紅焔公(ロード·スカーレット)】イグナイトとして!!私は貴女を滅ぼす!!!」

 

そう声高々に宣言して、イヴはその左手に灼熱の炎を灯し、身構える。

 

「…気に入りませんわね…!その目!」

 

その様子を見たエレノアは、その姿があの憎き男達に被って見え、皮膚が剥がれ、血が吹き出すほど強く引っ掻く。

 

「…しかし、お忘れですか?私は貴女が思いつく限りの死は、全て超越しました。例外は先程述べました通り、【イクスティンクション·レイ】…根源素(オリジン)レベルにまで、分解されることですが…」

 

「…そういう風に、誘導したいんでしょ?貴女」

 

イヴのその指摘に。

 

「ッ!?」

 

よく見ないと分からない位の、動揺を見せるエレノア。

イヴは当然気づいており、そのまま話を続ける。

 

「たしかに、効く可能性は十分ある。だとしても、何故自分から弱点を晒したのか?…答えは簡単、グレンがいないから。この戦場で、【イクスティンクション·レイ】を受ける確率は、0%だから。だから、わざとそう言った。そうすることで、もう1つの弱点から注意を逸らしたかったから。違う?」

 

「…」

 

「他にもおかしい点があるわ。それは…貴女が実験を受けたのが、250年前。【第七階梯(セプテンデ)】セリカ=アルフォネアが【イクスティンクション·レイ】を開発したのは、200年前の【魔導大戦】。どうにも時系列が合わないわね?貴女の肉体は魔術で何とか出来るとして、リヴァル=シャーロットが、その魔術を考慮に入れてたかは、些か疑問ね。それよりももっと可能性のある死がある。75,663通り目の死がある。…違う?」

 

「ッ!?」

 

エレノアの顔に、ハッキリとした動揺が出てきた。

これはブラフではない、経験則としてイヴはそう判断した。

 

「それと、貴女の不死身の秘儀だけど…どうやら数も関係ありそうね。多分に予想の入ったカマかけだったけど、当たりっぽいわね」

 

「…だから、なんだと言うのです?私は75662回殺さないと死なない…」

ゴウッ!!

 

そんなペラペラと話すエレノアに、イヴの紅蓮の炎が叩きつけられる。

 

「バカね!無限とほぼ無限は全くの別物よ!貴女はただ、しぶといだけの人間よ!75662回?上等よ!殺しきってやろうじゃない!!!」

 

「ヒャハハ!ヒャハハハハハハハ!!!出来るのですか!?ここまで貴女はまだ112回…いえ、113回しか、私を殺してませんよ!」

 

「やってやる!姉さん…力を!【無間大煉獄真紅·七園】!!!」

 

眷属秘術(シークレット)【第七園】、その極地。

イヴの支配下空間に無間の煉獄が生み出されて、遥か彼方、天の果てまで焼き尽くす大焦熱地獄が現れる。

 

「ギャアァァァァァァァァ!!!」

 

そんな地獄にエレノアの悲鳴が、アンサンブルするのだった。

 

 

 

 

 

「『雷帝の閃槍よ(1発)』!『穿て(2発)』!『貫け(3発)』!」

 

「ッ!?」

 

フェロードのほんのわずかの隙を突くように、アルタイルの【ライトニング·ピアス】が駆け抜ける。

光速で放たれるそれは、フェロードの頭を貫かんと駆け抜け

 

「『■■■』!…何!?」

 

古代魔術(エンシャント)で張った結界を貫かれ、フェロードは慌てて躱す。

そのままフェロードは考察を続ける。

 

(どういう事だ…!?古代魔術(エンシャント)近代魔術(モダン)に負けるだと…!?それに、まず先程の【ライトニング·ピアス】はおかしい!?()()使()()()()()!?)

 

フェロードはアルタイルを、霊的視点で観察してある事に気づいた。

まず、魔力濃度(デンシティ)が桁違いに高いこと。

これは即ち、通常とは桁違いの威力で、魔術が放たれているということ。

そしてもうひとつは…彼の空天神秘【UNLIMITED

CROSS RANGE】が強くなりだしたこと。

 

(さっきまでは【アリアドネ】を介さないと、その効果が上乗せされなかったが、今ではそれ無しでも上乗せされている!?彼の体に定着しだしたのか!)

 

つまりアルタイルは、リアルタイムで成長しているということ。

この極限状況の中、さらに強くなっている。

そしてそれは、他でもないアルタイル自身が、1番如実に感じ取っていた。

 

(何だろう…。かなり研ぎ澄まされてる気がする。…何でも出来そうな気がする)

 

戦いながら、フェロードとレ=ファリアの戦いから、学習していく。

空間を自由に使う戦い方なんて、一生出来そうにないので、アルタイルはその一挙手一投足を、全て見て、学んでいく。

そして…盗み、自身のものへと昇華させていく。

 

「行くぞ…!」

 

アルタイルはそう呟くと、一気に駆け出す。

アルタイルの活路は近接格闘戦。

とにかく近づくしかない。

 

「来るな!『『『■■■』』』!」

 

本来セリカの絶技である、【三重唱(トリプル·スペル)】。

当然のように使われた、絶技によって放たれた古代魔術(エンシャント)は、一個人を消し飛ばずには十分すぎる。

 

カチャリ。

 

「…は?」

 

そう、一個人を消し飛ばすには十分すぎるのだ。

それは…フェロードとて、例外ではない。

 

「なにぃ!?『■■■』!」

 

慌てて防御するフェロードは、この怪奇現象の正体を看破していた。

 

(ルミア…!彼女の鍵の力で、僕とアルタイルが入れ替わったのか!?)

 

そこでふと、あることに気づく。

自分とアルタイルが、入れ替わったという事は。

今、()=()()()()()()()()()()()()

 

「…レ=ファリア!」

 

慌てて確認するとそこでは

 

「消えろぉ!」

 

〖そっちこそ!〗

 

アルタイルとレ=ファリアが、激しい格闘戦をしていた。

アルタイルとレ=ファリアでは、そもそものパワーの出力が違う。

単純な力比べなら、まずレ=ファリアが勝つが、アルタイルには、それを補う戦いの上手さがある。

 

〖この…しつ…こい!〗

 

「丸見えなんだよ!」

 

ゴギィィィィィン!

 

激しい衝突音を響かせながら、【アリアドネ】と【銀の鍵】が、衝突する。

激しい鍔迫り合いの末、両者が弾かれる。

 

「チィィィ!」

 

〖つぅぅぅ!〗

 

「アルタイルゥゥゥ!!『■■■』!!」

 

自分の魔術を防ぎきったフェロードが、再び古代魔術(エンシャント)で、焼き払おうとする。

 

「『七色煌めく光の華よ・その輝きを以て・ 我らに華の加護を与え・その道行を照らし護り給え』!」

 

しかしアルタイルは【アイギス·ブローディア】で、その魔術を防ぐ。

しかしその隙に、レ=ファリアが【銀の鍵】で空間を切り裂き、同位相高次元領域から無限エネルギーを放出する。

 

カチャリ。

 

しかし、そんなエネルギーの濁流を、ルミアの【銀の鍵】が吸収し、アルタイルを助け出す。

 

「ありがとう、ルミア!」

 

「アイル君の背中は、私が守るよ!」

 

ルミアの頼もしい言葉に、アルタイルは笑いながら、フィジテの方を見る。

視線の先には、蒼天を焦がすかのような炎が、上がっているのが見えた。

あんな大魔術を使えるのは、ただ1人。

 

(イヴ先生…貴女も戦ってるんだよね)

 

そう思うと、不思議と力が湧いてくる。

諦めてたまるかと、その拳を握りしめる。

 

「「はァァァァァァァ!!」」

 

〖「ヤァァァァァァァ!」〗

 

2組の気迫がぶつかり合い、幾度目かの空間を軋ませたのだった。




もうね、仕事を辞めたいですね…。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第6話

生存報告を兼ねて投稿します。
よろしくお願いします。


「褒めてあげましょう、アベル。貴方は私の古き知己にして、同盟者たる大導師様を除けば、人の身で初めて我が正体の一端に触れた、人類初の人間です。故に理解したでしょう?人の身では、私には叶わないと」

 

「ッ!?」

 

廃都メルガリウス。

何回もの地殻変動によって、かつて【嘆きの塔】と呼ばれたものの一部が、古代遺跡として残っている。

アルベルトとパウエルは、この地にて、密かな決戦を行っていた。

パウエルの目的は【Project:Frame of Megiddo】…つまり、【メギドの火】である。

そして、それを阻止すべく…あるいは、かつての復讐を果たす為に、アルベルトはここに立っている。

しかし、敵の正体があまりにも強大すぎた。

その現実に、勝機をまるで感じられずにいたのだった。

 

「さあ、アベル。今こそあの【青い鍵】を使う時です」

 

「…あの鍵ならば、破壊した。それにあっても使わない。俺は人間だ。貴様のような怪物にはならん」

 

その時、パウエルが不思議そうに問いかける。

 

「ほう、この状況でそう言い切る胆力、見事と言いましょう。ですが…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

アルベルトは呆然として、左手に()()()()事に気づく。

それを確かめると…そこには【()()()】が握られていた。

 

「馬鹿な…!?俺はあの時…たしかに…!」

 

「その鍵は資格ある者の手から、決して離れる事はありません。資格とはもちろん、適性や能力等も含まれますが…何より大事なのは、()()()()()です」

 

「…求め…?」

 

「そう、貴方は人の身では私に勝てないと、本能的に悟った。その時、心のどこか奥底で、その【青い鍵】の力を求めた。故に、貴方の手にその鍵があるのです。…さあ、アベル!私が憎いのでしょう!ならば、その鍵を使うべきなのです!」

 

アルベルトは穴が空くのでは、という程、鍵を見つめる。

パウエルの言う通り、おそらくこの鍵の力が必要になるだろう。

人のままでは勝てない…おそらく、そうだろう。

人をやめるしかない…おそらく、そうだろう。

 

「…」

 

しばらく見つめ続けたアルベルトは、やがてその【青い鍵】を…

 

バキンッ!

 

粉々に握りつぶした。

 

「…俺には、こんな鍵は要らん。続行だ、パウエル」

 

そのままアルベルトは再び、パウエルに挑もうとした時

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ッ!?」

 

白い閃光が、アルベルト目掛けて落ちてくる。

その正体は

 

「気に入らない…気に入らないは…アルベルト=フレイザー!!」

 

【戦天使】ルナ=フレアーだった。

 

「何よ、偉そうな事言ったかと思えば!貴方も私と同じ復讐鬼じゃない!」

 

そのままアルベルトに襲いかかるルナを見て、パウエルは楽しそうに笑う。

 

「はっはっは!まさかこのような場面に、貴女が来るとは思いませんでしたよ、ルナ。さて…本来なら、さっさと目的を果たすべきなのでしょうが、せっかく役者な揃ったです。この舞台に、相応しい演出を用意しましょう」

 

そう言ってパウエルが召喚したのは、2体の大悪魔。

これまで出てきた悪魔とは、明らかに桁が違う。

その悪魔の姿を見て、アルベルトとルナは動きを止める。

 

「【葬姫】アイシャール…アリア…」

 

「チェイス…チェイスなの…!?」

 

アルベルトの最愛の姉、アリアが変貌を遂げた六魔王が一柱、【葬姫】アイシャール。

ルナの最愛の友、チェイスが変貌を遂げた六魔王が一柱、【黒剣の魔王】メイヴェル。

 

「いかがでしょう、これが我が悪魔召喚術の到達点」

 

あまりの絶望が、彼らの前に立ちはだかった。

 

 

唐突に始まった、大悪魔との神話の再現。

しかしルナには、最早戦う意思は無く、ただメイヴェルが放つ、黒い炎に焼かれるだけだった。

 

(もう…いいや…)

 

心が折れ、何もかもを諦めた彼女は、ただその炎に身を任せるだけだった。

そんな彼女に、メイヴェルが剣を振りかぶり、斬り掛かる。

 

ドォン!

 

そんなメイヴェルの胸元に突き刺さる、アルベルトの貫手。

よく見ると、その向こうで燃えて朽ちていくアイシャール。

そのままアルベルトは【選理眼(リアライザー)】で見抜いて、メイヴェルを祓うのだった。

そして呆然としているルナを

 

パアァァァン!!!

 

全力でビンタするのだった。

 

「いい加減にしろ!!!あれはお前の親友では無い!!!ただの悪魔だ!!!!!」

 

「…ッ!?」

 

そう言いきって、ルナを捨てて背を向け、パウエルと向き合う。

 

「茶番は終わりだ。行くぞ、パウエル」

 

「…そうですね。まさか今の貴方が相手では、あれらも片手で捻られるとは」

 

そう呟いて、パウエルが幾体もの悪魔を召喚する。

その様相は、まさにサバト。

 

「…心せよ、人の子よ。人では理解出来ぬ闇の深淵があると知るがいい」

 

その言葉をアルベルトは無視して、この地獄の具現に、真正面から挑む。

1歩も引かず、ただ前に進む。

あらゆる悪魔を祓い、ただ前に進む。

そのアルベルトの顔を見た時、ルナはある事に気づいていた。

それは…アルベルトの右目、【選理眼(リアライザー)】がある目から、一筋の血の涙が流れていたこと。

 

(…どうして、そうも強くいられるの?)

 

ルナはそんなアルベルトが、不思議で仕方がなかった。

どれだけ傷ついても、どれだけの絶望を見せられても、ただひたすらに前に進むアルベルトが、不思議で仕方がなかった。

 

「チィィィィ!」

 

アルベルトが死に物狂いでかせいだ距離が、一瞬で押し戻された。

それでも尚、立ち上がり前を睨む。

 

「…なんで?」

 

ポタリと呟かれた一言に、アルベルトの足が止まる。

 

「なんで…どうして貴方は、諦めないの!?勝てっこない!敵う訳ない!なのにどうして!?どうして戦えるの!?…そこまでして、あの男に復讐したいの!?」

 

そんなルナの絶望の叫びに、アルベルトは静かに答えた。

 

「復讐の為では無い。…託されたからだ」

 

ーーああ、そん時は俺を呼べ。

ーーけっ。俺とお前の2人なら、どんな絶望的な状況でも、ちっとはマシになるだろうよ。

ーー1人で背負うな。

 

アルベルトが思い出すのは、ある男の言葉。

そして、ある少年の背中。

傷つき、それでも必死に藻掻くその姿は、とても尊かった。

それにもしあの男がいたら、きっとこう言うだろう。

 

ーーこの程度の苦境で甘ったれるな、と。

 

ならば、アルベルトもまた、この程度乗り越えられなければならない。

あの男が信じてくれたのだから。

 

「ルナ=フレアー。たしかに俺は、お前と同じ復讐鬼だ。だが、それだけで戦ってはいない。そうであったら、きっと今のお前のように膝を折っていただろう。この【青い鍵】を己に刺しこんでいただろう」

 

そう言いながら、アルベルトは何度壊しても現れる【青い鍵】を、ルナに見せる。

 

「ある友の背中が教えてくれた。ある少年の背中が示してくれた。いかなる絶望にも屈せず、己の大切なものを守り抜く…本当の強さを」

 

「…」

 

ルナの脳裏をよぎる、1人の少年。

彼は戦天使(ルナ=フレアー)という、圧倒的強者に退くことなく挑み、敗北を覆した。

 

「…俺はお前のことを、書類上でしか知らない。だが、お前がただ力を求め、溺れた者では無いことは分かる。だから…お前もかつては、そうでは無かったのか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

その時ルナの脳裏に、かつての仲間達が浮かぶ。

死んで行った彼らから、託されたのだ。

自らの意思で受け取ったのだ。

だから力を求めた…天使になった。

だが、周りから怪物扱いされるあまり。

アルタイル=エステレラの、あまりにも青臭く、愚直な真っ直ぐさが、眩しすぎたあまり。

パウエル=フューネの、底知れぬ邪悪さと復讐の炎に燃えるあまり。

そんな根底的な事を忘れてしまっていた。

ルナが顔をあげれば、既にアルベルトが悪魔の群れに突っ込んでいる。

 

「気に入らない…!気に入らないわ…!帝国の連中は…!」

 

そう言って、力が入りだした体に生える、6枚3対の翼を羽ばたかせ。

 

「ハァァァァァァァァァア!!!」

 

「ッ!?」

 

法力剣(フォース·セイバー)で、悪魔達を根こそぎ薙ぎ払った。

その隙を【黒剣の魔王】メイヴェル…つまりは、チェイスが襲いかかるが

 

「邪魔ッ!!!」

 

振り向きざまの一撃が、メイヴェルを欠片も残さず消し飛ばず。

 

「…ついてきなさい!帝国男!あのクソジジイまでの道は、私が敷いてあげるわ!!!」

 

そうしてアルベルトとルナの、決死の突撃が始まる。

刻まれていくダメージを無視して、ひたすら駆け抜ける。

 

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」

 

駆け抜け、駆け抜け、駆け抜け続けて…やがて…

 

 

 

 

 

 

 

ザシュ!

 

「ガハッ!?」

 

フェロードの杖が、アルタイルの脇腹を貫く。

 

「この…!『吠えよ炎獅子』!『吠えろ』!『吠えろ』!」

 

「『■■■』」

 

「ッ!?『金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ』!」

 

「『■■■』…おや?勢いが弱まってきたよ?」

 

アルタイル&ルミアVSフェロード&レ=ファリア。

この戦いもまた、終わりが見えだした。

…アルタイル達の敗北、という形で。

 

「ゲボッ!ゲホッ!…ゴホッ!?」

 

ルミアから法医呪文(ヒーラー·スペル)を受けながら、アルタイルが抑えた口元。

その手には血が付いてきた。

 

「アイル君!!」

 

「…やれやれ、やっと限界が来たのか。かなり頑張ったね」

 

パチパチパチ。

薄気味悪い笑顔を貼り付け、アルタイルに拍手を送るフェロード。

 

「…あぁ?」

 

「あれだけの全力の魔術行使に、あれだけ受けた僕の古代魔術(エンシャント)でのダメージ。そして、先程の攻撃。本来ならとっくに倒れていてもおかしくなかった。しかしそれを可能にしたのが【王者の法(アルス·マグナ)】。しかしそれを以てしても…いや、だからこそ、肉体が限界を迎えたんだよ」

 

要するに、この戦いにアルタイルの肉体が、追いつかなくなったのだ。

古代魔術(エンシャント)を貫くのに、全力の攻性呪文(アサルト·スペル)

古代魔術(エンシャント)から守るのに、全力の結界術。

フェロードの空天神秘(切り札)に対抗すべく使用する、アルタイル達の空天神秘(切り札)

その全てが相当量のマナを使っていた。

それを可能にしていたのが、ルミアの【王者の法(アルス·マグナ)】なのだが、その強化されたマナ効率に、肉体が耐えきれなくなったのだ。

 

「さてと…そろそろ終わらせよう。『■■■』」

 

フェロードの古代魔術(エンシャント)によって、一筋の雷が落ちてくる。

 

「ッ!フッ!」

 

アルタイルは負けじと、結界で防ぐも、少しずつ

その結界がひび割れていく。

 

「アイル君!」

 

ルミアが【銀の鍵】で、空間を歪めて守ろうとするも

 

〖させないわよ〗

 

レ=ファリアの【銀の鍵】がその空間の歪みを、戻してしまう。

そしてついに、フェロードの雷が結界を破り、2人を貫いた。

 

「ガアァァァァァァ!!!?」

 

「キャァァァァァァ!!!?」

 

2人とも、雷に撃たれて倒れてしまう。

そんな様子を、疲れきった顔で見つめるフェロード。

 

〖マスター大丈夫?〗

 

「やれやれ…ここまで手こずらされるとは、思わなかったよ。…本当によく頑張ったけど、僕達の方が上だったね」

 

そう言って、2人に背を向けるフェロードとレ=ファリア。

 

ザリッ。

 

「〖ッ!?〗」

 

土を削る音が聞こえ、慌てて2人が振り返ると。

 

「痛ってぇ…あぁぁ…!」

 

「フー…!」

 

アルタイルとルミアが、再び立ち上がろうとしていた。

ルミアは痺れからか、手足を震わせていて。

アルタイルはそれに加え、更に酷い怪我をしており、身体中…特に脇腹から血を吹き出しながら。

それでも2人とも立ち上がり、睨みつけている。

その気迫に、フェロード達は後ずさる。

 

〖い、意味分かんない…!?なんなのあんた達!?一体何なのよ!?〗

 

「一体なんだ…?何が君達にそうさせるんだ…?」

 

それは奇しくも、【メルガリウスの魔法使い】のラストに酷似していた。

 

「簡単だよ、レ=ファリア。私達には…守りたいものが、沢山あるの。それらを思えば、不思議と力が湧いてくるの!」

 

「大切なものがあって、大切な人がいる。その人達が命を懸けて戦っている。だったら…俺達も戦わないといけないんだ…!」

 

(そうだろ…アルベルトさん)

 

その返事は、確固たる決意に満ち溢れていた。

 

「…行こう、ルミア」

 

「うん。…最後まで、一緒に」

 

アルタイルは何度かの、特攻を仕掛ける。

その何度倒れても消えない光に

 

〖マスター!!〗

 

「レ=ファリア!!うぉぉぉぉぉ!!!」

 

フェロード達も必死に抵抗する。

幾度ともなく繰り返される戦い。

明らかに追い詰められいるのは、アルタイルだ。

しかし、実際に追い詰められているのは、フェロード達だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第7話

お久しぶりです。
書く暇がなくて、ストックが無くなってきました。
SAOはしばらく貯める作業に入ります。
ロクアカも本編は終わらせたいです。
それではよろしくお願いします。


「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「〜〜〜〜ッ!!」

 

激しくぶつかり合う、リィエルとエリエーテの剣。

エリエーテの剣戟、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】が世界を焼き尽くさんばかりに、何発も放たれる。

対してリィエルが放つのは、【絆の黎明(デイヴレーク·リンク)】。

エリエーテが放つ【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を、尽く斬り払う。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「くぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

リィエルの【絆の黎明(デイヴレーク·リンク)】が、エリエーテを追い詰める。

今のエリエーテは、防戦一方なのが精一杯な状況だ。

そんな黄金を白銀が塗りつぶす光景を見て

 

「みんな…見えてるか…?」

 

涙を流しながら、カッシュが呟く。

 

「見えます…見えてますわ…」

 

「うん…あれが…リィエルの光…」

 

「とても優しくて…強くて…」

 

「理屈なんて、何も分からないのに…」

 

「涙が…止まらない…」

 

カッシュだけでは無い。

ウィンディにも、セシルにも、リンにも、ギイブルにも、テレサにも。

誰にでも、その光は見えていた。

しかしそれは同時に…

 

「でも…リィエル…大丈夫なのかな…?」

 

「「「「「…」」」」」

 

誰もが、同じ不安と予感を感じるということで。

 

「ただでさえ…ボロボロの体なのに…あれだけの…全力戦闘…。それに…あの光はまるで…リィエルの命を、燃やしてるようにも見えて…!」

 

肉体は語るに及ばず、その光に関しては、ただの予感でしかないが、それでも何故か魂レベルで理解してしまっている、そんな気がしている。

それはここにいるリンを除く5人もまた、同じ予感があった。

 

「それが…なんだよ…!」

 

それでもと、声を張り上げるのはカッシュだ。

 

「そうだとしても…今、俺達に出来るのは、リィエルを応援する事だけだろ…!そうだろ!?」

 

「…そうですわね…」

 

「「「「「「リィエル…!」」」」」」

 

6人の祈るような視線を受けながら、しかしそれには気づかず。

 

「でりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

リィエルはひたすら、剣を振るう。

エリエーテに、最早余裕は無く。

 

「こんな…こんなはずじゃ!?」

 

(僕は、あらゆる余分を斬り捨てて来た。そんな僕が、負けるはずが…!?)

 

エリエーテは自身を一振の剣として、磨き上げてきた。

今回も、自身を磨きあげることが出来る…そう思っていたが、結果は出来ていない。

それもそのはず。

リィエルが目指す剣と、エリエーテが目指す剣は、似て非なるもの。

そんな異なる2つで、勝敗を分けるのはたった一つ。

どちらの光が、より強いのか。

 

(ボクの光の方が…弱いというのか…!?)

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ッ!?ガハッ!」

 

今日1番の気迫と共に、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】がリィエルを吹き飛ばす。

血反吐を吐き、倒れるリィエル。

そんな絶好の機会を前に、エリエーテは何もせず、ただ宣言した。

 

「勝負だ!!リィエル!!君の光と、ボクの光。どっちが上か!決めようじゃないか!!!」

 

剣を杖代わりに立ち上がるリィエルを見て、エリエーテは剣を上段に構えて、【孤独の黄昏(トワイライト·ソリチュード)】を溜めて、自身最大·最高の一撃の込める。

対するリィエルは、最早剣を構える事も難しいのか、手足は震え、焦点が定まっていない。

灯る【絆の黎明(デイヴレーク·リンク)】は弱く、まさに最小·最弱の一撃になる。

 

「リィエル…!」

 

しかし、友の声が背中を押す。

 

「頑張れ…リィエルちゃん…!」

 

友の声が、【絆の黎明(デイヴレーク·リンク)】の光を強くする。

 

「負けないで、リィエル…!」

 

「勝って、リィエル!」

 

「また一緒に、先生の授業を受けよう!」

 

「アイルの手作り苺タルト、皆で食べましょう!」

 

「こんなところで、君が終わるなんて…許さないからな…!」

 

「どうか…負けないで…!誰よりも…貴女自身の為に…勝って!」

 

「「「「「「リィエル!!!」」」」」」

 

友の声が、ふらつく体を支える。

呼吸を整えさせ、腕に力が戻り、瞳に強い光が灯される。

そしてついに

 

「「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」

 

黎明の銀と黄昏の金が、衝突した。

2つの光がせめぎ合う最中、エリエーテは自身の運命を悟った。

 

(あぁ…なんて綺麗な剣なんだ…)

 

その背中にいる余分…いや、仲間達。

その美しさと温かさは、なんと言うべきか。

一方の自分の後ろには何も無い。

なんと薄っぺらく、ハリボテなものか。

そんな自分の最強(さいじゃく)の剣と、リィエルの最弱(さいきょう)の剣の結果なぞ、考えるべくもなく。

 

(あぁ…そうだったな…)

 

【剣の姫】エリエーテは、かつて自身が最強を夢みた理由を思い出しながら、消滅したのだった。

 

 

「「「「「「リィエル!!」」」」」」

 

前のめりに倒れたリィエルを、カッシュ達は駆け寄って抱き起こす。

 

「み…んな…わたし…勝ったよ…」

 

ニコリ、と。

リィエルが笑った…心から笑った。

 

「あぁ…あぁ…!」

 

「すごいよ…リィエル…!心から尊敬する…!」

 

「貴女はあの…【剣の姫】に、勝ったんですわ…!」

 

それと同時に。

 

「ん…それは…よかっ…た…」

 

リィエルの身体から、致命的な何かが…抜けていく。

それが、残酷なまでに、分かってしまう。

 

「わたし…がんばった…本当に…がんばった…グレン…褒めて…くれるかな…?…アイル…喜んで…くれるかな…?」

 

「あぁ…当たり前さ!」

 

「きっと、食べきれないくらい、苺タルトを量産しますわ」

 

皆がボロボロと涙を流す中、リィエルの瞼が、ゆっくりと落ちていく。

その呼吸が弱まっていき…その身体が冷たくなっていく。

 

「…すごく…眠い…少し…寝る…ね…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…パウエル」

 

「ほっほっほ。…致命傷ですな、アベル」

 

アルベルトが血反吐を吐きながら壮絶な表情で、パウエルの顔を鷲掴みにしている。

…しかし、その胸には、パウエルの貫手が刺さっているが。

 

「礼を言うぞ、ルナ=フレアー。お前のおかげで、パウエルを捉えた。ここからは、俺の仕事だ」

 

そのルナは、見るも無惨な姿で倒れており、最早、生きてるか死んでるかも、判断がつかない。

 

「やれやれ…まだその右眼で、私を理解する気ですか?…いいでしょう、やってみなさい。貴方の我は、私の深淵を捉えられるでしょうか」

 

そんなパウエルを無視して、アルベルトは再び、パウエルの闇を解き明かすべく、彼の中に潜り込んだ。

 

 

 

(どれくらい経ったのか…)

 

理由もなく襲いかかる、恐怖と絶望。

アルベルトはそれらを意識の力で捩じ伏せ、進み続けた。

しかし、どこまでも深い深淵に、少しずつ呑まれだしていた。

進み続けて…ついにアル■■■は、我が崩れている事を認めてしまう。

無理もない。

 

(俺ノ我ハ…偽リダ)

 

■■■である事に耐えきれず、名乗り、演じ、作った、偽りの英雄■■■■■=■■■■■だから。

 

(スマナイ…ホントウニスマナイ)

 

■■■■■は、■■■へ意味の分からない謝罪をしながら、闇の中に溶けかけていく…。

その時だった。

 

ーーううん。例え貴女が偽りの存在だったとしても…私は、貴方を誇りに思うわ、■■■。

 

女の声が聞こえた…気がした。

 

(誰…ダ…?)

 

ーー大丈夫だよ、私が…私達が見てる。たとえ、貴方が自分を見失っても…私達が、貴方を見てる。

ーー頑張れ!■■■お兄ちゃん!

ーー負けないで!

 

子供の声がする。

他にも沢山…9人ほどの子供の声だ。

 

ーーほら、皆が■■■の事を見てるよ。

 

女の優しく包み込むような、■ル■■トに語り掛けてくる。

 

ーーねぇ、■■■。この世界に無駄なことなんてないの。貴女が歩んだ苦難の道は、無駄で無意味なものじゃないの。悩み、苦しみながらあるいた道に、中途半端なんて言葉、存在しないの。偽りの英雄として生きて、足掻き続けてきたから、この深淵に、挑む強さを得た。それでも■■■を捨てなかったから、私達は貴方を見つけられた。貴方の全ての葛藤が、貴方をここに立たせている。

 

不意に、何かが光った。

それは、アル■■トが付けている、銀十字の聖印だ。

まだ■■■だったころ、姉から貰った、形見の品。

その弱々しくも強い光が、どこかに導くように光っている。

 

ーーもう少しだよ、頑張って■■■。貴方を信じて、託した友達がいるんでしょう?

 

(…ああ)

 

ーー彼らの期待、裏切りる訳にはいかないよね?

 

(…そうだな)

 

ゆっくりと確実に。

アルベル■は、銀十字の光をを頼りに進み続ける。

アルベルトは深淵を進み続ける。

そして…。

 

 

 

それは、アルベルトにとって、永遠に近い出来事。

されど、現実時間では、1秒にも満たない刹那の時間。

 

()()()()()()()()()!!!」

 

ついに、深淵を捉える。

鷲掴みにしている左手に、稲妻を生み出す。

 

「ギャアァァァァァァァァ!!!?」

 

苦悶の悲鳴をあげ、飛び退くパウエル。

 

「怪物は…人に理解されないこそ、怪物になり得る。その本質を理解されたお前は、怪物じゃない…!十分に滅ぼせる相手だ…!!!」

 

「バカな…!?何故人の身で、我が深淵を理解出来たのですか…!?」

 

苦痛にもがきながら、パウエルはある事に気づく。

銀十字が薄く光った事に。

 

「…そういうことですか!?あの孤児院の9人の子供達とアリアを、契約悪魔として我が深淵に飼っていた!そのアリア達が!」

 

「理屈はどうでもいい…!御託ももういい…!貴様は…俺が斃す!!アベルとして!!何より、アルベルト=フレイザーとして!!!」

 

アルベルトは右眼を輝かせ、突貫する。

パウエルが最後の抵抗と言わんばかりに、姿を変えてえ襲い掛かる。

その姿はまさに、【貌のない闇】だ。

 

「視えてる。そして…容易(イージー)だ」

 

ズドンッ!!!

 

稲妻を纏わせた左拳のカウンターが、闇を貫く。

 

「消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

全身全霊の魔力で放たれる稲妻が、世界を白く染めあげ。

ナニカの悲鳴をあげながら、パウエルは消滅したのだった。

 

 

 

 

 

フィジテの外で戦うアルタイル&ルミアと、フェロード&レ=ファリア。

 

「オォォォォォォォォォォォ!!!」

 

「グゥ!?」

 

アルタイルの気迫に満ちた拳が、フェロードをガードの上から吹き飛ばす。

 

「ハァァァァァァ!!!」

 

〖この…!〗

 

ルミアの【銀の鍵】によって流れ出す無限エネルギーに、レ=ファリアも負けじと空間を歪めて守る。

 

「『雷槍よ』!『穿て』!『貫け』!」

 

「クッ!『■■■』」

 

吹き飛ばされるフェロードに、【ライトニング·ピアス】の追撃を放つも、フェロードは転がりながら、防御する。

 

シュン!

 

「…な!?」

 

転がっていたはずのフェロードが、アルタイルの足元まで戻ってくる。

 

(しまった…【次元跳躍】!さっき、どこかに糸を巻き付けられた!?)

 

フェロードが仕組みを考えた隙に。

 

「『我が手に星の天秤を』…オラァァァァァァァ!!!」

 

「ゴホォッ!!!?」

 

アルタイルは、ボールを蹴り飛ばす要領で、フェロードを全力で蹴り飛ばした。

 

〖マスター!!〗

 

レ=ファリアが慌てて、フェロードの元まで飛び、その体を受け止めた。

 

「ゲホッゲホッ!ゴボッ!」

 

血を吐き出すフェロード。

 

(クソ…肋を折られたかな…!)

 

血を吹き出しながらも、しっかり立ち、身構えるアルタイル達。

同じく血を吐きながらも、立ち上がるフェロード達。

そんな緊迫した空気が張り詰める中、不意にフェロードが弾かれたようにフィジテを見た。

 

「「…?」」

 

アルタイルとルミアは警戒心を解かないようにしながら、同じくフィジテを見る。

2人の目には特に変化はない。

しかし次のフェロードの一言で、現状を知る。

 

「…エリエーテとパウエルが…倒された…!?」

 

「ッ!リィエル…!」

 

「アルベルトさん…!」

 

2人が仲間の勝利を喜び、自分達も続こうとした時

 

「でも…終わりだよ」

 

「「ッ!?」」

 

どこか自信に満ちたフェロードの声に、ハッとフィジテに視線を戻す。

魔術で強化された視界に見えたのは、

 

「あれは…!?」

 

「魔将星!?」

 

〖アハハ!久しぶりに見たわ!死霊の支配者!冥府の大公!【冥法死将】ハ=デッサ!!アイツが出てきたからには、貴方達はもう終わりよ!!!〗

 

レ=ファリアが高々に笑いながら、絶望を告げる。

しかし

 

「シッ!」

 

「ハァ!」

 

「〖ッ!?〗」

 

アルタイルとルミアは、少しも気にせずに襲い掛かる。

慌てて防ぐフェロードとレ=ファリアは、思わず声を荒立てながら答える。

 

〖なんなの貴方達!?頭おかしいわよ!!〗

 

「あれを見ても、分からないかい?もう君達は終わりなんだよ…!?」

 

「は?何が?」

 

「貴方達こそ、分からないんですか?」

 

アルタイルとルミアは、2人を弾き飛ばして、堂々と宣言した。

 

「あれ…エレノアなんだろ?」

 

「あそこにいるのは、イヴさんです」

 

「だったら、勝敗は決まってる。なぁ、ルミア?」

 

「うん、アイル君。あの戦い…」

 

「「勝つのは、イヴ姉さんだ(イヴさんです)」」




21巻、本当に激アツで大好きです。
22巻が待ち遠しいです。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第8話

22巻…まだですかね…?
それではよろしくお願いします。


「はァァァァァァ!!!」

 

「ギャアァァァァァァァァ!!!」

 

イヴの気迫の咆哮と、エレノアの絶叫が響き渡る。

【無間大煉獄真紅·七園】。

イグナイト最大の秘術を以て、エレノアを何回も消し炭にしていく。

しかしそれを以てしても尚、エレノアを殺し切るにはまだ足りない。

 

「ヒャハハハハハハハ!!素晴らしいですわ、イヴ様!まさかこのような切り札をご用意してるとは!」

 

イヴはエレノアを焼きながら、何が足りないかを考える。

 

(熱量…私の炎の熱量を上げないと…!もっと!もっと!!)

 

ではどこまで?

そう思った時、イヴはある事を思い出す。

それはこの【無間大煉獄真紅·七園】を会得した時、リディアから奪った方陣に自身の魔力を乗せて、干渉作用を引き起こし…一瞬、無限熱量に至ったことを。

 

(これだ…!これしかない!でも、どうやって!?)

 

「しかし…イヴ様」

 

思考に溺れるイヴの耳に、真紅の世界のど真ん中で燃やされ続ける、エレノアの声が聞こえる。

 

「随分と景気よく焼いてますが…まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そう言ってエレノアが取りだしたのは…縦半分に割れた、【赤黒い鍵】だった。

 

(マズイ…!?)

 

しかしイヴに止める手段はなく。

最後の魔将星が、君臨したのだった。

 

「クッ…!?」

 

イヴが鋭く睨む先にいるのは、エレノアだった何か。

倍近く大きくなった体躯に、異様に長い手足。

髑髏のような顔つきに、骨の翼、襤褸法服。

そしてバカにみたいにデカい大鎌。

何よりも…さっきまでとは桁違いの魔力。

 

「どうする…!?」

 

イヴがその圧倒的な差に、どうすべきかと策を練っているところに。

 

「イヴさん!」

 

「おうおう!いよいよ佳境といったところじゃのう!」

 

「室長!加勢します!」

 

クリストフ、バーナード、エルザの特務分室が。

さらにクロウ、ベア等第一室が。

 

「閣下をお守りしろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

その他帝国軍兵士の生き残り達が、イヴの元に集った。

 

「みんな!?」

 

「外道魔術師達は、全員撃破しました!」

 

「浮いた兵士や学徒兵達で、再び部隊を再編成して、要所を守ってるところだ!」

 

皆どこか希望に満ちた目をしているが、イヴは苦い顔を隠せずにいた。

 

(こいつを殺るの…!?75662回も!?)

 

魔将星と戦うには、ルミアの【王者の法(アルス·マグナ)】が不可欠だ。

もしくは切り札となる、グレンの【愚者の一刺し(ペネトレイター)】か、アルタイルの【果てへと手向ける彼岸の槍(アリアドネ·リコリス)】だ。

 

(いや、あの2つでも、70000回以上はキツい…!)

 

イヴがどうすべきが、考えていると

 

〖あらあら…私以外は皆殺られたようですわね…まあいいですわ。もとより私1人がいればいいのですから!!〗

 

そう言ってエレノアが骨の翼を広げて赤黒い瘴気を撒き散らす。

 

ゾクリっ。

 

背筋に走る、濃密な死の気配。

イヴは直感なままに、炎壁を展開する。

結果として、その勘は正解だった。

その瘴気に触れたものが次々と朽ちていく。

それはもちろん、人も例外ではない。

 

「「「ギャアァァァァァァ!!!!?」」」

 

「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」」」

 

集まった兵が次々と朽ち果てていく。

 

「火よ!!!火を使いなさい!!!!…火を使えぇぇぇぇぇ!!!!!」

 

イヴの咄嗟の命令に従えたのは、特務分室や第一室などごく一部の上級将官達だ。

 

〖フフフ…流石イヴ様…。一目で看破なさいましたか…。私の瘴気は血で出来ています。そして…更なる絶望を、ご覧にいれましょう〗

 

そう言って、ハ=デッサが手を広げ、呪文を唱える。

それは…まだエレノアだった時使っていた、()()()()()()だった。

 

「まさか…有り得ない…!?」

 

〖『有り得ない』?はて、何故でしょう?この子達は、私の平行世界の私。つまり…〗

 

現れたのは、ハ=デッサと化した、エレノア達だった。

 

〖ここで鍵を受け入れたということは、()()()()()()()()()()()()()()…ということですわ〗

 

何体ものエレノアが上空に飛び、上からフィジテを蹂躙する。

 

「これが…大導師の策か…!?」

 

イヴが唇を噛み締める。

ただでさえ激戦必至の魔将星戦。

それが70000回以上。

流石に本体以外は、幾分型落ちらしいが、文字通り()()()()()()()

エレノアの前に立つ兵士達が、それを遠くから自身の戦いをしながらも見ている兵士や学徒兵達が、絶望する中。

 

 

 

 

「詰み…かねぇ」

 

学院の貴賓室。

そこで、戦いの行く末を見守っていた、ルチアーノ卿が空になったグラスを置き、呟く。

隣のエドワルド卿やリック学院長もまた、悔しげに俯く。

 

「…まだです」

 

そんな敗北ムードの中、待ったをかけたのは

 

「まだ…終わってません!まだ兄様も!姉様も戦っています!あの2人は、決して諦めません!!」

 

ベガだった。

幼い少女は、手を震わせながら、それでも兄と姉の勝利を願っている。

…いや、信じている。

 

「そうだな。わしの孫達は、決して力には屈さん。最後まで、戦い抜いて死ぬ。そういう孫達じゃ」

 

エンダースもまた、そう信じて呟き、隣に座る妻もまた、静かに頷く。

 

「そうですね。2人の言う通りです。あの子達は…この程度で屈するような、弱い子ではありません」

 

アリシア七世が毅然と言い放ち、戦いの趨勢を見守る。

 

 

誰もが膝を屈し、真なる絶望に沈む時。

それでも尚、諦めず立ち続ける者。

人々はそういう者達を…英雄と呼ぶ。

 

 

轟!

 

蒼天を焼き尽くさんと、イヴの操る炎が、エレノアを焼く。

 

眷属秘術(シークレット)【第七園】!領域再編完了!」

 

〖やれやれ…これは驚きました。イヴ様は一体?まだ、諦めていないと?聡明な貴女なら…〗

 

「シィィィィィィィィィィィ!!!」

 

先程より更に上がっている熱量で、次々と焼き払う。

その輝きは、この絶望の中にあって、なんとも…

 

「美しい…」

 

誰もがその美しさに見蕩れている中、イヴは叫ぶ。

 

「臆するな!!抵抗しろ!!」

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

「座して死ぬな!!務めを果たせ!!勝利の女神は、自ら膝を屈した者には微笑まない!!戦え!!戦って死ね!!それでも心が萎えた者は、我が火を見よ!!打ちひしがれた者は、我が熱を感じよ!!私の…私達の魂は、命は、まだ燃えている!!この炎が消えない限り…貴方達に…我々、帝国軍に敗北はない!!そして約束する!!私は、最後の最後まで燃える!!皆を照らす、輝く灯火になる!!」

 

そしてイヴは、巨大な火球を生み出す。

その輝きは、まさに日輪の如し。

 

「さあ、同士諸君!!!今こそ、貴方達の魂の炎を燃やす時!!!貴方達が絶望と苦難に挑む先には、私がいる!!!…私に続けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

 

そしてその火球を、エレノアにぶつけ、灰まで焼き尽くす。

その爆煙が狼煙となり…

 

「「「「「「「「「オォォオオオオオオオオオ!!!!!!」」」」」」」」」

 

全軍の士気を取り戻させたのだった。

 

 

 

 

「『■■■』!」

 

「フッ!」

 

フェロードの魔術と、アルタイルの結界が衝突して…フェロードの魔術が防ぎ切られる。

 

〖キエロォォォォォ!〗

 

「この…!」

 

レ=ファリアの空間断裂を、ルミアは自身の鍵で守る。

 

「何故…何故だァァァァァァァ!!!?」

 

「うるせぇよ…!黙ってろぉぉぉ!!!」

 

謎の焦りを感じ、責め立てるフェロード&レ=ファリア。

何度倒れても立ち上がり、責め立てるアルタイル&ルミア。

こちらの戦いも、終幕が近づいていた。

 

 

 

 

 

(もっと…もっと…熱く!)

 

イヴは炎を振るいながら、【第七園】を振るい続ける。

イヴの脳裏に浮かぶ、リディアとの一騎打ち。

あの時、イヴの炎はほんの一瞬だが、無限熱量に至ったのだ。

そのままのめり込んでいき、炎の質が変わる。

究極、魔術とは己の心を突き詰めるもの。

 

「ハアァァァァァァァァァ!!!」

 

紅く輝くその炎を、まさに変幻自在に操るイヴ。

そしてやがて、誰かの記憶に辿り着く。

恐らくそれが、イグナイトの始まり。

そしてその視界には、あの男の背中が映っていた。

 

(ッ!?全く…貴方って人は、つくづく…!…ねぇ、私、貴方みたいになれてるかしら、グレン?貴方達に、自慢できる姉になれてるかしら…アルタイル、ベガ?)

 

〖アァァァァァァァァァア!!!〗

 

「たあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ゴォォォォォォォン!!!

 

エレノアの大鎌と、イヴの炎がぶつかる。

 

〖本気で勝てると思っているのですか!!後75000回以上あるのですよ!!〗

 

「勝つのよ!絶対に!その答えは…私の血の中にあったわ!!!」

 

イヴはここまで心を熱くしながらも、頭の中は至って冷静だった。

それ故に辿り着いた答え。

 

(あの時…無限熱量に至ったのは、偶然じゃない!その答えは、過去にあった!そして今…掴みかけてる!他でもない、私が!!!)

 

最早、小賢しい小手先の技術はいらない。

必要なのは、魂、意思、心の在り方。

つまり…己と向き合うこと。

どんどんと熱量を上げていくイヴ。

後数秒で完成する…しかしその時。

 

「ゴホッ!?」

 

ついに訪れる限界…マナ欠乏症。

その隙を、エレノアは逃さない。

 

「誰か!イヴの援護を…!」

 

〖とりましたわ…!〗

 

仲間達より早く、エレノアが懐に入り込み切り裂こうとした…その直前。

 

⦅『動くなァァァァァァァァ』!!!!!!⦆

 

幼い少女の魂の叫びが、エレノアを縛り付ける。

 

「ッ!?ベガ!!!?」

 

正体は、ベガの【言霊】だ。

イヴが持っているお守りを介して、【言霊】を以て、エレノアの動きを止めたのだ。

しかし…相手が悪かった。

相手がただのエレノアだったら、良かっただろう。

しかし、今のエレノアは魔将星だ。

 

〖この程度…ガアァァァァァァァァ!!!〗

 

ベガの全身全霊の【言霊】でも、止められたのは一瞬だけ。

 

ザクッ!!!

 

その勢いのまま、エレノアはイヴを切り裂いた。

 

(勝った…!これで…希望は潰えた…!)

 

…という、()()()()

 

〖なッ!?〗

 

気づけばエレノアは、まったく明後日の方向に鎌を振るっていた。

 

「…固有魔術(オリジナル)月読ノ揺リ籃(ムーン·クレイドル)】。効くと思った。あのクソ親父と違って、人としての性質を多く残した魔人だったから。…まあ、その子のお陰で、間に合ったんだけど」

 

気づけばイヴの目の前に、赤い髪の少女…イリア=イルージュが指を構えて立っていた。

 

「貴女…まさか…!?」

 

「どうでもいい!ボサっとするな!リディア姉さんの代わりに、真のイグナイトの炎を、貴女が完成させて…!!イヴ=イグナイト!!!」

 

2人が稼いだ数秒。

このほんの僅かな時間が、イヴを頂へと辿り着かせた。

 

「『我は始原の火の司·真紅の戦場を火車にて駆け抜け·果ての地平を夢見る者なり』!!!」

 

そうして遂に、この戦い終止符を打つ魔術を完成させる。

手に取る奇跡の真名は

 

眷属秘術(シークレット)ノ極【第七園:無間大煉獄真紅·()()】!!!!!!」

 

その瞬間、世界が輝く。

炎の色が次々に変わっていき、やがてルビーのように輝き透き通る、美しい真紅色が燃え広がり、フィジテ中を焼き尽くす。

されど、焼くのはエレノア達だけ。

全てが紅に、神々しい赤に染め上げられる。

 

〖…あ〗

 

為す術なく、全てを燃やし尽くされたエレノアは、そのまま真紅の光に溶けて消えゆくのだった。




本編は次で一旦止まります。
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フィジテ防衛戦編第9話

これで本編は一旦止まります。
それではよろしくお願いします。


「そんな…有り得ない…」

 

呆然と呟くフェロードは、俺達との戦いの真っ最中だと言うのに、それを忘れてフィジテを見ている。

 

「有り得ない…!エレノアがやられた…!?僕が数千年も築いてきた計画が、全部崩れたのか…!?」

 

呆然と膝をつくフェロードに、俺はなんの躊躇いもなく、殴りかかる。

 

〖マスター!?〗

 

「ッ!?くっ!」

 

「オラァ!」

 

咄嗟にガードはされたものの、その上から思いっきり吹っ飛ばす。

 

「何ボサっとしてやがる…俺達も、終わらせるぞ」

 

「…ククク…終わらせる…?」

 

吹っ飛ばされたフェロードが、嫌味ったらしい笑顔で、俺達を見る。

 

「随分と強がってるじゃないか…。君はもうとっくに、限界を超えるだろう?その体で何を…」

 

「うるせぇよ、黙って見てろ」

 

俺は足元に方陣を張る。

それは…【マナ堰堤式(ダム)】だ。

 

「ルミア、準備はいいな?」

 

「うん。何時でも」

 

ルミアと確認して、俺は戦いながら、次元跳躍でずっと仕込み続けてきた、奥の手を切る。

 

「『我は神を斬獲せし者』」

 

どこかで、俺の仕込みの1つが起動する。

 

「それは…まさか…!?」

 

「『我は始原の祖と終を知る者』」

 

また1つ、起動する。

 

「『素は摂理の円環へと帰還せよ・五素成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須くここに散滅せよ』」

 

詠唱を進める度に、仕込みが起動する。

 

「させるか…!」

 

〖やめなさいよ!!〗

 

「させません!絶対に!!」

 

フェロード達の妨害を、ルミアが守ってくれる。

そしてついに。

 

「『遥かなる虚無の果てに』」

 

そうして都合7つの仕込み…【マナ活性供給式(ブースト·サプレッサー)】で、臨界まで活性化されたマナを、足元の【マナ堰堤式(ダム)】に溜め込み、それを元手に、神殺しの術を放つ。

 

「黒魔改【イクスティンクション·レイ】!!!」

 

「『■■■』!!!」

 

アルフォネア教授の魔術にして、グレン先生の切り札、【イクスティンクション·レイ】。

威力だけなら、本家と変わらないと自負がある。

俺の奥の手と、フェロードの古代魔術(エンシャント)の結界が、激しく衝突する。

 

「アイル君!!!」

 

〖マスター!!!〗

 

お互いのパートナーも、【王者の法(アルス·マグナ)】でさらに底上げする。

 

「「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」」

 

俺もフェロードも、命を削る勢いで、この一撃に全てを込めるかのように維持する。

 

ピキッ…ピキピキ…!

 

「〖なっ!?〗」

 

「「アァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」」

 

そして、俺とルミアが力を振り絞って魔力を注ぎ込んだ時、遂にフェロードの結界を破壊した。

 

 

 

「〖ギャアァァァァァァァァァァァァア!!!〗」

 

(こんなところで…死ぬ訳には…!!)

 

【イクスティンクション·レイ】に晒されながら、フェロードは何とか生き残ろうと、色んな案を考える。

そして…1番簡単な案を見つける。

 

(お前を乗っ取ってやる…アルタイル=エステレラ!)

 

そう思うが早いか、フェロードは【イクスティンクション·レイ】に晒されている肉体をさっさと捨て、魂の状態でアルタイルに接近する。

このままでは直ぐに、【摂理の輪】に取り込まれてしまう為、可能な限り早くしなくてはならない。

だからだろう…あまりにも早計だったと言わざるを得ないのは。

 

(…何?)

 

【イクスティンクション·レイ】を放ちながら、槍を構えているアルタイルがいた。

そしてアルタイルは()()()()()()、槍を構えて詠唱を始める。

 

「『抉り刺し・突き穿て・必滅の槍』」

 

(…()()()()()()?)

 

フェロードは自身の考えに、疑問が浮かぶ。

 

(何故()()()()()()?いや、それより…()()()()()()()()()()()()()!?)

 

そう、今のフェロードは魂だ。

その魂状態のフェロードと、()()()()()()()()のだ。

それなのに目が合う…即ち。

 

(こちらに気づいている…だと…!?)

 

慌てて逃げようとする、フェロードの耳に

 

「行くぞ。この一撃、手向けと受け取れ」

 

(やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!)

 

フェロードの悲鳴は、アルタイルには聞こえていない。

理由は簡単…実際には、アルタイルにはフェロードの事は()()()()()()

要するに…ただの()なのだ。

 

 

 

「『抉り刺し・突き穿て・必滅の槍』」

 

(そこにいるんだろ、フェロード)

 

アルタイルは虚空を睨みつける。

ただの勘だ、彼には全く見えていない。

だが、確信がある。

この一撃で…()()()()()()()()()()

 

「行くぞ。この一撃、手向けと受け取れ」

 

そしてアルタイルは、遂にその一撃を解放する。

 

「【果てへと手向ける彼岸の槍(アリアドネ·リコリス)】!!!!!!」

 

アルタイルが虚空に放った一撃は、たしかにフェロードの魂を貫いたのだった。

 

 

【イクスティンクション·レイ】が切れた先にいたのは、ボロボロになり、光の粒子となって消えかけているレ=ファリアだった。

 

〖…マスターも、貴方の槍に貫かれてしまったわ。…私達の負けよ〗

 

そう言って、震える手でルミアに【銀の鍵】を差し出す。

 

〖…受け取りなさい。これからの戦いで…きっと…必要になるわ…〗

 

「…ありがとうございます」

 

そう言ってルミアは【銀の鍵】を受け取る。

そのまま鍵は銀色の光の粒子となって、ルミアの中に消えていく。

 

〖私の力を…貴女に…預けたわ…。あの人の夢を…壊したんだもん…!ちゃんと…世界…救いなさい…よ…!〗

 

そう言い残して、レ=ファリアも、消滅していったのだった。

 

 

 

疲労でぐったりしていると、通信が入る。

 

⦅アルタイル!聞こえる!?アルタイル!⦆

 

⦅…イヴ姉さん⦆

 

⦅ッ!?無事なのね!?フェロードは!?⦆

 

⦅撃破したよ。アイツはもう、魂ごと消した⦆

 

⦅ッ!?…本当に…?本当に…斃したの!?⦆

 

⦅こんな嘘つかないよ…さあ、閣下。勝利宣言を⦆

 

そう言いながら、俺達は距離をゼロにして、イヴ先生の前に立つ。

 

「「…ただいま」」

 

その様子を見たイヴ先生が、勝利宣言をしようとした、その瞬間。

 

パチパチパチパチ…。

 

どこからとなく、拍手が聞こえた。

それは倒れていない建物の屋根の上。

 

「いや〜、素晴らしい!これは読めなかった!グレンが来てから終わると思っていたんだが、まさか君が終わらせるとはねぇ…アルタイル」

 

その声は、もう聞かないと思っていた。

その顔は、もう見ないと思っていた。

しかし、再び見ることになっても、何故か不思議だとは思わなかった。

だから俺は…心の底から、怒声を張り上げた。

 

「何の用だ…ジャティスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

そこに居たのは…死んだと思っていた()()()()()=()()()()()()だった。

 

「いや〜ねぇ、僕が読んだいたのは、リィエル、アルベルト、イヴがそれぞれの敵を撃破して、ここに僕ではなく、ファロード=ベリフがいると読んだんだ。だが実際はどうだい?」

 

そう言って、ジャティスは俺とルミアを見下ろす。

 

「君達が死ぬとは読んでいなかったが、まさかフェロード達を撃破するとは、もっと読めなかったよ!!!アハハハハハハハ!!!…とはいえ、だ」

 

突然高笑いをやめたと思えば、真面目な顔で、俺達を睨むジャティス。

 

「【禁忌教典(アカシック·レコード)】を手に入れるには、フェロード達の計画を進める必要があるんだ。だから…こうさせてもらうよ」

 

そう言って指を鳴らすと、突然空間が揺れだし、何かが地面から生えてきた。

それは…肉の棒としか表現の仕様がない、不気味極まりない何かだ。

都合17本、その姿に俺達とイヴ先生には、見覚えがあった。

 

「あれは…!?」

 

「そう、【邪神兵】…その根さ。本当はフェロードの奴が、マリア=ルーテルの復活を早めさせて呼んだものなんだけど、利用させてもらうよ」

 

「クソ…ッ!?ガハッ…!?」

 

「アイル君…!?グッ!?」

 

俺とルミアが直ぐに対応しようとしたが、体が動かず膝をついてしまう。

 

「アルタイル!ルミア!…アルタイル、貴方…!?」

 

「やめておきなよ、2人共。フェロード達との戦闘で、マナはとっくに尽きてるだろ?それに…アルタイルに至っては血を流しすぎだよ。早く止血しないと…死ぬよ?」

 

クソ…どうする…!?

俺は慌てて魔晶石を取り出しながら、周りを見る。

みんなボロボロで、とてもじゃないが、対抗する体力も魔力もない感じだ…!

誰もが絶望にもがき苦しむその時。

 

キラッ!

 

突然光が現れて。

その光が柱となって…根を呑み込んだのだった。

 

「「あれは…!?【イクスティンクション·レイ】!」」

 

「まさか…!?」

 

「イヒヒヒヒヒ…来たね…来たね!!」

 

俺達が、イヴ先生が、ジャティスが。

ある人物の登場を予感した。

 

「何が何だかよく分かんねぇし、色々言いたい事があるがな…。とりあえず、追いついたぞ!」

 

「やっと…やっと着いた…!私達の故郷!」

 

「何か、状況が変わってるな…」

 

〖とりあえずは…やったのね、アルタイル…!〗

 

誰もが待ち望んだ、その男。

誰もが信じていた、その男。

その名は…

 

「「「「「「「「「「「「「()()()=()()()()()!!!!!!」」」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

その姿を見て、アルタイルとルミアは、力を振り絞り、グレン達を援護する。

 

「ルミア!!!」

 

「アイル君!!!」

 

「届け…【アリアドネ】!!!」

 

「届いて…【王者の法(アルス·マグナ)】!!!」

 

アルタイルの【アリアドネ】と、ルミアの【王者の法(アルス·マグナ)】が、空間を超えて、グレンとシスティーナに届く。

 

「…先生!これは!」

 

「アイツらだな!白猫!やるぞ!」

 

「はい!『我に続け·颶風の民よ·我は風を束ね統べる女王なり』!!!」

 

「『時の最果てへ去りし我·慟哭と喧騒の摩天楼·時に至る大河は第九の黒炎地獄へ至り·その魂を喰らう黒馬は己の死を告げる·我·六天三界の革命者たらんと名乗りを上げる者ゆえに』!!!」

 

「風天神秘【CLOAK OF WIND】!!!!!!」

 

「時天神秘【OVER CHRONO ACCEL】!!!!!!」

 

その瞬間、システィーナが起こす風が、大地の底まで届かんと言わんばかりに広がり。

グレンが起こした神秘によって、空間に巨大な時計のような魔法陣が構築される。

 

「しゃらくせぇ!とりあえず、近い奴から時計回りに片付けるぞ!」

 

「はい!」

 

まず2人は、1番近くの敵に目をつけた。

ここで、グレンの時天神秘【OVER CHRONO ACCEL】の説明をしよう。

簡単に言うならば、アルタイルの空天神秘の時間版だ。

つまり、行動を起こすのに必要な時間が0になる。

今ならば、詠唱にかかる時間を0にし、着弾までの時間を0にする。

 

「ぶっ飛べ有象無象!黒魔改【イクスティンクション·レイ】!」

 

発動と同時に着弾した神殺しの一撃に、根は跡形もなく消滅した。

 

「風よ!」

 

システィーナの風は、既に別次元のものへとなっていた。

あらゆる場所に到達するシスティーナの風は、根など相手にもならない。

その風を以て、粉々して消滅させる。

 

「…なんか、すげぇ苦労して強くなったのに…上には上がいるって見せられると…あれだな…」

 

「あ、アハハ…アイル君…」

 

何故か少し哀愁漂う空気を出す、アルタイルとルミア。

アルタイルとルミアは、魔力タンクである魔晶石を砕いて、魔力を回復させる。

 

「…よし!行けるか!?」

 

「うん!大丈夫!」

 

「ちょっと!貴方達は休み…」

 

「「ごめんなさい!」」

 

ガチャン!

 

イヴに止められる前に、2人は鍵の力で空に飛ぶ。

 

「フッ!」

 

アルタイルが鋭く腕を振ると、その軌跡に沿うように、遥か遠くにある根が切り落とされる。

 

「堕ちて!」

 

ルミアが鍵を回し、根を空間の果てに追放する。

 

「しまった!お前ら、やべぇ!」

 

突然グレンが何事か慌て出す。

全員が慌てて確認すると

 

「俺、魔術触媒が尽きそうだ!あと頼むわ!」

 

「「しまんないなぁ!」」

 

「アハハ…なんか…懐かしい…」

 

グレンのあまりにも抜けた発言に、アルタイルとシスティーナが同時にツッコミを入れる。

その様子をルミアは懐かしそうに、見つめる。

 

「しゃーねぇな…ちょいと、お師匠様の知恵を借りようかね」

 

そう言ってグレンが取り出したのは、赤魔晶石。

それから情報を読み取り

 

「…なるほど、これは使える」

 

そう言って取り出しのは虚量石(ホローツ)

おなじみ、【イクスティンクション·レイ】の触媒だ。

 

「『我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・素は摂理の円環へと帰還せよ・五素成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・いざ森羅の万象は須く()()に散滅せよ・遥かなる虚無の果てに』…!」

 

(【イクスティンクション·レイ】とは、少し違う…?)

 

そう詠唱して、グレンは【イクスティンクション·レイ】を空に向けて放つ。

その直後、幾つもの光が降り注ぎ、根を文字通り根こそぎ消し飛ばした。

 

「黒魔改弐【イクスティンクション·メテオレイ】…さすがお師匠様だぜ」

 

灰は灰に…塵は塵に…。

 

 

 

 

 

「さてと…これで片付いたな…。アルタイル、フェロードとレ=ファリアは?」

 

「俺とルミアで倒しました。アルフォネア教授は?」

 

「…因果を繋ぐために、過去に残った」

 

「…そうですか。じゃあ、後は頼みました。俺…そろそろヤバいかも…」

 

そう言って俺は、座り込み、脇腹を抑える。

先生は何も言わず、ただ前だけを見て、ジャティスと向き合う。

 

「…なんで生きてるかとか、色々気になるが…とにかくだ。ケリつけるぞ。ジャティス」

 

「さぁ…始めようか!グレン!!」

 

ここに、混迷と混沌を極めた。

真の最終幕が上がる。




それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第1話

お久しぶりです。
よろしくお願いします。


「ジャティス…!」

 

「アハハハハハ!ヒャハハハハハ!」

 

片や数千年の時を経て帰還したグレン。

片や次元を超越して帰還したジャティス。

残存帝国軍と天の知恵研究会の戦いは、帝国軍の勝利に終わった。

だがそこへ乱入したジャティスと、そのタイミングで帰還したグレン。

世界の命運は、今この2人に握られている。

 

「へっ!てめぇがこのタイミングで現れるなんてなぁ…!まさか突然義に目覚めて、世界を救うために立ち上がった…んなわけねぇよなぁ!」

 

「まあ、当たらずとも遠からずだよ。元々僕は正義だしね。ただ君達のそれとは違う…それだけさ」

 

忌々しそうに吐き捨てるグレンに、相変わらず人を食ったような態度のジャティス。

その視線はグレンから、座ってへばるアルタイルに向けられる。

 

「いやいや、本当はフェロードから力を奪う予定だったけど、まさかアルタイルに斃されるとはね。完全に予想外だったさ」

 

「奪う…?」

 

「君達なら、これが何かわかるんじゃないかな?」

 

そう言ってジャティスの左手から伸びる、神鉄(アダマンタイト)の剣を見た瞬間、アルタイルとルミアの頭に痛みが走る。

 

「グッ!?」

 

「うっ!?」

 

知らないはずの何かが流れ込む。

それはルミアが受け継いだレ=ファリアの経験や記憶が、契約者であるアルタイルにも流れ込んでいるのだ。

そしてその姿に、2人は息を呑んだ。

 

「偃月刀…神殺しの剣!?」

 

「まさか貴方は…!【神を斬獲せし者】!?」

 

そう叫んだ途端、ジャティスを中心に壮絶な断絶空間が広がる。

 

「ルミア!」

 

「うん!」

 

アルタイルとルミアが、自分達の空天神秘【UNLIMITED CROSS RANGE】を乗せた結界が、それを相殺した。

 

「ほう…その体でよくやるね。でもやめた方がいい」

 

「…はぁ…はぁ…!」

 

「アイル君…血が…!」

 

体中傷だらけのアルタイルの体から、血が吹き出す。

それを見たジャティスは何を思ったか、断絶空間の侵食を止めた。

 

「今君に死なれるのは、グレンに悪影響でしかないからね。さて…まずはフェロードの真の目的を話そうじゃないか」

 

だがそれは既に、彼らは分かっていた。

だからジャティスはあえて、一部端折って話を始めた。

 

「どれだけ美辞麗句を並べても、複雑怪奇にしても、結局は何が大きなものを得るために、多くの罪無きを犠牲にする…そういうことさ。ちなみにつけ加えるなら、メルガリウスの天空城は【門の神】と呼ばれる、外宇宙の神性との交信場でね、【聖杯の儀式】はその交信場を駆動させるエネルギー炉だね。この【門の神】とは、この多次元宇宙のあらゆる時間·空間に存在する神様でね、この神の力を借りれば【禁忌教典(アカシック·レコード)】への道も開けるという寸法なんだが…まあそれは今はいい」

 

さらにと告げられる真実に、ほとんどの人間が目眩を覚える。

 

「さて。グレン、アルタイル。君たちはある疑問を抱かなかったかい?」

 

唐突に振られた質問に、グレンもアルタイルも答えられられなかった。

その問いかけは、事実だったからだ。

 

「は?どういう意味よ?どこにおかしなところが…」

 

「いや、あるの。システィ」

 

口を挟むシスティーナに、ルミアが止める。

2人の記憶や知識を引き継いだルミアにも、その答えが分かっていた。

 

「…数が少ない、だな。いくらなんでも少なすぎる」

 

「ああ。たかが一分岐世界の一、二国家の民だけでは、あまりにも足りないんだよ」

 

魔術の基本は等価交換…それこそ、神すら逆らえない真理。

もし本当に【禁忌教典】を使うなら、世界一つ賭けないと釣り合わないのだ。

 

「そう、足りないんだよ。彼の計画では精々、数ページを取り出す程度しか無かった」

 

「んな事は、今更どうでもいいんだよ!言いてぇことがあるなら、とっとと言いやがれ!」

 

そんなグレンの苛立った声に、ジャティスは肩を竦めて話し出す。

 

「時にグレン、【無垢なる闇】は知ってるかな?」

 

これまでの旅路で、度々聞いてきたグレンの顔が歪む。

アルタイルとルミアは、実際にそれを目の当たりにした。

あの時は一種のトランス状態だったから、特に何も無かったが、普通に目の当たりにすれば、まずイカれる。

 

「外宇宙には数々の神性がいるが、基本的には無色透明の暴威であり、そこに善悪の基準は無い。だがいくつかの例外はある。…【無垢なる闇】はその一柱さ」

 

虚無に笑う道化、這い寄りし恐怖、貌無き邪悪、宵闇の男、混沌の獣、嘆く暗黒…即ち、【無垢なる闇】。

彼の者は全宇宙、全世界、全知的生命体の敵。

己が愉悦と快楽のためだけに、全てを破壊する本当の神…邪神だ。

 

「…フェロードはこの世界が狙われているのを知っていた。だから【禁忌教典】…その欠片でも求めた」

 

「アルタイル?」

 

まるでジャティスの言葉を続けるように、アルタイルが口を開いた。

 

「記憶をルミア経由で引き継いで、やっとあいつの真意が分かった。あいつはその断片を利用して、この世界を次元樹から切り離そうとしたんです。そうすれば【無垢なる闇】すら干渉出来なくなるから」

 

「次元樹から切り離すだと!?そんなことしたら、完全にこの世界は終わるじゃねぇか!」

 

前にも後ろにも進めなくなるこの世界は、完全に崩壊するだろう。

何もかもが、ただあるだけの置物と化す。

 

「一応、その時の為の手も、考えてたらしいですよ。あいつは全人類を夢に閉じこめるつもりだったらしいです」

 

「…夢…だと?」

 

フェロードの計画は、まずこの世界を次元樹から切り離し、その後全人類を夢だと認識出来ない夢を見させ続けるものだった。

 

「本当に…実にくだらない」

 

そんな計画を、ジャティスがぶった斬った。

 

「そんなもの、全殺しか生殺しの差じゃないか。はっきり言って、彼は邪悪だ。本来、この僕がこの手で抹殺するつもりだったが…まあいい。さあ、君達に問う。こんな下らない考えしかなかった彼に変わって、僕が世界を救う。どうやってだと思う?」

 

(そんなもの分かるわけねぇだろ)

 

そんな全員の気持ちを、心の中で代弁するアルタイル。

それを予想していたのか、ジャティスは直ぐに答えを言った。

 

「簡単なことさ。…ブチ殺せばいいのさ、【無垢なる闇】を」

 

 

 

…なぁに言ってんだ、こいつ。

そんな現実逃避がしたくなるほど、ジャティスの言葉は、俺に衝撃を与えた。

 

「…何を言ってるんだ?お前」

 

思わずそう訊ねてしまったのは、仕方ないと思って欲しい。

この中でアレを殺すとはどういうことか…それを理解してるのは、俺とルミア、先生とシスティだけだろう。

 

「言葉通りの意味さ。人間には出来る。3年前のあの日、僕のすべてを賭けて滅ぼす邪悪に、僕が超えるべき正体を識ったあの時から…いや、遠く幼きあの日から…僕はそのために生きてきた!」

 

ドクンッ!

 

世界が胎動した。

赤く染まるフィジテを見て、先生が叫んだ。

 

「ジャティスゥゥゥゥゥ!!テメェ、【聖杯の儀式】を起こしたな!【禁忌教典】を横取りする気か!」

 

「嫌だなぁ。僕が今更そんなチャチなこと、するわけないだろう?」

 

…確かに。

今更【聖杯の儀式】を行っても、なんの意味もない。

…本当に?

ジャティスの目的はなんだ?

 

「正義の執行…悪の根絶…」

 

この国一つくらい捧げても、精々数ページ分。

その程度で【無垢なる闇】を殺せる訳が無い。

せめてこの世界一つ賭けないと…いや、まさか…!?

 

「ジャティス…!お前!」

 

「ああ!気付いたかい?アルタイル!では見せてあげよう!」

 

再び世界が胎動し、空が赤く染めあげられる。

そして…全ての空に、メルガリウスの天空城が浮かび上がった。

 

「何を…テメェ!!今、一体何をしたぁぁぁ!!!?」

 

先生にも、何が起きたは分かったのだろう。

だがそれを払拭したくて…だがそれは、あっさりと覆された。

 

「【聖杯の儀式】の範囲を広げただけさ。フィジテ周辺から全世界に」

 

この野郎…マジでこの世界を引き換えに、【無垢なる闇】を殺す気だ!

本気でイカレてる!!

 

「さあ!人の革命の始まりだ!この世界の全てを犠牲にして、真なる邪悪【無垢なる闇】をこの手で斃す!!僕にとっての世界…この多次元宇宙に、真なる正義を知らしめる!!この世全ての悪の権化たる【無垢なる闇】をこの手で断罪し、僕は真の意味で真なる意味の【正義の魔法使い】になるのさ!!ハハハハハ…!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

そして俺達は、ジャティスが見せつけてきた、大パノラマで知る。

世界各地に邪神兵の根が生え、それらが世界を貪り出したことに。

世界が絶望に染まりだしたことに。

 

「ジャティスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

ジャティスの狂笑と、先生の怒号がアンサンブルした。




それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第2話

よろしくお願いします。


絶望に堕ちだした世界を見せられ、俺は思わず尋ねた。

 

「…なんだよお前…?お前のその力はなんなんだ…?」

 

それは無意味なのは分かってはいるが、思わず尋ねずにはいられなかった。

 

「そりゃあ僕だって、それなりに苦労したさ。この領域に至るのに…5億年かかった」

 

「「…はぁ?」」

 

もうダメ、訳分からん。

呆然とする俺達を見て、ジャティスは話を続けた。

 

「忘れたのかい?魔王に留学させてもらったじゃないか。あの時僕は、時の果てに存在する【大図書館】に着いた。【禁忌教典(アカシック·レコード)】程では無いが、あそこにも絶大は叡智が眠っている。5億年も勉強すれば、ほらこの通りさ」

 

…あれを留学と呼ぶのは、世界でもこいつだけだろう。

大図書館とかよく分からんが、気の遠くなるような確率だろう。

 

「…というか、5億年だと?お前の精神、マジどうなってんの…?」

 

「ん?別に普通だろ?君だってできるさ。だって君と僕は似てるからね」

 

…はぁ?

俺とジャティスが似てる?

 

「冗談も休み休み言ってくれ…いやマジで」

 

「本気だよ?だって君も僕も、お互いの正義の為なら、どんなハードルも蹴り倒せる性質だろ?」

 

そう言われると、俺自身反論しづらい。

もしルミアを迫害する世界なら、たとえ世界に刃向かってても、俺はルミアを守る。

そう決めているからこそ、ジャティスの言葉に反論出来なかった。

 

「あなたとアイル君を一緒にしないでください!」

 

怒ったルミアが怒鳴りながら、ジャティスの断絶空間を破壊した。

 

「「…」」

 

先生とジャティスの間に、重い沈黙が流れる。

その沈黙を破ったのは、ジャティスだった。

 

「グレン。僕は君に、前にこういったよね?いつか、僕と君の頂上決戦に相応しい、極上の舞台を心を込めて用意してあげる、って」

 

「…」

 

「どうだい?ついに整ったよ。君の正義と僕の正義、雌雄を決する舞台が、ついに整ったよ」

 

「…」

 

「そして僕も君も、紆余曲折あって…互いにこの大舞台の決戦に、相応しい力を練り上げてきている」

 

「…こんなものが、お前の正義か?」

 

ついに返事をした先生の声は、感情の読めない、妙に底冷えする声だった。

 

「ああ、そうさ」

 

「何度も言うが、テメェの理屈はクソだ。テメェこそ神様気取りか。自惚れてんじゃねぇぞ」

 

「確かに自惚れかもしれない。でも僕は…努力した。悩み、苦しみ、考え続け、一切妥協することなく、力を練り上げ、ひたすら邁進し続けた。そして…僕は僕の最上の正義を提示する。では君はどうだい?グレン」

 

「っ!?」

 

「君は手の届く範囲の人達だけ救えればいいのかい?そんな安っぽい、割とありがちな正義で満足するのかい?」

 

「黙れ…!俺は…!」

 

「わかるだろう?君の正義と僕の正義、どちらが上か、真に決着をつける時が来たんだ」

 

そう言い捨てると、ジャティスは腕を振り上げる。

するとメルガリウスの天空城から光が降り注ぎ、誘われるようにジャティスが消えていく。

 

「グレン。僕らはもう否定し合い、殺し合うしかないんだ。あの遥かいと高き、メルガリウスの天空城。その最深部に待つ。最終決戦だ。文字通りの…ね」

 

そう言い残して、ジャティスは完全に消えた。

その様子を、何も言わずただ黙って見つめる先生。

 

「せ、先生…」

 

そんな様子の先生に、システィが心配そうに呟くが、冷たく吹き荒れる風がそれをさらっていく。

こうして天の知恵研究会との戦いは、予想外の結末を迎えた。

そしてこの三日後、つまりノヴァの月四日、女王陛下より、グレン先生へジャティス討伐の勅命が、下ったのだった。

 

 

 

「…」

 

夜のアルザーノ帝国魔術学院の屋上。

俺はそこから、フィジテの街を見下ろしていた。

 

「風邪ひいちゃうよ」

 

「ルミア。ありがとう」

 

現れたルミアが、ふわりと毛布をかけてきた。

お互い特に何か言う訳でも無く、ただぼんやりと街を見下ろす。

 

「あと一ヶ月かぁ…」

 

「そうだな」

 

あと一ヶ月。

一ヶ月で、喰い尽くされる。

文字通り、根こそぎ喰い尽くされる。

 

「…とりあえず、目先の危機は去ったな」

 

「うん」

 

「…探しに行くか?お姉さん」

 

「…え?」

 

それはこの場から逃げないか…そういう意味で言った言葉だ。

どこにいても、しくじった時の結末は同じだ。

これからのジャティスとの戦い、まず間違いなく激戦になる。

それこそ、フェロード戦よりもだ。

そんな戦いにルミアを連れては…

 

「ううん。姉さんならきっと大丈夫。だから…」

 

そう答えたルミアは、俺の手にそっと自分の手を添えて言い切った。

 

「私も戦う」

 

…ダメだ、こりゃ。

ルミアはこういう奴だったわ。

俺は思わず苦笑いを浮かべて、こう尋ねた。

 

「…ルミア=ティンジェルさん。俺と死ぬ時まで一緒にいてくれますか?」

 

「はい。私はアルタイル=エステレラくんと、ずっと一緒にいます」

 

どちらからともなく、俺達はそっとキスをした。

触れる程度の軽いキス。

でもどこまでも痺れるような、甘美なキスだった。

 

「…しちゃったね。キス」

 

「…ああ」

 

「今のって…そういう意味だよね?」

 

「そういうつもりで言った」

 

中々物騒な言い方だが、俺としては告白のつもりで言った。

無事伝わったようでなによりだ。

そう思っていると、突然ルミアが抱き着いてくる。

 

「ル、ルミア?」

 

「…言葉にして?」

 

…仕方ないなぁ。

俺はそっと抱きしめたまま、ルミアの耳元で囁いた。

 

「…好きだ。愛してる」

 

「…私も好き。愛してる」

 

ギュッと力を強めたルミアが、俺の耳元で囁き返す。

…うん、恥ずかしい。

 

「さ、中入ろう…ぜ…」

 

「うん。そう…だ…ね…」

 

俺達の言葉が止まった理由…それはドアからキラキラした顔で俺達を見る、システィの姿を見たからだ。

 

「ルミア!アイル!おめでとう!さぁて、私は今からこのことを風に乗せて…」

 

「「システィ!!!///」」

 

疲れているにも関わらず、俺達は壊れた校舎の中で鬼ごっこを始めたのだった。

なおシスティに出し抜かれた俺達は、その日のうちにフィジテ中にバレて、大騒ぎになったのだった。

 

 

 

騒ぎが一段落着いた後、アルタイルたちは用意をしていた。

 

「…アイル君。準備できた?」

 

「おう。行くか」

 

アルタイルは制服の上から、【アリアドネ】で編み上げた、真紅のロングコートを身に纏い、ルミアはナムルスと同じ、【天空の双生児(タウム)】の装束を身に纏う。

2人である場所を目指していると、システィーナとリィエルと会う。

 

「そっちも準備万端か」

 

「ええ」

 

「ん。いつでも行ける」

 

システィーナは過去の世界で自分の先祖から引き継いだ、白い【風の外套】を身に纏い、リィエルは帝国宮廷魔導師団の制服を着ている。

ちなみにリィエルは、一時的に心肺が停止する程、かなりの重症だったのだが、たった数日でケロリとしている。

なお同じく重症なアルタイルも、たった一日で復活するほど、回復力が高かった。

4人が目指しているのは、グレンがいる場所だ。

 

「…いた」

 

「みんな、勢揃いだね」

 

2組の生徒たちが集まっていたので、すぐにそこにいるのだと分かる。

自然と道が開かれていき

 

「先生」

 

「…先生」

 

「グレン」

 

「グレン先生」

 

すっかりいつでも行ける様子の4人に、グレンは感情の読めない顔を浮かべる。

何か言われる前に、4人は畳み掛けることに。

 

「言っておきますけど!私たちは絶対に先生について行きますからね!私たちがついてないと、どんな無茶するか分かったものじゃないですから!」

 

胸を張って、不敵に言い放つシスティーナ。

 

「危険性は十分分かってるつもりです。戻って来れないかもしれないのも、分かってます。…だが俺たちは、それでもついて行く」

 

「私たちの未来のために、私たち自身の手で戦いたいんです。私たちは…魔術師だから」

 

覚悟を決めて、ハッキリと言い切る、アルタイルとルミア。

 

「わたしはグレンを…みんなを守るために、剣を振る。わたし自身が、そうしたいと思うから」

 

いつになく饒舌なリィエルの言葉には、熱い熱が込められていた。

…決意は固い。

覚悟も十分。

 

(そして何より…強くなったな)

 

恵まれた境遇の中、夢見がちのお嬢様として生きてきたシスティーナ。

異能を持つが故に王位を剥奪され、多くの過酷な試練に晒されてきたルミア。

人ですらなく、まさに作られた存在故の空虚に生きてきたリィエル。

多くを失いながらも、残ったものを守るために抗い続けたアルタイル。

それぞれの境遇を抱えつつも、彼らは成長した。

システィーナは真の魔術師になった。

ルミアは己の弱さと向き合えた。

リィエルは自分自身を手に入れた。

アルタイルは守れる強さを手に入れた。

 

「…お前ら…」

 

グレンは教師として、嬉しさを覚えていると、ル=シルバから話しかけられる。

 

「グレン。敬愛なる主様。あなたが大切に思うのは分かるけど…連れていくべきだと思う。あの男との戦いは、史上最高峰の魔術師戦になると思う。そんな2人の戦いに助力出来る者なんて、ほとんどいないの。古き竜(エンシャント·ドラゴン)の私すら力不足…。でも彼らは違う」

 

チラリとアルタイルたちを見て、さらに続ける。

 

「【イカータの神官】。【空の天使】とその契約者たる【継人】。黄昏…いや、今は【黎明の剣士】だったね。それぞれがそれぞれの天に至った者たち。彼らは決してグレンの足手まといにはならない。まだ彼らの実力を疑ってるなら…」

 

「ハハ。そうじゃねぇよ。だからお前は頭が竜なんだ」

 

そんなル=シルバの頭を、グレンは乱暴に撫で回す。

年相応のむくれ顔をするル=シルバに、穏やかに声をかける。

 

「アイツらが強いのはよく分かる。だがそれは、戦力的な強さじゃねぇ。それだけじゃあ、とてもじゃねぇが連れて行けねぇ」

 

そう言って、グレンは4人と向き合う。

 

「はっきり言って今回の…いや、最後の戦いはとんでもなくヤベぇ。そしてあの天空城の最深部は、未だに未知の領域だ。何が起きるか想像すらつかん。更には…待ち受けるジャティスは、恐らく史上最強最悪の敵だ。教師として、お前らを守り切り、絶対に無事に帰してやる…とカッコつけて言いてぇところだが、現実問題として全く保証出来ねぇ。それでも…俺について来てくれるか?力を貸してくれるか?俺と共に…戦ってくれるか?」

 

どこか不安げに4人を見るグレン。

そんな視線を受けた4人は、肩を竦めてから一言。

 

「当たり前」

 

「今更何言ってるんですか!」

 

「最後まで一緒に」

 

「一緒に…戦う」

 

グレンの手を取り、手を重ねる。

そしてついに、グレンの覚悟が決まった。

彼らはかけがえのない生徒であるのと同時に、かけがえのない仲間なのだ、と。

 

「ありがとうな、お前ら。なら…さぁ!いっちょ世界を救ってやろうぜ!!」




それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第3話

お久しぶりです。
ロクアカ終わってしまいましたね…。
最高の作品でした!
僕も完結できるように頑張ります!
よろしくお願いします。


翌日、俺は少し早めに起きて、手早く用意を整えた。

 

「…そういえば、なんで今までしてこなかったんだ?」

 

そう呟きながら、俺は【アリアドネ】で編んだ真紅のコートを身に纏う。

これには元の強度に加えて、ルミアの力で強化した付与が何重にも施されている。

 

「…そっか。今までは巻き付けてたからか」

 

制服にも付与はされているが、ほとんど布切れ同然だし、それに少し動きにくい。

大体の戦いで破れてダメになってたし、制服代もバカにならないから、これの方がいいか。

 

「さてと…行きますか」

 

いつも通りに部屋を出て、ダイニングに行く。

 

「おはよう。ベガ、爺さん、婆さん」

 

「おはようございます、兄様」

 

「おはよう。アルタイル」

 

「おはよう」

 

いつも通り婆さんの朝ごはんを食べて、歯を磨き、いつも通りに出る用意をする。

 

「…行ってきます」

 

「…行ってらっしゃいませ、兄様」

 

「気をつけてね」

 

ここまでいつも通りだ。

そう意識的に振舞ってきたのだが…

 

「アルタイル」

 

爺さんに呼び止められて、いつも通りが止まる。

 

「何?爺さん」

 

爺さんは俺に近づくと、俺の肩に手を置いて薄く笑った。

 

「わしはお前たちのような孫をもてて、誇りに思う」

 

爺さん…!?

突然の言葉に、俺は言葉を無くす。

 

「帰ってこい。我が孫よ」

 

「…ああ。帰ってくるさ」

 

絶対に。

俺はそう返して、今度こそ家を出た。

俺はわざと振り返らなかった。

だって…見納めじゃないんだから。

 

 

 

「ん〜…?どう思う?アイル」

 

「さあ?こんなもんじゃねぇ?」

 

「ちょっと!そんな適当な…」

 

「初めてやることなのに、適当も真面目もあるかよ。そこはお前の風の見せ所だろ」

 

俺とシスティは、天空城までの道筋を考えていた。

もっと正確に言うならば、システィの風を使って、一気に天空城まで行ってしまおうという、ショートカットのための発射台作りだ。

システィの風は次元と星間を超えて、どこまでも届く風。

なのだが、細かい座標指定は不安らしく、そこを俺が補うことに。

そんなこんなで調整していると、突然大歓声が沸きあがる。

 

「うおっ!?なんだ!?」

 

「…あ!先生!」

 

嬉しそうに駆け寄るシスティを見て、先生が到着したことに気付いた。

やれやれ…全く困った白猫ちゃんだぜ。

 

「か〜…お前らすげぇな、これ」

 

見ただけで頭が痛くなるような、複雑怪奇な魔法陣を見て、先生が呆れたような声を出す。

まあ作った俺が言うのもなんだけど、目がチカチカするし、頭も痛くなる。

 

「霊脈からマナを直接流して、そのマナで運用してるから、こっちの消耗はなし」

 

「いやそれも凄いんだが…マジで出来るとは。余裕で第七階梯(セプデンテ)クラスじゃねぇか」

 

そうなのか?

実感無いから分かんないけど。

 

〖そうね。これに関しては誇っていいわ。あの大導師すら、叡智の門を潜らないと行けなかった場所に、それを通らずに行けるのだもの。大したものだわ〗

 

ナムルスからのお墨付きも得たので、恐らく本当に凄いとこなのだろう。

…知らんけど。

 

「さて…このクソ忙しいなか、わざわざすまねぇな、お前ら」

 

振り返るその視線の先には、イヴ先生と右目に包帯を巻いたアルベルトさんがいた。

何でも固有魔術を封印しておくために、必要なのだとか。

 

「グレン。すまないな。本来なら俺とイヴも手を貸すべきなのだが」

 

「そうね…」

 

申し訳なさそうにする2人。

 

「仕方ないですよ。2人ともかなり消耗してましたし」

 

「あなたもでしょあなたも。というかリィエルもだけど、アルタイルも大概ね」

 

消耗ぐらいではリィエルとアルベルトさんが、ほぼ同じくらい…というか心臓が一時的に止まっていたらしい。

そう思うとリィエル凄いな。

 

「あなたもでしょうが!あれだけ血を流してたのに、なんでそんなピンシャンしてるのよ!」

 

そこはあれです、根性です。

そう思いながら、俺はイヴ先生を見る。

 

「…こっちは任せたよ、イヴ姉さん」

 

「…絶対に帰ってくるのよ」

 

「そっちこそ、死なないでよ」

 

お互い強く抱擁して、励まし合う。

俺から離れたイヴ先生は、ルミアを見て笑いかけた。

 

「ルミア。アルタイルを頼むわよ。すぐに無茶するから」

 

「はい!」

 

2人以外にもクリストフやバーナードさん。

エルザにエレン、そして女王陛下までもが。

 

「アルタイル。エルミアナを頼みます」

 

「はい」

 

「ふふ。絶対に生きて帰ってきてくださいね?孫の顔も早く見たいですし」

 

「…じ、女王陛下!?///」

 

「…お、お母さん!?///」

 

こんな大事な時にまでこの人は…!

結局ギリギリまで締まらない俺たち。

まあ、この方がらしいか。

 

「さてと…行くか。お前ら」

 

「…よし。システィ、準備OK?」

 

「ええ。…『我に続け·颶風の民よ·我は風を束ね統べる女王なり』!風天神秘【CLOAK OF WIND】!」

 

システィを中心に、爆発的な風が巻き起こる。

俺は方陣を起動させ、その風を制御する。

よし…行くぞ!

 

「「『導け·誘え·約束の彼の地へ·希望を乗せて·絶望を払いて·我が輝ける風よ·偉大なる風よ·比類なき風よ·優しき風よ·三千世界の彼方まで·吹き抜けよ·駆け抜けよ·そして我らが未来を紡げ·未来へ届け』!!!」」

 

そして俺たちは、どこまでも駆け抜ける風となって、メルガリウスの天空城へと飛んだのだった。

 

 

 

「まあ、なんだかんだで…結局はこのメンツか」

 

物理法則を無視した光の風の中、グレンがふと、そんなことをボヤいた。

そう言われたアルタイルは、改めて周りを見渡して笑う。

 

「確かに。ま、一番納まり良いしね」

 

「先生が赴任してから、リィエルが来て…ずっとこの5人でしたね」

 

笑うアルタイルの前で、システィーナが振り返り思いを馳せるように呟く。

そんなシスティーナは、ちらりとアルタイルたちを見て、ニヤニヤ笑う。

 

「ま、全部が全部、そのままって訳じゃなさそうだけど」

 

「システィ!もう…!」

 

恥ずかしそうにむくれるルミアだが、それでもアルタイルの隣に寄り添うのは変わらない。

 

「でもなんだが感慨深いよね」

 

「ん。私もそう思う」

 

「意味わかってるのか…?」

 

リィエルの言葉に首を傾げるアルタイルだが、すぐに現れたナムルスを見て苦笑いを浮かべる。

 

〖ちょっと私もいるんだけど?〗

 

「そういやお前とも、長ぇ仲になったな」

 

〖何よ雑に扱って…ふん〗

 

素直じゃないナムルスの反応に、アルタイルとルミアが苦笑いを浮かべる。

 

「素直じゃないな」

 

「だね」

 

〖聞こえてるわよ、あなたたち〗

 

ムスッとしたナムルスの視線に、2人はわざとらしく視線を逸らし口笛を吹く。

 

「それにしても、紆余曲折あったけど、結局最後はシンプルになったわね。ジャティスを倒して、世界を救って大団円!感動のエンディングってやつ!」

 

「もう、システィ。気が早いよ?まだ勝てるかどうか分からないのに…」

 

「勝つのよ!いくらジャティスが桁違いに強くても、私たちが力を合わせれば勝てるわよ!ねぇ、先生!」

 

「あぁ…そうだな…」

 

(…先生?)

 

どこか神妙な顔つきで気の無い返事をするグレンに、アルタイルが不思議に思う。

だがシスティーナは気付かず、そのままイタズラげにグレンを覗き込む。

 

「それに気付いてますか?先生。この戦いに勝って世界を救ったら…先生って、正真正銘の【正義の魔法使い】ですよ!フフッ、先生ったら、夢叶っちゃいますね!」

 

「…まあ…そう…だな…」

 

冗談めかしたシスティーナの言葉に、グレンの返事は、歯切れが悪く曖昧だった。

流石に様子のおかしさに気付いた3人娘がグレンを覗き込むが、アルタイルはある予感が過った。

 

「まさか先生…【無垢なる闇】のこと気にしてる?」

 

黙り込むグレンを見て、アルタイルは思わずため息をつく。

隣でナムルスも同じように頭を抱える。

 

〖あのねぇ…【無垢なる闇】なんて、不慮の事故や天災と同じようなものなの。確かに【無垢なる闇】は世界を滅ぼすわ。でもね、それ以上に天寿を全うして死ぬ人の方が圧倒的に多いのよ。今大事になのは、ジャティスを倒すこと。それ以外は雑音(ノイズ)よ、私の主様〗

 

(確かにそうなんだ。そうなんだが…)

 

漠然としたモヤモヤが、グレンを蝕む。

それはあの時に似ていた。

帝国宮廷魔導師団だった頃、魂を削る思いで駆け抜けていた頃。

【正義の魔法使い】に憧れて…なりたくて。

だから足掻き続け、葛藤して。

なのに届かなくて、絶望して。

その時の飢餓感と焦りが、今再び過ぎっている。

 

「…だぁいじょうぶだって!」

 

そんな感情を押し殺し、グレンは悪ぶった笑みを浮かべる。

 

「俺はロクでなしだからよ!俺の手の届く範囲の奴らしか守らねぇっつーの!そもそもあいつはセラの仇だ!世界のために〜だとか、皆のために〜だとか、そんな高尚な目的のためじゃなくて、ただの私怨でジャティスのやつをブチのめしに行くだけだっつーの!こんなロクでなしの俺に世界の命運を託す羽目になって、皆、ご愁傷さまだぜ!ダッハッハッハッハ!!」

 

〖…ならいいけど〗

 

「…ったく、このバカ講師…」

 

(何言ってんだよ、バカ野郎。あんたはンなタマじゃねぇだろ)

 

なんとも言えない表情をする、ナムルスとアルタイル。

だがそれも、直ぐに切替える。

 

「そろそろだぞ。全員警戒」

 

「何がだ?」

 

「空間がしっちゃかめっちゃかなんだよ」

 

〖そうね。帰還限界線(ターニング·ライン)、とでも言いましょうか。ここから先はなんでもありよ〗

 

険しい顔で警戒を促す2人に、全員の顔が引き締まる。

元から世界の法則に絶大な負荷をかけてきたが、それを大導師が曲りなりにも制御してきたおかげで、問題が起こらなかった。

だがそれも、アルタイルたちがフェロードを倒し、さらにジャティスが無茶苦茶にしたせいで、全てが狂ってしまったのだ。

 

〖だから…気をつけて!〗

 

ナムルスがそう注意を促した瞬間、闇が蟠った。

致命的な何かを超えた、不吉な予感。

誰もが帰還限界線(ターニング·ライン)を明確に超えたと、自覚した。

その瞬間…風景がガラリと変わった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第4話

一気に行きます。
よろしくお願いします。


「な、なんだありゃあ!?」

 

グレン先生の叫び声を聴きながら、俺は呆然とそれを見ていた。

この世全てを呑み込まんとするような、大嵐の中心だった。

空間が歪み捻れてる…!

 

〖時空乱流ね。時と空間の歪みと捻れそのものが、嵐と化した現象よ〗

 

ナムルスの説明を聞きつつも、俺は天空城が時々ノイズが走るのが、気になった。

少しずつだが、パズルのピースのように欠けていき、それが嵐に吸い込まれていく。

 

「…ん?」

 

気づけば俺たちは、天空城目掛けて、真っ逆さまに落下していた。

頭上には、無限に広がる大地。

眼下には、無限に広がる大空。

ひっくり返った水平線を見て、ふとあることに気付いた。

時空乱流は、天空城の瓦礫のようなものを巻き込みながら、高く高く天に昇っていた。

その天から落ちる俺たちは今…

 

「…ぜ、全員警戒!瓦礫にぶつかるぞ!」

 

その瓦礫に猛突進していることになる。

俺と先生は、それぞれ糸とワイヤーで、身軽に躱し、システィは風を操り軌道を変える。

リィエルは大剣で斬り伏せ、ルミアは鍵で空間を歪める。

 

「今更この程度で死ぬ俺たちじゃねぇけどよ…天空城に一体何が…!?」

 

〖彼の夢が終わろうとしてるのね…〗

 

見るも無惨な天空城に、思わず呟いた先生の言葉に答えたのは、ナムルスだ。

夢…?

まさか、フェロードのか?

 

〖…そうね。最後くらい、彼の本当の名前を呼んであげようかしら。これは彼の…高須九郎の夢よ〗

 

高須…九郎…。

あまりにも呼びにくい名前に、発音に苦労する俺たち。

この呼び方は、フェロードの故郷…極東の言葉らしい。

知らないことなのに、ルミアを介して記憶が流れ込む。

何でもティトゥス=クルォーは、この本名の訛りらしい。

 

「…っ!?」

 

だがその考察も、不意に感じた寒気によって、強制的に終了させられる。

真っ黒の何かを見て、俺とルミアは呆然と呟く。

 

「「猟犬…」」

 

〖あなたたち…!?そう、そういう事ね…。気をつけなさい。油断してると、呑み込まれるわよ!彼の者の悪夢に!〗

 

 

 

「『風よ·阻め』!」

 

システィーナの風が、押し寄せる怪物たちを堰き止める。

その隙にアルタイルとリィエルが、一気に肉薄する。

 

「いやぁぁぁぁぁあ!」

 

「フゥ!」

 

それぞれの白銀が、遙か遠くにいる怪物すらも両断する。

 

「堕ちて!」

 

ルミアが【銀の鍵】で、怪物たちを異次元に追放する。

その間にグレンは、セリカのあらゆる叡智が詰まった、世界石から対抗策を探し出す。

 

(ほう…お誂え向きなのがあるじゃねぇか!)

 

「『駆けよ黒風·駆けて滅せよ·否定せよ』!」

 

選択した魔術は初等呪文の、黒魔【ゲイル·ブロウ】。

だがセリカの知識により、概念破壊の力を加えられたそれは、もはや神殺しの一撃となっている。

神殺【ゲイル·ブロウ】。

滅殺の黒風が、猟犬を消し去っていく。

 

「先生!合わせます!」

 

「おう!」

 

「ルミア!リィエル!行くぞ!」

 

「うん!」

 

「ん!」

 

「「ハァァァァァァア!」」

 

「「「ヤァァァァァァァア!」」」

 

黒風と光風。

白銀と真紅。

それらがまとめて、猟犬を消し去ったのだった。

全員が一息ついたその時

 

バキンッ!

 

「なっ!?」

 

突然空間にヒビが入り、砕け散る。

その割れ目から光が漏れ出て…

 

--唐突だが、僕…高須九郎はいつも思う。

 

 

 

「つぅ…!?」

 

「ぐぅぅぅ…!?」

 

なんだよ今の…!?

あまりにもリアルなソレに、俺とルミアは思わず蹲る。

クソ…!

今のは…!?

 

「る、ルミア!?大丈夫!?」

 

「アルタイル!しっかりしろ!ナムルス!今のはなんだ!?」

 

〖言ったでしょ。彼の悪夢よ。彼が深層意識下に押し込めた、恐怖の形。それに触れていくことで、あなた達は、彼の恐怖に触れていくことになるわ。…特にアルタイルとルミアは、レ=ファリアの影響で、よりリアルに感じるでしょうね。覚悟しなさい〗

 

そういうのは…先に言えよ…!

つまり当事者感覚で、見る羽目になるわけだ。

あぁチクショウ…!

頭がイカれる!

 

〖さあ、嘆いてる暇はないわよ。次が来るわ…!〗

 

次に現れたのは、見るもおぞましい、冒涜的なナニか。

ベチャリ、と虚空から這い出てきたそれは、まるで2人の人型を強引に繋げたような…。

 

「…あれは…」

 

「まさか…私?」

 

時の天使(ラ=ティリカ)】と【空の天使(レ=ファリア)】。

即ち【天空の双生児(タウム)】…その幼体だ。

 

「…先生たちは下がってて」

 

「私たちがやります」

 

俺とルミアは一歩前に出て、それぞれの武器を手に戦いを始める。

俺がその次元ごと糸で切り裂こうとして、その直前で阻まれる。

 

「曲がりなりにも、【空の天使(レ=ファリア)】ってことか…!」

 

「だったら…これで!」

 

ルミアの【銀の鍵】が、次元の壁を破壊する。

だがそれでも、俺の糸が届くことは無かった。

 

「なっ!?どうして!?」

 

「…そうか、時間だ。届くまでの時間を伸ばされたんだ」

 

そうなると、このままでは千日手か?

そう考える隙に、何かが振り下ろされようとしていた。

マズイ…!

 

「フッ!」

 

俺は直ぐに距離を操作する結界を張り、その攻撃を届かなくさせる。

 

「やぁぁぁぁぁあ!」

 

その隙にルミアが斬り掛かるが、再び空間同士がせめぎあう。

鈍い音を響かせながら、せめぎ合う隙に、今度は俺が肉薄する。

 

「シッ!」

 

俺の全次元を貫く貫手と、時間操作の結界が衝突する。

互いの激しい鍔迫り合いの末…

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」」

 

俺たちの一撃が、【天空の双生児(タウム)】の幼体を、消し去った。

玉虫色の泡のような球体になり、消え去っていくそれを見届け、俺とルミアは振り返った。

 

「先生。システィ。リィエル」

 

「先に進むぞ」

 

それから俺たちは、邪神の一柱とひたすらに戦闘を繰り返した。

 

「なにあれ!?キモ!」

 

〖あれは…【背徳と悪行の主】!あれも外宇宙の邪神の一柱よ!〗

 

「ええい!神のバーゲンセールか!やったらぁぁぁぁぁ!」

 

そしてフェロードの過去を垣間見続けた。

その度に、俺の中でなにかがすり減っていく気がした。

 

「はぁ…はぁ…!」

 

「アイル君!顔真っ青だよ!大丈夫!?」

 

〖…マズイわね。ルミアとの契約越しに、ティトゥスの記憶と混ざりかけてる。気をしっかり持ちなさい!アルタイル!呑み込まれるわよ!〗

 

ーーハハハハハハハハハハハ!アハハハハハハハハ!ハハハハハハハハハハハ!

 

誰かの底なしの嘲笑が響き渡る。

汚音と不快音を煮詰めたような…それでいて至高の音楽をかき集めて神域にしたような。

 

「ォォォォォォォォォォォオ!!」

 

とにかく聞くだけで正気を失うような音から耳を背けたくて、俺は力づくで頭を殴り割り、邪神を消滅させる。

 

「アイル君…」

 

心配そうにこちらを見るルミアの頭を撫でながら、俺はナムルスに尋ねる。

惚気とかそういうのではなく、こうでもしてないと、俺の気が狂いそうなのだ。

 

「はぁ…はぁ…はぁ…。ナムルス…今のはなんだ?」

 

〖高須九郎と、彼のいた世界の外側で暗躍していた【無垢なる闇】の戦いよ。今あなた達が戦ったのは、そのガワになるわね〗

 

なるほどな…道理で同じ姿な訳だ。

あの時のあいつなら、並の邪神とかなら楽々倒せただろう。

だが結果は惨敗。

それだけ【無垢なる闇】は…強い。

 

〖…次、来るわよ〗

 

次に現れたのは、触手のある頭足類のような頭部と、四つの眼球、コウモリのような翼を持つドラゴン…のような絶望的な怪異。

そして何よりデカイこいつの名前は、【大いなる九頭龍】。

フェロードの世界において、邪神を兵器として運用していた世界最大規模の軍隊を持つ国が保有していた、信仰兵器だ。

 

「…って先生!危ない!」

 

俺はボサっとしている先生を、空間断絶の結界で守る。

 

「っ!?すまねぇ!アルタイル!」

 

「何ボサってしてんの!死にたいの!?」

 

俺は怒鳴りながら、迫り来る触手を切り裂きつつ、方陣を張る。

 

「『真紅の炎帝よ・劫火の軍旗掲げ・朱に蹂躙せよ』!」

 

俺の空天神秘を乗せた炎は、瞬く間に触手を燃やし尽くす。

よし…!

 

「先生!行って…こい!」

 

俺は先生と九頭龍の距離をゼロにする。

その直後、銃声が轟いた。

 

 

 

それからの記憶は、とにかく最悪だった。

この世界に逃げ延び、数百年は平和が続いたが、未来を占ってしまったフェロードは、狂気の道へとひた走る。

ナムルス…ラ=ティリカとの決別。

 

「うぉぇぇぇぇぇ…」

 

「アイル君!しっかりして!アイル君!」

 

アルスォネア教授の妹を使った、【マグダリアの受胎儀式】を見せつけられ時は、まるで自分がそれを行っているかのような錯覚に陥り、吐き散らすほどだった。

多くの…それこそ、数え切れないほどの屍山血河を築き上げて、奴が言う言葉は…『仕方の無いことだった』…こればかり。

アルフォネア教授とグレン先生に、かつての野望を阻まれてもなお、止まらずに走り抜け、天の知恵研究会と、アルザーノ帝国を築き上げる。

そして何度も転生する中、システィの祖父、ルドルフ=フィーべルを乗っ取り、俺の村を滅ぼし…そして…。

 

ガッシャァァァァァァァン!!

 

ナニかが砕け散る音と共に、俺たちはついに、メルガリウスの天空城の外縁部へと降り立った。

 

「…」

 

最後に貫いたのは…俺自身。

フェロードの人生に触れ、ただの憎き仇敵ではなくなった。

だがそれでも…やはりこいつは悪だ。

 

「…これだけの悲劇を生み出しておいて、被害者ヅラすんじゃねぇよ、クソ野郎」

 

「アイル君…」

 

「んな心配そうな顔するなよ、ルミア。俺は大丈夫。俺は俺さ」

 

〖…なんとか乗り切ったようね。本当にタフな精神力してるわね、あなた〗

 

褒め言葉として受け取っておこう。

そう思いつつ、俺たちは先に進もうとして、思わず足を止めた。

背後に気配を感じたからだ。

 

〖…来たか〗

 

「お、お前は…!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第5話

よろしくお願いします。


俺たちの目の前に現れたのは…

 

「【魔煌刃将】…アール=カーン…!?」

 

【タウムの天文神殿】の果てに死闘を繰り広げた魔人の登場に、俺たちは身構える。

 

〖…この半年で見違えるほど、位階を上げたな。我が好敵手、アルタイルよ。それに貴様は…なるほど。夜天の乙女の加護を受けているのか〗

 

「話が長ぇよ。悪いけど俺たちは忙しいんだ。ヤルの?ヤラないの?」

 

そんな俺の鋭い言葉にアール=カーンは黙り込むと、ふとなにかに気付いたのか、先生をじっと見つめる。

 

〖…なるほど。まこと奇妙なる、時の因果があったようだ。よもや数千年前の(セリカ)の弟子が、貴様だったとはな〗

 

「理解が早くて助かるわ。マジで説明が面倒だからな」

 

システィ曰く、メルガリウスの魔法使いに出てくる、正義の魔法使いが教授で、アセロ=イエロを倒した弟子が先生、ということらしい。

俺たちの間に、緊迫した空気が流れる。

やがて…ポツリと、アール=カーンが呟き出した。

 

〖我は…我が仕えるに相応しい主を探している。そのために夜天の乙女と契約し、十三の命と人のカタチを得た〗

 

そう、こいつはある者が人のカタチを得た存在。

そしてそれを、俺たちは既に目の当たりにしている。

それは…【神を斬獲せし者】。

あの偃月刀だ。

 

〖我の存在理由は、元よりただ一つだった。ある目的のため、ある者によって生み出された。それ故に我はその目的を果たすため、我を振るう者を探している〗

 

「何だその物言いは?まるで自分はなにかの道具だ、と言ってるような物言いだな」

 

〖曲がりにも、我を振るうに値する力を持つと判断出来たのは3人。高須九郎、(セリカ)。そして…ジャティス=ロウファン〗

 

「なっ…!?ジャティス!?」

 

先生の驚きの声が漏れる。

アール=カーン曰く、力と意志があるかが、こいつなりの判断基準らしい。

だがここでもう一つ疑問が出てくる。

 

「力っていうのは分かる。だが意思っていうのはなんだよ?自分勝手に世界を滅ぼそうとしている、あのクソ外道野郎のどこに、お前が相応しいって言うんだよ!?」

 

〖それは我を創出した者によって、こう定義されている。己が正義を持って、理不尽に抗う意思。…即ち、【正義の魔法使い】たらんとする意思だ〗

 

な、何!?

ちょっと待て、それはおかしいぞ!?

 

「な、なんでお前から【正義の魔法使い】なんて言葉が出てくる!?それはロラン=エルトリアが作った、作中造語だろうが!なんでお前が、その言葉を知ってるんだよ!?」

 

「そ、そもそも納得いかないわ!なんでジャティスみたいな狂人が、【正義の魔法使い】に相応しいとかなるわけ!?あなたおかしいわよ!」

 

先生とシスティが責め立てるが、当のアール=カーンは無視。

 

〖故に我は、我の存在理由に従い、ジャティス=ロウファンを主とする。それがこの次元樹での運命選択。そう考えていた…先程までは〗

 

「…先程までは?」

 

〖イレギュラーが起きたのだ。4人目…そう、貴様だ。グレン=レーダス。(セリカ)の継承者よ〗

 

「…はぁ、俺?」

 

突然の指名に、先生が唖然とした顔をする。

 

〖アルタイル=エステレラ。貴様も可能性はあったが、既に夜天の乙女と契約し、大きな力を得ている。故に貴様にはこれ以上は身を滅ぼすだけになろう〗

 

俺もかよ…。

つまり、ルミアがいるから俺には他は必要ないと。

だが何やらアール=カーン自身も、かなり困惑しているのか、ブツブツと何か呟いている。

 

〖…やはり見極めるべきだろう。ジャティス=ロウファンか。あるいはグレン=レーダスか。…ついてこい。我が本体の下へ案内しよう〗

 

 

 

石畳の道に、台形を基本とした建築物。

ドーム屋根の尖塔、石柱が並ぶ神殿。

要所に立ち並ぶ石柱碑、浮遊する謎の六面体。

いかにも手付かずの古代都市に、システィーナが興奮する。

 

「これが天空城…!しかも間違いなく手付かずですよね!伝説の魔王遺産とか、ゴロゴロ転がってるんじゃ…ジュルリ!」

 

(ヨダレ垂らすな、ヨダレ)

 

興奮したシスティーナの様子に、アルタイルは呆れのため息をつく。

 

「おいおい白猫…俺たちは遺跡発掘に来た訳じゃねーぞ」

 

「わ、分かってますよ!」

 

「ならここ拭け、ここを」

 

アルタイルが呆れ気味に、自分の口元を指さす。

そんなことを話しながら、アール=カーンと事実確認も進めて行く。

メルガリウスの天空城は、【門の神】と呼ばれる外宇宙の神性と交信するための、大規模な魔術研究所。

人の集合的無意識…夢の深層域に存在する、非実在性領域【幻夢界(ドリームランド)】。

 

「つまり学院の地下にある地下ダンジョン…【嘆きの塔】は、本来行けないはずの領域に、肉体ごと到達するための道。…こういうことだな?」

 

〖そうだ。結局、高須九郎は【禁忌教典(アカシックレコード)】を得るために、【聖杯の儀式】を利用し【門の神】と交信する道を選んだのだが…当然それだけが策では無い。それが…これだ〗

 

そう言われてアルタイルたちが案内されたのは、霊廟だった。

中にあったのはバラバラのイメージを持つ、無数の石造だった。

 

「なんだこりゃ?」

 

「アイル君…これって…」

 

「ああ。旧神(エルダー·ゴッド)【神を斬獲せし者】だ」

 

グレンの戸惑いに、ルミアとアルタイルが呟く。

 

「なんだって…?【神を斬獲せし者】?」

 

〖正確には高須九郎が夢見たレプリカだ。そもそも、【神を斬獲せし者】とは、とある刀剣を手に、確固たる意思を持って【無垢なる闇】と戦った者たちのことだ。高須九郎はこの我を触媒に、【神を斬獲せし者】の夢を見ることで、かの神性を再現しようとしていたのだ。結果はお察しのとおりだがな〗

 

話を聞きながら、システィーナは周りキョロキョロする。

老若男女どころか、人じゃなさそうなものまで、様々な形が存在する中、ふとシスティーナがあるものに気付いた。

 

(…あれ?誰かに似てる?)

 

不思議に思い、近すぎたその距離を取ろうと動いた時、突然不吉な鐘の音が響いた。

 

ゴォォォォォン…ゴォォォォォン…

 

「な、何だこの音!?」

 

〖時が来たのだ。【聖杯の儀式】が始まり、地上の根の動きが爆発的に加速し、世界を食い尽くすだろう〗

 

「おいおい…ヤベェじゃねぇか!いい加減本題に入ってくれ!」

 

〖もう済んだ。あれが…我が本体だ〗

 

アール=カーンか指さすその先には、黒い偃月刀が突き刺さっていた。

刀身には、何かの文字が書かれている。

 

「なんだ、あの剣?」

 

〖【正しき刃(アール·カーン)】。最後の戦いに持っていくといい。運命の因果の果てに、貴様か、あるいはジャティス=ロウファンか。どちらかを導くだろう。あるべき形に、あるべき未来に〗

 

そう言い残して

 

〖夜天の乙女との契約は、ここに完遂された。…さらばだ〗

 

アール=カーンは消えていった。

つまりアール=カーンとは、この黒い偃月刀の付喪神みたいなものだった…ということだ。

 

「…これ、フェロードが前の世界で使ってた武器だ」

 

〖そうね。どこで手に入れたのか…そこまでは聞いてないわね〗

 

やけにあっさりと抜けたことに、グレンは驚きつつも、その理由をすぐに解明した。

 

「すげぇ…!この武器、びっくりするくらいなんもねぇ!チート級神秘とか、超絶魔術が込められてるとか、そういうのが一切ない!何が【正しき刃(アール·カーン)】だよ!完全に名前負けじゃねぇか!これ、ただの宇宙一頑丈なだけの武器だぜ!」

 

神鉄で出来たそれは、確かに頑丈なのだが、本当にそれだけの力しかない。

その事に思わず、アルタイルたちも苦笑いする。

 

「…グレン。多分こっち。勘だけど」

 

だがいつまでも鳴り止まない鐘の音を聞き、リィエルが硬い顔で睨むのを見て、彼らも再び歩き出す。

 

 

 

城の内部をどんどん進んでいく。

気付けば壁と天井はなくなり、回廊と廊下、そして螺旋階段だけになっていた。

 

「…ああ、そういう」

 

俺はある仕掛けに気付き、思わず呟いた。

それはその塔が生命の樹(セフィロト)を模して、作られているということだ。

王国(マルクト)の間…第一霊視世界。

基礎(イエソド)の間…第二霊視世界。

栄光(ホド)の間…第三霊視世界。

勝利(ネツァク)の間…第四霊視世界。

(ティファレト)の間…第五霊視世界。

慈悲(ケセド)の間…第六霊視世界。

峻厳(ゲブラー)の間…第七霊視世界。

理解(ビナー)の間…第八霊視世界。

知恵(コクマー)の間…第九霊視世界。

王冠(ケテル)の間…第十霊視世界。

これらの道を擬似的に通ることで、己の魂を昇華させ、流出界(アツィルト)…即ち天へと至る…そういうことなのだろう。

王冠の領域こそ、【王者の法(アルス·マグナ)】そのものであり、そこに隠された至高の霊視世界に知識がある。

そしてその間に人が決して越えられぬ深淵(アビス)があり、その深淵こそが【門の神】であり、知識(ダアト)こそが、【禁忌教典(アカシックレコード)】である。

 

「…なるほど。()()()()()()()か。こう考えると、洒落たネーミングセンスだな」

 

「ですね」

 

禁忌教典(アカシックレコード)】…つまり、天へと至る道を模索するものたちの集まり。

即ち、天の智慧研究会。

そしてついに俺たちは、その最奥…王冠(ケテル)の間に着く。

いつの間にか俺たちは、大いなる宇宙の中心にいた。

360度見渡す限りの、星々の大海。

そんな俺たちの視線の先には、1本の大樹が。

そしてこの木の幹には…

 

「…マリア」

 

上半身は生まれたままの姿、下半身と両腕が木の幹と同化したマリア=ルーテルが眠りについていた。

…ごめんな、遅くなって。

すぐに助けてやるからな。

 

「…待ってろよ。マリア」

 

「魔王の野郎がそうすることも、読んでたんだろ?なぁ」

 

俺とグレン先生の視線の先にいるのは

 

「…ようこそ」

 

木の根に優雅に腰をかけた、ジャティス=ロウファンだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第6話

よろしくお願いします。


「ところで君たちは、真の邪悪と出会ったことはあるかい?掛け値なしの純度100%の悪を見た事あるかい?僕は…ある」

 

唐突に始まった、ジャティスの一人語り。

どうやらジャティスは、どこかの世界で【無垢なる闇】と出会ったことあるらしい。

 

「絶対的な正義は存在するんだよ、グレン。真の邪悪がいる以上、そうでなくてはいけない」

 

絶対的悪がいる以上、絶対正義もいる…そう言ってるのか、コイツは。

トンチンカンなことではあるが、理屈の上ではありえない話では無い。

森羅万象は基本時に二極一対。

表と裏、男と女、光と影、陽と陰、生と死、善と悪。

魔術の基本理論であり、世界の根柢法則だ。

だがあくまでそれは、理屈の上では、と話。

 

「寝言言ってんじゃねぇぞ、テメェ。そんなものあるわけねぇだろ、常識的に考えて」

 

「それは君が、その常識に囚われてるからさ。そして知ってはいても識らないからさ。そんな常識を壊す、底なしの悪がいることを」

 

「…」

 

「…とはいえ、僕もまあ、当初はまるで分かってなかったよ。軍時代の僕は、絶対的正義を目指し、狂犬のように悪に噛みつき、そして君をライバル視していた。今思えば、実に若気の至り、恥ずかしい限りさ」

 

「…」

 

「だが封印の地で全てを識った。君たちも心当たりはあるだろう?大導師の神秘体験さ」

 

タウムの天文神殿のあれを思い出す。

確かにあの時の俺たちは、ある意味トランス状態だったからこそ、あんな態度取れたが、まともな状態なら、どうなっていたか…。

そしてそれから、ジャティスの凶行が始まった。

 

『何かを為す者とは、歩み続けた愚者である。為さぬ者とは、歩みを止めた賢者である』

 

アルフォネア教授の言葉だが、まさかこいつがそれを体現し続けてきたと思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 

「後は君だ、グレン。君に勝たなければ、君を越えなければ、僕の正義はいつまでも始まらないんだ。本当に…後は君だけだ」

 

そう言うジャティスの目は、宿敵に挑むような、憧れに焦がれるような、そんな目をしていた。

 

「…だから…それがわけわかんねぇっつってんだよ!どうして俺なんだよ!?なんでお前の正義の試金石が、俺じゃなきゃいけなかったんだよ!!」

 

怒鳴りつける先生だが、当のジャティスは肩を竦めるだけ。

 

「それが僕もサッパリでね。まあ当時はウマが合わないとか、気に食わないとか、認められないとか…そんな理由だったんだろうよ。だけどね、グレン。5億年の研鑽の末…ついに僕は理解したよ。確信したよ。やはり…君だ!君こそが、僕が愛すべき、倒すべき…そして超えるべき好敵手であり、壁だったのさ!」

 

「…はぁ〜…」

 

多分先生なりに、欠片でも理解しようとしたのだろう。

だから対話を望んだ。

それが無意味だと思いつつも、俺はその意志を尊重した。

だがこれまでだ。

 

「…ジャティス。俺は前、こういったよな。お前の正義は矛盾している、と。そしてただの独善だとも」

 

「ああ。そうだね、アルタイル。その時のことを訂正しよう。確かに君の言う通り、僕の独善なのかもしれない。僕の正義は矛盾しているのかもしれない。だからこそ…」

 

「…」

 

「だからこそ!今ここで!ハッキリ宣言しよう!僕の正義は絶対だ!!矛盾はなく、独善でもなく!!絶対的正義であると、ここに証明しよう!!!」

 

OK…上等だ。

俺は【アリアドネ】に魔力を流して、空天神秘を起こす。

 

「ならその正義…俺たちの正義を以て、捩じ伏せる」

 

「行きましょう!先生!ジャティスは世界に仇なす敵です!そして…セラさんの仇です!」

 

「『汝望まば、他者の望みを炉にくべよ』。先生、私たちは魔術師です。魔術師は魔術師らしく、その流儀で戦うしかありません」

 

「ん。わたしは…戦う。ジャティスは敵。グレンを、みんなを守るために戦う。理由なんて…それで十分」

 

俺たちが身構えるを見届けたジャティスは、何故か満足気に笑う。

 

「グレン。君の傍らに立つ彼ら彼女ら。それらもまた、長い戦いと葛藤の末に得た、君の力だ。臆せず、気兼ねなく、遠慮せず、存分に振るうといい」

 

「こいつらを道具扱いすんじゃねぇ!」

 

「ククク…失言失礼。まあお互い、言葉は尽くした。後は思うがまま、心ゆくまま、互いの正義をぶつけ合おう…」

 

そしてついに、火蓋が切って落とされた。

 

「【王者の法(アルス·マグナ)】…起動します!」

 

「『時の最果てへ去りし我·慟哭と喧騒の摩天楼·時に至る大河は第九の黒炎地獄へ至り·その魂を喰らう黒馬は己の死を告げる·我·六天三界の革命者たらんと名乗りを上げる者ゆえに』!!!」

 

「『我に続け·颶風の民よ·我は風を束ね統べる女王なり』!!!」

 

「時天神秘【OVER CHRONO ACCEL】!!!」

 

「風天神秘【CLOAK OF WIND】!!!」

 

「空天神秘【UNLIMITED CROSS RANGE】!!!」

 

先生の時間をゼロにする結界が展開され、システィの風が駆け抜け、俺の糸が全てを切り裂く。

正直勝ち確だ。

なのになんだ…あの余裕は!?

 

「素晴らしい…!素晴らしいよ、グレン!それに君たちもだ!僕が超えるべき敵が君たちでよかった!…さぁ!今こそ!5億年の研鑽の成果を見せよう!」

 

ジャティスが身構え、呪文を唱える。

 

「『我は己が正義によりて運命を超える者·あらゆる理を·あらゆる力を·我が揺るぎなき不退転の意思と決意を以て·ねじ伏せる者』」

 

ジャティスから壮絶なる魔力が吹き出し、右手に偃月刀を持った禍々しい女神が現れ、俺の糸を弾いた。

というかおかしいだろ…!

 

人工精霊(タルパ)…!?いや、なにか違うか!?」

 

「それ以前にこの場は既に、俺が支配してんだぞ!?お前がなにかする時間なんぞ、もう永遠にねえはずなんだが…!?」

 

先生の言うこともそうだが、俺の糸だって距離をゼロにしてる上、次元ごと斬り裂いて攻撃してるわけなんだから、防ぐことは不可能だ。

なのにどうして防げるんだ…!?

そう葛藤しているうちに、ついにジャティスの魔術が完成する。

 

「正義【ABSOLUTE JUSTICE】」

 

絶対…正義…!

 

「フェアじゃないから説明しよう!僕が至った天は、君たちが至った天のように、高尚なものじゃない。ただ愚直なまでに、僕の正義と意思を貫くための神秘。僕が正義の行いと信じる限り、僕はあらゆる律法(ルール)を受け付けず、打ち砕き、捻じ曲げ、破壊する!そして僕が正義を通すに相応しい律法(ルール)を創立する!それだけさ!」

 

「…あ、アホか!?お前はぁ!」

 

なぁにがそれだけだ!

それだけで、お前は最強じゃねぇか!

 

「要するに、究極の自分ルールを一方的に、その場に強いるってことじゃねぇか!」

 

いくら凄まじい力を発揮する神秘でも、そこにはルールがある。

魔術の極みとはいえ、そこは科学的なのだ。

神の如き力とはいえ、ルールは守っているのだ。

だがジャティスのそれは、根本的なルール無視&破壊。

要するに世界法則の支配と創造。

 

「ははは。もちろん弱点もあるさ。あくまで効果範囲は僕自身と術の射程内。そして僕が正義だと100%信じられる行動に限る」

 

「ざっけんのも大概にしろよ、このカラスがぁ!!」

 

マズイな…前半はともかく、後半は致命的だ!

確かにこの術の弱点は、致命的な脆弱性がある。

心の底から、自分を100%信じられる人間はいない。

だがそれも、ジャティスなら別だ。

5億年の時間経過を、余裕で耐え抜くジャティスが使うとするなら、もはや最強と言わざるを得ない。

 

「アイル君…」

 

ルミアが俺の服の裾を掴んで、不安そうに見つめる。

…そうだ、相手がどれだけ強いかなんて知ったものか。

勝つしかない。

今までも…これからも。

 

「…ふぅ…しっ!」

 

俺は息を吐いてから、両頬を叩く。

 

「…行くぞ!やるしかない!」

 

「…ああそうだな…!いつもみたいに、出たとこ勝負だ!活路を見出しかねぇ!…それに言っちゃなんだが、実は手はある…!」

 

なんだよ、それならそうと先に言えよ!

だったら話が早い…一瞬隙を作る!

 

「行くぞ…!」

 

俺の糸と、先生の【クイーン·キラー】の弾丸が、ジャティスを打ち据える。

 

「ヒャハハハハハハ!アハハハハハハハ!」

 

だが案の定とでも言うべきか、ピンピンしていた。

 

「この…!」

 

「アイル君!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

さらにシスティやルミア、リィエルも加わるが、やはりダメージは無い。

だが例えそうだったとしても、俺たちはやるしかない。

こうして天空城での、最終決戦が始まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第7話

よろしくお願いします


「うぉぉぉぉお!『Iya,Cthugha』!」

 

先生の叫びとジャティスの哄笑が、この世界の果てに木霊する。

時の流れを操作した【ペネトレイター】での早撃ちに、外宇宙の邪神【炎王クトガ】の力を上乗せしたそれは、小隕石くらいなら楽々木っ端微塵にできるだろう。

 

「ヒャハハハハハハ!」

 

しかしジャティスはそれを恐れることなく、真っ向から迎え撃つ。

だったら…!

 

「そこ」

 

俺はぶつかる寸前、その弾丸の空間を操作する。

 

「っ!?アハハハ!」

 

消えた弾丸に一瞬呆けるジャティスだが、すぐに背後に気付いたのか、真っ黒な女神でその弾丸を迎え撃つ。

 

「いいねぇ!いいよぉ!」

 

「この…!だったら!」

 

今度は先生とジャティスの距離をゼロにする。

先生は既に【クイーン·キラー】による、次の一手を用意していたのを、知っていたからだ。

 

「ナイス!『Iya,Indra』!」

 

外宇宙の邪神【金色の雷帝】の力を纏った、超至近距離からの超電磁砲撃。

壮絶な勢いに、撃った先生の方が反動で吹き飛ぶ。

それにも関わらず…

 

「ヒャハハハハハハ!」

 

ジャティスは笑いながら、先生に突撃する。

そんなジャティスに、先生は【ル=キル】を召喚。

近過去のジャティスを消し去ろうとする。

 

「…身震いするほどの神秘だよ。グレン」

 

あいつ…いつの間にあんなに近く!?

すぐにその場を離脱先生だが、ジャティスは追いかけず、腕を広げ詠唱を始めた。

 

「『我は神を斬獲せんと望む者·我は始原の祖と終を知ろうとする者』」

 

ジャティスの背後の女神が持つ黒剣が輝きだし、それを滅茶苦茶に振るい出す。

 

「グレェェェェェェン!!」

 

「ぐぅ!?」

 

「先生!」

 

俺はすぐに【次元跳躍】で、先生を俺の側まで飛ばす。

 

「…読んでたよ。アルタイル」

 

…嘘だろ!?

あいつ、こっちに振ってきやがった!

俺はすぐに結界を張り、その剣を真っ向から迎え撃つ。

結界自体は破られたが、この糸の頑丈さは変わらない。

 

「残念、僕が正義だ」

 

「嘘…だろ…!?」

 

俺の糸が、ジャティスの剣に押し負け出した。

マズイか…!?

 

「2人とも!」

 

だがヤバいと悟った瞬間、俺たちを光の風が吹き飛ばした。

ナイス、システィ!

 

「なるほど。瞬間的にイカータの風で2人の次元位相を半ずらしにして、吹き飛ばしたんだね。その瞬間、ここにいない者は斬れない。くくく…やるねぇ?」

 

遙か頭上で左手を掲げるシスティは、そんなジャティスを無視して、風の砲弾をぶつける。

熱エネルギーを瞬時に霧散させるその風は、一瞬で絶対零度まで寒くなる。

更にはシスティの風は、ジャティスが存在するこの位相次元だけじゃなく、その周囲の多元世界·平行世界すら纏めて吹き荒らし、薙ぎ払う。

量子的同位相·多重次元同時攻撃。

 

「残念。僕が正義だ」

 

だがそんな必殺の一撃さえ、ジャティスには届かない。

 

「くっ!?」

 

「下がってシスティーナ!いやぁぁぁぁぁぁあ!」

 

次にリィエルが【絆の黎明(デイブレーク·リンク)】を放つ。

あらゆるものを切り裂く、想いの概念攻撃。

理を超えるその一撃は、ジャティスの背後の女神に防がれる。

 

「っ!?」

 

「まさかあの君が、その境地に達するとは、感慨深いものがあるね。性質上、君の天と僕の天は、近いものがあるらしい。ともすれば4人の中で一番厄介なのは、君なのかもしれないね。だが…」

 

ジャティスが腕を振ると、それに連動するように女神が腕を振り、鍔迫り合っていたリィエルを吹き飛ばす。

 

「その程度の剣技で、斬られる訳にはいかないなぁぁぁぁあ!」

 

「っ!?いゃぁぁぁぁぁぁあ!」

 

リィエルが咄嗟に防御で放つ【絆の黎明(デイブレーク·リンク)】が、激しい衝突音を響かせて、女神の一撃とぶつかる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁあ!」

 

「追撃、いくよ」

 

吹き飛ばされるリィエルを追いかけるジャティス。

させるか…!

 

「ルミア!止めるぞ!」

 

「うん!やらせません!」

 

ルミアが空間を凍結させ、ジャティスの動きを止める。

 

正義(ジャスティス)

 

俺が【グラビティ·タクト】で、重力を超圧縮して押し潰そうとする。

 

正義(ジャスティス)

 

俺とルミアが2人で空間を超圧縮させ、ブラックホールを作り出す。

 

正義(ジャスティス)!」

 

「「こ…のぉ!」」

 

ジャティスを次元すら超えて、遙か彼方の奈落へと追放する。

 

正義(ジャスティス)ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

だがそれすら破られてしまい、俺たちもその衝撃で吹き飛ばされる。

 

「キャァァァァア!」

 

「ルミア!」

 

ルミアを抱きとめながら、俺は何とか体勢を整えて着地する。

俺が直ぐに顔を上げるとそこには、無数の人工精霊(タルパ)が隊伍を組んでいた。

一体一体が伝説級(レジェンド)…いやの力を持つその大軍を見て、一瞬心が暗くなるがそれを強引に押し留める。

 

「この…なめんな!」

 

「調子に…乗ってんじゃねぇ!」

 

俺の次元切断と、先生の【イクスティンクション·メテオレイ】が、その大軍を次々と撃墜していく。

 

「ヒャハハハハハハ!いいよ!そうでなくては!さぁ、もっと君の正義を見せてくれ!!グレン!!!」

 

「どやかましぃ!!!」

 

 

 

一体どれだけ戦ったのだろうか…。

ここでは時間の流れが曖昧で、全くあてにならない。

時間が狂い、空間が歪み、次元が裂け、理が書き換えられる。

幾度も世界が文字通り震撼する戦いの中、システィーナたちはさらに成長を遂げていた。

 

「『Iya,Ithaqua』!」

 

システィーナの風は、もはやとある大いなる神性そのものと化す。

次元の裏側にまで及ぶ光の風が起こす衝撃波で、ジャティスの天使を尽く切り刻む。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

ナムルスが一時的に、自分の力をルミアに分け与えることで、真の意味で【天空の双生児(タウム)】となるルミア。

右手に【銀の鍵】、左手に【黄金の鍵】。

二つの鍵を自在に振るうその姿こそ、この神性の真の姿だ。

 

「ッ!」

 

そして気付けば、リィエルは()()()()()()()()

剣を極めるあまり、ついに剣すら要らなくなったのだ。

斬ると認識した時には、既に斬り終えている。

絆の黎明(デイブレーク·リンク)·神域】を以て、ジャティスを抑え込む。

 

「『宙の最果て·星々の錨·我は六天三界を穿つ者なり』!!!」

 

そしてアルタイルの重力も、限界を突破し新たなステージに上がる。

【UNLIMITED CROSS RANGE】が、ルミアと二人で至った天とするなら、これはアルタイルが自力で至ったもう一つの天の領域。

 

「星天神秘…【WORLD ANCHOR】!!!」

 

一定領域ではなく、世界そのものの重力を掴み、支配する。

文字通り世界の重さを乗せた【アリアドネ】の一撃が、ジャティスを女神ごと押し潰さんと襲いかかる。

 

「ヒャハハハ!!ヒャハハハハハハハハ!!!」

 

だがそれだけの力を持ってしても、ジャティスとは互角。

右腕と女神を振るいながら、全力で人工精霊を量産していく。

そんな遥か高みにいるジャティスに、4人はさらに位階を上げて喰らいつく。

そう…4人は。

 

(クソ…!クソ!クソ!!クソ!!!)

 

ただ1人、グレンだけは変わらないまま。

つまり…明らかに置いてけぼりであり、()()()()()となっていた。

 

(やっぱり借り物の力じゃ、この辺が限界だ!俺の基礎スペックが低すぎる!)

 

特別何かあった訳ではない。

元々あった生来の差が、ついに誤魔化しきれない程にまで広がっただけ。

だが…それでも…。

 

(俺は…!俺はぁ…!!)

 

それでもグレンは戦い続ける。

全てにケリをつけるために、戦い続ける。

 

(俺はセリカの意思を継ぎ、この世界を、アイツらを…学院の連中を守る!それだけだ!正義も夢も理想もどうでもいい!身近な大切なもん守れてりゃ…それで十分なんだよ!)

 

だが手に込める力と心の焦燥とは裏腹に。

グレンと4人の力は離れていく。

そして、正義も夢も理想もどうでもいい…そう思えば思うほど…願えば願うほど。

白い髪の懐かしい誰かが、悲しげに目を伏せるような…。

 

「関係ねぇ…!」

 

それに目を背けるように、グレンは奥に手を切る覚悟を決めた。

ジャティスの神秘は無敵だ。

だが魔術である以上、絶対などありえない。

 

「ジャティスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

戦いの潮目が変わったと判断したグレンは、一気に接近する。

 

(先生!?ダメだ…!まだ早い!)

 

「待って!まだ…!」

 

「みんな!先生の援護よ!」

 

「うん!」

 

「ん!」

 

だがそれに気付かなかったシスティーナたちは、グレンの援護に回る。

アルタイルも舌打ちを打ちつつ、援護に回る。

グレンを襲う天使たちを、暴風で吹き荒らし、次元追放し、切り裂き、押し潰す。

 

「ウォォォォォォォォォォオ!!!」

 

アルタイルたちが開いた血路を、グレンは真っ直ぐ駆け抜ける。

 

「来るのかい!?ついに来てくれるのかい!?ハハハハハハハハ!いいぞ、いいぞ、グレェン!魅せてくれよ!君自身の正義を!!今こそ僕が待ち望んだ一大決戦!!僕のすべてをかけた大勝負の時!!一体どっちの正義が真に上なる正義か…勝負だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「やかましいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

懐に手を入れたまま駆け抜けるグレンと、両腕を広げたまま動かないジャティス。

ジャティスは自身の神秘【ABSOLUTE JUSTICE】に絶対の自信がある。

故に動かない。

故に…その慢心をグレンは貫く。

 

(それが…その慢心が、テメェの敗因だ!)

 

グレンが懐から取り出したのは、持ち手に禍々しい呪符が巻かれ、折れた刀身に法則否定のルーンが刻まれた、真銀(ミスリル)の剣だ。

これこそセリカが残した最終奥義。

自身の魔術特性(パーソナリティ)【万理の破壊·再生】を、第七階梯(セプデンテ)の矜持にかけて生み出した、セリカ最後の固有魔術(オリジナル)

その剣の名は…

 

「【万理破壊の世界剣(ロウ·ブレイカー)】!!!」

 

それはセリカ秘伝の解呪(ディスペル)術式…否、摂理·法則·律法(ルール)破壊の式。

この世界のあらゆる魔術や魔法、異能や神秘の類を否定して破壊、触れただけで消滅·無効化させる一刀。

 

「っ!?」

 

(へっ、今さら気づいたか!もう遅ぇ!)

 

グレンの剣を目の当たりにし、ハッと目を見開くジャティスを心の中でほくそ笑み

 

「ウォォォォォォォォォォオ!!!」

 

その剣を心臓目掛けて突き刺した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終決戦編第8話

よろしくお願いします


まだ早いとは思ったが、それでもこの一撃ならば…そう思わざるを得ない一撃。

さしものジャティスも、あの一撃には無力だ。

 

「っ!?」

 

真銀の剣が砕け散る、その瞬間を見るまでは、そう思っていた。

アルフォネア教授最後の切り札は、ジャティスの体に1ミルとて、通っていなかった。

 

「なんだいこれは?僕がルールだと言ってたじゃないか。ルール違反はよくないな、グレン」

 

マズイ…あそこはジャティスの領域だ!

今まで誤魔化してきたが、あの位置はマズイ!

 

「間に合え…!」

 

俺は咄嗟に先生を【次元跳躍】で、俺のすぐ側まで飛ばす。

どっちが早いか賭けだったが、俺の方が早かったらしい。

 

「すまねぇ…!」

 

「大丈夫です。だけど…参りましたね、これは」

 

「ああ…!まさか【万理破壊の世界剣(ロウ·ブレイカー)】が効かねぇとは、完全に誤算だったぜ…!」

 

無言で佇むジャティスと、肩で息をする俺たち。

焦燥感が心を焦がすが、俺はそれを辛うじて落ち着かせる。

 

「…やれやれ…次はどうすっかなぁ…!」

 

「負けられないよ…!アイル君!」

 

「当然!」

 

俺とルミアが身構えると、隣にシスティとリィエルが来て、2人も構える。

だがジャティスは俺たちを全く見ずに、その後ろにいた先生に声をかけた。

 

「…そんなものかい?」

 

「チッ。知るかよ。テメェのインチキ魔法の前じゃ、どんな術も技も児戯になるに決まってんだろうが」

 

「違う。そうじゃない」

 

嘲りや侮りだと思ったのか、忌々しそうに返す先生の言葉を、ジャティスは真っ向から否定した。

こいつ何を…っ!?

気付けばジャティスは、怒りを紛らせた視線で、先生を睨んでいた。

 

「違う。違うんだグレン。君の力は…正義は、そんなものじゃないはずだ!確かにシスティーナ、ルミア、リィエル、アルタイル。君たちは素晴らしい。僕の正義の足元にも及ばないが、僕がねじ伏せるに値する力と正義がある。そこは認めよう」

 

嬉しくねぇし、随分ないいようだなこの野郎。

 

「だがグレン。君は一体、いつになったら本気を出す?いつになったら真剣に僕の正義と向き合ってくれる?ことここに至って、この僕を失望させてくれるのはやめてくれないか…!?君がそんな体たらくだとしたら…僕は一体、何のために5億年の研鑽を積んできたと思ってるんだ!?」

 

「なにを訳のわかんねぇことペラこいてんだ、テメェは!?俺はいつだって本気で全力だ!俺みてーな三流魔術師にテメェは一体、何を求めてやがんだよ!?そもそもテメェのワケワカメな正義なんざ、どうでもいいわ、ボケッ!俺はセラの仇のテメェをぶっ倒せればそれでいい!そんでもって、学院のヤツらや仲間たちを救えるばそれでいい!それ以外のことは知らん!知ったことか!それだけだ!」

 

「…先生…」

 

ただ訳の分からない言い分に、先生は怒鳴り返してるだけ。

…にも関わらず。

俺には何故か、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

「…本気で言っているのかい?本当に…それだけなのかい?君の力は…正義は…?その程度なのかい?」

 

「本気もクソも、今も昔も俺は三流魔術師だろうが!今はセリカの力を分不相応にも、一時的に使えるようになっただけだ!俺は俺であって、それ以外の何物でもねぇんだよ!!!」

 

呆然と呟くジャティス。

そんなジャティスに、先生は苛立ち混じりに叫ぶ。

しばらく本気で驚いた顔で黙り込み…

 

「…失望したよ、グレン。心底、失望した。君がその程度だったとは…。君は…君だけは違うと、凡百の愚者どもとは違う…そう信じていたの」

 

そう本気で哀しそうに呟いて、帽子を深く被り直す。

ルミアたちが怒るが、ジャティスは意にも返さない。

 

「ぶっちゃけ言うとさ。9を助けるために1を切り捨てる。1を助けるのに9を切り捨てる。君たちはどっちがより上位の正義だと思う?」

 

どっちが上位の正義か…だと?

そんなもの決まってる。

 

「どっちもどっちだ」

 

「正解」

 

考えるルミアたちを無視して、俺はジャティスの問いに答える。

 

「どちらがより上の正義かなんて、見方によって変わる。世間的に前者が重んじられているのは、最大公数を重んじる合理的思考からだ。現にアルベルトさんは前者だが、自分のことを1度たりとも、正義だとは言っていない」

 

「もしそれを超える正義があるとするなら、10を救う。ま、絶対無理だろうけどね」

 

こいつ…誰がそんなに言葉遊びをしろと…!

そう苛立っていると、我慢出来なかったのか、システィが怒鳴り声を上げた。

 

「ふざけないでください!だったらあなたの正義だって矛盾してるじゃないですか!」

 

「たとえ話さ。そもそも僕の正義に誰かを救うだの、守るだのは関係ない。全くの無関係なんだよ。ただまぁ…ヒントは送ろう」

 

だがそんな怒りを無視して、ジャティスは飄々と話す。

 

「…『何かを為す者とは、歩み続けた愚者である。為さぬ者とは、歩みを止めた賢者である』」

 

それは…アルフォネア教授の…。

何となくだけど…本当になんとなくだが、ジャティスが言いたいことが、一欠片だけ分かった気がする。

今の先生は、俺たちを優先するあまり、歩みを止めてしまっている。

【正義の魔法使い】になろうとする…その歩みを。

 

「この世界の魔術師ならば、誰もが知る格言。この言葉こそが、グレン。宿敵たる君に送る最後の塩だ」

 

「…何を…言ってやがる…!」

 

「グレン。君は今まで頑張った。ひたむきな君の生き様は、多くの者たちの心を揺さぶってきた。君は今までずっと、誰かに何かを与え続けてきたんだよ。だから…もうそろそろ、その何かを、自分に与えてもいいんじゃないか?」

 

「だから…!お前の言ってることの意味が…!」

 

「もしこれだけ言っても目覚めないのなら…哀しいかな。僕とっくに、君を超えてしまったらしい。僕にとってもう君に価値は無い。…終わりにしよう。ちょうどいいものがあるんだ」

 

そう言うとジャティスが手をかざして、詠唱を始める。

 

「『遍く世界は汝が見る夢·汝、万物の混沌統べし者·汝、盲目にて白痴の主』」

 

ここに来て新手の攻撃か…!

俺たちがすぐに身構えるのを見ながら、ジャティスが闇から何かを引きずり出す。

それは…

 

「箱?」

 

箱としか形容のしょうがない、箱だった。

そしてその中から出てきたのは、黒光りして赤い線が走る、多面結晶体型の宝石だ。

 

「これは彼、大導師が数千年かけて造り出したものさ。このままお蔵入りはもったいないだろ?だから突貫工事で、一応使える程度には仕上げたのさ」

 

まさか…あれが!?

それに気づいた時には、既に術式が発動していた。

間に合うか…!

 

「みんな!【マインド·アップ】!急げ!」

 

その直後、眩しい光が俺たちを包んだ。

 

 

 

「大丈夫かい?わしの可愛い孫娘」

 

「…お爺様」

 

「さあ行くよ、システィーナ。叡智の門の鍵は開いている」

 

「ええ、行きましょう!お爺様!」

 

システィーナは祖父のルドルフと、メルガリウスの天空城の謎を解き、ついにそこに足を踏み入れ、その光景をいつまでも眺め続けた。

 

 

 

「うふふふ、素敵よ。エルミアナ。彼もメロメロよ?」

 

「ふふっ、ルミィったら、本当に綺麗。愛しの彼もイチコロね?」

 

「お、お母さん!///姉さん!///」

 

「でもしばらくは、公務の合間を縫って、こうして3人で何気ない話をして、のんびり紅茶でもいただきましょうか」

 

「じゃあ私は、早速お茶会の準備をしてきますね、母様」

 

「私…2人のことが大好きです!ずっと…ずっと一緒にいられるのいいですね!」

 

社交界デビューの着せ替え人形にさせられていたルミアは、そのまま母のアリシアと姉のレニリアと、楽しいお茶会をした。

 

 

 

「コラぁぁぁぁぁ!!リィエル!待ちなさい!」

 

「むぅ…イルシア、しつこい」

 

「君たちはどうしてこう、双子なのにこうも違うかな…?。それはさておき、おやつに苺タルトを作ったけど…」

 

「っ!」

 

「ぁぁぁぁあ!待ちなさいリィエル!また私の分まで食べたら許さないからね!」

 

「…さて、腹ごしらえでもしたら、リィエルの勉強を見てあげるかな」

 

リィエルは双子のイルシアと、2人の兄シオンと共に暮らす。

それはなんてことない、とある兄妹たちの普通の日常だった。

 

 

 

…様。兄様!」

 

「んぁ…?」

 

この声…ベガか?

なんかすげー夢見てた気がする…。

でもなんの夢だっけ?

 

「もう。朝ごはんできてますよ、兄様」

 

俺のベッドの横には、腰に手を当てて()()()()し、少しムスッとした顔をするベガ。

 

「あぁ…わりぃ。先に行っててくれ。すぐに行く」

 

俺はそう言ってベガを部屋から出し、学院の制服に着替える。

東の辺境の村の生まれの俺たちだが、魔術を学ぶため、このフィジテにあるレストランで住み込ませてもらっている。

ベガがいるのは、将来的にベガも通うため、先にフィジテに慣れさせよう、ということらしい。

 

「おはよう。爺さん。婆さん」

 

「おはよう」

 

「おはよう。アルタイル。さあさあ、早くお食べ」

 

「はーい。いただきまーす」

 

…うん。

相変わらず婆さんとベガの飯は美味い。

そう思いながら食べ進めていると、爺さんが何かを滑らせてきた。

 

()()からだ」

 

「お、マジで?」

 

()()()()()からか…。

遠いため、月一くらいのペースで手紙を送りあっている。

どうやら村も特に変わったことは無いらしい。

あとは長期休暇には帰ってこい…か。

 

「ベガ〜。()()()()が今度の長期休暇は帰ってこい、ってさ」

 

()()()()()()()がですか?分かりました。兄様も早めに予定を教えてくださいね?」

 

「おう。…ってやべっ!?遅刻する!」

 

慌てて飯を食べて、バッグを持って店を出る…って忘れ物!

 

「忘れ物した!」

 

俺は慌てて部屋まで駆け上がり、机に上に置きっぱにしてあった、()()()()を片手に階段を飛び降りる。

そんな騒がしい俺を、呆れたように見る爺さんと、微笑ましそうに見る婆さん。

そして困ったように笑うベガ。

 

「よし!行ってきます!」

 

「行ってこい」

 

「行ってらっしゃい」

 

「行ってらっしゃいませ、兄様!」

 

俺は店のドアを開けて、フィジテの街を走り抜ける。

走って走って走って…そして…

 

 

 

魔王遺物【輝ける偏四角多面体(トラペゾヘドロン)】…これが大導師の奥義。

この物質には、夢と現実の境界線を弄る力がある。

この力を利用し、人の夢と現実をそっくり入れ替える…これが大導師の計画の全容。

各個人にとって、最も幸福な世界線として、それぞれが独立し、永遠に続く。

そして現実の肉体は、赤い結晶体の中に閉じ込められ、永遠に存在し続ける、永劫不朽の石と化す。

外からこれを解くには、世界を一つ壊す程の破壊力が必要になるが、そうすれば中の人物の精神がどうなるか、想像すら出来ない。

…そう、外からは、だ。

 

 

 

「だ…ラァァァァァア!!!」

 

「ぐぅぅぅぅ!」

 

「はぁ…!はぁ…!」

 

「ん…!」

 

クッソ…何とか破れたか…!

あぁクソ!

悪趣味も大概にしやがれ…あの腐れ魔王!

 

〖あ、あなたたち…!〗

 

「ククク…夢は所詮夢。本人がそれを望まなければ、醒めるは道理さ。【禁忌教典(アカシックレコード)】の力があればともかく、こんな子供だましが通用するような彼らじゃない。…ああ、一応弁明すると、夢の内容に関しては関与してないよ。個人が心のどこかで望んでいる夢さ。だから僕を責めるのは…!…筋違いなんだけどなぁ」

 

チッ…難なく防ぎやがって…!

 

「手ぇどけろよ。その舌引っこ抜くからさ」

 

「それは無理な相談だね」

 

貫手を掴まれたまま、俺とジャティスは睨み合う。

内容に関与してない?

知るかそんなもの。

 

「テメェ…絶対ェぶっ潰す!」

 

「酷い屈辱…!絶対に許しません!」

 

「本っ当にムカつく人だわ!」

 

「ん。絶対にボコる」

 

俺は【次元跳躍】で距離をとり、ルミアたちと共に構える。

どうやら全員、怒り心頭らしい。

どんな夢見たかは知らないが、そりゃあんな幸福な夢見させられたら…腹も立つわな。

とにかく今やれることはひとつだ。

 

「徹底的に攻める!何とか弱点を炙り出すぞ!」

 

「ええ!先生!私たちがフォローします!行きましょう!」

 

…だが。

何故か先生からの返事がない。

…まさか…。

俺たちが慌てて振り返るとそこには…

 

「…先生?」

 

未だ結晶の中に囚われている、グレン先生の姿があった。

 

 

 

ガラガラガラ…ゴロゴロゴロ…。

 

心地よい揺れと音の中、俺の意識が揺れる。

頬を撫でる爽やかな風。

不意になにか小さく、柔らかいものが頬に触れた。

じんわり温かく、いつまでも感じていたい。

でもすぐに離れてしまい、その名残惜しさに、やっと俺の意識が覚醒しだした。

 

「…ん…?」

 

見渡す限りの穏やかな大草原。

ここは…一体…?

 

「あ…ご、ごめんねグレン君。起こしちゃった…かな?。南原のアルディアまでまだもう少しあるから、寝ててもいいよ?」

 

この…声は…。

すぐ隣から声が聞こえた。

シルクのような白い髪に白い肌。

民族的な衣装と羽根飾り。

肌や頬には赤い顔料で描かれた紋様。

 

「…ぁ…ぁぁ…」

 

何故か、もう二度と見ることは無い…そう思っていた。

 

「どうしたの?グレン君…泣いてるの?なにか怖い夢でも見たのかな?」

 

そう微笑むその顔に、俺はつい顔を背ける。

 

「バカ…そんなんじゃねぇ。子供扱いすんな」

 

そもそもなんの夢見てたかなんて、すっかり忘れた。

きっとその程度のものなんだろう。

だから、何故か思い出さなくてはいけない気がする…そんな感情は押し殺す。

 

「…()()

 

「なぁに?ふふっ。今日はなんだかおかしなグレン君♪」

 

()()=()()()()()()()がそこにいる。

()ではない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚者の旅路編第1話

よろしくお願いします。


此方ではない彼方。

彼方ではない此方。

どこか明確には言えない場所にて、アルタイル達は最強最悪の敵、ジャティスとの最終決戦を迎えていた。

 

「…先生?」

 

そんな中、ジャティスは大導師の遺した遺産、【輝ける偏四角多面体(トラペゾヘドロン)】を起動。

夢の中に閉じ込められたアルタイル達だが、何とかそこから脱出することが出来た。

…グレンを除いた4人は、だが。

 

「…せ、先生?何をしてるんですか?」

 

「あの…先生?」

 

「グレン?」

 

〖ちょっと…何してるのよ?早く起きなさいよ…〗

 

結晶に閉じ込められたままのグレンを見て、呆然とする4人とナムルス。

そんな様子を見てジャティスは、帽子を深く被り直した。

 

「薄々分かってはいたけどね…。君はここまでだ、グレン。結局君は…この程度だった。僕の勘違いか、買い被りか。さようなら、僕の好敵手だった男。どうか眠れ。穏やかに…安らかに…」

 

そんなジャティスの顔は、どこか哀しげな顔だった。

 

 

 

「…おい。お前、何をした?」

 

いつまでも起きない先生から、俺はジャティスへと視線を向ける。

 

「何って…ああ。君達にはまだ、こいつの説明をしてなかったね」

 

その手にあるのは立方体の箱。

その中には赤い結晶が入っていた。

 

「これは【輝ける偏四角多面体(トラペゾヘドロン)】。この偏四角多面体には、夢と現実の境目を弄る力がある。この力を利用することで、人の夢と現実をそっくりそのまま、入れ替える術式なのさ。その夢は当人にとって現実のなり、その先に一つの確たる新たな世界を創造する。その人の最も幸せな世界がずっとね」

 

…幸せな世界…か。

なるほど、確かにあれは幸せな世界だ。

全てが満ちていて、全てが手に入った世界。

 

「一方この肉体はこうして結晶に包まれ、永久的に消えることはなくなる。それを壊すには世界を崩壊させるレベルの破壊が必要だ。

だがそれをすれば、精神がどうなるか分かったものではないけどね。その結晶から出る方法は一つ」

 

「俺達みたいに夢を拒絶すること…そうだな」

 

「そうさ」

 

「…そうか」

 

必要なことは聞けた。

つまり俺らから先生にどうこう出来ることは無い。

なら俺らがやることは一つ…。

 

「『宙の最果て·星々の錨·我は六天三界を穿つ者なり』」

 

空天神秘【WORLD ANCHOR】を起動する。

世界の重力を支配する。

 

「ア、アイル君…」

 

「ボサっとすんな!構えろ!先生が戻ってくるまで、俺達でジャティスと戦う!なんなら勝つ!!」

 

強気な俺を見て、ジャティスはニヤリと笑う。

 

「君達で僕に勝つ?それは無理だよ。君達如きでは、僕の足元にも及ばない」

 

まあ、そうだろうな。

これだけ強気に言ってなんだが、多分…いや、間違いなく俺達ではジャティスに勝てない。

それだけの差がある。

だが…

 

「それをどうにかするのが魔術師だろうが」

 

思考を止めるな。

冷静さを失うな。

足りないならかき集めろ。

知恵を…力を…全てを絞り出せ。

最後の一滴まで…余すことなく…!

 

「あいにく俺は、賢く生きる気は無いんでな」

 

「…ええ。ええ!そうよ!やってやるわよ!」

 

「私達も戦う!行けるよ!アイル君!」

 

「ん!倒す!」

 

俺の隣にシスティ達も並ぶ。

そんな俺達を見て、ジャティスは満足気に笑いながら、腕を振り擬似霊素粒子(パラ·エテリオン)をばら撒き、創世級(ジェネシス)の天使たちを生み出す。

 

「…いい。いいよ。さあ、来たまえ!僕の正義を以て、君達を倒そうじゃないか!」

 

「倒すのは俺達だ!行くぞ!」

 

こうして俺達は、何度目かの衝突した。

世界を崩壊させかねない戦いの火蓋は、再び切って落とされたのだった。

 

 

 

()()()()

そう、これは()()()()だ。

()()()()()()()()()()

 

「セラァァァァァァァア!!!」

 

夢の中で俺は、ぐったりとしたセラを抱きかかえ叫んだ。

身体に刻まれた致命的な斬痕から、噴き出している真っ赤な鮮血。

既に手遅れだと伝えてくる、冷たい身体。

 

「畜生…!■■■■■の野郎…よくも…!」

 

怒りが溢れてくる。

■■■■■の名前が思い出せないが、セラを殺した憎い仇に対する怒りと、それ以上に

セラを■■■■■から守れなかった、自分自身への憤怒に身体を震わせながら、涙を流すしかない。

あと1人誰かいたら変わったかもしれない。

この時●●●●●がいたら、まだ間に合ったのかもしれない。

顔も名前も思い出せない●●●●●にすがりたくなるほど、俺は怒りと絶望感に苛まれていた。

これからだったのに。

やっとセラへの想いに気づいて、これからはセラだけの正義の魔法使いになろうと。

そう決めたばかりだったのに…あんまりだ。

 

「クソ…すまねぇ…セラ…俺は…」

 

「ううん、いいの。…貴方が無事で…良かった…」

 

必死に掠れた声を出すセラ。

あぁ…もう限界なのか…。

 

「あぁ…でも…帰りたかったな…。夢だった…。どこまでも広がる…アルディアの草原と…あの…優しい風の匂い…。懐かしいな…帰りたい…叶うなら…貴方と、一緒に…」

 

「せ、セラ…」

 

無意味だと分かりつつも、何とか繋ぎ止めようと、必死に抱きしめる。

だが死神はセラの手を引き、情け容赦なくどこかへ連れていこうとする。

 

「ねぇ…グレン…く、ん…」

 

そして最後に

 

「………、…………を、……………で…」

 

ほとんど聞き取れなかった。

そんな失われてしまった(Lost)最後の(Last)言葉(Word)

それを最後にセラは…。

 

 

 

(…最悪の夢だった)

 

グレンの目の前には、広大な草原の中、馬車の御者席に座り馬を制御しながら、夢を振り返る。

だがその夢は、まるで蜃気楼のように消えており、しょうじき何も思い出せない。

ただ胸に残る、果てしない怒りと絶望感が、ひたすらグレンを苛む。

 

「グレン君。大丈夫?」

 

「あぁ…。クッソ眠いだけだ」

 

心配そうにするセラを適当にあしらいながら、目的地を目指す。

セラ曰く、いくら南方の遊牧民族であろうとも、法や秩序は存在しており、諍いが起きた際その仲裁を行う氏族がセラの生家、シルヴァース家なのだ。

それゆえシルヴァース家は氏族の中では一番古く大きく、それに伴う責任と立場を持っている。

そして奇妙な話だが、遊牧民族でありながら、定住しなくてはいけないのだ。

南方のアルディア首都アルディリア、そこが目的地だ。

 

「…ふぅ、やっとか」

 

そんなグレンの視線の先には、遥か地平線の辺りに見え始めた山々の影。

その麓にある明らかな人工物の影…つまり都市の影だ。

 

「お疲れ様。あと少しだよ、グレン君」

 

「…言うてまだ、半日くらいはあるぞ」

 

「じゃあ少し早いけど、先にご飯にしようか」

 

そう提案したセラに乗り、セラが食事の準備をする間に、火起こしをするグレン。

 

「火打ち石はっと…あん?なんだこれ?手紙?」

 

自分の背嚢の中に紛れていた、差出人不明の自分宛の手紙。

中にはこんな内容の手紙が入っていた。

 

ーー貴方はこの世界から出られない。

ーー貴方をこの世界へ縛り付ける存在がいるから。

ーーだけどこの世界には、たった一つの分岐点があり、それが唯一の帰還点。

ーー貴方の原初を思い出せ、選択を見誤るな。

 

「…なんだ、これ?」

 

意味不明な文面に、首を傾げていると、不意にポケットに何かあることに気づく。

 

「…ああ。ここにあったのか火打ち石。…うん?まだ入ってる?」

 

さらに漁ると出てきたのは、赤い五芒星に編まれた何かだ。

 

「これも一体なんだ…?」

 

訳が分からず捨てようとして、不意にグレンの手が止まった。

何故か捨ててはいけない…そんな気がした。

 

(なんなんだよ…)

 

「グレンく〜ん!まだ〜?」

 

「あ、あぁ!すぐ行く!」

 

急かされたグレンはすぐに、組み上げた簡易的な炉に火をくべた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚者の旅路編第2話

よろしくお願いします。


ついにグレン達は、南原アルディアの首都、アルディリアに着いた。

帝国でよく見られる高い城壁ではなく、ちょっとしたハシゴさえあれば簡単に越えられそうなものだ。

その代わりとてつもなく長い。

 

「遊牧民族だから、馬に乗り越えられなきゃ大丈夫なの」

 

というセラの説明を聞きながら、城門をくぐるグレン。

その先に広がる畑の光景を見て驚くグレンに、セラは笑う。

 

「あはは。何?その顔。私達が全員、放浪生活をしてる訳じゃないよ?定住を選ぶ人だっているんだから」

 

そのまま進んでいき、気付けばすっかり都心部に着いていた。

平たい白レンガ造りの家屋に、赤い顔料で描かれた民族模様。

いよいよ実感してくる異国の雰囲気。

だが一番グレンが驚いたのはそこではない。

 

「とにかく人が多いな…」

 

その圧倒的な人の数に、グレンは圧倒されていたのだ。

大通り沿いに広がる野菜や食料、生活必需品や木彫り細工にアクセサリーなど、多くの露店が直接絨毯を引き連なっている。

買い物をするのは地元の者だけでは無い。

ターバンを巻いた南大陸の商人、着物を着た東方中原諸国の商人、グレン達西側諸国の商人など、それぞれの特産品を手に商売に励む姿など、様々な人々で賑わっていた。

 

「時代が変わったからね。今ではほとんどの氏族がこうしてこの街で商売をして、放浪では手に入らないものを買ってる。幸いここの特産品は、どれも大人気の高級品だから、需要が高いの。こういうものを求めて来た行商人さん達のおかげで、ここまで発展したっていう面もあるの」

 

「なるほどなぁ」

 

セラの説明を聞き感心するグレン。

そんなこんなで中心部にある、一際大きいレンガ造りの宮殿のような場所に着く。

 

「ここか?」

 

「うん。私の実家、シルヴァニア宮殿だよ。…帰ってきたんだ。私…」

 

「…」

 

嬉しそうに笑うセラを見て、何故かかける言葉を見つけられなかったグレンなのだった。

 

 

 

ド緊張…のはずだったか、いつの間にか調子を狂わされた砕けたご両親への挨拶を終え、さてほっと一息…かと思えば。

 

「なぁんでこんなに人が集まってんだ…?」

 

ここは宮殿の敷地内に設けられた、闘技演武場。

そこに立たされるグレンの前には、セラによく似た少女が一人。

彼女の名はシス=シルヴァース。

セラに従姉妹にあたり、次代の【風の戦巫女】である。

今からシスと決闘をすることになったグレン。

何故こうなったのかと言うと…

 

「セラお姉様がこんな何処の馬の骨とも知れないものに娶られるなんて、私は反対です!」

 

…という、本来父親でありシルヴァースの族長、アルディアの王である、シラス=シルヴァースとやるべきやり取りを、まさかの従姉妹と繰り広げたからである。

ちなみにシラスとその妻サーラは、結婚に大賛成だった。

 

「…なぁんか、懐かしいな。この感じ」

 

不意に胸に過ぎった、懐かしい感覚。

苦くて重くて、それでいて眩しい…そんな思い。

 

「…今回はマジでいくぜ。悪ぃな、白猫」

 

「何訳分からないことを言ってるんですか!あと猫扱いしないでください!」

 

 

 

始まった2人の決闘。

【風の戦巫女】とは、シルヴァース最強の戦士に与えられる二つ名だ。

故に下馬評では、圧倒的にシスが優勢だった。

なのだが…

 

「よっと」

 

「ふぎゃあ!?」

 

実際にやってみると、グレンの圧勝に終わった。

挙句にこれでもまだ、セラに頼まれ手加減している。

その後始まった酒宴。

 

「酒宴…?な、なぁセラ。南原の人達って…」

 

「えぇっと…うん、まあ。お酒、滅茶苦茶強いよ?」

 

「そうだよなぁ…。みんながみんな、セラみたいにバカ強いんだよなぁ…」

 

「え?()()()()()()()()

 

「…」

 

実は可愛らしい風のお姫様であるセラ、特務分室ではぶっちぎりの酒豪なのだ。

あの酒豪で鳴らすバーナードすらぶっ倒す。

 

(あれより…強い?)

 

自分の肩を組んで来る各氏族の族長たちの笑顔。

とてもいい笑顔なのに、悪魔の微笑みに見えてくるグレン。

 

「えぇっと…死なないでね?グレン君。私、結婚前に未亡人にはなりたくないよ?」

 

そんな不安げな未来の妻をジト目で見てから…

 

「だ…誰か助けてぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 

そんな大声をあげるグレンなのだった。

 

 

 

…夢を見る。

ウォトという、糖酒をバカみたいに飲まされたせいか、中々ぶっ飛んだ夢を見る。

 

「はぁぁぁぁぁあ!『Iya,Ithaqua』!」

 

白い衣を纏った銀髪の少女は、どこかの誰かに似た風使いだ。

外宇宙の大いなる神性を従え操る光の風は、あらゆる次元と空間を超え、絶対零度の凍気が、男と天使の群れに襲いかかる。

 

「応えて!【私達の鍵】!」

 

右手に銀の鍵、左手に金の鍵を持つ金髪の少女は、時空の支配者だ。

次元の捻れが、亀裂が、歪みが、零次元空間圧縮が。

刹那に過ぎ、あるいは巻き戻され、小規模黒孔が、男と天使の群れに襲いかかる。

 

「【絆の黎明·神域】!いやぁぁぁぁぁあ!」

 

小柄な青髪の少女は、剣を必要ともしない剣士だ。

人の身でありながら、その領域を超えた剣神。

あらゆる運命と概念を斬り裂く銀の極光が、男と天使の群れに襲いかかる。

 

「【WORLD ANCHOR】!消し飛べ!」

 

黒髪の少年はこの世の全てを支える、重力の統治者。

引き寄せる引力と弾き出す斥力、相反する二つの力を混ぜ合わせ生み出された、全く存在しない架空の質量。

世界を崩壊させる程の破壊力を持つその一撃が、男と天使の群れに襲いかかる。

こんな少年少女達の攻撃を喰らえば、普通は肉体は消滅し、魂は滅殺され、概念も滅ぼされ、来世すら残らない。

禁忌経典からすら消されるだろう。

だが…にも関わらず…

 

正義(ジャスティス)ッ!」

 

男には全く効かなかった。

そのまま再び天使を生み出し、左手の偃月刀で斬りかかる男。

 

「チッ…ウゼェんだよ!」

 

そんな偃月刀に、赤い糸で編んだ槍を片手に撃ち合う少年。

そんなあまりにも非現実めいた光景に、俺は乾いた笑みを浮かべるしかない。

はっきり言って勝てない。

確かに少年少女達は世界最強クラスだ。

だがそれでも、この男はその上を行く。

 

「グゥ…ッ!いい加減にしつこいな!まだ行けるよな!みんな!」

 

「ええ!まだまだよ!」

 

「うん!戦える!」

 

「行ける!」

 

弾き飛ばされた少年の隣に、少女達が並ぶ。

圧倒的戦力差を前に、まだ抗おうとするその姿は痛々しく…青臭く…眩しく…そして何より。

 

「先生は絶対に帰ってくる…!だから私達でそれまで耐え凌ぐの!」

 

焦燥感に駆られていた。

何故か知らないが、早く行かなくては…。

でもここはどこだ?

そんな訳が分からないまま、ただその光景を見るだけ。

 

「先生がどんな夢を見てるかは知らないけど…でも夢の中で立ち止まり続けるはずがない!だってあの人は…あの人は…!」

 

あの銀髪の少女は何を言っている?

意味が分からない。

『夢の中で立ち止まり続けるはずがない!』?

何を言っているだ?

 

()()()()()()()()()()()()



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚者の旅路編第3話

よろしくお願いします。


「…おぇぇ…完っ璧に二日酔いだぜ…」

 

「あはは…ご苦労さま」

 

【ブラッド·クリアランス】まで使い、血液内のアルコールを減らして参加した酒宴の翌日、すっかり二日酔いのグレンはシラスに呼び出されていた。

その内容はというと…

 

「まず婚礼の儀の日取りが決まった。一週間後だ」

 

婚礼の儀には、南原特有の文化があるため、色々と用意が必要なのだ。

そして二つ目が…

 

「…え?き、教師!?俺が!?」

 

アルディリアにある学び舎で、講師を務めて欲しいという内容だった。

そんなこんなで引き受けた教師役。

着いた学校はアルザーノ帝国魔術学院とは比べるべくもない、学校というより日曜日の教会の延長線上のようなものだった。

そして教室に入った時…

 

『先生!また遅刻ですよ!』

 

『まあまあ、システィ。先生も色々あったんだよ』

 

『いやいや、どうせ寝坊でしょ』

 

『ん。苺タルトおいしい』

 

どこかで見た気がする少年少女達が、どこか親しげで気安げな視線を向ける。

 

「…グレン君?」

 

「…あ?」

 

(なんだ…今の?)

 

教室に入るなり呆然とするグレンに、セラが心配そうに声をかける。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁあ!?なんで貴方がここに!?」

 

そんなグレンの悩みをぶった斬る絶叫。

そこにいたのはシスだ。

 

「ってお前もいるんかーい」

 

そんな訳で見事にギスギスなグレンだったが、【ショック·ボルト】を題材にした授業を行った結果、見事に生徒達の心を掴んだ。

…だがシスの抱える迷いや葛藤には、まだ遠く届かなかった。

シスがシルヴァース家の秘宝の一つ、【風の鳩琴(オカリナ)】と共に消息を絶ったのはこの日の夜のことだった。

 

 

 

そしてその事実に気付いたセラ達は、シスの行方がカーダス山脈だと当たりをつけた。

かつてシルヴァース家は【大いなる風の一族(パイレ·デル·フィーベル)】として、風の神に仕える神官だった。

途中でシルヴァース家は【大いなる風の一族(パイレ·デル·フィーベル)】から分家。

その際に賜ったのが【風の鳩琴(オカリナ)】だった。

 

「君には怪しく聞こえるかもしれないが、我々には神の声が聞こえるのさ。概念的なものではなく、大いなる神性のね。ただシスには神の声が聞こえないんだ」

 

「でも神は人間の味方じゃない!無色透明の暴力そのもの!神の声が聞こえてないのに【風の鳩琴(オカリナ)】で無理やり従えようだなんて、力を暴走させるだけなの!」

 

「しゃーねー。いっちょ行くか!」

 

グレンはセラと共に、カーダス山脈へと辿り着く。

だが既に時は遅く…

 

ーー汝、時渡る狂気と暴威。風に依りて永劫を引き裂く者。

ーー汝に仕えし旧き神官の系譜シルヴァースの風の戦巫女が此処に希う。

ーー『Iya,Ithaqua』

 

それはスペリングではなく、鳩琴の旋律が奏でる音。

そしてシスを依り代に現れるは、数多の風を従え、時と空間を超え三千世界を永劫渡り歩く、大いなる神性。

かの神性の名は…風を統べる女王、風神イカータ。

 

「…あぁ…ァァァァア!?やめて…私を食べないでぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

だがシスには…否、人間では外宇宙の神を降ろすなど、出来るはずもなく。

シスは少しづつ、その体と精神を蝕まれ出した。

 

「ど、どうすればいい!?セラ!」

 

「今、シスと神を繋いでるのは【風の鳩琴(オカリナ)】だから、あれを破壊すれば…!」

 

「チッ。秘宝らしいが仕方ねぇよな!」

 

グレンが魔銃【ペネトレイター】を構える。

確かに現状の距離なら、グレンは確実に当てられる。

だが…

 

(クソ…!風の動きが不規則すぎて読み切れねぇ!)

 

イカータの撒き散らす風が、その狙撃の予測の邪魔をする。

忌々しそうに銃をしまった直後

 

ーー【ペネトレイター】で、どうにかなる状況かよ。少しはマジになれや。

 

気付けば。

自分の隣に()()()()()()

どこか見覚えのある服装に、ぼろのマント。

その目はしっかりとシスを見ていた。

 

「グレン君!どうしたの!?」

 

そんなセラの声が聞こえた時には、影も形も無くなっていた。

 

「ッ!?す、すまねぇ!【ペネトレイター】じゃ無理だと思ってよ!だが俺にはこれがある!」

 

そう言って引き抜いたのは、古めかしい火打ち石式拳銃(フロントリック·ピストル)

 

「この銃弾の軌道を操作できる【クイーンキラー】なら行ける!」

 

「…ねぇ、グレン君?そんな銃持ってた?ううん、今どこから出したの?」

 

自信満々に説明しようとしたグレンに、セラは困惑気味に尋ねる。

だがグレンは、それには答えられなかった。

だがそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…行け!」

 

それを振り切るように放つ【クイーンキラー】の銃弾。

だがその大口径の銃弾すら、荒れ狂う風の前に粉々に切り刻まれてしまった。

 

「うげっ…!?マジかよ!?」

 

しかもその行動のせいで、完全にイカータから敵判定されたグレンは、その恐ろしい風に襲われる。

 

「グレン君!」

 

だがそれは、すぐさま鳩琴(オカリナ)を吹いて風を操るセラによって阻まれる。

しかし、そのセラもここまでの移動の【疾風脚(シュトルム)】のせいで、大きく魔力を消耗している。

 

「ゲホッ!ゴホッ!」

 

「セラ!」

 

血を吐くセラに、グレンはかつてない危機感を抱く。

 

(()()()()()()()?また俺は、()()()()()()()?)

 

そんな訳分からない事を思い、猛烈な焦燥感に駆られていた。

 

(どうすれば…!?どうすればいい!?)

 

ーーそんなもん決まってんだろ?いつまで寝ぼけてやがるんだ、お前。

 

再びもう一人のグレンが声をかけてきた。

 

ーー【クイーンキラー】…いい線いってたんだけどな。だかああいう外宇宙の邪神共を相手にするにゃ、少々役不足だ。そんなのとっくの昔に分かりきってただろ。

 

呆れ返ったようなもう一人のグレン。

このグレンが何者なのか…それは今のグレンには分からない。

否、()()()()()()()

 

「じゃあどうしろってんだよ!?クソッタレが!」

 

ーーだから、いつまで寝ぼけてんだよ。

 

さらに呆れてようなもう一人のグレン。

 

ーー今のお前には()()だろうが。

 

「ッ!?」

 

その言葉を最後に、もう一人のグレンは消えた。

そう…あるのだ。

そんなことは()()()()()()()()()()

だが()()()()()()()()()

 

「…ッ!」

 

やがて決意を決めたグレンは、セラの隣に並び立つ。

 

「ぐ、グレン君!?危ないよ!」

 

「いや、もう大丈夫だ」

 

そう言って左手を前に掲げ、何やら呪文を唱えた瞬間、眩い光とともに赤い魔晶石が現れた。

それを握り小さくブツブツと呟き…

 

「時天神秘【OVER CHRONO ACCEL】」

 

その瞬間、全ての時が止まった。

 

「え?…ぇぇぇぇぇえ!?」

 

驚くセラを他所に、グレンは歩いてシスに近づき、魔銃【ペネトレイター】を抜く。

 

「『0の専心(セット)』」

 

慎重に【風の鳩琴(オカリナ)】に狙いを定めて、一撃。

たった一発の銃弾で、南原崩壊の危機を救った。

その銃声は、まさに終わりを告げる鐘の音だった。

 

 

 

…歩み続ければいい…か。

未来への不安に押し潰されそうになったシスに、自分がかけた言葉。

それが深く俺の胸に刺さる。

そして俺は…再び夢を見る。

あの4人が、1人の男に挑む夢だ。

 

「君達は…いつまで戦い続けるんだい?」

 

「先生が帰ってくるまでだよ!それかお前をぶっ倒すまでだ!サイコ野郎!」

 

世界を引き裂く投槍の一撃が、黒い女神の一撃とぶつかり、文字通り世界を震撼させる。

 

「ジャティス。確かに貴方は強いわ。どれだけ歪み狂っていても、貴方の正義は本物。そこは…それだけは認めてあげるわ」

 

「お褒めに預かり恐悦至極だよ」

 

銀髪の少女の刺々しい言葉に、慇懃無礼に返す男。

 

「ならば理解したはずだ。君達では僕には勝てない、と」

 

「…そうね。それは否定しないわ。私達のこれまでの道が、これからの道が、正しいと信じてる。でもあまりにも貴方とは、かけてきた時間が違う」

 

そう言うと、男は手を叩いて褒めた。

 

「よく勉強してるじゃないか。そう、魔術の二大法則が一、【等価交換の法則】。魔術の本質とは、自分の心の有り様を極め、自らの在り方を突き詰めることに他ならない。君達の進んできた道や神秘、正義が僕に劣ってる訳では無い。ただ単純に…()()()()()。それだけだ」

 

「そりゃ5億年も自分の正義のために邁進してきた人なんて、世界広しと言えど貴方しかいないでしょうね!ありとあらゆる分枝世界を全てひっくるめても、いてたまるもんですか!」

 

「ふむ…そこまで分かってて、なぜ君達は僕と戦い続けるのかな?」

 

その声色に見下す意志も、挑発の意図も微塵も感じない。

ただひたすらに興味と敬意だ。

 

「…逆に聞くがよ。お前、逆の立場ならどうするよ?」

 

黒髪の少年がそう言い返すと、男は黙り込む。

 

「絶対に諦めねぇよな。死ぬその時まで。最後までお前はお前の正義を貫こうとするよな。それが答えだよ」

 

「私達は先生が帰ってくるって信じてる!だから戦える!だから諦めない!」

 

「だが一向に帰ってこない。君達は買いかぶり過ぎなんじゃないか?君達が思っているより、ずっと凡人なのかもしれないよ?」

 

「ハッ!何をいまさら。あの人は割とどこにでもいる凡人だ。どこにでもいる普通の人だ。…だからこそ!その苦しく険しい道を行くその姿は、何よりも尊かった!何よりも眩しかった!それはお前もよく分かってるはずだ!」

 

少年の強い言葉に、男はニヤリと笑う。

そんな男に銀髪の少女が続く。

 

「でも誰だって迷い時はあるわ!挫けそうになる時だってある!きっと先生は今、自分の最も根幹にある心的外傷…ある意味最強最大の敵と戦ってると思う!だから今度は私達が教えるの!先生がただあゆみ続けた先に未来があるって!ただそれだけで、先生は()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()!!」

 

それぞれの隣に立つ金髪の少女と青髪の少女も、黙って頷く。

そんな様子をしばらく黙っていると、不意に男が笑いだした。

 

「クククッ…!こんな立派な教え子達に恵まれるなんて、教師冥利に尽きるじゃないか。だが僕は容赦しない。『汝、他者の望みを炉にくべよ』…結局のところ、どれだけ綺麗事を並べても、ここに尽きる。なぜなら僕達は魔術師だからね」

 

そう言って山高帽をかぶり直す。

 

「さあ、若人達よ。君達の正義を謳うなら。僕という薪を炉にくべてみろ」

 

「語るに…及ばず!」

 

「端からそのつもりだ…行くぞ!」

 

再び始まる大激戦。

神々の黄昏(ラグナロク)のような光景を、ただ黙って見つめるのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚者の旅路編第4話

よろしくお願いします。




これまでの日々は、本当に幸せだった。

セラのふとした仕草が、こちらを見て微笑む笑みが、愛しくて堪らなかった。

南原の人々も気がよく、悪くなかった。

シスを始めとする生徒達も、街のみんなも、みんな俺を慕ってくれた。

セリカとも話せた。

だからもう満足だ。

だから…もう…

 

 

 

「それではこれより、シルヴァースの姫にて【風の戦巫女】セラ。アルフォネアの伜グレン。両名の婚礼の儀を執り行います」

 

ついに、俺達の婚礼の儀が始まった。

ますセラが、【風の戦巫女】の地位を返上する。

【風の戦巫女】になるには、純潔の乙女という条件があるからだ。

そのまま手順通りに進み、ついに互いの誓いの言葉を述べる段階に。

 

「汝、風の民、シルヴァースの一族の姫、セラ。貴女はグレン=レーダスを夫とし、生涯をかけて愛し合い、共に歩む事を誓いますか?」

 

「はい、誓います。風の神の名において」

 

「汝、北の盟友の民、グレン。貴方はセラ=シルヴァースを妻とし、生涯をかけて愛し合い、共に歩む事を誓いますか?」

 

「…」

 

「…グレン君?」

 

黙り込む俺に、セラが不安そうに見る。

シラスさん達も何事かと、不振な目を向けてくる。

だが…俺は…悟ってしまった。

 

「…ああ。多分()()なんだろうな」

 

目尻に溜まる涙を拭い、俺はこのタイミングだと悟る。

分かっちまった…魂がそう理解しちまった。

この世界に、たった一つだけ存在する分岐路、唯一の帰還点だと。

そう…俺は…。

 

「本当は分かってたんだ。この世界はありえない、おかしいってな。多分、今ここで誓えば、その違和感を忘れて永遠にこの世界で生きていくことが出来る…理屈抜きでそんな気がする。でもな…」

 

こんな俺に神官が再び、誓いの言葉を言わせようとする。

だがここは…俺の生きる世界じゃない。

あいつらが俺を信じて命張ってるあの世界こそが…俺の生きる世界だ。

だから…だから…!

 

「…悪ぃ…セラ…!俺は誓えねぇんだ…!帰らなきゃ…いけねぇんだ…!本当にすまねぇ…!!」

 

苦しみながら言葉を漏らした途端、世界がひび割れた音がして、全てが止まった。

 

「…ねぇ、グレン君。まだ間に合うよ?今からでもグレン君が誓ってくれるなら…私達はずっと一緒だよ?この()()()()()()()()…」

 

俺の手をそっと握るセラ。

その手を振りほどこうとする俺。

 

「…セラ」

 

「お願い…グレン君…」

 

「俺は…!」

 

「お願い…!」

 

振りほどこうとする俺の手を、セラは強く握り離さないようにする。

心が苦しい…嫌だと叫ぶ。

ここに残りたいと叫ぶ。

だが…それでも…!

 

「俺は…立ち止まらない。歩き続ける」

 

俺は、この歩みを止める訳には行かない。

俺を待ってる奴らがいる。

俺を信じて命かけてる奴らがいる。

だから…俺は歩き続ける。

その途端、止まっていた世界が崩れ去り、幸せな世界は崩壊した。

そして現れたのは…あまりにも哀しく寂しい廃墟だった。

これこそが、今のアルディア南原だ。

レザリア王国に滅ぼされた、()()()()()()()姿()

 

 

 

「…夢、覚めちゃったね。…お父様とお母様は、最後まで街を守ろうと、戦死なさった。シスは私を庇って死んじゃった。その後私は命からがら逃げ出して、帝国に亡命して、古き盟約に従って、帝国軍に入って、そして…君に出会った。君や皆と多くの戦いを経てそして…道半ばで死んだ」

 

そんなセラは溢れる涙を止められず、廃墟とかしたアルディアの街を見て泣きじゃくる。

 

「あぁ…アルディア…私の大好きな故郷…。本当に滅んじゃった…。グスッ…ヒック…グレン君と一緒に…生きたかったよぅ…」

 

「俺もだ…!お前と一緒に生きたかった…!」

 

そんなセラと共に泣くグレンは、そのまま涙を拭い背を向ける。

この世界は、セラがグレンと一緒になりたい…そんな願いがあったせいか、他の4人より強固な夢と化していた。

だが同時に、グレンへの忠告の手紙を書いたのもセラだった。

 

「…セラ。俺はもう限界だよ。世界を救うっていっても、どうしてもマジになりきれねぇ」

 

だが同時に、弱りきったグレンの心の弱さも、抜け出せなくなっていた原因でもあった。

大切なものを失う恐怖のあまり、足が動かなくなっていたグレン。

それに気付いていたのは、ジャティスとアルタイル…2人だけだった。

 

「システィーナ、ルミア、リィエル、アルタイル…あいつらは本気だ。女王陛下、イヴ、アルベルト…世界中の皆が本気だ。ジャティスやフェロードみたいなクズ野郎どもでも…本気だった…」

 

そんな不安げなグレンに、セラは笑いかける。

 

「大丈夫。グレン君はいつも本気だったよ。今はちょっと心が疲れてるだけ」

 

「なんで…お前にそんなこと…」

 

「分かるよ。だって私が好きになった人だもん」

 

そんなセラの言葉に息を呑むグレン。

そんなグレンを見ながら、セラは祈るようにグレンに語り掛けた。

 

「ねぇ、グレン君。私、どうしても貴方に伝えたかったことがあるの」

 

 

 

「…どうか、夢を追う歩みを止めないで」

 

 

 

瞬間、グレンの体に電流が走った気がした。

直感したのだ。

それこそが…あの時のセラの最期の言葉。

失われてしまった(Lost)最後の(Last)言葉(Word)…なのだと。

 

「ねぇ、グレン君。夢はただ、見続けるだけでいいの。叶わなくたっていいの。ただ、夢に向かって歩み続けるだけで、いい。夢の形が変わったって、全然構わないの。新しい夢を見つけてもいいの。時に疲れたら休んだって、いいの。ただ…夢を追うことそのものを止めたら… 歩むこと自体を止めたらダメだよ。だって私が大好きになったのは…そうやって、ずっと夢を追って歩み続ける貴方の後ろ姿なんだから」

 

「…」

 

「それに夢を叶えるなんて、全然大したことじゃないんだよ?だって…そうやって、夢へ向かって歩み続けている限り…貴方は、とっくの昔に、最初から【正義の魔法使い】だったんだから」

 

「…そっか」

 

そんなセラの言葉に。

グレンは穏やかに微笑んでいた。

 

「そうだよな…ただ歩み続けるだけでいいんだよな…。人は生まれながらに皆、どこかへ向かってそれぞれ歩き続けている…。別にそれは特別な事じゃない。誰でも出来る当たり前のことだ。それだけで…誰だって特別な存在になれるんだ」

 

そう言って。

グレンは歩き出した。

今なら、ポッケに入っているお守りが導こうとしているのが分かる。

セラに背を向けたまま、そのまま前だけ見て歩き続ける。

そして…。

 

 

 

それは唐突だった。

 

「はぁー…はぁー…」

 

「ケホッ…コホッ!」

 

「ぅ…っ…ぅぅ…」

 

「フー…フー…!」

 

いくら強くなろうとも、いくら心を強く持って挑もうとも、ジャティスとの戦力差は埋まらず。

魔力も体力も尽きた3人を守るために、俺は前に立って構える。

 

「いい加減やめたらどうだい?」

 

「だから…!やめねぇって…言ってんだろ…!」

 

「息も絶え絶え、魔力も体力も尽きかけてる君では、もう勝てないよ」

 

やかましい…んなもん承知だ。

だからって折れるのも有り得ねぇんだよ…!

俺とジャティスが、幾度目かの戦いを再開しようとした…まさにその時。

 

ピシリッ!

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

今までうんともすんとも言わなかった先生の結晶に、突如ヒビが入った。

思わず俺達は距離をとる。

眩い光を放ち、そして…

 

ガッシャァァァァァァァン!!!

 

ついにグレン先生が戻ってきた。

 

「せ、先生!」

 

「…先生…!」

 

「グレン!」

 

「グレン先生…世話の焼ける人だ…」

 

〖…主様(マスター)…!〗

 

俺達が先生の元に駆けつけようとして…

 

「グレェェェェェェェン!!!」

 

それより早くジャティスが、俺達を追い抜き先生に迫った。

 

「…ァァァァァア!!ウゼェェェェェェエ!!!」

 

しかし心底嫌そうに叫んだ先生は、そのまま超至近距離で【イクスティンクション·レイ】を発動。

流石に無傷のジャティスだが、派手に後方へと吹き飛ばされた。

…う〜ん…それはともかく。

 

「なんか悔しいわ…!」

 

「見事に出鼻をくじかれたな」

 

ジト目のシスティと、呆れた俺。

 

「でも…本当にご無事でよかったです…!」

 

「ん。良かった」

 

涙ぐむルミアと、どこか嬉しそうなリィエル。

 

〖女をこんなに心配させて…このロクでなし…〗

 

妖精サイズのナムルスは、涙目の仏頂面だ。

 

「…悪いな。心配かけたな、お前ら。だが…もう大丈夫だ」

 

「せ、先生…?」

 

困惑気味に、システィが先生に声をかける。

その気持ちも分かる。

なんというか…一皮剥けたというか、悟りを開いたと言うべきか…。

とにかく、何かが変わった先生。

そんな先生はジャティスの方へ歩み寄り、睨み合う。

 

「…目は覚めたかい?」

 

「ああ。お陰さまでな」

 

「そうか。それで…君はやっと、本気を出してくれるのかい?」

 

「ああ。かったるいが…本気になってやるよ。俺は【正義の魔法使い】だ。昔も今も、これからもだ!」

 

なんの気負いもなく、恥も見聞もなく宣言して。

取り出したのは先生の魔術師としての象徴…

愚者のアルカナ。

一人の旅人が、先導する子猫、寄り添う子犬、肩にぶら下がる子リス、付き従う狼を連れて、世界を旅する…そんなお馴染みのアルカナ。

そして先生の固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】が生まれ変わった。

 

 

 

「『我は今、真理へ到達する』」

 

「『されど、その解は深遠に非ず·不変にて凡庸·遍く全ての物がやがて悟り至る道』」

 

「『只、歩み続ける事·此、是と為べし』」

 

「『然らばーー我らは全て特別な存在へと至らん』」

 

「『我、その心の魂の不変を此処に誓う』」

 

「ーー愚者【THE FOOL HERO】!!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

愚者の旅路編第5話

よろしくお願いします。


グレンが掲げた愚者のアルカナから、壮絶な魔力と光が溢れ出す。

アルカナの絵柄が変わる。

一人の旅人が長い旅路の果てに、無限の宇宙のような構図の背景の真ん中に聳え立つ、世界樹の麓へ到達しそれを見上げる…そんな構図に。

アルカナのナンバーが0から21に。

【THE FOOL】から【THE WORLD Reached By THE FOOL】に。

そしてグレンの左目が真紅に染まり、奇妙な紋様が浮かぶ。

【中央に目のような図形が配置された五芒星】のような紋様が。

 

「俺は…ようやく分かったんだ。【正義の魔法使い】なんて、大したもんじゃねぇんだ…誰でもなれるんだ。だからもう、俺は何の迷いも、恥ずかしげも、後ろめたさもなく、本気で宣言出来る。故に…この天に至れた」

 

静かにグレンが語り出す。

 

「お前が正義【ABSOLUTE JUSTICE】で、自分ルールを世界に強要するなら、俺は自分ルールを俺自身に適用する。愚者【THE FOOL HERO】は…何も変わらない。この世界に存在する理不尽に、俺は屈しない。どこまでも歩み続けるために、いつか辿り着く目指す場所へ至るため、俺は俺の道を阻む、あらゆる理不尽に屈さない。愚者【THE FOOL HERO】は…何も変わらない!」

 

それはすなわち、ジャティスの強要してくるルールの否定。

グレンの魔術特性【変化の停滞·停止】を究極の領域まで昇華させた固有魔術(オリジナル)にて、グレンがついに開眼して至る、自らの天。

()()()()()()()()…究極の無効化魔術だ。

それを見たシスティーナは確信した。

 

(互角…!今、先生はジャティスと同じ高みに立った!つまりここからは、単純な力のぶつかり合い!より強い方が…より魔術師として上の方が勝つ!)

 

そしてそんなグレンを見てジャティスは、己の完全優位性を失ったと自覚した。

100%勝てる戦いが、一気に計算不能になる。

 

「…ま、君に対して100%なんて、当てにならないけどね」

 

だがそれでも、ジャティスは余裕を崩さない。

それどころかまるで言祝ぐように

 

「それでこそ、君だ」

 

そう言って擬似霊素粒子(パラ·エテリオン)をばら撒き、ありったけの天使を周囲に召喚する。

 

「僕の全てをかけて、君を滅ぼす」

 

「俺の全てをかけて、お前を倒す」

 

そう言ってグレンは腰に差した刀、【正しき刃(アール·カーン)】を構える。

突然力を発揮しだした刀に、謎の親しみ…まるで長く共に戦ってきた相棒のような…最初から自分の物であったかのような気分になる。

だが今はそれを無視して、魔力を流す。

『我、神を斬獲せし者』が、白く輝き出す。

一方のジャティスも、神鉄で出来た左腕を変化させ、刃を…【正すべき刃(アール·カーン)】を創り出す。

『我、神を斬獲せんと望む者』が、赤く輝きだす。

 

「…システィーナ、ルミア、リィエル、アルタイル。行くぞ」

 

グレンの静かな声に、4人も構える。

 

「…来るといいさ!今こそ、決着の時だ!」

 

最終決戦が始まった。

 

 

 

「ジャティスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

「グレェェェェェェェェェェェン!!!」

 

2人の刃と気迫が、この世界を揺るがす。

もはや何者も…俺達すら手を出せない次元の戦いをする先生の邪魔をさせないよう、俺達は周りの天使を次々に駆逐していく。

 

「あー!クソ!キリがない!」

 

とりあえず悪態つきながら、俺は目の前の天使の群れを圧殺する。

左から迫る天使の槍を掴み、重力を乗せて投げ飛ばす。

散らばった天使の群れを、システィーナの風が蹴散らすを視界の端で確認して、俺は全てを斥力の塊を圧縮して別の群れに弾き飛ばし、丸ごと消し去る。

引力と斥力、相反する二つの力を強引に混ぜ合わせ、その反発し合う力を一気に解放して跡形もなく消し去る。

 

擬似霊素粒子(パラ·エテリオン)を使った人工精霊(タルパ)召喚術…!いくらなんでも何時までも持つものでもないわ!踏ん張るのよ!』

 

「お言葉だけどそれじゃダメよ、ナムルス!」

 

ナムルスの言葉を、システィーナがすぐさま否定した。

こればっかりはシスティの言う通りだ。

 

「あの男の天が、そんな甘いものな訳ないわ!」

 

「それに、あっちももたない」

 

相変わらず超新星爆発のような衝突を続ける2人だが、実はタイマンではない。

ジャティスにはピッタリとつく女神がいる。

 

「実質的に2vs1だ」

 

〖クッ…!どうすれば…!〗

 

ルミア達が必死に押し留める中、俺も戦いながら必死に考える。

…いや、練り上げる。

最近のことだが遠い昔のような…いつだったかジャティスは言っていた。

 

「『()()()()()()()()()()()…か」

 

似ている…俺とジャティスが?

あの時はふざけんなって思ったけど、もし本気でそうだとしたら…?

いや、本当は自覚してる…俺とジャティスは似てる。

己の信じるものの為に、その他の誰かを蹴り落とすジャティス。

己の大切なものの為に、その他の誰かを蹴り落とす俺。

あとは…

 

「俺にあの5億年に匹敵するものがあるかどうか…」

 

〖アルタイル?さっきから何を言ってるの?〗

 

「…ナムルス。ルミア。最後の【王者の法(アルス·マグナ)】、俺に与えてくれ」

 

決して大きな声では無いが、それでも聞こえたのだろう、俺の声にルミアが反応した。

 

「アイル君!何をする気!?」

 

「一か八かの大博打」

 

〖大博打って…!〗

 

「どの道このままだと、俺達は死ぬ」

 

悪いが議論の余地も余裕もない。

やるかやられるか、その二択だ。

だったら…やるしかない。

 

「…分かった」

 

〖タイミングはあなたが言いなさい〗

 

「ありがとう。システィ!リィエル!少し踏ん張ってくれ!」

 

「ええ!分かったわ!」

 

「ん。分かった」

 

俺は足を止め一応の結界を張ってから、先生の戦いの趨勢を見極める。

俺の一時離脱で3人には負担をかけるが、今はしのごの言ってられない。

とんでもない戦闘だが、俺は先生から教わってきた弟子だ。

その呼吸やリズムは感じ取れる。

 

「…スゥ…」

 

瞬き、呼吸すら今は惜しい。

そんな極限状態だが、何故か心は凪いでいる。

ひたすら機を伺い、ひたすら己の心を突き詰める。

5億年がなんだよ…知ったもんか。

俺は俺だ。

俺は絶対に…負けない!

 

「…今!」

 

そしてついに時は来た。

ジャティスと女神の十字攻撃。

先生が女神に狙いを定めた直前、その動きを予想した。

 

「アイル君!」

 

〖行きなさい!〗

 

2人の【王者の法(アルス·マグナ)】を受け、俺も駆け抜ける。

 

「ォォォォォォォォォォオ!!!」

 

ぐ…だ…け…ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!

そして俺は…先生とジャティスの戦いに割って入り、ジャティスの一撃を横から殴り飛ばした。

 

「なっ…なんだってぇ…!!!?」

 

その衝撃でズレる一撃。

 

「先生ぇぇぇぇぇぇ!!!いけぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ほんの刹那の間隙。

その隙を逃さず、先生の雷光のような一撃が、女神を斬り裂く。

俺の一撃で空いた距離。

その間に2人は身構え、そして光のような速度で迫る。

 

「ジャティスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

「グレェェェェェェェェェェェン!!!」

 

そして二つの流星が、真正面からぶつかった。

 

 

 

唐突だが、一つ謎かけ(リドル)をしよう。

【正義の魔法使い】とは何か?

人は誰しも、最初は生まれながらの【愚者】である。

己の無知と矮小さを自覚した瞬間、【愚者】は旅人となる。

そしてそれぞれの【世界】を目指して、遥かなる魂の旅路を辿る。

その未来に淡い希望を託して。

【世界】が【愚者】の目指す到達点だと言うなら、【正義の魔法使い】はその形の一つに他ならない。

では【正義の魔法使い】とは、一体何なのか?

 

 

 

「私は私の歩むべき道を見つけた。だからもう、大丈夫」

 

最初、少女は【愚者】だった。

己の生まれた意味を知らず、存在する価値を知らず。

だが少女はついにそれを見つける。

己が真なる願いと望み、剣を振る理由、そして光を得る。

彼女は彼女の【世界】に到達した。

故に彼女は、【正義の魔法使い】であった。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

【正義の魔法使い】が振り下ろす渾身の銀色の剣閃が、並み居る天使の大軍を真っ二つに斬り裂いた。

 

 

 

「私は私を支えてくれた、アイル君を支えたい。それが私自身の望みだから」

 

最初、少女は【愚者】だった。

自分を特別だと思い込み、必要のない存在だと信じ込み、盲目的に尽くそうとした。

だが少女はついに気付く。

自己犠牲でも自己満足でもない、切なる望みとして…愛と呼ばれる、人を人たらしめる心を。

彼女は彼女の【世界】に到達した。

故に彼女は、【正義の魔法使い】であった。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

【正義の魔法使い】が振るう黄金と銀の鍵が、並みいる天使の大軍を時と次元の狭間へと追放した。

 

 

 

「何も知らなかった私に教えてくれたあの人と一緒に…私は私達の未来を目指します!」

 

最初、少女は【愚者】だった。

自分の目指すものが何なのか、耳心地よいものばかり聞き、知ったつもりになっていた。

だが少女はついに知る。

夢や希望では括れない厳しい現実を受け入れ、それでもなお真理を目指し、未来に歩く。

彼女は彼女の【世界】に到達した。

故に彼女は、【正義の魔法使い】であった。

 

「やぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

【正義の魔法使い】が放つ輝ける大いなる風が嵐となり、並みいる天使の大軍を吹き飛ばしていた。

 

 

 

「っぶねぇ、忘れるところだった。…よし!問題無し!行ってきます!」

 

少年は最初、【愚者】だった。

己の力不足を嘆くあまり、その先にある未来を考えもせず、ただひたすらに力を求めた。

だが少年はついに向き合う。

その先に待つ暗闇と絶望、それを受け入れる覚悟、そして理想を成し遂げる真なる強さを。

少年は少年の【世界】に到達した。

故に彼は、【正義の魔法使い】であった。

 

「ォォォォォォォォォォオ!!!」

 

【正義の魔法使い】がその拳の一撃で、ジャティスの振り降ろそうとする一撃を、強引に弾き飛ばした。

 

 

 

…痛いほどの沈黙が走る。

先程までの激戦が嘘のようだ。

その均衡を崩したのは…

 

「…ゴフッ!」

 

ジャティスの血を吐き出す音だった。

 

「うーん…どうしてかな…?どうして僕は…負けたのかな…?」

 

そんなジャティスの声に恨み辛みはなく、むしろ清々しさや、純粋な疑問の感じだった。

 

「何、簡単な話さ。お前は俺に勝っていた。だがあいつらの道と正義を打倒に値すると言いながら、その価値を認めておきながら、あいつらを軽んじた。それだけだ」

 

そんな先生の声も、まるで出来の悪い生徒に教える、教師の声そのものだった。

そんな先生に、ジャティスは震える声で呟く。

 

「そ、そんな…。それじゃあ…」

 

「ああ。俺はお前に勝てなかった。だが俺()の勝ちだ」

 

「そんなことって…つまり…つまり…!僕の正義は君に勝っていた…ということか!」

 

高笑いをするジャティスに、俺はドン引きする。

う〜ん…死にかけてるのにその反応…怖いな、大概。

そして相変わらず意味不明な言葉を先生に残し、何故かシスティに【輝ける偏四角多面体(トラペゾヘドロン)】を託し、笑い声とともに光の粒子となり消え去った。

帝国を揺るがし、世界を震撼させ、魔王をも出し抜き、人類史上、あらゆる魔術師が至れなかった高みに到達した、稀代の魔術師。

狂える正義、ジャティス=ロウファンの最期だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ(仮)

よろしくお願いします。


「…つっかれたぁ…」

 

やっと全てが片付いた。

大喜びする3人を見ながら、俺はグッと体を伸ばす。

ふと辺りを見渡すと、ある異変に気が付いた。

 

「…あれ?ナムルス?」

 

「んぁ?ナムルスがどうしたんだ?」

 

俺の言葉に先生が反応し、同じくナムルスを見て唖然としていた。

 

「何よ?」

 

不貞腐れたようなナムルスだが、さっきまでの妖精サイズでも無ければ、半透明でも無い。

すっかり肉の体を得ていた。

 

「…元々私の存在はだいぶ不安定だったけど、ルミアと一時的に一つになった事で、なんか受肉する余裕が出来ちゃっただけよ」

 

なんだそのご都合主義。

まあそれはともかく…またライバルが増えたな。

頑張れ、システィ。

そんな呑気なことを考えていると、突然揺れだしたと思えば、空間に亀裂が入った。

天空城が限界なのだ。

 

「ヤベッ!?急がないと!」

 

「ああ。さっさとマリアを助けてやらねぇとな」

 

先生がマリアを縛る木に触れた瞬間、突然弾かれたように手を離す。

何事かと先生を見ると、滝のように冷や汗をかいていた。

 

「せ、先生!?」

 

「どうしたんですか!?」

 

慌てて先生に近付こうとする俺達。

だが異変は直ぐに起きた。

空が落ちてくる。

闇が降りてくる。

マリアを縛る大樹が腐り落ち、それがやがてマリアに取り込まれる。

 

「…」

 

致命的な事が起きている。

何か、取り返しのつかない事が起きている。

 

「そんな…!?ありえない…!嘘よ…!あっていい訳ないじゃない…!?」

 

ナムルスが何かに気付く中、そいつはマリアの中に降りてきた。

…否、最初からいたのかもしれない。

それは…いとも大いなる、いとも邪悪でなり、いとも威力があり…げに悍ましいなにか。

 

〖こんにちは、皆さん〗

 

世界のあらゆる汚音と不快音を煮詰めたような、悍ましき怪音。

それでいてこの世界の至高の楽器と演奏家達を寄り集めて、神域の楽曲を合奏させたかのような美音。

見た目はマリアそのものだ。

だが俺は…この声を知っている。

この吐き気を催す程の絶望を、俺は知っている。

 

「…【無垢なる闇】本体…だと?」

 

〖はい!私は【無垢なる闇】ですよ〜!〗

 

この世のありとあらゆる邪悪なるを集め、煮詰めたような混沌。

それはまさに、人の形をした深淵の底の底。

万千の色彩と混沌が織り成す純粋にして…【無垢なる闇】そのものだった。

 

 

 

「ありえない…ありえない…」

 

「「「「…………………………」」」」

 

ナムルスは壊れた蓄音機のように、同じ言葉を呆然と呟くだけ。

アルタイル達はただ、無言で絶望するだけ。

なまじ魔術師としての位階が、遙か高くなったからこそ、明確に感じ取ってしまった。

目の前にいる、圧倒的絶望を。

 

〖そんなにビビらないでくださいよ〜!わざわざ先輩達に理解出来るように、こうしてスケールを落として、この依代に合わせてるんですから〜!〗

 

「「「「…………………………」」」」

 

(ダメだ…詰んだ)

 

呆然としながらも、必死に考えていたアルタイルだが、気力も体力も魔力も尽きた今…否、そもそもそれらが十全だったとしても、【無垢なる闇】には敵わない…魂レベルにまで理解させられてしまっていた。

そんな中ただ一人、グレンだけは違った。

 

「…」

 

静かに【正しき刃(アール·カーン)】を構え、静かに【無垢なる闇】を睨みつけていた。

そんなグレンを見て、【無垢なる闇】は愛おしそうに呟いた。

 

〖…()()()()()()()()、愛しいグレン〗

 

(…『()()()()()()()()』?どういう意味だ?)

 

奇妙な言い回しをする【無垢なる闇】に、アルタイルが内心首を傾げる。

 

〖いえ、ちゃんとこう呼ぼうかな!人の身でありながら神の域に到達した人間。人の神。多くの多次元連立並行宇宙世界に住まう、全ての人間達の希望にして守護神。旧神(エルダー·ゴッド)【神を斬獲せし者】〗

 

「…」

 

〖今回も無事に会えてほっとしてますよ…何せ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!でもこうして出会えるんだから、私達、運命で繋がってるんですよね!〗

 

「…ああ、そうだな」

 

(待て待て…何を言ってるあの2人!?)

 

勝手に進んでいく話に、アルタイルが困惑する。

だがそれでも…こいつは野放しは出来ない。

そんな本能が、アルタイルの体に喝を入れる。

 

「スゥー…ハァー…」

 

深い深呼吸をし、決死の覚悟を決めるアルタイル。

一撃に全てを込める…そう決めて編んだ槍を握りしめる。

 

〖もう!早とちりしないでくださいよ!〗

 

そんなアルタイルに、【無垢なる闇】はカラカラと笑う。

 

〖実は私、まだこの段階ではこの世界にを手を出せないんです!〗

 

「…はぁ?何を言ってる…?」

 

〖だってこの世界はもうエンディングに入ってるんです!だから安心してください!〗

 

「だから!何言ってやがるんだ!」

 

アルタイルの怒声を無視して、【無垢なる闇】は両腕を広げる。

 

〖そう、これから始まるのは私と彼の物語です!〗

 

そう宣言した直後、グレンが空間を斬り裂いて、そのまま【無垢なる闇】に【正しき刃(アール·カーン)】を突き立てた。

 

〖あぁぁぁん♡この感じ…やっぱり私達の始まりはこれじゃないと!〗

 

「ま、待ちなさい!何してるのよ!グレン!」

 

「決まってんだろ!こいつと俺をこの世界の次元から切り離して、この次元樹から追放するんだよ!今はそれしかねぇ!」

 

ナムルスの動揺に、グレンは怒鳴るように返す。

 

「大丈夫だ!任せろ!俺はこいつを地獄の底までも追いかけて、こいつを確実に滅ぼす!この世界には近付けさせねぇ!」

 

「ば、バカ!やめろ!」

 

そんなグレンに、アルタイルが怒鳴り返す。

 

「どれだけの世界線があると思ってるんですか!一度出たら二度と戻れませんよ!」

 

そんなアルタイルの声に、三人娘が顔を上げた。

さらにナムルスが付け加える。

 

「アルタイルの言う通りよ!この宇宙は貴方が思う以上に複雑怪奇で膨大なのよ!何の目印もなく漂流すれば、あなたはこの世界のこの時代には二度と戻れない!この私でも見つけられないわ!それだけはやめて!グレン!!」

 

「そ、そうですよ!やめてください!グレン先生!!」

 

「ん!グレン!ダメ!!」

 

「先生!戻ってきてください!!」

 

慌ててシスティーナ達もすがるが、もはやそれしか出来ない。

魔力も体力も尽きているのだ。

 

(次元跳躍は出来ないけど、糸を飛ばすだけなら…!)

 

「アルタイル!!()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

そんなアルタイルを気配で察したのか、グレンがアルタイルに怒鳴りつけた。

その瞬間、アルタイルの動きが止まる。

 

「俺が…一番守りたい人…」

 

「最後の最後で間違えんじゃねぇ!!()()()()()()()()()()()!!!」

 

(俺の正義…それは…!それは…!)

 

あの時約束した、ほんの小さい約束。

そしてそれを改めて決意し直した、テロの日。

そして…。

 

「…クソ…!クソ…!!クソォォォォォォォォ!!!」

 

アルタイルが底まで尽きた力をさらに振り絞って、方陣を描く。

 

「ナムルス!手を貸せ!」

 

「何言ってんよ!このままグレンを…!」

 

「もう崩壊しかけてんだ!このままだと、先生の覚悟も無駄になる!」

 

アルタイルの言葉でナムルスは、ハッと周りを見渡す。

目の前の展開に気を取られていたが、着実に天空城の崩壊が近付いている。

このままでは誰も生きては帰れないのだ。

 

「待って!やめて!アイル!」

 

「アイル君!お願い!待って!」

 

「やめて!アイル!」

 

「うるさい!!気が散る!!!」

 

(クソが…クソッタレが…!!!)

 

すがりつく3人を振り払い、アルタイルはナムルスと共に転移の用意を進める。

 

「それでいい。俺のことは気にするな。これが自然の成り行きなんだ。今なら分かる。なんつーか…()()()()()()()()()()()()()、って思うくらいだ」

 

そんなグレンの言葉を、唇から血が出るほど食いしばりながら聞いたアルタイル。

そんなアルタイル達に、グレンはチラリと振り返った。

 

「ありがとうな。システィーナ、ルミア、リィエル、アルタイル。お前らがいてくれたから、俺は道を得た。もう大丈夫。どこまでも歩いていける。ただ歩み続ければいい…大したことじゃない。それを教えてくれたお前らのためなら…この世界を守る為なら…俺は何処までも歩いていける。今なら胸を張って言える。俺は…【正義の魔法使い】だからな」

 

「バカァァァァァ!!!こんなの違う!違うのぉぉぉぉぉ!!!バカバカバカバカー!!!」

 

半狂乱で泣き叫ぶシスティーナを苦笑いで見てから、グレンはアルタイルに託す。

 

「アルタイル。後は頼む」

 

「…バカ教師…!覚えてろよ!!」

 

世界が白く染め上げられた瞬間、アルタイル達の景色が変わった。

急に感じる無重力に強烈な風圧。

フィジテの遥か上空に投げ出された。

 

「こ…」

 

崩壊する【メルガリウスの天空城】に向かって、手を伸ばしながらシスティーナは叫ぶ。

 

「このロクでなしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

 

…こうして。

私達の世界の存亡をかけた戦いと冒険の日々は、幕を閉じました。

終わった直後は色々あったけど。

それからの日々は、それまでの混沌としていた日々が嘘のような平和でした。

そして…。

あれっきり。

先生かこの世界に帰ってくることは…私達の前に姿を現すことは…二度とありませんでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日譚編第1話

よろしくお願いします。


時は流れ、季節は巡る…。

私の耳に入る授業の終わりを告げる鐘の音。

 

「…あら、もうこんな時間なのね。今日はここまで。お疲れ様」

 

そう声をかけた途端、授業中特有の緊張感から解かれたからか、生徒達が騒がしくなった。

うん、その気持ちは分かるわ。

私もかつては…って、随分と懐かしい、けど恥ずかしい話が聞こえるわね。

 

「…コホンッ!」

 

わざと大きめの咳払いをして、そのヒソヒソ話を辞めさせる。

本人の目の前で言われるのは、流石に恥ずかしいしね。

 

「私のことはいいから、ちゃんと今日の内容は復習しない。いい?私の若い頃は…ッ!ゲホッ!ゴホッ!」

 

その時、不意にこの世界が揺らぐ感覚。

全身から急に力が抜けていき、喉の奥からせり上る何かに、思わずむせながら膝をつく。

今度は私の周りに集まり出す生徒達。

 

「だ、大丈夫よ…。心配しないで」

 

そう言って私は、何とか立ち上がる。

ぶっちゃけ、ぜんぜん大丈夫ではない。

私ももう歳だ。

魔術で色々誤魔化してきたけど、もうそろそろ限界だろう。

生命の限界、自然の摂理。

ついに従う時が来た。

私はいくつか言葉を残して、アルザーノ帝国魔術学院、二年次二組の教室を後にした。

 

 

 

久々に改めて見た街並みを見て、色々変わったと思う。

それもそうか。

 

「あれからもう…4()0()0()()か…」

 

天空城での戦い…今では魔王大戦と呼ばれるあの戦いから400年経った。

あの戦いは今も尚伝説として語られ、私達も英雄、グレン=レーダスと共に戦ったとして生きた伝説扱いされている。

そして私は、アルフォネア教授以来、2人目の第七階梯(セプデンテ)として名を残している。

 

「…いや、もうみんな死んじゃったから、生きた伝説扱いは私だけ、か」

 

二年次二組の皆の葬式には、全部出た。

他にも一番最初に亡くなった、アイルのお爺様とお祖母様、イヴさんにアルベルトさん。

ル=シルバさんだって、200年前に亡くなった。

私達4人で言えば、一番最初に亡くなったのは、アイルだった。

 

「俺、特務分室に入る」

 

そう宣言したのは、あの人と離れてから一ヶ月後くらいの時だ。

私達…特に私だが落ち込みようは酷く、最初の頃はアイルに当り散らしていたくらいだ。

それを何も言わずに受け止めて、やっと冷静になって謝った後、アイルはこう言った。

 

「天の知恵研究会を倒したとはいえ、外道魔術師は腐るほどいる。先生が守ってくれたこの世界を、少しでも平和に保ちたい」

 

元々、軍属を希望していたアイルだ。

入ることに疑問はなく、イヴさんも卒業後すぐに入隊させ、すぐさまナンバー持ちにさせたらしい。

そんなアイルは数年後、魔導官僚になったルミアと結婚。

子宝にも恵まれ、特務分室としては珍しく、年齢を理由に退役。

 

「…楽しかった人生だった…。でも…心残りもあるけどな…」

 

その後75歳で息を引き取った。

その最後を看取ったのはルミアだ。

 

「ルミアがいなくなった時は、流石に堪えたなぁ…」

 

そしてその半年後、みるみる衰弱したルミアも息を引き取った。

それを看取ったのは私だ。

あれ程泣いたのは、あの人と離れ離れになった時以来かもしれない。

多分あの時は、アイルの分も泣いていた。

 

「リィエルは時間切れにでもなったみたいだったし…」

 

リィエルはずっと一緒だと思ったけど、まるで日向ぼっこをするリスのように丸くなり、静かに息を引き取っていた。

 

「イヴさんはめちゃくちゃキレてたし…。ナムルスさんはちゃんと会えたのかな…?」

 

あの後、最初の頃は不安定だったが、今となっては嘘のように平和になった。

なのにその平和に、あの人はいない。

 

「まだ戦ってるのかな…?」

 

先生、私はとっくにおばあちゃんになっちゃったよ?

私は言うことを聞かない体を引きずるように、帰路へとつく。

そのまま夕飯を食べお風呂に入り、いつも通り鍛錬と明日の用意をする。

 

「歳、とったなぁ…」

 

すっかりおばあちゃんな私の顔を見て、寝台の鏡を閉じる。

死ぬ前に先生に一目会いたい、一言話したい。

そう思った直後。

 

「ゴフッ!ゲホッ!ゴホッ!」

 

盛大に血を吐き出す私。

あ、ヤバい…これまでの比じゃない。

とうとう来たか…!

そんな小さな願いも届かず、私は息を引き取った。

 

 

 

…という()()()()

 

 

 

「…クソ…マジ悪趣味な()だ…」

 

口ではそう言いながら、俺はあれがただの夢ではないと知っている。

きっとあれは、このまま進んだ未来の話だ。

このモヤモヤはきっと…。

 

「…いや、今は考えないでおこう」

 

あれからフィジテの街を始め世界各地で、復興が始まっている。

幸い店に影響はないものの、営業再開出来る訳では無いので、しばらくは炊き出しをしていた。

 

「さてと…炊き出しの用意でもするかね。学校にもそろそろ行かないとだし。他にもやらないといけないことは、沢山ある」

 

そう、本当に沢山ある。

時間は有限だ。

この街のため、世界のために出来ることをしなくてはいけない。

いけないのだが…

 

「…スゥ…」

 

気付けば俺は、先生のお守りの反応を拾おうと必死だし、どうにかできないかと考えている。

 

「…またしてるの?」

 

「ッ!?イヴ先生…おはよう」

 

「おはよう。朝早くからご苦労ね。朝ごはんはあるから食べちゃいなさい」

 

…朝ごはんが…ある?

一体誰が用意したんだ?

 

「お祖母様が早起きだったのよ。私ももう行くわ。今日はどうするの?こっち手伝う?」

 

良かった…イヴ先生が用意したのかと思った。

今日は…

 

「…久しぶりに学校行くよ。いつまでもあのまんまには出来ないからさ」

 

「そうね。早く仲直りしなさい」

 

仲直りというか、俺が一方的に当たり散らされてるっていうか…。

まあ、俺がグレン先生を見殺しにしたようなものだ。

システィが俺に当たり散らすのも、当然のことだ。

でも俺は…例えこうなると分かっていても…俺はルミアを取った。

 

「…よし。朝練してから炊き出しの手伝いして、学校行くよ」

 

「そ。頑張りなさい」

 

そう言って出ていくイヴ先生を見送り、俺も朝焼けのフィジテの街に繰り出したのだった。

 

 

 

炊き出しを終え、俺は一ヶ月ぶりに制服に袖を通して、登校していた。

そしていつもの待ち合わせの噴水広場にて。

 

「「「「…あ」」」」

 

ルミア達とばったり出会ってしまった。

 

「おはよう、アイル君」

 

「ん。おはよう。アイル」

 

「…ああ。おはよう、ルミア。リィエル」

 

「…」

 

挨拶してきた2人に返事をして、黙り込むシスティをちらりと見る。

…うん、やめておこう。

 

「行こうぜ」

 

「…うん」

 

気まずい空気の中、学校に向かって歩き出そうとして、裾を引っ張られた。

俺のローブの裾を握る手の先には…俯いて泣き出しそうなシスティがいた。

 

「…おはよう、システィ。どうした?」

 

「…おはよう、アイル。その…私…謝りたくて…」

 

システィは何も悪くない。

悪いのは力不足の俺だ。

 

「システィは悪くない。悪いのは…」

 

「アイルこそ何も悪くないじゃない!」

 

そんな俺の言葉を遮るように怒鳴り、システィが俺を見上げる。

 

「あの時のアイルは…最善だった。ああするしかなかった。分かってた…分かってたのに…。それでも私はアイルに理不尽に怒って、あまつさえ魔術まで使ってボロボロにした」

 

天空城から戻って翌日、俺はシスティに呼び出された。

その途端、風の魔術で吹き飛ばされ、馬乗りになられ、ひたすら殴られた。

慌てて駆けつけたルミア達が止めなくては、俺は多分あのまま、システィに殺されてただろう。

あの時のシスティは、それくらい正気じゃなかった。

 

「本当に…ごめんなさい…!謝って許されるとは思ってない…!でも謝らせて…ごめんなさい…」

 

このまま気にしてないって言っても、絶対にダメだよなぁ…。

仕方ない…茶化すか。

 

「…許さない。滅茶苦茶痛かったし。ツケ一だから」

 

そう言ってシスティにデコピンしてから、そっと手を離させて、学校への道を歩き出す。

 

「…アイル君…!」

 

「アイル…!」

 

「ん。良かった」

 

「良かったってお前…まあいいや。ほら、俺は一ヶ月ぶりなんだ。早く行こうぜ」

 

上手く伝わってくれたのか、嬉しそうに笑う三人娘を見て、俺も少し笑う。

でもやっぱり…あの人がいないとダメだな。

 

「…足掻きますか」

 

グレン先生を取り戻す。

【無垢なる闇】を滅ぼす。

この二つをなすべく、俺は出来ることをやると誓った俺なのだった。

 

 

 

学校に着いた俺達は、現在絶賛自習中だ。

講師教授陣が、軒並み復興作業に駆り出されてるため、実質的に休校状態。

他のクラスの連中には、未だ重症で入院中の奴らもいる中、うちのクラスはほぼ全員が無事だった。

 

「アイル、手が止まってるわよ」

 

「疲れてるんだ…勘弁してくれ…」

 

そんな事を考えている俺はというと、全く手がつかず、サボり中だ。

俺が一ヶ月の間復興作業を手伝っていたのは、この理由も大きい。

というか、システィとの不仲とやる気のなさ。

これが理由だ。

 

「こちとら炊き出しを手伝ってから来てんだぞ。休ませてくれよ」

 

「何言ってるのよ!」

 

「まあまあ、システィ」

 

「ん。アイル偉い」

 

何故に俺はリィエルに褒められたんだ?

そんなことを考えながら、とりあえずリィエルの頭を撫でてやりながら、ふと思い出した。

 

「そういえばシスティ。ご両親とは連絡取れたんだって?」

 

「ええ。あの能天気夫婦は、何やら愉快な仲間達を連れてるらしいわよ」

 

風の精霊を使った古典的な方法で、システィのところへ手紙が届いたらしい。

というか愉快な仲間って…

 

「相変わらずのタフネスだな…お前の親は」

 

「まったくよ」

 

そんな呑気な話を交えつつ、時折グレン先生がいない寂しさをみんなで埋めながら、こうして自主勉の時間は過ぎていったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日譚編第2話

よろしくお願いします。


学校が終わった俺は、ルミア達を屋敷まで送り、そのまま復興の手伝いをして、夜遅くに帰ってきた。

 

「ただいま〜…疲れた〜…」

 

「おかえりなさい。さあ、早くお風呂に入りなさい」

 

「んー」

 

婆さんに急かされるまま風呂に入り、飯を食ってあとは寝るだけ。

だがやはり、眠気は中々訪れない。

 

「…もう一度考えよう」

 

いささか心は軽くなった。

今なら、多少どん詰まりな思考から脱却出来るだろう。

何気なく取り出したイヴ先生との、戦術盤用のコマを打つ。

さてと…まず…

 

「【無垢なる闇】と先生のやり取りに、いくつか気になる点があった」

 

【無垢なる闇】の言い回しは妙な点が多かった。

まるでこの先の未来を知っていたような、そんな言葉があった。

 

「…いや、ようなじゃなくて、全部知っていた?」

 

正しき刃(アール·カーン)】を手にしたフェロード。

あの武器をどこで手に入れたのか、それはナムルスもレ=ファリアも知らない。

メルガリウスの天空城にあった、無数の【神を斬獲せし者】の像。

アール=カーン曰く、あれはフェロードが夢見たレプリカと言っていた。

つまり…

 

「フェロードの【正しき刃(アール·カーン)】は、誰かから引き継いだもの…」

 

最初は誰かが使っていて、その中で受け継いだ、ということになるのか?

さて、次はジャティスだ。

 

「ジャティスは真なる邪悪に出会った、って言ってたな」

 

あの男の性格からして、屁理屈は言っても嘘は言わないだろう。

つまり本当に、【無垢なる闇】に出会っている。

だがこの世界に顕現したのは、あの時が初めてのはず。

つまり…信じ難い事だが…

 

「あいつは他の世界から来た人間ってことになるのか…?」

 

というかそれ以外に思いつかない。

そしてそこは恐らく、【無垢なる闇】によって滅ぼされたのだろう。

そして巡り巡って、どんな因果か知らないが俺達の前に立ちはだかった。

…そういえばこの事も、【無垢なる闇】は何か言ってたな。

確か…

 

「『今回はいささか毛色が異なる』…だったか」

 

つまりあそこでジャティスと殺りあったのは、あいつからしても予想外だったのか?

そうなると神すら欺いたあいつは、本当に凄いやつなのだろう。

 

「今回…か」

 

様々な言葉や情報を鑑みるに、やはりこの流れは予定調和なのだろう。

 

「先生と【無垢なる闇】は、世界を渡り戦い続け…そして敗北する。そんな中【正しき刃(アール·カーン)】が何かの偶然でフェロードの手に渡り、そして先生とジャティスが出会い、この世界での因果が成立する…ってところか」

 

そして全ては、【無垢なる闇】の描いたシナリオ通りに進んでいる。

そしてこの流れは既に、何回も繰り返されている。

この舞台を覆すには、何か行動を起こさないといけない。

 

「だが何をどうすればいい…!?」

 

そこで手が詰まる。

必死に考えて…考えて…ふと俺は、退場扱いにしたコマの中から、ジャティスに見立てたコマを取りだした。

 

「そういえばジャティスの奴、システィに【輝ける偏四角多面体(トラペゾヘドロン)】を預けてたな…」

 

…あ、そうか。

あれを使えば、【無垢なる闇】を引き摺り落とせるか…?

全員で一つの夢を見て、【無垢なる闇】の完全アウェーの世界を作れば、ワンチャンやれるか…?

いや、それだけじゃ足りない。

まだもう一手いる。

例えば…そう。

 

「神殺しならぬ神堕としの術式…かな」

 

あれだけの神格だ。

依り代が無いと維持出来ないだろう。

だからマリアから引っぺがして、【無垢なる闇】を孤立させる。

後はそこを全力で叩けば…いけるか?

 

「いや、希望的観測は持ち合わせるな。倒せてラッキー程度に思え」

 

だが1人で考えられるのは、まあこの辺りが限界だろう。

そろそろ3人を頼るかな…。

 

「ルミア。アルタイルだけど、今起きてる?」

 

 

 

アルタイルが思考に沈み込んでいる頃、フィーベル邸ではシスティーナが魔術書を読んでいた。

だが全く集中出来ず、頭からこぼれ落ちていく。

 

「はぁ…。何やってるの。システィーナ、何やってるの」

 

だがいくら集中しても全く効果は無く、ふと視界を落として、何気なく机の上の手鏡に目を向ける。

そして…心臓が悲鳴を上げた。

 

「…〜ッ!?」

 

その手鏡に写った自分の姿が、夢に見た年老いた自分の姿だったからだ。

慌てて目を擦り再び見たが、その時にはすでにいつもの自分の顔だった。

 

「…はぁ。あんな夢見たから…」

 

疲れたようにため息をつくシスティーナ。

だがしばらく黙り込んで…やがて…

 

「ぅぁ…ぁぁぁぁぁ…ぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

ついに心の許容量の限界を超えたシスティーナは、頭を抱えて泣き叫ぶ。

 

「嘘だっ!あれは夢なんかじゃない!現実なんだ!これから先、私に待ち受ける確定した未来!!私を待つ未来の現実なんだ!!」

 

それは今朝起きた時点で、分かっていたことだ。

理屈ではなく、魂レベルで理解してしまった。

この夢は現実なのだと。

 

「嫌!嫌だよ!会いたいよ、先生!どうして…!?どうして…!?う…うわぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

「システィ!どうしたの!?」

 

「大丈夫!?システィーナ!」

 

狂ったように泣き叫ぶシスティーナの声を聞き、ルミアとリィエルが慌てて駆け込む。

そんな2人を見たシスティーナは、ルミアにすがるように泣き続けた。

 

 

 

「…そう、そんなことが…」

 

落ち着いたシスティーナから、事情を聞くルミア。

その顔は神妙で、なにか思うところがあるような顔だった。

 

「システィもそうだったんだ…」

 

「…え?」

 

「私も分かる。グレンは戻ってこない気がする。…勘だけど」

 

そんなルミアとリィエルの言葉に、システィーナは不思議そうに首を傾げる。

同じ夢、同じ予感を2人も抱いていたのだ。

3人で少しでも哀しみを分けられるように…そんな風に抱きしめ合う3人。

 

「フン。揃いも揃って女々しいこと。まあ、女の子なんだけど」

 

「ナムルス!?」

 

そんな3人の前に、ナムルスが現れる。

 

「今までどこに!?」

 

「うるさいわね。準備をしてただけよ」

 

相変わらずのツンとした態度だが、どこか他よりなさげなその態度に気付くことはなく、代わりに気になる言葉が出てきたことを尋ねるシスティーナ。

 

「…準備?」

 

「この世界を出る準備よ。このままここにいてもグレンは帰ってこない。黙って出ていくのもあれだったから、最後の挨拶に来ただけよ。後はアルタイルにも声をかけて…」

 

そう言い残して立ち去ろうとするナムルス。

だがその手を、すがるようにシスティーナが掴んだ。

 

「待って」

 

「何よ?」

 

「ダメ。待って。お願い。行かないで」

 

ナムルスが無理矢理振りほどこうとするが、意外に強く握られたシスティーナの手は、中々振りほどけない。

 

「ちょっと!離しなさいよ!」

 

「ねぇ、ナムルス。あなたさっき、『最後の挨拶』って言ってたわよね。貴女も予感…いえ、確信があるんじゃない?二度と先生とは出会いない…そんな確信が」

 

それはナムルスに心を鋭く抉った。

そもそもその可能性を指摘したのも、ナムルス自身だったからだ。

それでもナムルスは、ジっとしていられなかった。

だがそこを突かれたナムルスは、ついにシスティーナ同様、限界を迎えてしまった。

 

「…なら…なら、どうすればいいのよ!?私だって分かってるわよ!でも…それでも…私は…!!」

 

静かに涙を流すナムルスの肩に、ルミアはそっと手を添える。

そのまま深い沈黙が続いたその時、不意にルミアのお守りが光った。

 

((ルミア。アルタイルだけど、今起きてる?))

 

「アイル君…?うん、起きてるよ」

 

突然のアルタイルからの通信に、その場の全員がポカンとする。

 

((よし。システィとリィエルも起きてる?あと、ナムルスの場所知らない?))

 

「えっと…みんな、システィの部屋に集まってるよ?」

 

次々に出てくる自分達の名前に、ますます困惑する女性陣。

 

((お、マジか。ナムルス、どこにも行くな。どうせ行っても犬死だ。それより手伝って欲しいことがある。こっちに付き合え))

 

「…いきなり随分な言い草ね」

 

((何とでもどうぞ。すぐそっち行くわ。じゃ))

 

言いたいことだけ言って通信を切ったアルタイルに、首を傾げる女性陣。

 

「よっ。おまたせ」

 

「「「はやっ!?」」」

 

「ん。アイル速い」

 

 

 

次元跳躍で飛んだシスティの部屋は、まあ彼女らしい部屋だった。

 

「と、突然跳んでこないでよ!」

 

「び、びっくりした…」

 

「すっかり使いこなしてるわね…」

 

「すまんね。急を要するから。…で?何故にこんな大集合してるわけ?」

 

通信の時は聞き流してたけど、よく考えるとこんな時間になんで、全員集合してる訳?

 

「…夢を見たの」

 

ルミアの言葉に、俺も心当たりがあった。

 

「夢?夢って先生がいないまま歳食って、死んでった夢?」

 

そう言うと全員驚いた顔をする。

…いや、リィエルはほとんど変わってないけど。

 

「アイルもそうなんだ…」

 

「夢は所詮夢…って言い切りたいけど、あれはそうじゃないんだろうな」

 

この予感…いや確信は、全員そうらしい。

 

「そしてこれは恐らく、【無垢なる闇】が描いたシナリオ通りの予定調和だ」

 

そう前置きして、俺は自分の仮説を説明する。

 

「…それで?貴方の持論は分かったわ。でも何をさせたいのよ?」

 

苛立ちげなナムルスを見てから、俺はシスティを声をかけた。

 

「システィ、あれ使いたい」

 

俺が指さした先には、【輝ける偏四角多面体(トラペゾヘドロン)】があった。

 

「あれは…」

 

「ジャティスが無駄なことをするはずがない。お前に託したってことは、あれには使い道があるはずだ」

 

俺の指摘に思うところでもあったのか、システィはしばらく呆然とした後、フラフラと近付き、その箱を開いた。

その途端…

 

「なにっ!?」

 

「眩しっ!?」

 

突然光だし、やがてその光は人の形を作り出した。

 

『やあ、久しぶりだねぇ。グレンの教え子達』

 

「「「「ジャティス!?」」」」

 

「…やっぱり何か仕掛けてたか」

 

呑気に呟く俺を他所に、それぞれが戦闘態勢をとる。

やれやれ…少しは落ち着けよ。

 

「大丈夫。こいつにどうこう出来る訳無い」

 

『アルタイルの言う通りさ。そう身構えないでくれよ。今の僕に君達をどうするつもりもないし出来ないさ。読んでたとはいえ、少し哀しいなぁ』

 

…ホログラムに読まれるのは、非常に腹が立つが抑える。

半透明の辺り、生前にこの中に残した残留思念による伝達役ってところか。

 

『しかしまぁ…これを君達が見てるってことは、そうかぁ…僕はグレンに負けたのか…。何度計算しても100%だったんだけどねぇ?僕が負けるなんて、想像も出来ないなぁ…ククッ。あるいは戦いには負けて、勝負には勝ったとかな?まあそれは置いといて…本題に入ろうか』

 

山高帽を深く被り直して、俺達と改めて向き合う。

 

「な、なんで貴方が…!?」

 

『何故って、僕が自ら行動する理由は一つに決まってるだろう?正義のためさ』

 

ここまでブレないとは、本当に大した奴だよ、こいつ。

というか、よくここまでドンピシャで合わせられるな。

 

『僕の正義執行プランは二つ。一つは知っての通り、この世界を丸ごと炉にくべてグレンを超え、【禁忌教典(アカシックレコード)】を掴む。僕自身が【正義の魔法使い】となって、この世全ての悪の根源…即ち【無垢なる闇】を断罪する。これが一番平和的で、手っ取り早いはずなんだけどねぇ?ただどうも君達はお気に召さなかったらしい。なんでかな?アッハッハ!』

 

「…」

 

「シ、システィ!落ち着いて!その手を離して!ね?ねっ!?」

 

「リィエル。システィを抑えとけ」

 

「ん。わかった」

 

頭にきたのかの、蓋を閉めようとするシスティをルミアが止めて、その間にリィエルに抑えられるシスティ。

まあ気持ちは分からんでもない。

 

『…で。万が一、億が一、兆が一、それがダメだった時の為に、別のプランを用意しておいたのさ』

 

ここからが本題だ。

 

『正直成功するとは思えないが、事ここにおいて、確率という数字は最早意味を示さないだろうしね?だったら君達に託すのもありかなって』

 

「どうして…?」

 

『…グレンを助けたいんだろう?』

 

こいつ…そこまで分かってるのか。

死んでもなお、俺達を取り乱させてくれる…本当に大した男だ。

…そういえば。

メルガリウスの天空城、【禁忌教典(アカシックレコード)】…あらゆる因縁や伏線を回収してきた訳だが、ついぞこいつだけは謎のままだったな。

 

『どうやら聞く気になったみたいだね。まあ、読んでたけど』

 

すっかり静かになったシスティを読んで、ついに全てを話し出したジャティス。

 

『まず君達はこの世界一つの真実…真理、真の姿形を知る必要がある。それなくして彼を救うのは不可能だ。ちょっと長い話になるが、最後まで聞いて欲しいな。そして、それを聞いた上で一体、どうするのか?それは君達次第、というわけさ』

 

緊張する俺達の前で、滔々と語り出すジャティス。

それを聞いて分かった事は、俺の予測以上に複雑な事になっていたこと。

そして…俺達のやるべきことは単純であったことだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日譚編第3話

よろしくお願いします。


翌日、アルザーノ帝国魔術学院、二年次二組の教室にて。

 

「マジかよ?信じらんねぇ」

 

カッシュのその言葉は、教室に集まった二組生、リゼ達学生の中心メンバー、ハーレイやツェスト男爵など講師陣教授陣、その他システィーナが声をかけた者達の、総意そのものだった。

 

「でも事実よ」

 

壇上に立つシスティーナは、その言葉をしっかり受け止めた上で毅然と言い返した。

その隣にはルミアとリィエル、教室の隅にはナルムスがいて、アルタイルは窓辺に腰をかけている。

 

「にわかには信じられないだろうし、私自身未だ半信半疑だけど…これがこの世界の真実。だとするなら全てに辻褄が合う気がするの」

 

これまでの様々な戦い。

彼らはいつも圧倒的な絶望的状況の中、針に糸を通すように勝利を掴んできた。

一つ踏み外せば全てが崩壊する…そんなギリギリの戦いの中を生き抜いてきた。

だが冷静に考えれば、それはあまりにも…

 

「私達は奇跡的にそれらを全部上手く乗り越えてきたけど…同時に薄々こうも思わなかった?()()()()()()()()()()って」

 

「それは…っ!?そう…だけどよ…!?」

 

唸るしか出来ないカッシュ。

カッシュすらそう感じている現状。

より修羅場を潜り抜けてきたアルタイル達は、より顕著にそれを感じとっていた。

 

「確かにこの世界が貴様の言う通りのものだとするなら、一理ある。決して認めたくは無いがな」

 

そんなカッシュに代わり、ハーレイが口を開いた。

 

「だがそれが真実だとして、貴様は一体どうする気だ?」

 

「当然、私はグレン先生を助けます。この下らない茶番劇に幕を下ろして、私の望む本当の未来の為に」

 

そんなハーレイの鋭い言葉に、システィーナは毅然と言い返した。

 

「でもそれには…私一人の力では足りないんです!だから!ここにいる貴方達の力を貸して欲しいんです!」

 

そう言ってシスティーナは頭を下げた。

平和になったこの世界。

ここから先、戦う必要性は無い。

そのためにグレンは犠牲になったのだから。

グレンがいるかいないか、それはこの先の彼らの未来になんら影響は無い。

たとえこの平和が、嘘と虚飾で作られた砂の上の楼閣のようなものだとしても。

だがたとえそうだとしても…システィーナはグレンを助けたい、ただその一心だった。

 

「これは私のワガママです。グレン先生のために…今もどこかで私達のために、終わりなき因果の戦いを続けている先生を助けるために…どうか、皆の力を貸してください!」

 

すると。

 

「私からもお願い、皆。どうか皆の力を」

 

「ん。私にはよく分からないけど…グレンを助けたい。みんな…ダメ?」

 

システィーナの隣でルミアが頭を下げ、リィエルが縋るように一同を見る。

 

「…」

 

教室の端にいるナムルスも、いつものツンとした視線ではなく、懇願するような視線で一同を見る。

 

「「「「「「「「「「…」」」」」」」」」」

 

対してその場にいる一同は、皆押し黙っていた。

何もグレンを助けるのに、否定的なのではない。

だがシスティーナの言う通りならば、やぶ蛇になる可能性は否めないのだ。

せっかく手に入れた平和と未来が、崩れてしまう可能性があるのだ。

だからこそ、システィーナも『ワガママ』だと称したのだ。

いくら大恩あるグレンのためとはいえ、その二者択一を迫られ他ならば、人なら迷って当然だ。

 

「…なぁ、カッシュ」

 

だがそんな空気の中、静観に徹していたアルタイルがついに動いた。

 

「…なんだ?アイル」

 

「ごちゃごちゃ考えたってどうせ決まりっこないし、こんな話いきなり理屈をこねくり回したって、理解出来ないだろうから、単刀直入に聞くぜ?」

 

カッシュの前に立ったアルタイルは、真っ直ぐにカッシュの目を見て、究極的な質問をぶつけた。

 

「先生を助けたい?助けたくない?」

 

「ッ!?そ、それは…!?」

 

一切の屁理屈を許さない…そういたげな鋭い視線に、カッシュはしどろもどろになりながらも、静かに本音を零した。

 

「…助けてぇよ」

 

「なら何を迷う必要がある?お前は自分の本音が分かってるだろ?だったらやるしかねぇだろ」

 

そんなカッシュの本音を聞き、アルタイルがバッサリと葛藤を切り捨てた。

そんなアルタイルに、カッシュは目を見開いて反論する。

 

「なっ!?それはお前らが強いから…」

 

「関係ねぇよ。自分の望みのためなら、他者の望みを炉にくべて、テメェの命すらかけて成し遂げる。…それが魔術師だろ。そこに必要なのは()()()()じゃない。自分の()()()()()だ」

 

「…自分の意思…」

 

自分の拳を見つめ、強く握るカッシュを見てから、アルタイルは全体に声をかけた。

 

「俺からは無理強いは当然、懇願もしない。ただ問いかける。…お前達は何者だ?お前達の望みはなんだ?」

 

あまりにも飾りのない真っ直ぐな言葉と視線に、その場の全員が息を呑む。

先程とは違う雰囲気の沈黙の中、凛とした声が響いた。

 

「フン、是非もないわね」

 

「ああ、まったくだな」

 

一組の男女が入ってきた。

その正体は…

 

「イヴさん!?アルベルトさん!?」

 

声をかけたとはいえ、来るとは思っていなかった2人の登場に、目を目開くシスティーナ。

そんな彼女を無視して、ズカズカと教室に入り込む2人。

 

「話は聞かせてもらったわ。私は乗るわ、その話」

 

「九を助けるために一を切り捨てる…確かにそれを迫られる状況はある。だがまだその時では無い。それに…賛同するのは俺達だけでは無い」

 

そう言ったアルベルトは、そのまま振り返る。

教室の死角から現れたのは、クリストフやバーナードを護衛として伴った、アリシア七世だった。

 

「「「「「「「「じ、女王陛下ぁぁぁぁぁ!!?」」」」」」」」

 

荒廃した帝国の再建のため、秒刻みのスケジュールに追われているはずの人物が現れたことに、場が騒然となる。

慌てて敬礼しようとした一同を手で制し、凛とした態度で口を開いた。

 

「このまま空に挑んだ救国救世の英雄、グレン=レーダスを失ったとして。全ての重責をグレン=レーダス一人に押しつけ、肩代わりさせて。否…彼をこの世界の平和のための、人柱にしたとして。貴方がたは胸を張れますか?祖先に。誇れますか?子孫に」

 

三度の絶句の中、アリシアは堂々と続ける。

 

「この帝国のため、身を粉にして尽くしてくれた英雄を取り戻す機会を得ながら、このまま手をこまねいているなど帝国王家の、そして誇り高き帝国民の先祖末代までに渡る恥です」

 

そこで言葉を止めて、アリシアはチラリとアルタイルを見る。

そんなアリシアに、首を傾げるアルタイル。

 

「そしてここに集うのが魔術師たる者達であるのなら、その流儀に乗っ取り、たとえ貴方達を危険に晒すとしても、王家始まって以来の愚王と評されようとも、私は勅命を下しましょう」

 

 

 

「皆で一丸となり、グレン=レーダスを救いなさい」

 

 

 

アリシアはそう締めくくって、チラリをルミアを流し見て、イタズラっぽくウインクする。

 

(…お母さん…ありがとう…)

 

ルミアは心の中で、偉大な母にただただ感謝するしかない。

そしてアリシアの強い意志を秘められた言葉は、ついに一同の魂を震わせた。

 

「…だよな…そうだ!闘いはまだ終わってねぇんだ…!」

 

「ああ。終わったように見えてまだ続いていた。根本的には何も解決してなかったんだ」

 

「その通りですわ!私達はただ、終わっていない戦いの続きを、先生に肩代わりしてもらっていただけ…!」

 

「終わらせようぜ、今度こそ本当に…俺達の手で終わらせるんだ!」

 

「み、皆…」

 

そんな風に盛りあがる生徒達に。

システィーナは目頭が熱くなるのを、抑えきれなかった。

 

「今度ばかりは貴女が指揮官よ。システィーナ」

 

「俺達は駒だ。上手く使え」

 

「イヴさん…アルベルトさん…」

 

「もちろん、私も可能な限り協力いたしますわ。私の名を使えば、この国内においてはあらかたの無茶は押し通せるかと」

 

「じょ、女王陛下まで…」

 

様々な人達に後押しされて。

 

「システィ」

 

「システィーナ」

 

「…」

 

ルミア、リィエル、ナムルスに視線を向けられ。

 

「やるぞ。システィ」

 

アルタイルに拳を向けられ。

そんなシスティーナは強気に笑い、その拳に自分の拳をぶつけた。

 

「…ええ!ありがとう、皆!これが本当に最後の戦いよ!絶対に先生を取り戻して、皆で文句の一つでも言ってやろうじゃない!作戦名は…そうね!多分、ここ以上にふさわしい名前は無いわね!」

 

 

 

「【機械仕掛けの神作戦(オペレーション·デウス·エクス·マキナ)】!!!今ここに始動だわ!!!」

 

 

 

こうして残された者達の後日譚(エンディング)は今、静かに熱く、幕を開けるのだった。

 

 

 

すっかり盛り上がる皆を見て、俺は小さく苦笑いを浮かべる。

 

「どうしたの?」

 

「ん?いや…俺はやっぱ、こういうの向かねぇなって」

 

俺の近くに来たルミアに、俺は小さくこぼす。

 

「向かない?」

 

「だって結局、陛下の発破で動いた訳だし。まあ、流石に女王陛下にカリスマ性で勝てるなんて、微塵も思ってねぇけどさ」

 

そんな俺に、ルミアは何故か笑ってから、自分の手を俺の手にそっと添えてきた。

 

「そんなことないよ。アイル君の言葉も確かに届いてたよ」

 

「そうか?」

 

「そうですよ」

 

そんな俺達に、陛下が近付いてきた。

俺は慌てて身嗜みを整え、陛下の前に立つ。

 

「私が何も言わなくとも、きっと彼らは立ち上がったでしょう。貴方の言葉も聞いていましたが、私も心を打つものがありました」

 

「陛下…?」

 

「…ええ。正直な話、私も迷っていたのです。国を預かるものとして、グレンを助けるべく動くのか、国民を守るために留まるのか…。ですが、貴方の言葉が私の心に火をつけました」

 

…そうか…そうだったのか。

 

「それは彼らも同じだったのでしょう。私はただ、貴方がつけた灯火を大きくしただけ。アルタイル、貴方がここにいるみんなを動かしたのですよ」

 

「…お褒めいただき、光栄の至りです」

 

俺は陛下に頭を下げる。

そんな俺の手をルミアがそっと握る。

…俺はあの時、この手を掴むことを選んだ。

だけどやっぱり、あの手も諦めなかった。

またあの手を掴めるなら、俺は今度こそ意地でも掴み取る。

 

「ルミア。アルタイル。よろしくお願いしますね」

 

「「はい」」

 

2人で強く返事を返すと、突然ニヤニヤ顔で俺達に顔を近づける。

…あ、嫌な予感がする。

 

「あと、出来るだけ早く孫の顔を見たいからね?」

 

「…お、お母さん!?///」

 

「へ、陛下!?///何を言って…!?///」

 

こんな時に何を言い出すんだ、この人は…!?

思わず赤くなった顔を見られないようにそっぽ向こうとして、たまたまルミアと目が合った。

 

「「…ッ!?///」」

 

あれ…?

前もこんなことしたような…?

 

「フフッ。ずっと手を繋いだまま…本当に仲がいいのね」

 

い、言われてみれば…!?

手を離そうかとも思ったが、思ったよりルミアの力が強い上、全く離そうとする気配も無い。

とりあえずそのままにしようとして、不意に視線を感じて前を見る。

 

「「…ヒッ!?」」

 

2人でひきつった悲鳴を上げる。

何故なら全員が…いや、ほとんど男だが、ものすごいジト目で、ジリジリにじり寄ってきたからだ。

しかも女子はキラキラした目で、ルミアを見てる。

 

「アイル…テメェ…」

 

「許すまじ…」

 

「先生を助ける前に…」

 

「まずはお前をとっちめる…!」

 

…フッ、仕方ない。

ここは…三十六計逃げるに如かず!

 

「あばよっ!!」

 

「「「「「「「「「逃がすかぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」」」」」

 

せっかく上手く纏まったのに、まずはこんな鬼ごっこから始まるとは…。

こうして俺の後日譚(エンディング)だけは、俺の悲鳴から幕を開けたのだった。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!?」

 

「せっかくかっこよくキメたのに…」

 

ごめん、システィ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

後日譚編第4話

よろしくお願いします。


文字通り次々と世界を飛び回って、【無垢なる闇】と戦い続けるグレン。

世界を飛び、次元を飛び、時代を飛び、戦い続けたグレンだが、ついぞ【無垢なる闇】に勝つことは無かった。

結果だけ見れば痛み分けだが、いつもその世界は惨たらしく崩壊していく。

そんな中、ある世界…グレンが便宜上名付けた、写し身の世界にて。

一人の少年と出会った。

 

「ねぇ。お兄さんはどこから来たの?」

 

(…あれ?暗示が切れてたのか?)

 

十にも満たないであろう、大変身なりのいい少年が、ボロマントを被ったいかにも怪しいグレンに声をかけてきた。

 

「どこからだって?そうだな…すごく遠くからだ」

 

先日さっさと覚えた言葉で、グレンは少年にそう返した。

 

「遠くから?海外?」

 

「…いや、それよりずっと…気が遠くなるほど遠くからだ」

 

首を傾げる少年に、グレンは苦笑いを浮かべる。

いくら教職を生業としていたとはいえ、かなり複雑な説明をしなくてはいけない。

 

「それより変な格好だね。お兄さん、もしかして…魔法使い?」

 

(…ほう)

 

思わず感心するグレン。

この世界には魔術や魔法の類はない。

この魔法使いも、世間一般的な絵本や物語のようなものを想像してのことだろう。

だがそれを抜きにしても、グレンの暗示を見破った少年の()()()()に、グレンはただ感心した。

 

「ああ。実はそうなんだぜ?」

 

「ヘぇ…!お兄さんはここで何をしてるの?」

 

「この世界で、やらないといけないことがあってな」

 

そう言ってグレンは言葉を詰まらせた。

既にこの世界にも、【無垢なる闇】の介入した痕跡がある。

ただイタズラに、不安にさせる必要も無いだろう。

そう思い黙っていると

 

「寂しくないの?帰りたくないの?」

 

そう言われると、今度こそグレンは驚愕に目を見開いた。

 

「そうだな…帰りてぇよ」

 

「後悔はないの?」

 

「ないな」

 

自分でも驚くほど即答したグレン。

その信念は今も尚変わることは無かった。

そしてすぐにグレンは、その場を立ち去ったのだった。

この世界の破滅の原因となる、天の知恵派教団。

そんなカルト教団の本部を奇襲し、あっさりと撲滅させたグレン。

だが【無垢なる闇】の悪意は、またもやグレンの上を行く。

 

「クソッタレがァァァァァァァァァァァ!!!」

 

【無垢なる闇】の計画…それは天の知恵派教団を囮にし、外宇宙とこの世界の存在の壁を、取っぱらってしまうことだった。

そうなると何が起こるか?

答えは外宇宙の存在が、この世界に流れ込む、だ。

 

〖キャハハハハハハハハハハハ!!〗

 

だが追いついた時には、既に手遅れだった。

今度こそ倒す…そう決意して挑むグレンだったが、ここまでの戦いで力を使い果たしつつあったグレンは、結局敗北してしまうのだった。

 

 

 

大災厄。

そう名付けられたあの日から、グレンは最初に出会って、たまたま生き残った少年…ジャスティンとこの世界を旅していた。

外宇宙とこの世界を繋ぐ門がまだあるため、【無垢なる闇】がまだこの世界にいるからだ。

だがこの世界を滅ぼした罪を被せられたグレンは、ジャスティンと共に放浪していたのだが、ついに捕らえられ、処刑台に乗せられた。

 

「…やっとか…」

 

だがこの土壇場においてもなお、グレンは小さく笑った。

 

「やっと尻尾を掴んだぜ…。正直もうダメかと思ったが…割と分の悪い賭けだったぜ…。いや、そうでもないか」

 

グレンは自分の命を使った、【無垢なる闇】を引きずり出した。

そうして再びこの世界において、戦いを始めるグレン。

 

「ォォォォォォォォォオ!!!」

 

グレンは己の存在すら削りながら、【無垢なる闇】と激しい戦いを繰り広げる。

たとえ勝てたとしても、もはやグレンという存在もまた、消えてなくなるだろう。

だがたとえそうなるとしても、【無垢なる闇】は滅ぼさなくてはならない。

そう誓った。

誓ったはずなのに…

 

「し、師匠…!?」

 

「ジャスティン!?」

 

隠れ家で眠らせたはずのジャスティンがその場に現れ、【無垢なる闇】に人質にはされてしまった。

その一瞬の隙が、せっかくギリギリまで追い詰めた【無垢なる闇】に攻撃を与える事となった。

そして【無垢なる闇】の世界の破壊に巻き込まれたジャスティンは、世界の虚無に呑まれてしまい、グレンもまた世界の虚無に呑まれる。

そして…

 

〖えー、【無垢なる闇】交通をご利用いただきー、誠にありがとうございますー!ただいまー、終駅を出発ー、終駅を出発ー!次の駅はー、始駅ー、次はー始駅ー!〗

 

 

 

…まだ先は長いな。

僕はたまたま一人になった特務分室の待機室で、一人物思いに耽ける。

結局あの【正義の魔法使い】は本名すら明かさず、そしてあの真に邪悪たる闇は、未だ理解の及ぶ敵では無い。

だがそれでも…

 

「歩み続けるだけでいい…か」

 

なら僕も歩み続けるさ。

あの後…この世界、ルヴァフォースに流れ着いた僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そして正義を成すために、ひたすら悪を撲滅し続けている。

そんな中だった。

 

「ちっす」

 

「ッ!?」

 

イヴから紹介された新入隊員、グレン=レーダスを見た時、何故か懐かしい感覚になった。

そんな心底意味不明なことを考えながら、僕達は形式的に挨拶をする。

この時の僕はまだ知らなかった。

この出会いこそ、全ての運命の始まりだったことを。

 

 

 

「…ここは?」

 

気付けば俺は、どこかの村の寝室で寝ていた。

だが生きている以上、こうしてはいられない。

直ぐに【無垢なる闇】を追いかけようとして、違和感を抱いた。

 

「…あれ?」

 

吹き飛ばされた右腕がある…!?

いや、それ以前に…!?

 

「体が小さくなってる…!?」

 

すっかりガキに戻っていたのだ。

そしてそのせいか、はたまた俺の原初なのか。

ここの場所について、分かってしまった。

 

「こ、ここは…!?この村は…!?」

 

〖キャハハハハハ!アハハハハハハハ!〗

 

世界のあらゆる汚音と不快音を煮詰めたような、悍ましき怪音。

それでいてこの世界の至高の楽器と演奏家達を寄り集めて、神域の楽曲を合奏させたかのような美音。

この世のありとあらゆる邪悪なるを集め、煮詰めたような混沌。

それはまさに、人の形をした深淵の底の底。

万千の色彩と混沌が織り成す純粋…即ち【無垢なる闇】だった。

 

〖気づきましたかぁ!?おめでとうございます、先生!そう、ここは貴方の故郷、()()()()()()()!いまは聖暦1841年!あの戦いの13年前!ここは()()()()()()()()()!全ては振り出しに戻りましたー!ま、当然ですよね?さっきの戦いで存在を使い切っちゃったんですから!〗

 

「…」

 

〖しばらくしたらこの村に、帝国宮廷魔導師団特務分室執行官NO.18【塔】のアンリエッタがやってきます!そして実験動物として使われる中、【正義の魔法使い】が…帝国宮廷魔導師団執行官NO.21【世界】セリカ=アルフォネアが助けてくれます〗

 

「…」

 

〖そして貴方は【グレン=レーダス】という名前をもらい、()()()()()()()()()()()()!多くの迷いや葛藤、冒険や戦いを経て、また私の前に現れて下さいね!〗

 

「…」

 

 

待て…待ってくれ。

色んなことがありすぎて、全く思考が追いつかない。

それはつまり…俺のこれまでの歩んできた道も。

乗り越えた苦難も、抱えた葛藤も。

俺が得た答えも、決意も。

全て…全て…。

 

〖うん、そうですよー?()()()()()()()()()()()()()()()()()()?的な?〗

 

「…ぁぁぁぁぁ…!ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

許さねぇ…許さねぇ…許さねぇ!

こいつだけは絶対に…!!

だがそう思ったところで、何もかもをなくした俺には到底敵うわけなく、全てが漂白されていく。

そして…。

全てが反転する。

次、俺が目を覚ます時…俺は…もう…。

ははは…ふざけんなよ、畜生…。

こんな底なしの理不尽…。

この世にあっていいのかよ…?

 

 

 

 

 

 

バカね、先生!

そんなの決まってるじゃないですか!

あっていいはずがないわ!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真·最終決戦

よろしくお願いします


 

「ッ!?」

 

その時光が。

世界に光が溢れた。

闇に亀裂が走り、無限に広がり、そして…世界を覆う闇が砕け散った。

 

「な、なんだこれは…!?」

 

〖…えっ!?〗

 

驚愕は二つ。

俺のものと…俺の頭上にいた【無垢なる闇】のもの。

どうやら予想外だったのか、今まで浮かべていた余裕と愉悦の笑みが消えた。

 

「な、なんだ!?一体何が起きた!?」

 

よく見ると、遥か上空だ。

夜の帳が上がり、夜明けの空をしている。

そんな黎明の明かりに照らされる、半透明の瓦礫。

あれは…

 

「【メルガリウスの天空城】…?」

 

ここでやっと、俺は自分の姿に気付いた。

子供ではなく、【正しき刃(アール·カーン)】以外は元に戻っている。

システィーナ、ルミア、リィエル、アルタイルと共に、空の戦いに挑んだ時の姿に…。

 

「いや、これは…ジャティスとやり合った直後か…?」

 

神としての旅路で得た力が、まるで夢だったかのように、すっかり無くなっていた。

ということは…まさか…!?

 

「戻ってきたのか…!?()()()()()()()()()()…!?」

 

「先生ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 

遥か上空から、誰か舞い降りてくる。

それは…。

システィーナ。

ルミア。

リィエル。

アルタイル。

ナムルス。

イヴ。

アルベルト。

もう二度と会えないと思っていた、仲間達だった。

 

「お、お前ら…どうして…!?」

 

「先生っ!」

 

「先生!」

 

「グレン!」

 

「うおわぁぁぁぁあ!?」

 

左手に何かを持ったシスティーナを先頭に、ルミアにリィエル、ナムルスまで突っ込んできて、思わず胃がひっくり返りそうになった。

 

「このバカ主様!バカバカバカッ!死ね!もう死ね!」

 

「あだだだだっ!?痛い痛い痛い痛い!」

 

背後から俺の頬をつけるナムルス。

いやマジで痛ぇんだけど!?

 

「全く、言いたいこと山ほどあったけど…なんか気勢が削がれたわ」

 

少し離れたところで呆れるイヴ。

呆れる前に止めてくんねぇかな!?

 

「痛い!重い!一体お前らなんなんだぁ!?」

 

訳が分からず喚く俺の肩を、そっと誰かが叩いた。

そこにいたのは、いつも通りのアルベルトだった。

 

「…アル…ベルト…?」

 

「随分と無茶をしたようだな、グレン。だがもう、一人で背負う必要は無い」

 

終始いつも通りのアルベルトだが、思わず込み上げるものがあって、目頭が熱くなる。

そして…今度は誰かが俺の手首を掴んだ。

 

「…アルタイル…」

 

「…俺はあの時、ルミアを優先しました。ルミアを守るために、先生を見殺しにしました。だから…」

 

その声には深い後悔に満ちていて、珍しく泣きそうな声だった。

だが…

 

「今度は、全部助ける。全てを欲張って、俺は俺の正義を貫く」

 

その目には、決して消えないであろう、不屈の闘志が燃えたぎっていた。

 

「…そうか。ならわりぃ、助けてくれ、みんな」

 

「当然!」

 

そう言ってアルタイルは、俺の前に立ち、【無垢なる闇】を睨みつける。

 

「よォ、ケリつけようぜ。このゲボ野郎!!」

 

 

 

「それより…何がどうなって…?」

 

〖そ、そうですよ…?こんな展開、今まで一度も…?〗

 

「これですよ」

 

先生に見せるように、システィが左手に持ったものを揺らす。

その正体は…

 

「【輝ける偏四角多面体(トラペゾヘドロン)】…?」

 

「そう。俺()はそれを使って、新たな世界線と未来を作り出したんですよ」

 

これを実用ベースに持っていくのに、相当の苦労があった。

学院中から魔術の天才達をかき集めて、ひたすら実験と調整の繰り返し。

その傍らで俺達も【無垢なる闇】と戦うために、強くなるための修行もしてきた。

 

「アイル君が途中で帰って来れなくなった時は、本気で焦ったよね…」

 

「それ、俺のセリフ」

 

一番戻ってこれる可能性の高かった俺が検証をしたのだが、その途中で戻れなくなったことがあった。

幸い、ルミアとナムルスがいたおかげで、直ぐに見つけて貰えたので、事なきを得た。

 

〖そんなバカな話がありますかぁぁぁあ!〗

 

そんな俺の想像を断ち切るように、【無垢なる闇】が悲鳴を上げる。

 

〖夢と現実を入れ替えて、新しい世界を創出する!?そ、そんなの一個人で出来るわけ…!?だって…それは…我が主様の権能…〗

 

「神様のくせに察しが悪いわね!アイルが言ったじゃない!『俺()』って!」

 

そう、何も俺()だけでやった訳じゃない。

この世界は…()で作りあげたものだ。

 

「そうよ、夢だったのよ!あの時代を生きた人、皆の夢!グレン先生がいる世界!それが私達の夢だったの!!全ての人が夢見た夢が、今、叶うの!」

 

かつて、無限無数の人間達の存在情報を束ねることで、【禁忌教典(アカシックレコード)】に到達しようとした、一人の狂気の魔術師が存在した。

名は、アリシア三世。

【Aの奥義書】の作成者だ。

【禁忌教典】が一にして全、全にして一であると言うならば、世界中の人間の共通深層意識野…即ち全ての人間と繋がる集合的無意識を束ねることが出来れば、理論的には【禁忌教典(アカシックレコード)】に至ることが出来る。

 

「俺達はそれと同じことをしただけだ」

 

そこで俺達がしたのは、この集合的無意識をほぼ全と言えるくらい統一した。

それは即ち、【禁忌教典(アカシックレコード)】にほかならない。

たった一ページ分かもしれないが、それでも成し遂げた。

 

「俺達は先生の背中を追いかけた。その先にあったんだ。先生。先生が進んだ道は、決して間違いなんかじゃなかったんです」

 

先生の進んだ先に、【禁忌教典(アカシックレコード)】はあったんだ。

そっと先生を見ると、静かに涙をこぼしていた。

未だに信じられなさげに叫ぶ【無垢なる闇】。

そして…

 

「あぁもう!うるさい!!!」

 

ついにシスティがキレた。

 

「もうしゃべるな!ひたすら不快でムカつく!マリアは可愛かったのに、同じ顔と体でこの差はなんなのなしら!?ムカつくからいい加減、その子の体を返してもらうわ!!!」

 

そんな怒り心頭のシスティが、指を打ち鳴らす。

その音が魔力信号となって、地上と空を繋いだ。

その直後、魔法陣が地上から伸びてきて、【無垢なる闇】を締め上げた。

 

〖ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!〗

 

 

 

(なんだよ…いい声で鳴くじゃねぇか)

 

これこそハーレイを始めとする学院の頭脳達が作り上げた叡知の結晶、魔導装置【機械仕掛けの神(デウス·エクス·マキナ)】。

この装置の本質は、マリアと【無垢なる闇】を分離させ、本体を引きずり出すことだ。

 

〖ギィィィィィィイ!?アガァァァァァア!?〗

 

今この世界は、【無垢なる闇】を排除するという世界だ。

故に逃げられないし逃がさない。

そして目論見通りそのままついに本体を引きずり出し、マリアと分離させた。

 

「アイル!」

 

「ああ!」

 

すぐさまアルタイルは【アリアドネ】をマリアに巻き付け、一旦地上に転移する。

 

「…遅くなったな。マリア」

 

眠っている裸のマリアに、【アリアドネ】で編んだ布を巻き、直ぐにテレサ達に託す。

 

「テレサ!ウィンディ!マリアを頼む!」

 

「ええ、私達に任せてくださいまし!」

 

「頼んだわよ、アイル」

 

「ああ!」

 

そのまま直ぐに空中に戻る。

 

「おまたせ。ちゃんと預けてきたぜ」

 

「ありがとう。…さて、マリアは取り返したわ!」

 

「【無垢なる闇】。外なる邪神達がこの地上…物質界に顕現する際、必ず何らかの肉の体を纏うのは単純な話。肉体なき状況では、物質界では存在を保てないからよ」

 

〖〜ッ!〗

 

ナムルスの言葉に、息を呑む【無垢なる闇】。

当然と言えば当然だ。

あっちとこっちではルールが違うし、それが出来るなら、この世界はとっくに邪神達に滅ぼされているだろう。

 

「つまり貴方は今、引きずり出された本体を保つために、相当量の魔力をバカ喰いしてる。私だって【天空の双生児(タウム)】。外なる邪神の端くれ。そんな貴方を逃がすほど弱くは無い!!!」

 

そう宣言して、ナムルスは【黄金の鍵】を振るう。

空の世界にドーム状の格子のような、光の籠が覆い尽くした。

そんな空をしばらく呆然と見つめて。

 

〖…おい。なんでここにいるんだよ?【戦天使(ヴァルキリー)】?お前、いつもなら一人で【神を斬獲せし者】を追いかけて、その過程で存在を高めたけど、結局私の眷属にぶち殺されて、私に玩具にされる…そんな哀れで滑稽な役回りがお前だろうが。それがなんでまだこの世界にいんだよ?しかもいつも通り【戦天使】にまで力をブチ上げてさァ!?どうしてなんだよ!?〗

 

「あぁ…やっぱり私、そうなるのね。ま、いいじゃない。そうならなかったんだし。強いて言うなら、どっかの誰かに『犬死するだけだからやめろ』って言われたからかしら」

 

アルタイルが居心地悪そうにナムルスを睨み、ナムルスは意地悪げにアルタイルを見る。

しかし【無垢なる闇】は直ぐに気を取り直して、嘲り出す。

 

〖ちょっと小細工を仕掛けられてビックリしただけだし!こんなの目の前に小豆さん達をプチプチ潰して、地上をさっさと焼き払って、エセ【禁忌教典(アカシックレコード)】をぶっ壊して、依代を取り戻すだけの話じゃないですか!〗

 

「やれば?出来るものなら」

 

ナムルスが呆れたような呟いた直後。

 

「眷属秘呪ノ極【無間大煉獄真紅·炎天】!!!」

 

その瞬間、世界が赤く、紅く染まる。

イヴの天が、無限熱量となってあらゆる魔術防御を突き破り、【無垢なる闇】を焼いた。

 

〖ギャァァァァァァァァァァァァァァア!!!〗

 

「皮肉ね。灼かれたのは貴方だったみたい」

 

そんなイヴへ、【無垢なる闇】が叫ぶ。

 

〖こ、この熱量…まさか、宇宙開闢の始原の火(ビッグバン)!?嘘だっ!な、なんで人間が…!?〗

 

「フン、しぶといわね。まあ、いいわ。片っ端から焼いてあげる。だけどその前に…ま、踏ん張りなさい?」

 

〖は?〗

 

そんなイヴの言葉に【無垢なる闇】が首を傾げた直後、背後から貫かれる【無垢なる闇】。

 

〖はぁ?〗

 

それ自体に意味は無い。

ただし…すぐに逃げるべきではあった。

 

「重力順転、引力生成。重力反転、斥力生成。混合…虚数質量形成。崩壊まで…3,2,1,0」

 

いつの間にか背後を取ったアルタイルが、【無垢なる闇】の内側で、引力と斥力を強引に混ぜ合わせ、その内包された虚数の質量を弾けさせた。

 

〖@$’¥”$¥$¥/=[]””$¥$”-”/¥$¥#&$(ゝ仝♂〒▼▲〆〜!!!〗

 

もはや言葉にすらならない絶叫を上げる【無垢なる闇】。

世界を崩壊させる破壊力を余すことなく、すべて己の内側で引き起こされた【無垢なる闇】は、相当のダメージを負った。

 

〖この…クソ豚野郎共ォォォォ!!〗

 

「させない!」

 

「今更こんなもの!」

 

「いやぁぁぁぁぁあ!」

 

容易(イージー)だ」

 

一度離れたアルタイルとイヴを襲う触手を、システィーナ達が尽く落としていく。

その間にも

 

「はぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

「消し飛べ!!」

 

イヴが燃やし尽くし、アルタイルが消し飛ばす。

そんな光景を呆然と見るグレン。

 

「な、なんだよこりゃ…凄ぇ…。しかしどういうことだ…?どいつもこいつも、またさらに位階が上がってやがる。地上の連中との連携といい、色々準備良すぎだろ…」

 

「そりゃそうよ。準備してたんだもの」

 

「…え?」

 

そんなグレンの隣に、ナムルスが並ぶ。

 

「貴方が【無垢なる闇】と共にこの世界を去った後、皆、貴方のことを諦められなかった。貴方のいない、偽りの平和と平穏なんて、受け入れられなかった。だから皆あの2人を…システィーナとアルタイルを信じたのよ。貴方の一番の弟子達を」

 

グレンとナムルスは見上げる。

そこではアルタイルとシスティーナを中心に、【無垢なる闇】を圧倒する5人がいた。

 

「確かに皆、最初は2人の言葉を信じられなかった。でもシスティーナの真っ直ぐさが…アルタイルの強さが…まるで貴方みたいだったのよ。前に歩き続ける姿は…まるで貴方みたいだった。だから皆信じてついてきた。ただ歩み続けるだけでいい。貴方の到達した答え通りだった。報われたのよ、グレン。()()()…ううん。()が報われた」

 

そう涙ながらに微笑むナムルス。

その時。

 

〖がァァァァァァァァァァァア!!〗

 

【無垢なる闇】が壮絶な魔力を放ち、アルタイル達を吹き飛ばす。

 

〖くそがァ!ゴミ共が調子に乗りやがってぇぇぇぇぇぇ!ええ、少しは認めてやりますよ!ド生ゴミ野郎ども!確かに人間にしてはやる方ですよ!でもね、所詮は貴方達は人間、そして私は神!そこには越えられない壁があるんですって!〗

 

「ほう?壁か」

 

〖そう、壁!貴方達人間はどう足掻いても、神である私の本質、存在そのものを理解することはできませぇぇぇぇん!だって私、混沌そのものですのでぇぇぇぇぇ!たとえここで負けても、また混沌の外宇宙で復活しまぁぁぁぁぁす!残念でしたぁ!私は必ずこの世界に来て、この世界を惨たらしく滅ぼしまぁぁぁぁぁす!キャハハハハハハハハ!!!〗

 

「成程。ならば是非そうするがいいさ。…次があればな」

 

〖って誰ですか貴方?さっきからいちいちうるさ……ぁあ?〗

 

その時【無垢なる闇】が固まった。

さっきから合いの手を入れていたアルベルトを…正確にはその金色に輝く右目を見て固まったのだ。

 

〖え?…ちょっ…何それ…?まさか、【選理眼(リアライザー)】?どうしてそんなものがこの世界に…?〗

 

「人が神を、混沌を理解出来ぬと誰が決めた?理解出来ないものに常に挑み、克服してきた永遠の探求者こそ、俺達人間だ。魔術師だ」

 

たんたんと言い放つアルベルトは、そのまま【無垢なる闇】を見抜いた。

 

「…容易(イージー)だ。俺はお前の存在を理解した。これで貴様は混沌の神ではなく、ただ()()()()()()()()だ。いつまで捕食者を気取っている?今のお前は…ただの獲物だ」

 

そんなアルベルトの放つ、【ライトニング·ピアス】の七射同時起動(シンクロ·ブースト)…【七星剣】が【無垢なる闇】を刺し貫く。

 

〖ギャァァァァァァァア!…クヒッ!確かにクソ痛ぇけどよォ!出力がたりねぇんじゃねぇのぉぉぉぉぉ!?〗

 

業腹だが、それはその通りだった。

壁役のルミアとリィエルは守るので精一杯。

イヴやシスティーナでは、【無垢なる闇】を滅ぼせるが、その本質までは叩けない。

一方のアルベルトでは、本質を叩けるが、【無垢なる闇】を消し去るには、単純に力が足りない。

 

「…フッ。それで構わん。所詮俺達は脇役。主役の引き立て役だ。物語の幕引きはいつだって主役…【正義の魔法使い】の一撃だ。そういうものなのだろう?」

 

そう言ってアルベルトは、赤い魔晶石をグレンに投げ渡した。

 

「使え。お前の可愛い弟子達からだ」

 

それを受け取ったグレンは、直ぐにそれを悟った。

 

「…まさか、アイツら。至ったのか?あの術に」

 

「ああ。アルタイルはフィジテ防衛戦の時には、劣化版ではあるが使えたらしい。それを2人で完成系に仕上げ、さらに俺の理解を込めた。今のお前ならば、その理解を己のものに出来るはずだわ。まあどのみち、脳が焼き切れるほど苦しいだろうが、そこは気合いで何とかしろ」

 

「し、しかしよぉ…今の俺じゃ…」

 

今のグレンには、【無垢なる闇】を滅せる程の魔力はない。

しかしそんなグレンに、隣に飛んできたアルタイルが、【アリアドネ】で編んだお守りを握らせた。

 

「だから言ったでしょ?俺()は用意してきたって」

 

「…ああ、そうだったな」

 

グレンはそれを右手に握り、赤魔晶石を左指で弾き、それを掴み取る。

左拳を右掌にぶつける。

 

「『頼む、皆…俺に力を貸してくれ』!」

 

 

 

地上、アルザーノ帝国魔術学院にて。

カッシュを筆頭に二組生達が。

リゼやジャイルなどの他学年、他クラス生達が。

フランシーヌ·コレット·ジニーら、聖リリィ組も。

レヴィン·エレンら、クライトス校組も。

学院の教授·講師陣も。

学院の全ての人間が、お守りを握り締めた左手を空に掲げる。

 

 

 

フィジテ都市内、大勢がごった返す大通りにて。

ロザリー·ウル·ユミスらがお守りを握り締めた左手を掲げ、それに続くようにフィジテの全市民が次々に掲げていく。

エンダースやその妻にベガ、レナードやフィリアナ、ニーナ·ネージュ·ヒューイも左手を掲げる。

アリシア七世やエドワルド卿にルチアーノ卿、レニリア王女にゼーロスも。

クリストフ達特務分室も。

クロウ達第一室を筆頭とする、全帝国軍も。

ありとあらゆる、アルザーノ帝国の民が一丸となって、左手を掲げる。

 

 

 

さらにそれは帝国だけではない。

レザリア王国のファイスや、サハラのアディル、日輪の国のサクヤ。

更には世界各国の人々。

あの大戦を経験し、グレンの空の戦いを見守っていた世界中の全ての人々。

今まさに、グレンの呼びかけに応じ、世界が一つになった。

 

 

 

「ぉぉ…ぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!?」

 

思わず声を上げるグレン。

自分の持つお守りと、皆の持つお守りが共鳴して、溢れ出す魔力の奔流に驚いたのだ。

そしてそれ以外にも込められた人間の誇りの輝きに、グレンは不敵に笑う。

 

「いける…!これならいけるぜ!」

 

とある魔術を行使しようとしたグレンに、【無垢なる闇】が迫る。

 

〖させるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!『■■■■■■■■■■■』〗

 

得体の知れない言語で、何らかの魔術を発動しようとする【無垢なる闇】。

だが何も起こらなかった。

 

〖な、なんでだぁぁぁぁぁぁあ!?〗

 

「やっぱ俺と言ったらこれだよな?」

 

そういうグレンの口元には、愚者のアルカナ。

 

固有魔術(オリジナル)【愚者の世界】!俺を中心とした一定効果領域における、魔術起動の完全封殺!もっとも?今回は【THE FOOL HERO】を併用して、魔術を封殺されるのはお前だけだけどな?」

 

〖ふざけるなですぅぅぅぅぅう!〗

 

そんなこんなしてる内に、グレンは暴走しそうな魔力を制御して、ゆっくりと。

 

「『我()は神を斬獲せし者』」

 

殊更ゆっくりと詠唱を始めた。

 

「『我()は始原の祖と終を知る者』」

 

〖や、やめろ…〗

 

みっともなく逃げようとする【無垢なる闇】に、アルタイル達の猛攻が迫る。

更にはナムルスの結界が、決して逃がさない。

 

「『其は摂理の円環へと帰還せよ·五素より成りし物は五素に·象と理を紡ぐ縁は乖離すべし·いざ森羅の万象は須く此処に殲滅せよ』」

 

〖う、嘘でしょ…!?僕が、私が、俺が、我が、こんな…こんな所で…!?〗

 

「『遥かな虚無の果てに』ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

〖こんな…こんな所でぇぇぇぇぇぇ!!?だいたいおかしいだろ!なんでこの時点で6人+αが揃ってんだよ!?グレンと【天空の双生児(タウム)】以外はいつも、誰かしらかけてただろう!〗

 

無数のループの中、色んな結末を見てきた。

魔術師を辞め、後悔ばかりの惨めな人生を送るシスティーナがいた。

行き過ぎた自己犠牲で、若くして儚く散ったルミアがいた。

全てを捨てた剣に成り下がり、呆気なく戦場で果てるリィエルがいた。

鍵を手に取り魔将星へと堕ち、最後は友に背中から撃たれるアルベルトがいた。

イグナイト卿の走狗に成り果ててしまい、反逆者として処刑されたイヴがいた。

 

〖なんで今回に限ってこんな事に…!?〗

 

(…ちょっと待て?何かおかしくねぇか?)

 

喚きながらも、【無垢なる闇】は違和感に気付いた。

 

(6人+α?)

 

【無垢なる闇】の思うαとは、ナムルスの事だ。

そして今この場にいるのは8人。

正確に言うならば、7人+αだ。

そしてその数の差こそ、最大のミスだったのだ。

 

〖テメェか…!テメェのせいかよ…!〗

 

色んなループを見てきた中で、かつて一度も出てこなかった人物。

故に【無垢なる闇】は、この男に行動を知ることが出来なかった。

これまでの絶望的状況の中、決して赤い糸で皆を繋いだ男。

システィーナと励まし、ルミアに寄り添い、リィエルに手を差し伸べ、アルベルトに勇姿を見せ、イヴを繋ぎ止めた。

そんな多くの誤算の根本的人物。

 

〖アルタイル=エステレラぁぁぁぁぁあ!!!〗

 

そんなアルタイルに、触手を大量に伸ばして、アルタイルを潰そうとする。

だが既に、アルタイルの仕込みは済んでいた。

 

「『虚空より来たる我·沈黙の支配者·空に至る王冠はついに摩天を掴み·その血を捧げし兎の宴に血酒を乞い捧げることだろう·汝、六天三界の支配者たらんと名乗りを上げる者ゆえに』。空天神秘【INFINITE ZERO DRIVE】」

 

無限に距離を伸ばす、フェロードの天。

アルタイルもまた、その領域に手を伸ばしていた。

 

〖クソがぁぁぁぁぁあ!!〗

 

「さてと、ダメ押し、行くか。『抉り刺し·突き穿て·必滅の槍』」

 

今のアルタイルに距離は関係ない。

どこにあろうとも、必ずその槍を発動することが出来る。

そこがたとえ…【無垢なる闇】の内側であろうとも。

 

「【果てへと手向ける彼岸の槍(アリアドネ·リコリス)】!!!」

 

〖ゴバァァァァァァァァァア!!!?〗

 

己の存在そのものに突き立てられた必滅の槍は、【無垢なる闇】に大ダメージを与えた。

最初の一撃の時、既に内側に仕込んでいたのだ。

 

「俺もお前の存在を理解してるんだぜ?アルベルトさんよりの時間かかったけど。…だから、この一撃ではお前を殺し切れないのも知っている。それだけお前の魂の容量はデカイからな。だから、後はよろしく。先生」

 

(任せろ。もはや同じ空間にすらいたくねぇぜ、ドクサレ野郎。消えろ、この全宇宙から。お前は要らねぇ)

 

そしてグレンはついに、その一撃を放った。

 

「ぶっ飛べ有象無象!!黒魔改【イクスティンクション·レイ】!!!」

 

〖ギャァァァァァァァァァァァア!!!〗

 

世界が白く染め上げられ…【無垢なる闇】は断末魔ごと光に飲まれていく。

終わりを告げ、始まりを告げる光が。

今、全てを無にしていくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真·エピローグ

これが最後です。
よろしくお願いします。


「…めでたしめでたし」

 

俺はそっと、部屋で読んでいた本を閉じた。

俺は今、童話【メルガリウスの魔法使い】を読み終えたところだ。

今改めて読み直せば、本当によくこの世界を紐解いた本である。

そっと巻末の作者コメントの一部を撫でる。

 

『魔法使い、天に上る光の中へと消えていく。愛弟子に誘われるがままに』

 

この話、実はガチである。

なんやかんやあった先生が、俺達の力を借りて、なんやかんやアルフォネア教授を、過去から連れ出したのだ。

幸いと言うべきか、アルフォネア教授が俗世との関係をキッパリ絶っていたおかげで、矛盾が発生しないからこそなせた荒業。

 

「ま、何事もハッピーエンドだよな」

 

「兄様!遅刻してしまいますよ!」

 

おっと、下からベガに呼ばれたか。

 

「はいはい!今行く!」

 

俺は直ぐに本を置き入れ違いにカバンを手に取り、部屋を飛び出し、階段を飛び降りていく。

 

「おはよう」

 

「おはようございます、兄様」

 

「遅いわよ!ルミアすら用意出来てるんだから!」

 

「システィ!?私すらってどういう意味!?」

 

「ん。お腹減った」

 

「全く、朝から騒がしいわね…」

 

「さて、早く席に着きなさい」

 

「さあ!温かいうちに食べて!」

 

俺の騒がしい日常は、新たな形で始まっていた。

 

 

 

あれから数ヶ月の時がたった。

その間に色々あった。

まず俺達にとっての大事件…爺さんと婆さんが亡くなったことだ。

理由はただの老衰。

笑顔で送り出そうとしたのだが、ベガが泣いてしまい、つられて俺まで泣く羽目に。

レナードさん達に手伝ってもらいながら、簡易的な葬式を開こうとしていたのだが、想像以上の人が集まってしまい、中々盛大なことになってしまった。

 

「トワイスの爺さんは、それだけ人望があった、ということだ」

 

そう言ったのはアルフォネア教授だ。

他にもお店の従業員達はもちろん、先生やルミア達やクラスメイト、ベガがどこでどう仲良くなったのか不明だが、ウルとユミルさんも来ていた。

特務分室からも室長に復職したイヴ姉さんとバーナードさんが代表で来てくれて、イヴ姉さんに抱きしめられたベガが、また大泣きした。

更には王室親衛隊総隊長に復職したゼーロスや、陛下やルチアーノの爺様まで駆けつけてきた時には、周りが騒然とした。

 

「あれ?眠そうだね?どうしたの?」

 

「いや、やっとお返しとかも全部済んだから、すごく疲れたんだよ」

 

隣のルミアが俺の顔を覗き込んで、俺のクマを指摘する。

さて、今更だが。

今俺達は、フィーベル邸に厄介になっている。

というのも、あの店は爺さんと婆さんが死んだら引き払うことになっていたらしく、おかげで住む所が無くなってしまったのだ。

 

「あんのジジイ…最後の最後まで色々やってくれやがって…!」

 

「ま、まあまあ兄様。何とかしましょう!」

 

最後の最後まで厳しい爺さんへの恨み節もそこそこに、住む場所を考える俺。

こうなったら、アルフォネア邸に転がり込むか…?

 

「アルタイル君。ベガ君。少しいいかな?」

 

「レナードさん?」

 

「フィリアナ様も」

 

そんな葬式の休憩中に悩む俺達の元へ、2人が来たのだ。

 

「お2人からの遺言を預かっている」

 

「爺さんと婆さんからの遺言?」

 

はて…そんなやり取りいつの間に…?

2人にそんな接点…あ、レナードさんの誕生日の時か!

 

「お2人は自分達が亡くなった後、貴方達を引き取って貰えないかと、そう頼まれてたのよ」

 

「お爺様とお婆様が…そんな事を…?」

 

思わず2人で顔を見合わせる。

あの爺さん達がそんなこと言うなんて。

 

「もし良かったら、うちに来ないかね?もちろんベガ君にも、最大限の配慮を約束しよう」

 

フィーベル邸には行ったことがある。

あそこは車椅子のべガには不便だろうが、宿無しよりよっぽどマシか。

 

「…兄様。どうなさいますか?」

 

甘えるようで心苦しいが…是非もなし。

 

「すみませんが、お願い出来ないでしょうか?」

 

「分かった。部屋は用意しておこう」

 

「フフッ。息子は初めてね」

 

こうして俺達は、外部に流せないもの(ノーブル·リストリアとか、ゴルデンピルツとか)と共に、フィーベル邸に厄介になることになったのだ。

 

 

 

「…あっ。危ねぇっ!?忘れてた!」

 

「突然何よ!?」

 

「陛下から頼まれてたことがあったんだった!」

 

「お母さんから?」

 

あっぶねぇ…マジで忘れてた。

今ルミアの顔を見て思い出した。

俺は一気に朝ごはんを食べ終え、食器を片付け、歯を磨いて、身嗜みを整える。

 

「ご馳走様でした!ゴメン!先に学校行ってて!俺もすぐ行くから!」

 

それだけ言い残して、俺はすぐに次元跳躍したのだった。

 

 

 

「…なるほど…。息子とはこう騒がしいものなのか」

 

「いや…それは多分違うと思うわよ…」

 

残された7人は、いなくなったアルタイルの空間を見ながら呆然とする。

そんな状態のレナードの言葉に、システィーナがツッコミを入れる。

 

「それにしても…うふふ…うふふふふふふ…」

 

「あらあら、貴方ったら」

 

突然ニヨニヨしだすレナードと、いつも通りのフィリアナ。

 

「だってそうだろう?まさか、最愛の娘達とこうして再び食卓を囲める日が来るなんて…しかも娘が2人、息子が1人増えるなんて!…息子はまあ、あれだが」

 

「兄様がすみません…」

 

息子のところだけ、いささかテンションの落ちるレナードに、ベガが申し訳なさそうにする。

そんなレナードに、システィーナが怒る。

 

「ちょっとお父様!ベガが可哀想じゃない!」

 

「い、いや…!決してそういう訳ではなくて…申し訳ない!」

 

深々と頭を下げるレナードに、慌てるベガ。

娘大好きレナードからしたら、アルタイルはルミアを射止めた忌々しい男であるのと同時に、将来的に義息子になることが確定している、なんとも言えない存在。

認めてない訳では無いが、素直に喜びづらい…そんな感じなのだ。

単純に、娘を持つ父として…ということだ。

そんなレナードを見て、ナムルスがボソリと一言。

 

「…キッモ」

 

「ナムルス!しっ!しっ!我慢して!」

 

そんなナムルスを静かに窘めるルミア。

さて、なぜナムルスがここにいるかと言うと、肉体を得たナムルスもまた、住む場所に困っていたのだ。

 

「いや〜!ナムルス君!話を聞けば君は…ルミアの遠い親戚のそのまた親戚の、遠縁の友人の子らしいね!ならば私の娘も同然!」

 

「いや、もう完全に赤の他人でしょ、それ。繋がり皆無でしょ」

 

ナムルスの冗談で作った設定をすっかり鵜呑みにしたレナードは、朝からハイテンションのまま暴走する。

 

「あらあら、貴方ったら」

 

そんなレナードを、鮮やかな手際で絞め落とすフィリアナ。

そんなナムルスだが…レナード達のおかげで、学院に通うことになったのだ。

そんな学院の制服に身を包んだナムルスは、自分の姿を見て呟く。

 

「前々から思ってたけど…相変わらずスケベな制服ね、これ。エッチすぎでしょ、痴女なの?」

 

「「それは言わないお約束ぅぅぅぅぅぅう!!!」」

 

(実は私もそれを着るのだけは、結構勇気がいります…)

 

「衣食住を提供してくれるだけじゃなくて、学院に通えるようにしてくれたのも感謝してるわ。だけど…グレンのところはダメなの?」

 

「それだけは絶対にダメぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

(兄様がいなくても、やっぱり騒がしいですね…)

 

「ん。ベガ。美味しい?」

 

「あ、はい。美味しいですよ、リィエルさん」

 

顔を真っ赤にさせながら騒ぐシスティーナとルミアを無視して、ほのぼのと朝ごはんを食べるリィエルとベガなのだった。

 

 

 

「よっと」

 

「キャッ!?」

 

「何奴!…って、貴殿か。アルタイル」

 

俺が跳躍した先は、復興中の帝都オルランド。

そこに建設された仮説行政執行省内の廊下。

 

「お久しぶりです。レニリア王女殿下。ゼーロスも久しぶり」

 

彼女達に会うのは、あの戦いの直前にお守りを私に行って以来だ。

 

「お、お久しぶりです、アルタイル君。…心臓に悪いですね」

 

「もはや貴殿に、機密などあってないようなものだな」

 

「そこはご容赦を。これが一番手っ取り早いですので」

 

何故俺がここに来たのかと言うと、今日の講義内容に理由があった。

 

「それでは参りましょう。まずは学院長室ですね」

 

「はい!」

 

「私も着いていこう」

 

本日から3日間、アルザーノ帝国魔術学院にて、グレン先生による魔術講義が大講義室にて行われるのだ。

世界で先生しか体験していない様々な出来事、それを講義してくれる。

その希望者は学院関係者はもちろん、こうしてレニリア王女殿下や他の学院の人達など、レザリア王国と合併したこの国、アルザーノ=レザリア大帝国中から来る。

 

「話には聞きましたが、他の国からもいらっしゃるのですよね?」

 

「そうです。様々な国の方々がこの講義の為だけにいらっしゃるのですよ」

 

そのため…という訳では無いが、現在学院への留学希望者が後を絶たず、フィジテは現在、復興作業と言うよりは、根本的に街ごと作り替えている状況にある。

 

「随分と詳しいのだな。誰から聞いたのだ?」

 

「ルチアーノ卿だよ」

 

この一大プロジェクトには、ルチアーノの爺様率いる西ハマート商会と、ニーナ=ウィーナス率いるウィーナス商会が手を組んで取り組んでいるらしい。

そういえば…

 

「ウィーナス商会の女社長、グレン先生の昔馴染みらしいですよ」

 

「まあ!そうだったのですね!貴方は確か、ルチアーノ卿とは縁があったとか…」

 

「正確にはエンダース殿ですな。その繋がりで知り合ったと、聞いているが?」

 

ゼーロスの言葉に頷きながら、用意を整えた俺は、2人に先に行ってもらうことにした。

 

「アルタイル君はどうするのですか?」

 

「イヴ=ディストーレ元帥を迎えに行こうかと。何かイレギュラーがありましたら、お知らせ下さい。ゼーロス隊長がいれば、大抵の問題は片付くでしょう」

 

こっちはハッキリ言って、物のついでだ。

どうせ忙殺されてるだろうし、時間は無いだろう。

 

「そうですか。それでは失礼しますね」

 

「また後で会おう」

 

2人が無事に着いたことを反応で確認して、俺はそのままイヴ姉さんの元に跳躍した。

 

「っ!?…って、アルタイル!?どうしてここに!?」

 

「…一斉に戦闘態勢を取られると、流石に怖いな」

 

「いや、アルタイルが悪いからね!?」

 

というクリストフのツッコミが響くのは、特務分室の室長室だ。

というかやっぱり…

 

「とんでもない書類の山だね…」

 

「やっと終わったのよ…。これで行けるわ…」

 

「…今日だけどね。講義始まるの」

 

「え?…ぁぁぁぁぁぁあ!?」

 

すっかり仕事に追われたせいか、日付感覚の無くなったイヴ姉さんは、大慌てで立ち上がって用意を始めた。

ほらやっぱり、来て正解だ。

 

「レニリア王女殿下を連れていくついでに、イヴ姉さんも拾いに来たんだよ。ほら、用意して。殿下達は先に行ってもらったから」

 

「お、おいおい!?放ってきたんかいな!?」

 

「いえ?ゼーロスも一緒ですし、学院長室に跳ばしました」

 

「貴方って本当に…」

 

「あはは…流石アルタイル君というか…」

 

流石ってなんだよエリザ。

ルナまでなんで…ってあれ?

 

「ルナ?なんでいるの?」

 

「何よ。貴方までソイツと同じこと言う訳?」

 

「事情を知らないんだから、そりゃ聞くでしょ」

 

何故かいるルナ=フレアーに、首を傾げる。

そんな俺にソイツと言われた人物…アルベルトさんが答えた。

 

「今のルナは執行官NO.14【節制】を冠している」

 

へぇ、なるほどね。

色々複雑な事情でもあるのだろう…ん?

ルナの奴、なんでチラチラアルベルトさんを見てるんだ?

当然気付いているのか、アルベルトさんも不思議そうではある。

…ハッ、まさか!?

 

「…クリストフ?あの2人…」

 

「アルベルトさんはグレン先輩以上に鈍いですし、ルナさんはシスティーナさん以上に無自覚ですからね…」

 

「あ、あの2人を超えるのか…!?」

 

半ば冗談半分で聞いたが、どうやらマジらしい。

色んな意味で驚きだ。

さてと、ではもう1人に触れよう。

 

「イリアはどうする?来る?」

 

「行かないわよ」

 

執行官NO.18【月】のイリア=イルージュ。

その正体はイヴ姉さんのお姉さん、リディア=イグナイトの本当の妹、アイエス=イグナイトだったらしい。

いつかアゼル=ル=イグナイトを殺す為、名前を偽って来たらしいが、それが終わった後、燃え尽き症候群に。

だがフィジテ防衛戦の際、ベガと共にイヴ姉さんを助けたらしい。

しかもひょんな事から関係性が発覚し、イヴ姉さんはてんやわんや。

ベガもすっかり懐いてしまっていた。

 

「ベガも会いたがってたけど?」

 

「ふーん、そうですか。…ま、気が向いたら行ってあげるわ」

 

そう言って立ち去るイリア。

…素直じゃねぇなぁ、おい。

というか…

 

「俺の妹、人たらしすぎない?あれで人見知りなんだぜ?」

 

「…人たらしは君も言えないと思うけど?」

 

どういう意味だそりゃ?

…という訳で、用意を終えた2人。

 

「…あんたも来るわけ?」

 

「ベガちゃんが会いたがってるらしいので」

 

「あんたも絆されたわけね。…この兄妹、人たらしすぎない?」

 

「それは否定しないわ」

 

「何言ってるよ?早く行くよ。と言うわけで、2人は借りてきまーす!」

 

そう言って、俺はフィジテに跳んだのだった。

 

 

 

さて、無事に全員集めて、大講義室に来たはいいが…

 

「って!?グレン先生はどこ行ったのよォォォォォォォォォォォ!!!」

 

という訳で、相も変わらず先生は先生だ。

システィの怒号が響き渡る。

 

「どうなってるのよ!?もうとっくり講義開始時間過ぎてるわよ!」

 

「ま、まあまあシスティ。何かあったのかも…」

 

「だとしても今日やる!?よりにもよって今日やる!?普通!」

 

講師のグレン先生が来ない以上、残念ながら話が進まない…どころか始まらない。

ったく…どこで道草食ってんだよ…?

というか…

 

「なぁんか懐かしくていいじゃん」

 

「こんなこと懐かしみたくなぁぁぁぁぁい!!!」

 

ケラケラ笑う俺に、システィがさらに怒る。

おーおー、燃えてるなぁ。

 

「アイル君…。あまりシスティに油を注いじゃダメだよ」

 

「はぁーい」

 

そんなルミアに俺はもたれる。

まあ、許してくれ、眠いんだ。

 

「フフッ。2人は仲良しね。ところでルミィ。グレン先生という御方は…?」

 

「え?あ、あはは…。たまにこういうお茶目なところが…」

 

「たまに真面目なだけで、こっちが常ですよ」

 

「アイル君。めっ」

 

レニリア王女殿下に曖昧に返すルミアに、俺が合いの手を入れる。

そんな俺にルミアは頭を撫でてた手で軽く額を叩くと、また頭を撫でてくる。

あぁ…やばい…マジで寝る。

 

「…あれ?アルタイル君寝てるよ?」

 

「え?…あ、起きて!アイル君!っていうかリィエルも寝てる!?」

 

そのまま寝ていると、ルミアに起こされた。

いや〜、ルミアの温かさといい匂いでつい寝ちゃった。

 

「そしてそこは公衆の面前でイチャつくな!というか殿下の前でよくやるわね、アイル!」

 

「いいじゃん。ちゃんお付き合いしてる訳だし。しっかりアピールしておけば、余計な虫もつかないし」

 

そんなやり取りをしていると、やっと講義室のドアが開いた。

 

「いや〜メンゴメンゴ。ベンチでうたた寝しててつい…」

 

「遅ォォォォォォォォォォい!!!」

 

やっとこさ現れた先生に、システィの超絶技巧の風が襲う。

 

「お、お前ぇぇぇぇ!!第七階梯を軽く超える超絶技巧をこんなお仕置に使うんじゃねぇ!俺の立つ瀬がなくなるだろ!」

 

「どやかましいわよ!こんなここ一番の大舞台で、遅刻なんてしてんじゃないわよ!!」

 

「もうむしろ、お前が抗議しろよ!こんな三流の雑魚よりよっぽどいいだろ!!」

 

「何わけわかんないこと言ってんの!!」

 

…本当に相変わらずの光景だ。

そんな光景に俺達は苦笑いを浮かべながら、やり取りを見守る。

 

「さて…どこからやるかな…」

 

「もう!しっかりしてください!先生!」

 

「わぁってるよ。ったく…よし、決めた。初日はガイダンスっつーか、根本的な魔術師としての概論を語ろうか。一つ初心に返る意味も含めてな」

 

その途端。

大講義室の空気が引き締まった。

俺を含めた誰も彼もが抱く、先生の言葉を一言一句聞き逃すまい、そういう熱意からだ。

 

「今日最初の講義内容は…【夢に向かって歩み続ける意味】について。そして…【俺達魔術師が目指すべき未来】について」

 

 

 

「興味無い奴は寝てな」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ロクでなし魔術講師と追想日誌
生き急ぐロクでなし


という訳で、ロクでなし魔術講師追想日誌。
とうとう踏み込みますよ。
基本1話で収めようとしてるので、長くなったり短くなったり。
話をすっ飛ばしたり、しなかったり。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「まったくもう!アイツと来たら!」

 

ま〜た、不機嫌だな、システィーナの奴。

その不機嫌具合が、床にまで伝わってるし。

 

「まあまあ、落ち着こう、システィ?」

 

「これが落ち着けるものですか!何よ!『気分が乗らないから今日の授業はこれで終わりです』って!終鈴までまだ20分もあるのよ!」

 

ルミアが鎮火を試みると、あえなく失敗。

システィーナが怒っている理由は、ひとえに我が担任、グレン=レーダス先生だ。

まあ、相も変わらずのやる気の無さなのだが、

 

「でも今日の分は終わらせてたじゃん。内容だって、安定の分かりやすさだし」

 

「そういう問題じゃない!アイツの態度の問題なのよ!」

 

俺も鎮火に加わるも失敗。

しかしコイツが怒っている本当の理由は…

 

「まったく…何時もちゃんとしてって言ってるのに…」

 

「まったく、心配ならそう言えばいいのに」

 

「そうだよ。言葉にしないと伝わらないよ?」

 

「ふぇ!?///」

 

そう、このままだとグレン先生がクビにされるかもしれないという、心配からのもの。

つまり、ただのツンデレだ。

 

「さっきのはいくら何でも、やりすぎだよ?」

 

ルミアにそう指摘され、システィーナも少し思い当たる節があったのか、言葉を詰まらせる。

 

「う、うん…。実はこのところ、悪い事が重なっちゃって…」

 

「悪い事?」

 

「うん、買ったばかりのノートに落書きされたり、実験でいつの間にルーン刻印用の染色液が髪についてたり、楽しみに取っておいたお菓子が消えてたり…少しイライラしてた…かも…」

 

お菓子…か…

 

「もう、八つ当たりはダメだよ」

 

「そうだぞシスティーナ。お菓子は俺だ。ごめん。明日代わりを用意してくる」

 

「ちょっと待ちなさい!今、すごい素直に謝ったわね!?」

 

システィーナが思いっきり俺に詰めよる。

 

「いや、実際に食ったのは先生だけど、俺もいいんじゃないって言っちゃったし…。お詫びじゃないけど、今度新作の苺タルト持ってくるから、それでチャラにして」

 

「うぅ…アイルのお菓子…美味しいし…!仕方ないわね!」

 

チョロいな…コイツ。

 

「アイル君?」

 

「はいはい、ルミアのも持ってくるよ」

 

「やったぁ♪」

 

そんなこんなで、次の魔導戦術論の実践演習の為に急ぐ俺達だったが…

 

「な、何よそれ!?」

 

「蛇だ」

 

「見ればわかるわよ!何でここにいるのかってことよ!?」

 

「今日の授業で使うからだ」

 

んー、この2人の会話は、相変わらずリズミカルだな。

見てて聞いてて面白い。

 

「あの…先生、その蛇大丈夫なんですか?」

 

ルミアが恐る恐る先生に尋ねる。

ほとんどの生徒が遠巻きに見ている中、ルミアは近付いてきたのだ。

流石のタフさだ。

…え?俺?

俺も近付くタフな奴の1人だ。

 

「大丈夫だろ。あの【ラナード蛇】は基本的に大人しいからな。…基本的には」

 

「お、よく知ってるなアルタイル。それにコイツは、学院飼育用に毒抜きもされてるからな」

 

あ〜なるほど。

だから…

 

「ええっと…先生…」

 

「噛まれてますよ、頭」

 

あんなにガジガジされてても、平気なのか。

まあ、痛いはずだけど。

なんせ、顎の力半端ないからな、あれ。

 

「ギャアァァァァァァァァ!!!痛えぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ああ、あんなに暴れたらほら、絞め技食らってるし。

 

「はぁ…。『雷精の紫電よ』」

 

 

「さてと…それじゃあ、始めるか」

 

あの人、助けてやったのに何事も無く始めやがった。

それはともかく始まったのは、『魔術戦における毒の手口と対処法』だ。

本来の魔術戦とはかけ離れた内容にも思えるが、ところがどっこいそうでも無い。

古来より毒とは、1番人を殺している。

高名な魔術師然り、多くの権力者もまた、毒殺されているパターンは多い。

そしてもう1つ、魔術によって生成される毒なら、魔術で対応出来るが、毒虫や、皆が気付いていない、足元のケースの中にいる本物の毒蛇などが持つ、天然の毒となるとそうはいかず、特殊な触媒を用いた薬を調合しなくてはいけない。

 

「なるほど…その為の、その蛇何ですね?」

 

「いや違うぞ?」

 

そこは嘘でもそうだって言えよ。

 

「へ?じゃあ、なんの為に…?」

 

「フッ…決まってるだろ?可愛い子ちゃん達を、キャーキャー言わせたいからだろ!」

 

「最低最悪な理由だった!?」

 

そのまま再び始まる痴話喧嘩。

クラスの誰もが諦めたように見ていたが…

 

(((((…ん?)))))

 

皆ある事に気付いた。

いつもなら詰め寄るシスティーナだが、今回は距離をとっている事に。

 

「…ん?…ほーん、ひょっとしてお前…?」

 

「な、何よ…!?」

 

コイツまさか…蛇が苦手なのか?

なんて、分かりやすい…!?

当然その事に気付いた先生は、過剰に弄り倒す。

思えばそれが、いけなかったのかもしれない。

はたまた、システィーナの不注意だったのか。

 

「お、『大いなる風よ』!」

 

「バッ!?バカ…!ぎゃああああああ!?」

 

情けない声で吹っ飛ばされる先生。

しかしそれでは怒りが収まらず、小石を蹴り飛ばそうとでもしたのだろう。

 

「ッ!?システィ!ダメ!!」

 

「システィーナ!やめろ!!」

 

「え?」

 

パリンッ!

 

毒蛇が入っていたケースを蹴り割ってしまったのだ。

その事に気付いたクラスメイト達が、慌てて逃げ出す。

しかしシスティーナ本人は、パニックになってしまい、動けずじまい。

そんなシスティーナに狙いをつけた毒蛇は

 

「システィ!逃げて!」

 

「クソ!間に合え!」

 

慌てて駆けつけたが、一歩間に合わず。

瞬く間にシスティーナに近づき、そのままその毒牙を突き立てた。

 

「…あ」

 

ケースに入っていた毒蛇、【クシナ蛇】の毒は即効性だ。

あっという間に毒が回ったシスティーナは、そのまま気を失ってしまったのだった。

 

「システィ!!!」

 

「システィーナ!!!」

 

 

 

その日の夜、ルミアは制服に着替えて、夜の学院に忍び込み、北にある【迷いの森】に来ていた。

そこで彼女は、昼の会話を思い出す。

 

 

 

「触媒が無い…ですか?」

 

アルタイルは、介抱してくれているセリカ=アルフォネアに尋ねる。

 

「そうだ。そもそもコイツの毒自体は、さほど強力では無い。放っておいても治る程度のものだ。しかし、解毒剤の触媒になる【ルナール草】が季節的に不足していてな。敷地内の北にある【迷いの森】に生えることがあるが…望み薄だな。最近は聞かないし。それに夜に光る草だから、夜じゃないと見つからない。そこまでの手間をかけるものでもないからな。まあ、大人しく眠っとくといい」

 

この毒の症状は、主に

・発熱

・吐き気

・手足のしびれ

・頭痛

・吐き気etc…

等で特に死に至る事は無い。

 

 

 

などと言う話だったが、苦しむ親友の姿にいてもたってもいられなかったルミアは、この森に1人でやってきたのだった。

そのまま暗闇に怯えるルミアだったが、

 

「ええい、ままよ!」

 

(私だって魔術師なんだから。多少の危険は乗り越えないと!)

 

気合いを入れ直したルミアが、1歩踏み出した。

この時のルミアの誤算は、その危険度を測り間違えた事だった。

 

「はぁ…!はぁ…!ど、どうしよう…!?」

 

森の中から出てきたのは、【シャドウ・ウルフ】。

ルミアの手にはあまる魔獣だ。

 

「ら、『雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち倒せ』!」

 

ルミアは白魔術などは得意だが、その反対、攻性呪文などの黒魔術は苦手なのだ。

なまじ追い払おうと攻撃したのが悪く、中々当たらないルミアをただの獲物としか認識されなくなったのだ。

魔力が尽き、体力も尽きかけたその時、ついにそのまま爪牙に襲われてしまう。

 

(システィ…ごめんね…!)

 

つい恐怖に身を固めてしまうルミアだったが

 

「『雷帝の閃槍よ』」

 

「ッ!?…え?」

 

どこからとなく飛んできた【ライトニング・ピアス】が、【シャドウ・ウルフ】を貫いた。

森を包む暗闇から出てきたのは

 

「無事か、ルミア」

 

「アイル君…!」

 

全身黒い格好に身を包んだアルタイルだった。

 

 

 

「…はぁ。ったく…」

 

昼間の時の顔を見て、嫌な予感はあったんだ。

だけどまさか、本当にこうなるとはな…。

 

「あ、アイル君!ありがとう!私…!」

 

怖かったのだろう、心細かったのだろう。

そういった感情が決壊して、涙ぐみながら走りよるルミアに

 

「ふん!」

 

「痛ァ!?」

 

俺は割と遠慮なく拳骨を落とした。

 

「たわけ!こんな夜に、しかもこんな場所で何してやがる!?」

 

「う、うぅ…」

 

「お前が何考えてるかは分かる!だかなぁ!1人でここは危険すぎるだろ!ましてはお前は、俺以上に戦闘慣れしてねぇんだぞ!あのまま犬っころの餌になる気だったのか!?そんな事してアイツが…俺が心配しないとでも思ったのか!?」

 

そう、俺が1番怒ってるのは、何かあったらという不安からだ。

まあ、システィーナと一緒だな。

それはともかく、本来ここは学生だけでは立ち入り禁止区画だ。

だから俺も、夜闇に紛れるように目立たない格好で来たのだが…仕方ない。

死なば諸共って事だな。

俺はすっかり落ち込むルミアの頭を撫でてから

 

「…おら、行くぞ。さっさとルナール草取ってトンズラするぞ」

 

「…う、うん!///」

 

そう急かしたのだった。

ちなみに…この時ルミアは、顔を真っ赤にしてたのだが、俺は暗さゆえに気付かなかった。

それから俺達はこの森を彷徨いながら、触媒を探し回った。

帰りは俺が入った場所から、ずっと糸を巻き付けである為、問題ない。

そのまま奥に進み続けていると、ルミアの様子がおかしい事に気付いた。

 

「…休むか、疲れたし」

 

「へ?」

 

俺は困惑するルミアを無視して、腰に巻き付けあるウエストポーチから、キャンプ用の火起こしキットを取り出す。

 

「ほら、その辺の枝とか集めて!」

 

「う、うん!」

 

俺はルミアが薪代わりのものを集めてる間に、結界を張る。

持ってきた枝に火をつけて、焚き火を起こす。

その温かさにどんどん眠くなってきたのか、ルミアは俺が貸したパーカーを被りながら、ウトウトしだす。

 

「…いくら空調調整術式があるからって、無茶しすぎだ。バーカ」

 

俺はそのまま眠ってしまったルミアを寝かしながら、温めたコーヒーを飲み干し、背負って探索を再開した。

 

 

「ん…んぅ…?」

 

「あ、やっと起きた」

 

しばらく歩いていたら、ルミアが目を覚ます。

少し目をパチパチさせて、状況を確認していたが、少しずつ理解し出したのか。

どんどん顔が赤くなってくる。

 

「あ、アイル君!?///わ、私歩けるよ!?///」

 

何を言い出すかと思えば、まだ体力は戻ってないだろうに。

 

「バカ、軽度のマナ欠乏症を起こしてたんだぞ?まだ立つのがやっとのはずだ」

 

「う、うぅ…///」

 

「俺に心配かけさせた罰だ。大人しくおぶられとけ」

 

そう言って歩き続ける。

ルミアの柔らかさを、気にしないようにしながら。

その横顔を見て、ルミアはある事に気付く。

 

(あ…耳赤い。それに心臓も…バクバクいってる。そっか…アイル君も意識してくれてるんだ)

 

そう思うと、自分の体重をアルタイルの背中に預ける。

 

「…ありがとう。よろしくね、アイル君」

 

「…おう///」

 

 

そんなこんなで無事に【ルナール草】を見つけた俺達は、俺が繋いできた糸をたどって、無事に森を抜け出した。

その時には既に夜が明けていたが、俺達はその足で、システィーナの元に駆けつけたのだ。

 

「そんな…!?」

 

「嘘だろ…!?」

 

しかしその部屋にあるベッドに、システィーナはいない。

代わりに白い葬送花、アレンシアの花が1輪。

あの時サラッとだが、アルフォネア教授が言っていた。

 

(『体質次第では、急激に悪化して、最悪死に至る時もある。…まあ、稀なケースだがな』)

 

「システィ…!」

 

「バカ野郎…」

 

「あの〜…?」

 

誰か知らないが、後にしてくれ。

 

「ごめんね…!ごめんね…!」

 

「ルミア…アイツの分まで生きよう…」

 

「2人共〜…?」

 

だから今は…。

 

「アイル君…私…!」

 

「俺も一緒だから…な?」

 

「2人共!!」

 

あ〜もう!さっきから誰だよ!?

 

「うるせぇな!!今それどころじゃね…えぇぇぇぇぇ!!!システィーナァァァァァァァ!!!?」

 

「え?…えぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

「2人揃って勝手に殺さないでよ!!!」

 

いやだって…えぇぇぇ!?

ルミアもビックリしすぎて、ボロボロ流してた涙が止まってるし!

 

「いや、だって…この花!?」

 

「カッシュが間違って持ってきたのよ…」

 

「ウィンガーーーーー!!」

 

あのバカ、シメてやる!

 

「そ、それよりシスティ、どうして!?」

 

「ルナール草が俺ん家にあったんだよ」

 

システィーナの代わりに答えたのは、先生だった。

 

「「グレン先生!」」

 

「セリカが自分の研究用にとってあったんだよ。ただ探すのと調合に手間取っちまったせいで、徹夜だけどな…」

 

なるほど…ところで先生。

徹夜明けにしては、すごい気迫なんだけど?

 

「ところでお前達、それはどこで手に入れたんだ?」

 

「「ッ!?」」

 

ヤバい…!どうする!?

 

「み、南地区のブラックマーケットですよ!?」

 

「そ、そうです!流石に季節じゃなかったですから、探すのに苦労して…!?」

 

「…ほう?」

 

ルミアの咄嗟の嘘に、俺もアドリブで被せる。

そんな先生は、俺達をジト目で見てから、紙を取り出した。

 

「これはな、【迷いの森】に敷設されている、行方不明者捜索用の結界に、引っかかった魔力反応だ。数は2つ。そしてこの反応…不思議とアルタイルとルミアに似てる、というかそっくりなんだが…知ってるか?」

 

…な、何ぃぃぃぃぃぃぃ!?

そんなものあったのぉぉぉぉぉぉ!?

俺とルミアは思わず顔を見合わせる。

 

((…はぐらかす!))

 

「へ、へー!そうなんですね〜!」

 

「き、奇遇ですね〜!」

 

「「「…アハハハハハ!」」」

 

しばらくの沈黙後

 

「んな訳あるかぁぁぁぁぁぁ!!!このバカ共ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「「ご、ごめんなさ〜い!!!」」

 

ダメでした。

しこたま怒られた俺達は、今日は帰らされ、厳重注意と反省文、そして明日からの1週間の間、学院への奉仕活動が言い渡された。

 

 

 

「…ふぅ。気持ちいい」

 

何とか先生からのお説教を乗り越えた私達は、家に帰ってお風呂に浸かっていた。

昨夜の疲れが溶けだしていくのを感じながら

 

「あぅ…///」

 

昨夜のアイル君を思い出した。

助けられた事、怒られた事、背負われた事。

色んな事があった。

特に背負われた時の温かさ。

思ってたより遥かに大きい背中。

服の上からは分からなかったが、かなりガッチリとした肉体。

腕も筋肉質だった。

鍛えてるというより、無駄を省いているといった感じの筋肉美だ。

 

「〜ッ!?///何考えてるの!?///」

 

こんなはしたない事考えたらダメ!

顔が熱い…!

これは、逆上せたせいだよ!

そうだよね!

私は誰に言う訳でもなく、心の中で必死に言い訳をした。




短編集の難しいのは、いまいち時系列がわかりにくいんですよね…。
途中で呼び方を変えてしまったので、その辺の齟齬が起こらないようにしないと…!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

迷える白猫と禁忌手記

とりあえず、今日はここまで。
この話はなんというか、人のこと言えない話ですね。
僕もスマホのメモ帳とか、絶対に見せられないし…!
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「ルミア〜、見つかった〜?」

 

「ううん、まだだよ。ごめんねシスティ。アイル君は?」

 

「まだ。本当にここなのか?システィーナ」

 

ここは、学院付属の図書館。

俺達がここで何をしているかというと

 

「うん…それは間違えないはず。ごめんね、2人共。こんな事に付き合わせちゃって…」

 

「気にしないでシスティ。システィの大切な手帳なんでしょ?だったら絶対、見つけなきゃ」

 

「夜からバイトだから。それまでに見つけるぞ」

 

システィーナがここで手帳を、無くしたのだ。

いた場所にも、落し物コーナーにも無かったので、誰かが間違って本棚に入れてしまったのではと予想。

その結果、この莫大な数ある本棚とにらめっこする羽目になったのだ。

 

「アイル君。上、大丈夫?変わろっか?」

 

「スカートのお前達が?」

 

「うぅ…///」

 

「いいから上は、俺に任せとけ」

 

俺が上、ルミア達が下を探している。

というのも当然だが、俺達は学院の制服だ。

女子生徒はスカートの為、上に行かれては、中が丸見えなのだ。

だから余計なトラブルは避けたいので、俺が上にいるのだ。

…本音を言えば、俺は下がよかった。

男の性として。

 

「…アイル?」

 

「早く探すぞ〜!」

 

システィーナからの冷たい圧力を感じた俺は、さっさと目的を再開する。

 

「もう…見つからないかな…」

 

何やら意気消沈しているシスティーナ。

こうもしおらしいと、調子が狂うな。

 

「あー!もう!いちいちしょげるな!ほら、さっさと見つけるぞ!」

 

「そうだよ、システィ。山羊革装丁のベルト付き手記帳で、背表紙に何も書いてない。結構特徴的な本だもの。絶対見つかるよ。それにほら、アイル君もやる気だし!」

 

「うるせぇ。バイトがあるから早めに片付けたいだけだし」

 

「ふふ、素直じゃないな〜!」

 

「う〜る〜さ〜い!」

 

ルミアが俺をからかうなんて、珍しい。

でもそんな俺達を見て、少し元気になったらしいシスティーナ。

 

「2人共…ありがとう…!」

 

「まあ、それはそうと。随分と必死だけど、何が書いてあるんだ?」

 

「たしかに私も気になってたの。システィ。何が書いてあるの?」

 

俺達の質問は、捜し物に巻き込まれた側からしたら、至極真っ当は質問だが。

当の本人は、急に慌てだした。

 

「え!?え〜と…!?実は、魔術研究の事を綴ってあるのよ!最近思いついた術式とかあるし…」

 

「え!?そうなの!?すごいねシスティ!」

 

「ほう…将来、黒歴史帳確定だな」

 

本当に魔術研究用の手帳か?

なんか怪しいな。

システィーナが俺に隠すならともかく、ルミアにまで、はぐらかすって珍しい事をする。

ルミアは素直に尊敬しているが、俺はどうも胡散臭いと見る。

 

「それはそうと…アイルの事もあるし、手早く探しましょう!私はあっちの行くわ!」

 

「じゃあ、私はこっち!」

 

「じゃあ俺はそっち」

 

「それじゃあ、30分後にここね!」

 

そう言って俺達は3手に別れて捜索を始めた。

 

 

 

「ん〜…無い」

 

もう、持って帰られたんじゃね?

それが1番可能性が高い気がする。

そう思いながら探していると、ちょうどルミアと遭遇する。

 

「あ、ルミア。そっちはあった?」

 

「アイル君。ううん、無かった。アイル君も?」

 

「ああ…。そろそろ時間だ。一度合流しよう」

 

そう言って先ほど分かれた場所に戻ろうとしたのだが、

 

「…あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「…いや、何でもない」

 

そう言って歩き続けるが、そろそろおかしい。

 

「…変だな」

 

「うん…いくら何でも遠すぎるよね?」

 

そう、いくら歩いても着かないのだ。

 

「それだけじゃない。そこを見ろ」

 

俺が指さしたのは、書架に刻まれた書架番号。

 

「さっきからずっとG8だ。多分同じ場所を、ずっとループさせられてる」

 

「それって…ここから出られなくなったって事!?」

 

ルミアの言葉に俺は頷く。

 

「そうだな。早くここから抜け出さねぇと…」

 

「そうだよ!アイル君、バイト間に合わなくなっちゃうよ!」

 

「…」

 

シーン、って音が聞こえるくらい静まる。

だって…ねぇ…

 

「ルミア…?今気にするのそこ?」

 

「へ?…あぁ、もちろんシスティの本も大事だよ?」

 

「だから、そこじゃねぇよ!このままだとお家に帰れないの!一生ここでさ迷い続ける事になるの!お分かり!?」

 

「あ、あぁ!そういう事?」

 

「他にどういう事があるんだよ…?」

 

図太いっていうか、タフっていうか、マイペースっていうか…。

本当にルミアは、スゲェな。

1周まわって冷静になれたわ。

 

「とにかく出口を探すぞ」

 

そう言って歩き出した時

 

「ん?」

 

視界の端で何かが動いた。

 

「ねぇアイル君。今、本が動いたよ?」

 

「冷静に教えてくれてどうもありがとう。1冊2冊って訳じゃねぇみたいだな」

 

かなりの数の本が動いてるな。

そう思った瞬間、突然俺達に本が襲いかかってくる。

 

「チッ!逃げるぞ!」

 

「う、うん!」

 

俺達はすぐに走り出した。

出来るだけ曲がり角は曲がり続けて、何とか振り切った。

 

「ふぅ…ルミア。大丈夫か?」

 

「ハァ…ハァ…な、何とか…」

 

俺はここがどこが調べる為に、書架を確認すると

 

「I6?あれ?先には進めるのか?ループじゃなくて、一方方向の…?だったらなんで帰れない?」

 

そもそも、最近この図書館で、変な怪異は起きていたが、その全てが実害は無かった。

でもここに来て、俺達だけ初めて実害が出ている。

一体これは…?

 

「ねぇ、アイル君」

 

「うん?」

 

「あれ」

 

ルミアに呼ばれ振り向くと、ルミアが指さす先に、白いお化けがいる。

 

「…あらら、出ちゃったね」

 

「うん、出ちゃったね」

 

さてと…どうしよう?

俺、浄化の呪文は使えないんだよな…。

 

「よし、ルミア。逃げ…」

 

「あの、すみません」

 

「っておいいいい!?」

 

何普通に話しかけてるの!?

いくら何でもキチガイかよ!?

 

「出口はどこですか?」

 

「聞いて答えるかよ!?」

 

〖帰れ…帰れ…帰れぇぇぇぇぇぇ!!!〗

 

ですよね!?

俺は直ぐにルミアの手を引いて、逃げようとするが

 

「ごめんなさい。それは出来ません」

 

そう言って頭を下げるルミア。

 

「いや何やってんの!?逃げるぞ!?」

 

「私の友達の大切なものがある筈なんです。なのでここから帰る訳には行かないんです。だから、お願いします。ここで探させて下さい」

 

いや、そんな事言っても許すわけ…!

 

〖…だったら、条件があります〗

 

「条件…ですか?」

 

あれ?急に雰囲気が…?

 

〖僕が探している本があるのですが、それを一緒に探して下さい。そうすれば、貴女達のお探しの本を探すのを手伝います〗

 

何言ってるんだが…?

そんなの信じる奴なんて

 

「分かりました!見つけますね!」

 

「いたよ、ここに!」

 

ルミアさん?タフすぎるのも大概にしてくれ。

俺はもう、喉が痛いよ…。

 

「アイル君!手伝って!」

 

「はぁ…。仕方ねぇ。俺の傍から離れるなよ?」

 

「う、うん!」

 

 

どうしてこうなった…?

俺とルミアは、お化けの本の特徴を聞いて探していたのだが、何やら俺ら以外の人がいるらしく、そっちの対応に行った。

 

「お前な…もしあの幽霊が、襲ってきたりしたら、どうするつもりだったんだ?」

 

「え?もちろん浄化するよ(滅ぼすよ)?」

 

「…そうか」

 

今、何か物騒なルビが振られなかったか?

気の所為だよな…?そうだよな!?

 

「あ、あった!これじゃないかな?」

 

「うん?…あぁ、特徴と一致するな、それ」

 

「早く渡しに行こう!」

 

俺達はお化けを探しに行くと、丁度すぐそばにいた。

しかも

 

「あれ?先生にシスティ?何してるんですか?」

 

「いや、それ多分あっちのセリフ…」

 

先生とシスティーナがいた。

多分行方不明になった俺達を、探しに来てくれたんだろう。

 

「ルミア!?アイル!?無事だったのね!?」

 

「お前ら、何してたんだ?」

 

「ええっと…」

 

俺は事情を説明した。

このお化けは有名な作家であり、ここに何故か寄贈されてしまった、少年期に書いた小説に憑いてる幽霊だ。

ところが、この間大量に本が入荷され、自身の本がどこかに紛れたしまったのだ。

それを見られたくない故に、色んな霊障を引き起こしたのだ。

 

「何故、ルミアとアルタイルを巻き込んだ?」

 

〖2人共、まったく驚かなかったので、もういっその事、巻き込んでしまおうと思いまして…〗

 

「「…」」

 

「…いや、俺はただ冷静に対応しただけだぞ?鋼メンタルはルミアだけだ」

 

「鋼メンタル!?」

 

驚くルミアを無視して、今後の事を話し合う。

そんな時、突然先生が何かを取り出して、お化けに見せた。

そしたら、何故か酷く安心した顔して、成仏してしまった。

 

「…何事?」

 

「作家の未練ですら成仏させる程の出来の悪さって事だ…」

 

その手に持つのは、手帳サイズの冊子だ。

…手帳サイズ?

 

「先生、それは?」

 

「ああ、昼間本を借りに来た時にたまたま見つけたんだが…これ本当に酷くてな!」

 

先生の口から語られる内容を纏めると、普段ロクでなしのダメ教師が、主人公の女の子やその友達の為に戦う、というもの。

内容は設定などほとんどが、テンプレ。

特に恋愛描写など酷いもの。

つまり

 

「年頃の女の子の願望全開ですね」

 

ルミアが一言でまとめた。

 

「ほう、ルミアもあるのか?そういうの」

 

「まあ、私も女の子ですから。私はどちらかと言うと…大人の男性よりも、同い年くらいの男の子の方がいいですけど…///」

 

突然ルミアから、熱い視線を感じる。

 

「ん?どうした?」

 

「な、何でもないよ!?///」

 

どうしたんだろうか?ルミアのやつ。

まあそれよりも…

 

「おいルミア、あの本見ろ」

 

「え?…あれ?山羊革装丁にベルト付き…?」

 

「背表紙に何も書いてないな…」

 

猛烈に嫌な予感がする。

だってほら、さっきから背中から、ものすごく冷たい空気を感じる。

俺達はさっきから冷や汗が止まならない。

 

「しっかしひでぇな…これ。背表紙に何も書いてない。著者名もなし。ん?インクが乾ききってないし、何より話が途中だな。…あれ?名前が書いてある。ええっと…シス…」

 

それ以上先生の言葉は続かなかった。

なぜなら、いつの間にか背後を取ったのか、後ろからシスティーナが分厚い本の角で、ぶん殴ったからだ。

 

「…」

 

「「天地神明、神に誓って、決して口外しません!!!」」

 

俺達は必死に命乞いをした。

ここで…殺される…!

 

「…それじゃあ、俺バイトだから!後よろしく!」

 

そうして俺は、逃げるようにバイト先へと走り出したのだった。

 

 

余談だが。

楽しげに小説を書く、幽霊が見られるようになるのは、また別の話である。




おまけ

「うぅ…ルミア達に知られるなんて…」

「ちゃんと秘密にするからね?ね?」

「本当に秘密にしてよ!?ちゃんとしてくれたら…今度ルミアとアイルを、モチーフにした小説書くから」

「…秘密にするね…///」

こういうのもありでしょうか?
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

紙一重の天災教授

この人、初めて読んだとき、とんでもないキャラが出てきたと思いましたよ…。
それでは、よろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「と、いう訳で。俺はそのオーウェルとやらの所に行く訳になったのだが…」

 

時は昼休み。

俺達3人は、先生に連れられ【オーウェル=シュウザー】教授の研究室に向かっていた。

またあの変態が、変な発明をしたらしい。

その犠牲に満場一致で選ばれてしまった、グレン先生がお供として、俺達を連れてきたのだ。

 

「事情は分かりましたが…何で私達まで?」

 

不機嫌そうに呟くシスティーナ。

 

「ルミアは可愛い。万が一って時に看取ってもらいたいと思うのは、男の性だ。アルタイルは、よく手伝うんだろ?だったら今回も頼む。白猫は…万が一って時の盾だ」

 

「ルミア!アイル!離して!コイツを殺せない!コイツを殺して私も死ぬ!!」

 

「心中とかやめとけ。意味無いぞ。やるなら徹底的に地獄見せてからにしな」

 

「違う!アイル君、そうじゃない!システィも落ち着いて!!」

 

俺達(主にルミア)が必死に止めながら、何とか研究所に着く。

 

「さてと…鬼が出るか蛇が出るか」

 

「いやいや、両方+邪神ですよ」

 

「どんな人外魔境なのよ!?」

 

「ていうか、お前目が死んでねぇか!?」

 

「アイル君!?しっかり!」

 

アハハ…つい数ヶ月前も地獄を見た。

人呼んで『天災教授』。

ハーレイ先生同様、掛け値なしの若き天才なのだが、その才能の使い方を間違えてる人だ。

しかし、この手伝いは金払いがいい。

実はこの学院、学内で学生向けのバイトを募集しているのだ。

単純な力仕事や書類整理から、荒事まで多種多様だ。

俺はリゼ先輩経由で、割と手広く請け負っていて、オーウェル教授の手伝いも、バイトとして処理してもらっているのだ。

 

「流石この学院の、ビックスポンサーだよな…」

 

「アイル君?何の話?」

 

「何でもない」

 

「俺帰りたい…」

 

「無理ですよ、先生。…手遅れです」

 

そう呟いた途端、ドアが破るように開かれる。

中からでてきた20代後半の男。

ボサボサの髪に、ギラついた左目と、眼帯に隠された右目。

その顔つきは一般的にはイケメンなのだが、その狂気的な笑みが、全てを無駄にする。

グレンはここで悟る。

 

(あ、コイツ変態だ)

 

「フハハハ!待っていたぞ!君達!さあ、今から世紀の大発明を見せよう!」

 

そう言っていきなり何かで俺達を除く。

 

「ふむふむ…いま君達は腹が減っているな!?」

 

「いや、違う」

 

「何!?では…明日の天気が気になっているな!」

 

「かすりもしねぇ」

 

相変わらず訳分からん人だな…。

 

「ば、バカな…!?魂紋パターンを完全に理解出来るのは、間違えないのに…何故だぁ!?」

 

「こ、魂紋の完全理解ですって…!?」

 

「お前…!?なんてもんを…!?」

 

さっきも言った通り、この人は掛け値なしの天才なのだ。

そして…

 

「こんな使えないポンコツは…いらーん!!!」

 

「「何してんだァァァァァァァ!!!?」」

 

才能の使い方を間違えてる人だ。

そのとんでもない発明品をなんの躊躇いもなくぶっ壊した。

しかもタチが悪いのが…

 

「おまっ!?今すぐ作り直せ!設計図はあるんだろ!?」

 

「そんなものある訳ないだろう!本来の発明品の片手間に作ったのだからな!」

 

「だあぁぁぁぁぁぁ!!分かってたけど本物のバカだコイツ!!」

 

こういう凄いものに限って、思いつきで作ってしまうのだ。

だから、設計図も無い。

あるとしたら彼の頭の中だけなのだ。

 

「さてと、ここからが本題だ!諸君!」

 

そしていつの間にか、拘束されている俺達。

 

「それでは、我が研究室に、4名様ご案内!」

 

「「キャアァァァァァァァァア!!」」

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 

「…慣れた俺が怖い」

 

 

簡単な自己紹介を済ませた俺達は、さっそく中へと進んでいく。

 

「先に言っておくけど…何を突っ込んでも無駄だから、ツッコミは程々に」

 

そう前置きしてから、奥に進む。

すると出てくる出てくる、アホみたいなとんでもない魔道具の数々。

永久機関だの、無機エネルギーを生命エネルギーにする機械など。

そして全てが、教授にとってガラクタ。

もうため息しかない。

 

「教授、今回もバイトという事で。後アレ、お願いします」

 

「よかろう!しかしアレを欲しがるなんて…君も殊勝な事だ」

 

「アレの価値がわからないのは、世界で貴方だけです」

 

俺達の意味不明な会話を不思議に思ったのか、ルミアが首を傾げながら聞いてくる。

 

「アイル君、アレって?」

 

普通に伝えても、つまらんな…よし。

 

「幸せになれる葉っぱ」

 

「「「…」」」

 

俺はわざとはぐらかした。

さてと…皆の反応は…?

 

「アルタイルてめぇ!!何してやがる!!!?」

 

「うぉっ!?」

 

まさかの胸ぐら掴み上げられた。

ていうか…苦しい…!

 

「アイル!ダメよ!今すぐ捨てなさい!」

 

「そうだよアイル君!絶対にダメ!!」

 

ルミアとシスティーナも真剣に怒ってくる。

さてと…どうネタばらししようか…?

 

「おい、オーウェル!!テメェも俺の生徒に何してくれてんだァ!!」

 

「む?何と言っても…あんな茶葉を欲しがるのは、彼だけだぞ?」

 

空気が固まった。

 

「「「…茶葉?」」」

 

「…ククク…」

 

笑いが噛み殺せていない俺を見て、やっと理解した3人。

 

「「…アイル(君)!!!」」

 

オーウェル教授が勝手にバラしてくれたお陰で、俺の手間が省けた。

それにしても…!

 

「アハハハハハ!悪ぃ悪ぃ!皆がげんなりしてるから、からかいたくてさ!」

 

「アイル君!!本気で心配したんだよ!!」

 

「そうよ!いくら何でもタチが悪いわ!!」

 

「お前な〜…!」

 

先生は呆れたようため息だけだが、ルミア達の目には涙が浮かんでる。

むぅ…、ルミア達に泣かれるとは思わなかった。

そこまで心配かけたのは、やりすぎだったか。

 

「…すまん。やりすぎた。でも幸せになれる茶葉ってのは、あながち嘘じゃないぜ?先生、あれ見てください。分かるんじゃないですか?」

 

俺は窓際にあるプランターを指さす。

その正体は…

 

「あれって…まさか絶滅した幻の茶葉【ノーブル=リストネア】か?まさか再現しちゃったのか…?」

 

そう、そこには最早世界には存在しない、幻の茶葉がある。

あれを巡って、国同士が戦争を起こすくらい、凄い茶葉だ。

俺はそれを貰って、店で極々一部の人に振舞っているのだ。

 

「捨てるっていうから、土下座して貰ったの。それ以来、無くなりそうになったら、貰ってる」

 

「それ…お店で振舞っていいの?」

 

「だからうちでは、後ろにレプリカってつけて出してる。可能な限り近付けたってだけという体で」

 

「たしかに幸せになれるって言ったら、そうなんだろうけど…」

 

「たしかに、価値が分からないのは、教授だけね…」

 

俺は笑いながら、持っていた手提げから、お菓子を出す。

 

「はいこれ、オランジェット。本当はもっとリキュールとか効かせたいけど、システィーナが酔うから、弱めに作った」

 

どうせ、この人にとっての粗茶だ。

間違えなく振る舞うの想定して、持ってきたのだ。

 

「…う、美味い…!」

 

「ん〜!砂糖漬けのオレンジの酸味と甘み、チョコの苦味が、絶妙〜!この紅茶とよく合う〜!」

 

「美味しいけど…負けてる…!圧倒的女子力…!」

 

少しリラックスしたところで、本題だ。

 

「さてと…発明品の説明の前に、君達は今のこの国の現状をどう思う?レザリアとの緊迫状態。戦術的有為ではあるが、それもいつまで持つか…?」

 

(あかん…。コイツ、性根は意外にマトモだ)

 

(性根がマトモで、しかも優秀な人材だから、クビに出来ないんだわ…)

 

(多分有り余る才能と熱意が、空回っちゃって、明後日の方向にいってるんだね…?)

 

この人は意外だが、根っこはマトモだ。

だけど、油断することなかれ。

 

「はいはい、貴方のその無駄に崇高な思想は分かりました。で?何作っちゃったの?」

 

「今必要だと考えたのは…正義のヒーローだよ!!!」

 

(あかん…。やっぱりマトモじゃなかった…)

 

(性根はマトモでも、根源はマトモじゃなかった…)

 

(明後日の方向どころか、斜め上に行って、そのまま飛んで行っちゃったんだね…)

 

「そこでこれだ!」

 

そうして取り出して先生に手渡したのは、何やらゴツいバックルのついたベルトだ。

 

「その名も【仮面騎士の魂(ナイツ·オブ·ソウル)】!これをつけると、正義のヒーロー【仮面騎士カイザーX】になれるのだ!!」

 

「はぁ…」

 

思わずため息しか出ない。

相も変わらず、才能の無駄使い。

ある意味これが、アイツらの手に墜ちてなくて良かったよ…。

こんなのが敵として出てきたら、悪夢だ。

 

「説明しよう!これは特定の呪文とポーズで、起動する錬金術の応用だ!剣と鎧を高速錬成して、即装着!身体能力と防御力を向上させ、剣の切れ味は鋼鉄をバターのように切り裂けるのだ!」

 

「いや、無駄にすげぇな!?」

 

「ただ、魔術は使えない」

 

「ダメじゃねえか!?このご時世に、思いっきり逆行してるじゃねぇか!?」

 

「どっかの誰かさんは、魔術起動の完全封殺が出来るよね?」

 

「俺とこれを一緒にするな!」

 

「うるさい!何が魔術だ!ヒーローとは正義!正義とは騎士道だ!かつての騎士道を取り戻せ!」

 

「ツッコミどころが多すぎて、どうすればいいか分からねぇ!!付き合ってられるか!」

 

先生が手に取ったベルトを置こうとして、何故か手放さない。

 

「…先生?」

 

「何だ…?これから手が離れねぇ…!?」

 

「ふふふ…岩に刺さった聖剣は、選ばれし者にしか抜けない。…これもまた然り!どうやらグレン先生は、それに選ばれたようだな!実はそれ、触れた者の変身適合率を自動計算、適合すれば絶対に手放せないように【祝福(ギフト)】があるのだ」

 

「これは【祝福(ギフト)】じゃねぇ!!【呪い(カース)】だ!!!」

 

何て無駄に…高性能…!?

 

「これを解呪出来るのは私だけだが…さあどうする?」

 

「くそぉ…!?最早選択肢が無い気が…!?」

 

「先生…もうやって帰りましょう。今まで一応死人は出てないらしいですし…」

 

システィーナ疲れたように言うが、疲れるのはここからだぞ?

 

「死にかける事はザラだぞ?主に精神的に」

 

「知りたくなかった!!!その情報!!!」

 

そうして先生に教授による、変身講座が始まった。

さて、そういう訳で俺達は暇なので

 

「はい、おかわりどうぞ」

 

「ありがとう、アイル君♪」

 

「流石ウェイター…仕草が様になってるわね」

 

紅茶を飲みつつ、持ってきたオランジェットを摘んでいた。

紅茶が苦手な俺でも飲める、数少ない紅茶だ。

…うん、オランジェットもいい出来だ。

 

「本当は紅茶だし、オレンジジャムとスコーンの方がいいんだけどな…持ち運びには向かないし」

 

「わぁ!それも良さそう!」

 

「持ち込む前提なのね。しかし…本当に美味しいわね、これ」

 

「簡単だし、レシピ教えよっか?」

 

「うん!知りたい!」

 

ほのぼのと、学生らしい会話をしていた。

後ろのカオスに目を背けて。

 

「『瞬、転ーーーッ』!」

 

突然後ろから、眩しい白い光が輝き出し、その姿が見てる。

 

「おお…!どんなエキセントリックな格好が出てくるかと思えば…!」

 

「まるで英雄譚に出てくるみたいな騎士ね…!」

 

「先生!かっこいいですね!」

 

「なんか…男心くすぐるかっこよさだな…」

 

何か…ずるいな…!

俺もしたいな…変身!

不覚にも、そんな事を思う。

 

「さてと、後はテストだけだ!とはいえ、そんなホイホイと平和が乱れる様な事態が発生しない。そこでだ…」

 

おっとぉ…急に雲行きが怪しくなってきたぞ…。

 

「という訳で、こういう時を想定して作った、【悪の軍団人形】を召喚しよう!」

 

「どういう時を想定してんだよ!?お前暇か!?つーか試したいなら、普通に戦闘用ゴーレムで良いだろが!!」

 

「ほう…そんな事を言っていいのかな…?もし君が放棄すれば、私の軍団が生徒達に…」

 

「おい!俺の生徒達に手を出す」

 

「【服を溶かす液】を、かけることになるが?」

 

「「いいぞ、やっちまえ」」

 

「アイル君?」

 

「ごめんなさい」

 

「って!いい訳無いでしょう!」

 

ポチッ!

 

「「「「…あ」」」」

 

怒ってテーブルを叩いたシスティーナだったが、なんとその下に召喚ボタンがあったのだ。

そうして、生徒で賑わう中庭に出現した悪の軍団は、宣言通りの液をかけ出す。

瞬く間に中庭は、肌色だらけになる。

…男子の肌だが。

 

「「なんでだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!?」」

 

「アイルクン?」

 

何故に男だけ!?女も狙えよ!

 

「ふ、私は紳士だぞ?予めそういう風にプログラミングしているのだ。…それに女子を狙えば、ツェスト男爵が出てくると…面倒だろう?」

 

「クソ!正論すぎて何も言えねぇ…!」

 

思わず俺達は頭を抱える。

クソ…!こうなるって分かってたはずなのに…!

 

「アルタイルはここにいろ!下手に動かれると、被害だデカくなる!こうなりゃ…やるしかねぇぇぇ!」

 

そうして先生が、ウィンディを助けに人形相手に大立ち回りをしだした。

しかも、ノリノリで必殺技とかつけて。

後日、ベッドでゴロゴロする羽目になりそうだな…。

 

「先生って…実は気に入ってるのかしら?」

 

「まあ、変身に興奮しない男子はいないよな。俺もだし」

 

「アハハ…男の子だねぇ…」

 

そうして切られた人形は爆散して消えていく。

 

「無駄に凝ってるわね!?」

 

「当然だとも!こういうのは大切だろう!これだけで3年はかかった!」

 

「無駄な努力すぎる!?」

 

その無駄に凝った無駄な演出は、何故か幻想的な風景で、まるで絵本の世界が飛び出した様な感じだった。

そんな光景は

 

「か、仮面騎士様…!///」

 

ウィンディをときめかせるには、十分だったらしい。

 

「え?いいのかあれで?」

 

「いい訳ないでしょう…」

 

「完全に恋する乙女の目だね…」

 

そして、グレン先生が全ての人形を片付けて、ウィンディを起こす。

そのまま何やら、歯が浮くようなキザったらしいセリフで、ウィンディと話す先生。

そのあまりにも美しく、滑稽すぎる寸劇に

 

「な に こ れ?」

 

「目眩がする…」

 

「あ、あはは…同じく…」

 

俺達は目眩が堪えきれず、頭を抱える。

 

「あんた史上、最低最悪の…あれ?」

 

いつの間にか、オーウェル教授がいなくなる。

何だろう…凄く、嫌な予感がする…!

外を見ると、いつの間にか真っ黒な鎧姿に変わった、オーウェル教授がウィンディを人質にしていた。

しかし、その数分後には先生にボコボコにされている。

 

「騎士様…!素敵…!///」

 

それを見ても尚、トキメキが止まらないウィンディ。

 

「あの凄惨なリンチを長々と見てもなお、そんな事言えるのか…?」

 

「ウィンディ…本気で大丈夫?」

 

「恋は盲目だね…」

 

そんな時、急に音が鳴りだし

 

『『後30秒デ、自爆シマス』』

 

急にやばい事言い出した。

 

「…おい、これはなんだ?」

 

「フッ…自爆は男のロマン。【仮面騎士】シリーズには全て、搭載されている」

 

「…で?何か俺のも起動してるんだが?」

 

「…あ、本当だ。おそらくこれと同じものをつけてしまってるので…てへぺろっ」

 

「「「…」」」

 

「ああ!待ってくださいまし!騎士様!騎士様ぁぁぁぁ!!」

 

俺達は黙って撤退を選んだ。

ウィンディを抱えて、猛ダッシュ。

そして後ろでは大爆発。

 

「ふざけんなぁァァァァァァァ!!!」

 

先生の悲鳴を背にして、俺達は走り出す。

そうして、先生達は自爆したのだった。




おまけ

「はぁ…騎士様…きっと貴方はまだ…」

「ウィンディ、未だにあのままなの?」

「今、タネ明かししたらどうなると思う?」

「アイル君!?絶対にダメだよ!?フリじゃないからね!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宮廷魔導師アルバイター、リィエル

アルタイルのバイト先を、明言してませんでしたね。
基本学院内のバイト、たまに日雇いのバイトです。
1番の収入源は、オーウェルの手伝いという、最悪のジレンマ。
それでは、よろしくお願いします


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「却下」

 

「アイル君。そこをなんとか…!」

 

「断固拒否」

 

ある日の放課後、俺はグレン先生を含む、いつものメンバーに捕まっていた。

その理由は…

 

「リィエルにバイトさせるのはいいと思うけど…」

 

そう、先月うちに編入してきたリィエルだが、この間の白金魔導研究所の一件で、やっとクラスの仲間として受け入れられた。

しかし、今度は別の問題が浮上した。

 

「社会勉強の為っていうのは、大事だと思うけど、いきなり接客業はちょっとキツイんじゃないんですか?」

 

「やっぱりそうよね…」

 

「うぐっ…」

 

そう、社会不適合という問題が。

要するに世間知らずなのだ。

編入して数々の問題を起こしているリィエル。

その始末書を書いているのが、グレン先生だ。

そのペースはというと、ベストセラー作家ぐらいヤバいらしい。

しかも書けば書くほど、金が減る鬼畜仕様。

泣けてくるな…。

そこでうちのレストランで、バイトをさせようという魂胆らしいが、うちは今募集していない。

というか、こんな地雷は勘弁願いたい。

 

「…まあ、丁度学院内のバイトに行く予定だったので、一緒に来ますか?」

 

「ッ!?いいのか!?」

 

「力仕事で、結構大掛かりな仕事だし、人手は多いに超したことは無いと思いますよ」

 

そうして連れてきたのが

 

「急にすみません、セシリア先生」

 

「いいえ、たしかに人手は欲しいので、気にしないで下さい」

 

「本当にすんません、セシリア先生」

 

保健医であるセシリア先生が管理する、薬草畑だ。

俺達男子組+リィエルは、畑の土起こし。

女子組が、苗を植える作業だ。

これならリィエルでも、監視さえしとけば何とかなるだろ。

 

「リィエルの為とはいえ、何で私達も…」

 

「まあまあ、システィ」

 

「小遣い稼ぎだと思えって」

 

俺とルミアが宥めながら、作業を続ける。

 

「そういえばさっき聞いたけど、ルミアもバイトしてたんだって?」

 

「あ、うん!家庭教師のバイトしてたんだよ」

 

なるほど…ルミアが家庭教師…。

何それ、最高じゃん。

そしてきっと無垢な子供達の心に、無自覚に初恋を抱かせるのだろうな…!

 

「アイル。多分私と同じ事考えたわね」

 

「こんな包容力溢れるお姉さんに、出会ってしまった子供達…。恋しない訳が無い」

 

「そんな彼らはルミアへの恋心をきっかけに、大人の階段を一歩登る…」

 

「「ルミア…!恐ろしい子…!!」」

 

「2人共、何考えてるの!?」

 

などと下らないやり取りをしながら、仕事を進める中、リィエルは黙々と続けていた。

鍬二刀流という、新ジャンルを引っさげて。

しかし、根は真面目なリィエル。

黙々と仕事をこなすその様子は、皆から信頼されるには十分だった。

そんな中、セシリア先生から休憩を言い渡された。

 

「私が奢りますよ?私の最後の、ティータイムかもしれませんし…ふふ♪」

 

「「やめてください、シャレになりません」」

 

俺とシスティーナが、同時にツッコんだ。

本当にマジで、この人の場合シャレにならんでな…。

そんな中

 

「私はまだやれる」

 

そう言ってリィエルが辞めなかったので、先生に監視を任せて、俺達は休憩をする事にした。

この時、気付くべきだった。

グレン先生が、油断しきっていたことに。

 

「なんじゃこりゃあ…?」

 

休憩から戻ってきた俺達が見たのは、一面耕された畑。

やらなくていい所までやってあるよ…。

 

「…ゴフゥ!!!」

 

「「「「「「「せ、セシリア先生ーーーー!!!」」」」」」」

 

あまりの惨状に、血を吐いてショック症状を起こすセシリア先生。

 

「おい、これマジでやべーぞ!!!?」

 

「誰か保健医呼んできて!」

 

「それこの人!!」

 

「「「「「そうだったーーーーー!!!!?」」」」」

 

「る、ルミア!!貴女の出番よ!!!?」

 

「ま、任せて!!!?何とかしてみる!!」

 

「マジで今回が、最後のティータイムだったか…」

 

「「現実逃避してないで手伝う!!」」

 

 

 

 

「さて、第1弾が成功したところで!」

 

「あれを成功とみなすの…?」

 

「してねぇだろ、あれ」

 

「うるせぇ!白黒コンビ!何としても金を稼いで貰わねぇと、生活出来ねぇんだよ!」

 

「「誰が白黒コンビだゴラァ!!」」

 

「ま、まあまあ2人共…」

 

おい、思いっきりピンハネする気満々だったんかい。

まあ、今回はリィエルのせいでもあるし…見逃すか。

今日のバイトが無くなった俺は暇なので、リィエルの社会勉強に付き合う事にした。

そんな俺達がいるのは、学生に人気の喫茶店【アバンチュール】。

俺もルミア達とたまに利用する店だ。

 

「ここでウェイトレスだ!」

 

「だから、リィエルに接客業は早いですって」

 

「だがな、ここ時給が破格なんだよ」

 

そう言って先生に見せられた、求人のポスターを見ると、たしかに破格な時給をしている。

同じく覗き込んだルミアが、驚いたように呟く。

 

「これって最低賃金ですよね…。何か信じられないなぁ…」

 

「ここの店な、制服が凝ってて有名なんだよ。しかも従業員も店長のお眼鏡に適った奴だけ。その見た目で時給や特別賞与が決まるらしい…」

 

あまりの内容に、頭が痛くなる。

ていうか…俺、入れねぇんじゃね?

 

「…何そのフェミニストや、女性団体に非難轟々な店…世も末だわ」

 

「…先に言うけど、流石に男で一括りにはされたくないな…」

 

「アハハ…」

 

そんな訳で面接したのだが、流石に3人共、最高待遇で一発採用。

意外だったのが、俺もすぐ採用だった事。

店長曰く

・たまたまキッチンが人手不足だった事。

・経験者である事。

・女性受けのいいルックス。

の3点で受かったらしい。

まあ、男だし最低賃金なのだが。

そういう訳で着替えたぞ。

白衣に黒のスキニーパンツ、白のエプロンにコックシューズとコック帽。

まあ、典型的なコックさんだな。

 

「先生。ドヤ!」

 

「お!似合ってるじゃねぇか!様になってるぜ!」

 

「ど〜も!」

 

まあ、相手が先生とはいえ、褒められのは、素直に嬉しい。

そのまま女性陣を待つこと数分。

 

「…ん。着替えた。どう?」

 

まず最初に出てきたのはリィエルだ。

フリルの付いたエプロン、カチューシャ、スカート。

要所要所に飾られたリボン。

一見可愛いらしさと華やかさの印象を与えるが、それだけじゃなく、貞淑かつ清楚さも感じさせる。

まさにデザイナーの間違った執念が産んだ、間違った奇跡の逸品だ。

 

「お!よく似合ってるぜ!リィエル。いい意味でお人形さんみたいだな!」

 

「おーおー!馬子にも衣装だな」

 

リィエルが着ると、精巧な人形みたいな雰囲気を醸し出す。

 

「まあ、実際に働くリィエルが着るのは当然として…なんで私達まで着ないといけないのよ!」

 

「まあまあ…システィも今月は厳しいんでしょ?頑張ろう?」

 

現れたのは、怒ってるシスティーナとそれを宥めるルミアだ。

2人共同じく服を着ているが、それぞれ雰囲気が違う。

システィーナは品の良さを感じる、綺麗だ。

ルミアは華やかな愛らしさを感じる、可愛い。

 

「おいおい、システィーナ。せっかく似合ってるんだ。仏頂面はやめとけよ。あとルミアは…可愛すぎる。テイクアウトで」

 

「ありがとう。後、ルミアは非売品よ」

 

思わずポロッとでた言葉がかなりヤバかった。

俺が悪かったから…その絶対零度の視線は止めてくれ…!

 

「ふぇっ!?///その…アイル君になら…!///」

 

「ルミアも同意しない!ほら、始めるわよ!」

 

そうして俺達のバイトが始まった。

 

 

 

さて、どうなったかと言えば

 

「いらっしゃいませ、お客様。ご注文はお決まりですか?…かしこましました。すぐお持ち致しますね」

 

ルミアの心からの笑顔で、客は癒され

 

「アイル!オーダー!15番さん、ローストビーフと、リマノフ海老のフリッター!7番さん、ジャガイモのミートパイ2つと、オススメサンドイッチセット2つと、コーヒー2つ!…え?お会計の人手が足りない?分かりました!入ります!」

 

システィーナが効率よく、仕事を捌き

 

「OK。これ3番さん。8番さんは後少し。14番さんまだ?OK、盛り付けはやっときます。あ、店長、味付けこれでいいです?…ありがとうございます。…ホールが足りなさそうなので、行ってきます」

 

アルタイルが経験をフルに活かして、キッチン、ホール共に上手く回している。

3人共それぞれ、最初こそ慣れなさと勝手の違いに戸惑いはしたものの、各自すぐに慣れて、まるでベテランのように立ち回る。

そして肝心のリィエルはというと

 

「苺タルトをバカにするの…?」

 

「ストォォォォォォォォプ!!!?リィエル!こっちに来ようね!?ルミア!ヘルプお願い!アイル!最優先!」

 

「も、申し訳ありません!お客様!あの子まだ不慣れでして…!」

 

「お待たせ致しました!こちらナポリタンです」

 

システィーナ達のフォローあって、辛うじて何とかなる程度だった。

その後も

 

「ゴラァァァァァァ!!リィエル!!それはお前のじゃない!!食うなぁぁぁぁぁ!!!」

 

「り、リィエル!!お皿はもっと優しく扱わないと!?…あ、ああ…また割っちゃった…」

 

「あああ!?リィエル!!貴女がさっき渡したのセルト銅貨じゃなくて、リル金貨じゃない!!今すぐ取り返してこないと…!!」

 

「す、すみません、お客様!ほら!リィエルも一緒に謝って!!まさか転んだ拍子に、料理がお客様の頭にかかるなんて…!!」

 

「だからそれはお前のじゃねぇって言ってんだろ!!リィエルゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

あまりの惨状に

 

(何故俺は接客業を選んだ!!!?)

 

頭を抱え、机につっ伏すグレン。

コーヒー1杯で居座る、傍迷惑な客になるグレンなのだった。

色々やらかすリィエルだが、まだ辛うじてドジっ子で済む範囲であり、経営が傾く程じゃない。

そうなりそうだったとしても、システィーナ達がギリギリでフォローしていた。

しかしフォローする3人はというと

 

「「ゼー…ハァー…ゼー…ハァー…」」

 

「…ピーク時の…【サザンクロス】より…キツイ…」

 

すっかり虫の息になっていたのだった。

 

 

 

 

慣れてくれば、流石のリィエルもミスが減ってきた。

店長曰く、リィエルのミス分を遥かに上回る収益らしい。

まあ、ルミア達いるし当然か。

ただ、今日はいつもより女性客が多いらしい。

何でだろうな?

 

「きゃあ!」

 

ッ!?何だ!?

ルミアの悲鳴が聞こえたので、手を止めて確認すると、ルミアとシスティーナがチンピラに絡まれてる。

 

「…店長、あの場合荒事は?」

 

「許可する」

 

それはご機嫌だ。

俺はすぐに厨房を出て、一気に近づく。

ルミアとシスティーナを掴む手を掴みあげ、思いっきり捻じる。

 

「「いててててて!!」」

 

「「「「「なっ!?」」」」」

 

「2人共、無事?」

 

「アイル君…!」

 

「あ、ありがとう…」

 

2人共、涙目で震えている。

あぁ…怖かったように。

俺は安心させるように、笑いかける。

 

「大丈夫だ。俺がいるからな?」

 

俺は思いっきり手首の関節を外す。

 

「「ぎゃあァァァァァァ!!」」

 

「うるせぇ。黙れよチンピラ共。失せろ。さもなければ…ブタ箱にぶち込むぞ」

 

殺気をぶつけて、怯ませる。

その殺気にビビって逃げていこうとするソイツらが、突然別の理由でいなくなる。

 

「…ルミアとシスティーナをいじめるなら、許さない」

 

「…終わったな。あらゆる意味で」

 

殺気が一気に霧散する。

そうして始まる、リィエルVSチンピラ共の大乱闘。

いつの間にか、止めようとしていた先生まで、乱闘騒ぎに参加してるし。

全てを諦めた俺に出来るのは、震えるルミア達を励ます事と、安全かつ素早くお客様を避難させる事だけだった。

 

 

後日、【アバンチュール】にて。

 

「〜〜〜〜〜ッ!!!」

 

「あ、アイル君…落ち着こう…ね?」

 

「ムリ…腹が…アハハハハハハハ!!」

 

俺が大爆笑してる原因は、被害金額分ここで働く事になった、グレン先生。

…ご丁寧に、ルミア達と同じ服で。

 

「何でアルタイルが良くて、俺がダメなんだよ!!!?」

 

「俺は店長から、許可があったから」

 

「ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

周りには、2組の連中もいる。

もう皆、抱腹絶倒。

マトモなのは、ここにいる三人娘だけだ。

 

「あ〜!笑った!笑った!」

 

「アハハ…。ねぇ、アイル君。あの時…凄くカッコよかったよ?///」

 

「そうね、たしかにカッコよかったわ。ありがとう」

 

「ッ!?///お、おう…///」

 

急に褒めてくるので、こっちまで恥ずかしくなってくる。

クソ、顔が熱い…!

 

「あら?照れてるのぉ?」

 

ニヤニヤしながら、俺をからかってくるシスティーナ。

カッチーン。

 

「ほう…?俺をからかうとはいい度胸だな?…明日の朝、覚えておけよ?」

 

「…お、お手柔らかに…」

 

「アハハ…2人共…」

 

そんな俺達をよそに

 

「…美味しい」

 

リィエルはリスみたいに、苺タルトを頬張っていたのだった。

ちなみにシスティーナは後日、シバいた。




おまけ

「…うちもあれくらい派手な制服の方がいいかな?」

「アイル君のところの制服はシンプルだもんね」

「女性スタッフもパンツルックだしな。ルミアなら問題なく似合うだろ。システィーナが着ると…男装?」

「どこを見ながら言ってるのかしら?…ブッコロス!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

任務に愚直すぎる男、アルベルトの落とし穴

実はアルタイルとベガは、その名前の由来にちなんで、7月7日を誕生日としていたのですが、この話を読んでからルミアの誕生日を調べたところ、同じでしたね。
…これ、本当に知らなかったんです。
いや、本当に。
それでは、よろしくお願いします。



これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

ある日の朝のこと

 

「おはよう…ふぁ〜あ…」

 

「おはよう、アイル君!眠そうだね?」

 

「ちょっとな。おはよう、システィーナ、リィエル」

 

「おはよう、アイル。もっとシャキッとしなさい!」

 

「ん。おはよう」

 

いつも通り、噴水前で待ち合わせた俺達はいつも通りに、先生を待つ。

 

「アイル…首尾は?」

 

「上々。ウィンディに頼んで、持ってきてもらう手筈だ。そっちは?」

 

「問題無しよ」

 

俺とシスティーナはルミアの死角で、コソコソと話す。

俺が寝不足の原因にも関係する事だ。

 

「お〜す…お前ら早いな…ふぁ〜あ…」

 

あ、グレン先生が来た。

 

「おはようございます!先生!」

 

「おはようございます。…俺より眠そうですね」

 

「もう!先生まで!シャキッとして下さい!」

 

「ん。おはよう、グレン」

 

俺達は毎日恒例のやり取りをして、登校する。

 

「そうだ!2人共、実は私、お弁当作ってきたんです!お昼一緒にどうですか?」

 

お!ルミアの弁当か!

 

「じゃあ、ご相伴に預かろうかな。楽しみにしてる!」

 

「ありがてぇ!」

 

「そりゃあ、先生はずっとシロッテの枝ですしね。何日ぶりのまともな飯?」

 

「うるせぇ!」

 

俺が先生をからかって、先生が怒る。

そんな俺達を、それぞれ呆れたように、楽しそうに、相変わらずのボーとした目で見る、三人娘。

そんな当たり前の平和な日常。

それを見る存在がいる事に、俺は気付いていなかった。

 

 

午前中の授業が終わり、やっとこさ昼飯。

だったのだが…

 

「うぅ…皆、ごめん…」

 

「まあまあ、そういう事もあるって!」

 

「そうだぜ!まだ勉強中なんだろ?」

 

すっかり落ち込む涙目のルミアを、俺と先生が必死に励ます。

その様子を見ていたシスティーナが、呆然と呟く。

 

「まさかルミアが、砂糖と塩を間違えるなんて、ド定番を起こすなんて…」

 

そう、実はミートパイに使う塩と、プリンに使う砂糖を逆に使ってしまったのだ。

 

「ルミアのお弁当、変。ミートパイが甘くて、プリンが塩っぱい」

 

「うぅ…」

 

「「お前はちょっと歯に衣着せろ!」」

 

俺と先生がリィエルの頭に、軽くチョップを落とす。

 

「俺だって同じ事してるし!何だったら、フランベしすぎて、天井焦がしたりとか!色々してきてきてるから!」

 

「それはそれでヤベェな」

 

俺は自分の失敗談を、冗談めかして披露する。

先生のツッコミは無視だ。

 

「…アイル君。待ってて。このままなんて…私のプライドが許さない!」

 

「…!おう!次に期待してるぞ!ルミア!」

 

「うん!次は最高のお弁当を用意してみせる!!」

 

…うん、とりあえず乗ってみたけど、すごい熱意だ。

なんせ目と背後に炎が見てるくらいだ。

 

「ねぇ、システィーナ。2人は何してるの?」

 

「リィエル、見てはいけないわ」

 

「お前達、腹減ったんだが?」

 

何だよ、ノリ悪いな。

後システィーナ、俺達を不審者扱いするな。

そんな訳で、1歩出遅れて食堂についたのだが。

 

「やべぇ…すげぇ人。えっと…先生とリィエルはいつも通り?」

 

「おう、頼むわ。俺達は席取ってくる」

 

「ん、よろしく」

 

そう言って、2人が人混みに紛れていく。

 

「…システィ、そんな目をしてもダメだよ?」

 

「な、何言ってるのよ!?///…そういうルミアは、何か嬉しそうね!どうしてかしら〜?」

 

「え!?///えっと…!///」

 

後ろで何やら騒いでるし。

何してんだが…。

無事料理を注文し、先生達が確保した席でメシを食べている時、何やら厨房が騒がしい。

何事かと様子を伺うと、何やら若い料理人が、とんでもない事をしていた。

 

「…あんなギャグ小説の技を、実践させてるのか…!?」

 

もはや呆れるしかない。

 

「はぁ…いいなぁ。私もあれくらい、料理出来たらな…」

 

「いや、あれは真似したらいけないから」

 

そんな見当違いな羨望を向ける、ルミアの様子を伺う。

 

(…気付いてはいなさそうだな)

 

そしてそんな俺の様子を、コソッと観察システィーナ。

 

(…気付いてはいなさそうね)

 

 

 

そして放課後。

 

「悪いな、ルミア。手伝わせちゃって」

 

「ううん、気にしないで!」

 

((ここで時間を稼がないと…!))

 

俺達は今、リゼ先輩の手伝いをしている。

実は今日このタイミングに、予めこっちがお願いしていたのだ。

俺は少しでも時間を稼げるように、わざとスローペースで仕事をこなしていた。

…そろそろか。

 

「先輩、次はありますか?」

 

「…いや、もういいですよ?お疲れ様です」

 

「「お疲れ様です」」

 

俺達はカバンを取りに教室に戻る。

そして戻った瞬間…

 

パンッ!!!

 

「「…え?」」

 

そこには打ち合わせ通りのケーキやお菓子やジュースと、一斉に鳴らされたクラッカー、そして垂れ幕がかかっていた。

ただし、文字が聞いてたのと違う。

 

『アイル&ルミア!誕生日おめでとう!!!』

 

「…やられた。俺もハメられてたって訳か」

 

「そ、そんな事って…!?皆揃って、私達を欺いてたの!?」

 

ていうか、もう1つケーキがあるし。

そんなどこか気が抜けていると、突然窓が破られ、何者かが侵入してくる。

俺は咄嗟にルミアを庇い、身構えるが

 

「全員、動くな!」

 

その鋭い声に聞き覚えがあって、唖然としてしまった。

誰もが固まる中、1番復帰したグレン先生が、その闖入者に尋ねる。

 

「…何してるんだ、アルベルト?」

 

そう、突然乱入してきたのは、アルベルトさんだった。

当の本人は、状況が飲み込みきれてないのか、油断なく指を構えたまま、睨んでいる。

 

「…これは…どういう事だ?」

 

「いや…白猫主導の、サプライズパーティーだが?アルタイルも騙してたが」

 

「…システィーナ=フィーベル、復讐とは?」

 

「復讐!?去年私がやられたので、仕返しにやり返そうとはしましたけど…」

 

「…ウインディ=ナーブレス。後始末とは?」

 

「こ、ここの片付けの事ですわ!ナーブレス家の使用人達にお願いしてあるんですの!」

 

しばらく黙り込んだと思ったら、指を下げてドアへと向かう。

 

「…ふっ。邪魔したな」

 

そう言って姿を消したのだった。

 

「…何なの?」

 

「…何なんだろうね?」

 

 

 

 

「あ〜…まさか俺まで騙される側だったなんて…」

 

「アハハ…ケーキまで作ってたから、仕掛け人側って思うよね」

 

俺とルミアは夕焼けの帰り道を歩く。

なんでもリゼ先輩も仕掛け人だったらしく、仕事もこうなる様に調整してあったらしい。

…本当に、デキる人だよな、あの人。

そんな事を考えながら話していると、いつの間にかフィーベル邸の前の通りまで来ていた。

 

「…アイル君。これ!」

 

そう言ってルミアが2つの小包をよこす。

 

「これは…」

 

「うん、プレゼント。青いリボンがアイル君で、赤いリボンはベガちゃん」

 

「ベガの事まで知ってたのか…」

 

そう、実はルミアと俺は誕生日が一緒なんだが、ベガも俺と同じ日に産まれているのだ。

なんとも、不思議な話である。

 

「ベガちゃんのは、3人で選んだけど…あ、アイル君のは…私が選びました!///」

 

「…ありがとう。俺達からもこれ」

 

そう言って俺も2つの小包を渡す。

 

「俺とベガからそれぞれだ。受け取ってくれ」

 

「…!うん!ありがとう!じゃあね!///」

 

そう言って、ルミアは踵を返す。

俺もフィーベル邸の敷地内に入ったのを確認して、帰り道を急いだ。

 

 

その夜、ルミアに貰った小包を開けると

 

「…ハンドクリームか…」

 

中から、綺麗な缶に入ったハンドクリームが出てきた。

俺はそれを少しとり、手に塗り込む。

 

「…いい香り」

 

そう呟きながら、こう思っていた。

…ダブっちゃったな〜。

 

 

 

アイル君から貰った小包。

中を見ると

 

「ハンドクリーム?」

 

可愛らしい缶に入った、ハンドクリームが入っていた。

私は少しとり、手に塗り込む。

 

「いい香り!…でも、何処かで…?」

 

嗅いだことがある匂いに、不思議に思う。

 

「あら?ルミアそれは?いい香りね」

 

「あ、システィ。アイル君から貰ったの!」

 

「ふーん…あら、これ。アイルが使ってる香油と同じ香りね。たしか…チェリーの花の香り」

 

アイル君と…同じ?

 

「システィ。何で知ってるの?」

 

「前に朝練の時、使ってるのを見たのよ。その時香りも嗅がせてもらったの。初めての香りだったから覚えてるわ。それにしても…自分の使ってるものと同じ香りのものを、渡すなんて!アイツも大胆ね」

 

たしかに…!

まるで、アイル君の所有物って言われてるみたいな…!///

って、何考えてるの!?はしたないよ!!///

 

「顔真っ赤よ、ルミア!そんなに嬉しかった?」

 

「し、システィ!からかわないで!!///」

 

私はこれ以上からかわれないように、自室に逃げ込む。

 

「…ッ!うぅ〜!!///」

 

耐えきれず、私はベッドに顔を埋める。

しっかりと貰ったハンドクリームを握り締めながら

 

「やっぱり私は…!///」

 

彼の事を想うのだった。




おまけ

(あぁ〜!キモかったかな〜!!///俺なんであんなもの〜!!)

「兄様?どうしたのでしょうか?」

「男の子ですね…あなた」

「そうして成長してゆけ、アルタイルよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

貴方と私の忘レナ草

アルタイルは基本的にはツッコミ要因。
でもたまにボケます。
真顔でボケる人です。
人を弄るのは大好きです。
それでは、よろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「平和だね〜…こういう日が続けばいいのになぁ…」

 

「先生、知ってます?そういうのを…」

 

キャアァァァァァァァァァ!!!

 

「…フラグって言うんですよ?」

 

廊下に響き渡る女子の悲鳴。

何やら冗談では無く、ガチの悲鳴だ。

 

「はぁ…分かってんだよ!そんな事!」

 

俺と先生は声の方へと、走り出す。

何やら女子達が大騒ぎしている部屋に、入り込む。

その先には

 

「し、白猫…?」

 

「…システィーナ?」

 

「嫌!イヤァァァァァ!!来ないで!近寄らないで!!」

 

恐らく着替えの最中だったのか、半裸のシスティーナが、部屋の隅で震えている。

…しまった…ここって女子更衣室か…。

たしかに俺達、錬金術の授業してたもんな…。

いや、そこはもういい、諦めた。

それより、目の前の緊急事態だ。

 

「貴方達、誰なの!?来ないで!ここはどこなの!!」

 

「アイル君!先生!システィを助けて下さい!」

 

俺は、泣きそうな顔で助けを求める半裸のルミアの肩に、俺の制服をかけながら尋ねる。

 

「ルミア、何があった?」

 

「分からないの!次の授業の為に着替えてたら、急に…!」

 

「システィーナ、ロッカー開けたらおかしくなった」

 

リィエルの言葉を受け、先生が中身を確認すると

 

「これは…【忘レナ草】!?白猫の奴、コレの香気に吸ったのか…!?」

 

忘レナ草って…この間言ってたヤツか!?

とにかくまずは、大人しくさせないと…。

 

「…大丈夫だ、俺はお前の味方だ。ここにお前を傷つけるような奴はいない」

 

先生が、両手を広げながら優しく近づき、目線を合わせる。

俺も似たようにしながら、システィーナを優しく見つめる。

…少し、悲しいがこうするしかないかな。

 

「初めまして。俺はアルタイル=エステレラ。皆からはアイルって呼ばれてる。よろしくね?」

 

出来るだけ、小さい子供を相手するように、心がけながら接する。

 

「…は、じめ…まして…」

 

「うん。いい子いい子。さぁてお嬢ちゃん、こっちを注目!」

 

おどけながら、先生の手を指さすと、突然先生の手から1輪の花が出てくる。

 

「お近づきの印にどうぞ、お姫様」

 

「…え?」

 

驚きのあまりポカンとしながら、花を受け取るシスティーナ。

 

「さっきも言ったが、ここにお前を傷つける奴はいない。いたとしても、俺達が守る。だから…信じてくれないか?」

 

先生が穏やかに、それでいて真摯に語りかけたおかげか、やっと大人しくなったシスティーナ。

 

「あの…先生、アイル君。システィーナは…?」

 

ルミアの顔色は、見るからに悪い。

それもそうか。

姉妹同然に育った奴から、『貴女、誰?』って言われれば、堪えるよな。

 

「とりあえずは医務室だけど…その前に…」

 

俺は再びホールドアップする。

今度は、無意味と知りながらも、自分の身を守る為に。

 

「ここ…女子更衣室なのな…」

 

そう、俺は来た時から気づいてたから、あまり見ないようにしていたけど、多分同罪だよな。

冷静さを取り戻した女子達のボルテージが、上がってきるのだろう。

何やら…部屋が暑い気がする。

 

「…一思いにやってくれ」

 

「ふっ…かかってこいやァァァァァ!!」

 

俺と先生、対照的な反応だが、行き着いた結末は一緒だった。

 

 

「前にも言った通り忘レナ草ってのは、人の記憶に作用する魔術的効果を持った草だ」

 

そうキリッと話す先生だが、その姿はボロボロ。

さっき、女子生徒達にエグい暴力を受けたのだ。

俺?同じ状況だけど?

…あそこまで酷い目に合うなら、1人くらい覚えておくべきだった。

まあ、それはともかくこの草は特に、人間関係の部分に強く作用する。

その部分を封印…つまり忘れさせてしまうのだ。

 

「じゃあ…システィはずっと…このまま何ですか…!?」

 

「ルミア…元気だして」

 

悲しそうに目を伏せるルミアの頭。

リィエルも心無しか、元気がない。

俺は2人の頭を、優しく撫でてやる。

 

「違うぞ?ちゃんと解毒して、後はきっかけされば、元通りさ。ですよね、先生?」

 

「ああ、今セシリア先生が方陣を…」

 

「グレン」

 

先生の話を切って、医務室に入ってきたのは、手伝いをしていたはずのアルフォネア教授だ。

 

「セリカ。状況は?」

 

「それなんだが…実はセシリアの奴、途中で血を吐いてぶっ倒れたらしくてな…。血まみれの姿で、方陣のど真ん中でぶっ倒れてるのを見た時は、何かの悪魔召喚式かと思ったぞ…」

 

うわぁ…。

容易に想像がつく。

 

「だから、まだ時間がかかる。すまないな」

 

そう言ってアルフォネア教授は、部屋を出ていく。

 

「…まあ、何にせよ、元に戻す手段は分かってるし、目処も立ってる。落ち着け、な?」

 

「うん…。システィ。もう少しだよ?」

 

ルミアがベットにいるシスティーナの手を、優しく握ろうとした時、その手をシスティーナが払い除けてしまい、俺達の袖を握りしめてしまう。

…これは、マズったかな?

 

「システィ…ううん、システィーナ。…それが私の名前…なんですよね…?」

 

「うん…。そうだよ、システィーナ=フィーベル。私の大切な友達。この子はリィエル。何か思い出した?」

 

「ルミア…リィエル…。ううん、 ダメ。何も…何も思い出せないんです…!私、貴女達なんて知らない!怖い…!怖いんです…!」

 

「よーしよしよし。落ち着こうな」

 

また癇癪を起こす前に、先生が宥める。

 

「…先生、システィーナを頼みます。ルミア、おいで」

 

ルミアを少し離れたところに呼ぶ。

別のベットに座らせて、ゆっくりと話す。

 

「…あれの匂いに当てられた奴は、ダウナー気味になっちまう。簡単に言えば、鬱状態だ。今、システィーナにあまり踏み込まない方がいい」

 

俺は出来るだけ優しく、ルミアと目線を合わせながら言う。

そんなルミアの顔は、やるせなさと悲しさに満ちていた。

 

「わかってるよ…!でも…!」

 

「だよな、無理だよな。簡単には行かねぇよな」

 

俺も挨拶した時、結構キタもんな。

ルミアなんて、もっとクるよな…。

俺は俯くルミアの頭を、抱き寄せる。

 

「…大丈夫。治療法は確立してる。だから、落ち着け。俺達もいる。だから…信じよう」

 

「…アイル君…!」

 

静かに泣くルミアの背中を、優しく撫でる。

システィーナも大事だけど、こっちのメンタルも気にしないとヤバいな。

そう思いながら、俺は祈るように背中を撫で続けた。

 

 

その後はルミア達をクラスに返させて、様々な魔術的措置を施されたシスティーナと、俺と先生で学院内を歩き回った。

ショック療法とは言い難いが、少しでも助けになるようにと行ったものだ。

先生のおかげか、徐々に今自分が置かれた現状を、理解しだしたらしい。

ただ…

 

「システィーナが、先生に対して素直過ぎる…」

 

思わず呟く俺。

何かある度に、先生にしがみつくんだよな。

思わずゾワッてする光景なんだよ、これが。

まあ、是非とも普段からこうであって欲しい。

 

「…さて、なるべく記憶を失う前の環境にいた方が、戻りも早くなる。てな訳で、俺の担当クラスの生徒達と一緒に授業を受けてもらう。…大丈夫か? 」

 

「…」

 

やっぱり怖いらしい。

まあ、無理もない。

知らない環境に知らない人。

頼れるのは俺達だけ。

 

「…システィーナ、無理強いはしない。だけど、自分で決めるんだ」

 

「…やってみます」

 

しばらく迷った末に、決意を決めたらしい。

 

「いつまでも、『先生』や『アイル』に、ご迷惑をかける訳には…」

 

「よく言った…偉いぞ」

 

「俺達も側にいる。頑張ろう」

 

先生が頭を撫でると、嬉しそうに、気持ちよさそうに、表情筋を緩ませる。

 

((まるで子猫だな…いや、マジで))

 

 

教室に入った俺たちを待ち受けたのは

 

「先生!ルミア達から話は聞いたぞ!」

 

「システィーナ、大丈夫なのか!?」

 

システィーナを心配するクラスメイト達だ。

彼らが、純粋に心配しているのは分かる。

だけど今はマズイ。

 

「いや…いや…!た、助け…!」

 

今にも爆発しかけた瞬間

 

「いい加減にしろ!!!お前達!!!」

 

「大丈夫だよ…。皆心配してるだけだから…ね?」

 

先生が鋭く一喝する。

俺はシスティーナと目を合わし、出来るだけ優しく頬を撫でる。

 

「…う、うん…」

 

「よしよし。いい子いい子」

 

ふぅ…何とかなった…。

 

「俺達が信じるコイツらを、信じてくれないか?」

 

そう言うと、深呼吸をして俺達からすこし離れる。

やがて決心がついたのか、俺達からそっと離れ、皆と向き合う。

 

「その…ごめんなさい。皆さんの事…誰一人知りませんが…とてもいい人達なんだって事は、何となく分かります。だから…その…こんな私ですが、よろしくお願いしますね?」

 

頭を下げてから、微笑む。

 

((((((あ、あれ…?))))))

 

その時、男子諸君に衝撃が走った。

やれやれ…単純なこった。

 

「はい、よく出来ました。ほれ、苺タルトをやろう」

 

「ッ!?苺タルト!」

 

「リィエルの分もあるから、座ってろ!」

 

俺は対リィエル鎮圧用武器、量産型苺タルトを1つあげる。

 

「…!美味しい!アイルが作ったんですか!?」

 

「まあな。お褒めに預かり恐悦至極」

 

「よーし!お前ら、授業始めるぞ!」

 

先生が俺達に号令をかける。

こうして始まった授業は、システィーナの件も鑑みて、復習になった。

 

「うぅ…難しいな…」

 

だがどうやら、ここ最近の事は、知識であっても覚えてないらしく、珍しい事に中々進まなかった。

しかし、俺が動く前に他の男子達がこぞってかまいだした。

まあ、馴染ませる為にも、放っておく方がいいかな。

 

「良かったね…システィ」

 

「とりあえずは、だな。ルミア、大丈夫か?」

 

「…とりあえずは、かな」

 

ルミアの顔色は未だに良くない。

俺はなんて言っていいか分からずに困っていると、不意に、何かが光った。

その光は真っ直ぐに、システィーナに向かっている。

 

「ッ!?システィーナ!!」

 

俺は咄嗟に結界でシスティーナを守る。

 

「ヒッ!?」

 

「アルタイル!そのまま守ってろ!」

 

そう言って先生が外を確認している。

 

「システィ!?大丈夫!?」

 

「ルミア!今は来るな!」

 

俺は今にも飛び出してきそうなルミアを、来ないように制止させる。

クソ…この事件、やっぱり悪意的なものがあるのか。

 

「先生、見つけましたか?」

 

「いや、無理だ。ポイントがありすぎる。…アルタイル。お前に頼みたい事がある」

 

その頼み事とは…犯人探しだ。

 

 

 

「…そこまでだ」

 

「ッ!?貴方は…!?いつの間に!?」

 

「いつでもいい。今ならまだイタズラで済む。というか、済ませる」

 

「ふん!私はかなりの魔術師一族の出で、歴代最高の実力者と言われる程ですよ!そんな私に貴方のような、一平民が勝てるとでも!?」

 

「…ほう?」

 

「まさに『井の中の蛙大海を知らず』です!行きますよ…!」

 

 

 

「まさに『口程にもない』って奴だな、下らねぇ」

 

「酷い…女の子を殴るなんて…!」

 

「知るか、んな事。テメェが売った喧嘩だろ。顔をぶん殴らなかっただけ、有難く思え。…という訳で、捕まえました。各証拠も、じきにリゼ先輩から届きます」

 

俺はさっき屋上で捕まえた女を、引きずりながら、先生達の前に転がす。

 

「本当に容赦無いよな、お前…」

 

「これでも、俺もかなり堪えてますんで。憂さ晴らしも兼ねてます」

 

しっかし、まさかコイツが犯人だったとはな…

 

「一体どういうつもりだった?【アイシャ=クレジール】」

 

こいつの名は、アイシャ=クレジール。

1年生の中でも、トップクラスに優秀らしい。

 

「お前は模範的な生徒だったはず…どうしてだ?」

 

アルフォネア教授が、静かに尋ねる。

ついに観念したのか、グレン先生を見上げる。

 

「…だって、愛していたんです。こんなに苦しくて苦しくて…でも、遠くから見るしかなくて…。でもアイツは、ずっと側にいて…!」

 

まさか…先生の事が…?

 

「バカ野郎…愛が重すぎるぜ、お前。全く…お前くらいのガキの頃には、熱に浮かされたように、恋しちまう事があるんだ。…学院を卒業するまで、その想いは大切にしまっておけ。その頃には、また違ったものが見えてるはずだ。そんな事もあったから…若かりし頃のいい思い出になるさ」

 

「そんな…!?」

 

切なげな顔をして、駆け出すアイシャ。

ウゼェくらいカッコつけてる先生が、せめて受け止めようと構えたのだが…

 

「愛してます!愛してるんです!お姉様!!!」

 

「キャア!?」

 

「「「「…は?」」」」

 

なんと抱き着いた先は、先生では無く、システィーナ。

なるほど…つまり…。

 

「『学院を卒業するまで、その想いは大切にしまっておけ。その頃には、また違ったものが見えてるはずだ。そんな事もあったから…若かりし頃のいい思い出になるさ』だっけ?いや〜、至言だったねぇ〜、グ・レ・ン・先・生?」

 

「ねぇ、どんな気持ち?今、どんな気持ち?自分に惚れてると勘違いして、格好つけたけど、盛大に外した今、一体どんな気持ち?」

 

今、この場で、最高にイジリ倒すしかない!!!

俺とアルフォネア教授の最高のイジリに、先生が吠える。

 

「だァァァァァァァァ!!!うるせぇ!!!笑うなら笑ぇぇぇぇぇぇ!!!ガチ百合なんて、予想できるかァァァァァァァァ!!!」

 

「「アハハハハハハハハハ!!!」」

 

程なくして、解毒の儀式が施されてしばらくして、記憶が戻った。

ルミアが泣きながら抱きつき、大騒ぎ。

そして結局いつもの光景がそこら中で見かけられる事になるのだった。

しかし1つ疑問、というか疑惑。

アイツ、時々挙動が不自然だけど…まさか覚えてるんじゃねぇか?




おまけ

「アイル君…何か手馴れてたね」

「うん?そうか?まあ、子供に接するみたいに接してただけたけど…。ルミア、何拗ねてんだ?」

「なんでもないよ!」

「んん?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔術学院ワクワク体験学習会

あれ?強引に入れたら滅茶苦茶長いぞ…?
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

魔術学院東館5階。

俺とシスティーナともう1人、ある人にそこにある、学院生徒会室に呼び出された。

 

「月日が流れるのは、本当に早いわ」

 

「何黄昏てるんすか。要件は何です?」

 

「ちょっとアイル!先輩にそんな態度…!」

 

そう、俺達を呼びつけたのは、生徒会長のリゼ=フィルマー先輩。

 

「あら、そうね。ごめんなさい。早速本題に入るのだけど…実は今度、生徒会主導で魔術学院体験学習会を開く事になりました」

 

「…は?マジで?この魔術学院で?」

 

「すごいじゃないですか!」

 

そもそもこの魔術という学問自体が、かなり秘密主義の学問だ。

そんな学問を追求する魔術師、そして魔術師の巣窟であるこの魔術学院は当然、閉鎖的空間である。

そんな場所にしては、斬新な試みではある。

あるのだが…

 

「そんな事回してる余裕、今の生徒会にあります?ただでさえ、各委員会及びクラブの予算決議や、次期生徒会長選の用意、クライトス校との生徒交流会…えげつないくらい、ブッキングしてますよね?」

 

「そう、そこが問題なの」

 

そう、今の生徒会は相当の案件を積んでいる。

昨日ですら、俺もかなり遅くまで手伝っているくらいだ。

そしてリゼ先輩は、深く重いため息をつく。

 

「実は今回の件、学院側がかなりの見切り発車で押し切っちゃって、教授達や講師達への根回しもまだ。なのに既に満員御礼。私達も重なる仕事で後手に回ってる。しかも学院理事会が乗り気なせいで、中止にも出来ない。そんな切羽詰まった状況なのよ。だから…」

 

「断る!」

 

まだ何も言っていないリゼ先輩のお願いを断ったのは、3人目の同行者であるグレン先生だ。

 

「どうせ、講師役を引き受けてくれって話だろ!誰がやるか!そんな面倒臭いこと!」

 

そう言って脱兎の如く逃げ出す先生。

 

「こら!先生!少しは真面目に…ってもういない!?」

 

「逃げ足速かったな〜…。まあ、交渉は俺達で引き受けますよ。それが呼びつけた目的でしょ?」

 

俺は話を聞いて、大体の予想をつけていた。

こうなる気はしていた。

 

「その通りです。ごめんなさい。本来外部の貴方達に頼む事では…」

 

「任せてください!先輩の為なら、たとえ火の中水の中です!」

 

…そういえば、システィーナはなんでここまで、先輩に協力的なんだ?

そう疑問に思いつつ、俺達は各講師陣への交渉を始めたのだった。

 

 

 

「断る!」

 

「そこを何とか…ハーレイ先生…」

 

断り方が、グレン先生と同じだぞ。

俺達の話を聞かずに、そのまま歩き去っていくハーレイ先生。

説得虚しく、これで見事に全滅。

先程も説明したとおり、魔術師とは、魔術という学問を研究する、研究者だ。

それ故、自身の研究に没頭する人が多く、こういう事をする暇など無いのだ。

 

「…ハーレイに言う事を聞かせればいいの?」

 

「ん?まあ、極端な事を言うなら。でもあそこまで意固地になられるとな…」

 

ルミアの後ろから、ボソッと聞いてくるリィエルに、俺が肩を竦めながら答える。

 

「ん。分かった。私に任せて」

 

は?何を?

そう口にする前に、リィエルが飛び出した。

そして気付いた時には

 

「ハーレイ。システィーナ達のお願い、聞いて。さもないと…」

 

ただでさえ怪しい、ハーレイ先生の髪の毛が、綺麗に切り落とされていた。

まあ、結構なお手前で…って!そうじゃない!!

 

「何しとんじゃァァァァァ!!!?お前はぁぁぁぁ!!!?」

 

「コラァァァァァァ!!!リィエルゥゥゥゥゥ!!!」

 

「ごめんなさい!!この子にはしっかり言いますので!!」

 

俺が慌てて糸で縛り上げ、ルミア達が無理やり、リィエルの頭を下げさせる。

しかし当然、意味は無く

 

「ひぃぃぃぃぃぃ!?」

 

これまた脱兎の如く逃げ出していく。

まあ、無理もない。

リィエルの表情で脅されたら、下手に怒鳴られるより、怖いよな。

 

「あ。待って、ハーレイ。まだ説得が足りない?だったら…」

 

「「「物理的な説得はダメ!!!」」」

 

女が3人集まれば姦しいと言うが、男が混ざっても一緒らしい。

その騒がしさを聞きつけたか、はたまた偶然か

 

「何してんだ?お前ら」

 

「「「「あ」」」」

 

グレン先生が現れた。

 

 

「結局、集まらずか…。お前らちょっと安請け合いしすぎたぞ。何故そこまでする?」

 

俺達(主に俺とシスティーナだが)は、軽くお叱りを受けていた。

 

「その…私、1年の時凄くわがままって言うか、傲慢だったんです。友達もルミアしかいないし。アイルとは犬猿の仲だったし。何で皆に嫌われてるのかすら、分かってなかったんです」

 

そんなシスティーナに、根気よくあれこれ教えたのが、リゼ先輩だったらしい。

犬猿の仲というか、俺が無視していたというのが正解だ。

俺はその時のアイツが、死ぬ程嫌いだったし。

『真銀の妖精』なんて言われてるけど、1番やり合ってた俺に言わせれば、あの時に比べれば、今なんてまだマシだ。

でもある時から、上から目線の鼻につく奴から、ただクソ真面目な奴に変わったんだよな。

システィーナとちゃんと話すようになったのも、それからだ。

そうか、リゼ先輩の影響だったのか。

 

「そんな先輩も、もうすぐ任期満了です。先輩はこの学院が好きで、私はそんな先輩の手伝いをしたいんです」

 

なるほど…それがコイツの手伝う理由か。

 

「なるほどな…。で?お前は?」

 

「ん?俺?俺は…」

 

たしかに先輩は、この学院が好きだ。

その理由も、先輩の本心も知ってる。

だから俺は…

 

「…ま、システィーナと似たような理由ですよ」

 

「…ふぅ。仕方ねぇ。昼飯の弁当3 日分。それで俺が手伝ってやる。講師枠の1つも俺が引き受けるし、見繕ってやる。ただし…俺なりのやり方でやるからな、文句は受け付けん」

 

「「ッ!?ありがとう…ございます…!」」

 

どういう風の吹き回しかは知らんが…ありがたい反面、何故か嫌な予感もある。

でもこの際、藁にもすがろう。

こうして俺達は何とか都合をつけたのだった。

 

「ルミア。あれってつんでれ?ウィンディが言ってた。『男のつんでれは見苦しい』って」

 

リィエル、歯に衣着せなさい。

 

 

そしてついに迎えた当日。

子供達が楽しそうにしている中、意外な人物を見つけてしまい、頭を抱えた。

 

「何故ベガがいる…!?」

 

「あ、ベガちゃん手を振ってるよ!」

 

隣のルミアは、呑気に手を振り返してるし。

俺も一応手を振っておくが、ぶっちゃけ気が気じゃない。

 

「…これ、本気なんだよな…?」

 

「…多分…本気だと思うよ…?」

 

俺達は手元にある日程表を見て、絶望する。

 

「…終わった未来しか見えねぇ…」

 

「あ、あはは…」

 

ルミアも苦笑いが精いっぱい。

先生に詰め寄ってるシスティーナなんて見てみろよ。

顔が真っ青だぜ。

かく言う俺達も同じなんだろうけど…。

そして無情にも本鈴が鳴り、体験学習会が始まってしまった。

 

「うふっ!みんな〜おはよう♪魔法少女セリーヌちゃんだよ〜♪」

 

現れたのはアルフォネア教授だ。

いつものゴシックドレスでは無く、どこぞの魔法少女のような格好だ。

…はっきりいって、痛いくらいにヤバいコスプレだ。

 

「な ん で す か こ れ」

 

「これは酷い…オェッ」

 

「仕方ねぇだろ!アイツのまんま出す訳には、いかねぇだろ!?…でも想像以上に痛いな、吐きそう」

 

「あはは…流石に…痛いかな…」

 

ルミアすらフォロー出来ない始末。

前途多難すぎるだろ…。

しかし、いざ講義が始まれば、そこはグレン先生のような師匠。

何も知らない子供達でも、しっかり理解出来る素晴らしい講義だった。

 

「…すげぇな」

 

「うん。私達も勉強になるね」

 

そしてそれは、子供達だけではなく、俺達や先生すらも、学ぶ事が多い有意義や授業だった。

しかし、問題だったのは実技のときだ。

 

「え?魔法が使えない?大丈夫!このセリーヌちゃんにおまかせ!」

 

そう言って取り出したのは、可愛らしくデフォルメされた魔導器だ。

たしかにこれなら、手軽に魔術を体験出来る。

 

「り、『リリカル・マジカル・バーニング・素敵のお花よ・咲き誇れ』!」

 

なんて長くてチャーミングな呪文だ…。

そう呑気な考えは、とてつもない爆発と共に吹き飛んだ。

ついさっきまでの牧歌的風景は消え去り。

代わりに爆心地のクレーターが広がっていた。

誰もか唖然とする中、アルフォネア教授の媚び媚びの声が響く。

 

「やったね!大成功♪さあ、他の皆もやってみよう!」

 

「何しとるかァァァァァァァァ!!!!?」

 

俺は思いっきりアルフォネア教授の胸ぐらを掴みあげる。

 

「どこが花だよ!?花火にしてもやりすぎだろ!?」

 

「これでも抑えてるんだぞ?こんな地味なのじゃ…」

 

「アンタ基準で考えるなよ!?痛々しいのは格好だけにしろ!!」

 

そんな俺達を尻目に、子供達はすっかりと恐怖仕切ってしまっていた。

 

 

「さてと…次は安牌だな」

 

「アルフォネア教授は?」

 

「先生がおしおき中in【愚者の世界】」

 

「あぁ…。それにしても安牌って…セシリア先生だよね?」

 

「そうね、次は魔術学薬ね」

 

セシリア先生はあの超虚弱体質さえ無ければ、問題無いのだ。

そう、超虚弱体質さえ無ければ。

聞けば、元は教職を目指していたとか。

 

「私、頑張ってきますね」

 

うん、守ってあげたいこの笑顔。

 

「…分かりました。無理はしないで下さい」

 

「セシリア先生。これ、私が用意したヨタクの実の果汁です。咳止めになります」

 

「ありがとうございます。行ってきますね」

 

こうして始まった講義は、アルフォネア教授同様に、とても分かりやすかった。

そして他の講師達とは違い、ただ研究を発表するのでは無く、自身の理想や目的をしっかりと教えてくれたら。

この人らしい、とてと優しい講義だった。

 

「…セシリア先生の講義も、いつか受けてみたいな」

 

「うん。…私もセシリア先生くらい、はっきりとした目標を見つけないと…!」

 

「張り切りすぎるなよ」

 

それにしても…法医呪文って軍用魔術だったのか。

『戦場で傷ついた兵士を、いかに早く戦いに復帰させるか』。

その為に作られた魔術…か。

随分と皮肉なもんだ、殺す為に治すんだから。

 

「ご清聴…ありがとうございました…ゴホッゴホッ…」

 

あ、流石に限界が来たか。

俺はすぐに駆け寄って、支える。

 

「セシリア先生、大丈夫ですか?」

 

「は、はい…。ゴホッ!すみません…」

 

「喋らないでください。ええっと…」

 

やべぇ…どれだ…!?

ルミアに視線で合図を送ると、指をさして教えてくれた。

これか…!?

 

「先生、これを…」

 

「アイル君!?それじゃないよ!?その隣!」

 

「え!?マジか!?セシリア先生ダメ!」

 

嘘だろ!?違ったのか!?

慌てて取り上げようとした時には、既に飲み干されていた。

 

「…これ…精神高揚剤だ…」

 

かなり強いやつで、一舐めで十分なやつを瓶1本分飲み干しちゃった。

俺の不安を現実にする為か

 

「ふふ…うふふ…アハハ!」

 

突然笑い出すセシリア先生。

 

「アハハハハハ!!!ガハァ!!ハハハハ!!!ゴフゥッ!!アハハ!!!ゴホッ!ゴハァ!!!」

 

笑いながら血を吐き散らす先生に、その血を全身に浴びながら、呆然とする俺。

その様子は狂気的で冒涜的で、地獄だった。

ついに血を吐ききり、気絶したセシリア先生。

誰も彼もが呆然とする中、

 

『気をしっかり』

 

ベガの声が俺に届く。

 

「…はっ!!ルミア!システィーナ!手伝え!セシリア先生!生きてる!?…脈はある!急げ!」

 

ルミアに治療を任せ、俺は即席で儀式場を整える。

そうして何とか、一命を取り留めたのだった。

 

「…グレン。セシリア、死んだの?」

 

「まさかのアルタイルがやらかすとは…。これは予想出来なかった…。すまん、セシリア先生」

 

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

 

「アイル君!しっかり!アイル君のせいじゃ無いんだよ!?アイル君のお陰で、早めの対応が出来たんだよ!?」

 

あの後、気絶したセシリアを運び、被った血を洗い流した所で正気を取り戻したアルタイル。

今ではすっかりナーバスになってしまい、部屋の隅で蹲っていた。

そんな彼を、ルミアが必死に励ます。

何とかアルタイルが、精神が立ち直った時には、最後の講義を務めるグレンが教壇に立っていた。

 

「2人共。セシリア先生…まあ、アイルもだけど。大丈夫?」

 

「「何とか…」」

 

「2人共、お疲れ様。…本当に…お疲れ様」

 

いつの間にか来ていたリゼが、システィーナの隣に立っていた。

リゼの哀れみが多分に含まれたその言葉に、2人はなんとも言えない顔をする。

 

「さて…噂のグレン先生の講義。お手並み拝見ね」

 

 

 

 

「さて、楽しい楽しい体験学習会、それも大詰めだ。ところでお前達に聞きたいがある。…これまで様々な魔術の鱗片に触れてきた訳だが…どう思った?つまらなかった?期待外れだった?違うな。正解は…『魔術って本当は恐ろしいものだ』…違うか?」

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

子供達は、言い当てられた事に驚いている。

 

「もっと楽しいものだと思った。もっと夢のような術だと思った。…今お前達が不貞腐れてるのは、そんなところだろ。全くを持ってその通りだ。1歩使い方を間違えたら地獄。それが魔術の、厳然たる事実。それ以上でも以下でも無い」

 

先生はそこで話を切って、淡々と言い放った。

 

「魔術なんて、お前らが思ってるほど崇高じゃないし、凄いものでも無い。ロクでもない、下らないものだ。そんなものに夢見るのはやめときな」

 

「ッ!?」

 

システィーナが突然立ち上がる。

おそらく初期の頃を思い出したのだろう。

 

「システィーナ。…信じろ、先生を」

 

俺はシスティーナの腕を掴んで止める。

ルミアも、優しく手を握り、落ち着かせる。

 

「…って、前ならそう言ったんだろうな。だがこの学院には、その危険を知ってもなお、人の理性で御せるようにと、頑張ってる奴がいる。その危険を知ってもなお、己が夢を実現させる為に、魔術を学ぶ奴がいる。 その危険な魔術によって、産まれた奴もいる。その危険を知ってもなお、その力で大切なものを守ろうと戦う奴もいる 」

 

「…」

 

「結局のところ、魔術ってのは無色の力だ。そこに良しも悪しもない。それをどう使っていくのか、それは自分で考えるしかないんだ。魔術を学ぶ以上、避けては通れない道だ」

 

「…」

 

「夢や憧れだけで、この道を選ぼうとしてるなら…もう一度だけ、よく考えて欲しい。自分が一体魔術を使って何をしたいのか、何を目指すのか。そこをよーく考えて欲しい。それでもなお、本気でこの道を進むというのなら、アルザーノ帝国魔術学院は、お前達を歓迎する。俺達講師陣、教授陣が全力でお前達をサポートする」

 

その言葉を受けた子供達は、目を輝かせて先生を見てめる。

 

「さて、最後の講義のテーマは、『現代魔術師の在り方と生き方』。…この学院に勤め始めてから、俺なりに得た答えをお前らに伝えようか…」

 

こうして最後の講義が始まる。

その講義は、グレン先生の講義の中でも一際いいものだった。

こうして体験学習会は、何とか成功出来たのだった。

 

 

 

「何黄昏てんだよ」

 

「先生」

 

俺は屋上で片付けをサボりに来たのだが、先にアルタイルがいた。

 

「…今日の先生の講義で思うところが」

 

「ほぅ。話してみろ」

 

あの講義を聞いて、今のコイツが何を思うか知りたかった俺は、話すように促した。

 

「…前に、魔術を学ぶ理由、言いましたよね。たしかにベガと2人で生きていくには金がいる。だから魔術関係の職種は金になるし、軍属を望んだのは、1番稼ぎがいいからでした。でも…最近のゴタゴタに関わるようになって、本当にそれでいいのかって思うようになったんです」

 

俺は黙って先を促した。

 

「この手を血で濡らして、本当にこんな事したいのか?たとえ俺の中で、それに足る覚悟を得たとしても、俺はそんなに戦闘狂だったのかって思ったんです。…そしてそれは、多分違う」

 

アルタイルは手をグーパーさせながら、その手を見つめる。

 

「俺の歩く道の先に何があるのか、一体何処を目指すのか。それをもう一度、考え直さないとなって。強いて一つ挙げるなら…ある魔術師のようになりたい、ですかね」

 

へぇ、コイツが珍しい事を言う。

こう見えてコイツはリアリストだからな。

 

「誰だよ、その魔術師は?」

 

そう聞くと、アルタイルはニヤって笑いながら、口に指を当ててこっちを見る。

その顔は、年相応の子供の笑顔だ。

 

「…秘密!」

 

そう言って俺の隣を走り抜ける。

 

「ほら!あんまサボってると、リゼ先輩に怒られますよ!」

 

「やれやれ…それはお前もだろ」

 

そう言って俺達は、夕焼けの校舎に戻ったのだった。

 

 

その後俺達は、アルタイルの店で祝賀会を行った。

まあ、どんちゃん騒ぎの中、俺がトイレに抜け出した帰りに

 

「グレン=レーダス様」

 

突然むず痒くなるような呼び方をされ、振り返ればそこにはベガがいた。

 

「あー、ベガだっけか?その様付けやめてくんね?こう…むず痒い」

 

「では…グレン先生と。先生はあの時、『自分が一体魔術を使って何をしたいか、何を目指すのか。そこをよーく考えて欲しい。』そうおっしゃましたよね」

 

「ああ。お前には何かあるのか、ベガ?」

 

そう聞くと、少し表情が暗くなる。

そして不安げに

 

「…分かりません」

 

そう呟いた。

 

「…ほう?」

 

「私には、まだよく分からないんです。私には兄様達みたいな、確固たる意思はありません。ただ、この力を制御する為に、魔術をお爺様や兄様に教わっていただけなので。ですから…私も何かを見つけたい。私にしか出来ない、私にしかない、そんな道を見つける為に、学院に通いたいです!…それじゃあ、ダメでしょうか?」

 

どこが不安げだか、揺るがない決心を持ったその瞳は、アルタイルによく似ていて。

俺は自然と口元が緩んでいた。

 

「…歓迎するさ。そういうのを探すのも、学院ってやつさ。その手伝いも、俺達がやってやる。だから…勉強頑張れよ、ベガ」

 

俺は優しく頭を撫でながら、そう優しく伝えてやる。

そうすると嬉しそうに

 

「はい!頑張ります!それでは今夜は楽しんで下さい!おやすみなさい!」

 

「おう、おやすみ」

 

そう言って車椅子を器用に動かすベガを見送って、アイツらの所に戻ろうとすると

 

「どうわぁ!!!?」

 

「…」

 

すぐ後ろに、エンダース=トワイスがいた。

マジで気付かなかった…!?

 

「…孫達をよろしく頼むぞ」

 

そう言ってスタスタと奥に消えていった。

俺は不思議に思いつつ、アイツらの元に戻ると

 

「よし!俺達の勝ち!」

 

「やったね!アイル君!」

 

「くぅ〜!まだよ!もう1回よ!」

 

「苺タルト…!負けない…!」

 

苺タルトを巡って、チーム戦でブラックジャックをやっていた。

俺は肩を竦めながら

 

「お〜い!お前ら!ディーラーは俺に任せろ!」

 

その賭けに参加するのだった。




おまけ

「…(スッ)」

「…(コソ)」

「そこ!賄賂しない!」

「あ、あはは…」

「?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

誰がために金貨はなる

アルタイルの新しいバイト先が判明。
リアルだと、リンみたいな子がタイプです。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「まったく…なんでお前達だけで、こんなとこ行こうとしてんだよ。危ないだろ」

 

「なによ…私達が女だからって…」

 

「そう言ってこの間、腕掴まれてビビってたのは、どこの誰だっけ?」

 

そう言い返すと、システィーナは唸るだけで言い返さない。

俺達が出会ったのは、南地区の奥にあるブラックマーケット街の入口だ。

たまたま休みであり、久しぶりに足を運んだのだが、妙に小洒落たナリの少女達を見かけた。

それがシスティーナ達三人娘だったのだ。

 

「いくらリィエルがいるからって、ちょっと無防備過ぎだ。お前達なんてただのカモだろ」

 

「ルミア達はともかく、私は昔お爺様とよく来てたのよ。それにここは見た目以上に治安はいいでしょ?」

 

「まあ、ルチアーノ家が元締めだからな…」

 

ここは完全な非合法なのだが、労働者階級層と密接に関わっており、無くては困るので事実上黙認されているエリアだ。

そんなここら一帯は、ルチアーノ家が取り纏めており、あの家に喧嘩売ろうなんて無謀者はいない。

裏社会は表以上に力が全て。

それ故に、逆に治安がいいのだ。

まったく…仕方ねぇな。

 

「ほら、行くんだろ?速く行くぞ」

 

こうして俺は、3人を連れてこの街に引き返す事にした。

何気なく振り返り、3人の服装を見る。

システィーナは、上品なブラウスにスカーフタイ、ハイウエストのジャンパースカートにロングブーツ。

ルミアは、カジュアルなコルセットドレスにストール、編み上げミドルブーツ。

リィエルは、少し意外な格好だった。

フリルで縁取りされたキャミソールにホットパンツ、ロングタイプのボーンサンダル。

髪を結ってる紐も、何時もよりオシャレだ。

 

「3人共、良く似合ってる。可愛いぞ」

 

「ッ!///あ、ありがとう…!///」

 

「あら、どうも。最近慣れてきたわね…」

 

「ん。ありがと」

 

それぞれの反応を見て、俺は自分の格好に確認する。

無地の黒シャツにカーキのパーカー。

黒のスキニーパンツにハイカットスニーカー。

ファッション性より機能性をとった格好は、彼女達のそばに達には少し分不相応か。

そう思っていると、不意に顔を赤くしたルミアが近付いてくる。

 

「あ、アイル君も…格好いいよ?///」

 

「ッ!…ありがとう///」

 

そんな顔を赤くされながら言われたら、こっちも恥ずかしくなってくる…!

 

「ねぇ、システィーナ。2人共顔赤い。病気?」

 

「ある意味そうね」

 

「だったら…医者に連れてかないと」

 

「お医者さんでも、無理なんじゃないかしら?」

 

システィーナとリィエルの、そんな会話は俺達には聞こえていなかった。

 

 

 

「それにしても…色々あるんだね…」

 

ここらの地理をある程度知っている、俺とシスティーナを先頭に、おっかなびっくりのルミアと、いつもの無表情のリィエル。

 

「持ち込める物を持ち込める分だけ持ってきて、片っ端から売り捌いてるようなもんだからな」

 

「実はここって地図にも乗ってないのよ。まあ、私は知ってるけどね!」

 

「何胸を張ってんだか…。まあ、とにかく1度迷ったら大事だから俺達から離れるなよ…って!システィーナ!勝手にいなくなるな!」

 

いつの間にかいなくなったシスティーナを、俺はルミアとリィエルの手を取って追いかける。

 

「あ、アイル君!?///」

 

「ルミア。顔真っ赤?やっぱり病気?」

 

「ふぇ!?な、何でもないよ!?」

 

そんなやり取りをスルーしつつ、人ごみを掻き分けてやっと追いつく。

 

「おい!勝手にいなくなるな!このバカ!」

 

「ご、ごめん…。でもほら見て!!」

 

システィーナがヤケに興奮して見せてきたのは

 

「それって…アルカヘスト蒸留器か?」

 

「そう!しかもセラネス魔術工房製よ!」

 

アルカヘスト蒸留器というのは、上部にパイプが繋がった同棲のポットで、錬金術の儀式を行う為の必需品である。

セラネス魔術工房というのは、最高級品を製作している工房だ。

この工房の商品を持っているのは、1種のステータスのようなものだ。

たしかに…造りはいいな。

 

「この間ウィンディが、高笑いで自慢してたね…」

 

「だな…システィーナは悔しかったんだろうな…」

 

俺とルミアはその様子を苦笑いで見守る。

そんな俺達に店主が話しかけてきた。

 

「お目が高いね、お嬢さん。見たところ、学院生だね?これなら…3リルと5クレスってところかね?どうだい?」

 

「さ、3リルと5クレス!?」

 

ルミアが驚きのあまり、口に手を当てる。

俺も唖然とする。

3リルとは金貨3枚、5クレスとは銀貨5枚だ。

俺の給料何ヶ月分だよ…。

まあ、ここからがここの流儀だけどな。

 

「もちろん銀貨でもいいよ?その場合は、35クレス。銀貨35枚さ」

 

「し、システィ…?流石にこれは…」

 

「ふふ、ルミアは素直すぎよ。まあ見てて」

 

そう言ってシスティーナは、値切り交渉を始めた。

その結果…

 

「ガハハハ!参ったねお嬢ちゃん!1リルと6クレスだ!持ってけ泥棒!」

 

「す、すごい…半額にした…」

 

「ふふ、ここでは提示金額をそのまま鵜呑みにしたらダメよ。騙される方が悪いんだから。とはいえ、私も予算のほとんどを使い切っちゃったけど…これでもいい買い物よね!」

 

そう気分上々で財布を取りだしたところで、俺はその財布を取り上げる。

 

「はいそこまで。おいおっさん。ガキ相手にあんまアコギなこと、してんじゃねぇよ」

 

「まったくだぜ。あくどい事しやがる」

 

うん?後ろから聞きなれた声がする。

振り返ればそこには

 

「「「グレン先生!?」」」

 

変な風呂敷を持ったグレン先生がいた。

…ああ、今日だったか。

 

「まったく…こんなパチモンに騙されやがって…」

 

そう言って先生は、商品を取り上げて指で弾く。

 

「ほらこの音、明らかに使ってる銅が悪い」

 

「「「「?」」」」

 

それは流石によく分からん。

見た目で分かるほど、精通してないし。

 

「まあ、銅の質はともかく、ここ。明らかに厚く削りすぎだよね。熱伝導率が命のこれに対して、あのセラネス魔術工房がこんな雑な事するかね?まあ、造りはいいし…良くて5クレス。銀貨5枚ですか?」

 

「おお、そんなところだ。よく分かったな」

 

俺達がそんな話をしていると、店主が爆笑して両手を上げた。

 

「アハハハハハ!いや、参った!兄さん達、たまったもんじゃないよ!」

 

「アンタがあんないいものを、あんな値段で売るかよ。その時点でダウト確定だ」

 

そこでやっと状況に追いついたのか、システィーナがハッとして、店主に噛み付いた。

 

「お、おじさま!私を騙したのね!」

 

「おや?ここのルールは何だったっけ?」

 

「う…。『ここでは、騙された方が悪い』」

 

結局、コイツの自業自得だ。

俺はため息をつきながら、システィーナの財布を投げ返した。

 

 

 

「まったく…。アルタイルはともかく、お前達みたいな温室育ちのお嬢がこんなところに来たところで、毟り取られるのが関の山だろうが」

 

店主の元を去り、俺達はグレン先生と共に行動していた。

先生の不思議な言い回しに、システィーナガ不思議そうに先生に聞く。

 

「『アルタイルはともかく』って…どういう事?」

 

「コイツ、ここの定期巡回のバイトしてるしな」

 

「…え?えぇぇぇぇぇ!?」

 

「定期巡回って…ここ、ルチアーノ家のシマでしょ!?何で貴方が!?」

 

あれ?先生なんで知って…?

あ、まさか

 

「先生、もしかして知ってます?」

 

「おう、この間のゴタゴタの礼の時にな。お陰でお前のバックボーンも知れたしな」

 

あぁ…この間ルチアーノ家が動いたらしいけど、その時だったのか。

 

「バックボーンって大層な…」

 

「待って待って!?勝手に話進めないで!どういう事!?」

 

そうだな…流石にリゼ先輩の事は言えないし…。

あっちにするか。

 

「うちの爺さんと、ルチアーノ卿は古い付き合いらしくてね。たまに店にも顔出すんだよ。その付き合いで斡旋してもらってるの」

 

「アイル君って円卓会の一席に座る人と知り合いだったんだ…」

 

そんな話はさておき

 

「で?先生。何故に…ん?リィエル?」

 

突然リィエルが、先生の袖を引っ張り、アピールしだす。

なるほど…見て欲しいんだな。

俺とルミアはワクワクしながら、動向を見守ったが

 

「何やってんだ?バカか?」

 

バカはアンタだよ、大バカもん。

思わず俺達はため息をつく。

そんな先生にリィエルは、ムスッとして先生の脇腹を思いっきり抓る。

 

「いてててててて!?」

 

「…グレン、嫌い」

 

そのままそっぽ向くリィエルと、落ち込むシスティーナ。

そんなグダグダな状況に、苦笑いしながらルミアが先生に尋ねる。

 

「その…先生はどうしてここに?」

 

「まあ…その…女の子へのプレゼントを探しにな」

 

コラコラ…そんな言い方したら…

 

「…集合!」

 

「うおっ!?」

 

ルミアが突然俺の腕を引っ張って、道の端による。

ていうか、滅茶苦茶力強い!

いつの間にか、システィーナ達も復活してるし!?

 

「ちょょょょょっと!?どういう事よ!?」

 

「いや、知らねぇよ。後お前は落ち着け」

 

「そうだよシスティ!ほら、深呼吸して!」

 

「「ヒッヒッフー…ヒッヒッフー…」」

 

「それラマーズ法だから!後、リィエルまでやらんでいい!」

 

それはともかく、事情は知っているのだが、流石に個人的な事は言えないので、適当にはぐらかそうとしたのだが…

 

「いらっしゃい、お姉さん。その黒漆のような髪にこ髪留めなんて…」

 

いや、なんで俺はこんな事してるんだ?

買いに来たはいいが、軍資金が心許ないという事で、オーウェル教授から巻き上げた…という言い分で、俺が交渉して回収した物品を売り捌いていた。

そうして無事、軍資金を貯めた俺達がやってきたのは

 

「ここって…オークション会場?」

 

「そう。その中でも闇オークション会場だな」

 

まあ、あるとしたらここだろうな…。

 

「おい、アルタイル。間違えないんだよな?」

 

「…リゼ先輩に調べてもらったんで、ほぼ間違え無いと思うけど…」

 

俺と先生がコソコソと話していると

 

「き、貴様はグレン=レーダス!?」

 

「え?…な!?ハーキュリーズ=レイモンド先輩!?」

 

いやなんて器用な間違え方!?

そのままいがみ合い、消えていくハーレイ先生。

しかし先生とリィエルを除く俺達は

 

(((何だろう…?この後の展開が読めるんだけど)))

 

そして、始まったオークション。

先生…というか俺達のお目当ての品は、前座として出てきたのだが

 

「「10リル!」」

 

案の定、ハーレイ先生と被ってしまった。

全く…なんて予定調和。

呆れてくる。

 

「「15リル!」」

 

またダブってるし…

 

「先輩…ここは可愛い後輩に譲ってくださいよ。16リル」

 

「誰が可愛いだと!?反吐が出る様なこと言うな!17リル」

 

「これでも先輩の事、尊敬してるんすよ?器みせてくださいよ。20リル」

 

「白々しい…!21リル」

 

「おやぁ?レートの上げ方がみみっちいですねぇ?25リル」

 

「グッ!?いいだろう…!40リル」

 

「先ぱ〜い?いいんですか?お金あるんですか?ほらぁ、俺ってお金持ちィ!45リル」

 

「ふん、私には貴族の嗜み、小切手があるのだよ!50リル」

 

「だァァ!あれに魔術的価値なんてないでしょ!?80リル」

 

「やかましい!貴様こそ手をひけ!100リル」

 

「100リル!バッカじゃないの!?120リル」

 

「バカなのは貴様だ!現実を見ろ!150リル」

 

「これからの魔術研究どうすんのさ!?俺が降りたら150リル払うんすよ!160リル」

 

「だったらさっさと降りろ!170リル」

 

「何意地はってるんすか!?180リル」

 

「貴様に後塵を拝する事だけは認められんのだァァァ!200リル」

 

こうして続くデッドヒート。

現在343リル。

しかし全ての手持ちをかき集めても、ピッタリしかなく、この額を提示したハーレイ先生の勝ちになってしまう。

…仕方ねぇ。

 

「はい、これ使って」

 

「アイル君!?」

 

俺は財布から1リルを出して、先生に渡す。

 

「っ!?…いいのか?」

 

「まあ、流石にね」

 

「恩に着る!344リル!これでどうだ!」

 

そうしてやっと

 

「落札!344リルで落札です!」

 

やっとこさ前座のアイテム【月光のアミュレット】を競り落としたのだった。

 

 

こうして俺達はブラックマーケット街を後にし、北地区の学生街まで戻ってきた。

 

「先生!」

 

「リン!?」

 

そこで待っていたのは、リンだった。

 

「お前…どうして?」

 

「先生が例の件で、南地区に行ったって聞いて…いても立ってもいられなくて…」

 

「それで待ってたのか…ほらよ。これだよな?ていうかこれじゃねぇと、シャレにならねぇ…」

 

先生がアミュレットを放り渡すと、リンはしばらくまじまじと見た後

 

「あぁ…これです…!先生…!ありがとう…!うぅ!…ありがとう…ございます…!」

 

ボロボロと泣きじゃくりながら、アミュレットを抱きしめていた。

 

「礼ならアルタイルにいいな。コイツが色々融通効かせたり、最後の一手をくれたりしてくれたした」

 

「アイル君が…!?ありがとう…!本当に…ありがとう…!」

 

「どういたしまして。ほとんど先生が頑張ったんだけどな」

 

そんな話をしていると、不意にシスティーナが近づいてくる。

 

「…お幸せにね、リン。お金の管理だけはしっかりと手網を握らないとダメよ?」

 

…コイツ…やっぱり勘違いしてるな。

 

「…アハハ!システィ。何か勘違いしてない?」

 

「「「…え?」」」

 

おや、後ろの2人もか。

仕方ねぇな。

 

「3人共、よく聞け」

 

実はこのアミュレット、元々リンの物なのだ。

事の発端は、リンがひったくりにあったところから始まる。

幸い犯人はすぐに捕まったのだが、肝心のアミュレットは、既に売り捌かれており、追跡不可能だったのだ。

リンは苦し紛れに、グレン先生に相談。

そして俺はその先生から、オーウェル教授の橋渡しと、リゼ先輩経由でアミュレットの行方を捜索の相談を受けたのだ。

その結果今日、あの闇オークションで売られるという情報をキャッチ。

 

「これ…本当に大切なものなの…。私、領地経営に失敗して、没落した貴族の末裔なの。何もかも差し押さえられて、でもこれだけは手元に残せたの。だからこれは、故郷や祖先を感じられる大切なもの…本当に…良かった…!」

 

再びそっと抱きしめるリンを見て、ホッと息を吐く俺達。

 

「あの…2人共…!これいくらでしたか…!?今は無理でも…一生懸命に働いて…だから…!」

 

「いらねぇよ」

 

「…え?」

 

「ま、盗品扱ってるようなヤバい場所だしな。軽く脅したらあっさりだったよな?アルタイル?」

 

先生がそれでいいなら…

 

「ま、あの時ほど先生の悪人面はそうそう拝めなかったよ」

 

そう言って俺達は、リンと別れて帰路に着くのだった。

 

 

「…なんて言うかよ、目の前で泣かれたら…どうにかしてやりてぇって思うのが男だろ?な?」

 

「無理に俺を引き込まないで下さい。…まあ、全面的に同意するけどさ」

 

「それはそうと、これからどうするんです?先生」

 

「だよなぁ…稼ぎはゼロ、手持ちもゼロ、挙句の果てにアルタイルに借金…ハァ…」

 

「…先生の給料が入った時、倍返すなら、飯の用意しましょうか?」

 

「いいのか!?」

 

「とはいえ、1人で用意しするのはしんどいな…。システィーナ、手伝ってよ。…これを機に、先生の好みを把握しとけ

 

「…ッ!?!し、仕方ないわね!手伝ってあげるわよ!アイル!」

 

「お前ら、助かるぜぇ!」

 

こうして俺達は穏やかに帰り道を進むのだった。




おまけ

数日後…

「アルタイル!もう少し味付け濃いめにしてくれ!白猫はもっと、肉をくれ!」

「「施される側が注文するな!」」

「…?2人のお弁当、美味しい」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

とある少女の素行調査

おかしい、リィエルの話なのに、リィエルが喋ってない…!?
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「「「リィエルが素行不良〜!?」」」

 

「しっ!3人共静かにですわ!」

 

とある日の昼休み。

ウィンディに裏庭へと呼び出された、リィエルを除く俺達3人は突然の話に素っ頓狂な声を出した。

 

「最近、リィエルへ白い目が向けられるようになっているのは、気づいてますわよね」

 

「あ、あぁ…」

 

「そこでリン達と探りを入れてみたのですが…」

 

何でも、歓楽街に入り浸ってるだの、ヤバい仕事をしてるだの、喧嘩にあけくれてるだの、カツアゲしてるだの。

まあ、選り取りみどりだな。

 

「貴女達は、あの子に1番近しいでしょう?少し気にしてあげてくださいませんか?」

 

と頼まれたので…

 

「尾行中ですよっと」

 

「アイル!しぃ!」

 

リィエルを尾行してる訳だが、気付いていないのだろうか?

アイツはスイッチが入るのが早いタイプだから、逆に今はオフモードなのだろう。

そんな取り留めない事を考えつつたどり着いたのは

 

「自然公園…?」

 

「まさかホームレス!?」

 

お前…ルミアの護衛だろ…!?

ここにいて守れるのか!?

 

「リィエルって…宮廷魔導師団のエースなのよね…?」

 

「資金不足なのかな…?」

 

「それは無いだろ…ていうか仕事する以上、部屋の用意とかはされてるだろうに…」

 

そんな風に呆れていると、突然の制服を脱ぎ出した。

 

「あの子!?何して!?」

 

「見ちゃダメ!!」

 

「いてててて!離せ!目が痛い!」

 

ルミアってたまに想像出来ないバカ力出すから、すげぇ痛い…!

 

「見てないって!見る気も無いし!そもそも何とも思わない!」

 

「そういう問題じゃないの!いいからダメ!」

 

「2人共、何時までしてるの!?速く追いかけるわよ!」

 

いつの間にか、服を着てテントを離れたらしい。

システィーナ曰く、俺達が揉み合っている間、熊の狩りみたいなやり方で魚を取り、それを氷と共に箱に詰めて、運び出したらしい。

たどり着いたのは、南地区の3番街…要は商店街だ。

 

「今度は南地区?さっきは東地区だったのに…」

 

「俺もよくここには来るぞ?安いんだよな〜。買い物してくか」

 

「アイル君、それは後にしよ?」

 

そのままリィエルを追いかけると、魚屋のおっちゃんに魚を売り付けていた。

何か…特にこれの言って問題は…?

 

「リィエルちゃんのお友達かい?坊ちゃん達」

 

「ん?果物屋の婆さんじゃん。後、坊ちゃんはやめてって」

 

そのまま俺はリィエルについて聞いてみた。

何でもここでは、マスコットみたいな扱いをされているらしい。

どうやら、だいぶ定着しているらしい。

しかし、どうにも歓楽街に足を運んでいるという、情報も掴んだ。

ちょうどリィエルが動き出したところで、俺達もついて行くことにした。

 

「…さてと、2人共。ここからは絶対に俺の側から離れるな。怪しい店に連れ込まれたら、かなり面倒くさい事になるぞ」

 

たどり着いた南地区6番街は、夜の街。

俺達みたいな学生…特にルミア達みたいなうら若き女の子がほっつき歩いていい場所じゃない。

 

「「う、うん…!」」

 

顔が赤い2人を側に寄せ、離れないように言いつける。

 

「君達、可愛いね。良かったら…」

 

「2人共ツレなんで、失せろ」

 

「こんばんは、どうかな…」

 

「却下。消えろ」

 

「ねぇ、君…私と遊ばない?」

 

「遊ばない。後、香水臭い」

 

学院の制服だった俺達は、案の定目立ってしまい、裏路地に逃げ込む羽目になった。

 

「クソ…マジで何でこんな場所に…!」

 

「あ、アイル君…!どうしよう…!?リィエル、見失っちゃったよ!?」

 

「大丈夫、学院で別れる前に、【アリアドネ】引っつけてあるから」

 

そう言って酔っぱらいを躱しつつ、裏路地を進みやっと追いついた時には、何者かがリィエルに接触していた。

この街の女って風体の女だ。

 

「いた!…何か話してるみたい」

 

「趣味は悪いけど…」

 

俺達は【サウンド・コレクト】…特定の音を拾う魔術で、会話を盗み聞きした。

聞こえてきた会話は、あまりにも妖しく…

 

「これは…」

 

「あぅぅ…!///」

 

「今のって…今のって…!?///」

 

俺達も、その意味が分からないほど、お子様では無い。

 

「…ダメだよ!!!リィエルゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

「もっと自分を大切にしないとダメぇぇぇぇ!!!」

 

「お兄さん!!許しません!!!」

 

 

「…って、酒場の用心棒かい!!」

 

訂正、まだまだお子様でした。

 

「アッハッハッハッハ!!最近の子供は耳年増でマセてるんだねぇ!!」

 

「「「すみませんでした」」」

 

「いいってことよ。それだけあの子が大切だったって事だろ?嫌いじゃないよ、そういう熱は」

 

そう、俺達が乗り込んだのは色っぽい店では無く、荒っぽい酒場だった。

リィエルはその腕っ節を買われ、ここで用心棒をしているのだった。

あっちこっちで始まる喧嘩を、瞬く間に制圧していくリィエルの姿は、まるで一種のショーみたいだな。

 

「…まぁ…アンタらにだったら、話してもいいか…」

 

おや?何やら雲行きが…?

 

 

ここはさらに奥に進んだ、南地区8番街。

さっきとは違う意味で…本当に治安の悪いという意味で、危険は場所だ。

 

「次は『良くない連中とつるんでる』…か…」

 

「ま、何処にでもいるわな…そういう輩は」

 

俺達が店主の女性から聞いたのは、そういう不良グループとつるんでるって噂だ。

一度リィエルと別れてから、再び追いかけて尾行を継続しているのだ。

 

「おいおい、坊主!そんなかわい子ちゃん…」

 

「『寝てろ』」

 

「「…瞬殺…」」

 

俺は絡んでくるバカを速攻で気絶させて、道端に転がす。

リィエルが向かった先にいたのは

 

「ジャイル…!?」

 

何でアイツがここに…!?

たしかにアイツは札付きだが…?

しかも周りには、ジャイルがよくつるんでる連中ばかりだ。

全員がそれぞれ武器片手に、気合十分と言わんばかりに、雄叫びを上げている。

ジャイル…8番街…あ。

 

「まさか…不良グループの抗争…!?」

 

「そんな…リィエル…!?」

 

いても立ってもいられなかったのか、ルミア達は茂みから飛び出してしまった。

 

「バカ!?アイツらは一筋縄じゃ…!?」

 

「待ちなさい!貴方達、私達の友達になにさせてるのよ!リィエルは返して貰うわ!!」

 

「リィエル!ダメだよ!ジャイル君も喧嘩はやめて!本当はすごく優しい人だったよね!!」

 

システィーナが厳しい顔で一喝し、ルミアが2人に必死に懇願する。

俺は慌てて2人の前に立って、2人を止める。

 

「待て待てお前ら!大丈夫だって!ていうか、これは俺が悪かった!」

 

「「…え?」」

 

 

「いやー!暴れた!暴れた!」

 

「やりすぎだ、バカ野郎」

 

数時間後、俺達はジャイルが率いるチームと一緒に、下水道から出てきた。

 

「なんだよ…リィエルよりはマシだろ?ジャイル」

 

「マシ程度だな、アルタイル」

 

「まさか…地下下水道施設の、定期保守作業だったなんて…」

 

「ごめんなさい…。私達てっきり…」

 

地下下水道施設の定期保守作業は、都市運営において重要な仕事だ。

魔獣だの、狂霊だの、そういったものが湧きやすい場所なので、それらを祓う仕事が存在するのだ。

ここフィジテは広い上に複雑、しかも豊かな霊脈の影響で、そういう存在が他の場所より強くなったりするのだ。

 

「そもそものきっかけはアイルだったのね…」

 

そう、1年の時の大喧嘩した後、体力が有り余ってるならこれでもしとけ、と押し付けてから、リゼ先輩にお願いして、給料が発生するようにしてもらったのだ。

それ以来、コイツらはずっとこの定期保守作業を行っている。

ただ、リィエルが何時の間に混じっていたのかは、俺にも分からない。

 

「これはあれね…不良がいい事をすると、すごくいい人に見える法則…」

 

「あ、あはは…ジャイル君はいい人だよ?」

 

「そうだぞ。柄は悪いが根はいい奴だ」

 

そんな何とも呆気ないネタばらしに、俺達が肩透かしを食らっていると

 

「…あのチビジャリのダチなら…」

 

え?まさかの無限ループ?

 

 

 

ジャイルから聞いた噂は、リィエルが非合法の薬に手を出している、という噂だ。

次もハズレでありますようにと、祈りながら追跡すると、今度は怪しい男が近付いてくる。

2人は金を小箱を交換して、直ぐに離れる。

今度はアタっちゃったか…!

 

「ダメよ!リィエル!そんな事、貴女が傷つくだけだわ!」

 

「リィエル…大丈夫だから…!私達がいるから…!」

 

「それ…俺に渡してくれないかな?」

 

俺達は出来るだけ優しく、リィエルを諭すように言う。

そんな言葉が通じたのか、それとも泣いているルミア達につられたか

 

「う…ごめん…3人共…本当に…ごめん…」

 

リィエルも涙を貯めながら、俺に箱を渡してくれる。

俺はそのまま箱の中身を検分して…固まった。

 

「…使うのやめる…その風邪薬…」

 

「「…風邪薬?」」

 

「…だな。箱に有名な製薬会社のマークあるし、これもお高いけど、かなり効果のある類の風邪薬だ」

 

そう、俺が固まっていたのは、あまりにも健全な薬だったから。

 

「でも…そうしたら…あの兄妹が…」

 

「「「…兄妹?」」」

 

 

リィエルに連れられてきたのは、本来リィエルが拠点としているアパートで、フィーベル邸の目と鼻の先だ。

事の真相はこうだ。

学院にアルト先輩という人がいたのだが、彼の父が急逝。

幼い妹を養う為に、先月中退したのだが、そのタイミングで、厄介なウイルス性の風邪をひいてしまった。

しかも借家の家賃が払えずに、大家に追い出されてしまう。

路頭に迷う現場にたまたま居合わせたのが、リィエルだったのだ。

薬を買う為に、リィエルが自分なりに考えて、頑張った結果が、あの数々の噂だ。

カツアゲの噂は、彼らをここに連れてきた時のものだろう。

そんなリィエルが、ここまでして頑張った理由。

それはきっと…。

 

「…リィエル。よく頑張ったな」

 

かつての兄と有り得たかもしれない光景が、羨ましかったのかもしれない。

思えば…ベガの話をする時だけは、妙に真剣に聞いてた気がする。

 

「私達が…グレン先生がいるから…」

 

そんな静かに涙を流すリィエルを、ルミアが優しく抱きしめ、俺とシスティーナが、頭を撫でるのだった。

その後、彼らはそのままその部屋を使うことになり、職に関しては後日フィーベル家から紹介してもらう事になった。

そしてリィエルは、ホームレス生活から脱却し、フィーベル邸に招かれ、そこで住むことになったのだった。

 

 

 

「…こんなところですかね」

 

「そうか。…悪ぃな、迷惑かけて」

 

「ま、ダチだし。気にしないで下さい。それより…噂は知ってましたよね?何で首突っ込まなかったんですか?」

 

「…何時までも、兄貴の影を追わせる訳にも行かねぇよ。アイツがアイツなりに考えてやっていたんなら、最後までさせてやるつもりだったんだよ」

 

「…え?まさか、最初から全部…!?」

 

俺は柱の裏を覗き込むも、既にそこには誰もいなくて

 

「…ったく…素直じゃないなぁ〜…」

 

そう呟きながら、俺もその場を立ち去った。

もしベガが同じ事してたら…そう考えてから

 

「いや…俺も一緒か…お互い兄は大変ですね…」

 

苦笑いを浮かべるのだった。




おまけ

「兄様?どうなさったんですか?」

「何でもねぇよ。ただ甘やかしたくなっただけだ」

「?」

「妹を持つ兄は苦労するって事さ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狂王の試練

基本ツッコミのアルタイルがボケる時、真顔でボケます。
はい、勝手にそう考えてます。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「という訳で、今日の【魔導探索術】の探索実習は、この洞窟遺跡を調査してもらう!」

 

「…この学院って本当に色々あるよな。敷地内にこんなものまであるし」

 

俺達は探索用の背嚢を持ち、先生からの説明と注意事項を聞いている。

まあ、授業用に作られたこの洞窟遺跡に、危険は皆無だろうけど。

この授業は、簡単に言うと遺跡探索に必要な技術や知識を学ぶ為の授業。

要はシスティーナの為にあるような授業だ。

 

「今回の内容を再確認するぞ!先日分かれたチームごとに、遺跡内のマッピング、各チェックポイントを回り、ゴールを目指すこと!何より大事なのは、洞窟内に自生する【黄金苔】を採取することだ!」

 

黄金苔!?ここに自生してるのか!

成績評価ポイントは4つ

・地図の正確さ

・通過したチェックポイントの数

・タイム

・黄金苔の採取量

 

「いいか!特に4つ目!黄金苔の採取量だ!それが1番配点高いからな!」

 

「しゃあ!やったらぁ!!」

 

「しつもーん。何でそんなに4つ目に拘るんですかー?そういえば〜、先日の新聞で黄金苔の末端価格が跳ね上がってたのと思うんですけど〜?後、アイル?貴方も随分とノリノリね?」

 

そうなんだよね!

今黄金苔が、アホみたいな金額で売れるんだよね!

ってそうじゃない!

俺達は顔を見合わせて

 

「「…勘のいいガキは嫌いだよ」」

 

「『この・バカ』ー!」

 

「「だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」」

 

俺と先生が仲良く吹き飛ばされたところで、実習が始まったのだった。

 

 

3人~4人グループに分かれた俺達は、早速洞窟に潜る。

血気盛んな男子諸君が、次々と罠に引っかかっていく中

 

「ルミア、こっちよれ。足元に罠あるぞ」

 

「あ、ありがとう…///」

 

ルミアを優しく抱き寄せて、罠を避けさせる。

俺達はシスティーナにリーダーを任せ、安定の安心感と速度で洞窟を進んでいく。

 

「…止まって」

 

突然先頭を歩くシスティーナが、俺達の足を止める。

 

「どうしたの?システィ?」

 

マッピング係のルミアが、手を止めて尋ねる。

 

カリカリカリ…

 

「…怪しいな、ここ」

 

「アイルもそう思う?だったら、一度基本に立ち直りましょ」

 

俺達3人で分担して探索系呪文を唱え、情報を統合した結果…

 

カリカリカリ…

 

「ここは罠ね。何度進んでも無限ループだわ」

 

そう結論を出した。

 

「うーん…ここは順路じゃないのかな…?」

 

「いや、それはあってるはずだ。構造的にそうじゃないとおかしい」

 

「…まさか…」

 

なにか閃いたらしいシスティーナが、魔力感知の呪文【ディテクト・マジック】を唱え、周囲を調べると

 

カリカリカリ…

 

「見つけた!これが罠の起点よ!」

 

パッと見ただの壁画だが、その絵柄自体が方陣になっているらしい。

 

「凄いね!システィ!」

 

「これを解呪すれば…!」

 

「待て、システィーナ」

 

俺はシスティーナの手を止める。

 

「何?どうしたのよ」

 

「単純すぎる。こんなに簡単か?それに【トラップ・サーチ】の結果と合わないぞ」

 

「…たしかに…?」

 

カリカリカリ…

 

俺は神経を集中させ、五感を高める。

不意に、壁の方から風の流れを感じた。

俺は炎熱系の魔術を使い、その辺の木に火を灯す。

俺は火の揺らめきを元に、その流れの起点を探し出して…

 

「これだ」

 

俺は壁を押し込んだ。

すると壁が扉のように開き、新たな道が出現した。

隠すスイッチが隠されており、その隙間から風が漏れていたのだ。

 

「ビンゴ〜♪」

 

「凄い…!どうして分かったの!?」

 

ルミアが驚きながら、俺に詰め寄る。

 

「風の流れが不自然だったからな。こういう時、魔術の光より炎の方が役立つぜ」

 

そう言って、俺は火のついた木を軽く振る。

魔術だけでは出来ない事もあるのだ。

こういう誰にでも出来る手段にも、十分すぎるメリットがあるのだ。

 

カリカリカリ…

 

「むむむ…!」

 

「いや、そんな睨まれても…。それにしても、お前イキイキしてるよな」

 

俺がそうツッコムと少し照れ臭そうにする。

 

「ま、まあ…こうしてると、夢に近付いてきてるような気がするから…」

 

「まあ、あれに気が付かないうちは、気がするだけだな」

 

「む〜!」

 

「アイル君、煽らないで…?それにしても、先生に感謝しないとね」

 

こういう特殊な実技の場合、大抵先生が予め入念に下調べしているのだ。

口では面倒くさそうにしているが、根は真面目なんだよな、相変わらず。

 

カリカリカリ…

 

「最近帰ってないらしいしな。…また、アルフォネア教授が暴走しないといいけど…」

 

またとは、少し前にロリ化したアルフォネア教授が、学院中を引っ掻き回したのだ。

あれは中々にカオスな事件だったな…。

後ろからグレン先生が、騒ぐ声が聞こえる。

俺達の帰りを待つ事が、出来なかったらしい。

 

「アイツ…!何してるのよ!?まったく…。ていうかリィエルは、そんなに真面目に採らなくてもいいの!後アルタイル!貴方もマリオネットに採らせない!」

 

カリカリ…

 

「ん?そうなの?」

 

「何だよ。別に非合法では無いし、こういう臨時収入は大事なんだよ。お前みたいなお嬢様には分からんだろうけど」

 

「ふふ…。リィエル、コケまみれだよ?」

 

「まったく…アイルは結構バイトしてるじゃない。お店だって、かなり手伝ってるみたいだし」

 

「まあ、店の手伝いでの稼ぎは、ほとんど家賃だからな」

 

「「え?」」

 

俺が店を手伝って稼いだ稼ぎは、俺とベガ2人分の家賃として、ほとんど持ってかれている。

爺さんはその辺、優しくしない。

だから金が必要だし、最近バイトを減らしているので、少しでも金になるならやりたいのだ。

 

「まあ、それに関して特に不満はねぇよ。社会ってやつを学べてるし、勉強以外の色んな事を学べてるしな。…強いて言うなら、もう少し家賃下げてくれると、助かるけど」

 

システィーナが何とも言えない顔をして、ため息をつく。

 

「…分かったわよ。私は何も言わない。言えないし。ただ、あくまで授業中って事を忘れないで。進行の妨げにならないなら、何も言わない。…ごめんなさい」

 

「ん?別に謝る必要は無いけど?」

 

そうして俺達は先を進んでいき、1番で踏破したのだった。

 

 

「さて、着いてからだいぶ経つが…遅すぎじゃないですか?」

 

「そうだな。…お前達はここで待ってろ」

 

先生が皆を探しに行こうとした時

 

〖クックック…〗

 

「「「「「ッ!?」」」」」

 

いつも間にか部屋の隅に現れた、ボロボロのローブに身を包んだ何者かがいた。

 

「何者だ、テメェ!?」

 

先生がシスティーナを庇い、俺がルミアを庇う。

 

〖我ハ【狂王】…。コノ墳墓ノ主ナリ。貴様ノ生徒達ハ、コノ我ガ預カッタ…。アノ罪深キ子羊ラノ魂ハ、【魔竜】復活ノ生贄ニシテクレヨウ!〗

 

「な…に…!?」

 

「テメェ…!俺の生徒に…手ぇ出してんじゃねぇよ!!!」

 

先生が無駄のない動きで、殴りかかったがその体がす通りしてしまう。

 

「ッ!?幻影かよ!?クソッタレ!」

 

不意に地鳴りのような音がして、音の方を見ると壁の一部が崩れ、新たな道が出来ていた。

 

「まさか…未踏破領域!?」

 

〖【王ノ玄室】…返シテ欲シクバ、ソコニイル我ヲ滅ボシテミセヨ…!フハ、フハハハハハハハ!!!〗

 

耳に張り付くような高笑いを残して、姿を消す狂王。

俺達はしばらく呆然としていたが

 

「ハッ!アワワワワワ!どうしましょう!?」

 

慌てだしたシスティーナの声に、全員の思考が動き出す。

 

「何が訓練用の遺跡だよ!?バカなのか!?」

 

「ちくしょう…!学院の上層部は節穴か…!?」

 

「ど、どうしよう…!?このままだと…!」

 

「どうもこうも…!」

 

「ねぇ、グレン大事な話」

 

「どうした!?何があった!?」

 

こんな時にリィエルから、大事な話…?

リィエルに注目すると、手に持っている黄金苔がいっぱい入った瓶を掲げる。

 

「こけ。またいっぱい集めた。褒めて」

 

「今!?この状況で!?」

 

「ブレなさすぎてだろ!?」

 

先生がリィエルの頭をシェイクする。

まさかこの状況でも、苔集めしてるとは…。

 

「とにかく!俺が行ってくるから、お前達は…」

 

「どうしろって?」

 

俺はその先の言葉を止めさせる。

まさか、指咥えて見てろって言わないよな?

 

「…無粋だったな。また俺に、力を貸してくれ」

 

「当然!」

 

「はい!」

 

「頑張ります!…怖いけど」

 

「ん。皆が行くなら」

 

こうして俺達は、未踏破領域に足を踏み入れるのだった。

それにしても…この状況…何処かで…?

 

 

 

「…白猫、狂王って、墳墓って言ってたよな」

 

「…言ってたわよね」

 

「つまりアレって…棺だよな」

 

「棺ね。間違えなく」

 

「じゃあ、あの中に…誰かいらっしゃると思う?」

 

「い、いらっしゃるんじゃない?だってここ、未踏破領域だし」

 

俺達が着いたのは、石棺が所狭しと並んだ、一面に古代語で何か書かれた部屋だ。

 

『我等の眠りを妨げる者に災いあれ』

 

そう書かれているらしい。

先生とシスティーナが、すったもんだやってる間に

 

「ねぇ、アイル君」

 

「ハイハイ、やるよねルミアは。俺も付き合いますよっと」

 

そう言って俺達は一つ一つ棺を開けていく。

 

「うーん…えいっ!」

 

「…次」

 

「「ってちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」」

 

先生が俺の腕を、システィーナがルミアの腕を掴んで、動きを止めさせる。

 

「キャ!システィ!どうしたの!?」

 

「いや、それは多分2人のセリフだぞ?」

 

「アイルの言う通りよ!何してるのよ2人共!?ていうか、分かってたなら手伝うんじゃなくて、止めなさいよ!!」

 

「いやだって、俺じゃルミアは止められないし」

 

「甘やかすな!!!」

 

「こんな不衛生で不浄そうな棺、開けたらダメでしょ!!!?呪われたらどうするのよ!!!?」

 

「そうだぞ!!そういうのに入ってるバカ共は、ロクなもんじゃ無いってのが、定番なんだぞ!!!?」

 

「2人共、今もの凄い失礼な事言ってるぞ?」

 

「だって中にいるかもしれないでしょ?それにその甲斐もあったよ?中に皆はいなかったし」

 

そうだな、皆はいなかったな。

…皆は、ね。

 

「皆はって…何がいたのよ?」

 

「そりゃあ…」

 

「分かった!言わなくていい!言ったらSAN値が削られる類のものだろ!?」

 

「あはは。そんな事無いですよ?中にいらっしゃった御方は、冒涜的な…」

 

「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

そんな時だ。

 

〖我等ノ寝所をヲ暴ク不敬者共ヨ…!〗

 

〖汝ラニ災イヲ…!〗

 

そう言いながら、幾つかの怨霊の声がする。

 

「「出たァァァァァァァァァ!!」」

 

2人が仲良く抱きしめ合いながら、情けない悲鳴をあげる。

 

「どうする…!?アルタイルとルミアが…!?」

 

「うぅ…!ルミアとアイルが…!?」

 

おい、何ナチュラルに自分達を外してるんだ?

 

〖言ッテオクガ、貴様ラモダゾ…!〗

 

「「ですよね!!すみませーーーーーーん!!!」」

 

そりゃあ、あれだけ言いたい放題されたら、お化けさん達だって怒るよなぁ…。

 

「アイル君。私達が不用心に開けちゃったからかな…?」

 

「多分そうだろうな」

 

「うん。分かった。…ごめんなさい、貴方達を起こしてしまって。でも私達も大切な友達を取り戻したいんです。後でちゃんと弔いますから…どうか、お怒りを鎮めて下さいませんか?」

 

ルミアが彼らに向かって、真剣に頭を下げる。

あまりの光景に、先生達は唖然としてるが、俺としては2度目だ。

そして今回も聞き分けのいい幽霊だったらしく、ルミアのお願いを聞いて、消えていった。

 

「…良かった。ふふ、ちゃんと話したら分かってくれたみたい」

 

そう言って聖印をきって、静かに祈りを捧げるルミア。

まったく…こっちからしたら気が気じゃない。

 

「もしダメだった時は…どうするつもりだったのよ…?」

 

「え?浄化するよ(滅ぼすよ)?」

 

震える声で尋ねるシスティーナに、即レスするルミア。

いつかどこかで聞いた事あるやり取りに、思わず頭が痛くなる。

今度は違う意味で絶句する2人。

 

「はぁ…。この真銀(ミスリル)メンタルめ…」

 

「鋼より固くなった!?」

 

「こけ、またいっぱい集めた」

 

「まだやってたのか!?」

 

「どこから集めたの…?」

 

「あの箱の中」

 

「「捨てろぉ!!!」」

 

 

「へっ!今度のは分かりやすくていいぜ!」

 

次に出てきたのは、巨大な骸骨騎士。

鎧をまとい、手に大剣を持つソイツは、まるで門番のように身構えていた。

 

「よし!行くぞ!」

 

そうして俺達はルミアとシスティーナの援護の元、殴り掛かる訳だが

 

「コイツ…!」

 

「強い…!」

 

かなりの頑丈さと剣技の高さに、俺達は苦戦を強いられる。

 

「この…!先生!」

 

俺が攻撃を糸で止め

 

「おう!リィエル!」

 

先生が体勢を崩して、リィエルに繋ぐ。

そんな作戦は

 

「あれ?」

 

リィエルが突っ込んでこないので、不可能だった。

何があって…?

 

「おい、リィエル!?何して…!?」

 

振り向くとリィエルは、未だに苔を採取していた。

 

「お前何してんだァァァァァァ!!!?」

 

「ん、コケ集め」

 

「してる場合かァァァァァァァ!!!?」

 

そんな先生とリィエルのコントの隙をついて、俺の防御を抜き去り、一気に骸骨騎士が2人に迫る。

 

「マズっ!?抜かれた…!先生!リィエル!」

 

「ッ!?クソ!」

 

先生が俺の声に反応して、咄嗟にリィエルを抱えて、飛び避ける。

 

「…あ」

 

その時リィエルの手元から何が落ちて、その場に無慈悲にも、骸骨騎士の大剣が振り下ろされる。

 

「先生!?大丈夫ですか!?」

 

「ああ!何とかな!それより覚悟しろ!こいつは長丁場に…」

 

先生の言葉が止まる。

何故なら、長丁場になると言おうとした敵が、一瞬で粉々になったのだから。

その下手人はリィエル。

残心した姿勢から、フラリと立ち上がり振り返る。

その目には、涙が流れており

 

「…こけ。せっかく集めたのに…ダメになっちゃった…うぅ…」

 

どうやら落としたのは、苔の入った瓶らしい。

 

「あぁ…泣かないで、リィエル。また一緒に集めよう?私もアイル君も手伝うから…ね?」

 

「え、俺も?…ったく、仕方ねぇな。ほら、リィエル。目を擦るなよ、後になるぞ」

 

グジグジと涙を拭うリィエルを、優しく抱きしめ頭を撫でるルミア。

俺もリィエルの目を、優しく手巾で拭く。

きっととても美しく、健気な光景だ。

…足元のガラクタに目を向けなければ。

 

「…幽霊の10倍怖い」

 

「同じく」

 

システィーナは、グレン先生の妄言に同意せざるを得なかったらしい。

いいから手伝えよ、バカコンビ。

それからも色んな罠が、用意されていた。

 

 

「クソォ!この扉開かねぇ…!」

 

「…あ。これ引き戸ですね」

 

「なんだそりゃ!?」

 

 

「この宝箱は…罠ね!こんな単純な罠に…」

 

「ギャアアアアア!!ミミックだった〜!!」

 

「バカなんですか!?貴方は!?」

 

 

「だから、同時だって言ってんだろ!?」

 

「そっちが早すぎるのよ!」

 

「だァァァ!もう2人共どけ!ルミア、やるぞ!」

 

 

紆余曲折様々な罠をくぐり抜け、やっと【王の玄室】にたどり着いた。

 

〖ククク…ヨクゾ辿リ着イタナ…〗

 

「先生、奥に…」

 

「ああ!やるぞ!」

 

先手必勝と言わんばかりに、俺と先生が一気に接近する。

それと同時に先生が【愚者の世界】を起動して、魔術を封じる。

これで狂王はカカシも…

 

〖『愚カナリ』!〗

 

「な!?魔術!?」

 

咄嗟に躱してやり過ごす。

 

「バカな!?どうして…!?」

 

〖ククク…ドウシテダロウナ…?〗

 

余裕綽々なその態度の隙を伺っていると、少し違和感を感じた。

 

「早く助けて下さいよ〜…」

 

「とんだ茶番だ…」

 

「アルタイル…早く助けて…」

 

あれ?何か…無気力すぎない?皆。

 

「…おい、狂王。お前、何者だ?」

 

流石にこの状況はおかしい。

グレン先生もその事に気付いたのか、怪しんでいる視線を向ける。

 

〖ソロソロ潮時カ…。我ガ正体、刮目スルガイイ!〗

 

そう高々に宣言してから、姿が変わる。

その姿は、俺達もよく知るあの人だった。

 

「ゲェェェェェェェェェ!!!!セリカァァァァァァ!!!」

 

そう、アルフォネア教授だ。

なるほど、それは確かに茶番だ。

 

「全部お前の仕業か!!」

 

「そう!【イクスティンクション・レイ】で、未踏破領域を掘ったんだ!」

 

「古代遺跡に何してんだよ!?バカか!?」

 

「細々とした仕掛けは全部、オーウェルに頼んだ」

 

「あのバカ、ぶん殴ってやる!!」

 

「後【愚者の世界】はあれだ。偽物とすり替えた」

 

「確信犯か!!!?」

 

「いや、そこは気付けよ」

 

何ともアホらしい結末だな。

 

「やっと分かった。…これ、【ライツ=ニッヒ】の【狂王の試練】の丸パクリじゃない」

 

「あぁ…道理で覚えがあった訳だ…」

 

「人一倍悪意とかに敏感なリィエルが、いまいちだったのは、教授だったからなんだね…?」

 

俺達は疲れたようにため息をつく。

結局これも、アルフォネア教授の暴走。

この間のロリ化事件の続きみたいなものだな。

結局システィーナが、フィーベル家御用達の超高級店を紹介して、そこで先生の奢りでディナーをする事で、手打ちになったらしい。

当然、黄金苔を売っぱらった分は、全部パーだったとか。

そして俺は、かなりの大金を懐に納めたのでした。

めでたしめでたし。




おまけ

「…なあ、リィエル。いつまで苔取るの?」

「ん。全部」

「…恨むぞ、ルミア」

「あ、あはは…頑張ろう?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勃発 愛の天使戦争

久しぶりにSAOの方も投稿しました。
あちらを含め、こんな自己満足小説を楽しんで頂き、ありがとうございます。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「「「…」」」

 

茂みから覗き込む、3人の女子生徒。

言わずと知れた三人娘、ルミア、システィーナ、リィエルだ。

そんな3人が見つめる先には

 

「…」

 

1人の黒髪の男子生徒…アルタイルだ。

そんな彼の側に走ってくるのは

 

「おまたせ!ごめんね、アルタイル君」

 

「いや、別に。さっき来たばっかりだから。…で?要件は?えっと…ユミルさん?」

 

1人の女子生徒。

首元のリボンを見たところ、同学年だ。

見た目は綺麗というより可愛らしい、特に怪しい噂も出ない普通の女の子。

アルタイルはそんな女子生徒に先を急かすように、手に持っていた紙…彼女が書いたラブレターをヒラヒラさせる。

それを見た彼女は、顔を真っ赤にしながら指をモジモジさせて、やがてアルタイルの顔を真っ直ぐ見る。

 

「大好きです!///私と付き合って下さい!///」

 

「…ごめん。君とは付き合えない」

 

アルタイルは静かに、しかしハッキリとその告白を拒絶する。

彼女はさっきまで赤かった顔色が、青色に変わる。

 

「ど、どうして…!?」

 

「どうしても何も、君とは初対面だし」

 

「その…付き合ってから知っていくのも、いいと思うの!まずはお試しとか…!」

 

「たしかにアリなのかもしれない。でもその行為は、不誠実な行為だ。君のその勇気ある行動に、泥を塗るような真似はしたくない。だから…ごめん」

 

そこまで言って頭を下げれば、彼女は諦めたのか静かに涙を流しながら、引き返していく。

 

「…ふぅ」

 

その様子をアルタイルは、疲れたように見つめるのだった。

 

 

 

「お疲れ様、アイル」

 

「ッ!?システィーナ…ルミアにリィエルまで…趣味悪ぃぞ」

 

「ついさっきここで、ルミアが告白されてたのよ」

 

突然現れた3人に驚きつつ茶化すと、どうやらルミアもここで、告白されたらしい。

 

「なるほど…毎度お勤めご苦労さん」

 

「アイル君も、お勤めご苦労さま」

 

ルミアとお互い労い合うと、お互い疲れたようにため息をついてしまう。

 

「2人共モテるわよね。これで何回目?」

 

「アイルも突き合いの申し出?…果し合いは受けないの?」

 

「だから突き合いじゃなくて、付き合いだって…」

 

俺はため息をつきながら、リィエルの頭を撫でる。

その時、俺のポッケから何か落ちる。

 

「アイル君。何が落ちたよ…?ッ!?これは…」

 

「ああ、悪いなルミア。ちゃんと返事しとかねぇとな…。メンドイけど」

 

ルミアが拾ったのは、俺宛のラブレター。

相変わらずのかなりの量だ。

ここだけではなく、ロッカーとかにもある。

たまにカッシュとかが受け取る事もあるのだが、その度に殴りかかってくるのはやめて欲しい。

 

「…アイルもちゃんと返事書くのね。大変じゃないの?」

 

大変じゃないと言ったら嘘になる。

でも…

 

「まあ、勇気を出して手紙をくれた訳だし、俺も最低限の筋は通さないとな。まあ、簡潔に返事をするだけだしな」

 

『アイルも』って事は…ルミアもか。

大丈夫かな?

俺と違って、バカ真面目に対応してるしな…コイツは。

そう思いつつ、そこに踏み込まずに

 

「さてと、戻るか」

 

俺は校舎に向かって歩き出した。

 

 

 

「ルミア…あんまり悠長にしてる暇はないわよ!」

 

「し、システィ!?///何言ってるの!?///」

 

「ルミア?アイルと突き合いたいの?」

 

「〜ッ!?///リィエル!///」

 

そんなプチ騒ぎには気づかなかった。

 

 

 

「ちくしょう…何で俺が…」

 

「まあ、ドンマイ」

 

「うるせぇ!俺はお前みたいに、給料発生しねぇんだよ!」

 

何をゴチャゴチャと言ってるかというの、またもや、オーウェル教授の発明に付き合わされる羽目になったのだ。

 

「ふははははは!よく来た!我が名誉助手アルタイル君!我が好敵手にして、心友のグレン先生!そしてその教え子の三人娘!」

 

「誰が名誉助手だ!」

 

そうツッコミながらも、もはや無意味なのは知っているので、ため息をつきながら、先を促す。

長くなるのでまとめると、今回開発したのは遠い未来訪れる、高齢化社会問題を解決する為の新薬。

その名も

 

「【超モテ薬】だ!」

 

「「「「…」」」」

 

何とも言えない空気が俺達を包む。

 

「これを使えば、どんな奴でもモテる!傾国なんて目じゃないくらいモテる!ある例外を除いて、この薬からは逃れられん!まあ、精神支配系魔術をガッツリ応用した、思いっきり違法な薬だからな!これを無差別に使って、若者達に産めや増やせや…」

 

「「この、大バカもんがーー!!」」

 

俺達は壁に、オーウェル教授の顔をめり込ませる。

 

「…異性の想いを…引き寄せられる薬…」

 

「あのオーウェル教授があそこまで自信満々に言うんだから…きっとよっぽど凄い効果があるんでしょうね…」

 

「ふ〜ん…」

 

そう言いながら、右手を伸ばす先生。

先生…何考えてるか…丸分かりだからな?

 

「待ちなさい」

 

ほら見ろ、案の定システィーナに止められてるし。

 

「一体どういうつもり?」

 

「どうもこうも…報告の為にもキッチリと、効果を見とかねぇとな!」

 

「何よその顔!絶対にロクでもない事考えてるでしょ!?」

 

「ちょっ!?離せよ白猫!」

 

「離すわけないでしょ!?そんなにモテたいの!?」

 

下らない揉み合いの末、瓶が高く飛ぶ。

いつの間にか蓋が空いてたらしく…

 

「きゃあ!」

 

ルミアにそれがしっかりかかってしまう。

 

「ルミア!?大丈夫か!?」

 

俺は慌てて手巾を貸すが、あっという間に乾いてしまい、拭けなかった。

 

「私は大丈夫だけど…」

 

「ならいいけど…。2人共!ふざけるならもっと周りを…?」

 

あれ?いつの間にかいない?

 

「ルミア…よく分からないけど…くっつきたい…」

 

「我慢出来ない…貴女が欲しい…」

 

「ルミア…俺の女になれよ…な?」

 

「ちょっ!?皆…!?どうして…!?」

 

これは…何事…?

あまりの光景に唖然としていたが

 

「キャッ!?システィ!?」

 

ルミアの悲鳴じみた声でハッとした。

 

「ルミア!『身体に憩いを・心に安らぎを・その瞼は落ちよ』!」

 

【スリープ・サウンド】で、3人を眠らせる。

 

「ルミア、大丈夫か?」

 

「う、うん…」

 

俺はルミアを起こしながら、オーウェル教授に尋ねる。

 

「どういう事ですか?見境無さすぎません?」

 

「うむ…。元々異性にしか効かないようになっている上に、ほんの数量で常識の範囲内で効くようになっていたはず…」

 

少し考えて、何か閃いたらしい。

 

「なるほど、元々彼女は薬を使わなくてもモテる!そこにあの薬を1瓶丸ごと使ったせいで、モテ度が天元突破したのだろう!最早性別や理性など、全く関係無くなったのだろう!」

 

「はぁ!?何それ!?」

 

どんなぶっ飛んだ理屈だよ!

その時、突然ドアが破られて

 

「「「「「「寄越せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」」」」

 

大量の生徒が押し寄せてきた。

 

「ゾンビかァァァァァァァァァァァ!!!!?」

 

俺は直ぐにルミアを抱き上げて

 

「さ、『三界の理・星の楔・律と理は我が手にあり』!」

 

【グラビティ・タクト】で飛び越えて、全力疾走。

縦横無尽に駆け抜け、ひたすらに逃げ回る。

 

「あ、アイル君!?アイル君はどうして…!?」

 

「知るかそんなもん!きっと…!?」

 

きっとそれは…薬なんて効くまでもないのだろうが、そんな事、口が裂けても言えない。

 

「きっと?」

 

「何でもない!///それよりしゃべんな!舌噛むぞ!!」

 

クソ…!キリがない!

どうする!?

そう焦っていると

 

「2人共!こっちです!」

 

声の方を見ると、医務室からセシリア先生が手を振っている。

俺達は躊躇いなく医務室にに飛び込み、何とかやり過ごした。

 

「…た、助かりました、セシリア先生」

 

「あ、ありがとうございます、セシリア先生」

 

「2人共災難でしたね…。私は専門家ですので、大丈夫ですよ。それよりも、ここの結界は即席です。アルタイル君は、結界術得意でしたよね?すみませんが、強固にして貰えないでしょうか?」

 

「了解です。ルミア、待ってて」

 

俺はすぐに外に出て糸で結界を張る準備をする。

…いや待て、何かおかしい。

この結界…精神防御用の結界じゃない。

…まさか!?

俺はすぐに医務室に戻るとそこには

 

「何があったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

血まみれの美女が2人、抱き合う淫靡で背徳的な光景だった。

 

「セシリア先生…興奮しすぎて、鼻血吹き出して倒れちゃって…」

 

「効いてたのかよ!?とんでもない絵面だわ!B級ホラーも真っ青だぞ!!いや、真っ赤だけどさ!!」

 

そんなコントをしていると、突然ドアが破りれる。

 

「「「「「天使様はここかァァァァァァァ!!!」」」」」

 

「げぇ!?俺の糸のバリケードはどうした!?」

 

「「「「「愛があれば問題ない!!!」」」」」

 

「大ありだバカヤロウ!!!ええい!逃げるぞ!」

 

俺はまたルミアを抱えて、逃避行に繰り出した。

しかし、何時までも人1人を抱えたまま、全力疾走出来る訳なく

 

「ゼー…ハー…ゼー…ハー…!クッソ!どこまでも…!お前ら疲れねぇのかよ!?」

 

「「「「「愛があれば問題ない!!!」」」」」

 

「そんな気がしたよちくしょう!!」

 

「アイル君!もういいよ!」

 

俺の顔色がそんなに悪いのだろう。

ルミアが決意を込めた顔で俺を見る。

 

「このままだとアイル君が…!私に構わずに…」

 

「俺が構うんだよバカ!!!いいから守られてろ!!!」

 

俺はルミアの言葉を遮る。

当たり前だ。

ルミアを…他人にやる訳ねぇだろ…!!!

しかしマジで八方塞がりだ。

どうする…!?

 

「「「「「「「「「そこかぁぁぁぁぁ!!!」」」」」」」」」

 

ゲェ!?前からも!

しかも先生達いるし!?

 

「【スリープ・サウンド】しっかり決まったよな!?」

 

「「「愛さえあれば問題ない!!!」」」

 

「万能だな!!!?愛って!!」

 

マジで手詰まりだな…!?

そう思った時

 

「『動くな』!」

 

その声と共に、前後から迫っていた愛の亡者共が、一斉に動きを止める。

その正体は

 

「お前達、相変わらず変なトラブルに巻き込まれているな」

 

「「アルフォネア教授!」」

 

よし!アルフォネア教授が味方なら…!

味方なら…味方…なら…?

 

「ええと…アルフォネア教授?なんかルミアに…近すぎない…?」

 

「ハハハ!私は第七階梯(セプテンデ)だぞ?こんな薬効くわけないだろ!…ところでルミア、私のものにならないか?」

 

「「第七階梯(セプテンデ)ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

 

ごっつ効いてるじゃん!

しっかりアウトじゃん!

 

ガッシャァァァァァァァァァァン!!!

 

「げぇ!?アルフォネア教授の拘束を解いた!?どうやって!?」

 

「「「「「愛さえあれば問題ない!!!」」」」」

 

「もういいわ!!!」

 

そうして、全ては愛ゆえに。

愛の為に引き起こされる。

 

「「「「「「「「「「戦争だ!!!」」」」」」」」」」

 

「勝手にしてろ…」

 

「あ、あはは…」

 

俺達は目の前で起こる、神話の再現を呆然と見つめるだけだった。

そんな中、突然現れたオーウェル教授。

 

「ふっ…完成したぞ!【反モテ薬】!」

 

「今まで何してたって言いたいけど…名前から察するに、中和剤?だったらちょうだい」

 

「いや、これは中和剤では無く解毒剤。彼らに使う物だ」

 

…唐突に物凄い嫌な予感がする…!?

 

「ええっと…この状況で…どうやって?」

 

ルミアも嫌な予感がしたのか、脂汗をかきながら、恐る恐る尋ねる。

その質問に答えるように、懐からボールを取りだし、そのボールに着いている紐に火をつけた。

 

「この私特性の魔導爆弾を使い、爆風で全てを吹き飛ばしつつ、学院中に薬を撒き散らす!これが最適解だとも!フゥーハハハハハハハハハ!!!」

 

「「…」」

 

きっと俺達は無表情なのだろう。

そして

 

「ふざけんなぁァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

俺の魂の叫びと共に、爆弾が爆発して全てが吹き飛んだのだった。

 

 

 

「あ、あはは…大変な事になったなぁ…」

 

私の周りには、私とオーウェル教授以外の皆が倒れていた。

私はアイル君がギリギリで張ってくれた結界のお陰で、無事に事なきを得た。

私はオーウェル教授に、ずっと疑問に思っていたことを聞く。

 

「あ、あの…どうしてアイル君には効かなかったんでしょうか?」

 

オーウェル教授は周りを見渡して

 

「ふむ。…今なら言ってもいいだろう。実はだね、ルミア君。この【超モテ薬】は、とある条件を満たした人物には効かないのだよ」

 

「特定の条件…?」

 

「うむ、魔術理論的には、恋愛感情を誘発させる魔力波は無意識の対人感情に乗せて放出される。つまり…使用者が意識している相手には届かない、という事だよ」

 

意識している相手…ってつまり!?

私の顔が一気に暑くなる。

 

「あ、あのあの!オーウェル教授!?///」

 

「ふっ。分かってるとも。そんな無粋な真似しないとも。青春、結構。命短し恋せよ乙女。先達として、応援してる」

 

そう言って帰ろうとした瞬間

 

「逃がすかボケぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

アイル君のドロップキックが炸裂。

そのままオーウェル教授は、復活した皆にボコボコにされるのだった。

でも、一つだけ腑に落ちない。

それはあの時

 

『きっと…』

 

アイル君は、何か言おうとしてた。

あれは一体なんだったんだろう?




おまけ

「はぁ…///」

(あんなこと言いそうになって…俺のバカ!)

「兄様?顔が真っ赤ですよ?」

「なんでもない!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名無しの反転ルミア

SAOのストックを貯め直さないと…。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「あら、おはよう。アルタイル」

 

「…は?」

 

ある日の朝、いつも通りの待ち合わせ場所で、いつも通りルミア達を待っていた。

待っていたのだが…

 

「何よ。ぼさっとした顔して」

 

その場所に現れたルミアは、まるでヴィジュアル系バンドの様なファッションで現れたのだ。

 

「な…何じゃそりゃああああああああああ!!!!?」

 

「アルタイル、朝から何を…?何じゃこりゃああああああああ!!!!?」

 

穏やかな朝のフィジテに、俺と先生の絶叫が響き渡ったのだった。

 

「ふん…惰弱ね」

 

 

「…で、何してるんだよ。ナムルス」

 

「は?何言ってるのよ。どこがナムルスとかいう、超絶美少女に見てるのよ。貴方達の目は節穴?」

 

「自分でいうな、バカ!」

 

「恥ずかしくないのか?」

 

そう、コイツの正体はルミアではなく、精神を乗っ取ったナムルスだ。

本人曰く、乗っ取ったのではなく、借りているだけらしい。

 

「それにしても、システィーナ。よく分かったわね」

 

「え、えぇ…」

 

たしかに見破ったのはシスティーナだが…

 

「お前…案外バカだろ」

 

「少しも掠ってないぞ…?やるならもっと寄せろよ」

 

言動にルミアのルの字も無いこの状況に、どこからツッコメば良いのやら…。

 

「は?嫌よ。なんであの子の真似をしないといけないのよ」

 

「何故に半ギレ!?」

 

「めんどくせぇ!」

 

1日借りるだけなら…まぁ。

タイミングが悪すぎるけど。

 

「1日だけなら、俺か先生の傍から離れるなよ。絶対に」

 

「あら?そんなにルミアが…」

 

「ナムルス。頼む、言う事を聞いてくれ」

 

「…分かったわよ。だったらそっちも私の事は秘密にして。どうせなら、ルミアとして過ごしたいし」

 

別にそれは構わないっていうか、説明出来ないし。

ただ…

 

「「「「「「何があったァァァァァァァ!!!!?」」」」」」

 

案の定、大騒ぎにはなるわな。

 

「いや…ルミ!?何が!?」

 

「社会ですの!?時代ですの!?」

 

「…嘘だろ?」

 

あのギイブルが、あれだけ驚愕するのだ。

ほぼ間違えなく、学院中で大騒ぎだ。

 

「ねぇグレン。何故こんなに騒がれないといけないの?」

 

「ねぇ。お前マジで言ってる?」

 

「…ああ、私とした事が。シルバーが少し曲がってたわね。イモかったわ」

 

「そこじゃねぇよ!アホの子か!?」

 

何て騒いでいると、突然廊下が騒がしくなる。

あぁ…アイツらだ。

豪快に教室のドアをこじ開けて、入ってきたのは

 

「「「「「我ら【ルミアちゃん親衛隊】!ここに推参!!」」」」」

 

「「『引っ込め・変態共』!」」

 

「「「「「ギャアアアアアアア!!!?」」」」」

 

俺とシスティーナの【ゲイル・ブロウ】が、親衛隊を根こそぎ吹き飛ばす。

 

「…誰よコイツら」

 

「変態集団。覚えなくていい」

 

俺達の一撃にも負けずに、やいのやいの騒ぐ親衛隊。

しかし、『いつものルミアに戻ってくれ』。

この一言に、カチンときたらしい。

 

「うるさいわね、豚共。夢見すぎなのよ。1度調教してあげようかしら?そもそも何が天使よ。ファンなら、イメチェンしたくらいで、ルミアを愛せないの?失望させないで。ほら、ぼさっとしないで、証を立てなさい」

 

「「「「「ッ!?ぶ…ぶひ〜!!!」」」」」

 

何て高度なSMプレイなんだ…!?

 

「もうダメだ、この学院」

 

「先生、諦めないで下さい」

 

「ナムルス…かっこいい…」

 

「だから、憧れちゃダメーーーーー!!!」

 

結局俺とシスティーナでは、収集つかず

 

「「『いい加減に・しろぉぉぉ』!!」」

 

魔術で強制的に、吹き飛ばすしか無かった。

 

 

「で?マジでやるの?お前」

 

「は?当たり前でしょ?」

 

今は魔術戦教練の時間。

なんと意外にも、ノリノリで授業を受けようとしているのだが

 

「多分やめた方がいいと思うぞ?」

 

「あら?まさか勝つ気なのかしら?この私に?」

 

「ッ!?」

 

咄嗟に飛び退いて、身構える。

ヤバい…なんだこのオーラは!?

半端ない圧力に、自然と冷や汗が流れる。

 

「別に取って食いはしないわ。遠慮なく来なさい」

 

「だったらお望み通り…!『雷精よ』!」

 

俺は負けじと、【ショック・ボルト】を放つ。

真っ直ぐにナムルスに飛んで行ったその一撃は

 

「わきゃん!?」

 

見事に命中し、ナムルスを感電させるのだった。

 

「「「「「「「…え?」」」」」」」

 

「し、勝者…アルタイル…。え?マジ?」

 

先生すら唖然とする中、何となく心当たりがあった俺。

 

「お前な…どんな力があるかは知らないが、今のお前は、ルミアの体なんだぞ?」

 

「…あ」

 

うん、先に気付こうな。

結局、ムキになったナムルスが手当たり次第に、挑んで負けた。

 

「…ま、人外が人の子に地を舐める。…いい経験にはなったわ」

 

「でも涙目だぞ、お前」

 

先生、そこは触れないのがお約束。

その後もナムルスは、まあ色々とやらかしてくれた。

魔術薬学で調合に失敗して、爆発させたり。

昼休みには、暗黒物質を作り出し、それを先生に押し付けたり。

なんやかんやで無事に、1日を過ごせた。

 

「ふぅ…何とか終わったな…」

 

「お、お疲れ様です…先生」

 

「グレン。今日は忙しそうだった」

 

「お勤めご苦労様でした」

 

俺達は先生を労いながら、帰り支度をする。

 

「さてと…ナムルス。もういいだろ?」

 

「ッ!…嫌よ」

 

「「「え?」」」

 

そろそろ、おいたがすぎる。

 

「…おい。何が事情があると思って、何も言わなかった。だが、約束反故は違ぇだろ。筋が通らねぇ」

 

「あら?そんなにルミアが大事?もしかして…」

 

「やかましい。とっとと戻れ」

 

その時ナムルスが、薄く笑ってから

 

「キャアァァァァァァァァァ!!!」

 

突然悲鳴をあげた。

 

「「「「「ルミアちゃん!!!」」」」」

 

げっ!?親衛隊の連中…!

 

「コイツらが私の事を…!」

 

そう言った瞬間

 

「「「「「この鬼畜共〜!!!」」」」」

 

「「ゲェ!?」」

 

「キャア!」

 

「邪魔!」

 

いきなり俺達に詰め寄ってくる、親衛隊共。

その隙に

 

「アハハハ!それじゃ…ごきげんよう?」

 

「バカ!待て…行くな!!!」

 

俺の静止を無視して、ナムルスが1人で外に出てしまったのだった。

 

 

 

 

「…う、うん…?ここ…は…?」

 

ナムルスが気が付くと、薄暗い倉庫のような場所だった。

 

「私は…たしか…」

 

(グレン達から、離れる為にけしかけて…そして学院を出て…って!?)

 

「縛られてる…!?」

 

「き、気が付いたんだね。ルミアちゃん」

 

ナムルスが顔を上げると、そこには男がいた。

生理的嫌悪を催す類の男だ。

 

「何よ貴方?キモッ。ふざけないで。さっさと解きなさい」

 

相変わらずの切れ味の暴言を吐き捨てる。

だが返っきたのは

 

「ち、違ァァァァァァァァう!!!」

 

「ハァ!?…うぐ…!?」

 

いきなり首を絞められるナムルス。

 

「ルミアちゃんはそんな事言わない!もっと優しく、天使のような子だ!!それが何だ!そんなにビッチみたいな格好と言葉使ってぇぇぇ!!…はっ!?」

 

男は慌てて、ナムルスの首を掴んでいた手を離す。

 

「ごめんね…ルミアちゃん。苦しかった…?でも、ルミアちゃんが、悪いんだからね…?でも、大丈夫…すぐに、元の天使ちゃんに戻れるように…再教育…してあげるからね…?」

 

そう言って男が取り出したのは、学院の女子制服と首輪。

ナムルスは直ぐにでも、呪詛を吐き捨てようした。

しかし、口が震えて動かない。

無くして久しい、恐怖を思い出してまったのだ。

 

(この体を捨てて、すぐに逃げる?嫌!そんな真似、出来る訳ないじゃない!でも…どうすれば…!?)

 

「誰か…助けて…!」

 

ナムルスの思考が、グルグルと空回りしているその時

 

(大丈夫ですよ。ナムルスさん)

 

突然、内側からルミアの声が聞こえた。

 

(え?)

 

(そのままでいいです。ただ、お守りに祈って下さい。後は…彼が助けてくれます)

 

(貴女…何を…!?)

 

(ナムルスさん!速く!!)

 

(もうままよ…!)

 

そう思ったナムルスが、言われた通りにした瞬間、世界が変わった。

 

「…へ?」

 

「ったく…だから言っただろ?俺か先生の傍を離れるなって」

 

薄暗い倉庫にいたはずが、いつの間にかその外にいる。

自身の身を包むあまりにも暖かく、優しいその力は、どんどんと強ばっていた体を解していく。

 

「後は俺に任せとけ…ナムルス」

 

「あ、アルタイル…!」

 

 

 

さてと、お守り反応を追ってここまで来たはいいが、突然ルミアのお守りが喚起し出したのは驚いた。

中でアイツの怒鳴り散らした声が聞こえるが、俺には関係ない。

 

「…ここで待ってろ」

 

そう言ってナムルスを下ろしてから、俺はドアを蹴り破って中に入る。

 

「ッ!?お前は…いつもルミアちゃんと一緒にいる…!?お前が…オマエガァァァァァァ!!!」

 

「うるせぇよ」

 

俺は襲いかかってくるバカを躱してから、その顎に右ストレート。

そのまま脳震盪で落ちる体に合わせて、顎に左アッパー。

さらに上段回し蹴りで、顎を粉々にしながら、完全に意識を分断する。

 

「…殺さないだけ、有難く思え」

 

 

警邏官達に引き渡してから、俺達はナムルスに説教をしていた。

 

「だから、離れるなって言ったんだ」

 

〖うぅ…ごめんなさい…〗

 

ルミアに体を返して、いつも通りになったナムルスに事情を説明する。

この数日前から、ルミアにストーカーが付きまとっていたのだが、コイツが中途半端に魔術を齧った輩だったのだ。

俺と先生で、尻尾を掴んだのが昨日。

今日にでも仕掛ける気ではいたんだが、このバカが余計な事を…!

 

「ま、まあまあ、アイル君。無事だったんだし…ね?」

 

「…はぁ。ルミアがそう言うなら」

 

俺がそう言うと、今まで黙っていた先生が口を開く。

 

「で?これだけ色々迷惑かけて、何がしたかったんだ?」

 

しばらく黙っていたナムルスが、やがてポツリと呟く。

 

〖…羨ましかったのかもね、貴方達が。私に肉体は無いし、戯れる仲間もいない。だから…〗

 

その言葉に、俺達は言葉を失う。

こちらに背を向け淡々と言うその背中は、少し寂しそうだった。

 

〖もういいわ。貴方達の日常に干渉しない。こんな事1回だけでごめんだわ〗

 

そう言ってから小さく、ルミアに謝罪する。

姿が消えるその半瞬前

 

「ナムルスさん!また…また、学園生活を満喫したかったら、言ってください!」

 

その言葉に、ナムルスが唖然とする。

 

〖…貴女、怒ってないの?貴女の評判、一日で滅茶苦茶にしたのよ?〗

 

「あはは…それは困るなぁ…。でも、私の評判より、ナムルスさんが寂しそうにしてる方が…やだなぁ…なんて」

 

そんなふうに言うルミアに続いて、先生も面倒くさそうに

 

「ったく。まあ、生徒がしたいなら勝手にこい。ただ、大人しくしてろよ?今日みたいなバカ騒ぎはごめんだからな?」

 

そんな2人を見て、俺も肩を竦める。

 

「ま、普通にするなら何時でもどうぞ。少なくても、俺達は歓迎ってこと」

 

俺達の事をしばらく凝視した後、ボソッと一言

 

〖…ありがとう〗

 

そう言ってから、姿を消すナムルス。

 

「…帰るか」

 

先生の一言で俺達も動き出す。

またあの穏やかな日常に、そしていつか、ナムルスがその輪に加わる事を、夢見ながら。




おまけ

「ナムルスのセンスは、一体どこから学んだんにだ?」

「さあ…あれだけは…ちょっと…」

【聞こえてるわよ】

「「えっ!?」」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リィエル捕獲大作戦

歯医者、行きたくないですよねぇ…。
それより、こんな学生生活も楽しのうですよねぇ。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

とある穏やかな昼下がり。

行きつけのカフェのオープンテラス席を陣取っている俺達は

 

「だから、ここはこうで…この式を変換して…」

 

「あ、本当だ。システィ、凄い」

 

「そうなるのか…納得」

 

今日の講義の復習をしていた。

ほとんど、システィーナによる解説を聞く会なのだが、天才肌にしては説明は分かりやすい。

そんな様子を黙って見つめるリィエル。

その目の前には、苺タルトがある。

…ああ、悪い事をした。

 

「悪ぃな、リィエル。まだかかりそうなんだ」

 

その俺の一言に2人も気付いたらしく

 

「あ、ごめんね。先に食べててもいいよ?」

 

「気にしないでいいからね?」

 

リィエルに先に食べるように催促してから、再び勉強に没頭する。

だから気付かなかった。

リィエルが、痛みに耐えかねていることに。

 

 

「おぉぉぉぉぉ!!久しぶりのマトモな飯だーー!!」

 

「もう!騒がないで下さい!恥ずかしい!」

 

次の日の昼、給料が入ったのか、いつも以上にテンションが高いグレン先生と、それを咎めるシスティーナ。

 

「うるせぇ!これが騒がずにいられるか!今日は豪勢にするぞ!」

 

「全く…無計画に使ってたら、意味ないでしょう…」

 

「あはは…まあまあ…」

 

何時でもどこでも騒がしい連中だよな、俺達。

今日は俺も食堂であり、ローストビーフ、フィッシュアンドチップス、ミートパイ、チーズサラダなど、結構貰ってきた。

先生は痩せの大食いなので、俺と似たようなメニューに、俺以上の量で持ってきた。

先生は挨拶もそこそこにガッつき出す。

 

「もう!行儀悪い!」

 

「仕方ねぇだろ…!マジで数日ぶりなんだから…!」

 

まだ食ってるし…どれだけ飢えてるんだよ…?

 

「あれ?どうしたの、リィエル?」

 

ルミアの声に反応して、リィエルを見る。

 

「リィエル?腹減ってないのか?」

 

「…そうじゃない」

 

「どこか具合が悪いの?」

 

「…そうじゃない」

 

「苺タルトに飽きちゃった?」

 

「…そうじゃない」

 

俺達が聞いても、全部素っ気なく答えるだけ。

そんな様子を知らずに

 

「お!リィエル食べないのか!?だったら俺が!」

 

なんの遠慮も無く、先生がリィエルの苺タルトに手を伸ばす。

 

「ダメ!」

 

慌ててリィエルがかっさらって、口に放り込む。

その瞬間

 

「ピィィィィィィィィ!!!?」

 

文字通り、変な声を出しながら飛び上がる。

俺達は唖然として、リィエルを見つめる。

普段能面のリィエルが、ここまで感情を出すとは。

何やら右頬を…あ。

 

「リィエル。口開けて」

 

俺はリィエルの口の中を確認して…

 

 

「アハハ…。これは立派な虫歯ですね…」

 

「苺タルトの食いすぎだ。バカもん」

 

案の定、右奥歯にでかい穴…虫歯が出来てたのだ。

システィーナ達も歯磨きの速さには、違和感を感じてたらしいのだが、そこまで気が回らなかったらしい。

 

「これって…法医術でどうにかなるんですか?」

 

「なりますよ?私歯科治療出来ますし。まずは、虫歯になった歯と神経を削り取ります。これはどうにもなりませんので。空いた穴に粘土状の疑似歯質を詰め込み、それを法医術で同じ成分に変換して、馴染ませるんですよ」

 

へ〜、そういう風にやるんだ。

でも…

 

「削るのは、一緒なんですね…」

 

「アイル君?顔色悪いよ?大丈夫?」

 

「あ、あぁ…実は俺も虫歯になった事あるんだけど…。その時ゼンマイ駆動式ドリルで、ゴリゴリ削られるのが、滅茶苦茶痛くてさ…。あれ以降二度と虫歯になるもんかって誓ったんだよ」

 

顔に出るほどあれはキツかった。

二度とごめんだ、マジで。

 

「…?私にはよく分からないけど…ムシバ?治すの痛いの?」

 

「大丈夫ですよ。私はいい麻酔の魔術薬持ってますし、魔力駆動式ドリルなら、速いですから」

 

「おいおい、アルタイル。リィエルをビビらせて、どうするんだよ」

 

む、その気は無かったが…それもそうだな。

そうして治療が始まったのだが…

 

「んあぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

ドンガラガッシャーン!!!

 

聞いた事ないような悲鳴をあげて、セシリア先生を突き飛ばすリィエル。

そのまま逃走。

 

「「「「セシリア先生!?」」」」

 

「う、迂闊でした…。あの薬、稀に体質的に聞かない人が…」

 

「なんて…運の悪い…」

 

「と、とにかくリィエルを探さないと!」

 

「ああ!急ぐぞ!」

 

俺達は手早くセシリア先生の手当てを済ませて、一旦教室に向かう事にした。

 

「お前達!リィエル見なかったか!?」

 

教室にたどり着くと、何やら掃除ロッカーの前で皆が困り果てていた。

 

「先生?何が…?」

 

俺達は、皆に事情を説明する。

 

「なるほど〜。…リィエルなら、そこだぜ」

 

カッシュが指さした先…掃除ロッカーがガタッと揺れる。

 

「サンキュー。ほらリィエル。出てこい」

 

「やだ」

 

ドアを開けようとすると、中から引っ張ってるのか、ビクともしない。

 

「リィエル!虫歯ば早めに治療しないと、大変な事になるのよ!」

 

「でもやだ」

 

「リィエル。今度は大丈夫だよ?次はきっと…」

 

「嘘。…痛かった」

 

ルミアの説得にする、応じない。

涙声で言われると、こう…兄貴としての性が、揺すられる。

 

「アイル君…甘やかしたら…」

 

「リン。分かってる」

 

どうやら、リンには気づかれたらしい。

先生が強行手段に出た。

あともう少しってところで…

 

「やだ…やだァァァァァァァァァァ!!!」

 

リィエルがロッカーの中から、砲弾のように飛び出してきた。

先生もその付近にいた生徒達も吹き飛ばして、廊下に脱兎の如く逃げ出したのだった。

 

「あんの、おバカァァァァァァァ!!!」

 

先生が怒り心頭の中、俺達2組生一丸となって、リィエル捕獲に乗り出す。

まさにその時

 

「話は聞いた!」

 

「我々も手を貸そう!」

 

「『死ね』!」

 

「「ギャアアアアア!!」」

 

反射的に、魔術で吹っ飛ばしてしまった。

 

「アンタらが絡むと面倒なんだよ!オーウェル教授!ツェスト男爵!」

 

そう、首を突っ込んできたのは、学院きっての変態ワンツーだった。

 

「あ、アイル君…このままだと…!?」

 

「クソ!先生!どうする!?」

 

「こうなったらヤケクソだ…!全員まとめてやるぞ!【リィエル捕獲大作戦】!決行!!」

 

 

 

まずすべきなのは、外に出さない事。

つまり

 

「おっと。残念だったな、リィエル。この学院に流れる霊脈を利用して、お前だけを弾く結界を張らせてもらった」

 

「それはいいが、アルタイル。どうやって?」

 

「…オーウェル教授の発明を利用した」

 

「あのバカ…!」

 

俺と先生が、頭痛くなる会話をしている間に、皆がリィエルを取り囲む。

何とか皆が説得しようとするも、それもダメ。

 

「はぁ…面倒くさい。どうするんですか?」

 

「ええい!しゃらくさい!かかれ、もの共!」

 

ギイブルの言葉を受けた先生が、悪代官のような号令に、皆がリィエルを確保しようと動き出す。

しかしそこは特務分室の軍人。

素人では話にならない。

 

「フハハハハ!私に任せたまえ!こういう事もあろかと、地雷を仕掛けておいたのだァ!!」

 

オーウェル教授が高笑いしながら、何かを操作すると、突然地面からニョキニョキと何かが生えてくる。

本人曰く、地雷。

 

「だから、お前は…」

 

先生がオーウェル教授を逆さに抱き上げ、高く跳躍。

そのまま首を肩につけて、股裂きクラッチ。

 

「何を想定しとるんじゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

そのまま激しく着地。

その衝撃で、オーウェル教授をKOさせた。

 

「し、信じられねぇ…!?あれは!」

 

「あれは…【五所蹂躙絡み】!使い手がいたなんて…!?」

 

「2人は何言ってるの?」

 

愕然とする俺達に、苦笑いしながらツッコミを入れるルミア。

これなら流石のリィエルも…と思ったのは一瞬。

 

「「「「「「ぎゃあーーーー!!!」」」」」」

 

「俺が死んだら…ベッドの下にある…聖書を…捨てて…く…れ…」

 

「「「「「ルーゼルゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!」」」」」

 

死屍累々の同級生達。

そりゃ、獣並みの感覚を持っているリィエルだ。

この程度、朝飯前か。

しかし、素人の同級生達はそうはいかず。

後ルーゼル…それは性書だろ…。

 

「オーウェル!さっさと引っ込めろ!」

 

「む…!仕方ない…!」

 

オーウェル教授が引っ込めた途端、一気に包囲網を脱出して、逃げ出すリィエル。

 

「「「「「「「「…」」」」」」」」

 

「…」

 

俺達は沈黙したまま、オーウェル教授を睨む。 無言の睨み合いが続く中、先生が動き出す。

 

「…何か、言い残す事は?」

 

「…ふっ!失敗は成功の元!次に乞うご期待!」

 

「する訳ねぇだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

次に俺達が追いついたのは、悶えるリィエルを見下ろす、エロ…ツェスト男爵。

 

「…ふっ。精神支配魔術とは、こうするものなのだよ」

 

ドン引きしてる俺達に、得意げに男爵が言う。

 

「精神支配は、かける瞬間を悟られてはいけない。戦いが始まった時には、既に決着はついている。…それこそ基本にして、理想なのだよ。分かるかね?」

 

なるほど…たしかにそうだ。

ツェスト男爵の言葉は、正しい。

ただ…俺達が言いたいのは1つ。

 

「「「「「「「倫理的にアウトーーーーーーー!!!」」」」」」」

 

俺はパンチを打ち込む瞬間、全部の関節を固めて、文字通り、全体重を乗せて放つ。

人体が発するような音では無い音を響かせながら、ツェスト男爵を沈める。

 

「あ、あれは…【全関節固定打撃術】!?アイル…貴方、使えたの!?」

 

「システィはどうして、そんなに詳しいの?」

 

そのままツェスト男爵は無視して、俺達はとにかく学院中を逃げ回るリィエルを、ひたすら追いかけた。

 

「…正攻法では無理か」

 

俺はこっそりと抜け出す。

リィエルを探し出す。

…あれ?アルフォネア教授も一緒だ。

 

「リィエル、見つけたぞ」

 

「ッ!?アイル…」

 

すぐにアルフォネア教授の背中に、隠れらてしまう。

 

「…なぁ、リィエル。たしかにすごく痛いけどさ、早くしないとずっと痛いままだぞ?俺もそりゃあ、死ぬほど痛かったけどさ…」

 

俺は懐かしき、あの日を思い出す。

ウッ…体が震える…。

 

「…アルタイル?お前もなのか?」

 

「へ?何がです?」

 

「やっと見つけたぞ!リィエル!」

 

俺がなんの事か聞き返そうとした時、グレン先生達がやってくる。

 

「ったく…散々逃げ回りやがって…お仕置だぞ?」

 

先生が冗談めかして、リィエルにそう告げた途端。

 

「…本当だったのか」

 

「は?セリカ?」

 

「アルフォネア教授?」

 

アルフォネア教授がボソッと呟いたと思えば、突然俺達を庇うように立ち塞がる。

…あれ?

 

「お前、聞けばコイツらに随分酷い事してるらしいじゃないか?」

 

…え?酷い事?『コイツら』って…俺まで?

何言ってるんだ?この人。

唖然としていると、突然アルフォネア教授が魔術をぶっ放した。

 

「私は…そんな風に…!体罰と痛みで教育するような奴に育てた覚えは無い!!!」

 

これ…もしかしなくても、思いっきり勘違いしてるやつだ!

 

「あ、アルフォネア教授!?ちょっと落ち着いて…!俺達の話を…!」

 

「ッ!?…グレェェェェェン!!!」

 

あ、これ火に油注いだパターンだ。

そのまま止めきれず、学院中を震わせる壮大な戦いが始まって…

 

 

「アハハハハハ!!虫歯の治療か!!だったら、そう言えよ!!」

 

「言う前にぶっ放したでしょう?」

 

どうやら、アルフォネア教授は教員研修に行っていたらしく、その内容が体罰だったらしい。

そこにリィエルの腫らした頬と、俺の言葉。

それらが重なり、過剰に反応してしまったらしい。

 

「ん?…これ、リィエルの歯ですよ!」

 

「なんだと!?」

 

「…リィエル、あーん」

 

俺が口の中を確認すると、たしかに抜けていた。

そして、下から新しい歯が生えてきていた。

 

「それ、乳歯だったんだな。とりあえずは虫歯の心配はこれで無くなった…かな?」

 

こうしてなんとも言えない結末になった。

まさに、骨折り損のくたびれ儲け。

…いや、先生の場合、修繕費のせいで、儲けゼロか。

ちなみに後日フィーベル邸にて、真剣に歯を磨くリィエルの姿があったとか。




おまけ

「システィーナ。ルミア…血が出てきた」

「え?…あぁ!もう!強く磨きすぎよ!」

「歯茎から血が出ちゃってる!せ、セシリア先生のところ行かないと!?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導探偵ロザリーの事件簿 無謀編 Anotherside

ルミアとアルタイルを甘々にするのが、大好きです。
何故かって?妄想全開だからです。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「浮気調査…ですか?」

 

⦅はい、それを貴方に頼みたいのです。アルタイル君⦆

 

システィーナから借りた通信宝石で話す相手は、彼女の母親、フィリアナ氏だ。

 

「失礼ですが…あのレナードさんですよね?浮気なんてそれこそ…」

 

⦅私もそう思いたいのですが…⦆

 

俺はふと思い出す。

たまたま帰ってきていたのだろう、レナード氏とフィリアナ氏。

その視線の先にいる、楽しげに歩くルミア達三人娘。

紛れもない家族の一コマ。

…俺やベガには、一生届かない夢。

この依頼は、きっとそんな夢のような世界を壊してしまう。

でも…もし逆なら?

その証拠が無かったら…守れるのか?

そう思った時には、口にしていた。

 

「分かりました。頑張ります」

 

⦅…ッ!ありがとうございます。それと…私達家族の事は、気にしないで下さいね⦆

 

そう言って通信が切られる。

…見透かされたか。

 

「ほらよ、システィーナ」

 

「お母様、どうしたの?」

 

「…んにゃ、あっちで賊に襲撃されたらしい。無事に撃退したけど、こっちにも来るかもしれないから、今晩、護衛をお願いされたんだよ。だから…一晩世話になる」

 

適当に嘘をつく。

 

「そうなの!?無事なら良かった…。分かったわ!用意はしておくから!」

 

「ああ。こっちもとりあえず一旦帰って、着替えとかの用意してくるわ」

 

こうして俺の秘密の戦いが始まった。

 

 

「いらっしゃい!アイル君!」

 

「突然すまんな、ルミア。お邪魔します。これ、手土産の苺タルト」

 

「ッ!苺タルト!」

 

奥からリィエルが、ものすごい勢いで迫ってくる。

 

「リィエル!めっ!」

 

「リィエル!ダメよ!」

 

「むぅ…」

 

何だ?何事だ?

 

「実はね…」

 

リィエルの偏食を問題視したフィーベル家は、リィエルに苺タルトの制限を強行。

こっそりと隠し持っているらしい。

 

「なるほどな…。ならこれもお預け」

 

「ッ!?」

 

あ、後ろにガーンって文字と落雷が見えた。

それくらい露骨に落ち込んでいるらしい。

 

「とにかく中に入れてくれ」

 

「そうだったわね!ようこそ!」

 

 

おいしい晩飯をいただき、風呂にも入らせてもらった。

 

「さてと、間取りは確認した。この家の結界も確認済み。正直…抜けるとは思えないけど…」

 

という表向きの仕事をこなしつつ、本当に欲しいもの、この家の間取りを手に入れた俺。

さてと、後はタイミング…!?

 

「今一瞬…?気のせいか…?」

 

確認を取ろうとした時

 

「アイル君!コーヒー飲む?」

 

「ああ、ありがとう。…気のせいか」

 

俺は部屋から出て、ルミアからコーヒーを頂くことにした。

 

 

 

ここはフィーベル邸の屋根裏。

 

「何で…アルタイルが…!?」

 

「今のも、先輩の教え子さんですか?」

 

「クソ!何でアイツが…!?アイツがいるとなると、相当難易度が上がったな…!」

 

そんな会話をするのはグレンと、その後輩である【ロザリー=デイテード】だ。

ひょんな事から、彼女の依頼を手伝うようになったグレンは、今回も巻き込まれていた。

その内容は『浮気調査』。

対象、レナード=フィーベル。

依頼人、フィリアナ=フィーベル。

つまりアルタイルと同じ事件を、追いかけているのだ。

その最中、使い魔を放ち様子を伺うことにしたグレン。

その使い魔が目撃したのが、アルタイルだったのだ。

 

「…まあいい。アルタイルにも気づかれないように動くぞ」

 

 

 

 

 

暖炉の前の安楽椅子に座り、ルミアがコーヒーを淹れてくれるのを待つ。

ふと、コーヒーの独特のいい香りが近付いてきて

 

「おまたせ、アイル君」

 

「ありがとう、ルミア」

 

サイドボードには、カップとおかわりの入ったポット、後は皿に出された、俺が持ってきた苺タルトがあった。

 

「リィエルには内緒だね?」

 

そうお茶目に笑うルミアに、俺も思わず笑う。

 

「だな」

 

俺は1口啜ってから、1口齧る。

 

「…うん、美味しい。タルトにもよく合う」

 

「本当?美味しい?」

 

「ああ、うちで出せるぜ?」

 

「もう!茶化さないで!」

 

「「…アハハハハハ!」」

 

そのまま2人でゆったりとした時間を過ごす。

特に変わった事はしない。

ただコーヒーを啜り、タルトを齧り、少しお喋りする。

そんなありきたりな食後の時間なのだが…

 

なんというか…熟年夫婦みたいだな…

 

「うぇっ!?///」

 

「は?…あ」

 

しまった…!口に出てた…!?

 

「待て!ルミア!///今のはその、違っ!///いや、違くはないけど…!いいから、落ち着け!///」

 

慌てて弁明するも、真っ赤になってアワアワしているルミアは、全く聞かず

 

「わわわわ!?///私達が…ふふ…夫婦…!?///」

 

「ルミア!?カップ置け!じゃないと…!?」

 

動揺したルミアがカップを落としてしまい…

 

「あつッ!?」

 

「ルミア!」

 

 

 

 

(ゲロ甘ぇ…)

 

(甘々…)

 

 

透明になる魔術で、覗いていたグレンとロザリーが、同じ事を思った瞬間だった。

 

 

 

 

カップを落として中身のコーヒーを被ったルミアは、そのままお風呂に直行。

俺も片付けをして部屋に戻るふりをして

 

「…ここだな」

 

レナード氏の部屋に直行。

こっそりと忍び込むも

 

「うへぇ…指輪だらけだな」

 

そういえば、指輪を使った魔術が得意なんだっけ?

俺は魔力感知の術【デティクト・マジック】を応用した、結界を張り魔力を可視化させる。

彼は魔導省の官僚。

なら当然、相手は魔術師の可用性が高いと、睨んだ俺は、レナード氏の魔力じゃない物を探る為に、これを使った。

 

「あった」

 

それは、本棚の奥の方から出てきた。

正体は、ダイヤがついている指輪だった。

 

「…ビンゴ…か」

 

…これを伝えなくては、いけないのか。

アイツらのこの平和な世界を壊さなくては…いけないのか…。

 

「…やだなぁ…」

 

出来るなら、隠蔽しちゃいたい。

でもそれはきっと…この家族の為にはならない。

どうすれば…!?

 

「…説明してもらうぞ、アルタイル」

 

「…先生?」

 

部屋に入ってきたのは、グレン先生と、見慣れない女性。

なんで?どうして?

色んな疑問が浮かぶ中、俺が口にしたのは

 

「…どうしよう、先生」

 

自分でも恥ずかしいくらい情けない声で、助けを求める言葉だった。

 

 

 

 

「…なるほどな、お前もフィリアナさんから…」

 

「はい。でも…おかしくないですか?」

 

「ああ、おかしい。何で同じ人が、同じ内容を、別々の人物に依頼したのか」

 

「唯一違う点は、指輪の情報の有無」

 

「そうだ。そしてロザリーは、直接依頼として。お前は、白猫が持っている通信宝石越しに今日、頼まれた」

 

「フィーベル夫妻は今、帝都にいて、明日帰ってくる。なのに直接、依頼を受けた」

 

「そしてお前は、白猫が持っている私物で話を聞いた。つまり…」

 

「アンタが偽物だな。フィリアナ=フィーベル」

 

俺達は目の前にいる女性、フィリアナ=フィーベルを睨みつけた。

 

「…お前は誰だ?」

 

 

 

 

結論から言えば、浮気はしていない。

ただ、部屋にあった指輪には、極微細な呪いのルーンが、びっしりと刻まれていた。

効果は簡単に言えば、相手の愛情を自分に向けさせるもの。

しかも身につける必要はなく、あるだけで効果を発揮する類のもの。

下手人は若い女性だった。

彼女はレナード氏に横恋慕したのだ。

だが、相手は極度の愛妻家のレナード氏。

指輪なんてもの、簡単には受け取らない。

だから、前に1度立ち寄った際に、直接仕掛けたのだ。

愛情自体が手に入れば、後は長いスパンでレナード氏が手に入る。

そして呪いが十分にかかったところで、探偵のロザリー氏に、嘘偽りの依頼をして回収。

全ては、若さゆえの抑えきれない衝動によって引き起こされた、哀しき愛の暴走。

 

「…というのが、この騒動の真実です」

 

「そうだったのですね…。ありがとうございます。アルタイル君」

 

俺は昨夜の謎解きの事を、フィリアナ氏に報告。

正直、これが第三者による犯行で、ホッとしている自分がいる。

 

「これ、依頼料です。受け取ってください」

 

渡されたお金が入った小袋を俺は、静かに返した。

 

「お金はいりません。…ですが…お願いがあります」

 

「え?何ですか?」

 

「…どうか、夫婦で仲良くいて下さい。ルミア達、貴女達の話をする時、いつも嬉しそうなんです。いつも、心配してます。今回も、嘘の襲撃事件をでっち上げましたが、すごく心配してました。今も、きっと今晩の献立を考えながら、買い物してると思います」

 

そこまで言って、言葉を切る。

 

「そんな当たり前の幸せな光景が、消えて欲しくないんです。だから…だから…」

 

あれ?何言ってるんだろう?

訳わかんなくなってきた…。

頭がごちゃごちゃしてくる中、フィリアナ氏の手が、俺の背中を摩る。

 

「あの子達の事を、それだけ心配してくれて、ありがとうございます。えぇ、最後まで一緒に寄り添いますよ、あの人に」

 

そう言ってやはりお金の入った小袋を置いて、去っていこうとするフィリアナ氏。

しかし途中で振り返って

 

「何時でも家に来てくださいね。未来の義息子君♪」

 

何やらとんでもない爆弾を置いていった。

 

「…はぁ!?///」

 

俺は思わず立ち上がって振り返る。

その顔は、イタズラが成功したような子供みたいな顔だった。

そのまま立ち去るフィリアナさんを

 

「…勘弁してくれ…///」

 

俺は呻きながら、見つめるしか無かった。

 

 

 

 

 

「あら?勉強お疲れ様、3人共」

 

「お母様!どうして!?」

 

「ふふ、アルタイル君に会っていたのよ。昨日のお礼をね」

 

「そうなんですね…」

 

「…ルミア、彼はとてもいい子ね。彼の事、しっかり掴まえておかないとね」

 

「お義母様!!!?///」

 

「彼なら何時でも大歓迎だわ〜」

 

「お義母様!!!///」




おまけ

「彼の趣味は?好みは?ちゃんと知ってるの?」

「お義母様!?///お願いだからですから…!」

「大丈夫よ、お母様。ゴールイン間近よ」

「まあまあ♪」

「システィ!///」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

仮病看病☆大戦争

ここで出てくるスープは、我が家で実際に作られるスープです。
本当はもっと細かい工程とかあるはずですが、母親しかレシピを知らない為、かなりざっくりとしています。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

さて突然だが俺達は今、アルフォネア邸の前にいる。

 

「先生…起きてるかな?」

 

「んー。ま、大丈夫だろ」

 

「そうね、絶対に起きてるわ。『解錠』」

 

 

事の発端は、数時間前。

突然グレン先生が体調を崩し、早退した所から始まる。

…何か、変だな。

あの高熱だ、立ち上がるのもかなり辛かったはず。

なのに午前中は普通に授業してたよな?

それに…この状況。

2,3日は休んでも問題ないし、予め用意されていた自習用課題。

そして極めつけは、アルフォネア教授とセシリア先生が不在である事。

そう考えていると、突然隣から物が軋む音がする。

音の方を見ると、システィーナがすごい形相で、羽根ペンを握りしめている。

 

「し、システィ?どうしたの?」

 

「何か…怒ってる?」

 

その様子に気づいたルミアとリィエルが、不安そうにシスティーナの様子を伺う。

 

「…おい、システィーナ。あれって…」

 

「アイルも気づいた?多分…そういう事よ。…ッ!ねぇ、3人共。提案があるんだけど…」

 

 

そうして俺達は(俺とシスティーナは別目的で)、先生の看病にやってきたのだ。

アルフォネア教授から鍵を受け取っている俺達は、早速居間を覗く。

うわぁ…中ぐっちゃぐちゃ。

ワインは開けっぱだし、本が置きっぱだし…。

あれ、【ジョン=シープス】じゃん。

バカさ加減が好きなんだよなぁ。

 

「先生の部屋は…どこ?」

 

「たしか2階よ」

 

「ん?何で…ああ、猫騒ぎの時」

 

「ッ!?///思い出させないで!///」

 

悪ぃ悪ぃ。

何で知ってるのか気になった時に…。

猫騒ぎっていうのは、変身の授業の時、勝手に変身したシスティーナが、戻れなくなった事件があったのだ。

その時たまたま何の事情も知らないグレン先生が、猫システィーナを引き取ったのだ。

 

「ここよ」

 

俺はノックしたから、声をかける。

 

「先生ー?生きてるー?」

 

「か、勝手に…殺すな…」

 

ありゃ、弱ってるねぇ…。

あれ?もしかして…ガチ?

それはともかく、看病をするにあたって、まずは役割分担かな。

 

「俺は掃除するから、ルミアとリィエルは、買い出し頼めるか?これ、買ってきて欲しいものリストと店の場所。金はリストにある物を買う分なら、俺の金使っていいから。リィエル、何があっても、絶対にルミアの傍を離れるなよ。システィーナは、先生の部屋を頼む」

 

「分かった!出来るだけ抑えるね!」

 

「ん。行ってくる」

 

「ええ、任されたわ」

 

俺達は各自の分担に別れて作業する。

今の片付けから手をつける。

コルクを閉めて、空いた瓶はまとめる。

洗い物もして、本も一箇所に、巻ずつにまとめてとく。

出来るだけ手早く、テキパキと進めていると

 

「この『バカ』ァァァァァァァァァ!!!」

 

「フンギャアァァァァァァァァァァ!!!」

 

「は!?何事!?」

 

俺は慌てて先生の部屋に飛び込んで…

 

 

「お前はバカか!」

 

「もう!ダメでしょシスティ!先生は具合悪いんだよ!!」

 

「だって…だって…!」

 

「「だってじゃない!!」」

 

魔術で先生をすっ飛ばしたシスティーナを、叱り飛ばしながら、俺達は先生の手当をする。

 

「次!チェンジ!リィエル!」

 

俺達はリィエルとシスティーナをチェンジさせ、システィーナに掃除、俺達は別の作業に取り掛かる。

 

「アイル君、これでいいの?」

 

「おう、サンキュな」

 

そう言って俺はルミアが買ってきてくれた材料を使って、あるものを作り出す。

鍋に水を張り、鶏肉を入れる。

それを煮込みながら、スライスしたジンジャーやガーリック、唐辛子入れて、味の調整。

後は煮込んでいくだけ。

何だが…。

 

「…また上、騒がしいな」

 

「だね…もう、リィエルまで…!」

 

「ハイハイ、そう怒るなって。ルミア」

 

「でもアイル君!」

 

「分かってるよ。だから作ってんだろ。ほら、見に行くぞ」

 

 

結局リィエルもしっかりとやらかしており、俺とルミアに叱られるのだった。

その後俺達は、それぞれの作業に没頭する。

 

「「〜♪」」

 

「仲良いな、お前達は」

 

「「グレン先生」」

 

先生が俺の方に近付いてくる。

 

「何作ってんだ?…ほう、綺麗な黄金色のスープだな」

 

「ちょい待ち。…うん、こんなもんでしょ。はい先生、味見してみる?」

 

軽く味見した俺は、そのまま先生にもそう提案する。

 

「…いい匂いだな…」

 

「まあ、ジンジャーとかガーリックとか入ってますしね。とにかく騙されたと思って飲んでみなって」

 

恐る恐る飲んだ先生の目が、見開かれる。

 

「…!これは…美味いな!」

 

「でしょ?どうよ、婆さんの直伝!吐いててもこれだけは、飲めるんだよ!」

 

とはいえ、婆さんの方が美味いし、時間も足りない。

本当はもう少し煮込みたいところだ。

 

「とはいえ、もう少し味の調整をしたいので、お楽しみは後で」

 

「おう。さてとルミアは何を…?」

 

先生の言葉が止まる。

だろうな、俺も絶句しちゃうから、見ないようにしてきたのだが…。

 

アルタイル。ルミアの奴…何してるんだ?

 

薬の調合だって

 

あれが?

 

指さす先にあるのは、材料達。

毒々しいキノコ、正体不明の骨、百足のような蟲、苦悶に満ちた顔を浮かべた人面石。

ルミアは俺達の視線に気付いたのか、いつも通りの優しい笑顔で

 

「先生、先生の風邪は厄介なものと見ました。ですので、帝国王家直伝…お母さん直伝の薬を調合してますので!」

 

ガァン!ガァン!

 

容赦なく人面石を砕く。

何故か石が泣いているが、それを無視して鍋にぶち込む。

よく見ると鍋の中は、表現のしようも無い禍々しい色をしている。

 

((魔女の大釜!?))

 

鍋からは俺の鍋とは違う意味の刺激臭が、周囲を飛ぶ虫を落とす。

 

〖シャアァァァァァァァァァ!!!〗

 

「「ヒィィィィィ!?」」

 

「もう!ダメでしょ?めっ!」

 

なんか触手出てきたんだけど!?

笑顔で沈めてるし!

滅茶苦茶怖いんだけど!!?

 

お、おい!アルタイル!何で止めなかった!?

 

止めれるか!というか自業自得だろ!

 

俺達がコソコソと言い合いをしていると

 

「はい!先生、出来ました!出来たてが1番効果があるので、ここでどうぞ!」

 

「え…えぇと…」

 

「材料費が高くって、お小遣いをほとんど使っちゃったんですけど…気にせずにグイッと!」

 

((それ言われたら、気になるヤツ〜!!))

 

そんな健気な笑顔で、そんな事言われたら…

 

「あ、ありがとうな!ルミア!」

 

男は…引けない…!

グレン先生…!その生き様、しかと目に焼き付けたぜ!!!

 

 

「さてと…大丈夫だろうか?」

 

再びシスティーナに先生を任せて、ルミア達は買い出し、俺は火の番をする。

ついこの間も、ベガが流行り風邪をひいて、寝込んでいた。

あの時は突然来たからビックリしたが、恐らく先生もそろそろ…

 

「『大いなる風よ』!」

 

ドンガラガッシャーン!!!

 

「はぁ!?またおっぱじめた!?」

 

あのバカ…!

俺はすぐに上に駆け上ろうとしたのだが、

 

「うおわぁぁぁ!?」

 

「ゲェ!?」

 

先生が階段から落ちてきていた。

あまりに突然の事に対応出来ず、

 

「「だあぁぁぁぁ!?」」

 

「先生!逃がさないわ…よ…?」

 

「システィ!?アイル君!?大じょ…う…?」

 

「…グレン?アイル?格闘の練習?」

 

皆が何故固まるかと言うと、俺と先生の体勢にある。

上から落ちてきた先生の顔が、俺のすぐ目の前にある。

普段はからダラしない人だが、顔は整っている。

体も服の上からは分かりにくいが、しっかり鍛えているのが分かる。

咄嗟に先生が俺の後頭部に手を添えて、頭を打たないようにしてくれたのだろう。

そのせいで更に近付いており、まるでキスする直前みたいな体勢だ。

 

「いてて…ったく。アルタイル、大丈夫か?」

 

「え、えぇ…」

 

当の本人はまるで気付いていないのか、普通にしている。

 

「…お前、こう見ると、可愛げある顔だな」

 

「は!?」

 

「男前だし、性格よし、家庭的…文句無しだな」

 

「な、何言って…!?///」

 

「顔真っ赤だぞ?…クク、可愛らしいじゃんか」

 

ちょっと待て、何で俺が口説かれたんだ!?

そういうのはシスティーナに…!?

…いや、焦点があってねぇな、こりゃあ。

 

「お、『大いなる風よ』ぉぉぉぉぉ!!!」

 

「「何でさァァァァァァァァ!!!!?」」

 

 

 

「もう!システィ!先生は()()()()()()()()()()()!!」

 

「あはは…マジで俺が体調悪かったとはな…」

 

「そ、そうですね…///」

 

あの後、本格的に熱が出だした先生をベットに運んだ俺達は、そのまま俺の作ったスープを飲ませている。

 

「ん?アルタイル、顔赤いぞ?風邪移したか?」

 

「誰のせいだよ!?ったく…今年の流行り風邪は厄介で、初期症状が分かりにくいんですよ。俺も、ここに来てから初めて気づいたし。しかも多分、この間ベガがやってなかったら、来てても気づいてなかったでしょうし」

 

ルミアが1番早く気づいていたらしく、あの魔女の大釜も、マジで薬だったのだ。

 

「それはそうと…マジでどうしたんだよ、白猫。今回はなんか変だったぞ?」

 

たしかに騙されたからにしては、少し過激すぎたような…?

 

「その…サボられて私達を放っておかれるのが、寂しかったんです!普段から私達の為に忙しくしてるのは知ってますが…だったら、そう言ってくれたら…」

 

「…悪かったな。流石に大人げなかったな。もう二度とこんな事しねぇ」

 

そう謝りながら、先生はシスティーナの頭を撫でる。

そんな光景を穏やかな気持ちで見ていると、突然部屋のドアが開かれ

 

「グ〜レ〜ン〜?」

 

「ゲェ!?セリカァ!?」

 

アルフォネア教授が早めのご帰還。

 

「お前、大人しくお留守番もできないのか?あっちこっち滅茶苦茶だったぞぉ…?」

 

「「あ」」

 

あぁ、2人のせいで滅茶苦茶なんだな、部屋の中。

 

「ま、待て!セリカ!」

 

「問答無用!おしおきだァァ!!」

 

「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「教授!待って下さい!これは…!!」

 

先生が窓を突破って逃走。

アルフォネア教授がそれを追いかけ、更にその後ろをシスティーナが追いかける。

 

「…帰るか」

 

「そうだね」

 

「ん」

 

俺達は素知らぬ顔で、帰り支度を整え、外に出る。

 

「さ、3人共!?助け…」

 

「「自業自得」」

 

「…らしい」

 

「「そんなァァァァァァァァァァァ!!!」」

 

そんな2人のアホな悲鳴が、この大きな空に響き渡ったのだった。




おまけ

「ゴホッゴホッ!…クソォ…マジで移るとか…」

「兄様、ルミアさんが来ましたよ!」

「…まさか…」

「アイル君!お薬持ってきたよ!はいあーん」

(こ、こんなに嬉しくないあーんって、未だかつてあっただろうか…?)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最強ヒロイン決定戦

やっぱりこの2人は、甘々にさせたいですねぇ…。
1番書いてて楽しいです。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「あ、アイル君…!?」

 

「綺麗だ…ルミア」

 

真っ白なウエディングドレスの私と、同じく白いタキシード姿もアイル君。

 

「本当にこんな日が来るなんて…夢見たい」

 

「ばーか。夢じゃねぇよ」

 

式はつつがなく進んでいき、ついにキス。

 

「…愛してる、ルミア」

 

「あ…あぅ…///」

 

そして私達は…

 

 

「う…うぅ…///」

 

私は…なんて夢を…!?

 

「ルミア…大丈夫?」

 

「ルミア、顔真っ赤。…風邪?」

 

2人が心配してくれているのには、気付いてるけど、それどころじゃない。

あのままだったら私達…!?///

あの3日間の事件以降、私は自分の気持ちに素直に生きる事にした。

しかしその反動か、アイル君への想いが募っていく一方なのだ。

きっと吐き出せば楽。

でもその勇気が出ない。

結局のところ、システィと同じなのだ。

後一歩が踏み出せない。

そこにあの夢だ。

悶々としているのが、更に積み重なり、精神的なキャパシティが限界に近い。

そんな中、突如として舞い降りる天啓。

 

「これより、【グレン&アルタイルの嫁決定戦】を始める!!」

 

「「「「「「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」」」」」」」」」」

 

突然のアルフォネア教授の宣言。

その隣には、明らかに正気を失っている2人。

訳が分からないけど…これはチャンスかも!

 

「教授!…私…参加していいですか!」

 

 

会場となる中庭には、結構な数の女の子。

よく見ると、何か色違いのワッペンをつけており、その大半が赤色のワッペン。

 

「ほれ、お前達もつけろ。赤がアルタイル、青がグレンだ」

 

…なるほど、そういう風に別れてるんだ。

そう見ると、アイル君が本当にモテるのがよく分かる。

システィは青色、私は赤色のワッペンを受け取りながら、皆を見る。

う…リゼ先輩もいる。

こうなると、かなりハードルが高い気が…

 

「やっぱり貴女達も来ましたのね」

 

「ウィンディ!?」

 

「テレサ、リンまで!?」

 

どうして3人が!?

ウィンディはリンは青、テレサは赤のワッペンつけてる!?

 

「そこまで動揺しなくてもいいですわよ。貴女達と理由は同じですし…。ああ、テレサは違いますわね」

 

「もちろん。このチャンス、ものにしない訳にはいかないもの!ねぇ?ルミア?」

 

「…そうだね、私もその通りだと思う」

 

私とテレサが睨み合う。

そんな火花を散らす私達を無視して、システィが、リンと話している。

 

「リンは?先生側みたいだけど…?」

 

「その…私は…早く2人に元に戻って欲しくって…!だから…恥ずかしけど…!」

 

「「「「「け、健気すぎる…!」」」」」

 

何とも健気な理由だった。

そんな私達に

 

「あら?システィーナに、ルミアさん」

 

「え!?り、リゼ先輩!?」

 

先程見かけた、リゼ先輩が近づいてくる。

リゼ先輩は私達のワッペンを確認して、私と向き合う。

 

「せ、先輩も、同じなんですね…」

 

「あら?ルミアさん達は同じね…。フフ、こういうジョークイベントは、楽しまないとね」

 

随分と大人の笑みを浮かべるリゼに、圧倒されかける私達。

私達にはない、大人の魅力を感じる。

 

「それにあの子は、本当の私を知っていて、受け入れてくれてるから…」

 

「「え?」」

 

「ふふ、何でもないわ」

 

…やっぱりそうだよね。

アイル君は、ルックスもいいけど、それ以上に性格などの内面がいい。

現実的ではあるものの、優しく、温かい人。

好き嫌いがハッキリしていて、自分の意見をはっきりといえる人。

そして…困っている時、何気ない顔で助けてくれる、そんなスゴイ人だ。

惚れないはずがない。

しかもここにいる人達の中には、外側だけじゃなくて、内側を見て知っている人もいる。

 

「…負けられないよね…!」

 

そう決意を新たにしていると

 

「お前達ぃぃぃぃぃぃぃ!!2人の花嫁になりたいかァァァァァァ!!!?」

 

拡張音声術式で、声を大きくした教授。

流石にテンションに、誰もついていけない…。

そんな何とも言えない温度差のまま、コンテストが始まったのだった。

 

 

 

最初の審査は、何故か水着審査。

 

「ってなんでですかァァァァァァ!!!?」

 

「いや、簡単に言うと元気な子産めそうかなって」

 

システィーナのツッコミをスルーするセリカ。

基準はセリカの独断と偏見。

得点も独断と偏見。

このテストが発表されて、半分以上が去った。

恥じらいが勝ってるシスティーナやウィンディは得点が低く、テレサなどのスタイル抜群な人は、高得点。

リンも高得点だった。

曰く、『萌えた』らしい。

 

「おおっと!これはいい!!40点だァ!!!」

 

そんな大興奮のセリカの視線の先には、妖艶なハイレグ水着を見に纏い、胸元に赤いワッペンをつけたリゼ。

照れず臆せず堂々と…まるで、本物のモデルみたいな立ち振る舞い。

 

(私も…負けられない!)

 

ついに来たルミアの番。

 

(アイル君!私、頑張るね!)

 

「はぁ〜い!20番、ルミア=ティンジェルです♡精一杯頑張るから、皆!応援よろしくね♡」

 

「な、何あれ…!?あれが…ルミアの本気…!」

 

あまりの本気度に、システィーナがたじろぐ。

当の本人のルミアは、自身との戦いにいっぱいいっぱいで、周りの事に気付いていない。

 

「これは…!負けられないわね…!」

 

「はい…!私も…!」

 

「リゼ先輩!?テレサ!?かなり本気!?」

 

最高得点を叩き出したルミア。

そんな彼女の熱に当てられたリゼとテレサが、対抗心を燃やす。

そんな混沌とした状況に、ツッコミが追いつかないシスティーナが、頭を抱えていたのだった。

 

 

「次のテストに行ってみようぅぅぅぅ!!」

 

「…何あれ?」

 

呆然とつぶやくシスティーナの前には、デッカイ生き物。

これには流石のルミアも唖然としている。

 

「コイツは昔、私がボコって舎弟にしたドラゴンだ!コイツをやっつけろ!レッツファイト!」

 

「出来るかァァァァァァ!!!」

 

システィーナはセリカの胸ぐらを、掴みあげる。

 

「何の勝負何ですか!?普通こういうのって、料理とか洗濯とかじゃないんですか!?どこにドラゴン倒す必要あるんですか!!!?」

 

「いやだって、夫がいない間、妻は家を守るもんだろ?邪神とかそういうの来たらどうするだよ。せめてドラゴンくらいは、鼻歌交じりで料理出来ないとなぁ…」

 

「どんな家よ!!!?というか何ですか!?その『定番料理くらい出来ないと〜』みたいなノリ!?」

 

当然、大半の生徒が逃げ出す。

それでもリゼを中心に、一部の生徒達が戦う中、セリカはある事に気づく。

 

(…へぇ。私の精神干渉に抗おうとしてるのか?)

 

アルタイルが、皆の元に駆けつけようと、体を軋ませている事を。

まあ、結果は言わずとも

 

「無理に決まってるでしょ…!?」

 

ほとんどの生徒が膝をつく中

 

「皆!諦めないで!」

 

ルミアが【銀の鍵】を堂々と掲げ…

 

「ってなんでよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!?」

 

システィーナの魂のツッコミが響く。

 

「それは奥の手の最終チート兵器でしょう!!!?何でこんな事に!!!?」

 

〖私よ。久しぶりね、システィーナ〗

 

「ナムルスさん!?」

 

〖私がまた一日だけ使えるようにしてあげたのよ。それにしても…また魔将星なのね…!?ル=シルバ?ハ=デッサ?何にせよ…戦いなさい、ルミア!貴女自身の為に!!!〗

 

「うん!ありがとう!ナムルスさん!!!」

 

(言えない…!!ただの茶番なんて言えない!!!)

 

盛大な勘違いをしているナムルスが、ただ力を貸しているだけだったらしい。

ちなみに、事の真相を知ったナムルスは、大泣きしたらしい。

 

 

「次の審査は、掃除だ!!!」

 

「やったまともな…」

 

「ハーレイを掃除してこい」

 

「掃除の意味が違う!!!」

 

「私は…勇気を出すって…!」

 

「それは出したらダメな勇気!!!」

 

目をぐるぐるさせてるルミアを、必死に止めるシスティーナ。

それからも、意味不明な審査は続き、結果残ったのは、7名。

グレン枠から、システィーナ、リィエル、リン、ウィンディ。

アルタイル枠から、ルミア、リゼ、テレサ。

 

「さぁ!最後はこれだ!!!」

 

そう言って視線を向けた先には、突っ立っているだけのグレンとアルタイル。

 

「自分の想いの丈をぶつけて、キスしろ!!!これは早い者勝ちだァァァァ!!!」

 

「「「「「「「キスぅぅぅぅぅぅ!!!!?」」」」」」」

 

誰も彼もが驚き、恥じらう中。

ただ1人、動く少女がいた。

 

「ルミア…!?本気なの…!?」

 

 

 

「あ、アイル君…」

 

否が応でも高鳴る心臓。

今朝の夢と同じシチュエーションに、頭が茹で上がりそうになる。

ああ、無理…私には無理。

でも…今は…今だけは勇気を出して…私…!

私は自分を叱責して

 

「アイル君…失礼…します…!」

 

背伸びして顔を近づける。

息づかいが感じられるほど近付いて…ついにお互いの唇がくっつくその瞬間

 

「ッ!!!?」

 

突然体が回される。

肩と腰に手が当てられ、まるで、ダンスのフィナーレのような体勢になっている。

 

「はぁ…はぁ…言っただろ…」

 

そう言って彼は、肩に置いていた手の人差し指で私の唇に抑え

 

「ここは予約するって」

 

「あ、アイル君…///」

 

優しく、色っぽく笑っていたのだった。

 

 

 

 

「…やってくれたな、このバカ老害」

 

俺はゆっくりとルミアの姿勢を起こしてやり、アルフォネア教授を睨みつける。

今回ばかりはおいたがすぎる。

 

「ば、バカ老害!?私は…」

 

「誰も頼んでねぇよ。クソ迷惑ババアが。勝手なことすんな。おしおきだ」

 

「お、おしおきって…!あの人形は私が」

 

「知ってるよ、そんな事」

 

そう言って俺は左腕をまくる。

 

「その呪印は…?」

 

俺は黙って腕をつねると

 

「いたァ!?」

 

アルフォネア教授が、脇腹を押さえて蹲る。

 

「こういう時の為に、あれと同じく術式を左腕に仕込んであるんだよ。当然これは起動済み」

 

「き、起動済み…?」

 

「なるほどな、そりゃいい」

 

その声に、ビクつきながら振り返るアルフォネア教授。

その視線の先には

 

「グ…グレン?その…私は母親だぞ?」

 

「そうだな。…だからだよ、このバカ野郎」

 

そう言う先生の手には、愚者のアルカナ。

【愚者の世界】は、発動済み。

 

「お、お前達…待て…!?話せば…」

 

「「おしおきだァァァァァ!!!」」

 

世にも珍しい、アルフォネア教授の悲鳴が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

「…私、ダメだなぁ…」

 

私は1人、屋上で今日の事を振り返っていた。

あの時、土壇場でキス出来なかった理由。

アイル君が目を覚ましたからじゃない。

私が直前で躊躇ったからだ。

成り行きとはいえ、あんなチャンスをお膳立てしてもらって、活かせなかった…最後の最後で、勇気が出せなかった。

まだ心が弱い。

 

「でも…少しは頑張ったよね。1歩じゃなくても…半歩くらいは進めたよね…?」

 

やっぱり私は、アイル君が好き。

多分、あの時…助けて貰った時から。

いつかきっと…伝えるんだ…!

そう決意を新たに、システィ達のところに向かおうと屋上から出たその時

 

「え!?」

 

突然腕を引っ張られ、壁ドンされる。

相手は、

 

「あ、アイル君!?」

 

そう、アイル君だった。

突然どうしたのだろうか…?

そんな疑問を挟む暇もなく、彼は私の頬にキスをした。

しかも唇のかなり際どいところ。

思いがけない行動に固まっていると、抱き締められる。

 

「…いつか、ちゃんとするから。俺の意思で、俺の言葉で、しっかり伝えるから。だから…待ってて」

 

彼の言葉が、つけてる香油の香りが、彼の体温が、私の体を包み込む。

私の思考の全てが溶かされる。

そのまま走り去るアイル君。

僅かに見えたその横顔は、真っ赤だった。

 

「え…えぇ…!?///」

 

私はその場で腰が抜けてしまう。

結局私は、システィ達が迎えに来るまで、腰が抜けたまま、動けなかった。




おまけ

「ルミア〜?帰ろ〜?って、ルミア!?顔真っ赤よ!?」

「ルミア…風邪?」

「システィ、リィエル…その…あぅぅ…!///」

(アイルめ、何かしたわね…)

「???」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

さらば愛しの苺タルト

リィエルの話は基本ぶっ飛んでるけど、そのぶっ飛び具合を上手く書けないんですよね。
やっぱ作家さんはすごいな…。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

 

「うん、是非もないよネ!」

 

「ぶっちゃけハーピー先輩の気持ちが分からんでもないから、どうしようもない!」

 

ある日の放課後、ルミア達から持ちかけられた相談に、俺達2人は頭を抱えていた。

この学院では、大きな試験などで単位を落とすと、当然追試がある訳だが、その担当監督官は担任以外から選出される。

今回リィエルの担当が、ハーレイ先生だったのだ。

当然、あのハーレイ先生は激怒。

ここまではまだよくある事なのだが…

 

「まさか、【制約(ギアス)】まで使ってくるとはなぁ…」

 

制約(ギアス)】とは、相手の行動を制限する白魔儀だ。

その拘束をもって、リィエルから苺タルトを食す行動を奪ったハーレイ先生。

解呪条件は、1週間後の追試を突破する事。

 

「とにかく、今回ばかりはどうにもならん!覚悟決めて突破するしかないぞ!リィエル!」

 

「うん。覚悟決めた」

 

そう言ったリィエルが、大剣を錬成。

それを首筋に当てて

 

「私、もう死ぬ。さようなら」

 

「「「「リィエル!!!ストップゥゥゥゥゥゥ!!!」」」」

 

慌てて俺達は、リィエルの動きを止めた。

…前途多難すぎる。

そうして始まった特別講座なのだが

 

「う…うぅ…苺タルト…苺タルトォォォォォ!!!」

 

「またかよ!ルミア!」

 

「う、うん!」

 

ルミアが苺タルトの入った袋をリィエルの口に当てて、匂いを嗅がせる。

 

「まさか…苺タルトを欲するあまり、禁断症状が出るとは…」

 

「苺タルトって違法薬物かなんか?」

 

「言っておくけど、アイルもこの原因に一役買ってるんだからね」

 

「うるせぇ、分かってるから手伝ってんだろ」

 

俺が何かある度に、リィエルに苺タルトをあげてたからなぁ…。

しかしこのままだと、マジで勉強が捗らん。

そう深刻に俺達が相談を始めた時

 

「話は聞かせた貰った〜!!」

 

「『大いなる風よ』!」

 

「『雷精の紫電よ』!」

 

「『赤色の猫よ・憤怒のままに・吼え狂え』!」

 

「ぎゃああああ!?」

 

突然現れた変態、オーウェル教授をすぐに吹き飛ばして、何事も無かったようにしたのだか

 

「酷いではないか!」

 

ズカズカと近付く教授に、先生が舌打ちをして対応する。

 

「ええい!人が穏便に暴力的に済ませてやったのに!お前か絡むと面倒なんだよ!」

 

「聞きたまえ!こんな事もあろうかと、新薬を開発したのだよ!その名も【I.K.K】!」

 

「…一応聞くけど、なんの略?」

 

「【苺タルトが嫌いになる薬】」

 

「だから何を想定してるんだあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

曰く、あらゆる依存症に効く術式を思いついたらしく、それを魔術薬として開発したらしい。

簡単に言うと、好きな物を嫌いにしてしまえばいい、そういう発想だ。

白魔術には、認識操作の術は数あれど、根本的な趣向を変えるのはかなり困難だ。

そんな歴史的すごい薬なのだが…

 

「それを苺タルトに変換した」

 

「なんでお前はいつもそうなんだよぉぉぉ!!!?」

 

もう、何も驚かない。

俺達は苦渋の決断を迫られていた…。

 

 

あっという間に追試当日。

俺はこの日、リィエルのストッパーとして、ハーレイ先生から、バイトとして雇われている。

先生達は、離れたところで不安そうに見ている。

 

「ふん。リィエル=レイフォード。心の準備と覚悟はいいか?…と言いたいが…貴様、本当に大丈夫か?」

 

ハーレイ先生がガチで心配するその先には

 

「ん、大丈夫」

 

その目はつり上がり血走り、瞳孔に爛々と憎悪の火が灯っている。

くまも酷く、もはや別人。

頭には『悪菓滅殺』のハチマキ、腕には…『苺タルト撲滅委員会』等書かれた腕章。

極めつけは、そこらの木に、何故か苺タルトを五寸釘で打ち付けていた。

 

「マジで何があった?貴様」

 

「何も無い。私は気づいた。本当の敵の存在に」

 

「う、うん?そうなのか?」

 

そうらしいです。

 

「それは…苺タルト。人を惑わし、堕落させるこの食べ物だけは、必ず殲滅させなければならない」

 

「ん?あれ?貴様…苺タルト大好物ではなかったのか?」

 

「苺タルト?ふん。反吐が出る、そんな邪悪」

 

「邪悪!?」

 

そうだったのかぁ…。

 

「憎い…!苺タルトが憎い!必ず駆逐してやる!残酷に噛み砕き、無惨に胃液で消化して、私の一部にしてやる!」

 

「…それ、普通に食べてるよね?」

 

その通りですね。

 

「さあ、早く始めて!この世から苺タルトを殲滅させる為に!」

 

「…おい、お前達、何をした?」

 

「…バカにつける薬が作られたって事で…」

 

現実逃避は終わりらしい。

第1の試験は、魔術狙撃。

なのはいいのだが…

 

「…マジかよ…」

 

「貴様に撃ち抜けるか!?リィエル=レイフォード!」

 

的が苺タルトだよ…。

大人気ないにも程がある…。

しかしハーレイ先生の目論見はハズレ。

 

「ぜ、全弾命中だと…!?」

 

「憎しみは人を強くする」

 

何言ってるか、訳分からんが…。

これだけは譲れない。

 

「ハーレイ先生…次、食べ物を粗末に扱ったら、あんたの金●、【ライトニング・ピアス】で撃ち抜くからな?」

 

「…はい…」

 

 

第2の試験は、魔術薬調合。

内容は2等級の治癒の軟膏。

2年次生が習うのは、3等級なのだが、ルミアなような優秀な生徒は、2等級でも十分可能だ。

 

「ついでだ。貴様もやれ、アルタイル=エステレラ」

 

「はぁ!?何で!?」

 

「貴様も苦手だろう、この授業は」

 

「グッ…」

 

痛いところを…!?

実は俺もこの調合は苦手で、テストではギリギリ合格点だったのだ。

料理は出来るのに、これは出来ないのが、自分でも不思議だ。

 

「…はぁ…分かりましたよ…」

 

幸い、グレン先生の読みが当たり、リィエルに合わせて俺も勉強していたので、問題は無い。

 

「調合式開始」

 

「『第五の日は命天。刻限は17。それらを主催するはエクレールとティリエル』」

 

「『弟切草を4煎じ、エーテルもって二度、抽出。リコの油を1取り加え。三年置きしトネリコ、根の灰2、都度二に分け、三度混ぜ。今日の主催がティリエルなので、樟脳抜いて、朝摘みセージを一摘まみ』…」

 

よし、俺もリィエルも順調だ。

 

「『そして、取りいだしたるクッキーを、叩いて砕きて粉にして、牛乳一さじ合わし混ぜ』」

 

「「…ん?」」

 

ハーレイ先生と俺の動きが止まる。

慌てて俺も作業を再開させる。

 

「『これを型に敷きつめか器とし、クリームを中に、注ぐべし』」

 

「『苺…ないから、毒苺でいい』」

 

いや、良くねぇだろ。

ていうかそこじゃねぇ!

 

「ん、ハーレイ出来た。治癒の軟膏」

 

「「誰が苺タルト作れと言ったァァァァァァ!!」」

 

もうどこをどう見ても、苺タルトだよな!?

【I.K.K】切れてるよな!?

 

「貴様、苺タルト憎んでるとか嘘だよな!?食べたくて、仕方ないんだよな!?」

 

「そんな事ない!私は苺タルトが憎い!この世から消してしまいたい!こんな風に!」

 

「「「「「あ」」」」」

 

食べちゃったよ、苺タルト。

…毒苺の苺タルト。

毒苺ってたしか、即効性の猛毒だよな…!?

 

「…コフッ!」

 

「馬鹿者ーーーーーー!!!」

 

俺達は、外で見ていた先生を含めて、リィエルの介抱にドタバタする羽目になった。

ちなみに、見た目が苺タルトでも、しっかり治癒の軟膏として問題なかったらしい。

俺のもリィエルのも、合格ラインだった。

 

 

最後の試験は、座学。

特に何事もなく、問題を解いていくリィエル。

…そんな風に見えたのだが…

 

「ッ!?リィエル!お前何書いてる!?」

 

「貴様!ふざけてるのか!?」

 

「…あ」

 

答えが全部、苺タルトだったのだ。

そしてついに

 

「あ…アァァァァァァァ!!!」

 

「何事!?」

 

ヤバい!薬が切れた!

先生達が慌てて呼び薬を投与させようとしたが、

 

「動くなお前達!第三者の干渉は一切禁止だ!エステレラ!貴様もだぞ!」

 

「「「「うっ…!」」」」

 

至極真っ当正論に、動けない俺達。

 

「うァァァァァ…!?アァァァァァァ!!」

 

「苦しいか?苦しいだろう!?私の毛髪と研究室の恨み!もっと味わえぇぇぇぇ!!ハッハッハッハ!!」

 

「シュールすぎんだろ」

 

「フフフ…これを見ろ!アバンチュールの限定品だ!」

 

そんなものを取り出して…!?

目の前で食った!?

 

「ハハハ!美味い!美味すぎる!」

 

「ア…アァァア…!ソレヲ…私ニ…!!!」

 

リィエルが涙を流しながら、苺タルトを求めるも、制約のせいで、届かない。

 

「なんて…外道…!!」

 

「人を人とも思わない所業…!!」

 

「ハーレイ先生…!!貴方の血の色は何色ですか!!」

 

「うるさい!黙れ!小童共!このハーレイ=アストレイ!悪魔に魂を売ったのだ!!」

 

なんてしょうもない事に魂売ってんだよ!?

俺達は応援するしか出来ない。

やはり限界なのか…!?

諦めかけたその時、突然

 

プツン!

 

何が切れる音がして

 

ドンッ!

 

マナが燃焼されだした。

現れたのは、異様な雰囲気を纏うリィエル。

あまりの威圧感に

 

「まさか…魔将星?」

 

「あんな生ぬるいもんじゃねぇぞ!?」

 

魔将星が生温く感じるほどだった。

高速錬成された大剣は、通常時の3倍くらいデカくて…

 

「ま、待て!?落ち着け!リィエル!」

 

「私が悪かった!悪かったから!」

 

「…無理だな。ルミア、システィーナ。隅に寄れ」

 

俺は2人を隅にやり、結界を張った。

その瞬間…校舎が割れた。

文字通り、割れた。

後に俺達はこう答えた。

 

『人の感情の力って…すごいんですねぇ…』

 

『あの2人が、相手になりませんでした。まさに一方的な戦いでした…』

 

『人間と魔王の戦いって、あんな感じなんだろうな…って思いました』

 

結論を言えば、リィエルは及第点を取れており、何とかクリア。

ハーレイ先生は、しばらくの間、リィエルと苺タルトが発狂レベルのトラウマとなり。

俺はストッパーとしての役目を果たせず、バイト代は無し。

グレン先生には、減俸という名の【制約(ギアス)】がつけられることになったのだった。




おまけ

「苺タルトは1日2個まで!」

「ッ!…むぅ…」

「…そんな目で見られたら…!…やっぱり、3個?」

「「アイル(君)!!甘やかさないで!!」」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

未来の自分へ

隠しタイトル「もしオリ主が、原作世界を知ったら」です。それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「すみません。少しいいですか?」

 

「はい、どうしましたか?」

 

フィジテのとある大通り。

通りすがりの貴婦人に話しかけたのは、アルザーノ帝国魔術学院の制服に身を包んだ、1人の黒髪の少年、アルタイルだ。

 

「突然で申し訳ないんですが、今って聖暦何年でしたっけ?」

 

「え?1873年ですよ?」

 

「73年ですね?53年じゃなくて」

 

「はい、そうですが…?」

 

「…ありがとう、ございます」

 

彼はそのまま道行く人何人かに、同じ質問をするが、答えは同じ。

つまりは…

 

「さて…状況の整理からだ」

 

ある路地裏で、アルタイル、ルミア、システィーナ、リィエルのいつもの4人は、神妙な顔で話し合う

 

「私達がいたのは、1853年」

 

「うん」

 

「なのにここは73年」

 

「うん、間違えない」

 

そう言ったリィエルが見せてきたのは、新聞だった。

それを見た俺達は確信した。

 

「お、俺達…」

 

「わ、私達…」

 

「「本当に20年後の世界に来てるぅぅぅぅぅ!!!!?」」

 

 

事の発端は、少し…いや、20年前。

 

「ククク…クハハハハハハハハハ!!私はついに成し遂げた!!ついに私は、時間旅行が可能な魔導装置を完成させた!!その名も【時間破壊突破砲(タイム·ボガン·キャノン)】!!!」

 

「嫌ァァァァァァ!!!」

 

「逃げ…!?【リスト・リクション】!?」

 

逃げ出そうとした時には、拘束魔術で拘束されていた。

ちなみに拘束した本人、グレン先生は逃走済みだ。

 

「あの薄情者!」

 

「説明しよう!これ…」

 

「要らん!想像つくわ!」

 

「監修してくれたアルフォネア教授に感謝を!」

 

「面白そうだったからな」

 

「「混ぜるな危険んんんんんんんんん!!!」」

 

俺達2人でツッコミしまくっても追い付かない。

そのまま大砲に詰め込まれ

 

時空干渉虚数方陣(じくうかんしょうきょすうほうじん)展開(オーバー·ロード)四次元連鎖崩壊式(よじげんれんさほうかいしき)起動(フル·ドライブ)第十三金鍵権能・解放(ハイパー·バースト)時素喚起段階(ルインマキシマムトランス)MAX!目標、2()0()()()!見せてやるぜ…時を支配する【黄金の力】を!!…あ、点火します」

 

そのまま俺達は大砲で打ち出されて…

 

 

「気付いたら、本当に20年後の世界にいた…って事だね」

 

ルミアが最後を締めくくってくれて、俺達は頭を抱える。

 

「あの人…マジで変態だよ?本当に変態なんだよ。でもさ…ここまで突き抜けてるとは、思わないじゃん?」

 

「『近代魔術では不可能だ』って、アイリッシュが完璧に魔術証明したのに…!?」

 

「2人共、落ち着いて。ほら…アルフォネア教授と、オーウェル教授だし?」

 

「「あァァァァァァァァァァ!!!もううぅぅぅぅぅ!!!」」

 

俺達は妙に説得力のあるルミアの言葉に、悶え叫ぶしか出来ない。

 

「だあぁぁぁぁぁぁぁ!!!こうなったらあれだ!学院行くぞ!20年後のオーウェル教授に、責任取ってもらう!」

 

俺の号令の元、4人で学院を目指し出した俺達。

幸い、大きな変化は無く、特に迷う事無く学院にたどり着いた。

 

「それほど大きく変化してなくて、良かったわ…」

 

「ううん、変わった。…あそこの屋台、無くなった」

 

「まあ、あそこの婆さん、歳だったしな…」

 

「むぅ…絶対に元のジダイに帰る」

 

やっと事態の重さを理解したか…。

そんな会話をしつつ、俺達は学院にたどり着く。

 

「…ビックリするくらい、変わんねぇな…」

 

「だね…。なんか拍子抜けかも?」

 

「歴史ある学院だから、大きな変化は無いんじゃないかしら?」

 

俺達はそのまま学院の門を潜ろうとして、ふと立ち止まる。

 

「あ、俺達の事登録されてるのか?」

 

「そういえば…!?」

 

そう、この学院には登録してない人を弾く結界が張られており、卒業と共に、登録が消されるのだ。

20年もたっていれば流石に…

 

「?皆、入らないの?」

 

「「「え!?入れるの!?」」」

 

リィエルが何気なく入っている。

登録が残ってるのか…?

そう思いつつ、俺達も後に続こうとした時

 

バチン!

 

「痛っ!?」

 

「アイル君!?」

 

何故か俺だけ弾かれた。

…どういう事だ…?

 

「アイル君!?大丈夫!?」

 

「どうしてアイルだけ…?」

 

「…ちょっと待ってろ」

 

俺は【アリアドネ】を全身に纏い、そのまま一気に通り抜ける。

 

「…ふぅ。これのおかげだぜ」

 

「どうやったの?」

 

「【アリアドネ】はあらゆる結界をすり抜けるからな。俺自身をそれで隠したんだよ」

 

そんなイレギュラーはあったものの、オーウェル教授の研究室を探す。

その辺な奴に聞くか。

 

「あ、すみません。ちょっと…」

 

「あぁん?」

 

「…え?」

 

俺達はその見た目に、思考が止まった。

そのいかにも不良です、という格好よりも、あまりにも似ていたからだ。

…システィーナに。

 

「あの…貴女の…お母さんの名前って…?」

 

恐る恐る尋ねるシスティーナに、不愉快そうに、顔を歪めながら

 

「お袋ぉ?システィーナっつうんだが…?」

 

「やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!?」

 

あぁ…システィーナは、教育を間違えたんだな…。

となると父親は…

 

「ルミア…父親って…」

 

「うん…きっと…」

 

そうコソコソ話していると、いつの間にか、いなくなっていた。

 

「…教育頑張れよ、お母さん」

 

「言わないでぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」

 

 

 

次にあったのは、ただでさえ攻めている学院の制服を、更に着崩した金髪の美少女だった。

こっちはこっちで、唖然とさせられる。

なぜなら…ルミアによく似ていたからだ。

 

「あの…貴女のお母さんの名前は…?」

 

「え?ルミアですけど?」

 

「はうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!?」

 

そのままお説教モードに入るルミアだが、右から左。

そのまま立ち去っていく、ルミアの娘。

orz状態のルミアの肩を、システィーナがそっと叩くのだった。

 

 

 

次にあったのは

 

「母上ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「「「なんか襲いかかってきたァァァァ!!!?」」」

 

「ん?いきなり何?…私の敵?」

 

リィエルの娘だ。

どうにもすぐにリィエル本人だと気付いたらしいが、俺達は魔導人間だからかと推測。

恐らく20年前と姿が変わってないんだろう。

 

「『遊んでる暇は無い!』」

 

俺は即興改変した【グラビティ・タクト】で、吹き飛ばす。

 

「なぁ!?横槍とは卑怯な〜!!!?」

 

「今のうちに!」

 

 

 

やっとの思いでたどり着いた研究室。

ちゃんと帰れるらしく、ホッとした。

しかし、細かい調整に、約3時間ほど時間がいるらしく、その間、学院をうろつく事にしたのだが

 

「ああ、君。すまないが話がある。残ってくれ」

 

「?分かりました…」

 

俺だけ残された。

話って一体…?

 

「単刀直入に聞こう。…()()()()()?」

 

「…は?」

 

あまりの斜め上すぎる質問に、俺は固まってしまう。

誰だって…

 

「アルタイル=エステレラですけど…?ボケたんですか?」

 

「いや、私は真剣だ。20年前の私の手記には、()()()()()()()()()()

 

急に、頭がクラクラしてきた。

 

「な…何言って…!?現に俺は、ここに!?」

 

「だが、君の名前は無い」

 

「そんなの、何かの間違えじゃ!?そもそも、色んな実験の手伝いだってしてきたし…!」

 

「…では、いくつか質問させて貰おう」

 

そうして、オーウェル教授からの質疑応答が始まった。

どれもこれも、俺が経験してきた事ばかりだ。

なのに…何で?

 

「…ありがとう。どうやら君は、本当に彼女達と共にいたらしい」

 

「だからそう言って…?」

 

オーウェル教授が何かを差し出してきた。

これは…卒アル?

 

「20年前…つまり、君達の代の卒業アルバムだよ。見てみたまえ」

 

俺は急に嫌な予感がした。

震え出す手でページをめくっていく。

 

「…無い。()()()()()()()()()…!?」

 

どこを探しても、俺の名前が無い。

皆の名前があるのに、俺だけ無い。

どこを探しても俺の写真が無い。

皆の写真があるのに、俺だけ無い。

俺が生きた証が…無い。

 

「何で…!?どうして…!?」

 

「落ち着いて聞いてくれ。…ここは、君が…()()()()()=()()()()()()()()()()()()()()()()

 

あまりの無情な言葉に、俺は足元が崩れ落ちた気がした。

 

 

 

あの後、フラフラと研究室を出た俺は、気づけば屋上にいた。

呆然と下を覗けば、未来のルミア達とその娘達が仁義なき戦いを繰り広げていた。

 

「…」

 

何も言わずに、ボンヤリと見つめる。

そんな中、近づく2人の人影。

 

「おーい帰ったぞー」

 

「「「()()()()()()()()()()()」」」

 

「…あ」

 

そりゃそうだ。

あの3人の父親なんて…1人しかいない。

結局…俺がいる意味なんて無かった。

俺の努力も、痛みも、悲しみも、怒りも、楽しさも、嬉しさも、愛しさも。

…全部、意味なんて無かったんだ。

 

「…アハ」

 

なんか、何もかもがどうでも良くなって…

 

「アハハハ」

 

全てがくだらなくなってきて…

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

全部がおかしくなってきて、笑った。

笑って、わらって、ワラッテ、嗤って…嗤い続けた。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

嗤い続けて、嗤いすぎて涙出てきた。

ずっと嗤い続けて…自分の中の何かが、ボロボロになってきて、もう全てが崩れ落ちそうになった時

 

「…いいんだよ」

 

誰かが、抱きしめてきた。

暖かくて、いい香りで、すごく落ち着いて、知っている感覚…。

 

「…笑わなくていいんだよ。泣きたかったら、泣いていいんだよ」

 

「アハハハハハハハ…ハハ…ハ…ア…アァァァ…アァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

笑い声が、泣き声に変わっていて、泣き続けて…気づいたら、眠っていた。

 

 

 

 

「…どういう事…?」

 

私はあまりの光景に、愕然としていた。

私の娘、ルミリア。

その父親は()だと思っていた。

なのに彼女が父親だと言ったのは…()()()()()だった。

 

「どういう…どういう事なの!?」

 

「ルミア!?落ち着いて!」

 

「答えて!私!どうして先生なの!?アイル君じゃなかったの!?」

 

私は思わず、未来の私に詰め寄る。

しかし詰め寄られた未来の私は、不思議そうな顔で

 

「アイル君?()()()?」

 

「…え?」

 

ナニヲ…イッテイルノ?

訳が分からず、呆然とする。

システィも、驚きながら詰め寄る。

 

「ち、ちょっと…ちょっと待ってよ!未来のルミア!アイルよ!アルタイル=エステレラ!忘れたの!?」

 

「待って、過去の私。それ、()()()?」

 

「…え?未来の私も?」

 

未来のシスティも知らないらしい。

向こうで、リィエルも聞いてるけど、首を振っている。

 

「何が…どうなって…?」

 

「少し待ってて」

 

未来の私達が、何やら話し合っている。

アルフォネア教授が一瞬消えて、また戻ってきた。

多分転移魔術を使ったんだと思うけど…。

グレン先生が近付いてくる。

 

「お前達にいくつか質問がある」

 

先生からの質疑応答に、真剣に答える。

嫌な予感を振り払う為に。

 

「…そうか。すまねぇな。最後にこれを見てくれ」

 

そう言って先生が見せてきたのは、卒業アルバムだった。

1ページずつめくっていき、そして…最後の1ページもめくる。

 

「嘘…」

 

「これって…」

 

「どういう事?」

 

「ここは、お前達の未来じゃない。ここは、()()()()()=()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

アイル君が…存在しない…世界。

他の誰もがいて、アイル君だけがいない世界。

そんなの…!?

 

「アルタイルって奴がいなくても、お前達が今まで潜り抜けてきた修羅場は、そしてこれから立ち向かう事になる修羅場は、ソイツがいなくてもどうにかなる。それが証明されちまってるのが、この世界だ」

 

「『自分が居なくても、世界は回る』。皆何となくで使う言葉だが、それを知る事と、理解する事は、まったく意味が変わってくる。特に多くの経験を経てきたソイツの場合、今まで築き上げてきたもの全てが、無意味なものとして、貶められた。…正直、私なら、まず耐えきれられないだろう」

 

アイル君の今までの葛藤は?痛みは?恐怖は?

その全てが…無意味だったっていうの?

そんなの…そんなの…!

 

「ルミア!?」

 

突然驚いたような声に顔を上げると、大人の私が走って校舎に入っていく。

私達も慌てて追いかけて、追いついた時には、泣きじゃくっていたのだろう、目元を真っ赤に腫らしたアイル君が、大人の私の腕の中で、眠っている。

 

「声が聞こえて…上を見たら、泣きながら笑ってて…」

 

きっとアイル君は、知ってしまったのだろう。

大人の私は、優しく髪を撫でながらこっちを見る。

 

「ねぇ、3人共。3人は、彼の事どう思ってるの?」

 

「「「…」」」

 

アイル君の事…それはもちろん…

 

「…ん。私は、あまりアイルとは話さない」

 

まず口火を切ったのは、リィエルだった。

 

「…でもアイルは初めて、私を…ただのリィエルとして…見てくれた。大切な事を、教えてくれた。いつも、苺タルトをくれた。私の…初めて出来た、3人の友達の1人」

 

次に話したのは、システィだった。

 

「そうね。アイルは…親友で、ライバル。同じ理由で、同じタイミングで、同じ人に稽古をつけてもらって、その差に愕然とした。私には無い覚悟を持ってた。だからこそ。絶対に負けたくない、絶対に勝ちたい。そういう存在」

 

「…私は?ルミア」

 

未来の私が、私を見る。

私はアイル君を見て…想いを口にする

 

「大好きな人。誰よりも愛してる人。私を救ってくれた恩人。私が…全てを捧げて、ずっとそばにいてたい、愛しい人」

 

私達の言葉を受けて、大人の私は、優しく私達に笑いかける。

 

「…皆、その気持ち。ちゃんと伝えてあげて?彼のボロボロの心を救えるのは…貴女達しかいないから。貴女達の想いが…きっと彼を繋ぎ止めてくれるはずだから」

 

「「「…うん!」」」

 

私達は、アイル君を引き取り、研究室に向かう。

 

「…さあ、準備は整えてある。アルフォネア教授と共に、誤差もきちんと修正した」

 

「向こうの私によろしくな」

 

「俺は知らねぇが、あっちの俺の教え子なんだろ?だったら…頼むぞ、お前ら」

 

そう先生達に送り出されて、私達は私達の現在へと帰還したのだった。

 

 

 

 

「…ここは…研究室?」

 

「おう、おかえり。どうだったよ、未来は」

 

目の前には、グレン先生達がいる。

横を見ると、ルミア達はまだ眠ってる。

…もう、それすらどうでもいいや。

 

「…少し、空気吸ってきます。気分が…」

 

「ん?おぉ…。アルタイル、大丈夫か?」

 

俺は先生の言葉には返事をせずに、屋上に向かう。

誰もいない夕焼けの屋上。

俺は柵にもたれて1人、空を見上げた。

 

「もう…どうでもいいか…」

 

俺がいてもいなくても、変わらないなら…もう、いいや。

 

「『我が手に星の天秤を』」

 

俺は周囲の重力を制御して…そして…

 

 

 

 

「…ハッ!」

 

私は一気に起き上がる。

周りを見渡して…アイル君がいない。

 

「システィ…!リィエル…!起きて!!」

 

「…ッ!アイル!」

 

「ん!」

 

「お前達…どうした?」

 

先生が驚いたように私達を見る。

 

「先生!アイル君は!?」

 

「は?アルタイルなら空気吸ってくるって…っておい!どこに行く!?」

 

私達はすぐに研究室を飛び出し、走り出す。

でもどこにいるか分からない…!?どうしよう!?

 

「ん!()()()!」

 

リィエルが階段の方に走り出す。

 

「リィエル!分かるの!?」

 

「勘!」

 

この際勘でも何でもいい。

とにかく走り出す。

リィエルはどんどんと駆け登っていき、屋上に繋がる廊下に出る。

 

「いた…!」

 

アイル君だ!

でも様子が…?

リィエルが私達の手を掴んだ。

 

「「リィエル?」」

 

「捕まってて…アイル!」

 

リィエルが一気に駆け抜ける。

アイル君がビックリした顔で、何かした瞬間

 

「「「え?」」」

 

「…速すぎんだろ」

 

いつの間にか、アイル君が目の前にいて

 

「「「わァァァァァァァァァァァ!!!?」」」」

 

ドンガラガッシャーン!!!

 

思いっきり、アイル君とぶつかった私達だった。

 

「…痛い…」

 

 

 

 

 

リィエルの声が聞こえて、慌てて重力を止めたはいいが、それよりも速く能力圏内に侵入される。

切れても慣性が残っており、勢いそのまま、思いっきりぶつかられる俺。

 

「いてて…お前ら、何しやがる…!?」

 

「ん。アイルが悪い」

 

突然リィエルがそんな事言い出した。

 

「はぁ!?」

 

「アイル、今。()()()()()()()

 

「「「!?」」」

 

…本当に勘がいいな、コイツは。

 

「…だったら何だよ。別に俺がいなくたって、何とでもなるんだ。だったら…」

 

「私にはよく分からないけど。アイル、言ってた。『自分の大切なものの為に、命を懸けろ』って。私はグレンが大事。ルミアもシスティーナも…アイルも。皆、皆大事。だから守る。それだけ。アイルは?私の事、どう思ってる?」

 

「…ッ!?」

 

あのリィエルが、こんな事言うとはな…。

コイツの事は、まだよく分からない。

けど…

 

「俺は…リィエルがいると、安心するよ。普段は癒されるし、戦いの時は、いつも先陣切ってくれるから、頼れる奴だと思ってる」

 

思ってる事を告げると、どことなく嬉しそうにするリィエル。

 

「アイル」

 

次はシスティーナか…ッ!?

景色がシスティーナの顔から、屋上の柵に変わる。

口元が熱く、血の味がする。

…ああ、殴られたのか。

 

「…いってぇな」

 

「ええ、痛いわ。親友を殴るのって、すごく痛いのね。でも躊躇わないわ。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』なんでしょ?」

 

それも、俺が言った言葉だな。

 

「勝ち逃げなんて許さない!私は貴方の事、ライバルだって思ってるの!絶対に勝つ!だから…どこにも行かせない!私が勝つまで…私が勝ち越しても!ずっと…私達の側にいなさい!!」

 

なんて滅茶苦茶な…。

でもそうか…システィーナもライバルって思ってくれてたのか。

 

「俺は…お前の才能が羨ましいよ。お前の才能があれば、もっと上手く立ち回れる…そう思う事が何度もあったよ。だからこそ…俺も、お前をライバルと思ってる。お前にだけは、絶対に負けたくない。絶対に勝ちたい。そう思ってる」

 

そう言うと、システィーナは、満足そうに頷いた。

 

「アイル君」

 

ルミアが俺の両頬を挟んで、強制的に振り向かせる。

 

「…『捨てる神あれば拾う神あり。世界の誰もが君を捨てるなら、私が君を拾う。そして私以外にも、君を拾おうとしてる人は、沢山いる』…だよ?」

 

それは…あの時の…。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。世界中の誰がなんて言ったって関係無い。それが私の覚悟。アイル君が何をどう思ったって、私は、アイル君の側にいる。この場所は誰にも譲らないし、奪わせない。だって…大好きだから」

 

俺も…俺も…!

 

「俺も…皆の側にいたい…いたいよ…!皆の為だから、戦えたんだ…!皆が、ルミアがいないとダメなんだ…!」

 

「だったら、どこにも行っちゃダメ。行っても、絶対に戻ってきて」

 

「俺…ここにいても、いいのか…?」

 

「『いていい』んじゃなくて、『いてもらわないと』ダメなの。…さあ、帰ろう?」

 

ルミア…システィーナ…リィエル…。

ルミアが立ち上がって、俺に手を差し伸べる。

大抵逆なんだが、こういうのも新鮮で、悪くない。

 

「…ありがとう、3人共」

 

そう言いながら、その手を取り、立ち上がると突然、リィエルが腰に抱きついてくる。

 

「…リィエル?どうした?」

 

「…アイル、どこにも行かないように」

 

「…行かねぇよ」

 

俺は優しくリィエルの頭を撫でる。

その時だった。

今度はシスティーナが、俺の腕を掴んで離さない。

 

「そうね…。アイル、今日うちに泊まってきなさい!」

 

「はぁ?何でだよ!?」

 

そう言うと今度は、逆の腕を掴んでくるルミア。

 

「そうだね!私達がどれだけアイル君を想ってるか…今夜は寝かさないよ!」

 

「いや、寝かせてくれよ!?ていうか、聞いたよ今!やめろ!恥ずかしいわ!」

 

そのまま連行されそうになっていると

 

「青春してるなぁ、お前達」

 

出口にグレン先生がいた。

 

「白猫、何がどうなっているのか、今度説明してもらうからな。それと、アルタイル」

 

先生はそう言うと、俺の頭に手を置き、グシャグシャに掻き回す。

 

「お前が何をどう思おうが、俺はお前を守る。俺はお前の教師だからな」

 

いつも通りの態度に、いつも通りの言葉。

それが、本当に嬉しかった。

 

「…ありがとうございます」

 

「ほれ、お前ら!下校時間だぞ!そのまま連行してやれ!」

 

「「はーい!」」

 

「ん!」

 

「だからやめろって!!」

 

後日、あの魔導具は封印されらしい。

結局あの後、マジで連行された俺は、本当に一晩中コンコンとお話させることに。

当然次の日、寝不足で起きられなかった俺達は、仲良く全員で遅刻しかける羽目になったのだった。




おまけ

「クソォ…ギリギリだぞ。ったく…システィーナがいつまでも髪をいじってるから…」

「私!?リィエルがずっと食べてるからじゃない!?」

「むぅ…ルミアが起きないのが悪い」

「えぇ!?…そもそもアイル君が、自殺未遂するからだよ!」

「「「「「「「「「「「「自殺未遂!?」」」」」」」」」」」」

「「「…あ」」」

「…バカ」




という訳で、オリ主が壊れかけましたね。
アルタイルの支えを、根本的に破壊する話です。
オリ主の存在は、実はかなり曖昧だと思います。
だって、原作があってのオリ主。
元からいなくても成立している話に、強引に割り込んでいるのだから。
原作では夢オチでしたが、ここではマジにしました。
実は僕にしては珍しく、バッドエンドも考えたんですよ。
分岐は戻ってきたルミア達が、アルタイルを探すのに3人まとめて動くか、手分けするかですね。
今回はリィエルの直感で別れる前に、まとまって動きました。
でも、手分けして探すと、ルミアだけが居合わせて、タッチの差でアルタイルの自殺を止められませんでした。
死因は重力で自分の頭を潰します。
結局やっぱり嫌いだったので、書きませんでしたが。
いや〜、本編も後書きも長い!
それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

魔導探偵ロザリーの事件簿 虚栄編

誤字が多いという、感想を頂きました。
気をつけているつもりですが、より一層気をつけていきます。
それでも出た場合は、ごめんなさい。
それでは、よろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「グレン先生?ちょっと待て」

 

システィーナが先生に用があるらしいが、どこにいるかが分からないらしい。

俺はお守りの反応を探ると、意外なところにいた。

 

「いた、裏庭だ」

 

俺達は裏庭に向かうと、先生はある人と会っていた。

いつかの浮気事件で少しだけ話した、赤い髪の女性。

たしか名前は…

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

「うるせぇ!」

 

隣にいたシスティーナが、バカでかい声を出す。

 

「ひょっとして…貴女、ロザリー=デイテード!?」

 

そうだ、そんな名前だったわ。

 

「ろざりー?…システィーナがよく褒めてる人?」

 

「あ、あはは…お久しぶりです、ロザリーさん」

 

「どうも、お変わりないようで」

 

ん?ルミアは知り合いなのか?

それにしても、この人って本当に外面だけだな。

雰囲気だけは一流だ。

しかし霊的感覚と身のこなしが、一般人のそれだ。

グレン先生曰く、ダウジングと剣はそれなりらしい。

というか、デイテート家は名門貴族だよな?

なんでこんな事を?

 

「やれやれ。私の名前も広まってしまいましたか。ええ、そうです。私がロザリー=デイテートです。名乗る程の者でもありませんが」

 

いや、名乗ってるじゃん

 

まあまあ、アイル君

 

「なにせ私は、心の赴くままに謎を解くだけ。生来の難儀な性分ゆえ、そうしないと私は死んだも当然ですから」

 

そうしないと餓死しちゃうからね…

 

まあまあ、ルミア

 

俺達が裏でコソコソとツッコミを入れていると

 

「先生はどうして、ロザリーさんと一緒にいるんですか?」

 

「えぇっとだな…」

 

「実は彼、私が学院生時代の先輩なんです」

 

先生が答えあぐねているうちに、ロザリーさんが勝手に答える。

 

「えぇ!?そうなんですか!?」

 

「その縁あって、先輩にはよく助手を務めてもらってるんです」

 

「助手ぅぅ!?嘘ぉぉぉ!?ちょっと先生!ロザリーさんの足引っ張ってないですよね!?」

 

「実はここだけの話、先輩がいないと解決出来ない事件ばっかりでしたよ」

 

「またまた~!先生、ロザリーさんに気を遣われてますよ!これじゃあ、現場の光景が目に浮かぶわ」

 

「事実なんだが…」

 

ロザリーさんの言葉を全て真に受けるシスティーナと、その言葉に頭を抱えて呻く先生。

俺もそこまで面識はないが、この間の一件で、何となく評判倒れなのは察している。

あと気になるのが…

 

「ルミア。システィーナって、ミーハー?」

 

「…記事をスクラップして、集めてるからね…」

 

魔導考古学専攻のくせに、新しいものにも目がないのか。

ある意味感心するな。

 

「おい、お前ら。分かるだろ?あいつが俺以下の三流へっぽこ魔術師だって」

 

先生がコソコソと俺達に声をかける。

しかし

 

「何言ってるんですか!たしかにロザリーさんが身に纏う小さすぎる魔力は、一般人レベルでとても魔術師とは思えません!ですが…それは見に余りすぎる魔力を完全に制御できてるからですよね!」

 

「ちゃうわ!」

 

システィーナには届かず。

ほんと、先入観って怖いわ。

 

「リィエル、お前なら分かるだろ?」

 

「たしかに弱そう。でも…バーナードが言ってた。本当に強い人は普段は隙だらけで、いざとなった時だけ隙が無くなるって」

 

「それは達人の領域だから…」

 

「だから試してみる」

 

何を?

そう思った瞬間、リィエルがロザリーさんに斬りかかっていた。

 

「あ、小銭見っけ♪」

 

それは偶然。

本当にただの偶然で、リィエルの本気の一閃を躱した。

 

「…この人…リアルラックで…生きすぎだろ…!」

 

「アイル君…笑いすぎ…」

 

だって…この人…ある意味すごいぞ…!

笑いすぎて腹が痛い…!

 

「これは…決まりね!」

 

「何が?ねぇ、何が決まったの?」

 

システィーナが何かを決めたらしい。

先生が顔を青くしてツッコミを入れるも、それは当然のように無視。

そして…

 

 

「ようこそ、おいでなさいました。ロザリー=デイテート様」

 

「どうしてこうなった…?」

 

「うーん…」

 

「なんででしょうね…」

 

俺達は、今回の依頼に助手としてついて行く羽目になったのだった。

応対してくれた老紳士に連れられて、俺達も依頼人である、ミスタ卿の元に向かう。

 

「私は反対です!」

 

「ん?」

 

部屋から女の人の怒鳴り声が聞こえる。

その人は警備官だった。

 

「ほう…警邏正か。ガチのエリート組だ」

 

先生の言葉に俺も驚く。

若手エースと言ったところか。

 

「お、落ち着きたまえテレーズ君…」

 

「これが落ち着けますか!?私は独自に調べました!ロザリー=デイテートは本物の無能です!やつが解決した事件は全て、偶然の産物!もしくはやつの代わりに誰かが解決したに違いありません!」

 

あまりに完璧な推理に

 

「うーん、有能!」

 

「流石、エリート組」

 

「えぇと…ノーコメントで」

 

先生と俺が感心して、ルミアが何かを察したように言葉を濁す。

というかルミア、それは認めてると一緒じゃない?

 

「な、何よあの人…どうせロザリーさんに嫉妬してるだけだわ」

 

「ん。ロザリー、すごい人」

 

システィーナとリィエルは、憮然とする。

 

「なんですかあの女は…許すまじ!」

 

当の本人は怒ってるし…。

 

「いや、あの女の言ってる事、全部正解だろ。どこに反論箇所がある?」

 

「先輩酷い!君はそんなこと言いませんよね!?アルタイル君!」

 

「…はぁ」

 

「ため息!?むしろ何も言わない方が酷い!」

 

ため息をついていると、なにやら取り出して手に塗りたくってる。

 

「なんすかそれ」

 

「私の作った魔道具です!名付けて【悪戯スライム】です!」

 

バカ丸出しのセンスだな。

なんでも肌触りが最高に悪いんだとか。

何でそんなことをしてるんだよ。

 

「これを塗った手であの女と…!いざ突貫!やぁやぁ!そこの…」

 

「おお!ロザリー君!待っておったよ!」

 

あ、先に依頼人さんが握手しちゃった。

その結果

 

「お?おぉぉぉ?おわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

まあ、大惨事だよなぁ…。

 

「あ、あぁぁぁぁ!ご、ごめんなさい!ミスタ卿!狙いは!貴方じゃなくて、あっちの…」

 

「余計なこと言ってねぇで、さっさと中和剤使え!」

 

あ、そういうのがあるんだ。

 

「これがロザリー?…クッ!私の想像を遥かに超える、天元突破バカではないか!!」

 

お巡りさん、まったくをもってその通りです。

 

 

「これが我が家に伝わる家宝…名剣【鎧斬り】です」

 

依頼人さんが見せてくれたのは、とても見事な剣だった。

これを盗むのか…気持ちは分からなくはない。

 

「今回これを盗むと予告してきたのが…怪盗Qって事ですね」

 

「うむ、そうだ。君達、怪盗Qについて、どこまで知っている?」

 

テレーズさんに聞かれ、俺達は顔を見合わせる。

 

「街で聞く程度ですが…」

 

怪盗Q。

最近フィジテを騒がせている、凄腕の泥棒だ。

主に悪徳商人や横暴貴族を相手にする、一種の義賊。

元々帝国全土で出没していたが、最近ではフィジテに集中している。

 

「そうだ。本来これ程厳重な防犯警備に予告するなど、ただのイタズラとして処理するが、相手があの怪盗ならば、話は別だということだ」

 

「たしかに、これ程の結界を前に、盗めるとは思えない」

 

「アルタイルから見ても、そう思うか?」

 

俺は先生の言葉に頷く。

なんでもミスタ家秘伝の、三重結界封印らしい。

とはいえ、相手は怪盗Q。

保険はかけて然るべきだろう。

 

「…悪いね、ミスタ卿

 

【アリアドネ】の糸を極細にして、結界の中に通して、柄に巻き付ける。

この糸を前にして結界なんて、無いに等しい。

 

「…アイル君、【アリアドネ】使ったの?

 

「…ルミアにはバレたか。ま、保険だよ

 

俺はとてつもなく楽観視をしているロザリーさんを流し見て、ため息をつく。

こうして、宝剣の警護が始まった。

 

 

「リィエル!そっちは!?」

 

「ん。異常なし」

 

何やら張り切ってるシスティーナとリィエルは放っておき。

俺は改めて配置を考える。

屋敷内と敷地内は選りすぐりの警邏官が、テレーズさんの指揮の下、厳重警戒態勢。

宝物庫の扉の前には、俺達とテレーズさん直属の部下。

そして、宝剣を囲う三重結界封印。

 

「アイル君…。本当に来ると思う?」

 

「…はっきりいって無謀すぎる。普通なら来ない」

 

「だよね…。私もなにか腑に落ちなくて…」

 

そう、何かおかしいのだ。

 

「…ロザリー、お前はどう見…」

 

俺達の話を聞いていた先生が、ロザリーさんに改めて聞いてみようとするも、その言葉が止まる。

何事か覗き込むと

 

「…zzz…」

 

「お疲れみたいだねぇ!ロザリーくぅぅぅん!!立ったままだと疲れが取らないし!そのまま永眠するのをオススメするよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「ギャアァァァァァ!ギブギブ!!先輩~!!」

 

先生が本気で締め落としにかかる。

 

「…はぁ。ロザリーさん、やる気がないならやめたら?どうせ、お偉い貴族様の娯楽でしょ?」

 

本気で呆れる。

なんでこんなバカに付き合わないと…

 

「娯楽じゃありません!」

 

「ッ!?」

 

「たしかに貴方には、ふざけて見えるかもしれません!やる気がないように見えるかもしれません!それでも私は、真剣なんです!本気で、魔導探偵を志してるんです!」

 

その目と言葉はあまりにも真剣で、思わず黙り込む。

 

「…どうして、そこまで目指すんですか?」

 

「…憧れてるんです、【シャール=ロック】に」

 

「【シャール=ロック】?【ライツ=ニッヒ】が書いた小説の?」

 

「シャールはね、すごいんですよ。例えば…」

 

そこからしばらく、シャール=ロックの話が続く。

それだけ真剣に憧れてるんだな…。

 

「って、これは先輩にも言いましたね。こんな子供っぽい事言ってたらダメですよね。後輩に呆れられて当然です…」

 

あぁ…先生がこの人を手伝う理由が分かった。

同じなんだ、この人と先生は。

物語にでてくる、【正義の魔法使い】に憧れて、魔導士になったグレン先生。

物語にでてくる、【魔導探偵】に憧れて、魔導探偵になったロザリーさん。

まったくアホらしい。

アホらしいけど…そんな人を、バカにはしたくなかった。

俺もまた、ある人に憧れているんだから。

その為に、勉強も鍛錬も頑張ってるんだから。

…まあ一番の理由は、ルミアの為なんだけど。

 

「…ホワイダニット」

 

「へ?」

 

「怪盗Qが魔術師かどうかは置いといて、魔術師関連の事件を追いかけるなら、ホワイダニットは重要です。フーダニット…誰がやったか。ハウダニット…どうやってやったか。これらは魔術で幾らでも誤魔化しがききます。ですがホワイダニット…何故やったか。これだけは誤魔化しがききません。それを突き詰めていくのが、魔術師という生き物ですから」

 

それだけ言って、俺は扉にも垂れて目を瞑る。

 

「…フフっ!」

 

隣にいたルミアに笑われる。

 

「…なんだよ、ルミア」

 

「別に~?素直じゃないなぁ~って思って」

 

「…うるさい///」

 

俺は、肩にもたれてくるルミアにそっぽ向きながら、悪態ついていると

 

「ッ!?ルミア!」

 

突然辺りが真っ暗になった。

俺は直ぐにルミアを抱き寄せ、そばに寄らせる。

 

「【ダーク·カーテン】だと!?白猫、アルタイル!照明魔術だ!」

 

「やってるけど…!」

 

「何重にもかけられてて、追いつきません!」

 

この手の魔術の解呪は、魔力の出処か術者本人を叩くしかない。

仕方なく俺達は扉の前に陣取り、入らせないようにしたのだが、誰も来ない。

結局効果が切れるまで、何事も起こらなかった。

 

「来なかった?」

 

「いや…まさか!?テレーズさん!開けて!」

 

「ああ、私もそんな気がする!」

 

テレーズさんが預かっていた鍵で、慌てて中に入り確認すると

 

「マジかよ…」

 

見事に宝剣が盗まれていた。

 

 

話を聞き付けやってきたミスタ卿が、テレーズさんを罵倒する。

それを見ながら、俺は剣に巻き付けた【アリアドネ】の反応を追う。

…ん?変な場所にあるな…。

 

「ふっふっふっ…」

 

ロザリーさんが突然笑いだしたのは、そんな時だった。

 

「ど、どうした?ロザリー?」

 

恐る恐る先生が聞くと、自信満々に言い放った。

 

「すべての謎は解けました。犯人はこの中にいます!」

 

「「「「「「「「な、なんだってーーーーーー!!!?」」」」」」」」

 

「そもそもこの犯行は、怪盗Qによるものではありません!良く考えれば1人いるでしょう!犯行可能な人物が!」

 

…まあいるな、1人だけ。

確たる証拠は無いけど、この人がってのは、俺にもある。

 

「い、一体誰が…!?」

 

「それにしても、喉が乾きましたね。一旦休憩しましょう。10分後にまたここで。謎解きはティータイムの後で。テレーズ君、誰もここから出さないように」

 

「お、おい!待てよロザリー!?」

 

優雅に立ち去るロザリーさんと、それを追いかけるグレン先生。

皆が唖然とする中

 

「…アイル君は分かる?」

 

「…まあ、候補はいる。確たる証拠がないけど。ただまあ…謎解きは10分後にって事で」

 

特に何もせず、10分間は傍観に徹しよう。

 

 

「今回の事件の犯人…貴方ではありませんか?ミスタ卿」

 

不意に放たれたテレーズさんの言葉に、場が凍りついた。

 

「…ほう。面白いことを言いますな、テレーズ君。私が当家の家宝を奪った?何故そのような事を?」

 

疑われているミスタ卿は、どこか楽しげに話し出す。

…そろそろか。

 

「ロザリーはああ言った。仮にも名高き魔導探偵がそう言ったのだ。何らかの根拠があるに決まっている!そうなれば後は消去法だ。この中であの結界に干渉できるのは、当主である貴方だけだ!これは貴方が起こした…」

 

その時、ミスタ卿の雰囲気が、急に変わった。

 

「ご自身の立場を慮るなら…そこまでにした方がよろしいかと。たとえ私が犯人だとして、剣はどこに?そもそも証拠は?」

 

「少なくても、剣がどこにあるかは分かるよ」

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

俺は一同の視線を集めながら、ある場所の壁を叩く。

 

「リィエル、この壁ぶち抜け」

 

「ん?いいの?」

 

「ち、ちょっと待ちたまえ!?なに勝手に…」

 

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

 

豪快な破壊音と共に、壁がぶち抜かれる。

その先にあったのは…

 

「ん?道?」

 

「!?隠し通路か!?」

 

俺はなんの躊躇いもなく、その通路に入っていく。

ん?奥から人が…って!?

 

「お前ら、何してやがるんだ!?」

 

「な、なんですか!?今の音!?」

 

「…先生、ちょっと」

 

俺は先生にこれからの予定を耳打ちして、状況を伝える。

 

「…分かった。頼むぞ」

 

俺は奥に隠されていた宝剣を片手に、穴から戻っていく。

 

「そ、それは…!?家宝の宝剣ではないか!?どうして!?」

 

「ここに来た時、念の為にある仕掛けをさせて頂きました。それがこれです」

 

俺は柄に巻き付けた極細の糸を外してみせる。

 

「…糸…か?」

 

「はい、魔法遺産(アーティファクト)【アリアドネ】。この世で俺だけが扱える魔法遺産(アーティファクト)。この糸はその特性上、結界などをすり抜ける効果があります。ですから来た時誰にも気づかれないように、巻き付けさせていただきました」

 

「「なっ!?」」

 

「あ、アイル!?いつの間に!?」

 

「ここに来た時だって言っただろ?」

 

「…ルミアは知ってたの?」

 

「うん、気づいてたよ」

 

これに気づいていたのは、ルミアだけだ。

とはいえ、論点はそこでは無い。

 

「さて、問題はそこじゃないです。問題は…何故こんな隠し通路があるのか?そこです。そして、この通路の存在をミスタ卿、貴方が知らない筈がない。という事です」

 

「…たしかにそうだ。説明していただけますか、ミスタ卿」

 

テレーズさんが冷たい目で追求する。

脂汗を浮かべながら、動揺するミスタ卿に、追い討ちをかける。

 

「まあ、これでは貴方を追い詰めるには、手が足りない。ですので、ある方に一芝居打っていただいてました。ですよね…名探偵?」

 

「ええ、よく出来ました。流石は私の助手」

 

そう言って奥からやってくるのは、ロザリーさんとグレン先生だ。

 

「な!?一体どこから…!?この道は本来、私の指紋がないと…!?」

 

「出口からですよ。この為にわざとこれを仕込んだのですから」

 

ロザリーさんは得意げにそう言って、右手を見せつける。

その手には、【悪戯スライム】がついている。

 

「まさか…最初から!?最初から疑っていたのか、ロザリー=デイテート!?今までの姿も全て嘘…!全てはこの場にミスタ卿を釘付けにさせる為に!」

 

テレーズさん、盛大に勘違いしてるなぁ…。

まあ、そっちの方が都合がいいか。

 

「お、おのれ…ロザリー…!以前貴様に潰された、マフィアの取引の腹いせに、貴様を破滅させ、ついでに怪盗Qに擦り付けて、剣にかけていた闇保険金で大儲けしようと企んでいたものを…!」

 

「全部ゲロってくれて、ありがとう」

 

単純すぎるだろ、この人。

何も律儀に全部話してくれなくても…。

 

「マフィア?何の話ですか?」

 

「あれだろお前。リトルラックキャリー」

 

あぁ、そんな事件もあったな。

これがこの人の、ホワイダニットか。

 

「だが、まだ終わらんぞ!」

 

ミスタ卿の合図とともに、武装した使用人がなだれ込む。

 

「我が使用人達は、全て裏の仕事人!戦闘のプロだ!君達に…」

 

「『我が手に星の天秤を』」

 

「「「「「「「ぐわぁ!!!?」」」」」」」

 

俺は【グラビティ·タクト】で動きを止めて、【アリアドネ】で捕縛する。

 

「さてと…ミスタ卿」

 

最後に残ったミスタ卿に対して俺は

 

「御用改だ。神妙に縄につきな」

 

冷徹に言い放った。

 

 

後日。

 

「アイル君!表彰おめでとう!」

 

「新聞にも載って良かったわね!」

 

「むぅ、アイルだけずるい」

 

「ルミア、ありがとう。システィーナ、リィエル、いい加減機嫌直せって」

 

ルミアは嬉しそうに手を叩き、システィーナは不機嫌そうに新聞を叩きつける。

ロザリーさんの大ファンのシスティーナには、あまり面白くない事らしい。

警邏庁からの表彰は、最初辞退したかったが、あちらにもメンツがある。

今回警邏庁は、あまり活躍していない。

そんな警邏庁が尽力した一般人に何もしないのは、彼らの信頼に大きな影響を、与えかねないらしい。

 

「…ままならないな、大人ってのは」

 

俺はクラスメイトからの賞賛を受けながら、ぼんやりと将来を考える。

真っ先に思いついた夢を思い、思わず笑う。

 

「アイル君?」

 

「んにゃ、何でもない」

 

どうやら俺も、変わったらしい。

そう思いながら、透き通る青空を見上げるのだった。

 




おまけ

「ロザリー=デイテート…奴は本物だ!それにあの助手達…特にアルタイル=エステレラ!彼は凄いですよ!叔父上!叔母上!」

「そういえば…また彼は表彰されたのじゃったな…」

「ふふ。とてもすごい子なのですね、あなた」

「そうじゃな、セルフィ」

(いざとなったら、彼に頼るのもありかのぉ…)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

再び縁を紡ぐ赤い糸

これ、かなり難産でした…。
アルタイルをどうやって活躍させるか…。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「暇だな〜」

 

「暇だね〜」

 

俺とルミアは夕焼けに彩られた教室で、グレン先生を待っていた。

システィーナとリィエルは、リゼ先輩の手伝いで遅くなる。

そこで帰りの護衛を、俺と先生が引き受けたのだが、肝心のグレン先生の仕事が長引いてるのだ。

最初はお喋りをしていた俺達だったが、流石に話題が尽きたのだ。

元々俺もルミアもお喋りでは無い。

どちらかと言うと、聞き上手な方なのだ。

俺は暇つぶしがてら、【アリアドネ】で糸を使って遊ぶ。

 

「…フフ、あの時もこんな感じだったよね」

 

あの時って言うと…あの時か?

 

「いや、こんなほのぼのしてねぇだろ」

 

「たしかにそうだけど、そうやって色々作ってくれたよね」

 

そう、あれは3年程前の話…。

 

 

 

全てのきっかけは、何だったんだろう?

姉と遊んでいる時、秘密の力を使ってしまった時か。

あの日以来、私の世界はガラリと変わった。

 

「貴女は王家から追放です。もう、私の娘ではありません。エルミアナではありません」

 

玉座に座る母から、冷たい目で一方的に告げられた。

 

「…なんで?…どうして?」

 

そう嘆いても何も変わらず、私は名前すら捨てさせられ、ルミア=ティンジェルとして、生きる事になった。

私を引き取ったのはフィーベル家という家。

何でも当主レナードとその妻フィリアナは、母と古い付き合いらしい。

そして同い年の娘、システィーナがいる。

皆暖かく私を受け入れてくれた。

だが…馴染める筈が無かった。

特にシスティーナ…彼女が大嫌いだった。

私が望んでも手に入らないものを持っている。

そんな彼女からの同情、憐憫、共感?

 

「反吐が出る」

 

これから一緒に家族になろう?

 

「馴れ馴れしい」

 

頑張ればいつかきっと幸せになれるから?

 

「寝言は寝て言って」

 

彼女の全てが妬ましい、憎たらしい。

私とこの子の差は何?

私の方が何倍もいい子だったのに…!

だから私は、荒れたし、暴れた。

毎日システィーナを泣かして、レナードとフィリアナをひたすらに困らせた。

もう…どうでも良かった。

1度捨てられたんだ、もう何度やられても変わらない。

これだけやれば、いつか彼らも私を捨てるだろう。

もうどうでも良かった。

私なんて、消えて無くなればいい…。

そう自暴自棄になっていたある時の事。

いつも通り、システィーナを泣かして。

家を飛び出した私は、ある路地裏で攫われた。

 

「あぁ!?俺のせいだって言うのか!?」

 

「…んぅ?」

 

男の人の怒号で目を覚ます。

ここは…どうやらかなりボロの小屋だ。

 

「どうしてフィーベル家の娘と間違えたんだよ!?」

 

「フィーベル家から飛びだしゃ、そうだと思うだろうが!?」

 

「てめぇは人相書きも読めねぇのか、あぁ!?」

 

「黙れ」

 

そんなやり取りをしている男達にかけられる声。

そこに居たのは、女性だ。

美女と言える人だが、あまりの凄みに、何も言えなくなる。

 

「し、しかし…カリッサの姉御…」

 

「黙れと言った」

 

そう言った時には既に、男は死んでいた。

あまりにも鮮やかな腕前だった。

 

「私は無能な犬が嫌いだ。だが聞き分けのない犬はもっと嫌いだ」

 

それだけで誰も何も言えなくなる。

 

「おや、眠り姫のお目覚めかい。それにしても…クク。災難だったな。何、笑い話だ。君はフィーベル家のご令嬢と間違えられたんだよ」

 

間違えられた…?

たったそれだけ…?

このままどうなるの?

あれやこれやと話しているけど…私…死んだ。

今日で全部…終わりなんだ…!

 

「た、大変だぁ!?」

 

そう絶望している時、外から男の人が慌てて飛び込んでくる。

 

「チッ…何だい、騒々しい」

 

「と、特務分室が…!?帝国宮廷魔導師団特務分室が、やってきやがったぁ!」

 

その報告を受けた場は騒然となる。

 

「報告は3人。【星】と【女帝】…そして、【愚者】だ!」

 

「ぐ、【愚者】だとぉ…!?」

 

何にそんなに怯えているのかは分からないが、そんなに凄い人なのだろうか。

…まあ、今更だけど。

悪党達が騒ぐ中、私は諦観の涙を流すだけだった。

3人を残して、皆外に出ていった。

退屈そうに私を監視する中、それは突然だった。

 

ガタン!

 

「「「「!?」」」」

 

突然床板が抜けて、誰かが飛び出してきた。

 

「行け!【アリアドネ】!」

 

何かが駆け抜けたと思ったら

 

「ガッ!?」

 

「ゴッ!?」

 

「グハ!?」

 

3人の顎を的確に撃ち抜いて、気絶させた。

飛び出してきた何かは、フード付きのパーカーを着た男の子。

多分私くらいの男の子だ。

 

「ふぅ…何とかなった。君、大丈夫?」

 

フードをとった下から出てきた黒い髪の黒い瞳の特徴的な少年は、屈託の無い笑顔で、私を見つめていた。

 

 

 

…本当に何してんの俺?

いつもの修行を終え、俺は俺だけの秘密基地に来ていた。

フィジテのある場所の地下で繋がっているここは、俺だけが知る場所。

爺さんも知らない場所だ。

そんな場所なのに…いや、だからか。

 

「おや、眠り姫のお目覚めかい。それにしても…クク。災難だったな。何、笑い話だ。君はフィーベル家のご令嬢と間違えられたんだよ」

 

どうやら、悪い奴らの隠れ家にされたらしい。

数は隙間から覗いただけでも、20人ぐらい。

すぐそばには、金髪の女の子が泣きじゃくっている。

流石にこれを見逃すのは、男じゃない。

とはいえ、どうしようもない。

そんな時、急に場が騒然とする。

何でも特務分室が来たらしい。

特務分室は軍の中でも最右翼。

そんな連中が来たんじゃ、コイツらも慌てるらしい。

3人置いて、相手をしに出ていった。

…皆がこの抜け穴から目を逸らした、今!

予め【アリアドネ】の先を拳大に丸めてある。

 

「行け!【アリアドネ】!」

 

それを高速で放つ。

完全にこれの性能ありきでやったが、何とか上手くいった。

見事に脳震盪でぶっ倒れた。

 

「ふぅ…何とかなった。君、大丈夫?」

 

俺は金髪の女の子の紐を解く。

その女の子は、相変わらずの諦めきった目で俺を見た。

 

「…貴方は?」

 

「…ただの一般人?」

 

我ながら、なんとも間抜けな返事だ。

そんな間抜け具合が伝わったのか、呆れたような顔で、睨まれた。

 

「だったら早くここから消えれば?貴方も殺されるよ」

 

へぇ、ビックリ。

こんな状況でも、人の心配なんだ。

 

「…何がおかしいの?」

 

あれ?笑ってた?

 

「ごめんごめん。ただ君、優しいんだなって」

 

そういった途端、顔を真っ赤にして慌て出す。

 

「は、はぁ!?///何でそうなるの!?どこが優しいの!?///」

 

「だってこんな時、普通は助けを求めるだろ?なのに君は、真っ先に俺の心配をしてくれたじゃん」

 

「そ、そんな事ない!」

 

怒鳴って俺を否定する。

そこで女の子は、突然俯いてポツポツと喋り出す。

 

「…私、呪われてる。産まれた時から、不幸になるのが決まってたの。だからお母さんは、私を捨てた。…邪魔だから。こんな呪われた私を助けける人なんている訳ない」

 

き、急にどうしたんだ…?

呪い?なんの事?

 

「もう…嫌だ。恐いのも、苦しいのも、辛いのも、嫌だ…。もう…早く終わらせてよ…。ヒクッ…グス…。もう諦めてるから…。だから、もう終わりたい…」

 

そう言って膝の間に顔を埋めて、泣きじゃくる。

そんな彼女が、どうしても放っとけなくて、俺になにか出来ないか考え続けた。

 

「…ねぇ、これを見て」

 

俺は糸を使って色んなものを作った。

鳥とか、犬とか、猫とか…本当に色んなもの。

 

「わぁ…綺麗…!」

 

最初の方はただボンヤリと見ている彼女だったが、少しずつ目に光が取り戻してくる。

鳥が彼女の周りと飛び、兎が跳ねて、猫が擦り寄って、犬が尻尾振って甘える。

 

「…ねぇ?どうだった?」

 

「すごい綺麗だった!」

 

「良かった。…これは君が今、()()()()()()()()()()()()

 

そう、ここからが、本題だ。

俺の言葉を受けて、驚いたように目を見開く。

 

「生きてるから…」

 

「俺には君の絶望は分からない。でもね、死んでも意味は無い。何が変わる訳でも無い。だったら、生きよう。這いつくばってでも、泥水啜ってでも、生きよう。その先には、良くも悪くも、何かあるかもしれない。前でも、後ろでも、右でも、左でも、何処でもいい。歩こう。止まっちゃダメ。止まったら…何も変えられない。君は本当に、死にたいの?」

 

ルミアはその言葉を聞いて思う。

 

(死んでも意味は無い?そんなの知ってる。何処でもいいから歩こう?そんなの無理だよ。本当に死にたいのか?そんなの…)

 

「死にたくない!死にたい訳ないよ!でもどうするばいいの!?私は呪われた子!こんな私を救ってくれる人はいない!どうすればいいの!?」

 

「知らない」

 

「…は?」

 

あまりの俺の即答に、彼女が唖然としてる。

 

「だって君の人生は、君だけのものだ。君を救えるのは、君だけだ。世界は残酷だ。最初から君を救ってくれる誰かはいない。君が考え、行動を起こすんだ。君は…どうしたい?」

 

少し黙り込んで、まるで吐き捨てるように笑った。

 

「…何それ。結局何もしないんじゃない。偉そうに言って、結局何もしてくれないじゃない!ふざけないでよ!あれだけ言ったんでしょ!だったら…私を助けてよ!!!」

 

「分かった」

 

「…は?」

 

あ、またポカーンとしてる。

俺はイタズラっぽく笑う。

 

「君がそう考えて、俺に助けを求めた。それだけでしょ?それによく言うだろ?『捨てる神あれば拾う神あり』って。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして今、俺以外にも君を拾いあげようとしている人達がいる。その為に、必死に戦っている人達がいる」

 

そう言って俺は糸で星型のネックレスを作る。

それを強引に持たせてから、壁を糸で切った。

 

「さあ、ここから逃げて」

 

「へ?でも…」

 

「そのお守りが、きっと君を守ってくれる。さあ、速く行って」

 

その子は少し不安そうに見つめてから、俺の作った穴から飛び出した。

振り向くこと無く走り抜けて、森の中に消えていった。

 

「…さてと、俺はどうしよう?」

 

抜け穴から逃げてもいいけど、見つかったら逃げ場が無いからな…。

 

「よし、俺も森を抜けよう」

 

そう思い、穴から抜け出した瞬間

 

「動くな」

 

横から俺の頭に、銃が突き付けられる。

 

「ッ!?…う…あぁ…」

 

あまりにリアルに突き付けられる死の予感に、喉が干上がる。

 

「ここに金髪の女の子がいたはずだ。どこに行った?」

 

恐る恐る横を見ると、その服に見覚えがあった。

 

「…特務…分室…」

 

「そうだ。お前それが分かるって事は…っておい!?」

 

はぁ〜…何だよ。

味方…っていうか、軍人さんなら…!

 

「ビビらせないでよ…」

 

「いや、何リラックスしてんだよ!?分かる!?俺お前を銃突きつけてんの!?殺そうとしてんの!?」

 

「だって…助けてくれるんですよね?あの子の事」

 

「ッ!?…まあ、それが仕事だ」

 

だったら大丈夫。

だって…特務分室は、ヒーローだから。

俺はあの子が走っていった方へ指を指す。

 

「あっちに走って行きました。森に入ってからは、見えなかったので…」

 

「そうか…お前も逃げろよ?」

 

「あ、待ってください」

 

俺はそう呼び止めて、糸を1本渡す。

 

「あの子に持たせたお守りに反応します。それで追いかけてください」

 

「…すまん、助かる」

 

そう言って軍人さんも走り出す。

 

「さてと!行きますか!」

 

この森は俺の庭。

軽やかに、迷いなく俺は駆け出した。

 

 

 

「はっ…はっ…はっ…!」

 

走りにくい森を、ひたすらに走る。

理由は…

 

「待ちやがれ!」

 

このお守りが導くままに走ってたら、たまたま、悪党に見つかってしまったのだ。

必死に、生きようとした。

ただやっぱり…運命には逃げられなかった。

 

「きゃあ!?」

 

木の根っこに、引っかかってしまったのだ。

コケてしまう私。

何とか立ち上がろうとした時

 

「このガキ…!」

 

ついに悪党に、追いつかれた。

 

「あぁ…」

 

絶望に浸る私に、憤怒の顔を浮かべる。

 

「てめぇのせいだ…!てめぇのせいで、仲間が軒並み死んでいく!お前も死ねぇ!」

 

そう言って、指を向けられる。

あぁ…やっぱりダメだった…。

 

「『雷帝の閃槍よ』!」

 

放たれる【ライトニング・ピアス】。

その一撃が私を貫く…事は無かった。

何故なら、お守りが光を放ち、障壁となって守ってくれたから。

 

「これは…」

 

彼が…守ってくれている。

私を拾いあげようと、してくれている。

 

「クソ!なんだそ…」

 

言葉が終わる前に、銃声が響いた。

事切れるように倒れた悪党の後ろにいたのは、黒髪の青年。

その手には煙を吹く、パーカッション式回転拳銃。

 

「…お前、あのガキにお守りとやら、持たされたか?」

 

そう聞く青年の言葉に、反射的に手に握っているお守りを見る。

 

「どうやら、お前みたいだな。…あのガキ、何者だ?…まあいいか、俺はお前を助けに来た…って言っても信じねぇよな」

 

「…いえ、信じます」

 

「…なに?」

 

彼がここまで導いてくれた人なら、きっと信じられる。

だって彼は…捨てられた私を拾ってくれたヒーローだから。

 

「彼が送り出した人なら、信じます」

 

「…はぁ。マジで何モンだアイツ?」

 

そうして私は、青年と共に、後ろ髪を引かれる思いで、この森を脱出した。

 

 

そしてもうすぐ3年が過ぎようかという頃

 

「キャーー!ひったくりよー!」

 

帰り道、1人で歩いていると後ろから悲鳴が聞こえる。

振り返ると、女性が倒れ込み、若い男の人が鞄をもって走っている。

 

「ッ!?『雷精よ…!?」

 

途中で詠唱が止まる。

すぐそばを影が走り抜けたから。

その人は一気にひったくり犯に肉薄して、そのまま糸で縛り上げた。

 

「なぁ!?何だこれ!?おいほどけ!!」

 

「んな事する訳ねぇだろ、ボケ」

 

クラスメイトだった。

黒髪の少年の名は、アルタイル=エステレラ君。

その手につける赤い手袋、そこから伸びる赤い糸。

 

「…まさか…」

 

一年も一緒にいたのに、まったく気付かなかった。

多分あっちもだけど…。

 

「ティンジェル、通報して」

 

「う、うん!」

 

そう言われすぐに私は通報した。

この事で、アイル君は警邏庁から表彰され、学校で一躍有名人となった。

 

 

 

「…あ」

 

「うん?どうした?」

 

「なんでアイル君の事分かったのか、思い出したから」

 

「へぇ、何で?」

 

「1年の終わりの時、ひったくり犯捕まえたでしょ?その時」

 

あ〜…あったなそんな事…。

 

「アイル君は?」

 

「初めて先生と3人で帰った時」

 

「なるほど…。あのね、私、本当にアイル君に感謝してるの。だから…ありがとう」

 

「…どういたしまして」

 

そう言って俺達は見つめ合う。

少しずつ顔が近くなって、お互い真っ赤な顔が、瞳に映るのが見てるくらい近付いて。

そして…

 

「お〜、待たせたな〜」

 

「「ッ!?///」」

 

先生が入ってきたので、一気に顔を背ける俺達。

 

「…ん?どうしたお前ら?」

 

「「何でもないです!」」

 

「顔真っ赤だぞ?」

 

「「夕日のせいです!」」

 

俺達はカバンをもってそのまま、教室を出る。

 

(ちくしょう…!///)

 

(せっかく今…!///)

 

((チャンスだったのに…!!///))

 

「おい、お前ら待てって!」

 

こうして俺達の平和な日常は進む。

こんな穏やかな日が続きますように…そう祈りながら。




おまけ

「おい、お前ら待てって!」

(すまん…お前ら!実は聞いてた!教師として、流石に止めざるを得なかった…!)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

もしもいつかの結婚生活

今回、これまでで1番、甘々です。
コーヒー飲みながら書きましたね、甘すぎて。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「ハッ…ハッ…ハッ…!…ふぅ…はぁ…はぁ…」

 

日課のランニングを終えて、俺は玄関の扉を開ける。

自室に繋がる階段を登ろうとした時、ふわりといい匂いがした。

…キッチンからだ。

俺は匂いにつられるままに足を進めて、その先にある光景に見惚れる。

いつも通りの薄緑のエプロンをつけた婆さん…では無く、婆さんが使う薄緑のエプロンをつけたルミアにだ。

 

「〜♪…あ、おはようアイル君。お疲れ様」

 

「…おはよう、ルミア。ありがとうな」

 

「うん!風邪ひいちゃよ?早く汗流してきて!」

 

「あ、あぁ…」

 

俺は足早にキッチンを離れて、自室に行く。

着替えを持って、風呂場に向かう。

貯水槽から水を引いてきて、石炭…の代わりにうちでは炎の魔術で温度調整する。

【ギーザー】という給湯システムなのだが、うちでは少し改良してある。

俺は汗を流して、何時もの学院の制服に着替える。

キッチンに併設されている食卓の上には

 

「あ、ちょうど出来たんだよ?さ、座って?」

 

テーブルの上には、焼きたてパン、カリカリのベーコン、スクランブルエッグ、チーズサラダ、オニオンスープ…定番の朝食だ。

なのに…高級店さながらの雰囲気だ。

きっと、ルミア補正がかかってるからだろう。

 

「「いただきます」」

 

俺達は早速手を合わせて、食べ出す。

 

「…どう?」

 

「マジで美味い」

 

「本当!?よかった」

 

ルミアが甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれるのが、申し訳なく感じるので、俺もジュースを注いだり、サラダを取り分けたりと、お互いほのぼのとした朝を過ごす。

 

「…じゃあ、いつもの場所で。いってくるね」

 

「おう、出来るだけ早く行くから。いってらっしゃい」

 

流石に今の俺達の関係がバレだら、面倒だ。

だからいつもの約束の場所に、バラバラに着いてから、登校する。

ルミアを見送って、火の元の確認などをしながら、俺は熱くなる顔を抑えきれずにいた。

 

「…どうしてこうなった…!?///」

 

 

 

事の発端は、3日前。

 

「こんな事あるんだなぁ…」

 

「そ、そうだねぇ…」

 

こんな事っていうのは

・グレン先生とイヴ先生が急遽、帝都へ別々の学会に参加

・システィーナは、グレン先生の付き添い

・リィエルが急遽、帝都へ帰還命令

・アルフォネア教授が、急遽遺跡の調査

・爺さんと婆さんが、ベガを連れて結婚記念日旅行。店は臨時休業中だ。

 

「見事に俺達以外いないわけだ…」

 

「相変わらずシスティのご両親も忙しいし…ちょっと寂しいね」

 

「寂しいっていうか、なんて言うか…」

 

別に1人だからといって困る事は無い。

ただ、張り合いがない…いや、素直に言うか。

心細く感じるのは事実だ。

1人用に飯作るのもダルいし、どうしたものか…

 

「あ、アイル君!」

 

「ん?どうした?」

 

ルミアが声かけるも、そこから先が出てこない。

一方のルミアはというと

 

(だ、大胆すぎるかな…!?でも、こんなチャンス…そうそう無いんだから!)

 

ルミアが決意した瞬間

 

「ふふ、貴女が1歩踏み出せないのは、お見通しでしたよ、エルミアナ!」

 

1人の貴婦人が、フラリと現れる。

 

「…え?えぇぇぇぇぇぇぇ!?お、お母さん!!!?」

 

「じ、女王陛下ァァァァァァァ!!!?」

 

まさかの国家元首、アリシア7世女王陛下、その人だ。

「「な、なん…なんで!?」」

 

「あらあら♪仲のいい事!」

 

「本日はお忍びで、出向かれたのですよ。…久しぶり、アルタイル。ふふ、今頃エドワルド卿が、慌てふためいているだろうね」

 

現れたのは、特務分室の執行官NO.5【法王】のクリストフだ。

 

「おま、何で連れ出しちゃったの!?止めようよ!?」

 

「アハハ!僕に陛下のご命令に背けと!…腹切るよ?」

 

「重いわ!!!」

 

忠義厚い奴なのは知ってたが、ここまでとは…!?

陛下が、真面目な顔で咳払いを1つして、ルミアと向き合う。

 

「さてと、エルミアナ。何をしているのです?」

 

「え?」

 

「このチャンスを前に…コホン!アルタイルが1人で心細く感じているのに、何を手をこまねいているのです?」

 

「あれ?お母さん、何で知ってるの?」

 

「というか、何故俺の心境を知ってるんです?」

 

「ふふ、私からしたら、貴方の心の内を読むのは、容易いですよ?それはさておき、裏で手を回したのは…コホン!」

 

流石は女王陛下、俺の心中なんて…って待て。

今なんて言った?

 

「ともかく、今やアルタイルは、グレンと共に帝国の英雄的存在。そんな御方に不自由があっては、帝国王家の恥です。と、言う訳で…エルミアナ。貴女は住み込みで彼の世話をしなさい」

 

「「…え?」」

 

…今、なんて言った?

 

「いいですか?住み込み!住み込みですよ!これは勅命です!!」

 

「「…えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?///」」

 

俺達は、顔を真っ赤にして戸惑うしかない。

アタフタしてる俺達を無視して、陛下がルミアに耳打ちする。

 

「…チャンスですよ?エルミアナ

 

ふぇ!?///」

 

手紙を読んで分かっていましたが…貴女、最近少しずつ距離は縮んでいるようですが、少し遅すぎます

 

お、お母さん!?///」

 

ちなみにいつの世も、殿方とは既成事実に弱いものです。…頑張って

 

ななな、何言って…!?///」

 

「それでは、後は任せました!後、アルタイル!何時でもお義母さんと呼んでもいいですよ!」

 

「それでは2人共、よい一時を」

 

2人共、嵐のように荒らすだけ荒らして、あっという間にいなくなった。

 

「「…」」

 

俺達は何も言えずに、ただ固まるだけ。

そんな中

 

「あ、アイル君…」

 

ルミアがこっちに振り向きながら、声を出す。

 

「ち、勅命!勅命だもんね!頑張るよ!!///」

 

「ルミア!?頭から煙吹いてる!?煙吹いてるから〜!!」

 

俺達の不思議な共同生活は、ルミアの介抱から始まったのだった。

 

 

 

 

「…何か悪いな、ルミア」

 

「うん?どうしたの?」

 

何やかんやで数日たち、初めての2人の休日。

アルタイルは、洗濯物を干すルミアを見ながら、罪悪感を感じていた。

 

「俺の分までやってもらって…。手間かけさせてるなって」

 

「もう。気にしなくていいのに。それに私だって、1人でやらなくちゃいけなかったんだから」

 

フィーベル邸にいる手伝い妖精(ブラウニー)は、フィーベル家の血を継ぐ人間がいないと、召喚出来ない。

つまりルミアでは、召喚できないのだ。

 

「でも確実に負担はかけてる訳だし」

 

「アイル君だって、色々してくれてるでしょ?料理だって当番制。お風呂掃除とか買い出しとかは、やってくれてるし。そういうのは、女1人だと大変だし、助かってるんだよ?」

 

「ならいいけど…ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

どこか納得いってない顔のアルタイルに、苦笑いするルミア。

ふと何か思ったのか、悪戯気な笑顔をアルタイルに向ける。

 

「でも、こうして一緒に暮らしてると…新婚さんみたいだね!」

 

「ッ!?///おま、お前なぁ…!?///」

 

その一言に、アルタイルは驚いたように目を見開き、顔を赤くする。

 

「み、水周りの掃除してくる!///」

 

アルタイルは逃げるように、その場を離れるのだった。

 

 

 

 

「…ッ!///」

 

私はアイル君がいなくなって少しの間、無言で作業をしていたのだが、耐えきれずにシーツを頭から被って蹲る。

 

「バカバカバカバカバカ!!///私ったら調子に乗って、何言ってるの…!?///新婚さんみたいとか!?///」

 

さっきの自分に一言が、頭から離れない。

 

「ダメ!ダメだよ!浮かれちゃダメだよ、ルミア!これは陛下の勅命!勅命なんだから!///」

 

私は何とか深呼吸して、落ち着かせようとしているのだが…落ち着かない。

理由はきっと…さっきのアイル君の顔。

真っ赤にして、慌てて逃げ出したその顔は、決して不快感とかでは無く、照れとかの感じだったと思う。

 

「…期待…していいの…かな?」

 

アイル君も私と、同じ気持ちなのかな?

 

 

 

 

俺は頭を冷ます為、水周りの掃除に没頭していたのだが

 

「没頭しすぎた…もう夕方じゃん」

 

俺は何か飲もうと、キッチンに向かう。

今日は、ルミアの当番だったっけな。

…ん?この匂いは。

 

「シチュー…か?」

 

「あ、アイル君。すごく集中してたね。声掛けてたの、気付いてた?」

 

「え?マジで?全くだった…。ごめん、何か用だった?」

 

「ううん、休憩しないかなって思っただけだから。それよりもう少しかかりそうなの。ごめんね?」

 

「いや、幾らでも待つけどさ…」

 

何だろうな、ただエプロンつけて料理してるだけ。

それだけなのに…妙な色っぽさというか、大人っぽさを感じた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「いや、改めて手馴れてるなぁって…女子って皆そうなのか?」

 

「あ、アハハ…それ、アイル君が言う?」

 

「よく女子力がどうとか言われるけど、俺は仕事だからね。自然とそうなるだけ」

 

まあ、その辺の男よりは、上手い自負はある。

 

「そっかぁ…。プロだもんね。まあ、それはともかく、私は結構、練習してるから。いつかこういう技術が必要な時が来るかも…だしね?」

 

『必要な時が来るかも』…か。

そりゃそうだ、女の子だもん。

いつか好きな奴が出来て、結婚して…。

あぁ、またこの間の光景を思い出す。

先生とルミアとの娘。

きっと、先生と結婚して、色んな料理とか振舞ったりして…。

あぁ、ダメだ。

妙にイライラする、胸がズキズキする。

きっとこれは…

 

「アイル君?どうしたの?顔が怖いよ?」

 

嫉妬、なのだろうな。

見ず知らずの、未来の誰かへの嫉妬。

有り得るかもしれない、グレン先生への嫉妬。

醜いったらありゃしない。

でも俺は…

 

「…手伝う」

 

「へ?でも…」

 

「うるさい。手伝うったら手伝う。何からすればいい?」

 

「え、えっとね…」

 

それだけルミアの事が、大好きなんだよなぁ。

 

 

 

 

 

アイル君、どうしたんだろう?

急に黙り込んだと思ったら、無理やり手伝うって言い出した。

その顔は少し怖い…というより、拗ねてる?

もしかして…

 

嫉妬してくれたのかなぁ…?」

 

「ん?なんか言った?」

 

「う、ううん!何でも!?」

 

もしそうだとしたら、嬉しいな。

そんな浮かれながらやってたせいか。

 

「ルミア!」

 

「キャ!?」

 

突然、アイル君に腕を掴まれた。

ど、どうしたんだろう…?

 

「お前、それ砂糖だぞ!?入れるなら塩だろ!?」

 

「…あ。あぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

あ、危なかった…!?

や、やらかすところだった!?

 

「まったく…また間違えるところだったな」

 

「う、うぅ…///」

 

は、恥ずかしい…!

穴があったら入りたい…!

 

「やれやれ…」

 

そう言いながら、アイル君が私の頭を撫でる。

 

「やっぱりドジだな、お前は」

 

「ッ!!!?///」

 

そう言いながら、笑うアイル君の顔に、今までで1番ドキってする。

鼓動が聞こえる…!アイル君にも聞こえるんじゃ…!?///

 

「それにしても、こうして2人で料理するのも…新婚さんみたいだな」

 

「ッ!!!?///」

 

やめて!今、追い打ちかけないで!///

そう思っていると、アイル君が耳打ちしてくる。

 

「…昼の仕返し♪」

 

あ、もう…。

 

「へ!?ルミア!?ルミア!」

 

アイル君の呼ぶ声が遠く聞こえる。

 

 

 

 

「…ふぅ。もうすぐ終わりか」

 

ぶっ倒れたルミアはすぐに目を覚まし、2人でシチューを美味しく食べた後、こうして沸かした風呂に入っている。

明日くらいには、爺さん達が帰ってくる。

爺さん達はともかく、問題はイヴ先生も明日には帰ってくるところだ。

あの人と会っちゃうのが、1番面倒だ。

それにしても、この生活も終わりか。

名残惜しさを感じていると

 

「…ん?」

 

脱衣所に人の気配…?

疑問に思っていると

 

「お邪魔するね、アイル君」

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!!?」

 

ルミアが入ってきた。

水着とかは来てないんだろう、タオルで体を巻いただけの姿。

胸元は隠しきれておらず、谷間が見えており、うなじも、鎖骨も、手足も、全てが色っぽく見えて仕方ない。

 

「な、なんで…!?」

 

「その…背中…流してあげようかなって…」

 

消え入るような声で、とんでもない事を言う。

 

「待て待て待て!!流石にこれはマズイ!!」

 

「でも陛下からの勅命だから…」

 

「だからって言っても…!?」

 

「あの人だよ?」

 

そう言われると、言い返しにくい。

あの人…案外子供っぽいというか、小悪魔っていうか…。

結局押し切られた俺は、そのまま洗ってもらう事になったのだった。

 

 

 

 

 

(私ったら何してるのぉぉぉぉぉぉぉ!!!?///)

 

ふと我に返ったルミアは、自分がやってる事に、動揺を通り超えて、パニック状態だった。

顔は沸騰しそうなくらい熱いし、心臓も壊れたポンプみたいにバクバク言ってる。

 

(いくらなんでもこれは攻めすぎ…!?///)

 

何となく心当たりはあった。

こんな状況でも、中々進まず、悶々としていた。

そんな中よぎったのが、陛下の言葉。

 

(だからってこんなやり方…!?///こんなの襲ってくださいって言ってるのと…アワワワ!!!?///)

 

ルミアとて子供じゃない。

こうなっては、どうされようとも文句は言えない。

それはダメだという理性と、その展開を期待する本能。

そんなせめぎ合いをしていると

 

「…ルミア、悪いけど、痛い」

 

アルタイルの声にハッと反応する。

 

「あ!?ご、ごめんね!?…ッ!?これって…」

 

「ん?…あぁ、悪いな、汚いの見せて」

 

アルタイルの背中には、大小様々な傷があった。

今の法医呪文なら、大抵跡を残す事無く治せる。

現に傷跡の中には、ルミアが治したものもある。

それでも、追いついていないのだ。

 

「まあ、結構無茶してるしな。名誉の負傷…っていうにはカッコつけすぎか。ただ、俺が弱いだけだし」

 

「…そんな事ない」

 

ルミアにはその傷跡の全てが、尊く見えた。

この傷跡は、ほとんどがルミアの為に傷付いたものだ。

それ以外に、こういう風になる理由が、ほとんど無い。

その一つ一つを撫でていく。

 

「…ルミア?」

 

擽ったいのか、アルタイルが身をよじる。

 

「汚くない。だってこれは…アイル君が、私の為に戦って、傷ついたものだよね?そんな背中を…汚いなんて思わないよ。…すごく、カッコイイよ。この背中を弱いなんて思わない。すごく、強い背中だよ」

 

今のルミアに浮ついた感情や邪な感情は無い。

ただあるのは、申し訳なさと…それ以上の嬉しさと愛おしさ。

 

「そ、そうか…」

 

「「…」」

 

急に気恥しさが来た2人は、慌てて空気を払拭しようとする。

 

「そ、そろそろ冷めるな!?」

 

「そ、そうだね!?お湯に浸かろうか!?大丈夫!私はタオル巻いて…あ!?」

 

慌てて立ち上がったルミアが、足を滑らせた。

 

「ルミア!?」

 

慌ててアルタイルが、ルミアの手を掴み抱き寄せた。

 

「あっぶねぇ…!ルミア、大丈夫か?」

 

「う、うん…。でも…」

 

「でも?…あ」

 

慌てて抱き寄せたせいか、巻いていたタオルがはだけており、色んなものが、見え隠れしている。

 

「〜〜〜〜〜ッ!?///」

 

赤くなってルミアが固まる。

アルタイルも下手に動けない。

 

「「…」」

 

お互い、固まったまま動かない。

お互い、風呂以外の熱さで顔が赤くなる。

2人の目が、明らかに胡乱になっていく。

 

「…ルミア…」

 

「アイル君…」

 

ルミアがアルタイルの首に、腕を絡ませ。

アルタイルがルミアの体を、抱き寄せる。

2人の距離が縮まっていき…ついにゼロになる、その直前

 

「兄様!ただいま戻りました!」

 

「「ッ!!!!!?」」

 

 

 

 

 

熱に浮かされるままだった思考が、一気に覚める。

まずい…ベガが帰ってきた!?

早すぎんだろ!!!

 

「ルミア!?着替えは!?」

 

「か、隠してあるよ!」

 

「だったら…!」

 

「う、うん!」

 

ルミアが潜水用の呪文を唱えて、湯船に沈む。

その直後に、俺は顔だけ出す。

 

「兄様!お風呂ですか?」

 

「ああ、悪いな。シャワーの音で気付かなかった。おかえり」

 

「はい!お土産、楽しみにして下さいね!」

 

「おう!ありがとうな。ほら手洗って、着替えておいで」

 

「はい!」

 

元気に返事をして、出ていったベガと入れ替わるように入ってきたのは、爺さん達だった。

 

「おかえり、2人共」

 

「ただいま、アルタイル。…まぁ」

 

ん?何に驚いてるんだ?

…何か…嫌な予感が…。

 

「こっちで誤魔化しておくわ。…若いわね、2人共」

 

「…お前達は子供である事を忘れるな。それだけだ」

 

そう言って2人も出ていく。

もしかして…!?

 

「気付かれてた…!!!?///」

 

俺は床で悶え苦しむ以外、出来なかったのだった。

 

「…何してるのよ、アルタイル」

 

 

 

「…あれ?私…」

 

「お、気付いたか」

 

ルミアをおぶって、フィーベル邸に向かう道中、潜っている間にのぼせて気を失っていたルミアが、目を覚ました。

 

「あ〜…先に言っとく。爺さん達には気づかれた。というか、ルミアがうちにいる事、知ってたらしい。着替えも、婆さんがやってくれた」

 

「そ、そうだったんだ…///」

 

「何でもアルフォネア教授が、マッハで仕事を終わらせて神鳳を召喚、その帰りに先生達とうちの連中を、拾ってきたらしいよ」

 

「だから速かったんだ…」

 

イヴ先生の事は、あえて言う必要はあるまい。

 

「システィーナ達への言い訳も、婆さんが考えてあるから、よろしく」

 

「うん…」

 

「「…」」

 

俺達は無言で歩く。

お互い、風呂の事が頭から離れないのだろう。

 

「アイル君…今日は、疲れちゃった」

 

「…そうか」

 

「もう少し…もう少し…このままでいい?」

 

「…いいぞ」

 

「ねぇ、アイル君。…私ね…アイ…ル…」

 

「…寝ちゃったか…」

 

最後の方は、何言ってるか分からなかった。

でも、今はこれでいい。

きっといいんだろう。

お互いゆっくり、しっかり、育んでいこう。

ただ、今は…今だけは、蓋をしないでおこう。

 

「…大好きだよ、ルミア」

 

俺の呟きが、フィジテの夜風に流れる。

冷たいはずのそれは、とても心地よい暖かさだった。




おまけ

「お、おはよう!アイル君!」

「おはよう、ルミア」

「「…ッ!///」」

(この2人…間違いない)

(俺達がいない間に…)

((何かあった!!!))

「ん?皆…どうしたの?」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キノコ狩りの黙示録

黄金に匹敵するキノコって何だよ…。
キノコの独特な食感が苦手です。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

 

ここはとある山の登山口。

どこなのかは、目隠しされていたので分からない。

先生曰く、【ゴルデンピルツ】が自生している秘密の山らしい。

そんな不思議な山に来た理由はもちろん金目的。

 

「そうに決まってんだろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

「清々しいまでに現金ですね!!!?」

 

懇意にしている素材屋に来た依頼の代行らしく、分け前を貰えるのだとか。

相変わらずのグレン先生とシスティーナの漫才が、繰り広げられている。

 

「『この・おばかァァァァァァ』!!」

 

ああ、お約束のオチである、【ゲイル・ブロウ】が炸裂。

今回もチャンチャンって事だな。

 

「はぁ…!はぁ…!アイツってきたら…!」

 

「まあまあ、先生もこの日のために、ちゃんと授業進めてくれた訳だし…」

 

「それでもやる事が本末転倒なのよ!」

 

「…ん。キノコ狩り…楽しみ」

 

「相変わらずリィエルは、マイペースだな…」

 

ルミアの援護も、システィーナを止めるには至らず。

相変わらず無表情のリィエルは、若干楽しげだ。

 

「ったく…俺が何したってんだ、白猫?」

 

「自分の胸に手を当てて、よく考えなさい!私達にまず言うべき事があるでしょう!?」

 

戻ってきたボロボロの先生に、システィーナが、ツッコミが炸裂。

しばらく真剣な顔で考えた先生の一言が

 

「ルミア、お前のトレッキングウェア、似合ってるぞ」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「ふーざーけーるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

当然ブチ切れたシスティーナが、とても鮮やかなコブラツイストを決める。

 

「ぎゃあああああああああ!!!」

 

さてと…そろそろ止めるか。

 

「システィーナ、そこまでだ。先生が金欠なのは、お前を含む幾人かの生徒が、無理言ったからだろ?」

 

「グッ…それは…」

 

そう、何も今回金欠なのは、先生のだらしなさ故…というだけでは無い。

実は俺達のクラスの生徒が、どうしてもやりたいと言った実験があり、それに必要な触媒を自腹で買ったので、先生が金欠状態なのだ。

今回俺が何も言わないのは、そういう事情込みだからだ。

結局痛いところを突かれたシスティーナは、今回だけは目を瞑る事にしたらしい。

 

「で?今回は同行者もいるんですよね?」

 

「ああ、話した素材屋に依頼した本人だ。お前ら…特にリィエル。粗相の無いように」

 

「ん。分かった。…そそうってなに?」

 

「とにかくリィエルは、大人しくしてろ」

 

そうこうしてると、噂をしたら何とやら。

人がやってくる。

俺達と同じくトレッキングスタイルのその人は、ある意味よく知る人だった。

 

「…は、ハー何とか先輩ぃぃぃぃぃぃぃ!!!?」

 

「…グ、グレン=レーダスゥゥゥゥゥゥゥ!!!?」

 

「…なぁんか、やばい事になる気が…」

 

 

「「…」」

 

「くっそ気まずいんだけど…」

 

「アハハ…どうしようね…」

 

さっきからシスティーナも何とかしようとしてるが、お互いに…というか、ハーレイ先生が目の敵にしてるせいで、取り付け島もないって感じなのだ。

さてと、どうしたものか…。

 

「金欠で生徒を巻き込むなど…貴様は魔術師の恥さらしだ!恥を知れ!」

 

「最近、研究室の資金のやり繰りに困ってるらしいじゃないっすかぁ!」

 

「「ぐぬぬぬぬぬ…!」」

 

何、いがみ合ってんだよ…。

早速雲行きが怪しいぞ…。

こうして、いがみ合いがエスカレート。

その結果、何故かキノコ狩り勝負が始まったのだった。

 

 

「よし!ミッション開始の前に、ゴルデンピルツの復習だ!アルタイル!説明してみろ!」

 

「俺かよ…」

 

ゴルデンピルツとは、その名の通り、黄金色のキノコである。

非常にレアな魔術素材であり、当然その希少価値も高い。

その価値は、同体積の黄金に匹敵するとか。

本来なら今は、時期じゃないので手に入らないはずだが、ここは特別らしい。

そして、同時に高級食材でもあり、世界七大珍味の1つでもある。

ルコの樹の根元に低確率で、日光を嫌い隠れるように1本だけ生えている。

ちなみに似たキノコで、【ブラスルーム】という毒キノコが生えたいる。

見分け方は、笠の形状、ひだの数、柄の太さ、ツボの匂いetc…。

俺はすぐそばにあったルコの樹の根元をあさり、早速1本見つける。

 

「…ですかね?」

 

「パーフェクトだ。ここまで詳しいとはな」

 

「食材として知ってただけです。ちなみにこれは本物ッスよね?」

 

「正解」

 

俺は腰についてる籠に放り込む。

リィエルは判別出来ない為、適当に集めてから俺達で仕分ける事に。

こうして仁義なきキノコ狩りが、幕を開けた。

 

 

そんなこんなで

 

「あった!5本目!」

 

「私も5本目!」

 

「俺7本目」

 

「「ええ!?」」

 

ブツブツ文句言ってたシスティーナだったが、何やかんやで、始めたら結構楽しいらしい。

いつの間にか俺達も勝負をしていた。

ちなみに俺達は1番少ない奴が、飯を奢る事。

場所は当店、【サザンクロス】。

そんな平和的で楽しい勝負だ。

 

「クックック…この戦いは根気の戦い。如何に多くのルコの樹を探せるかが鍵。頭数で勝る俺達が有利!」

 

「それはどうかな!グレン=レーダス!」

 

悪い顔をするグレン先生を、不敵な笑みで迎え撃つハーレイ先生。

そんなハーレイ先生の足元には、四足歩行の生き物…ていうか、豚。

 

「それって…まさか、ピルツ豚?」

 

「その通りだ!エステレラ!私には腕利きの豚匠の友人がいてな!ソイツが訓練した豚の真の名を掌握させて貰っており、ここに召喚したのだ!」

 

「うわぁ!ズリィ!!反則だろ!!」

 

「これが私とお前の魔術師としての格の差だ!」

 

「それただのコネだろ」

 

思わずツッコミを入れてしまう俺。

しかしこうなると、頭数の差などを無いに等しい。

ん?奥からリィエルが…って!?

 

「ちょっと待て!なんだあの量!?」

 

「ん?…リィエル!?おま!?何だこれ!?」

 

俺と先生が大騒ぎしてるのを見て、ルミア達も駆け寄ってくる。

 

「すごい!どうやってこんなに見つけたの!?」

 

「ん?…勘」

 

流石野生児…というか、野生の化身リィエル。

こういうのはお手の物。

 

「でも先生、リィエルは判別がつかないから」

 

「おおっと、忘れてたぜ」

 

俺達はすぐに仕分け作業に入る。

しかし…

 

「これは違う」

 

「これもです」

 

「また違う」

 

「これも」

 

「…まただ」

 

「…またですね」

 

そして、全部の仕分け作業が終了した結果…

 

「なんで!()()!ブラスルームなんだァァァァ!!!」

 

「「「…」」」

 

最早、何も言えない俺達。

驚きの確率である。

 

「…そっかぁ。リィエルの勘って、危機感知の方での勘だからなぁ…。安全なのには、使えないのかぁ…」

 

思わず、冗談のような理屈しか思いつかない俺は、呆然と呟くしか出来なかった。

足元で何か割れる。

 

「ん?これは…【シィルの実】?」

 

「…おい、お前達、それも集めとけ」

 

「「え?」」

 

「…まさか」

 

「そのまさかだ」

 

このシィルの実は、豚の大好物。

つまり

 

「貴様ァァァ!!一服もったなァァァァァァァ!!」

 

「いやだなぁ〜!()()()()集めてたシィルの実に、()()()()持ってた眠りの魔術薬がかかっちゃってて、()()()()それを適当に捨ててただけですよ〜?」

 

「そんな悪意100%な()()()()があるかァァァァ!!!」

 

「「弁明の余地なし」」

 

「アハハ…」

 

俺とシスティーナが、バッサリと切り捨てる。

その後も泥沼の戦いが続く。

ハーレイ先生が、群生地体に断絶結界を張ったり。

グレン先生が【悪戯妖精(ピクシー)】を使って、ハーレイ先生の集めたゴルデンピルツを盗ませて食ったり。

怒ったハーレイ先生が、籠ごとグレン先生の集めたゴルデンピルツを焼いたり。

そんな泥沼の中、ついに夜に突入。

しかも運が悪いことに

 

「迷った」

 

先生が一言言い切った。

そう、地図が無くなった俺達はすっかり迷ってしまったのだ。

ハーレイ先生が燃やしたグレン先生の籠の中に、地図が入ってたのだが、それは焼失。

俺も地図があるからと、糸を括りつけておらず、大分困った状況なのだ。

しかしこの後に及んで、言い争う2人。

 

「あぁぁぁ!!もう!!いい加減にしろ!!!」

 

俺はついに我慢の限界に来た。

こんな時に…本当に魔術師って奴らは…!

俺の怒鳴り声を聞いて、2人が初めて俺達を見る。

俺の後ろでは、頭抱えて、蹲るシスティーナ。

そんなシスティーナを励まそうとするルミアと、リィエル。

そんな2人にも、明らかに不安の表情。

かく言う俺も、少し不安だ。

 

「…まあ、その、なんすか。一時休戦しませんか?先輩。…教師として」

 

「ふん。仕方あるまい。…不本意ではあるがな」

 

そう言って森の奥に向かう2人を、俺は慌てて止める。

 

「ちょっと。どこ行くんですか?」

 

「決まってんだろ?この森の結界を突破する為に、ちょっと解析してくるんだよ」

 

解析って…!?

 

「ここの森の結界は、一種の【失伝魔術(ロスト·ミスティック)】でしょ!?そんなの…」

 

「出来るか出来ないかじゃねぇよ。やるんだよ」

 

「ふん、足手まとい共はそこで待ってろ」

 

そのまま森の奥へと消えていく2人。

 

「…大丈夫かよ…?」

 

俺達は不安げに2人の背中を、見つめていた。

 

 

結論から言えば、この2人、何時ものいがみ合いが嘘のような、快進撃だ。

喧嘩してないか様子を見にした俺達は、その背中を呆然と見つめていた。

 

「…と、言う訳だ。ほら行くぞ。今俺達が話してた通り、元々の目的地に着けば、登山口に繋がる出口も直ぐに見つかる。分かったか?」

 

「「「いや、全く」」」

 

そんなツッコミを入れつつも、着いて行くしかない俺達がたどり着いたのは

 

「何これぇぇぇぇぇぇぇ!!!?」

 

一面ルコの樹が、群生した地帯だった。

チラリと見えるゴルデンピルツに月明かりが反射して、まるで地上に煌めく星のように、キラキラ輝いている。

俺達は早速採取を始める。

黙々と採取していると

 

「アイル、行くわよ」

 

突然システィーナに声をかけられる。

 

「は?行くって…何してんのあの2人」

 

俺は思わずシスティーナの後ろに広がる光景に、ジト目を向ける。

 

「また始まったのよ。しかも今回は派手よ」

 

「仕方ねぇ…」

 

俺は多少雑に、ゴルデンピルツを回収する。

そして俺達は、馬鹿な大人2人を見捨てて、撤退するのだった。

 

 

 

「結局、あの後どうなったの?」

 

「あの辺一帯がダメになったらしいぞ。半分位はおじゃんだって」

 

俺は相変わらずいがみ合ってる、グレン先生とハーレイ先生を流し見ながら答える。

 

「え?半分くらい?残り半分は?」

 

「俺が集めてたじゃん」

 

「「…えぇ!?」」

 

あの時俺は着いてすぐに、マリオネットを大量に放ち、物量戦で大量に集めていたのだ。

その内の3分の1程は、売って金にした。

おかげで、かなり潤いました。

 

「2人には秘密な?」

 

「…漁夫の利ってやつね」

 

「そういう事。それと、勝負も俺の勝ちな」

 

「「…あ」」

 

どっちが多かったのかな〜?

 

「…私7本。ルミアは?」

 

「…8本!」

 

「負けたァァァァァァ!!」

 

「システィーナさん!ゴチになります!」

 

「システィ、ごちそうさま!」

 

3分の2は、店と俺達家族で食べるようにキープ。

その内数本は、オーウェル先生にお願いして、栽培出来るような魔導道具を作って貰った。

こうして俺の懐は、潤ってきているのだった。

ちなみにシスティーナには、うちで1番高い飯を奢らせたのだった。




おまけ

「ゴ、ゴルデンピルツのフルコースと、ノーブルリストネアですって…!?」

「ほら、これでも破格の安さだぞ」

「きゃあああああああ!!!?」

「システィのお小遣い、何ヶ月分かなぁ…」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

君に教えたいこと

ロクアカの新刊が待ち遠しいです…。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「お、おかしい…!」

 

「何がだよ、システィ」

 

教室にて。

俺達いつもの3人は、愕然とした様子のシスティに集められていた。

 

「最近、先生の様子がおかしいじゃない!」

 

あ〜、言われてみれば。

 

「たしかに最近、即行で帰るしな」

 

「それに、どこか楽しげだよね…」

 

俺とルミアが考察をしていると

 

「大体、この数日何も食べてないはずよね!?なのに、どうしてあんなに元気なの!?そろそろ土下座して謝りに来ると思って、お弁当用意して…ゴホン!」

 

「おい、誤魔化しきれてないぞ」

 

「システィ…」

 

流石のルミアも、呆れた視線を向ける。

この師匠にして、この弟子ありか。

 

「コレかも」

 

そう言ってリィエルが、小指を立てる。

 

「「「…え?」」」

 

「カッシュが言ってた。男が急に様子が変わった時、大抵これだって」

 

「「「…」」」

 

「でもこれ、何の意味?小指がどうしたの?怪我したの?」

 

俺達は神妙な顔で、頷きあった。

 

「アイル君、全然神妙じゃないよ?ものすごく、笑ってるよ?」

 

「こんな面白そうな事、楽しみじゃない訳がない!」

 

 

 

「こっちは先生の家の方向じゃない!何かあるんだわ!」

 

そんなこんなで放課後、俺達は音声遮断結界を張り、気配も消してすっかりガチの尾行をしている。

どんどんと裏路地に入っていく先生。

見覚えのある道なんだけど…まさかな。

 

「随分と入り組んだ場所に、入っていくね。何があるんだろう…?アイル君分かる?」

 

「…1個だけ心当たりがあるけど…頻繁に来る場所じゃ…いや、まさか?」

 

「アイル君?何か分かったの?」

 

「…着いてからのお楽しみって事で」

 

俺は先を急がせ、追いかける。

追いついた先は、とある小さな家屋。

その玄関口には、【ローラム魔道具店】と書かれていた。

 

「ああ、やっぱり」

 

「こんな所あったんだ…」

 

「俺の道具、ほとんどココだぞ。品質いいし、何より安い」

 

そんな話をしながら俺達が覗き込むと

 

「あらあら、先生。今日もよくいらっしゃいました」

 

店長である、【ユミス=ローラム】さんが出迎えていた。

 

 

 

「お、女ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

 

結界が無ければ、即バレしてる程の絶叫である。

システィが、小指を立てながらルミアの肩を揺らす。

 

「どどど、どうしよう、ルミア!?これ確定だよぅ!!!?」

 

「お、落ち着いてシスティ!!仕事かもしれないし…!?」

 

 

 

「私…こうして先生にお会い出来る時を、一日千秋の思いでお待ちしていたのですよ…?お会いすることを考えるだけで、()()()()()()…」

 

 

 

「確定だこれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」

 

「…///」

 

「面白くなってきたぞ…!」

 

「?」

 

涙を流しながら、絶叫するシスティ。

フォロー出来ず、ナニかを想像して顔真っ赤なルミアと、フォローする気の無い俺。

そして訳が分かってないリィエル。

 

 

 

「おっと。つーことは、今日も()()()()()()()()()()()()?」

 

「ふふ。もちろんです。きっと先生を満足させてさしあげます。甘ぁい、()()()()()()()()()…」

 

 

 

()()()()()!?何それぇぇぇ!!!!?」

 

「何だろうねぇ〜?」

 

 

 

「そういえば、ウルは?」

 

「買い物に行ってもらってます。ですのね…その…今は2人きりです。だから、今のうちに…()()()()()()()()()()?」

 

 

 

()()()!?()()()()()()()()!!!!?」

 

「ナニって…ッ!///」

 

 

 

「いいのか?」

 

「はい。それに…()()()()()()()()()()…何せまだ子供ですし…まだ早いですしね…?」

 

 

 

「それはアレ!?子供には早い、()()()()()()()()()()()()()!?ていうかあの人、子持ちの人妻なの!?爛れ過ぎでしょうぅぅぅぅぅぅ!!!!?」

 

「アワワワワワワ…!!///」

 

 

 

「悪いが()()()()()()だ。がっついちまうぜ?」

 

「…嬉しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。先生の為なら私は幾らでも大丈夫ですから…さぁさぁ…」

 

 

 

「何が()よ!胸なの!?やっぱり胸なの!?胸こそ世界の真理なの!!!?うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!?」

 

「これが…大人なの…!!!?///」

 

店の奥へと消えていく先生達を見て、泣き崩れるシスティ。

そして、これから起こる事を想像して、顔を真っ赤にするルミア。

 

「…結局グレンは、何をやってるの?」

 

「リィエルには、まだ早いかな」

 

そう言ってから、俺は後ろを振り返る。

そこには

 

「人の店の前で何してるんですか?邪魔なんですが」

 

ここの店長の娘さん、【ウル=ローラム】がいた。

 

 

「アハハハ!!こんな事だろうと思ったよ!!」

 

「「う…うぅ…!///」」

 

「ふふ、先生はいつも美味しいって言ってくれるから、ドキドキしちゃって…!」

 

「いや、実際美味いっすよ…()()()()()()()()()()

 

そう、先生が食べていたのはケーキ。

ブランデーが入っていたので、子供のウルに早いのだ。

狼なのは、純粋に空腹で飢えてるだけ。

そんな先生が何故、ここに来ているかと言うと

 

「まさか、先生が無償で家庭教師してるなんて…」

 

俺が流し見た先には、ウルに対して真面目に教えているグレン先生。

何故こんな事になっているかと言うと。

・ユミスさんはとある魔術師の家系に嫁いで、ウルを妊娠、出産。

・旦那がクソクズDV野郎で、そこから逃走。

・細々と暮らしているので、魔術を教えてくれる家庭教師を雇えない。例え格安で雇えても、元旦那が裏で手を回して、潰してしまう。

・ウル自身もその事を理解しており、家の為に学費が免除される、特待生枠を狙い魔術学院への入学を目指している。

・先生に白羽の矢が立ったのは、俺達の登校風景を見ていたらしい。

ざっくりこんな感じだ。

…泣かせてくれるじゃねぇか。

 

「アイルは、知らなかったの?」

 

「他人様の家庭事情に、首突っ込むかよ。あくまで俺は常連なだけだし」

 

俺はシスティの質問に、肩を竦めながら答える。

そこまで俺はお人好しでは無い。

 

「とはいえ、問題が無い訳では無いか…」

 

「問題?アイル君、どういう事?」

 

「学院職員の職務規定。たしか無断で教えるのはダメだった気が…。タウムの時、先生と一緒に確認し直したから、先生も知ってるはず。まあ、それを承知の上でやってるなら、いいと思うけど」

 

まあ、そんな細かい話は置いといて、俺達も手伝う事にしたのだ。

 

「あら?野暮じゃなかったの〜?」

 

「うるせぇ。関わった以上は別だ。それよりも、もう先生とは、二度と口を聞かないんじゃなかったか?」

 

「うっ…!それは…まあ…!食券横領事件は許した訳じゃないけど…善行してるみたいだし!もういいかなって…!」

 

俺とシスティの憎まれ口の応酬を、ルミアは笑いながら見守る。

とはいえ、俺は少し調べ物がある為、あまり参加出来ず、基本的にルミア達に任せている。

この数日は、順調に進んでるらしい。

 

 

「…なるほどな…」

 

「坊ちゃん、これを。ボスからです」

 

「だからその呼び方やめてって…。…へぇ、よく許しましたね、あの人」

 

「それだけ貴方の事を、買っておられるのかと」

 

「まあ、いいや。とにかくすぐに動けるようにしてください」

 

 

俺達は早足気味で、裏路地を走る。

 

「もう!アイル長すぎよ!」

 

「悪かったって!」

 

そう、俺の内緒話が長引いたせいで、遅れているのだ。

しかし慌てて着いたお店は、かなりの荒らされようで、酷い有様だった。

 

「ユミスさん!」

 

先生が慌てて駆け寄り、事情を聞いている。

なんでも元旦那の【ダルガン=ガーレーン】が、ウルの親権を強引に奪っていったらしい。

 

「なんてこった…!」

 

「酷い…!」

 

当然、ユミスさんは拒否。

しかし、入念に裏工作をしていたガーレーンは、ユミスさんの親権を失効させ、自身へと移していたのだ。

 

「待って下さい。子供の親権移動は、法的措置があったとしても、本人の承認も必要になるはずです。アイツがそれを了承するとは、思えないんですが?」

 

「…あの人の日常的な暴力で、ウルは逆らえなくなってるんです…!」

 

くそ…!

そうなると時間が…!

俺は懐から1枚の紙を取り出す。

 

「先生。これ…」

 

「これは…!?マジかよ!?」

 

「はい、でもこれを切るにはまず…」

 

「ああ、親権を無効化しねぇとな…」

 

俺達は、ユミスさんをルミア達に頼み、ウル奪還へと動き出した。

 

 

「…待てや、コラ」

 

先生が、ウル達の動きを止める。

俺もすぐ側の路地に身を隠し、何時でも動けるようにする。

グレン先生が、弁護士だという嘘をつき、明らかな偽装書類だと、弾劾する。

 

「…本人の、被監督側のウル自身の意見を聞きたい」

 

しかしウルは、やはりトラウマから自身の気持ちが言えない。

まずい…致命的な事になる前に…!

 

「ウル!魔術師にとって最も必要なのは何か、答えろ!」

 

それは何時も、俺達にも口酸っぱく言っている事。

『自分の意思』だ。

 

「お前はなんの為に、俺から魔術を習った!?そんな事が分からない奴に、教えた覚えは微塵も無いぞ!いいか!世界は残酷だ!自分の事は、自分でしか守れない!だが、子供のお前にそこまでは求めない!だから、せめてどうして欲しいのか、お前自身から言え!お前から手を伸ばさないと、俺達はお前を助けられねぇんだよ!」

 

先生のそんな叫びに、ウルの目に光が戻る。

 

「私は…私は!お母さんがいい!こんなクソ野郎、絶対にヤダ!先生!助けてぇ!!!」

 

「この…クソガキが!」

 

ガーダーンが拳を振り上げた瞬間

 

「任せろ!」

 

俺は一気に前に躍り出て、振り上げられた拳を、思いっきり蹴り割った。

 

「ギャアァァァァァァァァァァ!!!?」

 

「うるせぇな、豚」

 

俺は喚き散らすガーダーンの割れた拳を、踏みつける。

 

「お前、色々黒い事してるなぁ…。その中に幾つか、ルチアーノ家のシノギが混ざってるぞ?挙げ句の果てに、違法ドラッグ。お陰様で、()()()()()()()()()()()()()。…という訳で」

 

俺が合図を送った瞬間、屈強な男達が現れる。

 

「裏には裏のルール、ってのがある。それを破ったお前達は当然、裏で裁かれる」

 

「な、何故…!?お前まさか…!?」

 

「ああ、俺は関係者じゃないぞ?ただ…」

 

俺は懐から紙を取り出す。

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()

当然書いたのは、ルチアーノ卿本人だ。

名前の横には、血をインク代わりに使った指のハンコ。

そして、家紋である天翔る双頭竜。

間違えなく、本物だ。

 

「さてと、それでは落とし前は付けてもらうぜ。先生、後はよろしく」

 

そう言って俺達は豚と取り巻きを連れて、闇に消える。

え?どうなったかって?

…知らぬが仏、と言うやつさ。

 

 

ウルは無事、母親の元へと戻された。

その後も俺達のウルへの指導は続けられて、いつの日か、小生意気な後輩が出来るのは、また別の話である。




おまけ

「アルタイル、あの男どうなったんだ…?」

「…知りたい?」

「やめろ!その怖い笑みやめろォ!?」

(まあ、実際は俺も知らないけどな。後処理は任せちゃったし。…面白いから黙ってよ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

レーン&アイベルの受難

グレン&アルタイル、再び女装!
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「「1年女子寮で下着ドロボ〜!?」」

 

学院長室に、俺も先生の声が響く。

 

「うむ、先週頭から始まって、既に8件目じゃ」

 

「かなり深刻ですね…。でもこれって…」

 

「これ、身内を疑いたくはないすが、内部犯確定っすね」

 

「そうじゃのう…身内は疑いたくないんじゃが…」

 

そう言って俺達は、簀巻きにされて逆さ吊りにされている、1人の男を見る。

 

「ほら、キリキリ吐けよ、エロ男爵」

 

「舌の根も乾かぬうちに!?」

 

そう、逆さ吊りされているのは、ツェスト男爵。

最有力候補なのだが…

 

「残念ながら、彼は本当にシロでね。あらゆる魔術を使ったのじゃが、なんと無実が証明されたじゃ」

 

「「残念ですね」」

 

「まったくじゃ。そこで、君達にお願いしたいのじゃ」

 

「「何で!?」」

 

「実はのう、被害女子生徒からの、直々の指名なんじゃよ」

 

「指名?」

 

どういう事だ?

そう思っていると

 

「失礼します!」

 

学院長室のドアが豪快に開き、俺の方へ飛び込んでくる。

俺は声で誰か分かったので、いつもの様に、受け止める。

 

「お前かよ…マリア」

 

「はい!2人の可愛いマリア=ルーテルです!この度、引き受けてくれて、ありがとうございます!」

 

「引き受けてないからな?」

 

「大体!何で俺達なんだよ!?」

 

そう先生が聞くと、急にマリアは俯いて、しおらしくなる。

 

「皆…不安なんです…。得体の知れない犯人に怯えてるんです…。だから、先生達なら。学院を何度も救ってくれている先生達なら…!だから…お願いします!」

 

そう祈るマリアに、俺達も心を動かされる。

 

「マリア…」

 

「…その目薬は隠そうな?」

 

「てへぺろっ♪」

 

手に目薬を持って無ければ。

全く…相変わらずのコイツにため息をつく俺達。

 

「まあ、実際深刻な問題ではあるけど…」

 

「俺達は男だぞ!どうするんだ!?」

 

「私に任せろ!お前達!」

 

至極真っ当な先生の反論に現れたのは、アルフォネア教授だった。

手に持つ、見覚えのある薬に俺は冷や汗を流す。

そして

 

「「いやあァァァァァァァァァァァ!!!」」

 

俺達の絶叫が、学院中に響き渡った。

 

 

案の定、再び女に変えられた俺達は、女子寮の前で、すっかり肩を落としていた。

 

「はぁ…気が重い…」

 

「アイル君…頑張って…」

 

ルミアの励ましが、支えだ。

いくら女に変わっていても、俺は男だ。

きっと反発は半端ないだろう。

 

「ここでグダってても仕方ねぇか。サッサと片付けましょう」

 

「だな。めんどくせぇけど…やるか」

 

俺達は覚悟を決めて寮内に入ると

 

「「「「「「ようこそ!グレン先生!!アルタイル先輩!!」」」」」」

 

「「…ん?」」

 

思ってたより…歓迎ムード?

 

 

 

「きゃあ!本物!本物のグレン先生だ!」

 

「アルタイル先輩が来てくれたなら、安心だね!」

 

「絶対に捕まえてください!応援してます!」

 

「ちょっ!待て…うおぉぉぉぉ!」

 

「こら待て!はしゃぐな…!」

 

「…なぁに?この歓迎ムード?アイルはともかく…先生まで?」

 

「システィーナ先輩、知らないんですか?アルタイル先輩はもちろん、グレン先生も1年の間では、すっごく人気なんですよ!」

 

そう言うが早いか、マリアも集団に突っ込んでいく。

あまりの光景に唖然とするシスティーナ。

 

「あはは…私達、倍率上がってきたねぇ…」

 

そうつぶやくルミアの視線の先は

 

「ダッハッハッハ!」

 

「ハイハイ、順番な?順番」

 

すっかり付け上がるグレンと、兄モード全開のアルタイル。

そんなキャピキャピした空気を

 

「なんの騒ぎですか!?」

 

切り裂いたのは、1人の女子生徒だった。

 

 

 

ん?アイツはたしか…

 

「【ヴィオラ=シリス】でしたっけ?マリアと最後までやり合ってた」

 

「ああ、アイツが」

 

俺達が言っているのは、この間あった代表選手選抜の事だ。

 

「知ってらっしゃるようですね。改めて、この寮の監督生を務めています、ヴィオラ=シリスです。お見知り置きを。今回の調査、感謝申し上げますが、貴方達は必要ありません!」

 

おや?突然大見得切ったな。

 

「貴方達のような、ケダモノがいていい場所では…って!何で安堵してるんですか!?」

 

俺達、そんなに露骨な反応してたか?

 

「いや…やっとまともな反応が来たなって…」

 

「そうだよな。これが普通の反応なんだよなぁ…」

 

「何ですか、その哀しい安堵は!バカにしないでください!」

 

変な手印だな…ッ!?

悪寒がした俺達は、咄嗟にその場を飛び退く。

いた場所に振り下ろされる手刀。

その正体は

 

白い天使(アルマハ)か」

 

フランシーヌが使う、白い天使(アルマハ)だった。

 

「これは先週開眼したばかりです。これがあれば…!」

 

先週開眼したばかり…ねぇ…。

 

「とにかくこの力があれば、恐るるに足りません!さあ!即刻…あ!待って!」

 

胸張ってたくせに、制御出来てねぇじゃねぇか。

言う事を聞いずに襲いかかるそれを、俺達は危なげなく躱す。

少ししてやっと制御出来たのか、白い天使(アルマハ)を消すヴィオラ。

 

白い天使(アルマハ)はな、代表選手のフランシーヌ位制御出来てねぇと、使い物にならねぇ。生兵法は怪我の元だ。荒事は俺達に任せとけ」

 

グレン先生の最もらしい言い分に言い返せないのか、そのままヴィオラは、姿を消したのだった。

 

 

「あの…ヴィオラさんは、悪い人じゃないんです」

 

だろうな、周りの反応から察するに、皆のお姉様って感じだったしな。

 

「まあ、ちょっと困ったところも、あるんですけどね…」

 

「困ったところ?」

 

「あ、こっちの話です」

 

「まあいいが…ところでお前…()()()()()()()()()()()?」

 

そう、ここは俺達に宛てがわれた部屋だ。

なのに当たり前のように俺達のベッドに寝っ転がってるマリアを、俺達はジト目で見る。

 

「言わせちゃんですか!?キャ〜!据え膳ですよ!」

 

「「出ていけ!」」

 

俺と先生がツッコミ入れると

 

「その通りだぞ!マリア君!君はもっと自分を大切にすべきだ!グレン先生は紳士だ!少女は触れずに愛でる事こそが至高!それをわかっている!しかしアルタイル君はまだ幼い!1つしか変わらないのだぞ!何かあったら…」

 

クローゼットから、ツェスト男爵が飛び出してくる。

 

「勝手に犯罪者扱いしてんじゃねぇ!!!」

 

「ていうか、どっから湧いた!!!このゴキブリエロ男爵!!!」

 

「ぎゃああああ!!」

 

我に返った俺と先生が、男爵をぶっ飛ばす。

しかしその音を聞きつけた生徒達が、慌てて駆けつける。

 

「マズイ!早く服を…!うおぉ!?」

 

「きゃあ!?」

 

「マリア!?うわぁ!?」

 

先生が何かに躓き、俺達ごと押し倒す。

はたから見たら、どう見えるんだ?

 

「何事…本当に何事ですか?」

 

ほら、駆けつけてきたヴィオラ達が、フリーズしてるし。

そんな何とも言えない空気を切り裂く

 

キャアァァァァァァァァァァ!!!

 

鋭い悲鳴。

 

「クソ!」

 

俺はすぐに飛び出して、階段を飛び降りる。

場所は…大浴場か!

 

「大丈夫か!?」

 

「先輩!?私達の下着だ…!?」

 

マジか!?こんな堂々とやられたのか…!?

 

「突貫工事だったとはいえ、俺達が張った生体反応を察知する結界をすり抜けた?どうやって?」

 

「うむ、興味深い事態だね。君達の張った結界をすり抜けられる魔術師か、あるいは…」

 

「ここにいるな、そんな器用な魔術師が」

 

「ゴボゴボゴボ!?」

 

「『白き冬の嵐よ』」

 

俺は顔面を沈めながら、氷結呪文でツェスト男爵ごと風呂を凍らせる。

しかしどうやって、すり抜けた…?

一つだけ、考えがあるが…まさか…

 

「真面目に考えてるところ、悪いんだけどね」

 

裾を引かれて振り返ると、アルカイックスマイルのルミアがいた。

 

「半裸の女の子の前に、堂々と現れるアイル君もアイル君だからね?」

 

「…すんません」

 

 

この数日、打てる手は打ってきた。

しかし俺達がどれだけ対策しても、嘲笑うかのように盗みは続く。

 

「マジでわかんねぇ…どうやって…」

 

「いっそ我々で一括管理するかね?」

 

とりあえず、ツェスト男爵は庭に頭から埋めといた。

とりあえず分かっているのは、内部犯である事、それだけだ。

こうなったら…あれしかねぇ。

 

「…仕方ねぇ。腹括るか」

 

「ふっ…あえて悪となるか。漢だね、グレン先生」

 

「どうやったらくたばるの?」

 

「先生…ひとついいですか?」

 

俺達が打った手は…

 

 

「「「えぇぇぇぇぇぇ!私達の中に犯人がぁ!?」」」

 

「認めたくはないが、それ以外考えられない」

 

俺と先生は、生徒達を集め説明をする。

 

「そ、そんなの有り得ません!」

 

「その根拠は?ヴィオラ」

 

当然、ヴィオラは反発する。

 

「それは…!」

 

「…ふぅ。正直やりたくないが、これなら抜き打ちチェックを行う。これで盗まれた下着が出てきたら、ソイツが犯人だ。それでいいな」

 

グレン先生の言葉が響く。

皆気乗りしないが、致し方ない。

そんな空気になってきたのだが…、当然ヴィオラはまだ納得しない。

 

「わ、私は反対です!皆を信じてます!変な勘ぐりはやめて下さい!」

 

「そんな性善論は聞いてない。これしかないって言ってるんだ」

 

「それを言うなら、先輩達だって怪しいです!捜査のフリして、盗みに来たんじゃ!?」

 

「1週間前から起きてるんだぞ?俺達が犯人なら、何故今更、姿を晒す必要がある?それよりも…お前こそ随分と必死だな。何か知ってるのか?」

 

俺はそろそろ核心に踏み込んだ。

 

「な!?私を疑ってるんですか!?どうして!?」

 

「これだけ露骨に反発されたんじゃあな、変な勘ぐり…」

 

俺の言葉が言い終わらないうちに、うるさい警戒音が鳴り響く。

結界に引っかかった奴がいる。

 

「アルタイル!場所は!?」

 

「…俺達の部屋!」

 

俺達は急いで駆けつけた先には

 

「ビンゴだな、アルタイル」

 

「でしたね、グレン先生」

 

俺達の目の前には、女子のパンツを被った白い影が結界内に閉じ込められてきた。

正体はヴィオラの白い天使(アルマハ)

つまり犯人は、ヴィオラの白い天使(アルマハ)だったのだ。

対人結界が効かないならと、対霊結界を張ったら見事にヒット。

白い天使(アルマハ)は本能で操るもの。

未熟なアルマハ使いが、暴走させる事はよくある話だ。

問題は何故、本能で動く白い天使(アルマハ)が、こんな事してるかだが…。

 

「女魔術師って同性愛者が多いのか?」

 

「そんな偏見やめてよね」

 

つまりそういう事。

しかも周りにはバレバレとか、恥ずかしすぎるだろ。

しかし、良い奴ばっかりだったらしく、あっけらかんと受け入れていた。

とにかく一件落着…かと思いきや

 

「何と、本物の幽霊が出るようになっちゃいました!助けて下さい!」

 

「「勘弁してくれぇぇぇぇぇ!!!」」




おまけ

「いいか、マリア。お前はお化けなど見ていない」

「見たのはあそこで吊るされている、ツェスト男爵だ。分かったか?」

「うぇ!?は、はい…」

「「2人とも!変な刷り込みしない!」」

「…2人とも、変」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐の夜の悪夢

お久しぶりです。
リアルが忙しくて…。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「いた!アルフォネア教授!」

 

「うん?アルタイルに、ルミアか。どうした?」

 

「実は私達、教授に相談が…」

 

 

今日は、【瑠璃輝晶】という結晶を作る実験。

この実験必修なのだが、この西校舎に一晩泊まり込みで、経過を観察しなくてはいけないのだ。

しかし不幸な事に、この日フィジテは記録的嵐を観測。

しかし今の俺達には、それすらスパイス。

 

「…首なし騎士が立ってたんだってよ!!!」

 

「「「「「キャアァァァァァァァァ!!!」」」」」

 

「【首なし騎士】ねぇ…」

 

俺は経過をメモしながら、聞き流す。

首なし騎士の話は、帝国の人間なら、誰でも知ってるだろう。

簡単に言えば、子供に『悪い事をしてはいけません』、っていう事を教える為の話だ。

 

「下らねぇ…。そんなの作り話だろ?魔術的に幾らでも再現可能だ」

 

そうして始まる先生の真相解明。

なるほど…怖いんだな。

 

「そんな事言って〜!先生、実は怖いんじゃないですか〜?」

 

「はぁ!?何言ってやがる!?俺が現役軍人の時なんてなぁ!」

 

システィも煽ってるけど、お前だって…。

あれ?システィ、平気そうだな。

というか先生、滅茶苦茶早口だな…。

 

「あ!今、外に首なし騎士が!」

 

その瞬間、先生が動いた。

風のように速く、水のように滑らかに。

俺の後ろに隠れ、システィが指さした方に俺の体を向けやがった。

 

「…」

 

「「「「「「「「…」」」」」」」」

 

誰もが沈黙する中、ただ1人グレン先生は、得意げに笑いながら立ち上がり、優雅に椅子に座り直す。

 

「今のは、奇襲を受けた時の冷静かつ的確な行動を、お前らに教えてやったのさ」

 

「それが辞世の句でいいな?今から首なし教師にしてやるよ」

 

「「「「「「「「「落ち着けーーーーー!!!」」」」」」」」」

 

そんなこんなで夜も更けて

 

「「ねみぃ…」」

 

「2人共!しっかりしなさいよ!」

 

そうは言ってもだなぁ…。

 

「昼間に仮眠したお前達と違って、俺は先生の用意の手伝いで、寝てないんだよ」

 

俺は欠伸を、噛み殺せずにいた。

しかし、そろそろ寝てる暇はない。

これからの事を考えていると、バサりと何が落ちる音がした。

振り返ると、先生が窓にしがみついて、外を凝視している。

 

「…どうしたんですか?」

 

「いや…何も…」

 

そんな顔真っ青で言われても…

 

キャアァァァァァァァァ!!!

 

ウワアァァァァァァァァ!!!

 

「「「「「ッ!」」」」」

 

俺達は悲鳴が聞こえた方に走り出す。

これは…錬金実験室からだな!

 

「なんだよ…これ…!?」

 

俺達が実験室に飛び込むと、照明は消えており、窓は開けっ放しで外の雨が入ってきている。

俺は部屋を見渡して、隅にカッシュとウィンディを見つけた。

 

「2人共!何があった!?」

 

「お前達、大丈夫か!?」

2人は震えた声で、俺達に教えてくれた。

 

「先生…アイル…!」

 

「で、出たんですの…!」

 

「「く、首なし騎士が…!!!」」

 

恐怖の夜が幕を開けた。

 

 

 

「さて、状況確認からだな」

 

場所を変えて、ここは西校舎の談話室。

 

「嵐の夜に徘徊する首なし騎士、たしか…子供を誘拐するんだよな」

 

「うん、皆散り散りに逃げちゃったみたいだし…!皆を早く探さないと…!」

 

なんだけど…。

 

「先生、マジでどうした?」

 

「どうしたんだろうね?」

 

何時もなら、いくら怖くてもこういう時、率先して動くのだが、今はその影も形も無い。

 

「とにかく!各仮眠場所を回って、皆を集める!」

 

「よし!お前達は回収!俺はここに残る!いいな?」

 

「「はい!…はい?」」

 

今何か、おかしいような…!

 

「『あんたが動け』!」

 

「『先生が・動かないで・どうするんですか』!!」

 

「「ギャアァァァァァァァァ!!!」」

 

 

 

「1人は流石に心細いな…」

 

俺達は、先生·システィ·リィエルの3人と、俺1人の2班に分けて行動を開始した。

先生が駄々こねたから、こうなったのだ。

さて…皆大丈夫かな?

 

キャアァァァァァァァァ!!!

 

「ッ!クソ!」

 

俺は悲鳴の方へ走り出す。

中には、リンとテレサがいた。

 

「2人共!大丈夫か!?」

 

「アイル…!アイル!」

 

「怖かったよぉ…」

 

泣きじゃくっている2人が、俺にしがみつく。

 

「ここにはたしか…ベラとキャシーは?」

 

俺は2人の背中を擦りながら、あと2人いるはずの人物について尋ねる。

 

「…2人共…首なし騎士に…!」

 

マジかよ…!

俺は2人を立たせて、ゆっくりと話す。

 

「今、カッシュとウィンディとルミアが、談話室にいる。今から一緒にそこに行こう」

 

そう言って、ドアに手をかけた瞬間

 

「な!?【リスト・リクション】!?」

 

条件起動式か!?

ていうか、何で!?

そう油断した隙に、後ろから聞こえる音。

 

「これ…は…【スリープ…サウ…ンド】…」

 

最後に見たのは、泣きそうなリンと、申し訳無さそうなテレサだった。

 

 

 

 

アルタイルと連絡がとれなくなって、30分くらいたった。

白猫達がいなくなって、10分くらいたった。

フラフラと談話室に戻ってきても、誰もいなかった。

 

「だあぁぁぁぁぁ!!どうすんだよ!?マジで全員攫われたのかよ!」

 

昔からお化けとかが苦手だが、首なし騎士だけは本当にダメだった。

隠しようもない恐怖が俺を襲い、震えと過呼吸が止まらない。

そんな俺に追い討ちをかけるように

 

ガシャン!ガシャン!

 

「ッ!?まさか…!?」

 

金属音が近付いてくる。

ドアの前まで来て、ゆっくり現れたのは。

 

「〜〜〜〜〜っ!!!」

 

首なし騎士だった。

みっともなく叫ぶと思った。

しかし、俺の口から出てきたのは意外な言葉だった。

 

「おい。俺の生徒達はどこへやった?」

 

不思議と呼吸が落ち着き、震えが止まる。

代わりに俺の胸に灯る、使命感と闘志。

俺は自然と拳闘の構えを取りながら、睨みつける。

 

「アイツらは、俺が守る。刺し違えてでも…取り返すぞ!!」

 

この熱に任せて、俺は決死の突撃を試みた。

その瞬間

 

「わ〜!!ストップストップ!!!」

 

突然部屋の照明がつき、白猫が割り込んでくる。

 

「…は?」

 

ぞろぞろと入ってくる生徒達…いや、アルタイルだけは、眠そうだな。

そんな光景に唖然としている俺に向けて、カッシュが見せてきたのは

 

『ドッキリ大成功!!!』

 

と書かれたフリップだった。

 

 

 

「お前らふざけんなーーーー!!!」

 

そう今回のこの騒ぎ、平和ボケしてる先生に仕掛けた、()()()()()()()()()

ただ俺とルミアは知らされておらず

 

「もう!みんな酷いよ!」

 

「まったくだ。こんな面白い事、コソコソやるなんてな」

 

「ごめんあそばせ、ルミア。面白くなってしまって」

 

「アイルを巻き込むと、ドッキリじゃ済まないからなぁ…」

 

ルミアは嘘がつけないから、俺は度を越すから外されたらしい。

まったく…酷い奴らだ。

 

「それはそうと、先生どうしてそんなに苦手なんですか?」

 

「あぁ…それは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「「…え?」」」」」

 

…ほう?何やら雲行きが…?

 

「あの外にいた首なし騎士もお前らだったんだろ?ったく…凝ったマネしやがって…」

 

ドッキリ仕掛けた組が、ざわつき出した。

先生はずっとそこにいる首なし騎士を小突く。

 

「ていうか、まだいんのかよ。どうせ中身はリィエルだろ?ほら、とっとと脱げよ」

 

…反応無し。

 

「ん。みんなごめん。鎧着れなくて、遅くなった」

 

…リィエル?

どこから現れた?

 

「「「「「「「…」」」」」」」

 

「…えーと…どちら様?」

 

先生が俺達を見るが、俺達は首を振る。

そんな奴…皆知らない。

先生が中身を覗き込んで…

 

「げ」

 

その中身には断面があった。

それを認識した途端、照明が消える。

そして首なし騎士が青い炎を灯し、周囲の温度が、下がり出す。

そして…俺達に向かって動き出す。

 

「「「「「「「「「ギャアァァァァァァァァァ!!!」」」」」」」」」

 

皆逃げ出した…俺とルミアを除いて。

 

「…テッテレー」

 

俺の手には

 

『ドッキリ大成功!!!』

 

そう書いたフリップがある。

つまり…

 

「やったね!アイル君!」

 

「バッチリだったな!ルミア!…あ、もう大丈夫ですよ?…アルフォネア教授」

 

〖そうだな〗

 

首なし騎士の姿が揺れだして…アルフォネア教授に変わる。

 

「お前達も大胆だな。まさか、アイツらのドッキリを利用して、やり返すなんてな」

 

このドッキリ企画を知らなかったと言ったな。

あれは…()()

 

 

少し前に遡る。

俺はたまたまカッシュ達が、ドッキリを企画してる事を聞いた。

その時、俺とルミアが仲間外れされており、なんか癪だったので、俺達でやり返す方法を考えたのだ。

それが、今日の当直担当のアルフォネア教授に手伝ってもらい、要所要所で、首なし騎士に化けてもらう事だった。

ここで必要になるのが、俺達以外の第三者の目撃者の存在。

そこは都合よく、グレン先生がターゲットだった為、利用させてもらう。

後は、大詰めの際、あちらが用意した首なし騎士より先に、来てしまえばいい。

ちなみに先生が目撃した首なし騎士は、アルフォネア教授だ。

 

「くぁ…。さて、私はもう寝るが、お前達…ハメは外すなよ?」

 

「「外しません!///」」

 

そうからかって出ていくアルフォネア教授を見送り、俺達は談話室にあるソファーに、座り込む。

そんな時、ルミアがポツっと聞いてくる。

 

「…ねぇ、アイル君。もし私が連れ去られたらどうする?」

 

「取り返す」

 

なに分かりきった事を言うんだよ。

 

「何処にいるか分からないんだよ?」

 

「見つけるまで探す。それにな…」

 

俺はルミアの手の小指に、【アリアドネ】を巻き付ける。

 

「俺達の赤い糸は、絶対に切れない」

 

「ッ!…ありがとう!」

 

後に、俺の糸が本当に、俺達の絆を繋ぎ止める事を、まだ俺は知らなかった。

ルミアの不安そうな顔が、明るくなる。

安心感と共に、眠気がやってくる。

 

「…眠い。リンのやつ、加減しろよな…」

 

「寝ちゃおっか」

 

「だな…」

 

「「おやすみ」」

 

俺達は寄り添いあって、毛布をかけて眠りにつく。

いつの間にか握りあっているその手は、所謂恋人繋ぎで握られていた。




おまけ

「クソ…途中で気づいて戻ってきたら…」

「なんて…入りにくいのよ…!?」

「これで付き合ってないとか…」

「「「「「「「「「「「「「「「ありえない!」」」」」」」」」」」」」」」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メルガリウスの文化祭 前編

久しぶりにこっちもあげようかなと思いまして…。
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

「じゃあ!お前ら!盛り上げていくぞ!!!」

 

教室にグレン先生の声が響く。

黒板にチョークで、大々的に書かれている文字は

 

『文化祭の出し物について(最重要)!!!』

 

「「「「「「「「…」」」」」」」」」

 

「なんだその冷めた顔は!さてはあれか!?思春期特有の『文化祭?あー、俺そういうの興味無いわ〜』とかいうスカしたスタイルか!?止めとけ!学生時代の1つ1つが宝物なんだぞ!それを一時のプライドで捨てるのは…」

 

違う、その謎の熱量についていけないだけだ。

 

「まったくもう…」

 

「うぅ…先生、スカしたんだろうな…」

 

「あ、あはは…」

 

「…?アイル、泣いてるの?」

 

頬杖をついて呆れるシスティと、その右隣で嘘泣きの俺。

そんな俺の隣で苦笑いのルミアと、キョトンとして俺の嘘泣きを心配する、システィの左隣のリィエル。

 

「いや、嘘泣きだから大丈夫だぞ、リィエル。それよりも、先生は何故にあんなにやる気なの?」

 

「あれよ。この学院の文化祭って、投票システムあるじゃない?」

 

「うん。どのクラスの出し物が1番だったかを、投票して決めるんだよね?」

 

「そうよ、ルミア。そして1番のクラスには、結構な賞金が出るのよ。…まったく」

 

なるほど、相変わらずの現金な人だな。

とはいえ、こういうのは楽しんだ者勝ちだ。

 

「まあまあ、今回は乗せられようぜ。楽しんだ者勝ちだぜ?」

 

「そうだよ、皆で1つの事で盛り上がれるの、私好きだよ?」

 

「ん。…よく分からないけど…皆楽しそう…。私も楽しみ」

 

「…はぁ。そうね、今回は乗せられようかしら。私も楽しみだし」

 

今回は無事、説得に成功した俺達。

こうして、俺達の出し物決めが始まった。

 

「俺、お化け屋敷とかいいと思う!」

 

「模擬店はいかがでしょう?アルタイルもいますし、うちは繁盛すると思いますわよ」

 

「景品付きのゲームとかどうですか!」

 

「ライブに1票!」

 

皆がそれぞれ意見を出す。

粗方出尽くしたところで、先生が不気味な笑みを浮かべる。

 

「うんうん!どれも青春だな!いい事だ!だが、ここで俺がたった今ふっと思いついた意見を、聞いて欲しい」

 

((((((((((たった今ふっと思いついた…?))))))))))

 

全員の考えが一致した瞬間だろうな、今。

そんな俺達を無視して、手製のポスターを貼り付ける先生。

事細やかな詳細が書き込まれているそれは、恐らく徹夜したのだろうか、と思うほど細かい。

 

「ズバリ!猫耳水着メイド喫茶だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」

 

「「「「「「「…」」」」」」」

 

この温度差よ。

 

「ご存知の通り、うちのクラスは作為的かってくらい、美少女が多い!そして!アルタイルという、プロ級の腕を持つシェフもいる!この2つのメリットを活かさない手はない!」

 

やめろ、俺を矢面に上げるな。

 

「だが、この学校の制服は、攻めすぎている!生半可な衣装ではインパクトが足りない!そこで猫耳水着メイドだ!」

 

「なんて的確で、合理的な分析能力…!」

 

「これが学院を何度も救ってきた、名物講師の実力…!」

 

名物講師の変態力だよ。

畏怖と尊敬の目を向ける男子生徒。

侮蔑と呆れの目を向ける女子生徒。

ねぇ知ってる?

俺達の席の後ろって、ウィンディとテレサがいるんだよ?

周りに男がいないんだよ?

この席、氷点下いきそうなほど寒いんだけど?

 

「そして!デザインはこの俺が、徹夜して考えてきた!」

 

本当に徹夜したんだ…。

本当に猫耳水着メイドとしか、表現出来ないな…。

 

「バカな!?本来混ざり合わない3つの属性を、見事に混ぜ合わせている…!?」

 

もう好きにしてくれ…。

俺が絶対零度の中、ビバークの覚悟決めた時

 

「ねぇ、アイル君…」

 

「ねぇ、アイル…」

 

「うん?」

 

隣のルミアと、上のテレサから声をかけられる。

2人共、顔が赤いが…?

 

「「私が着たら、どう思う?///」」

 

…時が止まった気がした。

俺も、システィも、リィエルも、ウィンディも。

誰も動けなかった。

これは…どう答える…!?

2人共、とても可愛いし綺麗だ。

スタイルも抜群でいいし、100…いや、120%似合う。

問題はそれを素直に伝えたら、俺の今後の学園生活に支障をきたす可能性がデカい…!

俺は出来るだけ冷静に、そして最小限の被害で済むように、言葉を選ぶ。

 

「2人共、すごく可愛いし綺麗だから、きっと似合うとは思う。けど…」

 

俺は2人の頭に手を置き、優しく撫でながら、諭すように言う。

 

「いつもの2人が1番魅力的だよ?」

 

「「…ッ!!///そ、そういう事なら…///」」

 

顔を赤くしたまま、引っ込んでいく2人。

 

「…流石。手馴れてますわね、アルタイル」

 

「その軽い口、尊敬するわ。アイル」

 

「じゃあ、どうしろと!?素直に見たいって言ったらどうすんだよ!?」

 

「「ドン引き」」

 

「だろうな!」

 

「…?」

 

お前らなぁ…!

俺は頭を抱える。

 

「さぁ!後はお前らの覚悟次第だ!黙って俺に…」

 

「『誰が・着るか・バカー』!!!」

 

「「「「「「「「ギャアァァァァァァ!!!」」」」」」」」

 

システィの【ゲイル・ブロウ】が、担任諸共、男子諸君を吹き飛ばす。

案の定どころか、お約束の女子生徒からの反発に、先生がシスティに反論する。

 

「じゃあ、お前が何がいいんだよ?」

 

「ふふん!それはもちろん、魔導考古学の自由研究発表会!!」

 

「「「「「「「「「「「「「「「「「「「却下!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

「…くすん」

 

「はい。次ある人ー」

 

「アイル君…システィをスルーした…」

 

だって、余りにも予想通りすぎて俺も却下したし。

何より果てしなくつまらない。

そのまま議論は、熱く紛糾していき…。

 

 

 

『一体、なんだ?何がお前にそこまでさせるんだ?私には、お前がまったく理解できない』

 

⦅すると、魔法使いはいいました⦆

 

『簡単だよ、魔王。僕には守りたいもの、守るべきものがあるんだ。それを思えば、自然と身体の底から、無限の力が湧くんだ。何度だって立ち上がれるんだ。さあ、覚悟しろ魔王。僕はお前を倒す!皆を守る!』

 

⦅魔法使いの聖なる稲妻を受けて、断末魔をあげる魔王。長かった戦いは、ようやく終わったのです⦆

 

 

 

「カーット!!!」

 

先生の声が、練習場に響く。

 

「カッシュ!お前の言い方じゃ、ただの珍獣扱いだぞ!もっとこう、得体の知れないものに出会った感じを出せ!アルタイル!緊張感を持たせすぎだ!これから始まるんじゃなくて、これで終わりなんだぞ!白猫!前に出過ぎた!お前は引き立て役だぞ!ギイブル!悪くないが、もうちょい淡々とやってみろ!」

 

「あ、うぃーす!」

 

「はーい!…ムズいな」

 

「す、すみません!」

 

「了解です」

 

結局俺達がやるのは、【メルガリウスの魔法使い】の劇。

ただ、ありふれたものなので、弟子の視点で再構成したもので、1から脚本して行ったのだ。

手前味噌かもしれないが、結構いいと思う。

 

「なあ、アイル。先生って芝居も出来るんだな」

 

「それ俺も思った。軍属の時、潜入任務とかあったんじゃね?」

 

周りを見ながら、立ち位置やカッシュと打ち合わせを行う。

内容はよし、各自やる気も十分。

 

「アイル!カッシュ!やるわよ!」

 

「…よし。やるか」

 

「よし!」

 

俺達は水を1口飲んで、さっきのシーンをやり直す。

今度は問題無く進み、次に進む。

次は…

 

「ルミアー!出番よ!」

 

「あ、はーい!」

 

お姫様役のルミアと再開する、感動シーンなのだが…。

 

「よ、よろしくね!アイル君!///」

 

「…おう、よろしく、ルミア///」

 

「2人共…お願いだがら、本番はしっかりね?」

 

2人揃って、照れまくりなのだ。

無理もない、役とはいえ好きな人とというのは…、否が応でも意識するもんだ。

 

『ずっと…ずっと…お会いしたかったです、魔法使い様』

 

『ああ、僕もだよ、姫…』

 

『私は信じていました…。きっと、魔法使い様が、私を助けにきてくださると…』

 

『ああ…遅くなってごめんよ…。もう、僕は君を離さない…』

 

「カーーーーーット!!!お願いだからカット!!!」

 

「何ですか?かなりいいと思ったんですか…」

 

「リアルすぎるんだよ!!ゲロ甘いわ!!」

 

周りを見ると、女子は顔を真っ赤にして黄色い声をあげ、男子は血の涙を流している。

そして1番の問題は

 

「アワワワワワ…!」

 

「ルミア、煙吹いてるから!」

 

ルミアが毎度終わる度に、煙吹くのだ。

こんな感じで練習は進み、ついに当日なったのだった。

 

 

 

 

リゼの宣言の元、ついに開催された文化祭。

模擬店組の活気に満ちた、威勢のいい声。

中庭のステージでは、次々にライブが始まる。

その他色んな出店で、どこも楽しそうだ。

学生はもちろん、地域住民も来ており、学院は類を見ない賑わいを見せていた。

 

「ったく…どいつもこいつも浮かれやがって…」

 

そう呟くグレンは、手当り次第に買った模擬店の食べ物を、両手いっぱいに持っていた。

 

「浮かれすぎなのはどっちですか!?もう!分かってるんですか!?」

 

当然のツッコミを入れるシスティーナ。

この2人は相変わらずの通常運転だ。

 

「仕方ねぇだろ…こういう所の飯は宮廷料理より美味いんだから…。分かった分かった。ほれ、美味いぞ、チョコバナナ」

 

「いりません!私達はビラ配りに来たんですよ!ちょっとは3人を見習って下さい!」

 

そう言いながら、システィーナが振り返る先では

 

「二等賞おめでとう!この巨大ぬいぐるみ持ってけぇ!」

 

「やったあ!!」

 

手芸クラブの景品に、手を叩いて大喜びするルミアに、

 

「もふもふもふもふもふもふもふ…」

 

苺タルトをバベルの塔みたく積み上げて、一心不乱に食べるリィエルに、

 

「エステレラ!勘弁してくれ!」

 

「…仕方ねぇな、これくらいで勘弁してやるよ」

 

射的の出店で、景品を半分くらい掻っ攫っていくアルタイルがいた。

要するに、各自ものすごく浮かれている。

 

「さ、3人共〜!!」

 

 

 

「あ、あはは…ごめんね…」

 

「?」

 

「なんだよ、祭りなんだぜ?楽しまないと。ていうか先生、どれだけ持ってんですか?どうやって持ってるんですか?あ、ケバブちょうだい」

 

俺はシスティの非難げな視線をスルーして、先生にツッコミを入れる。

ついでにケバブを掻っ攫う。

 

「あ、おい!ったく…それにしてもあれだな。酒が欲しくなる」

 

「ある訳ないでしょ!」

 

「だよな〜…あれ?アイツ…」

 

視線の先を見ると、イヴ先生がいる。

何か…挙動が…?

 

「それ2つ。ったく…たら…人使いが…いんだ…ら…」

 

アイスを2つ貰って、そそくさと消えていく。

…マジかぁ…、泣けてくる。

 

「?アイル…泣いてるの?」

 

「目から汗がな…。あのアイスは俺かベガが貰います」

 

「後で誘ってやるか…。そうしてやれ」

 

三人娘は聞こえなかったらしいが、俺には辛うじて聞こえてしまった。

先生は恐らく読唇術。

その後も、ロザリーさんが現れて、ビラ配りを引き受けてくれたり、オーウェル教授に怪しげな飲み物を、押し付けられそうになったり。

 

「楽しいね!」

 

「…そうだな!」

 

ルミアが楽しいに笑うから、俺も嬉しくて。

チラリと見ると、システィも楽しそうに、セシリア先生の占いの結果に一喜一憂してる。

…アイツもしっかり楽しんでるじゃん。

 

「…さて、そろそろだな。システィ!時間だぞ!」

 

俺達は舞台に走って移動を開始したのだった。

 

 

俺達の講演は午前と午後の1回ずつ、計2回。

その午前の部、開始10分前の舞台袖。

そこで俺達は、客席を覗いたのだが…

 

「嘘…?本当に…?」

 

「予想外だぜ…」

 

予想外に、客席が満席だったのだ。

半分くらい埋まれば御の字だろと、全員揃って高を括っていたのが、裏切られてしまった。

俺達が知る由も無かったのだが、元々粒揃いの2組、しかも主人公が俺、ヒロインがルミアという、学院ツートップの人気者がメインだから、元々注目度が高かったらしい。

そこにフィジテではそれなりの人気者、ロザリーさんがビラ配りしたせいで、大盛況なのだとか。

 

「こんなに人が来るなんて…!?も、もし大失敗したら…!?」

 

はぁ、このバカ猫は。

俺はシスティの背中を叩く。

 

「バカ。端から失敗する気でやるんじゃねぇよ。『失敗したら』じゃねぇよ。『成功させる』んだよ。そんなへっぴり腰じゃ、出来るもんも出来ねぇぞ。そうだろ?」

 

「…そうよね!初めから悪い事考えたらダメよね!皆、こうなったら当たって砕けよう!全力で楽しむわよ!!!」

 

「「「「「「「「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」」」」」」」」」

 

「いや、砕けるなよ」

 

(こういう時、本当にアルタイルは発破のかけ方が上手いな)

 

グレンは生徒達の様子を眩しそうに見つめる。

システィーナは皆の前に立つタイプのリーダーだが、アルタイルは皆の後ろに立って背中を押してやるタイプのリーダーだ。

2人共、リーダーとしての素質は十分だ。

そんなグレンの関係ない考えを他所に、ついに舞台の幕が開けたのだった。

 

 

「それでは!午前の部成功を祝して…かんぱ〜い!!!」

 

「「「「「「「「「「「「「「「かんぱ〜い!!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

いや〜、何とかなった…。

あんな風に言ったはいいが、少し不安はあった。

でもそんな不安、あっという間に無くなった。

あれだけ必死に用意したんだ…、上手くいって、本当に良かった。

皆成功に浮かれてるのか、かなりワイワイしている。

そんなプチ祝勝会は、進んでいき…

 

「な、何じゃこりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」

 

「み、皆!?どうしたの!?起きて!」

 

「おい!カッシュ!起きろ!」

 

気づけば、半数以上が床に寝っ転がってしまっている。

 

「これ…まるで酔っぱらってるみたい…」

 

「…まさか…?」

 

俺は飲んでいた白ぶどうジュースを、もう1回飲み直し、匂いを嗅ぐ。

改めて飲んでみて、ある事に気付く。

本当に…なんで俺、気付かなかったんだ?

 

「先生…これ…」

 

「…これ、だれが買ってきた?」

 

「ん。私」

 

「…リィエル。どこで買ってきた?」

 

「オーウェルのところ」

 

「「…」」

 

 

「フゥーハッハッハッハッハッハ!!!いらっしゃいませ、君達!!!やはりこの私の…」

 

「『紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吼え狂え』!!!」

 

「『吠えよ炎獅子』!!!」

 

「ギャアァァァァァァ!!!」

 

ドッカーン!!!

 

俺達の【ブレイズ・バースト】が、オーウェル教授を爆破させる。

炭になったオーウェル教授の胸ぐらを、先生が掴みあげる。

 

「てめぇ、ふざけんじゃねぇ!!何がジュースだ!!!?思いっきり酒じゃねぇか!!!」

 

「酒だと!?バカな!女王陛下に誓って、そんなもの売っていない!私は趣味で栽培している、【ジーン・コード】を操作する白魔術で、品種改良した白ぶどうの果汁を、樽に詰めて、常温で寝かせて発酵熟成させたものを売っただけだ!!」

 

「それが!もろ!酒なんだよ!!ただのワインじゃねぇか!!!」

 

クソがぁぁぁぁぁ!!!

この密造酒マジで美味い!

 

「この芳醇な味わい!瑞々しくも軽やかな喉越し!美味すぎてアルコールを感じねぇ!こんなのアルタイルでも、分からん訳だ!ついガバガバ飲んじまうぞ!というか、趣味でこんなもの作んじゃねぇ!!老舗のワイナリーが閉めちまうだろ!!」

 

「ゴクゴク。とりあえず、この人をゴクゴク。密造酒販売の罪でゴクゴク。警備官に突き出すとしてゴクゴク」

 

「2人共!まずはそのコップを置きなさい!!!」

 

システィに取り上げられる。

ちくしょう…悔しいけど、マジでうまい。

 

「でもどうしよう…ほとんどが前後不覚だよ?…アイル君は大丈夫?結構飲んでたけど…?」

 

「ん?ああ、俺はさっきのに+2杯くらいだから、問題無い。それなりに強いみたいだな」

 

「アイルやルミアといった主役が無事だけど、魔王役のカッシュが痛いわね…どうしよう?」

 

どうするもこうするも…。

 

「…中止…するしかない…だろうな…」

 

「「そんな…」」

 

ルミアとシスティが哀しげな顔をする。

俺もかなり険しい顔をしていたのだろう。

そんな俺達3人の顔を見たリィエルが、シュンとしてしまう。

 

「ごめん…システィーナ…ルミア…アイル…。私が…変なジュース?買ってきたせいで…」

 

「…!違うぞリィエル。悪いのは犯罪やらかしたオーウェル教授だ」

 

「そうよ!リィエルは私達のことを考えて、買ってきてくれたんだもの!ただの事故よ!」

 

「不完全燃焼気味だけど…皆で一致団結して頑張れたし、楽しかったよ。だから…いいの」

 

俺達は何とかリィエルを励ます。

 

「…」

 

そんな様子をグレンは、黙って見つめていた。

3人が必死に励ますも、その顔や口調からは、やっばり悔しさと寂しさが滲み出ている。

思い出すのは、2組の生徒達が一生懸命に頑張ってきた1週間。

リィエルだって、皆の為に頑張っていた。

 

(正直なところ、もう表彰も賞金もどうでも良くなってたんだよなぁ。俺はただ…コイツらが満足してくれれば、それでいい。これで納得出来るのか…?)

 

「納得出来る…訳ねぇよなぁ…」

 

「…?先生?」

 

突然どうしたんだ…?

 

「お前達!先に戻ってろ!俺が絶対に何とかしてやる!!!」

 

そのまま走り出す先生。

 

「え?ちょっと!?先生!」

 

先生…。

やれやれ…諦めの悪い人だ。

でもそうだよな…正義の魔法使いも、諦めなかったわけだしな!

 

「ルミア、システィ、リィエル。先に戻って。アルコール抜いてくる」

 

そう言って俺も駆け出す。

とりあえずはまず…水のガブ飲みだな。

 

 

「という訳で、助けて下さい!」

 

先生が捕まえて来たのは、セシリア先生、ロザリーさん、イヴ先生の3人。

 

「えぇっと…倒れた生徒さん、沢山いらっしゃるんですよね?これだけで対応出来るでしょうか…?」

 

「裏方は俺のマリオネットと、オーウェル教授の発明で補います」

 

「フハハハハ!こういう事もあろうかと…」

 

「長いから黙って、犯罪者。手の空いた裏方も脇役として出します。俺達メインキャスト陣も、いざって時の為に、最低2役は出来るように、練習済みです。でもそこまでしても、手が足りないんです」

 

「あの子、容赦なくぶった切りましたね…」

 

「なるほど、そこを補って欲しいと…」

 

俺は頷く。

グレン先生が、その後を引き継ぐ。

 

「セシリア先生、たしか学生時代、演劇クラブでしたよね。イヴは軍時代潜入とかしてるし、出来ると思う。ロザリーは…溺れる者は藁をも掴むって知ってるか?」

 

「あはは…そういえばそんな話しましたね…」

 

「…」

 

「先輩!?酷いです!」

 

きっと今のイヴ先生は、外面を保つのにいっぱいなんだろうな。

その内心は舞い上がってるはず。

でも天邪鬼が発動するだろうから…。

 

「…仕方ありません。せっかくの文化祭ですし、楽しみたいですしね!」

 

「私も手伝います!先輩にはお世話になってますし!」

 

セシリア先生とロザリーさんの了承は得た。

問題はこの人。

さてと…タイミングは…

 

「ふん。くだらないわね。そんな事に私を巻き込まないで…」

 

今!

 

「お願いします!イヴ先生!」

 

「なっ!?」

 

この人が天邪鬼発動して、何か言う前に押し切る!

この人はこう見えて、情に弱い。

後、俺達兄妹に弱い…特にベガにだが。

後は、打ち合わせた通りに…

 

「俺達、もう先生しか頼れる人いないんです!」

 

「なんとしても成功させたいんです!」

 

「イヴさん!何とかなりませんか!?」

 

「…ん。イヴ、お願い」

 

「「「「「「「「「「お願いします!」」」」」」」」」」

 

俺達生徒組で押し切る。

この作戦のメリットは2つ。

イヴ先生の情に漬け込む、そしてメンツ。

ここまでされた断れば、この人のメンツに関わる。

つまり…

 

「…ッ!し、仕方ないわね!いいグレン!?あくまでこの子達の為よ!生徒達の為だから!勘違いしないで!分かった!?」

 

「お、おう…」

 

よし!

これで引き込んだ。

…計画通りだぜ。

 

「アイル…未だかつて無いくらい、悪い顔してるわよ」

 

「お前、イヴ検定1級やるよ」

 

「いりません、その検定」

 

とりあえずこれで何とかなった。

既に賽は投げられた。

俺達の午後はどうなるのかは…神のみぞ知る。




それでは失礼します。
ありがとうございました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メルガリウスの文化祭 後編

追想日誌10巻、即買いしました。
今回も面白かった…!
それではよろしくお願いします。


これは何でもない平和な日常。

彼らの思い出、追想日誌(メモリーレコード)

 

 

⦅これより始まるは、今は遠き、遥か昔の物語⦆

 

『魔王め…よくも僕の故郷を滅ぼし…お姫様を!…許さないぞ!』

 

『お師匠様!私もお供します!』

 

『つ、ついてきてくれるのかい!?魔王を倒す旅は、きっと辛く苦しい旅になる』

 

『もちろんです!お師匠様の為なら、私は火の中、水の中!』

 

『弟子よ、そこまで僕に期待してくれるのは、嬉しい。でも不安なんだ、そんな大役が僕に務まるのだろうか?』

 

『そんな事ありません!お師匠様なら、きっと成し遂げられましょう!』

 

『…分かったよ…そこまで言うなら、成し遂げよう!』

 

『はい!共に倒しましょう!魔王を!』

 

熱く握手する2人。

その心中はと言うと

 

(これ以上、絶対にしくじれない…!)

 

(これ以上、絶対にしくじれない…!)

 

そんな不安に満ちた、アルタイルとシスティーナだった。

その不安を払拭しようと、強気に出ている2人の気迫が、奇しくもよりリアリティを出していた。

 

「すごい…!午前中とはまた変わって…」

 

「ああ、何がなんでも倒すっていう殺意じみた決意が滲み出てるぞ…!」

 

「どうなるんだ…!?」

 

そんな気迫に飲まれる観客と。

 

「大丈夫かよ…?あの2人…?」

 

「あはは…さあ…?」

 

不安げに見つめるグレンとルミアだった。

 

 

 

そのまま急遽、ギイブルから変わったナレーションのロザリーのナレーション通りに進み、物語は進む。

そして話は、序章の山場を迎える。

魔王の呪いによって、病に伏している聖女を救う場面。

彼女を救うことで、空に浮かぶ魔王の城へと続く道、【星屑の道】を開く事が出来るのだ。

ちなみに、この役は本来テレサの役で、今はセシリアが演じている。

…余談だが、姫役を巡ってルミアとテレサの戦いがあり、敗れたテレサがこの役を強引にもぎ取ったという、裏話は彼らの中だけの話。

 

『魔法使い様…!ケホ!どうか…私をお救い下さい!』

 

聖女の衣装に身を包んだ、セシリアの迫真の演技が、会場を包む。

 

その儚げな雰囲気と相まって、堂に入っていた。

 

『魔王の呪いによって、死の病を患った私の余命は、あと僅か…ゴホッゴホッ!どうか、この呪いを解いてくださいまし!』

 

『お師匠様、どうしましょうか?彼女の呪いの病はもう…』

 

『いや、まだ手はあるよ。北の死の森の奥深くに、伝説の薬草ルナミスがあると聞いたよ。それさえあれば、彼女の呪いは解ける』

 

『で、ですがお師匠様!死の森に入って来た人はいません!』

 

『危険は承知だ!だけど、僕は行かねばならない。魔王を倒す為…何より、彼女を救う為に!』

 

そんなセシリアの演技の熱にあてられ、アルタイルとシスティーナも熱が入る。

ここは成功だと、誰もが思った。

 

『それでは、私は、空に輝くシリスの星に祈りましょう、貴方様の無事をごぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

セシリアが血を吹き出す、その時までは。

 

「「…え?」」

 

あまりの急展開に、壇上のアルタイルとシスティーナも。

舞台袖で待機してる者達も。

そして、観客達も。

誰もが唖然とする中

 

「…きゅう」

 

自分の血で出来た血の池に、沈むセシリア。

誰も彼もがその惨劇に硬直する中

 

『ま、間に合わなかった…!』

 

「え?」

 

アルタイルがフラフラと近づき、セシリアの前で膝をついて、床を拳で叩く。

 

『魔王の呪いが…ここまで進行していたなんて…!罪なき聖女を死に追いやった、卑劣な魔王め!僕は絶対に、お前を許さない!!』

 

セシリアを抱き上げ、虚空を睨みつけるその目に浮かぶ涙と、怒りの炎。

 

「ま、まさかのifルートだとぉ!?」

 

「午前との雰囲気やキャストの違いは、この為!?」

 

「やってくれたな2組!2回目だけど来てよかった…!」

 

その熱演にすっかり勘違いする観客達。

吐血したセシリアすら、演出だと思ってるらしい。

こうして、慌ててナレーションで締めたロザリーによって、序章の幕が降ろされたのだった。

 

 

 

「何してるのよ、アイル!?どういうつもり!?」

 

「仕方ねぇだろ!?あのタイミングだと、ああするしかねぇだろうが!」

 

「お前ら落ち着け!」

 

「そうだよ!2人共、喧嘩してる場合じゃないよ!」

 

俺とシスティの言い合いを、先生達が強引に止める。

 

「白猫、あの場であのアドリブを挟んだアルタイルは、大したもんだ。間違っても怒鳴りつけるような事じゃねぇ」

 

「アイル君、システィは動揺しちゃっただけだよ?分かってるでしょう?それに、アイル君も同じだよね?」

 

「…悪かった。俺もパニクってた」

 

「…私こそ、ごめん。気が動転してた」

 

どうにか冷静なった俺達は、お互い謝罪したところで、今後の事を話す。

 

「でも、実際どうしますか?プロット的にこのままだと…」

 

そう、この話において、セシリア先生がやっていた聖女は、魔王へとたどり着く為に必要不可欠な人物なのだ。

そんな中、声を上げたのはロザリーさんだ。

 

「大丈夫です!この脚本は多少、強引にいじれますから!私に任せてください!」

 

う〜ん…流石口コミだけの、超一流の詐欺師。

皆見事に騙されてるなぁ…。

そこからはロザリーさんのナレーションに合わせた、アドリブ合戦だった。

 

 

 

⦅こうして、人々の切なる願いを受けて、鉄壁を誇る魔王軍、恐るべき髑髏の軍勢に立ち向かう事になりました⦆

 

「待て待て待て待て!?あれ本物じゃね!?」

 

「剣も本物じゃない!?」

 

⦅オーウェル教授にお願いして、本物を用意してもらいました⦆

 

「「あの野郎、マジでぶっ飛ばす!」」

 

⦅ここは強引にいって、派手に誤魔化してください!⦆

 

「くそがァァァァァ!!やってやらァァァァァ!!」

 

「死んでたまるかぁぁぁぁぁ!!」

 

アルタイルとシスティーナの実戦さながら(というか実戦)、の殺陣に観客は盛り上がる。

 

『温いぞ、魔王!この程度の軍勢で、僕達の不退転の歩みを、止められると思ったか!』

 

「む!温いと!よく言った名誉助手!ならばこの【ダブルヘッドスーパードラコンキマイラくん4号】を出そう!なに、本気でやれば100人くらいは瞬時に挽肉に…」

 

「「誰かソイツをとめろぉ!!!」」

 

 

 

『で、出たな!魔煌刃将、アール=カーン!』

 

『…』

 

『な、何か言ったらどうだ!アール=カーン!』

 

(…どうすんだよ?)

 

(どうしよう?)

 

困惑するアルタイルとシスティーナ。

その時グレンが何かを言う。

その途端

 

『ふっ…笑止。世界の支配者は魔王でも無く、貴方でも無い。それ(苺タルト)はこの世界に唯一無二のもの。こうして議論する事すら、烏滸がましい』

 

リィエルが途端に、饒舌に語り出す。

しかしその言葉は、止まることを知らず誰も口を挟めない。

何の話か想像すら出来ないが、辛うじて固有名詞(苺タルト)が出てないので、何とか保っている程度だというのは、アルタイルとシスティーナも分かっていた。

 

(先生…何を吹き込んだ!?)

 

(オーバーしそうなんだけど!?)

 

(…すまん、2人共)

 

 

 

そんなこんなで、波乱万丈な戦いを繰り広げる2人。

そしてついに

 

『つ、ついに…』

 

『ついに…魔王との最終決戦ですね…お師匠様』

 

今はロザリーのナレーションで、強引に繋いでいる状態。

唯一許された、最後の休憩。

 

「…疲れた」

 

「こんな穴だらけの劇、後にも先にも私達だけね…」

 

2人揃って、背中を合わせて座り込みながら、水を飲む。

そんなアルタイルは、楽しげな笑みを浮かべていた。

 

「でもまあ…楽しかったけどな」

 

「…たしかにそうかもね」

 

そんな2人にルミアが近づく。

 

「2人共!準備出来たよ!」

 

「…よし!行くか!弟子よ!」

 

「ええ!行くわよ!お師匠様!」

 

2人は拳をぶつけ合い、立ち上がる。

 

「待ってろよ、お姫様。絶対に助けるから」

 

「アイルは届けてみせるわ!お姫様!」

 

2人はルミアの肩を叩いて舞台に戻る。

 

「…うん、待ってるよ。2人共」

 

 

 

『よく来たな…!我に楯突く愚かなる魔法使い達よ…!』

 

こうして遭遇する最悪の敵、魔王。

その正体は…

 

「「あ、アルフォネア教授!!!?」」

 

(あれーー!?イヴ先生だったはず何だけどーー!?)

 

(あれーー!?イヴさんだったはず何ですけどーー!?)

 

『クックック…!よく来たな!正義の魔法使いよ!我が闇の軍勢を全て打ち倒し、姫を救うべくここまで至った、汝の執念、褒めてやろう!』

 

突然のキャスティングの変更に、動揺する2人を他所に

 

⦅幾星霜の時を超えた因縁。前世から定められし宿命の交錯。運命の2人が激突する!その結末やいかに!?⦆

 

無情にも戦いの始まりを告げる、ロザリーのナレーションが響く。

 

「安心しろ、せっかくのお前達の舞台だ。無茶苦茶にはしない。ただ、クライマックスに相応しい戦いをしよう。さて…お前達、スノリア以来の魔術戦だ。気合い入れろよ?」

 

そう言ってセリカは右手に炎、左手に冷気、頭上に雷撃を用意する。

あまりの雰囲気と魔力量に、圧倒されかける2人だが…

 

「ククク…」

 

「フフフ…」

 

「ん?」

 

突然笑い出す2人。

 

「「アハハ…アハハハハハハハハハハハ!!!」」

 

会場の誰もが何事かと、手に汗握る。

不意に笑い声が止まり。

 

「上等だぁぁぁぁぁ!!!かかってこいやぁぁぁぁぁ!!!」

 

第七階梯(セプデンテ)が何よ!!!やってやるぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

「「「「「「「「「ヤル気満々だァァァァァ!!!」」」」」」」」」

 

ただのやけっぱち。

完全にブチ切れた2人がいた。

 

「『三界の理·星の楔·律と理は我が手にあり』!!!」

 

「『我に従え・風の民よ・我は風統べる姫なり』!!!」

 

アルタイルが重力を支配し、システィーナが風を統べる。

 

「ふっ…さぁ、行くぞ!!!」

 

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」

 

セリカが操る三属性と、アルタイルとシスティーナが操る重力と風が、中心でぶつかる。

後に、この舞台を見た者達はこう語る。

 

「世界の始まりと終わりを彷彿させるような、凄まじい魔術戦だった」

 

「この生涯、二度とあのような舞台劇に出会うことはないだろう」

 

…と。

 

『ずっと…ずっと…お会いしたかったです、魔法使い様』

 

『ああ、僕もだよ、姫…』

 

『私は信じていました…。きっと、魔法使い様が、私を助けにきてくださると…』

 

『ああ…遅くなってごめんよ…。もう、僕は君を離さない…』

 

静寂に包まれる舞台の上で、アルタイルとルミアが、しっかりと抱き締め合う。

これまでの間に、すっかり感情移入している客達は、皆、感動の涙を流しながら見守る。

 

⦅こうして、2人は幸せなキスをして、末永く幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし!⦆

 

「「…え?」」

 

 

 

「「「「「「おぉぉぉぉぉ…!」」」」」」

 

「「「「「「キャアァァァ…!」」」」」」

 

おいおい!聞いてないぞ!?

俺は慌てて舞台袖を確認する。

どうやらあっちも想定していなかったらしく、先生がロザリーさんを締め上げている。

マズイな…!?

流れがそういう風になっている上に、この立ち位置じゃ、誤魔化しが効かない…!

 

「あ、アイル君…!///」

 

覚悟を決めたルミアの顔。

ちくしょう…!背に腹は…!

 

「…ルミア…!///」

 

俺とルミアはお互いに覚悟を決めて、キスをしようとした、まさにその直前

 

『アッハッハッハッハッハ!!!』

 

「ッ!誰だ!?」

 

俺はルミアを抱えて、飛び退く。

 

『私ですよ、お師匠様』

 

現れたのは…

 

「「し、システィ!?」」

 

「「「「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!?」」」」」」」」

 

何故に!?

 

「バカな!お前は戦いで死んだはず!?」

 

『蘇ったのよ!魔王の最後の言葉を忘れた!?第2、第3の魔王は現れると!ええ、そうよ!私は貴方が憎くて、貴方の影にずっと隠れていて、それで闇堕ちしたのよ!別に、ルミアばっかりアイルみたいな王子様がいてズルいとか、そんな事思った訳じゃないからね!』

 

「それ、お前が素直になればいいだけの話だろ!!ていうか、お前何言ってるの!?」

 

「システィ!?よく見たら酔ってない!?」

 

アイツまさか…密造酒、飲んじゃったの!?

 

『さあ、出いよ!我が億百の眷属達よ!総出であの魔法使いを倒すのだ!そして、姫を我が手中に収めるのだ!…早く出てきなさいよぉ!命令よぉ!』

 

「「「「「「「もう、ヤケクソだぁぁぁぁぁ!!!」」」」」」」

 

酔っ払いの召喚に応じて現れる、復活したカッシュ達を含めたオールキャスト。

オーウェル教授やら、アルフォネア教授やら、イヴ先生も現れた。

そっちがその気なら…

 

『…フフフ。知っていたよ、システィーナ』

 

「アイル君?」

 

『…何ですって?』

 

『君が僕を憎んでいた事を。だから僕は、もし魔術が人にとっての悪へと転じる時、魔術を封じる為の別の弟子を用意していたのさ』

 

「「「「「「「「な、何ぃ!!!?」」」」」」」」

 

俺は【アリアドネ】をつけて、天に手を掲げる。

 

『さあ、我が呼び声に応じよ!我が新たなる弟子!魔術を封じる異端の魔術師よ!あらゆる賢者を陥れる愚者よ!汝の名は…グレン!!!』

 

そうして俺は、次元跳躍でグレン先生を壇上に飛ばした。

 

「「「「「「「「「本当に現れたぁぁぁぁぁ!!!!?」」」」」」」」」

 

「何してくれとんじゃぁァァァ!!!!?」

 

先生は、俺の胸ぐらを掴みあげる。

 

「1人だけ逃がすかよ!!こうなったら全員集合だ!!死なば諸共ってやつだよ!!!」

 

「俺を巻き込むなぁァァァァァ!!!」

 

『さあ!早くあの技を使うんだ!君の必殺の奥の手、【愚者の世界】を!…使わないと、多分マジ死ぬよ?』

 

「覚えとけよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

こうして先生は、【愚者の世界】を発動。

 

「「「「「「「「「「ここからが、真の最終決戦だったのかァァァァァァァァァ!!!」」」」」」」」」」

 

魔術を使った冒険のラストが、ただのステゴロ大乱闘である。

結局俺達は、どこまで行っても俺達なのだ。

 

 

 

本当に酷い目にあったな…。

今は文化祭終了後の伝統、後夜祭の時間だ。

俺は中庭の真ん中に灯る、篝火を眺めていた。

結局、優勝は取れなかった上に、会場を滅茶苦茶にした。

骨折り損のくたびれ儲けってやつだな…。

まあ、それでも…

 

「楽しかったね?アイル君」

 

「…そうだな、ルミア」

 

ルミアが俺の隣に座る。

 

「行かないの?」

 

「踊る体力が無い…」

 

「あ、あはは…そうだよね…」

 

俺達は、ただボンヤリと、皆が踊っているのを眺めている。

何も話さないけど、それが心地よくて、本当に眺める…だけ…。 

 

「…アイル君?眠い?」

 

「…おう」

 

「寝てていいよ?」

 

「…悪い」

 

どうやら体力の限界らしい。

俺はそのまま、睡魔に身を任せて、ゆっくりと堕ちていった。

 

 

 

肩に感じる、暖かさと重み。

アイル君が、もたれかかってきたのだ。

私はそっと、頭を膝まで下ろして、膝枕してあげる。

お姫様役が決まって、すごく嬉しかった。

不思議と恥ずかしさはあっても、少し慣れてるような感じがした。

そこで私は、すぐに気づいた。

アイル君は、いつもこうだった。

本当に助けて欲しい時に、絶対に助けてくれる…そんな人だ。

私はその事実を再確認してしまい、嬉しいような、恥ずかしいような。

そんな彼は今、私の膝を枕にして寝ている。

私はそっと、彼の髪をすいてあげて

 

「…大好きだよ、アイル君」

 

初めて私から、彼の頬にキスをする。

頬へのキスだけで、すごい幸福感。

この幸福感を抱えたまま、私はひたすら、彼との2人きりの時間を満喫するのだった。




「くそぉ…アイツらイチャつきやがって…」

「せ、先生…その…私と…」

「グレン、一緒に踊ろう」

「ちょ!?り、リィエル!?ってうわぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

「せ、先生ぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。